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本屋さん:苦境、生き残り模索中 カギは本棚づくり

 長引く出版不況に加え、電子書籍の人気に押され気味の「まちの本屋さん」。東京ビッグサイト(東京・有明)でこのほど開催された「東京国際ブックフェア」でも、「書店の生き残り策」が熱心に議論された。ピンチをチャンスにできるのか。全国の有力書店の先進的な取り組みを紹介したい。【内藤陽】

 「うちの購買率は40%台後半です」。東京・丸の内の丸善本店の壱岐直也・前店長は胸を張った。購買率とは、来店した客のうち実際に書籍・雑誌を購入した客の割合のこと。「昔は30%、いまなら20%」といわれる中、同店は群を抜いている。JR東京駅前のビジネス街にある売り場面積約5780平方メートルの大型店。本を買うのは30~40代の会社員が中心だ。

 「あり得ない購買率」(出版関係者)を支える柱の一つが、同店の一角に昨年10月に設けられた編集工学研究所長の松岡正剛さんがプロデュースした書棚群「松丸本舗」。約220平方メートルの売り場に新刊、文庫、漫画、写真集など約5万冊をそろえた。段違いの棚に出版社やジャンル、著者・作家にとらわれず、一見無造作に本は並ぶ。自宅の本棚のように、横に倒れたままの本も演出だろう。「乱歩と久作を知らないまま、年をとってはいけません」「太宰・坂口・東京裁判~ここからもう一度民主日本を問い直す!!」。棚板には松岡さん自身が手書きした文字が躍る。

 「松岡さんの思考をらせん状に表現した」という。例えば、プラトンの「国家」と、古代ローマ人が現代日本に現れる漫画「テルマエ・ロマエ」が同じ棚に。その下段には「インド古代史」「ブッダの生涯」とともにイエスとブッダを主人公にした人気漫画「聖☆おにいさん」が横置きされていた。

 「最初この話を聞いたとき、社長から従業員への挑戦状だと思った」と話すのは丸善お茶の水店の草なぎ主税(くさなぎちから)店長。書棚づくりは書店員の仕事で、著名人とはいえ外部からの登用には抵抗はあったろう。しかし、「漫然と本を並べているだけでは、読者との接点は拡大しない。書店は常に違う切り口を用意していかなければ、と思った」という。

 京都市左京区の恵文社一乗寺店は「本のセレクトショップ」を標ぼうする個性派書店。約400平方メートルの中規模店で、新刊と古書、希少本を一緒に取り扱う。本と一緒にアクセサリーやキャンドル、コーヒーなども販売。客からは「雑貨店のよう」との声もある。

 同店でも「編集的な本棚づくり」を実践している。試行錯誤の末、本の選定・配置には店独自の基準を作り上げた。基準の一つ<純然たる情報を重視しない>によれば、料理の技術に関する実用書でも、書店側の考え方を打ち出すことで、思想やスローライフ関連の書籍と同じコーナーに置くことができるという。<モノとしてオーラがある本>では、書斎にある文学全集が知的な雰囲気を演出するように、「所有することの価値観」を提案していきたいという。堀部篤史店長は「書店は本との出合いの場である必要がある。気づきの機会を提供すべきだ」と話す。

 中部・近畿地方に展開する三洋堂書店(名古屋市)は「ブック・バラエティー・ストア」を目指し、新刊書と古本の併売に活路を見いだそうとしている。加藤和裕社長は「CD店は従来型のレコード屋から脱皮できなかった。書店も本屋である限り先はない」と指摘する。単なる書店ではなく、本を扱うことを中心にフランチャイズ展開を開始。雑貨類なども扱う「遊べる本屋」として知られる「ヴィレッジヴァンガード」や、「ブックオフ」を意識した次世代書店を模索しているという。

 ◇「顔」見える店に

 7月8日から4日間開催された東京国際ブックフェアには、過去最多の約8万7000人が訪れた。期間中開かれたセミナーでは、書店関係者らが現場の実践報告に耳を傾けた。編集者の仲俣暁生さんは「電子書籍端末の登場で、逆に書店への関心が高まり、誰でも発言できる機会が出てきた。出版業界の試行錯誤は続くが、やはりカギを握るのは読者だ」と指摘した。

 また、出版業界紙「新文化」を発行する新文化通信社の丸島基和社長によると、棚の乱れや品ぞろえのほか、従業員の接客態度や照明、においなど五感によって、客は店の良しあしを決めているという。さらに丸島さんは、大阪市の隆祥館書店の例を挙げた。「この店はわずか50平方メートルの本屋さん。しかし、店長は1時間に来店客約20人と世間話をする。その揚げ句、客は帰るときにはだいたい本を買っていく」と話した。

 「名物店員は必ずいるし、最近増えてきた」。東大名誉教授の樺山紘一・印刷博物館長はそう指摘した。出版社に名前の通った名物編集者がいるのと同様、かつて東京都内の書店には名物店員がいた。店員の固有名詞で知られる書棚があり、「○○棚」と名前を冠した棚の本が売れていた時代があったという。単に棚に本を並べるだけではなくて、客に聞かれたときに上手な受け答えができ、客が困っているときに「なにかお探しですか」と声をかけられる名物店員。「客から顔が見えることが必要だ。それで本が売れるとは限らないが、『書店は客にただ本を売るだけ』という状況は変わっていくだろう」と訴えた。

 ◇この10年で3分の1が廃業

 出版不況は10年以上続いている。出版科学研究所(東京都)の調べによると、書籍・雑誌を合わせた出版販売額(推定)のピークは、96年の2兆6563億円。翌97年の2兆6374億円から前年割れのマイナス傾向が続き、09年には2兆円を割り込んで1兆9355億円になった。また、全国の書店数を調査している出版社、アルメディア(同)によると、ピーク時の99年には2万2314店あった書店が、今年5月には1万5314店にまで減少。この10年で約3分の1が廃業に追い込まれたことになる。

 出版不況・店舗数減の理由は、バブル崩壊後の景気退潮に加え、ネットによる書籍購入者の増加やケータイやゲームを好む若者の本離れなど複合的な要因があると考えられている。

 書店数の減少とは逆に、1店舗の平均売り場面積は99年の約220平方メートルから今年5月には約330平方メートルに増えている(同社調べ)。特に駅前や商店街などにある売り場面積が約990平方メートル未満の中小書店が撤退する傾向にある半面、3300平方メートル規模の大型店が増えている。それでも前年並みの売り上げを維持するのが困難な店もあるという。

 一方、業績好調と言われるインターネットを利用した書籍販売。米大手のアマゾンは日本国内での書籍や雑誌の売り上げを一切公表していないが、業界では年間1000億~1500億円の売り上げがあるともいわれている。いまや全体の20分の1を占めている状況だ。

 年間約8万点が出版される「新刊ラッシュ」状況が店舗面積の狭い中小書店を直撃し、さらに今後、電子書籍が増え続ければ、大型書店が誇った収蔵機能にもいずれ意味がなくなる。業界内には大型化の行き詰まりを憂慮する声もある。

毎日新聞 2010年7月19日 東京朝刊

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