チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[14869] 【習作】BALDRSKY For NEXT【オリ主】
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2009/12/17 17:03
注1:オリ主人公です
注2:作者はハッピーエンド至上主義です




 世界は、人間が知覚し想像しているよりもずっと複雑で、単純だ。


 ここに、サイコロがあったとしよう。

 人間の理屈では、サイコロを振って出る目は、完全にランダムであり、法則性はない。

 だが、本当にそうだろうか?

 世界によって、実は数字があらかじめ決められている、という事はないのだろうか?

 ランダムだと思っていたものが、世界をもし繰り返してみたらすべて同じだった、という事はないのだろうか?

 それは、人間に理解できる理ではない。

 シュレディンガーの猫。白と黒の混在する世界。

 それすらも、予定調和のうちであったとしたら。




 難しい事は、”俺”にはわからない。

 だけど。

 人の意思が、今止ろうとしているサイコロを、ほんのちょっと押すことができれば。

 そうすれば、本当の意思で世界は、未来はきっと、変えられるのかもしれない。








[14869] BALDRSKY For NEXT 過去編 第一話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2010/01/25 16:20
 第一章 ランダム・ルーレット


 砕け散る金属の悲鳴。視界を焼く、荷電粒子の閃光。

 闘争と殺戮が、戦場というキャンバスに塗り拡げられる。

 だが、そこに敵意をあおる硝煙の匂いも、鼻を突く血臭も存在しない。

 なぜなら、その戦いは幽世の出来ごと。



 電脳世界で、俺は戦っていた。



 脳内にアラートが鳴り響き、熱の放出が完了した事が告げられる。

 その自分で設定したとはいえ脳みそに響く異音に一瞬戦場を離れていた意識が引き戻されるのを自覚しながら、俺は大きく体をひねった。

 筋肉の代わりにモーターが唸り、シリンダーが軋み、ギアが火花を上げてかみ合うのを感じる。

 仮想の体……電脳空間の兵器とかした己の体が立てるそれらは違和感であるはずなのに、不思議と馴染み深い感覚。

 シュミクラム。俺の、もうひとつの体。

 その思いに違わず、鋼鉄の体は己が意思どおりに滑らかに動き、はたしてそれは間に合った。

 俺の肩でもあるシュミクラムの肩に装備されたシャッターシールド。それが眼前でかみ合わされると同時に、骨まで響くような重い衝撃が全身を襲った。それはあくまで仮想の感覚であるが、しかし存在そのものが今や仮想である俺にとっては、本当に骨が軋み悲鳴を上げているのと変わらない。例えそれが金属のフレームであったとしても。

「くそっ!」

 衝撃を踵を踏ん張って相殺し、シールド解除と同時に牽制のつもりでシールドに搭載されているバルカンを放つ。

 そしてそれは、牽制のつもりが突撃してきた一体の白い無骨な鉄塊に真正面から吸い込まれて、見事にそれを反対側にひっくり返した。早い話がカウンターが入った。そしてそれはそのまま動かなくなる。

「ああもう、よええのに数だけはっ!!」

 いい加減に厭になって叫ぶ。

 正直、俺は全然シュミクラムユーザーとしては強くない。正直雑魚のレベルだ。一応シュミクラムへの搭乗時間は相当なレベルであるのは間違いないのだが、それが実力と比例するとは限らない。その前に、実戦そのものが数えるほど……はっきりいって1,2回しかないのだ。何故なら、シュミクラム自体は俺の誕生日に親父が作ってくれた特注品だから慣れ親しんでいるのは当たり前で、しかしその仕様がフザケテイルというか構造的矛盾が多くて戦う気がせず、最大の理由として痛いのが厭だったからだ。シュミクラムであっても足の小指を強打すると痛いのだ。

 しかもそんな俺にフルボッコされている訳だから、今戦っている相手の実力なんていうまでもなく。普通なら問題ない話だ。

 そう、普通なら。

 しかし、数が多かった。おまけにそいつらは普通じゃなかった。

「暁の虎だかなんだか知らないが、もう一回いうぞ、てめえら! 公共スペースで人を襲撃するとかどういう考えだ!?」

「黙れ! AI主義者<エイリアニスト>め!」

 叫びに帰ってきたのは、理不尽な罵倒の声。ついで飛んできた拳が肩部に固定された装甲を穿った。威力は低く装甲はへしゃげもしなかったが、しかし一応重量級に分類されるシュミクラムからの力任せの殴打に体勢が崩れる。

「くっ、そぉ!」

 吹き飛ばされて後退しながら、バルカンを連射。しかし流石に今度は一撃とはいかず、装甲に大半がカンカンと弾かれる。……しょぼいなあ。

「AI主義者だのなんだのって、お前らだって電脳にはいってるじゃねえか!そもそもここは公共スペース、第二世代じゃないヤツだっているんだぞ!? いくらリミッターありだからって場所を考えろ!!」

「汚れを払う為に汚れる事を恐れる我らではない! そして、AIに依存しすぎる者達は社会にとって間違いなく有害である! 気にする必要など、ない!」

 手前味噌な理屈と共にふりかぶられる拳。再び装甲と装甲が打ち合い、火花を散らす。

 その状況で、俺はレーダーに目を走らせた。

「(残りの数は、4機。そして俺が今まで倒したのも二機。だが、あんまし時間をかけるとのしたヤツが起き上がってくるかもしれないし、かといってこのクソシュミクラムに決戦火力を期待するのも無理!)」

 ならば、と素早く逃走ルートを模索する。が、無理だ。アンカーにジャミングがすでに展開されている上に、この機体の平凡な機動力では逃げ切れるかどうか。何が「戦いは倒されなければ負けない。ならば、倒れない機体こそが最強!いよ、俺天才!」だちくしょー。いやまあ、普通にくらしてればんな目にはあわないか。いや、俺は普通にくらしてたぞ、畜生リトライ。

 その時だった。

 エリアにノイズと紫電が走り、二対のシュミクラムがその姿を現したのだ。

 一機は黄色い、全身を装甲でがっちりと固め、各部に武装保持用のハードポイントを有したシュミクラム。もう一機は、全身真っ白でスマートなラインで、やはり肩に武装展開用のマルチプラットフォームを備えたシュミクラム。どちらにも共通する部分や、全体的に丸いデザインが見て取れる。おそらくは兄弟機なのだろう。って、あれ、俺、こいつらにちょっと見覚えがあるような、ないような。

 まさか助けにきてくれたのか。そう思って見守る俺の前で、シュミクラム達は確認するようにお互いをみやって

「「……え?」」

 なんてトボケタ声をもらしやがった。

 即座に、二人に向かってダッシュし、装甲を展開。二人の背後から銃撃してきた連中の攻撃を、体で受け止める。……いてえ。

「え? え?」

「ぼさっとするな! こっちは交戦してるのがわからなかったのか!? ……いや、わかるわけもないか、こんだけジャミングまいてれば、なあ……。まあ、攻撃してくるこいつらもありえないがな、確認ぐらいとれよ畜生が!」

 シールドを解除し、即座に放熱。その場に踏ん張ったまま、バルカンを乱射。馬鹿どもの足を止める。

「いいから、とっとと逃げろ! こっちは通り魔連中の相手に忙しいんだ!!」



「ほほぅ。通り魔とは、おだやかではないね」



 すんだ声だった。年は、俺の親父よりは若いだろう。

 気がついたときには、すでに敵の一機が唐突に倒れ伏した後だった。そして、その背後にたつ、緑色のどこか和風なシュミクラム。

「全く、これだけ強度なジャミングがかけてあるとはいえ、少しはダイブ先に何が起きているかぐらいは注意したまえ、二人とも」

「「す、すいません……」」

 しゅん、と項垂れる二人。どうやらあの翠のシュミクラムは、この二人の先生か師匠ってとこか。しかも今の一撃を見る限り、相当な凄腕だ。へっぽこの俺にどこまでの実力かはかる事はできないが、少なくとも俺が相手したら三秒も立たないうちに卸されるだろう、三枚に。……うぅ。

「ところで、何が起きてるのか説明してくれないか? そこの灰色のシュミクラム君。あ、そうそう。私は久利原直樹。星修学園で臨時講師をやっているものさ」

「あ、俺は多木三四郎っていいます。○○○高校の苦学生っすよ。何がおきてるかどうも、こっちは教えてほしいぐらいで。ただ単にフリースペースで慣熟訓練やってたら襲われたんですよ。って星修学園!?」

 他の敵を斬機刀で牽制するシュミクラム……久利原さんに、軽く事情を伝える。って、この人、あの学園の先生なのか。

 星修学園。世界中から第二世代の集まる、AIの申し子達が集う学園。第二世代の憧れの学び舎。それは俺にとっても、例外ではない。ま、俺の場合お金がなさすぎて入れなかったんだけどね。

「何を我らを放っておいてくちゃくちゃと! 我らは、東亜細亜反人口知性・人類救済戦線『暁の……」

「ああー! 思い出した! お前ら、この間の!! 」

「おお! 久利原先生にフルボッコにされてた奴らか!」

 思い出したように手をたたく後ろの二人。……知り合い、なのか?

「迷惑をかけてしまったようだね。この反AI主義者の集団とは、つい先日一悶着を起していてね。まさか、その腹いせに一般の人間を襲うとは思っていなかった……」

「無関係ではないわ!」

 突然、敵のリーダーらしき男がぐわっと叫んだ!

「何か変だと思っていたら、貴様本当に気がついていなかったのか!? 我らは初対面ではない!先日、我々がそこの科学者を追跡しようと放った追跡信号を、唐突に表れて代わりに受けてまた消えたのは貴様の方であろう!?」 

 え?

「え?」

「は?」

「……ほぅ」

 ……。

 ………。

 …………。

「ああああああああああああああああああああ!! それってあれか! そうだそうだ! 俺が練習先探してランダムアポート繰り返してた時、そういえばあんたらみたいなのがやりあってるとこにでたよーな気が!」

 そこまで叫んで、はっとしてあわててセルフチェック。自己審査には問題がない。となると。

 俺は手でガンガン、と肩のシールドを叩いてみる。ついでになでさする。すると……あった。確かに、装甲にめこっと埋め込まれた、発信器のようなものが。うん。もう何度めになるかも分からないが……このへっぽこシュミクラムゥゥウウウ!? セルフメンテナンスすらまともにできんのか!?

「あー。確かに、あの時なんかちくっとしたような、ないような……」

「気が付いてなかったのか、あんた!?」

「マジかよ……おいおい」

「ふむ。その徹底的な重装甲と、おそらくは安全のために同調率を下げているのだろうな、その機体は。その二つの要因のせいで、気がつかなかったという訳か。しかしなんだ、そのぐらい自己診断でわかるだろう?」

「あー、いえ。こいつ、父さんの自作で……そこらへんのシステムがいー加減極まりなくて……」

「……そ、そうか」

 ちょっととまどったように頷く久利原さん。何か思うところがあるのだろうか。

 が、当然そんな呑気なやりとりに、取り巻きのみなさんが黙っている訳はなかった。

「貴様らぁああ!!ふざけているのかぁ!?」

 激昂する反AIのみなさん。そりゃあそうだ、彼らは真面目に戦っているのに、その最中に当事者共が呑気に会話など始めてしまったのだから。俺でも多分腹が立つ。

 まあ、それはおいといて。

「やりますか」

「そうだな。一人当たり一機の計算か。気をつけなさい」

「おっけー!」

「まかせてください!」

 そして、ブーストダッシュで散る三人と、がしょがしょ歩く俺。流石に歩行ほどではないが、ひいき目にいっても早歩きである。……ついてないんだ、ブースト……。

「……いいなあ、新型……」







 ちなみに、相手を倒すのも俺が一番遅かったのはいうまでもない。





「さて、これでおしまいか?」

「お、おのれ……」

 久利原さんが、山積みにされたシュミクラムの一番上に積まれた、まだ意識のある機体に問いかける。相手は怒りの籠った声で答えるが、流石にもう動けないらしく、ぷるぷる手を震えながら持ち上げるのが精いっぱいのようだった。あ、落ちた。

「お、覚えていろ……」

 捨て台詞もそこそこに、次々ログアウトしていくシュミクラム。まあ、あれだけふるぼっこにしたし、無限に広いネットの海。発信器の反応でもなければ、もう巻き込まれただけの一般人を襲う余裕もあちらにはないだろう。……ないよね?

「さて。邪魔者も消えたところで、改めて。……迷惑をかけてしまったようだね、多木三四郎君」

「三四郎でいいですよ。えっと、久利原教授?」

「久利原でも先生でもかまわんよ。で、こちらが私がシュミクラムについて教えている、門倉甲君と須藤雅君だ。とても優秀な教え子だよ」

「門倉甲です。よろしく」

「須藤雅だ。別に優秀って訳じゃないんだがな」

 にこやかに語りかけてくる二人。ウィンドウごしに見る限りだと、門倉甲も須藤雅も、今時珍しいくらいお人よしそうな、爽やかな男子だった。なんだろう、この二人とは俺、仲良くやっていけそうな気がする。

「あらためて、だ。俺は多木三四郎。ま、一般の高校に通ってる第二世代ってとこさ」

「そっか。でもならなんであんた、星修のエリアにいたんだ?」

 門倉甲の疑問に、俺は肩をすくめながら口を開く。なんていうか、貧乏くさい話ではあるが、

「星修にはちょっと憧れがあってね。ときどき遊びに来てたのさ。もっともこの間サーチャーを撃ち込まれるハメになった時のは、自作のランダムアポートプログラムを試してた、ってのもあって本当に偶然さ」

 口にしてみて、俺はふと、多少の違和感を感じた。

 おかしいな。まるであの時、俺がアポートであの場に立っていたことが、ひどく違和感をもって感じられる。まるで、いるべきではない場所にたってしまったような居心地の悪さ。別にそんな事はないはずなのに。完全ランダムだから、そんな偶然があってもいいのに、どこか感情が摩擦を訴えている。

 どうしたんだろう、突然。

「そっか。なら、すげえ偶然もあったもんだな」

「そーだな。これってきっといい縁ってやつだ。なあ、多木?」

「だーから、三四郎でいいって。確かに、偶然で終わらすには惜しいよな」

「だろ?」

 お互いに笑いあって、こつん、と鋼鉄の拳をぶつけ合わせる。そこではっと我に返った俺は、振り返った先でにこにことこちらを見つめている久利原さんに気がついた。やべ、無視しちゃってた。

「? ああ、気にしないでくれたまえ。学生同士の友情とはいいものだ、うん。シュミクラムに国境はない! うんうん」

「ははは……」

 にこにこと嬉しそうな久利原さん。教授っていっても、相当にシュミクラムが好きなんだなあ、この人。

「そうだ、久利原先生。もしよかったら、シュミクラムの操作、俺にも教えてくれませんか? 独学だと限界があるでしょうし、親父の機体なんか作りが独特で……ちょっと専門の人に教えてほしかったんです」

 これは本当だ。何せ、シュミクラム搭乗資格を得てから休憩時間とか自由時間はずっと乗り続けているんだが、いまだに使いこなせた気がしない。なんか、間接が一個どころか三個ぐらい多いようなぎこちない動きしかできないのだ。……歩行訓練で障害物にぶつかりまくったので、痛いの回避の為に動作シンクロ率は急上昇したんだが。

「え? 別にかまわないが……うむ。ではまず、君の実力を見せてもらおうか」

「模擬戦ですか。いいですよ」

「先生っ! 俺がいきますっ」

「いやいや、ここは俺が……」

「……おほん。まあ、まずは場所をかえようか」

「あ」

 困ったように苦笑する先生。俺達三人は、銃弾と衝撃で荒れ果てた共有スペースを一度見やって、申し合わせたかのように苦笑した。






<領域離脱>










[14869] BALDRSKY For NEXT 現代編 第一話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2009/12/19 23:11
 第二章 ビギンズメモリー



 夢を見ていた。

 懐かしい夢だった……気がする。

「……甲達とであった頃か」

 ずきんとする頭痛に頭を押さえながら、ゆっくりとベッドから身を起こす。

 アイツラの夢を見たのは、ずいぶんと久しぶりだ。一度穴あきチーズになっちまった俺の脳みそが復調している証拠なのか、それともその逆なのか。全てはナノマシンのみが知る、か。

「っと……らしくもない事を考えているな。ったく」

 ぼやきながら、ベッド横になげていたジャンバーを手に取る。かつて防爆・防弾処理が施され、生命維持装置も備えた簡易コンソールともいえる特注のダイブコートだったそれは、今や表面がケロイドみたいに溶け落ちて、ただのぼろぼろのホームレスの上着にしか見えない。が、それでも防刃機能程度はまだ残っていて、だからこそまだ使っている。

 内部に走っていたケーブルの残骸でごわごわするそれを無理やり身にまとった俺は、脳内チップ経由でいつも通り”彼女”にメールを送ると部屋を後にした。




「おや、おはよう。今日は早いな」

「ええ。夢見が悪いのかよいのか……そんな感じでしたよ」

 部屋に入ると、この家の主がすでに起きて活動しているところだった。彼女は小さな体にぶかぶかの白衣をひきずらせながらもてきぱきと動き回り、朝食の準備をしていた。彼女はまるでいつも俺の朝が遅いかのように言うと、にやにやと意地悪くほほを歪めた。

 むろん、これが冗談である事などわかっている。俺は適当にあしらうと、テーブルに席を取った。

「ほぅ? 夢か……久しぶりだな、君が見るのは確か」

「自覚している範囲では、ですけどね」

「なら、治療も進んでいるのだろう。いやはや、失敗すれば機能停止したナノマシンが脳の中に溜まって発酵する、なんて可能性も考えていたんだが、杞憂だったか」

「……なテラヤバい代物を使ったんですか」

「おおっとクチが滑った」

 にやにやしながら、口を押さえる彼女。またからかわれたのか、と思いつつも一抹の不安を抱きつつ、俺は勝手にポットを操作してコーヒーを入れる。砂糖は入れない。とはいっても、合成甘味料だから厳密には砂糖ではないし、この漆黒の液体も、辞書でひくコーヒーとは違う。コーヒーもどきという奴だ。口に含めば、なんだか微妙な感じの複雑な苦みと、えぐみが口いっぱいに広がって目がさめる。これをコーヒー等と呼ぶのはきっと、本物のコーヒーに対する侮辱なのだろう。

 そう考えていると、病院の時計が音をたてた。いつもの時間だ。

 それと同じくして、”彼女”が姿を現す。



『おはようございます、多木さん、ノイ先生』



 窓の隙間から差し込む、曇った陽光。その頼りない灯りに照らされて、白い肌が浮かび上がる。

 光の通過する、半透明な美貌。それは美の女神というより、どこか森の妖精のよう。

 にこやかにほほ笑む彼女に、俺もまたいつも通りに笑みを浮かべて答えた。

「おはよう、真」








 清城市の朝は早い。というよりも、年がら年中、起きていながらにして寝ている。

 退廃と、腐敗、そして絶望が人々の間に充満している。

 それでも、人の営みはそこにはある。

 笑い、怒り、悲しみ………。

 結局の処、絶望の底でさえも、人は適応してしまうのだろうか。悲しい事にも。

「……いや、違うか。俺達は生きている。生きているなら、それは絶望じゃない、か」

『どうしたんです、先輩? 急に考え込んだりして。何か面白いものでもあったんですか?』

「なに、ちょっと中二病にひたってみたかったのさ」

 心配性の同居人に適当に答えて、俺は雑踏の歩みの中に戻った。

 ぞろぞろと流れて行く人の流れは、かつては洪水のように思っていたが、今のそれはまるで汚泥だ。人の身なりもそうだけど、漂う雰囲気、流れ方、そういったものにどこか粘着質のものを感じる。その中にまじる明確な視線をあえて無視しながら、俺は適当なところで流れから身を引きぬき、裏町へと入った。

 裏町には、無数の露天商が店を開いている。売っているものも、まともではない。いくつかのナノ物質、合成食料、鉄くず、薬……異形化した魚を焼いて売っている店もある。個人的には魚を調達してきたことにびっくりだが。

『あれ、甘いらしいですよ? お魚って甘くないですよね?』

「死んでも食わないぞ、俺は」

 まさか興味があるのだろうか。定位置の俺の脳内チップから声をかけてくる真にげんなりと答える。

 ……そう。水無月真は、今、俺の脳内チップのコアの隣にいる。本来なら、潜脳でなければたどり着けない場所に。

 理由は簡単だ。





――『水無月真の存在を、誰にも知られてはならない』






 ノイ先生の、たった一つの忠告、いや、願い。絶対に、水無月真の存在はだれにも知られてはならない。そして、絶対に彼女を全てから守らなければならない。

 理由は知らない。

 ノイ先生は頑なに、その理由を教えようとはしてくれない

 けど、俺自身も覚えている。

 覚えていないけど、覚えている。

 あの日。灰色のクリスマス当日、パーティー会場に向かっている処から途絶え、数日後、ガラクタの中で埋もれている処をノイ先生に助け出された処から始まっている俺の記憶。

 そのどこかで、俺は確かに誓ったのだ。

「守る、君を絶対に、全てから守る」

 そして目覚めた時、なきじゃくる彼女の声を聞きながら、俺は誓ったのだ。

「もう、彼女を泣かせはしない」

 だから俺は匿った。

 俺が死なぬ限り、死ぬその直前まで、すべてから彼女を守れる、俺自身の命の中に。 

『多木さん?』

「……ノイ先生から頼まれたナノは、たしかあっちの店だったよな。少し急ぐか」

『そうですね』

 答えながら、決意を改める。一瞬でも、その誓いが俺から離れないように。






 頼まれたナノ物質を購入し、ついでにゆすり目的のストーカーどもを蹴散らした帰り。

 診療所のドアをくぐってみると、そこはちょっとした修羅場だったりした。

「イテェ!イテェよ!」

「ええいおとなしくせんかバカ者! おお、ちょうどよい多木君、コイツを押さえてくれ!」

「……何がなにやら」

 ぼやきながら荷物を棚に放り込み、俺はコートを翻して処置室に踏み込んだ。

 そこではノイ先生が、一人の薄汚れた男を取り押さえ、だくだくと血を流す肩にピンセットを突っ込もうとしている所だった。男には覚えがある。たしかこのあたりを根城にしてるチンピラで、何かと怪我やら問題を起こしてはここに駆け込んでくるいわゆる常連だ。

「……先生、まさか麻酔なしでやってるんですか?」

「当たり前だろう。この、怪我をしても病院にいけばなおるからいいやなんて考えている馬鹿者には、一度灸をすえてやらねば」

「わるかった!悪かったから先生、頼むから麻酔をぉぉお」

「ええい、大の大人が泣きわめくな、みっともない!」

「……やれやれ」

 仕方なくしゃがみこんで、ぐわし、と男の両肩を抑える。

 え、とこちらを嘆願の視線で見上げてくる男に、にっこりと微笑み返す。

「我慢しろ。痛みは一瞬だ」

 診療所に、絶叫が響き渡った。






「ふう、やれやれ」

 処置が終わって、ノイ先生は血まみれになった両手をぬぐいながら、ことん、とピンセットと、その先につまんだつぶれた弾丸をトレーの上に戻した。その足元では、えぐえぐと泣いている大の男がまるまっている。

「こらこら、処置は終わったぞ。消毒だって済んだんだ、抗生物質を受け取ってとっとと帰れ。だいたい、銃傷が一つで大げさな」

「……いや、そこの兄さんにつかまれた鎖骨が痛むんです……」

「何? あ、ちょ、ひびはいってるじゃないかー!?」

 ぺしぺし、あうあう、といったやり取りのあと、ぎっ、とこちらを睨むノイ先生。やべ、力入れすぎてたか。

「全く、何を考えている! 看護補佐が病人を怪我させてどうする!」

「あ、す、すいません……。あんまし暴れるんで、ちょっと。すまん、あんた」

「い、いや、確かにちょっと俺も見苦しかったけどさ……ノイ先生、この治療はただだよな?」

「ええい、もう。仕方ない、今日は止まっていけ。こちらの責任でもあるし。あと三四郎君。君は今日ご飯抜きだ」

「へへ……お世話になりやんす」

「……はい」

 まあ、やむを得ないか。どうにも最近、手加減というものができない。

 どうせ飯といっても、完全合成食品の豆腐みたいな白い塊だ。ちょっと抜けたぐらいで未練もなにも……ないったらない。ああ、そうともさ。

 そんな風に考えていると、突如、真が切羽詰まった声をあげた。

『多木さん! 誰かがこの診療所の防壁を探ってる!』

<……ノイ先生。誰かが防壁を探ってるらしいですよ>

<またかー。どうせコイツのとばっちりだろう。仕方ない、頼めるか、多木君>

<らーじゃ>




<没入>





 慣れ親しんだ、自身の意識が電子化されていく感覚。

 それを全身で感じながら、シュミクラムへの移行プログラムも起動させる。

 数秒ののち、俺は漆黒の戦闘マシーンと化して、電脳空間に顕現した。

 漆黒のボディに、巨大な盾を装備し、手には巨大な鉄槌。親父の作ったシュミクラムに、亜季さんとノイ先生が趣味の限りに改造をつくしたハイエンドモデル。それが今の相棒にして肉体だ。

「さて、連中は、と」
 ぴ、とセンサーを走らせてあたりを捜査する。特に誰かの意思がない限り、建物
の電脳なんてのはどこも似たようなものだ。だが、中身までそうとは限らない。特にここ、ノイ診療所の電脳は、床一枚ひっぺがせば真っ青になれるいろんなブツがしまいこんである。その中には当然、ノイ先生の趣味的にやばい罠も多数存在し、侵入者がそれにひっかかっていれば楽なのだが。

「流石にひっかかっちゃいないか。まあ、属性反転だの属性強化だの、シュミクラムに聞くはずもないか」

 つぶやきながら、おそらく対象と思われる反応を発見。ハンマーを担ぎなおし、ホバー移動で前進を開始する。

 特にジャマーも張っていない敵の姿はすぐに見えてくる。だが、俺は違和感に少し首をかしげることとなった。

「あれか……。しかし、ここらへんの連中のシュミクラムしちゃ、ずいぶんとお上品な機体だな。あれは、統合の採用しているタイプじゃないか」

 かつての友人達の使っていた機体、その原型となったシュミクラム。あれは確かに一般にも流通してはいるが、その数は極端に少なかったはず。そこらのゴロつきが運用できるような安い機体ではないはずなのだが。

 ちくり、と頭痛。

 とにかく、まずは警告だ。俺の機体は自分でいうのもなんだが、かなりの威圧感がある。それに、ここのあたりでシュミクラムに乗っているヤツなら、ノイ診療所に潜む”壊し屋”の事は知っているはず。とっとと逃げかえってくれれば一番だ。

「まて! そこのシュミクラム!!」

「!」

 どすん、と武装を威嚇のつもりで構えながら連中の前に着地してみせる。こちらの思惑通り、三機のシュミクラム達はこちらに驚いたように目を向けたあと、動揺したように列を乱す。よし。

「ここはノイ診療所の電脳エリアだ。直ちにシュミクラムを除装し、用があるのなら現実世界で訪れることだ。さもなくば、破……」

 その時、俺が気がつけたのは偶然と、いくつかの違和感のおかげだった。

 奴らは、俺が現れたことに一瞬動揺を見せたが、いくらなんでも落ち着くのがはやすぎたのだ。普通なら段々動揺が広がって「どうする?」って感じで目を合わせるのに、こいつらは一瞬後には落ち着きを取り戻し、「予定通りだな」とでもいうように目を合わせていた。

 だから俺は咄嗟に、肩のシールドを稼働させ背中で二枚をつなぎ合わせた。

 直後、シールドを穿つライフル弾。

 俺はそれを受け止めると同時にハンマーを全身で振りかぶり、目の前の一機を容赦なく粉砕した。

「……覚悟は、いいな?」

 地面をバウンドしながら砕けていくシュミクラムを見送って、俺は静かに告げる。残った二機と、遠方の一機が動く。

 即座に、チャフを展開。遠距離射撃はこれで無効化も同然。そのまま、背後に展開していたシールドを前に戻し、正面から向かってくる敵に備える。

 残った二機は、一機が後方からサブマシンガンで支援しながら、もう一機がナイフを手に突撃してくるという、教科書通りのフォーメーションだ。だが、早い。間違いなく、そこらのごろつきではなく、訓練を受けた戦士だ。

 フェイントを織り交ぜた、巧みな機動。正直、鈍重なシュミクラムと、俺の戦闘技能ではさばける自身がない。ならば。

 俺はよけようともせず、真正面から相手の一撃を受け止めた。

「なっ」

 相手の戸惑ったような声。

 だがそれは、よけなかったことに、ではないはずだ。俺は今、シールドの厚さを利用して相手の突き込みを制限しつつ、ナイフの一撃を最小限にしか受けないようにしていたからだ。

 受けの技術なら、学生時代からたたき込まれたんだ。この程度、できない事もない。先生の居合に比べれば、ウサギとカメだ。

「じゃあな。脳死しない事を祈ってる」

「ま……!」

 答えを待たず、あいてる左手で相手の頭を鷲掴みにし、そのまま全身の駆動モーターをフルドライブ。一瞬で全身が熱くなり、超人になったかのような力感が漲ってくるのにまかせて、相手をそのまま構造体の地面にめり込ませた。全身の重量ものせた押しつぶしに、完全に相手の頭部が砕けたのを確認する。

 仕留めた、と確認して舌打ち。そんな暇はないというのに。

 すでにもう一機は動いている。俺の無駄な動作を利用し、バズーカを展開。首を上げた時には、砲弾が回避不可能な距離にまでせまっていた。

 シールドを構えて、防御。しかし受けきれない。衝撃と激痛を伴って、左のシールドが駆動レールからふっとんでいく。

「……我ながら、未熟」

 ハンマーを振り回し、セーフティーを解除。打撃にのせて、ハンマーの打撃面からロケット弾が打ち出される。予想外の攻撃だったのか、思い切り食らって吹っ飛ばされる敵シュミクラム。

 そしてそろそろチャフが切れる頃だ。俺は振り返って遠距離センサーを走らせてみるが、支援機らしき影はすでに離脱した後だった。

「仲間を置いていくか」

 見れば、撃破した三機はいずれも除装されるだけにとどまったらしく、電子体が三人、構造体の床に転がっているだけだった。

 一見、よくあるごろつきに見えないこともない服装。だが、どこか作ったような違和感がある。

 とりあえず、一番怪我の少ない、最後にロケット弾で吹っ飛ばしたヤツの処まであるいていって、その襟首をつまみあげた。

「おい、お前ら。いったいどこの組織のまわし者だ」

「何を……組織、など……」

「この場において、しらを切るか。まあいい」

 ジャキ、と手首に装備された対人バルカンの銃口を向ける。むろん、テイザーなんかじゃない、実弾だ。つまみあげられた電子体の顔色が変わる。

「なっ……」

「答えろ。何が目的でここに来た。答えろ……」




 そう。

 もし、こいつらの目的が、真だというなら。

 俺は、この場でこいつらを……。





『警告』

「!?」

「せああああああっ!!」

 振り返った先に見えたのは、血のような鮮血。反応する暇もなく、電子体をつまみ上げていた方の手が、破砕音と共に切断された。

「っ!? ぐあああああああ!?」

 切り落とされた腕をかばいながら、シールドで身を守りながら後退。だが、ハンマーをその一連のやり取りで取り落とす。

 まずい、今たたみかけられたらしのげない。まだ伏兵がいたなんて……。

 だが、俺の予想に反して、新手は追撃をかけようとはしなかった。

 切り落とされた腕につかまれたままの電子体を空中で無事に確保し、さらに倒れている二人も回収。そのままダッシュで距離を取りながら離脱していく。

 そして、その鮮烈な赤が消え去った後には、今度こそ静寂が構造体に戻ってきた。

「何だったんだ……今の……」

 念のためハンマーをひろいなおして警戒するも、本当に今度こそ、何も起こらない。消えていった相手を追跡しようにも、俺の技術じゃすでにここら一体から消え去っている程度の事しかわからない。いつもはノイ先生のサポートが入るのだが……。これは自業自得だろう。いつものことさと慣れ切って、ろくなサポートもなしに戦闘に入ったのは俺の方なのだから。

 しかし。

 一体、何だったのだろう。どこかの組織だったのは間違いない。

 だが、もうアレから何年も立ったのだ。何故、いまさらこの清城市に、それも裏町の無免許医の処に、襲撃を?

