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[17047]  私“達”の物語 『パロネタ多め』『ゼロ魔憑依オリ主二人』『オリ設定多数』
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/08 23:23
※4/11 設定変更のお知らせ
主人公の1人であるアイシャの、開始時点での年齢を7歳から10歳に変更しました。それに合わせて、地の文などに修正を加えています。

突然の設定変更で、読者の皆様を混乱させてしまうようなことになってしまい、大変申し訳ございません。変更しておかないと、色々矛盾点が生まれてしまう事態になってしまいましたので、急遽変更する必要がありました。

こんなだめだめな作者ですが、これからもこの作品を楽しんでいただけたらいいな、と思います。どうか今後とも、よろしくお願いいたします。

   ※


初めまして。くきゅうううと申します。
他の方々の作品が面白くって、自分も何か書いてみようと思い、始めてみました。
ゼロ魔SSは初めてなので設定とか間違えてるとこ多いかもですし、文章も上手くないですが、これを読んでほんのちょっとでも楽しんでくれる方がいたら、嬉しいなって思います。




この作品は

○ゼロ魔世界に現代オリ主(♀)が使い魔として召喚。憑依。

○憑依先はゼロ魔世界で育ったオリ主(こっちも♀)

○最強系ではないけど、二人のオリ主が身体を共有していることを利用したチートはあるかも?色々考え中

○気分転換で、プロット立てずに書きはじめたので大幅訂正が入ったり突然更新止まったりするかも(汗)

○ゼロ魔原作の設定を勝手に改変したりすることもあるかも(または間違えたり)

○残酷なシーンあり。すいませんが、苦手な方はご注意を(汗)

○タイトルにあるように、パロネタが多いと思います。

といった感じの作品です。…紹介、こんな感じで大丈夫なのかな(汗)。
いきなり本板は怖いので、こちらに投稿しました。
感想とかアドバイスもらえたら、嬉しいです。
ちょっと怖いけど…投稿してみます。
では、よろしくお願いします。

3/25注意書き追記

この作品には、ゼロの使い魔原作の激しいネタバレが多数含まれます。それ以外の作品も、パロネタとしてネタバレが含まれている場合があります。

また、ゼロ魔本編開始の、少なくとも3年以上前から始まっています。今の予定では7年ぐらい前です。原作キャラは一部を除いて、登場するのはだいぶ先になりそうです。

原作キャラの何人かが原作と違う性格になってたりします。設定追加とか、ちょっと丸くなったりとか。

あとは、投稿した話を大幅に修正したりすることがあります。


色々変なとこが多い作品&作者ですが、読者の方に楽しんでいただけたなら嬉しい限りです。作者自身も楽しんでいけたらな、と思います。


3/8
プロローグ、第一話を微修正。憑依主人公の一人称を「私」に統一しました。
見落としがあったら、見つかった時にまた修正予定。

3/20
第5話を修正。推理部分序盤が特に多く修正しています。
前までの方が良かった、などといった場合には、そちらに戻すことも検討します。

第6話を修正。後半部分に修正があります。


感想にて指摘していただいた方々、ありがとうございました。
他の指摘された部分についても、できるだけ修正できたらな、と思います。
まだまだ未熟な作者ですが、よければ今後ともよろしくお願いします。

3/21 0:45
日付変わったよ。仕事あるのにどうしよ。

第8話修正。これで問題がなくなればいいのですが(汗)

3/21
出勤前に第9話を修正。前半部分のみ修正です。

3/21 22:22
第6話、第9話を再び修正。
推理部分序盤を元に戻して、もう少し説得力が出ないか、と微調整。
……上手くできてたらよいのですが。何度も話を書き換えてすみません(汗)。

3/30
チラ裏からゼロ魔版へ移動

5/8
10万PV突破!
みなさん、ありがとうございます! これからもよろしくお願いします!



[17047] プロローグ   ※5/2修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 07:53

 私の短い一生は、静かに終わりを告げた。
 なのに、目が覚めたら何故か夜闇に包まれたまっくら森の中でした。

「……知らない森だ」

 室内じゃないから、お約束のネタもできないじゃないか。別にいいけど。
 とにかく現状を確認しようとして、身体のいろんなとこが痛むことに気付いた。
 見ると、致命傷とまではいかないが、切り傷だの打撲らしき跡だの、女の身体につけるにはどうなの、といった生々しい傷が。

「っ、まったく。死後の夢にしちゃずいぶんリアルな夢だこと」

 痛みを堪えながら、記憶を辿ってみる。
 私――杉野楓(すぎの・かえで)は、幼い頃から身体が弱い、所謂病弱な少女だった。
 病院の先生達や家族の助け、親しい友達のおかげで、休みがちだが高校は無事に卒業。
 けど、その後は病院で過ごす日々が多くなり……最後には、ほとんど寝たきりの生活。
 そしてついさっき、皆に見守られながら、息を引き取った。

 これが、私の記憶だ。
 短いながら、楽しく優しさに溢れた環境で過ごせて、幸せな人生だったと思ってる。
 ……だが今は、傷の痛みを堪えながら現状に戸惑うという、訳が分からない状態だ。

 さてどうしたものかと思案していると、突然、近くの茂みが揺れて、人相の悪い二人組みの男達が出てきた。

「ったく、ようやく見つけたぜ。手間かけさせやがってよぉ!」
「お嬢ちゃん、大人しくしててねー。ゲヒヒ」

 誰かは分からないが、知り合いだとしても味方ではないだろう。
 ゲヒヒ、と下品な笑いをする奴は見るからに信頼できないし、怒鳴った方は片手に斧を持ってこちらを威嚇している。
 敵と判断していいだろうけど、状況が掴めない……と悩んでいると、いきなり頭に情報が流れ込んできた。

「――!?」

 ずきり、と頭痛に襲われて、頭を抱え込む。
 それを怯えと取ったのか、悪漢共が品の無い嗤い声を出しているが、相手している余裕はない。
 何か現状を理解するヒントはないかと、流れ込んでくる情報を読み取ることに集中する。




――屋敷――杖との契約――水のドット――大好きなパパとママ――。

――街へのお出かけ――「盗賊だ!」と誰かの悲鳴――怖い人達が馬車の中へ――。

――悲鳴――血――倒れたパパ――ママと逃げて、私は崖から――――。



 ……まだ混乱気味だが、ある程度理解できた。
 確証はないが、私は死んだ後、別の人物へと憑依することになったようだ。
 そして憑依先の人物……名前がはっきりと出てこなかったので、今は『彼女』と呼ぶことにしようか。
 『彼女』は、約10歳程の水のドットメイジ。そして貴族の娘だ。
 この情報から、ここはゼロの使い魔の世界ではないかと推測。ちょうど、小さな杖も持っている。
 目が覚めたら二次元の世界にトリップしてました、なんて夢見がちな気がするが、あくまで推測なので気にしない。
 間違えているなら、それでも構わない。現状を自分なりに解釈してとりあえず納得したいだけだ。



 『彼女』は、従者を連れて家族で近くの街へと出掛けた帰り道、盗賊の集団に襲われて交戦。
 だいぶ盗賊達の数は減らしたようだが、結局『彼女』以外は皆殺しにされたようだ。
 『彼女』の母が、一瞬の隙をついて彼女を庇いながら馬車を飛び出して逃走。

 逃げ回っているうちに囲まれて、崖の近くに追い詰められて。
 気付けば『彼女』は足を踏み外し、遙か下の森の中へダイビング。途中で、母の断末魔の悲鳴が聞こえる。
 森の木々の枝葉がクッションになり、傷を負うも落死はなんとか免れたようだ。
 そしてその後、両親や従者の皆のことを思い浮かべて涙しながらも森から抜け出すために歩き出す。
 けど、土地勘のない場所でしかも知らない森の中。そう簡単に抜け出せるはずもなく。

 やがて盗賊達の気配や声が聞こえてきて、傷の痛みに耐えて必死で逃げるけど、体力と気力の限界。
 両親に教えてもらっていた魔法を思い出して、サモン・サーヴァントで強い使い魔が呼べれば――と、最後の力を振り絞り、詠唱。
 ……そこから『彼女』の記憶が途切れている。



 あくまで推測でしかないが、『彼女』の使い魔として召喚されたのは死後の私の魂で、そのまま憑依することになったらしい。
 『彼女』の人格を塗り潰したのではなく、今は気絶している『彼女』に代わり、私の意識が表に出ている、といったところか。

 ゼロの使い魔は大好きな作品のひとつだが、設定にそれほど詳しくはない。
「タバサ萌えー。けどルイズもいいなー」とか、そんな楽しみ方だった。
 そんなおぼろげな記憶だが、確かサモン・サーヴァントだけでは使い魔の契約とならず、コントラクト・サーヴァントを
行わなければならないはずだ。
 なのに、右手の甲には何故かルーンが。うわーきれーなんか光ってるー。うふふ。

 予想外のこと多すぎて変なテンションだが、突然頭の中に他人の人生(新鮮な惨劇の光景付き)を流し込まれて叫びださないだけ
マシだと思う。
 ……下手すれば発狂モノな気がするのは私だけか?

「ねえアニキ、せっかくの上玉なんだから殺しちまう前に……ねえ?」
「お前も好きだねえおい、けどまあ……たしかに、もったいねえわなぁ」

 と、少し状況を理解できて冷静になれたのか、ゴミクズ二人組みの会話を聞く余裕ができた。
 どうやらこのまんまだと、彼らが主役の陵辱ゲームが幕を開けてしまうようだ。
 ……気は進まないが、罪なき乙女の危機だ。覚悟を決めよう。

 忠告してやる気はないがお二人さん、そういう相談は本人に聞こえないようにしないとだめだよ?
 殺されたくなければ大人しくしろ、とか言って黙らせないと、暴れられたら面倒じゃないか。

「おい嬢ちゃん、大人しくしてりゃあ、痛くはしね――」



「斬刑に処す」



 悠長になんかほざいてたけど、黙ってヤられるつもりはない。
 隙だらけの首に、小声で唱えて準備しておいた“ブレイド”の魔法を突き刺した。
 仲間を呼ばれたら最後。戦闘なんてできずに殺されるだけだ。なので、手早く済ませないと。

 “ブレイド”の刃を一気に切り払う。先程まで不快な声を出していた頭が、ごとりと落ちた。
 返り血が盛大に身体を染めるが、躊躇っている暇はない。
 『彼女』の記憶には、戦闘に使えそうな知識はいくつかの魔法の呪文しかなかったから、まともに戦えば戦闘にもならない。
 向こうがこちらを、ただの怯えている弱い女の子だと勘違いしているうちに殺して、とっとと逃げるしかない。
 ……人を殺した感覚というのはひどく不快だが、今は落ち込むこともできない。

「ひ、」

 ゲヒヒ、と笑っていた男へと突進する。
 どうやら小心者らしく、ただの少女に過ぎない私(『彼女』の身体だが)を見て、ひどく怯えていた。
 このチャンスを逃す手はない。なので躊躇うことなく、タックルの要領で思いっきり押し倒した。

「これで、人を殺すのは二度目だが……」

 その隙を見逃せば、もう生き残れないだろう。
 断末魔で残りの敵に気付かれてもチェックメイトなので、素早くマウントポジションを取り、空いている手を握り拳にして盗賊の口へと突っ込み、声を塞ぐ。
 それとほぼ同時に、避けられないように身体の中心を狙い、“ブレイド”を刺した。

 漫画の知識だが、確かこう……刀とかを刺した後は、捻ってから引き抜いた方が殺しやすいはずだ。
 それに倣って、ぐりぐりと肉を抉ってから、引き抜く。
 叫ぼうとしているのだろう。男の口に突っ込んだ手が食い千切られそうになるが、生き残るためには痛みに耐えなければ。

 ……返り血に人殺し、そして手には気持ち悪い男の歯形。
 身体の持ち主である『彼女』には申し訳ないが、私の前世の実力なんて犬と喧嘩しても余裕で負けるだろうなーって程度だ。
 悪いけど、生き残るだけで精一杯だよ。
 正直、死ぬ前は寝たきりだった私が、ここまでちゃんと動けることに私自身が驚いているぐらいだ。
 やはりそこは、身体が変わったからなのだろうか。

「やはり、何の感慨も浮かばんな」

 やがて、男が完全に死体となったことを確認してから、手を引っこ抜く。
 ……台詞については突っ込まないで。真似でもして気を紛らわさないと、耐えられそうになかったんだ。
 死んだ後に人を殺したら、やはりあの世に行くときは地獄行きなのかな。……こいつぁヘビーだ。


    ○


 死体を隠した方がいいかも、と思ったが、その作業をしている間に他の連中に見つかるかもしれない。
 不安は残るが、二人の死体を放置してその場を離れた。
 土地勘がないのは私も同じ。むしろ、今の自分の身体のことすら知らない。
 なので無理に森を抜けるより、身を隠せて休憩できる場所を探すことにした。

 とはいえ、これが中々難しかった。
 漫画なんかだと、小屋だの洞穴だのが簡単に見つかるが、現実にはそう都合よく事が運ぶはずもなく。
 移動した先で、人の気配を感じる度に息を潜めてやり過ごす、という作業を繰り返すことになった。

 素人だから、気配を感じる間もなく捕まる可能性もあるし、まったくもって余裕がない。
 “フライ”で空を飛んで一気に振り切ってやろうか、とも思ったが、失敗したら派手に見つかって終わりなので、最後の手段だ。
 そもそも、練習もなしで上手く飛べるか分からないのであまりやりたくない。
 先程の“ブレイド”が上手くいったのは、正直運が良かっただけだと思う。

 しばらく伝説の傭兵さん気分でこそこそと移動していると、運よく手頃な洞窟の入り口を見つけることができた。
 “ライト”の詠唱を小声で行い、洞窟内を照らす。
 中に誰もいないことを慎重に確認してから、素早く入り口を潜った。
 暗く狭い空間に少し恐怖を覚えつつ、奥へと進む。
 何とも都合が良いことに、内部はいくつか分かれ道があり、逃亡者が身を隠すにはうってつけだった。

 もっとも、出口が分からなくなれば遭難して死亡なんてことになるし、いくつも道があるということは、別の入り口から追跡者が来る
可能性もある。
 油断はできない。だが、とにかく一呼吸置いて身体を休ませないと、このままでは力尽きてしまいそうだ。
 人が入れそうな窪みを見つけたので、そこで一休みすることにした。
 “ライト”を付けたままだと、暗い洞窟内では自分の居場所を教えるようなものなので、解除する。
 暗闇の中、手探りで傷の位置を確認して、“治癒”をかけて傷を癒していく。ドットの力では完全に癒せないが、応急手当にはなるだろう。


 ひどく、静かだ。
 自分の呼吸。心臓の鼓動。そんな小さな音でさえ、洞窟内に響いてしまうような錯覚を覚える程に。
 少々寂しいが、追っ手の足音を聞き逃しづらいだろうし、この方が都合はいいだろう。

 病院で一人過ごす夜を思い出す。
 優しく見守ってくれた家族も、時間がくれば帰ってしまう。
 そうなれば後は、朝になるまで一人ぼっち。
 様子を見に来る看護師さんだって、仕事なんだからあまりお喋りとかできないし。
 誰の声も聞こえず、周囲の些細な音だけが聞こえる。
 寂しいと思うが、慣れ親しんだ静寂は、心を落ち着けてくれた。


『あ、あの……私の声、聞こえますか?』


 と、頭に直接語りかけるかのように、弱々しい声が聞こえた。
 ようやく、我がご主人様のお目覚めのようだ。

『初めまして。私の声は、聞こえる?』

 心の中で念じてみる。
 声に出さないと伝わらないのなら面倒だと思ったが、無事に伝わったようだ。すぐに返事があった。

『は、はい。聞こえます。……それで、あの。あなたは、どなたでしょうか? 何故私の身体に』
『杉野楓。こちらでの呼び方だと、カエデ・スギノになるのかな?』

 まずは名乗る。
 そして、私自身も確証は持てていないが、とりあえずの推測を話してみることにした。
 『彼女』も戸惑っていたし、両親や従者を殺されたことが夢ではないと知り、すごく落ち込んでいた。
 聞いてるだけで胸が痛くなるような声で泣いていたが、今は私が身体の主導権を握っているからか、涙が流れるどころか、
嗚咽ひとつもれなかった。

 だから、思う存分泣けばいい。誰も邪魔はしないから。
 そう伝えると、我慢の限界だったのか……本当に、心の底から、思いっきり泣き始めた。
 今の私には、抱きしめてあげることもできないけど。
 胸を貸す代わりに、どれだけ泣いてもいいように、静かに聞いていることにした。



 まだ悲しそうではあったが、しばらく泣き続けることで落ち着いたようだ。
 なので、ずっと気になっていたことを聞くことにした。

『そろそろ、君の名前を教えてくれると助かるな。ご主人様』
『あ……ご、ごめんなさい。私ったら、自分のことばかり……』

 そう言って、『彼女』は、名乗った。

『私は、アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスです。よろしくお願いします……ええっと、カエデ、さん』



 こうして。
 私と彼女の物語は、始まりを告げた。







[17047] 第1話「初っ端から絶対絶命?」  ※5/2修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 07:53



 暗闇の中、アイシャと今後の相談をすることにした。
 このまま洞窟内に隠れていても安全とは限らず、食料もない状態では逃走も長続きしない。
 逃げるにしても、目標は必要なのだ。終わらない逃走劇なんて、身体も精神も耐えられないだろうし。
 
 ただ、アイシャとしては「屋敷の皆が心配。襲われてるなら助けたい」とのことだった。
 気持ちは分かるし、屋敷に頼りになる味方がいるなら合流できた方が良い。
 だけど、そのためにはどこに潜んでいるか分からない追っ手を振り切り、丘の上にあるという彼女の屋敷を目指さないといけない。
 逃げるだけでも精一杯なのに、まともに戦闘できるとは思えない。私達だけでは、救助に行っても足手纏いになりかねない。
 けど、見殺しにできないのも事実だ。

『け、けど……どうしたらいいのかなんて、全然分からないです』
『まあ、そうだよね』

 10歳の子供にはきつすぎるだろ、この劣勢。
 正直、あんなことがあったのに精神崩壊とか起こしていないだけでも、すごい精神力だと思う。
 私が使い魔として憑依した影響もあるかもしれないが、何にしろ、動けるうちに行動しないと。

『誰か頼りになる知り合いはいる? できれば権力とかあって、追っ手が来ても追い払ってくれるような人』
『え、えっと……ちょっと待ってください』

 一生懸命考えているのか、うーんと唸りながらぶつぶつと呟き始めるアイシャ。
 もっとも、まだ身体の主導権は私にあるから、その唸りや呟きが身体に反映されていないのだが。
 主導権の切り替えとかも、安全な環境になったら練習しないとな……ずっとこのままって訳にもいかないだろう。

『そうだ、あの人なら……』
『心当たりがいた?』
『はい。あの、私のパパとママがラ・ヴァリエール公爵夫人……ええっと、カリーヌさんという方なのですが、
その人と仲が良くって。あの人なら、すっごく厳しい人だけど、きっと助けてくれると思います』

 ラ・ヴァリエールということは……ルイズの家族だ。カリーヌという名前にも覚えがある。
 確かに、『烈風カリン』として名を馳せた彼女の強さなら大抵の相手は吹き飛ばしてしまうだろう。
 ……逆に、それでも手を出してくるとなると、相手はとんでもなく大物ということになるが。

『ラ・ヴァリエール家は、ここから近いの?』
『く、詳しい道までは分かりませんけど……よく家族で遊びに行っていたので、そんなに離れていないはず……です。
けど……とてもじゃないですがそこまで歩けない……うぅ』

 普段は馬車などで移動していたから、地理には詳しくないのだろう。それは仕方ない。
 10歳の子供に『緊急時のために普段から地理に詳しくなっておけ』と責めるのは、お門違いというものだろう。
 私のは現代日本での考え方なので、ハルケギニアにおいては甘い考えなのかもしれないけど。

 近い、というのも馬車を使った上での話だし、子供の足じゃそこまで行くのはまず無理だろう。
 ……下手したら、馬車で数日でも『近い』という範疇に入るのかもしれない。
 現代日本での感覚とは違うので、距離感などの認識にズレがあるのは、仕方ないかもしれないが……。

『となると、今すぐ呼んできて屋敷の皆を助けてもらう、というのは無理か』
『そ、そうですね。けど、誰かに助けてもらわないと、私達だけじゃ何も……』
『……そもそも、敵が本当にただの盗賊なのか分からないから、戦力の分析も難しい』
『え……ど、どういうことですか?』

 何を言ってるの? と疑問の声を出すアイシャ。
 これも推測に過ぎないが、黙っていても不安にさせるだけだろう。素直に考えていることを答えることにした。

『そもそも、ただの盗賊がメイジの家族……つまり、貴族に手を出すというのは考えづらいんだ。
メイジ殺し程の実力があるなら可能かもしれない。けど、それ程の武力があるなら盗賊なんてしなくても儲けることはできるだろう。
平民が貴族に手を出したとなれば、それだけで処刑も有り得るぐらいだ。簡単な決意では襲撃なんてしない。
となると、金品の強奪という可能性は低いと思う。見返りに比べて、危険が大きすぎる。

それでも襲ってきた……しかも、君の両親を殺した。所謂メイジ殺しを成功させている。
つまり襲撃者達は、ただの強奪以上の見返りを確信していたか、余程深い恨みがあっての復讐が目的だった……と思う。
復讐が目的なら、もう私には推理できないけど……見返りが目的だとするなら、ある程度予想はできる』

 あくまで推測に過ぎないけど、と念を押して。
 彼女にとっては追い討ちになるかもしれない、私の考えを伝えた。

『君達を殺すことで、盗賊達は大きな報酬を受け取る約束をしていた。
これなら、死ぬ覚悟で襲撃して、生き残った君を追い回して、見つけ次第殺そうとしていた理由も分かる。
そして……そんな報酬を払えるのは貴族ぐらいだろう。


――つまり、ラ・シャリス家に関わりがある貴族が今回の襲撃の黒幕かもしれない、ということだ』


『そ、そんな……』

 子供にとって、相手を疑うというのは難しい。
 特にアイシャのように優しそうな子にとって、世界とはもっと優しくて、綺麗なもので溢れていると信じたいことだろう。
 そんな子供に「君の知っている人が、君達を殺そうとしたかもしれない」と言うのは酷なことだと思う。

 けど、もう事件は起きてしまった。
 彼女が信じていた優しい世界は崩れ去り、汚い陰謀と欲望が彼女の生命を奪おうとしている。

『だれが、こんなひどいことを……』

 信じたくないことだ、と思う。
 呆然と呟く彼女の声を聞いていると、こんな推測を伝えたことに罪悪感を覚える。
 それでも、残酷なことがあるのだと知らなければならない時がある。
 優しくない世界で生き残るためには、自分で疑い、信じて、考えて、答えを出さなければいかないのだから。
 それを子供に押し付けることが正しいとは、思えないけど。

『辛い思いをさせてすまない。
……だが、貴族が黒幕かもしれないという推理は必要なんだ。
もし貴族が後ろについているなら、僕達を殺すためにメイジが出してくるかもしれない。
そうなったら“フライ”で逃げても、簡単に追いつかれるだろう。そうなれば当然、終わりだ』

 言いたかったのは、そこなんだ。
 “黒幕が貴族説”を元に考えるなら、空中は安全ではないということになる。こっそりとメイジを雇って襲撃犯達の中に混ぜているかもしれない。
 平民である盗賊に襲撃させたのは、陰謀ではなく盗賊に襲われて死んだということにしたいからだと思う。
 犯人は平民の盗賊。だから、貴族の自分は犯人ではない。そんな筋書きか。

 ……あくまで推理でしかないので、思いっきり外れている可能性もあるんだけどね。
 空中への追撃をまったく予想していないのと、あらかじめ覚悟しているのとでは、だいぶ違いが出てくるだろう。
 確証がない以上、この推理を元に盗賊達に「私を殺し終えたら、口封じに君達も殺されるよー」と脅すのは難しい。
 もし予想が外れていた場合「黒幕とかwwwwねーよwwwwただの盗賊だよwwww」って感じで、間抜けに自滅することになるかも。

 考えれば考える程に、逃げ道が塞がれる気さえする。
 悠長に推理を展開するより、さっさと逃げ出した方がいいのかもしれない。
 けど……逃げるにしたって、どうやって?
 この推理だって、どうすれば安全に逃げられるか、という考えから生まれたものだし。

 屋敷の皆を助けに行く、というのなら尚更だ。相手の戦力が分からないと、話にならない。
 安否を確認に行くだけでも命懸け。戦闘になればよくて人質。
 最悪な場合、流れ弾ですら死にかねない。
 認めたくないが、私達の戦闘能力はその程度だ。

 正直、チェックメイト寸前だ。
 私に最強系主人公な能力があったり、天才策士な知識があればなんとでもなるのだろう。
 けど、現実は原作知識以外には特に何の能力も持たない私には、そんな活躍はできない。
 さっきの戦闘だって、相手がこっちを完全に舐めて油断していた隙をつけたから勝てたに過ぎない。

 そして、この身体の持ち主であるアイシャは10歳のドットメイジ。
 年齢から考えれば、覚えているスペルも多いし、天才と言えるぐらい優秀かもしれない。
 けど、現状を覆せる程の圧倒的な戦力ではない。
 堂々と飛び出して盗賊達を殲滅→アイシャと私のコンビTUEEEEE!! という展開はどう考えても無理だろう。

『結局、どんなことをするにしても、危険は無くならない。
絶対に安全で完璧な解決法なんて、用意されていないんだ。

 ――だけどね、ご主人様』


 現実は、都合良く変わってくれない。
 だからこそ、人は現実と向き合わないといけない。
 目の前の現実を変えられるのは、いつだって、その現実にぶつかっている人間だけなのだから。


『私は、どんな危険なことでも君を手伝うよ。
使い魔だからじゃない。巻き添えで死にたくないからじゃない。
君の味方になりたいと思ったから。だから、僕は最後まで君の味方だ。
……あんまり、頼りにならないかもしれないけどね』

 偉そうなことを言ったって、私はそんなに強くない。
 喧嘩をすれば犬にも負けて、敵を出し抜く知恵もない。
 身体に至っては、ご主人様からの借り物だ。
 それでも、私にできることはやってやる。
 じゃないと、何の為に世界を飛び越えてやってきたのか、分からないじゃないか。

『……ご主人様、じゃなくて』

 彼女は、きっとたくさんの戸惑いや悲しみを胸に抱いたまま。
 ゆっくりと、自分の意思を伝えてきた。

『アイシャって、呼んでください。
そして、最後までよろしくお願いします。私の頼もしいパートナーさん』

 辛くても、泣きたくても。
 アイシャはもう、自分の現実と向き合うことを決めたようだ。
 ……本当に、強い子だと思う。
 私も、負けてはいられないな。

『分かった。こちらこそよろしく、優しく強い私のパートナー……アイシャ』

 握手もできない私達だけど。
 心はしっかりと繋がっている。そんな気がした。
 魂だけこの世界に呼び出された私には、こうやって励ましたり助言することしかできないけど――。




 待てよ?
 
 
 今の私って、魂だけの存在で。
 

 こうやってアイシャに憑依してないと、自分の身体もない状態で。


 それって、つまり。


 この身体から抜け出せば……つまり、幽体離脱することができれば。






 誰にも見つからずに、屋敷まで行ける――?





[17047] 第2話「烈風導く光の精霊(偽)」  ※5/2修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 07:58


 できるかどうかは、やってみなけりゃ分からない。
 嫌なことが起こらないように祈って、レッツ初チャレンジ幽体離脱!
 ……魂が消滅とか、BADENDにはならないでね。お願いだから。



 漫画なんかだと、幽霊は自分の思念で姿形を変えられたりする。
 なので念じれば幽体離脱もできるかなー、なんて思ったんだけど。
 ……あっさりと成功してしまい、アイシャの身体から抜け出したことにしばらくの間気付けなかった。

 気を取り直して作戦タイム。
 幽体離脱している間も意思の伝達は問題なくできるようだ。
 距離が離れたら伝わりにくくなるかもしれないが、それは試してみないと分からない。
 
 今分かるのは、幽霊モードではハルケギニアの魔法が使えない、ということぐらいだ。
 ふわふわと空は飛べるから、アイシャの屋敷まで行くのには困らないと思う。
 屋敷の位置も、アイシャの知識から引き出せたし問題ない。
 どうやら、アイシャが落ちた崖を越えて、そのまま丘の上を目指して飛べばいいらしい。

 後は、幽霊の私に何ができるのか。
 他の人に見つからないのかは、試してみるわけにもいかないのでぶっつけ本番で確かめることになりそう。
 魔法は使えない。幽体離脱した時のように、意識を集中すれば何かできるかもしれないが……というか、浮遊はそれでしているか。
 見切り発車は不安だが、正直これで事態が好転しなければ、次に打つ手が思い浮かばない。
 屋敷の皆を見捨ててでも、カリーヌさんのところに逃げ込むぐらいしかアイデアがない。

 ……それで助かっても、アイシャは悲しむだろうなぁ。
 とにかく、やれそうなことをやってみるしかないか。

『というわけで、アイシャはこのまま隠れてて』
『わ、分かりました。あの……すみません、私だけ何もできなくて』

 申し訳なさそうなアイシャに、「それは違う」とすぐに返事する。
 ……しかしこの娘、すごい可愛いな。使い魔のルーン補正を除いても、美少女だと感じる。
 可愛らしく整った顔付きに、くりっとした大きな緑色の瞳。
 髪の色は、瞳と比べると少し深緑に近いだろうか、色が濃い。短く切り揃えられたショートヘアだ。
 今は泥や血などで全身が汚れてしまっているが、身体をきちんと洗って、綺麗なドレスで着飾れば貴族のパーティに出たって充分輝けるだろう。

 さっきまでは彼女の身体に憑依していたから、客観的に外見を見ることができなかったので、今更ながら驚いてしまった。
 胸は、うん。……貧乳はステータスだ。希少価値だ。まあこれから成長するかもしれないが。
 前世の私は死ぬまで変わらず貧乳……いや、せめて微乳ぐらいはあった?
 とにかく、胸が大きくならないことで悩んだので、彼女をすごく応援したい。この戦いが終わったら、毎日牛乳飲もうぜマイパートナー。

 と、思考が脱線していた。話を戻そう。

『これから君は、自分の身を自分で守らなければならない。
それに私も分からないことが多いから、君にアドバイスをもらいたい事態が起こるかもしれない。
身体を動かして働くことだけが、頑張るってことじゃないさ。お互い、頑張らないと』

 まあ私は幽霊だから、動かす身体がないけどね。そうついでに付け足す。
 ちなみに、今の私は生前の姿に戻っていた。
 アイシャの視界を共有させてもらって確認したが、死ぬ直前を完全に再現というわけじゃなかった。もし私が健康ならこんな感じだったのかなーという感じ。
 私の、幽霊に対するイメージなのか、ちょっとだけ発光しているような気もする。
 もしかしたら私のイメージが、そのまま幽霊状態の私の容姿として反映されるのかもしれない。

 長いストレートの黒髪に、瞳は栗色。胸は……うん、貧乳。
 服装は、最初は裸だったので白のワンピースをイメージしたらいつの間にか着ている状態になってた。
 さすがに裸で外に出られる程、私も乙女を止めていませんよっと。
 ……イメージして姿を変えられるなら、巨乳にできるか試したいけど、今はアイシャの安全を優先しなくては。

『じゃあそろそろ行くけど……もし逃げないと危険だと感じたら、私のことは放っておいていいから逃げてね。使い魔としての繋がりで、離れていても居場所は分かると思うから』
『は、はい。では、よろしくお願いします』

 了解、と答えて、アイシャの屋敷へと向かって移動を開始する。
 屋敷の様子が分かるだけでも、今後の行動を決める要因になるだろう。
 道のりは長そうだが、頑張るとしよう。



    ○



 ふわふわふわ。
 森の中を浮遊しながら進む。
 浮いていると疲れないし便利なんだけど、まだ空を飛ぶという感覚に身体が慣れなくて、さっきからコントロールが上手くいかずにまっすぐ進めない。
 幸いなのは、幽霊状態なら物はすり抜けるし、人にも見つからないといったところか。
 何度か襲撃者の仲間とすれ違ったりしたのだが、こちらには見向きもしなかった。
 もしかしたら、メイジにだけは見つかるとか条件があるかもなんで、安心はできないが。

 遭遇したのはこちらに気付かない男達ばかりだったので、割とすんなり屋敷まで辿り着けた。見つからないことより、慣れない浮遊移動の方に苦労するぐらいだ。
 この屋敷で合っているのかは、アイシャに視界の共有を利用して確認してもらったが、間違いないとのことだ。
 外からでは、特に襲われている様子ではないが……潜入されて内部から攻められているかもしれないので、油断はできない。

『こちらゴースト。遂に屋敷に辿り着いた、これより潜入する。オーバー』
『お、おーばー……?』

 ごめんね、訳が分からないネタ振って。
 戸惑うアイシャの可愛らしさにちょっと萌えつつ、壁をすり抜けて屋敷へと突入した。




 で、だ。
 ご都合主義とかそんなレベルじゃない事態が目の前に広がっているのですが、どう思います?

 これだけじゃ分からないよね、ごめんなさい。
 えっとですね、最初に入った部屋がどうやら客室だったようなのですが。


「……遅いですね」
「も、申し訳ございませんカリーヌ様。予定では、もう戻られているはずなのですが……」
「構いません。突然尋ねたのはこちらなのですから。私こそ、ご迷惑をおかけして」


 目の前に烈風カリンこと、カリーヌ・デジレさん……つまり、ルイズ母がいます。
 ……やだ、なにこれ。



 そのまま部屋で行われている会話を聞いたりして、状況を推理する。
 どうやらカリーヌさんは、アイシャの両親に会いに来ていたようだ。
 のんびり会話していることから、襲撃はない様子。完全に、外出していたアイシャ達だけを狙った襲撃計画なのだろう。

 カリーヌさんの傍についているメイドさんはアイシャ家のメイドらしく、視界を共有していたアイシャが名前を呟いていた。無事でよかった、と。
 ラ・ヴァリエール公爵夫人のような名門貴族に対する扱いとしては、世話役のメイドが一人というのは少なすぎる気もする。
 けど、アイシャの家は貴族としてはあまり力がなく、雇っている従者の数もそんなに多くないようだ。
 その分、平民だからと蔑ろにしたりせずに、貴族と従者として以上の、家族のような良い関係を築いてきたらしい。

 カリーヌさんも、それを理解した上で分け隔てなく接しているようだし、アイシャの両親の人柄が良いのが伝わってきたような気がした。
 それだけに、もう既に二人が殺されているということが、重く胸に圧し掛かる。

 何故カリーヌさんがこのタイミングで訪問してきたのか、というのは分からなかった。
 だが、それは分からなくても構わないことだ。
 とにかく、アイシャのピンチを伝えることができれば、カリーヌさんならきっとなんとかしてくれる――。



「残念ですが、今日は会えそうにないですね。また後日、改めてお邪魔させていただきます」


 って、ちょっと待ってカリーヌさーん!
 ようやく掴みかけた希望なのに、待ちくたびれてしまったのか帰り支度を始めてしまうカリーヌさん。
 なんとか気付いてもらおうと目の前で手を振ってみたり声を出したりするけど、まったく気付かれずスルーされる。

 さ、さっきまで誰にも気付かれないことが最大の武器だったのに、今は逆に気付いてもらわないとBADENDですか!?
 他の解決法だってあるだろうけど、目の前に現状で最強のメイジがいる以上、彼女に頼れた方がずっと良い結果に繋がるはず。
 けど、こちらに気付いてもらえない。アイシャもいっしょになって声出してるけど、君のはまず聞こえないから! というか襲撃者に見つかるから黙ってて!

「本当に申し訳ございません。このようなことになってしまって……」
「よいのです。気になさらないで」

 ああもう、すっかり帰るムードになってる! なんだか優しいなこのカリーヌさん!
 私に……私に気付いてもらえれば、きっとアイシャが助かるのに!



――たぶんこの時の私は、焦りもあって必死に念じていた。


 気付いて……! 私に、気付いて……!


――だからだろうか?




 私は……“ここ”にいる!




『スケェェェェェィス!』




――思い出すだけで恥ずかしさで溺死しそうな、あんな真似台詞を叫んでいたのは。





SIDE:カリーヌ


 やはり、突然過ぎたのだろうか。
 ルイズが未だに魔法を使えず、詠唱をすべて失敗して爆発させてしまうことを相談したかったのだけど。
 あの娘がもっと小さい頃は、まだ子供だから仕方ないと思えた。これから学べばいつかは……と。
 けど、成功する兆しはない。
 年齢から考えれば、系統魔法はともかくコモンスペルのひとつぐらいなら、使えてもおかしくないのに。
 ルイズがとても努力しているのは知っているし、だからこそ何かおかしいと感じたのだが。
 それが何なのか、調べてもまるで分からない。情けない話だが、私は娘の悩みひとつ解決できない未熟者だ。

“迷った時は、いつでも頼ってね。私達、友達でしょ?”

 かつて一人で悩んでいた私に、そう言ってくれた数少ない親友、メアリー。
 公爵夫人となった今でも、彼女は心強い支えとなってくれる。
 家柄や地位と関係ない、人を安心させる“何か”を、彼女は持っていた。
 ただ、傍にいてくれるだけで心が安らぎ、無茶をしがちな私に忠告してくれる昔からの友達。
 だからつい頼ってしまうのだが、今回はタイミングが合わなかったようだ。
 次からは、事前に手紙を出してから尋ねるようにしよう。

 反省して、屋敷を出ようと荷物を確認していた……その時だった。



『スケェェェェェィス!』



 謎の言葉が響き。
 目の前に、光が溢れた。



SIDE:カエデ



 叫んだって気付かれないのに、と恥ずかしく思っていた時だった。
 冷静になって改めてカリーヌさんの様子を見ていると……なにか、呆然とした様子でこちらを見ている。
 ……あれ?

『あの、私のこと見えてます?』

 そう言って手を振ってみると、反応があった。杖を向けられて、明らかに警戒されているけど。
 メイドさんの方も大慌てで、「あわわわわ!? くせもの? くせものですかー!?」と怖がっている。

 自分の様子を確認してみる。
 なんだか発光具合が、先程までと比べ物にならないぐらいになってる。蛍からスポットライトにクラスチェンジしました、みたいな?
 とにかく、私の“気付いて欲しい”という思念が強まった結果、他人に存在を認識させることに成功したようだ。
 ……ご都合主義な気もするけれど、上手くいったのならそれで良し!

「――何者です」
『あ、ええっと、杉野楓といって、アイシャの使い魔です。はい』
「……答えるつもりはありませんか。それとも、言葉を発するという概念がない……?」
『あれー?』

 どうやら言葉までは届いていないようだ。
 気付いてもらえた、ということで安心してしまい、集中が途切れてしまったのか。
 それとも、そもそも肉体が無い状態では声が出せないということなのかな。

 どうやってこちらの意思を伝えよう、と迷っていると、メイドさんが呆然とした様子で。

「ひ、光の精霊……?」

 そんな、とんでもない勘違い発言をしていた。



SIDE:カリーヌ



「ひ、光の精霊……?」

 メイドの声に、なるほど、と納得する。
 確かに、目が眩む程の光を纏う、その少女の姿をした“何か”は、人智を超えた存在感を感じさせる。
 精霊は、人の姿を真似ることで自らの意思を伝えようとする、と聞いたことがある。
 ラグドリアン湖の水の精霊が良い例だろう。水の精霊は、トリステイン王家と盟約を結ぶなど、人間との交流も行っている。
 そういった交渉の際に精霊は、人間の姿を真似て姿を現して、自らの意思を告げるのだ。

 光の精霊、というのは聞いたことがないが……現に目の前にそれらしき存在がいるのだ。仮定としては悪くない。
 どうやら先程の叫びは姿を表すための呪文であり、通常の言葉を話すことはできないようだが。
 目の前の少女を光の精霊と仮定して、精霊が何を伝えようとしているのか考える。
 先程から、私の傍に寄ってきて手を繋ごうとしたり、窓の外を指差したりしているのだが、どういうことだろうか?



SIDE:カエデ



 だ、だめだ。言葉が通じないだけでここまで意思を伝えるのが難しいとは……!
 せめて筆談でもできればいいのだが、書くものが近くにない上に今の私はペンも持てない。そもそも、ハルケギニアの文字が書けない。
 こういう時、漫画ではどうしてたっけ……ええっと。

『せめて、助けを求めていることだけでも伝わればいいのですが……』

 アイシャの言葉に同意する。

『けど私、ハルケギニアの文字は書けな……いや、そうか。アイシャなら文字分かるんだから、それをイメージしてこっちに伝えてもらえばいいのか』
『あ、じゃあ私の出番ですね! ……けど、どうやってその文字を書けば』

 そう。
 文字などの知識の問題は、アイシャがいるからなんとかなる。
 けど、幽霊な私が物を触れない=筆談ができない。なので、文字が分かってもカリーヌさん達に伝えることができないのだ。

 さっきの光の精霊という発言にも、誤解を解こうにも首を横に振るぐらいしかできないし。向こうは何か考え事してるみたいで、気付いてくれなかったし。
 文字が書けない……この際、無人島でSOSの文字を作るみたいに、何かで代用できれば……。

 そこまで考えて、気付いた。
 ……イメージで身体を変えられる私。
 これって、文字として表現できるのでは?



SIDE:カリーヌ



 光の精霊(仮)は、突然動かなくなったかと思うと、今度は壁の方へ移動した。
 何を……? という疑問は、しばらく待つ内に答えが出た。
 唐突に、精霊の身体が弾け飛ぶ。そして、その破片が壁に張り付くように集まっていった。
 それは文字だった。拙いながらも、しっかりと意思を込めた、想いを伝えるための文字。
 精霊が自らの身体を使って作り上げた、光輝く文字。 
 その文字の羅列を読み解くと、短くこう書かれていた。



『アイシャを助けて』と。





SIDE:カエデ



 不思議な感覚だった。
 自分の身体が崩れ去り、再び集合して……文字を形作る。
 人間にとって、自分の生まれ持った身体というのは大切で、それを無理矢理変えたりすると精神に大きく影響を与える……と、どこかのゲームか何かで聞いた記憶がある。
 たしかに、自分の身体が人の形でなくなる、というのは、何だか妙な感じだった。世界という水に、私という氷が放り込まれて、だんだん溶けて混ざっていくような。
 あまり長く続けていると、自我が薄れたりするかもしれない。

 カリーヌさんがそれを読み上げる声が聞こえたので、どうやら成功したようだ。
 なのでさっさと元に戻ることにする。
 どうやら、私が『できる』とイメージすれば、姿形を変えることはできるらしい。
 もしかしたら言葉も、意識の集中などで可能になるかもしれないが、どうやら幽霊にとってそれが難しいらしく、練習しなくては無理なようだ。
 だんだん本格的な幽霊っぽくなってきたなーと思うが、今はそのおかげで助かるのだから良しとしよう。

「……あの娘達に、何かあったのね?」

 そうそう! と首を縦に振る。
 その動作で正解だと分かってくれたようで、カリーヌさんは杖を持ち直して、私をまっすぐに見つめてきた。

「いいでしょう。案内を頼みます、光の精霊よ」

 光の精霊じゃないんだけどなー。
 今横に首を振ったら、『案内を頼みます』に対する否定と取られそうなので、誤解を解くのは後回しにしよう。

 ばさり、と。羽織っていたマントをなびかせて、カリーヌさんは席を立った。
 メイドに「行ってきます。もしメアリー達と入れ違いになったら、このことを伝えてください」と伝言を頼んで、私の後に着いてきてくれた。
 ……と、私は壁抜けで入ってきたので、屋敷の出口が分からないことに気付いた。
 そのことに気付いたのが、壁抜けをした後だったので、慌てて戻ろうとして……カリーヌさんは窓を開けて、そこから飛び出した。

 おー……窓を潜るという動作でさえ様になっている。
 1階だから“フライ”を唱える必要もない高さだが、軍隊式の潜り方とかあるんだろうか? それこそ、潜入任務の為とか。

「待たせましたね。さあ、参りましょう」

 と、声を掛けられて我に返る。
 見惚れている場合じゃない。早く、アイシャの元へ向かうとしよう。

『アイシャ、もう少しだからね』
『は、はい! あの、こちらは大丈夫なので焦らずに……』

 分かっているさ、と告げて。
 私は烈風と共に、夜の森へと赴く。
 これ以上の惨劇を、止めるために。






[17047] 第3話「涙の決着」 ※5/2修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 08:05
 轟、と。荒れ狂う風が、罪深き人の群れを吹き飛ばしていく。
 欲に駆られ人殺しを行った者に、神が天罰を下すように。
 友を殺され嘆く烈風が、裁きの嵐と成りて駆け抜ける。




 予想はしていたけど。
 アイシャの母であるメアリーさんの死体を見つけたカリーヌさんの怒りは、凄かった。
 自然破壊とかお構いなしで、襲撃者らしき人影は見敵必殺サーチアンドデストロイ
 轟き渦巻く烈風で、何もかもを吹き飛ばしていく。

 アイシャが近くにいるかもしれない(洞窟に隠れていることは伝えられてない)ことを考慮して、さすがに大規模な破壊を伴う竜巻とかは使っていない。
 その代わりに“ウィンド・ブレイク”や“エア・カッター”などの各種風魔法、それに“暗視”などのサポートスペルを使いこなして、一瞬で敵を蹴散らしていく。
 まさに烈風無双。ハルケギニアにおいてメイジが圧倒的優位に立つのも分かるというものである。
 ……だからといって平民を虐げてもいいとは思えないが。圧倒的な戦力差があるのは事実だ。

「…………」

 無言で、魔法の詠唱以外は何もいわず、人を殺していくカリーヌさん。
 仲が良い、と10歳の子供に伝わる程だ。メアリーさんとは、親友と呼べる程の間柄だったのだろう。
 そんな人を殺されれば復讐心を抱くのは当然だと思う。
 だから、カリーヌさんが怒りに身を任せて襲撃者達を虐殺しているのも、責められることではない……と思う。
 仮に止めたいと思っても、今の私に出来るのはジェスチャーと文字化(短い文章のみ)、それと可視/不可視の切り替え。
 物理的にはどうしようもなく、そもそもカリーヌさんを止めれる力があれば自力で襲撃者をどうにかできている。

 ただ、アイシャはそれで納得していないようで。

『うぅ……ひっく……』

 視界を共有しているため、自分の母の死体や、カリーヌさんが人を殺し続けている映像を見て、泣いていた。
 彼女だって両親を、友として傍にいてくれた従者達を殺されて、憎く思うところはあるだろう。
 けど10歳の少女には、人が死んでいく光景は見ていて耐えられるものではなさそうだ。

 カリーヌさん無双タイムが始まった頃には視界の共有はこちらで切っていたけど、それまで見た映像だけで、精神的ショックを与えてしまうには充分過ぎたようだった。
 ……配慮が足りなかった。
 私自身、この手で人を殺したとはいえ、殺人を楽しめる程に慣れてはいない。
 けど何故か、早い段階で「仕方が無い」と割り切っていた。ルーンの補正なのか、心が冷たいからなのかは自分でも分からないけど。

 味方は助けて、敵は殺さない。
 それができるなら、アイシャのような優しい子には理想なのかもしれない。
 けど、その理想を戦う人に押し付けるのは、きっと間違いなんだ。
 圧倒的な力を持つ人だって、その人にとっての信念や理想があって。感情もあって。
 自分勝手に暴力を振るって良いとは思わないけど、やっぱり大切な人を殺された恨みは、すごく深くて。

 だから、私には。
 カリーヌさんの「怒り」も、アイシャの「悲しみ」も。そのどちらも止める権利なんて、ない。

『アイシャ』

 けれど、私にだって想いがある。
 世界は綺麗じゃないけど。悲しいこともいっぱいあるけど。

『もう少しで、迎えに行くから。……だから、その時は子供らしくいっぱい泣いていい。誰かがそれを責めるなら、私が守るから』

 心で繋がるこの少女に、笑っていてほしい。
 その想いだけは、誰にも譲れない。私にできることなんて、あまりないかもしれないけど。

 この想いは、使い魔としてのルーンが生む感情かもしれない。
 けど、この想いになら、従ってもいいと思う。

 ――細かい理屈なんて抜きにしても、彼女を守りたいと思えるから。




SIDE:カリーヌ


 どこかで、違和感を感じていた。
 メアリーは確かに戦闘が得意ではなかったけど、この程度の戦力に遅れを取る程弱くない。
 奇襲もあったし、娘を逃がす為に集中して攻撃できなかった、というのも考慮に入れても、たがが武装した平民如きに、殺されるはずがない。
 ……平民だから、と見下したらメアリーが怒るだろうか。あの娘は、誰にでも分け隔てなく優しかったから。
 言い方を変えよう。……たとえ相手が貴族だろうが、欲に駆られた雑魚共に劣る程、メアリーは弱くない。

 だからこそ、分からなかった。
 先程から出会う賊達は、たいした力もないのに隙だらけで、負ける要素が見当たらない。
 襲撃前は、人海戦術で圧倒できる程の人数が集まっていたのだろうか? 私が相手しているのが数を減らされた残党ということなら、このあっけなさも理解できるのだが。
 どちらにしても、怒りは治まらない。だから無理に抑えるのではなく、その感情の高ぶりを魔法の力を高めることに集中して、突き進んだ。

 やがて、遠くの岩肌に洞窟の入り口らしき穴を見つけた。
 光の精霊は、そこを目指しているらしく、近づくにつれて輝きを増しているようにも思う。

「あそこに、アイシャがいるのですね?」

 答えるように、精霊が頷く。
 ……思うことは、たくさんある。
 怒りも、悲しみも、嘆きも……もっと早く気付けていれば、という後悔も。
 もし私が、彼女達を迎えに行っていれば……というのは、結果論かもしれないけど。
 何かできたのではないか、と。そんな想いが、胸を締め付ける。

 けど今は、メアリー達が命懸けで守り、精霊が導いてくれた、あの娘を助けに行こう。
 それだけが、今の私にできることだから。



 そう決意して、洞窟へと近づいていた時。
 “それ”は、現れた。


SIDE:カエデ


 アイシャのいる洞窟まで、あと少し時。
 唐突にカリーヌさんが飛び退いたと思うと、さっきまでカリーヌさんが立っていた地面に火の塊が突き刺さり、爆発を起こした。
 熱を伴う爆風。飛び散る地の破片。
 突然過ぎて反応できなかったけど、可視状態でも幽霊に変わりないので、熱波も破片もすり抜けていった。
 ……助かった。これ、下手に受肉とか実体化が行えていたら、今のでDEADENDだったかもしれない。

「何者です」

 すぐに体勢を立て直し、杖を構えるカリーヌさん。
 油断のない様子で周囲の気配を探っているようだ。奇襲されたのに、焦る様子もなく堂々としている。
 しばらく沈黙が続く。相手は、自分から出てくるつもりはないようだ。

 少し、分析してみよう。
 ハルケギニアに置いて、爆発そのものを起こす魔法は虚無の系統しかなかったはず。
 ということは先程のは、火の系統のメイジが放った炎の魔法が、地面にぶつかった際に蒸発膨張して起こった副作用のようなものだろう。
 つまり……敵の火メイジの登場、ということだ。

 これで本格的に、今回のことが陰謀であるという仮説が現実味を帯びてきた。
 もちろん、没落貴族が盗賊に落ちぶれた、という可能性もあるけど。
 それが分かったところで、今の私にできることはない。その推測を伝えられる相手、今はアイシャだけだし。

 物理的に干渉できないって、すごく不便だなぁ。便利な要素もあるから使い分けれたらいいんだけど、そこまで都合よくはいかないか。
 干渉できたところで、カリーヌさんレベルの戦闘にはついていけそうにないけど。

「……出てこないのなら、こちらから!」

 そう言って、気配を読み終えたのか木の陰に向かって“エア・スピアー”を放つカリーヌさん。
 どうやらカリーヌさんの攻撃を察知したのか、木の陰から人影が飛び出してくる。
 回避されたが、放たれた“エア・スピアー”はけっこう太い幹だったのに難なく貫き、木に穴を開けた。
 素材が空気の塊とは思えない、とんでもない貫通力だ。
 けどそれも当たらなければどうということはない、とばかりに、敵メイジは素早く移動しながら、矢継ぎ早に魔法を放ってくる。

 一瞬だけ、敵メイジの姿が見えた。
 暗闇に紛れるためなのか、全身が黒尽くめの装束で、顔どころか肌の露出している部分すらほぼない。手の部分がちらっと見えるぐらいか。
 本当に一瞬しか見えなかったので、それ以外の情報は読み取れなかった。

 カリーヌさんも応戦。相手の火を風で打ち落とし、“フライ”を利用した、地形無視の高速移動で間合いを調節している。
 “フライ”を唱えている間は、他の魔法が使えないはずだ。
 たぶん、攻撃する際には“フライ”を解除して、攻撃を終えたら再び“フライ”を……という作業を、とんでもない速さで行っているのだろう。
 それを行っているのは敵メイジも同じらしく、次第に目で追えない高速戦へと突入していった。

 見えん! 見えんぞ! 私にはまるで見えぬ!
 なんか周囲で火と風の魔法がぶつかり合って、森の緑に燃え移ってえらいことになってるみたいだけど、正直私にはどうしようもない。
 本気で何もできないな私。時々私にも敵メイジの魔法が飛んでくるけど、気付いた時にはもうすり抜けてるし。もし仮に実体化できていたら一瞬で消し炭だZE☆

 しかし、カリーヌさんと対等に渡り合えるって、とんでもないメイジがいたもんだ。
 こりゃあ本当に、あのタイミングでカリーヌさんの助けを借りられなかったら、アイシャは人知れず殺されて行方不明なんて最悪のENDになってたかも。
 ……いや、わざわざメアリーさんの死体を残していたということは、『人知れず殺害』というのが目的ではない?
 もし『アイシャの家族が殺された』という事実を強調するのが目的だとすれば、黒幕に該当する条件は、それで得する人間……?



SIDE:カリーヌ



 納得した。
 これ程のメイジが敵にいたのなら、たしかにメアリー達では太刀打ちできないだろう。
 メアリーは主に治癒などのサポートが得意で単体での戦闘は苦手だったし、娘を庇いながら多数の兵に囲まれた状態で奇襲されれば、捌き切れないのも無理はない。

 つまり、こいつがメアリーを殺した下手人である可能性が高い、ということだ。
 ……許さない。絶対に、許さない。

 その怒りが私の風をより強く、より早く、より鋭くする。
 放たれる炎。それを、風で吹き散らせる。
 火の粉となった魔法の残骸が森に燃え移るが、それを消している隙はない。

 光の精霊にも敵の魔法は放たれた。
 だが、人間の業など取るに足らぬとでもいうのか。その光で構成された身体をすり抜けるだけで、ダメージを受けている様子はない。
 それどころか、私達の戦闘すら関与する価値がないとばかりに、悠然と佇んでいる。それとも、目に見えぬだけで何かしているのだろうか。
 ……いや、そもそも『戦闘』という事柄において、光の精霊は力を持たないのかもしれない。
 でなければ、私の力を借りずともアイシャを助けて屋敷まで連れてくることはできるのではないか。

 如何なる攻撃もできない。だが、如何なる攻撃に害されることもない。
 ただ、そこに在る。それが光の精霊が本来あるべき姿なのかもしれない。
 それなら、何故私に助けを求めたのか。
 他の誰でもなく、『アイシャを助けて』と私を呼んだことには、精霊にとってどの様な意味があるのだろう。

 その答えは、考えたところで分からない。
 ……それを知るためにも。この戦い、負ける訳にはいかない!



SIDE:アイシャ



 カエデさんは、視界の共有が切れたままだと思っているようです。
 私に辛い光景を見せないように、という心遣いは嬉しかった。
 けど、カエデさんは、その光景から逃げられない。私を助けるために、カリーヌさんを道案内しないといけないから。
 それなのに、私だけ逃げているなんて……卑怯だと思いました。
 なのでこちらから、カエデさんとの視界の共有を再開したのです。

 カエデさん。
 私達は、パートナーなんです。
 だから……相手にだけ苦労を押し付けたら、きっとダメなんです。




 もうすぐ、私のいる洞窟に辿り着く、という時でした。
 突然現れた黒尽くめのメイジと、カリーヌさんの戦いが始まりました。
 ……カエデさんの、言っている通りでした。
 敵にメイジがいる、ということは。それを雇えるだけの財力を持つ貴族が犯人という可能性が高い。
 そして、パパとママは、簡単に負ける程弱いと思わない。幼い私には、冷静に力の差を分析するなんて、できないけど。

 でも、きっと。
 パパとママを殺したのは、この黒いメイジで。

「……私、だって」

 すぐ傍に仇がいるのに、じっとしているなんて、できなかった。
 私が戦ったって、倒せるなんて思えないけど。
 せめて、一撃。
 せめて一撃だけでも――!



SIDE:カエデ



 戦闘は膠着していた。
 カリーヌさんは、アイシャが近くにいるために、得意とする特大の竜巻を繰り出せないようで決め手に欠けている。
 洞窟内にいる、ということは伝わっていると思う。
 だが、竜巻に直接巻き込まれなくても、洞窟そのものが烈風に耐えられず崩壊するかもしれないと考えているのかもしれない。
 たしかに、あの威力ならそれぐらいやっちゃいそうだよなぁ。

 敵のメイジは、すごく強いが……自力ではカリーヌさんに負けているのだと思う。
 膠着しているのは、敵にとって有利な条件が揃っているからで、対等な条件での決闘なら、カリーヌさんの竜巻などで蹴散らされている……と思う。
 敵メイジも力量の差を理解しているようだ。一切の隙もなく夜闇に紛れての奇襲や、攻撃範囲を広めるために、地面へ火の魔法をぶつけて爆発させるなどの戦術を徹底して、差を補っているようだ。

 ……相変わらず目で追えないので、何度も地面で爆発が起こったり、カリーヌさんが奇襲を待ち構えて時々あえて立ち止まっているらしい様子から、なんとなく想像しただけですけどね。

 とにかく、この膠着状態を動かすには何かする必要があって。
 けど、私には何もできない……そう、悔しく思っている時だった。



「う、ああああああああ!!」



 敵メイジが、洞窟の入り口の前に背を向けて着地した一瞬を狙って。
 洞窟から、ずっと隠れていたアイシャが“ブレイド”を構えて突進した!

『アイシャ!?』

 今更になって、彼女との間に視界の共有が繋がっていたことに気付く。
 ……向こうから共有を繋げたのか。今まで気付かないなんて!
 それは彼女の、復讐心を込めた必死の一撃だったのかもしれない。
 けど、その一閃はあっさりと避けられて――。

「……あ、あぁ」

 次にくる反撃に恐怖して、動けないでいるアイシャ。
 無謀だ――とは、言えなかった。
 もし私が彼女の立場になったなら、やはり、自分だけ隠れているなんて我慢できなかっただろう。

 ならば彼女の行動を否定するより先に、これによって崩れた膠着状態を活かさないと。

『アイシャ、身体を借りるよ!』

 素早く彼女の身体に飛び込み、憑依する。
 やはり襲撃者の目的は『アイシャ達の死体を残す』ことにあるようだ。反撃は、死体を焼き尽くすことのない“ブレイド”による斬撃だった。
 攻撃を終えた後の、前方に重心が傾いている体勢からは、後ろに下がることは難しい。
 横に逃げても、すぐに追撃されれば一瞬で切り殺される。

 だから、前へ。
 地面へと倒れていく身体を、転ぶぐらいの勢いで前へ!
 元々の身長差+倒れこんだことによる高低差では、ただ刃物を振るだけでは切り捨てるのは難しくなる……はず!

 一種の賭けだったが、今回は功を為した。
 振られた“ブレイド”は頭上を通り過ぎ、私は敵メイジの足にしがみついた。

「カリーヌさん!!」

 叫ぶ。
 二人掛かりは卑怯、なんて言わせない。
 カリーヌさんはこちらの意思を察してくれたのか、すぐに攻撃へと転じてくれた。

 初めはこちらを仕留めようとしていた敵メイジも、危険を察してカリーヌさんへと向き直る。
 今までなら、すぐに回避して反撃できただろう。
 けど、今は私“達”がしがみついて、足枷になっている。
 もちろん子供の体重と力で封じきれるわけがない。現に向き直る際には振り回されて、地面を引き摺られた。
 それでも、時間稼ぎには充分だ。
 素早い動きを封じられた敵メイジは、私“達”かカリーヌさん、どちらを先に攻撃すればいいのかの判断で一瞬動きが止まるだろう。
 そして迫り来るカリーヌさんの攻撃を先に捌かなければ、依頼を達成できても自分が死ぬと理解する。
 つまり、この一瞬の攻防においてのみ、私“達”という足枷を付けたまま戦うことを余儀なくされる。
 もちろん、これを防がれたら、今度はもう抵抗する間もなく殺されることになるけど――。


 これだけ条件が揃えば、充分だった。
 烈風の名に相応しい神速の“ブレイド”による一閃が、敵メイジの首を切り飛ばし、一瞬で絶命させた。



    ○



 憑依を解き、アイシャに身体を返す。
 彼女はカリーヌさんに抱き起こされて、安心したのか。

「か、カリーヌさ……う、うああああああああん!」

 思いっきり、泣いた。
 カリーヌさんも、服が汚れることなんて気にせずにアイシャを抱きしめ、静かに涙を零している。
 そんな二人に呼応するかのように、空からはぽつぽつと雨が降り始めた。

 私には、こんな時に抱きしめてあげることもできない。
 だから、せめて傍にいることにした。
 触れることもできないけど、アイシャの頭を撫でる……ように、動かす。
 せめて、気持ちだけでも伝わればいいな、と。そんな想いを込めて。



 泣きだした空の下、アイシャの泣き声が響く。
 今は何も気にせず、ただ泣けばいい。
 そうすることで気持ちを吐き出せるなら、みっともなくたって構わない。


 また笑うためには、思いっきり泣いたっていいんだ。




[17047] 第4話「人の想い」   ※5/2修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 08:10

 雨はすぐに止んだ。ただの通り雨だったようだ。
 おかげで、山火事にならずに済んだ。通り雨GJ。



 アイシャは、泣き疲れたのと、緊張の糸が切れたのだろう。いつの間にか眠ってしまった。
 そんなアイシャを背負って、カリーヌさんは歩き始める。
 “レビテーション”で浮かばせた方が楽に運べるだろうにそれをしないのは、少しでも人肌の温かさを伝えて、安心させてあげたいからか。

 残党がいるのでは、という心配もあったが、無用だったようだ。
 カリーヌさんはまだ充分過ぎるぐらいに警戒しているが、さっきから襲ってくる存在はいない。
 スーパー無双タイムで恐怖を与えるには充分だったのか。それとも、彼らの最大戦力らしき黒尽くめのメイジが討たれたのを、何らかの方法で知ったのか。
 とにかく、私達を害する者は、もういないようだった。

 私は、カリーヌさんの近くをふわふわ浮遊しながら一緒に移動してる。
 アイシャに憑依すれば移動しなくて済むけど、憑依が精神的負担になる可能性もあるだろうし、疲れている時は、そっとしておいてあげたい。
 けど屋敷に着くまでにカリーヌさんに伝えたいことがあるんだよね。
 機会を見て憑依しないとなーって思っていると、カリーヌさんは歩みを止めずに、視線だけをこちらに向けて。

「遅くなりましたが……感謝します、光の精霊よ。
このような格好のままで申し訳ないですが、貴女のおかげで親友の娘を助けることが出来ました……本当に、感謝します」

 そう言って、アイシャのことを愛おしそうに見つめるカリーヌさん。
 ……あー、そういやその誤解も解かないといけないよね。
 ちょうどいい。アイシャには疲れてるところ悪いけど、身体を借りるとしよう。
 とりあえずニコっと微笑んでカリーヌさんに答えてから、アイシャに憑依する。

 カリーヌさんはその様子に少し警戒していたようだが、私にアイシャを害するつもりはないと信じてくれているのか、咎められることはなかった。

「こちらこそ、ありがとうございます。貴女が助けてくれなければ、私とアイシャだけでは何もできなかった……感謝しています」

 声自体はそのままだけど、口調などで別人だと判断したのだろう。
 自分で立てますか? と聞かれたので、大丈夫と伝えて、地面へ降ろしてもらう。

 そうして、憑依状態では初めて向かい合って話すことになった。
 カリーヌさんとのきちんとした会話は、実質これが初めてか。ちょっと緊張する。

「アイシャの身体を使うことを、どうかお許しください。こうしなければ、言葉で意思を伝えることができないようなので」

「……アイシャも了承しているのでしょう? ならばそれは、私が咎めることではございません」

 あれ? そういやちゃんと了承取って憑依したことなかったような気がする。
 初めは召喚されてそのまま勝手に憑依していたし、戦闘中は緊急事態だったから声だけ掛けて問答無用。
 今なんて、気絶しているところを勝手に憑依しているし。
 ……ばれたら怒られそうなので微笑んで誤魔化そう。にぱー☆(汗)

「ありがとうございます。それで……実は貴女に、また頼みたいことがあるのです」

「……なんでしょう? 返答は内容次第となりますが」

 色々とごめんね、カリーヌさん。けど、たぶん必要なことだから。
 上手くいくかは分からないけど……黒幕を捕まえるためには、証拠不十分な現状ではこうでもしないとチャンスすら掴めそうにないんだよね。

 というわけで、今回の事件に対する私の推測と、黒幕を捕まえるための『罠の仕掛け』について、説明した。
 もちろん、私の推測が外れている可能性も伝えた上で、だ。
 下手すればラ・ヴァリエール公爵家にも迷惑を掛けてしまうので嫌なら断っていい、とも伝える。
 ……断られたら困るけど、無理強いしてもねー。最悪、アイシャとその従者が無事なら、真犯人が捕まらなくてもまだマシだ。

 けど、心配無用だったようで「そのようなことでいいのなら」と、了承してくれた。

「たしかに分の悪い賭けではありますが、他に手もなさそうですしね。
……それで、光の精霊よ。貴女は今後も、アイシャと共にあるのですか?」

「あー……その、光の精霊っていうのは勘違いでしてね?」

 最初の目的である『罠』については伝え終えたので、今度は誤解を解くことにする。

 私はアイシャに召喚された使い魔であり、名前は杉野楓。こちらでの呼び方はカエデ・スギノ。元々はこことは違う異世界で死んだ、人間の少女の幽霊であること。
 使い魔であることを抜きにしても、今後もアイシャを傍で支えていくつもりだということ。
 幽霊の状態では喋っても契約で繋がっているアイシャ以外には伝わらないらしく、誤解を解くのが遅れてすみません、とカリーヌさんに伝えた。

「という訳で……今後も、アイシャ共々ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」

 そう言って、頭を下げる。
 ……優しさは持っていても、基本的に厳しい人っぽいので、礼儀はちゃんとしないとね。
 敬語とか苦手なんだけど、大丈夫だったかな……?

 ちらり、と。頭を少しだけ上げて、カリーヌさんの表情を見てみる。
 ……ん? なんか驚いたような顔してるけど、どうしたんだろ?



SIDE:カリーヌ



 光の精霊というのは誤解だと、彼女は話した。
 ……だが、ただの幽霊にここまでのことができるのだろうか?
 ハルケギニアにおいて、幽霊の存在は語られはするものの、実在するのかは不明なままだ。
 不思議な現象が起こっても、「幽霊の仕業」「何らかの魔法」「精霊の仕業」と、色々な説で語られる。
 実在するか分からない幽霊より、精霊や魔法が原因だという説の方が有力視されることがほとんどだ。

 異世界、というのも疑問だ。
 使い魔の契約を結ぶサモン・サーヴァントは、ハルケギニアの生物を召喚して使い魔とする儀式のはず。
 仮に異世界というものが存在したとして、10歳のドットメイジの魔法で、そのような世界と繋がることがあるのだろうか。

 もしこれが、精霊のついた嘘だとすれば。
 一体何の目的で、このような嘘を……。

「――!」

 そこで、気付いた。
 例えば水の精霊。その身体は、切り取られた一部だけでも禁制の薬品を生み出す程の素材となる。
 そのため、いくら法で禁じても密猟者が後を絶たないという。
 
 光の精霊は、それを危惧しているのかもしれない。
 自らの存在が欲に溺れた存在を呼び寄せて、その結果アイシャを害するかもしれない、と。

 ただの推測に過ぎないが、もしそうだとするならば。
 この精霊は本当に、アイシャのことを大切に思ってくれているのだろう。

 もしこの推測が外れていて、彼女の言うことが本当だとしても。
 仮定に過ぎない私の考えが「真実」だったとしても。

 彼女は光の精霊ではない、としておいた方が、アイシャにとっても好都合だというのは理解した。
 ……なら、真実を知る必要はない。
 アイシャのためになるのなら、「そういうこと」にしておこう。

「という訳で……今後も、アイシャ共々ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」

 そう言って、頭を下げる精霊……いや、カエデ。
 しばらくすると、少しだけ視線を上げて、こちらを窺っていた。

 大きく分けるなら、二つ。
 アイシャを害するか、否か。
 おそらく、私が「どちら」なのかを探っているのだろう。

 ならば、探られるまでもない。
 私の答えなど、とっくに決まっているのだから。

「遠慮はしないで良いのですよ。貴女“達”は……私の親友の娘と、その友なのですから」

 私にできることなど、あまりないかもしれない。
 今回のように、近くにいながら親友の危機にも駆けつけられず、その娘を助けるだけで精一杯。
 襲撃者達への対応にしても、一人ぐらい生け捕りにしておけば、何か「吐かせる」ことはできたかもしれないのに。

 だが、それでも。私はこの娘達の力となろう。
 できることは、これから考えていけばいい。頼られた時に、支えてあげられるようになろう。

(メアリー。貴女にも見えていますか?)

 空を仰ぎ見る。
 雨雲が通り過ぎ、双月が夜空に輝いていた。

(貴女の娘は、とても良い友達に巡り合えたようですよ)

 清らかなる魂は天に昇るという。
 それなら――いつ見られても誇れるように、胸を張って生きていこう。



SIDE:カエデ



 誤解も解けたようなので、憑依を止めてまたふわふわ浮遊。
 その後は無事に屋敷へと辿り着くことができた。

 屋敷は、すごい騒ぎになった。
 何せお嬢様が泥や血で汚れて、担がれて帰ってきたのだ。従者の何人かは死んでいると誤解して泣き出す程だった。
 ……彼女の両親。つまりこの屋敷の主であるラ・シャリス家の夫婦が殺されたことをカリーヌさんが告げると、もっと大騒ぎに。
 中には泣き崩れ、まともに仕事ができそうにない人達もいるぐらい。
 というか、そういう人達が多かった。それだけ二人共、良い人達だったのだろう。

 ラ・シャリス夫妻と従者達の遺体は、すぐに回収されることになった。
 屋敷に残っていた従者から動けそうな者と、カリーヌさんが回収に向かってくれることに。
 私も道案内ぐらいなら、と思ったのだが、カリーヌさんから「屋敷に残る者と共に、アイシャのことを頼みます」と言われて、待機することに。
 まあ、着いて行っても道案内と懐中電灯ぐらいの役割しかできないけどね。物に触れないから、運ぶのとか無理だし。
 ……遺体に憑依して動かすとか、仮にできたとしても死者への冒涜になっちゃうか。

 そっちはまかせることにして、アイシャの傍にいることにした。
 看病や世話役のメイドさん達がこっちを見るたび怯えているけど、なんか上手く可視/不可視の切り替えができないんだよね。
 余裕ができたら練習しよう。他にも色々できそうだし。

 ちなみに。
 カリーヌさんに頼んだ『罠』は、屋敷の従者さん達にも手伝ってもらわないといけない。
 それについての詳細はカリーヌさんから伝えられていて、既に皆に伝わっている。
 悪いけど、これには泣き崩れていた従者さん達も呼んで、しっかりと聞いてもらうことになった。

 今回の事件の首謀者を捕まえるため、と聞くと、皆揃って了承してくれた。
 上手くいくかは、正直五分以下だろう。確率を語るなら話にならない。
 けど、現代日本のように警察などの多人数による調査もできず、証拠も押さえられない状態ではこの作戦しか思いつかなかった。
 私が天才名探偵とかなら、いくらでも手を尽くして犯人に辿り着くんだろうけど、残念ながら私の脳は一般人レベル。
 学力なら平均より下だったと思う。あまり真面目に勉強してなかったし。

 なので、一か八かの作戦に賭けて、失敗したなら私にはお手上げだ。
 ……まあ、何もせずに見過ごすよりはマシだろう。
 私の推測が当たっているなら犯人は自分から名乗り出るも同然だ。後は、そこで尻尾を出した瞬間を仕留めればいい。

 せいぜい首を洗って待っていろ、狩人気取りの屑野郎。
 油断して涎を垂らせば、今度は私達が貴様を狩る。
 ……黒幕が男とは限らないんだけどね。



   ○



 カリーヌさん達が帰還してきた。
 もう夜中なのに大丈夫なのか気になったが、どうやら既に伝書鳩を、ラ・ヴァリエール家へ送ったらしい。ラ・シャリス家とラ・ヴァリエール家では、普段から伝書鳩での手紙のやり取りをしているそうだ。
 出発前にメイドさんに代筆を頼んだ手紙なので、せいぜい「遅くなる。場合によっては泊まるかもしれない」といった内容らしいけど。
 ……すごい迷惑かけちゃってるけど、助かっている。私とアイシャ、それに屋敷の従者さん達だけでは、遺体の回収だってもっと遅れていただろう。
 従者さん達も、カリーヌさんの堂々とした指示で統率が取れて動きやすかったようだ。これが、貴族の本来の在り方なんだろうなと、そう感じた。

 そして、アイシャが休んでいる部屋にカリーヌさんが入ってきた時だった。
 アイシャが、目を覚ました。

「ん……ぅ」
「お嬢様ぁ!」

 いっしょにいたメイドさんが、思わず大声で呼びかけていた。
 カリーヌさんに窘められて、慌てて謝罪していたけど、気持ちは分かる。カリーヌさんもそう思っているのか、きつくは叱らなかった。

 まあ、その後他の従者さん達が気付いて次々入ってきて、皆が傷に響きそうな声で呼びかけているので、カリーヌさんが「あなたたちねぇ……!」とすごい怒っていたけど。
 けどそれは、みんながアイシャを心配してくれている証で。
 その想いを感じたのか、アイシャは「ありがとう……」と言いながら、また泣き出してしまった。



 たくさんの人が死んだ。

 たくさんの人が悲しんだ。

 たくさんの人が怒った。



 さあ――まだ影も見えぬ黒幕よ。
 人の命を無礼なめたことを、後悔するがいい。


 ……まあ、偉そうなこと言って失敗したら、目も当てられないんだけどね。





[17047] 第5話「逆転貴族」   ※5/2 修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 08:17


 細工と準備は十二分。
 あとは……仕上げを御覧じろってね。
 さて、分の悪い賭けを始めよう。



 襲撃時間から、数日が経った。
 今日は、ラ・シャリス夫妻の葬式の日だ。

 ラ・シャリス家には貴族らしい盛大な葬式をあげる財力はなかった。
 けど、カリーヌさんの提案で「豪華過ぎてはメアリー達も喜びませんが、あまり質素なものだと『獲物』がかからないかもしれない」とのことで、規模としては中ぐらいに当たるらしいが、金を掛けた葬式となった。
 必要資金については、カリーヌさんが負担してくれることに。さすがに申し訳なかったのだが、「私の希望でもありますし、『罠』のためでもあります。気にしなくていいのですよ」と言われて、結局お言葉に甘えることに。
 まあ、出世払いというか、余裕が出てきたら少しずつ返済していこうと思う。
 ……こういうところで、「頭の上がらない相手」というのは出来ていくのかもなぁ、となんとなく思ったり。

 従者の皆も、よく働いてくれている。
 急な悲劇に落ち込む者も多いけど、葬式の準備や処理しなければならない書類をまとめてくれたり、と積極的に動いてくれている。

 私とアイシャは、当主代行としてしなければならない仕事がたくさんあり、それをこなすために頑張った。
 補佐として、こういった仕事に詳しいカリーヌさんや執事さんが手伝ってくれているが、書類に署名するだけの作業でも何十枚も書類が積まれ、終わった頃には次が出てくるのだ。
 私は、アイシャから記憶の共有を利用してある程度文字を勉強したり、なんとかアイシャの名前だけは書けるようになったので、署名するだけの単純作業の際に身体の主導権を入れ替え、お互いに休憩しながら署名していったりした。同じ肉体を使っているので疲労は回復しないが、同じ作業を長時間続けるのは精神的にも疲れる。それをある程度緩和することはできた。

 特に今回は、平行して『罠』のためにしなくてはならないことがあった。
 色々あるが、特に多かったのがラ・シャリス家と関わりのあった人物について覚えるというもの。
 上手くいけばこの作業がなくても黒幕に辿り着けるが、ただでさえ分の悪い賭けなんだ。せめて準備はしっかりしないと。

 条件に該当する人間は見つかった。
 だが、それが正解かは分からないので、他にもある程度目星をつけておく。
 ……あとは正直、黒幕がうっかり尻尾を出す間抜けであることを、期待するしかない。






 葬式は、順調に進んでいった。
 平民、貴族といった立場に関係なく参列してもらいたかったが、差別の激しいトリステインでは、そういう葬式を開くと貴族が反発することが容易に想像できる。
 ラ・シャリス家の在り方を理解してくれる貴族ばかりなら大丈夫だったし、本来なら故人の意思を尊重して、差別のない葬式にすべきなのだろう。
 ……けど、今回の『罠』には、少しでも貴族を呼ばなければ犯人を釣れない可能性がある。
 後日、平民の人達には墓参りができるようにするから、それで納得してもらうしかない。……これだけやって『罠』が不発で終わったら、本当にラ・シャリス夫妻に顔向けできない。


「アイシャちゃん。今回のことは……その、本当に残念だったね。私でよければ、助けになろう。いくらでも頼ってくれ」


 ラ・シャリス夫妻の埋葬が終わり、墓の前で参列者達が話し合う場となっていた。
 もちろん、社交界のような明るい雰囲気ではない。あまり品のない貴族もいるが、さすがに空気を読むぐらいはできるらしい。
 当主代行となるアイシャには、たくさんの人が声を掛けてきた。今話しかけてきた男も、そんな人間の一人だった。

 その男は、アイシャ父の弟……つまりは叔父に当たる。
 これまで声を掛けてきた人と同じように、社交辞令や何気ない会話を行いながら、『罠』に掛かるかを慎重に探っていく。
 ちなみに、今回の葬式で誰かと会話する際、アイシャと相談して私が身体の主導権をもらい、会話を行っていた。
 『罠』を仕掛けるためには、たった一言でも言ってはいけない言葉が、いくつかある。
 それを伝えながらアイシャに葬式に臨んでもらってもよかったのだが、本人が「それで、犯人が捕まるなら……」と、私が身体を使うことを了承してくれた。

 アイシャを信頼していないわけじゃない。ただ、両親の死を突きつけられている中、会話に意識を集中するのは難しいのでは、という懸念はあった。
 ……こうやって任された以上、失敗は許されない。
 推測が外れ、『罠』自体が不発と終わればもう私には現時点で手は思いつかない。
 だが、もし尻尾を出すものがいれば、容赦なく喰らいつく――!


