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[18858] ルイズさんが109回目にして(以下略 (オリ主) 101話から
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/15 21:47
どうも、しゃきです。

この作品は私の拙作、
『ルイズさんが109回目にして平民を召喚しました』
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=16875&n=0&count=1

の所謂2スレ目です。

この作品はゼロの使い魔の二次創作です。

オリ主視点が中心で話が進む事が多いため、オリ主の独断や偏見や勘違いが含まれることが結構あります。


【要注意要素】

・オリジナル主人公(笑)

才人ファンの方々申し訳ありません。



・こんなの●●じゃない!


この物語はフィクションです。実際の人物、団体、事件などにはおそらく全く関係ありません。


・この作品のジャンルって何?

パン屋が主の筈。
色んな意味で欝っぽい話もあるかもしれない。
某RPG風に言えば『皆が間違った方に必死すぎるお話』かも知れない。
決まったジャンルは?と問われてもわしにもわからん。




5月15日 101話完成。2スレ目作成。



[18858] 第101話 君は俺のメイドなんだからな
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/15 21:53
達也専属のメイドのシエスタ。
メイドとはいえやっている事は達也の妹の真琴の遊び相手が主である。
これは便利屋扱いではないのかと彼女はふと思うのだが、達也はシエスタに対して、

『いつもありがとう』

と感謝の意を(一応)送っている。
また彼女の為にリフレッシュ休暇も設けている。
おおよそこの世界におけるメイドへの待遇としては破格すぎる。
そんな休暇の日にシエスタはトリスタニア・チクトンネ街にある『魅惑の妖精』亭に来ていた。
シエスタの格好はメイド服ではなく、淡い草色のワンピースに白いリボンのついた麦藁帽子を被っている。

「で、休暇を出された理由が新しいメイド服を準備するからって、何よそれ」

魅惑の妖精亭の看板娘でシエスタの従妹でもあるジェシカが呆れたような表情で言う。
シエスタは実家から送られてきた野菜を届けに来たのだがそこで彼女に捕まってしまった。

「学院支給の服じゃ専属って気がしないからって・・・」

「いや~、大事にされてるわねぇ~」

一見酷い扱いのシエスタだが、真琴を任されているほどの信頼度はあった。
シエスタとしては信頼されているのは嬉しいのだが、もう少し何というか、関係を進めたいというか。

「シエスタ、その様子じゃタツヤをモノにしていないみたいねぇ」

「ジェシカ・・・第一タツヤさんは奉公先のご主人様のうえ、恋人だって・・・」

「へえ・・・恋人ね」

「いいんだ、私は二番目で。二番目に愛される女性でいたい」

「それは典型的な負け犬思考よシエスタ!私なら恋人?問題ないね!と言うわよ!」

「タツヤさん、かなり一途みたいだし・・・ジェシカでも無理じゃないの?」

シエスタの指摘にジェシカは固まる。
ジェシカはかつて達也を誘惑したが鼻で笑われた屈辱の過去があるのだ。
今でもその時の事を悪夢として見る。
自分を鼻で笑ったあの男は今は一領地の主である。

「捨て身で誘惑するべきだったかも・・・」

「ジェシカ?」

「いいえ、何でもないわ」

未練タラタラの発言を誤魔化し、ジェシカはシエスタに意識を向けた。

「シエスタ、二番目でいいだなんて消極的な考えはいけないわ。そんなんじゃ何時まで経っても駄目駄目!」

「そうかなぁ・・・」

「そんなアンタに私からプレゼントがあるのよ」

ジェシカはポケットから紫色の小壜を取り出した。
壜の形は何故かハートであった。

「昨日、これを私に飲ませようとした馬鹿な貴族がいてね。怪しいから問い詰めたら、飲んだ人の魅力を向上させるとか言ってたけど、これ絶対惚れ薬よ!」

「惚れ薬!?それって禁制の品じゃ・・・」

「この薬の効果は1日しか効かないらしいわ。だからばれないって!これをアンタが飲んでタツヤの前に立てば、タツヤは一日だけアンタにメロメロのはずよ!」

「メロメロ・・・」

シエスタの頬が赤らむ。
この子は根は純粋なのだ。誰がなんと言おうとも!
ジェシカが無理やりシエスタの鞄に、謎の薬をねじ込む。

「たまには夢を見たっていいはずさ。恋愛ってのは戦争さね。恋人がいるからって容赦しちゃ駄目だよ」

シエスタは思わず頷いてしまった。


さて、翌日の夕方、魔法学院のルイズの部屋に戻ってきたシエスタは、机に肘をつき、謎の薬をじっと見つめていた。
これを使えば・・・これを飲めば・・・達也は自分に振り向いてくれるのか・・・?
いや、こんな怪しい薬で人の心を惑わすのは卑怯だ。
ルイズを見ろ!モンモランシーの失敗作の薬を飲んで、妹だとか訳の分からんことになったじゃないか!
魔法の薬は怖い!人の心を簡単に書き換えてしまう!
シエスタは達也とルイズの仲の良さは微笑ましく見ていたが、アレは正直話を聞いただけでも爆笑ものだった。

好き好きと達也に言われたら気持ちいいだろう。
1日だけなら・・・いやしかし・・・いやでも・・・
そんな葛藤を繰り返すシエスタ。まだ効果も分かっていないのに幸せである。
しかし・・・自分がこれを飲んだとして、もし達也以外の人物と鉢合わせしたら?
想像したらぞっとした。
きゃあきゃあと言いながら、シエスタは悶えていた。


モンモランシーは最近、不安でたまらなかった。
理由はそう、彼女の彼氏である、ギーシュ・ド・グラモンの事である。
最近付き合いが悪いと思えば、風呂を覗いたりしている。
原因はティファニアの不自然なアレか?と問いただしたら、彼は自分の姿しか見ていないと言った。
・・・いや、それはその、ちょっと嬉しかったのだが、そんなわざわざ覗かなくてもねえ?
彼は自分になかなか手を出そうとしない。
・・・まさか、自分に魅力が足りないせいか?あと少し成長するのを待っているのだろうか?
モンモランシーは自分の胸部を眺めた。・・・普通より小さいが形には自身はあるのだが・・・。

「ううむ・・・たまには私の方からアイツを喜ばせなきゃいけないかしら・・・」

モンモランシーは考えた。
要はもう少し自分が大人っぽくなればいいのだ。
惚れ薬はいけないことだが、自分を磨く為の薬の使用は禁じられてはいない。
まあ、塗り薬とかで顔の皺やシミを消す魔法薬とか売ってるしね。
人の精神に作用する薬じゃないから問題ないでしょ、と彼女は考え、薬の調合をする事にした。


そんなことを彼女が考えてる事など露知らず、ギーシュはいつもの溜まり場で酒を飲んでいた。
隊員達にあまり羽目を外さないように忠告したのだが、酔っ払いに何を言っても無駄であった。
あの覗き事件以降、自分達の地位は一部隊員を除き、最下層に落ちてしまった。
あれだけ女の子の話をしていた団員達も、次々と愛想をつかされ、毎晩自棄酒の日々である。
自分の彼女、モンモランシーはよく許してくれたと思う。
本当に涙が出るほど良い彼女をもった。たまに殺されそうになるが。

「諸君!所詮女など星の数ほどいる!学院にいる女が全てではない!彼女達は男達の熱き挑戦が理解できぬ愚か者たちである!むしろそのような女達から逃れられて幸運だったと思おうではないか!!」

「よく言ったギムリ!そうさ!女なんて此処にいるだけじゃないよな!」

「勇敢なる水精霊騎士団の隊員達よ!我々の戦いはまだこれからである!嘆く暇などない!この杯に誓おうではないか!賢い女を娶ろうと!」

酔っ払いたちが賛同するかのような咆哮をあげる。
こいつらは現在、学院の女子生徒達から虫けら以下の扱いである。
ギーシュですら虫けら同等の扱いなのだ。
正直後悔の念しかないが、自分がやった事を認め、反省の行動を示すしかない。
そんな酔っ払いの騒ぎに参加していない二人の隊員にギーシュは気付いた。
達也とレイナールである。
今やレイナールは騎士団1の女性人気を獲得している。
彼も内心満更ではないはずだ。この前なんか下級生に手作りのクッキーを貰って隠れて食べていたし。

・・・そして達也は相変わらず女性人気は低いままである。
まあ、一旦変態たちを逃がしてるからという理由もあるのだが、自分達の人気が下がった分、レイナールに人気が集中してしまったので、達也の人気は殆ど変化なし。正直物凄く不憫である。しかしこれが現実。達也もそれを受け入れていることであろう。

「レイナール、何故かお前の評価だけ上昇したよな」

「・・・僕だけは客寄せパンダになるつもりはまったくないんだが」

「またまた。鼻の下伸びてたくせによく言うぜ」

そう言って水を飲み干し、新しい水をグラスに注ぐ達也。
ギーシュに気付いたのか手招きしている。
気が紛れるかもしれない。ギーシュはそう思って、二人のいる所に移動した。

ギーシュが騎士団の連中の馬鹿騒ぎから少し離れて飲んでいたので、俺はギーシュをこちらに来させた。

「しかし、これから如何する?僕たちの評価は完全に地の底だ」

「・・・奉仕活動及び、与えられた任務で戦果をあげるしかないね・・・」

「社会的地位が底値状態で与えられる任務なんて大したもんじゃないだろ。軽率すぎだなお前ら。もしあの浴場に真琴がいたら俺は追っ手の中に加わっていたぜ?」

「・・・もし追っ手に加わっていたら如何するつもりだったんだ?」

「ん?そこに噴水のある泉があるじゃん?そこに裸で逆さ吊りにして、水に入れたり出したりを繰り返す」

「そういうことを素晴らしい笑顔で言うの止めてくれない?」

ギーシュが呆れたように言うが、それぐらいしないとわからんだろお前ら。



俺がルイズの部屋に戻ると、張り紙がしてあった。
どうやら俺の事を考慮してか、真琴が文字を書いているようだ。

『おにいちゃんへ。ただいまおままごとをやっています。おにいちゃんはおとーさんやくですので、がんばってね!まこと』

・・・意味が分かりません。
とりあえず俺は扉を開けてみた。
・・・何故シエスタが三つ指ついているのでしょうか?

「お帰りなさいませ、旦那様」

何だよ旦那様って。
俺が周りを見渡すと、ベッドの上でルイズがげんなりした表情で、

「おぎゃー・・・おぎゃー・・・」

などと言っており、それを真琴が、

「あらあらルイズちゃん、おねえちゃんの子守唄がいやなの?」

などと言っている。
・・・えーと、何これ?
真琴がこっちを向いて、シエスタを指差す。
・・・ふむ、シエスタはお母さん設定か。

「ただいま」

仕方ない、付き合うか。
誰の脚本か全く分からんが。
シエスタが激しく頬を染めている。息も荒く目も血走っている。

「だ、旦那様、お食事に致します?それともご入浴ですか?あ、あ、あ、そ、それとも・・・」

シエスタはシャツのボタンを握り締め、目を潤ませて言った。

「わたし?」

俺は即答した。

「寝る」

「第4の選択肢!?」

シエスタはよよよ・・・と崩れ落ちるが、そのうち何かに気付いたように顔を輝かせる。

「寝るという事は三人目が欲しいというアピール・・・!!なんて事・・・!旦那様の気持ち、しかと理解いたしました!」

「真琴ー、一緒に寝るかー」

「無視!?夫婦生活倦怠期の設定なんですか!?」

シエスタが俺の足に縋り付いてきた。

「後生です旦那様!シエスタを捨てないでくださいませ!」

「ええい!お前はルイズの世話があるだろうが!離せ離せーィ!」

「いいえ!私は今日は旦那様と寝るのです!」

「娘を優先しろー!?」

夜中に何をやっているんだろうな俺たちは。
食事お風呂私就寝の四択から、倦怠期の夫婦の悲しい現実を演じて如何すると言うのだ。
誰だよこの設定の演出は。



使用人女子寮の厨房に手伝いに来たシエスタは深い溜息をついていた。
そんな彼女の様子を見て、同僚達はシエスタに話しかけてくる。
彼女達はシエスタの恋の行方を応援しているので、色々世話を焼いてくるのだ。

「シエスタ、この香辛料を試してみなさいよ!彼なら喜ぶんじゃない?」

「いや、彼はパン作りが好きなんでしょう?やっぱりここはこの小麦粉でしょう」

「タツヤ君って、今や土地持ち貴族なんでしょう?シエスタ凄いわよ!アンタ見る目あるわ!」

使用人から達也は君付けで呼ばれている。
それは彼が厨房に出入りするようになってからずっとであり、貴族になっても誰も達也を様付けしていない。
貴族の人気度は男子からはそこそこある達也で、女子からはほぼない達也だが、平民からの人気は結構あった。
悪魔と呼ばれようがなんだろうが、平民出身で特に威張らず、目覚しい功績を残している達也は平民の星であった。
といっても熱狂的人気ではなく、あくまで「あの人はパネェ」という程度の人気であった。
まあ、知名度は凄いのだが。何故か様付けする平民より、若やら君付けする平民の方が多い。これはどういうことなのか!?

「タツヤ君は普通の貴族とは違って元は平民だものね。それにあのミス・ヴァリエールと仲が良いだけあって気さくじゃない」

「何度も手柄を立てた殿方ですものね。貴族のお嬢さん達からはあまり人気がないのが信じられないわ」

「甘いわね、ローラ。タツヤ様は量ではなく質で勝負のタイプよ、きっと」

「何ですって、ミレーユ、それは一体どういう事!?」

全く、いくら暇だからって盛り上がりすぎだろう。
シエスタは料理を作りながら同僚達の色恋沙汰の話に耳を傾けていた。

「そういえばシエスタ。その服はどうしたの?」

シエスタの着ているメイド服は学院支給のものではなかった。
達也がシエスタの為に製作を依頼したメイド服は学院支給のそれよりスカートの丈が短く、膝ぐらいの長さしかなかった。
フリルが多めで、胸上の赤いリボンがチャーミングだった。足にはニーソックスを履いていた。
全体的に学院支給のそれより、女性陣の評価は高そうなメイド服である。

「タツヤさんに頂いたの」

「まあ、羨ましいわ!」

基本的にメイドは自分達が何かを貰うということはない。
だが、シエスタの雇い主は違うようだ。
そういう雇い主に雇われたシエスタは、同僚達から羨ましがられていた。

「でもね、シエスタ。タツヤ君を振り向かせるなら、素肌にエプロンぐらいしないと!」

「無茶苦茶な・・・それははしたないのでは・・・?」

「もう裸も見せてるのに何言ってるのよ。裸エプロンは殿方の夢だって小説にも書いてあったわ!」

「そうよ!本当は大きなお皿に貴女を載せて、『私を食べて』という手もあるんだけど、それは流石に引くわ」

「だ、駄目よ!タツヤさんの妹さんのマコトちゃんもいるし・・・」

「あー・・・タツヤ君、妹さん想いだからねぇ・・・そんなことしたら怒るか・・・」

「くっ!他に手はないと言うの!?」

「皆の気持ちだけでも嬉しいわ。ありがとう。私は私なりに頑張ってみるわ」

シエスタは微笑んで言う。
その表情を見ると、同僚達は何も言えなくなるのだった。


そのチャンスはいきなりやって来た。
何と今日は達也は飲み会がなく、更にルイズと真琴は一緒に風呂に入りに行ったのだ!
つまり現在、シエスタは達也と二人っきりである。
真琴がいたらやれない裸エプロンだが、やるなら今である!
シエスタは達也から死角になっている場所で、服を脱ぎ始めた。

シエスタがお茶を持ってくると言って数分が過ぎた。
俺はぼんやりとお茶が来るのを待っていた。

「お待たせしました、タツヤさん」

「ああ、有難う・・・って何だその格好は!?」

シエスタの格好は男が一度は夢想する、裸エプロンだった。
裸の癖に黒ニーソとカチューシャはつけている。なんとマニアックな。

「暑いんです」

「今日はどちらかと言えば冷えるからお茶をお願いしたんだが」

「暑いのです」

「今すぐ外に出てみろ」

「嫌です。寒いじゃないですか」

「矛盾してるよね!?」

こんな冷える夜に裸エプロンなど自殺行為にも程があるだろう。
シエスタが風邪をひいてはいけないと思った俺はルイズのベッドから毛布を拝借し、シエスタの身体にかけてやった。

「タ、タツヤさん・・・」

「君が風邪をひいたら、困る」

何せ彼女が体調を崩したら真琴を見てくれる人がいないからな。
ルイズは真琴を見る目が怪しすぎるからな。シエスタに任せるのがベストなのだ。
まあ、ド・オルエニールに行けばマチルダというプロがいるが。

「今日は冷えるらしいからな。そんな格好は視覚的には素晴らしいが、それで君が体調を崩したら意味がないだろう。無理すんな。というか無理はさせない。シエスタ、君は俺のメイドなんだからな」

雇い主として彼女が体調をこのような無謀な行為で崩すのは見過ごす事は出来ない。
シエスタは感激したような面持ちで俺を見て、頷いた。
シエスタの寒そうな格好を見てたら俺まで寒くなってきた。

「じゃあ、俺はトイレ行くから、ちゃんと服着ろよ?」

「はい、お気遣い有難う御座います」

いや本当に服着ろよ?目の毒だし、普通に風邪ひくから。
俺は震えながらトイレに向かった。


部屋に一人残されたシエスタは鞄からジェシカに貰った謎の薬を取り出す。
お茶の入ったグラスを見て、シエスタは思う。
これをお茶に注いで達也に飲ませたら、自分は何もかも捨て去って彼に迫ることが出来るのではないのか?
だが、それは卑怯ではないのか?薬の力を借りてだなんて情けないにもほどがある。
うん、私はありのままの私で戦おう。
シエスタはハート型の壜の蓋を開けて、壜ごと薬を窓から投げ捨てた。
闇夜に壜が消えたその時、シエスタはほっとした。
同時に肌寒さに身を震わせ、着替えの為に服を取りに行った。



「うん、これで調合完了ね」

モンモランシーはスズリの広場で薬の調合を完成させていた。
夢中になっていたら夜になっていた。
今日は肌寒くなるのに迂闊だったか。
広場で取れる薬草を現地で調合するのに少し手間取った。
モンモランシーはビーカーに入った緑色の薬品を手に、部屋に戻ろうとした。
後はこれを自分の部屋に持ち帰って、自分で飲んでみる。
調合は間違っていないから、飲めばきっと胸が大きくなる筈!それも気持ち悪くない程度に!
笑いを堪えるモンモランシー。彼女は大人っぽいというのを少し勘違いしていた。
その天罰なのか、彼女の頭に何か落ちてきた。

「あ痛!?」

その何かはビーカーにも当たったような音をさせて地面に落ちた。
モンモランシーが頭をさすりながら見ると、そこにはハートの形をした壜が落ちていた。
中には紫色の液体がちょっとだけ残っている。

「これは・・・魔法薬?」

モンモランシーは壜を拾い上げて匂いを嗅いでみた。
この香りは・・・ん?
モンモランシーは自分が持っていたビーカーを見た。
緑色だった液体の色が黄色くなっていた。

「・・・まさか・・・混ざってしまったと言うの!?」

モンモランシーは泣きたくなった。
こうなっては当初の効果は期待できない。
はっきり言って今の自分にはゴミも同然である。

「処分しなきゃ・・・」

モンモランシーが肩を落としながら踵を返すと・・・

「お風呂気持ちよかったね!ルイズお姉ちゃん!」

「そうねぇ~。また入りに行きましょうね。それより喉が渇いたわー。あら、モンモランシー」

「ルイズ?」

「おお!?モンモランシー!それはもしかしてパインジュース!?丁度喉が渇いていたのよ!」

「あ、ちょっと待って!?」

モンモランシーの制止も聞かず、彼女が持っていたのがパインジュースと勘違いした上機嫌のルイズは、ビーカーに入った液体を一気飲みした。
・・・学習能力がない女である。

「おねえちゃん・・・それモンモランシーお姉ちゃんのジュースだよ?め!」

「あはは・・・ごめんごめん!それよりこれパインジュースじゃ・・・うっ!?」

突然ルイズは胸を押さえて苦しみ始めた。

「お姉ちゃん!?どうしたの!?」

「ルイズ!?言わんこっちゃない!大丈夫!?」

「うううううう・・・!!か、身体が熱いわ・・・!!」

良くみたらルイズの身体から煙のような蒸気が出ている。

「しっかりしなさい、ルイズ・フランソワーズ!」

「おねえちゃん!」

真琴は苦しむルイズを見て涙ぐんでいる。

「う、う・・・うわあああああああああ!!!」

ルイズの絶叫が広場に木霊したと同時に、彼女の身体から一気に蒸気が噴出し、彼女の姿が完全に隠れた。

「ルイズ!ルイズ!?」

モンモランシーは真琴を庇う位置に立ちながら、ルイズに呼びかける。
やがて蒸気は晴れていく・・・その中から人影が見える。

「ルイズ・・・大丈夫・・・?」

「ええ・・・モンモランシー・・・大丈夫よ・・・」

どうやら命に別状はないようだが、何だか妙である。
何故か声に艶がある気がするし、第一、ルイズの身長はあんなに高かったか?キュルケぐらいの背丈が・・・

「大丈夫どころか・・・いい気分よ・・・」

「おねえちゃん・・・?」

「ル、ルイズ・・・なの!?」

モンモランシー達の前に現れたのは妖艶な雰囲気を纏ったピンクのブロンド美女だった。
服のサイズが合わないのか、臍は丸出しで、スカートもあきらかにぱっつんぱっつんだった。
だが、それでもモンモランシーはその存在がルイズだと分かった。
・・・だって胸はそのままだもん。
そう、達也がいれば言うだろう。彼女達の目の前にいるのは『まな板カトレア』と形容するのが相応しい大きいけど小さいままのルイズだった。
ルイズはにやりと色っぽい笑みを浮かべ、モンモランシーに語りかけた。

「生まれ変わった気分だわ・・・自分が自分じゃないみたい。体中に愛が満ち溢れる感じ・・・お礼を言わなくてはね、モンモランシー」

「そ、それはどうも・・・!」

「この溢れ出る愛情を貴女達にも分けてあげたいと私は考えるわ・・・」

瞬間、モンモランシーの身体に悪寒が走った。
これは・・・ヤバイ!
目の前のアダルトルイズは舌なめずりしてこちらに近づいて来る。

「あなたはお兄さんの所に戻りなさい・・・!今のルイズは普通じゃないわ・・・!」

「え・・・?でもおねえちゃんは?」

「大丈夫、心配しないで。ルイズは私が元に戻すから。さ、行って!」

「う、うん!」

真琴は頷いて走り去った。

「・・・酷いわぁ、モンモランシー。真琴を逃がしちゃうなんて・・・あの子にも私の愛を受け取ってもらいたかったのに・・・」

「今のアンタは情操教育上悪いところが多すぎるのよ!」

「うふふ・・・分かっているわモンモランシー。二人きりになりたかったんでしょう?私と」

「・・・!?そんなわけ・・・」

モンモランシーが抗議しようとしたその時にはすでにルイズはモンモランシーの目の前まで距離を詰め、あっという間にその身体を抱きしめた。

「や、やめなさい!?」

「ほら・・・聞こえる?私の胸の鼓動・・・私、今、とても興奮しているのよ。貴女のせいなのよ・・・?」

「わかったから止めなさいよ!?」

「興奮している理由はたった一つのシンプルな理由よ」

「・・・・・!!」

「愛しているわ、モンモランシー」

そう言って、ルイズは暴れるモンモランシーを強く抱きしめて、彼女の唇に、自分の唇を押し当てた。
ルイズの大きさはキュルケと同じぐらいであり、力も強い。
モンモランシーはそのままルイズによって茂みの方に運ばれていった。

「ルイズ!お願いやめて!私たちは女同士でしょう!?」

「真実の愛の前には性別なんて無意味よ」

「や、やめて・・・むぐっ!?」

モンモランシーは思わず身体を振るわせた。
ルイズの舌が自分の口内に入ってきたのだ。
ルイズはモンモランシーのことなどお構いなしに彼女の服のボタンに手をかけた。

「ちょっと、待って、待ってよ・・・嫌・・・いやああああああああああああ!!!」

乙女の悲しき叫びが広場に木霊した。



十分後・・・・。
すっかり静かになった広場にはキュルケが通りかかっていた。
今日は冷える。湯冷めしないうちに部屋に戻らなければいけない。
キュルケは少し早足で歩いていた。
その時、目の前に立っている影を見つけた。

「誰・・・?貴女・・・?」

「誰とは酷いわね・・・キュルケ・・・この『香水』のモンモランシーを忘れたとでも言うの?」

キュルケの目の前に立つモンモランシーはまずバストが違った。
自分より少し小さいのだが、大きさはこれまでの彼女の比ではない。
見事な巻き髪は足元までのびている。
更に身長は自分と同じぐらいだった。

「アンタのようなモンモランシーは見たことないわね」

「冷たいのね・・・私たちはこんなにも熱く滾っているのに・・・」

キュルケの頬に冷たい汗が流れる。

「安心しなさいモンモランシー・・・キュルケは戸惑っているだけ」

キュルケの背後から声がした。

「貴女は・・・!?」

「キュルケ・・・情熱より素敵な炎を教えてあげるわ」


大きくなったけどある部分は小さいままのアダルトルイズが月明かりの下、にっこりと微笑むのだった。










(続く)


・シエスタのメイド服のイメージはサ●ラ3のメイドコンビの服です。



[18858] 第102話 今の君を見ることは出来ない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/16 20:28
トイレから戻って着替えたシエスタとまったりお茶を飲んでいた俺。
非常にお茶菓子が欲しい状況ではあるが贅沢は言うまい。
寒い夜には熱いお茶が大変宜しい。
しかもそのお茶はシエスタの故郷から送られてきた緑茶である。
おお、日本人に生まれてよかった!
緑茶を愛せぬ日本人など日本人の皮を被った何かだ。
羊羹か栗饅頭、あるいは団子が欲しい。

自分が淹れたお茶をほんわかした表情で飲む達也を見ると自然に顔が綻ぶ。
シエスタは一人、ささやかながらも幸せを噛み締めていた。
何も抱かれるだけが幸せな時間ではない。
こうして気になる人と、穏やかな時間を過ごすのもまた幸せである。

「お茶のおかわりは如何ですか?タツヤさん」

「ん?ああ、有難う」

達也の持つグラスにお茶を注ぐシエスタ。
嗚呼、このまま時間が止まってくれればいいのに。
シエスタが何処かの神様とやらにささやかな贅沢を望んだ。
だが、神様が選択したのは彼女の望みを無視したものだった。

「お、おにいちゃん!」

突然真琴が部屋に飛び込んできた。
その目には涙が浮かんでいる。
シエスタはただ事ではないと思った。
二人の時間を邪魔された事を咎める事など、彼女はしなかった。

真琴は泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
茶を噴きそうになったが何とか堪えた。偉いぞ俺。

「どうしたんだ真琴?誰かに苛められたのか?」

「ちがうの!大変なの!」

俺とシエスタは顔を見合わせる。

「落ち着いて話してごらん、真琴。どうしたんだい?」

「うん・・・」

俺は真琴の話を聞くことにした。


ベンチに腰掛けて、読書に夢中になっていたタバサ。
達也が見れば風邪をひくぞと言われそうだが、彼女にとって読書の時間とは風邪をひいても構わない程の至福の時間である。
彼女が現在読んでるのは恋愛小説。
貴族の青年と、平民の少女が心を通わせて様々な障害を乗り越えていく物語だった。
そんなフィクションの愛に触れていたタバサの耳に吐息が吹きかけられた。

「タバサ・・・私の小さな・・・タバサ・・・」

悪寒のするような艶かしい声がした。
振り向くと、髪がやや長めになり、更にスタイルが良くなった気がする親友がそこに立っていた。
熱っぽい目で自分を見ていた彼女は、すっと、自分の背中をかき抱く。
耳を甘噛みしてくる彼女は明らかに変である。

「タバサ・・・私たち・・・友達よね」

それは否定はしない。だが何だろう?何かが違う。かなり違う。
舌なめずりする彼女はいつもの彼女ではない。
キュルケの指が、自分の太ももを撫で上げ、そのままスカートの内部に侵入する。
何だ?何をする気だ?

タバサは残念な事にそっち方面の知識はゼロに等しい。
読んでいた小説も健全な恋愛小説であった。

「タバサ・・・貴女にはまだ教えていないことがたくさんあったわね。いい機会だから、わたしが教えてあげるわ・・・フィクションではない本当の大人の愛情の示し方をね・・・」

キュルケはそう言うと、一気にタバサのスカートの中の下着を召し取った。
タバサはその瞬間、自分の身が物凄く危ない事に気付き、キュルケから離れようともがいた。
だが、体格の差は如何ともしがたく、簡単にタバサはキュルケに押し倒され、その唇を奪われた。
キュルケはその舌をにゅるりとタバサの口に入れ込み、タバサの全身の力を奪うほどの力で吸い付く。
じゅるる・・・という音がする。この友人、自分の唾液を吸い込んでいる!?
タバサは戦慄し、何時如何なる時も手放さない杖を振った。

エア・ハンマー。
空気の槌が、キュルケの身体を吹き飛ばすが、キュルケは空中で体勢を整え、着地した。
その顔は笑顔である。

「うふふ・・・タバサ・・・貴女の愛、とても刺激的よ。でも、もっと素敵な愛情を貴女は知るべきよ・・・」

タバサは生まれて初めて感じた事のない恐怖に包まれた。
タバサはキュルケから離れる為、駆け出そうとした。
だが、周りを見て初めて気付いた。

「フフフ・・・何処へ行こうというのかしら・・・タバサ・・・」

「恐れる必要は何もないわ・・・すぐに生まれ変わった気分になるから・・・」

いつの間にか、自分は囲まれていた。
学院の女子生徒から、学院のメイドまで・・・!
百以上は確実にいるようだが、皆むせ返るような色気を振りまいている。
そんな女達が、自分に確実に迫っている。
タバサはあまりの恐怖から涙を浮かべた。
それを見たキュルケが微笑んで言った。

「怖いのね・・・大丈夫よタバサ・・・その涙はすぐに快感の涙に変わるから」

「さあ、皆さん。タバサに愛を教えてやりなさい!」

ピンクのブロンド髪の女性が言うと、タバサを包囲していた者達が、一斉に彼女に襲い掛かった。


男子用の浴場からあがった水精霊騎士隊隊長、ギーシュは恋人、モンモランシーの部屋に来たのだが、彼女は留守だった。
モンモランシーを探していた彼だったが、寮内に違和感を感じた。

「・・・ふむ・・・どういう事だ?人の気配が極端に少ない・・・」

この時間帯に寝るという生徒は皆無だ。
しかし、扉から漏れる光は少なく、廊下ですれ違う女子もいない。
一応女子寮ではあるが、この時間帯の来訪は禁止はされていない。
ここに達也がいる以上、隊長の自分が呼ぶためにこの寮に入るのも珍しくはない。
まあ、この時間帯は浴場にいるんだろう。しかし今日は冷えるから早く戻っていてもいいのではないのか?
ギーシュはモンモランシーの行方を知っていそうな者の部屋、ルイズの部屋を訪ねた。

「ギーシュだ。タツヤ、ルイズ。モンモランシーを知らないか?」

「ルイズはいない。ギーシュ、聞くがお前は正常か?」

「はあ?何を言っているんだね君は。人探しをしている僕を異常というのか?」

「・・・いや、ギーシュ。話がある。入ってきてくれ」

話?一体なんだろう?
ギーシュはルイズの部屋に入った。
中では達也と彼の妹の真琴、そして彼のメイドのシエスタがいた。
三人とも真剣な表情である。

「ギーシュ。どうやらまた厄介な事がルイズやモンモンの身に起こったみたいだ」

「・・・どういうことだい?」

「モンモランシーの所持していた液体をルイズがまた飲んだ」

「・・・・・・うん、分かった。また妙な事になったんだね。今度は姉かい?母親かい?」

「・・・いや、大きくなったらしい」

ギーシュは頭を抱えた。

頭を抱えたくなる気持ちは分かるが今は現実を直視せねばならない。
俺は真琴から聞いた話を更に続けた。

「モンモンが真琴を逃がしてくれたらしい・・・しかしルイズは一向に帰ってこない」

「モンモランシーの身に何かあったと言うのか!?」

「分からん。だが、大きいルイズの様子はただ事じゃなかったようだ」

「・・・くっ!一体、何が起きていると言うんだ!?」

「・・・とにかく、大事にならないうちに俺たちで・・・」

その時だった。
部屋の扉が強くノックされる。俺たちは思わず扉に振り向く。
怯える真琴。息を呑むシエスタ。

「誰だ!?」

ギーシュが叫ぶ。

「・・・!隊長、そこにいたのか!よかった!」

レイナールの声だった。彼は非常に焦った様子だった。
俺は扉を開いた。レイナールは、慌てた様子で部屋に入ってくる。

「どうした、レイナール!?」

「学院生徒・・・特に女子の様子が変だ!」

俺とギーシュは顔を見合わせた。
なんだか大事に既になっているようだった。
レイナール曰く、『愛の世界を目指す』とかほざく女達が、生徒、メイド、教師問わず襲い掛かり、同士を増やしているらしい。
・・・愛の世界ってなんだろう?男性陣は豹変した恋人達に混乱しているうちに殲滅されているようである。

「マリコルヌは率先して突撃したけど・・・」

「やられたんだな」

「ああ。他の騎士団員達も応戦しているが・・・何せ女性達だ。心のどこかで手加減をしてしまう。ミスタ・ギトーとかも、生徒を傷つけるわけにはいかないと言って、篭城しているようだ」

「どんな薬だ!?どんな薬だったんだモンモランシー!?」

ギーシュは恋人が持っていた薬を彼女がどのような用途で使う筈だったか想像してみた。
・・・一瞬で顔が青くなっていた。



魔法学院の食堂は完全に封鎖され、内部には男達が多数篭城していた。
貴族、平民問わず、彼らは混乱し、恐怖に駆られていた。

「ミスタ・コルベール、状況はどうかね?」

「かなり不味いですな、オールド・オスマン。この場に女性がいないという事は、すでに連中の勢力は学院生徒の半数程度に膨れ上がっていると」

「やれやれ。生徒が大半のようですから、迂闊に魔法も使えませんね」

「妙に発育してたり、色っぽくなっているのが気になるがの。はてさて、これは悪夢か極楽か・・・」

「良い夢だとしても、あんな愛など認めてはなりません」

コルベールの言葉に頷くオスマン氏。
食堂に篭城する男達に振り向き叫ぶ。

「諸君!何故こうなってしまったのかは分からぬ!だが諸君!我々はこの非生産的な行為を阻止せねばならない!」

オスマン氏は拳を握り、続けた。

「女と女が絡み合う光景は絶景じゃが、それを一般化させてはならぬ!諸君!彼女達の野望を打ち砕くのは我々男たちである!ここは男の良さを彼女達に今一度理解させようではないか!」

おおおおおおおお!!という咆哮が食堂に響く。
士気が上がろうとしたその時、封鎖していた食堂の扉が、粉砕された。
咆哮が一瞬で静まった。

崩壊した扉の前に立つ姿・・・

「ここにいたのですか。愛を否定する皆様」

「あ、貴女は・・・・・・!!」

コルベールが冷や汗を流す。体型も声も違うが、服装でわかった。
ギトーは目を細めて舌打ちした。

「ほう・・・その魔法・・・もしや君は・・・ミセス・シュヴルーズかね?」

月夜に浮かぶその女性・・・ミセス・シュヴルーズは中年というより20代前半の肌の張りと、キュルケに匹敵するスタイルをもって現れた。
その顔は無駄な脂肪がついておらず、皺も何もない美しい顔だった。

「そうですわ、オールド・オスマン。私は真実の愛を知り、若返った気分ですわ」

「ほう・・・その若さの秘訣を是非聞きたいところじゃが、生憎とワシらは押し付けられる愛はごめんなのじゃよ」

「うふふ・・・」

シュヴルーズの周りにはギラギラした瞳の女子達が並んでいる。
・・・皆、妙に色っぽい。男達のなかには下腹部を押さえるものもいた。

「オールド・オスマン・・・貴方がたにも真実の愛を教えましょう」

シュヴルーズが右手をあげると、女子達の間から、虚ろな目で笑っている男子生徒や教師や衛兵が現れた。

「非生産的な愛など存在いたしません・・・人は性別などという概念に囚われず愛し合えば世界は平和になるのです!」

「そんな愛に近寄られるのはお断りじゃな」

「さあ、お見せなさい!貴方がたの凶暴な愛を!」

「ひゃっはああああああああ!!!」

虚ろな目をした男達は一斉に食堂になだれ込んでいく。
それを見てギトーが無言で杖を振る。
なだれ込んできた男達はギトーの風の大槌によって吹き飛ばされた。
ギトーは杖をシュヴルーズに向けて言った。

「これしきの愛が凶暴とは可愛いものですね」

シュヴルーズは笑みを深めていった。


「これで学院の4分の3は愛に包まれたわね」

ルイズは悪魔のような笑みを浮かべて自分達の崇高な計画が上手くいっていることに満足していた。
浴場に集まっていた女子生徒たちに愛を伝え、平民にも愛を伝えるとは何というお人よしだろうか。
後は学院長が率いる残党に理解してもらえばいいだけだ。
この胸を突き上げる高鳴りを、自分だけではなく学院、この国、そしてハルケギニアに広める。
そうすれば無駄な戦争などなくなる。完璧である。やはり愛で世界は救われるのだ。
そして愛を受け入れた者は生まれ変わる。・・・自分の胸がないのは人々に愛を振りまいているからだろう。

「だけど・・・まだメインディッシュが残っているわ・・・」

そう、ルイズはこれ程に被害を拡大させたのに、まだ満足していない。
彼女にとってはこれまでのは前菜である。

「うふふ・・・マコト・・・今、行くわよ・・・」

ルイズは自分の目の前に集まる同志達を見る。

「皆さん!魔法学院は間もなく愛の炎に包まれることでしょう!それも時間の問題!その為に私はこれより、その鍵を連れてまいります!皆様はあと少しの間、愛を伝えてください!今よりこの世界を愛で包む伝説が始まるのです!」

『愛の御旗の下に!』

もはや、この集団は愛の狂信者と化していた。
行き過ぎた愛はもはや宗教と化し、狂信を生む。
それは悲劇の引き金になるのだ。
彼女達の魔の手は真琴に向けられていた。愉悦に満ちた表情のルイズ。
そう、今こそ自分はあの子と一つになるのだ!



だが、そんな真琴の健全育成を推奨する彼女の兄がそんな事を許す筈がなかった。

「寝言は寝て言いやがれ!」

狂信者達の上空から声が響いた。

「何者です!」

ルイズは声がした方へと顔を向けた。

「何が、何者です!だ!?恥ずかしい演説をしやがって!」

「・・・!!タツヤ!?」

「人の妹を襲う算段をしているようだが・・・そんなの許すかボケ!」

「襲うんじゃないわ。愛を伝えるの・・・その身でね!」

「同じじゃ馬鹿者!貴様らの愛は歪んでいる!無理やり襲い掛かって愛を伝えるなど、笑止千万!」

「愛のお陰で私たちは変われたわ」

「薬のせいだろ、それ!?」

「タツヤ、貴方も真実の愛を知れば生まれ変われるわ。さあ、一緒に新世界に行きましょう」

「生まれ変わる必要はないな」

達也は天馬の上で、デルフリンガーを抜き、ルイズに向けて言った。

「すでにこの状態の俺を受け入れた女に失礼だからなぁ!!」

「そんなに愛を伝えたいのなら、彼女達にも教えてくれたまえ」

広場の入り口にはギーシュが立っていた。
彼の表情は暗くて見えない。
ギーシュは薔薇の造花を掲げた。

「僕は、このような愛を認めない。このような君たちの姿を認めない!」

ギーシュの周りに百近い数のワルキューレが現れた。
剣などは持っていなかった。

ルイズは舌打ちした。
何故分かってくれないのだ。何故否定するのだ!
それはとてもいい事であるはずだ!それを否定するのか!?

「ルイズ。薬で得た姿など、真実ではないんだよ!」

「戦乙女達よ!丁重に彼女達に子守唄を歌ってやれ!」

ギーシュの号令と共に、女子生徒達に向かってワルキューレは突進していく。
傷つけるつもりはない。ただ拘束するだけだ。
悲鳴と怒号が響くが、ワルキューレは風の魔法によって破壊されていく。
更に炎も伸びてきて、ワルキューレを足止めする。
・・・だが、それを避けたワルキューレたちが次々と生徒を拘束していく。

「無粋な!」

ルイズは虚無魔法でワルキューレを爆破しやがった。

「無駄よ、タツヤ!私たちの愛の力の前には、あんた達の小細工なんて!」

「なら、こちらも人間で対抗するまでだ!騎士団、突撃せよ!丁重にな!」

レイナールの声が響くと、四方から水精霊騎士団たちが現れた。
なお、マリコルヌはギトーに吹き飛ばされたのでいません。
彼の代わりにギムリが叫ぶ。

「野郎ども!男を見せるのは今だぁぁぁ!!」

猛然と女子生徒の集団に突っ込んでいく狼達。
数は劣るが、こっちは訓練をしている。
現場は騒乱の渦に包まれた。

「テンマちゃん、真琴とシエスタを頼む」

ルイズはその声に振り返る。
達也が空に上がっていく妹達を見送っていた。

「タツヤ・・・・・・!!」

「今のお前に真琴は渡さん」

達也とルイズ。
敵対する筈なかった二人が敵対した瞬間だった。


その悲劇はギーシュにも起こっていた。
彼の目の前には、ギーシュに向かってゆっくりと近づいてくる影があった。
姿が違うが、ギーシュには分かる。
唇を噛み締めた少年の瞳から、一筋の涙がこぼれる。
哀しみの涙である。涙を拭いて、ギーシュは杖を取り出した。

「モンモランシー・・・君は何てモノを作ったんだい・・・?」

「・・・このような効果の薬を作った覚えはないわ。全ては事故なのよ・・・結果的には幸運だったけどね」

ギーシュは顔を歪めて、逸らした。

「ねえ、ギーシュ、今の私、魅力的でしょう?」

「・・・・・・」

ギーシュは答えない。

「ギーシュ・・・私を見て。そして囁いて。綺麗だ、魅力的だって・・・」

「モンモランシー・・・僕は・・・今の君を見ることは出来ない・・・いや、見たくはない」

「酷いわギーシュ・・・私は貴方の為に・・・貴方の為に・・・!!」

「僕はありのままの君を愛すと誓った筈だ・・・!」

ギーシュは涙を流しながら言う。

「無理に変わる必要なんてなかったんだよモンモランシー!君が自分に不安を抱える事はない!愛を伝えるまでもなく、僕は君を愛しているんだから!」

ギーシュは杖を向けて言った。

「モンモランシー、君が老婆だろうと、僕は言ってやるよ。『綺麗だ、愛してる』とね。だが、正気を失った君の姿を綺麗と言うつもりはない!」

ギーシュ・ド・グラモン、魂の叫びだった。


ルイズは俺を余裕の表情で見つめて言った。
私はまだ余裕よとでも言いたいのか。そうして自分の器を大きく見せたいのか。
背は大きいが胸は小さい。可哀想だが同情はしない。
俺の父の妹のアキさんがそんな感じだったからな。珍しくはない。

「タツヤ、私は座学は昔から本当に優秀だったのよ。そんな頭のいい私が、アンタの対策をしていないとでも思った?」

「頭が良いと成績が良いとは違うよね、馬鹿」

「ストレートにシンプルな悪口を言うな!?まあ、いいわ。アンタへの対策はこれよ!」

ルイズが左手を上げると、彼女の後ろから三つの影が現れた。
えーっと、スタイルが違うけど、左がキュルケだよな?おいおい、ぱっつんぱっつんだぞ・・・。
真ん中にいるのは・・・長い耳と金髪から・・・テファか。胸が臨界点を突破している。うむ、いいケツだ。
で、一番右が分からん。青いロングヘアの眼鏡美人である。青いマチルダ(若)と形容した方がいいな。スタイルもそれなりである。

「キュルケ、ティファニア、タバサ。うちの使い魔、アンタ達に貸してあげるわ」

「はいはい質問いいかー?」

「認めるわ。何?」

「キュルケとテファは辛うじて分かるが、そいつがタバサとかマジか?」

「マジよ?魅力的でしょう?」

「お前、タバサにまで負けてるな、胸囲的な意味で」

「やかましい!?女の魅力は胸だけじゃないわ!私は脚で勝負なの!」

「違うね、女の魅力ってのは、包容力さ!」

「その包容力で一緒に愛を育もうと言ってるのよ!」

ルイズがそう言うと、キュルケ達が俺に近づいてきた。

「いきなり三人相手でしかもこの面子とか贅沢極まりないと思わない?タツヤ?」

キュルケが背筋が凍るような笑みを浮かべている。

「タツヤ・・・私に・・・おともだちの先の世界を見せて?」

テファは潤みきった瞳で俺を見つめている。

「この身、元より貴方に捧げるつもりだった。気にしないで」

こいつは何を言っているのであろうか?
獲物を狙う肉食獣のような雰囲気を纏わせながら、三人の雌獅子は確実に俺と距離を詰める。
三人の美女に迫られるのは男冥利に尽きるが、正気を失った女は論外なのさ!
分身を作った俺は、各個撃破を命じた。

「どう考えても俺らが不利すぎやしませんか?」

「あたらなければどうという事もない!」

「ええーい!畜生!やってやるぜ!」

二体の分身はそれぞれ、キュルケとタバサに向かった。
俺の前にはテファが立っている。

「ふふふ・・・タツヤ。ティファニアを傷つけることが貴方に出来るかしら~?」

ルイズめ、その発言は色々とアウトだ。

「テファ、お友達の先の世界が見たいと言ったな」

「うん・・・タツヤ・・・」

俺はテファの手を取って言った。

「そうか、友達の先か。いいよ」

「え・・・!」

嬉しそうな表情をするテファ。
杏里という存在がいなければくらっと来たかも知れんな。ときめきはしたが。

「テファ、君には俺の親友となる権利をあげよう。そして親友の頼みを聞いてくれ。寝返れ」

「おのれタツヤ!その手を使うとは!?乙女の期待を投げ捨てるような発言をするとは貴方の血の色は何色!?」

「赤です」

「普通に答えるな」

「さあ、どうするどうするテファ?寝返ればお前の望む世界が待ってるかもよ~?」

「うううう・・・」

「駄目よティファニア!タツヤの口車に乗っちゃ!そうやって寝返ってもボロ雑巾のように使い捨てられてしまうわ!」

俺はどこぞの反逆の皇子か!?

「悩む必要はないでしょう!?ティファニア!」

「ほい、杖回収」

「あーーーーー!??」

俺は悩むテファの手から杖を奪い取り、その辺に投げ捨てた。
そのテファをギーシュのゴーレムが拘束する。
地面に押し付けられるテファ。おいおい、あまり乱暴にすんなよ。
テファは涙目で俺を見上げる。

「友達の君だからこそ、先にこういう形でいくのは良くないということさ、テファ」

俺はそんな彼女に友人として言う。
そして、俺は何かに引っ張られるように飛んでいく。
そのままキュルケに抱きしめられていた分身に突入。キュルケも当然吹っ飛んだ。

「いたた・・・随分と過激的なアタックね・・・」

「だからこそそこでノックアウトして欲しかったんだがな!」

「いいわ。私が貴方をノックアウトさせてやるから!」

彼女の杖から火の球が飛ぶ。
俺は喋る剣でその魔法を吸い込む。吐き出すわけにはいかない。
吐き出す必要もないしな。
俺はキュルケの懐に接近する。
当然キュルケは俺を抱きしめようと手を伸ばす。
彼女が俺に触れた瞬間、俺はキュルケの後ろに回りこんでいた。
キュルケはすぐに振り向く。俺は彼女の服のボタンを剣で撫でた。
ボタンが弾けて、飛んでいく。その瞬間、次々とボタンが弾け飛んでいく。

「野郎ども!こっちを見ろーーー!!」

俺はその瞬間叫んだ。
騎士隊隊員たちは一斉に俺のほうを見る。
俺がキュルケから離れた後、騎士隊隊員が見たのはキュルケの生乳だった。

「う、うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

野生の咆哮をあげながら、キュルケへと突っ込む馬鹿ども。

「タツヤ・・・くっ!」

キュルケが悔しそうに突っ込んでくる男たちに対応する為に片手で胸を隠しながら杖を構える。


「うわあああああああ!!」

分身の悲鳴が聞こえる。
見ればタバサが俺の分身を葬った後だった。

「私が守るのは分身ではない」

タバサが俺をとろんとした視線で俺を見る。

「私が全てを捧げると決心したのは、あなた」

タバサが俺を指さして言った。
こいつには誤魔化しは効かない。
俺はタバサに向かって手を広げた。
タバサは頷き、俺に向かって駆け出した。

「罠よ!タバサ!」

「罠と分かっても行く」

「その意気はよし!」

俺は腰に差した村雨を一気に引き抜いた。
その瞬間だった。タバサの動きが止まる。彼女の身に着けている服が下着ごと文字通り爆ぜた。
悪いな。今回はマントはなしだ。
杖も破壊された彼女には、ギーシュのゴーレムが二体がかりで押さえつけた。
これで彼女の裸体は見えないはず。

「お前は好きに生きろよ、タバサ」

「・・・・・・」

タバサは俺に手を伸ばしていたが、ゴーレムによって押さえつけられていたので動けなかった。

「・・・友人に対しても容赦ないわね、アンタ」

「ルイズ、俺の愛は高くつくぜ?」

ついに俺はルイズと対峙した。
こんな時が来るとは思わなかった。

「私は諦めた。愛の世界に貴方は不要!ヴァルハラでマコトが愛の世界の象徴となるのを見ていなさい!」

「愛ゆえにお前たちは恐怖を俺の妹に与え、愛ゆえにお前らは様々な人に哀しみを与えた。そんな貴様らが提唱する愛など俺はいらんわ!」

「ほざきなさい!」

ルイズは俺に向けて杖を振ろうとした。




シエスタが持っていた謎の薬は惚れ薬だったが粗悪品で効果時間は実に30分だった。
その反面、モンモランシーが調合した薬は完璧で、効果があるのは1日だけだった。
その二つの薬が混ざった薬の効果は惚れ薬と身体を一時的に魅力的に成長させる薬の両方の効果が出ていた。
この薬の効果は感染するが、下品極まりないその効果は少女達に消えぬ傷を負わせるのには十分だった。
何が言いたいかと言うと、薬の効果が切れたということである。



広場に女性たちの絶叫が響き渡った。
俺に服を斬られたルイズもその中の一人に入っていた。

この事件以降、女子達の地位も下がりまくり、結果的に俺たち騎士隊の地位は相対的に元に戻った。
ルイズやモンモランシーは大目玉を食らったが、退学はせずにすんだ。
それは非常に良かったのだが・・・。


「私は・・・もうおしまいだぁ・・・殺してくれぇ・・・」

「女に走るなんて・・・おえっぷ」

こんな光景が学院の日常となってしまった。
俺はこの事件を通して感じた。
人の持っている飲み物は迂闊に飲んではいけないと。

「うおあああああああ!!!殺してー!殺してー!私は女相手にー!女相手にいいいいいい!!」

「ミス・ヴァリエール!落ち着いてくださーい!?」

「ふにゃ?お兄ちゃん、何でわたしの目を隠すの~?」

「見てはいけません」

自室の窓から衝動的に飛び降りようとするルイズを必死で止めるシエスタ。
俺はその光景が教育上問題ありと思ったので、真琴の目を手で隠した。


ヴェストリの広場に露天風呂の掃除をしに来た俺は、ベンチで頭を抱えているベアトリスを見かけた。
・・・一体何があったのだろうか?

「何してんだ?」

「可笑しくなっていたとはいえ。、私はトンでもないことを・・・!」

「何やっていたんだお前」

「性別問わず胸を揉んでいた・・・うう・・・」

聞いた俺が馬鹿でした。

「ないものねだりか」

「やかましい!!?」

ベアトリスは半泣きで俺をぽかぽか殴り始めた。
俺は適当に避けながら、空を見上げた。



杏里、今日もトリステイン学院は平和です。




(続く)



[18858] 第103話 飛んで火に入る夏のルイズ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/25 14:27
魔法学院のパワーバランスが無事に一部を除いて戻ったのはかなり良い事である。
水精霊騎士団の名誉もこれで守られた。
やはり、俺たちはやるときはやれるんだ!と団員たちの士気も向上している。
反面、学院女子の大半がまだあの事件で深い傷をおっており、学院側は女子生徒達の心のケアに勤めているようだ。
ルイズ達のメンタルケアは学院に任せる事にして、俺は妹とシエスタを連れてド・オルエニールに・・・

「この野郎め・・・!傷心の私の心を癒すマコトを私から離すつもりなの!?」

「黙れ犯罪者予備軍!貴様の歪んだ愛に真琴を巻き込むな!」

「あれは妙な薬のせいなのよ!?私の意思じゃないわ!?」

「ルイズ、君はまだ疲れているんだ・・・薬の禁断症状はゆっくり治していかなければ・・・」

「人を薬物中毒者と断定するな!?」

「お兄ちゃん、わたし、ルイズお姉ちゃんに、お友達を紹介したい」

「うう・・・マコトはいい子ね・・・おねーさんは嬉しいわ」



とは言うものの、我が領地にはルイズに会わせたら騒動になりそうな存在が二人ほどいる訳ですが。
こちらがあの二人の安全の保障をすると言ったからにはその約束は守らねばならない。
あ、ミミズとかモグラとかは話が違ってくるよ?

「そういう訳なので気をつけろよ」

「ええい!?モグラ駆除中にそんな重要な事を言うな!?」

まあ、ワルドはここでは平民と同じ格好をして麦藁帽子に鍬を持っているのでどう見ても同一人物には思えない。
マチルダはここでは優しい孤児院のお母さんだからな。
この二人は領地の主力であるので、手放すわけにはいかないんだよね。

「若!旦那!そっちにミミズが!」

巨大ミミズが俺とワルドのほうへ向かってくる。
その巨大ミミズにありつこうと巨大モグラは追ってきた。
俺たちは嫌な顔をしてそのミミズ達に向けて、武器を構えた・・・構えた?

「ぴギャああああああああああああああ!!!!」

「「無理じゃああああああ!!!」」

ワルドと俺は一目散に逃げようと踵を返す。
ミミズとモグラは鳴き声を上げつつ、互いの生存権を賭けて死の追いかけっこをしている。
それに俺たちを巻き込むな!?地中でやれ!
こんなデカブツ、剣二つでなんとも出来んわ!?

