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[17901] 【習作】何のために、誰のために(GS美神二次創作)
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/04/25 23:12
はじめまして、黒翼蛍と申します。
皆さんのすばらしい作品に感化されて、書き始めようと思い到りました。

処女作です。

ご都合主義と自己満足の塊ですが、どうか生温かい目で見ていただけると幸いです。

この作品はGS美神の二次創作です。
あるほかの作品のネタも入ります。

複数のオリキャラ有りで横島君とオリキャラの二人が主人公です。

オリキャラ×原作キャラのカップリングがあります。

独自解釈と独自設定もあります。

時系列が原作と異なることもあります。

更新は週に一度以上を予定しております。

もし不快に思われるなら回れ右を、それでも構わないという方は是非とも見てやってください。

完結まで続けられるように頑張らせていただきます。

感想やご指導などもよろしくお願いします。

長い前置きとなりましたがこれより始めさせていただきます。



―うわぁ~ん!うわぁ~ん!―

平成五年度GS 資格取得試験二次試験会場でのこと。

―化け物だ、ばけものだ、バケモノダ―

闘技場の上でチャイナ服に身を包んだ女性と、強大な霊力の鎧で身を包んだナニカが戦っている。

―こっちくんな!あっちいけよ!―

鎧のナニカが走らせる剣にペースをつかまれた女性は防戦一方となっている。

―おまえなんか、泥でも食べてりゃいいんだよ―

そこに三人の男と女が乱入してくる。
「鎌田選手、術を解きたまえ! 君をGS規約の重大違反により失格とする!」

―こりゃ~!お前ら何しとるんや!!―

「人間ごときが、下等な虫ケラがあたしに指図なんてすんじゃないよ!」

―また梅組のアホかいな!うちがぼっこぼこにしたるわ!―

「ジャマするヤツは……誰だろうと……殺す……」

―うわぁ~、横島と夏子や!みんな逃げい!!―

「みなさぁん、頑張ってください!」
手を振るのは巫女服に身を包んだ優しき幽霊少女。」

―なあなあ、だいじょうぶかいな……ひっ!―

「わっしもやってやるケンの~!」
吠えるは幻覚を操る虎男。

―二人ともどしたん?―

「ふぅ――」
倒れこむのは十二の式を従える少女な大人。

―…誰、なの―

「くらっとくワケ!」
白き霊波を放つのは世界最高峰の美しき呪術師。

―俺か?おれの名前はな横島忠夫っちゅうんや!―

勘九郎を狙った霊体撃滅波は彼が体をそらすことで、観客席へと吸い込まれていく。

―アカン横っち!食べられてまう!―

――ドコォン!
「メドーサ!これで形勢逆転です!!!」
敵対魔族に刃を突き付けるのは誇り高き竜の神。

―大丈夫やって。なあ、君の名前はなんていうんや?―

「よし!」
拳を握るのは徳高い赤貧神父。

―名前……―

「チッ!!」
顔を不快で染めるのはその身を魔に堕とした気高き白蛇。

―そや!だって俺ら友達やろ!!―

「横島君!!!」
叫ぶは業界最強のGS、物語に大きくかかわる中心的存在。

―とも、だち…………、ともだち!―

「クズが」
迫りくるは魔物と化した一人の男。

―おう!―

「ひぎゃああああああ!!!」
立ち向かうはこの物語の良くも悪くも、もう一人の中心的存在。

―あのね……、僕の、僕の名前は……―

――ガキン!
そんな音とともに横島に迫りくる勘九郎の剣は朱色に光る、何か刀のようなものに受け止められていた。
闘技場の上に横たわる横島、その眼前で彼を護るように立ちふさがっているのは2m近い身長を有している大男。
紅黒い和服に着流しを纏い、口元はニヤリと笑い口を開いた。

「カカカッ、大ピンチってやつだなコノヤロー」

首をこちらに向け、横島が目にしたのは血よりも赤く炎よりも紅い朱髪に、獲物を狙うかの如く鋭い切れ長の三白眼。
中の瞳は爛々と金色に輝き、闇夜の獣のように瞳孔は縦に裂けている。
自分よりも一回りか二回りも大きく、いつもの横島なら腰が引けてしまうような相手。
けれどその顔に浮かぶ笑顔はどこか懐かしく、とても大切なものに見える。
そして、心に思い浮かんだ彼の名前を口にする。

「もしかして……、もしかして京ちゃんか!?」
「おうよ!御剣京志朗、ダチの前に華麗に参上!!ってか」

ニパっと笑う彼は生きる意味を教えてくれた大事な親友に六年ぶりに再開する。
この物語に登場することを許された一人の男の登場。

何のために、誰のために―プロローグ―

すべてはここから始まってゆくのだ。



[17901] リポート1 ~あなたはどちら様~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 17:43
「いきなり現れて何なのかしら、貴方は?」

大刀で京志朗の霊波刀を押し込みながら勘九郎はつぶやく。
大地を踏みしめ、目の前の大男に再び力をかける。
だが彼は揺るがない。
山のように、大地に根を張った大樹のように、京志朗はその場で踏みとどまって見せた。

「横島君の知り合い?味方?なんにせよやるじゃないの!」

「ふわぁ~、あのおっきい人すごいですねぇ」

なんて外部からは声がかかるが当の御剣京志朗本人はいろいろと、もういろいろとパニックだった。
闘技場の影に隠れて接近した彼だが、勘九郎と戦う気などサラサラなかった。
ただ横島を回収し逃亡するつもりだったのだが……。
場の雰囲気に流され、彼を庇う形になってしまったのだ。

(やべぇやべぇやべぇ!横っちがピンチだから頑張ってみたけど正直帰りたい!!
 てか俺こんな熱血じゃないでしょうよぉー!!!)

そんな彼の異変に気付いたのは幼少期を共に過ごした男、横島忠夫。
京志朗がガタガタなのは手に取るようにわかってしまう。
だが、だがしかし、ここで彼を助けるのは横島ではない。
一歩ずつ、一歩ずつ確実に彼は後ろへ、後ろへと後退してゆく。

「ってなに後退しとんのじゃぁ!!
 ここは友情パワーとかで助けるところだろーが!!!」

「アホかぁーー!!
 美少女美女美熟女ならともかく野郎やったら人の命より自分の命最優先じゃぁ!!!」

「横っちの薄情者ぉーーー!!」

「すまんな(キラリ)、京ちゃんの分まで俺は生きる!!」

唐突に始まった二人のやり取りにド胆を抜かれたのは当事者以外。
二人は会場の空気を気にせず、罵詈雑言の嵐を吹き荒らしている。

中でも勘九郎の驚きは凄まじかった。
私はこんなやつに止められていたのか、と。
だが、ならばこいつをサッサと叩き切ればよい。
思考の切り替えは早く、彼はさらに力をかける。

「あら?」

ふわりと、宙に浮いたような感覚を受けた彼がしまった、と思った瞬間にはもう遅かった。
目の前でギュルリと一回転し放たれる後ろ回し蹴りに勘九郎は抵抗する間もなく吹き飛び、ドゴォン!という音とともに会場の壁に叩きつけられていた。

「カカカッ、これぞ京ちゃん横っち協同必殺奥義『アレ?なんか俺優勢だったのにいつの間にか蹴られてるんですけどぉ~』だ!!」
「ふはははっ、これで小学生の時に数多くのイケメンや予備軍を屠ったものよ!!」

何て言いながら肩を組み高笑いする二人、周りの人間は茫然としている。
君たちの小学生時代がぜひとも見てみたいものだ。

壁に叩きつけられた勘九郎はというと、痛みに動きを止めていた。
その左胸、心臓のあたりの鎧は抉り取られており、衝撃が心臓へと至る『ハートブレイクショット』の作用を引き起こしていたのだ。
そこへ復帰したGSたちがお札で攻撃し、美神による神通棍の一撃で右ひじから先を切り落としたのだった。




勘九郎戦闘不可能の状態からいち早く次の行動に移ったのはメドーサだった。

「引き上げるよ!勘九郎!」

そんな言葉とともに小竜姫の神剣を外し、霊波砲で空中に穴をあけ脱出しようとした。
その際小竜姫の腹を刺股で突き上げるのも忘れない。
不意打ちにもかかわらず、急所をかわした彼女は流石というべきか。
勘九郎も魔物化していたというのに、即座にメドーサの元へいたり中から脱出しようとする。
ところがどっこい、そんな二人に朱髪の男とバンダナの男が立ちふさがった。

「やぁねぇ奥さん、逃げるんですって。みっともないわねぇ~」

「そうよねぇ京香さん、どうせあんな人たちはお肌もガサガサで皺だらけなのよ」

「あら、忠代さんもそう思う?年寄りってやぁねぇ」

ほほほほ、ふふふふなんて男二人が笑い合うのは何とも気色が悪い。
だがその言葉、心は女な二人を確実に苛立たせていた。
こちらに向かってくるのは心は乙女な大男。
先ほどの一撃もまた彼の心の琴線に触れるものだったのだ。

「このガキどもがぁーーーー!!!」

進行方向を反転させた勘九郎の顔は憤怒に染まり、両手に霊力が集中し始めている。
霊波砲の準備だ。
がしかし、破壊の光が放たれる前にドガァン!と何かが爆発する音に合わせて勘九郎の体は紅蓮の炎に包まれていた。
その前では京志朗が闘技場に脚を下しまっすぐ勘九郎の方向へと拳を突き出していた。

「まさか……『発火能力者』か!」

神父の言葉を証明するかのように、彼が拳を突き出せばそれに合わせて勘九郎は紅蓮に染まってゆく。

「なめんじゃないわよ!!」

散在する炎の中、勘九郎は体中から霊波を放ち自身を離脱させる。
逃がすか!との言葉とともに再び放たれた爆炎は勘九郎の上方、メドーサの頭上付近で爆発した。
するとどうなるだろうか。
古来より命のように大切だと言われている女の髪。
その炎はメドーサの髪の毛に引火し彼女ののちのいくつかを焼き尽くしていた。
ブルブルと、すさまじい霊力を放ちこちらを睨みつける蛇の化身。
その圧倒的プレッシャーに会場全体を覆い尽くした。

「メドォォォォサァァァァ!」

若干涙目な二人を尻目に、動きだしたのは我らが竜の化身。
急激に接近する小竜姫を視界に入れたメドーサは彼女に特大霊波砲を放ち飛び去って行った。
最後に一言

「御剣京志朗、アンタの髪の毛一本から血の一滴にいたるまでアタシが嬲り尽くしてあげるよ」

と残して。

その場に残されたのは真白に燃え尽きた大男と、その様子を心配しながらもどこか羨ましそうに悶絶する一人の新GSだった。



 ■ ■ ■




あの騒ぎの後、あの試合が決勝戦つまり最後の試合だったので試験はそれでお開き。
美神達は事件の関係者ということで本部の会議が済むまで会場の空き部屋に待機中である。
本部の会議には唐巣神父が向かっている。

とりあえず席についたのは朱髪の男と横島以外のメンバー。
すると男二人の声が近付き、しつれいしまっすという声とともに入室してきた。
やはりというか、まず口を開いたのは令子だった。

「で横島クン、誰なのその子は?」

口をとがらせ、若干不機嫌そうに告げる。
横島を丁稚と公言する美神は、横島について自分がなにも知らないことがあったのが不満なのであろうか……。
乗りかかるように小竜姫も口を開いた。

「あの鎌田さんを一撃で吹き飛ばしにダメージを与えるとは……、只者ではないように思えますが?」

周りの冥子やタイガー、ピート達もうなずき京志朗の顔を覗き込む。
やはり気になるのはそこのようだ。
そのような場に横島が軽く手を挙げて口を開いた。

「こいつは幼稚園と小学校時代の同級生で名前は御剣京志朗、東京に来る前の大阪で一番仲のえかった友達っす」

否定するわけでもなくども、と言い頭を下げる彼はちらりと見せた雰囲気は、どこにでもいる普通の高校生と変わらないように見える。
続けて美神が口を開く。

「んなことはどうでもいいの……、御剣君、あんたうちで働きなさい!!」

「って美神さぁん、いきなり何言ってんすかぁ!」

「うっさい横島!どう?今なら時給五百円で雇ってあげるわよ?」

あれで五百円!?と周りはどよめきが支配している。
当の美神はすでに雇った気で彼が事務所に入った利益を検算をしており、横島は美神一人占めと友人と同じバイトという事実に迷い悶えていた。

「いやぁ~、なかなかに魅力的っすけど俺もうバイト先があるんで……勘弁っす」

そう言い頭をぼりぼり掻きながらいつの間にか取り出した紅蓮の煙管を咥えて笑っていた。

「その代わりたまに横っちの手伝いしますわ。報酬は……まぁ一食に酒をいくらか付けてくれれば」

「乗った!!」

言葉を接ぐ京志朗に対して美神はすぐさま返答し、固い握手を交わしていた。
続いて小竜姫が彼の眼を射抜くように、言葉を放つ。

「そのばいととやらで先の技術を身に付けたと?」

「まぁそんなとこで……」

「ではその煙管は?」

「媒介みたいなもんっす」

「今日この場にいたのは?」

「バイトですよ」

「なるほど……」

どうやら小竜姫は考え込むかのように顎に手を当てている。
だが納得はしてくれているみたいだ。
しかし彼のバイト先が気になる、どうやら霊的なものであるのは間違いなさそうだがあれほどの戦闘技能を身につけるのは並大抵ではないのだから。
タイミングを見計らってか、横島は京志朗へと話しかける、別れた後どうだった等と。
二人の会話は弾み、周りの人間はほほえましそうに見つめていた。

その後戻ってきた唐巣によると、今日の試合は無効にならず横島とピートが合格ということを伝えてくれた。
そのことを聞き横島は喜び、祝福する京志朗も彼以上にうれしそうだった。
やわらかな空気があたりを包み込む……が、そんな空気を砕く一言がこれまで沈黙を保っていた女性から放たれた。

「で、彼女との近況はどうなワケ?
 喧嘩してさみしいにならおねーさんがいつでも慰めてあげるワケ」

「「「何ィィィィィィィッ!!!」」」

「いやぁ~、仲良くって京ちゃん困っちゃう☆って感じで。もうアレだな、あいつとの関係は納豆に入れる納豆のような存在だ」

「納豆に納豆ってあんたどんだけ納豆好きなのよ!!
 そんなねばねばでなんかキモイ絆を彼女に求めてんじゃないのよ!!!」

いきなり投じられたエミの爆弾は瞬く間に大爆発を起こし、場をかき乱した。
最も爆弾魔は全く気にした様子はなく、小悪魔的に微笑んでいる。
絶叫に続いた美神のツッコミに反応したのは京志朗ではなく、和食LOVERSのみなさんだった。

「何を言っているんですか美神さん!納豆は素晴らしいんですよ!!」

「そのとおりですとも!朝は白米!お味噌汁!卵焼き!おひたしに焼き魚!それに納豆なのです!!とーすとなんて新参者は認めませんよ!!!」

「わたしもね~朝納豆は食べるわ~、だっておいしいんですもの~」

「確かに日本人である僕たちは和食を食べると安心するからね」

「まったくだ……、だが納豆INカラシはみとめねぇ!
 納豆と合体していいのはネギが卵か醤油だけだ!!」

ガシリと手を握り合わせる五人、そこに年齢も性別も種族も超えた友情が生まれた。
匂いがいや、なんか汚らしいなどと妄言を放つ吸血鬼と虎をダルマへと変えた五人から目をそらしつつ、ふと令子は違和感を感じていた。
それはあの横島が何の反応も示していなかったからだ。
先の絶叫にも彼の声は含まれていなかったし……。

「横島君は驚かないの?彼女のこととかエミと知り合いみたいな事とか、藁人形持って丑の刻に参らないの?」

「京ちゃんから聞いてたんで……、それにワイはそこまで腐っとらんわぁぁぁぁ!!」

「あの全身性器の横島君がねぇ……」

「全身性器て……。
 はっ!!もしやそんな俺を受け止めてあげるのは私だけっていうアピールだったんですね!?みっかみさぁぁぁぁん!!!」

「んなわけあるかぁぁぁぁぁ!!!」

とびかかろうとする横島だったがどこからか取り出した神通棍により撃墜される。
真っ赤なお花を咲かせた横島に、皆はあぁまたかなんていう生温かい目を向けていた。

そんな彼に京志朗が近付き彼をゆすり起こす。
こんなやつなんだから付き合い方考えたほうがいいわよ、と投げかける美神に対して京志朗はめんどくさそうに、でもこれだけは譲れないという雰囲気を醸し出し口を開く。

「横っちは確かに馬鹿でスケベなとこもあらぁ。
 ……だがそれ以上に優しくて、あけすけ、どんな状況もひっくり返すことのできるワイルドカード……、それが俺の中の横っち像なんだよ」

そういって彼を担ぐ京志朗は少し恥ずかしそうだ。

「それにな、どんなとこがあろうと全部ひっくるめて、横っちは俺のダチだかんな」

美神さんこいつ借りてきますわぁ~、と残して彼らは部屋から出て行った。
残された皆はどこか複雑そうだ。
なんにせよ自分たちが見ていた横島と全く違った視点から、彼は横島を見ていたのだから。
でも今は後、扉が閉められて何とも言えない沈黙の中、ポツリと音が流れる。

「横島クン、いい友達を持ったわね」

そんな彼女の言葉は、この場にいる者たちすべての言葉を代弁したものだった。

――つづく



[17901] リポート2 ~初めてのお仕事~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 17:45
蒼天は青く澄み渡る中、朱髪和服の大男が口に煙管をくわえて東京某所を闊歩していた。
手には缶ジュースを持ち、少々大きな声を上げながら前進を続ける。
何とも言えぬ雰囲気を持った彼は、う~~~むと低く唸りながら腕を組む。

「ゆうなぁぁぁぁ、親父さんいねぇんじゃね?帰っていい?帰っていいよね?」

「そんなことないもん!きっとおにいちゃんのさがしかたがわるいんだ!
 もっとわんちゃんみたいにおはなをヒクヒクさせなきゃ!!」

「てめぇがやれてめぇが」

「あっ!おにいちゃん、でんちゅうさんだ!おしっこしないと!!」

「アウトォォォォ!!捕まるから!捕まるからね俺!
 てか女の子がおしっこなんて人前でいっちゃダメェェェェェェェェ!!!」

「きゃあ~~~」

そう言い彼のオールバックとなっている髪をいじるのは肩車された少女、ゆうなちゃん (三歳)。
つい二時間か、三時間前か、父親とはぐれて路上で泣きわめく彼女を見つけ捜し歩いているが……、なかなかに見つからないものだ。

あああ~~~、と何とも気の抜けそうなため息をつきながら肩を落とす。
本当なら昼前には美神除霊事務所に着き、横島と久々に飯を食おうと考えていたのだが……。
昼はお子様ランチ(780円)とすぺしゃるショートケーキをたかられてしまっている。
ちなみにどの辺りがすぺしゃるかというと、主に値段のあたりで二品合わせて彼の財布から平和活動に奔走した教授さんがいなくなってしまうほど。
あんなに小さかったのに……、と嘆き少女に慰められる大男は妙な感じを受ける。

「まぁしかたねぇ、とっとと探して横っちのとこにいくぞぉぉぉぉ!!」

「おーーー!!」

「今度は叫んでいるわ」

「気味悪いわね」

「おまわりさん!あいつです!」

「貴様かぁ!少女誘拐犯め!!」

「痴漢の次は誘拐犯だとぉ!日本警察の威信にかけてブタ箱にぶち込んでやるわ!!!」

「違ェェェェ!こっちくんなぁぁぁぁ!!!」

「にっげろぉーーー!!」

「逃がすな!以前の痴漢と仲間かも知れんぞ!!」

青い服を着てこちらに向かってくるお兄さんたちから逃げながら、唐突に頭をよぎった親友に早く会いたい気持ちでいっぱいになった御剣京志朗17歳の昼過ぎだった。



 ■ ■ ■



休日の昼過ぎ、GS試験から幾日か経ったそんな日、美神除霊事務所からは何とも情けない声が響いてくる。

「なんでなんスかなんでなんスかなんでなんスかーーーーッ!?」

音源である横島は駄々っ子のように床を転げまわっている。
彼は正式なGSの資格を得ることはできたのだが、師匠である美神の許可がないとプロのGSになることはできないようだ。
失敗した時の弟子の責任は師匠である美神自身が取らなければならないので、彼女は許可が出せないと言っている。

「あんたが一人前になったと私が思うまで当分は見習GSよ!
 今後は雇主としてだけではなく師匠としても私をあがめることね!」

「何かそれって……今までより立場低い……!?」

ニッパリと笑う美神に対して横島はズーンと肩に黒い影を背負っていた。
もっとも彼女が許可を出さないのは責任のためだけではなかった。

横島が認める親友が現れ、言葉には出さないが若干嫉妬のようなものが彼女の心に居座ってしまっている。
許可を出せば彼のところに行ってしまうかもしれない……、と男に対して何ともおかしな感情を持っている美神だったが、彼女なのだから仕方ない。
……当の本人に言えば言葉を失うに違いないことなのだが。

「ちわ~~~、ミカワ屋でぇす」

そう言って事務所に入ってきたのは美神の中の危険人物、御剣京志朗。
暑そうに手で顔をあおぎながら、こちらへと近づいてきた。
京ちゃん!何て言いながら彼のほうに行く横島。
そらみたことか、と心の中で悪態をつきながらドンと机を叩き声を放つ。

「御剣君、なんのようかしら?」

「美神さん、そんな風に言わなくても……」

「おキヌちゃんは黙ってて。で、何の用?」

明らかに不機嫌オーラをまき散らす美神に京志朗は気にした様子も見せず、口にくわえた煙管を片手に取り、彼女の座る机のほうに近づいてゆく。

「いやぁ~実は俺のバイト先の上司がこの前は助かった、何て言ってまして」

「それはそれは」

「つーわけでお礼をしてくれって事で」

そう言って彼女の机の上に四つの封筒を置く。

「百万ずつ入ってるんで美神さんと六道さん、唐巣神父にエミねぇに渡しといてくださいな」

彼は頭をかき、煙管を口にくわえて彼女に言う。

「了解よ!私に任せときなさい!」

「助かるわぁ~、もう京ちゃん今へとへとなもんで……」

瞬時に封筒を懐に収めた美神は口を開く。
あっはっはっは、と笑い合う二人は楽しそうだ。
何にせよこれで美神の京志朗評価は『使えるヤツ』に変化した。
これを考えてお金を渡したなら京志朗はとんだ狸のなのだが……、どうだろう?

「こんにちは、御剣さん。お茶でも入れますね」

「悪いね、キヌちゃん」

「そんなことないですよ、納豆仲間じゃないですか」

おキヌは台所に引っ込みお茶の準備に入る。
来客用のソファーにドカッと座った彼に、横島は正面に座り話しかけた。

「そういやぁエミさんの事エミねぇっていっとった件についてだが……」

「あぁ、五年前くらいに会ったんだが、そんときに呼べって言われてな」

「フム……、はっ!さっき美神さんは敬意を払えっていっとった……。
 つまり令子ねぇって呼べばいいんですねぇぇぇぇ!!」

「お前みたいな弟、死んでもいらんわぁぁぁぁ!!!」

そう言って床を赤に染める。
京志朗とおキヌは茶をズズズと飲みながら世間話に花を咲かせていた。

「そういやさっきなんで揉めてたんだ?」

「実は―――って事があったんですよぉ」

「そりゃあ……。そうだ美神さんよ、ちっと俺の提案受けちゃくれねえか?」

床に流れた血を頭の中に収めている横島と書類の整理に入ろうとしていた美神に、京志朗はニヤリと笑いながら言葉を続けた。



 ■ ■ ■



ギラギラと輝く太陽の中、横島とおキヌはとあるビルの前にいた。
あの時京志朗が提案したのは横島単独での悪霊退治。
月に一度か二度料金の安いものを受けてもらい、その除霊を彼一人で行うことで彼の経験にもなるし令子の横島評価も上がる。
もちろん道具は横島もちだがこれで緊張感も高まる。
責任という面は京志朗が補佐に入るということで納得してくれた。

「くっくっく、これでワイも人並みの生活が出来る!
 京ちゃぁぁぁぁん、ありがとぉぉぉぉ!」

「20万円のお仕事ですから、がんばりましょうねぇ」

原作では震えあがっていた横島だが今回は違った。
なにせよ京志朗が付いているのだから、ピンチにならば助けてもらえば……何て甘いことを考えていたのだが、そんな期待もケシかすのように吹き飛んで行った。

「遅れたぞコノヤロー」

「おぉ……ってどしたんや―その怪我は!!!」

「ボロボロさんですよ!?」

遅れて登場した京志朗はアレ?どこのミイラ男?と言っていいほどに包帯でぐるぐる巻きだった。
億劫そうに彼は口を開く。

「昨日の夜、バイト入っていろいろあtグハァァァァ!!!」

「ギィヤァァァァ!血ィィィィかかったぁぁぁぁぁ!!」

「はい、手ぬぐいですよぉ」

口を開いたかと思えば口から赤いアレを噴出してしまった京志朗。
目の焦点は合わず体もふらふら揺れており『あぁ酒、さけがあそこに……』なんて下水の水を飲みそうなっている。
横島はそんな彼を押し留めて天へと吠えた。

「どちくじょぉぉぉぉ!!ワイの夢がぁぁぁぁ!!」

横島よ、自分の夢が壊れたことより雑草を食べ始めた彼を先に止めよう。










除霊対象は自殺者の怨霊で霊力レベルはC 、意識はあるが物理攻撃を好み凶暴で説得は不可能、特殊な点はなく通常の処置で除霊可能と判断される。

「じゃ、あとはよろしくお願いします。今日中にお願いしますよ」

とっとと出ていった関係者を尻目にフロア内を見渡す。
奥では怨霊のようなサラリーマンがぶつぶつ恨み言を言いながら彷徨っている。
そして彼の仕業であろう、周りの備品は破壊の限りを尽くされており再利用は不可能そうだ。

「くぅぅぅっ、どないしょうか……」

「いつもは使わない安い札ばっかりですねぇ」

令子に渡されたカバンを探ってみる。
おキヌが手に持つ札は一万、五万、十万と様々。
だがこれを使えば自分のギャラが減ってしまう……、そう思うと貧乏根性が染みついた横島には使うことに対して抵抗があるようだ。
何かないか~とかばんをさらに探ってみると、神通棍が目に入った。

「これなら使い減りしない!いよっしゃぁぁぁ!!」

そう言って神通棍を伸ばすと横島は怨霊の前に躍り出た。
こちらを見つけた怨霊は横島に恨み言を投げかける。

そんな横島は怨霊に対して声高らかに叫ぶ、負傷しながらもやってきたくれた京志朗のためにも勝って、そして今日は豪勢に何か食べようと心に誓って。

「この世の未練に貴様が迷うのは勝手だが……、運が悪かったみたいだな。
 成仏せいやーーーッ!この悪霊がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

横島はまっすぐと怨霊に接近すると、手に持った神通棍で滅多打ちにする……が?

――すかっ
―――――すかすかすかすかすかっ

彼の攻撃は怨霊の体をすり抜け霊体にダメージを与えることが出来ない。
それもそのはず、今の横島では神通棍起動には霊力が足りておらず今は『ただの棒』以外の何物でもないのだから。
横島もおキヌに言われて気づいたようだ、彼女の体に神通棍が貫通している。

「オンダリャーーーァ!!」

「「ふぎゃぁーーーッ!すいませーーーん!!」」

怒声を上げて怨霊は二人に突進していく。
その形相に腰が引け悲鳴を上げ逃げながらも、なんとか打開策を見出そうとする。

「横島さん!試合で使ってたあの技なら……!?」

「よ、よしっ!!
 スペシャル・ファイアー・サンダー・ヨコシマ・サイキック・ソーサー!!!」

おキヌのツッコミとともに横島は反転し手のひらに霊力を集めてゆく。
が、ドシロートで落ち着きのない彼がそうそう簡単にそんなことできるはずもなくプスン、と何とも残念な音を立てただけだった。

再び彼らは逃げようとするがそんなに都合よく世界は回ってはいない。
腕を振り上げた怨霊は彼の目の前におり、無慈悲な一撃が振り下ろされる。

―――ズガァン

だが泣きの入ったこんな男でも世界の意思に愛されている特別な存在である。
怨霊の体は爆炎に包まれ吹き飛んでゆく。
横を向けばハァハァと荒い息を吐きながら拳を突き出す京志朗の姿。
除霊は無理そうだった彼は一階において自分たちだけで現場に来たのになぜ?そんな疑問が横島の脳裏をよぎる。
だが彼はドンと床を踏みしめ起き上がりつつある怨霊に向かって叫んだ。

「こっちこいやァァァァ!テメェなんざティッシュにくるんでゴミ箱に捨ててやらァァァァァァァァ!!!」

魂を焼き焦がすような凄まじい気迫がフロア内を包み込む。
怨霊は京志朗に圧されてか、耳を劈くような悲鳴を上げながら彼のほうへと向かってゆく。
一点怨霊を睨みつける京志朗を見て、横島の中の疑問は四散していった。

(ああそうか、京ちゃんは俺を助けるために……)

思い起こせば彼に出会って、最初のころは自分が彼を助けてた。
でもいつからか、そんな立場は逆転していた。
近所で有名な雷親父から逃げる時も、近づけばかみつく狂犬に追われた時も、強面の不良に目を付けられた時も、いつも彼は自分を見捨てることなく一緒にいて、自分を護ってくれていた。

なんで?と聞いたことは何度もあった。
でも彼はいつも迷うことなく友達だから、とにしし煙管をくわえながらいたずらっぽく笑っていた。

怨霊は迫り迫り迫りゆく。
そんな中でも京志朗はまっすぐと怨霊を見据える。

でも彼はいつも笑った後に言葉を続ける。
いつもいつも、変わらない言葉を。

「俺の、俺の親友に手ぇだしてんじゃねェェェェェェェェ!!!」

心の奥底から横島は叫ぶ。
強く、雄々しく、猛々しく彼は叫ぶ。
フロアの床をしっかりと踏みしめ振りかぶり、手に出現した翡翠色の盾を怨霊に投げつける。

横島の手を離れた盾は吸い込まれるように怨霊の頭に吸い込まれドゴォォォン!!と大爆発を起こした。
晴れた煙の後に残ったのはぺタ、と床に腰を下ろした京志朗の姿だけだった。

「京ちゃん!!」

「カカカッ、流石は横っち」

横島が駆け寄ると京志朗は笑い、手を振る。
自分を助けてくれた相手に感謝の気持ちを込めて。
そんな以外に感動的な場面に立ち会ったおキヌは潤んだ瞳をこすりながら彼らを見ていた。

―――ズルッ

唐突に横島は足を滑らせ尻もちをつき、彼女の視界から消える。
何があったのか、とふわふわ浮かんで二人の元に行けば床にはかぐわしい香りの黄金水が敷き詰められていた。

「ナニ漏らしとんのやぁぁぁぁ!」

「違ェェェェ!これは違うんだァァァァァァァァ!!」

「なにがちゃうんやァァァァ!!
 どう見てもションベンじゃねぇかァァァァァァァァ!!!」

「違う!これはアレ、レモン水的なアレだ!!」

「アルコール君たちがワイの鼻を集中砲火してくるんですけどォォォォォォォォ!!!」

「バッ!気のせいに決まってるだろうが!!
 俺の股間タンクのレモン水はむしろ柑橘的なにおいがすらァァァァァァァァ!!」

「結局ションベンだろうがァァァァァァァァ!!!!」

ぎゃーぎゃーと濡れた手でつかみ合いのけんかをする二人を見ながら、おキヌはふふふっ、と笑っていた。



 ■ ■ ■



除霊後の夜、横島のオンボロアパートの前からゴシゴシゴシと何かをこする音が聞こえる。
怪我人を敬ェェェェ!!!なんて叫びながら包帯を巻いた朱髪の大男が体を屈め小さなたらいで何かを洗っている。
作業を終えたようで冷たい水でジージャンにジーパンと白い布に赤黒い袴を流し、物干し竿にかける。
はぁとため息一つ、くるりと手の中で回した煙管を口にくわえて階段をカンカン登ってゆく。

「終わったぞコノヤロー」

「ひっひっひ、ションベン小僧が返ってきたぞ」

「もう横島さん、そんなにしつこいとだめですよ」

横島と書かれた表札の扉を開けると、グツグツグツ鍋の中で肉、豆腐、ネギ、糸こんにゃくに白菜が煮えている。
カチャカチャ器の中で卵をかき交ぜいやらしい笑みを見せた横島は、ぷくっと頬を膨らませたおキヌに言われてシシシと笑う。

「キヌちゃんは優しいなぁ、おい」

「はい、御剣さんも座ってくださいね」

丸い小さなちゃぶ台の前に腰を下ろすと横島は手を合わせて、一言いただきます。
こらうまいこらうまい、と胃袋に鍋の中身を収めている。
彼らの夕食はすきやき。
横島にとっては凄まじい御馳走であり、京志朗にとっては、無論横島にとっても六年ぶりの親友との食事でその場には笑顔が絶えない。

「テメッ、それは俺が育ててた肉だぁぁぁぁ!」

「ふはははっ、この場のお肉さまは全部ワイのもんじゃぁぁぁぁ!」

そんな二人のやり取りを見ながらおキヌは幸せな気持ちに包まれていた。

「二人とも仲良しさんですね」

彼らの宴はまだまだ続く。

―――つづく











おまけ
片付けも終わり泊まってけ、と誘う横島を明後日に向けてやんねぇことがあるんだわ、と言って帰ることにした京志朗。

「今日は楽しかったです!またしましょうね」

「おうよ、じゃあおやすみなぁ」

「はい、おやすみなさい」

おキヌを送るためにやってきた美神除霊事務所。
辺りはすっかり暗くなり、人もまばらになり始めている。

「おおっ、忘れるとこだった」

振り向き歩きだそうとした京志朗はおキヌを呼び止め、何かを投げてよこした。
飯のお礼な、じゃあ今度こそおやすみ、そう言った京志朗は今度こそ振り向くことなく闇に消えていった。
彼女が握った手を開くと、少し糸のほつれたお守りが顔を見せていた。



[17901] リポート3 ~青春は古ぼけた机とともに~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/04/25 14:24
ここは東京某所に存在するごく普通の高校。
いつもと変わらず生徒が登校し、いつもと変わらずチャイムが鳴り、いつもと変わらず授業が始まる。
だが今日は三つばかり事情が違っていた。
一つ目は横島忠夫が久々に登校をしたこと、もう一つは……

「横島さん、今日は転入生が来とるみたいですケン」

「転入生か……。むふふふっ、今日は何かうずうずしとったんや!
 美・少・女との出会いの予感!!」

そう言い両手を突き出しニギニギするのは不審者以外の何者でないぞ横島。
席に着けぇ、と声が上がり担任教師がやってくる。
メガネの彼に連れられやってきたのはとても、そうとても顔立ちの整った青年、バンパイアハーフのピエトロ・ブラドーだった。

国際刑事警察機構の超常犯罪課、通称『オカルトGメン』への入隊を望む彼だがそのためには高卒資格が必要で……。
ブラドー伯爵の支配していた孤島に高校などあるはずもなく、唐巣神父の教会からも近いこの学校へとやってきたのだ。
女生徒からの視線と興味を集める彼に男子生徒達は殺気を覚える。

彼女たちの彼に対する興味と彼らの彼に対する嫉妬が爆発しそうに高まる中、ズガァン!と凄まじい音を立てながら教室前方の扉が吹き飛ぶ。
そこからのっそりと侵入してきたのは、まだ青あざなどを顔に残し鋭い切れ長の三白眼の中の金色の瞳でギョロリと教室内を見渡している大男。
いつもとは違い膝近くまである長ランで身を包み朱色の髪をオールバックにまとめた御剣京志朗その人だった。

「みっみ、御剣京志朗君で同じクラスの仲間になる。
 でっでは御剣君は横島、バンダナのあいつの隣ということで」

「うぃ~」

気後れした教師の紹介の後、彼の登場で沈黙が支配する教室を気にした様子もなくズカズカ歩き、ドカッと指定された席に座る。

そして口にくわえた煙管を指の間にはさみ一言。

「ういっす横っち、同じクラスだってよ」

「京ちゃんの言っとった準備ってこのことかいな!?」

「「「知り合い!!」」」











横島の親友と紹介されビシビシ京志朗を叩く者まで現れ始めた時、彼は質問の嵐の中にいた。
なぜ扉を壊して入ってきたか?その格好は?彼女はいるか?などその種類は様々である。
転入生はインパクト、転入生はインパクト、いるよ、と回答した京志朗は、ちょっと悪いのがモテるのか!?と嘆くクラスメイトを視界に入れながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。

「そいやぁ……なんで俺の机こんなにボロイわけ?イジメ?イジメなの?」

確かに彼の座る机は古めかしいものだった。
備品倉庫の奥の奥から取り出してきたかのように完全木造の机と椅子、その木も痛み始め黒く変色しているところも目立つ。
残された落書きの後から長年子供たちの勉学を支えてきたことが分かる。

「にしてもマジでボロイ……ぬぉ!のひゃぁぁぁぁ!!」

「京ちゃん!?」

「「京志朗さん!」」

何かほかにも落書きは……、と探していた京志朗が机の中を覗き込むといきなり飛び出してきた手によりずぽっと飲み込まれてしまった。
ああああ、とドップラー効果を残しながら消え去った京志朗に驚愕したクラスメイトだが、続けざまに更なる衝撃を味わうこととなる。

「京ちゃん返せェェェェ!」

そう叫んだ横島は何を思ったか、霊力を収束し始めた。
翡翠色に輝く両手で彼は、京志朗を飲み込んだ机の口のような部分に手を添えると無理やり開かせ自ら中へと滑りこんでいってしまう。
呆然とするクラスメイトの中いち早く意識を取り戻したピートはタイガー!と声をかけ横島を追った。
そしてそれに続いたのはクラスメイトの絶叫だった。



 ■ ■ ■




気を失っていたのか、あおむけに倒れこんでいた横島は誰もいない、寂れた教室にいた。
ここは?と辺りの様子をうかがうために身を起こし、立ちあがろうとする彼の前に突如黒い靄が現れそこから出てきたのは二人の男。
ズグシャ!と人が潰れたような音を立て着地したピートとタイガーは、ギャクと化した横島をかわして窓の外に視線を運ぶ。
そこにあったのは、何かもやもやしたものが空に描かれむき出しの岩が無造作に放置されている。

「って何踏んどんのやお前らはぁぁぁぁ!!」

「いっいえ、横島さんなら大丈夫かな~と……」

「大丈夫なわけあるかぁぁぁぁ!血ィだくだくやろォォォォ!!」

「横島さんはギャグ補正がありますケン」

「結局ワイはそんな扱いかドチクショォォォォォォォォォ!!!」

ははは、と乾いた笑いを浮かべ、争う二人を残してピートは辺りを探る。
この教室に充満する妖気、そして外にある不思議な景色……。
おそらく妖怪によって作り出された異界空間であろうと当たりをつけた彼は、本体を見つけようと二人に行動を促す。

そこにガッシャァン!と何かを倒す音が聞こえる。
こっちだ!と叫ぶ横島が先頭を走りたどりついたのは一つの教室、中からはなにやら複数の人の気配、そして時折聞こえる男と女の怒鳴り声。
霊的格闘が最も得意なタイガーを前に置き、ガラッと扉を開けた先では悪役チックに笑う京志朗が委員長風の女子とにらみ合っている姿だった。










「それでは第11025回ホームルームの議題、『新入生の歓迎と自己紹介』で横島君が提案してくれた『ドッチボール』を始めたいと思います」

「ピィィィィ!ブルマから見える太ももが色っぺぇぞ委員長ォォォォ!!」

「そこ!私語は禁止よ!
 ではチームを決めてゲームスタート!!」

甲高い音が周りへと広がりゲームが開始される。
彼らの迷い込んだのは机が長い年月を経て妖怪変化となってしまった存在の中。
楽しげにゲームを行っている生徒たちは、その妖怪に場所も時間もバラバラのところから集められている人々だった。

中でも学級委員長の愛子という少女は32年も捕えられているようだ。
今そんな彼らがいるのは体育館の中、教室で行われたHRで歓迎なら運動とかだろ、と提案した横島によりこんなところにいる。
皆が体操着に着替え軽く準備運動をする。
教師もおらずHRしかできなかった彼らにとって、このたびのイベントは非常に刺激的なものだった。
皆が皆、光る笑顔を持っている。
それはさておき、どうやらゲーム開始のようだが……。

「おかしいだろォォォォォォォォ!!」

「チェンジじゃァァァァ!チェンジを要求するケン!!」

「まさか……、まさか彼と僕らとの間にここまで戦力差があったとは……」

血涙を流し異議を申し立てる横島、タイガー、高松。
いや、よく見れば男子生徒のほとんどが呪詛を唱えるかのような歪んだ顔を見せている。
その原因はチーム編成によるものだった。

コートに分かれた二つのチーム、それは男子-ピートV.S.ピート+女子。
……それは悲しいな、男子諸君。
提案者のワイがそうなるべきやのに……、と引きちぎるように唇をかみしめた横島は手を掲げ皆を集める。
円陣を組み黒い笑みを顔に張り付け、ゆっくりゆっくりと彼は口を開いた。

「高松君、これは青春のための授業だな」

「そのとうりだとも」

「なら、……なら汁飛び散るスポーツも青春だよなぁぁぁぁ!」

ニヤリと笑う高松と同じ信念の下集まった精鋭たち。
ふわりと愛子の手からボールが離れ、聖戦が始まった。










死ねェェェェ!なんて物騒な声を耳に入れながら愛子は周りを見渡す。
やはりというべきか、今日やってきた人間が一人足りない。
それは見た目からしての不良生徒、御剣京志朗。
もう、迷惑掛けてくれちゃうわ、なんて言いながら彼女は体育館を後にする。
やっぱり体育館裏か屋上よね、と妙なイメージを持った愛子はツカツカと階段を上ってゆく。
そんな愛子に張り付いていたのは是が非でも彼を改心させてやるといった学級委員長の顔ではなく、なんともニヤけてとろけた彼女の欲望に満ちた顔だった。

「ああっ!!不良生徒を改心させようと奔走する委員長!
 乱暴で、でも実は不器用で優しい彼!そして芽生える恋!
 これぞ青春!!青春なのよぉぉぉぉ!!!」

その勢いのままガチャリと屋上の扉を開ければ、大の字に転がっている彼。
これなのよ!と逸る気持ちを抑えつけ、委員長らしく彼女は声をかけた。

「御剣君、みんな楽しくスポーツに励んでるわよ」

「……」

「ね?アナタも一緒にやりましょうよ」

「……」

「もう、だんまり?……よし、だったら私もここにいるね」

「……」

「こうやって屋上で空を見るのも気持ちいね」

愛子は京志朗に近づきながら言葉を投げかける。
が、彼女が投げたボールは帰ってこず、言葉のキャッチボールはしなきゃ、と言いつつ彼の隣に腰をかけた。

そよそよといつもは吹かない風が愛子の髪を揺らす。
空を見れば青くもなく、雲もなく、あるのは絵の具をぶちまけたような空だけ。

「空ってのはいいもんだ、そうは思はねえか」

「そう、だね」

「どこまでも広くてさ、俺たちをいつだって見てくれる。
 その前じゃあ自分を偽るなんてこたぁ出来ねぇ、いつだって素っ裸の自分よ」

「うん……」

「だからよ……まともに空を見れねえヤツは、テメー自身を見れねぇヤツ。
 少なくとも俺はそう思ってんだ」

「……」

ポツリ、ポツリと言葉を発する京志朗。
手を挙げて、空をつかむように振る。
けれどもそれは遠く、決してつかむことが出来ない。
でも、そんな空を彼は愛おしそうに見つめグッと起き上がると愛子のほうを見ながら口を開く。

「俺にもな、夢があるんだ。大事なヤツらと一緒にいて、んでもって教師になる」

「教師って……、御剣君が!?」

「なんだよ、いいだろーがどんな夢持ったってさ」

「そうね、不良生徒が改心して教師になるってのも青春よねぇ~」

彼の語った夢に愛子は思いをはせる。
夢を持ち、つかもうとすることが出来るとはなんと素晴らしいことか、なんと青春なことだろうか。
偽りの青春しか味わえない私にはできないことなのに、と。
そんな彼女の思いを知ってか知らずか、放たれた京志朗の言葉は愛子を貫いた。

「でもよ、ここじゃあ無理なんだよ。空が一つしか見えねぇ、お前の中じゃあな」

「っ!?」

「だからさ、出してくれよ。みんなに夢をつかむチャンスを返してやってくれや」

息をのんだ愛子に京志朗は続けた。

彼は気づいていたのだ、自分が人とはチガウ存在だということを。
彼を、彼らを返せば再び歩き出せるだろう。
でも自分は違う、学校にあった古臭い机に意識が宿り、学校に行きたいなんて願望を持ってしまった妖怪。

そう思うと急に悲しく、憎らしくなる。
彼らは出来るけど私はできない、それがつらくて、つらくて気づけば口が開いていた。

「私にだって、私にだって夢があるわ!学校に行って、友達にあって、授業を受けて、恋をして……」

愛子は叫ぶ、自分の思いを、夢を。
でも、でも……、それでも私は……。

「でもこれしか……、これしか私が学校に行く、夢をつかむ方法がないのよ!!」

「いや違うね、やろうとしてねぇだけだろうさ」

「でもっでも私は、私は妖怪なのよ!そんな私に、人間社会で夢なんてつかめるわけないじゃな『ピシ』……え?」

「妖怪?そんなこたぁ関係ねぇんだよ」

彼の手が通り過ぎた頬を押さえれば、少しだけ熱くなったそれがそこにあった。
京志朗は愛子の眼をまっすぐ見ながら言葉を続ける。

「自分の性分ひきずって苦しむんなら、自分を変えることに苦しみな。
 テメーにはその時間もたくさんあるだろうよ。泣くのはそれからなんだよ」

妖怪だろうと何だろうとお前は俺のクラスメイトだし協力すらぁ、そう続ける彼の胸に愛子は飛び込む。
抑えよう、抑えようとする涙は彼女の意思を越えて流れ落ちてゆく。
京志朗は手に持った煙管をくわえ、空を仰ぐ。

「雨ぇふってんなぁ」

「……うんっ」



 ■ ■ ■



ここは東京某所に存在するごく普通の高校。
いつもと変わらず生徒が登校し、いつもと変わらずチャイムが鳴り、いつもと変わらず授業が始まる。
だが今日は三つばかり事情が違っていた。
一つ目は横島忠夫が久々に登校をしたこと、もう一つは三人の転入生が現れたこと。

あの後京志朗と一緒に体育館に戻った愛子は、ボールを持って馬乗りになった横島と、組み敷かれて若干顔を赤らめたピートを見て顔をひきつらせると、皆に謝罪して彼らを元の時間に返した。
操られていても学校生活は楽しかった、という彼らと別れのあいさつを済ませ教室に戻ると、メガネの担任教師に学校に通いたい、と告げ晴れて生徒の一員となったのだ。

そして最後の一つはというと……。

「これも世のため人のため、頑張りましょうね横島さん!」

「だから手を握るなと何度もいっとるだろォォォォ!!」

「やべぇな、アレだ、ほら今日ビデオ直さねぇといけねぇから帰るわ俺は」

「ワッシ一人こんなところに置いてかんでくださいィィィィ!!」

「ああっ!仲間と協力して何かをする!!これぞ青春ね!!!」

「じゃあ先生は用があるから、頼んだよ『除霊委員会』」

世にも珍しい委員会が発足したことである。


―――つづく



[17901] リポート4 ~わがまま王子の下界探索 その1~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 17:49
ここはとあるビルのとある一室。
高級そうなイスと机、調度品で飾り付けられた部屋。
そこに今三人の麗しい女性が集まっていた。

一人目は美神除霊事務所所長にして日本有数のGS 『美神令子』。
亜麻色の髪を後ろに流し、今日も今日とてボディコン姿の彼女は目の前のお茶を片手に、ばつの悪そうな顔をしている。

二人目は美神除霊事務所の職員にして300年存在し続ける幽霊『おキヌ』。
烏の濡れ羽色の髪に巫女服を纏った彼女は宙をふわふわ浮きながら、首を左右に動かしている。

そして三人目の赤髪の女性はグイッとお茶を飲み干すと、湯呑をタンと机に置き、

「実は……、私とても困っているのです!!」

美神に詰め寄った妙神山管理人にして竜神『小竜姫』は、そう切り出した。



 ■ ■ ■




唐突だが横島は困っていた。
どう言えばいいかというと、言えそうで言えなくて、やっぱり簡単に言えそうな状況で困っていた。
それは……

「おぬし、このようなもんで余がだまされると思っているのか?」

デパートの屋上、目の前で国民的青猫を模した遊具に乗った幼児の扱いについてだった。
リーゼントにメガネのオールドヤンキーに絡まれていた彼を見つけたのが一時間ほど前。
首をつかまれ泣いていた子供を見ているのがいたたまれなかった横島はヤンキーの手から天龍という名の彼を強奪、黒光りするアイツのような走りで逃げ出してきたのだ。

腕時計で時間を確認し、手に持ったジュースを一飲み、デジャビューランドに連れてけ、と言う天竜を見つめる。
纏った、どこか大陸を思わせる衣に頭にピョコっと生えた角。
たぶん小竜姫様の知り合いかな~、と思考を帰結させた横島は空となった缶をゴミ箱に投げ入れ口を開いた。

「で、小竜姫様の知り合いが俺に何の用だ?」

「何!?小竜姫を知っておるのか?」

カタカタ震えお仕置きは嫌なのじゃァァァァ!と叫び出した天龍。
自身の母親や雇い主を思い浮かべた横島はあ~、と得心して腕を組む。
特に母親には京志朗と一緒に子供のころ何度叱られ、何度殴られたことか。

空き家に入って叱られ、忘れ物をして叱られ、給食を残して叱られ、スカートめくりをして殴られ、友達を怪我させて殴られ、家出をして殴られた。
でも、それでも、そう横島は思う。

「うっし、なら俺がお前をデジャビューランドに連れってったる」

「まことか!!」

「ガキは遊ぶのが仕事見てぇなもんだからな」

飛び跳ね余の家臣にしてやる!などとのたまう天龍を見て横島は思う。
どれだけ叱られてもどれだけ殴られても、子供の頃に遊んだ思い出は心に残った楽しい思い出にしかならないのだから。
それに……

「やんなやんな言われると人間やりたくなるもんだからな」

早く行くのじゃ、と手を引く彼に金は自分で出せよ、と告げる横島はどこまでも横島らしかった。










「わっ!すっ、すごい!!てれびじょおんに色が付いてるっ!!」

流されたテレビの前で女子大生風の女性、もとい小竜姫はきょろきょろとあたりを見回している。
人ごみの中、美神たちは歩みを進めていた。
あの時小竜姫が切り出したのは、ある竜神についてのこと。

竜神たちのまとめ役である『竜神王』は今、地上の竜族たちとの会議のため、地上に降臨しているのだが、その間中に子息である『天龍童子』を小竜姫に預けていった。
ところが天龍はテレビで見た『デジャブーランド』に行きたいと言い出したのだが、地上の竜神族の中には仏道に帰依した竜神王を疎ましく思われているものもいて、特に今回は天龍の命を狙う計画もあるという未確認の情報も入っていた。
そのため小竜姫一人では天龍を護れないために彼の要求を断ってしまった。
すると天龍は竜神王の武器庫から結界破りをくすねておいたらしく妙神山の結界を解除して一人で人界に降りてしまった。
慌てて後を追ったが、人界には不慣れな小竜姫たちは天龍を見失ってしまって令子たちに依頼を申し込んだのだった。
神に恩を売れるからという理由で引き受けた美神だが。

「とにかく電車に乗ってデジャブ―ランドに行くからはぐれないようにね」

そう後ろを向いた目に飛び込んできたのは黒のスーツと帽子にサングラスを合わせた怪しげな二人のみ。
街に出てわずか十分でおキヌと小竜姫は人ごみの中に姿を消した。





「この中だと思うんだな」

「さすがイーム、とっととガキを捕まえちまおうぜ」

横島と天龍がいるデパートの前、建物を探る二人組、常人とは少し違う雰囲気を醸し出す小さな目つきの悪いモヒカン頭と大きなドレッドヘアーのサングラス。
彼らがデパートへと入る様子を美神と鬼門たちは見ていた。

「あんたたち、あそこの二人組」

「確かに、あやつら人間ではござらぬ。殿下を狙う魔族かもしれぬぞ……」

行ってみましょう、という令子の声とともに彼らはデパートへと侵入していく。
下るエスカレーターに乗った横島と天竜はそんな令子たちを視界に入れていた。

逃げっぞ、と言った横島は天龍を小脇に抱え陳列棚の影を駆け出す。
しかし2mを越える身長を有する鬼門たちは、その高い視界から従業員用入口へと入り込む横島をとらえた。

「殿下!」

その音を合図に横島は足の回転を早める。
横島クン、と自分を追う令子の声を耳に入れながら細い通路をかけてゆく。
ところが非常口と書かれた緑色のランプの下に差し掛かろうとした時、枝別れの道からぬっと姿を見せたのは例の怪しげな二人組。

キシャーッ!という何か蛇のような音を立てた彼らは、横島と天龍の目の前で蛇か、竜かをベースにした二足歩行の爬虫類的なフォルムへと姿を変えた。

「やはり魔物!」

ぼふんと人間に変化していた術を解き、左の鬼門は天龍へと迫る小さなほう、ヤームが伸ばした舌を手につかみひっぱり上げる。
横島……、と不安気な声を出す天龍を安心させようと彼の頭をなでようとする横島。
が、そこにいるはずの天龍の姿はなく、バッと顔を上げ辺りを探れば彼を抱えたイイ笑顔の美神。

「横島クン、頼んだわよ!」

「そげなぁぁぁぁ!今日の俺はカッコえかったのにィィィィ!!」

「に、逃がさないんだな」

ゲシっと彼を蹴り、腕を伸ばし天龍をとらえようとしていたイームへとぶつけると、脱兎の如く美神はその場を離脱した。



 ■ ■ ■



「横島は余の家臣なのじゃぞ!」

「うっさいわねぇ~」

タクシーを捕まえ事務所に向かう美神は隣の席で吠える天龍に溜め息一つ口を開いた。

「あのね、横島クンがあんな奴らにやられるわけないでしょ」

「なぜじゃ?」

「そりゃ私の丁稚だからね!」

そう少しばかり自慢げに言う美神に余の家臣じゃ!と再び吠える。
ふふんと鼻を鳴らした令子をむ~っ、と不満げに見つめる天龍は突如ニヤリと笑うといやらしい声で告げた。

「はは~ん、おぬし横島のことが好きなのじゃろう」

「んなわけないでしょォォォォォォォォ!!!」

コンマ一秒で放たれた拳は天龍へと吸い込まれベブッ!と危ない音を立てる。

私が?横島クンを好き?
……ありえない、それだけはない。
私が好きなのは、そう私が好きなのは……。



―――ズキッ

何だろう、頭が痛い。
誰だろう、私に向かってほほ笑んでくれているこの人は。

―――ズキッ

違うだろう、あの人は私じゃなくて。
違うだろう、あいつじゃないんだ。



「何をするのじゃ!」

そう叫ぶ天龍の声で美神は思考の海から引き揚げられる。
ふぅ、と息を吐き、少しばかり疼く頭を押さえた美神はわるかったわ、と手を振り車の窓から空を見上げた。
でも今日の横島クンはいつもと違ったわね、なんて珍しいことを考えながら。





 ■ ■ ■




「……で、なんで場所がばれてんのよォォォォ!!」

「しかたなかったんやァァァァ!
 鬼門はすぐやられるし、こうするしかなかったんやァァァァァァァァ!!」

このバカァァァァ!と横島の胸ぐらをつかむ美神。
天龍はというとイームの腕の中。
彼女がタクシーを降りて、天龍を抱え事務所の扉をくぐった瞬間脚をかけられ彼を奪われてしまっていた。

殺すのか!?と少々気圧され気味な彼に会議が終わるまで閉じ込めておくだけだと返すヤーム。
そんな彼らのところに音もたてず現れたのは全身をマントで覆ったナニカ。
小竜姫並みの霊力!それにどこかで……?
そう思い太ももに忍ばせた神通棍に手を伸ばす美神。

「だんな、それじゃあ約束の礼のほうを……」

「うむ、うけとれ」

ヤームの言葉に辺りをぐるり見渡した後、感情を押さえた平坦な声で告げるマントのナニカ。
それが手を掲げバッと霊力を放つと美神たちを囲うように黒い板が三枚現れた。
現れた三枚は共鳴し合い、中のモノを閉じ込めるように結界を張り巡らせる。

「こいつは火角結界!?いったいどういうことでぃ!!」

「知る必要はない!ここで死にゆく貴様らには、な」

再び光がマントのナニカを包み、それは姿を消した。
騙された!イームとヤームがそう思った時はもう遅い。
ピッピッピッピッと音を立てながら黒い板に示された数字が徐々に小さくなっている。
美神が神通棍に霊力を込めてガンガン結界を殴りつけるが、全くと言っていいほどに効果が見受けられない。

「あと三秒しかない……、三秒で出来ることをしましょォォォォ!美神さァァァァァァァァん!!」

「おどれは土壇場にそれしかないのかァァァァァァァァ!!!」

――――ズッガァァァァン!!!