「本当に、何故誇り高き“貴族”がこのようなことを……」


 今まで何度も喋ったフレーズ。
 その言葉に、アイシャの叔父は、私にだけ聞こえるような小声で、言った。


「まったく、嘆かわしいことだ。これだから燃やすしか能のない“火”の系統は――」


 失敗への不安は杞憂となった。
 分の悪い賭けに、私達は勝ったのだ。
 ……後は、獲物を逃がさず仕留めるのみ。


 アイシャの父さん、母さん。
 天国からは、この光景は見えていますか?
 いま――私“達”の反撃が始まりますよ。





「叔父様。……あなたが、首謀者ですね?」





 ざわ、と。空気が変わった。
 当然だ。唐突に、自分の家系に関わりのある貴族を襲撃事件の犯人だと、決め付けたのだから。
 ……もし間違えていたら、こちらの方が侮辱罪とかでやばくなりそうだ。
 その時は子供が疑心暗鬼に陥っていたのだ、と。そういう演技で誤魔化せたらいいのだが。


「……な、何を言っているのかね?」

「分かりませんか? なら、言い換えましょう。……私の父と母を殺害する計画を企てたのは、あなたですね?」


 内心では、不安要素が多い。
 だが、ただでさえ子供の戯言として流されかねないのだ。ここは、過剰な程に絶対の自信がある、と堂々とした態度で挑まなければいけない。


「アイシャちゃん。気持ちは分からないでもないが、言いがかりはよしてくれ」

「言いがかり……ですか。そう仰るのなら、説明していただきたい」


 じっ、と。叔父の目を真正面から見据える。
 周囲のざわめきがひどく耳障りだが、それは同時に、この「告発」を多くの人が見ている、ということになる。
 ……彼等に「子供が錯乱した」と思われたら、そこで終わりだ。
 なので、冷静に。声を荒げず……ただ、言葉の刃で、真実を覆い隠す茨を切り捨てるために、自信を込めて伝える。


「何故、この事件を起こした人物に“火の系統のメイジ”がいたと知っていたのですか?」


 ざわめきが、大きくなる。
 それは、今まで会話してきた者の誰も知らなかった事実。
 もちろん、会話した相手の中に真犯人がいて、その尻尾を隠し切っている可能性もなかったわけじゃない。

 この叔父にしたって、該当人物としては上位に当たるが、確実に犯人とは言い切れなかった。
 ……会話の中で、尻尾を出していなければ、怪しみはしても見逃していたかもしれない。


「平民はメイジに勝てない。その“常識”に当てはめるなら、メイジが犯人にいたことは推測できるでしょう。
現に私も、この場で犯人に貴族がいた、とまでは言いました。
だが、その襲撃犯が“火の系統”だとは今日この場において誰にも、一度も言っていない。なのにあなたは今、襲撃犯の系統を言い当てた。
『ラ・シャリス夫妻の遺体は、焼かれることなく放置されていた』のに、です」


 私の場合、カリーヌさんとの戦闘を見ていたから“火”と推測した。
 実際、戦闘中は火の魔法を多様していたし、カリーヌさんとの戦闘で手を抜くことはないだろうからあのメイジが“火”の系統が得意、というのは合っているはず。

 おそらく、死体が焼き尽くされ灰になり、死体という証拠がなくなった結果、ラ・シャリス夫妻が行方不明として扱われるのを恐れたのだろう。
 そうなれば、この男の“目的”は達成できないからだ。
 
 夫妻の死因は、たしかに魔法によるものだったかもしれない……“ブレイド”など、死体の損傷が少なくて済む魔法による、斬殺や心臓などへの刺殺という、『平民が殺した』と言い訳できるような殺し方だったようだが。
 襲撃犯が死体を残すように殺していたのは明白……でなければあのメイジは、アイシャは出てきた瞬間に焼き殺そうとしていただろう。


「他の従者達には、たしかに焼き殺された者もおりました。ですが、高位の術者……“トライアングル”や“スクウェア”なら、得意な系統以外にも扱えるでしょう。
得意な系統を見分ける方法は、そのメイジが多く使った魔法の種類と頻度を観察するか、使い魔から推測するしかない。
……だからこそ疑問なのです。何故叔父様が、そのメイジの系統が“火”であると断定できたのか!」


「そ、それは……そう、ラ・シャリス家の従者達がね、そう話していたのを聞いたのだよ。
君の言うように、焼き殺された死体から勝手な憶測を話していたのかもね? 私も、彼らの噂話が頭に残っててつい勘違いしてしまったのさ」


 ――『罠』は、成った。
 たった一言、“火の系統”といった瞬間から、この男はもう『罠』の中だ。
 貴方はもう、その『罠』から抜け出せない。
 だって……未だに、『罠』に捕らえられたことにすら、気付いていないのだから。


「従者が話しているのを聞いた。……間違いありませんか?」

「そ、その通りだ。まあ偶然聞こえてきただけだからね。あれが誰なのかは分からないが、」




「異議あり!!」




 言い訳を遮り、異議を唱える。
 墓前でネタをやるなんて、すごく不謹慎だとは思う。
 だが、今は場の雰囲気を味方に付けなければ、こちらの意見が流される可能性が高い。だから、少し某裁判ゲームの真似をさせていただく。
 ……実際の裁判ではやらないらしいんだけどね。「異議あり!!」って。かっこいいけど、実際にやっちゃうと白い目で見られたりするらしい。


「叔父様。それは、有り得ないんですよ」

「な……わ、私はたしかに聞いたぞ! 言いがかりは止めなさい!」



「言いがかりではございませんわ。私が証人となりましょう」



 カリーヌさんが、私の傍に歩み寄ってきた。
 「ラ・ヴァリエール公爵夫人……!?」「何故わざわざ彼女が……!?」と、再び周囲のさわめきが騒がしくなる。けど、カリーヌさんは気にした様子もなく、言葉を紡いだ。


「従者達の話を、偶然聞いた。そのようなこと自体は、それほど珍しくことでもないでしょう」

「そ、その通りです。私も本当に偶然、襲撃犯についての話を聞いただけなのです!」

「だから――それが有り得ない、と。私達は申しているのです」


 そろそろ、種を明かしてもいいだろう。
 ……叔父の口からは、たっぷり「襲撃者について、“ラ・シャリス家の従者”が話しているのを、偶然聞いた」と聞けたのだ。
 仕掛けた罠で絡め取るには、充分だろう。




「何故なら……今回の襲撃犯に“火のメイジ”がいたことを知る従者は、誰一人としてここにはいないのですから」


「……なん、だと……!?」



 そう。
 それが、私達が全員で仕掛けた『罠』だった。
 敵のメイジと出会っていた可能性のある従者は、皆殺しにされた『ラ・シャリス夫妻と共に街へ出掛けていた従者』だけだ。
 屋敷に残っていた従者は、私達が屋敷に戻るまで、襲撃があったことすら知らなかった。

 思えば、屋敷が襲撃されなかったのも、万が一自分が口を滑らせた際に、言い逃れるためというのもあったのかもしれない。
 うっかり犯人についての情報を口にしても、「そちらの従者が話していたことだ」と言えば、何の対策もしていなければ言い逃れることができる。
 なにせ、死体や殺害現場からの推測を、従者達が噂話として話さなかったと証明する手段がないのだから。

 だが、そこが私達の狙いだった。
 その言い訳は、「従者が犯人について何も知らない」という状態では通用しない。
 だから、死体の回収に向かった従者達には、申し訳ないが今日の葬式の間だけ屋敷の地下室に隠れてもらっている。
 真実を知らされてなくても、襲撃現場を見て犯人に火のメイジがいたことに気付く人がいるかもしれない。うっかりそれを喋られないようにしてもらったのだ。
 ……もちろん、快適に過ごせるように工夫して、本人達の了承を取った上での行動だ。「仇を取ってください!」といった類の、応援ももらっている。
 よって、この葬式の間働いている従者は全員、襲撃事件の詳細を知らない。屋敷に残っていて、襲撃現場を見ていない人達ばかりだ。

 つまり。
 この状況で襲撃者に“火のメイジ”がいたことを知っているのは、私達だけなんだ。……たった一人を除いて!


「いかがでしょう? 私と、カリーヌさん……そして、首謀者しか知らないはずの情報を、貴方が知っている。
そしてその情報を『ラ・シャリス家の従者から聞いた』という、偽りの証言を行った」


 上手くいく保障なんてない、拙い罠だったけど。
 欲に溺れた罪人を捕らえるには、充分だったようだ。
 彼が出した尻尾が“火のメイジ”ではなく、“スクウェアメイジ”などだったら、「名門貴族として名高いラ・ヴァリエール公爵夫人が戦ったと聞いた、それなら最低でもスクウェアだと思った」と言い訳されて『罠』は破綻していた。
 だから本当に危ない綱渡りだったけど……もう、その言い訳は使えない!


「……まだ、言い逃れはできますか!」

「ぐ、……ま、待て待て待てっ!! 待ってくれ!!」


 叔父は、私が(正確にはアイシャが)10歳の子供だということも忘れたかのように、大慌てで喚いている。
 ……彼の心を折ることさえできれば、拘束するのは簡単だ。
 今この場には、カリーヌさんや、他の貴族もいる。一対多なら、余程の力量差がなければ逃げ切ることはできないだろう。
 もし彼が首謀者であるということが確定した状況で、彼を庇えば、事実はどうあれ共犯者として扱われる。
 それが嫌なら、彼を拘束する際には手伝うなりして、せめて邪魔しないようにしなければならない。
 故に、これで周囲の貴族もこちらの味方当然だ。後は、叔父を追い詰めるだけ。

 ……共犯者がいたら、さらにややこしくなるけど。今は目の前の男に立ち向かわなければ。


「そもそも、私には動機がない! たった一人の兄と、その妻だぞ!? 何故私が殺さなければいけない!」


 その言葉に、私は。
 できるだけ黒い笑みになるようにニヤリと顔を歪めて、恭しく礼をした。


「……わざわざ解説していただき、ありがとうございます」

「ヒッ……!?」


 叔父が必要以上に怯えているようだが、効果はあったようだ。
 ……生前は『お前のその笑顔は人を殺せる。悪い意味で』と良く言われたのだが、そんなに怖いのだろうか。
 まあ良い。今は一気に流れを掴もう。


「それこそが、あなたを疑った始めの要因でした。
そもそも、この襲撃事件は何が目的だったのか。それを考えた時、あなたに思い当たったのです。
家を継ぐは長男が役目。それが昔からの決まりです。余程長男が無能でない限り、それは覆らないでしょう。
故に。長男及びその家族がいなくなれば、ラ・シャリスを引き継ぐ役目はあなたに託される可能性が高い。

夫妻の死体を意図的に残し、行方不明と扱われないようにしたことは、これなら納得できます。
行方不明なら、貴方が手にできるのは良くて当主代行としての地位だけでしょうから。
平民の盗賊を多様してメイジを1人又は少数しか雇わなかったのは、ただの事故や平民による襲撃に見せかけなければ、貴方の陰謀であるという風評が付き纏うかもしれなかったから」


「つまり、この度の襲撃は『ラ・シャリス夫妻とその娘』を殺害することで、ラ・シャリス家を乗っ取ることが目的だった……?」


 カリーヌさんが、補足してくれる。
 私の発言だけでは子供の言うこととして信頼されづらい。けど、それをラ・ヴァリエール公爵夫人という名門貴族が認めたとあれば、真正面から挑める貴族なんてほぼいないだろう。
 だから、この援護はすごくありがたい。こうやって手助けしてくれる人がいなければ、真実を訴えたところで揉み消されてしまうだろうから。


「……確証はありません。ですが、このように推理できる以上、叔父様は『動機がないから首謀者ではない』と言い逃れることはできないでしょう。
第一、動機がないからと言って、最初の論点である『知らないはずの情報を知っていたこと』及び『それについて偽証を行ったこと』に対する弁明とはならない!」


 こちらの推理と共に、指を突きつける。
 追い詰められることは想定外だったのだろう。呻き、必死に言い逃れるために思考を巡らせているのが見るだけで分かる。
 ……止めといこう。





「今一度言いましょう。……今回の事件、首謀者は貴方だ! アルデ・フィシファニン・ド・エスドセーヴィ!!」




「ぐっ……ぐおおおおおおおおおオオオアァァァァっ!!」




 悪魔に魂を売った愚者の断末魔が、響く。
 ……名前、噛まずに言えて良かった。




SIDE:アルデ



 誰だ……こいつは。
 目の前にいるのは、ただの小娘のはずだ。
 本来なら既に、あの忌々しい兄と共に葬られ、私に財と命を奪われる哀れな子羊のはずだ。

 だが……私を見据えるこいつは、そんなちっぽけな存在ではない。あるはずがない!
 途中で見せた、光を宿さぬあの暗き目と、全てを見下すような邪悪な笑み。
 あれは……悪魔だ。人間にあのような表情ができるわけがない!
 それに、ただのガキ風情に私の策略が見抜かれるはずがない!
 たった一言。
 たった一言、「火の系統」と言ってしまっただけで、ここまで……!!

 終わって……たまるか!
 あの忌々しい兄から、全てを奪い、復讐する。
 その念願を叶えられるところまで、あと一歩で届くのだ。

 こんなガキの皮を被った悪魔に、邪魔などさせるものかあああああぁ!!



SIDE:カエデ



『まさか、叔父様が……こんな……』

『……辛いだろうけど、これが真実だったようだね』


 心の中で、アイシャと声なき会話を交わす。
 叔父は、アイシャにとても優しくしてくれていたらしい。
 それが演技だったのかどうかは私には分からないけど、最早首謀者であることは確定したも同然。

 アイシャには辛いだろうけど、これが現実。
 ……まだ、真犯人に辿り着けただけマシだろう。
 もしここで見逃していたら、後日改めて襲撃されている可能性もあったのだから。


「カリーヌさん、すみませんが」

「分かっております。……アルデ・フィシファニン・ド・エスドセーヴィ。あなたを拘束しま、」





「……くっ、くっくっくっくっくっくっ。あーっはっはっはっはっはっハッハッハハハハハハハァ!!」





 突然だった。
 アルデは低い声で嗤ったかと思うと、何が愉快なのか拍手するように両手を叩き合せ、大笑いを始めた。
 ……気が狂ったか?

 カリーヌさんや周囲の人達も、訳が分からないといった様子で、アルデを見ている。
 と、アルデは凄惨な笑みを浮かべてカリーヌさんや私を見て。


「……拘束? 拘束ですと? それは一体、何の容疑でですかな?」


 何を言い出すかと思えば。
 そんなの、ラ・シャリス夫妻の殺害計画の首謀者としてに決まっているだろう。
 それともあれか? 「高貴なる私を拘束するなど許されるものか!」とでも言うつもりなのだろうか。


「ラ・シャリス夫妻の殺害を計画し、実行した。これだけでも充分な拘束理由となりますよ?」


 カリーヌさんもそう言っている。
 周囲の人達からも、異議を唱える声は上がらなかった。
 今や誰もが、アルデこそが首謀者なのだと認識している。
 ……この状態で、一体何をするつもりだ?


「殺害計画? そんなもの、知りませんなぁ」

「世迷言を。現に貴方は、首謀者にしか知りえないことを知っていたではありませんか」


 ……ってあれ?
 なんだろう、すごい嫌な予感がする。
 私が今回、参考にして真似したゲームだと、こういう時って……。
 追い詰められた犯人が、なんかすっごい言い訳を思いついて反撃してきたような――!


「……本当は、黙っていたかったのですけどねぇ」


 そう言って、アルデは。





「私は、その襲撃犯のメイジが兄を殺害している現場を、見ていたのですよ……!!」





 本当に、とんでもない言い訳をしてきた――!



 ざわ……ざわ……。
 そんな擬音が聞こえてきそうなぐらい、周囲は騒然となっている。
 アルデがした言い訳は、つまり。


「お待ちなさい。その言葉が本当だとするならば……」

「ええ、その通り。だからこそ言い出せずに、あのような言い訳をしていたのですよ」


 それは、つまり――!



「あなたは、自分の兄を見殺したと仰るのですか……!?」



 ――こいつが、貴族の誇りを捨てたも当然だということだ。
 己の身可愛さに、唯一の肉親(両親は既に死去しているらしい)を捨てて、敵に背を向けた。そういう証言になる。
 そんなのはもちろん苦し紛れの嘘だ。だが……それを嘘だと証明するものは、こちらにはない!

 元々、証拠が足りない状態での告発だった。
 けど……こんな逃げ口を用意してくるなんて!


「兄を見殺し、敵に背を向けたとあっては貴族の名折れ。……ですが悲しいかな、私はその時杖を失っていたのです。ですから使っていた魔法から、“火のメイジ”と知ってたのです。
杖がなくては戦えない。なので、物陰に隠れて襲撃者達をやり過ごし、屈辱に耐えながら逃げ出したのですよ……ご理解いただけたかな?」

「――ならば動機についてはどう説明するのです! 状況は、貴方が犯人であることを示しているのですよ!」


 予想外の反撃に口を閉じてしまった私に代わり、カリーヌさんが応戦してくれている。
 だが、アルデは「何を馬鹿なことを」と嘲笑い、すかさず言い返してきた。


「そもそも、動機があるからなんだというのです? それならば、動機があれば皆犯人ではないですか」

「……ぐっ!」


 たしかに、その通りだ。
 この告発は、「襲撃を受けたものと、首謀者しか知らないはずの情報を知っていた」「その情報の出所について偽証した」「動機がある」この3つが揃って、ようやく真実味を帯びてくる。
 アルデの取り乱す様を見ていれば、こいつが犯人だと誰もが思うだろう。
 だが……それだけでは、証拠にはならない。

 ここで取り逃がし、裁判に持ち込んだとしても。
 状況証拠しかない現状では、確実に勝てるとは言えない。むしろ、奴が自分に有利な手を打ってくるのは明白だ。

 ……甘かったのか?
 罠に嵌めて、矛盾を突きつけてやれば言い逃れできないと思っていた。
 けど、現状は……このまま終わってしまえば、アイシャだけでなくカリーヌさん、それに屋敷の従者さん達の立場を悪くしてしまう。
 最悪、不当に貴族の名誉を毀損したとして、貴族としての地位を剥奪されかねない――!

 私の行動は、無謀だったのか?
 あのまま黙って、犯人が次に接触してくる機会を狙う方が良かったのか!?
 くっ……ああああああああ!!


「第一、襲撃計画などどうやって立てるというのですかな!?
あの日、ラ・シャリス家の面々がどこにいるのか、知る方法などないというのに!!」



SIDE:アイシャ


「あの日、ラ・シャリス家の面々がどこにいるのか、知る方法などないというのに!!」


 その言葉を聞いて。
 私は、思い出していました。
 それは、最後の証拠。
 アルデ叔父様が犯人だと示す、おそらく私達に残された、最後の証拠。


 けど、それは。
 私が“罪”を犯していたことを、初めて気付かせるものでした。


『……すまない、アイシャ。私は……私、は』


 カエデさんが、答えを見つけ出せず嘆いています。
 けど、それは当然でした。
 その答えは、最初から――私と、叔父様だけが知っているものだったから。


『カエデさん。交代してもらえますか?』

『……アイシャ?』


 カエデさんは、すごく頑張ってくれました。
 それなのに私は、悲しんでばかりで。
 何もできず、皆に甘えて、頼ってばかりで……!


『カエデさんのおかげで、ここまで来れたんです。すごく感謝してますよ。
……もうちょっとだけ、いっしょに最後まで、頑張りましょう』


 パパ、ママ。
 見えていますか?
 ……ごめんなさい。二人が死んだのは、きっと私のせいです。
 従者の皆も、ごめんなさい。私の不注意が、あなた達の命を奪いました。

 だから……せめて。
 最後は、私も勇気を出して、反撃してみます。
 ……すごく勝手な我が侭だと思うけど。


 私“達”の反撃を、見守っていてください。



SIDE:アルデ



 五月蝿く騒いでいた連中は、揃って沈黙した。
 ……乗り切った。乗り切ったぞ!
 貴族としての誇りには大いに傷が付いたが、このまま拘束され罪に問われるよりはマシだ!


「さあ、どうしたのですかなアイシャ嬢! 私が首謀者などではないと、理解していただけましたかな!?」


 すっかり大人しくなった小娘に、追い討ちをかける。
 ……フン! 驚かせおって。
 何が悪魔だ、ただの調子に乗っただけの餓鬼ではないか! いずれ始末してや



 スゥ、と。
 その小娘の後ろに、何かが見えた。


(な……なんだ? 今、何かが)


 それは最初、何か分からなかった。
 形のない、“何か”。そうとしか、表現できないものだった。
 だが、それはやがて明確な意思を持って形となり。



(ば、馬鹿な……!? あいつら、は……!!)



 それは、光り輝く、二人の人間の形となった。
 その姿は……見覚えがある。けど、そこにいるのはありえない人物。
 二人はまるで、少女を見守るかのように傍に付き添い。

 ゆっくり。
 ゆっくりと、少女と共に、指をこちらに突きつけてくる。


(死してなお私を邪魔するのか……我が兄、そしてその妻よ――!)


 そして。
 己が兄とその妻の亡霊と、そいつらの娘は。




「異議あり!!」




 死をも乗り越え共にあるかのように、ひとつに――。



SIDE:カエデ



 どうやら、ゲームに対するイメージがカエデにも漏れ伝わっていたようだ。
 ……うん。印象的なシーンだよね。好きだよ、逆○3のこのシーン。
 正直自分の迂闊さに落ち込んでいたので、この状況でパロネタするつもりはなかったんだけど……。
 カエデさんの物真似でも、パパとママが傍にいれば、きっと勇気が出るから、と。そういうアイシャの希望なので、頑張った。

 ちなみに、今回使ったのは今日までに練習して身に付いた幽霊の能力だ。
 元々、文字化ができるならイメージで姿を変えられるのでは、という発想からだったけど、これがけっこう上手くいった。
 簡単にいえば、頭の中に強くイメージを描くことで、自分の姿を一時的に他の人物のものに変えられる、というものだ。
 二人分に身体を分けたら、その分密度とかが減ったのか、ちょっとぼやけた感じだったけど、より幻っぽくなったから結果オーライ?

 変身できるだけで能力や知識までは真似できないので、戦闘能力が変化するわけじゃないから、こういう演出とかの使い道しかなさそう。
 それで、アイシャから彼女の両親の姿のイメージを受け取り、『姿の変化+可視モードに切り替え』を使って、同じ動作で異議を申し立てた訳だ。
 この状態だと声は出せないから、ハモることはできなかったけどね。今は不可視モードになって、アイシャを外から見守っている。



 さて。
 最後の証明はアイシャがする、ということだが、時間がなくて内容は知らされてないんだよね。
 ……すまない。私では、止めを刺すには至らなかった。
 後は頼むよ。頼もしい、私のパートナー!


「……『あの日、ラ・シャリス家の面々がどこにいるのか、知る方法などない』。先程、叔父様はたしかにそう仰いましたね」

「……そ、そうだ。だから、私に襲撃計画など立てられるはずがない!」


 アイシャが、喋り始める。
 怒鳴り声で反撃してくる叔父にもひるまず、まっすぐと見つめて、静かに反論した。


「逆なんです。あの日、私達が街へ出掛けていたことは……私達以外には、叔父様しかいないのだから」

「……! ま、待て、」




「叔父様に、その日遊びに行くことを教えたのは……何も知らなかった、馬鹿な私だったのですから」




 アイシャの告白は、静かに告げられた。
 ……叔父は、こんな事件を起こしたことが信じられないぐらい、優しくアイシャに接していた。
 アイシャの父も、母も。仲良く過ごしてくれるアルデに感謝すらしている程で。関係は良好に見えた。……少なくとも、アルデ本人以外にとっては。

 いつものように、アルデが叔父として遊びに来ていた時。
 アイシャは楽しそうに、あのお出かけの日の予定を、話してしまったらしい。
 それは、楽しみにしていることを知ってほしい、という子供心で。
 別に、責められるようなことでは、なかったけど。


 アルデはその情報を元にして。
 今回の襲撃事件を計画して……ラ・シャリス夫妻を殺害した。


 アイシャは、泣いていた。
 私のせいだ、と。
 私が叔父様にそのことを教えなければ、こんなことにはならなかったと。

 それは違うと思う。
 アルデが元々事件を起こすつもりだったのなら、いつ起こってもおかしくなかったのだ。
 それが……たまたま、今回だったというだけの、話。

 それでも、アイシャは泣いていた。
 もっと何か、できたのではないかと。
 そうやって泣きながら……けど、俯くことはなかった。

 涙を流したまま、アルデをしっかりと見据えて。



「……今回の事件を、計画するためには、当日どこに私達がいるか、知っていなければならない。

それを知っていたのは、私達を除けば、アルデ叔父様だけ。

私達の家を乗っ取る、という動機もあり。

首謀者しか知らないはずの、襲撃者に火のメイジがいたことを知っていて。

叔父様は、その情報をどこで得たのかを、偽証しました。



……以上のことから、アルデ叔父様。あなたが首謀者であるとしか、思えません」



 そう、告げた。

 ――私は、心のどこかで、アイシャが頼りない子供だと決め付けていたのだと、思う。
 もちろん、未熟なところなんてたくさんあるだろう。けど、それは私だって同じなんだ。
 だからこそ、アイシャは私に、パートナーとして力を合わせようと言ってくれたのに……私は、私が頑張らないといけないと、勝手に思い込んでいた。

 ありがとう。
 こんな未熟な私を頼りにしてくれて。

 そして、ごめんね。
 私も……もっと、強くなるよ。
 君を、心の底から信じられるように、心を強くしていくよ。


 それからの流れはあっけないぐらいスムーズで。
 アルデが、罪を認めて。貴族としての最後の誇りで、大人しく拘束されて、終わり。







 そんな綺麗な終わりなら、良かったのに。



[17047] 第6話「封印された(黒)歴史」 ※3/20修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/03/20 23:32






「こ、の……クソ餓鬼がああああああああああああああああああああああああ!!!!!」





 アルデが獣の如く吼えて、アイシャの背後に回りこみ、片腕で首を絞めて身動きを封じた。
 そのまま素早く隠し持っていたらしい杖を向け、周囲に「動くなぁ!!」と叫ぶ。
 ……こ、この、ろくでなし!! 人として恥ずかしくないのか!

 銀行強盗とかが人質を取る時のような行動だけど、ここでやったって逃げられるはずがない。
 状況はほぼ詰んでいる。
 周囲には貴族の集団がいて、あの烈風カリンもいるんだ。アルデが捕まるのは時間の問題だろう。




 アイシャの安全を無視してもいいのなら、だが。



 締め上げられ、苦しそうに呻くアイシャ。
 あの体勢からでは自力での脱出は無理だ。私が憑依し直したとしても、身体能力が上がる訳ではないので、せいぜい苦しみを肩代わりするぐらいしかできない。
 何もしないよりはマシだろうが、それでアイシャを助けられる訳ではない。長引けば窒息死。無理矢理攻撃を加えれば、狙いが逸れた魔法がアイシャを殺してしまうかもしれない。

 だから、カリーヌさんも「止めなさい!」と杖を構えて説得を試みているが、それ以上踏み込めない。
 早く助けなければいけない、と分かっていても、魔法による攻撃はアイシャが危険で、迂闊に近づけば血迷ったアルデがアイシャを殺してしまうかもしれない。


「叔父、様……やめ、て」
「五月蝿いんだよ餓鬼がぁ! おまえが、おまえがさっさと死んでいれば、上手くいっていたんだよぉ!!」

 やめろ、と叫んでも、私の声は届かない。
 ……何も、できないのか?
 偉そうに『罠』のためとか言って皆を仕切っておいて、失敗したら黙っているしかなくて。
 こんな……目の前にいる女の子一人、助けられないなんて――!


(決め付けるな、杉野楓!!)


 自分を、叱責する。
 勝手に諦めてるんじゃないぞ! まだ私“達”の物語は終わっていない! 始まってすらいない!!


 生前の私は。
 病気で、みんなに迷惑をかけて。
 ずっと何もできないことを嘆いてばかりで!
 それでも、父と母が助けてくれて、親しくなってくれた友達も、みんなが支えてくれて!!
 みんなのおかげで顔を上げられた! 世界には、楽しいことがあるんだって、みんなが教えてくれた!
 短くても、楽しくて、恵まれて、満足な人生だったと思えるけど。
 あの人達に、結局――私は何も返せずに死んでしまったことが、ずっと心残りだった!!


 やっとなんだ! やっと、私の番なんだ!
 今度は私が、誰かを助けられるかもしれない番なんだ! 助けなくちゃいけないんだ! 助けたいんだ!!


 動かせる身体は、ある。
 できることも、ある。

 手を伸ばせば届くんだ!
 だから――さっさと始めようぜ! 杉野楓!!



(う、おおおおおおおおおおおおお!!)



 アイシャ達の方へ、突撃する。
 現実を変えたい、という意思に反応したのか、勝手に可視状態へと切り替わっていた。
 けど構わず、そのまま突っ込んで。


 私は、憑依する。
 アイシャ――ではなく、アルデの方へ。
 できるかどうか、なんて関係ない。


 やれるかどうかなんて、やってみなくちゃ、分からない――!



    ○



 何かを突き破るような感触を覚えながら、私はアイシャ以外への憑依を、初めて成功させた。
 だが、様子がおかしい。
 アイシャに憑依すれば、すぐに視界や思考の共有を繋げられる感覚があるし、憑依先の身体を自由に動かせる。
 なのに、目の前に広がっているのは、暗闇だった。

 夜闇、ではない。葬式が行われていたのはまだ日が高い時間帯だったはずだ。
 それに……目の前に広がる闇は、自然な物とは思えない、禍々しさがあった。


『……!? ダ、ダレダキサマ!?』


 と、先程まで聞いていたアルデの声が聞こえた。
 声が聞こえてきた方向に視線をやる。ちょうど、私の位置からだと斜め下になるか。
 相手が小さいとかではなく、私の方が空から見下ろしているような位置関係にあるようだ。

 アルデは、いた。だがそれは、人間の形をしていなかった。
 まず大きさが違う。肉体が今にも弾けそうな程に肥大化した腐肉で覆われて……えーと、なんだ? 正直キモい。
 肉体が腐っている影響なのか、既に足や腕といった区別ができる状態ではなく、腐肉色の巨大スライムに人間の歪んだ頭部をくっつけたような、無茶苦茶な姿だった。
 ……さすがに、これが現実じゃないことは理解した。
 おそらくここは、アルデの精神の世界。私はそこに、外側から飛び込んだことになるのか。

 本人には、己が醜い姿になっている自覚はないのだろう。
 性根が腐るという言葉は知っているが、欲望に溺れた人間の精神って、こんな風になるのだろうか。


『ワタシヲ、ムシスルナァァァ!!』


 と、推測に集中しているのを無視されていると取ったのか、アルデが咆哮する。
 いや正直見るに耐えないから勘弁、と本心を言う間もなく、腐肉がぐじゅり、と音を立てて、何本もの触手へと形を変える。


『っ、おま、触手プレイとか本気ですかー!?』

『ワケノワカラヌコトヲォォ!!』


 ひゅんひゅん、と飛んでくる触手を、上空に浮かび上がって回避する。


『ヨケルナァァ!!』

『無茶言うな、誰だって避けるわこんなもんー!!』


 速度自体は大したことがないが、どこまでも伸びてくるリーチの長さと、どんどん増えてくる数が驚異的だ。
 逃げてるだけでは、いずれ捕まるかもしれない。
 あの触手に触れられると想像しただけで全身に怖気が走るが、怯えている暇もない。それより、早く解決策を考えないと。

 視界の共有を繋がないように細心の注意を払いながら、アイシャとの繋がりを辿る。


『アイシャ、聞こえる!?』

『カエデさん!? は、はい。聞こえてます!』


 上手く繋がってくれたようだ。時間がないので、さっさと外の状況について教えてもらう。
 私がアルデに憑依した瞬間から、アルデは錯乱したように暴れだし、その際にアイシャは放り出されたらしい。
 そのままカリーヌさんに助け起こされてアルデから離れて、今はカリーヌさんや他の貴族達が、魔法を暴走させかねないアデルの様子を、慎重に取り囲みながら探っているようだ。


『こっちはいま、アルデの精神世界に侵入してる! こっちはこっちで戦わないと……う、うわっ!?』


 話している最中で、近くを触手が通り過ぎていった。
 あ、危なかった……掠りそうになっただけで、気絶しそうな気持ち悪さだったよ!


『カエデさん! だ、大丈夫なんですか!?』

『……っ、すまない! こっちは集中しないとまずそうだ、そっちは外にいる人達に任せたよ!』


 悪いけどこのまま話し込んでいると捕まってしまいそうなので、回線を切る。
 さーてよく考えろ。ゲームとかならこういう時はどうする?

 ……精神世界。つまり、心が強く反映される世界だとする。アルデのあの姿から、それはたぶん合っているはず。
 ということは、私も心に強いイメージを抱けば、ゲームに例えるなら変身みたいなことができるかもしれない。現実世界でも、文字化とか姿の変更はできたんだし。
 強く、強く……ああいう化け物と戦える、強い心のイメージ……!


 一から自分で想像している余裕はない。
 借り物の力になってしまうが……ゲームでも漫画でもいいから、使えそうなイメージを思い浮かべるんだ。

 一つだけ、今すぐ思いつくものがあった。
 正確な姿形まではイメージできないけど、比較的イメージしやすい“力”の姿。

 先日、その台詞を叫んで恥ずかしがったばかりだけど。
 今回は真剣だ。遊びでやるんじゃないんだから恥ずかしくない……うん、恥ずかしくないったらない!

 充分にアルデとの距離を離して、移動を止める。
 思考を全て、“力”のイメージへ注ぎ込む。
 ……頼む、上手くいってくれよぉー。


『来い……来い、来い来い来い来い!』


 びゅおおん! と、触手の嵐が近づいてくる。
 だー! 呼んでるのおまえじゃないって!


『来い……来いっ!』


 どくん、と。
 心の奥底から、湧き出してくるものがあった。
 それは、今の幽霊としての私が持っている、イメージした姿に変化する力で。
 きっと、あのゲームのような、特別なものじゃないけど。


『いいぜ……来い、来いよ……!』


 本物には、全然及ばない。
 けど、それでいい。

 自分で得た力じゃない。
 それでも、いい。

 私は、人のアイデアを借りてばかりの、ちっぽけな存在だ。
 それでも……いいんだ!



『私は……“ここ”にいる!』



 例え贋物で、借り物で、自分のものじゃない言葉や理想や力でも。



 誰かを救うためや、目の前の現実を変えるために、諦めず挑もうとする気持ちさえ本物なら!



 それは……薄汚れた欲望なんかには、絶対に負けない!!





『スケェェェェェェェェェェェェェェェェィスっっっ!!!!』



 そして。
 人の欲で彩られた暗黒を、光が引き裂いた。



SIDE:アルデ



『シネ、シネシネシネシネシネシネェェェェ!!』


 勝手に入ってきて、私の心を踏み荒らすな小娘が!!
 忌々しい。腹立たしい。疎ましい。妬ましい騒がしい汚らわしい――。
 あらゆる負の感情が、精神を掻き乱していく。

 全て、この女のせいだ。
 突然現れたこの女が、全てを台無しにしたんだ。



 昔から、人々は我が兄だけを褒め称えた。
 優しく、才もあり、平民にも分け隔てなく接する理想の貴族だ。そんなことを言ったのは、誰だったか。
 ……だが、貴様らは知らんだけなのだ!
 兄という光が表側で称えられる裏で、私という闇がどれほど虐げられてきたのかを!

 何をしても兄に負けた。何を得ても兄に負けた。何もしなければますます負けた――。
 ただ負かされ、その度に屈辱に耐えた。歯を食いしばり、泥を啜る思いで耐えた。
 それなのに、誰もそれを認めてはくれなかった。

 誰もが兄を求めた。
 貴族も、平民も、男も、女も、子供も、老人も。
 私が、初めて恋をした女性さえ、お前しか眼中になかった!

 それなのに、兄は私の思いも知らず、ただ幸せに恵まれてばかりで。
 ……認められるか。
 ようやく、奴を殺せた。これから私の人生が始まるのだ。兄に邪魔されず、兄と比べられず、ようやく人並みの幸せを得られるのだ。



 それを――どこから現れたのかも分からぬ女風情に、邪魔されてたまるか!!


 何故か、女は動きを止めていた。
 蝿のように飛び回りおって、ここで仕留めてくれるわ!

 全身の触手を、忌々しい女に向けて、伸ばす。
 ……そこで一瞬、何か自分自身に違和感を感じたが、その感覚を振り切る。

 我が肉体から生まれた触手の嵐が、闇となりて女を飲み込んでいく。
 終わりだ、と思った瞬間。




『スケェェェェェェェェェェェェェェェェィスっっっ!!!!』




 何かを宣告するような、そんな叫びが聞こえ。
 闇を、光が引き裂いた。


『グ、オオオオオオッッ!?』

 目が、目が焼ける……!
 突然生まれた光に目が眩む。
 ……忌々しい、ここまできて、まだ光が私を阻むのか!

 ぎり、と。歯を砕く思いで噛み締め、その光の先を見た。





 私は。
 今までずっと。
 光なんて、眩しくて、私を見下すようで、不愉快だと思っていたはずなのに。
 

 初めて、光を綺麗だと感じた。




『……オ、オオオォォ……?』




 淡い光を纏い、悠然と佇むその存在は、私には眩しすぎた。
 背中から全身を包み込む程に広がる巨大な翼は神々しく、抜け落ちて舞い散る羽根ですら、この世のあらゆる絵画より人を魅了するだろう美しさがあった。
 

 翼を持つ人間は、翼人として、忌み嫌われるはずだというのに。
 私と同じ――虐げられ、見下され、嫌われる存在のはずなのに。
 負けるものか、と。
 他人の下す評価などに負けるものか、と言うかのように。
 誇らしげに翼を広げて、そこにいる。

 
 その気高き身を守護するは、純白と澄んだ青に彩られた、神秘を携える神々の鎧。
 ――そして、構える武器は、黄金の輝きを放つ聖なる剣。

 次の瞬間、己が敗北することを悟りながら。
 私は、このような存在に出会えたことに、感動すら覚えていた。



 世界に忌み嫌われている存在でも。
 こんなに輝くことができるのだ、と。


SIDE:カエデ


 変身は上手くいったようだけど、自分だけの視点だと、どんな姿か確認できないんだよね。
 とりあえずスケィスではなさそうだけど。なんかさっきから天使の羽根っぽいのが散ってるし。
 特に手に持ってる剣って、なんか微妙にデザイン違うけど「約束された勝利の剣エクスカリバー」みたいだし。
 ……うん、なんかすごい恥ずかしい格好してる気がする。
 けど今は拘っている暇はない。恥ずかしがるのは後にして、今はやるべきことをやろう。

 まあ、どうせ真似るならとことん行くか。気合も入れやすいし。
 あまり時間も掛けられないし、ちょうどいい掛け声もあることだ。手っ取り早く決めよう。


『――約束されたエクス


 剣を構えたまま、アルデへと突撃する。
 何故か彼は、動きを止めていた。理由は分からないが……今がチャンス!


勝利の剣カリバー――!!』


 精神世界だからこそできるだろう、私には過ぎた宝具の力。ただの、妄想で出来た贋物。
 無論、本物には遙かに劣るだろうが……この場の決着には、充分だった。



 開放された黄金の輝きが、欲望で埋め尽くされたアルデの闇を駆逐していく。
 ……これで、ラ・シャリス家襲撃事件は、今度こそ終結を迎えた。


    ○


 役目を終えたと判断して、アルデへの憑依を解く。
 まあ、色々あったが……みんなのおかげでなんとかできて、本当に良かったと思う。
 そう思って周囲にいる人達の様子を眺めてみる。

 ……?
 なんか、みんな唖然としてるけど、どうしたの……ってああ、私いま可視状態になってるのかな。
 けど、私を初めて見る貴族の皆さんはともかく、アイシャやカリーヌさんも驚いてるんだよね。

 なんだか気になったので、アイシャの視界を共有してもらい、自分の姿をアイシャの視点で見てみる。




 できれば思い出したくない姿のコスプレをしている私が、視界いっぱいに飛び込んできた。


(う、お、ほああああああああああああああああっ!?)


 それは、ある意味とても懐かしい……厳重に封印したはずの記憶。
 たしかオタク文化にハマり始めた時、入院中の暇な時間を費やして作ってしまったオリジナルキャラ。
 いわゆる「わたしがかんがえたさいきょーのしゅじんこう」というやつだった。

 そもそもオリジナルキャラなのに「約束された勝利の剣エクスカリバー」装備とか、とにかくパクリも妄想も全開だった。
 てかこれ、セイバーに天使の羽を生やして適当に鎧や剣のデザイン変えただけじゃね? って姿だった。

 当時は、それはもうすんごい楽しかった。そういう楽しみというものを、まったく知らなかったから。
 楽しかったけど……後で思い返す度に中二病な自分を思い出して、羞恥心で溺死できそうなぐらい恥ずかしい。
 つまり今、私はそんな自らの黒歴史の産物に身を包んでいるわけで。


(わ、忘れてたのに! せっかく綺麗さっぱり忘れていたのにいいいい!?)


 ……厳重に封印していた結果、「スケェェェェイス!」の原作でのイメージに反応して、『自分の奥底に眠る秘密の力(妄想)』として引き摺り出されてきたのだろうか。
 今すぐ消えてしまいたいのだが、精神世界でのイメージが強すぎたのか、中々元の姿に戻れない。不可視化もできない。
 なんかちょーっとずつ鎧とか羽が空気に溶けていく感じで切り替わっているが、この場にいる人にはばっちり見られているわけで。


(み、見ないで。こんな恥ずかしい私を見ないでー!)


 どんだけ後悔したってもう遅いけど。
 穴があったら埋まりたいぐらい、赤面必死な状態でした。



 結局、時間をかけて変身を解きながらゆっくりアイシャの元へと降り立った。
 ……あははー、もうね、あれだよ。なんか恥ずかしさ超えて涙出てきたよ。
 肉体ないのにね。涙は出るんだ。不思議だね。
 たぶん本物の涙じゃなくて、イメージで姿を変化させる能力が、感情というイメージに影響されて無意識に作用してるんだろうけど。


『ただいま、アイシャ』


 とにかく、せめてアイシャとカリーヌさんへの挨拶を済ませてとっとと不可視化してしまおう。
 アイシャには心で声を繋いで、カリーヌさんにはぺこり、とお辞儀する。
 声が伝えられないと、挨拶だけで一工夫がいるね。だんだん慣れてきたけど。


『――はい。おかえりなさい、カエデ』


 ……ま、色々あったけど。
 アイシャも涙こぼしながらも笑ってくれてるし、良かった。
 はい、というわけで私はログアウトしますね。貴族の皆様さようならーっと。

 何も会釈しないと無視したと思われるかもなので、貴族の人達が集まってる方へ軽くお辞儀して。
 私はようやく戻ってきた現実世界で、誰からも見られない不可視モードになって、思いっきり恥ずかしがることにした。
 ……うああー、やっぱアレはないわー。もう二度とやりたくない。








SIDE:カリーヌ



 苦しんでいたアルデが突然、気を失ったかと思うと。
 彼の身体の中から、何かが舞い上がった。

 誰もが、つられて視線を上げて。
 その存在に、目を奪われる。

 初めに目に映ったのは、翼を広げる人の形。
 翼人、という呼称が頭に浮かんだが、その人はたしかにカエデだった。
 ――あれが、光の精霊の、本来の姿……?

 忌み嫌われるはずの翼持つ人。
 だが、その純白の翼は、どこか不可侵の神聖さを感じさせる、確かな力があった。

 しばらくすると、カエデの変身が少しずつ解け始めた。
 きらきら、と。まるで光が、在るべき姿へ戻っていくように。
 誰かがその光景に、感嘆の溜め息をもらしていた。

 気持ちは分かる。その光景には、人に在らざる神秘を感じさせるものがあったから。
 だが、私は同時に、元の少女の姿へと戻っていくカエデのことが気になっていた。


(……泣いている?)


 彼女は、静かに泣いていた。
 死者への思いか、アルデと戦わねばならなかったことを嘆いているのか。

 そのどちらも正解であり、けどまだ足りない、と感じた。


(……!)


 ようやく、気付く。
 ここには大勢の貴族がいる。
 事件を起こしたアルデのことや、事件そのものの話と共に、見られてしまったカエデの存在もまた、人を伝わり、広まっていくことだろう。
 光の精霊……その存在が、世間へと語られて知られてしまう。
 それは、カエデが危惧していた未来そのものではないか。

 気付いたところで、もう遅い。
 少人数を一時的に黙らせることはできても、これ程の人数に、これから一生彼女の存在を黙秘させることは、不可能だ。
 皆殺しにでも、しないかぎり。

 それを分かっていながら、彼女は精霊の力を揮えば可能であろう虐殺を、行わない。
 カエデは、優しいから。そして彼女が友と認めたアイシャが、それを望まないから。

 この事態を未然に防ぐことが、私達はできなかった。
 けど、アイシャを人質で取られた時点で、カエデはこの事態を覚悟していたのだろう。
 彼女は涙を流しながら、それでも笑顔を浮かべて、アイシャと何か会話をしたようだった。
 そして、私にも会釈する。言葉が伝わらない代わりに、その動作に想いを込めて。



『という訳で……今後も、アイシャ共々ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします』



 あの夜の言葉が、頭に蘇る。
 これから、大変なことが待っているだろう。
 ラ・シャリス家の建て直し。アルデやその関係者への処罰。
 そして、光の精霊を己が欲を満たす道具として狙う輩に対する、警戒。


(私の答えは、決まっています)


 どれほどの困難な道が、この先にあろうと。
 私は、彼女達の味方になると決めたのだ。だから、そのことを迷うことも、後悔することも、決してない。


(共に、歩んでいきましょう。それをきっと、メアリー達も願っています)


 ひとつの事件が終わりを迎えた。
 けど……私達の道は、これからも続いていく。
 それが、きっと。生きるということなんだ。


 メアリー。
 どうか、見守っていて。
 貴方の娘とその友は、私も精一杯守るから。






 ラ・シャリス夫妻の眠る丘に、風が吹いている。
 祝福を導くような、優しい風が。







[17047] 第7話「穏やかな日の屋敷の庭でメイド達は見た!」    ※5/2修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 08:20

SIDE:シア



 私の名前はシア。ラ・シャリス家に仕えるメイドです。
 現在、ラ・シャリス夫妻が殺害されてしまったことにより、屋敷は大忙し。
 使用人達の間にも夫妻の死去に悲しむ人は大勢いますが、だからといって仕事を怠るわけにはいきません。


 ラ・シャリス夫妻の一人娘……今では当主として、若くしてこの家を継ぐことになったアイシャ様が懸命に努力しているのに、私達が仕事を怠っていては使用人としての誇りに傷がつきます。
 アイシャ様は、まだ10歳の幼き少女です。当主となるにはまだ若すぎます。
 本来ならこのような時、親戚などから当主代行となる人物を選定するらしいのですが、襲撃事件を起こしたのがアイシャ様の叔父様だったということで、誰も名乗り出られなくなっているようです。
 ここで当主代行になろうと名乗り出れば、事実はどうあれラ・シャリス家を乗っ取ろうとした叔父の共犯であると疑われるのでは、と親戚の皆様は怯えている様子。

 アイシャ様も、両親の想いを継ごうと頑張っていらっしゃるので、親戚の皆様にはいつまでも怯えていてほしいものです。


 もちろん私達も、先代のご主人様が築いてきた想いや信念を守るため、精一杯頑張ります。
 平民の私達にも分け隔てなく接して下さり、良くしていただいた恩は一生忘れられるものではありませんから。

 あの名門貴族のラ・ヴァリエール公爵夫人、カリーヌ様も、ご自分もお忙しいはずでしょうに、何度もこの屋敷までいらっしゃり、アイシャ様の助けになって下さります。
 先代の旦那様、奥様とは非常に仲が良く、その娘であるアイシャ様が立派になられるよう、支えてくださるおつもりのようです。
 現在ラ・シャリス家は人手も資金も知識も不足気味なので、とてもありがたい話です。
 見ていた限り、カリーヌ様にとって、メアリー様は親友として慕っており、旦那様はおまけ……よくて友人という扱いだったようですが。

 カリーヌ様は、女性に対して優しくなりがちなのでしょうか? 聞くわけにも参りませんが、妄想は広がりますね。うふふ。
 もしそうだとしたら……カリーヌ×アイシャ、ですか。ありですね。今のアイシャ様の年齢では犯罪の匂いがいたしますが、そこがまた。


『さあ、アイシャ。今日もたくさん学びましょうね』


『きゃっ、カ、カリーヌさ、そこは、やぁ……』


『いけませんよ。そんなことでは立派な貴族になれませんよ』


『そ、そんな……こういうの、貴族とは関係な、ひぅ!?』


『そんな嫌がる素振りをしてても……ほら、身体は正直ですよ?』


『や、やぁ……そんな、こと』




『アイシャ。愛しいアイシャ。“大人の”貴族としての教育を、今日はたっぷり身体に教えてあげましょう――』






「ああ、いけませんいけません! そんな羨まし、いえ、まだお嬢様にはお早いですわっ!!」








「……? 何が早いの?」



「ひゃううううう!?」


 自分の妄想に思わずいやんいやんと顔を振っていると、なんとアイシャ様に見つかってしまいました!
 ピンチです、いくらお優しいお嬢様でも、仕事中にこんなこと妄想(しかもお嬢様が主役)していたなんて知られたら……。




『いけないメイドさんですね。そんなメイドさんには、“おしおき”です』


『ああ、お嬢様! どうか、どうかお許しを!』


『だーめーでーす。もう二度とばかなことをしないように、たーくさんいじめちゃいます』


『ひゃうう! そ、そんな……あぁ!』






『嫌がってるふりしても、身体は正直ですよ? 乱暴にされるのがそんなに好きなら、これからたっぷり――』






「……熱でもあるのかな? ちょっと、頭下げて」


 ああ! またやってしまいました。それもお嬢様の目の前で! ああ、私のこの脳が、だめだめな脳が!
 うう、言われた通りに頭を下げますが、やはりお仕置きでしょうか? できればあまり痛くないように――。


「えい。……んー、ちょっと熱いかも。疲れてるの?」

「――ッッッ!!??」


 ぴと、と。お嬢様は、ご自分の額と私の額をくっつけて、熱を測りました。
 小さな身体で、私のメイド服を掴んで支えにして、精一杯に背伸びして。

 ……お、おおおおお嬢様。
 顔が、顔が近こうございまする……!

 私が頭を下げてもまだ足りない身長差を埋めるため、限界まで背伸びしているのでしょう。お嬢様は少し頬が赤くなり、ぷるぷると震えています。
 けど、無理をしていると感じさせないように文句ひとつ言わず、ぎゅっと目を閉じて、額越しに私の体温を測ろうとして下さっています。
 その様の、なんと、可愛らしい、ことか。
 ………………はぅ。




「あ、リーズさん。ちょうど良かった。シアがちょっと熱あるみたいなの、様子を見てあげて?」


「はい、畏まりました。お嬢様はこの後は……?」


「ちょっと庭で、魔法とかの練習してくるね。じゃあごめん、シアのこと、よろしくねー!」






「お嬢様……お辛いでしょうに、気丈に振舞われて……それに比べてシア、体調管理を怠るとはどういう……って、きゃー!?」


 お嬢様お嬢様可愛いお嬢様おじょうさまおじょうさまかわいおじょうおじょおじょさまおぜうさ――


「シ、シア! あなた鼻血がまるで滝のように……ちょ、誰かー!! シアが、シアが何かとんでもないことにー!?」








 その後、意識が回復した私は先輩メイドであるリーズさんに、たっっっっぷりお説教されることになりました。
 ……お嬢様、可愛かったなぁ。




SIDE:カエデ




『……うーん、このぐらいが限界か』

 アルデとの決着がついてから、数日が過ぎた。
 私は、アイシャに協力してもらい、私の幽霊としての能力がどうなっているのか、検証できるものだけでもと思い、実験していた。
 そして今は、私がどの程度1人で行動できるのかを試していたのだが……あまり、行動できる範囲は広くないようだ。

 アイシャからある程度離れると、何かが引っかかるような感覚がして、それ以上先に進めなくなる。
 どうやらアイシャを中心として、私の行動範囲には枷があるらしい。それ以上外側には出られないようだ。
 ハルケギニアには正確に距離を測る道具はないので、単独活動限界距離は自分の距離感に頼るしかなさそう。いまいち分かりづらい制約だ。


 いわゆる地縛霊のようなものか。
 地縛霊は、生前の想いが深い場所や物に縛られて、そこから動けなくなるという。私の場合はアイシャ縛霊か?
 ……言いにくい上に、アイシャ=10歳の少女に縛られるというのが、こう、なんともイケない響きに感じるのは私だけだろうか。
 せめて、主縛霊? ……これもいまいちかな。


 他の実験の話に変えよう。
 人に憑依できるので、物に憑依して偽インテリジェンスアイテムとかできないかやってみた。
 憑依自体はできたけど……憑依物に自分で動くための機能がないと、幽霊パワーを使っても身動きは取れなくなるらしい。
 練習すれば武器に憑依した状態で姿の変化で、こう、オーラとか放ってるっぽい武器とかはできそうだけど、演出ぐらいにしか使い道なさそう。
 なので、やってみたかったネタだけアイシャに頼んでやってみることにした。


「お、オー・バーソ・ウルー! inウッドワンドー!」

『うーん、前半の発音が器用に間違ってるなー。けどこればっかりは仕方ないか』


 oh,バッソ、売るー! と空耳で聞こえそうな発音だった。
 けどこういうのは仕方ないのかもしれない。ハルケギニアと現代日本では、そもそも言語からして違うのだから。
 原作では、サイトの名前だって伝言ゲームみたいになってえらいことになってたし。

 まあ元ネタみたいに、武器が変化したりすごい大きくなったりとかは無かったので、遊び以外で使うことはなさそうかな。
 なんとなく、憑依してない時と比べると私の魂の影響なのか、ぼんやりと光ってるような気がするぐらいだ。武器の切れ味が増すということもないだろう。
 今回は杖に憑依したわけだけど、これで仮に魔法の威力が上がったとしても、アイシャ自身に憑依した方が効果あるかも。

 試しにそのまま“ブレイド”で近くの手頃な岩で試し斬りしたけど、“ブレイド”を振った軌跡や、岩にぶつかった瞬間に、光のエフェクトみたいなのが出たぐらいで、斬岩できたとかそんなことはなかった。
 少し岩に亀裂が入ったが、元々ひび割れして一部が脆くなっている岩だったようで、“ブレイド”の威力が上がったわけではなさそう。


 次の実験は、魔法の強化。
 ハルケギニアにおける魔法は、精神力が強く作用するらしい。
 感情の起伏によりメイジとしての能力が上がることもあるし、同じ魔法でも込めた想いが強いと威力が上がるようだ。

 ということは、私とアイシャ、二人分の精神力で魔法を唱えれば、威力が上がるという仮説を立てた。
 ……正直、試してみたけど違いが分からなかった。私自身が魔法を使えないからかもだし、他に何か条件があるのかもしれない。この辺りは今後の練習次第かな。
 例えば、できれば習得したいのがリリカルな○はのマルチタスク。あの作品では、複数のことを同時に思考する技術で、空を飛びながら戦う空戦魔導師には必須のスキルだったと思う。
 “フライ”で飛びつつ他の魔法とか、アイシャと二人で分担してやればできそうな気がする。憑依状態の私達は、二人分の思考をひとつの身体でやってるようなものだから、偽マルチタスクって感じでも、なんとかできると思うんだけど。

 あくまで、できそうっていう机上の空論なんだけどね。今回試したら、失敗して空中から落ちて尻餅ついちゃったし。


『ごめんね。勝手な思いつきで痛い思いさせて』

『い、いいえそんな。その、マルチタスクとか、本当にできたらとっても役に立つと思いますし』


 こういう実験も、できる内にやっとかないと、襲撃事件の時みたいにぶっつけ本番ばかりだとどこかで失敗するだろう。
 まあこっちの予想通りにいかないのが現実だから、基本的にマニュアル化できるものでもないんだけどね。
 ……私だって、まさか幽霊になって異世界に召喚されるなんてこと、現実に起こるとは思えなかった。それを苦痛とは思ってないけど。


 とりあえず現時点での実験結果をまとめると。


・私はアイシャからあまり離れて単独行動はできない。なので、1人で他国の偵察や暗躍とかは無理。やるならアイシャも目的地まで行く必要がある。

・一部のアニメ、ゲームなどの技を真似することはできるけど、見た目を真似てるだけなので実用的かは微妙。演出とかに使えるかも、という程度。

・マルチタスクは、使えたら魔法にも書類整理にも便利だろうけど、これも練習次第かも。今はまだ使えない。

・空中から落ちた時に気付いたが、痛覚はその時身体の主導権を握っている方が感じるらしい。主導権を切り替えた場合は、身体がその時感じている痛みや疲労も表に出てきた側に移るが、10歳と20歳では疲労に対する耐性にも差があるので、アイシャ→私と疲労が移っても、私はそんなに過酷には感じない。



 こんなところか。
 単独行動で潜入とかできれば、憑依や可視化を駆使して上手くいけば、原作開始前にレコン・キスタフラグ(つまりジョゼフ狂化フラグ)とかを潰せると思ったが、現実はそうそう都合よくいかないようだ。アイシャと共にその近くまで行ければできるかもしれないが、そう気軽に国境を越えて、他国の王城まで近づくことはできないだろう。
 ひとつ思いついたアイデアで、幽霊状態の私が身体をカーテンのように広げてアイシャを覆い、そのまま不可視化すればステルスモードになれそうだから、それで国境を越えて、目標まで近づけば……というのがあった。
 けど、他国の王城などに忍び込んだとバレればたたでは済まない。暗殺者として殺されてもおかしくない。ステルスモードが上手くいくとも限らず、できたとしても私が他人に憑依する時にはアイシャが無防備になる。

 結局、原作ブレイク平和学園物語化という野望は、机上の空論で消えそうだ。原作の時系列に追いついた時に、頑張るしかなさそう。
 やはり現実はそんなに甘くないようである。

 とまあできないことも多々あるが、今後のアイシャと私の成長や練習次第で他にもできることは増えるかもしれない。
 これからも、余裕がある時はこうやって色々試していくとしよう。



SIDE:シア


 リーズさんのお説教が終わって、「さっさと仕事に戻りなさい!」と部屋を追い出される。
 ……うう、足が。足が痺れる。正座って痛いよう。


 痛む足を気にしつつ、仕事場へ戻ろうと渡り廊下を歩いている時だった。
 同僚のメイドが、何かこそこそと庭の方を覗いているのを見つけた。


「おサボリですか? フィナ」

「ち、違うわよ! というかあなただって、仕事してないじゃない」


 何かを覗き見していたのは、フィナという少女。
 私の同じ頃にこの屋敷で働き始めたため、何かと競い合ったりしている。というか、競わされる。
 フィナの方から「どっちが仕事を完璧にこなすか勝負よ!」とか言われて、勝手に賞品としてご飯のおかず一品とかを賭けさせられる。
 受ける義理はないのだが、勝てばその分ご飯がいっぱい、そして美味しく(悔しがるフィナを見ながら)食べれるので、乗ってあげる。
 今のところ勝率は五分五分ぐらい。張り切りすぎて失敗したらリーズに怒られるので、つい熱くなりすぎないようにしないと危険。

 とまあ、何かと勝負好きな少女だ。けど、勝負しながらでも仕事をサボるなんてしない子だ。
 そんなフィナがこんな渡り廊下で覗き見しているのだ。何か重要なものがあるのかもしれない。
 ……禁断の愛とか修羅場とか!


「私はさっきまで気を失ってたんだよ。今から戻るとこ」

「あんた、また良からぬことを考えて……ま、まあいいわ。それより、私はお嬢様を見守らないと」


 お嬢様、というと、この屋敷では一人だけ。アイシャ様のことだ。
 先程の失態のこともあるし、謝るチャンスかも。フィナに倣うように覗き見の体勢になって様子を窺う。


「仕事に戻るんじゃないの?」

「行くよ? けどちょっとお嬢様に謝らないといけないから」

「……そう。けど今は無理だと思うわよ? 忙しそうだし」


 とりあえずアイシャ様の様子を見てみる。
 どうやら、魔法の練習をしているらしく、色々な呪文を試しているようだ。
 それだけなら普通のことだと思う。だが、お嬢様の隣には誰かがいた。
 ……あれは、噂になっていた光の精霊、かな。

 その精霊は、光を纏いながら、お嬢様の傍でふわふわと浮いている。
 時々お嬢様と何かを話すように顔を合わせていたりする。


「カリーヌ様は、光の精霊がアイシャ様に危害を加えるつもりはないって言ってたけど……精霊と関わってたら、何か予想外の事故とかあるかもしれないじゃない?
だから、誰も傍で見守っていないのがなんだか不安で、こっそり見守っているのよ」

「なるほど……」


 たしかに、お嬢様の意思とはいえ近くに誰もいないのは私も不安だった。

 お嬢様は「みんな仕事を頑張ってくれてるのに、私の勉強まで手伝ってもらっちゃ悪いよ」と頑固な感じで意思を押し通していた。
 アイシャ様とて、当主としての書類整理や雑務をこなして、空いた時間を魔法の練習や襲撃事件で殺害された従者達の親族の元に報告に出掛けたりと、疲れが溜まっているだろうに。
 私達従者に甘えて、最低限当主でないとできない仕事以外は、使用人に丸投げしたって許される状況だと言うのに。

 アイシャ様は、強くあろうと頑張っている。
 だからこそ、みんな不安なんだ。
 幼い少女にとって、そんな生活を続けて耐えられるのか、と。
 いつか壊れてしまうのではないか、と。



「主を想う気遣いには納得しますが、仕事を放り出すのは感心しませんね?」



 ビクッ、と。フィナと共に、背後から聞こえてきた声に驚く。
 ギギギ、とゆっくり振り返ると、そこにはとっても笑顔なのに殺気すら感じる、目の笑ってないリーズさんが。


「とはいえ、たしかに貴女達の言うことにも一理ありますね」


 と、怖い笑顔を止めて、溜め息をつきながらもリーズさんも覗き見に加わってきた。


「過ぎた力は身を滅ぼすきっかけとなります。まだお若いアイシャ様が、精霊と共にいて大丈夫なのか……少し、様子を見てみましょう」


 こうして。
 私達メイド三人組による、アイシャ様見守り隊が結成されたのでした。


    ○



 見ている限りでは、特に問題はなさそうだった。
 光の精霊も何か試しているのか、アイシャ様の傍を離れたと思ったら、すぐに戻ってきたり。
 アイシャ様も楽しそうに笑っている。魔法の練習で疲れている様子だが、それだけだ。


「杞憂だったのでしょうか……今のところ、特に何もありませんね」

「ですねー」


 リーズさんもフィナも、ひとまずは納得したようだ。
 元々、光の精霊と言葉を交わしたというカリーヌさんからお墨付きをもらっているし、心配しすぎだったのかもしれない。
 では、仕事に戻りましょうかー、と。言おうと思った時だった。


「お、オー・バーソ・ウルー! inウッドワンドー!」


 お嬢様の、そんな声が聞こえてきたのは。
 他の二人も気になったのか、もう一度アイシャ様の様子を見に戻る。



 そこには。
 白く光り輝く刀身の“ブレイド”という、見たこともない“ブレイド”を構えるアイシャ様がいた。


「――!?」


 思わず、息を飲む。
 先代の旦那様、奥様は、私達にも魔法がどういうものなのか教えてくれていた。
 それはきっと、今のような事態……自分達が死んでしまった時、アイシャ様に魔法の知識を少しでも多く伝えるためだったのかもしれない。
 とにかく、その教えていただいた知識では、“ブレイド”は使用者の得意な系統によって、色や威力が変わるという。

 アイシャ様は10歳の水のドットメイジ。その“ブレイド”の色は、以前見せていただいた時……いえ、先程覗き見していた時も、淡い水色の刀身だったはず。
 それが、今その手に輝くのは、“白い光”という、どの系統にも該当しないだろう色の“ブレイド”だった。

 出来具合を試すためか、アイシャ様はその“ブレイド”で、近くにあった岩に斬りかかった。
 ガキン、と音を立てて、刀身が岩に弾かれる。
 成長すれば威力は上がるだろうが、10歳の子供、それもドットメイジが唱えた“ブレイド”では、当然の結果だった。
 通常、“ブレイド”の威力は岩をも切り裂く程だという。だが、アイシャ様の現在の力では、それはまだ無理のはずだ。
 光り輝く刀身、と珍しい“ブレイド”だったが、威力はそれ程変わらないらしかった。




 お嬢様はそのまましばらくして、練習を終えるのか庭から去っていった。
 それを確認してから、リーズが先程“ブレイド”の試し切りに使われた岩に歩み寄る。
 その行動に疑問を持って、私とフィナは後を追った。


「どうしたんですか? リーズさん」

「……これを見てみなさい」


 と、リーズさんが目の前の岩を指差す。
 言われた通りに良く見て……驚愕する。


 斬れていたのだ。
 縦に鋭く、必要最低限の部分だけ叩き切ったとばかりに。
 アイシャ様の年齢のメイジが繰り出す“ブレイド”では、斬れるはずのない岩が。


「……これが、光の精霊の力」


 おそらく、先程のアイシャ様が叫んだ聞いたこともない言葉は、光の精霊の力を借りるための呪文だったのだろう。
 術者が本来持つ力に、精霊自身の力を上乗せすることにより、術者の力量を超えた魔法を生み出す……。
 あくまで推測に過ぎないが、目の前の斬られた岩が、その仮説に現実味を与えている。


「危険、ではないでしょうか」


 フィナが呟く。
 光の精霊は、アイシャ様にとって危険な存在ではないか、と。


「術者本来の力を超える魔法なんて、お嬢様に負担を与えるのでは……」

「その可能性も、考えねばなりませんね」


 リーズもある程度同意見のようだ。
 ……けど、私は違った。


「私は、大丈夫だと思います。だって……アイシャ様、楽しそうに笑っていましたから」


 そもそも、光の精霊は、先日の襲撃事件の日に、アイシャ様を助けるために現れたという。
 カリーヌ様の「光の精霊はアイシャを友と認めています」という言葉もあるし、光の精霊と共にいるアイシャ様は、なんだか見ていて、ほっとできる雰囲気だった。
 ああいう笑顔ができるのなら、きっと、大丈夫だと思う。


「……たしかに、決めつけるには些か気が早いかもしれません」

 リーズは、私の意見も分かるというように呟いて。

「この件は保留にしましょう。カリーヌ様にも相談して、今後の方針は慎重に決めます。
それまで、見守りつつも現状維持を……というわけで、遅れた分、しっかり働きましょう」

 まだ不安は残っているようだが、とりあえずアイシャ様と、お嬢様が友として親しんでいるという光の精霊を、信じることにしたようだった。
 ……私は、アイシャ様が可愛らしく笑っていられるなら、それでいいや。
 

 光の精霊さん。
 アイシャ様の友達として、どうか仲良くしてあげて下さいね?






[17047] 第8話「ファーストキスから始まる 二人の誤解のヒストリー」 ※5/2修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 08:24


 ネットでよく見た小説なんかだと、異世界に召喚されて領主として働くことになった主人公って、現代の知識とかフル活用して内政チートと言われるぐらい、大活躍してたりする。
 けど私には、そういう知識や才能はない。だから、アイシャといっしょに、周りの人達に助けてもらい地道に日々の仕事をこなしていた。
 カリーヌさんや従者のみんなが助けてくれなければ、どの書類にサインをすればいいのかも分からない。そんなレベルだ。
 ……このサインする書類がまた多いため、それだけでもアイシャと協力して交代しながらなんとか乗り切っている。(一人では無理。同じ肉体だから疲労はどうしようもないが、適度に休まないと精神的にもたない)


 そして、そういった仕事をこなし調整したスケジュールで、私達はラ・シャリス襲撃事件で殺害された従者の方々の故郷の村へ、謝罪に出掛けている。
 アイシャも被害者なのに、と思うこともあるが、アイシャ本人がそうしたいと言っているので、私はそれに付き合おう。

 正直、平民の命を軽視しすぎているトリステイン貴族には、自分に仕える従者が事故で死んでも、謝罪するということはないらしい。むしろ、貴族が死因となることすらある。
 ラ・シャリス家のような例外はあるが、ハルケギニアの『常識』からいけば、アイシャやラ・シャリス家の行動は理解不能なものですらあるかもしれない。
 訪問先の遺族の方々の反応も様々だが、私が予想していたような、怒り狂いアイシャに辛く当たる人は今の所いなかった。

 普段から平民に分け隔てなく接してきたラ・シャリス家を信頼してくれていて、事件の首謀者であるアルデが拘束されたことも関係あるのかもしれない。
 貴族と平民という立場を超えて、アイシャを慰めてくれる人達もいた。
 複雑そうな表情をする人もいたけど、自分の家族が殺されたとなれば、死ぬ直前までいっしょにいた人に対して何かしら思うことはあるのだろう。
 そういう傷ついた心の整理をつけるのには時間がかかるだろうし、今は仕方ないと思う。


 アイシャの行動について、カリーヌさんは「貴女達の満足いく答えを出しなさい」と言っていた。何気に私も含まれていた。別にいいけど。
 メアリーさんと深く関わっていた結果なのか、原作よりも性格が柔らかい印象が強いカリーヌさん。
 けどアイシャとの訓練の際など、厳しくすべき時にはとことん厳しい。吹っ飛ばされる、叱られるなんてのは序の口で、下手すりゃトラウマになるような時もある。

 厳しい訓練に耐えた方が強くなれる、というのは分かるが、正直超怖い。アイシャもよく怯えている。
 ……厳しいけど、優しい。そういう女性なんだってことは分かるんだけど、厳しさの度合いがマジぱねぇですカリーヌさん。
 けど、アイシャのことを大切に想ってくれているのは間違いないだろう。でなければ、わざわざ何回もラ・シャリス家の屋敷まで飛んできてくれないと思う。



 屋敷の従者さん達もアイシャに協力してくれるし、謝罪のための訪問も上手くいっていた。
 この訪問が必要かどうか、と聞かれても私には分からない。遺族がその謝罪をどう思うかも、分からない。
 けど、これはアイシャの人生だ。私は使い魔……いや、パートナーとして支えるつもりだが、彼女の人生を奪うつもりはない。

 原作ブレイク平和学園物語化計画(長いので次からは平和化計画で)だって、実現するためにはいくつもの綱渡りを超えなければいけない。
 例えばガリア。ジョゼフに彼が虚無の担い手であること、そしてシャルルさんも嫉妬したり、苦悩していたことを伝えられれば、あの悲劇は起こらないはず。そこから繋がる戦争だって防げるかもしれない。
 けど、そのためには近くまで行かないと……つまり、ガリアの王城に忍び込まないといけないが、情報もないのに、そんな危険なことはできない。
 第一、私の原作知識はそこまで深くない。ゼロの使い魔は大好きだが、『シャルル殺害がいつ起こったか』という事件の詳しい日時だって知らない。
 というか、その事件の詳細な設定って紹介されてたっけ? というレベルの認識だ。さすがにそんな状態で、突撃する気にはなれない。

 私が転生した貴族なら、私の命を賭けて好き勝手に動いても、失敗したら自己責任ってことになる。
 けど、現状で私がそんなことをすればアイシャの人生が台無しになりかねない。
 今のうちに戦争のフラグを折れるなら、将来の安全を確保することはできるかもしれない。
 けど、そもそも王城の場所すら知らない状況では、成功できるとは思えない。



 無謀なこと、危険なことをするにしても、それはアイシャが自分の意思ですると決めるべきだ。
 だから私は、彼女の謝罪のために領内を動き回るという行動も、彼女がそれをすると決めたなら、パートナーとして手伝おうと思う。
 私にできることなんて、相談役の一人としてぐらいだけど。

 大変なこと、思うことは、たくさんあるけど。無事に過ぎていく日々は忙しくも充実していた。
 悲しそうに話し合う遺族やアイシャを見て、なんだか自分も「私の家族や友達も悲しんでいるのかな」なんて思って、泣きそうになったけど。
 今は、そういう気持ちをゆっくり超えていくための時間なんだって、勝手に思ってた。




 そんな時だった。
 事件が、起こったのは。



    ○



 ある村で、遺族の両親と話している時だった。
 けっこう雨が降っているけど、死んでしまったミルフィさん――あの日、襲撃事件に巻き込まれたメイドさんの1人だ――のお墓参りに皆で行こう、という話になり、家の外に出て。
 べちゃり、と。突然飛んできたトマトが、アイシャの顔に当たった。

 潰れたトマトの破片が、アイシャの顔や服を赤く汚す。
 石をぶつけられたような痛さはなかっただろうけど、唐突な事態に驚いたのだろう。アイシャは「きゃっ」と小さな悲鳴を上げて後ずさり、泥濘に足を取られて転んでしまった。
 服に、泥もついてしまった。



「ねえちゃんをかえせ! このひとごろしー!!」



 トマトが飛んできた方向から、声がする。
 そこには、一人の幼い少女がいた。たぶんアイシャより年齢は同じくらいか、少し下ぐらい。
 遺族の両親が「ライア!?」と叫んでいたし、ねえちゃんという発言から考えても、ミルフィさんの妹だろう。

 彼女はそのまま、両親の制止の言葉も聞かずに駆け出して、森の方へ走っていってしまった。


 アイシャは被害者だ、と納得できる人ばかりじゃないってことかな。ライアという少女も幼かったし、無理はないだろうけど。
 ひとごろし、と言われたことがショックだったのだろう。アイシャは泣きそうな顔で、けど泣いたらダメだと思っているのか、必死で堪えている。

 さっきからアイシャに声もかけずに、やけに分析してるな、と自分に疑問を抱いて。
 そうでもして落ち着かないと、「何も知らないくせに」と怒鳴ってしまいそうな自分がいることに気付く。
 ……私も、まだまだ子供のようだ。彼女らと比べたら、だいぶ大人に近いはずなのに。


『交代するよ、アイシャ』

『あ、カエデ、さん……』


 とにかくやるべきことをやろう、と。身体の主導権を半ば強引に奪い、起き上がる。
 遺族の両親が、ひたすら謝っている。やはり平民が貴族にこういうことをするのは、大変なことらしい。


「何卒! よく言って聞かせますから、何卒お許しを!」

「罰が必要なのでしたら、私達にお与えください! どうか、あの娘だけは!」


 聞いててこっちが申し訳ないぐらい謝罪の言葉が向けられる。
 いまのアイシャでは、精神的ショックと合わさって冷静な対応は取れないだろう。現に今『え、あの、その……』と、どうしていいのか分からないといった感じで、呆然と呟いているし。


『アイシャ、本来は君から言うべきだとは思うけど……今は無理そうだから、私が代わりに対応するよ。ごめんね? 勝手なことして』

『そ、そんな。謝らないでください……悪いのは、私の方です』


 一言アイシャに断りを入れてから、代わりに遺族の両親と向き合う。
 泥濘の中でも躊躇わず土下座しそうな(というかほぼやりかけてる)勢いの二人に、できるだけ安心させるように、優しい声を意識して話しかける。


「どうか気にしないでください。私は、気にしていませんから。
それより、彼女を急いで追いかけないと。こんな雨の中、女の子1人で森に入ったら、いくら地元の見知った場所でも危険です」


 突然口調が変わったことに驚いたようだが、娘が危険だと聞いて、慌ててライアちゃんが駆けていった方へと向かおうとする。


「お待ちを。闇雲に追いかけても、見失ってしまうかもしれません。どちらかお1人は、他に手伝ってくれる方を探してください。
それと、村に滞在している私の従者に連絡して、協力を要請してください。私の名前を出せば、誰が行ってもすぐに対応してくれるでしょう。
もう1人の方は、私と共にライアさんを追いかけましょう。土地勘がない私の道案内を頼みます。
幼く未熟な私ですが、こういう時こそ魔法の出番ですから」


 ……なんか偉そうな口調になってしまったと思うが、元々貴族としての喋り方なんて知らないし、あまり礼儀に拘っている場合でもない。
 雨で視界が悪くなっているし、地面もぬかるんでいる。森の中となれば、苔や岩場などで滑りやすくなる。
 転んでケガした、ぐらいで済めばいいが、遭難でもしたら大変だ。

 村人に捜索を手伝ってもらえれば心強いし、私達の護衛としていっしょに来てくれた従者さん達も、きっと手を貸してくれるだろう。
 指揮については経験者や従者さんに任せることになってしまうが、今すぐ追いかければ無事なまま保護できるかもしれない。私達はライアちゃんを追うべきだろう。
 専門家じゃないし、正しい判断じゃないかもしれないけど、のんびり考えてる時間もない。現場で判断するしかない。


 私の提案は受け入れられて、母が協力者を探し、父が私の案内をしてくれることになった。
 ……さあ、急ごう。手遅れになって、後悔する前に。



SIDE:ライア



「うぅ……ぐす、ふえええん」


 アイシャに怒りをぶつけても、彼女の心はすっきりなんてしなかった。
 本当は少女も理解している。こんなこと、いけないことなんだって。

 それでも、大好きな姉を失った悲しみと、やり場のない怒りは、抑えきれなかった。
 年齢は離れているけど、優しく接してくれた。たくさん遊んでくれた。とても、優しい姉だった。
 まだ幼い彼女にも、死んでしまった人にもう会えないというのは、分かる。
 分かるから、悲しくて、潰れてしまいそうだった。

 会いたい。お姉ちゃんに、会いたい。
 もう会えないことは分かっているから、少しでも思い出が残っている場所に行こうと、ライアは思った。
 1人で森に入っちゃだめって言われてるけど、思い出の場所はすぐ近くだから迷うことはないし大丈夫だ、と。


 もうちょっと歩いたところにある川の、ここからだと向こう岸のほとり。
 そこが、彼女がお姉ちゃんとよく遊んだ場所だった。


    ○


 少し疲れたけど、なんとか到着。
 けど、いつもなら難なく渡れる穏やかな川は、雨の影響で荒れ始めていた。
 まだなんとか渡れそうだけど、もたもたしてると進めなくなりそうだ。


「…………」


 危ないから戻ろう、と。心のどこかで、自分自身への警告と。
 渡ってしまえば、誰にも邪魔されずにお姉ちゃんとの思い出に浸れるのでは、という願望が、ぶつかりあっている。


「……いいや、いっちゃえ」


 そう言って、いつも足場にしている、向こう岸まで続く天然の石の橋を渡っていく。少し間は空いているが、子供でも飛べるぐらいの短い距離だ。
 なので、彼女は――それがとても危険な行為だと自覚せずに、雨で増水した川を渡ろうとしていた。
 けど、気持ちが落ち込んでいて、集中力は乱れ、さらに濡れた石を足場にしてバランスを崩さないはずもなく。


「え……あ、きゃ――」


 川へと、落ちた。
 いつもなら落ちたところで笑い話で済む穏やかな川も、今は危険地帯に変わっていて。
 大人ならまだ泳いでどうにかなるが、まだ幼い子供には、命を奪うには充分過ぎる危機だった。

 彼女がまだ賢かったのは、すぐに足場にしていた岩場を必死に掴んで、しがみついたことだった。
 もしそれもしていなければ、とっくに下流へ向かって流されていただろう。
 けど、それも時間の問題。
 子供の、それもまだまだ幼すぎる少女がしがみつく力を失い、川に沈むのは時間の問題だった。


「いや、た、助け――ごふっ、げほ、げほ」


 助けを求める口に、水が流れ込んでくる。
 既に水面は彼女の顔近くまで迫り、まだしがみついていられるのが奇跡に近い状態になっていた。




 都合よく、奇跡は起こらない。
 英雄は毎回現れないし、彼女が突然秘めていた才能を開花させてピンチを脱出……なんてことも、ない。



 けど、奇跡なんていらない。
 現実を変えるのは、いつだって。




「もう少しだけ耐えて、ライアちゃん――!」




 その現実に直面し、より良い結果を得るために足掻く、人の力なのだから。




SIDE:カエデ




 ライア父が「もしかしたらあそこに向かったのかも」と案内してくれたのは、村の近くにある川だった。
 ここの向こう岸で、ミルフィとライアの姉妹はよく遊んでいたのだと。
 普段なら穏やかな川のほとりは、遊ぶには良い場所だろう。

 けど、この雨の影響で増水した川は、子供ぐらい容赦なく飲み込んでしまう、危険な場所に変わっていた。
 ライア父も、そのことを考えたのだろう。川に向かってライアの名前を叫び、呼びかけている。
 無事に向こう岸まで辿り着いていれば、まだ安心できると考えながら彼女の姿を探す。



 見つけた。
 彼女はいま……こちらの希望とは違い、激しく流れる川の中で、必死に岩にしがみついていた。


『わ、どうしよう!? どうしよう!?』

『すぐに助けよう! アイシャ、交代してフライを!』


 事件の後日に実験した結果、私が身体の主導権を握り魔法を使った場合、アイシャと比べると精度が甘いことが分かった。
 “ブレイド”や“ヒーリング”は事件当日に使っていたし、あの時は必死だったから分からなかったけど、やはり経験の差は出てしまうようだ。
 今回の場合、“フライ”で空を飛び救出することになるが、そのためにはきちんとコントロールできる能力がないと失敗するかもしれない。
 “レビテーション”でライアを浮かばせて救出する方法もあるが、この荒れた川では浮力を得た際にそのまま流れに巻き込まれて流されてしまう可能性もある。動いている物体に“レビテーション”をかけるのは難しいらしく、あまりその事態にはしたくない。
 どちらの方法を選択するにしても、私よりも魔法の制御が上手いアイシャに交代して、彼女に任せる方が成功率は上がる。
 人命がかかっている以上、練習でも制御に失敗している今の私がやるべきではない。


 あまり思い出したくないが、アルデの精神世界で黒歴史の姿に変化した時のように、ゲームなどのキャラや技を強くイメージすることで、魔法の威力は上げられるらしい。
 魔法は精神力に作用される。要は人の心次第で、本人の能力を超えた力が発揮できるはず。
 だから私は、自分が想像しやすい魔法のイメージをゲームなどから借りて、心に思い浮かべて実験していた。

 本物の、ゲームの魔法そのものを作ることはできなくても、それと似た魔法の形に変化したり、威力がアイシャが唱えた時よりも上がっている様子はあった。
 けどハルケギニアの魔法に対する経験が足りていないからか、コントロールに失敗して狙った的から外れたりすることが多い。場合によっては途中で魔法が崩れてしまうこともある。

 力のカエデ、技のアイシャ。といったところか。
 今回の場合は技が必要だ。あとは速さが足りないが、そこは素早く行動することで補うしかない。
 つまり、迷っている暇なんてない、ということだ。

 アイシャも、すぐに動かないと間に合わないと判断したのだろう。
 すぐに身体の主導権が切り替わり、アイシャが“フライ”を唱えて、ライアに向かって飛び立った。


「もう少しだけ耐えて、ライアちゃん――!」


 ライアに向かって、アイシャは手を伸ばす。
 ぎりぎり間に合いそうだ――そう思った瞬間、ひときわ勢いのある水流が襲い掛かり、ライアを飲み込んだ。


「っ――!」

『まだだ、アイシャ! 杖をしっかり握って、“フライ”を維持したまま飛び込んで!』


 思わず悲鳴を上げそうになるアイシャに、危険だと理解しながら指示を出す。
 ご主人様を危険に向かわせるなんて使い魔失格かもしれない。けど……ここでライアを見捨てさせれば、きっとアイシャも私もずっと後悔する。
 意を決して、水中へと飛び込むアイシャ。
 増水したとはいえそこまで深くはない。せいぜい学校のプールと同じくらいの水深だ。
 けど、幼い少女が溺死するには充分すぎる。急いでライアを助けないと!


