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[20025] 【ネタ】終末の聖杯戦争(Dies irae×Fate/Stay night )
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9bfda77d
Date: 2010/07/19 18:12
この作品は100%ノリと電波によって作られています。


18禁ゲームが原作となっていますが、対象年齢は14歳となっています。


Fate/Stay night と Dies irae をやりこんでいなければ理解不能です。Dies iraeをPlay済みの方にお勧めします。


読む人を非常に選ぶ内容で、電波を受信して書いているため文体とかがめちゃくちゃです。


正田氏を崇拝している人が推奨されます。奈須氏を崇拝される方には少々不快な思いをされる内容があるかもしれません。


それでも呼んでくださる方がいれば、お楽しみくだされば幸いです。

















[20025] Fate 第一話 神に仕える悪と邪なる聖人
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9bfda77d
Date: 2010/07/18 16:24
Fate


第一話    神に仕える悪と邪なる聖人




 一千年

 今では世界共通の暦である西暦にして、十世紀もの昔。ある魔術師の一族が一つの奇蹟を求めた。



 『ラインの黄金』


 天の杯とも呼ばれるそれは魔術の域を超えた領域に位置する最高の神秘。

 現存する魔法のうちの三番目に位置する黄金の杯。アインツベルンから失われたとされる真の不老不死、魂の物質化。

 過去にいた魂から複製体を作るのではなく、精神体でありながら単体で物質界に干渉できる高次元の存在を作る神の業。魂そのものを生き物に変え生命体として次の段階に向かうものであるため魔術協会でも秘密にされてきた禁忌中の禁忌。


 これを再現するために、アインツベルンの血族は最早語ることすら敵わぬほどの歳月を重ねてきた。

 ありとあらゆる犠牲を費やし、ありとあらゆる願いを踏みにじり、ただひたすらに奇蹟の黄金を求め、彼らは走り続けてきた。

 しかし、800年も過ぎる頃、ついに自分達だけでは奇蹟の座に至ることは叶わぬことを悟り、他の家と協定を結び極東の地にてとある儀式を開始する。



聖杯戦争



 万物の奇跡を詰め込んだ聖なる杯を賭けて己が覇を競い合う魔術師同士の闘争。やがてそう銘打たれることになる儀式は、原初の時、純粋な願いのみを受けて成就するはずであった。

今より二百年前にあたるその時、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンと遠坂永人、マキリ・ゾォルケンによって創始された大聖杯の儀式。当時は魔術協会と教会は殺し合いをしていたため召喚の地には教会の眼が届かない極東の地が選ばれ、アインツベルンが聖杯の器を用意し、遠坂がサーヴァントを降霊し、マキリがサーヴァントを律する令呪を作り上げた。


 しかし、儀式は結局失敗に終わり、悲願は果たされることなく今も子孫に伝えられ続ける。


 現在においても未だに根源に至ろうとしているのは既に遠坂のみ、アインツベルンもマキリも聖杯の完成、つまり第三魔法の再現のみを望んでおり、再現した後に自分達がどこを目指すのかすら忘却の彼方にある。

 いや、そもそも彼らは狂っていたのだ。そうでもなければ一千年もの間同じものを求め続けることなど出来る筈もなく、その宿願の根源を疑いすらしない彼らは例外なく狂気に染まっている。

 あえて言うならば、遠坂のみが狂いきっておらず人間らしい思考の欠片を残していたというべきだろう。アインツベルンもマキリもまた正当に狂い続けており、その狂気を今もなお継承している。


 しかし、彼らは気付かない、彼らの宿願の根源にあるはずのそれに気付くことなはない。



 彼らの祖先はなぜ黄金を求めたのか?

 ラインの黄金を再現するというのならば、なぜそれは失われたのか?


 そしてそもそも、最初にラインの黄金を発見したのは一体誰か?

 物事には始まりがあるからこそ終わりがある。失われた奇蹟ならばかつてそれを作り出した者があって然り。

 少し考えれば子供でも疑問に思うようなそれらの事柄に一度も思いをはせることなく、聖杯戦争は繰り返され続けた。始まりの御三家の祈りは届かず、ただ屍のみが冬木の地に積み重なっていく。


 そして、いまよりおよそ61年前


 ちょうど世界大戦の末期であった1944年、第三次聖杯戦争が開始され、アインツベルンは呼んではならぬものを呼び出した。

 この世全ての悪とも呼ばれるそれをなぜアインツベルンは呼び出したのか、その真意を知る者はいない。


 しかし、真相を知ることはなくともそれを推察するものはいた。なぜならその男は実際にその目で監督役と共に第三次聖杯戦争を眺めていたのだから。

 そして、その時に監督役を務めた言峰璃正と僅かながら縁があったその男は今、当時とは全く異なる容貌にてその息子と語らっていた。



 「東方正教会双頭鷲(ドッペルアドラー)、ええ、かつては私もそれと関わっていたことがあります。まあ、その因縁も10年ほど前に無くなったようなものですが、奇妙なことに人の繋がりというものは容易には断ち切れない。人の命は、簡単に散るものだというのに」

 冬木市に存在する丘の上の教会、冬木に存在する霊地の中でも三番目の霊格を誇り、第三次聖杯戦争においては聖杯を降ろす場所ともなった屈指の霊脈を有する要地。

 元は始まりの御三家の一角たるマキリがおさえていたが、後に土地の霊気が一族の属性にそぐわないことが判明し、間桐邸は別の場所に移築され、土地は後から介入してきた聖堂教会が確保した。

 第三次聖杯戦争の監督役だった言峰璃正が教会から派遣され管理を行っていたが、第四次聖杯戦争の折に他界し、息子の言峰綺礼が引き継ぎ現在に至る。

 「そして第八秘蹟会。確かに、貴方の経歴から考えれば父と面識があったというのも頷ける。なるほど、このように当時の人間の話を聞く機会に恵まれるとは、私の運も存外捨てたものではないらしい」

 そう呟くのは僧衣に身を包んだ長身の男。ソファーに腰を埋めながらも相手を威圧するかのような雰囲気を滲ましている。

 そして、彼と対峙する男もまた僧衣に身を包み、こちらは対照的に温和な雰囲気を身に纏っている。


 だが、果たしてそうだろうか。常人が見るならば彼は普通極まりなく、人畜無害な好人物であるかのような印象を受けることだろう。

 しかし、この人物をよく知る人間による評価はそれとは真逆のものである。まあ、“邪なる聖人”という魔名を持つ時点でまともな人物であるはずがないのだが。


 「神は高みを在りて常に我等の行動を見ておられる。ここに我々が友誼を深める機会を得ることができたのも神の思し召しというものでしょう」


 「ほう、貴方は神を信じるか」


 「ええ、信じておりますとも」


 その言葉にどれほど意味が込められているのか、両者は語る必要もなく理解していた。


 片や、生まれつき人間の幸福というものを知らず、他人が苦しむことでしか己の幸福を感じることが出来なかった男。

片や、生まれつき他者と認識が共有できず、認識がずれた世界で独り飢えながら歩み続けた男。


似ているようで決定的に異なる両者は、同じような理由によって信仰の道に入った。


神は全てを許すという、神は全てを救うという。

ならば、罪深き自分をも神は救うのではないか?


その思いを胸に意味のない道を歩き続けた両者は、ある意味同じ結論にたどり着いた。


 この世に神はいない。だが、しかし……


 「私の信ずる神は今も高みにおられる。そして、私は神の代行者なのですよ」


 黄金の代行、クリストフ・ローエングリーン。


 ヴァレリア・トリファという男が持つ洗礼名であり、祝福であり、呪いであるその名。

 そして、彼の信じる神とは、その対極に位置する筈の愛すべからざる光(メフィストフェレス)に他ならない。


 「代行者か、ならば私はどうなのだろう」

 言峰綺礼という男もまた、神の代行者という立場にいたことがある。

 それはあくまで人間世界の最大派閥がもつ異端審問組織の一部に過ぎないものであったが、それを神の意志とするならば紛れもなく彼は代行者であったのだ。

 しかし今、彼は別の神に祈りを捧げている。


 この世全ての悪(アンリマユ)


 その泥を心臓として機能させている彼はその分身、一部といってもいい存在となり果てている。ならば、彼をして神の代行と呼ぶこともまた不可能ではないだろう。


 そうした背景などを考えても、やはりこの二人は似たもの同士ではあるといえた。共に聖杯戦争に浅からぬ因縁を持ち、余人は知る筈もなく、極一部の限られた人間しか知らない情報を互いに隠し持っている。



 「さてさて、その答えを得るためにかつて貴方は聖杯を求めた。違いますかな?」

 そして、聖餐杯は人を知る。俗人ならば見ただけでどのような人間かまで看破する彼ではあるが、その彼をしてこれほどまでに内面を読み取りにくい相手は数えるほどしかいない。

 もし、かつての自分、ヴァレリアン・トリファならばこの男の内面すら余さず読み取ったのであろうが、黄金の代行である今の自分はその能力を失っている。

 しかし、それは己の願いの結果であり当然の帰結、脆く歪んだ器を捨て去り、高次の白鳥へと変生することこそ彼の渇望なのだから。


 「確かに、否定は出来ぬ身。若い私は答えを知るために聖杯を求めた。だが、その答えは未だ出ていない」

 もし答えが出ていたのならばそもそも言峰綺礼は生きていない。この世全ての悪の泥によって偽りの心臓を機能させている彼は己の渇望に喰われているのと大差ないのだ。

 仇敵である衛宮切嗣の命を奪った聖杯の泥は彼に真逆の効果を及ぼした。それまで人類を救うという渇望に囚われていた衛宮切嗣はこの世全ての悪によってその渇望を否定され、生きる意味全てを失った。

 その果てに、彼が託すべき者を見出したことまでは言峰綺礼も知らぬことではあったが、衛宮切嗣は確かにこの世全ての悪によって死んだのだ。

 だが、本来は死んでいたはずの言峰綺礼は今も生きている。まともな人としての在り方とはかけ離れた存在となり、ただ、この世全ての悪の生誕を願うだけの渇望の具現と評した方が適当ではあるが、それでも生きている。


 10年前、溢れ出た泥によって生者と死者はその立場を入れ替えた。


 そして、その渇望が満たされた時こそ、言峰綺礼の肉体は活動を停止する。いかに聖杯の力の一部であるとはいえ、意思の力のみでそれを維持している言峰綺礼はいったい何者なのか。


 「ですから、そのお手伝いをして差し上げたい。もっとも、私にも打算はあり、望むものがある身ですがね」

 聖餐杯は笑う。彼には言峰綺礼の願いを理解することが出来た。具体的な内容までは分からずとも、それがどのような願いかは分かる。

 己の渇望を成就させるためにこの世全ての悪を受け入れ、なおも歩み続ける言峰綺礼。同じく、己の渇望を成就させるため、自己の器すら捨て去り黄金への変生を果たし、歪んだ聖道を歩み続けるヴァレリア・トリファ。

 そして、二人の道は今、この冬木の地にて交わろうとしている。


 「そうか、ならばいくつか質問があるのだが良いだろうか?」


 「なんなりと」


 「およそ60年前、私の父が監督役を務めた第三次聖杯戦争において、アインツベルンはこれを召喚した」

 そうして彼が指し示すのは己の心臓、それがなんであるかなどこの相手に説明する必要もない。


 「なぜ彼の家がそのような真似をしたのかについては知りようもないが、疑問が残る。そも、なぜその召喚は成功したのか?」

 それはつまり、卵が先か鶏が先かという議論。

 第三次聖杯戦争において、アインツベルンはこの世全ての悪(アンリマユ)召喚した。そして、それ以降、正統な英霊のみを呼ぶはずの大聖杯は狂い始め、第四次聖杯戦争においてはキャスターのクラスに反英雄が招かれている。

 だが、アヴェンジャーを呼び出すまでは確かに聖杯は正確に機能しており、正英雄以外は呼び出されるはずがなかった。

 アインツベルンは聖杯を作る家ゆえに抜け道を知っていたと考えればそれまでだが、それを独力で行えるのならばそもそも遠坂やマキリの協力などいらなかったのではないか、という疑問が残る。


 ならば。


 「第三次聖杯戦争が行われたのは今より61年ほど前の話、ちょうど世界が大戦の戦火に飲まれていた時代、我々が人として生きていた時代」

 そして、聖餐杯は静かに語り始める。


 「当時、ナチスドイツの高官であったハウスホーファーなる人物。その男が見定めたというシャンバラの候補地の中に冬木という土地が存在していたと記憶しております」

 当時は大戦中であり、大日本帝国とナチスドイツ第三帝国は同盟国であった。

 ならば、黒円卓と冬木になんらかの繋がりがあってもおかしくはない。そして、黒円卓はその名の通り闇を強く孕む、そう、清純なる聖杯を黒く染め上げる程に。


 そもそも、“円卓”という言葉自体が“聖杯”と強い因果を含む。ならば、あの副首領がそこに何の介入もしなかったなど、そちらの方があり得ない。


 「なるほど、つまり」


 「この冬木の地は我等、黒円卓の騎士にとっても約束の地。我らもまた聖杯を求める騎士なれば、この儀式を見過ごすことは叶わぬのですよ」



 聖槍十三騎士団


 わずか60年ほど前に出来た小さな組織であるはずが、国際連合という表の組織はおろか、聖堂教会、魔術教会の二大組織からも恐れられる超人の集まり。

 最早それは超人と呼ぶのもおこがましく、天災と表現する方が妥当といえる。

 特に、『白いSS』と呼ばれる吸血鬼は最悪の災害。聖堂教会が誇る異端審問組織『埋葬機関』、魔術教会が誇る封印指定執行者、その両者を幾人も返り討ちにし、死徒二十七祖をも仕留めたとされる戦争の怪物。


 そして、このヴァレリア・トリファこそが黒円卓の騎士を率いる首領代行。


 不思議なことに幹部に関する情報はほとんど外に伝わっていないが、現在も活動を続ける騎士団員の情報ならある程度は知れ渡っているのだ。

 “白いSS”、“最終魔女”、“戦乙女”、などは欧州の裏側を知る者ならば誰もが一度は聞いた名である。

 諜報活動に徹する“紅蜘蛛”と首領代行である“邪なる聖人”が表に姿を現さないのは当然ではあったが、残りの三人についての情報は裏側ですら知られていない。

 唯一知るのは10年前に崩壊した双頭鷲(ドッペルアドラー)くらいであっただろう。


 「それは矛盾するな。聖杯戦争が黒円卓の騎士の悲願ならば10年前の第四次聖杯戦争になぜ介入がなかったのか」

 そして、それを知りながら悠然と対峙するこの神父もまた只者ではない。むしろ、この状況を心の底から愉しむかのような笑みを浮かべている程だ。いや、恐怖という感情が擦り切れているだけなのか。


 「それは言わずともお分かりでしょう。当時、我々も色々と立て込んでおりまして、このような遊戯に参加する余裕がなかったのですよ」

 つい先程、黒円卓の騎士の悲願であると告げておきながら遊戯と断ずる。全く矛盾そのものであるが、矛盾なくして聖餐杯は成り立たない。


 「確か、諏訪原といったか、その土地にて黒円卓と双頭鷲がぶつかったと聞いた覚えがある。まあ、我々も色々と立て込んでいたためそのような遊戯に関わることもなかったが」

 双頭鷲は東方正教会に属する機関であり、ローマを本拠地とするカトリックの聖堂教会とは立場を異にする。

 表側の話だけでも幾度となく闘争を繰り返したローマ・カトリックと東方正教会の関係は最早名状しがたいものになっている。最大の仇であると同時に最愛の人であるかのように。人間社会における最大派閥の構成する組織であるためか、それらは人の矛盾を体現するかのように愛憎劇を繰り返している。


 「ええ、当然蹴散らしましたが。多少の傷を被ったのもまた事実なのですよ」

 それは紛れもない事実であり、怒りの日の前哨戦。

 ならばこの聖杯戦争は来るべき本番に向けた大規模な演習と呼ぶべきだろう。作戦が大規模になればなるほど事前の演習にも力を入れるもの。

 そして真に迫った演習ならば気を抜けば命を失うことにも繋がる。要はそういうことなのだ。


 「熟練兵を失ったからといって新兵を代わりに据えたところで容易に穴は塞がりません。ならば、実戦訓練こそが最も効率的な養成方法でしょう」


 「つまりは、それも目的であると」

 聖餐杯の言葉には必ず裏がある。表だけを受け取っているといつの間にか袋小路に入っていることになりかねない。


 「ええ、それも目的です。それを口実に口うるさい妻と優しい娘を騙してこのような戦場までやってきたわけでして」

 どの口がほざくのか、どこまでも飄々と口にする聖餐杯。


 「ほう、貴方に妻と娘がいるとは。これは驚くところなのか判断に苦しむな」


 「ははは、これは耳が痛い。ですが、貴方はどうなのです?」


 「さて、どうだったか」

 それは言峰綺礼にとって数少ない、考えてはいけないことだった。実際、家族という言葉は彼にとって鬼門といってよい。

 それを全く表面に出さない精神の頑強さは他の追随を許さないものではあるが、そういう部分を察することにかけてはヴァレリア・トリファに一日の長がある。


 しかし。


 「かつて私が零してしまったもの、それを恐れる心がある限り、私が家庭を持つとは思えんな。特に、私に子供を育てる資格などありはしない」

 それは言峰綺礼とて同じこと、他人の心の傷を開くことに関してならば他の追随を許さない。


 「く、くくくく、ははははは」

 「ふ、くくく、ははははは」

 そして両者は乾いた笑いを浮かべる。


 「愉快ですねえ、実に愉快だ。このように傷を抉られたなど、副首領閣下以来ですよ。ああ、実に懐かしい」


 「ああ、その心、誰よりも理解できるとも。十年前にあの日より、このような気分になったことなど一度もなかった」


 結局、この二人が言葉を発する以上、互いに傷つけ合う以外にあり得ない。互いにそのような業を生まれもった身であり、それを変える意思もない故に。


 「よかろう、貴方の協力を仰ぐとする」

 そして、言峰綺礼は決断した。いや、理解した。

 この聖杯戦争はこれまでとは全く違うものになるであろうことを、そして、この戦争の裏には自分も知らぬ途方もない悪意が蠢いているということを。


 「譲歩、感謝いたします」

 聖餐杯は静かに頭を下げる。その顔に仮面のような笑みが貼り付けたままで。


 「依頼しているのはこちらの方だ、感謝される云われはない。欲望もあれば打算もあってのこと」


 「それはお互いさまでしょう。私とて未だに隠し事は多い、全てを明かすことなど出来ませんし、する気もない」


 「ならばこそ、対等な立場の同盟、いや、協力関係というわけか。実に面白い」


 実際、彼らは愉しんでいた。この状況を。




 「それでは具体的な話に移るとして、まず、私が現在保有している戦力についてですが……」


 そして、神の家における彼らの密談は続く。


 神に仕える悪と邪なる聖人、この両者の奇妙な友誼が何を意味するのか、何をもたらすのか。





 『ああ、実に結構、実に至高。所詮は児戯に過ぎぬが、座興としては申し分ない、共に楽しむと致しましょう、獣殿』


 全てを見透かし、笑い続ける詐欺師のみが知っている。





[20025] Fate 第二章 運命の夜
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9bfda77d
Date: 2010/07/04 14:50
 
Fate


第二話    運命の夜


 その日、衛宮士郎はあり得ない光景を目撃していた。


 「――――――な」


 何かよく分からないモノがいる。

 赤い男と青い男。時代錯誤どころか最早冗談じみた武装を振り回し、校庭で殺し合っている存在があった。



 「何だよ、アレ」

 あれは人間じゃない、人間と呼んでいい存在じゃない。

 理解できない、動きが視認出来ない、あまりに現実感がなさ過ぎる。

 そう、もし現代人がいきなり戦場に放り込まれたとしたら似たような心境になるだろう。

 あれは違う、化け物ですらない。吸血鬼だの、狼男だの、人知れず闇に潜み、人間社会の死角から人を襲い続ける怪物の話は古今東西にあるが、あれはそういうものらとは一線をかくしている。。


 「殺し―――合っている」

 怪物は人間を殺すもの、人間と殺し合うものではない。故に英雄に倒される。それらは強力な存在ではあるが、自分と対等の存在を打倒するような機能など持ち合わせてはいないのだ。

 だが、あいつらは殺し合っている。まるでそれが当然だと言わんばかりに、それこそが自分達の存在意義だと主張するかのように。



 ふと気付くと、音がやんでいた。


 二つの怪異は互いに距離をとりつつも睨み合っている。

 それで殺し合いが終わったのかと安堵した瞬間、凄まじい殺気がほとばしった。



 「う、うそだ――――なんだ、あいつ――――!?」


 魔力、それもとんでもない量が青い奴の槍に集中していく。

 まずい、あれはまずい、あんなものが解放されたら赤い男は―――


 そして、俺が息をのんだ瞬間。


 「誰だ――――!?」

 青い男が、隠れている俺に気付いた。


 「――――!」

 それだけで、奴の標的が自分に切り替わったのだと理解できる。

 逃げないと、逃げないと殺される。もうどうしようもない事態に陥っているのは分かりきっているが、それでも頭の中を占めているのはそれだけだ。

 今は余分なことを考えるな、逃げきることだけを考えろ。

 と、思うまでもなく、既に足は走り出していた。俺の生存本能という奴もかなり働き者らしい。



 「は―――は―――は―――」

 どこをどう走ったのか全く覚えちゃいないが、気付けば俺は校舎の中にいた。


 「ば、馬鹿か俺は」

 逃げるなら町中かもっと人がいるところだろう。こんな人気がない場所に逃げてどうしようってんだ。


 いや、それでいいのか?

 あいつらから逃げるのに、人がいるところへ。そんなことをしたら…


 俺が生き残る代わりに、誰かが●されるということになるんじゃ―――


 「ええ、馬鹿ね貴方」


 「――――!?」

 目の前に人間がいた。馬鹿な、ついさっきまで誰もいなかったはず。


 「人間なら自分の命を最優先にすべきでしょう。なのにこんな人気の無いところに逃げるなんて、何を考えているのかしら?」


 それは、黒い長髪をした女だった。何か妙な格好をしているが……日本人だ。


 「あんたは――」


 「死になさい」



 一瞬、何が起きたか分からなかった。



 「えっ」

 血、血が出てる、俺の胸から。でもなぜ?


 何で、何で血が出てる? 血が出てるってことは刃物がなきゃおかしいだろ。俺の身体は定期的に胸から出血する異常体質ってわけじゃないんだから。


 「これは“活動”だから見えもしないし痛みもそれほど感じないはず。熱は出さないように抑えてあげたから、焼け死ぬこともないと思うわ」


 何を―――何を言っているんだこの女は―――

 「ご、ごふっ」


 「まあ、それが貴方にとって良いことなのか悪いことなのかは知らないけど」


 視界が歪む、おかしい、何で歪まなきゃならない。

 何が、何が起きたんだ。


 「追いかけっこはもう終わり――――って、レオン、いたのか」


 「随分な言いようねランサー。貴方と猊下はパスが繋がっていないのだから偵察役が別に必要になるのは当然でしょう。貴方、説明するの下手そうだし」


 あれは――――さっきの青い男。



 「まあ、そりゃそうかもしれねえが、お前とあの野郎は念話出来んのか?」


 「最近の世の中には携帯電話という便利なものがあるの。それに限らず、決まった相手と遠距離通信を行う方法なんて溢れているわ。仲間の一人がそういうのにやたらと詳しいし、その辺は一通り習得したから」


 「あん、確か、蜘蛛男だったか?」


 「その認識で正しいと思うけど、諜報とかをやらせたら貴方より百倍優れてるわよ。もっとも、それしか取り柄がないのが問題なんだけど」


 意識が、意識が遠くなる―――――なんだこれ。


 「はっ、新兵のお前に言われてたら世話ねえな」


 「だからこそでしょうね、猊下はこの戦争は新兵訓練のための場所だとおっしゃっていた。まあ、それだけが理由とは思わないけど、理由の一つではあるんでしょう。なにせ、古参兵が来たら儀式そのものが滅茶苦茶になってしまうもの」


 「まあ何にせよだ、退くぜレオン。もう一人のエセ神父の方も引き返せなんて抜かしてやがる」


 「ええ、そうしましょう。彼の死体は?」


 死体? 死体ってなんだ?


 「ほっとけとよ、証拠隠滅や事後処理はあいつらの仕事だろうが、俺達の気にすることじゃない」


 「分かった」


 ああ、そうか……俺の………こと…………


 「アーチャーか、いつかケリはつけてやる。それまでくたばんじゃねえぞ」


 「あ、そうだ。ついでにコンビニ寄って夕飯買っていこっと」


 「………意外とマイペースだな手前」


 「兵糧の補給も軍人の務めよ」







 ■■―――――――――――■■









 「なるほど、赤い外套の騎士、アーチャー。これで六騎目が揃いましたか」


 丘の上の教会にて、ある意味時代どおりのものを片手に僧衣を纏った男が呟く。


 「カメラ付携帯、いや、映像をリアルタイムで送れるタイプか」

 感心するように呟くのはもう一人の男。こちらも拵えは違えど僧衣を纏っているという事実は変わらない。まあ、場所を考えれば違和感はないどころか、神父が教会にいなければどこにいるのだという話になるだろう。


 「市販はされていませんしそれなりに値も張りますが、機能性は折り紙つきです。流石はシュピーネ、このような電子部品を扱わせれば右に出るものはおりません」


 「わが師に聞かせてやりたい言葉だ。崇高なる魔術の結晶は今や電子製品で容易く代替がきく。習得する手間を考えればその効率は比較にもならんだろう」

 言峰綺礼にはマスターとしての知覚があり、心霊魔術を修めてもいるため己がサーヴァントであるランサーから情報を得ることが出来る。

 しかし、ヴァレリア・トリファはマスターではない。彼はあくまで協力者に過ぎず令呪も当然保有していない、念話などの魔術程度は修めているものの、肝心の偵察役であるレオンハルトにはその技能がない。

 彼女が魔道に傾倒したのは僅か10年前の話、それだけの期間で黒円卓の騎士になるためには戦闘技能に特化させて鍛えるより他はなく、その他の技能は近代技術に頼ったものにならざるを得ない。


 「ですが、戦争とは得てしてそういうもの、科学技術が最も飛躍的に発展したのは二つの世界大戦の最中であった、これは最早一般常識レベルの話です。我等は魔術師に非ず、戦争の具現たる黒円卓の騎士。ならばこそ、使えるものは何でも使う、科学であれ、魔術であれ、信仰であれ」


 「そして、その果てに聖杯を求めるか」


 「ええ、私は俗物なのですよ。やりたいことがあるし、叶えたい望みがある。ならば、立ち止まっている時間などありはしない。どこまでも歩み続けるのみ」

 ヴァレリア・トリファは聖杯を望んでいる。それは間違いないが、それだけではないことを言峰綺礼は当然のように見抜いていた。

 いや、見抜いていたからこそこの男と協定を結ぶなどという暴挙に出たのか。


 「だが、未だにサーヴァントは揃っていない。最後のマスターも未だ現れず、これでは開戦の狼煙すら上がらんだろう」


 「貴方がそれをおっしゃいますか、この地に眠る聖杯は所詮人が作り上げた名ばかりの願望器。要は魔術の素養を持った人間がいれさえすればよい、10年前にもその例はあったはずですが」

 雨生龍之介という男がいた。その男は魔術師の血を引いてこそいたが魔術を習ったことなどなく、純粋な快楽殺人者として10年前にこの冬木を訪れた。

 そして、反英雄であるジル・ド・レェを呼び出しキャスターのマスターとなった。あらゆる奇蹟を叶えるはずの聖杯とはそのような人物すらマスターに選ぶ俗物なのだ。


 「確かにそうだが、今思えば腑に落ちんこともある」

 だが、言峰綺礼もまた聖杯を知り尽くしている。今や聖杯そのものとなっている存在の一部を体内に宿しているがゆえに、漠然としたものではあるが聖杯の意思とやらを感じることも不可能ではない。


 「ほう、それは?」


 「あれは消去法によって選ばれたマスターではないということだ。わが師、遠坂時臣やアインツベルンのマスターであった衛宮切嗣には聖杯戦争の3年も前から令呪が宿っていた」

 それは事実、御三家に連なるマスターには時間という圧倒的なアドバンテージがあった。それが故に彼らは聖杯戦争に対して準備を万全に整え望むことが出来たのだから。


 「そして、それは貴方も同じであったと」


 「しかし、私はその頃聖杯という存在など知りもしなかった。確かに父が第三次聖杯戦争において監督役を務めていたという縁はあったが、私自身は聖杯との関わりは皆無であった。そして、魔術協会よりの参加者であるケイネス・エルメロイ・アーチボルト、ウェイバー・ベルベット、始まりの御三家の一角たる間桐雁夜、このあたりは順当といえる」

 つまり、第四次聖杯戦争の人選には奇妙な偏りがあった。


 「遠坂、マキリ、アインツベルンの三家。協会よりの二名、ここまでは良いと、しかし貴方ともう一人には選ばれる必然性がなかった。にも拘らず、共に聖杯戦争において大きな役割を果たした」


 「本来ならばキャスターには別のサーヴァントが呼ばれていたはず、だが、雨生龍之介が呼び出したジル・ド・レェはセイバーに妄執を抱き、そればかりかバーサーカーすらも、かの騎士王に縁のものが呼び出された」

 それもまた奇妙な話しなのだ。間桐雁夜がサー・ランスロットに縁のある品を持っていたわけはなく、その精神の波長が一致していたとはいえ実力が決定的に不足していた。

 だが、間桐雁夜はアーサー王に縁にある湖の騎士を召喚した。それはまるで、何者かに脚本された愛憎劇であるかのように。


 「つまり、聖杯が己の意思によって持ち主となるべき者を見定めるためにマスターを選ぶ。御三家がマスターを招く為に作り上げた虚構が、今や真実となっている。そういうことですかな?」


 「確証はない、だが、そう考えれば辻褄が合うのも事実だ」

 言峰綺礼とてそれに納得しているわけではない、だが、ある種の確信があった。

 自分、いや、この世全ての悪すらも知らない何者かがこの聖杯戦争には関与している。そして、今目の前にいる男はその存在を知っているはずだ。


 「なるほど、であるならば、最後のサーヴァントが召喚される日もそう遠くはないでしょう。貴方のおっしゃる通りだとすれば、その愛憎劇を脚本した何者かは未だにこの地に潜んでいる。そういうことになるのですから」

 潜んでいるという表現が的確でないことを聖餐杯は熟知していた。そも、あの存在を表すのに的確な表現などこの世に存在すまい。


 「では、待つとしよう。我々もまた舞台の上を踊る道化に過ぎん」


 そして、礼拝堂を沈黙が支配する。

 両者ともに言葉を発することなく、それぞれの思いに沈んでいた。



 ≪この街はシャンバラの模造品、いや、試作品とでもいうべき存在に間違いない。カール・クラフトという人物の年齢を考えればあり得ない話ですが、副首領閣下ならば別段不思議な事でもない≫

 仮にカール・クラフトが数千年を生きた魔法使いだと言われたところで、黒円卓の中で驚愕するものなど皆無だろう。

 かつては魔術の多くは魔法と呼ばれていたが、科学が発展したこの時代において、魔法は五つを残すだけとなっている。

 そのうちの一つ、第三魔法、魂の物質化。それをあの副首領はこともなげに再現した。


 アインツベルンの千年かけて未だに成せぬ奇蹟の技をたった1日で彼は行ったのだ。


 1945年、5月1日。戦火に飲まれたベルリンにおいて、八つのスワスチカが開かれ、イザーク・アイン・ゾーネンキントを聖櫃とした黄金練成の儀式が行われ、魔城は異界へと飛ばされ、永久展開されている。


 そして、ラインハルト・ハイドリヒと三人の大隊長は、まさにアインツベルンが求める奇跡の黄金の体現者となった。
 

 ≪そして、この街にもまた八つの霊地が存在する。最も、聖杯を降臨させるに足るのはそのうち四つのみですが、そのうち一つは既にスワスチカとして機能している≫

 10年前、シャンバラにおいて黒円卓と双頭鷲がぶつかり、第五位と第二位が共に落ちるという結果をもたらした。

 そして、その時に不完全ながらも第一は開いたが、それと合わせ鏡であるかのように、冬木に存在する霊地の一つでこの世全ての悪が顕現し、500人近い命が捧げられた。


 冬木市民会館、元々は聖杯の降霊を行えるほどの霊格を備えてはいなかったが、一等の霊地である円蔵山、第二の霊地である遠坂邸、第三の霊格を誇る冬木教会、それぞれに魔術的な陣地が築かれたことで自然のマナの流れが狂い、魔力の吹きだまりとなった土地が第四の降霊地となった。


 ≪未だ魔術師は気付かないが、霊格を有するに至った土地はそこのみではない。元々は三箇所であった霊地も聖杯戦争のたびに数を増やし続けている≫

 スワスチカとは戦場跡に刻まれる方陣であり、大量の魂が散華することで開かれる。

 ならば、サーヴァントという極上の魂が散華すればそれだけでスワスチカを開くことも可能となる。ましてこの土地ではそんな戦争が繰り返されてきたのだ、元々は何も無かった土地であっても徐々に汚染は進み、ついに今回、八つの霊地が完成した。

 その基準は一般の魔術師のものとは違うため、他のマスターにとっては四箇所のみが重要地となるが、黒円卓の騎士にとってはスワスチカとなるべき箇所は八つである。


 ≪最初の聖杯が降臨した際に三から四へ、二度目の聖杯戦争では五、私がこの目で確認した第三次聖杯戦争では六、10年前のあの時には七、そして、今回はついに八、全ては布石通りというわけですか≫

 およそ60年周期で大聖杯に満ちるマナ。そして、それに呼応するようにスワスチカも完成していった。

 怒りの日は近い。ゾーネンキントは既に17歳となっており、今年のクリスマスが恐らくその時であろう。


 ≪さてさて、どうなることやら≫

 聖餐杯とて全てを見通しているわけではない、彼は全知全能とはほど遠く、用心深く策謀を巡らし、自分にとって好ましい状況を作り上げるのみ。


 ≪ともかく、ベイ中尉に嗅ぎつけられなかったのは僥倖というべきでしょう。シュピーネが上手くやってくれたようですが、もし彼が来ていればどうなっていたことか≫


 まず間違いなく、聖杯戦争は根底から崩壊していたことだろう。あの男には魔術師のルールも教会のルールも人としての道徳も一切関わりないのだ。


 始まりの時は近い、その瞬間を待ちわびながら、聖餐杯は神の祭壇の前で祈りを捧げている。


 そして、その隣では同じく僧衣に身を包んだ男が神か、はたまた何者かに十字を切る。


 運命の夜は未だ始まったばかり、この戦争がどのような結末に至るのか、それは誰にも分からない。










[20025] Fate 第三章 英雄と影
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9bfda77d
Date: 2010/07/04 14:56
 
Fate


第三話    英雄と影




 家に帰る頃には、とうに日付が変わっていた。

 屋敷には誰もいない、桜はもとより藤ねえもとうに帰った後だ。


 「はあ…はあ…ふう」

 大きく息を吸い込むと同時に腰を下ろす。思いきり息を吸って吐くが、それだけで肺が悲鳴をあげている。


 「そりゃそうか、ついさっきまで壊れてたんだ」

 俺が殺されかけたのは間違いない、というか、実際に殺されたはずだ。

 にも関わらず生きているのは誰かに助けられたから、それが誰かは分からないが、確かに俺は助けられた。


 「でも、一体誰だったんだ?」









 ■■―――――――――――■■





 「誰かが助けたのは間違いない。だとしたら、アーチャーのマスターしか考えられない、か」


 衛宮邸から数百メートル離れたとある民家の屋上、黒い長髪を持った少女が人知れず呟いた。

 彼女は魔術師としての訓練はほとんど積んでいないため、人払いの結界などを張るには専用の礼装に頼る必要がある。幸い、仲間の魔女がそういうものを作るのを趣味にしていることもあり数は不足していないが、性格的なものが原因なのか節約しがちな傾向にある。


 そんな彼女は現在迷彩用の呪符を肩に張り付けて他者の視線による索敵を阻害している。それなりに高等な術式で組まれた品であるためこれを破るにはそれ相応の式が必要になる。

 だが、今の冬木にはそれを成せる存在が集結している。魔術に特化したキャスターは言うに及ばず、戦闘が専門であるランサーすら原初のルーンを修めたルーンマスターなのだ。

 そして、彼女の見たところアーチャーのマスターは相当優秀な魔術師であり、そのサーヴァントにも魔術的な知識はあるように見受けられる。


 「敵はかなり優秀、少なくとも愚物はいなさそうね。アーチャーのマスターがどういう意図があってあの男を助けたかは分からないけど、ランサーが再殺に向かった以上は徒労に終わる」


 そして、彼女は足もとに置かれた袋からあるものを取り出す。


 「はむ」


 つい先程コンビニで買って来た肉まんである。聖杯戦争の真っ最中とはいえど、コンビニは相変わらず24時間営業なのだった。


 「後でコインロッカーに取りに行かなきゃいけないけど、まあいいか」

 彼女には以前、SS服のままコンビニに入ってもの凄く気まずい思いをした経験がある。あの時に向けられた痛い子を見るような視線には流石の彼女も堪えるものがあった。


 「さて、監視を続けましょう」

 缶コーヒーと肉まんを片手に見張りを続ける姿は軍人というよりも張り込みをしている刑事を思わせたが、幸か不幸かそれを突っ込む人物はこの場にいなかった。









 ■■―――――――――――■■




 「飛べ」

 槍の男は弾かれた槍には目もくれず、回し蹴りを放ってきた。


 「ぐっ――――!」

 まさかピンボールのように人間の身体が宙に浮くなんて思いもしなかったが、俺の身体は骨が折れるような勢いで土蔵の壁に叩きつけられた。


 「はあ―――は」

 まずい、まともに呼吸が出来ない、このままじゃ。


 「そこ動くな!」


 青い男は20メートル近い距離を一直線に突っ込んでくる。ホントにこんな距離を飛ばされたのか俺は。


 「ぐ―――!」

 動かないと、逃げないと殺される。そんなことは分かりきっているというのに、足に力が入らない。


 「―――」

 迸る槍の穂先、それを見る暇もなく崩れ落ちる身体が槍を迎え――


 「ちい、男だったらシャンと立ってろ」


 悪運に救われた。膝を折った俺の頭上を槍は通過していき、逆に土蔵の扉を開いてくれた。

 チャンスは今しかない、土蔵に入れば何か武器になるものが。

 四つん這いになって土蔵に飛び込むが、その瞬間。


 「そら、これで終いだ!」

 避けようの無い、必殺の槍が放たれた。


 「このおおおおおおおおおおおお!」

 それを防いだ。棒状だったポスターを広げ一度きりの盾にする。

 薄くなったせいで強度はまるでなくなったが、それでも一回程度は奴の槍を防いでくれた。


 「ぬ……!?」


 こっちは衝撃だけで壁まで吹き飛ばされる。だが僅かながら距離は開いた、今のうちに何か武器になるものを――



 「終わりだ、今のは割と驚かされたぜ、坊主」

 男の槍が、俺の心臓目がけて突き出されていた。


 これで終わり、俺にはこの先の術などない。この状況に追いこまれた時点で衛宮士郎の生きる可能性は皆無になった。


 「しかし、分からねえな。機転はきくくせに魔術はからっきしときた。筋は悪くないようだがまだ若すぎたか」

 男の声なんか聞こえない。

 意識はただ目の前の凶器に注がれている。

 だってそうだろう、これが突き出されるだけで俺は死ぬ、だったら他のことなんか考える余裕がどこにあるという。



 「もしやとは思うが、お前が7人目だったのかもな。まあ、だとしてもここで終わりなんだが」

 男の腕が動いた。

 今までは閃光のように見えていたが、今はやけにスローモーションに見える。


 走る銀光。

 俺の心臓に吸い込まれるように進む穂先。

 一秒後には血が出るだろう。

 そう、俺は知っている。こんな死の具現のような槍ではなかったが、俺はつい先程似たような死を味わった。

 ……それをもう一度? 本当に?

 理解できない。なんでそんな目に遭わなくてはいけないのか。

 ……ふざけてる。そんなのは認められない。こんなところで意味もなく死ぬわけにはいかない。

 助けてもらったのだ。なら、助けられたからには簡単には死ねない。

 俺は生きて義務を果たさないといけないのに、死んでは義務を果たせない。


 「―――」

 頭に来た。

 そんな簡単に人を殺すなんてふざけてる。

 そんな簡単に俺が死ぬなんてふざけてる。

一日に二度も殺されるなんて、そんな馬鹿な話もふざけてる。

ああもう、本当に何もかもふざけていて、大人しく怯えてさえいられず、


 『では、どうするね。このままここで朽ち果てるかな?』

 そんな刹那に、声のようなものが響いた。


 『確かに君は一度死んだ。だが、死に切れもしなかった。君は今も生きており、生きているからには生き続けねばならない。ああ、その通りだとも、その認識に一片の間違いもありはしない』


 なんだ―――――これは――――


 『だがしかし、彼は君を殺すつもりだ。魔術師として半人前以下の君では逆立ちしようとも彼には敵わぬ。それこそ、奇跡でも起きぬ限りは。だが、その奇蹟は既に今日使いはたしてしまっていると思うが』


 なら――――俺はどうすれば――――


 『では問おう、君は生を望むかな?』


 何だって?


