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[20239] 殺人鬼の日常【タイムスリップ物】(一時停止中)、うp:無法地帯定期指定法【ちょっとサバイバルとかなりのコメディとちょこっと恋愛】
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 19:48
7/15 更新

No.12~ 無法地帯指定法【ちょっとサバイバルとかなりのコメディとちょこっと恋愛】をうpしました。

どうするか迷いましたが、先に手をつけていた作品がほぼ完成しました。

この作品に手をつけるとこの後の話が長くなりそうで、他に手を出せなくなるなぁ…と思い、迷っていたわけですが、一番最初(8年ほど前)に書いた作品なのでとりあえず切のいいところまで進めちゃいました。

当時、高校入学したての思考的には、はっきり言って中二ボーイだったので設定が非常に滅茶苦茶です(汗

いきなり無法地帯って何? ってなります(汗汗

展開も破天荒で書きなおしてて「これうpしていいのかな…?」と不安になるほどの恐ろしさです、半端ないです。

それでも初めて作った感慨深い作品だったので、ストーリーの変更はせず、少し手を加えただけにとどめました。

それらをご了承の上で読んでいただけたら、嬉しい限りです。

きっと自分擁護のための言い訳なんでしょうけども… orz


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


書きだして3日目で一時停止という何とも情けないことになってます orz

頭の中で書きたい話が乱立しすぎて設定がごちゃまぜになって作者の頭がカオス状態になっているのに気付きました(汗

元々書いていた話があるのですが、それを置いてでもこちら(というか主に妹キャラ、この作者ダメだ…)が書きたくなり、衝動的に手を出し、自爆した感じです。本当に申し訳ございません…



ちなみにこの作品の反省というか言い訳というか何というかここで説明すると反則なんですけど。

この主人公は元々先天性の精神疾患や殺人衝動を持ち合わせているわけではなく、『後天性』の破壊衝動です。

騙して裏切って陥れて蹂躙して生として殺さず、精として殺す。

それを短縮した作業が結果として殺すことになってしまい、警察に追われるハメになります。(これも結構無理やり、しかし仕様ですっ)

そんな逃亡生活で警察の追手をゲリラ的に殺していたら、いつの間にか100人になってました…ってこの設定はご指摘通り、半端なく無茶でした(汗

警察が殺す気で発砲できるようにしたかったとは言え、かなり無茶すぎる設定なのが反省の1点。


それとこの主人公の鬼畜な強さ。

これは別の話の主人公とサブキャラの設定が混じってます(汗

他に二つ書きたい作品があって、こちらも構想が曖昧に出来上がっていたせいで、弱った僕の脳がついに乱入を許してしまったようです…

脳の外付けハードが欲しい…(脳がもう一つ、その光景を想像したら少し気持ち悪いけども)

落ち着いて整理してみたところ、別のお話の乱入を多数発見。

・主人公の骨折→最初無かった設定。

・異常な強さ→そこまでするつもりは本当は無かった…今は反省している。

・自衛隊の出撃→ど、同上…反省している…

・中西の登場→いじりは本来、上村一人。主人公→上村→妹→主人公の三すくみだけにしようと思っていたので、酷いけど要らない人…ごめんよ、中西。

・映画館で刺した→本当は傷害になるようなことはするつもりなかった(汗)、これも別の話の凶悪な主人公が混じってしまった気配。

・虫でストレス発散→これは感想にいただいたとおり殺人鬼(笑) に少々焦り、無理やり入れた設定。主人公の全体像はそれなりに出来上がっていたので(ニッコウ様の指摘にあった、主人公のフラフラっぷりは仕様です。) 話を進めるうちに少しずつ公開するべきでした。



と、言うわけで一時停止して先に書いてた方を完結させ、うpしてから、もう一度練り直してみます。

そちらの感想いただいて、それを糧にこちらの作品をより一層満足していただける作品に仕上げようと頑張りますので、読んでいただいた方々には申し訳ないですがご了承お願いします。



[20239] 殺人鬼の日常【タイムスリップ物】 1話:プロローグ
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:24
路地裏をふらつきながら、何とか逃げてはこれた。

しかし、体は限界のようだった。

壁にもたれたまま、そのまま崩れ落ちる。

始まって早々に悪いのだが俺は死にかけている。

くそ、日本の警察はいつから無許可で発砲できるようになったんだ!出会いがしらにボディに2発って殺す気満々じゃねえか、そんな警察は有りなのか?

「ははっ…失言だな、こりゃ」

腹部からとめどなく流れる血を見ながら、呟く。

今まで散々人を殺してきた自分が撃たれたことに文句を垂れてるとは実に滑稽だ。

「…よう、待ってたぜ」

もはや動くことのできない俺の前には一人の女が立っていた。

逆光で表情は見えないが予想はつく。

女は俺に向かって何かを言っているようだが、もはや意識の飛びそうになっている俺は聞きとることができない。

そんな場合じゃねえだろ、早く…。

「殺せよ…。」

声を絞り出すのもこれが限界なんじゃないかな、と思う。

それでも女はまだ何かを言っている、だから聞こえねえって。

返事のない俺に女もついに我慢の限界が来たのか、俺の腹部を思いっきり蹴りやがった。

「ぐほっ、て、てめぇ、撃たれたところ蹴るな、死ぬだろうが! 俺は構わんけどよ!」

痛みで無理やり意識が覚醒してしまった、女の声がやっと届く。

何だ、まだ痛みで覚醒出来る程度の出血なら死なねえな、とか至極どうでもいい事を考えていると、もう一発腹部に蹴りが入った、やべえ、こいつ容赦ねえ。

「…死んで楽にさせると思っているの?」

「あ? 別に生きてもいいけどよ、無期(懲役)とかなったらヒマでヒマで憤死すんぜ? 俺にとっちゃあ死刑も無期も変わらんな、ははっ。」

「贖罪を暇(いとま)と言うか、この下衆め。」

「笑わせんな、贖罪って何なんだよ、罪って何なんだよ。元々人が決めたことだろうが、道徳も然り。何故、人が人の決め事なんぞに縛られにゃならんのだ。」

「…貴方の常識疑うわ。」

「ははっ、常識ってのはおおよそ成人にまでに身に付けた独断と偏見のことだろ? どっかの天才が言ってたぜ? 俺も激しく同意だ。」

と、軽口を叩いていると、追撃が腹部にやってきた。

ぐ、ぐぅこの女…。

その痛みも少しずつ鈍くなり、ついに危険な信号がともり始める。

ああ、今度こそ死んじまうのかあ。

21年、短かったなわが人生よ。

急に返事の無くなった俺を見て女が焦りだす。

「おい、死ぬなよ? 殺人鬼をしかるべきところで断罪するために救急車まで呼んだんだぞ。おい、聞いてるのか!?」

あー…何かまた喚きだした。

もう眠いんだよ、騒ぐなって…。

そうして俺の意識は完全に途切れた。



[20239] 2話:走馬灯?いいえ現実です。
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:23
『目が覚めると真っ白な天井が見える』みたいなお決まりのような展開はなく、視界は真っ暗だった。

重力の向きを確認して、体勢を把握する。

どうやら何かに腰かけて、前の机のようなものに突っ伏していると思われる。

特に拘束は無い、独房か?

