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[12606] 魔法少女リリカルなのは 心の渇いた吸血鬼 型月世界のさっちん×りりなの)
Name: デモア◆45e06a21 ID:164bc54b
Date: 2010/07/15 19:32
前書きとお詫び(だいたい0.5:9.5)

こんにちは。今まで、そこここの感想でたまに突然出現してきたデモアです。
トリップが違いますが、仕様です。変えました。何なら、今までのトリップで書いて証明しても構いません。

Arcadiaに投稿するのは初めてですが、一応、処女作ではありません。

さて、この小説は、とりあえずプロローグが長いです。
原作をそんなに知らない人でも楽しんで読める小説を書くのが僕のモットーですので、プロローグからこっていったら、どんどん長くなってしまい、プロローグが第0話になり、第0話が2〜3分割しなければいけなくなりました。
よって、リリなの世界に入るのは4スレ目になってしまいます。
前置きが長い作品に碌なもんが無いとは僕の体験談ですが、まさか自分の作品がそんなものになってしまうとは……

だって、さっちんが無理なくリリなの世界に行くにはあーするしか思いつかなかったし、志貴との……が無ければ性格やばいまま暴走するだろうし……

とりあえず、月姫をアニメでしか、又は漫画でしか見たことが無いという方も、問題なく読める作品になったと思っています。
第0話に空の境界出て来ますが、そちらの説明は全くと言っていいほど載せてません。第0話はプロローグ的存在なんで知らない人は深く考えずに読んで下さい。

当然のことながら、独自解釈、独自設定等が入ってきます。許容出来ない方は閲覧しないことを推奨します。
前に感想版で「何故オリジナル要素付けたし」言われたのでここで明言しておきますが、さっちんの”アレ”は何とかなのは達と拳でバトらせようと苦心した結果です。なのは達の魔力弾を殴らせたかったんです! 非殺傷設定の魔力弾を物理的に殴る方法を何とか捻り出したんです! よくある『力技で』ってのでもよかったかもしれませんけどこの際だからと理由付けてみたんです!
と、言うわけで、そこら辺は許容してもらいたいです。別に原作設定に反してる訳ではありませんし、もうどうせなら『力技でやってる』と思って読んでもらってもかまいませんし、『だってさっちん』だもんとか『なんとなくできんじゃね?』的な感じで読んでもらっても何ら問題ありません。

あと、作者はとらハをやっておりませんしそこまで詳しくもありません。ご了承
下さい。

それと、もうひとつ。
第0話_aですが、リリなの作品クロスオーバーとは思えないほど暗いです。ダークです。
リリなのキター! 感で読もうと思う方は、第1話(又は第0話_b)からの閲覧を推奨します。多分問題ありませんし、そっからはちゃんとリリカルでマジカルなノリになる(……ハズ)ですので。



表に出すにつれて書いておかなきゃいけなかったことを書いてなかった事に気付いてしまいました。この場をもって書かせて頂きます。
実はこの作者、ネタ知識をごく自然に使用します。一度も突っ込まれなかったのでてっきり明言しているものだと……;;
以下、今までに使った情報のネタか否かを書いていきます。

・銃弾のジャイロ回転……本当です
・ATMの蛍光塗料……とある魔術の禁書目録のネタです真偽の程は知りません(待
・電流によって筋肉機能の低下……起こります
・飛び降り自殺の死亡理由……確か本当だった筈。でもどっかで聞いたことがあるって感じだからもしかしたら二次設定かも(ぉ
・狭いところで壁を力任せにぶち壊すことの出来る機械は無い……もしかしたらあるかも(オマ
・剣道について……これはガチ。間違いない。始めようと思う人は覚えておくよろし。




……前書き、あったか?



[12606] 第0話_a 始まりの終わり
Name: デモア◆45e06a21 ID:164bc54b
Date: 2010/07/02 06:06
「それじゃあ、わたしの家はこっちだから。また明日、学校で会おうね。ばいばい」


わたし、弓塚さつきは今、とても幸福な気持ちに包まれていた。
わたしがいるところは、学校からの帰り道。大きな坂を少し過ぎたところ。
その坂の上には、遠野くんが新しく住む、お屋敷がある。

そう、遠野くんだ。
中学二年生の冬休み、体育倉庫に閉じ込められて、もう駄目だと思っていたところを、何でもないように助けてくれて、何でもないような顔で、

「早く家に帰って、お雑煮でもたべたら」

なんてことを言ってくれた。
その当時の中二と中三、今現在の高二と、計三年間クラスメイト。
あの体育倉庫の事件のときから、ずっと思いを寄せていた男の子。
今日、やっと話をすることが出来た――想い人。

当の遠野くんは、体育倉庫でわたしを助けたことも、それどころかわたしと中学が同じだったことも覚えてなかったけれど、それでも、あのときの事について、お礼を言うことは出来た。
……まだ、想いを伝えることは出来ないけれど。

下校の時に、偶然にも遠野くんとバッタリ出会って、今日から下校の方向が一緒になるということを知った。
なので、思い切って

「一緒に帰ろう」

と、誘おうとしたのだ。


――そう、“した”のだ。

ただ、実際に言おうとしてもすこしだけ固まってしまって、上手く言葉が続けられなかったのである。
言えたのは、

「わたしの家と、遠野くんの家って、坂に行くまで帰る道が一緒、なんだ、けど……」

だけ。しかし、遠野くんは、いたっていつも通りに、

「そうなんだ。それじゃ途中まで一緒に行こっか」

なんて言ってくれた。そして、冒頭に至る。


そう、今、わたしがとても幸せなのは、もしかしたら嫌われているのではないかと思っていた遠野くんと、今朝やっとお話ができて、その日の下校時に、あの時のお礼と、わたしの気持ちをちょっとだけ伝えることが出来たからだ。


だが、気を抜いたらしたらスキップしそうな感覚の中、ふと疑問が沸いた。
今日の昼放課に、遠野くんにした質問と、その元になった噂。

『遠野くん、このごろ夜になると繁華街のほうを歩いてない?』

『わたしが聞いた話だと、零時を過ぎてるっていうんだけど』

遠野くんにこんなことを訊いたのには、当然、理由がある。
最近、夜の繁華街で遠野くんらしき人物がうろついているいう噂が、大きくはなっておらずとも少なからず耳に入って来ていたのだ。

遠野くんは否定したが、火のないところに煙は立たない。
別に、遠野くんを疑ってる訳ではないが、やはり気になる。

よし。今日の夜にでも、繁華街の方に行ってみよう!


……後にして思えば、この時はテンションが変な方向に上がっていたのだろう。でなければ、こんな軽はずみな行動はしなかったはずだ。……多分。




夜。両親には適当なことを言って、家を出てきた。わたしは今繁華街にいる。面倒くさいので、制服のまんまだ。
12時はついさっき過ぎた。家に帰ったときの言い訳は考えてないが、まあ、何とかなるだろう。

12時になる少し前から、繁華街をうろついているが、遠野くんらしき人影は見当たらない。
話に聞いたとおり、こんな時間でも出歩いているのは、酔っ払いと警察ぐらいのものだ。

連続猟奇殺人が勃発しているこのときに、こんな時間に出歩いているのを警察に見咎められると面倒くさいため、わたしの足は、自然と更に人気の無いところに向かった。
しかし、それでも噂に聞いたような人影は見当たらない。
やはり、デマだったのだろうかと思い始めたとき、急に、体が引っ張られる感覚がした。


――――わたしの記憶は、ここで途切れる。












―――目が覚めた。

――――暗い。

―――――寒い。

――――――痛い……!!

「あ゛……が……」

体中が、痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い――――――――――――――――――――っ!!







あれから、どれくらいの時間がたったのだろうか?
とにかく、もの凄く長い時間に感じられた。

相変わらず体中が痛いが、不思議なことに、自分の体について、色々なことが分かるようになってきた。

まず、わたしの体が痛いのはすごい勢いで崩れていっているからだ。太陽の光をあびるとそれが早まってしまうから注意しないといけない。
体の崩壊を止めるには同じ生き物……わたしだったら人間の遺伝情報が必要。それを得るためには人間の血を吸わなければならない。

他にも、寒いと感じるのは体温が無くなったからだとか、
体中が痛いのは体が崩壊しているからだけじゃなくて、体中の血管がまだ人間のままだから、身体能力の上がった体の血液の流れに耐えられなくなって、あちこちがすぐ破裂してしまうからだとか。

――なんだこれは。これではまるで、吸血鬼みたいじゃないか。
これでは、死んでいた方がまだマシだったかもしれない。
だが、とりあえず、このまま消えてしまうのなんてイヤだ。理屈はさっぱり分からないが、やらなければいけないことは簡単だ。

わたしは、倒れていた裏路地から体を起こし、所どころ乱れて汚れているが特に損傷は見られない制服の乱れを直し、ぱんぱんと埃を払ってから、食事をするために獲物を探し始めた。




最初の食事は、すごく美味しかった。適当な人を捕まえて血を吸ったのだが、体の痛みも薄れて、もう何だって出来る気がした。
あまりにも美味しかったから、その人の血は、残らず吸ってしまった。干からびてミイラみたいになっちゃったその人を見て、すごく後悔したが、生きていくためにはそうしないといけない。

結論から言うと、わたしはやっぱり、吸血鬼になってしまったみたいだ。

でも、これではまだその場しのぎにしかならない量だった。



気がついたら、裏路地で血を吸っていた。
周りから悲鳴が聞こえる。そのまま回りを見渡すと、合計3人の男女がいた。今自分が吸っているのを含めて、4人。
どうやら、体の飢えに耐え切れなくなって、途中から意識が朦朧としたまま血を求めて歩き回ってたみたいだ。

とりあえず、せっかくの獲物を逃がすわけにはいかないので、今吸っているものを投げ捨て、他の3人に襲い掛かった。

「ぎゃっ!」

「き、きゃあああぁが……」

凄い。昨日も思ったけど、身体能力が格段に上がってる。ある1人と一瞬で距離を詰めて、腕を横なぎに力を込めて振るうだけで、その人の体は変な方向に真っ二つ折れ曲がり、もう1人の首めがけて腕を振るうと、刃物で切られた訳でもないのに首が飛んだ。

――アア、ナンダカ、タノシクナッテキタ……

「ひ……ひ……助け……」

残った1人が逃げようとする。
その背中を追いかける。

直ぐに追いついて、その体をバラバラにした。





わたしは裏路地を歩きながら、さっきのことを考える。
殺した後の体から血を吸ったが、何だか酷く胸やけがする。血に相性でもあるのだろうか。

最初のうちは心が痛んだが、今はそれ程でもない。所詮、自分は食事をしただけだ。人間達が他の動物を食べるのと同じだ。
それがだんだんと分かってきた。
――でも、なんだか自分が恐くなってしまう。このままいけば、そのうち、人の命なんて何も考えないバケモノになってしまいそうで。
――そして、そういう考えが、時間が経つにつれて、だんだんと薄くなっていくような気がして……

だが、嬉しいこともあった。
今まで、近寄りがたかった遠野くん。その原因は、彼が身に纏っていた、何だか分からない空気だった。
でも、今は、その空気の正体がわかる。
あれは、今、わたしが纏っている空気だ。そこにいるだけで死を連想させる、死神の空気だ。

でも、遠野くんのまとうそれは、わたしのよりも遥かに濃い。
きっと、彼はわたしと同じ世界にいる、わたしより凄腕の殺人鬼なんだ。



――そういえば。
最初に吸った一人の血を吸ったとき、何かいつもと違う様な感じがあった。
それを思い返してみると、もしかしたら、自分の血を送り込んでしまったかもしれないということに思い至った。
人間の体に吸血鬼の血を送ると、その人間は死に切れなくなり、自我の無い、血を送った吸血鬼の使い魔のような立ち位置の、人を襲う化け物になってしまう。
それは今のわたしとはまた違うのだが、今は置いておこう。


気になって引き返してみると、何とそこに遠野くんがいた。
遠野くんは、わたしに背を向ける形で、ついさっき作り上げた惨状の前で、わたしが血を送ってしまった死者に襲われていた。
幸いその死者は上手く作れていなかったため、すぐに死んで灰になった。

こんな時にこんなところにいるなんて、やっぱり、遠野くんはわたしの思った通りの人だったんだね。

だが、まだ危険が残っていないとも限らない。
わたしは、血で染まっている肘から先を体の後ろに隠してから、遠野くんに呼びかけた。

「遠野くん。それ以上そこにいると危ないよ」

「――――!」

遠野くんが振りかえった。わぁ、結構驚いてる。

「弓、塚―――?」

何だか、無性にからかいたくなってきた。

「こんばんは。こんなところで会うなんて、奇遇だね」

「弓塚、おまえ……おまえこそ、こんな時間に何してるんだよ」

「わたしはただの散歩。でも、遠野くんこそ何をしてるの? そんなにいっぱいの人を殺しちゃうなんて、いけないんじゃないかな」

「人を殺したって―――え?」

遠野くんが周囲を見回した 。
どうやら、自分がどのような状況の中にいるのかを再確認したようだ。

「ち、違う、これは俺じゃない……!」

「違うことはないでしょう。みんな死んでいて、生きてるのは遠野くんだけなら誰だってやったのは遠野くんだって思うわ」

「そんなワケないだろう! 俺だってコイツに襲われかけたんだぞ……!」

遠野くんは、さっきまで死者のいた場所を指すけど、そこにはもう何もないのに気づいて、呆然となった。

「あ――――」

困ったな。想像以上に楽しいや、これ。

「ち、ちがう―――俺じゃ、俺じゃない、んだ」

あーあ、遠野くん、もう完全に混乱しちゃってる。もうそろそろ許してあげよっかな。

「弓塚さん、俺は―――」

「うん、ほんとは解ってるんだ。遠野くんは食事中に出くわしただけなんでしょう? いじわるなこと言ってごめんね。わたし、いつも自分の気持ちと反対のことをしちゃうから、遠野くんにはいつもこんなふうにしてばっかり」

遠野くんは、やっと落ち着いてきたみたいで、ようやく何かがおかしいと思いはじめたみたいだ。

「弓塚、おまえ――――」

「どうしたの?恐い顔して、ヘンな遠野くん」

――なんでだろう。そこまで面白くないはずなのに、何故かクスリと笑みが漏れる。
何だか、わたしじゃないみたい……

「弓塚―――なんでおまえ、手を隠してるんだ」

「あ、やっぱりバレちゃった? 遠野くんってば抜けているようで鋭いんだよね。わたしね、あなたのそういう所が昔っからいいなあって思ってたんだ、志貴くん」

わざとらしく志貴くん、と強く発音した後、わたしは両手を前に出した。
真っ赤に染まったわたしの両手を見て、遠野くんが固まる。

「弓塚、その手―――」

「うん、わたしが、その人たちを殺したの」

「な――――」

「あ、でもこれは悪いことじゃないんだよ。わたしはこの人たちが憎くて殺したんじゃないもの。生きていくためにはこの人たちの血が必要だから、仕方なく殺したんだから」

――――あれ? わたし、いつの間にそこまで割り切るようになったんだっけ?
まあ、そんなことはどうでもいいことよね。

あは。遠野くん呆然としちゃってる。

「殺したって―――ホントなのか、弓塚」

「嘘だって言っても信じてくれないでしょ? それともわたしみたいな女の子じゃこんなコトできないと思ってくれる?」

また、クスクスと笑みが零れる。
なにがそんなに面白いのか解らなかったが、愉快でしかたがないのだからしょうがない。

「どうして―――こんな、酷い事を」

「ひどくなんかないよ。さっきも言ったでしょう、わたしはこの人たちが憎くて殺したんじゃないもの。志貴くん、生きるために他の生き物を殺すことはね、悪いことじゃないんだよ」

そう。これは正論だと思う。どう考えても人間は、わたしがやったことより酷いことを、他の動物たちにしてきているじゃないか。

「なにを―――! どんな理由があったって、人殺しは悪いことだろ!」

「そんなコトないけどね。あ、でも悪いことも一つだけしちゃったみたい。
 わたし、今日が初めてだから加減ができなくて、血を吸う時に自分の血もおくっちゃったの。そのせいで逝き残ったのが出てきて、志貴くんが襲われることになったわ。
 ごめんなさい。わたし、あうやく志貴くんを巻き込むところだった。そいつが成りきれないで死んでくれて、本当によかった」

「なにを―――なにを言ってるんだ、弓塚」

「今は解らなくていいよ。わたしもまだ自分自身のことを把握しきれてないから、うまく説明できないわ。
 けど、何日かすればきっと志貴くんみたいな、立派な――――」

言いかけて、未だに痛み続けている体の痛みが、急に酷くなって、喉が苦しくなって。
また、吐血した。

「いた――――い。やっぱり、お腹が減ったからって無闇に吸ってもダメみたい。質のいい、キレイな血じゃないと、体に合わないのかな―――」

コホコホとせきが出る。その咳も赤かった。

「ん――――く、んああ…………!!!」

苦しい。早く新しい血が欲しい。早く血を吸わないと……

「おい……苦しいのか、弓塚……!?」

わたしの様子を見て、志貴くんが駆け寄ってくる……!!

「――――だめ! 近寄らないで、志貴くん!」

今近寄られると、わたし、志貴くんを襲っちゃう!!

「……ダメ、だよ、全然大丈夫じゃないよ、志貴くん」

「弓……塚、おまえ―――
 どうしたんだよ、いったい。人を殺したって言ったけど、そんなの嘘だろ、弓塚……? そんなに苦しいんならすぐに病院に行かないとだめじゃないか」

……まったく、志貴くんはいつでもどこでもお人よしだ。
わたしがこれをやったってことは理解《わか》ってるはずなのに、それを必死に否定しようとしてくれる。

「弓塚―――そっちに行くけど、いいな?」

志貴くんがどこまでも優しい声で話しかけてくれるけど、それだけはダメだ。絶対、ダメだ!
苦痛が続く中、とにかく激しく頭を振って志貴くんを拒絶する。

「どうして―――苦しいんなら、すぐに病院に行かないとダメだろう……!」

「……ダメなのは志貴くんのほうだよ。ほんとに、いつもいつも、わかってくれないん、だから」

「ばか―――それを言ったらさっきから何一つわからないよ、俺は―――!」

「あ……は、そっか、そうだよね……それでも、わたしに付きあってくれてるんだ―――」

また、血が出てきた。
とにかく、早いとこここから離れないと……

「……痛いよ、志貴くん」

体を後ろの方に持って行きながら、ついつい弱音が口を突いて出てきてしまった。

「……痛くて、寒くて、すごく不安なの。
 ほんとは、今すぐにでも志貴くんに助けてほしい」

ほんとに、何をいってるんだろ、わたしは。
こんなこと言っても、ただ志貴くんを困らせるだけだっていうのに。

と、だんだんと痛みが薄れてきて……

「―――けど、今夜はまだダメなんだ」

まだ体中が痛むけど、さっきまでの痛みがウソのようだ。元気が出てきた。

「―――待っててね、すぐに一人前の吸血鬼になって、志貴くんに会いに行くから!」

後ろを向いて、走る。志貴くんがきちんと反応できる前に、わたしはその裏路地から消えていた。
ふふっ。この体は本当に便利だ。こんなに早く走れるし、力も強いし。今からやる食事も、比較的楽に終わるだろう。



数時間後、わたしは一人、裏路地で震えていた。そこは、昼間でも太陽の射さない、睡眠にはうってつけの場所だった。
そこを睡眠場所にしようと決めたのだが、今のわたしは、到底眠れる心境じゃなかった。

今日の自分は、明らかにおかしかった。
今までだったら絶対に考えなかったことを、普通に考えていた。
人を殺すのを楽しいと感じたり、誰かの命を奪うことに何の抵抗もなくなってたり。
挙句の果てには、志貴くんとの別れ際、志貴くんを……
それは、今の自分が考えても魅力的な衝動だったけど、絶対にそんなことはしてはいけない。しちゃ、いけないのに……


その日は、いつの間にか眠っていた。






そして、次の日。

わたしは、志貴くんに太ももを切られて、いや、切り取られて、公園にしりもちをついていた。

志貴くんは、その間に逃げている。

わたしは、切り取られた部分をもとの場所に押し当て、急いで再生を促した。

―――えーと、何でこんなことになったんだっけ?

まず、目が覚めたら喉が渇いてて、血を吸おうとしたけど誰も歩いてなくて。
公園で一人苦しんでたら、志貴くんがわたしを探しに来てくれて。
最初のうちは自分を押さえ込んでいたけど、なんだかどうでも良くなってきて。

戯れ程度で、わたしのこと好き?って訊いたら、
たぶん、好きなんだと思うって言われて。(まったく、今までの自分が馬鹿みたい)

で、昨日も考えていた、志貴くんに吸血鬼《こっち》側に来てもらって、ずっと一緒にいてもらおうって考えを実行しようとして。
何故か上手くいかなくて。
そこまでされたのに、もう無理だって言ってるのに。まだ、わたしを元に戻したい。助けたいって志貴くんが言うから、じゃあ、おとなしくわたしの言うとおりになってよって飛びかかったら、志貴くんのとんでもない身体能力と、どこからともなく取り出したナイフで太ももを抉り取られた、と。

っと、修復完了。
じゃ、追いかけっこ、行きますか。


前を行く志貴くんを追いかける。こっちの方が、断然早い。この分なら、すぐに追いついて……
繁華街に入ったところで、酔っ払いのおじさんにぶつかった。

「………………………………………!
 ……………………………………………………!
 …………………………!」

とりあえず、煩い。
そのおじさんの口を引き千切って、次に首を引き千切った。
そして、体を志貴くんに向かって投げる。

――見事、志貴くんの背中にクリーンヒットした。

そこに倒れこんだ志貴くんは、自分にぶつかって来たものを見て、固まっている。
その間に、わたしは志貴くんの近くに着いた。

「あーあ、当てるつもりはなかったんだけどなあ。運動神経が上がったのはいいけど、狙いが正確になりすぎちゃうのって困りものだよね」

「あ―――」

志貴くんは、まだ倒れこんだままだ。

「ごめんなさい志貴くん、痛かったでしょう? ほんとは志貴くんが走ってく先に投げつけて、ちょっとビックリしてもらおうって思っただけなんだよ。ごめんね」

「弓塚、今の、は―――」

「うん? ああ、ソレのこと? 志貴くんを追っかけてる時にぶつかっちゃったんだ。
 なんだかんだってうるさいから、口と体を引き千切ったの。ペロッて血も舐めてみたけど、お酒で肝臓がやられてる男の人の血ってすごくまずいんだ。志貴くんも相手を選ぶ時は若くて健康な体にしなくちゃダメだからね」

志貴くんの雰囲気が変わった。

「人を殺して―――なんとも思わないのか、弓塚」

「思わないよ。話をする人間と食用の人間は別物だもん。志貴くんだって、友達用の人間と殺し用の人間は別なんでしょ?」

そう。志貴くんが凄腕の殺人鬼だっていうことは、もう疑いようもなくなってる。

「そりゃあわたしだって、初めはそんなふうにわりきれなかった。昨日の夜だって、自分自身がすごく嫌いだったんだから。
 でも、体中が痛くて、痛みを和らげるためには血を飲むしかなかった。だからたくさんの人を殺したわ。一人殺すたびに、カラダの痛みが和らぐかわりに、ココロが痛かった」

うん。最初は、ね。

「でも、だんだんと分かってきたんだ。今はまだチクンって痛むけど、そのうちそれもなくなっていくはずだよ。だって―――人を殺すっていう罪悪感よりも、命を奪うっていう優越感のほうが、何倍も気持ちいいんだから。
 言ったでしょ? すぐに志貴くんと同じになるからって。安心して。わたし、志貴くんみたいに人殺しが楽しめるような、立派な吸血鬼になるから」

「―――――うそ、だ」

志貴くんがうつむく。

再度上げた顔には、何か決心したような表情があった。

「――――弓塚。俺は、おまえを助けられない」

「そんなことないよ。志貴くんが大人しくしてくれれば、それでわたしも志貴くんも幸せになれるんだって」

「――――――
 けどな、それでも約束したから。―――俺は別の方法で、おまえを助けてやらなくちゃ」

志貴くんが、かけていた眼鏡をはずす。と、志貴くんから今までとは比べ物にならないくらいの殺気が漏れ出した。わたしが今までなんとなくで感じていた空気も、分からないほうがおかしいぐらいになっている。

「――――そう。やる気なんだ、志貴くんってば。でもだめだよ。おいかけっこはもうおしまい」

言って、一瞬で志貴くんの横まで移動する。
志貴くんは、全く反応出来てない。そのまま、横腹を殴りつける。

「―――――!?」

志貴くんは、隣にあった建物の壁まで吹っ飛んでいく。
壁に背中を打ちつけて、とても苦しそうだ。

でも、ナイフを握り締めてふらふらになりながら立ち上がった。

「あれ、まだ動けるんだ。志貴くんってわりと頑丈なんだね。いつも貧血をおこしてるから、病弱なのかなって思ってた」

志貴くんに近づいていく。

「はあ―――はあ、はあ」

志貴くんは、荒い呼吸を繰り返している。

「だめだよ、そんなナイフになんか頼っちゃ。志貴くんの動きなんて止まって見えるんだから、てっぽうを持っててもわたしには敵わないのにね」

ちょっと大げさだけど、それでも間違ったことは言ってない。

「く―――」

それでも、志貴くんはまだ抵抗しようとする。

「―――もう。仕方ないな、少し荒っぽくするからね。だいじょうぶ、頭と心臓だけ生きてれば、あとはなんとかできるから……!」

志貴くんの腕を握って、そのまま引きずるように裏路地に向かって放り投げる。
うん。狙い通り。

「あ―――ぐ――――!」

背中から落ちて、そのまま悶えてる志貴くんに、

「ほら、そんなところで寝てるとタイヘンだよ、志貴くん……!」

「――――!」

追撃……って言ってもただ叩こうとしただけだけど、志貴くんはとっさに横に転がってこれを回避した。
びきっ、って音がして、地面に亀裂が入る。

「はっ―――く………!
 ………こ…………の」

志貴くんは立ち上がって、こっちにナイフを構えるが、もう、立ってるのもやっとって感じだ。

「もう、無駄だって言ってるのに、どうしておとなしくしてくれないのかな、志貴くんは!」

志貴くんの体に、腕をぶつける形で突っ込む。
だが、人間では反応できないくらいの速度だったのに、志貴くんはその腕をすり抜けた。

「―――――うそ」

もう、なんて往生際の悪い!

「このぉ―――おとなしくしてって言ってるのに!」

体を反転させ、志貴くんを殴りつける。
と、そこには、志貴くんが闇雲に振ったナイフが……!

「きゃあ―――!」

びしゃり、というおとがして、わたしの腕から血が流れる。

「しまっ―――弓塚、大丈夫か……!?」

さっきの痛みとその言葉で、わたしの中でなんだか分からない感情が渦巻いて…………

志貴くんの体を殴りつける。はじかれたように飛んで行く。

裏路地の壁に寄りかかる感じで、志貴くんは止まった。
そこへ、わたしは近づいていって……

「うそつき―――!」

思いっきり叫んで、手を振り上げる。

「……………」

志貴くんは、動かない。
そして、その腕を――――――――――――――――――――――――――――――壁に、打ち付けた。

「…………………え?」

そんな声にも、イラッっと来る。

「うそつき―――! 助けてくれるって、わたしがピンチの時は助けてくれるって言ったのに!」

やりようの無い憤りを、ただただ、そこら辺の壁にぶつける。

「どうして? わたしがこんなになっちゃったからダメなの? けど、そんなのしょうがないよ……!
 わたしだって、すきでこんな体になったんじゃないんだから……!」

もう、自分が何を言っているのかもわからない。

「……こんなに痛いのに、こんなに苦しいのに、どうして志貴くんはわたしを助けてくれないの!?助けてくれるって約束したのに、どうして――」

ただただ、感情のままに、叫び続ける。

「志貴くん―――志貴くんがわたしの傍にいてくれるなら、この痛みにだって耐えていけるのに。どうして、どうしてあなたまでわたしの事を受け入れてくれないの……!」

……………思考が、戻ってきた。
顔をあげる。そこには、ボロボロになった……いや、わたしがボロボロにした、志貴くんの姿…………

「―――志貴くん、わたし、……こんな、つもり、じゃ―――」

声が、震える。いまさら何を言っているのか。
志貴くんをこんなんにしたのは、完全に自分の意思だ。言い訳なんて、言える立場じゃ無い。
志貴くんを傷つけたのも、志貴くんに吐いた言葉の数々も、明らかに自分の意思で起こした行動だ。

なのに。

「………いい………んだ」

何で、そんなことが言えるの?

「……いいよ、弓塚さん」

「志貴……くん?」

「俺の血でよければ吸っていいよ。
 約束だもんな……キミと一緒に、いってやる」

…………何で……何で、この人は、こんな時に、こんな優しい言葉で、こんなことが言えるんだろう。

わたしは、志貴くんの膝元に跪いて、志貴くんをだきあげた。

「――――ほんとに、いいの?」

ささやく様に言う。
なんて事だ。結局は、その欲望に耐え切れなくなるんじゃないか。
その証拠に、今の声にも、明らかに喜びが滲み出ている。

「……なんだよ。今までそうしたくて散々追い回したんだろ。なんでここで遠慮するのかな、弓塚さんは」

「だって―――――わたし、本当にそうしたいけど、でも―――」

―――それをしたら、もう、本当にダメになってしまいそうで―――

泣きそうになりながら、聞こえるかどうかわからないぐらいの声を、呟いた。
昨日だって、今回だってそうだ。何とか今の自分に戻ってこれたけど、こんなことをしてしまったら、もう、ずっと吸血鬼のココロのままになってしまいそうで……

「…………」

志貴くんは、黙ってしまった。今の声が、聞こえたのかどうかは、わからない。

「―――痛いんだろ。なら、いいよ。俺はキミを助けられない。だから、弓塚さんの言う方法で助けるしかないじゃないか」

「………志貴………くん」

うん。と、頷く。
彼の優しさが、心に染み込んで、もう、胸が一杯で。
志貴くんの首筋に、唇を当てて、血を吸う。

「あ――――――」

志貴くんの体から、力が抜けていく。
志貴くんがだんだんと死に向かって行くのが、分かる。今さら、また、怖くなってきた。

「―――――――ぁ」

志貴くんの口から、声が漏れる。

「―――――――」

死に向かって行った力が、留まるのを感じる。

「■■―――■」

その時、遠野くんの体がいきなり不自然に傾いた。と、ほぼ同時に、左胸に衝撃が走り、少しして、痛みに変わった。

「っ……遠野……くん?」

「あ……弓……塚……」

遠野くんがそう呟くのが聞こえ、少しだけ体を離し、自分の左胸を見て、次に、遠野くんの顔を見た。

わたしの左胸には、ナイフが刺さっていた。
遠野くんは、罪悪感と、失敗したと言う様な緊張と、泣き出しそうな感情が混ざったような、見ているこっちの胸が締め付けられる様な顔をしていた。

「弓塚……ごめん。……俺は、こんな方法でしか……弓塚を、助けられない……」

途中から、遠野くんの顔を、涙がつたっていった。

――ああ……、そうか。

わたしは、遠野くんから体を離した。左胸からナイフが離れ、遠野くんの右腕が、地に落ちた。
ぬっくりと立ち上がり、後ろに一歩、下がる。
心臓を貫かれた左胸から、トクトクと血が流れていた。でも。

――でもね、遠野くん。吸血鬼になっちゃったわたしは、もう、心臓をナイフで刺された程度じゃ、死ねないんだよ。

これぐらいの傷なら、一晩もかからずに再生するだろう。血が足りなくなるので、何人かから吸わなくちゃいけないだろうけど、直前まで遠野くんの血を吸っていたので、そんなに多くはいらないはずだ。

「そっか――――やっぱり一緒には行ってくれないんだね、遠野くん」

「弓塚……俺は……お前を……」

遠野くんは、わたしを裏切るようなことをしたことに、罪悪感を感じているのだろうか。
いや、遠野くんのことだ。そうに違いない。

そんな、気にすることないよ、遠野くん。

「でも、うれしかったよ。ほんの少しの間だったけど、遠野くんは、わたしを選んでくれたんだもん。」

だって、わたしの胸は、いま、とってもあったたくて、穏やかなんだから。

「それが出来るなら、きっとそれが一番いい方法だったんだよね。
 ―――でも、無理なんだ。
 もう、わたしはそんなに簡単には死なない。遠野くんじゃあ、わたしを殺すことは、無理だよ」

「違う……弓塚……俺なら……」

結構な量の血を抜かれて、たいして動けないだろうに、まだ、わたしを救おうと、必死に動こうとしてくれてる。
やっぱり、やさしいなぁ、遠野くんは。

「……わたし、もっと遠野くんと話したかった。ほんとうに普通に、なんでもないクラスメイトみたいに話したかった。」

さあ、お別れだ。

「それじゃあ、わたし、もう行くね。このままここに居ると、また、遠野くんの血を吸おうとしちゃいそうだし。
 安心して。この町からは、出てくから。ばいばい遠野くん。ありがとう―――それと、ごめんね」

今度は、『またね』が言えないことに、悲しさを感じながら、わたしは、吸血鬼のスピードで、その場を離れた。




人気の無い通りを、走る。走る。走る。

まったく、あの場所では、もう、死んでもいいかなとかも思ったのに、再度一人になると、また、生への執着が蘇るなんて……自分の図々しさに腹が立つ。

胸の傷からは、まだ血が流れているが、既にそれ程でもなくなっている。隣町ぐらいで人の血を吸えば、すぐに良くなるだろう。
目からも、何か流れ出したが、そんなもの、これからどこに行くか考えてる間に、渇くだろう。



今夜中に、出来るだけ遠くの町まで行こう……。




あとがき

こんにちは。
気づいた方は気づいたと思いますが、最後のほう以外の全ての台詞は、全部、月姫の中から直で、一語一句変えずに書きました。いやー、しんどかった;;

まあ、一番しんどかったのは、遠野くんと志貴くんの使い分けでした。
それと、さっちんの一人称が私じゃなくてわたしだってことに気づいた時の衝撃はもう……^^;;

さて、一人称で書き始めたこの作品ですが、実は一人称、この回だけです(殴
次スレからは、三人称で書きます。変則的で申し訳ないこんな作品ですが、読んでやってください。

それと、第0話_bとこの回の間の時間の流れがおかしいです。原作設定と矛盾してますほんとうにすいません。
では。

誤字、修正しました。



[12606] 第0話_b 一時の休息
Name: デモア◆45e06a21 ID:06c8f9f1
Date: 2010/07/02 06:06
(あれから、いろんなことがあったなぁ……)

夜のビル街(とは言っても廃ビルだらけ)を歩きながら、弓塚さつきは考えた。
あれから、あの裏路地でのさつきと志貴との別れから、三週間程経った。
彼女の服装は、あの時の制服のままだ。着替えは持ち歩いていない。旅の邪魔になるからである。
洗濯は、コインランドリーで全部一気にやっている(この時、周囲の警戒は怠らない)。お金の出所は、裏路地を歩いている少女に暴行を働こうとした不埒な不良の財布の中からである。

彼女の今の立ち位置は……

(『放浪の吸血鬼』か。)

今や新聞を毎日飾っている、大量無差別殺人鬼である。
その、殺された者から血が抜かれているということに加え、まるで、旅でもしている様にその殺害現場が移動している為、付いた名前である。
まあ、まんまそのままなのだが。

(まあ、吸血鬼の体が完全に作られてからは、以前みたいにやたらめったら飲まなきゃいけないわけじゃなくなったし。それは良かったかな。
 今でもあれぐらい殺してたら、ココロがまた、あっちに行っちゃうかもしれないし。)

そう。彼女はあれから、一度も楽しんで人を殺してなどいないし、人を殺すことに対して、罪悪感も感じている。
何度も繰り返してるうちにだんだんと簡略になっていって、今やご馳走様とあんまりかわりが無いが、殺した者への祈りも捧げている。
それが、あそこで志貴に眼を覚まさせてもらったことが関係しているのは、考えるまでもない。
実際、あの時の自分の状態の正体がわかっているさつきとしては、志貴にはいくら感謝してもしきれない。

(ああ、会いたいなぁ。みっくん、りんちゃん、ゆっきー、よーこ、………)

思い浮かべるのは、かつての二年三組のクラスメート(担任の国藤もたまに)。そして……

(遠野くん……)

もう、そのことを思って流す涙は流しきったが、それでも気持ちが限りなく暗くなることは変わらない。
だが、今のさつきは三咲町を出た時よりも、格段にそっちに戻りにくくなっている。
その理由は、

(ああもう! 一体何なのあの代行者って教会コスプレ集団!!
 あなたは目立つ行動をしすぎたとか、あなたは今や教会のブラックリストに載っていますとか、
 訳の分からないこと言って火の玉とか訳の分からない玉とか雷とか変な色の衝撃波とか変な剣とか訳の分からない十字架とかでいきなり攻撃して来るし!
 しかも段々強くなってきてるし!)

そして、その全てを撃破してきた弓塚さつきであった。
具体的には、火の玉以下訳の分からない攻撃の殆どを殴りつけたりはたき落としたり跳ね返したりして、後は相手を全力で殴りつければ終了だった。終わった後は、その人で食事することもしばしば。
一着しかない服に、穴の一つも見あたらないことからも、彼女の無双っぷりが解るだろう。

まあ、殴ったりする瞬間はちゃんと痛かったりするのだが。

ここで三咲町に戻ると、かつてのクラスメートにまで迷惑がかかりかねなかった。勢いで飛び出して来たので、両親にも何にも言っていないので、少しだけでも会っておきたいのだが、それもままならない。

実際、弓塚さつきが狙われ続けるのは、他の吸血鬼の様に死体を死者にせず、そのまま放置しているため見つかりやすく、ある一点を根城にしていないため見つかりやすく、更には、代行者の撃退方法の無茶苦茶さが教会の危機感を煽っているためであるとは、本人の知るよしではない。

(えーと、ここって確か、観布子市ってとこだったよね)

『放浪の吸血鬼』のことは、毎日新聞やニュースで流れるため、次にどの市町村に現れるか等の予測等も当然ある。そのためさつきは、今の自分の現在地について迷うことは無くなった。
だから何? と言われればそれまでなのだが。

と、さつきの前方に男の人影が現れた。もうそろそろ苦しくなってきていたさつきは、その人を今日の食事に決めた。

ごめんね。と小さく呟いてから、一気にその人の元まで駆け寄る。
直前でその人が気が付いた様だが、もう既に遅かった。

「え?……うわ!?」

両方の肩を掴み、後ろ、下向きに押す。当然、男は後ろ向きに倒れ、背中を地面に思いっきり打ち付ける。
その衝撃で動きが止まった瞬間に、血を吸おうと男の首筋に噛み付こうとして……

「………………………………………………………………………………ぇ?」

その男の顔を見て、固まった。

(遠野……くん?)

いや、さつきにも違うということは解っている。長くも短くもない黒髪、人の良さそうな顔立ち、眼鏡と、かなり容姿は似ているが、それでも明らかに違う。
だが、志貴のあの危うい様な雰囲気は無いが、それでも、お人好しそうな所とか、そこら辺の雰囲気とか、そして何より、弓塚さつきの直感が、この人と志貴を、完全な別人とは思わせなかった。
知らず、涙が溢れていた。

「っつ~~……、な、何? どうしたの?」

いきなり押し倒された相手に向かって、この台詞は何だとさつきは思ったが、そういうところもどこか遠野くんらしい。

(ダメだ……この人からは、吸えないや)

さつきは、急いでそこから逃げだした。

「え? あ、ちょっと!」

後ろからあの人の声が聞こえても、さつきは構わず闇の中に姿を眩ました。



……………数分後、ストーキング開始。






そして、その男、黒桐幹也は、

「何だったんだ、一体?」

一人つぶやいて、立ち上がった。いくら考えても、見知らぬ女子高生にいきなり押し倒されて、更には泣き出される理由に思い当たりなど無い。

「…………まあ、いっか。」

そう言って、幹也は、当初の目的である、巫条ビルに向かった。


「……ここか」

呟いて、幹也は屋上を見上げる。鮮花や式が言っていた様な、空飛ぶ女の子とかが見えないかと思っていたのだが、自分には見えない。

試しに、ビルの中に入ってみる。確かに、『伽藍の堂』の様な、普通じゃない空気はあるが、それだけだ。

(……屋上まで行ってみるか。あれ? でも、エレベーターの方がいいかな? 階段で一階ずつ見てった方がいいかな?)

結局、屋上まではエレベーターで行って、その後は階段で下りていくことにした。

廃ビルなのに何故エレベーターの電源が入っているのかという疑問は、その時は起こらなかった。



そして、屋上。
エレベーターのドアが開き、幹也が外に出て周囲を見渡すと、直後、固まった。

ビルの屋上で漂っている、9人の白装束を纏った少女達。いや、一人は少女ではなく、大人の女性のようだ。
その姿は透けていて、まるで幽霊の様だ。
幹也はその、妖しくもどこか美しい光景に、しばし心を奪われ……気が付いたら、その中の一人、大人の女性が目の前にいた。

不思議と驚きは無く、そのままその女性の目を見つめているうちに、思考に霞がかかっていき、そして……………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………



「コラーーー! 何やってんのーーーーー!!」

叫びながらいきなり現れた少女に、目の前の女性が殴り飛ばされた。いやもう、それはもう、吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされた女性は、苦しそうに悶えていたが、やがて消滅するように消えていった。他の少女達も、同様に消えていく。

幹也は、突然の出来事に呆然としている。

「はあ、はあ、はあ……、はあ、間に、合った……」

幹也が冷静になってよく見ると、その少女は、先程ビル街で押し倒された、あの少女だった。エレベーターが使われた形跡は無いので、階段でここまで上ってきたということになる。

(……って、嘘だろ!?)

一体、何階あると思っているのか。この短時間で登り切るなど、もはや人間の出来ることではない。

「……もう、限……界」

そう言って、少女は幹也に体を預けるように倒れて来た。
幹也が慌てて受け止めると、わずかな寝息が聞こえ、ほっとする。

だが、直ぐにその少女の体の冷たさに気が付いた。

「な!? …………何でこんなに……まるで死人じゃないか。と、とにかく……住所……も、聞けないし……」

行き先は、決まった。



『伽藍の堂』。そこは、歴代最高の人形師であり、教会から『橙』の名をもらい、今は封印指定にされて逃亡中の魔術師、蒼崎橙子の仕事場兼隠れ処兼住処だった。

今は真夜中である。だがしかし、そのような時間に自分の張った結界の中に入ってくる者達を感知して、橙子は眠りから覚めた。眼鏡はかけていない。
一人はよく知っている、『伽藍の堂』の住人、黒桐幹也。別にそれならわざわざ起きたりはしない。自分に用事があるのなら、向こうが勝手に起しに来るだろう。
問題は、もう一人の方だった。知っている者ではない。だが、害意ある者なら結界が自動的に排除するはずだ。

こんな時間に、幹也と一緒に、人払いの結界が張ってあるこんな場所に来るなんて、魔術師《こっち》側の人間に決まっている。仕事の依頼だろうか。だがしかし、ここがそんなに簡単に見つかるはずは……

考えながら、無意識に煙草に火を付ける。
疑問はそいつがここに来れば解けると、橙子は、水色のショートヘアの髪をガシガシと書き、アクセサリーは付けずに、眼鏡をかけた。


…………が、

「おい幹也。お前は一体何を持ってきたんだ」

しばらくして、幹也が気絶した少女を担いで来た時、橙子は思わず眼鏡を外してそう言った。
仮にも世界最高の人形師。少女の正体は、一目見た瞬間に看破した。

「え……っと……、幽霊を殴れる女の子?」

「……は?」

だが、その予想外の回答に、不覚にも橙子は持っていた煙草を落としてしまった。



(あれ? ここ、どこだっけ?)

目が覚めて早々、弓塚さつきの頭にそんな疑問が浮かんだが、取りあえず、

「んくっ、んくっ、んくっ」

口に突っ込まれていた輸血パックの中の血を飲み干した。

「ふー、生き返った」

と、改めて回りを見回す。
自分が寝ているのは、ソファーの上だった。
そして、自分の目の前には、二人の人間がいる。

そのうちの一人、志貴に似ている男性を見たとき、さつきは全部思い出した。

(志貴くんに似ているこの人のことが気になったから、後を付けてみたら、
 なんだか屋上に変な感じのあるビルに入ってっちゃって、しかもよりにもよってエレベーターで屋上まで行っちゃったもんで、急いで階段駆け上がって屋上まで行って、
 そしたら何か半透明の女の人がこの人にやばそうなことしてたから、思いっきりぶん殴って、で、血が足りなくてのどが渇いてたときに無理したもんで疲れちゃったからそのまま寝ちゃったんだ。
 じゃあ、ここはこの人の家?)

と、そこまで考えて、さつきはもう一人の人間、水色のショートヘアーをした女性を見る。知らない人間だ。
男の人が、どういう表情をすればいいのかわからないというような微妙な表情をしているのに対し、この女性ははっきりとこちらを睨みつけている。

(…………輸血パックを口に突っ込まされてたってことは、この人達、わたしが吸血鬼だってことに気付いてるんだよね?)

「あ、あの……」

「うん、気が付いて良かったよ。君の体、死人みたいに冷たかったからさ、危険な状態なのかと思っちゃって。
 ……まさか、吸血鬼だとは思ってもみなかったけど」

「………」

男の人に出鼻を挫かれたさつきは、そのまま押し黙ってしまった。
そこに、女の人の方が声をかける。

「取りあえず、状況はこいつから聞いた。聞いた限り、かなりヤバイ状況だった様だな。
 ひょっとしたら、こいつを失ってたかも知れん。
 うちの従業員を助けてくれてありがとう、吸血鬼少女。
 私は蒼崎橙子。で、こっちが黒桐幹也」

「あ、はい。こちらこそ、血を提供していただいて、ありがとうございます。
 弓塚さつきです」

「ふむ……」

橙子は、少し考え込む仕草をした。

(私の名前を聞いても何の反応も無し、か。
 だが、こいつは十中八九間違いなく……)

「さて、単刀直入に聞くが、お前、ここ数週間世間を騒がせている放浪の吸血鬼だろ?」

「…………」

(やっぱりか……)

橙子は頭を抱えた。どうしてこんなやっかいなものを抱えなければならないんだ。

別に、橙子はさつきの今までの人殺しについてとやかく言うつもりはない。
テレビや新聞の状況、教会のデータが正しいなら、この吸血鬼が殺した人間の数は、普通の吸血鬼と同じくらいか、むしろ少ないぐらいだ。生きていくために必要な殺しなら、仕方がない。

問題は、この吸血鬼が教会のブラックリストに登録されていて、もうそろそろ埋葬機関まで出てきそうだというところにある。
聞くところによると、『弓』が丁度日本に滞在中らしいので、そいつが出てくることになるだろう。
橙子も教会に追われる身である。ここが見つかれば、かなり厄介なことになる。

(いっそ、このままほっぽり出すか……いや、危機的状況に陥ったときに、ここに逃げ帰ってくる可能性がある。
 しかも、その場合は高確率で代行者のおまけ付きか……)

もう、いっそのことここで始末するか。
橙子が半ば本気でそう考えた時、さつきが口を開いた。

「あの……あなた達、わたしのこと、怖くないんですか?」

その質問には、幹也が答えた。

「いや……、正直、解らない。君がこのごろ起こっている連続殺人犯の吸血鬼だってことは理解したけど、
 僕にとっては、泣き虫の恩人だし」

半分からかっていた。

「なっ! 泣き虫って!」

と、今までの会話、この吸血鬼の行動から、橙子の脳裏に、ある仮説が浮かんだ。

(もしかして、こいつ……)

「おい、弓塚さつき……だったか?」

「は、はい」

「お前、力に溺れてないのか? 感情が麻痺してないのか?」

その言葉に、さつきの体が強ばる。

そう、弓塚さつきが怖がっていた、吸血鬼のココロ。その正体は、紛れもない、吸血鬼の力を手に入れた、弓塚さつきの心なのだ。
強力な力を手に入れたものは、その力に溺れる。
最初はいけないことだと解っていたのに、繰り返しやっていくうちに、その感覚がなくなっていく。

よくある話だ。さつきは、そうなりかけながらも、心の芯の部分でまだ人間だった頃のことを忘れないでいたため、あの時、戻ってこれたのだ。
そう。人を殺す度に、そのことを重く受け止めていたのも、殺した後に、その人の為に祈ってたのも、全て、感情が麻痺しないようにするためだった。

「…………以前は、そうなっていました。でも、引き戻してくれた人が、いたんです。
 わたしを、ずっと助けようとしてくれていて。
 苦しいときに、優しい言葉をかけてくれて。
 わたしに、人間の心を取り戻させてくれました。
 そのお陰で、未だに人間の心を忘れずに済んでいます」

「………」

(と、いうことは、こいつは只単に知識が不足しているだけなんだ。
 わたしの名前を聞いても何の反応も示さなかったところからして、こいつ、闇《こっち》の世界にかなり疎いな。
 教会に執拗に狙われる羽目になったのも、その為か。今自分がおかれている状況すらつかめていないんじゃないか?
 仮にも、幹也の恩人だ。それに、教会のデータを信じるならコイツ、概念武装での攻撃やら魔術やらを『殴った』とか何とか……
 丁度、珍しく『あの人』もこの世界にいるし、ここは………)

思案すること数十秒、橙子は結論を下した。

「よし、お前を三日間だけ、ここに置いてやる。その間、お前の置かれている状況の享受、血の提供、知識の提供、今後のアフターケアまでやってやろう」

「……はい?」

さつきは、急展開に頭がついて来れてない。

「……風呂にも入れるぞ?」

「よろしくおねがいします!!」

ほぼ条件反射で答えが返ってきた。



さつきは、風呂に入った後、ソファーで寝てしまった。昼間でも日の光が当たらないように工夫してある。
寝間着には、橙子のお古を使っていた。
色々な説明は、明日の夜だ。

「あの、すいません。僕が勝手な行動をしたばっかりに……」

幹也が橙子に謝っている。

「まったくだ。だが、お陰で面白い仕事が出来そうだ」

「え?」

「幹也、私は地下に籠もる。弓塚が起きたら呼べ」

「え?あ、は「それと、式への説明もお前がやれよ」ええ!?」

「『ええ!?』じゃないだろう。お前が持ち込んだ種だ。お前が責任取らんでどうする」

「う……」

何も言えなくなる幹也だった。


その日の昼、『伽藍の堂』に来た式が見知らぬ人外がそこに居るのを見つけ、早速殺そうとするのを幹也が必死になって押しとどめたとかなんとか。
余談だが、幹也のその行為のせいで式の機嫌が更に悪くなったとかならなかったとか。
更に余談だが、幹也は式の原因が悪いのは人外を殺せなかったからだと思い、自分が他の女性を庇ったからだとは考えもしなかったとかなんとか。


まあ、そんなこんなで夜。

さつきの前には、両儀式、黒桐幹也、蒼崎橙子がいる。さつきは渡された輸血パック(5つ目)を飲みながら、式を紹介されていた。
さつきは、式にも志貴のような空気を志貴よりも強く感じていたが、それは、志貴のほうは強大な何かが押し込められている感じで、こちらはだだ漏れにしている感じだ。

式はさつきの自己紹介を、

「昼にコクトーに聞いたから良い」

と、一蹴した。明らかに機嫌が悪い。だが、橙子が式の耳元で何か囁くと、少しばかり機嫌がよくなったどころか、さつきが生存本能を覚えるくらいの壮絶な笑みを浮かべた。

(あんまり深く考えないどこう……)

と、眼鏡をかけた橙子が口を開いた。

「じゃあさつきさん。今からあなたの置かれている状況を説明しましょうか。
 ハッキリ言って、あなたはは世界的に指名手配されていると言っても良いわ」

口調が変わっているのは、眼鏡をスイッチにした性格変換のせいだ。
さつきも、最初はかなり戸惑った。

「え!? せ、世界的に!!?」

全国的にならまだ分かるが、まさか世界的に追われているとは思っていなかったさつきは驚く。

「……やっぱり、何も知らないのね。あなた、今までに幾度となく神父やシスターの格好をした者達を撃退してきたでしょう」

「だ、だってあれは、向こうがいきなり……」

「あなたが目立つ行動をしすぎたからよ。あれでは気付くなという方が無理な話ね。もっときちんと死体を隠さなきゃ。
 あと、各地を回ってたのも問題ね。吸血鬼がうろついてますよーって、教えてるようなものじゃない。」

「う…………」

考えてみればそうだったかも……と、さつきは思うが、

「で、でも、まさか吸血鬼ハンターみたいな集団があるなんて知らなかったし……」

「それでも、あなたも元は人間でしょ。死体を隠す程度の機転は、効かせられなかったの?」

「う………」

ささやかな反論も、完璧にたたき潰された。

「まあ、そこら辺は今とやかく言っても仕方が無いわ。取りあえず、そこの組織は全世界に根を張り巡らせてると考えてもらった方がいいわね。縄張り争いみたいなこともあるけど、それは考えなくていいわ」

「はい……。でも、他にも吸血鬼はいるでしょうに、何でわたしがそこまで執拗に……」

「えっとね、たぶん一番の原因であり失敗は、あなたの代行者の撃退方法」

「え?」

「あなたが普通の方法で下っ端の代行者を撃退したり、逃げおおせたと言うのなら、話はここまで大きくはならなかった。
 精々が、厄介な吸血鬼が現れたってぐらいの話で済んだのよ」

(まあ、本当に一番の失敗は、休暇で日本に来てた代行者に会っちゃったってことなんだけど、それは言っても仕方がないもんね。只の不運だし)

その不幸も、弓塚さつきだからこそなのだが、そんなこと橙子は知らない。

「えっと……それって、わたしの倒し方が普通じゃなかったってことですか?」

弓塚が疑問の声を上げる。そこで、橙子は眼鏡を外した。

「普通じゃないどころか、異常だ。お前、魔術を素手で殴り飛ばしたと聞いてるぞ」

「ああ、飛んできた火の玉や雷とか殴りましたけど、あれって吸血鬼はみんな出来ることなんじゃ……」

「そんなわけあるかアホ。で、どういう原理でそういうことをしているのかを、見せてもらいたい」

「え?」

「わたしがお前に火球を投げつける。それを、式の方へ殴り飛ばして欲しい」

「「ちょっと待(っ)て(下さい)!」」

「だって、他のところに向かったら、いろんなもの焼けちゃうし、式なら安全に『処理』できるだろ?」

「そんなもの、お前が処理すればいい」

「私は観察してなきゃいけないんだよ。
 何なら、幹也に受け止めさせてもいいんだぞ?」

「……ちっ」

「って、何でわたしが火球を投げつけられなきゃいけないんですか!?」

「うーんと、これはお前がここを出てった後のアフターケアにも絡んでくるんだ。
 このまま出てったらお前、確実に教会の代行者に殺されるぞ。
 今でも、世界のトップ7の内の一人が出てくるって話もあるんだ」

「う……わかりました」

「まあ、私の単純な興味もあるがな」

「「「……………」」」

突っ込んだら負けな気がした一同だった。

「じゃあ、立て。うーんと、じゃあ、私はあっちに立つから、式はそっちで弓塚はそっちだ。幹也は邪魔にならないところに適当にいろ」

言いながら、さつきが立つ部分に不思議な文字の羅列を書いている。

「……何してるんですか?」

「センサーみたいなものだ」

さつきの質問に、橙子は簡潔に答えた。作業が終わると、橙子は自分の立ち位置に向かう。

「じゃあ、行くぞ。***、****、**!」

橙子が煙草で空中に文字を描きながら何事か呟くと、その文字の所に人の顔程の火球が生み出された。
それが弓塚に向かって飛んでいく。

「そー、れっ!」

何とも気の抜けるかけ声と共に、弓塚が火球を殴りつける。橙子はその様子を、スキの無い目で観察していた。じゅっと音がして、弓塚の拳が焼けるが、弓塚が腕を振り抜くと、火球は式の方へ飛んでいった。
既にナイフを構えていた式は、火球に向かってナイフを一降り。すると、火球が消滅した。

橙子は、そちらには目もくれずにさつきの元へ近寄ると、床に描かれた文字を見つめ、何事か呟いていたが、

「成る程。確かにそれなら筋は通る。だが、魔術の魔の字も知らないやつがこんなことをしているとは……いやはや、才能とは恐ろしい。
 弓塚、式、ご苦労だった。もういいぞ」

「なんだ。協力者に説明は無しか」

式が、ソファーに向かいながらぶつくさ言う。幹也は、肉が焼けた音がした弓塚を気遣っていたが、

「この程度なら大丈夫」

と言われた。実際、やけどはもう治りかけていたので、そのまま引き下がった。

「その説明は明日する。明日はちょうど『あの人』も来る。その人にも協力してもらった方が都合がいい」

「誰ですか? 『あの人』って?」

幹也が訪ねると、橙子はお楽しみだと、もったいぶって答えなかった。

「さて、では次だが、幹也、お前はもう帰れ」

「はぃえ!?」

いきなりの帰れ宣言に、幹也は『はい』といおうとして失敗する。

「ここから先は、男子禁制だ。見たら即刻、私と式が粛正に向かう」

本気の色を込めて言う橙子に、幹也は冷や汗を流す。

「で、では……失礼します」


幹也が完全に『伽藍の堂』から出て行くのを確認すると、橙子はさつきに言った。

「では、別の部屋に向かう。式、お前も来るか?」

「いや、オレはいい。そっちで好きにやってくれ」
「そうか」

「あ、あの……一体、何をするんですか?」

さつきが不安そうに聞く。

「ああ、身体測定みたいなもんだ。今日中にやらなくちゃいけないし、なにより、これをやらんとお前へのアフターケアも出来やしない」

「……………」

何だか、毎回同じ理由で丸め込まれているような気がするさつきだった。


さつきは、指示された部屋に入った。そこは、真ん中にテーブルの様なものがあり、回りにも訳のわからないものが置いてあり、何だか怪しい部屋だった。

橙子も入ってくる。眼鏡をしている。これからの作業には必要らしい。

「よし、じゃあさつきさん。服を全部脱いでそこに横になって」

「え!?」

その言葉に固まるさつき。

「ま、まさか橙子さん、そんな趣味が……イタッ」

優しくなったはずの橙子の拳骨が落ちた。

「魔術的な身体測定だから、色々特殊なの。さっさとして」

「うう……」

まだ渋っているさつきに、橙子は眼鏡を外し、

「仕方無いか……」

指をパチンと鳴らした。
とたんに、さつきの体から力が抜けてゆく。

「え?え?え?」

もう完全に力が入らなくなり、ぺたんとすわりこむどころか、倒れてしまった体に、さつきが疑問の声を上げる。

「さっきの魔方陣にしかけをしてあってな。対吸血鬼用の奪力魔術だ」

「え、ええーーーーー!!?」

「さて、始めるぞ。全く、服を脱がせることからやらなければならないじゃないか」

「ちょ、ちょっと待っ!」

「途中から麻酔も使うから。目覚めたら明日の夜だろう」

「そ、そんな勝手に」

完全に弓塚の言葉を無視する橙子だった。






「あ……ダメですとうこさん、そんな……ひゃっ!」

「あ……ひいっ!!」

「も、もう……限界ですぅ……」

「アッーーーーー!」

弓塚の体に麻酔が投与されるまで、その部屋からはそんな声が聞こえ続けたとかなんとか。





あとがき

さて、空の境界メンバー登場! そして、既に正体バレバレの『あの人』とは!?......この際だからFate/stay nightの方も出したくなって来た......

てゆーか、本当はこの回でなのは世界まで行く予定だったのに......なのは期待して見てくれた人、本当にごめんなさい。


次回から、独自解釈や、キャラの性格の独自創造が入ります。許容出来ない人はご遠慮下さい。出来るだけ変にはしないつもりですが……

誤字、脱字、ミス及び書こうと思っていたのに書き忘れて読者の方を混乱させてしまった部分を修正しました。
思っていたより格段に多かった……orz
どっかのあかいあくまにうっかりスキルでも染されたか?



[12606] 第0話_c 色んな意味で濃い日々
Name: デモア◆45e06a21 ID:06c8f9f1
Date: 2010/07/02 06:06
「う……ん……」

『伽藍の堂』の応接室、そのソファーに、弓塚さつきは寝かされていた。

「んー、よく寝た」

裸に毛布一枚で。

「………へ?」

どこぞのアニメの様に自分の体を見下ろさなければ気が付かない訳もなく、さつきは自分が何故こんな姿で眠っているのか考えて……

(……ボッ)

すぐさま思考を中断……しようとして失敗した。

「※☆●◇♀〆#▼□≒∀★ーーーーー!!!」



――――――――――――――――――――――――― しばらくお待ちください ―――――――――――――――――――――――――



「もうお嫁に行けないーーー!!」

弓塚さつきは半泣きになりながら叫んでいた。
とは言え、大分落ち着いて来ており、それを最後に静かになった。

「はあ、はあ、はあ……」

叫びすぎて息切れをおこしていたが。

さつきは自分のそばに畳んで置いてあった制服を着て、回りの状況を確認した。どうやら『伽藍の堂』の住人は、全員どこかに出かけているらしい。いくら呼んでも出てこない(それ以前にあれだけ大騒ぎして出て来ない時点で確定な訳だが)。

「ふう」

取りあえず、自分が寝ていたソファーに腰掛けたさつきであった。

「まったくとうこさんたらあんなひとだったなんておもわなかったこんどあっ」

その口からは呪詛の様な言葉がダダ漏れになっていたが。

「まずはじょうくうひゃくめーとるまでうちあげておちてきたところをてっちゅうでなぐりつけてふっとんでったとこ……?」

と、その呪詛(笑)が不意に止まり、さつきは自分の頬を濡らすものの正体を確かめるために、そこに手をやった。

(……これ……涙……?)

なんで、涙なんか……と、考えたさつきは、はっと、今、この瞬間に涙してるんだということに気が付いた。
昨日、おとついの夜なんかは慌ただしくて実感出来なかったが、こういう、穏やかでのんびりした時間は、弓塚が長い間忘れていたものだった。
それだけじゃない。
おとついや昨日、弓塚は普通に他の人と話していたが、考えてみれば、それも三咲町を出て以来、初めてのことだった。
こんなに安心して眠ることが出来るのも、裏路地で寒くて堅い地面の上で眠らなくて良いのも、実に三週間ぶりだった。

(……むう。今回だけは、許してあげよ……)

と、早く帰って来ないかなーなどと考えながら、『伽藍の堂の』の住人の帰りを待つさつきであった。





一番早く帰ってきたのは、幹也と式だった。式は見るからに不機嫌であり、幹也は紙バッグを3つも持っていた。

「あれ? 起きてたんだ弓塚さん」

そうさつきに声をかける幹也に対し、式はずかずかと応接室に入り込み、さつきが座ってるのとは別のソファーにどかっと腰掛けた。

(…………)

話しかけない方がいいと肌で感じたさつきは、幹也のみにはなしかける。

「はい。ついさっき。幹也さん達は、なにをやってたんですか?」

さつきがそう訊いた直後、応接室をものすごい殺気が包み込む。
その殺気にかたまるさつきに対し、幹也はそれを感じてもいないのか(実際は、ああ、また式は不機嫌だなぐらいにしか感じてない)、何ともなしにそれに答える。

「ああ、ちょっと君の服を買いに……ね。一つしか持ってないみたいだったから……」

殺気が更に膨れあがった。
それだけで、さつきは大体のことを理解した。

(ああ、ようするに……)

さつきは立ち上がると、殺気をかき分けながら式の前まで行って、

「頑張ってください」

と言った。言った瞬間、殺気の矛先が一瞬さつきに集中したが、顔を上げた式は、さつきの視線に何かを感じたのか、

「……ふんっ」

と、顔を背けてしまった。殺気もおさまっている。

「?」

と、部屋の中に入ってきて、さつきの言葉に首をかしげる幹也に、

(この朴念仁!)

今度は弓塚の殺気も+された。しかし、それでも幹也は首をかしげるばかり。

さつきははあ、とため息をつくが、彼は自分のために服を買って来てくれたのだ。その行為を無為にする訳にはいかない。

「わざわざありがとうございます、幹也さん。でも、どうしていきなり服のことなんか……」

時間なら昨日もあったはずだが……と、そこでさつきは気が付いた。ここは応接室。自分はさっきまでどんな格好でここにいた? 隣には何があった? そして、幹也が昼間、ここに来ない可能性は?