 何かが動き出している。

 漠然とした確信があった。





「…の世……偽………です…」





「うっ……」

 頭痛が襲ってくる。

 まるで脳みそが炭酸に浸されたみたいに、意識がノイズまみれになって混濁していく。

 ぐらり、と体が傾く。

 気がつけば、すでにシュミクラムは除装されていて、俺は左手で地面につこうとして、しかし失敗して地面に投げ出された。当たり前だ、今、俺の左手は肘のあたりからぶったぎられているのだから。

「あ………」

 意識が遠のく。

 きらめく電脳の海を頭上に見上げたまま、俺はそこで意識を失った。











<領域離脱>









[14869] BALDRSKY For NEXT 過去編 第二話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2009/12/24 00:09
第三章 クルセイダーズ




「ねえ。最近あんた、付き合い悪くない?」

「へ?」

 俺の通う高校の昼休憩時間。食堂でうどんをすすっていた俺は、突然対面の友人からそう切り出されて顔を上げた。

「ん、何?」

「だからさ、最近、付き合いが悪くない?」

 そういって不満そうに眉をひそめるのは、浅黒い肌の少女。クラスメイトで悪友の、ステラ・クレオ。違う州出身の彼女だが、不思議と馬があうのでよく一緒にいる、まあ女友達だ。

「そうか? 俺は今まで通りだと思うんだが」

「そうか、じゃないわよ。最近、暇があったら没入しっぱなしで、何? そんなにシュミクラムの操作、うまくいかないの? なんだったら、私が……」

「あー」

 そういえば言ってなかったか。

「それなんだけどさ、実は先生がついたんだ。凄腕の」

「え?」

「それも星修学園の。いやー、めぐり合いってあるもんだね」

 ずずず、とうどんのだしを飲み干す。む。カツオの出汁が利いてる。

「せ、聖修!? まさか、まさかアンタあっちにいっちゃうの!?」

「? あ、違う違う。単に知り合っただけ。そもそも転校するお金もないって」

 あり得ないあり得ない、と手を振る。と、なぜかステラはがく、と肩を落としてテーブルにつっぷした。

「ん? おーい?」

「もういい……。で、それで先生に教えてもらってたから、最近付き合い悪いわけ?」

「ま、そんなとこ。悪いね」

「いいよもぅ……」

 呻くようにぼやくステラ。何だろう。何か変な事を言っただろうか、俺。





<没入>




「お待たせしましたー」

 俺がシュミクラムを纏って指定されたアドレスに飛ぶと、そこではもう、門倉と須藤、それに先生が準備万端でスタンバイしていた。

「遅いぞー。何やってたんだ」

「いや何、ちょっと掃除当番が長引いてさ」

 ごめん、と頭を下げる。けど、門倉は笑って俺の肩をぽんぽんと叩くと快活に笑った。

「なら仕方ないって。ほら、それより遅れた分、さくさく始めようぜ」

「ああ」




 そうして始まったのは、模擬戦、ともいえない、喧嘩の真似事。

 もちろん、俺達は全力で本気だ。個人トーナメントに勝ち抜くためにも、基礎的な戦闘力の確保は重大事項だ。そもそも俺の場合、攻撃にあまりにも向いてない機体なので、特にユーザー側の攻撃能力が重要になってくる。

 話によると、門倉と須藤はすでにデヴュー戦を終えたらしい。うらやましい限りだ。

「せやっ!」

「なんとっ!」

 須藤のパンチを、シールドでがっしりと受け止め、反撃にぶんなぐる。が、それはローラーダッシュであっさりかわされ、距離を取りながらハンドガンを売ってくる影狼・鎧。こっちも、ハンドバルカンで応戦しながら、隙を窺ってフィールドを駆け回る。

 が、ローラーダッシュを装備していないこっちの機体では、あまりにも不利。分厚い装甲も、集中砲火でがりがりと削られていく。

「ここでぇっ!」

 須藤が叫び、虚空から四角い箱みたいなものを転送する。あれ、あれってもしかしてまさかすると……。

「ミサイルランチャーだとぉ!?」

 いつの間にそんな武器を!?ていうか、まず、まずいっ!

「閉鎖!」

 咄嗟にシールドを連結して展開。直後、無数のミサイルが起こした爆発に巻き込まれ、一瞬衝撃で意識が飛びかける。

「っそお! なんだよそれ!?」

「へへーん、いいだろ! 亜季さんに昨日装備させてもらったんだぜ!」

 言いながら、ついでにこれもだー!と言わんばかりにガトリングをぶっ放してくる須藤。流石にこれを受け続ける訳にはいかず、なんとか離脱しようとする。けどそれを許す須藤ではなく、徹底的に追撃された結果、俺のシュミクラムは全身ぼこぼこにされてしまった。

 これでも機能停止までいかないというか、俺自身多分半分ぐらいしか痛みを感じてないあたり、無意味に頑丈だ。ほんと。

「これで、トドメにしてやるぜ!」

「っ!」

 もはやシールドも展開できなくなった事で詰めどきだと思ったのだろう。須藤がスタンロッドを手に接近してくる。

 あれで、俺を仕留めるつもりか。

「終わりだー!」

「……」

 正面から飛び込んでくる須藤に対し、俺はす、と完全に壊れて動かなくなったシールドの裏に手を伸ばした。そして、そこに隠し持っていたものをぐ、と握りしめる。

「?!」

 須藤が動揺を見せるが、もう遅い。俺は引き抜いたそれを全身を使って振り上げて、

「たーまやー!!」

 思いっきり、上に向かって影狼・鎧を打ち上げた。

 悲鳴を上げて空を舞う須藤を見上げながら、俺は手にした武器……クラッシュハンマーをがつん、と地面に突き立ててニヒルに笑った。

「見たか、亀の意地を」





「いっつつつ……」

「大丈夫かね、雅君」

「ああ……にしても、あんなもん隠し持ってたなんて……」

 よろよろと起き上がってくる須藤に、先生が手をかして抱き起こす。横では、同じく先生にフルボッコにされた門倉がなんとか起き上がろうとしているのが見えた。ちなみに、勝者なのにずったぼろの俺と違って、先生には傷一つついてない。

「成程なー。考えてみれば、俺だけ新装備なはずもなかったか。でもなんで、射撃装備にしなかったんだ? それなら、あんなボコボコにされながら耐える必要もなかっただろうし」

「いや、そのな。どーも俺のシュミクラム、稼働時間に応じて武装がアップデートされるようになってるみたいでな……」

「ええ?! なんでそんな面倒なことを」

「知るかよ。親父の趣味だろう」

 そう。このハンマーは昨日の夜、機体のチェックをしていたら忽然と武装欄に出現していたのだ。他にも使わなかったが、モーターブレード、チャフ、といったいくつかの装備が増えていた。そしてどうにも、これらは時間差であらわれたものらしい。つまり、稼働時間に比例しているということだ。

 まあ、親父の考えることなんていつもそうだが・・・・本当、意味がわからん。

「ふむ……やはり、一度亜季君に見てもらうべきだな」

 と、そこで意見を出したのは、我らが指導者、久利原先生だった。やはり彼も、このシュミクラムにはいささか不安を感じているらしい。助かった。

「いいですけど・・・その、亜季さんってのは、どんな人で?」

「俺の姉さんさ。特級ウィザードで、俺達の機体も亜季姉が作ったんだ」

「そういう事。だからお前さんの機体の問題点もすっきりさっぱりしてくれるって」

「そうか……って特級ウィザード!? んなすげえ人がお姉さんなの!?」

 吃驚だ。でもそれなら、門倉達のシュミクラムの異様な性能も頷ける。や、俺のシュミクラムもそんなに悪くないんだが、汎用性が、ねぇ。

「そっか……じゃあ、お願いできます、かな?」

「ああ!」

 こうして、俺のシュミクラム強化計画が勃発したのだった。






「ところでさ」

 訓練が終わって、仮想でジュースを飲みながらまったりしていた時。

 突然、門倉が話を切り出した。ちなみにこの場にいるのはあとは須藤だけ。先生は用事があるとかでさっさと帰ってしまった。

「俺達さ。「ニュービーズ・インパクト」に参加する事にしたんだ」

「ほう」

 成程。最近やたら訓練に熱がはいってると思ったら、そういう理由か。

 ニュービーズ・インパクト。公式戦15戦以内の者だけが参加できる、新人達の聖典。

 確かに、シュミクラムに乗るものとして、目指さない手はない。

「それでさ、もしよかったら……俺達のチームに入らないか?」

「へ?」

「いやさ。違う学校で都合が悪いのはわかってる。けど、どうしても三人目が見つからなくてさ……もしよかったら、でいいんだが」

「いや……いきなり言われても。星修で探してみたのか?」

「ああ。けど、候補はいたんだけど断られちゃってさ」

 そういって、頬を苦笑しながらかく門倉。

 ……大会か。それにさそってくれるって事は、俺の事を評価してくれてるんだろう。けど。

「でもさ、門倉。お前は、その三人目候補と、大会に出たいんだろう?」

「……多木」

「なら、がんばってみろよ。もしそれでも駄目だったら、その時は、それで」

「あ、ああ。ありがとう、多木!」

「となったら、もう一度アタックあるのみだ、相棒!」

「おう!」

 にこやかに笑いながら、肩を組む須藤と門倉。

 ちょっといいなあ、ああいう関係。親友ってやつだろうか。俺にはいないから、うらやましいかもしれない。

 ところで。

「なあ、その三人目候補って、女子か?」

「え? ああ」

「それもとびっきりかわいいな!」

 そうか。

 ふむ。

「よし、お前はいまから敵だ」

「え、ちょ!?」

「はっはっは、冗談だ」

 笑いながら、べしべしと門倉の背を叩く。しかし、美人かぁ。やっぱ聖修って通ってる女の子もみんな可愛いのかなぁ。そうなると俄然、星修にいくのが楽しみになってきた。

 一体、何が俺を待ち受けているんだろう?








 ところが。

 その夜に事件は起きた。











「多木ぃ!」

「おわあ!?」

 自室である寮からダイブして、のんびりシュミクラムの点検をしていた時のことだった。

 突然、出井入り先として設定しているトビラを蹴り上げて入ってきた闖入者に、俺は悲鳴を上げてベッドから転げ落ちる羽目になった。

 ありていに言ってヒドイ目にあった。

 乱入者はしかし、そんな事は気にも留めず、床に転がった俺の頭元に立つと、その燃える瞳でまっすぐこちらを見下ろしていた。

「す、ステラ……ここ、俺のプライベートルームなんだがどうやって……」

「そんな事はいいわ。あなた、ニュービーズ・インパクトに参加するんだって? 星修の人と」

 なんでその事を。

「いいからどうなの」

「い、いや、いまんところ未定。あっちの三人目が見つからなかったら、そうなるけど」

「そう。ならその話、断わりなさい」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 思わずハニワになった俺を見下ろして、髪をかき上げながらステラは自信満々に言い放った。






「簡単よ。私達もそのニュービーズ・インパクトに参加するのよ。私とアンタと、吹雪の三人でね」





 本気だった。本気とかいてマジと読めるぐらい、真剣で燃える瞳が俺を見下ろしていた。

 なんか、デジャヴュ。

 そうそう、そういえばこの間トラブルに巻き込まれて病院に担ぎ込まれる羽目になった時も、前日こんな瞳を見てたっけ。

 あはははー。

「………」

「答えは? まさか、NOとか言わないでしょうね」

「………」

 黙ったまま、俺はメニューバーを呼び出して、行く先を操作。

 そして……。

「に……」

「?」

「逃げるが勝ちぃぃいい!」

 なんだか今のステラはやばい感じがする。こいつがハイテンションな時に、ろくな目にあった覚えがない!

 後から言い訳するならそんな感じの理由で、俺は電脳空間から文字通り血相を変えて逃げ出したのだった。








<領域離脱>



[14869] BALDRSKY For NEXT 現代編 第二話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2009/12/23 22:50
第四章 ロストイエスタディ



 目が覚めると、そこは与えられた自室のベッドだった。

 いつの間に寝てしまったんだろう、とぼんやり考えながら目を巡らせると、しかし俺はそこに普段は存在しないものを見た。

 ノイ先生だ。 

「……気がついたかね」

「俺は……?」

「覚えてないのか? 防壁を守りに行って、戦闘になって……私が気がついたときには倒れていたんだ」

 言いながら、俺の頭をゆっくりとなでてくれるノイ先生。その感触は、遠い日を思い出させてくれる。

「心配したぞ。脳波の波が低くなっているし、現実の肉体反応も弱っていて……全く。無茶をする」

「すいません……」

「……いや。いつもの事とサポートをしなかった私にも責任はある。謝る必要はない」

 ノイ先生はそう言いながら腰を上げると、最後に俺に布団をかけなおして部屋から出て行った。

 言葉もなく。

 ……フォローは自分でしろ、という事か。

 俺はため息をついて、接続手続きを開始した。




<没入>




 たどり着いたのは、俺の脳内チップ中枢部。

 自分で自分の脳みその中を見るというのも変な感覚だと思いながらも、俺はコアへ向かって歩いていく。

 基本的にだだっぴろくて、何もないガランとした脳内エリア。だが、コアの入ったタワーの周辺だけは違っていた。

 そこには、まるで迷宮の壁のように、本棚がでん、ででん、と立ち並び、いくつかの花が飾られている。その中央には、小さな白いベッド。

 俺はそのベッドの横まで歩いていくと、少しかがんでベッドの主を覗き込んだ。

「すぅ……すぅ……」

 あどけない寝顔。でもその頬に、うっすらと涙の跡を見つけて、俺はどうしようもなくいたたまれない気持ちになった。

 彼女を泣かせないと誓ったはずなのに、なんてざまだろう。

 でも、自己嫌悪は後だ。

「……真」

「うぅ-………ん」

「起きて、真」

「……ふやぁ?」

「や、おはよ」

 もそもそとみじろぎして、うっすらと目をあける真。

 彼女はそのまま身じろぎもせず半眼でじっと俺を見つめて、

「ふぇ……」

「ま、真!? だ、大丈夫だから! ね? 俺は、大丈夫だから」

 ぱたぱたと手を振って、無事な事をアピール。が、それを見てさらに涙ぐむ真。

 悪循環だった。



「……落ち着いた?」

「……………ぃません」

 もじもじと託しあげた布団で顔を隠しながら頷く真を見て、俺もようやく肩の力を抜いた。

 今回は完全に俺の自業自得なのだが、どうにも居心地が悪いのは相変わらずだが。

 それにしても口調が昔に戻ってしまっている。よほど心配をかけたらしい。

「ごめんね…」

「え、その……えぅ」

 言葉が見つからないのか、あうあうとうろたえる真。そんな彼女を見ていたら、気がつけば昔のように頭をなでている自分がいた。

 ……流石に失礼かな。彼女も、あの時とは違ってそろそろ妙齢と呼べる年齢だし。

 けど、真は嫌そうな顔をする事なく、黙って俺の手を受け入れてくれた。

 しばし、互いの間に穏やかな時間が戻る。

 やがてその静寂を破ったのは、真の方からだった。

「……多木さん」

 しっかりとした声。もう動揺は抜けたようだ。

 彼女はその大きな瞳で、俺を覗き込むようにしながら続けた。

「何か、あったんですか?」

「……どうしてそう思う?」

「動きがいつもより悪かったです。判断も。いつもの多木さんなら、ノイ先生のサポートがなくても無傷ですんだかも知れない戦いで、あれだけ傷ついてしまった理由は、何ですか?」

「買いかぶりすぎだよ。俺は強くなんかない」

「でも……」

「……夢を、見たんだ」

 ずきん、と頭痛。

「夢、ですか?」

「ああ。俺が甲達と知り合った頃と……ステラや吹雪の奴らとニュービーズ・インパクトに参加を決めさせられた時の、さ」

 思い返して、苦笑が浮かぶ。

 そういえばあの後、仮想から逃げ出したのはいいけど、俺ってば現実でステラの奴に四の地固め決められてたんだよね。逃げ出した先で拷問みたいな目にあわされて、結局チームを組ませさせられたんだったけ。

「ステラさんと……吹雪さん……」

「ああ……懐かしいよな。……俺は少し前まで、ただの記憶としてしか思ってなかったはずなのに」

 記憶。そうだ、ただの記憶だ。

 俺が懐かしさを覚えるようになったのは、ノイ先生の治療を受け始めて、それが効果を発揮しだしたつい最近の事だ。それまで、俺は無感動に生きていた。

 ただ、真を守る。それだけしかできない木偶人形みたいに……。

「……多木さん、それは違います」

 こつん、と。

 真が、小さな額を俺のそれに当ててきた。

「多木さんは、ただ疲れて傷ついてただけなんです。どうしようもない無茶をして、見えない傷を体の中に抱えて……。そんな無理をしてたから疲れきって、過去を懐かしむ余裕がなかっただけなんです。だから」

「分かった……。自虐して楽な方向に走るのは、やめるよう努力するよ」

「やめる努力じゃなくて、やめてください」

「おーけい、お姫様」

 むぅ、と睨みつけてくる真に、苦笑。

 それは彼女にではなく、自分に対する苦笑ではあったが。

「まあいいか。ほら、起きて。さっきの戦闘を分析しよう」

「はい」





「やはり、どこかの組織のまわし者だと思います」

 それが、残された破片を解析した真の意見だった。

「やっぱりか……」

「多木さんの判断基準はなんですか?」

「動き。チンピラにしては統制が取れすぎていた」

 それも結構なレベルだ。

 治安最悪なこの清城市に住んでる以上、ネットで犯罪者とCDFの闘争に巻き込まれる事なんてざらだが、それでもあんな動きをする奴にお目にかかったことはない。大抵は、数にものを言わせて雪崩れ込んでくるだけだ。

 けどあの三機は、一機が倒された瞬間にフォーメーションを組みなおして、前衛と後衛に素早く分かれた。それに、長距離からの支援と、最後に表れた救援。

 ずき、と無事なはずの左手が疼く気がする。

「……そういえば、多木さんの”ベルゼルガ”の装甲が一撃で突破されたの、始めてみました」

「最後の奴か」

「はい」

 ぴ、と画像が表示される。

 それはジャマーとノイズでブレてはいたが……間違いない、あの時の赤い奴だ。

「カタログには存在しない、フルカスタムの機体だよな、これ」

「そうですね」

 意見を交わしながら、じっとその機体を見る。だが、

「しかし、結構ごつい機体ではあるけど、俺の腕をぶった切った時はどうやったんだ?」

「多分、これです」

 そういって、真が拡大したのは、機体の脚部。それを見て、俺も納得した。

 鉤爪が二つ、噛み合うように備わったその足。

「ああ……蹴り裂かれたのか。文字通りに」

 なるほど。しかし足癖の悪い機体だ。どことなく、甲達の友人であった女子を思い出す。

 そういえば彼女のシュミクラムも赤い機体だったな。……いや、まさかな。

「しかしカスタム機なら、所属の特定も可能だな。……公開されていれば、だが」

「……予想通りです」

 やはり、非公開機か。しかしそうなると、一体どこのどいつが、こんな小さな診療所を襲撃しようだなんて企んだんだ?

 確かにノイ先生は昔はそれなりの人物だったらしいが、しかし一体なぜ、今になって?

「あの……多木さん」

「うん?」

「……狙いはひょっとして……私なんでしょうか」

「違うだろう」

 即答する。

「そもそも、真にはずっと無理をいって俺の脳内チップにひっこんでもらってるんだ。まず、君と俺、そしてノイ先生をつなげる符号がなりたたない」

 そういうが、実際のそうとは限らない。

 俺のぶっ飛んだ記憶の中に、この三者をつなぎとめる理由があるのかもしれないし、そもそも真はノイ先生の患者だ。

 真を探してノイ先生の処に来るのは実際の処そう無茶な話でもない。

 だが、俺はそれを言わなかった。

 変に真を不安にするのは俺の望むところではない。

 ……血に塗れるのも、傷を負うのも俺一人で十分だ。

 それが俺の緩慢であり、彼女の意思を無視しているのも分かっている。けど、これだけは譲れない。

 譲れないんだ。

「あ……」

「どうした、真?」

「ノイ先生からコールです」

「先生から? ってか、なんで俺の方に来てないんだ……」

 言いながら、真に頼んで俺にもつなげてもらう。直後、ノイ先生の顔がウィンドウに映し出された。

『おや、やっぱり多木君も一緒か。よしよし』

「先生、用事があるのはどうせ俺でしょう? なんで真の方に……」

『真君の方が名簿の中で上なんだ。どうせいっしょにいるんだ、てっとりばやいほうがいいだろう?』

 いやそれぐらい手間を惜しまなくても。

『さっき、常連の一人から連絡があってな。CDFとどっかの違法グループがどんぱちやって、クラッキング食らった者が続出してるらしい。手当できる人がほしいらしいから、ちょっと言ってくる』

「先生自ら? でもそれなら俺がいきましょう。危ないですし」

『やばい状態でさっきまで転がってた奴が生意気言うんじゃない。大丈夫だ、2~3人護衛をつけてくれるらしいしな。なーに安心しろ、奴らの弱みは握っている』

「……さいですか」

『まあ、そんな訳だから、留守番を頼む。くれぐれも勝手にうろつくんじゃないぞ』

 そう言って、ノイ先生は通信を切った。

 現実の方に聴覚だけつないでみると、バタン、とドアの閉じる音、続いてガラガラと対爆シャッターの降りる音。本当に出かけたらしい。

「大丈夫かな……」

「大丈夫じゃないですか? イム君もつれていったみたいですし……」

「………ああ。あの残虐ロボットか」

「助手ロボですよ?」

「武装した兵士三人を惨殺できるスペックのをそうは呼ばない」

 仮想シュミレーションでの話ではあるが。

 まあ、となると、俺の出来る事といえば。

「……やっぱり、いくんですね」

「ああ。……ごめんな、真」

 ううん、と首を横にふる真。少しおいて、一つのアドレスが俺に送られてくる。

 ……ノイ先生の出かけた騒動。その中心にある、CDFとグループの戦闘が行われている構造体の場所だ。

 かなわないなあ、真には。

「やっぱり、多木さんは優しいし、強いんですね」

「違うよ。人一倍臆病で、弱いだけさ」

 俺はそう告げて、転移先のアドレスを打ち込んだ。




「やってるやってる……」

 転移した先で、補足されないようジャミングを展開しながら見晴らしの良い場所に移動した俺は、戦場を見渡しながらぼそりとつぶやいた。

 今や構造体のあちらこちらが鉄火場。銃弾とミサイルが飛び交い、ときたまシュミクラムの粉砕される閃光がきらめいて消える。

 よく見れば、戦場から離れようとする電子体や、貧弱極まりない武装のシュミクラムの姿も見える。

 おそらくあれらが、巻き込まれたっていう連中の事なんだろう。

「……さて、と。ノイ先生のお手伝いをしますか」

 呟いて、狙撃ライフルを引っ張り出す。

 目的は攻撃じゃない。支援だ。

「……狙撃は苦手なんだがな」

 ぼやきながら、滑空するロケット弾をサイトに収め、発砲。

 ”ベルゼルガ”に搭載された高性能の補助システムが働き、射線を調整した砲弾は見事、ロケット弾を撃ち落とし、その先にいた何人かの電子体の命を救った。

 それを、繰り返すこと22回。

 飛来する砲弾の撃墜率はせいぜい6割。勿論、俺の腕じゃない。ベルゼルガの基本性能が極端に高いだけだ。

 流石に、特級ウィザードと得体のしれないスーパードクターの全力、ついでにブラック技術(親父由来)がつぎ込まれた機体だけの事はある。

 なにはともあれ、それにより一般の電子体、シュミクラムの大半は離脱を完了したらしい。

 これで、ノイ先生の仕事も増えないで済むだろう。

「さて、さっさと帰るか。……組織に補足されると、後々面倒だしな」

 とりあえず、CDFとグループ、どっちが優勢なのか確認しておこう。

 そう思って戦況を見ていた俺は、

「……え?」

 懐かしいものを見た。

 丸みを帯びたシルエット。黄色と白のライン。細めた眼のようなバイザーに、見覚えのある動き。

「………っ」

 気がつけば俺は、狙撃ライフルを放り出して駆けだしていた。

 視界の中、黄色い機体はCDFのシュミクラムを引き連れて撤退戦を行っていた。だが、連れのシュミクラムの動きが悪すぎる。すぐに追っ手の接近を許し、至近距離に入られてしまう。

 振り上げられる狂気。黄色のシュミクラムはそれから同僚をかばおうと割って入り。

「っ!! リミッター解除60%!!」

 瞬間、世界が引き延ばされる。

 構造体の地面を砕きながら、全力で跳躍。全身の間接を対衝撃設定にしながら、まっすぐに追撃者に向かって殴りかかる。

 その直前、一瞬だけ黄色い機体と視線が合い。

 衝撃。

「つつつ………」

 痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと身を起こす。ついた手には砕けた金属の感触。一瞬ぎょっとするが、どうやらそれは体当たりを食らった追撃者のシュミクラムの残骸らしい。セルフチェックを行うと、緩衝材代わりにした右のシールドがへこんでいる以外には目立った損傷はない。心配していたフレームの歪みも、想定内だ。