いや確か俺はボディを2発撃たれている、普通は警察病院じゃあないか? それとも思ったより傷は酷くなかったということなのか?

そんなことを考えながら、ゆっくりと顔をあげてた。

「…」

妙に周りが騒がしいなと思ったら、学生服に身を包んだ男とセーラー服の女が一杯、まだ随分幼い顔つきからして中学生ぐらいだろうか?

自由に行き通い、楽しそうに過ごす学校の休み時間を連想した。

(…意味が分らん)

警察病院だったり独房だったり取調室ならまだ理解も早かっただろう。

遠い昔に卒業してしまったはずの場所に、撃たれて捕まったはずの俺がいるというこの現状は文字通り、『意味が分らなかった』。

ふと自分の服装に目をやる。

「なっ!?」

何と自分まで学生服を着ているではないか、何のイジメだ!?

思わず声が出てしまい、皆の視線が注がれる。

そしてすぐ何事も無かったかのように雑談に戻り、教室に音が戻り始める。

もはや混乱の極みに達そうとした時、不意に前から声をかけられ、顔を上げると、どこかで見たような顔が心配そうにこちらを見ていた。

「どうしたん?」

とりあえず怪しまれては面倒なので、当たり障りのない質問をして情報収集を試みよう。

「ここはどこだ?」

「は? 学校に決まってるやろ? 寝ぼけるほど思いっきり寝てたんか?」

「ああ、そのようだな」

「…? 何か離し方変やぞ、南雲?」

南雲と呼ばれた瞬間、ただでさえ混乱の極みにいた自分のコントロールを完全に失ったかのように思えた。

体は反射的に跳ね上がり前の男の胸倉をつかんで、同時に空いた手を制服の隙間から胸に滑り込ませる。

そしてホルターケースからナイフを…取り出せなかった。

(…え? ナイフがない!?)

確かに警察との戦闘中に随分とナイフは失ったが、それでもまだ3本の投げナイフと攻撃を受けるために作られた厚手のダガーが2本、殺傷用のが大中小と3本あったはずなのだ。

俺の意識がないうちにすべて奪われたのだろう、よく考えたら当然のことだった。

そんなことを考えていると胸倉を掴まれていた男もいい加減苦しくなったのか暴れ出す。

「…あ、悪い」

「けほっ、ったく何なんだよ!」

「すまん、寝ぼけてた」

「よ、よくそこまで寝れるな…」

手を離すと、こちらを睨みつけながらもお互い座った。

ガタガタと暴れてまた注目の的になっていたからだ。

(あれ? 俺はこいつを知っている気がする…)

ならば、もし俺の予想があっているなら、この質問が一番適任だ。

「なぁ悪い、今っていつだ?西暦から教えてくれ」

「せ、西暦から?」

「ああ、頼む」

「2001年4月1日やけど」

「ありがとう、助かった」

そう言って席を立つ、一人になってゆっくりと思考をまとめたかった。

「おい、どこ行くん?後5分でホームルームやぞ?」

「顔洗って目覚ましてくる。悪かったな、中西」

名前までしっかり思い出し、そう言って教室を出る。

なるほど、立ちあがったときにあった違和感はこれか。

体は中学入りたての成長期前のサイズなのだ、視線がかなり低くなっている。

つまり俺は走馬灯でも見ているのだろう。

だが、走馬灯の中で自由に動けるのも面白い話だ。

そしてここは俺の中学の母校、つまり今中学時代の自分の記憶をさまよっていることになるのだろうか。

何となく推測の域ではあるが思考がまとまっていく。

つまり現実の俺はとても瀕死なのだろう。

そこまで考えが行き着いたときに、突然ボディに一発食らう。

・・・ボディ日和なのか? 現実で蹴られて走馬灯で殴られて、って走馬灯やのに痛いな。

走馬灯の分際でどこまでリアルに再現するつもりなんだ?

反射的に突然殴りかかってきたそいつから距離を置き、身構える。

が思うように体が動かない。

追撃の二発目も間抜けに喰らってしまった。

「ぐぅ…」

つい堪え切れずに呻いてしまう。

やっと距離を取れて相手の顔を視認出来た、こいつもやはり知っている。

「上村…」

「デンプシーロールは効くやろ?」

「…まぁな」

ああ、思い出した。

俺、中学時代はひ弱でよくこいつに殴られたなぁ。

走馬灯なんだし、殴ってもいっか。

「ホンマ、お前よわ・・・ぶっ!」

遮るようにして俺の裏拳が上村の鼻っ柱に炸裂する。

いつもの何かが壊れる感触が伝わってきた。

鼻折れたかもな、ざまぁ! とか思ってたら、俺の手が凄く痛む。

壊れたのは俺の手みたいだった。

走馬灯やのに痛いって、俺の脳どんだけ俺に冷たいの? 走馬灯のくせに生意気だ!

ふと視線を落とすと上村が鼻血を流して、うずくまっていた。

(俺の方が重傷やし、放っておいてもええやろ。所詮走馬灯やし)

それを一瞥してそのままトイレに向かった。



[20239] 3話:タイムスリップとはこのことか?
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:24
左手で蛇口をひねり、折れた右手を冷やしながら考えていた。