 『生きること、その流刑の如き生を歩み続けることを君は望むのかと尋ねている。君に自覚はないであろうが、今この瞬間は君の人生において最大の分岐点と言ってよい。いや、物事を正確に述べるのならば、人間として終われる存在のままであるかどうかの分岐点と言うべきか』


 それは、いったい何のこと。


 『その体を剣へと変生させ、正義の道を歩み続ける錬鉄の英霊。その根源となる時が今まさにやってくる。かの騎士王と出会わねば、君は人間として終わることも出来るだろう。この永劫に回帰するゲットーにおいて、君達英霊は、数少ない分岐点を持ち得る存在故に』


 それはつまり、俺がここで死ぬかどうかは俺次第だと?


 『然り然り、本来ならば召喚の言葉もなくサーヴァントが召喚されるなどあり得んのだ。いくら君の体内に彼女の鞘があり、この場所もまた彼女にゆかりがある場所であり、最高の絆によって結ばれているとはいえ、彼女がサーヴァントである以上、大聖杯のくびきからは逃れられん。この法則は容易には揺るがない』


 じゃあ、結局俺は死ぬってことか。


 『いいや、そうではない。私はしがない演出家に過ぎぬが、この劇場を作るにあたって少なからず手を貸している。故に、抜け道もいくらか存じている。それはほんのささやかな道筋に過ぎぬが、君が望むならば輝ける黄金の道に変えることも不可能ではない。もっとも、クリストフを排除できるかどうかはまた別の問題だが』


 なんだって?


 『いいや、今の君には関係のないことだ。それで、答えは聞かせてはくれぬかね、未だ生まれぬ英雄殿』


 俺の――――答え。


 『そう、実に簡単な二択だ。このままここで死ぬか、それともマスターとなって生き延びるか』


 そんなの、決まってるだろう。


 『ほう、ならば?』


 そして、俺の意識は元の世界に戻される。



 「ふざけるな、俺は――――」

 こんなところで意味もなく、お前みたいな奴に、殺されてなるものか―――!!!!!!



 『承諾した。ああ、素晴らしきかなその想い。やはり君はその選択をするのだね、わが親愛なる守護者よ。そう、何度繰り返そうと君はこの瞬間の選択だけは絶対に間違えない、君にとって至高の存在である彼女と出会わぬ可能性をそれほどまでに作りたくはないのか』



 それは本当に、魔法のように現われた。


 声が出なかった。

 突然のことに混乱していた訳でもない。ただ、目の前の少女の姿があまりにも綺麗すぎて、言葉を失った。


 「―――問おう。貴方が、私のマスターか」

 その少女は、凛とした声でそう言った。


 『これにて最後のサーヴァントは召喚され、役者はすべて出揃うこととなる』


 「え……マス……ター………?」

 そんな言葉しか返せない俺に、少女は何も言わず、静かに俺を見つめ返してくる。


 ――――その姿を、なんと表現すればいいのだろう。



 『開幕はここに、これより先は一切止まること無き修羅の道。存分に乱れ、狂うがよかろう』



 「サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上した。マスター、指示を」

 その言葉を聞いた瞬間、左手の手の甲に痛みが走る。


 「―――これより我が剣は貴方と共に在り、貴方の運命は私と共にある。ここに、契約は完了した」




 『では、今宵の、恐怖劇(グランギニョル)を始めよう』











―――あとがき―――

 どういうわけかFate屈指の名シーンが最悪のシーンになってしまいました。

 Fateファンの方、真に申し訳ありません。

 とりあえず、言うべきことは一つです。


 カール・クラフト死ね



 






[20025] Fate 第四話 白銀の騎士と青い槍兵、そして炎の獅子
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/07 20:42
Fate


第四話    白銀の騎士と青い槍兵、そして炎の獅子



 深山町の一角に存在する衛宮邸、その場所にて二人の騎士が戦っている。


 それは、マスターである少年と槍の英霊との間で行われていたものとは明らかに異なっていた。


 戦闘


 それは戦闘と呼ばれるものだ。


 戦闘とは互いを仕留めることができる能力者同士の争いであり、例えどれほどの実力差があろうとも、互いを仕留める手段を保有しているならば、それは戦闘と呼ばれてしかるべきだろう。

 そういった意味でも、二人が行っているものはまさに戦闘であった。


 「はあっ!」

 手にした“何か”でもって切り込む白銀の騎士。


 「ちいっ!」

 それは赤き魔槍で弾く青い槍兵。しかし、しのぎ切れていない。


 騎士の一撃には目視が可能なほどの膨大な魔力が込められている。それを受けるだけで彼を相当な衝撃が襲うのだ。さらに騎士の技巧自体も既に人外の領域に達しており、同じ存在である彼をもってしても捌くことは困難を極めた。

 槍兵の槍が正確無比な狙撃銃だとすれば、騎士の剣は火力にものをいわせた散弾銃、それだけでも両者の力の差は明白と言えた。

 そして何よりも。


 「卑怯者め、己が武器を隠すとは何事か!」
 

 「―――――」

 その言葉に、騎士は無言の剣戟でもって応じる。

 銃という近代兵器ではなく、互いに武器を持っての戦闘において、相手との間合いは生死に直結する要素である。

 目測をわずかに誤っただけで、容易く死にいたる修羅場に彼らはいる。その状況において、相手の武器が見えないという点は凄まじく不利に働く要素であった。



 そして、騎士はさらなる攻勢に出た。

 絶え間ない、豪雨じみた剣の舞。飛び散る火花は鍛冶場の錬鉄を思わせる。


 「調子に乗るな」

 だが、槍兵とて一筋縄ではいかぬ英雄である。


 騎士の攻撃速度が上がると同時に、槍兵もまた手数を増やす、いや、増やし続ける。


 「――――!」

 今度は驚愕するのは騎士の方であった。


 槍兵はサーヴァント内最速の英霊である。

 令呪の縛りも無い戦いにおいて、槍兵に速度で敵う英霊などそうそう存在するものではない。

 本来であれば、彼には令呪による制約が課されていたはずだが、幸か不幸か、聖餐杯の助力が加わったことにより、彼の立場は異なるものとなった。

 その結果、今の彼はその能力を十全に発揮できる状態にある。こうなった彼を速度で凌ぐのは至難を超えてほぼ不可能いっていい。

 それは、目の前の騎士においても例外ではない。

 繰り出される槍は、既に防御のためのものではなく攻撃に変化し、騎士の防御を徐々に崩していく。



 「おおおおお!」

 そして、白銀の騎士もまた己の力を解放する。

 最速の英霊が槍兵ならば、剣の騎士は最優の英霊、その持ち味は白兵戦においてこそ発揮される。

 騎士の全身から魔力が迸り、迎撃の一撃を必殺の一撃へと昇華させる。


 魔力と速力、それぞれが誇る英雄としての武器が火花を散らし激突する!





 「――――ぐっ!」


 「――――!」


 そして、両者は共に弾かれ再び間合いは離れる。


 両者ともに表情は険しい、互いが必殺の一撃を繰り出し合い、結果として引き分けに終わったものの、そんなものには何の価値もありはしない。


 「どうしたランサー、止まっていては槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら私が行くが」


 「……は、わざわざ死にに来るか。それは構わんが一つ聞かせろ。貴様の宝具―――それは剣か?」


 槍兵の獰猛な猛犬のごとき視線に対し。


 「さあどうかな、戦斧かもしれぬし、槍剣かもしれぬ。いや、もしかしたら弓ということもあるかもしれぬぞ、ランサー?」

 騎士は静かに笑みを浮かべながら悠然と答える。


 「はっ、ぬかせ剣使い」

 そして、槍の男、ランサーは僅かに穂先を下げる。

 それは戦闘を止める意思表示のようであり、同時に必殺の一撃の前触れでもあった。


 「ついでにもう一つ訊くがな。お互い初見だしよ、ここらで分けって気はないか?」


 「―――――」


 「悪い話じゃないだろう?あそこで惚けているお前のマスターは使い物にならんし、俺のマスターも姿を見せない腰ぬけときた。ここはお互い、万全の状態になるまで勝負を持ち越した方が好ましいんだが――――」


 「断る。貴方はここで倒れろ、ランサー」


 「そうかよ、まあ、当然といやあ当然の意見だが、あいにくこっちも色々と事情があるようでな。特に、どっかお前に似ている堅物優等生は、マスターの命が最優先なもんだからよ」


 「―――?」

 そして、彼がそう呟いた瞬間。


 炎が、彼らの周囲を包みこんだ。


 「な!」


 「来たか」

 それに対する彼らの対応は真逆のものとなった。

 ランサーは単身で敵地に切り込んだ身であり、守るのは自分だけでよい。また、この炎の使い手の存在を知っているため、これが自分達サーヴァントに致命傷を与え得るものではないことも理解していた。

 最も、それは対魔力を持つサーヴァントに限られる話であり、ランクにしてC以上が前提となるが、セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士は元来強力な対魔力を備える傾向にある。


 「マスター!」

 しかし、いくらサーヴァントが耐えられたとしても、マスターはそうはいかない。セイバーは最優の英霊であり、Aランクに達する強大な対魔力を有するが、マスターを守る効果があるわけではないのだ。


 「な―――!?」


 故に、セイバーが取れる行動はマスターを抱えて全力で離脱するしか他はなく。



 「隙だらけよ」

 炎を纏った若い獅子がそれを見逃すことはあり得なかった。


 彼女の放つ斬撃は容赦なくマスターを抱えて跳躍するセイバーに迫り、セイバーは辛くも篭手で防ぐ。


 「く、ぐうう!」

 衝撃こそ防いだものの、刀身から凄まじい熱が伝わり、魔力で編まれたセイバーの鎧をじわじわと突破していく。

 熱が凝縮して形を成し、獅子の手に握られるそれはまさしく烈火の具現。

 周囲の酸素を根こそぎ喰らって燃え上がる緋色の剣。それはランサーの紅い槍に似ているようで有する属性に大きな違いがあった。


 すなわち。


 「が、がは!」

 セイバーに抱えられる士郎が呼吸困難の症状を見せる。


 「マスター!」


 ランサーの槍は殺意が凝縮したもの、それは怪物や英雄を殺すための聖遺物であり、相手に対して必殺の一撃を放ち、致命傷を与えるもの。



 「貴方は無事でしょうけど、マスターはただの人間。呼吸をしなければ死んでしまう」


 対して、彼女の聖遺物は優しくない。ランサーの槍ならば苦しまずに死ぬことが出来るであろうが、緋々色金(シャルラッハロート)は対象を焼き殺すことを主眼に置く。一度士郎を殺す際に“活動”に手を加えたのはそのためだ。

 本来であれば、あの場には惨殺死体ではなく焼死体が残るはずであった。もしそうであれば流石に遠坂凛といえど修復は困難であっただろう。


 「はああああ!」

 マスターの危機を察したセイバーは全身から魔力を迸らせ、その勢いで敵を振りほどく。そして、追撃者も深追いはせず、すぐさま退却に転じた。



 「おいレオン、こりゃあちとやり過ぎじゃねえのか?」

 そして、既に安全圏まで退避したランサーはぼやくように不満を述べていた。


 「効率的と言って欲しいわね。貴方、聖遺物を使うつもりだったでしょう」


 「聖遺物? ああ、宝具のことか」


 彼らは似ている存在ではあるが、その武器に関する呼び名は微妙に異なっていた。

 サーヴァントは己の象徴にして武力の要となる兵装を宝具と呼び、黒円卓の騎士は己そのものでもある分身を聖遺物と呼ぶ。

 両者の能力はさほど違いはないが、強いて言えば聖遺物の破壊が致命傷を意味する黒円卓の騎士のそれは、親和性においてサーヴァントの宝具を凌駕しているといえるだろう。

 だが、武装具現型である彼女と聖遺物の間には一心同体といえるほどの繋がりがあるわけでもない。現存する爪牙の中でも群を抜いた強さを誇る吸血鬼のそれは、黒円卓でも最上に近い親和性を有するが。


 「貴様―――何者だ!」

 そして、彼らの位置関係はかなり対称的な様相を見せていた。


 衛宮邸の庭には炎の壁が出現し、それを挟むように彼らは向かい合い、セイバーと士郎は屋根の上に、ランサーと炎の少女は門の上に位置している。


 「さあ、何と名乗るべきかしら?」

 セイバーの問いに対して彼女は悠然と答える。


 「まあ、そこの男が私達に関する知識を持っているとは思えないけど、人の縁というものは奇妙なものだから、どこから繋がりが出てくるかわかったものじゃないし、レオンハルトとだけ名乗っておこうかしら」


 「レオンハルト?」


 「サーヴァントじゃないし、マスターでもないわよ。まあ、人間かどうか問われると多少自身がなくなる部分はあるけれど」


 そして、レオンハルトと名乗った少女は踵を返す。それに応じるようにランサーもまた。


 「逃げる気か」


 「追ってくるなら構わんぞセイバー。ただし、その時は決死の覚悟を抱いてこい」


 そして、軽い跳躍と共にランサーとレオンハルトの二人は瞬く間に離れていく。


 「というか、追う前に消火しないとあの家が燃え尽きそうね」


 「いちいち俺の決め台詞を台無しにすんじゃねえよ」


 「ごめん、悪かったわ」

 軽口を叩きながらも、二つの閃光は夜を駆ける。此度の任務は終わった以上、ひとまず本拠地に帰還すべき。

 両者はともに戦人であり、それは口に出さずとも互いに理解し合っていた。




 ■■―――――――――――■■




 「揃いましたな言峰神父、いよいよ、開戦の時です」


 「随分急な展開ではあるが、これもまた予定調和か」


 そして、二名の戦闘者の主である人物もまた。開戦の合図を知覚していた。

 「レオンハルトの報告によれば、セイバーのマスターの家の表札には衛宮と書かれていたそうです。やはりこれも何かの縁なのでしょう。かの魔術師殺しに連なる者が騎士王を召喚することになろうとは」


 その言葉に、言峰綺礼は名状しがたい笑みを浮かべる。


 「ほう、騎士王か」


 「ええ、貴方から聞いた話通りでした。と、そういえば、ランサーと知覚の共有はなさっていなかったのですか?」


 「私の魔術の腕など褒められたものではない。常に感覚の共有を行っていれば、ただでさえ少ない魔術回路が悲鳴を上げることだろう。アーチャーと戦闘を行っていたあたりまではサーヴァントの特徴を知るために繋いでいたが、目撃者の始末といった些事にまではかかずらっていられん。それに、他にやることもあった」


 彼は聖杯戦争の監督役であり、この戦争で生じる犠牲者や、その家族に関する根回しは全て彼が行うのだ。


 「ああつまり、あの時点では彼はただの巻き込まれた一般人に過ぎなかった。ならば翌日の朝学校にて惨殺死体が発見されてしまう。それがために聖堂教会のスタッフを派遣なされたと」

 つまりは事後処理、ランサーとレオンハルトが衛宮士郎の死体を放置したのはそういうことである。


 「だが、スタッフたちはその場であるはずの死体を発見できず、逆にふらつきながらも帰宅する学生を発見した」


 「そして、再度ランサーを派遣した結果、見事当たり。なるほどなるほど、素晴らしい偶然ですね」

 そう、これはただの偶然、それぞれの思惑が重なりあい、たまたまこのような結果になっただけ。


 「そう、偶然だ。そこに何の意図もなくこの結果が生まれた。くくく、聖杯の意思というものを否定することはいよいよ難しくなったか」

 言峰綺礼は笑う。実際、彼の心は歓喜に震えていた。

 衛宮切嗣の関係者、おそらくは養子か何かが聖杯戦争のマスターに選ばれた。しかも、あのセイバーのマスターとして。

 もし、その息子の信念が父と同じものであるならば、聖杯戦争に参加せざるを得なくなる。なぜなら、正義の味方には滅ぼすべき悪が必要なのだから。


 「さて、ではどうなさいます? 彼がマスターになったといっても聖杯戦争に関する知識は恐らくないはず。もしあればとっくの昔にサーヴァントを召喚しているか、この教会に足を運んでいることでしょう」

 聖餐杯がそう推測したのも当然である。衛宮切嗣の息子であり、魔術師としての素養を持つならば、聖杯戦争について何も聞いていないというのは考えにくいことだ。しかし、彼の行動を見る限り何も知らないとしか思えない。

 仮に戦う意思がなかったとしても、この状況にあれば教会に赴き状況を把握する程度のことはするだろう。だが、この教会に届け出があったマスターは正統なランサーのマスターのみ。


 「その点は心配いらん。一度死にかけたであろう衛宮切嗣の関係者を治療した、モノ好きなマスターがいる」

 当然、言峰綺礼はその人物について知り尽くしている。あれならば、そのような行動に出るのもおかしくはない。

 そして、肝心な部分が抜け落ちるのは恐らく遺伝的な失陥か。あれの父も万全の準備を整えながらも肝心の部分が抜け落ちていた。

 せっかく治療したといっても、そのまま放置したのでは何の意味もない。本来死んでいるはずの者が生きているという事態はそれそのものが歪みであり、魔術師というものは歪みを察知することに長けている。


 そうして考えれば、まさにあり得ない程の偶然が重なって彼はセイバーを召喚したといえる。

 もし、少年を発見したサーヴァントが教会陣営に属する存在でなければ、その死体は放置されず、その場で処分されていたはず。

 もし、対峙していたサーヴァントのマスターが遠坂凛でなければ、治療されるようなことはなかったはず。

 また、遠坂凛が遠坂でなければ、治療したにも関わらずそのまま放置するなどといった状況はあり得ず、一般人の犠牲者を隠蔽するために聖堂教会のスタッフが派遣されていなければ、ランサーが再殺のために派遣されることもなかった。

 そして何よりも、ランサーに襲われたにも関わらずそのマスターはセイバーを召喚するまで生き延びた。それだけでも称賛に値することだろう。


 そういったあらゆる因果が重なって彼はセイバーのマスターとなった。まるで、神か悪魔にでも愛されているかのように。


 であるならば。


 「二度あることは三度ある。あれが己の失態に気付けば必ずや衛宮邸に姿を現すだろう。その時にどのような展開となるかまでは分からぬし興味もないが、結論は一つだろう」


 「つまり、彼が聖杯戦争に参加するか否かを決定するため、監督役である貴方のところへやってくる。そういうことですか」

 そして、聖餐杯も理解した。このような偶然、それがこうも続くということはその人物は最悪の存在に見染められてしまったということだ。


 ≪ここはシャンバラの前舞台、その演目は怒りの日とかなり似通ったものになるはず。であるならば、ツァラトゥストラの代わりもまた用意されていて然り≫

 それが10年前の第四次聖杯戦争と因縁がある人物であり、言峰綺礼と深いかかわりがあるならば尚更その可能性は高くなる。副首領はそういった複雑な人間関係を好む。


 ≪そして、見染められた者達は彼の脚本のままに動き、踊り、最後には負債だけが残される≫

 彼もまた、あの男によってその業を自覚させられた。

 ヴァレリアン・トリファはその業に耐えきることが出来ずに逃げ出し、あの楽園で追いつかれたのだ。


 ≪子供達の嘆きが聞こえる。この教会には子供達の声で満ちている。他ならぬ私だからこそそれが分かる。ならば、彼はゾーネンキントなのか?≫

 レーベンスボルンにて、太陽の御子を作り出すために犠牲にされた子供達、多少の違いはあるだろうが、セイバーのマスターが存在するためにここにある子供達が犠牲にされたのならば、その存在は……


 ≪いや、考え過ぎですね。そもそも、彼がどのような人物なのか分かってもしない状況で予想することに意味などない≫

 ならば、ここはまずその人物を見極めるために動くべきか。もし彼が冬木におけるツァラトゥストラならば、この聖杯戦争は彼を中心に展開するはずなのだ。


 「では、歓迎の準備を進めると致しましょう。私の立場は、聖堂教会スタッフの現場指揮官、ということでよろしいですかな?」


 「まあ、それが妥当だろう。私は監督役として総指揮を執る立場にある。その人物の隣にいるならばかえってその方が違和感はない」


 さて、となればアインツベルンのマスターがどう動くか。

 ことによれば、今宵の内に動くということも考えられる。もしその場所がスワスチカ以外の場所となってしまえばいささか困った事態になる。


 ヴァレリア・トリファは様々な事柄に思いを馳せながら、邂逅の時を待ち続ける。


 そして、言峰綺礼もまたそれ以上の期待を持って衛宮士郎を待つ。果たして彼の人物は父の意思を継いでいるのか否か。

 未だ答えが出ていない彼にとって、無駄と知りつつも問いかけねばならないことがある。



 さあ、開幕の合図はすぐそこに。

 






[20025] Fate 第五話 開幕
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:4c237944
Date: 2010/07/08 20:33
Fate


第五話    開幕




 「うわ―――凄いなこれ」


 丘の上の教会にたどり着いたとき、真っ先に浮かんだ感情はそれだった。

 高台のほぼ全てを敷地にしているようで、上がりきった途端に広い庭が出迎えてきた。


 「シロウ、私はここに残ります」

 すると、セイバーがそんなこと言った。


 「なんでさ?」


 「私は教会に来たのではなく、シロウを守るためについてきたのです。貴方の目的地が教会であるのならこれ以上遠くにはいかないでしょう。ですから、ここで帰りを待つことにします」


 きっぱりというセイバー、どうもテコでも動きそうにないので、ここは彼女の意思を尊重しようとすると。


 「おや? このような時間に礼拝ですか?」

 教会の前に、僧衣に身を包んだ神父さんが立っていた。

 その声があまりにも普通というか日常的だったせいか。


 「あ、いえ、ちょっと用事があって」

 なんて、状況にあっていない間の抜けた返事を返してしまった。


 「貴方―――誰?」

 と、隣を見ると遠坂がさも胡散臭そうな目つきで神父さんを見ていた。


 「私ですか? これは申し遅れました。私はヴァレリア・トリファと申しまして、まあ、見ての通り聖職者のはしくれといったところです」


 「ふーん、なるほどね」

 何がどうなるほどなのかさっぱりなんだが。


 「おい遠坂、この人を知ってるのか?」


 「知らないわ。見たこともないし会ったこともない。けど、今この時にこの場所にいるってだけで大体のことは予想できる」

 えーと、ここは教会で、そこに神父さんがいる。


 「あれ? お前が言ってた監督役って顔見知りとかいってなかったか」


 「だからそういうことよ、監督役って言ってもこの広い街の監視をまさか一人で出来る筈もないでしょ」


 って、言われてみれば当たり前だ。冬木は相当広い、どう考えても一人で監視するなんて不可能だ。

 ということは、監督役というのは大量に配置されたスタッフのまとめ役というわけで、そうなるとこの人は。


 「ええ、お察しの通り、私は聖堂教会のスタッフの一人で、俗にいう現場指揮官というやつです。言峰神父の人使いの荒さには多少の苦情も言いたいところですが、まあそこは貴方達に愚痴っても仕方がありませんね」


 なんかこう、聖堂教会の人達も組織運営には苦労してるみたいだ。


 「そう、あんな奴に顎で使われるなんて貴方も災難だわ」

 苦笑気味にそう言う遠坂。そんな風に言われるよな人物が、聖職者なんてやってていいのだろうかと思ってしまう。


 「まあ、これも務めですから仕方がないといえばそうなのですが、空振りだけはやめて欲しいものですよ」

 空振り?


 「なあ神父さん、それってどういう」


 「ええ、つい数時間前の話なのですが、我々が穂群原学園に設置しておいた装置が作動したようでして、学校の生徒に被害者が出た可能性が高いと見て出動したのですが、ついてみれば何もなし。結局何もすることがないままこうして帰還する羽目になったという次第でして」

 えーと、それってつまり、俺の所為、いや俺たちの所為なんだろうか。


 「ああ、これは説明が足りませんでしたね。貴方も御存知の通り、遠坂家の現当主である彼女が穂群原学園に通っていることは周知の事実、ならば、人気がなく、場所も広い学校が戦場となる可能性は十分に考えられます。そのため、サーヴァントと思われる高い魔力反応が現れた場合は聖堂教会のスタッフが後始末に駆けつけやすいよう、警報を鳴らすような仕掛けを施してあるのです」


 なるほど、そんな装置があるのか。”戦争”なんて物騒な名前がつく儀式なだけに、管理する側も大変のようだ。


 「え? それ初めて知ったんだけど」


 「って、お前も知らなかったのかよ」


 「う、うるわいわね。私だって知らないことくらいあるわよ。ていうか教えてない綺礼が悪いわ、この場合」

 うわ、逆切れしたよこいつ。


 「とまあそういう次第でして、学校に限らず人気がなく戦場になりそうな広い場所にはそういった仕掛けが施されているわけですが、これがなかなか誤作動の多いのが悩みの種でして。その上、どこかのマスターが設置したものと勘違いされて、破壊されてしまうケースもあるのですよ」


 「あ」


 「おい遠坂、‘あ’ってなんだ‘あ’って」

 ひょっとしてこいつか、警報破壊者。


 「い、いいえ、あれは他のマスターが仕掛けたものに違いないわ。うん、間違いない」

 もの凄く挙動不審なんですが、遠坂さん。


 「あの、参考までにお聞きしたいことがあるのですが?」

 と、そこに間髪いれず神父さんから質問が出る。


 「な、何かしら?」


 「昨日の話なのですが、冬木センタービル、ああ、新都で一番高いビルのことですが、その屋上に設置してあった警報が壊されていたのです。何か御存知ないでしょうか?」


 「し、知らないわ。そんな鳥型の使い魔のような警報装置なんて見たことないし」


 「………」

 「………」

 うん、抜けてる、ていうか、うっかりスキルを持ってんだな遠坂は。神父さんは一度たりとも鳥型の使い魔なんて言ってない。


 「とまあ、そういうわけでして、我々の仕事も減ることがなく苦労の日々なのですよ」


 「何と言うか、御愁傷様です」

 そんな会話をしながら、俺達は礼拝堂に向かう。


 あ、そういや何だかんだでセイバーがいないけど、本当に一人で良かったんだろうか。









 ■■―――――――――――■■




 礼拝堂にマスターの二人を案内した後、聖杯戦争に関する説明は言峰綺礼に任せ、ヴァレリア・トリファはある部屋に向かった。


 「いかがでしたか、猊下」

 そこには、獅子心剣(レオンハルト・アウグスト)の魔名を持つ最も若い騎士がいた。


 「そうですね、予想外、というべきかもしれませんが。本音をそのまま言うならば予想通りといったところです」

 そして、聖餐杯、首領代行である彼は彼女の問いに静かに答えた。

 ちなみに、この部屋は礼拝堂での会話が全て筒抜けになる仕組みになっており、多少の会話は彼女、櫻井螢も知っている。


 「予想通り?」


 「ええ、あの副首領閣下がツァラトゥストラの代役として使うならば、それはありきたりなものではあり得ない。本来、魔術師とは異端であり普通に考えれば珍しい存在です。ですが、この聖杯戦争のマスターという観点から見れば、生粋の魔術師であることこそが当たり前」


 つまり、裏の裏は結局表になる。そういう円環をあの男は好む傾向にあった。まあ、それすらも虚像である可能性はあるし、あの存在を計ることが可能な者など、それこそ黄金の獣くらいだろう。


 「以前猊下はおっしゃいました。この街はシャンバラの模造品であると」


 「ええ、正確に言うならば、ここはシャンバラの試作品なのでしょう。シャンバラが作られ始めたのは60年ほど前であり、ここは200年、経てきた時代だけを鑑みればシャンバラを上回る」


 だが、そんなものはあの副首領にとっては何の意味もないことだろう。あの男に歴史を重んじるような価値観があるとは思えない。


 「ですが、数百年の月日を重ねた凡人よりも、持って生まれただけの超人が勝る。それがエイヴィヒカイトの基本です。副首領閣下の術式は底辺に基準を合わせない、ならばこそ、シャンバラもまた然り」

 あの土地は黒円卓の双首領に選ばれた、ただそれだけで別格なのだ。

 霊脈どう、霊格がどうということに意味などない。あの悪魔二人が認めるか認めないか、ただそれだけの話でしかない。


 「つまり、ここは彼らにとってどうでもよい土地であると?」


 「ここは、ではありません。ここも、です。いや、この世界そのものが彼らにとってはどうでもよい存在に過ぎないのでしょう。まあ、だからこそ、我等が代わりに気を使う必要もあるわけですが」

 あの二人の考え方を理解することほど無意味なことはない。それは、蟻が人間を理解しようと努力するようなもの。


 「ともあれ、来るべき怒りの日へ向けて我等も心せねばなりません。本番でしくじるわけにはいかない以上、演習にも本気で臨む必要があります、貴女にとっては良い機会となるでしょう」


 櫻井螢にとってはまさにそうであった。

 彼女は他の騎士団員と異なり、黒円卓の幹部を知らない。


 紅蓮の赤騎士、大隊長、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ

 狂乱の白騎士、大隊長、ウォルフガング・シュライバー

 鋼の黒騎士、大隊長、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン

 魔人錬成の創始者であり、黒円卓全員の魔道の師、副首領カール・クラフト

 そして、愛すべからざる光にして黒円卓の首領、黄金の破壊公ラインハルト・ハイドリヒ



 それらの戦争の怪物を知らない彼女にとって、サーヴァントという自分たち以外の規格外の怪物と触れるのは初めてのことであり、確かに得難い経験となるだろう。


 「ですが猊下、別にサーヴァントでなくとも、我等と戦いうる存在はいるのではないですか?」

 それでも、僅かながらの疑問は残る。

 確かに、現代に存在する魔術師はカール・クラフトに比べれば塵でしかない。いや、神代の魔術師であっても届くかどうか。

 また、死徒に代表される吸血鬼や、幻想種、この日本では混血と呼ばれる鬼との混ざりものが数多くいる。


 櫻井の家もまた、退魔に連なる家系の一つ。超能力のみで魔を屠ることを目指した浅神、巫淨、両儀、七夜と異なり、多くの退魔の家系も祖先に人ならざる者を持つ。

 日本に伝わる有名な聖遺物、童子切安綱や天の叢雲などに代表されるそれらは、当然作り上げた者が存在する。それを行ったのが櫻井の祖先であり、この家は聖遺物の核となった特殊な金属の製法を代々伝えてきた。


 それ故に、彼女の曾祖父の代に黒円卓に招かれ、黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)を作り上げ、鍛冶師の始祖、トバルカインの魔名を賜る結果となった。


 彼女が持つ聖遺物、緋々色金の材料である特殊な金属にも幻想種の肉体が使われている。古来より日本にある鬼や妖怪、そのなかで陰陽五行の性質を持つ者の骨、または髪などを金属に溶かしこむという工程が存在し、その工程は混血である櫻井独自の技法でもってしか成せない。

 緋々色金は、螢が持つことによって、その中でも火の性質を持つ火車などの妖怪の特性が前面に出たものだ。
 

 つまり、黒円卓の騎士は並はずれた人外集団ではあるものの、世界で唯一のオカルトというわけではない。並ぶ存在は数少ないがそれでも一応はいるのだ。


 「ええ、確かにおります。千年クラスの歳月を誇る旧き死徒、二十七の祖や聖堂教会の埋葬機関、または協会の封印指定執行者など、我等と互角に戦える者らは存在してはいます。ですが、今急速に数を減らしている」


 彼らは旧い存在ではあるが、それ故に容易に代替が効かない。二十七の祖のうち、空席となっている座は半数近くに上る。


 「……ベイですか」


 「ええ、彼の活躍のおかげで我々の知名度は大きく上がってしまった。最早欧州において我等に喧嘩を売ろうとする輩はいないでしょう。どうも、長く生きた存在というものは守勢に回る傾向がありますから」

 数多存在する吸血種において、カズィクル・ベイが最も危険視される理由はそこにある。

 通常、力の強い存在ほど滅多に動かない傾向にある。彼らは人間や一般の魔術師などとは次元違いの力を有するが故に、人界の事象に関心がなく、自分達の世界に引き籠ることが多い。

 つまりは、幻想種と同じということだ。力の弱い幻想種は人間の勢力が増大するに従って滅びるか、人間と混ざったが、神話に登場するような者達は自らの世界を作り上げ、人間との干渉を絶った。



 だが、白いSSは別であった。ベトナム戦争、湾岸戦争に代表される各地の紛争地帯に出没しては、血と狂気と死をバラ撒く存在。それは聖堂教会の教義にも、魔術協会の規範にも背く行動であったため、両者から目の敵とされたが、その尽くを返り討ちにした。


 よって、今では白いSSは天災の一つのように扱われている。止めようとしてもそれは徒労にしかならず、それを考えること自体が無駄であると。ちょうど、千年の城に眠る真祖の姫君がそのような扱いを受けていたように。


 とはいえ、アカシャの蛇のみを狙う真祖の処刑人と異なり、自分の意思の赴くままに殺戮を繰り返す白いSSの厄介さは比較にならなかったが。


 「ですので、最早その他の戦場は新兵訓練に向きません。貴女が黒円卓の騎士として現れれば、各組織が最高の戦力を叩き込むことになるでしょう」


 戦争において弱いものから狙うのは常套手段、黒円卓を崩壊させるつもりならば最初に狙われるのは彼女になる。


 「もっとも、そのようなことを考えている組織は双頭鷲(ドッペル・アドラー)くらいのものでしたが」


 「………」


 その名は、彼女にとって因縁の深い名であった。

 聖槍十三騎士団第五位、戦乙女(ヴァルキュリア)。先代であった彼女が命を落としたのが10年前、蛇の眷族を仇と狙う猛禽との戦争により、螢の兄と共に散ったと聞いている。



 「ともかく、怒りの日は近い、ならばこそ冬木に聖杯が降臨する予兆が見られた。我等は黒円卓の騎士として本懐を果たすまで」


 それはつまり。


 「血と破壊をばらまくこと」


 「そう、貴女の願いを叶える為には相応の犠牲を必要とする。完璧なり得ぬこの世界において、誰かが何かを得るということは誰かが何かを失うということ。故に、己が幸福を求めたくば、他人を突き落とすしか他にない。至高の黄金が座する至高天(グラズヘイム)へと」


 それは儀式、それは定め。

 例え不完全とはいえここがスワスチカとして機能する以上は、捧げられた犠牲者の魂はグラズヘイムへと吸い上げられる。

 まあ、魔城や黄金練成に関する知識は、表のみしか彼女には伝えていないのだが。


 「まずは、第五までを開きます。この冬木において特に霊格が高いのは大聖杯の座する円蔵山、次いで遠坂邸、そしてこの教会の三つ、これらは最後に残さねばなりません。少なくとも、第三あたりが開くまでは解放は厳禁」

 ここはシャンバラ程スワスチカを開くのに適してはおらず、そもそもゾーネンキントが存在しない。

 初代の聖杯であるユスティーツアがその代替を果たしているはずだが、それ専用に造られた存在であるイザークに比べれば、その性能の差は大きい、そう無理もきくまい。


 「ですので、穂群原学園、冬木センタービル、海浜公園、大型遊戯場、この四箇所以外の場所でサーヴァントに散られては困ります」


大型遊戯場は、わくわくざぶーんとも呼ばれる新都に存在する冬木最大のレジャー施設。当然、観光客も多く訪れ常に千人以上の人間が存在する。


 穂群原学園も人間の数には困らない、既にいずれかのサーヴァントが結界を張っているようだが、その要領で生徒を皆殺しにするだけでもスワスチカは開く。


 ポイントなるのはセンタービルと海浜公園、どちらも人が集まりやすい場所ではあるがスワスチカを開くほどの人数が揃うことは滅多にない、つまり、ここはサーヴァントによって開くのが好ましい。


 「ですが、残りの三箇所を開く為にも生贄は確保しておきたいところです。サーヴァントが全てで7騎である以上替えは利きません。万全準備を整えて参るといたしましょう」


 「猊下、一つ質問が」


 「なんでしょう?」


 「海浜公園のスワスチカは大橋でも開くのですか?」

 新都と深山町と繋ぐ大橋は確かに海浜公園と近い、そもそも、海浜公園とは未遠川の両端に存在する公園のことを指す。


 「ええ、我等にとっては幸いにも。そこは10年前の聖杯戦争において、征服王の軍勢と英雄王の宝具がぶつかりあった冬木最大の古戦場。既に戦場跡としての資格を有しているがため、そこで散った魂ならば霧散することなく留まり続け、連鎖的に海浜公園のスワスチカが開くことになります」

 これは聖餐杯にとっても嬉しい誤算、まさかサーヴァントが副首領の術式を歪める程の戦いを行うとは思わなかったが、事実は厳然として存在していた。

 征服王イスカンダルと英雄王ギルガメッシュ、この二人の闘争はいくら余興であるとはいえ、副首領の儀式にすら罅を入れたのだ。


 「おや、どうやら彼は戦うことを決めた模様ですね」

 礼拝堂の声が流れてくる。櫻井螢もまたそれを聞いていた。


 「レオンハルト、貴女にはしばらく衛宮士郎を監視していただきます。私の読みが正しければ此度の聖杯戦争は彼を中心に展開する。他のサーヴァントに関しては私と言峰とで担当しますので、貴女にはそれのみに専念していただきたい」

 そして、首領代行は若き騎士に命を下す。


 「細かい裁量は貴女に任せます。何もかも指示していては新兵訓練になりませんしね」


 「了解しました。彼次第で後は臨機応変、そういうことですね」


 「ええ、お任せしましたよ」


 「必ずや、期待にこたえて見せます」


 軽く頷いた後若き獅子は身を翻し部屋を出ていく、律儀な性格ゆえに、早速監視を始めるつもりだろう。


 部屋に残った神父は瞑想するように眼を閉じる。



 「さあ、いよいよ開幕、アインツベルンのマスターはどう動くか―――――実に楽しみですねえ」



 そして邪なる聖人が神に祈りを捧げている頃。



 「それでは、君をマスターと認めよう。この瞬間に今回の聖杯戦争は受理された。――――これよりマスターが残り一人になるまでこの街における魔術戦を許可する。各々が自身の誇りに従い、存分に競い合え」


 神に仕える悪もまた、始まりの鐘を鳴らしていた。


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 あとがき

 この作品を読んでくださる方、感想を下さっている方、大変ありがたく思ってます。

 それにしても、カール・クラフトの人気っぷりはすごいですね。

 そこでFate/Zero3巻、11P~12Pにキャスター主従の会話より

 雨竜「それでも、神様はいるんだろ?」

 雨竜「だってこの世は退屈だらけな様でいて、だけど探せば探すほど、面白可笑しいことが多すぎる」

 雨竜「昔から思ってたよ、こんなにも至る所に愉快なことが仕込まれまくってる世界ってやつは、できすぎてるぐらいな代物だって。ちょっと見方を変えれば気づく、知恵を巡らせれば、探し出せる伏線が満載だ。いざ本気で楽しもうと思ったら、この世界に勝るエンターテイメントは他にねえよ。
 きっと誰かが書いてんだよ。脚本を。登場人物50億人の大河小説を書いてるエンターティナーがいるんだよ。・・・・・・そんなやつについて語ろうと思ったら、こりゃあもう、神様としか呼びようがねえ」

 ジル「では、リュウノスケ、果たして神は人間を愛してると思いますか?」

 雨竜「そりゃあもう、ゾッコンに。この世界のシナリオを、何千年だか何万年だか、ずっと休まずに書き続けてるんだとしたら、そりゃ愛がなきゃやってられねえでしょ。
 うん、きっともうノリノリで書いてんだと思うよ。自分で自分の作品を楽しみながら、愛とか勇気とかに感動してさ、愁嘆場にはボロボロ泣いて、んでもって恐怖とか絶望にはハアハア目ぇ剥いて、いきり勃ってる訳さ」

 雨竜「神様は勇気とか絶望とかいった人間賛歌が大好きだし、それと同じくらい血飛沫やら悲鳴やら絶望だって大好きなのさ。でなけりゃあ――生き物のハラワタがあんなにも色鮮やかな訳がない。
 だから旦那、きっとこの世界は、神様の愛に満ちてるよ」

 

・・・・・・・・・以上です。

 もう、何というか、カール・クラフト死ね




[20025] Fate 第六話 狂戦士と雪の少女
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/08 21:19
Fate


第六話    狂戦士と雪の少女


 遠坂邸と衛宮邸、それぞれの家へと道が分かれる交差点にて、彼らは怪異と出会った。


 「バーサーカー」

 そう呟いたのは誰だったか、しかし、その場にいた全員が理解していることがあった。
 

 アレは化け物である。


 視線など合わせずともあれがどういうものかなど理解できる。例え魔術師ならぬ身であってもそれが分からないものはいないだろう。


 「やば―――アイツ、桁違いだ」

 聖杯戦争に参加するマスターはサーヴァントの能力を数値化して把握する能力を持つ、そして、正統な魔術師であるが故に遠坂凛はバーサーカーの凄まじさを知ることとなった。


 「始めまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」


 「アインツベルン―――」

 この時、この場でアインツベルンの名を知らないのは衛宮士郎のみであった。最も因縁が深いはずの彼のみが知らないというのもまた強烈な皮肉だろう。


 「じゃあ殺すね、やっちゃえバーサーカー」

 そして、戦闘という名の処刑が始まった。





 ■■―――――――――――■■





 「アレがバーサーカー、猊下は注意しろとおっしゃっていたけど、まさにその通りね」


 騎士と狂戦士の戦いの開始、その光景を眺める監視者が一人。

 櫻井螢――いや、今彼女はレオンハルトとして、黒円卓の騎士としてここにいる。櫻井螢としての己は今は全く必要ない。だからここに居るのはレオンハルトだ。

 ヴァレリア・トリファ―クリストフ・ローエングリーン―と共にレオンハルトが冬木にやってきたのは10日ほど前であり、それ以前の他のサーヴァントに関する情報は言峰綺礼とランサーより聞き知ったものとなる。

 クリストフはその時より聖堂教会のスタッフとしての業務も兼任しているため、この街の情報に精通している。だが、レオンハルトは地形の把握や戦場となる場所の選定を行い、スワスチカまでいかに誘導するかの戦術構築に当たっていため、情報はやや不足している。