「ゴンドラン様、このままでは若が!」

「うむ、任せたまえ」

「何この怪獣領地・・・」

ルイズは呆れた表情で巨大生物駆除に奮闘する領民達を見ていた。
隣では孤児院の子ども達が院長の手作りというお弁当を食べながら、その様子を観戦している。
圧倒的過ぎる怪物は子ども達には受け入れられているようだ。可笑しくないかなそれ?
ゴンドランが巨大モグラに炎の魔法を命中させる。
甲高い悲鳴をあげながら、モグラは暴れまわり、退却していく。
だが、巨大モグラのその悲鳴を聞いて新たにそのモグラよりも大きなモグラが地中より姿を現した。
でかい・・・!40メイルはあるだろうか。

「ちょ、何なんだコイツは!?」

「何か怒ってない?」

「しもうた!!」

達也の横にいる老人、カーネルは何かに気付いたように叫ぶ。

「今までワシらが戦っていたのは雌の方じゃったか!?」

「へ?」

「若、旦那。つまり・・・嫁のピンチに夫が現れたというわけですじゃ」

「つがいで来た!?」

「なんとも迷惑な夫婦愛だな!!」

ワルドが泣きそうになって悪態をつく。
ゴンドランは冷静に夫モグラに炎の竜を巻きつけるが、夫モグラは身震いすると、その炎の竜を払い除けた。

「・・・あ、まずい。死ぬかも」

ワルドは既に諦めモードである。
だが、夫モグラは俺たちに向かって来ず、巨大ミミズを俊敏な動きで咥えると嫁モグラと一緒に、彼女が開けた穴に戻っていった。

「・・・夫の方はこちらと戦うつもりはなかったようですな」

「餌だけとったら帰っていったよ・・・」

「女性は感情的ですからなぁ」

後に残されたのはボロボロになった巨大生物討伐隊と荒れまくりの畑だけだった。
ひとまず今日は命拾いしたワルド。あ、マチルダは別にばれてもいいんじゃないか?
怪物退治終了後、俺たちは、屋敷に戻った。
屋敷に戻ると、玄関の前で困った様子の隣に住むヘレン婆さんを見つけた。
彼女は俺や真琴を孫のように可愛がってくれる人である。

「あれ?ヘレンさん、どうしました?」

「あ、若。大変で御座います!お客様なのですが、なんとも怖い雰囲気を出している若奥さまで御座いまして・・・。どこぞの名のあるお方の奥方のようなのですが、これがまあ、怖いの何の・・・お顔立ちは何処となくルイズさまに似ているのですが・・・ええ」

「若奥さま・・・?母様じゃないわね。若作りだけど」

「お前、本人いないからって好き放題だな」

「その若奥さまはなにやら大きな荷物を持って、屋敷に・・・」

「荷物?」

ルイズが首をかしげている。
少し考えてルイズはヘレン婆さんに尋ねた。

「髪の色は?」

「見事な金髪です」

それを聞くと、ルイズは崩れ落ちた。

「へ、ヘレンさん。あの方は独身よ。奥方とか結婚とかあの人の前で言ったら恐ろしいことになるわ」

「ああ、お前の姉ちゃんがいるんだな。金髪だから長女の方か」

「エレオノール姉様・・・何で此処にいるのよ!?」

ルイズは焦った様子で屋敷に入っていく。
俺たちもそれに続いて屋敷に入っていった。

「あら、ルイズ」

屋敷の居間のソファにて、彼女はワインの入ったグラス片手にしっかり寛いでいた。

「あら、ルイズじゃないでしょう!?何やってるんですか姉様!?」

「ルイズ、私思うのよ。たまには郊外で暮らせば自分の視野が広がるだろうと。自宅とアカデミーの往復では何時まで経っても視野は狭いままよ」

「そうですね」

「今まで私はその狭い視野で物事を見れなかったから、良い結婚相手に巡り合えなかったのよ!つまり視野を広げれば良い結婚相手が見つかるわ!」

「こんなど田舎で視野も何もないでしょう。本当のところ、ここがアカデミーから近いので来たんでしょう」

「甘いわねルイズ。この田舎で評判の美女と紹介されれば、噂を聞きつけた大貴族達が私に結婚を申し込むに違いないわ」

「結婚適齢期を過ぎた貴女が何を夢見ているのですか」

「・・・貴女、いくら伝説の系統を使えるからって、最近調子に乗っているようね」

「いいえ、姉様。私は姉様に現実を教えて差し上げたまでですわ」

居間の入り口から覗いていたが・・・
どうやらルイズとエレオノールが険悪な雰囲気になって来た。
俺は女の醜い争いを真琴に見せるわけには行かないので、シエスタに真琴を部屋に連れて行くように指示した。
・・・っていうか、人の屋敷に住み着く気ですかアンタ。

「人の屋敷で魔法を用いた喧嘩しないでくれる?」

俺の存在に気付いたエレオノールは、ふんと言ってワインを飲んでいた。
人の家の酒を普通に飲むな。

「貴女達は同棲しているのかしら?」

エレオノールが怒りに満ちた目で俺を睨む。

「学院では仕方ない事ですが、此処で同棲とかしてませんよ?ルイズはこの領地ではあくまでお客さんです。準領民扱いですが」

俺がそう言うと、エレオノールは怒りを静めたようだ。
この領地に『領民』として登録されているのは俺と真琴とシエスタである。
ルイズはあくまでラ・ヴァリエール家の三女なのだ。
なお、孤児院の子ども達及びワルド、マチルダも領民である。
予定としては、テファもこの中に入れたい。ルイズ?知らん。
ルイズに前に来たのはワルドたちが来る前だ。その後に領民になった人も当然いるのだ。そういう人はルイズを知らない人もいる。
ルイズでそれなのだから、エレオノールを知ってる住民など、俺たちのほかには、ゴンドランかワルドしかいないだろう。

「・・・で、エレオノールさんはどうして此処に来たんですか?」

視野を広げるためならば、別に此処じゃなくても良かったはずだ。
彼女も大貴族の娘なんだから、そのアカデミーとやらの近くに住居を借りる事も出来たんじゃないのか?

「そういうところは大体家の父や母の監視が行き届いているのよ・・・」

「はぁ?監視って・・・」

「母様たちもこんなど田舎まで監視してないって事ね。ああ、姉様、何か言われたんですか?」

「相も変わらず結婚しろ結婚しろの無言のプレッシャーよ。主に母様からの」

「姉様結婚しないとちい姉様がいつまでも余裕かましたままですからね」

「そう!カトレアだって同じ穴の狢なのに、何故か余裕ぶっているのよ!許せないじゃないのそんなの。だから私は家を出ることにしたのよ」

「・・・結婚しろという重圧を、ちい姉様に丸投げしたんですか・・・」

「しかしよ、出たはいいけど、学院時代の友人は皆結婚してるわ。夫婦生活を邪魔したいけど、友情も壊れるからやめたわ。そうして考えた結果、丁度良い場所があったわ」

「それでこの領地に来たんですか・・・」

「巨大生物がいるのは若干気になるけど、それ以外は案外良い場所よ。アカデミーからも近いし」

ルイズが頭を抱えている。

「姉様・・・姉様は昔から、結婚前の男と女が暮らすとかありえないと言っていたではありませんか」

「聞いているわよ。その使い魔の彼はあまりこの屋敷にいないようじゃない」

「だからと言って、此処はタツヤの屋敷なのですから、他人から見れば、同棲も同じなんじゃないですか?ラ・ヴァリエール家の長女が爵位のない平貴族の家に住んでるとか・・・」

「心にも思ってない事を言うわね。ならば何故貴女はその平貴族といえ、その前は単なる平民だった男と普通に居れるのかしら?信頼してるからでしょう。貴女が信頼している人物を姉の私が頼るのは当然じゃない?」

「その理屈は物凄くおかしくないですか?」

「ルイズ、アンタの所有物は私の所有物でもあるのよ」

「この領地はタツヤ固有のものですけどね」

「何か良く分からん理屈を述べられているようですが、結論から言えばこの屋敷に置いて頂けないでしょうかと言いたいんですか?いいですよ。部屋は余ってるし。一通り屋敷の構造も把握してますし。一人住人が増えた所で全然構いません」

エレオノールは驚いたような表情を見せた。
いや、荷物まで持ってきといてそのリアクションはないだろう。

「まあ、ここに住むならば、あまり無茶な事を言わないのと、領民の皆さんのご好意を邪険にしないことだけは約束してください」

「そこまでしないわよ」

「あと、いくらワインが沢山あるからって、飲み過ぎないように」

「・・・な、何のことかしら~?」

「いや、そのワイン、地下に保存されてたものでしょうよ・・・」

「姉様・・・いくら結婚相手がいないからって、酒と結婚するとか引きます」

「ルイズ・・・いくら薬をやったからといって、女、それも幼女を襲おうとするなんて、人間の屑だと俺は思います」

「ぎゃああああああああああ!!!?それをここで言うなあああああああああ!?」

ルイズの発言に怒りを爆発させそうになっていたエレオノールは、俺の発言及び、ルイズの反応に、眼鏡を光らせ反応した。

「それは一体どういうことなの?」

「いやー、実はですねお姉さん」

「うおおおおお!!??言うな言うな!?言ったら貴様を殺して私も死ぬ!!」

「ルイズは黙ってて。で、どうしたと言うの?」

身を乗り出して俺に尋ねてきたエレオノールは、俺の話を聞き終わると、夜叉のような恐ろしい顔でルイズの方を向いた。

「何たる事を!?貴女は何たる事を!?」

「正気じゃなかったので無罪です!」

精神鑑定で精神症状ありと判断され無罪になるケースは俺の世界でもあるが、それって、被害者は泣き寝入りだよね?

「そう!私がその結論に至ったのはマコトが可愛いからです!」

「可愛いものを汚そうとする貴女が、私には理解できない!」

「だから正気じゃなかったと言ってるでしょうが!?」

まあ、ここは姉妹水入らずにしておこう。

「ああ!?タツヤ!場を散々かき乱しといて逃げるな!?」

「お姉さんと仲良くな、ルイズ。俺は妹と親交を温める」

「おのれえええええ!!私も連れて行けええええええ!!!」

「エレオノールさん、歓迎いたします。妹さんとゆっくり『お話』してください」

エレオノールはニヤリと哂い、頷いた。
ルイズの顔が青ざめる。
そのルイズを見て、エレオノールは舌なめずり。
ああ、ルイズ、お前のことは忘れないけど、自信はない。



こうしてド・オルニエールに新たな住人が増えた。

だが、その住人は領主の家に住んでいるという特殊性から、領民に様々な憶測をもたらした。
曰く、若は年上好きだったのか。
曰く、やっと身を固める気になったか。
曰く、嫌がらせかあの男!?
曰く、私よりは年上かい。よし。
・・・・・・・領民には順調に誤解されていた。

一方、エレオノールが家出した後のラ・ヴァリエール家。

「うおおおおおおおおおおお!!!!エレオノールが、エレオノールが家出してしまったああああああああ!!!」

ラ・ヴァリエール公爵が滝のような涙を流しながら、エレオノールが残した置手紙を握り締め絶叫していた。
カリーヌは長女の家出という事件に溜息をついていた。
ふむ・・・結婚については彼女に一任していたのだが、だんだん現実を知ってしまったのだろうか?
それはかなり悲しい事だが、だとしてもあのプライドの高い娘だ。アカデミーの仕事もあるし、不用意なことはしないと思うが。
なら、長女は何処に行ってしまったのだろうか?

「カトレア?何か知りませんか?」

「嫌がらせで出て行ったのは分かります。ですが、何処に行ったのかまでは・・・」

「ううううう・・・・!!もしやあまりに貴族に縁がないから平民に走ってしまったのではないか・・・・」

「有り得ないと思うのですが・・・」

カトレアは父の仮説を否定する。

「ふむ・・・エレオノールが向かいそうな場所ですか・・・」

あの長女の事だ。自分達の息のかかった場所に留まりはしないだろう。
だが、息のかかっていないところで滞在するとも考えられない。
カリーヌは考えた。自分の息のかかっていない、或いは関係が薄い土地は・・・あ。

「ド・オルエニールですわ、あなた」

「は?」

公爵は首を傾げるが、カトレアは目を見開いていた。

「おのれ姉様!そこまでして私に嫌がらせがしたいのですか!」

普段温厚なカトレアがいきなり怒りだした。
身体に障るはずなのだが、怒りが肉体を凌駕している。

「ド・オルエニールと言うと・・・ハッ!?」

公爵もやっと気付いたようだ。

「そう。婿殿の領地です」

「おのれあの男!!私からルイズを奪い、さらにはエレオノールまで!この切れ痔の礼も含め、もう一度よく話し合うべきか!」

何かとてつもない言いがかりだが、ルイズは汚れた疑惑があるのですよ、お父さん。
でも、ルイズのそれについては達也は何の落ち度もない。
しかし、公爵は怒り狂っている。

「落ち着いてください、あなた。これは好都合ではないですか」

「カリーヌ!お前はあの男との・・・ああ・・・そうだった・・・お前が連れてきたんだった・・・」

公爵はげんなりとした表情になっていく。
カリーヌは元からこの話題に関しては自分の味方ではない。
だが、だが!エレオノールは我が愛する娘なのだ!

達也がその気ではないのは知ってるが、人生どうなるか分からないではないか!
不安材料は極力取り除くべきではないのか!?

「あなた・・・エレオノールはもう27です。加えてあの性格です。あの子がなんと呼ばれているかご存知ですか?私は驚きましたよ」

「まあ、あれ程の美人ならば、やっかみで陰口ぐらい叩かれような」

「いいえ、あなた。私が耳にしているのは『憤怒』やら『嫉妬』やら『横暴』などです。酷いですわね~あんなにピュアなのに」

「娘の悪口なのに面白そうに言うお前が私は怖い!?」

「ちなみにカトレアは『薄幸(笑)』『怠惰』『聖母』と極端です」

「そうして私にまで火の粉を振りまくのを止めてください」

「私は婿殿が、エレオノールのそうした不名誉な二つ名を返上してくれる事を期待しています。ルイズの『ゼロ』という二つ名の意味を変えたように」

そう言うカリーヌの表情は間違いなく母親のものだった。
さもエレオノールがド・オルエニールに行っているかのような言い方である。
いや、実際行ってるんですけどね。




(続く)



[18858] 第104話 出版禁止の物語
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/25 14:28
ロマリア連合皇国。
ハルケギニアでは最古の国の一つに数えられるこの国は、ガリア王国真南のアウソーニャ半島に位置する都市国家連合体である。
始祖ブリミルの弟子の一人、聖フォルサテを祖王とする『ロマリア都市王国』は、当初はアウソーニャ半島の一都市国家に過ぎなかった。
しかし、聖なる国というプライドが暴走し、次々と周りの都市国家を併呑していった。
大王ジュリオ・チェザーレの時代には半島を飛び出し、ガリアの半分を占領した事もある。
そこが最盛期だったようで、ジュリオの時代が終わった後、ガリアの地からは追い出されてしまい、併合された都市国家群は、何度も独立、併合を繰り返した。
度重なる戦争後、ロマリアを頂点とする連合制を敷くことになった。その為なのか、各都市国家はそれぞれ我が道を行っていることが多く、特に外交戦略においては、ロマリアの意向に全然従わない国家もある。
そんな事だから、ロマリアはハルケギニアの列強国に比べて、国力で劣るロマリアの都市国家群は、自分達の存在意義を、ハルケギニアで広く信仰される『ブリミル教の中心地である』という点に強く求めるようになった。
ロマリアは始祖ブリミルが没した地である。祖王の聖フォルサテは墓守として、その地に王国を築いたのだ。
彼がその地に王国を築いたのは、ブリミルの眠りを外敵から守るためなのだが、その子孫達は何を勘違いしたのか都市ロマリアこそが、聖地に次ぐ神聖な場所であると、自分達の首都を規定した。その結果、ロマリアは皇国と呼ばれるようになり、その地には巨大な寺院、フォルサテ大聖堂が建設され、代々の王は教皇と呼ばれるようになり、全ての聖職者及び信者の頂点に立つことになっていた。

「光溢れる地とはよく言えたものですね。理想郷と言うより無法地帯ではありませんか」

トリステイン女王アンリエッタは、馬車の窓から覗く、ロマリアの街並みを眺めて溜息をついた。
宗教都市ロマリアは、ハルケギニア各地の神官達が『光溢れた土地』と、その存在を神聖化しているが、実際はハルケギニア中から流れてきた信者達が、仕事もすることもなく、ただ、配給のスープに列をなしている。その後ろでは着飾った神官達が談笑しながら、寺院の門をくぐっている。
・・・新教徒達が実践主義を唱えるのも致し方ないことだ、とアンリエッタは思った。
貴女の国の何処かの誰かさんの領地は実践主義っぽい事をやっているんですが。
まあ・・・その何処かの誰かさんはブリミル?何それ食べれるの?え?神様?知らんがな。という感じなのだが。
アンリエッタはふと視線をずらすと、目の前の席に腰掛け、居心地の悪そうに身を竦ませた銃士隊隊長の姿が見えた。
どうやら、いつもの鎖帷子ではなく、貴婦人が纏うようなドレスに身を包んでいるので、落ち着かないらしい。
まあ、そんな格好をしていれば、どこぞの名家のお嬢様のようなのだが、彼女は武人である。最近母性に目覚めたりしたが、基本は武人である。

「慣れぬ格好でしょうが、お似合いですよ?隊長殿」

「おからかいになりませぬよう。私の使い方をお間違えですぞ?このような服を着る為に、ロマリアくんだりまで来たわけではありませぬ」

「わたくしには護衛もこなせる有能な秘書が必要なのですよ。近衛隊長は剣を振るだけが仕事ではありません。時と場合に応じて、やんごとない身分のお方や、賓客を相手にすることもあるのです。一通りの作法を身につけていただかねば、わたくしが困ります」

アンリエッタはそうした意味も含めて達也を近衛隊の隊長にしようと企んでいたのだが、その隊長はギーシュになってしまっていた。
正直、今思うと地団太を踏みたいほど悔しいが、ギーシュもギーシュでそこそこ有能だと評価していた。

「しかし、剣や拳銃を身につけていないと、このような場所では落ち着きませぬ」

ウエストウッド村に滞在していた時はアニエスはその剣と拳銃を身につけることはあまりなかった。
理由は村の子どもが怖がるというほのぼのした理由だった。
ちなみにその武器を子ども達の手の届かないところに保管したのは達也である。
現在アニエスはドレスに戸惑っているが、これはウエストウッド村の滞在時、エプロンを着ける時も同様だった。
・・・今ではある意味戦闘服と化しているが。

「仕方ありませぬ。それがこの国の作法のようですから」

「万一の場合、陛下をお守りする事が出来ませぬ」

「肉の壁になるとはおっしゃらないのね」

「私が斃れたら、誰が陛下のご乱心を止めると言うのですか?」

アンリエッタとアニエスは互いににらみ合い、イヤ~な笑みを浮かべている。
この方々は、ロマリアの聖堂騎士団が守ってくれるとは本気で考えてはいないようだ。
アンリエッタ達は、とある式典に参加するために、はるばるこのロマリアまでやって来た。多忙の為来るのはやや遅れたが、それでも式典の2週間以上前には到着した。
・・・多忙という字をアンリエッタが本当に分かっているのか疑問だが、多分分かっていてもスルーだろう。

ロマリアは、周りを城壁で囲まれた古い都市である。
古代に造られた石畳の街道が、整然とした街並みの間を縫っている。
実に清潔感溢れる場所だった。この点は見習うべきか、とアンリエッタは思った。
大通りの向こうに六本の大きな塔が見えてくる。その形はトリステイン魔法学院に似ていた。まあ、この建築物をモデルに魔法学院は造られたのだから似ていて当たり前である。パクリ?オマージュと言いたまえ。

「あれが宗教庁ですか。魔法学院に似ておりますが、規模は全く違いますな」

「一魔法学院が宗教庁より規模があればそれはそれで問題でしょう。自尊心だけは強いですからね。・・・さて、どうやら到着のようですわね」

到着したはいいが、馬車のドアを開けに来る神官も貴族もいない。馬車寄せに並んだ衛兵たちは、礼を取ったまま動かない。
様子を伺っていると、玄関前に勢ぞろいした聖歌隊が、指揮者の杖の下、荘厳な賛美歌を歌い始めた。
これがロマリア流の歓迎のようだ。

「馬車の中で一曲聞かせるつもりですかな」

「大した演出ですわね。まあ、面白いかどうかで判断すれば微妙ですが」

アンリエッタからすれば歌を聴かされることには慣れていたし、ましてや賛美歌など耳が腐るほど聴いていたのでもはや飽きていた。
ド・オルエニールに来た時は、心が躍ったのだが・・・
歌が終わると、指揮者の少年が振り向いた。白みがかった金髪の美少年だった。

「月目?」

所謂オッドアイだが、ハルケギニアでは月目と呼ばれ、縁起悪いものとされている。
それなのに聖歌隊の指揮者とはよほどの事情があるのか。
アンリエッタは聖歌隊のもてなしを労う為、窓から左手を差し出した。社交辞令だ。
指揮者の少年は、右腕を身体の斜めに横切らせ、アンリエッタに礼を奉じて寄越し、そのままの格好で近づく。
それから恭しく、宝石でも扱うようにアンリエッタの左手を取り、唇をつけた。

「ようこそロマリアへ。お出迎え役のジュリオ・チェザーレと申します」

偽名だろうな、とアンリエッタは思った。
その少年は、アルビオンで七万を迎え撃つ(笑)達也を見送ったジュリオだった。

「貴方は神官ですね?」

「左様で御座います、陛下」

「まるで貴族のような立ち振る舞いですわ。いえ、感心しているのです」

「ずっと軍人同然の生活をしていたものですから、自然と身につきました。先だっての戦では、一武人として、陛下の軍の末席を汚しておりました」

「そうでしたか。ではお礼を申し上げなくては」

「あり難いお言葉、痛み入ります。それではこちらへ。我が主が陛下をお待ちで御座います」

ジュリオは馬車の扉を開けると、アンリエッタの手を取った。
アニエスもそれに続き。アンリエッタに同行していた使節団の一行も、それぞれやって来た出迎え役のロマリアの役人たちと挨拶を交わしていた。
彼らに手を振って、アンリエッタはアニエスのみを連れて、ジュリオの案内で先に進む。
その表情は達也を襲った時の狂乱の顔ではなく、一女王としての冷ややかとも思えるほどの微笑みだった。



一方、ド・オルエニール。
達也の屋敷の執務室。普段使われる事は滅多にないこの部屋に、達也はいた。
執務室内にはゴンドランと農夫らしき格好の男と、体格の良い女性がいた。

「えーっと、夫婦での申し込みですか」

「へえ、そうです」

「ちょっとアンタ!この方は領主様なのよ!そんな力のない返事で如何すんの!」

「し、しかしよう・・・こんなに若いとは・・・」

「貴族様になんて事いうんだいアンタは!前もそうして余計な事を言って追い出されたんじゃないのかい!」

「うう・・・スマネェ・・・」

「追い出されたとは穏やかではないな」

ゴンドランが不安そうに呟く。

「この領地は経験者、それも夫婦は優遇します。タロンさんとコロンさんでしたね?この領地には牧場として使用していた土地があります。そこを提供しましょう。畜産部門は我が領地に欲しい産業でした。私たちは貴方達の来訪を歓迎いたします」

あまりにもあっさり決まったので、この夫婦の妻の方、赤い髪をした女性、コロンは俺に対して、疑いの眼差しを向けた。

「失礼ですが領主様。土地まで提供してくれるのは嬉しいのですが、何か裏があるのではないでしょうか?」

「領地の特産品を増やしたい。畑だけでは限界がありますのでね。牧場は何とかしたかったんですよ」

まあ、家畜とかその品種にブランドがつけば収入も上がるんじゃないの?色んな病気に気をつけなければいけないが。
あのミミズがいる以上、この土地の土や牧草は栄養があるらしいし。
そもそも、此処で取れた農作物って余る場合が多いし、処理に困っていたんだよね。
家畜の糞は肥料になるしな。

「・・・私たちは貴方達の力が必要です。どうか、この領地の発展の為に力を貸していただけないでしょうか?」

「・・・この領地としてはあなた方を追い出すような真似は致しません。いえ、させません。あなた方を追い出した所が泣いて悔しがる程にこの領地を盛り上げて行きましょう」

この人たちは畜産部門なのでミミズの対策部隊には回さない。
しばらくは牧場経営に勤しんでもらう。性格にやや不安があるようだが、そんなのは些細な事である。
ゴンドランはニヤリと笑いながら、この牧場経営をしようとする夫婦に言った。

「無論、あなた方の子作りの環境も此方で整えますが?」

「え゛!?」

「随分ストレートに言うんですねェ・・・」

「まあ、この領地はまだまだ子どもが少ないですから。そういう期待も込めて夫婦は歓迎しているんですよ」

孤児院の子ども達は二十人に満たないし。
空きはまだ沢山あるから、その辺の孤児を拾って住まわせても良いんじゃないか?
まあ、それは流石にどうかとゴンドランに反対されたが。
この領地の次世代対策も急務である。
俺がいなくても勝手に発展していくような領地になって欲しいな。


達也が面接中のその頃。
どう見ても同棲してるとしか思えない同居人、エレオノールは屋敷地下の書庫にいた。
達也が来た時は鍵をされていた地下の扉だが、地下一階までは解放されていた。
魔法研究所主席であるエレオノールはもしかして研究の資料があるんじゃないかと、書庫に来たのだが・・・
書庫にあったのは絶版されている本や、自分の知らない本や、御伽噺の本などが並んでいた。勿論、現在もある書物もあったのだが。

「『始祖の愛した食事』・・・何このどうでもよさそうなタイトルの本」

固定化の魔法でもかかっているのだろうか?
随分書物の保存状態は良い。
魔法の研究の本もあったが、魔法研究所のそれとは違い、魔法の実用的な研究が記されていたものばかりだった。
例えば目玉焼きを効率よく作る為の火加減とか、スカートめくりがばれない程度の風の加減など・・・実用的?
下賎も程がある研究をこの地でやっていたというのだろうか?凄くアホらしいが。
エレオノールは本を本棚に戻した。ふと、一冊の本が彼女の目に止まった。

『根無し放浪記』

エレオノールはそのタイトルに覚えがあった。
確か、その内容が始祖を馬鹿にしているとかで出版禁止になった問題作らしい。
詳しい内容は自分も分からない。
見てみれば『根無し放浪記』は全部で30巻あるようだった。

「どんな内容なのかしら・・・?」

エレオノールは『根無し放浪記』第1巻を手にとって読み始めた。


そこそこ裕福な家に生まれた主人公、ニュングはまともに魔法が扱えない。
次男ということもあり、女性にも恵まれない悲しい人生を打破する為に、自分探しと称して若き身で旅に出ることにした。
でも、一人旅は何だかとっても寂しい。と、いう訳で使い魔を召喚して一緒に旅しようと考えた彼は、108回目にしてようやく召喚を成功させた。
煩悩の数と同じ回数、同じ呪文を唱えた彼の前に現れたのは、褐色の肌の幼女だった。

『おおーっと!?人間を召喚してしまった!?・・・いや、いいのか?』

『何言ってるのよアナタ。わたしは蛮人なんかじゃないわ』

訳が分からないといった様子の幼女はフィオと名乗る。
彼女の耳は長く尖っていた。
所謂エルフを召喚してしまった馬鹿の物語らしい。
自分探しの旅をする男、ニュングと、外の世界を知らないエルフの幼女、フィオが、フィオの故郷へ向かって旅をする話・・・というのが第1巻のあらすじだ。
問題なのがこの物語、ブリミル没後1000年が舞台なのである。
その時期は人とエルフは土地を巡って争っていた時期だ。それがロマリアなどの怒りを買ってしまったのだろうか?

『この俺、ニュングの二つ名は『根無し』!定住する家がないからな!』

『偉そうに言うな!』

所謂ホームレスの彼らがバイトしながら路銀を稼いだり、狩りをしたり、遊んだりしてだらだらと旅をする内容だった。
そこにフィオの姉と名乗るシンシアが現れるのだが、そこでフィオの故郷が滅ぼされた事を知らされる。
人間が滅ぼしたのかと聞けば、違うと言うシンシア。
彼女達の故郷を滅ぼしたのは他ならぬエルフであり、滅ぼされた理由はその故郷に住むエルフが、『ダークエルフ』と呼ばれる者達だから、ただそれだけの理由だった。そして、シンシアを追って来たエルフと戦闘するというのが第2巻である。

その後はエルフと戦ったり、人間と小競り合いを起こしたり、何故か城に招かれたり、宝物庫に侵入して書物を拝借したり、拝借した祈祷書の呪文を詠唱したら使えてしまったり、様々な騒動を繰り広げて行き、ニュングとシンシアが結婚したりした。この辺りも問題である。特に独身の身にとっては。
恋愛模様はニュングとシンシアが繰り広げていたのだが、それでは召喚された少女はどうだったのだろうか。
読み進めたいが、時間も遅い。また次の機会にしよう。
エレオノールは本を閉じ、書庫を後にした。



大聖堂には、途中で見かけた貧民達が集まり、毛布に包まって天井を見つめていた。
アンリエッタはその光景に驚く事になった。

「・・・彼らは?」

「アルビオンからやって来た難民たちです。行き先の手配が決まるまで、此処を一時の滞在所として解放しております」

「教皇聖下の御差配ですか?」

「勿論です」

ロマリアの象徴たる大聖堂を難民に開放するとは・・・いや、まあ、それが聖職者の仕事だろといえばそれまでだが、実際行なう者は多くはない。
此処にいる難民たちはロマリアが光の国と信じてやって来たはいいが、仕事もすることもないこの国は彼らにとっては闇しかない。
せめて彼らが新聞でも何処かで目にすれば、どっかの領地の求人を目にすることができたのだが・・・・・・。
ロマリア教皇、聖エイジス三十二世は、執務室で会談中とのことである。
十五分ほどすると、執務室の扉が開き、中から子ども達が現れたのでアンリエッタは驚いた。

「せいか、ありがとうございました」

年長と思しき少年が頭を下げると、周りの子ども達も一斉に頭を下げる。
そして子ども達は踵を返すと、笑いながら駆け去っていく。

「これは一体・・・?」

「ああ・・・あの子達は如何してるだろうか・・・」

アンリエッタは子ども達を微笑みながら見送っていたが、アニエスは何故か現在ド・オルエニールの孤児院にいる子ども達の事を思い出していた。親か!?
そんな二人を、ジュリオが促した。

「では、中へどうぞ。我が主がお待ちで御座います」


教皇の謁見室は、執務室というには雑然としており、本で埋め尽くされた部屋だった。
宗教書ばかりでなく、むしろ、歴史書が多い。特に戦史関連が多く、博物誌も数多くあった。
戯曲に小説、滑稽本まであった。
大振りな机の上には、『真訳・始祖の祈祷書』が積み上げられている。
その書物を片付けている、髪の長い、二十歳ほどの男性がいた。
彼は人の気配に振り向く。

「教皇聖下・・・」

聖エイジス三十二世ことヴィットーリオ・セレヴァレはアンリエッタ達を見ると微笑んだ。

「これはアンリエッタ殿。少々お待ちいただきたい。今すぐにでもおもてなしの準備をしますから・・・」

ジュリオが呆れたような声で言った。

「聖下、お言葉ですが、この日、この時刻にアンリエッタ女王陛下がトリステインからおいでになられるのはご存知でしたよね?」

「わ、わかっていますよジュリオ。ですがわたくしは彼らにこの時間、文字と算学を教える約束をしていたのだよ」

「それは昨日までの予定には入っていないようでしたが?」

「少年少女に知識を分け与えるのは大人の義務と思いませんか?ジュリオ」

「またその場の勢いで請け負ったんですか貴方は!?そんな事だから何時まで経ってもこの部屋の整理が出来ないんですよ!?」

「また増築すべきでしょうか」

「要らない本を捨てるか売りに出せばよいでしょう」

「知識の結晶を捨てるなどとんでもない!」

遠路はるばるここまで一国の女王を呼びつけておいて、待たせた上に何だろうか、この口げんかは。
まあ、破天荒な人物であることは分かるが。
教皇はアンリエッタ達に目を向けた。

「遠路はるばる、ようこそいらしてくださいました」

「いえ、敬虔なるブリミル教徒として、駆けつけて参りました」

アンリエッタはこの教皇の才を計る為にロマリアまでやって来た。
彼の背後で、本棚の本が落下しているのが少々気になるが、深々とアンリエッタは頭を垂れた。
公式の席でアンリエッタの上座に腰掛けることの出来る人物は二人。ガリア王ジョゼフとこのヴィットーリオの二人である。

「頭をおあげ下さい。何、あなたのお国の宰相殿が譲ってくれた帽子です。畏まる必要はございません」

トリステイン宰相マザリーニ枢機卿は、次期教皇と目された人物だったが、彼はトリステインという国が好きになり、ロマリアの帰国要請を断ったのである。

「マザリーニ殿は本当によくしてくださいますわ。では聖下。お言葉に甘え、質問をさせていただきます」

「なんなりと」

「この国の矛盾についてどうお考えでしょうか?」

「ええ、光溢れる国など、現状では幻想でしかありません。信仰が地に落ちたこの世界では、まず誰もが、目先の利益に汲々としている。その結果、神官たちが好き勝手に生き、民たちは日々のパンにさえ困っている。こちらとしても、各寺院に救貧院の設営を義務付けたり、免税の自由市を作り、安い値段でパンが手に入るように差配いたしています。その結果、わたくしを新教徒教皇と揶揄する輩も少なくありませんが、自称新教徒達は、自分が大きな分け前に預かりたい連中でしょう」

ヴィットーリオは心底迷惑だという表情で続けた。

「まあ・・・現状はそれが限界です。これ以上神官たちから権益を取り上げれば、確実に内乱になり、わたくしはこの帽子を取り上げられる事でしょう。貴賤や教義の違いで争う事は愚の骨頂です。人は皆、神の御子です。それが争うなどと!」

アンリエッタは静かに話を聞いていた。

「何故、信仰が地に落ち、神官達が、神の現世の利益を貪るための口実にするようになったのか?それは我々に力がないからなのです。わたくしは以前、貴女にお会いした時に言いました。『力が必要だ』と。人は自分の見たものしか信じません。ならば、見せ付けなければなりません。真の神の力を。神の奇跡によって、エルフたちから聖地を取り返す・・・。真の信仰への目覚ましとして、これ以上のものはありません」

「聖地を取り返すと言っても、6000年以上もエルフはあの場に留まっているのですよ?むしろ此方が奪う方でしょう」

「ええ、相応の抵抗はあるでしょうね」

ヴィットーリオは後ろを向くと、一つの本棚に向き直る。

「ふんっ!!!」

顔に似合わぬ掛け声をあげ、その本棚をずらそうとし始めた。
しかし、力が足りないのか顔を真っ赤にしても微動だにしない。

「ぐぬぬぬぬ・・・・・・はぁっ!!」

ヴィットーリオが一層気合を入れたその時だった。
可愛らしい音が謁見室に響いた。

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

ヴィットーリオはばつの悪そうな表情で言った。

「ジュリオ、助けて下さい」

「最初からそうおっしゃってください!?客人の前で放屁とか末代までの恥ですよ!?」

「いいえ、あれは放屁などでは御座いません。きっと、神の口笛が失敗したのでしょう」

「都合が悪い事は全て神のせいにしないように」

「申し訳ありません」

二人は本棚をずらし始めた。ずらした先にあったのは大きな鏡だった。
ヴィットーリオはジュリオから聖杖を受け取り、祈るような声で呪文を唱えた。
アンリエッタが今まで耳にした事のない、美しい賛美歌のような透き通った調べだった。
呪文が完成すると、ヴィットーリオは緩やかに、優しく、杖を鏡に向けて振り下ろした。
そうすると、鏡が光りだす。だが、その光は唐突に消えて、鏡にはこの部屋のものではない映像が映り始めた。
その光景を見て、アンリエッタは思い出した。
ド・オルエニール地下にあった鏡のことを。

「これは・・・」

「これが始祖の系統・・・虚無です」

「聖下・・・まさか貴方は・・・」

「はい。神はわたくしにこの奇跡の技をお与えくださいました。ですが、わたくし一人では足りません。多くの祈りによって、さらに大きな奇跡を呼ぶために我々は集まらなければなりません」

神々しい輝きに打たれながら、アンリエッタは息を呑む。
その身体が、かすかに、震えていた。







(続く)



[18858] 第105話 孤独が好きなんて中二病でしょう?
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/25 23:49
水精霊騎士隊の大半の隊員たちが行なった女子風呂覗き事件の学院側からの罰は、放課後の中庭掃除であった。
普段は使用人たちがこまめに行なっている仕事を彼らは罰として行なっていた。
破廉恥騎士隊といわれても仕方がない彼らだが、それを上回る破廉恥行為を学院女子達はやってしまったので、責めるに責められなかった。
また、中庭掃除は学院長のオスマン氏もやるべきとの声も上がったが、

『ワ、ワシがいない間、誰がこの学院の安全を守るんじゃ!?』

と言ってごねたが、コルベールとギトーによって連行され今に至る。

「優秀すぎる人材がいるのも考え物じゃの」

「学院長、自業自得でしょう」

ギーシュは呆れながらも手に持った箒を動かしている。
彼含め、大半の隊員たちが真面目に掃除を行なっているのだが、中には更に自分を貶めようとする漢もいた。
マリコルヌはそそくさと身を縮ませながら、女子生徒が固まっている場所に近づいた。

「駄目じゃないですかぁ、お嬢様がた・・・こんなにゴミをお散らかしになってェ・・・」

卑屈と歓喜が入り混じった笑みが何とも生理的嫌悪感を誘発する。
女生徒たちは泣きそうな顔になって、マリコルヌから離れようとする。
だが、マリコルヌはそっちにゴミがあるから・・・落ちているから・・・と何故か愉悦の表情で更に近づく。
恐怖に怯える女生徒達は逃げ惑う。マリコルヌは鼻息荒く追いかけようとするが・・・

「ゴミはお前だーー!?」

仲間たちの様子を監視しているレイナールがマリコルヌを蹴り飛ばした。
彼はこの水精霊騎士隊の良心として評価は一人図抜けていた。
そのレイナールは、大変憤慨した様子で、マリコルヌに言った。

「マリコルヌ!お前は更にこの騎士隊の名を貶める気か!?」

「そんなつもりは毛頭ない!僕は自分の欲望に素直なだけだ!」

「自制しろ馬鹿者!?」

「自制?そんなことしてたら僕はこんな体型じゃないよ」

「分かってるのに自制しない辺り手の施しようがないと言わざるを得ないね」

「ふん!男に罵られても不愉快なだけだ!女を連れてきて僕を罵りたまえ!」

「アンタの親が可哀想だわ」

ギーシュの様子を見に来ていたモンモランシーが冷たく言い放つ。

「そういう罵り方は地味に辛いのでやめていただけませんか?」

マリコルヌは涙目で懇願する。何とも情けない姿だが、誰も同情はしなかった。


魔法学院のルイズの部屋に戻ってきた俺とシエスタは、部屋の惨状に眉を顰めた。
まず何より酒臭い。部屋で酒盛りでもしていたのだろうか?
そこら中にワインの壜が転がっていた。
そして何故か、部屋にはルイズ、キュルケ、タバサ、そしてティファニアの四人が床やベッドですやすや寝ていた。
腹を出したり、下着姿だったり、半ケツだったり、目も当てられない状況である。

※プライバシー保護のため、誰がどうなっているのかは明記いたしません。ご了承ください。

こんな酒臭い部屋で眠る美少女達が今まで何をしていたのか気になるが、真琴の教育に悪いから止めてくれない?
その真琴は俺の背中で寝息を立てていた。正直寝ていてくれてよかった。

「どうしましょうか、タツヤさん・・・?」

シエスタが俺に聞いてくる。
このまま放置しても良いのだが、彼女達が風邪でもひいたら大事である。

「シエスタはこの部屋を片付けて置いてくれ。俺は酔い潰れたであろうこの三人を運ぶ。面倒だけどな」

「分かりました。変なことしちゃ駄目ですよ?」

「しねーよ」

俺はそう言って、まずルイズの部屋から近いキュルケから運ぶ事にした。
ふむ、見た目はムッチリとしているが、案外軽いな。
寝息が酒臭いが、まあ、我慢してやろう。
まったく、酒に飲まれて如何するんだよ。
俺が所謂お姫様抱っこの要領でキュルケを持ち上げると、シエスタが物欲しそうに俺を見つめていたが無視した。
しかし、案外軽いというだけで、実際は寝ているのだから、体重は俺の腕にかかっている。
・・・落とさないようにしないとなぁ。

炎が燃えていた。
キュルケはその炎の中に佇んでいた。
彼女の目の前には死んだ筈のメンヌヴィルが立っていた。

『あ、アンタはなんで・・・!?死んだ筈じゃないの・・・!?』

『炎のメイジの俺が、あれしきの炎で死ぬ筈なかろう・・・貴様の悲鳴を聴きに来たぞ・・・』

目の前の男は自分にとって恐怖の対象であった。
どうして今になってこの男が現れるのだ?復讐ならばコルベールを相手取ればいいじゃないか。
そうか、これは夢だ。死んだ者が生き返る事はない。ましてやこの男は焼き尽くされたじゃないか。
しかし、人間というものは強い恐怖に襲われると、ショック死する事もある。
悪夢で死ぬというのはあまりの恐怖にショック死したと考えられる。何とも情けない話であるが、キュルケにとってこの男は死して尚、自分の恐怖の象徴だった。
その恐怖から逃れる為に、人は目を覚ます。キュルケも例外ではなく、ハッとした様子で目覚めた。
目覚めると同時に頭痛と吐き気が彼女を襲う。

「う・・・気持ち悪・・・」

「起きたか酔っ払い」

「え?」

声のした方を見ると、達也が自分に毛布をかけていた。
達也の表情は呆れているようだった。
部屋の装飾から、此処は自分の部屋である。それは理解できる。
だが、それなら何故達也がこの部屋にいるのだ?
まさかこれも夢なのだろうか?夢から覚めたら夢とはなんというループだろうか。
しかし夢なら好き放題しても良いのではないか?
キュルケは、達也の手を掴んだ。

「何だよ?水が欲しいのか?」

キュルケは首を振る。
彼女の身体は悪夢のせいか震えていた。
彼女とて人間である。大人びてはいるが、少女の心もまだあるのだ。
如何してだろう?寂しい。寂しいという感情が自分の中に渦巻いている。
アルコールが入ったせいだろうか?普段の彼女からは考えられない程、今日のキュルケは弱気になっていた。
メイジ達にやられかけた時からか?メンヌヴィルに恐怖した時からか?エルフにズタズタにやられた時からか?
とにかく彼女の中の自信はやや危ういものになっていた。
トライアングルクラスの魔法を使えるといっても、実戦を潜り抜けた者達には敗れてきた。
魔法学院ではトップクラスのメイジだが、世界は広いのだ。
彼女はまだ若いのでそれ程気にすることはないのだが、それでも最近の体たらくは彼女のプライドを刺激していた。
学院では下手に力を持っている為、誰かに守られるという経験に乏しかった。
力を持つものには孤独が付きまとう。だからこそ、同じ力を持つタバサと友人になり、孤独を紛らわせようとした。
男と遊んで孤独を紛らわせようとした。だが、彼女にとってタバサは肩を並べて戦う友人である。
ましてやそこら辺の男は論外だった。誰も彼女の孤独を分からない。
キュルケも強い女性である。寂しさなど普段は微塵も感じさせない。彼女の熱がそのような冷たい孤独を隠していて、自分でも気付いていないのだ。

孤独を自覚したら、人は怯えてしまう。
ルイズは達也が七万に突っ込んで行った際、寝込むほど落ち込んだ。
タバサは感情を失う直前、孤独に怯え震えた。
ティファニアは初めて出来た友人との別れに孤独感を感じ涙した。
ではキュルケは?自分はどうなのだろうか?熱が冷めている状態の自分はただの女だ。
もしかしたら、自分が一番孤独に怯えているのではないのか?

「どうした?キュルケ」

「ねえ、タツヤ。私、寂しいの」

「寂しい?そりゃまた珍しい事もあるな」

「・・・慰めて」

「慰めろねぇ・・・」

酔っ払いの戯言かと思ったが、キュルケの表情からは不安しか見えなかった。
酒は人間を変えると言うが、キュルケは酔うと欝になるタイプか。
慰めろと聞いて、普段の彼女なら性的な意味でしか捉えられないが、欝傾向のこいつにそんな事をする男は・・・まあ、欲望に素直な奴なんだろうな。

「寝ろ」

「は?」

「気のせいだろうから寝ろ。お前は一人じゃないからな」

俺はキュルケの手をぎゅっと握ってやった。
この痛みはこいつが一人ではないという事の証である。
彼女が一人なわけない。一人ならば寂しさを知らないだろうから。
一人なら、俺が此処にいるわけないだろう?
一人なら、ルイズの部屋で寝ている説明はつかないだろう?
だから、キュルケが不安になる事はないのだ。

「タツヤの手、冷たいわね」

「今日は冷えるしな」

「人の冷たい手が心地よいと思ったのは初めてよ」

「俺の手より、水にぬらしたタオルの方がいいと思うぜ?」

「いいのよ。人肌が恋しいから・・・」

そう言ってキュルケは俺の手を自分の額に当てた。
人の手を熱冷ましシート扱いしないで欲しい。
程なく、キュルケは再び寝息を立てた。
それを確認して俺は彼女の額に当てていた手を離し、部屋を後にした。

ルイズの部屋には、テファとルイズがいまだ夢の中である。
タバサは恐らくシエスタが運んだのだろう。乱雑に置かれていた壜が片付けられている。
仕事が早いなと思いながら、俺はテファを持ち上げた。
トンでもない奇乳が零れ落ちそうである。寝苦しくないのか?

ひどい頭痛と共にティファニアは目を覚ました。
ルイズ達の部屋でおしゃべりしていた筈の自分はいつの間に自室に戻っていたのだろうか?
ワインを飲み始めてからの記憶があまりない。
どうやら随分飲みすぎたようだ。

「お?起こしちゃったか?」

「タ、タツヤ・・・?どうしてここに・・・?」

グラスに水を注いで来た達也の姿にティファニアは少々戸惑う。

「お前、ルイズの部屋でぐーすか寝ていたんだよ。お臍出してな。どんだけ飲んだんだよ?はい、水」

「あ、ありがとう・・・」

達也が渡した水を飲むティファニア。
その程よい冷たさが心地よいが、頭痛はおさまらない。
本気で飲み過ぎのようだった。

「・・・タツヤ・・・子ども達はどうしてる?」

「ああ、優秀な院長のお陰で皆元気にやっているよ」

「・・・そう・・・よかった・・・」

「時間が合えば、君をド・オルエニールに招待したいんだけどさ」

「うん。私も子ども達に会いたいし・・・タツヤの土地も見てみたい」

「綺麗な所もあるし危険なところもあるぞ?」

「それは何処でも一緒だよ・・・」

ド・オルエニールの危険は他の領地のそれとは違うのだが、まだ行った事のないティファニアが知る由もない。

「きっと、良いところなんだろうな・・・」

「住民は曲者ばっかりだけどな」

勿論その曲者の中には領主の俺も入っているのが悲しい。
俺は悪くない。環境が悪いんだ。
それでもティファニアならば、すぐに慣れるのだろうと思う。
そもそも巨大ミミズや巨大モグラという脅威がいるので、人畜無害なテファが迫害される謂れはない。
まあ、彼女の胸囲は十分脅威なのだが、そんなのは些細な問題だ。
人間だろうとエルフだろうと、住みたいと言う奴には文句は言わないし、来訪者は基本歓迎なのだ。
宗教上の問題なぞ知るか。人を助けるのは神じゃなくて人だろうよ。
そもそも、ド・オルエニールにおいて始祖ブリミル云々言っている者は一人もいない。
ゴンドランでさえ、

『これが始祖の試練ならば、私は始祖を恨む。何だこのミミズは!!』

と酒の席で言っていたらしいから。
神に祈って領地が発展するならいくらでも祈る。
実際に、農業と子宝の神様とか言って勝手に祭壇作ったし。祭ってあるのは何処からどう見てもミジ●グジさまだが。
だが、それは単なる気休めでしかない。実際動くのは人である。

「近いうちに行こう。テファ」

「うん」

「じゃあ、もう寝ろよ。明日も授業だろう?」

「うん・・・タツヤ、聞いていい?」

「何だい?」

「私、タツヤに出会えて良かったよ」

「馬鹿言うなよ。これからもっと良くなるのさ。お休み」

「うん、お休み」

俺が部屋から出る直前、

「信じてる」

と聞こえた気がしたが、恐らく気のせいだろう。
これで全部か。俺はルイズの部屋に戻った。

・・・で、我が主はあられもない格好で鼾をかいているわけだ。
こいつに惚れた男は大変だな。長所も多いが短所は更に多いぞこの女。

「おいコラ、露出狂。風邪ひくぞ。パジャマぐらい着ろ」

「う~ん・・・何よぉ~・・・身体が火照ってるんだから見逃してよ・・・」

「それは恐らく酒のせいだ。油断してると風邪の菌にやられるだろう?お前の風邪を俺の妹に移しでもしたら俺はお前を吊るし上げなければならん」

「でへへ・・・マコトとおそろいの病気・・・添い寝確実ね・・・」

「お前は隔離してやるから安心したまえ」

「悪魔かアンタは!?」

がばりと起き上がるルイズだったが、すぐに頭痛で頭を押さえる羽目になった。

「ほらほら、タダでさえ弱ってるんだからさ、ちゃんとパジャマ着ろよ」

俺はルイズお気に入りのピンクのパジャマを渡した。
ルイズは寝ぼけ眼でパジャマに着替える。

「うう・・・流石に飲み過ぎたわ・・・頭痛い・・・」

「自分の身体に合わせて飲まないからそうなる。ほら、水だ」

「気が利くじゃない」

「飲みすぎて漏らすなよ」

「漏らすか!?アイタタタ・・・」

「お前には前科があるじゃん」

「やめてよ、あれはびっくりしたから・・・」

ルイズは顔を赤くして毛布に顔を埋める。
ウェールズの二回目の死の際、ルイズは失禁したのだった。

俺はフェイスタオルを水に濡らし、ルイズの額にあてた。

「うえー・・・頭がスーッとする・・・」

「お前ら酔い潰れるほど何を話してたんだよ」

「秘密よ秘密。良い女は秘密が多いのよ」

「良い女は酔い潰れて下着姿で半ケツ状態で鼾かいたりしないよね?」

「うごおおおおおお・・・・!!貴様弱った私に精神攻撃を・・・」

ルイズは涙目で唸る。
その姿に久々に和んだ。

「弱ってるんだから寝ろよ」

「そうさせてもらうわ・・・あー・・・こりゃ二日酔いかもね・・・」

「年中酔ってるじゃん、お前」

「やかましい」

「お休み義妹よ。夢の中で真琴を汚すなよ?」

「大きなお世話よ、お義兄さま。お休み」

ルイズはそう言って、寝息を立て始めた。寝るの早いなおい。

「妬ましい・・・楽しそうで妬ましいです・・・」

「何やってんのシエスタ」

シエスタが部屋の入り口で身体を半分隠して物騒な事を呟いていた。
俺は彼女の協力に感謝した。
シエスタは頷くと、俺に言った。

「タツヤさん、タツヤさんにお客様が来ているようなんですけど・・・」

「客?」

「はい、どうぞ」

「アルビオンで別れて以来だね。元気だったかい?」

そう言って姿を現したのは、アルビオンで共に戦った竜騎士ルネ・フォンクだった。
あの時は俺に良くしてくれた男の来訪に、俺は少し懐かしさを覚えた。

「ああ、御陰様でな。何の因果か土地持ちにまでなっちまった」

「ははは。僕は首都警護騎士連隊に配属されたはいいが、毎日毎日哨戒飛行ばかりさ。退屈で堪らんよ」

「こんな夜に旧交を温めに来たわけじゃないだろう?どうした?」

「そうさ、僕は任務で来た。この手紙を君に届けたらすぐにとんぼ返りさ。人使いが荒すぎるよ全く。差出人が差出人だから、一応形式を取らせてもらうよ」

ルネはそう言うと、かっちりと軍人らしい直立をして、出来るだけ小声ではっきり言った。

「水精霊騎士隊副隊長及びド・オルニエール領主、タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール殿。かしこくも女王陛下より、御親書を携えて参りました。謹んでお受け取り下さいますよう」

「嫌な予感がするので突返してくださいませ」

「君の気持ちは痛いほど分かるが、拒絶の選択肢はないよ?」

「ひどい話だと思わんかね」

「いいから、受け取れ。その場で開封し、中の指示に従うようとの仰せです」

「強制かよ」

俺は嫌々ながら、中の手紙を取り出した。
そこに書かれた文面を見て俺は溜息をつく。

「ルネ」

「なんだい?」

「伝言いいか?」

「一応聞こう」

「断る」

「却下」

「だよねー」

ささやかな抵抗は此処に潰えた。
アンリエッタからの手紙にはこう書かれていた。

『ギーシュ・ド・グラモン殿及びタツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール殿。女王陛下直属女官ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢と魔法学院生徒ティファニア・ウエストウッド嬢を貴下の隊で護衛し、連合皇国首都ロマリアまで、至急来られたし』

更に追伸としてもう一枚の紙にこう書かれていた。

『追伸:タツヤ殿は縛ってでも連れて来なさい。以上』

はい、正直嫌です。
分身に代わりに行ってもらおうか。いや、ルイズかギーシュにばれるか?
シエスタ、真琴をまたお願いいたします・・・。




(続く)



[18858] 第106話 学生旅行ご一行様
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/29 18:35
俺たちのロマリア行きは公式のものではない。
よって、国から正式に飛行船などが借りれる筈もなく、至急来いと言われても困る。
フネがないならいけなくても仕方がない。大体ロマリアは遠いのだ。至急といっても無理無理。

「その筈なのに何故俺たちはフネに乗っているのでしょう?」

「学院長が骨を折ってくれてね。学生旅行用のフネを貸してくれたのだよ」

学生旅行用のフネといっても、無駄に無駄を積み重ねた改造の結果、無駄に性能がある訳の分からんフネである。
オスマン氏が購入したフネにコルベールが弄繰り回した結果なのかと思えば、彼以外の何者かが関与したっぽい『武装』もある。
表向きは学生旅行なので、引率者としてコルベールがこのフネに乗っている。

「なあ、ギーシュ・・・このフネの名前って何だっけ?」

「『ガンジョーダ』号」

「・・・・・・どんなネーミングセンスだ」

「何せ故障が一度もないと謳われてるからね。元々の名前は地味なものだったらしいけど、皆そう呼んでるし」

無駄に性能があると先程述べたが、ではどの辺が性能が高いのかといえば・・・
快速船で一週間かかる距離を二日で行く馬鹿っぷりといえば理解してもらえるだろうか?
このような速さで飛行すれば普通のフネは何処かぶっ壊れるらしいが、何故かこのフネは平気らしい。
正に頑丈にも程があるフネであるが、旅行用のフネに速さを追及してどうするのだ?
船酔いを訴える者も後をたたない。ルイズなんか三途の川を渡りかけていた。

『ウ、ウフフ・・・綺麗なお花畑・・・あれ?何故ウェールズさまがいらっしゃいますの?え、家庭菜園で御座いますの・・・?』

我が親友よ。君は早く成仏するべき。
何故三途の川近くでのんびりしまくっているのだ?
本当はこのフネの上で、決起集会を行なう予定だったのだが、船酔い患者の多さに事務的な報告しか出来なかった。
そりゃあ至急来いとは言われたけどさ・・・。
護衛対象のルイズが船酔いで倒れてはいるが、もう一人の護衛対象ティファニアも少し疲れた様子で船室にいるはずである。
テファのほうはレイナール達が護衛している。ルイズの方を俺とギーシュが護衛しているのだ。
船室の個室を堂々と使えるのはこの二人のみである。他は相部屋とかばっかりである。
厳正なるくじ引きの結果、俺の部屋はギーシュとゲスト二人と同じになった。
ん?ゲスト?タバサとキュルケである。一体何処から嗅ぎつけて来たのか、俺たちの極秘任務に同行するとか言い出した。
学生旅行に女子が二人しかいないのは色々可笑しいというのが彼女達の言い分だが、だったらモンモランシーを連れて来ればよかった!とギーシュがほざきやがったのでマリコルヌが大いに切れた。
ところで厳正なるくじ引きだった筈なのだが、先にも報告したように、俺がいる部屋の割り振りに不正があるという疑いがかけられた。
無論俺がそんな事をして何が得と言うわけでもないのだが、女子二人が都合よく一緒になり、都合よく俺とギーシュと同じの部屋になったのが気に入らないらしい。
お前らな、修学旅行で男女同じ部屋になるというのはギャルゲーやらでは男の夢かもしれんが、実際なったら気まずすぎるんだぞ?
お前らがどのような幻想を抱いているかは知らんが、俺としては男どもで集まって好きな女を言う事を罰ゲームにして何かしらのゲームをしたい。

「タツヤ・・・旅行気分でどうするんだよ・・・」

「ギーシュ、ロマリアの人を騙すためには心底旅行を楽しんでます的な空気を発散しなければならないのに、この惨状はなんだ?ルイズは船酔いでバケツと友達状態だし、ティファニアは悩ましい吐息を出して寝込んでいるとマリコルヌが報告していたし、キュルケも顔面蒼白だったじゃないか。タバサは風竜を使い魔にしてるだけあって平気そうだが・・・」

「・・・何で君は平気なんだろうな?」

「さあ?」

俺のルーンの力の中に『重力耐性』というものがあるが、それはGに耐性が出来るだけであり、乗り物が揺れることなどによる酔いには耐性が上昇するということはない。元々俺は乗り物に強いほうなのかな。

『おえっぷ』

俺たちがいるのはルイズのいる船室の扉の前である。
扉の中からルイズの乙女にあるまじき声が聞こえてくる。

『タ、タツヤ・・・助けて・・・バケツを・・・バケツを交換して・・・』

俺とギーシュはその願いを無視したかったが、フネ全体が酸っぱい匂いになるのは御免だったのでギーシュは新しいバケツを取りに行き、俺は船室に入った。

「タ、タツヤ・・・私が死んだら姫様には『ルイズは立派に散りました』と伝えてほしいわ」

「わかった。汚物まみれになりながらも最期まで船酔いと戦い事切れたと伝えよう」

「話聞いてた?」

「俺は事実になりそうなことを言ったまでだが」

俺はハンカチでルイズの口元を拭い、水を飲ませた。
弱っている人間に対しては俺はそこまで強くは出ません。精神的には弄りまくるが。

「このフネの形状自体はそんなに変なところはないから、学生旅行ですって言ってもロマリア官史は特に何も言わないとは思うけど・・・蒸気とか風石とか組み合わせてこんな速さだから、内部構造を見られたらやばいわね」