これは走馬灯なんかじゃない。

どう考えても現実味がありすぎる、この右手の痛みにしかり。

だから、と言って時間が戻ったとも考えにくい。

それこそ現実味がなさすぎる。

それぞれの現実味がお互いを否定しあうのも、滑稽なものだなぁ。

それにしてもこの右手どうしたものか。

現状把握も出来てないうちに怪我を負うとは情けねえ…。

「ったく…困ったもんだ」

「何が?」

突然、横から声をかけられ身構えてしまう。

だけど視界に入った人物は俺に危害を加えれそうに見えなかった。

えっと、見覚えはあるんだけどなぁ…。

「いやさ、入学早々いじめられて困ってんだよ」

「そうなの? 困ってるようには見えないけどねっ」

そう言って笑う女の子、名前分らなくても会話に支障ねえよな、大丈夫大丈夫。

「実のところ、そうでもないけどさ、口癖みたいなもんさ」

ここ1年、警察に追われまくって渋々ついた口癖だけども。

「そんな口癖良くないよ?」

「もはや『困った』は欠かせない、俺の構成の8割を占めてるんだぜ。俺イコール困った、だ」

「8割って多っ、って人間じゃないじゃん!」

「ははっ、的を射てんぜ」

そう言って俺は苦笑し、女の子は嘆息する。

「暗いなぁ、そんなんじゃあ友達できないし、本当にいじめられるよ?」

「そこまで言うか? 酷えよ」

「あは、確かにっ」

そう言って屈託なく笑う。

俺には出来ない笑い方だな。

「ん、後ろ呼んでるんじゃないか?」

「あ、本当だ。ごめんっまたねっ」

「じゃあな」

そう言って向こうにかけていく、こらこら廊下は走っちゃいけませんよ。

…あ、転んだ、言わんこっちゃない。

「…大丈夫か?」

そう言って手を貸す。

「あたたーこけちったっ」

照れたように笑いながら起き上る。

「気をつけろよ、廊下は走っちゃいけません」

「そんな真顔で言われちゃ仕方あるまいっ、順守しまっす!」

そう言ってスカートの裾を掃って、今度は歩いていく。

「ありがとねっ」

今度こそ振り返らずに行ったようだ。

それを視認し、俺も反転し教室に向かおうとしたところで思い出す。

(あれ、俺こんなことした覚えねえぞ? そういえば上村殴ったのだって…)

やはりどう考えても、夢や走馬灯という感じがしない。

もし本当に時間が巻き戻ったとしたならば…。

「上村殴ったのはまずかったな」

やってしまったことは仕方がない、そう言って苦笑するしかなかった。



[20239] 4話:早速の失敗。
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:25
教室に戻ると一斉に視線が向けられた、殺人鬼だった俺が怯んでしまうほどに。

「そ、そんなに見られると照れるぜ…」

あら無反応、面白くなかった? とか思いつつ見回すと教室の隅で恨めしげにこちらを睨みつける上村を発見する。

「ああ、そういうことか。失言だったな」

そう言って上村に近づく。

「だいじょーぶか?」

まったくもって心配してるようでもなく、反省の色も見せずに言ってみた。

相変わらず上村は俺をじっと睨んでいる。

「男前になったしいいんちゃうか? あー良かったよか…」

「よくねえ!」

突然吠える上村、まぁ予想内だけども。

「因果応報、目には目を、情けは人の為ならず。最後はちょっと使うところ違うが他人にやったことは自分に帰ってくるんだよ。殴るから殴られんだよ」

そう言って見下す。

小学生の頃からこいつとは付き合いがある。

小学校は違ったが、所属するサッカーチームが一緒でよく遊んだものだ。

それなのに中学入った途端に暴力的になって俺はよく殴られた。

当時の俺には意味分らんかった。

まぁ今回はいい薬になっただろうと、そのまま背を向け席に戻る。

まだ周りの視線は俺に注がれていたが、あえて関わろうとする人もいないようで無視することにした。

だけど約一名だけ違った。

「やりすぎちゃうか?」

前の席の中西だった。

「そうは思わんね、殴った俺の右手が折れたし」

「それこそ自業自得やろ」

「ははっ、まぁな」

「謝れよ」

「ヤだね」

即答。

中西絶句、でも折れなかった。

「お前おかしいぞ?」

「先も言われたし、それは俺が一番分ってるよ。俺は人間じゃねえし」

現に少し前まで殺人鬼で追われる身だったし。

「はぁ? 何言ってんのお前?」

「…失言だよ、失言。」

「しつげん?」

言葉の意味を理解できてない。

よくよく考えたら、俺は精神年齢は20近く、この子たちはまだ見た目通りなのだ。

別に自身の精神年齢が高いとは思わないけど…。

「いいや、何でもねえよ」

そうか、あの頃は大人っぽく見えた中西も、今はただの子供に見える。

ムキになって相手した自分が馬鹿らしく思えて、苦笑してしまった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

こんにちは。

ここまで読んでくださった方々、駄文をわざわざありがとうございます。

ここらで初めて自己紹介という、ひねた作者ことaoiです。

実際に自作のシナリオを文章化するのは初めてで、至らぬところだらけだと思っています。

皆さんのご指導をいただいて、より良い作品に仕上げていきたいと思っています、よろしくお願いします。


*
さっそく感想にてご指導いただき本当に嬉しかったです、ありがとうございます。>トルク様



[20239] 5話:1年ぶりの帰宅。
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:25
その後は周りとの接触を出来るだけ避け、家路についた。

昔はよく中西や部活が一緒の奴らと帰っていたが、そんな気分にならなかった。

未だ思考の整理もできてないし、何より俺を不安にさせるのは…

「ナイフ…一本もねえんだもんなぁ」

今の俺は追われてるわけでもない、ただの中学生なわけなのだ。

しかし指名手配され1年間も警察に追われ続けてたせいか、武器の一つもないと落ち着けない残念な人間になっていた。

「だからと言って中学生の経済力じゃあどうしようもねえよなぁ」

持っていたナイフは最高で18本、1本数千円の安い物から何十万とする造りのしっかりした物まであった。

せめて2本は持ちたいところだが、少数精鋭となるとその2本に妥協はできない。

「…って俺、何考えてんだ? ここは平和な国日本だぜ?」

そう言って苦笑する、だからと言って急に過去に戻って馴染めと言われても難しい。

それより問題は何故過去に戻れたのか、だ。

「…分るわけねえよ」

俺に分ることは『目が覚めたら時が戻ってました』だけだ。

何なんだよ、この無茶設定…作者ちゃんと考えてんのか?

とりあえず『戻れたこと』について考えるには、まだまだ分らないことが多すぎる。

…正直、考えても無駄なんじゃないかと言うのが本音だ。

そんな結論を導き出したころ、気づけば家の前に着いていた。

よく考えれば逃亡生活(?)のせいで1年ほど前から帰ってなかったのを思い出す。

時間が戻っているなら、両親ともにそんなこと知りもしない。

つまり俺は今日普通に学校に行って帰ってきただけなのだが、俺が非常に気まずかった。

(…だからって体出来てすらいない中学生の俺が武器も持たずに、どうやって生きてくんだよって話だよなぁ)