 水中ゴーグルもなく、風の魔法で周囲の水から自分を保護することもできない状況では、視界が悪すぎる。
 けどそこは私の出番だ。憑依を解き、肉体に左右されない視界をアイシャと共有することで、アイシャが目を開けられなくても水中の光景が伝わるはず。
 幸い、まだ濁流になっていないから、ライアの姿はすぐ見つかった。……けど、状況は悪い。
 水を飲んでしまったのか、ぐったりとして身動きせず、流されるままになってる。意識を失っているかもしれない。
 早く助けないと――仮に呼吸が停止していた場合、数分で手遅れになってしまう。

 速さは充分だ。川の流れ+“フライ”の推進力だ。ただ流されてるだけのライアに追いつくのはすぐだった。
 だが、身体を加速させてくれる水流はそのまま厄介な障害となっている。
 追いついた、と思って手を伸ばしても、急に変わる水流にライアもアイシャも身体を運ばれて、位置がずれてしまう。
 ずれた位置を調整している間に、また距離が離され……その繰り返し。
 もう少し、後少しなのに、その少しが届かない。

 私が今できることは、視界の確保だけだった。
 アイシャに憑依して身体を動かしても、身体能力は変わらないしむしろ魔法の制御に失敗して事態が悪化する可能性の方が高い。
 意識のないライアに憑依を試したとして、成功しても身体自体が動かせる状態にない。下手すれば心臓も止まっているかもしれないんだ。しかも、ライアの精神に多大な負荷がかかるかもしれない。

 アドバイスをしようにも、私の知識から出せる現状への答えなんて、ない。
 諦めてアイシャだけでも脱出させるしかないのか? と冷酷な思考が浮かんで。


 アイシャの身体が、突然加速した。
 あっという間にライアに追いついて……その身体をしっかりと掴み、水面へと向かって急浮上していく。
 ……何が起こったのか分からないが、救出成功のようだ。慌てて、私もアイシャを追いかけて水中から脱出した。




SIDE:アイシャ




――死なせない


 私は、まだ、何もできていなくって。
 殺されたみんなに報いることも、当主として自立することも、大切なことを学んでいくことも。
 1人では、何も、できていない。みんなに助けてもらわないと何もできない、未熟な子供だ。


――死なせない!


 だけど、心に決めたことがある。
 そんなこと無理だって、思うけど。誰かに笑われたり否定されることもあるかもしれないけど。



――絶対に



 祈りにも似た、夢見がちな幼い信念。
 それでも、自分で決めたんだ。
 私は、もう。




――目の前の、手の届くところにいる人を、絶対に死なせない!!




 例え叶わない願いでも。願って、願って、現実を貫くぐらい願いを込めて行動すれば、その願いは自分の力となる。
 魔法の力は、心の力。
 込めた願いが幼くても、その心はたしかに、現実を変える魔法の力となった。
 “フライ”の推進力が、彼女の実力を超えて、加速する。
 あっという間にライアの身体へと追いつき――アイシャは、ライアの身体を、しっかりと掴んだ。
 自分の願いを、掴み取るかのように。




SIDE:カエデ




 水面から飛び出し、先に近くの岸に着地していたアイシャの傍に近寄る。
 どうやら、私達が流されて地点から下流周辺を手分けして捜索していたのか、村人らしき人達が近くにいた。
 ……みんなが嘆き、悲しんでいる様子から、どうやらライアが死んだと思っているのかもしれない。
 ファンタジー世界、特に魔法を頼りにしているハルケギニアでは、医療技術という概念は発達が遅れているらしい。
 今すぐにでも心臓マッサージをしなければならないのに、みんなライアを囲んで悲しんでいるだけで。
 アイシャだけは、懸命に“ヒーリング”の魔法を使い続けていたけど、傷は直せても息を吹き返らせる力はないようだ。

 時間がない。すぐに処置を行わなくては。


『わ、わたし、わたし……っ、間に合わなかった……!』

『まだ間に合うかもしれない。すぐに交代して、アイシャ!』


 アイシャに憑依して、身体の主導権を切り替える。
 時間との戦いだ。もたもたしている間はない。
 生前の知識から必死に知識を捻り出し、意識の確認。脈拍の確認。気道の確保。心肺蘇生に必要な準備を素早く整える。
 やはり心臓は停止していた。本格的な現代治療は行えないが、呼吸さえ戻れば魔法でなんとかなる。確証はないが、今はそう信じるしかない。


『アイシャ、人命救助だからノーカウントでよろしく!』

『か、カエデさん。一体何を……?』


 ファーストキス、とか気にしてる場合じゃないって分かってるけど、一応断りを入れつつ、人工呼吸を行う。
 人工呼吸という概念がないらしい世界では、死体に口付けるという行為に見えるかもしれないけど、人命救助なんだから! と周囲の奇異の視線を黙殺する。
 すぐに心臓マッサージ。コツはたしか、骨を折るぐらいの気持ちで力を込めて!
 骨が折れたら大変では、と思うかもしれないが、骨の一本や二本折ってでも心臓を動かさなきゃ死んでしまうんだ。
 だから躊躇わず、押し込む! 魂を押し戻すように強く、もっと強く!

 そして、人工呼吸と心臓マッサージのサイクルを繰り返す。
 アイシャも戸惑っているし、周りには死体への冒涜と感じたのか、止めようとしてくる人もいたけれど。


 というか、いた。言葉では止まらないと判断されたのか、身体を掴まれ強引に引き剥がされ、投げ捨てられる。
 周囲から驚愕の声。平民が貴族にこんなことをすればただでは済まない、という常識を省みない行動だった。


「おまえら貴族は……俺達平民を、何だと思ってやがる!」


 私を投げ飛ばしたのは、少年だった。
 おそらく、年齢はアイシャと同じか少し上……2桁にはなんとか届いているだろうか、という少年。
 そんな小さな身体にも、気を抜けば怯えてしまいそうな、憤怒が溢れていた。


「話は聞いたさ。ミル姉のことは、あんたが悪いわけじゃないって思った。
ライアを助けようと必死になってくれたことも感謝してる……けど、なんだ今のは!?
死者を甚振ることが、貴族の礼儀だというのかっ!!」


 彼にも、思うことがあるのだろうとは、思う。
 心肺蘇生の作業は、知らない者から見れば確かに、死体を傷つけるという、死者への冒涜に見えるかもしれない。


「せめてよ。死んじまった時くらい、安らかに逝かせてやってくれよ……!」


 けど、こっちにだって譲れない理由がある。


「平民だとか、貴族だとか……拘ってる場合じゃないんだよ!!」


 制御が下手だとか気にせず、“フライ”で身体にやや斜め上前方への推進力を強引に与える。同時に、強く地面を蹴り、飛んだ。
 “フライ”を利用して普段の身体能力を超えたジャンプしたと思ってもらえば、それで合っている。
 そのまま慣性に逆らわず、少年の顔面を殴り飛ばした。

 アイシャからの悲鳴じみた批難の声が上がるが、今だけは無視させてもらう。
 ……必死になるのは、アイシャがライアを助けたいからじゃない。
 ライアを助けることで、ミルフィさんへの贖罪とするなんて夢を見ているわけでもない。



 私は、生きたくても長くは生きられなかった。
 もちろん、幸せだったし、満たされていたし、恵まれてもいた一生だった。
 けど……我が侭かもしれないけど、満足していたからこそ、もっとみんなと生きたかった。みんなと、もっといっしょに、幸せになりたかった。


 物心付く前に殺されてしまう赤子もいる。


 長く生きていても不幸になる人だっている。


 満たされていることに気付かない不幸、ということもあるかもしれない。


 分かっている。
 ただでさえ満たされていた上に、幽霊になってまだ存在していられるんだ。もっと幸せに、と望むのが、我が侭だと分かっている。
 それでも、私はここにいるんだ。だから……我が侭に幸せを求めるし、無茶な理想も掲げるし、批難されてもやりたいようにやってやる。


 だから――


「平民とか、貴族とか! そんなの関係ない!!
目の前で死に掛けている人がいる、その人を助けられるかもしれない!
だったら、どんだけ見下されようと、殴られようと、罵られようとも――見殺すことなんて、できるかぁ!!」


 長くは生きられなかった私を、幸せにしてくれた人達のためにも。
 私は、命を簡単に見捨てる奴にだけは、なりたくない。その信念だけは、捨てない。
 矛盾していると思う。
 初めてこの世界に来た時に、アイシャの身体を借りて2人殺した。
 その後はカリーヌさんに助けを求めて、間接的に人を殺させた。
 原作知識から、このままだと死ぬと分かっている人も、目の前にいないから、アイシャの人生を無茶苦茶にしたくないから、といって見捨ててしまっている。

 矛盾だらけだ。
 それでも、心が叫んでいる。
 せめて、変えられるかもしれない現実からは、逃げるなって!


 幸い、他に止めてくる人間はいなかった。
 気迫に押されたのかは分からないけど、すぐにライアへの心肺蘇生を再開する。
 動け。
 動け、動け、動け。
 動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け――!!


 何度力を込めたのか分からない、泥だらけの手。
 祈りを、願いを、信念を込めて、力を込めた。息を吹き込んだ。
 そして。





 ――ごほっ、と。
 ライアが口から水を噴き出し、咳き込んだ。


 念のため脈も測り直す。弱々しいけど……たしかに、命の鼓動がそこにあった。
 呼吸も、徐々に安定してきている。まだ安心はできないから、できるだけ“ヒーリング”をかけて、安静にさせて、回復させないと。
 けど、ひとまず安心してもよさそうだった。素人判断だから、確実ではないけれど。
 

 ……ありがとう。
 心の中で、腕の中のライアちゃんに感謝を述べる。
 戻ってきてくれて……生きてくれて、ありがとう。



 ぎゅっ、と。
 小さな命があったかくて、思わず抱きしめていた。





SIDE:とある村人




 誰もが、驚いていた。
 それはいかなる神秘だというのか。
 確かに死んでしまったはずの少女は、貴族の少女が施した不思議な儀式により息を吹き返し……まだ意識が朦朧とした様子ではあるが、ちゃんと呼吸もしている。
 死者が、生き返ったのだ!


「……き、奇跡だ!」


 誰かが叫んだ。
 奇跡。そんなもの信じていなかったが……目の当たりにした以上、認めるしかない。
 それにこんな嬉しい奇跡なら、喜んで信じようと、村人は思った。








 誤解は、積み重なっていく。




 カエデは、死者をも蘇らせる奇跡の担い手、光の精霊として。




 アイシャは、光の精霊という未知の存在と、ただ1人契約を結んだ希少なメイジとして。




 本人達の知らないところで。崩すことが困難な程に。




 人々の誤解は、噂となり瞬く間に広まっていった――。










[17047] 第9話「誤解がこじれて死亡フラグ!?」 ※5/2修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 08:25
 誰か教えてくれないか? ……どうしてこうなった!?




 あの村での出来事から数日後。
 カリーヌさんがまた手助けに来てくれた、と思ったら、何やら書類の束を取り出して。


「……カエデ。貴女の危惧していた事態になってしまいました」


 何のことか分からなかったけど、渡された書類を読みながら説明を聞いているうちに、とんでもないことになっていると知った。
 解けていた、と思っていた『光の精霊』という誤解。あれが、どこで捻れたのかさらにややこしくなっていた。

 ラ・シャリス家が当主……アイシャのことだが、トリステインでは今、彼女が光の精霊(勘違いだが私のことだ)と契約を結んだ、希少なメイジとして噂されている。
 光の精霊は、偽りを逃さず見抜き、人の穢れた心を祓い(拘束中のアルデが、憑き物が落ちたかのような様子だかららしい)、死者を蘇らせるという。
 ……全部誤解だった。ひとつひとつ纏めてみようか。



 アルデを捕まえた時の推理は、アルデが本当に間抜けにも“火の系統”なんて言ったからだ。
 そんな大失敗に縋った拙い『罠』しか仕掛けられないのが私の限界。生前の世界でこんな推理を言ったら、まず間違いなく摘み出されるレベル。

 そもそもなんでアルデは、自分が犯人だと言うかのような発言を言ってしまったのか。
 これまた推測に過ぎないが、アイシャが10歳の子供であることからの油断。それと自分は犯人じゃないと誘導したかったのではないか、と思う。
 カリーヌさん……つまりラ・ヴァリエールがアイシャ達と交友関係にあったことは知っていたと思う。
 だから「火のメイジが犯人=ゲルマニアのツェルプストー家の差し金」という図式を信じ込ませて、アイシャとラ・ヴァリエール家にツェルプストーへ矛先を向けさせようとしたのかもしれない。
 正直良くない誤魔化し方だと思うが、私の推理もかなり無茶なものだったし、人のことは言えない。むしろ、アルデの失敗に感謝しないといけないぐらいだ。
 もしかしたら「アルデが大失敗をした」と感じているのも、私が生前に推理漫画とかアニメに少しでも触れていたからで、そういう娯楽があまり存在しない(小説自体はあるようだが、推理物となるとどうなのか知らない)ハルケギニアでは、とんでもない推理力として誤解されるのかもしれない。
 ……全部推測だから、真相はアルデのみぞ知るって感じだけど。



 人の穢れた心を、というのはアルデの精神世界で戦った時のことか。
 その後のアルデの心が変化したのなら確かに穢れを祓ったということになるかもだが、それも偶然できただけ。
 アイシャへの憑依が問題なくできることから、たぶん人に憑依する場合、精神が私という異物からの干渉を拒もうとするのだと思う。
 だから「この人の腐った根性叩き直して!」「うんわかった!」なんて安易に他人へ憑依したら、その相手の精神を崩壊させてしまうかもしれない。
 あの時はアイシャが危険だったし、アルデが敵だったから容赦なく憑依できたけど……罪のない人相手に安全か分からない実験できる程、私は人間止めてない。幽霊だけどさ。



 死者蘇生だって、現代日本では誰でも習えるような心肺蘇生だ。
 後になって「そういや人工呼吸不要説があって、心臓マッサージに集中した方が蘇生率高かったような?」と思い出すぐらい、私は素人だけど。
 あれだって上手くいったから良かったものの、あのまま助けられなかったら死体を痛めつけた非情な人間として認識されていた可能性もある。
 そうなれば、ラ・シャリス家の平民からの信頼は失われ、とんでもない事態になっていたかもしれない。だからといって目の前の助けられるかもしれない人を見捨てるという選択は、私もアイシャもできないんだろうけど。


 本当に、私のやることなんて綱渡りにも程がある。もっとスマートに出来ればいいんだけど、私にはそんな能力はない。
 こんなことならもっと勉強しておけば良かった、と思うが、誰だって死後に異世界ファンタジーへ繋がるとは予想できないと思う。だからといって、精進しなくて良いって訳じゃないけどさ。
 ……もっと頑張ろう。色々と。



 書類には他の噂についてもリストアップされていて、カリーヌさんが色々と調べてくれたようだった。
 噂は尾ひれがつくもの、と言わんばかりに無茶苦茶な噂や、「異端の存在ではないか」という声まで上がっているようだ。
 異端扱いは、まずい。すごくまずい。ロマリアに目をつけられでもしたら、異端審問にかけられる疑いもある。

 だが、ここまで広まってしまった噂を払拭することは難しいだろう。
 人の噂も75日、という言葉のように時間と共に忘れ去られればいいのだが……悠長に構えている時間はないかも。
 今すぐ対策を練らなければ、ラ・シャリス家……下手すれば深く関わってくれたカリーヌさんまで、異端扱いされかねない。
 ロマリアがどう動くのかは分からないが、何もせずにいたら手遅れになるかもしれない。

 けど、何をすればいいのか分からない。
 ロマリアに動かれればそれでチェックメイトになりかねない。今のうちに、なんとかしないと。


「……今はまだ、この噂もトリステイン内に留まっています。ですがこの先時間が立てば、商人や旅人を通じて他国へと流れていくかもしれません」


 カリーヌさんも事の緊急性を理解しているのか、そう補足する。
 悩んでいる間にも、もう噂は他国へ広がり始めているかもしれない。早急に手を打たねば。


『ど、どうしよう……うぅ』

『……ごめんね。私のせいで、こんな』

『そ、そんな! カエデさんは悪くないです、ライアちゃんを助けてくれただけじゃないですか!』


 アイシャや従者のみんなには、心肺蘇生のことは伝えてある。その際にアイシャが、私を批難したことをこっちが気の毒になるぐらい謝っていたけど、それはまた別の話。
 心肺蘇生が今までのハルケギニアには無い概念である以上、理解してもらうには時間がかかるだろうけど、一応やり方や注意点は教えた。
 死にかけの人を用意して訓練なんて非道はできるわけないし、現代日本みたいに練習用の人形もないから、習得するのにも時間はかかるかもしれないが。
 少なくとも、異端な魔法ではないということは分かってくれたらしく、化け物でも見るような視線(一部の人だけど)は払拭できたようだ。まだ疑われてはいるようだけど。


 広まる噂や誤解を解くのが難しいのは、生前の世界でも同じだったはず。
 有名所で例を挙げるなら、オイルショックによるトイレットペーパー騒動か。
 知識としてしか知らないけど、当時は紙がなくなるという噂からトイレットペーパーをみんなが争って買う騒動になって、大変だったらしい。
 マスコミやテレビという情報伝達機関がないハルケギニアでは、余計に「誤解でした」と伝えることも困難だろう。


 必死に考える。
 噂そのものを払拭できないのなら、どうするのか。
 ロマリアに賄賂を送り見逃してもらう? 薮蛇な結果になるかもだし、そもそも賄賂に使う資金も足りない。カリーヌさんから借りられるお金だけじゃ、欲に染まった神官達を黙らせるには足りないだろう。だいぶ強欲らしいし。
 追いかけられたら逃げる? ラ・シャリス家や従者、領民を見捨てて? そんな選択、アイシャが認めないだろう。
 いっそこっちから打って出る? そんな戦力ないし、戦争になりかねない。却下。

 そうやって考えているうちに、原作知識から思い出したことがあった。
 水の精霊。
 その正体は強大な力を秘めたスライムかもしれないが、あの存在はたしか公的に認められているし、それをロマリアが異端として扱っていたという記憶はない。
 それにトリステインは水の精霊と盟約を交わしていたはずだ。その交渉役はド・モンモランシ家が代々受け継いでいて、人と精霊の関わりが認められていた証明だと思う。
 原作開始時点では、交渉が失敗したとかで水の精霊が怒らせてしまう、ということもあったはずだが、今そこは重要ではない。


 要は、トリステイン王家に存在を認めてもらえれば、精霊として扱われても異端審問に掛けられないかもしれない。そこがポイントなんだ。
 虎の威を借る狐、となってしまいそうだが、気にしている場合ではない。なんとしてでも、アイシャと、アイシャが守りたいと思っている人達の安全を確保しなければ。
 もし存在が認められずとも、光の精霊というのが誤解だと信じてもらえれば、王家が動いてなんとかしてくれるかもしれない。
 他力本願で情けないかもしれないが、自力でどうしようもないなら助けてもらうしかない。それが現実だ。
 無論、自分で動かずに誰かに守ってもらうだけなんて都合よくは済まない。今回の場合は、王家との話し合いをこちらから出向いて行わなければ。

 私は、自力では話せないのでアイシャの身体を借りることになるだろう。文字数の少ない文字化だけではとてもじゃないが話し合えないだろう。
 本当に申し訳ないが、アイシャには手伝ってもらうしかない。パートナー失格だと思うが、このまま何もしなければもっと悲惨な未来になるかもしれない。
 だから、アイシャに嫌われてでも今動かないといけない。


『わ、私は全然構わないんですけど……というか、こちらこそよろしくお願いします。
このままじゃ大変だってことしか分からないんですけど、私にできることならいくらでも手伝います。けど、どうすれば王家の人達と話すことができるのでしょう?』

『それについては考えがあるんだ。悪いけど、また交代してくれる?』

『あ、はい。どうぞ』


 身体の主導権を切り替えてもらう。
 何度か練習したからか、この切り替えはスムーズにできるようになってきた。
 この調子で慣れれば、戦闘中に主導権を入れ替えながら戦うこともできるかも。意味があるのか分からないけど。
 まあそれはまた今後考えるとして、今はカリーヌさんにお願いをしよう。


「カリーヌさん、すみませんがお願いが……」

「王家との交渉。その仲介を取り持ってほしいといったところでしょうか」

「……な、なんで言う前に分かったんですか?」

「現状を解決するためには、それ以外に手がないと思っていたので。
……幸い、私は王妃様のマリアンヌ様とは繋がりがありますので、話し合いの場を用意することは可能でしょう。
アイシャの母であるメアリーも、共に良くしていただいた間柄です。その娘と友の言葉なのですから、聞いてもらうことはできるはずです。
そして王妃様から認められれば、夫である国王様もきっと認めて下さることでしょう」


 カリーヌさんの方が推理力SUGEEEEと思うのは、私だけだろうか。
 こっちが求めている要求を、完璧に言い当てている。というかメアリーさんも繋がりあるのね。何者だったんだろう、メアリーさん。
 実は烈風カリンと並んで、伝説的なメイジだったりしたのだろうか。もう、それを本人に尋ねることもできないけど。

 ……それと、王妃様、国王様って言ってることから、どうやら今が、原作開始時期よりだいぶ前の時期らしいということが分かった。
 年号とか見ても分からなかったからずっと気になっていたのだが、たしかトリステイン国王様が崩御したのは原作開始3年程前だったはず。
 さらに詳しいことはまた後ほど調べるしかないが、まあ今は国王様と王妃様が揃っていることが自分達にとって有利であることを願うばかりだ。



 とにかく、これでマリアンヌ様との交渉は行えそうだ。
 後は、そこで上手く立ち回れるかどうか。
 正直自信なんてないけど、やるしかない。


 私のせいだろうと誤解のせいだろうと……いや、何が原因であろうと。
 アイシャが不幸になるなんて、絶対に嫌なんだから。



SIDE:カリーヌ



「カリーヌさん、すみませんがお願いが……」


 アイシャ……いや、今はカエデか。なんとなく、雰囲気でどちらが喋っているのか分かるようになってきた。
 ともかく、カエデのその言葉に「やはりそれしかないか」と、内心納得していた。

 ここまで広まった噂は、そう簡単に消すことはできないだろう。
 噂というものは、それが真実であるかどうかなど気にもせずに語られ、伝わっていくものだ。
 彼女が異端であるなど許せない発言だが、そう思う人がいるというだけで、充分過ぎる脅威となる。

 もし仮にロマリアに目をつけられれば、異端審問にかけられアイシャは殺されるだろう。ラ・シャリス家を潰し、財産を根こそぎ略奪しようという、ロマリアの腐った神官共の欲望のために。
 ブリミル教を否定するわけではない。だが、それを悪用する者達が今のロマリアを動かしているのは明白だ。
 その腐った亡者共が「異端だ」と扱えば、真実など塗り潰し、“神に忠実”な教徒達により、異端審問という名の処刑はなされるだろう。

 ロマリアまでこの噂が伝わったとして、それをどう扱うのかはまだ分からない。
 他愛のない噂話として黙殺されるなら構わない。だが、もしアイシャやカエデを異端として認識されれば、待っているのは悲惨な未来だ。


 それを防ぐためには、今の内に「異端として処分すれば損をする」と認識させる必要がある。
 今回の場合、選択肢の中で一番行いやすく、そしてより強く長くアイシャを守る盾となってくれる可能性があるのは、王家からの後ろ盾だ。
 例えば、水の精霊。王家との盟約を交わしたあの精霊は、永遠の生命を持つ神秘の存在として認められながらも、ロマリアから処分されそうになるといった事態にはなっていない。
 その方が得だからだ、と私は考えている。水の精霊の身体は、例え一部でも強力な薬の素材として重宝される。密猟者が後を絶たない程に。
 それを消滅させるような……もし倒せなくとも、水の精霊が人を見限り、人と関わることを止めてしまえば、いざ強力な薬が必要な事態――教皇が重病に冒された場合など――がロマリアに発生した場合に、対処できなくなる。それでは困るのだろう。
 勝手な推測だが、建前はともかく本心はそんなところだろうと思う。もし間違えていても、今回重要なのは「ロマリアをどうすれば黙らせられるか」だから別にいいのだが。


 カエデと、そしてアイシャの存在がロマリアにとって「存在した方が得。もしくは無害」とすれば、こちらから攻撃したり新教を立ち上げでもしない限り、なんとかなる……と思う。
 希望的観測に過ぎないかもしれないが、向こうがどう行動するかを完璧に予見するなんて、神でもなければ無理だろう。
 だから、推測できる範囲で最良の結果を導くために動くしかない。


 そうなるとやはり、トリステイン王家に『光の精霊』という存在を認めさせ、盟約を結ぶのが良いはずだ。
 マリアンヌ様が認めた、というだけでは元老院の無能な老人共を動かすことはできないかもしれないが、「トリステイン王家に認められた存在である」ということが重要なのだ。政治ごっこに興じ、甘い汁を吸うことにだけ固執する腐った貴族共はこの際無視して構わない。
 さすがにどれほど堕落していようとも、王妃様の決定に面と向かって否定する程の無謀は起こさないだろう。逆に、堕落しているからこそ自分達が損をしなければ、無駄な反抗は行わないかもしれない。
 何より、マリアンヌ様と共にトリステイン国王様が認めてくれれば、かなり心強い味方となってくれるだろう。

 反感を買うことになったとしても、異端審問さえ回避できれば、まだ対処は可能だ。
 エルフを匿うわけでもないし、無能共を黙らせるだけなら問題ないはず。



 上手くいく保障など、ない。
 それでも、やらねばならない。
 薄汚い欲望のために、メアリーが愛した娘や従者を失うわけにはいかない。
 もちろん、彼らを守るために懸命に働いてくれるカエデのことも、だ。


 絶対に、守る。
 それができなければ、メアリーに顔向けできない。








[17047] 第10話「謁見、精霊、王宮にて」    ※4/11修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/04/11 14:51




 王家への謁見の日がやってきた。
 で、今は謁見の間へ続く扉の前にいる。
 この日のために準備はしてきたし、もう大丈夫……うん、大丈夫な、はず。
 カリーヌさんからも「マリアンヌ様も国王様も、既に受け入れる体制は整えて下さっています。後は王宮で貴女達自身を認めてもらえるように頑張りなさい」と言ってたし。
 王様達の前で変なことさえしなければ、きっといける。……もっかい深呼吸しとこ。


 例え国王様達が認めてくれても、家臣などの周囲にいる貴族達にもある程度は……手を出さない方が得だ、と思われるようにしないと裏切られフラグが立ってしまう。
 トリステインを滅ぼす覚悟で「トリステイン王家は異端の存在を匿っている」とでもロマリアに密告されれば、異端審問に繋がる恐れがある。
 国王様がまだ生きて王座についているため、貴族達の汚職や離反も原作開始時点よりはまだマシなようだが、油断はできないだろう。


 今回の謁見にも、初めは国王様と王妃様だけが、カリーヌさんを含めた私達と話し合う予定だったのだが、真面目なのかこちらを貶すつもりなのか、王宮の貴族達が謁見に参列するために色々手を回してきたらしい。
 まあ、異端かもしれないと噂されている存在を、護衛もつけずに国の主に謁見させるなんて危険だし、理由としてはまだ納得できる。
 だから参列を止めることはできないが、それを悪用するような貴族はいると思った方がいいだろう。現代日本の国会みたいに、ひどい野次や罵声がぶつけられる可能性ぐらいは考慮すべきかもしれない。

 さすがに、裏でロマリア側に手を回されていて、この扉開けた瞬間にロマリア神官勢ぞろいの異端審問とかはないだろうけど。……ないよね?


『か、カエデさん。ほんとに大丈夫でしょうか……?』

『……きっと、精一杯気持ちを込めてお願いすれば平気だよ』


 不安そうなアイシャにそう答えるものの、自分もやっぱり怖い。
 もしも王家に見限られ、ロマリアから異端審問の対象となってしまえば……私のせいでアイシャの人生をめちゃくちゃにしてしまうことになる。
 彼女は、もしそうなっても恨まないかもしれない。けど、恨まれるから怖いんじゃない。そんな優しい少女だから、不幸にしてしまうのが怖いんだ。
 使い魔だからとか、ご主人様だからとか。そんなこと関係なしに、怖い。


 私が生きている存在なら、殺すことで契約を破棄して、別の使い魔を召喚することで、「異端の存在は自ら処分しました」といって、異端審問から逃れることもできるだろう。
 けど、幽霊である自分には死という概念がない。
 対幽霊用の魔法や霊術が存在するなら別だろうが、ハルケギニアの魔法は基本的に物理的だ。私には、通じない。


 アイシャは、可能であったとしても処分なんてしないかもしれない。
 けど、それだともう、トリステイン王家に保護してもらう以外に、道がない。
 ロマリアと正面からぶつかり打倒できるような能力は、私にはない。
 ただ、普通のやり方では殺されないだけ。
 それだって、アイシャが殺されれば、使い魔としての能力が無くなり、誰にも干渉できないただの幽霊となるか……消滅、という可能性もある。
 例え何の苦しみもなくあの世とやらにいけたとしても、アイシャが不幸になるのなら、素直に成仏なんてできない。


 考えるだけで怖い。けど……アイシャは、きっと、もっと怖い。
 まだ10歳で、自分とは関係ないことで異端審問の対象にされそうで。
 両親や親しい者達を殺されて、ようやく平穏を取り戻したかと思ったら、今度は使い魔のせいで王家と交渉しなければ未来が無い、なんて。


 それでも、アイシャは私を責めなかった。
 それは、別に無理して堪えているというわけではなくて。
 私達はパートナーだ、と。
 互いに支えあい共に歩むのだから、迷惑なんてことはない、と。
 何故か誇らしげに、そう言っていた。


 なら、私がやることはひとつだけ。
 絶対に。
 絶対に、アイシャと、私と、皆がいっしょに笑い合える未来を掴み取るんだ――!



SIDE:アイシャ



 怖くない、ということなんて、できない。
 実際に見たことがあるわけじゃないけど、異端審問の怖さは私みたいな子供だって知っているぐらい、とんでもないものだ。
 両親から、教えられた。何があってもロマリアにだけは逆らってはいけない、と。
 ロマリアが認めないことだけは、してはいけない、と。


 ぎゅっ、と。手を握る。
 目の前には、見たこともないぐらい煌びやかな装飾が施された扉。
 その扉を潜った先で、私達の未来が決まる。決まって、しまうんだ。


 パパとママは、もういない。
 泣きたくて、甘えたくても、もうできない。
 そのことがすごく悲しくて、けど、今は泣いたらいけなくて。
 ぎゅうっと、手を握るしか、なくて。



 その手に。
 カエデさんの手が、重なった。


「……ぁ」


 感触はない。カエデさんは、幽霊だから。
 温かくもない。見えているけど、そこにはカエデさんの身体はないから。


 けど、何故か。
 パパとママに抱きしめられてる時みたいに、すごくほっとした。


 周りの人達が、突然姿を見せたカエデさんに驚いていたけど。
 そんなの気にしない、と伝えるように。カエデさんは穏やかに私を見つめて。


『――いっしょに行こう。アイシャ』


 そう言って、微笑みをくれた。
 あの日。
 パパもママもメイドさんも執事さんも護衛の人達も、みんなが殺されて、目の前の世界から逃げ出したくなったあの日から。
 ずっといっしょにいてくれた、私のパートナー。


 彼女は、自分のせいでこうなった、なんて言うけれど。
 彼女がいてくれなければ、私はあの森で1人、最後を迎えていたはずで。
 彼女がいなければ、きっと、私はここにいることもできなかった。


 深呼吸する。
 先が分からないことは、怖いけど。
 両親がもういないことは、悲しいけど。
 それでも、進もう。


 私には、パートナーがいるから。
 支えてくれる人達も、いるから。
 だから……自分にできることを、精一杯やろう。


 重なった手を、ぎゅっと握り返す。
 そこに、カエデさんの感触はないけど。
 触れ合えなくても、カエデさんはそこに、いるんだ。


 大丈夫。
 きっと、大丈夫だから。
 2人でいっしょに。
 未来に向かって、一歩を踏み出そう。


『……はい。いきましょう、カエデさん!』


 謁見の間への扉が、開かれる。
 それはきっと、私達の未来を決める、運命への扉。

 私達は、運命に向かって、足を踏み出した。




SIDE:カエデ




 豪華な広間。
 初めに浮かんだのは、そんな言葉だった。
 扉を潜った先には、大勢の貴族が列になり、王座へ続く赤い絨毯の傍に並んでいる。
 こちらを見てくる、いくつもの目。
 実に様々な感情が向けられた。私の幽霊としての姿に驚いたり、怖がったり、正体を疑ったり。
 後は、貴族とはいえ10歳の少女が王への謁見を許されることへの侮蔑や嫉妬とか、私達を見下すような視線とか。


 けど、誰も面と向かって罵声をぶつけてくることはできなかった。
 私達の傍には、ラ・ヴァリエール公爵夫人という、名門貴族がいるからだ。
 彼女が烈風カリンだと知る者は少ないが、それでも周囲を威嚇するには充分な力がラ・ヴァリエールにはある。
 さらに、カリーヌさんと、アイシャの母・メアリーさんが、王妃マリアンヌ様と旧知の仲であることは周囲にも伝わっているのだろう。
 完全に、虎の威を借る狐だが、何の実績もない子供と正体不明の幽霊が簡単に権力者を黙らせられる程、人間社会は甘くない。

 例え借り物の威圧感でも、周囲が口を出しづらい雰囲気を維持できる内に、こちらの意思を伝えないと。


 3人で、長く続く絨毯を踏みしめ進む。
 幽霊状態の私には身体がないから、足を動かす必要はないけど、今はアイシャといっしょに歩いている気分だけでも感じたかった。


 私たちが進んだその先に、国王様と王妃様はいた。
 両者は王座に座り、威風堂々とこちらを見下ろしている。
 けど、その視線からはこちらを見下すような感情は感じられない。
 我が子を見つめるような優しさと、王として真偽を見極めようとする力強さが込められた視線だった。


 あらかじめ教えられていた作法を思い出しながら、頭を下げ膝をつく。
 アイシャも私も不慣れだったので、手間取ってしまったが、さすがにそれを咎めるような声はなかった。せいぜい、「ふんっ……」と鼻で嗤うような声が、周囲の貴族から漏れ聞こえたぐらいだ。
 さすがに手を繋いだままだと難しい体勢だったので、手を離している。けど、きっと心は繋がっている。


 ――みんながいっしょに、笑顔でいられる未来を。
 それを掴み取るために、できることを、やろう。


「カリーヌ・デジレ。アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリス。カエデ・ス・ギィノー。道中、ご苦労であった」

「は、はい。ありがとうございます、国王様」


 私もアイシャも、王様くらい偉い人への喋り方なんて分からないので、これで大丈夫かと迷いながら話すことになりそうだ。
 一応事前に教えられてはいたけど、ほんの数日でマスターできるほど簡単ではなかった。領主としての仕事もあったし。
 ……あと、予想はしていたけど私の名前がとんでもないことになってる。誰だよ、ス・ギィノーって。いや、たぶん私のことなんだろうけど。カエデしか合ってないよ。むしろカエデが原型保ってるのがすごいのか?


「うむ。カリーヌ殿から聞いていた通り、スィギ殿はその状態では言葉を発せぬのだな」


 「言葉を発せない」への返答として、少し頭を上げて微笑みで返し、文字化により『正しい』という意味のハルケギニア文字を空中に示した。
 文字化を行った際に、また周囲の貴族がざわめいたが、王様が軽く手を上げるだけで静まった。この王様、かなりの力量をお持ちのようだ。


「さて、それでは本題に入ろう。皆知っていると思うが、昨今トリステインに広まる噂では、ス・ギィノー殿は光の精霊であるとのことだが、本人曰くそれは勘違いなのだそうだ」


 周囲の貴族が騒ぐ。
 「勘違いで済むか」「精霊の名を騙りおって」「翼人であるとも聞いたぞ、王宮に亜人を入れるなど……」といった類の、聞いてるだけで気分の悪くなる罵倒の声。
 けどそれも、カリーヌさんの鋭い眼光と王様、王妃様の制止の声により、静まる。


「真偽の程は分からぬ。だが、我々王家に対して被害があったわけではないし、罰を与える必要はないと思う。
しかし諸君らが危惧するように、ロマリアの人間がこれを知った場合、異端審問の対象となる可能性は否定できない。
よって本人の口から、本日に至るまでの証言を得ると共に、今後のことを話し合いたいと思う。皆もそれで良いな?」


 表立って反対の意を示す貴族はいなかった。不満そうな様子はあったが、王の意見に歯向かうのはやはり恐ろしいのか。それとも、何かきっかけを待っているのか。
 たぶん、今から行う王家への証言に不備があれば、そこにつけいる気なのかもしれない。
 だから下手に嘘を言うより、本当のことを話そうと思う。
 もちろん、ゼロ魔原作とか虚無の担い手についてとか、秘密にしないといけないことは絶対に隠す。でないと、ますます異端として認定されてしまうだろう。
 ……虚無についてとか、利用できそうな知識については、機会を見て明かしてもいいかもしれないけど。今は黙っておくべきだ。
 まずは信頼関係を築くことから。これはやはり、人付き合いの基本のはず。特に今は、信頼されない=異端審問の図式に成りかねない。気合入れないと。


「で、では。ここからはカエデさんに身体を貸して喋ってもらいます。……カエデさん、お願いします」


 アイシャの言葉に頷いて、アイシャに憑依する。
 可視モードのまま憑依したのは、その方が「これからカエデの方が喋ります」と伝わりやすいと思ったからだ。わざわざ不可視モードに切り替える必要もないしね。
 やはり周囲には少なからず驚かれていたが(カリーヌさんは除く)、反応は人それぞれだ。
 明らかに動揺してる人、正体について考察してるのか隣の人と小声で話し合う人、冷静にこちらを観察している人。
 特に国王様、王妃様は驚いているのか分からないぐらい冷静な様子だった。事前にカリーヌさんから聞いていたからか、それとも王族としての気性なのだろうか。


「改めて、ご挨拶を。カエデ・スギノと申します。精霊と勘違いされているだけの、ただのしがない幽霊です。
そして、今はアイシャの使い魔をさせていただいております。どうか以後、ご理解いただけたら幸いです」

 幽霊や使い魔という単語にまた周囲がどよめくが、気にせず続ける。
 どうせ他人からすれば信じられないような、驚かれることばかりの話になる。ここは、自信を持って語らなければ説得力が生まれない。



 今日までにあったことを、ひとつひとつ話す。

 異世界で病死して、死後にハルケギニアへ使い魔として召喚されたこと。
 使い魔として証明は、幽霊状態、アイシャへの憑依状態のどちらでも手の甲に使い魔のルーンがあることを確認してもらっている。
 神聖なものとされる使い魔との契約の証がある以上、私のことは使い魔として認識されるはずだ。

 ラ・シャリス家への襲撃事件。カリーヌさんに助けを求めた際、言葉を発せぬことから生まれた『光の精霊』という誤解。

 葬式の場で行った、叔父・アルデへの告発。その後の、精神世界での戦い。

 黒歴史への変身による翼人の疑惑は、先程の文字化のように姿を変える能力だと説明する。

 死者蘇生と騒がれた心肺蘇生。これについては事前にまとめていたレポート(作成にはみんなにいっぱい協力してもらった)を提出した。
 本格的な医学を知る者からすれば子供のラクガキみたいなものかもしれないけど、心肺蘇生がどういう目的で、何故そういう風にするのかは伝わったかな、と信じたい。


 長いようで、短かった最近の日々。
 話している間にも「出鱈目を!」とか言われたけど、国王様達が黙らせてくれた。
 信じてもらえるかどうかは、分からない。けど、相手を騙し続けられる程、私の話術も演技もたいしたことはない。
 だから、真剣に向き合って、こちらの事情を話すしかなかった。


 嘘も方便というか、秘密にしなければいけない部分はたしかにある。
 けど、何もかも嘘で塗り固めて上手くやり過ごすには、私は未熟過ぎた。
 幽霊としての能力がなければ、現代日本で生きていただけの平凡な女性。それが私。
 いわゆる一般的な少女というには、健康が足りなかったかもしれないけど。能力と言えば運動神経マイナスで、他人より優れた部分なんて思いつかない程。
 せいぜい、怖い(らしい)笑顔ぐらい? あとは、オタク知識と妄想力ぐらいだが……幽霊の能力がなければ、何の役にも立ちそうにない要素だ。
 とにかく、国王様に王妃様にたくさんの王宮貴族全員を騙し続けられる高性能な頭脳を私は持ってないです、という話。


「……私からの証言は、以上です。
今後、もし私が存在することが許されるのならば、我が主であり、パートナーであるアイシャの平穏と願いのために、微力を尽くしたいと思っております」


 こちらの証言と意思を伝え終わる。
 丁寧な言葉遣いというのに慣れておらず、不手際もあったかもしれないが、国王様達は気にしていないようだった。
 周囲の貴族も、国王様達によって黙らされている。
 さて……国王様達は、私のことをどう思っているのだろうか。




SIDE:マリアンヌ




 カリーヌ達との打ち合わせ通りの展開となった。
 
 作戦はこうだ。 
 アイシャの使い魔となった光の精霊は、自らの存在を“異世界の少女の幽霊”として証言する。
 王家の代表である私達は、それを大勢の王宮貴族の前で認定する。そして光の精霊の存在という“真実”は秘事とする。
 無論、“異世界”や“幽霊”という存在は簡単に信じられない。それは他国も例外ではないだろう。
 だが、カエデが光の精霊として名乗っている、と誤解されたままでは、ロマリアに異端として狙われることになるかもしれない。
 なので、明らかに異端として認識されてしまいそうな精霊の名を語るよりも、証明することができない上に異端とするにも微妙な“異世界の幽霊と自称する使い魔”という存在としてトリステイン王家が認めることで、ロマリアから逃れようというのだ。
 少なくとも使い魔としての証は刻まれているから、“異世界”や“幽霊”という発言はせいぜい大袈裟な嘘という扱いに……まあ、なんとかできるだろう。精霊を名乗るより幾分マシのはず。


 もちろん、これだけでは完璧とは言い難い。「そんな怪しい存在を認めるのか」→「怪しいのなら異端審問すれば良い」という流れになってしまうかもしれない。
 なので、この後に用意した策をいくつか重ねていくことで、“彼女”を簡単には異端審問の対象とできない存在とする。
 失敗すれば危険な賭けかもしれない。だが、それを超えなければ、最悪の場合「異端の存在を庇うトリステインを滅ぼす」といってロマリアに攻められる可能性もある。


 そのことは、「彼女」……カエデも、覚悟しているようだ。“表向きの”証言を迷いなく堂々と述べていく。
 その主であるアイシャからも、王座の前まで歩いてくる間だけでも、10歳とは思えない強い意思を感じさせた。
 恐怖や重圧に押し潰されそうになっても、逃げずに立ち向かおうとするその勇敢な姿は、他の者達にも見習わせたいぐらいだ。


 情けない話だとは思うが、トリステインの貴族がみんな誇り高く貴族らしかったのは、もう昔の話。
 つまらないプライドばかり膨れ上がった貴族達は、王家ですら制御できぬ程に傲慢となり。己が欲を満たすためにだけ動く怪物となりつつある。
 王宮内はまだ私達の力も届く。それでも膿は悪化し続けている。
 王都から離れた土地に至っては、距離などの問題から視察に向かうことも難しい上に、視察を実行したところで事前に汚職の証拠などを隠されてしまう可能性が高い。そうやって時間を浪費しているうちに、別の場所で膿が悪化していく。
 いずれこの穢れは、王家の権威すら飲み干し、トリステインを壊死させてしまうかもしれない。


 そんな中で、目の前の三人は希望の光に見えた。

 カリーヌ・デジレ。私の古くからの友であり、貴族の誇りを失っていないラ・ヴァリエール公爵家の夫人。
 少々自分にも他人にも厳しすぎる嫌いはあるが、その姿勢こそが今のトリステイン貴族に足りないものかもしれない。
 数々の試練を乗り越えて育まれた武力と知恵、そして誇り高き魂は、国にとっても貴重な宝と成り得るだろう。


 アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリス。
 カリーヌと同じく友であるメアリーの娘。彼女は10歳にして当主としての座を継ぐことになってしまったが、たくさんの人に支えられて、まだまだ未熟ながらも頑張っているそうだ。
 優しく、そして己の為すべきことから逃げぬ様は、今は亡きメアリーの姿を思い起こさせる。


 そして、そのアイシャを助けてくれている一人である“光の精霊”カエデ。
 未知の存在である彼女が、私達に何をもたらすのかは分からない。
 だが、カリーヌから伝え聞いたカエデの、他人のために批難も恐れず困難に立ち向かおうとする在り方は、人として誇れるものだと思う。
 それはきっと、本来なら貴族が誇りを持って示すべき在り方だ。
 

 彼女は、トリステインの穢れを祓う要因と成り得るのかもしれない、なんて期待してしまう。
 勝手な期待だと自分でも思うけど、それはきっといつか本当になる。そんな、予感めいたものを感じさせてくれる不思議な雰囲気があった。


 ……まったく。
 みんな、こんな人達ばかりなら良いのに。


「……私からの証言は、以上です。
今後、もし私が存在することが許されるのならば、我が主であり、パートナーであるアイシャの平穏と願いのために、微力を尽くしたいと思っております」

「うむ。ご苦労であった、カエデよ。
皆のもの、“異世界”や“幽霊”という言葉を信じてよいのか、迷っていると思う。だが使い魔としてのルーンが存在する以上、わざわざ怪しまれるような嘘をつく必要はないだろう。
また、主と共に協力し、ラ・シャリス家襲撃事件の首謀者を暴いた功績。さらに先日の、己への批難も甘んじて受け、領民のために全力を尽くしたことからも、充分に信頼に値する者と考える。
よって私は、トリステイン国王としてカエデ・ス・ギィノー殿の存在を認めるものとする。意見があるものは挙手を」


 カエデの証言が終わり、国王である私の夫が返答する。
 ここからだ。
 ロマリアの異端審問から逃れるためには、ここからが重要となる。


 周囲の貴族が押し黙る中、1人の男が手を掲げた。
 王へ対して意見する。それは、場合によっては反逆として扱われかねない行動だ。
 王自らが発言を認めたとしても、断罪を恐れて誰もが黙っていた。そんな中でただ1人、意見を述べようと言うのだから、周囲が騒ぐのも無理はない。


「皆のもの、静粛に! ……して、マザリーニよ。考えがあるなら話すがよい」


 カエデも驚いているようだ。それが演技なのかは分からないが、彼女には自然と驚いている反応をしてもらい、周囲に『これが茶番劇ではない』と演出するために、この作戦については秘密にされていた。
 事前に伝えていたら、どこかで演技じみた雰囲気が出る懸念があったからだ。どうやら目論見は上手くいったらしく、周囲の貴族にも今回の謁見が台本を用意された芝居ではない、と誤魔化せたようだった。


 カリーヌと私達。そして……。


「失礼ながら王よ、今の証言だけではカエデ殿が異端ではないと証明することは困難であると思われます」


 今、意見を述べるという“作戦通りの行動”をしてくれている男、マザリーニ枢機卿。
 今回の作戦について知っているのは、現時点ではこの4人だけだった。



SIDE:カエデ



 マザリーニの登場と反対意見に驚いていると、カリーヌさんがこっそり近づいてきて、小声で話しかけてきた。


「……黙っていてすみません。ですがご安心を。これも作戦の一環ですので」

「さ、作戦? 私が精霊だっていう誤解を解くだけじゃあ……」

「その“噂の真実”だけでは、ロマリアを退けるには至らないでしょう。ですので、一芝居打ち、策を練ることにしたのです」


 ……なんだろう。
 何か、私とカリーヌさんの間にまだ誤解があるような気がしてきた。
 すっかり私の正体について理解しているものだとばかり思っていたけど、ボタンをひとつ掛け違えたみたいに、何かがずれている?
 けど、それを探っている時間も猶予もないようで。
 王様とマザリーニの話は、止める間もなく続けられていた。


「精霊と名乗っている、という噂が誤解だと説明したところで、ロマリアが納得するとは限りません。
ここは、カエデ殿がロマリアに疑われた際、彼女がどういった存在なのか、またその存在が異端なものではないと証明できなければ、厳しいかと。
まだ、翼人としての疑惑にも“カエデ殿の能力である”という明確な証拠はありません。対策を行わなければ、そこにつけこまれるかもしれませぬ」

「カエデ殿の存在や能力の詳細については、今後アカデミーに調査を依頼するつもりだ。王家としても協力しようと思う。
だが異端でないという証明については……どう考える、マザリーニ? 無論、異端審問は無しだぞ?」


 マザリーニは、少しだけ考えるような素振りを見せて、答えた。



「かつて始祖ブリミルと盟約を結んだとされる水の精霊。
かの存在なら、人の精神を探る力もありますし、神聖な存在であり、かつ中立的な存在です。審判を下すには適役でしょう。
その水の精霊がカエデ殿のことを認めたとあれば、ロマリアとて手荒には扱えますまい。
もしそうなれば、始祖ブリミルと絆を持つ水の精霊を否定することになりますからな」



 ――なんか、またとんでもない方向に話が転がり始めてる気がしてるのは私だけ?






[17047] 第11話「水の精霊よ、お前もか」    ※5/2修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 08:26





 いきなり水の精霊のいるラグドリアン湖を訪ねることになり思わず慌ててしまったが、状況は悪くない。
 今回の精霊審問(うまい名称が思いつかなかったので適当)さえ乗り切れば、ロマリアも簡単に手を出してこれないはず。
 逆に、何か不手際があり認められなければ、かなりやばい状況だが……それは、何もしなくても変わらない。
 だったら意地でも、水の精霊に私のことを認めてもらうしかない。土下座の準備は万全だっぜ!


 さすがに何の準備もなしに行くことはできないので、後日改めて王家より出発することになった。
 王家を無人にするわけにもいかないので、王家代表でマリアンヌ様。そして「不正がないか見極める」などと理由をつけて訪問への参加を申し出てきた王宮貴族から何人かが証人として同行する。
 その間人手が減って、王宮内の仕事が大変なことになるだろうけど、そこはマザリーニさんと国王様達が責任を持つと言ってくれた。


 私はアイシャとカリーヌさんと共に一旦屋敷に戻り、従者の皆に事情を説明してラグドリアン湖訪問のための準備をした。
 従者の皆は、水の精霊が人の心を壊すことができる存在ということもあり、すごく心配していた。ラグドリアン湖に着くまでにも、モンスターや野党の襲撃があるのでは、とも。
 けどカリーヌさんが。

「水の精霊は、己を害さない存在に対しては危害を加えません。道中の護衛には魔法衛士隊も王妃マリアンヌ様の護衛も兼ねて同行しますし、私も付き添います。
今回の作戦を計画した一員である責任もありますし、アイシャを傷つけるのであれば例え水の精霊であろうと雫ひとつ残さず吹き飛ばして、アイシャの安全を最優先で守りましょう。
なので、不安なのは理解できますが、どうか私達を信じてもらえないかしら?」

 そう言って頭を下げるので、もう反論することはできない様子だった。
 実際、多少の無茶は覚悟してでもロマリアから逃れなければ、ラ・シャリス家に関わる全てに異端審問の手が伸びるかもしれない。王家も動き出している以上、もう止めることなんてできない。
 そのことは従者さん達も分かっているらしく、無事を祈る声やアイシャ様を頼みますといった類の言葉をもらい、ラグドリアン湖訪問への準備を手伝ってくれた。
 何人かの従者さんはアイシャの身の回りの世話のためにラグドリアン湖へ同行する。なのでラ・シャリス家の屋敷も手薄になるのだが、「留守の間のことは私達にお任せくださいませ」と頼もしい言葉を従者さん達が言ってくれた。


 色々な人の気持ちに感謝しながらも、今回の精霊審問を成功させるために心の準備をすぐに整えなければならない。出発は数日後だし、遅れるわけにはいかないのだから。
 人の心を覗くことができる水の精霊に、嘘は通じない。だから、正直な気持ちを見てもらい、正々堂々と認められる。これしかない。

 策を練らなくていいのは楽だけど、小細工ができないからこそ、事前にできることがほとんどなく、このまま当日を迎えていいのか、と不安になる。
 けど不安だろうと何だろうとできることがないのは変わらないので、もう「なんくるないさー!」と開き直るしかなかった。
 荷物の準備をしている時に「こうやってるとピクニックみたいだね」とアイシャに言ったら、さすがに能天気すぎたのか微笑みで返されてしまったけど。
 


    ○



 数日後、私達はラグドリアン湖に向けて、マリアンヌ様達と共に出発した。
 王妃様を護衛するとだけあって、護衛の魔法衛士隊にも気合が入っているようだ。
 時々モンスターなんかが襲ってきたけど、一瞬で片がついてたし。
 さすがに全部の魔法衛士隊を連れてくると王宮が手薄になるので一部だけらしいけど、それでも充分な数の兵力のようだ。
 馬車の中だと外の様子が分からないけど、安全のため馬車が止まったり、報告がきたりして、だいたいの様子は伝わってくるんだよね。ああ、いま戦ってるのかなーって感じで。


 ちなみに、その魔法衛士の中にワルドという人物がいた。カリーヌさんとも面識があったようだし、十中八九原作のワルドのはず。彼が馬車内への報告に来た際に名前を知った。
 今はまだ下積み時代なのか、魔法衛士隊の中でも見習い的な扱いのようだった。ここから努力を重ねて、マザリーニさんにも信頼されるぐらい出世するんだったっけ。
 早い段階で将来の裏切りフラグをどうにかしたい。あまり接触できないし、できてもどうすればいいのか分からないけど。
 彼が求めている『聖地にあるもの』についても私は原作知識以外には詳しく知らないし、今はまだ難しいかな。
 ……本当に、今って本編開始の何年前ぐらいなんだろう?


 ちなみに私達は、マリアンヌ様と同じ馬車に乗っている。
 王妃様と同じ馬車に乗せるなんて、と周囲の貴族からの批判は、マリアンヌ様がやんわりと受け流していた。
 「向こうに着くまでに話したいこともあるので。それとも、王妃の意思など無視されて当然ですか?」とか言って。
 ……訂正しよう。マリアンヌ様は、やんわりとした口調で黒い笑顔を浮かべて、周囲の批判を蹴散らしていた。
 この人もカリーヌさんのように、怒ると怖い人なのかもしれない。うるさかった貴族達を一瞬で黙らせていた。
 原作ではたしか、国王様の崩御に悲しみ、政治に口を出さなくなったりとかで活躍している印象がないんだけど、これもメアリーさんの存在による変化なのだろうか。
 それとも、こっから数年後に国王様が死んだら原作と同じようになってしまうのだろうか。……頑張ってもらいたいところなんだけど、大切な人を失うのってすごく辛いだろうしなぁ。
 病院生活で知り合った人が死んじゃった時とか、私も泣いてしまったし。私もあんな風に突然死んじゃうのかな、って不安になったっけ。
 まあ、これは考えても答えが出ないかな。辛いことを乗り越えられるかどうかは、結局その人次第なんだろう。周りにいる人ができることは、支えることぐらいだ。
 その周囲の支えがすごく頼りになったりするんだけど……マリアンヌ様は、そういう頼れる人って、いるんだろうか。カリーヌさん辺りは厳しくとも優しく支えてくれそうだけど。


 ちなみに話したいことっていうのは、世間話とかのレベルで別に重要そうなことはありませんでしたとさ。




 色々考えているうちにあっという間に時間が過ぎて。
 私達は無事に、ラグドリアン湖に到着した。


 交渉役を代々務めてきたというド・モンモランシ家の当主(つまりはモンモンの父親)が現地で事前に準備をしていて、王家を迎えるということもあり、従者や家族もいっしょだった。
 つまりまあ、幼少期のモンモンとも出会えたわけだけど……なんかすごい可愛かった。
 自分の父親の傍で礼儀正しく立っているけど緊張しているらしく、時々不安げに父親をちらっと見上げたり、少しそわそわしている。
 強気な娘がこう、もじもじしている姿ってなんでこう萌えるんだろう。


「ア、アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスです。よろしくお願いします」


 と、萌えている場合じゃなかった。遊びにきたわけじゃないし、気を引き締めないと。
 アイシャがド・モンモランシ家の人達に挨拶をして、ぺこりとお辞儀する。
 向こうとしては王家からの依頼でもあるわけだから受けざるを得ないのだろうが、非常に危険な行為であることを丁寧に繰り返し説明していた。

 実際、自分だって不安だし、カリーヌさんやマリアンヌ様も不安だと語っていた。
 水の精霊はこちらに敵意がなければ~というのは真実らしいが、それでも何か想定外のことがあるかもしれない。
 けど、危険であるからこそ、ロマリアに対して「これだけ危険な行為を行い、潔白を証明した」と言うことができる。
 それぐらいやらないと、異端審問を避けることは難しいらしい。それだけロマリアが恐ろしいということだ。


 全ては、今回の交渉に掛かっていると言えるだろう。水の精霊に心を覗いてもらうという、頑張りようがない交渉だけど、頑張ろう。
 ……とりあえず、煩悩は捨てといた方が良いのだろうか?



SIDE:ド・モンモランシ伯



 正気の沙汰ではない、と思った。


 ――10歳という幼い少女の心を、水の精霊に触れさせる。
 王家より今回の件について連絡があった時は、まず自分の耳を疑った。聞き間違えでは無いか、と。
 だが、王家の使者に何度確認しても私の聞き間違いなどではなく、それは本気で計画されていることらしかった。
 たしかに水の精霊は、己に敵意を向けぬ存在に対しては何もしない。
 だが、そこには保障などない。ほんの気紛れひとつで、水の精霊は人の心を壊せるのだ。

 水の精霊との交渉を代々任されてきた我が家系には、先代達の経験が書類や本としてまとめられ、受け継がれている。
 そこには、交渉の際に邪心を抱いてしまい心を砕かれた者のことや、密猟者達が水の精霊に迎撃された際にどのように狂ったかも記されていた。
 水の精霊は、気紛れに人を襲う存在ではないだろう。けどそれは、単に襲う必要がないだけのことだ。何か理由があれば、躊躇わず水の精霊はその力を振るうだろう。

 王家には心の底から訴えたつもりだ。あまりにも惨い仕打ちではないか、と。
 事情は聞いた。ロマリアの異端審問から逃れるために、水の精霊に認められる必要があるのだと。
 だが、これでは異端審問と変わらぬのではないか? ただ、幼子を死地へと追いやるだけの悪行ではないのか。

 無論、私の考えなどただの現実逃避にしか過ぎないことは理解している。
 王家が動いた以上もう私に止めることなどできない。
 本当に異端審問の対象とされたのなら、アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスという少女は、人として死ぬことすら許されないかもしれない。
 一刻も早く、ロマリアへの対策が必要となるだろう。それは、分かってはいるのだ。分かってはいるが、それでも納得できない。
 必死の想いで呼び出した使い魔が、普通の存在ではなかった。ただそれだけで、何故このようなことに……。

 守ってやりたい、と思う。
 その感情を抱く理由は、アイシャという少女への同情だけではない。
 少女と同じぐらいの歳である我が娘に、伝えたいからだ。

 世界は、こんな残酷なものではないのだ、と。

 汚いものはあるだろう。辛いこともあるだろう。それこそ、死にたくなるような絶望だってあるだろう。
 それでも。
 それでも、綺麗なものだってあるのだと。胸を張って娘に伝えたいのだ。
 それなのに――目の前の少女の絶望ひとつ、私は打ち破れない。

 だから、せめて諦めて欲しかった。
 もっと他に方法があるかもしれない。限られた時間を精一杯に使えば、もっと安全で、もっと救いのある未来が掴めるかもしれないから。
 この少女が諦めてさえくれれば、その時間を稼ぐことぐらいはできるかもしれない。そう自分に言い聞かせるように、言葉を紡いだ。



 だが、その少女は。


「怖いけど……すごく怖いですけど、それでも……お願いします。私達を、水の精霊と会わせて下さい」


 目の前の苦難に、逃げることなく挑んできた。



 何故、彼女がここまで来れたのか、分かった気がした。
 幼いとか、弱いとか、理不尽とか――そんな言い訳を呟くことすらなく、この少女は己が運命に立ち向かってきたのだろう。
 その姿の、なんと、気高いことか。

 気付かされる。
 私はこの少女に、同情している気になっていただけだ。
 娘に世界の綺麗さを伝えたい、というのも後付けの言い訳に過ぎなかった。
 ただ、きっと。
 目の前の少女のために何もできない、私自身の無力さを認めたくなかっただけ。
 弱く無力な自分から、逃げ出していただけだった。



 ふと、彼女の隣に立つ存在に気付く。
 それは、光り輝く人の姿をしていた。
 伝え聞いていた情報から、その存在こそが光の精霊なのだと一目見て分かった。突然現れた精霊にびくっと驚き怯える娘の頭を、こっそりと撫でて落ち着かせる。

 今回の件について、王家からは表向きの“事実”と、その裏に隠された“真実”を教えられていた。
 “真実”である光の精霊という存在を秘事とするために、自称・異世界の幽霊を名乗る使い魔であるという“事実”を公表する。
 なので、その光を纏う存在の正体を知るのは、現時点でも少数とのことだ。

 その、稀有な存在である光の精霊は……堂々とこちらを見据え、己が主の傍に立っていた。
 己の存在が主を害するかもしれない。だから、危険でも無謀でも、その現実に立ち向かうのだ、と。
 言葉で伝えられない想いを、その姿で示そうとするかのように。


「――――失礼した。無用の心配で、勇気ある貴女達に対して、無礼を働いてしまっていたようだ」


 もう、二人とも覚悟はしているのだろう。
 ならば私にできることは、せめて、任された役割を完璧に果たすことだけだ。

 ……始祖ブリミルよ。
 どうか、この気高く勇気ある者達に、祝福をお与えください。




SIDE:カエデ



 幽霊状態では何も言えないのでじーっと見つめることしかできなかったのだが、何とか納得してもらえたようだ。
 モンモン父は、交渉を行うために湖へと歩み寄っていった。

 モンモン父から、目を閉じるように言われる。王妃様であるマリアンヌ様にも同様に、だ。
 盟約の儀式はド・モンモランシ家の秘伝らしく、それを見られるわけには行かないらしい。
 念のための見張りとして、ド・モンモランシ家の従者の方々が並び立ち、モンモン父と私達の間に人の壁を作った。

 マリアンヌ様が「皆、目を閉じよ」と命じたので、周囲の貴族も大人しく従ったようだ。私達もそれに倣い、目を閉じる。
 ……よく考えると、肉体が無いはずなのに目を閉じられるって私どうなってるんだろうね? 人間だった頃の感覚で、幽霊としての機能を使って視界を閉じているとか?
 まあ考えても分からないし、今はどうでもいいかーなんて思っているうちに、儀式は終わったようだ。目を開けていいと言われて、視界を元に戻す。

 ラグドリアン湖の水面に、人の形を真似る不定形の水の塊があった。その存在が水の精霊で間違いないらしい。
 今は儀式を行ったモンモン父の姿を真似ているようだ。
 ……うん、予想してたけど裸なのね。別にいいけどさ、これけっこう恥ずかしくないのだろうか。
 
 こちらの心配を余所に、モンモン父は水の精霊に今回の件について説明を始めていた。
 プロ根性というものだろうか。無駄にたくさんいる人々から、他人の物真似とはいえ自分の裸を見られているのに、全然平気なようだった。


 やがて説明が終わり、前に出るように言われて、アイシャと私は水の精霊へと近づいた。
 たぶん肉体を通じて精神に干渉してくるはずなので、アイシャに憑依して待機する。身体の主導権はアイシャのままだ。
 ……さて、ここからだ。
 煩悩退散、煩悩退散、と心の中で念じながら、心の準備をする。

 カリーヌさん達との間にある微妙な誤解はなんかもうどうしようもなさそうだけど、水の精霊なら心を読み取れるのだから、誤解はしないでくれるはず。
 だから、水の精霊にきちんと通じるように、自己紹介するような感じで私のことを頭に思い浮かべて、審判が始まるのを待つ。



 そして。
 たくさんの人達が見守る中、水の精霊は。





「待っていた。再び会える時を待っていたぞ、カエデよ」




 なんか、気のせいか親しげな様子で微笑んできた。私を真似た姿に変身までして。


 ……え、あれ?

 なんというか……え? どうなってんの?

 どこかでお会いしたことありましたっけ?






[17047] 第12話「答えを求める者達」   ※4/11修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/04/11 13:48


「待っていた。再び会える時を待っていたぞ、カエデよ」


 突然、旧友との再会を喜ぶように微笑み、そんなことを言い出した水の精霊。
 ……いやいやいや。私とあなたは初対面のはずですよ?
 アイシャに身体を借りて、水の精霊に話しかける。

「ええっと、人違いではないでしょうか?」

「否。私は覚えている。そなたの輝きを覚えている」


 自信満々に即答されたよ。ええっと、どうなってるの?
 私がハルケギニアに召喚されてから、まだ1ヶ月も経っていないはず。色々と大変で細かい日数は分からないけど、少なくともその間にラグドリアン湖に来るようなことはなかったはず。
 というか、水の精霊を見たのだって今回が初めてなんだ。今までに出会っているはずがない。


「すみません、私にはあなたとお会いした記憶がないのです。以前、どこかでお会いしたでしょうか?」

「謝ることはない。“今”のそなたが私を知らないのは必然だ。少し、悲しいがな」

「……え、えっと?」

「いずれ分かる時も来るだろう。今はそれよりも、果たすべきことがあるのではないか?」


 水の精霊が何を言っているのかいまいち分からないけど、確かに、今は優先すべきことがある。
 異端審問を避けるために、水の精霊に私の存在が悪しきものではないと認めてもらわなければならない。
 幽霊が現世に留まってはならない、とか言われたら何とも言い返せないけど。


「先程、単なる者より聞いた。そなたを認めればよいのだな? ならば答えは決まっている。友を認めぬ者などいるものか。
――カエデ・スギノは我が親愛なる友人だ。これでよいか?」


 ……やたらと親しげだなこの水の精霊。
 たしか水の精霊って、基本的に人間を見下してなかったっけ? 今だって、私のこと以外は単なる者とか呼んでるし。
 いや、なんか嬉しいんだけどね? 正直今の自分ってどんな存在か分からないから不安に思う時もあるし、誰かに認められるってのは嬉しいんだけどね?
 その、何で出会ったばかりでそんなに親しげなのか分からないから、なんだか違和感を感じるというか。
 私がハルケギニアに来たのが最近である以上、過去に出会っていた可能性なんてないはずなんだけどなぁ?


 ……考えてもさっぱり分からん!
 水の精霊もいずれ分かるだろうって言ってるんだし、今は異端審問の回避に集中するとしよう。


「うーん、と……それだけだと、納得しない人達もいるようなので」


 周囲でざわめく王宮貴族達にちらりと視線を向け、「ああいう奴がいるから」みたいな意を示す。
 まあ、今騒いでいるのは文句があるからというより“水の精霊が相手を友と認める”という、もしかしたら史上初かもしれない出来事に戸惑っている感じかもだけど。
 味方になってくれてるカリーヌさんやマリアンヌさんも、すごく驚いている様子だし。やっぱりとんでもないことなんだろうねハルケギニアの常識的に考えて。
 とにかく、話を進めよう。


「もし私達……この身体の持ち主であり私の召喚者であり大切な友達のアイシャも含めて、精神が壊れたりとかしないなら、心を覗いてもらいたいんですが、お願いできますか?」

「いいだろう、それをカエデが望むなら。それと、カエデの話しやすい言葉遣いでよい」

「え、ええと……それじゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうね?
色々聞きたいことはあるんだけど――まずは服着てる状態にして、恥ずかしい」


 「理解した」と言って、普段私が着ている(ように見せているだけだけど)ワンピース姿になってくれる水の精霊。
 うん、自分が裸になったわけじゃないけどさ。やっぱ恥ずかしいんだよね、目の前で自分の裸の姿が晒されてるのって。自分そっくりのフィギュアが衣装フルキャストオフされて飾られている感じというか。
 まあすぐに対応してくれたので良しとしよう。うん。……どうせ真似されるなら胸は大きくしてほしかったような気もするけど秘密。


 思考を切り替えよう。
 水の精霊の私達お友達だよ宣言については謎が深まるばかりだが、状況は好転しているようだ。
 精神破壊の心配が無くなり、安心して審判に挑める。しかも水の精霊はこちらに好意的なので「お前異端。死刑」なんて流れにはならないはず。
 ……あれ? これってもう、ミッションコンプリートじゃない?
 水の精霊が友と認めるという、すごく珍しい存在となれば、ロマリアだってそう簡単に手を出せるとは思えない。世間体的にも、損得勘定的にも考えて“手を出さない方が得”となるはず。
 そういう状況にするのが今回の目的なんだし、後は心を覗かせているのを周囲に見せて、文句が言えない程に納得させてしまえばいい。


『やったねアイシャ! 明日もホームランだ!』

『え、えっと? ほーむ、らん? と、とにかくなんとかなりそうですね、良かったです』


 安心して思わずネタ言っちゃったけど、通じるはずがなかった。そもそもハルケギニアに野球はあるのだろうか……なさそう。
 とにかくこれでなんとかなりそうだ、とほっとした時、急に王宮貴族の1人が異議を唱えてきた。


「事前に水の精霊と取引していたのでは? これでは、身の潔白の証明にならないかと思われますが」


 む、とその問いに対して少し考察する。
 確かに、心を覗かれる前から安全が確保されているような状態では『危険を覚悟して身の潔白を証明した』とするには少々弱いかもしれない。
 事実がどうであれ、付け入る隙を与えれば、無理矢理な主張だろうと捻じ込んできて、強引に異端審問へと繋げてくる可能性は否定できない。


「それならば、他の者もカエデの心を覗ければ納得するか? 単なる者よ」


 考えていると、水の精霊がそう提案してきた。
 「できるの?」と聞くと「可能だ」と頷かれる。


「ただ、カエデと……アイシャ、だったか? にとっては苦痛かもしれない。己の心を覗かれるのだからな。
それでもよいのなら、何人だろうと精神を繋げることはできる。ただしカエデと、その友であるアイシャに危害を加えようとするなら、その者には覚悟を決めてもらうが」


 うーむ、なんという高性能コミュニケーション。
 皆の心が水を通してひとつになる……というのは、なんとなく旧劇場版エヴァの最後の方を思わせるものがあるよね。それはきっと気持ちの良いことよ?
 まあそれはともかく、心を覗かれるのが嫌でも、そうしなければ納得しない連中がいる以上、やる必要がある。
 アイシャも『う、うぅ……が、我慢しますっ』と言って堪えてくれている。私だけが拒否する訳にもいかないだろう。

 けど問題は、私達といっしょに水の精霊に触れるという役割を誰が担うか、だ。

 当然というか、王宮貴族達は精神を壊されることを恐れて「おまえがやれよ」「いやいやおまえが」的な押し付け合いをしている。
 最初に疑いの言葉を告げてきた王宮貴族も何だかんだと言い訳を並べて、水の精霊と関わることを恐れているようだし。
 と、二人が挙手をして立候補した。カリーヌさんとマリアンヌ様だ。
 ざわ、と王宮貴族達が騒ぐが、二人とも無視して自分の意志を述べた。


「いま動かねば、同行した意味がないでしょう。水の精霊よ、どうかお力をお貸しください。私では役に立てぬかもしれませんが」

「私はカエデとアイシャを守るためにここにいます。水の精霊、あなたを疑うわけではありません。ただ、共にカエデ達を守らせていただきたい」


 水の精霊は、小さく頷くことで二人に了承の意を示した。
 王妃様と公爵夫人という、凄まじいコンビが協力を申し出てくれたのはありがたい。
 けど、二人は元々私達の味方側の人間だ。今回の精霊審問が、水の精霊と事前に取引して行った八百長芝居だったという疑いを晴らすには、この二人だけでは駄目かもしれない。
 私達と敵対する勢力の人物が精霊審問に参加して“彼女達はズルを行っていなかった”というような証言をしてくれるならありがたいが、正直むずかしいだろう。

 せめて、私達の味方だと公言していないような人物が証言に加わってくれれば……そう、思っている時だった。
 1人、杖を掲げる男が現れた。
 周囲のざわめきが広がる。その杖を掲げた人物を見た私も、驚いた。

 その男は――。


「お、おい! おまえ何をやってるんだ!?」

「すみません隊長、お詫びは後で必ず……。水の精霊よ! その儀式、どうか私も加わることをお許しいただきたい!」



 若き日のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。その人であった。
 ……もう、何がどうなってんの?




SIDE:ワルド




 答えを探していた。
 それが何の答えなのかも、知らないままに。



“母の代わりに聖地を目指してちょうだい。きっと、そこに救いの鍵がある……”

 幼い頃に己の手で殺してしまった母が残した日記には、そんなことが書かれていた。
 日記を見つけたのは、ついこの間のことだ。母の部屋を整理していて、偶然発見した。
 肝心なことは何も書かれておらず、ただ“恐ろしい秘密”とやらに怯える心情と、“聖地に行かねば救われない、だがエルフから聖地を取り返そうとすることもまた破滅だ”という、現実に絶望してしまったような心の叫びばかりが書かれていた。実際、絶望してしまったが故に、心を病んでしまったのだろう。
 正直、内容は読んだだけで信じられるようなものではない。
 だが、信じる信じないという話ではない。
 “母殺し”の自分が、母の最期の願いを叶えることは、贖罪であり義務だ。


 俺が12歳になった祝いのパーティで、自分が拒絶し突き飛ばしたせいで、母は足を踏み外し、階段を転げ落ちて、首が折れて死んだ。
 それから、ずっと“俺は悪くない、母は既に死んでいたようなものだった”と、そんな言い訳ばかりをして過ごしてきた。
 だが、母が狂ったのには理由があった。それも知らずに、俺はただ母を心の弱い人間だったと軽蔑し続けてきてしまった。
 心が弱かったのは、自分の方だというのに。


 聖地に何があるのかなんて知らない。だが、それを知るためにも強くなり、“恐ろしい秘密”とやらを知らなければならない。
 そうすることが、俺が唯一母にできる償いなのだと、今はそう信じている。
 そんな時だった。探している“答え”を知るための好機がやってきたのは。

 光の精霊。カエデ・ス・ギィノー。
 精霊というのは勘違いだ、というのが本人の主張らしいが、そこはどうでもいい。
 ただ彼女が、ハルケギニアの常識では考えられない知識を持っているらしい、ということだけが重要だった。
 死者を呼び戻す秘術。真実を見抜く英知。そしていま、水の精霊との関わりも判明した。

 そんな未知の存在である彼女の心を覗くことができれば、そこには何か、俺の求める“答え”を知るためのきっかけがあるかもしれない。
 雲を掴むような話だ。だが、それ故に好機を逃すわけにはいかない。迷っている間にも、好機はこの手をすり抜けようとしているのだから。


「単なる者よ。貴様はカエデと、カエデが友と想う者達を傷つけぬと誓えるか?」


 水の精霊の問いに、一瞬だけ迷う。
 母への贖罪のためなら、この手を汚すことも厭わない。そのためなら、トリステインという国を裏切ることすらやってみせよう。
 だが、今から精神を共有する相手にはトリステイン国の王妃であるマリアンヌ様がいる。もしかしたら、俺が裏切りかねないことも知られてしまうかもしれない。

 しかし、この機会を逃せばもう二度とカエデという存在の心を覗くことはできないだろう。
 彼女とその主が生きるにしろ、死ぬにしろ。恐らくはこれが、最初で最後の機会。
 ならば、恐れている場合ではない。
 私は、立ち止まるわけには行かないのだから。




「――我が杖にかけて!」




 私の宣言に、水の精霊は少し思案する様子を見せた後、了承の意を示した。




SIDE:カエデ




 ワルド以外に名乗り出る者がおらず、結局は私とアイシャを二人分として数えて、5人が水の精霊により精神を繋げることになった。
 ……王宮貴族のみなさんは気付いているのだろうか?
 もしこれで、万が一王妃様に何かあった場合、『王妃様の行いを止めるでも補佐するでもなく、ただ立っていただけの無能』として扱われる可能性があるということに。
 まあ、彼らがどうなっても別にいいのだけど。マリアンヌ様に何かある方が嫌だし。

 自分達の安全については水の精霊を信じるしかなさそうだ。
 またまた綱渡りなわけだけど、これさえ乗り切ればきっと安全になるはず。私達ファイトー!