「その前にテファが危ないよな。確かロマリアじゃエルフはもとよりハーフエルフは異端も異端だろ?」

「信仰心がそこそこ薄いトリステインでさえエルフを恐れるんだから、ロマリアならば相当よ?もしかしたら有無を言わずに・・・」

「融通の利かない所のようだな、ロマリアって所は」

「そんなものよ。宗教に縛られすぎの国ってものはね。そういう訳だから、剣とかは袋に詰めたほうが良いわよ。携帯しちゃいけない規則だから」

成る程、郷に入っては郷に従いなさいということか。
自分の常識が他の常識ではないから、他の場所に行く時はそっちの常識に合わせねばならない。
それが出来ない奴が自分の常識を他に強制しようとするから面倒な揉め事が生まれるんだよ。
ド・オルニエールをロマリアの神官達が見たらブチ切れるんじゃないのか?祭ってるのはブリミルじゃなくてミジャ●ジさまだし。
まあ、実際動くのはそのブリミルじゃなくて俺たち生きてる人間だし、心の拠り所として神様を崇拝するのは良いかもしれないが、その神様が他人の神様とは限らんのだからな。まあ、八百万以上神様がいるよ~とかいう我が故郷も色んな宗教に喧嘩売っているのだが。

「相棒、そんなに考え込む事はねえんだぜ?現代の神官はおそらくブリミルの事を何も知らねえから。俺のおぼろげな記憶では何でこんなに崇拝されてるんだよって程の野郎だったからな」

この喋る剣はどうやらブリミルが生きていた時代に存在した年代ものの剣である。記憶は飛び飛びであるが、ブリミルの事は少し覚えているらしい。
でも俺はブリミルの人となりには興味はない。ただ『虚無』魔法を使えた人であるとの認識である。大体始祖の祈祷書の注意書きすら隠してしまっているドジ男に何を期待しろと言うのか。

「何事も先駆者ってのは過大評価されるってものなのさ」

「どんだけ始祖ブリミルを軽んじた発言してんのよアンタ」

そうだねルイズさん。一応毎日の食事は始祖ブリミルに感謝して食べてるモンねお前らの学院では。
ちなみにド・オルエニールでは普通に『いただきます』だった。俺が広めるまでもなくいただきますが既に浸透していた。
領民曰く、『ブリミルを祭ってみたはいいが、状況が良くなる事は全くなかったから』だそうである。
そんな領民がよくあの神様を祭る事を許してくれたものだが、『豊穣の神っぽい』という理由で祭る事にした。何だそれ。


さて、『ガンジョーダ』号は当初の予定通り二日でロマリア南部の港、チッタディラに到着した。
チッタディラは大きな湖の隣に発達した城塞都市であり、フネを浮かべるのに何かと都合が良いということで湖がそのまま港になっている。
岸辺から見えるいくつも伸びた桟橋には、様々なフネが横付けされていた。これだけ見るとただの港のようである。
ガンジョーダ号は見た目は地味なタダのフネの為、特に注目はされなかった。

「どう見ても学生旅行のご一行様だな」

俺はデルフリンガーと村雨を袋に入れた状態でフネを降りる。
この辺はまだいいが、都市に入れば武器などそのままで携帯してれば要らん揉め事になるらしい。
そもそも入国の際にむき出しの武器を携帯して入れると考える方が可笑しかったんだよな。

「あのフネは何で動いておるのだ?」

「はい、主に風石ですが、万が一のため蒸気の力を利用して推進力とする予備の装置もございます」

コルベールがメガネの官史に説明しているが、実際は蒸気がメインで風石はフネの航行速度を上げるためのものに過ぎない。
コルベールの説明に官史は眉を少々顰めたが、主に使っているのが魔法なので何も言わなかった。
彼らが説明している間、タバサがティファニアの帽子の下に隠れている長い耳を人間サイズの耳に変える魔法をかけていた。
・・・それっていいのだろうか?まあ、入国許可証は本物だし揉めるのも嫌だしいいのか?いいよな?いいよね?よーし。

さて、何事もなく順調にロマリアの都市にも辿りついた俺たちはこれからどうすれば良いのだろうか?
大体アンリエッタはお忍びでこの国に来ているらしいから、俺たちはアンリエッタに呼ばれてきたんだと馬鹿正直に言っても門前払いである。
このロマリアにいる神官たちは態度が尊大で妙に鼻につく。また、路地を見ればボロボロの格好をした子どもが座り込んでいたりする。
そのような存在に目もくれずに、この都市の神官達は煌びやかな格好で街を闊歩している。

「えー、それでは本当にロマリアの歴史について講義でもしましょうか?」

コルベールが俺たちに向かってそんな冗談を言うほど事態は詰まっている。
迎えぐらい寄越して欲しいし、それが出来なくても場所の指定ぐらいしろよ。
とりあえず俺たちはまだ人がいないであろう酒場で休憩する事にした。
酒場に客は神官風の人が一人いるだけだった。

「さて、想像以上だね・・・」

ギーシュがワインを飲みながらそう言う。
ハルケギニア中の神官から理想郷扱いされているロマリアだが、その実情は先の戦争で流れ着いた難民や孤児達が貧困に喘ぎ、その隣を平然と神官達が通り過ぎているものであった。大した神の使いがいたものである。

「トリステインの貴族も結構自尊心は高いが、ロマリアの神官達はそれ以上だな」

「始祖ブリミルが没した場所を護っているという自負が増長した結果なのかもね」

「大通り以外の衛生状態はあまり良くないみたいだ。トリスタニアにもああいう場所はあるけど此処はそれの比じゃないよ」

各々、ロマリアに来ての感想を言い合っている。
コルベールはそのような生徒の様子を静かに見守っている。
宗教家が下手に権威を持てばこうなる・・・か。
俺の世界の歴史上の人物に、その宗教の総本山のような場所を焼き討ちした偉人がいるが、確かあの人も坊主が政治に介入するなと言いたかったからだっけ?
政に宗教概念を持ち出されても困るしな、確かに。

「何か通りに騎士とか多くなかった?」

「団体行動しててよかったな。個人行動してたら間違いなく職務質問されてたぞ」

「何で僕を見るんだレイナール」

レイナールとマリコルヌが一触即発であるが、どうでも良いことなので無視しておく。
ルイズは紅茶を優雅に飲もうとしていたが、予想以上の熱さに舌を火傷して涙目である。何してんだお前は。
キュルケも呆れてそんなルイズを見ていた。タバサは読書中である。テファは右隣に座って紅茶を啜っている。
俺は酒場のメニューにあったフライドチキン(?)を齧りながら、俺たち以外の客であるフードを被った神官風の男を見ていた。
室内でフードを被る必要があるのか?コルベール先生だって被り物ははずしているんだぞ!
コルベールもそう思ったのか、険しい表情でそのフードの人物に声を掛けた。

「先程から我々を尾行しているようでしたが、今度は先回りですか?」

キラリと光るコルベールのメガネと頭が非常に格好良い。
やはりカッコいい人というのは毛の多さは関係ないのだ。
とはいえ尾行?全然気付かなかったけど。
フードの人物は笑い声と共に立ち上がった。

「流石と言うべきですか。ジャン・コルベール。気付いていないとは思ったのですが」

フードの下から出てきた顔に俺は見覚えがあったが、えーと確かジュリオだったな。
俺がアルビオンでルイズとなんちゃって結婚式をしたあとにこいつにルイズを預けて俺は七万に向かっていったんだっけ。
そういえばロマリアの神官だったな。
ジュリオは俺とルイズを見ると、にっこりと微笑んだ。
ルイズはフルーツをモシャモシャ食べながら手をあげて挨拶する。

「やあ、実に久しぶりだ。アルビオンで君を見送って以来だったな。折角歓迎のための余興を準備していたのに君たちと来たら普通に学生旅行を演じていたものだからその余興も無駄に終わってしまったよ。これからその後始末に骨を折ることになってしまう。どうしてくれるんだい?」

「普通に出迎えると言う選択肢はない訳?」

ルイズが呆れてジュリオに言う。ジュリオは肩を竦めながら言った。

「まあ、此方としても外部から見たロマリア観を知ることが出来てよかったよ」

「ところでお前は余興とか言っていたが何を仕込んでいたんだ?」

俺はジュリオに聞いてみた。
正直嫌な予感しかしなかったが、ネタ晴らしぐらいはしてもらっても良いだろう。

「騎士や神官に聖下がかどわかされたと噂を流してね。反応を見ていた。そうすれば君たちのような存在は真っ先に疑われると思ったからね。だが君たちは僕の思惑を嘲笑うように完全に学生旅行ご一行様になっていた。本当にロマリアの名所で講義していたしね」

これも一種の課外授業なのだから、授業をするのも当たり前と言っちゃあ当たり前だ。
ただでさえ騎士団の面々は授業の進行が遅れているらしいから尚更現地で授業をしなければならない。
俺は学院生徒じゃないので聞かなくても良いのだが、個人行動は慎むべきなので大人しくしていた。

「これから君たちがすることになる任務は過酷だから、力だけでなく知恵も駆使しなければいけないと思ってこのような回りくどい事をしたんだが・・・」

「運で乗り切ったというわけか」

「いや、ある意味一番必要な要素ではあるけど・・・何か納得はいかないな・・・」

ジュリオはつかつかとルイズとテファの元に向かい、優雅に一礼した。

「お呼びだてしておきながら、非礼を働こうとした事をお許し下さい。このような場所でご挨拶をするとは思いませんでしたが」

そのような気障な態度に騎士隊の連中は本能的に顔を顰めていた。
こんな所とはなんだ。何気にメシは美味いんだぞ!見ろ!タバサなんか本を読みつつ口いっぱいにフライドチキンを頬張って・・・え?
俺は自分の目の前にあった皿を見る。・・・皿は空である。
フライドチキンを頼んだのは俺だけのはずだ。・・・・・・俺は目の前に座るタバサに声を掛けた。

「美味しいか?フライドチキン」

「ふぉてみょ(とても)」

「やっぱりお前か!人の目の前にある食事を黙って取ってはいけないとお兄さん言ったでしょ!」

「ふぉとぇみょほぉうぃしょうだっとぁ(とても美味しそうだった)」

「そういう時は『食べて良い?』と事前に聞けよ」

タバサはしばらく考えて口に頬張っていたフライドチキンの骨を一つ摘み、口から取り出した。
唾液まみれの骨付きチキンを俺に向けて彼女は言った。

「食べる?」

「食うか!?すいませーん、フライドチキンもう一皿追加で」

「いや、ほのぼの空気を出すのは良いがね君たち。これから我らが大聖堂に君たちを案内したいんだけど」

「食事が先」

タバサは明らかに俺のフライドチキンをまだ狙っていた。

「いや、食事なら大聖堂にもありますから・・・」

「すぐ向かう。急いで」

「変わり身早っ!?」

タバサの頭の中は主に食事と母親が中心となっているようだ。
フライドチキンを待っている俺の腕をぐいぐい引っ張ってくる。
しかし俺は意地でも動かん。貴様のせいで俺はフライドチキンを2つしか食えてないんだぞ!12個あったフライドチキンのうち10個がこいつの腹の中に!

「お待たせいたしました。フライドチキンです」

「いただきます」

「ねえ、タツヤ、フライドチキン食べて良い?」

「どうぞ」

「わーい」

ルイズはこうして一言断って食べるのである。
何だかんだいってこいつはトリステインが誇る大貴族の三女であるのだ。
タバサは王族の筈なのだが・・・?
タバサは俺に何か訴えたそうに見つめてくる。

「・・・・・・」

「・・・・・・・・(もぐもぐ)」

「・・・・・・・ううっ」

「食べるか?」

「うん」

「うんじゃなくて早く案内したいんだが・・・あ、ついでに僕にも一個くれない?」

その後、何故か酒場はフライドチキンの臭いが充満するのだった。
大聖堂はどうしたお前ら。


(続く)




[18858] 第107話 主人公(笑)状態!!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/30 15:10
大聖堂に到着するとアンリエッタが待ち構えていた。
ルイズはアンリエッタに到着の挨拶をし、アンリエッタはそれに答えた。
だが、アンリエッタはこの国に俺たちを呼んだ理由を話してくれない。

「教皇聖下のご説明があとであります。彼の説明を聞くのが良いでしょう」

アンリエッタはルイズとテファに向けて言っていた為、俺には関係なさそうな事だ。

「とにかく長旅でお疲れでしょう。晩餐が用意されていますわ。まずはお腹を満たしてくださいまし」

フライドチキンで腹は既に満たされている訳ですが。
まあ、とにかく姫様はルイズとテファに用があるようですので、俺に被害はないようだ。


晩餐会は二つの部屋で行なわれた。
まずは水精霊騎士隊とコルベール、キュルケ、タバサに与えられた部屋はホストも不在で一同は気ままに食事を取ることになった。
ギーシュ達は出された食事を食べる気はしなかった。なぜならお腹は満たされているし、スープは不味いからである。
好き勝手に世間話をしている面々の中でただ一人、コルベールだけがなにやら考え込むようにして黙り込んでいた。
ギーシュはそんなコルベールが気になったのか、生徒代表として(間違ってはいない)コルベールに尋ねてみた。

「先生、どうされたんですか?先程から黙り込んだ様子で」

「ん・・・?」

コルベールは顔をあげた。
その時キュルケはコルベールが所持していた指輪を目ざとく見つけた。

「あら、ミスタ・コルベール。綺麗な指輪じゃありませんか」

「先生には珍しい趣味ですね。何か思い出すことでもあるんですか?」

「ロマリアの修道女と昔付き合っていたとか?」

コルベールが所持していたのは赤いルビーの指輪だった。
キュルケが冗談で言ったはずの言葉にコルベールは頷く。

「まあ、そんなところだよ」

コルベールの甘く切ない過去を勝手に捏造した彼の生徒達は『おお~』とコルベールの大人の恋愛を想像し感心した。
だが、若干一名、彼を仲間と感じていた漢が叫んだ。

「嘘だっ!!」

「マ、マリコルヌ!?」

覗き事件により取り巻きの女性が居なくなってしまった漢、マリコルヌが哀しみの咆哮をあげた。
彼は顔を真っ赤にして涙を浮かべながら悲痛な声でコルベールに言った。

「先生!僕は先生を己を苦しめる状況が違うとはいえある一点においては仲間だと信じていたのに!?どうして、どうして修道女との恋愛というある意味男のロマンをのうのうと行なっていたんですか!?妬ましい!妬ましい!やはりその頭部を光らせて女性を惑わしたんだ!クソ!なんて魔法を使うんだ!ポッチャリ系の僕には出来ませんよそんな高等技術!腹踊りなんて女性は喜ばないよ!この技術の差はどういうことですか?全ツルピカーナは全ポッチャリストと相容れないんですね?仲間だと思っていたのに・・・!汚いですよ流石ツルピカーナ汚い!」

「マリコルヌ、そんなに激しく怒らなくても・・・」

「私はハゲではありません!?」

「ミスタ・コルベール!?特定の単語に過剰に反応しすぎです!?」

「す、すみません・・・取り乱してしまいました・・・」

「というかマリコルヌが女にもてないのは容姿じゃなくて性癖のせいだと・・・おぶふ!?」

的確な指摘をした隊員はマリコルヌの風の魔法によって昏倒した。

「諸君、僕は女性が好きだ。大好きなのだよ。それの何が悪い!否!悪い筈があるまい!従って進んでスキンシップをとろうとするのは何ら間違ってはいない!」

「お前のスキンシップの仕方は生理的に無理」

「レイナール・・・貴様・・・一人だけ女子生徒の評価が異常だからといって調子に乗っているよね・・・?」

「お前の奇行は騎士隊全体の評判に影響するのだよ」

「はいはい、そこまでにしなさいよね。ここはトリステインじゃないんだし大掛かりな喧嘩をしたら牢屋行きよ?」

キュルケが手を叩いて二人の険悪な状況を仲裁する。
レイナールとマリコルヌはその仲裁に対して渋々と自分の席に座る事で答えた。
タバサはタバサで出されたスープを飲み干して、

「不味い。もう一杯」

と、おかわりを要求していた。


一方、廊下を挟んで隣の大晩餐室。
騒がしい隣の部屋とは違い、この部屋の人々は黙々と料理を口にしていた。
ルイズははじめて見る教皇に対して緊張してたし、テファに至ってはそれに加えて初めて見た女王陛下に対して可哀想に怯えていた。
アンリエッタもアニエスも何か考え込んでいるようだ。
テーブルの上座に座る、教皇聖エイジス三十二世こと、ヴィットーリオ・セレヴァレは隣に腰掛けるジュリオから本日の報告を受けていた。
先程ルイズ達は、教皇ヴィットーリオへの拝謁を許された。ジュリオとは違うタイプの美貌というに相応しい容姿にルイズは息を呑んだ。
彼が放つ慈愛のオーラは私欲を捨てた人間が放てる全てを包み込むような光だった。
この若さで教皇になった理由はここにあるのか・・・とルイズは思った。
それから始まった晩餐会では、ヴィットーリオは自分達の労をねぎらうばかりで、肝心な事は話してくれない。
どう考えてもハシバミ草のサラダは料理として出して良いのか良くないのかなんて心底どうでも良い話題だし、それで空気が良くなるとは思えない。
ルイズは自分とティファニアの隣に空いた席を見た。
ここには達也が座っていた。
達也は晩餐会がはじまる前に、ジュリオに『トイレは何処だ』と言って場所を教えられて出て行った。
お陰でこの部屋の空気は最悪に近いものがある。ちなみに達也の席には料理は置いていない。
そりゃあ、フライドチキンをタバサに次いで食べていたのだ。今更何か食べたいと言う訳がない。

「ども、すみません、遅くなりました」

そう言いながら達也が大晩餐室に入ってきた。
ルイズはひとまずホッとしたが、自分以上にティファニアの顔があからさまに輝いている。
まるで迷子寸前で親を見つけた幼児のような表情である。
達也が自分の席に座った直後、ジュリオの報告も終わったようで、教皇は深々と一同に頭を下げた。

「皆様、わたくしの使い魔が、妙な事を企んでいたようで・・・ご迷惑は御座いませんでしたか?」

ルイズは思わず飲んでいたワインを噴きそうになった。

「聖下・・・?今なんと?」

「ご迷惑は御座いませんでしたかと申し上げました。ジュリオ、別にそんな演出はしなくていいのですよ?もし彼女達に万が一の事があれば、我々はトリステインを完全に敵に回す事になります」

「軽率でした。申し訳ありません」

「そ、そうじゃなくて!今、聖下は使い魔とおっしゃいましたね?」

「はい。わたくしたちは兄弟です。伝説の力を宿し、人々を正しく導く為の力を与えられた、兄弟なのです」

教皇がそう言うと、ジュリオが右手の手袋を外した。
その右手にはルーンが刻まれている。

「僕は神の右手・・・ヴィンダールヴだ」

ティファニアがヴィンダールヴ・・・と呟く。
始祖ブリミルの四の使い魔のうちの一つ、ヴィンダールヴ・・・。突然の伝説の登場にルイズとティファニアは目を丸くしている。

「ティファニア嬢は未だ、使い魔をお持ちではありませんから、これで三人の担い手と一つの秘宝と二つの指輪が集まったということです」

何やら教皇は残念そうに達也を見ながら言った。

「さて、本日こうしてお集まりいただいたのは他でもない。わたくしは、貴女がたの協力を仰ぎたいのです」

「協力?」

「それはわたくしから説明いたしましょう」


アンリエッタの話を要約するとこうだ。

『聖地を取り返すにはお前らの力が必要だから力を貸せ』

ルイズは頭を抑えて言った。

「それではレコン・キスタの連中と変わりないように思えますが」

「そうではないようです。交渉することで、戦う事の愚を、あなたたちの力によって悟らせるのですって」

まるで他人事のような口ぶりなのが不思議だが、ルイズは尋ねた。

「何故、そうまでして聖地を回復する必要があるのです?」

今度は若き教皇が口を開いた。

「それが我々の心の拠り所だからですよ。何故戦いが起こるのか?我々は万物の霊長でありながら、どうして愚かにも同族で戦いを繰り広げるのか?簡単に言えば心の拠り所を失った状態だからです。我々は聖地を失ってより幾千年、自信を喪失した状態であったのです。異人たちに『心の拠り所』を占領されている・・・・・・。その状態が民族にとって健康な筈はありません。自信を失った心は、安易な代用品を求め、くだらない見栄や、多少の土地の取り合いで、我々はどれだけの無駄な血を流してきた事でしょう?聖地を取り返す。伝説の力によって。その時こそ、我々は真の自信に目覚めることでしょう。そして・・・我々は栄光の時代を築くことでしょう。ハルケギニアはその時初めて統一されることになります。そこにはもう、争いなどはありません」

淡々と統一などと言うが、それは幾度となく、ハルケギニアの各王が夢見てきた言葉である。
ルイズはその話に何処か引っかかりを覚えた。何だ?何かがおかしい。

「始祖ブリミルを祖と抱く我々は、みな、神と始祖のもと兄弟なのです」

その時、今まで退屈そうにしていた達也が口を開いた。
そういえばこの男に始祖ブリミルは一切関係ない。
ルイズは気付いた。達也の左手のルーンがやたら輝いている事。
そして達也の表情が今まで見たことのないように冷え切っていた事を。

「それはつまり、エルフの住む土地を剣で脅して巻き上げるということですね?」

「はい、そうです。あまり変わりはありませんね」

若き教皇はあっけなく達也の言葉を肯定する。
対する達也はすっと目を細める。
ルーンが赤く輝きだした。

「異人相手だからと言って容赦ありませんね」

「わたくしは、全ての者の幸せを祈るのは傲慢だと考えています。わたくしの手は小さい。神がわたくしに下さったこの手は、全てのものに慈愛を与えるには小さすぎるのです。わたくしはブリミル教徒だ。だからまず、ブリミル教徒の幸せを願う。わたくしは間違っているでしょうか?」

「ならば他の者はどうなっても構わないと?成る程、ご立派な事ですね」

ルイズは達也の様子が明らかにいつもと違うように思えてならなかった。
いつもならこんな冷たい表情でこの男は人に反論したりはしない。
一体、どうしてしまったというのか?あ、ひょっとしたら分身なのかもしれない。
ルイズはそう思い、達也をポカポカ殴ってみたが、一向に消える筈がない。それどころか、

「ルイズ、寂しいならテファに構ってもらえば?」

と、寂しい女扱いされてしまった。屈辱である。
様子がおかしい達也に対してアンリエッタは言った。

「タツヤ殿。わたくしもよく考えてみましたが、力によって、戦を防げる事ができたら・・・それも一つの正義だとわたくしが思うのも事実なのです」

「正義の名の下に戦争する気ですか貴方がたは。話を聞く限りではやる意味がないと思われる戦争を?聖地を取り返せば全てが上手くいく?馬鹿をいわないで下さいな。そんな考えである限り人間は何時まで経っても戦争を引き起こしますよ。欲しいものを手に入れたら人間というものはすぐに新しいものが欲しくなりますからねぇ?」

達也は呆れたようにだが、はっきりとした侮蔑の笑みを浮かべてはっきり言った。

「この戦争は反対です。虚無の力は万能ではないことはルイズを見てれば分かります。エルフだって馬鹿じゃない。対策だってして来るはずだ」

「タツヤ殿」

「姫様、私の言動を咎める前に貴女はまず挨拶するべき方がいる筈です」

そう言って達也はティファニアを見た。
彼女はアンリエッタから見れば従妹である。
ティファニアからすれば、唯一の血縁者である。
アンリエッタは立ち上がると、ティファニアの元へ歩いていく。

「初めまして。ティファニア殿。貴女の従姉のアンリエッタで御座います」

そう言ってアンリエッタはティファニアの手を握り、視線をその胸に移す。
・・・それから足元が震えているのだが大丈夫だろうか?
まあ、しかしアンリエッタはティファニアを抱きしめて、会えた事を喜んだ。
ティファニアも涙を流して抱きしめ返した。
・・・アンリエッタの足の震えが更に酷くなったような気がする。
こちらで感動のシーンを見せられているのに、もう一方では胃が痛くなる光景が見られた。
様子がおかしい達也と、若き教皇の会話である。

「わたくしはロマリア教皇に就任して三年になりますが、その間学んだ事があります。博愛では誰も救えないと」

「そりゃあ世界人類を対象にした博愛なら救う事は絵空事ですね。ですが貴方は貴方を頼って救いを求めてきた異教徒に対し、それを言って救わないんですか?」

「私の出来る範囲でやれる事をやるのみです」

「ならば此方に10人ブリミル教の難民がいて、もう片方には異教徒の10人の難民がいる。その場合は貴方は当然ブリミル教を救うのですね?先程の言葉からすれば」

「そう判断してもらっても構いません」

「成る程」

「貴方は違うのですか?」

「救いを求めるのならば出来る範囲でやれる事をやるのみでしょう?20人分のパンとスープぐらいは用意できる。職も紹介出来る。神は人を救いはしませんし、人を救うのは人なのです。ですが行動するのは自分自身。救いを求めるならば代価を払ってもらわねばいけません。タダで食住を提供などしませんしね」

頼られるという事はその人なら何とかしてくれると思うから頼むのだ。
人々がロマリアに来るのも、始祖ブリミル及び神官や教皇が何とかしてくれると思うからやって来る。
だが、頼る人を間違えた結果がロマリアにいる難民達である。
達也たちのド・オルエニールははじめて来た人にはやたらフレンドリーである。それは難民にも同じであるが、明らかに領地のために働こうという意思のないものは丁重にお帰りいただくことにしている。この領地に住む人々は何かしら領地に貢献しているのだ。
これは領民が一体となって領地を盛り上げようと思っているからである。最近は淡水魚を使った料理屋を開業したいという者がこの地を訪れている。
その料理屋に対して達也は寿司及び刺身を教えようとしている。・・・山葵どうすんの?

そのド・オルエニールの領民から達也の子を生むんじゃないかと素敵に誤解されている御婦人、エレオノールは書庫にて『根無し放浪記』の15巻を読んでいた。


エルフと結婚した人間ということでニュングは『悪魔に魂を売った』として人間に迫害されることになる。
シンシアはそんなニュングに尋ねる。『辛くはないのか』と。
だが、『根無し』のニュングは答える。

『他人を理解しようとせず、ただ悪魔悪魔とお前らを罵倒するようなあいつらの方が悪魔だぜ。子どもの教育に悪いと思わないのかね。大人の態度でその子の一生の半分以上が決まるのによ。大体あいつ等が言うブリミルが殺されたのは1000年以上前だぜ?知らんわそんな大昔の因縁なんぞ。引きずってる方が馬鹿っぽいだろうよ。血縁的にも全然ご先祖でもなんでもない奴を何でああも崇拝できるか俺には分からんな。で、なんだって?』

肝心なところを聞いていなかった。
このようなところがブリミル批判のようで宗教庁の琴線に触れたのだろう。
そもそも人間とエルフは長年敵同士として認識されている為、エルフと結婚している作品は検閲対象である。
この15巻では使い魔のフィオに肝心の使い魔のルーンがないのが読者にわかるように描写されている。

『何で使い魔にはあるはずのルーンがないんだい?』

『お前・・・幼女にルーン刻むとか普通に犯罪の臭いがするぞ・・・?』

妙な所で常識人の根無しである。
そして16巻。サブタイトルは『初恋』である。
エレオノールは少しワクワクしながら16巻を見始めた。
しばらく物語を見ていたエレオノールは首をかしげた。
確かにこの16巻はフィオの初恋のお話であったのだが・・・?


ルイズは注意深く達也と教皇の胃に穴が開くような会話を聞いていた。
どうやら教皇は虚無を集めるつもりだが、ガリアの虚無使い・・・ガリア王ジョゼフを教皇即位三周年記念式典を機におびき寄せ、自分やテファ、そして教皇自ら囮となり手を出しに来た所でまず使い魔のミョズニトニルンを捕獲し、交渉に持ち込み、ジョゼフを廃位に追い込むらしいが、いかんせん危険すぎる。
そもそもまずミョズニトニルンの時点で苦戦するのにこの上指揮者のジョゼフが来たら一体どうなるのだ。達也の話ではエルフもついているということだ。
自分が危険だからもっと慎重に行けと進言したが・・・

「我々に必要なのは勇気です。足りない力は勇気で補いましょう。これ以上、敵に力をつけられてしまう前に決着をつけねばなりません」

「ガリアは確かに気に入りませんが、勇気なんていう不確かなものに頼りまくってどうするんですか?」

達也はもはや教皇をせせら笑うように言っている。
その表情から察するに、『お前は守らんからなバーカ』と言いたげである。
本当に様子が変だ。一体彼の何が達也の怒りに触れているのだろう?顔か?
精神論で戦争が戦えるなら補給部隊はいらない。
現実は精神論では戦争は戦えない。神様なんて更に当てに出来ない。

「まあ、いきなり協力しろと言われても、すぐには納得出来ないと思われますのでゆっくりお考えください。きっと私の考えが正しいとお思いになるでしょうから」

「やれやれ・・・大博打に賛同しろとか悪魔の囁きにもほどがありますね。ルイズ、テファ。今日は疲れたと思うから早く寝よう。私・・・俺も疲れたから」

そう言って達也は教皇を冷たい目のまま見据える。教皇は笑顔のままその視線を見つめ返す。
ジュリオはその隣でやれやれと肩を竦めていた。ティファニアはおろおろしている。アンリエッタやアニエスもいつもと違う達也の様子に戸惑っているようだ。
達也は踵を返すと、大晩餐室を出て行った。って、おいおい!?

「ちょ、ちょっと待ちなさいよタツヤ!?」

ルイズはそう言いながら達也の後を追いかけていき、ティファニアもその後を追いかけていった。
達也はそのまま向かいの晩餐室に入って・・・一瞬動きを止めた。



「・・・ん?何で俺はこんな所に・・・って、何でお前ら泣いてるの」

晩餐室内の男達が言うには、マリコルヌの半生があまりに不憫で涙を流す輩が後をたたないらしい。

「所詮は彼女なんて幻・・・従って彼女が居るというギーシュ、君は幻の存在なんだよ・・・」

「戻って来いマリコルヌ!?悲しいけどこれ、現実なのよね!」

「うるさああああい!!現実はもっと僕に優しいはずなんだああああ!!」

泣き喚くマリコルヌ。
どうやらかなりの量を飲んだらしい。
俺は彼の悲しい半生に同情はするが、その考えはやめるべきだと思う。


達也のいきなりの豹変にルイズとティファニアは呆気に取られていた。
彼の左手のルーンはもう、光ってはいなかった。




―――分かり合えた例があると言うのにそれを例外と切り捨てるのはあまりに勿体無いです。

―――過ぎた力を得た人間の末路は何時だって悲惨なんです。

―――例え神様から与えられた力だとしても、人間は神様にはなれません。

―――私欲を捨てたとして、尊敬は得られるかもしれないですけど・・・。

―――でも、欲望丸出しの人間の方が私は好きなんですよ。

―――ごめんなさいね。私が出張っちゃって。達也君。

―――近いうちにまた、会いましょう。



(続く)



[18858] 第108話 煩悩まみれの幼女
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/30 15:05
晩餐会がお開きになり、俺たちは用意された部屋で休む事になったのだが、どうも寝付けない。
同じ部屋に居るルイズとテファはぐっすり寝ているのにも関わらずだ。
時刻はもう深夜になろうというところか。俺は夜型人間にでもなったというのか?
ルイズやテファがえらく俺を心配していたが、やはり晩餐会の場で居眠りしたのは不味かったのだろうか。
そのようなことを考えていると、誰かが部屋の扉を控えめにノックした。
扉を開けると、オッドアイの眩しいジュリオがランプを持って立っている。

「やあ、起きていたんだね」

「こんな夜遅くに訪問なんてお前には気配りというものはないのか」

「悪いとは思っているよ。もし寝ていたら朝に来る予定だったんだけど、起きてて良かった」

「何しに来たんだ?ルイズへの夜這いなら出ようか?」

「違うよ。僕の目的は君だ」

俺は密かにこの同性愛をカミングアウトした神官と距離をとった。

「いや、違うから。そう言う意味じゃないから。君に見せたいものがあって来たんだよ」

「同性愛の境地とでも言うのか。他をあたれ」

「だから違うって」

ジュリオは必死に誤解を解きたいようだが、誤解されるような事を言うお前が悪いのだ。
会話というのは人にわかるように言わなければいけないだろうよ。基本的に。
ジュリオに連れてこられたのは、大聖堂の地下にある肌寒い場所だった。
俺は深夜にこんな気が滅入りそうな場所に連れてきたジュリオに文句を言った。

「随分と不気味な所だな。お化け通路とかいって商売したらいいんじゃないか?」

「ははは。確かにね。でも此処は大昔の地下墓地がそのまま残っているから、本物が出るかもよ?」

「まあ、お寺の地下だから墓地があっても不思議じゃないけどよ・・・ここが貴様の墓場だ!とか言うのは勘弁しろよ?」

「言わないよそんな恥ずかしいこと・・・」

寒さに少し震えながら通路を進み、その先にあった錆び付いた鉄の扉をジュリオと一緒に開けて、真っ暗な部屋に出た。
部屋自体はかなりの広さのようで、声が遠くまで響く。

「すまない。すぐに灯りを点けるからな・・・」

そう言ってジュリオは魔法のランタンに手を突っ込み、ボタンを押す。
すると、部屋中に取り付けられたランタンが、一斉に光り輝いた。
そして明るくなった俺の視界に飛び込んできたのは・・・銃器だった。
それもハルケギニアのものじゃない。ハルケギニアにはあのような形状の銃はない。
よく見ればアルファベットの文字でENGLAND ROFの文字が躍っていた。
・・・どう見ても地球製の武器・・・だよな?
この世界にFNブローニングM1900とかブローニング・ハイパワーとかあるわけないしな。
サブマシンガンとかアサルトライフルとか論外だろう。

「東の地で僕たちの密偵が何百年もの昔から集めてきた品々さ。向こうじゃこういうものがたまに見つかる。エルフ達に見つからないように、此処まで運ぶのは結構大変だったらしい」

「東の地ね・・・」

シエスタの曾お祖父さんも確か東の地から飛んできたらしいな。まあ、関連性は薄いかもしれんが。

「まあ、正確に言うと『聖地』の近くでこれらの『武器』は発見されている。これで全部じゃない。見てみろ」

ジュリオは奥にある佇む小山のようなものを指し示す。
油布をかけられて全体は見えない。ジュリオがその油布を引っ張る。

「これは・・・!」

何のことはないが、此処にあるには異質なものであった。
二階建ての家のような大きさの塊は俺の世界では戦車と呼ばれる。
さて問題の戦車なのだが・・・おいおいおい!?何でまだ未配備のはずの戦車が此処にあるんだよ!?

「最近見つかったものでね。この中では一番新しいものだよ。凄いよなぁ、車の上に大砲を乗っけるなんて。大きいだけでなくこれはとても精密に出来ている。僕らはこれを『場違いな工芸品』と呼んでいる。どうだい?見覚えがあるんじゃないか?」

あるも何もこれは・・・そりゃあ此処に一年以上いる間に配備されたのかもしれないけど、こんな物が消えたら大変だろう。自衛隊は。
俺の目の前には日本の新戦車、コードネーム『TK-X』が佇んでいた。
こんなの俺にとっても場違いな工芸品すぎるわ!!自衛隊の皆さーん!?ここに新兵器がありますよー!?

「僕らはこのような武器だけではなく、過去に何度も君のような人間と接触している。だから、君が何者だか、僕はよく知っている。此処とは違う世界から来た人間・・・そうだろう?」

俺はジュリオの指摘を否定せずに頷いた。

「だからなんだって言うんだよ。武器の自慢をしたかっただけなのか?」

「まさか。僕が言いたいのは君と僕たちの目的地は一緒なのさ。聖地にはこれらがやって来た理由が隠されている。そこに行けば、必ず元の世界に戻れる方法も見つかる筈だ」

「言葉が矛盾しているな。『必ず戻れる方法が見つかる筈』?断定と仮定が混じってるぜ?まあ、聖地とやらにそれっぽいのがあるかもというのは俺も同意だけどな。で、これを見せてどうするんだい?」

「今回は君にこの場違いな工芸品を進呈したくて連れてきた」

「はあ?」

「この武器は君の世界から来た。強引だけど君の世界のものなんだから所有権はまず君に優先される。僕たちじゃこれを取り扱う事は出来ないし、量産も不可能だ。君たちの世界はトンでもない技術を持っているね。エルフ以上に敵に回したくないよ」

さてさて、この世界の軍隊と我が世界の軍隊がガチバトルしたらどっちが強いのだろうね。
長期戦になったら俺の世界の方が強そうだが。比べるだけ無駄か。

「聖地には穴がある。多分、何らかの虚無魔法が開けた穴なんだろう。だから聖地に行けば、君の帰る方法は見つかると思うよ」

「片道のみの可能性はあるがな。・・・お前らにとってはエルフは敵かもしれないが俺にとってはそうじゃないしな。まあ、こういうのを見て喜ぶ人もいるし、この戦車は貰っていくがな」

「銃は持っていかないのかい?」

「銃には慣れたくないんでな」

「やれやれ、変わっているね。便利だとは思うんだが・・・ま、いいだろう。夜分遅く悪かったね」

ジュリオは肩を竦めて笑った。胡散臭い事この上ない笑顔だった。
俺たちは武器庫から出て、俺とルイズとテファにあてがわれた部屋に戻った。
戻る途中、ジュリオが俺に尋ねてきた。

「今日は偉く熱かったじゃないか、タツヤ。戦争嫌いだという事は聞いていたけど、あそこまで露骨だとは思わなかったぜ」

「熱かった?何のことかは知らんがまあ、失礼であったのは事実だ。謝っておいてくれ」

晩餐会中に寝るのは流石に失礼すぎだったか。
ジュリオはわかったと頷き、

「今後、ああいう事は止めてくれよ?お互いの為にならないから」

「ああ、すまないな」

「それではお休みといっておこうか」

「男に言われてもあまり嬉しくないな。お互いに」

「全くだね。やはりお休みという相手は美少女に限る。今度個人的に飲みに行こう。僕が奢るから、女性について語り合おう」

「語り合ってどうするんだよ・・・」

意見が合わなければ拳で語り合いそうな話題だろう、それ。
ジュリオが去っていき、俺もようやく睡魔がこんにちはな状態になった。
・・・しかしだ。確かにベッドはあります。シングルベッドが3つあります。
真ん中が開いているわけですが、ベッド間の隙間がないのが非常に困る。
・・・まあ、いいか。俺は寝相は悪くはないし。
そう自分に言い聞かせて俺は眠りにつくことにした。





自分を呼び出した事で結果的に自分の命の恩人となった男と、自分のたった一人の肉親である姉は夫婦である。
自分はそんな二人に扶養されているわけなのだが、定住する家がないのだけが問題である。
そりゃぁ夫婦のあんた等は何処でも幸せなんだろうけどさ・・・。
見た目は少女、いや幼女とも思える自分の容姿では旅をしていたら親子扱いされる。

「そんな幼女に一人で薬草を摘んで来いとかどんな親ですか・・・」

それも使い魔の仕事だとか言うが、明らかに扶養しているんだからそれくらいしようよという意味だった。
少女は林の中を歩き、大きな木が生えている広場に出た。ここには花畑もあり、薬草も色々採れるのだ。

「ここは夫婦で来たらいいと思うんですけど・・・変な所で馬鹿ですねあの二人は・・・」

溜息をつく黒髪の少女、フィオは頭を掻きながら文句を言っている。
独り言を聞くものは誰もいないから言いたい放題だった。
フィオの容姿はその真紅の瞳、褐色の肌、そして長い耳を持った美少女である。
彼女はエルフの中でもダークエルフと呼ばれる種であり、エルフ内でも忌み嫌われる存在だった。
彼女の姉のシンシアも同じダークエルフだったのだが、ある日エルフの襲撃により滅びた村から逃げ延び、行方不明になっていた自分を探して彷徨っていた所を運良く自分達と合流できた。
・・・フィオとシンシアの命の恩人がシンシアの夫の人間、自称『根無し』のニュングという男である。
これが妙な自信家で前向きで面倒くさがりやで適当な男である。
おおよそ正義やら悪やらの概念とは無縁の男に何故姉が種族の壁を突き抜けて結婚したのかは恋をした事のない自分にはわからないのだが、姉を惹き付ける何かがあの男にあったのだろう。

このような身体に似合わず捻くれまくりの自分にも恋愛とかあるのだろうか・・・
フィオがそのようなことを思いながら花畑を歩いていると・・・

「行き倒れ?」

花畑の中に倒れている若者がいた。


疲れ果てて寝た筈なのにいきなり瞼の向こうが明るくなった気がした。
まさかとは思うが誰かが起きて灯りを点けたのか?
ええい、トイレなら灯りを点けずに行け!
俺は目を開けると・・・ムカつくぐらいの青空が広がっていた。・・・え?
少し視線をずらすと、俺を覗き込むようにして見ている少女がいた。

「ああ、死体と思っていたら生きてたんですね」

「お、お前は・・・」

「ああ、お気になさらず。私はただここに薬草を摘みに来た可憐な幼女ちゃんですから」

「可憐な幼女はそんな自己紹介はしない!?」

俺が飛び起きると自称幼女は「きゃあ~こわ~い」と棒読みで言った。
人を舐めているようにしか思えないその態度、そしてその容姿。
全てに見覚えがあった。少し肌の色は違うが・・・
目の前にいる幼女は間違いなくあの変態ルーンがトチ狂って擬人化した時の幼女形態と同じ姿だった。
目の前の幼女を見つめていると、

「おお?あまりの愛らしさに言葉を失ってしまったのですか?蛮族にも私の魅力を理解できたとは驚きですが幼女愛好はどうかと」

「自分で言ってて恥ずかしくないのか幼女(笑)」

「おのれ蛮族!私を嵌めましたね!?この私に此処までの辱めを・・・!」

「自意識過剰も大概にしろよクソガキ」

「ガキではありません!私にはフィオという高次な名前があるので末代まで称えなさい」

「普通」

「普通って言うな!?不愉快な蛮族めェ!貴方なんかお姉さまと一緒にミンチにして家畜の餌にしてやる!」

「何その悪役台詞」

「・・・はっ!?私としたことが取り乱してしまった・・・!これも貴方の罠なのですね!?幼女を釣るなんて何て鬼畜!」

「お前が勝手に自爆しまくっているだけだろう!?」

疲れる。こいつ凄い疲れる。
フィオと名乗る変態幼女は俺を指差して言った。

「しかしこれしきの策にまんまとかかる私ではないのです。これで勝ったとは思わないことですね」

「何の勝負だよこれ!?」

フィオは俺に対して逆恨みに近い怒りをぶつけていたのだが、突然クールに振舞いだした。
正直その対応は非常に厳しいものである。
俺たちが馬鹿な口論を続けていると・・・

「おーい、フィオー。何処でサボってるんだー?」

男の声である。フィオはその声に振り向き、怒鳴った。

「サボっていません!私を辱めた愚か者と言葉の暴力でフルボッコ中だったんです!」

「声が半泣きに聞こえるんだが」

「幻聴です!」

「んんー?誰と話してんだよお前・・・知らない人と話しちゃいけないって言ってんだろうよ」

姿を現したのはボサボサの茶髪と無精ひげを生やし、質素な服を着た男だった。

「ニュング!そういう場合ではありません!この男は私を嵌めようとしました!」

「勝手にお前が自爆しただけだろう。恥ずかしい幼女だな」

「また私を辱める発言を・・・!!もう許せません!ニュング、この男の殺害許可を」

「何言ってんのお前。恥ずかしい奴だな」

「私の味方はいないのですか!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
どうやら誰もいないようである。
フィオは絶望的な表情になる。

「何ですか!?ここは『ここにいるぞ!』とか言ってお姉様が現れる場面でしょう!?出てこないとか理解できない!?」

「「俺はお前が理解できない」」

会ったばかりの二人の男の気持ちが一つになった瞬間だった。
悶えるフィオを無視してニュングは俺に話しかけてきた。

「で、お前は誰だよ少年。フィオを半泣きにさせるとは幼女愛好の欠片もないような奴とは分かるが」

「俺は幼女には優しいですが、幼女(笑)には厳しいんです。俺は達也です。タツヤ=イナバ」

「聞き慣れない響きの名前だな。俺はニュング。人は俺様の事を『根無し』と呼ぶ。そんでこのちっこいのが俺の使い魔となっているエルフのフィオだ」

「根無しは自称じゃないですか」

「喧しい。ではタツヤ。後一人俺の愛妻を紹介したいからついて来い。そしてフィオ。お前は後でシンシアから説教な」

「お姉さまは私の味方です!?」

「それ以上に夫の俺の味方なんだよ。クックック」

「お、おのれ・・・!!」

歯軋りをするフィオに対して哂うニュング。どうやら複雑な関係のようだ。

「俺の嫁は史上最高の嫁に違いないからお前は羨ましさに地団駄を踏むと良いよ、タツヤ」

そんなことを言うニュング。
正直俺の未来の嫁に対する挑戦とも取れる発言だが、他人の嗜好に目くじらを立てる必要はない。

ニュングの妻のシンシアは確かに美人だった。
だが、その姿は褐色の肌の擬人化ルーン、大人の女形態と同じ姿だった。
・・・そもそもここはどういう世界だ?夢か?夢を見ているのか?
しかし頬を抓ってみたら痛い。昨今の夢は実にリアルである。

「その蛮族の少年は何処で拾ってきたのよ」

「フィオが拾おうとして翻弄されてた。面白そうだったので持ってきた」

「フィオが・・・?」

「辱められました」

「黙れ自爆幼女!」

「フィオ・・・貴女また余計な好奇心が先行したのね・・・」

呆れて言うシンシアの表情は何処か優しかった。



『根無し放浪記』16巻第2章『花畑』。
ニュング一行と謎の行き倒れの人間の少年はこうして出会った。






―――本来なら出会うはずのない者達はかくして出会いました。

―――5000年の月日を遡った彼と根無しの一行はつかの間の交流をしていきます。

―――ここが始まりなんですよ、達也君。

―――それでは、また。


達也の左手のルーンは淡い赤色の光を放っていた。







(続く)



[18858] 第109話 5000年前の家族
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/31 21:04
夢か現実かよく分からん状況で、俺は愉快な三人組の尋問を受ける羽目になった。
エルフと思っていたフィオとシンシアはダークエルフという種族であるらしい。
一般的なRPGとかではダークエルフはエルフと敵対する存在だったが、この世界のダークエルフ達はエルフと小競り合いはあったものの、あまり干渉せずに独自の文明を築いていたらしい。エルフよりは人間に寛容であるらしく『蛮族』とは呼ぶものの、こうして俺に対してもやや友好的である。

「つまりお前はロマリアで寝た筈なのにいつの間にか花畑で寝ていたと」

「何を言っているのかわからないと思いますが事実です」

「うん、実際よく分からんが、お前がこうして此処にいることは事実だからな」

茶髪のボサボサ髪を掻き毟りながら『根無し』のニュングは夕食のパンを齧った。
このパンは彼の妻の作品である。・・・クロワッサンだと?美味いじゃないか。

「それにしてもお前さんの話は分からんな。トリステイン、ガリア、アルビオン、ロマリアは知っているのにそこの当主の名前が全然違うし、俺たちの知らない国の名前もある。頭おかしいんじゃねえかと思ったが受け答えはハッキリしてるしな」

「冷静な狂人じゃないですか?でなければ私が辱められる訳がありません」

「俺から見たらお前は常時狂人だけどな」

「おのれ蛮族!またもや私を辱める言動を!」

「はいはい喧嘩しないの。それで、タツヤ君と言ったかしら?貴方は何処から来たの?ご家族は?」

どうやら此処がハルケギニアである事は間違いない。だがゲルマニアが存在しておらず、アルビオン王国が健在である。
更に言えばロマリアの名前が『ロマリア都市王国』である。あれ?連合皇国じゃなかった?
加えて各地を統治する者の名前が俺が知っているのとは全然違う。
ロマリアに到着した際のコルベールの講義で、かなり昔ロマリアはそんな名前だったという。
ならば俺が今いるのは過去の世界とでも言うのか?未来という可能性やパラレルワールドかもしれないが、過去というのが可能性が高い。
・・・どうして俺はそんな過去の世界とやらにいるんでしょうね?分からんがルーンのせいだと言うのか。
嘘をついて適当な事を言っても良いがそんな事をしても俺に得な事は何もない。
『こいつ頭大丈夫か?』と思われるのを覚悟して自分の仮説を言ってみよう。ルイズのときにそうしたように。

「どういえば良いのか・・・まあ、ちょっと未来から」

「「「はぁ?」」」

予想通りの反応で凄く嬉しいのだが、事実なんだから仕方ない。
俺は淡々と続ける。

「俺のいた時代からどのくらい昔かは分からないんですけど・・・」

せめて基準となるのがあればいいんだが・・・
過去ならば何を基準にすればいいんだろう。
これが日本の戦国時代にタイムスリップしたとか女だらけの三国志時代に来てしまったのなら武将の名前を聞けば大抵分かるのだが、何せ異世界の歴史なんて1年以上現地にいるがあまり分かってないもんね俺。相変わらず翻訳機能つきの喋る剣がなければ本も読めないし。
そういえばハルケギニアでえらく信仰されてるブリミルが降臨後6000年だとか騒いでたな。

「そうだ、始祖ブリミルが降臨して何年なんですか?」

「1000年ちょいぐらいだっけ?」

ニュングがシンシアに確認する。
シンシアは呆れながらニュングに言う。

「そうよ。全く宗教観念が全然ないのも困りものね」

「わっはっはっは!顔も知らん野郎の降臨祭など誰が祝うか」

「私たちからすればそいつは「世界を滅ぼす悪魔」とか「人間とエルフの関係を決定付けた元凶」やら「ダークエルフの激減のきっかけを作った男」ですからね。祝う気にもなれませんよ」

ダークエルフがエルフによって滅ぼされる寸前までになったのは『人間に寛容だから、手を組んでいらない知恵を付けさせかねない』との声が大きくなったからだという。その声が大きくなってしまったのも、始祖ブリミルが何かとんでもない事をしでかしたせいであり、エルフはブリミルを『悪魔』として嫌い、それを崇拝する人間も嫌っているというのだ。始祖ブリミルは人間に系統魔法を伝えたということで神様扱いだが、一方では悪魔扱いなのか・・・。
とはいえ始祖ブリミル降臨1000年という事はここは5000年ぐらい前の過去という事になる。

「分かりました・・・何を馬鹿なと思うかもしれませんが・・・俺は貴方達から見れば5000年ぐらい未来のハルケギニアに来てしまった異世界の人間です」

「未来人だけというだけでも眉唾なのにこの上異世界人と言うのか」

「やはり狂人ですね。ニュング、殺害許可をください」

「おまえ、殺害許可という単語を使いたいだけだろう」

「なんか響きがカッコいいじゃないですか」

「御免ね、私の妹はいつもはこうじゃないんだけど・・・」

「いいですよ。5000年後にも同じような奴はいますし」

「私を無個性と侮辱しましたね!?おのれ蛮族!幼女でダークエルフで黒い長髪で赤い眼という要素を持つこの私を無個性と切り捨てるとは!許せません!」

「お前のような欲望にまみれた幼女が愛でられてたまるか!?」

「まあ、そう言うなタツヤ。この幼女エルフは俺の最高の妻でありこいつの姉であるシンシアとの悲しいまでの差(肉体的な意味で)にコンプレックスを抱いているのだよ。見たまえシンシアのこの洗練された肉体を!加えて料理も上手いし、強いし、性格も俺好み!口はたまに悪いがそんなのはご褒美だろう常識的に考えて」

「ついさっき会ったばかりの子にそういう説明は凄く照れるんだけど」

「照れたお前の顔も俺は好きだぜ」

「し、知らない!」

茹蛸のように顔を真っ赤にしてニュングから顔を逸らすシンシア。
歯の浮くような台詞を言って笑うニュング。
身の毛もよだつような会話だが、そこには確かに愛情が溢れていた。
ああ、いいなあ。夫婦かあ・・・。

「いずれ私のような体型の女性が世間を震撼させると私は信じます」

フィオが負け惜しみのように言う。
安心しろ。お前のような体型の女で学院を震撼させる女が5000年後現れるから。
・・・さて、5000年前のハルケギニアに来たはいいが、どうやって帰れというのだろうか?
元の世界に一時的に帰った時のように時間制限で帰れるというのだろうか?でも説明も何もないしなぁ・・・。

ニュングは元々自分探しのために家を飛び出してぶらぶらとフィオとシンシアと共に旅をしているらしい。
フィオはニュングの使い魔らしいが、肝心のルーンは刻まれていない。
ニュング曰く『犯罪臭がするから』だそうだ。
フィオの故郷が滅ぼされて目的が無くなった為、気ままにぶらり旅していたのだが、エルフと戦ったり、人間と戦ったり、盗賊紛いの事をしたり、城に招かれたり、王様の娘、つまりお姫様に一方的に求愛されたり、それが元で軍隊から逃げる羽目になったり、ニュングが剣の収集を始めてみたり、フィオがミミズの下克上が見たいと言って巨大化させ、モグラと戦わせたり、しかし何かグロイのでシンシアがモグラも巨大化させたり、ニュングとシンシアが巨大生物見守る中で結婚式を挙げたり好き放題やっているらしかった。
ある程度話を済ませると、ニュングはニヤリと笑って言った。

「どうだったシンシア?コイツは嘘をついているか?」

「いいえ。言葉を選んでいたようだけど、嘘はついていないようよ。未来人で異世界人というのは信じられないけど、まあ、私たちの旅には信じられない事が結構あったからね。本当なんでしょうよ」

「あ、悪いなタツヤ。さっきまで嫁がお前の考えを魔法で読んでいたんだ。あんまり使いたくは無いんだが、旅をしていると良からぬ考えをする奴が接触してくることもいるからな。お前さんはそういう奴じゃなさそうで良かったよ」

いきなり衝撃のカミングアウトである。
正直良い気はしないが、嘘をつかれて良い気分の者もいないしな。

「どうせ私の未熟な身体にムラムラしているのを自制していたんでしょう!」

「いえ、そんな事は全く無かったわよ」

「お姉さま~!?」

「でも良かったわね。この子、私たちに対して敵意が無い所か好感を持っているみたいよ。これは珍しい状況じゃない?」

「ああ、そういえば大抵疑心を持った奴か敵意むき出しの相手ばっかりだったしな」

「あのトリステインのお姫様でさえ最初は警戒していたからね」

「馬鹿なんですよ多分この蛮族」

フィオが俺を指差して言った。天才と言うつもりはないが、その言い草はカチンと来るのだが。
この時代は人間とエルフの戦力差は拮抗しているらしく、だからエルフが憂いを残さないようにダークエルフを滅ぼした。
最近は人間側が押され気味らしい。
またロマリアの動きも活発になり始めたようで布教の一環と称して各地を飲み込んでいる。

「ま、お前さんにとっては過去の話なんだろうけどよ・・・」

「未来の事、聞かなくてよいのですか?ニュング」

「フィオ。未来ってのは分からないから面白いのさ」


未来を知ってどうすると言って笑う『根無し』。
宝箱は中が分からないから胸が躍るのだ。

※『根無し放浪記』16巻第3章『未来』より。





俺がこの状態で未来の世界はどうなっているのだろうか?
やっぱり分身が上手くやっているのだろうか?
不安で仕方ないが、5000年前にいる俺にはどうすることも出来ない。
現在俺は近くの湖で夕食の為の魚釣り中である。

「うぬぬ・・・!何故釣れないんでしょうか・・・」

俺の隣には釣竿を握り締めながら唸っているフィオの姿がある。
そりゃあ餌もつけずに釣り上げようと思ったら相当耐えなきゃいけないだろう。

「餌ぐらいつけたらどうだよ」

「食べ物で釣って魚を騙すとは鬼畜の所業です」

「釣り針そのものを魚に食わせようとしている方がどうかと思うんだが」

「そのような胆力を持った魚はきっと大物の風格があると確信しています」

「この湖にはその胆力をもった魚がいるというのか」

「餌に釣られる哀れな魚はいるようですけどね!フン!」

俺はさっきからどんどん釣り上げている訳だが、フィオの方は未だ収穫なしである。
魚を入れる桶は二つあり、俺の桶のほうはもう満杯になりそうなのだが、フィオは空である。
そのためフィオはどんどん不機嫌になっていく。
そろそろ戻ろうかと思ったその時だった。
フィオの竿が大きくしなった。

「キターーーーーーーー!!ついに挑戦者現る!」

フィオは小さな身体で一生懸命竿を引っ張るが、挑戦者の魚はそれを上回る力で引っ張る。

「うわわわ・・・!これは凄い大物ですよ!是が非とも釣り上げたい!うにゃ!?」

フィオは湖面から飛び出した魚の姿を見て戦慄した。
およそ4メイル以上ある鯰がフィオの竿にかかっていた。・・・っておい!でかすぎだろ!?