 それよりも問題は。

「だ、誰だ……?」

 黄色いシュミクラムは、唐突な事態に動揺しているのだろう。うろたえたようにしながらも、しかし銃器だけはこちらに向けていた。

 良い判断だ。だけど、わかっていても少し傷つく。

 俺は必要以上に刺激しないように注意しながら、ゆっくり口を開いた。

「…………久しぶりだな、須藤」

「……え?」

 ぴたり、と動きを止める陽炎・鎧。俺は苦笑しながら、かつての友人に語りかけた。

「多木だ。多木、三四郎だ。もしかして、忘れちまったか? 俺の事」

「……多木? 多木、なのか!?」

 驚いたように声をあげて、直後、通信をつなげてくる須藤。浮かび上がったウィンドゥの先には、はたして懐かしい友人の顔があった。

「お前、お前、無事で……ああ、無事だったのかよ、畜生! 生きてたなら連絡しろよ!」

「無理言うなって。こっちだって大変だったんだから」

 苦笑するが、同時に自分に自己嫌悪を感じる。

 須藤の喜びようからして、本当に俺の事を心配してくれていたのだろう。ましてや、俺はおそらく灰色のクリスマス当日、グングニールに砲撃された星修にいたのだ。それで音信不通なら死んでしまったと思われていてもしょうがない。

 しかし、俺はずっと連絡をしなかった。記憶と感情を失っていたとか、真の事で精いっぱいだとかは言い訳にもならない。

 ……とんだ人でなしだ、俺は。

「須藤。積もる話は後だ。……三日後、このアドレスで」

「あ、おい、多木?!」

 引き止める須藤を振り切って、跳躍の体勢に入る。

 ……状況からみて、これ以上の長居はよくない。……CDFに補足されれば、面倒なことになるのは見えている。所属者はともかく、上層部の腐敗っぷりは有名なCDFだ。あまり関係を持ちたい相手ではない。

 だが、最後に。

「須藤。いや、雅。刑事になったんだな」

「あ、ああ……。俺は、この町を守りたい。亜季さんからもらった力を、正しく使いたい。そう思って……」

「……そうか。変わらないな、お前は」

「多木……」

「……よかったよ。生きていてくれて」

「それはこっちのセリフだ」

 そして俺は跳躍でその場を離れ、そのまま電脳から去った。







<領域離脱>






[14869] BALDRSKY For NEXT 過去編 第三話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2010/01/17 23:55
第五章 ストームフォール・ラン






 音もなく流れていく風景。

 一定のリズムで体をゆする小さな振動。

 ああ、なんだか段々と眠く……。

「こら、ちょっと。寝るな」

「はぅ」

 とす、と脇腹につきささる蹴り。

 涙目になって視線を戻すと、対面に座ったステラがむすっとこちらを睨んでいた。

「いいじゃないか、ちょっとぐらい」

「駄目。寝過したらどうすんのよ」

「そんときはお前が起こしてくれるだろうよ、なあ、吹雪」

「ええ」

 俺がそう声をかけると、座席の後ろから帰ってくる声があった。

 続いて現れたのは、いかにも大和撫子といった風情の、黒髪の美少女。ステラも結構美人の部類だろうが、流石にこの人には勝てないだろう。

 そんな彼女は、ゆったりとした私服を翻しながらステラの隣に座ると、はい、と缶コーヒーを差し出してきた。

 礼を言って受け取りながら銘柄を見る。……俺の好きな奴だ。

「ありがと、吹雪」

「はい」

「………何よ何よ、二人きりの世界つくっちゃってさ」

「ステラ!」

 顔を真っ赤にして声を上げる吹雪。まあそうだよな、遠井吹雪ともあろうものが、俺とふたりっきり空間だなんて受け入れられないよな。うん。

 でも顔を真っ赤にして普段上げない怒声まで上げられるとその、なんだ。傷つく。

「吹雪、ここ、公共の電車なんだから」

「あ…」

 すいません、と謝ってあわてて腰を下ろす吹雪。

 あっらー、と苦笑するステラ。

 ちなみにステラも今回は私服だ。吹雪のそれと違って、破れたジーパンにタンクトップとえらい活動的な服装だが、しかし寒くないのだろうか。まだ四月の初め、暖冬が続くとはいえ寒いものは寒いと思うのだが。そんな事を考えていると、ふと、ステラの手にミサンガがはまっているのに気がついた。

「ステラ、それ、まだつけてたのか?」

「え? ああ、うん」

 そういって、ミサンガにてを充てるステラ。

 何を隠そう、そのミサンガは二年前、同じ俺があいつにプレゼントしたものだ。といっても、色っぽい話じゃない。ステラにちょっとした借りを作ったら、「じゃあ何か頂戴」って話になった時、俺が自作して贈ったものだ。ミサンガというのは本来、肌身離さずつけておいて、それが切れ落ちると願いがかなう、というものらしいのだが、俺特性のこいつはちょっと違う。早い話が、しょっちゅう人を引きずりまわされて時々大けがさせてくれるステラに対する嫌味として、俺がヤバイ状態になったりするとゆるみ、死ぬと切れる、というものにしているのだ。

 ……しかしながら、効果はなかったりする。

 なんでかわからんが、ステラはこれをいたく気に入り、ずっと身にまとっている。そして、俺に対する傍若無人もかわりなし。

 女心はよくわからない。

「……ところで、何度かそれ、ゆるんだ事があるよな、絶対」

「何が言いたいのかなぁ?」

「暴力ハンターイ」

 いつも通りといえばいつも通りのやりとり。

 俺がバカいって、ステラが起こって、吹雪が笑う。

 なんだか、ほっとする。

「と、そろそろですね」

 吹雪がつぶやく。

 言葉どおりに、ちょうど目的の駅が近づいてきたことを示すアナウンスが鳴り響いてきた。






「ここが星修かー」

「写真で見たよりもきれいですね」

 それが、星修の学び舎を見た二人の第一印象だった。

 それには俺も同感だ。実際にみる星修は、ハイテクな建物と豊かな自然が互いに調和した、非常に開放感あふれた施設だった。今時、こんなきれいな芝生がある学園なんてそうそうないと思う。あってもうちの学校みたいに人工芝だ。

 そして、それらを維持するための費用と手間。ちょっと考えるだけで、やはりうちの学校など比較にもならない事がよくわかった。

 くっそう。俺も第二世代だし、ここに入学する資格だけはあるんだけどなあ。運命という奴は……。

「いいなあ、やっぱり……」

「多・木?」

「……サアサッサト門倉達ノトコニイコウソウシヨウ」

 怖ぇ。ステラ怖ぇ。





 はてさて、門倉達が住んでいるという如月寮は、学園からちょっと歩いた処にあった。とはいえ、まだまだ星修の敷地内なのがまた驚きだ。

 そして、如月寮の外見にも。

「うわぉ、クラシック」

「こいつはまた……」

「素晴らしいですわ……」

 ここでもまた、三者三様の意見。

 如月寮は俺たちの想像していたのと違い、20世紀時代を思わせる古風な作りだった。流石に本物ではなく合成樹脂だろうが、木目の壁が目に優しい、みたいな。成程、本当にこの学園を作った人はよいセンスをしている。

 とにかく、門倉達にまずはあいさつだ。

 俺は如月寮のインターフォンを押すと、少し待った。

「はいはい、どなたかなー?」

 聞こえてきたのは、快活で陽気な女性の声。

 誰だ?

「多木三四郎と申します。門倉甲さんに会いに来たのですが……」

「わぅお!? じゃあ、アンタが甲の言ってた”チーム候補”かい!? ちょっと待ってな!」

 どたばた、ガラガラ。バッシャーン。

 という感じに寮のドアを開けて現れたのは、予想通りの元気っ娘といった感じのポニーの少女。なんていうか健康美の極みって感じだ。すらりと伸びた足がまぶしい。

「待ってたよ! さあ勝負だ!」

「へ?」

「チームの三人目の座は、だれにも渡さないよ!!」

 あちょー、といった感じで構える少女。……あれ。この子が三人目?

 ってか、門倉達伝えてないのかよ、俺が別のチームに入ったの。

「あ、いや、それなんだがなあ……」

 困り果てて、ステラ達に振り返ってみると。

「やあ、綺麗なお嬢さん。星修はいいところでしょう?」

「は、はあ……」

「ここで会えたのも何かの縁。どうかいっしょにお茶でもいかが?」

「え、ええと」

 ナンパされてた。

 しかも須藤に。

「……君、すまん、話は後で」

「え?」

 とりあえず。

「須藤……貴様は死ねぇええええ!!」

「おわ、多木って……ぎゃあああああああああああ!!?」

 天誅。






「すまん多木。雅の奴にはよくいってきかせておく」

「ま、まあ、そんなに気にするな、門倉」

 数刻後。

 俺達は如月寮の居間に案内され、門倉と向かい合っていた。

 対する門倉の表情には困惑と謝罪。

 まあ、さっきの須藤の奇行が原因なんだが。

「その話はもう終わりにしようぜ。せっかく来たんだし」

「そうだな……」

 互いに苦笑して、会話を切り上げる。須藤にはちゃんとお仕置きしたし。

 で、女性陣はというと。

「へえ、○○高校からわざわざ?」

「ああ。ついでに、うちの多木をかっさろうとした奴らの仲間をみてみたくてね」

「言うねぇ」

「千夏さんはいつからシュミクラムを?」

「ん? 昨日」

「昨日っ?! ……は、上等だね、その程度の実力で挑むつもりだったのかい?」

「シュミクラムは時間じゃないさ。なんならやってみるかい?」

「……面白そうですね」

「やってやろうじゃない」

「いーわよ? 亜季さんの作った影狼・凛の力を見せてやるわよ」

「上等!」

 門倉と合わせて目をそらす。うん。俺達は何も見てない。女子は女子で友好を深めあってるんだ。邪魔するのは野暮だ。うん。

「じゃ、じゃあ亜季姉の処へ」

「お、おぅ。相棒なんだ、せっかくだし手で受け取りたいしな」

 いそいそと俺達は席を立ち、二階へと向かった。

 に、逃げたわけじゃないからな!




「はじめまして。私、甲の姉」

「亜季姉ぇ、ちゃんと紹介しようよ……」

「え、ええと、はじめまして……」

 西野亜季さんは、なんていうか独特な人だった。独自の世界観で生きてる、とでもいえばいいのだろうか。

 なんだか、段々とコッチまでだるくなってくるような、そんな気だるげな雰囲気だ。

 とはいえ、仮想だとまた違うらしい。門倉の話だと、どっちかというと仮想が本体なんだとか。

 第二世代らしいといえばらしいけども。

「……まず、一つ言っておく」

「はい?」

「あのシュミクラム、とてもいいもの。多分、もともとは何かのプロジェクトの試作品」

「え、そうなんですか?」

「うん。……甲、説明しないと駄目?」

「だーめ。ちゃんと話してあげないと」

「はーい……」

 しぶしぶ、といった感じの西野さん。あらかじめ聞かされていたが、本当に話すのも億劫そうだ……。とはいえ、こちらを蔑にしている訳ではないのはわかる。なんていうか、色々と世間に出たら苦労しそうな人だ。世間に出るタイプとも思えないが。なんかこう、ひっこんで黙々と仕事、みたいな。

「あのー、なんなら仮想で話しますか?」

「……客人に気を使われるなんて、なんたる失態。お姉ちゃん失格……」

「あ、亜季姉」

「……ううむ」

 思った以上に扱いづらい人だ……。どうも俺とは相性がよくないらしい。

 困ったなあと思っていると、突然、大量のメールが送り付けられてきた。見てみると、送り主は亜季さんだ。

 って、ちょっとまて。この量の情報を今この瞬間にまとめたのか、この人!?

「西野さん、このメールは?」

「話すべき事を全部まとめてある。後で見て。今簡単にまとめてみた」

「……す、凄いですね」

 驚愕しながら、メールに目を通す。

 どうやら、俺のシュミクラムは西野さんの見立てだと、もともとは局地防衛戦用に開発された、軍事用機体だったらしい。それも通常、局地戦仕様は装甲と火力を上げ機動性を犠牲にしているのに対し、この機体は多方向から進行する敵に対処できるだけの機動力と、短時間で敵を殲滅できるだけの高火力を備えた、完全にワンマンアーミーな遊撃機体として開発されたものだという。

 が、計画は途中で中止になり、基礎フレームが完成された状態でほっぽり出されていたのを、親父が肉付けした結果、二つの要素がうまくかみ合わずあんな中途半端な事になっていたらしい。機動力が極端になかったのは、もともとは操作に特殊な訓練が必要な超大型シュミクラムだったのを、親父が素人にも扱えるようスケールダウンした結果、本来移動用に装備されていたホバーユニットが装備できなくなったのが理由。火力のあまりのなさは、もともと多目的装備を搭載する事で補うつもりだったのが、そっちは開発されていないのが原因。

 なんていうか……多分、親父は未完成の不良品を俺でも扱えるようにスペックダウンしてくれたのだろう。が、それが妙な具合に不具合を生んでいたということか。

「多分、貴方のお父さんは、貴方の慣れに合わせて調整していくつもりだった」

「……そうか。だから習熟時間に比例して武装が解放される仕様だったのか…」

「うん。機体の設定値も、微調整の余地があった。きっと時間をかけて、貴方に合わせるつもりだった。そうすれば、おそらくこの子は別物だった」

「…………」

「……すまん、話が見えてこないんだが……。どういう事なんだ? 調整してないなら親父さんにいって調整すればいい話じゃないのか?」

 困ったように訪ねてくる門倉。

 ……そうだな。そういえば、門倉にはいってなかったか。西野さんが知っているのは、多分調べたんだろう。話に聞く特級ウィザードならその程度はたやすいだろうし。

「そうだな、言ってなかったのは悪かった。……俺の親父は、ずっと昔に死んでるんだ」

「……え?」

「だから、このシュミクラムは親父の形見みたいなもんなんだ。……行われるはずの調整が行われていないのは、それが理由さ」

 そう。親父はまだ俺が小学校の頃、テロに巻き込まれて死んでいる。

 そして母親は、俺がまだお腹の中にいた頃、兵器ナノで殺された。俺が生きているのは奇跡みたいなもんだ。

 そう。生きていられるだけで、俺はまだ幸せなんだ。

「……その、すまん。無神経なことを……」

「気にすんなって。調べようと思わなければわからないことだし、そもそも俺が話す気がなかっただけなんだから。なんでもかんでも自分が引くのは、お前の悪いところだぞ、門倉?」

「……そうだな」

 話はここまで。そう暗に言って、俺は西野さんに向き直った。すると彼女は、一つのUSBメモリを差し出してきた。

「修正済みデータ、これ」

「はい、ありがとうございます」

 受け取って、さっそくダウンロードしてみる。

 ……む。ちょっと重いな。

「じゃあ、門倉。下で騒いでる奴らもさそって、こいつのお披露目といくか!」

「……慣らし、した方がいいと思う」

「そうですか? まあ、どっちにしろ仮想にいくんだし、人は多い方がいいだろ。な、門倉」

「おうともさ」




 そして、仮想空間にダイブし、シフトした俺達が見たものは。

「……あら」

「おわー」

「こいつはまた……」

 三者三様の声を漏らす、参加者の皆様方。どうでもいいが、白、赤、黄色、青、オレンジとものすごくカラフルだなあ、こうやって皆のシュミクラムがそろうと。ちなみに青はステラのシュミクラム、オレンジは吹雪のシュミクラムの事だ。ステラのは一般に流通してはいないが、ちょっと裏に通じていれば手に入る程度の機体。砲撃戦能力に特化してるタイプだ。吹雪のはフルカスタムというよりハンドメイド機。全身に近接装備を隠し持ってて、おまけにシュミクラムで”関節技”を決めてくる。初めて食らったときは面食らった。絶対、許可前から操縦してたろ。

 っと、意識がそれた。

 しかしまあ……。

「ずいぶんとでっかくなったもんだなあ」

 そうなのだ。前の機体は、門倉達の影狼と同じくらいの大きさだった。それが今や、彼らを見下ろすような視線の高さ。大きさだけなら、下手な重ウィルスをしのぐんじゃないか?

 それにしても成程。これがこいつの本来の大きさか。

「うーん。でも、こっちの方が強そうじゃないか。ていうか、強くなった気がする。なんで親父はいちいち小さくしたんだ?」

「そうだなあ。俺としても、こっちの方が強そうに見える」

「まあ、とにかく歩いてみろよ」

「おうともさ」

 門倉に頷いて、一歩前へ。

 って、ぬぉ?! な、なんか歩幅に凄い違和感が、って、あ。

「ぬぉおお!?」

「ぎゃあああ!?」

「こ、こら、倒れこむなら予め……!」

「い、いや、そうじゃない! なんかバランスが」

 立ち上がろうとして、失敗。派手に転倒して、後頭部をゴシャ。

 痛い。

「だ、大丈夫か?」

「あ、ああ……しかし成程。特殊な訓練が必要ってのはこういうことか」

『そういう事。人型に近ければ近いほど、シュミイクラムの即応性は上がり、性能も向上する。けど、サイズの比率が変わればその分、その差がズレとなって即応性を下げてしまう』

 西野さんの説明。電脳だと現実と打って変わって口数が増えるんだな。

『どうする? バランスを調整して、元のサイズに戻す? 今ならローラーダッシュもつける』

「それはありがたいんですけど……」

 見下ろすは鋼の腕。指を開いたり閉じたりしてみる。そして、感じられるのは確かな力。パワー。

 へこへこ走り回ってたのと基本的に同じ機体だなんて、信じられない程の。

 思えばこの時、俺は既にこの力に魅入られていたのだろう。

「いや………。乗りこなして見せますよ。必ず」

『そう』

 そういった西野さんは、どこか嬉しそうだった。

『そういえばその子のプロジェクトでの名前、知っている?』

「いえ、知りませんが」

「……ベルゼルガ。遠い昔に語られてた、ベルゼブブっていう神様をもじったもの。ベルゼブブは、豊穣と信託をつかさどっていた。けどキリスト教によって悪魔にされてしまった、かわいそうな神様。本当の名前を奪われて、地獄の王へと追放されてしまった、神の敵対者」

「ふ、不吉ですね」

『そうかもしれないね。けど』

 西野さんは、どこか遠くを見つめながら、つぶやいた。俺に、囁きかけるように。

『プロジェクトの人達はこう残している。理不尽な運命を決める神があるのなら、我らはそれに抗おう。故に、我らはこの名を与えた。運命を操る神に立ち向かう、神の敵対者。いつか彼が真の名を取り戻す日まで』

「運命に、抗う、か……」

 そのフレーズに覚えがある。その言葉に覚えがある。その熱に、覚えがある。

 ああそうだ。父さんが言ってくれた言葉。幼い日の、ナノの後遺症に苦しむ俺に、父さんはいつもいっていた。

 そして父さんは、見事に俺の死の運命を打ち破ってくれた。

「門倉」

「ん?」

「時間をくれ。俺は、必ずこいつを乗りこなして見せる」

「……わかった。頑張れよ」

 視線をかわして、頷きあう。それだけで十分だった。

「さ、皆、一度リアルにもどろうか。うちの菜乃葉が、そろそろ帰ってくる頃だろうからな。気合いいれて料理つくるっていってたぞ」

「菜乃葉ちゃんが? 楽しみだなー」

「菜乃葉さん、ですか?」

「そういえばまだ紹介してなかったねー。如月寮の最後の独りさ。まだ紹介してなかったなー」

「おや、まだいたのか。ふーん」

「いっておくが、菜乃葉はシュミクラムできないぞ」

 わいわいがやがや、騒ぎながら皆がログアウトしていく。

 なんかしまらないなあ、と思いながらも、俺は頬がゆるむのを自覚していた。

「楽しい連中だな、全く」

 この時間が、できるだけ長く続けばいい。

 俺はそう思いながら、リアルへと帰って行った。
















<領域離脱>
















[14869] BALDRSKY For NEXT 現代編 第三話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:a383a708
Date: 2010/01/25 16:20
第六章  アストレイズ



 須藤が指定されたアドレスに現れたのは、それから三日後、約束の日の夜だった。

 独りであらわれた須藤に、物陰で隠れていた俺は安堵のため息をもらす。……考えたくはなかったが、もし須藤がほかの誰かを連れてきたら。その時、俺はあいつと刃を交える覚悟だったから。

『よかったな、多木君。どうやら彼は完全に独りできたようだ』

「ああ……そうですね」

 そうして見守っていると、彼は俺が設置していたオブジェクトを見つけたのだろう。不審そうにそれを手にとった彼の顔が一転、苦笑じみたものに変わる。用心深いにも程がある俺の行動に、ちょっと呆れたのだろう。

 すぐにログアウトしていく須藤を見送って、俺は物陰から姿を露わす。

「……さて」

 俺もすぐさま、現実世界に戻る。ノイ診療所のベッドの上で目を覚ました俺は、予め用意しておいた清潔な衣服に袖を通し、ロッカーからいつものボロボロコートではなく、ちゃんとブラシをかけた新品を取り出す。久しぶりに友人に会うんだ、多少の礼儀は必要だろう。

 かくして、身支度を何年かぶりにきっちりとそろえた俺は、最後にひと目を避けるためのマントを羽織りながら最後の確認を行った。

「真、いけるか?」

『ほ、本当にいいんですか?』

「いいからいいから」

 言いながら、右手を顔の横にもってくる。そうすれば、俺の視界に右手が映り込むわけだが。

『じゃ、じゃあ、いきますね』

 真の合図。次の瞬間、俺の右手は視界から消えうせていた。だが、俺は右手を挙げたままだ。そして。

『あ、すごい。リアルがよく見えます!』

「成功か」

「ほう! 問題ないとは分かっていたが実際そうだと嬉しいものだな」

「先生」

 いつの間にか、部屋に入ってきていたノイ先生が珍しく、嬉しそうに語りかけてきた。

「どうだ、真君、ノイ特性同調システムは。視界だけでなく、触覚、味覚も共用できるすぐれものだぞ?」

『はい! 素晴らしいです』

「……共用? 俺、右目が今見えないんですが」

 あれ。てっきり、俺の視界を真に譲る機能だと思っていたのだが。俺がそれを伝えると、ノイ先生はあっけにとられた顔をするが、すぐに俺につないできた。

「むぅ………」

「どうしました?」

「いや……成る程。私の作ったアプリに問題はないようだ。どうやら多木君の脳チップと、周辺システムとの相性がよくなかったらしい」

「そうですか……でも、代謝系統には問題ないんですよね?」

「あ、ああ。あくまで視界が奪われてしまっているだけだ。ちょっと待て、今直してみよう」

 ノイ先生はそういうが、しかしちょっと皺が寄せられた表情を見るに、そんなに簡単ではないはず。須藤の奴はすぐにでも来るだろうし、ここは。

「先生。とりあえずそれは後でいいですよ。先に須藤と会ってきます」

「しかしいいのか? 右目が見えなくてはいざという時困るだろう?」

「大丈夫ですよ。いざって時は真がサポートしてくれます。な?」

『当然です!』

「だって。だから問題はないですよ」

 問題ないことをアピール。しかし、ノイ先生はあまりのり気ではないようだった。

「だがな、私はお前に責任を持たなければいけない立場であって……」

「だから考えすぎですって、先生。須藤が、俺に何かをするはずがない」

 断言する。最初は確かに疑惑もあったが、今は断言できる。

 それでようやくノイ先生も納得したのだろう。いや、納得していなくても引いた方が良いと思ったのか。しぶしぶといった感じで肩を落とした先生は、最後に「気をつけるんだぞ」と再三念を押して、須藤との対話に送り出してくれた。

 ただ、最後に、

「ならば完璧にアプリを仕上げなければな。いっそ、全身の制御を真君に譲るというのも面白い。そうすれば多木君の無茶も減ると思わないかい?」

 なんて言ってくれたが。ふふふ、期待で足の振るえが止まらない……。

『先輩、顔、青いですよ……?』





 果たして。

 俺が指定したリアルの居酒屋。その一番奥の席で、須藤は待っていた。

 裏口から入れてもらった俺は、音を立てないよう静かに歩き、須藤まであと一歩のところで立ち止まった。

 情けない話だが、どう話しかければいいのかわからなかったのだ。それだけ、俺達の間にあった断絶が、深いという事だろうか。

 ……馬鹿馬鹿しい。

 そんなのは、俺の思い込みに決まっている。

『多木さん、頑張って』

『……ああ』

 俺は深呼吸をして、いつかのニュービーズ・インパクトの初戦を迎えた時のように緊張しながら、口を開いた。

「……須藤」

 我ながら情けない、搾り出すような小さな声。

 だが、その言葉に須藤はびくりと肩を震わせて、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 目が合う。

 その瞬間の感覚をどう言い表せばいいのだろうか。ただいえるのは、須藤は、何もかわっちゃいなかった。あの、お人よしでちょっと抜けてて、すこし女好きの良い奴。

 俺の友人。

「多木」

「……ああ」

 言葉は要らない。俺達は互いに握ったこぶしを合わせ、一度だけぶつけあった。

 それが、俺と須藤の断絶の、埋まった瞬間だった。





「そうか。あれから、お前はずっとこの町にいたのか……。くっそう、なんで気がつかなかったんだ」

「無理もないさ。治療中だったから、ずっと診療所内に閉じこもってたし」

 酒を片手に、会話が弾む。話の内容は、勿論、今、どこで何をしているか、だ。

 俺があの日、クリスマス会場からどうやってかは覚えてないが生き延び、その後ノイ先生に治療されていた事を話すと、須藤は近くにいた事に気が付けなかったのが悔しいらしく、しきりに自省していた。まあ正直、俺自身、存在を気取られないよう目立たないようにしてたので、何かと罪悪感がぬぐえない気持ちだ。

 すまん、須藤。

 一方須藤は、吹雪をどうにかさそったデートで、街から離れた場所に星を見に行っていて、巻き込まれずにすんだらしい。だが、グングニルの光が街に降り注ぐのを、終始見てしまったそうだ。……その時の須藤の絶望は、推し量るに余りある。

「で、お前はCDFの刑事か。しかし、CDFの汚職はかなり有名だぞ? なんでそんなとこに」

「だからだよ。こんな腐った世の中だ、誰か一人ぐらい、市民の為に戦わなくてどうする。それに、俺と同じ考えの奴は結構いるんだ。意外と無茶でもないぜ」

「成る程。出世できなさそうだな」

「うるせいやい」

 ああ、この感じ。学生時代を思い出す。

 どうせなら、このままずっとだらだらと会話していたい。だが、そうもいかない。俺は、この数年間、皆をほっぽりだしていた業の責を受けなければならない。

 須藤も、俺の雰囲気が変わったのに気が付いたのだろう。コップに残っていた合成ウォッカを飲み干して、佇まいを治した。

「……じゃあ、本題だ、須藤。……皆は、どうなった?」

「如月寮の仲間なら、亜紀さんはアークに。菜乃葉ちゃんはしばらく難民生活をした後、ここらのスラムにいる事がわかってる」

「亜紀さんは妥当として……菜乃葉ちゃんが難民? ……くそ、やな時代だ……」

 如月寮の、料理上手で自然大好きな、門倉の妹分だった菜乃葉ちゃん。正直、スラムだとか難民だとか、一番遠い子だろうに……。

「……彼女は、今の自分の境遇を知られたくないと思ってる。ネットで接触するのはいいが、リアルでは出来るだけ会わないでやってくれ。頼む」

「断る、といいたいが……だが、彼女を傷つけるだけだろうな」

「すまん」

「謝るな。傷ついてるのは俺じゃない」

 お前もだ、須藤。

「……悪いな。それで、あとお前の友人二人だが……吹雪は、無事だ。割と、良い生活をさせてやってるつもりだ」

「そうか。無事だったか……ん?」

 吹雪は、須藤とあの日、一緒にいたはずだ。だから須藤が無事だったからには、彼女も無事だったのだろう。ある程度予想はしていたが、しかし確信を持てて安心した。

 けど、ちょっとまて。なんだ、「させてやってるつもりだ?」。

 まるで、吹雪をかくまってるとか、あるいは……。

 ちょ。まさか。

「おい、須藤。まさか。お前」

「ああ。……その、なんだ。吹雪は今は遠井吹雪じゃなくてだな……えと、須藤吹雪、な訳でな」

『わぁ』

 真の歓声を聞きながら、しかし俺はちょっと茫然自失せざるを得なかった。

 え?

 今、なんていった?

