池田信夫 blog

Part 2

景気対策が行き詰まって財源が枯渇すると、中央銀行に圧力がかかるのはどこの国でもよくあることだが、日本でもまた始まった。みんなの党が、日銀法改正案を次の国会に出すという。「政策協定」はともかく、あきれるのは次の条文だ。
(1)政府は、中小企業者に対する金融の円滑化を図る必要があると認めるときは、日本銀行に対して、金融機関の有する中小企業者に対する事業資金の貸付けに係る債権の買取りを要請することができる。

(5)政府は、(2)の債権の買取りにより日本銀行に損失が生じたときは、当該損失の額として政令で定めるところにより計算した金額の範囲内において、当該損失の補てんを行うものとする。
これは渡辺喜美氏が非難してやまない政策金融と同じバラマキじゃないのか。政府がこんな「要請」を際限なくやったら、日銀は政府の貯金箱になってしまう。インタビューで彼は、この措置を「信用緩和」と呼んでいるが、これはアメリカでクレジット・クランチを解消するためにとられた非常手段で、今はFRBも撤退している。このような例外的な「金融産業政策」を日銀法に書き込むとは、彼は金融政策を根本的に理解していないのではないか。

民主党の藤末健三氏も、一知半解の日銀批判をしている。「ベン・バーナンキ議長も、『目標の独立性はありえない』と言っている」と書いているが、そのFRBがインフレ目標を設定していないことを知らないのか。FRBの「目標」とは、物価の安定と雇用の安定という一般的な政策目標であり、そのための「手段」としてインフレ目標を設定するかどうかはFOMCで議論されている。その結果、拘束力のあるインフレ目標は設定しないというのが現在の結論だ。

藤末氏は「世界標準」を振り回すが、それならFRBもECBもインフレ目標を採用していないのはなぜか、説明してほしいものだ。おもしろいことに、クルーグマンがFRBがそういう「世界標準」の政策を採用しないことを批判している。「まだできることがあるのに、FRBはなぜやらないのか」。

それは簡単だ。バーナンキは、クルーグマンのような金融の素人ではなく、FRBに何ができて何ができないかを知っているからだ。金融政策は、実体経済の悪化を緩和することはできるが、経済を実体よりよくすることはできない。この意味ではFRBと日銀の認識は同じであり、インフレ誘導を断念したイングランド銀行とともに、中央銀行の考え方の世界標準である。

金融はハイテク化しており、経済学の教科書を読んだことのない渡辺氏や労働分配率と配当性向を混同する藤末氏のようなド素人が日銀を批判するのは、思い上がりも甚だしい。彼らのような幼稚な議論は、10年前の植田和男氏が日銀審議委員だった時代に終わった話である。かつての論争ぐらい勉強して出直してほしい。

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コメント一覧

  1. 1.
    • kkay1974
    • 2010年07月14日 23:51

    政治家は御用学者を選ぶときに自分に都合の良い人を選ぶ癖がある。
    もし、ある学者が「政治にできることは公正な競争を促すことと、規制緩和と法人税減税くらいです」と言ったとしたら、そんな助言は政治家にとって自己否定に近いと感じる。
    だから、政治の力で国民を幸せにできると言って、バラマキの正当性をもっともらしく言ってくれる学者が迎え入れられるのだろう。

    そんなわけで、残念ながら池田さんが御用学者として迎え入れられる日は来ないかもしれない。

  2. 2.

    わたしも勿論金融の素人ですが、ゼロ金利でデフレである場合には日銀に最早打つ手はないという認識です。

    人口減やグローバル化による新興国との賃金格差の是正圧力により、日本がデフレになるのはむしろ自然な事かと思います。

    みんなの党の渡辺氏には本当に困りましたね。

    政策の争点を公務員制度改革や規制緩和を中心に展開して欲しいのに、おかしな方向に世論を誘導しなけれはよいのですが。

    ブログの世界では日銀批判は根強いく存在します。

    日銀がデフレや円高の犯人であるかのような論調はよく目にします。

    池田先生や池尾先生の主張のほうが説得力があると思うのですがね(岩本先生もリフレには反対でしたね)。

  3. 3.

    ツイッターのリンクで「マネー供給を増やせば円安方向となる」という本音をようやく言うようになりましたね。
    私が見る対立図式は都市と地方で、地方を救うためにユニクロなどの企業に冷や飯食ってもらおうという政策。ドトールコーヒーの元社長も円高で儲かったと指をさされそうですね。
    が、いい加減我々は強くメッセージを出さなくてはいけないのではないでしょうか。地方の苦しみは地方は未だ人材もインフラも発展途上国レベルにも関わらず、異常に高い通貨を使っていることであって、東京のように通貨に見合ったビジネスモデルを形成できている地域にはみんなの党の理論は都民になんら寄与しない。
    首都圏でみんなの党に投票した人々の暗黙の民意は「地方の切り捨て」である。東京は有能な人間の求人は現時点でも十分あるので、国が中小企業を救おうというような共産主義的発想は北朝鮮で行うべき。

    地方分権と同時に通貨圏の分断も本気で考えなければ、首都圏に住む人々の資産は徹底的な簒奪の対象になりますよ。リフレ論はその前哨戦です。

  4. 4.