「では、そろそろ始めよう。どこでもよいので、湖の水に触れてくれ」


 水の精霊に言われて、私達はそれぞれ湖に手を入れる。
 最初はただ冷たいとか、普通に水に触れているだけの感覚だったが……しばらく待つと、なんだかくすぐったいような感覚があった。
 おそらくいま、水の精霊がラグドリアン湖の水を通して触れてきてるんだなーって考えていると、一瞬目の前が暗くなったような気がして、気付けば視界が一変していた。



 不思議な空間だった。
 海底にいるような、一面の青。けど、どこか心休まる光に包まれている、そんな光景。
 ううむ、実にファンタジー。これが水の精霊の精神世界ということだろうか。
 いや、私の“水の精霊に対するイメージ”が風景として描写されているのか?

 ……よく分かんないので、スルーしよう。そんなに重要なことでもないだろう。

 周囲を見渡してみると、マリアンヌ様やカリーヌさん、ワルド……そして、アイシャが目の前にいた。
 どうやらアイシャと私は、私達が憑依合体した状態で精神世界に入っても、別々の精神体として存在することになるようだ。
 まあ今回は水の精霊によって精神を繋いでいるので、何か工夫されているのかもしれないけど。

 今はそれは置いておこう。それより、これからどうすればいいのだろう?


「とりあえず、カエデがいた“異世界”とやらを想像してみたらどうだ? そのイメージを、ここにいる者達に見せてやろう」


 何故こっちの思っていることが、と一瞬思ったけどよく考えたら今の私達の思考って水の精霊には筒抜けなのか。
 どうやら相手の思考まで読み取れるのは水の精霊だけで、それを水の精霊が翻訳というか映像化してくれるらしい。
 いきなり全員が思考を共有とかしたら意識の融合というか色々問題があるのかもしれない。よく分からないけど、水の精霊が頑張って私達の安全を確保してくれてるという解釈でよいのだろう。
 アイシャと知識とかの共有をしている時も、無意識のうちにロックがかかるのか、秘密にしておきたいことは伝わらないみたいだし、精神を繋げるというのは色々負担とかあるのかもね。
 正直、ゼロ魔原作について伝わってしまうとまずいかもなんで、これでいいのだろう。水の精霊にはもう知られているだろうけどそこは仕方ない。水の精霊が上手いこと黙っていてくれることを祈ろう。


 さてさて、では自分は言われた通りにイメージしてみよう。
 ……しかし現代日本の、というか地球のイメージか。改めて言われると難しいよね。
 とりあえず身近な、私が住んでいた町や家を思い浮かべてみる。

 一般的な現代日本の町並みのイメージが、水の精霊によって映画館みたいに大きな映像として目の前の空間に映し出された。
 アイシャ達の感嘆の声が聞こえる。やっぱり驚くよね、大きなビルとかハルケギニアではありえない建築方法で作られた建物がずらーっと並んでるところって。
 現代日本人がファンタジー世界に驚愕するように、その反対もあり得るということだろう。


 私自身のことは……うーん、とりあえず病院で苦しんでるところはあんまり見られたくないかな。顔ぐしゃぐしゃにして咳き込んでるところとか、やっぱり見られて嬉しいものでもないし。
 家で休んだり友達と遊んだりしてるところ。学校に通っているところ。そういう、平和な風景を思い浮かべていく。
 あくまでイメージだから、三人称視点だったり一人称だったりで、あることないこと色々混ざって映像化してるようだけど、どんな世界だったかはだいたい伝わると思う。

 映像の中には、懐かしい友達とかも出てきて、なんだか嬉しいような悲しいような。
 ああ、もう私は死んでしまったんだなーって実感しちゃったり。幽霊としてでも意識があるから、自分が死人だという自覚が薄かったのかもしれない。
 ……もしいつか、虚無の魔法である“世界扉”であの世界に行けたら、なんて思うけど私の身体はもうないわけで。
 私がみんなの様子を見ることはできたとしても、映像の中で笑っているかつての私みたいに、みんなで遊べることはもうないんだろうな、なんて思うと、ちょっと、苦しい。



 ……だめだめ、もっと楽しいことイメージしよう!
 楽しいといえばやっぱゲームとかニコ動……だけど、よく考えたらこれ伝えても仕方ないか。
 ここは、宇宙から見た地球のイメージでも思い浮かべてみよう。えっと、どんなだったっけ……。


 ちょっと漠然とした感じだけど、暗い宇宙に漂う青い星のイメージが映像化された。
 上手くイメージできるか不安だったけど、うまくいったようで良かった。
 ……んー、けどこの地球のイメージどこで見たんだっけ? あまり天体観測とかに興味なかったはずなんだけど。




 あ、あれかニコ動の人類滅亡シリーズとか、




 ズガアアアアアアアアアアン!! と。
 映像の中の地球で、轟音と共に地殻津波が起こっていき……。


(ちょ、まっ、やっちまいましたー!?)


 止める間もなく、映像の地球は真っ赤に染まり人類滅亡しちゃいました。
 ……例のBGMまで再現されなかったのが、不幸中の幸いというか。


(え、ええっと、元通りにしないと……再生のイメージ、地球が元通りになるイメージ!)


 と、慌てて想像したのがいけなかったのだろうか。
 人類が滅亡した地球に巨大な光の巨人が現れて……って、あれって綾波レイ!?
 本来なら彼女の登場により光の柱が地球上の各所で発生し、地表が真っ赤に染まっていくのだが……地球が元通りになる、という私のイメージが反映されているようで、逆再生されるかのように、人類滅亡した真っ赤な地球が元通りの青い星へと復元されていった。
 ……ううむ、なんというカオス。
 ニコ動に投稿したら特に再生回数伸びずに消えていくようなやっつけ感満載な映像になってしまった。私の想像力のせいでもあるんだろうけど。
 編集する人によっては神動画になるのかもな……とか思ってる場合じゃないよね、みんなびっくりしてるし、アイシャなんてもう驚くの通り越してなんか顔が真っ青になってる。


「ええっと、今のは無しでお願いします」


 どう言えば間違いだと伝わるか分からず、そんな曖昧な言葉になってしまう。
 ……水の精霊に頼んで、こっちの思考を伝えてもらうとしようか。

『すいませんけど精霊さん、よろしくお願します』

『了解した。……今まで同様、思考の伝達にはある程度こちらで制限をかけるぞ? でないと単なる者では脳が膨大な情報量に耐えられないだろうからな』

『やっぱりあったんだ制限。うん、ありがとね。みんなのことも考えてくれて』

『…………そ、それほどでもない』

 感謝の意を伝えると、なんだか水の精霊が少し戸惑ったような気がした。
 ……なんだったんだろう?
 気になるけど、いまはアイシャ達への説明を急ぐとしよう。



SIDE:アイシャ



 たくさんの人が、笑っていた。
 見たこともない建物や風景は、何だか夢のようで。
 暗闇に浮かぶ青い球体が現れた時、初めはそれがなんなのかよく分からなかったけど、伝わってくる思考やイメージから、あれがカエデさんの世界なのだと知った。
 きらきらとした光に見守られた、穏やかな青に包まれた世界。
 そんな幻想的な場所で、たくさんの笑顔が溢れているのは、本当に幸せそうで。




 それが。
 一瞬で、地獄に染まった。




 突然の爆発。
 そこから、青い世界を悲劇が襲った。
 何もかもを飲み込む、雨のように降り注ぐ大地の破片。
 幸せに笑っていた人達も。
 苦しみに耐え、明日を目指していた人達も。
 みんな、あっという間に巻き込まれて……。


 そして、世界は赤く染まった。
 さっきまで人々が生きていた大地は、赤く煮えたぎる地獄と化し。
 ……生き残ってる人なんて、いないと。
 見ただけで、分かってしまった。


(――――――ッ!!)


 言葉が、出ない。
 カエデさんの世界を唐突に襲った惨劇は、見ているだけで心が壊されてしまいそうな程、悲惨で。


(なんで、こんな……!)


 知らなかった。
 いつも明るくて、前向きで、私を励ましてくれているカエデさんが……こんな残酷な最後を迎えて、死んでしまったなんて。
 呆然としたまま、その地獄へと染まった世界を見つめていて。


 ――地獄と化した世界から、光が現れた。


 それは、巨大な女の人の姿をしていた。
 彼女は、赤く染まった世界を抱きしめるように、両手を、そして翼を広げて。
 そして……世界が再生されていく。
 赤く染まった世界は、元通りの青色になり。砕けた大地も、修復されて。
 死んでしまった人達まで、何もかもが、元通りの平和な世界へ――。


(……あれは)


 光の精霊、という言葉が頭に思い浮かべる。
 けど、目の前の映像の中にいる光の巨人の顔は、カエデさんとは全然違っていて。
 だとすれば、彼女は――。


(カエデさんの、ママ……?)


 やがて映像は消えて、カエデさんからの思考が、水の精霊さんを通して伝わってきた。
 いまの映像は、間違いだった、と。
 けど、嘘のイメージにしては、あまりに鮮明すぎて。
 けど、カエデさんの思考からは、たしかにあれが間違いだったと伝わってきて。


(いったい、どうなってるんだろう……?)


 分からないことが、いっぱいある。
 そして自分が、カエデさんのことを何も知らないまま、ずっと頼り切っていたことに気付いた。
 パートナーとか、勝手に言ってたくせに、肝心の私はまだ、カエデさんのために何もできていない。

 私は。
 カエデさんのために、何ができるんだろう。
 それを考えるためにも、もっとカエデさんのことが知りたいって思った。
 なので、伝わってくるカエデさんの心を感じ取ろうと集中して。




『……滅びそうになってるの、ハルケギニアの方だしね』



 そんな、とんでもないことが、伝わって、きた。




SIDE:カエデ



「か、カエデさん! いまのって、いったい……!?」


 突然アイシャが叫びだした。
 どうしたんだろう、と彼女の様子を見て……他の人達も、こっちを見つめていることに気付いた。
 ……あれ? 私、またなにかやっちゃった?
 疑問への答えは、アイシャの問いかけで知ることができた。


「この世界が、滅びそうになってるって……!!」


 ………………。
 …………。
 ……。



 やっちまったあああああああ!?



 どうやら、先程ちらっと考えてしまった思考が、みんなに伝わってしまったらしい。
 アイシャが気持ちを代弁しているからか、他の人達は叫んだりしてないけど……やはり気になるのだろう、『詳しく聞かせてもらおうか?』って感じでこっちを見ている。
 水の精霊だけは何か理解しているような様子で、変わらない様子で私達を見守ってくれているけど。



 ええと。
 ……ど、どうしよう?





[17047] 第13話「光の精霊の預言書(嘘)」   ※4/11修正
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2010/04/11 13:46





  みんなが、水の精霊を通じて私から伝わった『ハルケギニア滅亡の危機』というキーワードに興味深々の様子でこちらを見ている。
  思っていることがなんでも伝わるって、以心伝心を通り越すと厄介でしかないようである。
  ……ほんと、どうしよう。だーれーかーたーすーけーてー。



  私の知識から、何故ハルケギニアが滅びようとしているのかは説明できる。
  たしか、ハルケギニア大陸の地下に蓄積された風石が飽和状態にあり、そのせいでやがてハルケギニア大陸の約5割近い土地が空へと浮上する、という話だったはずだ。
  全ての大陸がまとめて浮上するなら、ファンタジーな世界だしまだなんとかなるかもだが、そういうわけでもないらしい。
  完成済みのジクソーパズルのピースを無理矢理持ち上げるように、一箇所だけが持ち上がり、その結果他の大地を崩壊させるきっかけを生んだり、少なくなった土地を得るための争いが起こったり……。
  とにかく、放っておけば大変なことになるだろう。なので教えることでこの場にいる人達の助けを借りて、大隆起と呼ばれるハルケギニア崩壊のシナリオをなんとかできるなら、説明することはむしろ大歓迎なんだ。

  けど、問題点がある。
  自分が死ぬまでに見ていたゼロ魔原作ではまだ詳しく語られていなかったので、エルフの住む“聖地”にある魔法装置か何かの力を使えば、風石の力を無力化できるかもしれない、というぐらいしか知らない。
  解決策について具体的な情報を教えられないのに、滅亡の危機が迫ってるなんて教えたら、みんな心を病んじゃったりしないだろうか? ワルド母のように。
  ハルケギニアの危機について説明したとして、それが本当であると証明するものはない。
  それに、なんでそんなことを知っているのかと聞かれても、正直に答えるのは難しい。この世界のことが書物になっているとか、信じてもらえるとは思えないし。

  ……それに、なんか微妙に自分の知ってるゼロ魔の世界とは違うような気もする。カリーヌさんやマリアンヌ様の性格の違いとか、少しだけど差異があるように思える。
  パラレルワールド、というものだろうか。少しずつだけど、違う可能性へ分岐した、ゼロ魔原作とは似てるけど微妙に違うハルケギニア、というか。
  だから、破滅のシナリオを語ったところで、それが“このハルケギニア”でも同様に起こるとは限らない。
  覚悟を決めて詳しく話したところで、それが真実だと証明する方法は、私には何もないんだよね。


  そして一通り思考してからふと気付く。
  ……この思考も伝わってるんじゃね!?


「――風石による大陸の浮上。つまりはアルビオンのように、全ての大陸が空へと浮かび上がる……?」

「それを止めるためには“聖地”に赴き、そこにあるという魔法装置が必要だということですね?」

「あ、あの、カエデさん。ゼロマゲンサクとは、何なんでしょうか?」


 やっぱ伝わっちゃってるううう!
 カリーヌさんとマリアンヌ様の反応から、こっちの思考が多少ぼやけがちにだけど伝わっているらしいことを知る。
 全ての思考が鮮明に伝わっているのなら、確認するように呟く必要もないだろうし、ワルドも母のことを知られていることにもっと反応しているだろう。
 水の精霊がある程度フィルターをかけてくれているようだが、それでも秘密にしておきたい思考が漏れ伝わってしまうこともあるようだ。

 ゼロ魔原作のことまで伝わってしまったようだ。
 ど……どうしよう?
 一応、水の精霊に思考の伝達を切ってもらってから、打開策を考える。
 何も喋らずに済ませるというのも難しそうだ。みんなが、早く説明しろって感じでこっち見てるし。
 けど、知っていることを洗いざらい話して……どうなる?
 確かな解決策はない、本当に起こるかも分からない滅亡の予言。それを知っているのは、この世界が娯楽小説として書かれているものが、私の生前の世界にあったから。
 どれもこれも、本当にそれらを知る者でなければ、信頼するに値しないような妄言と思われても仕方ないことばかり。
 信じてもらえたとしても、下手をすれば、この世界が現実ではないなんて思わせてしまって、彼女らの精神を病ませてしまう可能性すら考慮すべきだろう。

 何か話さないといけない。けど、何を話したらいいのか分からない。
 みんなの視線すら、なんだかもう、怖くて。思わず目を閉じて――。



「――私は、逃げません」



 いつの間にか近づいてきていたアイシャが、優しい声で、そう言った。


「もしかしたらその“秘密”を聞くことは、すっごく怖いことかもしれないって……カエデさんの様子を見ていたら、水の精霊さんが心を繋ぐことを止めた今でも、何となくですけど伝わってきます。
ただの勘違いならそれでもいいんです。けどカエデさんはいま……きっと、1人でたくさんのことを抱えていて、辛いんじゃないかって、思ったから。
私はまだ未熟で、無力で、何もできない頼りない子供ですけど、カエデさんのパートナーでありたいんです。だから、私1人だけ逃げたりしたくないんです。

――カエデさん。あなたが、何を知っていて、何を思っているのか、教えてくれませんか?
それは、怖いことかもしれない。信じられないことかもしれない。けど……私は、カエデさんから逃げたりしません。絶対に、拒絶したりしません。
……私は、カエデさんの言葉を信じられないかもしれない。だけど、カエデさんを信じています。
だから、カエデさんも……私のことを信じて、相談してくれませんか?」


 滅亡の危機、というのがやはり怖いのだろう。隠しているつもりでも、足がちょっと震えている。
 けど……それでもアイシャは、私のことを案じてくれていた。
 本来なら使い魔でしかない私を、パートナーと呼んで……支えようと、してくれている。

 まだ、不安はいっぱいあるけれど。
 10歳の少女が勇気を振り絞っているのに逃げ出すなんて、私にはできない……いや、したくない。


「ああ――」


 なら、もうやることは決まっている。
 私は、私らしく。
 怖くても、不安でも、私がやりたいように、進んでいこう。


「――安心した」


 アイシャも、カリーヌさんも、マリアンヌ様も。悪人にならないのなら、ワルドも。
 ここにいる人だけじゃない。
 私の手が届くところにいる人達も、アイシャが手を伸ばしたいと思う人達も、それ以外の、名前も知らないような人達も。
 ハルケギニアに生きるみんなが、笑いながら生きていけるような世界。
 それは、理想でしかないのかもしれない。アイシャと私が2人で願ったところで、叶うことなんてないかもしれない。
 けれど、アイシャも平和を願っているのなら、多少の無茶は承知の上で、そんな理想を目指してみようと思う。


 ――求めているのは、いつだって、問答無用のハッピーエンド。
 そのためなら、努力は惜しまない。惜しんでいたら、願いには届かない。
 だから、不安を抱えたままでも、頑張ろう。


 私“達”みんなの物語が、ほんのすこしだけでも、優しいものになるように。



    ○



「上手く言えないかもしれない。少しだけ、誤魔化しちゃうところもあるかもしれない。
けど……どうか、私の話を聞いてほしい。お願いします」

 そう言うと、みんな了承の意を示してくれた。
 反応とかは十人十色というか、各人によって色々だった。
 アイシャは、私が話すと決意してくれたのが嬉しいのか笑顔だ。
 カリーヌさんは軽く微笑んで「私も貴女のことを信じていますよ」と言っていたけど、すぐに思考を切り替えて私の話を聞いた上で色々考えるつもりなのか、真剣な目つきでこっちを見ている。
 マリアンヌ様は、王妃として風格が漂っているというか堂々とした態度で、私の話を聞く心の準備を既に整えているようだった。
 ワルドは……正直よく分からないけど、自分の求める答えが得られそうだからだろうか、すごい形相でこちらを凝視している。……悪気はなさそうなんだけど、なんか怖い。


 とにかく、私は話すことにした。
 ただ、先に宣言していたように、誤魔化すことにした部分もある。
 やはりゼロ魔原作のことはある程度伏せておいた方が良いと思ったからだ。誰だって、自分達のことが娯楽小説になっていると言われて、良い気分はしないだろう。
 だけど既に心の伝達により、ゼロ魔原作という単語については説明しないといけない感じだったので、適当に「そういう本がある」という風に説明することにした。
 ……話しているうちに、何故か『ゼロマゲンサク=異世界の預言書』とか思われてしまったようだけど、それで納得してくれるならもうそれでいいやって開き直ることにした。
 光の精霊という勘違いだって、説明はしたはずなのに『そういう設定ですよね。分かります』的な感じで扱われているみたいだし。
 ロマリアからの異端審問さえ避けれたら、もうある程度の勘違いは受け入れていく心構えでいくしかないっぽい。……大丈夫、だよね?


 とにかく、預言書(偽)の存在によって、ハルケギニア滅亡の危機を知っているということにして、話を進めた。
 地下に蓄積された風石が飽和状態になりつつあること。このままでは数年後に大隆起が起こり始めるということ。それを解決するには、“聖地”にあるという魔法装置が必要になるということ。
 これらの情報が間違っている可能性もある、ということも伝えた。
 マリアンヌ様が「地下に風石が蓄積されているかどうかは、“アカデミー”へ調査を依頼すればきっと分かるでしょう」と言ってくれたので、真偽を確かめることはできそうだった。
 不確かな情報で王妃様に動いてもらうなんてとんでもないことかもだけど、ハルケギニアの未来がかかっている以上、マリアンヌ様はもう私が止めても調査を実施するつもりの様子。
 私も手伝えることは手伝って、問題解決のために頑張ろう。

 先程やっちまった“人類滅亡”の映像については……ハルケギニアには、自分達の住んでいる場所が宇宙に浮かぶ星だ、という概念がないからか、隕石についての説明が特に難しかった。
 とりあえずこの世界にあるもので説明した方が伝えやすいと思ったので、「アルビオン大陸がものすごい速度で地面にぶつかったらたぶんあれに近い感じになる。映像の爆発と比べればかなり小規模だろうけど」という具合に、巨大な質量がすごい速度でぶつかった衝撃でああなる可能性があるということを説明してみると、具体的な恐ろしさが伝わったようだ。

 光の精霊が滅亡した人類を復活させたとか新たな勘違いが生まれていたが、これもどう説明したらいいのか分からないまま色々言っているうちに、あの映像は光の精霊の神話をイメージしたもの、みたいな扱いになってしまった。
 ……うん、もうそれでいいや。よくないかもだけど、誤解を解こうと言葉を紡ぐたび、また新しい勘違いが生まれてるっぽいので、余計なこと言わない方がマシらしい。
 私の話し方って、そんなに誤解されやすいのだろうか。なんか微妙にへこむ。


 光の精霊という誤解が解けないのはもう仕方ないかもしれないが、ひとつだけ忠告したいことがあったので、この際に言っておこうと思う。
 偉そうなこと言える立場じゃないとは分かっているんだけど、どうしてもこれだけは言いたかった。


「私にできることなんて、本当に少ないんです。ハルケギニア滅亡の危機のことも、“ゼロ魔原作”に書かれていたものしか解決策を思いついていないのが現状です。
だからどうか、みなさんの力と知恵と勇気を貸してください。アイシャの……いえ、この世界に住む全ての人達のために」


 光の精霊だとか何とか言われたって、私はただの幽霊だ。
 そのことをはっきり言っておかないと、なんだか取り返しがつかない展開になるような気がしていたので、頭を下げてお願いした。
 ……勘違い系の物語って、展開次第では主人公を神として扱う宗教ができちゃったりとか、大変なことになってた記憶があるし、そうなったら私は困る。
 人から尊敬されたりするのは嬉しいかもしれないけど、それも度を過ぎればややこしいことになりかねない。釘はできるだけ刺しておいた方が良いだろう。
 神と呼ばれるなら、職人とかとしての方が良いと思う。そんな高い評価受けれる特技持ってないけどっ。



 一通り、私の知っていることは話したと思う。
 誤魔化したり勘違いされたりとかはあったけど、なんとか今言うべきことは言えたと思う。
 このことが後にどんな影響を生むのかは、分からない。
 それでも、進まなきゃ何も変わらないなら、前に進もう。
 そうして進んだ先には、きっと良い未来があると信じて。


 ただの人にできることなんて、そうやって明日に進むことしかないのだから。
 ……まあ、私は幽霊だけどさ。
 とにかく、できることを精一杯やろう。




SIDE:ワルド



 ――答えは、得た。



 母を狂わせた“秘密”は真実であり、それは王妃マリアンヌ様にも認められ、今後真偽を確かめると共に、対策を練っていくことになるらしい。
 最も、光の精霊の存在を隠すためにも、“カエデ・ス・ギィノーがハルケギニアに迫る滅亡の危機を予言した”ことを伏せて、王家でも極秘裏に動くことになるそうだ。
 それは別に構わない。私の目的は母が何を求めていたのかを知り、“聖地を目指す”ことで母への贖罪とすることだったのだから。


 カエデ・ス・ギィノーは、“聖地”に本当に魔法装置があるのか確証はない、と言っていた。
 だが、充分だ。そこに母の願いに通じる“何か”が存在する可能性が確かにあるのなら、私はそこを目指して進んでいける。
 彼女は『エルフとは争いたくない。できるだけ、平和的に交渉がしたい』と言った。
 それは、異端審問を避けるのであれば言うべきではない言葉だ。迂闊な発言だと思う。
 ……だが、同時に。彼女は――。

    
『ワルドさん、私は……みんなが笑っていられる未来がほしい。
そのためには、貴方の力も必要になると思います。
……貴方が、“聖地”に行きたいと願う強い想い。先程、水の精霊さんを通じて伝わってきました(嘘)。
ですが、堪えてください。“聖地”に行くにはエルフと戦うしかない、なんて思わないで。
“平和”な話し合いは、戦う前にしかできないと思うんです。どうしても戦わなければいけない時はあると思うけど、それでも、話し合える可能性もきっとあるから』


 ――ただ、この世界の平和を願っているのだと思う。
 世界の平和のために……自分に損があるとか、保身とか。そんな計算で逃げ出さずに、困難に立ち向かう。
 それは彼女の主であるアイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスの願いを叶えよう、という使い魔としての在り方だと、初めは考えていた。
 確かに使い魔としてのルーンが刻まれている以上、ルーンの影響を受けている可能性はあるだろう。
 けれど、彼女の瞳には確かな意思が宿っていた。あれが操られた者の目だとは思えない。


 本人が言うように、カエデ・ス・ギィノーは未熟かもしれない。迂闊かもしれない。
 しかし、彼女はここまで、現実から逃げ出さずに立ち向かい続けて、今度は世界を襲うかもしれない破滅の運命にすら立ち向かおうとしている。


(……母よ。俺は)


 その強く誇り高い在り方に、私は。


(この国がどうなろうと、貴女への贖罪を果たそうとしか考えられなかった。
ですが……もう少し。もう少しだけ、“みんな”で平穏を掴み取るために、頑張ってみようと思います)


 ――母を殺してしまったあの日から、ずっと澱んでいた心に、光が射した気がした。



“聖地に向かわねば、わたしたちは救われない”


 母よ。
 貴女はきっと、みんなで助かるための答えを求め続けて、それが見つからずに狂ってしまった。
 自分だけが助かろうとしなかった、そんな優しい貴女だから、心を病んでしまった。
 今なら、信じられる。貴女はとても優しく、ただ、それを1人で抱え込むという失敗をしてしまっただけの……俺の、大好きな母のままだったのだ、と。


“母の代わりに聖地を目指してちょうだい。きっと、そこに救いの鍵がある……”


 母よ。
 貴女が願ったように、俺は聖地を目指します。
 ですが、それは……俺1人だけでなく、平和を願う者達みんなで共に、目指すことになりそうです。





 心の中で、誓う。
 ――ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、母への贖罪のためだけでなく、平和を願う者達のために戦おう、と。





SIDE:カエデ




「もうよいのか?」


 話を終えたのを見て、水の精霊が声をかけてくる。


「うん、もう大丈夫……だと思う。ありがとね、水の精霊さん」


「…………う、うむ。くるしゅうないぞ?」


 水の精霊がなんか私の影響受けたのか変なこと言ってるけど、ツッコんでもややこしいことになりそうなのでスルーしよう。


 結局詳しいことは、今後王家の人達にも(信用できる人物に頼み、極秘裏にだけど)手伝ってもらい、調査していかないと分からないという結論になった。
 なのでとりあえず、今回の予言のことは他の者には伏せておき、内緒でエルフとの交渉(これは可能なら、だけど)とか色々裏で手を回していくことになりそうだ。
 とりあえず原作でエレオノールさんが調査して、地下に風石が蓄積されていることは証明していたはずだし、“アカデミー”に依頼すれば時間はかかっても何か分かるだろう。
 ……そういえば、今回の精霊審問が終わっても、まだ“アカデミー”での私に対する調査が待ってるんだよね。
 王家からの依頼である以上、解剖とか(この場合幽霊である私には触れられないから代わりにアイシャを、とかに成りかねない)命を奪われるようなことまではされないはずだけど、やっぱり不安は残る。
 マッドサイエンティストな人が好奇心からやり過ぎてしまう可能性だってないわけじゃないし、警戒はしておかないと……。


 何はともあれ、なんとか乗り切れたらしい。
 今度に対する不安は多々あるが、それは――。


『ぶ、無事に終わってよかったですねカエデさん! これからも色々大変そうですけど、いっしょに頑張りましょう!』


 ――この、優しい主といっしょに頑張っていこう。
 他にも、たくさんの人達が協力してくれる。
 カリーヌさん、マリアンヌ様、ラ・シャリスのみんな。
 もしかしたらワルドだって力を貸してくれるかもしれない。目的はけっこういっしょなんだし、原作と違う展開になれば……うん。だ、大丈夫だよね?


 そして、まだ見ぬ原作の主役達。
 伝説の系統である虚無の担い手のルイズと、その使い魔“ガンダールヴ”のサイト。
 そして彼らを支えるであろう人物達も、たくさんいる。今はまだ幼くても、原作開始時期になれば戦力として充分に期待できるはず。
 戦力云々を抜きにしても、原作で好きになった人物に実際に会えるかもしれないとなると、なんだか嬉しいけどね。頼りになるに越したことはないだろう。


 私の行動や、偶然が重なって、原作とは違う展開になるかもしれない世界。
 けれど、諦めずに頑張れば、きっと運命は切り開けるはずだ。
 今はそう信じて……まずは、目の前の現実に、ひとつずつ挑んでいこう。









 本来あるべきものとは違う歯車を迎え入れて。
 運命の輪は、ゆっくりと廻り始めていた。












[17047] 第14話「疑問を抱えて未来へ進む」 5/2修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 08:27



 これでひとまず終わり……と思っていたけど。
 説明し忘れていたことがあることに気付く。
 “聖地”にあるという魔法装置、たしか使うには条件を満たす必要があったんだよね。
 ハルケギニアにおいては、伝説として語られるのみとなって久しい“虚無”の系統。
 その“虚無”の担い手が4人、そしてそれぞれの使い魔が4人。そして王家に伝わる4つのルビーと4つの秘宝。
 通称、“四つの四”。これを揃える必要があるらしい。


 けど、ここで説明してしまって良いのだろうか。
 ありがたいことに、みんなは私のことを信じてくれているみたいだから、説明すること自体に対する心配はもうない。
 だが“虚無”の存在が与える影響力はとてつもなく強大だ。
 安易に語ってしまって大丈夫なのだろうか。

 例えば、今はまだ幼いだろうルイズ。
 彼女が“虚無”の系統だと判明した場合、どうなるか。
 ある程度、生前に見た二次創作などを参考にさせてもらうことになるけど、様々な変化が予想される。

 まず、この場にマリアンヌ様がいることからも、王家にも“虚無”について知らせることになる。
 別にマリアンヌ様がその情報を悪用するとかは思ってないけど、問題は“虚無”が神聖視されていること。
 もしかしたら、マリアンヌ様が望む望まぬに関係なく、ルイズを筆頭にラ・ヴァリエール家こそが王家に相応しい、となってしまうかもしれない。
 それでラ・ヴァリエール家のみんなが幸せになれるならそれでいいかもしれないけど、周囲からの嫉妬やら嫌がらせで寿命がストレスでマッハという事態に成りかねない。
 ……カリーヌさんにはたくさんお世話になってるし、恩を仇で返すような真似はしたくないなぁ。

 原作での、夫の死に悲しみ政治をほったらかしにしてしまうマリアンヌ様なら、ラ・ヴァリエール家が代わりに王家として動くことになった方がトリステインのためかもしれない。
 けどこの世界のマリアンヌ様は、夫である国王様が死んだ後も、その悲しみを乗り越えて、立派にトリステインのために頑張ってくれそうなんだよね。
 下手にラ・ヴァリエール家が周囲に神聖視されることになると、国のために働いているマリアンヌ様に負担を背負わせることになってしまうかも。


 仮に王家への問題を解決できても、今度はルイズ自身の問題がある。
 ルイズはずっと、魔法が使えない落ちこぼれとして扱われて、辛い想いをしていたはずだ。
 そんな彼女が『自分が伝説の魔法使いという、すごい存在だ』と知らされたらどうなるのか。
 やっぱり、自慢したくなるだろう。今まで馬鹿にしてきた連中を見返したくなるだろう。
 けど、“虚無”の存在は隠さないといけないから、自慢なんてことのために使わせるわけにはいかない。
 普通の規模の魔法ではないし、本人にそのつもりがなくても周囲の人間に重症を負わせてしまう可能性もある。

 誰だって、他人に認められたい、褒められたいという感情は抱えているはずだ。
 やっと手に入れた、自慢できる特別な“才能”。それをずっと秘密にしていろ、なんて。あまりに酷ではないだろうか。



 そんな問題を突破しても、まだ最悪のシナリオも想定できる。
 原作で、エルフ達は“四つの四”が揃うことを恐れていたはず。
 “虚無”の担い手を殺してしまうと、別の人間が担い手として覚醒して……とずっと続いていくため、エルフ達は担い手を捕らえて、生かさず殺さず隔離しておくという手段を講じていたはずだ。
 原作での、戦力が整い始めている人間勢力ならある程度抵抗はできるかもしれない。けど、現時点ではルイズもただの幼い子供だし、ガンダールヴもいない。
 エルフ達がどのように人間側の情報を得ているのかは分からないけど、もしエルフに知られてしまえば、幼いルイズが攫われてしまう可能性は充分にある。
 そうなった場合、救出できる可能性は……あるのだろうか。
 救出できたとしても、ルイズやカリーヌさん達の心に傷を負わせてしまうだろう。
 そうなったら、私も辛い。できればそんな未来はこないでほしい。


 ……そもそも、何故エルフが“四つの四”が揃うことを恐れているのか、知らないんだよね。
 どうやらエルフにとって“虚無”の担い手は悪魔のような存在らしいんだけど、原作で詳しく語られる前に私は死んじゃったから全然分からないんだよなぁ。
 エルフが“虚無”を恐れる詳しい理由。それが分かれば対処もできるかもしれないけど。分からないものはどうしようもない。
 せいぜい、エルフにとって“虚無”は悪魔の力であり、かつて世界に大災厄をもたらしたとされる忌むべき存在であるらしい、という漠然とした情報ぐらいしか知らない。
 原作の通りに世界が動くとも限らないし、知っていても役に立たない知識になるかもだけど。


 そもそも、原作の“虚無”の担い手とは別の人物が、担い手として覚醒する可能性もある。
 二次創作なんかでは、タバサとか王家に関わる人間が“虚無”の担い手になっている物語もあったと思うし。
 ……そう考えると、原作の知識がまったく役に立たない可能性もあるんだよね。
 あくまで未来の可能性のひとつとして考えて、実際に目の前にある“世界”と向き合っていく方が良いのかもしれない。



「――カエデさん? どうかしたんですか?」

「え……あ、ああ、ごめん」


 気付かないうちにけっこう考え込んでいたのか、アイシャが心配そうに呼びかけてきた。
 ……うーん、心配はあるけど、ここで説明しないのも後で問題が起こるかもしれないんだよね。
 例えば、エルフとの交渉を進めようとして、エルフ達が何を恐れているのか分かっていないせいで戦いを止められなくなる、とか?
 私1人の知恵では、良い解決法は得られそうに無い。他人に盗聴される心配がないこの場で説明しておいた方が良いかも、と思いなおした。


「みなさん、実は伝え忘れていたことがあるんです。魔法装置についてなんですが……」


 意を決して、魔法装置とそれに関連する“虚無”の担い手について説明を始める。
 伝説として語られる“虚無”についての詳細な情報に、また4人が驚いていた。水の精霊は相変わらず落ち着いた様子。


 ……水の精霊、『まだ説明あるんすか? 待ってるんすっけど』みたいなこと考えてたりしないだろうか?
 待たせてごめんねー。

『気にするでない、カエデよ。お主が望むことを成すがよい』

 答え返って来たよ!
 ……そっか、水の精霊とは思考の伝達が続いているのか。ありがとうね、水の精霊さん。


 気を取り直して、説明を続ける。
 魔法装置を使うには“虚無”の担い手が4人と、その使い魔達が4人。合計8人の選ばれた存在と、4つの王家に伝わる火・水・土・風の4つのルビーと、4つの秘宝が必要なこと。
 エルフ達はそれらが……通称“四つの四”が揃うと『かつて世界を滅ぼしかけた、悪魔の力が復活する』と恐れていて、4人の“虚無”が覚醒した場合、妨害のために担い手の誘拐と隔離を狙ってくる可能性があることも忘れずに言っておく。

 その説明を終えた上で、預言書(嘘)に書かれていたと言って、担い手達の名前を述べていく。


 ロマリアの教皇・ヴィットーリオ。

 ガリアの無能王・ジョゼフ。

 ハーフエルフの少女・ティファニア。

 そして……カリーヌさんの娘である、ルイズ。


 ルイズの名前が出たことに4人が驚いていた。
 4人にとってはそれぞれ、娘だったり、親友の子供だったり、親の決めた婚約者候補だったり……アイシャにとっては、母親の友達の娘か。
 とにかく、何かしら関わりがある存在だから驚くのも無理はないだろう。


 一応、預言書(嘘)とは違う展開になる可能性も告げておく。
 現に今の段階でも、ゼロ魔原作とは違う点がたくさんある。例えば、人物の性格やラ・シャリス家の存在(原作の世界でも、語られないだけで存在してたのかもだけど)とか。
 今後も、予想外なことが起こる可能性は充分にあるだろう。
 だけど、ちゃんと原作と同じ部分だってあるんだし、原作での嫌な事件などが起こらない、と考えるのは楽観的すぎるとも思う。
 色々な事態を想定して動くべきだろう。私の思考能力ではそろそろ限界っぽいんだけど、何も考えなかったせいでBADENDとか嫌過ぎる。
 まあ、1人では無理なこともみんなに協力してもらえればいけるはずだと信じて、私にできることを精一杯頑張ろう。


「なるほど。それではルイズに、自分が“虚無”の担い手であることを知らせるのは時期を見た方がよさそうですね」


 カリーヌさんはそう言って、何かを考えている様子だった。
 自分の娘のことだし、思うことがあるのだろう。


「ごめんなさい、カリーヌさん。今まで黙ってて」

「何を言うのです。私は感謝していますよ、カエデ。……あの娘が普通の魔法が使えない理由が、やっと分かったのですから」


 私の謝罪に、カリーヌさんは優しく微笑みかけて、そう返事してくれた。


「ルイズには辛いかもしれませんが、いま“虚無”について教えれば、その力に己を滅ぼすことに成りかねません。
エルフの件もありますし、秘密にしておくことに異存はありませんよ。……それにルイズには、魔法だけが貴族の証ではないことを、しっかり学んでほしいですしね」


 どうやらカリーヌさんは、ルイズが伝説の“虚無”の系統だろうがなんだろうが、きちんと教育していくつもりのようだ。
 強気すぎるぐらいのツンデレなルイズも好きだけど、立派な人物として成長してくれるなら、それも良いと思う。
 ……私も、もっとアイシャの助けになれるように努力しよう。うん。


「“虚無”のことは王家でも極秘にしておく方が良さそうですね。本当に信頼できる者にだけ、必要な場合に限り伝えるとしましょう」


 マリアンヌ様も“虚無”については秘密にすることに同意してくれるようだ。
 ワルドも頷いて、「我が杖に誓って、このことは胸のうちに秘めることを約束します」と誓いを立てていた。

 アイシャは……伝説の復活という事態にすごく驚いている様子ではあったけど、なんとか理解できたのか「みんなで頑張れば、きっと大丈夫ですよね? カエデさん」と言って、穏やかな顔で微笑んでいた。



 心配や不安はいっぱいあるけど、なんとかなりそうで一安心。
 後は……本格的に原作との乖離が進んできているので、予想外なことへの対処ができるように、心の準備はできるだけやっておかないと……。
 とにかく。これにて精霊審問は、今度こそ無事に終わりを告げた。



    ○



「またいつでも訪ねてくるがよい、カエデ。
我はいつでも、この湖にて待っている。そなたの呼びかけにならば、いつでも答えよう」

「は、はあ。その、なんというか……色々ありがとう」


 私達は、水の精霊による高性能コミュニケーションを終えて、元の状態に戻った。
 何故に水の精霊がここまで親切にしてくれてるのかは分からないけど、正直すごく助かった。
 一時はどうなることかと思ったけど、おかげで無事に条件もクリアしたし、マリアンヌ様達に大隆起が起こる可能性などを伝えることもできた。


 まだロマリアが異端審問を強行する可能性もあるかもしれないけど、何も対策をしないままでいるよりはだいぶマシになったはずだ。
 これで後は、将来に向けての準備に取り掛かれるはず。
 やることはいっぱいある。アイシャと私の能力UPや、ラ・シャリス領内の統治。カリーヌさんに借りたお金を返す算段も考えていかないと。
 あとは王家との連携で大隆起を防ぐための活動や、上手くいけばエルフ達との交渉もある。まあ、交渉は私達じゃんくて、もっと能力が高い人達に任されるだろうけど。
 ……ああ、“アカデミー”での私自身の調査とかもあったっけ。


 まだまだ大変なことが山積みっぽいけど。
 たくさんの人達が協力してくれるんだ。目の前の問題にひとつひとつ、頑張って取り組んでいこう。
 水の精霊に別れを告げて、帰り道の馬車の中で。
 自分自身の心に言い聞かせるように。頑張ろう、と強く思った。





[17047] 第15話「一難去って謎増えまくり」 ※5/2修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 12:26


 ラグドリアン湖からラ・シャリス家の屋敷に戻り、従者のみんなに無事を知らせることができた。
 王家からも連絡が行っていただろうけど、やはりアイシャ本人の口から「ただいまー」と元気に言われるのが嬉しかったようだ。
 ……アイシャがそう言った瞬間、従者さんみんなが「アイシャ様ー!」とか言って殺到してえらい騒ぎだったからなー。
 “ハルケギニアの常識”からすれば、貴族を迎え入れる平民として間違った対応なのかもしれないけど……これが“ラ・シャリス家として”の正しい在り方なんだろう。
 なんだか見ていて心があったかくなる。そんな光景だった。


 そして予定通り、溜まっていた仕事を数日かけて消化したのち“アカデミー”に向かうことになった。
 “アカデミー”側の準備にも時間がかかったらしいが、王家からの依頼でもあるため、早急に動いてくれたようだった。
 ……王家からの依頼である以上、解剖とか人体実験とかはされないだろうけど、やっぱり緊張する。
 私は幽霊だし、触れられないから大丈夫だけど、アイシャの方にナニカサレテしまったらと思うと……不安になるのは当然だろう。

 まあ、王家に逆らうような真似をすればタダでは済まないことは考えるまでもないし、大丈夫だとは思うけど。
 ……我ながら、完全に虎の威を借る狐だなぁ。仕方ないけど。



 とまあ不安を抱きつつも時間はどんどん進んで出発の日になって。
 私達を乗せた馬車は、無事に王家トリスタニアにある“アカデミー”へと辿り着いた。
 これから数日間はここで過ごして、みっちりと検査やら何やらを行っていく予定だ。
 そうやって『これだけ時間をかけて、じっくりと調査を行いました』という事実も、ロマリアに対するカードになるらしい。
 それでロマリアが納得するかはともかく、『カエデ・ス・ギィノーが亜人の類ではない』と証明して、トリステイン国内の死亡フラグ満載な噂を払拭できるかもしれない。

 仮定の話ばかりだが、それは仕方ない。私には予知能力とかないし。
 今は少しでも安全になる可能性がある方へと進んでいくしかないだろう。



 で、“アカデミー”に到着したのはいいんだけど……。
 たくさんの人達が今回の“調査”に動員されてるみたいで、大人数にじーっと見られてなんか恥ずかしい。
 王家からの依頼+未知の存在に対する調査を行う好機、といった感じで、“アカデミー”側でも重要視されている“調査”のようだ。
 ……恥ずかしがってる場合じゃないか。彼ら彼女らからしたら、珍しい研究対象を観察しているだけなんだろうし。


『な、なんだかすっごく見られてますね……』

『そうだね……アイシャは、大丈夫?』

『えっと、緊張しますけど……が、頑張りますっ』


 まあ大丈夫じゃなくても、調査は行われるんだけどね。
 さすがにエロゲー的な展開にはならないだろうし、身体測定みたいなもんだと思ってやり過ごすしかないかな。

 さて、それより気になってることがあるんだよね。
 たくさんいる研究員の人達の中に、エレオノールさんと思われる人物を見つけた。
 原作よりは若い感じだけど……金髪とかメガネとかの特徴と、彼女を「エレオノール」と呼ぶ声が偶然聞こえたことから、たぶんルイズの姉であるエレオノール・なんとか・ラ・ヴァリエールさん本人だろう。
 ……間の名前、忘れちゃったんだよね。
 まあ名前が長いのは、その貴族の家が統治する領地の名前とかも入ってるから仕方ないだろうけどね。

 とにかく、だんだんと原作キャラと出会う機会も増えてきた。
 この調子でいくと、いずれはルイズ本人や他のメンバーと出会うこともあるだろう。
 できればそれまでに、自分の問題はある程度解消できてるといいんだけど。



SIDE:エレオノール



(……見た目は、普通の子供ね)


 今回、“アカデミー”が調査を行う対象となった少女を観察するが、主の方は特に変わった特徴もない、普通の少女だった。
 本来の調査対象である使い魔(?)の方も、淡い光を纏い浮遊している、黒髪というハルケギニアでは珍しい髪の色をしていること以外は、角が生えてたり羽が生えてるということはなかった。
 主従揃って、威厳とかそういうのは感じられない普通の少女達。それが私の感じた第一印象だった。


(本当に彼女が“大隆起”の予言を……?)


 母から聞かされた“真実”を思い出す。
 ハルケギニア大陸の地下に眠る風石が膨大な量となり、いずれ“大隆起”という災害となり、ハルケギニアを滅ぼす可能性があるらしい。
 その予言を行った使い魔……ということになった光の精霊自身が、『この予言通りにならない可能性もある』と言っているようで、確実に起こるとは限らない。
 だがどちらにしろ、早急な調査が必要と“アカデミー”上層部も判断したらしく、私を含めてごく一部の人間にだけこの“真実”は伝えられ、今後“アカデミー”内でも極秘裏に調査を行っていくことになった。
 ……そんな極秘計画のメンバーに、まだ“アカデミー”では新人に分類される私が選されたことは意外だったが、どうやら精霊から“真実”を直接聞かされた人物の1人に母がいることが関係しているらしかった。
 母は、“アカデミー”が私をメンバーとして選んだから“真実”を話したと言っていた。つまり、私が選ばれた理由は“アカデミー”側の上層部だけが知っているということだ。

 単純に土魔法の研究者であることから、地下について調べるのに適している……と理由なら、悔しいが私より優秀な人員は他にもいる。
 ならどんな理由で私は選ばれたのか。
 私が公爵家の娘だから? ……ハルケギニアの未来がかかっているかもしれない計画に、そんな理由でメンバーを選出するだろうか。少なくとも、それだけが理由ではないはずだ。
 考えたところで推測の域が出ず、確かな答えに至るには情報が足りない。

 ……気持ちを切り替えよう。これは、“アカデミー”での発言力を得るには最大のチャンスであり、ピンチでもあるのだから。
 もしこの計画の中で結果を出せたなら、私への評価は高くなるだろう。そうなれば、カトレアの病気を治療するための研究をより詳しく大規模に行えるかもしれない。
 だが、逆に他のメンバーの足を引っ張ったり、何か失敗してしまえば、最悪の場合“アカデミー”からの除名すらあり得るかもしれない。王家も関わっているし、それだけ重要な計画なのだ。

 だけど、恐れて逃げ出すのは私の誇りに傷をつける。
 何より、なんか癪だ。


(――上等よ。やってやろうじゃない!)


 絶対に、今回の計画で成功してみせる。
 そのためにも、まずは光の精霊の調査に集中する。
 もしかしたら、“予言”を行ったという精霊自身から、何か成功のための鍵を得られるかもしれない。
 未知の存在に対して研究を行えるという、研究者として心が躍る状況でもある。

 ……さあ、“光の精霊”カエデ・ス・ギィノーよ。
 私に、もっとたくさんのことを教えてもらうわよ!



SIDE:カエデ



 さすがに服を脱ぐ必要がある検査の時は調査員も女性だけに絞られたけど、基本的に男女混合での検査が続いた。


 服を脱ぐ調査の場合は、使い魔のルーンが他の部分にも刻まれていないかをチェックするためだったが、特にそういうことはなかったらしい。
 ただ、「使い魔のルーンが途中で途切れている」と気になることを言われた。
 どうやら右手の甲に浮かぶルーンでも“共有”という意味はあるらしいのだが、端っこの方に別のルーンの切れ端のようなものが僅かにだが見られるらしい。
 まだ推測に過ぎないが、私が通常では使い魔として召喚されるはずのない(異世界の幽霊という意味で。精霊というのは勘違いだし)存在であることが関係しているのかも、とのことだった。
 “アカデミー”で今後も調査を行うらしいが、正直手掛かりがなくてあまり期待はできないらしい。
 なんだろうね? RPGで例えるなら、レベルアップしたら新しいルーンが現れて能力ゲットとか?
 ……そもそもゲームじゃないんだから、どうなったらレベルアップなのかも分からないんだけどさ。
 私じゃあ考えても分からないので、とりあえず難しいことは“アカデミー”のみなさんに期待することにしよう。


 他の検査だと、例えばアイシャの使う魔法への影響についてとか。
 屋敷で練習してた時のように、憑依状態で私がゲームなどのネタをイメージしながら魔法を使うと、何かしら変化があるところを見せると、みんな驚いていた。
 まあその辺りは精神力が魔法に影響するという“常識”から外れていなかったらしく、別に異端だとかいう騒ぎにはならなかったけど。
 影響といえば、アイシャ自身にも変化があったらしい。
 というのも、10歳でこれだけたくさんの魔法が使えるというのは、天才と呼べる程の力量らしいのだが、元々アイシャはスペルを知っているだけだったらしい。
 両親との魔法の勉強が楽しくて色々と覚えていたけど、事件の日までに魔法を成功させられたことは数える程しかないのだとか。

 これについては、使い魔となった私の存在が大きいらしい。
 “共有”のルーンが刻まれていることから、アイシャと私の精神は憑依していない時もある程度繋がっている状態だ。
 なのでアイシャの精神力+私の精神力となり、2人分の精神力で魔法を唱えているようなものなのだとか。
 これもまだ推測でしかないけど、ある程度は当たっているだろうと思う。
 単純に1+1=2とはならなくても、通常より僅かに能力が補強されているような状態ではあるはず。
 そうでないなら、両親や親しい人を殺されるという過酷な状況で、眠っていた力が覚醒したってところだろうか。
 どちらにしても魔法の力が上がるのは悪いことではないはずだ。力は、正しく振るえば強さとなるのだから。


 その後もまあ色々検査をすることになった。
 私の姿を変化させるところを見せたり、オーバーソウル(偽)をやってみたり。
 最後の方になってくると、私では何の検査なのかよく分からないこともやっていたけど、だいぶデータは集まったようだった。
 とりあえず解剖されるとか変なことにならなくて良かった。
 ルーンのこととか、いくつか収穫もあったしね。……また謎が増えた、ともいえるけど。



 とにかく、数日をかけた調査も無事に終了。
 “アカデミー”側からは『翼人ではない』という証明をもらえたし、なんとかなったようだ。
 今後は、定期健診みたいな感じでまた“アカデミー”に来たりする必要はあるらしいけど、逆に考えれば私やアイシャの身体におかしなことが起こってないか無料で調べてもらえるようなもの。
 そう考えれば、良いこと尽くめだ。いちいち馬車で移動しないといけないのが面倒なぐらいで、それだって当主としての仕事が安定してくればちょっとしたお出かけみたいなものとして、楽しめるかもしれない。

 あとは、大隆起に対する調査。
 これは私自身には予言書(嘘)の情報はないと伝えられていて、何か行き詰ることがなければ“アカデミー”が極秘で調査を行ってくれるらしい。
 まだ準備段階らしいけど、原作でエレオノールさんが改造した特注の機械で調査を行っていたはずだし、なんとかなると思う。



 というわけで、私とアイシャはようやく屋敷に戻れることになった。
 ……仕事、すんごい溜まってるんだろうなぁって思うと、正直このまま逃げたくなるけど。
 屋敷の人達もたくさん頑張ってくれてるんだし、何よりあそこはアイシャの帰る場所だ。
 大変なことが待っていると分かっていても、あの穏やかな雰囲気は好きだし、なんだかんだで自分も早く帰りたいと思ってる。


『が、頑張って署名しましょうね。カエデさん』

『そうだね……うん、頑張ろう』


 これからも色々とありそうだけど。
 とりあえず、これにて一件落着……かな?









SIDE:???  “アカデミー”から帰還して数日後 ラ・シャリス家の屋敷の庭



 思わぬ収穫だった。
 毎度の如く、役に立つかも分からない情報を掻き集めて、報告するだけの退屈な仕事のはずだったが……。
 どうにも、これは。大事になりそうだ。


 魔法により姿を消したまま、彼はその存在を観察していた。
 ――光の精霊と呼ばれる存在。カエデ・ス・ギィノー。
 最初にその噂を聞いた時は、また下らぬ情報だと思っていた。
 こんな仕事をしていると、取るに足らぬ噂話など、嫌と言うほど聞く機会がある。
 伝説のマジックアイテムだとか、隠された財宝とか。根拠もないというのに噂として広がっていく、ゴミのような妄言。そういう類のものだろう、と。
 それでも、光の精霊という噂は国中に広まっているようで、こうなると真偽の程を少しは確認しておかねば仕事を怠ったことになってしまう。面倒に感じながらも、その人物がいるという場所まで調査に来ていた。
 光の精霊というのが誤解で、実はただの幽霊という噂も流れ始めていたので、あまり成果を期待はしていなかったのだが。


 だが……噂の本人を見つけ、驚愕した。
 屋敷の庭に忍び込んだ際に彼女の姿をすぐに見つけられたことはまったくの偶然だったが、盗み聞いた情報に当てはまるその人物は、“我々”にとって無視することができない存在にとても似ていたのだ。
 もう、存在するはずがないと伝え聞いているが……とても、別人だとは思えない程に。彼女は“あの存在”に似すぎていた。


(……場合によっては、一戦交える必要もあるか)


 戦いは好みではないのだが、時と場合による。
 もし仮にカエデ・ス・ギィノーが“あの存在”本人、もしくは所縁のある存在だとすれば、使い魔などという家畜同然の扱いは許されない。
 彼自身が戦うことを拒んだところで、この報告を行えば“上”の者達がどう行動するのか……。
 一瞬、報告せずに黙っているという選択肢も頭をよぎったが、その場合“あの存在”は心を捻じ曲げられたまま、望まぬ束縛を与え続けられるかもしれない。

 悩みはしたが、放置しておくには大きすぎる問題だった。
 彼は、とにかく一度本拠地に戻って、報告を行う必要があると判断した。


 修道服に身を包み、深くフードを被った男は、観察を止めて移動を開始する。
 と、急な突風が吹いて、男のフードがめくれた。





 彼は特に動揺もせず、すぐにフードを被り直したが。
 一瞬だけ光に晒された彼の顔には、人間のものにしては長い耳がついていた。








[17047] 第16話「風が導く光との出逢い」
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/04/22 20:31





 予想通りたっぷり山盛りになっていた仕事を片付けながら、日々を過ごしていた。
 まあ、従者さん達がすごく頑張ってくれてるおかげで、これでもだいぶ楽な状態らしいけど。
 で、その仕事の合間に魔法の勉強や練習……まあ、以前の平和な時と同じような感じかな。


 そして今は、庭にて魔法の実践訓練を行っているところだ。
 “アカデミー”でもらったアドバイスで、色々分かったことや思いついたことがあるのでテストしている。
 例えば、マルチタスク。
 複数の魔法を同時に行使することは、とんでもない高等技術だが“理論上は”可能らしく、私達の場合は試してみる価値はあるとのことだった。
 “アカデミー”で試したときは成功しなかったが、あの時はじっくり練習する時間はなかったし、習得できる可能性はあるのだから、余裕があるときは練習してみてもいいだろう。

 ちなみにカリーヌさんは一応できるらしいのだが、制御が無茶苦茶になることや負担が大きいことから、実践的ではないとして切り捨てた技術なのだとか。
 なんというか、両手に別々のペンを持てば二倍の速度で書類が書けるんじゃね? みたいな無茶理論の類に分類されてるようだ。
 他に魔法の複数行使が使える人も、それを行うとまともに戦えなくなるらしく、高位のメイジ同士での戦いではそんな無茶をするより、ひとつひとつの魔法を切り替えながら戦う方が現実的らしい。
 ちょうど、襲撃事件があった日のカリーヌさんVS謎の火メイジの戦闘が良い例か。“フライ”と攻撃魔法を切り替えながら戦うことで、高速機動戦を展開してたし。
 まあ、私達がマルチタスクを使いこなせるかは、今度の練習次第だろう。2人でやれば、きっといつかは……できるといいな。


 他には、魔法へ干渉するという技術も可能ではないか、という提案があった。
 これはオーバーソウル(偽)をやってみた時の様子から思いついたらしいのだが、オーバーソウル(偽)状態だと僅かではあるけど通常の魔法とは変化しているらしい。
 杖に憑依しているから、というよりは、憑依した杖を通して魔法を唱えた場合に“魔法そのもの”に干渉しているのではないか、と。
 私がアイシャに憑依して魔法を使った時に、思い描くイメージによって魔法が変化していることからも、この仮説はけっこう的を得ているかも、と他の調査員の人も言っていた。否定派もいたけど。

 というわけで、アイシャが魔法を使い、それに私がオーバーソウル(偽)をせずに魔法そのものに干渉できないかを試してみた。
 結論からいえば成功した。……けど、正直難しい。
 私が魔法に触れて、強いイメージを流し込む……というのかな。とにかく、なんやかんやあって魔法に影響を与えることはできたんだけど、10回に1回成功すればいい方で、しかもすっごい疲れる。だいぶ神経使うんだよね、これ。
 ああ、けど飛んできた魔法の水の塊を「その幻想をぶち殺す!!」と右手で触れて、ただの水しぶきに変えた時は面白かった。
 アイシャの驚く顔も見れたし、幻想殺し(イマジンブレイカー)好きだから、このネタができるのも嬉しい。
 ……けど、マルチタスクと同じで、まだまだ実践で使えるレベルじゃないなぁ。
 アイシャをかばって幻想殺し(真似)で魔法無効化しようとしても、失敗すれば私の身体すり抜けてアイシャに直撃だし。むしろ目の前でちょろちょろ動いてたら邪魔になってしまうだろう。
 私が幽霊モードの時でないと“触れることでの魔法への干渉”はできないらしく、アイシャに憑依した状態で練習してもできなかったし、現時点では微妙なスキルだ。完璧に習得できたら「それなんてチート?」みたいな状態になれそうだけど。
 練習するなら、“ロック”された鍵を開けるとか、動いてないものから徐々に慣れていく方がいいのかもね。なんかピッキングの練習みたいでアレだけど。


 あとは、アルデの精神世界で行った変身(黒歴史)を現実世界でも行えないかと試してみた。
 ……黒歴史の姿になるのは嫌だったけど我慢してやってみたら、案外簡単にできた。
 けど、精神世界の時みたいな戦闘は行えないっぽかった。姿が変わるだけ、というか。
 羽もついてるし、空は元々飛べる。武具もセットでついているけど……幽霊だから普通にすり抜けるんだよね。
 『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は、一応被害がないように空に向かってやってみたけど、不発に終わった。叫び声が空しく響いただけだった。
 なんというコスプレ専用能力。恥ずかしいだけじゃないかこんちくしょー。

 というわけで、相変わらず現実世界での攻撃力はほぼ皆無だった。アイシャに憑依しない限り、あまり役に立てないだろう。
 まあそもそも、幽霊としての色々な能力がついているというだけでも恵まれているのかもだけど。


 まあ口直しというか気分転換で、黒歴史への変身を止めて適当に遊んでみることに。
 そんなに余分な時間もなかったのでひとつだけということで、どうせコスプレするならお姫様とかやりたいなーって思って、試してみたんだけど……なんか予想以上に簡単にできて驚いた。
 うーん、けど何のキャラのドレスかなこれ? 姫アルクっぽい気もするんだけど、なんか違うような……というか自分で変身しておいてなんだけど、見覚えがないドレスだった。
 自分が忘れてるだけで、セイバーもどきの様に私の封印された黒歴史だったりするのだろうか……まあ、まだ普通のドレスとして着られるからいいけど。


 そういえばお姫様(?)に変身してる時、なんか気配を感じた気がしたんだけど……気のせいだったのかな?
 気配を読むなんてスキルも持ってないし、せいぜい猫がいたとかそれぐらいかな。まあどうでもいっか。


    ○


 そんな感じで日々を過ごしていたのだけど、今更になって忘れていたことを思い出した。
 水の精霊に、“アンドバリの指輪”が盗まれる可能性があることを伝えてなかったんだよね。
 もしかしたら心を繋いだ時点で伝わっていたかもしれないけど、放置して将来大変なことになっても困るし、今の内に対策できた方がいいよね。
 というわけで、事前にモンモランシ家や王家に連絡を入れて、水の精霊と会う為の許可をもらってからラグドリアン湖へ向かうことにした。
 どうせ出掛けるなら気分転換をしようということになり、ピクニックの用意をして何人かの従者さんを連れての遠足ということになった。
 ……仕事が嫌になったんじゃないよ、ほんとだよ?
 あくまで水の精霊との会話がメインだし、ピクニックはおまけ。けど、たまには羽を伸ばさないと、私もアイシャも息が詰りそうだ。
 元々従者さん達からも「時には休息も必要ですよ」的なことは言われていたし、良い機会だろう。
 一応、襲撃事件の時のこともあり、カリーヌさんに連絡して護衛を頼んでみたら快くOKされて、どうせならルイズもいっしょに連れて行こうということに。
 エレオノールさんは“アカデミー”だし、カトレアさんは病気のせいで外出は無理。ラ・ヴァリエール公爵は屋敷で仕事のようだ。
 ついに幼少期ルイズともご対面か。楽しみだなー。



 というわけで。スケジュールを調整してカリーヌさん達とも合流して、やってきましたラグドリアン湖。
 モンモランシ家の人達に迎えられて、水の精霊の元へ。
 ……どうやら水の精霊は、私が呼びかけたら出てきてくれるらしいから、今回モンモランシ家の方に来てもらう必要はないかもしれなかった。
 けど、そうなると交渉役を代々務めてきたメンツに傷をつけてしまうかもしれないので、緊急事態や秘密の会合でないのなら今回のようにモンモランシ家を間に挟んだ方が都合がよい……らしい。
 そういう、相手のメンツや誇りを考えることの重要性とかは、カリーヌさんがアドバイスをくれた。
 まあ、いちいち連絡入れて向こうにもスケジュールを合わせてもらって……ではお互いに大変なので、この機会に自分達だけで水の精霊に会っても良いように交渉して、許可をもらったりしたけど。
 貴族ってそういうところが面倒だよね。まあ良い暮らしを出来る分、色々やるべきことがあるのは当然なのかもだけど。

 そして、周囲の人達に聞かれると色々まずい内容なので、また心を繋いでもらっての会話となった。


「よく来たな、カエデにアイシャよ。歓迎するぞ」


 ……あー、うん。歓迎してくれてるのは分かるんだけどさ。
 何故に精神世界なのに、白い丸テーブルにティーセットとか優雅な雰囲気の場所になってんの? 前来た時はもっと不思議空間だったよね?
 まあ背景は相変わらず不思議空間だけど、テーブルの周囲だけなんか貴族のお茶会的な光景になってる。


「あの時カエデ達から読み取った情報を元に、客人を持て成す時の風景を我なりに再現してみたのだが……気にいらなかったか?」

「ああ、いや結構なお手前で……この褒め言葉も変かな?」

「まあ椅子もお茶も実際にはないので無意味なのだがな。元に戻すとしよう」


 と、ある意味貴重な光景は水の精霊によって即座に消された。
 ……うーん、精霊の気紛れってやつなのかな? 何にしろ、歓迎してくれてるということは伝わってきた。

 殺風景に戻った世界で、さっさく本題に入る。
 もしこのまま原作通りに時間が進むと、何年か後に水の精霊が秘宝として大切にしているアンドバリの指輪が盗まれる可能性がある、ということ。
 本来の用途は違うのかもしれないけど、悪用されて大勢の人が死体にされてから操られたり、洗脳されて同士討ちさせられたり……とにかく、ロクなことにならない。
 なので可能な限り用心してほしい、といった旨を伝えた。


「理解した。よくぞ伝えてくれたな、カエデ。おかげで未然に防げそうだ」

「どういたしまして……でいいのかなこの場合? この前会った時に教えられたらよかったのに、忘れててごめんね」

「構わぬ。むしろそのおかげでこんなに早くまた会え……い、いや。なんでもない」


 またなんか水の精霊の様子が変だったけど、スルーした方がいいのかな……うん、そうしよう。
 原作の雰囲気とはだいぶ違うよね、この精霊さん。別に悪くないし、原作通りの人物でないといけない、なんて訳じゃないけどさ。

 とまあ、用件はすぐに終わってしまった。
 あんまりお邪魔しても……と思い、「じゃあ帰るね」と言ったんだけど……。


「う、うむ。そうか。別にもう少しゆっくりしていっても……いや、なんでもない」


 ……うーん。
 なんでか分からないけど、水の精霊は私に対してえらい好意的だ。
 そしていま、私達が帰るとなると、引きとめようとしている。
 水の精霊って人間を見下してるはずなんだけど、私……と、その主であるアイシャは特別扱いになっているようだ。

 理由は知らないけど、もう少しいっしょにいたいって思ってるらしいことは分かる。
 普段はずっと1人で過ごしてるから、寂しかったりするのかな? だったら良い機会だし……。


「アイシャ、この後のピクニックに水の精霊さんも誘おうと思うんだけど……どうかな?」

「あ、いいですねそれ! ……あ、けど精霊さんにご迷惑じゃありませんか?」


 私の提案と、アイシャの質問に、水の精霊は……。


「……! せ、せっかくの友の誘いだ、仕方ないから付き合ってやろう。……いいか、仕方なくだぞ?」


 そんなツンデレなセリフを言いながら、参加の意を示してきた。



    ○



 で。
 水辺の近くでないと水の精霊がいっしょに居られないので、水の精霊が良さそうな場所を案内してくれるらしい。
 なので移動することになったんだけど、モンモランシ家の方々に「これからピクニックするんで、あんたら帰っていいよー」的なことを言うのはさすがに無礼すぎると思い、ご一緒にどうですかとお誘いして。
 水の精霊が「カエデの誘いを断るわけないよな? ないよな?」みたいな感じになってしまい、こっちが申し訳ないぐらいモンモランシ家の方々を緊張させつつ、お食事会となっちゃいました。
 ……どうしてこうなった?


 元々ラ・シャリス家の同行してきた従者のみんなやカリーヌさん達もいっしょに食事するつもりだったので、モンモランシ家の面々も合わせると持ってきた敷き布では広さが足りず、急遽モンモランシ家側が敷き布やら料理を追加で用意してくれることに。
 なんか申し訳ない限りだけど、「水の精霊と交流を深められることは、我が家にとってもプラスとなりますので」とモンモン父は言ってくれた。
 社交辞令も入ってるんだろうけど、実際交渉役としては嬉しいイベントなのかも? そう信じることにする。

 モンモランシ家側の従者は、「貴族の方といっしょに食事するなんて恐れ多いです!」みたいな雰囲気だったんだけど、水の精霊がまた「カエデの誘い断るわけ(ry」となって、えらい大所帯での食事会となった。
 貴族がテーブルに座らず食事なんて、みたいな意見もあったんだけど、従者のみんなもいっしょに食事するとなると、必要なテーブルの数が半端なく多くなってしまい、運んでくるのがすごく大変になってしまう。
 結局、モンモン父やカリーヌさんと相談して「今日は例外ということで、細かいことは気にせず気軽に楽しもう」ということになった。
 話が分かる人達で助かった……あんまり反対意見ばっかり出ると、水の精霊さんが「おまえらカエデを困らせるじゃねえよ? あ?」みたいになり始めてるんだよね。
 ……水の精霊さん自重してください。雰囲気が重くなってます。誘った自分も悪いのかもだけどさ。



 そして水の精霊に案内されながら、湖沿いにしばらく歩いていくと、木々に囲まれながらも開けた広場になっている場所に到着した。
 あまり起伏も激しくなくて、自然を楽しみながら食事をするにはうってつけの場所だろう。


「素敵な場所を教えてくれてありがとう」

「喜んでくれたならそれでよい。……うむ、良い」


 お礼を告げると、なんだか嬉しそうにしていた。
 相変わらず私とアイシャ以外には単なる者とかいって見下してる感じだけど……なんだろう、実は照れ屋さんなだけなのか? かなりデレの少ないツンデレみたいな?
 ツンクールな娘も好きだけど、もっとみんなに優しくすれば友達もいっぱい増えるんだろうけど……まあ、長く生きてきて色々あったんだろう。
 私には、相手の生き方に口出しできるほど立派な人生経験もないし、人とどう付き合うかは本人が決めればいいと思う。
 他人に言われたからみんなと仲良くする、というのもなんか違う気がするしね。ありのままの自分でいる方がいいと、私は思う。
 まあ、そんな問答よりもせっかくのピクニックだ。みんなで楽しもう。



 メンバーの中に幼少期モンモンもいたので、アイシャと相談して声をかけてみることにした。
 初めは、なんだか緊張している様子だったけど、アイシャ特有の雰囲気が心を落ち着かせたのか、だんだんと同年代の子供らしい会話に花を咲かせていた。
 アイシャって、人と仲良くなることが得意というか、相手に自然と好印象を与えられる雰囲気みたいなものがあるらしい。
 母親のメアリーさんも色々な人と仲良くなっていたみたいだし、“人に好かれる才能”のようなものがあるのかもしれない。
 お得な長所だよね。まあそれでも人に嫌われたり、嫌ったりすることはあるだろうけど。洗脳してるわけじゃないんだしさ。
 
 道中でもその能力のおかげもあってか、あの気難しいルイズとけっこう話せていた。まあ、ルイズは魔法が使えないという悩みのせいで周りにきつく当たるフシがあって、まだ信頼関係が築ける程ではなさそうだけど。
 なんだか幼少期ルイズを見ていて、野良猫とか思い出した。甘えたがりだけど、慣れてない人間には威嚇してくるような感じの子猫みたいな感じ。
 いつかこの娘が、サイトに「今日はあなたがご主人様にゃん!」とか言うのかと思うと、それだけでご飯3杯はいけそうな気がする。ハルケギニアに米があるのか知らないけど。
 今は、アイシャとモンモンとルイズというロリっ娘トリオで賑やかにお喋りしてる。
 気の強い者同士ぶつかりあうモンモンとルイズをアイシャが宥めたり、アイシャの天然な発言に2人がつっこみを入れたりしているようだ。
 うん、楽しそうで何よりだ。こっちとしてはたまらなく萌える光景なので、会話に入っていけなくても寂しくないよ。むしろもっとたっぷり見せて。


 話が変わるが、私が幽霊状態でも水の精霊とだけは普通に話せた。理由は分からないけど、精霊パワー(?)的なものがあるのかも。
 何にしろせっかくお喋りできるのだから、と色々話題を振ってみた。
 あまり会話が弾まず「もしかしてつまらなかった?」と聞くと、そういうわけではないらしく……普段こうやって人と友達として話す機会がなくて、どう話せばいいのか分からないらしい。
 普段は相手のことを単なる者とか呼んで見下す感じで喋ってばっかりなんだろうか? だとすると、まあ会話に慣れていないというのも納得だけど。
 とりあえず話を聞いているだけでも楽しめているらしいので、その後も近況とか前世でのこととかを話してみたりした。

 ちなみに2人とも飲み食いはできないけど、アイシャ達の計らいで目の前に自分の分の食事やら飲み物が置かれている。
 ……気持ちは嬉しいけど、私の場合はお供え物っぽいなーとか思ってしまった。
 水の精霊は、飲み物なら水として分類できなくもないだろう、と言って試しに飲んでみていた。周囲で「飲んだ! 水の精霊が飲んだー!」みたいな感じで囁き合う声とか聞こえていたけどスルーしとく。
 結果としては、水の精霊曰く「特に問題はないがやはり味は感じない」らしい。
 見ている分には口の辺りだけ紅茶の色に変わってたりして、なんだか堅物そうな水の精霊の姿としてはギャップ萌えみたいなものを感じたりした。
 しばらくすると紅茶の部分も薄まり、水の精霊の一部へと変わったようだった。
 さすがに食べ物は、無駄になると分かっているのに浪費するのはもったいないので止めておくらしい。


 とまあ、なんだかんだで楽しい時間を過ごしている時だった。
 風が吹いてきて、どこからか高級そうな白い帽子が飛んできたのは。




SIDE:シャルル




 ずっと、心に澱んだ空気が流れ込んできているような不快感があった。




 血の滲むような努力で、自らの能力を磨き上げてきた。
 その上で裏金などの汚い策も施して味方を増やした。
 魔法が使えぬ兄・ジョゼフを追い落として次期国王になれることは確実だと自信を持って言えるだけのことは、してきたはずだ。

 ――だが、それでも拭い切れない予感があった。
 私はきっと、このままでは兄さんに負けるかもしれない、と。

 ただ臆病になっているだけかもしれない、と自分に言い聞かせても、どうしても『まだ何か、しなければならないことがあるのでは』と考えてしまう。
 魔法の才能では圧倒的な差がある。私は12歳にしてスクウェアクラスとなった天才であり、兄は未だ何の魔法も使えない……悪く言えば落ちこぼれだ。
 民衆からも、父である現ガリア国王ロベール五世が崩御した後は、私が王になるべきだと支持されている。
 家臣は事前の根回しにより、その多くを味方につけた。
 考えるまでもない。次期国王は私だ。政争など起こすまでもなく、一方的なワンサイドゲームで決着は着くはずだ。


 なのに、いつも気付けば不安を感じている。
 それはきっと――私より兄の方が“王として”優秀なのだと、気付いているからだ。


 いつもそうだった。
 勉学も、チェスなどの娯楽も、高度な思考を必要とする事柄において、私は兄に勝てることはなかった。
 勝てるのはただ、魔法の才能。そのメイジとしての優秀さによって得られる、周囲からの高い評価だけ。
 優秀なメイジが、より高位の地位に就くことは“常識”から言えば当然だった。そうして築かれてきた国が、世界が、もう6000年以上続いてきたとされているのだから。

 だが、いつもどこかで違和感を感じていた。
 王として必要な能力とは、私の持つような魔法の才能などではなく……兄が持っているような、知略や狡猾さ、そして、例え冷酷な命令を行うことになってでもすべきことをすると決断できる判断力ではないのか、と。
 けど、兄の方が王として優秀だと認めてしまえば、私は兄に敗北して王になることができなくなる。
 そのことがどうしても受け入れられず、醜く卑怯な策を練り、蹴落とされまいとみっともなく足掻いている。
 周囲から高潔な人物として評価されている私の内側は、そんな汚いもので満ちていた。


「あなた。せっかくの休日なのですから、そんな顔をしないでくださいな」

「パパ、元気ないの……?」


 と、妻と娘に声をかけられて、ハッと気がついた。
 ……また考え込んでしまっていたか。
 澱んだ気持ちを変えようと、気分転換に屋敷周辺の散歩に出掛けてきたというのに、これでは意味が無い。


「すまない、少し考え事をしていたんだ。大丈夫だよ、シャルロット。パパは元気さ」

「ほんと? もう平気?」

「もちろんさ。その証拠に……ほーら、どうだ!」


 不安そうにしている可愛い娘を抱き上げて、昔してやったように高く持ち上げてやる。
 「私、もうそんな子供じゃないよー」と言いつつも嬉しそうに微笑んでいる娘が、たまらなく愛おしい。
 ……同時に、そんな大切な存在に触れているこの手が、卑怯者の汚れた手であることに複雑な気持ちになる。

 私に魔法の才能だけでなく、兄のような王としての才能があれば、正々堂々と王座を目指せたのでは、なんて贅沢な望みを思い描く。
 そんなことを考える時点で、私は既に欲望に染まってしまった汚らわしい存在なのだろうか?
 だが、それでも私は、王に――。


 と、そんな時だった。
 急な風が吹き、娘の被っていた帽子が飛ばされてしまったのは。


「あ、ぼうし!」


 娘は慌てて追いかけて走っていってしまった。
 追いかけずとも“フライ”を帽子にかければ……と一瞬考えたが、自分以外の物体に“フライ”をかけるのは、娘にはまだ難しかったかと思い直す。
 その判断ができた頃には、帽子はもう地面に落ち始めており、娘も追いつきそうになっていた。


 そして、その帽子を掴む手があった。
 どうやら偶然、どこかの貴族達の集団がいたらしく、その中にいた少女がキャッチしてくれたらしい。
 その少女の歳は、娘と同じ程だろうか。深緑色の短い髪に、淡い緑色の大きな瞳。中々に可愛らしい少女だった。やはり親としての贔屓目があり、娘の方が可愛く思えるが。
 いやまあ、贔屓目抜きにしても娘は可愛いけど。


「え、えっと……あなたの帽子ですか?」

「あ、はい! ありがとうございます!」


 その少女は、少し気が弱いのか緊張した様子だったが掴んでいた帽子を娘に手渡し、シャルロットの笑顔につられたのか、にこっと微笑んでいた。
 ……この貴族達がどんな集団なのかは把握しきれていないが、とりあえず面倒なことにはならなそうで助かった。
 せっかくの家族との休日を、他人のご機嫌取りと問題への対処で潰したくはない。


「お邪魔してしまい、申し訳ございませんでした」

「オ、オルレアン公様!? い、いえそんなこちらこそこのような場所で――」


 と、彼らの挨拶や謝罪などの言葉から、どうやら相手がモンモランシ家の方々だということを知った。
 たしかラグドリアン湖を挟んで、近くにモンモランシ家の屋敷もあったはずだ。
 それほど交流もないが、水の精霊との交渉役として有名なモンモランシ家の噂は聞いていたので、名前を聞いて彼らがここにいることに納得した。屋敷の周辺でピクニックでもしていたのだろう。
 
 よく観察すると、テーブルが用意されてなかったり従者も共に食事していたり、ラ・ヴァリエール公爵夫人までいて、極めつけには噂に名高い水の精霊まで同席しているという、訳の分からない状態だった。
 ……深く関わらない方が良いだろう。あまりお邪魔すると彼らにとっても迷惑になるだろうし。
 適当に言葉を交わして私達も家族水入らずの散歩に戻ろうと思った。


「私、シャルロット・エレーヌ・オルレアン! あなた、お名前は?」

「あ、えと、私は……アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスですっ」


 と、考えているうちに娘が自己紹介を始めていた。
 ……娘の質問に答えた少女の名前には、覚えがあった。
 たしか、最近トリステインから広まった噂で、光の精霊(誤解だったらしいが)カェーディア・スィ・ギノーという存在を使い魔としている貴族の少女だったはず。
 その使い魔と共に、両親を殺害しラ・シャリス家を乗っ取ろうとした叔父の陰謀を暴き、現在はわずか10歳にしてラ・シャリス家の当主として働いているらしい。

 その、カェーディアという使い魔は、人の心の穢れを祓うという。
 襲撃事件を実行したミス・アイシャの叔父も、憑き物が落ちたように穏やかになり、罪を償おうとしているという。
 もしその話が本当だとしたら、私のこの曇った心にも、光を照らしてくれるのだろうか。

 所詮は噂話だ、と無視することもできる。
 だが、私は藁にも縋るような想いで、娘達の自己紹介が終わったタイミングで、その心を祓うという業をできないかを訊ねてみた。


 しばらくして現れた使い魔・カェーディアは、真実を知っていなければ本当に光の精霊と間違えてしまいそうな程に、光を纏う幻想的な存在だった。
 ミス・アイシャが「い、いまからカエデさんに変わりますね」と言うと、意味を尋ねる前に二人の姿が重なる。
 そして、閉じていた瞳を開いたミス・アイシャは。


「お会いできて光栄でございます、オルレアン公様。あなたと話せる機会がないかと、待ち望んでおりました」


 姿は変わらずとも、中身がまったくの別人――カェーディア・スィ・ギノーへと変わっていた。










 気紛れな風のイタズラが、運命を変えるための出逢いを導いた。





[17047] 第17話「若気の至り、で全てが許されると思うな」 ※4/26誤字修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/04/26 07:01



 無理だろう、と諦めていた平和化計画。
 けど、計画のために出会いたかった人物の1人が、向こうからやってきた。
 あいにく彼が求めてきた、人の心の闇を祓うなんて芸当はできないけども、未来の情報を教えつつ相談に乗ることぐらいはできるかも。
 原作通りに進むようにした方が良いのでは、と先が見えなくなることに不安を感じてはいるけども。


 求めているのは、問答無用のハッピーエンド。
 そのために必要なイベントが、目の前にある。
 ――手を伸ばせば届くんだ! とっとと始めようぜ、杉野楓!