「ま、まさかお前……」

「あ、ああ。一応、吹雪は俺の妻で、俺は吹雪の夫って訳だ」

 照れくさそうに笑う須藤。その笑みが本当に幸せそうで、俺はしばしの間言葉を失う。

 だが、聞いておかなければならない事がある。

 それを知らなければ、俺はきっと、須藤を心の底から祝福できない。

「須藤」

「ん? なんだ?」

「……吹雪の父親と、俺の母親の事……聞いているのか?」

 そう。それだけは、聞いていなくちゃ、俺は。

「聞いてるぞ」

「………」

「……お前としては思う事があるかも知れない。いや、きっと思ってる。けど、俺はそれを受け入れる事にした。……お前に、憎まれるとしても」

「そうか」

 なら、言う事は一つだ。

「ありがとう、須藤」

「多木?」

「吹雪を幸せにしてくれて……ありがとう。ありがとう。ありがとう……」

 須藤の肩に手を置いて、うつむきながらどうにか声を絞り出す。

 そうか。

 あいつは、吹雪は、幸せか……!

『すまん、真。今は、今だけ……情けない男に、させてくれ』

『……はい。今だけ、目を閉じておきますね』

 そう言われてしまっては、もう我慢はできなかった。

 しばし、奥の席に、俺の押しつぶした声がくぐもっていた。





「大丈夫か? 多木」

「ああ、すまん……迷惑をかける」

「何の事かな?」

 俺が落ち着いたのは、十分ぐらい後だった。

 その間、須藤はずっと黙って俺が立ち直るのをまってくれていた。

 迷惑をかけてしまった。

 ……そして、こっから先は覚悟を決める必要があるだろう。

 皆が無事なら、一息で伝えてくるはずだ。けど、そうしなかった。それは、つまり。

 ズキン、という頭痛。

『……多木さん』

『大丈夫だ。それよりも、真は……いいか?』

『はい。……覚悟はずっと前に、すませていますから』

『そうか』

 くそ、真だって不安だろうに。俺は、何をやっている……?

 そして、須藤がようやく、その重い口を開いた。

「千夏とステラは……少なくとも生きているが、行方不明だ」

「? 生きているが行方不明?」

 ああ、と須藤は頷いて、

「二人とも、当日はクリスマスパーティーに参加してたはず。だが、二人とも、会場から大分離れた、横転したトラックの中に寝かされていた所を、惨状を聞いて駆けつけた民間のPMCに助けられたんだ」

「……離れた場所? 誰かが、あの会場から助け出したって事か?」

「多分、そうなんだろうな。で、二人とも命に別状はなかったんだが、千夏は無事退院後、行方不明。ステラの奴は千夏より重症で入院が長引いていたんだが、こっちも、突然病院から脱走して、それきりだそうだ」

「行方不明に脱走って……をい」

 何やっとるんだあの二人は。無事なら無事で大人しくしてればいいのに……何かあったのか?

『………』

『真? 何か、思い当たるのか?』

『いえ、まだはっきりとは……雅先輩の話を聞きましょう』

『あ、ああ』

 変な真。

「で、水無月真……真ちゃんは、完璧に行方がわからない。クリスマス当時に、どこにいたのかさえ………」

「そうか……」

 本当は俺の頭の中に電子体はいるのだが、やはり言う訳には行かないだろう。ノイ先生の話からすれば、うかつに話せばこいつまで巻き込んでしまう。須藤の友情に対する裏切りなのはわかっているが、しかし吹雪と須藤が幸せに暮らしているのに、それを砕いてしまう勇気は俺には無い。

 許してくれ、須藤。

 だが、しかし当日の真の所在さえ不明か。真も、当日の記憶があやふやらしいし、真の実体がわかるかもしれないと思ったのだが……。

「そうか……残念だ。だが、きっと見つけ出そう」

「ああ、そうだな」

 秘めるモノは違っても、互いにうなづきあう、俺と須藤。

 そして、いよいよ、最後の二人。

「で、甲と空の奴なんだが……」

 須藤が核心に触れようと、口を開く。

 その時だった。

 突然、須藤が苦しそうにうなり、頭を抱えて倒れこんだのだ。

「う……」

「須藤、どうした!? 須藤!」

 抱きかかえて揺さぶるが、返事が返ってこない。店内が、突然の自体にどよめく。

『多木さん! 大変です、雅先輩、潜脳を受けてる!』

『なんだと!? くそっ』

 俺はケーブルを引っ張り出しながら、おろおろと事態を見守ってる店主に叫んだ。

「店主! こいつがクラッキングを受けてる、今から対処してくるから、後は頼む!」

「は、はい!」

 戸惑いながらも、はっきり返事をしたのを確認してケーブルを須藤とつなぐ。大丈夫、この店主は俺とノイ先生共通の知り合いで、でっかい借りを作ってる。ここの連中も、ノイ先生には頭が上がらない奴ばかりだ。少なくとも、そこらへんの路地でダイブするよりは安全なはず!

 と、その時だ。

 客の全員が席を立った。

 疑問に思う俺の前で、連中はシャッターを閉めたり、窓を閉めたりと、戸締りを始めた。おまけに何人かは、自分もケーブルを引っ張り出して俺達のところに集まってきた。

「お前ら……?」

「なあに、多木先生の友人なら、俺達の友人も一緒でさあ」

「そうそう。前にヤバイ件から助けてもらった恩、忘れてないっす」

「……そうか。だが、ありがたいが、できればリアルボディの方を守っててくれ。ここは、俺がなんとかする。……後は頼む」

「わかりやした!」

 思ったより、俺は人徳があったらしい。真剣な連中の目を見つめ返しながら、俺はダイブの準備を整えた。

『真、補助を頼む!』

『わかりました! 須藤先輩の核へのアドレスは、これです!』

『よし……後は頼む!』





<没入>





「須藤!」

 ダイブ直後、俺は防壁の前に立つ黄色いシュミクラムと、群がるようにしてそれを襲っている複数のシュミクラムを確認した。即座に、背後からの強襲で一体を文字通り叩き潰して、須藤に声をかける。

「多木!? っ、すまん!」

「話は後だ。こいつらは一体なんだ!」

 言いながら、包丁みたいな武器を振り上げながら飛び掛ってきた一体を、振り向きざまの裏拳で吹っ飛ばす。完全に顔面を砕かれたその機体は、しかし地面にたたきつけられた瞬間跳ね上がって、怯む事なく向かってくる。それを今度は肘鉄で上半身を吹き飛ばしながらも、俺はぞっとした悪寒を感じていた。

 何だ、こいつら。普通じゃない。

 シュミクラムであっても、痛いものは痛い。顔面を砕かれるとか腕をもがれるとかすれば、痛みのあまり動けなくなっても不思議ではない。なのに、こいつらはまるで怯まない。恐れない。

 狂気的な物を感じて、思わず背筋がさむくなる。

「くそ、こいつら……命が惜しくないのか!?」

「案外、そうかも知れないぜ……」

「?」

 メタルハーペストを回転させながら向かってくる機体を真上からハンマーで叩き潰しながらグチった言葉に、横でガトリングを放っていた須藤がぼそっと答えてくる。思わず振り返った俺に、須藤は厳しい表情をウィンドウ越しに見せながら、たたきつけるように叫んだ。

「多木! こいつら……ドミニオンだ!」

「ドミニオン!?」

 その名前には覚えがある。ここ、清城市を拠点にする、武装カルト集団だ。サイバーグノーシスを主義とし、ある一人の神父をトップにあれこれ黒い活動をしているらしいが……こいつらがそうなのか。

「だが、なんでそのドミニオンが須藤に、それも潜脳なんて面倒なまねを!?」

「さあな、だが俺も任務でこいつらとやりあった事があるし、恨まれてたんじゃないのか?」

 俺は言いながらハンマーを振り返りながら繰り出し、須藤に襲い掛かろうとしていた機体を砕き。須藤は俺の脇から、迫っていた複数の機体をまとめてガトリングで蜂の巣にする。

 そうして、一端、敵の攻勢をくじいたところで……。 






 その”声”は、響き渡った。







『否。私がぁ本当に用があったのは、多木三四郎君。君の方なのだよ』

「!?」

 突然、戦場に転移してくる、一体の黒いシュミクラム。その巨体は、いくつもの美麗な装飾で覆われていながらも、禍々しさを隠そうともしない。その一つ目で、俺を見つめながら、両手のチェーンソーを唸らせながら、その機体は再び語りかけてくる。

「ひさしぶりだ。ああ、ひさしぶりだ。多木三四郎君。変わりがなくて、結構だ」

 語りながら、ウィンドウを送りつけてくる。そこにうつされているのは、ガラスのような目をした、一人の神父。

 誰だ、こいつは。

「グレゴリー神父だと…?」

「神父……まさか、ドミニオンのトップって、こいつか!?」

 呻くように須藤が呟いた、驚愕の事実。こいつがドミニオンのトップだと。確かに、それっぽい感じはするが……いや、まて。今さっき、この神父は、なんていった?

 ………久しぶり、だと?

 ズキン、という頭痛。

「その通り。もっとも、多木君には改めて語る必要も無い事ではあろうが……」

「おい、多木。お前、なんでこんなヤバイ奴に目をつけられてるんだ。何やったお前」

「知るか。こっちが聞きたい。俺はこんな奴とかかわった覚えなんて……」

 俺がそう言い返した、その瞬間。

「ちぇえええええすとぉ!!」

「!」

 突然、神父が切りかかってくる。とっさに前にでて、チェーンソーを指で挟むようにして受け止める。うかつに受け止めれば、装甲ごと切り裂かれるのはわかっているからだ。

 顔と顔を向かい合わせる、至近距離。神父が再び口を開く。

「悲しい。私は悲しいぞ、多木三四郎君! 君と私は、あの日、あの場所で、運命に導かれ争ったでは無いか! 女神のつかわせたもう巫女の言葉をめぐり、熱く語り合ったではないか!」

 ズキン、という頭痛。

「知るか! 俺に覚えはない!」

 叫びながら、フルパワーで押し返す。が、神父はするりと力を抜いて、そのまま後方へと飛び退った。力の入れ所を失って、たたらを踏む。

「……おかしい。君の目は、真実を語る目だ。だが、真実は揺るがぬ。私と君は、確かにお互いを知っているはずだ」

「そっちの勘違いじゃないのか。俺は、少なくともここ数年は引っ込んでた」

「……多木。やめとけ、相手は狂人だ。真面目に相手をすると……引き込まれるぞ」

 近づいてきた須藤が、俺を庇うようにガトリングガンを構える。確かに、須藤の言うとおり、






ズクン






「がっ!?」

「多木!」

 耐え難い頭痛に、ひざをつく。隣で須藤が声を上げるが、それに振り向く事もできない。

「な、何が……?!」

 頭を抑えながら体を見下ろした俺は、ある事に気が付いて目を見張る。

 俺の手。今はベルゼルガの漆黒の腕であるそれが、一瞬ブレ、白い装甲に変わり、そしてまた黒い装甲に戻る。

 何だ、これは。

 俺に、何が起きている?

「成る程……そういう事か。そうか、そうなのだな!」

 神父が、何か叫んでいる。笑っている。

 だが、何を言っているのか、よく理解できない。

 頭痛が。

 頭が、割れそうだ。

「多木! しっかりしろ、おい!」

「そういう事ならば、今はひこう。また、会おうではないか、多木三四郎君」

 言い残して、神父が取り巻きと共に消えていく。

 だが、今の俺にその言葉の意味を、行動の理由を考える事はできず。





 俺は、須藤の呼ぶ声を聞きながら、その意識を手放した。















<領域離脱>



[14869] BALDRSKY For NEXT 過去編 第四話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2010/01/10 18:24
第七章 ギミックボディ



 漂ウノハ、忘却ノ海。

 原点回帰。ソレトモ帰還願望カ。

 タダ、俺ハ彷徨ウノミ…。





「どうだね、調子は……」

「………」

「む。少しナノの設定が良くないか……これならどうだ。多木君、多木君、目を覚ましたまえ」

「ん……」

 まどろみから意識が浮上していく。俺は軽く目をこすって意識をはっきりさせると、傍らに立つ主治医をベッドから見上げた。

「ノイ先生……」

「大丈夫か? 吐き気とか眩暈とかないかね?」

「いえ、今のところは…」

 軽く頭をふって意識をはっきりとさせる。

 そうだった。俺は今、定期メンテを受けにノイ先生の処にきているんだった。それで、学校帰りで、廊下には吹雪とステラを待たせてるはず。

 なんだか、ぼんやりと頭が重い。

「先生、なんか頭が重いんですが……」

「ああ。骨格の摩耗が認められたから、ちとナノを追加しておいたのでな。上手く馴染んでないんだろう。こちらでモニターしてる限りだと大丈夫だから心配するな」

「はい」

 ぼんやりとしながら、先生が手渡してくれたブラックコーヒーを口に含む。何か混ぜ物をしているのか、すっと頭の重みが消えていった。

「んー……っと」

 背伸びをしながらベッドから起き上がると、全身のあちこちがぱきぱき音を立てる。今度こそ完全に意識も覚醒した。

 たてかけてあった上着を羽織りながら、別室に移動するノイ先生についていく。

「さて、多木君。最近、面白い事をやってるようだね」

「え?」

 突然のノイ先生の質問。面白い事、といわれても、ここ最近の高校生活は面白い事が多すぎてぴんとこない。悩んでいると、ノイ先生から答えを教えてくれた。

「シュミクラムの事だよ」

「あ、はいはい。って、あれ、まさかひょっとしてシュミクラムにのるのって俺の体によくないとか……?」

「違う違う、そうじゃない」

 言い方が悪かったか、といいながらノイ先生はカルテをめくりながら説明をはじめた。

「むしろ逆だな。シュミクラムに乗るようになってから、君の体内のナノの活動が安定するようになった。理由としてはそうだな……昨今、環境破壊の影響で食糧の生産が減り、世界的に食糧不足な中、どうして餓死する人が過去数百年に比べ少ないか君は知っているかね?」

「えーと……飢餓状態の人が、ネットにダイブした状態で生きているから、でしたっけ」

 うろ覚えの学校の知識。だが大筋はあっていたらしく、ノイ先生は頷きながら肯定した。

「多少違うが、大方そうだ。つまり、ダイブ中は極めて低代謝状態に近いわけだな。そして、君の体を管理しているナノは、低代謝状態の方が良い仕事をできる。それが理由の一つ」

「ひとつ?」

 あれ、ほかに理由が?

「なあに、簡単なことだよ。ストレスは万病のもと。そういう事さ」

「ああ、そういう事ですか。確かにストレスは発散できますね」

 凄く納得できてうんうんと頷く。

 シュミクラムってすっごく楽しい。それは言い切れる。そして、確かに電脳で暴れるのはすかっとする。からまれるのは御免だが、門倉達とスポーツでやりあうのは負けても勝っても気持ちがいい。

「ふぅむ。やはり、ストレスの発散にはそういった過激なものの方がいいのか?」

「あー、どうでしょう。俺は男だからかもしれませんし…」

「男も女も本質はいっしょさ。人間だからな」

 そうですか。

「よし、決めた! 多木君、今度私に付き合いたまえ」

「……ここは、『そ、そんな。まだ俺達お互いの事をよく知らないですし・・・』って答えるのがお約束でしょうか」

「お約束は破る事に意義があるのだと思うが。まあ、わかっているのなら話ははやい。私も、シュミクラムの医療転換には興味があってな。ちょっと色々話を聞きたい。が、今日は友人が付き添いで来ているだろう?」

「そういう事ですか。お安いご用です」

 てっきりノイ先生の事だからまた無茶をふっかけられるかと思ったが、杞憂だったようだ。良かった。

 そう思いながら残りの診察結果を聞き、診療室を後にした。





「おまたせ、ステラ、吹雪」

「おっそいぞー。何話し込んでたんだ?」

「いやなに。シュミクラムの医療転換にちょっとな」

「はぁ?」

 廊下で律義に待っていた二人と合流し、馬鹿話をしながら廊下をいく。ここは統合の施設ではあるが、特殊な患者ばかりを集めた区画だ。だから、俺達のほかに人はおらず、また見かけることも少ない。

 だからだろう。

 俺がその二人組に目を留めたのは。

「ん?」

「どうした、多木」

「いや、あれって・・・・星修の制服じゃないか?」

 俺が指さす先には、二人の女子生徒。どっちも小柄な女子で、一人はハニーブロンドに、なんていうのか変則ツインテールみたいな髪型で、もう一人は青というか藍というかそんな色合いのショートカット。二人は仲良く寄り添いながら、こっちに歩いてくる。

「こんにちわ」

「こんにちわ」

「……にちわ」

 すれ違い様にあいさつをかわす。

 この病棟にいる以上は何かの患者なのだろうが、しかしヤボな事はいいっこなしが暗黙のルールだ。俺だって自分の症状を人に語りたくはないし彼女達だって同じだろう。だから、それだけ。

 そのまま俺達はすれ違い、離れていく。

 ただ、それだけの関係。

 ……この時は、そう思っていた。




「そういや、多木。例のシュミクラムの慣らし、どうなんだ?」

「ぼちぼちって所だな」

 そして、昼過ぎ。俺達はいつものように仮想アリーナに集まって、思い思いにシュミクラムを動かしていた。とはいえ、俺は今回自習。例のシュミクラムをまだうまく扱えないので、基礎訓練からやり直しなのだ。

 そんな俺に話しかけてきたのは、組み手を終えた門倉だ。さっきまで戦っていた須藤は、向こうの方で大の字に伸びているのが見える。さらにその向こうでは、ステラと吹雪がやりあっているのも見える。ステラが猛烈な弾幕を形成して吹雪の接近を阻んでいる……ように見えて、ありゃチェックメイトだな。吹雪は左によけながら、右に切り返すタイミングを図っているのが丸わかりだ。トリガーハッピーになってるステラにゃ気がつけないだろうが。

「ぼちぼちか。じゃあ、実戦で試してみないか? 何事も経験!」

「とかいって門倉、お前が戦ってみたいだけだろう?」

「バレたか」

 にしし、と笑う門倉。最近思うが、こいつも大概なバトルジャンキーじゃなかろうか。

 とはいえその提案は悪くないと思う。戦ってみないと分からないこともあるだろうし、いいかもしれない。

「おっけぃ。乗ってやるよ。とはいえ、期待はずれでがっくりすんなよ?」

「何、多木なら大丈夫だって」

 シュミクラムにシフトしながら、訓練場の真ん中に歩み出る。門倉は自然体。俺は、片手にハンマーを握って腰を落とした。相手はあの門倉だ。一瞬だって気は抜けない。

 ちらちと視線を動かすと、吹雪やステラ、渚や須藤も動きを止めてこっちを見ていた。これは、下手な格好も見せられないな。

「開始はどうする?」

「じゃあ、この弾丸が地面に落ちたらって事で」

 掌に転移させたハンドガンの弾丸を見せてくる門倉。それなら文句はない。

 ぴん、と銃弾が親指ではじかれる。それはくるくる回りながら宙を舞い、ゆっくりと地面に落ちていく。

 地面まで、あと3m。

 2m。

 1m。

「「オープンコンバット!!」」

 先手必勝。俺は脚部の多重関節を一気にたわませ、ベルゼルガ最大の武器”瞬発力”を生かして門倉にタックルを仕掛ける。本来制圧地域での防衛を目的としたこの機体は長距離巡航は転移に頼っているためマラソンは苦手だが、エリア単位での移動力、機動力はそこらのシュミクラムの比じゃない。正直、ブレーキとか軌道変更とかはさっぱりだが、しかし門倉にとってこの巨体でこの速度は未知のはず!

「もらったぁ!」

「うぉぉ!?」

 門倉の悲鳴。だが、影狼はとっさに放とうとしていたバズーカを地面に向け、うちはなった。

 迎撃しない。

 その判断が正しい事を、俺は直後に理解した。

 そのまま放ったところで、分厚いシールドを展開しているベルゼルガの突進は止められない。だが、門倉は砲弾の爆発にのって一瞬早く後方に飛び退り、俺は足元をすくうような爆風に踏み込みを誤る。結果、タックルは見事に打点をずらされ、門倉は力の抜けた突進に突き飛ばされるに終わった。

「あっぶね!」

「ちいっ!」

 会心の声を上げる門倉と対象的に舌打ちを慣らす俺。すぐさま関節を格闘戦用に組み換えるようシステムに支持しながら、ハンマーを振りかぶる。

 影狼にとっては格闘圏外の距離。だが、このベルゼルガの巨体には十分すぎる。

「砕けろ!」

「たまるかっ!」

 またも、かわされる。門倉は振り下ろされるハンマーにあえて飛び込むと、柄の下にもぐりこんだのだ。

 戦慄が背を走る。

 背後では、槌がフィールドを激しく穿ち、粉砕している。一歩間違えばそれに巻き込まれるというのに、門倉の奴はためらいなく踏み込んできた。さっきも、咄嗟の思考など入る余地のない局地であれだけの判断。

 バケモノ、という言葉が頭をよぎる。

 だが、しかし。

「こっちも……」

 ハンマーから手を離す。幸い柄を遠目にもっていたおかげで門倉との距離は刹那稼げている。俺は指に仕込まれたモーターブレードを展開すると、真正面から門倉につかみかかった。前だったら、カッターナイフ程度の意味しかなかったこの装備。だが、巨人の爪は、唯人にとってはナイフと同じ。十分な殺傷力はある。

「意地があるんだよ!!」

「それは同じく!」

 門倉のナイフと、俺のモーターブレードがぶつかり合って火花を散らす。だが、甘い。ベルゼルガの膂力を甘くみるな。

 一気に力を入れて、ナイフを手の中で握り砕く。

 だが、甘いのは俺だった。

 砕け散る鉄の破片。その下に、門倉の姿はなかった。

「な、に?」

 レーダーに目を落とす。

 反応は……背後。

「股抜けだと!」

「でかさがあだになったな、多木!」

 ほぼ反射的に、裏拳を振り返ると同時に放つ。だが、それは空を切り、目の前にはついに懐に飛び込んできた門倉の姿。

「これで、終わりだ!」

 レーザーソードを振りかぶる門倉。俺はその瞬間、無我の境地である武装を起動”してしまった”。

「あ」

「え」

 直後、大出力の放電が、門倉と何故か俺自身を襲いまくり、二人仲良くノックダウンとなった。





 最終近接防御武装、多木コレダー。

 しかし、未調整故使用は厳禁である。





 そして。

 日々は流れ。









 5月19日。午後9:42。








「ノイ先生、一体何のようなんだろう」

 数日後の夜。

 俺は、ノイ先生に呼び出されて病院の電脳エリアにやってきていた。それも、先生の指示でシュミクラムを纏って。

 しんと静まり返ったエリアには、俺以外の姿はない。ただ、ベルゼルガの駆動音だけが空しく響く。

「せんせーい、どこですかー?」

 呼びかけ、チャント、とにかく先生を探す。だが、返事はない。

 急用でもできたのか。そう思った俺の前で、空間にノイズが入った。

「? 転移?」

 見下ろす俺の前で実体化したのは、小さな少女。小柄な、青いとも紫ともいえる髪の、妖精みたいな少女。

 脳裏に走る、デジャヴュ。

「君は、病棟の……」

 何故ここに。戸惑う俺の前で、少女が再びノイズにつつまれる。

 ノイズ? いや、違う、これは……。

『多木君。約束を果たしてもらおう』

 どこからか聞こえてくる、ノイ先生の声。だが、俺は求めていた人の声を耳にしながらも、目の前の光景から目を離せなかった。

 少女の体が、変換されていく。純白の装甲が羽毛のように体を覆い、細い指は鋼に染まる。緑色の粒子が舞い散り、その奥で、バイザーに隠された強い視線が俺を穿つ。

 圧倒的な、驚異の気配。なのに、そのシュミクラムはどうしようもなく、美しかった。

 ぞくり、と背筋が震える。

 それは何か。

 例えるなら、純白に積もった雪に足を踏み入れる感触。綺麗に積み上げた煉瓦を突き崩す感覚。

 ああ、そうだ、俺は今から、この機体と。

 この美しい機体と。

『さあ、時間だ』

 ノイ先生はどこか楽しそうに、始まりを告げた。

『存分に………戦うがいい!』




 そして。

 俺は雄叫びと共に駆け。

 少女は、光の翼で羽ばたいた。











<戦闘開始>




[14869] BALDRSKY For NEXT 現代編 第四話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2010/01/17 22:14
第八章 ヘイト

 からん、と薬莢が地面に落ちる。

 地面におちて澄んだ音を立てるそれをしばし見つめて、ぐし、と足で踏み潰す。

 足をどけたときには、すでに薬莢の残骸すらも消えていた。

「……ふぅ」

 ゆっくりと突き出した杭がハンマーの中に格納されていくのを確認しながら、肩に担ぎなおす。そのまま俺は、冷たい地面にあぐらをかいて座り込んだ。

 周囲には、ウィルスの山、山、山。

 当然全て撃破されているそれを見ながら、俺は真に呼びかけた。

「タイムは?」

「2:44。……スコア更新ですね」

「ん、まあ、そんなもんか」

 悪くない数値だ。相手が一山いくらの雑魚とはいえ、その数は30を超える。おまけにノイ先生特性のプログラムで判断力を強化された特別製だ。最も……訓練用の、まがいもの相手に拠点防衛用たるベルゼルガで苦戦していては全くお話にならないのも事実なのだが。

「で、どうです、先生。何か問題はありましたか?」

『……無いな。全く正常だ』

 むぅ、と唸りながら頭をひねるノイ先生が、ウィンドウに顔を見せた。その表情にはありありと困惑が見て取れる。

『おかしいな……。君のシュミクラムが異常をきたし、同時に君の脳にも異常が起きたのは間違いない事実。だが、こうやって調べる限りでは全く持って問題はない。だがしかし、異常が起きたのもまた事実。うぅむ』

 俺の主治医、そしてシュミクラムの製作者であるという自負があるからか、原因を解明できないでいるノイ先生はその事にずいぶんといら立っているようだった。俺としては、申し訳ないことこの上ない。

「となると、考えられるのはやっぱり、過去に触れたことですか?」

『考えたくはないが、それが一番妥当だな。とすると、君には残念なことになるが……』

「分かっています。須藤にも伝えておきますよ。……空と甲がどうなったのか分からないままなのは、ちょっと苦しいですけど」

『すまないな』

 本当にすまなそうにする先生に、気にしないで下さいと返す。この人は意外と意固地な処があるから、変に思い詰めなければよいのだけど。しかし、そうなると困った。真の為にも、せめて、空さんの行方ぐらいは確認しておきたかったのだが。

 だがしかし、須藤の口ぶりからすると、ろくな事にはなってなさそうだ。

 引き延ばされて、安心すべきというか、がっかりするべきかというか。

『ところで、多木君。少し頼まれてほしいことがあるんだが』

「何でしょう?」

『その、なんだ。あんな事があったばかりでなんだが、少し接触してほしい相手がいる。どうにも、知り合いがこの町をうろついているみたいでな』

「知り合い、ですか? しかしそうなら直接通話すればいいでしょう。知り合いなんだし」

 俺の切り返しに、ノイ先生はちょっと困ったようにほほをかく。なんだろ。

『それが、だな。どうも作戦行動中らしく無線封鎖されていて、上手く連絡がな……』

「作戦行動中って、何やってるんです? その知り合いって……軍隊じゃあるまいし」

『いや、ある意味ではそうかもしれんな』

 ノイ先生はそういうと、俺の表情を探るようにしながら、こういった。

『接触してほしいのは、あるPMCだ。名をフェンリル……君とて、聞いたことがあるだろう』

 ゴトン、と。

 俺の手からハンマーが滑り落ちた。






 フェンリル。

 悪名高き傭兵集団。と人は言う。

 そして俺にとっても例外ではない。

 だがしかし、ノイ先生の話だとそれは冤罪だという。フェンリルのリーダーは、金で仕事を選ばない、と。

 どっちが真実なのかはこの際置いておこう。

 問題は、ノイ先生がこの連中とコンタクトを取りたがっていること。そして、どうここに潜入しているというフェンリルのメンバーに話をつけるか、だ。

 断れば良かったんだろうが、しかしノイ先生の頼みであるし。そもそも、そんな物騒な集団がこの町にうろついていると知ってしまったんだ。おとなしくしてはいられない。

 一言でいえば、強迫観念なのだろう。今の俺にとって、組織というものはすべて”敵”にしか思えなかった。だが分かっていても、その考えを改める気はない。

 真を守るためには、どんな些細な危険でも、しらみつぶしにしておく必要がある。

 俺はそう思いながら、無名都市へとアドレスをつなぐ。

 ……こっち側には、ノイ先生の知り合いが多数いる。しかし、彼らからデンリルについてそれらしい話は聞けなかった。だとすると、情報屋か何かに用があったと推測できる。ならば、無名都市以外に行く場所はない。それにあそこには、この町に根を張る違法組織のアジトがごまんとある。無作為に探すよりはマシなはずだ。最も、広大な無名都市をあさる事自体、無帽な事でもあるのだが。