さつきの発する負のオーラに、流石の幹也も冷や汗をかく。

「い、いや、見てない見てない。絶対見てない! そりゃまあ、入ってきた時に不可抗力で少しだけ毛布からはみ出してるところが見えちゃったりもしたけど、それだけ! ほんとにそれだけだから!!」

「……ほう。おいサツキ。その話、詳しく聞かせろ」

「え、式さん知らないんですか?」

「オレは、自分の部屋にいるところをいきなりこいつが訪ねてきて、顔を真っ赤にしながら服を選ぶの手伝ってくれって言われて連れ出されただけだ」

「…………」

さつきは、あまりのことに声が出なかった。
幹也にぶつける殺気が、だんだんと大きくなっていく。

さつきは、自分がどんな格好でここにいたのかということと、幹也の行動に関する自分の考えを、包み隠さず式に話した。

話が終わる頃には、二人から巻き起こる絶大なまでの負のオーラ。
唐変木の幹也も、これには流石に身の危険を感じ、紙袋をその場に置いて、部屋から逃げ出そうとした。

が、幹也が扉の前に付くと同時に、その扉が開かれ、橙子が入って来た。

「おいおい何だ? この廊下まで届いてくる殺気は?」

必然的に、部屋の方まで押し戻される幹也。

「コクトー、お前、今どこに行こうとしてた?」

「幹也くん。少し、頭冷やそうか?」

ギ、ギ、ギと、壊れたブリキ人形の様に振り向く幹也。そこには、純和風で蒼眼の死神と、茶髪ツインテールの魔王がいた。これはたまらんと、すぐさまジャンピング土下座に移行。

「すいませんでした!」

「「ふう」」

死神と吸血鬼は、揃ってため息を吐くと殺気を霧散させた。その思考に行き着いた理由はともかく、その行動は完全な善意なのだ。そこまで責めることは出来なかった。

「おい幹也。お前、なかなか愉快な状況だったみたいだな」

「勘弁してください橙子さん」

幹也は、気が抜けた様に床に座り込んだ。

と、

「おい。ワシはいつまで待っとりゃいいんじゃ?」

と、廊下から聞き慣れない声が聞こえた。

「ああ、すまん。入ってくれ」

橙子と幹也が道を空けると、廊下から、四角い顔に短く刈そろえられた白髪に、短く刈そろえられたヒゲを生やした初老の男性がいた。
これだけ聞くと厳格そうなイメージを持つが、その顔には、イタズラ小僧の様な笑みが浮かべられている。

式とさつきは、その人が人外であることを即座に理解したが、橙子が連れてきた人なので、普通に対応することにする。

「トウコ、誰だ?」

式のその言葉に、橙子は思わず苦笑する。

「ここに鮮花でも居れば卒倒してたかもしれんな。
 この人は、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。
 世界で五人しかいない魔法使いの一人で、第二魔法の使い手だ。
 あと、死徒二十七祖の第4位もやってるな」

「「「 ・ ・ ・ ? 」」」

言葉の意味を殆ど理解出来てない一同。

「あー、とにかく、世界で五人しかいないものっそいことが出来る人の内の一人で、
 普通に考えたらまず勝つことの出来ない吸血鬼の中の一人ってことだ」

橙子の紹介も、自然と投げやりなものになる。

「おいおい。何かかなり投げやりな紹介な気がしたんだが?」

苦笑するゼルレッチ。
急いで幹也がフォローする。

「えーと、魔法ってのについては、以前橙子さんに聞いたことがあります。
 確か、橙子さん達が使っているのは魔術で、現代の科学技術で結果の再現が可能な神秘。
 で、その上位に位置するのが魔法で、そちらは結果の再現が不可能な、本物の神秘……でしたっけ?」

「そう。その通りだ」

「ご託はいい。で、何でそんなご大層な人がこんなところにいるんだ?」

幹也の精一杯のフォローをご託の一言で殺す式。橙子は頭を抱えている。「全く。知識が不足しているのは式《こっち》もだったか……」等と呟いている。だが、

「はっはっは! 橙子よ、お前の工房の住人は実に愉快な者達だな!?」

……当の本人は気にもしていなかった。

「式、流石にそれは失礼だよ」

「五月蠅い。それよりもさっさと質問に答えろ」

「ん? おお、すまんかった。いやな、何やら面白いことをする吸血鬼を保護したから、そいつを使ってちょっと遊んでみんか誘われたんでな。面白そうだから乗ったまでよ」

「「「……………」」」

予想の斜め上を行く回答に、言葉を無くす一同。

さつきは橙子にアイコンタクトを試みる。

(あの……、橙子さん、まさかとは思いますが……その、『面白そうな吸血鬼』って、わたしのことじゃ……)

(そうに決まっているだろう)

(……ヒドイ……わたしは玩具ですか……)

そのまま床にのの字を書き始めた。

「えっと……所長、ゼルレッチさんとはどういったご関係で……?」

「ん? ただの知り合いだが……」

「へえ、出会ったきっかけとかわ!?」

語尾が変だが、何らおかしくはない。何故なら、その瞬間橙子が壮絶な殺気と共に幹也の顔スレスレに火球を飛ばしたからだ。

((成る程。『あの人』がらみか……))

それ以上は聞くまいと、心に誓った幹也と式であった。



「で、これがそこの、弓塚さつきの使う能力の、こちらで調べたデータなんだが……」

全員がソファーに座り、橙子がゼルレッチに資料らしき紙を渡している。
ゼルレッチがそこに目を通す。

「……ほう。これはこれは。確かに、このデータからならそういう結論にたどり付くが。
 まさか、成り立ての吸血鬼でこんなことが出来るようになるとは。
 確かに、これは興味深いな」

「だろう? でもな、こっちで調べても解ったのが、魔術を殴ることが出来る理由のみでな。
 どうやってそういう現象を起こしているのか、全くわからないんだ。
 後で体を調べたが、元から付加されてる訳でも無かった。一応、魔術を使った形跡は有ったには有ったんだが、それも何とも微妙なものでな。
 どういう術式を使えばこんなことが出来るのか、全く解らん」

と、そろそろ式が痺れを切らした。

「おい。そっちだけで楽しくやってんな。
 こっちにもちゃんと理解出来るように説明してくれ」

橙子とゼルレッチがそちらに顔を向けると、残りの二人も、式と同じで、話の内容を知りたいというような顔をしていた。

「ああ。すまんな。取りあえず、理屈はすっ飛ばして、起きている現象のみをわかりやすく説明すると……
 そうだな。『概念の付加』だな」

「『概念の付加』?」

声を上げたのはさつきだけだが、三人とも解ってないのは表情でわかる。

「あー、そもそも、概念ってものを理解してるやつ、居るか?」

「えっと、『意味』……みたいな?」

「そうだ。それでいい。弓塚はな、何かを殴るとき、自分の拳に、『殴る』……まあ、厳密には『打撃を与える』だが、そういう『意味』を付加させてるんだ」

「「「 ・ ・ ・ ?」」」

またもや疑問符を浮かべる三人。

橙子とゼルレッチは、さてどう説明したものかと顔を見合わせる。

「えっと、拳で殴ろうとしてるんだから、その拳が殴るという意味を持つのはおかしいことじゃないんじゃあ……?
 それに、どうしてそれで火の玉とかが殴れたのかとか、わかりませんよ」

「いや……それとはまた違うんだが……
 はて、どう説明したものか……そうだ。私がたまに、ものすごく古い骨董品を買うことあるだろう?」

「ええ。そのせいでこちらの財布がただの布きれになることもしばしば」

「その理由はな、その品に、長い年月をかけて魔術的な『意味』が付加されてるからなんだ」

「……あぁ」

式は何かに気が付いた様だが、

「「………………………」」

さつきと幹也は惚けたままだった。

「うーん。で、その魔術的な『意味』ってのはな、現実にまで浸食してくるんだよ」

幹也が、頭を抱えながら言った。

「つまり、付喪神みたいなものですか?」

黙り込んだままだったゼルレッチが口を開く。

「惜しいが、違う。が、良い線をいっておる。もしも、その、付喪神を多くの人々が知っておるならば、
 全ての物体には、『長い年月がかかると神が宿る』という意味を持ち、八百万の神になるだろう」

「『意味』と言うのは、人間のイメージみたいなものですか?」

「うーむ。そう思ってくれて構わんだろう。
 人々から、これはそういうものだと思われ続けたものは、その思われていたものと同じような力を得る。
 うむ。魔術師連中が聞けば、色々と矛盾や例外を突きつけられそうな解釈だが、まあ、そんな感じでよかろう」

と、ゼルレッチは締めくくったが、さつき、幹也の二人は、それさえも理解するのに必死なようだ。

「わかったかい? お前たち」

「「ま、まあ……何とかイメージは……」」

「まあ、何となくでいいよ。理屈で考えようとして、一般人が理解できる様なもんじゃない。
 んで、弓塚がやってることなんだが……自分の拳に、『殴る』という概念を与えることで、あらゆるものを『殴る』ことが出来る拳にしている、ということのようだ。
 全く、自分の肉体を概念武装と同等にするとは。非常識にも程がある」

(………)

何となく、理屈は理解できたさつきではあったが……

「だがな、これではまだ疑問が残る。そこでだ。さつき、もう一回、ちょっと実験に付き合え」

どうやら、まだややこしいことがあるらしい。

「へ!?」

さつきは、とっさに体を両腕で隠すような仕草をする。

「そっちじゃない。また、ある物を殴って欲しいんだ」

「は、はい。そっちなら……」

橙子の言葉に、あからさまにホッとするさつき。

「じゃあ、ちょっと待て。*****,**,***,*****,*,****,*!」

橙子が、今度は空中にいくつかの文字を描きながら何事かを呟く。
と、さつきの前に半透明の青色の膜が現れた。

「式は、直死で見た方がわかりやすいだろう」

橙子のその言葉に、式は目を入れ替える。

「じゃあ、そー、れっ!」

さつきが、目の前に見える膜を殴る。と、その膜はセロファンを殴られた様にやぶけ、消滅した。

「ふむ。やはりな。式、わかったか?」

橙子の言葉に、

「ああ。一つ、殴れなかったな」

「「?」」

その言葉に、首をかしげるさつきと幹也。

「今私が張ったのは、結界だ。だが、その結界はただの境界線のようなものでな。普通は触れん。
 で、だ。私が張った結界は、1つじゃ無いんだ。もう一つ、お前が殴った結界の前に、同等の能力を持った不可視の結界がある」

「は、はぁ……」

「だが、今その不可視の方はお前に殴られなかった。
つまり、お前は自分が視認した物体が、あたかも個体であるかのようにして『殴る』ことができるということだ。
 これがまた面白くてな。つまり、お前の拳に付加された『概念』は、お前のイメージのみを参考にしていると言って良い」

「えっと、視認しなきゃ、いけないんですか?」

「あー、ちょっと言い方に語弊があったな。そういやお前、今までも透明な結界を殴って壊したことあったんだっけか。
 うーん。ここら辺の説明は式ならすぐ解ると思うんだが……いきなり理解しろというのはな……。
 いいか弓塚、先程はお前のイメージを参考にしているという言い方をしたが、誤解の無いようにきちんと言おう。お前が物を『殴る』には、その物体が『殴られる』とどうなるかを理解してないといけないんだ」

「成る程。オレと同じというわけか」

橙子の言葉に式は納得の様子を見せるが、

「「はあ」」

残りの二人は、言っている"言葉の意味"は分かったが理解できないという様子だった。

「まあ、物を殴るってのは案外見た目通りみたいだから、『自分が認識した物体は殴れる』って考えでいいと思うぞ」

「はい……わかりました」

何とか理解した(?)一同であった。

(まあ、どうやって概念付加なんてことやってるのかは、全く解らないんだがな)

(しかし、その『概念』が作用するものは、弓塚さつきが理解したもののみ。これは、この娘が何らかの魔術を無意識下で発動し、概念付加を為し得てるとしか思えん)

((中々に面白いじゃないか!!))

魔術師と魔法使いは、互いに好奇心に胸を高鳴らせていた。

「で、だ。私は今から、とある作業の続きに入らねばならん。その間に、弓塚、お前、シュパインオーグ氏に色々と訓練してもらえ」

「……はい?」

「お前の能力にはまだ可能性がある。それに、自分の能力、ちゃんと使いこなしておきたいだろう?」

「……ええ、そりゃあまあ。でも、ゼルレッチさんは……」

さつきは、迷惑じゃないかとゼルレッチを見るが、ゼルレッチは、顔に笑みを貼り付けながら、

「ワシなら構わん。喜んで指導してやろう。場所は?」

とあっさりと引き受けた。

「この建物の裏に、広いスペースがある。結界もそこまで広げといた。じゃあ決まりだな。では」

「え、あ、ちょっと……」

話は決まったと、そそくさと出て行く橙子に、さつきは慌てるが、もうどうにもならない。
更に言うと、橙子は去り際に、しっかりゼルレッチとアイコンタクトを取っていた。

(調査の結果、後でちゃんと報告してくれよ?)

(ああ、勿論だとも)

…………南無。



数時間後

「ゼルレッチさん! これは一体!?」

「こ、これは……! いかん! このままでは!」


場所は変わって、地下である作業をしていた橙子は、自分の工房内の異変に気が付いた。

(これは……式たちが消えた? いや、ある一定の空間が隔離されてるのか? 全く、流石は魔法使い。人様の工房で、よくもまあこれだけの結界を張れるものだ)

気が付いたのだが、今は魔法使いが訪れている時。多少のでも多大でも、何が起こっても不思議ではないと、この時、橙子は深く考えはしなかった。



数分後、またもや場所は変わり、応接室。

そこでは、多少ボロボロに(服なんかは完全に吹き飛んだので、式が着替えさせた。昼間に買っておいて良かったと、幹也はため息をついた。)なったさつきがソファーで寝ていた。気絶させられたと言っても良い。
その回りには、式、幹也、ゼルレッチが居る。三人とも、酷く疲れた様子だ。

「ふう、ふう。……ふう。……全く、まさか■■■■まで発現させるとは。その効果とあいまって、予想外だらけだわい」

ゼルレッチは、そう良いながら手にした輸血パックから血を飲む。

「「…………………………………………………………………」」

他の二人は、もう疲労困憊の様子だ。
まだ多少元気のある式が立ち上がった。

「今日はもう帰る。何だか酷く疲れた。あれが何であるか、明日きちんと説明してもらうからな」

幹也は、もう寝ていた。





「――――を発現させたあぁぁぁぁぁ!!???」

「ああ。しかも、その能力が厄介な上、本人の理性が無くても全く問題無いときた。
 ワシも、まさか宝石剣を抜くことになるとは思わんかったよ」

「人の工房の中で、一体何をやってるんだあんたら……
 一体どれほどの神秘を具現させれば気が済むのか、最初の内に目安を言っといてくれ……」




弓塚さつきは、頬を叩かれる感触に、目を覚ました。

「う……ん……」

「ほら、早よ起きんか」

「へ?」

さつきが目を開けると、目の前にはゼルレッチがいた。

「え? へ? あれ?」

(わたし、どうしたんだっけ?)

さつきは、頭を捻って思い出そうとする。

(えっと、強引に特訓やらされることになって、式さんや幹也さんも見物に付いてきて、
 半ば強制的に、それなりに進歩もなくやらされてた特訓中に、ゼルレッチさんが

 『お前の魔術は、お前の思考に裏打ちされているとしか思えん。もしかしたら、『殴る』以外の概念も付加出来るかも知れん。
  よって、一度、自分の内側を見つめ直してみろ。大なり小なり、進歩があるはずじゃ。ワシが魔術で後押しする』

 って言うもんで、じゃあやってみようってことになって……あれ? その後どうなったんだっけ?)

と、そこまで考えたさつきの目の前に、輸血パックが差し出された。

「ホレ。取りあえず、飲め。かなり疲れているはずじゃ」

さつきは言われて初めて、自分の体がかなり疲労していることに気が付いた。
輸血パックを受け取り、

「あの、あれから、どうなったんですか? ゼルレッチさんに魔術をかけられてからの記憶が無いんですけど……」

言ってから、血を吸う。

「何と……一つも覚えとらんのか……その説明は後でする。好きなだけ飲んだら今度は風呂に行け。昨日は入れんかっただろう。恐らく、今日もこれを逃したら入ってる暇も無いぞ」

「……へ? 昨日?」

と、そこでさつきは、人間だったころの癖で、ついカーテンを閉められた窓を見て…………

その隙間から入ってくる日の光を見た。

「へ? お昼!?」

「そうだ。お前は今日、ここを出て行かねばならん。だが、その前にお前に魔術的な知識を与えておかんと、かーなーりまずいことになるという結論が昨日出てな。時間が惜しくて、この時間に起こした。
 別に辛くも何ともなかろう。今までだって、暇だから長時間睡眠していただけだろうに。
 と、言うわけで、お前が風呂から出てきたら、早速勉強会じゃ」

と、そういわれてさつきは、以前橙子から聞いた言葉を思い出した。

『よし、お前を三日間だけ、ここに置いてやる。その間、お前の置かれている状況の享受、血の提供、知識の提供、今後のアフターケアまでやってやろう』

(そっか。あれから、もう三日経っちゃったんだ……)

知らず、寂しい思いがこみ上げてくる。そんなさつきを見て、ゼルレッチは、

「いや、まあ、何も今からずっと勉強尽くしって訳でもない。休憩時間に、幹也くんや式くんと談笑するぐらいは出来るだろう。
 ほれ、早く支度せい」

「はい……」

と、答えて、さつきは今の自分の格好に違和感を持った。服が、制服じゃない。

「あれ? わたし、いつの間に着替えたんだっけ?」

その言葉にギクリとなるゼルレッチ。知らず、視線がある方向に向く。

さつきがそちらを向くと、そこには、無残にもボロボロになった制服と下着が……。

「えっと、ゼルレッチさん? これは一体どういうことですか?」

死徒二十七祖第四位であり、朱い月の月堕としを止めた吸血鬼が、一介の吸血鬼少女の威圧感に尻込みした瞬間であった。





夜。

『伽藍の堂』の地下に、全員が集合していた。そこは、真ん中に巨大なテーブル、回りにはどう見ても人間にしか見えないものが転がっている。
さつきは頭の使いすぎでオーバーヒートを起こしている。そのため、そちらに関心をもつ余裕は無い。
そんなさつきの様子を見て、橙子が言った。

「おーい。大丈夫か?」

「だ、大丈夫です……」

明らかに疲れ切っている。輸血パックから血を吸ってはいるが、あまり回復した感じはない。
まあ、本人が大丈夫だと言ってるんだしと、橙子はそっちを丸投げにしてゼルレッチに話しかけた。

「で、どうだった?」

「ああ、全く。こやつの飲み込みの早さには呆れたわい。
 普段から無意識的に魔術を使ってたからなのか、親元の吸血鬼が余程優秀で、その知識が流れ込んでるのか、はたまた才能か。
 とにかく、吸血鬼、魔術、それとこやつの■■■■のことについて、必要不可欠な知識や、基礎的な知識は大雑把ながら詰め込んだぞ」

「さつきさん、頑張ってましたから」

幹也がフォローを入れる。幹也は、最初から最後まで休憩の度にさつきに会いに来ていた。途中からは式も来るようになり、三人はいつも道理の調子で談笑していたのだった。そこに、さつきはかつての学校を思い出していた。それが彼らなりの気遣い(式はどちらか微妙であるが)であると気付いたさつきは、二人にとても感謝していた。

「そうか。では問題ないな。では、最終段階だ。これを見てくれ」

言うと、橙子はテーブルの上に置いてあった布を退けた。
その下から出てきたものには、流石のさつきも反応した。

「え!? わ、わたし!!?」

そこから出てきたのは、間違い無く裸体のさつきであった。しかし、年齢が著しく後退しているが。

「そういや、弓塚にはまだ言ってなかったか。私の特技は人形作りでな。本物の人間と寸分違わぬ人形を作ることが出来る」

「に、人形? これが?」

まだどっかから子供を捕まえてきて形成手術をしたと言われた方が納得できるとさつきは思った。

「ほう。流石、なかなかのもんじゃの」

「へー、流石は橙子さん。そっくりじゃありませんか」

ゼルレッチと幹也が当然の様に褒めるので、さつきもそれを橙子が作った『人形』であると認識することにした。

「で、でも何でわたしの人形なんか……」

あの時やった『身体測定』はこのためだったのかと、さつきは納得しながらも、疑問を投げつけた。

「いやな。お前、このまま出てったらもう確実に殺されるんだよ。
 近くでは埋葬機関の代行者がうろついてるし。何処へ逃げても、この世界にいるかぎりお前は確実に殺される」

はっきりと断言されて、弓塚の背中に冷たいものが滑り落ちた。

「だから、シュバインオーグ氏の力を借りる。シュバインオーグ氏の力は教えてもらったか?」

「は、はい。世界旅行……って、まさか!?」

弓塚は驚愕の声を上げる。後ろでは、ゼルレッチがにやにや笑っていた。

「そうだ。お前を、無限にある平行世界の一つに飛ばしてもらう。で、だ。この人形は私からの選別でな」

「は、はあ……」

「この人形の肉体は、スペックを除けばほぼ人間のものだ」

「え!? もしかして、わたしの魂をそっちの人形に移すんですか!!? それって、わたしが人間に戻れ…………ませんよね……」

勢いこんでいたさつきだったが、途中からがっくりとしていった。

「ほう。そこまで解るか。しかも、魂の解釈まで出来てるときた。これは本当に優秀だな」

「ごまかさないで下さい! 吸血鬼は、一種の呪いの様なもので、魂に深く刻み込まれているせいで、肉体を取り替えても取り替えた肉体が吸血鬼のものになってしまうハズです!」

そう、自分が吸血鬼になったときの様に。と、さつきは拳を握りしめた。

「ああそうだ。だから、わたしでも八年が限度だった」

「……はい?」

「呪いを誤魔化せる期間だよ。この人形の肉体の、普通の人間と違うところはそのポテンシャルだけだ。
 新しい世界へ行っても不老で気味悪がられては困るだろう? 吸血鬼が太陽の光を浴びれないのは、時間経過による肉体の崩壊を促進させるからだから、これで太陽の光も大丈夫。肉体の崩壊自体が起こらないから、血も飲まなくていい。流水は、吸血鬼に対する概念武装の様なものだから、それも問題無い。
 だが、さっきお前自身が言った通り、この肉体はだんだんと吸血鬼の肉体に近づいていく。呪いは誤魔化しているだけだから、完全には無理なんだ。で、完全に今の状態に戻るのが、八年後、この肉体が今のお前の肉体年齢に追いついた時だ。
 ポテンシャルがそのままなのもそこに原因があってな。吸血鬼化するときに筋肉や血管の強度が変わるだろうから最初からそれにしといた。肉体を作り変える時にまた血が必要になったら本末転倒だからな」

さつきは途中から、橙子の言葉を呆然となって聞いていたが、だんだんと目が潤んできて、終いには泣きながら橙子に抱きついた。

「え、ちょ、ちょっと弓塚!?」

まさか泣かれるとは思ってなかった橙子はうろたえる。
その姿はまるで、娘に泣きつかれる母の様で。他の三人は、その姿を暖かい目で見守っていた。



ちなみに。橙子の説明を聞いたゼルレッチ達の会話。

「『伽藍の堂』の人形《モビルスーツ》は化け物か!」

「何ですかそれ?」

「いや、とある平行世界でな。ロボットの中で寝たことがあるのだが、気が付いたらその中にもう一人いてな。そいつが叫んでた言葉じゃ」

「はあ……」



閑話休題《それはともかく》

「おい、落ち着いたか?」

「は、はい……。すいません」

数分後、ようやく落ち着いて来たさつきは顔を赤らめながら俯いていた。

「全く。で、確認するが、いいんだな?」

「へ? 何がですか?」

「お前の肉体を取り替えr「お願いします!」……」

ソッコーで答えが返ってきた。

「……あと、平行世界へ飛ぶことだ」

「?」

橙子がやや呆れながら続けるが、さつきは何故、そんなことを自分に聞くのかわからない。という顔をしている。
そこに、ゼルレッチが説明をする。

「弓塚。お前、平行世界へ行くという意味を、理解しておるか?」

「え、はい。この世界と、違う道を歩んだ別世界に行くってことでs「そして、もう二度と帰って来れないということでもある」!!」

その言葉に、さつきは体を強張らせた。

「好きな時にこっちに戻ってこれるとでも思っとったか? 確かに、ワシがいれば出来るじゃろう。だが、ワシがそこまで面倒を見るとでも?」

確かにそうだ。何故気が付かなかったのか。最近はあちこちの世界を渡り歩くアニメが多かったから、忘れていたとでも言うのか。この世界から出て行ったら、ほぼ確実に、もうこの世界には帰って来れなくなる。そして、それは……

(遠野くん……)

暗くなるさつき。そんなさつきに、ゼルレッチは言葉を続ける。

「世界はいつだって、『こんなはずz」

「「「「うわあああああああ!!!」」」」

「な、なんじゃ? 人がせっかくきめようとしとったのに」

「い、いや、何か……」(幹也)

「止めないといけないって強迫観念じみたものが……」(さつき)

「何だったんだ?今の……」(式)

「何か、あのまま続けさせるととんでもない矛盾が起こりそうだった……」(橙子)



閑話休題《それはt(ry》


今の状態のままでも、それは同じことだ。さつきは決心した。

「はい。覚悟は、出来ています。構いません。わたしを、平行世界へ連れて行ってください」

その顔を見て、橙子もゼルレッチも、安心したようであった。

「さて、では始めるか。さつき。お前には平行世界へ飛ぶ前に、やってもらわなければならない仕事が一つある」

「はい。何でしょう」

「お前を追ってきた代行者、この当たりをうろついてるんだよ。
 このままお前が消えてしまうと、いずれここを見つけられる可能性がある。そいつを何とかしてくれ」

「あ、はい。じゃあ、今から倒して来ます」

バコンッ!
そう言ったさつきの頭を、橙子が殴った。

「馬鹿かお前は! そうなったら、また新しい代行者がここに来るだけだろうが!!
 大体、今お前を追ってきてるのは『弓』だ。お前が勝てる相手じゃない」

断言した橙子に、さつきは頭を抑えながら訪ねる。

「は、はい……。でも、じゃあ、どうすればいいんですか?」

「その代行者を、今から指定する場所におびき出してもらえばいい。何。お前の姿を見せて、あとはそこへ全力で逃げればいいだけさ」





そして、一時間と少し後。

町を歩いていたさつきは、背後からの殺気に気が付いた。間違い無い。急いで裏路地へ向かう。
あとは、言われた通り目的地へ全力で走るだけ。


数分後。

「だけって言ってたのにーーーーー!」

さつきは、観布子市の外に出ていた。
その間、後ろから飛んでくるナイフや剣を避けながら。

「ひぃーーー!」

しかも、そのナイフや剣の、一つ一つの威力が、簡単にコンクリに突き刺さるぐらいなのだからたまらない。
更に、それが信じられない量で飛んでくる。

(貴方ホントに腕二本ですよね!?)

しかも、距離が全然開いてる気がしない。
後ろを振り返りたい衝動に駆られながらも、そんなことをしていたら串刺しになるので、とにかく自分のカンを頼りに剣を避け続ける。

……と、言うのは嘘だ。別れ際、橙子がさつきに『お守りみたいなものだ』と、手のひら大の、変な模様が描いてある石を持たせたのだ。魔術を知ったさつきは、それが高度な魔術だということは解ったが、どういうものかは解らなかったため、ありがたくもらっておいたのだ。

「橙子さん、絶対こうなること知ってたでしょー!」

まあ、その石のお陰で後ろから飛んでくる凶器の位置が解るのだから、一応感謝はしておくが、やはり不満は残る。
と、さつきの背筋にぞくりと冷たい物が走り、急いで身体を捻ると、さっきまで身体があった場所を剣が通り過ぎて行った。

「もーいやーー!」




さつきは、ようやく目的地の森にたどり着いた。森の中では式が立っており、さつきは助かったという面持ちで式に駆けていった。
と、式が顔を上げると、そこにあるのは蒼い相貌。手にはいつの間にやらナイフが握られており、

(…………え?)

一息でさつきの元に駆けてくると、さつきの身体は一瞬でバラバラになった。

薄れゆく意識の中。さつきは、

(何で……?)

ただ、泣きそうになりながら、思った。





「……う……ん」

意識が戻ってくる。

(あれ? でも何で? わたしは式さんにバラバラにされて……)

「やあ、起きた?」

「み、幹也さん!?」

「しっ! あんまり大きな声を出すな。一応結界は張ってあるが、気づかれでもしたらどうする」

橙子の言葉で、さつきはピーンと来た。自分の姿を見ると、それは9歳児のもの。しかも裸体。

「……橙子さん? わたし今、ものっすごくあなたを殴りたいです」

「あまり魅力的なお誘いじゃないな。ほれ、服着ろ」

橙子が、さつきが持っていた制服に似せた服を放る。それは見事、さつきの顔面に掛かった。人形作りの息抜きに作ったらしい。恐るべし。

「しかしまあ、肉体のみを完全に『殺す』とは、流石だな式も」

「やっぱりそーゆーことですかっ!!」

「ああ、あの代行者なら気にしないでいいぞ。式が、『いきなり吸血鬼が飛びかかってきたから切っといた』的なこと言ってうやむやにするから。
 お前の身体が切られる瞬間は見られただろうし、どうゆうからくりだったかは解らないぐらいの距離だったから、多分大丈夫だ」

「………」

さつきはもう、完全に諦めて服を着る作業に戻った。




数十分後。式がやってきた。

「時間掛かったな。式」

その橙子の言葉に、

「こっちも色々大変だったんだ。一体どうやったのかとか、敵意たっぷりに問い詰められて。
 お前、向こうから見てただろ? って言っても、それでも信じられません! なんて」

「まあ、上手くいったんだからよしとしようじゃないか。では、シュバインオーグ氏、頼む」

半ば強引に話を断ち切る橙子。もう、確信犯に間違い無い。

「うむ。では、蒼崎。それと皆。こちらを見ないでもらえるかな?」

「了解した」

橙子は当然のように、幹也と式はそれにならって、さつきは魔術について聞いていたので、ためらわず後ろを向いた。
位置関係は自ずと、最前列に橙子、式、幹也。その後ろにさつき、その後ろにゼルレッチとなった。

よって、別れの言葉は、弓塚が背中に、他の三人は自分たちの後ろにかける形になった。

「橙子さん」

「ん?」

「色々と文句も沢山ありますが、これだけ言わせてもらいます。ありがとうございました」

「ん。確かに受け取った」

「式さん」

「何だ?」

「……頑張ってください」

「………ふん」

「幹也さん」

「うん?」

「もう少し、式さんを見てあげてくださいね」

「え?」

「さつき……お前、今度会ったら絶対殺す」

「アハハハハ……」

頃合いを見計らって、ゼルレッチが声をかける。

「もう、いいかな?」

「あ、あと、ゼルレッチさん」

「ん?」

「短い間でしたけど、ありがとうございました。先生」

ゼルレッチは、暫くポカーンとしていたが、

「はっはっはっは! 先生と来たか。流石にそれは予想外じゃったわい!」

ゼルレッチは大笑いした。さつきも釣られて笑った。
暫く笑い合った後、

「では、行くぞ」

「はい。幹也さん、式さん、橙子さん、ゼルレッチさん、さようなら」

「元気でね」

「おう」

「ああ、お陰で良い仕事が出来た」

「達者でな」

それぞれにそれぞれの言葉を贈られ、弓塚さつきは、その世界から姿を消した。

「あのような乾いた心を、潤す世界に、巡り会えるといいの……」

ゼルレッチは一人、ぽつりと呟いた。





p.s.
「行ったぞ」

「行ったな」

「ふう。これですっきりした」

「そういえばゼルレッチさん、さつきさんが行った世界って、どんな世界なんですか?」

「ランダムじゃ」

「……はい?」

ゼルレッチの言葉に、幹也の目は丸くなる。

「その方が、面白かろう?」

「……それって、うっかり宇宙とかに放り出される心配は?」

「……あっ」

遠坂家のうっかりの呪い、あれはもしかしたら、そんな生やさしいものではないのかも知れない。



p.s.2

「おい、これは本当なのか?」

「ああ、もう殆ど間違いないじゃろ」

「……一番非常識なのは、これだな」

「ああ、半分はちゃんと魔術を使ってるが、残りの半分が……」

「「力業で押し切ってるだけとは……」」

「だが、まあ、この魔術もきちんと最後まで作れば、力業使わんくても出来るだろう」

「たぶんな。まあ、ワシはいらん。研究するなら好きにするがいい」

「うーん、式がまた腕を無くしたら考えてみるか」







あとがき

どうも。やっと飛び立ちましたさっちん。長かった……
すいません。謝ります。ですからみんな、石を投げないで。 m(_ _)m
えー、式キャラ崩壊、橙子さんはっちゃけすぎ、ご都合主義満載と、ヒドイ回ですはいすいません。

ホントは発現まで6ヶ月かかるハズのあれを、宝石爺の協力で3週間でやっちゃいました。イタイイタイ。マジでごめんなさい。
爺が宝石剣抜いたの何で? っていう人、それはゼル爺の魔力も周囲の魔力も吸い取られちゃったから、まだ魔力のある空間から持ってくるしか大威力魔術打つ手がなかったからです。

でも、宝石爺は僕の中ではああいうキャラなんです。それは本当です。気に入らないってだけで朱い月に反抗した人のはっちゃけっぷりは半端無いんですはい。
そしてプロローグ、それは本編の伏線、ご都合主義設定、独自解釈説明をやるためn(銃声


さて、第0話_bの後書きでも書きましたが、aの方とbの方で時間の流れが変かも知れません。
月姫の中には、詳しい年月日は出なかったと記憶していますが、そこら辺が詳しく解る人は、遠慮無く指摘して下さい。
矛盾点も、同様にお願いします。宝石爺の口調も、これ変! って感じでしたら、指摘お願いします。

実は、第0話_b、結構修正されてます。今回のを読んで、あれ? とか思った人、確認してみて下さい。

てか、誰でも楽しめる(ryとか言っておきながら、式の容姿どころか性別までまともに書いてなかった罠 orz


それと、これも第0話_bの後書きで書きましたが、うちの学校、インフルで1.2年生全員学級閉鎖になりました。ってかなってました。
皆さんも、インフル気をつけて下さい。ではまた。



[12606] 第1話 薄幸具現化
Name: デモア◆45e06a21 ID:8a290937
Date: 2010/07/02 06:08
意識ははっきりとしている。だが、何にもわからない。
ここがどういう所で、自分が今どういう状態なのか。周りが暗い訳ではない。ただ、理解が出来ない。

出発前にちょっとした浮遊感が襲ったが、その後は、この、状況や時間、何もかもが理解出来ない空間にいるだけだ。
自然と不安が沸き起こるが、自分をここへ送り出したあの豪快な爺さんを思い出すとその不安も直ぐにかき消える。

やがて、その理解出来ない空間に、やっと理解できるものが現れた。それは――光。
それを認識した瞬間、弓塚さつきは、新たな世界にその存在を定着させた。




―――――魔法少女リリカルなのは ~心の渇いた吸血鬼~ 始まります。








新しい世界に降り立ったさつきが最初に感じたのは、浮遊感。
だが、それは出発時にも感じたことなので、それ程気にはしなかった。

―――が。

「……へ?」

その後、直ぐに襲ってきた自分が落下しているという感覚。それは流石に気にしない訳にはいかなかった。

「きゃあああああぁぁぁ!」

だが、叫びながらも空中で体制を立て直し、段々と近づいてくる地面との衝突に備える。ちなみに、周りを見る限り今は夜。ああ、夜景が綺麗だなぁ…… なんて思いながら、眼下を見やる(そんな余裕があるのに何で叫んでるんだ等とは訊かないでほしい。ジェットコースターと同じようなものだ)。
予想される自分の着地地点は林の近くの広場だった。その向かいにはとてつもなく大きな洋館が……

「――っ!」

着地の瞬間、膝を曲げることで衝撃を吸収する。ちょっと(かなり)足が痛いが、骨などは折れてない。
どうやら、元の身体《からだ》と退行した分以外は同スペックというのは本当らしい。もうちょっと穏やかな方法で確かめたかったのだが。

「つ~~~っ! 全く! ゼルレッチさんったら移動先ぐらいもうちょっときちんと設定してよ!!」

本当は宇宙に放り出されていてもおかしくなかった(というよりそっちの確率の方が遥かに高かった)事を知らないさつきは愚痴る。

(でもま、これでこの身体の性能に問題が無いのは分かったし、あとは身長とか腕の長さが変わったせいで動きづらい所があるだろうからそこら辺を慣らしていけば問題無いかな。……今度はちゃんともっと穏やかな方法で)

だが、そのさつきの思いは、

「わー、大きな家だなぁ……。遠野くんの屋敷とどっこいどっこい?」

この直後、粉々に砕け散ることとなる。

「遠くの方には塀まで見えるしやっぱ広い…………って!
 それじゃあここってこの家の敷地!?
 ってことはわたし今不法侵入者!?
 
 ………お、お邪魔しまし……っ!?」

急いで身を翻して駆け出そうとしたさつきだったが、パシュッという音と共に自分の背後、先ほどまで自分の体があった場所を超高速で何かが通り過ぎて行ったのに身を竦ませた。それが向かった先へ目をやると、地面が少しだけ捲れ、その前には小さな穴が。先ほどの音と組み合わせて考えると……

(ってどう見ても銃弾の痕ですよね!? しかもこの威力って鉛弾で直撃コース!!?
 こーゆーのって普通威嚇射撃からとかゴム弾とかじゃないのっていうかこの世界には銃刀法無いんですかーーー!!?)

有ります。
ついでに言うと、あんたは威嚇射撃で済む地点をすっ飛ばして最深部まで来てしまったんです本当にありがとうございました。

そんなことを考えているうちに、銃弾が飛んできた方向で何かが光るのが見えた。

(やばっ!)

さつきは吸血鬼だ。夜目は利きすぎるぐらいに利く。そして、そのさつきの目にはそこに巧妙に隠された銃がこちらへ照準を合わせているのがはっきりと見えた。
さすがのさつきでも、自分へ向かって放たれた後の銃弾を回避するなんていうことは出来ない。訓練すれば出来るようになるかも知れないが、今はまだ無理だ。

当然、吸血鬼の体でも痛いものは痛いし、あの威力だと絶対に無傷とはいかない。と、なると。

(打たれる前に移動して、取り敢えずこの家の敷地から脱出!)

思うより先に、体が動いていた。先ほどの銃から飛び出した銃弾は、ぎりぎりでさつきの体には当たらなかった。

が、飛んできた銃弾は1つだけでは無かった。

一気に3、4発。

(……まあ、予想出来たことだよね。っていうか、じゃあ……)

もう足を止めてなんていられないと、さつきは戦慄と共に悟り、遮蔽物のある林の中へ即効で逃げ込む。
その時に色々見回してみれば、目がいいからこそ分かるものの、普通なら気がつかない様にところどころに銃口が。
素人のさつきが注意深く見てこれだけ分かるということは、他にもまだたくさんあるということなのだろう。実際、先ほど飛んできた弾丸の半分は、どっから飛んできたのか分からなかった。

(っていうか、まさか他の罠も仕掛けられて無いよね?)

一応警戒してみるが、それらしきものは発動しない。と、言うより、時々アニメに出てきそうなドラム缶みたいなロボットが銃を持っているのが見えるのは気のせいだろうか? 気のせいであって欲しい。

(……っ! またっ……!)

次々と飛んでくる銃弾を銃口から逃れることで避わし、ジグザグに動く事で照準を合わせづらくし、見えないところから飛んでくるものは木を盾にして半ば運で逃れる。だが、やはり体格が変わったせいで動きづらく、時々足を縺れさせたり目的地までの到着時間を計り損ねたりする。しかも、

(熱っ!熱っ!!)

ついさっきまで体温の無い体だったのに、今では体温のある体だ。最初の内は体がぽかぽかすることに感動していたが、今はその体で走り周り、体温が上昇していた。
体温が無いことに慣れていたさつきにとって、今の体はいたるところが熱い。
勿論、そんな状態でもそうでなくても銃弾全てを避けきれるわけも無く。

「痛ッ!」

左腕の前腕に弾が当たる。衝撃と共に激痛が走る。痛みで一瞬目が霞むが、止まれない。

(このくらい、あの時の痛みに比べれば……)

比べるのが人間としての自分が死んだ瞬間というのは些か反則な気もするが、この際どうでもいい。

「ッッ!」

また当たった。今度は右わき腹。
だが、塀はもう目の前。藁にも縋る思いで必死に駆けてゆく。

「くッ!」

地面を思いっきり蹴り、塀を飛び越える。道路に膝を着き急いでその家から離れる。


もう大丈夫だろうと思えるところまで来ても、さつきは安心出来なかった。

(なんで、異世界来て早々こんな散々な目に会わなきゃいけないの……)

かなりドンヨリした気分になりながら、さつきは夜の町を駆けていった。





そして、その出来事が起きる、数日前。

海鳴市、私立聖祥大附属小学校に通うそれなりに普通の三年生、高町なのはは、高町家の次女、三人兄妹の末っ子である。栗色の髪をツインテールにした、かなり可愛い部分に入る女の子である。
そして彼女は春先のその日、夜の町中で白い衣装に赤い宝石の杖を持つ魔法少女になった。

「へ? え!? な、なんなの……これ……」

取り敢えず、起こったことを有りのまま話そう。
朝、不思議な力を使う男の子が変な化け物に襲われる夢を見たと思ったらその夢に見た場所で電波を受信。怪我しているフェレットを拾い、動物病院にそのフェレットを預けた夜、又もや電波を受信しそのフェレットに助けを呼ばれ、急いで駆けつけたらそのフェレットがまた化け物に襲われており、フェレットを連れて逃げたらそいつが「ボクは別の世界から来た。君には素質がある。魔法の力を貸して」とかイタイ事を喋り出し、言うとおりにしたらいつの間にか魔法少女になっていた。何を言っているのか分からないだろうが作者も何を書いているのか分からない。頭がどうにかなりそうだっt(ry

閑話休題


「来ます!」

「え?」

フェレットが叫ぶ声に反応し、なのはが化け物の方を向くとその怪物は軽く5メートルは跳び、なのはに向かって落下してきた。

「きゃっ!」

ついさっきまで普通の少女であり、運動神経も切れていたなのはにまともな反応が出来るはずも無く、ただ杖を顔の前に突き出し、顔を背けるだけ。
が、

《Protection》

その杖が自動的に桜色のシールドを張り、なのはを守った。

「ん……うう……」

化け物はしばらくシールドと競り合っていたが、やがて耐えられなくなったのか、破裂して四方八方に飛び散る。
その欠片は液体の様でいて、なのに凄まじい破壊力だった。それが当たった電信柱が折れ、塀や地面には穴が開いている。

「へ、ええ~」

なのはが、呆けた様子でそんな声を漏らした。



「ボクらの魔法は、発動体に組み込んだ、プログラムという方式です。
 そして、その方程式を発動させるために必要なのは、術者の精神エネルギーです」

取り敢えず一時退散しながら、なのはの腕の中にいるフェレットが説明を始める。

「そしてあれは、忌まわしい力から生み出されてしまった思念体。
 あれを停止させるには、その杖で封印して、元の姿に戻さないといけないんです」

あれの元は危険なだけで別に忌まわしい力等では無いはずなのだが、こう言うことであれは倒さなければならない物だという認識を無意識的に与えたのだろうか。

「よく分からないけど、どうすれば……?」

なのはは困った様に声を上げる。

「さっきみたいに、攻撃や防御等の基本魔法は、心に願うだけで発動しますが、より大きな力を必要とする魔法には、呪文が必要なんです」

「呪文?」

「心を澄ませて。心の中に、あなたの呪文が浮かぶ筈です」

取り敢えず、言われた通りにしてみるなのは。
目を閉じ、心を落ち着かせる。

その間に、さっきの化け物が体を修復させて飛び掛って来た。触手の様な物を体から飛び出させて攻撃してくる。

だがなのはは、今度は落ち着いて対応した。
杖を自分の前に突き出し、防御の念を送る。

《Protection》

触手は、シールドに阻まれてなのはに届かず、自然消滅する。そのことにたじろぐ化け物。その隙に、なのはは心に浮かんだ呪文を紡いだ。

「リリカル マジカル!」

「封印すべきは、忌まわしき器! ジュエルシード!!」

フェレットが叫ぶ。

「ジュエルシード、封印!」

《Sealing Mode. Set up》

なのはの杖の形態が変化し、宝石を覆っている金色の装飾の下の部分から魔力で作られた翼が飛び出す。
その後、杖から飛び出したリボンが、化け物を縛った。

《stand by. ready》

「リリカル マジカル! ジュエルシード、シリアル21、封印!」

《sealing》

かくして、ジュエルシードの封印は成功した。
ジュエルシードはレイジングハートの中に保管し、レイジングハートは待機状態……赤い宝石に戻った。
だが、周りには破壊の後。

「も、もしかしたら……私、ここにいると大変アレなのでは……
 取り敢えず……ご、ごめんなさーい!」

急いで逃げた。


場所は変わって、公園。

「ね? 自己紹介していい?」

そこまで走って来たなのはは、自分の膝に乗っているフェレットに尋ねた。
何と言うか、子供ゆえの順応の早さは恐ろしいというか、そもそもそいつのせいで訳の分からないことに巻き込まれたというのに、神経が図太いのだろうか?

「あ、うん」

フェレットも、少々戸惑い気味である。

「えへん。私、高町なのは。小学校三年生。家族とか仲良しの友達は……なのはって呼ぶよ」

最後はとびっきりの笑顔である。

「ボクは、ユーノ・スクライア。スクライアは種族名だから、ユーノが名前です」

「ユーノ君か。かわいい名前だね」

と、そこでユーノがうな垂れた。

「ん?」

「すいません……あなたを……」

その言葉に、なのははユーノを持ち上げて訂正させる。

「なのはだよ」

「……なのはさんを、巻き込んでしまいました……」

その言葉に、なのはは僅かに眉を顰めるが、

「ん……私、たぶん平気。そうだ。ユーノ君怪我してるんだし、落ち着かないよね。
 取り敢えず、私の家に行きましょ。あとのことは、それから。ね?」

なのはのその言葉で、取り敢えず色々な説明は保留となった。


その後、なのはは勝手に家を出て行ったことに対するお叱りを家族から受けたり、ユーノをペットとして飼う承諾を受けたり、
あと、これが一番の原因なのだが、なのはの母の桃子がユーノに夢中になってしまい、ユーノがもみくちゃにされて時間が無くなってしまったため、諸々の説明はまたもや次の日まで保留となった。


次の日、なのはは学校に行っている間に、念話と呼ばれる心で会話する方法で家にいるユーノから色々と事情を聞いていた。

曰く、ジュエルシードはユーノの世界の古代遺産であること。
曰く、ジュエルシードの本来の力は、手にした者の願いを叶える、魔法の石であること。
曰く、ジュエルシードは力の発現が不安定で、前の日の夜の様に単体で暴走して使用者を求めて、周囲に危害を加えることもあるということ。
曰く、たまたま見つけた人や動物が、間違って使用してしまい、それを取り込んで暴走することもあるとのこと。
曰く、ジュエルシードは元々ユーノの世界から別の世界へ運ぶところを、途中で事故か人為的災害に合ってしまい、この世界へばら撒かれてしまったこと。
曰く、この世界に散らばったジュエルシードの数は21個とのこと。
曰く、ユーノはそれを回収するためにこの世界へ1人で来たということ。

そのことを聞いて、なのははユーノに

「でも、それって別にユーノ君のせいじゃないんじゃあ」

と訊くが、

「でも、あれを見つけてしまったのは僕だから。ちゃんと見つけて、あるべき場所に返さないといけないから」

と言われた。
傍から見れば、ただの無謀な行為だが、本人は必死だったのだろう。

その後、ユーノは自分の魔力が戻るまで休ませてくれればいいと言ったが、なのははそれを断り、学校が無い時間は手伝えるから、自分も協力すると言い出した。
ユーノも最初は渋っていたが、なのはの必死の説得により、半ば流される様にお礼を言っていた。




以上の様なことがあり、なのはとユーノは、その日から毎日夜の鳴海市を徘徊してジュエルシードを探していた。さつきがこの世界へ来た夜も、また。







そして、その弓塚さつきであるが、夜の住宅街の外れで困り果てていた。
さつきの体は、人間と変わらないように作られてはいるが、さつきの魂が入った瞬間から、だんだんと吸血鬼に近づいて行っている。そのため、まだ普通の人間と同じぐらいの域を出ていないが、肉体の崩壊も起こっている。
つまり、何が言いたいのかと言うと。

肉体の崩壊があると言うことは、それを補うために存在する肉体の修復……血を吸うことによる体の復元も出来ると言うことだ。
ちなみに、あまりに酷い傷や、致命傷を負ったりすると吸血衝動が蘇ってくるかもしれないと橙子から聞いている。

さつきが受けた腕とわき腹の傷は、あの家からかなり離れた後、物陰で確認したら銃弾がめり込んでいた。比喩でも何でもない。銃弾の頭ら辺が、肉に突き刺さって止まっていた。
知っている者も多いと思うが、銃弾にはジャイロ回転が掛かっている。普通なら少し動いただけで取れそうなぐらいだったが、そのジャイロ回転に無駄に強靭な肉が巻き込まれ、銃弾を離さないでいたのだった。

更に言うと、そのお陰というか何と言うか、血は一滴も零れていなかった。
服を汚したく無かったので、洋服とスカートを脱いでから少し引っ張ったら割と簡単に(かなり痛かったが)取れた。

因みに、下のシャツの方はともかく、制服型の服には多少汚れはあれど傷一つ無かった。わき腹の弾丸も、服が捲れた瞬間に当たったらしい。

と、いう訳で。

(新しい世界での最初の日に何で血を吸わなきゃならない様な怪我を負ってるのかなわたし……)

散々動き回ったせいで、この体の動かし方も大体分かってきたが、絶対割りに合ってない。
かーなーり鬱になりながら、さつきは先程まで夜の住宅街を徘徊していたのであった。
吸血衝動こそ無いが、ほっといても激痛が襲い続けるだけなので、そこら辺を歩いて素行の悪い男共の血をちょっくら頂戴しようと思っていたのだ。別に殺そうとは思っていない。気絶させて、死なない程度に血を抜き取ればいいと思っていたのだ。だが……

「治安良すぎでしょここ……」

今、さつきは服とスカートを目立たない物陰に置き、2つの銃弾を抜いた後、そのままの姿で住宅街を歩き回っている。寒いなど感じる訳も無い。恥ずかしいというのはあるには有るが、今の自分は幼児体系だし、たった1着の服は新しいものを調達出来るまで汚す訳にはいかない。
つまり、今の彼女は腕とわき腹から血を流しながらも、シャツと下着だけしか着ないまま、ふらふらと歩き回る無防備な9歳児なのだ。
だが、それなのにその町には自分に絡んでくる酔っ払いや、不良の類が全く見当たらない。

そうこうしている内に、住宅街の外れまで来てしまったのだった。
まあ、この世界の町並みが自分の元いた世界とほとんど同じだということは分かったため、完全に収穫無しというわけでも無かったが。

「はあ、どうしよっか……っ!」

と、困り果てていたその時、自分の頭上から何かが近づいてくる気配を感じ、その場所を飛び退く。

「……何? コレ……」

先ほどまで自分がいた場所に、身の丈3メートルはありそうな、二足歩行の真っ黒なモンスターがいた。

「……ゴリラ……じゃあ無いよね?」

まあ、ここは自分のいた世界とは違うのだ。住んでいる生き物も違うのかも知れない。
平行世界なのだから、流石に人間がいないということは無いだろうが。

取り敢えず、そのモンスターはさつきが知っている動物としてはゴリラが一番近かった。

「ガアアアァァァアァァ!」

「っ!」

そのモンスターがいきなりさつきに張り手をかまして来た。さつきは横に跳ねることで避けるが……

「ぐっ! 痛っ……!!」

銃で受けたわき腹の傷が、急な運動により引っ張られて更に肉が裂け、激痛を呼ぶ。
が、その痛みに悶絶してもいられない。自分が避けた後に、ものすごい音がした。
そちらを見てみると、モンスターの張り手がアスファルトの地面に半ば陥没していた。

(うっわ……1・2発なら受けてもまだ大丈夫だろうけど出来れば遠慮したいっていうかあんなの受けるのに力こめたら傷が~~~!)

そう思い、とにかく逃げることにする。
が、

「嘘っ! 早!」

背を向けて走り出して逃げようとしたところ、巨体に似合わぬ素早い動きで追いかけて来たモンスターに頭上を跳び越されて先回りされてしまう。
万全の状態ならば十分に逃げ切れるだろうが、今はとにかく傷が痛い。
そもそも、こちらも1ヶ月程前までは普通の女の子だったのだ。痛みを無視して動くことなんて出来る訳も無い。

と、またもやモンスターが腕を振りかぶった。

「まずっ」

このままでは逃げられないと判断し、取り敢えず倒すとまでは行かなくても何とか気絶させてから逃げることにしたが、あの攻撃を喰らう気は更々無い。

急いでそこから離れる。
と、またもの凄い音がしてアスファルトが陥没する。

モンスターは、攻撃した直後で動きが止まっている。
どこぞのなりたて魔法少女とは違い、周りの被害を考えてその隙に住宅街から離れる。
幸い、ここは住宅街の外れだ。反対側には公園があり、更にその先には木が乱立している山がある。

(取り敢えず、あそこなら暴れても大丈夫だよね。それに、あの大きな体にあの木は邪魔なはず!)

そうと決まれば即行動。さつきは痛む体を押して山の方へと駆けていった。
後ろからさっきのモンスターが追いかけてくる気配がするが、この距離なら痛みを何とか我慢出来そうだ。

さつきの思惑通り、山に入る直前までさつきは追いつかれなかった。
だが、山に着いた瞬間、気を緩めたのがいけなかった。

「ガアァアアアアァァアァァァ!!」

次の瞬間、衝撃と共にさつきの体が山の中まで飛んでいく。

「グッ! ガッ! アアッ!!」

一本の木にぶつかり、それでも勢いは止まらず、木の中心からずれていたためその木の幹を滑る様に更に奥まで吹っ飛ばされる。次の木にぶつかるが、その木には丁度ど真ん中にぶち当たったので、そこで動きが止まる。さつきの上に、衝撃で落ちてきた木の枝と葉っぱが積み重なる。

「う……くっ……」

痛い。もう、銃弾の怪我とかそんなこと関係無いぐらいに体中が痛い。

その時、さつきの耳に大きな足音が聞こえた。
……間違いない。あいつは今、目の前にいる。

―――――――――――――――プチッ

さつきの中で、何かがキレた。
体の痛み? そんなの関係ない。取り敢えず今は……目の前のデカブツを、殴る!

さつきは、その場でゆらりと立ち上がった。さつきが発するオーラに、モンスターは振り上げていた手を思わず止める。
そして、葉っぱや木の枝がパラパラと落ちた後のさつきの眼光に、モンスターは怯んで硬直する。
その隙に、さつきはモンスターの懐に潜り込み……

「……ふっ!」

けが人とは思えない動きで、モンスターのドテッ腹を思いっきり殴り飛ばした。
殴られたモンスターは先ほどのさつきの様に吹っ飛んでいったが、その威力は段違いだった。そのモンスターがぶつかった木は中心にぶつかろうがずれていようが、構わずへし折られる。
木を4本へし折った所で、その巨体はようやく止まった。

「ふう……ふう……はあ……」

さつきは、荒い息をしながら腕を突き出したままの格好で止まっていた。



そして、少し離れた場所でその光景を見ていた者が、二人。

「…………えっ……と……」

「暴走体同士が……喧嘩してる……?」

ようやく現場に着き、さつきが立ち上がる所から目撃していた、なのはとユーノであった。





その頃、さつきが落下した場所――月村邸では。

「ノエル? そっちの監視カメラ、何か写ってた?」

「駄目です。特に進展はありません」

侵入者に気づいた月村家の当主とメイドの1人が、監視カメラの確認をしていた。そして、

「ファリン、そっちはどうですか? 髪の毛や血痕はありました?」

「いいえ。監視カメラから採ったデータ通りの道を探してるんですが……中々見当たらなくて……」

「まあ、髪の毛なんて普通は見つからないし。血痕の方を重点的に探して」

「はいです」

もう1人のメイドは、現場で犯人を特定するための証拠を探していた。

「ふう……やっぱ暗視カメラの画質じゃ、こんなもんが限界よね」

「はい……せめてモノクロじゃ無くてカラーに出来れば……」

分かったことは、犯人は当主の妹、月村すずかと同じぐらいの背丈、髪はツインテールにしていることから、女ではないかと思われるが、こちらの目を欺くための偽装かも知れない。
服は、高校生が着るような制服みたいなものという奇妙なもの。
そして……

「でもこれ、明らかに人間の動き……っていうかスピードじゃありませんよ。
 こっち側の人間でも、これだけの動きが出来る人は何人いるか……
 それに、あんなに深くまでどうやって潜り込んできたのかも不明ですし。
 こっち側の人間に間違いないとは思うんですが……」

「そうなのよね……一体何が目的で……
 やばい。多すぎて分からないわ……」

「忍様……」

メイドは目頭を押さえてうな垂れる。

「取り敢えず、犯人の情報が少なすぎます。このまま状況の進展が無い場合、深追いは避けておいたほうがいいかと。
 相手の出方を待つ形になりますが」

「そうね。それに一応、このことは恭也にも伝えておいたほうがいいわね」

「そうですね」

本人の預かり知らぬ所で、また別の事態も進行していた。







あとがき

やーっと更新&リリカル世界!
大変長らくお待たせいたしました。え? 待ってない? そんな事言わないで下さいよ奥さん(誰

えー、なのはきちんと見て知ってる人にはつまらないであろう部分がありますが、やっぱりこれも一つの小説として完成させたいので書きました。
最後のユーノの認識、色々と突っ込みたいところもあるかと思いますが、実際、9歳ぐらいの女の子体系の何かが3メートルの巨体を吹っ飛ばすところを見たらそうなってもおかしくないんじゃないかと。
重ねて言いますが、いろいろと突っ込みたいところもあるかと思いますが、そこら辺は次の話の冒頭で纏めて解決しますのであしからず。

僕の予想出来ない突っ込み方は大歓迎ですが^^;;
ではでは。



[12606] 第2話 一体どっちが巻き込まれたのか
Name: デモア◆45e06a21 ID:8a290937
Date: 2010/07/02 06:08
「うっ……」

なのは達の見ている前で、小さな人型の方が呻いて大きくふらついた。何とか踏ん張っているが、今にも倒れそうだ。
だが、暗闇でよく見えないその姿を凝視していたなのはは、ある事に気が付き声を上げた。

「……え!? あれって」

「グ……グゴ……」

しかし、その時先程吹っ飛ばされた方のドデカイ人型がうめき声を上げながら立ち上がるのを確認した。
そちらは、余程体が頑丈に出来ているのか、あれほどの力で殴り飛ばされたのにどっしりと立ち上がった。

そして、次の瞬間には小さい方へドシドシとどでかい足音を響かせながら、右腕を振りかぶって駆けていく。
やたら吹っ飛ばされていたためそれなりの時間がかかるだろうが、それでも今からこちらが駆けつけたところで間に合うようなタイミングじゃない。

「!! 大変だよユーノ君! あの娘が!」

それが分かっていながらも放っておける訳がないなのはは、急いで走り出す。
戦っているのはあくまで暴走体同士だと思っているため、それなりに冷静なユーノはなのはのその言い回しに違和感を覚えた。
なのはの肩の上で揺らされながら、怪訝な声で問う。

「あの娘?」

なのはは、そんなユーノの声に苛立ちを覚えるが、そんなことをしている場合じゃないと、更に叫ぶ。

「あの娘! 小さい方!! 私と同じぐらいの女の子!!」

「え!?」

「早く助けないと!!」

その言葉に、ユーノは未だふらふらしている小さい方を注意深く観察する。するとユーノの目にも確かに、9歳ぐらいのボロボロの女の子が写った。
暴走体かも知れないが、この分だとそのベースは間違いなく現地住人、しかもまだ幼い女の子だ。
その事実を確認した途端、ユーノの中に焦りが生まれる。大型の暴走体は、もう女の子のすぐ側まで来ている。

(どうしよう、今からじゃ何をしたって間に合わない! ああもう! こんな事ならなのはに飛行魔法とか攻撃魔法とか教えとけば良かった!!)

だがしかし、そんなことは土台無理といったものだ。何と言ってもなのはが魔法を使うのはこれが4回目。
先日、犬を取り込み、実態を伴った事で強力になったジュエルシードと戦いはしたがそんな本格的な戦闘等していないし、それからほとんど時間も経っていないのだ。
そんなこと、教える暇も無かった。

そんなことをしている間に、なのは達は女の子と5メートルぐらいの位置まで来ていたが、大型の暴走体の方はもう腕を振り下ろすだけの所まで来ていた。
それは短いようでそれでも絶対的な、どうにもならない差。

「グオオオォォォォ!!」

大型の暴走体は雄叫びを上げながら腕を振り下ろそうとする。女の子の方は未だふらついていて、相対する暴走体を見上げているが、とてもじゃないが避けれそうにない。
もう駄目だ。なのはもユーノも、そう思い、間に合わなかったと、諦めの気持ちと共に、足を止めた。



が。


「グ……ォ……」

今政にその豪腕を振り下ろそうとしていた大型の暴走体は、そのままの姿で固まっていた。いつまで経っても、その破壊の瞬間はやってこない。
なのは達はその光景を不思議そうに見つめていたが、その内、大型の暴走体が仰向けに倒れた。

ズドンと、空気を振るわせる音にビクリと体を震わせ、なのはは呆然とする。
どう見ても気絶しているようにしか見えない。

「え……と……?」

その声が引き金になり、同じく呆然としていたユーノが覚醒し、急いでなのはに言う。

「! 兎に角、チャンスだよなのは。今のうちに封印を!」

「あっ うん」

それを聞いたなのはも、ハッとして杖を倒れた暴走体に向け、呪文を唱える。

《sealling mord》

「リリカル マジカル!」

レイジングハートはなのはの意を汲み、封印形態になる。
なのはが呪文を唱えると、レイジングハートから光の帯が無数に飛び出し、ゴリラの様な姿をしていた暴走体に纏わりついた。気絶している暴走体の額から、ⅩⅢの文字が表れる。

「ジュエルシード、シリアル13、封印!」

《seal》

暴走体の体が光り、どんどん小さくなってゆく。
そして、その後には目を回しているサルの子供と、水色の宝石――ジュエルシードがあった。
ジュエルシードはレイジングハートに近づいていき、その中に格納される。


「なのは、あっちの娘も」

「うん」

ユーノの言葉に、なのははまだ封印形態のレイジングハートを少女の方に向ける。
見ると、その少女は酷い有様だった。着けているのは何故かシャツと下着だけ。その着衣も今はもうボロボロで、土だらけ木屑だらけ。そこら中に葉っぱも着いていて、暗くてよく見えないが体も傷だらけだろう。

その姿になのはは息を呑んだ。そして、通じないだろうと思いつつも、少女に向かって口を開いた。何かを言わなければやりきれなかった。

「ごめんね。こわかった よ n ……」

半ば泣きそうな声がなのはの口からこぼれたが、その言葉は、なのはが少女の目を見た瞬間に途切れ始め、最後には止まってしまった。
なのは自身も、レイジングハートを持っていた腕もおろしてどこか呆然とし始めた。
それは、ユーノも同じで、少女の瞳をみたまま固まってしまっていた。

《Master?》

レイジングハートがなのはに呼びかけるが、返事は無い。ただの屍のようだ。






さつきは、ふらふらとしながら目の前の少女へ歩を進めた。
さっきは本当に危なかったと、さつきの心臓はまだバクバクと鳴っていた。


先ほど、さつきは目の前のデカブツを殴り飛ばしたあと、いきなりふらついた体に困惑していた。
相手も全然吹っ飛ばなかったし、今までの体と同スペックならまだ大丈夫だと思っていたので、なんで? と思いながらもさつきは内心焦っていた。

今にして思ってみれば、この体は『今は』人間なのだ。寒い等とは慣れていたからそう感じなかっただけで、大した服も着ずにこんな夜中に歩いていたら体が冷えるのは当たり前。体が冷える=体力を奪われるというのは、酷く当然のことだった。
体から血も流れていたとなっては、尚更だ。

そして、その体力が枯渇しかけていた自分に、起き上がったゴリラ(?)が殺る気まんまんで近づいて来たとき、さつきはかなり焦っていた。体はふらふらして言うことを聞いてくれない。このままじゃマトモにあの馬鹿力を受けることになる。

軽いパニック状態に陥りながら、必死にこの状況の打開策を模索した。しかし、焦った頭でそんな直ぐに解決案が思いつくはずも無く、ようやく一つ思いついたのはもうゴリラ(?)は目の前、しかも初めてやることなので成功の保障は無いという最悪の状況だった。
しかし、もうやるしか無かった。

もうどうにでもなれと、半ばヤケになりながらさつきはそれを使用した。

それ―――吸血鬼固有の能力、使い方だけは宝石爺からレクチャーしてもらった、『魅了の魔眼』。
目と目を合わせることで、相手を思い通りに操ることの出来る魔眼である。
命じたのは、『動くな、止まれ』のみ。

見上げるようにして放ったそれは、何とか上手く行ったようだった。ゴリラ(?)は腕を振り上げた状態で止まっていた。
と、ゴリラ(?)も本当は先ほどのダメージが効いていたのか、その場で倒れてしまった。

「リリカル マジカル!」

そのことにさつきが安堵していると、いきなり右手の方からその言葉と共に桜色に光るリボンが放たれ、目の前のゴリラに纏わり着いたと思ったら、

「ジュエルシード、シリアル13、封印!」

何やらゴリラ(?)が光に包まれ、その光が収まった時にはそこには目を回したサルと水色の宝石だけが残っていた。
一体何? と、さつきはその宝石が飛んでいった、リボンが飛んできた方へ目を向けると、そこには白い服を身に纏い、杖をこちらに向けている可愛らしい少女が居たのだった。

「なのは、あっちの娘も」

「うん」

この世界の子かな? この世界って、あんな格好が普通の服装なの? こんな時間にどうしてこんな小さい子が? さっきのは一体何?
等々考えていたさつきだったが、その言葉に冷や汗を流した。
見間違いでなければ、最初の台詞はその子の肩に乗っているフェレットが発した様に見えた。ここは平行世界だ。人間の言葉を発する動物もいるかも知れない。それはまだいい。だが、その発した台詞がさつきには問題だった。

そのフェレットは、『あっちの娘『も』』と言った。そして、二人ともこっちを見ている。と言うことは、自分はさっきのと同類と思われていて、自分もさっきみたいなことをされる可能性がやたら高いとさつきは思った。

冗談じゃ無い。それがその時さつきが思った事だった。これ以上の厄介ごとは御免だった。そして、さつきは少女が何か言っているのも構わず必死になってその二人にも『魅了の魔眼』を使ったのだった。
そして、それが上手く行ったのでついでにその血も貰っておこうと思って今に至る。


さつきは目の前の少女を見た。ワンピースみたいな白が基調とされた服、ツインテールの栗色の髪、可愛い顔立ち、手には杖。
十人中十人が同じ感想を抱くであろうその姿は、まさしく『魔法少女』だった。

(これとかさっきのことって、もしかしてこの世界じゃ普通のことなのかな……)

そうだとしたら、とんでもない世界に来てしまったものだとさつきは嘆息した。
兎に角、後ですぐに調べようとさつきは思い、取り敢えず今はとその少女の首筋に噛み付いた。

(んくっ、んくっ、んくっ)

体の痛みが消えて行き、体力も回復して行くのが分かる。そこまで多く採っちゃうと貧血を起こしたりして危険なのでそろそろ止めなければと思うが、

(やばい、止まれない……)

やっとありつけた血に、さつきの体は離れてくれなかった。
さつきが内心で焦っていると、救いの手は別のところから来た。

《Master!!》

「えっ!?」

「きゃっ!」

さつきはいきなり聞こえたその声に驚いて体を離し、その前の少女――なのははその声で正気に戻り、さつきが離れた時の衝撃でバランスを崩してたたらを踏んだ。
声の主はレイジングハートで、相手がフラフラである、自分の主人が(何か様子がおかしいが)接近を許している、別に攻撃して来ている訳ではない等の要因があり今まで黙認していたのだが、いきなり首筋に噛み付かれた自分の主に危機感を覚え、先ほどよりも大きな声で叫んだのだった。

「っ、痛っ!」

そして、なのはは自分の首に痛みを感じ、そこに手を添えるとその手はそう多くは無いが血に濡れていた。

「……え?」

多くは無くとも首元から流れ出る血、という一介の少女とはほぼ無縁の現実感の無い光景に、なのはは間抜けとも見える声を上げた。

「なのは、見せて!」

同様に正気に戻っていたユーノはそれを見てなのはの傷口を確認する。

「何だこの傷は……でも、これなら」

ユーノはそう言うと、なのはの首筋の傷に治癒魔法をかけ始めた。ユーノが冷静に対応したお陰で、なのはがパニックになることは無かった。
なのはは痛みが引いていくのを感じながら、ふと気づいた。

「あ! あの娘は!?」

二人の前に、既に少女の姿は無かった。




さつきは、森の茂みに隠れながらドキドキしている胸を押さえて深呼吸していた。
あの後、これ以上少女の目の前にいると面倒なことになると考え、大急ぎで姿をくらましたのだ。

(何だったんだろあの声……ビックリしたー。
 でも、お陰で助かったかも。もう、しっかりしなきゃ。自制も出来ないなんて)

さつきは、そう思いながら体の調子を確認した。
『復元呪詛』――吸血鬼の持つ能力、擬似的な時間逆行による体の復元によって、特に酷かった腕と脇腹の傷を重点的に復元した。
まだかなりの量の擦り傷、切り傷が残っているが、全て軽く、この後また血を飲めば完治するだろう。体力の方も普通に動けるぐらいには回復した。
これなら問題ない。とさつきは判断した。

(よし、それじゃ。折角の情報源を無駄には出来ないよね)

と、さつきは茂みからさっきのなのはと言うらしい女の子を確認する。
なのはは森の隣の公園のベンチに座ろうとしていた。
何かしら有益な情報があるかも知れないと、さつきは気づかれない様に彼女の声が聞こえる位置まで移動する。

「はふぅ~~。 今日はビックリしっぱなしだよ……」

ある程度近づいた所で、ベンチに座りながら言うなのはの声が聞こえた。
この程度でいいだろうと、さつきはその場でなりを顰める。

「お疲れ様、なのは」

「うん。ありがと、ユーノ君。でも、本当に良いの? あの娘追わなくて」

どうやらフェレットの方はユーノと言うらしい。

(っていうか、本当にフェレットが喋ってるよ……
 何かもう、非常識に見えてもこの世界じゃ常識なんだよね……)

と、さつきは盛大な勘違いをしながらも自分にとって重要になりそうな話題を聞くために更に耳をそばだてる。

「うん。今は、ね。あの娘は不確定要素が多いからね。被害が出る前に何とかしなきゃいけないけど、その前にさっき何があったのかレイジングハートの記録データを見て、何かしらの対策を取っておいた方がいい。また同じようなことになるかも知れないし。体力の回復もしておいた方がいい」

「ふーん。って、え!? でもそれって今すぐ被害が出たら何にもできないよ! あの娘もあんな怪我してるのに! ユーノ君さっきほっといても何の問題も無いって言ったじゃない! 私はまだ頑張れるから早く追わないと」

そう言って立ち上がろうとするなのはを、ユーノが急いで止めた。

「待ってなのは! たぶんだけど、被害はそうそう出ないし、むしろ対応を間違える方が危険だから! あの娘にとっても!」

「……ユーノ君、私は本当に大丈夫だから」

だが、なのははそれを自分を気遣っての言葉と取ったようだ。

「いや、本当にそういうことじゃ無いから。たぶんだけど、あの娘には理性がある」

「?」

その言葉に、なのはは首を傾げる。取り合えず、はなしを聞く気にはなった様だ。大人しくベンチに座る。

(あの娘達、一体わたしを何だと……ええそうですよ。どうせわたしは人外ですよ化け物ですよ……)

どす黒いオーラを振り撒きながらも注意深く話を聞くさつき。

「あのねなのは、普通の暴走体なら、周りに被害を与えるだけの、破壊衝動の塊みたいなものの筈なんだ。
 でもあの娘は撤退という、本来暴走体が行うはずの無い行動を取っている」

「……つまり、どういうこと?」

「あの娘は、正しく願いを叶えたのかも知れない。
 ジュエルシードは本来持ち主の願いを叶える魔法の石。持ち主を求めて暴走したり、変な風に力が働いて回りに被害が出たりする危険なものだけど、決して正しく動作しない訳じゃない」

そのユーノの言葉を聞いたさつきは、今まで纏っていたどす黒いオーラを押さえ込んだ。同時に、自分の心臓が早鐘を打ったかの様に鳴り出すのを感じる。
さつきの体を急速に駆け回っていく感情の正体は……期待。

(その石なら……もしかして……)

「そっか。じゃああの娘は、ジュエルシードに願いを叶えてもらっただけの普通の女の子ってことだね」

なのははユーノの言葉を聞いて、ユーノの言わんとしていることを理解した。

「うん。でも、ここからが問題。あの娘、なのはと同じぐらいでまだ小さかったし……こんな事に巻き込まれてパニックを起こしてるかも知れない。
 なのはもあのパワーは見ただろう? パニックを起こしたあの娘があの力を振りかざしたらそれこそ危険だよ」

「うん……それに、あんな傷を負って……」

ユーノの言葉に、なのはは真剣な表情で頷いた。

(そんな事しません!)

