勘なるかな
超眠い。
流石に10時間耐久携帯ゲームには無理があっただろうか。
普段、全くとは言わないがほとんど液晶と格闘しない俺にはハードルが高過ぎたのかも知れない。
勘違いされる前に言って置くが、俺は所謂引き籠り的なポジションを占めている訳ではない。
繰り返すが、俺は余りゲームをしないのだ。言い方を変えるならばする暇が無いと言うべきか。
俺、高嶺悠人は苦学生である。弱冠1○歳にしてペアレントの庇護から完全に弾かれると言う不幸っぷりだ。
お陰で毎日バイト三昧の充実したハイスクールライフを送る羽目になっている。
時給850円のコンビニで月15万近くを叩き出す高校生ってのも結構珍しんじゃないだろうか。この年で保険に加入してるんだぜ?
週休1日(タイムカード上は)の俺には残念ながら娯楽に興じる暇など無いのだ。
ちなみに両親(義理だが)の残した各種保険はマイホームのローン返済に充てられており、彼ら名義の預金残高は1銭たりとも残っていない。
起床→学校→バイト→就寝と言う最強の布陣がに囲まれた俺には、青春を謳歌する事は不可能だ。不可能だったのだ。
だがしかし。冒頭の説明から分かる様に俺はゲームを堪能する事が出来ている。
別にバイトをさぼったと言う事じゃない。俺の場合生活に直結するのでサボる事自体有り得ないが。
気付いたら異世界に居た―――おっと、可哀想な子を見る様な目は止めてくれ。俺だって動転してるんだ。
遡って説明するならば、発端は数日前の事だった。
あの日は朝から異常な程に怠かった。どれだけ怠いかと言えば、飲み会で三軒ハシゴして帰宅した時位に怠かった。
最悪のテンションだった。光陰と今日子の漫才は勿論、犬猿の仲である瞬を前にしてさえ1ミリも気力が上がらなかった。
流石に無理だと思ったね。根性で6限を乗り切った俺は店長に電話し、かつて無い速歩で自宅にUターンした。
このままでは公衆の面前でリバースしてしまう。俺の社会的信用に関わる問題なだけに、胃を刺激しない限度内で一人競歩を試みた。
あと少しだ、あと少しで楽になれる。洗面所に俺の熱い思いをブチ撒ける事が出来るのだ。
既に悠人ジュニアを出産する事は確定していた。ピッコロ大魔王の如く口腔から息子(ドラム)を吐き出すのだ。便所を使わない所が妹へのせめてもの配慮である。
内容物を気合いでせき止めながらひたすらに踏み出す。自宅まで1キロ位だ、時間にすれば後―――
突如、マイスタマックに鈍い衝撃。驚愕に目をひん剥きながら視線を下げれば10前後と思われる少年が転がっていた。
耐えられたのはそこまでだった。日々、エネルギーを持て余す小学生の全力タックルに俺の胃は白旗を上げていた。
だが、俺は諦めなかった。屋外で七色の放物線を描くにしても、場所は選びたい。
高速で首を回し周囲を確認。此処は閑静な住宅街であり、近くに公園は無い。俺の採る手段は一つしかなかった。
視線の先にそびえるは由緒正しい歴史的建築物、神社だった。何故に都会のど真中にあるのかは甚だ疑問だが。
まあ、細かい事は如何でも良いだろう。俺の記憶が正しければあそこには狭いながらも草林が茂っていた筈である。
決断からの行動は速かった。激しくビートを刻む消化器官を押さえつつ、俺は神の寄り処へ駆け出した。
あれ?
我に返った俺の視覚器官に飛び込んで来た光景は異質の一言に尽きる。
思わず催している最中である事も忘れ、俺は頭上に無数のクエスチョンマークを浮かべるのだった。
俺を取り囲むのは森。木木木木草草草。
別にそれだけなら驚くに値する事は無い。俺が駆け込んだ神社はそれなりに自然を残した名所である。
しかし俺を中心に広がる植物はリアルに自然だった。無造作に生い茂る草木は人の手が施されていない事は間違い無い。
何時の間に我が町の神社はロープレチックにリフォームされたのだろうか。それとも余りの体調不良が俺の脳味噌を溶解してしまったのか。
一体如何したものか。手近にある大木にヘッドッバットをぶちかまそうかと深刻に悩む俺の耳に、
『―――――――――――』
聞き慣れない言語が飛び込んで来る。
声の方向に首を傾けるとそこには一つの影。日が完全に落ちている上に森の奥地である為に捉えづらいが・・・。
それでも俺は確信出来ていた。淡い月光に照らされるその姿は。
「―――美しい」
今迄に見たどんなタレントや女優よりも。
小学生の頃に憧れたクラス一の美女(餓鬼だが)や中学時代のミスコンよりも。
天使、そう呼んでも神様は怒らないだろう。ヒトを形取った神の御使いは俺にゆっくりと歩み寄る。
『―――――――――――』
目と鼻の先まで近づき、再び紡ぐ。が、人間と言う矮小な存在である俺には理解出来ない。
分からないでも、何か言葉を返さなければ。言葉のキャッチボールはコミュニケーションの第一歩である。
意を決した俺は頭一つ分は低いエンジェルと視線を重ねる。うん、天使は瞳も澄み切っている。
さあ、始めよう。俺は記念すべき第一球を振りかぶり、
「ヴぉうえぁあああああああおおおおおおおおぇええええええええええ!!」
ナイアガラの滝の如く勢いで。
起き抜けから半日掛けて溜めた内容物を一息に吐き出した。