    日銀に拒否条項があるので、政策金融としての能力は低そうです。また、金融機関側の意向を無視できるのかが不明瞭ですね。
    金融庁が問題のある金融機関をつぶした時に、その金融機関の債権を日銀に買い取らせる事で、信用収縮による貸し剥がしを緩和できそうです。

  5. 5.

    難しい話は渡辺氏には無理ですよ。このあたりの批判は中西けんじ氏あたりにぶつけてみてははいかがでしょうか?金融のプロというふれこみですから、それなりの答えが返せないなら今回当選した意味がありません。

    しかし政令で枠決めて役人が中小企業債権の買い取りの選択をするというのは、またえらく悪用されやすい話には見えますね。大きな政府であることも論を待たない。

  6. 6.
    • jestemneko
    • 2010年07月15日 09:50

    菅ー仙谷ー枝野体制の民主党は、みんなの党の要求を丸呑みするかもしれないですよ。無知のくせして賢いと思い込んでいる方々ですからねw
    私は経済素人ですが、ハイパーインフレについては、よく理解しているつもりです。私が勉強した限りで、ハイパーインフレを定義すれば、「物価が二年内に二十倍以上になるインフレ」となります。経済に精通していると自負しておられる方々ほど、なぜかハイパーインフレが分かっていないですねw

    責任ある政党のやることではありませんが、物価が二年内に二十倍以上になってもよいというのなら、革命を起こしたほうがいいですよ。お子様たちはインフレの恐さが分からないのかもしれないですけど。

  7. 7.
    • advanced_future
    • 2010年07月15日 15:45

    これは冗談ですが、アメリカのように法律名に通称をつければいいのです。例えば、ワタナベ・ルールとすればよいのです。どっちの意味で歴史に名を残すかという観点で、どっち方向にもインセンティブになるかと思います。

  8. 8.
    • ubon2k
    • 2010年07月15日 16:50

    世界最悪の借金財政でありながらG20で例外扱いされるほど国家財政の破綻リスクに対して信用が高いから"大不況なのに通過高"というストーリーが成り立つなら、口先で信用を無くす努力をするのはそれほど悪いことでは無いような気がします。

    韓国・タイにせよ、アメリカ・ドイツにせよ、通過安は結局は輸出品が売れ、内需経済にも良い効をもたらすんだな、ということを最近思いました。

  9. 9.

    みんなの党について。

    江田憲司幹事長は記者会見で以下のようなことを言ってます。

    ---
    いきなり増税を言い出したって、世論の猛反発に合えば内閣が持たない。まずは国会議員の腹を切り、行政のムダを絞れるだけ絞りきって、それでもこれだけ足りませんという姿勢を示すこと。まずは政治改革・行政改革をやって国民が「ここまでやったのなら」と言ってくれるよう、コンセンサスを得ることが、遠回りに見えても増税への近道だ。増税による財政再建を目指すならなおさら、先にやるべきことをしなければならない。安易な増税が間違ってでも、改革を遅らせる誘引になってはならない。
    ---

    至極まっとうだと思います。

    しかし、渡辺喜美代表は先日のテレビでも「増税なしに財政再建はできる」と明言しています。党内不一致です。

    リフレについても渡辺氏以外の議員からそのような話を聞いたことがありません。

    何人かの議員に疑問を投げかけていますが、なかなか腹に落ちるような説明が聞けません。少人数で質問主意書・国会質問・国会対策から候補者選定まで、てんてこ舞いに走り回っているのはわかりますが、いまいちすり合わせができていないように感じます。

    一党員として、支持しているだけにこれからも声を上げていきますが、貴ブログでも是非厳しい意見をぶつけてください。もはやミニ政党ではなく与党へも影響力を持ちかねませんので。

  10. 10.
    • marug3c6jgj
    • 2010年07月15日 22:45

    リフレって、要するに中世における硬貨の改鋳でしょ。それで何が起きるかは本屋に積まれてるピカピカの本よりも、実家で埃かぶってる高校の世界史の教科書に書いてあると思うけど。

  11. 11.
    • touymat
    • 2010年07月16日 04:03

    私も暗黒卿に騙されているのでしょうか・・・。
    さて、藤末氏も日銀法に賛成ですが、高橋氏と6月21日にニコニコ動画で対談されていたことがきっかけです。
    私も拝見しておりましたが、こちらがその動画です。

    http://www.e-kokuseivideo.jp/watch/1277214375


    なかなかもっともに聞こえて個人的には消極的賛成なのですが、到底判断しかねる問題ですので、日本の将来の為にご教授お願いします。

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