 オルレアン公――シャルルさんは、原作開始時点では兄のジョゼフによって殺されている人物だ。
 彼とジョゼフのすれ違いから、狂気に満ちた悲劇は始まり、様々な人が巻き込まれていくことになる。
 ……そういえば、彼らの屋敷はモンモランシ家のお隣さんだったっけ。
 理由はともかく、偶然にしてもこうやって出会えて、しかも向こうから接触を図ってきた。これはもう動かざるを得ないだろう。
 彼ら兄弟のすれ違いを修正するだけでも、かなりの人達が助かるはずなんだ。ひいてはアイシャ自身の安全にも繋がるし、アイシャと私の望みである平穏にも一歩近づける……はず。
 もちろん、誰も彼もが救われる世界なんて理想に過ぎないってことは分かってるつもりだ。
 犠牲は生まれる。助けられない人は存在する。
 予想外な事態が起こり、重ねてきた努力の全てが裏目に出ることだってあるだろう。
 それでも何もせずに後悔するより、できることは無謀ではない範囲で頑張って、より良い結果を目指すのは悪いことではないはずだ。


「待っていた……とは、私のことを?」

「ええ、その通りですオルレアン公様。使い魔である私のような身分では、貴方と出会いたいなどと願うことすら恐れ多いと思い、どうしようかと迷っておりましたが……。
 このような機会が得られるとは、始祖ブリミル様のお導きでしょうか」


 王様への話し方なんて相変わらず慣れていないので、とりあえずそれっぽい言葉を並べ立てて誤魔化す。
 多少変なことを言っていても、使い魔の言うことだと流してくれれば良いのだけど。


「だとすれば、この出逢いは運命であったと……ははは、中々素敵なシチュエーションだね。
 私に妻がいなければ、身分違いの恋物語でも始まっていたかな?」


 ……とりあえず、反応を見る限り問題はなかったようで一安心。
 何だか爽やかに笑っているけど、後ろで奥さんが白い目でミテマスヨー?


「恋は始まらずとも……この世界の未来を変える出逢いだったりは、するのかもしれませんね?」

「はは、振られてしまったか。……始祖の導きによる出逢いが、未来を変える、か。
 だとすれば、素敵な未来へと変わってくれればよいのだけどね」

「それはきっと、私達の行い次第でしょうね。まずは私達が変わらねば、目の前の現実も変わらないのですから」

「――まずは、私達が、変わる?」


 と、調子に乗ってぺらぺら喋りすぎたか?
 一瞬そんな不安を感じるが、別にこちらを無礼だと思ったわけではないらしく、しばらく考えるそぶりを見せてからシャルルは納得したような様子で。


「なるほど、君の言うことは面白いな」

「そう言っていただけるなら光栄です。しかし私は、至らぬ所ばかりの使い魔の身。何か無礼なことをしてしまった時は、申し訳ございません」

「いや、無礼と言うなら私の方さ。せっかく楽しいパーティを開いているところを邪魔してしまってすまないね」


 うん、なんとか上手く会話できてるっぽい。私が少し変な喋り方をしても、普通に受け流してくれてる様子だ。
 傲慢な貴族とかなら色々文句を浴びせてくるかもしれないけど、さすがは高潔な人物として名高いシャルルさん。なんともないぜ。
 ……善人であるからこそ、自分が行う裏工作や嫉妬心に苦しんでいるらしいんだけどね。

 真面目であるからこそ苦しむ、ということは現代日本でもよくある話らしい。
 例えばアルコール依存症。これって心が弱い人がなるとか思われがちらしいけど、実際には真面目な人の方が内側に溜め込んだストレスを解消する方法が見つからず、お酒に頼ってしまうようになるらしい。
 ……まあお酒飲めるようになった頃にはほぼ寝たきり生活だったし、お酒を飲んだのは「生まれてきた思い出に」と我が侭を言って、一杯だけ両親と杯を交わした時のみで、その後は特に飲む機会もなく死んじゃったから、依存症のことは聞きかじったうろ覚えの知識でしか知らないけどね。
 詳しいことは現代日本に戻って調べたりしない限り分からないだろうし、何事も例外はあるから真面目=依存症になるってわけじゃないだろうけど。
 そして何より、今は関係ない話だ。本題に戻ろう。


「さて、オルレアン公様。貴方の求められた“心の闇を祓う”というものですが……私が他人にできることは、相手の身体に憑依することぐらいで、精神に影響を与えられたのは偶然だったのです。
 主であり友であるアイシャには問題なく憑依できるのですが、他人への憑依はあの事件の時にしか行っておらず、まだ安全を保障できない状態です。
 あの事件の際には、相手が敵であることから強引に精神へ干渉しましたが、アイシャ以外の人物への憑依は危険ではないかと思われます」


 “アカデミー”での調査でも、その辺りは詳しく分からないままだった。
 とりあえず使い魔とメイジという主従関係であることから、特別に精神の衝突などのリスクがなく憑依状態になれるのでは、という仮説に留まった。
 ……さすがに『調査のため、私に憑依してください』というチャレンジャーな研究員はいなかった。いてもちょっと困るけど。

 けど、何度も危険なことを説明してもシャルルさんは引き下がらなかった。あくまで穏便な形で、会話の中で「やってくれお願いします!」みたいな雰囲気が伝わってくる。
 よっぽど悩んでいるのかな。原作では回想みたいな感じで、少しだけ彼の苦悩が描写されるだけだったし、詳しい事情は知らないんだけど。
 たしか、ずっと狙っていた王座が、兄であるジョゼフに与えられたことですごく嘆いていたけど、その嫉妬心を押し殺して『僕全然平気だYO!』みたいな演技したらジョゼフにはその余裕な態度が耐えられなくって……。
 そんな流れで悲劇が始まったんだと思うけど、シャルル自身がどれだけ苦しんでいたのかはあまり詳しく描写されていなかったような……まあ原作時点では殺されてたしね。

 あと苦悩の原因になってそうな要素と言うと……シャルロットの実の双子であるジョゼットを秘密の修道院送りにしたこととか?
 ガリア王家での双子を忌み子として嫌う習慣のせいで、ジョゼットを生かすためには仕方なかった、ともいえるけど……シャルルにとっては、苦渋の決断だったのかも。
 ジョゼットのことについてはどうなるか分からないけど、できれば彼女も幸せになってほしいよね。それがどんな形なのかは本人が決めることだろうけど。
 もしかしたら、修道院でのんびり暮らす方が幸せって可能性もあるんだし、無理に連れ出すのもなんか違う気がするなぁ。
 まあ、その辺りもチャンスがあれば、ジョゼット本人に質問してみようかな。いつになるのか、本当にそんな機会があるのかも分からないけど。


「……分かりました。貴方にそこまで覚悟と決意があるのであれば、こちらとしては断る理由はありません」

「すまないね、助かるよ。どうにも最近、悩み事が多すぎて家族にも迷惑をかけてしまっていてね。どうにか解決したいんだ」

「あなた、何もこのような危険なことをしなくとも……」

「パパ、無理しちゃ嫌だよー」

「心配をかけてすまないね、2人とも。大丈夫さ、彼女は……ミス・カェーディアは、きっと優しい娘だよ」


 家族の忠告も聞かず、やんわりとした受け答えではあるが頑固な程に自分の意思を貫いてくる。
 ……関係ないけど、シャルロットの喋り方が予想以上に子供っぽい気がする。
 まだタバサの冒険で出てきた時ほど、年齢を重ねていないのだろうか? まあ、可愛いから良いけど。


    ○


 結局、本人の強い希望もあって、シャルルさんへの憑依による精神干渉を行うことに。
 ……すごいチャレンジャーだなこの人。それだけ追い詰められてるってことなんだろうか?


「では、そのままリラックスして……はい、そんな感じでお願いします。
 苦しかったらすぐに言ってください。アイシャを通じて、私も“外”の様子は確認できますので、危険と判断したら途中でも中断します。
 よろしいですか?」

「ああ、それで構わない。気を遣わせてしまって、本当にすまないね」

「御気になさらないでくださいな。誰だって、耐え難い悩みを抱えることはあるでしょうから」


 今は、できるだけ綺麗で豪華な敷き布をモンモランシ家の従者さんに用意してもらって、シャルルさんにはその布の上に寝転がってもらい、リラックスしてもらってる。
 ラ・シャリス夫妻の葬式の日、アルデに憑依した時はアルデがすごく苦しんでいたし、立ったまま憑依を行った場合、取り乱して転倒する、などの危険が考えられたからだ。
 それに、私に対する敵意などの感情が、アルデの時のような拒絶反応を生んでいるのかもしれない。気持ちを落ち着ける環境を用意して、少しでも危険を減らせるように行動しなければ。
 ……リラックスしないといけないのは、私も同じか。
 もし失敗してシャルルさんに何かあれば、本人が希望したとはいえ王族に危害を加えた罪でとんでもないことになるだろう。
 かといってここまで求められてしまうと、その要求を断ることも不敬罪にされかねない。
 ぶっちゃけ、シャルルさんが諦めない限り成功させるしか道がない。……地味にピンチ?
 だけど、今回のミッションを成功させられれば、平和化計画への大きな第一歩になるかもだし、気合入れてやらないとね。


「あ、あの。カェーディアさん」


 と、憑依を始めようとした時に、幼少期タバサ……いや、シャルロットが声をかけてきた。


「パパのこと、よろしくお願いします!」


 そう言って、ぺこりと頭を下げるシャルロット。
 ……うん。
 成功が得になるとか、失敗は死亡フラグとか、そんなの関係なしでも頑張ろう。
 もちろん、成否によるリスクやリターンも考えておく必要はあるけども。
 ――可愛い少女の純粋な願いほど、心を動かす動機はないだろう。


「任せてくださいな、優しく可愛らしいお姫様」


 にっこり、と微笑みを返して。
 私は、シャルルさんへの憑依を決行した。




 ところでカェーディアって誰よ。
 いや、私のことなんだろうけどさ……うん。
 訂正する気も起きないぐらい変わってきてるね、私の名前。



   ○


 以前と同じく、何かを突き抜けたような感触を感じながら、地面らしき場所に降り立つ。
 さてさて、無事にシャルルさんの精神世界に入れたらしいんだけど……目の前に広がっているのは、なんか幻想的な風景だった。
 どこまでも広がる青空に、無数の小島が浮かんでいる。その小さな浮島には、柔らかな芝生と綺麗な水がいっぱいあって、浮島の端から零れ落ちた水が小規模な滝になって、遙か下の方まで落ちていっている。
 私が立っているのもそんな浮島のひとつのようだった。
 うーん、爽やかな光景だね。けど、アルデの時と違い明確な敵とか出てこないと、どうすればいいのか分からないな。

 どうしたものか、と考えて――突然、後頭部に何かぶつかってきた。
 同時に、「チェストー!!」と楽しそうに叫ぶ子供の声も聞こえたが、唐突な衝撃に驚いてそれが誰の声なのか判断できない。
 元々、あまり聞きなれない声だったけど……って、ここはシャルルさんの精神世界なんだから、まさかとは思うけど――。


「どうだねーちゃん、まいったかー!」


 ……振り返ると、満足げに胸を張る幼い少年がいた。
 まさか、とは思うけど……。この子が、その。


「ええっと、シャルルさん?」

「あれ、ねーちゃん俺のこと知ってんの?」


 そのまさか、だったようで。
 この、唐突に後頭部への飛び蹴りとかかましやがった偉そうな子供は、精神世界でのシャルルさんのようで。


 ――どうしてこうなった!?


 まあ、アルデの時みたいにキモイ存在になってないだけありがたいけどさ。
 最早現実でのシャルルさんの原形を留めていない程、はっちゃけた感じの子供シャルルが目の前にいる。
 ……う、うーん?
 実は昔はこういう性格だったのだろうかシャルルさん。
 いやけど、12歳の時点でスクウェアメイジだったり、すごい優等生として有名だった気がするんだけど。 
 となると、深層心理では子供っぽい部分を、王になるという目標のために押し殺し続けていたのだろうか。
 どうにも情報が足りなくて、現時点で断定はできないけどだいたいそんなところか


「いやっほおおおう! 必殺☆スカートめくりいいいい!!」

「にゃあああああ!?」


 色々考えている隙に、子供シャルルが私のワンピースの裾を思いっきり捲り上げて――。




 なにもはいてないのでまるみえの、おとめのとってもたいせつなところが、おもいっきりミラレマシタ。




「………………うわぁ」

「………………」




 言い訳をさせてもらうなら。
 私は別に露出狂でもノーパン主義でもない。
 ただ、他のことに意識を集中していたので、イメージによる姿の変化で外見は変えていても、下着まで気を使ってなかったというか。

 まあ、何を言ったところで。
 このクソガキにやらかされたことに変わりはないわけで。


「ふ、ふふふふフフフフフフフェッヘヘッヘヘァァアアアアア!!
 鬼ごっこしようぜシャルルくううん!? 逃げるのはあなた、鬼は私だあああああ!!」

「う、うわああああ!? ヘンタイがすごい顔で追ってくるうううう!! こ、こわっ! このねーちゃんこわー!!」

「だれが変態か、まてやゴラアアアアアア!!」



 そうして。
 私と、子供シャルルの鬼ごっこin精神世界がスタートした。
 ……王子だからって何しても許されると思うなよー!








おまけ  “外”の様子


カリーヌ(以下 カ)「アイシャ、カエデの様子はどうですか?」


シャルロット母(以下 母)「(夫の精神ですか……きっと、このラグドリアン湖のように綺麗なのでしょうね)」


水の精霊(以下 水)「……我も手伝うべきだったか? いや、あまりでしゃばるのも嫌われる要因に……(小声でぶつぶつ呟いている)」


アイシャ(以下 ア)「………………………え、えっと」


カ「……? どうしました? まさか、なにか問題が?」


シャルロット(以下 シャ)「パパ、大丈夫なの?」


ルイズ(以下 ル)「(……何よお母様ったら。せっかくのお出かけなのにあの子のことばっかり……)」


モンモランシー(以下 モ)「(動きがないと、見てても暇ね……あ、このクッキーおいしい。あとでレシピ教えてもらえないかな?)」





ア「……嫌がるカエデさんの、だ、だだだだだいじなところを子供になってるシャルル様が無理矢理……はうっ(赤面して気絶)」





カ&水&母「「「なん……だと……!?」」」


ル&モ「……?」


シャ「……!」








[17047] 第18話「絶対プリンス改造計画」 ※4/28誤字修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/04/28 00:21


 精神世界である以上、想いの強さが能力に変換されるのはお互い様のようで。
 元々浮遊できる私と、スクウェアクラスのシャルル。
 現実での移動速度はシャルルの方が圧倒的でも、この精神世界においてのみ、その実力差は心の震えで補える。はず。

 ……だ、だだだだだいじなところ見られて、怒りで心が震えまくってる今の私から、逃げられると思うなよー!!
 ぶるあああああああああああ!!




 初めは時折振り返り、こちらの様子を見て、怖がりながら逃げてるだけだった感じの子供シャルル。
 けど、だんだん余裕が出てきたのか「おーにさん、こーちらー!」とか言って挑発とかしてくる。
 怒りで私の移動速度が上がっても、ここが彼の精神世界である以上、地の利(?)はあちらにあるようで、中々追いつけない。
 互いの移動速度も、同じくらいかシャルルさんの方が少し速いぐらいだし、見失わないようにするだけで精一杯だ。
 子供シャルルは、そのことを理解した上でこちらを挑発して、本当に鬼ごっこを楽しみ始めているのだろう。
 ……乙女の怒りをなめんなよ!


 ところで、さっきから気になっていたんだけど……この精神世界の構造、何かで見たような気がする。
 より精神の奥にまで潜っている、ということを視覚的に表現しているのか、さっきから子供シャルルの行く先に階段があって、そこをどんどん降りていってる。
 そして階段を降りる度に周囲の風景が変わったりしている。
 最初の頃の浮島のある青空は既になく、今までに通り過ぎた風景は神殿っぽいところやおもちゃの国みたいなのとか。階層が変わると風景も変わる感じ。
 降りてきた階段は気付けば消えていた。

 ……不思議のダンジョン系のゲームに似てる、のかな。
 けど精神世界に潜るゲームってあったっけ……。


 ………………。
 …………。
 ……。





 ――日本○ソフトウェアか!!


 ディス○イア3ではストーリー上でも精神世界に入るダンジョンがあったと思うし、あの会社のゲームでは心を題材にしているシナリオだと、精神世界のダンジョンとかあったはず。
 それで不思議のダンジョン系というと……絶対ヒーロー○造計画か。
 誰かの本音や深層心理と触れ合える、というところも、絶対ヒーロー○造計画っぽい気がする。
 ……まあ、それが分かったところで特に意味はなさそうだけど。
 せいぜい、あの子供シャルルの抱えている問題をなんとかすれば、現実のシャルルさんにも影響があるかもってぐらいか。
 他に今できることは、ゲームみたいなややこしい仕掛けがないことを祈るぐらいかな。
 今のところ雑魚敵とかも出てこないし、大丈夫だとは思うけど。



 そうやって推測している間にも、鬼ごっこは続く。
 途中で捕まえられるチャンスはなく、なんとか追いかけ続けることしかできなかったけど。

 ずっと、追いかけ続けたその先で。


「タックルは腰から下あああああ!!」

「うわああああ!?」


 遂に最下層らしき場所に辿り着き、逃げ場がないことに慌てている子供シャルルに後ろから飛びついて捕獲した。
 うーん、しかし精神の一番奥と言う事もあってか、すごい風景だ。
 足場は、鬼ごっこの途中で見かけた神殿のまっしろな床と同じで、近くにはそれっぽい柱も立っている。
 けど、どこかから抉り取って持ってきたみたいに、床が途中で不自然に途切れていて、空中に浮かんでいるような感じ。
 そして空中には、青空に貼り付けたように、シャルルさんの思い出らしき映像とかがノイズ混じりで飛び交っていて、統合性が取れていない映像の羅列は、なんかじっと見ていると落ち着かなかった。

 あんまり見すぎるとこっちの精神が不安定になるかもなんで、ようやく捕まえた子供シャルルに意識を集中することにする。
 ……ショタっ子を押し倒して息を荒げている私って、たしかに変態っぽいなぁとちょっとだけ思ったけど気にしないキニシナイ。


「――あっはははは! ねーちゃんすげーな、楽しかったー!」

「――――」


 まったく。
 そう、心の底から楽しそうな笑顔を向けてくるのは、卑怯だと思う。
 可愛いは正義、とはよく言ったもので。
 まだ怒りはあるんだけど、今すぐどうこうしようって気持ちは削がれてしまった。
 子供の笑顔には、不思議な魔法がつまっているような気がする。心を落ち着かせてくれたり、こっちも釣られて笑顔になったり。


 そういえば、私がきちんと鬼ごっこをできたのはこれが初めてか。
 生前は病弱な身体だったので、こんな激しい運動はできなかったし、させてもらえなかった。
 アニメなんかで、子供達が無邪気に鬼ごっこしたりして遊んでいる風景を見て、色々と思ったものだった。
 身体の調子が良かった一時期に、一度だけやったことがあるけど……周りから気遣われて、本気で勝負してもらえなかったっけ。
 ああいう、腫れ物に触るような扱いには不満を覚えた記憶がある。まあ、身体や病気のこともあるから、仕方なかったのかもだけど。

 高校卒業前ぐらいに、思い出作りにと親友達といっしょにダンスを踊ったりしたのが、たぶん私の生涯では最高に激しく、楽しかった運動だ。
 あの時は両親から「本番では私達が観客として見ていてもよいのなら」と特別に許可をもらい、練習では先生が待機してくれて見守ってくれたり、色々な人に迷惑をかけたっけ。
 大変だったし、「わざわざ寿命縮めるな」とか「身体弱いなら大人しくしてろよ」とか言われたりしたけど、友達が支えてくれて。
 ああ、思い出したらまた踊りたくなってきた。いつか機会があればやりたいな。何人か人数が必要だから、協力者を探さないといけないけど。

 まあ、そのダンスの次くらいには、楽しかった運動の思い出として覚えておいてやるか。
 ……できれば恥ずかしいトラブルについてだけ都合よく忘却できるといいんだけど、そう上手くはいかないかなぁ。


「ったく、こっちも悪かったけどさ、スカートめくりする時は一声かけてよね」

「えー? 声かけたらスカートめくりさせてくれるって、それなんてヘンタイ?」

「許すとは言ってないよ。声かけてきた時点で逃げるかぶん殴る。もしくはその言葉を誰かに聞かせて評判を落とす」

「ひっでー!?」

「ひどくない! 女にとって“あれ”は神域なんだよ! 不可侵なんだよ! 絶対領域なんだよー!」


 それからしばらく、色々と言い合って……いつの間にか、私達はいっしょに笑っていた。
 思いっきり身体を動かして気分も変わったのか、怒りもなんとか飲み込めるぐらいにはなったし。
 ……いやまあ、許したわけじゃないけどね? そんな簡単に許せるほど優しくないけどね?
 それでもまあ、初めての本気の鬼ごっこは中々楽しかったのは事実で。
 子供シャルルも、楽しそうに笑ってるし……まあ、いずれは水に流してあげよう。今はまだ、保留だけど。

 とりあえず自分は、今後はしっかり下着もイメージしないとなーとかのんびり考えていたところで。




 ギャオオオオオオ!! と。どこからか、化け物の雄叫びが響いた。


「……あ、ぅぁ」


 子供シャルルは、さっきの楽しそうな様子から一転して、不安そうに辺りの様子を探っている。
 まるで、何かに怯えるように。


「ど、どうしたのシャルルさん?」

「あ、あいつが……あいつがくる!」


 あいつって誰、って質問する前に、向こうの方からやってきた。
 ズガアア! と床を踏み砕き、どこからか私達の目の前に降り立ったのは……。


「く、黒い……ドラゴン? にしても、なんかごちゃごちゃしているというか」


 なんというか、皮膚の部分が蠢く黒い影になっている感じというか……うまく表現することができないぐらい、ある意味幻想的な姿のドラゴンが目の前にいる。
 キモイ、とまでは言わないけど、あまり美しい姿ではなかった。
 そいつの身体はけっこう大きい。とりあえず、あの腕に掴まれたら一瞬で握りつぶされるかなーって素人でも分かるぐらいには。
 子供シャルルは、怯えた様子で足を震わせながらも逃げようとして……足をもつれさせて、後ろへと転倒していた。


「い、いやだ……怖いよ……」

「――シャルルさん、あいつはいったい、何?」


 答えてくれるか分からなかったけど、こいつが倒していい奴なのかも分からないので、聞いてみる。
 まあ、まず私にこんなボスクラスの敵を倒せるのか、てのも疑問なんだけど、逃げ場もないしやるしかないだろう。


「……あいつ、ぼくに『もっと良い子になれ』『勉強しなさい』『みっともないことはするな』って、言うこと聞かないと酷い目に合わせるぞって……いつも脅しにくるんだ」


 うーん、ここが精神世界となると……あのドラゴンは、シャルルさんにとっての『周囲からの期待』とか『立派な人物でいないといけない』という脅迫概念みたいなものを具現化したものなのかな。
 さっきこの精神世界を例えた絶対ヒーロー○造計画というゲームにもたしか、そういう敵がいたはず。主人公サイドで勝手に“世間体”と名付けていた……んだっけ?
 まあ、分かりやすいのでそれでいいだろう。
 “世間体”は、こちらを敵として認識したようで、鋭い眼光と殺気をぶつけてきている。
 この世界の主であるシャルルさんはともかく、私はいわば異物だ。倒されてしまったら、そこで人生(?)終了のお知らせとなりかねない。
 けどまあ、戦うしかないんだけどね。とはいえ生身のままではどうしようもないので、とにかく精神世界限定の変身で戦闘能力を得ないと。


 贅沢言ってる場合じゃないのは分かるけど、黒歴史はちょっと嫌かな。
 それに、こんな逃げ場がない場所で約束された勝利の剣(エクスカリバー)とか使ったら、シャルルさんへの被害が心配だ。
 仮にエクスカリバってもシャルルさんに悪影響がなくて“世間体”という存在を倒せたところで、他人である私が本人の代わりに恐怖の具現を倒しただけでは、シャルルさん自身の心の問題を解決することはできない気がする。
 ……となると、元ネタにあやかって、アレでいこうか。その方が想像しやすいしね。


「変身――」


 イメージするのは、不屈の戦士。
 何度倒されようと、世界中からヒーローの偽者として貶されても、諦めずに戦い続けて本物のヒーローになった、あのカッコいい姿。
 赤いスーツに身を包み、ヘルメットで本当の顔を隠して、「諦めなければ、負けではない」という在り方を不器用なりに貫いた存在。
 その名は。


「――絶対勝利! マケレンノジャー!!」


 叫びと共に、私の身体は光に包まれて。
 鏡がないから全身を確認することはできないけど、ヘルメットがあることや、腕を包むスーツに、無事に変身できたらしいことを知る。
 ……細部で微妙にデザインが違ってたりはするかもだけど、そこは気にしても仕方ない。


「シャルルさん。きっと、あなたの感じているプレッシャーはすごいものだと思う。背負いきれずに押し潰されても、仕方ないのかもしれない」


 偉そうに言えた立場ではないと思いながらも、シャルルさんに話しかける。
 私は、私が信じたいと思う理想や綺麗事を真似ているだけかもしれない。そんなやつに、ヒーローを名乗る資格はないかもしれない。
 それでも……やるしかないんだ。
 強いから戦うんじゃない。勝てるから戦うんじゃない。
 負けないために。絶対に負けないために戦うんだってことを、シャルルさんに伝えたい。そうすれば、何かが変わるかもしれないと信じて。
 ……私にできることなんて、そんな正解かも分からないことを試してみることぐらいだ。


「だけど、それでも戦わなくちゃいけない時がある。そうしなきゃ――自分の“世界”は、いつまでたっても変わらないから!」


 生前、私が子供だった頃。
 外で遊べず、学校にもロクに行けず、ただ生きているだけ……可能な限り長く生きるためだけに何もかもを我慢しなければいけない、と自分でも思っていた。
 けど、そうやって過ごす毎日はからっぽで、明日が来ることに恐怖しか感じなくて。
 それを変えてくれたのは成長してから出会った友達の存在だった。
 手を伸ばせば届く所に、楽しいことはちゃんとあるんだってことを教えてくれた、大切な友達。
 もちろん、辛いことはあるし、我慢しなくちゃいけない時はある。理不尽なことだって、たくさんある。
 それでも、自分の“世界”を変えるためには、まずは自分を変えるところから始めないとだめなんだ。

 他人になんと言われても、「これが私の幸せだ」と言えるものがある、という幸せ。
 それは、とっても心を満たしてくれた。からっぽだった私は、だんだん幸せでいっぱいになっていった。
 その幸せを見つけられたのは……友達が、私自身を変えるきっかけをくれたからだ。
 シャルルさんにとっての、そんなきっかけに私がなれるのかは、分からない。
 けど、それでもやるんだ。

 上手く言えないかもしれないけど、伝えられないかもしれないけど。
 だったら――伝わるまで、伝え続けるだけだ。
 それが私にできるのか、なんてことは……やってみなけりゃ分からない!


「行くぞ“世間体”――私は、絶対に負けない!」


 “世間体”に向かって、突撃する。
 スーツに身を包んでいるだけで得物がない現状では、己の拳と想いだけが私の武器だ。
 けど、ここは精神の強さが重要な世界。
 絶対に勝てる、と信じ抜けば、すっごいパワーが出せるはず!


 そんな想いを込めて、気合を入れてジャンプし“世間体”の額にパンチを叩き込んだ。



 で。
 まったくダメージを与えられていない様子の“世間体”に思いっきり吹き飛ばされて、その辺の柱に叩きつけられましたとさ。
 ……ぎゃふん。



SIDE:シャルル



 なんで、あのねーちゃんが戦うのか、分からなかった。
 あっさり吹き飛ばされて、勝てる雰囲気がまったくないのに「まだまだー!」なんて叫びながら、再び突撃していくねーちゃん。
 急に姿が変わった時は、もしかして勝てるのかも……? なんて期待したけど、正直自分よりも弱いのではないか、とすら思えるぐらい圧倒的に負けている。

 なのに、ねーちゃんは逃げようとしない。
 何度吹き飛ばされても、まるで攻撃が通じていなくても、諦めずに戦っている。
 ……なんで?
 あれは俺の敵で。ねーちゃんには何の関係もないのに。
 なんで、そんなボロボロになっても戦うの?



 だんだんと、最初と比べれば戦いにはなってきていた。
 ねーちゃんはどこからか武器を取り出して、剣で斬り、槍で突き刺し、銃で撃ち、斧で引き裂き、拳で殴った。
 けど、ねーちゃんが“セケンテイ”と名付けたあのドラゴンには全然効いていない。
 攻撃を仕掛けるたびに、逆にねーちゃんの方が反撃されてダメージを受けていた。


「……!」


 何度目の攻防だっただろう。
 ジャンプして空中から攻めていたねーちゃんが、それまでのように吹き飛ばされるのではなく、“セケンテイ”の足元にはたき落とされて。
 ねーちゃんが起き上がる前に。“セケンテイ”の大樹のような太い腕が、ねーちゃんがいる場所に叩き込まれていた。


「――ねーちゃん?」


 子供でも、分かる。
 助かるはずが無い。
 さっきまで楽しく遊んでくれていたねーちゃんは……俺の代わりに戦って、虫みたいに潰されて、死んだ。


「……う、ぁ」


 何故、あんなになるまで戦ってくれたのか、分からないけど。
 俺のせいでねーちゃんが死んだ、ということが、胸を引き裂かれるぐらいに、苦しい。
 涙があふれて、視界が歪む。
 次の瞬間に自分が殺されるかも、と思うけど。もう目を開けていることすら辛くて、目を閉じた。




 そんな、何もかも諦めた時だった。
 聞いたことがない歌が、聞こえてきたのは。

 不思議な、歌だった。
 心に直接響いてくるように、自分の中へ“何か”を残していく、そんな歌。


 どんな敵が相手でも、誰かを守るために戦い。

 みんなを守るために戦い続けることを期待されて。され続けて。

 それでも、優しく微笑みながら戦った――そんな、英雄の歌。





 ねーちゃん……ミス・カェーディアは、立ち上がっていた。
 彼女は、潰されてなどいなかった。
 勝手に諦めた私と違い、また立ち上がるために力を込め続けて……あの“セケンテイ”の巨大な腕を持ち上げて、その巨体を投げ飛ばしていた。

 英雄の歌は、もう聞こえなくなっていた。
 けれど、その英雄のイメージはミス・カェーディアの想いを通じて、たしかに伝わってきた。
 伝わってきたイメージはおぼろげで、その英雄の顔も姿も分からないけど。
 それでも、私の心を震わせるには、充分過ぎるものだった。


“まずは私達が変わらねば、目の前の現実も変わらないのですから”


 そうだ。
 その通りだ。
 私は、辛い現実を変えてくれる“何か”をずっと待っていただけだった。
 けど、いつまで経っても、そんな都合のよいものがどこからかやってくることなんて、ない。
 それは――探し続けていた、現実を変える力とは、いつだって私の中にあるものだったのだから。
 魔法の力、ではない。
 現実に抗おう、何かを変えようとする意思。それこそが、私の求めるべき“力”だったのだ。


 他の誰でもない。
 他の誰にもできない。
 私の目の前にある現実を変えるためには、まずは私が変わらねばいけなかったんだ。
 誰かに助けを求めるにしても、自分1人で挑むにしても。
 戦おう、という意思を私が持たなければ、いつまで経っても現実は私の前に立ち塞がっているだけだ。



 いつの間にか、“俺”は“私”になっていた。
 子供の身体から、大人の身体へ。
 祈るだけの弱さを捨てて、戦おうという意思を得て。


 改めて、“セケンテイ”を見てみた。


 ……なんだ。
 私は、この程度のちっぽけな存在に、怯えていたのか。


 それは、単に自分が大きくなったから、というわけではなく。
 あれほど巨大で強靭に見えていた“セケンテイ”は、せいぜい“少しは”手強そうな相手、ぐらいにしか思えなくなっていた。


 まったく、どうかしていた。
 たかがこの程度の相手に臆し、挙句の果てには少女に1人だけ戦わせて、自分は震えているだけなんて!


「“ウィンディ・アイシクル”!!」


 唱えた呪文が生み出した無数の氷の矢が、“セケンテイ”へと突き刺さった。
 その一撃で倒せるほど甘い相手ではないようだ。
 だが、それなら倒せるまで攻撃するだけだ!


「ミス・カェーディア! すまない、迷惑をかけた!」


 ボロボロになりながらも戦い続けた彼女は、戦いの中で仮面がどこかに飛んでいってしまったことも気にせず、優しく微笑みながら。


「まったく、遅いんですよシャルルさん! ついでに言うと、スカートめくりの件も忘れないでくださいね!!」


 冗談交じりに、そんなことを言った。


「ははっ、そうだな! では責任取ってお嫁さんにしてあげようか!」

「はっはー! この戦いが終わったら結婚しよう、なんて死亡フラグすぎて素敵ですなー!
けど略奪愛は私には荷が重過ぎるので遠慮しまーす! 王妃様とか大変そうだし!」


 そんなことを言い合いながら、2人で“セケンテイ”に攻撃を加えていく。
 先程まで全然効いていなかった攻撃は、どんどん“セケンテイ”にダメージを与えていき……。
 もう相手に反撃の余地すら与えない程に、一方的な戦いになっていた。


「サクっと決めちゃいますか、シャルルさん!」

「ああ、派手にいこう!」


 別に作戦を練っていたわけでもないのに、自然とやるべきことは理解できていた。
 それが、心で繋がるということなのだろうか。
 私達は、“セケンテイ”の懐へと同時に飛び込んで――。


「「必殺! “マケ・ウィンディ・アイシクル・ジャベリン・パンチ”!!」」


 二人の技を、ひとつの力にして。呼吸を合わせて叩き込んだ。
 貫く氷の大槍と無数の矢。放たれる勇気の拳。
 一瞬の静寂。そして――。




 ズドォオオオオン!! と。冗談のような轟音が響き渡り。
 ボロボロになった“セケンテイ”は、空の彼方へと吹っ飛んでいった。



SIDE:カエデ



 ……うまくいってよかった。
 とにかくやるしかない、と半ばヤケクソで突撃しても全然効果がなくて。
 ならやっぱり恥ずかしいけど黒歴史の姿に変身して……と思っても、そんな隙を与えてくれる程相手も甘くはなくて、正直打つ手がなかった。
 ならばせめて武器を、と思いつく限りの武器をイメージしてみたけど、大急ぎで仕上げた粗いイメージで作り上げた武器では決定打を与えられず……焼け石に水って感じだった。
 あんまりにボロボロに倒されるから、思わず自分に言い聞かせるように「私は負けない……私は諦めない……!」って自己暗示かけてたら、なんかアン○ンマンのマーチが精神世界にBGMみたいに流れ始めるし。
 
 ……あの歌声、私の友達のものだったな。
 そういえば以前、オタク文化にハマリはじめた私に「あの歌すっごい奥が深いんだよー」とか言って、自分で曲調をアレンジしたものを歌ってくれたっけ。
 なんか、すごい励まされた記憶がある。友達の歌声にも、その歌詞に込められた想いにも。
 友達、か……。私が死んだ後も、元気に生きてくれているといいんだけど。
 やっぱり、大切な友達には、幸せになってほしい。そこに私がいなくても。
 ……どうか、幸せにでいてね。みんな。


 最後の合体技で勝利することはできた。けど、“世間体”は消えずに、『おぼえてろよー』という捨て台詞でも似合いそうな感じで飛んでいってしまった。
 ……まあ、恐怖もまた自分の一部、ということだろうか。
 完全に消し去ることはできなくても、気持ち次第で対抗することはできるはずだ。そう信じることにしよう。


「本当にありがとう、ミス・カェーディア。君のおかげで、大切なことに気付けたようだ」


 シャルルさんからお礼を言われて、「どういたしまして」と返す。
 とりあえず、これで一段落っぽいけど……。大丈夫、だよね? ボスの復活とかまだ変身が2回残ってるとか、ないよね?
 まあともかく、私も伝えたいことを伝えることにした。


「シャルルさん。……あ、いや。オルレアン公様」

「シャルルでいいよ。それに、公の場でなければ堅苦しい言葉もいいから、君の話しやすい喋り方で話してくれて構わないよ」

「あ、ありがとうございます。それで……お伝えしたかったことなんですが」


 そもそものこちらの目的だった、シャルルさんに教えておいた方が良さそうな情報を伝えることにする。
 今からおそらくは数年後、現ガリア国王がジョゼフを王として選ぶ可能性が高い、ということ。
 その時、シャルルさんが悔しがらない演技をしていたことで、ジョゼフは猜疑心や嫉妬など、積もりに積もった負の感情が爆発して、シャルル暗殺を決行してしまい、狂っていくこと。
 そして、ジョゼフが虚無の担い手であること。

 あとは、気になっていたジョゼットのことについて聞いてみた。
 ジョゼフ関連の情報と合わせて、「何故君が知っているのか」という感じで驚いていたけど、素直に思っていることを話してくれた。

 ジョゼットのことは、今でも悩んでいる。けど、何もしなければ生まれた瞬間に殺されてしまっていた。それだけは耐えられなかった。
 もし、いつの日か……双子に対する慣習を廃止することができたなら、迎えに行きたいと思っている、と。

 ……その願いを叶えるのは、すごく難しいらしい。
 敵味方含めて数多くの貴族達にその意見を認めさせることは、王となっても簡単にはいかないかもしれないのだとか。まあ、昔から続いているらしいしね。
 けど、改めて努力しようと決意を固めた。そう言って、シャルルさんは穏やかに笑っていた。


「兄さんとは、一度本音をぶつけて話し合ってみるよ。それでうまくいくか分からないけど、まずはやってみることから始めないと……だろう?」

「ええ、そうですね。私も、もっと努力を重ねなければ」


 今回、黒歴史への変身を渋ったせいで、危うくBADENDになるところだった。
 ……うん。恥ずかしいとか選り好みできる立場じゃなかったな。
 必要な時は黒歴史だろうと、使えるものは全部使わないと、つまらない理由で全てを台無しにしてしまっては笑えない。
 どうしても嫌なら、別の変身を考えるとか……色々手はあるだろう。もっと、努力していこう。


「それにしても……兄さんの虚無のことといい、ジョゼットのことといい……君は、何者なんだい?」


 やはり、気になるのだろう。
 多少遠慮がちに、ではあったけど、シャルルさんは私について聞いてきた。
 ……うーん、どうしよう。
 預言書(嘘)のこととか話すと、また変な誤解を広めちゃいそうだしなぁ。
 ここは悪いけど、なんとかごまかすとしよう。どうしても納得してくれないときは、話すしかないけど。


「私は、アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスの使い魔。異世界から召喚された、普通の少女の幽霊。
……そういうことで、いいんですよ」




 割とあっさり、シャルルさんは納得してくれて。
 私達は、特に問題なく現実世界へと戻ることになった。


    ○


 で。
 このままなら綺麗な終わりだったのかもだけど。


「………………」(カリーヌ)

「………………」(水の精霊)

「………………」(オルレアン公夫人)


 楓ですが、シャルルさんを囲む雰囲気が最悪です。
 ……ええっと、どうなってるんだろう?
 ゴゴゴゴゴゴゴ、と擬音が背景を埋め尽くすぐらいのプレッシャーを感じるんですが、一体何事ですか?


「あなた、詳しく聞きたいことがあるのですが……少し、人目のつかない場所に行きましょうか」

「い、いや話ならここでもできるのではないか?」

「大丈夫ですよ、話は一瞬で済みますから。オルレアン公夫人、私も参加しても?」

「もちろんいいですとも。ぜひ協力してくださいな」

「場所なら我が良い場所を紹介しよう。無論、私も参加していいのだろうな?」


 ……ううむ、なんという(恐怖の)お散歩フラグ。
 美人さん3人に囲まれて秘密のお話とか、キーワードだけ聞くと羨ましいかもだけど、現実には今にも公開処刑が始まりそうな雰囲気で。


「い、いいいいったい何事かなこれは?」

「隠し通せるなんて思うのは無駄ですよ。あなたがカエデにしたことは、アイシャからばっちりと教えてもらいましたから」


 カリーヌさんに話を振られて、アイシャはあぅあぅと恥ずかしそうにしながら。




「カ、カエデさんの、だだ、だだだだだだだいじなところを強引に覗いて、しししかも出会ったその日にプロポーズなんて……はぅ(赤面して気絶)」



 と、トンデモナイことを言いながら倒れてしまった。
 従者のみんなが慌ててアイシャに駆け寄り、応急処置を施してくれている。
 ……あー。怒りと、急なボス登場のせいで失念していたけど、アイシャも私の様子を見ることができるんだよね。
 じゃあ、精神世界での出来事も見られていたわけで。


 罪状その1「スカートめくり」

 罪状その2「妻がいるのに他の女にプロポーズ(とも取れる)発言」


 ……シャルルさんオワタ?


「ま、まままま待ってくれ! あれは、なんというか、その……」


 慌てて弁解しようとして、全部自業自得なので何の弁解もできないことを察したのか、絶望した表情のシャルルさん。
 なんと絶妙な自爆っぷり。フォローしようにも、スカートめくられたのも、冗談とはいえプロポーズされたのもシャルルさんが自分でやったことなわけで。
 ……うん、フォロー不可ですね。被害者は私だしね。

 見てて可愛そうなぐらい狼狽して、3人がじりじりと狭めてくる包囲網から逃げようと後ずさるシャルルさん。
 と、後ろにいたシャルロットに気付かなかったのか、ぶつかってしまう。お互いに倒れることはなかったが、シャルルさんはなんとか状況を解決したかったのかシャルロットに話しかけた。


「シャ、シャルロット。違うんだ、あれは偶然というか、」







「わたしシャルロット。おまえエロ犬」






 ぶっ!? と。思わずふきだしそうになってしまった。
 なんか、えらい暗い目になってるシャルロットはシャルルさんの顔をじーっと見ながら問答無用で、どこかで聞いた様な台詞を吐いていた。


「……シャル、ロット? そ、そんな言葉を使っちゃ、」

「わたしシャルロット。おまえエロ犬」

「…………パ、パパだぞ? 私は、パパだぞ?」


 めげずに、再度シャルロットに話しかけるシャルルさん。


「わたしシャルロット。おまえエロ犬」


 が、既に四面楚歌……!



「――ふおおおおおおおおああああああああ!!」



 何を思ったのか……自分でも何をしているのか分からなくなるぐらいショックを受けているんだろうけど、シャルルさんは嘆き叫びながらラグドリアン湖に向かってダイブした。
 けど、そこには包囲網の一角である水の精霊がいるため、当然のように掴まる。
 ばしゃあ、と。水揚げされた魚のようになりながら、水の精霊の変幻自在の身体によって拘束されて、運ばれていくシャルルさん。
 もう既に真っ白に燃え尽きている様子のシャルルさんだけど、どこかへ連行していく水の精霊の後を、オルレアン公夫人とカリーヌさんがついていく。


 どなどなどーなーどーなー。シャルルよとーわーにー。
 変な替え歌を作って気を紛らわせていると、しばらくしてシャルルさんの断末魔らしきものが辺り一体に響き渡った。
 ついでに、大量の水飛沫とか突風も巻き起こった。
 ……無茶しやがって。


    ○


 色々とあったけど。
 平和化計画へ近づくきっかけも得られたし、とっても良い展開だった。
 とはいえ、こんな幸運がそう続くとは思えない。
 この調子で他の危険フラグも一気にへし折るぜー、って訳にはいかないだろう。
 そもそも、テファ達のいるアルビオンは空の上に浮かぶ浮遊大陸だ。偶然出会う、ということもないはず。
 もし本当に干渉するなら、アルビオンまで行き秘密裏にテファ達に会い、離別を拒む家族を引き離してテファとその母親だけをエルフの土地へと送り出さないといけない。
 ……簡単に、どころか準備しまくっても出来る気がしない。

 けど、できないことがあるのは仕方ない。私はただの幽霊だし、世の中上手く行かないことはいっぱいある。
 私は、手の届かぬとこにいる人まで助けようとしてみんなを死なせてしまうより、まずはアイシャの味方でありたい。
 ……他にも、大切に思える人達は増えてきた。そういう人達を守れるように頑張ることが、するべき努力だと思う。


 ロマリアから目をつけられなければ、これでだいたいのイベントは終わったはず。
 後は、じっくりと領地の整備を整えたり、魔法の腕を磨いたり、数年後の原作開始時点までに出来るだけ準備を進めておくことぐらいしかできないだろう。

 原作の過去と比べると、色々なことが変化している。原作通りのことが起こるとは限らず、未来を読める可能性が低くなってしまっているが、それは覚悟の上で行動した結果だ。悔いはない。
 だから、何が起こっても対応できるようにしておかないと。




 とにかく、これからは準備の期間。
 忙しいながらも充実した、平和を感じられる時間が、しばらくは続くはず。
 そうして気付けば『あれから数年後~』みたいに、一気に時間が進んだように感じる程、楽しい時間に溢れた数年間になるだろう。
 さあ、未来のためにいっちょ頑張りますか!












 そんな風に。
 危険なことがしばらく起こらない、なんて。
 甘い考え、だったのだろうか。





 帰ってきた、ラ・シャリスの屋敷の前で。
 地に倒れ伏すカリーヌさん。
 意識を奪われている従者のみんなや、ルイズ。


 そして。







「蛮人の少女よ。貴様に恨みはないが、“そのお方”を解放するために……死んでもらう」





 胸を貫かれ、今にも息絶えそうになっている、アイシャ。



 ……なん、で?
 なんで、こんなことに――?






[17047] 第19話「闇に包まれる平穏」
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/04/29 22:07




 幸運の後には不運が待っている、とでもいうのだろうか。
 ようやく、ようやく掴んだと思った平穏は、一瞬で奪われて。
 ……いやだ。こんなの……いや。


 ピシリ、と。
 自分の中で、何かが砕けていくような気がした。







 ラグドリアン湖からラ・シャリスの屋敷まで、カリーヌさん達の護衛がついてきてくれて。
 到着した時にはもう暗くなり始めていたので、今日はカリーヌさん達を泊める用意をしないとなぁ、なんて考えていた。
 ロリルイズとのお泊り会だぜひゃっはー! って内心楽しみにしていたり。


 けど屋敷に着いた途端、異常を感じた。
 誰も、迎えに出てこない。
 まだ夜中というには早いし、夜中でも何人かは交代で見張りなどをしていて、誰かは起きているはずだ。
 なのに、屋敷の主であるアイシャが乗る馬車が帰ってきたのに、待っていても誰も出てくる様子がない。
 とにかく、馬車を降りて屋敷に入ろうとして――。


「貴様が、アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスだな?」


 屋敷への道を、数人の人影が遮った。
 修道服に身を包み、フードを深く被っている。声の感じから、男だろうか。
 人数こそ少ないが、隙も油断もなくこちらを取り囲んでいる。ただの盗賊、というわけではなさそうだ。


「……何者です」

「答える義理はない。こちらが用があるのは、アイシャという娘だけだ」


 カリーヌさんの威嚇の念を込めた問いかけも難なく無視して、その敵らしき者達はこちらを……アイシャをまっすぐに見ている。
 ……何なんだ、こいつら。
 とんでもない威圧感を感じる。カリーヌさん以外の人達もアイシャを守るために臨戦態勢に入っているけど、凄まじい威圧感に竦んでいるようだった。
 気の強いルイズも、怯えて馬車の方へと後ずさっている。無意識のうちにかもしれないけど、子供が耐えるにはきつすぎる程のプレッシャーだ。怯えるのも仕方ないだろう。
 なにせ、素人の私ですら分かる程のものだ。相当なプレッシャーだろう。


「わ、私に、何の用なんですか?」


 アイシャは、勇気を振り絞ってなんとか質問していた。
 向こうはアイシャが誰なのかを特定しているようだし、名乗りを上げるのは問題ないと思うのだが……さて、こいつらの目的はなんなのか。
 男達の中から、代表格らしき人物が一歩、歩み出てきて。





「――死んでもらう」





 そう、冷たい声で宣言して。
 次の瞬間には、周囲に立ち並ぶ木々の枝が、鋭い槍となり飛来してきた。


「――“エア・シールド”!!」


 カリーヌさんが素早く動いて、魔法で生み出した空気の壁で防御してくれる。
 あまりに早く迷いのない攻撃に、私達は反応できていなかった。私は咄嗟にアイシャに憑依していたけど、回避のために動くことまでは間に合わなかった。
 カリーヌさんがいなかったら、一瞬でアイシャの身体は串刺しにされていただろう。
 それにしても、今の魔法って……!


「精霊魔法――まさか、エルフ!?」


 憑依したままだったので口に出てしまった。
 たしか、精霊魔法とは自然の力を“理に沿って”扱う魔法で、人間が扱う系統魔法とは比べ物にならない程に強力らしい。
 故に、精霊魔法を扱うエルフに人間は勝てない、とさえ言われる程の戦力差がある。
 人間が自分達の領土を守れているのは、エルフ達が争いを好まない性格をしているからに過ぎないのだろう。
 ……だからこそ、分からない。
 なんで、争いを好まないエルフが、アイシャ個人を狙って殺害目的の襲撃をかけてくる!?
 しかも、交渉の余地もなく問答無用で仕掛けてきた。確実に、こちらを殺す気で攻めてきている。


「我らの正体を見抜いたか……その知識も、“あの御方”から奪ったのか?」

「……“あの御方”?」


 こちらの問いかけへの返事は、精霊魔法で返された。
 カリーヌさんが懸命に防御してくれているが、元々カリーヌさんは圧倒的な威力の風魔法を中心にして、攻めることを得意とするメイジだ。
 歴戦の経験から防戦もある程度こなせるようだが、それでも本来の戦い方とは違うせいで、実力を発揮できていないらしい。
 劣勢気味ではあるが、なんとか膠着状態になっている。だがそれも、エルフがアイシャ“だけ”を狙っているからだろう。
 先程から、カリーヌさんや護衛を担当する従者達には牽制以上の攻撃が行われていない。
 本来エルフは争いを好まない種族であることが関係しているのだろうか。
 理由は分からないが、皆殺しにしてでも目的を達成しようとされてしまったら、一瞬で決着がつくかもしれない。無論、こちらの敗北で。

 と、しばらく攻防が続いていると思った時だった。
 ルイズや、周囲の従者達が突然、糸を切られた操り人形のようにストン、と倒れ始めた。
 慌てて近くにいた人の脈などを調べてみるが、ただ眠っているような状態のようだ。
 ……“スリープクラウド”のように、相手を眠らせる類の精霊魔法があるのか!?
 すぐに使わなかった理由は対象の人数が多いこと、そして詠唱に時間がかかる……ということだろうか。
 でなければ、さっさと全員眠らせて終わりにしているはず。アイシャが眠らされていないのは……失敗したのか、何か狙いがあるのか。
 カリーヌさんはまだ意識を保っているようだが、目に見えて動きが鈍っていた。

 意識を奪うほどの魔法に襲われながら、一瞬も気の抜けない戦いを行っていれば、ミスも生まれる。
 あっという間に隙をつかれて――カリーヌさんも集中攻撃をまともに浴びせられ、ついに力尽きてしまった。


「あ……ぅぁ」


 恐怖に怯えるアイシャ。
 私は。



 回避どころか、「やめて」と叫ぶことすらできずに。
 アイシャの胸を枝の槍が貫き、その衝撃でアイシャへの憑依が解かれて。
 アイシャは、まっかなちだまりのなかに、たおれて。


 ……おわ、り?
 あれだけ、たくさんのこと、いっしょにがんばってきたのに。
 ようやく、すこしだけでもへいわなじかんをつかんだとおもったのに。


 こんな、わけもわからないまま、わたし“たち”のものがたりは――。


『……アイ、シャ?』


 もう、こえすらひびかない。
 わたしはもう、しんでいるから。いきているひとに、なにもできない。
 アイシャがいなければ、なにも。



 いやだ。
 いやだいやだいやだ。
 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ――。



 もう、うしなうのはいやだ。
 なにもできないのは、いやだ。
 たいせつなひとがしぬのは、いやだ。




“わたしは、だから、このせかいからきえたのに――”



 そのとき。
 わたしのなかで、なにかが。
 はじけた。






SIDE:???



 目的は、達成した。
 “あの御方”を縛り付けた蛮人は死んだ。これで使い魔の契約とやらは破棄されて、“あの御方”は自由の身となるだろう。
 ……このような結末を“あの御方”が望んでいたのかは、分からない。
 だが、伝承には“あの御方”は遙か古代の人間達に利用された結果、我らの前から姿を消したらしいことが記録されていた。
 我らが恨まれることになろうとも、“あの御方”がまた害されるというのであれば、我らは――。


 そうして、自分の行いについて考えている時だった。
 光が、生まれた。
 視界を覆い尽くすほどの、圧倒的な光の生誕。



 その溢れ出る光の中から。
 伝承の中でのみ語られる姿が、現れた。


「……ぁあ」


 共に戦っていた同胞達が、感極まった風に呟き、跪いた。
 私も自然と、それに倣うかのように、その尊き姿へと頭を垂れていた。
 淡き光を纏い、純白のドレスに身を纏った、その御方こそが。


「お会いできて、光栄でございます。“大いなる意思”よ――」


 我らにとっての、神。
 “大いなる意思”が我らの前に姿を見せる時の姿。
 伝承の中に記録されるだけであった伝説が、目の前に確かに存在していた。



 だが、“大いなる意思”は我らに目を向けさえせず、既に死体となった蛮人の娘に手を翳していた。
 ……一体何を。そう考えた瞬間には、“それ”は起こっていた。



“おかあさん”
                   “おかあさんだ”
                                               “かえってきたんだ”
          “あそんで”
                          “ずっとまってたよ”


 周囲に存在する精霊達が、“大いなる意思”へと集い、語りかけてくる声がこちらにまで漏れ出ていた。
 精霊と契約を交わす我らですら集められぬ程、膨大な数の精霊達が。
 舞うように。祝福するように。唄うように。“大いなる意思”の傍へと一斉に集っていく。


“おかあさん、かなしいの?”
                                   “なんで?”
               “このこがしんだから?”
                                          “なかないで”
        “わらってほしい”
                          “どうすればいい?”


 “大いなる意思”は、言葉を返さなかった。
 ただ、あの蛮人の娘の死体へと、手を翳すだけ。
 たった、それだけで。


“わかった”
                               “がんばるね”
               “やってみるね”
                                   “だからわらってね”
                  
 “このこはぼくたちが”



                 “ちゃんとなおしてみせるから”




 精霊達は、“大いなる意思”の命を理解していて。
 最早、奇跡と言えるほどの癒しの力が、死体へと注がれていく。
 例え精霊魔法であろうとも、死者は蘇らない。
 蘇らせられるはずが、ない。



 なのに、我らの“常識”など嘲笑うかのように。
 瞬きもせぬ間に、死体は生者へと戻っていた。



 神の御技。そうとしか言えぬ光景が、目の前に広がっている。
 意識までは戻らずとも、少女の傷は完全に塞がり、呼吸も正常に行われていた。
 それに満足したのか“大いなる意思”は優しい微笑みを浮かべて、少女の頭を撫でている。


 ……我らは、間違えたのか?
 “大いなる意思”は、あの少女と共に在ることを望んでいて。
 使い魔の契約という枷を嵌められて、自由を奪われていたわけではなくて。


 それなら、我らのしたことは――。


 己の過ちに気付き、愕然としている時だった。




「“何故……このようなことをするのですか”!!」



 “大いなる意思”の悲痛な叫びと共に。
 開放された“力”が、光となり我らを包み込んだ。






SIDE:カリーヌ





「くっ……ぁ」


 響く頭痛を、歯を噛み砕く程にくいしばり、意識を浮上させる。
 ……アイシャは? アイシャとカエデは、どうなった?
 霞む視界に苛立ちながら、2人の姿を探す。
 まともに立つ事もできない。それでも、あの2人を探さないと……。
 ルイズのことも心配だが、狙われていたのはあの二人だ。ルイズは、ただ意識を奪われただけのはず。


 しばらくして、視界が回復した時に目に映ったのは。
 飛竜に乗ったエルフの男に抱えられ、攫われようとしているアイシャの姿だった。
 どうやら、先程私達を襲った者達の援軍なのか、気絶しているらしいエルフ達を飛竜に乗せている別の集団もいた。


「まち……な、さい……!」


 震える身体をなんとか動かして、這い蹲りながらアイシャを取り戻そうと近づく。


「もう意識を取り戻したか。蛮人にしては、中々良いな」


 何が嬉しいのか、喜ぶように口元を歪めて、アイシャをエルフの男はこちらを見てそう言った。


「“大いなる意思”は争いを好まない。なのに暴走した我が同胞達のせいでこのようなことになってしまい、すまないな。謝罪しよう」

「何を……言っているのです……!」

「我らとて一枚岩ではない、ということだ。慎重に事を進めるべきであったにも関わらず、強行派が勝手な真似をしたせいで、全てを台無しにするところだった」


 余裕の態度で喋っているのは、最早こちらにできることなどない、と確信しているからだろうか。
 ……くそっ、動け私の身体! このままでは、アイシャが!! カエデが!!


「“大いなる意思”――貴様らがカエデと呼ぶ者は意識を失う前、こちらがこれ以上貴様らを傷つけないのであれば、と我らに同行することに同意したぞ?」

「……ふざ、けるなっ!」


 意識を奪い、攫おうとしておいて何を偉そうに……!
 怒りを込めて立ち上がろうとした。ふらつき、一瞬で倒れた。


「無理をするな。“大いなる意思”が望んだ以上、この娘に危害は加えない。ただ、我らの土地に来てもらうだけだ」


 もう、まともに動くことすらできなくて。




「……ではな。もう、会う事もあるまい」




 そんな台詞を残して、エルフが駆る飛竜が飛び去っていくのを、見ていることしかできずに。




「――う、ぁああぁぁあああああああああああ……!!」



 暗闇の中、私の叫び声だけが響く。
 答える者は、誰もいない。



[17047] 第20話「そして世界が動き出す。……マジで?」
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/01 08:57




 私は誰なのだろう。
 ……いや、別に記憶を失ったわけじゃないんだけどね。


 襲撃してきたエルフ達は、私のことを“大いなる意思”と呼んでいた。
 たしか、ゼロ魔原作でエルフ達が信仰している神様のような存在だったと思う。
 けど当然というか、私はそんなとんでもない存在ではない。
 普通の、ただ病弱でオタクな少女の幽霊だ。……幽霊ってだけでも充分普通じゃない気がするけどそこは置いといて。

 アイシャを精霊の力? で蘇生させた時、私の意識はぼんやりとしていた。
 けど、記憶だけがはっきりと残っている。私ではない“私?”は、エルフ達に同行しなければこれからも襲撃が続く、と考えたようで、カリーヌさんや従者のみんなをこれ以上傷つけないことを約束させて、条件として無抵抗での同行を認めていた。
 その後“私?”もアイシャの身体に憑依してからは意識を失ったようで、そこからは記憶が途切れているけど……。
 自分が自分でなくなったような感じが、すごく不安だったことは、はっきりと覚えている。


 何も分からない――と言ったら嘘になる。
 ゲームなんかで良くある展開に当てはめて考えてみれば、ある程度の推測はできる。
 ……私がそんなファンタジーな存在だなんて信じられないし、信じたら中二病かなって思うけど。
 現状を把握するためには、色々な仮説を立てて考えないと。


 もしエルフ達の勘違いでないのならば、杉野楓は“大いなる意思”が現代日本に転生した存在なのか、元々この世界にいた“大いなる意思”に憑依しているか……。
 他にも可能性はあるかもだけど、どちらにせよ私と“大いなる意思”には何かしら関係がある、ということになる。
 後者の仮説、憑依という線もたしかにあるかもしれないが、ここでもう少し想像を広げてみよう。
 ずっと謎だった、水の精霊が私を“カエデ”と呼び、友として認めていたこと。
 もし水の精霊が“大いなる意思”の友達で、私がそれに憑依しているだけなら、水の精霊が“カエデ”という名前を知っているはずがない。
 あの時はまだ心に触れられている訳でもなかったし、私は名乗ってもいない。
 さすがにファンタジー世界の存在である“大いなる意思”の名前がカエデだった、というのは変だと思う。まだカェーディアの方がありえるだろう。
 むしろ、水の精霊にとっては、友の意識や身体を奪っている敵として認識されても可笑しくないだろう。


 ということは、“大いなる意思”が転生して私になったと考えれば……いや、待てよ?
 その場合でも、私が水の精霊と出会う機会がなければ、私の名前を水の精霊が知っているのは変だよね。
 “大いなる意思”が転生した存在であることを見破られて、その後名前を教えて……という流れなら転生で確定できたかもだけど、そうでもなさそうで……。

 となると、えっと……どうなるんだ?
 私は、カエデとして水の精霊に出会っているらしい。
 それが異世界来訪か、未来から過去へのタイムスリップなのか、もっと別の何かなのか……確かな確証が持てる答えは、思いつかないけど。
 私=大いなる意思? それとも、私×大いなる意思=今の私?
 それかやっぱり、エルフ達が私に勘違いしているだけで、私≠大いなる意思、なのだろうか。


 ………………。
 …………。
 ……。






 わからーん!!



 結局のところ、今までより謎が増えただけで、答えに繋がる情報は得られていない。
 とりあえず理解できるのは、エルフ達が私のことを“大いなる意思”として認識していて、エルフの強行派がアイシャを殺そうとしたこと。
 “私?”の交渉により、アイシャの殺害は取り止められたようだけど、その身柄はエルフ達に捕らえられ、今はやたらと豪華な部屋のベッドに寝かされていること。
 そして。


「……やっぱり、ルーンは消えたままか」


 アイシャが一度死亡状態になったことにより、使い魔としての契約が破棄されて、それでも私は存在していること。
 ……だけど、時折入ってくるエルフ達にも私の存在は見えていないようで、今の私は本当にただの幽霊としてしか存在できていないようだ。
 可視モードになろうとしても、全然成功していないみたいなんだよね。無視されてないか確かめるためにウーウッウマウマって踊ってみたりしたけど、見事に反応なかったし。
 また無駄に恥ずかしいことやっちゃったZE☆ ……はぁ。


 今の私は、アイシャに憑依してもその身体に入っているだけしかできない、ただの幽霊。
 アイシャの身体を動かそうとしても、心に干渉しようとしても、何もできなかった。
 こうなってはもう、アイシャが目覚めて、再契約を結んでくれることを期待するしかないんだけど……どうやら、杖はエルフ達に奪われているみたいだ。
 杖がなければ再契約もできない。再契約できなければ、もうアイシャと話すこともできないだろう。
 今はただ、目を覚ましたアイシャが頑張って、杖を取り戻してくれて……再契約のためにサモン・サーヴァントを唱えて、私の前に召喚の鏡が呼び出されるのを待つしかない。
 とにかく現状では、こちらの無事を知らせることもできず、ただ傍で見守ることしかできない。
 正直、すごく寂しい。

 せっかく、お互いなんとか無事に襲撃を乗り切れたんだ。
 これからのことは不安だらけだけど……アイシャと、もっと話がしたい。
 作戦会議とかだけじゃなくて、もっと普通の、平和な会話をしたい。
 ……早く起きてよ、アイシャ。私、待ちくたびれちゃうよ?



 誰にも気付いてもらえないって、けっこう、きついなぁ。





SIDE:アイシャ





「ん……ぅ」


 ゆっくりと、目が覚める。
 頭がすごくぼんやりして、いつ眠ったのかも思い出せなくて。
 ぼやける目をこすりながら、身を起こして周りの様子を見て、驚いた。


「ど、どこ? ここ……」


 まるで見覚えの無い部屋だった。
 染み一つないまっしろな壁や床に、丁寧に彫られた紋様や美しい装飾が施されていて、すごく綺麗。
 けど、見慣れない場所で眠らされている、というのがすごく不安で。



 唐突に。
 自分の胸が貫かれた感触と、その時の記憶が頭に蘇った。


「あ……きゃぅ……!!」


 ぎゅうう、と自分の身体を抱きしめる。
 今でも、思い出せてしまう。
 自分の身体を木の枝が貫き、肉を抉っていく、吐き気がするような嫌な感触。
 そして、自分の身体から血が噴き出し、力が抜けて、意識が消えていく。
 思い出すだけで、心が壊れてしまいそうだった。


「ひっく、う……うぅ……?」


 そうやって怯えている時、違和感を感じた。
 こういう時はいつも、カエデさんは優しく声をかけて、励ましてくれた。
 なのに、今は何も言ってくれない。
 まだ寝てるのかな、と思いながら、ふと右手を見て。



 カエデさんとの絆の証である、使い魔のルーンが、きえていた。
 ……あ、れ?
 うそ、なんで……だって、使い魔と主は、ずっといっしょの、パートナー……あれ?


 心が、理解することを拒否している。
 けど、頭はもう理解し始めていた。
 使い魔との契約が消える条件は、ひとつ。
 使い魔か、主か。どちらかが、死ぬこと。
 私は、生きている。
 なら、カエデさんは――。



「ぁ……あっ……!!」



 ドクン、と。心臓が脈打つ。
 考えたくない。認めたくない。信じたくない。分かりたくない。
 けど、子供の私でも分かることだ。


 カエデさんは、もう――いない。


「――あああああ! うあ、いやあああああああああああ!!」


 叫んでも、もう、声は届かない。
 どうして。
 どうして、こうなってしまったんだろう――。




 しばらく泣き叫び続けて、疲れて、何も考えたくなくなって。
 そんな時だった。ノックの音がして、ドアが開いたのは。


「あ……もう起きてらしたのですね」


 入ってきたのは、女の人。
 けど、その人の耳は、長く尖っていて――。


「エ、エルフ……!」


 思わず逃げようとして、うまく身体が動かせなくて、ベットから転げ落ちた。


「だ、大丈夫?」

「こ、来ないでください!」


 なんとか叫んで、杖を探す。
 けど、どこにもなかった。それどころか、いつも着ている服ですらなかった。
 カエデさんのアドバイスで用意していた予備の杖も、元々着ていた服のポケットの中だ。着替えさせられて、杖は全部奪われているらしい。
 これじゃあ、戦えない。杖があってもエルフに立ち向かうなんて無謀なのに、丸腰では何も……!


「まだ立ち上がってはだめよ。あなた、まだ動ける身体じゃあないんだから」

「……そんな身体にしたのは、あなたたちじゃないですか!」


 精一杯強気になって……ヤケクソになってるだけかもしれないけど、言い返す。
 けど、その女性はこちらに抵抗する力がないと判断したのか、普通に近づいてきて。


「ほら、もっと休まないと。……ごめんなさいね。ひどいこと、してるよね」


 優しい声で諭すようにそう言ってきて。
 私は、何だか怒りを削がれて、大人しく抱きかかえられて、ベットに戻されてしまった。




SIDE:ルイズ




 なにも、できなかった。



 敵に背を向けないのが貴族……らしい。
 わたしにはまだ、その言葉にお母様が込めた意味は分からないけど、とりあえず逃げちゃダメってことだと思ってた。
 なのに、わたしは……怖くて、怯えるだけで、逃げて……いや、逃げることすらできなかった。
 相手がエルフだったから仕方ない、なんて言い訳はできない。
 友達を助けよう、と考えることすらできずに怯えているだけなんて……わたしは、さいていだ。

 勇敢に戦ったお母様は、傷だらけになって、ベットに寝かされている。
 従者や屋敷に勤めるメイジ達が治療しているし、お母様の意識も戻っているんだけど、すぐに身体を動かせる状態ではないらしい。
 アイシャを助けないと、と訴えるお母様。けど、お父様は厳しく「今のお前には無理だ」と断言した。


「カリーヌ。おまえがあの娘のことを大切に思っているのは知っている。エルフに攫われたとあっては心配なのも頷ける。
だが、そんな身体で助けに行くなど無謀ですらない。ただの自殺行為だ。お前を行かせるわけにはいかない」

「ですが、それではあの娘達を見捨てることに……」

「烈風カリンとして生きたお前の経験で、冷静に考えてみろ……今のお前に、エルフ達の領土に踏み入り、敵を薙ぎ倒し、どこに閉じ込められているかも分からない人物を救出して無事に戻ってくれるのか?」

「……っ」

 お父様とお母様は、意見をぶつかり合わせて喧嘩しているように見えるけど……あれは、これからどうすべきなのかを真剣に考えているんだと思う。
 2人が喧嘩している時は、大抵お父様が負けるし、お母様はもっと自分の意見を押し通している。
 けど、エルフ達と戦うなんて、子供でも分かるぐらい大変なことで。
 お父様とお母様が、答えを出すために頑張っていて。


 なのに、私には何も出来ない。
 友達のためにしてあげられることが、何もない。
 それが……とっても、悔しかった。


(アイシャ……いま、どこにいるの? どうしているの?)


 心の中で、祈ることしかできない。
 ……始祖ブリミル様。お母様と遊べる時間が減ってもいいから。勉強も頑張って、良い子にするから。
 どうか、私の友達を……アイシャを助けてください。
 まだ出会ったばかりだけど、アイシャは優しい娘で……大切な友達なんです。


 そうやって祈ることしかできない自分に、悔しく思いながら。
 それでも、友達の無事を祈ることしかできなかった。




SIDE:アイシャ




 落ち着いて、話をしてみることにした。
 部屋に入ってきたエルフの女性は、私の世話役として働いてくれているらしい。
 ……なんで、エルフが人間のことを世話してくれるんだろう。
 カエデさんは以前、「ちゃんと話し合えば、きっと仲良く出来るエルフもいるはず」と言っていたけど、まだ話なんてできていないのに。


「私達の間では、あなたは“大いなる意思”に選ばれた巫女として扱うことになったのよ」

「……“大いなる意思”?」

「あなたたちが光の精霊・カエデと呼んでいる存在……あの御方こそ、私達にとっての神である“大いなる意思”。そう言われているわ。
まだ伝承を読み解きながら真実を見極めないといけないところだったのに、焦った人達が先走ってしまって……」


 カエデさんは、実はとんでもない存在だったらしい。
 ……けど、カエデさんは異世界で生きていた少女だと言っていた。
 そのチキュウという世界では、私達の住むハルケギニアに起こることがいくつか記されているゼロマゲンサクという予言書があって、それを読んだカエデさんは、滅亡の運命を打ち破るために色々と頑張っていた。
 だけど“大いなる意思”としてこの世界に元々存在していたのなら、それらのことは嘘になる。“大いなる意思”が予知能力を持っている、というなら異世界云々の嘘はつく必要がない。

 何が本当で、何が嘘?
 カエデさんに聞かなくちゃ、正解は分からない。けど、カエデさんは、もういない。
 私1人じゃ、何も――。


(……違う!)


 諦めちゃ、だめだ。
 カエデさんはいつも、困ったときは誰かを頼って、困難に立ち向かっていた。
 自分1人で、何でもやろうとしても、できないことはいっぱいある。
 だから、人は助け合う。そうやって、世界は動き続けている。


(いま、私にできること……それは、話し合うことだ!)


 エルフと話し合うのは、怖いけど。
 それでも、やるんだ。
 でないと……ずっと頑張ってくれたカエデさんに、顔向けできない。
 まずは、私の想いをまっすぐにぶつけて、知らないことを知る努力を。
 そして、知った情報を元に、一生懸命に考えるんだ。

 私には、うまくできないかもしれないけど。
 できるだけ、カエデさんみたいに生きるんだ……可能な限り!



SIDE:???



 “大いなる意思”が選んだ巫女・アイシャは、私に“大いなる意思”のことについて話してきた。
 滅亡の予言書のこと、異世界から召喚された少女の幽霊と名乗ったこと、そしていまは使い魔としての契約が切れていることから、“大いなる意思”が消滅してしまった、と考えていること。
 ……嘘はついていないようだった。真剣な目でこちらを見据えて、私の反応を窺っている。

 まずは、こちらの推測を話す事にする。
 “大いなる意思”――カエデと名乗っているらしいので、それに倣うとしようか。
 とにかく、カエデが使い魔の契約が破棄されているから消滅した、というのは考えにくい。
 人間達の扱う、使い魔との契約の魔法が切れる条件は、主従どちらかの死亡だ。
 今回の場合、先に死んだのはアイシャだし、その後アイシャを生き返らせて、私達の土地へと同行することを選択したのは、カエデだった。
 つまり、使い魔の契約が切れた時点では、カエデは消滅していなかったことになる。
 ならば、“大いなる意思”としての在るべき姿に戻り、世界を漂っていると考えるべきではないか。


 その推測を話すと、「じゃあカエデさん、まだ消えてないかもしれないんですね!?」と驚くぐらい大声で、アイシャはそう言った。
 まだ確定ではないけど、と伝えても「それでも、まだ希望が持てます……よかった」と呟いて、嬉しそうにしている。
 ……なるほど。良い娘だ。今まで色々な人間に触れてきたけど、その中でもすごく好意に値する類の人間だ。
 
 人間を蛮人と呼び見下すのがエルフにとっての常識だ。そんな中で人間にも(屑な人物ならともかく)普通に接しようとしている自分は、同胞達からも変わり者として扱われている。
 だがその分、迷い込んできた人間への対応は任される傾向にあった。今回も、今後どうするかを会議している上層部に変わって、巫女・アイシャへの対応を任されることになった。
 面倒なことを押し付けられているだけ、とも思えるが、人間と話すのは嫌いではないし、“大いなる意思”と思われる存在と関わってきた人物と話ができるのだ、むしろ感謝しているぐらい。


 さて、これからどうしようか。
 “大いなる意思”は、現状では巫女として認めているアイシャにも干渉できなくなっているらしい。
 使い魔としての契約をもう一度結べば、再び“大いなる意思”と対話できるようになるかもしれないが……上層部は、彼女に杖を持たせることを許可するだろうか。
 そもそもこの話を聞けば、“大いなる意思”を解放できたと強行派に賛同する者と、争いを好まない“大いなる意思”に対する冒涜だ、とする反対派が衝突を激化する恐れもある。そうなれば、アイシャへの処遇もどうなるか分かったものではない。
 杖を返すどころか、争いの原因になるとして、処分しようとする者まで現れるかもしれない。

 ……難しいところね。
 杖が保管されている場所は知っているけど、勝手に持ち出せば怒られる……だけで済めばいいけど、アイシャが私を誑かしたとして攻撃する者もいるかもしれない。
 “大いなる意思”が私達の前に降臨すれば、上層部もカエデの意思を尊重してアイシャのことも受け入れてくれると思うのだけど、そのためには杖が……という、思考がループしている。

 本当に、どうしたものかしら?






SIDE:ロマリア教皇



 いくつもの報告の中から“それ”を見つけた時、心が歓喜に震えた。


 カルディア・スィーギット・ノエル。
 光の精霊だと噂されたり、やっぱりただの使い魔だったとか新しい噂が流れたりと不確かな情報だったが……事は、もっと重大だったらしい。
 ラ・シャリス家の屋敷にてエルフ達の襲撃があり、ラ・ヴァリエール公爵夫人が重傷を負わされたという。
 そして、そのエルフ達はカルディア・スィーギット・ノエルのことを“大いなる意思”と呼んでいた、と。

 本人達から直接聞いたわけではなく、平民の従者達から漏れ出た噂が流れ出し、諜報員の耳に届いたらしい。
 だが、確証はなくとも構わない。それは自分達で確かめればよいのだから。
 今は保身に走るより、この好機を掴むために動くべき時だ。
 極秘とされる書物の中に記された伝承によれば“大いなる意思”は――遙か古の時代において、不治の病を治し、死者を蘇らせ、人々のあらゆる願いを叶えてくれる“便利な道具”であったというのだから。

 病魔に冒されたこの身体を癒すこともできるだろうし、我が威光をより高め、我が名を永遠に世界に刻み込むことも……。いや、そんな小さな願いだけでなく……この世界より異端を全て消し去り、真に浄化された世界を生み出すことも不可能ではあるまい。

 くっ、と。心の中で思わず笑う。
 最早先の無い命だと思っていたが、このような好機に恵まれるとは!


 エルフから“大いなる意思”を取り戻すことは、困難を極めるだろう。
 だが、理由は充分揃っている。憎き悪魔に攫われた姫君を命を懸けて救い出す。馬鹿な“駒”共を動かすには充分過ぎる建前がある。


 ロマリアの全勢力を以ってしても、“大いなる意思”をこの手に!
 さあ、我にとっての聖戦を始めようではないか!