叫びだしたい衝動に駆られながら、さつきは必死に堪えた。

「パニックに陥った子は、対応を間違えると怖いからね。そうで無くても、あの力は危険だ。早いとこ見つけて、ジュエルシードを回収しなきゃ」

「うん。……あれ? でも、あの娘はジュエルシードに何て願ったんだろう?」

あーもう早くここから離れようかな~等と考えながら、まだ有益な情報があるかも知れないとまだ粘るさつき。

「うーん……力が強くなりたい、とか?」

「女の子がそんなこと願うかなぁ」

「う~ん、願わないかもね……
 それも、レイジングハートの記録映像を見れば何かヒントがあるかも知れない。早いとこ見て追跡を開始しよう」

「うん。もう十分体力も回復したよ。じゃあ、レイジングハート、お願いね」

先ほどから何度か出てきた意味不明用語、レイジングハート、それは一体何なのかとさつきはそちらを凝視すると、

《All right. My master》

先ほどさつきを驚かせた声が、少女の持つ杖から発せられていた。
そして、その杖から先ほど自分が少女に近づいていった場面が立体映像で映し出される様に、さつきは心底おどろいた。

(何これ!? こっちの科学ってこんなにも進んでるの!!?)

そして、映像の中のさつきがなのはの首筋に噛み付いた。

「え!? これって……」

「………」

その光景に、なのはは驚愕し、ユーノは深く考え込む仕草をした。

「……私、血、吸われてる?」

「うん……多分」

なのはは些か呆然としながらその光景を見つめている。その手は無意識的に噛まれた部分へ持っていかれていた。

「え……でも……私、こんなの覚えてないよ」

「うん。僕もだよ」

《Master and you were the feeling made a blank surprise then.(マスター達はその時ずっと呆然とした感じでした)》

「何をされたか分かるかい?」

唯一その時のことを覚えているらしいレイジングハートに、ユーノは聞いた。
さつきは高校生の頭脳を駆使しながら必死に英語を解読する。
普通に理解している風ななのはに、さつきは戦慄した。

《Perhaps, I think that it is magic like the hint.(恐らく、暗示の様な魔法だと思われます)
 I seem that it is a trigger to match eyes.(目を合わせることがトリガーだと思います)》

なのはは黙って全てをユーノに任せている。さつきが見たところ、自分の専門分野じゃ無いからの様だ。

「暗示の魔法……聴いたことが無いな……幻影魔法の応用……?
 いや、そもそもこの世界に魔導師は存在しない筈。
 じゃあ、あれはジュエルシードを取り込んだことによって得たレアスキル……?
 レイジングハート、今度からはブロック出来るかい?」

このユーノの呟きに、さつきは肩をピクリと震わせた。
本人にとっては何気ない台詞だったかも知れないが、さつきにとっては有益な情報の塊だった。

(今の台詞……ってことは、後で色々と情報を纏めとかないと……もしかしたら、とんでもない勘違いをしてるかも知れない)

と、再びレイジングハートが話し始めたので思考を中断する。

《Yes. Magic manages to become it as follows in case of the one at that level.(はい。魔法の方は、あのレベルのものならば次からは何とかなります)》

「そうか。じゃあ、こんどからはブロック頼むよ、レイジングハート
 それと、あの血を吸う行為には一体何があるか分かるかい?」

《The act of sucking blood is uncertain.(吸血行為に関しては不明です)
 But, though it seems that there will be a wound of her body after blood is breathed in soon to some degree. (しかし、血を吸った後の彼女の体の傷がある程度治っている様に見えます。)》

「「え?」」

それにはなのはも反応した。レイジングハートは、血を吸う前のさつきの映像と吸った後のさつきの映像を映し出した。

「本当だ……よかった……」

自分の事の様に安心した様子を見せるなのは。その様子に、さつきの胸には罪悪感が渦巻いた。
そして、その映像を見て再度頭を悩ませるユーノ。

「うーん。これは一体……これもジュエルシードの影響? いやでも……」

と、そこにレイジングハートが言葉を続ける。

《In the addition, I might want to confirm another one.(それと、もう一つ確認したいことがあるのですが。)》

「ん? 何だい?」

《Though it is not thought that the Jewel Seed reacted from that girl.(あの少女からは、ジュエルシードの反応が無かったように思うのですが)》

「「……へ?」」

なのはとユーノ、二人の声が重なった。
と、次の瞬間には滝の様な汗を流し始めるユーノ。
そんなどこか思い当たる節があった様な状態のユーノに、なのはが声をかける。

「えっと……ユーノ君? それってつまり……」

「え、えーとね、これはその超展開の連続でジュエルシードの反応が無いことに気がつかなかったっていうかいや気がついてたけど気にする余裕が無かったっていうか何かしらの異変はジュエルシードによるものっていう固定観念が仇になったっていうk」

マシンガンの様に垂れ流される言い訳を、なのはが遮る。

「つ・ま・り! あの娘は暴走体でもなんでも無かったって事なんだよね!?」

「……はい。その通りですすいません」

がっくりと項垂れるユーノ。
その様子を見たさつきは、誤解が解かれたことで幾分も気分がスッキリし、レイジングハートに感謝していた。

(うん。取り合えずあのユーノってフェレットは今度ぶん殴っとこ)

語尾に☆が着いているのは目の錯覚だろう。

閑話休題




「でも、あの娘ってジュエルシードの暴走体じゃなんなら一体なんなんだろう?」

レイジングハートとユーノから驚愕の事実を知らされたなのはは、次の問題点を指摘する。
ちなみに、彼女はジュエルシードの発動の瞬間は感知出来ても、発動中のジュエルシードの反応はまだイマイチ判別出来ないのだ。
ユーノとは、至近距離で2つ同時に発動したため発動したのは1つと誤認したという結論に至っていたのだった。

「うーん。ここは管理外世界だから、この世界に魔導師は居ないはずだし。魔法の有る管理世界から来たにしては様子がおかしかったし……
 でもあのパワーはどう考えてもあんな子供が……っていうかただの人間が出せるものじゃ無いしそれに血を吸うって……
 ってうわっ! な、なのは!?」

と、その瞬間になのはは飛び上がり、いきなりオロオロし始める。その肩に乗っていたユーノは、その拍子に落ちそうになってしまう。

「ユ、ユーノ君! どうしよう! 私、今までと同じだよね!? 口の中とか、牙とかはえて無いよね!!?」

明らかに様子がおかしいなのはに、ユーノは戸惑いながらも兎に角落ち着かせようとする。

「お、落ち着いてなのは。一体何があったのさ。なのはは今までのなのはだよ」

《Master, settle down first, and explain.(マスター、まずは落ち着いて、わけを話してください)》

レイジングハートにまで諌められ、なのはは涙目涙声になりながらも説明する。

「あ、あのね、ユーノ君……んっ……この世界にはね、吸血鬼っていう日の光が苦手な……人の血を吸うモンスターがいてね……その吸血鬼に噛まれると……ぐすっ……その人も吸血鬼になっちゃうって……」

ユーノはその話に困惑し、レイジングハートは……

《Master, please settle down. Abnormality is not found in Master's body at all. It is a street up to now.(マスター、落ち着いてください。マスターの体に異常は全くありません。今まで通りです)》

「ほ、本当……?」

《Yes. I doesn't tell a lie to Master.(はい。マスターに嘘はつきません)》

「うん。ありがとう。レイジングハート」

まだ不安が拭えないようだが、何とか落ち着いたなのはに、ユーノが尋ねる。

「ねえなのは。その吸血鬼……って、本当に実在するの?」

「ううん。……架空の生き物の……筈、なんだけど……ジュエルシードの暴走体だって思ってたから、吸血鬼のことすっかり忘れてて、思いつかなかったけど……でも、この世界で血を吸う人型のって言えば吸血鬼しか……」

「なのは、考えすぎだよ。あの娘はそんなんじゃ無いって。現に今、なのはは吸血鬼になんてなってないだろ?」

「うん……ありがとう。ユーノ君」

なのはの様子を見て、ユーノはもう家に帰ることを進言した。なのはもその提案に直ぐに頷き、二人は帰路に着いたのだった。

(兎に角、吸血鬼っていうのについて色々と調べておかないと……)

そうユーノは決意した。





一方その頃、さつきは。

「願いを叶える魔法の石、ジュエルシード。わたしの世界じゃ不可能だったけど、もしかしてその石なら……」

(わたしの体を元に戻して、元の世界に帰れるかも知れない。そうすれば……)

さつきは、なのはが取り乱し始めたところでどうにもかくにも居ずらくなり、急いでそこから離れたのだった。彼女は今、自分の服を回収し、繁華街の裏路地に居る。
そして、そこで先ほど聞いた事を元に思考を重ねていく。

魔術を学んだ彼女ならわかる。そんな事はとうてい不可能であろうと。
だが、人というのは新たな可能性が浮かび上がれば、それに縋りつきたくなるものだ。たとえそれが、一度キッパリと諦めたと思っていたものでも、その誘惑を断ち切るなんてことはそうそう出来るものじゃない。

それに、

(あのフェレット……《この世界には》って言ってた。あの口ぶりだと、他の世界に行った事があるって風だったし。
 って言うことは、あのフェレット達は第二魔法と同等の事をできるということなのかな。
 もしそうだとしたら……もし、わたしの世界で魔法とされている事がこっちの世界では当たり前だとしたら、そこで魔法の石と呼ばれているあの宝石なら……本当に不可能じゃないかも知れない)

そうなのだ。先ほどユーノが言った言葉には、さつきが期待を持つに十分な語句がかなり含まれていたのだった。
そしてさつきは、一旦それに関する思考を中断し、情報の整理にかかる。

(暗示と判断したものも魔法って言ってたって事は、彼らにこっちの魔術と魔法の区別は無いんだよね。
 『この世界に魔導師は存在しない筈』、『ここは管理外世界だから、この世界に魔導師は居ないはず』ってあのフェレットは言ってた。ってことは、彼らはこの世界にとって異質な存在ということ。さっきここに来るまでに町並みとかを見た限りでは、ここはわたしの世界とそんなに変わらないみたいだったし。
 これからコンビ二の雑誌とか図書館とかで調べて裏づけとらないといけないけど、たぶんこの世界はわたしの世界とほとんど同じで、彼らは他の世界から来たってことで合ってると思う。
 今度何とかして接触しないと。
 あとは、この世界に魔術教会とか時計塔とかないか調べとかないとね。
 あ、あと、新しい服の調達もしなきゃ……やっぱり、最初は泥棒かなぁ……)

情報の整理と、今後の方針を纏めて、丁度裏路地に入ってきた学生たちを見据える。どうやら塾の帰りに近道をするだけらしい。本当に治安のいい街だ。
『魅了の魔眼』もまだ拙いけど何とか使えるようになったし、結構楽に残りの血は補えそうだなと思いながら、さつきはその人達に近づいていった。







あとがき

まず最初に謝っておきます。ごめんなさい。
またもややたらと遅くなってしまいました。
前回書いた、中間テストがあり、それで大失敗。7つ中5つが赤点という最悪の結果になってしまい、それの補修やら再試やらで忙しく(←現在進行中

今回の話もそこまで進展がある訳でもないのに、長々とお待たせしてしまい本当にすいませんでした。
冬休み中に1、2話追加できたらなと思います。何分再試が(ry


なに分作者の環境上、大急ぎで書かなければならなかったので誤字、脱字、矛盾点や読みにくい部分などが大量発生している駄文だと思いますが、今後時間を見つけて直して行きます。すいません。
そこら辺もばんばん指摘して下さい。では。



[12606] 第3話 早速活用
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2010/07/02 06:09
「んっ……」

さつきは、繁華街からそこまで離れていないとある廃ビルの中で目を覚ました。

「んー……ん?」

伸びをして、さつきは今の状況に違和感を覚える。いや、それは違和感なんて生易しいものではなく……

「ひ、日の光!!」

恐怖心と共に、さつきは廃ビルの窓から入って来る日の光から出来るだけ離れようとした。
と、数秒の後、さつきは今の自分の状況を思い出した。

(そっか。わたしって今太陽の光大丈夫なんだったっけ)

実に1ヶ月ぶりにマトモに見る日の光に、さつきの胸に熱いものが駆け回った。

(で、昨日この世界へやってきて、いきなり銃弾浴びせられて、変なゴリラに襲われて、魔法少女+フェレットに絡まれそうになって……)

色々と思い出していく度に、その熱いものは段々と冷めていったが。

(うぅぅ。今考えても……っていうか、今考えると明らかに理不尽だ……。
 何で平行世界来て早々こんな目にばっか合ってるんだろう……)

まあそこら辺は置いておくとして、その後、彼女は自分の傷を治すのに必要な分の血を補給した後(その際は魅了の魔眼で意識を無くしてあるので覚えられてはいない)、そこら辺の専門店で服や下着、ついでに毛布を数着頂戴したのだった。
ガラスやドアを壊したら警報が鳴るんじゃないかって? 彼女を舐めてはいけない。デパート等ならいざ知らず、専門店なら壁を壊して進入したところで警報が鳴るようにはなってはいまい。そう、彼女は壁を壊して中に入ったのだ。しかも殴ると大きな音が出るので、『押して』壊したのだった。恐るべし馬鹿力。
今頃、報道陣は大騒ぎだろう。

その後、さつきは何故か現代まで残っていた銭湯に感謝しながら入り、自分はもう人間なんだということを意識して、馴れない魔眼を使ったことで疲れていたということもあり早々に寝たのだった。
さつきは今の自分の現状の把握を終えると、纏っていた毛布を傍らに置き、新しい服で恐る恐る日の光の当たる場所へ行った。

「わあ……」

触れる。触っても痛くない。人間だった頃には当たり前だったこと。吸血鬼になってからは諦めていたこと、それが今、目の前で現実になっている。

(あったかい……あったかいよ……橙子さん……)

知らず、さつきの目には涙が溢れていた。





十分日の光を堪能した後、さつきは町へ繰り出すことにした。早めに寝たとは言っても、それは今までのに比べて早めにだ。彼女が起きたときは、もう昼過ぎだった。

(この姿で出歩くと色々とまずいかなって思ってたけど、運が良かったかな)

何分、今の自分は9歳児なのだ。下手したら補導される。身元を調べられる。そうなると本当に厄介だ。
そう思っていたさつきだったが、どうやら今日は休日らしい。ちらほらと学生が町を歩いているのが見えた。

(ん。よし。じゃああそこから行こうか)

久しぶりの日の当たる、人気のある町並みに浮かれながら歩く彼女の姿は、周りから見たら酷く微笑ましい光景だったという。



さつきは、目に止まった本屋の中へ入り、様々なジャンルの本を読み漁った。

(やっぱり……童話やファンタジー以外では魔法なんて言葉出て来ないし、極め付けにはこの世界が舞台のファンタジーで子供が喋る動物を見て驚いてる……これはやっぱり、わたしの仮説が正しかったかな)

さつきはそれ以外にも地図、カレンダー、新聞も見て、今日が春先の、休日ではなく祝日であることを知った。

(うーん。こっちでは暇だし、何冊か本買いたいんだけど……お金が無いし、置く場所も……)

仕方なく、本を買うのをあきらめたさつきであった。


その後、さつきは今度は図書館へ行こうと早速覚えた地図を頼りに道を歩く。
が。

「ぐうううぅぅぅぅ……」

さつきのお腹から、その様な音が聞こえた。さつきは真っ赤になりながらお腹を押さえた。

「うぅ~、お腹減ったよ~」

ハッキリ言って彼女は、人間の体になってから全く食事を取っていない。血で何とかなるんじゃないかという人もいるかもしれないが、実は全くどうにもならない。血を吸うことで得られるのは、復元呪詛やその他諸々の魔術のための魔力と、こちらも復元呪詛の使用プラス体の崩壊を補うための遺伝子情報。体を動かすためのエネルギーは副産物程度しか得られない。
まあ、それも彼女の体が吸血鬼に近づいていくにつれ血以外の方が不要になっていくのだが。

(……どうしよう……お金持ってないし……はぁ、また泥棒かぁ……)

いっその事どこかのATMでも夜中にこっそりぶっ壊した方がまだ犯す罪は少ないんじゃないかと、中々に物騒なことを考えながら、さつきは丁度目の前にあった喫茶店『翠屋』の中へと入って行った。



「いらっしゃい。あれ? 一人かい?」

さつきが中に入ると、人の良さそうな中年の男性が話しかけてきた。エプロンをしていることから、ここの従業員だろう。

「はい」

他に言うべきことが見当たらなかったので、さつきはこれだけの返事をした。

「そうか。じゃあこっちにおいで」

そう言って従業員はさつきを案内する。さつきが通された席は、カウンター席だった。

さつきは辺りを見回すと、その店は中々に繁盛していた。今が祝日の昼過ぎということもあるだろうが、それでも並みの喫茶店よりも席は埋まっている。
それと、何故かほとんどの席にシュークリームが置かれている。この店の名物なのだろうか。

「はい。これがメニューだから、注文が決まったら言ってくれ」

さつきが店を観察していると、さつきの目の前にメニューが差し出された。

「ありがとうございます」

さつきはそう言ってメニューを受け取ると、直ぐに目を通した。
見るとケーキ等のスイーツ系を専門としているのか、そちら側のバリエティーが豊富だ。
女の子として、要チェックポイントになりそうだ。

取り合えず、さつきは先ほどの男性に(律儀に直ぐそばで待っていてくれた)決して軽いとは言えない量の食事と、やはり女の子としての誘惑に負けて、皆の食べているシュークリームを頼んだ。

「うーん。これだけ全部食べられるかい?」

男性が苦笑しながらさつきにそう訊いた。確かに、その量は成人男性なら兎も角、9歳の女の子が食べるには少々多すぎる量だろう。

「大丈夫です。それでお願いします」

だが、それを食べるのは見た目9歳体も9歳しかし吸血鬼のポテンシャルを持つ女の子。ついでにもうどうせタダ食いするんだからと開き直っているのも手伝っている。

(ただの女の子とは燃費が違うの! 別に大食らいな訳じゃないの!)

さつきは心の中で半泣きだった。

「わかりました。少々お待ちください」

それを聞いた男性はそういうと奥の方へ戻っていった。それを見たさつきは、ふぅ、と肩の力を抜く。

(あー、あんな無防備な善意振りまかれると罪悪感が……)

中々に肩身の狭い思いをしていた彼女であった。


程なくして、注文した料理が運ばれてきた。実に一ヶ月ぶりの人間の食事に、目をキラキラさせながら一口食べる。

(!! お、おいしっ!)

その料理を口に入れた瞬間、さつきはその美味しさに驚いた。
成る程。これならこの店の繁盛も頷けるというものだ。

さつきが予想外の美味さの料理に舌鼓を打っていると、そのカウンターの向かいに20代半ばだと思われる従業員の女性が現れた。

「こんにちは。どう? おいしい?」

いきなり話しかけられてさつきは焦ったが、今の自分の状況を考えて無理もないかと思い、素直に答えた。

「はい。とても美味しいです」

それを聞いた女性はとてもうれしそうに微笑んで、両手を胸のまえでポンと合わせた。

「そう、良かった。ところであなた、ここら辺じゃ見かけない子よね? ご両親は?」

ほら来た。さつきはそう思った。
まあ、見た目9歳の子供が一人で喫茶店で昼ご飯を食べているのだから当然だろう。

さつきはどうしようかと悩むこと数秒、まあこの町に住み着くつもりだしと、この町に越してきたことにすることに決めた。

「つい先日この近くに越してきたんです。今日は引っ越して来た町の探索をしていました」

あながち間違ってはいない返答を、さつきは返した。
それを聞いた女性は妙に納得した顔をした。

「そうなの。しっかりしてるのね。
 あらごめんなさい。気にしないで食べてくれていいのよ」

これだけしっかりした子なら親も放っておいて大丈夫と判断したのだと思ったのだろう。
女性はそう言うと、そのまま奥へ帰って行った。さつきが食事を再開しながらそちらへ目をやると、そこには先程さつきを案内してくれた男性がいた。
どうやら二人は相当に仲が良いらしい。傍目にもそれが分かるほどのピンク色空間が出来ている。
二人は少し話すと、同時にさつきの方を向き、さつきが自分たちの方を見ていると分かると二人してにっこりと微笑んだ。

(何というか……ああいう見るからにお人好しって人をこれから騙すと思うと……)

今日の夜にでも絶対にATMぶっ壊そうと心に誓ったさつきであった。

その後、そこのシュークリームのあまりの美味しさにまたもや驚嘆したさつきは、レジのところで先程の男性に魅了の魔眼を使い『自分はお金をもらった』と暗示を掛け(あろうことか『ご両親にどうぞ』とシュークリームを手土産に渡されそうになったものだからこれ以上の善意はたまらないと、慌てて『シュークリームはもう渡した』という暗示もプラスした)、その喫茶店を後にした。

「とても美味しかったんだけど……あの善意は反則でしょ……」

普段ならとても心地良いはずの善意だったのだが、今のさつきはそれが罪悪感にクラスチェンジして押しつぶされそうになっていたため、喫茶店を出たところでホッとしていた。





あの後、さつきは図書館への道を再び歩き始めた――のだが。
何故か彼女は今、目の前の少女をストーk……尾行している。
下手に物陰に隠れて人の目を集めたりはせず、あくまで自然体で、しかし少女が振り向いたりしたら即座に姿を眩ませられる場所をキープしながら歩いている。
……何故そんなに手慣れているんだおまいは。

そして、そのさつきが尾行している少女であるが……

(間違いない……昨日の女の子だ。肩にフェレット乗せてるし。
 えーと、なのは……だっけ?)

そう。さつきが合う方法を模索していた少女達、なのはとユーノであった。ついさっき、彼女たちらしき人影を前方に確認したため急いで尾行に移ったのだ。
さつきとしては、夜の町を歩き回ったり昨日の様なことが起こっている場所を探したりして見つけるしかないかなと思っていたため、この状況は渡りに船だった。

(このまま隠れ家みたいなところまで特定できれば嬉しいんだけど……っ!)

と、その時なのはが立ち止まると、彼女の前方から来た二人の少女に向かって手を振った。

(仲間いたの!? 何でみんなそんな子供!?)

お互いに駆け寄る三人を見て、さつきは困惑したが直ぐさま会話を聞こうと彼女たちに一番近い物陰に入り込んだ。
どうやらお互いに挨拶を終えたところの様だ。

「ユーノもこんにちは」

「クゥー」

「ふふふ」

「なのはちゃん、どうしたの?」

「私は図書館に行くところ。そっちは?」

「今からあんたも誘って翠屋に行こうと思ってたのよ」

「あー、そっか。ごめんね」

「あ、謝るんじゃないわよ。あそこのシュークリームは、すずかと二人で美味しくいただきますから」

「うー、アリサちゃんが意地悪だー」

三人とも仲が良いのか、とても楽しそうに話合っていたが、ふと紫色の髪をした少女――恐らくすずかだろう――がなのはの方を向いて何かに気づいたような顔をすると、なのはに向かってこう言った。

「なのはちゃん、何かあったの?」

それを聞いたなのはは、大変分かりやすく頬を引きつらせる。見ると、アリサという少女も何か気が付いているような視線をなのはに向けている。

「にゃはは……何でもないよ。ちょっとした悩み事があったりはしたけど……もう解決したから」

そのなのはの言葉を聞いたアリサは、

「そっ。なら良いわ」

とすぐさまその話題を打ち切ってしまった。だが、すずかはまだ心配そうな顔をしていた。
一方、さつきは頭を悩ませていた。仲間なら何で昨日の事を隠すのか、と。

「うん。じゃあまたね。アリサちゃん、すずかちゃん」

「うん。ばいばい」

「ええ、また明日学校でね」

(へ!?ってちょっと!)

と、三人はもう分かれようとしていた。が、さつきは今の台詞に聞き逃せない部分を見つけた。

『また明日"学校"で』

(昨日聞いた話だと、彼女たちに暗示の魔術は無いはず。ということは、正文書偽造でもやって入学した?
 でも何のために? ジュエルシードっていつ異常を起こすかわからないものみたいだったのに、そんな余計な時間をとられることをわざわざ?
 ってことはあの子達現地住民? でもあのフェレットは明らかに別の世界から来たと思えることを言ってたし……あーもうどうなってるの……)

さつきがそちらに目を向けると、丁度なのはが二人に背を向けるところだった。
と、なのはの動きが急に止まり、何事かとさつきとアリサとすずかがなのはを見ると、なのはは急に振り返った。さつきは急いで身を隠した。

「ねえ……二人は、吸血鬼っていると思う?」

「!!」

そのなのはの言葉に異常に反応した少女がいが、さつきは身を隠していたので見えなかった。

(あー、やっぱりバレちゃってたか……)

さつきは、血を吸われた時の記憶は無いようにしていたから本当だったら謎の少女で済むはずだったのに……と、頭を抱えていた。

「はぁ? 吸血鬼? なのは、あんた一体どうしたのよ?」

そのアリサの呆れたような言葉に、なのはは難しい顔をして、

「あ……ううん。そうだよね。ごめん。やっぱ何でもないや」

そう言って踵を返して歩いて行った。



「全く、なのはったら何隠してるのかしら。私たちの仲で分からないわけないじゃない」

なのはが行ったのを見て、アリサがぼやいた。さつきはすぐになのはを追いかけるか迷ったが、こちらの話を聞くことにした。
先程の疑問が解けるかも知れないからである。

「うん……でもなのはちゃん、少し前から変なとこあったよね」

「それはそうだけど、今日のはまた違うでしょ。今までのは、別にあんな不安抱えてる感じしなかったじゃないの」

(あのやり取りでどこまで察してるのあの子達……)

さつきは戦慄したが、謎は解けた。

(成る程ね。少し前からってことは、あの子達三人は元々この世界の人間で、その"少し前"にあのフェレットがこっちにやってきてあのなのはって子を巻き込んだのね)

昨日なのはが魔法関係の話になったとたんにユーノに丸投げしたこととか、なのはがあの子達に昨日のことを相談しなかったこととか、
考えれば考えるほど辻褄が合う。
と言うより、何故今までそれに思い至らなかったのか。なのはが異世界人だという固定観念が仇になっていた。


(やっぱ友達って良いもんだよね……)

先程の友情劇を思い出してうんうんと頷いていたさつきは、その直後ハッとして冷や汗を流し始めた。

(って、やばっ! あの子異世界の子だと思ってたからそのままにしてたけどこの世界の子なら誰かに相談しちゃうかも!!)

そう。さつきはなのはをこの世界の子供じゃないと思っていたから、自分が吸血鬼だとバレそうになっても放置していた。
彼女が異世界の人間なら、この世界の人間にそんな話をホイホイする訳がないと思っていたのだ。

しかし、この世界の人間なら話は別だ。
元々さつきは、この世界に第二の人生を送るためにやって来たのだ。ゼルレッチや橙子も、そのとき支障のないように色々とやってくれた。さつきだって、その人生を出来る限り満喫するつもりだ。
ジュエルシードを集めて元の体に戻れれば、元の世界に帰ろうとはしているが、それだって望みは薄いとさつきは考えている。と、なると、今後さつきが得体の知れない化け物だという噂が広まるのは大変よろしくない。ジュエルシードを集めるよりも重要な、最優先事項である。
さっきだって、なのははもう少しでアリサとすずかに相談しそうだったのだ。もっと身近で、信頼出来る人間には話してしまうかも知れない。

(せっかく橙子さんがこの体を作って長い目で見ても怪しまれない様にしてくれたのに、なにこっち来てすぐ正体バレてるのよわたしは!)

どうにかしなければと、さつきは物陰から出て急いでなのはを追った。




なのはは図書館へ行くと言っていたのを思い出し、さつきは自分が歩くはずだった道を走った。
幸いなのははすぐに見つかった。

(でもどうしよう……暗示で記憶を奪うにしても暗示はあの杖がブロック出来るって言ってたし、あの杖もどうにかしないと堂々巡りだし……)

と、そこでさつきは、あることに気が付いた。

(あれ? そう言えばあの杖は? そりゃあ、あんな目立つ杖をこんな真っ昼間から持ち歩く訳にはいかないだろうけど、それじゃ緊急事態の時に合わないんじゃあ……)

と、そのときさつきは、さっきなのはが振り返った時に見えたなのはの首に掛かっていた宝石を思い出した。確か、あの宝石は昨日なのはが持っていた杖に着いていたのに似ていた様な……

(いや……まさかね。転移させるとか何かでしょ。でも、一応念には念を入れておいた方がいいかな。
 で、肝心の杖対策だけど……確か、映像記録とか言ってたし、立体映像っぽい写し方してたし、音声も何か機械っぽかったし……うん。多分、大丈夫)

図書館はもう目の前。その中に入られると、人の目がありすぎて何をするにもやりにくくなるだろう。さつきはすぐさまプランを立て、行動に移した。






(なのは、大丈夫かなぁ……)

なのはの肩で揺られながら、ユーノはなのはの心配をしていた。
先程、なのはの友人にも悟られた。でも、まあ……

(朝よりはマシ……だよね)

何しろなのはは、今日の朝、いつまでたっても布団から――というよりは毛布から――出てこようとはしなかったのだ。
ユーノがいくら呼びかけても反応無し。なのはの父親である高町士郎が起こしに来るまで、ずっと毛布にくるまったままだった。

やっと毛布から出ると、なのはは志郎が部屋から出るのを待って、恐る恐る半泣きになりながらカーテンの隙間から差し込んでくる光に手を伸ばしたのだった。
どうやらなのはは、太陽の光に当たった瞬間に自分の体に異常が出るのではないか。吸血鬼になってしまったのではないかという不安をずっと抱えていたらしい。

まあ、結果は当然、何事も無かった。
そのときのなのはは、端からみてても分かるぐらいにあからさまにホッとしていた。

(それで疑惑はほとんど無くなったみたいだったけど……まだ心の奥底に恐怖心が残っているのか……)

と、その時なのはの後ろから駆け足の足音が聞こえてきたと思うと、なのはの首に掛かっていたレイジングハートがストンと地面に落ちた。

「へ?」

とはなのはの言。
次の瞬間、なのはは何者かに抱えられて、ユーノはなのはに必死につかまって、進行方向と真横の方向に引っ張られた。

一体何が……とユーノは思い、なのはを抱えている人を見て……見てしまった。その幼い顔の、その紅い瞳を。






――なのは達が建物と建物の間の通路の前を通るタイミングで、なのはに駆け寄った。
  気が付かれる前に、宝石が着いているヒモを爪で切断する。そして、右側に回り込むと右手で宝石を掴み、左腕でなのはを抱えて通路に飛び込んだ。
  その間に、なのはとユーノがこちらを見たので、その瞬間に魅了の魔眼を使用し、放心状態にさせた。
  右手から《Master!》という声が聞こえるってうそ!? まさか本当にこれだったの!?――

「ふう、何とか上手くいったー。誰にも見られて無かったよね?」

吸血鬼の能力を惜しみなく発揮して超高速でカタをつけたのだ。さつきは物陰から顔を出して周りを見てみたが、誰もこちらに注意を払ってはいなかった。
その事にホッとすると、さつきは急いで行動を開始する。

(お願いだから出来てよね……)

「ユーノ、この杖から昨日のデータ丸一日分とこの5分ぐらい前からのデータをスリープ状態にしてから消去して。出来る?」

複雑な命令の為、口に出して送る命令のイメージを強める。これはもうほぼ賭けだった。昨日見た杖の機能が機械っぽかったので、何とか出来るのではないかと踏んだのだ。
さつきの願いが天に届いたのか、ユーノは何も言わずに作業を開始した。

(よ、よーし……なんとか……なった………んだよね?)

慣れない魔眼で高度なことをしてどっと疲れ、もう倒れ込みたくなるがそうも言っていられない。

「ゴメン。血、もらうね」

失った魔力を、なのはの血で補う。今度はちゃんと自制して、2口程で止めた。簡単な治療魔術で傷口を塞ぐ。

「じゃあ、あなたたちは昨日、そこの杖から見た私が血を吸った瞬間の映像及びその映像から推測したことを全て忘れて。今起こった事も忘れて。
 ユーノが作業を終えたら二人ともそのまま図書館へ向かうこと」

さつきはそれだけ言うとそこから離れた。


(本当はもっと色々訊きたいことあったのにー! あーもう疲れた。もう無理。しかもこれでもうあの子達に魅了の魔眼使えないし……)

なのは達がこれから行くという図書館へは向かわずに、そちらとは別方向へ歩く。
何分さつきの暗示はまだ拙いのだ。何かの拍子に解けてしまうかも知れない。
その場合暗示は、掛けられた後の違和感が少ない方がいい。レイジングハートの記録消去が丸一日なのは、機械だから一部分を消去した方が違和感が残らないだろうから。
なのは達の忘れさせた部分が少ないのも同じ理由である。そして、さつきの拙い暗示ではまた何か暗示を掛けようとした瞬間に前回の暗示が解ける可能性は高かった。
とにかく今現在さつきは、慣れないことの連発で魔力も気力もカラカラであった。

(まあ、今回は消耗してるのは魔力だけだし。それならゆっくり休めば何とかなるよね)

と、そこで丁度良いことにさつきの横には公園の芝生が。

(……時間も丁度いいし、少しお昼寝しよ)

そうと決まれば周りの目なんてなんのその。どうせ今の自分は9歳児だ。それに現に今芝生に座ってる人間もいるんだから寝転んでいる人間がいて何が悪いと、さつきは芝生の上に寝転がり、まだ春先の、真っ青な空を見上げた。

「んー、気持ちいー」






《ユーノ君、着いたよ》

図書館へ入るとき、なのはは自分のポケットに向かって"心の中で"呼びかけた。

《うん。ありがとうなのは》

すると、なのはの頭の中に直接ユーノの声が聞こえてくる。思念通話――念話と呼ばれるものだ。

なのはは図書館の奥の方へ行くと、図書館の中なので一時ポケットの仲に避難してもらっていたユーノを、周りから見えないように外に出す。

《それでユーノ君? 調べたい事って?》

そう。彼女はユーノの頼みで図書館まで来たのだった。

《うん。吸血鬼ってどんなんだろうって思ってね。……なのは? 何かあった?》

ユーノは別に何でもないように答え、その時なのはの雰囲気に違和感を感じた。

《え? 何かって?》

だが、当のなのはは何を言われているのか分からない。ただ、

(ん? 何かさっきも同じような事あったような……)

と、可愛らしく首をかしげるばかり。

《いや……何というか……朝あった不安がってた様子が無いもんだから》

と、その言葉になのはは確かに自分が朝極度に怯えていたのを思い出した。
そして、先程の既視感もついさっきそんな自分を心配してくれた友人たちの言葉だということも思い出す。
だが、

《うーん、確かに朝私何かに怯えてたけど……何だったっけ?》

《はぁ……》

その返答に、ユーノは拍子抜けする。

《うーん、おっかしいなー。何だったんだろう? まあ、忘れるような事ならそんなもんだったんだよね?》

《『よね?』って言われても……》

ユーノは困ったように苦笑するが、なのはがいつも通りなのでもう深く考えないことにした。

《うー、もういいの。所で、ユーノ君はどうして急に吸血鬼の事を?》

と、そこでなのはは話題を打ち切り、ユーノに逆に質問した。

《え? いや、そりゃぁ………何でだっけ?》

だが、ユーノから返ってきたのはそんな答え。

《ほえ?》

今度はなのはが拍子抜けする番だった。

《い、いや、ちょっと待って……あれ? 何だったかなぁ……レイジングハート、分かるかい?》

どうしても思い出せそうに無いユーノは、レイジングハートに助けを求めるが……

《…………………………》

返事はなかった。

《え? レイジングハート!? 遂に僕に愛想尽かしちゃった!? ちょっと、見捨てないでよレイジングハート!》

《にゃはは……》

と、そこで二人してなのはの首元に掛かっているレイジングハートを見るが、

《あれ?》

《へ?》

返事が無いはずである。レイジングハートはスリープ状態になっていた。










あとがき

まずは一言。

ど う し て こ う な っ た ! orz

「坊やだからさ……」

いや、違う。違うんだよ朱い人。そうさ。僕が前話でなのはの血を吸わせたのが悪いんだ……当初の予定通りレイハさんに迎撃させときゃ何にも問題なかったんだ……その場の勢いでそのこと忘れてやっちまったのがいけなかったんだ……お陰で完全日常ほのぼの回にするつもりがこんな無理矢理めちゃくちゃとんでも回になっちゃったんだ……

いや、本当にすいません。

作中に作者の独自解釈等多数見受けられましたが、もし公式と矛盾している部分があればご指摘お願いします。
あれ? 時計塔とか調べるんじゃないの? って人、大丈夫です。今現在全力で方法を模索中です(オイコラ

こんな駄目作者に嬉しいお知らせが。何と、

30000PV突破!

いや、ビックリしました。良いのか? こんなんが……;;



[12606] 第4話 粉砕玉砕大喝采
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2010/07/02 06:09
「んー」

芝生の上で伸びをしているのは、もうすっかり疲れも取り除いたさつきである。
と、それまで幸せそうな表情で微睡んでいた彼女は、表情を真剣なものに変えて空を見上げる。

考えるのは、これからの日常生活について。

(昨日とか色々超展開すぎて気にも出来なかったけど……やっぱり色々不便だなぁ)

とりあえず、現在解決しなければならない問題点を挙げていくさつき。

(とにかく、まず一番にお金でしょ。今日みたいなのが続くと身が保ちそうに無いし……。ああもう、何でここはこんなに治安いいのよ!)

本当は喜ぶべきことなんだろうけど……と、さつきは溜息を吐く。この体じゃあアルバイトをするわけにもいかない。

(……まあ、それは今日ATMから略奪するからいいとして)

はあ、何かぶっ飛んだ性格になってきたなーと、苦笑しながらも次にすすむ。

(次、衣食住。
 服は……まあ、お金が手に入れば問題無し。
 食事は……外食ばかりじゃあお金なんてすぐに使い切っちゃうし……それに量も……)

と、考えた矢先にさつきのお腹が鳴った。

「うぅ……」

赤面するさつきだが、幸い誰にも聞かれなかった様だ。それを確認してさつきは安堵の溜息を吐く。
たとえ聞かれたとしても、誰も覚えたりなんかしないだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

(はぁ、やっぱり軽くコンクリ壊しちゃう様なスペックで、大の大人の食事じゃ少なかったか……
 でも、あれ以上はちょっと体裁が……)

うーん、とうなるさつき。だが、毎日三回食べるのだ。その度に足りない食事じゃあ絶対に身が保たないと、さつきは今度から周りの目など気にせずに食べることに決めた。

(はーぁ……まあ、量の方はもういいや。で、どっか作れる場所があればいいんだけど……私じゃ簡単なのしか作れないけど)

ああ、もうこんなんだったらもっとお母さんに料理教わっておけば良かった! と、さつきはちょっと後悔し、その後もう会えない母を思い出して少しブルーに突入した。
立ち直ったさつきは、思考を元の路線に戻す。

(うーん、作れる場所も、住がきちんとした家なら問題無いんだけどなぁ……
 どっかのアパートかマンション借りる……? いやいや、稼ぎ所が無いのにそんなことしたらすぐお金無くなっちゃうし、
 見た目小学生が一人で借りに行ったところで貸してくれるとこなんて有るわけないし……やっぱり、あの廃ビルを住処として機能させよう。幸いお風呂は銭湯があったし、あそこなら工房としても申し分ないもんね)

そう、本人もあんまり自覚は無いのだが、彼女は魔術師になったのだ。
使える魔術は殆ど無い? そんなの関係ない。魔術を習い、生命力を変換し魔力を精製するための疑似神経である魔術回路を得、それを扱う術を身につけた時点で、彼女は魔術師なのである。
そしてさつきは、自身の工房を持つことを橙子とゼルレッチからとある理由から強く勧められていた。
自身が物を殴るときに行っていることも、今のさつきは完全に理解しているので、それを研究もすれば新たな可能性も見えてくる可能性もある。それに何より……

(『アレ』もきちんと制御出来るようにならないとね……)

図らずも自身の身につけた究極の一、その下位に位置する魔術は、教わらなくとも比較的簡単に習得できるだろうと聞いている。
だが同時に、制御に失敗すれば暴走して、周りに被害を及ぼすかも知れないとも言われた。

(……で、やっぱり食べ物どうしよう……)

これである。やはり最終的にはこうなる。
家具などは買って持ち込めばいいが、水、ガス、電気はどうにもならない。
考えていても良い案が浮かばないので、その件は解決策が出るまで外食にするということにした。

そして、さつきの思考はまた別の方へ行く。

(うーん、ここって"平行世界"なんだよね? 何かおかしいなぁ……)

"平行世界"、合わせ鏡のように連なる、無限に存在するそれぞれの世界。
だが、その世界同士は鏡のこちら側とむこう側の様にほとんど同じはずなのだ。

勿論、違いはある。例えば、今作でゼルレッチの使った宝石剣、あれは無限に連なる平行世界へ向かって穴をあける事で、その平行世界の"同じ場所"から魔力を持ってくることの出来る魔術礼装である。
だが、それが使われるのは大抵自分の周りの魔力が枯渇している時。と、言うことは、穴を開けた先の世界が全く同じ世界だった場合、当然そこにも魔力は無い。よって、あの礼装は全く使えない一品になるわけだ。しかし、それは起こっていない。何も、全部が全部同じという訳では無いのだ。
だが……

(うーん、魔術習って二日の私が言えることじゃ無いと思うけど……何か違いすぎないかな?
 昨日はそりゃ、ああ、ここ別世界だもんなぁ……みたいな感じで納得しちゃうことが多々あったけど、改めて"平行世界"ってのを考えてみると……色々とおかしな気が……
 結局、あのフェレットはこの世界の子じゃ無かった訳だけど、それ以外でも……)

さつきは、気が付いた部分を挙げていく。

まず、本屋で地図を見たところ、三咲町、観布子市が無かった。これだけならまだいいかも知れない。

次に、何やら人々の容姿がおかしい。さっき会ったなのはだって茶髪はまだいいにしても目が碧眼だ。その友達のすずかだって、紫色の髪をしていた。染めている訳ではなくて地毛なのは、感覚で分かる。他にも、前の世界でなら奇抜とまでは行かなくとも変わっていると称される様な色の髪や、外国人の様な色の目をした日本人(だと思うけど……)がちらほらと見かけられた。
これもまぁ、理由は分からないが、考えてもどうにもならないし、納得しよう。

そして、この地を管理する裏側の人間も居ないと見ていい。昨日起こった事、あれは控えめに見ても裏側の人間からすれば派手だろう。それなのにそっち関係の人間が出て来なかった。
これはちょっとおかしい。魔は魔によって制するというのが日本のしきたりだ。よって、(さつきもこの間まで全然知らなかったが)土地ごとにその土地を管理する管理者(セカンドオーナー)が居るはずだ。
隠れて出て来なかったというのは考えにくい。様子を見ていたのなら、自分が聞いた話を向こうも聞いた時点で出てくる筈だ。ジュエルシードなんて危なっかしいものがこの地にあると言うのなら、管理者が黙っている筈は無いし、神秘の秘匿も何もあったもんじゃ無い。
もう既に協力を取り付けていた? それこそまさかだ。それならあのフェレットとなのはは事に当たる時は人払いでも何でも結界を必ず張るように言われている筈だ。自分が思い出す限り、そんなものは張られていなかった。

(……まあ、どれもこれも憶測の域を出ないけどね。管理者も、只単に見逃しているだけかも知れないし。
 じゃあ、もうそろそろ図書館行きますか。あの子達まだ居るといいけどなぁ……拠点が分かればこれ以降すごく楽になるのに……
 あー、何でさっきはそんなことも忘れてこっち来ちゃったんだろう……気力が尽きてさっさと休みたかったにしても馬鹿じゃん……)

と、さつきは先程の追跡の当初の目的を忘れていた事を後悔し始めた。

(うぅ……まあ、過ぎたことはしょうがない! まだ図書館にいるかも知れないし、チャンスはまだまだあるだろうし! 何事も前向き前向き!!)

不安材料がどっと増えた気がしたさつきは、結構無理矢理テンションを挙げた。

兎にも角にも、まずは腹拵えだ。





で、さつきがファミレスでお腹いっぱいになるまで食事して、図書館に着いたとき、もう既になのは達は居なかった。これはまだいい。予想の範囲内だ。だが……

(嘘!? 何で魔術協会も聖堂教会も時計塔も無いの!?)

自分にとってはかなり嬉しいはずの情報に、さつきは大いに戸惑っていた。
元々、魔術教会等を調べるのは、その存在の確認というより、そこらで扱われている情報の入手経路確保が目的だった。
橙子から、そこら辺のやり方は教授してもらった。出だしはパソコンから。魔術に関わる者は皆文明の利器を忌避する傾向にあるが、それでも完全に使われない訳じゃ無い。まずは表層部分から探りを入れて……と思ったのだが、その陰も形も擦りもしなかった。

(ここって、"平行世界"……なんだよね?)

知識も基礎的なものしか持たないさつきでも分かる。ここが平行世界なら、魔術教会、聖堂協会、時計塔。これらが無いのはおかしい。いや、『無くてはならない』。

(うーん、どうなってるんだろう……私の知識って基礎的なのしか無いから、勝手に決めつけるのは魔術師の皆さんに失礼だよね。
 うん。何事にも例外はあるんだよ。

 とにかく、この調子だとこの世界には魔術師は存在しない、もしくは存在するけど絶対数が少ないみたい。これは凄く朗報かも)

いや、実際朗報だろう。もし万が一、さつきが吸血鬼だとバレても、前のように毎日毎日命を狙われることは無くなる。

こうして一つの不安の消えたさつきは、もう傾いている日を確認し、夕日を堪能しながら帰路に着いた。



…………今夜襲うATMの場所を確認しながら。









少し時間をさかのぼって、さつきが芝生の上で寝転んでいる頃。

《ねえ、ユーノ君》

なのはは手提げ鞄に数冊の本を持って、図書館から帰路に着いていた。

《なんだいなのは?》

あの後、結局何故吸血鬼について知ろうとしたのか思い出せなかったユーノであったが、何故かどうしても調べなければならない気がして、それ関連の本を数冊借りてもらったのだ。

《昨日の女の子の事なんだけど……》

なのはが道を歩きながら念話でユーノに話しかけた内容は、昨日会った不思議な少女について。

《うん》

昨日は色々と謎のまま保留にしてしまい、それから何故かまともに考えていなかった事柄。

《あの子の怪我、ちゃんと治ってたよね?》

やはり、根の優しいなのははその他諸々の事よりもその子の身が心配な様だ。

《うん。昨日見た限りだと、そこまで問題無いくらいになってたと思うから、大丈夫なんじゃないかな》

昨日自分で見ておきながらも、やはりそれでも心配だっだなのはだったが、そのユーノの言葉を聞いて少しだけ顔が晴れる。

《うん。そうだね。
 ……でも、あの子一体何者なんだろう?》

そして、次に出てくるのはやはりあの不可思議な少女そのものに対する疑問。
ユーノが少女の異常な部分を挙げていく。

《うん……。3メートルにもなるジュエルシードの暴走体を、あんなボロボロの状態で吹っ飛ばす程のパワー、
 目を合わせるだけで相手に掛けることの出来る暗示のような魔法、いや、魔方陣が出てなかったから魔法かどうかも怪しいね。
 そして"何故か"いつの間にか治ってた怪我。

 あの子自身もジュエルシードの暴走体だったのなら何とか説明は付けれたんだけど……》

《…………………………》

頭を悩ませるユーノに、どこか遠い目をするなのは。
そんななのはに気付いたユーノが、なのはに声を掛ける。

《なのは? どうかしたの?》

《え!? あ、ううん。あの子の事をちょっと思い出してたらね……》

と、またもやどこか遠いところを見るような目になるなのは。

《もしかして、心当たりでもあるのかい!?》

そのユーノの言葉に、なのはは目をつぶって首を振る。

《ううん。そうじゃなくて……あの子に暗示を掛けられる直前、あの子の目が見えたんだけど……その目が、ね》

子供故の勘の鋭さというのか何というか、なのははさつきの目の奥にある彼女の本質をほんの少しだけ垣間見ていた。

《?》

だが、それだけの言葉じゃ当然ユーノには伝わらない。疑問の感情を念話に乗せたユーノに、なのはは苦笑して返した。

《うーん、悲しい……じゃなくて……寂しい? でも何か違うような……

 うん、空っぽな感じ》

なのはは、自分の感じたままを言葉に乗せる。乗せると同時に、なのはの顔が暗くなっていく。
なのはが思い浮かべるのは、自分の瞳を見つめた、悲しそうな、寂しそうな、それでいて何も無いような空虚な、とても綺麗な深紅の瞳。

なのはの言葉の意味をよく理解出来なかったユーノだが、急にふさぎ込んでしまったなのはに慌てた。

《な、なのは!?》

そんなユーノになのはは笑顔を作って返す。

《にゃはは、ゴメンねユーノ君、変なこと言って。気にしないで。

 ――それでユーノ君、あの子の正体ってほんとに分からないの?》

本人に気にしないでと言われたらそれ以上掘り下げて聞く訳にもいかないユーノは、なのはの言葉に正直に答える。

《うん。ちょっとすぐには……判断材料が少なすぎるし……。
 僕と同じ様に別の世界から来た魔導師って線もあるけど、デバイスもバリアジャケットも無かったし、そもそもハッキリした魔法も使われなかったし、ちょっと線は薄い気がするなぁ……。

 それよりもなのはは? この近くで似たような子を見かけたこととか無いの?》

あの身なりならばなのはと同じぐらいの歳だろう。小学校にも通っているなのはの方がそこら辺の子達との接触の機会が多いからもしかしたらという希望もあり、ユーノは逆になのはに質問した。

《うーん、ちょっと心当たり無いかな。
 ……そもそも、あんな目をした子がいたならそう簡単に忘れないよ》

《そうか……うーん。

 ―――もしかしたら》

なのはの答えに残念そうに返したユーノだったが、次の瞬間何か思いついたようにハッとした。

《どうしたの?》

ユーノのその反応に期待した目を向けるなのは。

《うん……、いや、まず無いと思うんだけど……
 あの子がジュエルシード以外のロストロギアかそれに準ずるものを持っていたと仮定するなら一応無理矢理筋は通るんだけど……》

いや、さすがにそれは無いよなと、ユーノは首を振って自分の考えを霧散させる。
が、なのはは頭の上にはてなマークを浮かべてユーノに訪ねた。

《ロストロギア?》

《え? ああ、なのはには説明して無かったっけ。
 『遺失世界の遺産』……って言っても分からないか。えっと……

 次元空間の中には、いくつもの世界があるんだ。それぞれに生まれて育ってゆく世界、その中に、ごく稀に進化しすぎる世界があるんだ。
 技術や科学、進化しすぎたそれらは、自分たちの世界を滅ぼしてしまって……その後に取り残された、失われた世界の危険な技術の遺産。それらを総称して、『ロストロギア』と呼ぶんだ》

と、そこでユーノが言葉を句切りなのはの方を向くが……

《   ・   ・   ・   》

当のなのははいきなりスケールの大きくなった話についていけなくなっていた。

《あーっと、なのは?》

《にゃ!? だ、大丈夫だよユーノ君、何とか理解はしたから》

にゃははとなのはは笑いながらまくしたてる。
ユーノも、別に何となくで分かってもらえれば構わなかったのでそれ以上の追求はしなかった。

《で、でも……そんな危険なものをあの子が持ってるかも知れないって、大丈夫なの?》

《ハッキリ言って、全然大丈夫じゃ無い。でもねなのは、ロストロギアは世界どころか、次元空間さえも滅ぼす力を持つこともある確かに危険なものだけど、全部が全部そういうわけじゃ無いし、そもそも僕たちが集めてるジュエルシードだってロストロギアなんだよ?》

《え゛》

ユーノの言葉に、一瞬固まるなのは。自分がそこまで危険なものを集めているという自覚は無かったのだろう。

《それに、魔法の無い管理外世界にそうそう簡単にロストロギアがあるわけが無いし、この可能性はまず無いから安心していいよ》

《う……うん……》

まさか自分が集めているものが世界を滅ぼす力を持っているという、なんだかスケールの大きすぎる話になるとは思っていなかったなのはは、ぎこちなく頷いた。

結局、少女の正体については何にも進展がないまま、今後接触するまで保留ということになった。








そして夜、深夜を過ぎた頃、さつきは夜の街を徘徊していたのだが……

(うわー、警備厳重だなぁ……)

そこかしこに警官がいた。
考えてみれば、昨日の夜も恐らくは前代未聞のとんでもない方法で盗みを働いたのだ。その犯人がまだ捕まっていないとなれば、この厳重さは当然だろう。
こんな時間に女の子が歩いているのが見つかれば100%補導される。

だが今は夜、吸血鬼の時間。表通りは光に溢れてても、裏路地の光の入ってこない場所はさつきのフィールドだ。
警官が歩いてきても、警官に見つかる前にこっちが見つけてやり過ごし、挟まれた時はゲームでよくある壁ジャンプで逃げた。厳密には窓枠とか凹みに足を引っかけて蹴り、登ったのだが(別に純粋な壁ジャンプも出来ないことは無いのだが、壁に足を突き刺す時の音がとんでもないのでやらなかった)。
その後はビルやアパートの屋上を飛び移り、途切れたらまた裏路地へ降り立って、繁華街を抜けたら人通りの無い道を選択して走り、隣町の隣町のまた隣町の隣町まで走ってATMを探した。

昼間にATMの場所は確認していたのだが、あんな風になっているところをまたATMをぶっ壊したりしたら今後動きづらくなるので、出来るだけ遠くで犯行に及ぼうと思った訳だ。

「さて、と」

まわりに人目がない事を確認してから、さつきは見つけたATMの、二つ並んでいるうちの一つの裏側へまわった。昨日と同じ要領で、ただし今回は相手が金属製なので殴って穴を開ける。

ゴガンッととんでもない音がして、さつきの腕がATMのボックスごと本体を貫いた。
警報装置か何かが鳴ったりするだろうかと考えていたが、そんなことは無かった。が、

「っ~~~~~~~~~~」

さつきは自分の腕に電気が流れるあの何とも言えない感覚に見舞われ、腕を引っこ抜いてグッパグッパを繰り返した。

「ふうっ、ふうっ、ふうっ」

ようやくあの感覚が治まったさつきは、ふと自分の手に違和感を覚えた。

「…………へ?」

さつきの手、そこには青い蛍光色のペンキの様なものがベットリと……
嫌な予感と共に、さつきの背に冷たい汗が流れ始める。

「ま、まさか……」

さつきは、恐る恐る自らの空けた穴を覗く。
さて、皆さんは知っているだろうか? ATMには、それを無理矢理こじ開けられた時の防護策があることを。
それは袋に入った蛍光塗料であり、何者かがATMを無理矢理こじ開けようとしたらその袋が破け、中に入っている札を使い物にならなくするというものである。
ここまで言えば分かるだろう。さつきが覗いた穴の向こうには、さつきの手に付いた蛍光塗料と同じものがぶっかけられて使い物にならなくなったお札が……

「そんなぁ~」

どうすればいいと言うのか。取り敢えずさつきは、蛍光塗料の付いた右腕を思いっきり振った。
すると、右腕に付いた塗料が"殴られて"吹っ飛んでいった。

「うーん、どうしよう……これじゃあお金が手に入んないよ……」

OTLの形でガックリするさつき。兎に角塗料を何とかしなければ始まらない。だが、その時さつきの脳裏に閃くものがあった。

「!! ……危険かも知れないけど……でも……やるっきゃない!」

さつきはこれ以上無いほど真剣な表情で、もう一つのATMのボックスに両手を付け、瞳を閉じて集中した。

先程の"殴る"のは前々から無意識で出来ていたが、これからやることはそうはいかない。


――― 自身の魔術回路をONにする。

自らの体を魔力を精製する1つの機関と成し、

――― 対象を決め、

魔術を行使する。

――― ここに神秘を具現化させる。

体の中を魔力という異物が流れ、苦痛を呼ぶ。

――― 難しい筈はない。

間違っても暴走などしないように……

――― 不可能な事でもない。

手応えは、ある。

――― 元よりこの身は、

初めてマトモに意識して使う魔術。想像していたよりも苦痛は大きいが、止めることなど出来ない。

――― その神秘の行使に特化した魔術回路――!


「はあっ、はあっ、はあっ……、ふうー」

魔術の行使が終わり、さつきは座り込んで荒い息を整えた。額の汗を拭う。いつの間にかさつきは汗でベッタリだった。

(何だったんだろ? さっき頭の中に響いてきた台詞……)

あ、それは気にしないで。

「ふう、よしっ! 上手くいっててよ……!」

息を整え終わったさつきは、立ち上がると先程の様にATMをぶち抜いた。と、同時に

「っ~~~~~~~~~~」

またもやあの感覚に襲われるさつき。
急いで腕を引っこ抜き、グッパグッパを繰り返す。だが、その腕には……

「! や、やった……!!」

蛍光塗料は付いていなかった。

腕の感覚が戻った後、さつきは空けた穴を広げて、その中にあったお札を持ってきた鞄に詰め込んだ。廃ビルに捨ててあったものである。別に穴などは空いていなかったので、丁度いいと思い持ってきたのだった。

(ま、取り敢えずはこのお金でしばらく何とかするとして、あとはもう少し魔術の練習しなきゃね……これは早いとこ明日にでも工房作っちゃわないと。
 やる度にこれじゃあ絶対身が保たない……)

こうして、弓塚さつきは新しい生活のための資金を手に入れたのであった。















そして、次の日。

さつきは途方に暮れていた。何に対してかと言うと、

「ぐううぅぅぅううぅ……」

これである。ちなみに今は昼過ぎである。昨日は寝たのが3~4時になってしまったので、起きたのはまたしても昼少し前だった。

「お腹へった……」

さつきはすっかり忘れていた。お金があってもどうにもならない事を! 今日が平日で、日中に出歩く訳にはいかないと言うことを!!
何とも今の自分の姿を恨めしく思うさつきであった。

(ご飯食べに行けないし家具も買いに行けない、お腹が減って魔術の鍛錬どころじゃない……)

「ぐきゅうぅぅぅううぅぅうぅぅ」

またもや盛大に鳴ったお腹に溜息をつきながら、さつきは床に突っ伏して小学校の下校時刻を待った。



――――学校の下校時刻を告げる鐘の音が、さつきには天使の鐘の音に聞こえたという。





昨日も行ったファミレスで思う存分ご飯を食べたさつきは(その食べる量のせいでなにやら七不思議扱いを受け始めたらしい。さつきはひっそりと涙した)、午後に家具やに行った。だが、さつきはここでも見落としをしていた。

(……ベッドとかクローゼットとか、せめてソファーぐらいは買いたかった……)

そう、大物家具は運んでもらわないと駄目なのだ。そして今のさつきの住居は廃ビル。運んでもらう訳にはいかない。
別に今のさつきの腕力なら自分で運べなくも無いのだが、大物家具を担いで街を闊歩する小学生……無理があるにも程があるだろう。

よって、さつきが買えたのはヤケクソになって選びに選んだふかふかのクッションだけだった。さつきはその後も色々と買い物をした後、廃ビルに戻って魔術の練習をした。結果は……まあ、元から使えた魔術、それを使うことに慣れるのが当面の目的なので、別に目新しいことは無い。魔術発動までの時間が少しは短くはなったが、慣れるにはまだ時間がかかるだろう。



そして次の日、特に何事も無く夜になり、街を徘徊していると何らかの魔力が解放されたのを感じた。

「この感じ……そう言えばあの時も!」

疲れていて周りに気を向けていなかったため全く気にしていなかったが、先日さつきがジュエルシードの暴走体に襲われた一瞬前、確かにこれに似た感じがしたのを思い出した。

(ってことは、ジュエルシードが発動した!? 急いで行かないと! 場所は……あっち!?)

さつきは向かう。自分の夢が叶う可能性に向かって。



《!! ユーノ君!》

《うん、ジュエルシードだ》

《って、この方角ってまさか!》

白い魔導師も向かう。友達の落とし物を集めるために。

(あの子も……いるかな? いるわけないか。でも……
 また、会えるといいな。何でか分からないけど……お話、したいな)

そして、空虚な目をした少女に会いたいという、ほんの少しの期待を載せて。



二人の向かう先……それは、私立聖祥大附属小学校。










あとがき……の前に。

とりあえず、まず質問をば。
フェイトが住んでいたマンションについて、具体的なことを教えて頂けないでしょうか?
確か結界が張られていたなぁ……というのは覚えているのですが、それがどんな結界だったか、他に住人はいるのか、そもそもどうやって手に入れたのか等々を作者は知りません。どうかよろしくお願いします。



あとがき

ようやく書けました。そして自分にほのぼのの才能が無いことを改めて自覚して orz
元々ほのぼの書こうとしてたのに途中で断念して、それでもはちゃめちゃ展開が無いと通常の3倍の時間がかかるって何この設定……;;

これじゃあ尊敬する方々にいつまでたっても追いつけないなぁ……と。
ちなみに僕が特に尊敬しているのは、

今も何処かで小説を書かれていらっしゃるであろう、僕に小説の基礎を教えてくれた
ルウ様。

【まったいら!】
の管理人、平平様。

ここの掲示板に書かれている
【魔法少女リリカルなのはReds】
を書かれているやみなべ様。

【ゼロの使い魔と炎の使い魔】
【リリカルフロンティア】
を書かれている友様。

某所で
【運命を貫く漆黒の螺旋】
を書かれているクラウンクラウン様。

遊戯王小説では、
【冥界の扉】
の管理人、まは~ど様

ですね。いやー、ついこないだまったいら! が更新されましたが、やっぱり格の違いを思い知らされますね。

さて今回、やっとさっちんが普通に(笑)日常生活送れる様になってきました。そして平行世界の部分で伏線フラグ立ちすぎな件について。
図書館って言ったらはやて遭遇フラグだろう! と言う方、申し訳ありません。この時点ではやてと遭遇して上手く使える自身がありませんでした。

それにしても……さっちんの"アレ"ここまでして隠す必要あるのか? と書いてて思いました。もうバレバレだし、でもここぞって時にカッコ付けて描写したんですよね^^; 困った作者です。


取り敢えず、次はようやっとバトル入れそうです。ほのぼのよりは幾分か得意なジャンル……一番得意なのは小細工弄してハチャメチャ展開に持ってくことだけどね^^;;

それと、第0話_cの、さっちんの能力の説明の所、元々考えていたのと説明微妙に違ったので修正しました。いや、もうかなり変わってます。細かいとこまで気にする人は読み直した方が良いです。すいません。

ではでは。今回はこれで。


p.s. このところ1話分が短いので次はもうちょい増やせる様にします。



[12606] 第5話 再びの邂逅(実は三度)
Name: デモア◆45e06a21 ID:8a290937
Date: 2010/07/02 06:09
夜中の学校、というとどこか不気味なイメージがあるが、今現在のここ……私立聖祥大附属小学校にそれは当てはまらない。
"不気味"というのは、まず"わからない"ことから始まる。何がいるか"分からない"、相手が何者か"分からない"、何が起こるのか……"解らない"。

その"ワカラナイ"が不安を助長させて……そこに"分かる"事柄が入ってきたとき、人は大きくなりすぎた不安を爆発させる。

真っ昼間にガシャドクロや、歩く人体模型がいきなり出てきたところで人はそこまで驚かない。いや、驚きはするが恐怖はそうそうしない。
シチュエーションが無ければ、そういう"理解不能"な者達もそこまで恐怖の対象にはならないのだ。

つまり、なにが言いたいのかと言うと、

「……あれだね」

なのは達が学校の校門に着いた時、既にジュエルシードの暴走体は破壊活動を行っていた。見つけない方が困難な位置で。

これでは何がいるか"わかる"、相手が何者か"解らない"までも"分かる"、何が起こるのか……もう起こっている。
シチュエーションも何もあったもんじゃ無い。もしここに誰か一般人が迷い込んでも、恐怖のあまりパニック……にはならないだろう。恐怖はするだろうが、したとしてもそれは"理解不能"なことに対してでは無く、その圧倒的"破壊力"に対してだ。

――――夜の学校、というある意味最高のシチュエーションが台無しだ。


まあ、前置きはこのくらいにしておこう。

「今回は、実態を伴わない、ただジュエルシードが暴走しただけのやつだね」

ユーノが運動場でクレーターを作っている相手を観察しながら言う。
その姿は、なのはが最初に戦った暴走体とほぼ同じものだった。

「じゃあ、ささっと封印しちゃって、これ以上被害を広げないようにしないと!」

なのははそう返し、暴走体に向かって走り出した。同時になのはの胸元の宝石――レイジングハートが輝くと共に、なのはのバリアジャケットが展開され、左手には杖を。
その間も、ジュエルシードの暴走体はやたらめったら暴れているだけで、まだそこまで酷い被害は出ていない。

なのはは自分の射程圏内に入ると、暴走体に向かってレイジングハートを構えた。暴走体はそこでようやくなのはに気が付いたようだが、もう遅い。

《sealing mode》

レイジングハートが封印形態を取る。

「リリカル マジカル!」

なのはが呪文を唱える。
すると、レイジングハートから無数のリボンが飛び出し、暴走体に纏わり付き始める。すると、暴走体の額にローマ数字が浮かび上がる。
既にそれなりに慣れてきた作業。まだ完全に拘束しきって無いが、そんなもの待っている必要も無い。その最後の一言を、なのはは紡ごうとして……

「ジュエルシード、シリアル20、封い」「ちょっと待ったーーー!」

次の瞬間、いきなり乱入してきた少女によって暴走体が校舎に向かって吹き飛ばされた。

「え、きゃっ」

暴走体にからみ付いていたリボンのいくつかは、まだレイジングハートに繋がっていたため、なのははレイジングハートに引っ張られるようにしてつんのめる。
リボンの長さを調節する暇も無く、暴走体はなのはの魔力で編まれたリボンを引きちぎりながら飛んでいく。

「ふう、どうにか間に合った」

つんのめった体制から立ち上がったなのはが、聞き慣れない声の方、先程まで暴走体がいたあたりへ目を向けると、

「……あなたは」

会えるかなとは思っていたが、まさか本当に会ってしまうとは。しかも今回の遭遇は、昨日とは違い明らかに向こうがこの件に関わっているということの証明でもある。
そこには、一昨日の夜出会った、栗色の長髪をツインテールにした謎の少女が居た。






さつきが学校に着いたとき、もう既になのは達はそこに居た。
なのはが一昨日やっていたのと同じようなことをやっているのを見て、これは不味いとさつきは一気に暴走体に近づいて殴り飛ばした。
さつきの思惑通り、暴走体はなのはの束縛を逃れて吹っ飛んでいった。

「君は何者だ!? どうして邪魔をした!!?」

何とか間に合った……と、一息ついたさつきの耳に、そういうユーノの叫びが聞こえて来たためそちらを見ると、なのはもこちらに杖を向けていた。
ビームとかでも打てるのだろうか? とちょっと警戒しつつも、あー、と困ったように頬を掻く。

(いや、どうしてって言われても……)

まあ、それの説明にはとある前提がなければならないため、まずはその裏づけを取る。

「えっと……今やろうとしてたのって、この前やっていた『封印』ってやつだよね?」

そのさつきの言葉に、なのはとユーノは一瞬戸惑いの表情を浮かべた。

《ユーノ君、この子……》

《うん。そこまで詳しくは知らないみたいだ。ここはちょっと任せといて》

なのはとユーノは念話で相談を終えると、再び表情を真剣なものに変えて目の前の少女を見る。

「その通りだ。あれは危険なものなんだ。きちんと封印しないといけない。それを分かっているの!?」

ダイレクトに聞かず、まずは外堀から探っていくユーノ。それに対しさつきは、自分の考えが合っていた事に心の中で胸を撫で下ろした。

(だって、封印って言ったらその力を封じるって事でしょ。封印解除の方法とか分かる訳無いし、だったら封印をやらせるわけにはいかないじゃない)

無論、そのような事を口に出すわけにもいかないさつきは、自分に必要な情報を得ようと質問を返す。

「うーん、有る程度危険っぽいのは分かるんだけど……ねぇ、その封印ってのをする以外にあれを何とかする手って無いの?」

それを聞いたユーノに怒りがこみ上げた。当然だろう。いきなり乱入してきた事情をそこまで知らない人物に、間接的ながら『封印をしないでほしい』などと言われたのだ。それも思いっきり軽く。
だが、それを抑えたユーノに対して、友達思い故に黙っていられなかった人物もいる訳で……

「そんなものは有りまs「あれはユーノ君の落し物なの! 何で関係ないあなたがいきなりそんな勝手なこと言うの!?」っ!?」

なのはは、気づけばユーノの事情も知らないくせに何も説明せずいきなり『封印をするな』と言い出した少女に向かって、彼の言葉を切る形で叫んでいた。
それに慌てたのが一人、

《ちょ、なのは!》

そして、その言葉からも情報を拾ったのが一人

(ジュエルシードはあのユーノってフェレットの落し物。
 まぁ、願いを叶える宝石なんてのがそうそうそこら辺に落ちている訳は無いし、そんなもんだとは思っていたけど……じゃあ、やっぱりあの子達と取り合いになるのか……。
 って事は私泥棒かぁ……今更だけど……)

ちょっと罪悪感がこみ上げてきたさつきであった。

(それに、封印以外に方法が無いってのは、本当なら困ったなぁ……どうしよっか?)