彼女のそんな言葉とともにビルは巨大な爆炎へと覆われていった。




 ■ ■ ■



―――ドドドドド!!

エンジン音を立てながらボートは下水を進んでゆく。
爆発の刹那、天龍の持っていた結界破りで窮地を脱した横島たちは、事務所の一室のシェルターを用いて地下へと降りて行った。
乗っているのは美神に横島と天龍、そしてイームとヤームの二人だった。
二人に話を聞けば龍族の高官だと言ってマントのナニカは取引を持ちかけてきたらしい。

あれほどの霊力だからもちがいないだろうと信頼した二人に、新興宗教にでも入れば、ときついツッコミを食らわせた美神はマントのナニカについて考えを巡らせていた。
渋い顔で唸る美神、なんとかしてこの多額支出の恨みをあいつに晴らしてやろう、と。

そんな美神の隣で横島もまた唸っていた。
ああ、これはもしやこの前の除霊とかGS試験の流れ……。
京ちゃんアッテンションヘルププリィィィィズ!!、と。

そんな横島の後ろで天龍はご機嫌だった。
騙され涙を流したイームとヤーム。
二人の罪を許し家臣へと導く余は何と名君ではないか、と。

三者三様の思いを乗せてボートは進んでゆく。

―――シギャァァァァ!

「ビッグ・イーター!?」

「多い!下級の魔竜か!
 俺たちが生きてたことがばれたんだ!!」

唸り声とともに下水をつたってこちらに向かってくる口、口、口、口。
そんな状況に美神はレバーを引きボートを加速させた。

「スーパーニトロターボブーストチャージャー、ON!!」

ドカン!という音とともにボートは水面を切るように走りだす。
目の前を見れば暗闇の中にひとつの光、出口だ。

「美神さん!出口に鉄格子が!!」

「まーかせて、ちゃんとリモコンで開くように……、アレ?アレ?
 ……横島クン、単三電池とか持ってないっ?」

「もっとるわけないでしょォォォォ!!」

―――ドゴォォォォン!!!

爆音とともに鉄格子は破壊され瓦礫が飛び散り東京湾に沈み込む。
音源は美神の手に収まる機械的な筒。
もうもう上がる煙の中からボートが飛び出して水面を走る。
ふと空に目を向ければマントのナニカ、瞬間横島らを巨大な光が覆う。

「仏道を乱し殿下にあだなす者はこの小竜姫が許しません!
 私が来た以上も往くことも退くこともかなわぬと思え!!」

放たれた霊波砲を散らしたのは小竜姫、神剣をかまえ宙に浮かび彼女はマントのナニカを射抜くように見つめる。

「久しいな、貴様らァァァァ!」

ククク、と笑ったマントのナニカは体を覆うそれを脱ぎ捨てる。
そこに姿を現したのは、腰まで伸ばした白銀の髪に爬虫類のように割れた金色の瞳、そして巨大な胸。
GS試験で令子たちを苦しめた魔族『メドーサ』がそこにいた。


―――つづく




[17901] リポート5 ~わがまま王子の下界探索 その2~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 17:53
夜の帳が下りた東京湾、そこ二柱の竜神が対峙している。
片や神剣をかまえた神族『小竜姫』、片や刺股をかまえた魔族『メドーサ』。
ガキン!と金属同士がぶつかり合う音を立てながら二人の得物が交差する。

「試験会場では様子見でしたが、今回は成敗して差し上げます!!」

「はっ!甘ちゃん如きに私がやれるかい!?」

―――キィン!キィン!キィン!

数合切り結んだ小竜姫は美神に天龍を頼むように呼び掛ける。
おキヌを加えたボートを進ませつつ後ろを振り向いた美神は心に残ったムカムカを吐き出すように声を荒げた。

「わかったわ!そのおばはんはまかせるわよ!!」

「誰がおばはんかァァァァッ!!」

「余計なこと言わんといてくださいィィィィ!!」

「あいつのせいで散々なのよっ!!もっともっと言いたいことはあるわよ!!!」

涙腺が熱くなりだした横島と不機嫌丸出しの美神の元に、顔をゆがめたメドーサの髪が姿を変えたビッグ・イーターの大群が迫りくる。
それをかわすようにボートを迂回させてメドーサの下に迫ると再び口を開く。

「ヒス持ちヘビ女!バストが垂れて勝負の邪魔なんじゃないの!?」

「こっ、殺す……!!」

「そんなこと言いに戻って来ないで下さいよ!!」

少しすっきりしたわ、と言い胸を押さえる美神だが彼女の行動により迫りくるビッグ・イーターの大口はすぐそこである。
横島に運転を代わらせ精霊石を掴み後方の群がる魔竜に投げつける。
込められた霊力の臨界突破により爆発を起こした精霊石は、迫る奴らの勢いを殺す。

すかさず神通棍を展開させ一匹の頭を潰した。
人間にしてはやるな!というイームとヤームの言葉に誇らしげに鼻を鳴らす。
が、前方のビッグ・イーターをかわすことが出来ずメギシャ!という音に合わせてボートの一部、加えて天龍を護ったイームの肩口に食らいついた。

「傷口から石に!?」

おキヌの言葉を真実となすように、イームはピシピシと石化を進行させてゆく。
不安そうなイームは震える舌先に言葉を乗せた。

「ア、ア、アニキ、お、俺天界にまた戻れるかな?」

「当たり前だろっ!殿下の家臣になったんだからな!!
 天界にもどりゃぁお前だってすぐ元通りよ!!!」

「へへへ……、やっぱアニキはすげえ、や」

「イーム!?イィィィィムゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

そんなヤームの言葉も届かず、無情にもイームは物言わぬ石へと姿を変える。
ゴトリと倒れ込む彼にヤームは冷たい体を抱きしめ涙を流す。

天界から追放され、地上では頼れる者もおらず信頼できたのは目の前の奴だけ。
いつでも、いつでも自分のそばにいてくれ自分を慕ってくれた、家族同然だったこいつ。
何か周りで叫んでいるがヤームの耳には入らない。
熱くなった頭で彼は踏みしめ空に舞った。

「チックショォォォォォォォォ!!!」

頭に生えた二本の角に霊力を集め、雷のようにバチバチと音を立てる霊波砲を放つ。
ゴウッ!と轟音を立てたそれは紙一重かわした小竜姫とメドーサの間を通り過ぎた。

「クズがっ、死ね!」

ヤームより短い時間で、はるかに高い威力を秘めてメドーサの手のひらから霊力の光が放たれる。
風を置き去りにしたそれはヤームを包み込んだ。

―――ボガァァッ!!

「くぅっ」

「小竜姫さま!?」

「くっくっく、そんな虫けらを庇って勝負を捨てるとはとんだおバカさんだねぇ」

ヤームへと向かい進んだそれは彼をかばった小竜姫の背中へと直撃した。
崩れ落ちる彼女を支えギリッ!と奥歯を噛みしめるヤーム。
再び手のひらに霊力を集め、追撃の霊波砲を放とうとするメドーサの前で光がはじけた。

こっちよ!急いで!!と叫ぶ美神を視界に入れたヤームは小竜姫とともにボートの上に着地する。
所持している最後の精霊石をメドーサに投擲し、横島に声をかけボートの速度を高めさせた。

「小竜姫!?小竜姫ィィィィ!!」

「で…殿下……、申し訳ありません」

「お……、俺のせいじゃない、よな」

「「「お前が悪い」」」

小竜姫を傷つけおろおろするヤームに突っ込んだ横島たちは、接近しつつあるメドーサからの逃亡を続ける。
美神さん……、そう短く告げる小竜姫。
そして美神は空を舞った。

「小竜姫のヘアバンドと籠手……、これならいける!!い~もんもらっちゃった!!!」

「それはあげたんじゃなくて貸すだけですからね!!
 後で返してくださいよ!!!」

そう叫ぶ小竜姫に返さないと思う……、とつぶやく横島は彼女の本質をよ~く理解していた。










ボートを岸に寄せ倉庫街に横島たちは上陸していた。
空を見上げれば美神とメドーサが命の削り合いを続けている。
神剣を携えた令子は暴言一つ、年増ヘビ女へと迫り垂れつつある胸めがけて一閃突きを放つ。
空を蹴り上へと跳躍したメドーサは彼女を見下しつつ口を開く。

「―――構えも何もなっちゃいない、小竜姫に力を借りてもクズはクズか……。
 それにアタシが用のあるのはボンボンぼうやにバンダナのアホ面と朱髪の木偶のbぶっ!!」

「すきアリィィィィ!!」

「なめるなァァァァァァァァ!!!」

メドーサの口上途中に美神はヒールを脱ぎ捨て彼女の顔面へと直撃させた。
神速の槍捌きにより一点彼女の心臓めがけて放たれる刺股。
そんなメドーサに美神は神剣の刃を柄へと滑らせ、彼女へ接近し切りつけた。
ガキィン!という快音の後ぎちぎちと神剣と刺股が擦れ合う音を生み出す。
彼女たちは睨み合い、薄く笑いあった。










「いくら人間とメドーサでは勝負が見えています。私が行かないと……」

みなさんは殿下を妙神山へ、そう告げた小竜姫は心配するおキヌの声を無視してすくりと立ち上がった。
が、ピキシという音に合わせて彼女は嫌な汗をかき始める。
おそらく自分の体は戦えないほどに傷付いているだろう。
だがしかし、隣で涙を浮かべ私を心配している天龍を見ればそんなことも気にしていてはいけない。
グッと踏ん張り小竜姫は天龍の頭に手を置くと口を開いた。

「殿下のせいではありません、何も心配はいりませんよ。
 まだ殿下はお小さいのですから」

そう告げると彼女は空へと舞い上がった。
後を追うようにヤームもまた天龍に立派な王になってくれ、そう言い放つと飛び出した。
自分が子供だから、そう思い悩む天龍はダン!と地面に拳を叩きつけた。

「せめて、せめて神父か御剣さんか、誰かがいてくれたら……」

「……あァァァァァァァァ!!」

横島さん?というおキヌの声を耳に入れながら横島は自分の左腕を見つめる。
そこにあるのは腕時計、京志郎から試作品だけどなぁ、と告げられ渡されたもの。
そのつまみ部分を中へと押し込めばガチャという音とともに時刻板がふたのように開き、姿を現したのは真っ黒な鬼を模した顔。
ジィジィジィと独特な音があたりに響いた後、聞きなれない男の声が聞こえてきた。

「あれ?繋がってるのかな、これ?
 兄上ェェェェ!兄上ェェェェ!マイ・ラブリィィィィ・兄上ェェェェxぶぐびっ!!!」

「ったく、人の机勝手にあさるなコノヤロー。お母さんですかお前は!?
 いいか、男の机の中には夢や希望やその他もろもろがたくさん詰まってる聖域なんだよ」

メギシャ!なんて何かが潰れるような音の後、聞きたかったあいつの声がする。

「京ちゃん!」

「おお、横っちか!どうしたよ焦っちまって?
 トイレの紙なら学校でもらったプリントをつかえや」

「せやけどあれはかとーてケツ拭くには合わん……ってちゃうわァァァァ!
 そげなことで連絡するかァァァァァァァァ!!」

「カッカッカ……、でピンチか?」


おう、そう答える横島は数分前とは違う悪ガキの顔がそこにはあった。



 ■ ■ ■



横島が京志朗と連絡をつけた一方、空での戦いもまた激化していた。
美神はメドーサにより神剣をはじき飛ばされており、神通棍へと持ちかえる。
しかしそもそもの霊格が大きく異なる美神とメドーサの得物同士ではつばぜり合いに持ち込むこともかなわず、令子自身軽がるとメドーサにあしらわれていた。
はじかれ東京湾めがけて落ちてゆく神剣を小竜姫は拾い上げヤームと共に美神の隣に並ぶ。

しかし傷ついた彼女と霊力の劣るヤームはメドーサにとってはいい的でしかない。
本来点であるはずの刺突が小さいながらも面を作り出し彼女たちを襲う。

「唖唖唖唖唖ァァァァァァァァッ!!」

気合とともに放たれる小竜姫の唐竹に向けての斬撃、それも刺股で軽々と受け止められ彼女の柄を握った両手を蛇の如くすり抜け、メドーサは左の掌を放つ。
鳩尾にえぐり込むように放たれたそれは、小竜姫の肺にため込んだ空気を吐き出させ倉庫の一角に叩きつけた。

驚愕に染まる美神とヤームの右足と左手を絡め掴むと、ダン!と空を踏みしめ立ち上がりつつある小竜姫に向け投げつける。
にぎゃっ!と声を上げる彼女たちを確認するとイィィィィンと音を立て霊力を収束させてゆく。
チロリ舌を出し、霊波砲を放つメドーサ。

―――ドガッ!!

「何奴!?」

「余の家臣に手を出すなァァァァァァァァ!!」

わずか早く天龍の霊波砲はメドーサの背後から迫り彼女に直撃していた。
その頭には先ほどとは違い立派な角が生えている。
小竜姫の危機を目の当たりにした彼は角が生え換わり、神通力を用いれるようになっていたのだ。

「はははっ!手間が省けたよ!!」

そんな言葉とともにメドーサは殺気をふりまき天龍へと急接近する。
天龍はというと初めて感じた命の危機、その恐ろしさに腰をぬかしへたり込んでいた。

「殿下ァァァァァァァァ!!」

喉がはちきれんばかりに叫ぶ小竜姫、だが願いむなしく天龍の喉元へと刺股は吸い込まれていった。



―――つづく



[17901] リポート6 ~わがまま王子の下界探索 その3~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 17:57
―――ぽひゅん

「……は?」

天龍へと吸い込まれた刺股は確かに彼を貫いた。
真面目ったらしく忌々しい小竜姫の吠え面も見ることが出来た。
今日はいい日、よっし、帰って秘蔵の酒でも飲もうかいねぇ……、とそんな風に思考を飛ばしていたメドーサは目の前の光景に頭が付いていっていなかった。
貫いた天龍は気の抜けた音を立てた後に白い煙へと姿を変えてしまっていたのだから。

「今じゃぁぁぁぁっ!!」

沈黙を切り裂く声とともに小さな黄色い球がメドーサの眼前に迫り、不意を突かれた彼女の顔に直撃した。
そして茶色の煙が彼女を覆う。

「へぷちっ!へぷちっ!へっぷちん!!」

するとどうしたことだろうか、涙を眼に浮かべ鼻水を垂れ流し、メドーサは何ともかわいらしいくしゃみを繰り返しているではないか。
そんな彼女の前に現れたのは煩悩魔人『横島忠夫』。
彼はビッシィィ!と指を突き付け大声で叫んだ。

「これぞ必殺コショウ爆弾!ババァはその場で唸ってろ!!」

「カッカッカ、幼少時代の我らが最終兵器、貴様の如きに受け切れるか!?」

ズジャッという音と怒鳴り声が聞こえる。
だが横島らは止まらない。
カサカサカサッと耳に残る足音を立てつつメドーサに迫り、いまだに膝をつく彼女の口に何かを詰め込んだ。

「いくぞ!追撃のトンガラシィィィィブリットォォォォォォォォ!!」

「カラァァァァッ!ひっ、ひふゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「今回使ったのは世界一辛いって言われてたらいいなぁと思うトウガラシ、ハバネロ様だァァァァ!」

さらに彼らの暴挙は続く。
横島は右目、左目、両目の順に指でつぶした液体状の物体をメドーサへと詰め込んでゆく。

「レモン汁スラァァァァシュ!みかん汁アタァァァァック!!
 怨・敵・退・散!グレェェェェプフルゥゥゥゥツボンバァァァァァァァァ!!!」

彼女の顔を柑橘系の汁まみれにした横島は左拳を顔近くへと持ってゆき、渋く笑い口を開いた。

「これぞ!」

「必殺奥義!!」

「「超絶悶虐顔面壊滅陣!!!」」

誇らしげな顔の彼は光の波へと包まれた。



 ■ ■ ■



「で、どゆこと?おキヌちゃん?」

「殿下!殿下!!でんくわァァァァ!!!」

「やめよ!恥ずかしいじゃろうが!!」

天龍を抱きしめ涙をこぼす小竜姫とメドーサから逃げ惑う横島を尻目に美神はおキヌに尋ねた。

「実は―――ということなんですよ!」

「なぁるほど、ね」

おキヌが言うに横島が京志朗にもらったという時計、アレは霊力を媒介とした通信機能を備えた小型見鬼君を搭載したものらしい。
まだどの端末とも会話可能というわけではなく、京志朗の持つ親器とのみ会話が可能であるのだが、それでも携帯電話が普及していないこの時代にそのようなものがあるのはとても強みとなる。
そして横島は京志朗に助けを求めた、のだが今現在彼はここに来ることが出来ない。
出来損ないィィィィ!と罵る横島に、京志朗はおキヌに呼びかけた。
取り出させたのはいつかの除霊の時に彼女にあげたお守り、その中には三種類の物が入っていた。

一つ目は術者を模倣する式神ケトン紙、これを天龍に利用させ彼の変わり身を作り出し、霊波砲を放つのに合わせそれだけをその場に残して倉庫の影に隠れた。

二つ目は様々な色の小さな玉、これは刺激的な味やにおいなどを液体状に圧縮したものを球状の容器に封入したもの。
これは横島たちの幼少期、彼の母や近所で有名な雷親父、京志朗の祖父に対抗するために造り出したものの改良版である。
……もっとも嫌がらせや軽い足止めにしか使えないのだが。

そして最後の一つは横島が今手に持っている赤色のチョーク、でたらめに走り回っているように見えるのだが地面に五方星を描き、それが完成しつつある。

(二つ目のはメドーサの判断を鈍らせるため、か)

なるほど、これなら横島の元へと駆けつけることが出来る。
メドーサは相当横島クンと御剣クンに執着しているみたいだから、彼らが時間を稼いでいる間に何とかするかしらね、と令子は考え前を見る。
しかし、市場には出回っていない機能を搭載した小型見鬼君を開発したという技術力に経済力。
それに自身を転移させる簡易魔法陣を描くことのできるチョーク……。
彼はいったい何者なのだろうか、そう思った令子は光る魔法陣から姿を見せつつある京志朗を見つめ、便利な道具をなんとか奪ってやろう、と思うのだった。










「カカカッ、ここからはこの京ちゃんに任せときな!」

上半身を地面に描かれた魔法陣から姿を現した京志朗は、口にくわえていた煙管を左手に持ち朱色の霊波刀を展開させた。

「御剣ィィィィ京志朗ォォォォォォォォ」

「怖ェェェェェェェェ!!」

「バッキャロー、怖ぇと思うから怖ぇんだ、いけると思ったらいけるってどっかの偉い人だって言ってたらいいなぁと思いますぅ~」

地を這う蛇のように爛々と金色の瞳を輝かせ、地獄の底から這い寄る魔性の響きを持った声を発し近づいてゆくメドーサ。
そんな彼女の形相に若干腰が引けた横島と京志朗。
膝が魔法陣を抜けもう少しで京志朗はこの場に出現する。
ガンと額を拳で打ちつけ気合を入れた彼は、たらり垂れる血を舌で受け獰猛な笑みを浮かべた。



 ■ ■ ■




「引っこ抜いてェェェェ!!
 俺をこの雁字搦めの鎖から解き放ってェェェェェェェェ!!!」

「ぬォォォォッ!ぬォォォォッ!!ぬォォォォォォォォッ!!!
 ……無理」

「イヤァァァァァァァァ!!!」

誰もが言葉を失う。
誰もが言葉を発することを忘れる。
そんな妙な状況がこの場には示されていた。

魔法陣は光を失い、転移を完了させた……、京志朗の膝から下を残して。
横島は京志朗の腕をとり、踏ん張り彼を引き抜こうとする。
しかしどこぞの麦わら少年のように、地面は彼の足もとに食らいつき離すそぶりを見せない。
そんな彼に一歩、また一歩、着実にメドーサが迫っている。
ヒゥゥゥゥッ!と大男が出すにしては似合わぬ声を上げつつある彼は涙目。

「本物の阿呆だったんだねぇ、アンタは……」

「ばっ!ちょっ!まてまてまてェェェェ!!
 あるだろテメーにもさ、武人のプライド的な何かがさぁ!?」

「武人のプライドォ?そんなもんアタシにとちゃぁポテチの袋に着いたカスぐらい軽いんだ。
 だがねぇ、女の髪は何よりも重いんだよォォォォォォォォ!!!」

風切り音を立てながら彼女の刺股が京志朗に迫る。
音に迫る速度で彼に向かうそれに、朱色の刃を構えて迎え撃つ。

「燃えろォォォォ!俺の中の何かァァァァァァァァ!!」

右脇腹、左太股、左肩と円を描きつつ襲い来るメドーサの刺突を霊波刀で必死に受ける。
京志朗は霊波刀へと霊力を送り込み、傘のように形状を変化させ彼女の視界を奪い右の拳撃を放つ。
誘発される爆炎をも右への足さばきでかわしたメドーサは左掌を京志朗の左わき腹をえぐるように進ませる。
それもガキィンと突如出現した翡翠色の盾が彼女の一撃をさえぎられる。

「くらえやァァァァ!!」

横島の声に合わせて盾は急速に光を放ち、瞬間爆発を起こした。
舌打ち一つ軽く目をやられたメドーサは大地を蹴り後ろへ跳ぶ。
グイッ、そう左肩に圧力を感じると煙の中へと引き寄せられた彼女は、右下腹部音源とする爆音とともに後方へと吹き飛んで行った。

「こいつはおまけやァァァァァァァァ!!」

そんなメドーサを追うように翡翠の盾が迫り、再度大爆発を起こした。

「やった!さすがは余の家臣たちじゃ!!」

横島らの戦いを見て手放しで喜ぶ天龍。
いつの間にやら京志朗までも家臣へとした彼は、初めて間近で見る戦いというものに興奮しているよう。

拳を握った天龍の姿は、ヒーローショーを目の当たりとしたそこらにいる小学生と何ら変わりなく、彼の瞳は汚れなく輝いている。
小竜姫とメドーサの戦いでは感じることのできなかった胸焦がす思いが彼を包んでいた。

彼女はどこまでいっても天龍の下、自分のために戦うことが当たり前の存在。
けれども今日初めて会った彼らは、今まで自分の周りにいた者たちとは違う、どうも不思議な存在。

そういえば、そうふと天龍は思う。
あの式紙は模倣させた相手の性格までも似通わせると言っていた。
メドーサに腰を抜かした自分が情けなく唇をかんだあの時、彼らはなんと言っていただろうか。
そう、確か彼らは……。

「まだです!!」

凛とした声が大気を震わせる。
立ち上る煙を打ち払いガラリと体を起き上がらせたのは、わずかに肌と服を焦がしたメドーサ。
ゴキッと首を鳴らした彼女は舌をチロと見せて横島と京志朗に向けて口を開いた。

「クズはしょせんクズってことかい」

冷めた目をした彼女は体を起き上がらせ、艶めかしくも妖しげな紫の唇から言葉を零れ落とすために震わせた彼女は、真っ赤に覆われた。
爆炎。
爆炎。
爆炎。
爆炎。
体を包む炎と熱風は皮膚を焦がし、そして何よりも脳を侵してゆく。

「煩わしいんだよォォォォ!!」

全身から霊波を噴出させ、自身を包む京志朗の放つ爆炎と元となる霊力を吹き飛ばす。
コンクリートを踏み砕く音とともに飛び出したメドーサは、迫りくる翡翠の盾を刺股で叩き落とし前へ、前へと進んでゆく。
神剣を持ち走り出した小竜姫も、懐から霊体ボウガンを取り出す美神も間に合わない。
首元を狙い伸びる朱色の刃を握りつぶし、突かれ音を置き去りにしたメドーサの手刀は横島のサイキック・ソーサーごと京志朗の左肩を貫いた。

「ワァァァァァァァァッ!!」

赤の染みが現れた今の状況に顔を愉悦に歪めたメドーサは背中に感じた衝撃に体を飛ばした。
ゴロリ地面を転がり高まりつつある霊力の元へと目を向ければ、神剣を構え背後に東洋の龍を背負った天龍が潤ませた瞳でこちらを睨み付けている。

「余の、余の友に手を出すなァァァァァァァァ!!!」

辺りを埋め尽くした白光は鼓膜を貫く音とともに消え去った。



 ■ ■ ■




「最後は天龍くんの霊波砲で終わりでしたね」

「メドーサを逃がしたのは少々痛いですが、殿下が無事だったんですから良かったとしませんと」

「流石は王族、ってとこかしら」

白く立ち上る湯気の中、姦しい話し声が聞こえる。
竜神の宝具を用いてボロボロとなった体を美神たちが癒すために妙神山に滞在して今日で三日目。
一昨日の戦いの後、石化を直すためにイームとヤームは天龍と一緒に天界へと帰って行った。
これからは天龍の家臣として働くこととなるようだが、もう二度と彼らは裏切ることはないだろう。

それよりも、だ。
滋養効果のある温泉から上がり、脱衣所で体を拭きながら美神は考える。
魔族メドーサ。
神族と対を成し、人を陥れ堕落させる存在とされている負の象徴。
これからもあのような魔族を相手にせねばならない。
漠然と、そんな思いに駆られた彼女は自分の胸を見つめ黒い影を背負った小竜姫へと声をかけた。

「ねぇ、またあんなんが出てきたら依頼とかしてくるわけ?」

「え?はい、そうですね。
 古来より魔を打ち滅ぼしてきたのは神と人間たちですから、また力を借りることもあるかもしれません」

「はぁ~、やってらんないわ」

いつもの強気はどこへ行ったのやら、気落ちする美神に小竜姫は大丈夫ですよ、と一言。
なんでよ、なんて苦い顔の彼女に、小竜姫は人差し指を唇にあてていたずらっぽく笑って言った。

「だって、美神さんは美神令子ですから」

そんな彼女に溜め息一つ呆れ顔の令子。

「割に合わないわね、ホント」










「美神さ~ん!」

「どしたの、おキヌちゃん?」

手ぬぐい片手に長い髪から水気を拭きとる美神はふわふわこちらに来るおキヌに向けて口を開く。
わたわた手を振る彼女はどうやら慌てた様子で、べそまでかいている。
大きく深呼吸をさせられたおキヌは矢接ぎに言葉を告げた。

横島さんと御剣さんがいないんです、と。
怪我をした彼らもこの妙神山で療養中のはずなのだが、与えられた部屋はもぬけの殻だったようだ。

どうしたんですか、と小竜姫が口を開くとジリリリッ!ジリリリッ!と独特の音があたりに響く。
ガチャリと黒電話をとった彼女は受話器を口と耳へと導く。

「はい、こちら神族第十三課日本支部、妙神山管理人小竜姫です。
 ……、姉上ですか?お久しぶりです!元気にしてましたか!?……、はい、……へっ?」



 ■ ■ ■




「次!次はアレなのじゃ!!」

「ちょっ!天龍!ペース落せ!!こっちは怪我人だぞっ!!」

「カッ、遊園地なんて何年ぶりだ?
 ガキん時百合子さんに連れてってもらって以来だぞ、こりゃ」

天龍を先頭に横島と京志朗は日本最大級の遊園地『デジャブーランド』へとやって来ていた。

横島の手を引くロナルドダックのTシャツにジーパンをはき笑顔を振りまく天龍は、やんちゃな弟のよう。
いつもと変わらぬ格好、少々疲れた顔で観覧車に連れ込む横島は面倒見のいい兄貴分。
天龍と同じ服を着て、売店で買った高めのジュースを両手に二人を追う京志朗は年の離れた兄か、友達のような父親か。
どこにでもいる家族のような、そんな当たり前で、けれども大切な光景は周りの人たちも笑顔にさせてゆく。










観覧車は廻り、徐々に彼らを空へと押し上げる。
ジュース片手に地上を見つめる天龍は、始終笑顔で声をあげていた。
ふと、何を思ったか彼はゴンドラの中へと視線を移すと、ズゾゾォォと解け出した水を飲む横島とガシガシ氷を食べる京志朗に向けて口を開く。

「おぬしら、今日はありがとうの」

「ったく、ガキがきーつかんじゃねぇつうの」

「いや~、違ぇねぇな、こら」


横島の言葉にグシャグシャ天龍の髪を撫でまわし、京志朗が相槌を打つ。
恥ずかしいのか、頬を赤くした彼は京志朗の手を振り払い、言葉を続ける。

「うむ、友じゃからな。
 だからおぬしらには余の真名を知ってほしいのじゃ」

真名?と首をかしげる横島に京志朗は口を添える。

曰く神族と魔族、そして古き妖怪などが持つ、親や兄弟、親しい友や主君から貰うことのあるもう一つの名前のことである。
元々は人間や魔族に名前を呼ばれることを嫌がった神族が考案したものであり、今では竜神族にのみ残る、廃れつつある風習。
その名を呼ぶことを許されるということは、その人物から全幅の信頼を受けることに値する大切なもの。
余は古くから続く王族じゃからな、と加えた天龍。

「余の真名は『蒼華』。
 いつもは紅く咲く花が余の生まれた時、ただ一度だけ蒼く咲いたことに所以を受ける、父より頂いた大切な名じゃ」

目を閉じ、一言、一言、告げる彼は大人びて見える。
空から大地へと至ったゴンドラはありがとうございました、という制服姿の少々バカっぽい女性によって扉を開かれる。
トンとゴンドラを降りた横島は、広がる空のように優しい笑みを浮かべた。

「うっし!んじゃ蒼華、次はどこ行くよ!?」

そんな彼に天龍は満開の花のような顔で走り出した。

「次はロナルドダックに会うのじゃ!!」



―――つづく



[17901] リポート7 ~暖かい寝床には猫が似合う その1~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 17:59
机の上、ずらり並べられた服を見つめしょっぱい水を流しながら、男と女は地味な作業にふけっていた。
ちくちく。
ちくちく。
ちくちくちくちくちくちくちくちく。

「やってられっかァァァァ!!」

手に持った糸切りばさみとTシャツを投げ捨てた横島は、やわらかいソファーに体を投げ出し、顔をうずめる。
バタバタ足を振る彼を見て、もう、と一言おキヌは作業に戻る。
彼のTシャツに縫い付けられた『8の字』を取り去るために。










ぷつん。
最後のTシャツから糸を切り、おキヌはハサミを机に置いた。
書類から机の一角に山を作る『8の字』に視線を移した美神は苦い顔。

「にしても、八兵衛もめんどくさいもん残していったわねぇ」

おキヌの手を握りぶんぶん振るう横島を見てポツリ。
手を握られた彼女はといえばえへへ~、とニヤける顔は桜色。
そんな二人にもやもやした気持ちがあるのだが、それ以上にほほえましい気持ちに美神は包まれていた。

座り服を横島はたたんでゆく。
幾枚かたたんだ頃にはお茶の入った湯のみが目の前に。
作業を中断し、冷たくなった少し苦めの緑茶をのどに流しいれた横島はふと、口を開いた。

「そーいやぁ美神さん、九兵衛のヤツなんか妙なこと言ってましたね」

そういえばそうですね~、と空になった湯のみに熱々のを注ぎ入れるおキヌは一言。
ズズズと口を潤す美神は先の事件に思いをはせた。

韋駄天族の九兵衛が起こした首都高速荒らし。
横島に韋駄天族の八兵衛が憑依することで登場した『ヨコシマン』によりボロい商売をした美神は深夜、新幹線の上で対峙する二柱の言葉を聞く。

あの時九兵衛は『ついに俺は辿り着いたのだ!伝説の韋駄天『瞬閃』と同じ境地になァァァァ!!』、そう、言っていた。
莫大なオカルト知識が保有してある美神の脳内図書館、その中からとある資料を取り出す。

「『瞬閃』ってのはね、今から大体千年前の平安時代、当時魔都といわれ魑魅魍魎が闊歩していた平安京で最速を謳われた韋駄天のこと。
 瞬く閃光の如き速さに神も魔も妖怪も、誰一人として追いつけなかったって言われてる韋駄天族の英雄ね」

「ふえ~、そんなに速かったんですか?」

「文献に書かれてることだからはっきりは分かってないんだけど、出雲大社に八百八万の神々が集まる、とある年の神無月。
 各地の神々の屋代を壊そうと蜂起を起こした魔族と妖怪を止めるために、日が昇って沈むまでに日本を一周して暴動を鎮圧させたってあるわ」

「なんスかその無茶苦茶はッ!?」

まぁあくまでも文献だから、と付け加える美神。
にしてもあの時代は異常な存在が多かった。
それはどの文献を見ても違いなく、真実なのだろう。
海を凍りつかせる化け猫や山を一太刀で切り裂く人狼などと様々だ。
そんな時代に生まれなくって良かったわぁ、と口を開く美神。
そこに機械的な男の声が聞こえる。

「美神オーナー、お客様が見えてらっしゃるようです」

そう告げるのは新美神除霊事務所となった屋敷に取りついている人工霊魂、『渋鯖人口幽霊壱号』。
メドーサの一件で事務所を失った彼女は、この屋敷が提示した試験を打ち破り、見事オーナーとなったのだった。
通していいわよ、という令子の言葉に合わせ扉をくぐったのは京志朗にカオスとマリア、そして小学校低学年くらいの少女。
高笑い一つ、カオスはニヤリと口を歪めた。



 ■ ■ ■




横島は困っていた。
なんだか前もこのように始まった気もするが、やはり彼は困っていた。
前を見れば木、後ろを見れば木、右見ても左見ても木。
木、木、木、と早い話が彼は山の中にいた。
仏頂面の小学生体型アンドロイド『テレサ』とともに。

事の発端は昨日のこと、京志朗がカオスらを連れて令子の事務所を訪れたことに始まった。
どこからともなく京志朗が持ってきた小学生姉妹+その親からの依頼。
たまに彼ら二人で向かい、横島の生活のための重要な収入源となっている除霊の解決料を払うために彼はやってきた。

渡された茶封筒を開けば諭吉さんが数名顔をのぞかせている。
デヘヘとニヤけ面で中身を取り出してみれば、それとは違う紙が一枚。
泣きボクロが似合う姉とそばかすが可愛い妹がしわくちゃ顔のおばあさんと一緒に写っている。

「その娘らの友達から依頼があったんだわ」

孫を心配する祖母が生き霊となり彼女たちを苦しめた依頼で、少しばかり妹仲良くなっていた横島。
そういえばピンチん時は助けたる、と約束していたのを思い出しポンと相槌一つ。
将来有望の美少女のためなら!と二つ返事で了解した彼は、京志朗と、そして何故かマリアにテレサを連れてとある山の近くに来ていた。










小一時間前まで目の前にいたのは茶色のツインテールと金髪の長髪の少女二人。
疑いたっぷり、大丈夫かという目で見つめる彼女たちは不満げな表情。

「ほんとぉーにだいじょうぶなのよね!?」

「しっぱいしたらお金をあげなければいいんですわ」

のたまう彼女らにこいつら依頼者?と問い詰める横島。
サムズアップで肯定された彼はこんな子供から依頼料って……、と今の現状に打ちひしがれていた。

二人の依頼は先日見つけた手負いの猫を見つけて来て欲しいというものだった。
小学校からの帰り道怪我をした猫をここで世話をしていたのだが、昨日の間にいなくなってしまったそうだ。
なんとも便利屋か、探偵かに勘違いされているような内容に、口があく。
だが目の前には涙を溜めた将来有望な美少女。
ガシガシ頭をかいた横島は金髪少女の頭を撫で、行くかとひとつ。
肩車していた茶髪ツインテールを地面に下ろし、京志朗はニカっと笑う。

そう、そして山の中へと入って行ったのだが……。
思い浮かぶのはなぜ俺はこいつと一緒なんだ?という疑問。
頭の中をくるくる、くるくる回っている。
依頼者姉妹と別れて、山に入って、じゃあ俺らこっち行くから、と一言山へと分け入って行った京志朗とマリア。

「だからなんでこいつと二人っきりにやねん!!」

「叫びたいのはこっちよ!!」

ポニーテールがゆらり揺れて抉るようなボディブローが横島の腹へと吸い込まれていった。



 ■ ■ ■




「御剣サン・テレサと横島サン・大丈夫・でしょうか?」

表情のないはずの顔に不安を浮かべたマリアは京志朗へと問いかける。
そこらで拾った棒をずるずる引きずりながら先へと分け入っていく彼は、大丈夫だろ、とマリアの方へ向く。

「にしても心配たぁすっかり姉ちゃんじゃねぇか」

「テレサは・マリアの妹・大切な・家族」

「いいこった。で、電波の方はどうだ?」

「イエス・良好・推定半径50mを・完全カバーできて・います」

うし、と告げて先へと進む。
今回の依頼にはカオスと共同開発したテレサ、武装をプラスしたマリアの実験を兼ね合わせて京志朗はやって来ていた。
前回のメドーサ事件で利用した通信機能付き小型見鬼君。
それについてGS試験以来仲の良いカオスに相談を持ちかけた京志朗であるが、そこで彼が注目したのは通信機能ではなく、見鬼君の小型化であった。

持ち運びできる通信機器なんか誰か開発する、そんなものより小型化、これがカオスの弁だった。
小型化できるということは、以前よりも広域の霊力を探知が出来る、また霊力を特定できる見鬼君の開発を行える可能性が出てくる、ということだ。

現在市場に出回っている見鬼君が探知できるのは僅か500m、加えて霊力の隠ぺいが得意な妖怪や怨霊にはよほど近づかないと反応しないという低性能。
オカルトGメンに支給されているスーパー見鬼君は千キロ先の針の程の霊力をも探知すると言われているが、実際完璧に対象を特定できるのは精々1kmほど。
それ以上離れると、まあだいたいくらいの特定しか出来なくなり、距離の開きに曖昧さは比例して大きくなってゆく
というよりも千キロ先を特定しても仕方ない気がするのだが……。

その上一般GSには回らないようになっている。
というわけで低コストの高性能見鬼君の開発を思いいたったのだ。
ということでマリアに収束霊力探知型の見鬼君、テレサに広域探知型の見鬼君の試作品を搭載したのということ。

「で、姉さんは途中で搭載してるから不備が生じる可能性が私よりも高いの。
 だからし・か・た・な・く!アンタと一緒なの」

腰に手を当て鼻息荒いテレサは横島を置いてずんずん先へ進んでゆく。
こんな状況に陥れた友人の顔を思い出して横島は涙を流す。

「こんなじゃじゃ馬よりお淑やかなマリアがえがったァァァァ!」

「だれがじゃじゃ馬かァァァァ!!」










「レーダーに・反応アリ・二時の方向・微弱な霊力を・探知」

ひらひら手を挙げ京志朗は前方を睨みつける。
煙管を媒介に霊波刀を展開させると、気配を殺し踏みだす。
御剣サン・気をつけて、というマリアの言葉に彼は名前で呼んでほしいぞコノヤロー、と急に言い出した。

この言葉に戸惑ったのはマリア本人。
呆けた顔で彼を見つめると、その場でわたわた動き回っている。
京志朗はと言えば切っ先を地面に近づけ、体を低く保っていた。
右手と左手をおずおずと合わせ、マリアは消え入りそうな声を辺りに響かせる。

「イエス・京志朗サン」

ダン!と大地を踏み、音に合わせ京志朗は一足飛びで茂みの中へと分け入った。
呆然とする彼に近づき、マリアの視覚カメラに写ったのはボディコンをビリビリに破られ、体中に傷をつけてカタカタと震える二十代後半の女性。

「京志朗サン・最低・です」

「俺じゃねェェェェェェェェ!!」



 ■ ■ ■



京志朗がマリアから疑いをかけられていた頃、横島とテレサもまたとある人物と接触していた。

「ほれ、できたぞ。こうやって、なッ!」

「わぁ!これくれるの、にーちゃん!?」

「女の子に竹トンボってどうゆーセンスよ、あんた」

音を立てて飛び上がるそれを見つめてはしゃぐのは、ラフな格好の少女『ケイ』。
彼女は目の前にある古臭い木造住宅で横島らが発見した、れっきとした妖怪である。

テレサが搭載する見鬼君に彼女が引っ掛かったのは、横島が再び殴り飛ばされすぐのころ。
武装をまだロケットアームと目からビームしか備えていないテレサは、京志朗から強いと聞いていた横島を渋々ながら引きずって行った。
反応のあった位置にいたのは寝息をたてて眠る子猫、その足には鈴柄のハンカチが巻いてあった。
この子やったんか、と抱え持ちあげると煙に包まれテレサと同じくらいの少女の姿に。

ニギャァァァァ!と叫び声をあげて放たれた銀閃は、横島の頬に三本の線を描いたのが少し前。
今ではそんなそぶりも見せず、横島の胸にすりつくケイ。
その頭には猫の耳とお尻には尻尾、長い年月をたった猫が変化して現れる『猫又』の彼女をすぐさま懐かせるとは、流石は『人外キラー』と後の世に謳われる横島だろう。

「にしてもケイ、アンタのお母さんは?」

「あ、うん。かあちゃんはちょっと薪拾いに行くって言ってたから」

テレサの言葉に竹トンボを両手で挟み応えるケイ。
ひょろひょろ地面に向かい飛ぶそれをむ~、と口をとがらせ拾う。
ハンカチ片手の横島はあの娘らには元気やったって伝えよぉ、そう思いごろんと寝転がる。
草の上はやわらかく、大地はあたたかく、心地よい。
掛け声一つ急降下する竹トンボを見つめるテレサと、あはは笑うケイをまぶたに収めて、京ちゃんに文句言ったらな、とまどろみの中に彼は沈んでいった。



 ■ ■ ■



「……!……ちゃん!!」

「起きろ!」

「ぐぼァァァァ!!」

腹にかかる衝撃で体をくの字に曲げた横島は、口の中をすっぱいものに襲われているのを感じる。
流れ出る目からの汗をぬぐい、体を起こした彼の眼に舞いこんできたのは黄色いアイツ。

ドドドド、ガガガガという耳に響く自己主張。
バススンどこか気の抜けた音で自己主張は収束してゆき、大きなアイツの中から出てきたのはヘルメットに灰色の作業服を着た筋骨隆々なお兄さんたち。
胸には『雪坂建設』、頭には『安全第一』。

「旦那の話じゃ小学生くらいのガキは妖怪でしたっけ」

「ガキは二人いて、見るからに童貞の坊主もいますけど、どうします主任」

男二人の言葉に色つきメガネの厳つい四十代は口にくわえた煙草をプッと吐き捨て頭をかいく。

「こんなところに普通の人間がいるわけねぇだろ。とっ捕まえるかまとめて踏み潰すぞ」

そんな彼の言葉を号令に黄色いアイツラら、建築用重機はケイの家目掛けて行進を始めた。


―――つづく




[17901] リポート8 ~暖かい寝床には猫が似合う その2~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/07/08 01:13
ぱしゃぱしゃと水をとがあたりに響く。
加えて聞こえるのはくもったうめき声。
鼻を鳴らし、逃れようとしなやかな体を前後左右、縦横無尽に動かす。
だが無情にも彼女を押さえつける拘束は緩まることなく、締め付ける。
鉄のように冷たい手が、顔を、首を、腕を、全身を這うように進む。
ふふ~ん、と時折聞こえる低音はもう一人仲間がいることを、感覚に訴える。
もがき苦しむ彼女の体温を、冷静な脳を、今の状況が奪ってゆく。
―――ぷはっ!
何か吐き出す音の後、絶叫があたりに響いた。

「水は、濡れるのは嫌ァァァァァァァァ!!」

「おとなしく・洗われて・下さい」










体中の傷とカピカピに乾き肌に張り付くものを川の水で洗われた女性は、陸に上がり全身の毛を逆立て体をふるい水気を飛ばす。
差し出された朱黒い着流しを受け取り、鼻をひくりと動かす。
何ともいえぬ、あたたかい、受け止め包み込まれるような感覚を引き起こすそれを抱きしめ、彼女は裸体の自分にかける。

前を向けば着流しと同じく朱黒い和服姿の青年。
朱髪をオールバックにまとめてくわえた煙管を上下させる彼を見ると、恥じらいからか、年甲斐もなく頬が熱くなる。
が、それと同時に言い表せぬ恐怖が、背筋をつたう冷たいものが、彼女の心に訴えかけ症状として肉体に表す。

息が荒い、毛が逆立ちぞわぞわする、喉が渇きカラカラで痛い。
そんな顔を青く染める彼女の頭にぽん、と彼は淡く朱に光る大きな手を置いた。
優しく髪が揺れ、首筋に太く無骨な指がつたう。
それは気色の悪い、少し前自分に襲いかかり、弄んだ男からの行為のはず。
けれどどこか懐かしく、まだ自分がただの猫、それも仔猫だったころを思い出させる、あたたかい父か母かのような愛撫。
それが当たり前のように、女性の目は細められ、ゴロゴロと気持ちよさげに喉が鳴る。

「心の隙間に入り込む・京志郎サンは・女の敵・です」

「アレ?おかしくね?むしろ落ち着かせた俺はよくやったんじゃね?」











「助けていただきありがとうございます。
 私、この山で『猫又』をやらせていただいている『美衣』と申します」

着流しで体を覆った彼女は艶やかに頭を下げて挨拶をした。
チラリ見える胸元や太ももからは、横島ならすぐさま飛び掛かりそうな成熟した大人の色か漂っている。

「で、なんで土下座?京ちゃんそんなすげぇヤツじゃないわけ、わかる?」

「はぁ、なんとなくこのようにした方がよいかと……」

地面に体を置き、汚れるのもお構いなしに彼女は彼を見る。
彼はというと、人の気配のしない女性に何か言われたのだろうか、頭を抱えてうねっている。
両手を重ね、豊満な胸へと持っていき眼を閉じた美衣。
祈るように、探るように尻尾を動かし京志朗とマリアを見渡した彼女は一言、助けてください、そう告げた。

もともとこの山ではない、別の山に暮らしていた美衣と彼女の娘である慧。
彼女たちにも幸せな頃もあった。

両親から死に分かれた美衣を拾ってくれ、猫又となった私にも優しかった飼い主。
愛し合い、慧が生まれたとき彼は涙を流しながら喜んでくれた。
だがそんな淡い幸せも高齢だった彼が死に、脆くも崩れ去る。

人ならざる彼女らを恐れた人間たちは、当時のGSを雇う。
雇われた女は凄まじく強く、小さな慧をつれた美衣にはただ逃げることしかできなかった。
逃げて、逃げて、その道中に人を殺めることもあったがそれはさらに不味い状況を引き起こす。

殺された人々は彼女たちを追う女に金を払い依頼する、あの化け物を殺してくれ、と。
美衣たちを追跡する女は道なりに存在するあらゆる霊や妖怪を殺し、迫りくる。
すると霊や妖怪からも彼女らは疎外されるようになってしまう、アレにかかわると悪鬼羅刹よりも恐ろしい女に殺されてしまう、と噂されて。

ようやく逃げ切ったのは女の知り合いが彼女を止めに来た時、半年にも及ぶ逃走劇は幕を閉じる。
それ以後美衣と慧は他と関わり合うことなく、山奥でひっそりと暮らしていた。

それから数年は母娘水入らずの、静かな生活が営まれていた。
だが、だがつい一週間ほど前、この山にも人間たちの欲望に満ちたメスが入る。
ゴルフ場建設のため重機で山を壊し進む彼らに激高した美衣は、再び人間を殺めてしまう。
だが人間の気配を感じた昨日のこと、いつものように彼らの元に向かった彼女は後悔することとなる。

出会ってしまったのだ、どこかあの女の香りのする、剣を携えた男に。
銀の弾丸を出会い頭に撃ち込まれた美衣は、呪縛ロープで縛られ、傷を彼女の肌に増やし顔を愉悦に歪める男の顔を最後に視界は奪われ、数時間にわたる凌辱が彼女を襲う。
虫のように蠢く舌と指が、男自身が彼女の体と心を侵してゆく。
彼の感触が離れ、ロープと眼隠しが取り払われ、温かい水が体を濡らす。
震える美衣の感覚に触れたのは、立ち去る男の黒い髪だった。

「男のことは犬にかまれたと思って忘れます。
 そんな事よりもケイをッ!あの娘を助けてください!!」

ボロボロと涙を流す美衣。
元来猫又は人間の精気を吸う妖怪であり、犯されたことに対しては大きな傷を彼女に残しているわけでなかった。

彼女を追い詰めたのはあの女と似たニオイ。
その男が大事な家族である慧に、大切な娘に近づくと事を、あの狂気を宿す瞳で見つめられる我が子を思うと彼女は平常心を保っていられなかった。
嗚咽を漏らす美衣に、京志朗は手に煙管を持ちクルリと回す。
めんどくさそうに頭をかき、溜め息一つ。

「ったく、どうせそのケイってヤツんとこには横っちもいるんだろうな~。
 それにオメーの大事なもん見ちまったかんな……、まあ下手なビデオ見るよりゃぁ相当目の保養だわ」

「人間と・敵対することに・なりますが?」

問いかけるマリアに京志朗は、口元を釣り上げニヤリと笑う。

「行かなかったら俺が死んじまわぁ。
 マリアよぉ、俺には心臓より大事な器官があんだ」

ノー、と告げる彼女に近づき、京志朗は空を見上げる。
どこまでも澄み渡る蒼に手を伸ばし、グッと拳を握った。

「見えやしねぇがそいつは確かに俺のどタマから股間までぶち抜いて、俺ん中に存在する。
 そいつがあるから俺はまっすぐ立っていられるんたよ。友達見捨てて、泣きながら頼むヤツ見捨てちまったら、……魂が、折れちまうんだよ」

それにその方が粋じゃねぇか、そう言い京志朗はマリアの桃色の髪を撫でる。
高級シルクのようなそれは、一本一本波うって風に舞う。

「……、ミス・美衣・料理は・得意ですか?」

「家庭料理、でしたら……。あの、ですけど……」

口ごもる美衣に、触れられた頭に感じる重さを、マリアは思う。

「マリアは・アンドロイドです。
 でも・たまには・馬鹿にもなりたい・です。
 
 京志朗サンと・ドクター・カオスに・影響・受けました」

美衣に向けたその顔には約100年前彼女が封印したはずの『微笑み』が、確かに刻まれていた。



 ■ ■ ■



ベキベキと踏み砕かれる音が耳を覆う。
伸びる鋼鉄の腕は雨風から母娘を護った大きな背中に穴をあける。
進む鋼鉄の口は不安に陥る母娘を支えた堅牢な脚をへし折ってゆく。
崩れ、崩れ、崩れ落ちていく。
彼女たちの大事な住処は、無残な姿へと変貌しつつある。

「やめてェェェェ!ボクらの家を壊さないでェェェェェェェェ!!」

「止まれ!ケイ!行ったらアカン!!」

縦に割れた金色の瞳から清らかな水をこぼし走る慧。
あたかも猫のように、軽やかに彼女は彼女の敵に向かい爪を振り上げる。
だが鋼鉄の体は硬く、ギギギギ、と嫌な音に続けて放たれた声で辺りは覆われた。

「ギニャァァァァァァァァ!!」

機械音。
そして打撃音。
横島の目の前を、ゴム毬のような何かが通り過ぎてゆく。

「ケイ!!」

「アンタら何やってのよォォォォ!!」

一声、肘口から先をロケットのように飛ばしたテレサは、猫又の娘を傷つけた黄色い奴らを破壊しようとする。

だが元々GSのサポートをするために人工魂を組み込んだ見鬼君のプロトタイプとして開発された彼女である。
故にその攻撃性能はまだまだ拙く、ガン!という音に合わせて彼女の腕は弾かれる。
ならば、と瞳より光る線を放つ、レーザーだ。
だがそれもまた鋼鉄の重機には通用しない。

振り下ろされた無情な腕は、彼女の半身を容易に抉り取る。
追随する衝撃で彼女もまた後方へと、地面を転がってゆく。

「テレサァァァァァァァァ!!」

吹き飛ばされた二人の元に駆け込めば、あらぬ方向に腕を曲げた小さな少女、そして電流をジリジリと垂れ流す体の一部を失くした少女。

呻く彼女たちの声を聞き、横島の頭の中は急速に冷えてゆく。
それと同時に胸のあたりが異様に熱く、熱くなっていく。
地面に横たえる二人から顔をあげ、目の前の敵を見つめる。
横島の体からは翡翠の霊波が嵐のように吹きわたり、それは彼の右腕を巻くように集まり、やがて爪を持った籠手に似た形で安定した。
目からは涙を、だがその顔を憤怒に染めた彼は右手を剣のような形に変え、地面を蹴った。

「お前らァァァァ!子供相手に何やっとんじゃァァァァァァァァ!!!」

風を切り進む横島。
無意識のうちに霊力を脚に回し速度を高めた彼は、さながら弾丸の如く一直線で重機の群れへと突っ込んでいった。

―――ガン!!