[17047] 第21話「未だ遠き平和な世界」
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/01 22:40




 アイシャは、軟禁状態にされているようだった。
 世話役を任されているというエルフの女性のおかげで、なんとか情報をもらい、私が無事である可能性を知ったりしているようでとりあえず一安心。
 ……目の前で、精神崩壊起こしそうなパートナー見せられて何もできないなんて、こっちまでおかしくなりそうだったので、正直助かった。

 とはいえ、現状では何もできないことに変わりはない。
 なんとか杖を取り戻して、再契約を結べればいいんだけど……こういう時、“杖がないと魔法が使えない”という系統魔法の枷がすごく厄介になるなぁ。
 まあ、その弱点がなかったら、ますます平民に対する差別が進んでしまうかもだけど。


 世話役のエルフの名前は、フィレファインというらしい。
 初めは警戒していたアイシャも、話し合う中で穏やかな表情をするようになっていって「さ、先程はすみませんでした」と謝罪するまでになっていた。
 うん、やっぱりエルフの中にも話せる人はいるんだな。まあ、それでも何千年もの間、種族間で対立している間柄である以上、「仲良くしよう」「そうしよう」なんて都合よくいかないだろうけど。
 ……最初は「あれ? 詰んだ!?」って思ったけど、考えてみればこれはチャンスでもあるんだよね。
 エルフ達の土地へ来れたわけだし、事情を話して協力してもらうことができれば、大隆起を防ぐことができるかもしれない。

 原作では“聖地”の魔法装置を使わないと解決できない、とされていたけど……もしかしたら、話し合いの中で別の解決策を見つけられるかも。
 例えば、地面を掘りまくって風石を掘り出し、エルフ達に加工してもらって資源として有効活用するとか。
 その場合地面を掘り進む技術を開発したり、地盤沈下とかの事故を防ぐ方法も考えないといけないけど、聖戦勃発するよりはずっといい。
 どっかにミス○ード△ラーでもいないだろうか。……いないよな。


 そういうことを話し合うためにも、アイシャと再契約を結んで話せるようになりたいんだけど……杖を手に入れなければ、どうにもならない。
 けど、エルフの本拠地の中で、軟禁状態から脱出して杖を取り戻して再契約結んで追跡振り切って逃亡or交渉の場を整える、っていくらなんでも無理すぎる。
 幽霊状態の私なら壁をすり抜けて杖の保管場所を探すことはできるかもだけど、それで得た情報をアイシャに伝える術がない。
 しかもそうやって移動している間に、アイシャが別の場所に移動されたりして見失ってしまえば、使い魔の契約という繋がりがない今では、もう再会できなくなるかもしれない。
 今ならアイシャから一定以上の距離を離れることができない、という枷もないのだろうけど、枷があるからこそ安心して活動できていた、というか。
 ……10歳の少女に枷を付けられて安心してるってどんな変態さんだよ、なんて自分につっこむ。
 そんなこと言ってる場合じゃないとは分かってるつもりだけどさ。こうでもしないとテンション下がりすぎてどうにかなりそうなんだよね。……はぁ。


 カリーヌさん達のことも心配だし、ずっとこのままエルフの土地で過ごすというわけにもいかない。
 ロマリアから異端審問のために襲撃されるという危険性が薄くなるっぽいというのは魅力的なんだけど、このままじゃあ拉致監禁ENDになっちゃいそうだし。
 しかし、どうしたものか。何も出来ないことがすごく悔しい。


 どこかで、好機があればいいんだけど……そう都合よくチャンスが掴めるだろうか。
 ……見守ることしかできないって、本当に悔しいなぁ。ちくせう。



SIDE:とあるエルフの男



 会議は、停滞していると言うしかない状態だった。
 飛び交う主張は、大まかに分けて2つ。
 “大いなる意思”の願いを尊重すべきだ、としてアイシャという蛮人の娘を手厚く歓迎するべきという意見。
 反対に、蛮人を受けいれるなど認められない、今すぐにでも追放すべきだ、とする意見。

 互いに譲らない以上、会議が進むはずもなくて。
 ただ、お互いの主張を叫びあうだけの場となりつつある。

 まあ、こうなることは想定内ではあった。
 私自身、どのように扱うべきかは図りかねている。

 まず、本当に“大いなる意思”なのかを疑ったが……強行派の連中が襲撃した際に、降臨した“大いなる意思”の姿を見ていると証言した。
 暴走した者達を連れ戻しに行った慎重派も、その証言は否定していない。むしろ、自分達も見たと証言していた。

 伝承の中で記録されるだけの存在であった、“大いなる意思”。
 それが現実のものとして現れた以上、敬う者、欲を抱く者、恐れる者……と様々な意見や主張が出てくるのは当然だと言えよう。
 ……私にはたいした発言力もないので聞いているだけしかできないが、どうしたものか。
 同胞達の幸福に繋がる答えを導き出したいものだが、特にアイデアも思いつかない。


 どちらにしても。
 今回の騒動が、争いの火種とならなければよいのだが……。




SIDE:カエデ



 アイシャが誘拐されて、数日が経過した。
 今のところ、フィレファインさん以外のエルフとの接触はなくて、状況に進展はない。
 こうしている間にも、カリーヌさんや従者さん達が心配しているかもと思うと、何とかしないとって思うんだけど……私は相変わらず、何もできないままだ。
 とりあえず肉体がなくてアイシャとの共有もないせいか、全然眠くならなかったりするけど……娯楽も何もない状態では、拷問じみた時間である。
 何せすることがないのだ。せいぜい思考に没頭したりするぐらいしか時間を潰せず、その内集中力も切れるし、かといって昼寝どころか夜も眠れない。

 病院で過ごす夜は、眠気がこなくて起きているしかない時もあったけど、それだってしばらくすれば気付かぬうちに眠れていた。
 現代日本なら、就寝に時間を使わなくても平気になれば、いくらでもやれることはあったけど、ファンタジー世界にはゲームもテレビも漫画もない。そもそもあっても触れないから、チャンネル変更不可でテレビを見ているぐらいしかできない。
 ……暇で死にそうになる、ってのもあながち嘘じゃなかったんだなぁ。
 人間、やることがないまま放置されてると、こんなに辛いものなんだぁとか思ったり。
 生きていることが苦痛だ、とまではいかないけど。消えたくないから頑張って生きるけど。……幽霊だからもう死んでるんだけどさ。


 いいかげん、何か進展がないかなーと思っていると、ドアがノックされて、フィレファインさんが部屋の中に入ってきた。
 ……この人も、1人で監禁対象の相手を任されていることを考えると、普通の女性に見えてかなり強かったりするんだろうか。それとも、アイシャでは何も出来ないと思われているのだろうか。……その両方って可能性もあるよな。


「アイシャ、今日は遊び相手を連れてこれたんだけど……どうかしら? この娘と遊んでくれる?」


 そう言って、フィレファインさんが連れてきたのは、やはりエルフの少女だった。
 ……うーん、エルフってビダーシャルとテファ以外は、あまり原作で挿絵に書かれてないから、姿を見ただけじゃあ誰なのか分からないんだよね。
 とりあえずアイシャと同年齢ぐらいみたいなんだけど、エルフだからやっぱりすごい年齢だったりするんだろうか。……いや、けどテファは普通にサイト達とそんなに年齢変わらなかったはず。
 寿命は長いけど、容姿の変化は人間と同じぐらいだったりするんだろうか。成人してぐらいから同じ姿を長い期間保ち続けるとか? ……若い時期が長くて戦闘力が強いって、それなんてサ○ヤ人?

 とにかく、連れて来られたエルフの少女は、自己紹介を始めた。


「初めまして、“大いなる意思”の巫女さん! わたし、ルクシャナっていうの。よろしくね!」

「え、えっと……はい、こちらこそよろしくです。私は、アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスです」

「やたらと長いわね……アイシャでいい?」

「は、はい。それでいいです。ルクシャナさん」

「ルクシャナでいいよ。あ、それともニックネームとかつけあってみる? 蛮じ……に、人間は友達とニックネームをつけあったりするんでしょう?」

「え、えと、その……」


 ルクシャナ……ええと、ゼロ魔原作18巻で出てきたエルフの少女だったっけ。
 人間世界に興味があり、虚無の担い手誘拐という重大な任務にも、人間見たさに強引に同行してくるぐらい行動力に溢れた、元気っ娘だったと思うけど。
 ……うん、戸惑うアイシャにあれこれ楽しそうに話しかけてる、元気が余りすぎて漏れ出てますって感じの様子は、元気っ娘と呼ぶに相応しいだろう。
 アイシャも次々と放たれる質問マシンガントークに焦りながら、なんとか会話しようと頑張っていた。……こんな状況だけど、中々に萌える光景だ。


「ルクシャナ、そんなに一度に質問したらアイシャが困ってしまいますよ?」

「あ……ごめんなさい。わたしったらつい、はしゃいじゃって」

「い、いえいえ、こちらこそ、ついていけなくてごめんなさい……速く話すの苦手なんです」

「わかった、じゃあゆっくりお話しよ! わたし、人間の世界のことをたくさん知りたいんだ!」


 なんというか、思いがけない出逢いから、人間とエルフの平和な交流というなんとも嬉しいイベントに。
 ……みんながみんな、こんな風に仲良くなれたらいいんだけど。
 ゼロ魔原作では、ビダーシャルが虚無の担い手の件でジョゼフと交渉していたし、互いに手を取り合おうと思えば、なんとかなると思うんだけど……対立の歴史が長すぎて、色々拗れてるっぽいしなぁ。




 色々と大変なことになってるけど、チャンスを待てばなんとかなるかも……と、悠長に考えていた。
 けど、現実は私達の準備が整うのを待ってくれる程甘くはないらしい。
 ルクシャナと出会ってから、さらに数日が経って、誘拐されてから約2週間程経ったかな、という時だった。





 人間達が“聖戦”を宣言して、大軍を引き連れてエルフの土地へ進軍を開始した、と。
 フィレファインが、悲しそうな様子で、教えてくれた。



 なんで、そうなるんだ。
 運命とやらは、よほど私達のことが嫌いなのか?
 ……ちくしょう。




SIDE:カリーヌ



 ロマリアが“聖戦”を宣言して、エルフ達から聖女を――勝手にアイシャのことを聖女として祭り上げて、その使い魔であるカエデ(名前が全然違っていたが)のことも、どこで知ったのか“偉大なる光の精霊”だとか褒め称えていた――奪還するために戦う、と正式に発表していた。
 異端として扱われる、という最初の危機からは脱したものの、聖女として扱われてしまうのも問題なら、エルフとの戦争が始まるのも問題だ。
 エルフと交渉して、大隆起への対策を行わなければ、人間に未来はないというのに……!

 なんとか、止めなければならない。
 だが“聖戦”が宣言された以上、ロマリアはもう静止の声など聞くことなく、邪魔するものは異端として潰してでも戦争を始めようとするだろう。

 急すぎたこともあり、他国からの援軍はほぼ間に合わなかったようだが、それでも“聖戦”を始めるつもりらしい。
 ……何を考えているのだ、現ロマリア教皇は。
 民は飢え、苦しんでいるというのに……戦争のために増税や徴兵など行えば、大勢のロマリア国民が犠牲になることが分からないのか?
 いや、“聖戦”を宣言した以上、犠牲など端から承知の上か。
 どこで情報を得たのかは知らないが、どのような犠牲を払おうとアイシャとカエデを手に入れようとしているようだ。
 そもそも、ロマリア教皇がカエデ達を神聖視することを認めているというのが予想外なのだが……何か、裏があるのだろうか。


 ここまで大々的に発表されてしまった以上、この“聖戦”を乗り切ったとしても問題が残る。
 “聖戦”に因って発生した被害に対する恨みは、ロマリアだけでなくアイシャ達に向けられる可能性もある。『あの少女達を助けるために、家族が死んだ』という具合に。
 戦争を始めたのはロマリア教皇だから、彼だけを憎むべきだ……と戦死した兵士達の遺族が納得できるのならいいのだが、そう簡単にいくのなら苦労はしない。
 憎しみに染まった人間は、やつあたりできる『分かりやすい復讐対象』がいれば、相手が誰であろうと凶行に走ってしまう可能性を秘めている。
 ……私だって、メアリーを殺された時は、冷静に相手を許すことなんてできなかった。
 例え、頭で「止めるべきだ」と理解したって、心が許さない。感情が、治まらない。
 復讐心とは、そんな厄介なものだ。
 だからこそ、アイシャ達の平穏な生活のためにも、“聖戦”は何としても止めなければならない。

 だが、止めるために戦っては、今度は人間同士の戦争になる。そうなっては意味がない。
 マリアンヌ様達もそのことを理解して、なんとかうまく飛び火することを回避しながら、可能な限り徴兵を逃れて資金提供などで済ませられないか、交渉を行っているようだ。
 ……馬鹿な貴族共の中には、手柄を立てたいのか自分から“聖戦”への参加を表明している奴もいる。
 そんなに死にたいのなら勝手に死ねばいい。だが、その馬鹿な死にたがりを支える平民達が犠牲になると思うと、なんとか静止するしかない。
 それでも、いずれは強制的に「協力しなければ国全体を異端として殲滅する」なんて無茶を言い出しかねない。
 ……権力持った馬鹿ほど、厄介なものもない。



 アイシャ達を助けるために、私も何かしないと、とは思う。
 だが、怪我は未だ治らず、歩くのもやっとな状態だ。
 ……何が烈風カリンだ。
 私は、守ると決めた子供達すら、満足に守れていないじゃないか。


「カリーヌ……」


 夫が、話しかけてくる。
 ……分かっているわよ。
 どれだけ悔しく思っても、今の私に何もできないことぐらい、自分が一番分かっている。


「……あなた。私は、」


 何か言おう、として。




 トン、と。
 私の手に、夫が液体の入った小瓶を渡してきた。


「……これ、は?」

「水の精霊に身体を分けてもらい、他の素材も厳選した特製の水の秘薬だ。飲めば、今のお前の状態からなら戦える程度には回復できるはずだ。完全に回復、とまではいかないだろうがな」


 透き通る液体を見つめる。
 ……これを飲めば、戦える?
 私はまだ、あの娘達のために、戦えるの?


「……水の精霊に事情を話した際の荒れようをお前にも見せてやりたかったぞ。ラグドリアン湖だけ嵐のようになっていたからな」

「あなた……何故、これを」


 夫は、私がアイシャ達を助けにいくことに反対していたのではなかったのか。
 疑問に思って訊ねると、夫は苦笑いして。


「毎晩のように、うなされている姿を見せられてはな……まったく、困った嫁だよおまえは。そんなおまえに惚れた私も私なんだが」


 ふん、と照れ隠しなのか、視線を逸らしつつ、そんなことを言っている。
 だがすぐに真剣な表情に戻り、私をまっすぐに見つめて厳しい現状を教えてくれた。


「ラ・ヴァリエール家が“聖戦”に参加してしまっては、トリステイン全体の貴族が追従してくることになりかねん。他の連中の目的はともかく、そうなってはおまえの言うエルフとの交渉は絶望的だろう。
だから、ラ・ヴァリエール家として兵士を送ることは止めておくべきだ。本来なら、おまえを行かせるのも控えるべきなのだが……言い出したら聞かんからなぁ」


 困ったように溜め息をつきながらも、夫は私の意志を汲んでくれたらしい。
 夫は、私から目を逸らすことなく。


「……1人でも戦うという覚悟があるのなら、行ってこい。そして必ずその娘達を連れて帰ってこい。無論、全員生きたままだ」


 そう言って、私が戦場に行くことを許してくれた。
 ……上等だ。
 たった1人での戦場? そんなもの、いくらでも乗り越えてきた。
 死ぬ気など、元よりない。あの娘達を死なせる気も、ない。
 胸に込めるは、生きる覚悟。
 絶対に、あの娘達の平穏を奪わせはしない。……絶対に!


 今度こそ、守ってみせる。取り返してみせる。
 あの娘達の望む、幸せな日常を!





[17047] 第22話「逃走は計画的に。……できたら苦労はしない」
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 11:32




 エルフと人間の間には、圧倒的な戦力差がある。
 だから、ずっと戦争していれば、最終的に人間側の軍隊が全滅して、“聖戦”は続けられなくなるだろう。
 ――そこまでいってしまえば、もう遅いんだ。
 和平交渉を成立させて協力をお願いしなければ、大隆起が起こることを説明したって、犠牲になった兵士達の遺族が怒りを爆発させてしまうだろう。
 エルフ側の被害がゼロ、という保障もない。
 何か手違いがあり、エルフ側にも死人が出たりすれば、もう交渉することはもっと困難になるだろう。

 なんで“聖戦”が始まったのか分からないけど、とにかく止めないといけない。
 けど、どうやって?
 今の私には、アイシャ達に触れることすらできないのに――。



 エルフ達は、別に自分達が負けるとは思っていないらしい。
 ただ、私とアイシャをどう扱うのか話し合っているところに新たな問題が起こったので、うっとおしく感じているようだ。
 フィレファインさんは互いの種族が争うことに悲しんでいるようだが、そういう意見は珍しいらしい。エルフが好まないのは争いであって、人間達がどうなろうと知ったことではない、というのが大多数のエルフ達の意見のようだった。
 ルクシャナは「もしかしたらたくさんの人間が見れるかも!?」とか言っていたが、アイシャとフィレファインに注意されたり諭されたりして、戦争を甘くみたらダメってことは理解してくれたようだけど……やはりエルフにとって人間は、自分達の命を脅かす程の脅威には値しないと認識されているらしい。

 戦争止めるためには、どうすればいいのか。
 ゲームとは違い、これは現実だ。指揮官を倒せばゲームセット、なんて都合よくはいかない。
 戦いを指揮している人間を倒すこと自体は、敵兵士を混乱させるのには効果的かもしれない。だが、“聖戦”が発動している今は兵士達は死ぬまで特攻を繰り返してくる、と考えた方がいいだろう。
 となると、下手に殺せばその分逆上させてしまい、ますます戦いが止められなくなる。その先にあるのは、エルフ達による人間兵士達の殲滅だ。

 私にできることは、何か。
 アイシャも私も、第三勢力として乱入して両者の武装だけを破壊する、なんて神業を行えるような技量はない。
 私なんて、アイシャとの再契約を行えないとこのまま誰にも気付かれずに放置され続けることに成りかねない。
 仮に再契約したとして……そこから、何ができる?
 武力介入して無双する戦闘能力はない。戦いを終わらせるために、他に解決策は……。


 ……ひとつだけ、思いついたことはある。
 けどそれは、現実的なものではない。それで本当に現実を変えられるのか、なんて自信はない。
 そもそも、再契約が行えなければ、アイシャにこのアイデアを話して実行することもできない。
 本当の戦争で、こんなことをしようとするなんて……子供の浅い考えだ、と言われるかもしれない。

 だけど……何もしないまま悲劇を傍観しているより、何かして後悔したい。
 そのアイデアにアイシャが賛同してくれるかは分からないけど、もしもチャンスがあれば……。


 夢想に過ぎないかもしれない。叶わないかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。
 それでも……何もせずに笑えなくなるより、何かして嗤われる方がマシだ!
 ……まあ、いまはそれすらできないんだけどね。



SIDE:アイシャ



 人間達が“聖戦”を始めた、と教えてもらった。
 けど、私には何も出来ない。
 この部屋から脱出することもできなくて、杖がなければ唯一の武器である魔法も使えない。
 ……カエデさんなら、こんな時にどうするだろう。

 近くにいるのかも分からなくなってしまった、カエデさん。
 出会った時から大変なことばかりで、それでも諦めずに行動して現実を変えてきた、頼もしいパートナー。
 ……ずっと頼ってばっかりだった私には、パートナーを名乗る資格もないかな。
 カエデさんはよく「上手くいったのは運が良かっただけだよ」なんて言っていたけど、その幸運をきっかけに現実を変えられたのは、カエデさんが諦めなかったからだ。
 私にも、できるのだろうか。
 何か好機が訪れた時、それを見逃さずに掴み取り、現実を変えるために動くことが――。


「……ねえ、アイシャ」


 フィレファインさんは、人間軍の迎撃に行くことになってしまったようで、いまこの部屋にいるのは私とルクシャナさんだけだ。
 今なら抜け出せるかも、って思ったけど、鍵はかかっているだろうし、部屋の外には見張りもいるだろう。部屋の窓を突き破っても、杖が無かったらそのまま地面に叩きつけられて死んじゃうから逃げるのは無理だ。
 こうやって、ルクシャナさんと話しながら待っていることしか、できそうになかった。


「なに、ルクシャナ?」

「うん、あのね……」


 ルクシャナさんは、少し迷っていたようだけど、意を決したように続けた。


「戦争になったら、エルフはともかく人間は死んじゃうよね?」

「……うん、そうだね。きっと、たくさん死んじゃう」

「そうなったら、人間達はわたしたちエルフをもっと怖がって、自分達の土地に入れてくれなくなるよね」

「うん。……きっと、そうなるね」


 ルクシャナさんは、色々と考えているようだった。
 ……人間達の世界が見てみたい、と彼女は言っていた。
 そんなルクシャナさんにとって、自分の夢が遠ざかっていくのはやっぱり悲しくて……それに優しい娘だから、人が死ぬのも嫌なんだと思う。
 たくさん話をする中で、ルクシャナさんも人間のことを蛮人と呼んだりする事があった。
 けどそれは、私達人間がエルフを悪魔とか異端として扱っているように、ずっと昔から続いてきた対立の歴史があるせいなんだと思う。
 ルクシャナも最近は蛮人と言わなくなったし、私もエルフのことを悪魔と思わなくなっていた。
 もちろん、優しい人だけしかいない、なんてことはないだろう。エルフにも人間にも、良い人悪い人はいるだろう。
 けど、こうやって話すことはできる。仲良くなることは、きっとできる。

 だけどこのまま戦争が始まったら、それもできなくなるかもしれない。
 ルクシャナさんも、そう思っているようで、何か自分にできないかを必死に考えているようだ。


「……“大いなる意思”なら、止められるかな?」

「え……?」

「アイシャがカエデって呼んでる“大いなる意思”なら、戦争を止められるかな?」


 ……どうだろう。
 カエデさんはいつも、最後まで諦めずに考えて考えて、考え抜いて答えを導き出そうとしている。
 けど、やっぱり分からないこともあるみたいで悩みすぎて「うがー!」とか叫んだりしてるし、何でもできるってことはないって、本人も言っていた。


“何でもできるから、やるんじゃない。やりたいことを、他の人にお願いしてでも、最後までやろうって頑張るんだ”


 いつか、カエデさんが言った言葉を思い出す。
 そうだ。
 頼ってばかりでは、たしかに良くないかもしれないけど。
 まずは、諦めないこと。どうせダメだって投げ出さないことが大切なんだ。
 カエデさんなら、きっと、最後にダメな結果になるとしても、最後まで頑張るはずだ!


「分からない。けど、カエデさんなら……最後まで諦めないで、やれることをやろうって頑張るはずだよ」


 ルクシャナさんは、私の言葉を聞いてまた少し考え込んでいたけど。
 やがて顔を上げて、私の顔をまっすぐに見つめて。




「わたし、アイシャの杖が隠されてる場所を知ってるんだ。……それがあれば、“大いなる意思”ともう一度契約できるんだよね?」




 すごく知りたかったことを、教えてくれた。


 私がいま、一番求めていたチャンスが、目の前にある。
 手を伸ばせば届くところに、あるんだ。
 ……絶対に、諦めない!
 みんなが笑い合える未来のために――絶対に最後まで諦めないよ、カエデさん!



SIDE:ルクシャナ



 部屋の外にいる見張りの人に「すぐに戻るから」と言って、怪しまれないように廊下へ出る。
 アイシャは部屋の中にいるし、この時点では止められることはない。大切なのは、アイシャの杖が置かれた部屋が近づいてきてからだ。
 そもそも今回の作戦を実行しようとしたのは、戦争が始まる影響でみんなが忙しく動き回ることになって、アイシャの杖がある部屋を見張る人がいなくなったからだ。
 アイシャ自身を見張っていれば、蛮人に手を貸すために杖を盗み出す馬鹿な奴はいない、と思われているらしい。悪かったわね、馬鹿で。

 本当は、黙って持っていくのは悪いことだって分かってるんだけど。
 このままだと、大変なことになるみたいだってことは、子供のわたしでも理解できる。
 それに、なんだかこうすることが正しいって、心が言っている気がするんだ。
 わたしはあんまり頭が良くないから、自分の気持ちに正直になってみようって思った。
 ……それで後悔する時があるかもしれないけど、何もせずに後悔する方が嫌だ。
 だから、わたしは行動する。アイシャとわたしの願いを叶えるために。



 しばらく歩くと、目的の部屋の前へと辿り着いた。
 周囲を見渡してみる……うん、誰もいない。
 さすがに鍵が掛けられているんだけど、鍵開けは得意なんだよね。よくイタズラで使って怒られるけど、いまはその技術がすごく役に立つ。
 針金取り出して、ガチャガチャっと……やった、手ごたえあり!

 あっさり侵入できてなんだか拍子抜けだけど、無事に部屋に入ることができた。
 物置になっていて荷物がたくさん保管されている場所だけど、一応いつ必要になるか分からないものとして、分かりやすいとこに置いてあるはず。杖の場所をこっそり盗み聞きした時に、そんなことも話していたし。
 少し箱を漁ったりしていると……「巫女・アイシャの杖」と書かれた箱を見つけて、中にある小さな杖を無事にゲットできた。

 あとは帰るだけだー、とついうっかり気を抜いてしまって。



 部屋の外に出た瞬間、大人の人に見つかって追いかけられることになってしまった。
 ……つ、捕まってたまるかー!!




SIDE:アイシャ




 なんだか部屋の外が騒がしいなーって思っていると、大慌てで走ってきたらしいルクシャナさんが私の身体をガシっと掴んで。


「飛び降りるよ、アイシャ!」

「……え、ええっ?」


 何で、とか聞く暇もないままに。
 ガッシャアアアン!! と、豪快に窓を突き破って、ルクシャナさんは私を連れて、建物の外へと飛び出していた。
 ……え、あの、ちょっと待って?
 たしか、ここって……。


 落下していく最中、下を見てみる。
 ――聞いた話では、何十階もあるという、人間世界ではありえない高さの建物。
 その屋上付近にある部屋から飛び降りて眺める景色は、壮大とか通り越して怖い。超怖い。
 地面を歩いている人がまめつぶみたいですよー!?


「にゃああああああああ!?」


 叫ぶ私をほったらかして、ルクシャナさんはいつの間に取り出したのか、銀色の笛を思いっきり吹き鳴らした。
 のんきに笛吹いてる場合じゃないですよー! と思わず叫びそうになった時……どこからか風竜が飛んできて、私達をその背中に乗せてくれた。
 飛び乗る瞬間にルクシャナさんが精霊魔法を使ったのか、衝撃とかはなかった。……飛び降りる際の恐怖で心臓が止まりそうになっているけど、お互いに怪我はないようだった。
 どうやらあの笛は、風竜を呼ぶための物だったらしい。……あれ? もしこの風竜が来なかったらあのまま落下してたんですか私達!?


「すぐに追ってくるよね……と、とにかく逃げよう!」

「行き当たりばったり!? と、逃走計画とかなかったんですか!?」

「見つかると思ってなかったんだもん! いいからしっかり掴まってて、わたしまだ風竜乗りこなせないから振り落とされちゃうよ!」

「も、もう何もかも不安ですー!?」


 カエデさん。
 ……諦めないと決意したばかりなんですが、心が折れそうです。
 助けてー! カエデさーん!




SIDE:カエデ



 とっさにアイシャの身体に憑依できてなかったら置いてけぼりでしたよっと。
 ……ルクシャナ、褒めていいのか叱っていいのか分からないんだけど、とりあえずナイスファイトとだけ言っておこう。伝わらないけど。
 とにかくこれで、杖の奪還と部屋からの脱出はできたわけだけど……ルクシャナが予想していた通り、すぐにエルフ達が風竜に乗って追いかけてきたようだった。
 まだ最初のうちにだいぶ距離を稼げたし、ルクシャナがいっしょにいる以上攻撃とかはしてこないだろうけど、接近されたら簡単に捕まってしまうかもしれない。

 闇雲に逃げ回っていて、どうにかなるのだろうか……と、とにかく頑張れ風竜! 君の羽ばたきに全てが掛かってると言わざるを得ないぞ!



 風竜自体のスピードにそこまで差がなくても、空気抵抗の受け流し方とか、乗り手の技術の差がだんだんと出てきたようだった。
 さすがに乗り手として未熟だ、とルクシャナを責めることはできない。むしろ、よくあの状況からここまで頑張ってくれたと褒め称えたい。途中で行き当たりばったりすぎて素直に褒められないんだけど。
 ……自分も人のこと言えないか。いつも綱渡りみたいな状態でぎりぎりピンチを乗り切ってる状態だし。

 話を戻すが、アイシャ達はじりじりと距離を詰められていき、もう声が届くぐらいの距離まで迫られていた。
 「待て!」とか言われているけど、2人とも待つ気はないようだ。まあ、それで諦めるなら初めから逃げてないよね。

 けどこのままではいずれ捕まる……。ここまできたのに、どうしようもないのか、と。悔しく思っている時だった。




「――アイシャああああああ!!」




 遙か上空から、風竜を駆るカリーヌさんが突撃してきたのは。
 どうしてここに!? という疑問と、無事だったんだ! という安堵が入り混じる。
 とんでもない速さで突撃してきたカリーヌさんは、エルフ達に攻撃――ではなく、素早くアイシャ達の周りを動き回ることで、追っ手が近づけないように撹乱してくれているようだった。
 後に交渉を行うために攻撃すべきではないと判断してくれたのか、とにかく撹乱に集中してすごい竜捌きで飛び回っている。


「あ、あの人だれ!?」

「カリーヌさんって人で、とっても頼りになる……えっと、もう1人のお母さんみたいな人です!」


 戸惑うルクシャナに、嬉しそうにカリーヌさんを紹介するアイシャ。
 ……アイシャの“もう1人のお母さん”発言に、なんかカリーヌさんが幸せそうにうっとりしているけど、敵が迫ってますよカリーヌさーん!?
 思わず叫びそうになっていたけど、隙だらけに見えたカリーヌさんだけど油断はしていなかったのか、エルフ達の突撃をあっさりと回避して、体勢を立て直していた。
 今の私が叫んだところで伝わるはずがないんだけど……ひ、ヒヤヒヤするなぁもう。


「事情は分かりませんが、あなたは味方と思っていいのですね!」

「あ、ええと、はい! わたし、出会って間もないけどアイシャの友達です!」

「分かりました、信じましょう! 援護しますから、このまま逃げてしまいましょう……カエデは?」

「ええと、いまは使い魔の契約が切れてしまっていてどこにいるのか分からないですけど、きっと近くにいてくれてます!」


 アイシャ、君のナカニイマスヨ?
 ……変なこと言ってる場合じゃないか。


 かなり慌しい展開になってきたが、これで拉致監禁ENDは回避できそうだ。
 あとは、“聖戦”をなんとかできればいいんだけど……その前にアイシャとの再契約が先だろうか。

 今は逃走に必死で、再契約を行う余裕はなさそうだ。
 なんとか追っ手を振り切って、サモン・サーヴァントを唱える時間が用意できるといいんだけど……。
 そう思っていた時だった。




 空から眺める、砂に埋もれる大地。
 そこで、対峙するエルフと人間の兵士達の群れを見つける。
 ――目の前で、今にも“聖戦”が始まろうとしていた。




 たしかに事態の進展を望んだけど、いくらなんでも急展開すぎない!?
 超展開過ぎてワロタとか言われても知らないぞ、運命とやら!









[17047] 第23話「巫女の呼び声。精霊の歌声」
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/02 23:57




 “聖戦”のために集った人間の兵士達と、迎撃のために集ったエルフ達。
 雄叫びを上げながら突撃する人間の兵士達。それをエルフ達は精霊魔法の“カウンター”などによる防御や、砂を操ることによる遠距離攻撃を主体として戦うつもりのようで、足を止めて迎え撃とうとしている。


「ま、間に合わなかった……!?」


 ルクシャナが必死に風竜を操りながら、そう呟いていた。
 戦争は、既に始まっていると言っても過言ではない状況だ。
 土地の精霊達と契約して戦うエルフなら、攻め込むよりも迎撃する方が有利に戦える、はず。
 周囲にあるのは大量の砂だ。砂漠だから当たり前かもしれないけど、これなら土の精霊と契約していれば、魔法で操り武器にする素材には困らないのではないだろうか。
 そもそも、人間軍がエルフの土地のこんな場所まで乗り込んできているのが意外な気がした。
 もっと人間の土地に近い場所で戦いが起こると思っていたから……あれ? よく考えたらこの辺の土地勘なんてないから、ここがエルフの国ネフテスのどの辺りなのか分からないな。
 さっきまで監禁されていたのが首都アディールなのかどうかも、はっきりとは分からない。けどルクシャナがいたことや超高層ビルがあったことから考えると、たぶん18巻でちらっと出てきた首都アディールだと思う。
 ……私の原作知識は18巻で止まっているから、その後の詳しい情報がないんだよね。ちょうどエルフ達のことが描写され始めるかなーってところだったんだけど……まあ続きの単行本が発売される前に私は死んじゃったんだから仕方ない。

 結局、エルフ達の布陣が遅れたのか、人間軍の進軍が速かったのかは分からないけど、今すぐにも殺し合いが始まってしまうだろう。
 ……場所、タイミング、杖の入手は間に合った。
 けど、私が立てた稚拙な策……とも言えるか微妙なアイデアは、それだけで戦闘を止められるという確証はない。
 できればアイシャ達と話し合ってから、本当に実行するのか検討したかったんだけど……その余裕はなさそうだ。
 しかも、使い魔としての再契約ができなければ私は何もできないままだ。
 追っ手のエルフ達はまだこちらを捕まえようとしているので、カリーヌさんの助けがあっても逃げ回らないと捕まってしまいそうだ。けど、風竜に乗ってルクシャナにしがみつき、空中を素早く飛び回っている現状では、アイシャが集中してサモン・サーヴァントの詠唱を行うことができそうにない。

 あともう少しで、再契約まではできそうなのに、その“もう少し”が遠い。
 ……この際、“聖戦”を止めることは諦めてアイシャが逃げるのもいいかもしれないけど、今の私には口出しできない以上、成り行きを見守るしかない。
 いつどうなってもいいように、アイシャへの憑依は継続しているけど、事態が動くのを待っていることしかできないのがひどく悔しい。


「……ルクシャナ! 杖を渡して、それとできるだけ戦場の上空まで近づいて!」

「い、いいけど、どうするの!?」

「考えがあるの! お願い、急がないと間に合わない!」


 アイシャが突然ルクシャナに指示を出して、何か準備を始めたようだ。
 ……なんだ、どうするつもりなんだアイシャ?
 追っ手のエルフ達をなんとか避けながら、アイシャが望む位置を目指してルクシャナは風竜を駆る。

 やがて、アイシャの言った“戦場の上空”付近までなんとか近づけたようだ……と思った時だった。

「ありがとうルクシャナ! ちょっと行ってくるね!」

「へ? ……あ、あの、アイシャ? なにを……!?」


 アイシャは、なんと。





「――あい、きゃん、ふらあああああい!!」





 どこで覚えたのか分からないけど、そんな叫び声をあげながら、空中に身を躍らせた。
 いつの間にか、○栽3の時みたいにネタが思考の一部として伝わっていたのだろうか……って分析してる場合ではなくて!

 ブアアアアア! と風圧を受けながら、地面に向かって落下していくアイシャ。
 どうやら“フライ”を唱えているわけでもなく、何か別の詠唱を……って、これってたしかサモン・サーヴァントの呪文だ!
 杖が風圧で飛んでいかないように、両手で力いっぱい胸に抱きしめるようにして、祈るような姿のまま落ちていく。
 ……まさか、サモン・サーヴァントを詠唱する時間を稼ぎながら、“聖戦”を止めるために戦場に向かって飛び降りるつもり!?

 な、なんて無茶を……。けど、この方法ならあのままでいるより両手で杖を握れるため、空中で杖を手放してしまう可能性が低くなり、詠唱に集中できるかもしれない。
 だけど、当然のように追っ手のエルフ達も落下中のアイシャを捕まえようと追ってきている。
 カリーヌさんとルクシャナがアイシャの名前を呼びながら、なんとか追っ手を妨害するために動き回っているけど、それもいつまで持つのか。

 正直、一か八かの賭けだった。
 しかも、成功したところで私との再契約ができるかも、というだけで“聖戦”を止めるための方法はまだ用意できていない。
 一応、私に考えはあるものの、それだって成功するのか保障なんてない。
 ぶっちゃけ、またまたアニメから借りただけのアイデアだし、実行して失敗したら間抜けで馬鹿なやつとして笑われるか呆れられそうな、無茶苦茶な策でしかない。
 こんな方法で戦争を止めるなんて、それを真似るだけの実力もない私がやるには無茶すぎた。あれは、あのキャラの実力と、あの世界観があったから成功したことなんだ。
 ……まったく、我ながらなんて無茶なアイデアを。



 そこまで考えて、気付く。
 ……なんだ。
 主従そろって、無茶する者同士なんじゃないか。



 こんな時なのに、なんだか嬉しくなる。
 私達は、似たもの同士。
 そんなに強くないし、失敗するし、勘違いされるし、無茶もする。
 使い魔と主は共に過ごすうちに似ていくらしいけど、なんだか私達が過ごした時間の証みたいで、それが嬉しく感じられた。


 ……いいぜ。無茶上等!
 どうせ、何もしなければ何も変わらない。
 だったら……いっしょに全力でやらかしてから、失敗したら後悔しよう! 成功したら喜ぼう!
 成功も、失敗も、全部まとめて私“達”の物語だ!


「お願い……来て、カエデさん! 私は“ここ”にいるよ!」


 サモン・サーヴァントの詠唱が終わったのか、アイシャが私を呼んでいた。

 あいよ、お待たせ!
 私も……“ここ”にいるよ!!



 私が憑依しているからか、召喚の鏡は落下中のアイシャの目の前に現れて……。
 その鏡に吸い込まれた、と思った瞬間。私“達”の視界はまっしろな光に包まれた。




SIDE:アイシャ




 突然、目の前に鏡が現れて「ぶつかる!」と思って目を閉じて。
 けど鏡を突き破るような衝撃は全然来なくて、恐る恐る目を開けてみる。
 そこには。




「やれやれ……とんでもないマスターに引き当てられたものだ」




 ずっと会いたかった、カエデさんが、笑っていた。


「カ……カエデさあああん!」


 思わず、相手が幽霊だってことも忘れて抱きついてしまった。
 ……と、すり抜けると思っていたのに、身体に触れる感触が確かにあって……。


「カ、カエデさん、身体が!?」

「んー……何やらここは、精神世界に近いというか、不思議空間っぽいね。その影響なのかな、私に触れられる身体があるのって」


 そう言われて、周囲を見渡してみると、先程まで空中にいたはずなのに、まっくらな闇の中で私達が立っているところだけ光が射している、という見たことない場所にいた。
 ここがどこか、というのは気になるけれど、今は他にすることがある。


「カエデさん、いま私達の目の前で“聖戦”が……!」

「うん、分かってるよ。ずっと傍で見ていたから」


 何もかも分かっている、というように。
 カエデさんは慌てることなく、頷いていた。

 ……そうか。
 使い魔じゃなくなってる時にも、傍にいてくれたんだ。
 それを聞いて、なんだか、とっても嬉しかった。


「正直、“聖戦”を止めるなんて私達2人が力を合わせても、できるかどうか分からない。
 けど、ひとつだけ思いついたアイデアがあるんだ。成功するかどうかなんて、確率で言えば話にならないぐらいで、上手くいくって自分でも信じられないような、微妙なものだけど。
 ……そんな策と呼べるかも分からない策しか用意できてないんだけど、協力してくれる?」

「そ、それでも充分すごいです! もう作戦を思いついてるなんて……もちろん、協力しますよ!」

「……うああ、期待されるのがすっごく辛い。良いのか? 本当にやっちゃっていいのか自分?」

「何もしないでいるより、ずっといいです! いっしょに全力でやらかしてから、失敗したら後悔しましょう! 成功したら喜びましょう!」


 私がそう言うと、カエデさんは驚いたような表情をしてから……何が嬉しいのか、「あはは」と笑った。


「……? 私、なにか変なこと言っちゃいました?」

「いいや、なんでもないよ。ただ、本当に私達は似た者同士だと思ってね」

「そ、そうですか? えへへ……なんだか、カエデさんと似てるって、お揃いみたいで嬉しいです」

「私も、アイシャと似ているところがあるのが、なんだか嬉しいんだ。そんなとこまで似てるね」


 自然と、手を触れ合う。
 こうやって、ずっと触れていたいけど。
 みんなが笑い合える未来を掴み取るために、もう行かなくっちゃ。


「さあ――行こう!」

「――はい!」


 心を繋ぎ、手を繋ぎ。
 笑い合いながら、私達は、ハッピーエンドを目指して、陽だまりの中から飛び出した。



SIDE:カエデ



 不思議空間から飛び出せたのはいいけども、相変わらず大空を落下中な私達だった。
 慌てて“フライ”を唱えて、空中で姿勢を制御する。追っ手に捕まるわけにはいかないので、そのまま地面の方へ推進力を向けて、重力を味方につけて一気に加速する。
 憑依状態はそのまま維持されているらしく、身体の主導権は私に移っていた。
 ……うおお!? 高いし風圧すごいし超怖い! アイシャってば、よくこんな空中に飛び出してそのままサモン・サーヴァントを詠唱するとかできたなぁ。
 まあアイシャのど根性を褒めるのは後でたっぷりやるとして……ついでに「危険なことダメ、できるだけ」ってぐらいは忠告しないとだけど。……私が忠告しなくてもカリーヌさんから2人いっしょにこってり説教されそうな予感がするけどもっ。
 とにかく、もう2人でやらかすと決めたんだ。手遅れになる前にさっさと始めるとしよう。
 既に戦闘は始まってしまっているようだし、急がないと!


「さて、じゃあさっそくやりますか」

『そういえばカエデさん、結局何をやるつもりなんですか?』


 ああ、そういえば話してなかったっけ。
 その策を実行するのに良さそうな位置を探しながら、アイシャの質問に答える。




「私の世界にはね……歌で戦争を止めた物語があるのさ!」



 それを真似してみる! と言ってみたものの……。
 私の歌唱力で本当にできるのかなぁ、なんて不安になる。
 とにかくやろうか……そう思った時。



 再契約により書き直された使い魔のルーンが激しく光り始めて。
 頭の中に、聞いたことがないはずなのに懐かしく感じる、不思議な歌が響いてきた。





SIDE:戦場の兵士達




 目の前の敵を倒すために。信念を貫くために。守りたい人を守るために。
 欲望を満たすために。狂ったような信仰心のために。殺し合いを楽しむために。
 綺麗なもの、汚いもの。様々な想いを胸に、互いの勢力の兵士達は戦っていた。
 戦力としてはエルフ側が圧倒的に優位だ。そのことは、互いに分かりきっている。
 だが、死を覚悟して突撃を繰り返してくる人間側の兵士達は、いくら傷を負ったところで逃げようとしない。
 本来、争いを好まないエルフ達からすればなんとか追い返したいのだが、それも難しいとなれば殺すしかない。
 
 殺すまで死ぬものか、と足掻く人間と。
 殺さなければならないか、と悲観するエルフ。
 どちらに軍配が上がるのかはまだ分からないが、死人が出るのも時間の問題。次の瞬間にはもう誰か死んでいるかもしれない。むしろ、もう誰か死んでいるかもしれない。

 そんな、エルフが積極的に殺そうとしないが故に生まれた、薄紙の如く脆い膠着状態。
 すぐにでも取り返しがつかない程に荒れてしまいそうな、その戦場は。



 ゆっくりと舞い降りてきた、淡く輝く光の羽根により、兵士達に戸惑いが生まれることで一瞬だけ静まった。
 きっかけがあれば、すぐにでも戦闘が再開しそうな、本当に微かな空白の時間。
 だが兵士達は、聞こえてきた不思議な歌声に、空を見上げた。



 見上げた青空には。
 全身を包み込むような純白の羽を広げて。
 穢れの無いドレスで着飾った、光を纏う少女が。
 ゆっくり。
 ゆっくりと舞い降りながら。
 何を言っているのかも分からない未知の言語なのに、なぜか懐かしくて心に響いてくる……そんな、不思議な歌声を響かせていた。


「なんだ……これは」


 どこかで呆然と呟いたのは、どちらの勢力の兵士だったか。
 それをきっかけにしたように、「うぅ……」とか「ああ……」とか、夢でも見ているかのように呟きながら、兵士達はその歌声に涙を流していた。
 兵士達の手から、それぞれの武器がゆっくりと手放されて、砂漠の砂の上に音を立てて滑り落ちていった。

 戦え、と叫んでいた指揮官達も、同じだった。
 いつしか誰もが戦いを止めて、ただただ、その歌声に心を満たされていた。





 古より蘇りし旋律が、争いを止める。
 それは、本当に、物語の中でのみ起こり得るはずの、奇跡のようで――。







SIDE:カエデ



 争いが完全に止まった時、頭の中に響いていた不思議な歌声と、自分が自分ではなくなるような妙な感覚が消えた。
 ……助かった。私のたいしたことない歌声では、「やかましい!」と言われて終わりだったかも。
 けど、分からない謎がさらに深まった。
 エルフ達の言うことが本当なら、今の歌は“大いなる意思”と関係があるのだろうか。
 私が憑依していたアイシャの服装をまったく別物のドレスに変えて、天使の羽(ハルケギニアには天使という存在はないらしいけど)まで生えさせていた。魔法で作られた幻想の翼かもだけど。
 私が自分の姿をイメージで変更するのとは勝手が違うはずなのに、何の苦労もなくアイシャの姿を……容姿まで含めて変えてるっぽかった。
 そもそも歌声からして普段の声と違ったのは、一時的に声帯まで変化していたのか? ……あくまで推測でしかないけど。


 謎は増えるばかり、厄介ごとも増えまくり。
 ロクなことがないけど……とにかく、なんとか“聖戦”を初期段階で止められたようだった。
 とはいっても、まだ終わりではない。“聖戦”を指示したであろうロマリア教皇に、“聖戦”を止めさせないといけない。
 今の歌声が毎回使えるとも限らないし、色々と作戦とか考えないといけないかもしれないけど……頑張らないと。


 最悪の事態だけは、なんとか防げたようだ。
 後は何としてでも……“聖戦”とは名ばかりの馬鹿げた戦争を終わらせる!
 そのためにどうすればいいのかはまだ分からないけど、話を聞いてくれる人を探して、協力をお願いしていこう。
 ……協力してくれる人がどれだけいてくれるのかは分からないけど、やるしかない。




 あえて言おう。
 私達の戦いは、まだまだこれからだぜー!!
 ……こんぐらいふざけてテンション上げていかないと、心が折れそうです。







[17047] 第24話「未来への願い事」
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/04 23:43




 さすがに砂漠の真ん中で作戦会議というわけにもいかず、場所を移そうという話になったんだけど、問題が起こった。
 エルフ達は人間が自分達の土地にいることを嫌がっているし、人間達はロマリアに逃げ帰ったとなれば反逆罪で殺されてしまう。
 今すぐ出て行け蛮人、というエルフ。殺されるからやだ、という人間。
 もっと色々な思惑があるかもだけど概ねそんな感じで、せっかく止められた戦闘がまた始まってしまいそうな雰囲気だった。
 ……あの不思議な歌のおかげなのか、いますぐ戦おうという意思を持ってる人はいないみたいなので、そこが救いか。
 とにかくなんとかしないといけないんだけど……正直、エルフ達に我慢してもらえば、時間稼ぎはできるんだよね。
 ただ、時間の経過と共に人間達の戦意が再び燃え上がらないとも限らないし、どうしたものか。
 この場でじっとしてたら、そのうち日射病になって大変なことになるし。だからこそ移動したいんだけど……って、思考がループしてるな。


 余談だけど……カリーヌさんとルクシャナがすっごい怒ってます。
 いまここで説教を始めたら、下手すれば命に関わるため抑えてくれているが、安全な場所に移動でき次第スーパー説教タイムが始まりそうな予感。
 ……内心、アイシャといっしょにガクブルしてます。怖い。超怖い。説教という名の拷問すらあるかもってぐらいプレッシャー感じる。
 安全な場所に行く方が危険とかどんな鬼畜ゲー? いや、まあいつも無理してるのは私達だから自業自得かもだけどさ。



「とりあえず、暑くなかったらゆっくり話せるよね。オアシスにいこう!」



 そう言い出したのは、ルクシャナだった。
 このままじゃあ埒が明かないと判断したのか、説教のために張り切ってるのかは分からないけど、道案内を名乗り出ていた。
 ……たしか18巻で初めて出てきたルクシャナは、自分の家があるオアシスでくつろいでいたっけ。あそこに案内してくれるんだろうか。
 土地勘がないから分からないけど、まあルクシャナの家じゃなかったとしてもゆっくり休めるなら問題ないか。説教タイムを除けば、だけど。

 人間達には「快進撃を続けてエルフの国の奥まで進軍できたってことにしとけば、たぶん時間稼ぎにはなるよ」と私なりのアイデアを伝えて、エルフと行動を共にすることはなんとか同意させた。
 彼らとて、このままでは留まるのも戻るのも死に繋がると理解しているのだろう。後は気持ちの問題だったようで、命には代えられない、ということでなんとかなったみたいだ。
 説得に手間がかかったのは、エルフ達の方だった。けっこう頑固だし、基本人間を見下してる彼らは、人間がこれ以上エルフの国に居座ることを嫌がっているようだった。
 なので最終的に、アイシャといっしょに「どうかこの通り、お願いしますっ」と土下座すると、エルフ達は予想以上に大慌て。
 アイシャは「あっついいいい!?」と砂漠の砂で火傷しそうになっていた。……なんか私だけ無事なことに罪悪感を感じた。ごめん。

 とにかく、“大いなる意思”とその巫女であると認識されている私達が土下座してまで頼んだことで、なんとか我慢してくれることになったようだった。
 長年の対立の歴史がある以上、すぐには難しいかもしれないけど……行動を共にすることで生まれる絆もあるかもしれない。
 ルクシャナとアイシャは、ちゃんと友達になれたんだ。他の人にできないって決め付けるにはまだ早い。まずは、やってみなくちゃね。
 ……まあ、本当に険悪な仲になっちゃったら、それはそれで対応しないといけないんだけど。


 中々に先が思いやられる状況ではあるけれど、とにかくまずは砂漠の猛威から逃れることを優先させないと。
 ということで、ルクシャナと他のエルフ達の道案内に従って、近くにあるというオアシスに避難することにした。



    ○



 原作で書かれていたように、オアシスの周辺はエルフ独自の魔法装置により、快適な空間になっていた。
 小規模な森に囲まれて、穏やかな暖かさに包まれたその空間は、ピクニックをするにはちょうど良さそうな場所で。


 そんな場所で、私とアイシャは正座させられて説教されていた。


「まったく、突然風竜の上から飛び降りるなんて……もし杖を落としていたら、最悪の場合、地面に叩きつけられて死んでいたよ!?」

「カエデ、あなたもです! 歌を歌えば戦いを止められるかもと一か八かでやってみたら、自分も知らない歌をが頭に流れ込んできて勝手に歌っていたって……ギャンブルにも程があります!」


 まったく正論でございます。
 上手くいったのは結果論でしかなく、冷静に考えれば無茶にも程がありました。
 ……けど、この2人もだいぶ無茶してると思うんだけどなー。
 ルクシャナは超高層ビルの屋上から飛び降りてるし、カリーヌさんはまだ怪我が完治していないのに薬飲んで飛んできたらしい。
 けどそれをつっこむと、余計に怒られそうというか……反論できる雰囲気ではなかった。

 一通り言い終えたのか、「今後は気をつけて!」といった感じで締めくくられて、ようやく解放される。
 私は正座してても痛む身体がないけど、アイシャは「し、しびれた足に砂が、砂が!」と泣き顔になっている。立ち上がる時に靴に砂が入ったりして、えらいことになっているようだった。
 その様子を見せられるだけで心が痛む……ハッ! まさかそれも正座させた理由なのか!?


 とにかく、説教が終わってからは、人間とエルフに私達の知っている情報を話す。その中で、カリーヌさんからの情報をこちらも聞けた。
 いずれハルケギニアに起こるであろう大隆起という災害。それにより人間達の住む場所がなくなり、不毛な争いが延々と続くかもしれない可能性。
 それらを防ぐためにはエルフ達の協力が(魔法装置の使用の有無に関わらず)必要不可欠であり、“聖戦”を続けていれば、いずれ手遅れになること。
 そしてエルフ達にも、大隆起を止めるためにはブリミルが“聖地”に残したとされる魔法装置が必要で、そのためには虚無の担い手を集めなければいけない、ということ。
 けどエルフ達が虚無の担い手が揃うことを恐れていることは私達も承知していて、なんとか交渉したいこと。
 そして、エルフ達が協力してくれれば、虚無の復活がなくとも大隆起を阻止できるかもしれないこと。


 なんとか、人間とエルフが協力しなければ、この世界が大変なことになるかもしれない、という説明はできた、と思う。
 そして今度は私達が教えてもらう番だ。
 カリーヌさん曰く、今回の“聖戦”は私とアイシャを奪還する、というのが目的らしい。
 何故ロマリア教皇が私達を神聖視しているのかは分からない。けど、どうやらアイシャを聖女、そして私は光の精霊として大々的に宣伝して、エルフから取り戻すために、と“聖戦”を始めたようだ。
 ……現ロマリア教皇は、たしか裏で“ダングルテールの悲劇”を指示したり、異端審問や亜人狩りをしまくってる、かなり危険な人物のはず。
 もし光の精霊という勘違い(今となっては勘違いなのかも分かんなくなりつつあるけど)を信じて、私の力を利用して何かを行おうとしているなら、ロマリア軍にホイホイついていくわけにはいかない。
 けど、私が逃げていればその分“聖戦”は続いてしまい、被害は広まる一方となるかも。
 となると、ロマリア教皇を説得して“聖戦”を止めさせて、エルフと和平交渉を行うことを了承させないといけないんだけど……で、できるのかそんなこと?
 最後まで諦めない、とは決めているものの、気持ちだけで相手の思想まで捻じ曲げるのは難しいだろう。


 ……うーん。
 ロマリアに喧嘩売って、仮に教皇を倒せたとしても、敵を増やすだけだろうし。
 戦うのがだめなら……大変でも、交渉するしかないのかな。
 けど交渉するためには、相手が欲しているものを用意したりして、「その条件ならいいか」と思われるようにしないといけない。

 例えば今回の場合、教皇は私とアイシャを利用することで果たしたい目的があると仮定して考える。その目的とは何か?
 本当のことは教皇自身に聞いてみなければ分からないだろうけど、ある程度予想できる範囲では「異端を排除する」「教皇の病気の治療(原作で病死していたはず)」「富を得る」という辺りが教皇の欲しそうなことだろうか。
 ……どれも私達にできそうにないことばかりだよな。アイシャを蘇生させた時のような“力”の行使は、私自身コントロールできない未知の力なんだし。
 ヴィットーリオに代替わりしてからならともかく、現在の教皇と交渉するためには正面から挑んでも厳しいかもしれない。下手すれば「条件飲まないなら異端審問」とか言い出しかねないかも。
 となると、相手の絶対的な権力という武器をなんとかしないといけない。
 権力があるから、何をしても大抵のことは正当化される。つまり、教皇の意見ならほとんどの場合が大勢の人達に認められることが脅威、ということだ。





 発想を逆転させてみる。
 “教皇に私達を認めさせる”のではなく。
 “教皇が誰にも認められなくなる”のなら、どうにかなるか――?








 大まかにだけど、思いついた作戦をみんなに話してみる。
 この作戦のためには大勢の人達の協力が必要だ。
 最悪の場合は教皇と戦うことになってしまうかもしれないが、私達が逃げれば逃げるだけ、他の人達が危険に晒されることになる。
 大隆起を阻止するためにも、無茶でも何でも、教皇を止めなければいけない。

 カリーヌさんからは「あなたが無茶なのは、死んでも治りそうにないですね」とか言われた。もう死んでるよっ。
 けど無茶でもやるしかない、ということはカリーヌさんも理解してくれたのか、私がお願いした役割を果たすことを約束してくれた。

 ロマリア軍のみなさんは、私を保護して連れ帰ったということにすれば罰せられることもないだろう。もし何か罰せられることになっても、私にはどうしようもないけど。見捨てるみたいで嫌だけど、無事を祈るぐらいしかできないな。
 エルフ達には、隠密行動ができる人を中心として、ロマリア国に潜入してもらい、私達が危険になったら救援に来てほしい、とお願いしてみた。
 難しい注文だったと思うんだけど、「命に代えてもお守りいたします!」みたいなことを言われて、ちょっと戸惑った。
 ……ここにいるエルフ達は、もう完璧に私のことを“大いなる意思”と認識しているみたいで、えらい気合の入れようだった。


 エルフもロマリア軍も、お互いに本拠地へと連絡を入れる必要があるとのことで。
 エルフは伝達係を選んで報告に行き、ロマリア軍は伝書鳩を利用するようだった。
 ロマリアに送る手紙の中身はカリーヌさんや私達で何度もチェックして、問題なしと判断できる文章になるまで書き直してもらった。

 作戦会議が一通り終わり、結局その日は休息して、ロマリア国に向かうのは明日からということになった。
 ……それが、時間稼ぎの限界っぽかったんだよね。あんまり帰還が遅いと、教皇が何しでかすか分からないし。



 みんなに、たくさん頑張ってもらって、それでもまだ不安だらけの作戦だけど。
 無茶苦茶な相手には、無理を押し通さないと対抗できそうになかった。
 ……ほんと、うっとおしいぞロマリア教皇!




SIDE:ロマリア教皇




 ようやく届いた報告に、心が躍った。
 ……これで、我が望みは叶えられる!
 エルフ共から奪還することに成功したというカルディア・スィーギット・ノエルと、その主であるアイシャとかいう娘は、我との交渉を求めているらしい。
 何を求めてくるのかは分からんが……なあに、金を積めばなんとでもなるだろう。
 もし金が望みでないなら、権力でも何でもくれてやればいい。私の願いを叶えてさえくれるのなら、何を代償にしても構わんさ。
 己の命を、金や権力で買えるなら安いものだ。


 笑みを堪えながら、未来に思いを馳せる。
 ……このうっとおしい感触がもうじき拭い去れる。そう考えれば、我が駒達が“道具”を連れて戻るのが待ち遠しい。
 ああ、それにしても今日はいつになく、身体の中がかゆい。


 かゆい。

 かゆいかゆいかゆい。


 かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい――――。




SIDE:カエデ



 私とアイシャが頼み込んだおかげなのか、ロマリア軍の人間達もエルフの国で宿泊させてもらえることになった。ほぼ倉庫などに押し込められるような扱いらしいが、砂漠で野宿させられるよりは全然マシらしく了承を得られた。不満の声はあったが「なら出てけ」と言われると納得するしかない様子だった。
 申し訳なく思いながらも、こんだけの人数をいきなり宿泊させるなんて無茶を聞いてくれたんだし、これでもまだ良かったのかな、と思う。
 首都アディールでの会議は大荒れしたらしいし、正直エルフが人間達を一時的にとはいえ受け入れてくれることが奇跡な気がする。
 ……そんな無茶が押し通せたのは、やはり世界の危機と、“大いなる意思”と認識されている私の存在があるからだろうか。
 とにかく、こうやって宿泊場所を用意してもらうだけでも見ず知らずの人にまで迷惑をかけてるんだ。さっさとロマリア教皇の問題を解決して、迷惑かけたお詫びを返していかないと。
 ちなみにいま宿泊しているのは首都アディールじゃないんだけど、首都の次くらいには大きい都市らしい。宿として貸し出された部屋もすっごく豪華だった。


「……アイシャ、それとカエデさん。起きてる?」

「ん? なあにルクシャナ」


 いまは、用意された部屋で、ルクシャナといっしょにベットで寝ているところだ。
 明日からの移動のためにもゆっくり休まないといけないんだけど、やっぱり緊張とか色々あって、眠れそうにない様子。
 ルクシャナがいっしょにいるのは、まあパジャマパーティみたいなものだ。ここ最近はずっとだったし、もしかしたらこれが最後の機会かもしれないので、周囲に「“大いなる意思”と就寝を共にするなんて――」と止められても「ルクシャナはアイシャの友達。アイシャの友達は私の友達。おっけー?」と言って強引に押し通した。
 ……あまり、私の存在がアイシャの交友関係を邪魔するようなことになってほしくないんだよね。エルフ達の様子を見てたら、それも難しいかもしれないけど。

 ちなみにいま喋っているのはアイシャの方。やっぱり友達と過ごす夜は貴重だしね。私の出る幕じゃない。
 まあ、多少は私も会話に参加させてもらえてるし、時間があったらアイシャに身体を借りてもっと色々したいんだけど……明日からはかなり大変だし、アイシャに友達との会話を満喫してもらう方が私も嬉しい。


「あのね。もしも人間とエルフが仲良くなれて、お互いの国を自由に行き来できるようになったら……アイシャの家に遊びにいっても、いいかな?」

「もちろんだよ! その時は歓迎するね! あ、場所とか分かる?」

「大人の人達が知ってると思うよ。それに分からなくても……その時は会えるのを楽しみにして、旅しながらアイシャを探すのもいいかも!」

「あははっ、楽しそう! でもせっかくだからさ、私もルクシャナと冒険したいなぁ」

「いいね! その時は色々なところに行こう。きっと、すっごく楽しいよ!」


 2人の会話は、とっても夢で溢れていて。
 ……そうなったら、素敵だよね。
 うん、私もなんだか楽しみになってきた。エルフとか、人間とか、そういう垣根を越えたメンバーで色々なところに出掛けて……。
 そんな素敵な未来を現実のものにするには、ロマリア教皇との交渉をなんとかして、その後も両方の種族間にあるしがらみとか恐怖心とか、色々なものを取り除いていかないといけない。
 それはすごく時間のかかることだろうけど、きっと、やりがいはあるだろう。


 ……うん。
 大変なこと、危険なこと、いっぱいあるだろうけど。
 いま、この2人が笑い合っているような平和な光景を、掴み取るために。
 頑張ろう。最後まで、頑張ろう。
 

 問答無用のハッピーエンドのために!
 ……なんかこれ、合言葉みたいになってきたな。





[17047] 第25話「精霊の秘宝(嘘)、古の邪法(捏造)」 ※5/6修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/06 08:59
まえがき

また『罠』の部分が説得力あるか不安なので、もし「変だ」という意見ばっかりの時は訂正するかもです。その時は申し訳ございません(汗)。……他の部分も変だったらどうしよう(汗)。

   ※






 夜明けと共にロマリアに向けて出発。
 できるだけ時間を稼ぐためゆっくり進みたいところだけど、のんびりし過ぎると砂漠の気候にやられてしまうし、教皇が痺れを切らして新たな兵を突撃させてくるかもしれない。
 結局、無理しない程度の速度で移動することになり、エルフ達の案内もあってオアシス周辺で野宿したり、水や食料を差し入れてもらったり……砂漠のモンスターが出た時にいっしょに戦ってくれたり。
 どこでロマリアの別働隊が見ているか分からないので、堂々といっしょに行動することはできないけど、精霊魔法などを使えば隠密行動はけっこう簡単なのか、困ったときにエルフが来てくれるという状態になっている。すぐ近くで姿を消したりして待機してくれてるようだ。
 そのおかげなのか分からないけど、ロマリア軍人達のエルフに対する態度がだんだんと柔らかくなり「ありがとう」とか言うようになっていた。
 エルフ達はまだ「か、勘違いしないでよね! “大いなる意思”のためで、あんたたちのためじゃないんだからね!」みたいな感じで、まだ仲良く手を取り合うのは難しいかもしれない。……だいぶ脳内変換しているので、実際にこんなこと言ったエルフなんていないけど。


 とにかく、影からのエルフ達の助けがあり、順調に進んでいき……数日後、無事にロマリアに到着することができた。

 最悪の場合、ロマリア教皇と戦うことになるかもしれないけど、まずは戦わずにすむ選択肢を選ぶべきだろう。
 話し合いができる相手か、なんて分からないけど。どうせダメだと諦めていたら、何もできない。
 ……うまくいく、なんて保障はないけど。
 ここさえ乗り切れれば、ようやく平和な生活が掴めるはずなんだ。
 カリーヌさんが、エルフ達が、そして私達自身が……みんなで頑張れば、きっとなんとかできるはず。
 私達、ファイトー! おー!



   ○



 教皇の本心はどうあれ、聖女や精霊として扱う相手がやってきたとなれば歓迎の姿勢を見せる必要があったのか、やたらと豪華な部屋へと案内される。
 ……この部屋の装飾に使われている物品ひとつの値段で、どれだけのロマリア国民が救われるのだろうか。
 教皇に面会するために街中を歩いている際、たくさんの浮浪者らしき人影が見え隠れしていた。
 そういった人達を救うことにこそお金を使うべきだろうに……着飾った裕福そうな人達はほとんどが、救うべき人達にまるで汚物でも見るかのような見下した視線を向ける、聖職者と呼ばれるだけの屑共の群れだった。
 ヴィットーリオのような例外もいるだろうけど、私に人の善悪を見分ける能力なんてないので雰囲気から察するしかない。
 そもそも私にはロマリア国の政治に口出しできるような権力も政治的能力もないし、仮に現教皇を倒すことになった場合、その後はヴィットーリオに教皇になってもらい、その手腕に期待するしかない。
 とにかく、まずは“聖戦”を止めさせて、できればエルフとの交渉を行えるようにしないといけない。
 ……無茶なことばかりだけど、やらなければ未来がない。いま逃げてやり過ごしたところで、大隆起はいずれ起こるのだから。


「よくぞご無事で。貴女達の帰還を心から喜ばしく思いますぞ」


 ほっほっほ、なんて明らかにご機嫌取ってますといった感じで笑っている目の前のおっさんが、どうやら現ロマリア教皇らしい。
 ……こいつのせいで色々な人が苦しんでいると思うと、いますぐぶっ飛ばしてやりたくなるけど、それをやったら様々な努力が無駄になる。
 いま、私とアイシャ、それに教皇しかこの部屋にいない。おそらくは自分の望みを他人に聞かれたくないのだろう。あくまで推測だけど、他に護衛を下げる理由が思いつかない。
 暗殺するなら絶好の機会だが、私達の目的はあくまで教皇に“聖戦”を止めさせて、私達を利用させないことだ。
 作戦が無事に遂行されていれば『罠』も起動しているはずだし、ここはこちらも礼儀正しく愛想笑いとご機嫌取りに集中しなければ。


「教皇様のおかげで、とても助かりました。ありがとうございます」

「いやいや、困った時はお互い様ですからな」


 話している限りでは普通の紳士的なおっさんだ。
 けどその中身は、暗殺陰謀何でもござれの、自国の民を苦しめても心が痛まない屑だと思うと、笑顔を見ているだけで吐き気がしてくる。
 間違っても口には出さないけど、こんな事態でなければ会話なんてしたくない相手だ。

 今はアイシャと2人で交代しながら話している。
 こちらがどういう存在なのかを改めて認識させるのと同時に、こちらのことをどれだけ調べているのかを判断するためだ。
 まあこの場で私達のどちらかが黙っていたところでプラスになることは思いつかない。ここは特に問題ではないだろう。
 重要なのは、ある程度お互いの情報を公開してからの攻防。
 今回の「現教皇に対する信頼を低くする」という目的のために、ひとつひとつの発言に気をつけないと、命取りになる。
 できれば危ない橋は渡りたくなかったが、「言うことを聞かなければ異端審問」という最悪のパターンに持ち込まれないためには、こちらから攻めるしかない。
 『罠』がうまく機能してくれればいいんだけど……準備が完了しているのかは確認できない。私は、私の役目を果たさないと。



 腹の探りあいになっている会話の中で、教皇が私達に求めていることを聞き出す。
 どうやら一番重要視しているのは「教皇自身の病気を治療すること」であり、それ以外のことは二の次らしい。
 ……これなら、なんとか攻められるか?
 一か八かになるけども、仕掛けてみるか……!


「教皇様――もしあなたの病を治すために“犠牲”が必要であるならば、どういたしますか?」


 そう言うと、教皇の雰囲気が変わった。
 彼にとっては、自分の命に関わることだ。その病が治る可能性を提示されれば、やはり動揺するだろう。


「それは、いったいどういうことですかな……?」

「……これを」


 コト、と。机の上に小さな赤い宝石を置く。
 エルフ達から譲ってもらったものだが、魔力的な価値はない。宝石としての価値は詳しく知らないけど、あらかじめ「使い捨て同然の使い方をするから、価値は低いものでいい」とは伝えてあるので大丈夫だとは思う。
 ……あとは、しっかり騙すために言葉に意思を込めて、演技をこなすだけ。


「“賢者の石”と呼ばれる秘宝です。これを使えば、ありとあらゆる願いが叶うとされています」

「な、なんと……!?」


 思えば、自分から勘違いをさせようとするのは、これが初めてだろうか。
 詐欺師になった気分でなんか複雑だけど、嘘も方便ということで。


「ああ、“ディテクトマジック”はかけないで! ……これには、人の身には耐えられぬ程の情報が込められています。もし不用意に覗きみようものなら、身を滅ぼしますよ?」

「む、そ、そうか……。いや、しかしこんな素晴らしい秘宝があったとは」


 調べられたらただの宝石だってばれてしまうので、適当なことを言って誤魔化す。
 問答無用で“ディテクトマジック”を使われていたらアウトだったけど、予想通り自分の保身を重視する性格なのか、大人しく引き下がった。
 ……とりあえずセーフ!


「素晴らしい……ですか。これが、人の命を素材にして作られた物だとしても、ですか?」

「……なん……ですと……?」

「遙か遠き昔に作られてしまった、いわゆる邪法の産物なのです。人の命を……そうですね、一万人分程を生贄にすることで、犠牲となった者達の魔力や魂などの“力”を蓄えさせて、願いを叶える魔道具へと変えてしまう、といったところでしょうか」


 ううむ、なんというありきたりな設定。
 “賢者の石”はハガ○ンとかでも有名だけど、「人を犠牲にして願いを叶える~」という類の話はけっこう多いよね。雨乞いのための生贄とかもあるんだし。
 現代日本に生きていればファンタジー漫画とかでは普通にある、という認識の設定も、そういった架空の物語を知らない人間が聞かされると、とんでもない秘密に感じられるようだ。
 歓喜しているのか恐怖しているのか……あるいは、それらの感情が入り混じっているのか、壮絶な表情になっている教皇。


「この石自体は、まだ命を吸う前の素材に過ぎません。それでも貴重な一品であり、先程申したように凄まじい量の情報が秘められている神秘の石です。
……今一度、お答えいただきたい。あなたは犠牲を生んででも、己の病を治したいですか?」


 ――さあ、どう答える?
 それ次第で、『罠』の成否は決まる。
 失敗した場合は……なんとかごまかさないと、教皇を騙しただけでなく、悪魔の所業により生み出される魔道具を知っている“異端”として、扱われかねない。
 早まったか、と不安がよぎるけど、もうやり直せない。



 やがて、教皇は口を開いた。



「……始祖ブリミル様の代弁者である私のために犠牲となれるなら、信者達も本望でしょう」



 ……自分で仕掛けといてなんだけど。
 ほんっとうに心底屑だなこの野郎。



 私は、ゆっくりと、告げる。



「……本当にそうなのか、本人達に聞いてみますか?」




 何? と呟く教皇に向けて、言ってやる。




「いまこの会話は……この、ロマリア国の首都中に伝えられているんですよっ!!」




SIDE:ロマリア国民達



『……始祖ブリミル様の代弁者である私のために犠牲となれるなら、信者達も本望でしょう』

 街中に設置された鏡に、ロマリア教皇の姿が映し出され、光の精霊との会話が伝わっていた。


 殺されて、本望だろう、だと……?
 ふざけるな。
 ふざけるなっ!!


 飢えて、見下され、明日を生きるための希望もなく、ただ生きるために泥水を啜り残飯を漁り影に隠れて過ごすことがどれだけ苦しいと思う!
 そうやって、必死で命を繋いでいるというのに……道具として殺されて本望だろう、だと!?

 ふざっけるなぁ!!



 浮浪者達は、今にも暴動を起こしそうになっている。
 だが、それを止めるべき聖堂騎士や聖職者達もまた、教皇の暴言に驚愕していた。

 たしかに、自分達は神に仕える身だ。始祖ブリミル様のために命を捧げよ、というならまだ考えられる。
 だが、現教皇は既に高齢になりつつある。病を治したところで、若返りでもしない限りいずれ寿命を迎えるだろう。
 その教皇の寿命を僅かに延ばす為だけに、1万人もの人間の命を犠牲にする、と。当然のように、教皇は言った。
 冗談ではない。
 そんな、使い捨ての消耗品のように殺されては、何のために生まれてきたのか分からないではないか!



 中には、教皇様を助けるためなら、と命を投げ捨てられる者はいるのかもしれない。
 だがそれは、本当に心の底から“信仰”している者だけだろう。
 多くの者は、現教皇の在り方に疑問を抱きながらも、自分が異端として抹消されないために忠実な態度を取り、職務を全うするなり、汚職に手を染めるなりしていた。
 彼ら彼女らの善悪はこの際関係がない。
 大切なのは多くの者が、現教皇が自分が守るべき民を自分の命可愛さに犠牲にすることを厭わない、という旨の発言したことをみんなが聞いたことであり。
 あまりにも命を侮辱したその言葉に、怒りを覚えているということなのだから。



 “光の精霊”カルディア・スィーギット・ノエルの声が響く。



『ロマリア国民なら権力で黙らせられる、というなら無駄ですよ。
今日、この首都には……ガリア国王子であるシャルル様がおいでなのですから!』



SIDE:シャルル


「まったく、派手に紹介してくれるなぁ」


 深々と被ったフードの下で、溜め息をつく。
 ラ・ヴァリエール公爵夫人が城まで飛んできた時は何事かと思ったが、事情を聞いて協力してよかった。
 やることは至って簡単。ただ、ロマリア国にお忍びで旅行に来ればいい。
 入国の理由は始祖ブリミルに懺悔したいことがある、と嘘をつけば難なく入れたし、暴れまわるわけでもないので実に簡単な手助けだった。


「あれがカエデか。なるほど、面白いことをやっているな!」


 隣で嬉しそうにしているのが、我が兄のジョゼフ。
 先日のラグドリアン湖での出来事の後、話し合い、なぜか殴り合いの喧嘩になり、互いの想いをぶつけあった結果、昔のように笑い合えるようになっていた。
 来るのは私だけで充分だというのに、「貴様を誘惑したというカエデとやらのことが気になるのでな。紹介を頼むぞ、変態王子」とか言ってついてきた。当然殴り合いの喧嘩になった。
 ……虚無の魔法とか卑怯だ。“加速”で人間の限界を超えた速度で動き回られたら、本気で殺す気でいかないと反撃できないじゃないか。


「楽しそうにしている場合じゃないよ兄さん。やることがあるんだから」

「おお、そうだったな! では、俺達も舞台に上がるとしようではないか、我が弟よ!」


 与えられた役割は、「たしかに今日この場に私達がいた」ということを証明するために、名乗り出ることだ。
 エルフが用意したという魔法の鏡は、こちらの声も教皇達の方へ伝えられるらしい。
 なので、国民達にも教皇達にも聞こえるように、大きな声で名乗りを上げた。


「この「変態」シャルル・エレーヌ・オルレアン、たしかに話を聞かせてもらっ……ちょ、兄さん!? 僕の声真似して変なこと言わないでよ!」

「なんだ、事実であろう? 自分の娘と嫁にひたすら変態と呼ばれてヤケ酒に浸っている我が弟……変態よ!」

「それじゃあ僕の名前が変態みたいじゃないか!?」

「なに、違ったのか!?」

「いかにも心外ですって態度止めてよっ!? 誤解されるじゃないか!!」






 兄弟は、在りし日の姿を取り戻していた。
 ……変わってしまったものも、あるようだけど。




SIDE:カエデ




(なにやってんだあの兄弟……漫才? この状況で漫才なのか?)


 思わず、聞こえてきた王子兄弟に心の中でつっこみを入れる。
 ……なんか変なことになってるみたいだけど、とりあえず作戦は成功したらしいことは確認できた。
 私も、やるべきことをやらないと。このまま一気に畳み掛けるぞ!


「他にも、今日たまたまこの国を訪れていた旅の者達もいるでしょう。そういった者達から今後、噂話となり様々な場所へと貴方の発言は伝えられていくことになる!
そうなれば、貴方を信頼する者は激減するでしょう。なにせ、自分を信じる者達を殺すと明言したのですからね!!」


 怯んでいてはペースを握り返される。なので怖くても堂々とした態度でこちらの意見をぶつけまくる。


「ま、待て! そもそもこの提案は貴様のしたことでは、」

「騙して悪いけど、“賢者の石”とか嘘だよッ!! これはただの綺麗な宝石だし、何より……そんな道具が仮に実在しても、使わせてたまるか!!」


 お互いに本性を現すように、言葉遣いが荒くなる。
 けど、この場において教皇の信頼はガタ落ちであり、相対的に私の言葉の方が人々に信じられやすくなるはずだ。
 多少言葉遣いが荒れたところで、気にする人間はそうはいないだろう。いても関係ない、勢いで押し通す!


「今回の暴言だけじゃない。貴方は過去、ダングルテールという村を“疫病が流行った”という偽の情報をでっちあげ、村人達を焼き殺すように指示を出している!
その実態は新教徒狩り! ただ自分達と違う考えをしていた、というだけで残酷な虐殺を行えたんだ……自分の命が懸かっていれば、本当に何人でも犠牲にしそうだな貴方は!」

「こ、このガキ……! 言わせておけば!!」


 余程怒ったのか、この映像も見られているというのにも関わらず、こちらに掴みかかってくる教皇。
 だが、その手が私達に届くことはなかった。
 部屋の中で隠れて護衛してくれていたらしい、数人のエルフ達が姿を現して、精霊魔法により教皇を弾き飛ばしてくれたからだ。
 彼らは街中への中継に必要な魔法の鏡も用意してくれていて、『罠』要員兼護衛を務めてくれていたようだ。
 エルフ達が姿を現すのとほぼ同時に、扉の外から見張り役のロマリア兵達も飛び込んできた。


「御無事ですか、“大いなる意思”よ!」

「な……エ、エルフだと!? なぜ貴様ら悪魔がこのような場所に!?」

「本当の悪魔に何と言われようと、何の感慨も浮かばんな!」

「蛮人のことなどどうでも良いと思っていたが……多くの生きる者達の命を軽んじる貴様の蛮行、もはや捨て置けん!」

「覚悟せよ悪魔よ! “大いなる意思”の願い故に殺しはせんが、最早何の抵抗も許さんぞ!」

「くっ……な、何をしているお前たち! さっさとこいつらを捕えよ!」

「……教皇様、私達はもう、あなたについていけません!」

「始祖ブリミル様への信仰を捨てるわけではありませんが、私の大切な家族を、友を、守りたい人達を犠牲にすると仰るあなたを、許すわけにはいかないのです!」

「き、貴様らぁ……! 私を裏切るというのか!!」

「裏切る? いいや、見限るのさ!」


 ううむ、なんという教皇フルボッコ。
 そして今更になって気付いたけど、これだとロマリアの首都中に私がエルフに“大いなる意思”と呼ばれていることがばれちゃうよね!?
 ……まあ、いいか。どうせもう手遅れだし、どうやら本当に“大いなる意思”と呼ばれていた存在の生まれ変わりらしいと思えるぐらい、不思議な能力使っちゃってるし、あながち嘘や勘違いとも言い切れなくなってるんだ。この際気にせず教皇を捕えることに集中しよう。
 ちなみに、見張り役のロマリア兵士達は……こちらに寝返ってくれた、あの日私の“不思議な歌”を聞いた兵士達の一部だった。
 もし教皇の信頼をガタ落ちさせるのに失敗していたら、彼らもまとめて危険だったのに……彼らが協力してくれたことも、作戦が上手くいったことも、幸運というか何というか……うん、よかった。



 ロマリア教皇は、身体を震わせながら俯いている。
 味方がおらず、1人きりの教皇で、対峙するはエルフ達+寝返ったロマリア兵達+私とアイシャ。
 これだけ戦力差があれば、どうとでもなるだろう。






 そう思っていたのが、まずかったのか。
 教皇は、こちらがまったく予想していなかった変化を――。






SIDE:ロマリア教皇




 騙されて、裏切られて、嵌められて。
 私が積み上げてきた“駒”達からの信頼は、一瞬で崩されてしまった。
 やってくれおって……この、小娘!!