 現状、彼女がその目で存在を確認したサーヴァントはセイバー、ランサー、アーチャー、そしてアサシンの4騎、そして今バーサーカーが加わったため、後はキャスターとライダーを残すのみ。

アサシンに関しては彼女自身が戦ったのではなくランサーが戦う姿を遠距離から見ていたもので、ランサーの強さを把握すると共に、サーヴァント同士の戦いというものを知る上でも重要な事柄であった。

 しかし、ライダーはともかく、キャスターはそう簡単に陣地から出ることはないだろうし、ライダーにしても広域的な機動力が特徴のサーヴァントであるため捕捉は困難となるかもしれない。


 「セイバー、ランサー、アーチャー、三騎士と呼ばれるクラスは流石の強さだったけれど、あれはさらにその上をいっている」

 レオンハルトは確信する。今の自分ではバーサーカーには敵わないと。

 この冬木にやってきて以来、彼女は自分の能力の限界をというものを思い知らされる日々であった。しかし、それ故に視野が広まったのも確かだった。


 眼下ではバーサーカーの猛攻をセイバーが必死に耐えしのいでいる。だが、出力不足は否めない。マスターが未熟なこともあるだろうが、バーサーカーの一撃を防ぐためにセイバーは魔力を相当量消費せねばならない。


 その上。


 「聖杯の器であるアインツベルンのマスター、あれの魔力量もまた規格外か」

 本来狂戦士とは、弱いサーヴァントを狂化させることで他のサーヴァントに対抗させるクラスと聞く。だが、あれはおそらくセイバーとして呼ばれていても最上級だろう。


 そして、そんな彼女の内心を証明するかのように。


 「あは、勝てるわけないじゃない。私のバーサーカーはギリシャ最大の英雄なんだから」

 という言葉が聞こえてくる。


 レオンハルトからイリヤスフィールまでは200メートル近く離れており、例によって迷彩符によって姿を隠している。

 黒円卓の騎士ならばこの程度の距離の声を拾うことは造作もなく、余計なものを聞きとらないように神経を集中させる術もまた、かなり前に学んだ。

 特にこういった肉体の性能に頼った力技が得意なのはベイだが、レオンハルトも魔術よりはこういった力技の方が得意ではあった。



 「遠坂のマスターの魔術を全て弾いている。防ぐのではなく弾く、これは大きいわね」

 防いでいるのならば重ねて攻撃を続けることで穿つことも出来る。おそらくあのバーサーカーの聖遺物はベイと似たタイプと見受けられるが、純粋な耐久力で弾かれてはどうにもならない。

 人器融合型は肉体の頑健さにおいて他を圧倒的に凌駕する。恐らく、バーサーカーもその類であり、武器そのものはただの岩塊であっても、自身の性能が飛び抜けているのならば穴はない。

 ベイの杭も似たようなものだ、一撃一撃が必殺になってしまうため、相手する方にとっては厄介極まりない。


 「おそらく、私の緋々色金で切りつけても効果は同じ、炎も当然効かないだろうし。酸素を奪っても霊体が基本のサーヴァントには効果が無い」

 となれば後は、創造位階の発動し純粋に火力で押すしか道はない。流石にそれならば倒せるだろうし、私の身体も炎に変わるからバーサーカーの攻撃も無効化できる。しかし、創造を発動しても肝心の緋々色金はそのままだから、下手をすると聖遺物が叩き折られる可能性がある。いやむしろその可能性のほうが高い。


 「創造は諸刃の刃、私の身体への攻撃を無力化できる代わりに、緋々色金の耐久力が低下してしまう」

 形成状態の緋々色金は日本で言う古剣の形状をとっており、日本刀に比べれば刀身が厚く、切るよりも叩きつけることを主眼に置いた構成になっている。つまり、耐久力が高い。

 だが、創造に移行することで緋々色金は日本刀の形状に変化し、攻撃力が爆発的に増加する代わりに耐久力が下がる。

 これは、彼女の渇望が大きく影響していた。自らの思いを一度も消すことなく高め続け、不滅の恒星となることを願った求道型の創造、しかしそれは剃刀のように自らを研ぎあげることを意味しており、渇望の解放と同時に脆さを露呈するのは当然の帰結と言えた。

 そして、身体は炎へと変生するためその脆さは聖遺物に現れる。それこそが、日本刀の如き鋭さと脆さを兼ね備えた櫻井螢の姿なのだから。


 「確かに、勉強になるわ。総合力で自分が劣る場合どうすればよいか、限られた力を如何に使うか、これまで考えたこともなかった」

 言ってみれば、これまでの彼女は実戦経験がなく延々と訓練のみを繰り返していたに過ぎない。

 それがどれほど苛酷な修練であっても殺し合いとでは経験値が比較にならない、そもそも、黒円卓の騎士になりエイヴィヒカイトを習得した時点で、自力だけでもほとんどの存在を圧倒できるようになるため、そういった発想が生まれにくい。


 だが、黒円卓の騎士は戦争の怪物、ベイ、ヴァルキュリア、シュライバー、ザミエル、マキナなどは人の身であった頃から戦場を渡り歩き、世界大戦を生き抜いた。その経験値はあらゆる局面を打破する最強の戦士へと彼らを変えていったのだ。


 「この戦争を潜り抜ければ、私も……」

 少しは、ベアトリスと同じ段階に至れるのだろうか…… レオンハルトの外面の下で、櫻井螢は懐かしく、狂おしいほど逢いたい人物を想った。




 「って、いけない、今はこっちに集中しないと」


 戦場は既に一方的な様相を見せている。セイバーがバーサーカーの攻撃を受け止め、その隙にアーチャーのマスターが魔術による攻撃を行っているが効果はない。


 「だけど、ここでセイバーに死んでもらうわけにはいかない。ここはスワスチカではないのだから」

 自分が監視役となった理由はそこにある、彼らが戦争の中心になるというのは正直理解できなかったが、一番無駄死にしそうなのがこの主従なのは間違いない。

 ランサーはこちらの陣営だし、遠坂の本拠地はスワスチカの一角ゆえにアーチャーは問題なし、バーサーカーは逆に敵を潰してしまわないかが心配になる。


 「アサシンは柳洞寺の山門に、そしてキャスターはその内部に神殿を築いている。ランサーの話だから実際に確かめたわけじゃないけど」

 そうなると、後はセイバーとライダー、学校に悪趣味な結界を張ったのはキャスターかライダーだが、あの雑さを考えるに魔術のエキスパートの技とは思えない。


 「あの結界もまた聖遺物、例えようもない感覚だったけど、間違いない」

 通常、結界とは境界を守るものであり、そこには機能があるだけで意思などない。

 だが、あの学校に張られた結界には意思が感じられた。そして、自分はあの気配に似たものを知っている。



 「ベイ、彼が聖遺物を形成した時に感じる圧迫感と似ていた。最も、禍々しさは圧倒的にアレの方が上だったけど」

 まあともかく、あの結界が“そういうもの”であるならば、既に学校はライダーの陣地となっていると言っていい。

 ランサーは教会、アーチャーは遠坂邸、ライダーは学校、キャスターとアサシンは柳洞寺。サーヴァントの内5騎がスワスチカに陣取っているというのが現在の状況。

 アインツベルンの主従には聖杯の担い手という役割があり少し別枠、そういった面で考えても、一番無駄死にとなる可能性が高いのはセイバーの主従だ。


 「というか、普通に考えて一番倒しやすそう」

 マスターは素人と来てるし、サーヴァントも権謀術策タイプではなく正々堂々。これなら、マスターを狙い続ければいつかは勝てるだろう。


 「となれば、そこをあえて狙うか……」

 レオンハルトは一旦その場を離れた。戦況は刻一刻とバーサーカーへと傾いていくが、なまじ戦闘形態が似通っているためか、やや膠着気味な印象もある。恐らく後数分はもつだろう。


 局面を変化させる小石を投じるべく、彼女は行動を開始する。








 ■■―――――――――――■■




 「ったく、呆れた怪物ね」


 そう悪態を付きながらも遠坂凛の頭脳は高速稼働を続けていた。


 現状、こちらが圧倒的な不利、バーサーカーの肉体はもはや鎧など目ではない程の頑健さを誇っている。これではまるで神話に登場するドラゴンのよう。


 「って、ヘラクレスったらその親玉を打倒してる英雄だったか」

 九つの首と鋼の鱗を持つ大蛇、ヒュドラ。百の首を持つなんて言われる冗談の塊のような怪物ラドン。

 さらには、地獄の番犬ケルベロスやネメアのライオンなど、とんでもない化け物ばかりを打倒したギリシャ最大の大英雄こそがヘラクレス。


 「確か、ネメアのライオンの皮を加工して作った鎧、後はヒュドラの毒を塗った強力な矢がヘラクレスの最も有名な武装だけど、あの身体はそれに由来するものかしら?」

 バーサーカーの肉体はこちらの魔術を完全に弾いている。セイバーの対魔力とは違う次元の防御、バーサーカーのそれはむしろキャンセル能力といった方が妥当かもしれない。

 少なくとも、Aランク相当の魔術でも叩き込まない限りはあの防壁は突破できない。こちらにはそれを成せる武装はあるけど、ここで使ってしまうのはどう考えても得策じゃない。


 「っても、ここで逃げるのはもっと癪だわ」

 そして、それこそが遠坂凛が遠坂凛たる由縁であった。

 状況を冷静に分析すれば、セイバーを囮にして逃走を図るのが最善である。別段協力関係にあるわけではなく、そもそも聖杯を巡る敵同士の間柄だ。

 だが、既に今日は彼らとは戦わないと遠坂凛は決定している。有言実行こそが彼女の持ち味であり、自分で決めたことは他者の意思を顧みず、ねじ伏せ、強引に突き進むのが彼女のスタンス。

 つまり、求道か覇道かで人間を分類するならば彼女は後者、その上、他者の追随を許さない程の圧倒的なまでの意思の強さを持つ。


 故に。


 「だったら、こうするのが一番手っ取り早い!」

 そう決意し、彼女は走り出す。この状況における予想外の一手を、最悪手を最善の手に変えるために。


 「あら、意外と勇敢なのね」

 その凛の行動を見たバーサーカーのマスターイリヤスフィールは、その意図に真っ先に気付いた。すなわち、遠坂凛の狙いはマスター同士の一騎打ちに持ち込むことにある。

 現状、イリヤにはバーサーカーがおり、凛にはアーチャーがいない。しかしこの局面において凛は無謀ともいえる突撃を敢行した。

 それはつまり、自らの背中をセイバーに任せたことを意味する。臆病者には決してかなわない決断。本来敵対する者同士が、たまたま共通の大敵に遭遇したことで共闘する羽目になったこの状況、その場でそれを成すのは生半可な精神力では不可能だ。


 だが、彼女は信頼していた。あのセイバーの高潔さを、そのマスターの馬鹿さ加減を、そして何より、己の決断を。

 その誇り高き在り方は、まさに英雄を従えるマスターに相応しい。そしてそれこそが、今回の聖杯戦争に参加するマスターにおいて最優と言峰綺礼が称した由縁である。

 彼女の父、遠坂時臣は現在の凛よりも魔術師としての実力は上であった。才能は圧倒的に凛の方が上ではあるが、積み重ねた年月というものはそう簡単に覆せるものではない。

 ではあるが、言峰綺礼は後1~2年で凛が父を凌ぐであろうとも推測していた。魔術は彼の専門ではないが、魔術師の実力を図ることに関してならば、実戦を潜り抜けた彼にとって造作もないことである。

 そういった要素を無視しても、マスターとしての適性において凛は父より遙か高みにある。己のサーヴァントを信頼せず、道具としか見なさないようでは聖杯戦争は勝ち抜けない。この戦争はそういう風に出来ているのだ。


 「消えなさい」

 そして、同じくサーヴァントと強い信頼関係で結ばれたアインツベルンのマスターがそれを迎撃する。彼女がバーサーカーを呼び出したのは2か月も前のことであり、結んだ絆の強さならば全マスター中最高であろう。


 「消えてたまるかっての!」

 しかし、イリヤが放った魔力の塊を凛は避ける。魔術師としての能力など一切関係ない純粋なフットワークによって。そして、避けると同時にフィンの一撃を叩き込むという、肉弾と魔術の合わせ技すら容易に実現して見せた。


 「無駄よ」

 だが、それを圧倒的な魔力を背景に構築した防壁によって防ぐイリヤスフィール。マスターとサーヴァントは似た属性を持つ傾向にあるといわれるが、なるほど、それも頷ける話だ。


 アーチャーというクラスでありながら双剣による接近戦を得意とし、常識に捉われない変則的な戦い方を行うサーヴァントのマスターは、魔術師でありながら肉弾戦を得意とし、さらに、宝石魔術や五大元素(アベレージ・ワン)という稀代の才能を生かした万能さを利用し、多彩な戦術を展開する。


 バーサーカーという狂化によってパラメータを引き上げるクラスに、ヘラクレスという最強の英雄を呼び寄せたマスターは、その膨大な魔力量に物を言わせ、敵を圧倒する戦法をとる。



 確かに、彼女等はマスターとしての適性は高かった。これが純粋な聖杯戦争であれば、彼女達はまさに最高のマスターであったはず。

 だが、今この地には異なる法則を持つ者達が存在している。魔術に頼らず、およそ戦闘に役立つものならば何であれ利用する戦争屋が。

 そして、それに気付いたのは優秀な魔術師である二名ではなく、この場において最も無力であるはずの人物だった。


 なぜ彼がそれに気付いたのか、それを知る人物はこの場にはいない。だが、もし言峰綺礼がこの場にいたとすれば、さもありなんと納得することだろう。

 彼は魔術師殺し衛宮切嗣の息子であり、銃火の下を潜り抜けた稀代の暗殺者の後継者、目指す存在は真逆ではあるがそれでもそこには何かしらの縁がある。

 理屈ではない法則を持ち、それを現実に反映させる者こそが英雄と呼ばれる資格を持つ。彼は未だその域には遠く及ばずとも、その芽は既に出ている。教会において彼がマスターとして戦うと誓ったということは、つまりそういうことなのだ。


 故に


 「危ない!」

 衛宮士郎は、飛来する凶弾からイリヤスフィールを守るため、白い少女の前に立つ。

 その行動理念は未熟どころか矛盾に満ち、現在自分を殺そうとしている少女を庇うなど、正気の沙汰ではない。

 だが、元来正義の味方とはそういうものだ。誰をも救う存在であるが故に人の条理を外れ、異端とみなされる超越者。それを愚直なまでに目指す彼の行動が、人間らしくないものとなるのは当然の帰結でしかなかった。


 「えっ?」


 「士郎!?」


 戦いに集中していた二人のマスターにとってそれは埒外の事態。卓越した魔術師の抱える欠陥の一つに魔術以外の殺害手段を甘く見るというものがあり、それに対して彼女等は無警戒であったのだ。


 「ぐ――!」

 そして、高速で飛来したその物体を衛宮士郎は背中で防ぐ、イリヤの額を狙った軌道を直進してきた弾丸と呼ばれる存在は、彼の肉体を通過こそしたもののそれによって軌道がそれ、イリヤの頬を掠めるにとどまった。


 「あ、あんた! なに考えてんの!」

 その光景に直面しながら、遠坂凛には未だ現状が把握できていない。銃声というものを聞いた経験がなく、ましてや狙撃手の放つライフルによる弾丸を見抜くことなど素人に出来る筈もない。

 殺し合いという観点では素人でなくとも、ライフルによる狙撃というものに対処する点にかけては、彼女は素人でしかなかった。


 「え? どうして?」

 そして、イリヤスフィールにとってそれは理解不可能な出来事だった。

 自分は彼を殺しに来たはず、なのになぜ、自分が彼に庇われているのか。

 この場で何が起こったのか彼女もまた完全に把握してはいなかったが、彼が自分を庇って倒れている。という状況だけは彼女にも理解できていた。いや、してしまった。


 「ダメ―――こ、こんなのヤダ――――」

 白い少女の精神に大きな動揺が走る。魔術師の戦いにおいて、精神の失調は致命的なものとなる。

 それがため、主と強い絆で結ばれているが故に、彼の大英雄は狂戦士と化した今もまだ、彼女のために行動するのだ。



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
 
 バーサーカーは咆哮し、これまでにない剣戟でもってセイバーを弾き飛ばす。


 「――――がっ!?」

 突然の軌道の変化、ただの駄剣であったはずのバーサーカーの攻撃が、突如として剣技に変化したことに驚愕を隠せないセイバーに、その猛攻を凌ぐことは不可能であり。


 「って、ヤバ!」

 状況の更なる変化に困惑しつつも、状況の把握よりも脅威への対処を優先する遠坂凛の戦闘センスもまた並はずれたものであった。

 咄嗟に自らに軽量化の魔術をかけ、その場からの離脱を図る遠坂凛。魔術刻印に刻まれている術式を起動させるだけであるため、一工程で行うことが可能でありこの場では最善の方策である。


 そうして、バーサーカーは主を抱え、無言のままに戦場を後にした。










 ■■―――――――――――■■


 「予想外だったわね」


 狙撃を行った者にもまた、やや意表を突かれた感があった。

 彼女の予定ではバーサーカーのマスター、アーチャーのマスター、セイバーのマスターの順に狙撃を行い、悪意ある第三者が狙っていることを悟らせ、あの場での戦闘を諦めさせるつもりだった。

 そのためにはマスターが狙撃で死んでしまっては困るため、常時障壁を展開しているバーサーカーのマスターをまずは狙い、次に魔術による防御が可能であろうアーチャーのマスター、最後に対抗手段がないはずのセイバーのマスターのはずだった。


 「なのに、唯一狙撃に気付いたのはセイバーのマスター、これはとんだダークホースね」

 ともすれば、聖餐杯猊下の言っていたことも現実味を帯びてくる。あの彼には他のマスターにはない特異性があるのかもしれない。


 「なるほど、私が彼の監視を命令されたのは、つまりはそういうこと」

 予定から狙って外すのもまた予定調和、どこまでいっても事は円環にしかならず、終わってからでしか真贋を判断することは出来ない。


 「確かに、副首領は嫌味な性格をしているようだわ」

 未だ、他の騎士達が持つ業と、それがための水星への憎悪を実感することは叶わなかったが、その片鱗を若い獅子は感じ取っていた。







 ■■―――――――――――■■






 「素晴らしい」

 そして、その状況を更なる高みより俯瞰していた聖餐杯は一人呟く。


 「実に有意義、やはり彼は副首領閣下の術に招かれし者に相違ない。今日一日だけで彼は三度死にかけ、セイバーを召喚し、アーチャー、ランサー、バーサーカーと遭遇している。にも関わらず、生き延びた。正統な魔術師ですらなく、ほとんど一般人と大差ない彼が」

 その声は陶然としているようであり、同時に祝福しているようでもあった。


 「さてさて、これにて準備は整ったと見るべきでしょう。他のサーヴァントの出方によっては第二をただちに開放することになるやもしれませんが、果たしてどうなる事やら」


 僧衣に身を包んだ神父は笑う、笑い続ける。


 「今宵はここまで、さあ忙しくなります。面白くなります。前座はこれで終わりました。楽しみましょう。歌いましょう。踊りましょう。力の限り」

 胸の前で十字を切りつつ、彼は歩みだす。


 「血湧く血湧く、胸が高まる。では、一刻も早く次なる手を打たねばなりませんねえ」

 そうして、サーヴァントの戦闘によって崩壊した道路に関する後始末という作業を名目として、彼は戦場跡に向かう。


 笑いを抑えられないその背中は、来るべきその時の興奮を讃えるかのようであった。

==================

 あとがき

 聖餐杯の台詞は原作まんまです。レオンの創造の刀の形状うんぬんも独自解釈です。あと、レオンに銃器の扱いを仕込んだのは、形成(笑)さんです。こういう細かいことやらせたら、黒円卓で右に出るものは居ないのではないだろうか。

 後まったくの余談ですが、「処女はお姉さまに恋してる 2人のエルダー」というゲームにおいて、舞台である学院の学校祭を『創造祭』といい、そこでやる劇は吸血鬼モノなようです。

 『創造』祭に『吸血鬼』モノ……

 薔薇の夜に覆われる学院しか想像できなかった自分は間違いなく重症の中二病、いやむしろ中尉病。









[20025] Fate 第七話 戻らぬ日常
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/09 17:19
Fate


第七話    戻らぬ日常



 翌日、俺は目を覚ましたわけだが、何かまあ色々とあった。


 あの後、セイバーと遠坂で銃弾をくらった俺を家まで運んでくれたらしいのだが。


 「なあ遠坂、弾痕って普通残るもんじゃないのか?」


 「ま、普通はそうよね。ということは貴方が普通じゃないってことよ」


 いやまあ、それ分かるんだけどさ、そうまでハッキリいわれるとこっちもなんか微妙な感情になる。


 「さっきも言ったけど、貴方の傷は自分で治した。というのも少し語弊があるかもしれないけど、とにかく自動的に治っていた。だったらそこには必ず原因があるはずよ、まあ、考えられるのはセイバーのマスターになったことくらいだけど」


 話をまとめると、セイバーと俺の関係は普通のマスターとサーヴァントと異なり、機能の逆流が起こっているとかなんとか。

 通常、サーヴァントが負傷した際にはその治療のためにマスターの魔力が消費される。それは遠坂のサーヴァントであるアーチャーも例外ではないらしく、昨日セイバーに負わされた傷を癒すためにかなりの魔力が持っていかれたとか。

 だが、俺とセイバーはその関係が逆転し、セイバーの持つ治癒能力が俺に流れ込んでいる可能性があるらしい。

 しかし、 遠坂は俺のことを非常識だの何だのと言うが、俺に言わせれば殴りかかる魔術師も相当に非常識だと思う。


 「魔力がなくても戦う術はあるけど、多いほど戦術の幅が広がるのは確かよ。だから、戦うなら万全の状態で臨む、これは魔術師に限らず世間一般に共通することだと思うけど」


 「そりゃまあ確かにそうだろうけど、だからって魔術師が肉弾戦を挑むか、普通?」


 「まあ、それともかく」

 すげえ、強引に話を切ったよこいつ。


 「これから貴方はどうするの、今後のためにも立ち位置は明確しておいて欲しいんだけど。人殺しをしないっていう衛宮くんは他のマスターが何をしようが傍観するんだっけ?」

 こいつ、絶対性格歪んでる。性根は間違いなくいじめっ子だ。


 「そうは言ってない。もしそうなったら戦うまでだ、サーヴァントさえ倒せばマスターだって大人しくなるんだろ」


 「呆れた。自分からマスターとは戦わない、なのに他のマスターが悪事を働いたら止めるって言うんだ。思いっきり矛盾してるけど、その辺分かってる?」


 それは分かってる。親父も言っていた、正義の味方ってのは矛盾の塊だって。


 「ああ、都合がいいのは分かってる。でも、あいにくと俺にはそれ以外の生き方は出来ないんだ」

 これでも、自分の性格くらいは把握してる。魔術師の戦いはまず己との戦い、それも出来ないようで他人と戦うなんて出来る筈もない。


 「ふーん、でも、問題点が一つあるけど、いいかしら?」


 「ああ、なんだ?」

 多分、この会話の流れからして思い当たるのは一つしかないが。


 「昨日のマスターを覚えてる? 私と衛宮くんを簡単に殺せって言ってた子だけど」

 覚えてる、というか忘れられるはずがない。


 「あの子は間違いなく私達を殺しに来る。聖杯戦争である以上それは当然だけど、あのバーサーカーは桁違いよ。マスターとして未熟な貴方じゃ絶対に生き残れないし、貴方はそもそも身を守ることすら満足にできない」


 そりゃそうだ、そんなことは分かりきってる。

 自分の身すら満足に守れない俺が他のマスターを止めるなんて、思いあがりも甚だしいというべきだろう。

 だからこそ。

 「だけど遠坂、それこそ今更だ。どっちにしろ俺が身を守れないなら引き籠ろうが打って出ようが変わらない。だったら、少しでも犠牲者を減らせるように動くべきじゃないのか」

 これが俺にとっては当然の結論であり、恥じる部分なんかこれっぽっちもないんだが。


 「はあ、そりゃまた随分な逆転の発想だけど、ものの見事に自分の安全が考慮に入ってない選択ね。つーか、そうでもなきゃ敵のマスターを庇うなんて暴挙に出るわけないか」

 ものの見事に呆れられましたよ、はい。


 「暴挙ってなんだよ。見知らぬ女の子が狙撃されてたら助けるのは当たり前だろ」


 「なんて言うか、仮定もあり得なければ、行動もあり得ないわよ、それ」

 さらに呆れられました。まあ確かに、狙撃されるって状況は滅多にない、つーかあってたまるかって感じだが。


 「そんなわけないだろ」

 それでも反論だけはしておきたい。ただの意地ってのは自覚してるが。


 「あるわよ、っていうか、何でそもそも貴方があの攻撃を察知できたの?」


 「?」

 なんだそれ。


 「遠坂、どういうことだそれ?」


 「だから! 何で私もあの子も察知できなかった攻撃を貴方が察知して、しかもそれを防ぐことが出来たんだって聞いてんの!」

 大魔神の怒りが炸裂した、つーか、首絞めるな、首。


 「んなこと言われても……」

 俺自身、あの時の感覚はよく分からない。

 強いて言えば、殺気というか、死の気配というか、ともかく悪意ある何者かがあの子、えーとたしかイリヤを狙っていることが何となく分かっただけで。



 まあ、そんな言い訳がこの大魔神に通じるわけもなく、落ち着いて話し合う状態になるまで軽く10分はかかりましたとも、ええ。


 それで、しばらく話しあった結果、俺はマスターとして半人前以下だし、セイバーも俺がマスターなせいで全力が出し切れていない。遠坂の方もマスターは一流だがサーヴァントがセイバーにやられて目下治療中、現状では偵察なんかの非戦闘行為でしか役に立ちそうにないらしい。

 そういった経緯もあり、対バーサーカー共同戦線ということになったんだが。不安要素はまだある。


 「遠坂、同盟を組むのはいいんだが、あの狙撃手は誰か分かるか?」


 あの狙撃手はイリヤを狙っていた。ということはバーサーカーに敵対してるってことは間違いないんだが。



 「御免、正直言って分からない。アーチャーがいれば捕捉することも可能だったでしょうけど、傷の治療のためにうちにある召喚陣の中に放り込んでおいたから」

 もう少しまともな表現は出来ないものかと思いながらも、話を続ける。


 「じゃあ、他のマスターの仕業ってことか」


 「そうなるわね、銃という近代兵器を使って来た以上サーヴァントなわけはない。でも、普通の魔術師だったら銃なんて使うはずもないわ」

 そう、一番奇怪な点はそこだ。

 この聖杯戦争は魔術師同士の戦争。魔術師ってのは神秘を秘匿するもので、戦うことは手段の一つであって目的じゃない。

 だが、狙撃銃なんて代物は戦うことを生業とするもの、早い話が傭兵とか軍人が使うものだ。どう考えても真っ当な魔術師が使うものじゃない。


 って、そういえば。


 「なあ遠坂、俺がセイバーを召喚してすぐ、セイバーはランサーと戦ったんだけど」


 「知ってるわよ、その後アーチャーとはち合わせることになったんだから」

 うん、それはそうなんだが。

 「ランサーと仲間みたいな女がいたんだ、確か、レオンハルトとか名乗ってたけど」

 正直、あの時は呼吸するだけで精いっぱいで、どんな奴だったかも分からないんだが。


 「女? そいつがランサーのマスターってこと?」


 「分からない、でも、一瞬で中庭を炎の海にするくらいだから相当の魔術師だと思う」

 セイバーが風を巻き起こして炎を吹き飛ばしてくれたから、その痕もほとんど残っていないが、もしセイバーがいなければ家は焼け落ちてたかもしれない。


 「炎ね、まあオーソドックスな魔術ではあるけど、一瞬でやるとしたら相当な腕ねそいつ、触媒らしいものを使ってた?」


 「悪い、そこまでは分からない」

 実に不甲斐無いが俺に分かるのはそれだけだ。セイバーなら分かるかもしれないが。


 って。そうだよ、セイバー。


 「遠坂、セイバーはどうしてるんだ?」


 「セイバー? ああ、道場の方で瞑想してたわよ。結局、特に怪我もしてないし、ランサー、アーチャー、バーサーカーと戦って無傷で切り抜けたことになるわね」

 そうか、凄いとは思ってたけど、本当にとんでもないな、セイバーは。


 「御免、ちょっと呼んでくる」


 「そうね、同盟を組むことになったんだし、話しておいた方がいいわ」





 それで、しばし後。





 「そうですね、あの女は燃えるような赤い剣を持っていました。ですが、ランサーの槍とはやや異なった印象を受けます」

 セイバーも交えての作戦会議、というか現状把握となった。


 「異なる印象?」


 「はい、表現は難しいのですが、炎の属性を帯びる魔剣は数多く存在します。そういったものの多くは魔術師ではなく、私のような騎士が振るいます。ですのでだいたい似た特性を秘めるのですが―――」

 そこで、セイバーは言い淀む。


 「セイバー、どうしたんだ?」


 「いえ、あの剣は前提が異なっていたような印象を受けました。炎を帯びた剣ではなく、剣の形をした炎というべきか」


 「ってことは、その剣は炎の魔術を発動させるための触媒じゃなくて、炎の魔術を固定して形を成したものってことかしら?」


 なるほど、実体が剣で炎を出すんじゃなくて、炎を固めて実体を持つ剣を作り上げたってことか。


 「はい。ですがそれは人間の魔術というよりもむしろ魔に属するもの、幻想種に近いものではないかと」


 「幻想種ってことは、あれか、竜の牙には毒があるとか、そういうの」


 「簡単な例えだけど、そうね、日本で言うなら雪女なんかがいい例かしら。あれは雪を操る妖怪というよりも、雪が妖怪の形になったものでしょう。つまりは、現実を侵食する幻想にほかならない」

 そう言えばそうだ。日本ではそういったものに意思や魔が宿るというのは古くからある考えだ、果ては長年使ったもの全般が妖怪化するという話もある。


 「つまり、そいつが操ってるのはそういった意思持つ炎。もしくは、意思が炎になったもの。それを何らかの魔術で加工して剣の形にしたってことか。武器を振るうというよりも、武器を使役するって概念の方が近そうね」


 となると。


 「あいつは、剣の形をしたサーヴァントを従えてるようなもんってことか?」


 って俺が言うと、二人とも何か微妙な表情を浮かべた。



 「そうね……その発想はなかったけど……言い得て妙、いや、逆に考えると……」

 何か、遠坂は考え込んでるし。


 「そう言えば……あの時篭手で受けた感覚、あれは……」

 セイバーもセイバーで何か悩んでるし。



 で、何だかんだでしばらく経って。



 「ともかく、その女がランサーのマスターである可能性が一番の大きいってことね」


 「そうなります。本人はマスターでもサーヴァントでもないと言ってましたが、少なくとも関係者ではあるはずです」


 「つまり、令呪はもってないけど、マスターの誰かに協力してるってことか」

 あり得ない話じゃない、これが戦争だというのなら、相手より戦力を揃えることが戦略の基本なんだから。


 「さて、そこで本拠地を私の家に置くか、こっちに置くかになるんだけど」

 で、陣地をどこに置くかという話になった。分かっている範囲の敵の分析は済んだから、今度は対処法を考える段階だ。


 「聖杯戦争はまだ序盤、サーヴァントこそ出揃ったけど、私達はライダー、キャスター、アサシンの主従に関しては何も知らない。つまりは情報戦の段階ね」

 お互いに相手の情報を探り合う段階、どんなに強力なサーヴァントでも敵の居場所が分からなければどうしようもない。


 「私の家は聖杯戦争の御三家だから当然場所が割れている。でもその代り最上級の霊地に位置しているから城塞といって構わない。守るに易く、攻めるに難い土地だから防衛戦には持ってこいなんだけど」


 「序盤においてはいささか不便ですね」

 そこにセイバーから指摘が入る。

 要塞ってことは同時に出入りがしにくいってことでもある。門を開け閉めしてたら要塞の意味がないし、かといって閉じこもっていたら情報が集まらない。


 「その通りよ。単独行動スキルを持つアーチャーなら私が陣地に構えている状態で情報収集にも出れるけど、今は負傷してるからそれにも限度があるし」


 「じゃあ、俺の家は?」


 「ここは守りの面では紙屑同然だけど、その代り魔術師の工房っぽくないから上手い目くらましにはなりそうね。ランサーにはもう知られてるけど、ランサーに知られてることを私達も知っているからその対処は出来る。それに、最低限の備えはあるし」


 親父が張った警報のことか。それにしても、紙屑はないだろ。


 「私はそうすべきと考えます。聖杯戦争は序盤において情報戦に終始し、中盤戦ではサーヴァント同士の削り合い、そして終盤戦は陣地取りの様相を見せてきます。遠坂の屋敷に拠点を置くのは少なくとも中盤に移行してからにすべきでしょう」

 と、セイバーが纏めてくれたけど、少し違和感がある。


 「セイバー、陣地取りってどういうことだ?」


 「ああ、士郎には言ってなかったわね。聖杯は霊体でサーヴァントにしか触れられず、降霊によって形を成すってのは説明したと思うけど」

 それは分かる。


 「だけど、どこでも出来るわけじゃないの。確かこの冬木には聖杯の儀式を行えるほどの場所は四箇所だったはず。私の家もその一つなんだけど、もしサーヴァントが残り二人になったとして、片方のマスターが全ての陣地を制圧していたら、もう片方は圧倒的に不利になるでしょ」


 「そうか、遠坂の家と同じってことは、守りやすくて攻めにくい。そんな場所を先に押さえられたら厄介だし、かといって聖杯の儀式を行う以上は攻め込むしか道はない」


 「はい、ですから聖杯戦争の終盤は陣地取りになります。序盤はまだ全てのサーヴァントが健在な状況であり、様々な思惑が入り乱れる情報戦ですから、こちらの方が都合が良いはずです」


 「で、サーヴァント同士が実際にぶつかり合って数を減らしていく段階が」


 「中盤戦ってことになるわね、正直、昨日みたいにサーヴァントが序盤でぶつかる方がまれよ。バーサーカーだってすぐに退いたし、それも私達以外のサーヴァントが全て健在だからこそ」

 そう、聖杯戦争はバトルロイヤル、最初に3人くらいを倒したところで残りのサーヴァントに弱点を知られて倒されたんじゃ大間抜けだ。

 だからこそ、序盤は腹の探り合い、情報戦になるということか。確実に勝てる状況、もしくは他のマスターの干渉が無い状況を作り出すために四苦八苦する羽目になる。


 「サーヴァントの数が減る中盤から終盤になれば、昨日のような事態は期待できません。相手を打倒するまで戦い続ける以外に選択肢はなくなるわけですから」


 戦局全体の変化、それも視野に入れて行動しないといけないってわけか。


 「それとシロウ、貴方に言っておくことがある」

 と、そこでセイバーがこっちを向いてきた。何か嫌な予感がするが、答えないわけにもいかない。



 「何だ?」


 「敵のマスターを庇うとは、一体何を考えているのですか。私は貴方を守ることを誓っておりますが、そこまで予想外の行動に出られては流石に守りきれる自信がありません」


 「う―――それは、御免」

 あれが間違いだったとは思わないけど、やっぱし、セイバーに迷惑をかけたのは間違いないんだよなあ。



 「ちょっと士郎、私の時と態度が違わない?」


 「だって、遠坂は遠坂だろ?」


 「どういう意味よ!」


 怒れる大魔神に盛大に怒鳴られました。


 まあ、そんなこんなで遠坂がこっちにひとまず移ることになったんだが。戦況によっては俺が向こうに移ることもあり得る。


 「気持ちは分からなくもありませんが、戦争中です。その時は疎開してるとでも思って諦めてください」

 などと、セイバーに諭されてしまった。ちなみに、サーヴァントは現代知識を聖杯から得ており、特に戦争関連の知識は豊富だとか。


 だけど、大型バイクやベンツのエンジンに関する知識までもっていたのはどういうことなんだろう?


===============

 あとがき

 こんにちわ、テレビで恋愛物のドラマや映画などで、互いを意識しだした男女が、初めて手と手を触れ合わせるシーンなどを見るたびに、中尉の
 「テメエは! 劣等の分際で! 何を馴れ馴れしく俺の身体に触れてやがるのかって聞いてんだよ!!」
 という台詞を思い出してしまう作者です。雰囲気すべてぶち壊し。さすが中尉

 今回は小休止的な話、こういうシーンは苦手です。

 それと、ここの版にリリカルなのはとDiesのクロスを書いている方がいらっしゃたので、それを拝見した時にD電波を受信したので、それを書いてみようと思います。

 母の愛を求めて、得られなかったフェイト嬢を救済する話をひとつ。

場面は、原作でのなのは嬢VSフェイト嬢

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 持っているジュエルシードを賭けて、高町なのはとフェイト・テスタロッサが争う姿を、その虚空、遥か高みから、影の女―プレシア・テスタロッサ―は得がたい幸福を見たとばかりに三日月に口を歪めて眺めていた。

 「素晴らしい、何という喜劇、なんという友情か。予想以上だ感激だよ、痺れがとまらぬ憧憬すらしよう。あれぞ友、純粋なる情愛の活劇。
 素晴らしい、その一言に尽きる。いや、それすら足らぬな。弁には自負があったのだが、言葉に出来ぬ、出来ていいものではない。したくない。
 識者の仮面を被り、あの葛藤を形にするのは神聖さに泥を塗る行為だ。見守っていたい、久々に思ったよ終わって欲しくないとさえ。
 ああ、君たちは本当に、どこまで私の瞳を焦がすのだ」

 哀感、好感、共感、情感その総てがただ麗しく美しい。
 想い合え――そしてぶつけ合え、さらけ出すのだ共鏡よ。
 未来はきっと明るいと、その愚かな言葉を真実とせよ!