貫くような衝撃を頭に受けた彼は、冷たい大地に倒れ込んだ。
ガッ、と空気を吐き出した横島は、左手と両足で地面を叩き跳ね上がるように起き上がった。
前を向く彼の視界に飛び込んだのは、どこかさみしそうな瞳の朱髪の友人。
顎に何か触れた感覚を最後に、彼の意識は闇に沈んだ。










「マリア!」

倒れ伏す横島を投げ渡した京志朗は舌打ち一つ、大地を踏んだ。
横島を担いだマリアはテレサを片手に脚から煙幕弾を放ち、我が子を抱え泣き叫ぶ母を見る。
刹那美衣の鳩尾に拳を入れ、物理的に黙らせた彼女は、ロケットアームのワイヤー部分で母娘を巻取り戦線から離脱した。
立ち上る煙は双方の視界を奪う。

唐突に表れた男と女に作業員たちは仲間を連れ来たのか、そう思考を巡らせる。
だったら俺があいつらを殺ってやる、妖怪の子供と機械仕掛けの少女を撃退した彼らは、そんな暗い思考を目覚めさせていた。
俺たちが化け物を……、歪んだ正義感が彼らを支配し、レバーを握る手に力を込めさせる。
視界が晴れ、男たちの目に飛び込んできたのは朱髪の男。
月のような金の瞳は、突き通す槍のように自分たちを貫く、そんな錯覚に彼らは襲われた。

レバーを握る手に汗がにじみ、ぞわりとしたキモチワルイ感覚が全身を覆う。
クパり、そう開かれた口から和服の男は底冷えするように恐ろしげな声を発した。

「誰だって自分と違う存在を羨み、妬み、そんで恐れるもんだ。
 テメーらのために美衣たちを貶めたテメーらは悪党でも、ましてや外道でもねぇ」

絶対零度に冷え渡った瞳を携えた京志朗は、左手から発生する朱色の霊波刀を肩に置き、燃える拳を握り、口を開いた。

「だからな、本物の外道ってヤツを見せてやるよ……」



 ■ ■ ■



おひさまの匂いをした温かな感覚が彼を包み込む。
やわらかくて、心地よくて、入れば抜け出したくなくなる、そんな感覚。
うにゅりと自身を深く、深くへと潜り込ませてゆく。
鼻へと吸い込まれる空腹をつかさどる脳に直接訴えかける香り。

抜け出そうか、そう頭をよぎるが惰眠という鎖が彼を縛る。
やっぱり寝ようかとおぼろげな思考を帰結させた彼は、腹にのしかかる何かで再び眠りへとつくのだった。

「にーちゃんご飯だァァァァ!」

「おぼぐぃ!!」










意識を回復させた横島の眼に最初に入り込んできたのは、上目使いで彼を見つめる猫耳美少女。
胸を打つ妙な感覚にちゃうんやァァァァ!と叫び右腕に包帯を巻いた慧に連れられ、やってきたのは畳張りの部屋。
ベッドに寝かされ、フローリングの廊下を歩きこの部屋にいたった。

恐らくマンションだろう。
ぐるり見渡せば、窓から見える景色は少々高い位置のもののようだ。
呆然と立ち尽くす横島に、慧は手を引き敷かれてある座布団に促す。
小さく座り胡坐をかいた彼が、きょろきょろとあたりを見渡せば自分たちの入ってきた襖がスッと開いた。
そこから顔を見せたのは鍋を両手に持った親友の姿だった。

「メシやァァァァ!」

「第一声がそれ!?」

「ご飯だァァァァ!」

「真似んでいい!なら納豆食うか!?
 納豆くっときゃあ人生の半分くらいはうまくいくからな」










ぐつぐつ煮える鍋の中で魚やら、野菜やらが熱々のお湯につかっている。
慣れない左手に持った箸でつかもうとするがやはりうまくいかず、ぼろぼろとこぼしてしまう。
ようやく口元に持って行けても、ポン酢を通された魚はあっちにゆらゆら、こっちにゆらゆら。
それに合わせた小さな口もゆらゆら、ゆらゆら。

はむ、と入ったら入ったで口周りには薄茶色の液体がぽたぽた。
手に持った付近で娘の口元を拭く母親。
穏やかな空気の元、横島と京志朗、カオスに鋼鉄姉妹は食事の時間を過ごしていた。










水道から水の流れる音が聞こえる。
醤油煎餅をかじりながら横島はカオスと話す友人へと目を向ける。

今彼らがいるのは京志朗が住んでいるというマンション『黄昏』。
十二階建ての十二階に彼は住んでいるという。
なるほど、本当にこいつはどんな仕事しとるんだ、そう思った横島はお茶を一口。
うまいやん、と言えばうっさいなんて憎まれ口を叩く声を耳に入れ、腕を組み唸ってみる。

水音が止み、手を拭きつつ部屋へと入ってくるのは慧の母親だという猫又、美衣。
思考を止め、えぇ腰や~、と鼻の下を伸ばす彼に一撃入れたテレサを見て、京志朗は口を開いた。

「家無くなっちまったみてぇだけど、どうするよ?」

「京志朗よ、わしらみたいにここに棲ませてやりゃあいいじゃろう。
 なんたって家賃はタダじゃからの~」

「ノー、ドクター・カオス。協力の代わりに・立て替えて・もらって・います」

「博士はボケ老人だからねぇ」

ケタケタ笑うテレサに反応したのは横島。
オンボロアパート在住の彼は、京志朗がこんなとこに棲んでいるとは知らなかったのだ。

「よけりゃあ大家に交渉してみるけど、どうよ」

「なら俺が住む!」

「ただし横っち、テメーは駄目だ」

アァァァァ!と転げまわる横島を、楽しそうに追いかける慧を見て美衣はふふっと笑った。

「いえ、そこまで迷惑をかけるわけにはいきません。
 ですがケイもすっかり横島さんに、それに貴方にも懐いてしまっている様子」

あんちゃんも~、と腕を引く慧をあっちいってなと横島に投げると、京志朗は口にくわえた煙管をとると、お茶を口に含む。

「ですので……、私たちを飼っていただけませんか?」

「ぶぼわァ!」

「「何ィィィィ!」」

「なにぃ?」

「ミス・美衣、マリアの・演算能力を・超えて・います」

「がっはっはっは!!」

涙を流し朱髪の男に殴りかかるバンダナの青年を見ながら、彼女は仔猫のように鳴いた。

「よろしくお願いいたします、旦那様」





ちなみにこれ以降マリアとテレサの姉妹気を作ろうとしたカオスだが、人工魂の生成が成功せず、マンションの掃除が彼らの仕事となったのは全くの余談である。


―――つづく



[17901] リポート9 ~子供な大人の奮闘記 その1~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 18:01
アレ?
なんだコレ、空が真っ黒だ。

アレ?
真っ黒なのは俺じゃねぇか。

アレ?
なんで俺はこんなとこで寝てるんだっけ。

アレ?
耳に聞こえるむさくるしい音は何だ。

アレ?
そう言えば安売りしてた鶏肉買ったのいつだっけ。

アレ?
もしかして腐ってんじゃね?
百グラム200円、清水の舞台から飛び降りる勢いで勝った俺の宝。

鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉鶏肉

「ワイの鶏肉ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

「きゃあ~~~~!」

「ぷはッ!やっと出れましたケン!」

「アルコール充填率10%を下回りました。凡用人型決戦兵器御剣京志朗、起動できません」










ガツガツ、ムグムグ、モシャモシャ、グチュグチュ、グビグビ、ゴキュンゴキュン
様々な効果音を立てながら、机の上、所狭しと並べられた食材が減っていく。
血に飢えた三匹の猛獣は、二日ぶりの得物に嬉々とした表情で向かっている。

そんな三匹を見て、クリームソーダをくぴくぴストローから飲んでいるのは童顔で高校生か、下手をすれば中学生に見て取られてしまう成人女性、六道冥子。
横島、京志朗、タイガーの高校生三人を影に閉じ込めていた張本人である。



 ■ ■ ■



今彼らがいるのは平安の世から続くGSの名家、『六道家』。
明らかに身の丈に合わない高価な食材を胃に詰め込んでいる三人であるが、なぜこんなところにいるのか、まずはそれを説明せねばならない。

事の始まりは美衣と慧が京志朗のマンションに棲むようになって少し、今から一週間ほど前のお話。
横島は美神に連れられ式神使いの決闘というのを見学に行き、冥子の式神の暴走に巻き込まれてしまった。

冥子と対戦したのは『鬼道正樹』、没落した鬼道家の跡取り息子で幼少期の、六道家への復讐のために挑んだのだが……。
天才の家系である冥子にはかなわず、横島と美神ともども病院のお世話となった。
……冥子の暴走時に、美神を庇おうとした横島を見て頬を染めた彼女を見たのはおキヌだけの秘密である。

その後スキー場のホテルでの有名な毒草のマンドラゴラの除霊から帰ってきた時、この事件の発端である彼女がやってきたのだ。

そう、冥子の母親である六道家第四十八代目当主『六道幽子』である。
メンタル面が弱く、除霊に行けば辺り一帯を破壊し尽くしGS協会が免許停止を考慮中という事態となった娘を見て、遂に彼女はキレたのだ。
そんなわけで横島と美神とおキヌ、加えてエミとタイガーは一緒に六道の屋敷へと足を踏み入れる。

「というわけでねぇ~~原因を考えてみたところ~~このコは式神を使いすぎということが明らかになりましたの~~」

親子合わせて間延びした喋り方の六道家。
幽子曰く、冥子は普段から式神を出しっ放しにしてるため制御に必要な霊力はいつもギリギリ。
それがちょっとした動揺ですぐ暴走する理由らしい。
それを治すには彼女の自立心を養わねばならないと言って、冥子の数少ない友人である令子とエミ、それに納豆に入れる卵は黄卵のみか、全卵かで当の本人と揉めている京志朗に力を借りたい、ということだ。
ちなみに京志朗は全卵派だ。

なんであんたがここにいるんだ!!という友人二人のツッコミの後、呆れたGS二人を見て幽子はなにやら箱を取り出した。
中身を見て、目の色が変える美神とエミ。

「これは……式神護符!? それも12匹全部!?」

「これを私達に!?」

「しばらく式神を手元から離して冥子自身の力をみがくのです~~。
 手伝ってくれますかしら~~?」

つまり12神将を貸し出すのが代価というわけだ。
護符を奪い合ってる2人を見れば答えは明白だが、相反して式神を取られた当の冥子はこの世の終わりのような顔をしている。

代わりと言っては何だが美神は横島を、エミはタイガーを冥子に貸し出すようだ。
何やら酷い待遇に倒れ込む横島とタイガーであるが、バイト開始時から彼らに刻み込まれているヒエラルキーに逆らうことなど出来るはずもなく……。
すると幽子は嬉しそうに、いや内心では予想通りの展開に喜んでいるのだろうが、ニコニコしている。

「大丈夫よ~~冥子。京志朗君にも手伝ってもらえばいいじゃない~~」

「なッ!そう言えばなんで京志朗がこんなとこいるワケ!
 それに京志朗が冥子を手伝う義理もないワケ!!」

不意に飛び出した幽子の言葉に食ってかかったのは褐色肌の呪術師エミ。
五年前に彼に出会い、色々と有り弟分として可愛がっている彼女。

なんともきな臭い狸である幽子に関わらせたくないというのがエミの心情。
具体的に言えば次に会った時御剣京志朗ではなく六道京志朗になっていそうで怖いのだ。

ここにいるメンバーの中で、霊能関係について京志朗を一番知っているのはエミで、彼の彼女とも会ったこともある。
その彼女というのはエミ一人では天地がひっくりかえっても勝てないような人物であり、京志朗の雇い主でもある。
そんな彼女から人外扱いされるほどの力を秘めている京志朗、彼が六道に婿入りしたならばその影響は計り知れないものとなるだろう。

……建前はこのあたりにしておいて、個人的にエミは嫌なのだ。
京志朗の彼女はまあ仕方ないとして、第二夫人でも愛人でもセフレでも、友人でも仕事仲間でも、ただの姉でもかまわないから彼のそばにいたい。
真っ暗闇、深い深い奈落の底へと沈んでいくしかなかった自分を、まるでコンビニに行くような軽いノリで助けてくれた彼を、いきなり現れた冥子に女として奪われるのは我慢ならなかった。
私の膜を破るのはアイツの棒。
これはエミの偽り無き本心であった。





一方幽子も京志朗のことをいたく気に入っていた。
GS試験では魔族メドーサを追い払い、龍神王の第一子である天龍童子とも交流を持っており、天才錬金術師ドクター・カオスに恩を売っている。
加えて珍しい発火能力者でコントロールも出来ており、魔物となった勘九郎を吹き飛ばすような体術も扱える。

欲しい。
六道家で雇っているメイドからの報告を受けてまず思ったのはそれだ。
そしてその欲求は冥子経由で持ちかけた江戸時代の伝説的横綱である『恐山』の除霊現場をみて確固たるものとなった。
打ち負かしちゃんこを、対象を加えた力士と共に食べている彼を見て人の上にも立つことが出来る人物ではないかと思える。

そして何よりも京志朗のことを冥子が嫌っていないのであり、逆もしかりである。
六道家に伝わる式神を十二体持ち、それゆえに友が出来ず避けられていた娘。

そんな彼女をお構いなしに友人として受け入れている彼。
母としても当主としてもぜひとも冥子の婿になってほしい人材となっているのだ。

新しい娘入れてなかなかに働いてるわ~~、とメイド諜報部の働きに感心し横島を含め雑談している娘と婿(仮)を見てほほほ、と一つ目の前にて唸っている娘の友人を見つめるのだった。



 ■ ■ ■




「冥子……、これ返すから横島クン返して」

「ウチも頼むワケ……」

横島たちが冥子の影から出て二日、美神たちが式神を借りて四日、幽子に集められたメンバーは再び六道家を訪れていた。

あの後結局幽子に言いくるめられ、京志朗も冥子の除霊に協力することとなったのだが……、はっきり言えばうまくいかなかった。
六道家の息女である冥子が扱う式神『十二神将』、そのポテンシャルは高く、超一流GSである美神とエミの手にも余るものだったのだ。
具体的に言えば根本的に霊力の量が冥子に比べ劣っている彼女たちは、自分たち本来の戦闘に加え、式神のコントロールに回すだけの霊力が足りなかった。

霊力は血に依存する場合が多い。
古よりその時代、時代における第一線で活躍し続けた六道家には及ばず、結果として暴走。
仕事をしても失敗続きだった美神とエミは返却、ということに思い至ったのだった。

「聞いて~~、私除霊を三回も成功させたの~~」

「美神さァァァァん!俺もう完璧にサイキック・ソーサー出せるんスよ!!」

「ワッシも京志朗さんがいてくれますケン、負担が半分ですわ」

「いや~、いいもん飲ましてくれるし六道家に永久就職すっか。あ、フミさんもう一杯」

一方冥子たちはというと、大成功この上なかった。
とりあえず三件の除霊をダイジェストでお送りしてみよう。





「カッカッカッカ!俺の防壁、越えられるものなら越えてみよ!!」

「サイキック・ソーサー!サイキック・ソーサー!サイキック・ソーサァァァァ!!
 ふははは、まさかの俺大活躍!冥子ちゃんのハート鷲掴みじゃァァァァ!!」

「デフォルメデフォルメっと、冥子さん、これで怖くないっしょ。
 とどめ頼んますケン!」

「うさぎさんごめんなさい~~。
 ……、見て~~、私にもできるじゃないの~~」





「ぐはァァァァ!なんつー強敵だぁオイ。
 ……しかたねぇ、ピンチの時はアイツを呼ぼう、テメーら御一緒に!」

「助けて~~、ヨコシマン~~!!」

「美少女が呼ぶ!美女が呼ぶ!美熟女が呼ぶ!傷つく女性と子供を助けるためにワイ参上!!
 やって来ました愛の戦士……ヨコォォォォシマン!!!」

「きゃ~~!かっこいい~~!!」

「プロテクターにヘルメット、赤いマフラーは常識ですケン」

「必殺!ヨコシマァァァァン・キィィィィィィィィックゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」





「テメェェェェ!ヨコシマンをやりやがったなァァァァ!」

「ヨコシマ~~ン!」

「冥子君、泣かないでくれたまえ!俺は君のような美少女を護れた……、本望だよ。
 俺はもう長くない……。だから、だから君がアイツを倒すんだ!君なら出来る!
君自身の手で、平和な未来を掴むん……だ……」

「ヨコシマン……。……やるわ~~、私やる!きっと倒して見せるの~~!」

「横島さんも京志朗さんも演技派ですノ~」





除霊は役割分担をして行われた。
前衛に京志朗を置き霊波刀と発火能力を用いて牽制と防御、対象からの攻撃を後ろに通さない。
中衛にヨコシマン……、もとい横島を置きサイキック・ソーサーと霊力を纏わせた拳や脚での攻撃、対象を弱らせる。
同じく中衛にタイガー、幻術を横島や対象にかけ冥子を怖がらせないよう、喜ばせるように持っていく。
加えて大きな体躯を生かして横島と京志朗のサポート。
後衛には冥子、吸魔護符を用いて対象にとどめを刺す。

すごいでしょ~~、と胸を張る冥子。
返してくれ!という発言に興奮し、飛び掛かり迎撃された横島とタイガー。
婿にならない~~、と持ちかける幽子と笑ってごまかす京志朗。
そんな中おキヌがぽやっと口を開いた。

「ふわ~、やっぱり横島さんたちすごいんですね」

「「「はっ?」」」

「へ?だって御剣さんが防いで、タイガーさんがさぽーとして、横島さんが倒したんですよね~」

首をかしげるおキヌと振り返ってみるGSたち。
思い返せば冥子がしたのは……、最後の吸引だけである。

「あなたって娘は~~!」

「ごめんなさ~~い!!」


―――つづく

誤字報告です。
第四話のヤームのセリフ「例の報酬のほうを」を直させていただきました。
zeroさん、報告ありがとうございます。



[17901] リポート10 ~子供な大人の奮闘記 その2~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 18:06
……古ぼけた鳥居、面妖な模様と瞳が描かれた石造りの扉。
半球形のそれは長い間風雨にさらされたのだろうか、くすんだ緑を見せる苔が繁茂している。
おどろおどろしい言霊に合わせて口を開く。
それは数多くの先人たちが通った道。
六道家の式神使いがその身を試される試練の場。

嗚呼、母は出来の悪い、だが何よりも可愛い娘の現状に嘆く。
だからこそ今日は心を鬼としよう。
獅子が我が子を千尋の谷へと落とすように、彼女に苦難を与えたまおう。
頬をつたう涙をぬぐい、母は口を開くのだ。

「冥子~~、あなたならきっと大丈夫だから~~」

「それでね~~、この子はビカラちゃんって言ってね~~」

「……人の話を~~、聞きなさ~~い!」










『死の試練』と大層な名前の付いた修行をおこなう祠の前、そこには十二の獣を模した存在があった。
式神、正式名称『六道十二神将』。
平安の世を生き、陰陽道の大家としてオカルト史にその名を残す大陰陽師『安倍清明』が使役したと伝えられる日本、いや世界最強ともいえる僕。
一つ一つが百の鬼にも匹敵すると謳われた鬼神は今、のほほんとした少女の周りを、同じようにのほほんと歩き回っていた。

「プッツンのイメージしか無かったけど、近くで見るとカワイイもんやん」

「えへへ~~、冥子のお友達だもん」

ほわほわと笑う彼女はとても幸せそう。
それもそのはず、式神のせいで、と言えば聞こえは悪いが確かにそのせいで彼女には友達がいなかった。
唯一友達と呼べるのは美神とエミの二人だけ。

けれどもこのように式神ごと受け入れてはくれなかったのだから。
受け入れてくれた彼、その人に視線を流し冥子はもう一度笑った。

「バサラにメキラ、サンチラにインダラにシンダラ、それとショウトラか……。
京ちゃんモテモテ?いやぁ~照れちまうね」

「わーった!わーったから背中に乗るなァァァァ!!」

二人とも物の怪に好かれるわねぇ、と美神は腰に手を当て溜め息。
ちらと幽子に顔を向ければ、先ほどの当主の顔はどこへやら、優しい母の顔があった。

――ズキリ

彼女の顔を見ると令子は胸が痛む。

なんだろうか、このもやもやは。
空に浮かぶ月のように、自分が手に入れたくても決して届かないものがそこにある気がする。

なんだろうか、このもやもやは。
海に沈んだ真珠のように、私が失い二度と見つからないものがそこにある気がする。

歳不相応に頬を膨らませている冥子の母親。
そんな母親に心なしか小さくなっている自分の友人。

そうか、美神は思う。
でもそれは認めたくて、でも認めてしまったら自分という存在が揺らいでしまうようなこと。
誰よりも美しく、強く誇り高いGS。
確立している自分が崩れそうな思い。
自分だから分かり、自分だから隠していること。

「そっか……、嫉妬してるんだ、私」

まだまだ甘く、我が儘な子供であるという事実、自分が今は亡き母親を求めているということに。



 ■ ■ ■



「―ッ!」

疼く頭を押さえ、ほこりかぶった自慢の黒髪を気にしつつエミは周りに目を向ける。
暗闇を見渡し、気持ちを落ち着けてしばし思考を巡らす。

おそらくここはあの祠の中。
言葉巧みに冥子とともに、突如として抜けた床から真っ逆さま。
いまいるのは硬い石の上だろうか。
……突如としてとは語弊があるか、あの性悪狸の陰謀によって落とされた『死の試練』。

「ったく、やってくれたワケ」

なにがお友達と一緒ならさみしくないわ~~、か。
外にはまだやりたいことが沢山あるというのに。

溜め息一つ、エミは思考を切り替える。
腐っても一流のGS、六道家の試練を嘗めてかかるわけにはいかない。
長きにわたりこの国の中枢にある六道家、鬼が出ようが蛇が出ようが不思議ではないのだから。

……な~んて面倒なことは令子におまかせ。
私は最低限の備えだけ残してこの状況を楽しもうではないか。
暗闇に目が慣れ、ぼんやりと浮かび始めるシルエット。
キラリ獲物を見定めた彼女はしなやかな雌豹の如く、その背中に飛びついた。

「京志朗~、真っ暗でお姉さん怖いワケ~❤」

「エッ、エミしゃん……」

「……なぁんでェェェェ、アンタなワケ!!」

「理不尽じゃァァァァ!!」






貫くような右がタイガーの顔へと吸い込まれた時、霊体である自身を生かしておキヌは辺りを偵察していた。
円柱状のこの建物から何とか抜け出さねば。
けれども自分と違い横島たちは空を飛べない。
どうしましょうか~、と美神に意見をうかがうべく彼女の元へと近づく。
ふと、鋭い声があたりに響いた。

「……霊気?誰!?」

「私は~~六道家初代当主『六道輪廻』、あなたのご先祖様の霊です~~。
 でも早速気づくとはさすがは私の子孫ね~~」

「あたしゃアカの他人、あんたの子孫はこっち」

自己紹介している冥子を見て嘆く女性。
平安貴族のような十二単を身に纏い、身の丈より長い艶やかな黒髪。
やわらかな雰囲気を醸し出す大和撫子は、美神の袖に手を置きこっちがよかった~、と瞳を潤ませている。
間違いなく六道家の人間であろう。

「どーいいから早く帰らせて欲しいワケ。
 早いとこ冥子のテスト終わらせてくれる?」

予定が崩れ、不機嫌丸出しのエミ。
タイガーに手を貸す京志朗を視界に入れ、盛大に肩を落とした。
すると輪廻は一転、どこか暗く深い表情を見せる。

「……試練はもう始まってるの~~」

「美神さん!下に式神さんたちが!!」

「そうです~~、この床は式神に支えられています~~。
 式神をうまく操らないとみんな永久に亜空間の底です~~」

「そげなァァァァ!」

場面一転、冥子の双肩にかけられてしまった彼らの命。
ところが冥子自身は自分に頼ってもらえるのがうれしいのか、笑顔だ。
大丈夫よ~~、なんて言って胸の前でガッツポーズ。
……けれどもまあ世界はそんなに甘くはない。

「わあっ!そ~~れ!それそれそ~~れ!!」

「きゃーっ!いやーっ!きゃーきゃーきゃー!!」

大声、こんにゃく、びっくり箱。
何とも古典的な嫌がらせである。
しかし精神的にまだまだ脆い冥子には効果は絶大で、面白いように足場が揺れている。
彼女の幼稚な心理攻撃から耐える、これが『死の試練』の全貌だった。

「く、くだらねぇ」

確かに横島の言うとおりだ。
だが式神のコントロールに限らず霊力の扱いは精神力に依存するところが多い。
今のままでは上に届くまで冥子の精神は持ちそうにない。
つまりいつものようにプッツンし、仲良く亜空間で御陀仏だ。

なんとかして突破口を見つけねば。
二人のGSは食い入るように輪廻を見つめる。
そこでふと、美神はあることに気付いた。

「エミ、心理攻撃とか言ってる割になんかセコイいわよ」

「そうか……所詮冥子の先祖で似たり寄ったり、だったらビビらせちまえばいいワケ!
 京志朗!!」

「ういよ~、なんとなく了解!
 耳塞いどけよテメーら、チビったって知らねぇよ、京ちゃんは!!」

ズンと踏みしめ拳を握る。
皆が耳に手を当てたのを見て、輪廻の前に立ちふさがった京志朗は爆発した。

「雄雄雄雄雄ォォォォ!!!」

航空機の滑走のような、火薬が弾けるような轟音が発せられる。
反響する声は鼓膜を打ち砕く音となり、祠の中を埋め尽くす。
相手を押しつぶすように、魂を削り取るように、彼は咆えた。

だが輪廻の表情は変わらない。
むしろどこかきょとんとしていて、どこか今の現状を信じられないような表情。

一方京志朗自身はびっくり。
霊波を混ぜ込むことで低級の怨霊なら払ってしまえる自身の咆哮。
そうでもなくとも凄まじい音であるし、予測する彼女の精神力から見れば失神していてもおかしくないのだ。
なのに変わりない。
そこにはぽかんと口を開け気不味そうな大男が立ち尽くしていた。

「うっそ!効いてないワケ!?」

「いっきなりアンタは何やらせてんのよォォォォ!」

「はう~、耳がいたいですよぉ」

「失敗か!?ほんなら俺がァァァァ!」

そう言うと横島は京志朗と輪廻の間に滑り込み、彼女の手を握りしめた。

「この国の誰よりもあなたを愛していますゥゥゥゥ!!」

横島とて、このナンパが成功するとは思っていない。
だがこうやって口説いている間に冥子が上まで上がってほしいと思っているのだが。
……もっともそんな思いも柔らかな彼女の手を握った瞬間忘却の彼方。
やわらかいな~、あったかいな~と全神経を両手に集中させている。

手を握られた輪廻はと言えば、再びきょとん顔。
まじまじと横島の顔を見つめ、そして徐々に顔に血が上り赤く染まっていく。

緩みきった横島の顔を見た美神は、かすむような速さの拳を繰り出した。

「霊相手に何をやっとんじゃァァァァァァァァ!!」



 ■ ■ ■



ゆらりゆられて石の床は出口へとたどり着く。
よくやったわ~~、と娘の頭に手を置く幽子に祠を気にしつつも顔をほころばせる冥子。
美神はと言えば、苛立たしげに大地を踏みしめ歩いている。
全身傷だらけとなった横島を抱え歩く京志朗。
そんな彼らに後ろか声がかかった。

「あなたたち~~、ちょっと来てくれる~~」

くるり振り向いてみれば手招きする輪廻の姿。
少々面倒臭そうに、彼らは彼女の方へと向かって言った。

「俺らに何か用っスか?」

美女の頼みなら!ということでやっては来たのだが……。
横島の質問に、彼女は沈黙を持って答える。
ガシガシと頭をかき、輪廻の言葉を待った。

彼女は可愛らしく腕を組み、うんうんと唸っている。
時折上目遣いで二人を見つめるのはなんとも素晴らしい。
悶える横島を尻目にどしたもんかねぇ、と京志朗は煙管をくわえてぷは~っと大きく息を吐き出した。

少し経って、帰るわよ!と大きな声が飛び込んでくる。
そんなわけで、と輪廻に手をふり彼女の元へ。
並び去ってゆく横島と京志朗に一つだけ、彼女は尋ねた。

「あなたたちはお友達~~?」

輪廻の言葉に二人は肩を組み、染まりつつある夕焼けの方へと向かって行った。



 ■ ■ ■



―――ピチョン

水音があたりに響く。
広い部屋の、大きな天井から垂れる水滴は巨大な湯船の中へと吸い込まれていく。
もわもわと立ち上る湯気の中、冥子は白磁器のような肌を赤く染めていた。

ほふぅ、と今日のことを思い出し一拍。
檜造りの浴槽の淵に顎を置き、ゆらゆらと体を温かなお湯に漂わせている。
外気に触れる小さなお尻を振り振り揺らして溜め息一つ、またお尻を揺らす。
水に濡れ顔に張り付く髪は、いつもの子供っぽい冥子とは違い大人の色香を漂わせていた。

ガラリと扉が開き、入ってきたのは彼女の母親。
四十後半には見えず、三十代でも通用する悩ましげな肢体を惜しげもなく晒している。
とことこ湯船に近づき檜の桶でかけ湯をし、冥子の隣に体を沈めた。

「今日は頑張ったわね~~」

「えへへ~~」

「……それにね~~、頑張るあなたは綺麗だったわよ~~」

そんな幽子の言葉ににへへ~~、と顔を緩ませる冥子。
嬉しそうに、けれどもどこか恥ずかしそうに。

幸せそうな彼女を見て、幽子は思う。
この子は恋をしている、と。
子供のことがわからなくて、何が親か。
いつもと違い、艶やかに頬に手を置く女を思わせるしぐさも。
いつもと違い、あひるちゃんで遊ばない子供とは違うしぐさも。
幽子には手に取るようにわかる。

成長した嬉しさと、親離れしつつある寂しさを綯い交ぜにし、在りし日の自分に思いをはせる。
子供だった自分、親の、家の意向で一緒になれなかった初恋の人。
甘酸っぱくて、ほんのり苦い大切な思い出。

だからこそ、彼女は冥子を応援しよう。
だって彼なのだから、どこに出しても申し分ない男になるだろう。
二人並び、歩んでゆく未来を夢想しつつ、おばあちゃんと言われる自分を想像しつつ、彼女は口を開いた。

「お母さまはね~~、どんなことがあっても応援するわ~~。
 だって冥子の大切な初恋ですもの~~」

呆けた顔の冥子。
だが言葉の意味がわかったのだろうか、林檎のように全身を赤く染め上げる。
反論しようと幽子の方に振り返る。
そこにあったのはすべてを包み込む、慈母のような母の笑顔。
ちょっぴり困惑顔の冥子。
指と指を合わせて大きく息を吐き、今日一番の笑顔を冥子は捧げた。

「うん。
あのね~~私、――くんのこと好きかも知れないの~~」

呆然とする幽子を放って、恋する乙女の声が聞こえる。

「えへへ~~、横島く~~ん」

嗚呼、子供で大人な彼女の恋に祝福あらんことを。



―――つづく



[17901] リポート11 ~狩るものと狩られるもの~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 18:09
しとしと、大地を洗い流すように雨は降る。
天高くより降り注ぐそれは、コンクリートで覆われた大地を叩き大自然の旋律を奏でる。
六道家での出来事から少し、雷鳴るそんな日に新たなる事件は彼ら彼女らに舞いこんできた。

それは後の歴史において大きな意味を成す事件。
かの事件の、本当の始まりはここだとも後の歴史家たちは告げるのだろう。
始まりの火種は小さく、だがオカルト界だけでなく世界中を、いや全世界を巻き込むともされたこと。

その舞台の、悲しく哀れな自作自演の演劇の中心で舞うのは二人の青年と一人の男、そして一人の女。
さあ、幕を開けよう。
どんな物語よりも滑稽な喜劇、その中へと飛び込んでゆこうではないか。

すべてを知り、なおも進む勇気があるのならば。

                                       ―Magistra Puparumの言葉より抜粋―





とある日の学校帰り、横島と京志朗が並び歩き校門を抜けるそんな時。
風を割く爆音とともに二人の前に姿を現したのは黒いフォルムのスポーツカー。
肉感的なロードスターボディを持ち、米国フォード製の大排気量V8と小型軽量ボディ。
獲物を狙うかのようなすさまじい加速力を持つ、大蛇の如きその姿。
アメリカンスポーツカーの権化のような『コブラ』に乗った彼女は二人の腕に呪縛ロープを巻き付け、走り出した。










「マジで、ヤバい、これは、死ぬ」

「腕が……、あり、えねぇ」

十分足らず、音の壁を破るかの勢いのドライブを過ごした横島と京志朗は今、美神の事務所の床に倒れ込んでいた。
人外と評される彼らでも、さすがに無茶はあったのだろう。

申し訳なさそうな顔をした美神は仕方なかったのよ!なんて言ってはいるが冷たい床に正座させられている。
その前には妖刀『シメサバ丸』を手に持ち泣き顔の巫女服少女。

「横島さんも御剣さんも人間なんですよ!
 死んだらどーするんですか!!」

「わかった!悪かったからその包丁を近づけないでェェェェ!!!」

「ふえ~ん!!」

ドカッ!と足と足の間に刺さる刃。
それはただの包丁と思うなかれ、鉄すら切り裂く妖刀のなれの果て。
以前美神が除霊したそれを、事務所の食事係でもあるおキヌが包丁として使っているのだ。

そんな彼女たちのやり取りを、椅子に隠れた小さな影が見ていた。



 ■ ■ ■




「じゃあ私は東都大に行ってくるけど、絶対に誰が来ても出ちゃダメよ!
 じゃあれーこちゃんまたね~、いい子にしてるのよ」

そんな言葉を残し、美神は爆音とともに曇り空の中へと去って行った。
時折り雷鳴が辺りに響く。

「よこちま~、きょうちろ~、れーことあそぶのよ!」

事務所に残ったのは横島と京志朗におキヌ、そして3~4歳くらいの少女の四人。
さてはて、とりあえずは事の顛末を説明せねばならないだろう。





昨日の夜、落雷ともに突然の訪問者が美神とおキヌの前へと姿を現した。
それは数年前に死んだとされている美神の母『美神美智恵』。
彼女は少女を預け、再び大きな雷に合わせ姿を消した。
その少女というのが過去の美神本人だという。
よく見れば勝気な瞳やわがままなしぐさは美神そのものだ。

美神が言うに、美智恵は過去から『時間移動』で来たらしい。
魔族に狙われている彼女を守るため、現在の美神に預けて行ったというのだ。

『時間移動』、それは古来から魔族の内で恐れられていた能力の一つ。
時をかける、という事象は様々な小説で描かれている最もメジャーなSFと言ってもいいだろう。
だがその力を侮るなかれ。
時を自在に移動できる、ということはとても恐ろしいものなのだから。

たとえば嫌な未来があったとする。
もしその未来を知っていたならば、人は様々な行動をとることが出来る。
その未来を良くするなり、関わり合わないようにするなり、自分の思うがままに操るなり、出来ることは色々とある。

もっとも大きな世界の意思からすれば、矮小な人間の力で何が変えられるかは分からないが。
だとしても、小さな穴からすべてが決壊することもまた有り得ることだ。
逆に気付かぬうちに、自分の変えたと思った未来によって自分の未来は造られていることもあるだろう。

ともかくそれは危険視されているというのは間違いない。
魔族たちは美智恵の娘にも彼女と同じような力があるのではないかと考えたのだ。
霊力は血に依存しやすい。
これはオカルトでは常識として知られていることだ。

ともかく彼女はやってきたわけだが・・・

「子どものキンキン声聞きたくない!
 寝かしつけるのもごはん食べさせるのも遊んでやるのもイヤ!
 ママ早く迎えに来てよ!!!!」

とまあ泣き喚く彼女。
それで横島と京志朗を呼んだわけだが、どちらが子供かわからない始末だ……。
とりあえず少女、れーこを押し付けて多少余裕が出来たのか、電話機の方に歩を進め話をして今に至る、というわけだ。

れーこも行きたがったが、人工幽霊一号が昨夜ここの結界に侵入しようとした人外がいたと報告してきたため、緊張感を増し令子が外出をさせなかった。
というわけで、四人は留守番ということになった。
ここに入れなかったのだから、ここにいた方が安全だろう。

そんなわけでれーこと遊んでいる横島たちだが。

「れーこママのやく!おかえりやのよ」

「俺がパパか……、ただいま~れーこちゃん」

「忠夫パパ~、泡吹いた麦茶買ってくるからお金が欲しいよ~」

「はいよ~、って誰やるかァァァァ!貧乏人にたかんなや!!」

「ママ~、パパがいじめる~」

「その体でパパとかママとか言うなァァァァ!」

フォン!と風を切り振り下ろされる脚は京志朗の首を狙う。
だがぐるり床を転び彼の一撃をかわし、下から抉るようなカエルパンチ。
上半身を仰け反らせ、京志朗を睨みつけた横島は鼻息荒く口を開いた。

「今日こそその顔面に一発叩きこんだらァァァァ!」

「カッカッカッカ、やれるもんならやってみなドーテーボーイ!」

こんちくしょォォォォ!と殴りかかる彼を見てれーこはどうやらご満悦のようだ。

「やっちゃえ~よこちま~!」



 ■ ■ ■



二人の通う高校ではもはや名物となりつつあるこの喧嘩。
一段落つき、おキヌの入れてくてたお茶を飲んでいたところでれーこは窓の外を見ている。

「どうしたの?れーこちゃん」

「あんね、あんね、鳥さんがいゆの」

事務所の窓に小鳥が何羽か張り付いている。
おキヌが近づいても逃げなかったのだが、横島がれーこを持ち上げてやると途端ばたばたと一羽を残し飛び去っていった。
さわゆの~、と駄々をこねるれーこの要望に答え窓をおキヌは開けた。
するとぱたぱた、と黒い羽根の小鳥は室内へと入り込み京志朗の肩にとまる。

「ほれ、優しく触れよ」

ほい、とれーこの手のひらに小鳥を置く。
初めて感じる生き物のぬくもりに恐る恐る羽毛を撫でる。
小さくやわらかいそれに顔を綻ばせるれーこ。

ニシシと笑い彼女を見ていた横島。
ふと腰を置く窓縁から外を見ればOL風の若い美人が事務所の前にいるのが見えた。
美女の出現に反射的に出て行こうとする彼だったが。

「ストップ」

そう彼の首根っこをとらえた京志朗によりカエルの潰れたような声を上げる。

「なにすんのやァァァァ!」

「美神さんから外出んなっ言われてんだろコノヤロー。
 それにアイツ足引きずってんじゃねぇか、おかしくね?そんな奴が必死にこっち気にしてるたぁ」

むっ、と改めて女性を見てみれば髪はボサボサに乱れ、心なしか顔色も悪い。
足取りもゆらゆら揺れ、おぼつかなそうだ。

「悪い男に追われて俺に助けを求めとるとか!?」

「悪い男か……、そだな。
 そんなら警察行くだろ、こんなときも役に立たんなら警察はいらんぞ」

せやけどなぁ~、と納得がいかない横島。
そんなところに人口幽霊の声が響く。

「辺り一帯に結界が張られています、みなさんお気を付けてください」

窓から乗り出し道路を見ればそこにいるのはOL風の女性だけ。
ついさっきまで様々な人の歩いていたそこには、ただ一人傷ついた彼女だけ。
あんぐり口をあけている横島の肩に手を置き、京志朗は窓から外に飛び出した。

「もし俺がその悪い男だったらどうする?」

そう呟いて。



 ■ ■ ■



肩を押さえ全身を羽毛に覆われたあたいは足を引き前へと進んでいた。
なんなんだアイツは。

東都大で憎き美神の娘に一撃を加え、だがやはり美神の娘らしく攻撃を防がれた。
自分は殺し屋、暗殺者。
だがやはり十年以上封じられたという恨みがある。
じっくり嬲り、絶望のどん底へと叩きこんでやろう。
そう意気込んでいたはずなのに。

子供のヤツを先に捕えよう。
そしてじわじわとヤツを……。
そう思いあたいは空を舞う。

ヤツの事務所を視界に収め、人へと化けるために地面に降り立つ。
次の瞬間あたいの肩から腕にかけて、鋭利な刃物のようなもので切り裂かれていた。
ザッと大地を蹴り、それは再びあたいの方へと向かってくる。
今度は確実に、あたいの息の根を止めるために。

鉄をも貫く羽根を飛ばし、あたいはアイツを牽制する。
だがアイツは軽々と身をひるがえし、建物の影へと身を潜めた。

逃げたわけじゃない。
アイツはまだこの近くにいる。
翼を広げ飛び立とうとするものならば、首に、腕に、足へと殺気が飛ぶ。
駄目だ、博打は打てない。
このまま飛び立とうものなら確実に地に落ちるのはあたいだ。

あたいは勘違いしていたのか。
魔族に生まれ、人面鳥であるあたいはそこまで高い霊力を備えているわけではない。
だが技を磨き、修羅場を潜り抜けて魔界でも名の轟くほどとなった。
あたいはいつも狩人だった。

けれど違う。
魔族ではなく、鳥としての本能が告げる。
今のあたいは狩人などではない。
傷を負い、地べたを這いつくばる哀れな獲物。
あたいは狩られる方だ。

追われるというのは子供の時以来。
だからこそあたいは失念していたのだろう。
ヤツの事務所へとたどり着き、見上げれば窓に見える朱髪の男。
同僚の一人、見れば羽毛が逆立つあの蛇女が執着していた奴だ。
その男が無防備にも目の前に、手の届くところへと降りて来た。

恐怖から意識が混濁していたのだろうか。
アレを殺せば、捕えれば何とかなる、そんな思いがあたいの中をぐるぐると回っていた。
大丈夫、ヤレる。
アレは煙管を口にくわえ、へらへらした顔でこちらに向かってくる。

あたいとアレの距離が徐々に近づく。
羽を飛ばせば一瞬で串刺しと出来る距離だ。
ヤレる!

そんな思いに駆られたあたいは変化を解き、翼を広げる。
男の声が聞こえるがそんなものは関係ない。
アレがなにをするよりも速く、心臓を貫いてやれば終わりだ!

あれ?
あたいはアレの方を向いていたはずだ。
なのにあたいの視界を埋め尽くすのはコンクリートの無機質な地面。

肩に感じるリアルな重さ、頬を切る小石。
そうかあたいはアイツに組み伏せられて、地面にたたきつけられたのか。
メキリと首の後ろに強い衝撃を感じる。
あたいの首は頭を支えきれず、抵抗することもできない。

ふわりとあたいの軽い身体が持ち上げられる。
ぼやける視界、そこに写り込むのは朱髪のアレ。

やめろよ。
あたいをそんな眼で見るな。
やめろよ。
あたいを蛇女と同じ金の瞳で哀れむように見るなよ。

消えゆくあたいの意識の中、最後に浮かんだのは憎き美神。
そしてあたいの封印を解いた髪の長い何かの後ろ姿だった。



 ■ ■ ■



ぐるぐると呪縛ロープでハ―ピーを縛る。
首を固定し、彼女を抱えた京志朗はそばの彼女の首を撫で、外へと姿を現した横島とおキヌとれーこへと視線を向けた。

「美衣さん!?なんであんたがここにおるんや?」

「いえ、旦那様のお手伝いとお給金のために……。
 では旦那様、慧を待たせていますので私はこの辺りで。
 横島さん、あの子も楽しみにしていますのでまた遊びに来てくださいね」

本来の身体を人へと変え、美衣は一礼し去っていく。

「あぁ美衣、今日は俺がメシ作っから身体、休めとけよ」

そう言う彼に美衣ははい、と一言。
慧へのお土産にと羽を一枚手に持ち、少しばかり青くなっていた顔を朱く染めて、彼女は姿を消した。





ざわざわと、雑踏が辺りに溢れ出す。
道進む人は、朱髪の男が抱える人外を見つめ、歩みを止め、時には悲鳴を上げている。
そこに現れる黒いフォルム。
コブラより降りてきたのは美神、そして美智恵。
ハ―ピーを視界に入れた彼女ら。
そしてカチャリと霊体ボウガンをこちらに向けた。

「御剣クン、そいつを渡して!
 私を殺そうとしたんだから借りは返してやらないとね!!」

「令子、いきなりそんな風に言うのはどうかと思うわ。
 はじめましてね、私は美神美智恵、この子の母親よ。
 それでいきなり悪いんだけれど、その肩にいるのは魔族よ。
 縛ってどうするのかは知らないけどあるべき場所に返すべきだと思うんだけど」

そう言う二人にがしがしと頭をかく京志朗。

「美神さん!そんなことしなくてももうこいつ動けないじゃねぇっスか!!
 小竜姫様に引き渡すとかそんな風に穏便に」

「あなたが横島君?優しいのね……。
 でも優しさと甘さは違うのよ、もしここで動き出して誰かを傷つけたらあなたは責任をとれる?
 ……ここで殺してやるのが情けだと思うわよ」

美智恵の言葉に何も言えない横島。
確かに彼女の意見は正論だ、今までに出会った魔族は人を傷つける、そんな存在なのだから。
加えた煙管をクルリ弄び、京志朗は口を開く。

「でもよ、改心の機会は誰にだってあっていいと思うがね、俺は。
 聖人君子気取る気はねぇが、存在だけで悪と決めるたぁ横暴じゃねえか?
 同じ釜の飯食って、杯交せば以外に何とかなるかもよ?」

「情けかけて、逃げだしたらどうするのよ!?」

「美神さん……、そんときゃもいっぺんとっ捕まえて、もう一回杯でも交わしてみますわ。
 それでも無理なら俺が責任とって奈落へと叩きおとしまさぁ」

そう告げて踵を返し歩き出す京志朗。
シュッと何かが飛び出す音。
そして彼の肩は急に軽くなった。

「青いわね。
 責任なんて言葉、子供のアナタが軽々しく使っちゃだめなのよ」

バラり地に落ちた呪縛ロープ。
そこにいた一柱の魔族の姿はすでに無く、ただただ空虚が広がっていた。


―――つづく



[17901] リポート12 ~知ってるアイツ、知らないアイツ~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 18:10
それは都内から少し離れた一角に居を構えていた。
和風のたたずまいは日本人だからだろうか、どこか懐かしさを感じさせてくれる。
店の外には長机が一つと長椅子二つ。
店内には四つの座敷。
年月を経てか、畳は少し色落ちしている。

ゴリゴリと豆を挽く音が聞こえ、コポコポと抽出される音が聞こえる。
その香ばしく芳醇な香りは二人の鼻腔を刺激した。
カタリ、エプロンを身に付けた妙齢の美女は席を立つ。
入口の扉を閉めるとOPENの札を裏返しCLOSEに。

横島と京志朗の前にカップを二つ置き、白い湯気漂うコーヒーを注ぐ。
隣の美女には目もくれず、横島はそれに視線を留める。
そんな彼女は二人に目を向けて腰に手を当てた。

「私は奥にいるから、ケリがついたら言ってくれ」

そう告げて店の二階へと姿を消した。
カップに手を掛け口元に持ってゆく。
若干顔をしかめた横島は、目の前の角砂糖とミルクを求める。
黒い海に白い島と雨が浸み入り、やわらかなクリーム色の世界を作り出す。

ゴクリ喉を鳴らし、カップを口に持っていく京志朗を見て、横島は口を開いた。

「なあ、京ちゃん……」



 ■ ■ ■



「令子、これからたくさんの困難が待ち受けているかもしれないわ。
 でもあなたなら大丈夫。
 だって私の、私の娘ですもの」

美神の髪を撫で、美智恵はれーことともに姿を消す。
光る世界。
少し経ち、眼が慣れた後に残るのはいつもと変わらぬ街の景色。
彼女の母は、彼女たちの生きる元の時代へと帰って行った。





真の名もわからぬ一柱の魔族が暗き冥府に帰った日、横島と京志朗、そして美神と美智恵の間には重苦しい空気が流れていた。
コツコツと、ブーツが地面を蹴る。
落ちた呪縛ロープを美智恵は拾い上げ、腕へとまとめ上げた。

「キツイ言い方をして悪かったわ。
 でも、これがGSの仕事なの。
 ……罪なき人々を傷つける悪を倒す、一人でも多くの人を助けたいと思うならこれが最善の手だと思うわ。
 あなたたちもこの業界にいるなら、そんな覚悟はあるのでしょう?」

「あーあーあー……。
……そうっすね。
 悪と一般的に言われる存在を消しておまんま食ってる、そんな仕事を俺らはしてるんだかんねぇ」

くわえた煙管を揺らす京志朗。
そんな彼をどこか遠い存在なように思えてしまう、そんな自分を横島は感じていた。

「せっ、せやけど京ちゃん!そんなん寂しすぎるやんか!
 あいつらみたいに、おキヌちゃんだってそう!!
 妖怪だって霊だって、きっと魔族だってきっと俺らみたいに笑ったり、泣いたり。家族だって「横島クン!」――ッ」

「……最初に、横島クンを雇ったときに説明しなかったのは悪かったわ。
 でも、ママや御剣クンが言ってるのが正論なの。
 家族とか、友達とか、恋人がいたのかもしれない……、それでも私たちは私たちのためにやらなきゃならないの。
 それに、あなただって霊をその手で極楽に送ってあげているでしょ……」

息をのむ横島。
思い返してみればそんな経験は多々ある。
京志朗と言った除霊、そこでいくつもの霊を屠って来た。
自分は何も考えず、ただ家賃のため、報酬のためそれを消し去って来た。

霊は消え去るとき必ず断末魔をあげる。
耳に残る、大きな、大きな。
だけどそれは誰かを思ってのことではないのか。

家族を……。
恐ろしくて、でも優しく自分を何よりも気にかけてくれる母の顔が思い浮かぶ。
憎たらしくて、でも大きく頼りになる父の顔が思い浮かぶ。

友を……。
幼少期、遊んだ二人の幼馴染の顔が思い浮かぶ。
こちらに来て出来た、級友の顔が思い浮かぶ。
人ではないけど、自分に良くしてくれている吸血鬼と虎人と机妖怪の顔が思い浮かぶ。
そして、どこか寂しい目をした、大切な友が視界に映る。

「うっ、うげェェェェッ!」

胃が真っ赤に燃える。
喉が焼けただれる。
鼻を突く、むせかえるようなにおいが辺りに充満する。
目の前には、昼に食べた弁当の残骸のようなもの。
黄色いそれは、自分の口と地面をつなぐ。

「優しいのねキミは……。
 でも誰かがやらなきゃいけないことなの、つらくて、怖いことかもしれないけど。
 ……だけどその心は捨てないで。
 あなたの心はきっと誰かを助けることが出来る、力になることが、きっと出来るはずだから」

おぼろげな頭で感じるのは、海の向こうにいる母のような暖かさだった。



 ■ ■ ■



蒼天広く澄み渡る中、そびえたつ、見上げるようなマンションの前に横島はいた。

あの後少しばかり休みを出すわ、そう言った令子の声を聞き重い足取りで家路に着いた。
京志朗は手を貸そうとしてたけど、自分は振り払い部屋へと帰ってゆく。

汚く狭いアパートの中、万年蒲団の上で天井に出来た染みを数えながら横島は物思いにふけっていた。

「京ちゃん、変わってもーたんかな……」

ポツリ、自然と口から零れ落ちる。
昔の彼はどうだっただろうか。
あんなふうに、薄情なことを言ったものだろうか。
確かに自分も霊を消し去り、今の生活を成り立てている。
でも、でも何のためだがわからないが、連れ帰ろうとした者を『消滅』させられて冷静でいられるのだろうか。

「昔の京ちゃんは優しかったなぁ。
 近所の犬猫拾ってきて、はははッ、そういやとう爺の寺クソだらけにして簀巻きにされたっけ」

そんな事は無い。
いつだったか、近所の高校生が犬猫を標的にいじめて遊んでいたときがあった。
自分と、あとの二人が悔しくて、でもただ嘆くことしかできなかったのに、アイツは落ちてた木切れ片手に泣きながら突っ込んで行ったんだっけ。

「そんで俺も追っかけて……。
 そいやぁ初めて喧嘩したんもあんときか……、お袋が来てくれんかったら二人とも死んどったやないかー!って」

ボッコボコに殴られて、血だらけになった京ちゃんがどこかに行く気がして、それが悲しくて、追っ払ってくれた母親の前で殴りかかりに行ったものだ。
そしたら京ちゃんも、横っちこそなんでそんなことっつって殴りかかって来て、そんで二人わんわん鳴いたんだ。

今までたくさん、たくさん二人喧嘩してきた。
でもそのたびに泣いて、嫌いになって、前よりもっと仲良くなった。
どっちかが謝ったり、いつの間にか仲直りしていたり、無理やり仲直りさせられたり。

でも京ちゃんはやっぱり、優しくて、文句言いながらも笑いながら俺に付き合ってくれて、いつだって俺を受け止めてくれた。
京ちゃんはいつだって京ちゃんだった。

「俺が転校してから何があったんか聞こう!と思って来たけどいざとなると踏み込みにくいな……」

結局いつの間にか寝てしまっていた昨日。
朝起きて、よし!と勢いをつけてアパートから京志朗のマンションまで来たはいいが、入口の前でうろうろとしてしまっていた。

「おい!そんなとこにいてもらっては邪魔なんだがな」

何度目か、イラつく気持ちのまま地面を蹴る。
そんな横島に凛と鋭い声がかかる。
ちらり声の方を向けばスーツ姿の、威圧的な美女がこちらを向いていた。
すいません、そう謝る横島にその女性は顔をしかめる。
そして彼女は乱暴に彼の手をとった。

「キサマ、一寸来い」

「は?イヤいきなり何を「いいから来いといっとるんだ!!」ちょっまっ!」










「さあ話せ」

「だから何を「いいから話せ!私は貴様のような気色の悪い顔を見るとイライラするんだ!!」わかりました!話しますから!!」

女性に引きずられ、横島がやって来たのはマンションのとある部屋。
管理人室だろう、確か扉にそう書いていた。
なんで俺がこんな目に……、そう思うも母や雇い主似た雰囲気にどうも逆らえない。
そして結局名前は伏せてだが話してしまった自分。

話を聞き終えると、彼女は呆れたように溜め息を吐いた。

「下らんな、阿呆かキサマは」

「下らんって……、いきなり出てきたあんたに何がわかるんや!
 俺は京ちゃんに言いたいことがあって!
 でも京ちゃんにだって自分の気持ちとかいろいろあって!!
 どうしていいかわからんのに、下らんやこうなんであんたに言われなアカンのや……」

息を荒げ、徐々にしぼんでゆく。
わかっている、今日初めて会ったこの女に何を言っても仕方ないことくらいは。
横島は、そんな自分がどうしようもなく小さく思えた。

そんな横島に、女性はもう一度大きな溜息を吐いた。

「やはり阿呆なのかキサマは?
 よかろう、教えてやる。
 単純な話だ、殴ればいいだろうソイツを」

いきなり飛び出た言葉に横島はあっけに取られる。
呆然とした自分をよそに、物騒な提案を続けた。

「殴って、自分の気持ちをぶつけて、スッキリしあえばいいだろう。
 男同士だ、それぐらい出来なくてどうする」

さぁさっさと帰れ。
そう言って女性は横島を管理人室彼蹴り出し、バックを持ってどこかへと去って行った。

なんだあいつは。
それが後ろ姿を見送る横島の正直な感想だった。

だが、だがしかし、ふと彼女の言葉を思い返してみる。

「殴ればいいか……」

なんとも自分には合わない肉体的言語だ。
でも昔はいつも、喧嘩の時は殴り合いだった。
なのになぜ自分は気持ちを乗せて、京志朗を殴ろうという発想が思い浮かばなかったのだろう。

どうして昔のように振る舞えなかったのだろう。
昔は喧嘩して、一時間も経てば肩組んで笑っていられたのに。



そっか、そう横島は思う。
それなら納得がいく。

なるほど自分はそんな事があって、もし殴って、京ちゃんに嫌われたらどうしようか……、そんな心配をしていたのだ。

「くだらね」

本当にくだらない。
自分の行動を思い起こせば思い起こすほど、心の底からそう思える。
そんな心配のために、差し伸べてくれた手を振り払ったのか。
そんな心配のために、昔は良かったなんて妙な感傷に浸っていたのか。

あの女性が自分のことを気色悪いと言うはずだ。

「よっしゃァァァァ!」

気合一つ、頬を打った横島はマンションの中をずんずんと進んで行った。



 ■ ■ ■



―――グシャ

「ごべろッ!」

ガシャァン!とガラスが割れる音に合わせて目の前の大男は後ろへと反り返る。
割れたカップで切れた指を振りつつ、横島は高らかに声を上げた。

「わははっ!俺は寛大だからそれ一発で済ましたる!!
 せやけどいつか京ちゃんのホンマ気持ちも聞かせてもらうからな!!!」

横島は決めた。
京志朗がどんなことをしてるのかは知らない。
助けた美衣まで利用したり、あの魔族が死んでも何もしなかった。
自分たちが会っていなかった間に、すっかり変わってしまったのかもしれない。

でもいいじゃないか。
知らなくても、変わってしまっていても。

自分が京志朗のことを、誰よりも大切な友だと思う事実はこれまでも、きっとこれからも変わらないのだから。

危ないくらいに顔面から血を流す京志朗を見て思う。
京ちゃんはいつだって京ちゃんだった。
そして京ちゃんはいつだって御剣京志朗で、御剣京志朗はいつだって京ちゃんであるはずなのだから。

だから自分も変わらない自分でいよう。
自分を再開した時、真っ先に友と呼んでくれた彼のために。
自分は自分らしくいようではないか。

ぬらり、幽鬼のように彼は立ちあがる。
そして月日が経ち、昔よりもずっと速く、重くなった拳が横島の腹へと吸い込まれた。

「なぁにぃがぁ寛大じゃァァァァ!
 人の顔面グシャグシャにしてくれよってェェェェ!!同じような顔にしたらァァァァァァァァ!!!」

畳を蹴り向かい来る京志朗へと翡翠の盾を投げ込み横島は立ち上がる。

「わははっ!京ちゃん如きに負けるワイやないわァァァァァァァァ!!!」

そう言う彼の顔は、割れんばかりに輝いていた。


 ■ ■ ■



「次はそっちを掃け……、お前らニヤついてないでさっさとしろ!」

久々の大喧嘩、霊能力まで持ち出し始めたそれを収めたのは頭に響く拳骨だった。
繰り出したのはこの店の女店主。
煙と一緒に灰皿へと灰を落とす彼女は鋭い目つきで二人を見ている。

大きな音に、誘われやって来た彼女が見たのは惨状。
カップは砕け、コーヒーは零れ、入口の硝子戸は無残な姿をさらし、居たはずの高校生二人は店の前で爆音を立てている。

ごちゃつく頭の中、すぐさま最善の一手を導き出す。
それはあの馬鹿二人に制裁を加えること。
つっかけのまま外に出た彼女は朱髪と黒髪へと歩んで行ったのだ。

「しっかり働けよお前ら。
 借金はその体で払ってもらうからな」

「お望みのままにィィィィ!」

迫り来る横島を再び沈め、彼女は次の煙草へと火をつける。
ふふん、とニヒルに笑い煙を吐き出した。

「悪いな、これでも私には良い人がいるんでな」

「ミストレスよぉ、そいつは知らなかったなぁオイ」

「女はいつも秘密にあふれてるんだよ」

そう言いつつ彼女は指示を出す。
やはり蒼天はどこまでも広く澄み渡っていた。


―――つづく









あとがき

あとがきなるものはおふざけ以外では今回で初めてなので何を書けばいいのかよくわかりませんが、今回の話は悩みました。

横っちの京ちゃんを見ての心の葛藤、久々に会って少し変わっていた友人。
友を見て自分が思い感じること。
そしてGSという職業の大変さ。
そこら辺を表現したかったのですがうまくいったでしょうか?