しばらく家の前で固まっていたが覚悟を決め、鍵を開け入ると母親が気づき出てくる。

「おかえり。どうやった、入学式?」

今日は入学式だったらしい、俺が意識を取り戻したのは、その後なので記憶にない。

「た、ただいま、無難だったよ」

「無難って…」

「ああ、よ、良かったよ、うん凄く、感動した!」

「…」

言いすぎたか。

「ああ、普通何ともなかったよ。あ、上村を殴っちゃったけど」

「あんた入学早々何してんの!?」

「日ごろの恨みだよ」

「また上村さんとこ謝りに行かないと…あんたも連れて行くからね!」

「断固として拒否る」

「お、お前ー!」

「冗談、悪いと思ってるよ」

「ああもうホントあんたは…」

とブツクサ言いながら台所に戻る母親。

とりあえず5分とかからずに打ち解けて一安心、やっぱ家族っていいなぁ。

そのまま自室に向かう。

『たった1年』か『1年も』のどちらで表現するべきか分らないけど、懐かしいなと感じるなら、やはり『1年も』と表現すべきなのだろう。

まだ多少整理がついてはないが、随分と落ち着けた。

(なるほど、下宿で疲れて地元に帰ってくる子の気持ちも分るな…)

高校を卒業し、大学に入ってからは皆バラバラになった。

聞いた話では九州やら関東やら、果ては東大に入った奴までいやがった。

何人かはその下宿生活でまいってしまい、休学を取って地元に帰ってくる奴もいた。

やはり地元と実家って凄い安心感があるんだな、と実感させられる。

「ははっ、そう言えばそうだった」

部屋の前まで辿り着きドアを開くと凄く見慣れない光景だった。

目の前にはそびえたつ2段ベッド、そして右手にタンス、その隣に2人掛けの勉強机が置いてある。

抱えていた荷物を傍に放って椅子に座る。

もちろん椅子も二つある。

この部屋は俺だけの物ではないのだ。

「そうだったな…高校入るまで妹と相部屋だったんだよな」

そう呟いて部屋を見渡す。

机の奥にはサッカーのトロフィーなどが飾られている。

高校に入ってからはすべて押し入れにしまってしまったから、とても懐かしかった。

そう言えば、おばさんから入学祝で貰った財布も新品同然である。

大学に入る頃に壊れてしまって残念だったが、使い勝手の良い財布だった。

そう言えばあのおばさん、俺が大学入る年に癌で死んじゃ…。

そこで、はっと気づく。

「何てこったい…」

そう俺には少しは未来のことが分るのだ。

「あああああああああああああああああああ! 宝くじの番号でも覚えてれば良かった! 戻ってきて一番言っちゃダメな失言だけどよ!」

「…おにーちゃん何してんの?」

無駄に暴れている俺の後ろに悲しそうな目で見つめてくる妹がいた。

「…妹よ、そんな目で兄を見つめるな。お兄ちゃん死んじゃう」

「…一回死んできたぐらいで丁度ええんちゃう?」

「ツンデレなのか! これはツンデレなのではないか!?」

「『つんでれ』…? ってなぁに?」

「ああ、まさかツンデレの単語作ったのって俺!? まさか時代の先駆者なのか!?」

「…おにーちゃん鼻息荒いよ、変態さんなの? 変態さんなんやね」

「聞いておきながら勝手に断定するな! 大体何なんだこの大人びた妹に見下される残念なお兄ちゃんみたいな構図は! やめろ、作者の陰謀だ!」

「意味分んないし…とりあえずどいてよ、邪魔」

「ぐぁ」

そう言ってローキックを入れられる。

可愛らしい動作に似合わず的確に急所を突いてきて地味にダメージを負う。

「ぐぅ妹よ、暴力反対だ…」

「…今日上村さん殴ったんだって?」

「!? 聞いてたのかよ…」

「今度、上村さん殴ったら殺すよ?」

「ハイ、ゴメンナサイ、ニドトシマセヌ」

「かたことになってるよ」

「そんなことはないさ!俺はいつだって誠実な人間だぜ!」

人間じゃないけども、殺人鬼だけども。

「…誠実な人間は人を殴らないと思うなぁ」

「違うんだ、これは上村の陰謀なんだ、落ち着いて聞け、妹よ」

「しゃらっぷ」

…どこでそんな英語覚えやがった?

それにしても情けない光景だ、妹に黙れと言われて黙する兄。

「…あの優季さん」

ちなみに優季ってのはマイシスターの名前。

「お黙り」

「…」

「おにーちゃんの分際で私にたてつくのですか?」

真剣な目で言う。

「そんなこと真剣に言われても困るぜ、ならば俺は妹に宣戦布告する!」

「私、降伏します。はい、そっちの勝ちですよーおめでとー」

「相手にされてねえ!!おにいちゃん泣きそうだぜ!」

「騒がしいな、本当に。私一階に下りるから騒がないでね」

「ああ…そんな元気はお前に根こそぎ持って行かれたよ」

「なら良かった」

そう言って満面の笑みで部屋から出ていく、こいつこんなに性格悪かったか?

