「東洲斎写楽はもういない」と思うのですけど
杉浦日向子さんに影響をうけて、江戸物をいろいろ読んだ時期があります。特に90年代半ばは、出向で電車通勤をしていたこともあり、通勤の道すがら、かなり文庫本を読みあさりました。
その中でも印象の強い一冊が、この「東洲斎写楽はもういない」(明石散人+佐々木幹雄著、講談社文庫刊)でした。入手した詳しい次期は例によって覚えていませんが、「1993年9月15日第一刷発行」の初版です。出向の時期を考え合わせると94~95年の入手ですから発刊から1年くらいは売れ残っていた計算なので、そういう売れ行きだったのかなと想像はつきます。今回ググって見たのですが、
2000件程度のヒット数で、なんてことのない注目度ですねえ。
にもかかわらず、あえて採り上げたくなるだけのパワーを持った本だと思っています。要は、ものの考え方というか、「検証」とはなんなのか、それでもなぜ人は信じないのかという、けっこう深いことを考えさせられる本だと思うからです。
ネス湖にネッシーという恐竜が棲んでいるという話は、何年か前に、自分が最初にネッシーの写真を撮ったといった人が、あれは贋物だったと告白しました。にもかかわらず、いまだにネッシーはいると信じている人たちが多数いるのだそうです。
同じように、妖精の写真と言われたものも、同様の告白があったにもかかわらず、いまだに合成写真とは認められないと考えている人たちがいるそうです。
ミステリーサークルも、もうご存知ですよね。これも同様に、製作者本人がどう言おうとかたくなに、人間には作れないものもあると考える研究者がいます。
この本は、「なぞの浮世絵師」といわれる「東洲斎写楽」の正体を推理・考察する、いわゆる「写楽本」的な本であるといえます(著者ご本人は、そういわれたくないとお考えですが)。
残念ながら写楽本人が、実はわたしはどこのだれそれだと声を大にして告白した記録はないそうですので(むしろ、正体をかくしていたらしいと書かれています)、その点はネッシーなどとはちがって、推理までで終わらざるをえないことになります。
ところがこの本の面白いところは、「素性の確かな他の浮世絵師と同程度に実在の証拠が確認できれば、その人物だと確定できるはずだ」という、言われてみれば当然な考え方にたって、写楽の正体を確定しようとした点です。
要は、「浮世絵類考」という、浮世絵師の紳士録のようなものがあって、当時の浮世絵師はそれぞれみんな、「いつ頃どこに住んでいただれそれ」という、その本に書かれていた情報が疑われず、正しいと信じられているのに、写楽だけがそこに書かれた人物の実在が確認できないという理由で、浮世絵類考の情報はうそだ、他に正体があるはずだと決め付けられて延々と
「正体さがし」が行われてきているわけです。
作者は、浮世絵類考に書かれた「正体」の人物の実在が確認されれば、他の浮世絵師と同様に、正体は確定されるはずだと考えます。だって、ほかの浮世絵師はそれで何の疑いももたれていないわけですし、そもそも「実在が確認できないから」他人ではないかと考え始めたわけで、「実在が確認できさえすれば」その人が本人で間違いないといえるはずですよね。
共著の明石散人氏は、恐ろしいほど頭脳明晰かつ博学な方で、前述の考えにもとづき、独自の方法でとうとう浮世絵類考に写楽の正体であると書かれた人物の実在を証明してし まったのです。その証明の仕方は、十分に信頼のおける調査と資料にもとづいていると思えます。したがって、本来でしたら、これで写楽問題は終了するはずだといえそうです。
ところが終わらないんですねぇ。写楽の正体さがしは。
これは「論文」ではありませんが、推理小説仕立ての展開がかえってまわりくどかったり、やたらと専門的な解説文や調査結果がちりばめられていて、全体を理解するのには数回読み返すくらいの根気が必要なところは浮世絵素人にはつらいところです。
しかし、先ほど述べた非常にシンプルな理由で写楽の正体が特定出来たことさえ理解し同意できれば、それがゴールのはずなのですが・・・
やっぱりネッシーと同じで、いったんついたイナーシャは簡単には収まらないのが現実のようです。この本のあとも、写楽さがしはあい変らず続いているようです。もはや写楽さがしの旅の途中にいる人たちには、旅の目的よりも、旅をすること自体が目的になっているのかもしれません。
自分の身のまわりにも、こういう思いこみってけっこうありませんか?他人が何をいっても、信じられなくなってることって・・・
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