美智恵が出たタイミングでというのも現場の厳しさを良く知る彼女だからこその意見。
それを横っちに伝えたかったためです。
自分を持つ横っち像は欲にまみれたお調子者でスケベ、でも誰よりも優しく、自分より他人を優先して傷付きやすい人間らしい人間、というものです。
そんな横っちをどこまでも信じて支え、時には一緒に悩み傷つき、時には喧嘩もする。
それが出来るキャラとして京ちゃんを作りました。

まだまだ未熟な自分でありますが、一人でも多くの読者の方々に横っちと京ちゃんを好きになっていただけたらと思う次第であります。

あと次回以降はちょくちょく二人の過去話を入れていこうかと思いますのでよろしくお願いします。



[17901] リポート13 ~香港つついて蛇を出す その1~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 18:12
中華鍋を油ならしし、たっぷりの油を入れて業務用の巨大コンロの火をいれ、熱する。
殻を剥いた海老を1尾ずつ入れていき、全て入れたら混ぜる。
海老が丸まり色づいてきたらジャーレンで引き上げ、油を移し中華鍋に新たに油を入れる。
そして弱火でまず油が弾けるまで豆板醤を入れて炒める。
さらに白葱を半分とにんにくと生姜を全て入れ、炒め合わせる。

芳醇な香りが辺りに漂う。
香りがたってきたところで鍋肌からあらかじめ作って置いた中華スープをゆっくりと回しいれ、強火にして砂糖、塩、紹興酒と胡椒少々を入れて混ぜる。
そしてスープが沸騰したら海老を入れる。

再び沸騰したら残りの白葱を入れ、水溶き片栗粉を入れ手早く混ぜる。とろみが決まったら鍋肌から油を入れて焼き付ける。
表面に油がパーッと浮いてきたところで火を止め、酢を入れて混ぜ白い皿に盛る。

「お待たせネ!ご注文の『乾焼蝦仁』ヨ」

「デザートの杏仁豆腐も持って来たアルよ」

「「待ってましたァァァァ!」」

「ふぇ~、二人ともいっぱい食べるんですねぇ」

「……僕は花だけでもいいんだけどなぁ」

「あんたら自分でお金払いなさいよ」










香港のとある中華料理店、そこに横島たちはいた。
カバーをかけられた机の上には空になったお皿が並ぶ。

「美神さん、御剣さんに連絡は……」

「ん?したわよ。
 横島クンとおキヌちゃんに呼びに行かせたけどね、部屋にカギがかかってて入れなかったってさ」

「そ~なんですよ。
 美衣さんとかケイちゃんとかいてもおかしくないのに、一人も見つからないって感じで……」

カオスさんたちも、と続けるおキヌ。
美衣さん?ケイちゃん?と首を傾げる美神。
恐らく管理人か誰かだろうか。

にしてもカオスたちまで京志朗と同じマンションに住んでいるとは知らなかった。
何か引っかかるものを感じながら、美神は首をかしげる。
悩む彼女に先ほど聞いた女性の声がかかる。

「オヤ?何か悩んでいるようだガ、探し人かネ」

そう尋ねるのは青のチャイナ服に身を包んだ、横島が飛びかかった黒髪の店員。
お団子頭と、歳より遥か艶めかしい色気を持った太股をスリットから覗かせた彼女は、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「はい、友人なんですが……。
 朱色の髪に金の瞳の大男なんですけど、御存じありませんか?」

はぁ、と嘆息し横島の方を見ながらピートは答える。
そんな彼に答えるのは何とも元気な声。
赤のチャイナ服に身を包んだ金髪の店員は、二つにまとめた髪をいじくりニパッとした笑みで答える。

「知ってるアル!
 ちょっと前に黒髪の美人さんとご飯食べてたアル!!」

「何ィィィィ!俺の許可も取らずに女と海外旅行だとォォォォ!
 羨ましいぞコノヤロォォォォォォォォ!!」

「?
 誰だソイツは?」

叫ぶ横島と事情を雪之丞に説明するおキヌとピート。
お客様の事情を話すとは何事カ!と金髪の店員をいさめる黒髪の店員を見ながら美神は思う。

どこが情報源かは分からない。
だが彼は確実にオカルト界と深くかかわっている、下手をすれば自分なんかよりも。

香港で原始風水盤がメドーサによって発動させられるかもしれない。
その阻止のために自分たちは集められたのだが……。
この情報はまだここにいる者たち以外では、それこそ情報収集に長けた神族や魔族くらいしか知らないだろう
いや、それすらももしかしたら知らないかもしれない。

なのに彼は知っている。
横島のように彼女と旅行に来た、なぁんて砂糖よりも甘い考えは抱かない。
確実に彼はメドーサに対して何らかのアクションを起こすためにここに来たのだろう。
一緒に来たという女性は恐らく彼の同僚。
そしておそらくカオスたちも協力者だろう。

なんとか接触したいものだ。
自分が丁稚の知り合いのことを知らないというのもなんか妙な感じだ。
それに何か大きなものが彼に関わっている気がする。

世界に大きく影響を与える何かが。
彼女の第六感が強く告げている。

そして……、そこの組織から協力報酬をたんまりせしめようではないか。

「よっしゃ!
 決めたならとっとと行くわよ!
 時は金なり!そしてお金のために!!」

ニマリ笑う彼女はぶれない強さを感じさせた。



 ■ ■ ■



「でぇ~っ、なんでこうなんのよォォォォォォォォ!!!」

「ほほほっ、ゾンビ軍団のみなさ~ん……ほら、アンタもよ。
 こいつら抜きで戦ってみたいなんて子供の考えよねぇ。
 じゃあ~……死ねェェェェ!!」

「やばっ!!」

襲いかかる、迷彩服に仮面のゾンビ達。
洞穴の中、彼女の声と打撃音、勘九郎の甲高い笑い声が響き渡る。

さて、こんな状況になった理由というものを説明せねばなるまい。










そもそも彼女たちが香港へとやって来た理由、それはとある野望を阻止するため。
GS試験と天龍童子下界時において彼女たちを苦しめた魔族、メドーサの野望を。

その野望のカギのなるのは『原始風水盤』という装置。
大きく漂う『気』の流れを変える力を秘めており、雪之丞曰くこれによってアジア全土を魔界へと変えるつもりらしい。

その野望の始まりは香港における有名な『風水師』の行方不明から。
風水師というのは香港でさかんな自然体系を利用した霊能『風水』を利用するGSのこと。
西洋の環境生理学と中国の地理地相学を合わせた、いわゆる占いと科学の融合。
香港でユニークな建造物が多いのも風水の応用によるものだ。

ちなみにこの風水は自分の霊力に加えて大地に流れる大いなる『気』を利用する。
それゆえに直接的に大地へと働き掛けたり、一定の空間の『気』の流れを良くし物事を良い方向へと運ぶ手助けが出来る。
どちらにせよ一般的なGSに比べて大きな力を使うということは変わりない。

唐巣神父の『多くの小さな命の力を借りる』という行為により霊的攻撃力を高めるのもこれに似たものがある。

そして行方不明事件というのは、『原始風水盤』のカギとなる『針』に風水師の血を吸わせるためにメドーサの指示で起こされたものだった。
ある人物からの依頼でその事件の調査に向かっていた雪之丞は、実行犯だった勘九郎の隙を突き『針』を奪い逃亡したのだが……。
金欠のためクレジットカードを使ってまい居場所がバレてしまったのだ。

しかし男一匹雪之丞、タダでは転ばない。
なんとか唐巣神父の教会へと辿り着き『針』を渡したのだがゾンビ兵と勘九郎が追跡してた。
彼らにより『土角結界』に唐巣神父を捕えられ、『針』も奪われてしまう。

雪之丞に殴りかかるピートといさめる横島。
どちらにせよ先に進まねばならないということで結界の解除方法を聞いた彼らは、飛行機で海を越え香港へと至ったのだった。










店を出た横島たちは雪之丞の運転する車に乗り、香港島と九龍をつなぐ海底トンネルの中費と入って行った。
道半ば、車を降りて見鬼君で外壁に走る亀裂を探る。
ピコピコと霊気反応有りということを示す。
雪之丞の調査によればメドーサのアジトは香港島の地下にあるらしく、地盤に残る亀裂からならつながっているようだ。

そこでピートは身体を霧に変え、美神を連れて中へと潜り込んだ。
名残惜しそうに横島を見ていた彼の顔は、おキヌだけの秘密だ。

……で、潜り込んだのはいいのだがつながる洞穴に入った途端、二人を襲ったのは結界。
そして現れたのはGS試験で彼らを苦しめた鎌田勘九郎。
『針』の奪還のためにピートを奥に進ませたのだが、結局数の暴力にはかなわず美神は意識を飛ばしたのだ。



 ■ ■ ■



トンネルよりとあるホテルに至り、そこでアワビやフカヒレを食い散らかした横島たちは、突然の訪問者によって休息を破られる。

「どうやら美神さんは捕えられたようですね……」

傷だらけになったピートを抱え、扉を叩いたのは妙神山の管理人である小竜姫。
腰に手を当て、難しい顔をする彼女に横島は不思議そうな顔。

「なんで小竜姫様が!?
 それに美神さんが捕まったってどーゆーことですか!!」

彼女が言うに、雪之丞に今回の一件を依頼したのは彼女自身らしい。
そして洞穴へと潜ったピートは『針』を奪うことはできたのだが、仕掛けられていたトラップにかかり命からがら逃亡してきたようだ。

「それにしてもやり方がまずいですね、雪之丞さん。
 こんな事なら始めから美神さんか唐巣さんに頼むべきでしたね……」

「文句があるなら自分でやればよかっただろうが!!」

「出来れば苦労しません。
 いま私に出来るのはこれくらいしか……」

そもそも小竜姫は妙神山にくくられた神である。
故に山から離れた場所では長くは活動できないのだ。
妙神山は東日本のとある山の奥に存在する。
なので、日本ならまだしも、海を越えた香港での活動時間はごく僅かなものとなってしまうのだ。

ポウと彼女の手が光る。
するとピートの傷はみるみると消え去り、ガバリと跳ね起きた。
それは傷を癒すヒーリングだろう、さらに龍神によりかけられたのだから霊験あらたか、効果は絶大だ。

「たっ、大変ですメドーサの美神さんが針だけは何とかゾンビで勘九郎だらけーーー!?」

錯乱したピートは横島に掴みかかる。
拳一発、彼を黙らせた横島はガシガシ頭をかく。

「ちきしょォォォォ!
 京ちゃんがいてくれたれなぁ……」

「私も依頼したのですが、用事があると断られてしまって……」

「へっ?でも御剣さんを料理屋さんで見たって、店員さんが言ってましたよ」

おキヌの言葉に眼を見開く小竜姫。
そんな彼らに苛立たし気に叫ぶ女性とそれをいさめる声が聞こえる。

「お客様!困ります!!」

「うるさいわ!
 騒がしい相手には一発文句言ってやらないと気が済まないのよ、こっちは!」

ダンダンダンと扉を叩く音の後、ズカリ小学生くらいの女の子が部屋へと入り込んできた。
頭の上で髪を一房にまとめた少女は、横島の顔を見て叫ぶ。

「お前か横島っ!!」

「テレサ!なんでお前がこんなとこニブルァッ!!」

伸びる鋼鉄の腕は、横島の顔面へと真っ直ぐ進んで行った。



 ■ ■ ■



「で、だ。
 なんでお前がこんなとこにいんだ?」

「なんでって、そりゃお仕事よ、お・し・ご・と!
 京志朗とか博士とか、姉さんもちょっと前まで一緒にいたんだけどね……」

「なんだ、お前置いてかれたのか」

うるさいわよ!と声を荒げるテレサ。
彼女たちもまたメドーサの野望阻止のため香港へと来たのだが……。
まだまだ経験が浅く、戦闘型というより後方支援に長けた彼女は危険だということで、留守番となったらしい。

ちなみに美衣と慧は二人で温泉に言っているらしい。

腕を組み、しばし思考を巡らせる小竜姫。

「そうですか……。
 ならば御剣さんに協力を要請し、彼女の野望を阻止してください」

そう言い残すと、彼女は光とともに姿を消した。
後に残ったのは彼女の角。
それをジーパンのポケットに入れると横島は口を開く。

「じゃあ俺はここで針を護るということで」

「なんでそうなるんですか!
 御剣さんたちと協力して美神さんを助けて、原始風水盤を止めないと!!」

「アホか!
 京ちゃんが居るんだったら俺がやらんでも何とかなるわ!!」

「横島さん……」

横島はなんとも酷い顔をし、俯いている。
情けない答えと彼自身にピートは口をつぐむ。

「ええぃ!悩んでるのがアホらしいぜ!!
 片っぱしからアイツのアジト潰してきゃあいいだろうが!!!」

「そんな無茶苦茶な戦術でいいわけないだろうが!!」

やいやいと、大声を出す雪之丞とピート。
そんな二人を尻目に、テレサは横島を見つめる。
はっと、こちらの視線に目をそらす彼に、彼女は言葉を投げかけた。

「ねぇ横島。
 あんたは京志朗とかが心配じゃないわけ?
 大事なヤツだって言ってたけど……、あんたそれは嘘だったの?」

「っ……、でも、せやけど、俺に何が……」

ぐぅと唸る横島。
そしてヒートアップする二人の言い争い。
そんな状況におキヌの声が聞こえた。

「いい加減にしてください!!
 今はみんなが力を合わせないといけない時なのにぃ。
 横島さんもぉ、よごじまざんもぉ~」

ひんひんと涙を流すおキヌ。
その迫力に押された二人は言葉をとぎらせた。

そんな彼女に横島は頭を壁に叩きつける。
流れる血をぬぐい、おキヌの肩に手を置き咆えた。

「ちきしょォォォォ!やったらァァァァ!
 おキヌちゃん!!全部俺に任せとけェェェェェェェェ!!!」

「―――ッ!……はいっ!!」

頬を染め、涙を流し笑う彼女は横島がこれまでに見た誰よりも、綺麗に見えた。


―――つづく



[17901] リポート14 ~香港つついて蛇を出す その2~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/01 21:56
「なるほど、地下鉄が通ってるとこから襲撃ってことね」

「ええ、地上よりはおそらく手薄でしょうから。
 恐らくゾンビに使わせている抜け道を脱出の時見つけましたので」

壁に手を当て霊気を高める。
雪之丞の手から射出された霊波砲は外壁を打ち壊し、その先へと続く洞窟を露見させた。

「行くぜ!みんな気ィつけろよ!
 くっくっくっ」

バトルの予感に燃え上がる雪之丞。
血に飢えた獣の如きその相貌は、闇の奥にある何かをとらえようと鋭い。

対照的に横島はどうも気乗りのしない表情。
カッコつけたはいいが、もう引っ込みのつかない事態に惑っている。
ちらと後ろに顔を向ければおキヌの笑顔。
それはまるで横島さんなら大丈夫です、なんて完全に自分を信じきった眼。

あの顔歪ませるわけにはいかんだろ、男として。

決意を胸に、横島も踏み出してゆく。
自分でも、らしくない考えだと思う。
たぶんこれまでよりもずっと痛くて、怖いことが待ち受けているに違いないのに。

だが決めた。
自分が京志朗に言った、待っている、という啖呵。
おキヌに言った、俺に全部任せとけ、という言葉。

臆病で、ヘタレな自分をどこまでも信じ切ってくれている二人だけは、どんなことがあろうとも裏切るわけにはいかない。

だから踏み出す。
正直、美智恵の言っていたGSの決意や覚悟なんてものはわからない。
優しさと甘さの違いもそうだ。

だからたまには突っ込んでみよう。
行動を起こして、失敗するかもしれない。
何も持っていない自分が戦いに身を置くなんて、間違っているのかもしれない。

だから進もう。
友が、雇い主が、下手をすれば死ぬかもしれぬ状況にいることは間違いないのだから。
熱血なんて柄じゃない、でもたまにはいいじゃないか。

やらずに後悔するより、やって後悔する方が万倍マシ。

ナンパもしかり、覗きもしかり、そして……今回のことも。
これは譲れぬ横島の信条である。










「ケルベロスの像……!?」

「ここにあるからにはただの置き物じゃねぇよな」

石造りの冥府の門番は悠然と通路にその体を置く。
三つの首に鋭い牙、石柱のように太い脚に鎌のような爪を持ったそれはやはりと言うべきか、ぎりぎりと動き出した。
別々に襲い掛かってくる咬撃。
隙を突き繰り出された雪之丞の霊波砲、しかし……。

「跳ね返しやがった!!」

「奴は体表面を妙な素材で覆ってる……生半可な攻撃は効かないッ!!」

ピートの言葉通り、霊波砲は跳ねかえり五人を襲う。

「ちょッ!なにやってんのよォォォォ!!」

「ッち!じゃあ本気でいくぜ!
 はあァァァァ!!」

雪之丞が魔装術を展開して霊波で覆われた拳で殴りかかるが、やはり通用しない。

「こいつ、魔装術でもダメだと? あらゆる霊的ダメージを跳ね返すっていうのか……!?」

ピートが言うように、彼の攻撃も通用しない。
打ち砕くには余程高い出力が必要であるようだ。
もしくは極限までに収束した一撃で孔を空けるか。

「霊的ダメージ……? ん、それや!!」

突然足元の石を拾って駆け出す横島。
ケルベロスの攻撃をかわし、首に組み付いてそれを叩きつけた。
なんとその打撃で表面の素材が削れて内部が露出したのだ。

「いくら霊的攻撃が通じなくても、フツーに石でどつく分には関係ないやろっ!?」

「なるほど……。
 だったら横島!どいてなさいよ!!」

へっ、と首をかしげる彼。
鋼鉄少女の方を見てみると肩が開き、腕が開く。
繰り出されるのは弾丸、弾丸、弾丸。
殺戮の嵐は石造りの獣を瓦礫へと変貌させた。

「殺す気かァァァァ!!」

「大丈夫よ、横島ならって信じてたから」

そんな信用イランわァァァァ!と叫ぶ横島、あはは、と笑うテレサ。
唸る彼の肩に手を置き、ホント大丈夫そうじゃない。
彼女の言葉に首を振り、まぁな、と一言。
横島の顔はホテルの時とは違い、明確な意思を感じさせた。

皆が敵を倒してか、ふぅ、と気を緩ませる。
そこにおキヌの鋭い声が飛んだ。

「横島さん!!」

迫る大剣は、彼目掛けて風を切り進んで行った。



 ■ ■ ■



「思えばあんたにもいろいろされたわね……。
 こーんなこととかぁ!!」

「そこまではやってないでしょォォォォ!!」

「人間の分際で言いたい放題罵詈雑言……、後悔させてやるよォォォォォォォォ!!!」

土に埋まった女性の顔に真っ赤なヒールを押し付けるのは、ニヤリ歪んだ顔の長身女性。

ここは横島たちの居る洞窟のさらに奥深く。
暗闇にジメジメした雰囲気。
まさしく古いタイプの悪党の住処というにふさわしい場所。

土角結界によって捕えられた美神とこの計画の主犯、メドーサ。
二人は険悪な空気を醸し出し、一触即発のようだ。
といっても美神には文字通り手も足も出ず、暴言しかはけないのだが。

あらかた気が済んだのか、腰に手を当て鼻で笑う。
メドーサは身体を這いまわるような嫌悪感特盛りの声を、美神に聞かせるように立てた。

「そういえば、あんた母親のせいで魔族に狙われてるんだってねぇ。
 鳥頭も戻ってこなかったし、次は私にも命令が来るかもね……」

「命令……。
 やっぱりあんたら強力な魔族のために働いてんのね」

美神の言葉に対する答えは無言。
やはりそうか、そう思いつつこれまでの出来事に思考を巡らせようとする。
が、それも彼女の言葉で途端、切り離されてしまった。

「さぁね……。
 そんな事よりもアンタも可哀想だねぇ、勝手に自分の前から消えた女のために命を狙われるなんて……。
 それにちょっと都合が悪くなったら過去からやって来てアンタを使う。
 よっぽど愛されてな「黙れェェェェ!!」……おや?怒ってんのかい?」

射殺すような眼で彼女を貫く美神。
そんな顔に気を良くしたメドーサは手を頭にあてて首を振り、芝居ががった口調で話す。

「嗚呼、可哀想な美神令子。
 父にも会えない、母にも会えない、お前はいつでも一人ぼっち。
 周りが差し伸べてくれる手も、臆病なお前は握る勇気もない。
 そんな自分に耐え切れず、狂ったように金を求める。
 まるで私は満たされてる、不幸な子なんかじゃないと誇示するように」

「違う違う違うッ!!
 私は可哀想なんかじゃない!!
 私は美神の女だから強く生きれるようにママが私を試してくれてるんだ!!
 私はッ!私はちゃんとママに愛されてるんだ!!!」

長い髪を振り乱し、駄々っ子のように喚く彼女。
そこには日本最高峰のGSとしての顔は無く、ただただ幼い子供がいるだけ。
父を求め、母を求め、他人とのつながりを求めようとする臆病な子供が。

自身の被り続けた仮面は目の前の魔族によってズルリ、ズルリと剥がされてゆく。
臆病な自分を。
人と触れ合いたくて、でも入り込むのが怖くて、入りこまれるのが怖い自分を。
だから被っていた美神令子という仮面を。
強く美しい女性という偽りを。

「違う!違う!違う!」

「あはははは!!」

叫びを掻き消すように洞窟に、笑い声が響く。
その声はありとあらゆる方向から彼女へと降り注ぐ。
頭を掴まれ痛みにより目を開き飛び込んできたのはメドーサの顔。

その顔は古来から人を誑かし、堕落させることを愉悦とした魔族の顔。
チロリ割れた真っ赤な舌を美神の頬に這わせて、彼女は告げる。

「愛されていたよぉ、美神令子は。
 ……ただし、人じゃなくて『自分を示す使い勝手の良い道具』として、だけど、ねぇ」

「ィヤ……、ちがうのぉ……。
 れーこはちがうのぉ……、ママのむすめなのぉ……、つよい、つおいみかみのおんななのぉ……。
 よこちまぁ……、どこに、いるのよぉ……」

ボロリ、ボロリと大粒の涙をこぼすれーこ。

存外脆かった彼女。
その顔を見て堕とせる、そう確信したメドーサ。
勘九郎を魔物と化させ、クズでも使えるクズはいるという考えに到ったのだ。

だったら気に食わない奴は堕落させ、自分の下僕として使ってやろうではないか。

まずは目の前の美神令子、自分をコケにしてくれた女。
こいつを使ってバンダナの横島と言ったか、あの餓鬼を捕まえる。
最後は今自分の中で一番大きな位置を占めている男、御剣京志朗。

思えば始め見たときからアイツは気に食わなかった。
あの朱髪が、あの金の瞳が、鼻につく『魔力』のニオイが、アイツのすべてが気に食わなかった。

だから捕えてゴミ虫のように扱ってやろう。
ありとあらゆる苦痛の海に沈めてやろう。
そうすればあの飄々とした顔はどのような絶望に歪むだろうか?
思うだけで頭の先から爪先まで電流が走り、身体が熱くなる。

はっあぁ、と妖艶な息を吐き出し目の前の女を見つめる。
そしてメドーサは先ほどとは打って変わり、恋人に愛を囁くように甘く優しい声で、れーこの耳元で言葉を告げる。

「そうかい、辛かったんだねぇ……。
 だけど安心しな、これからは私がアンタのママに成ってあげるよ……」

「マ、マ……」

「そう、アンタが寂しい時も悲しい時も、ずっとずっと傍にいてあげる。
 抱きしめてやる……、キスもしてやろうか?
 ずーっと一緒だよぉ」

「ママが……、ずっと、いっしょに……」

「そうだよぉ、だから令子、私の言うことが……聞けるかい?」

コクリとうなずく彼女の頭を撫で、顔を上へと向けさせる。
虚ろな表情の彼女の瞳を見つめ、メドーサは霊力を金の瞳に込めた。



 ■ ■ ■



「死ねェェェェ!!」

美神に以前切り落とされた腕を機械に換装した勘九郎は、大剣を振りまわし三人に迫る。
今この通路にいるのは元メドーサ手駒、現はぐれGS『伊達雪之丞』、聖職者なハーフバンパイア『ピエトロ・ブラドー』、そして……。

「甘いわ!
 姉さんとか京志朗とか、あの鬼女に比べたらトロすぎるし動きも単調なのよ!!」

二代目鋼鉄少女『テレサ』。

小さな体を利用しつつ懐にて攻撃を避け、弾丸を叩きこむ。
低い唸り声を上げる彼に鋼鉄の足をお見舞いし、足の裏のジェットエンジンで離脱する。
その後は霊波砲の嵐。
GS二人の手から放たれるそれは、勘九郎の体力を、気力を、霊力を確実に削ってゆく。










突如として横島へと迫った大剣、それを防いだのはテレサだった。
彼女に組み込まれた広域用見鬼君は、近づく勘九郎を確実に捕えていた。
出所が分かれば後は簡単、横島を抱えてよけるだけ。
舌打ち一つ、現れたのは魔装術で身を包んだ勘九郎だった。

「久しぶりね、雪之丞……。
 あたしの魔装術は以前より遥かに完成しているわ。
 なぶり殺しになると思うけど覚悟h「オラッ!」グゥ!」

話の途中、横島のサイキック・ソーサーが勘九郎を襲う。
爆音。
その一撃は、まだ接着の甘かった彼の右肘から下を落とした。

「ちょっと!話の途中d「くらっときなさい!」ッち!
 なにすn「ダンビール・フラッシュ!!」……テメェェェェラァァァァ!!
 覚悟はできてんだろうなァァァァァァァァ!!!」

再び口を開こうとする勘九郎に放たれるのは7.62mmの弾丸。
トレカフと同じそれは彼の胸元へと吸い込まれていく。
続けて放たれるのは『聖の気』と『魔の気』を合一させた一撃。
その威力によろけて叫ぶ勘九郎。

しかし目の前には黒の拳。
体重の乗ったそれに思わず吹き飛ばされた彼を見て、昆虫のようなフォルムで身を包んだ雪之丞は叫んだ。

「横島!!
 テメーは先にいって美神の旦那を頼む!!」

「横島!京志朗とかはきっとここにいるから」

立ち上がる彼。
その指を掴みテレサは口を開く。

「でもそんなの関係なしにきっとあんたは美神さんを助けれる。
 なんでなんて知らない、だけどあんただから助けれるんだよ」

背を押し、行ってと告げるテレサ。
その言葉に合わせ、通路の先にいるおキヌに追い付くように走り出す横島。

進みゆく彼を確認してテレサは視界に勘九郎を捕える。
男二人と戦う彼を見てポツリ。

「さて、じゃあ溜まってたストレス……、発散させてもらうわ!!」



 ■ ■ ■



「横島さん、美神さんの霊波がかすかに……。
 こっちに違いありません!」

進んでいた通路の途中、おキヌはそう告げる。
そんな中、横島はどうしようもない不安に襲われていた。

なんだかは分からない。
だが今の自分では考えられないような、考えれるような。
なんにせよ嫌な予感で覆われていた。

急がねぇと。
思い横島は歩みを早める。

――バギッ!ぐにゅっ!

すると足元から妙な音。
何か固いものがもろくなったのを踏み潰したような。
やわらかく、滑りやすくなった足場。
そして不快な臭い。

「よこっ、横島さん……」

見れば強張った顔のおキヌは地面を指さす。
ゆるり頭を下げた先には、腐り爛れた肉、ボロボロの骨、こぼれ落ちた臓器。
ボコボコボコッ!
そんな音とともにそれは再び立ち上がる。

「……ゾンビ……」

死者を愚弄した結果存在する動く死体。
魂を消した肉体は、操りの糸によって永遠の牢獄をさまよう。
耳につく、断末魔のような苦痛を押し出した声を上げ、横島に向かって飛びかかった。



 ■ ■ ■


勘九郎がGS二人と鋼鉄娘から逃げ出しやって来たのは『原始風水盤』の下。
彼らは勘九郎の想像以上に強く、しぶとかった。
このままでは計画が頓挫する、そう感じた彼は全身から霊波砲を放出し逃亡、計画の実行へと動いたのだ。



視線を向ければ三体のゾンビ兵。
そのうちの一体は風水盤をまじまじと見つめ、一体はその脇に従者のように控え、最後の一体は袋に包まれた長いものを持っている。
その光景に勘九郎は言葉を飛ばす。

「アンタら!
 それを中央に設置しなさい!!」

「ほう、まさに魔法科学の傑作じゃのぉ……。
 このようなものがあるとは……、わしもまだまだ、かの」

「誰がしゃべっていいって言ってんの!!
だからそれをここに置けって……!?」

そう言えば、そう勘九郎は思う。
自分がメドーサに与えられたゾンビ兵は言葉をあのように抑揚良くに話すことができただろうか?
言葉を発することが出来たはずだが……。

陥る思考、そして感じた衝撃。
ぐらり方向き崩れる自分の体。
そして目の前には見慣れた足……。

「いやァァァァ!あたしの足がァァァァァァァァ!!!」

「ったく、ウルセーぞ。
 足切れたぐれぇで泣くなや、餓鬼ですかコノヤロー」

小脇に『針』を抱え、朱色の霊波刀を展開させたゾンビ兵は仮面を投げ捨てる。
外した仮面の下には金の瞳。
目下横島たち捜索中の男、御剣京志朗は勘九郎を見下ろし悠然と立っていた。



―――つづく


あとがき

まずは感想への返信から。
ニコ様、楽しんでいただけるよう日々精進していきたいと思います。
期待に添えられる作品になれば、とは思いますが……。
他の作家の方々が描かれるものが素晴らし物が多いので、勉強しつつ全力を出していきたいと思います。

今回は令子は思ったより子供、精神力は頼るものを失えば脆い。
そのことを表現しようと書き始めてみましたが、なんだか展開が急で無茶な気もします。
メドーサとの掛け合いをもっと密に、と考えましたがなかなかうまくいきませんでした……。

ともかく堕落させられかけの令子。

人が明確に死んだということを思わせるゾンビに出会った横っち。

じつは潜入調査中だった京ちゃんたち。

うまくまとめ切れるようにもっていきたいと思っております。

痛烈なご批判をお待ちしつつ、創作に励んでいきたいと思います。



[17901] リポート15 ~香港つついて蛇を出す その3~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/07/03 16:30
洞穴の中、切れた足を押さえもだえ苦しむのは魔物と化した一人の男。
そんな光景を、朱髪金眼の大男は路傍に転がる石を見つめるかの如く、感慨という言葉を掻き消し立つ。

ガッガッガ。
底の固いブーツが地面を蹴る。
近づく音。
親の仇を見つめるように、勘九郎は京志朗を睨みつける。

消してやろう、そう思い左手に霊力を集める。
刹那、視界に映るのは朱き閃光。
一閃、一閃、また一閃。

「あ……、あああああ、イヤァァァァァァァァ!!!」

飛び散る鮮血。
人とは違い、紫のそれは朱の刃に付着する。
繰り出された霊波刀による斬撃は勘九郎を達磨のように変える。

「生体反応低下中。
このままでは・血液不足で・ターゲットβは・死亡・します」

「……そいやぁ元人間だったわな。
 人間上がりは久々だから加減が難しいねぇ、オイ」

仮面を外し現れた初代鋼鉄娘、マリアの診断に京志朗は解除した左手で頭をかく。
叫び、涙を、鼻水を垂れ流す勘九郎は魔装術が解け、人としての体を見せていた。
そんな彼に煙管をくわえ、近づいていく。

―――ジュグゥゥゥゥッ!

肉の焼ける臭いがする。
声にならない声が聞こえる。
水に打ち上げられた魚のように、必死に跳ね跳ぶ男が見える。

「両腕両脚がねぇのに暴れるか……器用だな、テメーは」

切り裂いた断面を左の掌に発現させた炎で焼く。
傷口を潰し、出血を止めた京志朗はドカッ!と勘九郎の上に尻を落とした。
ぷはぁ~、と大きく息を吐き踏み砕くような瞳で下の彼を見つめる。

「さぁて、テメー見てぇな下っ端が大したことは知らんと思うが……知ってること、全部話してもらおうかねぇ」

彼の左手は周囲の景色を歪ませるような熱を持ち、勘九郎の頬を焦がす。
恐怖と絶望の中、勘九郎は男の後ろに光を感じた。



 ■ ■ ■



「横島さん!!」

聞こえたおキヌの言葉で意識を取り戻した横島は後方へと回避する。
少し遅れて彼の居たところに群がるのはゾンビ。

劈く声を上げて彼らはこちらを見つめる。
その足元には踏み潰されたゾンビ。
ある者は腕を失い、ある者は足を失い、ある者は腹に風穴を開け、ある者は頭だけとなる。

しかしそのようなことを気にも留めず、彼らは横島へと向かい進んでゆく。
ただ、ただ侵入者を撃退するという使命を果たすために。
彼らはひたすらに進んで行った。

「横島さん!下がってばかりではなく進んでください!!
 ここを突破して美神さんに……」

呼びかける小竜姫。
だがその言葉に彼は反応しない。

襲い来る、爪を、歯をこちらに向けるゾンビを見つつ、下がるだけ。

「何をやっているのですか!!
 早くしないとすべて手遅れになってしまうのですよ!!!」

「待ってください小竜姫様!
 横島さんは優しくて、悩んでて、可哀想だと思ってて、だから……だから難しくて!」

小竜姫の檄に反論したのはおキヌだった。

彼女は横島の優しさを知っている。
幽霊だった自分にも構わず接してくれた彼の優しさを。

そうでなければ出会い頭に殺そうとした自分を、許そうなんて風には思わないだろう。
そうでなければ常人では決して付き合うことのできない美神の我がままに付き合えないだろう。
そうでなければ軽々とビルを破壊することのできる式神に、その術者に近寄ってはいけないだろう。
そうでなければ人ではない者をクラスメイトとして受け入れることはできないだろう。
そうでなければ常人ではありえない朱髪金眼の男を一番の友だとは言えないだろう。

彼は優しい。
そしてとても珍しい人だ。
彼は恐らく人も、神も、魔族も、妖怪も、幽霊も、今目の前にいるゾンビも、すべて同じとして見ているのだろう。

だから辛い。
だから悲しい。
目の前にいる、かつて人間だった存在を『殺し』先に進まなければいけないことが。
彼にとってはとても難しいのだ。

「何を―――ッ!?」

声を上げ、感じた感覚に口を閉じた。
角となり横島の胸ポケットに入っていた小竜姫。
感じたのは冷たさ、そしてあたたかさ。

「なぁおキヌちゃん……、可愛そうやなぁ、コイツらは」

涙をこぼし、口を開く。

「だってさ、死んでまでこうやって操られて、殺されねぇといかんなんてさ……」

落ちる涙をぬぐおうともせず、ただまっすぐ彼は目の前の死体を、かつて人だったモノを見つめた。

「寂しいなぁ」

「横島さん……」

呟く少女に、彼は濡れた顔を見せる。

「……ずっと昔だけど、京ちゃんと釣りに行ったことがあるんや。
 初めての釣りでさ、釣れた魚を手に持って走り回った、自分で釣れたことがうれしくてたまらんで……」

徐々に、翡翠の光を持ち輝く右腕。

「でもな、日が暮れる頃にはもうほとんど動かんくなっとった。
 ちょっとだけ、ヒレがぴくぴくするだけ」

集められた霊力はその形を作り出す。

「俺はな、泣いとった。
 さっきまで元気だったそいつが、俺の手の中で死んでいくのが感じられて。
 そしたら京ちゃんがないきなり横から魚かっぱらって、持っとった木の棒でズブリ」

鉤爪を持った籠手のように、それは固定されてゆく。

「怒って言ったわ、なんでそんなことするんやー、って。
 ほんなら京ちゃんは何したと思う?
 俺の顔面グーでボカッ、やで」

やがて剣のように鋭く尖る。

「そんで言った、時には苦しませず楽にさせてやるのも優しさってな。
 受け売りって言ってたけど、あん時は意味がよくわからんかった……、それで京ちゃんがひどい奴に見えて喧嘩になったっけ。
 でもな……今ならちょっとだけわかる気がするわ」

涙にぬれ、笑う彼のそれは戦う証。

「生きてる限り、俺らは生きるためにいろんなもんを奪い、殺してゆく。
 GSの俺らはその量と、種類が普通の人より増えるだけ。
 だから全部とは言わん、けどその万分の一でも想い背負って俺は進む」

護るための、逃げるための盾ではなく、戦うための、進むための剣として。

「だからこいつの名前は『栄光の手』。
 先に進んでどんな奴も関係ない、幸せという名の栄光を勝ち取る、俺の信念の証だ」

振るう翡翠の光は動く死人を薙ぎ払う。
そして糸の切れたかのようにそれは沈黙する。

行こう、そう言う横島の脳裏に浮かぶのはいつも戦い続けている友人と、雇い主の顔。
胸騒ぎを押さえつつ、横島は一歩踏み出した。
頭の中に聞こえた声。
雇い主が、美神が拙い状況にある。
そんな予感が彼の背を押す。

彼の胸ポケットから見えた死体は、先ほどよりどこか満ち足りた表情に見えた。



 ■ ■ ■



「ノギャァァァァ!!」

頭上を通り越した巨大な霊波砲は天井へと当たり、別の振動と連鎖し大きな揺れを引き起こす。
起きる土煙りの後には大きな穴。
舞い振る欠片は後頭部に直撃し、押さえつつ京志朗は地面を転げ回った。

「いったい何をやってんだ!!」

怒鳴り声の主は魔装術に身を包んだ男、雪之丞。
勘九郎を追ってやってきた彼であるが繰り広げられた惨状に、言葉を失う。

地面に転がっているのはかつて仲間だった者の腕、そして足。
紫に染まったそれを見て、彼の頭は沸騰、顔が赤く染まる。
大地を蹴り、風を切り、一つの弾丸となった雪之丞はこちらに振り向く横顔に脚撃をお見舞いした。

京志朗を壁に叩きつけ、雪之丞は見てしまう。
かつて友だった者の無残な姿を。

「テメーには……、テメーには人間の情ってもんがねぇのかァァァァ!!」

「黙れクソ餓鬼がァァァァ!!」

叫ぶ雪之丞の頬に拳が吸い込まれた。
彼を吹き飛ばし、京志朗は咆える。

「一回目なら笑って許そう、二回目なら殴って許そう……。
 だがな、こいつはどれだけの人間を殺して、どれだけのものに迷惑かけて、これからどんなことをしようとしてんのかわかんのか、お前に!!」

「うるせぇ!そんな事はわかってんだ!!
 それでもなぁ……『こいつは違う』って信じてやりたくって何が悪い!!
 こいつはオカマで、変な奴で、でも俺の友達なんだよ!!!」

再び京志朗へと向かい、拳を繰り出す雪之丞。
拳が交差し、想いが交差する。

雪之丞にとって勘九郎は確かに友だった。
白龍会に入門し、強さを追い求めた自分。
父を知らず、母の墓前に強くなると誓った自分。

チンピラのように力を求め、人を従わせようとするような奴もいた。
だが勘九郎は違った。
自分と同じように純粋に力を求め、より高くへと昇るために。

自分より、いつでも彼は一枚上手だった。
彼を越えようと、自分は更なる修練に励む。
でも自分より、いつでも彼は一枚上手だった、練習量も、もちろん実力も。

ライバル心が芽生え、いつしかそれは仲間としての友情へと変わっていった。
それは偽りではなく、確かに二人の間にあった絆だった。
だから信じてやりたい。
きっと自分ともう一度、元の勘九郎に戻れると、また二人で笑いあえると。

腕を痺れさせる重い一撃。
ガードごと自分を殴り飛ばした京志朗は大地を踏みしめた。

「だったら背負えるのか!受け入れれるのか!こいつの罪も何もかもを!!
 そんな覚悟も信念もねぇヤツが……ナマ言ってんじゃねェェェェェェェェ!!!」

燃え盛る炎のように、荒々しく進む彼に雪之丞は拳を伸ばす。
しかしそれは伸びきる前に細い腕によって止められた。

「放せ!!ピートォォォォ!!!」

「駄目です!こんな事をしている場合ではないんですよ僕らは!!」

「お主もじゃ、作戦をお釈迦にするつもりか?」

舌打ちし、自身を押さえつけるマリアに手を放させる。
依然鋭い目付きで自分を睨む雪之丞に溜め息一つ、煙管を口にくわえた。

険悪な空気、それを打ち払おうとピートは口を開く。

「御剣さん、聞きたいことは……まぁ色々とあるんですけど……。
 とりあえずその『針』って本物なんですか?」

「あん?んなわけないでしょうが。
 これはただのそれっぽい金属の棒、本物は地上にあるに決まってるだろうよ」

そう言って地面の袋を蹴り飛ばす。
カラァンと金属特有の音を立て転がるそれ。
顔を出したのは銀に輝く鉄パイプだった。

ホテルに彼らの残した本物の『針』は別の人間に頼んで監視してもらっているそうだ。
戦える者の傍にあった方が安全と判断した行動である。
……というより置きっぱなしのホテルに敵が来て、奪って行くかもという考えは彼らにはなかったのだろうか?

「ふ~ん……。
 じゃあさ、あそこにいるのも仲間よね」

テレサの言葉に首をかしげ指し示す方向を見れば二体のゾンビ兵。
はぁい、と手を振れば律儀にあちらも手を振り返す。
その手には長いものが入っていたであろう袋。

「京志朗……・ノ―・軍曹殿、地上より・入電・です」

「ん?どしたよマリア?」

「イエス・先ほどの振動により・『針』を見失ったそうです。
 現在捜索中・とのこと」

「カッカッカッカ、……マジでェェェェェェェェ!!」

一筋の雷が天高く昇る。
洞穴を、香港島すべてを揺らすかの如き地響きが襲う。
探し求めた『針』は『原始風水盤』の中央に確かに存在していた。

「雪之丞ォォォォ!!
 あんた何してくれてんのよォォォォォォォォ!!!」

「俺のせいじゃねぇ!元はと言えばこいつが勘九郎を……!?」

「ありがとうねぇ、雪之丞。
 やっぱりあんたなかなかにいい男だわ」

腹を貫く一本の腕。
真っ赤に染まったそれはグチュリと音を立て、引き抜かれていった。

―――ドゴォォォォン!!

倒れこむ魔装術の解けた黒髪。。
続けざまに聞こえたのは轟音、壁に叩きつけられたのは朱髪。
叩きつけたのは頭から二本の角を生やし、鬼のような形相の男。
口からこぼれ出るのは魔に染まった霊波の残り香。

「さて、じゃああたしの感じた痛み!苦しみ!!
 万倍にして返してやらァァァァァァァァ!!!」

光る地面、作動した『原始風水盤』。

失くしたはずの腕と脚を生やし、メドーサに迫る霊力を内包した魔族『勘九郎』は憎々しげな顔で京志朗へと突進した。



―――つづく


あとがき

……グダグダ感がたっぷりです。
横っちGSとして踏みだす、雪之丞と勘九郎の友情と裏切り、京ちゃんの想いというテーマで描き上げてみました。

なかなか上手く会話ができません、条件描写が同じようになってる気がします。
まだまだ自分は未熟だなぁ、と再認識させられました。

四回で終わらせる予定だった香港編でしたがどうやら五回になりそうです。

このような駄文に付き合ってくださっている皆様にお礼をしつつあとがきを締めさせていただきます。



[17901] リポート16 ~香港つついて蛇を出す その4~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/10 02:43
―――スコーン!!