「あの野郎・・・!私を馬鹿にしているかのように見て・・・!魚類の癖に生意気です!」

「いや、無茶だろう!?どう見てもこの湖の主じゃねえか!?」

「上等です!ほわわわ!?」

フィオはどんどん湖の方にに引っ張られていく。
しかし彼女も意地を見せているつもりなのか、足を踏ん張り腰を入れている。
数分の格闘後だった。

「おっ、力が弱まったようです!これはチャンス!」

フィオが一気に竿を引っ張ると巨大鯰は湖面から飛び出した。
だが、その雄々しい姿にフィオが見惚れたその瞬間、巨大鯰は一気に湖の底へと飛び込んでいった。
その急激な力の発生により、フィオは竿を持ったまま湖へと引き込まれそうになった。

「あわわわわわわわ!?」

見ていて非常に面白い光景である。
何せ竿を持ったままのフィオが宙に舞っているのだ。
そしてフィオはそのまま湖の中へと消えていった。
・・・・・・嫌な、事件だったな。
いやいや、これは不味い。何とかしなければ!

巨大鯰に水中を引っ張りまわされているフィオは竿だけは離すまいと必死だった。
この獲物だけは確実に持って帰る!そうすれば姉も喜んでくれる筈だ。
そしてこのような脅威にも一人で何とかできると言う事を証明できる。
しかし困った。執念で竿を離さないのはいいのだが、この鯰、非常に元気だ。
このままでは先に自分が窒息してしまう。しかしこの獲物は・・・!
あれ?待てよ?もしコイツを仕留めても私泳げないじゃん。
・・・・・・ま、まさか!この鯰はそれを見越して!?なんという汚さ!汚いな流石汚い!
ああ、ヤバイヤバイ・・・鼻に水が入って痛い・・・。
おのれェ・・・!魚類の癖に私を弄んで・・・!水の中だから詠唱も出来ないし!

フィオは此処に来てようやく、自分が絶体絶命である事に気付いた。
弱っていく自分を嘲笑うように悠々と泳ぐ鯰。おのれ・・・!
竿を離せば良いかもしれない。でも自分は泳げない。おのれ・・・!!
こんな事で死ぬかもしれないという情けなさと恐怖。おのれェ・・・!!!
だがフィオは今まで隣にいた男の存在をすっかり忘れていた。
ましてや魚類である鯰がその男が何をしようとしているかなど知るわけが無かった。

拳大の石が巨大鯰の頭部に命中し、その衝撃で哀れ巨大鯰は意識を失った。
何が起きたのか分からないフィオ。窒息寸前である。
そのフィオをなんと下から抱えあげた者がいた。

「げほっ!げほっ!?」

「おお、生きてたな」

達也はホーミング投石を使い巨大鯰を水底から狙って見事命中(当たり前だが)させていた。
フィオと違い、達也は普通に泳げるのだが、泳ぐより『水中歩行』で進む方が早かった。
しかし溺れている状態のフィオに対しては早急に空気を吸わせるために泳いで湖面まで戻った。

俺はフィオが握り締めている釣竿を見た。
よほどあの巨大鯰を釣りたかったんだろうな。

「フィオ、良かったな。大物が釣れたぜ」

「と、当然です・・・」

俺はフィオを連れて岸に向かった。
フィオはしっかりと俺にしがみついていたが、竿は離さないままだった。
・・・で、どうすんのこの巨大鯰。桶には入らんぞ?持ち運びも不便なんだが。


二人の帰りを待つ状態のニュングとシンシア。
元々釣りはニュングの担当だが、達也に任せてみる事にしたのだ。

「全く、フィオが行かなくても良かったのにな」

「あの子はあれで負けず嫌いだからね。その辺はまだ子どもなんだけど・・・」

「得体の知れない男を信じちゃいけない!監視するだっけか?で、どう思うよシンシア。タツヤをさ」

「さあ?悪意は感じられないけど、それだけで良い人とは限らないしね」

「俺は面白いと思うんだがな。未来から来てしかも異世界人というじゃねえか。夢がある」

「元々夢見てるような男だものねアンタ」

「おうおう、毎日夢のようですよ。好きなように生きて好きな女と過ごせてな」

「はいはい。これで定住できる土地を見つけたら最高なんだけどね」

「根無しにそういう事言うなよ」

穏やかな時間が流れる。
その時、やっと達也達が姿を現した。

「おお、戻ってきたな・・・って何その魚!?」

「鯰」

「アンタ達どうしたの?そんなにびしょ濡れで・・・」

「お姉さま・・・フィオは、フィオは勇敢に戦いました・・・」

達也の背中で弱弱しくサムズアップするフィオ。
困ったような表情の達也の手には桶いっぱいの魚と巨大鯰が握られていた。
フィオの手は両方とも達也の濡れた服をしっかりと握り締めていた。
それを見たシンシアはくすっと笑うのだった。


※『根無し放浪記』16巻第5章『釣り』より。



ニュング達は一応追われる身である。
ダークエルフのフィオとシンシアがいる時点でエルフの殲滅対象であるからだ。
エルフと戦うと言っても、エルフもそんなに人員は裂けない筈だとシンシアは言う。
現在人間との戦いの真っ只中なのに主力級の戦士を追っ手に差し向ける事は出来ないと考えていた。
だが、だからと言って追っ手が来ない訳ではなかった。
何が言いたいかと言うと、現在僕たちはエルフの集団に囲まれています。
数はおよそ10人ほどだが、人間はエルフに対して10倍の戦力で立ち向かわなければいけないらしく、実質100人相手にしてると思ったほうが良い。

「今度は数で攻めて来たのかよ」

「闇の者を生かしておくわけにはいかぬ。貴様のような悪魔の力を行使する男もだ」

「好き放題言ってくれますね。私たちは貴方がたに何もしないというのに」

「まぁ・・・此方も抵抗はするけどね」

「タツヤ、剣は使えるな?」

「は、はい」

俺はニュングから貸してもらった鉄の剣を握り締めた。
ルーンが輝き、集中力が上がる。

「フン、蛮族一人増えた所でどうという事もない」

「無駄な争いを好まないんじゃなかったか?エルフって奴は」

「これは意味のある争いというものだ」

「俺の嫁と使い魔、そして俺を襲うのが有益だと?ハンッ!反吐が出るぜ!」

ニュングは杖を構えて高速で詠唱をし始めた。
その瞬間、シンシアとフィオは杖を振った。
俺たちの周りに白い球体のバリアのようなものが張られた。

「反射か。気をつけろ」

どうやらビダーシャルが使っていた反射の魔法らしい。

「いいのか?もうこっちは終わったぜ?」

ニュングが杖を振ると、エルフ達の目の前で爆発が起きた。
この魔法って・・・『爆発』!?虚無使いだったのこの人!?
しかも10人の一人一人の目の前で爆発を起こしている。ルイズではこんな芸当できない。
シンシア達が魔法で追撃を行なう。岩の槍や炎の暴風がエルフ達を襲っている。
うわーすごいなー。

「私たちの故郷を奪っておきながら厚かましいんですよ、貴方達」

エルフの一人を石の槍で串刺しにするフィオ。
急所を意図的に外しているのが何とも嫌らしい。

「欲は出さない方が良いと思うわよ?まるで今の貴方達は人間みたいだから」

炎に包まれるエルフの刺客達を見ながら呟くシンシア。
あのエルフが子どものようにあしらわれている。

「ダークエルフはすでに私たちしかいないのかもしれませんが、だからと言って滅ぼされる訳にもいかないんですよ」

「おのれ・・・悪魔め・・・!!」

「自分達が正義と勘違いしている奴の典型的な台詞だなぁ、ロマリアにもいたぜそんな奴。お前らは何故俺たちが抵抗するのか分かってないようだから言うが、俺たち家族の幸せを奪おうとしてる手前等の好きにはさせねぇ。お前らが聖者と言うなら俺は悪魔でもいい」

「大体貴方達は考えすぎです。こっちはひっそり暮らしていたのに被害妄想で私たちの同胞を殺して・・・恥を知ってください」

「人間も貴方達エルフも私たちの幸せの前に立ちはだかるなら容赦しないわ」

「貴様達の存在は許されないのだ・・・!」

なおも頑固に主張するエルフ。
ニュング達は溜息をつく。

「それを決めたのは一体誰なんだ?」

俺は素朴な疑問を投げかけた。
ダークエルフやハーフエルフが存在しちゃいけない理由って何だろう?
何かを不幸にするなら戦争している人間やエルフもその片棒担いでるじゃん。
まさか神様とか言わないよな?
ダークエルフやハーフエルフが直接言ったわけでもないよな?
誰だ?誰がそんなこと言ったんだ?
いや、言ったとしてもそいつに他種族の生き死にを決めるこできないじゃん。
神様じゃないだろう?人もエルフも。失笑モノだぜ。
俺は剣を構えて言った。

「そうして否定ばっかりしてたら分かり合える人物とも分かり合えず終わっちまうぜ。アンタらそれでいいのか?」

「もとより我々は蛮族や悪魔と馴れ合う気はない!」

「そうかい。惜しいよな。俺の世界では田舎娘や悪魔ッ娘、エルフにまで萌えを感じる奴らはごまんといるのに。お前らは勿体無いことしてるぜ」

「萌えってなんですか?」

「お前が聞くのかよ!?」

萌えという概念は当に理解していたと思っていたぞフィオ!?
人類皆兄弟と言うつもりは無いが、友好関係を築けるならば築いておいても良いじゃないか。
駄目なら駄目でいいのだから。干渉せずにいればいいので。

「蛮族め、我々に説教するつもりか?」

「俺は知っている。人とエルフが分かり合えることも。愛し合えることも。今は戦争中だからピンと来ないかもしれないけど、絶対分かり合うことができるんだ」

ニュングとシンシア、テファの両親。
異種間の愛が成就した例を俺は知っているし目の前で見せ付けられもした。
こいつらはそれを異端として排斥しようとしている。それは勿体無い事じゃないのか?

「あんた達はその可能性を摘んでしまうのか?人間より賢いんだろうアンタらは」

「そう、賢いからこそ、貴様らを廃すると決めた!」

「短絡的な頭の良さだな!畜生め!」

俺に襲い掛かってくるのは仮面を被ったエルフの剣士。
攻撃力はおそらく1400ぐらいである。
俺は襲いかかってくるエルフに対して、一旦剣を鞘に戻した後、一気に引き抜いた。

「1000年以上争うもの達が分かり合えるはずがあるまい・・・」

少し感情が篭った声で剣士は言う。剣は俺のいた場所に叩きつけられていた。まあ、避けたけど。
剣士の仮面にヒビが入る。

「いや、アンタの事が少し分かった」

剣士の仮面は真っ二つに割れた。
現れたのは美少女顔のエルフだった。

「アンタが女で」

そして俺は剣を鞘に納めた。
その瞬間、彼女が着ていた服が切り裂かれた。

「んなっ!?」

簡素な下着姿になってしまった女剣士は思わず胸を隠してその場にしゃがみこんだ。
ニュングが口笛を吹くと、シンシアに殴られた。

「下着はシンプルなものが好きだとな。それと美乳だな」

シンプルな下着が似合う美少女エルフ剣士。
何だか思春期の俺にはエロい想像しかできないが、行動には移しません。

「お、おのれ!私にこのような辱めを・・・!!」

「素早さがあがったと何故思わん」

「思うか!?」

「視覚的な効果も上がったな、痛い!?」

シンシアにまた殴られるニュング。
俺は濡れた服の変わりに羽織っていたマントをその剣士に渡した。
俺はこれでシャツとズボン姿である。

「くっ・・・!!覚えていろ貴様・・・!嫁入り前の乙女の柔肌をさらす等、あってはならないと言うに・・・!」

「その辺は気にしないほうがいいと思え。事故みたいなものだ。というか暗殺者がそのくらいでガタガタ抜かすな」

「く・・・くうう!!貴様!名は何と言う!?」

「はあ?」

「ホラホラタツヤ君。女性がアンタの名前を聞いてるのよ?」

シンシアがやれやれといった表情で言う。

「達也。タツヤ=イナバ」

「覚えたぞタツヤ。貴様の名前を!我が名はジャンヌ!我が誇りにかけていずれ貴様を・・・へっくち!」

「おのれジャンヌ!不意打ちで唾液を飛ばすとは何たる卑劣な行為!剣士の風上にもおけん!」

「ち、違う!?今のはただの生理現象・・・!?」

「やはり卑劣ですね。達也君、この女の殺害許可をください」

「お前まだそんなこと言ってるの?ほらほらジャンヌちゃんよ。鼻水を拭けって」

俺が鼻水の事を指摘すると、ジャンヌは真っ赤になって立ち上がった。
羞恥心に顔を歪めて、俺に対して指をさして言った。

「貴様はいずれ私が仕留める!これで勝ったと思うなよ!」

そう言って半泣きで走り去っていった。
残りの刺客達はどうしようと相談の結果、筏に乗せて川に流すという措置を取った。

エルフを憎んでいる筈の人間が言った、『僕たちは分かり合える』。
ニュングだけが特別だと思っていた。
だけど、自分を助けてくれたこの未来人ははっきりとそう言った。
明らかに敵意を持っているエルフですらあのような情けない姿にしてしまった。
この男が生きている未来はどのような状況なのか・・・。
ニュングは未来なんて知らない方がいいと言ったけど、自分は知りたいと思った。
何故だろうか。この蛮族・・・いや、タツヤの事が知りたいと思う自分がいた。
彼は自分と同じ誰かの使い魔である。話も合うんじゃないだろうか?

「それより今のが使い魔のルーンの力って奴かい?何かピカピカ光ってたけどよ」

「まあ、そうですね・・・服やら仮面とかしか斬れませんけど・・・」

「役に立つのか分からんな、それ。ちょっとそのルーン見せてくれないか?」

ニュングが興味を持ったのか、達也の左手をまじまじと見つめる。
しばらく見ているとほほうと言って笑った。

「見たことは無いが、読み方は分かるぜ。『フィッシング』だな。釣りか」

「釣りですね」

「何を釣るのかは知らないが、面白い。俺たちにもピッタリだな」

「ピッタリ?」

「ああ。『フィオ』に『タツヤ』に『シンシア』に『ニュング』。4人の名前を合わせて出来たみたいな名前が『釣り』だなんて痛快じゃないか」

「俺の名前の要素小さい『ッ』だけですか」

「わははは!気にするなよ。そうだったら面白いよなって意味なんだからよ!」

「人間二人とエルフ二人の絆のルーン・・・そう考えるのも悪くないですね」

「たった2日ほどの付き合いだが物凄い濃い2日だなおい。絆か・・・いい響きじゃねぇか。おし、決めたぜタツヤ。お前はこれから俺の弟分だ」

「えー、見た目マダオが兄貴分~?」

「今ならもれなく姉貴分として私がついて来ます」

「お前を姉と呼ぶのは抵抗がある。シンシアさんなら別だが」

「やはり胸か!あんなもの飾りじゃないですか!?」

フィオは俺に纏わりついてギャーギャー喚く。
シンシアは微笑んで言う。

「ラッキー。これで体のいいパシリが出来たわ♪」

「はっきり言うなよ!?」



根無し一行に新たな仲間が増えると思われた。
特にフィオはやたら彼に懐いており、それだけ見れば年相応の娘の姿だった。
だが、出会いがあれば別れもあるように、元々来訪者でしかなかった彼が帰る時は唐突に訪れた。
達也の身体が、三人の目の前で透け始めたのである。
彼の左手が赤く光っているのがフィオの目に付いた。
驚く一行だったが、達也はただ一人、諦めたような表情だった。

「ど、どういうことだこりゃあ・・・?」

「・・・原理は分かりませんけど、未来に帰ることになりそうです」

「そんな・・・折角、家族の一員が増えたと思ったのに・・・」

「すみません、唐突で・・・」

「唐突に現れて唐突に消えるなんて酷いと思わないんですか?人に借りを作っといてサヨナラって酷いでしょう」

「フィオ、俺たちは家族なんだろう?借りなんて思わなくていいよ」

「嫌です。私はそんな薄情なダークエルフではないのです。蛮族と一緒にしないで下さい」

フィオは目元をごしごしと擦る。

「5000年後なんてエルフでも生きてるかどうか分からない年数じゃないですか。もう会えないって事じゃないですか。そんなのあんまりじゃないですか」

「元々会えるはずが無かったんだよ、俺たちは」

「でも会ったじゃないですか。何かの縁があったということじゃないんですか?それを会えるはずが無かったと言って切り捨てると言うんですか貴方は」

フィオは俺を真っ直ぐ見据えて言った。

「私は蛮族と違って薄情ではないです。蛮族と違ってそう簡単に忘れる事はありません。貴方との出会いを忘れる事なんて無理です。よく分からないけど無理だと思います。過ごした時間が例え短いとしても、そんなの関係ないと思います」

彼女は彼女なりに俺に何かを伝えたいようだが、それが何なのかが分からないような感じだった。
俺はフィオと同じ視線になる為膝をついて言った。

「俺は忘れないさ。お前もニュングさんやシンシアさんも。家族の事を忘れる程、俺も薄情な男じゃないからな」

「当たり前です。一生覚えておきなさい。私も永遠に覚えておいてあげます」


その感情が彼女にはまだ分からなかった。
ただ、何も言わずに別れるのが嫌だった。

「ああ、覚えといてやるさ。有難く思え」

彼は根無し一行を見て、微笑みながら言った。

「このルーンを見たら貴方達を思い出せます。ありがとう」

「ああ、元気でな。未来がどうなってるかは知らんが」

「私たちも貴方のことは忘れないわ。人とエルフが分かり合える時代・・・そんな時代なら見てみたいけどね」

「俺もです」

そう言って彼は消えていった。
人が目の前で消えると言う驚くべき現象だったが、それを突っ込むものなど誰もいなかった。

「さて・・・別れもすんだところで寝ようぜ。未来が健やかになる事を願ってよ」

「ニュング」

フィオがニュングを呼ぶ。

「なんだよ?」

「私にルーンを刻んでください。使い魔のルーンを。私たちだけのルーンを」

「は?」

「ブリミルの形式でやる使い魔のルーンなんて私は要りません。あのルーンが私たちの絆を表すなら、私はそれをその身に刻みたい」

フィオは右手をニュングに差し出して言った。

「私は永遠に彼を忘れない為に、この身に刻む事を決めました。私たちの短くも深い絆を」

その夜、幼女の苦悶の声が響く事になった。
その日から名実共にフィオはニュングの使い魔として生きる事となる。
全ては幻だったのだろうか?否、違う。彼の存在は根無し一行の4人目の家族として彼らの心に刻まれているのだ。


※『根無し放浪記』16巻第7章『4人目』より。








意識が戻ると何故かまだ夜だった。
俺は頭を押さえながら起き上がる。

「あ、起きた」

ルイズがホッとしたような様子で俺を見ていた。

「アンタ丸二日ぐっすり寝てたのよ?ドンだけ疲労してたのよ?」

「丸二日だと!?」

その瞬間、物凄い空腹感に襲われる。

「ああ・・・情けない音出して・・・待ってなさいな。もうすぐ夕食の時間だから・・・」

「わーい、嬉しいなー」

「精進料理だけどね」

「肉を寄越せ!?」

ルイズは泣きそうな俺を見て笑いながら部屋を後にする。
ルイズが出て行ったのを見て俺は左手のルーンを見た。
その瞬間、ルーンが黄色に輝いた気がした。






とある屋敷の地下深くにある場所。
そこには一つの墓石があった。
墓標にはこう刻まれていた。

『根無しとその妻、此処に眠る』

その墓の周りには色とりどり、様々な種類の花々が咲いていた。
墓石の前に何者かが立っていた。
その者は墓石に花を添えて呟くように言った。

「おはよう、ニュング、お姉さま。久しぶりですね。5000年経ったわ・・・」

墓石の前に立つのは修道服を着た女性だった。
女性は長い白髪だったがその顔は若々しい。
赤い眼と長い耳が人間離れした神秘的な魅力を放っていた。

その右手には達也と同じルーンが躍っていた。




(続く)

・109話目だからと言って何が進展する訳でもなくw



[18858] 第110話 屋敷地下の出会い
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/02 16:13
教皇ヴィットーリオは礼拝堂で一人祈りを捧げていた。祈りの時間が彼の自由時間だった。
多忙を極める教皇にとって、唯一安らげる時間と言える、長い祈りの時間である。
祈る内容は日によって違う。例えばブリミル教の信者の幸福やら世界が平穏である事やら、休みが欲しいやら今日の夕餉はビーフシチューがいいやら様々である。
良いではないか。祈る内容は自由だ。自由時間なんだから。
今日、彼が祈っているのは孤児たちの幸せである。
子どもは世界の未来であると考えるヴィットーリオにとって、孤児が溢れる現状は嘆かわしい事なのだ。
うん、嘆く気持ちがあるのはいいのだが、飴玉を舐めながら祈るのはどうかと思います。
そんな状態で祈っていたのが神様はご不満なようであるようだ。礼拝堂の扉が開き、ヴィットーリオは思わず飴玉を飲み込み咽そうになった。
彼が振り向くと、聖堂騎士の案内でアニエスと頭が神々しい輝きを放つ中年男性がやって来た。

「アニエス殿ではありませんか。いかがなされましたゴホゲホ!?」

爽やかに決めようとした若き教皇だったが、咳と共に口から飴玉が出てきた。
聖堂騎士達がヴィットーリオを咎めるように言った。

「聖下!また飴を持ち込んでいたのですか!?今度は一体何処に隠していたんですか!」

「違います。私は神の力で体内で飴玉を作れるのです」

などと言いながら落としそうになった飴玉を口の中に入れて噛み砕く若き教皇。おい。
どうやらこの程度の事は日常茶飯事のようである。
いきなりトリステインに来た事といいこの教皇は破天荒な人物である。

「飴玉を舐めると集中力が増すとジュリオが言っていました。私はより良い祈りをする為に仕方なく舐めているのです」

「無理に舐めなくても良いではありませんか」

「より良い祈りの為ですから仕方がないのです」

日々の祈りは教皇の大事な仕事でもあるからして、その祈りに集中する事は確かに大事なのだ。
だからって飴玉を持ち込むのはどうかと思います教皇様。

「気を取り直しまして、アニエス殿、如何なされました?」

アニエスはハッとした表情になった。

「聖下に、お尋ねしたい義が御座います」

「ふむ、なにやら込み入った話の様子ですね。さてそちらの方も・・・」

神々しい光を頭部から放つ男、コルベールは神妙な顔で口を開いた。

「聖下に、お返しせねばいけないものが御座います」

「ほう。これはどちらも大事のようですね。ここではなんですから、執務室にどうぞ」


執務室にやってきたヴィットーリオは、椅子に腰掛けると二人を促した。

「まずは、おくつろぎ下さい。大事な話ほど楽な状態でするべきです」

コルベールは腰掛けたが、アニエスは腰掛けず、本題を切り出した。

「聖下、失礼の段、平にお赦し下さい。聖下は『ヴィットーリア』という女性をご存知ですか?二十年前、ダンデルグールの新教徒たちの村に逃げ込んだ女性の事を・・・」

ヴィットーリオは懐かしそうにそして悲しそうに言った。

「ええ、知っています。我が母です」

アニエスの顔が歪む。彼女の瞳には涙が浮かび、そのまま片膝をついた。
一方、コルベールは顔を俯かせた。

「聖下を一目見たその時から気になっていたのです。そのお顔立ちはあまりにもかのヴィットーリアさまに瓜二つ・・・」

「女性のような顔立ちだと子ども達によく言われますよ」

「聖下、母君の変わりにわたくしの感謝をお受け取り下さいませ。わたくしは貴方の御母君に、この命を救われたのです。卑劣な輩の陰謀で、わたくしの村が焼き払われた際・・・、ヴィットーリアさまはわたくしをお庇いになり、お命を失われたのです」

「・・・そうですか。子ども好きのあの人らしい最期だったようですね・・・」

続いて膝をついたのはコルベールだった。

「・・・聖下。貴方の御母君を炎で焼いたのは、他ならぬわたくしで御座います。わたくしの右手が杖を振り、この口が呪文を唱え、貴方の御母君のお命を焼いたので御座います・・・当時のわたくしは軍人でしたが、今でもその時の罪を背負い、今日まで生きてまいりました。隣のアニエス殿と同じく、聖下にはわたくしの命を自由にする権利があると考えます」

コルベールはなおも言葉を続ける。
アニエスは黙ったまま俯いていた。

「此処に、御母君の指輪が御座います。これをお受け取りになり、わたくしの処遇をお決め下さい」

ヴィットーリオはコルベールからルビーの指輪を受け取った。
その指輪を指に嵌めてから、穏やかな表情に戻った。

「・・・わたくしの指に、この『火のルビー』が戻るのは二十一年ぶりです。お礼を言わねばなりませんね。我々はこのルビーを捜しておりました。それがこのようにして指に戻りました。今日はよき日ではありませんか。本当に・・・」

「では聖下、わたくしの処遇を」

ヴィットーリオは首を横に振った。

「貴方は命令に従ったまで。責められるべきはそのような命令を下した者達です。そしてそのような命令を下した者達は既に罰を受けていると記憶しています」

ヴィットーリオは膝をついて、コルベールと同じ視線になった。

「ですが聖下・・・わたくしは・・・」

「もしわたくしがもう少し幼く、加えてこのような地位でなければ貴方に対して憤りの感情を覚えたはずでしょう。ですが・・・そのような事が理解できる地位に今のわたくしは就いています。貴方が責められるべきではないという事はわたくしは知っているのです。ですから貴方を裁くつもりなど、わたくしにはありません」

ヴィットーリオはコルベールに言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「ミスタ・コルベール。現在の貴方は教師です。ならば貴方の贖罪はより良い未来を作るような若者をこの世界に輩出することだとわたくしは思います。これからのあなたに神と始祖の祝福があらん事を」

立場は人間を変えると言う。
ヴィットーリオは軍人が上官の命令に従わなければならないという常識は理解していた。
おそらく目の前のコルベールという男は優秀な軍人だったのだろう。
ただ、あの時の悲劇で戦いから身を引くほど人間的でもあったのだろう。
贖罪する気があるのならば死なせてはならない。


アニエスとコルベールが退室した執務室で、ヴィットーリオは火のルビーを見つめていた。
・・・母の形見のようなものになってしまったこの指輪を見て若き教皇は思い出したように執務室の机の引き出しを開け、その中に入っていた小箱を取り出した。
この小箱の中には固定化の魔法がかけられた羊皮紙が入っていた。
それはヴィットーリオに宛てられた母の最後の手紙であった。

「母上・・・やはり運命は私の手元に収まってしまったようです。結果的に貴女の行為は無駄というわけでしたね」

運命。
母はこの力を持ってしまった自分の運命を嘆いていた。
その運命から自分を救うつもりだったのだろうか。ある時彼女は火のルビーを持って逃げ出した。自分を置いて。
そんな母親を『異端』として時の教皇は異教徒狩りと称し、彼女を探す為だけに凄惨な殺戮の命令を出した。
母が逃げ出したせいで自分は余計な十字架を背負う事になった。
このままでは自分への風当たりが強くなると感じ、自分は人の何倍も努力したと胸を張って言える。
保身の為にこの地位まで上り詰める直前、自分は書庫の整理中、この手紙を見つけた。

『運命だと諦める事は簡単です。ですが愛する息子よ、私は貴方をそのような運命へ送り込む事はできません。馬鹿な母をお恨みください』

簡潔にただそれだけ書かれた手紙だった。
母は結局死んで、二十一年の時を経て、結局指輪は自分の手に収まった。
母の想い等、運命の前には儚いものでしかなかったという事である。
結局努力の結果自分が教皇にまで上り詰めたのも、指輪が戻ってきたのも全て運命なのだ。
教皇になって、自分はこの世界が辿らんとする運命を知った。
諦めれば確かに楽かもしれない。だが、納得は出来ない運命に対して抗う事は生物として間違ってはいない筈だ。
母は力が足りなかったから運命を変えれなかった。
だが、自分はどうだろう?力は集まってきている。自分も力を持っている。
未来の為、子ども達のため・・・この先待っている運命を黙って受け入れるつもりは自分にはなかった。
力があれば運命は変えられる。ならば変えてみせる。
それが教皇である自分の使命なのだから。




教皇即位記念式典は明後日である。
水精霊騎士隊は大聖堂の中庭で調練の最中だった。
表向きは式典に出席するアンリエッタの護衛なのだが、実際はアンリエッタと教皇の敵を捕まえる為に呼ばれたのだと知り、大張り切りなのだ。

「陛下は栄えある任務に我らをお選びになられた!教皇の御身を狙う悪辣なガリアの異端どもの陰謀を食い止めろ!」

マリコルヌが叫ぶと、一斉におおおおおおお!!!と地鳴りのような掛け声が飛ぶ。
虚無の説明を除いた計画をアンリエッタが説明したのだが、その虚無が大事だろうよ常識的に考えて。
この件で手柄を手柄をあげれば、故郷に凱旋できるので騎士隊の士気は物凄く高かった。
敵は大きなゴーレムを使うというので現在騎士隊はギーシュが作った巨大ワルキューレ相手に魔法をぶつけていた。

「ぎゃあああああ!?ギーシュ、もっと手加減してくれーー!!」

「何こいつ!?でかいのに速いー!?」

俊敏な動きで騎士隊を翻弄する巨大な戦乙女に騎士隊は大苦戦というか崩壊の危機である。
これではミョズニトニルン相手にはどうしようもないだろう。

「僕のワルキューレ相手にこれではね・・・」

「まあ、足止めにすらならんな。まあ、そこら辺は各自の創意工夫に期待しよう。俺も楽したいしな」

「やれやれ・・・創意工夫ね・・・。僕も出来る限りの事はするけど・・・ま、死なないように頑張ろうじゃないか」

ギーシュは溜息をついて、ワルキューレ相手に逃げ回る騎士隊を見つめた。



ルイズは教皇の執務室の前まで来ると、扉を叩いた。
話があると呼ばれて来たのだが一体なんだろう?どうせ碌なものではないとは思うのだが。
「どうぞ」と教皇の声がする。扉を開けると、椅子に腰掛けたヴィットーリオとジュリオ、そしてアンリエッタとティファニアの姿があった。

「お待ちしておりました」

教皇の指に光る指輪を見てルイズは目を見開く。

「聖下、それは・・・」

「ええ。先日、わたくしの指に戻ったばかりの『四の指輪』の一つ、火のルビーです」

「それでわたくしに用事とは・・・?」

「始祖の祈祷書を拝見させていただきたいのです。始祖の秘宝は、新たな呪文を目覚めさせる事が出来ます。わたくしはかつてこのロマリアに伝わる火のルビーと秘宝を用いて、呪文に目覚めたのです」

「どのような呪文ですか?」

「いやぁ・・・戦いに使用できるような呪文では御座いません。遠見の呪文に似た呪文ですよ。遠見ならば偵察にも役立つのでしょうが・・・それが映し出すのはハルケギニアの光景ではないのですよ」

ルイズのあからさまにがっかりした様子にヴィットーリオは苦笑する。

「虚無にもおおまかな系統があるのです。どうやらわたくしは移動系のようだ。使い魔も呪文もね」

「ではティファニアは?ガリアの担い手は?」

「それをこれから占うのです。さて、ではアンリエッタ女王陛下。風のルビーを彼女に」

アンリエッタは風のルビーをティファニアに差し出した。

「お受け取り下さいまし。この指輪は貴女の指におさまるのが道理。アルビオン王家の血筋を継ぐ担い手の貴女が・・・」

ティファニアはされるがままに、風のルビーを嵌める。
ルイズはヴィットーリオの指示に従い、始祖の祈祷書をティファニアに渡す。
だが、どういうわけか彼女に始祖の祈祷書は答えてくれなかった。
必要があれば読める筈なのだが、彼女に虚無の呪文は必要がないというのだろうか?

「・・・どうやらまだその時期ではないようだ。では、次はわたくしの番です」

若き教皇が祈祷書を受け取り、何のためらいも見せずに開く。
すると、祈祷書のページが光り輝く。
ルイズたちは思わずその光景に見入った。

「中級の中の上。世界扉・・・」

ヴィットーリオはそう言うと呪文の詠唱を始める。
ルイズはその様子を呆然と見守る。
世界の扉?ハルケギニアとは違う世界の光景が見えると彼は言った。
それってもしかしたら・・・もしかしたら・・・

教皇は途中で詠唱を打ち切り、程よい所で杖を振り下ろす。
虚無の威力は詠唱の時間に比例するから、ぶっ倒れるまで詠唱する訳にはいかなかったのだろう。
初めに見えたのは、豆粒ほどの点だった。徐々にその点は大きくなり、手鏡ほどの大きさになる。
鏡の中に映っているのは見たことも無い光景だった。高い塔がいくつも立ち並ぶ異国の風景だ。

「これは一体・・・この光景は・・・?」

「そうです。これこそ別の世界です。あなたたちの飛行機械や、我々の前に幾度となく現れた場違いな工芸品の故郷です」

この世界が・・・達也と真琴がいるべき世界だというのか・・・?
多くの塔が立ち並ぶ都市。その全てがハルケギニアとは比較にならない程の洗練された技術を感じる。

「わたくしが以前使えた呪文は、ただこの世界を映し出すものにすぎませんでした。だが、今度の呪文の世界扉は実際に向こうの世界に穴を開けることができるのです」

思いもよらないところで達也達を元の世界に戻す方法が見つかった。
ルイズはいてもたってもいられず、駆け出した。
その背をジュリオが呼び止める。

「おいおい、何処へ行くんだい?」

「決まっているじゃないの!タツヤに教えてあげんのよ。帰る方法が見つかったって」

散々帰りたいとぼやいていたアイツならば大層喜ぶことだろうと、ルイズは思っていた。

「そんなことされたら困るんだけどね。ぼくは彼に『聖地に向かえば帰る方法が見つかるかも』って言ったんだ。この魔法を見せたら彼が聖地に行く理由がなくなるじゃないか」

「元々タツヤにとっては聖地なんて関係ないでしょう!」

「もう一つ問題があります。今、ためしに小さな扉を開いてみましたが・・・倒れそうです。彼一人くぐれるほどの大きさを作ろうとしたら、わたくしは精神力を使い果たすと思われます。わたくしの虚無はハルケギニアの未来の為に使わねばなりません。彼を帰すだけに呪文を使う訳にはいかないのです」

「それにさ、ルイズ。彼が帰ってしまって本当にいいのかい?」

「それが私とアイツの約束なの。約束も守れない女にはなりたくないのよ」

とは言うものの、達也を素直に返す事に恐怖もあった。
これまでの日々を続ける事が出来るのか?またつまらない毎日が戻るだけではないのか?
そんな状態に今の自分は耐えられるのか?
でもそんな弱音を吐けば絶対アイツは笑って言うのだ。

『お前は一人じゃないだろう』

約束は守りたい。
これ以上自分達の世界のいざこざにアイツを巻き込む訳にはいかない。
彼はガンダールヴじゃないし、帰しても全然問題ないだろう。
アンリエッタはルイズに言う。

「タツヤ殿を帰さねばならないという考えも立派ですが、彼を帰さない事で救われる命もあると思います。帰してしまえばその命は救われないという事です」

「人生は選択肢の連続です。貴女が彼を帰すというのも正解、彼を残すと言うのもまた正解なのです。わたくし達の理想には出来れば彼の力も欲しいのです。それはつまり、彼の力を得ればハルケギニアは救われるやも知れないという事なのです」

「ルイズ、貴女は慎重に決めなければなりません」

ルイズは唇を噛んだ。
過大評価な気もしたが、達也はこれほどまでに必要とされている。
だが、達也にとっての正解なんてルイズには痛いほど分かっていた。
彼には愛する人が元の世界で待っているのだ。
達也にも真琴にも元の世界での未来があるのだ。
この世界の事を自分達の力だけで何とかしようと思わないのか?
全員が見つめる中、ルイズは悔しそうに俯くのだった。




一方その頃のド・オルエニール。
ルイズたちがいないのに学院にいるわけにはいかなかったシエスタと真琴はこの地にいた。
シエスタは屋敷の掃除に忙しく、真琴は暇で仕方なかった。
孤児院の皆は何か遠足に行っているらしく留守だった。
エレオノールも仕事で屋敷にいない。
好奇心旺盛な真琴は、屋敷の中を歩き回り、面白そうなものがないか見て回っていた。
やがて鍵の束を見つけ、何処の鍵かと探し回った。

「うわ~・・・真っ暗だぁ・・・」

やがて真琴は地下に繋がる階段を見つけ、ワクワクしながら降りていった。
この妹は兄なんぞより数倍好奇心が強い為、鍵が開いている扉より鍵が閉まっている扉の先の方を優先して調べようとする。
兄が王女と探索した場所を鍵を持って行けるところまで進んでいく。
戻る時の事など微塵も考えていないその足取りは軽く、やがて真琴は地下3階の小さな食堂がある扉を開けた。

「ほえ?」

「ん?」

食堂には先客がいた。
身体のラインがはっきり認識できる修道服に身を包み、その先客はパンを齧っていた。
赤い眼と白く長い髪が印象的だ。
背丈はマチルダと同じかやや低めであったが、身体のラインから出るところは出ているようだった。

「お姉ちゃん誰?」

「ほほう、可愛い来客ですね。それにしてもお姉さんとは・・・私もまだ捨てたものじゃないようですね」

嬉しそうに言う修道女。

「久しぶりに起きて出会った人間が幼女とは・・・ああ、すみませんねぇ。私はフィオ。この建物の大家さんみたいな凄い存在です」

「大家さん?」

「そうですよ~?」

「でもこのお屋敷、お兄ちゃんのお屋敷って皆が言ってたよ?」

「ふむ・・・私が寝ている間に当主が交代したようですね。あのヒヒ野郎に妹はいなかったはず・・・そもそも熟女好きだったし・・・そうですか、貴女のお兄様が今の当主というわけですね?ところでお嬢さん、貴女の名前を聞いていませんでしたね」

真琴は元気良く答えた。

「はい!因幡真琴です!こっちではマコト・イナバだって、お兄ちゃんが言っていました!」

「ほう・・・?イナバ?そうですか・・・」

フィオは心底愉快そうな表情になった。

「ではマコト。大家として私は貴女のお兄様に挨拶をしなければなりません」

「んとね。お兄ちゃんは今、ろまりあっていうところにおでかけしてるの!」

「ロマリア・・・ですか」

フィオは神妙な表情で考え込む。
やがてにんまりと笑い、真琴に礼を言った。

「マコト、有難う御座います。久々に遠出をする理由が出来たようです」

「はにゃ?どういたしまして」

真琴の頭を撫でるフィオ。くすぐったそうにする真琴を見て、更にフィオは微笑むのだった。








(続く)



[18858] 第111話 だったら鼻毛を抜いてみろ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/05 16:02
達也が自分の世界に戻る方法が見つかった。
ルイズとしては寂しくも歓迎するべき知らせであるのだが、どうやら上層部は難色どころか彼を必要としているようだ。
だが、結局は達也が決める事なのではないか?自分としては違う世界の住人である達也には自分の世界で過ごすべきだと思っている。
そう思ったルイズは達也に直接言ってみることにした。
きっと、今すぐ帰らせろとか言うんだろうな・・・ルイズはそんなことを思いながら達也を探した。

その頃、達也が副隊長を務める水精霊騎士隊はロマリアが誇る聖堂騎士達と険悪な雰囲気になっていた。
きっかけは些細な事である。簡単に言えば、聖堂騎士達が、訓練中の騎士隊をからかったことが血の気の多い騎士隊の隊員達の誇り(笑)に傷をつけたのである。
基本的にロマリアの聖堂騎士達の態度は尊大であり、常に上から目線である。
なんだ、お前らのところの副隊長と殆ど一緒じゃん。
ロマリアの聖堂騎士達はジュリオの罠にまんまと嵌って、必要以上に警戒しながら虚偽の任務に当たっていたのに、当のターゲットはあっさり城に案内されていた事に不満と憤りが溜まっていたのである。
正直、ジュリオにその不満をぶつけるべきなのだが、彼は教皇の側近中の側近といえる地位である。
なので立場的に弱そうな水精霊騎士隊に鬱憤をぶつける事にしたという訳である。
要するに弱いもの虐めである。

俺はその不毛な争いをパンを食べながら見学していた。
雰囲気が最悪といってもこの場でドンパチは禁止されてるし、聖堂騎士も俺たちに対して危害を加えたらタダではすまないと思うのだが。
挑発や煽りに対しては無視に限る。
まあ、他の団員たちにはそれが出来なかったようであるが。
普段冷静なレイナールですら怒りに顔を紅潮させているのだ。他の団員達が怒るのも無理ないか。

「だから修道女の下着は黒と相場が決まっているって言ってるだろう!!?」

「愚か者!修道女は汚れなき存在!純白に決まっているじゃないか!」

「その汚れを包み込んでしまうという意味で黒とは考えられないのかよ!」

「汚れを内包していない存在が修道女だ!」

などと、かれこれ一時間近くも激論が繰り広げられている。
黒派の水精霊騎士隊勢と、白派の聖堂騎士団勢が真剣な喋り場を開いています。
黒派筆頭、マリコルヌは目を血走らせて黒のロマンを熱弁している。
幼女が黒の下着を着ているだけでアダルティに見えるとかお前な・・・。
一方、白派筆頭のカルロとかいう男は女性の処女性の崇高さを唱えていた。
男はどの時代何処でも馬鹿であるが、どの世界でも同じのようである。

「女性との接触に穢れを感じる筈なんだけど、そのせいで余計に夢を持っているようだね」

俺と一緒に遠巻きで馬鹿な争いを見ていたギーシュは悲しそうに呟く。

「達也。何故、人は分かり合えないのだろうか?」

「まあ、世の中には様々な人がいるしな。人が分かり合うためにはそれを認識して様々な所で妥協や折り合いをつける柔軟さが必要だね」

「何か普通に答えたね、君」

「そもそも下着うんぬんであのような争いをする必要はないんだよ」

俺はパンを食べ終えて、争いの場に向かい、息を大きく吸った。

「諸君!聞け!」

俺の大声に両陣営は振り向いた。

「修道女の下着論議などもはや不要である。そのような事の為に我々が争うのは愚の骨頂!」

「何だと!タツヤ、お前は僕たちのロマンを否定すると言うのか!?」

「貴様はそれでも男か!?」

「落ち着くのだ諸君。俺とて諸君のロマンについては理解しているつもりだ。修道女のあの長いスカートの中身は健全な男子の永遠のテーマである事は同意である。しかしだ!下着の色などという固定概念に囚われては貴様らに明日はないと宣言しよう!」

「何!?どういうことだタツヤ!?」

「下着の色など初めからなかったのだよ」

「タツヤ!貴様は聖堂騎士の意見に同調すると言うのか!?見損なったぞ!」

「ふん。そちらにも少しは話の分かる者がいたという訳だな」

「落ち着け水精霊騎士隊の同士たちよ!考えてみろ。白も立派な色だ」

「何!?」

「そう言えばそうだな。ではどういうことだ?」

「俺は此処に新たな仮説を唱える。修道女は悪も受け入れ、尚且つその穢れを失わない・・・ならばそもそも下着などは要らない!そう!修道女は履いていないのだ!」

「「「「「な、なんだってーーーーーー!???」」」」」

一同は驚愕に包まれる。
その光景を想像したのか、鼻血を垂らすものまでいた。

「しかし!しかしだ!修道女の肝心の理想郷は俺たちには見る事が出来ない!何故だ!結構きわどい所まで見えるのに!」

「そ、そうだ!だから僕たちはこうして議論を・・・」

「諸君、世の中には見せるための下着もあるほどだ。下着を履いていたら下着の一部が見えるはずではないか?」

一同はハッとした様子だった。

「理解したようだな。そう!そもそも履いていないから下着など見えるはずも無いのだ!これは修道女、並びにあの修道服を製作した輩の巧妙な罠である!」

「そ、そうだったのか!?」

「し、しかしだ!それでは修道女はまるで痴女ではないか!お前は彼女達を愚弄するというのか?」

「考えてみたまえ、聖堂騎士の諸君。彼女達は神や始祖に操を立てている。つまりはすでに神と始祖に純潔を奪われているのだ!」

「「「なん・・・だと・・・」」」

「その発想は無かった!」

「嗚呼、何てことであろうか。あの身はすでに神と始祖の者と言ったばかりに彼女達は神に祝福という名の陵辱を知らぬ間に受けているのだ!そこに処女性はあるのか?否!あるものか!!彼女達は神と始祖に股を開いた痴女である!そんな痴女宣言を行なった者たちに下着などという崇高なものはもはやいらん!!」

「つまり修道女の皆さんは神及び始祖ブリミルの女であり、その証として処女性を偽り、履いていないという訳か」

「その通りだ。だが、覚えておきたまえ。これはあくまで仮説に過ぎない。しかし諸君、考えても見ろ。確かに神や始祖は偉大かもしれぬ。しかしだからと言って不特定多数、しかも万単位以上の女性と関係を持つことが許されるのか?聖職者としてではなく、男として諸君に問いかけ、俺の仮説発表は終わりとしたい。ご静聴感謝する」

俺はそう言って一礼し、その場に座る。
一同から大きな拍手を貰う。
聖職者としてではなく男として嘆き悲しむ者達の心が一つになった瞬間だった。
だが、しかしこのような感動的な光景に賛同しない者が現れた。

「阿呆かアンタは!?」

ルイズである。何しに来たんだお前は。

「アンタを探していたのよ!全く・・・見つかったと思えば馬鹿な演説してるし。何が神に股を開いたよ!?何が履いていないよ!?」

「お前は一時期履いていなかったろう」

「ぎゃあああああああ!?それを言うな!?」

「何やってるんだよ君たちは・・・・」

ギーシュが呆れて呟く。
ルイズは涙目で俺の腕をがっしりと掴んだ。

「と、とにかく話したい事があるの。ここじゃなんだから部屋に行くわよ」

「はあ?」

妙に強引なルイズに引きずられるように俺は連行されていく。
一体なんだというのだ?

なお、俺が連行されていった直後、今度は修道女の理想郷に茂みはあるのか否かという議論が開始された事は後でギーシュに聞いた。


自分達の部屋に帰ってきたはいいが、さっきからルイズは黙り込んだままである。
さて、用件は何なのであろうか。真琴を譲れと言えば断る。
長い沈黙の後、やっとルイズが口を開いた。

「アンタが元の世界に戻る方法が・・・見つかったわ」

「へ?」

思わず間抜けな声を出してしまったが、それ程衝撃的な告白だった。
待望の知らせに俺は小躍りしそうな精神状態である。
だが、ルイズの表情は冴えない。

「見つかったんだけど・・・肝心のその方法を使える人が・・・アンタを帰すのに難色を示してる」

「誰だよそれ」

「教皇聖下よ」

「あの人が俺を元の世界に戻す方法を?」

「ええ。虚無の魔法で『世界扉』っていうんだけど・・・それはアンタの世界と私たちの世界に穴を開けてつなげる魔法なの」

「虚無魔法か・・・」

虚無魔法はその効果は凄いが体力消費も凄い。
ゆえに非常に疲れるため、ルイズとかはあまり使わないように心掛けているのだ。
別の世界同士を繋げるほどの虚無魔法が消費する体力も相当なものだろう。
本心としては聖地などに行かずその世界扉で帰りたいのだが・・・。
今すぐ帰るわけに行かない。真琴より先に帰れるか!?
ルイズめ、邪魔者の俺をさっさと帰して真琴を我が物にしようとするつもりだろうがそうはいかん。

「私としてはアンタやマコトを帰してやりたいわ。でも世界はそれを良しとしていない。個人の願いと世界の願い、どちらを取ればいいと言うの?」

「世界が俺たちを帰すのを良しとしてないと?過大評価も程があるぜ」

「私も全く持って同感だけど、事実なのよ。アンタをそのままにすれば救える命もあるらしいって聖下や姫様は思っているみたいだけど・・・」

「実際そんな考え俺には知ったこっちゃないよな。だがな、ルイズ。俺はまだ帰れん。真琴を先に帰す或いは一緒に帰るまでは俺はこの世界にいなきゃならない」

「あんたが先に帰っても、ちゃんとマコトも帰すけど」

「お前は今までの自分の言動をもう一度思い返して発言すべき」

「人を犯罪者扱いするな!?」

だって真琴を一人残すにはこの世界は危険すぎる。
シエスタや孤児院の皆がいるからいいかも知れないが、この幼女愛好者が黙ってはいられないと思います。
そんな事はさせません。

「ま、とりあえずガリアの王様だっけ?あれを何とかすれば一旦落ち着くんだろう?その時に帰ればいいさね。エルフと事を構える気は俺はさらさらないしな」

ガリアについてはすでにスルー出来ない状況みたいだから。
実際命を狙われているようだし、真琴を残して帰れば真琴に目をつけられるかもしれない。
それだけは避けたいんだよ。俺としては。

「アンタが戦う事はないのよ?」

「俺だけが戦う訳じゃねぇだろうよ」

前と違ってたった一人で多数を相手取る訳ではない。
頼りがいがあるのかと言われれば疑問符がつくが仲間がいる。
一人ではできない事でも数がいれば何とかなるのかもしれない。一人よりかはかなりマシだ。
よく皆を巻き込みたくないとか格好いい主人公様が言うが、俺はそんなに強い訳でもないし。
何のために一緒に訓練してきたと思っているんだろうか。共に戦う為だろう。
俺一人苦労するのは嫌なので皆さんも苦労してください。

「ルイズ。俺たちだけが戦う訳じゃねぇんだ。皆で戦って皆で勝とう」

ルイズはハッとした様な表情になる。
教皇が虚無が神の力やらとかいうから錯覚していたが、戦争は自分達だけが頑張っただけで勝てるわけじゃないのだ。
達也が七万を壊滅状態に追い込んだのもそれまでの連合軍の戦いの積み重ねや運が重なり合ってやれたことだ。
たった一人の英雄のお陰で勝てるほど戦争は甘くない。

「そうね。やるからにはガリアの奴らをギャフンと言わせましょう!」

「ああ。本当は何もないほうがいいけど、そうもいかないみたいだからな」

降りかかる火の粉は払う。
ガリアのお偉いさんが心変わりして戦争しないっていうならいいが、現実はそう上手く行かないだろうよ。
戦争のドサクサで俺も狙われるだろうし、ならば受けてたつことも必要なんじゃないのか。
戦争は嫌だが、嫌だから戦いを放棄するのは違うんじゃないのか?違う気がする。

「俺たちは出来ることをやろう。人間にできる事なんて精々そんなことくらいさ」

俺は自分に言い聞かせるように言った。




悲しみを知りたい。涙を流したい。
ただそれだけの理由で自分を愛していると言った女を刺し殺してみた。
手塩にかけて育てた薔薇園も燃やしてみた。
だが、泣けなかった。心も何も感じなかった。
如何すれば俺は泣けるのであろうか。
心が震えるであろう事は粗方やってみた。だが泣けない。

狂王と呼ばれる男、ジョゼフは退屈そうな表情を浮かべ、自身の心を動かしそうな事を考えていた。
そんな彼の前にミョズニトニルンが報告に来た。

「ヨルムンガルドが十体、完成したとの報告がありました」

「そうか」

「それともう一つ。担い手が三人、ロマリアに集結しております」

「ほう・・・。それは豪華な事だ。よろしい。ヨルムンガルドを武装させて軍団の指揮を執れ」

「御意」

姿を消すミョズニトニルンを見るとジョゼフは伝声用の鉄管を取りあげた。
風魔法が付与された、声を遠くに伝える為の魔道具である。
携帯電話というより内線電話のような代物である。

「両軍艦隊司令に繋げ」

ジョゼフは世間話でもするかのような軽さで言った。

「両用艦隊、軍港サン・マロンにおいて軍団を搭載しろ。目標はロマリア連合皇国。宣戦布告?いらんよそんなもの。全てを潰せ。全てだ。同盟?ああ、それはどうでもいい。貴様らは以後、反乱軍を名乗れ。意味が分からん?気にするな。これは高度な政治的判断なのだからな。陰謀という奴だよはっはっはっは。上手くいけばロマリアはお前らにやるから。ああ、そうだ。本気だとも。そうだ。いいな」

そう言ってジョゼフは管をテーブルに置いて、またも退屈そうに玉座に腰掛けた。
ロマリアとの戦争をする気かと話し相手の提督は言ったが、今からするのは戦争ではなく虐殺なのだ。
そう、俺は俺にこのような力を与えた神ごとロマリアを虐殺するのだ。
神を、兄弟を、民をどれだけ殺せば俺は泣けるのだろうか?
世界を潰せば俺は泣けるだろうか?その罪に俺は泣けるだろうか?
嗚呼、俺は人だ。人だからこそ人として涙を流したいのだ。
なのに口からは笑い声しか出てくれない。愉快でもないのにだ。
嗚呼、泣いてみたい。涙を流してみたい。
嗚呼、世界は退屈だよ。シャルル。
何か面白い事はないだろうか。





ジョゼフがそう思っていた時、世界のどこかでクシャミをする人間とダークエルフがいたのは言うまでもない。



(続く)



[18858] 第112話 つまりはお前が一番危険なんだよ。
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/09 13:55
教皇の即位三周年記念式典は、都市ロマリアから北北東に三百リーグほど離れた、ガリアとの国境付近の街アクアレイアで行なわれる。
その期間は二週間。よくもまあ長いお祭りが好きな者達である。民族性とでも言うのか?
そのアクアレイアへ向けての出発の準備に、ロマリア大聖堂は大わらわであった。
水精霊騎士隊の面々はアンリエッタと共に御召艦に乗艦することになっていた。

「遠足の準備は出発前日までに終わらせておくべきだ。そう思うだろう?」

「一応護衛任務なんだが、準備を早く終わらせるべきなのは同感だね」

俺達は御召艦に既に乗艦している。
ギーシュやタバサなどがアクアレイアまでの旅のしおりを製作し、準備するものを書いて俺たちに配っておいたのだ。
完全に遠足気分だが、何もなければ本当にただの遠足である。
ギーシュとレイナールの二人は朝に達也によって用意された弁当を食べながら出発の時を待っていた。
達也は事情があって別の艦に乗ってやってくるらしい。
達也が騎士隊全員分の弁当を用意していた。弁当といってもサンドイッチが3つあるだけだった。
タマゴサンドとチキン南蛮サンドと野菜サンドが全員分用意されていた。同行できないせめてもの詫びのつもりらしい。

「しかし、下手をしたら命を落とすかもしれないんだよなぁ」

レイナールが野菜サンドを食べながら呟く。
そりゃあまあ、護衛任務である以上危険は勿論あるだろう。

「ガリアとの戦争か・・・教皇を襲うというのが間違いならいいんだけどね」

「間違いか・・・」

火の無いところには煙は立たない。
実際ガリアの手の者に襲われた経験があるギーシュはおそらくガリアは今回の式典で教皇を襲うに違いないと考えていた。
あのような高性能な巨大人形を擁するのだ。あれが幾つもあると考えて良いだろう。
一体だけでも化け物なのにあれがそれこそ編隊を組んで現れたら・・・!
考えるだけでも恐ろしいがその可能性は十分にある。
そのガリアの刺客をおちょくりまくりの存在が我が水精霊騎士隊副隊長と今しがたアンリエッタとアニエスの二人に連れられてやって来たルイズである。
彼女はティファニアと共にやって来たが、彼女達は白い神官服に身を包んでいた。
彼女達は巫女として式典に参加することになったとアニエスが説明していた。
アンリエッタもアニエスも、ティファニアも誰かを探しているようだ。
ギーシュはルイズの様子からして、ルイズは事情を知っているのかと思った。
ルイズはとんでもないほどにやる気がなさそうな表情をしている。人が見ていなかったら鼻を穿っていそうな顔である。こんな奴を巫女として参加させて良いのか!?

「あら・・・タツヤ殿がいませんわね・・・一体如何なされたのです?ルイズ、貴女何か知っていて?」

「タツヤは別の艦で来るそうです。何でも大荷物があるからとか」

「荷物?」

アンリエッタは達也から何も聞かされていないので彼が持ってくる荷物の事を知らない。
ルイズは達也から荷物の事を簡単に聞いている。説明によれば『デカイ』『重い』『ヤバイ』らしい。
・・・・・・ちっとも分からん!?
ちっとも分からないがとにかく荷物である事は間違いないらしく、達也はそちらの方に行っている。

「まあ、一応同行はするようですし、心配要らないと思いますわ、陛下」

正直ヴィットーリオへの半ば暴言とも言える発言から、達也はこの戦に参加しないと思っていた。
しかし蓋を開けてみればガリアには借りがあるから参加はしてやるという。
ただ、この艦にはいないというだけのことである。
正直異世界の一般人であった達也をこれ以上この世界の戦争に巻き込むのは悪い事だとは理解しているのだが・・・。
しかしそれは達也にとっては今更過ぎる反省ではないのか?