とか思いつつ妹の後ろ姿を見送って苦笑する。

「やれやれ、大変な姫君だ」

…間もなくして夕食の準備ができ、一階に呼ばれた。

父親はまだ帰ってないようで3人で夕食をこれまた賑やかに食べた。

こんな食事も久しぶりで楽しかったが、話は俺の入学早々暴力事件をいじる方向に向いて行ったので、そそくさと自室に戻った。

「…本当は食事前にしたかったんだけどな」

床にうつ伏せになって呟く。

「…それにしても10回も出来んとは」

別に最初からうつ伏せでだらだらしていたわけではなかった。

腕立て伏せの姿勢から8回を超えた辺りで支えきれなくなり潰れてしまったのだ。

苦笑しながら仕方なく腹筋の姿勢に移行する。

その時に視界に入ったのは部屋に入らずにじーっとこちらを見ている優季だった。

「…そんなところで何してんだ?」

「いや、別に…」

「気にせんでええよ、ここはお前の部屋でもあるんだから」

「そうやけど…」

「ははっさっきまでどけって言ってた威勢はどうした?」

「…」

何か優季は言いづらそうに下を見てもじもじしている。

「何かあるのか? 言ってみろ」

「…何かおにいちゃん変わったよね」

「…そうか?」

丸で真剣で突き刺されたかのように感じた。

嫌でも心音が速くなるのが分る。

「うん、お母さんも気にしてた」

二人とも気づいていたのか、でも。

「そんなことないさ、きっと中学生に成り立てで舞い上がってるんだよ、気にすることないさ」

「…違うの、おにいちゃん」

「どうした?」

「話し方、おかしいの自分で気づいてないの?」

「…え?」

「圧倒的に関西弁が減ってるの分ってないの?」

「…」

盲点だった、そうだ。

よく考えれば当時の俺はもっと普通に関西弁を遣っていたんだ。

年を経るにつれて少しずつヒネた標準語もどき遣いになっていったが、今回の場合、学校に行って帰ってきたら話し方が完全に変わっていたのだ。

変に思われるのも無理はない。

でも直す気も無いし、すべてを話す気もない。

「我が妹ながら鋭いな、その通りだよ。でもね、今はまだ何とも言えないんだ、俺にもよく分ってないから。ちゃんと整理がついたら、話すよ」

「…大丈夫なの?」

「ああ大丈夫だ、お兄ちゃんを信頼しろ」

「…分った」

こういう素直な時は可愛いんだけどなぁ。

「…じゃあ、どいて」

「げふっ」

…また蹴りいれやがったコイツ、前言撤回。

優季はそのままベッドに潜り込む。

「なんだ寝るのか?」

「うん」

「おやすみ」

「…おやすみなさい」

そう言ってすぐに静かな寝息を立てて眠ってしまった。

安らかな表情を見て、何とも言えない気持ちにさせられた。

…俺はもう家族を悲しませない、人間に戻れるかどうか分らないけど。

だけど俺はもう人を殺さない。

俺のこの力は人を守るために行使したい。

そう誓い、再び腹筋を始めた。



…20回に届かずダウンしたけども。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

妹万歳!


じゃなくて一部修正のご連絡。

2話辺りで中西君が主人公のことを『茜』(ちなみに苗字です)と呼んでいましたが、『南雲』に修正します。

最初『茜』なら『青池』、『南雲』なら『中西』にする設定だったのですが、後々を考えると南雲の方が良いなーと思いましての変更です。

入学初日と言えば名前の順番で席が決まっていたのを思い出したので、上記の設定にするつもりだったのですが、すっかり忘れてました orz

何ともキャラ設定が未だ決まりきってない、何とも優柔不断な性格の作者です…。



[20239] 6話:むしゃくしゃしてやったが今も反省してない。
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:25
「上村クン、昨日ハゴメンナサイ。ムシャクシャシテヤリマシタ、今ハ反省シテマス」

学校に来て開口一番これだ。

上村も目をぱちくりしてこちらを見ている。

「あ、ああ別にええよ。大した怪我とちゃうし」

「ソレハ良カッタデス…」

(こっちの都合がな!)





時を遡ること2時間前。

昨晩は『目覚めたら夢オチでした』みたいな事を恐れて、なかなか寝付けなかったが、目覚めると妙に近い天井が見えた。

徐々に意識が覚醒して理解する。

少し嬉しくなって飛び起きようとしたら体が動かず2段ベッドの上から落ちそうになった。

必死に足をひっかけ体を起こそうとするが、背筋も腹筋も力が入らずプルプルと震えるだけだ。

昨日の疲れがまったく取れていなかった。

「ぐ、このままでは…」

落ちてしまうではないか、ピンチ!

「…朝から楽しそうだね」

ふと横を見ると実に楽しそうに俺を見つめる妹の姿があった。

「い、妹よ…助けてくれないか? 真剣に体が…」

「ヤぁよ」

…即答された。

「うふふ、おにーちゃん頑張ってね」

「ま、待ってくれ! 頼む…」

そう言って一階に下りていってしまう。

何て妹だ! お、鬼め! あ、鬼は俺か。

と、至極どうでもいい事を考えているうちに足が限界に達し落下した。

「あ…よっと」

上手く手をついて、肘、肩、背中と順に接地して衝撃を緩和する。

筋力は落ちようとも技術や知識といった物は体に染みついて残っているようだ。

「…まったく、朝から何してるんだ俺は?」

少し冷静になると、朝からはしゃいでいる自分が凄く悲しく見えた。

一階に下りると母親が朝ごはんを作って待っていた。

「おはよう」

「ああ、おはよう」

「どこか痛めた?」

「お前は開口一番それか!」

「うふふ」

俺を見捨てていった妹はSなのかもしれない…そう真剣に考えてしまった。

「おにいちゃん忘れてないでしょうね?」

「んぁ、何を?」

「上村さん、謝ってよね」

「…断る」

「もう一生おにいちゃんと口きいてあげない」

「すみませんでしたー! 絶対に謝ります、ジャンピング土下座をしてでも謝りますー!」

「うふ、よろしい」

そう言って満足そうに笑う。



…そして今に至る。

結局ジャンピング土下座はしなかったけども。

謝り終えて席に戻ると中西がニヤニヤとこちらを見ている。

「結局謝ったんだな」

「不本意ながらな」

「優季ちゃんに言われたんだろう? 優季ちゃん祐介好きだもんなぁ」

ちなみに祐介とは上村のことである。

「…」

「そしてお前のシスコンも重度やしなぁ」

「……」

「そうか、これから何かあったら優季ちゃんに…」

「てめぇ壊すぞ」

流石に中西も固まる。

「あ、悪い。つい本音が」

「ほ、本音かよ」

「ああ、俺の心は紙一重で耐えたが下手すると体が勝手にお前を壊すかもしれん」

「洒落になんねえよ!」

洒落じゃないんだけどな、真剣に気をつけないと気づけば殺してそうだ。

不意にクラス中に『先生が来たっ』と小声で回る。

皆、急いで席に戻り授業の準備をする。

中西も前を向いて授業の準備に取り掛かる。

間もなく先生が教室に入ってきて授業を始める。

本当に時間が戻ったんだなぁ…としみじみと思う。

ほんの数日前まで警官100人殺しとかで、ついに自衛隊が動きだして本気で殺しにかかってきたあの状況がウソのようだった。

(ボディに2発って…あれは本気だったな…)



木の葉を隠すなら森の中、どこぞやの名探偵がほざいたセリフに従い、俺は東京にやってきていた。

と言うか地方から追い込まれて仕方なく、ここにやってきた感じもあった。

人が多いので、警察に見つかったとしても逃げ切れる自信はあった。

だけど今回は違った。

ふと嫌な予感がし、路地裏に入る。

(…つけられている?)

あまり人気のないところに行くのも良くはないが相手を誘い込むためにワザと入ったのだ。

しかし、いつまで経ってもこの路地に入ってくる気配はない。

(おかしい…少し様子を見てみるか)

と大通りが見える辺りにまで出てきたとき、嫌な予感がした。

とっさにバックステップ、のすぐ後に近くの壁に穴があく。

「おいおいおい、冗談だろ…?」

狙撃された。

正気とは思えなかった、俺もだけど。

狙撃が失敗して、その直後周りのざわめきが変わる。

まさか…。

重装備の機関銃を持った、いわゆる自衛隊っぽいのが走ってこちらに向かってくる。

「ははっ、マジかよ! これが日本の本気か!」

そこからはゲリラ戦のように身を潜めては分隊を潰してを繰り返して、良いところまでいったんだよ、本当に。

それもすべて台無しになったんだ、あの女のせいで。

「…い?」

にしても、あの女えげつなかったなぁ。

「…おい?な…も」

ボディに2発撃ちこんだ上に蹴るんだぜ?