 腹立たしい、ああ腹立たしい!!
 けどそれ以上に、身体のかゆさが取れない。
 かゆいのは身体の内側なので、掻き毟ることもできない。
 いまいましい病きだ、こんなときまでわ我を苛だたせるな。


 かゆい、かゆい、かゆい――。
 かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい――――!!



 ぶちり、と。
 からだのなかで、なにかが、こわれたようなきがした。





SIDE:カエデ



 何か、嫌な予感がした。
 根拠なんてないけど、幽霊の感というか何というか。
 唐突に、教皇が全身を掻き毟り始めたと思った瞬間、寒気が――。


「みんな、教皇から離れて!!」


 私がそう叫ぶのと、ほぼ同時に。
 バリバリ、と教皇の身体が破れて。
 なにか、とんでもない化け物の姿になりながら、教皇だったモノの身体が大きく肥大化し、徐々に異形の化け物の姿に――!


「急いで脱出を! このままじゃ巻き込まれる!」


 理由は分からないけど、緊急事態ということはこの場にいる全員理解してくれたらしく、大急ぎで廊下へと飛び出す。
 魔法の鏡を経由して建物内にも教皇の変貌が伝わっていたのか、全員悲鳴をあげながら各々脱出のために動いているようだった。
 教皇の変貌はまだ続いているらしく、私達のいる建物全体が揺れ始めている。崩壊が始まるのも時間の問題だろう。


『カエデさん、取り残された人達が――!』

『私達も脱出しなくちゃ危険だ! あの変貌の速さじゃあ今から建物全体を見回る余裕なんてない、まずは自分達の身を守ろう!』


 アイシャが悔しそうに「で、でも……」と呟いていたが、自分達ではどうしようもないことは分かっていたのだろう。みんなを引き止めるようなことはせず、我慢してくれた。
 私だって、建物の崩壊に巻き込まれる人達を見捨てることになるかもしれないのは辛いけど、だからって助けに行ける余裕はない。
 とにかく脱出しないと――そう思っていた時だった。





「ふん、事情は分からんが建物が崩壊するより“速く”動ければ問題あるまい? お前達は脱出していろ!」




 そんな、誰かの声が聞こえて。
 同時に、ギュオオオオン! と。目の前を誰かが凄まじい速さで通り過ぎたと思ったんだけど……正に目にも留まらぬ速さで、あっという間に気配は消えてしまった。
 ……誰かは分からないけど、救助をしてくれるならありがたい。これで心おきなく脱出できる。
 今は謎の人影の言葉を信じて、自分の身を守ることを優先させるとしよう。







 窓を突き破り、一気に建物の外へと私達は飛び出した。
 街中に響く轟音と悲鳴。何事かと思い、街の人達の視線の先を追ってみる。



 そして、視線を追ったその先には。
 人間の原形を留めぬ程に肥大化し、褐色の鱗を持つ巨大な竜らしきモンスターへと変貌を遂げた、教皇だったらしい存在がけたたましい咆哮を轟かせていた。
 ……ああもう、次から次へと何事だ!? そしてキモッ! 肉を無理矢理広げたようなドラゴンモドキってキモっ!!






[17047] 第26話「小さき者達の英雄譚」 ※5/8修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/08 08:35

 人の心より生まれし邪竜が、咆哮を轟かせる。
 その悪しき姿に人々は恐れ慄き、悲鳴が街を満たした。
 立ち向かった勇者達の猛攻をも退け、邪竜は己の生誕を祝うかのように、穢れた力を振るった。

 誰もが諦めを胸に抱いた時。
 希望の光が、力強く瞬いた。



――「“聖光の英霊”アルカディア・イリスティ・ノエルの伝説 序章」より抜粋――



    ○



 目の前に立ちはだかるは、腹黒いおっさんから巨大なドラゴンモドキへと突然変異を遂げた、元教皇。
 ジョブチェンジにも程がある。なんだ、実はここダー○神殿なのか? 転職の技術はここまで進化していたのか?
 ……ふざけてる場合じゃないな。現実逃避はそこそこにして、さっさと対策を練らないと私達だけじゃなくて街中の人が危険だ。


 まずは現状の分析。
 ドラゴンモドキと化した元教皇は、既に理性もないのか雄叫びを上げながら身体を振り回して暴れている。
 だが、巨大な身体は動かすだけでかなりの負担が掛かるのか、動きはそんなに素早くなかった。とはいえ、圧倒的な質量を振り回しているだけで充分過ぎる脅威ではあるのだけど。
 壊された建物の残骸が辺りに吹き飛んでいくが、どうやら姿を消して非常事態に備えていたエルフ達が、街の人達を守ってくれているようだった。
 私達の護衛が最優先のようで、エルフ達は私達の周囲に集中して集まっているが、きちんと人数を揃えていたのか、街の人達の救助もなんとか行えているようだ。
 被害者がいないのかは確認できないが、とにかく早急にあのドラゴンモドキをなんとかしないと、被害は広がる一方だ。


 次に、こちらの戦力だが、エルフ達は救助や護衛に人数を割いているが、いずれ手が空いたものから攻撃を加えていく予定らしい。リーダーみたいな人がそんな指示を出していた。
 ロマリア兵達も街の人を助けるために動いているようだが、突然の事態に呆然としていたり、自分自身が怪我を負ってしまい動けない者など、エルフと比べると活躍を期待できそうにない。
 気持ちだけはあるようだが、気合が空回りしていて、エルフ達から「邪魔だ、どいてろ!」とか言われる始末。
 ……まあ、こんな事態に備えた訓練なんて誰もしていないだろうし、エルフ達の方が場慣れしているみたいだし、ロマリア兵達が遅れを取るのも仕方ないのかも。
 とにかく、エルフ達はしばらく待てば街の人達の救助が落ち着いて、攻撃に集中できるようになるかもしれない。
 ロマリア兵達も、落ち着いて態勢を整えてくれれば、戦力として期待できる働きを見せてくれる……はず。


 というわけで、現時点で手が空いているのは私とアイシャだけ、ということになる。
 どこかにいるはずのシャルルさんとジョゼフは、お忍びで来ているんだし王子である以上無茶はできないかもなので、とりあえず戦力として数えるのは保留するとして。
 アイシャは、今の能力では今回の敵と戦うのは難しいだろう。10歳のドットメイジが突然強敵とまともに戦えるほど、現実は甘くない。
 私は、アイシャに憑依することでしか物理的な干渉はできない。最近続けて起こった“大いなる意思?”の力は意図して使えるわけではないし、アテにしようにもどうすれば使えるのかも分からない。
 となるとやはり、ドラゴンモドキに憑依して、精神世界でバトルするしかないか。


『カ、カエデさん、お気をつけて!』

『アイシャも気をつけて! じゃあ、行ってくる!』


 アイシャへの憑依を解いて、空中を突き進む。
 幽霊状態ならどんな攻撃も身体をすり抜けていくし、迎撃される心配はない。
 今までにやったように、ターゲットの身体に飛び込むように憑依しようとして。




 バギィィィイイン!! と。
 嫌な感触と共に吹き飛ばされ、アイシャの元まで弾き飛ばされてしまった。


『か、カエデさん!?』

『……っ、憑依が、できない!?』


 これまでの他人への憑依でも、何かバリアーみたいなものを突き破る感触はあった。
 以前シャルルさんの精神世界に入る際に推理したように、相手が強く拒絶していると、憑依することができない、ということだろうか。
 最初の憑依戦闘を行ったアルデへの憑依でも拒絶されていたはずだが、あれよりも遙かに強い、他人の心に対する拒絶心みたいなものが元教皇にはあるのだろうか。
 この際真実は分からなくていいんだけど、憑依できないとなると、もう私には手の出しようがない。
 アイシャといっしょに突撃しようにも、現時点では相当接近しないと攻撃手段がほぼない上に、威力も全然足りていない。
 足手纏いになるだけという結果が素人でも分かる程、私達は力不足だった。



 どうしたらいいのか考えている間にも、ドラゴンモドキは暴れている。
 建物は壊れて、人々は逃げ惑い、被害は広まる一方だ。
 エルフ達も徐々に応戦しているが、精霊魔法は元々その土地と契約することで扱える魔法で、争いを好まないエルフの性格から、防御が主体になっている、はず。
 姿を消したり攻撃を跳ね返したりと便利ではあるけれど、単純な火力が重視される戦局は苦手なようで、押し切れていない。
 さらに、建物が壊されたりして周囲の地形が変化することで、精霊達にも乱れが生じてしまい、精霊魔法の本来の力を発揮しきれないようだった。


 なんで、教皇がこんな化け物と化したのかは分からない。
 けど、このままでは倒せない、ということは確かだ。
 どうにもならないのか、と焦っていたその時――。




「建物内に残された者達の救助は完了した! これより援護に入るぞ!」




 そんな叫び声が聞こえてきて、さっきすれ違った人らしい男性が、目の前に現れた。


「だ、だれだ貴様は!」

「そんなことを気にしている余裕があるのか? まあいい、名乗ってやる……俺はジョゼフだ」


 すんごい速さで動いていたから分からなかったけど、名乗ってくれたおかげで色々と納得がいった。
 あの速さは虚無の魔法“加速”により得たものだったらしい。ここにいる理由は、シャルルさんと共にロマリアに来てくれていたからだろう。
 原作では狂王としてサイト達の敵として登場していたが、シャルルさんと仲直りできたのか、なんだか明るい様子だ。
 ……さっきの兄弟漫才を聞いていると、ちょっと明るくなりすぎな気もするけど、何かあったのだろうか。


「……お前がカエデ、そしてアイシャか。俺の弟……いや、変態が世話になったようだな」

「き、貴様! “大いなる意思”をお前呼ばわりするとは――」

「ああもう、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!? ……ジョゼフさん、救助に感謝します」


 いちいち拘るエルフ達を一喝して、話を進める。
 今は細かいこと気にしてる場合じゃないんだって! 私、別に敬われるような立派な人物じゃないし!


「なに、できることをしたまでだ。見落としがあってもさすがに知らんぞ? ……お前達には何かと借りもあるのだしな、この程度のこと気にするな」

「はい、ありがとうございます。では、あのドラゴンモドキ倒すのにも、協力を願えますか?」

「……ふむ、報酬はどれぐらいだ?」


 と、ちょっと予想外の返答が返された。
 うーん、報酬か。お金とかそんなにないし、エルフにもらった宝石はさっきの避難の際に落としちゃったみたいだし、王族を満足させられるようなものなんて、持ってないよなぁ。
 ……ジョゼフってたしか、面白いものが好きなところがあったし、何かネタでも教えてあげれば喜んでくれるかな?


「では、私の生前の世界に伝わる、(架空の)英雄の言葉を教える……なんていうのはどうでしょう」

「ほほう、興味深いな!」


 たぶん“加速”が使えるジョゼフさんには似合うと思います、と付け加えて、その台詞を伝える。
 こんなのんびりしてていいのか、と思うけど、防御はエルフのみんながしてくれるし、ジョゼフのやる気が上がった方が戦力UPに繋がる、はずだ。


「……ふはは! なるほどな、たしかに俺の“加速”には似合いかもしれん!」

「喜んでいただけたようで何よりです。では、戦ってくれますね?」

「ああ、その依頼承った! 行くぞ邪竜よ――我が“虚無”を見よ!」


 楽しそうに笑いながら、邪竜に向かって突撃していくジョゼフ。
 “虚無”という言葉にエルフ達が反応していたが、いまはまずドラゴンモドキをなんとかしなければ、と冷静に判断してくれたのか、エルフ達も自分の役目を果たすための行動を優先してくれた。
 エルフ達も、“虚無”の担い手をどうこうする、というよりは四つの四が揃って“聖地”に近づくことを恐れているだけで、そうならないのであれば秘密裏に交渉を行ったりして平和的に解決しようとしていたはず。
 原作でのビダーシャルがその交渉役を担っていたし、今はエルフと人間が共に戦うことにも不満を抑えてくれているようだ。なんとか良好な関係を築ければいいんだけど。
 ……原作では“虚無”の担い手を誘拐して隔離するという手段を取ってきた、みたいな描写があったけど。
 それは“聖地”を取り戻そうと人間達が攻めていたからだろう。たぶん。
 ……この戦いが終わったら、平和的な交渉ができるように頑張ろう。



 ジョゼフは、“加速”による高速移動を繰り返しながら、“爆発”の虚無魔法で攻撃を繰り返していた。
 その戦闘の中で、私が教えた台詞をさっそく使っていた。



「お前に足りない物――それは! 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ! そして何よりも――速さが足りない!!」



 ……さっき教えたばかりなのに、一発で暗記して間違えずに早口で言い切ってるよ。クー○ー兄貴の名台詞。
 やたらとノリもいいし、現代日本にきたらすごい勢いでネタ覚えそうだ。……いつか本当のことになりそうで、なんか怖い。面白そうだけど。




 どうやら救助を終えてから戦闘に加わったのか、いつの間にかシャルルさんとカリーヌさんも加わって、一気に攻勢に入っていた。
 次々と叩き込まれる連続攻撃。人とエルフという垣根を越えてのドラゴン(モドキ)退治だ。
 けど――やたらと頑丈なのか、決定的なダメージを与えられずにいるらしい。
 これだけの火力に耐え切るとかどんな化け物だよ!? と思うが、実際に耐えられているんだから仕方が無い。

 それでも、時間さえかければ、いずれ体力を削りきれるはず――と思っていたけど、どうやらドラゴンモドキも易々と倒されるつもりはないらしい。
 凄まじい咆哮を轟かせ、禍々しく歪んだ翼を広げたかと思うと……その巨躯から、小さな魔物のような生物が生み出され、何匹も大量に街中へと放たれた。
 き、気持ち悪っ! と怯んでいる場合ではない。
 生み出された小型生物達は、無差別に人々を襲い始めたようだ。兵士とかエルフとか街の人達とか、全然関係なしに攻撃されている。
 攻撃力そのものは低いようだけど、無抵抗でいて平気とは言い切れない。
 なので街の人達を助けるためにも小型生物達を倒していかないといけないんだけど、火力が分散されてしまいドラゴンモドキ本体へのダメージが減少してしまう。
 RPGとかでボスがよく使う手ではあるけど、実際にやられると厄介なことこの上ない。


 みんな、頑張って戦っている。
 倒せそうにない敵を倒すため、街の人達を助けるために一生懸命に戦っている。
 なのに、私達だけが、何もできない。


『カエデさん……私、私達にも、何かできないんでしょうか!?』

『……っ』


 アイシャの想いが、伝わってくる。
 目の前の戦いに参加できない、無力な自分への叱責とか。もっと強くなりたい、という願望とか。
 もちろん恐怖も感じていて、逃げ出したいって想いもあるようだけど、それでもアイシャは戦おうとしている。
 自分の力の無さを嘆きながら、それでも、何かできることはないのかって、最後まで諦めないで戦おうとしている。


 ……諦めるな、杉野楓!
 ピンチなんてこれまでにもたくさんあっただろう!
 無茶もした、失敗もあった、それでも諦めずに戦い続けたから、ここまでこれたんじゃないか!


 私に、できることはなんだ?
 憑依は、無理だった。強烈な拒絶心に覆われた心の壁を突き破れる程の力は、私にはないらしい。
 それでも、なにか――なんでもいいから、絶望に抗うための“何か”は、本当にないのか!?


 祈るように、自分自身へ問いかけるように。
 強く、強く、“抗いたい”“みんなを助けたい”という想いを、胸に抱いた時。


 右手の甲に浮かぶルーンが激しく輝いて。
 そのルーンが、電流が流れるように激しく発光しながら、手の甲から腕へ、そしてさらに肩の先にまで継ぎ足されていき――。
 自分の中から、何か、あたたかい“力”の感触が伝わってきた。


 それは“大いなる意思”とやらの、力なのか。
 分からない。分からないことばかりだ。
 教皇の変貌も、私自身のことも、これからの未来のことも……世界は分からないことで溢れかえっている。
 ――それでも、前に進むんだ!


『アイシャ! いっしょに強く願うんだ……私達2人の想いを!』

『は、はい!』


 正体の分からない“力”を使うことはたしかに不安だけど、そんなのは今までだって同じだ。
 私の中にあるらしい、“大いなる意思”とやらの“力”……もし本当にそんなものがあるのなら、私達に応えてくれ!



『来い……来い、来い来い来い!』

『来て……お願い、来て!』


 ドクン、と。私にはもうないはずの心臓が脈を打ったような錯覚を感じた。
 ……いや、もしかしたらこれは錯覚じゃなくて、アイシャの脈を共有しているのかもしれない。
 私達は、もう一度憑依状態になっていた。
 ドクン、ドクン。アイシャの鼓動が、私“達”2人のものになっていく。
 それはまるで、お互いの魂が重なるかのように。


 こちらの様子に気付いたのか、ドラゴンモドキが私“達”の方へその巨腕を振り下ろしてくる。
 けど、恐れることなく、私“達”は叫んだ。



「「私達は――“ここ”にいる!!」」




 その言葉が、鍵となったかのように。
 自分の中から湧き上がる“力”が開放されたような気がして。



 烈光が、世界に解き放たれた。




 身を包み込むのは、優しく、そして力強い光。
 光が紡ぎだすのは、運命に抗うための“力”。
 澄んだ青の装飾を施された、純白の鎧。
 この世界において忌み嫌われるはずの翼を、世界中に誇るように堂々と羽ばたかせ。
 運命を切り開き、己が担い手に勝利を約束するという聖剣を手に。


 私“達”は、戦場へと舞い降りた。






「――ハアアッ!」

 迫る巨腕を、気合と共に一閃した聖剣で弾き飛ばす。
 精神世界でしか使えなかったはずの幻想の剣は……確かな存在として、ドラゴンモドキに触れていた。
 物理的に干渉できるようになったこと、そしてドラゴンモドキが体勢を崩して隙を見せたというチャンスを見逃さずに空を駆け抜け、連続で聖剣を振るい斬撃を叩き込んでいく。
 体格差までは補えず、一撃で倒すのは難しいようだが、ドラゴンモドキを怯ませるだけのダメージは与えられているようだ。


『カエデさん、まだ街の人達が!!』

『――!』


 ドラゴンモドキと戦えるだけの力を手に入れられても、小型生物まで相手にしている余裕はなさそうだ。
 けど、街の人達を見捨てるわけにはいかない。損得勘定ではなく、感情の問題で。
 ……ここまでやったら、もうできるかどうか悩むより先に試してやる!
 今度は、“力”を向ける先を自分達ではなく、周囲の人達に分け与えるイメージで……強く、強く願うんだ! みんながいっしょに笑い合える結末のために!



「“シャイニング・レボリューション”!!」



 みんなに力を分け与える、というイメージと共に叫んだ言葉。
 さすがにクル○ンみたいに「クルー!!」とは叫ばなかったけど、忠実にネタを再現しなくても、元になる強いイメージさえあれば“力”は発動するようで……。
 ぶわあ、と翼が広がって、輝かしい光が周囲に広がっていった。
 様子を見守ってみると、光を浴びた人達は怪我が治ったり、動きが速くなったり、RPGで例えるなら補助魔法をまとめて掛けまくったような状態になったみたいだ。
 カリーヌさん達やエルフ達、戦いを続ける人達はいち早くその変化に気付いたようで、今まで以上に凄まじい勢いで戦闘を繰り広げている。
 街の人達にも強化魔法? は影響しているはずなんだけど……自分達の身に何が起きたのか理解できていない人が多いらしく、戸惑っている様子が空からでも分かった。
 ……せっかくのチャンスなんだ。偉そうなこと言えた立場じゃないけど、状況説明のためにもやってみるか!




SIDE:街の人々




 自分達を包み込んだ光がもたらした変化に、人々は戸惑っていた。
 傷が一瞬で癒えた。しかも、力が湧き上がる様な気がする。
 けどその現象が何なのか、理解している者はいなかった。


「街のみなさん、私の声が聞こえていますか!」


 と、光の精霊の声が空から響き渡った。
 人々が見上げたその先には、姿を変えた光の精霊が、雄雄しく翼を広げて空を舞い踊り、巨大な邪竜と戦いながら、人々に語りかけていた。


「いま、あなた達には私達が分け与えた“力”があります! その“力”があれば、きっと戦うことができるはずです!

 けど、その“力”をどう扱うのか……決めるのは、あなた達次第です!

 大切な人を守るため、己の信念を貫くため、明日を迎えるため……どんな想いで振るおうとも、それが悪行でない限り“力”はあなた達に味方するでしょう!

 目の前の絶望を打ち破るためには、みんなの強い意志を重ねてそれぞれの“現実”と立ち向かうしかありません!

 運命を切り開くのは、絶対的な英雄1人の力ではなく……より良い明日に辿り着きたいと願う、平和を尊ぶ者達の想いの力!

 共に戦いましょう! 誰かのために強くなろうと願う限り――私達みんなが、英雄だ!!」



 一瞬の静寂の後。
 人々は、己の意思を叫びに込めて、咆哮した。
 そして、各々の願いを叶えるための戦いが、始まる。


 それはまるで、物語の中でしかありえないような奇跡の光景。
 本来、戦う牙を持たぬ人々が、精霊の加護を受けて奮い立ち、目の前の現実との戦いに身を投じていく。





 とある少年が、魔物達を蹴散らしながら叫ぶ。


「母ちゃんから任されたんだ! 妹のこと、守ってやれって! だから……絶対に、守るんだ!」




 とある少女が、生き埋めにされた友達を助けるために、瓦礫の山を払いのけていく。


「諦めないんだから……絶対に、見捨てたりしないんだから!」




 とある青年が、愛する女性を守りながら、戦う。


「この戦いが終わったら、自分の店を開いて、結婚するんだ……ずっと願っていた夢を叶えるまで、死んでたまるかああ!!」





 とある独り身が、叫ぶ。



「童貞捨てるまで、死ねるかよおおおおお!!」






 想いの形は、人それぞれで。
 そこに、重いとか立派とか、そんなのは関係なかった。
 自分の望む、幸福な結末ハッピーエンドを求めて、目の前の困難に立ち向かう。
 現実を変えるのは、いつだって、そんな人達だ。






 精霊の導きにより、人々は今、英雄となった。
 誰も彼もを全て救える、伝説に語り継がれるような理想の英雄ではないけれど。
 それでも、彼らは確かに、英雄だった。



SIDE:カエデ


 勢いで色々叫んじゃって、「こんなこと言って大丈夫なのか……?」と不安になったけど、人々は自分の意思に基づき行動を開始したようだった。
 ……おし、なんとか上手くいったようだ。街の人達は、これで自分の身を自分で守れるはず。
 後は、ボスのドラゴンモドキを倒すだけだ!


『行くよ、アイシャ!』

『はい、カエデさん!』


 カリーヌさん、シャルルさん、ジョゼフ、ロマリア兵、エルフ――。
 種族も立場も思想も……様々な垣根を越えて、私達みんなでドラゴンモドキを仕留めるために空を舞い、地を駆け、各々の想いを込めた一撃を叩き込んでいく。
 私とアイシャもその中に混じり、己の持つ全てを込めて、攻撃を重ねていく。

 ドラゴンモドキは、それでも最後まで足掻こうと、暴れまわっていたが……隙だらけだ!
 上空へと舞い上がり、ドラゴンモドキの頭上から聖剣を構えて一気に突撃しながら、叫ぶ。





「カーテンコールは貴様が主役だ! 消えろ、元教皇の邪念と共に!!」





 ザン、と。
 光を纏う聖剣が、ドラゴンモドキの額へ深々と突き刺さる。
 そして。





 解き放たれた聖剣の光が、心の闇に染まりし巨躯を飲み込んでいく。
 消えていく元教皇の姿を見届けながら……私とアイシャの意識は、白く染まっていった。




[17047] 第27話「ずっと、君の傍に」 『第1部エピローグ』 ※5/7修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/07 23:11


 最初に見えたのは、天井。


「……知らない天井だ」


 ようやく言えたよこのネタ。
 壁に黒い線のラクガキが見えるとかってことはなかったけど、とりあえず私は眠っていたようだ。
 意識がはっきりしてきて、周りを見ると傍にはアイシャが眠っていて、「んにゅ……」とか呟いている。


「目が覚めたのですね、カエデ」


 と、カリーヌさんがベットの横で椅子に座り、こちらを見て安心したように声をかけてきた。


「ええと、おはようございます。カリーヌさん」


 言ってから、アイシャに憑依してない私じゃあ声出せてないんだってことに気付く。
 いかん。どうやら寝ぼけているようだ。アイシャが起きたら改めて挨拶を……。


「……!? い、いま、声が……まさかカエデ、いまの声はあなたの!」

「……へ?」


 カリーヌさんの驚いている反応に、戸惑う。
 ……え、あれ? もしかして……。


「あの、もしかして私の声聞こえてます?」

「ええ、聞こえていますよ! 憑依せずとも喋られるようになったのですね!」


 どうやら、本当に私の声が届いているようだ。
 今まで憑依していないと伝わらなかったはずなのに……。
 どういうこと? と疑問に思っていると、ふと私の右手のルーンが視界に映った。
 手の甲にだけ刻まれていたはずのルーンが、肘ぐらいまで伸びていた。まるで、隠されていた部分が浮かび上がったみたいに。
 ……あー、そういや“アカデミー”で『このルーンには続きがありそう』みたいなことを言われたっけ。
 元教皇との戦闘の際、右肩の先まで書き足されたのは見えていたけど……あの時のルーンの一部が再び隠れずに残されているのだろうか。
 このルーンはだいぶ特殊というか、古い書式で書かれているとかで、“アカデミー”でそういった古代の知識を専門的に研究しているという研究者ぐらいしかルーンの意味を読み取れなかったはず。
 なので、新しく現れたルーンがどんな意味を秘めているのか、今はまだ分からないけど……まあ、無事に帰国できたら機会を見て“アカデミー”で調べてもらえばいいかな。
 けど現時点でも、最初のルーンが“共有”となっていたことから、得られた能力と関係があると推測はできる。あくまで仮定の話だけど。
 となると、今までにできなかったことができるようになっている、という可能性が高いはず。例えば……実体化、とか?

 試しに、アイシャの頭に手を重ねてみる。
 最初はすり抜けてしまったけど、「触れるようになる」というイメージを何度も思い浮かべながら、何度か試してみる。
 やがて――くしゃ、と。髪の毛に触れる感触があった。
 ……触れる! 私、アイシャに触れてる!
 なんだか嬉しくなって何度も頭を撫でていると、その感触に気付いたのか、アイシャがゆっくりと目を覚ました。


「……ふあ、おはようございます。カエデさん」

「おはようアイシャ。とりゃー!」


 思い切って、抱きついてみる。
 今までならすり抜けるだけだったのに、今はちゃんと抱きつけた。
 アイシャも驚いて、「カ、カエデさん……身体が!?」と嬉しそうに笑っている。


「今度は“実体化”と“憑依してなくても会話”ができるようになったみたいなんだ……えへへ」

「す、すごいです! これでカエデさんと、他の人達もいっしょにいっぱいお喋りできますね!」


 ……なんとも平和なアイデアだった。
 不可視化⇔可視化だけでなく、幽体化⇔実体化の切り替えまでできるとなれば、色々悪いこともできるだろうに。
 けどまあ、アイシャの言うような平和な使い方の方が好きだな。うん。……今まではアイシャの身体を借りないと何もできなかったから、やっぱり嬉しい。
 これで、もっとアイシャを手伝うこともできるだろう。憑依もできなくなったわけではないだろうし、使い分ければきっと、かなりたくさんのことができるはず。
 なんとも夢のある能力を取得できたものだ。……あ、けど戦闘中は気をつけないと、実体化したところに攻撃を喰らったらやばいかもしれない。
 いつでも切り替えられるように練習しないといけないかも。うん、ラ・シャリスの屋敷に戻ったらまた修行かな。


「……それで、ここはどこなんですか?」

「そういえば、知らない部屋ですね……うわぁ、すっごく豪華な家具がいっぱいですっ」


 カリーヌさんに聞いてみると「ここはまだロマリアです。帰還のための準備にはもうしばらくかかるでしょう」と言ってから、現状について教えてくれた。
 どうやら私とアイシャは戦いを終えた時に気絶してしまい、丸一日眠っていたらしい。
 特に怪我などはなく、とりあえず休息させるためにベットに寝かせて、カリーヌさんが見守ってくれていたようだ。
 ……なんでも、ロマリアの聖職者達が「どうか聖女との面会を!」とか、取り入るつもり満々な様子だったので、カリーヌさんが追い払ってくれていたらしい。
 聖女、ねえ。元教皇が私達のことをヨイショしていたらしく、なんだか話がとんでもなく大きくなっているような……。


「それで……まあ、実際に見てみた方が早いでしょう。窓の外を少しだけ見てみなさい」


 え? と疑問に思いつつ、言われたように少しだけカーテンをめくって、窓の外を見てみる。





 なんか、すんごいたくさんの人達が下からミアゲテマスヨ?




 なんだか怖くなって、慌ててカーテンを閉める。
 ……なんだ、いったい何が起こってる?


「簡単に言うのなら、街中の人達があなた達を待っているのですよ」


 カリーヌさんは嬉しいような困ったようなという感じの、複雑そうな様子でそう言った。


「邪竜と化した教皇は討たれ、あなた達の正当性は、ロマリア国民だけでなくガリア国王子であるシャルル様、ジョゼフ様の両名が公認しています。
 今まで自分達を導いてきた教皇への信頼が地に落ちたことで……その真実を見破り、街の人達を助け、正義を成したあなた達を信仰しよう、という動きが多いようですね」

「し、信仰……? 私達を、ですか?」

「光の精霊であるカエデ。そしてその巫女であるアイシャ。聖女として扱う条件は充分に満たしているでしょう。元教皇もそのように宣伝していたのですしね。
 ……ぶっちゃけた話、ブリミル教と1,2位を争う勢いで、あなた達を神聖視する声が高まっていますね。
 否定派もいますが、文句をつけている者達は大抵が元教皇によって甘い汁を啜っていたようですし、民衆の想いはあなた達に傾いているでしょうね。かなり圧倒的に」


 カリーヌさんの言葉を聞いて、改めて窓の外を見てみる。
 と、カーテンを強く引っ張りすぎたのか、私達の姿が窓の外から見えるようになってしまって……。
 その瞬間、ウオオオオオオオオオオオオオ!! という歓声が聞こえてきた。
 「聖女・アイシャ様ー!!」とか「光の精霊ばんざーい!!」とか、なんかえらい盛り上がっている。
 …………。え、ええっと。
 アイシャと2人で顔を見合わせて、思わず、叫んでいた。




「「――どうしてこうなった!?」」



   ○



 その後。
 ロマリアのみんなには、新教の設立なんてしたら宗教戦争とか勃発しそうだし勘弁して、という意思をできるだけ丁寧に伝えて。
 私からヴィットーリオを「預言書(嘘)に、教皇となると書かれていた人物」と言って、新教皇に推薦して全部押し付けることにした。……本人は迷惑そうにせず、むしろ喜んでいたようだが。
 まあ、彼の目的である“大隆起の阻止”のために権力を欲していて、教皇になるために子供の頃からすごく苦労していたらしいし、一気に目的達成できたのはやっぱり嬉しいのかな。

 とにかく、なんとかそれっぽい演説で誤魔化したりして、「大隆起という未曾有の大災害を止めるためにはエルフに協力してもらわないとダメ。だから仲良くしよう!」みたいな感じで私達が今後エルフとの交渉などを行い、共存していけるようにしたいと思っていることは伝えられたと思う。
 ……新教フラグを折れたとしても、まだまだ問題は山積みなんだよね。
 アルビオンのテファ達を助けるために動かないといけないし、もう原作とは変わりすぎて未来が読めなくなってきてるし、この先どうなることやら。




 そして、そんな予想外なイベントをなんとか終えて、ようやく私達はトリステインのラ・シャリス家の屋敷まで戻ってこれた。
 カリーヌさんが連絡を入れてくれたりしてるらしいけど、すごく心配させちゃっただろうな……。
 そう思いながら馬車を降りると、玄関口で出迎えてくれている従者さん達の様子がおかしかった。


「……あ、あの、みんな?」

「ア、アイシャ様……その」


 なんというか、余所余所しい……いや、戸惑っているというか。
 もしかして、ロマリアでの聖女騒ぎとかのせいで、「平民である私達が聖女様に気軽に接することなど~」みたいになってしまってるのだろうか。
 ……だとすると、すごく悲しい。
 あの、あたたかい家族のような雰囲気は、もう取り戻せないのだろうか。
 アイシャも、変わってしまった雰囲気を感じたのか、ショックを受けたようで俯いている。




 もう泣き出しそうになっているアイシャ。
 ――その頭を、シアというメイドさんが歩み寄ってきて、優しく撫でながら。



「おかえりなさい、アイシャ様」



 嬉し涙を流しながら、満面の笑みで、そう言った。




「――ただいまっ!!」


 アイシャも、顔をくしゃくしゃにしながらシアに抱きついて。
 その後は、他の従者やメイドさん達もアイシャに抱きついたり「おかえりなさい!」と泣きながら言ったり……以前のような、ラ・シャリス家本来の雰囲気を取り戻していた。
 ……やっぱり、こっちの方が、いいな。
 そう思いながら一歩引いた位置で様子を眺めていると、アイシャがこっちを振り返って。


「カエデさんも、ほら! ――おかえりなさい!」


 私も、大切な家族なんだって、言ってくれてるように。
 幼く小さい手のひらを、こちらに差し伸べてくれていた。
 ……敵わないなぁ。こういう、問答無用の優しさってやつには、どんな理屈も敵わない。
 絶対無敵の優しい笑顔に向かって、私も、とびっきりの笑顔を浮かべて。


「――ただいま!」


 私の声が聞こえたことに、従者やメイドさん達は驚いているようだったけど。
 すぐに、私にも「おかえりなさいませ!」と言ってくれる人達がいて、それに倣うように、他の人達も迎えてくれて。
 その……すっごく、嬉しかった。



 私の名前を「カーディア様でしたっけ?」「いやいやカルディニス様だろ?」「全然違うだろ、ケルディアース様だって」みたいに間違いまくられて、なんか感動ぶち壊しにされたけど。
 ……まあ、幸せだから、いいや。



    ○



 その後はお帰りなさいパーティとかやって、カリーヌさんやルイズ達もいっしょに、無事に帰還できたことをたくさん祝った。
 カリーヌさんの話によると、マリアンヌ様やシャルルさん達も帰還を祝いたいと言っているらしく、後日スケジュールを調整してパーティとか開く予定らしい。
 ……なんというか、えらい騒ぎになっちゃったなぁ。


 大騒ぎといえば、ルイズも大変だった。
 「心配したんだからぁ!」と抱きついてきたり、もう離さないって勢いで傍を離れようとしなかったり……カリーヌさんに引き剥がされていたけど。
 このデレっぷりがいつかサイトに全力で向けられることになるかもしれないのか……サイトがんばれ、超がんばれ。下手するとヤンデレになるかもだけど、すっごく可愛い美少女なのは保障するから。
 ……漫画やアニメなら楽しめるヤンデレも、現実になるとすごく大変だと思う。サイトの首がniceboatとか、嫌なEND過ぎますよっ。




 そして、今はアイシャの自室で、眠る前の会話を楽しんでいる。
 疲れが溜まっているだろうから、と私達2人っきりにしてもらえているんだけど、アイシャはたくさんお喋りしたかったのか、けっこう夜遅くになるまでいっぱい話し込んでいた。
 ……2人きりで休ませるために、と無理矢理引き剥がされたルイズがこのことを知ったら怒るかもなぁ。まあ、その時はルイズともいっぱいお喋りを楽しもう。
 と、ずっと喋っていたからか、だんだんアイシャの目がとろんとしてきて、もうすぐ眠るなーと見ていてすぐに分かった。


「カエデさん……これからも、ずっと、いっしょ……」


 ぼんやりと夢心地な感じで、そんなことを呟きながら、アイシャは寝息を立て始めた。
 ……これから、いっぱい大変なことがあるかもしれないけど。
 アイシャといっしょに生きていきたい。死んで幽霊になっている私だけど、アイシャの傍に――“ここ”にいたい。
 幸せそうに眠るアイシャを見て、私も幸せ。幸せスパイラルだ。


「……どれ、子守唄でもひとつ」


 もう眠っている相手に子守唄というのも変かもしれないけど、なんだか歌いたい気分だった。
 子供をあやす様に優しく身体に触れながら。
 起こしてしまわないように、静かに呟くように、私の想いを込めて、歌う。
 歌うのは『I S○Y Y○S』……ゼロ魔アニメの曲だし、今の私の気持ちにも合っていた。







―― アイシャ ――



―― この先の未来で、どんなことがあっても――



―― ずっと 君の傍にいるよ ――








[17047] 第28話「歩くような速さで」 『第2部プロローグ』  ※5/10修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/10 00:00



 ピンチを乗り越えることで手に入れた能力使って私TUEEEEEEE!!
 ……なんてできるほど、現実はそんなに甘くは無いようです。


 近況をまとめてみよう。
 まず私の能力に新しく加わった“実体化”と“(アイシャへの憑依なしで)会話が可能”というものだけど、なんか微妙に制限があるっぽい。
 例えば“実体化”だと、元教皇を倒した時みたいに“実体化”+“変身”で超戦士覚醒! みたいなことができなくなっていた。
 “実体化”している時は、普段着にしているワンピースとかみたいに簡単な服装にしか“変身”できず、しかも微妙に疲れるのであまり長時間やってると体力? というか精神力を使うというか。
 一応、剣とかナイフという武器などに限定して“実体化”+“変身”することで武器を振るうことはできるんだけど、アイシャの“ブレイド”と比べても威力が低いみたいで、実戦では使えそうに無い。
 草刈には便利だったけど、長時間の使用はやはり疲れてしまう。腕だけでも“実体化”だけして鎌とか道具を使うか、直接手で草むしりする方が楽かも。


 “憑依なしの会話が可能”では、アイシャが言っていたようにお喋りが楽しくなるぐらいだった。
 別にアイシャ以外と念話ができたりとか、遠くまで声が届くとか、そんなことはなかった。普通に会話できるようになっただけ。
 ……まあ、それでも充分過ぎるぐらい嬉しいんだけどね? アイシャを交えて他の人達とお喋りとかできるし。


 “アカデミー”にも新しい能力のこととかを伝えて相談してみたんだけど、おそらくは「緊急時における精神力の増幅が、能力を高めるのかもしれない」とのことだった。
 たしかに、エルフと聖堂騎士の戦いを止められた“不思議な歌”とか、元教皇との戦闘の際の超戦士化とか……考えてみれば召喚されたばかりの襲撃事件の際、カリーヌさんに気付いてもらおうとした時だって、ピンチと言えば充分ピンチで、「私に気付いてー!」と強く想うことで可視化ができたんだっけ。
 

 ピンチになると能力覚醒、とか漫画の設定っぽい気もするけど、元々ゼロ魔では怒りや愛で魔法の威力が上がったりするし、他の作品でもよくあることだと思う。
 なので深く考えすぎず、「そういうもんかー」と納得しておいて、新しく情報が得られたら改めて考えてみようと思う。
 ……とりあえず、壁抜けしている最中に誤って“実体化”してしまい、“かべのなかにいる”みたいなことにならないように気をつけよう。なっても平気かもしれないけど、怖いから試したくない。




 とまあ、そんな感じで私自身は相変わらず強いのか弱いのか微妙な感じだった。
 ピンチにだけ強くなれても、それじゃあ本当に圧倒的な強さを誇る相手には瞬殺されて終わってしまうだろう。
 最初の頃と比べたらだいぶマシかもしれないし、これからも努力して強くなろうってことでひとつ。
 ……私には肉体がないから、筋力つけたりって鍛錬ができないのが、難点になるかも? 使える能力でアイシャをサポートする感じになるかなー。
 どうなるにしても、足手纏いにならないぐらいには強くなれたらいいな。頑張ろう。





 他の近況と言うと……内政というか、領主の仕事がすごく忙しくなっている。
 別に従者さん達がさぼっているわけではなく、厄介な仕事が増えたのだ。嬉しいことでもあるんだけど。
 ……聖女騒ぎが原因なのか、私達のことが話題になっているみたいで、ラ・シャリスに来る人が多いんだよね。
 観光目的の旅人や金の匂いを嗅ぎつけた商人とかが多いけど、ラ・シャリス家が平民にも分け隔てなく接していることも合わさって、移住目的の人が大量に来ていたりする。
 聖女と精霊が統治する、平民にも優しいかなり良い土地。それが今のラ・シャリス領への評価らしい。


 そうやって人が増えることで賑わうのは大歓迎なんだけど、受け入れ準備が全然整っていないから、書類整理だけでもえらい量だし、他の領から逃げ出すように来た人とか、無断で隠れ住んだりしてしまっている人もいる模様。
 他にも、人が多いことで喧嘩や窃盗のトラブルも相次いで、そのトラブルに対応している間にも書類が増えて……と悪循環。
 実務関係ではカリーヌさんが、警備員を増やしたりする権力的な部分ではマリアンヌ様がサポートしてくれてるけど、それでもいつ崩壊するか分からないレベル。
 いずれ時間が過ぎれば徐々に沈静化するだろう、と言われているが、その前に私達全員がぶっ倒れてもおかしくない状態と言わざるを得ない。
 ……平和になっても問題は山積みだね、ほんと。


 大変なことがいっぱいいっぱい。けど、協力者を得られたことで良くなった事もたくさんある。
 例えばガリアの両王子から信頼を得られたことで、タバサ外伝での事件のことを「預言書(嘘)に書かれていた」と言って伝えることで、シャルロットがタバサ化していないことで未対応となりそうだったキメラドラゴンの討伐とか、吸血鬼エルザとかの事件を、なんとか対応してもらえそうだ。
 ……けど、細かい地名とか覚えていないし、事件の詳細もうろ覚えだったり、そもそも本当にその事件が起こるのかも確実ではなかったりするんだけどね。
 そういう不安要素も含めて伝えたけど、あらかじめ可能性があることを分かっていれば、調査も簡単になるとのことで、特に問題にはならなかったようだ。


 個人的に、吸血鬼や翼人とか、亜人や妖魔と呼ばれる人達とも平和な関係を結べればいいと思うんだけど、私がそれぞれの事件に対応できるわけではないので(仮にできたとして、そちらに対応している間にラ・シャリスが潰れかねない)、実際に調査や作戦を実行する人達の身の安全の方を優先させるべきだろうし……うーん、難しい。


 とりあえず自分の意思を伝えてみたところ、翼人はともかく吸血鬼はどうする? と言われて、○姫みたいに輸血パックとかハルケギニアにはないかーと今更になって気付いたり。
 一応、体外に出した血を飲ませて満足してもらえて、血の持ち主が死んだりしなければなんとかならないですか? と聞いてみると、そういう考えは意外だったのか2人とも色々と意見を出して考え合っていた。
 ……ちょっとひどい考えかもしれないけど、反省してない犯罪者なんかの血を採血して集めて吸血鬼のご飯にすれば、種族全体は無理でも何人かの食生活は支えられないかなーって思うんだけど、さすがに夢見すぎだろうか。


 まあ、夢見がちな私でも、オーク鬼とかトロール鬼とかみたいに相手の知性やその他もろもろの理由でどう考えても共存できそうにない存在もいるので、全ての種族と和平交渉を~というのはさすがに無理だと思う。
 差別じゃね? という意見もあるかもしれないけど、そもそも交渉できるかも怪しい相手に「手を取り合って仲良くしよう!」と手を差し伸べたら、次の瞬間には殺されるか食料にされるか繁殖用の苗床として捕らわれるかもしれない。


 各種族との和平交渉は「可能ならしよう」ぐらいにして、とりあえずは“大隆起の阻止”と“エルフとの和平交渉”と“ラ・シャリス領の統治”という仕事をなんとかしないと、せっかく掴んだ平穏が壊れてしまうかもしれない。
 なんという過酷な労働環境。労災とか降りないのこれ? ……ハルケギニアにそういう制度ないのかな、そもそも詳しい仕組み知らないけど。


 誰も彼もが争わずに平和な世界、なんて現実には無理だろうけど、ちょっとでも争いを減らせたらいいなーって色々考えること自体は、そんなに悪くないと思う。
 そのために実際に努力するのに、自分だけではなく他人を巻き込むというのが、なんだか悪い気がするんだけど……私1人でなんでも自由にできるほど世界は甘くないだろう。
 ファンタジーなめんな、偽善者ー! とかならないように、自分にできることはちゃんと努力していかないとなぁ。


 ちなみに……結局次期王にはジョゼフさんがなって、シャルルさんが支える感じになるらしい。
 ぶっちゃけ2人とも王様でいいんじゃない? とか思うんだけど、ファンタジーの政治にも色々あって難しいらしい。
 もしかしたら、この2人なら将来色々と手を回して、王候補が2人以上いてどちらも優秀なら、2人とも王にしていい、とか新しいルール作っちゃいそうな気もする。


 今も裏でこっそりと、ガリア王家で生まれた双子に対する因習を解消して、シャルロットの双子の妹であるジョゼットが家族といっしょに暮らせるように、と努力しているみたいだし、将来ガリアはとんでもない国になるかもしれない。
 ……双子の姉妹が両方とも王になる、なんて光景が未来では当たり前になってたりするんだろうか……なんか、シャルロットとジョゼットが2人で並んで王座に座って謁見者に「うむ! よきにはからえ!」みたいなことを言ってるのを想像して、萌えてしまった。


 ガリア国内の事件は、全て完璧に解決できるかなんて分からないけど、対応するための体制は整えてくれるらしい。
 元々国内の問題なんだし、解決しないとまずいのに変わりはないようで、情報の提供に感謝する、とかお礼まで言われてしまった。
 ……もし戦力に困っていたら、エルフに協力してもらえばだいぶ戦いやすくなるだろうか。けど今はまだ和平交渉中ってところだし、すぐには無理か。



 ガリアのことは一旦置いといて、次はアルビオンのテファのこと。
 これについては、今後エルフと友好関係を結ぶことに賛成派、反対派と分かれていて(これはハルケギニア全体に言える問題だけど)、王家としても悩みの種らしい。


 なので現時点での妥協案としては、とりあえずエルフの国に、テファと両親もいっしょに一時避難してもらい、3人の身の安全を保障してもらっている間にエルフを受け入れるための準備を整えていく、とのことだった。
 ……テファの父親であるモード大公は人間なので、エルフの一部の人達が「人間をエルフの国に入れるなど~」みたいなことを言っていたらしいので、私が出向いて土下座してお願いして、ちょっと強引に頼みを聞いてもらったり。私にできることなんて、土下座くらいだった。


 マチルダさんとテファを引き離すことになってしまうけど、このまま放っておけば彼女達の家族が殺されて、悲惨なことになる。
 モード大公やテファ達に現国王……とにかく関係者に会って、直接話すことで、説得に時間はかかったけどなんとか納得してもらえることになった。


 姉妹のように育った2人を引き離すことに罪悪感を覚えていると……マチルダさんは「だったら私もいっしょに行くわ!」と言い出して、反対する両親に真正面から反論して……。
 気付くと、私はエルフ達に「もう1人追加でお願いします」と土下座して、マチルダさんもエルフの国へ匿ってもらうことになってしまった。
 ……なんて行動的な女性だマチルダさん。さすがに原作では土くれのフーケとして暗躍しただけのことはあるというか。
 この分だとマチルダさんがフーケ化することもなくなりそうだけど……そうなると、原作通りのイベントってほぼ起こらなくなる気がしてきた。
 歴史の修正力とかあるかもだけど、そんなの実際に未来になってみないと分からないんだし、現時点ではとにかく平和に近づくために努力しまくらないと。
 平和のために交渉に時間を割いているせいでますますラ・シャリスに戻った時に仕事が溜まっていてえらいことになってるんだけど……あーもう、働く自分があと7人は欲しい! ド○え○ーん! コ○ーロ○ット出してー!!








 身体がいくつあっても足りないほど大忙しで、疲労とかとんでもないことになってるけど……。
 私とアイシャは、平和に近づいていく手ごたえを感じる度に達成感を得て、充実した毎日を送っていた。
 エルフとの和平に賛成派、反対派に分かれたせいで争いが起こるかもしれない、とか危険な予感もするけど、協力してくれることになった各王家の人達が尽力してくれていて、私とアイシャが動かなくても対応できるように努力する、とは言ってもらえている。
 もちろん、私とアイシャが何もしなくてもいい、ってことはないと思うけど。
 それでも、2人で何もかも抱え込んでいたら、きっと気が狂ってしまうまで努力しても、全てを解決することなんてできないだろう。
 だから、迷惑をかけることになってしまう人達には悪いけど、すごく助かっている。



 これが、私とアイシャの近況だ。
 まだ先の見えない未来に不安を感じることもあるけど、未来なんて分からなくて当たり前。
 だから……迷いながら、戸惑いながら、苦しみながら。
 それでも最後にみんなで笑うために、今日も今日とて私“達”の物語を紡いでいます。






「今日も頑張りましょうね、カエデさん!」

「うん、ガンガン行くよー!」





 それでは。
 魔法少女リ○カルアイシャ(+私)、第2部。始まります。
 ……なんてね。










[17047] 第29話「欲張りな、気高い決意」 
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/15 23:45



 ラ・ヴァリエール家の協力もあり、だんだんと聖女騒ぎの余波をぎりぎりだけど凌げるようになってきて、当主としての仕事の負担が減ってきた頃。
 カリーヌさんに呼ばれて、私達はラ・ヴァリエール家の屋敷に行くことになった。
 ルイズのことで相談がある、と。決意を固めたような表情で、カリーヌさんは私達にその話を持ちかけてきた。



 どうやらカリーヌさんは、ルイズが“虚無”の担い手の1人であることを本人に伝えることを決めたようだ。
 まだ早いのでは、と思ったけど、ちゃんと理由があるらしい。
 なんでも、ルイズは最近『アイシャがエルフに攫われる時、何もできなかった』と以前のことをひどく悩んでいるらしく、がむしゃらに勉強したりして、精神的に危ういようなのだ。
 このまま“虚無”について、知っているのに黙っていた場合『なんでもっと早く教えてくれなかったの!?』と溜まっていた怒りや不満が爆発して、取り返しがつかない事態になることも予想できる程らしい。
 私としては断る理由もないし、カリーヌさんが教えるべき時だ、と決断したのなら、その判断に従おうと思う。

 私達が頼まれた役目は、できるだけの情報提供と今後のフォロー、となる。
 まだ幼いルイズに大きすぎる力を持たせることは危険なので、“虚無”の担い手として覚醒させるのはルイズがもっと成長してからにするらしい。
 だけど、将来に可能性があると知れば、ルイズはもっと努力して才能を磨こうとすると思う。
 失敗魔法と言われているあの爆発魔法だって、使い方次第で大きな武器になる……とか。ゼロ魔の二次創作でも語られていたような、そういうアイデアを伝えることで、ルイズに『これがわたしの魔法なんだ!』と自信を持ってもらったりできるかもしれない。
 魔法だけが貴族の証ではないけれど、戦わないといけない時はやっぱりあるわけで。
 ルイズが強くなることを望むのなら、アイシャの訓練と共にルイズにも自分の特性に合ったトレーニングを積ませていく予定のようだ。


 短くまとめちゃうと、「今度からルイズもいっしょに修行するかもしれないから、その時は仲良くしてあげてね。あとアドバイスよろしく」みたいな感じ、かな?
 カリーヌさん式の特訓がすっごく激しくなる悪寒。けどまあ、死にはしないだろう。……しないよね?





 今はラ・ヴァリエール家のとある小部屋にて、私とアイシャにカリーヌさんにラ・ヴァリエール公爵。そしてルイズの5人だけが集まっている。
 そして、部屋の外に声が漏れないように魔法で処置をしてから、秘密の会議のように“虚無”についての説明をルイズに話しているところだ。
 ラ・ヴァリエール家の使用人さん達を疑うわけじゃないけど、秘密を知る人間が少ない方が安心できるのは確かだ。
 不用意に使用人さん達にも知らせてしまうと、お酒を飲んだ勢いで「ちょっとぐらいなら……」と語ってしまったりして、どこから漏れるか分からなくなる。
 なので、ルイズ本人と、実の父親であるラ・ヴァリエール公爵という深い関係者にだけは知らせておこう、という形だ。
 ちなみにラ・ヴァリエール公爵には事前にカリーヌさんが教えていたようだけど、今後の方針については今日これから話し合うことになっているらしい。

 ……ラ・ヴァリエール公爵か。
 屋敷に招かれたのが男ではない分、原作のラ・ヴァリエール家の屋敷でサイトとルイズとキスした時みたいな「娘はやらん! くたばれこの野郎!」って雰囲気はないけど、若干警戒されてるみたい?
 すごくルイズやカリーヌさん……家族のことみんなを愛している人だし、いざとなれば王家に杖を向けてでも家族を守る、と言い切れる人だ。
 そんな大切な家族の1人であるルイズが、“虚無”という伝説の力を持っていて、もしかしたら悪用されることになるかもしれないとなれば、“虚無”についての話に警戒するのは当然か。
 私だって、アイシャが何かしらの理由で道具や兵器扱いされそうになったら、すごく嫌だ。自分でも想像できないぐらい怒ると思う。
 マリアンヌ様達、というか王家のみなさんにはすごく助けてもらっているし、敵対するような事態にはなってほしくないけど、譲れないこともあるわけで。
 聖女&精霊騒ぎの件もそうだけど、必要以上に担ぎ上げられたって迷惑なだけだ。私とアイシャは、みんなでいっしょに平和で穏やかな生活を送りたいだけなんだから。
 私の過去……というか前世? には謎がたくさんあるようだけど、それだって無理に関わる必要はない。
 前世は前世。私は、私だ。……エルフ達に“大いなる意思”の生まれ変わりか何かとして認識されていることを利用しておいてこんなこと言うのは、卑怯かもしれないけど。


 と、色々と考え込んでいるうちにカリーヌさんの説明は終わっていた。
 ……思考に没頭して、話に集中できないことが多いのは私の悪い癖だな。死んでも直らなかったなら、もうどうしようもないのかもしれないけど。
 ルイズは、自分が伝説の存在である“虚無”の担い手だ、といきなり言われたことで、戸惑っているようだった。


「“虚無”……わたしが、虚無の担い手……?」


「預言書・ゼロマゲンサクにはそう記されていたそうです。現に、あなたの“あらゆる魔法が失敗して爆発してしまう”という現象は、『失敗』以外の認識が誰にもできなかった、ハルケギニアの“常識”から外れたものです。
 実際に、現在では虚無の王子と呼ばれるようになり次期国王として注目されている、ガリア国のジョゼフ王子も以前までは、王族なのに魔法が使えぬ無能として認識されていました。
 あなたの“爆発”は、魔法の失敗ではなくて……“虚無”の担い手であることによる“特性”だったのですよ」

「……その話、間違いはないのだな?」


 ラ・ヴァリエール公爵が、今まで説明していたカリーヌさん……ではなく、私の方を見て、訊ねてきた。
 妻のカリーヌさんが言うことは信じるとして、その預言書・ゼロマゲンサクの情報源である私が嘘をついてないか、確認したいといった感じだろうか。
 実際、預言書っていうのは勘違いから生まれた嘘だしなぁ。
 けど、ゼロ魔原作の内容はこの世界の人達にとって、預言書と言っても過言ではないのだし……とりあえず、私の考えとかを伝えるしかないか。


「預言書に記された内容とは違う事柄も、数多くあります。なので預言書に書かれたことが必ず正しい、とも限りませんが……。
 ガリアのジョゼフ王子様のことや、ハルケギニアの国々について、エルフと人間の関係など……他にも様々なことが預言書の内容と同じでした。
 ルイズが系統魔法を唱えた際、必ず爆発という結果になる、ということも預言書の内容と同じですし、ルイズが“虚無”の担い手である可能性は充分にあると思います」


 二次創作なんかで、ルイズ以外の人物が“虚無”の担い手になっていたり、そもそも担い手として覚醒するきっかけが得られなかったりとか、色々なパターンの“未来”が描かれていた。
 別の可能性の世界には、本当にそんな境遇のルイズがいたりするのかもしれない。そういうの、パラレルワールドって言うんだっけ?
 ……どこかには、私自身が漫画とかのキャラとして登場している世界なんかもあるのだろうか。
 っと、また思考が本題から脱線していた。“もしも”の話を妄想するのも楽しいけど、今はカリーヌさん達との話し合いに集中しないと。


「ルイズ。“虚無”の力は、その強すぎる力により担い手に負担を掛けるらしいのです。
 その詠唱は長きに渡り、必要とする精神力の膨大さは、時に術者の命を削ることさえあるそうです。
 ……だから、ルイズ。私の可愛いルイズ。あなたが虚無の力を受け入れたくないのであれば、それでもいい。
 魔法の強さだけが、貴族としての証ではないわ。あなたは賢い娘ですから、知識を蓄えて力とする道もあるでしょう」


 それが、カリーヌさんの選択だった。
 ルイズへの訓練云々の話は、あくまでルイズが力を磨く道を選んだ際のこと。
 もしもルイズが、“虚無”の担い手としての在り方を拒むのであれば、たとえマリアンヌ様達がルイズに協力を要請しても、母親として守り抜く。そう決めたそうだ。
 本来の貴族としての在り方は、何も魔法の才能だけに頼るものではない。たくさん勉強して、その知恵を使って領地に平穏をもらたし、王家のために尽力する、という道だってある。
 運命はルイズを“虚無”の担い手として巻き込んでいくかもしれないけど、だからといってルイズの生き方や想いまで捻じ曲げてしまうことを、カリーヌさんはよしとしなかった。


 だから、カリーヌさんはルイズに二つの道を示した。
 魔法という武力を振るい、敵に抗う戦いの道。
 豊富な知識により、人々を平穏に導く賢者の道。
 示された選択肢に、ルイズは。




「両方よ! 私は――二度と後悔したくないから! 友達を……大切な人達を守りたいから! そのどっちの力も手に入れてみせるわ!!」




 幼い瞳に決意を宿らせて、そんな誓いを立てていた。



「……よくぞ言いました、ルイズ! それでこそ私の娘よ!」


 嬉しそうに笑みを浮かべて、ルイズを褒めるカリーヌさん。
 後ろで「こいつら親子揃って無茶苦茶だ……」と頭を抱えているラ・ヴァリエール公爵を思いっきり無視しながら、二人は話を続けていた。


「あなたが選んだ道は、果てしなく続く試練の道となるでしょう。
 血の滲むような努力を積み重ね、手にした力に溺れることなくさらなる高みを目指し続ける……己との戦いの日々!
 それでも、あなたはその道を進むのですね、ルイズ!」

「何度聞かれたって、この想いは変わらないわ! 私は……もっともっと強くて、賢くて、誇り高い真の貴族となってみせる。
 そして、“虚無”の力だって私のものにしてみせるわ! たかだ伝説の系統如き、あの日の悔しさに比べたら大したことないんだから!」


 ガシィ! と抱き合って、「ルイズ! 勇ましいわルイズ!」「お母様、私頑張るからね!」とか言っている熱血親子。
 ……なんかスポ根漫画っぽいノリだなこの2人。いやまあ、本人達が喜び合っているし、別にいいんだけど。
 ラ・ヴァリエール公爵は「もう勝手にしろよ……」みたいな感じで溜め息ついてるし。



 そんなわけで、ルイズの決意も確かめたところで。
 特訓に入る前に、ルイズの“爆発”を失敗魔法ではなくルイズだけの武器として使うために、私なりにアドバイスをすることになった。


「預言書(嘘)に書かれていたことを参考に語らせてもらうと……ルイズの“爆発”の強みは、スピード、パワー、そして自由度の高さにあると思います。
 ひとつひとつ説明していきます。
 まずはスピード。これは、どんな魔法を唱えても“爆発”になることから、短い呪文を選んで詠唱できること。さらに“爆発”が発生するまでの時間がすごく短いこと。
 この2つが合わさると、相手が魔法を使うより早く攻撃し続けることだって可能になると思います。戦い方次第では「ずっと私のターン!」なんて圧倒的な戦い方だってできるかも。


 次にパワーは、単純に威力が高いだけじゃなくて“固定化”が掛けられた物品でもダメージを与えることができるようなので、普通の系統魔法と比べるととんでもない威力を秘めていると言えるでしょう。
 さらに付け加えるなら、それだけの威力があるのに、自分や周囲の人に致命的な重傷は与えていないことから、強弱を無意識レベルでコントロールして、人が死なないようにパワーを調整できているようですね。

 スピードとパワー、そして単純な爆発を起こしているだけとは言い切れない不思議な特性。
 これらを合わせる事で、最後の自由度の高さが生まれます。
 使い方次第では……相手が攻撃するよりも早く、相手の杖や剣などの武器だけを破壊して無力化させたり、“固定化”が掛けられた壁にもダメージを負わせたり……爆発が発生する場所をコントロールできるようになれば、相手の遠距離からの魔法攻撃を打ち落とすなんてこともできるかもしれない。
 どうしても“爆発”だけで勝てない相手には、“虚無”の魔法によって対抗することもできるでしょう。

 “虚無”と“爆発”。この2つの武器があれば、ルイズの戦闘力はとんでもない域にまで達するかもしれません」


「な、なんだかすごく夢が膨らむわね……」

「けどそれは、あくまで理想だからね。本当に使いこなそうと思ったら、すごく頑張らないといけないと思うよ。
 何せお手本がないわけだし、独学でマスターしていくしかないからね。私のアドバイスだって、現実にはどこまで役立つのか分からないし」


 わたしってばさいきょーね! ってなっている自分を想像したのか、嬉しそうにしているルイズに水を差すようなことを言ってしまう。
 けど、あんまり浮かれていると特訓中に怪我するかもしれないし、刺せる釘は刺しておかないと。
 ……まあ、余計なお世話だったかな。
 ルイズは、全然不安なんて感じてない、とばかりに胸を張って。


「それぐらい覚悟の上よ! 見てなさいよ、私は絶対に……伝説に相応しい女になってみせるんだから!」


 そう、堂々と宣言していたのだから。







 ちなみに。
 その後のカリーヌさんとの特訓では、あまりの厳しさに「伝説になる前に死ぬー!?」とルイズが泣いていたのは、余談である。
 ……私とアイシャも、かなり大変なことになっていたけど。







[17047]  幕間1「いつか、この日々も思い出に」 ※5/23 第30話→幕間1に変更
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/23 23:02


SIDE:マチルダ



 テファといっしょなら、どこだろうがついていこうと決意していた。



 光の精霊と呼ばれる……本人はカエデと名乗っていたか。
 とにかく、色々と噂になっている存在がやってきて「このままじゃあんたら殺されるからエルフの土地に隠れててくれ」みたいに言われた時は、随分と勝手なことを! と思ったものだ。
 突然やってきて私達の生活を奪おうというのだ。すぐに納得できるわけが無い。
 ……まあ冷静になってからは、何も知らないまま殺されるよりはマシか、と考えて気持ちを切り替えたが。
 私だって、エルフという異端扱いされている存在が人間側の国でこれからも平和に暮らしていけるのか、と不安に思う時はあった。
 その嫌な予感が、現実となっただけの話だ。そう思うことにした。

 けど、テファと離れ離れになるのは嫌だった。
 家族と共に匿われるのだから、私がついていっても邪魔なだけかもしれない、とは思ったけど。
 自分にとっては可愛い妹のような、大切な存在なのだ。そう簡単に離れることなんてできない。
 なので私の両親には悪いとは思ったけど、私はテファについていくと決断した。
 もちろん思いっきり反対されたけど、根気よく説得を続けて……最後にはカエデとやらが了承して、私の申し出は叶うことになった。

 向かう先は、悪魔と呼ばれるエルフ達の巣窟。
 もちろん、全てのエルフがそんな存在でないことはよく知っている。テファの母親もエルフだし、大切なテファだってハーフエルフだ。
 けど、人間にだって良い奴、悪い奴がいるんだ。エルフの中には、本当に悪魔と呼ばれるに相応しい悪人もいて、そういう奴らに襲われるのではないか、という不安はあった。

 それでも、テファについていこうと。何か害を成す存在がいるなら守ろうと決めて、私は自分の家族や屋敷の使用人達に別れを告げて、アルビオンを離れた。
 生きていれば、いずれ戻ってこれるかもしれない。
 けど、エルフと人間の関係が悪化すれば、もう会えないかもしれない。
 自分の選択に不安を覚えながらも、もうここまで来た以上、テファを守ることに集中しないと! と気合を入れまくる。
 テファの両親に「……気持ちは分かるけど、落ち着いた方がいいよ? マチルダちゃん」とか心配されてるけど、それでも気合を入れまくる!




 とまあ、気合が空回りするぐらい覚悟を決めていたんだけど。





「テファー! あっちの店のフルーツもおいしいんだよ、食べていこうよ!」

「うん、食べよう食べよう! 姉さんもほら、行きましょう?」



 ……なにこの平和な光景。




 私達は、エルフ達の国の首都……たしか、アディールといったか。とんでもない高さを誇る建築物が並ぶ街に案内された。
 どうやらカエデはエルフ達に“大いなる意思”と信じられているらしく、そんな彼女が今回の件をエルフ側に頼み込んだため、「“大いなる意思”の頼みだから」という理由で、私達は一応、客人として扱われていた。
 カエデの存在がなければ、もし仮に似たような展開でエルフの国へやってきていても、囚人のような扱いを受けていたかもしれない。もっと最悪の展開として、人間である私とモード大公様だけ殺されていたかもしれない。
 なんだか複雑な気分だが、投獄されたわけではないし、むしろ豪華な部屋まで用意された。
 この条件を整えるためにカエデはかなり苦労していたそうだし、彼女の主であるアイシャという少女も10歳という若さでありながら、交渉のために働いているという。
 一応、少しぐらいは感謝しておくべきか、とちょーっとだけ評価を改めてみる。


 そして、部屋で休んでいると突然エルフの少女が遊びにやってきて。


「私ね、ルクシャナって言うの! 友達になってくれると嬉しいな!」


 なんて言って、私やテファに色々と話しかけてきた。
 ちょうど、モード大公様達はこれからのことや、今までエルフの国に帰らず人間との生活を選び続けたテファの母親のことについて話し合っているそうだが、別に処刑とかそういうのではなく、これまでのことを色々と伝え合うためとか……。
 とにかく、これからエルフの国で生活していくために必要な手続きやら会議などを済ませているらしい。
 なのでここにいるのは私とテファだけだったのだが、突然の乱入者はやたらと明るく話をしてきて、初めは戸惑っていたテファも、なんだかいつの間にか楽しそうにしていた。
 ……テファに友達が増えるのはいいんだけど、突然現れた相手とそんなに仲良くされると、なんか、こう、もやもやすると言うか。

 嫉妬してるのか、私?
 いいことじゃないか、テファにさっそくエルフの友達ができて、楽しそうだし。
 けど、けどさ? ……私も会話に入れておくれよ。寂しいじゃんかよぉ。


 その後、寂しそうにしている私に気付いたのか、テファは私にも会話を振ってくれるようになった。
 ……私の方がテファに守られてる妹みたいで、そんな情けない自分に、心の中で泣いた。



    ○



 ルクシャナという少女は、なんというか、元気な子猫みたいな娘だった。
 カエデとアイシャとも知り合いだと言う彼女は、人間世界のことに興味があるらしく、どんどん質問してきてテファがのんびりマイペースで答えたりしている。
 テファ自身も世間知らずな面があるので、的外れな返答になってたりするので私がフォローしたりしているけど、2人とも楽しそうにあれこれ話している。
 そして、話しているうちにルクシャナが「この国のこと、案内してあげる!」と言い出して、部屋の外に出ることになった。
 まあ、外出するなとは言われてないし、エルフ側の少女から誘ってきたのだから、別に問題ないだろう。


 そう思ったのは甘かった、と言わざるを得ない。
 別に襲撃されたってわけじゃないんだけど……この、ルクシャナという少女の行動力を舐めていたというか。
 子猫のような少女は、本当に気紛れな子猫のように、あっちへこっちへ動き回り、「あれなんてどう?」「これはこれは?」なんて、オススメらしい食べ物やら建物やらを指差したりして、次々先へと進んでしまう。
 正直、ついていくだけで必死でゆっくり観光している余裕なんてない。
 まあそれでも、壁やら屋根やらに施された装飾が綺麗だ、とか目立つ部分は確認できているけど。

 テファは、案外ついていけてるようだ。
 運動とか苦手なはずだけど……あまり外に出られない立場だったから、嬉しくてハイテンションになっているのだろうか。
 そう思うと、今回のアルビオン国外への一時避難も悪くないことなのかもしれない。
 カエデがこの世界の未来を予言できる、という話は嘘くさいが、こんなことでもなければエルフ達の国へ来れる機会なんてなかったかもしれない。
 
 だから、今回のことがテファにとってプラスになるのなら、多少苦労することになっても構わないとは思う。
 ……けど、少しは私のことも考えてほしい。もう、もう足が、息がっ。




「――はい! 最後はここ、この国で最も空に近い場所でございまーす!」



 意識が朦朧としながらも根性でついていき、気がつけば夕方になっていた。
 テファに心配されながら、返事する余裕もなく床に倒れこみ、荒れまくる呼吸を整えようと呼吸を繰り返す。
 ……もう一歩も動けそうにないわ。
 そんな文句も呟く力もなく、「ほら、見てよこの景色!」とか言っているルクシャナの示す方を、「ああん!? なんだゴラァ!」と心の中で叫びつつヤケクソ気味に見てみる。



 そこには。
 夕陽の輝きに照らされて、キラキラと光輝く、どこまでも続く砂の海があった。



「…………」

「うわぁ、綺麗……!」

「でしょでしょ? 砂漠なんて私は見飽きてるんだけどさ、この風景だけは何度見ても飽きないんだよね!」


 テファ達が言うように、その光景はたしかに、素直に美しいと思えるものだった。
 全身に溜まった疲労も、これからに対する不安も、私の存在さえちっぽけに感じる程に、世界の壮大さを感じさせる風景。


 初日から、とんでもない出逢いだったけど。
 これからのことも、不安だらけだけど。
 ……いつか、時が過ぎれば、そんな不安や不満を感じていたことも、忘れていくのかもしれないけど。


「――ああ、綺麗だね」


 大切なテファといっしょに見たこの光景だけは、大切な思い出として、いつまでも忘れられない。
 そんな、気がした。













 次の日、テファといっしょに壮絶な筋肉痛に襲われて寝込むことになったのも、たぶん忘れられない。





[17047]  幕間2「シャルルさんのMindが迷走」 
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/23 23:00


まえがき

今回、試しにSIDE表記を止めて三人称(?)で書いてみました。
いつもよりさらに見づらかったらすいません(汗)。これからどっちの形式で書いていくのかは未定です。
あと、前回のも話と合わせて短い話になっていて、主人公のカエデ達も出てないので、番外編というか幕間の話として投稿しようと思います。
カエデ達とは違う視点での話も楽しんでいただけたのなら、嬉しいなと思います。


    ※






「なんだよなんだよみんなで変態王子とか紳士(笑)とかさ、ちょっと前までちやほやしてた癖に手のひら返してバカにして。
 いやまあこの際それは置いとくとしても、可愛いシャルロットが顔合わせる度に『エロ犬』ってぼそりと言ってくるのは心が砕けそうなんだけど聞いてるの兄さんっ!」


 ダアン! と。たっぷりとワインを注がれたコップがテーブルに叩きつけられる。
 叩きつけたコップからこぼれたワインの雫が自分の服に飛び散るのも構わず、シャルルはテーブルに項垂れてうだうだ愚痴を呟いている。


「……聞いてるが、私にどうしろと?」


 以前からでは考えられない程に情けない姿を晒す弟に、ジョゼフは疲れたように溜め息をつきつつも、腹の探りあいを抜きにして弟と酒を飲み交わせることに喜びを感じていた。
 お互いに劣等感やら嫉妬やらを抱え込んでいた時には、笑顔の仮面を貼り付けながら会話を交わすのが当然になってしまっていたが、互いに本心を曝け出してしまえば、あの疑心暗鬼の日々のなんとくだらないことか。
 そんな訳で、いいかげん毎日のように愚痴を聞かされるのはうっとおしいのだが、なんだかんだで楽しく思えて付き合ってしまうジョゼフだった。


「分かってるんだよ、自分でなんとかしなきゃいけないってことは……けど、どうしたらいいのか全然分からないんだよ……うぅ」


 かなり酔っているらしいシャルルは、怒ったと思えば泣いている。なんとも忙しいことだ、と思いながら、ジョゼフはワインを口に含むようにして、味わいながら飲む。
 口に広がるワインの味を楽しみながら、ジョゼフはどうすればもっと楽しくなるかを考えていた。
 人をからかって遊ぶ際には、どんな風に相手をからかうのかをしっかりと考えなければ長く遊べないことを、ジョゼフは長年の経験と才能の無駄遣いにより熟知していた。
 思いっきりからかうのも一興だが、それでは相手は苦痛を感じて自分から逃げていってしまう。もしくは警戒されてしまったり聞き流されたりしてしまう。
 なので、生かさず殺さずというのがコツだ。相手の状態を観察して、適度にからかうのを止めたり、「からかうつもりはなかった、すまない」と誤魔化せる程度に手加減したり……。
 そういったテクニックは、無駄に習得しているジョゼフだった。

 シャルルは真面目な性格をしているため、特にからかうのが楽しい。
 だがあまり追い詰めてしまうと、せっかく修復できた兄弟関係が崩壊しかねない。
 今回はどのようにシャルルをからかえば、より楽しく、より愉快に、より長く楽しめるだろうか……。
 そんな、シャルルからすれば冗談ではないことを、ジョゼフはすごく真面目に考えていた。
 他人にどう思われようと、面白いことを追求するのはジョゼフにとっての生き甲斐であり、自重するつもりはまったくと言っていいぐらいになかった。


「お前としては、少なくとも妻と娘からの評価をもう少しマシにしたいと言ったところか?」

「ああ、もう王様にはなれそうにもないし、こだわるつもりもないから、周囲の貴族の評価は別に構わない。
 けど……愛する家族からの冷たい視線が、耐えられないんだよおおっ」


 いちいち泣き崩れるシャルルがちょっぴりウゼエ、と思いつつも、ジョゼフは頭の中に計画を練り上げていく。
 不自然ではない話の切り出し。なんとなくそれっぽい理由。そして最終的に、どうすれば楽しくなるのか。
 ……急ごしらえではあるが、ひとつのアイデアが浮かんだ。
 こんなこともあろうかと密かに用意していた“アレ”を使う時がきたか!