「多木さん。いくんですか」

「ああ。ノイ先生の頼みだしな。まあ、体は大丈夫だよ。問題ないって」

「けど……」

「心配するなって」

 手をのばして、くしゃりと真の頭をなでてやる。

「俺はお前を残しては死なないよ。絶対に」

「……うん」

 しぶしぶといった感じではあるが、頷いてくれる真。

 しかしながら説得力ない言葉ではあると自分でも思う。何せ、おれはこの一週間の間で、二度も変調をきたしているのだから。

「何かあったら、すぐに逃げてくださいね」

「勿論」

 すまないな、真。





 無名都市は、混沌の極みだ。

 いつきても、その印象は変わらない。

 かつての某州は、人種の坩堝、なんて呼び方をされていたらしいが、無名都市はある意味では現代の人種の坩堝だろう。

 生物としての種類ではなく、本質的な種類、という意味での。

「よぅ、壊し屋の兄ちゃん。ここに来るのはずいぶん久しぶりだな」

「ども、ジェフさん。お久しぶりです」

 俺は肥満体の男性に頭を下げる。ジェフというその男性はここらの情報屋をしきる、いってみれば頭の独りだ。ちょっとしたトラブルに巻き込まれて以来、どうにも俺の事を気に入ってくれた彼は、割と格安で情報を売ってくれる貴重な人材だ。

 そして、目的の情報を握っている可能性が最も高い人間でもある。

「ところでジェフさん。最近、変わったことないですか?」

「変わったこと? 無名都市でそれは日常だろう」

「そうじゃなくて、こう、どっかの組織のよそ者が紛れ込んできているとか……」

「ううむ? 何かあるのか?」

「いえ。個人的な欲求ですよ」

「ふぅむ。ま、安くはないぞい」

「わかりました」

 そしてしばしの交渉ののち手に入れた情報は、ガセもいいところだった。だが、何も分からなかった訳じゃない。それで一つ確信できる。

 フェンリルのメンバーとやらは。少なくとも、有名どころは入ってきていない。

『なんでそう断言できるんです? 腕利きなら、何も悟らせずに入ってくる事だって……』

「まあね。真の言うのも一つの真理だ。だけどこの情報、それっぽいのがちらほらまじってる」

 俺は仮想で紙の束にオブジェクト化した情報を叩きながら、ドリンクを口にする。

「本当のプロなら、それらしい嘘を混ぜたりもするか、完全に遮断するだろう。だけどこれ、なんつーかミスったっぽい感じがする」

『ミスった?』

「………他の州限定の缶ジュース、それもフェンリルがつい最近まで活動してた地域の奴がごみ箱に捨ててあった、とかどう考えてもミスだろ。わざとらしく転がしてあったならともかく」

『………なんでそんなのまでわかるんでしょう』

「のぞき大好きだからな、ここの連中」

 うかつにゴミも捨てられんとはこの事だ。

 無論、この情報だって、単なる俺の勘違いである可能性だってある。だが、不思議と俺はそうは思わなかった。いくつかの情報が、まるで紙から浮かび上がってくるような違和感を感じていたからだ。

「とはいえめぼしい情報もなし、か。あとは足かな」

『気の遠くなる話です』

「ま、ちょっとアリーナいって観戦でもするか。フェンリルのメンバーって戦い好きらしいし、意外ときてるかもな」

『流石にそれはないですよ。いくつアリーナがあるんです、この無名都市に』

「まあな。ま、いってみただけさ」

 しかしながら。

 この安直な考えに、俺は後に感謝することになる。

「やってるなあ」

『やってますねえ』

 23-42-cエリアにあるアリーナ。割と広めに作られたその会場の二階から、俺と真はジュースをすすりながらのんびりと試合を観賞していた。このあたりは、別にマフィアうろつく地獄の一丁目、なんて訳ではなく、無名都市にしては比較的穏便な連中が集まってるエリアだ。それを反映してか、試合の内容も深層で見られるようなコロッセオじみた残虐なルール無用、という訳ではなく、割とまともなものだ。むろん、人死にはしょっちゅうでるが、それでも見てる分には何の問題もない。

 今も、眼下では二体のシュミクラム……あれはメッサーとコパーかなあ……がもみ合いド付き合いを繰り返してる。別に技の冴えもへったくれもないが、しかしこういうのは雰囲気が大事だ。何事も楽しんだもん勝ちなのである。

「しかし、この雰囲気って思い出すなあ、昔を」

『昔……ニュービーズインパクトですか?』

「そうそう。そういえば、あれに参加決めた後だったけ、真に出会ったのは。あの時はなんていうか、我ながら笑えるぐらいフルボッコだったなあ。ノリノリでいどんだくせに空飛ばれた瞬間にゲームセット」

『あ、あははは……あれはその、出来心と言いますか』

「ベルゼルガがジャンプできないのを逆手にとって、高空から撃ちおろしビットの豪雨。しばらく夢に見たよ」

『あ、あうぅうぅ』

 涙目というか涙声になる真。あ、なんか楽しい。

 別にいじめっこじゃないはずなんだけどなあ、俺。治療の影響か、最近どんどん心が昔に戻っているような気がする。

「いや、そうでもないか」

『多木さん?』

「ああ、そのな……。考えてみれば、めったにないとはいえ、俺達、殺し合いを見て楽しんでたんだよな、って今思ってさ……。学生時代の俺達がこんな姿をみたら、どう思うだろう」

 答えはない。意地悪な言葉だっただろうか。

 だが、俺達は変わってしまった。世界も。そしてそれは良くも悪くも、なんてものじゃない。間違いなく、悪い方向への変化だ。

 この世界はどこにいくのだろう。少なくとも、ロクな方向じゃあるまい。

 考えても、仕方のない事だが。

 と、そこまで考えて、俺はごつりと背中に衝撃を感じた。バランスを崩しながら振り返ると、一人の女性が床にジュースをひっくりかえしてあわてているのが見えた。どうやら、俺の後ろを通り抜けようとしてぶつかったらしい。

「大丈夫ですか?」

「あ、はい。すいません」

 手伝おうとして、俺もかがみこむ。そして、お互いにあいさつをかわして女性と目が合い。

 その目は、とても覚えがあって。

「……ステラ?」

 呆然とつぶやく。あっちも驚いているのだろう、ほんの少しだけ口をあけて呆然とするその表情はとても覚えがあるもので。

 懐かしい勝気な瞳に、浅黒い肌。

 それは俺の記憶の学生生活を象徴するそのままで。

 けど、何故だろう。

 次の瞬間、彼女の瞳は憎しみと怒りに染まった。

「っ!」

 突きつけられる黒い銃口。反射的にフェンスをぶち破って後方に飛び退る。ぶっとぶフェンスを片目に、体をひねってとにかく足を下に。

 眼下では、まだどつきあっていた二体のシュミクラム。悪いな、と呟きながら、俺はそのうちの一体の頭の上にひらりと着地した。足にしびれるような衝撃がかかってくるが、この際無視。

『な、なんだてめえ! 試合中だぞ!』

「悪い。緊急事態でな」

 当然言い返してくる足場にされたシュミクラム。だが、それにかまっている暇なんてなかった。

 見上げた先、破壊されたフェンスの向こうから見下ろしてくる殺意の眼光。ステラは、憎しみに染まった瞳で俺を睨みつけながら、ためらう事なく空中に身を乗り出した。

「壊してやる、壊してやる、壊してやる壊してやる壊してやる……!!」

 ばぢり、とその体が紫電に覆われ、次の瞬間巨大な人型へと変化する。

 そのシルエットを見て、俺は息をのんだ。

 女性的な、細身のスラリとしたシルエット。だが一方で、右手にはほぼ右腕全体と一体化した、獣の頭をあしらった銃口を持つ巨大なライフルを装備し、左手には大型ブレードをマウント。全身のあちこちには凶悪なサイズのブレードベーン。そして何より、漆黒と血のような赤黒いカラーリングが、禍々しさばかりを強調している。

 アンビギュアスじゃ、ない?

「まて、ステラ!? 何がどうして、お前が俺を襲う!? 何かしたか、俺!?」

「黙れ偽物っ! 同じ手が二度と通じると思ったか!」

 偽物、という言葉。

 その言葉の意味を理解するよりも早く、巨大なライフルの銃口が突き付けられる。一瞬の差で回避に成功するが、直後俺が足場にしていたシュミクラムの頭が爆発に包まれ、背中から衝撃にあおられて大きく吹き飛ばされる。

「がっ……」

 ばき、という衝撃。風にあおられて体勢を崩したまま、床にたたきつけられる。これは……ちょっと右腕が逝ったか。

 なんとか身を起こせば、対戦相手を倒されて怒ったシュミクラムがとびかかかり、しかし目線すら会わせぬままに左手のブレードで切り払われてるのが見えた。一瞬で二機の機体を沈黙させながらも、赤黒い機体の注目は変わらない。

「……なんでこんな事に……」

 ため息をつきながら、シュミクラムへの移行を開始する。ぴぴ、と体の異常を告げるウィンドウが開き、すぐさま麻酔処理を実行。普通なら電子体の腕がへし折れてるなら、シュミクラムの腕も動かないが、ノイ先生特性のこいつにはそれをごまかす機能がついている。ダーマみたいなもんだろうか。もっとも、そもそもの生身の体で特殊な人間じゃないと使えないらしいが。

 シュミクラムへと移行し、体の具合を軽く確認した俺は改めて、ステラの機体に向き直った。

「よぅ。……何が何だかわからんが、久しぶり、か?」

「よくいうよ。しかしシュミクラムへの移行まで実現してるなんて、たいしたもんだね、狂信者どもも」

「いや、その前に一つ確認したい。お前、俺をなんかと間違えてないか? 俺は正真正銘、多木三四郎だぞ? そりゃあちょっとはシュミクラムだって外見変わってるけどさ」

「はっ! よくいうよ! その機体のどこが、ベルゼルガだ!?」

 ステラは吐き捨てるように言い捨て、右手のライフルをこちらに向けてくる。咄嗟に射線から身をそらそうとした俺は、ふと悪寒に誘われてシールドを展開、防御に入る。直後、ステラの銃、獣の顎をかたどったそれが”開き”、上顎と下顎に隠された銃口を展開して同時3バーストの猛射撃を加えてきた。

 シールドの上ではじけ飛ぶ火花に、回避を選択していたらどうなっていたか想像して青くなる。

「ちょいまて、どういう事だよ!?」

「ベルゼルガは、アイツの心みたいに冒頓で雄大で、でも決して邪悪じゃなかった! 少なくとも、そんな黒く染まった邪悪な機体じゃない!」

「お前だって機体を変えてるじゃないか! しかもそんな趣味の悪ぃカラーリングで!」

 腕の機銃で反撃。だが、ステラの機体は軽々と跳躍し、全身のブレードベーンを壁に食い込ませるという曲芸じみたテクニックにより、理解不能複雑怪奇なデタラメな回避機動をとってそれを回避する。すさまじい腕だ。少なくとも、ただつったって撃ちまくるのが戦闘だった学生のステラからは考えられない。

「趣味が悪くて悪かったね! けどね、あり得ないんだよ! アイツは、多木三四郎は……死んだんだ! この世のどこにも、いないんだよぉっ!!」

「っ!」

 こちらを飛び越えると見せかけて、天井に足のベーンを食い込ませての鋭角にもほどがある機動を描いての奇襲。咄嗟にシールドを上に向け、それを受け止める。

 だが、想像よりもはるかに軽い。

 違和感を抱いた次の瞬間、シールドを上にむけたせいでガラ空きだった俺の目の前に、蹴りが降ってきた。

 上に中尉を払っていた俺は、突然目の前に降ってきた足をさばききれず、装甲に深い斬撃跡を刻まれながら吹っ飛ばされる。

 壁に叩きつけられる、なんて数年ぶりじゃないのか、なんて思いながら、俺はなんとかして体を起こした。

 その眼前に、突きつけられる巨大な銃口。どうやら、あのライフルはまだ変形するらしい。限界まで開かれた顎から、それより大きなバレルを突き出したライフルをごりごりと押しつけながら、ウィンドウごしにステラが炎のような笑みを見せる。

「へえ。強度そのものは本物のベルゼルガ並み……いや、それ以上か。反応速度に至ってはケタ違い。………蹴りまで使わされるとは、思わなかったよ」

「そりゃどうも」

 こちらの手をしっかりと踏んで押さえてあるのを確認して、俺は脱力気味に肩を落とした。会話に気を取られた、というよりも完全な敗北だ。ぐうの音もでやしない。逆にいうと、うやむやで友人を手にかけずにすんでちょっとほっとしたのもあるが。

「最後に、確認があるんだが、いいか」

「聞く耳持たないね」

「そうか……しょうがないな」

 話が通じないのでは仕方ない。俺は、俺が本物であると証明するためのジョーカーを切ることにした。

「七歳の春まで治らなかったんだってな」

「……? ………っ!? お前!!」

 一瞬の硬直ののち、ぼんっとステラの顔が赤く染まる。

 けど、構わずに次を続ける。

「車の値段54円」

「!!!!??!?!?」

「夢はお父さんの……」

「わーーーわーーーわーーーーっ!!」

 さっきまでのクールビューティーはどこへやら。ライフルを取り落として必死になって口をふさいでくるステラ。無論、シュミクラムの口をふさいだところで意味はないんだが。

 ひとしきりあわてまくった処で、ぜーぜーと肩で息をするステラ。よっぽど動揺したらしい。

 落ち着いたのを見計らって、俺は再度、口を開いた。

「で、いい加減信じる気になった?」

「ど、どこであんな事……」

「お前の母親から直々に。なんでも『あのじゃじゃ馬が問題を起こした時に使ってね♪』だそうだ」

「母さん……」

 ばじ、と紫電を放って、俺とステラの姿が電子体のそれへと戻る。

 ステラはおぼつかない動きで、俺に手を伸ばしてくる。俺はそれを受け取って、両手で握りしめてやる。

 NPCでは決してない、魂の鼓動。熱。それが、少しでもステラに伝わるように。

 ステラはじっとうつむいたまま動かない。けど、それが疑いとかそういう理由じゃない事は、俺でもわかった。

 俺はステラを見ないようにアリーナの天井を見上げたまま、わざとぶっきらぼうな口調で話しかけた。

「ステラ、悪いがここはちとまずい。……落ち着いたら、リアルで会おう。待ち合わせはそっちで指定してくれ。アドレスはこれ」

「うん………」

「……その、なんだ。悪かったな」

「いいよ……本当に、本当に本物の多木なんだよね……?」

「んだよ。まだ信じられないのか」

「信じたいよ……けど、信じて、裏切られて傷つくほうが、もっと怖い……」

 そういって、痛いほどに手を握り締めてくるステラ。こいつも、この数年色々あったんだろうか。

 聞きたい事は色々ある。けど、ざわめくアリーナで聞き出すのは流石にマズイ。空気を読めてないとは思うが、しかしこれ以上目立つ訳にもいかない。

「すまん、ステラ。俺はもういく。……リアルでなら、張り手でもなんでも、受けてやるから」

「する訳ないでしょ、そんな事……。でも、これでまだ偽物だったら、絶対殺してやるからね」

「物騒な事言うなっての。ったく……でもさ」

 気がつけば自然に手が伸びていた。

 小さく固まったステラの体を胸の中に抱きいれる。びく、と震える体を抱きしめながら、俺は熱く息を吐いた。

「あえて、良かった」

「………多木」

「無事だとは聞いていたけど……こうやってあえて、良かったよ」

 俺は最後にぽんぽん、とステラの肩を軽くだきしめて、髪をひかれる思いで離脱手続きを行った。












<領域離脱>



[14869] BALDRSKY For NEXT 過去編 第五話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2010/01/25 17:22
第九章 ギャランホルン・アラート





 ついに、この日がやってきた。




 俺の学生寮の部屋。

 そこで、俺と吹雪、ステラは集まって、三人輪を組んで座っていた。

 お互いに言葉はない。

 ただ、微妙な緊張感だけが漂っている。

「いよいよ、だね」

「ああ」

「き、緊張します……」

 俺達は神妙にお互いを見やってから、有線ケーブルを取りだす。その手がちょっと震えてるのは、みんな一緒だ。

「じゃ、じゃ、いくぞ?」

「は、はい」

「せーの」

「「「目指せ優勝!イエーイ!!」」」

 掛け声を合わせ、俺達は一斉にネットにダイブした。

 ダイブ先は……ニュービーズインパクト予選会場!





「よう、多木! 遅いじゃないか」

「まあな。気合い入れてたんでね」

 会場にはすでに、如月寮の連中が勢ぞろいしていた。

 三人組は当然として、普段は来ない西野さん、菜乃葉ちゃん、それから見慣れない女子が独り。

 って、あれ。あの子。

「空さん? なんでここに?」

「あれ、多木君?」

 お互いに、最近知った顔を見つけて首をかしげる。

 水無月空さん。こないだ俺をフルボッコにしてくれたシュミクラムを操る水無月真ちゃんのお姉さんで、星修学園の生徒。

 だが、彼女は如月寮の出身ではなかったはずだが。

「ああ、そういえば言ってなかったな。最近、うちに入ってきた水無月空ってんだ」

「あ、引っ越したのか。どうりで」

「こっちも吃驚よ。三四郎ったら、貴方も甲達と知り合いだったの?」

「まあな。まさか空さんが知り合いだとは思わなかったんで言わなかったけど……イダダダダダダ!?」

 脇腹に激痛。振り返ってみると、ステラがいい笑顔で待ち構えていた。ただしその手は万力のように俺の皮を捻り上げているが。

「なーに? 多木ったら、またどこかで女の子ひっかけてきたのかなぁ?」

「ちょ、違う、違うって! ていうか痛いからやめてっ」

 何この冤罪。

 とりあえずつるしあげ食らっている俺が哀れになったのか、空さんが割って入ってとめてくれる。

 ついでに病院の関係者で知り合いなんだと伝えると、ステラは目に見えて小さくなった。珍しい。

「ご、ごめん、多木。私、つい……」

「いや、気にするなって。なんで怒られたのかよくわからんが、俺も」

「変な関係ね、あんた達」

 まあ、そんなトラブルを挟みつつ、ようやく大会の開会式を迎える。

 そしてはじまった、予選の組み合わせはというと。

「ずいぶん離れてるな……少なくとも予選で当たる事はない訳だ」

「そりゃありがたい。予選でいきなり決戦なんて冗談じゃないぜ」

 思い思いに語る門倉達。その意見には、俺もおおいに同感だった。が、それ以上に俺には気になる事があり、その話題に参加するどころではなかった。

 参加者名簿のシュミクラム一覧、その中に、門倉達と同じブロックに俺の良く知っている白い機体があったのだ。

 白い天使の姿。それも、特例とやらで一機のみ。

「どういう事だ? 空さん」

「……ちょっと、こっちに来てくれる?」

「ん? どしたの、多木?」

「ああ、少し病院から呼び出しがね。空さんもらしいからちょっと飛んでくる」

「分かったわ。試合開始は30分後だから、送れないようにね」

「当たり前だって」

 そういって、二人同時に転移する。ただし、すぐ近くのアドレスにだ。

 腕を組んで睨む俺に、空さんが多少気まずそうな顔を見せる。やはりか。

「で、なんで真ちゃんが一人で大会に参加してるんですか」

「えー……と。ノイ先生の意見でね」

「だとしても、大会に、それも一人で参加する理由にはならないでしょう。どういう事です? いくらリミッターがついてて死なないとはいえ、それだけなんですよ?」

 俺の詰問ともいえる質問に、空さんはため息をひとつついて、ようやく真相を語りだした。

「まあそうなんだけどね。実をいうと私も反対」

「なら何故」

「まこちゃんの意思よ。自分もシュミクラムにのってるのだから、大会に参加したいって」

「やれやれ……それで、一人で参加してるのは? どうせノイ先生がテコ入れたんでしょうけど……」

「その……ね。メンバーが集まらなかったのもあるんだけど……」

 そこでちらり、と気まずそうに空さんが視線をそらした。

「一人でも勝てるって、真ちゃんが………」

「…………」

 めきり、という音がどこからか聞こえてきた。

 ああ。

 そうか、そういう事か。

「……おおかた、俺を無傷で片づけて自信がついたって所か?」

「あ、ちょ、その……三四郎?」

「ああ、そりゃあ俺は歯が立たなかったさ。空とばれたら終わりだったもんな。ええ」

「……あと、その」

 いいだろう、十分だ。俺を怒らせたな、水無月真。

 門倉達との決戦の前に、良い目標ができた。

「いいさ。いいともさ。………男子三日会わずんば、の意味を教えてやろうじゃないか」

「ちょ、三四郎、まこちゃんに何する気?!」

 空さんがくってかかってくる。まあ、気持ちは分からないでもないが。

 とりあえず、ヒートしすぎた意識を冷却しようと、ため息をひとつ。

「心配しないでください。どの道、本気でかかっても勝てない相手なんですし。俺がどういう心構えで行こうと真ちゃんがひどい目を見る事はないですよ。多分」

「私が言いたいのはそういう事じゃなくて……」

「それも分かっています。……あのですね、空さん。真ちゃんがもし、この大会で間違って優勝でもしたらどうなると思います?」

「え? えーと、その……嬉しい?」

「いやそれもありますけど。もし真ちゃんがこの大会で優勝して自信をつけたりなんかしたら、彼女きっと、放浪癖がもっとひどくなる」

「ええ?! なんで!?」

「そりゃそうでしょう。シュミクラムで強いってのは、ネットの大抵の危険から身を守れるって事です。そうなれば、今まで無意識で避けていた区画……下手したらリミッターオフ・エリアにまで迷いこむかも知れない。俺の見立てだと、真ちゃん、実の処勝気というか、我の強い処があるし……」

「む……」

 どうやら俺の見込みも的外れではなかったらしい。むむ、と口をつむんで唸り始める空さん。しかし厄介な事になった。一応、俺もからんでいる以上、責任は取らなければならまい。

 全く、ノイ先生も何を考えているのやら。このぐらいの事、あの人なら予想しているだろうに。

 それとも、俺がこうして本気にならざるを得ない展開に持っていくのも計画のうちなのか?

「……ま、頑張るしかないだろうな。ああ」

「ほどほどにね」





 敵の一体が、ハンマーで芯を撃ち抜かれて軽々と吹っ飛ぶ。

 その行く末を確認しないまま、俺はホバーユニットで旋回しながら裏拳を背後から襲ってきた一機に叩き込み、ひるんだところに零距離からバルカンを撃ち込んだ。バルカンといってもベルゼルガのそれはほとんどガトリングだ。一瞬で敵はハチの巣にされて倒れ伏す。

 さらにそこで背後から迫ってくる最後の一機。だが、わかっていては奇襲とは呼ばない。

「もらったっ!」

「あんたがな」

 とっさにシールドを背後に展開し、突撃を受け止める。あとはそのまま、仰向けに倒れて、ぷちっとな。

 ベルゼルガの巨体に押しつぶされた敵はしばらくじたじたともがいていたが、すぐに動かなくなった。

「むぎゅう……そ、そんなでかい機体、卑怯だ……」

「レギュレにはないから違反じゃない」

 ぺしゃんこになった機体からうらみがましく飛んでくる声に、さらっと返す。ルールにないのは事実だし。

「で、そっちは終わったか?」

『楽勝。多木が敵を引きつけてくれたおかげだね』

『航空戦闘ならすでにエースですね。流石です』

「ま、でかい分狙われやすいってのもあるがな」

 肩にハンマーを担ぎなおす。流石にバトルロイヤルの大半から集中攻撃を受けるというのは予想外だったが、しかし確かにベルゼルガの巨体は敵としてみれば脅威だろう。まずは排除してから、と考えられるのも不思議ではない。

 だがおあいにく様。こっちは凄腕の久利原先生や化け物的成長速度の門倉とか相手にしている上に、この機体そのものが一対一の決闘より乱戦が得意なんだ。同じ新人だとしても、機体の差でどうとでもなる。

 それに良い予行練習にもなった。包囲攻撃への、な。

『第9組、失格。上位2チーム決定により、予選を終了します』

「さて。門倉達はどうかな?」

 モニターに視線を移すと、ほかのエリアで戦っている選手の様子が見えた。だが、ちょっと様子がおかしい。

「おい……あれって影狼だよな。なんで三体相手に一機で戦ってるんだよ」

「ちょっとまって……おかしいよこれ! 門倉達、三機ずつに囲まれてる!」

 おまけに、互いに連携を取り合って完全に門倉達を分断している。

 間違いない。連中はグルだ。

 けどなんで、門倉達を!?

「まってください……。どうやら、連中、ちょっと毛色が違うようですね」

「どういう事だ、吹雪?」

「……被造子です、9機とも。それも、かなりタチの悪い」

 言って、吹雪が連中のデータを送ってくる。って、こいつら……バリバリの反AI者じゃないか。

「なんでそんな連中がアリーナに参加してるんだよ!?」

「ま、大方、自己顕示欲にまかせて出てきたんだろうね。連中はなんだって、自分達は他人よりできると思ってるから」

「冗談じゃない……!」

 ふざけるな。そんなくそったれな理由で、俺達の大会を滅茶苦茶にされてたまるかよ。

 だが、しかし。

「しかし、どうします? 私達はブロックが違います、乱入するのはルール違反になりますが」

 吹雪の言う事ももっともだ。ここは門倉達を信じるほかない。

 幸いというべきか、どうやら真ちゃんもこの事態に気が付いてくれたらしい。一番近い須藤の処にかけつけてるのがレーダーで分かった。

 門倉も問題はない。やはりというか、三機をあっという間に瞬殺して、すでに動いているようだ。

 一番ヤバイのは、渚さんだ。

「なんだあの紫色の……段違いに動きがよいぞ!?」

「ふむ……ジルベルト、ですか。家柄的に、連中のリーダーのようですね」

 渚さんもかなり善戦している。だが、相手がかなり悪い。三機のうち、細っこい紫色の機体の動きが段違いだ。動き自体は素人の域を出ないものの、反射速度その他が尋常じゃない。あれが被造子の実力ってやつか。

 たちまち追い詰めらる渚さん。連中は彼女を倒さずにいたぶるようにわざと致命傷を与えられない武器で攻撃している。くそう、胸糞悪い。

「くっそ! 連中が違反でもしてくれれば、すぐにでもかけつけられるのに!」

「今の処は残念ながら。でも、大丈夫でしょう」

「え、なんで?」

「……彼らのリーダーの強さを一番御存じなのは貴方でしょう、多木さん?」

 吹雪の言うとおりだった。

 渚がまさにとどめを刺されようとしたその瞬間、殴りこんでくる白い影。

 門倉だ。

 白い影狼は一瞬にして取り巻きの二機を仕留めると、渚をかばうようにしてベルベットとやらと向かい合った。あれは……切れてるな、門倉の奴。俺だったら逃げ出したいぐらいのヤバさだ。相手の方も、きゃんきゃん何か吠えてるが、これで勝負は終わったな。

「ああ、終わったな」

「ですね。ガンバレー、門倉! そんな奴けちょんけちょんにしちゃえ!」

 やれやれ、と三人そろって肩をすくめた時の事だった。

 突然、エリアに現れるウィルスの群れ。あのクソヤロウ……ウィルスシードを使いやがっただと。

 しかも、渚さんにもウィルスは襲いかかり、その悲鳴に気を取られた門倉は不覚を取ってしまう。まずいぞ、これは。

「あの野郎、ルールなんかどうでもいいのかよ、畜生!」

「多木!」

「ああ、急ぐぞ!」

 全員で門倉達の戦っているエリアに飛ぶ。

 飛んだ先では、今まさに、ベルベットが門倉にトドメを刺そうとしているところだった。高エネルギー反応……FCかよ。

「させるかよぉ!!」

 門倉の眼前に立ちふさがって、シールドを展開して足を踏ん張る。

 直後、とんでもない衝撃が全身を襲い……気がつけば俺は、門倉の上を飛び越して壁にたたきつけられていた。

 痛すぎて、感覚を感じない。

『警告。シールド耐久値が限界を突破しました』

「う、うぐ……」

「なんだぁ、貴様ぁ!?」

「……門倉ぁ!」

 まるでどっかのヤクザみたいな声を上げる馬鹿は無視して、声を上げる。そしてそれに反応できないほど、俺のライバルは愚鈍ではなかった。

 駆け抜ける白い残像。

 ベルベットだかなんだかがそれに気がついたときには、すでに影狼は最初の一撃を振りかぶった後だった。

 炸裂する猛打。蛙の潰れたような悲鳴を上げて、紫の機体が吹っ飛ばされる。

「なぁああああ!? 貴様っ」

「お前の相手は俺だろうがっ! すまん、多木、助かった」

「いいって事よ。いつつつつ……」

「貴様らぁ……人質がどうなってもいいのかぁ!?」

「人質? 渚の事か? それなら、ほれ」

「やほー」

 俺がくい、と右手で横を指さすと、そこには元気な渚の姿。その背後では、ウィルスを瞬殺しまくった先生と吹雪の姿がある。さらにその横では、ゲシゲシとウィルスの生き残りをふんずけて格闘中のステラ。もう、一機も無事なウィルスなんかいやしない。

 ベルベットに視線を戻すと、奴はぷるぷる震えていた。

「き、貴様ら、俺をコケにするのも対外に……!」

「……最初にこっちをコケにしたのはそっちだろうが……」

 よっぽどおめでたい頭でもしているらしい。自分の思い通りにいかない事が気に入らないのだろうか。馬鹿な。

 呆れかえる俺の前に歩み出る、白い影。俺をかばうように立ちふさがる白い機体の背が無言で語っている。


『ここはまかせれろ』、と。


「やれやれ……」

 格好いいのも対外にしてくれって感じだ。自信をなくす。武器を床に放り投げて観戦気分の俺の目の前で、ついに両者が激突した。

「貴様……!」

「おぉおおおおお!」

 飛び込んでいく門倉に対し、ベルベット(?)がムチを構える。まずい、素手かつ手負いじゃいくら門倉でも、悔しいがあいつが相手だと分からないぞ。

 その瞬間、門倉の進行方向に、一振りの斬機刀が投げ込まれた。

「甲君、使いたまえ!」

 先生が叫ぶ。あれは、先生の刀!?