「南雲!!」

「…あ?」

「あ? とちゃうわ、聞いてないんか!」

「…あ」

そう言えば授業中だった。

「すみません、意識が未来の方向に逝ってました」

ウソではない、よな。

「ったく、いつまでも小学生と違うんやぞ?」

「はい、申し訳ない。気をつけます」

そして何事も無かったかのように授業を再開する教師。

後に叩かれるゆとり教育を受ける自分たち。

何だか少し残念な気持ちにもなった。

でも今はそんなことより、このありふれた日常生活の幸せを噛みしめていたかった。



[20239] 7話:飽きやすいのよ。
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:26
…とても深刻な状況だ。

ごく普通の授業中、俺は一人考え込んでいた。

時間が巻き戻ってから1カ月、幸か不幸か何事も無く、しかもあっという間に過ぎてしまった。

最初にやらかした暴力(?)事件を除いて、特に目立ったようなこともしてないし、クラスメイトとも上手く付き合っているつもりだ。

妹から時々いじられる程度で、至って普通の中学生を演じている。

ちなみに腕立て伏せは20回×3セットできるようにまでなった。

とても順調に思えた。

しかし…。

「暇だ…」

「お前、授業中に暇って余裕やなぁ?」

前の席の中西が聞いてたらしく、突っかかってきた。

「中間テスト2週間後やぞ?」

「ん、ああ。テストってのは日ごろの成果を試す場だろ? 今さら取り繕うとしたって無駄さ、無駄」

「ぐっ…嫌なこと平気で言うな、貴様」

「前見ろよ、先生に目つけられるぞ?」

そう言うと中西は素直に前に向き直った。

よくよく考えれば俺が常軌を逸脱してから大体3年ほどになる。

当時、追われる身であちらこちらで逃げ回りながら警察と戦っていたので当り前のように思っていたが、スリル感とかこうも日常とかけ離れた感性なのか、と実感せざるをえなかった。

戻ってきて1カ月、早くも日常生活に飽きを感じていたのだった。

(そう言えば2週間後中間テストか…)

中学校入って初めてのテストで随分意気込んで受けた覚えがある。

結果は300人中の30位ぐらいだったろうか?

その後は順調に順位落として、3年になったころには初めての3桁を経験したのを覚えている。

いやあ、よく考えると俺の成績の下がり方って反比例のグラフそのものではなかったか?

時の経過をx軸とし、成績をy軸として…。

悲しくなって考えるのを止めた。

「はぁ…つまり暇だ」

そう言って嘆息した。



そう考えたなら嬉しいお誘いだったのかもしれない。

今日も一日の授業が終わり皆部活へ向かうころ、俺はいつものごとく帰宅の準備に取り掛かってた。

「なぁ南雲、本気で部活入らんの?」

「ん、ああ何だゴm…ごほん、中西か」

「今、何て言おうとした!? そのmは何!? 俺の扱い酷っ!」

やたらと一人で騒がしい、こんな奴だったけ?

「別に入ってもいいけど、ここの顧問やる気ねえぞ」

「た、確かに…まだ一度も顔見たことない…って何で知ってんだ?」

「うわさ」

中西は上村と同じく小学校の時のサッカーチームの同期だ。

確か本来は中学校でも3年間サッカーを続けていた。

でも今回は何故かやる気が起きなかった。

前の歴史と大きく違うところはこれぐらいだろう。

「はよ行けよ、上村が呼んでるぜ?」

「あ、ああ、またな」

見ると教室の出口のところでこちらを見ている。

きっと中西と一緒に部活行こうと待ってるのだろうと思っていた。

「なぐもー」

「…ん?」

上村が呼んだのは俺だった。

「俺じゃなかったみたいだな」

「そうだな、とりあえず部活遅れるぞ?」

「そうだな、それじゃまたな」

そう言って中西は上村にも一声かけて教室を出て行った。

残ったのは俺と上村だけだった。

実はアレ以来、非常に気まずい。

昔はこんな関係じゃなかったのになぁ…。

「お前も部活遅れるぞ?」

「ああ、別にええよ。それより『アリサッサーと路肩の石』知ってるだろ?」

「…知らないことはない。それがどうした?」

何となく予想がつくと思うが、映画のタイトルのことだ。

…今思うと凄いタイトルだな。

ん? 何か俺の脳が思いだすことを拒否している。

何かこの映画について嫌な記憶でもあったっけ?

「お母さんのコネで映画の前売り券が4枚手に入ってさ、一緒に行く奴探してんだけど…」

「断る」

「即答!? せめて話は最後まで聞こうぜ!」

「嫌だ、断固拒否」

嫌な予感がする、と言うか思い出した。

「ま、まぁいいや、それでさ…」

「お前の狙いは分っている、俺は『ついで』なのだろう?」

「…」

「やっぱりな…まぁ構わんよ、伝えとく」

「恩にきるっ!!」

つまり、優季を連れてこいってことだ。

俺の記憶にも残っている4人での映画を見に行った、あの悲惨な光景を。

上村と優季が俺の隣でイチャラブしやがって、俺はどこぞやの誰かと一緒に見たくもない映画を…ってあれ、もう一人誰だっけ?

俺の記憶の中でもワースト100に入るほどの嫌な記憶だった。

(…なら何故OKしたんだろ?)

帰り道、当然の疑問が沸いてきた。

俺は自身に対して変な嗜虐思考でもあるのか?

Mなのか? 俺はMなのか!?

(…いや違うな、きっとやり直したいんだと思う)

俺自身よく分ってはないが何か後悔したことでもあったのだろうか?

来週の約束の日まで時間はたっぷりとある、ゆっくりと考えようじゃないか。




[20239] 8話:映画鑑賞(その1:私服があああ)
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:26
少し時間をなめていた。

ここまでの1カ月あっという間に過ぎていたのだ、1週間なんてあるようで無いようなものだった。

口では暇だ暇だ、と言っても、それなりに楽しんで充実した日々を送れているんだなぁと思い苦笑した。

(結局、俺の卑屈な頭じゃあ何に後悔したのか分らずに当日になっちまったなぁ…)

土曜日の朝の二度寝という至福を妹に文字通り『叩き』起こされて、やむを得ず起き上る。

「おにいちゃん朝だよ」

「そんなことは分っている」

「…何の日か忘れたの?」

いいえ、しっかり覚えている、だが俺は卑屈の塊だぜ?

