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2010年 海の日記念LAS短編 浮力 ~ウキアガルチカラ~ 後編


それから僕とアスカは2人でいろいろな場所に出かけるようになった。
僕にとって嫌な場所だった芦ノ湖で遊覧船に乗ったり、ネルフのプールを貸し切りにしてもらったり……。
今まで僕はプールが嫌いで仕方無かったけど、アスカに泳ぎを教えてもらう事になった。
始めは基本のバタ足から、アスカに手を引いてもらって僕は泳ぐ事が出来た。

「シンジったら、アタシのおっぱいばかり見ていやらしい」
「だって……その、目の前にあるから……」
「シンジが泳げるようになったら、アタシのおっぱいを生で見せてもいいわよ」

そんな事を言われて、僕は気が動転してしまった。
慌てふためく僕を見て、アスカは大笑い。
僕はそれからも泳げるように一生懸命努力した。
……決して、アスカの胸を見たいわけじゃない。
なんで、僕は自分に言い訳しているんだろう。

「シンジ、見て見て! スーパージャイアントストロングエントリー!」

火山の火口付近に使徒の幼生が見つかった。
アスカの乗る弐号機が溶岩の中に潜って使徒を捕獲する事になった。

「あーあ、早く終わらせてシャワー浴びたい」

アスカは軽い調子だけど、僕は胸がざわめくのを感じていた。
そして、僕の嫌な予感は的中した。

「な、何よこれー!」
「使徒が羽化を始めたんだわ!」
「使徒捕獲作戦を中止、使徒殲滅作戦に切り替えるわよアスカ!」
「了解!」

アスカは溶岩の中で使徒と戦う事になってしまった。
使徒の外皮は相当堅いのか、プログナイフでは歯が立たないで居た。
そんな時、ミサトさんからの通信が聞こえた。

「アスカ、熱膨張よ!」
「冷却水を全て1番のパイプに回して!」
「はい、先輩!」

アスカはミサトさんの指示通り使徒の口に冷却パイプを突っ込んで使徒をプログナイフで引き裂いた!

「パターン青、消滅しました!」
「ナイス、アスカ!」

ミサトさん達の歓声が僕の耳にも届いて来た。
でも、僕の目の前でとんでもない事が起こった。
弐号機を引き上げていたパイプが音を立てて一気に引きちぎれたんだ。

「アスカ!」

僕はそう叫んで、沈んで行く弐号機を助けようと、溶岩の中に顔をつけて飛び込んで行った。
そして奇跡的に弐号機の腕をつかんで引きあげる事が出来た。
アスカを助けられてホッとした僕は、急に目まいがしてそのまま気を失った。



「目が覚めた?」

気が付くと、僕は浴衣を着たアスカにひざ枕をしてもらっていた。
ここはどこかの旅館の部屋のようだった。
僕は畳の上で寝ていた。

「アンタが溶岩の中に飛び込んだ時、凄い力のATフィールドが発生して熱を防いだらしいわ。それでアンタは精神力を使い果たして気を失ったみたい」
「そうだったんだ……」

僕がそう呟くと、アスカは突然僕の頭を両手でグリグリとし始めた。

「このバカシンジ! 2人とも溶岩の底に沈んじゃうところだったのよ!」
「ごめん、体が勝手に動いちゃって……」
「ううん、謝る事無いわ。……アタシ、自分の体が沈んで行くのを感じて、死んじゃうのかと思った。でも、急に体が浮き上がるのを感じて……シンジが腕をつかみ上げてくれたのが分かって……嬉しかった」

アスカの声が涙混じりになるのを聞いて、僕は起き上がってアスカの顔を見つめた。
目を潤ませて僕を見上げるアスカの顔はとても可愛かったんだ。

「お礼にアタシのおっぱいを見せてあげるね。温泉で温まったから大きくなったと思うんだ……」

そう言ってアスカは浴衣を脱ごうとする。
僕は唾を飲んでのどを鳴らしてアスカを見つめていた。

「なんてね、嘘よ」

アスカはしっかりとノースリーブの洋服を着ていた。
僕はホッとしたような、がっかりしたような気持ちになってため息をついた。

「アハハ、本気にした? 残念賞を上げるから元気出しなさいよ」

そう言うとアスカは僕に顔を近づけて、軽くほっぺたにキスをした。
……アスカが、僕にキス?
こんなかわいい子にキスをしてもらえるなんて!
この時僕の心は空へと舞い上がるような、そんな気持ちになった。