一方、達也は大荷物のTK-Xを搬入できる大きさのフネに乗り込み、コルベールと共に調整を行なっていた。
ハルケギニアでは超技術、達也にとっても最新鋭どころじゃない技術の結晶である10式戦車である。

「ふむ・・・どうやらこの戦車というものは2、3人で乗る事を想定して造られているようだな」

この新戦車はC4Iシステムなるものが搭載されているが、異世界においてこの性能はなんの役に立つのか?
喋る剣コンビですらこの最新鋭の兵器を人間が造ったという事が信じられない様子である。
紫電改の時も思ったが、こりゃ免許が必須だろう。
喋る剣ですらかなり試行錯誤しながら説明してくれる。
それによると、この戦車は40発ほどの砲弾が装填されていて、自動装填装置があり手間が余りかからないという。
指揮・射撃統制装置に関しては走行中も主砲の照準を自動的にセットする自動追尾機能があるという。何それ凄そう。
特にタッチパネル方式で主砲発射可能とか随分ハイテクである。
この戦車はどうやら3人乗りであり、車長、砲手、操縦手の3名で乗り込むようだ。
・・・誰が操縦するんでしょうか?誰が指示をするんでしょうか?
機動性、火力、更に防御力も既存の戦車と比べ高水準。あれ?日本って平和主義じゃなかった?
まあ、戦争を避けるためには仕方がないのだろう。抑止力ですねわかります。
しかし三人乗りかあ・・・イメージとしては一人で無双というのもあったがやはり戦車においても皆で戦うコンセプトはあるようだ。
やっぱり俺は乗らなきゃいけないんだろうね、この戦車。何たって貰ったのは俺だし。
コルベール先生はこれを動かす事は何とか出来る逸材だが・・・

「さて・・・タツヤ君。私はこの戦車向けのがそりんを作る作業に戻るよ」

「あ、はい。有難う御座いました」

「あのひこうきを見たときも驚いたが・・・これはそれ以上だな。私の今の知識では解明する事すら難しい」

コルベールはTK-Xを見つめながら言う。

「これをエルフではなく人間が作ったのか。人間もまだ捨てたものではないという事だな」

「戦争用ですよこれ・・・」

産業か技術などは戦争が起こると飛躍的に進歩するとか言うが、これを製作したのは変態技術国家ジャパンである。
このような技術の結晶が消えてしまい、向こうでは大慌てなのだろうが、こっちも混乱するんだが。
まあ、量産体制に入ってはいるだろうし、この新戦車は価格も良心的と聞いたことがある。
これ一つがなくなったからって国が滅ぶ訳でもあるまい。有難く使わせてもらいたいが俺は戦車の乗り方など知らん。
紫電改の時のように動かし方を喋る剣にレクチャーしてもらうか。
俺は自分で作った弁当を食べながら、戦車の計器を弄り始めた。



目的地のアクイレイアには結構早く到着した。
教皇のご到着ということで民衆は大歓迎ムードだった。
このアクイレイアの街は、石と土砂を使って埋め立てられたいくつもの人工島が組み合わさって完成した水上都市である。
教皇とトリステイン女王が大歓迎されているのを俺は上空から眺めていた。
戦車の動かし方は何となく分かった。後は試運転を重ねるばかりだ。
しかし、まだ普通自動車の運転免許も取得していないのにいきなり飛行機や戦車の運転を先に覚えようとは考えてみれば無謀もいいところである。
運転マニュアルなどあるわけもないので完全に喋る剣のナビだよりである。

「ドリフトしてても同じ方向に砲弾が撃てるとか凄いなぁ」

「敵さんからすれば厄介この上ないな。相棒、それで同乗者は決まったのかい?」

「暇なそうな人がいたのでそいつらに頼んだ」

「・・・・・・あのー、それって赤い髪の女性と青い髪の女の子の事ですよね?」

喋る刀、村雨が確認するかのように尋ねてきた。
正直異世界の超技術を前にして彼女達が理解を示してくれるのかはいささか疑問だが、車長と砲手は必要だしなぁ・・・。
運転は俺がするしかないし。操作方法の説明は喋る剣と刀が出来るし・・・。
キュルケとタバサは初めて超技術の結晶に触れるのだ。混乱もするのではないか。
まあ・・・砲撃はタッチパネルで簡単に出来るけど・・・。

「にしてもよくもまあこんなデカブツを運べる飛行船がロマリアにあったな」

「元々は難民への救援物資を大量に運ぶためのフネだったらしいけどな。積める量より運搬の早さを求めて今は小型化したフネが多いんだとさ。この戦車の重量以上の物資がこのフネには積めるんだけど、速度が遅いらしいんだよな」

速度が遅ければ空賊に襲われる可能性が高い。
折角の救援物資も奪われてしまっては元も子もない。
そこでロマリアはこのような大きなフネで物資を運ぶより少し小さくても機動力があるフネを制作し、量産した。
したがって教皇たちより先に出航したのに、まだ着陸さえ出来ていないのだ。このフネは。

「あー・・・下は賑やかだなぁ・・・」

ようやく降下する時には下にあんなにいた民衆の姿はまばらになっていた。
お前らそんなに教皇と王女が好きか!?


その日の夜。
アクイレイアの聖ルティア聖堂では、会議室の円形のテーブルに、今回の作戦を知る者たちが集められていた。
ルイズとギーシュはこの会議に参加できる権利を有していた為参加していた。
達也の姿はない。彼は名目上は水精霊騎士隊の副隊長なので参加しないと言って会議をギーシュに押し付けていた。
ルイズの隣にはガチガチになったティファニア、険しい表情のアンリエッタ、そしてアニエスがいる。
彼女達の対面上にはロマリア側の関係者達がいる。
今回の計画を聞かされたアクイレイア市長は事の重大さに身を震わせていた。
今回の計画、色んな意味で正気の沙汰ではないのだ。

「聖下・・・ガリアが聖下の御身を狙っているのはまことでありましょうか?」

「まず、間違いありません。あのガリア王はハルケギニアの王になりたいのです。その為には、神と始祖、そしてこのわたくしが邪魔なのですよ」

「だからといって聖下の御身を危険にさらすというのは承知できかねますな」

「市長殿の憂慮は当然です。ですが我々は水をも漏らさぬ陣容で敵を迎え撃つ予定です」

「予定はあくまで予定ですぞ?確定ではないのです。万全を期したはずが思わぬところで崩れ落ちた例は歴史を紐解いても数多くあったではありませんか」

そう、例えば最近の話だ。
アルビオン七万の軍が万全を期してトリステイン・ゲルマニア連合軍を追撃せんとしていたのにガリアの参入、サウスゴータの悪魔と言われる存在の奇襲によって彼らの目論みは崩れてしまったではないか。悪魔についてはその存在が噂になっているだけであまり分かっていないが、ガリアの参入で勝負が決したではないか。
ガリアはハルケギニア最強ともいえる軍事力を持っている。生半可な対策で撃退できる甘い相手ではない。
市長のその言葉に、ジュリオが立ち上がり、黒板に今回の作戦を書き始めた。

「ガリアの恐怖。それは皆さんが知っての通り、まず魔法にあります。その対策として聖堂の周囲をディテクト・マジックを発信する魔道具を用いた結界で囲みます。無論、聖堂には杖を持ち込めませんし、何らかの方法で魔法を使おうとしても、使用したその瞬間に見破られます。勿論それだけではありません。教皇の周りにはエア・シールドを幾重にも張り、その御身を守ります。通常の魔法や銃ではどうにもなりませんね」

「ではガリアが通常の武器ではないものを持ってきたときはどうされるのか?」

そこである。
ルイズとギーシュとティファニアはガリアが通常の兵器じゃないと思われる巨大人形を持っている事を知っている。
あんなものの前ではエア・シールドなど紙に等しい。
そして、そんなものを持っているガリアがこの機を逃すとは思えない。

「その時は国境付近に配置した我が軍四個連隊九千とロマリア皇国艦隊が相手をするまでです」

「国境付近ですと!?」

市長は驚愕の表情を浮かべる。
アンリエッタはこれはロマリアの挑発行為であるという事は理解していた。
この教皇は戦争を起こす気である。断言しよう。この男は戦争を嫌いと謳いながら積極的に戦争を起こそうとしている。
きっとガリアの方から仕掛けさせ、大義名分を得ようというのだろう。
だが国境付近に大軍を配置している事で事実上ロマリアの方がガリアに宣戦布告しているのだ。
そしてガリアは恐らくこの戦に乗るのだろう。虚無の担い手のルイズやティファニアを襲撃した輩がこのような担い手が一同に集まる場を襲わない訳はないからだ。
教皇の理想は知ったことではない。ここに来てしまった以上、自分はもう後には退けないのだろう。
この教皇がルイズやティファニアをこのままあっさり帰すとは思えない。
自分のやっている事にやましさなど微塵も感じていないのだ。どんな手を使ってでもこの二人は手元に置いておこうとするだろう。
彼にとって、ティファニアは扱いやすいかもしれない。自分が彼女を守ってやらないといけない。
ルイズは明らかに胡散臭そうな眼で教皇を見ているし、大丈夫なのではないか?
さて、その教皇が持て余していそうな存在が自分の陣営にいる。
水精霊騎士隊副隊長の達也である。人間の使い魔同士、ジュリオと話している所は何度か目撃するが、極めて友好的とは言えない。
教皇に対しては明らかに否定的な意見を言っていた。そして教皇も彼を四の使い魔の中から外していた。
教皇は達也を一体どう扱うつもりなのだろうか?伝説の四の使い魔ではない達也は戦略的価値に乏しいと判断しているのか?
アンリエッタは目を細め、教皇ヴィットーリオを見た。


ヴィットーリオはアンリエッタの読みどおりルイズとティファニアをあっさり手放す気はなかった。
自分や彼女達の力は聖地奪還のために必要だと彼は確信していた。
破滅の運命を栄光の未来に変えるために・・・簡単に諦める訳にはいかなかった。
始祖ブリミルが残した四の四を集結させる。それは自分の使命でもあるのだ。
だが、ガリアの担い手は自分の説得に耳を貸すような男ではなかった。
更にトリステインの担い手の使い魔は四の四に値する使い魔ではない。
アルビオンの担い手は使い魔すら召喚していない。
使い魔を召喚していないアルビオンの担い手はいい。召喚すればいいのだから。
ガリアの担い手は代わりが現れるだろう。残念だがこの戦で現在のガリアの担い手には退場してもらおう。
そしてトリステインの担い手の使い魔。これも簡単な話だ。今回の戦は勝ってもらわないと困るので頑張ってもらうが、戦後の混乱のうちに人知れず退場してもらいルイズには新しい使い魔を召喚してもらえばいい。使い魔の再召喚は前の使い魔が死なないといけないのだから。
あの場違いな工芸品を贈って信頼は得たはずである。
世界の未来の為に彼らには一足先にヴァルハラに行って貰おうではないか。
それで恒久の平和が訪れるのであれば安いものだ。恨まれると言っても少数に過ぎない。
聖地を奪還する為の小さな犠牲である。このような地位になれば大局的にモノを見なければならないのだ。


そう、確かに彼は世界の事を考えていた。
確かに彼はこの世界の未来を憂いていた。
確かに彼はこの世界の平和を願っていた。
確かに彼は人々の幸せを祈る存在であった。
故に彼は崇拝され、正義は彼にあるかに思える。
実際ハルケギニア人の多くが彼を正義として見ているだろう。


若き教皇は知らない。
ガリアの王はハルケギニアの王の座など望んではいない事を。
若き教皇は知らない。
その使い魔を排除すれば次はトリステインが敵になる事。
若き教皇は知るはずもない。
自分が棺桶に今、片足を突っ込んだ事など。
戦争の代償は自分にも降りかかるという事を彼は軽く見ていた。
神様とやらはどうでもいい所で平等なのだと言う事を彼は理解していなかった。



(続く)



[18858] 第113話 人間には欲がある。しかも際限がない。
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/10 22:19
さて、教皇即位三周年記念式典が始まった。
聖堂の外では教皇の姿を一目見ようと敬虔なブリミル教徒たちが最早暴徒と化している。
水精霊騎士隊はその混乱の真っ只中で交通整理のような仕事を行なっていた。

「はいはーい。押さないでくださーい。聖堂内は関係者以外立ち入り禁止となっていまーす」

「やいコラ!こっちはゲルマニアからわざわざ旅してきたんだ!ちょっとぐらいかまわねぇだろう!」

「はいはーい、そのままゲルマニアまで回れ右してくださーい」

「帰れと言うのか!?」

「この子牛に聖下から祝福をいただくまでは、俺は国に帰れないんだ!」

「はいはーい、こんな人がごった返しているところに子牛なんぞ連れてくるもんじゃありませーん。帰れー」

「はっきりいいやがった!?」

「教皇聖下に一目でいいからお会いさせろ!」

「そんな権限は俺たちにはありませーん。今は大人しく良い子にして待ってなさーい」

「話にならねぇ!?もっと偉い奴連れてきやがれ!」

「御免ねぇ?こっちも仕事だー。堪忍してくれー」

「うるせえ!怪我したくなかったらすっこんでろ!」

人間と言うのは集団であればあるほど気が強くなる傾向がある。
俺たちの前で暴徒と化しているブリミル教徒たちもその例に漏れずに警備をしている俺たちに怒りの矛先を向ける。

「こいつらをやっちまえ!」

ギーシュたちは魔法探知装置があるせいで魔法が使用できないらしい。
それはとても不便だが、俺には全く関係のないことである。
俺に向かって突進してくるブリミル教徒たち。
俺は黙って彼らに向かって前転をするのだった。
その日から聖堂を警護する騎士たちに反抗するものがいなくなったのは言うまでもない。


「顔が痛い・・・」

「腰が痛い・・・腕も痛い・・・」

ぼやく同僚達は俺の前転による効果に巻き込まれたものたちである。俺も頭が痛い。
ブリミルの暴徒達や水精霊騎士隊、そして聖堂騎士達まで巻き込んだ黒い塊は4,5分で消失したが、後に残ったのはぐったりした人間たちだけだった。
奇跡的に死傷者はいないが、平衡感覚が変になったものは続出した。
円滑な祭りの進行には多少の無茶も許容範囲だと思います。

「おい・・・お前ら・・・警備の交代の時間だ・・・」

息も絶え絶えの聖堂騎士達の仕事熱心ぶりに涙が出そうである。

「大丈夫か?すでに死にそうなんだが?」

「こ、これも仕事だ・・・仕事を放り出す訳にもいかん・・・早く交代しろ・・・」

「いいじゃないかタツヤ。休憩しようよ」

マリコルヌは俺の肩を叩きながら言う。
まあ、確かに小便にすら行かずに突っ立ってたしな。
ここは聖堂騎士達のご好意に甘えて休むとするか。

さて、我らが隊長ギーシュは式典の最中にガリアが攻めて来ると踏んでいる。
そこで休憩中の話題は『ガリアって、ドンだけ強いの?』ということだった。
軍の錬度はハルケギニア最強と言われているガリアである。
しかし俺たちは具体的な強さなど知らない。

「ならばタバサが尖兵と考えてみよう」

「彼女が尖兵クラス?ギーシュ、どういうことだ?」

「まあ、女性の身で尖兵とは感心しないが、タバサの実力は皆も知っての通りだろう。ガリアにはあのクラスのメイジが跋扈していると考えてかかれ!」

「いや、流石に死ぬから僕ら!?」

「タバサのような少女がぞろぞろいると言うのか!?何という楽園なんだ!一人ぐらい僕が好きと言う娘はいるだろうか・・・?」

「読書に夢中でお前には眼もくれないだろうよ」

「よーし、タツヤ。君の売った喧嘩、買ってあげようじゃないか」

「あのタバサがよりにもよって異性に興味をもつとでも思っているのか!」

「何だと!?彼女はまさか同性愛推奨者だとでも言うのか!?」

「クソッ!何て時代だ!あの騒ぎのせいで一体何人の乙女が百合の世界に目覚めてしまったんだ!」

「だからと言ってお前らは同姓に興味をもつなよ?真剣なら応援はするが対象が俺及び気の迷いでそんな事をすれば隊員全員から粛清されます」

「袋叩きかよ!?」

「当たり前だ!俺たちはそんな愛を育む為に集まったのではない!」

俺たちがこうやって集まったのはアンリエッタの陰謀じゃないか。
そこを忘れるなよ。ははは。
さて、そういえばルイズ達はどうしてるだろうか?
そろそろ巫女としてのお仕事のお祈りも休憩時間じゃなかったか?

さて一方のルイズ達は聖ルティア聖堂の祭壇での祈りを終えて昼餐に向かおうと立ち上がっていた。
窓の外の観衆に愛想を振りまくと、歓声が沸く。
何か自分やティファニアは聖女扱いされているようだ。
う~む、ちやほやされるのは実にいい気分だが、長くここにいたいという気にはなれない。
そもそも教皇ヴィットーリオという人物は愉快だがどこか胡散臭いのだ。
どうも始祖ブリミルや虚無の力を過信しすぎている気がする。
自分や彼が持つ虚無の系統は教皇曰く「神から選ばれた系統」らしいが、それならもっと乱発しても疲れないものにして欲しかった。

「ガリアはやっぱり私たちを襲うのかな・・・」

ティファニアが不安そうに自分に言う。
前例がある為間違いなくガリアは自分達を狙うだろう。

「・・・大丈夫よテファ。この辺りはロマリアで最も安全な場所の一つだから」

教皇の御身を守らなければならないためか、ヴィットーリオの周りの警備は厳重である。
その教皇の近くにいる自分達の安全もある程度は保障されているだろう。
そもそも戦争が起こってしまえば何処にも安全な場所などないのだが。
今まで戦争とは無縁の世界で過ごしていたティファニアをこのような戦争に巻き込むことは神の意思で片付けられるはずはない。
戦争を起こすつもりなのだ、この教皇は。
それにトリステインや自分達は巻き込まれるという迷惑すぎる話なのだ、これは。
使えるものは全て使ってしまおうとでも考えているのだろうか。

「その使えるものの中には貴方の力じゃないのも混じってるのは分かっているのかしら・・・?」

ルイズの呟きは誰にも聞こえない。
と、その時聖堂の裏口が開いた。

「おっ、まだいたようだな!」

「・・・ギーシュ?何よその格好?」

「見れば分かるだろう。道化師の格好だよ。それより今から昼餐だろう?ちょうど僕たちも暇なんだ。アクイレイア名物のゴンドラにでも乗って、のんびり息抜きしようじゃないか」

「息抜きかぁ・・・気遣いは嬉しいけど、何時襲撃があるかわからないし・・・」

「この街の罠の配置は完璧だった。少数レベルでの襲撃は不可能だと思う。まあ、軍隊でも持ってきたら罠も何もないだろうがね。その場合はすぐ分かると思うし心配する事はないと思うよ」

ギーシュは警備中にさりげなく街中を見て回り襲撃できそうな場所はないか見ていた。
その結果、そんなの何処にもないという事が分かった。

「そうね。ま、息抜きは必要よね。テファ、行きましょう?」

「う、うん・・・」

そろそろ猫かぶりの笑顔を浮かべるだけの作業は疲れて来た所だ。
こっちを勝手に呼んでおいて拘束するのは筋違いだとルイズは思う。
だからこのくらいの自由は貰う。誰が何と言おうと貰う。
いざとなったら責任はギーシュに擦り付ける!

「・・・そういえばギーシュ」

「何だい?」

「その格好に意味はあるの?」

「勿論さ。元の格好で休憩していたら民衆にサボっていると思われるからな。ロマリアの神官達がやりたい放題しているせいで彼らを襲って金品を奪う事件も起きているらしいからな。貴族らしい格好で休むのは危険だと聖堂騎士の人間が言っていた」

「・・・じゃあ私たちも着替えるべきかしら」

「君たちは神聖な巫女様だからね。逆にその格好でいる限り民衆は崇めるだけで手出しは出来ないだろう。まあ・・・手を出すという馬鹿はガリアの手の者だろうし」

「休憩とか言って下手すれば囮じゃないのよ」

「陛下と君たちを守るために僕らは派遣されたんだぜ?ちゃんと守るよ。今はお祭りだから巫女の周りに道化師がいてもおかしくないさ」

ギーシュは任せろと言ってルイズ達を連れてアクイレイア名物のゴンドラへ向かった。


水路に浮かべられたゴンドラの近くには仮装した水精霊騎士隊の面々が待ち構えていた。
全員、あの生真面目そうなレイナールでさえ道化師の格好をしていた。
・・・いや、「全員」じゃなかった。若干一名道化師ではなく別の何かに変装していた。
そいつは何処で調達したのか修道女が着る修道服に身を包んで仁王立ちしていた。
しかも薄く化粧まで施されている。阿呆か。どういう拘りだろうか。

「タ、タツヤ・・・アンタ・・・そんな趣味があっただなんて・・・!」

「人を女装癖があるように言うな。しかしその反応からすればかなりキモい事になっているみたいだな・・・」

「分かってるなら何でそんなに堂々としてんのよ」

「いや、恥じらいを出したら特殊な人たちに萌えられる恐れがあるので開き直って堂々としているんだが」

「そんな妙な方面の心配をしてどうすんのよ!?」

「ええい!気になる!誰か鏡を持ってこい!」

「大丈夫だよタツヤ。かわいいよ?」

「・・・いや、テファ。そんな純粋で可憐な眼で言うな。この状況においてかわいいという言葉は誉め言葉に値しないから」

「美しいとでも言って欲しいと言うのかね君は」

「ギーシュ、お前は頭が沸いているのか?そんな言葉を言われて誰が得をするというのだ」

この状況においては似合わないと言われるか爆笑されるかが正しい反応なのだが、誰も笑ってはくれないし似合わないとも言ってくれない。
酷い世の中である。正しいツッコミをしてくれないと身体を張ってボケる者は放置されて死んでしまう。
より良いツッコミがいてこそよりよい笑いは起きるというのにこの世界はどうなっているんでしょうか?
折角このような格好をしてるのだ。神様とやらに祈って聞いてみるか。
・・・・・・当然何も聞こえる筈がなかった。

その頃、ガリアの背骨と言われる火竜山脈を南北に突き破る街道にある関所ではちょっとした騒ぎが起きていた。
虎街道と呼ばれる街道は整備された頃、昼でも薄暗いので人食い虎の住処となっていた。
虎自体は既に討伐隊によって退治されたが、その次には山賊の住処になってしまった。
その山賊たちを恐れた人々が、山賊をかつての人食い虎になぞらえ、この街道を虎街道と呼ぶようになった。
しかし現在は山賊も出ず、ロマリアとガリアをつなぐ平和な街道の一つとして旅人達に愛される街道になっていた。
しかしそんな街道のガリア側の関所で、旅人や商人達は足止めをくらっていた。

「お役人さん、通れないってどういうことなんです?」

「うむ。教えてやりたいがな、我々も国境を封鎖しろとの命令しか受けておらぬ。追って沙汰があるまですまんが待っていただきたい」

「しかし、困るんですが。明日の晩までにこの荷をロマリアまで運ばないと、私の商売もあがったりなんですが」

「すまんな。だがこの国境封鎖によって出る民間の金銭的損害は全て国が保障するとのことだ」

「私は式典を楽しみにしていたんですがね・・・」

「それは私もだがこのような状況だ。まことに申し訳ない」

「サルディーニャに嫁いだ娘が病気なんですが」

「嫁ぎ先に任せるしかあるまい・・・この封鎖はいつになったら解かれるのか・・・今は共に待とうではないか」

集まった人々は困ったように顔を見合わせる。
その時、馬に乗った騎士が勢い込んで駆け込んできた。

「急報だ!」

「どうなされました?」

「両用艦隊で反乱だ!現在虎街道方面に進撃中!見れば分かる!」

騎士が指し示す方向から小さな点がいくつも現れ、徐々に大きくなって艦隊の形を取り始めた。
確かにあの艦隊は両用艦隊だが、軍艦旗を掲揚していない。それはガリア王政府からの指揮下を離れたという事だ。
艦隊はロマリア方面に向けて進撃している。亡命するつもりなのか?

「お役人さん、あの戦艦が吊っているやつは何ですか?ゴーレムかガーゴイルか分かりませんが」

「あの謎人形、甲冑着てるぞ?あんな巨大な甲冑良く造るよな」

「おいおい、この先はロマリアだぞ?」

役人は上空を通り過ぎていく艦隊を見て、眉を顰めるのであった。



元両用艦隊旗艦『シャルル・オルレアン』号の上甲板。
艦隊司令のクラヴィル卿は基本的に政治に興味がなく宗教にも疎い武人だった。
彼が受けた命令はこれだけである。

『反乱軍を装い、ロマリアを灰にせよ』

単純明快な命令ながらハルケギニアの人々の大多数の心の支えとなっているブリミル教の総本山を灰にせよとは神をも恐れぬ所業である。
この作戦が成功すればロマリアはそっくりそのまま自分にやるとあの王は言った。
世間では無能と言われているがあの王はやると言ったものはそのままやる男だ。
ロマリアほどの規模の土地ならば、王と呼ばれてもおかしくない。
クラヴィル卿の隣に控えるリュジニャン子爵が口を開いた。

「領土を灰にして如何なさるおつもりなのですかな、我が陛下は」

「何、宗教色が強い土地だ。神の土地から人間の土地に変える為の掃除と思えばいいのだよ」

「そこに住む人々まで巻き込んでですかな?」

「・・・思うところがないわけではないさ。国は人がいて成り立つのだからな。だがあの国の神官どもは死ねばヴァルハラに行ける等と言う事を本気で信じているようだからな。ならばその手伝いをしてやろうではないか。そんな場所があるというのならば死ぬのも奴らは怖くなどなかろう」

「ロマリアに住まう一般市民は如何なさいます?」

「さて・・・何処まで灰にするかは俺の裁量だ。ロマリアの命は神官どもだ。少なくとも奴らはそう思っているだろう。彼らだけを廃して俺が人々に対して善政を敷けば俺は後世に残る英雄のような存在になるんじゃないのか?」

「そこまで上手くいけば面白いのですがね。ですがそれには不安要素があります。サン・マロンで乗せたあの女とこの艦に括りつけた巨大な騎士人形。奴らは完全にロマリアを灰にしかねません。あの女の指揮下にあるのですからね、この艦隊は」

「ふむ・・・そうだな。今回の戦は腑に落ちない点はかなりある。それは士官達も同様だろう」

「ええ、風の噂では王都で花壇騎士団による反乱騒ぎが起こったようです」

「ああ、聞いている。だがすぐに鎮圧されたのだろう?全く命令に従いたくない気持ちは分かるがな、立場を考えろと忠告したいな」

「ええ、我々の仕事は上の命令に従う事が基本ですからね」

「そうして出世したんだもんな、俺たちは。まあ、若かったのさ」

「若さは羨ましい時もありますがね」

「子爵、艦隊の士官には全員領地をくれてやると伝えてくれ。俺一人じゃロマリアは治め切れんからな」

「クラヴィル卿。まだ我々は戦ってもいないのですぞ」

「ああ、勝ったらの話だよ。まあ、戦う以上負けるつもりもないがね」

「一応触れは出しておきます。ところでこの陰謀(笑)で何人死ぬのでしょうね」

「陰謀か・・・俺たちがやるべき事はこっちの損害を最小限にして勝つことさ。正直良心は痛むが、俺は今軍人として戦うのだ。神の使いとやらに挑んでやろうではないか」

クラヴィル卿は持っていたコインを弾く。
その時見張り員が震える声で叫んだ。

「左前方!ロマリア艦隊です!」

「ほう、国境付近に艦隊とは・・・随分と用意がいいな」

「神の国ですか・・・向こうも此方と戦いたくて仕方なかったようですな」

リュジニャン子爵は目を細めて言った。
クラヴィル卿は後ろに控えていた副官に向けて言った。

「旗を掲げずに敵を奇襲する事など若い頃には幾度もやっている。今更どうという事はない!全乗組員に伝えよ!敵はすでにやる気だ!神の使いを気取る者達を人の力をもって駆逐せよ!我々はガリアの奇襲隊である!皆、生き残れよ!以上!」


一方、『シャルル・オルレアン』号の砲甲板ではヴィレール少尉が不満そうな様子だった。
彼の回りにいる士官達は、先日訳も分からずに出撃準備を行なわされここまでやって来た。
噂では、ロマリアに戦を仕掛けるとの事だった。その意味が分からない。

「この戦に大義が欠片でもあるのか・・・?」

「分からない・・・何故僕たちがロマリアと戦わなければならないんだ?」

その時、先程までクラヴィルらの後ろに控えていた副官が上甲板から下りて来て、士官達に告げた。

「艦隊司令長官より両用艦隊全乗組員へ。今回の任務は奇襲戦である。そのはずだったのだが敵軍はすでに臨戦態勢で我々を待ち構えていた」

ざわめく士官達。副官はなおも続ける。

「敵はロマリア軍である。ロマリアの現状は神官のみが甘い汁を啜っており、本来の本分を果たしていないと我が王及び司令長官はお考えである。よってロマリア市民の為、我々は元凶となるロマリアの神官及び教皇を畏れながらも粛清する。なお、当作戦に参加した全将兵には特別恩賞が約束される。内容は全士官に爵位を与えることだ。兵には貴族籍を与えるとのこと。そのためには皆は生き残れ!以上!」

「ロマリアは同盟国ではありませんか!?」

「我々は反乱を起こしたと聞きました。それはガリアにたいしてでありますか?」

「違う。我々が叛旗を翻すのは神(笑)だ。さて、諸君らには選択肢が用意されている。内容は簡単だ。この艦を降りガリアの敵になるか、ガリアに残りロマリアと戦うかだ」

恐ろしいのはロマリアの現状についてこの副官は何ら嘘をついていないことである。
確かに人間を大事にする者ならばロマリアの現在の状況は捨て置かない筈だ。
だが、それは単なる詭弁ではないのか?

「つまり・・・我々に信仰心を捨てろとおっしゃるのか?」

「違うな、間違っているぞ少尉。我々が駆逐するのは民衆の困窮に目を貸さない神の使いどもと、彼らが信仰する形を変えた神だ。少尉の信ずる神はそのままだ」

その時、伝令がすっ飛んできた。

「ロマリア艦隊接近中!砲戦準備!」

「・・・詳しい話はお互い生き残ってからだな、少尉」

「・・・く!」

「お前の悔しさも分からんでもないがな、少尉。ならば神様に守ってもらうか?」

「人間を守るのは人間といいたいのでしょう!存じておりますよ!」

そう言ってヴィレールは持ち場へと走っていった。


接近してきたロマリア艦隊は五十隻ほど。どれも新造の艦ばかりである。
数では勝るガリア艦隊だが、油断は禁物だ。
ロマリア艦隊の全艦はすでに砲撃体形を取っている。
そのロマリア艦隊は信号を送って寄越してきた。

「接近中の国籍不明の艦隊に告ぐ。これより先はロマリア艦隊なり。繰り返す・・・」

「我々はガリア義勇艦隊なり。悪政を敷く王政府に耐えかね、正当な王を据えるべく立ち上がった義勇軍である。ついてはロマリアの協力を仰ぎたい。亡命許可をくださいな」

クラヴィル卿は笑いを堪えながら思った。
我ながら下手糞ないい訳である。子爵に任せたほうが良かったか。

「本国政府に問い合わせるゆえ、しばし待たれたし」

と返しながらもロマリア艦隊は更に距離をつめて来た。
おいおい、まだ問い合わせの返答には早すぎだろう。それ以上近づいたらあの女がどう動くか分からんではないか。
不用意に近づくという事は敵対行動と取られても構わんという事だ。

「迂闊にも程がありますな」

「いや・・・あの動き・・・こちらと一戦構えてもいいという動きだ」

「・・・我々は誘われたような状態というわけですかな?」

「誘われるなら美女がいいものだな」

「全くですな」

「司令長官」

いつの間にか自分達の後ろにいたのか。
陛下直属の女官という触れ込みの女、シェフィールドが立っていた。

「我々を降下させよ」

「ここは国境付近だが、良いのですか?」

「作戦は一刻を争います。ロマリアの艦隊の動きを見るに向こうもやる気のようですわ。このままだとこの艦隊は十ほど沈められても文句は言えませんよ?」

「分かりました。では・・・各艦に下令。積荷を投下すべし」

こうしてロマリアの地にヨルムンガルドが投下されていくのだった。
ロマリアを屠るべく投下された積荷の肩にシェフィールドは飛び乗り、凄惨な笑みを浮かべる。
そう、この時より虐殺が開始されるのだ。
全ては愛するジョゼフの為・・・愛に生きる女は狂気の作戦に感じる事はただそれだけだった。



愛の為にロマリアへ向かい、愛の為に全てを灰にしようとする女が一人。
全ては愛のため。そう、愛のため。
彼の愛を受けるならば自分はどのような行為もやる。
一途過ぎる愛は狂気にも繋がる。
ヨルムンガルドという力の前に、ロマリアの砲兵部隊は瞬く間に沈黙していく。
炎が兵士達を焼き尽くす。戦争など生温い。これは虐殺だ。
榴弾が兵士達の目の前で爆発する。壊滅していくロマリア軍。足止めにもならないようだ。
ロマリア軍が誇る砲亀兵の砲撃も効かないこの化け物相手になす術はない。
この化け物達が一斉に走り出した瞬間、その場は地獄と化した。
そう、聖なる国と言われるロマリアの地に地獄が出現してしまったのである。
辺りに響く悲鳴を聴きながら、シェフィールドは恍惚の表情を浮かべていた。



やはりこうなった、とアンリエッタは思ったが、今の自分に出来る事は何もないことに歯噛みした。
ガリアが戦を仕掛けてきた。ただその情報が事実としてアンリエッタの頭に染渡っていった。
民は今でも苦しんでいるのに戦で尚も苦しむ事だろう。
ロマリアの民はロマリアに生まれたことを不幸に思うことになるかもしれない。
既に杖は振られた。もう交渉や調停など生温い状況である。
昨日まで同盟国だった二国が血で血を洗う戦いをする。笑い話にもならない。

「聖下とガリアの王・・・わたくしにはどちらも同じに思えますわ」

彼女の呟きは誰にも聞こえなかったのが幸いだった。
なんて馬鹿なことをしているのだ。これが馬鹿なことと言わずに何と言うのか。
アンリエッタの目の前で、若き教皇は宣言していた。

「ガリアの異端どもは、エルフと手を組み、我らの殲滅を企図しています。わたくしは始祖と神の僕としてここに聖戦を宣言します」

そんな言葉がアンリエッタの耳に入る。
今、この男は何と言った?
聖戦。この世で人だけが行なう、果てのない殺し合い。
味方が全滅か敵の全滅で終結する狂気の戦だ。

「聖戦の完遂は、エルフより聖地を奪回する事により為すものとします。全ての神の戦士たちに祝福を」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

あえて言いたいが、そこまで付き合うつもりはないんですよ?私は。
そして断言してあげましょう、聖下。
貴方は、愚か者です。
戦争を起こした私も十分愚かですが、貴方はそれ以上の大馬鹿者です!
何故、何故男の人は戦いになるとこんなに生き生きするのだろうか?
何故ガリアの王はルイズ達を狙うんだ?何故教皇はこうまでして戦争をするんだ?
二人とも馬鹿だ!泣くのは民じゃないのか!?



二人の馬鹿の陰謀(笑)により始まったこの戦は聖戦となった。
戦いに聖なる要素が何処にあるのかは疑問であるが、とにかく聖戦は発布された。
神を打倒しようとする馬鹿と神を信仰しすぎる馬鹿が戦う。
お互いに相容れない存在であろう。争うのは時間の問題だったはずだ。

だがアンリエッタ、忘れるな。
お前の側にも彼らとは違うが前置きのつかない馬鹿がいたはずだ。




「ぶえっくしょい!!」

「きゃあああああ!?巫女服に鼻水がー!?」

「おいおい、大丈夫かいタツヤ?」

「すまん。生理現象を止めるなど、俺には出来なかった。無力なもんだな、人間って」

「クシャミする時は口を押さえなさい!?」

ルイズにむがああああ!と言った感じに詰め寄られた俺は彼女の頭を押さえてギーシュに渡された紙で鼻をかんだ。
ああ、テファさんや、風邪じゃないので慌てなくとも良いんだぜ。



誰かを愛する者がいる。
ある者を愛する者達は彼の言う事は神の声と同義だった。
またある者を愛している者も彼を絶対的な存在として彼の為に全てを灰にしようとしていた。
その者たちの不幸は、想いが一方的であることなのだ。
ある者は神などではないし、ある者は彼女の事など愛してはいなかった。


では、お前はどうなのだ?




―――その想いは誰にも負けることはなく

―――その想った月日も負けはしない。

―――私たちには確かに絆がある。

―――それだけで、それだけで不幸などではないのだ。

―――人間のように欲深くはないんですよ、私はね。






(続く)



[18858] 第114話 そろそろ怒るべきなのかしら?
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/11 11:09
ルイズとティファニアが聖ルティア聖堂の前に集った観衆達の前に姿を現すと、観衆達は歓声をあげた。
ガリアがロマリアに攻めて来たというのはあっという間に市民にまで伝わった。
そのため観衆からはガリアに対する激しい罵倒が飛んでいる。
水精霊騎士隊達はアンリエッタの命令でロマリアにいるガリアの参拝客を探し、見つけ次第保護し守る事を命じられていた。
そうでもしないと彼らに危険が及ぶと考えたのだろう。彼らにとって今回の襲撃は寝耳に水なのだ。

「皆様、ご心配には及びません。神と始祖はこの災厄の日の為に『聖女』を遣わされました。それが彼女・・・わたしの巫女をつとめていたミス・ヴァリエールです」

「聖女様!聖女ルイズ!」

何か妙に野太い歓声があがる。
聖女と呼ばれたルイズの表情は冴えない。
ティファニアはハーフエルフという出自の為、それを考慮して聖女扱いは避けた。
ルイズは彼女を庇う形で聖女扱いされるのを承諾した。

「わたくしは彼女に称号を与え、もって護国の聖人の列に彼女を叙する事を宣言します。この聖女が降臨された土地にちなみ、彼女を名づけましょう。『アクイレイアの聖女』と!」

大歓声があがる。
ルイズは不満であった。
かつての自分なら『聖女』扱いされたら有頂天になって裸踊りもやる勢いでいただろう。
だけどどうしてだろうか。こうやってつけられた異名など何の価値もなさそうだと思った。
私はまだ、何の結果も出していない。
そんな自分を聖女扱いし、戦場に放り出すとか頭がおかしいのではないか?
こういう異名は前もって『誰かから』与えられるものではないだろう。
ルイズの脳裏に先程自分の巫女服に鼻水をぶっ掛けた馬鹿の姿がよぎる。
あの馬鹿は『サウスゴータの悪魔』という異名を持っているとアンリエッタから聞いた。
それは敵兵が彼の起こした結果に対してつけた異名だった。
そういう過程でつけられる異名なら大歓迎だが、こうして与えられるのは何か違う気がした。

「彼女がいる限り、神の国ロマリアは、この水の都アクイレイア永久に不滅です。前線へと赴く彼女に祝福を!神よ、アクイレイアの聖女に恩寵に与えたまえ!」

神様は何もしてくれない。ルイズは最近本気でそう思うこともあった。
特に神様は自分でやるべき事をしない者に対して冷たい。
当たり前だろう。やるべきことをやっている者にも無反応が多いのだから。
ドラゴンかそれに匹敵する使い魔を得ようとした自分に対して神様とやらが与えてくれたのは108回の失敗と一人の大切な馬鹿だった。
決して自分が神の力を持っているからここまで来れた訳じゃない。
神様なんかより、身近にいた人々のほうがずっと自分を助けてくれた。
この国の人々はそのような神様を拠り所としている。それはいいだろう。
だが・・・神様は人助けが仕事じゃないと思うのだが。
祈って敵が殲滅できるのか?出来ないだろう?
天災を期待するのか?馬鹿じゃないのかそれこそ。
そして自分が死ねばこの国は滅ぶのか?この土地は消えるのか?何故そんな面倒な荷物を私に背負わせるのか。
しかし聖戦は始まってしまった。全く・・・この鬱憤はどうするべきかしら?


「で、聖女扱いされてしまった君を僕らが守りながら前線に行けと」

ギーシュが呆れながら呟いた。
ルイズは申し訳なさそうに頭を下げた。

「聖戦とか今の時代で発動されるとは思わなかったよ」

レイナールも怒りを抑えるような声で言っている。
聖戦はどちらかが滅びるまでやる戦争だ。そんな被害が互いに大きそうな博打、誰もやりたくない。
しかし今時それで喜ぶ困ったちゃんがいる。それがロマリアの神官と聖堂騎士である。
神官はどうでもいいのだが、聖堂騎士の中にはいい奴もいたのだ。そんな奴まで喜び勇んでいる。

「今の時代で聖戦を発動した聖下のご決断に君たちは何も思わないのかい?」

聖堂騎士を率いてルイズを護衛するカルロがやる気のなさげなギーシュ達を軽蔑するように言う。

「そうは言うがね、モノには限度があるだろう。元々他国の貴族であるルイズを担いで聖女扱いした挙句に前線に送り込むとか考えられないよ」

「そもそも僕たちが全滅したら意味がないだろう?相手はエルフだよ?」

「聖戦で死ねばその魂はヴァルハラに送られる。これ以上の名誉はないはずだが?」

「僕にとってのヴァルハラは天上ではないということさ」

ギーシュは天を指差した後、不敵に笑う。

「僕は愛するものの為に天上にいく訳にはいかない。彼女の為に僕は生きる。泥を啜ってもね。それが僕の最高の名誉さ」

「僕にとっての最も名誉な死に方は勿論腹上・・・」

「はいはーい、ちょっと黙ろうなマリコルヌ」

「ギ、ギムリ!?何をするんだ!僕は場を和ませようとしているんだよ!?」

「せんでいいわ!?そんな気遣い!」

背後で暴れるマリコルヌを無視してレイナールは言う。

「君たちは死んでもいいと考えている。でも僕たちは違う。聖戦といえば聞こえはいいが僕たちはこの戦で死ぬつもりは全くないのさ。馬鹿らしいじゃないか。他国の戦争なんだぜ?この戦争は僕たちにとって。同盟国だから?だったら何故前線に行く必要があるんだい?ルイズが何故聖女になる必要があるんだい?何故ティファニアのような娘が戦争をしなければならないんだい?全ては神のお導きとでも言うのかい?なら何故その神の声を聞いたはずの聖下はアクイレイアに残るんだい?先頭に立つべきはあの方だろう?」

「貴様、不敬が過ぎるぞ!聖下がご健在ならば、ハルケギニアは何度も蘇る!その為の策なのだ!」

「策?僕には自分だけ安全な場所にいるとしか思えないよ。いいかい?聖戦なんて発動した以上、発動したものにはそれなりの責任が発生するんだ。歴史を紐解いてみろ。聖戦を発動した者達は全て最前線で戦った!それは彼らには聖戦を発動したという責任があったからだ!その先人達は自分が顕在ならどうにかなると考えてるわけがないじゃないか!皆、後世に後を託して死んでいった!そう、死んでいったんだ!それが愚かな事だと僕たちは学習している筈なのに何で今になって聖戦を喜ぶんだよお前たちは!聖下が顕在ならハルケギニアは蘇る?馬鹿を言うな!国が人を基盤にしているという事はお前たちの国以外なら殆ど知っているぞ!?その人を犠牲にしてハルケギニアが蘇る?しかも何度も?現実を見ろよ!そんな都合のいいことが幾度も起こるわけがないじゃないか!神は特定の誰かにだけ都合のいい奇跡を起こしはしない!」

「カルロ、聖戦は決して人が死ぬ事への免罪にはならないと思う。こうなった以上僕たちも参加せねばならないと理解はするよ。僕たちが仕える方はその戦で数え切れないほどの業を背負った。完全な勝利を得たにも拘らずだ。聖戦というのだから今回はそれ以上の業が発生すると僕は思う。それを背負う覚悟は君たちにあるのか?あえて言えば僕たちにはないよ。そんなもの」

レイナールが感情的に、マリコルヌが冷静に言う。
彼らの言葉をカルロは黙って聞いている。腹は立つだろうに良く耐えている。

「そこまで考えていて、ならばお前たちは何故逃げずにこの場にいるんだ?」

カルロは搾り出すように神官ではなく人間としての疑問を水精霊騎士隊達に尋ねた。
ギーシュは何を言っているんだという顔で言った。

「ガリアには元々喧嘩を売られていたのでね。腹に据えかねていたのさ」

「隊長の意向には従うしかないだろう?」

「ハルケギニアの為とか大きすぎて僕たちには訳わかんないよ、カルロ。だったら範囲を小さくすればいい。ロマリアが襲われているんだろう?だったらその為に戦おうよ。僕たちは売られた喧嘩を買う為に戦う」

「そういう事よ、カルロ。私たちはトリステイン王国の女王陛下直属の水精霊騎士隊と女官。祖国の名誉と己の意地を脅かす輩とは誰とだって戦うわ。それがトリステインなのよ。文化の違いを堪能した所で一つ疑問があるんだけど?」

「なんだい聖女様?」

「私の使い魔は何処かしら?」

「後で来るって」

「あの野郎!こういう時に限っていないとは!私を守るつもりはないのかしら!?」

「・・・あるって即答できるのかい?」

「・・・ゴメン、出来ないわ」

何という信頼性の低さであろうか。
本当にこいつら大丈夫か?という聖堂騎士達の表情は不安でいっぱいだった。
神には極力頼らず、己の持てる力を駆使して戦う。
当たり前の事だが、当たり前に出来る者は少ない。
人は神になどなれない。だから工夫を凝らして持てる力を駆使して頑張るしかできないのだ。
戦争に善悪などない。人殺しが悪ならば戦場に立つ自分達はみんな悪なのだろう。
それを認めたくないから大義や正義を振りかざすのだ。
ただ、その二つの言葉が戦争を引き起こす言葉になってしまったのが悲しいが。

「さあ、皆・・・見えてきたぞ」

ギーシュが前方を見つめながら震える声で呟く。
気持ちは分かる。自分もあれを見た瞬間から震えが止まらない。
立ち上る黒煙。肉が焼けるような臭い。どれもロマリア側からのものだ。
状況は思った以上に悪いかもしれない。
そう思った矢先に、一人の騎士がルイズたちの前に現れた。
彼は酷い手傷を負っていた。特に右腕は完全に欠落しており出血は酷いものだった。左目も失っているようだ。
誰がどう見ても助からない。だが、彼はここまでやって来た。

「指揮官は・・・指揮官の方は・・・?」

「私です」

「おお・・・貴女はもしや連絡のあった巫女様・・・なんともお美しい・・・」

ギーシュやカルロに支えられながら騎士は戦況を報告する。
途中途中で血を吐きながら鬼気迫る表情で彼は伝えるべき事を伝える。

「敵勢は全長二十五メイルほどの甲冑人形どもです・・・先行部隊は全滅、様子を窺う為に出した斥候部隊もどうやら全滅するようです・・・」

その時、虎街道の入り口方面から爆発音が続けざまに聞こえてきた。
その轟音を騎士は悲しそうな様子で聞いていた・・・が、彼の終わりも近いようだ。

「お気をつけ下さい・・・この先は神の目も届かぬ地獄で御座います・・・」

一同は息を呑む。
それほどまでに絶望が広がっているのかと恐怖を感じるものもいた。
神の目が届かぬ地獄。そんな光景を今から見なければいけないのか?

「・・・はい。貴女のご忠告、有難く受け取らせていただきます」

だが、ルイズのその言葉も騎士にはもう聞こえていなかった。
彼は薄れゆく意識の中、残った左手を宙に彷徨わせている。

「マリー・・・父は何時までも・・・お前を・・・見守っているよ・・・ヘレン・・・マリーを頼む・・・私はもう・・・お前たちを・・・抱きしめること・・・は・・・」

それを最後に騎士の身体から力が抜け落ちた。
この騎士にも彼なりの人生があり家庭があったのだ。
これで最低二人の人生が奈落に突き落とされた事になる。
ロマリアの騎士である彼は最後に神の姿ではなく家族の姿を見たのだ。

爆発音が再び遠くから響いた。




TK-Xの調整も終わったのであとはいよいよ乗り込むだけである。
厳正な会議の結果、運転手はコルベールが行なう事になった。
勿論運転ナビは喋る剣の役割である。
砲撃手はタバサである。
何でもガリアには自分が手を下さないといけないという想いがあるようだ。
キュルケが彼女のサポートとして乗り込んでいる。タバサのいるスペースは大丈夫か?
で、俺は指示を出す係であると。一応こちら側の判断で砲撃も出来るようにしておいた。
3人乗りの戦車に4人乗っている。定員オーバーだろうよ!?
そう思いながら俺がTK-Xに乗り込もうとすると、俺に声を掛けてきたものがいた。ジュリオである。
彼は笑みを浮かべて俺を見ている。

「何だよ。出発の挨拶かよ」

「そんなものだよ。あと聞きたい事があってね。ルイズから聖下の力のことは聞いたかい?」

「まあ、大まかにはな」

「そうかい。ならば聞こう。それを知った上で何故君は戦うんだい?帰れるんだよ?」

「確かにそりゃあ魅力的だな。俺としてもさっさと帰りたいしな。でもそういう訳にもいかないんだよな」

「ほう?この世界に未練でも出来たかい?」

「未練か・・・確かにこの世界は嫌なところもあるけど好きさ。だけど・・・帰りたいのは変わらんさ」

俺が先に帰る訳にはいかない。
この世界には真琴もいるのだ。

「例えば俺が帰ると言ったとしてお前らは素直に帰したのか?」

俺が聞くとジュリオの目が細められる。

「それはないね。今だからいうけど、その瞬間、君が帰る場所は家ではなくヴァルハラとかいう場所になっていた。異世界などに行ってもルーンは消えない。そんな事をしても僕らが損をするだけだ。使い魔と主の絆が消えない限り新たな使い魔は召喚できない。僕たちの求めているのは四の使い魔。だから・・・」

ジュリオは俺に対して拳銃を向けた。

「そのような存在ではない君は生きていても邪魔なだけなんだよ」

「その四の使い魔を得る事が出来ればお前らは救われると言うのか?」

「その可能性は高いね」

「どの道お前らは俺を亡き者にするつもりって事かよ」

「君は不幸だったのさ。ルイズという虚無の担い手に召喚されて、四の使い魔ではなかった事がね。その時点でいずれはこうなる運命だったのさ」

「不幸に運命ねぇ・・・簡単に言ってくれんじゃねえか」

「そうでもないさ。僕たちは必死なんだよ。その為にはなんだってやってやる覚悟さ。聖地を奪回して世界を救うためなら、誰かの恨みも請け負ってやる」

「大層な夢だな。そんな夢みたいな事で俺を殺害しようとしてんの?すっげー迷惑なんだよなそういうの」

「そんな夢の為に僕たちは必死なのさ」

無造作に、本当に無造作にジュリオは引き金を引く。
1発の銃声が鳴り響き、何事かとTK-Xからコルベール達が顔を出した。
倒れ伏す達也を見て銃をしまうジュリオ。
だが、彼と親しいはずのキュルケたちは何も叫ばずに呆れるような視線でジュリオを見ていた。
ジュリオが何故だと思った瞬間、倒れていた達也が一瞬で掻き消えた。

「何!?」

「銃を人に向けて無造作に撃つようなお前らが」

ジュリオは背後からした声にとっさに振り向く。

「救われてたまるかああ!!!」

顎に強烈な衝撃を受けたジュリオはその場で一瞬意識を失った。
後に残されたのは拳を突き上げた状態の達也と倒れるジュリオだった。
この世界に来て溜まりに溜まったものを不幸や運命で片付けられてたまるか!
不意打ちのような一撃だが、相手は銃を持っているのだから仕方ない。
こんな馬鹿に拳銃は危ない玩具だ。没収しておこう。
ジュリオを気絶させたのは『変わり身の術』と『回り込み』と『居合』によるアッパーのおかげである。
人を殴るのは趣味ではないがこういう奴は殴っておかないと気がすまない。というか銃を向けていた以上お前は殺されてもおかしくないんだぜ?
俺は倒れていながらも俺を睨むジュリオに言った。

「求めているものがないからってお前らは人の命をなんだと思ってやがる。俺が生きていても邪魔だと?だから死んでくれだと?貴様ら神にでもなったつもりかよ」

「四の使い魔や・・・四の担い手が揃わなければ・・・エルフとは戦えない!聖地を奪還できない!世界も滅茶苦茶だ!お前なんかに何が分かるっていうんだ!僕らはこの世界や人々の為に色々動いてやってるんだぞ!」

ジュリオはいきなり泣き始めた。
まるで自分の思い通りにいかず癇癪を起こした子どものようだった。

「誰がそんなの決めたのか知らないけどさ。そうしてお前らがやっている事は与えられた玩具が違うから壊して新しいものを親に買ってもらおうと考えるガキの行動と同じだぜ?お前らに玩具を与えてあげている親・・・神か始祖もそんなガキに何時までも玩具を与える訳ねぇだろう。いつか怒られるぞお前ら」

神様とやらにも堪忍袋ぐらいはあるだろう。どんだけ懐が広いのかは知らないが。
そう、つまりガキなのだ。ガキのような者がロマリアには跋扈している。
人は持ちうるもので頑張らなければいけないのに、こいつ等はそうしようとしない。
当然ながら俺は死ぬ訳には行かない。ブリミルなんか知らんし、神に殉ずるつもりなどない。
ガリアとは戦う。それは決めた。だが同じ敵を持っているからといって味方とは限らないんだ。それが今日よくわかった。

「あとな、俺が生きていても邪魔だけって話だがな」

俺はTK-Xに乗り込みながら言った。

「お前らのような奴の邪魔なら全力でしてやる。だが、俺が死ぬと不幸になる奴に心当たりがあるんでな。だから俺は殺されてやる訳には行かない。特に世界の為にやってあげてるなんて寝言をほざく馬鹿どもにはな。今もっているもので何とかしようとしろよな、バーカ」

そうして俺はTK-Xに乗り込んだ。
タバサが俺に声をかけて来た。

「大丈夫?」

「すごく言ってて恥ずかしかったけど・・・大丈夫さ。それじゃあ怖いけど行こう!ルイズ達が泣き叫びながら逃げてそうだから」

そうしてジュリオが見守る前でTK-Xは動き始めた。
ジュリオは痛む顎を撫でながら呟いた。

「馬鹿って言った方が馬鹿だよ・・・バーカ」

皆、馬鹿ばかりである。
その場に正義などあるはずもなく、どいつもコイツも己の都合ばっかりだった。




―――四の使い魔。

―――それを持っていた始祖は異種族からは『悪魔』と呼ばれている。

―――それが何故なのかは『人間』は深く考えた事はない。

―――この星にとっては始祖は『悪魔』であったのだ。

―――間違えるなよ、『人間』。

―――貴様らはこの星の神などではないのだ。




(続く)



[18858] 第115話 感動の再会・・・あれ?
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/14 14:30
ロマリアとガリアの国境線付近は正に地獄の様相だった。
民衆を苦しめる神官達にもはや慈悲はなしという『大義』を手に入れたガリア軍は抵抗するロマリア勢を蹴散らし焼き尽くしていた。
ロマリア勢も必死だったがヨルムンガルドの猛攻には太刀打ちできず、更に言えばガリア艦隊の後方からの砲撃でもはや壊滅に等しい状況だった。
風石を動力とするヨルムンガルドの動きは素早く、上空に浮かぶロマリアの戦艦をジャンプして叩き落している。
違う世界のような光景をギーシュたちは呆然と見つめていた。
彼らはギーシュの使い魔のモグラが掘った穴に身を潜め、様子を窺っていた。
あの化け物にはルイズの使う魔法が効果があるようだがあんなに数がいてはルイズのほうが先に潰れる。
何せあの化け物はよりにもよって10体以上もいるのだ。
更に言えばその後方には百ぐらいの艦隊が浮かんでいる。
ゴメン。勝てるわけ無いから。自分達がどんなに頑張っても無理だから。
ならば自分達は生き残る事を考えねばならない。

「やはりアルビオンで見たやつと同じもののようだ」

「ギーシュ、あれは強いんだよな?」

「ああ。下手な魔法は効果がない。先住魔法がかかっているようだ」

少年達が息を呑むのが分かる。
圧倒的で絶対的な絶望を目の前にしたのだ。叫ばないだけ誉められたものである。
下手に飛び出す事は死にに行くようなものである。

「さて・・・如何したものかな、ギーシュ」

「何・・・簡単なことさ」

そもそも自分達は囮だ。
囮役は囮がやるべき事をするべきなのだ。
ギーシュは穴から飛び出し、薔薇の造花を掲げた。

「下手な魔法を使わなければいいのさ!」

薔薇の花びらが一斉に舞う。
ギーシュは険しい表情を浮かべていた。
その様子からレイナールはギーシュが大量の魔力を消費し何かをしようとしているのが分かった。
その時、大地が揺れた。