「ああ、忘れ…ぐほっ!」

「…」

「す、すみません、思い出しました」

「よろしい」

俺が起きたのを確認してうふふと笑って一階に下りていく。

ご機嫌じゃあないか。

「…まぁ至極退屈な土日を過ごさなくていいだけマシか」

学校も部活もない俺にとっては土日はヒマで仕方なかった。

土日なんて二度寝とトレーニングぐらいしかすることがなかった。

それはそれで有意義なのだけど、学校に行けば中西をいじれる、って中西ってそんな役柄だっけ…?

少し残念な位置づけの中西に同情しつつ、出かける準備に取り掛かる。

しかし、そこで気づく。

「こ、これは…」

タンスをひっかきまわして、ありったけ服を出してみたが悲惨な私服しかない。

「ぐああああ盲点だったあああああああ」

当時、まだお洒落に目覚めていなかった俺は親の買い与える服をそのまま着ていた、それに何の違和感も感じなかった。

しかし、これは酷かった。

当時の俺が可哀そうになってきた。

約束の時間はお昼の13時、今は9時半。

これならまだ何とか間に合う。

凄い勢いで2階から駆けおりてくる俺を見て母親も妹も驚いていた。

「母さん、金くれ! 服買ってくる!! そして妹よ! 朝に起こしてくれて助かった、恩に着る!!」

開口一番それだ、二人とも唖然としている。

「え、あ、うん? 服ならいくらでもあるやないの?」

「たった今お洒落に目覚めた! 頼む、服を買わせてくれ!」

「これまた急な事で…」

「一大事なんだ、俺のこれからの人生がこの私服に左右されると言っても過言ではない!」

過言だった。

「大げさな…まぁいいわ。これから丁度買い物行くし、一緒にいらっしゃい」

「ああ、助かる!」

そう言って2階に戻り悲惨な服の中から無難な物を選びだして家を出た。

やってきたのは近隣のショッピングモールで何とか妥協できる服ぐらいは探せそうだった。

「先に服見てきていいか?」

「構わんけど、あまりあちこち行かんといてね?」

「? 携帯で…」

そこで思い出す、俺が携帯を持つのは今年の夏のことだった。

「いや、何でもない。わかったそうする」

怪訝そうに俺を見送って母親も妹を連れて買い物に向かっていった。


…何なんだこれは。

衣料を売っているところまでやってきて俺は愕然とした。

デザインが不服なわけではない、むしろ良い物が多い。

値段もそこまで高いワケではなく、むしろ安いと思う。

個人的にフォーマルな服装が好みだったのだが、この時代にはそんな物は少なかった。

それでも十二分に妥協できる衣料はいくらでもある。

だけど何より自分自身に問題があった。

自身の身長に合う服が子供服しかなかったのだ。

成長期を過ぎてない俺はまだ140cmと非常に小柄だったのだ。

『orz』とはこのことか…。

ギリギリ妥協できたのが黒ベースの裏地に赤のチェックの入った半そでのパーカーとスリムフィットのジーパンとそれに合うベルトだった。

シャツは家にあるので十分だろ…。

いや考えてもみろ、家にある服で行くのと今この服装で行くならばどちらが拷問だ? 答えるまでもないだろう? 十分だ十分。

「どう? 決まった?」

「ああ悪い、決まったよ」

母親と妹も買い物を終えたらしく、こちらにやってきていた。

「意外…」

「何が?」

「おにーちゃんもっとセンス無いと思ってた…」

「失礼な奴だ、これでも妥協したんだぜ?」

店の中で言うセリフじゃない、店員さんが聞いてたら気を悪くする。

「おっと失言だったな…」

「何か言った、おにいちゃん?」

「いんや、何でも。母さん、この3つ頼むわ」

「はいはい」

そう言って俺から服を預かってレジで清算を済まし、時間も迫っていたので、すぐに帰った。

真新しい服に身を包み、若干良い気分で家を出る。

逃亡生活の時は服も奪った金品が多いときにしか買えなかったからな…。

風呂もまともに入れた記憶なかったな。

「二人とも気をつけて、いってらっしゃい」

「はいよ」

「うん、お母さん。いってきまぁす」

そして二人揃って自転車に乗り駅まで向かう。

「おにいちゃん」

「ん?」

「今日って…4人で行くんだよね?」

「そう聞いた」

「私とおにいちゃんと上村さんと…もう一人は?」

「んぁ知らね」

そう言えばまだ聞いてなかった。

と言うか思い出さずのまま一週間経ってしまった。

そう言えば誰だっけな…?

そうしているうちに駅付近の駐輪所に着き、そこから徒歩で駅に向かう。

駅前のロータリーで待っている上村が視認できた時。

「上村さぁん!」

そう言って妹が駆けていく、ちょおま…!

いや落ち着け俺。

ここで上村に弱みを握られては、この先の学校生活が残念になりかねん。

冷静にだ、冷静に。

その時、こともあろうか妹は上村に抱きつきやがった。

何かが切れたような音がした。

「ははっ、久しぶり。優季ちゃ…ぐふっ。な、何をする!?」

「貴様が悪い」

冷たい目で崩れ落ちた上村を見降ろしながら言い放つ。

加減はしたしボディに打ち込んだから目立ちはしないだろう、加害者の思考だけども。

「おにいちゃん…」

「妹よ、これが俺とこいつとの挨拶みたいなものなんだ。俺だってよくボディに打ち込まれるんだぜ?」

ウソじゃあない、過去ならこれの何倍喰らったことか。

「…」

「ああ、分ったよ! 俺が悪かった!」

じとーっと睨まれて仕方なく謝る俺。

その光景も情けなかったが、感情をコントロールしきれなかった自分がもっと情けなかった。

(俺、妹離れできるんだろうか…?)

ちょっと真剣に考えてしまった。

「何だか楽しそうね、ごめん遅れちゃって」

そんなこんなで俺と優季と上村でじゃれていたところに、ついに4人目がやってきた。

「お前は…」

入学式の日、トイレ前で会ったあの子だった。

あの時は混乱していて結局誰なのか思い出せなかったが…。

「西浦さん…」

「やっ南雲君、上村君、今日は誘ってくれてありがとねっ。それと…南雲君の妹さんだっけ? はじめまして、西浦かなみですっ」

西浦かなみは学校でもトップ10に入る美少女(俺基準)で頭も良く、運動もそこそこ。

よくある典型的な秀才美少女だった。

「あ、はじめまして…南雲 優季です。幼い兄がいつもお世話になっています」

「なってねえよ」

「あ、及ばずな兄が…」

「突っ込んだのは、そこじゃねえ」

こいつ…どこまで俺を貶める気だ?