 「友愛を抱き、互いを壊して形と成す愛の証明。同時にそれは、互いの心情を汲みながら、そのため憎悪で拒絶した絶縁の嘆きでもある。彼女らは今世界に2人きりなのだ、如何なるものにも縛られていない。総ての感情を瞬間に、永劫と等しく感じ取り、それすら流れ落ちる飛瀑の一滴。凄まじいな。素晴らしいな。止めることなど誰に出来よう!」

 想ったことと与える結果は何も縛られていず、それこそ理由なく溢れ出している。彼女たちに湧き上がっている感情は、今や自分たちすら制御不能の間欠泉。無限に吐き出されて止まらない。

 「彼女たちは今語り合っているのだ。かつてないほど激しく、凄絶に。もっと君を知りたい、もっと君を感じていたいと、事細かに叫んでいる。相手に分かってもらう為に、分かってやる為に、分からせる為に。そこに下らぬ虚飾は一切がない。総て剥ぎ取られ、裸の己を曝け出す。なんと素晴らしい――これぞ魂の決闘だ」

 だから、何よりも尊いのだと、目を輝かせ、自分の枠を離れたものに久しく心を躍らせていた。

「ああ、もどかしい。歌い上げたい、詩に書き留めたい、本へと綴り後世へ伝えたい、希うよ留めたかったほど。心から喝采しよう。
 君を創って本当に良かった!
 誇りに思うよ、君が娘で私も鼻が高いというもの。素晴らしい完成度だ。今こそ讃美歌を捧げよう。その出生を、誕生を認めよう」

※あの声、あの口調です
===================================

 これでフェイト嬢の心も救われること間違いないですね。

 しかし、この場合プレシアさんの名前の綴りのどこかのLがRになってたり(逆だったかな?)するかもしれませんが、もしくは「プレシア・テスタロッサ」は幾千幾万の名前のひとつか。


 ・・・・・・・・・・・・カッとなって書いた。今は反省してる。だから次回作が『魔法ニート リリカルくらふと』なんて事になったりはしません。




[20025] Fate 第八話 情報戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/11 01:39
Fate  (4日目)


第八話    情報戦



 「なーにやってんだ? お前」

 冬木市は新都、丘の上に存在する教会。

 聖杯戦争の監督役である言峰綺礼のサーヴァント、ランサーは現在共同戦線を張っている少女の下を訪れていた。早い話が暇つぶしである。


 「何って、情報を集めてるのよ」

 そんな闖入者に対して律儀に返答するのはやはり彼女が生真面目な性格だからであろう。生来的には大雑把な部分もあったが、その後の成長過程がいささか特殊だったためかこのような性格に落ち着いた。


 「なるほど、そりゃあ御苦労さまだ。ま、俺は手伝わねえけど」


 「そこまできっぱり宣言されると逆にすっきりするわね。まあ、文句はないけど」

 現在は聖杯戦争の序盤戦であり情報戦が展開されている。教会陣営においてこの両者の役割分担は完全に決まっており、それぞれが己の役割全うするだけという認識で彼らは動いている。

 すなわち、レオンハルトが偵察役として情報を収集し、聖餐杯がサーヴァントをスワスチカにおびき寄せるための策を練る。そして、ランサーが必中の槍にて心臓を穿つ。

 言峰綺礼はあくまで監督役に徹することが決まっており、彼自身、全ての指揮権を聖餐杯に移譲している状態だ。ただし、聖餐杯には聖堂教会スタッフの現場指揮官としての仕事もあるため、戦争にかかりきりというわけにもいかない。


 そうなれば必然、手足である彼女等が動く必要が出てくる。しかし、ランサーはサーヴァントであり、アサシンのように気配遮断スキルを持っていない。キャスターが柳洞寺に神殿を築き、霊脈を通して冬木全体に網を張っている状態で迂闊に動くのは危険が大きい。


 そこで、レオンハルトの出番となる。彼女は黒円卓の騎士であり、魔術師とは異なる条理に身を置いている。つまり、魔術師のサーヴァントであるキャスターの鼻にはかかりにくい。


 「ところで、柳洞寺に潜んでいるサーヴァントの目星はついたの?」


 「いいや、駄目だな。俺達はお互いの伝承についてはそれなりに知っているが、どうしても出身地の縛りが出てくる。俺はアルスター出身だから知ってんのはガリアくらいまでだ」


 「ってことは、アルスター神話、フィオナ神話、アーサー王伝説、それから北欧神話とローランの歌ってところかしら?」


 「ああ、その中に該当する奴はいねえ。だが、流石に東洋ってわけでもなさそうだぞ」


 「確かにそうね。もし日本出身の英霊だったら自分で結界を張り直す必要はない。柳洞寺に張られていた結界をそのまま活用するだけで十分、そこに手を加えている事実そのものが、西洋魔術師の手口であることを示している」


 レオンハルトにはそれほど神話に関する造詣はない。そんなことよりも殺人技巧や諜報技能を鍛えていたという悲しい事実はあるが、それはそれでもう割り切っている。



 「聖餐杯猊下なら何か分かるかもしれないけど、あいにく仕事で出ているし」


 「あのエセ神父二号か、どうして俺のマスターの周りにはあんなのばっかし集まるのだか」

 ランサーにとっては愚痴の一つも言いたい状況である。よりにもよって言峰綺礼をマスターに持ってしまったのは不運としか言いようがなかった。


 「でも、聖餐杯猊下に貴方は逆らえるのかしら?」

 ランサーのマスターは言峰綺礼であり、聖餐杯、クリストフ・ローエングリーンは令呪を持っているわけでもなく、ランサーに魔力を提供しているわけでもない。あくまで言峰綺礼から彼の指示に従い、レオンハルトと行動を共にするように命令されているだけだ。

しかし、それとは別に彼には聖餐杯に逆らえない理由があった。


「ちっ、まあ、いけすかねえ野郎ではあるが、恩人は恩人だ。禁戒(ゲッシュ)は守るさ」

 ランサーの本来のマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツを治療した人物が他ならぬ聖餐杯であった。彼にとっては善意の欠片もなく、ランサーが叛意を持つことを禁じる為の処置ではあったが、それだけに効果は抜群であった。


 「しかし、あの傷をどうやって治したんだ?」

 それがランサーにとっては疑問であった。バゼットが言峰綺礼によって負わされた傷は相当の深手であり、いくら魔術師とはいえ、致命傷となるほどであった。

 しかし、魔術師にはそう簡単に死ぬことは許されない。彼女の身に刻まれた魔術刻印は仮死状態ながらも彼女を生かし続け、結果として彼女はフラガの血に助けられたともいえる。


 「魔女の妙薬、とおっしゃっていたわ。人体改造が趣味で、怪しげな薬を作るのが好きな魔女が仲間にいるから、間違いなくそれ経由で手に入れたんでしょうね。それに、猊下自身、心霊治療なんかは得意だったと思う」


 彼女以外の黒円卓の騎士は皆、大戦から60年余りの時を生きている。その間に彼らは遊んでいたわけではなく、来るべき怒りの日に向けて各々が得意分野を伸ばすか、もしくは足りないものを追求するかの違いはあれど、研鑽を積んできたのである。

 ベイはただひたすら戦いを求め、上質な魂を喰らい続けた。

 マレウスは自らの知識をさらに深めると共に、エイヴィヒカイトに自らの魔術を組み合わせるための式を組むのに数十年を費やした。その結果、彼女の創造『拷問城の食人影』は二つの特性を有するに至った。

 レオンハルトの憧れの人物であるヴァルキュリアとて例外ではなく、本人にとっては暇で暇で仕方なかった日々であったようだが、それは人間がやるものとは思えない鍛錬をこなすのが常識を化していたからであった。彼女は魂を収集しなかった代わりに己の剣技を極限まで鍛え上げ、かつての上官に接近戦で打ち勝つための訓練を愚直なまでに繰り返していた。

 当然、シュピーネこと形成(笑)は何もやっていない。やっていたら創造位階に至っていただろう。


 10年前には何も知らない普通の少女であった櫻井螢にはそれらを知る術はなく、全て聖餐杯から聞き知ったことではあったが、このことに関してならば彼は嘘を言わなかった。

 古来より、虚言が最大の効果を発揮するのはその中に事実や、本人が信じたい“真実”を組み込むものとされている。この場合、ベアトリス・キルヒアイゼンは櫻井螢の理想通りの人物であったため後は自分にとって都合の良い部分だけを教えるだけでよい。

 ベアトリスのものぐさな部分はこの際考えないでおく、小さい子供にあえて現実を教える必要もない。


 「はあ、お前の仲間は色ものばっかだな」


 「我ながらそう思うわ、まあ、そんな中で育った私がこんな性格になったのも無理ないってことよ」

 しかし、彼女がそういう認識を持つようになったのもここ最近、というかランサーと行動を共にするようになってからである。

 それまでの彼女の周囲にはまさに碌な人物がいなかったが、それらに比べればランサーは余程好感が持てた。そもそも比較するのが間違いのようにも思えるが。

 だが、彼と行動することで自分だけなく自分達、黒円卓そのものを客観的に見ることが出来るようになったのは彼女にとって大きな前進といえるだろう。これまで彼女の視野は極端に狭く、黒円卓以外の世界をほとんど知らないも同然だったのだから。


 「とはいえ、猊下が完全に治したわけじゃなくて、それを可能な人物のところに運んだだけ。あの人なら死人だろうが直せるから」


 「なんか、微妙に字が違った気がするんだが?」

 レオンハルトが言った“あの人”とはバビロン、リザ・ブレンナーのことである。人体の修復の専門家であるのは確かだが、本来の専門は死体だった。

 彼女が留守番をしているシャンバラまでバゼットを送り届けたのは他ならぬレオンハルトであり、ランサーにとっては黒円卓の主従にかなりの借りを作ったことになる。

 その身でありながら情報収集を行う彼女に“俺は手伝わん”と宣言できるランサーの神経もなかなかのものだが、黒円卓の面子はそういう陽性なもの言いはぜず、ねちねちねちねちと小言を続けるタイプが多い。

 現在のメンバーでは唯一異なるのはベイだが、彼は別の意味で論外であった。


 「それはともかく、そろそろ出来るわ」

 話しながらも手元の操作を続けていたレオンハルトだが、ここでようやく手を止める。


 「で、結局手前は何をやってたんだ」


 「盗聴器の設定よ。これが結構調整が難しくて、その代り傍受される危険はほぼゼロ」

 かなり困難な作業ではあったが、ここにシュピーネがいれば、などとは間違っても思わない。あの男の面を拝むことになるくらいなら食事を抜いて作業していた方が遙かにましというものだ。


 「なるほど、魔術や使い魔を使った盗聴は当然向こうも警戒している。だからこそ、それ以外の手法でいこうってわけか」

 ランサーは素直に感心している。彼は純粋な戦闘者であり、それが効率的であるならばどんなものでも採用する。だが、それが誇りを汚すものならば絶対に許すことはない、特に、主君への裏切りは鬼門である。


 「ええ、私の狙撃で倒れたセイバーのマスターを彼女等が衛宮邸に運ぶ前に、居間とかに盗聴器を仕掛けておいたの。あまり時間がなかったからそれほど多くは仕掛けられなかったけど、案の定誰も盗聴に関する知識はないみたいね」

 レオンハルトは知らないことだが、遠坂凛にいたってはエアコンの使い方すら分からなかった程である。盗聴器など未知との遭遇に等しいだろう。


 「ランサー、この線をそっちのスピーカに繋いで。それなら貴方も聞こえるでしょうし」


 「二人で仲良く盗聴タイムってのも、随分陰気な趣味だな」


 「燃やすわよ」


 「燃やせるかよ」

 そんな軽口を叩きながらも盗聴を開始する二人。





 『セイバー、遠坂は?』

 『先に風呂に入ると言っていました。勝手に沸かしたので気にするな、とのことです』

 『はあ、どこまで唯我独尊なんだあいつは』



 「ふうん、苦労人気質なのね、彼」

 「ははは、あのお嬢ちゃんらしいな」

 ランサーは学校にて凛と対峙したことがある。レオンハルトは士郎とは面識があるが、凛とはない。遠くから監視していただけである。



 『なあセイバー、ランサーのことなんだけど、アイツは何者なのか分かるか?』


 「あら、いきなりタイムリーな話題ね」

 「向こうにとっちゃ、盗聴されてるなんざ思わねえだろうからな」


 そして、しばしの前振りの後、セイバーが本題を切り出す。


 『そうですね。あの紅槍と全身に帯びたルーンの守り、加えて戦いではなく、“生き延びる”ことに特化した能力から考えると、かなり絞ることが可能かと思います』
 

 「ひょっとして、ばれてる?」


 「まあ、隠そうとも思ってなかったからな」

 この二人は知らないことだが、セイバーは第四次聖杯戦争において、アイルランドのフィオナ神話に登場するディルムッド・オディナと戦ったことがある。彼の宝具、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)とランサーの刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)はあまりにも似過ぎていた。

 その上、全身青タイツであるところまで似ていたのである。


 『断定は出来ませんが、彼の真名はクーフーリン。魔槍ゲイボルクを操るアイルランドの大英雄です』



 「大英雄だって」

 「人の口から言われると微妙に気恥ずかしいなおい」



 『で、強いのか、そのクーフーリンってやつは』

 『この国では知名度が低いですから存在が劣化していますが、それでも十分すぎる能力です。こと敏捷性に関してならば他の追随を許さないでしょう』



 「褒められてるわよ」

 「悪い気はしねえ」



 『問題は彼の宝具ですが、魔槍ゲイボルクの伝承は数多あり、その中で共通したものの中に“心臓を穿つ”というものがあります。ひょっとすれば、穿った傷は容易く治らない類の呪いを帯びているかもしれません』

 これもまた、ディルムッドの必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)から予想したものである。


 『つまり、あいつの槍は―――』

 『ええ。使えば必ず相手の心臓を穿つ魔槍、ということになるかと』



 「随分詳しいわね」

 「ここまで詳しいとなると、多分セイバーは同郷かお隣さんだな」

 ちなみに、言峰綺礼や聖餐杯は第四次聖杯戦争などに関する情報を二人に教えていない。というより、聖杯戦争の裏側を秘密にしているのであった。

 「つまり、アイルランド出身か、もしくはブリテン出身ってこと?」

 「そうなるな、だが少なくともアルスター神話、俺の時代の英雄じゃねえ。そりゃまあ、男勝りの女戦士はいくらでもいたが、あんな小柄な野郎はいなかった」

 「多分、それを直に言ったらはっ倒されるわよ」

 「そりゃまだましな方だ。俺の師匠なんざ、“年増”って言ったら槍投げて来たぜ、心臓目がけて」

 「凄まじいわね」



 『この仮定が事実であれば、一対一の戦闘においてこれほど効率的な武器もありません。何しろ全く無駄がない』

 『無駄がない?』

 『分かりませんか。ランサーの槍は城を破壊することはできませんが、人間を一人殺すだけなら十分です。宝具というものはその規模によって消費する魔力が変わります。Aランクの宝具を持つ者はその使用に大量の魔力を消費する。一度使ってしまえば、失った分の魔力補充に時間がかかるのです』



 「城壁を壊せないって」

 「舐められたもんだな」

 「確か、貴方の槍の最大顕現ならB+だったかしら?」

 「ああ、だがそれでも対軍レベルだ。だが、ルーンの魔力を全部バックアップに回しゃあもう一段階威力は上がる」

 「つまり、B++の対城宝具になるってことか」

 「どんな盾だろうが、鎧だろうが、城壁だろうが、ぶち抜いてやるさ」

 「頼もしいわね」



 『ですが、人を一人――――いえ、サーヴァントを倒すのにそれほど強大な破壊力は要りません。ランサーのように一撃で仕留められるのであれば、それ以上の戦果はないでしょう』



 「だって」

 「男にはな、退けねえ時ってのがあんだよ」

 「便利な言葉だわ」

 「うるせえ、そういうのは女の方が持ってるだろうが」

 「女は秘密が多い方が好かれるのよ」

 「ったく、俺の周囲の女はそんなタイプばっかだったな」

 「“女は信用するな”、名言よ」

 「妻帯者にとっては洒落にならねえ言葉だな」

 「そういえば貴方、結婚してたわね。しかも、奥さん以外の女と子供作ってるし」

 「それが男の甲斐性ってもんよ」

 「今の時代では最低男って呼ぶのよ」

 「はあ、難儀な時代になったもんだ」



 『つまり、大砲一発よりも弓矢一本の方がコストが低いってことか』

 『はい、ですがサーヴァントには弓矢など当たりません。結果としてサーヴァント同士の戦いは大砲のうち合いになるのですが―――』



 「アーチャーの存在を全否定する偉大なセリフね」

 「仲間に言っていい言葉じゃねえな」



 『ランサーのゲイボルクは、その弓矢を命中させられる槍ってことか。しかも掠り傷じゃなく、確実に命を奪う心臓に当ててくる』

 『そういうことです。ですから、彼の槍はこの戦いに適しているのです』



 「この戦争でなら、確かにそう」

 「俺が戦った化け物の中には心臓をぶち抜いても死なない奴や、首を切り落としても生きてた奴もいたがな」

 「まるでベイね」

 「お前の仲間は吸血鬼だっけか?」

 「ええ、それにしても貴方の能力は確かに汎用性が高い。絶対に命中する弓と、絶対に命中する大砲を両方使ってくるんじゃ対処は難しい」

 「相手からすりゃそうだろうな、これでも国一番と呼ばれた英雄だぜ、そう簡単に負けられねえよ」




 『んじゃあ、次はアーチャーに関してなんだけど』



 「ん、いよいよ真打が来たわ」

 「俺に関する話を聞いても意味がねえ、こっからが本番か」



 『アーチャーですか………いいえ、シロウが把握できている以上のことは何も。単純な戦闘能力では私が上回っているようですが、彼の宝具も戦闘技術も体験していません。一度勝利しているからといって、楽観していい相手ではないでしょう』



 「使えないわね」

 「つーか、セイバーの野郎、アーチャーを破ったのか」

 「そういえば、校庭で貴方と戦ったっけか」

 「ああ、よく分からない野郎だったが、あの防御はそう簡単に破れるもんじゃねえぞ」

 「じゃあ、セイバーがそれだけ優れていたってこと?」

 「いや、戦った感じじゃあそんなに戦闘技術が離れていたわけじゃねえ。そりゃまあ、剣の英霊が弓の英霊に剣技で負けてたら死んじまえって話だが、それでもかなり拮抗していたと思うが」



 『そうだな、あの時のあいつはなんかおかしかった。ひょっとしたらセイバーのこと知ってるんじゃないか。なんかこう、敵襲に驚いたっていうより、セイバー自体に驚いたからって感じるんだけど』



 「アーチャーが、セイバー縁の騎士?」

 「あり得ない話じゃねえけどよ、そもそもセイバーの真名がわかんねえんじゃ意味無いな」

 「聖餐杯猊下は何か知ってそうだったけど、教えてくれないのよね」

 「エセ神父一号もだ。あいつら、真面目に戦争する気あるんだか」

 「かなり疑わしいけど、多分真面目にやる気はないと思う」



 『なるほど、そう考えると納得が出来る。弓使いである以上、接近戦で私に劣るのは当然です。ですがそれにしても、あの時のアーチャーは脆すぎた』



 「実力を出せてなかったのは間違いないか」

 「しかし、傷を負ってんなら今倒してもつまんねえ」

 「まったく、弱っている相手を狙うのは戦の定石でしょう?」

 「俺は戦いに来たんだぜ、そりゃあ、戦場で出会っちまえば相手が弱っていようが容赦なくぶち殺すが、弱みにつけ込むような真似はしねえ。勝利ってのは盗むもんじゃなくて奪うもんだ」

 「なるほど、弱っているのに敵と遭遇するような無様を晒す敵は価値なしってことかしら?」

 「そういうこった」



 『結局、アーチャーに関しては収穫なしか』

 『まあ、今は共闘している間柄ですから、いずれ分かることもあるでしょう』



 「案外呑気」

 「英雄なんてこんなもんだ。四六時中気を張ってても意味ねえ」



 『じゃあ最後、バーサーカーについてだけど』



 「バーサーカーか」

 「俺も一回戦ったが、ありゃあとんでもなかったな」



 『バーサーカーですか……』

 『ああ、もしセイバーがもう一度あいつと戦ったらどうなる?』



 「一方的に押されていたからね」

 「つか、あれと互角に戦うのは無理があるだろ」



 『正直、勝利するのはかなり難しい、万全の状態であったとしてもです。……いえ、どのようなサーヴァントであってもあの巨人を追い詰めるのは不可能かもしれない』

 『それほどか……』



 「貴方だったら勝てる?」

 「当然よ、あん時は様子見だっただけだ」



 『シロウ、あの夜の戦いを覚えていますか? バーサーカーは凛の魔術を容易く弾きました。彼には私のような対魔力は備わっていない。あれはただ、肉体の強度のみで凛の魔術を無効化したのです』

 『それは見てたけど、そんなに驚くことなのか?』



 「当然よ」

 「いや、お前に聞いたわけじゃねえだろ」

 「頭悪いわねこいつ」

 「そこまで言うか」



 『違います。攻撃に耐えたのならばその箇所を狙い続ければ鎧はいつか砕ける。ですが弾いたのなら別、凛の魔術はそもそもバーサーカーに届いていなかった』

 『つまり、セイバーみたいに魔術を無効化したってことか?』

 『はい、ですが先程言ったようにバーサーカーには対魔力のスキルはない。となると、彼の宝具が魔術を防いだとしか思えない』



 「貴方は対魔力Cだったかしら」

 「セイバー程じゃねえな、もっとも、ルーンの守りを使えば一時的にだがAランクまで上げられる」

 「ホント、汎用性高いわね貴方」

 「おう、もっと褒めな」

 「浮気男」

 「褒めてねえだろ!」




 『……これは憶測ですが、バーサーカーの宝具は“鎧”です。それも単純な鎧ではなく、概念武装と呼ばれる魔術理論に近い。恐らく―――バーサーカーには一定水準に以下の攻撃を無力化する能力がある。私の剣や凛の魔術が通じなかったのはそのためでしょう』



 「憶測が多いけど、かなり的を射てそうね」

 「直感がいいんだろうな、こういうタイプは厄介だ、奇襲は通じにくい」

 「じゃあ、使うなら奇策のほうがいいってこと?」

 「そうなるな、手前みたいに脇が甘いのが、ああいう優等生の欠点だ」

 「悪かったわね」

 「そう思うなら直しな」

 「努力はしてるわ」

 「努力だけじゃ意味がねえ、戦場では結果が全てだ。殺し合いに敢闘賞はねえんだぜ」

 「覚えておく」



 『バーサーカーがギリシャの大英雄であるなら、その能力はほぼAランクです。彼に傷を負わせたいのなら、少なくとも彼と同じランクの攻撃数値を用いなければならないと思います』

 『同じランクの攻撃数値……つまりそれって』



 「そういえば、このランクって誰が決めてるの?」

 「さあな、聖杯じゃねえか?」

 「何か腑に落ちないのよ。これじゃあまるでサーヴァントを格付けして楽しんでるというか、むしろ……」

 「何だ?」

 「いえ、まるで脚本された歌劇、もしくは物語のようだと思っただけ」

 「物語ね、まあ、英雄譚なんざ得てしてそういうもんだが―――」

 「それでも、誰かが基準を定めたのは間違いないはずよ。聖杯だって結局は誰かが作ったんだから」

 「ってことは、その作り手とやらが自分勝手に決めたってのか?」

 「それしか考えられない。まさか、聖杯が自分の意思を持っているなんて与太話を信じるのでなければ」

 「けどよ、ランクなんざ糞くらえ、結局は強い奴が生き残る、それだけだ」

 「はあ、貴方は単純でいいわね」

 「世の中案外単純なんだよ、考え過ぎると人生を楽しめねえぞ」

 「人生を楽しむ、か――――そうね、あまり考えたことなかったかも」

 「そりゃあ随分と損してるぞ、酒も女も戦いも知らない人生なんざ意味ねえだろうが」

 「戦いならあるわよ、後、私男じゃないし」

 「自覚があるなら結構、後はいい女になれるようせいぜい磨くこった」

 「いい女か、ベアトリスならきっと――――」

 「あんだって?」

 「私の憧れの人、貴方なんかじゃ相手にされない程のいい女よ」

 「ほう、そりゃあ会ってみたいもんだ」

 「ええ、いつか会わせてあげるわ――――――――――絶対に」




 『だけどセイバー、宝具ってのは強力な武器なんだろ? だったら筋力に置き換えればAランクに届くんじゃないのか?』



 「いつの間にか会話が進んでたみたい」

 「だがまあ、あんまし進んでないな。多分セイバーのパラメータでも確認してたんだろ」



 『はい、宝具と通常攻撃は比べるべくもない。宝具のCランクは通常攻撃ならばA、ないしA+に該当します。……ですが、バーサーカーを守る“理”は物理的な法則外のもの』

 『ってことは、重要なのは威力よりも神秘ってことか?』

 『あれは、たとえ世界を滅ぼせる宝具であれ、それがAランクに届いていないならば無効化する、という概念です。バーサーカー、ヘラクレスは神性適性を持つ英霊だ。神の血を受けた英霊には、それと同等の神秘でなければ干渉出来ない』



 「つまり、核爆弾じゃ死なないってこと、あれには神秘の欠片もないし」

 「神性適性なら俺も持ってる。これでもルーの息子だからな」

 「そうだったわ、信じられないけど。でもまあ、そういった意味でもバーサーカーを相手にするなら貴方は結構相性がいいわけか」

 「手前、地味に貶しやがったろ」

 「それと、セイバーがそう言うってことは、彼女は神性適性を持っていないことになる。これは真名検索の条件の一つになるわ」

 「ようやく盗聴の意味が出てきたか」



 『ですが、どのような英霊であれ、必ず弱点は存在します。少なくともバーサーカーには対城レベルの攻撃手段がない。襲われたところで一撃で全滅する、という事態は避けられます。何らかの援護があれば勝算が見えてくるかもしれない』



 「貴方の弱点………服のセンスね」

 「死ぬかおい」

 「全身青タイツはどうかと思うわ、私」

 「よし分かった、表でな」

 「でも、そんな貴方が好きよ、私は」

 「ヤバい、吐きそう」

 「いい度胸ね」

 「お互い様だろ」



 『結局はまだ撤退が大前提か。それまでになんとかバーサーカー弱点を探さないといけないってことか。で、セイバー、対城レベルの攻撃方法ってのはなんなんだ?』



 「バーサーカーの弱点……ヒュドラの毒とかかしら」

 「んなもんどこにもねえな」

 「確かに、ヘラクレスがアーチャーとして召喚されてたら、自分の放つ矢こそが最大の弱点になっていたんでしょうけど」

 「怪物にありがちな弱点だな、最大の武器がそのまま跳ね返ってくる」

 「だけど、バーサーカーというのは厄介ね、手綱はマスターが握ってるから暴走もあり得ない」

 「マスターの膨大な魔力量があってこそだがな、本来なら弱点だ」

 「確かに、強大な力を誇るが故に制御が効かず、自滅する可能性が最も高いのがバーサーカーなんだけど」

 「厄介な組み合わせもあったもんだ」



 『宝具の攻撃力のことです。一騎打ちで真価を発揮する対人宝具、団体戦闘で真価を発揮する対軍宝具、そして、一撃で全てを決する対城宝具。宝具は大きくこの三つに分割されます』



 「私の緋々色金は対人と、創造位階なら対軍もいけるかしら?」

 「俺の槍は全部いける」

 「ベイの聖遺物は完全に対軍仕様だし、マレウスは――――微妙なとこね」

 「対軍っても、要はタイマンかそうじゃないかってことだ、二人以上なら対軍でいいんじゃねえのか?」

 「まあそんなとこかしら、あまりこだわっても意味ないし」

 「そう、戦術兵器には戦術兵器の、戦略兵器には戦略兵器の使い方ってもんがあるんだぜ」

 「携帯電話も使えないげんしじ……古代人に言われるのも変な気分だわ」

 「おい手前、今何言おうとした?」

 「中世においてはヨーロッパよりもイスラムの方が文化は進んでいた。だから、十字軍は蛮族の群れとか呼ばれていたらしいわ」

 「やっぱし表でろ手前」

 「さて、そろそろ情報をまとめて猊下に報告しなくちゃ」

 「絶対後で泣かせるからな」

 「嫌、怖い」

 「――――――うぷ」

 「殺すわよ?」

 「お互い様だ」





 聖杯戦争序盤戦、それは陰謀渦巻く情報戦である。


 どの陣営も有益な情報を引き出すために、ありとあらゆる手段を駆使していた。


 そのはず、多分、間違いなく。




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 あとがき

 型月中尉報

 我らがベイ中尉殿は死徒二十七祖の中でも最も厄介な集団が揃っている黒の姫君の陣営に喧嘩売ったことがあります。

 
 死徒二十七祖 第一位 “霊長の殺害者” プライミッツ・マーダー

 死徒二十七祖 第六位 “黒騎士” リィゾ=バール・シュトラウト

 死徒二十七祖 第八位 “白騎士” フィナ=ヴラド・スヴェルテン

 死徒二十七祖 第九位 “血と契約の支配者” アルトルージュ・ブリュンスタッド


 この化け物4体に無謀にも挑み、4人がかりでフルボッコにされました。マレウス曰く、『なんで生きているのか不思議で仕方なかった』とのことです。

 ですがまあ、フルボッコにされながらもこの4人に深手を与えたベイ中尉は恐ろしい限りです。


 ちなみに、なぜ彼がこのような暴挙に出たのか聖餐杯が後に聞いたところ


 『一人、気に入らない称号を持っている野郎がいた』という答えが返ってきたとかなんとか。

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[20025] Fate 第九話 聖餐杯の策謀
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:f2cc53be
Date: 2010/07/11 11:24
 
Fate (5日目)


第九話    聖餐杯の策謀



 深夜、日付が変わった頃、教会に帰還してきた聖餐杯は普段と全く表情を変えずに戦略室になっている部屋へと向かった。

 しかし、そこでかなり予想外のものを目撃することになる。



 「三光、私の勝ちみたいね」

 「ち、酒が来れば月見酒が揃ったんだが」



 「ふむ、一体何をしておられるのですか? 貴方達は」

 いやまあ、見れば分かるのだが、それでも問わずにはいられない状況だった。


 「戦術シミュレーションです。戦場においては運気をつかむことも重要であると、歴戦の英雄であるランサーから教わり、こうして特訓を行っておりました」

 「ああ、こいつの筋は悪くねえ、まさかこうも簡単に追いつかれるとはな」

 「………」

 突っ込みどころが多すぎて、何から突っ込むべきか迷う聖餐杯、というか、櫻井螢――レオンハルトのキャラが変わり過ぎだった。


 ≪おかしいですね、彼女はここまで柔軟性に富んでいなかった。むしろ、真逆の存在だったはずですが≫


 そう考える聖餐杯は、重要なことを失念していた。

 櫻井螢は6歳の頃より黒円卓の面子に育てられている、ぶっちゃけ、人生の教師にしたくない連中ばかりであったため、出会って間もないランサーの影響を受けるのは当然の帰結だった。

 つまり、彼女の人格形成は6歳の頃からほとんど進んでいないとも言える。外見だけは取り繕っているものの、芯が幼女と大差なかった。

 故に、ランサーと話すことは彼女にとって大きな変化を与えつつある。さらに、クーフーリンという人物の気性は、ベアトリス・キルヒアイゼンと近い部分が多いのだから尚更だ。



 「まあともかく、報告を聞きましょう。セイバー・アーチャー陣営の動きはどうですか?」


 そして、レオンハルトは得た情報を的確にまとめ、聖餐杯に伝えていく、ランサーは花札を片付けた後、酒を飲んでいた。



 「なるほど、しばらくは守勢に回り、情報の収集に努めるというわけですか、ならば、夜の巡回なども行うことはないでしょうね」


 「恐らくは。アーチャーが万全ならば単独行動に出る可能性は高いものの、現状ではほぼないと考えてよいかと」


 「では、これは都合が良い、どうやら今後の展開はほぼ決まったようです」

 聖餐杯は満面の笑みを浮かべる。とはいえ、その笑みも全て仮面に覆われ、その真意を測ることなど余人には不可能であったが。


 「どういうことですか?」


 「おお、これは説明が足りませんでした。私も遊んでいたわけではなく、情報収集の傍ら、幾つか状況を動かすための手を打っておいたのですよ。そうですね、まずは他のサーヴァントの情勢から教えると致しましょう」


 そして、聖餐杯は聖堂教会のスタッフを通じて得た情報を二人に語っていく。要約すれば、柳洞寺に籠るキャスター・アサシン陣営、アインツベルンの城を拠点とするバーサーカー陣営、この両者には動きは見られないとのこと。

 バーサーカーは既に一度市内における破壊行為を行っており、キャスターも霊脈を利用した魔力の蒐集行っている。どちらも一般市民に害を与える危険性が大きいサーヴァントだけに、聖堂教会のスタッフを張り付ける大義名分には事欠かなかった。



 「つまり、7騎のサーヴァント中、5騎は現段階では守勢に徹しているということです。我々にとっては動く機会、これを利用しない手はありません」


 「ほう、じゃあ俺も動けるってことか?」

 その言葉にいち早く反応したのはランサー、戦いを求める戦士の本能を抑えるのも容易ではないようだ。


 「まだ貴方が動くほどではありませんよ、ランサー。ですが、それもそう遠いことではない、長くとも三日の内にはサーヴァントを一騎消してもらうことになります。その時を楽しみにしていてください」


 「なるほど、三日か、文句はねえ」

 アルスターの英雄が標的を定めた。例えどんな相手であれ、戦うことが決定すれば容赦なく殺すのが彼の主義。

 故に、その相手を殺すことは既に彼にとって決定事項、ならばその時まで牙を磨ぐのみである。


 「猊下、そうなれば、動くのは残るライダーということですね」

 そして、それまでの前準備として動くことになるであろうレオンハルトも、己の役割を察していた。


 「ええ、察しが良くて助かる。既にライダーのマスターが動くように誘導は済んであります。セイバーとアーチャーのマスターが完全に引き籠ってしまうのが唯一の懸念でしたが、貴女の報告によりそれもなくなった。彼らが明日穂群原学園に登校するならば、後は成り行きに任せればよい」


 クリストフ・ローエングリーンは人を騙す。ありとあらゆる顔を使い分け、人間を陥れ、自分の手駒の如く操ることこそ彼の本領。

 特に、己の信念が薄い者ほど彼にとっては操りやすい。そういった点で、最もやりやすいマスターがこの冬木にはいるのだ。


 「ライダーのマスターが判明したのですか?」


 「ええ、問うまでもなく自分から教えてくれましたよ。ああいう手合いは実に我々にとって都合が良い」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 『失礼、少々お尋ねしたいのですが、間桐という家はどちらか御存知ありませんかな?』

 夕刻、道を歩く間桐慎二に対し、いかにも人畜無害そうな神父が声をかける。


 『はあ、あんた、間桐の家に何か用でもあるの?』

 間桐慎二はマスターとしての適性は皆無に等しいが、それでも聖杯戦争に関する知識はあった。

 聖堂教会が派遣する監督役によって聖杯戦争の取り決めはなされている。つまり、この男がそれなのかと疑問を持ったわけだが。


 『ええ、新都にある教会から足を運んできたのですが、どうにも川からこちら側の地理には疎いものでして』

 なるほど、監督役の使いぱしりということなのだろう、間桐慎二はそう判断する。


 『だったらあんたはそこに行く必要はないよ、僕が間桐慎二だ』


 『おお、これは何たる幸運、神も私をお見捨てならなかった。いやまあ、3時間も歩きまわった甲斐がありましたよ』


 『――――いや、それって神に見捨てられたんじゃないのかな?』

 こいつは余程とろいんだな、まあ、だから使いぱしりなんてやらされるんだろうけど。


 『ああ、それでは、私の主人から言付かった内容をお話ししたいのですが。どこか、喫茶店にでも入りますか?』


 『ここでいいよ、何が悲しくて男と喫茶店になんか入らなくちゃいけないんだい?』

 まったく、本当に気が効かない奴だ。



 間桐慎二は気付かない、相手を見下すことで優越感を覚え、いつの間にか会話のペースを握られていることを。

 そして、そのような感情を抱くように、クリストフ・ローエングリーンが顔を使い分けていることを。


 『分かりました。それでは、ええと、貴方の間桐と共に聖杯戦争を開始した遠坂のマスターより、学校に結界が張られており、一度に多くの被害者が出る可能性がある。との連絡があったのです』


 『へえ、そんなことがねえ』

 間桐慎二は内心笑う、あの遠坂凛が対応に四苦八苦しているところを想像するだけで優越感がこみ上げてくる。


 『はい、それで、もしものことがあった場合には私を始めとした現場チームが派遣されることになるのですが、どうにも規模が大きいようで、正直処理を上手く出来る自信がないのですよ』


 『なんだいそりゃあ、監督役の知らせというより、あんたの嘆願ってことじゃないか』


 『お恥ずかしいことながらその通りです。そこで、学校に通っている貴方ならば遠坂のマスターも知らない情報をご存じではないかと、藁にも縋る思いでやってきたわけでして』


 『なるほどね、確かに、遠坂は魔術師としては優秀かもしれないけど、こういった状況に対処する能力は魔術とは関係ないからねえ』


 ああ、実に分かりやすい方ですねえ。と感慨にふける聖餐杯に気付かず、間桐慎二は言葉を続ける。


 『学校の結界だったね、それだったら僕も知っている。それに、発動のタイミングがいつになるかも大体掴んでいる。それさえ分かれば、事後処理くらいはなんとかなるんじゃないかな?』


 『本当ですか!?』


 『嘘を言ってどうするんだい?』


 『い、いえ、これは驚きました。まさか、既に発動のタイミングまで把握しているマスターがおられるとは』


 『そうさ、間桐のマスターを侮らない方がいい。それで、こっちからはその情報を提供してやるんだ、相応の見返りがあってもいいんじゃないかな?』


 『見返り、私に用意できるものであれば……』


 『何、そう難しいものじゃない。遠坂のサーヴァントがどんな奴なのか、それだけで結構さ。あんたら、土地の管理者である遠坂家とは繋がりがあるんだろう?』


 『はあ、真に申し訳ないのですが、遠坂は魔術協会より正式にセカンド・オーナーとして認められた家系。そういった魔術協会と聖堂教会との折衝は全て監督役に一任されており、現場担当に過ぎない私には……』


 『はあ、使えないねあんた』


 『申し訳ありません。私に分かることと言えば、遠坂のサーヴァントがアーチャーであり、セイバーによって負傷させられたことくらいしか……』


 『なんだって! それは本当かい!』


 『え? は、はい。監督役がそうおっしゃっておられましたので、間違いないかと』


 『あははははは! なんだい、あいつはいきなりサーヴァントを負傷させられたのか! とんだ間抜けだな!』


 『あの、間桐さん。どうかなさいましたか?』


 『いやいや、すまないね、こっちの話さ。ああ、今の話だけで十分だ、役に立ってくれたよ、あんたは』


 『そうですか、お役に立てたようで幸いです』


 『それで、結界の発動タイミングだけど、後三日というところだろう。ひょっとしたら早まる可能性もあるが、状況を考えれば遅くなることはないと思うよ』


 『おお、して、その理由とは?』


 『その結界は間違いなく遠坂のマスターを狙って仕掛けられたものだろう。だったら、そのサーヴァントが負傷してる今が絶対の好機だ。結界を仕掛けたマスターがそれに気付くかはまた別問題だけど、聖杯戦争が始まったというのに遠坂が全く動かなければ、その結論に辿りつくのはせいぜいが三日ってことさ』


 『なるほど、いやいや、私などには考えもつきません。御慧眼、痛み入ります』


 『そういうわけで、あんたも後処理の準備を進めることだね。僕は自分のサーヴァントを使って漁夫の利でも狙うとしようか』


 『つまり、結界を張ったマスターと、遠坂のマスターの戦いを利用する。そういうことですか』


 『そのくらいは流石に分かるか、じゃあね、縁があればまた会おう』


 『ええ、それでは』




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 「とまあ、そういうことです。ここは彼の言葉通り、漁夫の利を狙うと致しましょう」


 話を聞き終え、レオンハルトは呆れていた。容易く情報を漏らす間桐慎二の馬鹿さ加減と、聖餐杯の悪辣さに。


 「なるほどな、それで三日以内ってわけか」

 ランサーもまた呆れつつも、自分の戦いに関係する事柄だけは残さず把握していた。


 「ええ、セイバーとアーチャーのマスターが共に学校に向かうのであれば、多少なりとも噂になりましょう。学園というものそういう噂を何よりも好む、であれば、昼休みごろまでに間桐慎二の下にその情報は入る」

 間桐慎二は間桐桜を通して衛宮士郎がマスターとなったことを知ることも出来る。そうなれば、彼らが同盟を結んだことを推察するのは容易。


 「そうなれば、彼が動くのは間違いない。遠坂のマスターが生き延びるために素人と手を結んでいる。そう判断するであろう彼は優越感に満たされ、格下を相手にするつもりで軽い遊びでも思いつくはず」


 「そして、衛宮士郎と遠坂凛の両名は間桐のマスターが結界を張った人物であることに気付く。というわけですね」


 「そこまでいけば、穂群原学園での決戦となるのは時間の問題。間桐慎二はアーチャーの負傷が癒える前に、一気に勝負をかけるでしょう、その時こそ、我等が出陣の時」

 クリストフ・ローエングリーンの策略は辛辣さを極めた。それぞれの性格、戦う理由を見極めた上で、戦わざるを得ないように誘導している。


 「ってことはだ、その結界ってのはサーヴァントの能力強化が可能ってことか?」


 「流石ですねランサー。ええ、決戦場にしようするのならばそのような属性であってしかるべきですが、それだけではない。すなわち、結界内に存在する人間の魂を吸い取り、己の強化にあてる攻防一体の陣」


 「なるほど、だが、何で手前はそこまで分かったんだ?」

 ランサーとしてはそこに疑問が残る。アーチャーのマスターは優秀な魔術師ではあったが、そこまでは見きれなかったはず。だが、それよりも魔術に疎いであろうこの男は結界の特性を正確に把握していた。


 「なに、至極簡単なことですよ。学園の敷地内に入れば即座に理解できました。私は“ああいうもの”とは縁がありまして、私が知るものの劣化版、といったものだったというだけの話です」

 レオンハルトにはその感触が理解できた。自分よりも付き合いが長い聖餐杯ならば、ベイの創造についてより深く理解しているのだろう。

 あの男の性格からして、そういったタイプの創造になることは十分に考えられることだ。


 「それで猊下、私の任務はその“遊び”を監視することでしょうか?」


 「そうなります。万が一にも、そこで衛宮士郎に倒れられては困りますから。まあ、あの程度の輩に彼が倒されるとは思えませんが、ここはシャンバラではない。副首領閣下の気まぐれ次第でどう転ぶかは分かったものではありません」

 そう、カール・クラフトにとって冬木はあくまで余興に過ぎない。聖餐杯、クリストフ・ローエングリーンにとっては非常に大きな意味がある戦場だが、そんなことは悪魔にとっては些事ですらないのだ。


 「副首領? 誰だそいつは」

 そして、黒円卓の一員ではないランサーにとっては、全く意味不明の会話である。


 「私の上司といったところですか。とにかく恐ろしい、いえ、得体の知れない方でして」


 「私はまだ会ったことはないわ。もっとも、他のメンバーの話では会わない方が賢明らしいけど」


 「ふーん、まあ、俺には関係ない話か」


 ランサー、いや、クーフーリンは知る由もなかった。その存在は無関係どころか、彼とは因縁を超えた呪いで繋がっていることを。

 彼だけではない、英霊と呼ばれる存在の大半は、決してその存在とは無関係ではいられない。


 黒円卓の大隊長が冠する英霊(エインフェリア)という称号、それを作り上げたのはかの副首領に他ならない。


 そして、黄化(キトリキタス)の枠を受け持つ聖餐杯は、当然その類似点に気付いていた。



 本体は英霊の座にあり、分身体をサーヴァントという形で大聖杯の力によって現界させるアラヤの抑止力。

 本体はグラズヘイムにあり、分身体をスワスチカの力によって現界させる黒円卓の大隊長。


 そのシステムはあまりにも似通っていた。まるで、同じ人物が作り上げたとでも言わんばかりに。



 ≪だとすれば、この大聖杯もまた、カール・クラフトの手腕によるもの。ユスティーツアはイザークの代替ではなく、ゾーネンキントの試作品、ということになるのでしょう≫

 あり得る話だ。なにしろ、ユスティーツアという大聖杯を7つのサーヴァントの魂で起動させ、イリヤスフィールという小聖杯によって制御するシステム。

これは、イザーク・アイン・ゾーネンキントというグラズヘイムの心臓、聖櫃を八つのスワスチカによって起動させ、テレジアを鍵とするシステムと瓜二つだ。


聖杯と聖櫃、名前の違いなどただの言葉遊びのようなものだろう。


≪そして、どちらも得られる恩恵は黄金錬成、魂の物質化。魂のみで存在し、摩耗すること無き高次元の存在に変える黄金の奇蹟、大隊長らはその証明だ≫


 だが、聖餐杯が求める奇蹟は黄金ではなく、もう一つの奇蹟、死者の蘇生にある。だが、それならば。


 ≪この不完全な『ラインの黄金』でもそれは成せる。しかも、消費される小聖杯はホムンクルスでよい。私は、テレジアの血筋を利用しなくとも済むのだ≫

 彼が狂気に染まってまで求め続ける十の花。それらは既にグラズヘイムの一部であるため、シャンバラのスワスチカを用い、イザークと血縁関係にあるヨハンの血脈を聖櫃とせねば蘇生させることは叶わない。