一方、なのははというとユーノに謝っていた。

《ごめん、ユーノ君》

《ううん、いいよ。でも、これからは っ! なのは!》

なのははその声に反応してその場を飛び退いた。すると先ほどまでなのはのいた場所に、放置していた暴走体の放った触手が突き刺さった。

《ありがとユーノ君!》

なのははユーノにお礼を言うと立ち直った暴走体に向かってレイジングハートを向け、次いで先ほどまで少女の居た方を見やる。
謎の少女の方にも暴走体の攻撃はいっていたが、少女は既に避けていた。それを見て安堵の息を吐いたなのはは、暴走体を再び封印しようと動く。

「リリカル マジカル!」


レイジングハートから再び無数のリボンが飛び出す。
それを見たさつきは、そうはさせないと自分の方へ飛んできた触手をつかんで、さながら釣り竿を振るうように思いっきり引っ張った。


「!!」

声こそ上げないが、自分の眼前で暴走体が驚愕の表情をしたのをなのはは見た。
次の瞬間、その暴走体が空に向かってすっ飛んで行った。

いや、空にでは無い。その軌道は垂直では無く、謎の少女の方へと向かって行っている。
それを目で追っていたなのはは、その少女が暴走体の触手を引っ張っているのを見て状況を悟り……

……次の瞬間、その少女の上に暴走体が落ちたのを見て唖然とした。





元々さつきは、暴走体を自分を挟んでなのはと逆方向へ持って行くつもりだった。
だが、暴走体がさつきの頭上一歩手前まで引きつけられた時、一つの誤算が生じた。
さつきに引っ張られていた触手が、ブチ切れたのだ。

体を半回転させていたさつきは自分が引っ張っていたものがいきなり軽くなったため、驚きと共に前につんのめった。
体制を立て直し、嫌な予感と共に振り返った彼女の眼前には……

「へ?」

自分を押しつぶそうとする暴走体の巨体が……





ズドン、という音を立てて地面に衝突した暴走体――その間に少女が挟まれる瞬間を目撃して唖然としたなのはであったが、その後直ぐに笑い事じゃない事態だということに思い至り、オロオロし出す、その瞬間。

――――暴走体が、爆ぜた。

「きゃっ」

《protection》

咄嗟にレイジングハートを目の前に構えるなのはに、その意に答えシールドを張るレイジングハート。
暴走体の欠片(?)は、それ一つで軽々とコンクリの塀を貫通する威力を持つ。そのことは彼女が魔法を手にした日に自分の目で確認している。

咄嗟に張ったシールドが功を成し、なのはの周りは飛来して来た欠片に破壊されながらも、なのはは無傷だった。
――いや、破壊されたのはなのはの周りだけでは無い。爆ぜた暴走体を中心として、そこかしこに穴が開いている。

そして、その中心部に……右の拳を突き上げた格好で、佇む人影があった。
次第に、上空に飛んでいった欠片が振ってくる中、変わらず佇む人影に思わず生唾を飲むなのはは……次の瞬間、その少女の様子がおかしいことに気付く。

(? なんていうか……固まってる?)

その少女は……自らの拳を突き上げたそのままの状態で、呆然としていた。

「え!? わ、わたし、殺しちゃった!!?」

数瞬後、その少女の焦った叫び声が聞こえ、なのはは思いっきり脱力した。





自分を押しつぶそうと迫ってくる暴走体に対し、思わず強烈なアッパーを放ってしまったさつきは、次の瞬間すごい威力で爆発した暴走体に呆然としていた。

鼻先を掠めていく暴走体の欠片に肝を冷やしながら、さつきはこの前見た暴走体は他の生物を依り代にしていたことを思い出していた。と、いうことは……

「え!? わ、わたし、殺しちゃった!!?」

良い感じにパニクってそういう結論に達し、あたふたし始めたさつき。

「落ち着いて。あれは何も取り込んで無い、ただの暴走体だから」

そんなさつきの耳に、呆れたような、力の抜けたようななのはの声が届いた。
その声に一瞬戸惑いながらも、そういえばジュエルシード単体で暴走する場合もあるんだっけ……と、朧気ながら先日の会話を思い出したさつきは、ふうと胸をなで下ろした。

と、さつきの目が自分の近くに落ちた欠片から触手が伸び、あたりに散った欠片を回収し始めたのを捕らえた。
それがけっこう気持ち悪かったので、さつきは引いた。距離を取る。位置的には、若干なのは達の居る方向へ、三角形を作る感じで。







(一体、何がしたいのこの子は……)

それが、なのはの思ったことだった。いきなり出てきて邪魔をしたかと思えばその実ジュエルシードの事をあんまり知らなくて、自分でドジしてあたふたして。
何がしたいのか、全く分からない。

取り敢えず、自身を修復している間に暴走体を封印したらどうなるかわかったもんじゃないので、今はそのままほっといている。

すると、少女が自分たちの方へと下がって来た。体は暴走体へと向いているけど、顔の半分はこっちに向いている。
が、夜ということもあって今まで見えづらかった相手の顔がよく見える距離に来た時、なのはは違和感を覚えた。

(あれ? あの子の目って、紅くなかったっけ?)

なのはの記憶にある少女の目は、宝石の様な綺麗な深紅。だが、いま目の前に居る少女の目は日本人に平均的な茶色だった。
種明かしすると、なのはがさつきの目を見たのは彼女が魔眼を発動させた時のみであり、深紅の瞳は魔眼の証なのだ。更に(反則的に)強力な魔眼は金色に染まるのだが、これはさつきには使えない。つーか使えるわけがない。

しかし、そんなこと知る訳のないなのはがその事に戸惑っていると、少女の方から声がかけられた。

「ねえ、あのジュエルシード封印するの、手伝ってあげようか? 終わった後、ちょっと貸してくれればの話だけど……」

その言葉に、思わなのはは叫び返していた。

「邪魔してる方がそれを言う!?」

一方、もうそこまで来ればユーノには少女の目的を推測することは簡単だった。

「そうか、君はジュエルシ-ドが使いたいのか」

それぞれのなのはとユーノの叫びに、さつきは苦笑して返した。

「やっぱそうなるよね……。全部終わった後に、ちょっとだけ使わしてくれればいいんだけど、駄目?」

苦笑しながらも、小首をかしげながら訪ねる少女に、ユーノが叫んだ。

「駄目に決まってるでしょう!」

その返事を聞いたさつきは、はぁー、と溜息を吐いて、

「じゃあ、あれはわたしが貰っていくね」

視線を一瞬暴走体に向け、言った。
そこにはもう既に、ほとんど修復の終わっている暴走体。

(とにかく、あれを工房へ持って行く! 適当に拘束して、全てはそれから!!)

なのはへの警戒を緩めずに、さつきは方針を決めた。

「させない!」

叫び、なのはは暴走体へと杖を向ける。
なのはが杖を向けた先が暴走体だったことで、さつきはなのはへの警戒を緩めた。

(この距離なら、わたしの方が早い! あいつを捕まえて、一気に離脱する!!)

緩めて、しまった。もう二度も同じような方法で邪魔をされて、対策も立てて無いはずが無いのに。なのはの肩には、もう一人正体不明の不思議生物が居たと言うのに。


「リリカル マジカル!」
「ストラグルバインド!」

なのはの声と同時に聞こえたその声に、さつきはしまったと、急いで体をなのは達の方へ向ける。だが、それも悪手だった。振り返るのでは無く、急いでその場から離れればよかったのだ。

直後、前後左右上下、さつきを取り囲む様に展開された緑色に輝く6つの魔法陣。その魔法陣から鎖が飛び出すのと同時、さつきは急いで目の前の魔法陣を"殴って"壊した。魔法陣というものは只の式であり、実はそんなことしなくても普通にすり抜けることが出来たのだが、そんなこと知らないさつきはそこでワンアクション遅れてしまう。
次の瞬間、前方以外の全ての方向から伸びてきた鎖にさつきは拘束されてしまった。

「くっ、これくらい……!」

だが、そんな鎖での拘束など、さつきの腕力を使えば直ぐに引きちぎることが出来た。力技で無理やり鎖の束縛から抜け出すさつき。
だが、なのはの放ったリボンはもう既に暴走体を拘束し始めている。今からじゃどっちに向かっても間に合わない。
その事を確認したさつきは、自分の足下にあった岩の破片を大きく振りかぶり、手加減してなのはに向かって投げつけた。同時に、叫ぶ。

「避けて!」

岩には、手加減はしつつも軽くコンクリを凹ませるぐらいの威力(砕くぐらいの威力というのは無理だ。岩とコンクリの強度差的な意味で)は持たせておいた。普通の少女なら慌てて避けるだろう。幸い自分の居る場所となのはの居る場所はある程度は離れているし、ちゃんと警告したため避け損ねることは無い筈だ。
その間に自分は暴走体を捕まえて、この場を離脱。それがさつきの思い描いた図式だった。


だが、ここでもさつきは一つ見落としをしていた。
既に先程、この場ではそれとほぼ同等の威力を持つ攻撃が全方位に向かって放たれていたのだ。それなのに、目の前の少女が無傷であるという、事実。少女の周りだけ穴が無いという、事実を。


《protection》

「え゛……」

さつきが放った岩は、なのはの前に突如現れた桜色の魔法陣よって阻まれてしまった。
そして、何事も無かったかの様に作業を進めるなのは。

「ジュエルシード、シリアル20、封印!」

「ちょっと待ってー!」

慌てて暴走体に駆け寄るさつき。その速度は明らかに人間のものでは無かったが、それでも間に合う筈も無く。
学校の中心から、桜色の光の柱が立ち昇り……

さつきの目の前で、暴走体は桜色の光に包まれて、元の青い宝石に戻っていった。







後に残ったのは、ズーンと擬音が聞こえてきそうなぐらいに落ち込んでいるさつき。地面に両手をついて、OTL の形でうなだれている。

「え、えーっと……」

既にジュエルシードを回収し、そんな状態の謎の少女にどう声をかければいいのかわからず戸惑うなのは。
一方ユーノは、先ほど目の前で起こった"あり得ないこと"に混乱し、思考の海で溺死しそうになっていて、それどころではなかった。

(魔法陣を殴るって、一体どうやったらそんなことが可能なんだ?)

やら、

(魔法陣を殴って壊す、そんなことやる意味ってあったのか?
 あの敏捷性があれば、あんなことしなければ避けれたと思うんだけど……)

やら、

(バインドを力任せに引きちぎるってどんな非常識……いや、そもそも人間に可能なのか?)

やら、マルチタスクと呼ばれる分割思考、その全てを総動員して悩みに悩んでいた。




「あ、あのー……」

結局、最初に口を開いたのはなのはだった。目の前で落ち込んでいる少女に声をかける。

「………」

「うぅ……」

かけたのだが、その声に反応した少女のジトーっとした視線に晒され、自分が悪いわけじゃ無いはずなのに縮こまってしまうなのは。

それを見たさつきは、はぁー、と大きなため息をつくと纏っていた空気を霧散させた。
彼女とて、悪者は自分の方だとわかっているのだ。とりあえず、このままここにいるのはよろしくないと考え、踵を返して立ち去ろうとした矢先、

「あ、あのっ!」

意を決したようななのはの声が、再びさつきに届いた。
一昨日のこととか昨日のこととか今日のこととか(あれ? こっち来てから毎日?)で少なからずなのはに対して罪悪感を抱いていたさつきは、その声に動きを止めて振り返り、言葉を返す。

「何?」

今更『何?』はないだろうとは思いながらも、そう言えばなのはも言葉を出しやすくなるだろうと思っての行動だった。

「あ……、えーっと……
 あなたはどうして、ジュエルシードを集めようとしてるの?」

さつきは内心、やっぱりそう来るよね……と思いながらも、さてどうしたものかと思案する。

一応断っておくと、さつきはなのは達になら、自分の身体能力はバレてもいいと思っている。冒頭の前置きを思い出して欲しい。さつきが困るのは、さつき自身が『理解不能な存在』として恐れられることだ。その場合、それを知った誰かが身近な誰かに相談し、噂が広まり、その噂が更に一人歩きして……ということも考えられる。
だが、その異常がまだ『理解可能』な範囲ならどうか。そうでなくとも、彼女達は魔法という非現実に触れている身である。

『吸血鬼』という、何が何だか分からない、詳しくは知らない、理解出来ない存在としてならまだしも、『ただの異常身体能力者』としてなら、なのはも恐怖や不安に駆られて周りに言いふらすことは無いだろうとさつきは踏んでいる。…………多分に希望的観測が含まれているが、こればかりはどうしようも無いのでしょうがない。


それはともかく。
まさか本当の事を言うわけにもいかないし、言ったとしても(記憶を思い出させればまた違うだろうが)信じられないだろう。


何か自分がジュエルシードを集める理由として妥当なものはないものか……と、さつきは表面には出さずに悩んで、ふと何かが引っかかった。

ジュエルシードを集める理由…………ジュエルシードを集める………集め……っ!!?

「ちょ、ちょっと!」

次の瞬間、思わずさつきは叫んでいた。

「ほ、ほえ!?」

いきなり豹変した少女に、なのはは狼狽する。
だが、今のさつきはとにかく必死で、そんなことにも気がつかなかった。続けて叫ぶように尋ねる。

「ジュエルシードって、何個か集めないと使えないの!?
 た、たとえば7個集めて特別な言葉言わないと願いを叶えてくれないとか!?」

………いや、案外冷静なのかも知れない。
元々さつきは、ジュエルシードが願いを叶える魔法の石と聴いて、1つ有れば事足りると思っていたのだ。
だが、複数必要となれば話はまた変わってくる。主に難易度やら罪悪感的な意味で。

「いや、それドラ○ンボール……
 別にそういうわk……ユーノ君?」

なのはが呆れた様に返そうとしたが、いつの間にか思考の海から自力で這い上がってきていたユーノがそれを止めた。
ここらかは任せてというユーノの意思表示に、なのはは頷く。

それを確認してから、ユーノは口を開いた。まずは落ち着いて話を聞いてもらう為に、先ほどの質問に答える。

「別にそういう訳じゃ無い。ジュエルシードは1つでも問題無く発動する。
 というより、暴走体自体がジュエルシードが勝手に発動して暴走したやつなんだからそこから分かるでしょ?
 複数個集めるみたいな言い方をしたのは、そっちの方が大規模な力を得られるからで、別に変な意味は無い」

だが、それでもやはり警戒は怠らず、口調は固い。
その言葉を聞いた少女は、ふぅ、と安堵のため息を吐いた。その少女に、今度はユーノが質問する。速攻で逃げられても困るので、相手が別に応えても害にはならない様なことから聞いていく。

「今度はこっちから質問させてもらいます。
 君はこの世界の人間なのか?」

だが、ユーノの思惑は思いっきり外れていた。その言葉に、さつきは内心かなりドキリとした。
だが、その言葉は『自分の同類か否か』を確認しているのと同意だと判断し、結局

「そうだよ」

嘘を付いた。

(この世界に次元世界の存在は認知されていない筈……それなのにこの子はさも何でもなさそうに答えた……嘘の可能性も高いな)

そう思案しながらも、ユーノは続けて質問する。さつきは既に、離脱するタイミングを逃していた。

「なら、どうやってジュエルシードのことを知ったんだ?
 この世界には魔法技術は無いはずだけど」

「えーっと……ごめんね。一昨日の夜、公園で貴方達が話してたこと後ろの茂みに隠れて聞いてたんだ」

「「え……」」

思わず声を上げてしまうなのはとユーノ。
しまった、油断してた……とユーノは頭を抱えた。だが、それなら色々納得出来る。
目の前の少女があの時話した内容しか知らないのであれば、ジュエルシードの事をそこまで詳しくは知らず、更にその危険性を理解していなくてもおかしくは無い。

更に、あの時の会話から自分が別世界の住人だということを推測するのも難しくは無いだろう。それなら、先ほどの少女の反応にも頷ける。

出来れば今すぐジュエルシードの危険性について話して聞かせたいユーノであったが、今のこの状況を崩して相手に逃げられては困ると思い、情報確保を優先した。
ジュエルシードの危険性については、できればその後、できなければ今度遭遇した時に話して聞かせようと決める。

「……君は一体何者? ジュエルシードを集める理由は?
 この世界に魔法技術は無い筈。それなのに、その異常な身体能力に、一昨日使ったあの力……」

流石に全ては話さないだろうが、それでも何か情報が漏れるかもしれないと思いした質問。だが、流石にそれは行き過ぎていた。

その絶対答える訳にはいかない質問をされたさつきは、この場を区切るのに丁度いいと思い、

「う~ん……、ひ み つ」

悩む素振りを見せた後、そう言って即座に体を回転させ、後ろを向く。そのまま跳び上がろうとして……

「ま、待って!!」

再び、神業的な反射神経で叫んだなのはの必死な声に思わず動きが止まった。
自分で自分に呆れるさつき。額に右手を当てて俯く。
だが、必死な9歳の女の子の声とはそれ程までの破壊力があるのだ。致し方あるまい。

だと言って、さつきは立ち去るのを止めるつもりは無い。なのはに対して半身になり、顔をそっちに向ける。
……因みに、またもやユーノが割り込んできたら思いっきり引っつかんで投げ飛ばしてやると息巻いていた。

その圧迫感が伝わったのか伝わらなかったのか、ユーノは何も言わなかった。

「私、なのは。高町なのは! あなたの名前を教えて!」

今度はすぐさま飛んできた台詞に、さつきは一瞬ポカンとして……思わず、顔が緩んだ。ふふっ、と笑みが漏れる。
どうせこの世界に戸籍は無いのだ。名前から調べたりなど出来ないだろう。
それに、別にそんな考えで訊いてきたのではないことは、なのはの様子から分かる。

妙に嬉しい気分になって、さつきは答えた。

「私はさつき。弓塚さつき。
 じゃあね、なのは。今度は私が貰うから」

言って、跳ぶ。結構近くまで来ていた校舎の窓に足を掛け、更にひとっ跳び。
屋上に降り立ったさつきは、そのまま夜の闇に溶け込んでいった。






後に残ったなのはとユーノ。
二人は、さつきが消えた屋上を見上げていた。

「行っちゃった……」

「うん……」

ユーノの呟きに、なのはが答える。と、なのはがいきなりバタンと仰向けに倒れた。
因みに、バリアジャケットのお陰で痛みは無い。そのバリアジャケットも、自然と解かれ、レイジングハートは宝石に戻る。

「きゅ~~~」

「え!? ちょ、なのは!!?」

なのはが倒れきる直前、器用になのはの肩から飛び降りたユーノが慌てる。
一方なのはは、思いっきり目を回していたが、それだけで、別に危険な状態じゃ無いようだった。そのことに安堵のため息を吐くユーノ。

(やっぱり、馴れない魔法を使うことは結構な負担なんだろうな……それに加えて今日はかなり連続で使ってたし……)

だが、流石にこのままにしておく訳にはいかない。何とかしてなのはを起こして、家に連れて帰らなくては。それに……

「どうしよう、これ……」

つぶやいたユーノの視線の先は、この学校のグラウンド。幸いなことに無駄に拾い運動場だったため、校舎や遊具は被害を受けてはいないが、そこにはかなりの数のクレーター。



結局、クレーターはユーノがシールドをチェーンバインドで引っ張ってならす事で大事にならない程度に何とかし、その後なのはを何とか起こして帰路に着いた。










あとがき

またしても亀。
はあ、補修・再試は終わったけどやっぱりこの土・日以外はマトモにパソコン使えない環境は正直キツかったり……

まあ、今年の3月からはそれは無くなるからまあいいですけど。


さあ、今回はさっちんがなのはと再接触。いやぁ、なのはともっとOHANASIさせたかったけどこの頃でなのはと直接対決は色々と問題があるし、協力関係じゃないからなのはの欲求不満解消させることが出来る様な話し合いの場は実現出来ませんでした。

まあ、最初の頃のフェイトよりはマシじゃあないかと。っていうかユーノの口調が……普段警護や子供口調なのが警戒しながら疑問口調になるとどうなるんだろう? ってのが以外過ぎるぐらい難しかった……。しかもまだ違和感あるっていう……。

そして書き終わった後にまさかの見落としていたクレーター問題…… orz
すまんユーノ、頑張れ。元はと言えば原作のお前があの時結界を張ってなかったのが悪い。

そして結局増えてない文章量……;;
くっ! 次こそは……!!

…………何だこの問題作;;;;;;;;;;

ユーノの口調、こうした方が良いだろっての、あったら言ってください。切実に。




なのはmovie 1st、unlimited blade warks、いよいよ公開されましたね。僕はまだ見てませんけど、近いうちに必ず両方とも見に行きます。
せめて Fate がアニメの様な体たらくをしていない事を願って……!! いやもう、UBWルートで駄目作品だったらどうなのよそれっていう……1時間47分という時間に不安を感じざるを得ない。
vs慢心王までの流れとか、その中身とか、10分ぐらいに凝縮されてるんじゃないかと思ってしまう。

だが、それでも imitation は神だと思った! あれって、1番が士郎、2番がアーチャー意識の曲ですよね。どう考えても。そしてやっぱり Phantom minds も流石奈々さんと言わざるを得ない。



[12606] 第6話 本を借りる時はきちんと中身を確認せよ
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2010/07/02 06:10
朝。とても良い天気である。太陽は既に昇り切っていて、小鳥達も賑やかに鳴いている。

「う~ん……」

そんな中、ベッドの中で可愛らしいうなり声をあげる少女、高町なのはと、その上に乗っかっているフェレットのユーノ。

「なのは、朝だよ、そろそろ起きなきゃ」

「ん~、今日は日曜だし、もう少しお寝坊させて~」

なのははユーノの呼びかけに、まだ半分眠ってる風に答える。
しかし、もういくらなんでも起きなければいけない時間だ。ユーノは根気良く呼びかけた。

「なのは! ねぇ、起きないのねぇなのは!
 なのは! お~いなのは! なのはってばぁ……」

と、漸くなのはは起きる気になったのか、ベッドに仰向けになり、掛け布団を腕でどける。すると、その上に乗っていたユーノは必然、そこから転げ落ち、更に上から掛け布団に押しつぶされた。

「うぅ~わぁ ぐぅ……」

それを知ってか知らずか、なのははそちらに反応を示さずに自分の胸元にかかるレイジングハートを掲げた。

《Confirmation》

すると、レイジングハートが今まで集めた分のジュエルシードを映し出す。
今現在回収し終わったのは、シリアル13、16、17、20、21の5つ。魔法と出会って一週間の成果とすれば、まずまずだろう。
だが、なのははそれらが消えた瞬間、疲れたようなため息を吐いた。

「なのは、今日は取り合えずゆっくり休んどいた方がいいよ。
 特に昨日は一段とハードだったんだから」

そのため息を聞き取ったユーノが、なのはに諭す。

「うーん、でも……」

だが、根が優しい、優しすぎるなのはは、そこに躊躇いを見せる。
だが、ここはユーノも引く訳にはいかない。何と言っても、これは自分が巻き込んだことなのだ。なのは結構無理をして頑張ってくれているのは分かっている。分かっているからこそ、ここは引けない。
それに、なのはが躊躇っている理由のもう一つ、気にしているあの娘のことだって、ハッキリ言って今は経過を待つしか無いのだ。

「今日はお休み。もう5つも集めて貰ったんだから。少しは休まないと持たないよ。
 あの娘の事だって、急いだところで何も変わらないよ?

 それに今日は約束があるんでしょう?」

「うぅん……そうだね」

ユーノにそこまで言われ、なのはは少し明るい声で返す。
優しく、友達思いとは言え、やはりまだ女の子。人の為に疲れた体を動かすのに、抵抗が無いというのは嘘になるだろう。自分の時間だって欲しいのだ。

「じゃあ……今日はちょっとだけ、ジュエルシード探し休憩ってことで」

「うん」

納得してくれたなのはに、何故かユーノの方がほっとしていた。






さて、その少し後、そことはまた違う場所、駅前に続く通りを弓塚さつきは歩いていた。その顔は期待に満ちている。

目的はとある喫茶店。正確には、その喫茶店にある極上のシュークリームである。

昨日のことは残念だったけどジュエルシードはまだあるっぽいし、うだうだしてても仕方無い! とばかりに、さつきは折角の休日を楽しむことにした(ちなみに、あまり早く出すぎて不審に思われるといけないので、廃ビルを掃除したり生活に必要なものをピックアップしたりして時間をつぶしていた)。

そして、その手始めに選んだのが以前罪悪感といたたまれなさでゆっくりと味わうことの出来なかった、それなのにそれでもとてつもなく美味しかったシュークリームであった。

と、そこで通りかかった公園で、子供達がサッカーをやっていた。
いやもう、これがかわいい。小学校低学年ぐらいの子達が、元気いっぱいにボールを追いかけて回しているのだ。色々と和む。
どうやら結構きちんとした試合らしく、選手達は皆ユニフォームを着ており、両チームにはマネージャーと監督らしき人達もいた。

(?)

さつきは片方の監督の一人の後ろ姿にどこかで見たことがあるような気がした。だがぱっと出て来なかったので、別にいいやと試合の方へ視線を戻す。
すると、丁度気になった監督の方のチームのゴールへ、ボールが飛んで行った。
これは入ると思われたその時、キーパーの男の子が横っ飛びで見事そのボールを掴んでいた。顔は土で汚れたが、かなりかっこいい。

「おー!」

さつきは思わず拍手した。やはりこういうものは見ていても楽しい。

いやはや、いい物が見れたと、前半戦が終わったところでさつきはその場から立ち去ろうとする。が、

「……は?」

あるものを見て、動きが止まった。

(いやいや、あなたたち何歳よ?)

さつきの視線の先、そこでは先程ゴールを守った少年がマネージャーの少女からタオルを受け取っていた。それだけならまだいい。
問題は、その二人が発する雰囲気だ。
女の子の、しかも三年間も片思いをくすぶらせ続けていたさつきは分かる。あの少女、男の子に気がある。しかもさつきの勘が正しいなら、その逆もしかり、だ。
更に言うとその二人、明らかにデキてる。

(な、何てうらやましい……って、あなたたちどー見ても小学生低~中学年でしょ。
 早い! 早すぎるって!! その歳ならまだお遊びレベルでしょ!? 何なのその雰囲気は!? ガチですよね!? どー見てもガチですよね!!?)

もう何だかとんでもなく悔しくなったさつきは、腕で目を隠しながらそこから足早で立ち去った。





「ん?」

友達との約束――自分の父親、高町志郎がコーチ兼オーナーをしているサッカーチーム、翠屋JFCの試合の応援――のため、月村すずか、アリサ・バングニスと共に公園に来ていた高町なのはは、
視界の隅を何やら気になる人影が通りかかった気がしてそちらに目を向けたが……

《どうしたの、なのは?》

もうそこには誰もいなかった。

《ううん。なんでもない》

そうユーノに返し、なのはは始まった後半戦に視線を戻した。




なのはが意識を試合に戻したのを確認し、ユーノも再び試合に視線を向ける。
だが、その頭の片隅では、常に例の少女の事を考えていた。

(ハッキリ言って、今の状態で彼女とぶつかり合うのは得策じゃ無いな……
 彼女の戦闘能力は凄まじい。あのパワー、スピード、直接なのはを潰しに来られてたら多分確実に負けてた。

 それをしなかったのは……やっぱり、油断してたのか……なのはが9歳の女の子だったから抵抗があったのか……
 後者の場合、そんなに悪い子じゃ無いだろうって事になるんだけど……

 そもそも、目的がハッキリしないことが一番の問題だ。ジュエルシードを手に入れることが目的だろうけど、それは最終的な目的の為の過程でしか無い。
 元々この世界には魔法が無いんだから、もしかしたらジュエルシードなんて使わなくても別の魔法を使えば叶う願いだってことを知らない可能性もある。
 何とかして目的を聞き出せれば、交渉を持ち込んだりも出来るんだけどなぁ……)

はあ、とユーノは心の中で溜息を吐き、更に頭の痛くなる事に思考を移した。

(それに、何だってレイジングハートから彼女と初めて会った日のデータが全て消去されてるんだ……しかも僕名義で)

そう。あの後、なのはがダウンしてしまった後、レイジングハートがダウンしてしまったマスターの代わりに、ユーノに質問して来たのだ。

《Who is she?(彼女は誰ですか?)》

と。
自分のマスター達は知っていて、自分が知らない彼女を疑問に思ったレイジングハートが自分から質問しなければ、その事実はいつまで立っても闇の中だっただろう。
幸い、暗示に対するプロテクトのデータは記録では無い所に保管されていたので無事だったが、この現象はどう考えても説明が付かない。
様々な要因に頭を悩ませながら、ユーノは平和な一時を楽しんでいた。





「う~、こうなったら自棄食いしてやる~」

翠屋に着いたさつきは、扉を押し開ける。カランコロンという音に誘われて、奥からこの間の従業員の女性が出てきた。

「あらいらっしゃい。今日もお一人?」

どうやら向こうもさつきのことを覚えていたらしい。

「はい。ここのシュークリームがとても美味しかったので、また来ちゃいました」

「まあ、嬉しい。さ、こっちへどうぞ」

さつきは案内されたカウンター席に着くと、差し出されたメニューを断った。

「今日はシュークリームを食べに来ただけですので、メニューは要りません」

さつきがそう言うと、女性は本当に嬉しそうに微笑んだ。

「まあ、うちのシュークリームを食べるためだけに来てくれたの? 嬉しいわね。
 ……あっ、それじゃあ、少し時間掛かってもいい? 出来たて食べたくない?」

その女性のまさかの提案に、さつきは心底驚いた。

「えっ!? もしかして、あのシュークリーム、貴女が作ってるんですか?」

「ふふ。そうよ」

これにはビックリ。てっきり一介の従業員かと思っていたのに、まさかそんな人だったとは。
それに、その提案は大歓迎だ。さつきには、時間など山ほどあるのだから。

「お願いします! 3個程!」






(……しまった。この展開は予想して無かった)

さつきはシュークリームにかぶりつきながら、はてさてどうしようかと悩んでいた。
ちなみにシュークリームはやはり絶品だった。シューの焼き加減、食感、香り、クリームの程よい甘さ、その味、一つ一つだけでも素晴らしいのに、それらが絶妙にマッチしている。
別に評論家でもないさつきからしてこの感想なのだ。やみつきになりそうだった。

まあ、それはそれとして。
気を緩めれば頬が緩み、口を滑らせそうになるのを押さえ、さつきは考える。
原因は、カウンターの向こう側で、両肘を付いた手の上に頬を乗せてこちらを眺めている女性。

どうやら今は他に客もおらず暇らしく、ちょっとした世間話でもしないかということらしい。
それに一も二もなく頷いた自分を、その直後呪った。これからされる会話を直ぐさま予想出来なかった自分が恨めしい。
前回自分はこっちに引っ越して来たと言った。なら、話は自然とどうして引っ越して来たのか、何処から来たのか、学校は何処か、両親はどんな人か等へ進んで行くだろう。
ハッキリ言って、さつきにはそんなに上手く嘘を付くスキルは、無い。

いざとなったらまた暗示でも使うか……と考えるさつきであったが、話は彼女の想像もしなかった方向へ進む。

と、女性が口を開く。

「そう言えば、まだお名前聞いてなかったわね。私は高町桃子、ここ、喫茶『翠屋』のパティシエールをやっているわ」

(? あれ?)

さつきは今の言葉に若干違和感を覚えたが、何だったのかは分からなかった。
さつきは昨日もこの"高町"という性を聞いていたのだが、既になのはの名前は知っていたためそこまで記憶に残っていなかったのだ。
若干釈然としないものを抱えたまま、さつきは返す。

「あ、はい。わたしは弓塚さつきって言います」

「さつきさん……良い名前ね。しっかりしてるけど、何歳?」

桃子のその問いに、さつきは少しドキリとするが、橙子の言葉を思い出して、いまの肉体年齢を言った。

「えっと、9歳です」

「まあ、うちの一番下の子と同じ」

(? あれ?)

さつきは今の言葉に若干違和感w……

(って、はぁぁ!!?)

「お子さんいるんですか!!?」

(しかも最低でも2人で下が9歳!!?)

さつきは目の前の女性をまじまじと見る。
若々しい。若々しすぎる。

(だめだ。20代半ばにしか見えない)

さつきが驚いてる最中、桃子はいたってニコやかに口を開いた。

「ええ、3人」

その言葉に、さつきは椅子からずり落ちた。

「あら、大丈夫?」

それに驚いた桃子が身を乗り出して来るが、さつきの驚きはそんなものじゃ無かった。

(そっかー公園のあれもこっちの世界じゃ普通のことなんだそうなんだ。
 この世界の人は多分10歳前半でもう子供作っちゃうんだ確かにもうその頃になると出来なくも無い筈だしそうだそうなんだそうに違いない)

「あ、あハハハハハハハ……」

何やらとてつもなく間違った知識を得そうになっていたさつきだった。







落ち着いたさつきは改めて話を聞き、別にそういうことじゃ無いことを知った。
ついでに目の前の女性が年齢の割に若々しすぎることも、3人中2人が養子であることも知った。

そのときのさつきは、もう驚く気力も無かったという。


「あれ? じゃあこの間仲良さそうにしてた男の人って……」

そこでさつきは以前この店に来たときの事を思い出す。確かあの時、明らかに桃色空間を作っていたこれまた若い相手がいたはずだが……

(ま、まさか不倫相手!?)

さつきがその可能性に行き着いたと同時に、桃子から答えが出された。

「え? ああ、士郎さんね。彼はここのマスターで、私の夫。
 今は公園で彼が監督しているサッカーチームの試合に行ってる筈よ」

(あ、そうなんだ。それならなっt……)

その答えにホッと安心したさつk

(って、ちょっと待った!)

「あ、あのー、桃子さん、彼の年齢、教えて貰っても?」

「? ええ、37だけど?」

またもやずり落ちそうになる体をようやく立て直し、駄菓子菓子、体に力など入らずそのまま机に突っ伏すさつき。

(い、色々とおかしいこの家族……)

桃子の「さつきさん!? 大丈夫!!?」という声を遠くに聞きながら、さつきは脱力した体に力を込める気も起きなかった。





それから数分後、再起動したさつきと今度は本当にたわいもない世間話(主に引っ越して来た(と思われている)さつきに桃子がこの町のことを話していた)をした後、昼前になってきたので桃子が店の仕事をし始めないといけなくなったためお開きに。
さつきはもうとっくにシュークリームは食べ終えていたのでそのまま町に繰り出すことにした。

「じゃあ桃子さん、お勘定お願いします」

「はいはい」

その時桃子が提示した金額は明らかに安かったが、折角の厚意をフイにするのは失礼かと思いそのまま受け取った。




外に出たさつきは、さーて次は何処行こうかなー等と考えながら、ふと胸の奥にわき起こって来た寂しさに苦笑する。

(やっぱり、何だかんだ言って人とのふれあいっていいもんだよね……
 ……あーもう辛気くさい! こんな機会これからいくらでも有るんだからっ!)

そう考え、彼女は寂しさを胸の奥に押し戻した。そう、"押し戻した"。今まで通りに。
消えた訳では無い寂しさは、確実に蓄積されていく。彼女自身も知らぬ間に……

ゲーセンでも探そっかなー、等と考えながら、さつきは翠屋を後にした。




高町桃子は、忙しくなり始めるであろう(特にとある"予約"の為)今からに備えて準備しながら、先程会話していた少女――さつきのことを考えていた。

(さっきはさつきさんの雰囲気に流されて全然気にして無かったけど……
 彼女、大人び過ぎてるのよね……雰囲気とか……会話の内容とか……)

先程さつきが驚いた時の会話内容は、どれも"ある知識"が無いと驚けないところだろう。
いや、周りとの違いに驚くことは出来るだろうが、あの驚きようはそんなものじゃ無い。

(一体何処であんな知識付けて来たのかしら、9歳の女の子が。
 全く、最近の子供は早熟で困るわ……まさか、なのはもそうじゃ無いわよね?)

桃子の思考は、店に客が入ってきたことによって中断された。




そして、こちらはなのは組。
丁度今試合は終わり、結果は2-0で翠屋JFCの快勝だ。特に翠屋JFCの失点が0だったのには、キーパーの活躍がとても大きい。

「「「「「うおおおおぉぉぉぉおぉ!」」」」」

「「やったー!」」

周りから翠屋JFCのメンバーの声が聞こえる。相手チームは、がっくりと肩を落としたり苦笑したりしているが、そこにドロドロした暗いものは無い。
スポーツというものは、特にこの世代は、勝っても負けてもすっきり爽やかに終われるものだ。

相手チームとの挨拶も終わり、みんな監督の前に集まった。
監督である高町士郎が、みんなに聞こえるように声を張り上げる。

「おーし! みんな良く頑張ったー! 良い出来だったぞ、練習通りだ!」

「「「はい!」」」(←もっと多いけど割愛

メンバーの元気な声にニッコリ笑い、士郎は雰囲気を崩して更に叫ぶ。

「んじゃ、勝ったお祝いに、飯でも食うか!」

「「「いえーーーーー!!」」」(←更に多いけd(ry



そんなこんなで翠屋JFCメンバーを引き連れた士郎と、それに便乗させてもらったなのは達がやって来たのは当然のことながら喫茶『翠屋』。

そう、もう分かっている人も多いだろうがこの高町なのは、父親を喫茶『翠屋』のマスター、高町士郎と、母親を喫茶『翠屋』のパティシェール、高町桃子に持つ三人兄弟の末っ子なのである。

翠屋JFCのメンバーは中で食べ放題の食事で食事中、なのは達は軽食の後外のカフェテラスでおやつのケーキと紅茶を前にして座っている。
そしてその丸机の真ん中には……若干諦めた様な顔をしているユーノが。

「……きゅ……」

見ると、少しばかり顔が引きつっている。

「それにしても、改めて見ると何かこの子フェレットとはちょっと違わない?」

「うっ」「きゅっ」

アリサの言葉に、小さく呻くなのは&ユーノ。

「そう言えばそうかな? 動物病院の院長先生も、変わった子だねって言ってたし」

「にゅ~」「きゅ……」

続くすずかの言葉に、唸るなのは&ユーノ。

「あーえっと、まあちょっと変わったフェレットってことで……んほらユーノくん、お手っ!」

「きゅっ!」

そして、何とか誤魔化そうと焦って無理のあり過ぎる行動に出るなのは&ユーノ。つーかユーノ、何でそんなに気合い入れるんだ。

「ぅわーーぁ!」

「うわぁ、可愛い……」

そしてそれにまんまと釣られるアリサ&すずか。もう知らん。ユーノも既に完全にあきらめ顔。

「んんーん、賢い賢ーい」

そう言って頭を撫でるアリサ、それに便乗して撫で始めるすずか、それに引きつった笑みを浮かべながらされるがままになっているユーノ。

《ごめんねユーノくん》

某ちび○子(←伏せ字になってない)の様な口調で謝るなのは。

《だ、大丈夫……》

これまた引きつった声で返すユーノ。一種のカオス空間がそこにはあった。


カランコロン

『翠屋』の扉が開き、翠屋JFCのメンバーが店から出てきた。
メンバー達は翠屋の前で整列する。

「「「ごちそうさまでしたー! ありがとうございましたー!」」」(←もっとo(ry

その前に、店から出てきた士郎が立つ。

「みんな、今日はすっげーいい出来だったぞ! 来週からまたしっっかり練習頑張って、次の大会でも、この調子で勝とうな!」

「「「はい!」」」(←もっt(ry

「じゃ、みんな解散! 気をつけて帰るんだぞー」

「「「ありがとうございましたー!!」」」((ry

バラバラに散ってゆくチームメンバー達。周りから

「じゃーなー」「またなー」

等聞こえて来る中、一人だけ自分の鞄のポケットを漁っている男の子が居た。
先程の試合で大活躍だった、キーパーだった少年だ。

と、捜し物が見つかったのか、その少年は何かをポケットからつまみ出した。
それは……紛れもなく、ジュエルシードの一つ。

数秒間、その綺麗な輝きを見つめていた少年は、

「ふふっ」

笑って、それを自身のジャージのポケットに仕舞った。


(!?)

「あっ…………」

なのはは、今一瞬視界の端に映った光景に反応した。なのはの目の前を、キーパーだった男の子が歩いている。なのはは、その男の子を目で追いかける。
なのはは、少年が何かをポケットに入れる瞬間を見た気がした。それが青い輝きを放つ何かで、ジュエルシード程の大きさだった様な……気がした。

確信が持てず、どうしようか迷って動けないでいるなのは。

「お疲れ様~」

「お疲れ様」

その視線の先で、その男の子は後ろから追いかけてきた女の子と合流して歩いて行ってしまった。

(気のせい……だよね……)

そう結論付けるなのはだったが、やはり不安は拭えず、その表情は暗い。

「はー、面白かったー。
 はいなのは!」

と、いきなり自分の名前を呼ばれ、なのはは慌てた。

「へっ?」

と意識を自分を呼んだ張本人、アリサに向けると……

「きゅ、ぅ、ききゅぅう~~」

そこでは、弄られすぎて目を回したユーノが差し出されていた。

「さて、じゃあ、私たちは解散?」

言いながら、アリサは自分のバスケットを抱える。

「うん、そうだね~」

すずかも鞄を取り出した。

「そっか、今日はみんな午後から用があるんだよね」

「ぅふ、お姉ちゃんとお出かけ」

「パパとお買い物!」

なのはの言葉に、すずか、アリサの順に嬉しそうに答える。

「いいね、月曜日にお話聞かせてね」

そんな二人に、なのははユーノを肩に乗せながら羨ましそうに言った。

「おっ、みんなも解散か?」

「? あっ、お父さん!」

と、そんな中いきなり聞こえてきた声に一瞬戸惑うが、すぐにその声の主が判明し、なのはは嬉しそうに呼びかける。

「今日はお誘い頂いて、ありがとうございました」

「試合、かっこよかったです」

「あぁ。すずかちゃんもアリサちゃんも、ありがとなー応援してくれてー。
 帰るんなら、送ってこうか?」

アリサが礼儀よくお礼を言い、すずかが褒めた。
士郎がそれにお礼を言い、ふと提案するが、

「っぁ、いえ、迎えに来て貰いますので……」

「同じくですー」

こう言われては仕方がない。

「そっか。なのはは、どうするんだ?」

士郎は今度はなのはに向き直り、たずねる。

「んー、お家に帰って、のんびりするー」

「そおか。父さんも家に戻って、ひとっ風呂浴びて、お仕事再開だ。一緒に帰るか?」

士郎はなのはのその言葉に苦笑しながらも、一つ提案をした。

「うん!」

それに元気に応えるなのはであった。


「「じゃーねー!」」

「また明日ー!」

お互いに遠ざかる友人に手を振り、分かれるなのは達。
そんななのは達を微笑ましそうに眺めていた士郎が、ふと気付いた様になのはに訪ねた。

「なのは、また少し背伸びたか?」

「むっ、お父さん、こないだも同じ事聞いたよ。そんなに早く伸びないよー!」

だが、その言葉になのはは呆れてしまう。

「ふふっ、そーか。ははっ」

実に微笑ましい光景が、そこにはあった。





二人で仲良く歩く少年と少女、少年のポケットの中で、ジュエルシードが一瞬だけ、強く輝いた。




帰ってきたなのはは、自分の部屋に戻ると、即ベッドの上に倒れ込んだ。

「はふ」

と、そこでユーノが注意する。

「なのは、寝るなら着替えてからじゃなきゃ」

「んー」

ユーノのその言葉に反応し、ノロノロと起き上がるなのは。
そしてそのまま――――服を脱ぎだした。

「ひぁっ!」

それに慌てたのがユーノ。大急ぎで後ろを向く。その背筋はピンと伸びていた。
そんなユーノも気にもせず、なのはは下着姿になるとその上から近くにあった寝間着を着ていく。

「ユーノくんも一休みしといた方が良いよ~」

「ははぃぃ」

「なのはは晩ご飯までお休みなさ~い」

そう言うと、なのははそのまま倒れ込んだ。
少しして、もう問題無いと確信したユーノは振り向く。そして枕に顔を埋めるなのはを見て、心配そうな顔をした。

(僕がもっとしっかりしてれば……)

慣れない魔法、自発的では無く、突発的に用意されるそれを使わなければならない状況、それに加えて昨日のイレギュラー出現による魔法の連続使用……
いや、例え昨日、あの弓塚さつきと名乗る少女が現れなくても、恐らくなのははもういっぱいいっぱいだっただろう。

(僕が、もっと……)

ユーノは表情を真剣なものに変え、なのはの机の上に登った。その脇には、なのはに借りて貰った吸血鬼に関する本の数々……
何故かは分からないが、何故かユーノは吸血鬼(それ)に関する知識を得ることが今しなければならない事だと思った。

因みに、その本の題名だが、吸血鬼のお○ごと、ヴァンパ○ア・ガーディアン、ヴァ○パイア特捜隊、ヴァンパイ○騎士、ロザ○オとヴァンパイア、ダンス イン ○ ヴァンパイアバンド、
FORTUNE ARTE○IAL、ゼロの○い魔外伝 タバサの冒険、とある魔○の禁書目録 2巻、ネ○ま!? 、○.gray_man、 etc...(*注.全て小説。この世界には有るんです!




高町邸でユーノが本の内容に頭を抱えている頃、翠屋JFCのキーパーの少年と、マネージャーの少女は未だに帰路の途中に居た。
マンション等が立ち並ぶビル街のど真ん中で二人で横断歩道の信号が赤から青に変わるのを待っている所だ。

自然と、少女の方から言葉が漏れる。

「今日の、凄かったね」

「いや、そんなこと無いよ。ほら、うちはディフェンスが良いからね」

「でも、格好良かったぁ」

そんなやり取りに、赤面する少年。それを少女は嬉しそうに見ている。
と、ふと少年が声を上げた。

「あ、そうだ」

「え?」

少年はジャージのポケットをゴソゴソと探り、目的の物を取り出した。

「はい、これ」

「わあ、綺麗……」

少年の開いた掌の上には、蒼色に光るとても綺麗な石。

「ただの石だとは思うんだけど、綺麗だったから」

「ぅわぁ……」

少女が嬉しそうな顔をするのを見て、満面の笑顔になる少年。
そして少女が、少年の掌の上に自分の手を置いた、その瞬間…………………………


「え!?」「ぅわあ!?」



…………………………蒼い宝石、ジュエルシードは発動した。


自分たちの持っていた石が急に強い光を放ったと思ったら、いきなり地響きがして、自分達の周りを黄色い光が包み込んで、
周りからは常識外れの巨大な木の根が生えて、周りを破壊しながら自分たちを持ち上げて、自分たちはお互いに抱き合って…………少年と少女が意識を保っていたのはここまでで、全てが終わった後には、その事すらも忘れていた。




強い魔力の発現――ジュエルシードの発動を感知して、なのはは目を覚ました。
起き上がると、ユーノに呼びかけられる。

「なのは!」

「気付いた!?」

言うまでもないだろう。なのはは急いで床に落ちていた服に着がえた。


自分の娘がドタドタと階段を駆け下りて来る音に、風呂に入っていた士郎は声を何とも無しに呼びかける。

「何だ-、なのはー、一緒に入るかー!?」

「ごめんお父さん、また今度ー、ちょっとお出かけして来まーす!」

「そっか、行ってらっしゃい」

少し残念そうに、士郎は呟いた。



なのははジュエルシードの発動を感じた近くのマンションに着くと、その屋上に登った。

「レイジングハート、お願い!」

《Stand by, Ready.》

なのはの体がバリアジャケットに包まれる。
準備の整ったなのはが眼下を覗くと……

「あぁっ!」

いや、覗くまでも無かった。そこには既に、明らかにジュエルシードの起こしたものであろう現象が目に見えていた。

「酷い……」

なのはの視界に映るのは、巨大な木々。そこら中にあるマンションやビルより尚巨大な、異常に大きな木々であった。
その木の幹が、根が、道を破壊し、車を吹き飛ばし、ビルを破壊しながら成長を遂げていた。
木の巨大さが幸いしたのか、木と木の間にはかなりの差があり、被害を免れた物件もそれなりに有るが、それでも酷い有様だ。

「多分、人間が発動させちゃったんだ。強い思いを持った者が、願いを持って発動させた時、ジュエルシードは、一番強い力を発揮するから」

「ぁっ!」

その時、なのはの脳裏に蘇る記憶。今日、翠屋の前で、男の子がジュエルシードらしき物をポケットに入れていた……

(やっぱり、あの時の子が持ってたんだ。私、気付いてた筈なのに……、こんな事になる前に、止められたかも知れないのに……」

途中から、心の中の声が口から出ていた。
別にそうじゃ無いかも知れない。やっぱりそれはなのはの勘違いで、それとは全く関係の無い、別のジュエルシードが発動しただけという可能性も、無いわけでは無い。

「なのは……」

だが、そんな事言える雰囲気では無かった。ユーノが口に出来たのは、ただただ、なのはの名前を呼ぶ事だけ。
先程、自分がしっかりしなければと思った所なのに、それから直ぐに失敗の連続、ユーノは自分の無力さに腹が立った。

沈黙が、辺りを包み込む。

が、突然レイジングハートが輝きだす。なのはの魔力光――桜色に。
それの意味する所を理解して、ユーノが声を上げる。

「なのは?」

「ユーノくん、こういう時は、どうしたら良いの?」

「え?」

ユーノが見上げた先には、何かを決意した顔の、なのは。

「あっ」

「ユーノくん!」

「ああ、うん。
 封印するには、接近しないとダメだ。まずは元となってる部分を見つけないと。
 ……でもこれだけ広がっちゃうと、どうやって探したらいいか……」

悩む様な声を上げるユーノに、なのははただ、確認する。

「元を見つければいいんだね?」

「え?」

ユーノの声を尻目に、なのははレイジングハートを前方に構える。
だが………

《……………》

「レイジングハート?」

いつもなら直ぐに応えてくれる筈のレイジングハートが、応えてくれない。

《Must not do it.(いけません。)》

「どうして!?」

予想外の返答に、なのはが叫ぶ。

《Even for free, the body of the master is a limit now.(ただでさえ、今のマスターの体は限界です。)
 If you use the Area search that the big burden in such a state, you will fall down on the way.(その様な状態で負担が大きな広域探索を使ったら、その途中でマスターが倒れてしまいます。)》

「……っ!」

レイジングハートの言葉に、ユーノは歯噛みする。なのはに既に、自分も使えない様な広域探索の魔法を使う資質が有るという事実にも驚きだが、ユーノは、レイジングハートの言葉が恐らくは真実であることを理解出来てしまった。
魔力は問題では無い。むしろ彼女の魔力は有り余っている。だが、今問題なのは魔法を扱う時に直接体に掛かる負担だ。こればかりはどうにもならない。
だが、それになのはが納得する筈も無く。

「大丈夫だよそれくらい! レイジングハート!」

《……………》

必死に呼びかけるが、レイジングハートは沈黙を保つ。

「ユーノくん!」

なのははユーノに助けを求めるが、

「なのは、元となったジュエルシードを地道に探していこう。今はそれしか……」

「っ! ユーノくん!!」

ユーノのその返答に、なのはは絶叫に近い声を上げた。
今の彼女の心の中は、(こうなったのは自分のせいだ、早く何とかしなければ)という脅迫観念じみたものに支配されている。
ユーノはそんななのはを痛ましそうに見つめ、自分の無力さを再び痛感していると……

「基点が分かればいいんだね!?」

救世主の声が聞こえてきた。





さつきは、翠屋を出た後そこら辺をうろうろしていた。省きすぎだと言うかも知れないが、本当にそんな感じなのだから仕方がない。
ゲーセンなんて突発的に探した所でそうそう簡単に見つかる訳も無く、しかも思ってみれば今の自分の体型(9歳児)でゲーセン等に居ると色々と問題があると思い直し、
かと言ってする事も何も無いのでぶらぶらと公園のベンチで寛いだり、通りがかった古本屋で立ち読みしたり、コンビニで良策っぽい週刊誌に目を付けたり、お腹が空いたらファミレスに入ったりしていた。

「ん-、何か、無駄に時間があるってのも問題だよねー」

ぼやきながら、まあ、追っ手を警戒しながら裏路地を這い回るよりいいけどと苦笑する。

(でもまあ、本当に暇だよ。前は、休日と言えば学校の宿題をやったり、家でごろごろしながら遠野君のことを考えてたり、遠野君に会えないかなー、何て思いながら街に出たりしていたけど……)

自分で考えながらブルーになっていった。ちなみに彼女、女友達と一緒に遊びに行ったり等はしていない。
彼女はクラスのアイドル的な存在だったが、それは彼女が志貴に良く見られたいと頑張っている内に自然とそうなっていっていただけで、そういう付き合いで獲得したものでは無いのだ。
いつも笑顔で明かったのも志貴に振り向いてもらうため、常に周りに気を配ってたのも志貴に好印象を持ってもらうため、根が良い娘なのも手伝って、彼女が自然にクラスのアイドルになっていくのに、そんなに時間はかからなかった。

(遠野くん……)

さつきの瞳は、既に遠い所を見ていた。ふと現実に帰り、はぁ、と溜息を吐く。
すると瞬間、高密度の魔力が解放されたのを感じた。

「っ!!」

(これは、ジュエルシード!)

吸血鬼化していくこの体を、元に戻せる可能性、あの日常、家族と過ごし、友達の輪に入り、何より先程まで思い描いていた志貴と、再び会う事の出来る可能性。その手がかりに、さつきは感知した方を急いで振り向いて、

「え……………」

瞬間、言葉を失った。
さつきの目に映るのは、巨大な木々。少し離れた場所にあるビルの、その上を越してもまだ成長を続ける、幾本もの巨大な木。地面も、気付かない方が可笑しい程に揺れている。

「これは、木を依り代に暴走した……?」

見た目でそう判断しそうになったが、さつきの"とある感覚"が、必死に違和感を訴えていた。
これは……

(世界が、異常を感じてる……? じゃあ、まさかこれって結界!?)

さつきは自身の持つ"とある物"のお陰で、世界の異常に異常なまでに敏感なのだ。そしてその感覚は、目の前の木が一種の結界だということを訴えていた。
そして、その感覚は正しい。あの木々は、『ずっと二人で一緒に居たい』という"二人分"の思いを元に発動した、"二人だけの世界"を護る結界なのである。

(ちょっと信じられないけど、これが結界なら、その一部を壊せば……)

驚くのも数瞬、さつきは人気の無い通りを選んで駆けだした。程なく、木の根元の一つにたどり着く。周りには、痛々しい破壊の跡。

(酷い……)

この分だと、死者が出ても可笑しく無いだろう。少なくとも、重傷者ゼロなんて事は無い筈だ。
さつきは、胸にわき上がる憤りを発散する為に拳を腰溜めに構え、思いっきり、手加減無しで目の前の根っこを突き上げた。

―――――瞬間、街が震えた。

「え、きゃっ!」

自分の拳の破壊力が巻き起こした惨事に、驚いて体勢を崩すさつき。
彼女の放った拳の威力は、木の根を伝い、地中に浸透し、繋がっている木を振るわせ、他の根にも伝達させ……結果的に、そこら一帯に局地的な地震を発生させたのだ。
何やら遠くから、ガラスの割れる様な音と、人の悲鳴が聞こえた様な気がする。

(……………)

さつきはあんまり気にしない(現実逃避する)事にして、自分の行動の成果を確認した。
だが……

「嘘……」

そこにあったのは、僅か罅が入っただけだったという事実。木の根っこ丸ごと吹っ飛ばすつもりだったのに、と目を丸くする。罅はそれこそ木の根の大半に及んでいるが、それでもこれは予想外だ。
だが、

「まあ、結界なら、これぐらいの罅が入れば後は自然に解けるよね」

そう、それが普通の結界なら、一カ所が壊れればそこから連鎖的に壊れて、結果結界全体が消滅する。
そう、それが"普通の結界"なら。

「っ嘘!?」

さつきの目の前で、それは一瞬にして修復されてしまった。
基点から魔力が流れ出たと思ったら、それは一瞬で木の根を通して到達、これまた一瞬で木の根は元通り。

「これは……基点をどうにかしないとダメっぽいね……」

さつきは頭を抱えた。まさかジュエルシードの力がこれほどまでとは。いや、むしろ"願いを叶える宝石"なのだからこれぐらいの事は出来て当然か。と、自らの見通しの甘さを呪った。

さつきの頭の中に、甘い声が響く。それは、『基点は分かっているのだから、そこに向かってジュエルシードを回収すればいい』というもの。
だが、それだとこの木々はそのままだろう。この木は結界の一種、なら、基点を破壊ないし封印すれば、この木々は消える。
だが、さつきにジュエルシードの封印は出来ない。破壊など、何が起こるか分からない。

『別に、この世界は自分の世界じゃ無い。全てが上手く行けば、この世界とはおさらばしちゃうんだから、別にどうという事は無い。困ってるのも元々赤の他人だし。
 それに、こっちでジュエルシードに色々やって、上手くいったりいかなかったりっていう結論が出てからなのはに渡せばそれでいいじゃん』

またもや甘い誘惑がさつきの頭の中に響く。それだと木々はしばらくそのまま、木の根などに邪魔されて救出作業等が困難を極める事になってしまうだろう。

だが、それは本当に甘い誘惑で……

(………)

さつきの頭の中に、向こうの世界で、橙子たちに会う前の三週間の記憶が蘇る。毎日裏路地を彷徨い、日に当たる事も出来ず、人々からは恐れられ、廃ビルや、裏路地の隅で寝た日々……

(みんな……)

家族や友人の顔がちらつく。あの暖かい空間に、もう一度自分も入りたい……

(遠野君……)

志貴の顔が浮かんでは消えてゆく。その顔は、本当に優しそうで、お人好しそうで……いや、実際にとても優しくて、お人好しで…………

(っ! ………………………………………)

数秒、沈黙が訪れる。さつきは俯いていて、周りからその表情は探れない。

やがて、俯いていた顔を上げると、思いっきり叫んだ。

「あーもう! もしかしたら最後のチャンスかも知れないのにー!!」

まあ、普通に考えて"願いを叶える魔法の石"なんてものがそう10個も20個もある訳が無いのだから、"普通に考えれば"これが最後のチャンスになっても可笑しくは無いだろう。
実際は、21個も有るのだが。

叫んださつきは、幾分かすっきりした顔で前を向いた。

「まあ、ここまで首突っ込んどいて後は帰ってゴロゴロしてるってのも後味悪いし、とことん付き合ってあげようじゃない」

その顔には、名残惜しさはあっても迷いは無かった。

兎に角、自分一人では何も出来ないのだ。となれば、まずやることは一つ。
さつきは、手近なビルの屋上までいつもの方法で飛び上がり、そこから更に思いっきり跳躍して辺りを見渡した。

「…………………………いた!」

探しものを見つけたさつきは、人々の視線が集中しているであろう木々の上を避けてビルとビルの間を飛び移り、探していた人物――高町なのはのいるビルの屋上へと向かう。
だが、ここに近づいて行くと共に、何やら揉めているようなのが見て取れた。

(こんな時に何やってるのよ)

思いながらも、足は止めない。
そこにたどり着く直前、なのは達の会話がさつきの耳に届いた。

「…………ん!」

「なのは、元となったジュエルシードを地道に探していこう。今はそれしか……」

「っ! ユーノくん!!」

そう言うことか。さつきは確信し、

「基点が分かればいいんだね!?」

言葉と共に、降り立った。




聞き覚えのある声に、なのはとユーノは後ろを振り返った。
そこには、

「貴女は……」

「さつき……ちゃん?」

昨日自分たちとジュエルシードを取り合った、弓塚さつきがいた。
その事実に、自然と警戒してしまう二人だったが。

「ああいや、今回のジュエルシードはあなたたちにあげる。
 わたしじゃこれはどうにも出来ないし、流石にこれをほっとく訳にはいかないし……ね」

その様子を見たさつきが、急いで弁明する。
自分の言った事に気まずそうに視線を逸らして頬を書くさつきに、なのはとユーノは首を傾げるが、取り敢えずの警戒は解く。思えば、向こうからわざわざ目の前に姿を現すメリットも無いのだ。

そして、先程の言葉……なのはは期待と共に、言葉を発した。

「もしかして、ジュエルシードの位置が分かるの!?」

「うん」

なのはのその言葉に、さつきは何ともなしに頷く。なのはは直ぐに食いついた。

「教えて! 何処にあるの!?」

必死ななのはに、若干後ずさりながら、さつきは違和感の中心――自分の向いている方角を指さす。
なのはは急いでそちらを見て、さつきの指の延長線上に自分の体を割り込ませ、その延長線沿いにレイジングハートを構えた。

「方向さえ分かれば……後は!」

「ここからじゃ無理だよ! 近くに行かなきゃ! それに……」

先走ろうとするなのはを、ユーノが諫める。更に言うとユーノは、さつきの言葉を信用出来ていなかった。

「出来るよ! 大丈夫!」

だが、そんなユーノなど露知らず、なのはは先を進めようとする。

「そうだよね……レイジングハート……」

だが、何とも無しに話しかけたレイジングハートに、

《It is impossible.(無理です。)》

即答で否定されてしまった。

「………………………………………」

まさか否定されるとは思っていなかったなのはは、そこで固まってしまう。

「……え? 何で!? ここからでも届かせられるでしょ!!?」

《The reason is the same some time ago.(先程と同じ理由です。)
 Please mind a little one's body.(もう少しご自分の体を省みて下さい。)》

「そうだよなのは。それに、どうしてこの世界の住人である筈のさつきさんが、ジュエルシードの位置なんて特定できたのかも分からないし」

レイジングハートに続き、ユーノにまで押さえられてしまった。なのはは、悔しそうに俯く。
そこでユーノは、さつきに視線を向けた。その視線の意味を理解したさつきは、何とも無しに答える。

「わたしって、こういうのに少しばかり敏感なの。だから分かっちゃうんだよね」

だが、それでもユーノは納得しない。

「『こういうこと』? 魔法技術の無いこの世界で「ユーノくん?」っ!」

反論しようとしたユーノの言葉を、さつきが遮った。

「先入観って、いけないと思うよ」

「!? ? !!?」

さつきの言葉に混乱するユーノに対し、さつきは心の中で(嫌な性格になったなー)と苦笑していた。
そして、黙ってしまったユーノに変わり、なのはに話しかける。

「ねえなのはちゃん、近づければ何とかなるの?」

「うん……」

それになのはは元気の無い声で返すが、

「じゃあ、私が連れてってあげる。」

「え!?」

さつきのその声に、なのはは再び顔を上げた。と、もう既にさつきは目の前に居て、それに驚くと同時に体を浮遊感が襲って……

「え? え!?」

次の瞬間、なのははさつきに抱えられて空中へダイブしていた。なのはがされているのは、所謂"お姫様抱っこ"というやつだ。
いきなり飛び降りられたなのは&ユーノはというと……

「ほ、ほえぇぇぇ~~!」「きゅ~~!」

お互いに叫んでいた。少しの浮遊感の後、さつきが降り立ったのは木の枝の一つ。そこからその上を猛スピードで駆けて行く。
わざわざそんなことをするのは、人の目があるからだろう。少なくともこれなら、下からは見えない。

だが、浮遊感が消えたことでなのは&ユーノが落ち着いたかと言えば……

「は、早い早い早すぎるーー!」「きゅ~~!」

なのははさつきに、ユーノはなのはに必死でしがみついていた。気分はさながらジェットコースターだ。
と、そこでさつきは思いついた。

「ね、ジュエルシードって全部でいくつあるの?」

「へ?」

突然の質問になのはは戸惑った声を上げるが、

「答えないんなら、この話は無かった事に……」

「21個! 21個です!!」

さつきの言葉に、必死になって答えてきた。
その、想像以上に大きな数字に驚くと同時に、なのはの様子にさつきは何とも申し訳無い気分にされるが、質問は続ける。

「それで、なのはちゃんたちは今まで何個集めたの?」

「5個!」

「ありがと。ほら、着いたよ」

「早っ!」

なのははお姫様抱っこの状態から木の枝に降ろされると、ふらふらしながらもなんとか立っていた。というか、余計体力を使った気がするのは気のせいだろうか?
ユーノなんか、思いっきり目を回している。先程の会話に彼が割り込まなかった理由も、ここにある。

「これって……」

「この子達は……」

なのはとさつきが前を見ると、そこには繭の様な物に包まれた少年と少女。二人は抱き合って、気を失っている様だ。
なのははそれを見て、自分の想像が確信に変わり、
さつきはそれを見て、この結界の意味を理解した。

理解した……のだが。

(……違う)

さつきの中に、何かがわき起こって来た。

(こんなのは、違う)

それは、純然たる、憤り。

(この子達は、こんなのを望んでたんじゃ無い)

ずっと、自分のが実らなかったためであろうか。

(こんな、この子達の気持ちを弄ぶような……っ!)

