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乳児
開業医 産婦人科
事案
平成15年、Aちゃんは、開業産婦人科医Bにて、帝王切開のうえ出生、順調に生育していました。
平成15年(生後28日目)22時頃、Aちゃんに嘔吐、手の痙攣、ものもらいのような右目の腫れが起こり、泣き続けたため、Aちゃんの父がB医院へ電話をしたところ、電話に出た看護婦から「赤ちゃんでは当たり前。様子を見て」との指示を受けました。
しかし、その後も症状に変化がなかったため、父が再度B医院に電話をかけたところ、先ほどと同じ看護婦から「今の時間は看護婦しかおらず、医師が対応できないので、明朝一番で来て下さい」との指示を受けました。
このため、翌朝9時30分頃、Aちゃんのご両親が、AちゃんをつれてB医院を受診したところ、医師から「僕じゃ、今わからないから。(市立病院へ)紹介状書くから、すぐ行って診てもらって」と指示を受けました。
Aちゃんをつれたご両親は、自家用車で、11時頃、市立総合病院へ向かいました。1時間程度待たされた後、診察を受けたところ、Aちゃんは「新生児ビタミンK欠乏症による急性硬膜下血腫」との診断を受け、即時入院。午後には緊急開頭血腫除去手術を受けましたが、翌日20時頃、全脳梗塞状態に陥りました。
以来、Aちゃんは、入退院を繰り返し治療、リハビリに専念してきましたが、平成16年に死亡しました。
問題点
1.Aちゃんに重篤な症状が発現した当日に、かかりつけ医であるBが適切な対処(診察もしくは、救急外来受診の指示)を行わず、なおかつ、一見して重篤な症状があった翌日の時点においても、直ちに救急車を手配するなどして適切な医療機関で治療させる義務(これを転送義務といいます。平成15年11月11日最高裁判決で認められ、最近の医療過誤事件でよく問題とされます)に違反したこと。
2.本件のような新生児ビタミンK欠乏症による脳内出血(これを新生児メレナといいます)は、全国的には、昭和60年代の厚生省が行った調査研究により、ビタミンKシロップの全例投与(つまり、生まれてきた赤ちゃん全員に2〜3回ビタミンKシロップを与える)により、ほぼ消滅したとされている病気です。
しかし、静岡県においては、この厚生省の調査研究の一環として、行われたスクリーニング検査を経て、基準値以下の赤ちゃんにだけビタミンKシロップを投与するという方法を、恐らくは昭和60年ころ、「静岡県突発性幼児ビタミンK欠乏性出血症対策委員会、静岡県医師会、日本母性保護医協会静岡県支部、日本小児科学会静岡地方会、静岡県衛生部」合同の指針として定めたため、未だに全例投与をしていない産科医がいるらしく、本件もその一例です。
ちなみに、現在ではビタミンKシロップ投与の安全性は確立されており、全例投与の方が、発症率も少ない(スクリーニング検査は、そもそもその信頼性に疑問が投げかけられています)ため、県内でも当職らが調査した総合病院は全例投与しています。
和解条項
1.Bは、Aちゃんのご両親に対し、本件医療行為につき、和解金として 金4,000万円の支払義務があることを認める
2.Bは、Aちゃんのご両親に対し、本件医療行為について、深く謝罪する。
和解金額及び正面から謝罪する条項があることから、実質的勝訴ととらえています。
なお、B代理人弁護士によれば、本件和解金は、主に[問題点]1の点をとらえて過失を認めているとのことですが、ビタミンKシロップのスクリーニング検査後投与をしているのは、恐らく全国では静岡県だけであり、新しい知識がある産科医らは、開業医でも全例投与しています。
しかし、この極めて古い指針が正式には改められていないため、全国的水準とは離れた医療行為が、他の施設でも今後も続けられる可能性があり、これにより、全国的にはほぼ消滅している新生児メレナの発症が続く可能性もあります。
このため、Aちゃんのご両親は、平成18年7月31日、静岡県ならびに静岡県医師会に対し、指針の改訂を正式に申し入れました。これに対し、静岡県、静岡県医師会からは、真摯に検討するとの回答を得ています。