抜けるような快音があたりへと響き渡る。
音源を見てみれば、後頭部と額を押さえて絶賛悶絶中。

「なにやっとんのやァァァァ!
 女同士なんて、ワイは許しまへんよォォォォォォォォ!!」

聞こえるのは横島の叫び。
涙を流し、前回のシリアスな雰囲気はどこへ行ったのか、ギャグ要員としての役割を果たしている。

彼が嘆いているのは目の前の光景。
顔と顔を突き合わせ、今にも接触しそうな唇と唇。
時折漏れる悩ましげな吐息。
魅了されたかのように揺れる瞳。

「女同士なんて……、女同士なんてェェェェ!!!」

岩に閉じ込められたボディコン美女と色気ムンムン年増蛇女の濃厚なラブシーン。
通路を抜けてきた先で繰り広げられていたのだからさぁ大変。
思わずサイキック・ソーサーを投擲し、目からしょっぱい水を漏らしたのだ。

「みっ、美神さん……、恋愛は個人の自由ですけど……、……やっぱり不潔です!!」

実体があるならば頬を真っ赤に染めているであろう小竜姫も、大きな声を上げる。
貞淑で昔堅気な彼女には、やはり同性同士というのは受け入れられなかったのか。

「へぅ~、美神さんとメドーサさんは恋人同士だったんですか?」

何ともズレた発言のおキヌ。
こんな状況も受け入れられる彼女はきっといい母親になるだろう。

「「んなわけあるかァァァァァァァァ!!!」」

なにはともあれ、勘違いされた方はたまったものではない。
重なる二人の声。

「よ~こ~し~ま~!
 私がこんなオバハンとそんなことしなきゃいけないのよ!!」

「黙ってな美神令子!
 下等な人間なんざとそう見られた私の方が可愛そうなんだよ!!」

何よ!何だと!
そんな彼女たちの口論。
さながらそれはハブ対マングース、天敵同士が顔を合わせたようだ。
火花を散らし、罵り合いは横島らを捨て置き続く。

そのさなか、ふとメドーサは我に返る。
少し待て、こいつはさっき堕ちかけていなかっただろうか?
そんな考えが頭をよぎる。

だが今の彼女ははっきりとした意志を感じさせる眼。
先ほどの光景がまるで嘘のように、美神はGSとしての顔を取り戻していた。

途端感じる頬への衝撃、次いで爆音。
よたりと重心を崩したメドーサは、出現させた刺股で迫る刃を防ぐ。

「お前の顔を見るのはもうたくさん、今日で終わりにしてやるわ!!」

「糞真面目な小竜姫不意打ちたぁ……。
 香港じゃあまともに活動できないくせに……、やるねぇアンタも!!!」

睨みを利かせ、鍔競り合う二つの異形。
蛇対竜の第三試合が幕を切って落とされた。



 ■ ■ ■



「死ねェェェェェェェェ!!」

叫び声とともに突進するのは新米魔族、『勘九郎』。
戦車の如く、荒々しく彼は進む。
目指す先はへこんだ壁の中心にいる朱髪の男。

その進行を止めようと攻撃を仕掛ける者もいた。
だが……。

「クズどもが……」

ただの一振り。
そう、ただ腕を振るうだけでピートは吹き飛ばされ、マリアは損傷を負う。

「行かせま・せん!」

アームを伸ばし、彼の体に絡み付け動きを止めようと試みるマリア。
200kgを越える重量に加え、駆動するエンジンにより自身を地面に縫い付ける。
それでも彼は止まらない。

何かの切れる音に合わせ、マリアは後ろへと吹き飛ぶ。
見ればアームと体をつなぐ鋼鉄のワイヤーは無残にも切り裂かれている。
まるで同門であった陰念のように鋭利な爪を伸ばし、彼女の腕を弄んでいた。

「あぁ……、あああああ、あぁ~いい気分……、思ってたよりも、ずっと」

陶酔したかの表情で、彼はつぶやく。
手を上に掲げ、一本一本の指を見て、腕へと視線を伸ばし、身体を眺め、顔を撫でる。
そして鬼のような顔を醜悪に歪め、勘九郎は告げる。

「絶望。
 なぁんにもない、なぁんにもできない、そんな気持ちをあげるわ……」

一歩一歩、彼は進む。
彼を止めようとする攻撃は続く。
だが彼は止まらない、止まれない。
進み、進みたどり着いたのは京志朗の下。

「じゃあね、御剣京志朗。
 あなたのお友達も一緒の所に送ってあげるから寂しくないわよ……」

煌めくのは彼の腕。
不気味に光るそれは、京志朗の胸へと吸い込まれた。

―――ズグシュ

「アハハ、やっぱり死んでなかった……」

笑い、頬を伝う血を嘗めとる勘九郎。
その眼に映るのは自分の腕を掴む燃える拳に燃える刃を携えた一人の男。
熱で歪むその姿を見つめる。

「さぁ、殺し合いましょ……」

人の姿を捨てた人は人ならざる姿の人へと投げかけた。










「―――ッ!!」

「ふむ、大した回復力じゃの」

腹へと感じた痛みとともに目を覚ます。
まだ少し、ぼやけた視界に映っているのはしわくちゃの顔。

「……テメーは……」

「儂かの?儂は『ヨーロッパの魔王』、ドクターカオス様だ!!」

ドン!なんて不釣り合いな効果音に合わせ登場した老人。
軽く流して腹を見れば縫われた痕跡。
隣では針やら糸やらを片づけているテレサの姿。
どうやら彼女たちは自分を治療してくれたようだが……。

「ま、私と博士に感謝することね」

ふふん!と無い胸をそらす彼女に雪之丞は首をかしげる。



ここで少しマリアとテレサについて述べてみよう。
マリアとテレサ、彼女たちは機能面で大きく異なってる。
具体的に言えば前者は前衛、後者は後衛。

元々750年前、オカルトが今より深く世界に根ざしていた時に生まれたマリアは『カオスを護るため』といった目的によって造られている。
この時代の『護る』という行為は、すなわち『戦う』という行為へと繋がってゆく。
魔女裁判が行われ、悪魔や悪霊が闊歩し、今よりも高い霊能力を持った者たちがいる世界。

彼女の敗北はカオスを死へと向かわせる。
そのために多くの最新鋭の武器や兵器を搭載させられ、出来るだけ容易に修復可能に、なおかつ耐久力を高く。
以上がマリアに求められたものであった。
よって彼女の人工霊魂は『カオスのサポート』と『戦闘』に重きを置き形成されているのだ。

しかし良くも悪くも弊害が発生する。
『戦闘』に特化された彼女は『人へと接する思いやり』という『心』や『感情』が欠けている。
今でこそ常識的な対応というものをとることが出来るが、一昔前の彼女は『命令』というモノがないと歩くことすらできなかった。

一方テレサは元々一般GS向けに作られた解説付き見鬼君の試作機である。
GSのパートナーとして売り出すために必要とされたのは『援護』という機能。
悪霊の発見から的確な弱点の発見に怪我の治療、果ては私生活のサポートまで。
ありとあらゆる『援護』を、その場で行える最善の策を提供させる必要があった。

ここでネックとなったのはマリアの存在。
先も述べたが彼女は『命令』無しには動くことができなかった。
だがこれではいざGSがピンチへと陥った時、その場で突っ立っているだけとなる危険性が出てくる。
『命令』がなければ動けぬパートナーに価値はない。

これを解決するため、テレサの人工霊魂は『感情』と『自我』に特化されている。
『命令』無しにも動けるように。
けれども装甲や搭載できる武器兵器はマリアに遥か劣る。
良くも悪くも『援護』が彼女の仕事なのだ。

……もっとも世界唯一となったテレサはマリアの戦闘データをインストールすることで、並みの悪霊ならば単独で屠れるようになってしまったのだが。



「おどらぁ!!」

「アハハハハハハハ!!!」

体を起こした雪之丞はさておき、戦いは激化していた。
壊れたように笑う勘九郎めがけて走る燃える拳と刃。
引きずる炎は彼の視界を奪い、抉るような拳が、刈り取るような脚が、叩き潰すような刃が彼を襲う。
その一撃は確実に勘九郎へと当たり、彼を焦がし、彼を切り裂き、彼を吹き飛ばす。

だがやはり、勘九郎は止まらない。
拳を拳で打ち砕き、脚を脚で踏み砕き、刃を放つ霊波砲で圧し砕く。

失った体を再生させるために膨大な霊力を用いた勘九郎。
戦い始めた当初、二人の霊力に差はほとんどなかった。
それも早い段階だったならばの話。

『原始風水盤』は満月とともに完全起動を開始する。
今の香港島、月が完全に登り切ってはいないとはいえ魔界となりつつあるこの洞窟。
魔族のホームグラウンドであり、霊力の上限規制もされないこの場では次々と大気中に漂う『魔力』を吸収し、勘九郎は力を増していた。

反面向かう京志朗の攻撃はただ掠るだけ。
かわされ、代わりに手痛い一撃を受けその場に転がされるのみ。

何度も向かう。
ただ愚直に、馬鹿みたいにまっすぐに。
絡め手も、揉み手もなく、策も罠も何もなく。
ただひたすらに、マタドールのマントめがけて向かう闘牛の如く京志朗は進み続けた。

「アハハハ……ハハハ……、ねぇ、あなたふざけてんの?
 魔族相手に真っ向勝負なんてバカとしか思えないんだけど?」

ゴロゴロと転がる京志朗は埃塗れになりつつも立ち上がる。
その身には数多の傷がひしめき合い、焦燥した息が聞こえる。

そんな状況の中も、彼は不敵な笑みを浮かべて勘九郎へと言葉を飛ばした。

「力の差?そんなもん俺にとっちゃあハナクソだ……。
 真っ向勝負したってかなわねぇ何ざ百も承知なんだよ」

大きく深呼吸し、左手より伸びた燃える刃を勘九郎に向ける。
血濡れた拳は堅く握り、朱の髪は噴き出る霊波に揺れ、金の瞳は鋭く光る。

「だがな……、ただ俺はテメーが気にくわねぇ」

起き上がる雪之丞の顔をチラと見る。
その顔は、どこか彼の友人に似ていた。

「信じてくれた奴裏切って馬鹿みてぇに笑ってるテメーが……、友達裏切ったテメーが……」

そして勘九郎を見る。
その顔はどこか……、

「ただぶん殴りてぇだけなんだよォォォォォォォォ!!!」

昔の自分に似ているようだった。

「『魔力』!?人間が扱えるはずがッ!!」

周囲に漂う『魔力』を拳に取り込み踏み出す京志朗。
獲物へと飛びかかる猛虎の如く、身体を低く勘九郎へと向かう。

舌の上に霊力を溜め、『魔力』とともに打ち出すため口を開く。
狙いを定め彼を射抜くように見つめる。
しかしその視界は突如として現れた朱の霊波刀によって塞がれた。

そこに生まれたのは一瞬の空白。
だが戦いにおいては致命的な空白。

そして、すぐ手の届く先で、声が聞こえる。

「扱えるに決まってんだろ?
 なんたって俺の彼女は……魔族……だかんな」

轟音を発し、大地を陥没させた脚に連動し勘九郎の腹へとめり込んだ京志朗の拳は、ただ朱く燃えていた。



 ■ ■ ■



「形振り構いません!
 速攻でカタをつける……、沈め!!」

「韋駄天族の『超加速』を!?
 そうか!お前はアイツの妹!!!」

土角結界を崩し、美神を救出した横島らの隣でTHE・人外の戦いが繰り広げられていた。
聞こえるのは金属のぶつかり合う音だけ。
姿は見えず、ただ音だけが聞こえる。

「美神さ~ん!心配したんですよ~!!」

「もっ、もう!私があんなオバハンに負けるわけないでしょ!!」

ふえぇ~、と涙を流し美神に抱きつくおキヌ。
恨み言を言いながらも頬を染めている美神は照れ臭そうだ。

そんな彼女はポン、と頭に心地よい重みを感じる。
なでなで、とどこか昔感じたことのある優しい感触が彼女を包む。
身を委ねてしまいそうな、そんな感覚に襲われる美神。

しかし、あれ?と疑問を感じた。
はてさて、ここにいるのは自分とおキヌと、あと誰だったか。
頭彼伸びる腕をたどってみた先にいたのは……横島だった。

「なにをやっとるかァァァァ!!」

音を置き去りにするのでは?とも思える速度の拳が彼の顎へと放たれた。
ふわり宙を舞い、天井と出会った横島は、再び地面と再会を果たした。

「あっあっ、あんたはァァァァ!!」

若干ろれつが回らず告げる彼女の顔はリンゴもかくやというほどに真っ赤。
涙目までになった彼女は小竜姫からおキヌが借りていた神通ヌンチャクへと霊力を通わせた。

「しゃーなかったんやァァァァ!!
 昔の京ちゃんみたいに見えたんやァァァァァァァァ!!!」

「知るかァァァァ!
 乙女に勝手に触れたあんたは死刑に決まってるでしょォォォォォォォォ!!!」

ヴォンヴォン風切り音を立て迫る美神に横島も涙目。
頭を抱え転げまわる彼。
止めようとするおキヌが彼の背中に回り、美神が横島を射程範囲に入れたとき、閃光が洞窟を埋め尽くした。

「ははは、目の前の三人を捨てられず数億の人間を殺しちまう……。
 皮肉だねぇ、甘ちゃん小竜姫」

いつの間にやら彼の腕の中には傷だらけの小竜姫。
襲い来るメドーサの顔を最後に、横島の視界は大きくぶれた。


―――つづく



あとがき

大学生となり、バイトを始めましたが……大変です。

次回の更新はあまり間を空けないように頑張りたいと思います。

今回のメインは横っちと令子の絆?の強さ、勘九郎V.S.京ちゃんをメインテーマとして書きました。

男対男の意地と想いのぶつかり合いが表現したかったのですが……、勘九郎の想いは次回持ち越しとなりました。

なにはともあれ京ちゃんの彼女情報も出てきましたが、バレバレですよね……。


次回も皆さんの暇をつぶせるような作品としていけるように精進したいと思っております。



[17901] リポート17 ~香港つついて蛇を出す その5~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/16 02:58
「血だらけの小竜姫様が……ここは男として助けなアカンのにィィィィ!
 そう!小竜姫様が悪いんや!!
 こんなに柔らこうて良いニオイなんがいかんのやァァァァァァァァ!!!」

「だ~か~ら~……、どうしてお前はそうなんだァァァァァァァァ!!!」

血濡れの小竜姫を抱え、その体を堪能する横島に美神のツッコミが走る。
迫るメドーサが目の前からかき消え、現れた彼女。
どうも不思議な状況。

そんな中ポン!彼女の姿は煙の中へ。
残ったのは横島の手の中、彼女の角。
はて?と首をかしげた彼の前を大きな異形が通り抜けた。

外壁を、岩を崩す音。
低く唸る獣のような唸り。
そして聞こえる友の声。

「テメーは……何してくれてんだ!?」

鋭く光る金の瞳。
ただその視線だけで、人すら殺せそうな力を秘めて。
京志朗は腕を掲げる雪之丞を睨みつけていた。

「うるせえ……」

ポツリつぶやく彼。
開かれた手のひらは何をして良いかわからず虚空をさまよっている。

京志朗から勘九郎へと放たれた拳打。
勘九郎の体を砕き尽くすかの如きそれは雪之丞から伸びる一筋の光によって阻害された。

拳打というものは、ただ拳の、腕の力のみで放つわけではない。
拳を、肘を、腕を、肩を、胸を、腰を、脚を、脚の裏を。
身体のすべてを連動させて、その力を一転へと集約させる必要がある。
さらに大地に力を込め、踏みしめることで更なる威力を求めるのだ。

だがそれで言えば先の拳打は拳打と呼べるものではなかった。

雪之丞から伸びた霊波の光、それは彼の足もと、踏み込んだ右足の下。
その地面を削り取っていた。
不安定な足場で踏み込んだ事によって、拳打の威力は本来から各段と下がってしまっていた。

「カッカッカッカ……笑えねえぞ、オイ。
 なんで邪魔しやがった、テメーはよォォォォ!!」

「うるせえうるせえうるせえうるせえうるせえェェェェ!!
 知らねえよ!わかんねえよ!」

ダン!と地面に拳を叩きつけ、雪之丞は叫ぶ。
叩きつけられた拳は徐々に赤い甲殻に覆われていく。

「テメーが正しくて俺が間違ってんのか、俺が正しくてテメーが間違ってんのか、そんなもんは知らねえ!!
 ……けどテメーがやるくれぇなら……」

身体を廻る霊力を回す。
猛く、猛く、猛く、猛く。
自分の想いを燃やすように、自分の心を燃やすように。

「俺がアイツを殺してやるよォォォォォォォォ!!!」

全身を魔装術で包んだ彼は飛び出した。
廻る霊力で自分の体を奮い立たせ、彼は走りだす。
人の枠を超え、異形の如き速度で。
彼は進む、異形となった友の元へ。

「勘九郎ォォォォォォォォ!!!」

「雪之丞ォォォォォォォォ!!!」

魂と魂がぶつかり合う。
生み出された光の奔流はダイヤのように美しく、ガラスのように脆かった。



 ■ ■ ■



「人間の歴史、最後の舞台にふさわしいのかねぇ?アンタらは」

肉が削り取られる音の中、その声は洞窟の中へと響き渡った。
ニヤリいやらしく顔を歪めたのは蛇の化身。

見たこともないような、植物か、動物か、それすらわからぬ何かが辺りに繁茂する空間。
白い髪をぬらり生温かい風に揺らし、メドーサはいた。
それはまるで王者の如く。
この空間で唯一存在することを許された者として。

「月は完全に登りきった。
 ここは私の……私たちの舞台だよ」

魔界へと沈んだ香港に、魔族は悠然と立っていた。

「ッチ!こいつは本格的にまずいわね」

「主は……主は僕たちを見限ったのですか!?」

「くっ!私がちゃんとメドーサを仕留められていれば!!」

魔界に墜ちた洞穴の中、美神たちの声が聞こえる。
零れるのはどうしても恨み言ばかり。

だれしも極限まで悪い状況になれば、過去を振り返り、自分の罪から逃れようとし、現実を逃避する。
そうすることで、自分を問題に直面させないようにし、自分を護るのだ。

向き合うのは怖く、とても大変なこと。
楽な道と過酷な道があるならば、楽な方を選びたくなるだろう。

「……気に食わないよ。
 なんでアンタらはそんなに余裕顔なのかねぇ?」

愉悦に染められていた顔を苛立たしさに塗り変え、メドーサは告げる。

プハァ、と大きく息を吐く音。
発信源は京志朗。
彼はいつもと変わらぬ飄々とした表情で、ぼんやりと立っている。

「……まあ勘九郎仕留めとけなかったのは痛ぇが、アイツに任せとくか……」

視線の先には拳を混じり合わせる二人の姿。
先の憤怒はどこへやら、ガシガシ頭をかく。
やだねぇホント、なんて言いつつある口元は、締まりもなく緩んでいる。

寄り添うように隣に立ったマリアも、いつもと変わらぬ無表情。
だがその顔にはどこか余裕と、そして誇らしさがうかがえた。

「……大丈夫っすよ……」

そこへ聞こえた声。
それは消え入りそうな小さなものだった。

「京ちゃんがあないに余裕そうなんすから……俺らも大丈夫っす」

けれどもその言葉はそこに立つすべての者へ、こくりうなずく彼女のように、聞こえる渡る声だった。



現実を受け入れ、自分の間違いを、弱さを受け入れること。
そして抱え、背負い、進むこと。
それはとても難しいことである。

悲しく、辛く、苦しく、痛い。

ただ嫌なことしかないかもしれない、すぐにでも逃げ出したくなるかもしれない。

だが時として、それをやらねばならぬ時がある。
どんな絶望的な状況でも、前を見ねばいけない時がある。

そしてただ一歩。
人より勇気を持ってただ一歩進めた者こそが、英雄と呼ばれる存在となるのだろう。



チリチリと、焼けるような音が聞こえる。
紅く燃える焔は凄まじき熱量を持って、石を溶かし、朱き液体へと変える。
歪む景色、歪む姿、歪む顔。

歪まぬ意思は言葉となり、空間へと放たれた。

「余裕?違うね。
 どうにかなると、どうにかしてくれると信じれるから俺はテメーに向かい合えるんだよ」










「そこをどきなァァァァァァァァ!!!」

「カッ!テメーの意見何ざ聞いてねぇっつうの」

風を切り裂く刺突と、風を焼く斬撃がぶつかり合う。
激高し、繰り出される攻撃をただ自身の命を脅かすものだけに定め撃ち落とす。

血走った金の眼。
それが見つめるのは『原始風水盤』の中心にいる一人の老人と鋼鉄姉妹の片割れ。
並みの人間ならば死にいたるかの如く発せられる殺気は、ただその二人へと捧げられていた。

「くっくっく、若いころを思い出すのぉ」

「博士、口を動かす暇があるなら手を動かしてください」

手を当て、何かごそごそといじっているのは稀代の錬金術師、ドクターカオス。
月のもたらす魔力を用いて魔界を出現させたそれ。
その力を解析し、彼は今装置の逆操作によって魔界化を停止させ元の空間へともどそうとしているのだ。

あれがこうなって、これがこうなって、どれがどうなって。

「2×2は5じゃったかの?」

「4よ、バカ言ってないでさっさとやる」

なんてお決まりのボケも忘れずに、カオスは着々と作業を進める。

それにしても、だ。
何ともくさいセリフを言われたものだと思う。
ふと手を止め、カオスはおふぅ、と転がってゆく京志朗を見た。

「……どうにかしてくれると信じられるから、かの」

博士?なんて声に手を振り答え、彼は作業に戻る。

未知に触れた喜びからか、彼の口元は大きくつり上がった。



 ■ ■ ■



「GSをなめるんじゃないわ!!」

振り下ろされるヌンチャクは刺股を握るメドーサの手を狙い、唸りを上げる。
ガキリ柄で受けた彼女は昇るような脚撃を放つ。
しかしそれも上がりきる前をピートかれの霊波砲で軌跡をずらされる。

「ぬおォォォォ!チョウのように舞いィィィィ!!」

右手に発現した『栄光の手』より伸ばされた霊波刀。
それを携え横島はメドーサへと接近する。

「小僧っ!!」

苛立たしげに美神を突き飛ばし、彼女は横島を見据えた。

「ゴキブリのように逃げる!!!」

ファン!と砂ぼこりを上げ、彼は視線のはるか先、豆粒のような大きさまで小さくなった。

「よ、横島さん!何をやっているのd「と見せかけてハチのように刺ァァァァァァァァす!!!」……ぐっしょぶです」

「こっ、こんがきゃァァァァァァァァ!!!」

すぱぁぁん!と快音が響き叩きつけられた横島の霊波刀。
それはメドーサの頭に吸い込まれていた。

咆える彼女から再びゴキブリのように逃げる!と逃亡した横島。
追おうとする彼女だが視線の先にはミサイルがひとつ、ふたつ、みっつ。
マリアの肘から発射されたそれはメドーサの顔面で爆発を起こした。

舌打ち一つ、煙を振り払った彼女の前には朱の髪。
腹へすさまじい衝撃を感じ、メドーサの体は紙切れの如く吹き飛んだ。

「やったか?」

ピートの言葉はこの場にいる者たちすべての言葉を代弁したものだった。

しかし、やはり現実は無情。
ホームグラウンドにいる彼女は観客の声援を受け、アウェーな横島たちにをぐるり見渡した。

「……礼を言っとこうかね、ありがとう」

ふわりかき消えた彼女。
そして吹き飛ぶピート、吹き飛ぶマリア、吹き飛ぶ京志朗。

とっさに広げた自分と目の前の美神を包むように展開したサイキック・ソーサー。
それは障子のようにやすやすと穴を開け、しなる腕は横島と美神を貫いた。

「横島さん!」

やわらかに光るおキヌの手。
それは彼の脇腹をつたう傷を癒し、流れ落ちる血を止めていく。

轟!と焔が三人の前を通り抜ける。
紅く燃える霊波刀は現れた彼女によって止められた。

「アンタの仰々しげに『魔力』使った霊波刀……、そいつはただの擬餌だろう?」

ギリギリと、競り合いながらメドーサは口を開く。

「その蹴りも、その頭突きも、その……曲がって来た刃も……、全部大事そうに握りこんでる拳のための布石なんだろ?」

何かを踏み砕く音。
そして何かを蹴り飛ばす音。

蹴鞠のように転がる京志朗を見つつメドーサは笑う。
周囲に漂う『魔力』を身に纏い、再び彼を蹴り飛ばし、彼女は笑った。



『魔力』、そう呼ばれる力がある。

これは魔族のみが用いることのできる、魔族固有の力だと思われている。
だが、それは大きな勘違いなのだ。

『魔力』には他にも様々な呼び方がある。
たとえば『神力』、たとえば『神通力』、たとえば『竜気』、たとえば『妖気』、たとえば『氣』、たとえば『大いなる力』。
これはすべて同じものを示している。

ところ変われば品変わる、ではないが呼び方がただ違うだけなのだ。

これらはすべてこの地球という星が、そして宙に浮かぶ数多の星が、宇宙自身が持つ力。
大気中に、海中に、地中に。
ありとあらゆる空間に漂う『個』を確立した存在が宿すことのできない力なのである。

普段はただ漂うだけで、我々には何の変哲も与えないものである。
だがある程度以上の力を持った魔族や神族、そしてごく一部の強力な妖怪はこれを取り込み自分の力へと変換することが出来る。
人もまた霊的地場の高い所へ行くと霊力が高まることがある。
これは魔族や神族と同じ現象が人の体の中でも起きているためなのだ。

ちなみに遥か昔にはこの『魔力』を行使する人もいたとされているのだが真相は闇の中だ。

なんにせよ『負の感情』が溜まりやすい『魔界』では『負の感情』から生まれた魔族はその力を取り込みやすい。
逆に神族や人間にはその力は過ぎたるもので、人体に悪影響を及ぼすようになるのだ。

その結果、今のこの状況、魔族であるメドーサには有利となっているのだ。
あくまでも、今の状況、ならばだが。



「儂もお遊びは好きじゃがの、限度というものはしっとるか」

ゴウ!と風が吹きわたる。
溜まっていた『負の感情』はどこへやら。
四散し、空間は『正の感情』に覆い尽くされていた。

「邪悪な気が一掃されて、霊的に清められています!!」

「ここなら私たちはパワーアップ!!アンタはその逆よ!」

苦しむ声が広がり渡る。
魔界だからこそ出せた力。
しかし今ここは力に制限をかけられる人間界。

多すぎる力は身を渡り、霊脈を引き裂き身体を痛めつける。
膝をつき、倒れ込むメドーサ。

チリチリと何かを焼く音が聞こえる。
ふとその音に気付いたのは横島。

「京ちゃん?どしたんや」

「あー、その~だな、俺の炎波刀何だが……」

「ふんふん」

「デカイ魔力いっぱいあるとこなら制御できるんだが、ここくらいじゃあまだ無理なんよ」

「そか~、そりゃ大変…………へ?」

膨張し膨らむ紅き刃。
それは彼の身の丈ほど、風船のように丸くなり弾け飛んだ。

―――ちゅどぉん!!

爆心地に残されたのは爆発後アフロヘアーと呼ばれる髪を持った、すすまみれの青年二人だった。



―――つづく



あとがき

まとめようと思ってまとめきれませんでした今回。
結局一週間くらいかかってしまいました。

何度か修正を繰り返してみましたがどうも違和感がぬぐいきれませんでした。

今回のメインテーマですが雪之丞が勘九郎と戦うまで、京ちゃん&横っち+αV.S.メドーサです。
戦闘描写はいかがだったでしょうか?
なかなか躍動感というものが出せませんでした。

次回で完全に香港編は終了となります。
今度こそ、手早い更新が出来たらいいなと思いました。



[17901] リポート18 ~香港つついて蛇を出す その6~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/19 21:44
「ヒューッ……、ヒューッ……、ヒューッ……」

「……しつこいわね、あなたも」

血に濡れた拳を赤い舌でペロリと嘗め、勘九郎は口を開く。
その味は甘美で、背徳的な味を思わせる。

食べ物の嗜好まで魔族に染まってしまったのかしら?
そう思う彼は目の前でこちらを睨む、赤染めの獣をちらと見つめた。
身体からは血を流し、甲殻的な鎧をさらに赤くしている。

へしゃげた腕が、あらぬ方向を向いた脚が、気力を振り絞り立ち上がるその姿が、何とも痛ましい。

だがその眼には戦い始めた頃と変わることない光を宿している。

始まった雪之丞と勘九郎の戦い。
……いや、これは戦いと呼べるのだろうか。

放たれる雪之丞の拳打は勘九郎に当たる、……当たるは当たる。
しかし彼の体を傷つけることもできず、彼を吹き飛ばしてやることもできなかった。
逆に勘九郎の攻撃は面白いように雪之丞へと吸い込まれていく。
ガードも回避も意味はなく、あるのは一方的な暴力にすぎなかった。
まるで塵のように、面白いほどに雪之丞は吹き飛んでいった。

人が魔族へと真っ向から挑むというのは本来取ってはならない選択肢なのだ。



元々、人と異形ではその身に秘める霊力が大きく違っている。
その上はるかに長い時間を生きる異形は潜って来た修羅場の数が違う。
量で、質で、人は異形には敵わない。

人が異形を倒したという記述は世界中のいたるところに存在する。
しかし、はたしてそれは正々堂々したものだっただろうか?

いや、それは違う。
人は策を弄し、相手の戦力を削り、弱点を見つけ、入念な下調べの下に初めて戦いを挑む。
戦いも真っ正面から挑むのではなく、隙を巧みに突くものだ。

遥かに高い霊力、身体能力、精神力を秘めている異形。
それに比べて人というものはあまりに脆く弱い。
だからこそ、驕ることなく命をかけて、いつもいつもずっと強い相手に戦いを挑む。

幸いというべきか、異形はその種によらず人を見下す傾向を持っている。
それもそのはず、たとえば我々人だとしても蠅を殺す際に「もしかしたら自分が逆に殺されるやもしれない」など考えるだろうか?

その驕りこそが唯一人に残された蜘蛛の糸なのだ。

感情を揺さぶり、冷静さをもぎ取り、時には影から、鋭く磨いたその牙を突き立てる。

自身の被害を最小限に、そして相手への損害を最大限に。
これこそ人が異形に挑むための基本である。



拳を構え、雪之丞は再び霊力を全身に通わせる。
そして、砂ぼこりを舞い上げ彼は風を切った。

「……いいわ……、せめてあたしの手で殺してあげる」

大砲のような太い腕が発射される。
正拳突きの見本というべきそれは、潰れかけの雪之丞めがけて突き進んで行った。

が、それは空を切る。
脇腹に走る鈍い衝撃。
肺に溜まった空気を吐き出させられた勘九郎へと、流れるように迫る膝。
脹脛を痛みに貫かれ、彼の視界は光に覆われた。

「……ハハッハッ!オレァはバカだったよ。
 テメーが魔族になって、どこか変わっちまってた……、つって思ってたなんてよ」

「雪之、丞ォォォォォォォォ!!」

霊波砲でやられた眼をぬぐい、勘九郎は脚を大地に叩きつける。
ビシリ!と亀裂の入ったそれを見て彼は下段から肩口へと迫る蹴撃を繰り出した。

「……キレたふりして狙いは左手からの霊波砲」

唸りを上げる『魔力』を含んだ光は雪之丞の鼻先をかすめる。
顔をそらしかわした彼は背中から霊波を噴出し、推進力として勘九郎目掛けて脚を突き出した。

「これぐれぇの蹴りなら受け止め足を折りにかかる。
 だがら俺は……」

ガシリと雪之丞の脚を掴んだ彼は、ためらいなく肘をそこへと振り下ろす。

だがそれよりも速く、胸めがけて拳は走る。

気づけば彼の身体は赤い甲殻に覆われてはいない。
ただ一か所、勘九郎へと触れている拳を除き。

赤褐色のそれは、同色の霊波を放ち進む。
それはまるでロケットのエンジンのように。
炎を放出し、その力から来る速さを威力へと変えて。

「……握り込んだ俺の拳……、中にあんのはテメーと刻んだ暑苦しい毎日!!」

当たり、めり込み、なお進む。

ひときわ大きな光を放ち、勘九郎を衝撃が貫いた。

「人だろうが魔族だろうがこいつだけは変わんねぇ……。
 俺らが歩いた道だけは、何があろうと変えさせねぇんだよ!!!」

倒れ込む身体、ぼやける視界、霞む意識。
そんな状況の中、彼は咆えた、声高らかに。

決して自分は間違っていなかったと思うから、自分が示した選択に後悔はないから。

だからこそ、彼は誇らしげに笑った。

瞬間、辺りを漂う空気が変わる。
自分たちGSがどこかやさしい物に包まれているような。
心地よい空気に身を委ね、雪之丞は顎をぐいと上げる。

視界に映る勘九郎は驚きに眼を見開いていた。



 ■ ■ ■



「アハハハハ……、痛いわ~メドーサ様……」

「こんの……人間上がりがァァァァァァァァ!!」

ガシリと握り込む手。
肩を掴み、重力に従い勘九郎は倒れ込んだ。
その下には『正の感情』で満たされた空間に放り込まれ弱っているメドーサ。

体積で劣るメドーサは半ば意識の飛びかけている勘九郎を退かそうと腕に力を込める。

「みっ、御剣さん!!」

聞こえたおキヌの声。
見れば勘九郎の、自分のすぐ隣にいる朱髪の大男。

「……あ~、やるが?」

「ええ、よろしく」

ズン!と腹に感じる重さが増える。
それと同時に突き出し勘九郎を貫く手はさらに奥へとめり込んでゆく。
逃れようと、腕を引き抜くメドーサ。

だが思うように腕は動かない。
ギチリと筋肉を締め腹を貫く腕を捕えた勘九郎が、彼女の逃亡をゆるさなかった。

「ふぐッ!!」

何か冷たいものが、メドーサの口へと侵入していく。
それは鉄の味がするもの、火を拭く鉄の筒。
何をするためのものか、気付いたメドーサはあらん限りの霊波を放出した。

それが敵を討つ形となり、射出されるその前に翡翠の盾が彼女に当たり、集中力を乱す。

そして、煙管をくわえた京志朗は溜め息一つ、狭い天井を見つめ告げた。

「悪いが冥界にでも行ってくんな。
 ……まぁ死ぬ前に杯でも交合わせたかったもんだねぇ、オイ」

数度、轟音が辺りに響く。
硝煙の香りが周りに充満する。
撃ち出された精霊石の弾丸は彼女の喉を貫き、事切れたように動きを止めた。

京志朗は呆然とする雪之丞をちらと見つめ、勘九郎の体をメドーサから引き剥がした。
仰向けに根転がせば、その左胸には痛々しい大きな穴。
潰れた喉をさらすメドーサを一瞥し、ふぃ~と一言彼に声をかける。

「……そうしちまうわなぁ、どうしても」

「そうよねぇ~、勝手に動くんだから……。
 ほんと……やってらんないわ~……」

「勘九郎ォォォォォォォォ!!」

慟哭の声が聞こえ渡る。

煙管片手に再び大きな溜息を吐いた京志朗。
くるくると弄びながら、雪之丞の傍らに立つ横島を見つめた。

「いい酒が呑めそうだったのに……ねぇ」










「この……クソ共がァァァァァァァァ!!!」

『正の感情』に満たされた空間で倒れ伏すメドーサ。
そこを横島たちは目ざとく見逃さなかった。

翡翠の盾が、燃える拳が、光るヌンチャクが、神と魔の一撃が、近代兵器の嵐が。
吸い込まれてゆくかの如く、彼女へと進んで行った。

霊力による波状攻撃を受け後退するメドーサ。
しかしそれにより、彼女は再びいつもの冷静さを取り戻した。

プロとして、一流の魔族として、こんなとこで死ぬわけにはいかない。
今回は確かに人間を見下しすぎた節があった。
それに、よいやっさ!と妙な掛け声とともに朱い刃をふるってくる男に執着しすぎた。
フハハハハ!と高笑いしつつカサカサ動き回る男を過小評価しすぎた。

迫る刃を刺股で受け止めそらし、鞭のようにしなる腕を水月めがけて突く。
あいた右の拳でそれを叩き落としにかかる京志朗。
だがそれも蛇のようにゆらり腕を揺らし、下から上へ、顎を打ち抜いた。

グラリたたらを踏む彼を蹴り飛ばし、彼女はただ一点を見つめ走り出した。

今回は退こう
このまま戦えば……、と考えれば最悪の未来がありありと浮かんでくる。
そのような状況になるわけにはいかない。

だが……だがしかし、一人だけこの場で殺しておきたい人間が彼女にはいた。

それは一番最初に自分を裏切った者。
それは計画に最初のほころびを作った者。
それは『絆』なんて甘ちょろいものを声高らかに叫ぶ者。

イラつく、イラつく、イラつく、イラつく。
本当に……虫唾が走る。

私なぞ魔族となり、いや神族だったころから友と呼べる存在などいなかったというのに。
自分に安らぎを、ぬくもりを、与えてくれる者などいなかったのに。
永遠ともいえる時の流れの中、私はいつでも一人だったというのに。

嫉妬である。
そう、これは誇り高い私が、魔族である私が、人などという下等な存在を羨んでいるのだ。

醜い。
私は実に醜い。

人をここまで大きく馬鹿にするのも、嫉妬からによるのかもしれない。

小竜姫を馬鹿にするのも嫉妬からだろう。
甘ちゃんで、超エリートの姉を持ち、竜族でも貴族の中に名を連ねる家を持つお嬢様。

自分に持っていないものをすべて持って生まれた彼女。
それが憎くて、憎くて、憎くて、そしてただ羨ましい。

私は醜い。
手を伸ばし、誰かとその手をつなぐこともできない私が、臆病な私が、私は嫌いだ。

……ただ少し、私の遠い記憶の彼方。
今では顔も、声も、姿も、何もかも思い出すことが出来ない久遠の時の中。
『家族』と呼べる存在がいたような気もする。

それはまだ私がただの白い蛇だった頃。
私はいつも朱い海の中にいた。
そこはとても心地よく、時折私に触れる手は温かかった。

『母ちゃん』と呼ばれる存在と、金の海。

私はとても幸せだった。

だがそんなものは淡くも消え去った。
それは私の作りだした虚構なのかもしれない。
孤独な私の幻影だったのかもしれない。

しかし今はそのようなことはどうでもいい。
ただ憎いあれに向けて手を伸ばすだけ。

鋼鉄をも貫くそれは肉を穿ち紫の雨を降らせる。

耳に届くのは魔族となった部下の声。

ああ、やはり私は人が羨ましく、妬ましく、どうしようもなく憎い。



 ■ ■ ■



「勘九郎!テメーはなんでッ!!」

「バカね、言ったでしょ?身体が動いたんだから仕方ないのよ」

ぬるり身体から零れ落ちる血を見つめ、勘九郎は雪之丞を見る。
そこにはいつもの強気はどこへやら、何とも珍しい泣き顔雪之丞。

「……雪之丞……、あんたはホント最低よ。
 あたしにはママだけ……そうママだけだったのに」

彼の顔に薄く笑い、勘九郎は口を開く。

勘九郎もまた、雪之丞と同じく早くに両親を亡くしていた。
原因は悪霊によるもの。
GSとなった身には大したこともない雑多な霊、しかし一般人には命にかかわる存在。

カタカタと震える自分を両親は押し入れに押し込み、二人は襖を閉めた。

聞こえる絶叫。
この子だけはと叫ぶ母の声。

音がやみ、少しだけ開いた扉。
先にあるのは血濡れの人形のように横たわる両親。
それを貪る霊の姿。

叫び、ただ叫ぶことしかできない状況。
両親の血で鉄の香りを漂わせる悪霊の腕が勘九郎に迫っていた。

そこへ唐突にバチバチと音が聞こえる。
視界に映ったのは伸びた神通棍と敵を討つ光。

あらわれたGSの男。
これが彼のこちらの世界に進むための最初の一歩だった。

「ママみたいになろうと必死だったのよ。
 男だからって関係ない……男よりも雄々しく、女よりもしなやかに……、そうなろうと決めていたのに」

溜め息をむせ返り出る血とともに吐き出し、器用に首を振る。

「あんたが現れた。
 そう、あんたのせいよ……全部、全部」

彼は実に億劫そうに、しかし実に幸せそうに笑う。
苦虫をかみつぶしたかのような笑い。
だが何よりも誇らしげな笑い。

「最初はただ鬱陶しかった。
 ……でも、何度も何度も向かってくる、負けても負けても向かってくるあんたを待つのがいつしかあたしの日課になってた……」

独白するかのように、楽しかった過去を振り返るように彼は言葉を紡ぐ。

「……うるせぇ……一寸黙ってろ」

「一人じゃない、二人で食べるご飯はおいしかった……。
 たまの休みに二人で出掛けた街は、何もかもが光って見えた……」

ポタポタと零れ紫を薄める雪之丞の涙をぬぐおうともせず、彼は続ける。

「止まっていたかった、ずっとそこに……。
 でも……止まってられなかった、進み続けるしかできなかった。
 ママに捨てられた後も……」

少し遠い眼をして虚空を見つめる。

「けどこれまでのあたしを、ママとの思い出を、捨て去ることなんてできなかったの」


でもよかった、あなたに会えて。
ポツリそう告げると彼は眼を閉じる。
そして思いついたかのように再び口を開いた。

「ねぇ雪之丞……、あんた人付き合い苦手でも、ちゃぁんと友達、作んないといけないわよ」

「黙れって言ってんのが……聞こえねぇのか!!
 死にかけのジジイ見てぇに遺言まがいのこと言ってんじゃねぇ!!!」

「アハハ、そうやってすぐキレるんだから……子供よねぇ~」

キレる雪之丞、軽くいなす勘九郎。
それはいつもの光景。
変わらぬ白龍会での出来事。
いつもの二人。

掛け合いに満足したかのように、勘九郎は雪之丞の顔へと手を運ぶ。

流れ落ちる涙と血を拭きとり、彼の姿は薄れていった。

「バイバイ、あたしの親友」

消え去る体を抱きしめた雪之丞。
その耳にだけ、小さな小さな声が聞こえた。

―――バイバイ、あたしの初恋―――

獣のような叫び声はいつまでも、洞窟を満たしていた。


――つづく


GS美神なのにシリアス一辺倒になってしまいました今回。

最後にでもギャグパートを入れようかとも思いましたが……まぁ今回はこれでもいいと思います。

テーマは雪之丞と勘九郎の絆、メドーサ心の内は、という感じです。

二人の掛け合いはなかなかに難しく、最後は毎度の如くグダグダとなってしまいました。
……本文全体としてもグダグダですが。

さて、大きな山場でもある香港編もついに終了。
次回は少し総仕上げ+GSの日常というものを描かせていただきたいと思います。

毎度のことですが、このような駄文を読んでくださっている皆々様に感謝を告げつつ、今回はここまでとさせていただきます。



[17901] リポート19 ~大きな流れの泳ぎ方~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/23 01:32
慟哭が鳴りやんだ時、彼は立ち呆けていた。
これまで友人というものを持ったことのない彼、ピートは雪之丞の背中を見つめている。

大丈夫だ、勘九郎のことは残念だった、僕が友達になるよ。

陳腐で、何とも薄っぺらな言葉が頭の中をぐるぐる回る。
こんな言葉をかけたら、彼はどう思うだろうか?

余計傷つけるのではないか?大きなお世話だと言われるのではないだろうか?

わからない……。
重い空気を払拭せねばならないことはわかる。
だけどわからない。

彼と、どれだけの距離をとっていいのかが。

その距離で、果たしてどのような言葉を、行動を。

考えれば考えるほどにわからない。

心情に比例するかのように、ピートの手は辺りを彷徨い、指は開閉運動を繰り返している。

頼みの綱といってよいのかは分からないが京志朗へと窺いを立てる。
そんな当の本人はといえば『我関セズ』と言うがの如く、首をかしげてうんうん唸っていた。

元はと言えば京志朗さんのせいで勘九郎は……、などと何とも情けない考えまでも浮かんでくる彼。
そうだ彼のせいで……。

典型的な責任転換、京志朗のせいではないというのは理解できるのに。
自分で行動できない、しかし自分のせいだとは思いたくない。
矛盾した想いが理解を霞ませてゆく。
ピートの優柔不断さが心うちにありありと表れ始めていた。

京志朗を矢面に立てようと行動を起こそうとするピート。
そんな折だった、もう一本の頼みの綱が下りてきたのは。

「さぁて雪之丞ぉ、とっととホテル帰ろうや。
 朝飯には点心とか粥が食いてぇぞ」

バチィン!と雪之丞の背を叩いたのは横島。
ワハハと笑いながらいつもの調子、彼のことなど微塵も考えていないかのように。

思いもよらぬ横島の行動にピートは盛大に頭を抱えていた。

ダメです!彼の気持ちと言うものが!!

声に出したくて、でも声に出してはいけない叫びが彼の中を木霊する。
どう考えても無神経な行動。
長年共にいた友人を失った後だというのに、傷心であるはずなのに。

だからこそ、次の雪之丞の行動もまたピートには理解できなかった。

「っけ!こっち来たんだからもっと中華っぽいもん食おうぜ!!
 肉まんはコンビニで食えるじゃねぇか」

あるうぇ?

確かにピートの頭の中では雪之丞に殴り飛ばされる横島の姿が浮かんでいたのだが……。

おかしく、ないですか?

先の曇った表情はどこかに飛ばし、俄然生気をみなぎらせ始めた雪之丞。
二人の会話に、横島に、励ますような言葉があったわけでもない。
なのに洞窟に潜る前よりか仲のよさそうな二人。
ビシビシ小突く雪之丞に痛いわァァァァ!と声を荒げる横島。
眼を点に、唇を尖らせたピートは依然として不思議そうな顔。

周りを見渡せばほほえましそうな顔の年長者二人と鋼鉄姉妹。
おキヌにいたってはれしぴを聞いて帰りましょう、ともまあいつもどおりのずれた発言。
懐かしい味もたまにはいいですね、と横島の胸ポケットの中の小竜姫も相槌を打つ。
と言うよりもなぜ普通に二人の会話に入り込めたのか?

釈然としないものを胸におきながらピートは口に出そうとしていた京志朗への恨み言を舌で転がす。

不意に、肩が叩かれる。
誰だろうかと後ろを向けば純白の髪が朱に染まった金眼の蛇。

……蛇?

「メドーサ!おまッ!生きたいて!?」

驚きからか、まともな言葉を発することもできずに支離滅裂。
横たわっていたはずの地面を見ればポッカリ空いた穴、彼女の姿はどこにも見えない。

「ふふふh「潰れろやァァァァァァァァ!!!」のびゅッ!!!」

言葉を打ち切るように放たれた雪之丞の突きは彼女を打ち抜く。
鼻から盛大な血をまき散らし地面を滑るメドーサ。
ズリズリ剥ける皮膚からは赤黒い内部組織が見え隠れしている。

追撃するかのように放たれた霊波砲は天井を崩し石の雨を降らす。
それはメドーサの上へと降り注ぎ彼女の動きを封じた。
聞こえる呻き声は低く響く重低音。

泣きっ面に蜂とはこのこと。
舞う翡翠の盾は彼女の顔面めがけて進み、その破片を飛び散らせた。

「っはん!性悪野郎が……」

「どちくしょォォォォ!京ちゃんどこやったんなァァァァ!!」

息を短く吐き捨てる。
掌を見つめ、ギュッと何かを握り込むように拳を作る。
そして雪之丞はニヤリ口元を歪め獰猛な笑みを張り付けた。

横島はと言えば地面をドンドンと叩きつつオイオイ。
発言の中身とは裏腹に張り付くのは弾みそうな音色。
表情は喜一色。

「だ・れ・がァ性悪じゃァァァァ!!
 テメーらわかってたろ!?わかってたよね!?
 京ちゃん怒んないからわかったってたって言えやァァァァァァァァ!!!」

石屑を押しのけ現れたのはメドーサの皮に身を包み額から流血中の京志朗。
両手を天高く掲げ顔には青筋、瞳は爛々輝き、獲物を見つめる獣の如く。

「「もち!」」

投げ返したのは肯定の言葉。
両手の親指を立てて、満面の笑み。
キラッ!なんて効果音がつきそうだ。

「カッカッカッカ……ハナクソどもがァァァァァァァァ!!!」

雄雄雄雄雄!と吼えつつ走る京志朗。
おもしれぇ!と拳に力を込め始めた雪之丞。
ワハハハハ!と縦横無尽に駆ける横島。

やはりいまいち良くわからない。
デリケートなはずの心、それに多大な衝撃を与えたはずの今回の出来事。
三人がじゃれあうような状況に到った経緯も、理由も。

けど良いではないかそんなこと。
今、この瞬間、三人が楽しそうに笑っているのだから。

心の内のもやもやは四散し、先ほどまでの自分が恥ずかしく思える。
心に壁を作っていたと考えていた。
でもそれは雪之丞ではなく自分自身。
内に入る感情が作り出したもの。

仕方がない、そう言ってしまえばそれまでなのかもしれない。
だが横島には関係なかった。
そんな壁を横島は考えることもなく進んで行ったのだろう。
初めて僕に会った時も、彼は『吸血鬼』としてではなく『いけすかないイケメン』という人の基準で見てくれた。
そう行動できる彼だからこそ雪之丞もあのように笑えたのだ。

いつか僕も、彼のようになれるだろうか?
僕にも踏み出せるときが来るだろうか?

「秘技!吸血鬼ガァァァァドォォォォ!!」

ジョバラァン!と光る霊波が直撃する。

ピートを盾に雪之丞の攻撃をかわしたのはバンダナ少年横島忠夫。
彼は目的を果たしたのか、今はもう視界の彼方。
追いつかない思考の中、ヒリヒリ痛む鼻を押さえて僕は笑う。

やはり人は楽しく、興味深く、途方もなく心地よい。



 ■ ■ ■



「慧、旦那様も出たんだからお風呂入っちゃいなさい」

「え~、ボクお風呂嫌ぁい」

「んなこと言ったらいかんぞ、臭いのは誰だってイヤなんだかんな」

「だったらにぃちゃんも一緒に入ろ~」

ぐいぐいと手を引くケイに連れられ横島は風呂場へと向かう。
女の子と一緒に……なんて甘い想いは微塵も無く、ほれ脱ぎな、と上着を取り美衣へと手渡す。
デフォルメされた虎のワンポイントが可愛らしい股を覆う白い布。
それ一枚となった彼女は、起伏の欠片も見せない身体を惜しげもなく晒している。

「いや~、いい湯いい湯」

手ぬぐいを頭に載せ白褌で大事なとこを隠した京志朗はのそり畳張りの部屋に現れた。
引き締まった筋肉の鎧は彼を包み、その上を流れる水滴はポタリ座布団の上に落ちる。

「あんちゃん!ガーコは?」

「お~お~、気持ちよさげに泳いどったぞ」

ドカッと座り組んだ胡坐の上、そこに飛び乗りアヒルのおもちゃの行方を聞く。
ボクも行くぞ~、と走り出したケイはお風呂場に向け特攻を始める。
今日もワリいなぁ、と告げる横島にケイの着替えを渡した京志朗は、彼女を追う彼を見送った。

「どうぞ」

トンと置かれた机の上、湯呑の中には冷えた水。
ぐいと呷り差し出したマリアに礼を言い、飛び交う電波を受信する。
ブラウン管の中では今人気絶頂のアイドルの姿。
どうやら場所は香港らしく、突如として観測された天へと昇る雷、そしてどこかを中心に現れた球状の波動。
現地住民が見たそれの謎に迫れ!というオカルト系の番組らしい。



結局香港島でのテロ事件、その主犯であるメドーサを捕獲することはできなかった。
蛇系統の異形が用いることのできる『脱皮』という特性。
彼女はそれで自らの皮を捨てて、あの場から逃亡したのだった。

ぽっかり空いた地面の穴、それはメドーサの脱走ルート。
翡翠の盾が彼女へと当たり、鉄の筒が火を拭く寸前。
そこでメドーサは背中から霊波砲を放ち、脱皮し蛇へと変化して洞穴の隙間を進んで行ったのだ。

仕留める一歩手前まで追い込み撃墜したという事実。
そんなこと実は嘘でした~、という出来事に小竜姫は地団駄を踏んで悔しがった。
……といっても角状態の彼女に身体があるわけではないので、ぎゃいぎゃいと美神いっしょに喚き散らしたのだが。

ともかくとも、香港島での事件は終わりを告げた。
勘九郎が死亡したことで唐巣神父もまた土角結界から脱出し、ピートと再会を果たす。
それですべては終わったはずだ。

終わったはずなのだが……妙なしこりが京志朗の中に残っていた。

以前のハ―ピー襲撃事件、そして今回の香港島での事件。
どちらにせよ大きく魔族が事件に介入してきている。

本来魔族と言う存在は直接的に人間界に現れ破壊活動を行わない、と言うのが現在のオカルトの常識となっている。

というのも現在魔族と神族は『デタント』という大きな目的へ、ともに歩きだそうとしているからだ。
長年、遥か途方もなくなるような時間の中、魔族と神族は争いを続けてきた。
しかしつい千年と昔、両種族の頂点に立つ者たちが歩み寄ったのだ。

「ともに全世界を盛り上げていこう」

そう告げた二柱は人間界を結界で覆い、魔族神族問わず『力量制限』をかけた。
その結界により、そして決めた二柱の意向により争いというものは無くなった。
……最も表面上は、だが。

もちろん異を唱えるものはたくさんいた。
だが二柱はともに凄まじい力を秘めている。
魔界神界問わず通用する絶対的ルール。
言葉や表現の方法は違えど、要は『強い者、優れた者に従え』といったもの。
圧倒的実力で頂点に君臨する二柱に正面から逆らうことはできなかったのだ。

もっとも人の預かり知らぬ場所で暗躍している、といった可能性は否めない。
魔族神族問わず、でだ。
遺恨や思想。
様々な感情が彼らを突き動かし『手を取り合う』という行動を起こさせなくしている。

のだが『直接的』というところが不思議なのだ。
暗躍するならば極力姿を表に出すことはないだろう。
配下の魔獣なり、従わせた悪霊なりを実行部隊として本人は酒でも飲みながら傍観。
失敗したとしても、次はどいつを使うかな?とつまみをスーパーで選ぶような軽い気持ちで行うのだが……。

二つの事件で現れたのはその魔族。
その上チンピラまがいの似非魔族ではなく、それなりに名の通った魔族なのだ。

何やら大きな流れが渦巻いている気がする。

漠然とだが、そんな思いを抱いていた。

「京志朗・サン?」

難しい顔をしていたのだろうか、マリアがどことなく不安げな顔でこちらを見つめている。

「ん、あぁ無くなっちまったわ。
 ワリいがもう一杯くれっか?」

イエス、そう告げ彼女は水滴を張り付けた容器から滴る水を湯呑へと導く。
作る一筋の道を見つめていた京志朗。
どうぞ、と差し出された黒い浴衣を受け取り身に纏い始めた。

「……旦那様、あまり無茶をされぬようにしてください。
 背中に広がる痣が痛ましいです」

切なげに告げる美衣。
どことなく瞳は不安に揺れ、潤んで見える。

しばし恭順の後、帯を締め煙管をくわえる。
グイと冷水を喉の奥へと流しこみ、いつもと変わらぬ態度。

「安心しとけコノヤロー、身体の傷は寧ろ男の子にとっちゃあ勲賞なんだよ。
 やりてぇことがあって、帰れる場所があって、大事なダチがいるんだかんな……野垂れ死ぬなんてみっともねぇこたぁしねぇよ。
 それに……」

風呂場から湯気立ち昇らせる横島と慧。
二人に視線を乗せ、カオス、テレサ、マリアと辿らせる。
そして美衣へと固定し、飄々とした軽い口調で彼は口元を釣り上げた。

「俺が怪我したら悲しんでくれるいい女がいるってことも、な」



 ■ ■ ■



「痛ってェェェェ!
 もっと優しく!優しさを俺にくれェェェェェェェェ!!!」

ごしゅごしゅと、身体の擦れる音が聞こえる。
反響する横島の叫び声はエコーを伴い慧の耳へと飛び込んでゆく。

ざりゅりと、彼の傷をざらざらの舌が這う。
口いっぱいに広がる鉄の味はどうしようもなく彼女の心を揺らす。

すぱーんと、衝撃が頭に走る。

「何しとんじゃァァァァ!!」

ヒリヒリ痛む頭をさすり温かな湯の中に身を沈める。

ぷかぷかと、ガーコが目の前を泳いでいる。
おもちゃだから当然なのだが何の悩みもなく、のびのびと出来る彼女が羨ましい。

ふきふきと、乾いたタオルが水滴を落としていく。
鼻腔に広がるおひさまの匂いと、身体をつたう大きな手があたたかい。

目の前にいる慧のにぃちゃん、横島。
彼女にとって初めて接した母親以外の人、そして初めての異性。
その彼には無数の傷が刻まれている。

それは以前、香港へと彼が行く前より格段に多くなり、格段に大きなものも見受けられる。

見れば見るほど、慧の気持ちは沈んでゆく。
嫌いだけどにぃちゃんと一緒なら楽しいお風呂。
どこか弾んでいた彼女の気持ちは今、超低空飛行を続けていた。

「にぃちゃん……、にぃちゃんはGS、やめないの?」

いつのころだったか、横島は争いごとが嫌いだ。
そう言っていたのを覚えている。

なのに彼は魔族と言う格上の存在と、香港で戦って来たというではないか。

彼の言っていたことと違うことをしてきた、ということは慧にもわかる。

「にぃちゃんは怖いっていってたよ……。
 だったら、やめようよぉ」

不安気な声色。
小さなお尻に可愛いクマの顔も、しゅんとしょげて見える。

「そら戦うのは怖いし、痛いから嫌いに決まってんだろ」

だったら!
跳ねるように首を上げ、慧は横島の顔を見つめる。
彼はそんな彼女にニパッといつもの笑顔を見せて頭に手を置いた。

「でもな、俺の大事な友達はそんな中戦ってる……俺なんかよりかずっと痛い思いして、な。
 男だろうが女だろうが、怖かろうが怖くなかろうが、やらなきゃいかん時っつうのは誰にだってあるもんなんだ」

俺にとっての時は今、GSやるってことな。
そう告げる横島。

彼の言葉を聞いて、彼女はボロボロと涙をこぼし始める。
まだまだ子供な慧。
彼女にとって親しい存在が傷つくということ、それはどうしようもなく怖いことなのだ。
どうしようもなく、受け入れがたいことなのだ。

そんな彼女に横島は頭を撫でる。
優しく、優しく、優しく。
最後にくしゃくしゃっと乱暴に手を動かし、横島は腰に手を当てた。

「い~かケイ、良ぉく聞けよ。
 俺は将来有望な美少女を残して死ぬほど腐っちゃいねぇ、よ」


―――つづく


あとがき

香港編のまとめみたいな感じで描きました今回、いかがだったでしょうか?