 甲が走りながらそれを引き抜き、手に構える。その瞬間に、光の刃が展開される。

 あれも、フォースクラッシュなのか。

「一気に切り裂きたまえ!」

「おぉおぉおおぉお!!」

「猿がぁあああ!!」

 鋭い閃光と、唸る閃光。二つは向かい合い、交差し、そして……。

 膝をついたのは、紫の機体だった。

「馬鹿な……。旧人類に、俺が負けるなどありえない……」

「ありえるんだよ、残念だったな?」

 会場が、歓声に沸いた。

 ほぅ、と息をはく俺の横で、渚が門倉にかけより、その肩を起こす。俺も、ステラと吹雪の助けを借りてなんとか身を起こした。

「いつつつ……やっぱフォースクラッシュは痛いな……」

「当たり前だっつーの。全く、すぐ無茶するんだから。この、この」

「痛い、痛いってステラ」

「ふふふ……」

 ともあれ、これで一件落着。

 門倉達が本選出場なのはアナウンスで聞いてたし、これで俺たち全員、本戦参加だ。

 その時、うずくまってぶつぶつ言っていたベルベット(?)が声を上げた。

「卑劣な劣等種めっ! 恥を知れい……!」

 ぽかん、と。

 俺が電子体だったら口をあんぐりあけたであろう間抜けな状態で硬直した。

 えと。

 何いってるんですかこの人。

「ははははっ、そうとも! これはインチキ、八百長、出来れーす! もう少しでAIの罠にはまるところだった!」

 ケラケラと笑う馬鹿が独り。

 あー……うん、どうしよう、これ。

「なあ、ステラ。……最大出力でぶんなぐってきていいか、あいつ?」

「推奨したいが動けないだろお前」

「きっと、リミッターが貴様らに有利なように働き、我々の動きを阻害しているのだな……。なんとも卑怯な事よ……!」

「んなわけないだろ……いい加減にしてくれ」

 門倉のなんかため息じみた反論。気持ちはよくわかる。

「はぁっ……鳳翔では、どんな教育をしているのか見てみたくなってきたぜ」

「ああ、いずれ、見るがいい……! 貴様らエイリアニストに、目にものみせてくれるわっ!」

 なんか自慢げなベルベット(?)。いや、今の皮肉なんですが……。気づいてないんだろうか。

「気づいてないね、あれ」

「自己顕示欲というか、自己中心というか……まあ、あそこまで我が強いのは珍し
いかもしれませんね」

「珍獣という意味では確かにそうかもな」

 ベルベット(?)は俺達に背を向け……そこで、憎々しげに門倉に口を開いた。

「貴様……名乗れ」

「何?」

「貴様のような下種の名前を記憶しておいてやる、と言っているんだ、光栄に思え」

「面倒だな……。そのくらい、参加者名簿にアクセスして自分で調べろよ」

 ごもっともだ。とはいえ、そこで無視しないのが門倉の良いところだろう。

「門倉甲、か。偽名じゃないだろうな?」

「本名だ。お前こそどうなんだ、鳳翔のジルベール・ジルベルト」

 あ。……ベルベットじゃなくてジルベルトか。あぶねえあぶねえ、うっかり口にしたら変な因縁でもつけられかねなかった。

「誇りあるわが名を偽るものか。だが、覚えたぞ、門倉甲」

 そこで、ジルベルトの視線が、俺の方を向いた。

「そして貴様が、多木三四郎か。ふん、ふざけた名前だ」

「え、俺っ!?」

「俺に恥をかかせた事、必ず後悔させてやる……覚えていろ!」

「えええ!?」

 完全に八つ当たりじゃねーか!?

 だが俺が言い返すよりも早く、ジルベルトは構造体から姿を消していた。

 行き場を失った俺が呆然とする中、会場に歓声がとどろいた。

「あ………面倒な事になった……」

 がっくりと脱力して、床に腰を落とす俺。




 
 そして、正体を伏せた真ちゃんに助けられた須藤との合流をもってして、俺の、俺達のニュービーズ・インパクトの予選は終わったのだった。





<領域離脱>



[14869] BALDRSKY For NEXT 現代編 第五章
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2010/02/21 13:19
第十章 アクセル・オン


 それは、俺の知らない光景だった。

 どこかの、さびれた廃墟を表現した電脳空間。

 赤錆が彩られ、構造体の基礎構造が剥き出しになったその場所に、一機のシュミクラムが立ちつくしていた。

 暗がりでその姿はおぼろげにしか見えない。だが、そのシュミクラムはシルエットが歪むほど装甲を破壊され、左手が失われ、腹部にはふかい裂傷が刻まれ、そして何より、頭部を半分失っていた。

 シュミクラムは人体の模倣だ。そのダメージは肉体に反映され、シュミクラムでの損傷は電子体の損傷とリンクしている。そして、そのシュミクラムのダメージはどう考えても、除装を通り越して死んでいなければいけないダメージだった。

 だが、そいつは動く。

 ゾンビのような緩慢な動きで、片目になったシュミクラムがこちらを見据える。その姿を、俺はどこかで見ている気がした。

 死んでいるはずのシュミクラムが、こちらに腕を伸ばしてくる。おぞましい光景。だが、しかしそのシュミクラムは必死だった。全身全霊で、こちらに手を伸ばしていた。

 それは、死ねない、ここで終われない、という信念だったのだろうか。

 夢の中の自分が何事かを叫ぶ。

 駆け寄って、ぼろぼろの巨大な手にすがりつく。思ったよりその指は巨大で、両手をつかっても指の一本を抱きしめるのが精いっぱいだった。

 安心したように、シュミクラムが膝をつく。その姿がノイズにまみれ、電子体が姿を現す。

 その血塗れの電子体に、俺は見覚えがあった。

 そう、そいつは………。






「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 自分の絶叫で目が覚めた。

 布団をはねのけて、狂ったように踊る心臓を胸の上から抑える。

 ガンガンと耳鳴りがする。汗が朝の空気に冷やされて冷たい。

「………っ。なんだ、今の夢は…」

 手で額を押さえながら自問する。

 俺は、知らない。あんな光景は。

 だったら、あの夢はなんだ?

 先生は、俺の見る夢はほぼすべてナノによる後退催眠のようなものになっているという。だから、俺の見る夢は、実際の処修復中の脳チップに記録された記憶であるはずなのに。

 じゃあ、だとすれば、あの夢は。

 ……”アレ”に刻まれている記憶、なのか?

 ずきずきと疼く頭を押さえながら、布団に倒れ込む。だが、悪寒は一向に消えてくれない。

 と、そこでふいに空間に走るノイズ。二度、三度またたくように発光して、真の姿が虚空に投影された。

『多木さん! どうしたんですか?!』

「真か……」

 乱入してきた同居人に、どことなく苦笑が漏れる。それを見てとった真が口を尖らせた。

『真か、じゃないです。ごまかさないでください、何があったんです』

「いや、なんていうかな。最高に夢見が悪かったんだ」

『夢見? ……神父の顔でもどあっぷ?』

「それは最高だな。だが、ちょっと違うよ」

 確かにまあ、あの神父の顔がドアップとかそれなんて悪夢だが。

「なんていうかな。俺の知らない光景が夢に出てきたんだ。場所はどこか真っ暗な処でさ。そこで、ぼろぼろのシュミクラムが立っていたんだ。もうとっくに死んでもおかしくない、いや、死んでないといけないような損傷なのに、そのシュミクラムはたたずんでいて。夢の俺はそのシュミクラムにすがりついてた。それで……真? どうした、顔色が悪いぞ?」

 気がつけば、虚空に投影されている真の顔色が死人のようだった。

『い、いえ……』

「おい、本当に大丈夫か? まさか、俺とリンクしてるから同じ夢を見たとか?」

『いえ、大丈夫なんです。大丈夫ったら大丈夫です』

 ぷつ、と真の姿が掻き消えた。

 逃げた? でもなんで。

「……俺、女心がやっぱわかってないのかなあ」

 ため息一つ。

 そしてこの直後、乱入してきたノイ先生に「朝っぱらからやかましいわボケィ!」とスリッパで頭をはたかれる俺がいた。






『やっぱあてずっぽうじゃ無理ですよぅ』

「うーん、それもそうかなあ」

 昼過ぎ。いつもだったら診療所に引きこもっている俺達は、今日に限って町をうろつきまわっていた。

 理由は簡単だ。ステラを探しての事だ。

『昨日うっかりアドレス伝え忘れましたですね……』

「うっ。だ、だってしょうがないだろう? こっちだって気が動転してたんだし、それにあれ以上長居もできなかったし」

 何だ、さっきから真の指摘が鋭すぎて心に刺さる。

 何かしたか、俺。

「おほん、まあ、とりあえず知り合いの処から聞き込」

 ぐるん、と世界が唐突に回転する。

 ほげ、とうめき声を上げる暇もなく、一瞬で地面に転がされた俺はさらに腹の上にのっかってきた重みに見事に動きを封じられ、さらに首元にナイフをつきつけられて完全にホールドされていた。

 何が何だか。呆然と見上げる俺の上にのしかかった影は、ナイフを突き付けたままぴくりとも動かない。

 その向こうには、ナイフのような鋭い瞳と、浅黒い肌……って、あれ。

「……ステラ?」

「………」

「えと、どした? ん?」

「………ふぇ」

「わー!? ちょ、ま、落ち着けっ!?」

 なんでこうなった。

 ともあれ、こうして、俺とステラは数年ぶりにリアルでの再会を果たしたのだった。






「落ち着いたか、ステラ?」

「……うん」

 人通りの少ない路地裏。

 盛大に人の注目を集めてしまった先ほどの珍騒動から逃げ出した俺達は、今、俺が下宿しているノイ先生の診療所に向かっている所だった。傍らには、コートで姿を隠したステラを伴って。

 しかしなんか、雰囲気が違う。

 かつてのステラは元気っ娘という言葉を擬人化したような人間だったが、ネットで再開した時はなんていうか、凶暴になったなあと思ったもので。が、リアルで再開してみるとこれだ。借りてきた猫の方がまだ活発なんじゃないか?

 ……ネットで再開した時も感じたことだが、この数年間でステラに一体何があったのだろう。

「ステラ、本当に大丈夫か? どこか具合が悪いなら休むか……?」

「ううん、大丈夫。……どうしてもっていうなら、いっしょにいて……」

 す、と寄り添ってくるステラ。ただ、それは恋人によりそうそれではなく、まるで行き先を失った孤児が同類によりそうような、そんなはかないものだった。

 怒りがこみ上げてくる。あの元気なステラを、こんな風に変えてしまった時間に。そしてそれを見過ごしていた自分自身に。

『多木さん、落ち着いて。多木さんのせいじゃないから……』

『だが事実だ。俺は少なくとも、探そうと行動を起こすことはできたはずだ……っ』

『でも……』

『すまん。後悔してどうにかなる事ではないのは分かっているんだが』

「多木? どうしたの?」

「いや、何でもない」

 心配そうなステラの瞳に首を振る。察しがいいのは相変わらず、か。うかつに考え事なんかしたら駄目だな。

「まあ、ところで……なんで俺の居場所がわかったんだ?」

「……多木のシュミクラムについて調べてたら、リアルの多木の居場所も推測できたから」

「ん? そうなのか? うーん、セキュリティとかまさかダダ漏れ?!」

『いや、それはないです。私が観てますから』

 だよなあ。だとしたらなんでだろ。

 本気で首を捻っていると、くすり、という笑い声。

 ステラが、笑っていた。

「多木、本当に自覚ないんだね。あんたのシュミクラムを検索にかけたら、ごろごろ情報が出てきたよ。流石”クラッシャー”。有名人ね」

「……誰だよ本当にその恥ずかしい仇名広げたの」

 気がついたら広まっていたしタチが悪い。だいたい、名前が仰々しすぎるんだよ。

「全く、不釣り合いな名前をつけてくれたもんだ。人を破壊魔か何かと勘違いしてるんじゃないか、連中」

「ご、ごめん……」

「いやいや、ステラにいった訳じゃ…」

 せっかくのステラの笑顔が瞬く間に曇ってしまう。

 しまった、俺の馬鹿。

 ちょっと気をつけてしゃべらないとステラを傷つけるだけだな……。

 と、そのなこんなでやり取りしている間に、俺達は診療所までやってきていた。

「さて、到着だ。ステラ、ここが今、俺の暮らしている場所だ」

「え? ここって……」

「おーい、ノイ先生~」

 ステラを外に残して、壊れた自動ドアを手で押しあけて中を覗き込む。声を上げると、相変わらずの趣味の悪いカモフラージュの奥からひょこん、とノイ先生が顔を見せた。

「どうした、多木君」

「いやなに。こないだ話した昔のツレに出会ったんで連れてきたんですよ。ステラ、こっちこっち」

「あ、ああ……」

 何やら立ちすくんでいるステラを引っ張って、店内に招き入れる。と、やはりというかなんというか、内装にぎょっとするステラ。無理もない。

「あと、いっておくがこの内装はカモフラージュだからな?」

「趣味と実益を兼ねているがな。さて、君がステラ君かね?」

「え、あ、はい。どうも……」

「ふむ。君の事は色々と聞いているよ。何せ、長い事多木君の世話をしていたからな」

「……色々……長い事……世話……」

「うむ。その通り」

「そうですか……」

 なんか、ずずーんと暗いんだが、ステラの奴。なんでだ?

『真、わかるか?』

『……じきにわかります』

 なにが? と言い返そうとした時、ノイ先生と話していたステラがこっちに振り返った。

 その目には、光る涙。

 ……涙?

「ステラ? どうした、どこか痛いのか?」

「ううん、そうじゃない。そうじゃないよ……」

 言いながら、ステラはじりじりと扉の方へと歩みよっていく。え?

「そうか。そうだったんだね……考えてみれば、もう何年にもなるんだし、多木にも良い人の一人や二人……」

「え、ちょ、ま?」

 ナニヲカンチガイシテルンデスカコノヒト。

「おい、ステラ?」

「でも……それでも、私は……ごめんね、多木! さようなら!」

 目にキラリと輝く滴一筋。

 ステラは髪をなびかせてあいたままの扉から飛び出していった。

 あとに残される、ハニワが独りと邪笑の幼女。

「………は? ………え?」

「……おわなくていいのかね?」

『おわなくていいんですか?』

「はっ!? ちょ、ま、まてステラ!? 勘違いしてるぞお前っ!?」






(追いかけっこ中につき、少々お待ちください)






「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、く、この、すばしっこすぎるだろうお前……っ」

「それは、はぁ、ぜぇ、こっちの、セリフ……っ」

 数分後。

 俺達は、町のはずれのドブ川の近くのアスファルトの上で大の字になって転がっていた。

 立ち上がろうにも、後先考えずにつっぱしった反動で体がもう起き上がらない。仕方なく、二人してなんとか息を整えながら、たがいに悪態をつく。

「お前、一体どこで何してやがった。あの走りは軍人のそれだぞ。ていうか反撃しやがって」

「それはこっちのセリフ。人が心配してたのに、女と同棲なんて。いやらしい」

「人をモルモット扱いする人とキャッキャウフフできるかっ」

 しかしやっぱり言い合いだと歯が立たない俺だった。

 ガリギリガリギリと歯を軋ませていると、ふいにステラが何かを放り投げてきた。それを片手で受け取って、まじまじと空にかざしてみてみる。

「……切れたミサンガ?」

「私が多木が死んじゃったと思ってたのはそれが原因。あと、入院中にドミニオンの連中が、多木をまねたNPCで人を惑わしてくれてね。永二の叔父さんが助けてくれなきゃ、そのまま頭の中だけ行方不明だったと思う」

「ドミニオンが? それに永二さんって……」

「うん。門倉の親父さん。……それと、フェンリルの部隊長。今は、そこで働いてる」

「そっか。ノイ先生が探せっていってたフェンリルのメンバーって、お前だったのか」

「……気がついてなかったの?」

「気がつく訳ないだろ」

 心底呆れた、といった感じのステラの口調に、むっとして言い返す。

 だってさ、あのステラがフェンリルとか、イメージが合わないにも程がある。気がつく訳ないよな、真。

『……言いにくいんですが』

 なんだよ。

『……ネットに公開されている、フェンリル所属のシゼル少佐の機体と、ステラさんの機体のフレーム構造が89%一致します。そのシュミクラムはPMCの所有するオリジナル機体ですから、関与を連想するのは簡単だと思います。おそらくは、シゼル少佐の機体をコピーしたものをステラさん用にカスタマイズしたものかと』

「…………さいですか」

 もはや反論もでない。どーせ俺は間抜けですよ、畜生。

「多木? 誰と話してるの?」

「いや、ノイ先生とな。帰って来いってさ」

「……そう」

 それきり、ステラの言葉が途切れる。わざとらしかったか?

 俺がどう話を再開しようか迷っていると、不意にステラの方から話をつなげてきた。

 その口調は、どこかおぼろげだ。

「……あのミサンガ、多木の脳波を測定してるんだよね。それが途絶えたから、あれは切れた」

「けど俺は立派に生きてるんだが」

「そうだね。多木は生きてるよね。……ねえ、多木」

「なんだ?」

 何気ない問いかけ。だが、帰ってきた答えは、俺の創造のはるか先にあった。




「あの日。私達の青春が灰になったあの日に、貴方はどこに、誰を助けようと、炎の町に出て行ったの?」





「……何?」

 ぽろり、とミサンガが俺の腕から転がり落ちた。

「何を、いってるんだ、ステラ?」

「何って……あの日、灰色のクリスマス当日に、私達を助けてくれたのは、多木……貴方でしょう?」

 今度こそ、俺の思考は停止した。

 俺が、あの日、ステラ達を助けた、だって?

 混乱している俺に、ステラは手を伸ばしてコートを引っ張った。焼け焦げてぼろぼろの、ダイブコートを。

「だってほら、これ、あの時来ていた奴だよね? 私達をかばって、グングニルの余波を受けて焼け焦げたコート」

「え、だって、これは、町中で……」

 いや、待て。

 本当に、そうか?

 対爆・対弾仕様の軍用コートが、ちょっとした余熱程度でここまで痛むか?

「ステラ……聞いてくれ」

「ん?」

「……俺はな。当時の記憶を、失っているんだ」

「え………?」

 ステラが絶句する。だが、ここで話しておかなければ、先に進めない。

「正しくは、学園に向かっている最中から、二日後に瓦礫の中で目覚めるまでの間の記憶を、だけどな。だから教えてくれ、ステラ。あの日、俺は何をしていた? 何をしようとしていたんだ?」

 自分でもわかる、懇願するような響き。それに、ステラは一瞬考え込んだ後、こう答えた。

「……ごめん。私の知っているのは、今さっき話したのが全てだよ。なんで多木が私達の処にタイミングよく駆けつけてくれたのか、あの後どこに何をしにいったのか、そういった事は全部、わからない」

「そうか……」

 落胆から、思わず声が低くなる。

 ああ、思っていたより俺は、この記憶の欠落を不安に思っていたのだろうか。そんな風には、思っていなかったはずなのに。ただ、真の真実に迫りたいから、という理由だったと、思っていたんだが。

「なあ、多木。お前、この数年間、何をしていたんだい、この町で」

「別に、何も。ノイ先生にいぢられて、からかわれて、ただ漠然と」

「なら、それでいいじゃない」

「……ステラ?」

 姿勢をかえて、ステラの方を見やる。ステラは、俺と目を合わせないように、灰色に淀んだ空を見上げていた。

「だって、多木は記憶がなくても、それなりに楽しく暮らしてきたんでしょう? なら、それでいいじゃない。無理して危険に首を突っ込んで、危ない目にあって、もしかして死んでしまうよりも、今まで通り、安寧に身を浸していきていたって」

「……ステラ」

「少なくとも私は、多木、貴方が無茶やって死ぬところはみたくないよ……」

「………」

 そう言われてしまうと、俺には返す言葉がない。理屈では確かに、ステラの言う通りなのだ。だけど、俺が動いている理由は理屈じゃない。そして、言ってはいけない秘密もある。

 でも、ごまかす訳にはいかない。

 ステラは本気で俺の身を案じている。

 だったら俺も、可能な限り、本気で答えるべきだ。

「そうだな。ステラ、確かにお前の言うとおりだ。けど、俺にも譲れない理由がある」

「どんな理由?」

「あの空白の時間。俺はそこで、何かとても大事な約束を結んできたはずなんだ。絶対に譲れない、何かを。それを思い出さない限り、俺は俺自身を、信じきる事ができない」

「………」

「それに、な。ステラ。ある意味で手遅れでもあるんだ。……俺はあの日、ドミニオンの神父とあっていたらしい」

「何!?」

 ステラの口調が変わる。さっきまでのよわよわしいものではなく、戦闘時の、鬼気迸るものへと。

「こないだ、雅と再会した時に襲われたんだ。その時、神父から聞いた」

「なんて事……」

「だから、俺はやっぱり、どうしても過去と向き合う定めらしい。すまんな、ステラ。お前の気持ちは、痛いほどよくわかる。……逆の立場だったら、俺もそう望んんだ。けど、許してくれないんだ、色々なものが」

「そう、か。そうだよね。多木だって、いろんなものを抱えているんだもの……」

 それきり、俺達は黙りこくる。

 どこか居心地の悪い雰囲気。

 それを破ったのは、またしてもステラだった。

 ぽい、と投げ渡されてくるのは……一本のケーブル。

「勝負だ」

「……なんでまた」

「これが私の結論。戦って、本気の多木が強いなら、貴方の意思を尊重する。けど、もし弱いままなら、私は……この場でふんじばってでも、貴方をフェンリルのベースに監禁する。全てが終わるまで」

「ありがたい事で」

 苦笑しながら、ケーブルを挿入する。

 とすれば、この戦い、負けるわけにはいかない。かといって、先日普通に戦ったときは、フルボッコも良い所だった。ステラの実力は、明らかに過去の比ではない。かといって、素直に負ける訳にもいかない。

 ステラの事だ、確実に有言実行するだろう。そうなれば、俺が真実に辿りつける可能性はなくなるし、そもそもステラには悪いが俺はフェンリルを信用していない。万が一にでも、奴らが真を確保、ないし害する立場だったとしたら……考えたくもない。

 だから、この戦い、負けるわけには、いかない。

『……真』

『はい』

『本気でいく。ベルゼルガの制御、解除してくれ』

『……でも。相手は、ステラさんなんですよ』

『だからだ。手を抜いて勝てる相手じゃない。それにステラは本気だ。俺も、それにこたえたい』

『……わかりました』






<没入>






 降り立ったのは、何の変哲もない、広いエリア。六角形の闘技場じみたそのスペースには、見覚えがあった。

「ここは、学生時代にちょくちょく練習場にしていたところか」

「そうさ。懐かしいだろう。現実がどうかわっても、仮想は変わらない……不思議な感じだね」

 独りごとのつもりのつぶやきに、答える声。

 振り返れば、先にダイブしていたステラが、すでにあの禍々しいシュミクラムへとシフトして佇んでいた。

 鋭角的なバイザーの下から、二つのカメラアイが俺を注視しているのを感じる。

「……シフト」

 小さくつぶやき、俺もシュミクラムへとその姿を変化させる。

 向かい合う、黒と赤。

「リミッター深度は?」

「あたしが多木を殺す訳ないだろう? まあそこそこってとこだ」

「オーケィ。にしても、二重人格か、お前。さっきまでのしおらしいステラはどこいった」

「うるさいやい」

 ジャキリ、とステラがライフルを構える。俺も苦笑しながら、ハンマーを構えなおす。

 静かに高まっている緊張感。その裏で、俺はひそかに、シュミクラムの設定に手を伸ばしていた。

『……最終安全装置、解除。ドライブ駆動安定領域まで、あと32』

「ルールは簡単だ。どっちかがぶっ倒れたらそれでおしまい。開始は……そうだな。13:00丁度でどうだ」

「オッケー。負けても文句言うなよ」

「それはこっちのセリフ。いや、むしろビービー泣かせてやる」

「Sめ」

 まずい。何かしているのを感づかれたか?