さつきは今朝の事を思い出す。あの時のこの子達は、本当に幸せそうだった。そんな幸せに、こんな方法で茶々を入れたジュエルシードに対して、八つ当たりだと分かっていてもなお怒りがわき起こる。

「消して……」

「え?」

唐突にさつきの口からこぼれた言葉に、なのはが疑問の声を上げる。

「早く、消して。こんなの……」

「………」

決して大きな声じゃ無い。だがなのはは、その言葉に言い知れない威圧感を感じた。
そして、さつきの瞳を見たなのはは、そこに何を感じ取ったのか、無言でレイジングハートを構える。

《sealling mord》

レイジングハートが封印形態を取り、

「リリカル マジカル!」

なのはが呪文を唱える。

「ジュエルシード、シリアル10、封印!」

そして、辺りは光に包まれた。


木々が消えた直後の道の隅。そこに二人の人影があった。いや、性格には二人と一匹の。

「ありがとなのはちゃん、あれを何とかしてくれて。じゃあね」

「待って!」

早々に姿を眩まそうとするさつきを、なのはが呼び止めた。

「どうして、あなたはジュエルシードを欲しがるの? 今日の見たでしょ? これはこれだけ危険なんだよ。
 もしかしたら、他の方法でも……」

「それは無理だよ」

背を向けたまま言うさつきに、なのはは尚も食い下がる。

「だからどうして!? 理由を教えてよ……」

「秘密って言ったでしょ。それにねなのは、今回はたまたま協力したけど、今度ジュエルシード見つけたらその時は必ずもらいに行くから。
 わたしはジュエルシードが欲しい。あなたもジュエルシードを集めてる。なら、わたし達は所謂敵同士ってやつ。話し合いの余地なんて、無いよ」

固い声で、まるで拒絶するかの様にそれだけ言うと、さつきはなのはの止める声も聞かずに姿を眩ました。




「色んな人に、迷惑かけちゃったね……」

「え?」

家への帰り道。なのはは凸凹になった道路を歩きながら、ポツリと呟いた。
あの後程なく目を覚ましたユーノは、なのはの呟きに反論する。

「何言ってんだ。なのはは、ちゃんとやってくれてるよ!」

暗い顔をしているなのはに、ユーノはなのはの肩から声を掛ける。直接声を届けられるため、ユーノは周りに人がいないことに感謝した。

「私、気付いてたんだ、あの子が持ってるの。でも、気のせいだって思っちゃった」

なのはの独白。なのはの足は止まり、その場に座り込んでしまう。

「なのは。……お願い、悲しい顔しないで。元々は僕が原因で……。
 なのははそれを手伝ってくれてるだけなんだから。」

こんな事しか言えない自分に、ユーノは今日何度目か知れない憤りを感じた。本当に、自分が無力で、無力で……

「なのは! なのはは、ちゃんとやってくれてる!」

今だって、こんな事しか言えない。

「今日の事だって、さつきちゃんが居なかったら、どうなっていたか……」

「………」

なのはの言葉に、何も返せなくなるユーノ。暫く、無言の時間が続いた。




―――――自分のせいで、誰かに迷惑がかかるのは、とても辛い。

     なのははそう思い、ユーノの手伝いを始めた。

     しかし、これからは。

     自分なりの精一杯じゃ無く、本物の全力で、

     ユーノの手伝いでは無く、自分の意志で、

     ジュエルシード集めをしよう。―――――――――――――――


なのははその日から、そう胸に誓った。

                         (もう絶対、こんな事にならない様に……)







―――――夕暮れの道、そこをお互いに肩を貸し合いながら歩いてゆく少年と少女を、とある少女が、後ろから静かに見守っていた。










あとがき

ようやっと更新出来ました! 第6話! なのはの見せ場とクライマックスを全部掻っ攫っていったさっちんに乾杯!(爆
いやー、アニメでジュエルシードが封印されたと同時に木々が消えるっての、
すっごい違和感あったので自分なりに納得出来る理由を付けてみたら、何か妙にマッチした流れに出来そうだったもんで採用したんですが……いやぁ、思いついて良かった。
はあ、はやくなのはに『さっちん』って呼ばせたい……

そしてやっと文章量増えた! 亀なのは相変わらずだけど!!(銃声
何といつもの2倍! 今までで一番多かった第0話_cよりも長いです!! やっぱり一話分丸々書くと長いですねー。

さて、一昨日から春休みに入ったうちの学校ですが、実は今まで僕寮生活で(土日しかパソコン触れなかったのそれが原因)、遂に寮から追い出されてしまったので、荷物の整理とかで忙しいんですよ。つー訳で、長々と待たせた末に申し訳ありませんが、次の話、3~4日で更新とかは無理っぽいです。
それに何かこの話よりも長くなりそうだし……だってフェイト出るし。もしかしたら1週間越すかも。いや、もしかしたら2話に分けるかも知れません。そーすれば大丈夫……いや、何だかんだ言って結構時間無かったりするからなぁ……

あ、そー言えば、the movie 1st、見に行きましたよー^^
いやあ、感動した!! アニメでは見れなかったプレシアの過去が有ったのが何よりも良い!! 泣いた!! バトルシーンも熱い!!! SLB格好いいよSLB

そしてなのは! 一つ突っ込みたい!!

……あの、非殺傷設定使ってますよね? 何か砲撃で手すりとかビルそのものとか吹っ飛んでるんですが……;;;



[12606] 第7話 どっちにとっても色々理不尽
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2010/07/02 06:10
夜の闇の中、金色の光がとあるビルの屋上に降り注いだ。
それを遠目に見た者は、ある者は雷かと思い、ある者は目の錯覚かといかぶしんだ。
やがて光が消えると、そこには代わりに少女がいた。少し離れた所には、オレンジ色という、普通では考えられない格好をした狼もいる。
少女の方も、ツインテールにした金髪、黒を基調とした、肩までしかない薄手の服、ズボンは無く、腰の辺りにスカート代わりとでも言うように巻かれている布の着いたベルト、
太ももまで届いている、これまた黒い靴下、それに黒い手袋と赤い裏地の黒いマントを着けているだけという、十分普通では考えられない格好だったが。

もうシリアスで続けるかギャグで行ってしまった方がいいのか迷う展開だが、今暫くシリアスをお楽しみ頂きたい。

少女の黒いマントが、夜の風にたなびく。そんな中、不意に少女が口を開いた。

「ロストロギアは、この付近にあるんだね?
 形態は蒼い宝石、一般呼称はジュエルシード……」

狼が少女を見つめる。端から見ればただそれだけ。だが、その狼と少女との間で、何らかのやり取りがあった様だ。

「そうだね。直ぐに手に入れるよ」

その少女の言葉に呼応するかの様に、狼が吠えた。





一方、こちらはお馴染みさっちんこと弓塚さつき。今夜もジュエルシードを探して夜の街を行く……のだが。

「うぅー、何で見つからないのー。
 21個も有るんでしょ21個も! 発動前のジュエルシードの一つや二つそこら辺に転がっててよ!!」

無茶を言うな。そしてたとえそこら辺に落ちてたとしても幸運ランク無表記のあんたじゃ絶対見逃す。

(これまでの経緯からいって、わたしの場合、ジュエルシードが発動しちゃってからじゃぁ目的達成するのはかなり難しいのに。
 逆に、まだ発動してないジュエルシードだったらすっごい簡単になるのになぁ……)

心の中でグチグチ言いながらも、至る所に注意を向け続ける。
だが、暗くなった街の中、女の子が一人であちこちキョロキョロしながら歩いているのは、どう見ても迷子である。よく通報されないものだ。

(んー、やっぱりさっき一瞬光が見えたとこ行ってみようかな。
 雷にしては空に雲は無いし、音も無かったし。ネオンライトの明かりとかだったとかだったらお笑いだけど、別にこのまま成果が無いんじゃ同じだし……)

と、さつきがそんな事を考えながら先程何やら光が見えた方向へ注意を向けると……

「え!?」

思わず叫んでしまった。丁度注意を向けていた時だったから気付いたであろう、違和感。元からあったのではなく、今、この瞬間に発動したからこそ気付けたそれは……

(世界の異常……結界が張られた!?)

だが何故、とさつきは思考する。

(ジュエルシードの反応は無かった。だからこれは、ジュエルシードと戦闘になって張ったものとか、ジュエルシード本体が張ったものじゃ無いみたいだけど……。
 じゃあ、やっぱりこの世界には魔術師が居て、その人が張った……? この間あれだけの事が起こったから、調査に来ちゃったのかなぁ?)

考えながらも、さつきの足はそちらへと向かっていた。
ジュエルシード絡みなら好都合だし、魔術師絡みでも、そっち方面へ接触出来るのならしといた方が良い。どちらにせよ、さつきには行かないという手は無かった。




「ここ……だね……」

さつきがたどり着いたのは、一つのマンションだった。中々に高級そうな、全面ガラス張りのマンションである。
結界は、そのマンション全体を包み込む様に張られていた。そのつもりで見ると、何やらマンション全体がうっすらと金色に光っている様に見えるが、真偽は定かではない。
さつきは、そのビルに手をつきながら考えた。

(マンション全体を結界で包み込んだ? まるでマンション自体が結界の境界線みたい……。
 もし魔術師の方だったらこのマンション自体が工房だってことになるんだろうけど……)

と、そこまで考えた時さつきの脳裏に何故か、マンションの壁を突き破って刀を構えた式が降ってくるヴィジョンが浮かんだ。

(……? 疲れてるのかな……?)

まあ、それはともかく。

(うー、ここが魔術師の工房なら、入って外敵と思われたら危険……なんだよね?
 『伽藍の堂』も橙子さんの工房らしいけど、そんな危険な感じしなかったけどなぁ……)

さつきは魔術師の工房、というものをよく知らない。
入ったらそりゃあもうとてつもなく危険、ということは知ってはいるが、
自身の工房もきちんとしたものでも無く、他人の工房の仕掛け等も見たわけでも聞いたわけでもないさつきは、いまいちその実感が沸かなかった。

(……まあ、何とかなるよね)

もし本当に魔術師の工房だったら軽率というのも生ぬるい思考で、さつきはマンションの中へ入っていった。




遠見市のとあるマンションの一室、そこでソファーに座って目を閉じる金髪の少女がいた。
長い金髪をツインテールにしたその少女は、服装は違えど間違いなく、先程ビルの屋上で佇んでいた少女である。
その姿は今度はきちんとした服装で、一見普通の少女と変わらない様に見えるが……やはりというか何と言うか、その姿は普通では無かった。
何と言っても、彼女の真下で、金色の魔法陣がこれでもかと言うように自己主張しているのである。

「フェイト、まだ初日なんだし、今日のところはそれぐらいにして寝ておいたらどうだい?」

ソファーの隣で寝そべっている狼が口を開いた。そこから零れるのは、紛れもなく人の言語。
話しかけられた少女――フェイトは、目を閉じたまま返事を返す。

「うん。でも、もう少しだけ」

その返事に、狼は溜息を吐いた。
このご主人様は、こう言いながらもいつまでたってもこの作業を続けるに決まっているのだ。

(全く、広域探索の魔法なんて、ただでさえ負担が大きいって言うのに……)

しかし、自分がいくら言っても無駄だと分かっている狼は、諦めて自らの前足の上に顎を乗せる。
ならばせめて、例え無意味でも、ずっとフェイトの側に居るつもりだった。

しかし、それにしても何もやることも無いので、人より敏感なその耳は、部屋の中が異常なくらい静かな事もあり、無意識的に周りの音を敏感に拾っていた。

と、その耳がこの部屋に近づいて来る足音を捕らえた。
別に珍しくも無い。ここはマンションなのだから、そんなことはしょっちゅうある。
その足音がこの扉の前で止まった。それもまだいい。向かいの部屋の住人かも知れないし、もしかしたら先程会った"管理人"という人間が何らかの用事で来たのかも知れない。

――だが。

(!!?)

その人物が呟いた言葉に、『結界』やら『魔術師』やらという単語が混じっているのは聞き逃せなかった。

《フェイト!》

急いで、己の主人に念話を送る。

《どうしたの、アルフ?》

返ってくるフェイトからの返答。わざわざ念話で呼びかけた意味を察したのか、返事も念話だった。
それに狼――アルフは、要点をかいつまんで早口で伝える。

《扉の前に、人が居る。多分魔導師だ》

《それだけで魔導師って決めつけることは……》

《喋ってる言葉の中に、『結界』とか『魔術師』とかいうのが混じってんのさ!》

「――っ!」

アルフの言葉に身を固くするフェイト。直ぐに展開している魔法を解除し、立ち上がる。

「バルディッシュ、セットアップ」

《Yes, sir. Get set》

小声で呟かれた言葉に、反応するのは彼女の填めているグローブ、その右手の甲に着いている金色のプレートだった。
同時に、彼女のバリアジャケット――冒頭の姿――も展開される。その右手には、彼女の身の丈ほどもある、戦斧の様な形状をした杖が握られていた。

《フェイト、どうするんだい?》

《相手の目的が分からない。踏み込んでくる前にここから離脱するのが一番かも》

早速臨戦態勢を取っている自分の使い魔に、フェイトは冷静に返す。
ジュエルシード関係なら黙っている訳にはいかないが、偶々この結界に気付いた魔導師かも知れないし、もしかしたら自分が転移してきた所を見られて野次馬で来ただけかも知れない。
交戦を仕掛けた場合、前者ならまだ良いが、後者ならそれで荒事になったらとんだ馬鹿だ。

《でもさ、ワタシ達がここに居る……ってかそもそもこの世界に居るって事を知ってる奴なんて、そうそう無いよ。
 言っとくけど、声はあの鬼婆のでも元々あり得ないけどリニスのでも無かった》

《だからこそ、ここで不用意に接触して、泥沼になるのは避けた方がいい。そこの窓を突き破って、離脱するよ》

尚も戦る気まんまんなアルフを宥めて、フェイトは体を窓の方へ向けた。飛び立つ為に、足に力を込める。

――だが。

《………フェイト》

《何、アルフ》

《今、扉の前のやつが"ジュエルシード"って言葉を口にしたんだけど》

「――っ!」

アルフのその言葉を聞くと同時、フェイトは体の向きを変え、離脱する為に溜めた力を扉へ向かう力へと変えた。床からそれほど離れてない空中を、駆ける。
既に手元にあるバルディッシュの先からは、まるで死神の鎌の様に彼女の魔力光である金色に光る刃が突きだしていた。

《アルフ! 封時結界を!》

《了解!》

マンションを覆う形でドーム型の結界が展開されると同時、フェイトは扉に向けてバルディッシュを振るう。振り終わったところで、非殺傷設定に切り替える。
崩れた扉の向こうにフェイトが見たのは、自分とさほど変わらないであろう背丈をした、茶髪をツインテールにした女の子。
その少女は、意表を突かれた様に硬直している。

「はあっ!」

取った、と思いながら、フェイトは容赦無く返す刃で少女に斬りかかった。




結界の中に入ったさつきは、早速迷っていた。
結界の内部に入るとハッキリ世界の異常を感知出来た。が。

(基点が……無い?)

いや、実際は基点が無い訳では無く、この結界自体が一個の基点の様なものなのだが。
何はともあれ、基点のある場所へ向かうつもりだったさつきは、そこからどうすればいいのか分からなくなってしまったのである。

(うーん、ここまで来てただ返るってのは嫌だし……そうだ!)

と、さつきは見方を変えてみた。すると……

「うっわ」

思わず頭を抱えるさつき。何故わざわざ見方を変えるまで気付かなかったのか。
彼女が感じたのは、魔力。なのはもそうだが、魔力を内包する物は、見れば、強大なものになれば近くにあるだけで分かる。
魔術師同士が互いを認識出来るのはそのためで、普段は魔術回路を閉じて魔力を持たない普通の人間でも、一度魔術回路を開けば同じ魔術師には一目瞭然なのだ。

まあ、今回は周りが同じ魔力で編まれた結界で覆われていたことで、そこまで気にしていなかった故なのだろうが、
一度注意して魔力を感じてみると、居るわ居るわ。大きな魔力をダダ漏れにしている存在が(広域探索をしているため)。

因みに。なのはの時もそうだったが、今回さつきが感じた魔力も、並の魔術師なら何の冗談だとでも言うであろう量だったのだが、
彼女がこれまでマトモに会ってきた魔術師と言えば、青崎橙子とキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグのみである。
橙子はともかくとして、魔導元帥とも言われ、更には魔法使いであるゼルレッチの魔力が少ない訳も無く、ついでに言うとさつき自身の魔力も……
まあ、"もっとも魔法に近い大禁術"を、念じただけでさほど苦もなく展開出来るだけの量があるのだ。なのはや今回の魔力を感じても、わぁ、大っきいなー程度にしか感じて居なかった。
そこら辺の『平均的基準』を教え忘れたのは、明らかに橙子とゼルレッチのミスであろう。

何はともあれ、行き先の決まったさつきは早速エレベーターを使ってマンションを登り、その部屋の前へと向かった。
ちなみにかなりの高台である。エレベーター見える景色もかなり良い。マンションの中も清潔そのもの。本当に良い物件だ。
魔力の感じられる部屋の前に着くと、さつきはさてどうしようかと考え始めた。

「うーん、この中にこの結界張った人が居るとは思うんだけど……こっからどうしよう?
 その人が魔術師で、ここがその工房なら、わたしがここに居る事はもうバレてる……よね。橙子さんも、部屋に着く前にわたし達の事に気付いてたって言ってたし」

ぶつぶつと呟きながら少し俯き、顎に手を添えて考え込む。そのせいで、先程から感じていた魔力が弱まったのにも気付かない。

「……どうせバレてるんなら、もうそのままノックしちゃう? でも、そっからどう接すれば良いか……いきなり攻撃とかはされないだろうけど……
 ……そもそも、本当に魔術師なのかな? ジュエルシードも無かったし、結界の外と内でさほど変わった様子も無かったから魔術師だろうって結論付けたけど……
 それにしてはさっきのダダ漏れの魔力と言い……ってあれ?」

そこまで言って、さつきは先程程の魔力がもう感じられなくなっている事に気付いた。そのことに疑問を感じると同時、

「っ!?」

周りの色が、色の配色がおかしくなる。所々、モノクロのまだら模様が蠢いている。いや、どちらかというと色の有る方がまだらだ。
だが、それをさつきが認識する間もなく、事態は急転する。

さつきの目の前の扉が崩れ落ちる。それはまるで、何かで斜めに斬り崩された様で。

「え!?」

「はあっ!」

次の瞬間、そこから飛び出してきた少女に、さつきは逆袈裟に斬りかかられた。

「きゃっ!?」

だが、それを直前に察知したさつきは、急いで斬りかかられた方とは逆に……左手の方向に体を蹴る。
手を顔の前で交差させていたり、顔を背けたりはしているが、それでも硬直しなかったのは今まで何度も代行者の攻撃を臆さず殴り飛ばしていたからだろう。

だが、いきなりだった事もあり結構思いっきり跳躍したさつきは、直後バランスを崩す。
マンションの床に足が着いたと同時、さつきは強引に体を前に倒し、片膝を着き、片手を着いてスピードを殺した。同時に、前を睨む。

さつきの視線の先には、先程いきなり自分に斬りかかってきた少女がいた。距離にしておよそ9~10メートル。
薄手、というにも行き過ぎな格好で、マントを羽織り、手には死神の鎌の様な杖を持つ、漆黒の少女。
その少女は、驚きで目を見開いていた。バランスを崩している間に追撃が来なかったのは、どうやらまさか躱されるとは思ってなかったからのようだ。
さつきが構えているのを見て取った少女は、気を取り直して油断無くその手の杖を構えた。

その目を見て、さつきは体を強ばらせる。

(深紅の瞳――魔眼!?)

悟ると同時、さつきは飲まれない様に自分も吸血鬼の目を使用する。だが、本当はそんなことする必要は無かった。何故なら、それは"魔眼などでは無かった"のだから。
結果、少女の方がさつきの魔眼に飲まれ、身動きが取れなくなってしまう。
別にさつきが何かの命令を送った訳では無い。吸血鬼等の人外の魔眼は、魔術回路を持たない人間など目を合わせただけでその発せられる魔力に飲まれてしまう程の威力を持つ。
まあ、威圧感に萎縮する様な感じなので、心の持ちようでどうにでもなるのだが。

その少女の様子に、さつきは違和感を覚えた。

(魔眼に当てられた? って事は、この子魔眼持ちでも無く魔術師でも無く……)

見ると、こっち側よりもなのは側と言った方が納得出来るような格好でもある。さつきがそこまで納得しかけた時、

「うおおおぉぉぉおおぉお!」

少女の頭上を飛び越えて、一匹のオレンジ色の狼がさつきに飛びかかってきた。

(……え?)

その奇怪な生物に、さつきは一瞬反応が遅れ、気を取り直した時には既に狼は目の前。

(くっ!)

だが、それでもまだ自分ののスピードなら躱せる。そう判断し、直ぐにバックステップで距離を取ろうとするさつきであったが……

「え!? 嘘っ!」

ここでまたバランスを崩してしまった。

さて、ここで物理のお勉強をしよう。物体と物体には、静止摩擦係数、動摩擦係数と言う物がある。
それらの値はそれぞれの物体によって異なり、上に位置する物の質量と併せて摩擦によって生まれるエネルギー量を計算出来る。
摩擦とは、物体Aが他の物体Bを擦った時に物体Aに返ってくるエネルギーであり、摩擦係数が少ないとその返ってくるエネルギー量も少ない。
まあ、理屈で説明するよりも、感覚で理解した方が早いだろう。要は、ゴムの上で鉄板をスライドさせるのと、氷の上で鉄板をスライドさせるの、どっちが手に力がかかるかという問題である。
そして、ここでもう一つ問題が存在する。まあ、簡単に言えば、この返ってくるエネルギー量、それぞれの物体同士毎に上限があるのだ。

そしてそして、これが一番の問題なのだが、さつきのスピードは、目の前の少女やなのはみたいに魔法の力で体を空中で動かすものではなく、"純然たる身体能力によるもの"だということだ。
つまり、さつきは足の裏(靴)で地面(床)を擦り、その返ってきたエネルギーで移動しているという事になる。
何もおかしな事では無い。体重移動やら何やらの問題もあるが、普通にみんなが歩く、走る、前方、後方に飛ぶ等の時に行っている事だ。
ただ、普通の人間なら、これで返ってくるエネルギーが"摩擦力の上限を超えることは無い"。

だが、今回さつきが期待した自分の体に返ってくるエネルギー量は、これを上回っていたのだ。木の上やアスファルト上ならともかく、今さつきがいるのは綺麗に掃除された高級マンションの廊下。
そして、返って来たエネルギーが期待していたエネルギー量よりも少なく、なおかつその分のエネルギーはさつきから見て前方に逃げるとすれば……当然、バランスを崩す。
まあ、少々大げさだが、氷の上でバックステップしようとした。みたいな物だと考えて欲しい。原理は同じだ。

先程少女から距離を取ったときに"9~10メートルしか"跳べなかったのも、その時にバランスを崩したのも、さつきはいきなりだったからだと思っていたがこれが原因である。
まあ、様は………

(ここの廊下ツルツル過ぎるーーー!)

こういう事である。
まあ、何度も言うが、"普通の力なら"何の問題も無いので、マンション側に責任は無い。

さて、バックステップしようとしてバランスを崩すとどうなるか。
当然、背中から床に倒れる。しかも、そうなったさつきの前には飛びかかってきたオレンジ狼。必然、避けられる筈も無く、さつきの両腕はその狼の前足で押さえられてしまう。

「くぅ……」

呻くさつき。実際、この程度なら力ずくで抜け出せる。だがさつきはそれをせず、思わず目をつぶってしまった瞬間に魔眼を隠した。
だが、それも次の瞬間にはまた唖然とした表情になる。

「あんた、フェイトに何をした!」

何と、狼が喋った。

(……えーっと、最近、喋る動物が流行ってるのかな?)

何かもう色々と疲れた様な気がするさつきだったが、冷静に今の状況を整理し始めた。





「アルフ、そのまま押さえておいて」

さつきの目から解放され、動ける様になったフェイトがアルフに……いや、その下に組み伏せられている少女に近づきながら言った。

「フェイト、大丈夫なのかい!?」

そのフェイト声に、アルフは少し焦った様な声で返す。その目はずっと魔導師を睨み付けている。

「うん、大丈夫」

そうは言いつつもフェイトは先程の現象について頭を悩ませていた。

「嘘をお言い! アタシはあんたの使い魔だ。アタシのご主人様の事は、ラインを通じて少しだけだけど分かる! 何だったんだいさっきのは……」

そう、アレは一体何だったのか。フェイトもアルフも、それが気になっていた。

(目を合わせた瞬間、体が動かなくなった。まるで、強大な何かを前にしたみたいに、体が言うことを聞かなくなった……)

それは所謂気のせいというやつなのだが、そんな事を知らないフェイトやアルフは少女を警戒し続ける。

《取り敢えず、質問は私がするから、アルフは極力目を合わせない様にして》

《分かった》

やがてフェイトはアルフの隣に来ると、少女の眼前に刃を仕舞った己のデバイス――バルディッシュを突きつけた。

「何者だ」

「えーっと、ただの通りすがりの……」

そのふざけた答えに、アルフが唸り声を上げる。それを念話で宥めて、フェイトは質問を続ける。アルフは低く唸り続けていた。

「嘘を付くな。ジュエルシードの関係者だということは分かっている」

フェイトはバルディッシュの先に、魔力を集中させる。それはフェイトの魔力変換資質によって自然と視認出来るほどの電気となる。

「……答えたら、どうするの?」

「持っているジュエルシード、全て置いていってもらう」

「……残念ながら、わたしは1つもジュエルシードは持ってないよ」

その返答にフェイトは眉を潜めながらも、探査魔法を使い少女の体を調べる。成る程確かに、ジュエルシードは持って無かった。
だが、その結果にフェイトは更に眉を潜める。目の前の少女は、ジュエルシードどころかデバイスさえも持って無かった。

「……そう。なら、質問を変える。何故私達がここに居ると知っていた。私達の何を知っている。そして、もう一度聞く……何者だ」

これだけは聞き出さなくてはならない。何も知らないまま目の前の少女を野放しにしておくのは、危険すぎるとフェイトは判断した。
だが、少女はその質問に溜息を吐くと、

「…………あなたたちの事は何も知らないし、ここに居るのがあなたたちだと言うことも知らなかった……よっ!」

言い、アルフの腹の下にあった両足を曲げ、勢いよくアルフの腹を蹴り上げた。

「ギャンッ!」

「アルフっ!」

たかが少女の蹴りで、自分を挟んで少女の向こう側まで吹っ飛んでいったアルフに、敵の目の前だと言うのにフェイトの目はそちらに奪われてしまった。
フェイトが気付いた時には、少女は自分の懐の中。

「しまっ」

「それっ」

何とも戦闘中とも思えないかけ声と共に繰り出される少女の拳。それがフェイトの腹部に突き刺さる。
だが。

「くっ」

突き刺さっただけだった。それなりの衝撃に呻いてしまったフェイトだったが、ダメージらしいダメージは無い。

「えっ、嘘……」

そんな少女の台詞を尻目に、フェイトはバルディッシュを振るった。
鎌は出して居ない。この狭い空間では、そんなもの邪魔なだけだ。
だが、その一撃さえも少女は屈んで躱し、バックステップで距離を取った。

「もしかして、その服にも何らかの防御機能があったりするの……?」

顔を片手で覆って俯く少女。少女の言葉に疑問を抱きながらも、フェイトはバルディッシュを構える。
少女の方も、特に気負った風も無くフェイトの方を向いた。次の瞬間、フェイトは今度こそ確実に取ったと思った。何故なら……

「はあああぁぁぁあぁっ!」

少女の背後に、復活したアルフが飛びかかっていたからである。
それに直前に気付いた少女は背後を見るが、もう間に合わない。あの体勢から迎撃なんて、出来る筈も無い。

「それっ!」

だが、

「なっ!」「ギャンッ!」

目の前の少女は、それをやってのけた。やったことは簡単。体を回転させながら腕を振るっただけ。それでアルフの胸の部分を殴っただけ。
本来なら殆ど力の入らない体勢のそれは、アルフを吹っ飛ばし……ぶつかったマンションの壁を半壊させた。

「アルフーーーー!!」

フェイトの絶叫が響く。アルフは床に落ちてグッタリとしている。

「ふぇ、フェイ……ト……」

「アルフっ!」

何とかと言った感じで声を絞り出したアルフに、フェイトはホッとする。そして、少女を睨み付けた。
対して少女は、

「……で、こっちにはそういうの無い訳ね……ゴメンなさい。この子大丈夫?」

等と言っていた。
それで、フェイトの頭の中で何かが切れた。

「はあぁああぁぁあぁあっ!」

感情のままにバルディッシュで殴りかかるフェイト。
少女はそれを、左腕で受け止められる。

「きゃっ!」

だが、バルディッシュには電気をまとわせてある。少女はその電撃に悲鳴を上げた。
だが、直ぐに少女もフェイトを睨むと右手でアッパー気味に殴り掛かった。
それをシールドで防ぐフェイト。だが、少女の右手はそのシールドさえも突き破ってフェイトに迫る。
それに驚愕したフェイトは咄嗟にバルディッシュを盾にするも、それでもかなりの衝撃が体を襲い、かなりの距離を吹っ飛ばされる。バリアジャケット越しだったにもかかわらず、腕が痺れて上手く動かない。
先程の拳とは質が違った。

(何てパワー。この狭い空間であの力は驚異だ……)

それに、こんな狭い所では自分の持ち味を生かせない。
フェイトがその事を冷静に考え、どうしようかと逡巡していると、突然目の前の少女が身を翻して掛けだした。

「なっ」

それに驚き、また、何をするのかとも思う。何故なら、その先にあるのは何も無いガラス。その向こうは既にマンションの外、つまりは行き止まりだ。

「フォトンランサー、ファイア!」

デバイスも持たない人間が、何を出来る訳でも無い。そう思って困惑したフェイトだったが、何をするでも、このまま見ている手は無い。
そう思い、フェイトは自分の射撃魔法を打つ。打ち出されるは雷の刃。迎撃するは……少女の拳!?

「なぁっ!?」

何と、体を反転させた少女は、フェイトのフォトンランサーを全て"素手で殴った"のだ。殴られたランサーは、有らぬ方向へ飛んでいく。
あれがデバイスで叩き落としたのならまだ話は分かるが、素手で出来ることじゃ無い。
非常識な光景に言葉を失うフェイトだったが、次の瞬間彼女は真面目に硬直した。
何と、少女はガラスを(強化ガラス)突き破って外に――空中に身を投げ出したのだ。

「何をやってっ!」

数秒の硬直の後、フェイトは急いで後を追う。直ぐにマンションの外に出て下を見るとそこには落下していく人影が。
一体何階だと思っているのか。例え魔導師だとしても、デバイス無しにこんな所から飛び降りて、無事でいられる筈も無い。

「くっ!」

《Blitz Action》

間に合うか……フェイトは己の高速移動魔法を使用しながら、落下する少女を追いかけた。

結果は…………………………間に合わず。

「っ!」

フェイトの目の前で、少女は地面に叩き付けられた。バリアジャケットでも着ていればまだ話は別だろうが、彼女はそんなもの着ていなかった。
思わず背けた目を、恐る恐る戻して……

「え? ちょっ!!?」

再度、非常識な光景に目を疑った。何と、つぶれたと思った少女が元気に走っているでは無いか。しかも、自信のブリッツアクションとまでは行かずとも明らかに人外の速度で。

(え? え? ええっ!?)

ブリッツアクションを使えばまだ追いついただろうが、今のフェイトにはそんな余裕は無かった。
だが、困惑し、混乱し、もう何が何だか分からなくなってきたフェイトの目の前で、再度非常識な光景が展開される。

フェイトの視線の先で、少女が結界の境目にたどり着く。そしてその拳を振り上げると……

(!? !!? !!!? !!!!!!!!!?)

結界を殴った。そう、少女がやったのはそれだけ。その拳の威力で、結界全体が震えた。結界に罅が入った。結界が崩れ去った。

「あ、あり得ない……」

しばし呆然とするフェイトだったが、ふと気を取り直して周りを見回たしても、いつの間にか少女は消えていた。
それが、フェイトと"生きる理不尽"と呼ばれる吸血鬼とのファーストコンタクトであった。



その後、フェイト達はアルフがある程度回復し次第拠点を変えた。







あとがき

いや、全然長くなかったね。むしろ前に戻ってるね。痛いイタイごめんなさい。

いやぁ、旅行の予定とかスキー合宿とかすっかり忘れていたぜい。そしてスキー合宿でちょっとやらかしちゃって家で肩身が狭くてなかなかパソコン占領出来なくて……orz
同じ学校通ってるやついたらもうこれだけで僕の正体分かるんじゃなかろうか。いや、麻雀やってた4人組の誰かさんだけど。

いや、こっからさっちんパート書いてこうと思ったんですが、もう更新期間がヤヴァイので一区切り。
次回。さっちんがどの様な思考でここを乗り切ったのかから始まります。勿論、フェイトとなのは会います……多分。そしてすっかり忘れている人も多いだろう月村サイドも少しでます。
…………フェイトとなのは会うとこまで行けるかなぁ……;;;

ところで、摩擦のとこ、あれで会ってますよね? 何か自信無くなってきた件について。
あと、第6話ですが、遠野くん臭出し過ぎてたので修正入れました。いやぁ、読み返してみてあれはやりすぎ……てはないけど偏ってたなと。
さっちんって、ヤンデレ一歩手前ってイメージあるんですよね^^;;

p.s. 月姫7巻やっと出てきたと思ったらアッーーーがあって吹いた。
  そして魔箱で本家復活おめでとうなるものを見たのですが、もしかして月姫リメイク版もう出てたり……? さっちんルートは有るのだろうか?
  情報に疎いデモアでした。



[12606] 第8話 優しいが故に
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2010/07/08 23:52
「し、死ぬかと思った」

とある裏路地で両手両膝を地面に付きながら、さつきは未だにバクバク言ってる心臓を落ち着かせようとしていた。
いくら吸血鬼の体でも、飛び降り自殺の真似事は心臓に悪かったらしい。
飛び降り自殺者の死亡原因は、実は地面との接触よりも落ちている間のショック死の方が多いと言うことを知っているだろうか。

「足まだ痛い……じんじんする……」

ううー、とさつきは壁にもたれながら足をさすった。実際、ここまで駆けて来る間もずっと痛みでマトモに走れなかった。

(それにしても、何者なんだろうあの子達……)

ふう、とビルとビルの間から星空を見上げながら、さつきは先程の少女とその使い魔(と確か言っていた)の事を思い出す。
もうほぼ確実に、魔術師側ではなくなのは側の人間だ。

(何か異常に警戒されてたし、あそこから対等な交渉に持ってける見込み薄かったしなぁ……。
 ジュエルシード持ってたとしても、どうせ全部封印してあるだろうし。魔眼で色々聞き出そうにも、あの狼中々目合わせてくれないんだもん)

さつきの魔眼は、相手を思い通りに操るのに目と目を合わせる必要がある。相手が複数人の場合、同時に目を見なければ片方を操ろうとする間にもう片方に攻撃されてしまう。
まあ、人間の心理的に同時に別々の人と目を合わせるというのは無理なので、相手が複数いたら基本的に魔眼の使い道は無い。
最初になのはに使った時は、ユーノがなのはの顔の隣に居たことと小動物だった事もあって(あと、さつき自信は気付いて居ないがあの時さつきの目は自信の意志に反して揺れていた。
その為二人ともと断続的に視線を合わせていたのだ)巻き添えで何とかなったのだった。
なので、今回も同時に巻き添えで何とか出来ないかなー、などと思っていたさつきであったが、当のアルフが目を合わせようとしなかったためその方法は使用出来なかったのだ。
フェイトの指示が見事功を成していた。

ちなみに、アルフが沈んだ後だったら出来ない事も無かったのだが、また杖に邪魔される気がしたり、さつき自身は狼の手当の方法を知らなかったりしたので止めておいたのだった。
事が終わった後に魔眼から解放して手当させれば良かったかも知れないが、それじゃあ手遅れになるかも知れなかったし、色々と泥沼化しそうで面倒だった。

(あの感触じゃあ、右の肋骨全部折れてるよね……左の方も2~3本逝っちゃったかな? 肺とか傷ついて無きゃ良いけど。いや、ここまで来ると寧ろ命の心配……かなぁ……)

そんな惨状なら普通の生物じゃあまず助かっていないだろうと突っ込んで良いだろうか?
まあ、今更他人(?)の心配をしててもしょうがないと、さつきはその事を頭の片隅に追いやった。

(なのはちゃんの仲間……じゃあ無いよね? わたしの事知らなかったみたいだし。寧ろ取っ掛かりでも掴もうと躍起になってたし)

もしフェイトがなのはの仲間なら、さつきのことは少しは聞いている筈だ。そちらでも『正体不明』として扱われているだろうが、あの質問の仕方じゃあその線じゃないだろうとさつきは考えた。
何はともあれ、あの会話から察するに、向こうもジュエルシードを集めているのは間違い無いだろう。

(新しい第三勢力……か。あーもうますますジュエルシードゲットするの難しくなるじゃん!)

そう思うならあそこで潰しておくのが一番だったのだろうが、さつきはそれをするつもりは無かった。無論、これからも。さつきだって元は人の子だ。
だがまあ、それも切羽詰まってくると分からないのだが……。
今までさつきは、自分が生き続ける為になら人を殺して来た。それは自然の摂理だ。そして、このまま8年間何も対策を取らないまま過ごすという事は、人間として死ぬということと同義だ。
そしてそれは、再びあの暗く冷たい――寂しいセカイに落ちる事になると言うこと。

今でもさつきは、それを思い出す度に『あんな冷たい……寂しい思いをするのは、もう嫌だ……』と、肩を振るわせる時がある。
なまじ再び暖かさを取り戻してしまっただけ、救いの糸が見え始めただけ、その思いは強くなってしまっていた。
本当に後が無くなってきたら。そうなるとさつきも、"殺さず"等と言っていられなくなるかも知れない。

さつきもその事は深く考えないようにしているが、果たしてその時、さつきがどう動くのか…………それは本人にも分からない。

(それにあの子、杖や攻撃に電撃なんか纏わせて……擦っただけでも体が反応しなくなってくってシビア過ぎるって! 魔法少女のやる戦い方じゃ無いでしょ!!)

むちゃくちゃ言ってるが、実際シビアである。
最初さつきは、突きつけられた杖に電撃を纏わされた時はこの年で中々エグイと思ったし、攻撃を左腕で受け止めた時など感電して左腕の筋肉が思うように動かせなくなっていた。
それだけでは無く、電流は体を通って地面に返り、更に多くの筋肉の能力が低下する。
打ち出された攻撃を右手拳で殴った時も、電撃を殴ったところで電流は流れて来るので、しばらく右手がまた変な感覚に襲われていた。
しかも、電撃はその特性上直撃する必要は全くない。少し擦ればそれだけでもう直撃と大差無い効果が発揮される。シビア過ぎる。

(……まあ、わざわざ後ろ取ったのに叫んでから攻撃してくれたのは良かったけど。
 アルフの方はあのタイミングだったから別にいいとして、フェイトちゃんの方は……あれかな? やっぱ魔法少女って技名叫びながら使わなきゃいけないのかな?)

まあそこには起動パスワード的な意味があったりするのだが、魔導師でもないさつきがそんなこと知る筈も無い。
さつきからしてみれば、アルフは気配で分かっていたがフェイトの方は完全な不意打ちだったのであそこで叫んでくれたのは普通に有り難かった。

(それにしても、あのマンション大丈夫かなぁ? 他の人たちはどうにかしてたみたいだけど)

『どうにかしてたみたい』というのは、あれだけ騒いで誰も文句を言いに来たり、野次馬として現れなかったことからさつきが判断したことだ。
どういう方法なのかは分からないし知らないし、気にする余裕も無かったが。
その為、あの時さつきは心置きなくアルフを蹴り上げ、戦闘に持ち込む事が出来たのだ。

追記しておくと、人々は結界の外にいた。……いや、結界の中の方が"外"だろうか。あの結界は、空間と対象者を世界から切り離し、"もう一つの同じ空間"を作るものである。
よって、結界内のマンションで戦闘が行われていた間も、他の人々は何事も無く部屋で寛いでいたのだ。マンションの損壊も、元の世界には反映されていない。

(まあ、そんな事気にしててもしょうがないよね)

結局その思考に行き着いたさつきは、それからふぅ、と小さく溜息を着いて背中と頭を完全に壁に預ける。
静かな気持ちで切り取られた星空を見ながら、それでも周りに集中して、待つ。


――――どれぐらい待っただろうか? 夜なので時間感覚が狂ってくる。さつきが冷えてきた体を丸くしていると、それはやってきた。

(……っ! やっと結界張った)

そう、さつきが待っていたのは、フェイト達が新たな拠点に結界を張るその瞬間。
あれだけ警戒していたのだから、知られた拠点にずっといることは無いだろうと待っていたさつきは正解だった訳だ。
ずっと気を張っていれば何とか気付く事は出来る。気付けばもう後はずっと認識出来る。

(……それにしても、恐らくは周りから隠れるための結界だろうに、そのせいで拠点がばれるって皮肉だよね)

そんなことを考え苦笑しながら、さつきはすっかり冷えてしまった体を擦って廃ビルへの道を歩き始めた。





それは、4日前のお話。

――ずっと考えてた。きっと、私と同い年くらいで、一昨日は助けてくれた、何かに怯えた様な……助けを求めているような……深い栗色の目をした、あの子のこと。
  絶対に悪い子じゃ無い。あの時の、他人のために全力で怒ることの出来る子が、悪い子の訳が無い。
  ジュエルシードが欲しいのだって、何かそうしなくちゃいけない理由(わけ)がある筈だ。
  また合えば、今度はきっとあの子の言った通りぶつかり合うことになっちゃうけど。だけど――――

「なのは、なのは!」

「え?」

自分の名前を呼ぶ声に、ぼーっとしていたなのはは声を上げた。

「もう、なのは聞いてる?」

「う、うん。ごめんねユーノ君。ちょっとぼっとしちゃってたみたい」

一昨日ビル街で大騒ぎがあったため、昨日もこの日も学校は休み。
よって一昨日決意を新たにしたなのはは、張り切って魔法に更に磨きをかけようとユーノと共に魔法の練習をしていたのだが……

「なのは……」

ユーノとて、なのはが気を取られている原因は分かっている。あのさつきという少女の事だろう。これまでも度々同じようなやり取りがあった。
ユーノは後ろめたさを感じながら、それでも一つの言葉を告げる決意をする。
気まずそうな顔をしたユーノの口から、放たれる言葉。

「なのは、一つ言っておくよ」

「何? ユーノ君」

答えるなのはの顔は、"違和感のある"笑顔。無理しているのが丸わかりだ。

「なのはの決意は分かっているよ。でもねなのは、だからこそ言っておくね。
 このままジュエルシードを集め続けていると、そのうちまた、あのさつきって子とぶつかるよ」

その言葉に、なのはの笑顔が崩れ、肩を震わせる。それを見て、ユーノの顔が更に暗くなる。

「あの子は多分、優しい子だ。それは昨日の事だけで言ってるんじゃない。
 なのはは気付いてるか分からないけど、彼女と2回目に出会った時、彼女はこっちを傷つけない様に動いてた。
 あの子の力なら、先になのはや僕を無力化しちゃった方が格段にやりやすいはずなんだ。
 最後に彼女が焦って走った時、なのはは見てないけど僕見た。早すぎて辛うじて目で追えたぐらいだった。横から見てだよ。目の前でやられたら、反応出来ないかも知れない。
 最初からあのスピードで向かってきて、あの力で殴られたらそれで終わるんだ。
 ……なのに彼女はそれをしなかった。多分、自分の望みの為に他人を傷つける事をためらえる子なんだ」

ユーノの言葉に、なのはの肩から力が抜けて行く。だがそれを見たユーノは、でもね……と言葉を続けた。

「あの子がジュエルシードを欲しがってる事にかわりは無いんだ。今はまだ躊躇ってくれてるけど……なのはは残りのジュエルシードの数を教えちゃったよね?
 今の彼女は、どこまで行ったら後が無くなるのか分かってる。切羽詰まって来たら、今度こそあの子と直接ぶつからなきゃならなくなるかも知れない。
 そうでなくとも、彼女が封印の本当の意味を知ったら、僕達が持ってるジュエルシードを狙って来る可能性もある。その時は交戦は避けられない。
 なのはは……それでもいいの?」

無責任な言葉だとはユーノも思っている。自分から巻き込んでおいて何を言ってるんだと、自己嫌悪もしている。
しかし今なのはは、自分から、自分の意志でジュエルシードを集めようとしている。それならこれは、言っておかなければならない言葉だった。

それを聞いたなのはは俯き、何も言わない。
やがてなのはは、俯いたままポツポツと言葉をこぼし始めた。

「分からない……さつきちゃんの事、どうしたらいいのか、どうしたいのか……」

「なのは……」

「ごめんユーノ君。もうちょっと、時間ちょうだい……」





それは、昨日のお話。

「いい加減にしなさいよ!」

「あっ……」

昼下がりの教室で、目の前の少女にいきなり怒鳴りつけられたなのはは、はっとして顔を上げた。
いや、本当に"いきなり"だったのかは、なのはには分からない。何せ彼女はまた……

「こないだっから何話しても上の空でぼーっとして!」

「あ……、ごめんねアリサちゃん……」

思い当たる節のあり過ぎるなのはは、沈んだ声で謝るのみ。それにアリサはますます激高する。

「ごめんじゃ無い! 私達と話して、そんなに退屈なら、一人でいくらでもぼーっとしてなさいよ! いくよすずか」

「あ、アリサちゃん……」

二人の隣で何も言えずにいたすずかに、アリサは声をかけて教室を出て行く。声をかけられたすずかは、どうすればいいのか困ってしまった。

「なのはちゃん……」

「いいよすずかちゃん、今のは、なのはが悪かったから……」

困ったすずかはなのはに声をかけるも、そのなのはから"違和感のある"笑顔を向けられてしまう。

「そんなこと無いと思うけど……取り敢えずアリサちゃんは言い過ぎだよ。少し話してくるね」

そう言い、アリサを追って教室を出て行くすずか。その背中に、

「ごめんね……」

なのははポツリと呟いた。そして、もう一度、

「怒らせちゃったな……ごめんね、アリサちゃん……」

もう一人の親友にも、謝った。



「アリサちゃん、アリサちゃん!」

アリサの名前を呼びながら廊下を走るすずか。探し人は直ぐに見つかった。
階段の下にいた親友に、呼びかけながら近づく。

「アリサちゃん!」

「なによ」

だが、それに返ってくるのは不機嫌な声。

「なんで怒ってるのか何となく分かるけど……ダメだよ、あんまり怒っちゃ」

「だってムカツクわ! 悩んでるの見え見えじゃない! 迷ってるの、困ってるの見え見えじゃない!!
 なのに……何度訊いても私達には何も教えてくれない……

 悩んでも迷ってもいないって嘘じゃん!!」

アリサが言った言葉は、すずかの予想通りのもの。故に、自分もなのはやアリサに隠し事をしている身として、言う。

「どんなに仲良しの友達でも、言えない事はあるよ。なのはちゃんの秘密にしたい事だったら、私達は待っててあげる事しかできないんじゃないかな」

「だからそれがムカツクの! 少しは役に立ってあげたいのよ! この間だってそうよ!
 一人で悩んで、こっちが訊いてもはぐらかして……次の日にはもう元に戻ってたけど、あの時だって頼ってくれても……!

 ……どんな事だっていいんだから、何にも出来ないかも知れないけど、少なくとも一緒に悩んであげられるじゃない!」

反射的に返って来た言葉に、すずかの顔が晴れた。目の前の少女は、確かに怒っている。でも、何も変わってない……何も……

(アリサちゃんの言う"あの時"だって、不機嫌を必死に隠そうとしてるアリサちゃんを宥めるのに四苦八苦してたっけ)

「やっぱりアリサちゃんも、なのはちゃんのこと好きなんだよね」

「そんなの当たり前じゃないの!」

顔を赤くしながらもハッキリと肯定するアリサに、すずかは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。



「あの子がいたから、私は独りぼっちじゃ無くなったんだ……」

「うん……そうだね……。私もだよ」

だれも居ない学校の屋上で、アリサとすずかは誰にともなく呟いた。思い出されるのは、"あの時"の記憶。

「なのはちゃんがいたから、私達、友達になれたんだもんね……」

それまで何となくという感じで呟いていたすずかが、雰囲気を変えてアリサに話しかける。

「初めて会ったころはさ、私、今よりずっと気が弱くて、思った事全然言えなくて、誰に何を言われても、何にも反論出来なくって……」

そんなすずかに気付いているのかいないのか……いや、気付いているのだろう。この二人に限って、気付いていないなんてことはあり得ない。
アリサも、それに乗った。

「私は我ながら最低な子だったっけね。自信家で我が儘で強がりで……だからクラスメイトをからかってバカにしてた。心が弱かったからね……」

「私も弱かったから、ちゃんと言えなかった。それはすごく大切なものだから返して……って」

思い出されるのは、学校の帰り道、すずかのリボンを取ってからかってたアリサ。

「やめなよって言われても聞かなかった。他人の言うこと素直に聞いたら、何かに負けちゃう気がしてたから」

そしてそこにやってきて、アリサをはたいた一人の女の子。

「あの時なのはちゃん、何て言ったんだっけ」

訊いた言葉は、だけど疑問系じゃなかった。

「『痛い? でも大事な物を取られちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ』」

「……そうだったね」

「その後、なのはと大げんかしちゃて。それを止めたのが、事の発端のひどくおとなしい子」

「あの時は……だって、必死だったんだよ」

恥ずかしそうに言うすずかを見て、アリサはふっと笑うと、雰囲気を変えて言った。

「で? すずかはそんな昔話をきっかけに、私にいったいどうさせたい訳?」

「分かってるくせに」

だが、苦笑混じりに返された言葉に、それは崩されてしまう。敵わない――そう思いながら、アリサは言葉を紡ぐ。

「……私達に、心配させたくないだけだって事ぐらい、分かってるから。多分、私達じゃあの子の助けにならないって事も。
 待っててあげるしか、出来ないなら…………じゃあ、私はずっと怒りながら待ってる。 気持ちを分け合えない寂しさと、親友の力になれない自分に!」

「……いじっぱり」

返って来た言葉に、アリサは頬を膨らませた。

「ふーんだ」

それで話は終わりだと思ったアリサは、教室に帰ろうとするが……

「でもさ、アリサちゃん」

「何よ」

親友の言葉に、足を止めて振り返ると、そこには苦笑したすずかが。困った様にすずかが言う。

「明日、どうするつもり?」

「……え?」

「ほら、明日……」

すずかのその言葉に、アリサは《明日……》と考えて……

「あ……」

固まった。



学校からの帰り道、いつも通りに三人で帰ったなのは、アリサ、すずか。
まあ、アリサは始終機嫌が悪く、なのはは始終萎縮してて、すずかは始終苦笑していたが。

その別れ間際に思い出させられた約束に、なのはは溜息を吐いた。

「どうしたの、なのは」

今なのはがいる場所は、自宅の自室。
その椅子に座って溜息を吐いたなのはに、ユーノが声をかけた。

「ううん、ちょっと今日ね……」

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

「そっか……喧嘩しちゃったんだ……」

「ちがうよ、私がぼーっとしてたから、それをアリサちゃんに怒られたってだけの話だから」

気落ちした様なユーノに、なのはが優しく返す。

「親友なんだよね……?」

「うん。入学してすぐの頃からずっと……ね」

なのはが思い出すのは、とある日の学校の帰り道…………以下略。

「っにゃっ!?」

五月蠅い。それはもうやった。

「う゛ーーー」

「ど、どうしたの、なのは?」

急に様子の変わったなのはに、ユーノは戸惑う。

「う、ううん。何でもないよ。何かすごく理不尽な扱い受けた気がしただけだから」

「そ、そう?」

当然、何のことやら分からず首を傾げるユーノ。

「じゃあ、今日は習い事無いから、ジュエルシード探しに行こ、ユーノ君」

「え、あ、うん」

さ、と椅子から立ち上がりドアに向かうなのはの肩へ、ユーノは急いで登った。

(それにしても、明日かぁ……)

またしてもはぁ、と溜息をついたなのはに、ユーノは心配そうな視線を向けた。



その頃、夕方の翠屋で皿洗いの手伝いをしている一組の男女が居た。
女性の方は、月村家当主であり、月村すずかの姉でもある月村忍。男性の方はなのはの兄である高町恭也である。この二人、実は付き合ってる。
不意に、忍が口を開いた。

「ねえ恭也、なのはちゃんのことだけどさ、最近、何か悩みでもあるのかな? 私が見てても思うし、すずかが結構気にしてるの」

「そうだなぁ……最近は夕方や夜の外出も多いしな……」

恭也はそれに対し、何か考え込む風に言う。

「お節介かも知れないけど、ちょっとお話聞いてあげても良いかな……?」

「それは有り難いことだが、多分何も話さないと思うな」

忍の提案を、遠回しに諫める恭也。

「私じゃダメかな……」

その事に忍は若干落ち込んだ様子だが、

「ああ違う、そうじゃ無い。忍には話さないって事じゃ無くて、多分誰にも話さない。あれは昔から、自分一人の悩み事や迷いが有るときは、いつもそうだったから……」

恭也はそんな忍を見て、急いで補足する。

「そうなんだ……」

「ま、あんまり心配はいらないさ。きっと自分で答えにたどり着くから」

恭也だって、心配はしているのだろう。だが、それ以上に信頼しているようだ。

「……そっか」

それを感じた忍は、まだ心配げだったが、一応は納得した。

「それよりも、そっちの悩みは解決したのか?」

と、ふと恭也が切り出した。"そっちの悩み"……恭也が知ってると言うと、あれしか無い。

「ううん、進展無し。でも、あれからちょくちょくとおかしな事は起こっててね。極めつけは1週間前のアレだけど……
 資料がまとまって来たから、恭也明日、家に来るでしょう? その時に色々みて貰いたいの」

少しばかり困った風に(わざと)言った忍に、

「了解」

恭也は物怖じせず答えた。



その夜、なのははベッドの中で考えていた。もう一人の魔法少女がこの世界(地)に降り立ち、速攻でピンチになっているとも知らず。
久しぶりに思い出した、すずかとアリサと友達になる、キッカケになった日。そのお陰で、なのはの中のもやもやとした気持ちが方向性を見つけ出していた。

(アリサちゃんともすずかちゃんとも、初めて会った時は友達じゃ無かった。話を出来なかったから。わかり合えなかったから。
 アリサちゃんを怒らせちゃったのも、私が本当の気持ちを、思っていることを言えなかったから……

 さつきちゃんとは、少なくとも話は出来てる。わかり合えてないだけ。あの子が望みを、私に教えてくれないから。私があの子の望みを知らないから。
 目的がある同士だから、ぶつかり合うのは仕方無いのかも知れない。だけど……)

その時、新たな決意を胸に、なのはは眠りに就いた。

(取り敢えず、明日はアリサちゃんにきちんと謝ろう……)



そして、今日。

なのはは以前から約束していたお茶会に行くため、すずかの家へと向かっていた。
メンバーは当然、すずか、アリサ、なのはである。
なのはの兄である恭也も、恋人である月村忍と会うために同行している。

悩みは晴れずとも、迷いはある程度晴れたなのはは昨日よりも明るい雰囲気で月村邸へと向かった。



だが、少女の思いに反し彼女の悩みは晴れる事を知らず、待つのは新たな悲しい目をした少女との邂逅。
運命はよく歯車に例えられるが、それではこれは何なのか。
それは歯車の様に互いに互いを回さず、ふれあう度にお互い絡み合っていく。

そうそれは――――まるで糸。

たがいの糸は、これから互いに絡み合い始めることになる。いや、或いはもう既に…………







あとがき

結論、無理だった!(オマ
いやー、こういう回を入れるってのは予定事項だったのですが、真逆これ程長くなるとは……いや、短いですけどね。全体の量は。でもこれからフェイト遭遇回入れると……

ついでにこの回書いてる時になのはのさっちんへの依存の仕方に違和感あったので6話の別れのシーン書き直し。
すいません度々こういう事しちゃって……これからもたまにあると思いますが、なにとぞよろしく。

と、言うより、この話かなりの難産でした。何故って? 日付が大変なんだよ色々と! 原作内の祝日休日率どうなってるんだ!! この後行く温泉もなのはの怪我治ってからだろうから少なくとも1週間後だし!!!
いっその事ゴールデンウィーク突っ込ませようかと思ってアニメ見直して確認してみたら管理局出てくる日が4月26日だし!!
そしてアニメ見ながら書く作業がいつもと違って別のとこから引っ張り出して来なあかんかったし! 場面飛び飛びだし!(←探すのマジ疲れた

まあ、原作と変わって来たのでやっと一々原作見ながら書く作業が終わりそうで一安心中。キャラ全員が原作と違った過去を持った! よっしゃ好き勝手書けるゼイ!! ……その内再発するけど。
いや、あれやると通常の2倍は時間かかるんだよね。めんどくさいし、文章違和感残るし。
完全オリジナルだった第0話_b&cが一番輝いとった気がする。だったらやらなきゃいいじゃんって話ですが、それは無理なんですよね。僕のポリシー的に(知らんがな

最後の方とかもう自分で何書いてるのか分からなくなって来たし! 解読求む!!(待

そしてト書きの素晴らしさを改めて思い知った今回。いやー、ホント雰囲気出す時重宝しますねあれ。使い方下手な人使うとただの駄文になっちゃうけど。え? この作品自体が駄文だって? そんな事言わないで下さい奥さん(誰

えーっと、さっちんの封印に対する勘違いってのは、多分管理局出てくる時ぐらいに説明します。いやま、NANOHAwiki見れば分かるけどね。寧ろ今まで説明出来る場逃しまくってただけだし。

あ、さっちんの手段と目的が入れ替わってるのには気付いてるんで、そこら辺のご指摘はお構いなく。その内OHANASHIやります。

感想見て思ったのですが、吸血鬼=生きる理不尽って、型月SSでは結構使われませんっけ……? なんかさっちん自体が理不尽って感じになってますけど……いや、それでも間違いじゃありませんけど、僕の思い違いかなぁ……?

p.s.やみなべ様のリリカルなのはRed'sが更新停止しそうという事態にちょっとばかし orz。偶には小説書く楽しさを思い出して社会人の生活の息抜きに書いてもらいたいです。



[12606] 第9話 魔法少女達の激突
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2010/07/02 06:11
ピンポーン。

ガチャ。

大きすぎる中庭を通り抜け、屋敷に着いたなのは達がチャイムを押す。
一泊置いて、待っていたとしか思えないタイミングで扉が開いた。

「恭也様、なのはお嬢様、いらっしゃいませ」

「ああ、お招きに預かったよ」

「こんにちはー」

中から出て来て挨拶をしたのは、月村家メイド長のノエル。
薄紫色のショートヘアーカチューシャで纏め、白と紫を基調としたメイド服に身を包むなのは曰く『美人でかっこいい』人。

「どうぞ、こちらです」



その少し前、月村邸のとある一室。そこには既にすずかとアリサ、そしてすずかの姉の忍と、すずかの専属メイドのファリンがいた。
ファリンは薄紫色のロングヘアーと背が少し低い以外はノエルと同じ格好をしており、なのは曰く『明るくて優しいお姉さん』。

アリサ、すずか、忍は丸机を囲むように座っており、それぞれの前には紅茶が置かれていて、普通ならとても優雅な絵面になっているはずなのだが……


そわそわ……

「あ、アリサちゃん……」

「何よすずか」

そわそわ……

「そんなにそわそわしなくても、なのはちゃんもうすぐ来るから……」

「べ、別にそわそわなんてして無いわよ! それに何でそこでなのはが出てくるのよ!」

そわそわ……

「昨日の事で色々と気まずいのは分かるけど……、もうちょっと素直になればいいのに……」

「だーかーらー! 私はそわそわなんてしてません!」

……押して知るべし。
忍とファリンはその様子を見て始終苦笑している。

やがて……

ピンポーン。

ビクッ!

「あ、なのはちゃん来たみたい」

「い、一々言われなくても分かるわよそんなこと」

あからさまに体を震わせたことにあえて誰も突っ込まなかったと言うのに、わざわざ自分から地雷を踏みに行くアリサ。
余程テンパッているらしい。すずかの言うように、もう少し素直になれば余計な気苦労を背負うことも無かろうに……。

少しして、ノエルに連れられたなのは達が部屋に入ってきた。

「なのはちゃん」

そちらを見て声をかけるすずか。

「すずかちゃん」

ちなみにアリサは一瞬だけなのはに目を向けたが、目が合った瞬間にそっぽを向いてしまった。なのははそれに暗い顔をしたが、
アリサを横から見えるすずかには彼女がついついなのはの方をチラチラ見てしまっていることが丸わかりで、それにクスッと笑ってしまう。
それに気付いたアリサが顔を赤くして慌てながら怒るのはご愛敬。

「なのはちゃん、いらっしゃい」

そんな中なのはへ声をかけたのはファリン。なのはも「はい」と返事を返したが、ファリンはこれでは終わらなかった。

「すずかちゃんがここ最近ずっと心配してたけど、大丈夫?
 アリサちゃんなんてさっきまでずっとそわそわしてt」

「こらファリン!!」

と余計なことを喋り始めたファリンを、ノエルが叱咤する。そのままファリンのメイド服の襟を掴んで引きずって行った。
部屋を出る時に「後ほどお茶を運ばせますので、少々お待ち下さい」と言ってから消えたのは流石だろう。
ちなみに、恭也と忍はいつの間にか消えていた。今頃別の部屋で二人きりの時間を過ごしているのだろう。

なのはは「にゃはは……」と苦笑いながら、ノエルに引きずられて出て行くファリンを見ていたが、先程のファリンの言葉を思い出してアリサの方を向く。
と、その視線に気付いたアリサは慌てたようにまくし立てる。

「べ、別にそわそわしてなんかないわよ! 真に受けないでよねっ!」

その言葉を聞いたなのははまたもや苦笑するが、すぐにその顔を真剣なものへと変えた。
アリサとすずかはそれに気付き一度驚いたような顔をするが、すぐにそちらも真剣な表情になり、なのはの目を見つめ返す。

「アリサちゃん、すずかちゃんも、昨日……ううん。最近ずっとだったけど、ごめんなさい。
 本当は私、悩みがありました。迷いもありました。それは今も変わらないけど……
 ……でも、やっと迷いが晴れて来たの。
 何に悩んでるのかは、言えないけど……でももうすぐ必ず解決して、いつもの私に戻って来るから!
 だから……待ってて、くれないかな……」

それはお願い。全ては言えない、だけど隠しはしない、嘘は付かない。だから待っていて欲しいと……

「何よそれ。結局全部自分一人で背負い込んで、自分一人で解決しますってことじゃない」

「っ」

だが、返って来たのはアリサの辛辣な言葉。なのははそれに唇を噛む。
すずかはそんなアリサに何か言おうとしたが、アリサの目を見てその言葉を飲み込んだ。
アリサの言葉は止まらない。

「そこまで一人でやりたいなら勝手にしなさい。そのかわり、ちゃんと解決しなさいよ」

「……え?」

アリサの言葉にあっけにとられるなのは。すずかはアリサを優しい目で見つめた後、なのはに向き直り自分も言葉を贈る。

「なのはちゃん、話せないことは話さなくていいけど……それでも自分一人で背負いきれなくなったら……
 その時は、話せることだけでも、話してね。いつでも力になるから」

「すずかちゃん……アリサちゃん……」

なのはが感極まって二人の名前を呼ぶ。
それにアリサはそっぽを向き、すずかはニッコリと微笑んだ。それになのはが満面の笑みで頷き返そうとした時……

「はーい、お待たせしましたー! イチゴミルクティーとクリームチーズクッキーでーす!」

お約束というか何と言うか、そんな空気全てをぶち壊してファリンが入ってきた。

「………」

「………」

「………」

「…………はい?」

さすがのファリンも何か不穏な空気を感じ取るが、時既に遅し。

「ファリン……少し、頭冷やそうか……」

「え……、は、はいぃ!?」

何やらどす黒いオーラを纏ったすずかに連れられて行った彼女がどうなったのかは、誰も知らない。





さて、別の部屋でそんなことが起きている頃、恭也と忍は並んで椅子に座り、紅茶を飲んでいた。

「なのはちゃん……」

「ん?」

不意に、忍が切り出す。

「すずかもだけどアリサちゃんも、ずっと心配してたわよ? 本人は必死に隠そうとしてたけど……」

忍のその言葉に、恭也は「ああ、」と明るい顔で返した。

「昨日も言ったけど、大丈夫だよ。今日だって、何か吹っ切れたみたいだったしな」

「そう、なの?」

「ああ、あれならもう少し立てばいつも通りだろう」

「そう」

流石は兄、と言ったところだろうか。忍はその言葉に安心した様に返した。

「で、そっちの件はどうする? 今からもう始めるか?」

と、なのはの事で思い出したのだろう。恭也は昨日一緒に話に出たことについて聞きだす。

「そうね、今のうちに終わらせちゃいましょう。ノエル」

「はい」

と、忍が扉の横で待機していたノエルに呼びかける。彼女はすぐに返事をし、手に持っていた封筒を忍に渡した。
忍は封筒の中身を机の上に並べる。

「一々起こってることが大きくて、テレビとかでもニュースになってることが殆どだけど……
 これが、家に侵入される3日前に起きた事」

「これは……マキハラ動物病院。確かにニュースになってたな。病院及びその付近の道路が信じられないぐらい破壊されていたって」

「ええ。"人間なら"機材とかを使わなければ出来ないぐらいにね」

「……成る程。次は……」

「これが進入された日。繁華街の洋服店が泥棒に入られたの」

「ああ、これも知ってる。大ニュースになってたもんな。"店の壁を壊して"盗みを働くなんて」

「ええ、でも、これも不自然なのよ。これはニュースでは流れなかったけど、この店の壁の破片、大きいのよ」

その忍の言葉に、首を傾げる恭也。

「それの何が可笑しい……待て、まさか……」

途中で言葉を切り、資料の写真を見る恭也。その写真は、恭也の想像通りの光景を写していた。

「嘘だろ。破壊されてるのは、狭い路地側の壁。
 こんな所に持ち込める機械の大きさじゃあ、店の壁を砕いて崩していくしか無い筈……」

「ええ。それなのに、破片はそこまで小さくないどころか、粉塵も明らかに少ない量しか出て来なかった。
 しかも、その破片も……」

「殆どが店の中へ落ちている、か……これじゃあまるで……」

「ええ、まるで、"力任せにぶち壊した"みたいなのよ」

忍の言葉に、おいおいと恭也は苦笑する。

「そんな事出来る機械とか、こんな道に入らんぞ」

「分かってるわよ。そういう意味じゃ、次のも同類ね」

「これか?」

「ええ、これも同じ日に起きた事よ。
 これはあまり大きなニュースにならなかったけど、公園近くの森の木が何本か、力尽くでへし折られていたの」

恭也が写真を見る。それも明らかに不自然なものだった。

「こんな事するには、相応の機械が必要だろうが……周りの木が殆ど傷ついて無い。こっちにもそんな機械が入るスペースなんて無いぞ」

「そうね、これも"普通の人間には"無理。私達側の人間でも、それなりに骨が折れるでしょうね。
 洋服店の方は……まあ、それに特化した人なら何とか可能……かな?
 というより、こんな事するメリットって何?」

「……だな。盗みの方はともかくこっちは俺にも分からん。全くの謎だ」

恭也のその言葉に、「そうよね……」と溜息をつく忍。

「そう言えば、盗まれた物って何なんだ?」

恭也の問いに、「そこにリストが有るわ」と、資料の中程を指さす忍。

「何々。洋服(子供用)3着、スカート(子供用)2着、ズボン(子供・女性用)2着、シャツ(子供用)3着、
 下着(子供・女性用)4着、ショーツ3着、毛布4枚、シーツ3枚…………何だこりゃ? 犯人は女の子、だとでも言うのか?」

「さあ? そういう趣味の男が、普通に買うのが恥ずかしいから盗んだってこともあるかもよ?」

忍が冗談めかして言うが、要するによーわからんということらしい。
そして忍は新しい資料に手を伸ばす。

「で、これがその次の日。この街から結構離れた所で起きたんだけど、どーも手口的に無関係に思えないのよね」

「どれどれ…………おいおいなんだこりゃ」

その資料を手渡された恭也が呆れた様に言う。そこにはボックスの外から無残に破壊されたATMが2機写されていた。

「警察の方も唖然となったらしいわ。しかも解析の結果、どうも拳大の大きさの穴を空けて、そこから左右に開かれたみたいなのよ」

「……成る程。確かにこりゃ無関係とは思えんな」

「しかもこれ、色々と厄介なおまけ付き。ATMって中に蛍光塗料が仕込まれてるのは知ってるわよね?
 片一方にはそれがぶちまけられて使い物にならなくなったお札がそのまま取り残されていたんだけど、
 もう片方には蛍光塗料がかけられた形跡が何も無くて、中のお金が全部掻っ攫われてたの。
 というより、かけられた形跡どころか、"蛍光塗料があった形跡"すらも無いのよ。
 塗料の詰まっているはずのカプセルの中身が、全部カラッポ。カプセルの内側にも全く残ってないと来たわ。
 で、これも謎なんだけど、そこから数メートル離れた道路にその蛍光塗料と思われるのがベットリ。もう渇いてたけどね。」

そこまで説明された恭也は、もうお手上げとばかりに苦笑する。

「……おいおい、俺はシャーロック・ホームズじゃ無いぞ」

「彼でも解けるかしらね、この謎。でもまあ、これもまだ次のに比べれば可愛いものよ」

はあ、と溜息を吐きながら、忍は最後の資料を恭也に手渡した。

「……ああ、1週間前のあれか。酷い被害が出たもんな」

そう、それはビル街にいきなり現れた巨大樹の数々によって、街や道路があらかた破壊されたというもの。
木々が生長する時の衝撃で地震まで巻き起こり(と資料にはあるが、それは本当は一人の少女が巻き起こしたものである)、
幸い死者は出なかったが、重軽傷者は多数、破壊された道路のせいで救助は困難を極め、近隣の学校は数日休日になる等、海鳴市は大混乱に陥った。

「木々が現れた原因は不明、いきなり消滅した原因も不明、いきなり消滅したっていうから本当に木なのかも疑わしい、つまりは正体も不明」

そこまで言って忍は頭を抱えた。

「家に進入したやつの正体調べようと思っただけで、こんなに厄介なのばかり出てくるとは思わなかったわ。
 しかも、このうちどれが本当に関係していて、どれが無関係なのか、もしかしたら全部関係あるのかもしれないし、全部無関係かもしれないってのが嫌らしいのよね……」

「はは……もし全部が全部関係してたら、こりゃもう俺達だけじゃどうにもならないな……。
 特に最後のやつとか絶対シャレにならん気しかしないぞ。
 それで、肝心の侵入者の資料は?」

「ああ、それは映像記録があるから別室よ。ついて来てくれる?」

言い立ち上がる忍に続いて、恭也は(やれやれ、厄介な事にならなきゃいいが……)と思いながら立ち上がる。
それでも、どんなことがあっても目の前の女性やその家族、自分の周りの人間だけは、絶対に守り抜くと彼はその時改めて誓った。

……結局彼らの心労は杞憂に終わるのだが、そんなこと知る由もない彼らであった。





場所は変わって屋敷の裏側の庭。周りを森で囲まれたそのど真ん中に、なのは達は机を据えてお茶をしていた。
周りには大勢の猫が屯している。アリサ曰く『すずかの家は猫天国』。
しかしそれを言うならアリサの家だって犬天国だと言うのがなのはとすずかの共通の感想だった。

ちなみに、三人の雰囲気は昨日の下校時の様にギスギスしたものではなく、幾分か柔らかくなっていた。
まだ、いつもの様に全員で笑い合うという様にはなっていないが、それでも話に花を咲かせる事は出来た。
なのはとすずかが笑い合っている時に、たまにアリサもつられて笑ってしまい、それになのは達が気付くと顔を赤くしてそっぽを向くというのもお約束である。
雰囲気的には、アリサのツンがレベルアップしていると言ったところだろうか。……本人の前では絶対に言えないが。

ちなみにユーノはなのは達が部屋に入った時から空気を読んで鞄の中でじっとしている。
昨日喧嘩したと聞き、多少なりとも原因は自分にもあったりするので結構気にしていたのだ。

そんな彼だったが、外の会話を耳で拾い、これなら大丈夫そうだとほっと安心していた。
そしてやれやれ窮屈だったと思いながら、鞄を内側から空けて外に出る。

そして、そこから彼の悲劇が始まった。

まずユーノの目に入ったのは、自分を見つめる一組の目。
それに一瞬で固まるも、ユーノの頭は自分を見つめているのは子猫であるという結論を導き出す。
だがただの子猫と侮るなかれ。その身長は今のユーノよりも大きく、その目はランランと輝いている。
小動物となっているユーノの生存本能が、ニゲロニゲロと命令を送っていた。決してコワサレルナラコワシテシマエ的な電波は受け取っていない。念のため。

だが、彼の体は自信の意志で硬直から抜け出す前に、外的要因によって再度ビクリと震えた。
それによって硬直から抜け出したユーノはしかし、錆び付いたブリキ人形の様な動きでその外的要因――ただならぬ複数の気配――の方を向く。
そこには、目の前の子猫の様に目をランランと輝かせた子猫達が……(大人の猫達は大人しくしていたのは唯一の救いだろう)。

追いかけっこが、始まった。

「きゅーー!」

「「にゃー」」「にゃ」「にゃにゃー」「「にゃにゃにゃにゃ」」

「ユーノ君!?」

「あっ、ダメだよみんな!」

直ぐそれに気付いたなのは達であったが、暴走する子猫達相手にどうする事も出来ない。
しかもユーノも逃げる事に必死で自分の行き着く先など見ておらず、周りの森に入ってしまう。
そして何とも間の悪い事に、ここで一つの事態が巻き起こる。

「――ぁっ!」

ユーノが茂みの中に入っていったのを呆然と見ていたなのはは、"それ"に気付き、思わず声を上げた。

すずかは子猫達が走っていった方を心配そうに眺めていたため気付かなかったが、アリサはそれにいかぶしげに首を傾げる。
だがなのはにそんな事を気にしている余裕は無かった。何故なら……

(ジュエルシード! 大変、もう発動しそうになってる!)