無慈悲に命を刈り取る巨人兵達は無数の艦隊の援護を受けロマリアを破壊せんと進んでいた。
シェフィールドは血と炎にまみれた光景を見てご機嫌だった。
ロマリアの抵抗など赤子の手を捻るも同然。
為すすべなく蹂躙され破壊されていく人間たちの数が多ければ多いほど自分はあの方に誉められる。
あの方に必要とされる為にはもっと、もっと必要だ。もっと破壊しなければ。ロマリアの全てを破壊するのが彼の望みなのだから。
一直線すぎる愛を貫く女の情念は凄まじいものがあった。
愛ゆえに彼女はロマリアの大地を食い荒らす。命を屠る。愛だから仕方ないなという問題であろうか?
だが、そういう愛には障害というものが付き物である。
左右を切り立った崖に囲まれた道はロマリアの都市部に続く道である。
その道の入り口に、そいつは待ち構えていた。
数は三体。だがどいつもコイツも大きい。
此方の巨人と同じく甲冑を着込み、剣も持っている。

「ほう・・・あの時のゴーレムとそっくりだねぇ・・・」

だが、次の瞬間、彼女の余裕は消えうせる。
三十メイルはあるかに思えるその巨体はその姿に似合わずにしなやかに俊敏に動き始めた。
そしてヨルムンガルドの一体に三体同時に斬りかかる。
するとヨルムンガルドの足が、首が、胴体が真っ二つにされてしまった。
違う!?コイツは以前のゴーレム等とは精度も力も違う!?
どういう事だ!?敵にはエルフなどはいない筈だぞ?ヨルムンガルドの防御をこうもあっさり・・・
混乱するシェフィールドの目の前で二体目が戦乙女によって切り裂かれた。


ギーシュは杖を自分のワルキューレ達に向ける騎士隊の皆に内心感謝した。
彼らの覚えているありったけの魔法で自分のワルキューレは強化されていた。
自分の足りない力は皆で補う。それが部隊ってものだ。
それが集団の力ってものだ。個人の力でどうにも出来ないのなら皆に助けてもらえばいい。
うちの副隊長はよくそういう感じで生き延びているじゃないか。
ギーシュの残りの魔力はスッカラカンである。今はレイナールに肩を貸してもらっている。

「一人の力じゃどうにもならないから皆の力で凄いゴーレムを作ろうか・・・やってみるものだね」

「だが・・・これではあの化け物は全滅できない。皆の魔力には限界があるからね」

「隊長、僕らは囮部隊だ。殲滅部隊じゃない。これぐらいで十分なんだよ」

ギーシュ達の目の前で一人、また一人と膝をつく騎士たち。
それと同時にゴーレムの動きも徐々に精彩を欠いていく。

「そろそろか・・・まあ、よくやれたよな。僕たちは」

「ああ、隊長」

「諸君!よくやってくれた!我々の仕事はひとまずこれまでだ!この先は後方に任せよう!撤退!」

水精霊騎士隊はその場から一目散に撤退し始めた。
彼らの背後で戦乙女達が嬲り殺しにされていく。
ドーピングの効果は終わり、地力で劣る戦乙女はヨルムンガルドの餌でしかなかった。


「みーつけた・・・」

シェフィールドは、恋焦がれた女の如く、楽しげで何処か恐ろしい声を漏らした。
やはりあのゴーレムはアルビオンで巨大ゴーレムを生み出した少年だ。
奴がここにいるならばこの先にはきっとあのトリステインの担い手がいる。
そして散々自分をコケにしてきたあのふざけた男がいる。

「幾千、幾万の軍勢だろうと全て滅ぼしてあげるよ」

負けはせぬ。
このような圧倒的な戦力を擁して負けてはあの方に捨てられるのだ。
ヨルムンガルドは力強く駆ける。
盲目的な愛をジョゼフに向けるシェフィールドであったが、彼女の愛はジョゼフに届いてはいない。
使い魔は主との絆の深さによってその強さはぐんぐん上がっていくという。
自分とジョゼフとの間にそのようなものは無い。

「そうさ、あの方は肝心な所で私が失敗するから呆れているんだ。お待ち下さいジョゼフ様。今日こそあの二人をこの世から消し去りましょう!」

シェフィールドは何か勘違いしているが、その二人は恋愛関係でも何でもないのである。
だが、彼女の目からはその二人には絆があるように見えた。
二人にとっては迷惑でしかない嫉妬に彼女は狂っていたのだ。


一方、ギーシュ達はフライなどを駆使して早々にルイズ達と合流していた。
どうだったんだよという表情のルイズと聖堂騎士達にギーシュの代わりにギムリが素晴らしくいい笑顔で答えた。

「無理!」

「「「「ええーーーーーっ!!??」」」」

「すまない。頑張ったんだけどあと十体以上ぐらいいるよ」

息も絶え絶えなギーシュがルイズに告げる。

「あ、そりゃ無理ね」

「納得してどうするんです!?」

「嫌ね、私にだって限界はあるわよ」

何気に後退しながらの会話である。
いや、ルイズ達からすれば後ろに向かって前進しているだけだが。
街道にはロマリアの伏兵が多数配置されているが、おそらく突破されてしまうだろう。
ルイズの虚無魔法を使えば1,2体ぐらいはあの化け物を破壊できるかもしれない。
しかしそれまでだ。すぐ燃料切れになる切り札(笑)では役に立たない。

「大口を叩いて皆の力で二体は倒したんだけどそれが限界さ。いやはや、修行が足りないとはこのことだね。はっはっは」

「最初からあんた等があの化け物を倒すなんて期待はしてなかったから二体でも全然誉めるべきことよ」

「はっきり言い過ぎだがまあ、喜んでおくよ」

「・・・で、僕らは何時まで後ろに向かって進めば良いのかな?隊長殿」

「そうだぞ?このままでは都市部に侵入を許してしまう。そうなれば僕たちが派兵された意味が無くなる!」

崖に囲まれた街道からは砲撃や爆発音のような轟音が鳴り響いている。
崖の街道の出口まで後退すればまたロマリア軍が集結してはいるのだが、あの化け物相手ではどうしようもないんじゃないのか?
人生は時に諦めも肝心である。出来ないものは出来ないと割り切る事も必要でしょう?
しかしこう簡単に諦めるのもどうだろう。

「うーん・・・せめて1体ぐらいは減らしたいわね・・・」

「ちょっと待てルイズ・・・まさか・・・」

「ええ!全員ここであの化け物を短時間迎え撃つわよ!」

「しかしルイズ!敵は大砲持参のうえに艦隊まで引き連れてるんだぞ!?」

「大丈夫大丈夫。不意打ちのつもりで魔法をぶっ放すし、ぶっ放した後は即刻逃げるし」

「およそ聖女に任命された人間の言うことじゃないね」

「聖女って肩書きは誰かに任命されて名乗るものじゃないのよ、坊や」

「君は何を大人ぶってるんだい?恥ずかしい奴だね」

「その色気の欠片も無い胸部でよくもまあ言えたもんだ」

「何でそこまで酷評されなきゃいけないのよ!?私の魅力は脚だと思うんだけど」

「さて、諸君、一旦ここであの化け物を迎え撃つ。聖堂騎士の皆もよろしいか」

「我々は聖女ルイズの意向に従うまでだからな。彼女の意向ならばそうしよう」

「畜生め!私の自己アピールを普通にスルーするな!寂しいじゃないのよ!?」

「君たち緊張感がないねぇ・・・」

レイナールの呟きが空しく響く。

「まあ、どうやらあの敵はかなり強力な攻撃なら効果はあるようだ。手数で攻めるのは駄目だ。無駄に魔力を消費するだけだからな」

「一点集中、一撃必殺戦法しか効果は無いのかい?」

「ああ、生半可な攻撃は効かない」

水精霊騎士隊と聖堂騎士たちがヨルムンガルドへの対策について意見を交換していた。
誰も無駄死にはしたくないのだ。生きる為ならどのような対策もする。
聖堂騎士は祖国を守る為、水精霊騎士達は故郷に生きて帰る為に困難に立ち向かわんとするのだ。
そして、彼ら共通の困難となる存在は姿を現す。

「見えたわ!」

「今だ!」

聖堂騎士達とルイズは同時に杖を振った。
ルイズの爆発魔法と聖堂騎士達の魔法が二体のヨルムンガルドに襲い掛かる。
大きな爆発が起こり、ヨルムンガルドのいた場所は砂煙で見えない。

「やったのか?」

カルロが呟くが、レイナールが険しい表情で言う。

「いや、欲張って二体同時に片付けようとしたから威力が分散されてしまったようだ」

「何!?」

煙の中からはヨルムンガルドが何事も無かったかのように立っていた。
ルイズは少し欲張ってしまった事をかなり後悔した。
冷や汗が滝のように流れる。今のでかなりの魔力を消費してしまったのだ。
足がかすかに震えている。おそらく自分は恐怖を感じている。

「無傷だと・・・!?」

「一点集中と言ったじゃないか、馬鹿が・・・!」

ヨルムンガルドの口と思わしき部分が開き、シェフィールドの声が響いた。

『お久しぶりねぇ、トリステインの虚無。私はこの日を随分待ち望んでいたわ。魔法が効かなくて残念ねぇ。そこのハエたちに二体も損害を受けたときは冷や汗ものだったけど所詮それまで。このヨルムンガルドの装甲は以前より格段に質が向上しているのよ。今まで散々に私やジョゼフさまをコケにした分、その命によって償わせてやるよ』

「はん!勝手な事を言ってくれるじゃないの!あんた等が勝手に私たちを襲ってくるからいけないんじゃないの。馬鹿じゃないの?」

『この状況でも尚、私のみならずジョゼフ様をコケに・・・!!』

「何回も痛い目を見ながら懲りないあんた等は十分に馬鹿よねぇ?そんな馬鹿に私がまともに付き合うわけがないじゃない?」

『何ィ・・・?』

ルイズ達は回れ右をしてそのまま『フライ』の魔法で空中に浮かび上がり、後ろに向かって全速前進し始めた。
早い話が逃げ出した。

『んなっ!?散々言ってそれかい!?アンタにはプライドというものがないのかい!?』

「アンタのようないい年して色ボケになっているおばさんには用は無いの。精々あんたは想像上の男相手に自慰行為に耽ってやりすぎて死ねばいいのよ」

ルイズのあんまりな言い草に流石のシェフィールドも頭に血が上りきった。

『貴様アアアアアアアアア!!!逃げるなアアアアアアア!!!!』

「オーッホッホッホ!逃げなきゃ死ぬじゃなーい?馬鹿じゃないのぉ?」

『うがああああああああああ!!!!!』

「ギーシュ・・・僕は思ったよ」

「マリコルヌ?」

フライで逃亡中のマリコルヌはルイズとシェフィールドの醜い言い争いを見ながらぽつりと言った。

「言葉責めも悪くは無いな・・・と」

「お前はいっぺん勇敢に戦って来い」

レイナールは冷徹にマリコルヌに吐き捨てた。
マリコルヌはそんなレイナールを見てやれやれといった感じに笑って言った。

「だが断る」

レイナールはこの瞬間、人生で最高にイラッとした事はいうまでも無い。

「もうすぐ開けた場所に出る!そこで一旦散開するぞ!」

カルロが聖堂騎士に叫びながら命令を伝える。

「諸君!僕から言える事は唯一つだ!『生きよう』!!」

ギーシュが全員に叫ぶ。一同は大きく頷いた。
そして一同は一挙に散開するのだった。

『ハエどもはどうでもいい!まずはお前からだよ虚無の担い手!!』

シェフィールドは初めからルイズ一人を狙っていた為、ルイズのいる方へヨルムンガルドを移動させようとした。
しかし次の瞬間、酷く鈍い音が響いた。
ルイズ達はその音に驚き、一斉にヨルムンガルドの方を振り向く。
巨大な化け物の頭が消し飛んでいた。
そして続けて何かが化け物の胸部に命中したような音が鳴り響くと、化け物の胸部には穴が開いていた。

「え・・・?」

『何・・・!?』

ルイズとシェフィールドは驚愕の呻きを漏らした。
何せ何処から攻撃されたのか分からないのだ。
更に轟音は鳴り響く。上空の戦艦が何隻か墜落していく。
ロマリア艦隊の砲撃がいくつか命中したのだ。まさかあの艦隊の砲撃か?
いや、そんなはずは無い!ハルケギニアの戦艦でこのヨルムンガルドは貫けないはずだ!
シェフィールドが混乱している間にヨルムンガルドの軍勢は次々と穴だらけになって爆ぜていく。
ロマリアの新兵器?そんな馬鹿な!?
シェフィールドはひとまずヨルムンガルド達を岩陰に隠れさせた。
しかし、その砲弾は岩などものともせず、一体のヨルムンガルドを貫いたのだった。


照準器を見ながら俺はタバサやコルベールにに指示を出していた。

「うーん、先生もっと右に行ってください。はい、そこでいいです。タバサ、いいよ」

俺がそう言うとタバサが主砲を発砲する為のスイッチ(タッチパネル)に触れる。
戦争というより遠距離からの作業である。
俺は照準を合わせる指示をするだけの役割であるが、まあ戦争には参加している。
なんかとてもズルイ兵器を持ってはいるが、まあ元々戦車はこれで使うためのもんだし。

「実際に動かしてみたら物凄い性能だね、これは。1200メイル以上離れた対象にあっさり砲弾が命中するとはな。操縦も結構簡単だし」

「でもなんだか作業的で戦ってる気がしないんだけど?」

「楽してズルして勝ちたい」

「いや・・・まあ、楽なのは同感なんだけど・・・」

キュルケはタッチパネルを押したそうにしているタバサを見ながら溜息をつく。

「虎街道の入り口付近であの化け物を全滅できたらいいよな・・・」

残り弾薬数の問題があるため上空の艦隊まで相手取る訳にはいかない。
弾薬がなくなればこの戦車はただの動く箱なのだ。
敵にやたら離れているのも万一砲口を何かで塞がれないようにするためである。
ヘタレと笑うが良い!あるジャーナリストも言っていたぞ!戦争は臆病なぐらいが丁度いいと!
おまけに撃ってる対象は人間じゃないから良心は全然痛まない!まさにゲーム感覚である。
調子に乗って撃っていたら警戒されたのか、ヨルムンガルド達は岩陰に隠れ始めていた。

「先生、ちょい右です。はいそこですね。はい、タバサいいよ」

タバサがタッチパネルに触れると岩陰に隠れていたヨルムンガルドは岩ごと貫かれた。
そして次々と砲弾はヨルムンガルドに襲い掛かり、哀れなヨルムンガルドはバラバラになった。
いやー的が凄いでかいから作業が楽だ。おまけに敵の射程外だし。
俺たちの視線の先の上空ではロマリア艦隊とガリア艦隊がドンパチを始めている。
それを見たら戦争という気になるが、こっちは殆ど後方で嫌がらせをしているだけだ。

「ここまであの化け物が来たという事はロマリア側の損害は結構なものだろうな」

コルベールは悲しそうに呟く。
神の国にいながら神の奇跡も何も無くただ無情に人生を終えた者達。
彼らは何を思って死んでいったのだろうか?

「タバサ、もう一回いいよ」

「発射」

俺はコルベールの呟きを聞きながらタバサに指示を出す。
ヨルムンガルドの残りが三体となった時、巨人達は撤退を始めた。
辺りから万歳!ロマリア万歳という声が聞こえるが、まだ勝ったわけではない。
俺は三体のうち一体に狙いをさだめてタバサに発射の指示をした。
タッチパネルを4回押すタバサ。弾の無駄遣いはやめてください。

「でかけりゃいいもんじゃないんだぜ、ファンタジーの皆さん」

俺はそう呟きながら、崩れ落ちていくヨルムンガルドを見つめた。
だが、俺はヨルムンガルドばっかり目が行っていて上空の艦隊の様子を見ていなかった。
艦隊からの砲撃が此方に飛んでくる。げェ!?
砲撃による衝撃が俺たちを襲う。
幸い直撃はしなかったものの・・・これは戦争だったよやっぱり。
俺はキュルケを見て言った。

「死ぬかと思った」

「奇遇ね、私もよ」

「でも良かったな、お互い生きてて」

「そうね」

俺たちは半泣きであった。
だがこの中でただ一人、空気が読めない男がいた。

「何という機動性だ!素晴らしい!なあ、タツヤ君。もう一回やって見てもいいかい?」

「「誰がやるか!?」」

「あの艦隊に撃ってもいい?」

タバサはただ一人冷静に呟くのだった。
そしてTK-Xは巨人の後を追うように虎街道の中へ進んでいく。・・・・・・え?


シェフィールドは既に廃墟と貸した宿場街でジョゼフの肖像画を見つめていた。
手駒のヨルムンガルドは既に二体。敵の姿はよく認識できなかったが、その威力は確認できた。
強力な敵に出会ったらまずは引くのだが、それが間に合わずこのような痛手をくらった。
このような失態、ジョゼフ様はお許しにはならないだろう、と思ったその瞬間、彼女は嗚咽を堪え切れなかった。
ヨルムンガルドはまた作ればいい。しかし、私は必要なのだろうか・・・?
その時、シェフィールドは聞きなれない音が近づいてくるのに気付いた。

「あれは・・・!?」

TK-X。
それが何なのかは彼女には分からなかった。
だが、廃墟となった宿場街を見るためなのか、その大きな動く箱から顔を覗かせたのは他ならぬ達也であった。
シェフィールドは歓喜した。これで名誉挽回が出来る!!
すぐさま彼女はヨルムンガルドを立ち上がらせた。
そして彼女は怨恨のこもった声で言った。

「会いたかった・・・会いたかったよ、アンタにはねェ!!!」

「その声はミョなんとか!!」

「全然覚えてないじゃないか!?」

「アンタやアンタの主のせいで私は何時まで経ってもあのお方に誉められない!愛されない!それはもう我慢ができないことなんだよ!」

「もしかしたらお前の主は幼女好きかもしれません。ほら、いやにルイズを狙うから・・・」

「そんなわけがあるかあああああ!!」

シェフィールドは既に冷静さを失っていた。
ヨルムンガルドを一斉に達也に襲い掛からせる。
一体は砲撃によって駆逐されたが、あと一体は攻撃が届く!!
と、思ったらその鉄の箱は急に後方へ動き出した。
そして砲撃を受けたヨルムンガルドの右腕が吹き飛んだ。
だが、それでもヨルムンガルドは飛び上がり、TK-Xの真上へ飛ぼうとした。


しかしその時、地中から何かが飛び出してきた。
その飛び出してきたものにヨルムンガルドは激突し、地面に叩きつけられた。
戦車内のコルベールが叫ぶ。

「何だこれは!?」

「・・・塔?」

「いや、塔じゃないでしょう・・・」

俺は知っていた。
突然現れたコイツを。というか知らない方がおかしい。
呆然とするシェフィールドは憎々しげに言った。

「まさか・・・ロマリアの使い魔かい!?このような醜悪な生物を従えるのは!?」

彼女の目の前には全長60メイルはあろうかという巨大ミミズがうねっていた。
はい、凄くキモいです。吐きそうです。というか、何でロマリアにいるのこいつ。

「このような大きなミミズは見たことがないぞ!?」

僕の領地に行けばほぼ毎日見れますが。

「生理的に無理な感じねこれ・・・」

「・・・・・・」

キュルケは頭を押さえながら巨大ミミズを見上げている。
タバサは何回か俺の領地に来た事はあるのでもはや見慣れている。
ロマリアの使い魔といえばジュリオだが、アイツは竜を従えてなかった?
俺がそう思っていると、ミミズの頭(?)から声が聞こえてきた。

「そのガラクタを従えているのは貴女ですか?あと、私はロマリアの使い魔などではありません」

「何!?女の声!?」

ミミズの頭部には一人の修道女が立っていた。
修道女はシェフィールドを見下すようにしていた。

「私は『根無し』の使い魔です」

巨大な何本もの岩の槍がヨルムンガルドを貫く。
シェフィールドはそれを見ると、舌打ちして後退していた。

「逃げましたか・・・ま、賢明ですね」

修道女は焼け野原状態の宿場街を見渡すと最後に俺を見て、笑顔で言った。

「お久しぶりですね、達也君」

懐かしそうに、愛しそうにそう言う白髪の修道女に俺は答えた。

「誰?」

俺を除くその場にいた全員がズッコケた。



(続く)



[18858] 第116話 続・文化の違いは恐ろしい 
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/18 22:00
突然俺の前に現れた見ず知らずの修道女。
雪のような白髪に赤い眼をしている美女だが、生憎と俺にこのような知り合いはいない。
なので変に相槌を打てばそれは彼女に失礼に当たるのだ。
俺がこの女性を「誰?」と言った背景にはこのような事があったからである。
それなのにこの女は俺の発言が理解出来ないといった様子で眉を顰めている。

「た、達也君・・・それは新手のギャグですか?」

「貴女は俺を知っているかもしれないけど、俺は貴女を知らないんだけど」

「そ、そんな・・・!?酷すぎやしませんか?」

「タツヤ君、本当に会った事がないご婦人なのかね?」

コルベールが心配そうに俺に尋ねるのだが知らんぞ俺は。

「見たことも無いですな」

「あります!絶対あります!貴方は私に忘れないと言ったじゃないですか!」

修道女はえらく必死である。
はて?俺はこの女に出会ったことはあったっけ?
忘れないといったからにはそれなりの仲である筈なのだがこのような女性にそういうことを言った覚えはとんとない。
しかしこの女性は俺が自分を知っているのをさも当然である事を信じ込んでいるようだ。
何とか思い出したいところなのだが・・・うん?そういえばこのご婦人は名を名乗ってはいないではないか。

「いかにも俺が悪いという様な言い草だがな、名乗らないお前も悪いと思うぞ」

「むむッ!?これは私とした事が・・・自分の身体の成長度合いも考えず浮かれきっていたようですね」

「成長度合い?」

「ふっふっふ。達也君、見なさいな。永き時をかけて磨きぬかれたこのスタイル!修道服にジャストフィットですよ!これは物凄くアダルトな魅力に溢れてはいませんか?いえ、答えなくともよろしいです。私には全てお見通しです。長きに渡り私は人間の男子の好みそうなツボとやらを研究して今まで待ち構えていたのです!ええそりゃあもう冷凍睡眠を試してみたり体内時計を止めてみたり人里に行ってちょっと勉強してみたり僕ッ娘という希少的な存在にも出会ったりなかなか大変でしたよ。ですがその苦労も全てはこの日のため!『根無し』のニュングが使い魔、フィオが貴方に妙齢の女性の姿で会いに来ましたよ!達也君!」

「チェンジで」

「うおーい!?それは一体どういうことですか達也君!?チェンジって交換ということですか!?何と交換しろというのですか!?今なら私の好感度なら幾らでも交換してあげますがいかがなさいますか?」

「上手いこといったつもりだろうが意味不明だ。30点」

「落第してしまった!?」

目の前で涙目になって頭を掻き毟る修道女の正体は判明した。
5000年前のハルケギニアで出会ったダークエルフの幼女が成長したらしいが、長生きしたな。
つーか若作りのババアじゃないか。何が妙齢の女性だ厚かましい。
永き時をかけて何を無駄な事をしてやがるんだこの女は。
ああ、お前の事は幼女姿ならば忘れてなかっただろうな。

「老けたな、フィオ」

「よりにもよってその言い草はちょっと酷すぎるでしょう。『綺麗になったね』とか黙って抱きしめるとかそういう再会の演出を期待していたのによりにもよって忘れたとか老けたとか貴方はそれでも血の通った生物ですか!?」

「フィオ、喋らなければ綺麗だな」

「とてつもなく良い笑顔で余計な一言を言ってくれやがりますね貴方は」

自称妙齢の女であるダークエルフは俺を睨みながら言う。
悪いがお前の妄想に付き合うほど俺は暇じゃなかとですたい。
向こうにとっては5000年ぶりの再会だろうが俺にはあまり久しぶりという感覚は無い。
そもそもこの白髪女状態はもはやあの時のフィオとは別人である。
胡散臭げに俺は白髪の修道女を見ていたが、当のそいつはTK-Xから此方の様子を窺っているキュルケとタバサを見て、何故か震えていた。


思わぬ誤算である。
感動的で素晴らしき再会を演出する事で頭がいっぱいだったせいで、今の自分の姿を達也が知らない可能性があることを失念していた。
せめて幼女姿になってから再会するべきだったか・・・。
フィオはおのれの迂闊さを呪った。
5000年越しに会ってもこの男はちっとも変わらない。
それが何となく嬉しいが、少々不満でもある。
言われっぱなしは癪なので何か言い返してやろうと視線を彷徨わせると・・・
フィオは達也の後ろで顔を覗かせている女の子を見つけてしまった。

一人目。
赤い髪で褐色の肌の巨乳の少女。
お、おのれ・・・悔しいが負けている・・・!!?

二人目。
青い髪で見た目幼女な眼鏡っ娘。
なん・・・だと・・・!?つるぺただと・・・!?

フィオは自分の胸部を見た。
ううむ、美乳で宜しいが大きさで言えば中途半端と言えなくも無い。
巨乳につるペたを連れた男・・・。
フィオはもうこの世にいない自分の主の事を思い出した。

「おのれ蛮族め!知らぬ間に巨乳と貧乳どちらも揃えているとは何という鬼畜!これでは私は道化ではありませんか!」

「知らんわ馬鹿者!?」

「うう・・・私のルーンの中の達也君はチェリーボーイなのに現実は女連れとは・・・!私は悲しいです」

フィオは半泣きでキュルケたちを指差して怒ったように言った。

「貴女達は一体達也君の何なのですか!?」

「貴女こそ何よと聞きたいんだけど」

「・・・・・・・」

「キュルケとタバサは結構親しい友達だな」

「ふーんだ!そんな事言って実際は【自主規制】とかフザケた関係に決まってるんです!人間の男女の友情は最終的にそうなるから危険だと近所でももっぱらの噂なんですからね!」

「そんなただれた関係じゃないんですけど!?偏見でモノを言うのは止めなさい!」

タバサの耳をキュルケが塞いでいるのはナイスだが、キュルケはこの馬鹿エルフの暴言をまともに聞いて顔を紅潮させている。
・・・何だか初々しい反応なのは気のせいだろうか?

「う、ううむ、またもや取り乱してしまいました・・・歳をとると気が短くなってしまうのは仕方ないですね・・・」

「歳?」

コルベールが眉を顰める。
女性の歳を気にするのは紳士のすることではないが、この女相手に紳士ぶるほど無駄な事は無い。
フィオはコルベールの疑問には答えず、TK-Xを見て目を輝かせていた。

「ところでなんですかこの大砲を積んだものは?見たこと無いんですけど」

「戦車だ。見ての通り戦いに使う車両だ」

「ふーん・・・どうやって動いているんですか?魔法ですか?」

「軽油(笑)」

「は?」

TK-Xの調整中に気付いたのだがこの戦車はディーゼルエンジンだった。
ガソリンで動く筈がない。それは基本中の基本である。
ディーゼルエンジンの燃料は確か軽油じゃなかったかという中途半端な知識を元に俺はコルベールに相談をした。

『成る程。その『けいゆ』とやらがこの戦車の『がそりん』というわけだな!』

どうやらコルベールは『ガソリン』を俺たちの世界の飛行機や車が動く燃料の総称と思っていたようだ。
魔法といっても様々な種類があるように彼はガソリンにも色々な種類があると考えていたようなのだ。
でもガソリンと軽油は別物ですから。
セタン価とかどう説明すればいいんでしょうか。
だがこのTK-X、抜かりは無かった。
だって燃料は普通に入っていたんだもの。最初から。
それの成分を調べたコルベールが軽油(のような何か)を生み出すのにそんなに時間はかからなかった。
・・・錬金の魔法ってすごいね。

「聞いたことも無い燃料ですね。それでこの見るからに重そうな金属の塊が動くのですか」

「動いたから困る」

「この戦車をここまで運ぶのにどれ程の労力を費やしたと思っているんだ君は・・・。そういう事は言っては駄目だよ」

コルベールは困ったように言う。
この戦車を運ぶにあたりロマリアにあった馬鹿でかいフネを使わせて貰った。
積載重量的にこの44tの戦車が載っても多分大丈夫だったのだが、流石に一点に44tが集中するのは不安だった。
日本でも空輸出来てるのかどうか分からんモノだ。技術が遅れているハルケギニアのフネは大丈夫とは言えない。
だが、そんな心配は全く無かった。

『少し浮かせるだけで良いんだな?』

『それだけで20人も必要とは思えんが・・・』

まず底が抜けるといけないから搬入の際、レビテーションを唱えさせた。
本来ならこの戦車以上の荷物を運ぶ事の出来るこのフネは鉄やら石やらで底を補強している。
一般的に木造が主流だった時代に造られたというこのフネは完全に輸送目的で製作されたこともあり頑丈に造ろうという製作者の想いがにじみ出ていた。
そんな頑丈なフネは燃費が非常に悪くさらに航行速度も遅いため、徐々に使われなくなっていったがこの度TK-Xを運ぶ為に引っ張り出されてきた。
頑丈とはいえ乱暴に置けば船の底が抜けると俺やコルベールは思ったのでそっと置くように指示したが、このフネはなんとも無いどころかあっさり浮き上がる事に成功した。まあ、浮き上がる際にレビテーションはかけさせたが。床がミシミシ言ってたんだから仕方がないだろう。
ただのフネなら空輸できないこの戦車は魔法の世界のフネで空輸する事が出来たわけだ。やっぱり魔法は便利だな。
現代日本の常識に囚われてはいけないとこの世界に一年以上いる俺が心掛けていることだが、戦車を空輸って地味に凄いだろう・・・。

普通に戦争に参加しているTK-Xがここまで来るのにも本当に色々な人の協力があったからなのだ。
現代日本で出来ない事がこの世界では出来るしこの世界で出来ない事が現代日本で出来る事もある。
本当に文化の違いというものは恐ろしいものだ。
戦車を造る技術がないこの世界は戦車を空輸する方法は存在しているのだ。
それを可能とするのは他でもない魔法という俺たちの世界では常識外のモノである。
そしてこの世界では魔法があるのが常識なのである。
常識って何だろうね?考えるだけ馬鹿馬鹿しいね。
このルーンといい、目の前のフィオといい常識を投げ捨てている輩が跋扈するこの世界で俺の世界の常識など通用しないのは分かっている。
ここに来て俺はいつも思う。

『有り得ない事は有り得ない』

・・・・・・ああ、有り得ない事はあったな。
具体的には何処かの義妹の胸部の成長だ。
俺から彼女に言える事は強く生きろということだけだ。

「達也君、私の話を聞いているんですか?」

「ああ。お前の胸は悪魔との契約で大きくしてもらったんだろう?」

「誰がそんな事をのたまいましたか!?それはあの赤い髪の女でしょう!?」

「失礼ね!私のは天然モノよ!」

「そんな莫迦な事があってたまりますか!言え!どんな悪魔と契約したんですか!私に紹介しなさい!」

「おい、欲望が滲み出ているぞお前」

フィオよ、お前は一体何しに来たんだ。

「無論、達也君に会いに来たのですよ。そして貴方を攫いに来ました」

「溝攫いでもしていろ、ババァ」

「畜生!!私なりにグッと来そうな言葉を選んだ筈なのに!!」

本気でこの馬鹿は何しに来たのだろうか。

「それは勿論、達也君に会いに来たのですよ」

フィオはそう言って自分の右手の甲を俺に見せた。地の文に返答するなよ。
彼女の右手甲に俺と同じ『フィッシング』のルーンが青く輝いていた。
フィオは瞳を潤ませて俺に言った。

「待った甲斐があったというものです。忘れなかった甲斐があったというものです。こうして貴方に会えたのですから」

フィオは微笑む。
その笑顔に俺は5000年前の彼女の姿を見た。

こうして俺とフィオはようやく『再会』を果たしたのだった。





その頃、ド・オルエニールの地にこの地に似つかわしくない豪華な馬車が到着した。
馬車は領内を進み、やがてゴンドランの屋敷の前で止まった。

「旦那・・・一体何なんでしょうね・・・」

領民に話しかけられるのは麦藁帽子を被った男、ワルドである。
彼は領内で採れる葡萄を運びながらどこかで見たことのある馬車に冷や汗が止まらない。

「すまない。この葡萄を運び終わったら私はしばらく身を隠す」

「別に構いませんが、いかがなさったんで?」

「天敵が現れたのだよ・・・」

ワルドは死んだ魚のような目で言う。
領民はそんなワルドの様子を見て、この人も色々大変なんだなと思った。

ゴンドランの屋敷の執務室内で、ゴンドランは苦虫を噛み潰したような表情でいた。
目の前の脅威は自分の愉快な生活を脅かす存在である。
その脅威となる存在は自分を内心見下ろしたような目で自分を見ていた。

「事前の連絡も無く突然やってくるとは、それでも公爵夫人かね?」

「人生に驚きは必要だと思います」

「驚く方の身にもなれ!?一体何のようだ!」

ゴンドランは目の前の脅威・・・カリーヌとその娘カトレアを前にたじろぐ事も無く用件を聞いた。

「この領内に我が娘、エレオノールがいる筈ですが?」

「ん?ああ・・・確かに住み着いているぞ」

「やはり・・・姉様・・・」

「今、何処にいるのです?」

「領主の屋敷にいる。領民からは領主夫人扱いされているが、そのような事実は一切ない・・・って聞いてる?」

「夫人?夫人ですって・・・?」

カリーヌの少し後方に立っていたカトレアからは黒いものが揺らいでいるように思える。
ゴンドランは怨念や憤怒、悲しみと嫉妬、様々な負の感情立ち込める、ラ・ヴァリエールの次女に声を掛けるのを躊躇した。
カリーヌですらカトレアを見ようとしていない。
カトレアは普段の温厚さは何処に行ったのか夜叉のような表情で叫んだ。

「おのれ姉様!!領民を懐柔し、有力者の妻という地位を奪いさぞ愉快な事でしょうね!ですが、そんな馬鹿なことは許しません。そんな嫌がらせはたくさんです。貴女は一生独身がお似合いなのです!夢の時間は終わりですよ姉様!現実を思い知らせてあげましょう!フッフッフ・・・」

「・・・お宅のお嬢さんはこんな方でしたっけ?」

「年頃の女の子には色々とあるものですよ」

「愉快な独身生活を私と送りましょうよ姉様・・・アーッハッハッハッハッハッハ・・・ウゴハァ!?」

「血を吐いた!?」

「身体が弱いのに馬鹿笑いするからですよ、カトレア。自重なさい」

「いいえ、母様・・・私は姉様に思い知らせねばならないのです。世の中には有り得ない事もあると・・・」

「姉の幸せを有り得ないといいますか」

「殺伐とした姉妹仲だなオイ」

ゴンドランは呆れながら呟く。
カリーヌはゴンドランに達也の屋敷の場所を聞きだし、ゴンドランの屋敷を後にした。


達也のお屋敷の玄関ではシエスタと真琴が花壇の花に水をあげていた。

「愛情いっぱい水いっぱい~♪水あげ過ぎで水ぶくれ~♪愛情あげすぎ反抗期~♪お母さんは悲しいわ~♪」

真琴が歌う謎の歌に苦笑いをしているシエスタ。
色々突っ込みたい気持ちもあるのだが、真琴が楽しそうだからいいだろう。
達也達はロマリアに行ってしまった。最近ロマリア辺りはガリアと緊張状態だと聞く。
シエスタは心配でたまらなかったが、達也達を信じて待つことにしていた。
本当は行かないでと叫びたい。でもそれが許されることはないのだ。
待つ側の事なんて考えた事はあるのだろうかあの人は。

そんな待ち人二人の前に珍しい客がきた。
馬車から降りてきたのは女性二人組。
シエスタはその二人に見覚えがあった。
ルイズの母親のカリーヌと姉のカトレアではないのか?

「ここが婿殿の屋敷ですか。思ったよりこぢんまりしていますね」

そりゃラ・ヴァリエールの城に比べたらどこもこぢんまりしてます。
シエスタはカリーヌ達に慌てて礼をする。

「カリーヌさん、カトレアお姉さん、こんにちわ!」

真琴は普通に笑顔で挨拶していた。
っておいぃぃぃ!?いいのかそれー!?

「あら、貴女は・・・」

「マコトちゃんね?お兄さんか姉様・・・エレオノールさんはいないかしら?」

「お兄ちゃんはルイズお姉ちゃんとお出かけしてるの!エレオノールおねーさんはお仕事なのよ」

「おのれ姉様!逃げましたね!?」

「カトレア、エレオノールは貴女と違い、職をちゃんと持っているのです」

「ぐっ!?し、しかし母様!私だって教師になる資格は持っています!」

「持っていてもそれを活用しなければゴミ同然!」

「ごふっ!?」

母の冷徹な一言に、カトレアは口元を手で押さえてうずくまる。
彼女が手を離すとそこには夥しい量の血がついていた。

「大丈夫!?カトレアお姉さん!」

「す、少し休めば大丈夫よ・・・貴女は優しいのね・・・」

「何が少し休めばですか。そう言ってここに居座る気でしょう」

「わ、私たちは構いませんから、お休みになってください・・・」

シエスタは畏まりながらカリーヌ達に言った。

「では、お言葉に甘えて・・・」

カトレアはそう言うと、真琴に背中を撫でられながら屋敷に入っていった。
カリーヌはその娘の後姿を情けなさそうに見つめ、再び屋敷の外観を見た。
何故だろう?来た事もないこの屋敷に何処か懐かしさを感じる。
屋敷に感じるのではない。この屋敷に流れる空気と言うべきなのか?
少々疑問に思ったが、たぶん気のせいだ。
カリーヌはそう思うことにして、屋敷の中へと入って行った。


その頃、ワルドはというと。

「何で俺が子守をしなければならんのだ」

「孤児院でやる事といえば子守に決まってるじゃないか」

「だからって何で俺がオムツをかえるなど・・・おうっち!?」

ワルドは乳児の小便を避ける事ができなかった。
これも孤児院に逃げ込んだ彼の自業自得である。

そんな彼の奮闘振りをマチルダは微笑みながら見ていた。


(続く)



[18858] 第117話 ご先祖様の贈り物
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/21 15:55
ヨルムンガルドを倒せば両用艦隊は撤退するのかと思えばそうではなく、どう見ても依然数の上ではガリア側のほうが勝っていた。
国境付近のロマリアの部隊があのヨルムンガルドに一掃されてしまったことでロマリア軍も疲弊しているのだ。
更に言えば相手はガリアの精鋭部隊であり、ロマリアは些細な抵抗で彼らの荷物を駆逐したに過ぎなかったのである。

「どういう事だよ!?あの化け物を倒せばあいつ等は降伏するんじゃないのか!?」

マリコルヌが喚く。
水精霊騎士隊の面々は現在、ルイズを連れて撤退中である。
ギーシュやルイズは魔法を使った事で疲労が激しい。
現在の部隊を指揮するのはレイナールとマリコルヌの二人だった。

「あの化け物はあくまで一兵士でしかなかったって事だよ!ガリアは本気でロマリアに戦争を仕掛けてきたってことさ!」

「まだ勝敗は分からないって事か・・・!クソ!」

聖堂騎士の一人が歯軋りしながら空を見た。
ガリアの艦隊にロマリアの艦隊は押され気味である。
ロマリアの包囲もガリア艦隊にとっては壁にすらならないという事なのか?

「聖戦か・・・ねえ、レイナール」

「何だ?マリコルヌ」

「聖戦で人間が得たものってこれまで何かあったかな・・・?」

「いいや。歴史を紐解けば、損ばかりしてるよ」

「じゃあ、何のために聖戦なんてするんだろう?」

「さあ?そんなの知らないね。どちらかが全滅するまでやる戦いなんて正気とは思えないと僕は思うから、聖戦を発動する者の気持ちなんて僕が分かる筈もない」

だが、聖戦は始まった。
レイナールの言う正気とは思えない戦い。
かつてハルケギニアの人類は聖戦で数多くのものを失ってきた。
命、財産、家族に友人・・・失うものが多すぎたため、割に合わないとして長年聖戦はなかった。
それが自分達が生きている時に行なわれるとは。

「本当に割に合わないね、全く!」

「文句をいう前に艦隊戦に巻き込まれないところまで退くぞ!」

ルイズはロマリアの戦艦がガリアの両用艦隊によって撃沈される所を現実味がない感覚で見ていた。
神の地といわれるロマリアの戦艦はガリアの錬度高き戦艦に落とされていった。
何が神だ。何が奇跡だ。何が神に与えられし力なもんか。
現実は自分はその神の力とやらを使ってヘロへロになってしまっているではないか。
信仰心など戦場では何の意味もないではないか。何が聖戦だ。
聖なる戦いとか響きはいいがやっている事は普通の戦争より性質が悪いじゃないか。
相手もこちらが聖戦気分で来ている以上慈悲など向けないだろう。

「どうして・・・私がこんな馬鹿馬鹿しいことに参加しなきゃならなかったんだろう」

正直、エルフとの戦争なんて御免である。
やりたいならロマリアの教皇だけでやれば良かったじゃないか。
自分の魔法の属性が虚無であるばかりに聖女と祭り上げられて命を狙われ・・・。
自分の特異な力は利用される運命であるのか?
利用されるだけされて自分は道化のように死んでいくのか?

「そんな馬鹿なこと・・・許せる訳ないじゃない」

利用されるのは断じて許せない。
私はラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ。
私は利用する側に回ってやるのよ!だからこんな所でへたばっている場合じゃないのよ!

ルイズは歯を食いしばり上空の艦隊を見上げた。
そして杖を握り締めて、鼻息荒く呪文を唱え始めた。
身体の中の力が抜けていく感覚がする気がした。

「・・・!?ちょっと、ルイズ!君は休んでなきゃいけないって!」

マリコルヌが慌てて言うがルイズは無視してガリア艦隊に向けて杖を振ろうとした。
だが、その振り上げた手はギーシュによって阻止されていた。
肩で息をする水精霊騎士隊隊長、ギーシュ・ド・グラモンはルイズを睨みつけながら言った。

「そんなヘロヘロの身体で、君は何をしようとしていた?」

「離してよ。もしかしたら戦艦一隻ぐらいは・・・」

「戦艦を撃沈するほどの威力の魔法をその状態でぶっ放そうとしてたのかい、君は?命はもっと大事にすべきだね」

「聖女なんて祭り上げられて、敵艦一隻落とせないようじゃ駄目だとは思わない?」

「思わないね。聖女様を敵前にさらすほど馬鹿な行為は紳士たる僕らは嫌う事さ。聖女の君は後ろで応援したりしてればいいのさ・・・」

「お生憎さまね、私はそのような真似はしないわ。皆で戦って、皆で勝ちたい・・・だから・・・私も戦うのよ」

ルイズはギーシュの手を振り解いた。
そのまま杖を振り下ろすかに思えたが、彼女はそうはしなかった。

「でも、命を大事にするってのは同感よギーシュ。今は無駄な力を使う前に回復を図るべきだったわね」

悔しいが今の自分では戦況を一変させるほどの能力はない。

「神の力か・・・戦ってるのは人間なのにね」

教皇は虚無の力を神が与えた力だと言った。
それを行使できる自分達は神の使いとでもいうつもりなのか?
確かにあの教皇は美男子だし何処か神々しい。
だが自分とティファニアに神々しさなどあるのか?
確かに申し訳ないがこの美少女っぷりは神レベルかもしれない。
ティファニアの胸部は神の悪戯としか思えない代物である。
しかし、それは虚無のおかげだと言うのか?

ルイズは空を見上げる。
聖戦はまだ始まったばかりである。



ド・オルエニールの達也の屋敷。
エレオノールの帰りを待つ事を理由にカリーヌ達はこの屋敷に居座っている。
だがこの屋敷にいるのはシエスタと真琴のみである。
この二人はカリーヌ及びカトレアに含むものなど何もない。
シエスタは現在、カトレアの看病(?)をしている。エレオノールの幸せを願わぬ妹は血を吐いて現在療養中であるのだ。
従って現在カリーヌは達也の妹である真琴を観察中である。

一方の真琴は別にカリーヌを接客する必要はないので自由に振舞っていた。
具体的にはカリーヌに食べてもらおうとシエスタが出したクッキーを普通に食べてしまっていた。
その食べる姿は小動物のようだったためカリーヌはクッキーを食べられた事よりその光景に和んでしまっていた。
この辺はルイズの母親であるといわざるを得ないが密かに毒見をさせるつもりで真琴を利用していたのは流石彼女と言える。
その結果クッキーは全て真琴に食べられてしまい、カリーヌは内心悲嘆に暮れていた。

「流石は婿殿の妹と言うべきか・・・!」

彼女の中で達也はどんな存在になっているのであろうか。
その達也の妹は現在鍵の束を持って何処かに行こうとしていた。
一体来客を置いて何処に行こうというのだろうか?
カリーヌは興味を持って真琴が向かう場所・・・屋敷の地下に向かった。

真琴は兄のお屋敷の地下を見つけて以来、来るたびに探検に勤しんでいた。
この屋敷は何だか探検するには十分なほどの広さがあり、更に何故か謎解き要素もあり、彼女の好奇心を刺激しているのである。

「えっと、ここはこの前開けたから、今度はこっちに行ってみようっと!」

おおよそ慎重などという単語を知らぬが如く真琴は先へ進んでいく。
その速度は密かに周囲を警戒しながら進むカリーヌが見失ってしまうほどの速さであった。
それは一体どういうことだろうか?
そう、カリーヌは見知らぬ屋敷の地下で迷ってしまったというわけである。

「さ、流石は婿殿の妹・・・!この私を煙に巻くとは・・・!しかし迂闊でした・・・尾行に夢中で帰り道が分かりませんよ、参ったなー(笑)」

長い廊下を歩きながらカリーヌは頭を掻く。
おおよそ公爵夫人の行動ではないが彼女の実家は貧乏貴族である。
たまには素が出てこんな行動をしても仕方ないな。多分。

「質素に見えたのは見掛けだけというわけですか。内部はこのような構造になっているとは・・・」

全く彼といい彼の屋敷といい自分を驚かせてくれる。
彼の住む世界には彼のような面白い人物だらけというのだろうか?
ルイズは彼を本気で故郷に帰す気でいるようだ。
彼には恋人がいるから・・・彼には彼の生活があるから・・・。
その気持ちは分からんでもないが、彼がここの生活を選ぶ事もあるのではないのか?
彼はここで様々な縁を得た筈だ。それを全て捨ててまで彼は自分の故郷に帰ると言うのか?
カリーヌはカリーヌで達也が元の世界に帰ることを考えている。
個人的にはエレオノールかカトレアをどうにかして欲しいと親心に思うのだが、彼には既に恋人がいるそうだ。

「まあ、恋人がいようがそんな事はどうでもいいんですが」

要は世継ぎを作るだけでも全く構わんのだ。
既に結婚適齢期をブッちぎった長女とブッちぎりそうな次女が心配なのだ。
貴族の娘はその性質上、世継ぎも造らなければ屑のような扱いである。
それはあんまりではないか。自分とは違い戦場で大暴れできるようなタマではないし・・・。
ルイズのように女王陛下とのコネがあるわけでもなく。
確かに自分は女王の母親のマリアンヌとはそこそこ仲はいいので、歳も近いルイズは運が良かったと言わざるを得ない。

「貧乏貴族同士で結婚していたらこうはいかなかったでしょうね」

虚無の力がルイズに現れたのもラ・ヴァリエール家が王家に縁ある一族だからである。
自分はただの貧乏貴族出身の女だからな・・・。
家の力が彼女達を悪意から守っているのだ。それについては幸運であるといえる。
だが、それ故にルイズは虚無などという訳の分からない力に振り回される事になったのだ。
それはもしかしたら不幸ではないのか?
虚無などに目覚めなければ、せめて普通の属性の魔法に目覚めていれば、普通に健やかに生きていけたのかもしれない。


そんな親らしい事を考えてはいるが、依然カリンちゃんは迷い道をクネクネしている状態だった。
扉を開け、階段を降りて、穴に落ちて、水路を抜け、また扉を開けて・・・。
そんな事を続けていたら、カリーヌは何故か屋内の筈なのに花が咲き乱れている場所に出た。
その場所の中央には墓石が一つあった。

「何々・・・?『根無しとしとその妻、此処に眠る』?墓ですか・・・元々この墓の主が作ったのでしょうか?」

カリーヌはもっとこの墓を調べてみようかと思い、墓石に触れてみた。

「!?」

すると墓石が突然輝き始め、突然その空間は夜中になったかのように暗くなり、咲き乱れる花からは小さな光が出てきていた。

「何かの仕掛け?」

警戒するカリーヌ。
目の前の墓石の上からぼんやりと何かが映り始めた。
それは人の形を作る。茶髪で長い髭を持った男だ。その男は椅子に座った状態で口を開いた。
カリーヌはその男に触れられないかと手を伸ばしてみたが、触れられない。
幽霊のようだと思ったが、そんな不気味さは感じない。

『ご先祖の墓参りに来てくれた殊勝な子孫たちへ。私の姿を見れているという事は私の血を受け継ぐ者たちが私と愛妻の墓石に触れたという事だろう。先祖を供養するというその気持ちは立派である。私は『根無し』のニュング。人は俺を何かニュング・フォン・ド・マイヤールとか呼んでるがそりゃ息子に冗談で言った名前だ。俺はただの根無しだ。だが、その根無しのご先祖の墓参りに来てくれたのは大変嬉しく思う。褒美を取らせたいところだが、俺の魔法は少々特殊でな。ブリミルの開発した魔法を使う奴には効果はないそうなんだ。まあ、一応贈り物はしてやるが、大抵何も起こらないから期待するなよ?』

おい、ちょっと待て。
今この幽霊映像は何と言った?
先祖?子孫?一体何のことだ?

『何年後か知らないがこの俺の贈り物を最大限に贈られる幸運な子孫に有難いお言葉を言ってやろう』

ニュングは優しい目をしながら語る。

『我が子孫よ。その力は決してゼロ等という無粋なものではない。俺は思うのだ。その力を使うのは人間。ならばその力を虚無とせんとするのもまた人間であると。お前のその力は何かをゼロにしてしまう力を秘めているやもしれん。それほどの力かもしれない。だが、俺はそんなのは認めない。人の可能性は無限大である。分かり合えないといわれた異種族間の関係など俺にとっては訳がないものだった。その力を神から貰ったものとして神を気取り虚無と為すか、その力を人の力として可能性を追求し無限と為すかは使うお前次第だ。人の可能性、俺はそれが破壊だとは断じて思えない。創造こそ人の可能性を育むものだと私は信じている。お前がその力に可能性を求めるならば、俺はその力を未来の為に使うことを望んでいる。人を助けるは人の力である。それを忘れるな・・・』

ニュングの映像は光の粒子となって消えた。
同時に辺りも明るくなった。

「・・・今のは一体・・・?」

その前に貴女は早く上に戻る方法を考えるべきなのでは?


その現象は突然起こった。
正気を疑われるかもしれないが右目と左目で見ている光景が違うのです。
俺は立ちくらみのような猛烈な不快感に襲われた。
右目はフィオ達を映しているのに左目は無数の艦隊を映している。
だが瞬きを何回かやったら元に戻った。

「どうしました?達也君」

「今、左目に無数の艦隊が見えたんだが・・・」

「思春期特有の悪い病気の患者だったんですね、達也君」

「中二病扱いするんじゃねえ!?」

「タツヤ、もうここには敵はいないようだしそろそろ戻る?艦隊と戦うルイズたちも気になるわ」

「戦車は対空能力はあんま期待できないんだがな・・・」

「・・・ふむ。話を聞いていれば要は空を飛べればいいんですね?その塊が」

「・・・は?」

「むっふっふっふ。伊達に長くは生きていませんよ達也君。私の熟成された術に感動して惚れ直すがいいです!」

「惚れる?誰が?」

「あっはっは、いやですねぇ~女の私から言わせちゃうんですか?」

「そうか、フィオ。知らなかったよ」

俺がそう言うと、フィオは照れた様に顔を赤らめた。

「ようやく理解できたのですね!」

そう言って両手を広げるフィオ。

「お前、相当のナルシストだな。自分に惚れ直すとか」

「分かってて言ってるでしょう!?分かってて言っているでしょう!!!??」

地団太を踏むフィオは半泣きである。
ゴメン、ちょっとイラっとしたからついやっちゃったんだ!
俺はキュルケたちに向き直って言った。

「そんじゃあ、戻るか。どうなってるかは知らんが」

キュルケたちは頷く。
俺はTK-Xに乗り込み、ハッチを閉めようとした。
が、その瞬間どうやったのかフィオが滑り込んできた。
定員3名の戦車に5名を乗せるとか窮屈ってレベルじゃねぇ!!

「フハハハハハ!私がいなければこの戦車は空中戦ができないのですよ、達也君!そしてこの狭い空間・・・あとはわかるなって痛い!?」

俺は修道服を着た耄碌ババアに愛の鉄拳をお見舞いした。

「うえ~ん、この人こんなか弱い女をぶちましたよ皆さん!?」

「アンタのようなか弱い女は存在しないわ」

キュルケが冷徹に吐き捨てるが、フィオは意に返さぬように言った。

「いるじゃないですか。私が」

「お前のその自信は何処から来るんだ」

「今の私は夢と希望と愛の塊です。正に至福の化身といっても過言ではないでしょう」

「厄介ごとの化身ですよね、お前」

「素敵です、達也君。私と苦労を分かち合うと言うのですね」

「耳までおかしいのかテメエ!?」

ぎゅうぎゅう詰めのTK-Xはひとまず戦場へと戻っていく。
もう戦闘が終わっていたらこの馬鹿を縛り上げて湖に沈めようと俺は密かに思うのだった。


ルイズは自分の体力が段々戻っていくのを感じていた。
息切れもしない、呼吸も正常である。
誰かが水魔法をずっとかけていてくれたせいか?いや、水魔法では魔力は回復しない。
まあ、これでひとまず爆発の一撃は与えられるかもしれない。
ギーシュは未だぐったりしているし、ロマリア側もまだ劣勢である。
嫌がらせ程度に一発ぶっ放すのもいいんじゃないか?やっぱり。
そう思ったルイズは杖を上空の艦隊に向けた。

「ルイズ・・・君は同じ事を・・・」

「大丈夫よ、ギーシュ。死にはしないから」

「え?」

「ロマリアはどうでもいいけど、私を狙うなんていい度胸ね!舐めんじゃないわよ!」

そう言ってルイズは杖を振り下ろした。
その瞬間、ルイズの視界に映っていたおおよそ三十隻のガリアのフネの目の前で爆発が次々と起こった。
その光景を唖然として見るルイズ達。
墜落していくガリアのフネ。それに動揺したのか艦隊の隊列が乱れていく。

「・・・だ、大惨事じゃない?」

「こ、これは一体・・・」

「見ろ!我が艦隊が押し始めたぞ!」

「奇跡だ!やはり貴女は聖女だったんだ!」

「・・・ふ、ふふん。やはり私は土壇場で力を発揮する女だったわね。自分の才能が怖いわ」

「そういうのはピンチになる前に発揮してくれないかい?」

ギーシュの正論にルイズは渇いた笑いを出して誤魔化した。

混乱の最中、撤退を始めるガリアの艦隊。
達也達が戻った時にはロマリア軍が勝ち鬨をあげている時だった。



(続く)



[18858] 第118話 4人集まろうが馬鹿は馬鹿のまま
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/23 17:23
砂漠に住まうというエルフの一部族「ネフテス」の統領テュリュークは人間達の間で起こった無駄とも思える争いについての情報を聞かされていた。
蛮族と自分達が呼ぶ「人間」は今回も同種で争う愚を犯している。
何年、何百年過ぎても人間は本質的には全く変わらない。
本来ならそんな愚かな事を続ける人間たちの戦争など、テュリュークの考える事ではないのだが何せこの戦争をしている人間たちの国「ガリア」に同胞でありネフテスの一員であるビターシャルが巻き込まれているのである。

「我々の力が蛮族に利用される事になったのか。・・・フン、姑息な事を考えるものだ」

しかしながらガリアの王はまだ話が分かる人物だと彼は評価していた。
エルフの政治形態である共和制に一定の理解を示してもくれたのだ。
更にはシャイターンの門に近づかないでほしいという要請には、ビターシャルの身柄をしばらくガリアにて預かることで了承を得た。

「まあ、姑息だが彼はまだ御しやすい。問題はガリアの相手だな」

ロマリア。
エルフである彼らにとって悪魔であるブリミルを崇拝する輩が集まる国。
そんな者達が自分達の願いを聞き入れてくれるとは思えない。
加えてそのロマリアの教皇を名乗る人間は悪魔の力を持つという話ではないか。
力に魅入られたその人間が、自分達を害すのではないのかとテュリュークは考えていた。

「崇拝する者が違う者同士は相容れぬ。やはり危険はロマリアか」

自分はエルフ達を危険から守らねばならない。
無駄な血は流さないのが自分達の信条だが、無駄ではないと思えばわりと容赦はないのだ。

「蛮族よ、貴様等がシャイターンの門に何を求めるかは知らぬ。だが・・・そこにあるのは貴様等が求めるものではない」

何故、あの門を自分達が悪魔の門と呼称したのか。
全てはあの悪魔のせいである。あの悪魔がこの星のバランスを崩してしまったのだ。
そんな悪魔を神同然に崇める者達をテュリュークは信用する事はできない。

「誕生があれば死もあるとはいえ・・・奴がやった事は称えられることではない筈なのだ」

このエルフが住まう土地をそのような者達に踏み荒らされる訳には行かない。
テュリュークは額に手を当てて考え込むように唸った。
既にそのための先手を打つ事を評議会で決定したのだが肝心の待ち人がなかなか来ない。
やっぱり歳だから身体にガタが来ているんだな。わっはっはっはっは!