 しかし、そこが彼の聖道の終着点ではない、彼は永劫に歩み続ける罪人。それこそがクリストフ・ローエングリーンの業なのだ。


 ≪この街程度の術式ならば、私の手でも成せる。アインツベルンには未だにこれの設計図も残されているでしょうし、小聖杯を鋳造する術もまた然り。我が聖道を歩み続けるに、これほど適したものはない≫

 彼が求めるは不完全な黄金、ならばこそシャンバラよりもこの冬木のそれが最適なのだ。

 世界に存在する霊地は冬木のみではなく、そういった土地は得てして大量の人口が集中する。ならば、そこに黄金練成の陣を敷くだけで彼の願いを叶え続けることが出来る


 彼は歩み続ける、どこまでも、殺して蘇らせ、殺して蘇らせ、それを永劫繰り返す道を。



 「では、そのような予定で動きます。後始末は私と言峰が担当しますので、貴方達は己の役割に集中してください」


 「了解しました」


 「任せな」




 未だ脱落者は0名、冬木の聖杯戦争はまだ序盤戦にある。


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 あとがき

 こんにちわ、ロートス×ルサルかのドラマCD。しかし一番の期待はミハエルとの絡みだったりする作者です。

 Fateはある意味聖餐杯無双になる予定。今回のBGMはCathedrateかな。

 さて、再びリリなのネタをひとつ。


 もし、フェイト嬢が中尉並にポジティブ思考の持ち主だったら。

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「ふふ、はは、あはははハハハハハハァァアアアッ……!」

 彼女が行った、完全なる人からの脱却。ひとつの起点ともなった親殺し。

 「フ――、はっ、おーおー、いい燃え具合じゃない。門出にしちゃあ中々♪。そうだ燃えろ燃えろ燃えてしまえ。私を縛っていたもの、出来損ないの証明、胸糞悪い作り物の情……ねあ、ここで諸共っ、総てっ、崩れ落ちてしまうがいい、そうでしょ!
 ゴメンネ母さん、鬱陶しいんだよリニス、私の居場所はそこじゃないの、あなたの子宮(お腹)は手狭でね。遊びばとしてはもの足りないの!」
 
 広がる光景は業火に焼かれる時の庭園と、中に転がってる2つの屍。いや、もともと屍だった自分の原型も含めれば3つだ。

 生みの親と育ての親、この2人はそれこそ原型を留めないほど、八つ裂きにされて転がっていた。バラバラになった個々の部位は壁や床に縫い付けられ、内臓や骨ごと、昆虫採集のように、磔られたまま炙られていく。

 彼女の少女時代が、血筋という象徴ごと根こそぎ、形と足跡を失っていく。

 火は不浄を焦がす。そのため私は嫌ってきた。だからこそ――我が始まりよ灰になれ。

 灰燼となり、この胸を焼く達成感の如く、我が生の糧になるがいい。

 「アハハハハハ、アハハハッハハッハハ!! クク、フフ、フフフフ、アーハハハっハハ!!!」


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 以上、超前向きなフェイト嬢でした。次は白アンナバージョンを……、いやそれは原作よりはるかに悲惨になるからやめよう。




[20025] Fate 第十話 絞首刑~VSライダー
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/12 11:50


 
Fate (5日目)


第十話    絞首刑~VSライダー



 「じゃあ遠坂、俺達で結界の基点を潰して回るってことになるんだな」

 昼休み、屋上で遠坂と話し合った結果、その結論に達した。


 「そうなるわ。このまま手をこまねいていても結界が完成に近づくだけ、こちらから何らかのモーションを示せば絶対に敵は反応する。そういう性格じゃなきゃこんな結界を仕掛けたりしない」

 確かに、純粋に結界の能力を考えるなら、もっと上手い方法があるだろう。

 これじゃあ自分が学校関係者だと知らせているようなもんだし、土地の管理者である遠坂に喧嘩売ってるだけだ。


 「つまり、このマスターは自己顕示欲が強い。だからこそ遠坂に正面から喧嘩売ってきた、ってことか」


 「売られた喧嘩は高値で買うわよ、私」

 だろうな、こいつの性格を考えるとそれしかあり得ない。


 「あんたに意外と空間把握の能力があるのは僥倖だったわ。これなら、今日か明日中に全部の基点を潰せると思う。まあ、妨害行為にしかならないんだけど」


 「でも、敵がサーヴァントをぶつけてきたらどうする?」


 「今の段階でそれはないと思う。仮にぶつけてきたとしても本番は結界を発動させてから、それまでは様子見に徹するはずよ」

 遠坂には自信があるようなんだが。


 「何よ」


 「いや、お前のことだから、肝心な部分が抜けているような気がして」


 「う―――」

 怒鳴られるかと思いきや、口を濁す遠坂。自覚はあったのか。


 「これは遺伝的呪い、遺伝的呪い、私のせいじゃない、私のせいじゃない、そうよ、そう思わないとやってらんないわ。それに、私が呪いを受け持ったなら、あの子には伝染していないはず――――」

 なんかヤバい表情でぶつぶつ言いだした遠坂は放っておいて、俺は基点探しに集中する。


 その瞬間――――


 「きゃあああああああああ!!!」


 悲鳴が聞こえた。











 ■■―――――――――――■■




 「動いた」


 『ようやくかよ』


 学校から少し離れた民家の上、例によって迷彩符を使用した少女がおにぎりとミネラルウォーターを片手に監視を行っていた。

 ちなみに、ランサーも霊体化して同行している。本人曰く、敵情視察とのことだ。


 「敵を知り、己を知らば百戦危うからず。まあ、理屈は分かるけど」

 『なんだ?』

 「貴方、ただ暇なだけでしょ」

 戦う時が決まっている戦士というものは、どうしてもそれまでの時間を持て余す。しかも、生前のように訓練などをして暴れることもできない、サーヴァントはマスターの魔力によって現界するのだから。


 『暇なもんは暇なんだよ』

 「開き直ったわね」

 『それよりいいのか、やっこさんは動いたぜ?』

 「そうね、そろそろ行きましょうか」


 衛宮士郎がどう動くか、いまいち判断しがたい部分が多い。遠坂凛のように生粋の魔術師ならばその行動パターンはある程度予測できるのだが。

 だからこそ、聖餐杯はレオンハルトを派遣している。それ以外のマスターは大体予測どおりに動いているのだ。







 ■■―――――――――――■■


 一階まで駆け降りる。廊下には誰もいない、ただ一人、女子生徒が非常口付近に倒れ伏しているだけだ。


 「――――!」

 一瞬、最悪の予想をしてしまうが。


 「……良かった。気を失ってるだけか」

 意識はないようだが、外傷も出血も見られない。


 「そんな訳ないでしょう―――!こんなに青ざめた顔してて、中身が空っぽだって気付かない!?」

 やや遅れてきた遠坂が鬼の形相で叫ぶ。

 「中身?」


 「魔力、もっと極端に言えば生命力よ。――――この子、放っておいたら死ぬわ」


 遠坂はすぐさま治療に入る。俺には治療する術なんてないから、ここは遠坂に任せるしかない。


 ならば、俺に出来ることは。


 「この子が倒れてたってことは、誰かに襲われたってことだ。マスターか、もしくはサーヴァントかは分からないけど、悲鳴が聞こえたのはついさっきのはず」

 小声で口に出しながら考えを纏めていると。


 「ああもう、気が散るっ……! 士郎、そこのドアを閉めて、風で髪が乱れるから」


 「え――――ああ、あの非常口だな」

 って、待てよ、非常口? 普通そんなもの閉まってるだろ。


 ってことは――――


 「遠坂、危ない!」

 あの時と同じような得体のしれない感覚があった。イリヤという女の子が狙撃銃で狙われていたときに感じた、悪意を持つ者による攻撃の予感。

 “それ”が非常口から飛んでくる気がして、咄嗟に腕を出していた。


 「ぐ――――!」

 腕に穴があいている。間違いない、何らかの攻撃があった。


 「え――――な、何よそれ……! 士郎、腕に穴―――」

 「っつ、気を付けろ、次弾が飛んでくるかもしれない」

 今回は銃弾じゃない、何か鋭利なものだ。全く見えないが、遠坂が無事である以上、突き抜けたわけではないはず。

 ものすげえ痛いが、痛すぎて逆に冷静になれる。


 「――――遠坂、その子任せた」


 「って、馬鹿! せめて何か武器でも持って行きなさい!」

 と、そんな遠坂の言葉で僅かに冷静さを取り戻す。そりゃそうだ、丸腰で言ってもなぶり殺しにされるだけだ。



 「だったら――――」

 幸い、非常口の近くに掃除用具をしまう箱がある。あれなら。


 「あった」

 ステンレス製の古いタイプのちりとりを“強化”する。

 つーかこれ、強化しなくても人間を刺せそうなデザインだ。ちりとりの反対側が異常に尖ってる。なに考えてこんなもん作ったんだか。

 そして、すぐさま床を蹴って走り出す。右手にはまるで力が入らないから左手一本で持つことになるが、こんなふざけた真似をする野郎をこのまま見逃すわけにはいかない。


 僅かに残る魔力の残滓を辿って追跡する。この先は――――



 「弓道場の裏―――雑木林か!」







 ■■―――――――――――■■




 「やるわね、彼。本番にやたら強いのかしら」

 『危機に対する予感っつうか、とにかく直感見てえのが鋭いのは確かだな』


 そして、隠れながら様子を窺う仲良し二人組。


 「直感が強い、か。やっぱりサーヴァントとマスターは似かよるものなのね」

 『ああ、セイバーの野郎も直感が鋭かったか。だが、あの小僧の方は戦術的な直感じゃないな』

 その違いはほんの僅かなものではあるが、歴戦の英雄であるランサーは的確に見抜いていた。


 「戦術的?」

 『簡単に言えば、セイバーの直感は勝つための方法を導き出すもの。対して小僧の直感は、己に迫った危険に対処する経験則ってとこだ。直感つうよりも心眼の方が近いかもな』

 「心眼か、私もそれを目指しているけど、まだまだ不完全ね」

 レオンハルトは武装具現型、爆発力があるタイプではないため、サーヴァントでいうならばアーチャーに近い戦い方となる。

 だが、このタイプは得て不得手がない代わりに、決定力が不足する傾向にある。そこを戦術理論で補う必要があるのだが、彼女にはその経験が不足していた。


 『自分より強い奴だけが教師じゃねえ、時には格下から学ぶこともある。特に、限られた戦力でどう立ちまわるかなんてのは、弱い奴ほど得意なもんだ』

 それは当然の理屈であった。バーサーカーのように自力で相手を圧倒しているのなら、そこに戦術が介在する余地はない。

 「なるほど、じゃあ彼はどうするのかしら?」

 『それは見てのお楽しみだな。危なくなるようだったら手前が行けよ』

 「まあそれが役目だけど、置いといた“あれ”も役に立ったみたいね」


 “あれ”とは士郎が疑問に思うほどやたらと尖った柄を持つちりとりである。

 不自然にならない程度に学校中の清掃用ロッカーにばら撒いておいたのだが、運よく引き当てた模様。


 「それに、相手の魔力の残滓を感知しながら追っている。魔術師として半人前のはずなのに」

 『狩人と出会った獲物は感覚が研ぎ澄まされる。そういうこったろうよ』

 衛宮士郎はサーヴァントにとって獲物に過ぎない。だが、草食獣であっても肉食獣に反撃することがあるように、常に狩人が優勢とも限らないのだ。


 「さあ、どうなるかしら」

 『楽しみだぜ』









 ■■―――――――――――■■



 頭上から放たれた一撃を弾き返す。

 ついで左、地面すれすれに着地したサーヴァントが放った回し蹴りを“武器”で受け止める。

 次に正面、立て続けに放たれた剣戟をことごとく弾き返す―――!


 「―――せい!」

 昨日の夜、セイバーに死体同然にされるまで痛めつけられたのは決して無駄じゃない。相手が自分より圧倒的に上ならばどうするべきか、生き残ることに必要なのは何か、僅かではあったがそれを学んだ。


 必要なのは勇気。何も、敵に突撃することだけが勇気じゃない。見たくないものから目を逸らさないこと、嫌な結末を想像しても、それを振り切る強い心、何をやっても無駄なんていう諦観をはねのける精神力、それこそが戦いの場で最も必要なものだ。


 自分は弱い、それを自覚しろ、そして、それを知った上で信じろ、自分は強い、自分は死なないと。


 戦う前から諦めているようで生き残れるわけがない。例え逃げる為の戦いだとしても、気概だけは相手を返り討ちにするくらいでなければ気力が折れる。


 「らああああああああああ!!」

 だから、ここでこんな奴に負けるわけにはいかない。俺がここで死んでも聖杯戦争は続く、犠牲者は増え続ける。

 それを止めると、被害は最小限にすると誓ったのだから、ここで死ぬことなど許されない。何より、俺が許さない。


 「――――く!」

 黒いサーヴァントが僅かに退いた。それはほんの些細な隙だが、この雑木林を抜けるには十分だ。



 「行ける――――!」

 あと数メートル、このまま――――




 「――――いいえ、そこまでです。貴方は、始めから私に捕らわれているのですから」


 瞬間、俺の身体は持ち上がっていた。










 ■■―――――――――――■■






 「ここまでかしら?」

 『いいや、まだだな』

 衛宮士郎はライダーによって宙吊りされており、どう見ても彼に成す術はない。


 「あの状態から、彼が逆転できると?」

 『逆転出来るかどうかは問題じゃねえ、あの小僧がまだ戦う意思を持っているかどうか、勝負を諦めていないかどうかだ』

 ランサーは不敵に笑っていた。


 『英雄ってのはな、こういうピンチでこそ真価を発揮する。諦める奴に奇蹟は起きねえ、奇蹟というものは来るのを待つもんじゃなくて、自分で掴むもんだからだ』

 つまり、まだ何かが起こり得る。槍の英霊はそれを見届けるつもりだった。


 「そう、その言葉、信じて見るわ」

 そして、炎の少女もまた、彼の直感を信じることにした。この槍の英雄に”彼女”を感じさせるものが在るが故に。






 ■■―――――――――――■■


 釘のような短剣が持ち上げられる。黒いサーヴァントは、ぬらり、とその先端に舌を這わせ、


 「そうですね、ますはその目をいただきます。残った手足はその後に」


 軽く地を蹴って地上三メートルに吊るされた俺の前に現われた。



 くそ、こんな程度で諦めていられるか。身体はまだ動く、俺に出来ることはある。令呪を使うのは俺に出来ることを全部やってからだ。


 だから―――この釘さえ引き抜けば、奴の攻撃をかわすことだって――――


 「勇敢ですね。常に痛みを伴う選択をするなんて」


 だが、それを嘲笑うかのように、奴は俺の左手に鎖で縛ろうとしてくる。

 こいつ、俺の動きを全部封じた上で嬲るつもりか。


 必死に身体を反らして避けようとするが、間に合わない。サーヴァントの鎖は俺の左手に、釘は俺の目へと突き出され――――




 横合いから放たれた、無数の光弾によって弾かれた。



 「士郎! 生きてる!?」


 「遠坂!――――痛っ!」

 鎖が切れたことで俺の身体はそのまま落下した。着地なんか出来る筈もなく、地面におもいきり叩きつけられる。


 「この!」

 反射的に持ってた“武器”をサーヴァント目がけて投げるが、そんなものが当たるはずもなく。



 即座に身を翻し、黒いサーヴァントは雑木林に消えていった。

 








 ■■―――――――――――■■



 『どうよ?』

 「予言的中ってとこかしら?」

 結果として、衛宮士郎はライダーを退けた。もしライダーが本気で殺すつもりだったならばこうはならなかっただろうが、それでも生き延びたのだ。


 「いよいよ、聖餐杯猊下が言っていたことが現実味を帯びてきたわね」

 『あの小僧がこの戦争の中心ってか。あながち与太話でもなさそうだが、そうなるように仕組んでる張本人はあのエセ神父二号じゃねえのかね』


 それも事実、衛宮士郎とライダーがぶつかるように舞台を整えたのは、他ならぬ聖餐杯なのだ。


 「それはともかく、衛宮士郎は雑木林でライダーのマスターを目撃した。こうなれば結界を張った人物が何者かは阿呆でも分かる」

 『だな、ワカメの方も小僧や嬢ちゃんがサーヴァントを使わなかった理由を錯覚しただろうしな』

 つまり、衛宮士郎と遠坂凛は学校に結界を張ったマスターを見つけ出し、間桐慎二は彼らのサーヴァントは恐るるに足らずと確信した。

 こうなれば、後は結界を発動させ、マスターもろともサーヴァントを始末すればよい、短絡的な間桐慎二ならばそう考えるであろう。


 『さて、俺は一旦帰る。そろそろライダーに気付かれそうだ』

 「分かった。私はライダーのマスターを監視しておく、必要もなさそうだけど、念のため」


 そして、霊体化したままランサーの気配が遠ざかる。最速の英霊の名は伊達ではないらしい。


 レオンハルトは気配を殺しながら雑木林に近づく、隠密行動は得意な方ではあるが、流石にアサシンには及ばない。最も、今回の聖杯戦争におけるアサシンは暗殺者ではなく侍であったが。





 「くくく、どうだったライダー」


 「彼は令呪を使用しませんでした、マスター」

 雑木林において、会話をしている二人の人物がいる。

 レオンハルトが間桐慎二を目撃したのはこれが最初となるが、彼女は意外な気持ちを抑えられなかった。


 ≪あれが、間桐……えーと、慎二。サーヴァントを従えている以上、マスターなのは間違いない、けど≫

 彼からは魔力が感じられない。素人に近い衛宮士郎ですら微弱ながら魔力を感じるというのに。


 ≪魔力殺しを身につけている? それとも、魔術回路がない?≫

 見たところ、前者の可能性は薄い、だが、後者はそれ以上にあり得ない。

 だがしかし


 ≪待てよ、遠坂凛がおかしなことを言っていたような―――≫

 盗聴を続けているうちに、遠坂凛についておかしな反応があった。

 それは必ず、衛宮士郎が間桐桜について話をした時だった、その時に限って彼女の反応は遅れていた上。


 『いい! 桜にちゃんと説明しなさいよ!』

 感情をむき出しにして、名前で呼んでいたのだ。間桐さん、ではなく、桜と。

 衛宮士郎ならともかく、遠坂凛には間桐桜と接点はないはず、魔術師は一子相伝であり、長男に継がれるのが基本である以上、妹である彼女とは――――


 ≪待て、逆に考えれば辻褄が合う――――ああもう、猊下も人が悪すぎる≫

 思考を纏めながらも聖餐杯に対する愚痴をこぼしてしまいそうになるレオンハルト、あの男は聖杯の御三家の背後関係を全て把握しているはずだが、新兵訓練と称して最小限の情報しか彼女に与えていなかった。


 ≪まあ、そうじゃなきゃ訓練にならないのは分かるけど≫

 そんなことを彼女が考えていると。


 「そうかい、やっぱりあいつらのサーヴァントはほとんど使えないってことだ。じゃなきゃ、自分の命が危ないってのに令呪を使わないわけがない」


 「―――――」

 そんな会話、というよりも一方的な台詞が聞こえてきた。


 ≪やれやれ、獅子の心は鼠に理解できないという典型例ね≫

 レオンハルトは内心で呟く。

 衛宮士郎の決断は愚かなようではあるが、並はずれた勇気があってこそのものだ。現に、ランサーは彼の行動を高く評価している。

 だが、間桐慎二にはそれがわからない。彼の価値観はかなり狭く、他者の心情を理解しようとする精神的傾向に欠けていた。



 これ以上、この人物を監視していても得るものはない、と判断したレオンハルトは踵を返して雑木林を離れる。

 向かう先は衛宮邸、おそらくセイバーが留守を守っているであろうから入ることは不可能だが、彼らがいつ帰宅するかは確認しておこう。


 ≪そうしないと、ずっとスピーカーの前で待つことになるし≫

 彼らが得た情報を纏めることは必要だが、盗聴というのもこれはこれで大変なのだった。









 ■■―――――――――――■■




 「なるほど、万事首尾よくいったと。ええ、そのまま監視を続行してください」


 そして、聖餐杯は己の策が想定通りに進んだことを受け、さらなる策謀を張り巡らせる。


 「やはりというべきか、流石はツァラトゥストラの役を演じる者、そう簡単に死にはしない」

 普通に考えれば、一人前の魔術師ですらないマスターがサーヴァントと交戦した時点でそれは死を意味する。

 だが、彼は死ななかった。そればかりか大した負傷もしていない。


 「傷が治るというその特性、それは言峰が推察したように聖剣の鞘の加護によるものと見るべき。あの副首領閣下に選ばれた人物ならば、その程度のものはあってしかるべし」

 つまり、衛宮士郎は生半可な負傷では死なないということ、これを祝福ととるか、呪いととるかは微妙なところだが。


 「彼は何度死にかけようとも戦い続けねばならない、肉を裂かれ、骨を砕かれ、腸が飛び出ようとも、それでも戦い続けるしか道が無い。まるでその姿はエインフェリアのようだ」

 戦う力は一般の魔術師にも劣るものであろうが、その存在は英雄の負の側面のみを背負っているかのごとく。



 「副首領閣下は相も変わらず狂しておられる。さあ、それでは選ばれた英雄(いけにえ)である彼に、相応しい舞台を整えると致しましょう。くくく、くくくく、はははははははははははははははははははははははははははは」





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 あとがき

 こんにちわ。基本Fateですが、この話はUBWの内容ですね。書けば書くほどなんかしっくり来る槍螢コンビ、自分でもちょっと意外です。
 さて、感想でも書いたような気もしますが、「金髪」で「黒い服」の「雷使い」の少女は、「魔砲使いの同姓」に惚れる決まりでもあるんでしょうか? あまりにもそっくりだ…

 そう考えると、なのは嬢と出会わずに、我らがザミエル卿に出会ったフェイト嬢は、間違いなく懐きますね。「誰にも渡さん、貴様は未来永劫私のモノだ」なんて、あの眼差しで言われた日には、一発KOでしょう。(ひょっとしたら空白期に、なのは嬢は表現がソフトなだけで、似たようなことを言っているかも)

 そしてベア子と正妻の座を巡ってバトル勃発。しかし、2人が争っている間はずっとリザのターンで、漁夫の利を得る、と。さすがは大淫婦。
 なのは嬢とベア子が出会った場合は……あまり百合の花が咲き乱れる結果にはならないかも。ですがいやいや、はやて嬢が煽って、やはり百合百合な展開に?

 あまりリリなののネタを書いてると、Fateからそれて、このSS(武装親衛隊にあらず)の方向性を見失ってしまいそうなので、このくらいで自重します。じゃないと、ほんとうに「魔法ニート リリカルくらふと」や、「魔砲少佐 ザミエルえれお」が始まってしまいそうで……
 誰か書いてくれないかな



[20025] Fate 第十一話 柳洞寺侵攻戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/13 12:43
Fate (6日目)


第十一話    




 「ランサー、そっちはどう?」


 「うんともすんともいわねえ、やっぱ壊されたんじゃねえか?」

 螢とランサーは機械類を相手に格闘していたが、結果は芳しいものではなかった。


 「受信側の機材に問題がない以上、そうとしか考えられないけど、どうやって見抜いたのかしら?」


 「んなこと俺に分かるか。ともかく誰が盗聴してたかまでは分かんねえだろうが、これからは用心深くいくべきだな」


 盗聴器が作動していない、そのことから得られる結論はそれしかなかったが、問題は誰がそれを行ったということである。


 「遠坂凛は機械音痴みたいだったから、そうなるとやはり衛宮士郎か」


 「そういや、あいつがセイバーを召喚した土蔵にはガラクタが大量に転がってたな、その中にはえー、なんだ、ビデオデッキだったか、そんなのも転がってたと思うが」

 意外と記憶力のあるランサーである。

 「ふーん、電子製品を魔術師が解体するというのも変な話だけど、衛宮士郎が変なのは今に始まったことじゃないか」

 そもそもまっとうな魔術師だったらあんな行動をとりはしない。衛宮士郎を常識で測るのはあまり得策ではないだろう。


 「ひでえ評価だな」


 「ともかく、こうなった以上は自分の目に頼るしかなさそうね。私は偵察に出てくるけど、貴方は?」


 「こっちはアインツベルン担当だ、相変わらず人使いの荒いエセ神父二号だこと」

 ランサーの聖餐杯に対する呼び方は既に“エセ神父二号”で固定された模様。


 「そう、じゃあ夜にでもまた会いましょう」


 「そっちもしくじんなよ」


 螢は最早御馴染となった迷彩符を持って外に向かう。今はまだ日が昇っており、戦闘が予想されるわけでもないのでSS服ではなく通常の格好だった。もっとも、それも通常のセンスとは一線を画していたが、パートナーが全身青タイツの彼女がそれに気づくことはなかった。










 ■■―――――――――――■■


 「それじゃあ、行ってくる。留守番よろしくな、セイバー」


 「はい、シロウも気をつけて。凛の助力があるとはいえ無茶はしないように」


 「分かってる。敵を追いかける時にはセイバーの力を借りるよ」


 そして、俺は家を出る。遠坂はちょっと調べたいことがあるとかで朝早くに登校していった。






 授業を受けて昼休み、例の如く遠坂と合流。


 「で、何か分かったのか?」


 「うーん、前にこの学校には第三のマスターがいるって言ったと思うけど」


 「ああ、だけど慎二もマスターだったからこれで4人になったってことだろ」

 しかし、これも随分妙な話だと思う。いくらなんでも学校に4人ものマスターが揃うなんてあり得ることだろうか?


 「そう、それで慎二のサーヴァントはあの黒い女で、おそらくはライダー。キャスターだったら釘なんて使わず魔術で攻撃してるはず」

 まあ、そりゃあそうだ、じゃなきゃキャスターのクラスに選ばれるわけがない。


 「となると、学校のマスターのサーヴァントはキャスターかアサシンになる。ランサーは私達を知ってるから、もし学校のマスターのサーヴァントがランサーだったらとっくの昔に狙って来てるはず」


 「だな、向こうからすりゃ一方的に攻撃出来る。こっちは敵の正体すら分かってないんだから」

 聖杯戦争はバトルロイヤル。だからこそ序盤は情報戦になるわけだが、同じ学校にいて、なおかつ向こうだけがこっちの素性を知っているような状況だったら、流石に静観することはないだろう。


 「だけど、こうなると厄介よ。アサシンは隠密行動に特化したサーヴァントだからまず尻尾を掴ませないでしょうし、キャスターにしたって魔術戦に特化したサーヴァントである以上、正面決戦よりも搦め手から来る」

 つまり、敵が姿を現さない限り、こっちが探し出すのは不可能に近いということか。


 「だからまずはライダーを始末すべきだと私は考える。今日朝早くに来たのは慎二が来るかどうかを早い段階で見極めたかったからだけど、どうやら今日は来てないみたいね」


 なるほど、遠坂はそこまで考えてたのか、だけど。


 「なあ、それなら家で言えばよかったんじゃないか?」


 「それはそうなんだけど、もし慎二が今日やる気だったら、私一人の方があいつも油断するでしょ。あんたが学校に来るのは間違いないんだから、時間さえ稼いでいれば途中から二対一の戦いに持ち込める。いくらアーチャーが万全でないとはいっても、既に六割方は回復してるし」


 ってことは。


 「今日はアーチャーが来てるのか?」


 「ええ、霊体化してね。今は周囲の見張りをしてるけど」

 確か、アーチャーは単独行動のスキルをもっているんだったか。

 遠坂とアーチャーは魔術で会話できるようだが、俺とセイバーはそんなこと出来ないから連絡は携帯を使うことになる。霊体化出来ないセイバーだからこそ携帯を常に持つことが出来るから、弱点も見方を変えれば長所になる。


 「まあそういうことだから、学校に潜んでるマスターについては、マスターよりもむしろその根城を探した方が効率的じゃないかと思う」


 「根城? それって、魔術師の工房ってことか?」


 「ええ、闇雲に探し回っても仕方ないけど、これが聖杯戦争である以上、陣地にすべき土地は自ずと限られる」


 それはつまり、聖杯を降臨させる霊地のことか。


 「けど、お前の家は論外だし、教会は中立地帯。10年前の場所は今は何も無い公園だ。そうなると後は一箇所くらいしかないぞ」


 「柳洞寺ね、アーチャーにも円蔵山を中心に見張りを頼んでるけど、効果はあまり期待できない。けど、最近新都で起こってるガス漏れ事故は多分サーヴァントの仕業、そう考えるとかなり柳洞寺は怪しくなる」


 「霊脈を使って魔力を集めてるってことか」

 その辺は以前遠坂とセイバーに教えてもらった。セカンドオーナーである遠坂は当然として、前回の聖杯戦争に参加していたセイバーも地理的条件についてかなり詳しい。


 「学校の結界も無視できない存在だけど、一人の敵に集中しすぎたら後ろから襲われるのが聖杯戦争。それに、バーサーカーなんていう最大の脅威もあるし、狙撃なんて方法をとってくる奴もいる。それらに比べれば慎二は戦いやすい方よ、いざとなれば間桐の屋敷をぶっ潰すのもありだし」


 「っておい、桜の家だぞ」


 「その時はあんたの家に避難させればいいだけでしょ。大義名分はあんたの妾にするとかなんとかでwww」


 「おいこら!」


 「あははははは」

 この野郎、いつかシメる。

 そんなこんなで作戦会議は一旦終了。残りは家に帰ってからセイバーとアーチャーも交えてのことになる。








 ■■―――――――――――■■





 「それでレオンハルト、衛宮邸の動きはどうです?」


 夜の8時頃、一旦教会に帰還したレオンハルトは聖餐杯に報告を行っていた。



 「はい、彼らは柳洞寺にマスターが潜んでいるとあたりをつけたようで、今夜にも襲撃をかけるようです」

 その報告に聖餐杯はやや眉をしかめる。


 「ふむ、随分急な話ですね。少なくともアーチャーが万全となるまでは攻勢に出ることはないと考えてましたが」


 「どうやら方針を変えたようです。学校の結界を張ったのはキャスターであると考えていたようですが、間桐のサーヴァント、ライダーであったため予定が狂ったのでしょう」


 聖杯戦争はバトルロイヤル、状況が変化せずとも新たな情報が加われば方針を変えることもある。


 「なるほど、ランサー、そちらはどうでした?」


 「こっちは動きなしだ。あまりにも動きがねえんで逆に不気味なほどだがな」


 「ふむ、ですが、それほど気にすることもないでしょう。アインツベルンのマスターであるならば必ず衛宮を目の敵にすることでしょうから、彼を餌にすることでおびき出すことも可能です」

 自信を滲ませる聖餐杯であったが、レオンハルトにとってみればなぜそこまで確信できるのかが分からない。

 だが、聞いたところで答えが返ってくると思えない。時間の無駄にしかならないだろう。


 「なので、方針はこれまで通りです。レオンハルト、貴方は引き続き衛宮邸の監視を。ランサー柳洞寺の監視に当たってください」


 「了解しました」


 「了解」

 そして、ランサーは霊体化し退出していく。レオンハルトもまた踵を返して退出しようとするが。

 
 「レオンハルト、理解していますね?」

 念を押すかのような聖餐杯の声によって足を止めた。


 「はい、未だ開いたスワスチカは一つのみ、この状況で柳洞寺をスワスチカとするわけにはいきません」

 つまり、セイバーにもアサシンにもキャスターにも死なれては困るということ。スワスチカを完成させることを目的として彼らは暗躍しているのだから、ここは最後にせねばならない。


 「よろしい、ランサーには念話でもって今夜は貴女の指揮下に入るように伝えておきます。判断は貴女に一任しますので、よろしく頼みますよ」


 「了解しました」

 そして、今度こそレオンハルトは退出していく。その後ろ姿を見守りながら、聖餐杯は黙考していた。



 ≪ふむ、この段階で柳洞寺を攻める、やはり違和感が拭えませんね。彼の地がサーヴァントにとって鬼門であることは騎士王ならば理解しているはず、セカンドオーナーである遠坂のマスターもしかり≫

 聖餐杯は思考を纏めながらも遠隔通信のための魔術式を構築していく、生来、凡人でしかない彼は特化している部分を除けば一般の魔術師以下でしかない。それを補うのは60年という経験である。


 『ランサー、聞こえますか。いきなりで少々心苦しいのですが―――――』

 彼は指揮官であり、戦局全体を見渡し部下を配置することこそが務めである。

 そして、あの世界大戦を知るクリストフ・ローエングリーンにとって、聖杯戦争を勝ち抜くことはそれほど困難なことでもなかった。

 そもそも、彼は黄金の獣を謀ろうとしている逆臣である。その心理的な疲労に比べれば、この戦争はまだ軽いものであった。








 ■■―――――――――――■■



 深夜零時、俺達は柳洞寺目指して家を出る。


 「そろそろ零時、頃合いですね」


 「ああ、遠坂の方も上手くやってくれればいいんだが」

 あいつの立てた作戦なんだから間違いはないと思うが、それでも不安は拭えない。


 「凛とアーチャーならば心配はいらないでしょう。それよりも、私達は私達の役割に専念すべきです。あの柳洞寺に攻めいる以上、生半可な覚悟ではいけません」


 それは、セイバーの言う通りだ。そもそも、俺の方がよっぽど未熟で足を引っ張りかねない立場にいる。

 俺の背中には既に“強化”をかけてある木刀が二本、サーヴァントと戦うつもりなら心もとない武装だが、うまくいけば一撃くらいは耐えきってくれる。


 「よし、行こう」


 「道は私も存じています。周囲の警戒を最大限にしながらも迅速に参りましょう」


 「それ、かなり矛盾してるぞ」


 「困難ですが、騎士たるものこれも必須技能の一つです。我々は常に守るための戦うのですから」


 そうだ、セイバーは騎士、その対象が人か、国か、それとも誇りかの違いはあれ、常に守るために戦っていたのだ。

 その高潔な意思、絶対に信念を曲げない心、それこそがセイバーの英雄たる矜持なのだろう。





 長い階段。冬木でも一際高い山の中腹へ続く道は、不吉な闇に包まれている。


 「セイバー、サーヴァントの気配、感知出来るか?」


 「はい、間違いありません。どこにいるかまでは感知できませんが、必ずどこかに潜んでいます」

 柳洞寺に張られた結界の影響か、セイバーの感知能力も低下しているようだ。

 
 「よくない風です。以前もこの土地は鬼門でしたが、今回は更に上を行く。―――シロウ、片時も私の傍を離れぬように」


 「………」

 頷きだけで答えて階段を昇り始める。


 張りつめた空気。


 夜に沈んだ林がギチギチと音をたてるように軋んでいる。



 山門が見えてきた。


 ここまでは何の気配もない。だが、それが逆に不気味だった。


 そして、山門に至る直前。


 「シロウ、止まって」


 「敵か、セイバー」


 「はい、ですが…………これは――――」


 その答えは、山門に現れていた。



 さらり、という音さえするほどの自然体。

 颯爽と現れた男の姿はあまりに敵意が無く、信じ難いほど隙がなかった。



 「貴様―――――」

 セイバーが声をかけるが、動揺を隠し切れていない。俺も同じだ、まさか、


 「侍だって―――?」

 でも、こいつは何かが違う。サーヴァント特有の魔力というか、圧迫感というか、そういうものが微塵も感じられない。


 「……訊こう。その身はいかなるサーヴァントか」


 そして、セイバーが放った問いに対し。



 「――――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」


 歌うように、そのサーヴァントは口にした。








 ■■―――――――――――■■




 同時刻、柳洞寺の林の中にて。



 「どうしたよライダー! 動きが鈍いぜ!」


 「くっ――――!」


 黒衣を纏ったサーヴァント、ライダーは予期せぬ強敵との戦いを強いられていた。


 元々、ここで彼女はセイバーの主従を始末する予定であった。


 この柳洞寺には魔女が巣食う、ならば、攻め込む敵を捕食するための罠が存在して然り。

 だが、セイバーもまたサーヴァント、危機に対する経験は数多あろうし、そう簡単に罠にかかるとも思えない。

 故に、そこにライダーが介入する。ほんの僅かの奇襲であれ、それでセイバーに気が逸れれば魔女は間違いなく無防備となったマスターを狙うはず。

 そう考え、彼女はこの地へとやってきたのだが。



 『よお、ライダー。エセ神父二号の読みはまたしても当たりか、まったく、そいうとこだけは恐ろしい野郎だ』

 飄々と軽口をかける。青い槍兵とはち合わせることになってしまった。



 周囲は林、立体的な動きと機動力を売りにするライダーにとって、この地形は悪くない。むしろ、蜘蛛の如き不規則な動作が可能になるここは彼女にとって独壇場といえた。


 しかし



 「遅いんだよ!」


 相手が悪すぎた、ランサーは7騎のサーヴァントの中で最速の英霊、唯一、機動力という土俵でライダーを上回る存在なのだ。

 機動力で上をいかれている以上、逃げきることも難しく、攻め勝つことはより不可能に近くなる。


 加えて、今の彼女は万全ではない。本来のマスターである間桐桜ではなく、“偽臣の書”によってマスター権が間桐慎二に移譲されている状態である。

 十分な魔力供給が行われていない以上、彼女は本来の力を発揮することが叶わず、そういった条件ではセイバーと対等であるともいえた。


 ≪だが、負けるわけにはいかない。ここで倒れることなどできないのだから≫

 彼女にも守りたいものがあり、そのためにこの戦争に参加している。

 あの少女を、被害者のまま加害者になる可能性を強く持つ悲運の子を、間桐桜を何としても守ること、それこそがサーヴァント・ライダーの戦う理由。

 そのためならば、学校の生徒を残らず生贄に捧げようが、街中の人間を喰いつくすことになろうが戸惑いはしない。



 だが、彼女は気付いていない。



 その祈りこそが、かつて彼女の最も大切だったものを奪ってしまった原因であることを。


 大切なものが少ない彼女だからこそ、それを守るために戦い続けた結果が、嘆きでしかなかったことを。



 そして




 『そう、その通り。君の願いは実に素晴らしい。ああそうとも、“哀哭の歌姫”よ。君はその純粋なる願いにより、姉たちを喰い殺したのだから。くくくくくくくく、ははははははははははははははは』



 かつて、彼女に語りかけ、その業を自覚させた、ある詐欺師がいたことを。




 彼女は、決して思いだすことはなかった。











―――あとがき―――


ライダーファンの方、真に申し訳ありません。

銀河最強ニート、永遠のストーカーこと水星さん再登場です。

Hollowの“not”や、“その過去は既に”、“桃源の夢”を見るたびにあのクソ野郎の高笑いが聞こえてくる今日この頃です。

 “王の記憶”や“ある話”を読んでいても、どうしても闇の水星が頭にチラつく私はそろそろ末期症状に入っている気がします。

 やはり、言うべきことは一つです。


 カール・クラフト死ね。

 さて、リリなのネタは自重すると言った、舌の根も乾かぬウチですが、思いついたネタを投下。

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 ・もしも、ライトニング分隊のカップルが、破天荒な性格だったら

 エリオ「やるこた分かってるな」
 
 キャロ「すっごい嫌だけど、今私ら以心伝心♪ ねえ、なんかカッコイイこと言ってよ」

 エリオ「おまえのケツがやっべぇ柔らかでオレがやっべぇ」

 キャロ「あんた――」

 エリオ「こういうとき、カッコつけるのは死にフラグなんだよ」
 
 キャロ「そうだね」

 エリオ「行くぜェッ!」

 
 8年後くらいの2人がこうなってたら、嫌ですね。



 ・戦闘機人が全員マキナだったら
 
 ナンバーズ「「「「「「「「「「「「俺は、お前たちを殺さぬ限り終われない」」」」」」」」」」」」

 六課「「「「「「「「何その無理ゲーーー!!!???」」」」」」」」

 ちなみに、違いは軍服の色です(全員違う色)



 ・いったいこの2人に何があった

 アリサ「くたばれ吸血鬼(ヴァンビー)! 地獄でジークハイル謳ってろ」

 すずか「やるじゃ、ねえ、かよ……くそが」


 2人のファンの方々、大変申し訳ありません。





[20025] Fate 第十二話 アーチャーの智略
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/14 09:49
Fate (6日目)


第十二話    アーチャーの智略



 時は少し遡る。


 衛宮士郎とセイバーの主従が柳洞寺に続く道路へと進路をとるのを、見届けていた少女がいる。


 言わずと知れた、レオンハルトである。


 「猊下、セイバーの主従は柳洞寺に向かいました」

 彼女は己の主に簡潔に報告する。今夜は彼女とランサーは別に動いているため、意思疎通のための連絡手段が必要となった。

 しかし、彼女にはほとんど魔術が使えず、ランサーは霊体化した際に携帯電話が使えないという欠点があり、ちょうど噛み合わない関係となってしまった。

 そこで、聖餐杯が中継を行うことでその問題は解決した。レオンハルトから電子機器による連絡を受けた聖餐杯が、魔術によって霊体であるランサーの連絡を取るのである。

 こうした連絡網などの構築などの面から考えると、最も“戦争”に徹しているのは間違いなく教会陣営であった。他の陣営はどうしても魔術師の闘争、という側面に引きずられ、純粋な戦争に徹し切れていないきらいがある。


 元々魔術師とは戦闘に特化したものではなく、サーヴァントは過去の英雄、まだ指揮官一人の強さが軍全体に影響を与えた時代の者達である。

 それに比べ、黒円卓の騎士は第二次世界大戦を戦い抜いた者達。彼らはまさに一騎当千であったが、当時の軍隊の規模は過去とは比較にならず、また、兵器の性能も比べものにならなかった。

 一騎で数千人を屠れる怪物が数人いたところで、数百万の軍隊を相手に勝利をおさめることはできない。例え彼らが局地的に勝とうとも、味方が大局的に敗れれば意味はなく、彼らには食糧や弾薬を補給することも出来ない。

 所詮彼らは軍人であり、生みだすものではない。殺す術と死なぬ術には長けているが、国家そのものが敗北へ向けて転落していけば、それを変えることなど出来ないのだ。



 「私も柳洞寺に向かいます。ランサーとは林の中で合流するように伝えてください」

 そして、若いとはいえレオンハルトもその怪物たちの教えを受けてきた身、魔術師よりは戦争というものを熟知しているという自負はあった。


 だが、油断があったのは事実であろう。サーヴァントは過去の英霊ではあるが、中には例外もいるということを経験が浅い彼女は考慮にいれていなかった。


 故に



 突如として降り注いだ流星雨を予期することなど彼女には不可能であり、咄嗟に急所を庇うのが精一杯であった。




 「ようやく尻尾を見せたな、女」

 電柱の上に立ち、撃ち落とした彼女を見降ろすは赤い外套を身に纏った弓の騎士。


 遠坂凛がサーヴァント、アーチャーであった。




 「アーチャー………なぜ?」

 レオンハルトは驚きを隠せない。なぜ彼がここにいる? いやそもそも、どうやってこの迷彩符を看破した?