なのはが感じたのは、ジュエルシード発動の予兆だったからだ。
しかもそのジュエルシードがあると思われる方角は、ユーノが逃げ込んだ先だ。それもかなり近い。恐らく月村邸の敷地内だろう。

そこまで予想したなのはは、慌ててユーノに念話を送る。

《ユーノ君!》

……送った……のだが……。

《きゅーーーーーーーー!!》

返ってくるのはテンパッたユーノの声だけ。これでは事態に気付いてさえいないのではないだろうか。
なのはは焦った。目の前の二人の親友を交互に見る。こんな所で、この間のような事になったら、目の前の二人まで傷ついてしまうかも知れない。
そんななのはの耳に、すずかとアリサの話し声が届く。

「ユーノ君、大丈夫かな?」

「そうね、ネズミよろしく咥えられて戻ってくる前に、助けに行った方がいいかもね」

「だめっ!」

気がついたら叫んでいた。「あっ」と思うがもう遅い。アリサもすずかも驚いた様になのはを見る。

「えーっと……、私が探して来るから、二人はここにいて。
 ユーノ君がここに戻ってくるといけないから」

急いで、思いついた理由を二人に言うなのは。だが、それはアリサの気に大いに障ってしまった。

「何よ、また一人で全部解決するからってこと?」

怒ったような口調でアリサが言う。それになのはが慌てた様に返そうとするが、アリサの次の言葉の方が早かった。

「いいわ、分かったわよ。さっさと一人で行ってきなさい」

そう言って一度は上げた腰を椅子に戻すアリサ。その腕は組まれていて、顔はそっぽを向いていて、不機嫌そのものだ。
だが、なのはの方も都合上ここで言い争っている場合では無かった。罪悪感を感じながらも、素直にその言葉に従う事にする。

「……うん、直ぐに戻ってくるから、待っててね!」

そう言い、なのはは急いでユーノが消えた方へと走って行った。

「――待ってる事しか求められない方の気持ちも、少しは考えなさいよね…………」

その背中にかけられたポツリとした呟きは、しかしなのはの耳までは届かなかった。



「きゅーーーーーーーーー!!!」

「「「「にゃー」」」」「「にゃにゃー」」

さて、こちらはジュエルシード付近の森の中。
ユーノはその中を目を回しながら逃げていた。追い手は勿論月村家誇る子猫軍団。

「きゅーーーーー!!」

っておい。ユーノの奴ジュエルシードの真横そのまま通り抜けやがったぞ。しかも気付いてる様子無いし。
と、ユーノの後ろを追いかけて来た猫の一匹がジュエルシードを蹴飛ばした。

「にゃ?」

いきなり自分の眉間の辺りに現れた石に、疑問の声を上げる黒い猫。次の瞬間、勢いよく発光する蒼い宝石。

「「「「「「にゃーーーーーー!?」」」」」

それに子猫達が驚いてちりぢりに散っていく。その頃になってようやく、ユーノはジュエルシードの存在に気付いた。

「これは、ジュエルシード!?」

足を止め、ジュエルシードの発光地点へと目を向けるユーノ。
いつの間にかいなくなっていた子猫軍団に心のどこかで安堵しながらも、何が起きても対処出来るように身構える。

やがて発光が収まると、そこにはジュエルシードが目の前で発動したため逃げ遅れた、しかし発動前と全く変わったところの無い黒い子猫がいた。

「?」

その事に拍子抜けしながらも、何が起こるか分からないので気を引き締めるユーノ。
すると目を閉じて丸まっていた子猫が恐る恐る目を空け、辺りをキョロキョロと見回す。
ユーノはその頃から何かやーな予感がしていた。やがて別に何も起きていない事を認識したのか、またもや目を止めるのは目の前にいる小動物(ユーノ)。

(や、やっぱり……)

その視線に冷や汗をだらだら流すユーノ。

「ちょ、ちょっと待っ」

瞬間、黒い風がユーノの頭上を駆け抜けた。

「……へ?」

固まるユーノ。彼の目の前に子猫はいない。
更なるいやーな予感と共に、彼は恐る恐る後ろを振り返る。
予想通りというか何と言うか、そこには子猫が困惑した様子でキョロキョロと辺りを見回していた。

――その足下に、何かを引きずった様な跡を残して。

(ま、まさか……僕を追っている途中でジュエルシードが発動したから、『僕を捕まえたい』って願いが正しく叶えられた……?)

まあ、普通に考えてそうだろう。ちなみに、ユーノががんじがらめになったりしてないのは、そこに『自分の力で』という意識があったためである。

「ユーノ君!」

その時、ユーノの後ろから彼を呼ぶ声をが響いた。なのはだ。

「なのは!」

振り向くユーノ。その声に反応して、黒猫が獲物を再発見したことには気付かない。

「ジュエルシードは!?」

ユーノに駆け寄りながら、なのはが訪ねる。

「それなら、あの子ネ」

言いながらユーノが振り向こうとした瞬間、またもやユーノの隣を黒い風が通り抜けた。身を強ばらせるユーノ。
それはなのはの横も通り抜け、砂埃を巻き上げて止まる。

「……へ?」

目を丸くするなのは。

「……あの子が持ってる。叶えられた願いは『僕を捕まえたい』。今のところ結果は見ての通り超スピード」

「にゃー?」

自分の力を制御できていないのか、またもや獲物を探してキョロキョロし始める子猫。

「って事は、ユーノ君が捕まればジュエルシードの効力も切れるの?」

「へ……って何言ってんのさなのは!! それにそんなことしてもジュエルシードの効果は無くならないよ!」

ユーノはなのはの言葉に慌てて返す。ユーノの必死な様子に、なのはは苦笑する。

「にゃはは、冗談だよ。それよりユーノ君、近くにすずかちゃんとアリサちゃんがいるんだけど」

「! そうか、ここだと人目がある。分かった。結界を張るね」

ユーノがすぐに準備に入ろうとするが、なのはは首を傾げた。

「結界?」

「僕となのはが最初に会った空間。空間内の指定した者と魔法に関わる者を隔離して、外部との時間進行をズラすのお!?」

語尾が変だが、変では無い。何故ならユーノが嫌な予感と共にその場を飛び退くと同時、彼の目の前を子猫が通過して行ったのだから。
段々狙いが良くなって来ているのは気のせいではあるまい。ちなみに、ユーノの説明の"者"とは"生物"ということで問題無かろう。
体勢を立て直したユーノは、直ぐに結界発動に取りかかる。

「くっ、封時結界、展開!」

言うと同時、ユーノの足元に薄緑色の魔法陣が展開され、そこからドーム状に広がる様に結界が展開された。
その結界は月村邸の敷地内の殆どを覆う大きさとなる。

現れたのはモノクロにカラーのマーブルが蠢く世界。
なのははその様に見とれていたが、ふと気付いた様にユーノに言った。

「ねえユーノ君、さつきちゃんってこの中に入って来れるのかな?」

「さあ? この結界を認識出来る人なら大抵は入って来れると思うけど……
 この前『こういうのに敏感』って言ってたから、もしかしたら入ってこれるかもね」

「そっか……」

なのはが少し気落ちした風に言う。『もしかしたら入ってこれるかもね』と言うことは、普通は入って来れないということだろう。

(お話したいこと……訊きたいこと、あったのにな……)

「うぉわあ!」

と、少し自分の世界に入っていたなのはを引き戻したのは、ユーノの叫び声だった。
慌ててなのはがそちらを向くと、そこにいたのは冷や汗ダラダラ流しながら仰向けになったユーノ。
どうやら本当に危ない所で猫の攻撃を避けたらしい。

「な、なのは! とにかく早いとこアレの封印お願いぃぃ!?」

起き上がり、なのはに話しかけたユーノは直ぐさまヘッドスライディングに移行した。
その頭上を通り抜ける黒い風。明らかに切り返しが早くなってる。
と、なのは達の見ている前で子猫は木の側面に着地して、そのままユーノに躍りかかった。

「ほえっ!?」

「うわぁあ!」

その猫のいきなりな曲芸じみた動きになのはは驚き、スライディングしていたユーノは咄嗟に動けない。
だがそこはユーノ。咄嗟に猫と自分の間にシールドを張る。
だが、ユーノがユーノなら子猫も猫だった。
子猫がシールドに激突すると思われた瞬間、子猫は驚くべき身のこなしでシールドに"着地"、そのままシールドを踏み台にして垂直に飛び上がった。

「へ」

「おお!」

それにユーノが呆気にとられ、なのはが感心する中、子猫は頭上の木の枝に"逆さに"着地すると同時、その枝を蹴って真下のユーノに垂直落下を仕掛けた。

「うわぁあぁ!」

慌ててユーノが避ける。直後、ユーノがいた所で巻き上がる粉塵。煙が晴れた時そこにいたのは、何かを捕まえた様な格好で見事に着地していた子猫であった。

「流石猫」

なのははもうそうとしか言いようが無かった。

「感心してる場合じゃ無いでしょなのは! 早く何とかしてえ!」

ユーノの叫び声が聞こえ、そうだったとようやくレイジングハートに手を伸ばすなのは。

「レイジングハート、お願い!」

《All right. Set up》

レイジングハートはそれに答え、なのははバリアジャケットに包まれる。
が、バリアジャケットをセットアップし終わったなのはが再びユーノのいる方へ目を向けると、そこにユーノは居なかった。

「あれ? ユーノ君?」

「きゅーーーーーーー!!」

「ユーノ君!?」

怪訝な声を上げたなのはに返って来たのは、ユーノの悲鳴。
あの数瞬でいつの間にか移動していたらしい。なのはは慌ててユーノの元へ向かう。

そこいたのは、やたらめったら走り回るユーノと、それを追い回す子猫。
ユーノはたまにシールドを張ったりもしているが、子猫はそれすらも足場にして絶え間ない突撃をユーノに繰り返す。
先程のように突撃と突撃の間に間が無い。子猫はもうあのスピードを物にしていた。
木の幹や枝を使い、様々な方面からユーノに襲いかかる子猫。しかも、確実に楽しんでいるのだからタチが悪い。
ユーノもたまに全方面を覆う結界型のシールドを張ろうとしているが、子猫のスピードがそれを許さなかった。

急いでユーノの元へ駆け寄ろうとするなのはだったが、そこでレイジングハートから声がかかる。

《Master》

「どうしたの、レイジングハート?」

《Someone was perceived to use area search.(誰かが広域探索の魔法を使用したのを感知しました。)
 In addition it comes at high speed toward here.(更にこちらへ高速で向かって来ます。)》

「へ?」

レイジングハートの言葉に一瞬さつきかと期待するなのはだったが、次の瞬間その期待は裏切られる。

「フォトンランサー 連撃、ファイア!」

「え?」

なのはが疑問の声を上げると同時、なのはからは木々で見えない上空からユーノ達のいるところへ向かって無数の雷撃の槍が降り注いだ。
巻き起こる粉塵。

「うわぁ!」

「にゃー!」

「ユーノ君!」

それに悲鳴を上げる猫とユーノ、そしてなのは。
なのはがユーノに駆け寄ると、粉塵の中からユーノの方がなのはに向かって駆けて来た。どうやら上手く躱したようだ。

「なのは」

「ユーノ君」

自分の肩に乗ったユーノに安心したように呼びかけたなのはは、先程は見えなかった上空を見やる。
そこにいたのは、木の枝に降り立つ金髪の少女。恐らくなのはと同じくらいの年齢。
漆黒の肌着に、漆黒のマントをはためかせ、手には戦斧を思わせる杖を持っている。

「っ!」

そしてその目を見た時、なのはは息を飲んだ。

(この子も……)

紅い瞳。なのははそれを純粋に綺麗だと思うと同時、それが何処か寂しげだと思えた。
さつきとはまた何かが違う、それでも同じように寂しさを称えた、その瞳。

だが、なのははすぐに気を取り直すと、杖を構えて問う。

「どこの子!? どうしてこんなことするの!」





その少し前、フェイトはジュエルシードの発動を感じてマンションを飛び出した。

元々高速移動が得意なフェイトである。目的地にたどり着くまで、さして時間はかからなかった。
だが、わざわざ空を飛んで目的地まで直行、しかも見られた場合の対処も全くしてないのはどうかとは思うが。

兎にも角にも、フェイトが目的地に着いた時、そこには結界が張られていた。

「これは……他の魔導師が居るのかな……?」

只単にジュエルシードが張っただけだと考えるのは虫が良すぎるだろう。
只でさえ、昨日の晩に正体不明の少女にジュエルシード絡みで襲撃(だとフェイトは思っている)されたばかりなのだ。
フェイトは昨日の事を思い出してギリ、と唇を噛んだ。

アルフはボロボロだった。
右の肋骨は全部粉砕骨折、左の方も2本折れていて、壁にぶつけた左肩も骨折、右の肺は潰れかけていた。
肋骨が粉砕骨折になっていたため、傷ついた肺に骨が刺さっていなかったのが唯一の救いだろう。
アルフが主人の魔力で命を繋ぐ使い魔でなければ普通は死んでいた。

だが、それでも当分満足に動けないような怪我だ。
先程もフェイトは、一緒について行くと殆ど動かせない体を無理矢理動かそうとするアルフを宥めて来たばかりだった。

(あの子は厄介だ……)

フェイトは別に自分が負けるとは思っていない。確かにあのパワーは凄いと思ったが、自分は高速で移動して躱してしまえばいいし、
なにより少しぐらい当たってもバリアジャケットで威力を弱められる。
最後の結界壊しも、まさか単純な腕力のみでやったわけでは無いだろう。あの時は動揺してしまったが、
自分の使い魔のアルフだってバリアブレイクという魔法を使えるしそれと似たようなものだろう(と、フェイトは思っている。知らぬが仏とはこのことだろう)。
彼女が本当に魔導師で、デバイスを持ってきたらというのもあるが、それでも自分の強さは自覚している。そんじょそこらの魔導師には絶対に負けない自信がある。

フェイトはその様に考えており、もし再度交戦する事になっても負けるつもりは無かった。
だが、それがジュエルシード集めの競争相手として現れた場合、その存在はとてつもなく厄介なものになる。

フェイトは彼女に負けるとは思っていない。だが、彼女の戦闘能力を過小評価してもいなかった。
単純な1対1の戦闘ではなくなった時、出来れば彼女とは鉢合わせしたくないとフェイトは思っている。

(私は絶対ジュエルシードを集めなきゃいけないんだ。母さんのために)

兎に角、今は早くジュエルシードの所に向かわなければ。
もし魔導師が彼女じゃない場合、彼女が来る前に終わらせられるかも知れないしと、フェイトは結界内に進入した。
だが、その中は別に派手な音や、目立つ物が有るわけでは無かった。フェイトはその事に困惑する。

(もしかして、もう終わってる!?)

その予感と共に、急いで広域探索の魔法を展開するフェイト。
彼女は発動中のジュエルシードの気配を感知し安堵するすると同時、そちらに向かって飛び出した。

フェイトがジュエルシードの反応があった場所を空から見ると、そこにいたのは黒い何かの突撃を必死になって躱している一匹のフェレット。
フェレットが時折バリアーを張っている所を見ると、恐らくは使い魔だろう。そして黒い方がジュエルシードの暴走体。

それを確認すると、フェイトはすぐに行動を開始した。
暴走体は早くて狙いを付けづらい。よって……

「フォトンランサー 連撃、ファイア!」

そこら辺一体に魔力弾をバラ打ちした。

巻き上がる砂塵。直後、フェイトから影になっていた所からバリアジャケットを着た一人の少女が現れる。
その少女が昨晩の少女でなかった事に心の中で安堵するフェイト。
すると、上手く避けたのかフェレットが砂塵の中から飛び出して少女の肩に乗った。
その様子から、恐らく少女があの使い魔のマスターの魔導師であろうことが伺える。状況から見て、ジュエルシードの探索者だろう。

フェイトは気を抜かずに近くの木の枝の上に降り立った。
見ると、少女の方もフェイトを見つめ返して来ている。
少女はフェイトと視線を合わせた途端少し後ずさったが、直ぐに杖を構えてフェイトに問うた。

「どこの子!? どうしてこんなことするの!」

だが、フェイトはその意味の無い問いを無視し、その手に持たれた杖に注目する。

「バルディッシュと同じ、インテリジェントデバイス」

インテリジェントデバイスは、かなり高価な物だ。
そんな物を持っているという事は、この少女もまた、それなりの使い手なのかも知れない。

「……バル、ディッシュ?」

目の前の少女の視線が、自分の手に持つバルディッシュに注がれるのを見ながら、
フェイトは兎に角早くジュエルシードの入手を完遂することに意識を切り替える。

「ロストロギア ジュエルシード。
 申し訳無いけど頂いて行きます」

《Scythe form》

バルディッシュから鎌の形をした刃が飛び出る。早口で言うが早いが、フェイトは少女に向かって突進し、その鎌を横凪に振るった。
まず邪魔をされる可能性のある者の排除、それが一番手っ取り早い方法だ。

「え!?」

少女はいきなりの攻撃に戸惑い、反応が遅れた。迎撃も防ぐことも出来そうにない。
だが、上手くいきそうでフェイトが安堵したその瞬間、少女とバルディッシュの間に薄緑色の魔力障壁が生まれた。

「きゃっ!」

「っ!」

少女はバルディッシュの魔力刃と魔力障壁がぶつかった衝撃に悲鳴を上げ、フェイトは歯噛みした。
使い魔の存在を忘れていた自分を恨みつつ、そのままバルディッシュを振り抜いて障壁を壊そうとするフェイト。だが……

(っ 堅い……)

その魔力障壁はやたらと堅かった。並の魔導師とは比べものにならない。
フェイトは仕方無く、一端距離をとる。

すると、少女はデバイスをフェイトに向けて来た。

「何で、いきなりこんな事……」

フェイトを睨みながら、少女が問う。だが、フェイトはそんな事には取り合わず、バルディッシュの先を少女に向ける。

《Device form》

バルディッシュが刃を仕舞い、その先に集まる雷撃を伴った魔力弾。

(防御されるなら……その上から、打ち抜く!)

「ああもう! 何でこの子もお話してくれないの!!」

《Shooting mord》

すると、目の前の少女も何事か叫びながらデバイスを変形させ、その先に魔力を集め出した。見たところ砲撃用の形態だろう。
だが、構うことは無い。チャージが終わり次第打つだけだ。防がれても目くらましにはなる。

《Thunder Smasher》

先にチャージを開始した分、フェイトの方が早かった。

《Divine Buster》

だが、すぐに少女の方もチャージが終了する。

「サンダー」

「ディバイーン」

「ニャー」

「「!?」」

「ぅわぁあ!」

お互いに攻撃を放とうとした時、いきなり聞こえてきた猫の声に出鼻をくじかれる二人。
いや、ただ猫の声が聞こえただけだったらフェイトは構わず砲撃を打っていただろう。
だが、少し状況が違った。襲われかけていたのだ。目の前の少女が。いや、その肩の上に乗ってるフェレットが。

襲いかかっているのはジュエルシードを持っていると思われる黒猫。フェイトも少女も、すっかり意識の外であった。
どうやら先程のフェイトの攻撃は子猫にも当たっていなかったらしい。音と衝撃で気絶でもしていたのか、丸くなって震えていたのか。
見たところジュエルシードに意識を乗っ取られている訳ではなさそうだが、
そのまま逃げたりしてないところを見ると何らかの精神的影響ぐらいはあるのかも知れない。

「ユーノ君!」

何はともあれ、子猫に飛びかかられたフェレットは、慌てて避けようとして少女の背中側に落ちてしまった。
少女は慌ててそれに振り返ろうとする。子猫はまだ少女の目の前。フェイトにとっては絶好の機会だ。
すぐさま打とうと思っていた砲撃を破棄、連射型の魔力弾に切り替える。

「ゴメン!」

《Photon Lancer Full Auto Fire》

フェイトが叫びながら打ち出す魔法。最初に子猫とフェレットを襲った稲妻の槍が、無数に少女に向かって飛んで行った。

「え? きゃあ!!」

直前で少女が気付くも、遅い。為す術無く魔力弾の直撃を受け、子猫を巻き添えに吹っ飛ばされる少女。

そのまま木に激突しそうになった少女だったが、直前で薄緑色の魔法陣がクッションになってそれを避けた。
どうやら直前で使い魔が正気に戻ってやったらしい。少女の方は気を失っているだけのようだ。

「さっきの障壁と言い、いい使い魔を持っている」

呟き、少し安堵しながら吹き飛ばされた子猫に近づくフェイト。
こちらも気を失っているようだが、少しの擦り傷だけで特に目立った外傷は無い。

《Sealing mord set up.》

バルディッシュが封印用の形態を取る。
その先から電流が走り、猫に取り込まれていたジュエルシードを分離させた。ジュエルシードの表面に、ナンバーが浮かぶ。

《Order?》

律儀に訊いてくるバルディッシュに、フェイトは最後の指示を出す。

《ロストロギア ジュエルシード、シリアル14、封印》

《Yes, sir》

バルディッシュの先から魔力が迸り、ジュエルシードを包み込み、封印は完了した。

《Capture》

封印が終わったジュエルシードをバルディッシュに格納したフェイトは、少しだけ自分が倒した少女に目を向けると、そのまま飛び去った。





ちなみに、さっちんは何をやっていたのかというと。

ジュエルシードの発動に気付き、尚かつ結界の発動まで感知したさつきはその発生源に急いで駆けつけていた。
時間的にはフェイトのもう少し後と言ったところだろうか。が、そこからが問題だった。

「こ、ここは…………」

冷や汗をダラダラ流しながら塀を見上げるさつき。思い出されるのは、最初にこの世界に来た瞬間の、半ば心的外傷(トラウマ)的な記憶。

(無理! むりムリ無理!! こんな銃撃ハウス今度入ったら絶対に死ぬって!!)

ガタガタガタガタ震えながら後ずさるさつき。しばらくして、ハッと思いついた様にリアクションをとる彼女。

(そうだ! 今ならなのはちゃんもフェイトちゃんもこっち来てるだろうし、今なら誰にも邪魔されずに他のジュエルシードゲット出来るじゃん!
 さっすが私! そうと決まれば早速探しに行かなきゃ!)

……要するに、逃げ出すことにしたのだった。







空が朱くなり始めた頃の月村邸。その一室の廊下で、アリサが壁に背を向けて床に座り込んでいた。
その腕は両膝を抱えて、顔をうずくまらせている。

「……私のせいだ…………」

「違うよ、アリサちゃんのせいじゃ無いよ!」

そうポツリと呟いたアリサの言葉を、彼女の目の前にいるすずかが否定した。

「だって……だって! 私が、すずかの言うみたいに意固地になったりしなければ、あの時、ちゃんと私も着いてくって言ってれば!
 なのはが、こんな怪我することも無かったかも知れないじゃない!!」

そう言い、涙を流しながら更に顔を埋めてしまうアリサ。
すずかはそんなアリサの言葉に首を振り、優しく話しかける。

「ううん、そんな事無いよ。誰もアリサちゃんを責めたりなんかしてないし、そんなこと言ったら私だってそうだよ。
 ほら、部屋に入って、なのはちゃんが起きるの待とう?」

そう、彼女達の横の扉の向こう、そこでなのはは寝ている。
なのはの帰りが遅くみんなが心配し始めた頃、丁度様子を見に来ていた恭也達の所にユーノが駆けつけ、
足を挫いて気絶していたなのはの所まで引っ張って行ったのだ。なのははそれ以外にも所々擦り傷を負っていたが、
それ以外に目立った怪我も無かったため恐らくユーノを追いかけてる内に転んでしまったのだろうとみんなは判断した。
そして今は彼女の意識が戻るのを待っている所だ。
だが、アリサはすずかの言葉に激しく首を振る。

「どの面下げて会えって言うのよ。私がやった事なんて、ただの八つ当たりじゃない!
 そのせいでなのはは怪我して、どうしろって言うのよ……」

「アリサちゃん……」

すずかには、アリサの言った『八つ当たり』の意味が分かった。
恐らく、昨日の会話だろう。
彼女は昨日、『じゃあ、私はずっと怒りながら待ってる。気持ちを分け合えない寂しさと、親友の力になれない自分に』と言っていた。
そう、彼女が怒っているのはなのはに対してじゃなく、『気持ちを分け合えない寂しさ』と、『親友の力になれない自分』の筈だったのだ。
そのことを考えれば、先程アリサがなのはに行ったことは確かに『八つ当たり』になるのかも知れない。
だが、流石にそれは行き過ぎだ。すずかがその事を指摘しようとした時、

「アリサちゃん、すずかちゃん、なのはが目を覚ましたぞ」

「っ!」

間が悪く、ガチャリと開いた扉の向こうから恭也が出て来てそう言った。
その言葉を聞いたアリサはビクリと体を震わせ、立ち上がって全く別の方向へ駆けだして行ってしまう。

「アリサちゃん!」

すずかが慌てて呼びかけるが、アリサは止まらなかった。



アリサはその後自宅で執事をしている鮫島を呼び出してその車に飛び乗り、そのまま家に帰ろうとした。
出来た人だった鮫島は流石にそのまま帰ることはせずに月村家と高町家の面々に挨拶をしに行ったため、
アリサは車の外からすずかや忍、恭也に呼びかけられる事になるのだが、彼女はそれでも車の隅で丸くなったまま出て来ようとしなかった。

結局、ガンとして聞く耳を持たないアリサを鮫島が見かねてその日はそのまま帰らせる事になったことと、
そうなった経緯をなのはが知ったのは、既にアリサが帰ってしまった後だった。










あとがき

よーやく書き上がった!
いや、当初は7話と8話とこれを1話ですませようと思ってたとかもうね。
途中でデュエル小説とか書いてるからこんな事になったんでしょうけど;;;
しかし向こうは感想が来ない。いや、叩かれないだけいいと前向きに考えるべきか……

ちなみに作者、無意味な伏線や気の長すぎる伏線を無闇に引きます。
第4話とかA’s終了後にしか意味を持たない伏線引いてるし。今回のだって……
ぶっちゃけて言っちゃうと、月村サイド、こっから当分出番無しです。イタイイタイ。本当にごめんなさい。
そしてアリサの事だっt(強制終了

それはまあ一重に僕の小説の書き方によるものなんですが、そんな事言ってもしゃーない(開き直るな
まあ、暖かい目で見守って下さい。

ちなみに今回さっちん出番ありませんでしたが、あそこにさっちん突っ込むと収集がつかなくなるので仕方無かったんです!
あの夜の事はこの為の伏線だったんだよ! いやマジで。

そして今回ユーノをもっと虐めたかったのに上手くいかんかった orz
くそう。自分の表現方法の下手さに絶望した。

絶望したと言ったら月姫8巻! やっぱりと言うか何と言うか琥珀の所削除られてた!!
くそう。こうして琥珀完全ギャグキャラ化計画は着々と進行して行くのか orz
しかし、こうして見ると型月作品って必ず一人は強姦されてる女の子出てくるんですよね。何と言うことだ。
そして真逆の完結じゃ無かった。次の巻はいつになるのだろうか。

そして漫画つながりで書くとコンプのFate立ち読みしてこっちにも呆れた。
あんなん原作設定知らない人見ても訳わからんだけな件について。
つーか順調にUBWルート行ってんな思ってたのに11巻の最後で嫌な予感がしてきて今回完全にセイバールート確定したって何それ。
しかもアーチャーの正体誰も気付いてないって聞いたんですけどどーゆーことだ。

ついでに口にすると、僕最近メルブラアクトカデンツァで(AA地元に無いんだ(泣 )さっちんの練習してるんですが、623のコマンドが入れれない!OTL
あれ使いこなせなきゃさっちん使えない子になるのに……今まではシエル先輩使ってたから何とかなったんですが(それでもシエルサマーやろうとしたら黒鍵投げたりとか色々酷いけど
何かコツとかあったら教えて下さい。真面目に。

まあ、それはそれとして、これを書いてる合間にサウンドステージ聞いて冷や汗流した件について。(話飛びすぎ
飛行魔法は初歩……だと……? え? あれ? だってStrikerSでは……と思ってNANOHAwiki見て納得。浮くだけなら比較的簡単ってなにそれ怖い。
kyokoさんの言っていた事がようやく理解出来ました。……しかしどうしよう。暇を見て修正するか。



[12606] 第10話 ユーノの悩みは最強に
Name: デモア◆45e06a21 ID:0e4ab0b6
Date: 2010/07/02 06:11
「はぁ……」

新たに出てきた魔法少女と遭遇したその夜、なのはは一人自室でため息をついた。
だがそのため息の大半はその少女に対するものではなく……

(アリサちゃんとのわだかまりをいい方向へ改善できたと思ったんだけどなぁ……。
 みんなにも迷惑かけちゃったし……)

今日、自分がみんなに迷惑をかけたことについてと、彼女が自分のせいで傷つけてしまった少女の件についてだ。
なのはからしてみれば、自分の怪我にアリサは全くもって関係無いことを知っており、
しかも自分の意志で行動した結果傷ついたのだから言ってみれば自分が勝手に怪我したようなものだ。
続けてその原因が原因なだけにそれをアリサに説明のしようが無いと来た。

(……ぅうん、もういっその事アリサちゃん達には話しちゃおうかな……
 この間から迷惑ばっかかけちゃってるし、これ以上は申し訳なさすぎるよ……)

「はあぁ~……」

と、またもや盛大なため息を吐くなのはに、ユーノが心配そうに声をかける。

「なのは、大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ。ちょっと落ち込んでただけだから」

「う゛っ……」

だが、アリサ達のことでもユーノが少なからず責任を感じていることまで頭が回っていないなのはは、彼に追撃をかけてしまう。
だがそれでもめげずにユーノはなのはに話しかける。

「あ、あの……そうじゃなくて、怪我の様子……とか……」

「え? ああ、うん、大丈夫だよ。ユーノ君が治療してくれたお陰で、もうそんなに痛くないよ」

二人の視線の先には、包帯が巻かれたなのはの左足。それを暗い顔で見つめていたユーノが、口を開いた。

「あの娘……」

「うん?」

「多分……ううん、ほぼ間違いなく、僕と同じ世界の住人だ」

「……うん」

何となく分かっていたなのはは、そのまま頷く。

「ごめんなのは……僕が…………僕達のことで、君に迷惑ばかりかけてる……」

申し訳なさそうにそう言ったユーノの目の前に、手が差し出された。

「?」

「そんな事ないよ」

いかぶしむユーノがなのはの言葉に顔を上げると、乗って、とばかりに目の前の手を動かされる。
大人しくそれに従うユーノ。
なのはは自分の手のひらに乗ったユーノを自分の顔の位置まで上げた。

「最初は私も、ユーノ君のお手伝いだったけど、
 今は自分の周りの人に迷惑をかけたくないから、自分の意志でジュエルシード集めをしてるの。
 元々の原因はユーノ君達のことかも知れないけど、私の行動は全部私の意志でやってるんだよ。
 だから、私とアリサちゃんとのことも、私が怪我したことも、ユーノ君のせいじゃないよ」

優しい声で、にこやかに告げるなのはに、ユーノは尚も暗い顔で問う。

「なのはは……怖くないの?」

「ううん、不思議と怖くはない……かな。
 さつきちゃんもそうだけど、あの娘の事も……悪い子には見えないんだ」

「……………」

なのはは遠いところを見るかのようにそう答えるが、ユーノの顔が晴れることは無かった。











次の日の朝、なのはの家にユーノとレイジングハートの姿は無かった。











なのはは町中を走り回っていた。
いつもならユーノの散歩(という名目のジュエルシード探し)に出かけている時間。だが今彼女の傍らにユーノはいない。

「ユーノ君!」

朝起きたらユーノが居なかった。それだけなら別に何でも無かったかも知れない。たまたま別の部屋に行っていた可能性もある。
だが、常に首に掛けてあった筈のレイジングハートまで消えていたとあっては、なのはも慌てざるを得なかった。

(どうして……)

思い出されるのは、昨日の夜の出来事。責任を感じて暗くなっていた彼の顔。
嫌な予感がなのはの体を駆け巡る。

(どうして…………)

彼女も分かっている。恐らくは”そういうこと”だろう。
だが、だからこそ……

(どうして、ユーノ君!)

彼女はただ、あてもなく走る。







~高町家~

「あれ? なのはは?」

「んー? おかしいな。いつもならもう戻ってきてる時間だが……
先週の件で学校が休みになったぶん今日授業があること忘れてるんじゃないだろうな。
 あいつこのままじゃ学校遅れるぞ。美由紀、電話入れてやれ」

「はいはい。全くなのはったら」

♪トゥートゥートゥー トゥットゥトゥー トゥトゥトゥ トゥトゥ……

「あれ? この音……」

「なのはの部屋から……だな」

「………」

「………」

「「はぁ~」」







~私立聖祥大附属小学校~

「あ、アリサちゃん」

「…………なのはは?」

「まだ、来てないみたいだけど……」

「………………」

「あっ、違うよ。怪我はそんなに酷くなかったから、ちゃんと学校にも来れるはずだよ」

「……そう」

「昨日、なのはちゃんも心配してたよ?
 誰もアリサちゃんのせいだなんて思って無いし、
 その事をアリサちゃんが気に病んで逆になのはちゃんを心配させちゃったら本末転倒じゃない?」

「……うん、分かってる。今日、きちんと謝ってそれで終わりにする」

「……全く」





~私立風芽丘学園~

ヴー ヴー ヴー

「もしもし、なのははどうなった?
 ……まだ一度も帰って来て無い? 学校の方からも電話が来た? 今は父さんが捜しに出てる?
 …………わかった。こっちも一旦学校抜け出してなのはを捜すよ」

ピッ

「恭ちゃん、なのはまだ家に戻ってないの?」

「ああ、全く、飯も食わずにどこほっつき歩いてるんだか。
 俺は今から捜しに行くから、お前は……」

「私も行く」

「…………はあ、分かったよ」







~私立聖祥大附属小学校~

「アリサちゃん……」

「………」

「ほら、なのはちゃんきっと何か用事が出来たんだよ」

「……っ!」

「あ、アリサちゃん!」


「先生!」

「あら、どうしたの二人とも?」

「なのはが学校に来て無いんですけど、どうしてか知ってます!?」

「……朝家を出てったきり、帰って来て無いらしいわ。
 まあ、ご家族の方が捜してるらしいし、そのうち見つかるわよ」

「なのはちゃん……」

「っ!」

「アリサちゃん!?」

「あ、こら待ちなさい二人とも!」






そして街中を歩く、1匹のフェレットの姿。言わずと知れたユーノである。

「………………」

彼は無言で歩き回り、至る所に鋭く目を向ける。
それを繰り返しながら進んで行き、彼が行き着いたのは森の奥の方。なのはと一緒の時は来るようなことが無かった場所である。
それまでずっと歩き続けていた彼は適当な木の幹に背中を預け、座り込んで天を仰いだ。

(これ以上、なのはに迷惑をかける訳にはいかない。魔力の方もけっこう回復して来たし、これからはまた僕一人でやらなきゃ)

彼がそう思い高町家を出たのはこの日の早朝。まだ日が昇ったばかりの頃。レイジングハートを何とか説得して、一緒になのはの元を離れたのだった。
だが、彼がこういった思い切った行動に出た原因はこれだけでは無い。
というよりどっちかと言うとこっちの方が割合としては大きいのだが……

(この間も昨日も、僕は全然役に立てなかった。それだけならまだしも、昨日の僕なんて何をしていたんだ……
 ジュエルシード発動の予兆にも気づかず、なのはに全てを投げ出して、挙句戦闘では足手まといになってなのはに怪我させて……)

要するにユーノは、ジュエルシードの件そのものでなのはにかけてる迷惑より、自分の不甲斐なさからなのはにかけてる迷惑に責任を感じているのだ。
その為彼はレイジングハートを持ってなのはの元を離れ、後は自分だけで何とかしようと思ったのだった。
全てが終わった後にまたお礼をしに顔を出そうなどと考えているあたり、彼らしいといえば彼らしいのだが、
もう少し現実という物を見たほうがよくはないだろうか?

と、そんな彼が一息の休憩を終え、「ふう、」と息をついてそこを離れようとした瞬間だった。

彼のもたれていた木のウロから、蒼い光が溢れ出した――――







「! これって!」

ユーノを探し回って町を駆けていたなのはは、不意に訪れた感覚でジュエルシードの発動を感知した。
そして、と、言うことは。

(ユーノ君は、絶対そこにいる!)

今レイジングハートは手元に無いが、元より放っておくことなど出来ないのだ。なのはは躊躇わずに反応のあった場所へと向かった。







「! ジュエルシード……」

とあるマンションの一室で、ジュエルシードの発動を感知したフェイトはすぐさま立ち上がり、窓を開ける。

「フェイト」

と、その背中に声がかかった。部屋の隅で横になっている、彼女の使い魔であるアルフのものだ。

「駄目だよ、アルフ」

また一緒に行くと言い出すのだろうと思ったフェイトは釘を刺す。何せ今のアルフは上半身の殆どをギプスで固めてあるのだ。
まだ連れて行くわけにはいかなかった。

「うん……気をつけてね、フェイト」

と、意外にもアルフはアッサリと引き下がった。それに少々肩透かしを喰らいながらも、昨日のお説教が効いたのかなとふっと笑みを零すフェイト。

「うん、行ってくるよアルフ」

そう言い残し、フェイトは空へと飛び立った。
その表情は既に真剣なものへと変わっている。

(昨日の子も来るかな? 残りのジュエルシード、いくつかはあの子が持ってるのかも)

それならば、そちらも何とかして手に入れなければならない。
それに……

(もしかしたら、一昨日の子と昨日の子は協力関係なのかも知れない。
 だから昨日は一昨日の子は現れなかったし、ジュエルシードも持ち歩いていなかったとも考えられる。
 もしそうなら、私昨日あの子に勝っちゃったから今度は一緒に来るかも知れない。
 ただの考えすぎかも知れないけど、どっちみち一昨日の子も現れる可能性はあるんだから、気をつけておくことにこしたことは無い)

再度気を引き締め、彼女はジュエルシードの発動地点へと向かう。







とある本屋では。

「!! 来た!」

ジュエルシード発動の感覚に、さつきは立ち読みしていた月間誌を急いで棚に差し戻そうとして……

――グシャ

「………」

差し込み損ねられてすごい音と共に折れ曲がる雑誌。
硬直したさつきは、恐る恐る周りを見回す。と、

「……」

「…………」

「………………(汗」

――――ニコッ

店員さんの一人とバッチリ目が合ってしまい、数秒の沈黙の後とてもいい営業スマイルを貰ってしまった。

「――はぁ」

流石にそのまま素知らぬ顔で店を出る訳にもいかず、ため息をつきながら折ってしまった月間誌をレジに持っていくさつきであった。

――ちなみにその雑誌は『コンブティーク』という名前で、表紙には『トライアングルハート3&魔法使いの夜コラボ企画』と書いてあった。
更に言うとさつきがその雑誌をレジに通した折、付録だったらしくポスターが3枚も貰えた。
何もこんな邪魔になる時に貰わなくても……とさつきがため息を吐いたのは内緒である。







なのはがジュエルシードの反応を感知した場所の近く――山の麓を上り始めた時、なのはは森の奥から自分の方へ人影が向かってくるのを見た。
ジュエルシードの暴走体かもしれない――そんな考えが頭をよぎって身構えるなのは。
やがてその姿が確認出来るまでに近づいたその人影の正体は、見慣れない薄緑色の服を着た金髪の少年だった。

(……?)

温厚そうな顔立ちに、優しそうな緑色の目。
人影が人間であった、それも危険な人ではなく、優しそうな同い年ぐらいの少年ということもあり、なのはは警戒を解く。
だが、つい先ほどここであったジュエルシードの反応やその服装、昨日新たな魔導師に合ったばかりということもあり、当然疑問も生まれる。

「あの……」

だが、なのはが口を開いた矢先、

「なのは? なのはじゃないか!?」

「ふぇ?」

少年の方から叫ばれてしまった。

「どうしてこんな所にいるん……ああそっか、さっきのジュエルシードの反応に気付いて来ちゃったんだ。
 全く、レイジングハートも持ってないのに危険じゃないか!」

「え……? あのー、そのー……」

訳が分からずシドロモドロになるなのは。その頭の中では見知らぬ筈の少年の正体に全速力で検索をかけていた。
そんななのはの様子に首を傾げる謎の少年。

「? ああそっか。この姿で合うのは久しぶりだから混乱しちゃったんだね。
 僕だよ、ユーノだよ」

少し悩んだ末になのはの混乱の原因に行き着いた少年がそう言うと、その体が見る見る小さくなり、やがて一匹のフェレット――見紛うこと無きユーノになった


その様子を驚いた様子で見つめるなのは。
数秒の沈黙の後、

「ほ、ほぇえ~~! ゆ、ユーノ君!!?」

森の中に響くなのはの叫び声。

「うん、だからそう言って……」

「ユーノ君って、人の姿にもなれたんだ!」

「……え?」

何やら会話が変だと思い始めたユーノは、そこで一つ確認をした。

「……なのは、僕たちが最初に会った時も、この姿だったよね?」

だが、なのははそれにブンブン首を振る。

「ううん、最初からフェレットだったよ?」

「え? えーっと…………」

何やらポクポクというBGMを鳴らしながら考え始めたユーノ。
やがてチーンという擬音と共にユーノの頭上に!マークが揚がった。

「あ! そ、そうだ、そう言えば最初もこの姿だった!」

「そうだよね? ……え? って事はユーノ君、もしかしてユーノ君って本当はフェレットじゃ無くて……」

「僕はれっきとした人間の男の子だよ!」

「え、えぇーーーーーー!!」

「ま、まさかなのはに人間に見られて無かったなんて……」

人間形態に戻ったユーノはガックリと肩を落とす。と、そんなユーノに驚愕から立ち直ったなのはが思い出したように詰め寄った。

「あ! そう言えばユーノ君、どうしていきなりいなくなっちゃったの!? レイジングハートは!? さっき発動したジュエルシードは!?」

「えーっと、それは……」

矢継ぎ早に繰り出されるなのはの問いに、どう答えようかと悩むユーノ。

「っ!! シールド!」

だが、次の瞬間ユーノがいきなりシールドを張る。自分まで包み込む全方位防御の結界型魔力障壁にどうしたのかと戸惑うなのは。半強制的に先ほどまでの会話は打ち切りになる。
そしてそのなのはの疑問は、次の瞬間、空からシールドに幾つもの魔力弾がぶつかったことで解かれた。

「え!?」

突然の事に驚きながらも、なのはは魔力弾の飛んで来た方向を見る。ユーノは既にそちらを睨んでいた。
そこにいたのは、なのは達が昨日出会った漆黒の魔法少女。
いきなりの事で驚いたなのはだったが、冷静に考えれば当たり前の展開だ。
なのはは急いでユーノの方を向く。

「ユーノ君、レイジングハート!」

だが、返ってきた答えはなのはの期待するものではなかった。

「ごめん、今手元には無いんだ」

それに慌てるなのは。

「ええ!? じゃあどうするの!」

だが、

「大丈夫」

そんななのはに、

「僕が一人で」

いつもとは違った雰囲気でユーノが言った。

「何とかするから」

「……え?」

「なのはは危ないからそこら辺に隠れてて」

漆黒の魔法少女の方へと歩を進めた彼へ、なのはは慌てて声をかける。

「そんな! 危ないよ!」

「大丈夫。僕に任せて」

自信に満ちた表情でそう言い、ユーノは空へと向かった。
レイジングハートを持たないなのはに、それを追う術は無い。

「あっ……」

なのはは心配そうに、ユーノを見上げていた。





不意打ちが防がれたことで様子見をしていたフェイトは、自分と同じ高さまで昇って来た相手に身構える。

(さっき探索魔法を使った時、彼からジュエルシード反応があった。と言うことは……)

その理由は、考えるまでも無いだろう。

「あなたの持っているジュエルシード、渡してもらいます」

《Scythe form》

静かな声で宣言すると同時、フェイトはユーノに向けて一気に距離を詰め、バルディッシュを振るう。
だが、振るわれた刃はしかしユーノに当たる事は無かった。

「シールド!」

――ギギッ

「――っ」

ユーノが手を差し出しながら叫ぶと同時に現れたシールドに、バルディッシュの刃は止められていた。
フェイトはそのまま力を込めるが、そのシールドはやたらと硬く、壊すことは出来ない。更に、

「バリアバースト!」

「っ!?」

ユーノが叫ぶと同時、彼の張っていたシールドが爆発した。
それに吹き飛ばされるフェイト。だがそれほどダメージは無い。彼女の戦闘スタイルは基本的に高速移動を使った翻弄と奇襲。
攻撃を完璧に防がれたため、即座に離脱しようと後方へ動き始めていたことが原因だった。
これがもし力押しで押し切るタイプだったらあの爆発をモロに受けていただろう。

「くっ!」

空中で体制を整えるフェイト。だがその隙に、

「イクスシューター!」

爆発で巻き起こった粉塵の向こうからユーノが複数の魔力弾を放った。その数7。
フェイトはユーノの叫び声にハッとし、急いで魔力弾を避ける。
そのままユーノに対して身構えるフェイト。だが次の瞬間、視界の端で何らかの光を察知したフェイトは急いで体を捻る。
次の瞬間、フェイトの体の前を通り抜ける魔力弾。

(誘導型!)

悟ったフェイトは歯噛みする。身を捻った瞬間、自分を取り囲むように時間差で迫り来る魔力弾を視界に納めたからだ。
囲まれているため高速移動魔法は役にたたないし、体制を立て直す暇も無い。よって、彼女が取れる選択肢は、

(全部かわす!)

これしか無かった。体を無理やり捻り、自身でも驚くべき身のこなしで次々と魔力弾を避けていくフェイト。
だが、それでも限界というものは存在し、最後の魔力弾は直撃コース。

「っ! シールド!」

シールドが間に合い、魔力弾の直撃を免れるフェイト。今の一連の動きはもう一度やろうと思っても無理だろう。
だが、彼女がかわしたのは誘導弾。これで終わるはずも無い。
フェイトもそれは分かっており、荒い息をしながらも急いで周囲を確認する。
すると、ユーノはかわされた魔力弾を今度はまたもや全方位から、今度は少し距離を置いた所から全部いっぺんに突っ込ませた。

だが、今度は何の工夫も無い一撃。

《Blitz Action》

フェイトは高速移動技で全ての魔力弾の射線上から外れ、そのままバルディッシュを大きく振りかぶった。フェイトの視線の
端で、魔力弾同士がぶつかり合って消滅する。
これを好機と見たフェイトが、その場でバルディッシュを振り下ろす。

《Arc Saver》

「はあっ!」

振り下ろされたバルディッシュの刃が、ブーメランのように飛び出してユーノに迫った。

一方ユーノは魔力弾を突っ込ませた瞬間から魔力弾の制御を放棄し、新たな魔法を使用するための呪文を唱えていた。

「妙なる風よ、光となれ」

フェイトの視線の先で、"特に何もせず魔力弾を制御していた"ユーノがアークセイバーを更に上昇する事で避ける。
だがそれを読んでいたフェイトがいる場所は、既にユーノの進行方向の先。

フェイトの目に目前の相手がハッとした表情をしたのが見えたが、もう遅い。フェイトは新たに作成したバルディッシュの刃を問答無用で振り切った。

振り、切った。確かに目の前の相手に当たったのに、"何の抵抗も無く"。

「咎人に、その鉄槌を下したまえ!」

ユーノの詠唱が終わる。彼の眼下には、攻撃を掠らされて体制が崩れているフェイトの姿。

「スーパーセル!」

「!」

目の前にいた相手の姿が霞のように消えていく様を目を見開いて見ていたフェイトは、
自身に向かってくる薄緑色の砲撃に直前で気付き慌ててシールドを張る。

(そんな、幻影魔法だなんて!)

心の中で叫ぶフェイト。実際幻影魔法はかなり難しい部類に入る魔法で、使い手なんてそうそう居ない。

「っ! くうっ! きゃあっ!」

フェイトが張ったシールドは何とか間に合ったものの、体制を立て直す暇も無かったため彼女はそのまま吹っ飛ばされてしまう。
吹き飛ばされたフェイトは地面に激突し、砲撃の余波で土煙が舞った。


「す、すごい……」

地上でその様子を見ていたなのはは思わず呟いた。
やがて自分の側に降り立ったユーノに、なのはは駆け寄る。

「ユーノ君! あの子大丈夫!?」

開口一番がそれだった。まあ、あの光景の後なら仕方ないだろう。
なのはらしいと、ユーノは苦笑しながらも頷く。

「うん、砲撃はちゃんと防御されてたからダメージはそれ程ないだろうし、地面に叩きつけちゃったけどバリアジャケットあるからそんなに心配しなくていいと思うよ」

「そ、そうなの?」

ユーノの言葉にまだ心配そうな顔を続けるなのは。まあ、人が上空から地面に叩きつけられるところを見たら当然だろう。
だが、ユーノがそう言うのであればと納得したのか、なのはは話題を変える。

「ユーノ君ってあんなに強かったんだ!
 途中でユーノ君が二人になったり、ビックリしちゃった!
 それに攻撃はからっきしで補助が得意って言ってたのに、攻撃も凄かったよ!」

なのはの口から出てきた心からの賞賛に、ユーノは苦笑。
だがそれは、謙遜していたことがバレたからとか、なのはに弱いと思われてたからという風ではなく、返答に困って浮かべるもの。

だがなのはがそれに疑問を持つより早く、

「サンダースマッシャー!!」

「!?」「っ!!」

叫び声と共に森の中から雷の砲撃が放たれた。
それに素早く反応してシールドを張るユーノ。そのシールドは多少押されながらも、危なげなく砲撃を受け切った。
次いで、砂塵を割って雷によってなぎ倒された木々の向こうから突っ込んで来たフェイトも、ユーノは冷静にシールドで対処する。

二度に続く不意打ちまでいなされたフェイトは、先程と同じ事にならない様に直ぐに引く。
彼女の額には冷や汗が浮かんでおり、呼吸は荒い。バリアジャケットもボロボロで、体には切り傷かすり傷がある。
引いて、彼女は緊張した面持ちでユーノにデバイスを向けながら、口を開く。

「デバイスも無しに高レベル魔法の同時連続使用……そしてジュエルシード反応……
 まさか、ジュエルシードを制御して使用しているのか!?」

「え!?」

そのフェイトの言葉に、目を見開くなのは。対してユーノは真剣な――硬い――表情で返す。

「別に、そんな大それたことしてないさ。
 ――それで、どうするんだい? このまま続ける?」

「――くっ」

ユーノの問いに、悔しげな声を上げるフェイト。
だが彼女は引こうとはしない。受身になってもジリ貧になることが分かっている彼女は、一気に仕掛けるために力を蓄えて……

「ここ!? やーっと着いた!」

それを爆発させる前にいきなり乱入してきた少女に、体を硬くした。
乱入してきた少女はもちろん弓塚さつき。
この間自分の使い魔をボロボロにした相手だという事にフェイトが気付かないはずも無い。
フェイトの胸中に今すぐに飛び掛ってアルフの仕返しをしたい衝動と怒りが沸き起こるが、必死に自分を制する。

「っ!」

葛藤も数瞬、流石に分が悪すぎると感じたフェイトは、そこから急いで離脱した。


「あっ!」

さつきが現れた、その次の瞬間にフェイトが離脱したことに思わず声を上げるなのは。思わず手を伸ばそうとする。
だが、もう追いつくことは出来ないのは明白。なのはは少し悲しげに目を伏せて、だが次の瞬間には決意を宿した表情でさつきを見やった。

一方のさつきはと言うと、

「あー、遅かった……」

どうやらもうジュエルシードの封印は終わっていると判断したらしく、地面に手を付いてうな垂れていた。

「さつきちゃん」

が、それでも真剣な声で自分の名前を呼ばれれば反応はする。
その声の真剣さを感じ取り、自分も雰囲気を真剣なものに変えて立ち上がるさつき。
その際、なのはの隣に立っていた少年に気付き怪訝な表情をするが、新しい協力者だろうと結論付けて何も言わなかった。

それを見たなのはは、今一度自分の心中を確認する。

(私はジュエルシードを集める。自分の意思でそう決めた。
 さつきちゃんはジュエルシードが欲しい。理由は言ってくれない。
 両方とも同じものが欲しいなら、ぶつかり合うことは仕方ないのかも知れない。話し合っても、何も変わらないのかも知れない。
 でも、だけど……知りたいんだ)

意味は無いかも知れない。何も変わらないかもしれない。それでもそこには、きっと意味があるから。変わるものもある筈だから。

(―――どうして、そんなに悲しい目をしているのか)

だから彼女は、目の前の少女の、更に深くに触れようと歩み寄る。

「さつきちゃんは、ジュエルシードが欲しいんだよね?」

今更な問い掛けに、しかしさつきは表面上はあくまで軽く、答える。

「うん、そうだよ」

「それって、さつきちゃんの願い事を叶えたいから……なんだよね?」

「他に使い道があるなら、教えて欲しいな」

なのはの更なる問いに答える声は、やはり軽い。だが、さつきの目は決して軽いものではない。

「じゃあ、「前から言ってるけど」っ!」

そしてこの後の言葉がある程度予想できたさつきは、ため息をつきながらそこでなのはの言葉を遮る。

「わたしの望みは言えないよ」

だが、それでなのはが止まるはずも無い。

「どうして!? 話し合いで解決できるかも知れないし、もしかしたら他の方法だって……
 私達だって、協力できるかも知れない!」

必死ななのはの言葉に、さつきは苦笑する。いや、それは傍から見れば明らかに自嘲だった。
その寂しげな笑みに一瞬息を呑むなのは。

「話しても、多分意味が無いから」

返す言葉は少ない。だが、さつきの胸中には様々な思いが渦巻いていた。

(意味が無いどころの話じゃない。不安要素が多すぎる。
 まず第一に信じられないだろうし……ううん、この子なら何の疑いも無く信じてくれるかも知れない。今まで会っただけでも、とんでもないお人好しだってこ

とは分かるし。
 でも……信じてくれたらくれたで、その時は確実に怖がらせちゃう。
 この町にも居づらくなるし、もしかしたらまた命を狙われるようになるかも知れないし、それに……
 …………流石に9歳の女の子からあからさまに怖がられるのは……ちょっと……)

心の中で反芻する声は軽いが、明らかにあえて軽くしている。
他人から、それもまだ年端もいかない少女から拒絶されると言うのは、精神的にかなり来る。さつきは、何よりもその瞬間が怖いのだ。
それに、話したところで他の解決策がポンと飛び出して来るとは思えない。出てきたら出てきたでとんでも無いが。

だが、そんなさつきの事情など知らないなのはは、尚も食い下がる。

「そういうことを簡単に決め付けないために、話し合いって必要なんだと思う!」

「………」

さつきは、無言。なのはは構わず続ける。

「私がジュエルシードを集めるのは、最初はユーノ君の手伝いだった。偶然出会って、お手伝いするようになったのも偶然で……
 でも今は、みんなに迷惑をかけたくないから、ジュエルシードで周りの人たちに危険が降りかかるのは嫌だから、自分の意思でジュエルシードを集めてる。
 これが私の理由」

「………」

未だにさつきは無言。だが、なのはは待つ。さつきが自分に答えてくれるその時を。
やがて、

「なのはちゃん……」

小さく自分の名前を呟いたさつきに、なのはの顔が一瞬期待で明るくなった。だが、さつきの口から出て来たのは、なのはの期待していたものとは別の言葉。

「なのはちゃんの言ってる事は、すごく正しいよ。他の人に聞いたら、絶対になのはちゃんの方が正しいって返ってくると思う。
 でもね、正しいだけじゃどうにもならないこともあるんだよ。
 こっちにだって、話せないのには話せないなりの理由があるの。傍から見た正論を振りかざしても、意味は無いよ」

さつきは笑みを浮かべながら言った。だが、やはりその笑みは……

「……んで……」

「?」

さつきの顔を見た瞬間、顔を俯かせて小さく何かを呟いたなのはに、さつきが疑問符を浮かべる。
やがてなのはは顔を上げ、悲痛な顔で一気に叫んだ。

「じゃあ、何でそんなに寂しそうに笑うの!!?」

「っ!」

なのはの言葉に、さつきは驚愕と共に一歩引く。その顔はどのような思いからか、強張っていた。
なのはの叫びはまだ続く。

「何で、いつもそんなに寂しそうなの!? どうして、そんな「やめて!!」っ! ………」

なのはの声を掻き消すように、放たれた、さつきの叫び声。

「やめて……お願い……聞きたく無い……」

自分の体を抱きしめる様に腕を回し、顔を俯かせるさつき。
彼女は怖かった。今なのはに言われたことを自覚するのが。自覚してしまえば、自分の中の何かが壊れてしまいそうで。

「………」

そんなさつきの様子に、さすがに押し黙るなのは。
と、その時、

――ピィィィィ、パシン!

「!!」「え!?」

ハッとして自分の周りを見るさつきと、驚きの声を上げるなのは。
いきなりさつきの周りをドーム状の薄緑色の光が覆ったのだ。お陰で、先ほどまでの空気は吹き飛び、曝け出されそうになっていたさつきの内面も、その内に引っ込んでしまう。
その障壁の見覚えのありすぎる魔力光に、なのはが声を上げた。

「ユーノ君!?」

「結界は、基本的に人を中に入れないようにするものだけど、少し応用して使えば、こういう風に相手を閉じ込めるのにも使えるんだよ」

ユーノのその言葉を聴いているのかいないのか、さつきは自分を閉じ込めている薄緑色に光る膜に手を当てる。
成る程確かに、さつきの手はそこで止まった。

「この間は力ずくでバインドを引きちぎられたけど、今回の結界はその程度の力じゃ壊せない。
 諦めて君の目的を話すんだ」

そう言ったユーノに、なのはが食ってかかる。

「ユーノ君! どうしてこんな事するの!?」

「なのは、交渉は決裂したんだ。このまま彼女の目的も知らないまま離しておくのは危険すぎる。
 こうでもして理由を聞き出さなきゃ」

「だからっていきなりこんな事……」

なのはもユーノの言い分は理解出来ている。だが、それでも納得は出来なかった。
と、その時さつきが口を開く。

「この光……『ユーノ君』……? って、もしかして君あのフェレット!?
 人間の姿にもなれたんだ!」

「………………」

ユーノは無言で崩れ落ちた。

「いや、これはしょうがない。うんしょうがないんだ。
 考えてみたら彼女と出会った場面では僕はいつもなのはのペットみたいな立ち位置だったし、
 正体が人間だと思わせるような言動もしてなかったんだから。
 でもなのは、いつも一緒に生活していた君まで僕のk………」

そのまま何やら遠い目をしてブツブツ呟き始めた。
出会い頭のなのはの認識違いの露見は、思ったより彼にダメージを与えていたようだ。
抑えていたそれが先程の一言で蘇ってしまったのだろう。

「ユ、ユーノ君?」

「……その子、何かあったの?」

何やら引きつった笑みに冷や汗を流しながらユーノに呼びかける元凶なのはと、何か悪いことをしてしまったのかと心配そうにしているトリガーさつき。


少し経って、復活したのか無言でスックと立ち上がったユーノは、先の出来事を完全スルーして言い放った。

「兎に角、これで君はもう逃げられない! 諦めて目的を白状するんだ! そしてついでに言っておくけど僕は元かられっきとした人間だ!」

「………」「………」

「見るな……そんな目で僕を見るなー!」

閑話休題(それはともかく)

「ふぅん、そっか。君人間だったんだ」

さつきが良い笑顔で、ユーノ達にも聞こえるぐらいの声で呟いた。

「ふふ、そうだったんだ。いやぁ、流石に小動物殴るのは抵抗があったからやめてたけど、
 人間なら1発ぐらい問題無いよね……?」

「………はい?」「?」

さつきのいきなりの言葉に戸惑うユーノ達。
その様子を見て、さつきは本当に良い笑顔で説明する。

「覚えてない? 君の不注意のせいで、わたしって出会い頭に魔法ぶっ放されるところだったんだよ?」

「あ゛ーーー……、」

それを聞いて納得してしまい、冷や汗を流すユーノ。
気まずそうに逸らした目が偶々なのはと合ったが、なのははそんなユーノに一言。

「ごめんユーノ君、フォローのしようが無いかも……」

「は、ははは……」

ユーノはもう乾いた笑いを上げるしか無かった。
でも、と気を取り直したユーノは宣言する。

「どっちにしろ君はそこから出られない。
 僕を殴ることも、こちらの質問を拒否することも出来ないよ」

だが、それに返されたのは不適な笑み。

「この程度で、わたしを抑えられると思ったの?」

「……え?」

まさか、あり得ないと思いながらも、さつきのその言葉に嫌な予感がしてならないユーノ。
その視線の先で、さつきが拳を振り上げた。

「ちょ、ちょっと待っ」

「せーのっ!」

ユーノの口から思わず出た制止の声を無視して振られたさつきの拳は、ユーノの張った結界にぶつかり、

――ドガンッ!!

「きゃっ!」「ぅわあ!」

とんでもない音を響かせて結界を、そして地面を震わせる……に留まった。
周りの揺らされた木々から、パラパラと青葉が落ちてくる。

「えっ硬っ!」

「……ふぅ」

その結果にさつきは驚き、ユーノは安堵の息を漏らす。
その内心は結構冷や汗ものだったが。

(確かに、今の威力じゃ普通の結界じゃ壊されてもしょうがないかも知れない。
 一体、どれだけの腕力をしてるんだ……)

しかし、戦慄するユーノを他所にさつきはまたもや腕を振り上げた。
それを見たユーノは(何度やっても……)と思うが、その目を見た瞬間先にも勝る嫌な予感が彼の体を駆け巡る。
さつきの目は本気《マジ》な目だった。

「はっ!」

――バガァアン!!