「シンジったら、浮かれすぎよ」

僕はよっぽどだらしのない顔をしていたんだろう、アスカにそう言われてしまった。
次の日から僕は学校でも前を向いて、クラスのみんなにも元気にあいさつをするようになった。
今まで僕は下ばかり向いて自分の人生をつまらないものだと思い込んでいたんだ。



それから僕はアスカと協力して次々と使徒を倒して行った。
そして、白黒の縞模様の球体が空に浮かんでいるような姿の使徒がやって来た。
この時の僕は自信に充ちあふれていた。
間違いの元はそれだったのかもしれない。

「僕が突撃して反応を見ます!」

すっかりナイト気取りになった僕は、アスカに危険な目に遭わせたくないと言う気持ちが強くなっていた。

「ちょっとシンジ君? アスカの弐号機が追いつくのを待ちなさい!」

僕はミサトさんの命令を無視して使徒に向かって突き進んだ。
すると、足元が沈み込んで行く感じがした。
空に浮かんでいる球体の影だと思ったのは、真っ暗な底なし沼のようなものだったんだ。

「シンジ!」

アスカの乗る弐号機が全力で僕の所に近づいて来る!
でも、黒い影はすでに僕の足元の周りの広い範囲に広がっていた。
とでも引きあげられる距離じゃない。

「来ないで、アスカまで巻き込まれる!」
「でも……」

そう言っている間に初号機の機体はどんどん沈んで行く。

「シンジ、行かないで! ママのようにアタシを置いて行かないで! アタシを一人にしないで!」

最後にアスカの叫び声を聞いた気がした。
そして、僕の視界は黒く染まって行った……。

「……ねえ君、起きなよ」

気が付くと、僕は電車のような場所に居た。
座席に座っている僕の前に僕そっくりの人影が立って僕を見下ろしていた。

「君は誰?」
「君は僕さ、もう一人の碇シンジ」

僕は夢でも見ているような気分になった。

「人は何人もの人格を持っているんだよ、そのうちの一人が僕さ」

多重人格と言う話は聞いた事がある。
でも他の人格と話したなんて聞いた事が無い。

「僕は君の本当の気持ちを知っているんだよ」

僕の目の前に居るもう一人の僕はとても暗くて冷たい目をしていた。

「世の中に僕の居場所なんて無い、生きていても辛いだけ。交通事故なんかに巻き込まれて死んでしまっても構わないと思っている」
「違う、僕はもうそんな事を思っていない!」
「それは君が辛いことから目を反らして、幸せな事を数珠のように紡いで生きているからだよ」
「生きていれば嫌なこともあるよ。……でも生きててよかったって思う時もきっとあるって信じているんだ」

僕がキッパリとそう言い返すと、目の前に居たもう一人の僕の目が赤く光り出した。

「僕を受け入れたら楽に死ねたのにね。残念だよ」

騙されるところだった。
こいつはもう一人の僕なんかじゃない!
得体のしれない怪物だ!
赤い目をした僕そっくりの人影は僕を床に押し倒すとのしかかって僕の首を絞めて来た!

「死にたくない……!」

僕はかすれた声でそう呟くと、突然僕の首を絞める腕の力が緩んだ。
起き上がった僕は思いっきり咳き込んだ。

「きもちわるい……」

気が付くと、僕はエントリープラグの中に居た。
まるで霧が晴れたかのように幻の風景が消えていた。
そして、エヴァが何かを握りつぶしているのが分かった。
……多分、使徒のコアだ。
僕は今までの使徒戦の経験からそう確信した。
でも、使徒を倒したのにこの真っ黒な世界は消えていなかった。
LCLが濁って来ていて息苦しい。
生命維持装置が危険域を指して、アラームを発していた。

「このまま、おぼれるみたいに死んじゃうのかな……」

僕はそう呟いて、絶対に嫌だと思った。
生きて帰って、またアスカに会いたい。
アスカも、一人は嫌だって泣いていた。
僕は浮きあがろうと必死に泳いだ。
アスカに習い始めたばかりだけど、一生懸命思い出した。
でも、僕はそのうち力が尽きて行くのが分かった。

