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【社会】

佃公彦さん死去 希望伝え読者ほのぼの 

2010年7月18日 07時04分

「ほのぼの君」について語る佃公彦さん=2007年、東京都港区南青山の仕事場で

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 新聞連載としては史上最長の漫画「ほのぼの君」を本紙朝刊に連載した漫画家の佃公彦(つくだ・きみひこ)さんが六月二十八日午前零時二十分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。八十歳。東京都出身。自宅は東京都中央区。葬儀・告別式は近親者で済ませた。喪主は妻昭子(あきこ)さん。

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 「虫も花も鳥もみんな友だち」−その言葉通り、心温まる四コマ漫画「ほのぼの君」を本紙に描き続けた佃公彦さんが亡くなった。体力の衰えで連載を終えたのは三年前。その後は、リハビリを続けながら散歩などを楽しむ生活だった。

 担当者が原稿を受け取りに行くと、レザーのジャケットにベレー帽という定番のおしゃれな姿で出迎えた。連載最後の一、二年は腰が曲がり、手の震えもあったが、「夕飯中にアイデアを思い付くと、やっとこれであしたは楽になったと思うんだ」と笑顔をみせた。

 連載した四十四年の月日の大半は、戦後の高度成長期。日本各地で自然が失われていった時代だった。ほのぼの君、りきまる、おとめちゃん、愛犬トキジロウ…。彼らが草木や動物たちと触れ合う世界は、読者にやすらぎや希望を与え続けた。経済成長に突き進み、忙しく厳しい日本社会への批判も織り込まれていた。背景には、疎開を含めて戦中・戦後に自然豊かな徳島で暮らした体験があった。

 妻の昭子さんは「連載終了後は本当に肩の荷が下りた様子で、漫画の仕事もほとんど断っていました。近所に好きな車を見つけると、何度もそこへ散歩して見に行ったりして楽しんでいました」と話していた。

 日本漫画家協会会長・小島功さんの話 彼も僕も伊豆に別荘を持っており、たまに会っていました。すごくまじめな男。ほのぼのとした作風は、高度成長に突き進む日本社会で一服の清涼剤だった。新聞漫画をこれほど長くやれたのは、よほどしっかりした心を持っていたから。また一人優秀な漫画家がいなくなり、寂しいですね。

 「ほのぼの君」の後に「ちびまる子ちゃん」連載中のさくらももこさんの話 佃先生、楽しい四コマを長い間お疲れさまでした。みんな、ほのぼの君のことをずっと忘れません。

(東京新聞)

 

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