 システムが起動するより、戦闘開始の方が早い。

 凌げるか。そこに全てがかかっている。

「「戦闘開始!」」

 先手をうったのはやはりステラだった。例の大口径モードのライフルの強弾が、シールドの上からベルゼルガの体を揺るがす。とんでもない火力だ。これなら、反動も相当なもののはずだが。

「くっ……!?」

「せいやぁ!」

 砲撃の間隙をぬって反撃に転じようとした俺の前に躍り出てくる、血塗れの獣。咄嗟に盾にしたハンマーの柄に、鋭いエッジが食い込む。あれだけの砲撃を放ちながら接近、間髪いれずに追撃。どうやら、相当にフレームを強化しているらしい。でなければ、こんな力押し、とれる訳が。

「はなれ……ろっ!」

 至近距離から両腕と頭部のバルカンを射撃。

 腕のはともかく、頭部のは初見であるはずなのにそれを軽々と回避するステラ。その動きに、どうしようもない経験の差を感じる。考えてみれば、この町に引きこもって小物をつぶしていた俺と、傭兵集団として修羅場をくぐってきたステラとで、経験値が同じはずもない。

「あと10秒……!」

「何がだい?」

 とてつもない威力の回し蹴りを、ハンマーで受け止める。弾き飛ばされる鉄塊。即座に追撃の踵落としが放たれ、今度は両手で受け止める。だが、ベーンが食い込み、指が数本飛ばされる。

「ちぃっ!」

 まずい。痛みやダメージそのものより、今ので握力が低下した。これでは満足に自慢のパワーを震えない。いや、むしろステラはこれを狙っていたのだろう。ベルゼルガの武器は、見た目通りその装甲と圧倒的なパワー、そして瞬発力だ。だが、機体スペックを重視するあまり、門倉の影狼のように汎用性がズバ抜けている訳でもないし、また、見た目どおり、というのは攻撃を予測されやすい。瞬発力で相手を上回っている状態ならそれも問題ではないが、見たところステラの機体はこちらと機動力は同レベル。そして近接戦闘スキルはあちらの方がはるかに上。

 そしてこちらは主力武装のハンマーを失った。

 勝ち目は、見えない。

 このまま、では、だが。

「……あと二秒」

「何を狙ってるか分からないけど……これで終わりだ!」

 ステラの機体の左腕にも、右と同じ巨大な砲が現れる。そして高まる圧倒的なエネルギー反応。

 FCで一気に勝負を決めるつもりか。

 流石に、あれを食らったらベルゼルガもやばい、かな。

『多木さん』

『……準備できたか』

「これで、終わりにするよ! ツァルベロス・ハウリング!!」

「……ああ、その通りだ」

 ぴしり、とベルゼルガの装甲に亀裂が走る。それは幾何学的な紋様のように一瞬で全身に走り、その隙間から緑色の粒子がこぼれだす。装甲が開いていき、その中から別の”ナニカ”が姿を見せていく。

 迫りくる、高エネルギー弾。俺は指を開き、握りしめると、一言、システムに告げた。

「……イニシャライザ」

 瞬間、俺は流れる光を飛び越え、”閃光”となった。






 ………

 ……………

 …………………






 がしゃん、とステラの機体が膝をついた。

 瞬間、ノイズと共にシュミクラムが解除され、ステラの電子体が放り出される。

 それを優しく手ですくい上げ、俺は見下ろすようにステラと目を合わせた。

「俺の勝ちだな」

「そんな………」

 答えるステラの目は呆然と揺れている。まあ、無理もない。”あんなもの”を見せられたのでは、しょうがないだろう。

「あれが……ベルゼルガ? あんな、あんなものが?」

「まーな。うちのノイ先生渾身の魔改造の結果だ。吃驚したろ?」

「……あー。うん」

 コクコクと頷くステラに、やれやれと肩を落とす。その目には、もう俺を被保護者として見るような影はない。とりあえず、ステラのお眼鏡にはかなったという事か。

 どうやら、わがままなお姫様を説得できたようだ。それなりの代償を支払った価値はあったという事、か。

 しかし、フェンリルが動いている。それの持つ意味は、重い。

 そして、俺の失われた過去を知る、グレゴリー神父。

 いまだに失われたままの俺の記憶。

 これから俺達はどうなっていくのか。

 きっと、もう、かつてのような安穏は望めないのだろう。

 ステラという過去の友が、戦士として俺を呼びに来た。その先にあるのは、やはり、戦いなのだろう。

『多木さん……』

『……もう、逃げるのはやめよう。俺は、もう、過去の俺じゃない。今の俺には、戦う力がある。理不尽と戦う力が……』





<戦闘終了>




[14869] BALDRSKY For NEXT 過去編 第六章・前篇
Name: 猫◆6a23bd7b ID:cf6f492d
Date: 2010/03/29 23:20
第十一章 クリプトビオシス <前編>





 別に、戦う事が好きな訳じゃない。

 ただ、一生懸命に、自分の情熱を燃やしつくしたいだけ。

 そこに理由はあっても、目的はない。






「であっ!」

 踏み込みと同時にハンマーを一閃。だがそれは軽やかな機動を見せる相手によって回避され、横殴りにバズーカの反撃。

 悲鳴を上げる間もなく体勢を崩しかけるが、とっさにシステムが脚部の間接のロックを解除、多重関節が勝手に再調整されて倒れ込むのだけは回避する。

 だが敵もさるもの。その隙を逃すほど甘くなく、追撃の銃口が光る。

 敗北を覚悟した瞬間、敵機体の横面に突き刺さるナイフ。

 ぐらり、と敵が体勢を崩したのに向かって、迷わず抜き手を繰り出す。爪先に備わったブレードが装甲を貫き、敵のカメラから光が消えた。

 敵が崩れ落ちる。それを確認すると、俺の体からも一気に力が抜けて行った。

 膝をつくベルゼルガ。会場に響く歓声。

「お見事でした」

 声に振り返ると、そこには吹雪のエイシイスト。ダークグリーンのその機体には、傷一つない。

 俺のベルゼルガはボコボコ、ステラのアンビギュアスに至っては試合開始後30秒で機能停止しているのに比べると、雲泥の差だ。

 実力の差、ってやつか。

「いや。あのタイミングで吹雪がナイフを投げてくれなかったら落ちてた。スマン」

「いえ、お気になさらず。リーダーを助けるのはチームメイトの義務ですから」

「リーダー、ねえ」

 いつも思うのだが、なんで俺がリーダーなんだろうか。戦闘力的には吹雪が間違いなくメンバーでは最高なのに。

「さ、早くステラさんを回収してこの場をあけましょう」

「ああ………」

 俺は頷きながらも、顔を上げる。

 会場の巨大スクリーンには、現在のトーナメントの進行具合が移されている。

 その中にある、見知った知り合いの名。

 俺達と違い、圧倒的な強さで連戦連勝を重ねている門倉達の名に、少しだけ嫉妬を覚えた。

 そして。

 その数十分後、俺達の次に行われた試合は僅か数分で決着を見ることになる。

 空を舞い、無数のビットを従える白き妖精。

 彼女との戦いは、目前に迫っていた。







 そんなある日の事だ。

 俺は、久利原先生に呼び出されて、リアルのある研究所を訪れていた。

「やあ、多木君。わざわざ呼び出してすまなかったね」

「いえ、お気になさらず」

 先生は、いつものにこやかな笑顔で俺を迎え入れる。だが、その笑顔にどこか疲労を感じたのは、間違いではないだろう。

 聞いた話だと、アセンブラの開発は難航しているらしい。なんでも、その機能を統括するコマンダーとかいうのが、完成のめどさえ立っていないのだそうだ。

 アセンブラの開発が始まってからずいぶんになる。しかし、いまだに終着が見えない研究。また、その危険性について周囲から突き上げも食らっている事もあるし、先生の心労のレベルは、俺なんかに想像もできないものがあるだろう。

 しかしながらそうなると、一つの疑問が当然浮かび上がってくる。そんな忙しい中、なんで先生は俺を呼び出したのだろう?

 冷たい廊下を歩きながら、俺はその疑問を切り出してみることにした。

「先生。本日は、一体どんなご用件で?」

「なぁに。順調にトーナメントを勝ち進んでいる君への激励と、あと一つ。プレゼントがあってね」

「プレゼント?」

「ああ。とと、ここが私の私室だ。入りたまえ」

 研究所内の突きあたりにある、「久利原」と名のぶら下がった扉を開けて、誘い入れる先生。恐縮しながら入ってみると、そこはなんていうか、研究室という言葉へのイメージを立体化したような世界だった。

 あっちこっちに転がる、試験管やらビーカーやら電子顕微鏡やら遠心分離機やらコンピューターやら資料やら。

 それでも不思議と整理整頓が行き届いているのは先生らしい、というべきか。

 そんな研究室内に、違和感を放つ物体が一つ。

「あれ? 先生、あんなゴツいコート、持ってましたっけ」

「ああ、それか」

 先生が何やら意味ありげに笑いながら、椅子にひっかけてあったコートを手に取る。

 そのコートは、なにかふしぎな光沢を放つ布で作られていて、何か機械でも仕込んであるのかごつごつとしていた。先生が翻した時にちらりと見えたのだが、首元には襟の裏側にいくつかのコードが仕込んであるのも見える。

 ダイブコートか。

 確か、少し前の時代。第二世代が今よりも一般的ではなく、いまだ有機的AIと無機的AIの抗争が決着を見ていなかった時代に、電脳将校用に運用されていたというコンソール、その機能を簡略化し、携帯できるようにしたもの、だったか。

 いわゆるB級兵器とかネタ兵器の一種で、スキモノが時々使ってるぐらいで当時も今もほとんど利用されない歴史の遺物。怪しげな通販に時々乗る程度のそれを、なんでまた実用一点主義の久利原先生が持っているんだろう。

 不思議に思っていると、久利原先生はにこにこと笑いながらそれを俺に差し出してくる。

「ほら、これがプレゼントだ」

「……はい?」

「まあ、そう悪いものではないよ? 統合内でGOATの正式装備を決定する際、トライアルで敗れたものだそうだ。カタログスペックによれば、生命維持装置を内蔵しネットカフェのコンソール並みの安全性があるそうだし、有線コネクトも内蔵しており独自の防壁も完備。大容量メモリも内蔵しており外部記録装置としても運用できるうえに、対人手榴弾までの衝撃なら防御できるレベルの防爆・防刃性能。コストがかかりすぎて敗北したらしいが、それだけに性能は十分だ」

「あ、いえ、その」

 すらすらと続けてスペックを語り続ける先生。いや、その。それはいいんですが。

「なんでまたそんなものを、俺に?」

「ん? トーナメント本線進出の祝いだが」

「いや、それにしたら豪華すぎませんか」

「気にすることはない。もともと貰いものだったし、私には必要のないものなのでね」

 にこにこと先生。ああもう、その笑顔でそう言われては、断る理由もないではないですか。

「わかりました。ありがたく、頂戴しておきます」

「そうしてくれたまえ」

 ありがたく受け取ったコートに袖を通してみる。

『装着者認識 多木三四郎』

「お?」

 電子音声の後に、きゅっと体が締め付けられる感じ。かといってきつくはない、ちょうどいい感じ。

 同時に、肌触りというか、体感温度とかも微妙に心地よい感じに変わってくる。

 これが生命維持装置とかいう奴だ。なかなか心地よい。

「へえ。いい感じですね?」

「だろう? 強度の方は、私で試しておいたから問題ない」

「試したって……いや、いいです。なんでもないです」

 それにしてもこんないいもの貰っちゃっていいのだろうか。

 買ったらきっと高いんだろうな。

 そんな事を考えていると、ふいに先生が静かな口調で語りかけてきた。気のせいか、その口調は重い。

「多木君」

「? なんですか?」

「もしそのプレゼントが嬉しかったというなら……代わりといってはなんだが、強くなってくれ」

「……?」

「そうだな。私を倒せるぐらい、というのはどうだい?」

「先生を倒せるくらいって……無理っすよ。なんかもう限界見えてるし……それに縁起でもない」

「だとしても、だ。もしも、私が道を踏み外した時は……君の手で、私を止めてほしいんだ」

「先生……?」

「……アセンブラは危険な代物だ。一歩間違えば、大変な惨事を引き起こす。にもかかわらず、それを兵器に転用しようとしている者がいるのだ」

「……」

「その時、それを止められるのは……おそらく、そう多くはいない」

 いぶかしげに見上げるが、先生の表情は眼鏡に遮られていてよく見えない。

 だが、冗談と笑い飛ばせない、異様な雰囲気があった。

「……そういうのは、門倉に頼むべきでは? アイツは天才ですよ。こういっちゃなんですが……先生を倒せるのは、アイツぐらいかと」

「だと、いいのだが」

 先生らしくない、はっきりしない口調。

 そこに、俺は不安を覚えた。

「どうしたんですか、一体。先生は、アセンブラを平和利用の為に作っているんでしょう? だったら、それでいいじゃないですか」

「多木君……」

「少なくとも先生の周りにいる人は……そんな馬鹿な事を考えちゃいないでしょう? だったら、跳ね返しちゃえばいいんです、そんな物騒な事考えてる連中の横やりなんか」

「……ふ。そうだな。この研究所にいる者たちはみな、私の同士だ。君の言うとおりだ。そのような輩、近づけさせるものか」

 苦笑いをして笑った先生は、すでに俺の良く知る先生だった。

 先生でもそんな風に悩んだりするんだなあ、と俺は思いながら、すすめられるままに椅子に腰を下ろした。








 それから、数日後。

 俺はいつも通り、自室からネットにダイブして、ベルゼルガの機動訓練を行っていた。

 関節の伸縮を生かした跳躍や、全身のアポジモーターを駆使した高機動。いずれもまだ、完全とは言い難い動作を、何回も何回も繰り返し体になじませていく。

 そんな、いつも通りの訓練中に、変化が起きたのは昼過ぎの事。

「……? メール?」

 不意に響く着信の音。訓練を中断してメールソフトを開いてみると、そこには見覚えのないアドレスから一通のメール。

 一体なんだろう。

「んー? スパムだのウィルスじゃないみたいだが……どうしよっか」

 普段なら、こういう怪しいメールはまず開けない。が、その時の俺は何故か、そのメールを無視することができなかった。

 虫の知らせ、という奴だろうか?

 俺は悩んだ挙句、そのメールを開いてみた。



『甲 危険。 無名都市 ジルベルト 襲う』



「……なんだこれ」

 書いてあったのはその一文。あとは、文面にもある無名都市とやらのアドレス。

 片言の文面だが……内容を信じるなら、無名都市で門倉がジルベルトに襲われて危険、って事か?

 正直眉唾ものだ。

 何せ、無名都市といえばリミッターオフの超危険地域。そんな危険地域に門倉みたいな用心深い奴が飛び込むはずが……。

「いや。案外ありそうだな。渚さんあたりに引きずられて」

 しかし、何かのトラップって事もあるし……。

 とはいて気になる。本当だったらおおごとだし。

 仕方ないな。吹雪あたりに連絡入れて飛んでみる事にしようか。






 そして。

 飛んだ先で俺は、自分を殴り殺してやりたくなった。

 目の前に広がるのは、血なまぐさささえ感じられる本気の殺し合い。
 倒れ伏す、渚さんの影狼・凛。それをかばうように前に立つ空さんに、その二人に凶悪な銃を突きつけるジルベルトのシュミクラム。

 鬼のような叫びをあげて、自分を阻む有象無象を引きちぎる門倉。倒されてぴくりとも動かない須藤。

 なんだ、これ。

 何が、起きてる。

「さあ、初体験といくか」

 ジルベルトがシュミクラムごしでも透けて見える薄気味悪い笑顔を浮かべて、銃を構える。

 その先には、空さん。

 まさか。

 まさかこいつ。

 本気で。

「クソがああああああ!!」

 駆けだすと同時に、シュミクラムへと移行。全身のバーニアを使って突き進む。

 道中、何機か邪魔が入るのを、ためらいもせずハンマーと鉄拳で張り倒す。

 たぶん、殴られた奴は死んだだろう。

 これで、俺も立派な人殺し、ってわけか?

 だが、構っている余裕はなかった。

 距離的に、あのクソヤロウを殴りつぶすには時間が足りない。

 だから、俺はためらわず、渚さんと空さんの前に躍り出る。

 直後。

 首筋を貫いた激痛に、俺の意識は真っ白に染まった。





<side:門倉>





「クソがああああああ!!」

 その叫びが聞こえた時、俺は自分の耳を疑った。

 飛びかかってきた一機を払いのけた俺の目に入ったのは、こちらに爆進してくる、白い巨人の姿。

 なんでアイツが、と疑問を感じている暇もあればこそ。

 ベルゼルガは躊躇なく進路上にいたジルベルトの取り巻きを殴り倒し、ブーストの光を吹き出しながら千夏達の前に飛び出してくる。

 瞬間、放たれる長針。それはベルゼルガの分厚い装甲を突き破り、ダメージを与える。

 だが、ベルゼルガは、多木は動かない。まるで亀のように、千夏と空を両手で抱え込み、庇うようにしている。

「なんだ貴様ぁ!」

 ジルベルトが声を荒げ、銃を乱射する。

「また貴様かぁ! 下等な! 劣等で! 愚劣な! 愚民の分際で、二度も俺の邪魔をするか!」

 次々とベルゼルガの背中に針が付き立つ。その一撃一撃が想像を絶する苦痛のはずなのに、多木はぴくりとも動こうとしない。

「くそが! 豚のような! 悲鳴を! あげたらどうだ! 泣き叫べ! 命乞いを、しろ! くそが!」

 苛立ったように、ジルベルトが銃を放つ。その一撃に、びくん、とベルゼルガは体を震わせて。

 そのまま、ゆっくりと崩れ落ちた。

「多木ぃぃいいいい!!」

 シュミクラムがノイズに覆われ、除装された電子体が投げ出される。

 力を失った体が、べしゃり、と湿った音を立てて地面に叩きつけられる。

 その下から、じわじわと広がっていく、赤と、黒。

 ……黒?

「え……?」

 違和感に、怒りさえ冷めてしまう。

 多木の体の下から、じわじわと広がっていく二つの色。真っ赤な鮮血の赤と、ねっとりとへばりつくような、黒。

 それは、血液とか体液とかじゃ断じて、ない。どちらかというと、コールタールや、オイルとか、そういった感じのもの。

 それが、よく知る友人の体から流れ出ていく様子に、強烈な違和感なんてものじゃない、寒気すら感じる。

 なんだ、あれ。

「いひゃ、ひゃひゃ、ひゃーーあはっはっはっはっはっは!」

 戸惑う俺の背後、目ざわりな笑い声。

 振り返れば、ジルベルトの奴が、俺の不意を突く事すら忘れたように、笑い声をあげていた。本人の感情に従って、ほそっこい腕がぱたぱたと振り仰がれる。

 いらっときた。

「何がおかしい、ジルベルト」

「ひは、ははっ、はひっ、はっ、くっくっく……。いやあなに、なんだ。貴様ら、話されてなかったのか? 友人だ仲間だと言いながら、所詮はそんなものだろうよ。なあ?」

「……何が言いたい?」

「ひゃは、俺が、いちいちそんな事を教えてやる義理が、あるとでも?」

「………答えろ」

 無言で銃を向ける。引き金を引くのに、ためらう理由はない。

「……いいさ、教えてやろう。そいつはな……」









「無機と有機の融合体。新世代型擬体とうたわれた、ハイブリッドサイボーグ。……通称ナノボーグ。彼は、その被験者第一号だ」






「!」

 頭上から降り注ぐ声に、ジルベルトとそろって顔を上げる。

 その視線の先。

 崩れかけたビルの屋上から、俺達を見下ろすように一つの影が佇んでいた。

「……先生」

「遅くなった」

 先生は重々しく口を開くと、ずらり、と刀を抜き放った。




<後編に続く>



[14869] BALDRSKY For NEXT 過去編 第六話・後編
Name: 猫◆6a23bd7b ID:cf6f492d
Date: 2010/03/30 08:59
第十二章 クリプトビオシス<後篇>


 物心ついた時から、俺の世界は絶望しかなかった。

 それしか知らなかった。

 黒一色に塗りつぶされた世界に、黒は塗れない。

 だから。

 だから、俺は生きるしかなかった。



 例えどんなに苦しくても。辛くても。

 生きるしか、なかった。










 目が覚めると、病室だった。

 見慣れない天井、ではない。

 よく見知った、ノイ先生のいる病院だ。

 痛むからだに鞭をうって身を起こすと、体中に張り付けられたコードがぶちぶちと音を立ててひきはがされる。

「……助かったのか」

 頭痛を覚え、頭を押さえながら一人つぶやく。

 最後の瞬間は、おぼろげに覚えている。飛来した針が、首筋を貫いた瞬間。

 激痛と脳内に鳴り響くエラーに気が遠くなり、俺はあのまま気を失ったらしい。

 苦痛に逆らわず、ベッドに身を戻す。

 と、廊下からカンカンという音。おや、と思う間もなく、弾き飛ばすような勢いで開け放たれる扉。

 その向こうには、吹雪がひどい顔をして、息を切らせていた。

「吹雪………?」

「っ!」

 途端、押しかかってくる熱い体。動揺しながらも、俺は思うように動かない手で、吹雪の体を抱き返す。

 押しつけられた胸に広がる、熱い何か。

 それが段々と体にしみわたってきて、俺は自分の体がひどく冷たい事に気がついた。

「っ、……っ、…っ!」

「ごめん。心配掛けたな」

 熱い体を、いたわるように。

 俺は吹雪を抱きとめたまま、入口に目を戻した。

 そこには、崩れた白衣を身にまとったノイ先生の姿。

「……目が覚めたか」

「おはようございます」

「……ああ、おはよう」

 帰ってきた。帰ってこれた。

 俺はあの暗い闇を想い、安堵の吐息をついたのだった。





「それで。説明はもう?」

 それから数時間後。落ち着いた俺は、ベッドに横たわったまま来客を受けていた。

 門倉三人組だ。

 須藤と門倉は見たところ、問題ない。ただ渚さんだけは、電脳で受けたダメージから車いすだったが。

「いいや。まだだ。先生も詳しい話はしてくれなかったし」

「ああ。お前からきけってな」

「そうか」

 先生は気をまわしてくれたつもりなのだろう。

 でも、この事を自分で話すのは、少々、辛い。

 いや、だからか。

「……これぐらいは聞いたと思うけど、俺は普通の人間じゃない。有機無機複合サイボーグ……俗称ナノボーグ。その第一被験者にして、最終被験者」

「それなんだけど……なんなんだ、それ? 普通のサイボーグと、何が違うんだ?」

「……平たく言えば、俺はナノマシンの塊に近いんだ」

「っ」

 門倉達が息をのむ。

 まあ、そうだろうな。話が急すぎる。

 それでも俺は構わずに説明を続けた。

「通常の疑体は、完成されたものを移植してる。けど、俺の場合は違う。埋め込むのは、ナノプラントだけだ。そこにチタン分子だのなんだのを投与して、外部からナノマシンを制御、有機的にフレーム等を構成していくのが、ナノボーグの特徴だ。その為に、俺の体のあちこちにはナノプラントと、補助AIが組み込まれているし、血液の代わりにナノマシンが循環してる経路もある。……俺が電脳で重傷を負ったとき、黒いタールみたいなものが流れてたんじゃないかと思うんだが、見たか?」

「あ、ああ……そうか、あれがナノマシンか……」

「ああ。まあ、俺の場合、生命維持の為もあってむしろ血液が流れてる部分の方が少ないがな」

「どういう事だ?」

 さて。

 ここからが、本番だ。

「……前に、俺のお袋が殺人ナノで殺された……ってのは、話したよな。俺がまだ中にいた頃に」

「ああ」

「俺の体には……その時の殺人ナノがまだ残ってる。特定の遺伝子を破壊するタイプがな」

「な……ちょっと待て!? そういうのは、特定個人にしか効果を発揮しないはずだろう!?」

「普通はな。でも俺の母さんを殺そうとした奴は特別タチが悪い奴でな……一定以上遺伝子に類似点があれば害をなす事ができるように調整されてたんだよ、そのナノマシンは。幸い、命を奪うほどの力はなかったけど、俺から普通の体を奪うぐらいには効果があった」

 動揺をかくせない門倉に苦笑いを見せながら、俺は自分の手に視線を落とした。かつて、恨みつらみばかりこめて見ていたその手を。

「歩く事は愚か、立ち上がる事も出来ないほど劣化した骨格。外部から補助を受けなければ生存すら危うい生体機能。ぼんやりとしか見えない世界。ただ、脳チップのおかげか思考だけが明瞭だった。……生き地獄さ」

「治療は……できるわけないか」

 須藤が苦り切った顔でつぶやく。そう、ナノマシンの完全駆除なんて今でも不可能。おまけに肉体の中に深く浸透し、成長とともに細胞内に同化すらはじめたそれを駆除するというのは俺を殺すのと同義だ。身体能力を何らかの形で補佐しようにも、俺の体は崩れかけたスポンジ以下。下手な手術はそのまま再生不可能な裂傷へと変わる。

「……そうか。それでさっきの話が出てくるのか」

「御名答。そんな状態じゃ、擬態化手術もできやしない。けど、ナノボーグは基本的に外科処置はプラントの埋め込みだけ。そして、殺人ナノを駆逐する事は不可能でも、奴らに破壊されない形に体を作り直す事がナノプラントには可能だった」

「でも……そんな便利な技術、聞いたことないよ?」

 渚さんの疑問。

 それはそうだ。大規模な外科手術の必要のない、擬体技術。それがあれば、不可能とされていた病気の治療だって可能になってくる。けど、問題があったのだ。

「……適正が、あるんだ」

「適正?」

「そ。ナノボーグに適応する人間は極めて少ない。ついでに言うと、適応しても、専門医にかかりつけで定期的にチェックしてもらって、それでもまだ不備があるんだ。正直、許可の下りる技術じゃなかった。安全性に問題がありすぎたんだ」

 そして、それでも父さんはその技術に全てをかけた。

 俺の命を、未来を救う為に。

「……なるほど、な」

「それじゃあ、こっちの質問だ。……なんでお前ら、あんな場所にいた?」

 俺の切り返しに、門倉達がマズそうな顔をする。理由は分からないでもない。

 だが、俺としても大けがまでしたんだ。理由を知らないと引くに引けない。

「先生が常々いってたろ、備えよ常に、でなければ簡単に死ぬ、って。なのに危険
に自分からフルブーストでダイブしてってどうする!? 俺が間に合わなかったら、渚さんも空さんもただじゃすまなかったんだぞ。そもそも、門倉。お前がついていながらなんで無名都市なんかに」

「……すまん。返す言葉もない」

 神妙な顔で頭を下げる門倉。

 ………まあ、そう長い付き合いではないとはいえ、短い付き合いでもない。

 互いにガチで殴り合って、気心は知れてる。

「で、だ。どんな理由だったんだ。聞かせろ」

「………怒らないのか」

「お前が無茶をしたって事は、よっぽどの理由だろう。亜季さんか、菜乃葉ちゃんか。それもと、真ちゃんか?」

 真ちゃんの名前を出した時、少し胸が痛んだ。

「……亜季姉が、前に停学処分を食らった事があると聞いてな。その理由を知ってる人を探してたんだ」

「あー、あー……」

「? どうした」

「いや、なんでもない」

 すまん、門倉。俺は一瞬、あの人の価値観からするに別にあってもおかしくないとか思ってしまった。許せ。

「なるほどね。で、その人が無名都市にいる、と。……あてはあったのか?」

「……………」

「無謀な事を……」

 やっぱり、肝心なことを分かってなかったらしい。

 無限に広がる、とさえいわれる無名都市。その中から、誰だか知らないが一個人を探すなんて不可能に近い。

 そんな事、ちょっと考えればわかるだろうに。いや、そんな事に気づけない程、気が動転していたのか。

 しかも話をさらに聞いてみると、その探していた人物、プロフェッサーは先生だったというじゃないか。

 灯台もと暗しにもほどがあるだろう、本当。

「やれやれ……」

「そう呆れないでくれ。軽率だったと今は反省してるから」

「そういう多木だって、無名都市にいたじゃないか。そのおかげで千夏は助かったけど、人の事いえないんじゃないか?」

「ちがうっつーの。俺はお前らから緊急メールを受けてだな……って。そういえば、あれ、誰だったんだ?」

 俺の言葉に、顔を見合わせる門倉達。

 ……む?

「お前らじゃないのか。じゃあ、誰だ?」

「いや、ちょっと待て。メール? 一体どんな」

「これだって。ほら」

 メールをぱぱっと転送する。

 俺の転送したメールを受け取った門倉達は、しかしやっぱり顔を見合わせて首をかしげた。

「……なんだこれ?」

「本当に覚えがないのか、須藤?」

「あ、ああ。こんなアドレス使ってる人はいないし……」

 そろって首をかしげる。

 まあ、そもそもアドレスからして見覚えのないものだったから、その可能性の方が高かった訳だが……。

 そこで俺はふと、先ほどから黙っている門倉の様子に気がついた。

 しかも、何やらちょっと顔色が青い。

 それに加え、視線がちょこちょことおぼつかない……ははぁん。

 成程。鍵は門倉か。

「門倉……」

「あ、ああ、なんだ?」

 ちょっと動揺したような門倉の反応。 

 それに俺は、

「先生はどうした? 俺を助けてくれたって聞いたが」

「え……あ、いや。さっきまでお前を見舞ってたんだが、用事が出来て。最後まで悪い、っていってた」

「そっか。じゃあ後で謝らないとな」

 そう。俺は門倉の事を信用している。あいつは、悪い事をするような人間じゃない。

 その門倉が隠しているんだ。よっぽどの事情なのだろう。それを分かっていて追求するような奴は、友達じゃない。

 俺は、門倉と友達でいたかった。

 ただ、それだけだ。







 そして、面会時間が過ぎ、門倉達が帰って行ったあと。

 俺は独り、ベッドの上で年代物の紙の書籍を手に、時間を潰していた。勿論、持参ではなく、真ちゃんからの差し入れだ。

 本人が来た訳ではなく、気がついたらベッドの横の棚にしまってあったのだが。

 そんな時に、そいつはいきなりやってきた。

「よぅ」

「………アンタは」

 面会時間外なのに、当然のように病室に入ってきたその男。

 門倉運輸、と描かれたジャケットをはおった、くたびれた風貌の中年の男。衣服その他には覚えがなかったが、しかしその顔を、俺は過去の因縁から知っていた。

「………門倉永二。悪名高いフェンリルのリーダーが、なんでここに」

「相変わらずつっけんどんだなあ、多木の倅は」

 ぼりぼりと頭をかきむしりながら困ったように笑う。その仕草も何もかもが、8年前と同じままだった。


『悪い、坊主。……お前さんの親父、助けられなかった』


「……っ」

 苦い記憶がフラッシュバックしてくる。

 俺のいった、一つわがまま。困ったように微笑む父親。

 そして、帰ってこなかった父。

 黒い服の男達。その中にいた、門倉永二。

 憎しみと、悲しみと、しかしそれを鬩ぎ合う虚しさと許容。

 胸の芯が、悲鳴を上げてねじれるような不快な感覚。

 呑まれるな。

 もう、過ぎた事だろう……!