まずは感想返しから。
無限機構様、いつも感想ありがとうございます。
そうです、アフロです。
やはりギャグ漫画で爆発→アフロ→少し後には元の髪形、これは鉄板だと思います。

nikku様、感想兼御忠告ありがとうございます。
過去からの絆、ここはしっかり本文に書いていきたいと思っております。
うまく楽しんでもらえるかどうかは自分の表現力ではわかりませんが……。
『千年前』というキーワードは大きく本編の中に絡ませていくつもりです。

今回の回は若干空気となっていたピートの気持ち、彼らの歩む原動力について書かせていただきました。
早い話が似た者同士な横っちと京ちゃん。

二人、そして周りとの絡みはガンガン書いていきたいです。

そして少しでも多くの方に横っちの魅力をもっと知ってもらいたいです。
あわよくば京ちゃんも好きになってもらいたい……。

そんなこんなで今回はここまでとさせていただきます。
この駄文を読んでくださっている方々に日々感謝。



[17901] やり直しのお知らせ
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/05/23 21:40
仲野様の感想を受け再び読み返してみましたが、少々ひどすぎましたこの作品。

『無茶な状況、書きたいことが書けてない、キャラの魅力を消している』

これに尽きます。

よって大幅改定を行うためにリポート1からを改変したいと思います。

これまで感想をくださった皆様やこんな作品でも読んでくださった方々には申し訳ないと思っております。

はっきり言ってただのわがままですが、心機一転やり直し、再びこの作品を皆様に楽しんでいただけれるようにしたいと思っております。

そして必ず完結させて見せます。



[17901] リポート20 ~男と男あるいは男と女 その1~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/06/02 16:28
「日本はこれまで心霊現象を扱う公の機関がなく、霊障の解決には高額なGSを頼るほかありませんでした。
 それだけにオカルトGメン日本支部の発足の意義は大きいと思われます」

「この仕事は給料の内ですよ、今までこんな組織が日本になかったことが不思議ですね。
 今後とも社会のために全力を尽くしたいと思います」

―――グルン

16:9比率の四角い箱、置かれた機械の電波受信機の前にある椅子が回る。
手かけ背もたれ完備の所長専用、そこにはスーツで決めた一人の男。
いつものおちゃらけとは少し違う歪んだ顔。
憎しみで人が殺せたならば……とでも言わん限りの鋭い目付き。
視線の先はテレビに映った美丈夫、クイと握った拳から立てた親指が示す彼。

「諸君!!こいつが我々の敵だ!!!」

ICPO超常犯罪課唯一の日本支部をたった一人、もとい一人くわえた二人で切り盛りする『西条輝彦』。
美神令子除霊事務所の所長代理、横島忠夫は三人の男と三人の女へと言葉を発した。










香港での出来事からさらに時は進みいくばくか。
灯台に現れた古代の霊と横島が嫉妬の二重奏を奏で、海の上でのカラオケ大会で声をからし、世界最速の男とともに風になった日々。

いつもと変わらぬ日常。
横島が美神の色香に惑わされ、美神の拳が突き刺さり、おキヌの真心で癒される。
仕事が終われば京志朗のマンションで飯をたかり、慧と遊び、美衣に見とれてカオスらの発明に付き合わされる。
高校ではピートの弁当をタイガーとともに奪い取り、京志朗と合わせて廊下に立たされ愛子に小言。

そんな折のとある午後、再び彼らの元へと事件は舞いこんできた。

「はい、次回の仕事内容が書いてるからちゃんと読んどくのよ」

「二つッスか……俺の仕事も結構増えてきましたね」

「そんな難しい仕事じゃないしね。
 ああ、わかってると思うけど御剣クンかカオスくらいにヘルプは頼んどくのよ」

ポンと差し出された書類の上。
除霊対象の特徴の書かれたそれに目を通してゆく。

「アンタも成長してきたし……ま!私の教えがあるんだから当たり前だけどねぇ」

ホホホホホ、と高笑いする美神。
当然だと自信ありげな表情に少し違った嬉しさをプラスした彼女は眼を細める。

「最初の方は果てしなく無理メな女だった美神さんが俺の努力でついにここまで……!!
 こりゃあ美神さんとラブ米になる日も近いぞォォォォ!!!」

「その妄想を口に出すなと何度言ったらわかるかァァァァ!!」

相変わらず冴えわたる美神の拳。
事務所の床に横たえた彼を見下ろし優雅に紅茶入りのカップに手をかける。
クイと一口含んだところ、窓をドンドンと叩く音がする。

「美神さ~ん、お隣の建物に新しい看板が出てますよ。
 ちょ~ぢょ~げんしょ~おかるとなんたらって」

「は~ん!私の隣に構えるなんていい度胸ねぇ」

柳眉の彼女は鼻息荒く声を立てる。
プライドの高い美神のこと、嘗められているとでも思ったのだろうか。
すぐさま立ち上がり、横島を引きずり隣のビルへ。

「ってオカルトGメンじゃないの」

看板を見てはぁ、と一息。



オカルトGメンと言うもの。
ハーフバンパイアのピートの希望する就職先でもある機関。
これを平たく言えばGSのお役所のようなものである。

民間GSが扱えない事件やギャラを払えない人たちのためのGS。
霊障の解決と言ってもバカでかい範囲での事件やバカ強い相手に対して一般GSのみでは太刀打ちすることはできない。
そんなとき最新鋭の設備や備品を利用でき、なおかつ多くの優秀なGSが所属しているオカルトGメンへと依頼するのだ。

他にも民間GSへの連携除霊の円滑化にも一役買っている。
先も言ったバカでかい範囲やバカ強い相手。
霊障に限らず様々な事件は『時間との勝負』と言う面が色濃く出てくる。
いかに優秀なGSを多く有していようとも世界中の支部から呼び寄せていては被害が広がるだけ。
なおかつGS達が抜けた穴で霊障が起きては対処できない。
そんな時、民間GSにオカルトGメンから依頼をするのだ。

多くのGSを雇えばそれだけ多くの依頼料がかかる。
加えてGSによって依頼料が異なれば様々なトラブルへと後々つながってしまう。
そこで国連直属の機関の一つで世界中に支部を持つ公的機関である彼らが各国のオカルト協会へと依頼する。
そしてオカルト協会が基本給に能力給などを加算し依頼料として渡すのだ。

これまでは民間GSの天下だった日本。
そこにオカルトGメンが出来たということはそれだけ依頼者を奪われるかもしれないということ。
正に民間GSにとっては目の上のたんこぶとなることは間違いない。



「よりによって私の事務所の隣なんて……!
 これはガツーンと言ってやらないとダメねぇ!!」

青筋を立てにんまりと笑う彼女は拳をギリと握りしめる。
扉に手をかけ声を荒げようとした時、扉が開き一人の男が姿を現す。
紺のスーツに身を包んだ長髪の男。
それは美神にとって懐かしく、大切で、悲しい男の人。

「もしかして……令子ちゃんかい?」

「おにい……ちゃん?」

「お義兄さん!」

「家族かぁ……いいなぁ~」

ガバと抱きついた横島をいつものように迎撃した美神。
それを男におてんばと指摘され頬を染める。
二人の間に漂う何とも甘酸っぱい空気に胸をかきむしられそうな気持になる横島。
おキヌに助け船を求めようと彼女に視線を止めた彼は、ガシガシと頭を掻いた。



 ■ ■ ■



入ったオカルトGメンの事務所の中、コーヒーメーカーから注がれたカップから白い湯気が立ち上る。

「僕は以前令子ちゃんの母上の弟子でね、そのあと英国のオカルトGメンに入ったんだ」

そう口を開いたのはオカルトGメンで唯一の日本支部を一人で切り盛りすることになる『西条輝彦』。
腰まである黒髪を流す顔立ちの整った長身イケメン。

「ママの弟子の中でも一番優秀だったのよ」

そう口を開く彼女はどこか誇らしげ。
よしてくれよ、なんてのたまう西条との間にはまたもやみょ~な雰囲気が……。
互いの紹介や会話を聞きながら横島の嫉妬ボルテージはうなぎ登り。
キーッ!と歯ぎしりしつつジロリと彼を見据える。

そんな横島の不穏な動きを感じ取ったのか、美神は口を開く。

「横島クンも何かおにい……じゃなかった西条さんに質問とかないの?」

「ははは、お兄ちゃんでもいいんだけどね」

もう!私も子供じゃないんだから、という彼女の口からは桃色吐息。
ピンクピンクした空気の中横島は本能的に思った。
こいつは俺の敵だ、と。

「キエェェェェ!!」

涙を流し翡翠の刃を携え西条へと向かう。
が、オカルトGメンを一人で任される西条は伊達ではない。
傍らに置いた長い棒、それを引き抜けば細身両刃の剣。

「いきなり何の真似だい?
 言っとくけど僕の聖剣『ジャスティス』って霊体はもちろんのこと人も切れるんだよ……」

カチャリと首元に感じる冷やかなモノ。
鋭利な何かが皮膚を圧迫する。

そして横島は本能的に思った。
戦えば死ぬ、と。

「まぁ横島クンだったか?いいじゃないか元気があって」

鞘に剣を納めニコリ笑う。
大人の余裕をありありと見せつけ、声を上げる。

「そんな事より令子ちゃん、君の除霊現場に僕も連れてってくれないかい?
 日本で仕事するならその仕事を見ておかないとね」

「もちろん!
 あ、アンタはアンタの仕事をやってくんのよ」

おキヌちゃんもよろしくねぇ、と二人は扉の向こうへ。
エンジン音が聞こえ去り静かになる部屋の中、男の声が聞こえた。

「……しょう……、チクショオォォォォォォォォ!!!」











「ふぅ、終わりっとな」

「お孫さんを心配するのはわかりますけど……やりすぎは駄目ですよねぇ」

今回の依頼はとある少女と家族から。
孫を心配する祖父が彼女の付き纏い、近寄る人老若男女に関わらず威嚇したというもの。
結局冥界から祖母を呼び出し引っ張っていってもらって解決、となった。

これまで対霊撃戦が多かったのを見越して美神はこんな依頼を横島に頼んだのだろう。
まぁなんにせよ横暴で無茶ばかりやらせているように見えて、しっかり横島のことを見ているというわけだ。

「西条ォォォォ!あいつだきゃあァァァァァァァァ!!」

本人にとっては美神と西条の行方が気になってそれどころではないのだが。

「こっ……これって久しぶりに会った人とあいが燃え上がるってぱたーんですよねぇ」

小説で読んだことあります!このあとはほてるですよぉ、とおキヌ。
私知ってるんですよ、なんて少し自慢げな彼女。
だがそんな言葉に地面を転げまわる横島。

そんな彼を見ておキヌはあわあわと動き回る。
けどどこか、転げまわる横島を見ると悲しい。

美神さんのこと、やっぱり好きなのかなぁ。
彼の言動を見てみれば、どうしてもそう思えてしまう。

正直に言えば、もとい横島以外にはバレバレかもしれないがおキヌは横島に対して恋心を抱いている。

思えばきっかけはいくらでもあった。
初めて会った人骨温泉でも、日常での除霊でも。
決定的なもので言えば香港での出来事であろうか。

ゾンビ達に対して涙を流し、破邪の刃をふるった彼。
その姿は今でも鮮明に思い出せる。

明日が……明日こそが奴の命日……、と黒く笑う横島にふわふわ付いていきながら、思考を巡らせてゆく。

香港から帰って数日ばかしは夢には必ず彼が出てきて、真っ赤になって目を覚ますというのがお決まりとなっていた。
その中で自分は彼の友人だったり、同僚だったり、恋人だったり、時には夫婦のこともあった。

彼の温かい手が好きだ。
彼の輝く笑顔が好きだ。
彼の情けない姿が好きだ。
彼の泣き顔が好きだ。
彼の私自身を私自身として見てくれる目が好きだ。

横島忠夫が起こすことすべて。
たとえ彼がどんなことをしようともおキヌには彼が好きだと言えれる自信があった。

人でも異形でも分け隔てなく接することが出来る彼。
ただ自分と相手の間にあるのは自分自身が好きか嫌いか。
そう思える彼が、どこまでも優しい彼がおキヌはどうしようもなく好きだった。

でも、おキヌは幽霊である。
人間と幽霊が、しかもとっても古臭い思考を持っている自分が彼とつりあうことはできないと思ってしまう。
横島が好きなのは美神のような出るとこ出て締まるとこ締まった肉感的な美女なわけで。
そっと手を胸に当ててみても感じるのは僅かなふくらみ。

異形であるというハンデ。
加えて肉体的なハンデ。
横島自信そんな事は気にしないであろうとは思える。
でも彼がなんぱする女性や彼の部屋を掃除するたび現れるえっちな本を見るたびに……。
どうしてもやはり自分の体を持たない自分ではダメな気がしてしまうのだ。
そして起伏に乏しい自分自身ではダメな気も。

ぶっちゃけてしまえば彼女は本妻になりたいわけではない。
もっとも出来るものならばもちろんなりたいし、自分が嫉妬深くないわけでもない。
寧ろ嫉妬深い方だとは自分でも自覚している。
彼の部屋のえっちな本をこれ見よがしに机の上に置くところからも……。

だがおキヌは300年前の幽霊である。
当時はまだ権力を持つ者が普通なのだが一夫多妻も多かった。
別に妾で構わない。
抱いてもらえなくても、愛を囁いてもらえなくても、彼の傍にいられればそれでいい。

300年という途方もない孤独。
自分を囲みこんでいた檻をいともたやすく壊してしまった彼が幸せならば。

「おキヌちゃん、着いたで」

ふと横島の声がする。
彼の言葉に顔を上げてみれば一つの扉の前。
ニパッと笑いドアノブに手をかけ奥へと進む。

「うい~っす、邪魔すんで」

「邪魔すんなら帰って~」

「あいよ~……ってちゃうわァァァァ!!
 ケイィィィィ!俺傷付くよ!!悲しいよ兄ちゃんは!!!」

と有名なコントを繰り広げる彼と猫又少女慧。
二人の足音に気付いて待っていたのだろう、玄関にのぷっくらと頬を膨らませて立っている。
そして彼女は横島に怒ったような口調。

「にーちゃん違うんだよ、家に帰ってきたら『ただいま』なんだよ」

「でもケイちゃん、横島さんは御剣さんの家に住んでるわけじゃないから……」

「え~、でもあんちゃんが同じ釜の飯食ったら家族だって言ってたもん。
 だからにーちゃんもおキヌねーちゃんも家族だよ」

おキヌに言葉を返し、えへへ~、と目尻を細める無邪気な彼女。

「それもそだな……んじゃただいま!ケイ!」

そう慧の頭を撫でる横島。
そして彼女を肩車しズンズン先へと進んでゆく。

あっ……、と彼を追うおキヌ。

「おかえりなさい・ミスおキヌ」

「おっかえり~。
 あ、おキヌちゃんもお皿並べるの手伝ってくれない?」

「ガハハハ、小僧と二人で夜道歩きか?
 青春じゃの~」

「おかえりなさい、おキヌさん。
 ケイが何か変なこと言ってませんでしたか?」

「そんなことないも~ん。
 ボクは良いこと言ったんだよ!!」

「ケイよぉ、口に出したら良いことのランクが下がるって知ってっか?」

扉を開けて飛び込んできた鋼鉄姉妹の言葉とカオスのからかい。
割烹着姿の美衣はお盆に料理を乗せてこちらに振り返る。
さらに大きな酒瓶を手に横島の隣に座る京志朗と、横島の上で並べられる魚に目を光らせる慧。

そして今日は飲むんじゃァァァァ!!とオイオイ涙を流す横島。
おキヌに気付いた彼はポンポンと自分の隣にある座布団を叩く。
そこはいつも彼女が座る場所。

おキヌがそこにつくと、横島は口を開いた。

「おかえり、おキヌちゃん」

彼はあの時の私のつぶやきを聞いていたのだろうか。
だから御剣さんの家に誘ってくれたのだろうか。

机の上を見てみれば、彼女のお茶碗とお箸。
慧と美衣がここに棲むようになった時、日用雑貨の買い出しで横島が選んでくれたもの。
お茶碗には白飯が盛られ、その真ん中にお箸が揃えて立ててある。

ふわりふわりとあたたかく、満たされてゆく気持ち。
横島さんは悪い男です、と破顔した表情とは裏腹の想い。



記憶もなくなった300年前の私。

私はこんな気持ちを抱ける相手がいたのでしょうか。

彼が好き。

彼が人で、私が異形でなんてことは関係なしに、ただ彼が好き。

彼は私を見ててくれる。

こんな私を、美神さんに比べれば魅力の欠片もない私を。

私を、他の誰でもない私として。

だから私も彼を見ていていたい。

たとえこの先どんなことが起きたとしても、この想いだけは変えたくない。

彼のカッコイイ姿も、彼のカッコ悪い姿も。

彼は彼に違いないのだから、私の心に刻みつけていきたい。

そして彼が泣きそうになった時、私は彼を包み込んであげたい。

姉としてでも、妹としてでも、母としてでも、友人としてでも、恋人としてでも。

立場などはどうでもよい。

私が彼を好き、私が彼の力になれる。

それだけで私は満足だから。

小説に書いてあったのや、どらまでやっているのとは違うのかもしれない。

けれど間違いなくこれは私にとっての……

「ただいま、横島さん」

『恋』なのだから。


―――つづく


あとがき

更新できずにすいませんでした。
とりあえず直志の方も同時並行という形で追々進めていこうかと思います。

さて今回は中世編を飛ばして西条登場。
テーマは西条登場、横っちと美神と西条との掛け合い、おキヌの横島への恋心と言う感じです。

おキヌの魅力が表現できたかどうか……ここが心配でたまりません。
彼女はまさしく古き良き良妻賢母であると考えます。

ここから先繰り広げられるであろう横っち争奪戦ですがガンガンと彼女は突っ込んではいきません。
目指すは争奪戦での言動一つによる漁夫の利。
横っちにとっての癒しの砦となることが出来たらいいなぁと思います。

では次の更新もがんばっていきたいと思います。



[17901] リポート21 ~男と男あるいは男と女 その2~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/06/03 19:58
「なんですとォォォォォ!!」

朝一番、澄んだ空気の中に男の叫びが木霊する。
都内某所の雑居ビル、一室にいるのは男と二人の女。

「だ~か~ら~、西条さんと一緒にオカルトGメンで働くことにしたの。
 留守の間は事務所、よろしく頼むわ」

少しばかり青い顔の横島に答える美神。
その身はビッ!とした公安の青い服装に包んでいる。
凛とした立ち姿に見惚れる暇もなく、彼女はさっさと事務所を後に。

「あぁ、わかってると思うけど……赤字出したら命で償ってもらうから……ねぇ」

無論ぶっとい釘を刺してだが。

「なぁにが『初恋の王子様に憧れるものなのよ』じゃァァァァ!!
 あの女だきゃあァァァァァァァァ!!!」

ブチブチと不穏な音を立てる横島の頭からは間欠泉の如く血が吹き出る。

「……ククク……こうなりゃぁトラウマ植えつけたるッ!!」

事務所の床を赤く染めたかと思えばダン!と拳を叩きつけ幽鬼のように立ち上がる。
そしてふらふらと扉を開けて進んでゆく。

横島が部屋から出て少しばかり、爆音とともにビルから飛び出した彼を窓から引きずりこんだおキヌ。
彼の手にあるスケスケな布切れを取り出し洗濯かごの中へ。
リンリンと鳴り響きだした着信音を耳に、受話器を手に、そして元の位置に。
オイオイ涙を流す横島を片目に、彼女は苦い笑みを浮かべるのだった。

「横島さん、このままじゃ美神さんとられちゃいますよ?」

「おキヌじゃぁん……俺はぁ~、俺はぁ~」

「大丈夫ですよ、横島さんが頑張ってたらきっと……ね。
 私は横島さんの力になりますから」










「と、言う訳でこの業界のシェアは我々の手によって確保するのだ!!」

拳を握りしめ力説する横島。
あの後おキヌに少しばかり口添えされて俄然やる気を取り戻した彼。
電話に電話を重ねて集めた友人たち。
能力はあるが貧乏な彼ら、そんな彼らを集められる人望もまた横島の魅力の一つだろう。

「僕たちに悪の組織に入れって言うんですか!?
 いいですか、そもそもオカルトGメンって言うものは無料奉仕の素晴らしい団体で神父の信念につながるところもあって、うんぬんかんぬん」

と、声を荒げるのはピート。
将来就職先にしたいと思う場所と敵対するのはやはり気が引けるのか。
立ち上がりオカルトGメンの素晴らしさをこんこんと力説している。

「美神さんがいないので横島さんが所長代理になったんです。
 それでその間皆さんにお手伝いしてもらいたいんですよ」

「ねぇ横島君、協力してもらったのってこれだけ?
 御剣君は?」

「そいやぁカオスとテレサは居るのにマリアはいませんのぉ」

おキヌの説明に質問を投げかけたのは机青春妖怪愛子と虎人の血を引くタイガー。
学校でも常に一緒におり、京志朗のマンションに遊びに行った時は横島用の箸と茶碗まである始末。
一部の女子の間では怪しげな本の題材にもされている程に仲の良い二人である。
彼を誘っていないとは考えがたいものがあった。

一方カオス作の人造人間マリア。
作った張本人が今この場におり、また彼女の姉妹機であるテレサもいると言うのにマリアだけいない。
これもまた当然の疑問であろう。

「京志朗と姉さんは今オカルトGメンの調査中。
 『敵を知り味方を知れば百戦危うからず』って言うでしょ。
 ここにいるのはみんな顔みしり同士だから、後は敵だけって事よ」

「ガハハ、そういうわけじゃ。
 そんな事より小僧!こっちの方はどうなっとる?」

無い胸を張り無い身長を少しでも大きく見せようとするテレサ。
指を立て、ふふ~ん、とその顔は得意げだ。
そんな彼女の隣に座るカオスは親指と人差し指をくっつけ輪を作る。
いやらしげに笑う彼に横島は声を大に、高らかに宣言した。

「無論給料は弾む!各々全力を尽くしてくれたまえ!!」

「バイト……オフィス……その中で生まれる信頼感と連帯感、そして恋心!
 青春だわ!!」

「教会の運営に役立てれる……。
 そう、違う!これは裏切りじゃない!内情を良く知るための一つの手段なんだ!!」

「く~!これで日の丸からもさよならじゃァァァァ!
 まっとれよ!ワッシの塩シャケ!!」

「これを研究費用にプラスして……あれを作って、これを作って……」

「う~ん、姉さんと服でも買いに行くかな?
 私も女の子なわけだし……べっ、別に!見せたい相手はいないけど」

皆々己のために意欲を見せ始める。
スーツに身を包んだ横島もまた、『打倒西条』という彼にとって崇高な目的のために瞳を炎で燃やしている。
原動力は邪なれど、どこか彼女には輝いて見える彼。
クスリと笑みを浮かべ、おキヌは目の前の書類へと向かうのだった。

「頑張りましょうね、横島さん」



 ■ ■ ■



所変わってこちら今とある国道。
ドカッと四車線通ったここは現在通行禁止となっていた。
何故かと言えば……。

「東京ドームに俺の墓を建てろォォォォ!
 財宝たくさんピラミッドみたいなやつだァァァァ!
 要求を呑めなきゃ人質をコロォォォォス!!」

とまあ、わけのわからぬとち狂った要求を持ち出してくる悪霊がいるからだ。
残念な要求をする残念な頭かと思いきや、幼稚園児達が乗っていたバスの中に立て篭もっている。
幼い彼らを盾にする悪霊に周りを取り囲む警察も手を出せないというわけだ。

「ムチャクチャ言ってるわね……」

と呆れ顔なのは美神。
腕を組み何ともくだらない、とやる気の欠片も感じられない顔を見せている。

「ちわ~っす、こちらよろしくお願いしま~す」

「ティッシュ?私はいらないわ……よ?」

差し出された袋、そこに挟まった紙に書かれているのは『横島心霊相談所』の文字。
パチリと可愛らしく愛想笑いした自分の顔が隣に。
テレクラの広告のようなそれに彼女は言葉を失った。

「な~にをやっとるかァァァァ!!」

ヘブロッ!と吹き飛んでゆく朱髪の男を追いかけ和服の胸倉を掴んで引き起こす。
2m近い身長の男を細腕で持ち上げる美女の姿は周りの注目を集める。

だが彼女は気にも留めない。
ブンブンその頭を前後に揺らし彼を問い詰める。

「横島の謀反?謀反なのね!あのガキャァァァァ!!
 それに私の写真?私みたいな美人を使いたいなら金とるわよアンタらァァァァァァァァ!!」

ゴンゴンゴンと道路に叩きつけられる彼の頭。
コンクリートの地面は陥没を始め、とめどなく鮮血が溢れ出す。

「ストップです・ミス・美神。
 このままでは・京志朗さん・死んでしまいます」

彼女の暴政を止めたのは鋼鉄少女マリア。
締め上げる手を外し、京志朗を横に寝かせてやる……と。

「友の頼みのためなら無間地獄からもすぐさま生還!
 奴のピンチも美女で舗装しチャンスに変えて見せよう!
 それがこの俺、御剣京志朗!!」

ガバリ起き上がった京志朗。

「違う漫画じゃァァァァ!!」

放たれる鉄拳。
そして再び彼は地面へと沈んだ……。










「……じゃあ横島クンは一応頑張ってるわけ?」

「そんなん当たり前じゃねぇっすか。
 とりあえず俺らにヘルプ頼んで仕事してくつもりですわ。
 上納金は五割ってところで」

「安いわね、六割にしなさい。
 んなことよりなんで横島心霊相談所なのよ?」

「そこは色々諸事情が……」

先の傷はどこへやら。
すっかり血も消え綺麗になった京志朗は美神と今回のことについてのお話合い。
上納金六割と法外な条件を吹っ掛ける彼女。
だがまぁ守銭奴な彼女にしては低料金か、とガチリ二人は握手を交わす。

「で、何しに来たの?
 こんな話するためだけにわざわざここまで追っかけてきたわけじゃないでしょうに」

打って変って探るような瞳。
何のためにここに来たのか、誰のためにここに来たのか。
もちろんのこと先ほど京志朗は横島のためにここに来たと言った。

だがしかし本当にそれだけであろうか?
それだけのためにここに来るのだろうか?

これは前々から思っていたものだが彼の後ろには何か大きなものがある気がする。
それは超一流GSである自分の直感で、まず間違いないであろうと思う。

それがなんらかの目的を持ってオカルトGメンに探りを入れようとしている。

オカルトGメンを快く思わない者の仕業か、あるいはこの後どのように接していくのかを考えるための情報収集か。

「んなわけねぇ~って、俺がなんで横っちを利用するわけよ?」

まぁこれは本音だろう。
横島の普段の会話や言動、交友関係からみてもこの目の前の男と密接に関わっており、信頼しているということはうかがいとれるのだから。
その相手が同じように思っていても不思議ではない。

「ミス・美神の兄を自称する・西条輝彦。
 彼のデータ・私たちにはありません」

「商売敵を知るためにやって来たって事?」

「イエス」

肯定するマリアにまぁいいか、と思考を保留にする。

たとえどんなことがあろうとも最後には必ず勝つ。

それこそが『美神』の女なのだから。

「話は通したよ令子ちゃん。
 じゃあ除霊を始めようか」

三人を囲むように出来た無人のサークル。
その中にこともなげに入って来た長髪の男、西条はふと彼女以外の二人に視線を合わせる。

「ん?君たちは……」

ダラリと赤い筋は輪を描く。
そこから滴り地面を赤く染める。
ポタリ、ポタリ、ポタリ。
首の回りを赤き輪が覆う。

「なっ……なんじゃこりゃァァァァ!!」

「ちょっ!御剣クン!?」

「君!大丈夫かい!?」

「なんじゃこりゃァァァァ!!……って量増えてね?ヤバくね?湯水の如くじゃね?」

おっつ……、と言葉を残し京志朗の巨体はグラリ傾き地面の上へ。
朱黒い和服は赤さだけを増し、覗く胸板も赤一色。
鉄くさいそれはとめどなく溢れ出す。
京志朗の体は一面血まみれとなってゆく。

「生体反応低下中・京志朗サン・病院に・行きます」

焦点の定まらない虚ろな目で周りを見渡す京志朗。
そんな彼を両手で抱え、マリアは空へと飛び出した。
噴出するロケットエンジンによる推進力で、一路脳内に示した場所へと向かう。

プログラムされた思考とは違う、どこか『焦り』と言うものを感じながら。
マリアは貯蔵するすべてのエネルギーを脚部へと供給した。



 ■ ■ ■



チカチカと輝く光がまぶしい。
香る井草、日本人なれば誰もが落ち着くその芳香を鼻に、京志朗は重苦しくまぶたを開いた。

「起きぬけに野郎の顔たぁよろしくねぇなぁ、オイ」

「うっさいわ、血流してぶっ倒れるのが悪いんや」

軽口を軽口で返す京志朗と横島。
蒲団を押し上げ周りを見渡せば、横島と一緒に仕事をするはずのメンバーの一部。
狭苦しい四畳半、ゴミだらけの場所に会している。

「御剣君!友達に心配かけるなんて最低よ!!ホント……サイテー、よ」

そんな中、愛子は強い口調。
眼元には涙の痕、黒ずんだ畳に着いた手は拳を作っていた。
まだ赤い瞳が彼女に心配をかけたことを見せつける。

「ほんじゃあ京ちゃん、今日は休んでえぇから調子がよくなったら協力頼むわ。
 愛子、あとよろしく」

そう告げ横島はおキヌとマリアを伴いに外へと向かう。

「マリア、ありがとな」

「ノー・マリア・お礼されては・いけない。
 京志朗サン・倒れた・マリア・何もできなかった」

出かけの彼女に彼は言葉を投げかける。
だがマリアの口から出たのは否定の言葉。
カオスの、人の役に立つために作り上げられたマリア。
そんな彼女にとっては直接的に自分に責が無かったとしても、京志朗が怪我をしたことに責任を感じているのだ。

純粋で、自己犠牲の精神を持ち、どこまでも優しい彼女。
自分が傷つかず、いっしょにいた彼女にとっての重要人物が傷ついたということ。
在るのかわからない感情の果て、『悲しい』という気持ちが人工魂を苛ませていた。

「んなこたぁねぇさ、マリアのおかげで横っちのアパートまで来れたわけだしよ……。
 俺にとっちゃありがとうだな」

ヒラヒラと手を振る彼に促され、彼女はアパートの外へと踏み出す。
扉を閉め、そこを暫し見つめ、マリアは下で待つ二人の元へと向かって行った。
言いようのない、データでは表しきれない、もやもやを感じながら。



―――つづく


あとがき

二日連続更新に向けて頑張ってみました今日。

今回のテーマは発足横島心霊相談所、京志朗と西条、マリア心の三本でした。
遂に出始めた前世との因縁。
彼らは千年前でも密接に関わってきますので、そこを表現しきれたらいいなぁと思っております。

まだまだ文章がつたない自分ですが、引き続きお付き合いいただければ幸いです。



[17901] リポート22 ~男と男あるいは男と女 その3~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/06/13 20:36
日当たりが悪いのか、薄暗い部屋の中でごそごそと物音。
制服姿の少女はタンタンタンとまな板を叩く。

ニンジン、ジャガイモ、タマネギなどの野菜を適当な大きさにブツ切りに。
唐巣神父の教会から貰って来たので声を立てる彼らだが、お構いなしに一刀両断。
水を張り沸騰させた鍋の中に自家製キノコと一緒に入れ込みコトコト煮込む。
埃かぶった箱の中、賞味期限がいくらか過ぎたコンソメの素を見なかったことにしさらに鍋へ。

ほんわりとただよう食欲を刺激する香り。
塩胡椒で味を調え皿へと注ぎ入れる。
白い湯気を立てるそれをぼんやりと学校用の机に顎をつく彼の前に持っていき、スプーンを差し出した。

「愛子ちゃん特製ポトフ、味わって食べてよね」

カチャと手にとりスープを口に。
優しくあたたかい味が胃袋を満たしてゆく。

「料理できるなんざ以外ですな~」

「家庭科だってあるもの、それに私だって女の子よ?嗜みってやつ」

制服にエプロンとなんとも男心を刺激する格好の愛子は両肘を机に立て、悪戯っぽく笑って見せた。

これまで幾度か彼女は京志朗や横島の家に遊びに行ったことがあったが、料理を作ったのはこれが初めてだった。
それは単純に、今スープをすする彼がお前客、俺家主、わかる?と一手に引き受けていたからで。
もっとも京志朗の家では美衣が、横島の家ではおキヌが先導に立ち腕をふるっていたので彼が台所に立つことも少なかったのだが。

「にしてもだ、みっともね~なぁ、俺ァよぉ」

少し煮崩れて、丸くなったジャガイモを口に京志朗は口を開いた。

「横っちに力になるっつといて、よくわかんうちに血ィ噴いて、マリアに背負われ帰ってきたんだもんなぁ」

グデリと机に頬をつく。
天井に向けて立てられたスプーンはポタリとポトフをこぼし落とす。

「ま!挽回すりゃあいいんだ!
 体力回復したしいっちょ気合入れてくっか」

皿を片手に残ったものを流し込み、京志朗は立ちあがった。

ごちそうさん、そう一言彼は煙管片手に扉をくぐる。

バタン!と扉が閉まり静かな部屋に愛子は一人心地。
空になった皿の中をスプーンで掬う。

「なんでそんなに、御剣君は頑張るんだろうね……」

ポツリ発したその言葉は、今も鍋から立ち上る湯気の中へと消えていった。



 ■ ■ ■



「GS横島忠夫が……極楽に行かせたらァァァァ!!」

光る翡翠の線はおどろおどろしく接近する悪霊を切り裂く。
刹那、辺りを覆っていた生温かい空気は吹き飛び、新鮮な風が彼を撫でる。

「これで今日の除霊は終わりですね。
 初日から三件も依頼をこなせるなんて幸先いいですよぉ」

秘書のように傍らに立ち、ニコニコ顔のおキヌは手の平を合わせる。

流石と言うべきか『美神令子』のネームバリューは素晴らしく、依頼は彼の元へと舞い込んできた。
広告と言う名のティッシュに書かれた『あの美神令子が認めた!』といった一文はインパクトも大きかったのだろう。

世間が持つ美神に対する印象は『腕は超一流の美人GS、ただし料金とプライドが高い』と言ったもの。

ここで美神令子について考えてみよう。
美神令子というGSは世間一般的にもっとも有名なGSである。

何故か?というと単純に日本オカルト協会が彼女をイメージキャラクターとして採用しているためだ
顔、スタイルともに抜群で神通棍片手にたった一人で悪霊へと踊りかかる孤高のGS。
客寄せパンダとしてはこれ以上ないほどの人材、加えて実力もあるのだから申し分ないのだ。

昨今ではオカルト関係の事件が新聞の一面やトップニュースを飾るのは珍しくもない。
そこで幾度となく『お手柄!美人GS!!』なんてタイトルで彼女の写真が現れれば誰もが覚えてしまうだろう。

プライドが高いというのは彼女と直接話してみればわかること。
というよりも横島がバイトを始めるまでは常に一人で除霊をしていたのだから、これでプライドが高くないとは思えない。

法外な値段を吹っ掛けてくるというのはもはや常識の領域にさえある。
民間企業だろうが公的機関だろうがオカルト協会からだろうが毟り取るのだ。
『またまたやった美神令子!』なんてニュースも世間を騒がす。

しかしながら彼女は超一流。
やむを得ず彼女に依頼せねばならない事件も沢山あるのだ。

そんな彼女を人々はどう思っているだろうか?

答えは『やりすぎ、だけどいい気味』。
皆が持つお金持ちに対する嫉妬や国に対する不満。
除霊料金を払わせるという形で、明確な大切なものをとるという形で彼女はその大衆のストレスを発散させているのだ。
いわばダークヒーロー的存在、もっと言えば現代版鼠小僧である。

……まあ彼女が大衆に稼いだ金をばらまくなんてことは天地がひっくり返ってもありえないと思うが。

ちなみに彼女への依頼だが一部のお金持ちの間ではステータスの一つになっている。
あの美神令子に依頼するだけの財力を持つ、そしてこの霊障が起きている場所はそれほどまでに重要なものである。
以上のような事柄を世間に堂々示すことが出来るからだ。

一見美神がボロい商売をしているようで、彼女もまた利用されている。
持ちつ持たれつの関係となっているということ。

「たっだいま~。
 テレサ、どんなもんだ?」

「大当たりね横島、ジャンジャン依頼が来てるわ」

「横島君、御剣君から連絡よ。
 北原さん、芳賀さん、狩山さんと交渉成立、紹介料は一律十五万だって」

「うっしゃ、流石京ちゃん……てか大丈夫なんか?」

「うん、多分だけど……足下もしっかりしてたし……」

夜の帳の中、一組の男女が道を進む。
階段を上りビルの中へ、おキヌとともに事務所に帰って来た横島は扉を開ける。

正された八つの机、三つ空いたその場所にGS達は鎮座していた。

テレサの言葉。
握った拳とは裏腹に不安顔の横島。
返す愛子の返事にそっか、と一言自分の所長代理席へ。

「ま、なんにせよ今日は俺ら『横島心霊相談所』の初日も成功に収めたし……俺のおごりじゃァァァァ!!」

彼の言葉に、室内は歓声で埋め尽くされた。










「一応所長ということになっている横島っす。
 まだ若輩者なんすけど、えと……そっ双方が良い関係になれますようにお願いします」

「クク、そんなに硬くならんでもかまわんよ」

「北原さんの言うとおりや、高校生相手に酷いことは言わんからな~」

「ワシとしては朱髪のボンがいっとったような家族のような関係が望みじゃからの」

ははは、と頭をかく横島。
机に並べられたいくらかの家庭料理、それを挟んで反対側に座った三人。
今彼は以前京志朗に連れてこられた和風喫茶の中にいた。

「ま、堅苦しい話はこの辺にしといて……乾杯といきましょうや」

流れ出した微妙な沈黙。
自分の顔を見つめる三人に居心地の悪さを感じながら、言葉を紡ごうと口を開いたり閉じたり。
そこへ肩への衝撃とともに京志朗から声がかかる。
促すような瞳、なみなみ泡立つ麦茶の注がれたグラスを片手に、横島は音頭をとった。

「ほんじゃぁ打倒オカルトGメン!一見必殺西条を目指して……乾杯ッ!!」

「「「かんぱァァァァい!!!」」」

カシャァンとグラスの重なり合う音、辺りは喧騒に包まれていった。

横島の隣に腰を下ろした京志朗。
二人の前に座り箸を進めていく三人。
一人は黒い忍者服のようなもので身を包む壮年の男性、一人はビッとスーツで身を固めた三十路越えの女、一人は黒いシスター服のようなものを纏う老婆。
彼ら三人は横島心霊相談所と契約を交わしたGSたちであった。

現在のオカルト業界、これは格差というものが大きく表れている。
人気、有名なGS達は多くの富をはじき出し、一方そうではないGS達はGS一本では生活できない状況にある。

年に一度行われるGS試験。
これにより年間通して32人に国家資格であるGSの免許が配布されてゆく。
その後、ある程度のGSの下での研修期間を経て彼らは正式にGSとして認められていくのだ。

オカルト業界、とりわけGSの商売は非常にシビアである。
一度の失敗が命取り。
それは例えば自分の生命に関するものであったり、信頼に関するものであったり。
ともかく失敗=業界での商売を続けられる可能性は果てしなく低くなる、ということ。

それもそのはず、失敗の経験がある人間に何故莫大な金を払うのだろうか?
もしその人間が失敗すれば前金として払ったお金は捨てたようなものとなるのだから。

先に前金と述べたが依頼者がGSに支払う料金は前金と後払いが等しいのが基本である。
例えば100万の除霊料をもらう場合、前金が50万、後払いが50万というように。
これは単純に道具を用いて除霊を行うGSが全体の大半を占めているからだ。
前金で装備を揃え除霊を行う。
つまり後払いが実質的なギャラとなっているのだ。

さて、ここで少し考えてみよう。
研修期間から抜けて、依頼を受け、除霊を行う。
初めて行う単独での除霊、ここで成功するのは免許認定された32人中何人だろうか?
答えは多くて5人、少なければ0である。
さらに失敗なく一年除霊をこなしていける、と考えたならば多くて1人だ。

つまり多くの新人が失敗のレッテルを一年以内に張られてゆく。
リスクのある人間に金を払うものはいなく、多くの新人はそのまま依頼を受けられなくなってしまう。

さらにオカルト協会に問い合わせればそのGSがこれまでどれだけの依頼をこなし、そのうちの成功と失敗の数を示してくれる。
協会としては安心安全のために公開しているつもりだが、それが普通のGSへの人々の信頼をさらに落とす。
結果として有名GSにばかり仕事が回ってしまうという悪循環が発生しているのだ。

ちなみにこの案件には様々な噂が存在する。
どこかの有名GSとオカルト協会の上層部が癒着しているので?といった憶測も存在するが真相は闇の中だ。

ともかく二人の前の三人もまたこの現状の中にいる。
GS一本では食べられない、だから副業を始める、いつの間にか副業がメインになる、GSが副業になる、といった形に。

しかし横島はカオスから聞いたそんな状況を逆手に取った。
つまり今では全く知名度の無いGSでも実力のある人間はいるのではないか、と。
そこで彼が向かったのは唐巣神父の下。
彼ならば野に潜むGSを知っているのではないかと思い。
結果として三人が上げられたのだ。

「横島君よ、私のような落ちぶれた者に手を差し伸べてくれて……ありがとう」

「ぬおォォォォ!頭なんて下げんといてください北原さん!!」

畳の上、額が付きそうな位置まで頭を下げた黒い忍者のような服の男。
彼の名は『北原賢吾』、『北原流除霊格闘術』という天保より続くオカルト名家の一つ。
その名に違わぬ実力を持ち、かつてはオカルト界のホープと言われた男であった。

が、ただ一度、協会が討伐のためGSを募った悪霊の大繁茂の折、大怪我を負い前線を退いてしまった。
まだまだ若く、彼に出来た娘も幼かった。
そのため怪我を引きずり、除霊へと出かける。
しかし万全ではない体ではまともに動けるはずもなく、失敗に次ぐ失敗。
マスコミから叩かれ、家を追われ、結果として今は妻と娘とともに以前の依頼者から譲り受けた小さな弁当屋で細々と食いつないでいるのだ。

「本当にッ……本当にありがとう……!」

大粒の涙を流し、額を畳にこすりつける賢吾。
その前に座り、日本酒の大瓶片手に杯になみなみ注ぎ入れ差し出す京志朗。
喉を鳴らしそれを呑む彼は幸せそうに笑っている。

「忠夫、うちからも礼ゆうとくわ……ホンマありがとうな」

「芳賀さんもいいっすって。
 ってか忠夫って……」

猫のように目を細める彼女。
そんな仕草は歳不相応で、彼女を子供っぽく見せる。

『芳賀祥子』、彼女もまた落ちぶれてしまったGSの一人。
彼女の場合は単純で研修期間を終え行った除霊、そこでさらしたのはみっともないほどの失敗。
地べたを這いずり、命からがら逃げ出してきた彼女に再び依頼を持ちこもうとする酔狂な者はいなかった。
ただ一度、そうただ一度の除霊により彼女のGS人生は暗がりの中へと呑みこまれていったのだ。

「今は、そこそこの企業でOLとして働いとる。
 せやけどな、うちの夢は……持っとった『霊能力者』っつうなけなしのプライドは……捨てられんかった」

ズイと横島の前に進み出て彼の手を握る。
その手はお世辞にも女らしくやわらかくはなく、堅くゴツゴツしている。
潰れた肉刺が、厚くなった皮が彼女の誇り。
ニコリと笑い横島の耳へと唇を導いた。

「礼兼ねて信頼関係築くために、こんなオバハンでよけりゃあ好きにさせたるで……」

「今すぐにでもォォォォ!!」

「はい、アウトォォォォォォォォ!!」

熱い吐息に飛び出す横島を畳にねじ込んだのはテレサ。
シュリュリとワイヤーアームが彼女へと収まり、再び目の前の枝豆を口に含む。

ニシシと笑う祥子、倒れ込む横島の髪を一撫でし京志朗の下へ。
ポン酒に舌鼓を打つ彼と賢吾の輪の中で、彼女はもう一度笑った。

「主、中々の誑しじゃの、ホッホッホ」

ニンマリと三日月のように口を歪め笑う老婆は『狩山トゥス』。
今だぼんやりと胸に残るやーらかい感触に浸る横島はニヤケ崩れ切った顔を彼女に見せる。
そんな彼の瞳を、くすんだ蒼の瞳が射抜く。

「まぁえぇ、……ワシは他とは毛色が違う……知っとって引き入れたんじゃろうのぉ?」

彼女はGS免許を持っていないGS、いわばモグリのGSであった。
『であった』というのも今は免許を取り正式なGSとして認められているからだ。

50年ほど昔、彼女は無敵とまで謳われたGSであった。
彼女の霊能『無敵の盾[イージス]』は攻撃を行う時に放出される霊力を紙に閉じ込め、そのまま対象ごと霊力を枯渇させ消滅させる、というもの。
これを武器に彼女は世界を渡り歩いた。

行く先々で悪霊を討ち、数多の霊障を解決していた。
しかし彼女には正式な除霊許可書が下りていなかった。

ほんの50年ほど前まで、彼女の生まれた国では一般の人々はどれだけ霊力を持っていてもGSになることはできなかった。
何故か?と聞かれればそうだからと答える状況。
『GSの子はGSでありそれ以外は認めない、もし用いる者がいたならそれは魔女である』という認識。
これが脈々と受け継がれていたのだ。

しかし孤児であった彼女は、生きるためにこの掟を破った。
結果として日本を訪れ、恋をし、子を成して少し経った頃、彼女は薄暗い独房の中へと放り込まれてしまった。

そこで10年、外に出た彼女を相手にしてくれる者などいなかった。
例え正式な免許を取ったとしてもその認識は変わりはしない。

射抜かれた横島は箸を片手に鳥の照り焼きを口に運ぶ。

「よ~わからんけど大丈夫っすよ、俺の友達にもモグリはいますし……京ちゃんの太鼓判もあるっすから」

「……大器、だの。
 主も、ボンも」

ホッホッホと一笑、彼女は再びニンマリ口を歪めた。

「こんばんは~、お父さん?私も来たけど……」

「フフフ、まさか北原さんも居られるとは思いませんでしたわ」

唐突に、ガラガラと扉を開く音。
そこに現れたのは活発そうな少女と少しお高くとまった風な少女。
身に纏っているのは日本ではオカルト最大手の育成機関『六道女学園』の制服。

「おはようからおやすみまで僕の秘書になってェェェェ!!」

「ヘンッタイィィィィ!!」

「まぁいやですわ、盛る雄犬など死ねばいいのに」

伸びる霊波の触手は横島を下へと叩きこみ、舞う霊力を帯びた紙の結界は彼を小さく包み込んだ。
そして彼の声は聞こえなくなった。


―――つづく


あとがき

難産でした今回。
テーマは京ちゃんと愛子、GSの現状。
GSの現状は妄想を振り絞ってかいてみましたがいかがでしょうか?
美神除霊事務所に多くの依頼が舞い込んだのは実はこんな訳というものです。

最後に出てきた二人は横っちか京ちゃんハーレム入りさせるつもりです。
ビジュアル的にはかなり好きな二人ですが、どんなキャラに仕立て上げていこうか、今から楽しみです。
このような駄文を読んでくださる皆様に日々感謝。



[17901] リポート23 ~男と男あるいは男と女 その4~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/07/03 16:28
「ったたた…首がまだ痛いわ……」

「まぁ自業自得なんじゃない?
高校生がいきなり見知らぬ男に飛びかかられたらあれぐらい普通よ、ふ・つ・う」

「あははは……顔が地面に埋まってましたけどね……」

首を押さえる横島にピートは乾いた笑いを返す。
むっすり顔の愛子は横島の頬をつつき、呆れた顔でため息を教室の中へと零してゆく。

昨夜、突如として現れた女子高生による惨劇により場は騒然。
ひたすら二人の頭に手を置き誤らせる父と祖母に訳もわからぬ娘と孫。
今日はここまで、という半ば強引な宴会終了の合図で無理やり事態を収束させ、また後日話し合いをということとなったのだった。

「いいんじゃねぇの、横っちの人となりが分かってもらえたしよ」

「どーゆー意味やねん!!」

「そのままですノー」

ああああッ、と薄く埃の積もった床を転げる横島。
ケラケラ笑う大男二人に彼は歯を噛みしめるのだった。

「で、何色だったよ?」

「赤のレースに黄と黒のストライプ!」

「流石は横島さん!あの一瞬で見分けるとはワッシにはできませんケン!!」

今度は肩を組み笑い始めた男三人。
縞パンは正義だ、とかレースとは……イイ、とか純白はロマンだ、とか溢れ出る思春期の欲望。
いつのまにやら他の男子まで交えてパンツ講義に花が咲く。
その光景は男子の聖域、女子との間に深い渓谷が形成されてゆく。

そんな時、広がるそれをものともせず飛び越えた一人の女生徒。
古ぼけた机片手に見事というべき跳躍を見せた。

彼女に気付いたのはその輪から離れていた一人の金髪、そしてその他の女生徒。
手に各獲物を持ち進む姿は威風堂々、宛ら訓練された兵士のように足並みそろえて歩を進める。
口開いたメシアに力なく、その言葉は届かない。
騎士の振り上げた鉄槌は曇りなく彷徨う亡者の群れへと振り下ろされる。

「サイテーね」

めきょりと低く鈍い音があたりに聞こえた。



 ■ ■ ■



「昨夜は娘の不始末のせいで……誠に申し訳ありませんでした!」

「っちょ!お父さん、そんな頭下げる必要なんて……」

「うるさい!これから世話になる相手方に無礼を働いたんだぞ、お前は!!」

声を荒げ娘を睨みつける賢吾。
そんな彼の言葉にバツの悪そうな表情をした彼女は、数瞬ためらい机を叩く。

「でもこの人が飛びかかって来たのが始まりじゃない!
 じゃあ私は見たこともない男に体を触らせろってことなの!!」

「……それが必要なら仕方ないだろう」

重く言葉を絞り出した賢吾に彼女は息を飲む。
顔を真っ赤にし身体を振る分けた彼女の眼には涙がたまる。

GSとして前線に出られるということに一番喜んでいたのは父だ。
この話が唐巣神父から受けた時、大して強くもない酒をがばがば飲み母の胸で泣いていたのは記憶に新しい。

真面目で不器用で寡黙で涙もろい父。
GSとしては失格のレッテルを貼られていながらも自己鍛錬を続け、受けた仕事はどんなに小さかろうが、薄給だろうが全力でこなす。
自分の中では最高にカッコイイ父。

そんな父が身体を売れ、なんてことを言うのが彼女には耐えられなかった。
父のためには自分が我慢せねばならないのだろうか、とも思ってしまう。

けれどそんなカッコ悪い父は、今の父は見ていられなかった。

振り上げた平手は賢吾の頬めがけて進む。
が、それは大きく太い腕によって止められた。

朱髪の、顔にいくつもの打撲傷をこしらえた彼は彼女の手を収めさせ、バンダナの彼に向ってにこりと微笑みかけた。

「もとはと言えばテメーのせいじゃねぇかァァァァ!!」

「勘忍やァァァァ!どのタイミングで言やぁいいんかわからんくなったんやァァァァァァァァ!!」

「今だ!この時!誠意をこめて!!」

「ごべんなさい!こぶんあざう!ごべぶるっ……!!」

のしかかり血しぶきを散らす状況に呆然と口を開く二人。
ただ意味がわからず立ち尽している。

「あははは……、横島さんのアレは病気みたいなものですから気にしなくて良いですよ。
 えっとですね、本人が言うに美人を見かけたときの男の性、だそうですから」

乾いた笑いを浮かべうんうんと首を振るおキヌ。
その口車に愛子も乗る。

「そういうわけで、深く考えないでください。
 私は同じ高校に通ってるんですけど、昨日みたいに飛びかかられるのはしょっちゅうですから」

「「いや、それはない」」

「あぁん!!」

「「調子こいてすいませんでしたァァァァ!」」

議らと眼光鋭く輝かせる彼女に横島と京志朗はすっかり委縮してしまう。

「……あの!あの!えと……あっとほうむってやつなんです!
 こんな風にみんな仲良しさんなんです!!」

ふんふん拳を握りしめ力説するおキヌはやはりどことなく抜けており頬笑みを誘う。
へへへと笑う娘を、そして土下座する二人を見つめ賢吾は微かに口元を上げた。

「……なにとぞよろしくお願いします。
 ああ、あと一つ頼みがあるのですが……」

「いっ!頼みですか……?」

「娘が誰とは言いませんが傷ものにされかけましたので……これくらいは、ね」

そんな賢吾は父として、そしてGSとしての顔を見せていた。



 ■ ■ ■



時刻は草木も眠る丑三つ時。
静寂に包まれたビル林の中でけたたましい音が鳴り響く。

「つーわけで国道で暴走行為を続ける霊を退治するわけだが……」

―――ヴォンヴォンヴォォォォン!!!

「耳に痛ぇな、こりゃ」

はぁ~、と大きくため息をこぼす京志朗に横島は言葉を続ける。

「え~と北原さんと狩山さんの頼みって事で二人を連れてくことになったわけだが……除霊の経験とかある?」

「父の除霊についていったことが一回と、後は六道の方で何度か……」

ビッと起立しはきはきと言葉を紡ぐのは賢吾の娘『北原綾』。
六道女学園の一年G組に所属し学年首位の成績を誇る才媛である。

上から下まで闇色の衣に身を包み、ショートボブの黒髪を晒す切れ長の瞳が印象的な美少女だ。
横島的美少女ランクではA-に食い込んできた。

「私も六道で何度か、あとはお婆様の除霊に同行させていただきましたわ」

ゆるやかに気品を漂わせながら口を開いたのはトゥスの孫『狩山真紀』。
一年D組に所属する彼女は霊的防御の面では学園最高峰のレベルを誇る。

黒の内巻きショートカット髪を揺らし、こちらは漆黒のシスター服のようなものを身に纏っている。
聖書を持ちたおやかにたたずむ彼女はランキングAの評価を叩きだした。

「ええっと今回の除霊対象は香川心太、享年17歳で生前は暴走行為で幾度となく警察のご厄介になってるみたいです。
 死因は国道のかーぶを曲がりきれなくて追突したみたいですね」

「スピード狂かいな……。
美神さんがおりゃあコブラで追い詰めて俺がズバッとやっちまえばいいんだが……」

おキヌの報告に首をひねらせる横島。
真剣に唸る彼に綾と真紀は初めて会った時との印象の違いに、少々違和感を感じていた。

(ぐふふっ……嗚呼、俺を見てる目が違う!
 ここは頼れるお兄さんってとこを見せて一気に美少女二人ゲットじゃァァァァ!)