 「なぜと問うかね? 私も随分と見くびられたものだ。“これ”を仕掛けたのは貴様だろう?」

 そして、アーチャーの手に握られているものを見て、レオンハルトは理解した。

 彼女にも疑問はあった、あれを看破可能な存在は衛宮邸には存在しなかったはず、にもかかわらず、破壊されていたという事実が。


 「貴方が―――」


 「サーヴァントは現代の電子機器に弱い、そんな法則などありはしない。いや、あるのかもしれんが、どんなものにも例外はあるということだ」


 だが、それこそあり得ない。

 サーヴァントが活躍した時代はどれほど近くとも精々が近世のはず、第一次世界大戦以降も英雄と呼ばれる存在は数多くいたものの、それは現実の英雄達であって、彼らのように幻想の世界の住人ではない。

 だからこそ、黒円卓の騎士は最大の脅威足り得る。エイヴィヒカイトという幻想の狂気に染まりながらも、人間の現実が生みだした兵器を操る戦争の怪物。これを打倒するのはサーヴァントを屠ること以上に困難なのだ。


 しかし、ここに唯一の例外があった。未来の英霊に縁の品をこの時代の人間が持っているはずもなく、召喚は不可能であるはずが、それを可能にする縁が存在したのだ。


 「そして、問おう。貴様は何だ?」

 故に、アーチャーは問わずにはいられなかった。この魔術師の戦争に介入した異分子はいったい何者なのか。


 何よりも―――


 「私は貴様の存在に全く覚えがない。なぜ、貴様はここにいる?」


 「――――?」

 その問いはレオンハルトはおろか、アーチャー以外の人物にとって意味不明なものであったが、本人にとっては何よりも重い意味を持っていた。


 遠坂凛をマスターに持ったことにより、徐々に蘇る記憶。既に摩耗したはずのそれらは再生するにつれ、彼の心に名状しがたい衝撃を与えていく。

 藤村大河、間桐桜、柳洞一成、かつての彼の日常の象徴であった人々。

 遠坂凛、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、聖杯戦争によって出会い、かけがえのない存在となった少女たち。


 そして、高潔なる騎士王。



 だが、そこにあり得ない存在があった。

 学校で衛宮士郎を殺したのはランサーであったはず、また、イリヤスフィールを狙撃するような存在などこの聖杯戦争には存在していなかった。

 そして、衛宮邸に仕掛けられた盗聴器。他のサーヴァントならばいざ知らず、この時代の後の戦争を潜り抜けたアーチャーにとって、それらを発見、解析することは容易であった。


 それらの事柄から判断される事象は一つ、この女は完全な異分子である。故にアーチャーにとっては真っ先に排除すべき対象である。



 「つまり、私はおびき寄せられた。セイバー達はそのための囮だった、というわけね」



 「凛があの家に残った時点で私も残るものと判断した貴様のミスだ。最も、ここまで上手くいくとは思っていなかったぞ」

 痛烈な皮肉である。彼女はまだまだ未熟であることは自覚していたが、それを見抜いたかのように容赦なく傷を抉ってくる。


 「これを発見した時点で、絵図は簡単に浮かんだ。このような真似をする貴様ならば恐らく学校においても監視は続行するものと見た」

 つまり、屋上における衛宮士郎と遠坂凛の会話も全てこのための布石であった。裏で立ちまわる厄介な鼠をあぶり出すための。


 アーチャーの両手に陽と陰の属性を表す双剣が具現化される。

 干将・莫耶、春秋時代に、呉王の命によって名工・干将が作り上げた。創造理念などなく、ただ作りたいという純粋な念を元に作り上げられた夫婦剣。



 「殺す前にもう一度問う、貴様は何者だ?」

 未来の英雄であるエミヤには彼女の服から素性を察することは出来ない。

 軍人であるということまでは分かるが、21世紀に生きた人間である彼にとって、SSなどは既に過去の遺物でしかない。

 第五次聖杯戦争は2006年の2月、怒りの日は近い。そのため衛宮士郎という存在が錬鉄の英雄となる頃にはシャンバラの儀式は遙か昔に終結している。

 その結末がどのようなものであれ、彼が生きている頃はちょうど黒円卓の地上における戦力が存在しない空白期であった。

 彼が生き抜いた聖杯戦争においては黒円卓の騎士の介入は存在しなかった。今回の聖杯戦争も所詮は座興に過ぎぬものであり、彼らは舞台を踊る役者なのだ。


 故に、エミヤは気付かない。否、気付けない。


 『契約しよう、我が死後を預ける。その力、ここにもらい受けたい』

 そう願った彼に、応えた者があったことを。


 『承諾した。君の願い、叶えよう。当然、その代償はいただくことになるがね』


 なぜ、英霊の座というものは存在するのか、誰が、そのようなものを定義したのか。

 守護者とは、一体何者の意思によって具現化されるのか。それは本当に人類の総意なのか?

 尊き願いをもって英霊となったエミヤが、なぜ擦り切れたのか、なぜ、人々を殺し続けたという記録だけは痛みを伴いながら蓄積されるのか。



 神秘学の語るところによれば、この世界の外側には次元論の頂点にある“力”があるという。

 あらゆる出来事の発端とされる座標。それが、すべての魔術師の悲願たる『根源の渦』……万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを作れるという“神の座”である。



 この聖杯戦争も、200年前にその世界の外側へと到ろうとした者達が考案したものであり、サーヴァントはそのために英霊の座より召喚される。

 だが、その方式を編み出した者は何者なのか?

 英霊の座に干渉しうる方法を知る者は、より上位の座に君臨するものしかあり得ないのではないか?



 その矛盾に誰も気付かぬまま、聖杯戦争は続く。

 いや、感づいている者はいる。教会に座する二人の神父は、それぞれ差異はあれども、聖杯戦争の裏に潜む悪意に気付いている。



 「さあな、わざわざ名乗るいわれもない」

 そして、レオンハルト・アウグストはその手駒である。それ故に、彼女とアーチャーは決して相容れない立場にあった。



 「そうか、ならばここで散るがいい」


 陰陽の双剣と緋色の神剣が衝突する。


 ここに、本来あり得ぬ戦い、サーヴァントと黒円卓の騎士の戦いが開始された。











 ■■―――――――――――■■



 『ランサー、聞こえますか?』


 柳洞寺中腹の林にて、ライダーと戦うランサーに対し、聖餐杯より連絡が入る。


 「ち、なんだエセ神父二号」

 舌打ちしながらも応じるランサー。戦闘中ではあるが、敵に意識を割いたまま会話をすることも彼ならば不可能ではない。

 恐らく、レオンハルトにはまだ難しいことであろう。戦闘技能は低くはないが、他のことと並行させることを彼女は苦手としている。


 『どうやら、レオンハルトは罠に嵌められた模様です。アーチャーと彼女が交戦状態に入りました。アーチャーも万全ではないでしょうが、不意をつかれた彼女もダメージを負ったようでして、やや分が悪いかと』


 「あの馬鹿、油断すんなって散々注意したんだが」


 『まあ、新兵ですから仕方がありません。こうした失敗から学ぶことも必要なれば、これは僥倖ともとれます』


 「とことんプラス思考だな手前は」


 『ははは、そこで、貴方には彼女の救援に向かっていただきたい。ライダーも今宵は退くでしょうし、柳洞寺内部に戦いが移るならば彼女の方が向いています』

 確かに、サーヴァントであるランサーには柳洞寺内部に潜入することは難しいが、生身であるレオンハルトはマスターと同じく制限なしに潜入可能だ。

 山門にはアサシンがおり、あれを突破することは容易ではなく、その他の侵入路ではかなりの制限を受けることになる。

 ならば、ここは立場を入れ替えるのが最善手、アーチャーをランサーが迎撃し、レオンハルトは柳洞寺の情勢を掴む。


 「分かった。ちっ、もうちょいでライダーの野郎を仕留めれたんだが」


 『そこは申し訳ありませんが、そう気にすることもないでしょう。おそらく此度のライダーの行動はマスターの意思ではない独断行動と見ます、ならば決戦は延期されることなく行われましょう』

 ランサーの舌打ちはむしろ聖餐杯に向けられたものであった。彼はこうなることを全て見越した上で、あえてレオンハルトの思うように行動させたとしか思えない。


 「ったく、腹黒い野郎だよ手前は」

 そう言いつつ、ランサーはアンサスのルーンを発動させ、即興の煙幕を作り出す。



 「――――!?」

 突然の行動に驚愕するライダーではあったが、視界が効かなくなったことを好機と判断し撤退していく。


 「よし、取って返すか、アーチャーの野郎、待ってやがれ」


 青い閃光と化したランサーは木々の間を駆ける。ライダーの速度をなお上回る神速でもって戦場へ一直線に疾走を開始した。



 混戦の趨勢は未だ明らかにならず、今宵の戦いにおいてどの陣営が勝利を得るか、天秤は危うく揺れている。










 ■■―――――――――――■■


 切っ先が交差する。

 幾度にも振るわれる剣線。

 幾重もの太刀筋。

 弾け、火花を散らし合う剣と刀。



 数十合を超える立ち会いは、しかし、一向に両者の立場を変動させない。


 上段に位置したアサシンは一歩も引くことなく、石段を駆けあがろうとするセイバーは一歩も詰め寄ることが出来ないまま、時間と気力を削っている。



 俺は――――そんな光景をただ見つめている。否、それ以外に考えられなかった。



 「凄い――――」

 ただ、その念しか浮かばない。

 セイバーの剣は速く、重い、冗談のような魔力の籠った一撃はバーサーカーの一撃すら耐えることを可能にする。

 だが、アサシンはあの長刀でそれらを全て捌いていた。

 防ぐのではなく、捌く、まさに、柳に風、暖簾に腕押しという状況だ。


 「どうやったら、あんなに――――」

 アサシンは魔術なんて使っていない、ただ純粋な剣技のみでサーヴァントと対等に渡り合っている。

 俺には、あれは不可能だ。

 どんなに修練を重ねたとしても、絶対にあの域には到達できない。

 ならば、ならばどうすればいい。

 俺にはセイバーやアサシンのような才能や天賦のものはない。

 サーヴァントの戦いは人智を超えた領域で行われる、ただの人間に過ぎない俺にはその域に上ることなんて出来はしない。

 そう、最初に目撃した青い槍兵と赤い騎士の戦いも―――――



 「―――?」


 それを思い出した瞬間、奇妙な感覚があった。

 確かに、ランサーの槍は神業だった。あれが英雄の技であり、神に選ばれた者達の力だ。

 だが、対峙する赤い騎士の剣技はどうだっただろう?

 それもやはり俺なんかじゃ到底及ばないものだが、理解できないものではなかったような―――




 「――――よかろう、ならばここまでだ。おまえが出し惜しみをするというのなら、先に我が秘剣をお見せしよう」


 気付けば、アサシンはセイバーと同じ高さまで降りていた。


 何だ? 何を考えている?

 アサシンの技量は達人を通り越して魔人といっていい領域にあるのは分かる。正直、俺なんかじゃ理解することも出来やしない。

 だが、それでもあの長刀だ。同じ足場で相対すれば、絶対にセイバーの剣の方が速いに決まっている。


 しかし


 「構えよ、でなければ死ぬぞ、セイバー」

 そう呟いて、アサシンが始めて構えを見せる。


 「秘剣――――――」


 そして、アサシンが必殺の太刀を繰り出す前にセイバーは地を駆け。



 「――――――燕返し」


 あり得ない太刀筋によって、その前進を止められていた。



 「セイ―――――」

 叫ぼうとしても、声が出ない。

 何だ? 何だこれは?


 セイバーの姿が歪んでいく。まるで蜃気楼のように。

 いや、違う、セイバーじゃない、俺が歪んでるんだ。


 いつだったか、親父が言っていた固有時制御、その上位に君臨する魔術を確か――――


 「空間転移!」

 そう叫んだ瞬間、俺の存在は三次元から引き上げられ、多次元を経由して、もとの次元に落とされた。





 「あ―――う、げ」


 まるで内臓が全部裏返ったかのような嘔吐感だけが全身を支配する。


 「あら。龍を釣ろうと思ったのに、網にかかったのは雑魚だけなんて」

 そこに、背後から声と気配を感じた。


 「っ、ぐ―――!」

 咄嗟に前転して大地を這う。こんなことが出来る時点で敵はキャスターしかあり得ない。俺なんかが立ち向かったところで殺されるだけだ。

 他のサーヴァントならいざしらず、まともな対魔力が無い俺はキャスターを相手にしても出来ることが無い、呼吸一つで消し飛ばされるしかあり得ない。


 「馬鹿な子。そんな紙屑みたいな魔術抵抗で私の神殿にやってくるなんて、セイバーもマスターに恵まれなかったようね」

 そして、姿を表すキャスター。アサシンと違って、いかにもキャスターって感じの姿だ。

 むう、紙屑か、遠坂にも似たようなことを言われたな。


 「セイバーが気になる……? 安心なさい、彼女は私が貰ってあげる。バーサーカーを倒すには彼女の宝具が必要ですからね。貴方はここで死に絶えるけれど、彼女は私の奴隷として生き続けるわ」

 なるほど、こいつはバーサーカーに敵わない、それは理解できた。

 だけどお前、俺がここで死ぬって勝手に決め付けるな。


 「さようなら坊や。そんな低能では奴隷にする価値もないけど――――貴方の令呪は、私が有効に使ってあげる」


 身体が動かない、何らかの魔術に既にかかってしまったのか、指一本動かせない。


 だが――――


 「は、お前なんかに、俺の令呪は渡せないな」

 言ってやった。思いきり。


 「あはははははははは、まな板の上でわめく鯉というものも面白いわね!」


 知ったことか。それに、これは聖杯戦争、そんな笑ってる暇があればとっととやるべきことをやるべきだろう。

 いくら魔術師として一流でも、それを忘れているお前は戦闘者として三流だ。ランサーやあの謎の女だったら、とうに俺は死んでいる。



 だから――――



 「来い、セイバー!」

 俺は、俺のやれることをやるだけだ!


 令呪の一画が消滅する。それと同時に出現する空間のうねり。

 文字通り、それは魔法だ。空間に現われた波紋をぶち破るように、銀の甲冑に身を包んだセイバーが飛び出してきたのだから。


 「!」

 キャスターが驚愕するが、そう驚くことでもない、戦術的なミスをしたのはこいつだ。



 『いい、士郎。柳洞時は鉄壁の守りを備えているけど、一度中に入ってしまえば、逆に敵は逃げにくいってことになる。有利な陣地を手放したくないという心理も働くから、なかなか撤退の踏ん切りがつかなくなる可能性も高い』


 遠坂はそう言っていた。だが、サーヴァントは柳洞寺に山門以外から入ることは出来ず、入ったとしても能力を大幅に制限される。

 だが、マスターは別だ。一度マスターが中に入ってしまえば、令呪でサーヴァントを柳洞寺内に召喚することが出来る。そうなればサーヴァントは結界の縛りを一切受けずに、かつ、相手の喉元に剣を突き付けることが可能になる。


 「はああああああああああああ!」

 そして、数多の戦場を駆け抜けた英雄であるセイバーが、この好機を逃すはずもない。


 セイバーの首が一閃し、キャスターの首が飛ぶ。


 「倒したか!」

 俺の身体も束縛から解き放たれる、そこから判断すればそう解釈も出来るが。


 「まだです! 今のは影絵、魔術で作り出した分身体に過ぎません! 本体はどこかに潜んでいるはず!」


 そして、辺りを見回した瞬間。


 空に、蛾のようにマントを広げたキャスターの姿があった。




=====================
 
 あとがき

 以前感想板にも書きましたが、若干時系列をずらしています。Fate側の時系列を2年ほど。

 さて、大事なことなので、もう一度言います。

 【神秘学の語るところによれば、この世界の外側には次元論の頂点にある“力”があるという。

 あらゆる出来事の発端とされる座標。それが、すべての魔術師の悲願たる『根源の渦』……万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを作れるという“神の座”である。】

 “Fate/Zero 1巻 16ページより抜粋”

 神の座である

 神の”座”である

 ”座”である

 魔術師が目指す果てにあるのはつまり……… なるほど、ズェピア・エルトナム・オベローンをはじめとする、アトラスのトップたちがが発狂するわけだ。

 リリなのネタは無しで、マジで方向性がおかしくなってしまう前に…



[20025] Fate 第十三話 混戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/15 08:08
Fate (6日目)


第十三話    混戦




 ■■―――――――――――■■




 「はあ―――!」


 「ふ――――!」


 陰陽の双剣と緋々色金がぶつかり合う。

 両者の剣戟は火花を散らす、まるで流星がぶつかり合うかのように。

 戦闘が始まると同時にレオンハルトは聖遺物を形成し、アーチャーに対して接近戦を挑んだ。対サーヴァント戦において活動位階で相手できるはずもなく、その判断は至極当然のものであった。


 この戦いにおいて、常に攻め手となってるのはレオンハルト、元よりアーチャーの剣は守勢であり、攻勢に出るのは勝機をつかむタイミングのみであろう。

 ならば、レオンハルトとしては手段は一つ、このまま連撃の速度を上げ続け、アーチャーの防御が間に合わなくなるまで攻め続ける。


 一度判断すれば彼女は迷わない、元来一つの事柄に集中するタイプであり、集中力ならば古参兵にも引けを取りはしない。


 剣戟の速度は上がり続ける、彼女の属性は炎であり、猛れば猛るほどその攻撃が激しくなるのも当然の理である。


 だが―――


 それでも――――


 当たらない、躱し、逸らし、防ぎ続ける。


 「くっ―――!」


 「はっ―――!」


 アーチャーの防御を突破できない。それは最早、盾はおろか城壁を相手にしている気分すら起こさせる。

 そも、アーチャーは最速の英霊であるランサーの槍を防ぎきったという実績を持つ。たとえあの時のランサーの任務が偵察であり、完全な本気ではなかったとしても、それでもレオンハルトより速度は上であった。


 加え――――


 「トレース・オン」

 彼はアーチャーであり、無数の攻撃手段を持っているという事実を彼女は失念していた。その辺りが新兵の実戦経験のなさを示すものであろう。



 「な!」

 突如として顕現した無数の矢、それが悉くレオンハルトの心臓目がけて飛来する。


 「ぐうう!」

 緋々色金で咄嗟に防ぐが、凌ぎきれず幾つか被弾する。アーチャーは相手の防御速度を見抜いた上で、あえて攻撃力を度外視し、手数で攻めたのだ。


 その効果は物理的なダメージではなく、精神的なダメージを狙ったものであったがそれだけではない。レオンハルトは黒円卓の騎士であり、サーヴァントと同じく生半可な攻撃を無効化する術理に身を置いている。

 ならば、それはどの程度の衝撃ならば貫通しうるか、もしくは、神秘の高さが問題となるのか。それを正確に測るため、アーチャーは数重視の矢による攻撃を仕掛けた。


 その徹底的なまでの現実主義、誇りなどを一切度外視した無駄のなさ、それこそが英霊エミヤの戦闘スタイルであり、彼の人生そのものでもある。

 心眼という彼が唯一持つスキル。それはまさに鉄の心で鍛え上げられた戦闘理論の極致。武装具現型であるレオンハルトにとってはまさに理想の具現がそこにある。



 故に――――


 「I am the bone of my sword 我が骨子は捻れ狂う」


 レオンハルトがアーチャーを打倒することは現段階においては不可能といえた。


 アーチャーの手には弓があり、そこには歪に捻れた剣がある。

 それが内包する魔力はまさに宝具そのものであり、今まさに敵目がけて放たれようとしていた。


 「!」

 撃たせては駄目だ。あれを喰らえばただでは済まない!

 そう直感し、レオンハルトは一気に間合いを詰め、切りかかるも――――


 「中断、凍結」

 その一言により、螺旋を模した一角剣は消滅し、代わりに陰陽の夫婦剣がアーチャーの手に握られる。

 レオンハルトはアーチャーの矢がブラフであったことを察するも、既に勢いのつきすぎた身体を止めることも出来ず―――


 「おおおおおおおおおおおおお!!」

 ならば、敵の迎撃を上回る攻勢をもって突破するしか道はなく―――


 「帰れ、干将・莫耶」

 そうなるように誘導したアーチャーは、当然のごとくそれを利用する。

 現在アーチャーが持つ夫婦剣は、矢を消した後に投影したもの。ならば、それ以前に彼が持っていた双剣はどこへ消えたのか?


 それはつまり、先の矢の雨こそがこの挟撃の布石となっていたことを意味しており、彼はその隙に干将・莫耶をレオンハルトの背後へと投擲していた。


 「く、ああああああ!」

 背中から突然の衝撃を受け驚愕するレオンハルトだが、何とか体勢を立て直し、地面スレスレを駆け抜ける。



 「ふむ、存外にしぶとい」

 アーチャーは鷹の目で観察を続け、獲物がどれほどの力を残しているかを注意深く観察する。


 一見、アーチャーが圧倒的優勢であるかのように見えるが、実はそうでもない。

 先程の矢も、放たなかったのではなく、まだ万全ではない身では躱される可能性があったがため。宝具というものは一撃必殺が前提であり、例え無数の宝具を所有するに等しい彼であっても、無駄に消費することはない。


 だからこそ、アーチャーは心理戦に打って出た。あえて自分の姿を晒し、敵の失態をわざわざ教えるような真似をしたのだ。

 ここで彼女を排除できれば理想的ではあるが、焦って手の内を晒し、逃げられることにでもなれば笑うのはランサーのマスターのみ、未だ聖杯戦争は序盤であり、そのような博打に出るのは時期尚早であることをアーチャーは理解していた。


 戦力を客観的に分析するならば、形成位階にあるレオンハルトと現在のアーチャーの戦力はほぼ互角である。共に剣技を得意とするが、天性の才能を持つ身ではなく、セイバーのような接近戦における優位を保つことは出来はしない。


 また、それぞれが独自の切り札を持つ身である。レオンハルトには創造位階があり、アーチャーには固有結界、求道と覇道の違いはあれ、まさに必殺の名を冠するに値するものを両者共に隠し持っている。


 とはいえ、この段階で切り札を解放することはどちらにとっても不可能であるため、後は如何に上手く戦術構築を行うかが勝敗の境目になる。


 「はあ、はあ」

 そして、戦術を競い合うことになれば、レオンハルトがアーチャーに勝てる道理は存在しない。

 千の戦場、万の殺し合いを潜り抜けた錬鉄の英霊と、未だ実戦経験の少ない若き獅子の間には超えようの無い絶対的な壁が存在していた。



 故に、この心眼の使い手を打倒するならば―――



 「よう、苦戦してんじゃねえか」

 彼と同じく、万の殺し合いを超えてきた英雄が必要となるのも、また当然の道理である。


 「ランサー!」

 突然のランサーの登場に驚いたのはアーチャーではなくレオンハルト、ここにも、両者の経験の差が現れる。


 アーチャーはこの二人が協力関係にあることをセイバーの話によって存じていた。ならば、彼女の危機に彼が救援に現れる可能性もあることを当然考慮に入れていた。

 そして、彼女の危機にランサーが即座に駆けつけたということは、彼らを動かす指揮官は別にいるということを意味している。恐らくはランサーのマスターであろうが、その手腕からは抜け目ない戦略家であろうことがうかがえる。やはりあの男か、という考えがアーチャーの頭をよぎる。



 「こいつの相手は俺に任せて、お前は柳洞寺に向かいな。今のお前ではこいつには勝てん」

 それは、たった今思い知らされたばかりの残酷な事実であった。

 仮に、創造を解放したとしても、レオンハルトにはアーチャーを打倒している自分をイメージすることが出来なかった。戦うものにとって、勝利する自分をイメージできない以上、それは絶対に勝てないことを意味している。


 「………分かった」


 「素直で結構、アーチャー、そう言うわけで選手交代だ。手前の相手は俺がしてやる」

 青き槍兵は獲物を構える。紅の槍が敵の血を求めるかの如く牙をむく。


 「まったく、厄介なことだ」

 ぼやくように呟きながらも、アーチャーもまた双剣を構える。奇しくも、状況は前回と逆の様相を見せている。

 以前はランサーが単独であり、アーチャーには守るべき主人がいた。

 そして今回は、アーチャーが単独であり、ランサーは若き獅子を庇うように対峙している。



 「はあ―――!」

 レオンハルトがアーチャーに向けて火炎を放ち、同時に撤退を開始する。


 それを合図とすることが互いの了解を得ていたかのように―――


 「おらあ!」


 「おおお!」

 青の槍兵と赤の弓兵は再度の激突を開始した。











 ■■―――――――――――■■



 柳洞寺境内、こちらの闘争も青の槍兵と赤の弓兵の戦いに劣らず、激戦の様相を見せていた。


 「はあああああ!」


 「くっ!」

 だが、状況はキャスターに不利であった。セイバーに殺された分身体にはかなりの魔力を費やしており、それを破壊された時点で彼女の魔力は半分以下となっていたのだ。


 加え――――


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 セイバーはこの好機を逃す気は微塵もなかった。マスターが令呪を消費してまで作り上げた絶対の好機、これを逃して何が剣の英霊か。

 彼女は竜の因子を持つブリテンの竜王。風王結界が放つ風は既にそれ自体が霊的な力を備えており、吹きすさむだけでキャスターの張った魔術の罠を破壊していく。


 ちょうど、これと同じ効力を半神の大英雄ヘラクレスの咆哮も備えている。故に、神代の魔女メディアにとってヘラクレスは天敵なのだ。


 「散りなさい!」

 しかし、彼女とて稀代の魔女と恐れられた存在である。このような存在を相手にする術も当然備えている。

 間接的な呪いなどを発動させる罠ではなく、直接的なダメージを与えるための無数の光弾を顕現させ、迫りくる白銀の騎士を迎撃するも―――


 「甘いぞキャスター!!」

 だがそれも、セイバーというクラスがAランクという規格外の対魔力を備えていなければの話であった。柳洞寺の結界によって能力が落ちているならばまだしも、令呪により境内に召喚されたため万全である今の彼女を魔術によって防ぐことは、天災を人の力で防ごうとすることと同義であった。


 ならばと、竜牙兵を起動させ、無防備であるはずのマスターの抹殺を試みるも――――


 「うりゃあああ!」

 影絵が殺されたことで自由の身となった衛宮士郎は、二本の木刀を構え、竜牙兵を破壊していく。

 いや、二本の木刀というよりも、二本の小太刀と呼ぶべきか。ライダーとの林での戦いを経て、片手で武器を扱うことも戦術の一つであることを学んだ衛宮士郎は、その日の夜のセイバーとの特訓で二刀流の手ほどきを受けた。

 そして、セイバーとアサシンの神業といえる立ち会いをその目で見た彼は、あの赤い騎士の戦う姿を思い出し、自分でもよく分からない衝動に突き動かされるまま剣を振るっていたが、その剣技が数段優れたものになっていることに気付いていない。



 「どこを見ている! キャスター!」

 状況は刻一刻とキャスターを不利にしていく。

 自動で発動する罠は全てセイバーに破壊され、マスターを狙えるものは竜牙兵くらいしか残っておらず、それも逆に破壊されるありさまである。

 こうなると、分身体を殺されたことは致命的であった。神殿の結界の維持、セイバーへの迎撃、マスターへの攻撃、全てをキャスター自身が成さねばならず、本来補助に当たるはずの魔術陣はセイバーによって完膚無きまでに破壊されている。


 そして、山門を守るアサシンは既に境内に入られた時点で無意味な存在と化している。彼はマスターが霊体であるサーヴァントなため、彼は土地に縛られる。つまり、キャスターは八方塞がりの状況に追い詰められつつあった。


 「この―――!」

 だが、それは彼女が戦闘者ではなく、魔女に過ぎないことに起因している。

 聖杯戦争はバトルロイヤルであり、未だ序盤戦に過ぎない。ならば、この段階で柳洞寺を失ったところでそれほど痛手にはならず、いくらでもやりようはあったのだ。

 しかし彼女は柳洞寺の防備を固め過ぎた。ルールを破り、アサシンという門番すら召喚してしまったが故に、かえって自ら戦略の幅を狭めることになったという事実に気付いていない。


 アーチャーが洞察し、遠坂凛が衛宮士郎に伝えたことはつまりそういうことである。柳洞寺を要塞化したがために、そのハードウェアに固執し、機動戦力を用いて立ちまわるという戦略の基本を完全に放棄してしまった。


 それに比べ、アーチャーが厄介な戦略家と評した聖餐杯は異なる戦略をとっている。

 共に陰謀を巡らすタイプではあれど、教会という有利な場所に陣を置きながらもそれに固執せず、ランサーとレオンハルトの機動力を最大限に利用して立ち回り、自らも情報収集に動いている。

 遠坂凛が自らの家ではなく、衛宮邸に拠点を移したのも陣地に固執せず、より柔軟な戦略で聖杯戦争に臨むためという理由が大きい。



 つまり、神代の魔女メディアのとった戦略は、魔術師としては常道であるが、戦争を行うものとしては下策だったのだ。

 ちょうど、第四次聖杯戦争においても生粋の魔術師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトがホテルの最上階を借り切り、その階を魔術により異界化させたこともあったが、衛宮切嗣の爆弾テロによってあっけなく崩壊している。

 逆に、一般人の家に間借りし、征服王イスカンダルの神威の車輪に同乗しながら神出鬼没に戦場を駆け巡ったウェイバー・ベルベットこそが、聖杯戦争においては正しい戦略をとっていたのだ。


 そして、聖餐杯にとっても柳洞寺の防御など所詮その程度のものであった。白昼に堂々とレオンハルトが山門から参拝客として入り、柳洞寺を燃やすだけでキャスターは陣地を失う羽目になる。魔術戦においてはこの上なく強固な柳洞寺だが、戦争というものはハードウェアだけで勝てるほど甘いものではない。



 「はああああああああああああ!!」


 そうして、稀代の魔女は今セイバーによって追い詰められており――――



 「そこまでよ」

 生身であるが故に結界の束縛を受けない黒円卓の騎士は、一瞬で竜牙兵を悉く焼き尽くしていた。





 「なに―――!」


 「え――――?」


 「お前は―――!」


 驚きは三者三様。だが、セイバーはこの状況の深刻さをいち早く察していた。


 「シロウ――!」

 主の危機を察知し、目前の首級などに目もくれず主の下へ疾走する白銀の騎士。


 それに対し、黒いSS服に身を包んだ少女は――――


 山門を炎で包むという暴挙に出た。



 「く―――、このままでは結界内に閉じ込められる! シロウ、退避します! 殿軍は私が!」


 「―――! 分かった!」


 柳洞寺全域にはサーヴァントなどの霊を阻む結界が張られており、さらにその内側にキャスターの張った結界が二重に張られている。

 しかし、どんなに優れた霊地であっても流れがなくては澱んでしまい、意味をなさなくなる。そのために唯一山門だけはその結界が存在しない。これは、山門自体が”結界の穴”の媒介になっている、魔術的な建物であることを示す。だからこそ、アサシンの依代になりえたのだ。

 だがそれ故に、そこさえ燃え落ちれば結界は柳洞寺を丸ごと覆ってしまう。霊気や魔力が流れなくなると結界は澱み、効果が強まる。つまり、サーヴァントは内部に閉じ込められることになるのだ。

 外側にはアサシンがおり、山門に続く道には魔術の行使などを妨害する結界に満ちているため、外からこれを実行することは不可能に近い。

 だが、外壁がいくら強固であっても一度内部に潜入されれば要塞というものはその脆さを露呈する。レオンハルトが突いたのはまさにその一点であり、当然、聖餐杯の指示によるものであった。



 そして、セイバーの主従はキャスターの首を目前にしながらも撤退を余儀なくされ―――


 「それじゃあね」


 キャスターに対して挨拶代わりのように炎を放った後、任務を終えたレオンハルトも撤退していった。








 ■■―――――――――――■■



 『ランサー、柳洞寺の片はつきました。貴方も撤退して下さい』


 そして、夜の街を駆けながら交錯する青い槍兵と赤い弓兵の戦闘も、収束に向かう時がきた。


 この二人の戦いはその意義がかなり微妙なものであった。

 ランサーにとってはここでアーチャーを倒すことが目的ではなく、あくまでレオンハルトが柳洞寺での任務を果たすまでの足止めに過ぎない。

 アーチャーにとっても、今の状態でランサーを突破は不可能であると判断しており、かといってここで自分が退けばランサーまでも柳洞寺に向かってしまう。


 彼にとっては遺憾ではあるが、自分の知らない要素が聖杯戦争に絡んできている現状、セイバーとそのマスターをこの段階でを失うわけにもいかず、彼らが無事に帰還するまではランサーを引きつける必要があった。


 つまり、ランサーはレオンハルトのためにアーチャーを抑え、アーチャーはセイバーのためにランサーを抑えるという、奇妙な膠着状態が続くことになってしまったのである。


 柳洞寺の戦いが終息した以上、彼らの戦いもまた意味を失った。そして、両者共に戦略的意義の無い戦闘を続けるような愚物ではなかった。



 「今回はここまでだ、アーチャー」

 そうして、槍をおさめるランサーに対し。


 「そうか、不毛な戦いは早々に切り上げるとしよう」

 アーチャーもまた、双剣をおさめたのだった。


 両者はそのまましばし睨み合っていたが、やがてランサーが踵を返す。


 「じゃあなアーチャー、手前は俺が仕留める。間違ってもくたばるんじゃねえぞ」

 去り際、再戦の言葉を残すランサー、それは実に彼らしい台詞であり、


 「その言葉、そのまま返す。とでも答えておこうか」

 アーチャーの返事もまた、実に彼らしいものであった。











 ■■―――――――――――■■


 こうして、期せずして発生した6騎ものサーヴァントによる混戦は、ひとまずの決着を見た。


 セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン。

 バーサーカーを除く全てのサーヴァントがこの夜、いずれかのサーヴァントと矛を交えることとなったのだ。


 だが、セイバーはアーチャーの戦いを一切知らず、ライダーも自分とランサーとの戦い以外は関与せず、その他のサーヴァントも自分の戦場以外のことを熟知しているものはいない。


 いるとすれば、それはただ一人。


 「これにて、今宵は終幕。なかなかに心躍る展開でしたが、スワスチカが開くにはまだ早い」

 ランサーとレオンハルト、その両者から逐次的に報告を受け、指示を出していた聖餐杯のみであろう。


 「アーチャーはある程度回復しており、ライダーは無傷で帰還。アサシンは山門から離れられず、キャスターも陣地こそ無事であれど、かなりの魔力を消費した。そして、セイバーの主従はより戦闘経験を積み、絆を深めつつある。実に結構、実に有意義」

 クリストフ・ローエングリーンは笑う。レオンハルトの行動はこのような結果を生むことを予測しながらもあえてそれを行い、この状況を作り出したのは他ならぬ彼である。


 「さて、これにてサーヴァントの情報もかなり集まった。初めにランサー、次にアーチャー、そこにバーサーカー、ライダーと続き、今夜にアサシンとキャスター、セイバーの主従は全てのサーヴァントと矛を交えたこととなる。これにて、序盤戦は終結と見て良いでしょう」


 サーヴァントが全て健在であり、情報戦に終始する序盤はこれまで。逆説的にいえば、序盤戦であったからこそ、6騎のサーヴァントが戦ったにも関わらず、特に負傷者が出るわけでもなく終結したのだ。



 「さあ、ここより先は中盤戦。サーヴァントにも脱落者が出始め、聖杯戦争は熾烈を極める。素晴らしい歌劇となるよう、気を引き締めて参りましょう。くくくく、はははは、はははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 誰もいない部屋で聖餐杯は嗤い続ける。いよいよスワスチカを開放する時がきた、彼の聖道を叶える鍵はすぐそこまで来ている。



 そして――――




 「いよいよ中盤戦に入るか。お前はどう動くのだ、英雄王?」

 同じく、誰もいない礼拝堂にて、神に仕える悪は呟いていた。

 誰もいないが故に、その呟きを拾うものは当然皆無だが、ことによれば“それ”は聞いていたのかもしれない。


 10年前に英雄王を飲み、逆に飲み尽される危険を察知したがために言峰綺礼の体内へと逃げたそれは、大聖杯にある本体と共鳴しながら、ただ時を待っている。






 『いやいや、クリストフもなかなかのものを見せてくれる。これは期待以上のものが見れるやもしれませぬな、獣殿。だが悲しいかな、私達はこれを既に見たことがある。この先、我等の望む未知はあるのか否か―――楽しみにいたしましょう』













―――あとがき―――

 今回の混戦模様は、オール電波を受けて書きました。

 実際、マリィルートの最終決戦を自動再生にして、その音楽と効果音とを聞きながら書いたものです。

 そのため、表現がもう訳分かんないことになってますが、その辺は14歳の力で補完をお願いします。


 聖杯戦争もこれより中盤戦、サーヴァントの脱落者も出始め、スワスチカが開かれていきます。


 それでは最後に一言



 カール・クラフト死ね

 とか言いながら、再び舌の根も(ry

 以前のネタでプレシアさんは、散々水銀に弄られたので、今回は救済措置を頼みましょう。獣殿に

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 ・アルハザードにいっても無理だったプレシアさんが、獣殿に会いました

 獣殿「なるほど、卿が狂気に蝕まれたのは無理もない。そして、そのような心情を抱えたまま生きていても、苦痛でしかあるまい。我が愛を受け、私と一つとなるがいい。案ずる事はない。卿の娘もまた、我が内に渦巻いている。私の中でならば、卿は娘と再会することが叶おう」

 プレシア「そうね…そうしようかしら…それが本当だったら、どんなに良いか…」

 獣殿「私は嘘偽りは言わん。卿を娘の居る場所へ送ろう、そこで、永遠の安らぎを得るが良い」

 そして奔る黄金の光。それに包まれたプレシアの意識は真っ白になり――

 アリシア「…さん、お母さん、起きて」

 プレシア「アリ、シア?」

 ――薄桃色の楽園で、愛する娘と再会を果たした。

 >アレ? なんか本当に救済された? さすが獣殿、愛が違う。愛が足りんよカール。

 

 ・純粋に電波を受けて書きました

 苦戦の末、機動六課を倒したナンバーズたち。その方法は少々エグい、基本お人よしで、根が単純な彼らなので、姑息で卑劣な手段を駆使して倒したのだ。
 そして、最後に指揮官たる八神はやてを倒しにかかったのだが―

 はやて「ふむ、すでに調査済みとは思うが、私の「夜天の書」は魔力を蒐集できる。故に、だ、私は私の部下が倒れた時、そのリンカーコアがこの書の中に溶けるよう、祝福を与えておいたのだ」

 その言葉に訝るナンバーズに、夜天の書のから放たれた雷光が襲う!