「・・・とでも言いたげな表情だな。小僧」

「うおっ!??」

いつの間にかテュリュークの目の前に現れていた赤い鎧の女性。
長い金色の髪をポニーテールのように纏め、翡翠色の瞳は愉快そうにテュリュークを見据えている。
見た目は若々しいがとんでもない。この女、5000年以上生きている。
しかもこの女、それでも尚現役を貫いている。更に独身である。
何か自分より強い男じゃないと結婚しないと誓っているらしいが、彼女に勝てる男はそうはおらず、いても大抵妻子持ちの男であるし、何よりそのような腕を持った者は既に鬼籍に入っており、事実上この女の婿候補は皆無的な状況に追い込まれている。

「小僧とは何だ。統領と呼べ、統領と」

「はっ、幼き頃フル●ンで砂漠に頭から埋められていた小僧をそう呼ぶ気にはなれんなァ?助ける身にもなって欲しいものだな、豆粒坊や」

「おのれ・・・!!幼き頃の消したい過去を弄くりおって・・・!この老害剣士め!さっさと精霊たちの元に還れ!」

「すまんがそういう年長者を労らんような言動は聞こえんのだ。何より私よりお前が先に死にそうだな坊主。皺と白髪がまた増えたのではないか?」

「誰のせいだと思っているのだ!貴様が任務や調練に参加するたびに白い目で見られるのは私なんだぞ!」

「結果、若い奴らは鍛えられるのだ。問題あるまいて。まあ、水浴びしてたら未だに覗きは絶えんがな。これでは蛮族たる人間と変わらんぞ?どうにかせい」

「貴女が大往生すれば全て解決なんだが?」

「私の水浴び姿を見てギンギンになっていた小僧がよく言うわ。まあ、何処がギンギンになっていたのかは言わんがな」

「この糞ババア!さっさと往生しやがれ!!」

「ウホホホホホホ!テュリューク統領?言動がお下品でありますよ?」

「うるせェー!?大体なんでアンタは5000年も生きてんだよ!?」

「気合と強い情念と日々の鍛錬が不老で魅力的な肉体と精神を作り出すのだ」

「長い独身生活で培った腐れ根性の間違いだろうそれ!?」

「腐っているとは何事か。見ての通り私はまだ戦士として老練に達した現役だが女性としては生娘に近い新品女だ」

「アンタはもはや女の皮を被った何かだ。悪魔契約してなかろうな?」

「生来悪魔に出会ったことは一度のみ。それ以外はとるも足らぬものばかり。癪に障る者は2、3名いたがな」

「悪魔に出会った?契約はしなかったのか」

「したさ。『いずれ仕留める』とな」

「殺害予告という名の契約だな。で、その悪魔とはどうなったんだ」

「・・・5000年間勝ち逃げされっぱなしだ。全く、女を焦らしすぎる悪魔だな」

「焦らし過ぎた結果がそれか。私はその悪魔に恨み言を言いたい気分だ」

「ふん、恨み言なら一人で言うのだな。それで坊主。私に用件とは何だ?まさか弄られるのが快感とか言うなよ?斬るぞ?」

「そんな訳があるか!?貴女に評議会直々の任務だ」

「評議会直々?珍しいな、いつもは私に会うと苦い顔をする奴らが」

「貴女の腕を買ってのことだ。ジャンヌ殿」

「ふん、都合のいい事言って年寄りを使い倒して」

「お前のような老人がいるか!?」

テュリュークはジャンヌの抗議を一蹴するように怒鳴った。
ジャンヌはそんなテュリュークを指差しながら笑っていた。



外傷は魔法で治せても、内の体力は戻せないらしく、ルイズ及び水精霊騎士隊の奴らは前の戦闘の勝利で勢いづいたロマリア軍が奪ったガリアの南西部に位置した城塞都市カルカソンヌで死んだように眠っていた。
俺たちとしては勢い勇んで戦場に戻ってきたら何故かロマリアが勝っていたので、TK-Xが飛ぶ必要がなかった。
・・・もはやフィオの存在意義が問われる結果に、フィオ本人は、

『おのれ達也君!私を踊らせ楽しいのですか!』

と泣きながら言っていたが俺は無視しました。
馬鹿ヤロー!戦車は飛んじゃ駄目なんだよォ!!
戦闘機でやれよそんなもの!戦車のキャタピラが泣くだろ空飛んだら!キャタピラ舐めんなよてめー!
うむ、取り乱してしまった。ひとまず落ち着こうではないか。
俺の目の前ではとりあえず我が主、ルイズが健やかな寝息を立てている。
ここにマジックペンがあれば額に『肉』と書きたいほどの愛らしい寝顔であるが、ちょっと待っていただきたい。
この女、狸寝入りが得意なのだ。俺も以前、彼女を窒息させようとした事があるのだが返り討ちにあってしまった苦い経験がある。
人間は学習する生物でなくてはならない。それは俺もそうである。

「達也君、この人間が貴方の主とか言っているふざけた輩ですか」

「真剣に俺を召喚した女だ。事実に基づく事を言ったのに何故お前は冗談ととっている?」

「何故でしょう?始めて会ったはずなのに、相容れない感じがとってもします。何か自分の存在の危機を思わせるような・・・」

コイツの焦りはたぶん気のせいだろうが、フィオにとって何故かルイズは驚異的な存在に映ったらしい。
彼女は眠っている筈のルイズに手を伸ばす。何をする気だ。

「寝ている女の子を見かけたらまず胸を掴むんじゃないんですか?」

「黙れ耄碌ババア。その女は掴む胸などない」

「さらっと人を侮辱する発言をするなァーッ!!」

「やはり狸寝入りか貴様!」

「はっ!?しまった!あまりの怒りに作戦を忘れてしまったわ!?・・・ってそっちのシスターは誰よ?」

「よくぞ聞いてくれました」

フィオは胸を叩いて宣言した。

「主様!使い魔君を私にください!!」

「ゴメンねルイズ。この子、この台詞を人生で一度言ってみたかったという病気の子なんだよ」

「達也君!?私は至って正常です!?愛に狂ってはしまいそうですが!」

「まあ、いつも余計な一言を言ってしまう病気のお前のようなもんだ。持病持ち同士仲良くしてくれ」

「なにその持病!?特効薬はないの!?」

「残念ながら医学には限界というものがあるのだよ」

「アンタは医者か!?」

「これから俺をセラピスト・イナバと呼べ」

「私たちは精神を病んでるといいたいのかアンタはーー!!」

色んな意味で病んでるだろうお前ら。
何自分は凄く至って正常だぞ♪という風にほざく事ができるのだ?
俺を責める時は意気投合しやがって貴様ら!心底ウぜェ!
何かルイズがやっぱり胸で選ぶのかとか言ったりフィオがつるぺたが好きとか社会不適合者です不自然ですとかのたまっていました。
僕はこんな女性たちみたいなひとをおよめさんにもらいたくはないとおもいました。2ねんDぐみ、いなばたつや。
さて、この馬鹿達は放って置いて俺は同僚、水精霊騎士隊のお見舞いをすることにした。


個室が与えられていたルイズと違い、我が同僚たちは雑魚寝同然の大部屋で鼾をかいて寝ているものが大半であった。
そんな中、我らが団長、ギーシュ・ド・グラモンは、何か悩んでいるように唸っていた。
起きていたレイナールが俺に気付いた。

「おお、副隊長!何か凄いピンピンしてるじゃないか!」

「俺も俺なりに頑張ったんだが、物凄いなこりゃ。死屍累々じゃねえか」

「僕らも僕らなりに頑張ったということさ。まあ、丸々三日ゴロゴロしてる奴もいるがね」

「そうかい。まあ、お前らの健闘は称えるが、さっきからギーシュは何をやっているんだ?」

「手紙を書いているようだ」

「誰にだよ?」

「聞くだけ野暮というものだよ副隊長」

「モンモンか」

頷くレイナール。
どうやらこの隊長は恋人想いのようである。
良いんじゃないか。同じ世界に恋人が居るだけ俺よりましだ。
大事にしてやるといい。ギーシュもモンモンも友達だからな。幸せになってはほしい。
しかし当のギーシュは物凄く悩んでいるようである。
どういうことなのだろう?俺の疑問には憎々しげな目でギーシュを見つめるマリコルヌが答えてくれた。

「モンモランシーに今まで恋文をしたためた事がそういえばなかったから悩んでるんだとさ。全く死ねばいいと思わないか?」

「マリコルヌ。隊長の幸せを願わぬ隊員がいればその隊は発展はない。隊が発展すればお前を良いという変わった嗜好の女性もまた現れるやもしれん。心を広くもつんだマリコルヌ。狭い視野を持つ男に女は寄って来ない」

「しかし!だからと言って僕の目の前で嬉し恥ずかしイベントをやるだなんて!」

「落ち着けマリコルヌ!ここは大人になって隊長の初体験を見守るんだ!そして今後の参考にするんだ!」

「どうせ※がついてただしイケメンに何とかってつくんだろう!参考になるか!」

「煩いな!?静かにしてくれ!?」

ギーシュが呆れた目で俺たちに言う。
俺たちはこの男の力になりたいだけなのにそんな言い草はないだろう。
だがこの程度で崩壊するほどやわな絆じゃないんだぜ俺たちは!
俺はどうやら手紙の内容に煮詰まっている友を助ける為、一肌脱ぐ事にした。
・・・何を期待しているのか知らんがちゃんと真面目にアドバイスはするぞ?こっちも恋人持ちなんだし。
まあ、とりあえずギーシュが作った手紙を見てみるとするか。
例によって俺は文字が読めない為、レイナールが音読してくれた。

『僕の愛するモンモランシーへ。元気ですか?僕は死にそうですが元気です。この前ルイズを守るために皆と戦いました。僕たちは頑張って強大な敵をいくつか退ける事ができました。でもその代償は大きく、僕はヘロヘロで萎え気味です。早く会いたいです。戦争なんて嫌なので早くモンモランシーの所に戻りたいと思いました』

「「「・・・・・・・・・」」」

「自分の文才の無さに涙が出てくるようだよ」

「何か小さい子の作文っぽくなっているからその辺を変えてみよう」

俺はまずその辺りから考えてみるようにアドバイスをしてみた。
そうだな、俺がギーシュとして書くならば・・・・・・。

『ボクキトク スグキテクレ ギーシュ』

「これだけでモンモンはすぐに会いに来てくれると思うがこれではモンモンの精神状態がとんでもない事になりかねん」

「それこそ本当に僕は危篤状態になりそうなんだが」

「だから至極普通に考えれば、とりあえず会いたい事を伝えればいいんだ」

そういう訳でギーシュがモンモンを思って病まない事を伝える手紙を書いてみた。

『そのドリルのような巻き髪が夢の中で僕のお尻を貫く夢を見るほど、僕は君を想っています。僕のモンモランシー。ロマリアの地でも僕は君の素晴らしき巻き髪を忘れた事は無い。例え距離が離れていても僕はいつでも思い出すであろう、君の芸術的な巻き髪を』

「巻き髪しか誉めとらん!?それになんだその夢の内容!どうでも良すぎるわ!!」

「女性を誉める時はとりあえず3つ誉めればいい。モンモンの場合は巻き髪、雀斑、そしてルイズを凌駕するスタイルの良さだ」

「何それ!?外見的特徴しかないよね!?もっと内面的な所を誉めようと思わないのか君は!?」

「どんなに奇麗事を言っても人は外面を気にするのさ」

「恋人への手紙だ!?恋人への!!」

「次は僕の番か」

レイナールが眼鏡を押さえながら言うのを見て、ギーシュは若干期待の眼差しを彼に向けた。

「要は隊長がモンモランシーを異国の地で心配、即ち想っている事を伝えればいいんだ」

レイナールは自分の考えたモンモンへの手紙をしたためはじめた。

『親愛なるモンモランシーへ。ロマリアでの任務は大変ですが僕は何とか死なずに元気でやっています。モンモランシーはどうでしょうか?身体を壊したりはしていないでしょうか?最近減食による減量を行なっていると聞いています。正直僕のためにと思うその気持ちは嬉しいのですが、正直僕は感心しません。腹が減っているのに食べないと苛々の原因になりますし、食べる楽しみもなくなってしまいます。ひもじき減量は続きません。それでは逆に身体を壊してしまいます。ちゃんと朝昼晩食べて適度な運動を心掛けてください。あと日々の体温のチェックも欠かさずにしましょう。万が一の事があれば僕は嬉しいのですが、何分色々とまだ未熟なもの同士、試練がかなりの割合で待っている事でしょう。万が一の事があれば僕はすぐに飛んでいきます。その万が一の事も考えた場合、減食による減量は母体及び胎児にも・・・』

「っておおおいいい!!?いつの間にかモンモランシーがおめでたい事前提で書いてるじゃないか!?」

「恋人の誤った減量による悲劇を予想し諭すのが真の男ではないのか」

「過剰予測すぎるわ!?僕は彼女の母親か!?」

「母性と父性を併せ持つ男こそ、いい夫になるのさ」

「母性多すぎて鬱陶しいわ!?」

「全く、君たちは乙女心というものが分かってないな」

マリコルヌが溜息をつきながら俺たちに言った。うん、イラッっとしたよ?
ギーシュは心底不安そうにマリコルヌに尋ねた。

「マリコルヌ・・・大丈夫かい?」

「任せてくれ。僕は君らと違ってこういう事を書くことについては得意だからね。伊達に振られまくってないのさ」

そう言ってマリコルヌは手紙をしたため始めた。

『愛するモンモランシーへ。僕は日々、君の事を想い悶々としています。遠回しに言えばムラムラしています』

「って、待て待てーーーーー!!??なんだその手紙はーー!?」

「モンモランシーと悶々を掛けたこの高等な技術を君はけなすつもりかい?」

「高等な技術というよりそれは高等な変態が書いた手紙だろう!?」

「変態?何をいう!恋人にムラムラしない男はいないはずだ!僕なんかその辺をすれ違った平民の女性や幼女にムラムラ出来るんだぞ?」

「知るかァーーッ!?お前のそんな役に立ちそうにない特技など知るかーーー!?」

「マリコルヌ・・・その手紙じゃお前は振られるぞ流石に・・・」

俺は哀れみの視線をマリコルヌに送った。

「と言うか君も同じレベルだからねタツヤ。下品なのは君も同じだからね?」

「最終的に男女は下品な行為に行き着くのさ」

「愛の営みと言えーーーっ!?」


数日後、モンモランシーの元に届いた手紙にはこう書かれていた。

『愛するモンモランシーへ。僕も皆も元気すぎて困ります。早く帰りたいです』

「・・・一体向こうはどんな事が起きているのよ・・・?」

モンモランシーは手紙を見ながら呟いた。
心底自分の恋人が心配になった時だった。



一方、ルイズに用意された個室。

「達也君には恋人がいるですって・・・?」

「そうよ!だからアンタの野望はここに潰えたのよ!」

「青いですね、人間。私がその程度のことで怯むとでも?」

「何ですって!?」

「このフィオ、達也君を篭絡するぐらい訳がありません!!この美乳とスタイルと模擬演習54729回無敗の私は最早無敵!女の鑑ともいえる存在なのです!」

「本番は?」

「・・・・・・・・・」


鳥の鳴き声が空しく響き渡った。




(続く)



[18858] 第119話 とろけるチーズは●印
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/01 00:57
アンリエッタは聖戦という馬鹿げた決断をしたロマリア教皇に既に怒りを覚えてはいた。
しかしそれはまだ自制が効く程度の怒りである。
ティファニアが怯えるほどの怒気を孕み、彼女は今怒り狂っていた。
彼女を抑えるはずのアニエスも厳しい顔つきで正面に座るロマリア教皇を見据えている。
彼女達がこれ程までに憤慨している理由は一つである。
ジュリオが達也に銃を向け、撃った。
達也は別に聖人君子ではないので殺されなかったからいいやとは考えずちゃんとアンリエッタ達にこの事を報告していた。
考えてみれば当たり前である。味方のはずの者に銃を向けられて黙るというのがそもそも可笑しいのだ。

「随分と味な真似をしてくれるではないですか、聖下」

女王という立場を考えればこのように感情を剥き出しにして怒るのは誉められた行為ではあるまい。
だが、ここまでされては流石に言わなければいけないだろう。
使い魔がどうとか以前に彼は此方の国の騎士なのだ。領土も持っているのだ。
簡単に命を奪われてはその領地の住民が困るのだ。

「エルフとの戦いに備える為には適切な行為と思っていましたが・・・いささか認識が甘かったと感じてはいます」

達也がガンダールヴではない以上、いらないと思って彼の暗殺をジュリオに命じたのは他ならぬ教皇本人である。
ジュリオも乗り気ではなかったのだが、彼の嫌な予感は当たったようだ。
もうこんな命令はやめてくれとジュリオからも釘を刺されたのだ。

そもそも今回の戦争は、ヴィットーリオにとっても予想外の事が多かった。
予想以上にロマリア側の損害が多かった事。
ガリア側に投降しようという意思があるものが余りに少なかった事。
更に言えばロマリア市民の聖戦の支持が日毎に減少気味になっていく事であった。

攻め込んではいる。攻め込めてはいるのだ。
だがその分、此方の損害は増える一方だった。
無能王率いるガリア軍は何か此方を攻撃する大義を得ているようだった。
このままではエルフと戦う以前にロマリアの戦力が壊滅してしまうかもしれない。
そう思えるほど、敵軍のガリアの士気は高かった。

「此度の聖戦も長期にわたればガリアが盛り返すでしょう。そうなれば更に多くの人々の血を流す事となります。エルフと戦うと息巻いていましたが、それ以前で挫けそうですわね」

「耳の痛いところではありますが、だからこそこの戦いは早く終えなければなりません」

この戦いを早急に終わらせればガリアの戦力も多量に飲み込むことが可能だ。
そうなればエルフとの決戦にも臨むことができるはずである。
それは正に皮算用というに相応しい考えだがヴィットーリオはこのガリアとの戦いに負けるなどとは微塵も考えていないようだ。
アンリエッタは少なくともこの若き教皇を見ていてそう感じていた。
・・・自分が私怨に駆られて戦った時はどうだっただろうか?
自分は負けるとは微塵も思わず突き進み、戦後自分の愚かさを痛感したのではないのか。
正直戦後の方が彼女は愚かな行為を行なっていたような気がするのだが突っ込むまい。と、人の事は言えないアニエスは密かに思うのだった。

「とにかく聖下。貴方が我が国の騎士に手をあげた以上、わたくしはこの聖戦に加担する義理は御座いませぬ」

「困りましたね。それでは貴女は我が軍の聖女やそれを護る騎士団を連れて引き揚げてしまわれると?」

「そうしても文句は言えない行為を命じなさったのは貴方では?」

「真に耳が痛いことですね。ですが現状それは無理な相談です。彼らを退かせるにはあまりにも彼らは活躍しすぎた」

「・・・どういう意味です?」

「言葉どおりの意味ですよ。この聖戦のシンボルに彼らはなってしまっています。ガリアはそのシンボルたる騎士隊やミス・ヴァリエールを狙ってくるでしょう。彼らが壊滅すればロマリア軍の士気も下がりますからねぇ」

「・・・貴方は彼らを人質にしたおつもりですか?」

「これはこれは人聞きの悪い。彼らが我がロマリアの命運を握る重要な一団であることは国境地帯での戦いで証明されました。そのような者達が更に戦うのは当然でしょう」

「それがトリステインの騎士隊でなければ本当に素敵な事でしたのにね」

「はっはっは。我が同志達にも奮闘していただきたいものです」

ヌケヌケというこの教皇の目には悪気の欠片も無いのがアンリエッタの怒りに油を注ぐ。
この期に及んでこの男は自分が正しい事をやったがどうも上手くいってないようだ程度にしか現状を見ていないのだろう。
まあ確かに聖戦なんぞそんな精神じゃなければやってやろうと思わないのだが。

「何はともあれ彼らは我が側の看板を背負ってしまった。そのような存在に私たちは手を下すつもりは御座いませぬ。敵がどう考えるかは知りませんが」

「開き直りと思えますね。生殺与奪の権利をガリアに委ねるとでも?馬鹿馬鹿しい!そもそもガリア側はルイズやタツヤ殿の命を何遍も狙っているというのに!」

「己の運命は自ら切り開くものと思いませんか?アンリエッタ殿」

「それを貴方がいいますか・・・!!」

ヴィットーリオには考えがある。
この戦いを勝利で飾り、ジョゼフを消した後、タバサ辺りを女王に据えてガリアを操ろうという姑息な画を描く事を。
そうすることがエルフから聖地を奪還し世界を救うための絶対条件なのだ。
姑息だろうが卑劣だろうが世界を救うためならこんな事もする。
聖人君子のような博愛精神では世界は救えない。少々の犠牲を払ってでも大多数を生かす。
至極当然のことではないか。
既に時期女王に対して先手は打っている。後はこの餌に彼女が食いつくのを待つのみ。
何、報告では彼女は彼に良い感情を持っているらしいし、それを利用すればいい。
夢のような時間をくれてやる代わりに彼女には自分達の願いを聞いて欲しい。ただそれだけの事である。

だが、ヴィットーリオはミスを犯していた。
そのミスは至極単純である。若き教皇はこの期に及んで彼の性格を分かっていなかった。


さて、ヴィットーリオの言う彼女、タバサは自分にあてがわれた部屋の中でベッドに横たわっていたのだが、先程自分の元に達也がやって来た。
寝巻き姿でいいのかどうか迷ったがタバサは達也を招きいれた。

「・・・どうしたの?」

「ゴメンな。こんな夜中にさ・・・。話があるんだ」

「話・・・?」

「ああ。俺たちはやっとの事でこのガリア王国にやってこれたな。お前の憎い仇のいる、このガリアに。俺たちがここまで来たのもお前の復讐の手伝いがしたいからだ。その為には、俺たちと同じ紋章をつけてたほうが便利なんじゃねぇかと思ってさ。水精霊騎士隊に入って欲しいなーって思ってるわけよ」

タバサは怪訝な様子で達也を見た。
目の前の達也はどうにもこうにも爽やか過ぎる。
そして自分の知る彼は復讐の手伝いをしたい等言う男じゃない。
しかしそれは分かっているのに胸躍る自分もいた。

「・・・すまない、無理を言ってしまったな。話ってのは、もう一つ。単に会いたかったんだ。きっと、好きだからかな?」

この言葉でタバサはこれが夢か何かだと確信した。
夢でなければどんなにいいのか。だがしかし、あの男は夜中に女性の部屋にお忍びでただ会いたいからと侵入する男ではない。
まさか自分を欺く為に何者かが見せている幻覚だろうか。
タバサがそう思って目の前の達也をどうにかしようと思っていると。

「クックックックック・・・」

底冷えはするが何だか聞き覚えのある笑い声が響いてきた。

「だ、誰だ!?」

「誰だとォ?お前は自分の姿の大元も分からんのかァ~?ンッン~?いかんね君。それは許されざるべき愚行だろう」

なぜか口調は無駄に紳士ぶっているがこの声は、自分の知っている彼だった。

「俺の分身のような性格の分際で、何をナンパしとるか!くっせェ台詞吐きやがって!俺のキャラをとろかす気か!とろかすなら雪●にでも行ってろ!」

「お前は!俺の邪魔をする気か!?」

「クックックック・・・貴様はなぁにをしようとしていたぁ?おっと言わんでも良い!ずばり接吻後良い子の皆様にはお伝えできない行為を働くつもりだったのだろう?俺にはお見通しだ。だがそのような爽やかでバベル建設の要因になりそうな危険な行為をこの俺が許す訳あるまい・・・邪魔?喜んで!」

「貴様ぁ・・・!!未発達の女性との行為が誰得とでも言うのか!?」

「犯罪臭がプンプンだぜこの野郎め。タバサ」

私の知っている彼は私に語りかけた。
・・・で、何故かそこで目が覚めた。ああああああああ!?肝心な所で!??
しかし夢というのはそんなものであり、タバサが幾ら二度寝を敢行しても同じ夢は見れなかった。
な、何てことだ・・・!!幾ら夢の中とはいえそりゃあ余りに外道でなかろうか。

「・・・酷い夢」

タバサはベッドの上でポツリと呟くのだった。


一方、自分が夢の中で脚色されまくっているとは全く知らない達也は、カルカソンヌの北方に流れるリネン川付近にいた。
ここではロマリアとガリア両軍が川を挟んでにらみ合いをしていた。
矢玉や魔法も無論飛び交っていたが、一番飛び交っていたのは・・・

「ガリアはカエルを使った料理があるらしいが信じらんねぇな!」

「黙れや腐れ坊主ども!人の国のこと言えるのかよ!パンもワインも不味いじゃねぇか!!」

「良質の料理を味わいたいならトリステインへ!」

・・・何だか勧誘のような台詞が混じっていた気がするが気にしないでおこう。
異文化の料理をけなすのはまあ戦争だから仕方ないのであろうか。
まあ確かにロマリアのパンは美味いとは言えなかったが。
しかしカエルか。食用のカエルって普通にあるからこれはガリアはおかしくは無いだろう。
というか人の国の食文化にケチつけてやるな。余計なお世話だから。
そういう訳なのでパンを愛する俺としてはこの不毛な争いに参加する事は避けていた。
しかしこうにらみ合いが続いては物凄く暇だ。更に戦争中ともあって俺たちの精神が消耗していくのは当然だ。
それを避けるためには心を癒すとまでは言わないがともかく娯楽が必要なのである。
だが、ここは戦場である。どのような娯楽があると言うのか!

「いいのか?ギーシュ」

「・・・どういう意味だ?」

「その選択にお前は後悔しないのかという事だ」

「何だと・・・!?」

「クックックック・・・ギーシュ・・・早く選べよ・・・クックックック・・・」

ギーシュは己の選択を信じていた。
だが、一体どういうことだ?相手のこの不気味なまでの余裕・・・。
自分の選択は間違っていない筈である。しかし絶対とは言えない。
彼がそう思ったその時、自分の中の弱気な部分が彼の心を侵食していった。
嫌な汗が流れる。呼吸も乱れ、心拍数も上がる。
生唾を飲み込もうとしてギーシュは気付いた。
口内が恐ろしく渇いている。恐怖をしていると言うのか自分は!?
自分の選択が間違っているかもしれないという事に恐怖しているのか?
・・・・・・ギーシュは目を閉じ、最愛の女性の姿を思い浮かべた。
そうだな、モンモランシー。僕は間違わない。僕は僕を愛してくれる君の為に勝利を・・・掴む!

「取ったァァァァァァァ!!!」

ギーシュが己の運命を掛けて選択したカードは・・・

『Joker』

「ウグアアアアアアアアアアアアア!!!!!??」

「うえっへっへっへ!!どうだ悔しいかァー!ギーシュよ!何やら真剣に悩んでいたようだがその思考は全て無駄!考えるだけで無駄!無駄の嵐なのだー!!」

マリコルヌは歓喜の咆哮をあげた。
ギーシュは可哀相に握りこぶしを大地に打ちつけ男泣きをしていた。
単なるババ抜きにどんだけ本気なんだお前ら。

「ふふん、甘いわねギーシュ。こういうのは直感を信じるのよ」

ギーシュを見下すように笑うルイズはギーシュが力なく持つカードに手を伸ばした。

「この私の運命を切り開く力は直感によって成り立っているのよ!」

高笑いをあげながらカードを選択したルイズ。
空に向かってカードは掲げられる。

『Joker』

「・・・・・・お・・・あ・・・?あ・・・?」

余りのショックに言葉が出ない聖女。
そうだね、お前はいっつも厄介事に愛されているよね。
ギーシュはゆらりと顔をあげてルイズを指差し笑った。

「はっはっはっはっは!甘いのは君だなルイズ!直感で行動する前にまず考える事も重要なのだよ!!」

「そうです。やはり貴女を達也君の主とするには不安だと分かりました」

「・・・いいたい放題言ってくれちゃって・・・!!タツヤ!さっさと引きなさいよ!」

「はいはい。そらよ。はい、フィオ」

「割とあっさりしてるんですね・・・さてどちらを引きましょうか・・・」

「フィオ」

「はい?」

「どちらのカードにも俺の想いが込められている。右のカードには強い情念が、左には強い愛情がな。どちらを選ぶかはお前次第だ」

「・・・どういうつもりですか?」

「いや、何だ。お前は後カードは一枚しかない。万一俺の手札にお前の望む札があるのは望んでいるのと違う気がしてな」

「・・・そういう意味での想いですか。わかりました。このフィオ、達也君のその割り切れない態度を一蹴し、めくるめく世界へアイキャンフライするために運命を引き当てます!私のこの右手に今、精霊たちの力が宿ります!はァァァァァァァ!!!」

凄まじき執念と情念を込めて彼女は愛のための選択をした。
引いたのは彼の愛情が篭る左のカード!

『Joker』

「図ったな・・・図ったな達也君!!」

「精霊たちの力(笑)」

「うわあああああああ!!!恥ずかしい!!恥ずかしすぎる!!ぬあああああああ!!」

「クックックック・・・ババ抜きとは高度な心理戦を必要とされる娯楽・・・。俺がルイズのカードを引いた時点で無反応だった事に安心した事がお前の敗因だ」

「さ、流石です・・・達也君・・・この私を出し抜いたばかりではなく間抜けな主のフォローまで果たすとは・・・!ですが・・・私も終わりません」

フィオは後ろ手でマリコルヌに2枚の手札を突きつけた。

「さあ、哀れな子豚マリコルヌ。あなたの選択は二つです。敗北の札を取るのか、はたまた栄光の札を取るのか・・・ちなみに敗北の札は右です」

「・・・な、何だって・・・!?宣言しただと・・・!?」

マリコルヌは目の前の修道服を着た女の発言に混乱した。
この女、勝負を捨てているのか!?いや、まさかこの女は達也との一騎討ちを望んでいるのか?
しかし目の前の女の表情は読めない。無表情である。
彼女の言葉が真実だとすれば右がババだ。しかしそう思わせて左が・・・いやしかし裏を読んで・・・
マリコルヌは考えた。これは心理戦だ。心理戦では女がらみでは劣勢の自分だがこれはたかが娯楽ではないか・・・!

「さあ・・・どうするのですか?『坊や』」

「僕は決断力のある大人だ!坊やなどではない!そして大人はそのような甘言に惑わされない!!」

マリコルヌは左のカードを引き当てた。

『Joker』

「なん・・・だと・・・!?お前は・・・嘘をついたのか!?右と言ったじゃないか!?」

「ええ、言いましたよ・・・ですがそれは私から見た『右側』です」

「お・・・おのれええええええええええ!!!これだから現実の女はあああああ!!!ギーシュ!!引け!!」

マリコルヌが手札をギーシュに向けたその時、川の真ん中に位置した中州から盛大な歓声が起こった。
先程から一騎討ちの会場となっているその中州では血生臭い決闘が行なわれているのだろう。
まあ、参加する気は全く無いが。そういうのはロマリアとガリアでやれ。元々トリステインはゲストみたいなもんだから。

「悪いがマリコルヌ・・・これで勝負ありだ!」

「何ィ!?ババを引かぬだと!?」

「・・・・・・・」

ギーシュは無言である。
ああ、どっちにしても合う札が無かったんだな。
続いてルイズは安心したようにギーシュの札を取る。ハートの9とスペードの9が揃ったようだ。
ルイズは上機嫌で俺に手札を向ける。俺は黙ってルイズの手札から1枚抜き取る。
あ、揃った。

「あがりだ」

「何ですと!?私の達也君とのマンツーマンでの勝負が!何をやっているのですかルイズ!」

「勝負は時の運よ?さあ・・・ババ抜きを続けましょう」

「いや、今戦争中だから、形だけでも参加しようね君ら」

レイナールの冷静な呟きは誰も聞いていなかった。




時は少し遡り、カリーヌが達也の屋敷の地下において真琴を見失っていた頃。
当の真琴は今まで歩いた事も無い赤い通路を歩いていた。
彼女は彼女なりに帰り道を記憶した上で探検をしているのだが、それも怪しくなってきた。

「トランプのマークがついたドアかぁ・・・ここは来た事ないなぁ・・・」

ワクワク半分ドキドキ半分で扉を開いた。
そこは全体的に薄暗い部屋だった。
しかしながら真っ暗というわけではなく、埃っぽくもない。
ゴチャゴチャした雰囲気はなく、杖や水晶玉などが置かれていた。
水晶玉は薄暗い部屋の中でも分かるぐらいにキラキラしている。

「きれーい・・・」

真琴が水晶玉を手に取り観察していると、部屋の奥から、

「久々の人間ね・・・。まあ、小さな女の子だけど」

「ふえ?」

真琴は辺りを見回してみたが人の気配はない。

「こっちよこっち」

声のするほうに真琴は近づいてみた。
その先には青い宝石がついた杖が安置されていた。
宝石がピカピカと点滅し、それと同時に杖から声が聞こえてきた。

「何はともあれ久々の話し相手だわ。人間、私の話し相手になってちょうだい」

高圧的に杖は言う。
だが真琴は目をキラキラさせて喋る杖を取り上げた。

「うわー!杖が喋ったわー!」

「そりゃそうでしょうよ。私はインテリジェンスなワンドなんだから。喋るに決まってるわ。そんなことも知らないの・・・?」

「面白ーい!」

喋る杖をぶんぶんと振り回す真琴。

「ちょっと貴女!待ちなさいな!はしゃぎすぎよ!?もっと丁重に扱ってよ!?全く私の創造主のような娘ね・・・!魔力は高いのに杖の扱いは杜撰だなんて・・・やめて!傷が付くから!?」

そんな杖の願いも空しく、真琴はそれから数分間感動に我を忘れていた。



これが因幡真琴と喋る杖の出会いとなった。





(続く)



[18858] 第120話 悪魔と呼ばれる男、悪魔と呼ばれていた女
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/02 02:11
一応このハルケギニアの民達が信仰しているのはブリミル教が最も多く、ガリアもその例外ではない。
なので聖地ロマリアと戦うのは若干の躊躇いがあると思う。
しかしながらロマリア軍は聖戦の錦があるとはいえ侵略軍である。
その為ガリアは土足で祖国に上がってきたロマリアと戦うし、ロマリアの増える難民達を救済する為にロマリアを打倒するという考えもあるようだ。
言葉だけは立派だがそれなら何で俺やルイズを狙うのやら。放置しとけば平和なのに。

「にしても退屈ですね。何時までこんな川で睨みあいを続けるんです?」

フィオが眠そうな様子で呟く。
まあ、豪快に戦うのはいいのだがその場合川が凄く邪魔である。
川の真ん中の中州で頭に血の上った貴族が一騎討ちしているのだがこれで相手を全滅するのにドンだけかかるのか。
フィオが『参加していいですか?』とか言い出しそうで怖い。

「おー・・・向こうの相手は3人抜きかぁ・・・頑張るなぁ」

「あれは確か、西百合花壇騎士、ソワッソン男爵だ。その豪傑ぶりは国境を越え有名だ。生半可な腕じゃ殺されるね」

中州に立って軍旗を掲げる禿頭の大男、ソワッソン。
成る程、現代日本に生きた学生の俺でも強そうだという事は分かる。
レイナールの説明でその強さに確信がついただけで戦いたいとは思わない。

「どうした生臭坊主ども!俺に立ち向かおうという者はもうおらんのか!」

ソワッソンがロマリア軍に向かってそのような挑発を叫んだ。
悔しそうにソワッソンを睨むロマリアの兵士たち。
おいおい、誰もいないのかよ。と思ったらフィオが俺の肩を叩いた。

「何だよ」

「行きましょう」

「は?」

「このままここで一騎討ちごっこをしてても時間の無駄です。さっさと終わらせますよ達也君」

「ええー・・・俺としてはここでダラダラしたいんだけど」

「副隊長・・・全体の士気に関わる発言はよしてくれ・・・」

レイナールが呆れたように俺に言う。
ギーシュはやれやれといった風に首を振り俺に言った。

「まあ、相手は強いし二人がかりで行っても文句はないだろう。むしろ向こうの名が上がる行為なのだからね」

「そういう事です。達也君、私たちの愛の団結力を見せる時です」

「一人で行ってくださいませんか」

「そんなひどい・・・一緒に行ってくれますか?」

   ことわる

   嫌だね

ニア逃げる

「肯定の選択肢が一つもないじゃないですか!?どんだけ戦いたくないんですか!?しかも何逃げようとしてるんですか!?」

「ロマリアとガリアでやらせとけよ!?こんな一騎討ち!」

「そのロマリア側に戦う意思のある者が今はいないことが問題だから私達が愛の御旗の元に戦うんじゃないですか!」

「その理屈はとんでもなくおかしいだろう!?」

俺の抵抗も空しく、フィオに引きずられる形で俺は小舟に乗せられた。
頼みのルイズは後方で待機中なので俺を助けるどころかメシ食ってご満悦である。
あの野郎・・・聖女の恩恵を利用しまくってやがる・・・!

「頑張れよタツヤ!」

「畜生・・・女性と一緒に戦うとか・・・見せ付けやがって・・・」

応援する声が聞こえてくるが正直迷惑です!頑張りたくありません!
俺とフィオは小舟で男爵の前までやって来た。

「ほう・・・勝てぬと見越して二人で相手か。ロマリア人の臆病ぶりもここまで来たか」

「間違ってますね。私たちはロマリア人ではありません。ですが、貴方を倒す存在である事は間違いありません」

「フン、修道女の分際で大言を吐くものだ。決闘の場に立った以上、容赦はできん。怪我をしたくなければ今のうちに戻るんだな」

「こう言ってる事だし戻ろうぜ、フィオ」

だが俺の提案は彼女には聞こえていなかったようだ。

「私たち二人が出てきた以上・・・貴方がたに待つ未来は敗北です」

「ほう・・・大した自信だな。よかろう、そうまでいうなら最早戦うしかあるまい。名乗れ」

「根無しの修道女のフィオです」

フィオは胸を張って言った。
ソワッソンは聞かぬ名前だなと呟いて今度は俺のほうを見た。
ああ・・・やっぱり名を名乗らないといけないのな。

「トリステイン王国水精霊騎士隊、タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルエニールだ・・・」

俺の名前を聞いて、ソワッソンは眉を顰めた。

「その名前、聞いたことがあるぞ。確か『サウスゴータの悪魔』だったな。アルビオンで7万を壊滅状態に追いやった者の名だ」

「・・・思い出したくない過去だね」

ソワッソン男爵は、後ろを振り向き叫んだ。

「諸君!聞くがいい!この方はかの『サウスゴータの悪魔』らしいぞ!」

するとガリア軍から大きなどよめきが起こった。
悪魔という異名が一人歩きしているのかもっとそれらしい容貌の者だと思われていたみたいだった。

「このような場所で悪魔退治ができるとは何とも僥倖じゃないか!」

「男爵!やっちまってください!」

ガリアの味方達に応援されるソワッソンは手を振ってそれに答える。
だが、そんな余裕をかますのを許すほど、俺たちはお人よしではなかった。
俺たちに対して背を向けているソワッソンに俺とフィオは強烈な蹴りをぶちかました。
ソワッソンは中州から落とされ川へ転落する。
水しぶきが上がると同時にフィオが石礫をソワッソンが落下した場所にぶつけていく。
川底にあった石達が次々とソワッソンに襲い掛かっていく。
やがてソワッソンはぷかりと水面に浮いてきた。無論、意識のない状態である。

「決闘中の相手に背中を見せるとは愚かにも程がありますね、男爵殿」

フィオがニヤリと笑って水面に浮かぶソワッソンを見下ろす。
そしてガリア軍の方を向いて手招きしながらこの女は言った。

「さあ、悪魔退治は続いていますよ?次の勇者は誰ですか?」

怒号と野次がロマリア側とガリア側から飛んできた。

「汚いぞ!恥を知れよ坊主共!そんな勝ち方して嬉しいのか!?」

「おいお前ら!貴族の礼はどうしたんだ!?ロマリアの名を汚す行為をするな!?」

全く、戦争だというのに貴族の礼とか汚いとか・・・
綺麗な戦争をしているつもりなのだろうかこいつ等は。

「フフフ・・・何とでも言うがいいのです。こんな勝ち方?勝てばいいのですよ。貴族の礼?関係ないですね。あと私たちはトリステインから来たのでロマリア人じゃありませんし」

「聞け!ロマリア、ガリアの兵士諸君!」

俺は両軍に向けて宣言した。

「5連勝したら交代していい?」

「「「「「却下!!」」」」」

即答で各方面からお叱りを受けてしまった。泣きたい。

「誰でもいい!あのふざけた奴らを倒せ!倒した奴には賞金三千エキューだ!」

ガリア側の川岸で興奮した将軍がそうまくし立てる。
そうすると賞金に目がくらんだ兵士達が我先にと小舟に群がり始めた。

「おーおー・・・富と名声に目がくらんだ貴族たちがやってくる・・・よりどりみどりですね達也君」

「お前な・・・幾ら暇だからってこういう事しないでくれよ・・・」

「何、ほんの鬱憤の解消です。さ、来ましたよ」

フィオは微笑んで、次の相手を見据えた。
俺は溜息をついてデルフリンガーを構えた。


一方、その頃。
喋る杖を入手した真琴は、その杖を日頃お世話になっているシエスタと屋敷に居候しているエレオノールに見せていた。
なんか訳の分からないものは大人に見せるべきと彼女は判断したのだ。
危険がなければ自分のものとして使用しようと思ったのである。

「インテリジェンスワンド?存在は聞いてるけど現物を見るのは始めてね」

魔法研究所で働くエレオノールは興味深そうに真琴の持ってきた杖を見ていた。
ちなみにカリーヌとカトレアは未だこの屋敷に滞在している為・・・。

「姉様、話はまだ終わっていませんわ。何時までこのような茶番を演じるおつもりです!?領主の妻を演じて独身ではないとのたまう事など神様が許しても私は許しません!!貴女は男関係で報われてはならないはずなのです!たまに身体を持て余してのた打ち回るという姿がお似合いな筈なのになんですかその余裕は!私にプレッシャーをかけるのがそんなにお好きなのですか!?」

「カトレア。今、私はそこそこ充実した日々を送っているわ。残念ね」

「何という良い笑顔でのたまいますか!」

「この際、婿殿を本気で頂いてはどうでしょう?子を作るだけでも構いません」

「「貴女は何を言っているのですか母様」」

「はぁ?貴女達には殆ど選ぶ権利などないのですよ?婚期を完全に逃しているじゃないですか貴女たちは。この際子だけでも産んでもらわないと困りますから」

「私は研究が恋人です」

「お黙りエレオノール!そんな優等生かぶれのような発言は通用しませんよ!」

「そうですよ姉様。貴女の恋人は一人身という環境ですわ」

「表へ出なさいなカトレア。病の前に私の手で貴女の人生を締めくくってあげるわ」

「うふふ、姉様。私はまだ白馬の王子が来てくれる筈ですから死ねませんわ」

「何時まで夢を見ているつもりかしら?床に伏せる時間が長いと現実までも夢のように思えるのかしら?」

「素敵ですねぇそんな生活。床に伏せるだけで王子様が・・・」

「二人とも、小さな子の前ではしたないですよ。それにカトレア、貴女に求婚する王子はおろか小さい頃の約束した殿方も存在しませんので現実を見なさい」

「・・・ウゴハァ!?」

「血を吐いた!?そ、そうだわ!いけなかったんだわ!容姿も良ければ性格も猫かぶりは完璧でそれだけ見れば『カトレアー私だー!結婚してくれー!』と言われてもいい素材なのに病弱というアドバンテージのおかげで家にこもりきりで男の目に止まる事がそもそも余りないからそういう思い出がルイズや私と違って皆無に等しい事を突付かれたらいけなかったんだわ!」

「・・・ゲブホァッ!??」

「更に血を吐いた!?」

「カトレアお姉ちゃんしっかりして!」

「だ、大丈夫・・・平気よ・・・私はまだ何も成していないのだから・・・」

ひとまず血を吐いたカトレアを休ませる為にシエスタは部屋まで彼女を送っていった。
エレオノールはそれを見送るとインテリジェンスワンドの方を見た。

「なかなか面白い姉妹仲のようね。貴女達は」

「余計なお世話よ。無機物の癖に家族内の問題に口出ししないで貰いたいわね」

「聞いてて面白かったわよ。私を作った彼女の妹もあんな感じだったと記憶してるから」

懐かしそうに喋る杖は呟く。
杖と世間話をしているのは変な話であるがこの杖は妙に友好的である。

「エレオノールお姉ちゃん、この子、危なくないの?」

「ん?ああ、今それを調べるから待ってなさいね」

「カトレアやルイズの時の対応より姉をしてますよ貴女」

カリーヌは苦笑いを浮かべて呟く。
良くも悪くも達也と真琴は色々な人々に影響を与えている。
エレオノールも家にいた時よりは穏やかな様子になっているようだ。
その反面カトレアは余裕がなくなってきているが。
見ている方は面白いが、当事者達はたまったものじゃないだろう。
達也が黙ってトリステインを出てガリアに乗り込んだときは本気で心配してしまったのは秘密だ。

「あまりベタベタ触らないでね。いい気分はしないから」

「杖なのになんて言い草なのよ。ふむ・・・見た感じ喋る以外は変わった所はないみたいね。この青い宝石は?」

「製作者の趣味よ。何でも魔法を発動しやすくする御呪いが込めてあるらしいわ。誰も使わないから私もあんまり覚えてないけど。魔力を練るのが下手糞なメイジには優しい機能ね。先生と呼んでもいいわよ」

「呼ばないわよ別に。私、そういうのには困っていないし」

「貴女はいいけど、私の持ち主になりそうなそこのお嬢ちゃんは違うでしょう?」

「わたし?」

「そうよ、真琴。私の持ち主は恐らく貴女になると思うわ。何せ私を起こしちゃったんだから」

「こんな小さな子に杖を持たせるのは感心しませんね」

「何、私はそういう人間の為に作られたようなものだから大丈夫よ。一種の安全機能のようなものよ私は。それを使い慣れた人間には無用なだけだけどね。元々インテリジェンス類は初心者にも優しい教導用の武器として作られた側面もあるのよ。最近は何か凄いような見方をするのもいるけど、自分の戦い方に自信のある人間に武器が喋りかけたら邪魔なだけでしょう?でも初心者はそうもいかないのよ。戦う時に助言をしてくれる存在なんてそうはいないし。私たちはそんな雛鳥達を巣立たせる手伝いをする為に意思を持たされてるのよ。全く、迷惑な話よね。戦争がなければ武器は無用だから暇だし」

「・・・そういう意味ではこの子に貴女を持たせても大丈夫って事かしら?」

「そりゃあ刃物とかだったら私も考えたわよ。でも見なさいよ私の姿。何処からどう見ても杖じゃない。仕込み剣というわけでもなし、宝石なければ見た目ただの棒よ?どの辺が危険だと言うの?危険性で言えば貴女の妹の方が真琴の目の毒でしょう」

「まあ・・・否定はできないわね確かに・・・うん、確かに目に付くものはないわ。はい」

エレオノールは喋る杖を真琴に渡した。

「そういえばお杖さんのお名前はなんて言うの?しゃべれるんだから名前もあるんでしょう?」

真琴は無邪気に聞いてきた。

「名前?ないけど?」

「え?ないの?」

「何だったら持ち主の真琴が付けなさいな。独創的な名前でも構わないから」

「えっとねー・・・それじゃあねー」

真琴は散々悩んで言った。

「じゃあ、お兄ちゃんのお屋敷で見つけたから『オルエニール』でいいや」

「土地の名前ですか。それでいいでしょう。ではオルちゃんとでも呼んで頂戴」

「はーい!オルちゃんせんせー!」

「良い返事ね。これからよろしく」

そういう訳で喋る杖『オルエニール』ことオルちゃんは真琴の所有物となったのである。


結局俺たちはガリアの貴族たちを次々相手する事になったのだが・・・
どうも初回のソワッソンのような強そうな強者の空気を纏った漢はおらず・・・
いつの間にか俺たちの首にガリア側は二万エキューをかけていた。

「誰でも良いから奴らを倒せ!!」

「よおし!次は俺様だ!そろそろ奴らは疲れているはずだからやれるはず!」

「仮定のみで前へ出るのは勇気ではなく無謀ですよ」

先程からフィオがノリノリで敵を倒してくれる。
俺はフィオが相手を倒す隙を作る囮である。

「この!?何故避ける!?」

「避けなきゃ痛いだろう」

相手の貴族の杖の突きをかわしたその時、フィオの魔法が炸裂して相手は川の中へ落ちてしまう。
人間離れした詠唱速度はダークエルフの彼女だからできる芸当である。

「これで20人ですか。そろそろ気も晴れてきましたね」

「これ以上、貴様らの好きにさせるか悪魔め!」

「悪魔ですか・・・かつて私はそう呼ばれていました。その時は嫌でしたが達也君とお揃いと思えばそれは誉め言葉ですね!」

「悪魔なんざ・・・呼ばれたかねぇよ!」

俺は相手の剣を居合いによって真っ二つにした後、蹴り飛ばして貴族を川に落とした。
フィオは微笑んで俺を見ている。何か文句でもあるのかよ。
俺がフィオを睨んでいると、向こう岸から黒い鉄仮面を被った長身の貴族が現れた。
その身なりは粗末なものである。ボロボロの側の上衣を着込み、色あせたマントを羽織っている。
その貴族の纏うものに何かフィオは感じたのか目を細める。そしてこっそりと俺の前に出てきた。
舟から下りた男は一礼した。

「名ぐらい名乗ったらどうですか?」

「生憎と名乗る名は持ち合わせていなくてな」

「そうですか。その辺の名ばかりの相手ではないようですね」

「参る!」

男は杖を構えると突っ込んできた。
彼は俺ではなくフィオを狙ってきた。
構えたレイピアのような軍杖が振り下ろす瞬間に青白く光る。

「あれは『ブレイド』!?」

ギーシュが叫ぶ。
メイジが接近戦の際に、この呪文を使い、杖を剣のように扱って戦う。
切れ味は剣とは違うものの、殺傷能力は高い呪文である。
フィオは虚をつかれたように立ちすくみ、その一撃をまともに受けてしまった。
フィオの肩口から腰にかけて仮面の男の杖が切り裂いていく。
一瞬の事であった。俺は声をあげる事も出来ずにいた。
そしてその直後俺は、男のいる方に向かって喋る剣を投げていた。


男は剣を避けるが、その剣を男の後ろに立って微笑んでいたフィオが受け取り、あっという間に男を切り裂こうと剣を振った。

「ちィっ!?」

男は焦ったように飛びのいたが、そこには喋る刀を持った俺がいた。

「せいやっ!」

気の抜けるような声だがこれでも居合で杖を破壊したのだ。
杖を破壊された男は膝をついた。
そして俺にしか聞こえないような声で呟いた。

「・・・・・・トリステインから来たといったな?タバサ様を知っているか?」

「・・・知ってるも何もこの戦場にいるけど」

「そうか・・・ならばお渡ししてもらいたいものがある」

男は立ち上がり、予備の杖を取り出して俺に斬りかかった。
どう考えても手抜きとしか思えない切りかかりように俺は答えてつばぜり合いを演じた。

「これから身代金が入った袋を渡す。その中に彼女に宛てた手紙がある。お渡ししてくれ」

「別にいいけど・・・直接会わないのか?」

「何・・・今の私は名乗る名すらない男だからな・・・さあ、上手くやれ」

「達也君!今お助けします!とあーっ!!」

空気の読めない修道女がこのナイスガイに飛び蹴りをぶちかました。
本当は穏便に済ませるはずだったのに仮面の男は川の中に落ちていった。
何やってんだお前は!?黒の下着とか着ているのだけはいっちょまえだな。
とにかく今回は疲れたので22勝した所で俺達は休む事にした。
ガリアからのブーイングが酷いが、馬鹿者!俺は疲れたんだ!