まぁ横島自身は変わるはずもなくふしだらな妄想を繰り広げているのだが……良くも悪くも彼の霊力の源は煩悩である。
頭の中の二人の少女が淫らになるに従い、彼の霊力は膨れ上がってゆく。
轟ッ!と二人に比べればはるかに大きなそれを見せつけられ、少女の視線にはますます熱がこもる。
そして霊力がさらに……という無限ループ。

そろそろおキヌもイラついてきたのか先ほどから微笑みの表情が一瞬も変わることなく顔に張り付いている。

「はいは~い、この辺にしときましょうねぇ~。
 とっとと温かい布団にかえりたいんだよ、京ちゃんは」

パンパンと手を叩き四人を正気に戻す。
あらあらと微笑む真紀に対し、ハッとした表情で顔を赤く小さくなる綾。
そんな二人の反応に拳を握りしめた横島の正面で、相も変わらず表情を変えないおキヌ。

「あ~あ~、この例で一番厄介なのはたぶんそのスピードなわけで……。
 どうにかして子の霊に追い付くか、進路を誘導して誘い込むかしねぇといかんわけで……」

たら~り冷や汗を流した横島は声をあげる。

「カカカ、浮気のばれた亭主みたいだなぁオイ」

「もう、夫婦なんて気が早いですよぉ!
 横島さんのあぱーとで二人暮しですか?
 朝起きたらおはようって言って、寝るときにはおやすみって言うんですね!それで二人一緒の布団でくるまって寝るんですよね!!
 子供は何人が良いですかね?
 やっぱり最初は女の子ですよね!よちよち歩いておとーさん、おかーさん私たちのことを呼んでくれるようになるんですね!!
 それでそれで……!!!」

「アレ?地雷踏んだ?寧ろ飛び込んで行ったのか、俺は?」

ビシビシと京志朗の方を叩くおキヌに死んだ魚のような眼を見せる。

「で、何か意見とかある?」

スルーかよ!という彼の言葉は届かない。
暫しの沈黙が辺りを覆い、綾は口を開く。

「私の思う限りですけど、車とかを利用できない私たちにできる手段はないと思います」

「北原さんの言うことは正しいですわ。
 暴走行為を繰り返していた方なのでしょう?バリケードを張って誘導するにしても簡単なものでしたら破られてしまいそうですし……」

「高価なもん買う金はないし……ってとこか」

はぁ、と溜め息をついた横島はグイと首を京志朗へと向けた。

「で、どうするよ京ちゃん?」

「ま、任しときな」

今だ彼の方を叩くおキヌに若干うんざりした顔を見せつつ、京志朗は不敵に笑った。










「気合は十分、覚悟も完了。
 さ~て行くとしますか、北原ァ」

「行くとしますか、じゃないですよ!
 なんですかこのバイクは!田舎のおじいちゃんがこれに似た物に乗ってましたよ!!」

「まぁ安心しろ、似たものじゃねぇ……同じものだ!!!」

「もっと安心できませんよ!!!」

はぁはぁと鼻息荒く熱弁を繰り出す綾。
とある道路への侵入口へ彼らはいた。
彼女は今とあるこじんまりしたバイク、もといスクーターの上にいた。

その名はホンダ・ブレスカブ。
1988年に発売された新聞配達へとターゲットを絞ったモデルである。
ちなみに特徴的な前カゴは不要というわけで外されており、彼のマンションのとある一角に毛布を敷きつめ置かれている。
慧と美衣の猫バージョンでのお昼寝場所だ。

「なんにせよこんなのじゃあスピード狂の怨霊には追いつけませんが?」

「カッカッカ、甘い!チョコレートの砂糖がけよりも甘いぜぇ!!」

人差し指を立てこちらを向く京志朗になんとなくイラり、とした感情を覚えた綾。
しかしぶんぶんと首を振り、きわめて平静を装う。

「……ではどうするので?」

「少し前だがな、美神さんがヴィスコンティの除霊をしたのは知ってるか?
 あん時は事務所に棲んどる人口幽霊一号を憑依させて霊力をパワーに変換させたんだわ」

「ということは……」

「そう言うこと!
 こいつはカオスらと改造して霊力をパワーへと変換させられるモノとなった!
 燃料は俺らの力!タイヤやらボディやらも速度に耐えられるように加工済み!!」

ヘルメットを綾に被せ、京志朗はエンジンをかける。
独特の音が響き、準備を完了させた。

これならば、と期待を膨らませた綾。
ふとそこで、彼女は腰に違和感を覚える。
目を走らせてみれば巻かれた呪縛ロープ、もう一方は目の前の彼の腰に巻かれている。

「あの、御剣さん……これは?」

「決まってんだろ?
 落ちたら元も子もねぇもん、な!」

さぁっ、と血の気が引く音を感じた綾。

「ちょっ!まっ!まだ心の準備が!!」

「さぁ北原、行こうじゃねぇか……スピードの彼方へとよぉ」

「そんなセリフはいやァァァァァァァァ!!!」

声を置き去りに、二人は風となるべく国道へと飛び出した。


――つづく



あとがき

結構な間放置してしまいましたが、また執筆を続けたいと思います。
どうやら地の文がかなりの量だったので会話を増やしてみましたが、いかがだったでしょうか?

今回のテーマははじめての除霊。
初々しい二人の活躍にご期待を。

オリキャラが増え、名前とかも勝手につけて分かんないキャラが出てくるかもしれませんがご了承を。

今回はこの辺りで終わらせていただきます。



[17901] リポート24 ~男と男あるいは男と女 その5~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/07/05 23:20
ここは暴走怨霊が駆けるとある国道のとある筋。
微かながらエンジン音が耳につく。

「真紀ちゃん、そっちの呪縛ロープ取ってくれるか」

「これですわね。
 そのようなことよりも、私は初対面の方を『ちゃん』付けで呼ぶのはどうかと思いますが?」

「ん~、でもまぁこれからは一緒に除霊とか行くわけだしさ、狩山さんとかだったらなんか他人行儀じゃん」

「それは……そうかもしれませんが」

むぅ、とうなる彼女を尻目にゴールテープを張るかのように呪縛ロープを道に巡らす。

横島が賢吾より受けたお願い、それは娘の綾を除霊へと同行させてくれというものだ。
これは奇しくも真紀の祖母であるトゥスより提示された条件とも同じものであった。

単純な話、踏んだ場数が多いということは強さへと直結する。
座学だけでは学べない多くの事柄が現場にはあふれかえっているのだから。

実際今真紀が行っている『罠を巡らせる』という行為も学園では教えてくれない。
六道学園が掲げる基本的な教育内容、というよりもオカルト界自体が『正面から正々堂々と除霊対象を殲滅する』という狂った考えを根幹に置いているからだ。

このようなこと、実際に現場に立ったことのある人間ならば一笑にあしらうように下らない間違ったこと。
本来ならば『除霊』という結果が必要なのであり、そこに到るまでの過程はぶっちゃければどうでもよいと言える。

しかしオカルトという現象が広く認知された今でもまだ胡散臭さはどうしても残っている。
その胡散臭い商売に膨大な料金をかけて行うオカルトビジネス。
『だったら過程も綺麗な方が世間からの受けはいいではないか』というオカルト協会のお偉方の妄言。
それが命の危機を晒すような除霊方法を教えるにいたるのだ。

そして『それが間違っている』ということを知っている一部のGSたちが実際の現場で成功を収め、『それが当然だ』と思っているGSたちがその人生を闇へと落とす。

腐った循環がこの中で起こっているのだ。

だからこそ二人は綾と真紀の同行を依頼したのだ。
ある筋ではGS業界一卑怯であると言われる美神令子の弟子たる彼の除霊へと。

さて、今回の除霊についての彼らの作戦はこうだ。

京志朗と綾が怨霊をこの場に追い込み絡め取る。
さらに真紀の無敵の盾[イージス]により霊力を奪い取り止めを横島の霊波刀で決める。
至ってシンプルではあるが知能の低下した怨霊にはちょうどいい作戦だ。

「あの、あの!狩山さんって女子高生さんなんですよね?
 やっぱり学校って楽しいですか?」

罠を張り終えふぅと一息ついたとこにおキヌが問いかける。
彼女から受け取ったお茶を一口、口に含んだ。

「そうですね……、まぁ潰してやりたくなるほどに気に食わない方はいますが」

「……狩山さん?」

「あら、失礼。
 でもやはり同年代の方々と学ぶのは自身を練磨出来ますし、休み時間や放課後も充実しています。
 夢に近づいているという実感もありますしね」

「夢っつったらやっぱり……」

「ええ、GSですわ。
 私の手でお婆様の栄光と名誉を復活させて見せます。
 そしてオカルト協会のフナ虫どもを私とお婆様の足もとに膝まづかせて見せますわ」

ほほほほほ、と極めて楽しそうに笑う彼女に乾いた笑いを返すしかない横島とおキヌ。

それと同時に美神さんはやはりすごいのだろうなぁ、と二人は考えを巡らせる。
週に幾度も、数千万単位の仕事が舞い込んでくるのだから。

「ですが……美神令子のようにはなりたくないですわ」

「えっ?何でですか!?」

驚いた、という表情でおキヌは聞き返す。
その先の真紀の表情は汚らしいものを見るかのように歪んだ顔をしていた。

「決まっています。
 彼女のような金の亡者がいるために、気に食いませんがお婆様のような末端のGSに仕事が回って来ませんもの」

何を当たり前のことを、そう言いたげに真紀は言葉を続ける。

「GSはすべて金の亡者というイメージが出てきて依頼もされませんし、たまに来る仕事も割の良い仕事なんかなく、お婆様の足下を見て雀の涙のようなお給金。
どうせあの女は枕営業をやっているに違いありません」

「そんなら……そんならあのちちしりふとももはすでにムサイおっさんの物なんかァァァァ!!
 許さん……んなもんワイが許さへんでェェェェェェェェ!!!」

「違いありませんわ、そして私たちのような者を下級GSとして嘲笑っているに。
 横島さんもあのような年増に付いていくのはやめて、私のに付いてくればいいですわ」

ほほほほほ、と笑い声をまき散らす真紀にあああああっ、と血涙をこぼす横島。

何とも収集の付かない状況。
そんな二人におキヌはおずおずと口を開いた。

「そんなことないと思います……。
 美神さんは確かにお金が好きだ好きで好きで好きで好きですけど、人のことを小馬鹿にしたりはしませんよぉ」

「俺はいっつもされとるけどな」

「割の良い仕事ばかりするのはそれだけ難しいからです。
 だからお給金は安いですけど簡単な仕事を経験の薄い人にまわしているんです」

うんきっと、とおキヌは頷く。
しかしその言葉が頭にきたのか真紀はズイとおキヌに詰め寄った。
腕を組み、苛立たしげに人差し指でトントンと肘近くを叩いる。

「ふぅ、つまり何ですかおキヌさん。
 彼女は私たちに同情して情けをかけていると言いたいのですか?」

「そうじゃないです!でも美神さんは本当は優しくて!」

「ははは、今度は俺がスルー」

「そうでしょう、どんな仕事も自分でこなせる、けれど低料金の依頼は彼女自身やる価値もない。
 だからお婆様のような三流にくれてやっていると私には聞こえますよ」

「……そうじゃなくて……そうじゃないんです……」

口に出そうと、言葉を紡ごうとおキヌは虚空にゆらゆら手を揺らしながら必死になって頭を回す。
だが真紀はそんな彼女を袖にもかけず、とっとと彼女が経つべき場所へと向かってゆく。

「あれがどう思っていようが私には関係ありません。
 ただおキヌさん、もし本当に彼女がそんな思いを抱いているのなら……私は彼女を嫌悪します」

ちらとこちらを振り向き、溜め息一つ。
低く、彼女の強い意志を思わせる言葉が夜の闇へと注がれた。

「同情なんて……私もお婆様も、欲してはいませんから」

あぅぅ……、とうなるおキヌ。
その肩をポンと叩き彼女へと笑顔を振った横島は、そのまま真紀の傍へと歩みを進める。

「……彼女自身は関係ないというのに……私は少し言いすぎたのでしょうか……」

しばしの沈黙の後、存外愁傷な言葉を口にした真紀。

「いいんじゃねぇの?美神さんに対して思うことは人それぞれだし。
 つーか俺の待遇をもっと良くしろォォォォ!あんだけ体張っとんやからご褒美の一つでもあっていいじゃねぇかァァァァァァァァ!!!」

「ふふっ、なんですかそれは?」

急に大声を張り上げた横島にきょとんとした表情の彼女。
けれどその必死な顔はどことなく間抜けで笑いを誘う。

「綾ちゃんも真紀ちゃんも美少女じゃねかったらテキトーに理由付けて断れたってのに……。
 ってことでこの後暇?俺と一緒に御飯でもどう?」

「お世話になって置いてなんですがありえませんわね、それだけは」

「顔か?顔なんか?顔がいかんのかァァァァ!?
 チキショォォォォ!なにがどんな女も落ちる魔法の香り石鹸やァァァァ!!
 厄珍の阿保垂れェェェェェェェェ!!!」

ゴロゴロと深夜の国道を転がる不審な男。
金返せェェェェ!と叫ぶ彼を片目に真紀はもう一度溜め息を吐いた。

―――ヴォンヴォンヴォォォォン!!

そして耳へと入りこむ排気音。
おどろおどろしく光を放つ暴走怨霊はその姿を二人の前へと示す。

「横島さんッ!!」

立ち直ったのか、おキヌの声を片切りに横島は翡翠の籠手を右手へと現す。
それは真紀がこれまで見たどのようなGSよりもその霊力の塊は鋭く艶やかに、けれど優しく彼女の心へと飛び込んで行った。

「終わったら京ちゃんとエセ中国人とこにカチコミじゃァァァァ!
 気合入れっぞ!真紀ちゃん!!」

「ふん!私の無敵の盾[イージス]にかかれば余裕ですわ!」

そしてその速度を落とすことなく怨霊は呪縛ロープの巣へと突貫した。



 ■ ■ ■



「にィィィィィィィ!!!」

―――ヴォン!

「にょわッ!」

―――ヴァゥン!!

「にゃうィ!!」

―――ヴァヴァァァァァン!!!

「にゅむあァァァァァァァァ!!!」

ここは暴走怨霊が駆けるとある国道のとある筋。
夜の静寂を切り裂くように、二つの排気音が響き渡る。

「待てコルァァァァ!!」

「ケケケケッ!!」

一つは妖しい光を放つ今回の除霊対象、ここのコースは知り尽くしたと言わんばかりのコーナーテクニックを披露し暴走を続けている。

もう一つは本来のスペックでは決して出ないスピードを示すスクーター、ホンダ・ブレスカブ。
ヨーロッパの魔王ドクターカオスによって魔改造されたそれは霊力の供給により朱の光を発しながら200km/h越えの怨霊へと食らいつく。

……ただ一人、少女の意思を置き去りに。

「ストップストップストォォォォップ!!
 死にますゥゥゥゥ!本気でェェェェ!ホントにィィィィィィィィ!!」

「バッ!何言ってんの!
 ここでェ!逃したらァ!明日に食い込んじまうだろうがァァァァ!!」

現在絶賛売出し中の横島心霊相談所。
信頼を得ることが重要で、なおかつ比較的低料金のため大量の依頼が舞い込んでいる現状。
無論のこと明日もまた彼らには行かねばならない仕事があるのだ。

もしここを落としてしまったら転落人生。
GSの墓場へようこそ、というのが目に見えている。
だからこそなんとしても今日中にこの一件を終わらせてしまわねばならないのだ。

「うちの!現状はァ!話してるだろうがァ!
 一瞬の気の緩みが命取りィ!!狂気の沙汰の経営術ってヤツだねこりゃぁよォォォォ!!」

「わかって……ますよォ!!」

「だったらとっととそいつの進路を変えろォ!
 次右ィィィィ!!」

「みィィィィィィィィ!!」

しかしながら凄まじい速度で走る二つの光。
横島のように新幹線の上での死闘を繰り広げたことがあるならまだしも、なんだかんだ言って温室育ちの綾には少々、いやかなり厳しい条件であった。

「ッチ!」

舌打ち一つ、注ぐ霊力を加算しさらなる高みへと走り出す。
刹那の間、新幹線にも迫る速度をメーターは示し怨霊へと迫りその横に付ける。
速度を合わせ横につけ並走する。

「――ッァァァァ!!御剣さァァァァん!前ェェェェ!前ェェェェェェェェ!!!」

迫りくる風もまた彼女を圧迫する。
それでも何とか体に霊力を回し、圧力を振り払いゴーグル越しに前を見る。

その眼の先、遥か彼方に飛び込んできたのは分岐路。
ちょうど自分達は分け目の出っ張り、その直線状にいるのだ。
つまりこのままいけば壁にうれしくもないファーストキスを捧げてしまうことになる。

「右曲がってください!右ィィィィィィィィ!!」

「阿保かァ!
 ギリギリんとこで自分ごと押し込まねぇとォォォォ!押し返されて俺らだけ左言ったらいかんだろォォォォォォォォ!!」

「いやですいやですいやですゥゥゥゥ!!
 彼氏もできずゥゥゥゥ!好きな人もできずゥゥゥゥ!デートもしたことのないままに死ぬなんてェェェェェェェェ!!」

「ちょッ!まッ!揺らすな揺らすな揺らすなァァァァ!!
 ヤバいヤバいマジヤバいからァァァァァァァァ!!!」

緊張と恐怖が限界を越えて綾の脳はパニックを起こした。
ただ『この現状をなんとかせねば』という指令に体は従い元凶たる京志朗の肩を掴みブンブン揺らす。

そんな事をしたらどうなるか?
答えは簡単。

「のわにゃァァァァァァァァ!!!」

「顔の!横を!地面がァァァァァァァァ!!!」

蛇行し転倒しかけたスクーターを霊力を回した脚で地面を蹴り無理やり立て直す。

「ほふッほふッほふゥゥゥゥ!!」

「はにゃはにゃはにゃァァァァ!!」

背中に冷たい汗をびっしょりと滴らせ、蒼白な顔を見せる二人。
しかし無情にも分岐路はどんどんと迫っていく。

先の恐怖に凍りついたのか、綾はガチリと身体を固めて動きを止めた。
残りの直線は500mを切り京志朗の脳裏に乞食となった自分たちのイメージが浮かんでは消える。

―――プッ

唐突にその音は、彼らの右隣りより聞こえてきた。
そこにいるのは暴走怨霊、髑髏のような顔のそれは明らかに愉悦に歪んでいた。
そう、京志朗と綾の二人の顔をまじまじと見つめ、小馬鹿にしたようにもう一度。

―――プッ

その音がきっかけだった。
ふつふつと、スクーターを包んだ朱の光は覆いつくすように辺りに広がる。
そして、体を固めた少女は轟ッ!とこれまでに出したこともないような出力の霊力を示した。

「こんのクサレ悪霊がァァァァァァァァ!!!」

「馬鹿にした馬鹿にした馬鹿にしたなァァァァ!
 あのドクサレお嬢のようにィィィィィィィィ!!」

「ケケッ!?」

「「どるあッ!!!」」

ガン!と怨霊の横っ腹に蹴りを叩きこむ。

「ッケ!ケケク!!」

グラリ感じた衝撃によりそれは右のわかれ道へとその霊体を滑り込ませた。

やられたらやり返す、これは生前からの彼の信条。
壁にキスしてな!と左へとバイクを寄せる。
けれどそこは空白で、自分の左にはもう先の生きた体はいない。

死んだ、いつものように。

その結果に満足したのか、怨霊は口を開き高らかに叫ぼうとする。
が、それは背後に感じた大きな霊力の塊によって声を詰まらせた。

「気合は十分、覚悟も完了!
 北原ァ、今度は行けるだろうなァァァァ!」

「もちろんです!罠に辿り着くその前に!私が滅してやりますよォォォォォォォォ!!」

先とは違い、普通の使い方なら新聞を積むその場所に綾は高らかに立つ。

「脚の裏に霊力を集中させろよ!蛸やら烏賊やらの吸盤をイメージだ!
 風圧は気にすんな!傘みてぇに固めた俺の霊波刀でカットしてやる!!」

ライトの部分から現れた朱の刃は薄く張り巡らされスクーターを膜のように覆う。
風の無くなった、ただ狭いだけの足場。
いつもと変わりなく、綾は気合を込めた。

「つあッ!!」

鎌のように刈り取る脚は怨霊の頭上をかすめ、彼の進路を変える。

「次左!!」

「はいッ!!」

これまで受けたことのない衝撃。
霊力の通ったそれは怨霊の体に触れ、彼をひどく苛立たせ、そして恐怖させる。

ちらと虚空を見つめる京志朗。

「次はァァァァ右ィィィィィィィィ!!」

「ちぇあッ!!」

京志朗の頭に手を添え、そこを起点にグルリ廻る。
遠心力によって威力を高めた両脚はドゴッ!と鈍い音とともに怨霊の四本あるマフラーの二つを弾け飛ばした。

「クケクケケケケェェェェ!」

本格的に拙いと思い始めたのか、怨霊は逃げのため我武者羅に走り始めた。
そうなればこちらの物、完全にペースを握った京志朗と綾は容易く進路を誘導する。










「次ィ最後ォ右だァァァァ!!」

幾つかの進路を誘導し、遂に最後の分岐点。
ここを越えれば罠があり後は容易く殲滅となる。

「御剣さん?」

ふと触れた肩、纏った朱黒の和服越しにもわかるほどに、彼の体はぐっしょりと濡れていた。
そんな状況に綾は不安そうに声を上げる。
そしてハッと彼女は彼を見つめた。

(知ってる!これって霊力の使い過ぎで!!)

以前にこれと似た現象を綾自身体験していた。

霊力というものは無限ではない。
一人一人その許容量は異なり、それを越えれば普通は放出が不可能となる。
しかし霊力というものは感情やその日のコンディションや状況により変化することもよくある。

霊力は想いに依存する。

そして体を吹き飛ばすような、絶対に譲れないような強い想いを胸に秘めていた時、それは限界を越えても放出を続ける。
今まさに、この状況のように。

綾自身に現れたのは六道女学園でどうしても負けられないと思っている相手と模擬戦を行った時。
その時審判を行っていた鬼道に、試合の後『霊脈がズタズタになって霊能力者として再起不能になるとこだった』と伝えられたのは耳に残っている。

けれど今の京志朗はあの時の自分より遥か厳しい状況にあると、肌が告げていた。
朱の毛先は天を付き、ギリと噛みしめられた口元に血が滲む。
滝のような汗はスクーターを濡らし、金色の瞳は赤き海に浮いている。

思えばここまで数十分の間、霊力が持ったこと自体が奇跡なのだ。
薄い膜で自身と綾を覆い、200km/h越えの速度で走り続けてきたのだから。

なんで、と考えが頭をよぎる。
けれどその答えは極めて簡単に綾の頭を過ぎって行った。

(横島さんと……私のために……!!)

除霊はただ一度の失敗が命取りになることもある。
正式な『除霊』という行為に赴くのは初めての綾、そして信頼のためにも成功が最低条件となっている横島心霊相談所。

そのためにも……京志朗は譲れなかった。

「右寄せろォォォォ!叩きこめェェェェェェェェ!!」

吼える彼に綾は敬意を、そして尊敬を覚える。
だからこそ、彼女は京志朗に全力で答えたかった。

「はい!私の特技で決めます!!」

被ったヘルメットの隙間から、二本の光が怨霊めがけて伸びてゆく。

彼女の特技は霊体の触手を相手に付着させ精神コントロールを奪うこと。
体の自由を奪うのだから、これはひどく有効な手段だと思える。

しかしこの状況、この相手にとって、彼女のとった行動。
それは凄まじいまでに愚かで、陳腐、絶対的に踏み込んではいけない、とってはいけない手段だった。

「バッ!えんがちょォォォォォォォォ!!」

気付いた京志朗の制止も遅く、怨霊と彼女のむき出しの霊体が接触した。

「……え?……あ……え……あああnくぉうtqぽあじゃあァァァァァァァァ!!!」

狂った思考が流れ込む。
恨み、妬み、嫉み、ありとあらゆる負の感情は一瞬で彼女を侵食していく。

膨大な情報は彼女の脳を犯し、心を壊し、体を砕いてゆく。
ビクビクと震える綾の体。
涙があふれ、唾液がこぼれ、掻き毟るように全身を抱きしめ彼女は叫び続ける。

そして目の前に現れる最後の分岐。

「将来有望な美少女とムサい大男かぁ……、決まってんだよなぁ世界の選択肢ってやつはよぉ、コノヤロー」

ジッと前を見据え、京志朗は綾を抱え立ち上がった。

「そいやぁキヌちゃん、仕事の前に占いがどうとか言ってたか……」

『今日の最下位はおうし座だそうですよ。
悪い意味でびっくりするような出来事があなたを襲うでしょう……ですって。
……そういえば御剣さんって何座なんですか?』

「わぉ、おうし座だよ……、……チキショォォォォォォォォ!!」

ダンとスクーターを蹴り京志朗は体を宙へと投げ出した。

長さの限界を越えたのか、ブチッと霊体が怨霊から離れる。
蹴り飛ばされたスクーターは怨霊へと追突し、右へと押し込んだ。

『……だっ大丈夫です!らっきーあいてむがあれば逃れれるって!!
 ほら、らっきーあいてむは……黒い服……だそうですよ!!
 ……あははは……』


―――つづく


あとがき

美神令子への評価、初めての除霊をテーマに書いてみました今回、いかがだったでしょうか?
最後のくだりがこじつけっぽいですね……。

しっかりとキャラを立たせられるように頑張って行きたいと思っています。

このような駄文を呼んでくださっている方々に日々感謝。
よろしければ批判等もどしどしお願いします。



[17901] リポート25 ~男と男あるいは男と女 その6~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/07/05 21:18
ブチブチッ!と引き千切れる音が耳に付く。

高速で呪縛ロープめがけて突っ込んだ怨霊は僅かに速度を落としただけで、前へ前へと突き進み続ける。
平均的な高校生男子と比べれば遥かに筋力のある横島がロープを外れぬように巻き付けた。
だが一本の光の矢と化した怨霊を押し留めることはできなかったのだ。

「だったら……これで!沈みなさい!!」

ぶわっ、と真紀の手にした分厚いカバーの本から紙が辺りに舞い踊る。
その一枚一枚が霊力を吸収し霊衣も破壊する結界、入り込んだ霊力を基にした武装を奪い取る聖域。
これこそが真紀が誇る霊能、無敵の盾[イージス]である。

しかし彼女の霊能もまた怨霊を止めるに至らなかった。

紙吹雪の嵐を奴は風の如く駆け抜けた。
いくつかの紙は彼に触れ、その体を剥ぎとってゆく。
だが絶対的に速度が足りなかった。

浅い呼吸一つ分、僅か0.5秒、怨霊が結界侵入してから脱出するまでの時間は僅かにそれだけだった。

「―――ッ!!」

声にならない叫びが真紀の喉を震わせる。
今の状況が、破られたという現状が、彼女には信じられなかった。

真紀の祖母、狩山トゥスが誇った最強の霊能。
自分が受け継いだ絶対不敗の力。
そう信じて得たはずの力。

それが音を立てて崩れていく。

彼女はこれまで殊更霊能に関しては敗北というものを受けたことはなかった。
学年首位の成績を誇る綾にも、もう一人の学年首位にも、訓練として戦うどのようなレベルの式紙ケント紙においても。
彼女は『敗北』という事象を受けたことがなかったのだ。

それは単純に彼女の技術が非常に優秀で、戦いづらいものであるからだ。

だからこそある程度の才能を持った綾のような生徒達は彼女と戦いたがらなかった。
真紀から手合わせを仕掛けても、適当に理由をつけ逃れていたのだ。

故に彼女は負けたことがなかった。

同情なんか欲しくない、そうおキヌに告げた真紀の頭の中には確固たる思いが眠っていた。

『どうせ私と戦えばあなたは負けるでしょう?』

そんな下らない子供のような思いが。
だからこそ真紀はあんなセリフを発した。
本当は弱いくせに、と間違った答えを自分の中で確立させて。

研修で教師が除霊を行う場面でも彼女が決まって思うことはただ一つ。
『私にやらせてもらえればもっと簡単に倒して見せるのに』と。



ところで、彼女自身は本当に強いのであろうか?
確かに彼女が美神を一笑にふけれるほどの実力を持っていたならば、彼女の思考は完全に間違っているとはいえないだろう。

しかしながら、当然の如く答えは否。
彼女自身が仕事の貰えない祖母をあえてそう言ったように彼女は三流のGSであった。

霊力量は人より多い、知識もある程度は持っている、しかしそれだけだった。
体力はなく、運動神経もなく、霊能グッズもまともに扱えるものはない。
あえて挙げるならば霊体ボウガン、十発撃って一発当たれば成功と言える程度だが。

「いやァ……」

その場から逃げだそうと頭は体に指示を送る。
だが彼女の体は恐怖で硬直し、迫る怨霊相手に一歩も動くことが出来ない。

真紀は優秀すぎる技術を持ってしまった。
故にそれを自分の実力と勘違いし、その技術の上に胡坐をかいていた。
彼女はただの蛙だった。

「なッめんなァァァァ!!」

叫ぶ横島の声を皮切りに、彼女の体は宙に浮いた。
細い腰と、折れそうな脚に横島の手が触れ彼女を怨霊の進行方向から救い出したのだ。
まさしく人外の反射神経とスピードである。

「もぶっ!」

ゴロゴロと彼女を抱え転がる彼。
ガンと国道の脇にぶつかり勢いを止めた彼は彼女を抱え立ち上がる。

「ッケ!怨霊如き場真紀ちゃんに触れてんじゃねぇよ……」

キャラと似合わずニヒルに決めて見せた横島。
その言葉に真紀は顔を持ち上げ怨霊を視界に収めた。

「ギィアアアア!!」

腹のそこから湧き出、這い上がってくるような断末魔。
ズッパリと肩口から脚の付け根までを切り裂かれたそれは解けるように闇の中に消えていった。

「っえ?あっ?横……島さんが……?」

信じられないと言うべき面持ちで彼を見つめる。
そしてふと、自分の体の下、脚のあたりで彼の霊力が消え去るのを感じた。

(あし……脚から霊波刀を出して怨霊を切り裂いたの……!?
 私を抱えて逃げながら!?)

ますます信じられない、という思いが彼女をめぐる。
だが今事実として、そのようなアクロバティックな方法で横島は真紀を助け出したのだ。

(――ッくゥゥゥゥ!流石は俺の息子!!期待に答えてくれるなんて憎らしいじゃねぇか!!
 うっしゃぁ!!今日は御馳走をくれたるからなァァァァァァァァ!!!)

……実際は全く違うとこで切り裂いたのだが。
当初は足に集めるつもりだったがなぜやら何故かその場所へ。

まあヨーガにおけるチャクラの一つに数えられ、霊的なものを集めるには非常に都合がよいのも確かだ。
なんにせよ怨霊を滅せたのだからよしとしよう。
なんでそこに?と聞かれれば横島だから、と答えればいいのだし。

「あの……横島さん……「ちちィィィィ!意外に着やせする真紀ちゃん……ぐっしょぶゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」……へは……え?へ?えっ!?」

「何やってるんですか横島さんはァァァァ!!」

急に抱えた真紀の胸に顔をうずめた横島に、石神を相手にした時のようにおキヌは走り、そして跳んだ。

「ほまっ!!」

両足揃ってねじ込まれた彼女の足裏は、横島の顔を強打し吹き飛ばす。
飛ばされながらも真紀はこけないように立たせた横島の根性は流石と言える。

うわぁ~ん、と声を上げてポカポカと横島を叩くおキヌ。
起き上がりざまに彼女の脹れっ面を見せられた横島はバツの悪そうに頭をかく。

そんな状況にようやく意識を取り戻した真紀は二人に視線を定め、こちらを向いた二人に合わせスッとそらす。

「狩山さん……」

「ふふふっ……さぞみっともないでしょうね、私は」

両手を開き夜空を見上げる真紀。
おキヌの言葉にクスクスと自嘲的な笑いをこぼす。

「あれだけ大っぴらにことを並べて置いて……、結局は何もできず立ち尽くして足を引っ張って……」

真紀はこれまでの自分自身を思い返す。
馬鹿にして、見下して、私は強いのだという下らない妄想に固執していた自分。

それがこの実戦で、すべて打ち砕かれてしまった。

「私はただの……井の中の蛙でしたわ……。
 情けない……私は、自分が……情けないです……」

そしてそれ以上に自分が恥ずかしかった。
力もなく、虚勢を張り、駄々っ子のように粋がっていた自分。

たまらなく、彼女は情けなかった。



真紀の気持ちを知ってか知らず、横島は言葉を投げかける。
その言葉は染み入るように彼女の中へと入って行った。

「良いんじゃねぇの、井の中の蛙でも」

「えっ?」

「確かに真紀ちゃんは小さい井戸の底しか知らんけどさ、狩山さんっつう空の高さを知ってるじゃねぇか。
 いつか井戸の外に出て、海も知れるようになりゃあいいさ」

聞き返す真紀に横島は優しげに言葉を投げかける。
頭をかき、少し恥ずかしげな表情で。

「美神さんの色香に騙されてGSやってる俺なんかよりきっと良いGSになれるって。
 にしても……美神さんは横暴じゃァァァァァァァァ!!」

ああああっ、と叫ぶ横島を真紀はぼんやりと見つめ、先の彼の言葉を反芻する。

(私は……私はGSを続けても良いのでしょうか……?)

彼の言葉には、そんな意味も含まれていた気がする。

いや、彼の言葉はしるべにすぎない、決めるのは自分自身だ。

(私はどうしたいのでしょうか……)

ふと目を閉じ考えて、あくまで容易に彼女は答えへと辿り着いた。
それはごく簡単で、愚直な彼女の起源だった。

愚者は愚者のままでいるからこそ愚かなのだ。
悩み、もがき、抗うその時、愚者は愚者ではなくなるのだろう。

ならば変わればいい。
今この時この場所で、新たな誓いを立てればよい。
子供のころと同じで、子供のころよりちょっと大人になった誓いを。


だからこそ、彼女は思えた。
新鮮に、純粋に、そうそれは祖母の話を聞いた時のように。


祖母のような誇り高きGSになりたいと、真紀は思ったのだ。


頭をなでられ慰められている横島。
そんな彼を見て、彼女はポツリ言葉を落とした。

「横島……様……」



 ■ ■ ■



顔に心地よい冷たさを感じ、まぶたを開く。
コポコポと顔をつたう水は彼女の意識を覚醒させる。

「っは!御剣さん!傷は!怨霊は!?」

「ちゃぁんと行ったよ、罠の方へよ」

「そう……ですか……」

ガバッと起き上がり、シュンとうなだれた綾に京志朗は持っていたペットボトルをクシャッと握りつぶした。
口に煙管をくわえてぷはぁと一息、隣に腰をおろしていた彼は横転したスクーターの方へ向けて歩き出す。

ヨーロッパの魔王という異名は伊達ではないのだろう、所々に傷は見渡せるものの壊れきっていないそれを立て直しもう一度一息。
紅蓮の煙管をくるくると弄びつつ、京志朗は虚空に目を向けた。

「……やっぱり……私って足手まといでしたか?」

ポツと、静寂の闇に言葉を落とす。
弱々しげに呟く綾、彼は背中越しにその言葉を受ける。

「はぁ……んなもん言うまでもねぇだろ」

何を当たり前のことを、そう言いたげに京志朗は生返事を返す。
エンジンをかけると再び排気音をこぼしたことに少し驚きを感じ、うんうんと頷く。

「叫ぶばっかで最初のころは何もできねぇ、俺を揺らしてこかしかけるわ……。
死霊使いでもねぇのに怨霊と精神リンクなんてバカだろ、お前?バカだって言ってみ」

「うっ……うぅ~……」

「だが、まぁよ……そんだけだ。
 ……俺も助かったしな」

「へっ?」

唸って地面を見つめていた彼女はパッと顔を上げて京志朗をロックした。
転がっていたヘルメットをポンと綾に投げ渡し、スクーターを押してこちらへと向かってくる彼を。

「んなわけで北原さぁ、いつが暇?」

「え?」

「だからぁ~、いつが暇って聞いてるわけ。
 あ、言っとくがデートじゃねぇぞ、初めては好きな人とちゃんと行けよ」

「……あの……それって……!!」

「たった一回、過程でちょっとミスっただけだろ?
 結果として成功だろ、こりゃぁよ」

彼の言葉、それはもう一度機会があれば自分を除霊へと連れて行ってくれるということ。
失望されなかったことに安堵し、少しは認めてくれたことに歓喜する。

パァッと明るくなる彼女の顔にニパッと顔を緩めた京志朗。
スクーターに跨りポンポンと後ろを叩く。
そして悪ガキのような声音で綾へと呼びかけた。

「けど次同じようなことやったらアレな、こう拳骨作ってグリグリってやるヤツな。
 ……まぁそいつは良いからとっとと乗りな、横っちんとこ行くぞ」

「……はいッ!!!」










横島のもとへ向かう道すがら、綾は手を置いた京志朗の肩で、冷たくなった和服を肌越しに感じた。

「体……大丈夫なんですか?」

「まぁ酒飲んだからな、仕事終わりにビールは良いねぇ」

「……いくつですか?」

「いくつだろうなぁ」

嘘とも冗談とも取れる答えを返し煙に巻く京志朗に綾ははぁ、と溜め息で返す。

そして思うのは自分の失態。
怨霊の考えも、思い出も、すべての感情に流され埋め尽くされていったあの時。

「そういえば……なんで私をかばって危ない橋を渡ったんですか……?
 ほっといた方が作戦の確実性も高いのに……」

怨霊からの精神攻撃に耐えるための訓練は六道学園のカリキュラムにもふくまれている。
つまりある程度の耐性は持っているのだ。
故に解放されてわずかしかたっていない今、正気を取り戻しているのだ。

そう問いかける綾に京志朗は小馬鹿にしたように溜め息を吐き捨てる。

「はぁ~、やっぱお前ってバカなのな」

「そんなこともないと思うんですけど……」

「やりたいからやった、そんだけだろ?」

「やりたいからって……そんな無茶苦茶な……」

カッカッカ、と男くさく笑う京志朗。

「まぁ深く考えんな。
 俺もさ男の子だからよ、テメーみたいな美少女護ってやりたくなっただけの話だかんな」

彼の言葉は彼女の中を埋め尽くす。
そんな彼を見るうちに、彼女は方が熱く、熱くなってゆくのを感じる。

(ちょっ……待って!それって私の命のほうが自分の命より大切だってこと……!?
 それに美少女って……えぅえェェェェ!!)

「男ってのは不器用な生き物なのさ(キリッ)……ってか!!」

顔芸を披露しつつまた大きな声で笑いだす。

そんな三文芝居臭いセリフも今の彼女にとって効果は抜群。
目の前にある汗臭く広い背中に思わず顔をうずめてゆく。

彼女自身感じたことのない男臭さが鼻腔を満たす。
だがそれもまた彼女にとっては心地よく、ついついもう一度大きく息を吸ってみる。

スクーターが夜の闇を切り裂き走る。
涼やかな深夜の国道、彼女の頬を彼の背中だけが熱かった。



―――つづく


あとがき

三日連続は頑張ったと自分でも思う今日。
真紀の抱えた想い、少女たちの初恋というテーマで描き上げました今回。

二人の心情描写がわからん……てか自分で描いてなんですがあんなんで惚れるものなんでしょうかね?
吊り橋効果というやつを念頭に置いていたのですが……。

次回はやっと進行していけると思います。
七月中に中世、狼王、死津喪姫といきたいですが、ちょっときついでしょうか。

こんな駄文が皆さまの暇つぶしになればと思います。



[17901] リポート26 ~男と男あるいは男と女 その7~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/07/08 01:12
「はぁ……ダメね、こんなんじゃぁ」

深くため息をついた女性、美神令子は目の前のPCの画面を眺める。
埋め尽くされるように記された『お金』の文字。

お金が好きで好きで好きで好きで好きな美神にとって公務員であるオカルトGメンの仕事は苦痛以外の何物でもなかった。
彼女自身初恋の王子様である西条との仕事は確かに楽しい。
しかし朝は早く夜は遅く仕事は忙しく、さらに……。

「お金……お金に触りたいわ……」

美神令子の半分はお金で出来ています、とも言われているにもかかわらず大量の、埋め尽くすような札束を眼にしていないのだ。
力なく机に倒れ込み、窓の外へと目を向ける。

「そういやぁアイツ、ちゃんとやってんのかしらね……」

正面のビル、今は横島心霊相談所なんてふざけた物をやっている横島。
まぁ自分の名前を出されて責任を取らされるよりも、名前を変えてもらった方が都合がよいのだが……なんとなく気に食わない。

「これで赤字とか出してたら……ふふっ、どうして……くれようかしら?」

そんな思考が頭を過ぎる。
弟子としての扱いをしているか?と聞かれればはなはだ疑問であるが、一応は自分の弟子である彼。
みっともない真似をして評判を落としてでもくれたらどうしてくれようか?

「給料大幅カットね、丁稚のくせに生意気だもん」

うんうんと頷き、一人納得する美神。
それに恐らくあの事務所は横島とおキヌの二人であろう。

京志朗もいるとも考えられるが奴は意外に空気が読める。
おキヌの横島への想いも多分気付いているだろうし、二人きりになれるように画策するのではないだろうか?
そうなれば……!?



夕日に染まる事務所の中、二人の男女が机を囲む。
その上には空になったお皿がちらほら、グビリお茶を流し込んだ横島は口を開く。

『ごっそうさん、美味かったでぇおキヌちゃん』

『えへへへ……、横島さんのために頑張って作ったんですよ』

やわらかに微笑むおキヌ。
そんな彼女の母性的な顔にタガが外れたのか、彼は彼女の胸へと飛び込んだ。

『おキヌちゃん……もうええやろ!ええやろォォォォ!!』

『あァァァァ!ダメですゥゥゥゥ!!でも横島さんならァァァァァァァァ!!!』

言葉では嫌がりながらも彼を拒まぬおキヌ。
やがてその手は彼の後ろに回されて、静かにその瞳を閉じる。
唇が触れ合い、キラキラと輝く銀の橋がかかる。

そして二人は、一つになった……。



「許せるかァァァァァァァァ!!!」

バチバチとスパークした霊力は辺りの机や書類を吹き飛ばす。
爆心地に不敵な笑みを浮かべて立つ美神は、その顔を引きずり向かいのビルへと脚を引きずった。










「はい、こちら横島心霊相談所。
 除霊のお依頼ですか?悪霊の大きさは?形は?他に怪現象は?」

「あいにく予約はいっぱいで……はい、一カ月待ちとなるのですが……」

リンリンと電話の着信音が鳴り響き、ピーガーとファックスは紙を放出する。
受話器片手にメモをとるおキヌに愛子。
一つが終わればまた次と絶えず忙しそうに作業を続ける。

「ん~むむむ、これならいけるかしらね……?
 雪之丞はやりすぎちゃだめよ、北原さんはあのバカの手綱を握ってあげて」

「ふっふっふ、責任重大ですな」

「安心しとけ、京志朗のヤツと殴り合えて今は気分良いからな。
 じゃあ北原のおっさん、いこうぜ」

テレサからホッチキスで止められた紙の束を受け取り上機嫌に答える雪之丞に大人の余裕を見せる賢吾。
雪之丞もまた横島からの連絡を受けて彼らの元へとやって来たのだ。

ちなみにやって来てすぐさま横島と京志朗へと勝負を挑んできた。
のだが……そのすべて書くのは面倒なので、三人のやり取りをダイジェストにまとめてみよう。



『横島!御剣!俺と戦えェェェェ!!』

『やってたまるかァァァァ!!』

『いやナイナイナイ、それは無い』

『横島ァァァァァァァァ!!!』

『人の話を聞けェェェェ!!
 サイキックゥゥゥゥ……猫だましッ!!!』

―――カッ!!

『うぉッ!いねぇ!?……俺に気配を悟らせねぇとは……流石は俺のライバル!!』

『いや、逃げただけだから、今頃キヌちゃんのお茶を飲んでるだけだから、ほっとかれただけだから』

『御剣ィィィィィィィィ!!!』

『んで俺かよ!どんだけ殴りたいの!?起き上がり人形とでもやってろよテメェェェェ!!
 見よう見まねェェェェ……サイキック・猫だましッ!!』

―――ぽしゅぅ

『失敗かよチキショォォォォォォォォ!!』

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァ!!!』

『無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァァ!!……なわけあるかァァァァァァァァ!!!
 ロープロープロォォォォォォォォプ!!!』



結局無駄に壮絶な突きの嵐を振らせ続けた二人。
一方は御満悦顔で、一方はどよ~んと沈んだ顔で事務所へと姿を見せた。
そのため雪之丞の顔は赤く腫れているのだが彼自身はうれしそうだ、さすがはバトルジャンキー雪之丞。

「あ、マリアさんですか?綾ですけど、今から資料を送りますので……。
 はい、芳賀さんにもよろしくお願いしますね」

綾の言葉に資料をマリアへと送る真紀。
自分の脇を抜けてゆく雪之丞と見知らぬ男を見送りつつ、彼女は茫然と口を開いた。

「……へ?どういう状況よこれは……」

「簡単なワケ、横島と京志朗の作戦大成功、依頼がいっぱい困っちゃう~ってワケ」

ぬっ、と顔を見せた褐色肌。
いやらしい笑みを張り付けた呪術師、エミはシッシッシと美神の肩を叩いた。

「なっ!いきなりどこから出てきたのよ!!てかなんであんたがこんなところにいるのよ!!!」

「単純な話、協力してくれって頼まれたからいるだけなワケ」

「誰が!」

「京志朗が」

「なんでよ!!」

「呪術関係の仕事が来たからなワケ。
 それよりもなんでそんなに喚くワケ?Gメンになった令子には関係ないワケ」

機関銃のように放たれる美神の言葉をのらりくらりとかわすエミ。
やはりここは付き合いの長さがモノを言うのか、相も変わらず彼女の顔には笑みが浮かぶ。

真っ赤な顔に身振り手振りの激しい彼女に周りの視線が集まってゆく。
普通の人ならば居た堪れないような状況ではあるが美神は意にも返さない。
ギッと一層強い意志を瞳に乗せて、場を震わす咆哮を放った。

「ここは私の事務所よ!!」

「でもいない間は好きにしていいって言ってたんでしょ?
 ……あれ?もしかして天下の美神令子さまが約束を違える……なぁんてことはないワケよねぇ~」

「―――ッ!!横島はどこよ!!アイツを出しなさい!!!」

ダンと勢いよく床を踏み、美神は辺りを見渡す。
あのバカたれに一撃と言わず二撃三撃四撃と叩きこんでやろうと意思を固めて。

「横っちは今日休み、アパートでごろついてんじゃねぇの?」

「あ、京志朗ぉ~」

ガチャと応接室の扉を開けて顔を出したのは京志朗。
ペコペコと頭を下げる老夫婦に同じように頭を下げて、出口の方へ二人を促す。

「さっきの人は交通費込みの十万で手を打ったからよ、キヌちゃんは唐巣神父に伝えてくんな」

近づいてきたエミを片手で制しつつ京志朗はおキヌに手を振る。
そんな彼に黒い笑みを浮かべつつ、テレサの隣に座ったカオスはヒッヒッヒと声を立てた。

「坊主、礼の企業じゃがやはり五千万は見せじゃったの。
 もう千上乗せさせてやったわ」

「……ん?もうチョイいけるんじゃねかったか?」

「ええんじゃよこれで。
 底がまだまだあるのはわかっとる、じゃがあえてここで止めた、それによって恩と信用を作ったわけだの」

「腐ったゴム見てぇに簡単にちぎれるくせによぉ……。
 流石はカオス、か……伊達じゃねぇなぁ、オイ」

「クックック、お主も十分な悪党じゃよ」

お互いの顔を見つめ合い、黒く黒く顔を染める。
三日月のように口を歪めた二人。
ごくごく自然に視線は外れ、京志朗はエミの方に向き直り、カオスは傍らの湯呑に手を伸ばした。

「……んじゃまぁ行くとしますか。
 タイガー、北原、準備できてっかぁ~」

「ワッシは大丈夫ですケン」

「はい、私も完了しました」

「あ、御剣君少し待って……ほら、襟の所が変になってる。
 ん~……はい!じゃ、お仕事がんばって来てね」

パパッと彼の首元に手を伸ばした愛子はパーンと彼の背中を叩いて喝を込める。
そんな二人のやり取りをむぅと膨れ面で見つめるエミと綾。

「京志朗さんなんて死ねばええんじゃ(ボソッ」

―――めきょ!むきょ!!ばきょ!!!