 はやて「機動六課、ライトニング分隊!」
 
 2筋の雷光、そして竜がナンバーズたちを襲う。あまりにも予想外の攻撃に、彼女たちは次々と雷光と竜の餌食となっていく、そこへ―

 はやて「防衛プログラム、ヴォルケンリッター!」

 空間を割りながら現われた剣戟が、鉄槌が、爪牙が彼女たちに追い討ちを掛ける。それをなんとか捌き、態勢を立て直そうとするナンバーズだが―

 はやて「機動六課、スターズ分隊!」

 満を持して放たれた桜色の閃光が、彼女たちのすべてをなぎ払った。


 >以上「黄金のはやて殿」をお送りしました。




 ・共通点は「兄」、「ツンデレ」だけです。それ以外はどういう状況なのかサッパリ



 スカ「…ほぅ」

 なのは「これは…」

 スターズ分隊に向けられた戦闘機人の総攻撃――それが急激に薄れていく。

 今、唐突に第三者――現われた赤銅の防壁が自分たちと敵を隔てていたから。

 スカ「なるほど、そういえば一人、試作の出来損ないが居たな」

 ティアナ「兄さん……?」

 ティーダ「お初に目にかかります、スカリエッティ博士。どうかこのまま、彼らを行かせてあげてはくれませんか」

 スカ「否だ、認めん。君に進言する資格は無い。それとも君が、彼女たちに代わって相手をすると?」

 ティーダ「ご要望なら」

 スカ「かかれ」

 なのは「何を…」

 ティアナ「やめて、やめて兄さん、お願いだから!」

 スカ「万死に砕けろ、廃棄品ごときに用は無い」

 ティアナ「いやああああァァ――」

 叫ぶティアナを嘲笑うかのように、ナンバーズの総攻撃が炸裂する。轟音とともに爆発が起こり、その中心に居た彼を呑み込んでいく。

 だが

 ティアナ「え――」

 その姿は、まだ消えていない。その身体は砕かれていない。いかに自分たちとの戦いで消耗しているとはいえ、ナンバーズの総攻撃を受け止め耐える。そんなことが、まさか出来るとは夢にも想像できなくて…

 ティーダ「失敗作とはいえ、この身体も戦闘機人…今のあなた方なら、僕でもそう不足は無いと思いますが」

 その後姿から顔は見えない。妹に声も掛けず、顔も晒さず、しかし百万の言葉より雄弁な態度をもって示している。

 死なせはしない、護りきると。

 ヴィータ「行くぞなのは――、ぼさっとすんな!」

 ティアナ「え? あ、きゃあ!? やだ、放してください――まだ私はッ」
 
 なのは「黙ってッ」

 ティアナ「…ッ」

 なのは「だけど、耐えて…ッ でも、生きていれば……ッ、負けじゃないよ!」

 ティアナ「……っ 分かりましたッ。兄さん……待ってて、絶対助けに行くから」

 その今生最後になるだろう妹の呼びかけに。

 ティーダ「ああ、大きくなったね、ティア」

 来いとも行けとも応えず、彼は優しく返しただけだった。

 ティーダ「さようなら。君にはいっぱい謝らなくてはいけないけど……ごめんよ、そして幸せに」

 ティアナ「う、うぅ、あああああ――― 兄さん! 兄さん、兄さん! ああああああぁぁぁぁ―――!」

 なのは「いくよ、ティアナ」


 >長くなったのに中身が無いなあ、でも原作でもランスター兄妹絡みの話がもっと欲しかった。しかもティーダの口調が分からなかったので、戒兄さんまんま。



[20025] Fate 第十四話 鮮血神殿
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/16 07:32
Fate (7日目)


第十四話    鮮血神殿



 「申し訳ありません猊下、私の判断ミスです」

 冬木は新都、丘の上に教会に存在する一室にて、櫻井螢は聖餐杯に対し膝を折り、自分の失態を詫びていた。


 「いいえ、構いません。結果として、我々にとって好ましい展開となりました。これは貴女の功績といってよい」

 しかし、聖餐杯は常の態度を崩さぬまま笑うののみ。


 「おいおい、手前はこうなることを見越してたんだろ。だったら全部手前のせいだろうが」

 皮肉を述べるのはランサー、彼もまた昨日の夜、というよりも今日の黎明に散々働かされた身である。


 「ははは、まあその通りですが、終わりよければ全てよし、ということにしておきましょう」


 「はあ、手前に文句を言うことほど無駄はねえな、エセ神父二号」


 「ようやく悟ったようね、ランサー」

 螢早くも復活。側にいる人物の影響か、精神的な頑丈さは冬木に来る前とは既に別人だった。


 「その意気ですよレオンハルト、人間である以上、失敗はあります。それは古参兵とはいえ例外ではない。ならば、その最大の違いどこに出るか。失態を犯す頻度? いいえ、そんなものではありません」


 かつての彼女ならば意味不明な問いであったかもしれないが、今の彼女にはその答えを予測することが可能であった。


 「つまり、失態を犯した際、いかに早く体勢を立て直すための手を打つことに全力を尽くせるか、そういうことですね」


 「そのとおり。いつまでも悔やんでいても何も始まりは致しません。それよりまずは、自分の成すべきことを成す。当然、反省は必要ですが、特に戦争というものは反省より先にやらねばならないことが多い」

 昨夜の出来事でいうのならば、螢が即座に柳洞寺に向かい山門を燃やしたことがそれにあたる。

 彼女にとってはアーチャーに後れを取った理由を考察し、反省する必要があったが、そんなものは後回し。そもそも、死んでしまえば反省すら出来ないのだ。



 「だな、それより、今日は学校での決戦だろ。俺達には他にやることがある」


 「例の“アレ”ね、まだ不完全だし、本番までに完璧に仕上げないといけないからね」

 本日の作戦行動については以前より決めてあり、彼らの行動については完全にそれぞれの判断に任せることになっている。

 聖餐杯はあくまで聖堂教会の現場指揮官としてのみ動き、言峰綺礼は監督役として動く。求める結果は決まっているものの、その過程は完全に彼らに任せられているのであった。








■■―――――――――――■■



 結局、昨日は令呪を使ったにも関わらず、キャスターを取り逃がしてしまった。というより、俺達が撤退せざるを得ない状況に追い込まれた。


 家に帰ると、まだ起きてた遠坂から昨日の行動の裏の作戦の結果を聞かされたが、ランサーのマスターが油断ならない相手であるということは嫌になるほど理解できた。

 そいつは俺達だけじゃなく、キャスターも手玉にとって削り合いをさせたってことだ。正直、慎二とライダーの組み合わせよりは百倍厄介だろう。

 柳洞寺のキャスターも厄介な相手ではあるが、セイバーがキャスターの魔術陣をかなり破壊したらしく、これまで通りの状態に戻すには少なくとも三日はかかるだろうとのことだ。

 それだけの時間があればアーチャーも本調子に戻るらしく、あいつが復活し次第、柳洞寺攻略を本格的に開始する。

 で、それまでの時間をどうするかで議論になり、遠坂は朝早くから新都に出かけた。何でも痛手を負ったキャスターが新都での魔力収集を強化する可能性があるから先手を取って網を張っておくとか。

 仮にかからなくてもキャスターの動きを牽制することが出来るし、キャスターが引き籠ってくれればアーチャーの準備も万全になる。


 問題はバーサーカーとランサー、バーサーカーはセイバーとアーチャーの二人がかりでも勝つのは至難だろうし、ランサーに至っては謎の協力者、例の黒髪の女がいる。

 昨晩、アーチャーがあの女と戦ったらしいが、少なくともライダーと同じくらいの実力を持っているそうだ。


 「で、俺達の狙いはライダーに絞られるってことか」


 「はい、現状、最も相手にしやすそうなのはライダーです。また、結界がある以上、長引かせるのは得策ではありません」

 確かに、戦力が多そうで様々な戦略を実行してくるランサー組、圧倒的な力を誇るバーサーカー組に比べれば、慎二には魔術が使えない分ライダーにさえ注意すればいい分戦いやすい。

 ただ問題は、下手を打つと学校の生徒が危険に晒されるってことなんだが。


 「だからこそ、早期決着か」

 結界が危険なものである以上、取り除くのは早い方がいい。時間が経てば経つほど危険なものに成長していくんだから、ここは躊躇せずに行動すべきだろう。


 「凛の提案でしたが、私も同じことを考えてしました。正直、そろそろバーサーカーが動くのではないか、ということも気がかりですから」


 「本当にバトルロイヤルだな、気を抜くことなんか出来やしない」

 キャスターとアサシンは籠城を決め込んでるようだし、今は遠坂が抑えてくれてる。

 ならば、ランサーとバーサーカーが動かないうちに俺達でライダーを倒す。確かにこれが一番だろう。


 「しかし、シロウが囮になる。というのは正直賛成しかねるのですが―――」

 それが今日の作戦だ。

 遠坂は登校せず、俺はセイバーをつけずに一人で登校する。まあ、慎二にはセイバーが霊体になれないなんて分からないだろうが、ライダーがいれば俺がサーヴァントを連れていないことは一発で分かる。

 そうなれば、多分慎二は勝負をかけてくるか、もしくは結界を発動させる。最善は結界発動前に倒すことだが、次善の策は被害が大きくなる前に倒すことだ。


 「いや、これは俺が望んだことだから、セイバーは気にしないでくれ。それに、トリファ神父も事情を話したら救護体制を整えてくれるって言ってたから」

 監督役はあの言峰だが、実際に動く現場指揮官はトリファ神父らしい。

 言峰に言ったところで何か文句を言われそうだから、以前携帯の番号を教えてくれた彼に連絡を取ったところ、全力でフォローに回ると快諾してくれた。

 ちなみに、遠坂は携帯電話なんていう近代兵器を持っておらず、言峰とは常に家の電話でやり取りしてたとか。お前は昭和の時代の人間か。


 「じゃあ行ってくる。そっちも気をつけてくれ、セイバー」


 「分かりました。シロウも気をつけて」


 セイバーと挨拶した後、俺は学校に登校する。

 セイバーはとりあえず自宅待機ということになった。隠れながら俺を尾行するという案もあったが、例のレオンハルトとかいう女がどこに潜んでいるか分からないためこうなった。



 さあ、ここからはもう本番だ、気合いを入れていこう。










■■―――――――――――■■



 「おいライダー、分かったか」

 昼休み、誰もいない弓道場にて、間桐慎二は呟く。


 「はい、セイバーのマスターはサーヴァントを連れていません」

 しかし、誰もいなかったはずの弓道場に、背の高い女性が突如として現れた。


 「そうかそうか、今日は遠坂も来ていない。衛宮の奴を始末するのは絶好の機会ってわけだ」


 「………」

 ライダーは内心で敵の行動に疑問を持っていた。

 昨夜の彼女の行動は独断であったため、間桐慎二は知らない。本来のマスターではない慎二は魔力のパスによってサーヴァントの行動を把握することは出来ないのだ。

 つまり、慎二が寝ている間ならライダーは自由に動くことが可能になる。それ故、昨夜は絶好の機会かと思ったのだが。


 ≪ランサーの思わぬ邪魔が入ってしまった。結局、セイバーがどうなったかは分からずじまい≫

 そのマスターが今日、サーヴァントも連れずに学校に来ている。しかも、同盟者である遠坂のマスターは欠席している。

 あまりにも虫が良い話であった、かえって不安に感じる程に。


 だが―――


 「よし、僕が合図し次第、結界を起動させろ。衛宮がどんな顔をするか見物だぞ」
 

 ライダーが知る由もないが、遠坂凛曰く、『馬鹿を相手にするなら程度の低い罠で十分、むしろ、高度な罠は馬鹿には効かない』であり、その格言は成就しているようであった。








■■―――――――――――■■



 「もしもし、セイバーか――――――ああ、こっちに動きはまだない。多分遠坂が本当に欠席なのか確認してたんだろう」

 昼休み、俺は自宅待機中のセイバーと連絡を取っていた。

 霊体化が出来ないセイバーだからこそ、携帯電話というものは重宝する。既に携帯ショップに赴いて、セイバーの分の携帯電話も購入は済んである。

 それなりに出費はあったが、金を惜しんで命を失ったんじゃただの大馬鹿だ。命は金じゃ買えないんだから優先順位を間違えるべきじゃない。


 それを遠坂に言ったところ。


 『うん、うん、そうよね。惜しんじゃいけないわよね』

 などと、妙に感慨の籠った答えを返された。



 「分かった、注意する。三番のコールがあったらすぐに来てくれ、間に合わないようだったら令呪を使う」


 セイバーとの通話を一旦切り、今度はトリファ神父に繋ぐ。


 「あ、もしもし、俺です、衛宮です」


 『衛宮さんですね。はい、こちらの準備は整いました。病院や診療所などの手配も一応整っておりますので、救急車を即座に回すことも可能です』


 「あ、ありがとうございます」

 本当に助かる。俺はただの一般市民だからそんな医療機関への根回しなんて出来るはずもない。

 遠坂なら怪我人の治療も出来るだろうが、何百人という生徒が相手になると圧倒的に手が足りなくなる。


 『いえいえ、これも仕事ですから。ですが、我々はあくまで中立な立場なので、聖杯戦争そのものには関与できません。なので、我々が動けるのは戦いが終わった後となります』


 「いえ、後処理をお願いできるだけで十分です。戦うのは俺達マスターの役目ですから」

 確かにそこに疑問や怒りがないわけじゃない。

 人が危険に晒されているというのに、聖堂教会だの魔術教会だのの対立のせいで、助けられるはずの人が助けられないなんて馬鹿げてる。


 だが、それをトリファ神父に言っても仕方ない、文句を言っても現実は動かないんだから、俺は出来ることを成すだけだろう。


 『申し訳ありませんがお願いします。聖職者のはしくれと致しましては、無辜な市民が犠牲になるのはなんとしても防ぎたいところですし、私個人としましても、貴方か遠坂さんが勝ち残っていただけることを願っております。まあ、応援するわけにもいかない立場ではありますが』


 「その言葉だけで十分です。絶対、被害者は出させません」

 決意を新たに、俺は電話を切る。

 そうだ、戦ってるのは俺だけじゃない。一般人を襲うようなマスターを制することも戦いなら、怪我人を助けることも戦いだろう。


 「俺はまだ何も知らない。けど、やれることはある」

 正義の味方、どうやればそれになれるのか、どうあれば人々を助けられるのか。

 未だに道筋すら見えていないが、それでも俺は――――



 「!?」


 そして、学校は異界と化した。






■■―――――――――――■■



 「結界の発動を確認、衛宮士郎は屋上にいる」

 同時刻、雑木林の端に作られた即興の監視所にて、SS服を身に纏った少女が通信機に向けて声を発する。

 今は昼間ではあるが、戦闘することを前提に動いているためSS服の格好である。これはエイヴィヒカイトと同調し、保有する魂の量に応じた強靭さを発揮するという、大戦時に作られた副首領特製の逸品である。

 もっとも、製法を確立したのが彼であるだけで、実際の製作担当はバビロンとマレウスであり、マレウスが魔術を用いて製造した布をバビロンとシュライバーが手縫いで仕上げるというオーダーメイドだった。


 女性ではあるがヴァルキュリアやザミエルは当然のごとく手伝っていない。彼女等が手縫いでSS服を仕立てている情景を想像することは何びと足りとも不可能であった。

 いや、ベアトリスがエレオノーレの制服を縫おうと決心し、リザに教えを乞い―――見事に挫折したという経緯があったが、そこは触れないでおこう。

 余談だが、櫻井戒が着ていたSS服は彼の手縫いである。ベアトリスが戒との訓練中にSS服を破いた際に繕っていたのも彼であり、主夫ぶりはかなり板についていたようであった。

 これまた余談だが、エレオノーレがラインハルトの予備の制服を縫っていたなどという話も、噂の域をでないが存在している。噂の発信源が誰かは永遠の謎であるが。


 『よっしゃ、すぐ行くぜ』

 教会で待機中のランサーから即座に応答がくる。彼の速度ならば到着に5分もあれば十分だろう。


 通信器を切って、レオンハルトは学校の監視を再開する。


 まだ結界は発動したばかりであり、生徒達が倒れていくがせいぜいが眩暈程度、この感じでは……



 「10分、いえ、15分くらいがボーダーライン。それまでに結界を解除できなければ深刻なレベルの被害者が出始める」

 重症か、後遺症が残るか、それとも死か。

 死は既に彼女にとっては身近な事柄ではあるが、最近ではそれを少しは誇りに思える部分もある。

 歪んでいるのは自覚している、だがそれでも、彼女と同じ目線となれるのは螢にとっては喜ばしいことなのであった。


 「戦争、軍人、私はまだまだだけど、少しは貴女のことを理解できているかな、ベアトリス」

 そして、兄のことを想う。

 彼は現代社会に生まれた人だけど、私と同じように黒円卓と関わっていたはず。

 幼い私はそれに気付くことはなかった。だが、しかし。


 「嫌なことだけじゃなかったはずだよね、だって、そのおかげでベアトリスに会えたんだもの」

 安全な場所で安楽に過ごすことだけが幸せじゃない。ランサーを見ていると、強くそう思えてくる。

 彼が生きた時代は現代に比べれば余程死の危険が大きく、医療なんかも発達していなかったはず。


 だけど、彼らは見事なまでの生き様でその時代を生き抜いた。それが彼らの誇りであり、閃光のような輝きなのだろう。


 「レオンハルト・アウグスト―――輝き続ける恒星となることこそ、我が渇望」

 戦場は近い、今度こそ失敗はしない。

 衛宮士郎は戦っている。ほんの数日前まで一般人と大差なかった彼は、マスターとして戦いの場にいる。


 「私はまだ新兵だけど、それでも一等兵くらいではあるはず。二等兵に負けるわけにはいかないわね」

 ベイが中尉で、マレウスが准尉なら、私はまだそんなものだろう。

 この戦いで戦功を挙げれば、上等兵に昇格できるかしら?








■■―――――――――――■■


 校舎は、赤い天蓋に覆われた祭壇と化していた。


 結界が発動した瞬間には猛烈な眩暈に襲われたが、遠坂の魔術講義によって作られたスイッチを発動させ、即座に身体中に魔力を行き渡らせる。


 即座に携帯をコールし、セイバーに緊急連絡を入れる。ついさっき連絡したばかりだったのは不幸中の幸いか。ほんの僅かの時間差もこの状況では重宝される。


 階段を降りる。駆け降りた先で一番近い教室に入り、状況を把握する。



「大丈夫、死んではいない―――」

 机に座っている生徒は一人もいない、生徒はみな床に倒れ、教壇にいたであろう教師も床に伏している。


 状況は悪いが最悪じゃない。遠坂の妨害のそれなりに功を奏したようで、魔術的抵抗力がない生徒達も未だに致命的な症状は出ていない。

 だが、それも時間の問題だ。今はまだ結界の吸収力が弱いとはいえ、このまま続けば生命力は減る一方だ。



 「だったら―――」

 ここで俺がやるべきことは一つ、マスターである慎二を探し出し、セイバーが俺の下に駆けつけると同時にライダーと戦える状況を整えておくこと。


 そう決断し、廊下に出た刹那――



 「いよう衛宮。思ったより元気そうで何よりだ。どう、気に入ったかいこの趣向は」


 廊下の先。C組の教室の前に、間桐慎二は立っていた。

 令呪が疼く、あそこにいる男がこの元凶なのだと、マスターとしての感覚が告げている。


 「―――これはお前の仕業か、慎二」

 あえて満足に呼吸もできない風を装い、立ち止まって離れた慎二を睨む。

 今はそれが最善。慎二は小者だ、と遠坂は言っていた。ならきっと、こっちが弱っていると見れば、自分から時間を浪費してくれることだろう。


 そして、案の定。


 「そうだとも、お前がのこのこ一人で登校してきたのは分かっていたからね。馬鹿だなお前は、サーヴァントも連れずに学校にやってくるなんていったい何を考えているんだい?」


 慎二は優越感に満ちた表情で語りだした。

 ……友人だった存在をこんな風に分析することは、あまりやりたいことじゃないが、関係ない生徒を巻き込んだこいつを許すつもりはない。考えたくないが、最悪、殺すことも覚悟するべきだろう。しなきゃならない。でないとここが10年前のように――


 「お前に―――話がある」


 「奇遇だね、僕もだよ。まあ、お前の話なんて後回しだ、僕とお前、どちらが優れているか遠坂に思い知らせないといけないし。衛宮には黙っていたけど、この結界を張ったのは僕なんだよ」


 そんなことは分かっている。状況を見れば一目瞭然だ。


 「慎二、何でこんなものを仕掛けた?」


 「いや、僕だってこんなものを発動させる気はなかったんだ。これはあくまで交渉材料だったんだよ。爆弾を仕掛けておけば、遠坂だっておいそれと僕を襲えなくなるし、万が一のための切り札にもなるからね」


 時間は―――2分、セイバーの足なら、後1分くらいか。



 「慎二、結界を止めろ」

 それまでの間は、俺が時間を稼ぐ必要がある。


 「止めろ? 何をだい? まさかこの結界を止めろ、だなんて言ってるんじゃないだろうな? 一度起こしたものを止めるなんて、そんな勿体ないこと出来ないな、僕は」


 「止めろ、お前、自分が何をしているか分かってるのか?」


 「……イラつくな。おまえ、なに僕に命令してるわけ? だいたいさ、これは僕の力じゃないか。止めるかどうかを決められるのは僕だけだし、止めて欲しかったら土下座くらいするのが筋ってもんじゃないの? 自分の立場ってもんが分かってないな」


 ……酔っている。こいつは、自分の力―――と思っているものに酔っている。


 『シロウ、貴方はほとんど偶然のような形でマスターとなりました。ですが、サーヴァントという強大な力に貴方は振り回されていない。それだけでも十分称賛すべきことと思います』

 以前、セイバーがそんなことを言ってくれた。


 『力とは、何かを代償に得るものです。それが鍛錬に費やす時間であったり、自らの肉体への負荷であったりと形は様々ですが、相応の代償を支払うからこそ、人は己の力に責任を持てる。何の代償も払わずに得る力など、そのものを破滅させるのみでしょう』


 そう、だから慎二は今こうなっている。サーヴァントの力を自分の力と錯覚し、力に溺れている。


 だが慎二、それは思い上がりってもんだろう。俺達は遠坂みたいに魔術師として厳しい訓練を積んできたわけじゃない。サーヴァントだって俺達みたいな未熟者に使役されるのは不幸なんだから。


 「――――最後だ。結界を止めろ、慎二」

 あと30秒もない、頃合いはよし。


 「分からない奴だね。お前に頼まれれば頼まれるほど止める気なんてなくなる。そんなに気にくわないんなら力づくでやってみろよ、衛宮」


 「―――そうか。なら、話は簡単だ」


 身体が弾けた。

 身体は火のように熱い。

 慎二までの距離は20メートルもない。

 今の自分ならそれこそ一瞬で到達できる。


 「ハッ、本当に馬鹿だねお前――――!」

 影が蠢く。

 廊下の隅に沈澱していた影が、形をもって蠢きだす。

 黒一色で出来た刃。

 慎二へと近づく者を斬り伏せる、断頭台のようなもの。


 「そんなもの―――!」

 止まる必要などない。昨日の夜見たキャスターの光弾に比べればこんなもの花火ですらない。

 セイバーを自動で追尾していたあの魔力の塊と違いこれはただ直進してくるだけ、セイバーの一撃に比べれば速度も遅い、簡単に躱し切れる―――!


 「馬鹿はお前だ! 慎二!」


 「な―――!」

 驚愕する慎二、ああ、本当に馬鹿だよお前は、こんな程度で動揺するようで、聖杯戦争に参加しようだなんて思うなよ。だから、今は眠ってろ。そうしてまた、以前のちょっとキザっぽいお前に戻ってくれ。



 「慎二――――!」

 踏み込む、

 慎二を守る影はない。あと数メートルも踏み込めばそれで―――


 「っ、やめろ、来るな……!」

 逃げる慎二、その背中に腕を伸ばした刹那。


 「――――!」

 全身に悪寒を感じて、筋肉の悲鳴を無視して咄嗟に後退し、警戒態勢をとる。



 空を切る軌跡、さっきまで俺がいた空間を通過する黒い刃物、これには見覚えがある。


 「ライダー!」


 黒い衣服に身を包んだサーヴァント、ライダーがそこにいた。



 「い、いいぞライダー、いいタイミングだ……! 遠慮するな、そいつはお前の好きにしていい……!」

 救援を得て安心したのか、慎二が叫ぶ。だが、いいタイミングなのはこっちも同じだ。


 ポケットの中の携帯が振動している。さっきまでは走っていたから気付かなかったが、立ち止まったことで気付くことが出来た。


 これが意味するのはすなわち――――



 「シロウ――――!」


 俺が最も信頼する、白銀の騎士の到着だった。

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あとがき

 螢と兄貴が何をしているかは、次回を楽しみにしてください。次回あたりからFate本編から本格的に乖離していきます。

 SS服については完全オリジナルです。実はアレには続きがあり、一度は挫折したベアトリスですが、それでもやる気を絞り出し、何とか完成。しかしリザのと比べるとかなり不恰好なソレを、彼女の上官は特別な時に着る勝負服として大事にしてます。一度その姿を見て「なんだ、お前らしくもねえな、そんなボロ服。いつもの完璧主義は何処行ったよ」と暴言を吐き、魔王の狩場に連れて行かれた者が約1名。
 ついでに、ハイドリヒ卿のはシュライバー製。「奴にできて私に出来ないはずが無い」といって予備用を作り始めた者も約1名。
 





[20025] Fate 第十五話 第二開放
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/17 07:30
Fate (7日目)


第十五話    第二開放



 セイバーの到着に遅れること1分弱、ランサーがレオンハルトの待機する雑木林の端に到着していた。彼女の予想よりもなお早い。



 「どうだ、戦況は?」


 「セイバーとライダーが交戦中、流石に白兵戦ではセイバーが有利ね。あの結界もサーヴァントが相手では効果はないし、強力な対魔力を持つセイバーなら尚更のこと」


 レオンハルトは状況を細かく伝えていく、今回の作戦はタイミングが命であり、僅かのしくじりも許されない。


 「マスターの方は」


 「衛宮士郎が間桐………ワカメを追っていったわ」


 「おい、名前くらい覚えとけよ」


 「いや、だって、覚える価値を見出せなくて。それに最初にワカメっていったの貴方よ」


 「まあ確かに、俺だって覚えちゃいねえが」


 何気に酷い二人である。


 「それで、やっぱり予定どおりに?」


 「ああ、横槍を入れるなら相応のタイミングってもんがある。あの結界があるうちは学校はライダーの腹の中も同然だ、あれが解除されるまでは動くべきじゃねえ」


 「でも、やっぱり時間は厳しそう。それはつまりワカメが追い詰められたことを意味するから」


 「だからこそ効果がある。奇襲ってのはな、相手が予測しないからこそ意味があるんだぜ」

 どこまでも飄々と答えるランサー、彼は自分達の作戦の成功を微塵も疑っていなかった。

 いや、英雄たる者、常にそうあることが求められる。どんな絶望的な状況であれ仲間に希望を与え、勝利を導くこと、それこそが英雄の仕事である。


 「じゃあ準備を始めるとしましょう。しくじらないようにね」


 「そりゃあこっちのセリフだ」










■■―――――――――――■■




 火花が散る。

 頭上から奇襲を仕掛けてきたライダーの攻撃をセイバーが捉え、反撃に転じた。


 「シロウ、ライダーはここで倒します。貴方はライダーのマスターを……!」


 言われるまでもない。セイバーならライダーに後れを取ることはない。それはライダーと戦って、奴の力量を僅かながらに感じ取った故の確信だ。

 そもそも、白兵戦でセイバーを圧倒できる存在なんかバーサーカーだけだ。ランサーもアサシンもとんでもない技量の持ち主だが、剣の英霊であるセイバーを圧倒出来ているわけじゃない。



 「任せた……! だが深追いはするな、慎二を止めればそれで終わる……!」

 結界が発動してから現在でおよそ4分~5分、今止めれば大した被害は出ない。


 だからここで絶対に止める。ここでライダーをなんとか出来れば聖杯戦争全体で考えても有利な状況にすることができる。逆に、ここで逃がせば再び混戦模様に戻ってしまう。


 セイバーの隣をすり抜けて走る。

 すかさず俺を仕留めに来るライダーの短刀と、それをライダーごと弾き返すセイバーの一撃―――!



 廊下を走る。

 視線の先にはうろたえる慎二の姿。


 「―――同調、開始(トレース・オン)」

 走りながら武器に魔力を通す。いくら俺だって戦うつもりで学校に来たというのに丸腰で来るほど馬鹿じゃない。

 校則違反丸出しだが、ナイフを腰に隠して持ってきておいた。


 さらに、ロッカーからモップを取り出しこっちも強化、これで長柄の武器と接近戦用の武器が揃った。


 迎撃のための影が出てくる。それらはこちら目がけて直進してくるが―――


 「はあっ!」

 今度は躱す必要すらない、強化したモップで影を叩き斬り、折れた柄を慎二に投げつける。


 慎二は何とか躱すものの、そのせいで逃げる速度が遅れた。これなら追いつける―――!



 「慎二―――!」

 「ひっ―――!」

 問答無用で慎二の腹を右手で殴りつけ、そのまま壁に押し付ける。



 「く、この……!」

 俺の腕を振りほどこうと手を伸ばす慎二。

 だが、それより早く、左手に持ったナイフで慎二の足を浅く突き刺した。



 「ぎゃ、ぎゃあああああああああああああああ!!」


 「黙ってろ」

 この状況で情けは無用、一刻も早く結界を解除しなければ学校の生徒が犠牲になる。



 「―――悲鳴は後だ。いますぐ結界を止めろ慎二、さもないと、このままの喉を掻き切る」

 慎二の首にナイフを当ててそう告げる。拒否したらこのまま切り裂くまで、と、慎二にそう思わせる為には、俺自身がそう思わなきゃならない。だから慎二、頼むから首を縦に振ってくれ。


 「ひ、ひいい」


 「早くしろ、結界の前にお前の息の根を止めてやってもいいぞ」


 「わわわ、分かった。すぐに止める。……おいライダー! ブラッドフォートを止めろ! マスターの命が危ないんだぞ……!」



 そして、学校を覆っていた赤い天蓋は元から存在しなかったように、その姿を消した。


 だが、これで終わりではない。ここでライダーのサーヴァントを脱落させてこそ意味がある。また同じことをされたのでは元も子もない。



 「慎二、令呪を捨てろ。そうすれば二度と争うこともない」


 「ふ、ふざけるな、そんな真似ができるもんか!」


 「そうか、令呪を捨てないのならこのまま腕を切り落とす。それでマスターの資格はなくなる」

 どっちの腕かまでは分からないが、いざとなれば両方切り落とすまでだ。


 「は……腕を切り落とす……?」

 だが、その言葉に対する慎二の反応は意外なものだった。


 その瞬間―――


 「シロウ、離れて……!」

 道場で散々叩き込まれた成果か、セイバーの叱咤に脳より先に身体が反応した。



 慎二から手を放して後ろに跳ぶ。

 同時に、俺がいた場所にライダーの短剣が振るわれ、咄嗟に強化したナイフで弾く。


 「下がりなさいマスター、この場から離脱します」


 「シロウ、下がって……! ライダーは結界維持に使っていた魔力を解放するつもりです……!」


 ライダーの様子がおかしい。

 セイバーと対峙していた筈の彼女が突如ここに現われたことといい、全身から放たれる冷気といい、今までのライダーとは威圧感が段違いだ。


 「ら、ライダー……!? なに考えてんだよお前、衛宮のサーヴァントにさえ勝てないくせに勝手なことしてんじゃない……!」


 「はい、確かに私ではセイバーに及びません。ですがご安心を。我が宝具は他のサーヴァントを凌駕しています。例え何者であろうと、わが疾走を妨げることは出来ない」


 それは確かに事実ではあった。

 彼女の宝具のランクはA+、その疾走を止められる存在など皆無といってよい。


 だが一つ、彼女には失念していることがあった。


 それはあくまで、幻獣たるペガサスの召喚に成功したときの話であり、サーヴァント同士の戦いであれば、最速の英霊の名は彼女のものではないのである。







■■―――――――――――■■



 「結界が解除されたわ」


 「流石はセイバーってとこか、あの坊主も短期間で成長したもんだ」


 時至れり、作戦決行の瞬間は今ここに。


 絶対の好機、鮮血神殿の崩壊からライダーが次なる手に打って出るまでの僅かな空白。


 そこに全神経を集中させ、最速のコンビネーションを発揮する!


 「ランサー、構えて!」


 「応よ!―――乗れ!」


 青き槍兵が魔槍ゲイボルクを構える。普段は白兵戦の用いられる武装ではあるが、ゲイボルクの真の使用方法は投擲にある。

 こと、槍投げに関してクーフーリンを上回る英霊など皆無に近い、唯一互角と言えるのは彼の父であり、“轟く五星(ブリューナグ)”を持つ光の神ルーくらいであろう。


 そして、投擲体勢に入ったランサーのゲイボルクに軽業師の如く“騎乗”する少女が一人、まさに馬鹿げたことではあるが、奇襲というものは相手が予想しないからこそ意味がある。



 「おらあああああああああああああ!!!」

 気合いと共に解き放たれる魔槍、そして、片手で槍につかまりながら炎の少女は聖遺物をもう片方の手に具現していた。







■■―――――――――――■■



 そして、ライダーの短刀が持ち上がり、自身の首を裂こうとした瞬間。


 「シロウ―――!」

 宝具発動の気配を察知し、主に危険を促そうとした白銀の騎士は―――


 猛スピードで壁を突き破りながら飛来した槍と、それにつかまりながらもバランスをとり、もう片方の手に燃える炎の剣を構えた少女という、訳のわからないものを見ることになった。



 え?――何コレ?――ええっ!?



 流石の彼女もそんな感想しか抱けない程、それは荒唐無稽な光景だった。



 だが、廊下を一直線に進んできた謎の存在は炎の剣でもってライダーを弾き飛ばし――


 「え?」


 状況が何もつかめてないライダーのマスターをかっ攫っていった。しかも、ライダーを弾いた瞬間に形成を解除し、空いた手で慎二の首を掴むという超荒技であった。



 「………マスター!」

 一瞬呆然としていたものの、我に帰ったライダーは必死で後を追う。

 後には、未だ呆然としている剣の主従だけが残された。




  何アレ?――何?――何ナノ???


 呆然とするセイバーは思わず口に出してしまいそうなくらいに動揺しており、


 「シロウ、何でしょう、アレは」

 というか、実際口に出していた。



 「―――桃白白(タオパイパイ)だ」

 士郎も混乱している模様、先程の光景はどうしてもある存在をイメージさせずにはいられなかった。


 彼らが完全に復帰するのは、これより30秒後のこととなる。










■■―――――――――――■■



 穂群原学園屋上、そこは既に決戦場と化していた。


 槍の軌跡と釘剣の軌跡が幾度も交差し、その度に火花が飛び散る。

 同時に足を絡めようと蛇の如く迫りくる鎖を常人ばなれどころではない足さばきで躱すばかりか、逆にそれを足場に敵目がけて前進するランサー。


 「なっ!」

 驚愕するライダーは咄嗟にもう一つの釘を投擲するも。


 ガキン!


 歯でそれを受けとめるという常識破れによって容易く突破された。


 信じられない面持ちで後退するライダーだが、クランの猛犬と讃えられたアイルランドの大英雄はバーサーカーの適正すら持つ存在である、このような蛮行も彼にとっては日常茶飯事でしかない。


 令呪の縛りもなく、全ての制約から解き放たれた槍兵とその魔槍は己の存在意義を主張するかのように戦場を疾駆し、対峙する黒いサーヴァントを確実に追い詰めていく。

 同じく、鮮血神殿から吸い上げた魔力によって、一時的とはいえ本来のマスターがいる状況と同等の魔力を得たライダー。こちらも立体的な高速起動を駆使し、戦場を縦横無尽に駆け抜けるものの―――


 状況はライダーにとって圧倒的に不利であった。そも、彼女には後退することすら許されないのである。


 本来、ライダーにとって間桐慎二はどうでもよい相手であったが、今は“偽臣の書”により仮のマスターとなっている。つまり、炎の少女が間桐慎二を脅し、戦闘行為を停止するように命令させれば、それに従わざるを得ないのだ。


 それを封じるためには先程のように、マスターの下に一刻も早く駆けつける必要があるのだが――


 彼女の速度をなおも上回る青い閃光がそれを阻む、それは壁であると同時に死をもたらす自然の猛威、竜巻を思わせる死の具現であった。


 「―――くっ!」


 「シッ――!」


 彼らにとっては昨夜に続く二度目の対決となるこの戦い、戦況は前回と同じ様相を見せ、ランサーがライダーの機動力を上回り、終始攻勢に回っている。


 先程ライダーはセイバーと対峙しながらもマスターを奪還し、後一歩で戦場を離脱するところまでこぎつけた。

 しかしそれはライダーの機動力がセイバーを上回っていたという事実があればこそであった、ランサーは純粋な速度でライダーを上回る唯一の存在であり、これだけでも目標達成の困難さは一気に跳ね上がる。


 加え―――


 ライダーのマスターの腰を抱え、人外の速度で屋上を駆ける若き獅子の存在が、ライダーを追い詰める最大の要因となっていた。


 レオンハルトは動き続ける。その速度はランサーやライダーに比べれば遅いものではあるが、それでもアーチャーと互角なほどの速度で動き続けている。彼女もまたサーヴァント同じく術理の外に身を置く存在、人外の戦闘に介入する資格と牙を持った狩人である。


 当然の話だが、停止している物体と高速で動いている物体、捉えにくいのは後者であり、自身も高速で動いていればその難度はさらに跳ね上がる。


 つまりこの状況は、豹がチーターと戦いながら全速力で駆ける草食獣を追っているようなものだ。豹の力では純粋に草食獣を追うだけでも狩りの成功率は高くないというのに、チーターという自分の速度をはるかに上回る敵と戦いながらでは不可能と同義であった。


 しかし、全力で動き続けているため、既に間桐慎二は気を失っている。これではライダーに命令させることなど不可能だろう。


 ならばこれはレオンハルトの失策なのか―――いいや、そうではない。



 「仕留めるか」


 「――――!?」


 彼女の目的は、この学校でライダーの魂によってスワスチカを開くことにある。そして、ランサーが必殺の槍を持つ以上、ライダーの撤退さえ封じればそれでよいのだ。


 赤き魔槍に魔力が集中していく、それはライダーの持つ切り札、“騎英の手綱(ベルレフォーン)”に比べれば規模は小さいものであったが、孕む必殺の気配はむしろそれを凌駕している。


 それも当然の話、“騎英の手綱”は最高級の神秘ではあるが、戦うため、殺すために存在するものではない。使役するライダー本人にしても本来は戦闘とはほど遠い女神であり、平和と静けさを好む女性なのだ。


 だが、赤枝の騎士団はそれとは真逆の存在。戦を好み、昨日の友と殺し合い、明日の敵と酒を酌み交わす。彼らはそういう存在であり、流血で結んだ友誼こそが彼らを繋ぐ絆、その手に握られる宝具は英雄の血を求める。


 「いくぞ―――その心臓―――もらい受ける!」


 速度、戦意、経験、そして何よりも闘争への渇望。戦闘者としての素養において、ライダーがランサーに勝るものは何一つとしてなく―――


 「刺し穿つ(ゲイ)―――」

 赤き魔の槍の穂先は、狙い違わず彼女の心臓に向けられ―――


 「あああああああああああ!!」

 呪いの槍を防ぐために必要な幸運という要素。女神としての神格を失い、反英雄とされたゴルゴンの三女は7騎のサーヴァント中、最もそれに見放された存在であった。




 故に―――


 「死棘の槍(ボルク)―――!」


 全精力を注ぎこんだ彼女の回避行動には一片の意味もなく、呪いの槍はその因果を逆転させ、回避したはずの彼女の心臓を貫いていた。


 噴き出す鮮血、砕け散る霊核。


 魔の槍対象を貫くと同時に千の棘となり彼女の身体を蹂躙し、サーヴァントをサーヴァント足らしめる要素をこの世界の理から引き剥がしていく。


 「―――桜、――――――申し訳ありません」


 そして、最後の最後で本当の主に対する謝罪の言葉を口にした彼女は―――



 抑えきれぬ無念の思いと共に、第二のスワスチカへと溶けていった。










■■―――――――――――■■



 「くく、はははははは」


 そして、第二の開放を感じ取った存在は、歓喜の笑いに貌を歪めていた。いや、それは果たして歓喜であったのか。


 「第二のスワスチカはここになり、黄金練成への階梯はまた一つ近づいた。くくくく、刻印が疼く、これもまたハイドリヒ卿の祝福なのでしょう」

 シャンバラではないため血こそ流れていないが、黒円卓の騎士に刻まれた聖痕が軋んでいる。まるで、スワスチカの開放によって産声を上げるかのように。


 「10年前、キルヒアイゼン卿が身罷られた時はこの程度ではなかった。まあ、こことシャンバラでは比較になりませんが、それでも痛みは痛み。これが存在するということそのものに意味はあるのでしょう」


 聖餐杯の両手、両足、脇腹に存在する服従の証、黄金の獣によって刻まれたそれは、まさに黄金練成の象徴でもある。



 「さあ、第一の生贄が捧げられました。ツァラトゥストラの代役は死せず未だ冬木にあり。全ての観客は御覧あれ、これこそ、副首領閣下の祝福なのか、いやいや、あの方の祝福など、この世にこれほど悪質なものがありましょうか。くくく、くくくくく、ははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


 聖餐杯は嗤う、嗤い続ける。


 だが―――


 「さて、狂するのもここまで、今は彼との約束を果たさねばなりません。一応聖堂教会の現場指揮官であるのですから、役割は果たさねば」

 まるで何事もなかったかのようにその狂気は去り、ヴァレリア・トリファは迅速に指示を出していく。



 「はい、私です――――ええ、彼が上手くやってくれたようで、予想よりも少ない被害で済みました。そちらは予定どおりに――」

 携帯電話を片手に神父は歩きだす。その目は一体何を捉えているのだろうか。



 第二の開放がなった冬木、聖杯戦争はいよいよ本格化し、混迷の度合いを深めていく。


=====================================
あとがき

 いくつか感想板でご指摘があったので、私の考えのひとつを。

 ・カール・クラフトについて

 そもそも、”座”にいる蛇は存在規模が大きすぎて、この世界の器に入らないから、世界の中を動き回れる端末として、あの影絵の存在があるわけですよね。逆に言えば、『世界の中で動き回れる範囲の力』しか使えないわけで、そこには『上限』があると考えます。
 ちょうど、ガイアと真祖の関係と同じです、大本が座か、星かの違いで。カールクラフトは言わばアルクェイド、その上限いっぱいまで使える存在というわけですね、つまりクラフトは『性格を1000倍悪くした強化アルクェイド』。
 つまり、カール・クラフトは、ある程度は何でもできるが、獣殿を一瞬で流出位階にしたり、速攻でマリィを開放したりは出来ないわけで、だからこそ、獣殿を流出位階にし、マリィを開放するために、60年も時間が掛ける必要があったのだと思います。つまり、カール・クラフトの状態ではあれが限界と、そうとも言えます。
 それに、『千度繰り返して勝てなければ、万度繰り返して勝てばよい。永劫に、勝つために』って言ってるあのセリフ、そのまま自身に帰ってくるんですよね、先輩√まで、一度も望む結果になってなかったんですから。ラストバトルで獣殿が、『狂おしいその渇望の根源は目の前だ』って言ってますけど、「勝利が一度も無い」ベイ、「周囲と生の瞬間が異なる」マレウス、「価値観が共有できない」トリファ、「誰にも愛されない」シュライバーなど、クラフト自身に通じるところが多いんですね。全部自業自得ですが。
 ついでに「私の逆身」である獣殿は、超狭い心のクラフトの逆で、超心が広いんですね。