「……大丈夫か?」

「ええ」

 心配げに見下ろしてくる視線。そこに、他意は感じられない。

 分かっているんだ。この人に非がない事ぐらい。

「……今。面会時間外なんですが。どうやって」

「俺みたいな商売やってるやつが、どうどうと正面から入って行ったら不審がられるだろうが。お前さんもそんなの望んじゃいないだろう」

「気を、つかわせましたか」

「いんや。そうじゃない」

 門倉永二は、何かを探るように懐に手を伸ばし……ばつが悪そうに手を戻した。タバコを吸おうとして、寸前で禁煙だという事を思い出したらしい。

「……その。なんだ。うちの坊主やその仲間を助けようとして、そうなったらしいな」

「坊主……」

「気が付いてるだろう? 門倉甲は、俺の倅だ。……といっても、俺は親らしい事を何一つ果たしちゃいないが」

 自重するように笑う門倉永二。その瞬間、彼が10も20も老けこんで見えた。

 彼と甲との関係。それは、確かに知っていた。他ならぬ、甲の口から聞かされていたからだ。

 だけど、そこにある微妙な違和感。彼の言う、家族を捨てて戦い続けた戦士と、目の前の疲れ果てた中年がうまく重なりあわない。

 そうだ。元々、俺の持つ彼へのイメージは、いつも矛盾と隣合わせだった。





 うちの両親は統合の研究者だった。

 母さんは特に優秀で、ある計画の中枢だったとも聞いている。流石に機密の関係で内容は教えてもらえなかったが、とにかくすごい人だったらしい。

 だから、目をつけられた。

 反統合のテロリストに雇われた、殺し屋。それも思い切りタチの悪い奴に、母さんは誘拐され、殺された。

 その時、母さんを奪還しようとした部隊の中に、門倉永二の姿もあったのだという。

 すでに軍を離れていたが、しかし顔見知りであったという母さんの事を見捨てられなかった彼は、別口から雇われる形でその救出劇に関与し、そして……ナノマシンからの汚染を抑えるために、自らの腹をかっさばき俺を取りだした母さんの最後を身取ったのだという。

 そして、八年前。すでに物心つき、そしてナノボーグの導入を行っていた俺は、父親にあるわがままを言った。

 手術が終わったら、行ってみたい場所がある、と。

 手術が終わっても完全じゃない、せめて歩けるようになってから、という父さんに、ぐずって俺は無理やりその約束を取り付けた。

 嬉しかったのだ。

 この苦痛が終わる事に……ではなく。父さんと同じ物を見て。同じ物に触れて。同じ物を食べて。そんな世間では当たり前の事を、ようやく手にする事ができるのが。だから、その最初の記憶は特別なものにしたかったのだ。

 そして父さんは下見に出かけ………行方をくらました。

 その後の顛末は聞かされていない。ただ、結果として……父さんは死に。俺のベッドの横に門倉永二の姿があった。

 彼は助けようとしてくれた。

 けど、彼は助けられなかった。

 そして俺の大切だったもの、大切なものは全て、彼の目の前で消えていった。






 ……ひょっとしたら、これは嫉妬なのかもしれない。

 俺が身取ってやれなかった両親を、しかし彼は身取っている。

 救えなかったとか、アンタがもっとうまくやっていれば……そんなのは言いがかりだって、今の俺にだってわかってる。

 でも、しかし。

「……まあ、そんな訳で。お前さんはうちの坊主の友人の命の恩人って訳で……その、なんだ」


「ありがとう。……本当に、ありがと、う」


 俺は、目を疑った。

 門倉永二が。悪名高きフェンリルのリーダーが。嘲笑する殺戮者<ニーズヘッグ>と呼ばれる男が。

 20年も生きていない小童に、頭を下げていた。

「……別に、貴方の息子だから助けた訳じゃない。門倉は友達だ。だから助けるのは当たり前だ」

 なんだか照れくさいのと、いたたまれないので顔をそむける。

 くそ。なんだよこの展開。

「そういうなって。これはけじめみたいなもんだ。大けがまでして……このまま帰っちゃ、お前さんの両親にどうあの世でいい訳したらいいやら」

「……怪我したのは自業自得だ。俺がもっとうまく立ち回ってればこうはならなかった。それに、あんたは父さんや母さんに言い訳なんかできないよ。あんたがいくのは、地獄だ。両親のいる天国にはいけないさ」

「ははっ、そりゃ違いない」

 これは一本取られた、と含み笑いを漏らす門倉永二。

 なんだか、調子が狂う。距離感がつかめないというか……。前にあった時は、父さんの死で放心してたからほとんど口を交わさなかったので、こういう人間だとは分からなかった。なんだかな。

 俺はため息をつくと、どっかりとベッドに体を預けた。

「あんた、なんか話とずいぶんと違うな。聞いてるのと実際に話すのはずいぶん違う」

「……そうかい。甲から聞いてたのか」

「ああ。アイツはアンタの事を、血の匂いと硝煙が何より大好きな戦争狂い、みたいに話してた。母親の最後にも帰ってこなかった、って」

「そうだな。確かに、そりゃそうだ。俺はあいつに、恨まれてもしょうがない事をした……」

 口調のトーンが下がる。だけど、俺はやはりそこにひっかかりを覚えた。
 ひょっとして、もしかすると。

「なあ、ひとついいか?」

「なんだ」





「貴方は……その思いを、正面から甲に言ってみた事、あるのですか?」




「…………」

「さっきから貴方の話を聞いていると、自分が悪い、恨まれてもしょうがない……それで、自分一人で勝手に納得してるような感じがする。違いますか」

「だが……」

「話しましたか」

「……いんや」

 図星か。

「だったら話すべきです。例えどんな風に思っていても、話さなければ伝わらない。分からない」

「だが俺は……」

「家族でしょう!?」

 ほぼ、一喝。

 口からこぼれた声は、思ったよりも大きくなってしまった。

 それでも、箍が外れた言葉は、止まらなかった。

「確かに甲のお母さんは死んだ! あなたはその時いられなかった!けど、けどまだ家族じゃないですか! 世界でたった二人の、家族じゃないですか……。まだ間に合うでしょう? まだ生きているでしょう? なら、貴方達は努力すべきなんです! 俺とは違う、俺みたいに、何もかも手遅れになって失った訳じゃ……っ」

 そこで嗚咽が上がってきて、俺は口を押さえて俯いた。

 くそう。

 俺って、こんなに涙もろかったか。こんなに弱かったか。

 せめて、こいつの前じゃ、涙は、涙を流すのだけは……。



 ぽん、と。

 優しい手が、俺の肩に置かれた。



「ありがとう、坊主。いや、多木三四郎」

「………?」

「そう言ってくれたのは、お前が初めてだ。そうだな……家族だもんな。八重は失っちまったが……甲はまだ、俺は失っちゃいないよな」

 俺は顔を伏せたままで、相手の顔は見えなかった。

 それでも、口調から何か……彼を縛っていた何かが、俺のあんな言葉でも少しだけ、ひきはがせた。

 そんな風に、感じていた。

「言ってみれば、俺がかってに罪悪感とか、罪とか……違うか。逃げていただけか。へっ、聞いてあきれるぜ。フェンリルだのなんだの、大仰な名前をひっさげてる割には、ただの小心者だったって訳か、俺は」

「…………どうでしょう、ね」

「はっは。言ってくれるぜ」

 最後にばしん、と俺の肩を叩き、門倉永二は手を離した。それに、かつての父さんを思い出して、俺は少し複雑な気持ちになる。

 ああ。やっぱり彼は……父親なんだと。門倉甲の、父なのだと。

 おそらくは、父さんが、俺の父であったように。

「あんがとよ。あっちが受けてくれるかわからんが……いや、その時はおしかけてでも話すさ。はっはっは、何、考えてみればそんな簡単な事じゃないか」

「……ですね。そんな簡単な事をしてなかったんだから、呆れるといえば呆れますが」

「やっぱきついなお前さん」

 顔を拭って不敵な視線をよこしてやると、門倉永二は余裕に満ちた苦笑で返してくる。

 ち。なんでこんな話になったんだか。

 もう話は終わりだ、といわんばかりに背を向けてベッドにもぐりこむ俺に、病室から出ていく門倉永二の残した言葉が届く。

「じゃあな、体は大事にな。……今回の借りは、必ず返す」

 そして扉が閉じ。

 戻ってきた静寂にいろんな思いを浮かばせながら、俺はゆっくりと目を閉じた。









 今度は、悪夢は見なかった。















[14869] BALDRSKY For NEXT 現代編 第六話
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2010/07/17 22:31
第十三章 シロキシ




 ステラがこの町に戻ってきてから、一週間が過ぎた。

 その間、何か大きな出来事が……起こるはずもなく。

 ステラは何事かを調べてはフェンリルの元へ送り、それを元にフェンリルのメンバーが動く、という一連の動きを、俺と真は横から見ていただけだった。

「そりゃあ、進んで鉄火場に突っ込みたいとは思わないが……クールに決めた覚悟はなんだったのか」

『平和が一番ですよ。世は押し並べてこともなし、です』

「そりゃあ確かにそうだが。もうこうちょっと、なあ……」

「多木、誰と話しているの?」

「あ、いやいいや。ちょっと頭の中で現状確認を、な?」

 きょとんとした顔で首をかしげるステラに、わたわたと手を振る。

 いかんいかん。外では気をつけているんだがあ、元々診療所内は安全エリアだったからか、ついぽろっと漏れてしまう。今はステラもいるんだし、うかつなことは避けよう。

『でもそれ、三回目ですよね。決心』

 う。

『多分ステラさん、きっと「ああ、多木はきっと灰色のクリスマスに頭をうってしまってああなってしまったんだ。私がしっかり支えてあげないと。大丈夫だよ、多木。多木がちょっとおかしくなってても私は構わないから。いっしょに直そう、ね?」とか思ってるんですよ』

 えらい長い文な上にむかっぱらのくる丁寧な解説をどうもありがとう。

 しかし否定できないのが悲しい。

『くそう、言いたい放題いってくれる』

『事実じゃないですか』

『ぐふぅ』

 真の会心の一撃!

 三四郎は絶大なダメージを受けた!

「だ、大丈夫、多木? どこか具合悪いの?」

「い、いや、大丈夫、大丈夫だ……」

 む、胸が痛い……。

 なんで俺、こんなに精神的にフルボッコにされてるんだろう。

 ちょっと、柱によりかかったまま遠い目で考えてみる。

「………なあ、ステラ」

「な、何?」

「お前、俺の事「ああ、多木はきっと灰色のクリスマスに頭をうってしまってああなってしまったんだ。私がしっかり支えてあげないと。大丈夫だよ、多木。多木がちょっとおかしくなってても私は構わないから。いっしょに直そう、ね?」とか思ってないよな?」

「…………ちょ、ちょっと部隊への定時連絡の時間だからいってくるね! じゃ」

「おいちょっとまて何だその沈黙あといつもこの時間じゃないだろう連絡って!?」

 思わず追いすがろうとするが、俺の手が延ばされるよりも早くステラはうふふふふふ、と笑いながら高速で診療所を抜け出していた。

 のばされた手が、ほろほろと宙をさまよう。

 そこでぽつり、とずっと黙って横から事態を静観していたノイ先生がつぶやいた。

「……多木」

「なんでしょうか……」

「哀れだなあ、お前」

「やめてくださいそんなマジでかわいそうな人を見るような目でじっと見つめるというか本気で憐憫はいってるでしょうそれ!?」

 泣きたい。




 そんなこんなな、新しい日常。

 今までの日だまりのような穏やかさはないけど、しかし、生きている、そう実感できる毎日。

 どこかで俺はまだ、この世界に未練があったのかもしれない。





 コンコン、と。

 ドアをノックする音に、俺とノイ先生は言い争いをやめて、お互いに顔を見合わせあった。

「おや、客人か」

「あ、じゃあちょっと見てきます」

 俺がコートの襟を合わせ、テーブルの上に放り出してあった拳銃を手に取る。そのまま拳銃を片手にドアに近づいた、その時だった。

『駄目! 逃げてぇ!』

 真の叫びと共に、ドアにいくつかの穴が開いた。

 否、それは。

「っ!?」

「多木君!?」

 コートにえぐりこむ無数の衝撃に、思わず呻きを漏らす。先生の声をどこか遠くに聞きながら、すぐさま踵を踏みなおして拳銃を向ける。

 数発の発砲。手ごたえあり。

 そこですぐさま踵を返し、俺は先生の小さな体を担ぎあげると、裏口に向かった。

「逃げますよ先生!」

「た、多木君!? 傷は!?」

「防弾コートとチタンの骨格を抜ける訳ないでしょうが! 大丈夫ですよっ」

 まあ流石に、一度耐熱限界を超えてしまったコートの防御力は完ぺきではなく、ちょっと痛かったが。

 が、しかしこの体はナノボーグ。致命傷でない限りナノマシンが修復してしまうという点では、そこらのサイボーグより強度は上だ。

『多木さん! 裏口にも敵が……』

「問題ない!」

 小さくて軽い先生の体を横抱きにして、裏口を全力で蹴り飛ばす。砲弾のような勢いでふっとばされたそれは、予想通り待ち構えていた数人の男達を巻き添えにしてがらんごろんと転がっていく。さらに、牽制ではなく殺意を込めて拳銃を数発。あらかじめ位置をマークしていた敵の残りにそれは確実に吸い込まれ、その身を地面へと這いつくばらせる。

「っ、こいつら……」

 そこでようやく敵の姿を目にして、俺は目を細める。特徴的なローブ姿……こいつら、ドミニオンの信者か。でもなんでこいつらが、ここに。

 まさか、俺を狙って……いや、今は考えまい。

「真、ナビゲートを頼む」

『はいっ!』



 街はひどい騒動に包まれていた。

 あちらこちらから怒号と悲鳴、銃声が響き、薄汚れた服で人々がかけまわる。

 その人の洪水をぬうように駆けながら、俺達は路地から路地へとのがれていた。

「なんだってんだ、全く……」

「街全体で何か起きてるな。真君、調べられるかね?」

『………。どうやら、ドミニオンのデモに対し市民が過剰な反応を返した結果みたいですね。すでに暴動のレベルにまで発展しているみたいです』

「問題は、その混乱に乗じたのか、それともその逆かって事か」

 殺気立った集団を目に、路地裏にもぐりこむ。くそ、あっちもこっちもお祭り騒ぎだ。おまけに、ノイ先生の容姿はこんな場所じゃ目立ちすぎる。変な興味をもったやつらや、何か勘違いして群がってくる奴らをまきながら、ドミニオンの連中を警戒しないといけないのは、流石に人間業じゃ手に余る。

 真がネットからサポートしてくれなければとっくに手詰まりだ。

「考えすぎではないのか? 君とドミニオンの因縁は聞いているが、しかしこんな大騒動を餌にするほどではないと思うが」

「相手は狂人ですからね。用心深くもなりますよ、っと!」

 あわてて先生の手を引いて暗がりに身を隠す。一瞬遅れて、ドミニオンの信者達が俺達が出ようとしていた大通りを駆けて行った。

 さっきからずっとこの調子だ。

「ああ、くそ。ままならねえ」

「どうしたものか……」

「しょうがないな、強行突破といこうか。真、せめて敵の少ないルートを割り出してくれ」

『分かりました』

「……本気かね」

「ええ。ま、やむを得ないでしょう、と」

 両手にサブマシンガンを構える。残弾をチェックし、呼吸を整える。

「………いくか」

 一呼吸おいて、通りへと駆けだす。

 敵の数は3、暴徒が4。先制攻撃で信徒にサブマシンガンの弾丸を叩き込み無力化する。だが、それによって暴徒がこちらを敵と誤認したのか、唸り声をあげて襲いかかってくる。殴りかかってくる三人をすれ違いざまに殴打で叩き伏せ、逃げる一人にはかまいもせずそのまま走る。

 本当なら一息に走り抜けたいところだが、ノイ先生がついてこれない。真にネットでの妨害をまかせつつ、こちらは障害を最速で排除していく。

 まったく真様様だ。

「この調子なら、問題なくいける!」

「油断をするな、多木君! 相手は狂信者だ、何をしてくるか……」

 ノイ先生が言いかけた処で、真から警告。

 サブマシンガンを向けた先には、こちらにマシンガンを叫びながら放ちつつ走ってくるフードが二人。

「見え見えなんだよ!」

 容赦なく急所に弾丸を捻じ込む。防弾チョッキすらきていない信者はそれでうめき声をあげて転がり、地面に倒れる。

 だが、完全に戦闘能力を失い、命すら危ないというのにそいつらははりついたような笑みを浮かべて、俺を見上げた。

 狂信者だからか? だが、俺の目にはそれが別のものに見えた。

 例えるなら、余裕だろうか。

 そこまで思い当たると同時に、信者の延ばされた手の先にあるもの、そしてノイ先生のさっきの言葉が結びつき、背筋が震えた。

『待ってください! 爆発物を確認……伏せて!!』

「ったれえ!」

 先生を抱えなおして、コートの中に抱きいれる。そのまま、全力で近くの適当な建物の隙間に滑り込みながら体を小さく構える。

 直後、一瞬だけ世界から音が消えて、熱と衝撃に体が激しく揺さぶられた。

 それもすぐに過ぎ去り、まだ空気に残留する熱に肌がちりちりとするが、気にせず立ち上がる。

「た、多木……」

「大丈夫ですか、先生……?」

「い、いや、大丈夫だが……それよりもお前! 左手が!」

 言われて気がつく。

 どうやら、爆発は思っていたよりも大きなものだったらしい。左手を持ち上げてみると、それは肩口から根こそぎ消滅して、肩のあたりから僅かに墨になった何かがぶら下がっていただけだった。それだけじゃない、今になって体のあちこちが不調を訴えてくる。どうやら、大分手ひどくやられたらしい。頑丈な体で良かったって事か?

 だが、稼働には問題がない。このまま逃走するには十分な機能が残されている。

 よって、問題は、ない。

「逃走ルートを確認します。Bルートを通ってEルートに変更、地下に潜ります」

「あ、ああ。それで構わないが……多木?」

「なんでしょう」

「大丈夫……なのか?」

 その問いに、俺は笑ってこう答えた。

「大丈夫ですよ」





 ガコン、とシャッターが鈍い音を冷たい通路に響かせる。

 通路が完全に遮断されたのを確認して、俺はようやく安全を確保した事を確認した。

 ノイ先生はここまでの強行軍が答えたのか、通路に座り込んでいる。肉体的に問題はないだろうが、これは精神的なものだろうか。

「先生、大丈夫ですか」

「ああ……まあ、なんとかな。それよりお前こそ大丈夫なのか? いくらナノボーグとはいえ、その損傷は大きいだろう」

「ですから問題はありません。ただ、流石にこの左手は儀体に入れ替える必要があるでしょう」

 そう。現状では左手が使い物にならない。このままでは万が一、追手と近接戦闘になった場合ノイ先生の安全が確保できない。

 マガジンのリロードもままならないのでは、護衛としては不十分だ。

『多木さん……』

「どうした、真。敵か?」

『いえ……その……本当に大丈夫なんですか?』

「君も心配性だな。生命維持に問題はないといっているだろう」

『でも……』

「やめておけ、真君。……今の彼はすくなくとも死にはしない。それに、ここでは何もできん。……早く隠れ家に向かうぞ」

『……はい』

 心持ち悲しそうな真の声。

 おかしいな。俺は、何か彼女を悲しませるような事を……。

 ………。

「先生」

「どうした?」

「敵です」

「何?」

『多木さん?』

「………ネットから、こっちを見ている奴がいます。監視か、潜脳を狙っているのかは分かりませんが……排除します」

 ネットへとダイブ開始。

 同時に、シュミクラムへの移行プログラムを起動。

 殲滅する。

 我が友を脅かすものは、全て。








 そして。

 俺は、電脳の海に佇む白騎士を見た。

 純白に染まった、処女雪のような装甲。その装甲形状、佇まい、ともに騎士を思わせるが、しかしその本質は殉教者に近いもの。その装甲に刻まれた、血のように赤い逆十字がその所属を示す。

 表情を隠すような鋼鉄のバイザーの奥で赤い瞳はこちらをじっと見据え、ゆらりと騎士は腰から刀を抜き放つ。騎士然としていながら、その武器は日本刀のつくりをなぞらったものだった。

『そんな……!?』

 真の悲痛な声。その声は、驚愕と恐怖に満ちている。

 知っているのか、奴を。

『あれは……あれはドミニオンの騎士! 数年前から存在が確認され、単騎で自身を除くドミニオンの全戦力に比類するとすら言われる、ドミニオンにおける戦力の象徴! なんで、なんでそんなのが単騎でここに……?!』

 単騎で一軍に匹敵?

 そんな馬鹿な。

 俺はそう思いながら意識を騎士に戻し……目の前に迫りくる白刃を見た。

『多木さん!?』

 ガゴン、というとても刃物の立てる音とは思えない衝撃が空間に響く。咄嗟に背後に飛び退った俺は、真っ二つに切りすてられたシールドを目にして、敵の脅威度をようやく現実として把握できた。

 一撃。

 たった一撃で、数百のシュミクラムの攻撃に耐える事を求められたシールドが、両断。

 そもそも、俺にはその動きすら見えなかった。

 踏み込みも、刃の軌跡も。反射的に後退していなければ、あっさりとベルゼルガの胴体すら両断されていただろう。

 こいつは……!

「規格外戦力と認識……全力で対象を抹消する」

『駄目です、多木さん! 勝てるわけありません、逃げましょう!』

「それはできない。何故こいつがこの局面で出てきたのか………分かるだろう」

『それは……』

「逃げたら逃げたで潜脳される。俺という護衛がいなくなってはノイ先生だって危ない。……ここでやるしかない」

 そう。

 俺の全力を持って。

 ……コイツを、せめて戦闘不能、あるいは退却までもっていく。それしか道はない。

「オフェンシブ!」

 気力を張るべく、あえて攻勢を叫ぶ。

 ハンマーを片手に、低く体を落として次の瞬間、全スラスターを最大出力で噴射。一瞬にして最大速度に到達した体をしなりをいれて大きく振りかぶり、全運動エネルギーをこめたハンマーを敵に向けて繰り出す。

 それに対し、全く動きを見せない白騎士。

 何のつもりだ、といぶかしんだ瞬間……。

「な!?」

 振りかぶったハンマーが空を切る。いや、手に残るわずかな感触。

 甲高い破砕音と銀の欠片が舞い散る中、至近距離で紅い瞳と視線があった。状況を理解する暇もなく、すさまじい衝撃が突き上げるようにして胸を襲い、気がつけばベルゼルガの巨体は仰向けに空に叩きあげられていた。

 呆然とグリッドの漂う空を見上げる。その前に、残像を引いて現れる白い機影。その手には、すさまじいエネルギーが収束されているのか、激しくスパークしているのが見て取れる。

 まさか。

 あの剣は、囮?

 咄嗟に両腕をクロスさせた矢先、突き抜ける衝撃。床に叩きつけられるかと思ったら、ふわりと優しく抱きあげられるような浮遊感の後、横なぎの衝撃に視界で星が散る。意識が突き抜けて自分の背中を見ているような異常な錯覚を一瞬味わい、気がつけばエリアの壁に大の字で張り付いていた。

 声が出ない。

 一瞬遅れて気道が思い出したように震えだすが、内蔵に血があふれだすような悪寒に結局声は出なかった。後からやってきた激痛ともいえない鈍い何かに全身が支配され、なすすべもなく膝をつく。

 やばい。

 意識が……ぐらつく。

 ダメージは……、耐久限界に到達。

 これ以上は……これ以上の通常戦闘行動は続行不可能。

「エアリアル……コンボ……」

 霞む視界で、立ち上る灰煙の向こうを見透かすように睨む。

 その先から、かつん、かつんと冷たく軽い音を立て、近寄ってくる二つの真紅。灰煙の中に浮かび上がるその姿は、まるで悪魔のようだった。

 戦わなければ、俺はこのまま魂を持っていかれる。

 それが分かっているのに、体が思うように動いてくれない。冷たい歯車の体は、ぴくりともしない。それほど損傷がひどいのか?

 いや……違う。そうじゃない。

 勝てるビジョンが見えてこない。抗う方法が思いつかない。剣が届く距離が霞んで見えない。

 無気力が、いや、絶望が全身を支配しているのが分かる。

 俺は……勝てない?

 ここで、死ぬのか?

 俺は………。







 真を残して、逝くのか?









 ”また”、俺は?












【FlipFlop】














 敵情報、更新。

 全性能に、上方修正。敵機のカテゴリを、近接/剣撃から、全距離/万能へと移行。

 敵ユーザーの神経パルス伝達速度および演算速度を計算中……………確定。

 現戦力での撃破、及び撃退は不可能と判断。

 よって、管理者権限により直通回路を完全開放。

 外装、排除開始。

 胸部第一装甲、排除を確認。

 左右肩部増加装甲、排除を確認。

 脚部装甲、排除を確認。

 関節部解放。動力部オーバークロックを開始。

 第二装甲に異常を確認……完全開放は不可能。

 システム一部閉鎖。しかし展開に問題は無し。

 ……システム、オールクリアー。








 システム、起動。

 迎撃プログラム、最大レベル。

 敵シュミクラムを、排除する。



[14869] 機体情報
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2010/01/25 16:23
機体情報
ベルゼルガ(過去)
詳細:多木三四郎のシュミクラム。特殊な拠点防衛用として開発されており、高い機動力と圧倒的な打撃力を備えた、格闘機体。ちなみに白い。
極めて一撃が重い機体であるが、その分柔軟性にかける。よって、コンボを決めるよりも一撃離脱で痛打をあたえていく戦いを特異とする。
そういった意味では、影狼とは真逆に位置する機体といえる。
FC:なし

ベルゼルガ(現代)
詳細:ノイ先生によって最新鋭技術をつぎ込まれ、機体カラーも漆黒に染まったベルゼルガ。
真を守るため、拠点防衛機として特化しており、本来は打って出る機体ではない。敵との戦闘によって”拘束”される時間を最小限にする為、一撃を極端に強化しており、コンボは熟練した多木をもってしても2~3が限界。その代わり、ハンマーによる一撃は疑似FCと呼んでも差し支えないレベルに達している。
多くの特殊装備を内蔵しているらしいが……?」
FC:『ギガンテスハンマー』
   『イニシャライズ』

アンビギュアス
詳細:ステラの愛機。アイアンシェルのカスタム機。
主砲が二連装ガトリングガンに置き換えられており、弾幕を張る能力が増している。が、鈍重な点などはそのまま。
FC:『フルバースト』

ケルベルス
詳細:シゼルの機体をベースに改造を施した、現代でのステラの愛機。右腕に複合装備”ガルムズ”を装備しているのが最大の特徴。
またフレームを鬼強化しており、一見軽装に見えるが馬力・強度は半端ない。その分、瞬発力が犠牲になっており、動きがやや重い。
FC:『ツァルベロス・ハウリング』

エイシイスト
詳細:吹雪の機体。実は吹雪の家系は暗殺者だったりしていて、電脳世界での仕事用に作られたシュミクラムである。その為ジャマーなどの電子戦装備が充実しており、武装もモーターブレードに隠しナイフ、鎖鎌など特殊なものが多い。だが最大の武器は、幼少からシュミクラムを仕込まれたが故の操作能力の高さであり、接近戦においては「関節技」を特異とする。
FC:『血櫻』

 



[14869] 登場人物
Name: 猫◆ef7dd585 ID:cf6f492d
Date: 2010/04/04 16:31
登場人物設定
多木三四郎
「生きていくしかないんだ。どんなに理不尽で、残酷な世界であっても」
過去詳細:この物語の主人公。イレギュラー。
性格はちょっと思いこみが激しい処を除けばどこにでもいる、多少押しの弱い少年。
第二世代であり星修への入学資格を持っているが、資金不足により断念している。
シュミクラムユーザーとしての腕前はあくまで標準より上、という程度。そこまで強くない。
現代詳細:数年間、脳へのダメージの後遺症で感情が薄くなっていた影響なのか、少々冷徹な方向に性格が変化している。
真に対して極端ともいえる行動が多く、彼女を害しようとする者には一切の容赦が抜け落ちるなど、不安定な面も。
長い間ノイ先生の治療を受けており、実質彼女の助手兼実験台と化している。本人は気が付いてない。
周辺では名の知れたシュミクラムユーザーであり、”壊し屋”の異名を持つ。
複合擬体、通称ナノボーグの第一被験者にして最終被験者。

遠井吹雪
「私に流れる血が、許してはくれないのです」
過去詳細:多木のクラスメイト。所謂美少女で男子からの人気も高いが、本人は全く気が付いていない。
何気に各種格闘技及びトラップ術、薬品にも通じてる危ない女子で、最初彼女にいじめをしかけた女子はそれによって全滅している。
基本的に物静かだが、切れるとものすごい危ない。
三人組の中では図抜けてシュミクラムの腕がよい。
現代詳細:須藤のアタックに負けたのか、現在は彼の妻として専業主婦に専念している。
夫の仕事に理解はしているが感情では納得してないようで、日々彼の身を案じているようだ。
他のメンバーと違い、多木の生存を確信している。

ステラ・クレオ
「聞く耳持たないね」
過去詳細:某州出身の、浅黒い肌の少女。
元気っ娘な外見を裏切らず、スポーツ大好き。だが流石に、渚千夏ほどではなかったりする。
勝気で突撃な性格故、三人組の実質的なリーダー。そして多木はいつもそれに振り回される。
シュミクラムの腕は平凡、というか弱いほう。
現代詳細:灰色のクリスマスを経て、もっとも変わったかもしれない人物。
多木を失ったと思いこんだショックから、一時期は無気力状態が続いていたが、ある人物との接触によってそれは180度変換。
怒りと憎しみの捌け口を求めて、ある傭兵集団の元ドレクスラー機関を追い続けている。
血の滲むような修練によってシュミクラムの腕は爆発的に向上しており、本気ではないといえ学生時代は一度も勝てなかった多木を圧倒して見せた。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.90550684929