「アスカ、もう疲れたよ……」

そう言って僕が諦めかけた時、僕は誰かに抱きしめられているのを感じた。
エヴァの中から出て来た誰か。
僕の目にはシルエットのようなものしか見えなかったけど、僕には母さんだと分かった。



……そして思い出した。
小さい頃の僕の目の前でLCLに溶けて消えてしまったのは母さんだって。



母さんが動かしているエヴァはどんどんと水面に向かって浮上していくのが分かる。
よかった、母さんまでカナヅチじゃなくて。

「ありがとう、母さん」

地上に戻ってまた気を失ってしまっていた僕は、アスカに抱きつかれているのが分かった。

「アスカ……?」
「シンジ……!」

アスカは泣き笑いのような顔で、さらに僕にきつく抱きついて、ほおを押し付けて来た。
ほっぺたと胸のあたりに柔らかくてくすぐったい感触。
抱きしめられるってこんなに気持ち良い事だったんだ……。
僕はしばらくアスカに抱きしめられるままで居た。

「アスカ、嬉しいのはわかるけど中学生に許されるのはキスまでだからね」

ミサトさんにそう言われたアスカは真っ赤な顔をして僕から体を離した。
抱きしめられて気持ちよかったのに、残念。

「シンちゃんも、アスカに手を出しちゃダメよ」
「はい、でももう一度アスカを抱きしめちゃダメですか?」
「いいけど、胸に顔をうずめたりしちゃうのはまだ早いわよ」
「そんなことしません!」

僕はニヤケ顔のミサトさんにそう言って、アスカを手招きして正面から抱き寄せた。
今度は抱きしめられるんじゃなくて、僕の方から抱きしめる側だった。
おそるおそるアスカの腰に手を回すと、アスカは嫌がらずに受けていてくれてホッとした。

「ねえシンジ、キスしたいの……」

ミサトさんの家に戻って二人きりになった僕にアスカはそう言って来た。

「アスカ、どうしたの突然?」
「シンジはアタシとするのは嫌なの?」
「そうじゃないけど……慌てている感じがしてさ」
「そうね、ムードってものも必要よね」

僕はアスカが何かに追われいるかのようにキスをしようと言いだしたのが気になっていた。
まるで、別れの時が迫っているみたいだった。
そんなのは僕は嫌だった。
これからもずっとアスカと居るんだから。

「じゃあ、使徒を全て倒し終わったらキスしようか?」

僕の提案にアスカは頷いてくれた。

「アタシ、最後の使徒を倒したその日にシンジとキスするんだ……」

アスカは顔を赤らめて自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。
僕はなぜキスを先延ばしにしてしまったのかと、ちょっと後悔していた。
でも、やっぱりムードって言うものも大切だし……。
幸せいっぱいだと思っている自分の心の隅に、黒いもやがかかっているような気がした。

「ミサトさん、もしかして初号機の中には母さんが居るんですか?」

僕がミサトさんにそう尋ねると、ミサトさんは驚いた顔をした。

「何でシンジ君がその事を……!」

ミサトさんの顔色は真っ青になった。

「僕は思い出したんです、小さい頃の記憶を。……僕は見ていたんです、実験で母さんがLCLに溶けてしまう瞬間を」
「……ごめんね、シンジ君」
「何でミサトさんが謝るんですか?」
「シンジ君とアスカのお母さんが居なくなる原因を作ったのは、私の父だから……」

ミサトさんは僕にミサトさんのお父さんが提唱した"E計画"と言うものを話し出した。
専門的な事を話されても僕にはよく分からなかった。
僕が印象に残ったのはアスカのお母さんが魂だけ弐号機に捕らわれてしまって、アスカのお母さんは気がふれたようになってしまったと言う話だった。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