先程よりも本気の掛け声と、明らかに力の入れ方が違う拳。
それに呼応するかの様に再び響く先にも勝る大音量。だが、今度は地面はそこまで揺れはしなかった。
結界がその衝撃を完全に地面に伝える前に砕け散ったからだ。

「なぁ!?」

自分の張った結界の強度などいやと言うほど分かっているユーノは、驚きながらも現実味を感じられず同時に呆れる。
だがさつきはそんなこと知ったこっちゃ無い。ユーノの元まで一気に距離を詰めて、そのド頭に鉄拳制裁を下そうと拳を振り下ろす。

「! シールド!」

だが振り下ろされた拳はしかし、直前に気が付いたユーノが頭上に張ったシールドで止められた。
止められた、のだが。

「のわぁ!?」

そのまま振りぬかれたその拳のあまりの威力に、ユーノは膝を折ってしまう。足の裏があった部分はクッキリと陥没していた。
一応断っておくが、死ぬ程の威力ではない。彼にはバリアジャケットという便利なものがあるからだ。
だが体への衝撃ならバリアジャケットで緩和できるが、間接部分への負担はそうは行かない。結果、彼の膝は地面と接触してしまう。
そのもう避けようが無い死に体となった彼に向かって、再度さつきが拳を振り上げようとする。
が、その前にユーノが行動に出た。

「タウンバースト!」

至近距離で放たれる速射型の砲撃。威力は低く単発式だが、効果範囲が普通の魔力弾より広い。

「きゃっ!」

予想外にいきなり打たれた砲撃に、さつきは悲鳴を上げながらも急いで回避行動に出る。
斜め後ろに跳ぶことで砲撃を掠るに留めたさつきだったが、更に追撃が来た。

「イクスシューター!」

「うわわっ」

無数の魔力弾に迫って来られ、焦りながらもあるものはかわし、あるものは叩き落すも流石にたまらず距離を取るさつき。
そして、バックステップで地面に足が付いた瞬間、さつきの頭上に影が差す。

「?」

何事かとさつきが頭上を見上げると、

「……はい?」

そこには何本もの倒木が降ってくる様があった。



自分が転移させた、先の金髪少女との対戦中に倒された木々が見事にさつきの上に降り注いだのを見て、しかしまだユーノは警戒を解いていなかった。
何しろあの少女には今まででも予想外のことが多すぎるのだ。
どうなったか……とユーノが砂煙の向こう側へ視線を凝らしていると、

「待って!!」

彼のすぐ横からなのはの叫び声が上がった。当然それはユーノの耳にも届く。
続いて聞こえて来るのは何かが地面に倒れたような音。

(なのは!?)

何が起こったのか確認する為に慌ててそちらを振り返るユーノ。
そして声がした方を向いた彼の目に写ったものは、

「ぅぅ……」

自分に背を向けた状態で目をギュッと瞑り、両手を広げて仁王立ちしているなのはと、

「いったー」

その足下で横向きに倒れている、自分が木々の下敷きにした筈の弓塚さつきと名乗る少女だった。
ユーノの見ている先で、なのはが恐る恐ると言った風に目を開け、状況を理解してホッとした様子を見せる。
と、その弓塚さつきが肘に着いた土を払いながら立ち上がり、なのはに向かって叫んだ。

「ちょっとなのはちゃん! いきなり出て来たら危ないでしょ! もしかしたら止めれなかったかも知れないんだよ!?」

「だ、だってさつきちゃんがユーノ君を殴ろうとするから……」

なのははそれにビクつきながらも言い返す。

「ちょっと頭天に一発当てるだけだよ」

「ちょっとって威力に見えなかったんだけど!?」

だがそれにあっけらかんと言い返されてなのはは思わず突っ込んだ。
そのやり取りを見て、ユーノはある程度を理解した。
結局降らせた木々は弓塚さつきには当たらず、気づかない内に接近されていて、自分はその拳を喰らいそうになっていたのだろう。
そこになのはが割って入り、さつきは急いで拳を引いてその時にバランスを崩して倒れたと言ったところか。
ユーノはそう結論付け、そして落ち込んだ。唇を噛んで俯く。

(やっぱり、どうあってもユーノ・スクライアはなのはに迷惑を掛けてばっかり、か……)

と、そんな彼の耳になのはの声が届く。

「さつきちゃん、初めて会った時の事とか、さっきいきなり閉じ込めちゃったこととか謝るから、ユーノ君の事許してあげてくれないかな?
 ごめんなさい。お願いします!」

(なのは!?)

そのの台詞に驚き、急いでなのはの方を見るユーノ。彼の目に写ったのは、さつきに対して頭を下げるなのはの姿。

「な、――」

なのは、と言おうとしてユーノは言葉を途切れさせた。さつきが自分の方に視線を向けたのに気づいたからである。
交錯する視線。片方の瞳にはもう既に活力は無く、もう片方の瞳は何を思っているのか分からない。
それは時間にしては数瞬の事。その数瞬を経て、さつきははぁ~、とため息を吐いた。

「そんな風に言われたら、もう殴る訳にはいかないじゃない」

言って、さつきは踵を返す。それにぱっと顔を明るくして頭を上げるなのは。

(元々半分ノリと八つ当たりだったし……)

さつきが心の中でそんなことを思ってたりしたのは内緒である。
なのははそのまま立ち去ろうとするさつきにまだ何か言いたそうに声をかけようとするが、流石にあんな事があった後に先程の話題を再び持ち出すのも気が引け

たらしく、

「ぁ……ぅ……」

開きかけた口からきちんとした言葉が出ることは無かった。
さつきはそんなことには気づかず、そのまま
「あーあ、お金は無駄使いしちゃうし、ジュエルシードは手に入らなかったし、転ぶし服は汚れるし、良いこと無いなー」
とか何とかぼやきながら立ち去ってしまった。


やがてさつきの姿が見えなくなると、なのはとユーノの間に気まずい雰囲気が流れ出した。

「………」

「…………」

「………………」

「……………………」

気まずい。双方共に気まずすぎる。

「ゴメンなのは!」

やがて最初に言葉を発したのはユーノ。
なのははいきなり謝られたことに目をパチクリさせ、しかしすぐに表情を柔らかくして返す。

「ほんとだよ、ユーノ君いきなりいなくなっちゃうし、ジュエルシード一人で封印しちゃうし」

だが、ユーノはそれに気まずそうに視線を逸らす。

「うん……それもだけど、さっきも僕が勝手に彼女を拘束したせいで話しづらくしちゃったり、なのは自信を危険にさらしてまで助けてもらったり……」

ユーノの言葉に、だけどなのははキョトンとした顔になった。

「そんなこと?」

思わずといった風に零されたなのはの言葉に、ユーノは慌てる。

「そんな事って……なのははさっき何で僕なんかを助けてくれたの? さっきは本当に危険だったのに。なのはにはバリアジャケットも魔法も無かったのに」

「だって、ユーノ君は友達でしょ? 友達を助けてあげるのって当たり前じゃないの? 魔法が有っても無くても変わらないよ。
 さつきちゃんを閉じ込めたのだって、ユーノ君がそれが一番いいって思ってやった事なんでしょ?
 それは私は確かに納得できなかったし今も出来ないけど、でもそれでユーノ君を怒るのは何か違うと思うの」

ユーノはなのはの言葉に目を見開いて絶句。

「ユーノ君?」

なのはが怪訝に思ってユーノの名前を呼ぶと、彼は何か憑きものが落ちたような清々しい顔で「ふっ」と笑うと、なのはに真正面から向き直って彼女に聞く。

「なのは、僕って頼りないかい?」

なのははいきなりの事に戸惑い、首を傾げながらもそれに答える。

「ううん、ユーノ君今日初めて知ったけどすっごく強かったし、全然頼りなくなんか無いよ?」

「うん……、いや、じゃあさ、僕が本当に攻撃魔法の一つも使えなくて、補助魔法をあんなに上手く使うことも出来なくて、
 やれることと言ったら精々がなのはのサポートっていう駄目駄目なやつだったらどうだい?」

「? それでもユーノ君すごく物知りだし、なのはの魔法の先生だし頼りになるけどなぁ……」

「でも、一週間前の時だって僕は何にも出来なかったし、昨日だって普通は気づけた筈のジュエルシードの反応をみすみす見逃したり……」

「うーん、でも誰にでも得意不得意ってのはあるし、ユーノ君あの時疲れてたんでしょ? それに誰でも失敗ってあるものでしょ。そういう所を助け合う為に友達

とかがいるんだよ?」

「助け合う、か。でも、昨日まで……ううん、今日も僕はなのはの足手まといにしかなってない。なのはから一方的に助けてもらってばっかだ」

「そんなこと無い!」

なのはがいきなり叫んだことに、ユーノはビックリして少し後ずさる。

「ユーノ君足手まといなんかじゃ無いよ。なのはに魔法を教えてくれたり、なのはがどうしていいか分からない時に助けてくれたり、
 それにユーノ君がいなきゃ私が魔法と出会うことも無かったし、私が気づかずにだれかがジュエルシードの被害に遭ってたかも知れない。
 私もユーノ君に助けてもらってるんだよ」

「じゃあさなのは。今日の事は抜きにして、僕は邪魔でも、足手まといでも、迷惑でも……」

「無いよ。って言うより、友達に足手まといも迷惑も関係無いと思うけどなぁ……」

なのはの言葉に、ユーノは本当に満足そうにふっ、と笑う。そしていきなりどこにともなく話しかけた。

「だって。聞いてるんだろう、"ユーノ・スクライア"」







「?」

なのははユーノの言った言葉の意味が分からず首を傾げる。と、その時近くの茂みがガサゴソと動き、そこから一匹のフェレットが現れた。
いや、それはただのフェレットでは無く、明らかに……

「え? ユーノ君!?」

なのはの叫び声に一瞬困った顔をするも、すぐになのはの隣に立つユーノを睨むフェレットユーノ。

「どうして分かった?」

訊かれたユーノはそれに柔らかな笑みと共に答える。

「僕は君だよ。君が目が覚めて、近くで物音がして、見に行ったら僕となのはが近くにいて、僕がなのはに危害を加える様子が無かったとしたらどういう行動を

するか、よく分かる」

「………」

黙り込むフェレットユーノ。その時なのはがおずおずと切り出した。

「え、えーっと、ユーノ君と……ユーノ君? 何で? またさっきの魔法?」

それに答えようとしたのは後から出て来たフェレットユーノ。

「いや、なのは。そいつは……」

だが、それを遮るように発せられた声があった。

「僕は"本当の"ユーノじゃないんだよなのは。僕は"ジュエルシードそのもの"なんだよ」

「っ!」「? ………!!?」

それを言ったのはなのはの隣の――これからは偽ユーノと言おう――偽ユーノ。
彼の言葉にユーノは更に警戒を強め、なのはは少し困惑したあと驚愕で後ずさった。

「そんなに警戒しなくてもいいよ。僕は確かにジュエルシードの暴走体だけど、暴走の仕方が良かったんだ」

「………」「……どういうこと?」

ユーノは無言。なのはは純粋な疑問をぶつける。

「僕を発動させたのは、そこのユーノだよ。
 まあ、僕が……彼が何を望んだのかは言わないけど、
 彼の近くでジュエルシードが発動しそうになった時、ジュエルシードの事を知っていた彼はそれを"拒絶"したんだ。大慌てで、だから全力で。
 ジュエルシードはその願いも汲み取り、その結果、彼の願いを反映したもう一人の"ユーノ・スクライア"……僕が生まれた。そっちの僕はその時の衝撃で気絶

しちゃったけどね。
 あ、そっちの僕は本当に攻撃魔法は一つも使えなくて、さっきみたいに補助魔法を戦闘中に上手く利用する能力も無いから期待はしないでね」

「…………」「ほ、ほえぇ……」

ユーノは尚も無言。なのははあまりに予想外の急展開にしばし呆然としていた。

「…………」

ユーノはまだ無言。

「ユーノくん?」

流石に何かおかしいと思ったなのはがしゃがみ込んで彼の顔を覗くと、

「そうさ僕なんてどうせ役立たずさ今回だってジュエルシードに気付かなかったどころか発動させた張本人だし
 なのはに迷惑ばっかk」

「……………」

どうやら自分の分身の言葉にショックを受けていたらしい。

「……はあ、全く」

固まるなのはを尻目に、偽ユーノはユーノに近づくとその頭を裏拳の要領で叩いた。
パシン、と良い音がした。

「痛ぁ!?」

いきなりの衝撃に思わず声を上げるユーノ。頭を抑えて偽ユーノを睨むが、当の本人はそれを無視して話し始める。

「ユーノ・スクライア、君は僕なんだ。そんなに情けない姿ばかり晒さないでくれ。
 それに、君の悩みはもう解決されたと思うんだけど?」

偽ユーノのその言葉にうっ、っと呻くユーノ。

「……何で分かった?」

半眼になりながらのユーノの言葉に、偽ユーノは はあー、とため息を吐く。

「さっきから言ってるけど、君は僕で、僕は君なんだ。
 僕が生まれた瞬間から別々の個体になったけど、それまでの"ユーノ・スクライア"の考え、悩み、思い、記憶、その他諸々は全部君のもので、僕のものだ。
 当然、君も悩みと望みも僕の悩みと望みだった。わからない訳無いじゃないか」

「………」

ユーノは言い返せなくなりまたもや黙り込んでしまった。

彼の望み、それは『なのはの役に立ちたい』というもの。
彼の悩み、それは『自分はなのはの足手まといになっている』、『自分はなのはに迷惑に思われているのでは無いか』、『自分はなのはにとって邪魔なのではないか』というもの。
この日彼がなのはの元を離れたのだって、色々と自分に言い訳して納得させていたが、結局の所その行動の本質にはこの悩みによる不安があったのだ。
彼はジュエルシードが自分の望みに反応した瞬間、それを自覚した。
それがジュエルシードに望みを引き出された故なのか、目の前でジュエルシード発動の瞬間を見て、関連性から自分で自分の望みに気付いたのかは本人にも分か

らないが、とにかく自覚したのだ。
気絶する瞬間、彼が感じたのは自分の身勝手さに嫌悪する自分だった。

そして彼は思い出す。自分の悩みが洗い流された瞬間を。


―――嬉しかった。

   彼女の言葉一つ一つが嬉しかった。

   自分の偽者が質問する度にその内容に落ち込みそうになったが、それに何の迷いも無く、自分の心を軽くしてくれるような言葉を彼女は発してくれた。

   今はそんな場合じゃ無い、早くこの状況を何とかしなければならないと分かっていても、それでもあの時の自分の心はどうしようもなく震えていてそんな

事も気にできなくなっていた―――


と、そこまで考えてユーノは気付いた。

「お前、まさかあの質問全部分かってて……?」

ユーノのその質問に、偽ユーノはあからさまに

「こっちもドキドキしながら訊いた甲斐ががあったよ」

などと嘯いた。

「……………」

またもや半眼になって偽ユーノを睨むユーノ。だがその顔にはもう警戒の色は無かった。

「あ、あのー」

と、その時おいてけぼりを喰らっていたなのはが口を開いた。

「あ、ごめんなのは。取り敢えずレイジングハートは返しておくね」

「あ、うん」

そしてそれに即座に反応したユーノ。なのはの元へ駆け寄り、首から提げてたレイジングハートを咥えてなのはに差し出す。
なのははそれを受け取ると、レイジングハートに向かって言った。

「久しぶり……って言うのも変、かな?」

《After long time my master(お久しぶりですマスター)》

いつもと変わらない様子で返して来るレイジングハートに、なのははクスリと微笑みを浮かべる。
そしてユーノに向き直ると訊きたかったことを訊いた。

「とりあえず、あっちのユーノ君は本当はジュエルシードなんだよね? これからどうするの?」

「う、うーん……」

何とも返し辛い質問に、ユーノが困った顔で唸り声を上げる。
と、その様子を見た偽ユーノが自分から説明しだした。

「どうするも何も、本物の僕はもうなのはの元から離れるつもりは無いんだし……」

なのはがユーノに視線を向ける。ユーノはそれに頷き、しかし言い辛そうに言葉を紡ぐ。

「いや……、その……、なのはが邪魔じゃなければだけど……」

だが、それになのはは怒った風に返す。

「やっぱりそういう風に考えてたんだねユーノ君は。さっきも言ったけど、私達友達でしょう? どうしてそんな風に考えるかなぁ」

「ぅ……ご、ごめん……。じゃあ、これからも、よろしくお願いします」

なのはの言葉に勇気を貰ったユーノは、恐る恐るそう言った。

「うん、よろしくねユーノ君」

それに返すなのはは眩しいばかりの笑顔。そして二人して偽ユーノの方を向く。
偽ユーノは何か憮然とした顔をしていたが、先程の言葉の続きを続けた。

「じゃあ、僕が居る意味も無いし、ジュエルシードに戻るよ。
 このままじゃあ迷惑かけちゃうばかりだろうし、いつどんな事になるかも分からないし、お邪魔みたいだしね」

口調は軽い。だが、その台詞ははいそうですかと聞き流せるものでは無かった。特にこの二人にとっては。

「それって……」

なのはが何かを言おうとして、躊躇い、結局口を噤む。
一方のユーノは念話で偽ユーノに突っかかっていた。

《お前は、なのはに余計な重荷を背負わせるつもりか!?》

《僕はそんなつもりは無いけど》

あっさりと返して来た返事に、ユーノは更に憤慨する。

《惚けるな! ……悔しいけど、僕じゃあお前みたいに強力に発動したジュエルシードを満足に封印することは出来ない。
 君自身が自分を封印しようとしたら、封印の途中で必ず術が止まっちゃって酷く不安定なジュエルシードが残ってしまう。封印はなのはにやって貰うしか無い。
 でも君の元になってるジュエルシードを封印するって事は、君が消える――嫌な考え方をしたら、死ぬってことだ。
 彼女にそんな思いをさせる訳にはいかない》

憤慨し、悔しがり、苦悩し、必死に彼女を守ろうとする。そんなユーノに、偽ユーノは酷くアッサリと返す。

《僕だってそんなつもりは無い》

《……どういうことだ?》

まさかの偽ユーノの否定の言葉に、再び念話で尋ねたユーノ。だが、返ってきた答は念話ではなかった。

「じゃあねなのは、そっちの僕をよろしく頼むよ。
 ――見ての通り、頼りないやつだからね」

言葉と共に、彼の足元に魔法陣が現れる。しかしそれは暫く輝くと、そのまま消えてしまった。

「これは……まさか、封印の遅延魔法!?」

その様子を見ていたユーノが驚愕した様子で叫ぶ。
その声を背景に、なのははこれから偽ユーノが文字通り消えるつもりだというのを察した。

「ユーノ君……」

「こんな事を頼むのは本当に申し訳ないんだけど……君が、支えてやってくれないかな?」

結局、彼は最後まで"ユーノ・スクライア"だった。それだけのことだったのだ。
最初から最後までなのはの事を気にかけ、最後の最後で自分の欲が少しだけ零れてしまった、紛れも無い"ユーノ"だったのだ。

その言葉が終わると共に、彼の周りを薄緑色の風が覆った。
周囲の空気を巻き込み、球状に吹き荒れる薄緑色の風の中に、彼は飲み込まれる。

「ユーノ君!!」

その風が収まった後、そこにはただ、蒼色に輝く宝石が残っているだけだった。





「なのは!」

なのはが昼下がりの住宅地を歩いていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえて来た。
彼女はその肩に乗せたユーノと共にそちらを向く。
そこには、自分に向かって駆けてくる兄、恭也と姉、美由紀の二人の姿が。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

近づいてきた二人に向かって、なのはは駆け寄り、顔を伏せながら誤る。

「ごめんなさい。えーっと、お散歩の途中で道に迷っちゃって……」

それを聞いた二人は揃って脱力の表情。

「全く、心配させるなよなのは。お父さんもずっと探しに出てくれてるんだぞ。
 学校からも連絡が来たらしいし、みんな心配してたんだからな」

恭也の言葉に、ますます顔を曇らせるなのは。

「うぅ……ごめんなさい」

と、次の瞬間その顔がキョトンとした物に変わった。

「え? 学校から?」

その言葉を聞いた美由紀が呆れた様子で言う。

「やっぱり、忘れてたでしょなのは。
 この間のことで振り替えになって、今日は学校あるんだよ?」

「え……ああ!? そ、そうだった!
 ど、どうしよ……え? じゃあ、お兄ちゃんたち学校抜け出して……ご、ごめんなさい!!」

思いっきり頭を下げて誤るなのはに、二人は苦笑。
そのまま二人とも気にするなという様な事を言ってなのはを宥め始めた。
と、ようやくなのはが落ち着いて来たところで、もう一つ。

「なのは!」「なのはちゃん!」

「アリサちゃん!? すずかちゃん!!?」

自分に向かって駆けて来る二人の親友の姿に、驚愕の表情を見せるなのは。彼女達の様子からして、学校をサボってずっと探してくれていたのは間違い無い。
なのはは二人の下へ慌てて駆け寄って行った。
そんななのはの肩の上で、ユーノはこんな暖かな人たちに囲まれているなのはから、友達だと言って貰えた幸せを、改めて実感していた。







あとがき

何か色々ありましたが、何とか投稿できました。第10話。
何故か寮に残れることになってしまって、今年から高学年なんで寮にパソコン持込OKなんだけどまだネットに繋がらない状態……

しかも今回申し訳無いほどの亀更新。いや、この話かなりの難産でしたけどね。
お前らそっちいくなぁぁぁあああぁぁぁああ!! と叫びながら書いてました。
え? どーゆー意味か分からない? えーっとですね。それについては僕の小説の書き方が関係していまして、以下纏めていくと、
・キャラクター達全員の性格、重要な過去、行動原理をインプットする
・出したいことを場面場面で考える(絶対に詳しく決めちゃ駄目)
・クライマックス、又はオチは決めておく
・後はキャラクターに勝手に動いてもらう
・考えていた場面に進むように周りの物やモブキャラを操作する
って感じなんですねはい。
詳しく流れ決めちゃうと、絶対にそのとおりに動かないのでやっちゃ駄目なんです。
こっちはキャラクター達が勝手に動いてくれるのを外的要因をもって操作するだけ(台詞回しとかは自分で考えるけど)。
さて、皆さんはこの方法の完全な欠点に気づいたでしょうか?

キャラが暴走すると作者自身が大変な思いをすることになるんです!!
前回のアリサしかり、今回のユーノしかり……
前回とか、普通に原作みたいな感じで終わらせようと思ったら何かアリサがなのはの隣にいないもんでどーしたのかな? と思ったら一人で責任感じちゃってるもんでマジで焦った。今回だって、あれ? 何かユーノの様子がおかしいな? と思ってたら何かなのはの元から飛び出してくし。
彼を引き止める手段を延々考え続けて、出したのが偽ユーノ。ついでにアリサとも和解しちゃうキッカケにしちゃおう! と思って振り替えで学校を出校日に。
いやー、前々から想像してたシーンじゃないとやっぱり書くの大変ですね。
しっかしこの作者、最後のシーンの纏め方相変わらず下手だなー;;;

そしてさっちんの脇役臭は異常。さっちんの見せ場考えてた場面がほとんど管理局出てきてからだから困る。
当初の予定だったらもう1、2話前に管理局出て来る予定だったのに……

あと、言い逃れするつもりはありませんがこの投稿が遅くなったのにはも一つ訳がありまして、
実は作者、月姫の翡翠ルートと琥珀ルートをまだマトモにやってなかったんです。
この間あんな事を言った手前、やらなきゃ不味いだろうなぁ……と思ってやってたんですすいません。
そして泣いた。普通に泣いた。翡翠トゥルーエンドとか寮の中にもかかわらず「何で……何でなんだよ!」と叫びながら泣いてしまった。
うん、月姫原作の琥珀を知らないくせに琥珀いいよねとか言ってる人達全員消えてしまえとさえ思ってしまった。その感想が今尚続いているのはすごい。



[12606] 第11話 ずっと、笑っていたかった……
Name: デモア◆45e06a21 ID:79c5cfea
Date: 2010/07/04 21:34
あの、ユーノがなのはの元に戻ってきて、なのはとアリサ達が出会った後、アリサがなのはに謝ったり、なのはが二人に謝ったり、お互いに恐縮し合ったり、
約1名が微笑ましそうに見守っていたり、色々と収集のつかなさそうになっていた3人を恭也と美由紀が宥めに入ったり、と本当に色々な事があった。

その結果、なのは達の間の空気はいつの間にか喧嘩する前の物に戻っていた。
――――表面上は。

アリサもすずかも、勿論その他恭也達もなのはの悩みが未だに続いていることには気付いてはいる。
それどころか実はアリサ、すずか、その他高町家の面々(美由紀除く)は、なのはの様子が迷ってる感じは無くなったくせに悩みの方が大きくなっている様に感じていてすらいた。
その時は心配げな様子を見せるだけで誰も触れなかったが、その勘は当たらずとも遠からずと言ったところだろうか。

そんな、なのはの周りで色々な変化が起こったそれが、昨日のこと。

「お?」

まだ朝の早い時間。朝の鍛錬の為自宅の道場へと足を運んだ恭也は、道場の扉を開けたところで疑問の声を上げた。

「どうしたの恭ちゃん? あら?」

その後ろに付いて来た美由紀も、また同じような反応を示す。二人の視線の先には、

「にゃはは。おはよう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

末っ子であるなのはが、道場の片隅で正座をしていた。

「どうしたんだなのは? こんな朝早くに」

「うん……ちょっと、目が覚めちゃって」

恭也の問いに、まるで今考えたと言わんばかりの様子で答えるなのは。

「ふーん」

だが二人ともあえて突っ込みはしなかった。二人はそのまま道場の木刀掛けの所まで歩いて行く。
そんな二人になのはは確認をする。

「あの……」

「ん?」「なーになのは?」

「お兄ちゃんたちの練習、おじゃまじゃなかったら、見ててもいい?」

「まあ……」

「いいが……見ててそんなに面白いもんでもないぞ?」

返ってきたのは当然ながらも肯定。なのははそれに頷き、それきり黙り込む。

「………」「………」

恭也と美由紀は二人して視線を交わすと肩を竦め、お互いに小木刀を2本ずつ持ち鍛錬に入った。


恭也が手本を見せ、美由紀がその模倣をする。
これが剣道等の練習であれば――剣道の基本はその掛け声だ。実戦で直接約に立つ様に思える竹刀の振り方や足運び等は、実は二の次だ。
掛け声が満足に出なければ決して良い動きは出来ず、その練習も殆ど意味を成さない。下手に竹刀の振り方を知っていても声の出ない者よりも、声の出ている素人の方が強いことなどザラだ。
――また色々と騒がしかったりするのだが、彼らのやっている物はそういう類の物では無い。
掛け声は吐息であり、踏み込みは鋭く、静かに。
その為、そこは朝の日差しと吐息と木刀の風切り音が支配する、何ともピンと張り付いた静けさを醸し出す空間となっている。

そんな中なのはは、彼らの稽古を見、しかしその実自分の胸中との整理を付けていた。
今のこの道場の空気は、思考をよりクリアに、冷静に自分の内と語り合うのに最適なものだ。
学校や自室ではずっともやもやして要領を得なかった思考が、雑念を取り払われて自分の本当の気持ちを伝えてくれる。



――だが、結局それでも答えは出なかった。


「お兄ちゃん」

稽古が終わった後、道場を後にしようとする恭也をなのはは呼び止めた。一緒にいた美由紀も振り返る。

「ん? 何だなのは?」

「あの……ね、少し、訊きたいことがあるんだけど……いい、かな?」

なのはの言葉に恭也と美由紀は思わず一瞬目を合わせる。

「じゃあ、私は先に戻ってるから」

が、特に気にする風でも無く美由紀はそのまま道場から出て行った。

「ん、で、どうしたなのは?」

取り敢えずとなのはの前に座る恭也。なのはもそれに続いて正座し、先程ずっと考え続けていた問いを口にする。

「うん……あの、ね。
 『正しい』って、どういうことなのかな……? って。
 どういうことが『正しいこと』で、一体どういうことが『間違ってること』なのかなって」

なのはの問いに、恭也は思わず俯いて口元に手をやった。
そのまま少しの間考え込む。

(……難しいな……いや、難しすぎる……
 これは、軽い気持ちで返答したらまずいな。まさかこんな質問をされるとは……)

しばらく間を置いて、恭也は慎重に言葉を選んで返した。

「そうだな……『正しい』ってのは、人それぞれで違うものだ。ある人には『正しいこと』でも、他の人にとっては『間違ってる』ということもある。
 そりゃあ、一般常識的な正しさってのはあるが、時にはそれでさえも人種や状況によって変わってくるからな」

恭也の言葉に、なのはは頷く。

「人は共通の『正しさ』を得るために、お互い話合ったりして衝突を避けるわけだが……
 それが結局噛み合わなくて、みんな争ったりするんだよな」

最後の方の思わず言ったと言うようなほとんどぼやきに近い言葉に、なのはは思わず顔を曇らせる。

「自分の"正しさ"が相手の"正しさ"とは限らない、だから自分の意見を無闇に相手に押し付けることはあんまり褒められたことじゃ無いんだが……」

それを目聡く見つけた恭也が、何ともなしを装って尋ねた。

「もしかして、誰かと言い争いでもしたのか?」

「え? う、ううん、そうじゃないんだけど……」

恭也の問いに、どこか慌てた様に返すなのは。その内心では大きなため息を付いていた。

(はあー、むしろ言い争いに持って行くのに困ってるんだよ……)

「ふーん、そうか」

なのはの返答を聞いた恭也は深く追求はせず、一旦身を引く。
するとまたなのはが口を開いた。

「あのね……、何が正しいかっていうのは、人によって違うんだよね?」

「ん、まあ、必ずしもそうとは限らないが……」

「じゃあ、お兄ちゃんから見てそれが"正しい"と思うかどうかを聞きたいことがあるんだけど……」

中々深い話になりそうだ。と思いながらも、恭也は頷く。

「ああ、何だ?」

「あのね、誰かが他の誰かに迷惑がかかるからって消えちゃうのは、"正しい"と思う?」

その質問に、思わず眉を跳ね上げる恭也。聞きようによってはかなり重い質問だ。

これは厳密に言えばなのはの第一の疑問では無い。
今の彼女の1番の疑問は、最初に訊いた『『正しい』とは何なのか』である。
これは彼女がその疑問に行き着く鍵となった疑問に過ぎない。

この疑問の大元は、勿論先日の偽ユーノの消滅である。
あの後、なのはは胸中に何かもやもやした物がある様な気持ちになっていた。
思い悩むのは、偽ユーノの境遇とその取った行動。

偽ユーノの自分が消える事への言い分は、要約すると『自分が居ると周りに迷惑がかかるから』と言うもの。
成る程確かに、それは周りから見たら"正しい"行動だろう。
だが、なのははそうは割り切れなかった。
彼は自分から望んで生まれて来た訳では無い。彼からすれば勝手に生み出されたのだ。
それなのに周りの都合で消えなければならなかった。
しかも、なのはは聡いが故に、偽ユーノが自分で自分自身を封印した理由が、自分に負担をかけない為であると気付いてしまっていた。
故に彼女は、自分の不甲斐なさのせいで彼に自殺を強いてしまったという風な胸中に陥っていたのだ。


自分で自分の存在を消す、怖くは無かったのだろうか――――怖くない訳が無い
苦しくは無かったのだろうか――――ジュエルシードを封印する時、暴走体はいつも苦しんでいる。多分彼も苦しかっただろう
理不尽だと、叫びたくは無かったのだろうか――――考えれば考える程に理不尽すぎる

――――――それなのに、私は見ていることしかしなかった


ユーノはまだ良かった。彼は初めから偽ユーノを"ジュエルシードの暴走体"として見ていたからだ。
だが、なのはは初めから彼と"一人の人間として"接していたのだ。それが、より彼女が彼に感情移入する後押しとなっていた。
唯一救いなのは、彼女のそれが後悔や苦悩まで行かず、感情移入で留まっていることだろう。

彼のあの行動は、本当に正しかったのだろうか。もっと他に、やりようがあったのでは無いか。
そう思った時、なのはの脳裏にとある少女の言葉が蘇った。

『でもね、正しいだけじゃどうにもならないこともあるんだよ。
 こっちにだって、話せないのには話せないなりの理由があるの。傍から見た正論を振りかざしても、意味は無いよ』

なのははその言葉にハッとした。言われた時は納得できなかったその言葉の意味が、少しだけ理解出来た気がした。
もしも、自分が偽ユーノを消し去りたく無い、生かしておいてあげたいと決意し、主張し、第三者から危険だから消せと言われた時、自分も
《傍から見た正論を振りかざしても、意味は無い》
という気持ちになるのではないだろうか。そう気付いた。

そこで出てきたのが、最初の『"正しい"とは一体どういうことなのか』という疑問であった。

「そうだな……状況にもよるが、それは、消えようとしているやつが、自分自身の事を思慮に入れず、
 ただ周りに迷惑をかけたくないという理由で消えようとしているということでいいか?」

直接質問に答える前に出てきた恭也からの疑問に、なのはは頷く。

「そいつが消えること意外に、周りに迷惑をかけなくする方法は無いと考えていいか?」

再度、尋ねられ、なのははそれにも頷く。

「ふん、そうだな……。そうか、それで最初の『何が正しいのか』という質問か。
 そうだな。迷惑の規模にもよるが、そいつが消える事で周りが迷惑しなくなるというのなら、たしかにそれは『周りから見て正しいこと』かも知れないな。
 ましてやそいつが自分から『消える』って言ってるのなら、もうそうするのが一番なのかも知れない」

恭也の言葉に、顔を暗くするなのは。
しかし、「だが、」と恭也は続けた。

「俺はそんなの納得しない。そいつが周りの事情に流される形で消えると言うのなら、それは俺からしたら『間違ってる』。
 もし俺の前にそんな事言うやつが出てきたら、ぶん殴ってでも止めてやる」

そう言った恭也の視線の先には、呆けたような表情をしたなのは。
彼女の瞳には、スッキリした表情で笑っている恭也が写っていた。

「周りの"正しさ"なんてどうでもいいと言っている訳じゃ無いが、相手の言い分を聞いて、それでも自分の中の"正しさ"が変わらないんだったら、
 自分が間違ってると思えないんだったら、それは変えなくていい。変えちゃいけない。少なくとも、俺はそう思うな」

中には相手の話を聞こうともしないで自分の主張を押し通そうとするやつもいるが、なのはがそんな子ではないことは分かっている。
恭也の言葉に、呆然とした表情から見る見る内に明るくなっていくなのはの表情《かお》。
暫くして、彼女は恭也に笑顔でお礼を言い、駆けるように道場から出て行った。

「ふぅ、まさか9歳の妹にこんな事言うとは思わなかったな」

一人になった道場で、恭也はそんな事をぼやいていた。
――自分の言葉となのはの思考が、微妙に変な方向にズレてしまっていたことにも気付かずに。





「お帰り恭ちゃん」

なのはとの会話に色々と思うところのあった恭也が、少し経って道場から帰ると、早速美由紀にお出迎えされた。
そればかりか、父である士郎や母の桃子までこちらに注意を向けているのが気配で分かる。

「ああ、ただいま。なのはは?」

ある程度予想していた事態だったので、恭也は戸惑うことなく美由紀にまず尋ねた。

「さっきユーノの散歩に行ったよ。 ね、で、どうだっだの?」

その質問に答えると同時、気になって仕方がなかったのだろう。早速美由紀が切り出した。
だが、恭也はそれにため息を付くと、美由紀達の期待とは別の言葉を放つ。

「何でも無かった」

「ふーん、そっk……って、何でもなかった訳無いでしょ恭ちゃん! あのなのはが、誰かに相談をしたんだよ!?
 これは進展? それともそれだけ問題が大きかったって事!? 私はあの子の姉なの、秘密を独り占めにな

んてさせないんだから!」

「ああ、だから、お前が期待してるようなことは何も無かったんだ」

詰め寄る美由紀に何でもない風に言った恭也の言葉に、一瞬美由紀が固まり、

「…………恭ちゃん、まさか、遂になのはにまで手を……」

居間の方でガタンという音が鳴ったのは気のせいでは無い。

「待て、一体どういう思考でそういう結論になった。って言うか『まで』って何だ!?」

「だって、別に私そういう想像してた訳じゃないのに恭ちゃんいきなり弁明しだすから」

「そういう意味じゃない、断じて違う! そしていきなりそんな話になったってことはお前絶対そういう想像してただろ。
 そして何故『まで』なんて言葉が出てきたか後でゆっくり聞かせろ」

声を荒げない様にしながらも必死に否定する恭也。再度はぁ、とため息を付いて、きちんと説明しだす。

「俺は相談なんかされなかった。されたのは"質問"だけ、"質問"どまりだった」

「……というと……」

「『先生、分からないところがあるんですけど……』みたいな感じだな」

「そっか……」

肩を落とす美由紀。居間の方からも、ホッとした様な、落胆した様な雰囲気が流れて来る。
何に対してホッとしたのかはあまり考えないようにしながら、恭也は肩を落とした美由紀の頭にポン、と手を置いた。

「?」

「そう気を落とすな。なのはが歩み寄って……頼ってくれるようになるのを、じっくり待ってればいいさ」

「……うん、そうだね」

どこかスッキリしたような顔で、美由紀は笑った。










そんなことがあってから数日後、ユーノ脱走事件からほぼ1週間後、高町家全員、アリサ、すずか&忍、それとノエルとファリンは休日を含めた連休を利用して温泉旅行へ行くことになった。
今はみんな二台に分かれて車で山の道を移動中だ。
実は大人組で前々から予定は立てていたのだが、なのは達の空気が気まずいものになっていたため言い出せなかったらしい。
その事を知ったなのはとアリサは揃って苦笑していた。

あれからのなのはとアリサ達との関係だが、前述した通り、彼女達はなのはの悩みがまだ未解決なのを知っている。
実際、この間アリサがあれから様子の変わってないなのはに

『まだ解決してないの?』

と訊いた時、

『うん……まだ、ちょっとね……』

という答えが返って来た。
仲直りした時の、悩みが大きくなったような感じは翌日学校で合った時には無くなっていた為あんまり気にしてはいなかったが、それでもなのはが悩んでいるのに変わりは無く、やはり気になるのだ。
とは言っても以前のように嘘をついてまで隠そうともせず、
更に先日のゴタゴタのこともあり、その事でなのはに対するアリサの態度がキツくなることは無くなっている。
だが、その代わりになのはの悩みを実感する度に本当に悔しそうな様子をする(本人は隠しているつもり)ので、逆になのはは以前にも増して罪悪感を感じており、どっちもどっちだったりする。





《なのは》

車に揺られている中、なのはの元へユーノから念話が入った。

《何? ユーノくん》

《この旅行ぐらいは、ジュエルシードの事も訓練の事も、あの娘達の事も忘れて、しっかり休むんだよ。
 特にここ数日は、新しいジュエルシードこそ見つからなかったけど、訓練続きだったんだから》

《うん、分かってる》

そこで成されたのは、数日前もした会話。ジュエルシードと関わってこの方、なのはは心も体も休まる時が殆ど無かった。
それを心配したユーノが、この時だけでもと特に釘を刺していたのだ。
なのはもそんなユーノの気遣いは純粋に嬉しく思っているのに加え、
まあ実はなのはの方も、折角先週から色々と決意したり意気込んでいたりしていたのに、ジュエルシードについても少女達についてもそれ以降ずっと音沙汰も無し、
当初は燃えていた心も今や硝える心、どうにも不完全燃焼を続けていたたのだ。

その為、どうせならもういっそこの旅行2日間の間は、年相応にお子様らしく全てを忘れて目一杯遊んでしまおうという心積もりであった。







さて、そんなこんなで昼前温泉にたどり着いた一行。
荷物を部屋に運び昼食を食べたら、即行で温泉に入ろうという話になった。
当然反対する者などおらず、早速温泉へと向かって皆旅の疲れを癒したりしようとしていたのだが、
約一名が結構大変なことになっていた。
ユーノである。

《ユーノ君、温泉入ったことある?》

《あ、う゛、その……公衆浴場なら入ったことあるけど……》

なのはの問いに、キョドりながらも何とか返答するユーノ。

《えへへへ~、温泉は良いよ~》

《ほ、ほ……、ほんと?》

なのはの言葉に、キョドりながらも何とか相槌を打つユーノ。

《な、なのは……ぼ、僕はやっぱり、》

《へ?》

《だぁああぁぁあ!》

念話で聞き返すと同時に振り返ったなのはに、大慌てで視線を逸らそうとするユーノ。
しかし悲しいかな男の性、叫び声を上げたまま視線はそのまま固定されてしまっていた。

もう誰でも分かるだろう。この淫zy……フェレット、今現在女湯の更衣室にいる。

先程まで自分が乗せられた衣服入れの壁の方を必死こいて向いていたのだが、やはり誘惑に負けてチラリと振り向いてしまった結果がさっきのやり取りである。

《やっぱり恭也さんや士郎さんと男湯の方へ……》

ユーノは言いながらもその場にフラフラと倒れこむ。

《えー、いいじゃない。一緒に入ろうよー》

《うー、あ゛ー、うぅ゛……》

なのはの無垢な言葉と声音に、ユーノは精魂尽き果てたのか満足しきったのか、痙攣して呻くことしか出来なかった。
なのはよ、ユーノが本当は人間だったと言うことを忘れてはいないか?




「うわーあ、ファンタスティック!」

「すごーい、広ーい!」

「すごいねー」

「本当ですー」

「うわぁー」

と、まあこんな風に他に誰もいないことを良いことに風呂場で上からアリサ、すずか、忍、ファリン、なのはの順ではしゃいでいる中、ユーノはなのはの胸に抱かれていた。

「きゅ……」

全員タオルを体に巻いていたのが唯一の救いか或いはその逆か……
まあ、彼の精神状態についての言及はこのくらいにしておこう。
……いや、彼にはまだ災難が待っていた。

「お姉ちゃん、背中流してあげるね」

「ありがとう、すずか」

と、まあこんな感じにすずかが忍に提案したり、

「じゃあ、私も」

「ありがと」

なのはもそれに乗って美由紀に背中流しを持ちかけたりと姉妹コンビがその仲の良さを見せ付けていると、

「きゅ!?」

突然横から伸びてきた手によって、なのはの腕の中からユーノが攫われた。

「え?」「ん?」

「ふっふーん、じゃ、あんたは私が洗ってあげるね」

そう言ったのは攫ったユーノを胸元で抱きしめて仁王立ちしているアリサ。
その腕の中でユーノはもう色々とどうにかしようとキューキューともがいていた。

「うははは、心配無いわよ、私洗うの上手いんだからっ!」

まあ、確かにアリサの家は犬だらけで、動物の世話はお手の物だろうが、ユーノが暴れている原因とは根本的にかけ離れている。

「ふふっ」

そんな二人の様子を見て、いつの間にか移動していたなのはは美由紀の背中を流しながら笑っていた。







所変わってここは旅館の中庭の川の畔。
山の中にポツンとあるのに加え、けっこう――いや、かなりいい旅館なのも手伝って、庭と呼べる場所はかなりの広さとクオリティを誇っていた。周囲には林まである。

「はぁ、良いわね、こういう休日は」

「ああ、そうだな」

そこに佇む一組の男女。なのはの両親の士郎と桃子である。

「お店も少しは、若い子達に任せておけるようになったし」

「子供達も……まあ、実に元気だし」

「それに……あなたも」

川の静かな流れを眺めながら、リラックスした様子で会話する二人。
その中で、ごくごく自然に紡がれた言葉。

「っ……」

だが、そこには一体どれだけの想いが込められていたのか。士郎が桃子へと振り返ると、そこにあったのは悪戯好きそうな微笑み。
その顔を見て、士郎はホッとする。

「ああ、そうだな」

「ふふっ」

士郎の言葉に、本当に嬉しそうに微笑む桃子。

「結構、時間かかったもんな……」

「うん……」

会話に、重たい空気が流れ始める。

「まあ……もう桃子や子供達に心配をかけることは無いさ。
 俺は、これからはずっと、翠屋の店長だからな」

「うん……ありがとう、あなた」

安心した様に言い、傍らの士郎に寄り添う桃子。そんな桃子の肩に手を回す士郎。
邪魔する者のいない川の畔で、お互いの温もりを確かめ合うように佇む。





なのは達がまだ温泉に入っている頃、男湯から先に上がっていた恭也は浴衣姿で部屋の日の当たる場所で椅子に座って寛いでいた。

「どうぞ」

そんな彼の前に置かれる、湯飲みが一つ。ノエルの注いだ緑茶だ。ちなみに彼女も浴衣姿。

「ありがとう」

お礼を言い、テーブルに置かれたそれを手に取る恭也。次いで、

「しかし、ノエルも今日は仕事じゃないんだし、のんびりしていいんだぞ」

と、どこか呆れた様に言う。

「はい、のんびりさせていただいてますよ」

満面の笑みで答えているが、それでも彼女は忍や恭也の身の回りの事をテキパキとやってしまうのだろうという予感を、恭也は感じた。





湯船から上がって、ドアの方へと向かう人影が2つ。なのはとすずかである。

「じゃあ、お姉ちゃん、忍さん、お先でーす」

「はーい」

「なのはちゃん達と一緒に、旅館の中とか探検してくるね」

「うん、また後でね」

元気に手を振るなのはと、どこかぼうっとした感じなすずかに、それぞれの妹に返事を返す姉達。
ちなみに全員頬をほんのりと染めていたり上気させていたりと、うん、まあ、特定の者達には本当にご馳走様ですな状況な訳で……

「さ、行くわよユーノ」

美由紀に抱きかかえられていたユーノを掻っ攫って行ったのは、またしてもアリサ。右手で首根っこを掴み、左手をわきわきと動かしているのに意味はあるのだろうか。
ユーノ? とっくに昇天済みである。



なのは達は浴衣に着替え、一通り宿の中を見て回った所で娯楽室を見つけた。
そしてそこにはさも当然の様に温泉宿の定番である……

「おー! やっぱ折角温泉に来たんだからこれよねー」

「アリサちゃん、やる?」

「モッチろん!」

「じゃあ、わたし受付でラケットと球貰ってくるね」

「よっろしくー」「ありがとうすずかちゃん」

そう、卓球である。
その後、少女達による熱いバトルが繰り広げられた。……ほぼ一方的な。





と、まあこんな感じで各々のんびりとしている中、実は少し前から結構気が気じゃなかった者が1匹……いや、1人いた。
ユーノである。

(この近くにジュエルシード反応……すぐに発動しそうな様子は無いけど、危ないな。
 でも、発動してないんだったら今の内に僕が拾ってきてしてしまえばいい。
 今日はなのはには休んでいて貰いたいし、ここは……)

普段だったら……いや、1週間前だったら気付かなかったであろうその反応。実は彼も1週間前の出来事では色々と思う所があり、あれからかなり気合を入れていたのだ。
それだけなら良いのだが、常時ある程度の探査魔法の展開を行っておくという結構無茶なことをやらかしていたりする。
今回はそれが良い方向に傾いたが、彼自身気付いていないがその実彼の疲労はなのはを上回っていてもおかしく無い。

ユーノは期を見てなのはに念話を送る。

《なのは》

《何? ユーノ君》

なのはの視線の先では、アリサがすずかの強力な打球を何とか打ち返そうと頑張っている。
段々ムキになっていく様が微笑ましい。ちなみになのははいの一番にバテていた。

《僕はちょっとそこら辺を散歩して来るよ。外の方に小川とか林とかあったし》

《うん、分かった。お夕飯までには帰って来てね》

《うん、了解》

なのはの肩から降り、ドアの隙間からスルリと外へ出る。
そのまま廊下を抜けて、中庭に出る。
張っている探索魔法の精度を強め、集中する。

――しばらくした後、ユーノの頭上に影が差した。





フェイト・テスタロッサは焦っていた。
何にかと言うと、そのどれもがジュエルシード関係なのだが、実は3つ程ある。
1つ目、この世界に来てから1週間も経っているのにジュエルシードを2つしか見つけれて無いこと(しかも一つは確保出来なかった)。だが、これはまだいい。
2つ目、予想外に予想以上の強敵が現れたこと。これが大きい。なんて言っても、手加減無しの勝負で完全に負けたのだ。出来る限りジュエルシードの取り合いはしたくない。
そして、つい先程生まれた最後の焦り……まだ発動していないジュエルシードを見つけたので喜び勇んで取りに来たら、その強敵の仲間が現れたこと。

彼女達はまだジュエルシードに気付いてない様子だったが、いつ気付いて回収に来るか分からない。更に自分の存在に気付かれたら、この間の強敵まで増援に来かねない。
フェイト自身まだジュエルシードの詳しい正確な位置を割り出せてない状況で、これは彼女にとって精神的にも現実的にも相当キツい状況だった。

しかしだからと言って今彼女に出来ることは限られている。よってフェイトは今、その限られた事――一刻も早くジュエルシードの位置を特定する為に全力で探査魔法を走らせていた。
と、そんな時

―――バサッバササササササササ……

左程離れていない場所で、鳥が一斉に飛び立った。思わずそちらに注意を向けるフェイト。と、次の瞬間。

「!?」

一瞬だけ見えた、見慣れた光。
それは自分の使い魔の魔法、バリアブレイク使用時の光景と同じ物。次いで、そこから展開される辺りを取り囲む封時結界。

《アルフ!?》

急いで己の使い魔に念話を送るフェイト。返事はすぐに返ってきた。

《ごめんフェイト。仕留め損ねた》

さも当然のように帰ってきたその返答に、フェイトは激昂する。

《何をやってるの!? 部屋で大人しくしてなきゃ駄目でしょ!》

念話で厳しい口調で叫びながらも、すぐさまそちらへと駆けつけるべく文字通り飛んで行くフェイト。
アルフはまだ本調子では無い。と言うより、まだ体を休めていないといけない状態だ。
今回の目的地が温泉宿だと知り、どうせジュエルシードの正確な位置の割り出しには時間がかかるからとリハビリを兼ねて連れて来ていたのだ。
着いて直ぐ一緒に温泉へ入り、それからは部屋でゆっくりしているようにと告げておいた筈だった。

《だって、フェイトの言ってた白い魔導師の使い魔っぽいやつが探索魔法を使ってたもんだからさ》

《っ……そう、そっちも気付いたんだ。
 そこにいるのは使い魔だけ? 茶髪の女の子や、白い魔導師の女の子、金髪の男の子とかは居ない?》

先程光が見えた所に着いたフェイトは、アルフは何処にいるのかと視線を彷徨わせる。

《ああ、だから奇襲で仕留めちゃおうと思ったんだけ、どっ!》

次の瞬間、近くで巻き起こるシールドと何かがぶつかり合う光と衝撃。フェイトはすぐさまそちらへと向かう。
茂を抜けた先でフェイトが見たのは、突進を受け止められてバックステップでこちらへと距離を取る自分の

使い魔と、その突進を止めていたシールドを消したフェレットの姿。
間違いなく、白い魔導師の使い魔だ。

「ごめんよーフェイト」

「しょうがないからいいよ、アルフ。今はとりあえず……」

《Scythe form》

「はぁああぁぁぁああ!」

兎に角、応援を呼ばれる、又は来る前に倒す、可能ならば捕縛するしか無いと、フェイトはフェレットに突っ込んだ。







(くそっ! 甘かった!)

新たに現れた魔導師の攻撃をシールドで防ぎながら、ユーノは自分に向かって悪態をついていた。
発動前のジュエルシードだからと油断したのがいけなかった。自分以外に見つけた者がいる可能性を忘れていたのだ。

《ユーノ君! 何処!?》

《なのは! こっち!》

探索魔法を使用していた中、直前で気付いた使い魔の攻撃。
それをシールドで防ぎ、その後逃走しながらユーノはなのはに応援を呼んでいた。
流石に誰かと戦闘を行って勝利し、ジュエルシードも確保出来るなどと考えるほど彼は甘くは無かった。
いや、以前の彼ならもしかしたら出来る限りなのはに悟られずに事を終わらせようとしていたかも知れない。
しかし、先週の出来事のお陰で彼のそういう考えは無くなっていた。そんな事しても、なのはは喜ばない。

先週ユーノが得た物は、そう判断できるだけの理解と信頼だった。

《ごめん出来るだけ早く来て! あの金髪の娘も来た!》

焦りを含んだ声でユーノが言う。
実際先程までは使い魔の動きがどこかぎこちなかったこともあり結構余裕だったのだが(バリアブレイクとか言うシールド破壊用の魔法を使われた時はかなり焦ったが)、
今は明らかに格上の魔導師の攻撃を受けている。自分の防御はそう易々と抜かれるとは思わないが、それでもキツイものはキツイユーノであった。

「っ!」

一方、以前にも同じ攻撃を防がれたことのある少女はそこで一旦飛び退く。
おそらく力押しでは壊せないと分かっているのだろう。
と、それと同時になのはからユーノに念話が来た。

《ユーノ君、私の方へ向けてシールド張って! "すぐに一直線に行くから"!》

《へ? なのは?》

何か嫌ーな予感がして冷や汗を流すユーノ。
彼の目の前には突撃態勢を取ったままの相手の使い魔がいるのだが、どうにも体が上手く動かないのかその場で固まっていた。
だが、それでも目の前に攻撃態勢の敵がいるのに、ユーノの本能とも言うべき警報は別の方を警告していた。
あるいは、不調だったことは使い魔の彼女にとって幸運だったのかも知れない。

《ディバイーン》

《ちょ、ちょっと待ってなのは!》

念話でも聞こえてきたなのはの掛け声に、ユーノは本当に命の危険を感じてそちらへと慌ててシールドを張る。
その行動に相手の魔導師達がいかぶしげな顔をするが、そんなのに構ってる余裕は彼には無い。

《バスター!》

次の瞬間、桜色の魔力砲が"間の木々を薙ぎ倒して"ユーノの真横を通り抜けた。それどころかその先の木々まで薙ぎ倒しながらまだ突き進んでいる。
どう見ても殺傷設定です本当にありがとうございました。

「「「………………………………………」」」

唖然とする一同。もしフェイト入れ違いにアルフが突っ込んでいたら文字通り吹っ飛ばされていただろう。
その間に、破壊されて出来た道から白い魔導師が現れた。
当然、その正体は見紛うこと無きなのはである。

―――――魔砲少女リリカルなのは 出番の渇いた吸血鬼 始まります。

((ちょっと待っ!))

おや、空耳がシンクロして聞こえた気がする……

閑話休題

砂煙の中から現れたなのははレイジングハートを油断無く構えて目の前の金髪の魔導師を見据えるが、正直周りからは完全に浮いていた。彼女の行動が一番正しい筈なのに、何故だろうか。

「な、なのは! 危ないじゃないか!」

そんななのはに正気に戻ったユーノが叫ぶ。

「え? だって、これが一番早かったんだもん」

「当たったらどうするつもりだったのさ!?」

「ユーノ君だったらシールドで軽く防げるでしょ?」

「「「…………………………」」」

ユーノのことを過大評価しているのか、自分の砲撃の威力が分かっていないのか……
恐らくは後者だろう。

だが、そんな二人のやり取りを見て正気に戻ったのはフェイトとその使い魔。
この二人ならまだ何とかなると思ったのか、フェイトは今度はなのはに向かって一気に距離を詰め、その鎌を振り下ろした。

「はあっ!」

「きゃっ!」《protection》

なのはは咄嗟のことに悲鳴を上げながらも、レイジングハートのプロテクションが間に合いその攻撃を受け止める。
フェイトは鎌を押し込んでそのシールドを破壊しようとするものの、なのはの守りも硬い。
フェイトは今度もまた破壊は無理と判断し、一旦離れようと判断する。が、次の瞬間、

「っ!?」

――ヒュイン

直前で察知し急いで飛び退いた彼女の眼前を、桜色の魔力弾が通り過ぎて行った。
驚愕するフェイトの目に映るのは、目の前の白い魔導師の周囲を高速で旋回する、見るからに速度重視の4つの魔力弾。
これこそが、対さつき用になのはとユーノが編み出した戦法の一つ――ガーディアン シューター――である。



―――事の始まりは、偽ユーノの件があった次の日の朝。
いつもなら散歩と言う名のジュエルシード探しに出かけているなのは達だったが、今回は違った。
なのは達のいる場所は、高台にある空き地。この早い時間にこんな場所に来る人間なんてそういない。
つまりは、隠れて何かをするにはうってつけの場所ということだ。

「なのは、あの子と……さつきって娘と戦うって、本当かい?」

「……私、やっぱりあの子のこと……もう1人の娘もだけど、やっぱりさつきちゃんのことが気になるの」

なのははユーノの問いには答えず、1人語り出す。

「すごく強くて、今はぶつかり合っちゃってるけど、本当はすっごく優しくて……」

思い出す、ぶつかり合った時の記憶、拒絶された時の記憶、彼女の優しさを感じた時の記憶。

「そして、いつも明るいんだ」

しかし、その言葉を紡ぐなのはの顔は暗かった。

「だけど、それは嘘なんだ。自分に嘘をついてまで、明るく振舞ってる。
 昨日、ほんの一瞬だけ、あの娘の本音が見えたの。
 何かから怯えている様で……震えてて……寂しそうで……泣きそうだった」

――『やめて……お願い……聞きたく無い……』

「……………」

その場面を見ていないユーノは、何も言わずただ沈黙を貫く。

「きっと、嘘をついてないと壊れちゃうんだ。だから、自分を騙してる。
 でも、……ううん、だからこそ、私は知りたい。何でそんなに悲しそうなのか……寂しそうなのか……。
 きっと、ジュエルシードを集めてる理由も、その理由を言えない訳も、それに関係してるんだと思う」

それは言ってしまえばただの勘だ。だが、あれ程強い思いを内に秘めている者がジュエルシードを欲する理由なんて、それしか考えられない。

「あの娘、ジュエルシードが欲しい理由を言えない理由があるって言ってた。
 言っても、何も変わらないと思うからとか、そういう訳じゃ無くて、ちゃんと理由があるって……
 多分あの娘、その理由を言っちゃうと自分にとって何か悪いことが起きちゃうって思ってるんだ。
 でも、」

と、そこでなのはの目に強い光が宿る。

「やっぱり私はその理由を知りたい。そんな事も知らないで、なにも分からないままでぶつかり合うのだけは嫌だ。
 言えないって事は、どういう形であれ、私が信用されて無いってこと。
 でも、今のお互い争ってる状況で、信頼や信用を勝ち取るのは難しい。……なら」

なのははユーノの目を真っ直ぐに見る。
ユーノのも視線を逸らさずに見つめ返す。

「戦って、勝って、対等な立場に見てもらう。あの娘に近づく為に今の私に出来ることは、それしか無いから。
 だからお願いユーノ君、私に教えて、魔法の上手な使い方!」



そうして、なのはの特訓が始まった。
……のだが。


「やっぱり、なのはの魔力量はすごいね。防御魔法は僕の方が上の筈なのに、魔力の量だけで僕の防御に追いついてきてる」

「えーっと、ユーノ君? 前にも言ったけど、それって私が力任せっていうことなのかな?」

「え? い、いや、そういう意味じゃなよ!」

「ふーん、でも、シールドばっかり練習しても戦えないんじゃぁ……」

「うん、そうなんだけど……さつきって娘のスピードと攻撃の威力を考えると、防御をしっかりしておかないと直ぐにやられることになると思うから」

「そっか……そうだよね。ジュエルシードから生まれたユーノ君の作った結界を殴っただけで壊しちゃうんだもんね」

「そうなんだy……ってえぇ!?
 な、なのは、それって本当?」

「うん、あっちのユーノ君もすっごい驚いてた」

「……この練習、止めようか」

「え!? 何で!?」

「普通に考えてよなのは! ジュエルシードの暴走体が作り上げた結界以上の強度のシールドを、僕達が作れる訳無いでしょ!?」

「あ……」

「……高速移動魔法でも覚えようか」

「うん……」

防御魔法の Lv. UP 、断念。


《flash move》

「ふうっ、ふうっ、ふうっ……」

「なのは……」

「何……ユーノ君?」

「体力無さすぎ」

「うぐっ」

「まあ、それを抜きにしても、やっぱりいきなり高速移動魔法の連続使用は難しいね。
 出来て単発で何度か、それになのはの体力の無さと反射神経とあの娘のスピードを考えると……」

「………」

「やっぱり効率が悪いと思うんだけど……」

「うぅ……ごめん、ユーノ君」

高速移動魔法の使用訓練、断念。


「でも、それじゃあどうしよう?」

「うーん、攻撃は最大の防御! って感じでシューター連続で打ち続ければ……
 だめかなぁ……昨日もあっちのユーノ君の魔力弾全部叩き落してたもんね……」

「!? 魔力弾を叩き落した!!? まさかとは思うけど素手で?」

「うん。そうだけど……」

「どこまで規格外なんだ……
 でも、わざわざ叩き落したってことは耐久力は普通と同じくらいと考えていいのか? それが救いか……」

「? あれ? じゃあさユーノ君、こんなのってどう?」

「? どんなのだい?」

「えーっとねぇ…………」

「それは……なんともなのはらしいと言うか……
 普通はそんなこと出来ないけど、なのはの制御能力があれば……うん、もしかしたら悪くないかも」

「よーし、じゃあ早速試してみよ!」



――と、まあこんな感じで生み出されたのがこれ、シューターを自分の周りに旋回させて攻撃と防御を一緒にやっちゃおう! という何ともなのはらしいと言えばなのはらしい戦法である。
……結局、空に飛んで空爆しちゃえば良いんじゃね? という事になのは達が気付くことは無かった。

今なのはの周りを回り続ける魔力弾の数は4つ。これが今の彼女の限界。
今現在なのはが展開することの出来るガーディアン シューターは最大で8つである。
しかしこの魔法はあくまで防御専用。魔力弾を制御しながらも自身が自在に動けなければ意味が無い。
魔力弾の制御に意識を割きすぎて自分が動けなくなっては本末転倒なのだ。
故に、これがなのはがほぼ無意識下で、シューターを旋回という行動パターンの元動かすことの出来る限界量。
しかも、飛行魔法等の簡単な魔法を使用する時を除き別の魔法を使おうとすると一旦解除しなければならない等、他にも欠点のあるまだまだ未熟な防御だ。

「なのは! そっちの娘をお願い、僕はその間に、ジュエルシードを探して……」

「させると思ってんのかい!?」

なのはに呼びかけるユーノに、アルフが跳びかかった。
しかしそれはユーノのシールドに防がれる。それだけで無く、

「君1人なら倒せないまでも何とかなる!」

ユーノの足元に浮かぶ魔法陣。その中にいるアルフは今現在行われている魔法がどのような物かを察し、

「まずっ!」「アルフ!?」

フェイトも叫ぶが、もう遅かった。
次の瞬間、ユーノとアルフはその場から消えていた。

「強制転移魔法……アルフ……」

フェイトは未だ本調子でないアルフを心配し、しかしすぐに思考を切り替え目の前の魔導師に向き直る。

「ユーノ君……」

対するなのはもユーノの事を気にかけていたが、彼の気持ちを汲んで漆黒の少女と対峙する。



「あなたは、どうしてジュエルシードを集めようとしているの?」

問いかけるのは、なのは。しかし、この状況で昨日やられたもう1人が来ると詰むことが分かっており焦っているフェイトは、それに取り合おうともしない。

《photon lancer》

「フォトンランサー、ファイア!」

「あっ!」

《protection》

いきなりの魔力弾の攻撃に、シューターを展開していたことで半分安心してしまっていたなのはは反応出来ない。しかしレイジングハートが張ったプロテクションが間に合う。
魔力弾とシールドがぶつかり合い、光と衝撃でなのはが一瞬怯んだ。
そう、これがこの魔法のもう一つの欠点。元々対さつき用に考案したこの魔法、恐らく打撃攻撃しか無いであろう対彼女用の魔法だからこそ、射撃型の攻撃の対策が全くと言っていいほど無いのだ。
そして、欠点はまだある。

「はあっ!」

「!?」

怯んだ一瞬の間にいつの間にか背後に回られていた事に、悪寒を走らせるなのは。
急いで振り向くも、もう相手の鎌は振られる直前。シールドは間に合わない。
そして、これが最後の欠点。確かに、打撃系の攻撃を防ぐ為のガーディアン シューターだが、長い獲物で攻撃されてはシューターは相手の体に当たらない。
シューターが獲物に当たってくれる事を祈るという、かなり博打な覚悟をしなければならなくなるのだ。
そしてなのはのガーディアン シューターはまだ未熟な為、隙間と隙はいくらでもある。
しかも今回フェイトは絶妙なタイミングでシューターが抜ける場所を見抜いていた。これは当たる。

だが、一応なのは側にも対応策はあった。

《Release》

フェイトの攻撃が当たると思われた直前、レイジングハートが魔力弾の制御を一斉に放棄した。
元より自分の周囲を旋回させるというプログラムの元、碌に制御などしていなかったのだが、そのプログラムさえ放棄したのだ。
結果、シューターは今まで旋回していた速度のまま、遠心力によって一斉にバラけた。上手く行くかも分からない、文字通り最後の賭けだ。

だが、今回は運はなのはに見方した。運良く魔力弾の1つがフェイトに向かってすっ飛んで行ったのだ。

「っ!?」

《Flier fin Flash move》

バルディッシュを振るうと共に、急いで体を捻ってそれを回避するフェイト。その結果、なのはその鎌を紙一重で空に避ける事に成功する。

「話を、聞いてってばぁ!」

上昇しながら、叫ぶなのは。

「時間稼ぎのつもりなら、無駄だ!」

《Photon Lancer》

「連撃……ファイア!」

しかし、帰ってきたのは無数の雷の刃。

「っ!」

《Round Shield》

なのはは咄嗟に右手を出し、シールドを張る。なのはの軌道力では避けることなど不可能だ。
シールド越しの魔力弾の衝撃に耐えながら、なのはは尚も叫ぶ。

「そんなのじゃないよ! もしかしたら、話し合いでどうにかなるかも知れない!」

だが、次の瞬間にはフェイトはなのはの隣にいた。

「!?」《Protection》

振り下ろして来るバルディッシュに先程まで使用していたシールドは間に合わず、レイジングハートがオートでプロテクションを張る。
対象を弾き飛ばす性質を持つバリアに、しかしフェイトはバルディッシュを押さえつけてなのはを逃がさない。

「私は、ロストロギアの欠片を……ジュエルシード集めないといけない。
 そして、あなたも同じ目的なら、私達はジュエルシードを賭けて戦う敵同士ってことになる」

「だから、そういうことを簡単に決め付けないために、話し合いって必要なんだと思う!」

「話し合うだけじゃ……言葉だけじゃきっと何も変わらない。
 伝わらない!」

「っきゃあ!」

最後の叫びと共に力強く振り下ろされた戦斧に、遂になのはが吹き飛ばされる。

《Photon Lancer get set》

「ファイア!」

《Fire》

それに追い討ちをかけるように放たれたフェイトの魔力弾。
このままだと直撃、そしてそのまま勝負が着くだろう。
が、迫り来る魔力弾を見つめるなのはの目に光が宿った。
その原因は、直前に発せられた少女の悲しい言葉か、はたまたその瞳に宿る感情を見てしまったが故か……

――言い返したい。伝えたい。私の言葉を、あの娘に……!

その為には、ここで倒れる訳には行かない。そう思っても、やはり魔力弾は回避不能で……
――次の瞬間、光が弾けた。









川の畔を駆ける少女が、1人いた。

(なのは……)

長い金髪、

(なのは、どこ……)

まだ幼い、しかしいつもは強気な顔立ちには、今は不安げな様子が見て取れる。

(なのは……!)