「カッカッカ、京ちゃんの仕事っぷりを見てな……まぁ見れねぇんだがな」

ひらひらと愛子に視線を送り、肉塊と化したタイガーを片手に事務所の外へ。



あれだけ咆えたにもかかわらず、放置となってしまった彼女。
ぷるぷると美神の肩が前後にぶれる。

『霊力値急速に上昇中!!私の結界が意味を成しません!!皆さん伏せてください!!!』

バッと机の下に顔を隠したGSたち。

刹那、美神令子という名の核弾頭は横島心霊事務所めがけて突っ込んだ。

「……を……、私……をォォォォ!無視してんじゃないわよォォォォォォォォ!!!」



■ ■ ■



「鳥か!猫か!タコヤキかァァァァ!!」

バッ!!と体をひるがえしキョロキョロと辺りを見渡す。
そこが見慣れた汚い自分の部屋であることを確認し、はあ~と深いため息をつく。

「んにゃ?にぃちゃんどうかしたの?」

ごろごろと咽を鳴らし、寝転がっていた横島の布団から慧は顔を見せた。
今日は横島の仕事がおやすみとなったと京志朗から聞きつけた彼女。
とらさんリュックを背負って彼の下までやって来た猫又少女は、小首をかしげて奇声を上げた横島に目を向ける。

「っく、かわいい……やない!なんでもねぇよ、ちょっと嫌な予感ってやつがなぁ~」

「そうなの?」

「この感じはたぶん美神さんか……。
 けど俺なんもしとらんよなぁ」

もう一度小首をかしげる慧の頭を撫でつつ、こちらも首をかしげる横島。
ぴょっこりと出た尻尾をプルプル震わせて心地よさげに目を細める慧は猫らしくマイペース。

「そうだ!あんね、あんね、にぃちゃん!!
 ボクね、母ちゃんとあんちゃんのお手伝いして料理とか作ってんだよ!!」

「お、えぇやんケイ。
 料理のできる女の子は男としてはポイント高いぞ~」

「えへへぇ~……、あっ!そんでね!この前カレー作ったんだよ!!
 そのままだったらボクと母ちゃんのお鼻がかゆくなるから牛さんのお乳を入れたんだ」

「俺としてはカレーはカレーで、牛乳は牛乳でいきたいわ~。
 つうか牛乳をカレーに入れるなんかもったいないことできんな、うん」

彼女の言葉に辛口が好みな横島はうんうんと合いの手をくわえる。
胡坐をかいた彼の膝の上に頭を乗せて、ころころと転がる慧はにこにこ顔でご機嫌だ。

「そんでね~にぃちゃんとこに遊びに来るためにね、持って来たの」

「マジかァァァァ!!」

「うん!母ちゃんがね、そのまま持ってきたらこぼれるかもしれないからコロッケにしてくれたんだ!
 いっしょに食べよ!!」

「おっしゃァァァァ!ナイスだ美衣さん!!さっそく「コンコン」って誰やねん!いいとこで」

ごそごそととらさんリュックを探る慧。
突如として聞こえたノック音に勢いを殺された横島は、僅かながらに香るどうしても引きつける匂いに後ろ髪を引かれる。
が、しかたなしと腰を上げて扉へと向かった。

「あっ……あの、隣に越してきた花戸と言いますが……」

「隣って浪人の後に入った?ってこんな可愛い子だったんかァァァァ!!
 僕横島忠夫17歳!まだ遠い二人の距離を縮めるためにこれから一緒にお食事でもいかがですかァァァァァァァァ!!」

扉の先に現れたのはおさげ髪にセーラー服の少女。
やさしげでおとなしそうな顔立ちにこんもりと盛り上がった胸、推定戦闘力は美神を越え美衣に迫るほどか?
おどおどと顔を赤らめた彼女に大きな声ながらも紳士的に横島は手をとった。

「にぃちゃん?」

「……冗談やで、ケイ」

純粋無垢な瞳で彼を見つめる慧、そんな彼女に握った手をどこに持っていこうかと横島は思案するのだった。










「こらうまいこらうまい!!」

「小鳩!早くしないと無くなってしまいますよ!!」

「貧乏神のくせに俺のコロッケ食ってんじゃねェェェェ!!」

「あの……良いの?ケイちゃん。
 私達が食べちゃっても?」

「うん!あんちゃんがねいっぱいで食べるとごはんもおいしくなって、何でも楽しくなるって言ってたんだよ!
 ボク今楽しいもん!!」

にへへ、と笑いつつコロッケを口に含む慧にセーラー服の少女は顔をほころばせる。

横島の住むオンボロアパートの隣に越してきた彼女の名前は『花戸小鳩』。
現在高校一年生の彼女を一言で表すなら『薄幸の美少女』である。

悪徳高利貸だった彼女の曽祖父は親兄弟からも金をむしり取り、巨万の富を得た。
しかし結果として恨まれ彼女の家系に代々と貧乏神を受け継ぐと言った結果をもたらしたのだ。
そして今代の継承者が彼女なのである。

ちなみに彼女の隣でコロッケをガツガツと口に詰め込む女性は『花戸小鳥』、一世代前の継承者で小鳩の母だ。
父はというと彼女の小さい時に蒸発してしまっている。

それでもめげずへこたれず、バイトに学業に励む小鳩は強い女だと言えるだろう。

「っち!輸入米かいな、貧乏くさいやっちゃ」

「文句あんなら食うな!平らげといてそんなセリフはいてんじゃねェェェェ!」

メキシカンな服装を身に纏い横島と口論を交わすのが貧乏神本人。
彼自身は悪びれた様子も見せず、横島に深いため息を落として見せる。

「にしてもなんでお前そんな服着てんだ?」

「ん?これか?
 実はな、昔そりゃあすさまじい福の神が居ったんやけどな、そいつの服装がビキニ姿に孔雀の羽根を付けとったんや」

「リオのカーニバルかよ!!」

「そんなこんなでワイら貧乏神はこんな服を着とるっちゅうわけよ」

「いや!意味わかんねぇから!話が全くつながってねぇし!!」

「ワイらかてそんな奴になりたい思うてもええやろ?」

「願望かよ!!んなもんしるかァァァァァァァァ!!!」

ヴォン!と翡翠の刃を具現化させた横島。
彼は少し疲れた顔で切っ先を貧乏神へと向けた。

「GSとして小鳩ちゃん評価上昇のために俺が祓ってやらァァァァ!!」

「あっ……ダメェェェェ!!」

小鳩の制止する声も聞こえぬ間に、横島の剣刃は貧乏神へと吸い込まれる。

そして彼は大きな彼の座布団となった。


―――つづく


あとがき

中世の前に、西条とガチンコの前に小鳩登場。
最近出番のないケイちゃんに出張ってもらいました。

ボクっ娘は完全な自分の趣味ですのでちょこちょこ出していきたいと思います。

多分次回のもう一つ次回で中世突入、横っちと美神以外も飛ばすつもりです。

このような駄文を呼んでくださる寛大な読者様に感謝しつつ今日はこれまでとさせていただきます。



[17901] リポート27 ~男と男あるいは男と女 その8~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/07/13 18:34
「結婚だな」

「なん……だと……」

ここは貧乏神父の営むとある教会。
そこに集まった横島たちは小鳩の隣にいる貧乏神に視線を合わす。

横島の霊力を吸収し巨大化してしまった貧乏神。
存外位の高い神である貧乏神は普通の悪霊のように祓うことはできないのだ。

任期満了まであとわずかであったのだが、横島による除霊しようとした好意が起こした悲劇であった。
だがしかし、画期的な意見を京志朗は彼と小鳩に持ち込んだ。

「身内になりゃあ横っちから貰ったエネルギーは中和されるだろ?
 良かったねェェェェ嫁さんもらえて!俺なんてもうひと月近くアイツに会えてねぇってのによォォォォォォォォ!!」

「途中からやっかみじゃねぇかァァァァ!!」

指を刺し、叫び頭を抱えて呻きだした京志朗が出した提案。
確かに結婚すれば二人は身内となり横島から受けた影響を減らすことはできる。
まぁ二人とも規定に達した年齢ではないため、ごっこ遊びのようなものだが。

「人生の墓場へランデブーしてろ、コノヤロー。
 どうせならキヌちゃんもいっとけ、良い機会だろうよ」

「ふぇ?」

「阿保かァァァァ!コンビニ行かね?みたいに軽いノリすぎるぞ!
それに二人の気持ちってもんがあるだろうが!!!」

おキヌの肩に手を置きにやにやと親父顔で迫る京志朗に叫ぶ横島。

「煩悩の権化たる横島さんがなにをおっしゃられる……。
心配なんなら二人に聞いてみるか?」

おうおうおう、と京志朗の胸ぐらを掴む横島に、さぞわからないというふうに首をかしげる京志朗。
横島の顔を掴みグキッ!っと二人の方へと向かせる。

嫌そうに顔を歪めた二人の姿を予想していた彼、だがそこにいた二人は彼の妄想とは正反対の顔をしていた。

落ち付かなく視線を彷徨わせるおキヌに、目が合うと頬を染めて顔を逸らす小鳩。

「その……私は横島さんのこと、素敵だなぁ、と思いますけど」

「私も……横島さんのお役にたてるのなら……」

「そっ……それなら横島様!わたしも!」

「アンタはちょっと黙ってるワケ」

明らかに『肯定』の意思を示した表情を浮かべる二人にゴゥ!と、とある場所で巨大な寒波が確認される。
部屋の室温をスッと下げた本人は射殺すような目付きで横島を貫く。

しかし幸せいっぱい、この世の春という気持ちにおぼれる横島の桃色フィールドは彼女の攻撃を防御する。

二人の言葉に続く真紀を手で制したエミ。

キュピーンと瞳を光らせる美神にやれやれといった風に首を振る。

「で、令子は良いワケ?加わってみれば?」

「なっ……!!なんで私がそんなことしないといけないの!!
 横島クンがどんなことしようが私には関係ないわよ!!勝手に結婚でもなんでもすればいじゃない!!!」

そこに嫉妬という感情が含んでいるのを相手に教えるような彼女の言葉。
だが生来の意地っ張りが、彼女のプライドが彼女自身の鎖となる。

『そんなことするな』、『するなら私としなさい』。

自分を対象に今の場が示す感情を持っていってほしい。
言葉を紡ぎたくても彼女の喉は拒否をする。
頭から伝わり、喉で押しつぶされた本当の気持ちは目の前の彼に伝わることもなく終わり、消えてゆく。

結局出たのは反射の如く出された憎みごと。
捨て台詞を吐き捨て彼女は教会を後にする。

子供ねぇ、そう呟くエミの言葉を耳に入れて。

「まぁ弟子とはいえ自分の尻は自分で拭くもんだからね、令子ちゃんは任せておいてくれ」

「何!?いかんぞ!あのネエチャンは俺んやァァァァァァァァ!!」

「君というやつは……、それはただの欲情だろう?
 ともかくここは僕が行く、僕のように君は彼女を愛していない……それだけは断言できるからね」

「ようわからんがアレは俺んじゃァァァァァァァァ!!」

目の前に疑似とはいえ結婚式を挙げてくれる二人がいると言うのに美神に欲情できる横島は流石だ。

いやはや横島らしい、付き合いの長い友人たちはそんな考えを頭に浮かべる。

しかしそうとは思えない人間もいた。
彼の姿を見て、目を細め嫌悪感を現した西条。

「君はここで、君のやるべきことをしたまえ」

クルリと踵を返し立ち去る彼の背中を一瞥する。
明らかに彼の背には侮蔑の、憤りの感情が浮かんでいた。

「相も変わらず意地っ張りよね、美神ってさ。
 ま、横島もダメダメだけどね~」

「クックック、小学生の恋じゃの。
 テレサも神通棍を壊してもどうにもならんぞ?」

パラパラを落とした破片を拾い、カオスはテレサへと問いかける。

「良いわね~、みんな青春してるわ。
 ……でも、なんとなくだけど西条さんとは青春したくないわね」

少々器の小ささを示した西條にまだまだね~、と上から目線の愛子。

(どうせ青春するなら妖怪の自分を簡単に友達と認めてくれた横島君とか……)

そこでしばしうむ~、と首をかしげちらと目線を合わせる。

「御剣君よね~」

「いや~、京ちゃんてばモテモテ?」

「ここは聞かないべきなの!常識的にも!青春的にも!!」

彼女の隣でゲヘゲへ笑う京志朗に肘鉄一つ、愛子は深い溜息を吐くのだった。










「これも除霊の一環これも除霊の一環、迷える子羊を救うためだ……。
 悪いが協力してもらえるかい?」

「もちろんッスね!こんな面白いことに立ち会えるとは……っと失礼しました」

ストレスで胃を痛めつつも小鳩のために割り切ろうとする唐巣神父。
巡礼でやってきていた中学生ほどのシスターに立ち会いを頼み、祭壇の前に立つ。

もっともシスターのほうはまだまだ遊び盛りのお年頃。
加えて性格だろうか、今の状況には興味津々のようだが……。

「汝ら~(中略)~ふむ、それでは指輪の交換を……」

朗々と聞こえわたる祝詞。
場の雰囲気と唐巣神父の風格によるものか、厳かな空気が三人と見物人を包み込む。

「おキヌちゃん……」

「横島さん……」

ふわふわと漂いながらもやわらかな瞳で横島を見つめるおキヌ。
いつもの巫女服とは少々違った洋服。
とあるクリスマスの日、横島が切り立った雪山を登りヨボヨボの織姫から手に入れた幽霊でも着られる服。

彼からもらった最初のプレゼントで、おキヌにとって大切な宝物。

「私……真似事でもうれしいです!!」

ギュッと体を抱きしめてにっこり笑って口を開いた。



彼女の花のような笑顔に恥ずかしさから思わず顔をそらしてしまう。
そしてそらした先にいたのは小鳩。

「小鳩ちゃん……」

「横島さん……」

こちらは教会から貸し出した純白のウェディングドレスに袖を通している。
思わず飛びかかりそうになる足を止めて、くぅと自制する。

「せやけど俺なんかでホントにイイんか?」

「……はい。
貧ちゃんのこと知ったらみんな逃げていくのに、横島さんはただ大騒ぎするだけですし……」

横島の問いにえへへ、とはにかむ。

「きっと横島さんは自分に正直で、あけすけで、だから誤解されたり傷ついたりする……。
 でも、だから傍に入れて安らげるっていうか……」

紡ぎ零れる小鳩の言葉。
うんうん、と首を振る者やそうか?と首を傾げる者。

目を閉じ、手に持ったブーケで少し顔を隠す。

「小鳩は……真似事でも横島さんとこんなことができて、……とっても幸せなんです」

その影から見えた彼女の顔は、やさしい光に満ち溢れていた。



指輪を二人の指に通す。
わっ!と喝采が辺りに響き渡り、思わず萎縮してしまう三人。
パシャッとフラッシュの音も聞こえる、三人を茶化す指笛、そしてどこからともなく降り注ぐ紙吹雪。

「警察ですか?重婚しやがった淫獣が居やがりましてね……」

「オイィィィィ!煽った犯人よォォォォォォォォ!!」

不穏なことを口走る京志朗に全力の突っ込みを入れる横島。
お芝居というか、真似事というか、それを忘れているのだろうか?
顔に汗をびっしり貼り付け必死な顔だ。

親指と人差し指で輪を作りピユィーとひと吹き、懐から紙吹雪を取り出し詰め寄る横島に投げつける。

「にしてもこれでも元に戻らんとなると……ほんとに結ばれりゃあいいんじゃねぇの?」

「せやな、このガキの言う通りやと思うで」

「それが一番手っ取り早いワケ」

彼を無視して密談をする二人と一柱。
そして飛び出した驚愕の一言、それは横島の頭を瞬時に埋め尽くした。

「ほんとに結ばれる――ッ!!!」

バシュゥゥゥゥ!と盛大に耳血と鼻血を噴き出して、飢えた獣のような血走った眼を二人に向ける。

(二人とも、……其処まで嫌がってない!!!)

ボッと顔を赤く染め顔をそむける二人。
初々しいおキヌと小鳩の反応に、横島の精神は肉体を凌駕した。

考えるよりも早く、躊躇うよりも早く、彼は二人の元へと飛び込んだ。

「おキヌちゃァァァァん!!小鳩ちゃァァァァん!!」

「一名様ご案な~い」

そして彼は貧乏神の下げた蝦蟇口財布へと吸い込まれていった。

「大丈夫なんですかノー」

「あんちゃん……にぃちゃんは……?」

不安そうに問いかけるタイガーと慧に落ちた財布を拾う京志朗。

「ん?まぁ大丈夫だろ、……なんたって横っちだしよ」

ガシガシと慧の頭をなでる彼の顔に不安というものは見受けられなかった。



■ ■ ■



「チキショォォォォ!全部仕組んどったんかいなァァァァァァァァ!!」

「安心せい、知っとったのはワシと京志朗に小笠原の小娘に神父、そこの男二人にテレサだけじゃ。
 少なくとも相手二人は知らんかった、それは確かだの~」

結婚式の翌日、転げまわる横島にウヘヘヘと厭らしい顔のカオス。
昨日の自分がどうしようもなく恥ずかしく感じておうおうと嘆くしか横島にはできない。

ようやく床につけた顔をあげて机のほうに目を向ける。
そこには写真立てを持ち、うれしそうに笑うおキヌの姿。

「えへへへ~」

「おっ、俺はあの顔を直視できん……」

「カッ!あのあとケイとも結婚したヤツがよお言うわ」

「うっさいわァァァァ!ケイにあんなキラキラした顔で見られて断れるかァァァァァァァァ!」

一般的には伝えられていない貧乏神の除霊法。
だが超一流の呪術師、小笠原エミにとっては当たり前のことだった。

撃退法は一つの試練を受けること。
金持ちになり一人で過ごすか、貧乏なままでも結婚したような身内と過ごすか、それを試される貧乏神の試練。
見事というべきか、流石というべきか、やはりというべきなのだろうか?
彼は見事試練を抜けて見せた。

貧乏でも大切な人と過ごす、そんな選択がこの試練の答え。
彼自身は『男は初夜の為なら将来の赤貧には目をつむるんじゃァァァァ!!』と無駄に男らしいセリフで突破して見せた。

……ようは目の前の餌に釣られただけだが、その選択肢を選べる人間はそうそういない。
横島という人間は稀有な人間なのだろう。
人間誰しも自分だけでも、と裕福を望むのが実情なのだから。

結果として貧乏神は古代エジプトのようなマスクをかぶった福の神へと姿を変えた。
のだが力は微々たるもので、小鳩が普通の生活を送るにはまだ少し時間がかかりそうだ。



ちなみに今話しているのは突破して、元の境界に戻ってきたところで慧にせがまれ横島が三度目の結婚式を挙げたこと。
横島も、唐巣神父もかなり渋っていたのだが彼女には叶わなかったということだ。
涙を眼に溜めて首を傾げる慧にノーといえる強者はいなかったのだから。

「ケダモノね、姉さんは近づいちゃだめよ」

「ケダモノ・ですか?」

「ケダモノですノー」

「それも青春なんじゃない?……汚れきってるけど」

「どうせなら横島様、私とも!」

「……どうせなら僕とも……」

好き勝手に彼を非難する面々。

「ケダモノ・です」

昨日はいなかったマリアもテレサに吹き込まれたのか、無機質の中に軽蔑を含んだ瞳で横島を射抜く。
四面楚歌、孤立無援の彼。

「え、えと……横島さん、そろそろお仕事に行かないといけないんですか?」

「そうやな!」

「ッチ」

「……ほんじゃまあ今日も頑張って仕事仕事……」

そんな彼に救いの手が差し伸べられる。
彩の一言にサッと逃れた横島は、舌打ちに耳を塞ぎつつ書類へと手を伸ばした。

「こいつは俺が行ってくるさ。
横っちは横っちがやるべきことをするべきだろ?」

手をかける前にそれを取り上げた京志朗。
隣のビルに目配せし、ひらひらと手を振る。

「……そか……ハァ、じゃあ行ってくるわ」

「あ、私もついて行くわよ、一人だったら危なそうだしね~」

扉をくぐる横島にテレサが続き、二人は目的の場所へと向かってゆく。
その姿を見送り、京志朗もまた扉をくぐる。

「さて、俺も行きますか」



■ ■ ■



立ち入り禁止の立て札、ぐるりフェンスで囲まれた廃工場に京志朗はいた。
辺りを見回しガシガシと頭をかく。

「さ~て、依頼があったのはここだが……何かご用でしょうかねぇ、おにいさん?」

「……僕は横島くんに依頼したつもりだが?」

ギィと耳に痛い、擦れるような音がする。
ぬらりと錆び付いた扉を開き現れたのは西条、その手には剣の類を携え京志朗をじろりと睨みつけた。
煙管を口に加えて大きく息を吐く。

「横っちは忙しいんだよ、テメーなんざと違ってな」

「僕だって忙しいさ、毎日が月曜日で日曜日なんか記憶の彼方に置いてきてしまったからね」

「そうかそうか、ストレス溜めて血尿出してろボケカスクズぅ」

「悪いが僕は君たちのような貧相じゃないからね、いつでも栄養たっぷりで病気には無縁なのさボケカスナスぅ」

「一人寂しく飯食うやつに言われたくねぇよボケカスゲスぅ」

街ですれ違ったヤンキー同士のようにいちゃもんをつけあう。
双方不機嫌そうな顔を隠すことなく、罵り合いは続く。

「……まぁいい、不毛な争いを続けても仕方ないからね、横島くんを呼んでくれるかい?
 僕は彼に用があるんだが」

「ハッ、どうせ美神さんのことだろうが……。
 内容は『彼女は僕なんかより君に心を開いているのだが、君たちは恋人同士ではない』、だから……」

「横島くんは令子ちゃんの何なんだい?それに彼は彼女を愛しているのかい?
 君は横島くんの友人だろう?見解を聞かせてくれると嬉しいんだがね」

にこり、先の感情を隠し笑いかける西条。
それはやさしげであたたかげ、故に京志朗にとっては非常に不気味で気色悪かった。

そんな彼を鼻で笑う。
首を振り、聞き分けのない子供に教え込むように話しかける。

「……横っちが美神さんのなんなのかは二人が決めることだろうが、俺らが口出しするようなことじゃねぇさ。
 それにそんなことのために横っちをここに呼んだわけじゃねぇだろ?」

爛と瞳の光は強く西条へと突き刺さる。
光を瞳で受け止めふぅと一息、西条は両手を開いた。

「……そうだね、君の言うとおりだ。
 僕は彼を試すために呼んだ、彼が令子ちゃんにふさわしいかどうかを、ね」

「カッ!軽い軽い……ホントのことを言えよ、テメーは」

「……本当のことだが?」

口に出した言葉をすぐさま否定する京志朗に不快感を表す。

わからないのか、そう言いたげに京志朗は額をペシリと一打ち、言葉を絞り出す。

「違ぇだろ……、妹を心配する兄貴って風には見えねぇんだよ」

「……何が……言いたいんだ、君は?」

風が、吹き抜ける一陣の風が二人に降り注ぐ。
朱と黒の髪が揺れ、逆立てる。

「男なら、テメーの惚れた女の愚痴ぐらいいくらでも聞いてやるべきだ。
 それがテメーにはできなかった……ただそれだけじゃねぇのか?」

そして火種がポツリと。
打ち出された火種は辺りへと広がってゆく。

「好きな女が!自分には及び付かないと思ってる男のことを延々としゃべり続けた!
 そのイライラをその男にぶつけたかった!!ただそれだけじゃねぇのかよ!!!」

火はその範囲を広げ立ち上る。
荒々しく、猛々しく、自分と相手の想いを燃やすために。

「……獣の考えそうなことだな。
 低能で低俗だよ……本当に!」

「低能で低俗ゥ……上等だオラァ!
 テメーの気持ちも本人に伝えられねぇ、八当たりしか出来ねぇお坊ちゃんよりはなァァァァ!!」

轟ッ!と現れる朱刃。
カッ!と抜き放たれる白刃。

「少々……性根叩きなおす必要がありそうだね君は。
 大人の僕が君を叱ってあげるよ……スパルタだがね!!」

何が合図か、それは対峙した二人にしか分からぬこと。
朱と白が混じり合い火花を散らす。

額と額が触れ合うほどに近づいた京志朗と西条。

「よお西条ぅ、なんでか知らんが俺は初めて会ったときから……テメーなんざ大嫌ぇだ」

「奇遇だね、僕もだよ」

刹那爆裂音が空へと突き進む。

離れ対峙した獣と剣士。

大地を押し割る轟音とともに、二つの牙は再び交差した。



■ ■ ■



対峙する女と男、加えての傍観者。
怒る気分をまき散らす女にビクビクと腰の引けた男、呆れ顔の女。
吐き散らすように言葉を飛ばす。

「何しに来たのよアンタは!!」

「美神さんが俺に会えんで熟れた体を持て余してる気がしたんじゃァァァァ!!」

「んなわけあるかァァァァァァァァ!!」

ガバッ!と彼女の腰めがけて突貫した横島を裏拳で叩き落とす。
天下の公道の下、くの字に折れ曲がった彼の体を見つめてテレサは一言。

「……流石よね、横島って」

ピクリと地獄耳をヒクつかせ、美神はテレサのつぶやきを聞きとった。
そして不機嫌丸出しの顔を隠すこともなく、彼女は横島を見つめる。
その眼は汚物を見るかのように、侮蔑の意味で満たされている。

「で、何の用よ?女を連れて来て、一人身の私への当てつけのつもり!?」

「美神さんの太股が見たかったんじゃァァァァァァァァ!!」

「やめんかァァァァァァァァ!!!」

「わ~お」

再び弾け飛ばされるように横島は路上を転がる。
二転三転駆け抜ける彼にイラつく気持ちが不思議と収まる気がしてくる。

その代わりに顔を出したのは横島を殴りたいという気分。
韋駄天のように速く彼を押し倒し、顔面に一つ。

「アンタはいつもいつもいつも女女女女女ばァァァァっかり!
 アタシがどんな気持ちでいたかも知らないくせにィィィィィィィィ!!!」

馬乗りに成り握り込んだ拳を振るう。
ヘぶぅ!ひぶろっ!ほぼばぁっ!と危険な香りのする呻き声が零れるが美神は手を止めない。

まるでそれが当然の如く、魚が水中を泳ぐように、鳥が空を飛ぶように、人が何かを考えるように。
あくまでも自然に、そうあるべきかのように彼女は拳を止めない。

いい加減にオツムに来たのかテレサの声が響く。

「美神さぁ、それは理不尽ってヤツよ?
 それに何も言ってないのに私の気持ちはわかれって「アンタは黙ってて!!私の丁稚の問題なのよ!!」……子供ね、ホント」

が、それも美神の怒声によって阻まれる。

イラつく、イラつく、イラつく、イラつく、イラつく。
ただそれだけが彼女の頭を満たしていた。

今私の下にいるのは私の丁稚のはずだ、つまりは私の所有物。
それが持ち主に不快な思いを与えたのだ。
普通なら捨てられるべきなのに殴って矯正してやっているのだから寧ろ自分は寛容。

「アンタは私といればいいのよ!
 だってそう約束……したんじゃないの?」

ザッと彼女の頭にノイズが走る。
何か見えた気がするがそれが何かはわからない。
ただそれは大切、そんな気が無性にすることだけは確かだが。

「いい加減横島のこと離しなさいよ!!」

ぐっと手首に強い力を感じる。
横を見ればテレサが万力のように自分を止めているではないか。

「アンタが離せェェェェ!!」

感情の発露とともにスパークする霊力。

それは立ち上る電柱を引き倒し、バチバチと電流を散らすケーブルが三人に迫る。

辺りは光に包まれ、その場には折れた電柱と引きちぎれたケーブルだけが残っていた。


―――つづく


 あとがき

西条と京ちゃんでぶち当ててみました今回。
花嫁三人、西条心、美神心でかいてみました。

なかなか上手い描写はできませんね。
このような駄文でも皆様に楽しんでいただくべく、日々精進を続けていきたいと思います。



[17901] リポート28 ~これが私のお姉さん その1~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/07/15 22:58
「なんで私がこんな目に会わなきゃいけないのよォォォォ!!」

喚きつつも前方へと飛び込み回転しつつ体勢を立て直す。
刹那、美神の立っていた場所へと叩き込まれる石の爪。
地面を抉り取り、ボコッと穴を作り出す。

太腿に隠し持った神通棍に霊気を通し、風を切り頭めがけて叩き込む。

「神通棍が通らない!?なんて装甲!!」

弾かれ、鈍い痛みが手を伝う。
ピリピリと不快感が指先から手首までを覆う。

美神の目の前にいるのは動く怪物の石造、ガーゴイル。
鷹や隼のような猛禽類を模したそれは、こちらに敵意を剥き出しに一撃、二撃と苛烈な攻撃を仕掛けてくる。

彼女にとって久々の休日に現れた横島とテレサ。
一悶着の後、高圧電流の流れるケーブルが三人に迫り直撃した。
はずなのだが気がつけば辺りは真っ暗闇、昼間に都内にいたはずにもかかわらず、目の前に広がる景色は木木木、と木ばかりである。

怪奇現象には慣れたものなのか、突然の事態に気を動転させることもなく横島を問い詰めだした美神。

が、それより早く三人の前には『剣と魔法の世界』とでもいうべき怪物が現れたのだった。

拙い、そう思った彼女は横島に檄を飛ばす。

「横島クン!一枚で良いからお札持ってない?」

そう振り向いた彼女の視界に映ったのは地面から延びる竹。

「ってなにやっとるかァァァァァァァァ!!」

「お札なんかもっとるわけないじゃ無いっスかァァァァァァァァ!!」

土遁の術で地面へと姿を隠していた彼を引きずり出し一喝、いつものような夫婦漫才を繰り広げる。

「テレサ・ロケットアーム!!」

ガン!と足元めがけて伸びた鋼鉄の腕。
僅かに態勢を崩し、その隙めがけてテレサはガーゴイルへと接近する。

至近距離からの機銃乱射。
肘より出でる鉄の雨は爪を削り、土を耕す。
軟らかくなったそこに足を取られたガーゴイルは前のめりに倒れこんだ。

「どうでもいいけど逃げるんならとっととしないと!」

「わかってるって……ッ!新手!?」

翼を足のように、尾を支えにそれは立ち上がる。

踵を返し立ち去ろうとする三人。
そこに現れた鉄の獣。
超高密度の霊弾を顔面へと発したそれは、堅牢なる石の怪物を打倒して見せた。

「俺らのこと助けてくれたんスかね?」

歩みを止めることなく後ろを振り返った横島が告げる。

「さあ?」

どうでもよさげに呟くテレサを追い、茂みの中へと駆け込んだ。

―――シュバガッ!!

「なんやァァァァ!?」

足もとが浮き上がり、宙に浮かんだような錯覚を受ける。
罠として仕掛けられていたのだろう、三人の足元より出現し、絡め捕ったのだ。

「イヤァァァァ!こんなんばっかりィィィィィィィィ!!」

「くゥゥゥゥ!ロープに絡まった体が……エロい!!!」

「なんで横島はいっつもそうなのかしら……ねッ!!」

鼻息荒い彼にめきっ、とめり込ませた拳を振りつつテレサは辺りを見回してみる。

「魔女をとっ捕まえたぞォォォォ!」

「連れていくが妖術を使うかもしれんから気をつけろォォォォ!」

敵意をむき出しに、農具片手にこちらを見つめる男や女。
一昔、いやかなり昔のような服装に身を包んだ彼らが呟くのは不穏なこと。

自分たちを馬にひかせた荷台に乗せようと、腫物を扱うかの如く鉄の切っ先を向ける。

「美神、どうやらここはスイスとイタリアの国境付近みたいね……西暦1242年だけど」

「西暦1242年!?800年くらい前じゃないの!!」

「こないなところへ連れてこられるなんて……オガァァァァン!!」

「うるさいわよ横島クン!!」

泣き叫ぶ横島を制裁し、美神は思考を巡らせる。
今現在自分は吊るされた状態、頼みの神通棍は物珍しそうに手に取る農民らしき男の手の中に。
虎の子たる精霊石は三つばかし持ってはいるが、人間相手にこんな状況で使うわけにもいかない。

早い話が彼女自身としては手詰まりだ。

横島を使おう、そうとも思うが何となく頼るというのは気に食わない。
むしろ自分から私のために働くべきではないか?
そんなこんなでどうも言い出せずにいた。

ちなみにテレサも同じ理由で除外だ。

「……にしてもどうするのよ?
 時間移動するなんて想定外だから帰り方も分かんないのに、このまま行くと私たち火あぶりね~」

本格的な魔女裁判なるものが行われたのはこれより先の時代の話。
だとしても宗教というものはしっかりと人心に根付いている。
その上怪しげな服装をした、つまり自分たちとは違うものに寛容に接してくれるとは思えない。

「美神さん!せめて死ぬ前に思い出をォォォォォォォォ!!」

「お前はそれしかないんかァァァァ!!」

彼女の胸元へ顔をうずめようとした横島を起用に蹴り飛ばし、美神は苛立ちをむき出しにしてみせる。
そんな姿もまた人々を恐れさせ、怖れさせ,懼れさせ、狂気を誘う。

「早く村の牢へ!」

「何甘いこと言ってんだ!ここで殺しとくのが良いに決まってるだろ!!」

先走り叫ぶ男。
その手に持った鍬の先が彼女の玉の肌に触れる。

切り傷をつけようとしたその時、凛とした声が彼らの耳へと飛び込んだ。

「貴様らが魔女とやらか……」

「マリア!?」

「なッ!何処で私の名……を……ッ!!」

姿を見せたのは一人の女性。
しかしその容貌は横島たちの知り合いであるマリアに瓜二つであった。

名前までも同じなようで、彼女の顔は疑念に染まる。
眼を細め睨みつけるようにこちらを伺う。
視線を移し、彼女の顔はある一点で静止し、やがて驚愕へと移り変わった。

「テレサ……なのか?」

「へっ?私?」

深刻な声と間抜けな声が、絡み合い、深い闇の中に消えていった。



 ■ ■ ■



「ペッ!」

口内を満たした血を吐き捨て廃工場の天井を仰ぐ。

「やめやめ~、こんなもんに頼るからいかんのだろうねぇ」

左手へと具現化された朱の刃を消し去り、現れた煙管を口にくわえて大きく息を吸い、はぁ~と吐く。
ガラリと叩きつけられた壁から身体を起こし、ニヤリと京志朗は口元を吊り上げて見せた。

廃工場で始まった京志朗と西条の闘い。
それは開始から少しばかり経ち、しかしまだその決着はついていなかった。

「なぜだろうね、先の君の動作はどうしようもなく気に障るんだが……」

額に手を添え、ふぅと首を振る西条。
抜き身の霊刀『ジャスティス』は白き体を僅かに赤に染めていた。

「安心しな、俺もだからよ」

「そうか、それはよかった」

くつくつと、どちらからともなく笑い声が蔓延る。

ぐっと拳を握り込み、ギラッと刃に光が反射する。

「こんな顔に見えて京ちゃん以外に平和主義なんだよ~、知ってたかテメー」

「……何が悲しくて僕は君のことを知っていなければいけないんだい?」

「カッカッカ!違ぇね~な、こりゃ」

双方は歩み寄る。
自然に、あくまで自然に、木漏れ日の中を散歩をするかのように。

「カッ!」

それは唐突に、踏み込みはコンクリートを削り、暴風のように迫った京志朗。
西条の手前、2mばかしの所で彼の背面から現れた紅に燃える拳。
頭上より降り注ぐように放たれたそれは、彼を杭に見立てた鉄槌の如く地面に埋めようと紅の線を引く。

「ふっ!」

敢えて、迫る京志朗に向い進む西条。
刃渡り70cm程、フランベルジェにおそらく分類されるであろう両刃の剣を顔の横に立て、上半身を前へと倒す。

グギィと擦れ合うような音の後、ズシュグと肉の切れる音がする。
そして続く轟音。
コンクリートに拳を突き入れた京志朗は背筋に感じる寒いもの、それに従い拳を起点に前転をしてみせた。

転ぶように拳を避けた西条は体勢を立て直し、振り向く力そのままに刃を振るう。
電柱をバターのように切り裂くそれは朱黒の袴に切れ目を入れた。

「危ねぇ……なッ!!」

振り向きざまに放たれた裏拳は空を切る。
すでに西条は射程を離れ、剣を掲げてこちらに向かい駆け出している。

唸る剣刃、飛び散る血潮、再び聞こえる風切り音。

渾身の左アッパーも西条を捕えることはできず、彼は下がり息を整える。

胸元には一本の線が走る。
斜めに走るそれからはぬちゃり、粘つく赤い液体が零れる。

「……拳銃でも、使えばよかったんじゃねぇの?」

「僕は貴族の出、つまりは騎士だ。
 君の僕に対する刃がその拳だけなら、僕が君をたたきのめすのは僕の刃だけだよ」

妙なところで妙なルールを気にする。
そんなところは嫌いじゃねぇな、京志朗は過ぎった思考を握りつぶして前を向く。

「しかし……本能のままに戦う、といった感じか……。
 獣の暴力では僕の、人の武には敵わない」

「ハッ!能書き垂れてねぇで来いよォ!俺はまだ倒れてねえぞ!!」

息巻き咆える京志朗に溜め息を漏らす西条。
両手を柄に添え白刃を喉元に向け構える彼は、スッと目を細める。

「わからないわけじゃないだろう?君と僕との戦力の差が。
 君の一撃は確かに重い、が当たらなければ意味がないんだ」

再び地面を蹴り、西条は矢のように突き進む。
京志朗は地面のコンクリートを毟り、握り込み、彼目掛けて投擲する。

降り注ぐ、ミサイルのような石の雨。
それを剣で、最小限の動きで撃ち落とし、さらに彼は加速する。

「戦う術に於いて、武術というものに於いて素人の君が僕にかなう道理がないんだよ」

迎撃するように左手を前へ掌を開き置く。
西条に対しやや横向きになるように立った京志朗は、握り込んだ右拳に炎を纏わせ振るう。
弧を描くように、振り下ろされた鉄拳はまたもや空を切り、彼の脇腹へと刃を招き入れた。

「……君は、場数というものはそれなりに踏んでいるのだろう。
 だがそれはしょせん素人の喧嘩だ」

肩口をつかみ取ろうとする京志朗に、脚を添え、離脱とともに剣を引き抜く。

「根性は認めよう。
 だけどここは退きたまえ、君の負けだよ」

脇腹を貫かれ地面を赤く染める京志朗。
だがその金眼は今もまだ爛々と輝き西条を縛りつける。
闘おうという意思が、ガンガンと彼へと降り注ぐ。

「狂犬だな、まるで」

「狂犬?いいじゃねぇかそれもさぁ……」

ゆらり、崩れ落ちたはずのその体を幽鬼の如く起き上がらせる。

「俺は誓ったんだ、あの日にさ……。
 二度と違えず貫き通すってよォォォォ!」

拳を握り、大地を踏みしめ京志朗は悠然と立つ。
天高く伸び、大きく根を張った大樹のように存在感を露わにして。

瞳に闘志を宿らせて、朱髪靡かせ京志朗は咆哮する。
牙を、爪を捧げた主に捧げ、だが誇りは猛く尊く彼を包み込んで。

「初めてできた友達に!俺を助けてくれた横っちにさァァァァ!!
 俺の拳も!!炎も!!魂さえも!!貸してやるってよォォォォォォォォ!!!」



―俺が横っちを絶対護るから!友達として……絶対に……!!―



思い描くのは幼き頃の光景。
譲れない、貫き通すと誓った大事な想い。
泣きじゃくる友の前に、幼い自分が捧げた誓い。



―俺を■■ちの■■にしてく■ねぇか?力■なるさ、ど■なこと■あ■■も……■■として―



そして頭に思い浮かんできたのは知らない、けれど知っている光景。
自分の弱さにより、崩れ去ってしまった想い。
少し大人な友の前に、大きかった自分が捧げた誓い。



「今横っちは美神さんとだ~いじな話があるんだよ……。
 お前をここで行かせりゃ二人の邪魔をするだろ?」

拳と拳を合わせ、獰猛な笑みを張り付けた京志朗。

「だから行かせれねぇ……あの二人にゃあなんでかわからんが、仲良くして欲しいんだよ」

「そうか……けれど僕も令子ちゃんと一緒の目線で、同じものを見ていきたいんだ。
 だからこそ横島くんは……いや、対等に戦うためにも君は僕の邪魔なんだよ……!!」

対抗するように西条を一層強い霊波が覆う。

対峙し、睨み合う二人。
次が恐らく最後の激突となるであろう、どちらともなくそんな予感が頭に浮かんでは消えてゆく。

西条の弁の通り京志朗に武術の経験というものはない。
彼の所属するオカルトに関する組織では武術、というより格闘の教錬のようなものが含まれている。
そこで京志朗が何度も何度も闘ったことはある。

しかしそれは悪霊や魔族を対象にした闘い方である。
対人の戦闘経験もないわけではないがそれはストリートファイトのレベルで、なのだ。
彼のようなGSと闘う等ということは想定外なのだ。

ベレッタM92をカスタムし、精霊石弾を放てるようにした彼の愛銃も今は自宅の机の中に締まってある。
付け加えるならば組織では利用するいくつもの兵器や武器も利用していないのだ。
除霊において必要なのは過程ではなく結果。
銃等の兵器を利用しそこに拳や炎をプラスする、そのやり方で彼は組織から受ける依頼をこなしてきたのだ。

しかし、京志朗の拳はあくまで我流なのである。

故に師につき拳の握り方を習ったわけでもなく、拳打の理合を習ったわけでもない。
身長190cm超と120kg超の生まれ持った体躯を利用し、天性の勘と経験で西条の刃を避け、かわし、彼へと迎撃を加えているのだ。


一方西条はというと世界でも有数のGSである美神美智恵から霊力の利用法を教わっている。
数いる弟子の中でも最高の実力を持つと言われる彼。
加えて貴族の出である西条は嗜みとして剣術を習い、修めている。
対人用として特化されたそれを悪霊や魔族にも対抗できるように鍛錬した結果、それが西条の剣であった。

「殺すつもりはない、ただいくらか病院のベッドで寝ていてもらおうかッ!!」

先に静寂を破ったのは西条。
風のように迫り、剣を走らせる。

「……避けられるんなら……避けられねぇ状況に持ってきゃあいいだけだろ……」

迫る西条、しかし京志朗は両腕をひらいた姿勢で動かない。
彼の眼を、視線を、体の動きを、ただの一瞬たりとも見逃さぬように目を見開いて。
瞳に恐怖の色は無く、獣のように裂けた瞳孔が彼を捕えて離さない。


そして……肉へと滑りこむようにジャスティスは進む。
肩口に刃が触れ、十数cm進めたところでその進行は止まる。

刃の周りには朱の霊波が纏わりつきその進軍を妨害する。
駄目押しをするかのように力を込め、京志朗は肉と肉の壁で完全にそれを止めていた。

「離「離すわけねぇだろォ……、大人の余裕で一発くらい……受けてくれよォォォォォォォォ!!!」―――ッ!!」

肩を掴み、さらに筋肉を締めて剣の動きを鈍らせる。
超至近距離、西条の逃がすことのないこの距離で、京志朗は大きく拳を後ろに引き溜める。


ベキッ!とコンクリートの地面が砕ける音がする。
踏み込みとともに拳を放つ。
どこかの素手最強の喧嘩師ではないが握力×体重×スピード=破壊力という方程式に則ったその拳は、西条の胸元目掛けて突き進む。

「――――ッゥゥゥゥ!!」

大砲のような轟音が辺りに響き、人形のように吹き飛ばされ、転がり、叩きつけられた西条。
それを追うように宙を舞うへし曲がった鉄の鞘。

拳を突き出したままの形からだらりと両腕を下ろす。
突き刺さった剣を抜き、荒い息を整えて煙管を口に、大きく息を吐く。

息苦しく、生まれたての小鹿のように震える脚に力は入らず立ち上がることが出来ない。
とっさの防御に使った鞘がなければ彼はどうなっていただろうか?

西条のいる方へと視線を移した京志朗は勝ち誇った笑みで中指を立てて見せた。

「……まっ、今回はあきらめろやクソヤロー」


 ―――つづく



あとがき

自分でも違和感たっぷりの京ちゃんと西条の戦闘、いかがでしたか?
というわけで中世編突入、マリアの代わりにテレサに出張らせてみました。

ここでレス返し。
タレ様、中学高校で温めた自分の歴史はいかかでしょうか?
そこにあった設定を基盤に改編しつつ執筆を行っていますがまだまだ黒歴史感たっぷりですね。
こんな感じに厨二や邪眼気たっぷりなこのお話ですが、まぁこんなもんとしてみていただけると嬉しく思います。

このような駄文が皆さまの暇つぶしとなるべく日々精進。



[17901] リポート29 ~これが私のお姉さん その2~
Name: 黒翼蛍◆f50d252a ID:6803b2bc
Date: 2010/07/17 02:39
「じゃあテレサはあんたの死んだ妹にそっくりだってこと?」

「早い話がな……。
 しかし鋼鉄の肉体とは……さすがはカオス様だ!」

さてはてこちらは過去でのお話。
とりあえず未来から来たということや大まかな事情を説明した横島たちは現れた女性に連れられ民家に招かれていた。

女性の名はマリア、何でもこの領地の姫らしく彼らの同姓同名の知り合いにそっくりな方である。

なぜ領地の姫がこんなところにいるか?と聞かれれば『ヌル』という男の影響らしい。

彼女の父はオカルト関係に大変寛容な人物であり、それ関係の品々や書物の収集家だった。
そのため教会の弾圧から逃れてきた魔法使いや魔女をかくまうこともしょっちゅうであった。
数年前、そんな彼女の父のもとに現れたのがドクター・カオスであった。

パトロンを得て行っていた彼らの発明や研究に、興味を示していたマリア姫の父。

「あの方は本物の天才だからな」

先の機械犬『バロン』もまたカオスの発明らしい。
息巻く彼女。

「ふ~ん……でさ、その肝心なカオスはどこにいるわけ?」

「カオス様は今地中海で猛威を振っているという吸血鬼を退治しにいっている。
 ……このような田舎領主のとこよりも、もっと豊かな後継人を見つけたいのだろう」

ちらとテレサに目配せし、マリア姫は話を続ける。

ひと月ほど前からここを留守にしたカオスと入れ替わるようにやってきたのがヌルであった。
彼は彼女の父を洗脳し、マリア姫を城から締め出した。
もとい妻にしたい、と拳を握るヌルが気色悪くて逃げ出してきたとも言うが……。

そして現れ始めた先のガーゴイルのような怪物。
ここにマリア姫が逃げ込んだということを嗅ぎつけたヌルによって、その進行が行われ始めたのだった。

ちなみに横島はと言えばマリア姫とカオスが知り合いであるということを聞き、

「あんのジジィィィィ!280近い年下の女に手ぇだしとったんかいなァァァァ!?」

と喚いていたが。

ダン!と机を叩きマリア姫は唇を噛む。

「ヌルは邪悪な錬金術師なのだ!
 アヤツのせいでもう何人の村人が死に、怪我を負ったのか……!!」

「でもさ、アンタが目的なら逃げてりゃいいじゃん。
 そうすれば襲う価値のない人間なんて襲わないでしょ?時間の無駄だし」

「……」

「……あれ?間違ってる?」

「だっ!だが私の愛したこの土地があのような者に汚されるのだぞ!!」

突然のテレサの一言に言葉を失う一同。
身ぶり手ぶり大きくマリア姫は事の重要性を示そうとする。

「あのような……なんというかぬにゅぬにゅというかしゅるしゅるというか嫌な感じのするヤツに!!」

「でもさ、それでみんな死んだら意味ないし……。 
 あなたが生き残れば皆再起できるのです、とかよく歴史物だったらやってるよね」

「たっ、確かに……」

「よし、あんた逃げなさい!
 カオスのところに行けば帰る方法も、何とかする解るかもしれないわ」

「助けてくれるのではないのか!」

「へ?なんでお金にもならないようなこと私がしなくちゃいけないのよ」

助けてやったのに、と歯がゆくなるがそれはひとまず置いておく。
言い出した当人がお金お金お金お金お金と呟きだしたのも無気味であったし。


なんだか話が妙な方向へと進みだしたそれを修正しようと立ち上がる。

「領民から金を毟り取られるのは!」

「何人も魔女と匿えるだけの蓄えはあるんじゃないの?
 博士が帰ってくるまでは何とかなるでしょ」

「父は!父はどうするのだ!」

が、それもたんぽぽの綿毛のように吹き飛ばされていく。

「大丈夫でしょ、だってそいつが居なきゃとりあえずは成り立たないじゃない。
 居なかったら国とかから何か言われた時にめんどくさそうだしね~」

「―――ッ!」

―――パァァン!

「―――ッゥゥゥゥ!!」

「バカでしょ、絶対」

手の平を抑えうずくまるマリア姫。
テレサ目掛けて平手を繰り出したのだが、まあ結果はご想像の通り。
鋼鉄の頬に生身は流石にキツかった。

「お前はッ!お前はなんでカオス様がここにいてくれるのかを忘れたのか!!」

「いや、だから私はあなたの妹じゃないんだけど……」

涙目で睨みつける彼女にどうしていいのかわからないテレサ。
助けを求めようと視線を巡らすも、サッと二人は眼を逸らす。
後で覚えてろ……、そんな意味を含んだ目線を投げかけうぅ~、と唸るしかテレサにはこの微妙な状況を逃げ出す術を知らなかった。

「姫さま大変です!ヌルの部下がここにッ……来たの、ですが……」

「そうか、わかった」

気まずそうに立つ男にマリア姫は一言、外へと飛び出す。
巨大な竜が火を噴くのを確認した彼女はバロンに少し、それを駆けだせさせた。

「姫さま!この不肖横島が力になりましょう!!」

キラッなんて擬音を纏い横島はマリア姫の前に跪く。
その頭にスコーンと神通棍を落とす。

「別に誰も力にならないなんて言ってないじゃない。
 カオスのパトロンなんでしょ?こっちの方で意見がかみ合えば力くらい貸してあげるわよ?」

「……まぁ待ってたら博士も来るかもしれないし……。
 アンタに死なれると寝覚め悪いもん」

人差指と親指で輪っかを作る美神に伸びをするテレサ。
どうやら村へと進行を仕掛けているのはバロンに倒された竜といくらかの騎士のような男たちのようだ。
そして、そのリーダー格であろう男にバロンが切り裂かれ、実質マリア姫の手札はゼロとなる。

「……大したものは渡せぬかもしれぬぞ?」

「大丈夫よ、父親の集めてたもんかっぱらっていくから」

「鬼や」

「鬼畜ね」

なによ!と怒鳴る美神を一目、マリア姫は少し目を細めるのだった。










村外れの墓地、現在ここは精霊石の結界により守られた空間に横島たちと村人はいた。

いたはいたのだが……現在少々ピンチな状況にある。
ゲソバルスキー伯爵というヌルの部下が取り出した写真。
そこにはマリア姫の着替えシーンが映っており、それに腹を立てた彼女が結界の外へと出てしまったのだ。

「どォォォォすんのよ!勝手に出てくれちゃって!!」

「仕方ないであろう!このような……このような辱めを受けては!!」

「我慢すればいいじゃない!!」

「なッ!だったら美神どのなれば我慢していたというのか!?」

「するわけないでしょ!!!」

「いや、それは横暴かと思うのだが……」

「あんたは黙ってなさい!!そもそもあんたがそんなもん持ち出さなかったらよかったんじゃない!!!」

「すっ、すいません」

罵り合う美神とマリア姫に横やりを入れたゲソバルスキーはあまりの剣幕に退いてしまう。
ホントに悪いと思ってんのか?とでも言いたげな彼女の視線にこくこくと首を縦に振る。

「わかればいいのよわかれば。
 さ、アンタたち帰るわよ、今度襲ってくるときはこっちの都合も考えなさいよね」

「肝に銘じておきます……じゃない!なにを帰ろうとしてるか!!」

「っち」

おおっと寸でのところでペースを取り戻したゲソバルスキーは剣を突き付け怒鳴りつけた。

冷汗をタラり、美神は少々拙い状況にある。

「横島クン、なんとかしなさい」

そして頼ったのは横島。
しかし彼もそんな無茶ぶりに耐えられるわけもなく、だが彼女の意見を曲げられそうにもなく、とりあえず喚いてみせる。

「無理やァァァァ!人相手の戦い方なんか知らんのやァァァァァァァァ!!」

しっかり写真を懐に隠し、遥か彼方へと駆け出す彼。
そんな横島に呆然とするマリア姫、一方美神は彼を呼び出すため魔法の呪文を唱えるのだった。

「帰ったらパンツあげるわよ~」

「こいやゲソなんたらァァァァ!正義の剣が……お前を討つ!!」

しゃきぃん、と栄光の手を構える横島に少々ご満悦顔の美神。
あんぐり口を開くマリア姫にテレサはポンポンと肩を叩く。

「深く気にしちゃダメよ、横島はこんなもんって認識が大事ね」

「そう……か」

疲れた顔のマリア姫は意気揚々とした横島を見る。

「行きます美神さん!気を逸らすんでそのうちにやっちゃって下さい!!」

「ええ!」

「そんかわり協力してもらいますよ!!」

「いいわ、やってみなさい!!」

内心彼女は驚いていた。
矢面に立つのを嫌う彼が、女のためにしか動かない彼が誘惑したとはいえこうも精悍な顔を作るとは。
その瞳は大きな意思に包まれ、円を描くように動く手はゲソバルスキーたちに警戒というものを生む。

(以外に男の顔もできるんじゃない)

美神は確信した。
必ずこの場はこいつが何とかしてくれると。


そして美神の予感は見事に的中した。


……当初思い描いていたものとは星三つ分くらい遠く離れたものだったが。



「ミュージックスタート!……ってそうか、京ちゃんおらんから一人なんか」

「は?」

そして場は混沌に包まれていった。

「チッチチチおっぱ~いぼいんぼい~ん、チッチチチおっぱ~い、ぼいんぼい~ん
 もげもげもげ、うぅぅぅぅわお!(合いの手)」

両手の親指と人差し指で輪っかを作り、肘を肩の方に広げて横歩き。
後に肘を腰につけ広げ、両手で自分の方へと呼びこむような動き。
最後に両手を前に突き出しにぎにぎと。

「テッテール、テッテテール、テッテール、テッテテール」

「……」

その場は悠然と沈黙が闊歩する。
ただ聞こえるのは横島の歌う声だけ。

「もげもっげもげ、チチをもげ。
 もっげぷりりんもげもげ、チチをもげ」

下から掬いあげるように美神の胸をぽよよんと。

「いきなりもげ」

「な~にやっとるかァァァァ!!」

「こぱらァァァァ!!」

吹き飛ぶ横島、しかし彼は立ちあがる。
そう、不死鳥のように。

「やっ、やさしくもげ」

「無礼者がァァァァ!!」

「びみょうに……もげ」

「無礼者無礼者無礼者ォォォォォォォォ!!!」

「れん……ぞく……もげ」

「よ~こ~し~まァァァァァァァァ!!!」

彼は、横島は、男の夢を果たしてゆく。
それは皆が求める母性の象徴、その気高き理想郷に彼は挑み続ける。

しかしその代償は激しく、辛い。
血みどろに悶えながらも彼は手を伸ばし続ける。

そんな英雄の前に立ちふさがる女たち。
あまりの苛立ちから霊波により髪を逆立たせた美神にふしゅー、ふしゅーと息を吐き出すマリア姫を先頭に怒気を立ち上らせる。

だが英雄の行動に立ち上がる者たちもいた。
彼をやらせまいと、諾々と涙をこぼす男たちが彼の前に現れたのだ。

「やめてやれェェェェ!こいつは……こいつはぁ!!」

「カニのようなやつの言う通りだ!
 この者は英雄だぞ!手を出すのはこのドクター・カオスが許さん!!」

「ん?」

「ぬ?」

「カオス様ァァァァ!」

突如としてゲソバルスキーの隣に立った美男子はどうやらカオスらしい。
叫ぶマリア姫、その声で正気に戻った美神は隙だらけのゲソバルスキーの胸元を貫いた。

「卑怯者ォォォォ!」

「戦いに卑怯も何もないのよ!!」

「同感、ねッ!」

ゲソバルスキーを引き裂き共にいる騎士たちも美神の神通棍とテレサの機銃により戦闘力を失わさせる。
髪をかき上げカオスの方に振り向いた美神は、ニンマリ口元を上げるのだった。

「ま、これで何とかなるでしょ」

「……誰だお前ら?」

「教えてあげるわよ、ちゃんとね」

一方こちらは英雄横島。
真っ赤に濡れて動かぬ彼の周りをおいおい男泣きに咽ぶ者たちが囲む。

そこに現れた鋼鉄少女。
傍らに立ち、凹んだ顔に手を這わせる。
薄い呼吸だけが彼の生命活動を知らせる導。

「バカね、アンタってホントに……。
 それで……どうしてもアンタに聞きたいことがあるの」

しかし彼からの反応は無い。
テレサは少し考えた風な素振りを見せ、そしてゆっくりと言葉を押し出してゆく。

「ねぇ、私のチチをもがなかったのはなんで……?」

「はっはっは、チチが無いんじゃもげねぇや」

一瞬で傷を治し、ビシビシと彼女の肩を叩く。

そしてテレサは彼の頭を掴み……。



 ■ ■ ■



さてはて所変わってこちらは現代。
救急車を呼び出し、病院行きとなった西条を見送った京志朗は廃工場のど真ん中で大の字に寝転がっていた。

「血が足りねぇな」

あぁ~、と気の抜ける溜め息を吐きじたばたと。
先の戦闘で火照った体にはちょうどいい冷たさの地面が心地よく、大きく深呼吸。

「横っちは、仲直りできたかねぇ~」

口にくわえた煙管をぷらぷら揺らし、唇を尖がらせてみる。

「まぁなんだかんだで仲良しだかんな……。
 二人に……いや、いっしょの場所にいりゃあ勝手に元鞘か」

無駄な心配だな、そう思う京志朗の予想通り過去へ向かってからというもの西条が来る前と変わらぬペースの二人。
おキヌやピート等は心配していたがそれも杞憂というものだった。
結局なんだかんだ、二人いつの間にか一緒にいるのだから。

「それよか腹減ったな……、無駄に気合を入れすぎたか?」

横目で周りを見渡してみれば見て取れる戦闘痕。
先ほど西条の回収に現れた救急隊員も恐竜でも現れたのか!?と不思議そうであったし。

最もGSの仕事はそれに通ずるところはある。
得体の知れない、伝承に名を残すような化け物相手に立ちまわらねばならない職業なのだから。

「……気にしねぇのが一番だな。
ちょっと寝て、家帰って美衣の飯でも食うか」

目を瞑り、やわらかにゆるやかに全身の力を抜いてゆく。
くぁ~と欠伸を一つ視界はぼやけ、だんだんと意識も彼の手を離れる。

―――ガッ

コンクリートを蹴る鉄の音。
徐々に近づくその音は京志朗の耳近くで止まる。

少しばかしの空白。
ふわりと彼の頭が浮き上がるのを感じ、やがて堅めの物の上へと乗せられてゆく。

おずおずと朱髪を撫でる手のひら。


そんな冷たさが、やはり京志朗にとっては心地よかった。


――つづく


あとがき

版権的にこれは良いのでしょうか?と思ってしまった今回。
京ちゃんその後、過去の四人の掛け合いと持って行きました。

しかし今回カオスです……gdgdです……。


このような駄文が皆さまの暇つぶしとなるべく日々精進。


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