僕の目の前で泣きじゃくるミサトさんは、突然発生したクレバスに落ちてしまったかのようだった。
前に僕はミサトさんに助けられた、今度は僕がミサトさんを助ける番だ。

「ミサトさんは悪くないですよ」

僕はミサトさんに元気を取り戻してもらえるように笑顔で話しかけた……。



ミサトさんの話によると、アスカは弐号機に自分のお母さんの魂が宿っていると言う事に気が付いていないようだった。
僕はアスカは一人じゃない、お母さんが見守っていると言う事を教えてあげたかった。
でもそれはアスカに昔の辛い思い出を思い出させる事になってしまう。
僕とミサトさんはアスカにいつか伝えるべきだとは思ったけど、どのように打ち明けたらいいか悩んでいた。
そんな日々を送りながら何体か使徒を倒した後、鳥のような使徒が襲来した。
今度は『ヤシマ作戦』とは逆に、アスカが射手で僕が防御を担当する事になった。
前に倒した使徒のようにレーザーで攻撃してくるものとばかり僕達は思っていた。
でも、そうじゃなかったんだ。
使徒の放ったレーザー光線は大きく曲がりくねって僕の初号機を飛び越えて、後ろにいるアスカの弐号機に突き刺さった。

「きゃああああ!」
「弐号機パイロットの精神グラフが大きく乱れています!」

アスカの悲鳴と発令所のみんなが慌てている様子が聞こえてくる。
僕は使徒の光線を受け止めようと使徒と弐号機の間に割って入るけど、光線は蛇のように曲がりくねって僕を交わして通り過ぎる。

「ママ、行かないで! アタシを置いて行かないで!」

混乱している様子のアスカの悲鳴を聞いて、僕はショックを受けた。
この前僕が戦った使徒みたいに、人の心に攻撃するタイプなのか!

「アスカ、落ち着いて!」

いくら呼びかけてもアスカに僕の声は届いていない。

「フフフ、アハハハハ……」

アスカの様子がだんだんおかしくなって来た。
僕は早く使徒を倒さないといけないと思って焦っていた。

「シンジ君、まだポジトロンライフルのエネルギーは貯まっていないわ、あと10秒待ちなさい!」

僕はそんなミサトさんの言葉を全然聞いていなかった。
持っていた盾を投げ出して、弐号機の代わりにライフルの引き金を絞る。
エネルギー不十分で発射されたこちらの攻撃は、使徒のATフィールドに阻まれてしまった。

「だめです、効いていません!」
「うわあああ!」

僕はヤケになって何回も引き金を引いてしまった。

「シンジ君が落ち着かなくてどうするの!」

ミサトさんの制止を振り切ってさらに何回も引き金を引いたけど、こちらのライフルからは何も出なかった。

「はあ、はあ……」

辺りが静かになって、僕はやっと自分が何をしたのか気がついた。

「ミサトさん、アスカは?」
「……笑いが止まってから何の反応も無いの」
「そんな!」

弐号機の映像確認すると、アスカはぐったりとした様子でうなだれていた。

「ライフル、エネルギー再充填開始!」
「発射準備完了まで後30秒!」

それからの30秒は僕にとってとても長くきついものに感じられた。

「撃って、シンジ君!」

ミサトさんの号令と共に僕はライフルの引き金を絞ると、フルパワーのレーザーが使徒に向かって飛んでいく。
それは前と同じようにATフィールドごと使徒のコアを貫いて、使徒は殲滅された。
使徒から弐号機に向かって発せされていた光線も止む。



使徒との戦いが終わった後、アスカは303号室に運び込まれた。
アスカの体には全く怪我は無かった。
それでもアスカは眠ったままだった。
アスカの目は開いている、でもその青い目は何も見ていない。
アスカの心は、暗い海の底に沈んだまま、浮き上がって来ないんだ。
完全な精神崩壊を起こしていると、ネルフのお医者さん達はサジを投げた。
最後の使徒を倒したから、問題は無いと言っていたけど……。
僕はアスカを助ける事を諦めることなんてできなかった。
今度は僕がアスカの手を引いてあげるよ。
だって、僕は一人で泳げるようになったんだから。
僕はアスカの手を思いっきり握りしめた。
それでも、アスカからの反応は無かった。

「どうしたら、アスカの目を覚ます事が出来るんだろう」

僕は必死にその方法を考えた。
アスカは、きっとおぼれてしまっている状態なんだ……。
そんな相手に対してする事と言えば……!
僕は寝ているアスカの口に向かって思いっきりキスをした。



……そして、アスカの青い瞳が動いて、僕の事を見つめた。



「約束、叶える事が出来たのね」
「うん」

僕はアスカの言葉に短くそう返事をして、アスカを抱き上げた。
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