 しかし、そう思うと、”座”にいる蛇って、ニートって言うより、『オートロックなのを忘れ鍵をもたずに外に出て、中に入れなくなった人』みたいですね。


 この聖杯戦争にも意味はあります。クラフトはたかが座興、といっていますが、彼は自分の渇望が何なのかすら忘れている存在ですから、そこがネックになります。さらに、”座”にいる蛇は『詐欺師』です。
 
 今の段階では、型月好きの人にとっては嫌な展開だとは思いますが、一応、最後の大どんでん返しを用意するつもりです。
 最後に、このSS(武装(ry)は勢いと電波で出来てますので、広い心を持って読んで下さると、大変ありがたいです。




[20025] Fate 第十六話 冬の娘~イリヤ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:4b25edac
Date: 2010/07/18 16:34
 
Fate (7日目)


第十六話    冬の娘~イリヤ



 「あ、トリファ神父、皆の容体はどうですか?」


 『少なくとも重傷者はおりません、大体は栄養失調で片がつくと思いますし、そちらは特に問題はないのですが……』


 「他に何か問題が?」


 『ええ、結界の後遺症、のようなものでしょうか、学校全体が魔術的に汚染されているのです。ちょうど、10年前の大火災の跡地のように』


 「………それは、治るものなんですか?」


 『確信はありませんが、現在の冬木にはサーヴァントの召喚が可能なほどに魔力が満ちています。なので聖杯が降臨し、蓄積された魔力が消費されれば自然と回復するものと見ております。いってみれば、現在の冬木は魔力のダム、底が淀んでしまうのは避けられないことなのかもしれません』


 そうか、言われてみればその通りだ。

 サーヴァントなんていう規格外の存在を召喚するほどの儀式だ、いくら冬木が霊的に優れているとはいえ、影響を受けないですむわけがない。


 「じゃあ、学校は再開されないんですか?」


 『そこは微妙なところですが、再開したところでおそらくまともな授業にならないでしょう。常に精神的ストレスを受け続けているような状況ですから、病院から帰った生徒達が再び体調を崩してしまう可能性が高い。ですから、学校は一時的にでも閉鎖されたほうが安全といえるかもしれません』


 「……確かに、そうかもしれません」

 俺や遠坂はいい、魔術的な汚染があるといっても多分遠坂の家なんかはそれ並に魔術的な加工がしてあるくらいだろうし、体内にオドを通して汚染を押し流すことも出来る。

 だけど、一般の生徒にしたらずっと汚染され続けることになる、最初は大丈夫でも徐々に体力も精神力も擦り減っていく、結果的には病院に逆戻りということになるだろう。


 『まあとにかく、結界による直接的な被害は最小限に抑えられた、それだけでも僥倖です。貴方の協力に感謝します、衛宮さん』


 「い、いえ、俺は……」


 『感謝すべきことがあれば礼を言う、これは当然のことです。実に簡単なことですが、大人になるにつれそんな簡単なことも守れなくなるというのは悲しいことです。だからこそ、私達のような職業も成り立つ。まあ、職業病だとでも思っておいて下さい、それでは』


 そして、トリファ神父との電話は終わった。多分彼にはこれからも様々な仕事があるのだろう。


 「どうでしたか、シロウ」

 隣にいたセイバーが話しかけてくる。現在の彼女は騎士の甲冑を身に纏っているので、白昼を歩くわけにもいかず雑木林に身を潜めている。


 「ああ、皆は大丈夫みたいだ」


 「そうですか、それは何よりです」

 安堵の声をあげるセイバーだが、どことなく元気がない、というよりは考え込んでいるようだ。


 「セイバー、どうした?」


 「はい、ランサー、というよりも、そのマスターについてなのですが―――」


 ―――やはり、そのことになるか。


 「ランサーの横入りのタイミングはまさに絶妙と言っていいものでした。結界が解除され、結界によって吸収した魔力をライダーが解き放つまでの僅かな間隙、そこを確実に突き、ゲイボルクによって仕留める。敵ながら見事な戦術としか言えません」

 あの後俺達も屋上に向かったが、先行したセイバーが見たのはランサーの槍に心臓を貫かれ、消滅するライダーであったらしい。

 俺が屋上についた時には既に彼らの姿はなく、セイバーしかいなかった。


 「慎二は、あの女に殺されたんだな」


 「―――ソウデスヨ」

 あれ? なんか変な反応。


 「セイバー、慎二は殺されたんじゃないのか?」


 「ハイ、イイエ。シンジハ、アノオンナニコロサレマシタ」




―――――――――回想―――――――――



 ランサーのゲイボルクによってライダーが消滅した瞬間、セイバーは屋上に駆け付けた。


 「僅かに遅かったわねセイバー、ライダーはもう死んだわ。―――そして、これにもう用はない」


 学校を覆っていた結界は既になく、サーヴァントも死んだ。つまり、間桐慎二には既に存在価値がない。


 「でもまあ、何かに使えるかもしれないし、持って帰るくらいは―――」


 「逃がさん!」


 屋上から跳躍し、離脱を図るレオンハルト、そして、それを追わんとするセイバー。



 しかし、


 「おおおおおおお!」


 「甘いわ!」


 白銀の騎士が振るった不可視の剣は、瞬時に形成された炎の剣によって防がれていた。


 レオンハルトは緋々色金を両手構えている。そう、両手で。


 今、学校の屋上から跳躍し、空中でセイバーと剣を交える彼女は、両手で緋々色金を構えていた。


 「あ」


 「え」


 そして、そのことに彼女等が気付いてからおよそ数秒後―――




 グチャリ




 なんかこう、トマトが潰れるような音が響いた。



 「………」


 「………」


 沈黙しながら着地する二人。

サーヴァントであるセイバーと、黒円卓の騎士であるレオンハルトならば学校の屋上から飛び降りたくらいでは傷一つ負わない、跳躍によってさらに数階分の高さを駆けていたとしても。


だが、普通の人間にとってはそうはいかず、運の悪いことに間桐慎二は魔術師ではなくただの人間だった。



「おのれ! 何と卑劣な!」


「え、今の私のせいなの!?」

混乱すると同時に罪を擦り付けるセイバーと、思わぬ事態に混乱するレオンハルト。



「如何にこのような凶悪な結界を発動させた悪漢とはいえ、既に武器も戦う意思も失くした相手を容赦なく殺すとは」


「こ、殺すつもりじゃなかったわよ」


ある意味お決まりの台詞である。


 「殺すつもりじゃなかった、で済めば騎士などいらん!」


 「何か使い方違わないそれ! てゆーか、貴女も共犯でしょ!」


 最早完全にてんぱってる二人は意味不明な口論に突入しようとしていた。


 そこに―――



 「アホか手前等は」

 至極もっともな意見と共に、青い槍兵のドロップキックがセイバーに炸裂した。あまりにも見事に決まったせいか、彼女は校舎まで吹っ飛んでいく。


 「ら、ランサー、私はやってない! 犯人じゃない!」


 「手前も落ち着け」

 未だ混乱中のレオンハルトをゲイボルクの柄で叩くランサー。



 「あ、あれ?」


 「ようやく落ち着いたか、ったく、お前らは似たもの同士だな。もう少し周りを見ろっつーかなんつーか」


 「う、面目ないわ」

 うなだれるレオンハルト、というよりもあ螢。


 「さて、やることはやったし、帰るぜ」

 そして、今度こそ撤退しようとする二人だが。


 「待て、ランサー!」

 そこに何とか追いつくセイバー。



 「あ、被害者が息を吹き返した」


 「何!」

 「何ですって!」

 揃って振り向く二人、やはり罪の意識は共にある模様。


 「あばよ」

 その隙に螢を抱え、すたこらさっさと逃走するランサー。



 「………」

 そして、校庭には重要参考人、いやむしろ被告となりそうな勢いのセイバーと、ワカメだったものが残された。

 
 何もなかったことにして彼女が士郎を迎えるために屋上へジャンプしたのはその数秒後のことである。




―――――――――回想終了―――――――――




 「―――そうか」

 悼む気持ちが無いわけじゃないが、そもそも俺もあの場で慎二を殺す覚悟はしていた。

 マスターとして聖杯戦争に臨む以上は死ぬ覚悟はしていて然るべき、そうでなければ教会に駆けこんで保護を頼むしかない。

 問題は桜だ。桜にとってはたった一人の兄なんだから、彼女がどういう心境になるか。

 だが、今はまだ戦争中だ。聖杯戦争が終わってから考えるしかないだろう。


 「でも、今回も俺達はあいつらにしてやられたわけか」


 「…………確かにランサー達の連携は見事でしたが、それより恐ろしいのはそのマスターです。かの存在は私達が今日ライダーに対して勝負をかけることを完全に読んでいた、その上で確実にライダーを仕留めている」

 つまり、戦略で完全に上をいかれた、俺達の行動はランサーのマスターに筒抜けで、逆に利用されたってことだ。


 「―――恐ろしい相手だな」

 素直にそう思う、警戒すべき相手を警戒するのは恥じゃない。


 「はい、正直私達だけで勝利を納めるのは困難であると考えています。凛とアーチャーと共同して当たれば勝機も見えてくる、やはり現在の同盟は維持すべきでしょう」


 「それについては全面的に賛成だ。バーサーカーのこともあるし、最後には聖杯を巡って争うことになるかもしれないけど、多分そうはならないと思う。遠坂が求めているのは聖杯よりも、むしろ勝利そのものな感じがする」


 「確かに、それは言えてるかもしれません。アーチャーが何を考えているかはいまいち分かりませんが、それでも他のサーヴァントよりは信頼に値します」

 と言いつつ、セイバーは雑木林に隠してあったコートを身に纏う。

 ぶかぶかなコートに身を包んだ金髪の少女という怪しさ爆発な格好だが、騎士姿よりは幾分ましだろう。



 「さて、それじゃあ帰るか」


 「そうですね、これ以上ここに留まっても得る者はありません」


 と、そうだ。


 「なあセイバー、そろそろ買い置きの食糧がなくなるから、買いに行こうと思ってたんだけど」

 戦いの後だが、俺にしては珍しく怪我してないし、特に疲労があるわけでもない。


 「むう、同行したいのはやまやまですが、この格好では―――」

 確かに、その格好で商店街を歩きまわれば下手すれば警察に通報されるだろう。


 「今は昼間だし、人通りの多い商店街で仕掛けてくることもないだろ、能力的に可能なキャスターとアサシンは柳洞寺から出られないわけだし」

 現状、自由に活動できるサーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカーの4騎。

 ランサーはつい先程撤退したばかりだし、バーサーカーが商店街に現れるのは流石に無理がある。

 そうなると注意すべきはマスターになるが―――



 「そうですね、私が参加した前回の聖杯戦争において、暗殺を得意とするマスターがおりました。例のレオンハルトのように狙撃銃によるマスターの暗殺などを容赦なく実行するほど残忍な人物でしたが、彼ですら白昼にことを起こすことはなかった。監督役からの制約を課されることを恐れたのかもしれませんが」

 それもセイバーから聞いた。前回の聖杯戦争においてあまりにも非道を繰り返したマスターとサーヴァントが監督役から処罰を受け、彼らを討ち取ったマスターには令呪が一つ与えられるという懸賞がかかったという。


 「だろ、だから大丈夫だよ。それに、買い物を終えたらすぐに戻るから、セイバーは家で休んでいてくれ」


 「分かりました。ですがシロウ、くれぐれも気をつけてください」


 そうして、俺はセイバーと一旦別れて商店街へ向かう。


 断じて、謎のコートの金髪少女と一緒に歩きたくなかったわけではない、ええ、違いますとも。












 坂道を下っていく。

 平日の昼間に商店街に行くなんて、子供の頃のお使い以来かもしれない。

 現在は2時を過ぎたくらいだが、まだ昼間と言える時間帯、かな?




 マウント深山商店街にて一通りの買い物を済ませる。

 とりあえずは今日の夜と明日の朝、昼に必要な分くらいだけ買って、その他は明日買うことにする。

 それから、軽い和菓子なんかも買っていく。


 しかし―――


 「パンも買わないとな、本来うちは和食派なんだが」

 我が家に巣食う恐怖の大王は朝食にパンを欲しがる傾向にある。あの悪魔の機嫌を損ねるくらいなら妥協したほうが百倍得と判断し、購入することにしたのだが。


 「くそ、ひどい出費だ。なんだってこんな甘ったるいモンのために千円も払わなきゃいけないんだ」


 安いジャムでは物議をかもしそうだったのでそれなりに値の張るものを買ったらこうなってしまった。小市民の自分が憎い。


 なんて思っていると、後ろから服を引っ張られる感じがした。



 「?」

 何かと思って振り返ると。


 そこには


 「よかった。生きてたんだね、お兄ちゃん」

 絵本から飛び出して来たかのような、銀の髪を持つ冬の妖精がそこにいた。









■■―――――――――――■■



 聖餐杯、クリストフ・ローエングリーンがそれを見かけたのはただの偶然である。


 穂群原学園での後始末を終え、ただ新都の教会へと帰路を取った。その帰り道にその公園は存在していたに過ぎない。


 故に、そこでセイバーのマスターとアインツベルンの聖杯の器を見かけたのは聖餐杯にとって完全なる予定外、まさか、ここで見かけることになろうとは―――


 「―――いや、そういうことですか」

 だが、聖餐杯はその瞬間ある確信を持った。

 そう、これはただの偶然、たまたま自分がここを通りかかり、衛宮士郎とイリヤスフィール・フォン・アインツベルンを見かけただけ。

 衛宮切嗣の実子であり、アインツベルンの悲願を背負う少女と、衛宮切嗣の養子であり、正義の味方という意思を継ぐ少年。

 この二人の確執を恐らく冬木で唯一知るであろう言峰綺礼。彼からその情報を譲り受けたただ一人の存在がこの男である。


 「そんな私が、第二が開放されたこの日、彼らを偶然見かける。なるほどなるほど、このような偶然があるとは」

 この冬木において偶然などありはしない。

 いや、ある程度のことまでは偶然もあり得るだろう。だが、あまりにも都合が良すぎる偶然は最早必然と見るべき。

 人には縁というものがあり、それは中々に切れぬ。まして、この街にはその縁、もしくは宿業と呼ぶべきものを嘲笑う道化師の影が色濃い土地なのだ。


 「流石は副首領閣下というべきですか。これが一体何を意味するのか、さあ、私のような凡夫には分かりかねますが――――――もし、そういうことであるならば、私も期待に沿えるよう、全力で踊るより他ありません」


 聖餐杯の視界では、赤髪の少年と銀の髪を持つ少女が楽しそうに話している。その風景だけを見れば、誰が聖杯戦争のマスター同士だと思うだろうか。


 少女は無邪気に笑っている。もし、第四次聖杯戦争の流れが僅かにでも異なれば、彼と姉弟として過ごしていたかもしれない。そんなもしもの世界を想うからこそ、輝くまでの笑顔を見せるのか。


 その笑顔を摘み取る権利など、いったい誰にあるだろうか―――



 「―――いいえ、私が考えても意味がないこと。私はただ償い続けるのみ、そのためにはラインの黄金は何としても我が手に納めねば」


 そう、どんなに幸せな光景があり、どれほど尊い願いがあったとしても、守る力がなければそれらは簡単に崩れ去っていく。

 弱く、脆い器では何も救えない。自分が救われることだけを考える男には何者も救えはしないのだ。


 「私は聖餐杯、黄金の代行、クリストフ・ローエングリーン。そう、ただそれだけ」


 そして、彼は公園を去る。別に声をかけようとも思わないし、かける必要もない。



 だが、それでもどこかに、その光景を眩いと思う心があった。


 もし過去の自分がテレジアと共に公園にいたならば、他人からはあのような光景に見えていたであろうか?


 黄金の器であるこの聖餐杯、果たして、幼子を抱くことはこの手に叶うのか?


 それは決して答えが出ない問いであり、だからこそ問わずに入られない呪いめいた螺旋。




 自らの本当の願いを未だ見失ったままの男は、歪んだ聖道を歩み続ける。




 彼の最後の愛し子が、真の道を照らすその時まで―――




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あとがき

 さて、今まで続けてきたリリなのネタですが… 不快に思う方もいらっしゃるようなので、ここらで中断。というか、何よりも

 ネ タ が 尽 き ま し た

 いや、私は各シリーズ一回ずつしか見てない上、それも随分前だから、結構なシーンを忘れてるんですよ。思い出すためにDVD借りて視直すと、凄い時間かかりますから、ネタのために本編更新停止ってあまりにも笑えないですよね。だからしばらくはもう無いかな? また思いついたら書くかもですが。ではネタ投下。
 



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 ・どういう状況なのかは察してください
 
 エリオ「オレは隊長たちが好きだ、実にイジリ甲斐があって、萌える」

 その言葉に、なのはとフェイトは揃って枕を投げつける。それをアクロバティックな動きで避けるエリオ。

 エリオ「お、ナイスコンビネーションwww」

 ヴィヴィオ「おお~~」

 なのは「いや、ヴィヴィオ、感心しないで…」

 キャロ「ちなみに、隊長方のゆうべのアハン♡ウフン♡も、ろ・く・が・ず・み♪」

 なのは&フェイト「!? それ消して! 今すぐ消して!」

 キャロ「えー、勿体なーい。じゃあせめて、私の待ち受けにするのは駄目ですかー?」

 なのは&フェイト「ダメ!!」

 キャロ「ちぇー」

 >この2人にはやて嬢が加わったら、もはや隙はない。哀れ六課のメンバー、特にティアナは絶好の獲物。


・ギン姉の不覚

 スカ「私なりの慈悲だよ。今、君の存在は酷く危うい。君の正体を世間に公表すれば、連座で君の父上もどうなるか。私はどちらでも構わんよ、なにせ、No13になる素体はもう一人いる」

 ギンガ「――待って下さい」

 それで、もはや完全に詰まされた。私に選択の余地はなくなった。だけど一つ、いいや2つ、この下種極まりない命を受けることで、儚い希望を抱いた事が…

 ギンガ「ここに誓ってください、Drスカリエッティ」

 ジェイル・スカリエッティを信用するな、そう思いながらもこの鬼畜に縋りついたという、許されざる無様さ。

 ギンガ「私が機動六課の一人を制したら、父は無関係だと手を回しなさい」

 助けるためには、できることはそれしかないと思ったから。

 ギンガ「今夜私がNo13になる。スバルを代わりになんかさせやしません」

 愛していた、守りたかった。この世の何よりも大事だった。
――にも関わらず
 その選択が、愛する妹の心に、何より苦痛を与える選択をさせてしまったのは、つまり私がそういう女だからだろう。
 私は屑だ。

 
 >前回に続き、戒兄さんネタです。今回は似合うなスカリエッティ。


 ・なのはの本質(作者的にはそうは思いませんが)

 ヴィータ「本当に強い奴は、何もしなくたって強いんだよ――」

 ユーノ「……」

 ヴィータ「最初から強い奴には、訓練もリハも必要ない。武道やら模擬戦やらは弱い奴が強くなろうとする手段で、だから精神論が幅を利かすのさ。礼に始まり礼に終われって――そんな具合に。もとが弱いから、力に耐性ないんだろうな。自分を律するのが最優先で、それが出来なきゃ破綻する…哀れすぎるぜ。まあ、仕方ないとは思うけど。つまり、なのははそっち系だ。背伸びしてるあたり可愛いけど、生まれつきじゃないから無理してる」

 ユーノ「…そうかも知れない」

 ヴィータ「お前、責任取ってやれよ、そもそもお前が―――」


 >仲人ヴィータの巻です。


・死せる鋼鉄のアリシア
 
 アリシア「蘇る死者は醜い? 同感だね、私もそう思う。私は2度と死から目覚めたくない。姉妹(きょうだい)、私に唯一無二の終わりをちょうだい」

 フェイト「!! 貴女は…いったい…」

 >これでのプレシアさんは、以前書いたプレシア・クラフトに違いない。



[20025] Fate 第十七話 第四次聖杯戦争の残滓
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/19 18:12
 
Fate (8日目)


第十七話    第四次聖杯戦争の残滓





 「レオンハルト、衛宮邸の動きはどうです?」


 第二のスワスチカが開放された次の日、聖餐杯はその後の動向について櫻井螢に質問していた。


 「特に動きはありません。結界内での戦闘はセイバーに負担を強いるものではありませんでしたし、マスターである衛宮士郎にもこれといった負傷はありませんでした」

 問われたことに関して明快に答える螢、情報収集任務も大分板についてきた今日この頃である。


 「なるほど、ランサー、遠坂のマスターは?」


 「新都の方で色々やってたようだが、全部キャスター対策だな。駅前のビル群なんかには大体網を張り終えたようだ」

 こちらは答えつつも不満そうなランサー、昨夜、新都中を走り回らされたのだから当然ともいえる。

 というか、昼にライダーを仕留めた彼を夜中もずっとこき使う聖餐杯が非道過ぎるのだ。

 衛宮士郎は魔術師として未熟なため、その行動は一般人のそれと大差ない。しかし、遠坂凛は生粋の魔術師であり、その行動には魔術的な意義があるケースが多い。

 よって、凛の監視というか足跡をたどるのはランサーの役割となる。影の国にてクーフーリンが学んだ技術は魔槍のみではなく、ルーンの魔術を代表とした魔術全般の知識も含まれる。


 「そういうことならば、アーチャーが回復し次第、柳洞寺を攻略するという方針は間違いなさそうですね」

 キャスターは柳洞寺に陣を置き、アサシンという護衛を備えている。

 陣地作成というスキルを持つキャスターは全サーヴァント中最も防衛戦に長けた存在であり、能力の相性が最も良いセイバーでさえ無策で挑むのは自殺行為だ。

 だが、それ故に自ら動くことがなく、戦略の幅は狭い。加え、前回のように令呪を使った空間転移といった奇策によって裏をかかれると途端に脆さを露呈する羽目になった。つまり、このまま聖杯戦争が終盤になだれ込めば、キャスターは自然と辛い立場に立たされることになる。


 しかし、キャスターには“破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)”というルール破りの宝具がある。それを有効に使えればサーヴァントの大半を支配下に置くことすら不可能ではないのだが、


 「はい、確かに彼の地は要害ですが、それも魔術戦に限っての話。バーサーカーが本気で攻め込めば容易く陥落するでしょうし、私とランサーだけでも十分です」

 黒円卓の騎士にとっては問題なしと判断できる存在でしかなかった。サーヴァントでない彼らには“破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)”は何の効果もありはしない。エイヴィヒカイトは魔術とは異なる術理によってなり、その存在は最早魔法に近く、魔術師にとっては研究対象というよりも災厄でしかない。

そうなればキャスターには神殿を利用した魔術戦しか術はなく、黒円卓の騎士はその神殿をパンツァーファウストで破壊するような真似すら平然と行う。


 「しかも、2日前のセイバーとの戦いで陣地の大半を破壊されているときた。その上遠坂の嬢ちゃんに供給源まで絶たれちゃあ、かなりまずいことになってるだろうな」

 ランサーもまた、戦争に関しては一流である。その状況判断力は紛れもなく英雄に相応しいものであり、現在の戦況を説明されるまでもなく理解していた。


 「であるならば、多少は強引な手に出てくる可能性も考慮に入れる必要がありますね」

 そうして、聖餐杯は冬木市の地図を指し示す。

 駅前を中心に対キャスターの網が張られており、深山町にはセイバーとアーチャーがいる。となれば、狙える箇所は自ずと限られてくる。


 「駅前からはかなり離れた場所に位置し、広大な敷地面積を誇る大型遊戯施設。ここならば魔力を集める為の生贄には不自由せず、遠坂邸からも遠く離れている。最も、柳洞時からも離れているため地脈を使った方法では限界はありますが」

 そこはスワスチカの一角でもあり、聖餐杯が第三開放の場と定めている地点であった。

 彼の次の標的は既に決定しており、ならば後はそこに至るまでの筋道の掃除役にキャスターを利用するのみである。


 「ということは、キャスターが自ら打って出る。ということですか?」

 聖餐杯の言葉に問いを投げかける螢の顔には疑問の色が強く浮かんでいた。


 「それはねえだろ、積極的に動く野郎だったらそもそも籠城戦なんて方策をとったりはしない。僅かでも危険があるならあの魔女が出てくることはない」

 これまでのキャスターの動きと、柳洞寺で螢が確認したその容貌などから、彼らはキャスターの真名が魔女メディアであるとあたりをつけていた。その宝具の予想もだいたいついている。

 完全な確信があるわけでもないが、そもそも実力でぶつかれば打倒できる相手である以上、搦め手で来られさえしなければ特に危険もない相手だ。


 「ええ、ならば、彼女が出てきやすい状況を整えるまででしょう」

 しかし、聖餐杯はなおも笑う。その頭脳にはいったいどれほどの策謀が渦巻いているのであろうか。


 「エセ神父二号、今度は何を企んでやがる?」


 「企むとは人聞きが悪い、私はただ、キャスターが魔力を回復するためのお手伝いができればと、そう考えているだけですよ」

 ここまで善意が無く“手伝う”などとのたまう存在も稀有であろう。


 「つまり、我々でセイバーとアーチャーを封じる。そういうわけですね」


 「大きく見ればそういうことになりますが、別段彼らを標的にする必要もありません。ただ、深山町でそれらしい行動をとればそれでよし。何しろ、彼らが決して無視することが出来ない存在が、この地には存在しているのですから」

 そして、聖餐杯はある土地を指さすが、その地点は螢にとってもランサーにとっても予想外であった。


 「おいエセ神父二号、そこを俺達が襲撃するってのか?」

 ランサーの問いも無理はなかった。そこは既に何の戦略的価値も存在しない土地なのだから。


 「そうです。確かに聖杯戦争という枠内で考えればこれは全く意味の無い行為。ですが、キャスターが新都で活動しやすくなる、という一点で考えれば意味がありますし、邪魔になるかも知れない存在を排除することにもなります」

 だが、神父は微笑みながら言葉を続けた。

 「我々がそこを襲撃すれば、衛宮士郎と遠坂凛は動かざるを得ない。そうなれば、遠坂凛が新都に張った網も一時的に意味を失い、その隙をついてキャスターは魔力蒐集に動く、いえ、動くように仕向ける。そういうことですか」

 そして、螢は聖餐杯が示した土地を確認する。

 深山町は遠坂邸とそれほど遠くない場所に位置する、間桐邸、そこが襲撃目標であった。


 「いざとなれば間桐邸を焼き払っても構いません。魔術協会に属する魔術師であれば躊躇する行為かもしれませんが、我々にとってはどうでもよい。言峰の話によればこの屋敷には小賢しい虫けらが巣食っているようでして、儀式の終盤に邪魔をされてはかないません。ここは、先んじて害虫駆除を行うと致しましょう」


 聖餐杯にとって、始まりの御三家などその程度の存在でしかない。

 いや、アインツベルンだけは意義がある存在であったが、聖餐杯にとって必要なのは聖杯ではなく“ラインの黄金”なのだ。故に、器さえあれば十分であり、土地は世界中にいくらでもあり遠坂の必要はなく、令呪など彼の目的には意味がなく、間桐もまた必要ない。


 「決行は夜中、間桐桜は学校の結界の影響を多少なりとも受けているでしょうから、今日は自宅にいるでしょう。そこを貴方達が襲撃すれば確実に衛宮士郎と遠坂凛は動きます」


 そして、指揮官であるクリストフ・ローエングリーンが命を下す。


 「了解しました」


 「了解」

 そして、一度命令が下ればそれを確実に執行するのが軍人というもの、ランサーは過去の英雄ではあるが、本質的な部分はさして変わるものでもない。


 こうして、キャスターに大型遊戯場を襲わせることで人気のない存在と変え、彼の地をサーヴァントの決戦場として機能させるためだけに、マキリ・ゾォルケンは黒円卓の騎士と槍の英霊に狙われることとなった。


 これは戦争、そこに魔術師の妄念も悲願も関係なく、利用できるものは何でも利用する。

 黄金の代行である彼にとっては至極当たり前の手であり、それ故に聖杯戦争に参加する者達にとっては全く予想が出来ない埒外の一手であった。










■■―――――――――――■■



 その日の昼過ぎ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは待ち人との邂逅を果たしていた。

 とはいっても、彼女は逢えたらいいなと思っていた程度であり、逢えなくとも仕方ないとも考えていたのだが、これも運命というものか、期せずして冬の少女は正義の味方の意思を継ぐ少年との再会を果たした。


 そして、影に潜みながらその光景を眺める者がいる。


 ヴァレリア・トリファ、“邪なる聖人”という魔名を持つ黒円卓の首領代行。

 この男がこの場に存在しているのは決して偶然ではなく、彼は彼の意図を持ってこの場にいる。


 だが


 「私は彼と彼女が出会うようには仕組んでいない、やはりこれも“運命(Fate)”の成せるものなのでしょうか?」


 聖餐杯は聖杯の少女に用があり、彼女に会うためにその存在を追ってきたに過ぎない。

 本来、彼は探知術をそれほど得意としているわけではないが、この地においては彼の眼は一つではない。聖堂教会の現場責任者という肩書は非常に便利で使い勝手のよいものであった。


 「まあ、仲良く会話する少年少女の間に割ってはいるのも野暮というもの、ここはしばらく待つと致しましょうか」

 聖餐杯は性急なタイプではなく、時期が来るまでじっと待つタイプである。故に、いつ終わるともしれぬ会話の終焉を待ち続けることも、彼にとってはいささかも苦痛にはならない。






 どれほどの時間がたったか、赤い髪の少年と銀の髪の少女はそれこそ姉弟であるかのように手を振りながら帰路に就く。


 そして、アインツベルンのマスターである少女は迷いなくある一点に向かって足を進め―――


 「こんにちは、貴方は一体誰なのかな?」

 ヴァレリア・トリファに対し、無垢な―しかし目は笑っていない―笑顔で問いを投げかけた。


 「これはこれは、気付かれておりましたか」

 それに対し聖餐杯は表情を崩さず、柔和な笑顔を浮かべたまま応えた。まるで、公園で遊ぶ幼子を眺めていただけであるかのように。


 「まあ、気付いたのはついさっきなんだけど、貴方、いつからいたの?」


 「貴女がおっしゃる通り、つい先程ですよ。貴女が話しておられた衛宮さんとは多少の交流がありまして、たまたま見かけたのも何かの縁と考え、声をかけようかと思った次第です」

 自然と答えるヴァレリア・トリファを眺めながら、その服装によってイリヤスフィールは彼の正体に見当をつける。


 「貴方、教会の人間ね」


 「はい、監督役の言峰綺礼神父の下で、現場責任者を務めさせていただいております、ヴァレリア・トリファと申します」

 それは事実、全てを語ってはいないが事実ではある。


 「現場担当ね………じゃあ、私のバーサーカーが街を破壊したら貴方が後始末をするのかしら?」


 「ええ、というより、既に行ったことがあります。苦情を言うようで心苦しいのですが、もう少し穏便に済ませていただければ我々の残業も少なくなるのですがね」

 これは彼以外の聖堂教会スタッフも共通して持つ感想であった。監督役の言峰綺礼は別として。


 「無理ね、教会の人間ならこの儀式にかけるアインツベルンの意気込みを知らないわけじゃないでしょう。遠慮なんてすると思う?」

 そう言う彼女の表情と雰囲気は、衛宮士郎と話していた頃とはまるで別人と化していた。

 これもまた彼女の側面、衛宮切嗣の娘であると同時に、1000年の宿願を背負ったアインツベルンのマスターでもあるのだ。


 「そうですね、それは確かに。10年前もそうでした、貴方達アインツベルンの妄執は凄まじい、何せ、マスターを殺すためのビルそのものを爆破する程ですから」


 「え―――?」

 ここで驚愕するのはイリヤスフィール、彼女にとっては予想外であり、決して無視できない単語が出てきたのだから。


 「おや、御存知ありませんでしたか?」


 「え、ええ―――それより、なぜ貴方は知ってるの?」


 「それはまあ、私も10年前この冬木におりましたから。当時の現監督役は言峰綺礼神父の父親である言峰璃正神父でして、彼の下で聖堂教会のスタッフとして働いておりました。まあ、当時は現場指揮官ではなく、末端でしかありませんでしたが」

 クリストフ・ローエングリーンは虚言を呈する。これを見抜くことは何人にも出来はしない。

 もしそれが可能であるとすれば、彼と同じく条理の外に身を置く怪物のみであろう。そして、雪の少女はけっしてそんなモノなどではない。


 「じゃあ、貴方は、10年前の聖杯戦争を―――知っている?」


 「全てを理解しているわけではありませんし、あの戦争は特に悲惨を極めました。猟奇殺人事件に始まり、ビルの爆破に代表される繰り返される都市テロ事件、酸鼻を極めた連続幼児誘拐事件、謎の巨大生物の襲撃に至っては自衛隊の戦闘機すら出動した程です。そして極めつけがあの大火災、まさに、戦争と言って過言ではなかった」

 これもまた事実である。彼は虚言を弄するものの、そのほとんどが事実の一部を語るものであり、そこからどのような“真実”を得るかは聞く者次第である。


 「それで、10年前のアインツベルンのマスターについて、貴方は何か知っている?」

 そして、雪の少女にとって最も意味があるその問いに対し―――


 「ええ、私が知る範囲でよければ、お話しましょう。ですが、あくまで私は情報を聞いた程度に過ぎないことは予めご容赦ください」


 彼は、彼が知る限りの情報を紡いでいく。そこに当然意図した流れが存在したが、そこに気付けるほどイリヤスフィールの人生経験は豊富ではなかった。


 彼が語る事柄の大半はイリヤスフィールが知らないことであり、自分の両親の戦いを客観的に捉えていた人間から聞くというのは初めての体験である。


 その中で、特に彼女の中に強く印象付けられた言葉は―――


 「ええ、確かにアインツベルンの戦力は優秀でした。遠坂の陣営もまたそれに劣るものではありませんでしたが、マスターとサーヴァントの総合力で競うならばほぼ互角であったと聞いております」

 キャスター組は論外、アサシンと言峰綺礼は真っ先に脱落、バーサーカーとライダーは強力なサーヴァントであったが、もしマスターが衛宮切嗣と対峙するようなことになれば瞬殺されるのがおちであった。

 そうなると、マスターとして衛宮切嗣と戦える存在はケイネス・エルメロイ・アーチボルトと遠坂時臣だけとなる。前者は衛宮切嗣に敗れており、まさに衛宮切嗣は最強のマスターと言えた。


 だが――


 「その彼を持ってしても、聖杯戦争を勝ち抜くことは叶わなかったと聞いております。最も、終盤は我々も忙しいどころの話ではなく、生き残った言峰綺礼神父から聞いた話でしかないのですが―――」


 そして、聖餐杯は語る、アインツベルン勢の敗因を。


 「結局、衛宮切嗣とそのサーヴァントは常に別行動であったと、敗因があるとすればそこでしょう。聖杯戦争はマスターとサーヴァントの絆こそが試されます。マスターを信頼せぬサーヴァントと、サーヴァントを道具としか見なかったマスター、聖杯が自らの持ち主にそのような存在を選ぶとは思えません」

 聖杯の担い手であるアインツベルンのマスターに、聖杯の意思を語ることほど愚かなことはない。聖杯は聖なる盃などではなく、第三魔法を再現するために、アインツベルンが作り上げた魔術装置に過ぎないのだから。


 「じゃあ、キリツグは自分のサーヴァント信じなかったのね」


 「はい、そのサーヴァントこそ、現在衛宮さんのサーヴァントであるセイバーなのです。かの騎士王の力を持ってしても、遠坂が召喚したサーヴァントを破ることはかなわなかったと」


 「遠坂の、サーヴァント」

 これも事実、英雄王ギルガメッシュはまぎれもなく遠坂時臣が召喚したサーヴァントである。


 「そして、当時のアインツベルンが保有していた聖杯をセイバーは守り切ることが出来ず、遠坂の召喚したサーヴァント、英雄王ギルガメッシュのマスターの手に落ちた。そして、やむを得ず聖杯を破壊したのではないかと、そう言峰綺礼神父は推察しておられました」


 アインツベルンが保有していた聖杯、それすなわちイリヤスフィールの母、アイリスフィールに他ならない。

 騎士王がアイリスフィールを守りきれなかったのは厳然たる事実であり、その点に関してならば聖餐杯は真実を語っていた。

 だが、遠坂の召喚したサーヴァントのマスターが、その時点で遠坂時臣であったかどうかは別の話である。



 「そう、セイバーは負けて、キリツグは聖杯を破壊した。じゃあ、勝ち残ったのはその英雄王ギルガメッシュになるのかしら?」


 「どうでしょうかね、聖杯が消滅した時点で勝者なし、というのが最も的確な気もします。それに、英雄王ほどの魂を聖杯の補助もなく現世に留めるのは困難を極めるでしょうし、そもそも、例の大火災に飲まれてしまった可能性が高い」


 「結局、全ては業火に消えて、後には何も残らなかった、か」

 そう呟くイリヤスフィールの顔は、ある意味年相応のものであった。彼女は、衛宮士郎よりも年長なのである。
 

 「はい、結局全ては無駄に終わり、冬木には死者の山のみが残された。私の個人的な意見を言わせてもらえば、一体何度あのような無駄な儀式を繰り返すのか、といったところですよ。無意味に殺された者達にとってはたまったものではないでしょう」


 「そうね、そんなことを考えられる知性が残っていれば、アインツベルンはとっくに滅んでいると思うけど」

 そして、イリヤスフィールの意思は徐々に定まっていく。正直、彼女には明確な戦う理由がなく、自分は何をしたいのか、いまいち掴みかねていた。

 だが、ヴァレリア・トリファとの会話により、彼女の中の意思は指向性を帯びていく、ならば後はそこ目がけて突き進むのみ。



 「最後に確認するわ、貴方の話は本当かしら?」

 彼女の眼が魔力の色に染まり、アインツベルンの黄金の杯そのものである彼女の意思が外界を侵食する。

 聖杯の器である彼女は結果をイメージするのみで過程を無視して現象を起こすことが出来る。その在り方は魔術師よりもむしろ真性悪魔のそれに近い。

 そして、偽りを許さぬ魔眼を向けられた教会の神父は。


 「――――ええ、私が知る限りにおいては」

 暗示にかかったかのような呆とした表情で、ただものをいう機械のようにそう口にしていた。


 彼が持つルーンは保護(エオロー)、クリストフ・ローエングリーンの聖遺物、黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)は物理的干渉のみではなく、対魔、対時間、対偶然、ありとあらゆる防御膜を極限まで強化し、薄れないように永久展開させている。

 ならば、イリヤスフィールの暗示を全て無効化した上で、暗示にかかったかのように振舞うことなど、まさに聖餐杯にとっては造作もないこと。


 「衛宮切嗣とセイバーは、絆がなかったが故に敗れた。もし、貴方とバーサーカーもそうであれば、父上と同じ結末にしかならないでしょう」


 その言葉に、イリヤスフィールはやはりこの男は自分の出生を知っていたかと確信する。

 だが、それを責めるつもりもない、この男は所詮ただの部外者であり、立ちはだかるようならばバーサーカーに破壊させるまで。


 「私は勝つ、私とバーサーカー以上に強い絆で結ばれた主従なんてあり得ない。それを、証明して見せる」

 それこそがイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの戦う理由となる。

 絆が無かったがために敗れた衛宮切嗣の娘として、アインツベルンのマスターとして、今敵として立ちはだかるセイバーの主従を真っ向から粉砕する。


 自らの進むべき方角を見定めた雪の少女は、これまでにない強い歩みで公園を後にする。強い意思の宿ったその背中は、奇妙なことに、赤い錬鉄の英霊を思わせるものであった。



 そして―――




 「さあ、仕込みは上々、舞台は八割方整ったと見るべきでしょう。恐らくこれが聖杯戦争中盤戦の最大の山場となる。観客の皆様方もご照覧あれ、決して退けぬ意思を胸に秘めた者同士がぶつかり合う英雄の闘争、先の学校のような亡霊の駆除とはわけが違う」


 聖餐杯は笑みを浮かべながら歩きだす。その歩みは常と変わらずとも、その雰囲気は明らかにこれまでとは異なっていた。



 僅かの幕間を経て、再び戦争の幕が上がる。願わくば、此度の闘争がより凄惨で苛烈なものにならんことを。




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 あとがき

 タイトルを修正しました。今までのは暫定的だったもので… それなりの意味があるタイトルのつもりです。

 余談ですが、司狼とベイ中尉って似たような言ってること多いんですよね。

 ベイ「普通に生きて、恋して遊んで、泣いて笑って、純愛感動青春万歳……低能な劣等どもが喜びそうな飴玉だらけの箱じゃねえか」

 司狼「ツレと駄弁って馬鹿やって、女作ったり部活やったり、悪くはないけど珍しくもない、そんなの日本中の同年代が、リアルタイムで経験してる」

 ベイ「練習などしない、修行などしない、仮想敵など百万殺しても所詮は仮想。実戦こそがすべてだ――」(地の分ですが)

 司郎「最初から強い奴には、リハも稽古も必要ない。武道は弱い奴が強くなろうとする手段で、だから精神論が幅を利かすのさ。礼に始まり礼に終われって――そんな具合に。もとが弱いから、力に耐性ないんだろうな。自分を律するのが最優先で、それが出来なきゃ破綻する…哀れすぎるぜ」

 似てるんですよね、さすがジューダスの系譜。



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