そう、アリサ・バニングスである。
彼女は卓球の休憩中にいきなり様子がおかしくなり慌てて出て行ったなのはの後を追ってここまで来たのである。

彼女はすずかの家であった事件依頼、なのはの行動に敏感になっていた。
それがああも慌てた様子でいきなり出て行ったら、それは後もつけたくなるというものだ。それに、彼女がなのはに対して不安を覚える原因は、実はそれだけではない。



あの事件の夜、アリサは1人、晩御飯も食べずに部屋に閉じ篭っていた。
胸中に渦巻いているのは、自分に対する憤りと、ただ深い後悔の念。

――何故、あそこでなのはに着いて行かなかったのだろう。
――――何故、もっと素直になれなかったのだろう。


――――――何故、なのはに八つ当たりなんてしてしまったのだろう。

行き場の無い後悔の思考は、いずれ方向性を求めて、その解を欲するようになっていった。

――八つ当たり、そうだ八つ当たりだ。私は私自身に怒ってた筈だったんだ。
  だったら何で、どうしてなのはに怒ったの? 私は私だけに怒りを感じてればよかったのに。
  何で? どうして? その怒りや不安を、誰かにぶつけたかっ……不安……? ――

そこで、彼女の思考は道を見出す。一旦気付けば、後は簡単だった。

――そうだ。私は不安だったんだ。だからその不安を誰かにぶつけたかった。その時一番ぶつけ易かったのがなのはだった。
  何が不安だった? そんなの、私が怒ってた"本当の理由"だ。
  なのはが、時々とても遠い目をして、なんか、そのままどっか遠い所に行っちゃって、もう自分達の所に帰って来なくなってしまうような、そんな予感が時々あったから……。
  ははっ、何だ。最初っから、全部八つ当たりだったんだ。
  最初になのはに怒ったのも、私の不甲斐なさに怒ったのも、あの時なのはを突っぱねちゃったのも、全部その不安をごまかすための八つ当たりだったんだ――

なのはがどっか行っちゃいそうで、それが不安で、その結果が、なのは自身への八つ当たり……?
その結果が…………"あれ"?


――――馬鹿だ、私。大馬鹿だ…………!!



故に彼女は、なのはを追う。今度は見失わないように。彼女がどこかへ行ってしまわないように。

……しかしなのはの姿はどこにも無い。そんなに時間をおかずに出てきた筈なのに、一体どういうことだろうか。
彼女の不安が、どんどん大きくなり、積もってゆく。

(なのは……、なのは……! なのは……!!)

彼女はとうとう一つの橋のところまでたどり着いた。そしてここで一つの奇跡が起こる。
この場所、彼女から2歩も離れていない場所に、つい先程まで一つの蒼い宝石があったのだ。
その名称は、ジュエルシード。
今はユーノの張った結界の中に取り込まれている。

だが、強い思い《ねがい》は世界をも超えることがあると言う。だとすれば、親友を純粋に思う強い願いにとって、結界の内と外の差など、有って無いようなものではないのか。
結果、ジュエルシードは彼女の思い《ねがい》に反応し、辺りを光で包み込んだ――





なのはは自分へと迫り来る魔力弾を避けられぬと悟り、目を閉じた。
次の瞬間、真っ白に染まる視界。しかし、彼女の予想と異なり衝撃が無い。
しかも、何やら見知った感覚に包まれている感じがする。目を開けてみると、周りは真っ白な空間。明らかに先程までいた場所とは違う。そして……

(この感覚……ジュエルシード!?)

悟ると同時、なのはの中に何かが流れて来た。
それは、無理やり表現しようとするならば、彼女の親友――アリサの感情のような物。
それを受け止めて、なのははこの現象が何なのかを察し、そして――愕然とした。

――自分はいつの間に、親友をこんなにも苦しめていたのだろう。

そして、その空間は唐突に終わりを告げる。
どこか呆然としたような感じで降り立ったのは、川の畔。目の前には、彼女の親友、アリサ・バニングス。

周りの風景からして、まだ結界の中。恐らく、ジュエルシードはアリサを結界の内に、なのはを空間移動させることで二人を合わせたのだろう。

「なの……は……?」

「アリサちゃん……」

いきなりの事で戸惑っているのか、どこか呆然としたような感じで問いかけるアリサ。
だが、それもなのはが暗い顔で彼女の名前を呟くと、一気に正気に戻り詰め寄る。

「なのは、どこ行ってたのよ、探したのよ! それにどうしたのその格好! よく見ると何か汚れてるし、あ

んた一体何やってたのよ!?」

「あ、え、う、うーん……と……」

気まずさとどう説明すればいいか分からないのとで、言いよどむなのは。
アリサはあたふたとしているなのはを憮然とした表情で見つめてる。

《Thunder smashar》

しかし、そんな二人の空気を引き裂く無情な機械音が響いた。間違いようの無い、バルディッシュの声。

「え!?」

なのはの失敗は、空間転移なんて行った為にここがさっきまでの場所から離れた場所であると錯覚してしまったことだ。
実際は、この場所は先程の場所から五十数メートルしか離れていなかったのだ。慌てて振り返るも、もう砲撃は放たれていた。防御も回避も間に合わない。プロテクションじゃ防ぎ切れない。

「なのは!」

その時、なのはの前に絶妙なタイミングでユーノが転移して来た。
ユーノが魔力障壁を張り、金色の砲撃を受け切る。
だが、それが晴れた先には既に砲撃主の姿は無かった。

「え!?」

なのはが疑問の声を上げると同時に、彼女の隣に現れる漆黒の魔導師。振り下ろされようとする戦斧。

「させない!」

それに対して動いたのはまたしてもユーノ。なのは、アリサ、そして彼自身を囲むかのように足元に浮かび上がる一つの魔法陣。展開されるのは結界型の魔力障壁。
それが漆黒の戦斧を受け止めていた。


「くっ、相変わらず硬い……」

フェイトは悔しげに呟き、その結界から距離を取った。
あの結界を壊すのは彼女には相当骨が折れる。――そう、彼女には。

(あの子の後ろにいる金髪の子、あの子からジュエルシードの気配を感じる。
 見たところ民間人。暴走は今は収まってるみたいだから、相手の戦力に変わりはない。これまで相手をして分かった。あの子は魔力が大きいだけの素人。
 あの魔導師の子達を潰した後で、十分にジュエルシードの方も回収出来る)

と、なるとやることは一つ。時間稼ぎ。先程までならそんな考えは持たなかっただろうが、彼女はとある違和感に気付いていた。

(戦闘が始まってからそれなりに時間が経つのに、増援がやってこない。
 もしかしたら、私を倒したあの魔導師は彼女側の人間じゃあ無いのかも)

ただの憶測でしか無いし、正直に答えてもらえるとも思えないが、それでも訊く価値はある。
と、フェイトがそこまで考えた時相手側でなにやら一悶着があったらしいのが見てとれた。

「ゆ、ユーノ!? 今あんた喋んなかった!?
 それにこれ何よ! さっきの何よ!? もーどーなってんのよー!!」

「きゅーーーーー!!」

「ア、アリサちゃん落ち着いて……」

……ユーノがアリサにブン回されていた。

「ねえ、」

それら全てをスルーして、フェイトは白い魔導師に尋ねる。

「え? 何?」

それに反応したのはなのはのみ。ユーノはまだブン回されている。

「この間私を倒した金髪の魔導師……彼は来ないの?」

その言葉を聴いたなのはの顔に影が差す。

「うん……あの子は、もう、いなくなっちゃったから……」

「……そう」

思いっきり普通に答えられて、逆に目を見開くフェイト。
様子からしてブラフでは無さそうだと判断する。一体何があったのかは知らないが、彼女にとっては好都合だった。

これでフェイトの方針は決定した。視界の端で待っていたそれが来たのを確認し、白い魔導師へとバルディッシュを向けて話しかける。

「……賭けて。それぞれのジュエルシードを、一つずつ」

なのはがそれに言い返そうとした時、

「あ」

アリサが何やら声を上げた。
まだ障壁に守られていたこともあり、なのははそちらに思わず目を向ける。フェイトの目には最初から写っていた。
アリサの手の平から、何かがすっぽ抜けて空を跳んでいた。それは、見るからに美しい蒼い宝石。
地面に落ちたそれをアリサが手に取る。それで漸くユーノはアリサの拘束から逃れることの出来た。

「何これ? こんなのいつの間に……」

「ジュエルシード!」

叫んだのは誰だったろうか。
次の瞬間、茂みから飛び出すオレンジ色の髪をした1人の女性。その頭に犬耳があったりお尻からオレンジ色の尻尾が出ていたりと、その正体がアルフであると想像するのは難しく無い。

「バリアー ブレイクゥッ!」

叫びながら突き出された拳が障壁にぶつかると同時に、障壁にヒビが入る。数瞬後、障壁は砕け散った。

「きゃあっ!」

「なのは、彼女とジュエルシードを!」

「もう何何何なのよー!」

「アリサちゃん、こっち!」

慌てるなのは達。フェイトは白い魔導師とジュエルシードを持つ少女がアルフと使い魔から離れるのを見て、

《Arc Saver》

「はあっ!」

少女達の間を狙ってアークセイバーを打ち込んだ。

「「きゃあっ!」」

ブーメランの様に飛翔する刃は見事アリサとその手を引くなのはの間へと吸い込まれ、なのは達は手を離して切り離される。

「はっ!」

「っ!」

次いで、白い魔導師へと一気に距離を詰めたフェイトは彼女に向かってバルディッシュを横薙ぎに振るう。
なのははこれをしゃがむことで何とかかわす。そしてその瞬間を狙って一旦空へと逃げようとした。あわよくばフェイトとアリサを離れさせるつもりなのかも知れない。
しかし、

《Photon Lancer Fire》

「え!? 《Protection》きゃあっ!!」

"なのはの頭上から"、金色に光る複数の魔力弾が打ち出された。魔力弾の遠隔発生という高等技術である。
レイジングハートが咄嗟にプロテクションを張り、何とか受け止めるもののその防御も破られ、なのはは地に叩きつけられる。
フェイトとて容赦はしない。相手の動きが取れない今のうちに決着を着けようと、サイズフォームのバルディッシュを振りかぶり、

「っ!」

思わず目を閉じた白い魔導師に向かって、振り下ろした。



「……?」

しかし、なのははまたもやいつまで経っても来ない衝撃に目を開ける。と、そこには

「えっ!?」

首筋ギリギリで止まっている刃があった。

「ど、どうして……」

"アリサの"首筋ギリギリで。
アリサが、なのはとを庇うように彼女とフェイトの間に割って入っていた。

「何だか分からないけど、アンタ達はこれが欲しいんでしょ! こんなのあげるから、さっさと帰って!」

叫んで差し出された手の上にあるのは、紛れもなくジュエルシード。

「………」

だが、それでもフェイトは刃を引かない。
すると、

《Put out》

レイジングハートがジュエルシードを排出した。

「レイジングハート……」

なのははレイジングハートの名前を呼ぶが、止める気配は無い。
それを見たフェイトは、ようやくバルディッシュを引いた。

《Divice form》

2つのジュエルシードが、バルディッシュに吸い込まれる。

《Capture》

「行くよアルフ」

それを確認したフェイトがアルフに声をかける。
ユーノと膠着状態になっていた彼女はアッサリと彼を振り切り、フェイトの横に並んだ。

「さっすが私のご主人様」

二人はそのまま立ち去ろうとする。それを、

「待って!」

なのはが呼び止めた。

「名前……あなたの名前は!?」

「フェイト、フェイト・テスタロッサ」

「フェイト、ちゃん……」

なのはは答えられた名前を、確かめるように呟き、

「わ、わたs「それと、」っ」

今度は自分の名前を告げようとした所を、フェイトに割り込まれた。

「その子、早く連れて帰ってあげて」

「へ?」

なのはの疑問の声と共に、倒れこむアリサ。

「え? あ、アリサちゃん!?」

「きゅーーー」

緊張の糸が途切れたのか遂に頭がパンクしたのか、アリサは目を回していた。
なのはの慌てる声を背に、フェイトは今度こそそこから立ち去った。





数分後、

「うーん……」

「あ、アリサちゃん起きた?」

「え?」

アリサが目を覚ますと、そこには親友のなのはの顔。次いで、フラッシュバックする記憶。

「!! なのは、あんた大丈夫!? あいつは!? あの特大凶器持った……」

「? 何の話? それよりもアリサちゃん、いくらお昼ご飯食べて、温泉入って、その後運動したからって、

こんなところでお昼寝しちゃ風邪引いちゃうよ?」

いつものアリサなら、なのはの違和感に気付いたであろう。だが、今のアリサはとにかく気が動転していた。

「…………夢……?」

呆然と呟くアリサ。その視線が、今度はなのはの肩に乗るユーノに注がれる。
だが、そのフェレットは喋るどころか「きゅ?」とただ一鳴きするのみ。

(そっか、夢だったんだ……。そりゃそうよね。
 いくら何でもあんなことが現実に起こる訳無いもの。晴れの日に雷が鳴ったり私達ぐらいの女の子があんなもの振り回したり挙句の果てには小動物が喋ったり……。
 あー、改めて考えると突っ込みどころしか無いわ……)

「どうしたのアリサちゃん。もしかして、まだ眠ってる?」

「っっ! そんな訳無いでしょ! さっさと帰るわよなのは!」

なのはの言葉に顔を真っ赤にして叫ぶアリサ。そのままずかずかと歩き出す。
…………なのはの手をしっかりと握って。

「……アリサちゃん」

アリサに引かれながら、なのはは彼女に話しかける。

「何よ」

「私、いかないよ、どこにも」

「っ!?」

なのはの言葉に、アリサの足がピタリと止まる。

「友達だもん。どこにも行かないよ。私は最後はちゃんと、アリサちゃんと、すずかちゃんの所に帰ってくるから」

「…………」

「アリサちゃん?」

背を向けたまま無言のアリサに、なのはは心配そうに声をかける。と、

「なに言ってんのよ! そんなの当たり前でしょ!」

アリサはそれだけ言って、一度も振り返らずにまたズカズカと歩き出してしまった。
その手に引かれるなのはは、嬉しそうに笑っていた。



――――お話を聞きたい娘が、もう1人増えました。
    今のままじゃ、また何も聞けずに終わっちゃうかも知れないけど。
    それでも私は、あの娘達のことを知りたい。ずっとこのままは嫌だから。
    アリサちゃんを悲しませちゃってたけど、私はそのことからは逃げ出したくない。
    道を間違えないように、自分らしさを、見失わないように……










あとがき
ねんがんの とうこうを かんりょうしたぞ!

痛い痛い。石を投げないで。
いやぁ、まことに申し訳ない。何か月1投稿が定着してきてしまっているデモアです。
中間試験で始まる前も終わった後も色んな意味で死んでたからってこれは酷い。今度はもうちょい早くできるように頑張ります。……つーか第0話の時の話半分も考えてなかったのに1日で書き上げてた勢いはどうしたよ。
いや、うん。どうしてかは分かるんだよね。主に戦闘シーンで時間取ってたんだよね。
フェイトみたいに超スピード+実力差があると即行で簡単に決着が着いてしまって話し合いが全く出来ないという罠。偽ユーノ事件が無ければまだどうにかなったのに、まさかあれがこんなところで尾を引くとは思いませんでした……
しかも最後テンプレにも程がある件。そして原作のなのはの語りが大人すぎてマジで難しい件。

他にも前話で、書かなきゃ駄文になる! って思ってたところがあったのに忘れててマジで焦ったり。
いや、さっちんが取り乱したところですけどね。あーいうキャラの感情がいきなり変わる場面って1文入れてやらないとこっちが戸惑うって言うか……
もう直したけど。

そして今回もさっちんが空気どころか出番ナッシング(銃声
本当はこの話2話に分ける予定だったんですが、PV100000超えたので明言していた通り次の投稿で表へ出すので
次からさっちんが活躍しだすのでいくらなんでもそこまでは行きたかったので頑張って1話にしました。
何で今まで活躍が無かったのかって?
よろしい、説明してさしあげよう! あ、やめてお願い殴らないで僕に弁解させてお願いします。

えー、今作みたく介入させたキャラが精神年齢大人(ほぼ大人)な場合、積極的になのは達に絡ませると

「なにこいつ大人気ねぇ」

ってことになるんですよ。他作品の作者様は色んな工夫してそういうのを無くしてるんですが。
以下例を挙げると、

・介入キャラを複数用意する
・相手方にも介入キャラを用意する
・次元震のところで介入させて、組織である管理局が出て来る時期から始める
・即行でフェイトの味方になって、プレシアを表に出す

等などがありますね。他作者様がたはこれを分かってやってるのかそれとも本能的に察しているのか……
そしてこのどれもを行わなかった作者。完全に自業自得。

そしてこれ書いてて分かったもう一つのこと。何故A'sからの介入が多いのか。単純に人気だからだと思って

たんですが、これが思わぬ新事実発覚。
あっちの方が楽なんですよ。何たって場所と時間が指定されている絶対に起こさなきゃいけないイベントほとんど無いから。

しかしここ最近チラ裏に良作品が突然出没しますね。表よりもチェック回数多くなってる件について。

と、まあここまでグダグダ書いてきましたが、何かさっきも書いた気がしますがお知らせ一つ。
PV遂に100000超えたので、次の投稿と共にとらは板に移動します。こんな作品を読んでくださっている皆様方、本当にありがとうございます。



[12606] 第12話 笑っていて欲しかった……
Name: デモア◆45e06a21 ID:79c5cfea
Date: 2010/07/05 12:51
某年4月26日 午後8時頃
とあるマンションの一室、オレンジ色の狼の背中を撫でながらその食事(ドッグフード)に付き合っている少女がいた。
フェイト・テスタロッサとその使い魔、アルフである。

「フェイトぉ~、ワタシはもう大丈夫だからさ、あんたもご飯食べなよ」

「さっき、少しだけどもう食べたよ」

非難の色を含めた自分の言葉に対して優しく返してくる少女に、アルフはため息を吐く。どうせ本当に少しだけしか食べてないに決まっている。

「ただでさえ探索魔法は体力を消耗するっていうのに、フェイトってばろくに食事も取らないし休まないし、フェイトだって軽くない傷を負ってるんだよ?」

背中を撫でる手を鼻先でどかし、アルフはフェイトを真正面から見つめて言い聞かせた。
アルフが言っているのは、暗い部屋の中、証明が当たってハッキリと晒されているフェイトの背中の無数の傷跡。
すり傷でも切り傷でもないそれは、何か細いもので何度も何度も叩かれたようなもの。ジュエルシードとの戦闘中に負ったものでは無く、それ以前に受け、未だ癒えない傷。
だが、フェイトはそんなアルフの労わりの言葉を聴いても、そこを動こうとせずまたアルフの背を撫で始める。

「今はアルフの方が重症でしょ?」

出てきたのは、相変わらずヒトのことを気遣う言葉。

「だから、ワタシはもう大丈夫だって。こんなやつのことなんかに構ってる時間があるんなら、フェイトは休んどきなよ」

「この間、私とまともに連携も取れなかったのに『大丈夫』?」

再度押す言葉に、返って来たのは意地悪な言及。

「うぐ……」

流石に一瞬黙るアルフ。
その隙に、フェイトは言葉を続ける。

「大丈夫だよ。私、強いから」

「そういう問題じゃ……」

アルフはまだ難色を示すが、フェイトはここで最後の札を切った。

「それに、次のジュエルシードの場所も大体の位置は特定できてるから。
 この後すぐに回収しに行くから、どっちみち意味なし。なら、私は1人でいるよりアルフと一緒にいる方がいいな」

「………」

卑怯だ。アルフは心の中でボヤく。そして、せめてもの精一杯の抵抗をするも……

「ねぇ、それってワタシも着いてって……」

「駄目。今のアルフの状態じゃあ邪魔になっちゃうだけだよ」

フェイトの無自覚な、悪気の一欠けらもない、ただ単にアルフを心配してるだけの筈の一撃に、粉々に粉砕された。

数分後、

「じゃあ、行って来るよ。母さんが待ってるんだ」

主人の後姿を、心配そうなオレンジ色の狼の瞳が見送った。










その少し後。

「はーあ、今日も見つからない……」

ビルの間の裏路地をうろつきながらため息を付く少女。最近めっきり出番の無かった弓塚さつきである。

その間彼女が一体何をしていたかと言うと、外を出歩く訳にはいかない平日の昼間は魔術の修行をしたり古本屋で買った本を読んだり、休日は町を散策しながらあわよくばジュエルシードを見つけれないかとキョロキョロしたり公園でのんびりと和んだり、
夜になるとジュエルシードを探しに出るのは平日でも休日でも変わらず行ったりしていた。
本来するべき勉強も一緒に遊ぶ友達もないとなるとやることは限られてくる。確かにさつきは3週間ずっと1人で裏路地生活をしていたこともあるがあの時は生き延びるために必死だったこともあり、孤独に打ち震えることはあってもその生活に疑問を抱く暇など無かった。
しかし今はこと生きることに関して言えば十分余裕がある為、自然、今の自分の生活に「わたし、これでいいの……?」と寂しさと共に疑問と焦りを感じていたりしていた。

そんな中ついこの間休日の昼間に、女の子らしく久々にデパートまで足を運んだりした所、カセットコンロという画期的なアイテムを発見し即座に購入。フライパンや鍋、料理の本も購入し、スーパーで大量の食材を調達、ここ最近は平日の暇な時間を料理の練習に費やす等、以前に比べれば少しは充実した時間を送ってはいたのだった。だが……

「もしかして、もう終わっちゃってたりしないよね……?」

彼女が最後にジュエルシードに関わってから早2週間弱。
自分の知らぬ間に残りの10個以上のジュエルシードが全て回収されてしまったのではないかと、普通に考えたらありえない不安に駆られてしまうのも無理は無い。

「あれ?」

と、そんなさつきが途方にくれて星空を見上げると、何やら少し離れたビルの屋上に人影らしきものを発見する。
目を凝らしてよく見てみると、黒いマントと金髪が夜風にたなびいており、その手に握る杖が月光を反射していた。

「あれって……フェイトちゃん?」

確信すると共に、さつきはそちらへと駆け出した。








「大体この辺りだと思うんだけど、大まかな位置しか分からない……」

夜の闇の中、ビルの立ち並ぶ街中の、何の変哲も無い1つのビルの屋上に、フェイトが漆黒のマントをなびかせながら佇んでいた。
やがて何やら決心した様な表情になると、彼女はバルディッシュを振り上げる。それと共に、彼女の足元に展開される魔法陣と、杖に集まる魔力。

「で、それをどうするつもり?」

「!?」

それを掲げた瞬間いきなり背後からかけられた声に、フェイトは反射的に振り返った。
そこにいたのは、ごく普通の服装でスカートをなびかせ、手を後ろ手に組み、茶髪のツインテールを揺らしながら笑顔で佇む1人の少女。

「あなたは……っ!」

フェイトが見間違えるはずも無い。以前、アルフをボロボロにした張本人。そしてジュエルシードの探索者の1人。
以前の戦闘で、この少女が白い魔導師の仲間である可能性は低いとフェイトは判断していた。もし仲間なら、応援に駆けつけた筈だ。

「どうしてここに」

いきなり現れた"敵"に向かって、バルディッシュを構えるフェイト。

「お散歩してたらあなたを見かけたから。
 あなたこそ、さっきは何をやろうとしてたの?」

(散歩中にみかけた?)

ここはビルの屋上。どう考えても散歩中に見つけられる場所じゃないし、空を飛んでる間に見つかったとしても来るのが早すぎる。
フェイトは少女のふざけた答えに憮然としながらも、

「この辺り一面に魔力波を打ち込んで、ジュエルシードを強制発動させようとしていただけだ」

訊かれた質問に律儀に答えたってちょっと待て。

「……………」

さつきも格好はそのまま顔は驚きの表情をしている。フェイトは先日なのはの馬鹿正直さに驚いていたがこちらも大概だ。

「……えっと、それってこの辺りにジュエルシードがあるってこと?」

「? そうじゃなければ何故……あ」

ことここに至って漸く自分の失態に気付くフェイト。しかし明らかにもう遅い。

(……天然? 見たところまだ9歳ぐらいだししょうがない……のかなぁ?)

呆れながらも、さつきは思う。これはチャンスだ。

(発動前のジュエルシード、やっと見付けた。
 これを逃したら次のチャンスはいつになるか分からない。絶対に手に入れなきゃ)

その為には……

「じゃあ、悪いんだけど、少しの間、眠ってて貰える?」

「っ!?」

その言葉に身構えた瞬間、フェイトの視線の先からさつきが消えた。










《ユーノ君、ここら辺……なんだよね?》

《うん、ゴミゴミしてて詳しい場所の判別まではできないけど、この近くからジュエルシードの反応があった……と思う》

建物や街灯の明りで明るい街中を歩いているのは、肩にユーノを乗せたなのは。

《思うって、ユーノ君……》

《うぅ、ごめん。ハッキリとはまだ……でも、闇雲に探し回るよりはいいと思う》

どうもその反応というのもまだ確証が持てる程でも無く、あるかも知れない、程度らしい。

《そうだね》

しかし、それでも確かに有益な情報に変わりはない。なのはは相槌を打った。
と、

「あれ?」

その時、なのはの視界の端で、何かが目を引いた。
周囲にも同じようなことが起こった人がチラホラいたのか、何人かがそちらへと目を向ける。

《どうしたのなのは?》

「あ、また」

《!》

今度はユーノも気付いた。ビルの屋上で、何かが瞬間的に光った。しかも何やら雷が走ったようなエフェクトまであったような気がする。
極めつけに、何やらジジ……ジジジ……という音まで聞こえた。

なのはは空を見る。星空が美しい。うん、雷では無い。漏電にしては派手な気がする。
自然現象とは思えない。
原因には2つ程心当たりがあるが、片方は何にも感じなかったし、もう片方は理由が分からない。

《ユーノ君、ジュエルシードの反応、あった?》

《ううん、何にも感じなかったよ》

《って事は、あれ……》

《うん、多分……》

と、その時そこを凝視していたなのは達の瞳に紅いマントのような物が翻ったのが見えた。
それで確信する。

「フェイトちゃん!」

いきなり叫んだなのはに、道行く人が振り返るが構わない。なのはは急いでそちらへと走り出した。

《ユーノ君、結界お願い!》

《任せて!》

なのはの肩からユーノが飛び降り、その足元に魔法陣が浮かび上がる。
周りが結界で覆われたのを見ると、なのはは胸元のレイジングハートを掲げて、叫んだ。

「レイジングハート、セーット、アーップ!」










目の前から少女が消えた。そして自分の視線の端を何かが過ぎた気がした。

「ゴメンね」

それを認識した途端、フェイトは弾かれた様に動いた。急いでそちらと逆の方へと体を投げ出す。
次の瞬間、フェイトの頭の側を何かが通り過ぎて行った。そのままだったら頭の後ろに直撃していたであろうそれは、先程まで対峙していた少女の拳。その先には、初撃をかわされて驚いている少女。

(見失った!? 私が!!?)

フェイトは戦慄する。彼女の拳の威力は、アルフがその身をもって照明している。1撃でも貰ったらアウトだ。
それなのに、本来高速戦闘を主としているフェイトが見失うスピードを見せ付けられた。フェイトの背に冷たい汗が流れる。
スピードだけは勝っているつもりだったのに、とんだ致命的な誤算だ。更に殴る時に何故か相手が謝っていたのが余裕そうで腹立たしかった。
しかし、それでも彼女は今の一撃である事に気付く。

(今の拳、アルフを壊した時程の威力は無かった。躊躇ってる?)

それならそれで好都合。もしかしたら1撃くらいなら何とかなるかも知れないとフェイトは考えるが、どちらかと言うとそちらよりも拳のスピードが落ちている事の方が重要だろう。

そういうことを考えている間に、フェイトの視界から少女がまた消える。
今度は意表を突かれることも無く、視界の端にチラと動くものを確認した瞬間、そちらに全神経を集中、

《Blitts Action》

飛んできた拳に当たらない様に少女の背後に高速移動、そのまま手に持つ戦斧を振るった。



「え、嘘!」

さつきは自分の拳が再びかわされた事に驚きの声を上げ、背後に回ったフェイトを目で追い、

「きゃっ!」

間髪入れずに振るわれた戦斧に慌てて飛び退いた。空を切るバルディッシュ。
だが、フェイトはそこから更に攻撃の手を加える。

《Photon Lancer》

「だめぇっ!」

屋上に足が着いた途端、向かってくる複数の魔力弾に対してそれはどうかというような悲鳴を上げ大慌てで逃げるさつき。電撃を纏った攻撃の厄介さはもう既に味わっている為、叩いたりはしたくないのだろう。
更に、

《Scythe Slash》

相手に休ませる間も無くサイズフォームとなったバルディッシュでフェイトは切りかかる。
だが、さつきは既に十分体制は立て直しており、その鎌の一撃を飛び退いて避けると、即座にフェイトの脇に回って拳を振るった。フェイトは今度も反応しきれてない様に見える。
だがそれでも、

「くっ!」

「……嘘、何で?」

さつきの拳は咄嗟に盾にするかの様に出されたバルディッシュに受け止められていた。
しかしそれでもさつきの拳はバルディッシュの上からでもフェイトを吹き飛ばす。

フェイトは吹き飛ばされながらも、危なげ無く着地した。
だが防御されてダメージが殆ど無い事が分かっていたさつきは、拳を振り切った直後から次の行動を開始している。
腕を横に伸ばし、そのままフェイトに向かって視認も難しい速度で突っ込む。その動きは所謂ラリアットと呼ばれるもの。
しかし、

「――!」

「―――――うそ」

フェイトは着地と同時に身を屈め、その一撃を回避した。

(もう、なんて往生際の悪い!)

さつきは体を反転させ、そのままの勢いで背後にいるであろうフェイトを殴ろうとするが……

(……あれ?)

不意に感じた既視感(デジャヴ)。次いで蘇る記憶――翻るナイフ――。

「――!!」

悪寒が体を駆け巡り、腕を無理やり引き戻し体を思いっきり後ろに蹴る。

「なっ!?」

驚愕の声は、フェイトの物。彼女は体を屈めた後、そのままの体制で体ごと回転しながら背後にバルディッシュを振るっていた。
彼女の目には、相手がこちらへと振り返ろうとしているのが写っていた。このまま行けばお互いがぶつかり合うようにして直撃。故に、その攻撃は既に必中。
そう思っていたフェイトだったが、相手はどういう訳かいきなり動きを止め、後方へと移動した。
結果、空ぶるバルディッシュ。空を切る刃。しゃがんでいる状態で咄嗟にバランスをとれる筈も無く、体制を崩すフェイト。

(マズイ!)

へたり込むような格好になり、戦慄するも、もう遅い。
さつきはその様子をしっかりと見ていた。

(あ、危なかったー。でも、チャンス!)

自分の体を掠めた攻撃に冷や汗を流しながらも、屋上に着地すると同時に、地面を蹴る。一瞬でフェイトは目の前に。体の後ろから回す様に、さつきは拳を振り上げ、

「ゴメン!」

そのままの勢いで振り下ろし、回避不能な一撃を、

「っ!!」

――スカッ

「…………へっ?」

思わず目を瞑ったフェイトに直撃……させれなかった。
さつきからしてみれば、フェイトがいきなり消えた。

「うわぁ!?」

結果、さつきの体はスカした拳の勢いのまま前方に投げ出され、そのままゴロゴロと転がり、ビルの屋上から裏路地側に落っこちる。

「何でーーー!!?」

少女の叫び声が、夜の街に響いた。







思わず目を閉じたフェイトは、次の瞬間には軽く混乱していた。
まず、覚悟していた痛みや衝撃が無い。もうどう転がっても攻撃を喰らう筈だったのに、だ。
次に、いきなり回りに結界が張られた。
せめてこの二つが起こった時間に少しでも差があれば、まだこの二つの事象を順々に理解することが出来ただろう。しかし、それが同時に起こったせいで頭が軽くパンクしてしまったのだった。
とは言っても少し時間が経てば流石に落ち着き、冷静な思考が出来るようになる。
その結果先程まで戦っていた少女は結界の外に弾き出されたのだろうという結論に至った。
そして次に、その原因の結界が張られたのは何故か、と考え始めたところで、

「フェイトちゃん!」

答えが向こうからやって来た。







「フェイトちゃん!」

ビルの屋上まで飛んで登り、そこに金髪の少女の姿を発見したなのははとりあえず叫んでみた。

「…………」

「うぅ……」

次の瞬間には無言で睨まれてたじろいだ。
何も言わずにデバイスを構えるフェイトに、なのはもレイジングハートを構えながらも懸命に呼びかける。

「こないだは、自己紹介できなかったけど、
 私なのは。高町なのは。私立聖祥大附属小学校三年生」

いきなり出てきてのこの言葉に、フェイトは眉を顰める。

「それで?」

「え、それでって……」

「ジュエルシードを取り戻しにでも来たの?」

既にいつでも攻撃出来る体制のフェイト。なのはは慌てた。

「え!? そ、そうじゃない……訳でもないけど、その前n」「じゃあ、また賭けて。お互いの持つジュエルシードを一つずつ」

正に問答無用。

「ちょ、ちょっと待って!」

なのはが慌てて制止を呼びかけるが、フェイトは完全に無視してなのはに突っ込んだ。

《Scythe Slash》

「はあっ!」

「っ!」

《Flier Fin》

そのまま切りかかるフェイトに対し、なのはは飛行魔法でそこから逃げる。
そして即座に、

《Divine Shooter》

「シュート!」

打ち出される魔力弾。

《Defensor》

バルディッシュがの先に魔力が集まり、魔力の盾が生成される。なのはのシューターはそれに阻まれるが、

「っ!?」

その予想外の威力にフェイトは多少吹き飛ばされる。
しかし、それはただ単に後退させられただけ。フェイトはすぐさまなのはへと突っ込んだ。



フェイトが高速で翻弄し、その鎌をなのはに叩きつけ、魔力弾を撃つ。
対するなのははそれを何とか受け止め、必死に動き回って耐える。少しの間それが続いた。

《Blitz Action》

フェイトが高速移動魔法を使用、なのはの背後に回り込み、バルディッシュを振るう。

《Flash Move》

しかしなのはもそう何度も相手に翻弄されてばかりでは無い。即座に高速移動魔法を使用、逆にフェイトの背後を取った。
それと同時にまたもや魔力弾を打ち込む。

《Divine Shooter》

「シュート!」

フェイトは今度は防ごうとはせず、持ち前の機動力でそれをかわした。
しかし、

「!?」

かわした筈の魔力弾が弧を描いて戻ってきた。それの意味することはただ一つ。

(誘導型!)

しかも、

「シュート!」

なのはが追加で魔力弾を放った、その数2つ。
フェイトは更に上へと上昇することでその軌道上から逃れる。
しかしなのはの魔力弾振り切れない。フェイトは更に複雑な起動を描いて魔力弾を振り切ろうとした。
しかしその魔力弾は機敏に弧を描いて、ある物はあろうことかほぼ直角に曲がってフェイトを追った。

(まさか、あの威力でこの精度!!?)

フェイトが驚くのも無理は無い。何故なら先程フェイトがこれを受けた時、防御したから良かったもののその威力は1発で並みの魔導師ならノックダウンされてもおかしくは無いものだったからだ。
フェイトは今までの戦いを思い出す。全てにおいて上をいかれた金髪の少年、とてつもないパワーで押された茶髪の少女、そして、今の魔力弾。
ある程度場数を踏んで自分はそこそこだと思ってはいたのだが……

(もしかして……私、攻撃力低すぎる?)

全く持ってそんなことは無い。相手が全員が全員規格外すぎるだけである。
そもそもこのディバインシューターはなのはが対フェイト用に編み出した魔法で、その誘導性能はフェイトの機動力に対して自身の機動力でも対抗できるようにと特に力を入れた故のものだ。
攻撃力に関しては完全に馬鹿魔力によるものである。

しかし落ち込んでいても魔力弾は待ってくれない。振り切れないのならとフェイトは逆に魔力弾に突っ込み、

「はあっ!」

その機動性を惜しみなく発揮して三閃、その鎌の軌道は見事三つのシューターを捉え、破壊した。
ふう、と一息つくフェイト。一連の動きでお互いのとはそれなりに離れいる。と、その時、

「フェイトちゃん!」

なのはが再び、フェイトに呼びかけた。







さつきは急いで裏路地を走っていた。今現在彼女がいるのは結界の中。
あの後、地面に向かって落下した彼女はビルとビル間で壁キックして落下の勢いを殺し、何とか何事も無く着地、
持ち前の感覚で何が起こったのかを察し、どうしたものかと途方に暮れながらもとりあえずと感知できる結界の境目まで急行、
何やら空間のズレみたいなものがあるのが分かったので、試しにそこに体を滑り込ませるようにしたらそのまま結界の中に入れた為大急ぎで先程の場所に向かおうとして今に至る。

「って、あれは……」

裏路地から建物の屋上へと登ったさつきは、遠目に2人の少女の姿を確認した。

「なのはちゃんも来ちゃった……」

ガッカリするさつき。相手が増えたのもそうだが、前回の事でさつきは彼女に対して多少気まずいものがあった。
更に言うと、やはりと言うか何と言うか彼女達と直接戦うのは抵抗がある。
先程だってさつきはフェイト相手にずっと気が引けながら拳を振るっていた。

(だって、二人とも小学生低、中学年ぐらいの女の子なのんだよ!? 普通なら少し転んだくらいで涙目になっちゃったり、お母さんとかお父さんに甘えてたりする年頃なんだよ!? なんでそんな女の子を殴ろうとしなきゃいけないの……)

何でと言われてもそれは相手側からすれば何を勝手なな台詞だが、分かっていてもそう思わずにはいられないそこまで鬼畜になりきれないさつきであった。
とは言えスピードは緩めない。あっという間に縮む距離。どうやら二人は戦っているようで、これは好都合と再度裏路地に退避する。

(今の内にわたしはジュエルシードを探させてもらっちゃおう)

何もわざわざ二人の前に出る必要は無い。と言うよりこれが一番理想的な構図では無かろうか。
とは言えいきなりなのは達からそこまで離れる訳にはいかない。この近くで発動でもした場合、確実に出遅れる事になる。そうは言っても結局は行き当たりばったりで探すしか無いのだが。
とさつきがそこまで思案した時、

「フェイトちゃん!」

さつきの耳に、なのはの叫びが聞こえてきた。

「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないって言ってたけど、だけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとあるよ!
 ぶつかり合ったり、競い合ったりすることになるのは、それは仕方のないことかも知れないけど、
 だけど、何も分からないままぶつかり合うのは、私、嫌だ!」

次いで聞こえてきた言葉に、さつきは嘆息する。
彼女は自分にも、あのような真摯な姿勢でぶつかって来てくれていたのだろう。第三者の視点として見ることで嫌というほどそれが分かる。

「私がジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探し物だから。
 ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから。
 私は、そのお手伝いで……だけど!
 お手伝いをするようになったのは偶然だったけど、今は自分の意思で、ジュエルシードを集めてる。
 自分の暮らしている街や、自分の周りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから。
 これが、私の理由!」

次いで放たれるのは、自身にも向けられた言葉。相手に向き合ってもらう為に、まずは自分から話す。
自分はこれには答えられなかった。彼女は、フェイトちゃんはどうだろうか。とさつきは足を進めながら、ジュエルシードを捜しながらも耳をそばだてる。

「私は……私は、母さんに頼まれたから。
 母さんが、ジュエルシードが必要だって。取ってきて欲しいって言うから、それで集めてる。それだけ」

確かに、これは言っても意味の無い理由だろう。そんな事を言ったところでジュエルシードを譲ってもらえる訳が無いし、別段何が変わるでも無い。
さつきもそう思い、なのはに同情の念を送った。彼女はただ真っ直ぐなだけ、どう見ても彼女は正しい。
でも現実が、その理不尽さがそれを無意味なものへ、実現不可能なものへと変えてしまっている。

だが、

「違う、そうじゃない」

新たに聞こえてきたなのはの言葉は、

「そうじゃないよ」

落胆しても、力を失ってもいなかった。

「私が聞きたいのは、そういうのじゃないよ」










あとがき

よし、今度は1ヶ月経たずに更新できた。それでいいのかという突っ込みは無しの方向で(待
折角とらハ板デビューの話なのに短くて申し訳ありませんが、今日からちょっと学校の部活の大会で遠出するのと、題名の件でここで一区切り。分かる人には次の話の題名も分かるでしょう。

しかし前回更新してから今まで、何ともおもしろ迷惑なことが現在進行形で理想郷で勃発してますね。紅い人的な意味で。
見てる分には面白いですけど流石にもうどうにかして欲しいレベル。駄目だこいつ早く何とかしないとと何度言ったことか。

そしてそれ以上の悲劇がコンプによって、正確にはViVidによって作者に訪れました。
前回のところでアインハルトさんが覇王流、旋衝破によって魔力弾を受け止めて投げ返すという業を披露、この時点で何か嫌な予感がしてた。
今月号、拳でなのはさんの砲撃弾き返しましたよええ。もうやめてアインハルトさん、僕が悩みに悩んで考えたさっちんの概念付加設定の存在意義をそんな簡単にぶち壊さないで orz

はあ、そしてリアルの方ではレポートが8枚ぐらい溜まってる。ヤバイそろそろ消費しないとリアルで死ねる。

しっかし、この作者はホント変なところでどーしよーも無いミスをしてるから困る。
今回の話を書いてる途中で思い出したある事、第10話書いてるときになのはの戦う理由に「あれ? なのはってこんな高慢な理由で戦ってたかな?」と違和感を覚えてたのの答が。
急いで修正。遅すぎるわ。
心のどこかにそういう思いはあったのでしょうけどそれが最優先じゃない筈。てかそれが最優先だったらなのははどこか嫌なやつになってた。
どーしよーもない所で致命的なミスをする男、それがデモア。マジで笑えねぇ……
そして今回から始めた各話の題名付け、自分にネーミングセンス無いのを本当に自覚してもうやだ。でも今回のネタの為にこれからも続けます(オマ



[12606] 第13話 だから……
Name: デモア◆45e06a21 ID:79c5cfea
Date: 2010/07/15 16:39
フェイト・テスタロッサは困惑していた。
その原因は、彼女の眼前に佇む1人の少女、その言動。

「フェイトちゃん!」

また、名前を呼ばれた。先程は極度の緊張の直後で左程感慨の沸かなかったが、今度は何故か心が震えた。

「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないって言ってたけど、だけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとあるよ!
 ぶつかり合ったり、競い合ったりすることになるのは、それは仕方のないことかも知れないけど、
 だけど、何も分からないままぶつかり合うのは、私、嫌だ!」

何故こんな気持ちになるのか、自分の心が分からない。

「私がジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探し物だから。
 ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから。
 私は、そのお手伝いで……だけど!
 お手伝いをするようになったのは偶然だったけど、今は自分の意思で、ジュエルシードを集めてる。
 自分の暮らしている街や、自分の周りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから。
 これが、私の理由!」

不意に、答えが出る。これほど自分のことを真っ直ぐ見られたのは、いつ以来だろうか。
これほど真っ直ぐに向かい合ってくれた相手は、いつ以来だろうか。
思い浮かぶのは、数年前に消えてしまった自分の教育係であるリニスと、遠い記憶の中にある母親のみ。
その想いに突き動かされるように、言葉が自然と零れていた。

「私は……私は、母さんに頼まれたから。
 母さんが、ジュエルシードが必要だって。取ってきて欲しいって言うから、それで集めてる。それだけ」

だけど、それに答えられるだけの理由は、自分にはない。
その事に何故か申し訳なさを感じる。少しだけ塞ぎ込む。
しかし、

「違う、そうじゃない」

少女の言葉は、まだ続いた。

「そうじゃないよ」

前を向くと、未だに強い目をして自分を真っ直ぐに見つめる少女。

「私が聞きたいのは、そういうのじゃないよ」

この胸のざわめきは、何だろうか。



「……どういう、こと?」

なのはの言葉に、しばし沈黙した後聞き返すフェイト。
なのははそれにしっかりと答える。

「フェイトちゃんがジュエルシードを集めてるのは、お母さんに頼まれたからだっていうけど、
 それはフェイトちゃんの目的じゃ無いよね!? 私は、フェイトちゃんの目的が聞きたい!」

それに対してフェイトは、何のことだか分からないという顔をする。

「だから、私は母s「違うよ!」っ」

再度同じことを言おうとしたフェイトの言葉を、なのはが遮る。

「フェイトちゃんは、他の人に頼まれても同じ事をするの!? 自分の身を危険に晒してまで、こんな事するの!?
 違うよね!? お母さんに頼まれたからだよね!? なら、そこにはある筈だよ! フェイトちゃん自身の想いが!!」

なのはの言葉に、フェイトの心が、瞳が、揺れた。

「私の……想い?」

「聞かせて! フェイトちゃん自身の想いを、フェイトちゃん自身の言葉で!」

「わ、私は……」

言いよどむフェイト。だがそれは躊躇ってのものでは無い。

(私の願いは……)

悩むフェイト。すぐに浮かんできたのは、大好きな母の顔。

――なんだ。簡単じゃないか。私は……

「私は……、
 母さんに喜んでもらいたい……。
 母さんに笑顔になって欲しい……」

なのはの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、その目に力を宿らせながら、

「私は、母さんの笑顔が見たい!」

フェイトはバルディッシュを構え、宣言した。

「だから私は……負けられない」

それを聞いたなのははの顔が、見る間に明るくなる。

「うん、」

その事にフェイトは困惑する。

「ありがとう」

何故そんなに嬉しそうなのか、何故礼を言われるのか、分からない。

「優しい、お母さんなんだね」

だが、なのはのその一言にフェイトはハッとする。そして、自分でも気付かずに、その顔は満面の笑みに彩られる。

「うん!」

勢いよく返すフェイト。なのはの反応には分からない事が多かったが、今のフェイトにはテンションが上がっておりそんな事は瑣末なことだった。

「行きます」

言葉と同時に、なのはに向かって突っ込むフェイト。

「うん!」

それをなのはは、自分の周りにシューターを展開して迎え撃った。







さつきは唖然としていた。

(えーっと、うん、よし落ち着こうわたし。
 なのはちゃんの自己紹介をよーく思い出すの。えーっと、あれは確か、
 『私立聖祥大附属小学校三年生』……つまり9~10歳。

 ……うん、おかしいよね!? 何なのあの子供っぽくない思考!
 表向きの理由よりもその原因の本人の大本の理由《欲望》の方が聞きたいって大人でもそうそうないよ!?)

さつきはふう、とため息を付く。

(でも、それならわたしも……)

ふと浮かんできた考えを、急いで振り払う。気持ちを切り替える。

(今は取り敢えず……)

その視線があるものを捉える。その視線の先には、暗がりのせいで吸血鬼としての目でないと見えないくらいの距離をどこかに向かって走るユーノいた。
さつきに気付いている様子は無い。

(先にジュエルシードを手に入れなきゃ!)

さつきはユーノを追いかけるように動き出した。










「シュート!」

《Blitz Action》

「はあっ!」

《Protection》

「えーい!」

《Scythe Slash》

「ファイア!」

《Flash Move》

結界に覆われた中、二人の少女がぶつかり合う以外に音は無く、その声はよく回りに届く。
そんな中、ユーノは1人結界の中を走り回っていた。

(多分……こっちの方……)

結界を張り、なのはが飛んで行った直後、ユーノはこの近くにジュエルシードがあるという憶測を確信に変えていた。
この場にフェイトがいたこともそうだし、何よりユーノ自身がハッキリとジュエルシードの存在を感知したからだ。

最初はなのはの援護に付いて先にフェイトを撃破してしまおうかとも考えたユーノだったが、今までの邂逅で彼女が一筋縄では行かないことは十分分かっているので、
それよりかはなのはがフェイトを引き付けてくれている間に自分がジュエルシードを見つけてしまおうと考えた。
そんなユーノだが、何も闇雲に走り回っている訳では無い。ある程度走ったら探索魔法を走らせ、そちらへと向かう。またある程度走ったら……を繰り返しながらジュエルシードを探していた。
そんな中、彼は一つの事に気付く。

(ジュエルシードの反応が、段々と強くなってきてる……)

走りながら思考するユーノ。足を止め、再度探索魔法を使用する。やはり先程よりもハッキリとした反応が返ってくる。
しかしそれは近くなったからとかとはどこか違った。そう、それはまるでジュエルシードの反応事態が大きくなっているかのような……

(まさか!)

ある仮説に行き着いたユーノはハッとした。と、その時、

「ディバイーン」

「サンダー」

「!? 不味い!」

少し離れたところから聞こえた二人の少女の砲撃の掛け声。

(僕の仮説が正しければ……)

焦るユーノ。

《待ってなのは!》

急いで念話を送る。

(これ以上は不味い!)

しかし、それは少しだけ遅かった。

「バスター!」

「スマッシャー!」

離れたところで二つの砲撃がぶつかり合う音と、その余波がユーノを叩く。
だがその余波は衝撃のだけでは無い。

(くっ! これだけの"魔力の余波"がジュエルシードに直撃したら……)

そして、ユーノの仮説は当たっていた。
そもそも、さつきに止められる前、最初にフェイトは何をするつもりだったのか。
それは、ジュエルシードがありそうな場所全域に魔力波を打ち込んでジュエルシードを強制発動させてしまおうという荒業。
そして先程までここら一帯には、最初にユーノの結界、次になのはとフェイトの魔法合戦、その二つの要因によって辺りに魔力素がばら撒かれていた。
それに感化されてジュエルシードが敏感になっていてもおかしくは無い。その結果が、先の反応の巨大化。

そして今、更にそこに襲い掛かる今さっきぶつかり合った砲撃で生じた魔力波。

ジュエルシードが発動してしまうには十分すぎた。

――ゴッ!

「え((な))!?」

しかしてその発動は、今まで彼らが立ち会ってきたジュエルシードの暴走と常軌を逸していた。
とある一点から巨大な光が天を貫いたかと思うと、次いで地面が……否、"世界が"揺れ出した。

「これは……不味い!《なのは! 兎に角早くジュエルシードの封印を!》」

焦りのあまり口と念話の両方で叫ぶユーノ。そんな彼の横を、風が駆け抜けた。

「え……あれは!?」



急なジュエルシード反応と共に、いきなり世界が揺れだした。
それをなのはが認識した途端、ユーノから念話が入る。

《なのは! 兎に角早くジュエルシードの封印を!》

《!! ユーノ君!? ……うん、任せて!》

現在の状況とユーノの焦りの声、なのははそれによりこの事態がとても不味いものだと確認した。
見ると、先程離れたところから砲撃を打ち合ったフェイトも、長距離封印の準備をしている。急いで作業に入る。
幸い、ジュエルシードがあると思われる光の柱の根元は、丁度大通りに位置する為狙いが付けやすい。現になのはもフェイトもその場からの狙い撃ちが可能であった。

《Sealing mord set up.》

「リリカル マジカル!」

呪文と共に、まずは捕獲用の桜色の砲撃が飛ぶ。ほぼ同時に、フェイトの方からも電撃を纏った砲撃が飛んだ。
それはやはりほぼ同時にジュエルシードと接触する。と、思われたが……砲撃がなのは達とジュエルシードの半ばまで進んだ時、ジュエルシード付近のビルの壁が爆発したかのように内側から砕け散った。

「「!?」」

いきなり吹き飛んだ壁、飛び散る破片。遠目からでもそれを目撃した少女達は驚くが、その直後粉塵を掻き分け飛び出してきたものに更に目を見開くことになる。

「さつきちゃん!!?」





ジュエルシードの発動。それに気付いたさつきは多少とは言わず気落ちする。
発動前のジュエルシードならば、その時点でさつきの目的は達成されるのだ。発動してしまってはまた厄介なことになる。
しかし、見ると今回の発動はいつもとは何かが違った。天高く立ち上る光の柱に、震えるセカイ。更に、あふれ出すおびただしいまでの魔力。

(これって、もしかして! 特に目的も無く、力だけが暴走してる!!?)

その思考に行き着く前に、体が動いていた。もしそうなら。もし、ただ力だけが暴走して垂れ流しになっているのなら、そこに方向性を与えれば――――!!
何事かを叫んでいたユーノの傍らを駆け抜け、向かう先は光の柱。ユーノがここまで導いてくれたお陰で、左程遠く無い。

(あの場所なら!)

考え、ある角を曲がる。しかしてその先にあったのは行く手を阻む壁、3方を建造物に囲まれた行き止まり。
しかしさつきが判断ミスをしたのかと言うと、実はそうでは無い。元々裏路地はさつきの領域《フィールド》その構造は殆ど把握している。
さつきはその壁に向かって突っ込みながらも腕を振りかぶり、

「邪魔っ!」

ぶつかる直前に、突き出した。それにより、ビルの壁は無残にも破壊される。更にその破片が地面へと落ちるより早く、さつきはその先へと駆け抜け、再度立ち塞がるビルの反対側の壁を、

「しないで!」

再度ぶち壊し、外へ出た。粉塵すら突き破り道へと躍り出たさつきの右手の方角には、彼女の狙い通り絶賛暴走中のジュエルシード。

その事に心の中でガッツポーズを取るさつきはしかし、自身の左前方から突き進む、それを封印しようとする二つの砲撃の姿を認めて大いに焦った。
このままでは確実にさつきは間に合わない。それを理解すると同時、さつきに示された道は一つしか無かった。

「間に合って!」

幸い二つの砲撃はほぼ同じ方角から放たれている。さつきはその砲撃とジュエルシードの間に、砲撃の頭を抑える形で無理やり体を割り込ませた。
次いで、二つの砲撃に向かってそれぞれの腕を振り上げた状態から思いっきり振り下ろす。二つ同時に殴る場合、これが一番力を込めやすかったからだ。
その結果、さつきの拳は見事砲撃を捉えた。ドガァンととてつもない音を立ててぶつかり合う拳と砲撃。
しかし、その結果はと言うと……

「ああああああぁあぁぁぁぁぁあぁあぁああ!!!」

もの凄い勢いで吹き飛ばされるさつきだった。
確かに、さつきの拳は砲撃を捕らえた。上から叩かれた砲撃は急激にその軌道を変え、地面に向かいもした。
しかし、上から叩いたが故に、さつきは踏ん張ることが出来なかった。さつきに叩き落された砲撃の威力は、少女1人の体重を吹き飛ばすには十分過ぎた。
更に、その威力でさつきの体が持ち上げられると同時に、軌道を変えられた砲撃がさつきの足元に着弾。二つの砲撃は大爆発を起こし、非殺傷とは言えその衝撃が更にさつきを襲ったのだ。

ジュエルシードすらも飛び越して吹き飛ばされ、地面に激突し、そのままアスファルトの上を冗談の様に跳ね、転がるさつき。
意識が飛びそうな衝撃の中、漸くその運動が終わる。

(う……いた……い……)

純粋な人間なら骨の一つや二つ折れていても、下手したら死んでいてもおかしくない状況だが、さつきはその体を全身の打ち身と切り傷擦り傷で済ませていた。
しかしそれでも痛い事には変わりない。朦朧としそうな意識、だがとある一つのことがそのさつきの意識を繋いでいた。

(ジュエルシード……は……)

さつきにはもはや先程めちゃくちゃに転がされたせいで周りが揺れているのかすらも分からない。しかしさつきが顔を上げると、そこには変わらず輝き続けるジュエルシードが。

「よかっ……た……」

気が抜けてしまいそうになるのを押さえ、何とか手足に力を入れて立ち上がろうとする。

……しかし、現実は彼女にとってあまりにも残酷だった。

「……え?」

力が、入らない。

「……え? 何で?」

もう驚く気力も無く、呆然と呟くことしか出来ないが、さつきの中に言い知れない程の焦燥が浮かぶ。

今の彼女の状態の原因は、勿論先程の砲撃にある。なのはの方はまだ良かった。ただ単に威力がバカでかいだけのものだったからだ。
問題はフェイトの方。彼女の砲撃は"雷を纏っていた"のだ。それ故に、その砲撃を殴ったさつきはその途端に感電、電流が全身の筋肉を走り抜け、持ち主の言うことを聞かせなくしていた。

「……動いて、よ……」

目の前に、ほんの10メートル程のところに、未だ魔力を放出し続けているジュエルシードがある。

「お願い……だから……」

碌に動けない体を、それでも何とか動かそうと必死にもがく。

「動いてよ!」

「さつきちゃん!」

そんな彼女の側に、白い魔導師が降り立った。なのはである。

「さつきちゃん! 大丈夫!?」

「来ないで!」

急いで駆け寄ろうとしたなのはを、さつきは拒絶する。思わず立ち止まるなのは。

「もう少し……もう少しなんだから……邪魔、しないでよ……っ!!」

立ち上がろうとして、だけど途中で倒れこむさつきの口だから吐き出されるのは、聞いてる方が苦しくなる程の、必死な、声。

「どうして……どうして、そこまで……」

思わずなのはがそう呟く。

「会いたい人が……いる……」

だが、それに返ってくる言葉があった。

「取り戻したい時間が……ある……」

それは、変わらずもがき続けるさつきの口から零れていた。

「帰りたい場所が……あるの……っ!」

ジュエルシードを睨みつけるその目からは、涙すら零れていた。
今までずっと聞けなかった事が聞けたと言うのに、喜ぶどころか、さつきのその様子になのはは思わず気負される。
しかし、

「あ……」

さつきの瞳が大きく見開かれ、伸ばした腕ごと、その体が硬直する。
何事かとなのはが思うと同時に、

「ゴメンね」

もう1人の魔法少女の声が、聞こえた。

「ジュエルシード、シリアル14、封印」

《Sealling》

急いでなのはが振り返るも、時既に遅し。

《Capture》

なのはが見たのは、フェイトが封印したジュエルシードを回収し、その場から離れる瞬間だった。
後に残されたのは、呆然と佇むなのはと、地に落ちた拳を握り締めるさつきだけだった。










「……で、逃がしちゃったの!?」

「うう……」

叫んだのはユーノ。その前でうな垂れているのはなのは。

「だって、さつきちゃんすごい勢いで吹き飛ばされて、血いっぱい出てて、ボロボロで、もう動けそうに無かったから……」

「救急車を呼びに公衆電話探しに行って、結界の中ではそれもままならないことに気付いて元の場所に戻ったら、もうそこに彼女はいなかった、と」

「うん……」

二人が話している場所は、高町家のなのはの部屋。時刻は夕飯が終わった頃。

「レイジングハートはどうしたの? 何か言わなかったの?」

とユーノが聞くも、

「レイジングハートは目を離すのはやめた方がいいって言ったから、それじゃあちょっと見ててねってさつきちゃんの首にかけておいたんだけど……」

《Escape after removes was room. (外して逃走余裕でした)》

返ってくるのはこんな返答。

「はぁ……」

思わずため息が出るユーノ。

「ごめん、ユーノ君。慌てててあの娘の回復能力のこと忘れてた……」

「いや、うん、何も出来ずに気絶していた僕が何か言えたもんじゃないけど……」

そうなのだ。何故こんな状況になるまでこの話がされなかったのかと言うと、それは一重にユーノがずっと眠っていたのが原因なのである。
何故そんな事になっていたのかと言うと、それはあの、さつきがユーノの横を駆け抜けた直後まで遡る。
駆け抜けるさつきに気付いたユーノは急いで彼女を止めようと、自分の限界を省みずにその焦りのまま無茶な量のバインドを発動、結果、言う事を聞かなくなる体、ブラックアウトする視界。
(あれ……? 何で……?)
と、お約束な思考の元、ユーノはなのはに発見されるまで気を失っていたのだ。それでも結界が解かれていなかったのは、ユーノの才能か、はたまた執念か……
勿論、原因は急な無茶な魔力行使だけでは無い。寧ろそれはただの引き金だ。大元の原因は、少しでもジュエルシードの回収に役立とうと普段から絶やさずしていた無茶各種である。

当然、そのことは彼も理解しており、それどころかなのはにまでバレてしまい、
『これから少しの間はゆっくり休むように』と、『今後無茶なことはしない』という"お約束"をさせられてしまった。

と、閑話休題。

先程までの立場が逆転したかのように申し訳なさそうに俯くユーノの前に、食べ物が差し出された。
ユーノが視線を上げると、「はい、晩御飯ユーノ君の分」とそれを差し出すなのは。
ありがとうと礼を言いそれを受け取ると、ユーノはまた別のことを切り出した。

「それでなのは、あの娘達から、聞きたいことは聞けたんだよね?」

途端に、なのはの顔が真剣なものになる。しかし、その表情はどことなく嬉しそうで……どことなく、深刻そうだった。

「うん……」

目を瞑り、それぞれの言葉を再度思い出すなのは。

――「私は……、
   母さんに喜んでもらいたい……。
   母さんに笑顔になって欲しい……。
   私は、母さんの笑顔が見たい!」――

――「会いたい人が……いる……
   取り戻したい時間が……ある……
   帰りたい場所が……あるの……っ!」――

その言葉は、レイジングハートの記録によって既にユーノにも伝わっている。

「やっぱり二人とも、何か悪いことにジュエルシードを使おうとしてた訳じゃ無かったよ。
 ただ二人とも、すごく純粋で、真っ直ぐな願い事があるだけだった」

なのはが嬉しそうなのはそれに確信が持てたからだろう。
そして、深刻そうなのは……

「彼女達……特にさつきって娘、すごく必死だったね」

ユーノの言葉に、なのはが頷く。あれ程必死になる願い。なら、そこにはどれ程の想いが込められているのか。

「なのはは……あれを聞いて、彼女達にジュエルシードを譲ってあげたくなったりした?」

深刻な表情でユーノが問う。勿論、そんな事は許される筈が無い。あれは時空管理局という、次元世界で警察の役割をしている組織に管理して貰わなければならないものだ。
しかし、あの言葉を聞いてなのはが彼女達に情を移してしまっていたら、今後の行動の多大な差し障りになるだろう。

しかし、ユーノのその問いになのははアッサリと首を振った。

「ううん、私にだって、ちゃんとジュエルシードを集める理由がある。
 あの娘達にジュエルシードを渡すつもりは無いよ」

なのはの言葉に、ユーノはしばし面食らう。

「じゃあ、あの娘達の話を聞いて、なのはは一体どうしたいの?」

それは、考えてみれば至極当然のユーノの問い。それになのはは暫し考え、返した。

「うーん、もっとあの娘達の事を知りたいかな。
 どんな娘なのかとか、あの願いにどんな想いが込められているのかとか、今までどんな事をしてきたのかとか」

「え、なのは」

それに思わず声を上げるユーノ。

「ん? 何、ユーノ君?」

「なのはー、今のうちにお風呂入っちゃいなさーい」

しかし、そこでなのはの母、桃子から声がかかった。

「あ、お母さん。はーい! 今行きまーす!」

なのははそれに返事をし、チラリとユーノの方を見る。ユーノはその意味をすぐに察した。

「あ、ううんいいよ何でも無いから。行っておいでよ」

「そう? うん、それじゃあユーノ君、一緒に入ろうか?」

「うん、じゃあってええ!? い、いいよなのは後で1人で入るなり恭也さんか士郎さんに一緒に入ってもらうなりするから!」

「だーめ。1人で勝手に無茶してた罰でーす」

「そ、そんな……」

ガックリと涙を流すユーノ。その首の皮を掴んで、自分の肩に乗せるなのは。最早ユーノに逃げ場は無かった。
その肩の上で揺られながら、なのはの嬉しそうな横顔を見て、ユーノは先程口に出しかけた言葉を心の中で思う。

(なのは、それじゃあ、"友達になりたい"って言ってるみたいじゃないか)

その想いに、なのは自身は気付いているのかいないのか。それはユーノにも分からなかった。






一方、ここはとある吸血鬼少女の工房となっているとある廃ビルの中。そこで頭を抱えて悶えている1人の少女がいた。勿論、弓塚さつきその人である。

「あーーー! なんでわたしあんな事言っちゃったんだろ恥ずかしーーーーー!!」

叫んでいるのは、ジュエルシードを前にして言ってしまった言葉について。
意識が朦朧としていた中、焦りと共に叫んだ記憶があるが、後になって冷静に考えてみるると恥かしいことこの上ない。

「はあ、またジュエルシード取り逃がしちゃうし、何でこう上手くいかないのかなぁ……」

クッションの上に倒れこみながら愚痴るさつき。ボロボロになった服はそこら辺に脱ぎ捨ててある。
もう着替える気力も無く、下着姿のまま完全にダラけていた。

「イッツ~~~ッ」

と、さつきは倒れこんだ拍子に痛めた体の各所に衝撃が走ってそのまま体を強張らせて呻く。
ここに逃げ帰る間に偶々遭遇した人の血を吸ったりもしたのだが、体の傷がギリギリ治るくらいで止めたのでまだダメージがかなり残っている状態だった。
なのは達は勘違いしているようだが、別にさつきは回復してから逃げた訳では無い。ただ短に電流による体の痺れが無くなった為無理矢理離脱したのだった。
痺れというのは一度感覚が戻るとそこからの回復は早いのだ。

「はあ、なのはちゃんお人よしすぎるよ……」

あらかた痛みに耐えたさつきが呟くのは、自分を心配してくれた少女について。

『待ってて! すぐに救急車呼んでくるから!』

そう言って駆けて行った隙をついて逃げたことによる罪悪感もそうだが……

(……っ! よりにもよって、わたし……あの子を……)

その時の事を思い出し、床を叩くさつき。床に亀裂が走るが、気にしない。
実はその時、さつきは吸血衝動に呑まれそうになっていたのだ。
体中が訴える痛み、目の前の、自分を心配してくれている少女の血を吸えばそれから開放されるという現状が、さつきに衝動として襲い掛かっていた。
それに耐える為にキツく閉じていたさつきの瞳はその時、なのはには気付かれずとも紅い色をしていた。

床を殴って憤りをある程度発散させたさつきは、再度鬱モードへと突入する。
今度思い浮かべるのは、フェイトという少女について。

(あの子の願い、『お母さんを喜ばせたい』かぁ……)

そんな純粋な子供の願いを邪魔しようとしていると考えると、さつきは自然と鬱になってくる。
折角のジュエルシードを取り逃がしたこと、新たに知った真実、自分がやらかしたこと、様々な要因が重なり合って、今のさつきは心も体も疲弊し切っていた。

やがて、緩慢に身を持ち上げると、代えの服が置いてある場所まで行ってノロノロと着替えるさつき。

(取り合えず、もう少し、血を補給しないと……)

吸血鬼少女の憂鬱は、まだもう少し続きそうである。












あとがき

ふう、これで終わったかな? 期間設定されている絶対に起こさなきゃいけないイベント。
この時期に次元震起こさないとアースラたまたま近く通りかかっただけだから来てくれないんですよね;;

そしてなのはがフェイトの願いを知りました。よしアルフ。もう復帰していいぞ(ぇ
しかし、やっとアースラ到着。……の前にフェイトをプレシアの所に連れて行かなければ。はあ、鬱だ。今回あんな事書いちゃったせいで余計鬱だ。
しかも登場人物達の気持ちの表現が上手く行かない。読者の皆様に上手く感情移入してもらうためにはと色々工夫してはいるのですがそれでも上手くいって無い希ガス。
誰かそこら辺のアドバイスくれる人いないかなぁ……(ぉ

そして溜まる一方のレポート。マジでどうにかしてくれい。あと1週間たたずに夏休みだってのに……
夏休み入ったら即行で自動車学校入るのですが、小説書く時間あるかなぁ……。思えば僕ももう18か……

あ、あと、やっぱり題名やめる事にします。このネタできたらもう満足しちゃいました(オマ
次の話上げる時に全部消します。
というか自分のネーミングセンスの無さはホントに異常だと(ry

さて、アースラ来たらまた作風結構変わると思われます。具体的には第0話風に。燈子さんポジションの人がいると本当に書きやすい。
いや、リンディさんあそこまでああじゃないからそこまで変わらないでしょうけど。でも最終決戦までの間の話でのノリは結構変わると思います。
それと原作と同じで結構急展開になる予定。いや、ネタ閑話挟んだりするからそこまでかな……

あ、あと、前書きの最後の方に注意書き追加したので見てない人は見てください。
それ見て「信じてたのに!」とか言われても僕は知らん(ぉ

今回、いつもみたいに致命的なミスを冒さんかったと思ってたら間違えてStSのネタ帳上げてた……何やってんだよ……
昼休憩中に急いで上げて体育開始直後に携帯で確認して吹いた。授業終わったから急いで載せました。


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