「ならば、こんなのはどうだ?」


 ジョゼフは『真面目な意見だぞ?』という雰囲気が崩れぬように表情や口調に気を配り、笑ってしまいそうな自分を抑えつつシャルルに話しかける。
 初めは戸惑っていたシャルルも、ジョゼフの巧みな話術とそれっぽい理屈を語られ、酒の勢いもあり最終的にそのアイデアを試してみることになり――。



   ○



 その結果、この世界に。




「――完成だ。シャル子爆誕……!!」




 たぶん、生まれてはいけない存在が生み出されてしまった。
 フリフリのドレスに可愛らしい化粧やアクセサリー。それを身に纏うは王子シャルル。
 ……ぶっちゃけると、シャルルに女装させるという暴挙だった。
 シャルルの端整な顔立ちとジョゼフの無駄に磨かれた飾り付けテクニックの合わせ技のせいで、なんだか可愛く見えてしまうのもひどい罠だった。事情を知らずに見てしまった男がいたとして、もしかしたら一目惚れしてしまう奴がいるかもしれない。そう思わせる程度には、シャルルは無駄に可愛い女性へと化していた。
 誤解がないように説明するなら、ジョゼフには別に男に対して興奮するとか弟に女装させたいとか、そういった性癖はない。
 ただ、なんとなく「用意しておけば何かに使えるかもしれん」という謎の発想により用意していたシャルル用女装グッズを隠し持っていたというだけだ。
 あと、彼らの名誉のために補足するなら、さすがに女物の下着までは使用していない。ジョゼフにも踏み越えてはいけないと思う一線はあるのだ。


「こ、これが僕……いや、私?」


 ジョゼフは思わず笑い出してしまいそうなのを必死で堪えながら、鏡に映る自分の姿を見ながら呆然と呟くシャルルに語りかける。


「ぼんやりしている暇はないぞ。今回の目的は、女の気持ちを理解することなのだからな」

「……そうだ。妻や娘との絆を取り戻すために、恥ずかしいのにも耐えてこんなことをしているんだ。女の気持ち……女の気持ち……!」


 何か自己暗示でもするように呟きながら、考え込むシャルル。
 その様子を見ながら「やっぱシャルルおもしれー」と内心爆笑しているジョゼフ。
 しばらく時間が過ぎて、シャルルは閉じていた目をカッ! と見開いて。





「わ、私シャル子。よろしくね。うっふーん」




 なんか、変なポーズを取りつつそんなことを言い出した。
 ちょうどそのタイミングで、部屋のドアが開かれる。
 ……ドアを開けたのは、シャルルが愛する可愛い娘、シャルロットだった。


「お父様――」


 シャルロットがこの部屋を訪れたのは、最近冷たくしていたことを謝ろうと思っての行動だった。
 彼女がシャルルに冷たく接していたのは、理想的で絶対的に綺麗な存在であると信じていた父親が“いけないこと”をしたと知らされて、それを認めたくない一心での拒絶であり、実の父親に対する「エロ犬」発言だった。
 けど、それではいけないと幼いながらも真剣に考えていて、ようやく心の整理がつき、思い立ったらすぐに謝りたくなって、もう夜も遅いのに行動してしまっていた。
 そんな幼い決意と小さな成長による行動の結果、シャルロットが見たのは……女装して、なんか気持ち悪いポーズをとりながら「うっふーん」とか言っている父親の姿。
 幼い彼女の心が折れるのは……なんというか、無理なかった。


「――さよならっ」


 たたっ、と駆け出すシャルロット。
 追いかけることもできず、真っ白になって固まっているシャルル。
 堪えきれなくなり、腹を抱えて大爆笑しているジョゼフ。


 さらに、シャルルの不幸はそこで止まらない。
 シャルロットが駆けていく様子を見たり、ジョゼフのうるさい笑い声を聞いたりして、何事かと警備兵やオルレアン夫人が部屋にやってきて――。





 その後、シャルルの評価が大暴落したことは、語るまでも無いだろう。







[17047]  幕間3「世界で一番素敵な贈り物」 ※5/31誤字修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/05/31 22:57



 ラ・シャリス家当主としての仕事も、カリーヌさんとの特訓も、月日が経つ内に身体と精神が慣れていたようで、まだ余裕とは言いづらいものの、なんとかこなせるようになっていた。
 ……最も、油断していたらカリーヌ式ブートキャンプのメニューが地獄の淵が見えるまで倍プッシュとか、領地内で予想外の事件が起こり仕事が増えたりするんだけど。
 それでも以前と比べれば、まだマシというか。『あれ、これ死ぬんじゃね? いや死ぬよねこれ?』という心境が『うっわマジかよだりー、けどやるっきゃねーか……』というぐらいには緩和している。

 ラ・シャリス家のみんなやカリーヌさん達にも手伝ってもらった上での状況なので、私達がまだまだ未熟過ぎることに変わりはないのだけど……まあ、その辺りは徐々に経験や知識を積み重ねていくしかないだろう。
 アイシャはまだ10歳の幼女。私は現代日本で生きていただけの女の幽霊で、天才でも秀才でもない。
 私には“大いなる意思?”の妙な能力が秘められてるようだけど、『ピンチになってもあの力があるから大丈夫』なんて頼っていたら、いざという時に力が目覚めないままBADENDとなりかねない。
 現時点では内政チートとか私TUEEEE! ができるはずもなく、とにかく当主としての仕事をこなしながら勉強や特訓をして、能力を少しずつでも高めていくしかない。
 ……メタ○キ○グ倒して経験値がっぽり儲ける、とかできれば楽なんだけど、ゲームじゃないんだからそう都合よくいくわけもなく。
 地道な努力が必要なのは、ファンタジー世界も現代日本も同じなようだった。


 けどまあ、ずっと頑張り続けていたら疲れてしまうのは当然のことで。
 どこかで息抜きをしなければいけない、というのは私以外にも考えている人が多く、「ま、まだ大丈夫だよ」と強がるアイシャをみんなで説得して、スケジュールを調整してこまめに休日を用意するようにしている。
 今日は、そんなとある休日の日だった。



   ○



「~♪」

 鼻歌を奏でながら、テーブルに色々な小物を広げて嬉しそうにしているアイシャ。
 どうやら今日は、アクセサリー作りをするようだ。身近に手に入る綺麗な石とか花とかを組み合わせて、首飾りを作ったりするらしい。
 両親が生きていた頃は、家族や使用人のみんなを連れて散歩して、見つけてきた小物を持ち帰ってアクセサリーを作って楽しんだりしていたそうだ。
 最近は、修行に交渉に勉強にと色々忙しかったのと、両親や死んでしまった人達のことを思い出して辛くなりそうで避けていたらしいけど、時間が経つにつれて心の整理がついてきたので、久しぶりにやろうと思ったらしい。


 心の整理がついた、といってもまだまだ悲しくて辛いだろうし、完全に吹っ切れることなんてないかもしれない。
 今でも、寝ている時にうなされていたり、夜中に突然目を覚まして泣いている時もある。
 けど、それでもアイシャは前に進もうとしている。
 大切な人達を喪ったことを、忘れるのではなく、事実として少しずつ心に受け入れながら。
 その強さはきっと、私にはないものだ。きっと私なら、すごく悲しくて、立ち止まってばかりになってしまうと思う。


 ……私の家族は、私が死んでから、どうしているだろうか。
 悲しんでいるだろうか。苦しんでいないだろうか。
 私のことは忘れてほしい、というのは本当に忘れられていたら辛いので私には言えない。
 けど、私が死んだせいで大好きな家族が不幸になってしまうのも辛いので、元気に生きていてくれると嬉しいんだけど。
 ヴィットーリオさんの虚無の魔法“世界扉”なら私の生前の世界に行くこともできるかもしれないけど、幽霊という存在が認知されていない以上再会しても苦しませてしまうだけかもしれないし、生前のようにいっしょに暮らすことはもう無理なんだろうけど、やっぱり気になる。
 遠くからこっそりと様子を覗く機会が得られたらいいんだけど、ヴットーリオさんの精神力が往復分まで溜まるのはいつになるか分からないし、あまり期待しない方がいいのかもしれない。
 
 名前は分からないけど、異世界を覗き見る虚無の魔法もあったと思うから、それだけでも使ってもらえたら家族の様子が分かるかもしれない。
 けど、私の家族の様子を狙って覗けるか分からないしなぁ……やっぱり、難しいか。もしみんながすごく不幸になっていたらと思うと、様子を見るのが怖いという気持ちもあるけど。
 今はとにかく、ハルケギニアでやることがたくさんあるし、私は私の目の前にある世界で、頑張っていこうと思う。
 ちょっと、現実逃避な感じもするけれど……まだまだエルフや色々な人達との交渉とか、やることはいっぱいあるのも事実だ。息抜きする時はするけども、やるべきことも頑張らないと。


「カエデさん。これ、どうですか?」


 と、アイシャに呼びかけられてそちらを向くと、えへへーと愛らしい笑顔を浮かべながら、出来上がった作品を自慢げに見せてくれるアイシャ。
 朝のうちに屋敷周辺を散歩して拾ってきた石と草花という、天然素材で作られたその首飾りは、売り物にはならないかもしれないけど、とても良い物だと思った。
 魔法を使って石を磨いたりなどの加工はしているとはいえ、基本的に素材は普通の石ころだったり野花だったりするんだけど、それでも、可愛らしくて良い首飾りだ。


「うん、可愛いよ。作るの上手だね」

「そ、そうですか? えへへ……」


 私が素直な感想を言うと、アイシャは嬉しそうに照れながら。


「はい、これ。カエデさんへのプレゼントです!」


 そう言って、出来上がったばかりの首飾りを私に差し出した。


「――――」


 それは、高価でも貴重でもない、10歳の子供が作った首飾りだけど。
 お金で買えない価値がある、というのはこういうものを言うのだろう。アイシャがくれた手作り首飾りは、私にとってはすごく輝いている宝物だ。
 どれほどの金額で買い取ると言われても、金銀財宝と取り替えてくれと頼まれても、誰にも譲る気になれない、素敵な贈り物。


「――ありがとう、アイシャ」


 自分でも分かるぐらいに、満面の笑顔を浮かべながら。
 アイシャが私に首飾りをつけてくれると言うので、鏡台の前の椅子に座り、身体を実体化させて。
 その、世界で一番身近な宝物を、つけてもらった。
 鏡に映る私の姿を見ながら、アイシャといっしょに「カエデさん、可愛いです」「アイシャの首飾りが素敵だからだよ」なんて言って、微笑みあう。 

 それはとても小さな幸せ。けど、とても大切な幸せ。
 これからも、大変なことはいっぱいあると思うけど。今日みたいな幸せな時間が、これからも続いてほしい。そう、強く願った。
 願っているだけでは願いは叶わないことは知っているけど。
 それでも、強く願った。



 どうかこれからも、みんなでいっしょに、笑っていられますように。







[17047] 第30話「月明かりに照らされた再会」
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/06/15 01:12




 馬車に乗って、私達はラ・シャリス領を離れて街道を進んでいた。
 砂利道を進む馬車は、ガタガタと揺れているけど、いっしょに乗っている人達は特になんともなさそうな様子で、談笑していたりする。
 いい加減、私もこの揺れに慣れないとダメだとは思うんだけど……正直、現代日本の舗装された道+車での落ち着いた移動が懐かしい。
 幽霊状態になれば揺れとか感じなくなるんだろうけど、そうすると乗り物からもすり抜けて私1人置いていかれるだろうし……ずっと実体化しとくのも疲れるから、アイシャに憑依して楽にさせてもらっている。

 今日は、かなり大規模なパーティが催される。私達は主役の一部として、マリアンヌ様から招待されていた。
 なんでも、これから各国が協力して大隆起に対応していくための交流会というか「みんな、仲良く解決していこうぜー」みたいな目的のパーティなんだとか。
 “アカデミー”の調査もあり、地下に風石が大量に蓄積されていることは証明されていっているらしく、各国も自分達の国の地下を調査し始めているそうだ。
 その調査結果をまとめると、大隆起がいずれ起こるだろうことは確定的に明らからしい。

 調査対象が大陸全部である以上、全ての土地を調査するだけで何年も掛かるだろう。だからこそ、早急に対応を始めないといけない。
 そしてより確実に大隆起を乗り越えるためには、たくさんの人達が協力し合う必要がある。
 風石を掘り出すための技術はエルフ達が持っているらしいが、人とエルフが今までのように対立を続けてしまい、互いに歩み寄ることができなければ、当然の如くその技術は使えなくなる。
 エルフ達にとっては、自分達の土地には大隆起は起こらない(もうずっと昔から風石を掘り出していたので蓄積なんてしていないのだとか)わけで、人間に協力しても得がない。
 ただ、エルフ達は“聖地に虚無の担い手を四人集めて近づけない”という目的があるため、それを条件に交渉することはできる。
 これについてはけっこう簡単にクリアできる。大隆起の問題さえ解決してしまえば、わざわざエルフと争って“聖地”を取り戻さなくても、ハルケギニアの大地は守られるのだから。
 虚無の担い手が四人まとめて“聖地”へ、なんて状況は狙って行わなければまず達成できるだろうし、する理由もない。
 ヴィットーリオも「大隆起の問題さえ解決できるのであれば」と納得しているらしく、聖戦が行われることもないだろう。

 けど、それはあくまで現在の話。
 長い月日が過ぎれば、人は老いていき、いずれ死ぬ。
 各国の王も、エルフも、平和を愛する人も、大切な人も……私の大好きなアイシャだって、いつかは死んで、今度は彼ら彼女らの子孫の時代がやってくる。
 そんな遠い未来でも平和な世界を長く続けていくためには、時代が変わっても「人もエルフも、みんなで仲良くしよう」という価値観が変わらないように、少しずつその価値観を“ハルケギニアの常識”として広めていかないといけない。
 もちろん、そんな簡単にみんなが仲良くできるとは思わないし、それが永遠に続くことは……悲しいけど、きっと無理だ。
 だけど、6000年も対立してきたんだから、6000年仲良くすることだって、できるかもしれない。
 そこまで長くは無理でも、少しでも平和が続くように願い、それを叶えるために行動することは、間違いなんかではないだろう。



 とまあそんなわけで、今回のパーティには各国の王族代表にたくさんの貴族。さらに一部だけとはいえエルフ側からも何人か来てくれることになっていて、たぶんこんなのハルケギニア初じゃないかってぐらい豪華で大規模なパーティだ。
 重要人物が一同に集うために、警戒態勢も半端じゃないようだ。暗殺とかテロが起こったら、国際問題ってレベルじゃないからなぁ。
 犯人が誰であれ、史上最大で泥沼の戦争に成りかねない。争っている内に大隆起が起こって土地が5割消える→土地を奪い合う殺し合いに発展→人類滅亡→ハルケギニ、アッー! なんてバットEDは勘弁してほしい。

 パーティに使うお金があるなら難民に配るべきでは、とも思うのだが、このパーティの準備などに平民を大量に雇ったりしていて、仕事がなくて困っている人達に、収入の期待できる仕事を大量に用意できるという面もあるらしい。
 それに、単にお金をばら撒いただけでは根本的な解決にはならないそうだ。
 遙か昔に、困っている人達にお金を差し出して回った王家の人がいたらしいけど、平民の人達の中には「困ればあの人が金くれる」なんて妄想に取り付かれてぐーたらになってしまう人が出てしまったり、お金をばら撒きすぎて国家予算が足りなくなり、税を上げることになって大反感を買ってしまって、無茶苦茶な結果に終わったりしたらしい。
 私は政治とか経済に詳しくないし、その辺りはマリアンヌ様や各国の王達に任せるしかなさそうだ。


「……あ、あれが会場ですか」


 アイシャの呟きが聞こえて、思考の海から現実に戻ってくる。
 お洒落なドレスで着飾っているアイシャは、呆然とした様子で窓の外を見ていた。
 ……私も、正直その“会場”を見て驚いている。
 なんというかもう、馬鹿でかい。ラ・シャリス家の屋敷より全然でかい。
 場所自体は良く知っているところだ。ラグドリアン湖。水の精霊が住んでいる、トリステインとガリアの国境付近にある綺麗な湖だ。
 その近くに建てられている大きな屋敷が、今日のパーティ会場だ。
 たぶん、原作でアンリエッタとウェールズが出逢ったパーティ会場と同じ屋敷なんだと思うけど、文章だけではどんなに大きいかとか分からないからなぁ。
 王家の次の世代を担うアンリエッタとウェールズが出席するパーティなんだから、その会場も大きいだろうとは思っていたけど……想像以上だ。

 この場所が会場に選ばれたのは、「我らの新しい関係が、永久に続くように」という願掛けとかもあるらしい。
 水の精霊は、そういった永遠の誓いを立てる対象として見られることが多いらしくて、今回もそういう風に扱われるようだ。
 ……水の精霊にもしばらく会えてなかったなぁ。一応、帰還後に無事を報告しに行ったけど、それからは忙しかったし。
 パーティが一段落したら、時間を見つけて会いに行こうかな。もちろん、アイシャもいっしょに。


 そんなことを考えている間にも馬車は進み、案内役の人達にエスコートされて、休憩用の個室で長旅の疲れを癒すことに。
 その個室からして、豪華な装飾とか満載で「ひとつぐらい持って帰ってどこかに売ったら、いくらくらいになるかな……」「ど、泥棒はだめですっ」なんてアイシャと話しながら、観光気分できょろきょろと見渡してしまう。
 アイシャも貴族だけど、両親があまり装飾とかにお金をかけずに、領地の運営や人助けを優先していたらしいので、光り輝く装飾品の数々はラ・シャリス家では見慣れないものばかりだ。
 すっごいふかふかのベットに飛び乗って二人でトランポリンみたいにぼよんぼよん跳ねて遊んでみたりしていると、コンコンとドアがノックされた。
 慌てて身嗜みを整えてドアを開けると、どうやら迎えの人だったらしく、パーティの会場へ案内されることになった。
 真っ赤な絨毯に、キラキラと輝くシャンデリア。そして綺麗なドレス。
 女の子なら、きっと一度は夢見て憧れるお姫様の世界が、目の前に広がっていた。


「カエデさん、いっしょに行きましょう?」


 声を掛けられて、滅多にない機会だしそれもいいか、と身体を実体化させる。
 以前、気付けば変身してしまっていた謎のドレス姿になって、アイシャの隣に寄り添うように歩き始めた。
 ……見覚えはないはずなのに、意識すればちゃんと変身できるようになってるのとか、不思議だよね。相変わらず無駄に高性能なコスプレ能力。
 まあそのコスプレ能力も役に立っているので良しとしとこう、とさっさと気持ちを切り替えて、冗談みたいに豪華な廊下を歩いていく。


 やたらと長い廊下の先に、これまた大きな扉があり、私達の到着を確認すると見張り役らしい人達が扉を開いてくれた。
 そして、扉をくぐった瞬間。大きなファンファーレの音色が響き、その音に負けないぐらい大きな声で、私達を迎え入れる言葉が述べられた。


「“光の精霊”アーカディエ・スィーギ・ノエル様! “光の聖女”アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリス令嬢の、おなーりいいい!!」


 私の名前が、もう原形留めていないとかそんなレベルではなかった。あとしきたりなのは分かるけど、うるさいから声量調節してほしい。
 あと、あれだけ必死に「私、光の精霊でないでござる!」と主張していたのに、例のエルフによる誘拐から聖女騒ぎの影響なのか、私が光の精霊だという認識が完全に広まってしまったようだ。
 ……もう好きにしてくれ。異端審問とか死亡フラグ避けれるならなんでもいいっす。
 ああ、けどアイシャもその誤解に巻き込まれてるっぽいのは嫌かなーなんて思っていると、アイシャがこっそりと耳打ちしてきた。


「えへへ……“光の”って、なんだかお揃いみたいになっちゃいましたね」

「……その発想はなかった」


 どうやら、アイシャは気にしていないようだ。むしろ喜んでいる様子。


「けど、聖女って呼ばれるのはなんだか恥ずかしいです……私、普通の子供なのに」

「そこは……まあ、呼ぶくらいなら好きにさせちゃえばいいんじゃない? 聖女として祀り上げて利用しようってなら、放っておけないけど」


 こそこそと内緒話をしながら、周囲には誤魔化すように適当に手を振ってみる。
 すると、なんだかえらい大量の拍手が返ってきて、驚いてしまった。
 まあこの拍手も社交辞令みたいなもので、大した意味はないんだろうけどね。
 集まっている人数が半端じゃないので、一斉に拍手されるとうるさいぐらいに音が出ちゃうだけだろう。



 私達の後にも、色々な人達が入場してきた。
 マリアンヌ様も綺麗なドレス姿で、まだまだロリっ娘なアンリエッタを連れてきて、私達を見つけると挨拶に来てくれた。
 行きの馬車でいっしょだったので、久々の再会ってわけではないけど、いつもとは違う環境で話すのも新鮮な気分というか……周囲のロイヤル? な雰囲気のせいか、本当にお姫様になったような気分だ。
 アンリエッタも無邪気な笑顔で、けど王家としての教育を受けているからなのかあくまでも上品な様子で話しかけてきた。
 ……原作とはだいぶ違う展開になってきてるけど、原作開始時期まで時間が進むと、彼女の手紙を回収するためのアルビオン行きイベントは発生するのだろうか?
 戦争フラグとかはだいぶボッキボキに折れていると思うし、大丈夫だと思うんだけど……油断してると予想外な罠があったりするからなぁ。
 まあアンリエッタとは、未来の死亡フラグを折るためとかそんな損得勘定は抜きで付き合っていこう。アイシャもそれを望むだろうし、やっぱり下心のない友情とか交友関係は大切だと思う。


 ガリアの現国王様は、今は病気のせいでとてもじゃないけどパーティへの出席とか無理、とのことだった。
 なので次期王が確定したというジョゼフが代理という形で出席しているようだった。
 ……いっしょに来ているシャルルさんに対して「あれが噂の変態王子……」とか陰口を囁いている人達がいるのが気になったけど、兄弟の仲はすっかり修復されているようだった。
 そしてその兄弟の後ろから、オルレアン公夫人とシャルロットにイザベラも入ってきた。
 イザベラは初めて会うので、自己紹介されて初めて分かったんだけど……うん、子供の頃からデコすごいねこの娘。間違ってもその感想を言ったりはしないけど。


 ヴィットーリオもやってきていた。
 新教皇となって忙しいはずの彼が出席している辺り、今回のパーティってすごく重要なんだなと今更実感が沸いてきた。
 もしここで各国の代表達が仲違いするようなことがあれば大変なことになるし、私も言動に気をつけないと。
 ……まあ気をつけたところで、うっかり言ってしまうのが失言というものだろうけど。


 そして、ある意味一番の注目点である、エルフ達のゲスト。
 さすがにまだ、王様のような(エルフ達に王様はいないらしいけど)重要人物を送り出してくる程には信頼関係ができていないのか、やってきたのは……紹介によると、ビダーシャルさんにルクシャナ。それと数人のエルフが警戒心とか剥き出しで控えている。
 こちらへ嬉しそうに駆け寄ってきたルクシャナの話だと、アルビオンから国外避難したテファ達は元気で過ごしているそうだ。ただ、今回はまだ国際情勢とかが微妙だとかで、テファ達が来ることができなかったらしい。
 いつかは、テファ達も誘ってみんなで冒険したいね、なんて話しながら、近況などを伝え合ったりした。
 人とエルフが、当たり前のように友達として話し合えるのは、まだまだ遠い未来の話かもしれないけど。
 そんな平和な世界に、いつかは辿り着けるといいな、なんて思った。



 出席者の入場が一通り終わると、しばらくの談笑と食事を楽しむ時間になる。
 といっても、出席者の大半の目的は交友関係を広げること……早い話がコネ作りとかなので、とにかく有力貴族とかに取り入ろうとする時間とも言える。
 私達は、どうしたらいいのか考える間もなくたくさんの貴族達に囲まれてしまった。
 聖女騒ぎなどの影響なのか、それともマリアンヌ様やカリーヌさんとコネがあり、尚且つ騙しやすい子供と判断してなのか。
 次から次へとアイシャの元に貴族がやってきては、やれ「私はどこそこの~」「私はあれこれの~」と、訳の分からない自慢話のような自己紹介を延々と聞かされる羽目になった。
 あまりに無礼な人はカリーヌさんや近くにいた味方の人達がなんとかしてくれたけど……あからさまに欲望まみれの人達って、相手するだけでも疲れる。
 アイシャも似たような感じだったらしく、「ちょ、ちょっと疲れちゃいました……」といって、ジュースを飲んだりして一休み。
 貴族のパーティって楽しいだけじゃないんだな、と実感できたというか。まあ、楽しい部分だってちゃんとあるんだけど。


 助けられながらもなんとか談話タイムという名の苦行を乗り切ると、次は音楽に合わせたダンスタイム。
 綺麗な装飾品で飾られた広間を、優雅な音楽を聴きながらアイシャと二人で踊る。
 映画の中でしか知らなかった舞踏会の世界で、私はアイシャと同じ子供の姿になり、背丈を合わせてくるくる踊る。
 ステップとかリズムとか、二人とも全然上手くなんてないと思う。周囲の貴族達から見れば、児戯のようなダンスの真似事でしかないだろう。
 それでも、私とアイシャは二人で笑い合い、ちょっとふらふらになりながらも楽しく踊った。
 途中でルイズやルクシャナ、シャルロットやアンリエッタも混じって、交代しながらたくさん踊った。


「ああもう、だからそこはこう、しゅーとステップしてキュっとターンして……」

「何言ってるか全然分かんない。楽しければそれでいいんじゃない? ほら、くるくるー!」

「だーもう! 教えてるんだからちゃんと聞きなさいよー!」


 強気なルイズも振り回されるぐらいに、フリーダムに基本を無視して踊りまくるルクシャナ。
 けど、なんだかんだで面倒を見ている辺り、ルイズもルクシャナを嫌っているわけではないらしい。
 原作でのキュルケとルイズの関係に近いというか、こういう友達関係もありかもって思えるような、良い雰囲気だと思う。


「そ、その。私なんかが王女様と踊れるなんて……」

「そんなに緊張しないで。私にも、ルイズやルクシャナのように、友達として接してくださいな」


 自信なさげなアイシャをしっかりとリードしながら、さすがに王女様だけのことはあると素人でも思える、綺麗な踊りをするアンリエッタ。
 時々アイシャがステップを間違えて転びそうになっても、アンリエッタが体重移動とかを工夫しているのか、一瞬でフォローして次のダンスに移っている。
 私もいっしょに躍らせてもらったけど、思いっきり足を踏んづけてしまうというミスもなく、踊りながらもコツとか教えてもらった。
 ……アンリエッタ、ダンスの講師とかになっても大成できるんじゃないかな? なんて、素人ながらに思った。王女様にそれ言ったらダメだと思い胸に仕舞ったけど。


   ○



 パーティもだいぶ進んで、色々な人と話もして……。
 疲れてしまったので、アイシャと二人で会場を抜け出して、休憩も兼ねて水の精霊に会いに行くことにした。
 一応、マリアンヌ様とカリーヌさんにはこっそり伝えてある。止められるかも、と思ったけど、二人とも「ばれないように、上手くやりなさいね?」なんて応援までしてくれた。
 ……よく考えたら、二人ともけっこうやんちゃしてたりするんだっけ。城下町にお忍びで出掛けたり、男装して騎士隊に潜り込んだり。
 こっそり護衛の人を付けたりはするかもしれないけど、まあ無防備に遊びに出掛けて、万が一にでもアイシャが暗殺されるとかなったら大変だし、むしろ護衛は歓迎するべきか。
 とにかく、夜風に当たりたいというのもあって、二人で外へと抜け出すことにした。


 なんとか誰にも見つからずに、湖まで来ることができた。
 夜のラグドリアン湖は、月の光を水面に映して、きらきらと輝いていた。
 すごく綺麗な光景だ、と二人でしばらく眺めていると……私達の気配を察知したのか、水の精霊が私達の前に姿を現した。
 ざぱあ、と。水面が波打ち、水の塊が人の形を成した。
 以前のお願いを覚えてくれているのか、私達の姿を模しているが、裸で現れるということはなかった。
 私達が着ているのと同じ、ドレス姿を少しディテールを甘くした感じで表現しているようだ。あまり細かい変化は難しいのかもしれない。


「よく来たな、カエデ。アイシャ。二人とも歓迎しよう」

「お久しぶりです、水の精霊さん」

「おひさー。もうかりまっか?」

「む。……ぼ、ぼちぼちでんな?」


 以前、精神を繋いだ影響なのか、こういうネタとかも水の精霊に伝わっていたりするらしい。
 戸惑いがちにだけど、ちゃんと反応してくれたのが嬉しくて、思わず「いえーい!」とハイタッチの構え。水の精霊はこれにも答えてくれて「い、いえい……」と構えてくれた。
 相手が水の塊だってことを忘れていて、手を合わせた瞬間にばしゃり、と水飛沫になって身体に掛かったけど……まあ私って幽霊だし、一度幽体化すればすぐに元通りなので気にしない。


 水の精霊に、近況を伝えながら気軽な会話を楽しむ。
 やっぱり、私には堅苦しい会話の中で相手の腹の内を探るのとか、向いていないらしい。
 その探りあいが必要なら頑張るけど、やっぱりアホなネタ言ったりして楽しんでいる方が、気持ちが楽だった。


「ふぅ……なんだか、今日は暑いですね」


 アイシャが、手を団扇のようにして扇ぎながら呟いた。
 幽霊の私は、実体化していないと暑さとか感じられないんだけど、季節は夏みたいだし、暑くてもおかしくはないか。


「それなら、湖で泳ぐか?」

「え、け、けど……いいんですか?」

「構わん。アイシャも既に、我の友人なのだからな」


 人間嫌いらしい水の精霊からのお誘いとは、なんか超レアなイベントなのかもしれない。
 初めは「カエデの友人だから」という理由で特別に、という扱いだった気がするんだけど、心を許してくれたのか、そういうのと関係なしにアイシャを友人として扱ってくれているようだ。
 アイシャは、本当にいいのか迷っていたようだけどやっぱり暑かったのか「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」と言って、周囲に人が居ないかを確認してから服を脱ぎ始めた。
 着慣れないドレスは少し脱ぎにくいようだったけど、破ったりはせず丁寧に脱ぎ終わり、ゆっくりと足から浸かっていく。
 ……こう、後ろから「どーん!」と押してみたくなるけど、もしそれで心臓マヒとか起きたり溺れちゃったら嫌なので我慢する。ちょっとした悪戯も、時と場合を考えなければただの迷惑行為だと思う。

 やがて、身体が水温に慣れてきたのか、ぱしゃぱしゃと水を弾きながらアイシャは泳ぎ始めた。
 見張りの人はいるかもしれないけど、まあ……幼女の裸見て興奮して、ついやっちゃうんだ☆みたいな人が護衛役を任されるとは思えないし、大丈夫だろう。
 女性の人を護衛に付けていてくれるのかもだし、どこにいるのかも……そもそも本当にいるのかも分からないし、気にするだけ無駄かな。


「というわけで私もダーイブ!」


 身体を実体化させて、水の中へ飛び込む。
 裸になるのには抵抗があったけど、アイシャも裸なんだし私だけ水着の姿になるのも……ということで、思い切って裸にチェンジ。
 ばっしゃーん、と。水飛沫を上げて水中へ。
 実体化していると、ちゃんと水の中を泳いだり浮いたりできるようだ。
 生前は病気だったせいで、泳いだ経験はないんだけど、その辺は使い魔としての“共有”の能力を利用して、アイシャの経験や知識から学ばせてもらう。
 今考えると、生前でも身体の調子が良い時なら泳ぐ練習とかできたのかもなーとか思うけど、それはもう遅すぎる後悔だ。
 まあ、無理して泳ごうとしても周囲から止められただろうけどね。友達とのダンスや、両親との一口だけの飲酒は、けっこうお願いし続けてようやくできたことだったし。


「び、びっくりしました……」

「ああ、ごめんよアイシャ。楽しそうだったんでつい」

「……えい、おかえしです!」


 ぱしゃあ、とアイシャに水を掛けられる。
 「やったなー!」なんて言いつつ反撃して、ばっしゃばっしゃと水の掛け合いに興じた。
 生前の私は、こういう、普通の人ならありふれていただろう楽しみも簡単にはできなかった。
 それでも、大切な友達に出会えたし、生き甲斐とかも見つけて、人生を楽しめたと思うけど……やっぱり、やってみたかったこともけっこうあるわけで。
 水の掛け合い、というのもそんなことのひとつだった。それを、大切だと思えるアイシャといっしょに楽しめることが、なんだかとっても幸せだった。


 水の精霊も交えて、水遊びを楽しむ。
 月明かりの下、そうやって過ごす時間は、とても穏やかで。満たされていて。
 そんな、幸せな空間に何時の間に入ってきたのか。




「あっ……」



 1人の男性が、裸の私達を見て呆然としていた。


「…………き、きにゃー!」

「そぉい!」

「ぶるああああ!!」


 アイシャが悲鳴を上げて岸辺に置いてある自分の杖を取り、魔法で水の塊を男へとぶつける。
 続けて私が、即座に服へと着替え+幽霊化で空中を飛び、タイミングを見て拳を実体化してぶん殴る。そしてすぐに退避。
 そして止めに水の精霊が、湖の水を大量に操って、覗き男へとぶっ放した。


「――チョバム!!」


 なんか、どっかで聞いたような台詞を叫びながら、男は派手に吹っ飛ばされていった。


    ○


「ご、ごめんなさい……。まさか王子様だとは思わず……」

「い、いや。こちらこそ失礼なことをした。なんと詫びればよいのか」


 覗き男の正体は、なんとアルビオンのウェールズ王子様だった。
 ……前に、テファの件でアルビオンに行った際に顔合わせはしたけれど、今回はウェールズがパーティを抜け出すために変装していたことと、夜闇の中で突然現れたという状況が重なり、気付く前に私達の総攻撃が決まってしまった。
 幸い、魔法で治せないような大怪我はしていないようだけど、それでも充分過ぎる程に国際問題に成りかねないことだった。
 まあ今回の場合、ウェールズ側にも、結果としてではあるけど私達の水浴びを覗いてしまったという負い目があるため、公にはできないだろうけど。
 話していても、別に今回のことで私達をどうこうしようとするつもりはなく、ただ純粋に謝罪しているようだった。

 なんでも、パーティでのことや、最近アルビオン王家のことで悩んでいることが多く、パーティを抜け出して1人で色々と考えようとして散歩している内に、偶然私達のことを目撃してしまったらしい。
 急なことに頭が回らず、呆然としているところに私達の総攻撃が行われて……今に至る、と。
 どこの国も、王家には王家の悩みがあるということだろうか。
 具体的な悩みとしては、聞ける範囲で教えてもらったところ……私がテファ達を保護するように働きかけたことや、エルフ達と手を取り合わないと大隆起が起こる、と言って色々と働きかけていることから、反対派や賛成派、中立派などに内部分裂が起こっているらしい。
 以前から貴族同士の対立などから内部分裂の兆候はあったらしいのだが、それが私の予言(ということになっている)がきっかけとなり、悪化してしまったようだ。
 こういった意見のぶつかり合いはどこの国でも起きているらしいのだけど、アルビオンは特に「俺ら大隆起が起きても平気じゃん?」「いやいや地上の人達放っておくわけにいかないだろ?」といった、他の国と違って既に空に浮かぶ大陸であることとか、色々複雑な事情が重なってややこしくなっているらしい。
 「私のせいかな……」とか呟くと、ウェールズさんは「これは私達の問題だから、気にしないでくれ」と微笑んでくれたけど……急激な変化は、色々なところに問題を起こしてしまう、というのは注意しないといけないかもしれない。
 この世界にはこの世界のペースがあり、ルールがあり、歴史がある。
 変えなければいけないこともあるけれど、無理矢理何もかも変えようとすれば、それが正しいか否かはともかくとして、不安を覚える人はやっぱりいるわけで。
 中には自分が得するため、悪事がばれないようにするために相手の意見を否定する輩もいるかもしれないけど……それを見極めることは、とても難しいことだろう。


「とにかく……今日のことは秘密、ということでお願いしていいですか?」

「ああ。私としてもその方が助かる。本当に済まなかった」

「い、いえいえそんな……。お、お粗末様でした?」

「いや待てそれはおかしい」


 アイシャの発言に思わずつっこんで、ウェールズが私達を見てなんか微笑んでいて。
 とんでもないイベントだったけど、まあ穏やかに済んで良かったということで。
 ……正直、私達より水の精霊の方が怒ってるっぽいんだけど。暴れないでね、頼むから。





SIDE:ウェールズ



 綺麗だ、と。
 その一瞬に頭を埋め尽くしていたのは、そんな感情だけだった。


 光の精霊と呼ばれ、多くの者に慕われ、また多くの嫉妬を集めてしまっている存在……アーカディエ・スィーギ・ノエル。
 彼女の姿を見たのは、これが初めてではない。
 以前、アルビオンに訪ねてきて、モード大公達の保護を願いに来た際に顔を合わせているし、自己紹介もしている。
 その時はただ、突然突き付けられた“エルフを受け入れていき協力してもらなわければ、ハルケギニアの大地は滅ぶ”という予言や、極秘事項であったはずのモード大公達の件を知られていることに驚くばかりで、そちらの思考を取られてばかりだった。
 久しぶりの再会は……あまり、褒められたものではなかっただろう。
 偶然とはいえ、女性の裸を見てしまったのだ。なんとか許してもらえたようだが、今後改めて詫びていかなければいかないと思う。


 ただ、あの時……。
 月明かりに照らされて、水と戯れる彼女の姿が。
 とても、儚くて。触れれば光の中に消えてしまいそうだ、と思えてしまって。
 私は、その姿をもっと見ていたいと――。


「……馬鹿なことを」


 もっと女性の裸を見ていたい、なんて。本当に最低な考えじゃないか。
 ……そうは思うものの、やはりあの光景が脳裏から消えてくれなくて。
 王子といえど、1人の男だ。そういったことに興味がないとは言えないが……。
 裸を見たから、というわけではなくて。アーカディエ嬢の姿そのものが、とても……とても、何なのだろうか?
 自分でも、自分の気持ちがよく分からなくて。そんな初めての感情に戸惑いながら。
 彼女達と別れて、1人で夜の森を歩き、パーティの会場へと戻っていった。





[17047] 第31話「シャルルさんは大変な冒険を始めたようです」 ※7/15微修正
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/07/15 20:36



 私がこの世界に来てから、一年が過ぎた。
 周囲の人達に恵まれたおかげで、なんとか日々を無事に過ごせていた。
 仕事とか交渉とか修行とか、大変なことはいっぱいあるんだけど、アドバイスをもらいながら数をこなす内に少しは慣れてきたかな、と思う。
 もちろん、まだまだ勉強しなくちゃいけないことだって山積みだし、今後も努力していかないといけないんだけど。


 そんな、大変だけど目標に向かって全速前進DA! な日々を過ごしていたある日。ガリア国からの招待状が届けられた。
 どうやらジョゼフやシャルルさん達からの重要な相談があるようだ。
 手紙では誰かに盗まれる可能性があるので、直接会って話したい、とのことだった。
 以前と比べればラ・シャリス家当主としての仕事も安定していて、私とアイシャがいなくても仕事をこなせる人材がしっかり育ってきているらしい。
 だから、外出することに問題はない。そう言ってくれる屋敷の皆は、とても頼もしかった。

 元々私達がいなくても働ける、という人達はいたんだけど、そういう経験豊富な人は年齢が高かったりして、「今は良くても将来、このままでは仕事ができる者が少なくなる」という問題があった。
 けど、カリーヌさん達が手伝ってくれたり、マリアンヌさんから人材を紹介してもらえたりしたおかげもあり、新しい人手の確保と次世代の使用人達の教育がなんとかできていた。
 アイシャが当主として署名しなければいけない時とかもある。けど、屋敷の人達ほぼ全員で書類と大乱闘しなければいけないようなことはだいぶ少なくなっていた。
 ……相変わらず、聖女騒ぎの影響は緩やかながらに残っていたりするんだけどね。
 街に出る時とか、顔隠さないと大変だし。

 とにかく大切な用事だろうし、カリーヌさんに護衛を頼んで、スケジュールを調整してガリアに行くことになった。
 今回はシャルルさん達が竜籠を用意してくれることになり、移動に関しては問題ない。
 途中で何度か竜を休憩させないといけない、というのはあるけど、馬車でガリアまで行くよりはずっと早く、しかも山賊とかに襲われる心配は無しで到着できる。
 まあ、山賊の心配はなくても、原作のアルビオン編で出てきたような(あれはウェールズ王子達の変装だったけど)空賊という可能性は残っている。
 けど、護衛に付いてくれるカリーヌさんなら簡単に追い払ってくれるだろう。他にも何人か護衛の人がいてくれるし、大丈夫のはずだ。

 ガリア側でもけっこう内密な話らしいので、竜籠と共にやってきた護衛や使用人は必要なだけの人数に絞り、無駄に大所帯にすることは避けているとのことだった。
 もちろん、そうやって話の流出を防ごうとしても、どこからか漏れる可能性はある。だからこれはあくまで二の次で、大所帯になることを避けるというのが本当の目的なんだとか。
 ……伝え聞いた話をかなり適当に要約すると、移動中に民衆に見つかって騒がれたり、他の国から「ガリアてめえ何聖女様に取り入ってんだずるいぞ俺らも誘ってくださいお願いします」とか言われるのを防ぎたいそうだ。
 こちらとしても、いちいち聖女とか騒がれても面倒なので、目立たないように行動するというのには賛成だ。断る理由がなかった。


    ○


 特に事件もなくガリアへ到着。
 今回の件は内密に、とのことだったので、事情を知らされている少数の人達に案内されて、全身をローブで包み、顔を隠しながら城の中を進む。
 そして、なんとか辿り着いた部屋の中では。





「はーいジョゼフ様、あーん♡」

「…………(疲れきった表情で口を開けるジョゼフ)」

「ど、どうですか? 今回は少し材料にこだわってみたのですが……」



 なんか、椅子に座るジョゼフの膝上に乗っかってラブラブオーラを纏っている女性がいました。
 ……予想外過ぎる光景に、思わず吹いた。


「あー、シェフィールド? 約束していた客人が来ているのだが」

「え? ……!」


 シェフィールドと呼ばれた女性は、ようやくこちらに気付いたようだ。
 彼女は、素早くジョゼフの膝上から降りて、キッ! と鋭い眼光をこちらに向けた。


「何者だ。ここを我が主の部屋と知っての狼藉か」

「いや客人ですって」


 どうやらシェフィールドは、照れ隠しに凄んでいるようだった。
 悪い魔法使いというか、悪の女幹部というか、そんな雰囲気を演出しているようだけど……全然怖くないどころか、ドジっ娘+ツンデレみたいな一面にちょっと萌えた。
 こちらが全然怯えていないことを悟ったのか、シェフィールドは恥ずかしそうに俯いた。
 そして、搾り出すような声で、言う。


「……い、今のは、その」

「分かっていますよ。シェフィールドさん」


 たぶん、「このことは秘密に」みたいなことを言いたいのだと察して、こちらから話しかける。
 少しほっとしたような表情になったシェフィールドに、私は。


「シェフィールドさんの貴重な赤面シーンとして、末代まで語り継ぎます」

「全然分かってないじゃないの!?」

「いえいえ、それは違いますよ。分かった上でからかっているだけです」

「余計にたちが悪いわ!!」


 あまりからかい過ぎて、敵対フラグが立っても困るので程々にしておこう。
 私とシェフィールドの掛け合いを見て、アイシャの緊張もだいぶほぐれたらしく、穏やかな表情で微笑んでいた。
 うん。やっぱり、秘密の会談とか言われてもやりづらいし、こういう雰囲気の方が気楽で良い。


   ○


 仕切り直して、お互いに自己紹介を行う。
 シェフィールド、というのは原作と同じく偽名らしい。
 あれだけ好意を抱いている様子のジョゼフにも真名を明かしていないのなら、相当の事情があるのだろう。
 まあ、誰にも秘密にしたいことはあるよねってことで、深く追求しないでおくことになっている。
 私だって知られたら困ることがいっぱいあるし、お互い様ってやつだ。


 シャルルさんは事情があって少し遅れるそうなので、先に話を進めておこうということになった。
 ジョゼフ達にとって父であるガリア国王が先日、崩御した。
 死の際で次期国王に指名されたのは、ジョゼフ。最近のシャルル変態論とは関係なく、元々ジョゼフを指名するつもりだったらしい。
 シャルルは学業、魔術共に優秀ではあるが、王としての素質はジョゼフの方が上だ、と判断していたらしい。
 周囲の貴族達には、その考えを理解せずに「変態王子シャルルが王になれるわけがないだろう?」とか好き放題に言っている者もいるらしく、肯定派、反対派に分かれて意見がぶつかることも多いそうだ。
 純粋に自分の意見で両者の才能や能力などについて語る者もいれば、ジョゼフに媚を売れば甘い汁が吸えるかもしれないと画策する者や、シャルルをひたすらに妄信する者など、色々とややこしい派閥争いになっているらしい。

 以前、パーティ会場で聞いた呟きは空耳ではなかったらしく、シャルルさんに対する評価は原作と比べるまでもなく大変なことになっている様子。
 けど、ジョゼフ曰く「シャルルはもう、そのことについては吹っ切れている」とのことだった。


「むしろ奴は、この状況を利用して自分にできることをしている。今日話したかったのもその“活動”についてだ」

「評価が下がっているからこそできる、“活動”?」

「うむ。以前カエデが話していた預言書の内容には、ガリア国で起こる様々な事件についてもあっただろう?
 預言書ではシャルロットが任務として関わり、解決していたようだが……その役目を、自分が行おうと言い出してな」


 外伝の、タバサの冒険のことか。
 確かに、シャルロットのタバサ化フラグが消えた以上、あれらの事件を解決するには誰かに動いてもらうしかなかったんだけど……。


「けど、危険ではないんですか? 相手は吸血鬼とか、厄介な相手ばかりなのに」

「危険は承知の上らしいぞ。それに奴の魔法の実力は凄まじいものがある。戦力的には申し分ないだろう」

「……王子が城を抜ける、というのは問題にならないんですか?」

「一応は極秘任務だし、仮にばれたところで今のシャルルなら問題ない。

『これだけ評価が下がった状態なら、むしろ私の死を望む者さえいるだろう。
 王になれない王子の扱いなんて、反乱の種とならないように処分するか政治の道具にするか……まあ、そんなところかな。
 処刑するよりは城の外で事故死、という方が好みの連中もいるだろう。
 だから、僕が任務で戦うのはたぶん黙認されるはずだ』。

 これはシャルル自身が言っていたことだが、シャルルを支持する者が少なくなった現状ではだいたい合っているだろう」


 どうにも、本人が覚悟の上で言い出したことらしく、シャルルさんがタバサの立場になって任務に就くことは決定事項らしい。
 本人が納得しているのなら、私が止めたところで無駄だろう。
 それに、シャルルさんがガリア内での事件に取り組んでくれるなら、その分空いた人材を大隆起への対策や、労働力を必要とするところに割り振れる。
 そういったことも全部話し合っているのだろう。私が思いつく問題点とか疑問を言っても、すぐに答えが返された。


「それで、いきなり手掛かりもなしにガリア中を調査させる訳にもいかないので、とりあえず夜間の見回りなどから試してみるかってことになったんだが、な……」

「……? どうかしたんですか?」

「まあ、なんだ。おそらくカエデが以前言っていた人物だと思うのだが……」


 なんだか、ジョゼフが口ごもっている様子でいるところに、部屋のドアがノックされた。
 合図なのか、リズムを刻むように数回に分けてのノック。それを聞いて「来たか」とジョゼフが呟いた。
 どうやら、シャルルさんが到着したようだった。
 ドアが開かれて、ローブに身を包んだシャルルさん? が室内に入ってくる。

 シャルルさん? がローブを脱ぐ。
 ローブの下にはやはりシャルルさんがいて。



「んー? おねえちゃんたち、だれー?」



 なんか、すっごい可愛い幼女が、シャルルさんの足元にいた。


「シャルルさん、吹っ切れたって……誘拐はちょっと」

「……誤解だよ」


 慌てて否定……する気力もない様子で、シャルルさんはただ短く、そう呟いた。


    ○


 幼女の名前は、エルザというらしい。
 私の記憶が確かなら、外伝に出てきた吸血鬼の少女だ。
 原作でもかなりの幼女だったと思うのだが、今の時期だとさらに幼いらしい。
 以前、ルイズの現在と原作開始時の年齢差を利用して確認したけど、私がこの世界に召喚されたのが、原作開始の約6年前。
 召喚されてから1年が過ぎたので、今は原作開始5年前ということになる。
 となると……エルザは何歳になるのだろうか。
 外伝で彼女の登場する話を読んだ時は「ロリキター!!」と萌えた記憶はあるんだけど、詳しい設定までは覚えていない。

 まあ、何歳でもいいか。吸血鬼だから、人間とは成長速度が違うとか、見た目と実年齢が一致してない可能性もあるだろう。
 それより今は、吸血鬼である彼女がガリア国王城内にいて、シャルルさんにやたらと懐いていることの方が気になる。 


「試験的に行った見回りの最中に、人間の集団に襲われている彼女達家族を見つけてね。
 助けに入ってみたら、どうやら吸血鬼であることがばれて殺されそうになり、住んでいた村から逃げていた途中だったらしいんだ。
 その後は……まあなんとか集団を追い払って、住む場所を失くした彼女達を匿ったんだ。
 “吸血鬼”と“エルザ”という名前を聞いて、ミス・カエデの話を思い出してね」


 うろ覚えだけど、エルザは両親をメイジに殺されて、どこかの村で孤児として育てられていたんだったっけ。
 そうなる前に両親共々匿うことができた、ということは……エルザとの対決イベント消滅?
 シャルルさんがやたらと懐かれているのは、命の恩人だからってことなんだろうか。


「血については、事前に体外に抜いておけば、吸われ過ぎて死ぬってこともなさそうだ。
 そもそも、吸われるだけでは死なないわけだし、吸血鬼側が吸いすぎないようにすれば、なんとか提供できると思う。
 現時点では、私や兄さんの血を少しずつ用意することしかできないけど……シェフィールドさんの研究が進めば、擬似的な血液を作るマジックアイテムができるかもしれないそうだ。
 そうなれば血液提供の問題は解決だ。後は、吸血鬼側が人間に手を出さないと約束してくれれば、ある程度は匿うこともできるだろう。
 エルザのご両親が人間と争うことを良しとしない人達で助かったよ。まあ、そうでなかったら私が助けるまでもなく、追っ手を自力で倒していただろうけどね」


 一回の見回りで得たとは思えない程、すごい成果だった。
 まだ確定ではないけれど、これで吸血鬼達との共存も可能かもしれない。
 危険な存在として認識されている吸血鬼を匿っていたら、周囲の人達から異端視される可能性もある。
 けど、その辺りの隠蔽や工作は「そういうのは俺の仕事だ。やりごたえがある」とジョゼフがにやりと笑いながら言っていたので、任せておいて良さそうだ。
 すごく難しいことのはずだけど、ジョゼフならなんとかしてしまいそうだから不思議だ。なんというか、頼れる叔父さんって感じ。


「(ジョゼフ様の血が吸われることが嫌なので)私も、擬似血液に関する研究を進めます。
 神の頭脳ミョズニトニルンの力をもってすれば、不可能ではないでしょう」


 さっきは恥ずかしいところを見せていたけど、シェフィールドも優秀な能力を持っている。
 虚無の使い魔ミョズニ……ニト……なんとか。
 名前は覚えづらいけど、能力は分かりやすい。あらゆる魔道具を操り、その深い知識で主を勝利へと導く“神の頭脳”。
 ジョゼフ自身も頭が良い様だし、二人が力を合わせれば大抵のマジックアイテムは作れてしまいそうだ。


「うー、むずかしいはなし、きらーい」


 エルザが、不満そうにシャルルへ話しかけていた。
 なんだかその様子が可愛らしくて、思わず微笑む。
 道はまだまだ険しいかもしれないけど。
 種族の違いを超えて、みんなで笑い合えるような日が来ればいいな、と改めて思った。











 おまけ

 数ヵ月後のガリアにて



 また経過報告とかを兼ねて呼ばれて来ました私達。
 久しぶりに会うシャルルさんの周りには……。


「シャルルさまー、おはなのかんむりですー」

「にいちゃま、ごほんよんでー」

「シャルル様、お茶が入りました」

「血が飲みたいー」


 猫耳、犬耳、翼人に最後はエルザ。
 それ以外にも、シャルルさんを慕って周囲に集いまくる幼女達の群れ。
 任務中に保護した亜人の子供達のようだけど……シャルルさんの周りだけ保育園のようになっている。

 少し離れたところからは、奥さんがすごい怒気のオーラを纏っているのに笑顔(かなり引きつってる)を浮かべながら、じーっとシャルルさんを見ている。

「(弱みを見せてくれるのは妻として嬉しいと思い変態と呼ぶ者には呼ばせておけと納得しましたがなにこれこの状況人を助けるのは良い事ですがなんでみんな幼女ですか可愛いですか若くてつるぺたが好きですかええ別にあなたの愛を疑う訳ではありませんが任務で忙しいからと最近家族サービスが甘いのではないですこといいえ我が侭を言う気はありませんほんの少しその幼女達に向ける優しさを私にもくださいと妻として当然の権利をですね)」


 オルレアン公夫人がなんかすっごい早口でぶつぶつと呟いている。
 何を言っているのかは分からないけど、怖い。超怖い。カリーヌさんとはまた違う怖さだ。

「(……どうしよう。私も素直になって甘えるべき? けどあの日、さよならって言っちゃったし……けど、あの女装騒ぎもジョゼフ叔父様の悪ふざけだったみたいだし、でも……)」

 シャルロットも、なんだか真剣な表情で考え込みながら、シャルルさんをじーっと見つめている。
 怒っている雰囲気ではなさそうだけど、何を考えているのか分からないという怖さがあった。


 二人の愛する家族からの視線を受けながら、幼女達の群れに囲まれて。


「どうして、こうなった……!」


 シャルルさんは、机に突っ伏しながら、呟く。
 答えを返せるものは、いない。





[17047] 第32話「鋼の復讐心(前編)」
Name: くきゅううう◆c79ab1cb ID:59dccddd
Date: 2010/07/15 16:04




 どうしてこうなった、と彼女はこっそり呟いた。


 女性剣士が、トリステイン国辺境のとある小さな村へ向かって歩いている。
 彼女の名前はアニエス。かつて故郷を、家族を、村の皆を焼き滅ぼした憎き仇を探して旅をする剣士だ。
 アニエスの故郷はダングルテールという、小さな村だった。ただ穏やかに過ごしていただけの彼女達の村は、ある日突然メイジの集団に襲われて、壊滅した。
 1人だけ生き残ったアニエスは、自分を保護してくれた孤児院でしばらく過ごしていたが、成長して独り立ちできる年齢になると、孤児院の皆に別れを告げて旅に出た。
 仇を討つためには、犯人達を捜すだけではなく、メイジを殺せるだけの実力が必要だ。
 そのためには、あの優しい人達がたくさんいる穏やかな揺り篭のような孤児院で過ごしていてはだめだ。旅に出て修行するしかない。それが彼女の結論だった。
 孤児院でも身体を鍛えてはいたが、それだけでは傭兵として通用しなかった。共に依頼に挑んだ傭兵仲間を、自分の不注意で死なせてしまったこともある。
 だが彼女は諦めなかった。様々な挫折を繰り返しながら旅を続けて、今では傭兵達の間でも多少は名の売れた存在となっていた。
 女性の剣士が珍しい、ということもあったが、剣士としての実力も認められていた。

 強くなる、という目的は実現できた。確実にとは言えないが、しっかりと準備を整えて作戦を立てれば、ドットかラインクラスのメイジであれば、討つこともできるだろう。
 子供の頃は、スクウェアクラスのメイジでも圧倒するような凄腕の剣士となった自分が怨敵を1人残らず打ち倒すという夢想に浸ったこともあるが、現実は厳しい。
 今後も努力次第で、自分の実力を磨くことはできるだろう。
 けどメイジが相手では、どれほどの力を持っていても、正面からぶつかっては太刀打ちすることは難しい。
 基本は奇襲、不意打ちの類で虚をつき、反撃する間も与えずに絶命させる。それが一番確実で、たぶん唯一の攻略法だ。
 メイジとしての才能があれば、幼い子供でも使えるという“レビテーション”や“フライ”などの、物体を浮遊させる類の魔法を使われるだけで、平民は無力化される。
 自分の意思に反して身体を空中に浮かべられたら、手足を振り回して声を出すことぐらいしかできない。
 そんな状態では、反撃どころか逃げることすら難しい。相手がその気になれば、すぐ殺されてしまうだろう。
 
 ずるい。魔法ずるい。そうは思うものの、文句を言っても仕方がない。
 どれだけの実力を身につけたところで、確実に仇を討てるという保障などどこにもない。
 今の自分の力で、どこまでいけるのか……。アニエスは内心、不安を感じていた。
 それなのに。


「いやー、今日も疲れましたね。けど、この後に報酬金で飲む一杯がまた美味いんですよねー」


 なんで、この相棒はこんなに暢気なのだろうか――アニエスはまた、こっそりと溜め息をついた。
 アニエスの傍でニコニコと笑顔を浮かべているのは、ミシェルという女性。彼女もまた、女性ながらに腕の立つ剣士だ。
 彼女達は、半年前から行動を共にしている。お互いに、仇を討ち復讐を遂げるために。


(……まあ、出会った頃と比べれば今の方がマシかもしれないな)


 アニエスは、半年前の出会いをふと思い出した。
 トリステイン国首都、トリスタニアの城下町でのことだった。



    ○


 約半年前。トリスタニアにて。




「…………お、おい。大丈夫か?」



 アニエスは少しためらいながら、その女性に声をかけた。今思い返せば、珍しいことをしたものだ。
 基本的に、アニエスは見ず知らずの他人に手を差し伸べるような余裕は持っていない。
 他人は見捨てるべきだ、と主張しているわけではない。困っている人を助けるのは良いことだ、とは思う。
 だがアニエスにとって最優先事項は復讐であり、次点がそのための力を身につけることだ。
 以前は旅路の最中に出会った「困っている」と言う人を助けることもあった。だが、中にはこちらを騙して金品を奪っていく心無い者がいて、アニエスはそういう輩の被害に何度もあった。
 傭兵の依頼をこなして得た路銀に余裕が出来た際に、自分を育ててくれた孤児院にお金を寄付したこともあったが、その直後にスリの被害にあって残りの路銀を失い、次の収入を得られるまでひどい生活を送ったりもした。
 そのことを院長先生に知られてしまい、「無理はしないでおくれ。無事に帰ってきてくれるだけでも、私達は幸せだから」と言われて、心配をかけてしまった。
 自分の身を守れない者に、他人の手助けをすることはできない。スリや詐欺については、盗まれる方が悪いというのが現実だった。
 アニエスはそう結論付けて、他人に手を差し伸べることを止めていた。


 だから、路上で壁にもたれかかって呆然とした表情で座り込む彼女――ミシェルに呼びかけたことは、自分でも意外だった。
 何故そうしたのか、と理由を問われても自分でも分からない。
 もしかしたら、復讐を目指す者としての気配を無意識に感じ取っていたのかもしれないし、ミシェルが自分と同じ女剣士の格好をしていたことに興味を引かれたのかもしれない。
 とにかく、自分でも戸惑いながらミシェルに話しかけたアニエスだったが、ミシェルの方は気付いていないのか、ぶつぶつと何か呟くばかりだった。


「なぜ……私のこれまでの日々は、何だったというのか……」


 どうやら何かショックな出来事があったのだろうか。
 恋人でも失ったのだろうか。恋人いない暦=年齢のアニエスには分からない感覚だった。地味にへこんだ。
 理由がなんであれ、心を閉ざしてしまう程の出来事があったのならアニエスにできることはない。
 アニエス自身が、子供の頃の出来事に心を囚われて復讐に生きているし、他人の人生相談に乗れる程長く生きていない。
 話しかけた相手も、もしかしたらこちらに気付いた上で無視しているのかもしれないし、やはりほっておくべきか……とアニエスが立ち去ろうとした時だった。


「……リッシュモン、さま」


 彼女が呟いたその名前に覚えがあったアニエスは、立ち去ろうとしていた足を止めてミシェルに駆け寄り、思わず肩を掴んで「おい!」と強く呼びかけていた。


「今確かに、リッシュモンと言ったな!?」

「え、は、なに? なんですか?」


 我に返ったらしいミシェルに、アニエスは余裕のない状態で質問を浴びせかける。


「リッシュモン……! 奴は、奴はようやく掴んだ手掛かりなんだ! 教えてくれ、奴は今どこにいる!?」

「えと、あの、あうあうあう……」

「言えー! さっさと知ってること吐けー!」


 戸惑っているミシェルの様子を、秘密を隠そうとしていると錯覚したのだろうか。
 元々、アニエスが首都トリスタニアに戻ってきたのは王宮から出た指名手配書を見てのことだった。
 『ダングルテールの悲劇の首謀者・リッシュモンを指名手配。捕縛した者には懸賞金~』。
 偶然見つけたその張り紙の真偽を確かめに、旅先から王都まで戻ってきたのだった。
 王家が独自に調査した結果と、最近ハルケギニアに現れたという“光の精霊”によってもたらされた予言を照合した結果、リッシュモンの罪が明るみに出たらしい。
 だが、調査結果を元に証拠を揃えている最中に、王家側の動きを察知したリッシュモンが逃亡してしまい、行方を眩ましたそうだ。
 懸けられた懸賞金の金額からも、王家が本気でリッシュモンを追っていることは確実だろう。

 だからこそアニエスは、ようやく手掛かりを仇を知っているらしいミシェルに、思わず我を忘れて問い詰めてしまった。
 中々吐こうとしないミシェル(突然のことに戸惑っているだけ)に苛立ち、何度も肩を揺する。
 ゆっさゆっさ。ゆっさゆっさゆっさゆっさ! と、ミシェルの頭が思いっきりシェイクされた。

 ――この時アニエスがもう少し冷静だったなら、ミシェルの傍に転がる数本のワイン瓶と、ミシェルから漂うワイン臭に気付いただろう。
 信じていた人物に裏切られた……どころか、その人物こそが探し続けていた両親の仇だと知らずに、ずっと頼りにしていたという衝撃の事実に、ミシェルの心は折れてしまっていた。
 ミシェルがその現実から逃避するために、慣れない酒を連日連夜飲みまくっていたということを、この時のアニエスは知らなかった。


「っぷ、もう、はっ」


 ミシェルが口を開こうとする。
 アニエスは、彼女が何を言うのか聞き逃すまいとミシェルに近づいて、意識を集中する。
 そして、ミシェルは。



「――オ、ッ!」



 おもいっきり、ぶちまけた。
 ……何を、というのは、彼女の名誉のために、秘密。


    ○


「も、申し訳ございませんでした」

「い、いや。こちらこそ、すまなかった」


 二人は、それぞれ落ち着いて話をするために宿屋の一室を借りて、身嗜みを整えた。
 平民用の安い宿屋の中でもかなりランクの低い、激安の部屋だったので壁も床もベットも何もかもがボロボロだったが、泊まるのではないから別に構わない。
 会話するだけなら酒場でもよかったのだが、先程の“事故”で両者共に「しばらく酒は見たくない」と意見が一致したので近くにあった宿屋で、ということになった。

 古ぼけた部屋の中、二人は互いの事情を話し合った。
 アニエスは、かつて故郷の村で行われた虐殺を首謀者であるリッシュモンを追い詰め、できることなら他の共犯者……特に、あの火のメイジ達についての情報を聞き出したい。
 情報を聞き出した後で、仇を討つ。アニエスにとってそれはもう、決定事項だった。
 国を捨てて逃亡した以上、彼が贖罪を行うつもりなどないことは明白。容赦する必要など、ない。

 ミシェルは、リッシュモンが本当の仇敵であったことを未だに信じられないようだった。
 けど、彼女の幻想は既に、終わりを告げていた。
 リッシュモンが逃亡する日、ミシェルもいっしょにいた――そして、裏切られた。

 今回の逃亡のためにリッシュモンが雇ったのだという用心棒達を引き連れて、王家の追っ手を撒くために彼女達は真夜中の森を移動していた。
 用心棒達は全身をローブで覆い隠した、怪しい連中だった、とミシェルは語る。
 不審に思ったものの、リッシュモンのことを信じきっていた彼女は黙って付き従っていた。
 そして……追っ手が包囲網を広げていき、このままではいずれ逃げ道が塞がれる――という時だった。
 突然、リッシュモンがミシェルを魔法で攻撃したのだ。本気で殺すつもりで、致命傷となる箇所ばかりを狙って。
 ぎりぎりのところで反応できたおかげで即死には至らなかったものの、魔法の矢はミシェルの身体を何箇所も貫いており、今すぐ治療しなければ死ぬのは時間の問題だった。

 「何を、」と。信じられない事態に震えながら、ミシェルはリッシュモンに問うた。「する、のです、リッシュモン、さま……?」
 ずっと信じてきた……両親の仇を討とう、と励ましてくれた男から返ってきたのは。


「馬鹿な女よ。私がお前の父親を殺した仇だとも知らずに……最後に、せめて足止めとなって私の役に立て」


 悪魔が嘲笑しながら放つ、冷たい言葉だった。



 気付くと、ミシェルは取り調べを受けていて。
 真っ白になった頭で、何を話したのかも分からぬまま、牢屋と取調室を行き来する日々が過ぎていき。
 王女様達の取り計らいでひどい尋問こそ受けなかったものの、ミシェルにはそれを喜ぶ余裕もなかったという。
 リッシュモンに与えられた傷も丁寧に治療されており、本来なら王家に感謝してもしきれない程の恩ができた、と思うはずだ。

 けど、ミシェルは今までずっと、王家こそが両親を殺した仇だとリッシュモンに言われ続けて、それを信じていた。
 頭では理解できるのだ。リッシュモンこそが、悪だった。私は騙されていた、と。
 けど、心がそれを拒む。ずっと胸に抱いてきた、王家への的外れな恨みとリッシュモンへの信頼が、心を縛り付けて真実を受け入れられない。
 ――いっそ、むちゃくちゃに扱ってくれれば、まだ恨めたのに。
 そんなことを呟くほど、ミシェルの心は粉々に砕かれていたという。

 ミシェルは王家から無実を認められて解放されてから、アニエスに出会うまで、街中をアテもなく彷徨っていたらしい。
 本人も記憶があやふやで、絡んできた欲望まみれの男達を返り討ちにしたことぐらいしか覚えていないのだとか。
 酒を飲んで、彷徨って、寝て、男を追い払って。その繰り返しをずっと。ずっと。


「くっ、リッシュモン……!」


 アニエスは、ぎゅううと拳を握り締めていた。
 自身の復讐心と、ミシェルへの仕打ちに対する憤怒が混じりあい、リッシュモンのことを許せないという想いがますます強くなっていた。


 その後、二人で話し合った結果、リッシュモンを見つけ出すために手を組もうということになった。
 目的は似たようなものだ。協力者がいる方がやりやすい。アニエスとしては、ミシェルの事情を聞いて「ほっておけない」と感じた、というのもある。
 手を組むことになった以上、今後の方針を決めなくてはならない
 お互いの実力云々は後ほど確かめるとして、どう行動するのか考えておかなければ、旅路の途中でもめることもあるだろう。


「やはり、リッシュモンの行き先に対する手掛かりが必要となるでしょう。
 王家ですら居場所を掴めないとなると、何のアテもなしに探しても見つけられるかどうか」

「ミシェルは、どこか心当たりはないのか?」

「……すみません。とにかく国外へ逃げ出そうとしていた、ということまでしか教えられてなかったのです」


 リッシュモンは最初から、ミシェルを切り捨てるつもりだったらしい。最低限の情報しか与えられず、逃亡の手助けをさせられた。
 逃亡に役に立つのなら同行させて、そうでないのならせめて捨て駒に……と考えていたようだ。
 王家側も、証拠を知るかもしれない自分を死なせるわけにもいかず、治療と捕縛のために人員を割かなければならなくなった。
 悔しいが、リッシュモンの策は成功してしまった。既にあの用心棒達とどこかに身を隠してしまったのだろう。


「そうか……すまないな。辛いことを思い出させて」

「い、いえ。騙されていた私が悪いのです。気にしないでください」


 正直言って、今のままでは情報が足りなすぎる。
 そもそも王家が大量の兵を動員して追いかけている逃亡者を、二人だけで見つけられるとも思えない。
 ならば軍に入隊して国と協力すれば、とも思うがそもそも騎士団に入るためのコネがない。
 また、軍人として行動するのなら、任務や雑用などに時間を費やさなければならないだろう。それは避けたかった。

 現在のトリステイン国王様、王女様は、平民や貴族といった立場と関係なく、優秀な者は認めてくれるそうだ。
 平民から採用された者達が集まる騎士団というのも存在していたのだが、そこは貴族以上に実力主義であり、互いに仲間である以上にライバルということが多いそうだ。
 なにせ、その騎士団をクビになれば安定した職を失うことになる。腕が立つのなら傭兵として生きていけるだろう。だが、報酬面と安全面では圧倒的な差がある。やはり国家に仕える方がまだ、安全に金を稼げるのだ。
 そんなところに入団しても、騎士団内での生存競争に巻き込まれて、リッシュモンを追いかける暇はなくなってしまうだろう。

 何か他に手はないか、と話し合っていたところ、ひとつの心当たりを思い出した。


「光の精霊……。たしか、今回王家とは別に“予言”という形でリッシュモンの罪を暴いていたな」

「え、ええ。けど、それこそコネも無しに会いに行って、話をさせてくれるのでしょうか」

「もし追い返されたら、その時はその時だ。最悪の場合、時間と手間はかかるけど騎士団に入ることを目指してもいい」


 面倒は多いだろうが、何の手掛かりもなしに放浪するよりはマシだろう。
 なので騎士団に入ることは最後の手段として、今はもうひとつの手掛かりを追うことにした。


    ○


 身支度を整えて、トリスタニアを出発したアニエス達。
 光の精霊がいるというラ・シャリス家の屋敷までは馬車を乗り継いで数日かかったが、無事に到着できた。
 だが、到着してからが大変だった。


「す、すごい行列。これみんな、光の精霊に会いに来た方々なのですね」

「……そのようだな。ここからだとまだ、屋敷が霞んで見える」


 どうやら光の精霊の噂は多くの人々に浸透しており、遠方から精霊の力を頼って出会いに来る人々が後を絶たないらしい。
 これでもまだマシになった方らしく、以前はもっとすごかったらしい。行列に並ぶ人達を狙って飲食物を売りに来た商人達から、そのような話を聞けた。
 “光の精霊”アーディア(商人はそう言っていた)と“光の聖女”アイシャは、何かと多忙らしく中々面会できない上に、訪れた人々の悩みを必ず解決できるわけではないらしい。
 光の精霊達自身が「自分達にできることなんて、すごく少ない」と明言しており、救いを求めて来た人々に優しく接するものの、何も解決できないことも多いらしい。
 ただ、ありがたい存在とされる精霊と聖女に一目会いたいという理由で来る者もいて、彼女達に面会できて満足できるかどうかは人それぞれのようだ。


「無駄足にならないでしょうか。この列に並んでいる間にも、時間は過ぎていくというのに」

「せっかくここまで来たんだ。帰るのはもったいないだろう。
 それに、時間が過ぎればリッシュモンに関する情報が酒場にでも集まるかもしれない。今は、こちらの用事を済ませよう。」

「……はい」


 そうして、アニエスとミシェルは行列に並んだ。
 全然列が進まないと思っていたら、精霊達はまだ出掛けているらしく屋敷にいないらしい。
 ここに並んでいる人達は、精霊達が帰ってきた時に面会できる優先権を得るために気長に並んでいるそうだ。
 
 夜になって宿泊のために街に戻る者や、用を足す者など、様々な理由で列を抜けなければならない者もいる。そうやって列を一時的に抜ける場合は、並んだ際に渡された順番の書かれた紙を提示して並びなおすことになるそうだ。
 順番用紙を偽造するなどのトラブルが起こることもあるようだが、警備を受け持つ兵士達がそれらの対応に当たっていた。
 
 屋外に長時間放置されれば、体調を崩す者もいる。そういった人達に対しては、ラ・シャリス家側から派遣されたメイジや使用人達が看病を行っていた。
 これだけの人達を放っておくなんて、と思ったが、精霊達にも事情があるらしい。
 なんでも、エルフの国も含めた各国との交渉や、ラ・シャリス領内の統治、そして自身の鍛錬を限界ぎりぎりのスケジュールを組んでこなしているらしく、休日なんて一月に何回あるのか……という状況らしい。
 貴族にも色々あるのだなと思っていると、周囲が騒がしくなった。
 彼らが騒いでいる理由はすぐに分かった。行列の上空を、風竜に乗った集団が屋敷に向かって飛んでいたのだ。
 どうやら、精霊達が帰還したらしい。しばらくすると、列が少しずつではあるが動き始めた。


 アニエス達がラ・シャリス家の屋敷に入れたのは、翌日の昼頃となった。
 使用人に案内されて、綺麗に掃除された煌びやかな廊下を歩き、部屋に辿り着く。
 ドアが開かれて室内に入ると、そこには椅子に座る10歳程の幼い貴族の少女と、その傍に淡い光を纏う女性が立っていた。
 

「は、初めまして。アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスです」

「カエデ・スギノです。アイシャの使い魔やってます」


 幼い少女が“光の聖女”。その使い魔を名乗る女性が“光の精霊”のようだ。
 幼くして当主となったアイシャも、光の精霊と崇められているカエデも、話には聞いていたが驚かずにはいられない存在だった。
 だが尻込みしている場合ではない。自分達は、遊びや観光でここまでやってきたのではないのだから。
 どうぞ、と使用人に用意された椅子に腰掛けて、机越しに向かい合う。


「アニエスと申します。今日はよろしくお願いします」

「ミ、ミシェルでりゅ。……いひゃい」


 緊張で舌を噛んだらしいミシェル。気持ちは分かるが「おいおい……」と思ってしまうアニエスだった。
 そんなアニエス達を見て、カエデは穏やかに微笑んで言う。


「言葉遣いも気にしなくていいですから、リラックスして話しましょう。私もその方が気楽ですので」

「あの、良ければお茶をどうぞ。ハーブティーなので気分が落ち着きますよ?」


 アイシャが自らティーポットを手に、ハーブティーを人数分用意していく。
 アニエス達が「貴族の方に淹れていただくなんて」と止める暇もなく、湯気の立ち上る温かなティーカップが差し出された。
 どうやら事前に淹れたてのお茶を用意していたらしく、良い匂いがアニエス達の鼻をくすぐった。


「冷めないうちにどうぞ。……あ、す、すいません。砂糖が切れてしまってます」

「い、いえそんな、お構いなく……。い、いただきます」


 飲んでいいのか迷ったが、ここで好意を断った方が無礼だろうと感じた二人は恐る恐るといった感じでカップに口をつけた。
 優しい味と匂いが心を柔らかくしてくれる感覚を味わいながら、二人は「このティーセットだけでどれくらいの値段なんだろう」とかこっそりと考えた。


 気持ちを落ち着かせて、アニエス達は自分達のことを話し始めた。
 一通り話を聞き終えると、カエデは何か考えるように閉じていた目をゆっくりと開いて、アニエス達をまっすぐに見つめた。


「話は分かりました。リッシュモンの行き先については私達も探しているところなので何とも言えませんが……」


 一瞬、話すのを躊躇うような素振りを見せてから、意を決したようにカエデは告げる。


「アニエスさん。あなたが探している“実行犯”について、心当たりがあります」

「――ほ、本当か!」


 思わず興奮して声を荒げたアニエスをミシェルが制止する。
 あまり褒められた行動ではないが、アニエスにとっては長年捜し求めていた手掛かりが見つかったのだから、我を忘れてしまうのも無理はないだろう。


「これは既に、王家にも話していることなのですが……20年前、リッシュモンは当時のロマリア教皇により“新教徒狩り”を要請され、賄賂をもらうことを条件にそれを受け入れました。
 そしてリッシュモンは、“アカデミー”の実験部隊へ“疫病が発生した”という嘘の情報と共に、虐殺を行わせる命令を出しました」

「な……!」


 アニエスにとって、衝撃の事実だった。
 それが本当なら、ダングルテールの人々は……新教徒だったというだけで、虐殺された。
 しかもその虐殺によりリッシュモンは利益を得て、今も逃げおおせている。
 決して、許せることではない。アニエスの身体は、怒りに震えていた。


「その実験小隊のうち、一人だけですが居場所を知っています」

「そ、そいつはどこに!?」

「教えてもいいのですが、ひとつだけ条件があります」

「なんだ、どんな条件でも受け入れる! だから早く――」


 冷静さを欠いて、今にもカエデに掴みかかりそうな勢いのアニエス。
 復讐に燃えるアニエスに、カエデは言う。


「その人を、殺さないでください」

「……!」

「身勝手な願いであることは承知の上です。ですが……それを約束していただけない限り、教えるわけにはいきません」

「何故だ! そいつは、そいつは私の故郷を……!」

「復讐そのものを止めるつもりはないんです。その人に会いたいというなら、話し合う場を用意してもいいと思っています。
 ……ですが、私はその人に死んでほしくない。まだ出会ったこともない人ですが、死んでほしくない。
 あの人は自分の罪と向き合っている。贖罪を行おうとしている。それで全てが許されるわけじゃないけど……だけど、生きて“答え”を見つけてほしいんです」

「……」


 椅子から立ち上がり、身を乗り出していたアニエスは、苛立ちながらも席に座りなおした。
 そして必死に心を落ち着かせながら「……分かった」と短く呟いた。
 このまま収穫を得られずに帰るより、条件を飲んででも情報を得るほうが得だ、と考えたのだ。
 いざとなれば、約束を破ってでも、殺せばいい。そう内心で思いながら。


「その人の名前は、ジャン・コルベール。それが偽名なのかどうかは分かりませんが、20年前の実験小隊の隊長で、今はトリステイン魔法学院で教職に就いています」

「教職……? 人殺しが、教職だと?」

「彼はダングルテールの虐殺の真実を知り、小隊を脱走して身分を隠し、魔法学院で過ごしています。
 火の魔法を平和利用できないか、という研究と、教え子達に自分と同じ過ちを行わせないように、という目標を掲げて。
 それが、自分にできる唯一の贖罪の道であると信じて」

「……そんなことをしても、ダングルテールの人々は、戻ってこない」

「ええ、そうです。……けどそれは、復讐も同じでしょう」


 ぼそり、と呟いたアニエスの言葉に、カエデはそう応えた。


「私なんかの言葉では、何の重みもないかもしれませんけど……。
 贖罪も復讐も、やり遂げたところで死者は生き返りません。死者がそれで喜ぶのかも、分かりません。
 なら、贖罪も復讐も……生きている者が、自分の気持ちに決着をつけるために行うことではないでしょうか」

「……おまえに、何が分かる!!」


 ダアン!! と、アニエスが机に拳を振り落とした。
 平民が貴族の屋敷でそのようなことをすれば、ハルケギニアの“常識”ではただではすまないが、そんなこともアニエスの頭からは抜け落ちていた。
 それぐらい、腹を立てていた。


「人を殺したやつを殺して何が悪い……当然の報いじゃないか!
 火の平和利用? 同じ過ちを繰り返させないため? それをすれば許されると思うのか!
 両親も、友達も、女子供もみんな殺された! 苦しみながら、炎に包まれて死んでいった!
 おまえだって……そんな目に遭えば、復讐せずにはいられないだろう!!」

「――ええ。その時はきっと、許せなくなると思います」


 アニエスの激昂に怯むことなく、カエデはアニエスの言葉を肯定した。
 あっさりと認められたことに呆気に取られたアニエスに、カエデは「今度は自分の番だ」とばかりに、想いを言葉に込めて話す。


「私は、家族や友達が死ぬ前に自分が死んでしまったので、大切な人を失う苦しみを空想の中でしか知りません。
 そんな私の言葉なんて、何の重みもないことは分かっているんです。
 だけど……それでも私は、コルベールさんに生きていてほしい!」


 強く、強くカエデは言い放った。
 まだ出会ってもないという相手に対して、何故そこまで必死になれるのか、アニエスには分からない。
 ただ、カエデの理屈も損得も省いたまっすぐな感情に、アニエスは押されていた。


「“予言”の中でしか知らない相手で、現実に会ったことも話したこともない人ですけど……。
 騙されて、罪を犯して、それでも贖罪の道を歩もうとする人に追い討ちをかけられるほど、私は偉くない!
 騙されただけだから罪じゃない、なんて言うつもりはないけど……悩んで悩んで、悩み続けながら罪を償おうとしている人に、私は死んでほしくない!」


 子供の理論だ、とアニエスは思う。
 ただ、自分がそうしたいから、する。そんなのは、ただのわがままだ。
 ……そう。わがまま。やりたいことを、周囲の意見も聞かずにやろうとするのは、わがまま。
 そういう意味では、自分とカエデは、とても似ているのだ。

 復讐したいから殺す、というアニエス。
 生きていてほしいから殺させない、というカエデ。
 正反対の意見を持つ二人だけど、自分の本心をまっすぐ相手にぶつけているという点は、同じだった。

 アニエスは、考える。
 復讐したい、という思いは変わらない。
 カエデのまっすぐな気持ちを聞いても、やはり許せないという気持ちは消えない。
 けど……もし、そのコルベールという男が、自分の行ったことを心の底から後悔していたとしたら。
 その想いを無視してただ殺す、というのは、本当に復讐になるのだろうか?
 自分が正しい、と思うことを貫いて、相手の意思を踏みにじるのは……かつて故郷を焼いた者達の行いと変わらない、ただの虐殺ではないのか、と。


「……すまない。つい、我を忘れていた」

「こちらこそ、アニエスさんの気持ちも考えずに好き勝手言っちゃって、すいません」


 アニエスは、怒りをぶつけたことをカエデに謝罪した。
 まだ納得したわけじゃない。カエデの言葉をありがたがっているわけでもない。
 ただ、殺すかどうか決めるのは、本人と話し合ってからでも遅くないのでは、と思った。
 それはまだ、小さな亀裂だ。
 アニエスの心を頑なに縛り付ける、復讐心という鋼の鎖に生まれた、小さな亀裂。
 けどいつか、その亀裂が、アニエスの心を鋼の復讐心から解き放つ日が、来るのかもしれない。



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