きっと、だいじょうぶ。

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/8 こだわりを抱えて=西野博之

 こだわりが強くて、生きにくさを抱えている人たちがいる。中村君もその一人。勇君と名前で呼ばれると怒り出す。必ず名字で呼ばなければならない。フレンドリーに差し出された握手にも応じないので、失礼なやつだと相手を怒らせてしまう。

 作業がきちんとこなせても、結局人間関係のところでつまずいてしまい、何度も職場を失った。悪意はないのに、相手に誤解を与えてしまう。

 友だちとのトラブルや先生からの叱責(しっせき)、一方的に断罪されたことばなど、つらい記憶は心に留まり、何度も思い返しては、怒り続ける。融通がきかず、変化に弱い。

 ある日、自動販売機でジュースを買った。おつりがたくさん出てきてしまい、彼はパニックになった。販売機にある番号に電話してどなりまくる。「おつりが多すぎて動けない。早く来て、正しいおつりにとり換えてくれ」と。

 そんな中村君が陶芸を始めたのは、15歳のとき。彼が作り出す動物は顔も形もユニークで人気を呼び、個展を何度も開催。数々の賞を受賞した。今年も埼玉県展に、僕の大好きなゴリラの作品で入選した。「お皿や茶わんなどの実用的なものも作ったらいいよ」などのアドバイスにも、また、かみつく。「専門外です。自分が作るのは、動物だけ」と。

 変わり者扱いされてきた中村君が「アスペルガー症候群」という自閉症スペクトラムのひとつと診断されたのは、27歳のときだった。度を越えたこだわりを抱えて生きるのは大変なことだが、臨機応変に対応できない人を理解しようとしない周囲のまなざしが、生きにくさを助長している。

 数年前の八丈島合宿は、連日の雨にたたられた。例年は強い日差しが照るのに、降り続く雨に誰もがうんざりしていた。我慢できなくなった中村君は、キャンプ場の真ん中で仁王立ちし、天に向かって叫んだのだ。「神様のバカやろう。なんで毎日雨を降らすんだ」。こぶしを振り上げ、神様の胸ぐらをつかもうとするくらいの気迫で叫んでいる。みんなの心の中は、すーっと、一瞬にして晴れ渡った。

 「雨の中で遊ぼうぜ」。誰かが叫び、ブルーシートをつなげてスライディング遊びが始まった。それからはもう、お祭り騒ぎ。パワー炸裂(さくれつ)して楽しいひと時を過ごした。気がつくと、夕暮れの空にきれいな虹がかかっていた。

 中村君と出会って、22回目の夏を迎えようとしている。来週26日から始まる八丈島キャンプ。今年はどんなドラマが待っていることだろう。(NPO法人フリースペースたまりば理事長)=次回は8月8日

毎日新聞 2010年7月18日 東京朝刊

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