「そういう訳で次はギーシュだな」

「悪魔か君は!?」

「水精霊騎士隊の皆、何を他人事のように応援してるんだ?俺が行った以上お前らも行け。そして勝て」

「ええええええ!?そんな殺生な!?」

「勝てばいいだけの簡単なお仕事です」

俺は同僚たちに冷徹に言う。
無責任に応援するだけなのは許せん。
お前らも少しは功績を残しやがれ!!
俺はそんなことを思いながら同僚たちの健闘を祈った。




(続く)



[18858] 第121話 折角出て来たのに悪いが何故出て来た
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/09 17:20
どうやら幸運にも水精霊騎士隊の隊員達は一人も欠けることなく戦いを終えたようだ。
キュルケはカルカソンヌの真下にある小高い丘から遠眼鏡で騎士隊の戦いを見守っていた。
あのフィオとかいう謎の修道女は自分の予想以上に強く、更に言えば『分身』を使っていた。
一体何者なのかは知りたいところだが、ひとまず達也を守るという意思は見受けられた。

「結局、タツヤは二十二人を抜いてそれからは戦わなかったわね」

「身代金も結構貰っていたみたいね・・・あとでたかろうかしら?」

「ルイズ・・・どう考えても貴女の方がお金は持っているじゃない」

「日頃世話になっている主に貢物をするのが使い魔ってものじゃないかしら」

「そういうのは集ってまでやる事じゃないわよ」

ルイズは達也と出会ってから何故か歳相応と言うか子供っぽい所を無遠慮に見せるようになってきた。
それ以前の彼女は何処か背伸びしすぎて足が攣ったような有様だった。
口を開けば皮肉と不平不満ばかりで孤高を貫こうとしていたあの間違った方向に気高い彼女は何処に行ってしまったのだろうか?
優秀な二人の姉がいて自分だけゼロだったあの頃・・・ルイズは学者にでもなるのかというほど勉学に打ち込んでいた。
座学は現に魔法学院でトップクラスだった。それだけが取り得だと彼女は割り切っていたのかもしれない。
知識だけは無駄にあり実践が上手くいかない。結果だけを見るものにとっては彼女の努力は無駄かもしれない。
貴族は魔法が使えるのが常識のような風潮の中、念願かなって魔法の力を手に入れたルイズは賢さを何処かに投げ捨ててしまったのか?
いやいや、それでも座学は相変わらず優秀であるし、相変わらずそれなりの努力はしているのだろう。

「ルイズ・・・この戦いにおいてアンタの力は神から与えられた力って言われてるけどそこの所どう思ってるの?」

「虚無が神から与えられた力ね・・・うーん・・・私は教皇聖下みたいに熱心な信者じゃないけどさ。神様がこの力を私に取っておいてくれたとは思うかな」

「あら、てっきりこれは私の有り余る才能のお陰よとかいうかと思ったわ」

「そりゃあ一時期は神はいないとか本気で思ったこともあるわよ。でもね今はそうは思わないわ、実を言うとね」

「そりゃまたどうして?」

「タツヤがアルビオンで行方不明になったとき私たちは何かに祈ったわ。その時思ったのよね、人の心の中には確かに祈る対象としての神様がいるってね。人はすがる対象を求めて宗教にそれを求める。それは別にいいことよ。問題はそれをいいことに搾取したまんまの方よ。祈るのはタダなのにお金くれとか虫が良すぎでしょう!神様がお金持った所で使い道ないじゃないの!?」

「いや、それはやっぱり教会や聖堂などの維持費がかかるからじゃないの?」

「魔法で何とかしなさいよ!?その為の魔法じゃないの!?」

「いや、ね?人件費とか」

どうやらルイズは宗教自体に嫌悪感は持っていないらしい。
何で金をやらんといけないのだという点がご不満らしい。
おおよそ貴族の娘とは思えないほどのセコイ怒りである。

「神様も大変よねー、勝手に感謝されたり勝手に恨まれたりするんだから。難儀な職業ね」

神様を職業と申すか、この女。

「何言ってんの、私がやってる『聖女』も戦場の皆さんを鼓舞する職なのよ。恐らく聖下は私の保険にティファニアをついでに聖女に仕立て上げたに違いないわ」

「どうしてそう思うの?」

「巨乳好きと貧乳好き両方のニーズに合わせた聖女の選択だと思うのよ、私」

「そんな俗っぽい選び方をするの?ロマリアの教皇は・・・」

「何言ってるの!より良い信仰を得る為には民衆の嗜好を知らなければならないわ。女性向けは恐らくジュリオや聖下が担当してるだろうし、後は男性信者の指示を増やしたいが故に私たち二人を立てたに決まってるわ!ああ、美しさは罪よね」

「あー、はいはいそうだわねー」

キュルケはすでに話半分でしかルイズの世迷い事を聞いていなかった。


一方その頃、タバサはカルカソンヌの街に上るための崖の階段を歩いて上っていた。
シルフィードを使えばひとっ飛びなのだが、今は何だか歩きたい気分だった。
こうして自分の足で一歩一歩歩いていると、昔の事が思い出される。
幸せだった幼き頃・・・父のオルレアン大公が健在だったあの頃・・・。
祖父が死に、父が謀殺され、全てが壊れてしまったあの頃・・・。
伯父に父は殺され、母は心を狂わされ、悲しみの中無茶な任務を命じられたあの頃・・・。
化け物の巣窟の中で出会った仲間だった人。自分の師だったかも知れないあの人。自分の境遇を聞き、甘えていると言ったあの人・・・。
やがて悲しみは怒りとなり、伯父王への復讐心が育っていったあの頃・・・。
そしてあの人は死んでしまい・・・自分は仇を討って・・・『タバサ』は生まれた。
感情が消え、それこそ虚無感が漂うような雰囲気を纏うようになった。

そんな自分にも友人が出来た。
激しい情熱を内にも外にも放出するかのような少女、キュルケ。
誇り高いのは分かるが何か抜けている虚無の担い手、ルイズ。
頼れるがわりと鬱陶しい使い魔、シルフィード。
かけがえのない友人たちを大切にしたい、迷惑をかけたくない・・・。
そう思って自分は単身ガリアに乗り込んでまんまと囚われの身になってしまった。

その時、気付いた。
私は何も変わってなんかいない。
泣き虫だったあの幼い頃と・・・。
人は変われるが簡単にその根っこまでは変われない。
それを気付かせてくれたのは我が親友キュルケとそして・・・

タバサはその時、ふと人の気配に顔を上げた。
階段の折り返し地点に立っているのは、ロマリア神官にして、教皇ヴィットーリオのヴィンダールヴこと、ジュリオであった。
ジュリオは困ったような顔でタバサに声を掛けた。

「やあ、タバサ。健康の為に階段上りかい?精が出るね」

普通の女性ならばジュリオのハンサムな顔やオッドアイにやられて参ってしまうのだが、生憎タバサはその普通のカテゴリには入っていなかったようだった。
タバサはジュリオの挨拶を無視してその場を通り過ぎる。

「失礼。どうやら呼び方を間違えたようだ。シャルロット姫殿下」

「・・・知ってたの?」

「ええ、存じ上げていますよ。そもそもこのハルケギニアのことで、我々ロマリアが知らぬことなどほぼありません」

「陰謀にも長けている国と感じる」

「ほほう?」

「このような用意周到な侵攻は随分前から計画されたものと思われるし、何より・・・主のいない所で彼を殺害しようとした」

ジュリオは溜息をついて頭を掻く。
あの場では自分は失態を演じてしまった。大泣きもしたし本性も出てしまった。
もはやあの場にいたタバサにはクールな自分を演じるには無理がありすぎるのだとジュリオは感じている。

「まあそうですね・・・多少の読み違いはあれど、大筋は此方の狙い通りに進んではいます。予定通りリュティスに至る道もできましたしね」

「貴方達の予想の範囲内とでも言うの?」

「いえいえ・・・まさかガリア軍が此方を攻める大義名分を持っているとは思っても見ませんでしたよ。国内の顕著すぎる格差から聖地を名乗るのは不敬だと・・・成る程ロマリアは神官ばかりが甘い汁を啜っている現状がありますからね。僕の主もそれを何とかしようと思ってはいるのですが・・・結果が伴ってはいないですからね、残念ながら」

だから今日、信仰が地に落ちた状態となっているのだが、それでも救いを求めてロマリアへやってくるものは後を絶たない。
人を救うのは人間だが、現状のロマリアはその人さえも余裕がない状態である。
それこそ神様に頼って救ってもらうしかないな、とジュリオはたまに思うこともあるのだ。

「貴方達は何が目的?私を貴方達の人形とするつもりなの?」

「由緒ある王国を、本来の持ち主にお返しするお手伝いがしたいだけなんですがね」

「国は伯父王でもそれなりにやっていけている。その必要はないのに?」

「貴女の復讐のお手伝いと言ったら?」

「余計なお世話。これは個人的な問題。他人がおいそれと口を挟むものじゃない」

「やれやれ、ハルケギニアの姫君たちは頑固か一癖もある方々のようだ」

ジュリオは肩を竦めて言う。
聖戦の完遂にはまずジョゼフ王の打倒は必須なのだが、このガリアの地で彼を打倒するには神輿が必要である。
それが次期国王と目されていたオルレアン公の遺児、シャルロットである。
彼女が正統な王権を主張さえすればこれ以上の担ぎがいのある神輿はない。
オルレアン派の敵部隊の寝返りも期待できるかもしれない。

「とはいえ、ガリア側に戦う理由があるのが困ったところだ」

「・・・下手をすれば、私を担ぎ出したところで逆に怒りを買うことになるかもしれない」

「ええ、それが厄介極まりないんです。担ぎ方を誤ればガリアは今度こそ本気でロマリアを潰しにかかるでしょうね。理由はそうですね、シャルロット姫を戦争に利用しているとか人質にとってこちらを惑わせようとしているとか。こうなるとトリステインにも迷惑がかかることになりますね。身柄を保護しているのはトリステインのはずですから」

「・・・・・・」

「しかしまあ、ここまでは我が国の兵士やトリステインの援軍の頑張りもあり上手くいっています。策謀とか抜きにすればこれは喜ばしい事です」

「そのトリステインからの派遣された騎士を何故暗殺しようと?」

「全ては此方の都合ですよ。まあ、痛い授業料を払うことになりましたがね。正直言って『彼』は我々の計画外の存在なんですよ。我々が主催した舞踏会に合わせて皆は踊っているのに、彼は一人ひたすら食事を摂っているかのような行動ぶりですから。それだけなら無害なのですが、舞踏会の光景としては少々見苦しく感じましてね。舞台から降りてもらおうと思っていたのですが・・・」

「返り討ちに合ったと」

「ははは、どうやら彼は舞踏会会場の食事が御気に召していたようです。我々はその食事の邪魔をしてしまったのです。ですが放置してれば無害と判断した為、現在は彼の好きなようにやらせています。・・・まあ、踊っている人を食事に巻き込む所もあるようですが」

「分かる気がする」

良くも悪くも影響力のある男である。
放置してればいいやと判断したロマリアの教皇はその判断が本当に良かったかと推敲すべきである。
タバサは密かにそんなことを思った。


その日の夕方、観光のメッカでもあるカルカソンヌでルイズ達トリステイン組は一軒の宿屋が割り振られていた。
例によってその宿屋の一階は酒場となっており、水精霊騎士隊の面々はひとまず今回の戦いの勝利を祝っていた。
互いに生きてて良かった。案外何とかなるものだと肩を組んで喜び合うその光景の中で、俺は酔っ払いの相手をしていた。
酔っ払いどもは酒臭い息を俺に吐きかけ、上機嫌でワインの壜を振り回していた。非常に危険である。
酔っ払いの名前を具体的に言えばルイズ、フィオ、マリコルヌの3人である。
はっきり言って凄く面倒な面子である。助けになりそうな存在は我らが隊長ギーシュと言いたいのだが・・・

「モンモランシー・・・僕は帰りたいよ・・・ひっく・・・えっぐ・・・」

「隊長・・・君は酔ってるんだと思うが、そのような泣き言を言ってはいけないよ・・・」

どうやら酔った際に愛する彼女の事を思い出したらしく我らが隊長は泣き続けている。
その隊長のお相手をレイナールが務めているので、彼に援軍は期待できそうにない。
というか酔った時ぐらい泣き言言ってもいいじゃん。
相変わらず我が騎士隊の参謀殿は厳しい方である。
・・・さて、状況を整理しよう。ギーシュとレイナールが使えない以上、俺は他の人に援軍を求めねばならない。
タバサ・・・メシ食ってる。
キュルケ・・・まずい・・・ほろ酔い気味だ・・・。
テファ・・・戦力になるのか?

「正に孤立無援の状態だな」

「君は僕に助けを求めようとは思わないのかい?」

何故か俺の隣に座るのは、何故かここにいるロマリアの神官ジュリオである。
何でトリステインの宴会場にお前さんがいるのだね?
話を聞けばロマリアの方はかつて俺たちを嵌めようとした際に無駄に騎士達を動かしてしまったから居辛いとの事だった。
で、ここは知り合いが多いからとちゃっかりこの宴会に参加させてもらったというわけである。

「お前は教皇の直属だろう。そばにいなくていいのか」

「たまには羽を伸ばしてもいいと思うんだよね、僕は」

「あんな事があってこの場に来るお前の度胸を称えよう」

「かつての敵が手を組むとか素敵だと思うよ」

「ただ酒が飲みたかっただけだろ、お前」

「向こうは女の子いないもの・・・」

それが本音かよ。
微妙な空気の中、俺はジュリオを援軍として酔っ払いたちに挑む事になった。

「結局、男の人ってのはどのような胸がいいとおもうのれすかー?」

「どーせ胸ならなんだっていいんれしょー」

「断じて違う。いいかい?良き胸と言うのは形の良さだ。更に大きさも加えられる。その程よいバランスに男は惹かれていくんだ。フィオ、君のような何もかも中途半端な胸はよい評価を得られない。ルイズは問題外だ」

「私が問題外なら、タバサも仲間ねぇ~」

妙な仲間意識を持たれて迷惑そうなタバサ。
縋るような視線で俺を見る。
フィオは中途半端と言われたことにショックを隠し切れないようである。
俺は野菜サラダを食べながらルイズに言った。

「伸び代のないお前に仲間扱いされても・・・」

「おのれタツヤ!言ってはならない事を言ったわね!!?」

「どのような成長の可能性があろうともお前の成長は胸ではなく腹か尻だけだ!それがお前の運命だ!」

「やかましい!変えてやるわよそんな運命!!」

言ってる事は格好いいのだが、意味を考えればこの上なく情けない運命打破宣言である。

「達也君・・・私は中途半端な女なのですか?」

「ノーコメントでお願いします」

「おのれ達也君!!そこはお前は俺にとっては最高の女だとか言う場面でしょうに!!」

「思い通りにならないのが人生です」

5000年生きてきてそんなことも分からんのかこのダークエルフは。

「マリコルヌの胸のタイプを聞いても仕方ないわ。私達が聞きたいのは・・・あんた達よ。タツヤ、ジュリオ」

「いや、皆それぞれ魅力的だよ」

ジュリオがそうやってすぐ逃げた。
女性どもはそんな八方美人的答えをつまらなそうに聞いて視線を一斉に俺に向けた。
・・・何を期待に満ちた目で見てやがるお前ら。
胸のタイプを答えろと言うのか俺に。・・・誤魔化せない空気なので答えはするが。

「理想の胸?そりゃ姫様だろう」

俺の答えに一同は凍りつく。
アンリエッタは俺の恋人の杏里に生写しである。
杏里を直接知らないルイズ達に分かりやすいように言ったのだが。
マリコルヌが無言で俺の手をガッチリと握る。彼も同感らしい。

「おのれタツヤ!アンタ事もあろうにトリステインの玉座を狙っているのね!?」

「話が飛躍しすぎだ!?」

「こうなればその姫とやらを亡き者に・・・」

「その前にお前が老衰でくたばれババア!?」

酔っ払いの相手は本当に疲れる・・・
そんなことを痛感した夕暮れ時であった。

聖戦を止める為行動する事を決めたアンリエッタは達也達を残して王宮に戻って執務室に篭っていた。
国庫を空にすると同義の聖戦はやるべきではないと考えるアンリエッタはゲルマニアの誕生経緯を考えてそう思っていた。
ゲルマニアは聖戦で疲弊した諸侯が反乱を起こした結果誕生した国家である。
見たこともない聖地より、目先の生活が大事・・・人々はそう思って生活している。

「こういうときのための女王の位というわけですかね・・・」

アンリエッタは身を挺してこの聖戦を止める覚悟である。
ロマリアの教皇は話が通じない。というか聖戦を宣言したのは彼である。
ならばガリアの王に接触してみるしかない。
では使者でも送るか?生半可な使者では駄目だろう・・・。
そう思っていたからこそ、アンリエッタは後日、会食の席で重臣たちの前で宣言した。

「このわたくしが、直接ガリア王と交渉いたします」

食事を摂っていた重臣たちが一斉に噴出した。
重臣たちは無茶だ!とか遠足じゃないんですぞ!と喚き散らしている。
それもそのはず、彼女に万一の事があれば、後継者のいないトリステインは混乱の渦になる。

「だまらっしゃい!これはトリステインのみならず、ハルケギニア存亡の危機なのです!わたくしがいなくとも枢機卿も母君もいらっしゃるではございませんか」

「母を謀るとは娘ながら大したものです、アンリエッタ」

「母君?隠居暮らしには速すぎると思われますから、万一があれば頑張ってくださいまし」

「万一がないよう頑張ってくださいな」

この母はどうあっても隠居暮らしを謳歌したいようだ。

「わたくしは負ける賭けはしない主義です。最終的に勝つことこそ我がトリステイン王家の家訓のようなもの!それなりの用意はしてあります」

アンリエッタは書類が詰まった鞄を握り締め言い放つ。
この中には彼女が練り上げた外交案が入っている。
アンリエッタはトリステインだけで収まる器ではなかったことに枢機卿のマザリーニは嬉しく思った。
彼はアンリエッタの前に膝をつき、

「ご成長を嬉しく思います」

と、短く告げた。
枢機卿がそういうならば他の重臣たちも反対するわけには行かなかった。
こうしてアンリエッタはガリアに向かう事が決定したのだった。
会食が終わり、その部屋に枢機卿のマザリーニだけが残った。
彼は誰もいないと思われる室内で呟いた。

「さて・・・陛下はお前の目から見ても成長したと思うかね?私は成長したと思うがな」

「・・・・・・理想論ばかり振りかざす頃に比べればかなり成長しましたな」

「だろうな。・・・ガリアにはアニエス殿も帯同するが、お前にも影ながら同行して貰う。良いな」

「やれやれ・・・枢機卿も意地が悪い事を企みますな」

「お前の能力は本物だと信じている。この国を愛するその心もな」

「承知しました。陛下の御身、影ながら支えると致しましょう」

「頼む」

そう言うとマザリーニは部屋から退出した。
部屋の中には誰もいなくなった。




達也の世界。
高校3年生の三国杏里は恋人の妹が寂しくないよう定期的に因幡家を訪れている。
自身も今年受験で忙しい身ではあるのだが、それでも彼女は不満も全くなかった。
そもそも両親は家にいないことが多いから因幡家は彼女にとって第二の家同然である。

「ただいま、おば様!」

「あら、お帰り杏里ちゃん」

だからこうやって挨拶するのも自然である。
杏里が因幡家の居間に行くと、そこにはケーキが置かれていた。
達也の妹の瑞希がそのケーキをじっと見つめている。
・・・ああ、そうだったわね。今日は・・・

「よっしゃ、ひとまず全員揃ったな・・・」

達也の父は椅子に座ってそう言った。
息子と娘が一人ずつ行方知れずであるのが心配でたまらないのだが、今回はそんな雰囲気を持ってはいない。
今日は一年に一回のめでたい日なのだから。

「それじゃあ、主役はいない誕生会だが、始めるか!」

「はーい」

「「「「達也、18歳の誕生日おめでとー!」」」」

そう、この日、何処かの世界にいる彼らの大切な人は18歳になっていたのだ。
十八本の蝋燭の火が揺れている。
杏里はそれを見ながら恋人の帰還を信じ続けるのであった。



その頃、達也はというと、宿屋で寝ていた。
酔っ払いたちに付き合わされ身体と精神が限界を迎えたのだ。
隣では酔いつぶれたギーシュが寝息を立てている。
部屋は酒臭かった。

俺が目覚めると、そこは真っ白な空間だった。
またこの空間かよ。今度もウェールズが出てくるんじゃないだろうな。
少し離れた所から誰かが近づいてきた。俺は目を細めてその人物を見ようとした。

その人物は自分と同じ黒い髪に黒い目・・・というかどう見ても日本人のような格好である。
姿格好は同じ年齢位の男子であり、服も日本で一般的に着られている洋服であった。
だが、そいつの姿に俺は見覚えはなかった。

『よう・・・誕生日だってな、オメデトウ』

「誰だよお前は?見知らぬ奴に祝われても気持ち悪いだけだぞ」

『俺は数多ある物語の祖となる存在。いわば本物の物語の住人と言えばいいのかな?』

「は?よく分からんが、名前はないのか?」

『名前か・・・その物語では俺はこう呼ばれている・・・。『平賀才人』とな』

「おお!異世界に来て初めて身内以外の日本人に会えた!?でも思ったんだが、その言い回し恥ずかしいからやめた方がいいよ」

『大物っぽく出て来たのに何その言い草!?中二病扱いかよ!?』

「俺は数多なる物語の祖となる存在(笑)」

『(笑)つけんな!?畜生、何なんだこいつは!?』

よく分からんが目の前の男は憤慨している。
大物っぽく現れたが正直誰やねんお前。
あ、そういえば今日で俺は18なのかー・・・ハルケギニアの暦と地球の暦は違うから忘れそうだったぜ・・・。


一方、ド・オルエニールの達也の屋敷では真琴たちが達也の誕生日を勝手に祝っていた。
・・・・・・誕生日を忘れているのはどうやら達也だけだったようである。



(続く)



[18858] 第122話 難しい夢の後は踊りの時間
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/12 16:17
突然俺の目の前に現れた日本人のような少年『平賀才人』。
何か恥ずかしい称号を引っさげて現れたがコイツは一体何者なのだろう?
まあ、何者だとしても俺にとってはどうでもいいんですけどね。

『人の話を聞くという態度を取れよ、お前!?』

「やかましい!自分の誕生日を祝うのが見知らぬ男というこの悲しみが貴様に分かるか!?」

『知るか!?自分の誕生日を忘れていたんじゃないのかお前は!?』

「ハルケギニアの暦は俺んとこの暦と違うからややこしいんだよ!」

『何で俺にキレるんだよ!?』

目の前の男は俺の理不尽な怒りに怯んでいるようだ。
というか本当にコイツは一体何なんだ。人の夢に大物っぽく現れやがって。オーラは全くないが。

『全く・・・疲れる奴だよ・・・。そんなだからわざわざ俺が忠告しに来たんだけどな』

「は?」

男は俺を指差して言った。

『因幡達也。お前はハルケギニアという異世界で何がしたいんだ?』

「元の世界に帰りたい」

『・・・悩むかと思ったら即答か。なら何故帰らない?お前には恋人がいるし、妹を危険にも晒したくはないはずだ』

「色んなことを投げっぱなしで帰るのはどうかと思っただけさ」

『お前がそれを気にする理由が何処にある?妙な正義感や義務感?それはお前の自己満足じゃないのかよ?』

「さも自己満足が悪のような言い方だな。所詮人間なんぞそんなものだろうよ。俺は自分が満足する結果を求めて生きてるんだ。妥協し続けるのもいいのかもしれないけどそんなの気持ち悪いだけだろうよ。この世界で俺がやりたいというか見届けたいものがある。それだけで俺はここの世界にまだ留まる理由はある」

『そうしてお前は家族や待っている人々を傷つけていくのか?それは自分勝手だろうが』

「自分勝手ね・・・ああ、そうだな。俺は恋人がいのない男かもな。浮気されても仕方ないと思うよ」

『そう。お前は恋人を寝取られても文句は言えない環境にある』

「何が言いたいんだよ」

『それなのにお前はどうしてその愛情を貫けるんだ?何故回りは恵まれているのにそっちを見ようとしないんだ?』

「昼ドラもしくはハーレム系を見すぎじゃねえのお前。確かに美女に目を奪われるのは男の性だが、愛する女は俺の場合はたった一人しかいなかったのさ。全く、自分の守備範囲の狭さには愕然とするよな、わっはっはっは」

『・・・はっきり言ってお前のそのブレなさがつまらないんだが』

「・・・お前を楽しませる為に俺は日々を過ごしている訳じゃないんだが。大体人を捕まえてお前の人生つまらんとか兄弟でも殺されるほどの暴言だろう。別に俺は今のように人生にそんなに凄まじい変化は必要ないと思うし、これからもそう思うだろう。他人からすればそれはつまらん考えかもしれないけどさ、いいじゃんそんな人生でさ。そんな人生がいいよ。そんな人生じゃないみたいだが」

『お前のそのブレない態度でどれだけ皆が傷ついてる?お前のその妙なテンションは痛々しいとも思えるぜ。ルイズや姫様がお前にどれだけ振り回されてると思ってると思ってんだ!』

急に怒鳴った男。何だコイツ?ルイズと姫さんに何か思うことでもあるのか?
敵意満々だが、俺は短い人生中そういう相手に出会ったことは結構ある。
そういう相手に対してわざわざ友好的に接する必要はない。だって面倒だもん。しかも男だし。
しかも夢の登場人物の癖に何て言い草であろうか。
しかし俺もその二人には振り回されているのだがこの男は何を見ていたのだろうか?
妙なテンションとこの男は言うが、そうでもないとあんな連中と付き合えるか。こんなトンでも世界で生きれるか。
何お前?『俺はこの世界でも冷静沈着に生きれるぜ』とでも言うのか?できるか馬鹿者!?
それとも『もっと冷静になれ』と説教でもしたいのかお前は。
そんなことを俺が思っていると、黙っている俺を見て男は何を勘違いしたのか、勝ち誇った表情で言った。

『まあいいさ。俺が辿る物語と違って、お前の旅路の物語なんて誰の記憶にも残らないし、日の目を浴びる機会もないだろ。お前は所詮紛い物の世界の人物に過ぎないからな。紛い物の世界なんて誰も認めない。ま・・・俺も俺で無数にある紛い物の世界で色んな立場になってるからこういう事は言いたくないんだけどな。ま、お前がどんなにこれから先頑張っても、本物の世界の『俺』や『皆』を超える事はできないし、例え支持を受けようとも、贋作は本物じゃない。真実の世界は一つで、その世界の主人公はたった一人さ。その真実の世界の住人の俺から忠告があるんだ』

「ゴチャゴチャ訳の分からんことを・・・」

『訳が分からんでも聞け。お前が歩んでいる物語、この辺で終わってもいいと俺は思う。退き時を見誤ってズルズルここまで来てしまったんだ。終わりぐらい潔くした方がいいと思うぜ?俺はこれ以上、お前たちの醜態や、この世界の気持ち悪さを見続けるのは嫌なんだ。まあ、気にするな。偽者の世界が一つ終わりを迎えた所で誰も気にしない。むしろ喜ぶ奴もいるんじゃないか?やっと消えてくれたとかで』

「真摯なアドバイス感謝してやるよ。俺の人生や俺が歩む道を批評するのは勝手だ。でもな、『真実の世界の主人公』さんよ。俺たちはお前がどう思おうが勝手に生きて勝手に死んでいく。俺にとっての真実の世界はお前のいる世界じゃない。というか黙って聞いてたら真実の世界とか紛い物とかお前何言ってんの?何度も言うけど恥ずかしくないのか?例え俺の存在が何かの贋作だったとしても別に構わん。だってさ、同じ皿でも贋作は安いからな。本物は高いから近寄りがたい。お前がもしお前自身が言うように俺から見れば大層高尚な人物であるとしても、俺はそもそもお前に会った事はないし、会ってもいきなりその言い草だから敬意を払う事もないし。従ってお前の言う事等俺が聞くわけがないじゃない」

目の前の男は苦虫を噛み潰したような表情になる。
俺、コイツにここまで恨まれるようなことしたっけ?

『・・・俺はお前が嫌いだ。俺を蹴落として皆と楽しそうに過ごすお前が嫌いだ。俺より弱いのに微妙に評価されてるお前が嫌いだ。そして何よりも、ルイズを苛めまくるお前が大嫌いだ!』

「成る程、要は本来なら俺がその世界で俺TUEEEE!する筈だったかもしれないのになんかよく分からん存在の俺がここにいるから憎いと。何かゴメンなァ?変われるもんならマジで変わりたいんだが」

『出来たらここまでわざわざ来てお前に忠告しに来るか!!』

男は悔しそうに怒鳴る。
しかし怒鳴った所で所詮無駄な遠吠えである。
コイツの妄言を信用する訳ではないが現に俺はハルケギニアに召喚されてしまい、目の前の男は召喚されなかった。
嗚呼、何という双方にとって迷惑な事実であろうか。
変われるものなら変わってやりたいが変え方など分からん。
分からん以上、俺のハルケギニアでの生活はもうちょびっとだけ続くのだろう。

『クソ・・・!俺がそっちにいたらルイズを全力で守ってやるはずなのに・・・!!』

「守らんでも自分で何とかするぞ、あの女は」

『お前それでも使い魔か!!』

「主が強ければ使い魔は戦わなくていい。つまり身の回りの世話だけしとけばいい!つまり戦わなくていい!」

『2回言った!?そこまでして戦いたくないのか!?』

「戦う時は戦うけど必要な時以外は戦いたくないでござる」

『・・・やっぱりこんな奴にルイズは任せられねぇーー!?ちっくしょー!早く死んでしまえ!そしたらもしかすると俺が召喚されるかも知れないじゃないか!』

「残念ながら俺は死ねないんだな、これが」

恋人の為に、妹の為に、俺が死んだら悲しむ人の為に・・・俺は死ぬ訳にはいかないのだ。
生きて完全に元の世界に帰る為に俺は、くたばってはいけない。
俺の目の前で頭を激しく掻きながら男は俺に毒づく。
ルイズに対して過保護過ぎやしないかこいつ。まあいいや、こういうタイプにはこう言おう。

「安心しろ。ルイズが俺の目の前にいたらとりあえず出来る範囲で守る。その範囲にいなかったらその時は彼女の生命力に期待する」

『安心できんわ!?』

完全に安心できることなど人生にはないと言おうとした所で唐突に俺は目が覚めた。

「・・・・・・・・・何つー夢だ。男と二人きりとか萎えもいいとこだぜ」

「何だか恐ろしい夢を見ていたようだがそろそろ足をどけてくれタツヤ・・・」

「あん?」

俺が見ると、隣で寝ていたギーシュの腹に俺の右足が乗っかっていた。
そしてその時俺は大変なミスを犯してしまった。

「あ、悪い」

そう言って俺は足を最初にどかさず、身を起こしてしまったのだ。
当然ギーシュの腹の上の俺の足には体重がかかる。
そして運の悪い事に、ギーシュは先程まで酔いつぶれて寝ていたのだ。
ギーシュの顔色が急激に悪くなる。

「げ」

「うっぷ・・・」

「しまった・・・飲み込めギーシュ!!!」

「それは無茶・・・うぼ!?」

そして彼の口からは噴水の如く昨夜食べたものが噴出すのである。
その様子は汚さを通り越して一瞬の芸術と言うべき噴射ぶりである。
彼の口から出たとは思えない量の個体液体入り混じった芸術品はそのままギーシュの顔面へと落ちていくのだった。
その自らが噴出した混合物を顔にぶちまける羽目となった彼は新たな混合物を噴出すことになってしまったのは仕方がないことだった。
俺たちがいる部屋に響くのは美しいクラシック音楽などではなく男達の声にならない叫びだった。
当然ながら俺はその後、ギーシュに土下座して謝った。


部屋が諸事情により使えなくなったため、俺は宿屋の外にいた。
既に満天の星空が見える夜中である。現在宿屋の方々が全力で部屋の清掃中である。
他の奴らは飲みなおし或いは夜食を食べているもの様々である。
様々な偶然が重なって起こった悲劇とはいえ、ギーシュには悪い事をしてしまった。

『僕は汚れてしまったよモンモランシー・・・ふふふ・・・』

『実際汚いしな』

『誰のミスと思ってるんだ君は!?』

ギーシュは現在酒場で水を飲まされていることであろう。
俺は外でレイナールやギムリと共に夜のガリアの空をボーっと見上げていた。

「不幸な事故だった」

下着姿のギムリはギーシュの混合物噴射の余波を食らった一人である。
遠い目をしながら彼はそう呟く。

「まあ、僕たちも浮かれすぎた所もあるからね・・・」

ここはまだ戦場だというのに二日酔いしそうなほど飲んでどうするという事をレイナールは言いたいらしい。
近いうちにまた戦争は再開される。酔っている場合ではないのだ。

「理想を語るなんて柄じゃないけどさ・・・騎士隊の誰一人欠けることなく帰りたいものだね、副隊長」

「・・・ああ。そうなったらいいよな。本当に」

「でも・・・この戦争は聖戦だ。人は死んでいる」

レイナールは顔を伏せて言った。
彼らしくない酷く弱気な発言である。

「物事に絶対はない。幾らロマリアがブリミル教の聖地でも、ガリアにもブリミルを信仰する人は多い。神様は当てに出来ない」

「そもそもしてたのかよ」

「僕だって作戦が上手くいくように祈った事ぐらいあるさ。これでもブリミル教徒の端くれだからね」

レイナールは眼鏡を右手でくいッと上げて言った。
何だか妙に暗い雰囲気である。ギムリも寒いのか喋らないし。
そんな時、このような空気をぶち破ってくれそうな者が現れた。

「きゅい?三人ともこんな夜に何してるのね?」

タバサの使い魔シルフィードが人間の姿で俺たちの前に現れた。
というかお前、タバサはどうした。

「おねえさまはお友達と寝てるのね」

「お前は寝んのか」

「寝ようと思ったら三人をみつけたのね。暇だったから声をかけたのね!一体何をしてたのね?」

「天体観測」

俺の返答に、シルフィードは小首をかしげて、

「きゅい?」

と一声鳴いた。
すると今まで黙っていたギムリがシルフィードの方を向いて

「っ!?」

と何故か少し驚いたような表情をしていた。
・・・何で驚いてんだ?お前コイツを見たこと普通にあるじゃん。
シルフィードもそれに少し驚いたのか、ギムリを見てまた、

「きゅい?」

と鳴いた。
するとギムリは身体をのけぞらせて、

「っ!!?」

と、息を呑むかのごとく驚いていた。
シルフィードはそれを見て少し考えた後、

「きゅい」

「っ!?」

「きゅい?」

「っ!??」

「きゅいきゅい!」

「――っっ!!??」

シルフィードは上機嫌で鳴き始める。
ギムリはそれに合わせる様に下着姿で踊り始める。
宿屋の前で何やってるんだお前らは。
まあ、折角踊ってるから手拍子ぐらいはしてやるか。

数分後、宿屋の前では踊り狂うギムリを見に来たギャラリーで埋め尽くされていた。
彼の踊りは騒がしさに怒ったルイズが虚無魔法をブチかますまで続いた。
当然その魔法は俺たちにまで被害は広がったが、奇跡的に死傷者はゼロだった。
煤だらけになったギムリは満足そうな表情で意識を失っていた。
俺とレイナールはそれを見ながら、

「副隊長、戦場で調子に乗りすぎるとこうなるんだ。気をつけよう」

「味方の中に敵がいるじゃねえか!?」

後日、ギムリが何故あの場で踊ったのか問いただすと、シルフィードの可愛さに参っていたからという意味不明な答えが返ってきた。
それであんなにロボットダンスとかブレイクダンスとかするのかお前。
タバサの使い魔のシルフィードは、我が特攻隊長を狂わせる魔性の女である。
俺はそういう人を狂わせるような女性との付き合いは考えた方がいいと改めて思いました。

「私は魔性の女じゃないのね!?」

「分かったから胸倉掴んで揺り動かすのは止めろ」

次の戦いが始まるまで、せめてこのような馬鹿できる時間が多くありますように・・・
俺はそう、密かに願うのであった。


(続く)



[18858] 第123話 ロイヤル的な家庭内暴力
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/15 12:03
ロマリア宗教庁から突如聖敵にされてしまったガリア国民の混乱は尋常ではなかったが、ガリア軍やガリア王ジョゼフのお触れにより、国民達の感情はひとまず外敵ロマリア許すまじという感情が大多数であった。しかしながらブリミル教徒は連日リュティスの寺院に群がり、この戦争が一刻も早く終結する事を切に願っていた。
何ともいえない微妙な空気を漂わせたかつての華の都リュティスでは、この聖戦の行方で話題が持ちきりである。
占領軍として現れるであろうロマリア軍の統治を嫌う者達はそのロマリアの侵攻に怯えていた。
怯える心を奮起させていたのは、危機的状況にあるガリアを立て直そうと働く宮廷貴族たちである。
彼らは祖国の為に働くのだが、肝心の王がなにを考えているのかが全然分からず不安な日々を送る羽目になっている。

リュティスの郊外、ヴェルサルテイル宮殿の敷地内に建てられた迎賓館では閑散としていた。
考えても見ろ、こんな緊急事態に暢気に他国からの大使や文官が滞在している筈がない。
宮殿の主人であるガリア王のジョゼフはわざわざここにベッドを運び込ませて、仮宿舎としていた。
ベッドに座り、何ともつまらなそうに青い美髯を撫でながら床に置かれた古いチェストを眺めている。
そのチェストには、懐かしい過去が込められていた。

幼い頃、広い宮殿の中、五歳のシャルルと八歳のジョゼフはかくれんぼに興じていた。

『ハァ・・・!!ハァ・・・!!ハァ・・・!!』

幼い頃のジョゼフは荒い呼吸をしながら、自分の隠れるべき場所を焦りながら探していた。
小姓たちが使うチェストを見つけた彼は、唾を飲み込みその中へ隠れた。
このチェストは魔法によって中が三倍ほどの広さになっている。
蓋を閉め呼吸を整えると、ジョゼフの心に澄み切った何かが広がるのが分かった。
心が穏やかになっていく。落ち着いていくのが分かる。
いいぞ、ジョゼフ。俺は探して探してやっと見つけたのだ。一人になれる場所を。
ここにいるかぎり俺は見つからず、しまいには捜索願の触れまで出されるに違いない。
嗚呼、何と言う素晴らしい空間だろう。この空間を提供する小姓達の給金をあげてもいい気分になりそうだ。
だが、そんなジョゼフの穏やかな時もあっという間に終わりを告げた。

『兄さん・・・みいつけた』

シャルルが蓋を開けて顔を覗かせて言った。
ジョゼフはあまりの恐怖にちびりそうになったが、兄の面子もあるのか、威厳を持って言った。

『シャルル!?お、お前、何故ここが分かった!?』

『えへへ。『ディテクト・マジック』を使ったんだよ。そしたらここが光ったんだ。これ、マジックアイテムだったんだね!』

『お前、その歳でもう『ディテクト・マジック』を覚えたのか・・・なんて奴だと驚く所だが・・・』

シャルルは得意げな笑顔を浮かべた。

『だが、かくれんぼでその魔法は反則だ。もう一回お前が探す方だ、シャルル』

『えええええ!?何そのルール!?』

実に優秀な弟だった。よく出来た弟だった。
故に国民からの支持も自分の比ではなかった。万人に愛される君主となるはずだった。
だが、弟は完璧すぎたのだ。

「お前が悔しがる所はついに見れなかったな。貴様を殺す際もお前は笑っていた。何処の聖人君子だお前は?ガリアは聖敵だとよ、シャルル。まあ、俺がけしかけたんだがな。それでも何とも思わん。どうでもいい事に思えるのさ。あまりに面倒だから俺は考えたんだシャルル。そうだ、まとめて灰にしようとな。シャルル、貴様が作れなかった王国はあの世で作れ。どうやらこの国の人々は心の底ではお前が愛したガリアを同様に愛しているようだからな。せめて華々しく散らせようと思う。それが俺がお前に出来る手向けのようなものだ。そうしても俺が泣けるかどうかは知らんがな」

そこまで呟いた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。
ジョゼフが煩わしそうにそちらを見ると、彼の目前には人の足が飛んできていた。
それを避けきれずにジョゼフは妙な呻きと共にその飛び蹴りを喰らってしまった。
ガリア王であるジョゼフを飛び蹴りで蹴り飛ばしたのは彼の娘であり、王女でもあるイザベラである。
彼女はタバサとは従姉妹の関係にあたり、タバサにいつも無理難題を押し付けている張本人であった。
彼女は大股で吹き飛んだ父王の元へとつかつかと歩いていき、彼の胸倉を掴んだ。
その表情は憤怒に満ちていたが、少し蒼白気味であった。

「父上、これは一体どういうことです?」

「どういう事とは?」

「ロマリアと戦争になったと聞き、外遊先のアルビオンから帰ってみればこの騒ぎ!しかも聖戦ですと?」

「正直、それがどうしたと言いたい」

「あぁ?それがどうしたですって?よりにもよってエルフと手を組むからこうなるのです!聖戦とか疲れるから嫌だと言ってたのは父上ではありませんでしたか?」

「誰と組もうが勝手だろう。むしろあの長耳どものほうが物分りはいいと俺は思うのだが」

父のその発言にイザベラは眉を顰めた。
そして思った。ついにおかしくなったかと。
そして自分を責めた。ああ!外遊なんて行くんじゃなかった!と。
イザベラは幼い頃、母が亡くなってからはこの父と定期的に話すことに決めていた。
普通は関係が浅くなるものだが、母の遺言で、父を見張っておけと言われたのでその通りにしていた。
見張っている間は大人しいのだが、この父、自分が目を離している隙にとんでもないことをするのだ。
シャルル暗殺や、エルフとの同盟などはその良い例である。

「で、聖戦は行なわれているわけなのですが、王国がなくなるかもしれませんね。私たちはどうなるのです?」

「知らんわ。気に入らんなら国を出ろ。何、母親似だからその辺の男はすぐ引っかかる。孫の顔は見せろよ」

「アンタは娘をその辺の男と結ばせる気ですかー!?」

「お前、男の選り好みしてたらすぐに結婚適齢期を過ぎてしまうぞ?時には妥協も必要だろう。しかもお前は性格に難があるのだ」

「父上に言われたくありませんね」

「同じような性格でも性別の違いで差があるのだ。自覚しろ」

「聖戦で戦死なさる前に死にますか?父上」

「娘に殺されるのは父親としてどうかと思うから却下だ。これ以上話しても俺の考えは変わらん。去れイザベラ。そろそろ貴様も箱庭から飛び出す時だ」

「ええ、出て行ってやりますとも!父上なんて大嫌い!」

「可愛く言ったつもりだろうが正直痛いぞ」

「大きなお世話です!!?」

イザベラは大股で、父王の寝室から出て行く。
騒がしい奴だ、と面倒くさそうに頭を掻くジョゼフ。
次いで現れたのは、長い黒い髪のシェフィールドであった。

「ミューズか」

「ビターシャル卿からより伝言です。例のものが出来上がったとのことです」

「そうか」

ジョゼフはにやりと笑うと、立ち上がった。



歩きながら、シェフィールドはこの一週間で集めた情報をジョゼフに報告した。
死体の見つからなかった裏切り者がタバサと接触しているかもしれない事。
ヨルムンガルドをほぼ全滅させてしまった事。
自分が焦りによって失敗を誘発してしまった事。
そして・・・。

「何?ロマリア側もエルフを味方につけている恐れがあるだと?」

「はい。その女によって私は撤退を余儀なくされました」

「エルフどもにロマリアの思想に賛同する者がいたのか」

「わかりません。ですがそのような存在と思われる女がいたのは事実です」

無論これはシェフィールドの仮説に過ぎず、彼女からすればあれほどまでの強力な魔法を単体で放つなど人間業ではないと思ったが故の危惧であった。

「面白い。謎の武器に謎の女エルフか。退屈の中にも刺激はあるようだな」

愉快そうなジョゼフの様子に、シェフィールドは軽い嫉妬を覚えた。
その二つの要素の中心にいる人物。忌々しきあの虚無の使い魔。
その存在をジョゼフが本格的に興味を持ったら自分は捨てられるのではないのか?
彼女は不安に駆られながら、ビターシャルの待つ礼拝堂へと進んでいった。


礼拝堂に入っていくとジョゼフは身震いした。

「お気づきになられましたか?」

「いや、寒い」

肩を竦めてジョゼフは言い、更に奥へ進む。
シェフィールドは先程言った自分の言葉が恥ずかしかった。
まあ、ジョゼフもジョゼフで彼女がどういう反応をするのか観察して何気に楽しんでいたのだが。
礼拝堂の地下へと続く階段を降りていくと、うっすらと煙が見えてきた。
下に行くにつれて煙は濃くなり、更に奥で激しく火が燃える音が聞こえる。
だが、不思議と気温は下がっていくように感じた。
やがて真冬並の寒さになっていった。吐く息が白い。

「炎はかなり上がっているが、気温は下がる。実に奇妙な光景だな」

「周囲の熱を吸い取り凝縮するのが『火石』ですから」

階段を降りた先の倉庫の真ん中には大きな櫓があり、その前ではビターシャルが一心不乱に呪文を唱えている。
彼の手の先には赤い拳大ほどの石があった。

「火石は完成したのか」

「火石の精製に完成という概念はないな。何を持って完成とするかはお前たちが決める事だ。我々は曖昧さを嫌うから適当に決める事はしない」

「やれやれ・・・人間批判は忘れんのだな」

「・・・お前たちはこれを何に使うのだ?」

「その前に聞きたいのだが、例えばその火石はどのくらいの土地を燃やすことができるのだ?」

「質問の意図は?」

「まあ、そんな細かい事はいいから答えてくれ」

「・・・そうだな。この大きさならば十から二十リーグは灰にできような。だが、お前たちの技術では解放することなど・・・」

「そんなもの、俺の虚無を使えば可能だ。だよな?ミューズ」

「ええ」

「虚無だと?お前がか?」

「隠してるつもりは全くなかったがな。エルフも案外鈍いのだな」

「理解できんな。お前たちにとってその力は切り札であるはずなのに、どうしておめおめと私の前に姿を現すのだ?」

「ハハハ!知った所でお前は如何する?俺を殺すか?それとも無用な争いは嫌と言うのか?」

「・・・残念ながら殺した所で新たな悪魔が復活するだけだ」

「面白い。俺が死んでも変わりはいるのか!」

「そういうことだ。少なくともお前なら御せると思った」

「確かにロマリアの頑固者どものような使い手が増えたら貴様らにとっては地獄だろうな。だからこそ貴様達は全力で俺の意に添わなければならんのさ。そういう意味では俺は、エルフと一番に分かり合える人間なのかもしれんな!」

ビターシャルは冷たい目でジョゼフを睨む。

「驕るな。これは分かり合うとは言わん」

「見解の相違というわけだな。まあいい。では先程のお前の質問に答えよう。だが、既に分かっているのではないのか?」

「・・・本気か貴様。これを同胞に使おうと言うのか貴様・・・!!」

「用いるんだな、これが」

「悪魔のようというか悪魔だな」

「火石を作ったのは何処のどいつだ?それに貴様は罵りこそすれど俺を止める気はないだろう?人間同士が何やっても関係ないからなぁ!そうだろう?」

「・・・やはり私はこの地に来るべきではなかったな」

「気にするな。ああは言ったが、結局悪いのは武器を作った者ではなく、使う者なのだからな。お前が気に病む必要はないから同じものを後二、三個作れ。安心しろ。使うのはあくまで俺だ。気にせず励むがいい!ハッハッハッハ!!」

高笑いするジョゼフを睨みながら、ビターシャルは火石を作る作業に戻った。


閑散としていた迎賓館に、久々に客がやって来た。
ジョゼフとしてはこんな状況でガリアへやってくるのは何処の馬鹿だと思い、その客人を歓迎した。
そして彼は、その客人の姿を見て破顔した。

「ごきげんよう、ジョゼフ殿」

「突然のご訪問だな。ようこそ、アンリエッタ殿」

哂うジョゼフに微笑むアンリエッタ。
そこに温かさなど微塵もなく彼らの間には吹雪が吹き荒れている。
ジョゼフの傍らにはシェフィールドが控え、アンリエッタの側にはアニエスが控えている。
アニエスはシェフィールドの姿を見て、アルビオンでルイズを襲った女だとすぐに思い出した。
かくして二人の王は対峙し、会談が始まる。
アニエスがアンリエッタの持ってきた鞄から書類を取り出し、ジョゼフの目の前に置いた。
ジョゼフはそれを無造作に手に取り、一枚ずつ読み始めた。

「・・・成る程。これは破格の提案だ。ハルケギニア列強の全ての王の上位としてハルケギニア大王の地位を築き、他国の王はそれに臣従する。ロマリアを除いてか」

「ええ、聖下におかれては、我らにただ権威を与える象徴として君臨していただきます」

「その初代大王に余を推薦すると言うのか?」

「はい。ただし条件は一つ。エルフと手を切る。これだけですわ」

「正に破格だね。だが、この申し出、ゲルマニアが首を縦に振るか?」

「もとより王として格下のゲルマニアにトリステインとガリアの連合に意を挟めるわけはございませんわ」

「言うではないか。いやはや、見損なっていたのだが大した政治家ではないか、アンリエッタ殿」

「お褒めに預かり恐縮ですわ。エルフではなく、わたくしが貴方をハルケギニアの王にして差し上げましょう」

「・・・目的はなんだね?」

「貴方がエルフと手を切れば、少なくとも人間同士が戦う聖戦は終わります。世界大戦より、無能王を抱く方がまだ赦せます」

「本格的にロマリアと余をぶつける気か」

「地獄も楽な方がいいでしょう?」

「最もだな。よろしい、では此方も条件を一つ提示したい」

「どうぞ」

「余の妃となれ」

「承りました」

「ほう、嫌がると思えば」

「わたくしでよければ、喜んで」

「・・・大した役者だよ、好いてもない男に抱かれる覚悟とは。だが恥ずかしながら余はそのような女を抱けぬ小心者でね、あまり本気にするな」

ジョゼフが笑うと、アンリエッタは屈辱からか、顔を真っ赤にさせた。

「ふん、大方初夜の晩に余の首を掻き切るつもりであったのだろう」

「その後家畜の餌にするつもりでしたのに・・・」

ジョゼフの笑みが少々引き攣った。

「やれやれ、とんでもない策士だな。危うく家畜の餌になる所であったわ。やはり人間は理性が大事だな。ああ、アンリエッタ殿、あなたはいい王になるだろうな」

「・・・それではお触れをお出し下さい。三国を統べる王が後ろにいるとなればロマリアも・・・」

「だが、真に残念ながらその提案には乗れん。これが余の理性の答えだ」

「・・・何が足りないとでも?」

「いやいや、むしろ十分すぎる。だがなアンリエッタ殿。そうではない、そうではないのだ。俺は別に世界など欲してはいない。大王の座なのどいらんのだよ。たしかに貴女の提示した条文は素晴らしいものだ。俺も舌を巻いたよ。だがな、残念ながら前提が違うのさ。貴女は言ったな、地獄も楽な方がいいと」

「ええ」

「俺はその楽ではない方の地獄が見たいのさ。だから、聖戦を止める気などない」

「お戯れを」

「いんや、俺は本気だよ?貴女方には理解はできないかもしれんがね」

アンリエッタは全身から汗が噴き出るのを感じた。
だが、倒れはしなかった。理解は出来ない。だが、この男はそれを平然と言い放った。
そういう存在だと理解をしなければならない。
彼は本気だ。本気すぎる。
あの若き教皇とは違うようで似ていると思うほど、この男は本気だった。

「まあ、ここに来たのも何かの縁、どうせなら地獄見物と洒落こみたまえ、アンリエッタ殿」

ジョゼフはそう言って再び笑った。
その笑い声はアンリエッタにとっては絶望の響きしかなかった。
そんな彼女の様子を見つめる影があったことはこの時点では誰も知らなかった。


(続く)



[18858] 第X話 真心喫茶の二人と常連客の才人君
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/13 00:31
【注意!】

この回は本編とはあまり関係ない与太話です。

ネタだらけです。メタだらけです。

この話には「平賀才人」が出てきますが、本編ではありませんし、本編とは違う世界の話ですので多分問題はありません。





平賀才人は今日も真心喫茶109にやって来た。
彼は少々不満げな顔をしていた。
いつもならば今日のおやつはタルトでも頼んでみるかとか思うのだが、今日はそんな気分じゃない。
眉を顰めた顔で彼は喫茶店の扉を開いた。

「店長!店長はいるかい!?」

才人がこの喫茶店の店長である因幡達也を呼ぶと、厨房からは彼の妻である杏里が顔を覗かせた
彼女は少し驚いた表情で才人を見た。

「あら、才人君じゃない。どうしたの?」

「どうしたじゃありませんよ!?念願かなって本編に出たのに何ですかあの扱いは!?確かに『平賀才人』は一応原作の主人公ですが、俺はあんな性格じゃありませんよ!これは陰謀に違いありません!責任者出て来い!」

「何を言ってるの才人君。この世界の才人君と本編に出てきた『平賀才人』と名乗る男は別人よ。そもそもこの世界の私たちと本編の私たちは違うって注意書きでも書いてあるじゃないの」

「どんだけメタな発言ですかそれ!?」

「まあ、いきなり登場して向こうの旦那をこき下ろして更に主人公宣言しちゃあ、流石に不評を買うのは当たり前よ。第一あれが本当に才人君なら、ルイズさんを頼むと達也に言うと思うわよ?あくまで121話から122話に出てきたのは『平賀才人』と名乗る男なんだから」

杏里はニコニコしながら才人に語りかける。
その間に杏里はサービスとか言って彼女特製のカプチーノを才人の前に差し出したのだが・・・
カプチーノが何故紫色になってるんでしょうか?さあ、皆で考えよう。

①何だかんだ言いつつ杏里による嫌がらせ。

②元々こういうものだよ?知らないの?

③私が作るからには色々工夫しなきゃ!と考えた結果。

④何かの沈殿物の色。

「さあ、どーれだ?」

「どーれだ?じゃないですよ!?明らかに飲めそうにないですよね!?何か奇妙な泡でてるし!?」

才人が謎の液体Xに怯んでいると、厨房奥から109店長の達也が現れた。

「おい杏里、また客に試作品を飲ませようとしてるのか」

「今日は葡萄色のカプチーノを作ってみたのよ」

「何をどうしたらそんなのが作れるんだお前は」

「偶然て怖いわね。自分の才能が恐ろしいわ。これから喫茶界の発明女王と呼ばれてもいいくらいよ」

「「偶然作った謎の液体を飲ませようとするな!?」」

才人と達也は困った初代看板娘に突っ込んだ。
達也は頭を押さえながら才人に話しかけた。

「まあ、今回も色々説明しなきゃいけないな。久々のX話だしな」

「向こうの私たちもついに新たな第一歩を踏み出したしね!」

「まあ、お前の出番は以降、あんまりない訳だがな」

「メインヒロインの筈なのにこの扱いは何かしら?最近の出番はアンタの誕生日を祝ったぐらいじゃない」

「お前は俺の心のメインヒロインであって109のメインヒロインと明記した覚えはないのだが」

「何だと貴様ーー!!それはアレか!?浮気フラグか!?浮気フラグなのね!?まだ現地妻を諦めていなかったのか!?そうだわ!きっとあのフィオって女がそうなのね!?異種間恋愛なんてベタベタすぎるわ!5000年思い続けていたとか一途にも程があるからね!」

「お前は挫け掛けてたもんな」

「杏里さん、店長はそうは言っても杏里さん一筋じゃないですか。考えすぎだと思います」

「別世界の話なのに罪悪感で身が引き裂かれそうな思いです。本当にすみませんでした・・・うう」

「ちょ!?泣く事ないでしょう!?」

「平賀、女の涙に簡単に騙されてはいけない。女の涙はいつでも使える武器だ。ただし男の涙はいざという時にしか使えない切り札。そんな切り札の涙を流せる人生を俺たちは送りたいな」

「何いい話に纏めようとしてるのよあんたは!?それにその発言は偏見がてんこ盛りなのよ!?」

「さて、平賀、本編122話に現れた極端にウザイ『平賀才人』と名乗る男のことだがな、あれはある種の怨念みたいなものだ。あの男も言ったとおり109の大元のゼロの使い魔の主人公は他ならぬ平賀才人だが、その才人は他人の夢に出てきて説教するような男か?違うよな?本物の平賀才人は『そうしてお前は家族や待っている人々を傷つけていくのか?それは自分勝手だろうが』なんて言って他人を責めるような真似はしないものな。だって当の才人も親の憔悴した姿をみているんだからな。妙なテンションな時もあるもんな結構。だから、あの男は平賀才人そのものじゃない。そんなわけがない。そもそも原作才人が来た所で最強になるほど109世界は甘くないしな。ミミズとかいるし。あれがもし本物の才人だとすれば、まず109ルイズからは嫌われると思うぞ。原作才人は案外上手くやるかもしれないが」

「?つまりあれは俺じゃないのか?」

「安心しろ平賀。109の主人公はお前じゃないと前書きに書いてある。つまりその時点で『真の主人公』を名乗る『平賀才人』は彼の言うように『贋作』の一つでしかないのさ。そもそも平賀才人には自分が『主人公』という概念がそもそもないからな。そして向こうの俺も言ったろう?夢の世界の住人の癖になんて言い草だと。あくまであの男は主人公の夢に出てきた存在。主人公に対する『敵意』の塊がたまたま平賀才人を装い現れただけなのさ。本人が言うには矛盾に満ちた発言が数多くあるからな、あの男には。要は主人公の自問自答が『過剰演出』によって夢に出てきたと考えてくれればいい。幼女は出ないがルーンの効果は続いてるからな」

「・・・という事は、結局俺本人は出てないってことかよ!?何だよそれ!釣りのつもりか!?」

「いや、今回のこれは釣りでもなんでもない。そもそも主人公がこれは夢じゃんとか言ってるしな。平賀才人に他人の夢に出る能力などない。あれは主人公に対する悪意、迷いが具現化した存在だ。主人公はまだまだ中二病なところがあるというわけだな」

「あれ結局一人芝居なの!?」

「まあ、ただしウェールズが出てきたのは一人芝居じゃないとだけは書いておこう。奴は明らかに主人公に憑いてるからな」

「王子何やってんの!?」

「才人ファンの方には混乱させたかもしれない。申し訳ない。だが109主人公は因幡達也で、109のハルケギニアには才人君は出てこない。109では召喚されてないし、彼は穏やかな日常を送っている設定だからな。今回の才人を名乗る男は達也の迷いの結晶と考えてくれて構わないし、無論何か勘違いした主人公(笑)と考えてくれても構わない。達也の物語はまだ続く予定だから見守っていてくれ」

「・・・結局俺は何時出れるんだ・・・」

「予定は未定だ」

「ふざけんな!?あ、それと聞きたかったんだけど」

才人はホットドッグを食べながら達也に聞いた。

「何だ?」

「その、主人公の妹の真琴ちゃんが、喋る杖を手に入れたんだけど?」

「ああ、原作にインテリジェンスワンドが出ていたのかどうかも知らず、喋る剣があるなら杖もあってもいいじゃんという軽い気持ちで作った捏造アイテムだな。皆様何だかリリカルの主人公みたいな事を不安に思っているのかもしれないが、あくまで真琴ちゃんはこの作品の良心だし、魔王化はしない・・・と思うよ?」

「何故疑問系なんだ?」

「人生は何が起こるか分からないものなのよ・・・」

杏里が遠い目をしながら呟く。・・・一体何があったのだろうか?

「で、結局ルンさん・・・あの擬人化幼女は一体何なのさ」

「それについてはフィオがすでにヒントを言っている。そんなに複雑じゃないぞ、あのルーンの正体は。ちゃんとその辺は回収しますのでご安心を」

「え、ヒント言ってんの?」

「うん。別に世界を揺るがすようなもんじゃないからな。残念ながら」

達也は肩を竦めてそう言うが、才人はそんなに軽くて良いのかと思った。

「・・・・・・最後に心配な事があるんだけど」

才人は神妙な面持ちで聞いた。

「122話でのレイナールとの会話は何かのフラグじゃないよね?」

「・・・戦争だからな。味方ばかりに都合のいいことは起きないよ。戦争だからな」

達也は真面目な顔になってそう言った。
才人はその表情に何処か果てしない不安を覚えた。

「ところで俺びっくりしたんだけどさ、ハルケギニアにも『ギアス』が存在するんだってな!」

「何でそんなにテンションが高いのよ・・・確かにそれは魔法として存在するけど・・・」

「まさかとは思うけどゼロの使い魔ってコー●ギアスの遥か昔の世界とかじゃないよな」

「いや、それはないでしょう・・・」

遥か昔の世界だったらなんだと言うのだ。
才人はコーヒーを飲みながらそんなことを思う。
そして、今度こそ本当に109世界の自分が出ることを切に願うのであった。



(X-4話 終了)


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