「あはっ可愛いねぃ、ぎゅーっとしたくなるよっ」

「そんなことないですよ、西浦さんの方が…」

「かなみ、でいいよっ」

「あ、はい、かなみさんの方がきれいですよ…(上村さんは渡しませんが…)」

「そう言ってもらえると嬉しいなっ、ありがとねっ」

そう言って西浦は屈託なく笑う。

最後にぼそっと言ったのは隣の俺だけに聞こえたようだ。

この妹、兄ながら恐ろしいぜ。

「まぁとりあえず行こうぜ」

「ああ、そうだな」

そう言って4人、駅へと向かった。



[20239] 9話:映画鑑賞(その2:抗うことは人間だ)
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:26
昼の電車とは言え休日のせいか、ホームはそれなり混んでいた。

それでも何とか補助シートを確保できたので女性2名を座らせる。

よく考えればこういった気遣いを上村は当り前のように行う。

同じ年でよく出来た奴だった。

今でこそ精神年齢20歳近い俺だから、その配慮が当然のように思えるが、当時そんな気遣いをした覚えがなかった。

まったく幼かったもんだな、当時の俺も。

「映画楽しみですねぇ」

西浦が本当に楽しそうに言う。

「そうですねー、楽しみで昨日はよく眠れませんでしたぁ」

うそつけ、思いっきり寝てたじゃねえか。

「…何?」

「いや、何でもない」

無駄に勘の鋭い妹だ。

「そ、そう言えばアリサッサと路肩の石だけどさ」

…無理やり会話を変えてみようとしたが、その後に続く言葉が見つからず焦る。

「えっと…つまりアレだ、どんな映画なんだ、上村?」

「え、俺に振るんかよ」

「それが一番事故りにくいと推測した」

「俺が貰い事故ったよ!」

「上村のくせに突っ込むとは生意気だ」

「何やねん、その偏見! …大体その質問おかしいだろ、俺もまだ見てねえよ」

あ、確かに…かなり取り乱していたようだ。

「あははっ二人とも面白いねぇ」

「上村さんは面白いですけど、おにいちゃんは滑稽です」

「ひでえ…」

ここから駅に着くまではいつぞやの食卓同様、俺の批判でやたら盛り上がった。

やっと駅に着いて会話が一時中断されたので本当に助かった。

これから先が思いやられるぜ…。

早くも気力ゲージがどんどん下がっていっている気がした。

「んー、まだ次の上映まで結構時間あるな」

上村が映画の時間を確認しながら言う。

「じゃあせっかくこんなところまで来たんだし、色々見て回ろうよっ」

「かなみさんに賛成でーす」

「俺も構わんよ」

「じゃあどこか行きたいところある?」

「私は服とか見たいなっ、優季ちゃんはどう?」

「そうですねぇ…私も服見に行きたいです」

「じゃあ行こうぜ、ほら南雲も」

「ああ」

一度映画のフロアから出てショッピングモールへ向かう。

地元と比べると可哀そうになるほど大きくて華やかなショッピングモールだった。

やはり人口密度の差だろう、僕らの地元はそれなりに田舎なのだ。

西浦も優季もあちこちの店を回って、きゃいきゃい騒いでいた。

上村は二人の選ぶ服を真剣に見て似合ってるとか何とか言っている。

俺は? と言うと…。

「ふぅ…」

一人まいってベンチに座っていた。

人の多いところに長時間いるのは正直辛かった。

まだあの頃のクセが抜けきれず、どうしても周りに気を配ってしまう。

更に言うと今の俺はまともな武器を一つとして持っていない。

そんな状況で…と考えただけで恐ろしかったが、何とか表面に出さないように更に気を遣っている。

せっかく皆楽しそうなのに、それを壊したくなかった。

「よう、大丈夫か?」

気づけば上村が目の前にいた。

「ああ、何とか。ちょっと人に酔ったみたいだ」

そう言って苦笑する。

「ほらよ」

そう言って缶ジュースを投げてくる。

「お、ありがたい」

「アクエリで良かったやろ?」

「奢ってもらって文句言わねえさ」

「貸しだよ」

「えっと…いくらだった?」

「そんなに俺に貸し作るの嫌なのかよ!?」

「冗談だよ」

そんなやり取りで少し気が紛れた。

「楽しそうだよな…」

「お前は楽しくないのか?」

「いや、そんなことねえよ」

ただ過ごしてきた時間が違いすぎる。

純粋に楽しもうとしても、それに対しどこかで体をこわばらせて身構えてしまう自分がいる。

いつ失っても耐えれるように…。

「お前、変わったよな」

「優季にも言われたよ」

「そうなんか?」

「ああ…どう変わったように見える?」

「何と言うか…目が変わった」

「目…?」

「ああ、春休み何かあったんか?」

「…いや別に、聞いていいか?」

「ん?」

「俺の目はどんなふうに見えるんだ?」

「…何と言うか」

上村はそこでつまる。

「ああ、いいよ無理に答えなくとも」

言われずとも分かる、俺は殺人鬼だしな。

「…これでもな抗ってるんだぜ?」

「は?」

「抗っている間は俺も人間だと思っている、それだけだ。中学生には難しいけどよ」

「…お前も中学じゃねーか」

「ははっ、失言だったな。つまりアレだ、これからも普通に付き合ってくれってことだ」

「…何それ、おにちゃん。告白?」

ふと後ろを見ると西浦と妹がいた。

「…付き合ってくれって」

西浦が何だか嬉しそうな目でこちらを見ている。

「…後半部分しか聞いてねえだろ、お前ら。それに西浦よ、お前の妄想のようなことは決して起こらない」

「南雲君が私の思考を勝手に読んでくる! エッチー!」

「おにいちゃんデリカシーないよね」

まだ俺をいじる方向は続いてるらしい…。

とりあえず話を変えなければ。

「それより…もういいのか?」

「うんっ、そろそろ時間だしねっ」

「もうそんな時間か。そろそろ行こか、南雲」

「ああ、そうだな」

そうして最初に入った映画のフロアに戻って、前売り券を渡して早めに入場する。

「何か要る物あるか? 飲み物とか」

入る前に俺が聞く。

「あ、そうだね。私も行くよっ」

「いや別にいいよ、俺が買ってくるからさ」

「一人じゃ大変でしょ?」

「ん、大丈夫さ」

「飲み物何あるか見たいしねっ」

「そうか、じゃあ上村、優季は席を頼む。二人は何か欲しい物あるか?」

「はいよ、俺はコーラ」

「私は100%オレンジ」

「100%かどうかはさておき、分った」

そう言って西浦と売店に向かう。

「手伝わせて悪いな」

「ん、全然っ」

「…ん? どうした?」

気づくと西浦がじーっとこちらを見ていた。

「いんや何でもないっ」

そう言って笑う、けど何だか少しぎこちない。

「そうか…」

少し疑問にも思ったけど、あえて触れないことにした。

ようやく売店で買い物を終え、二人の元へ戻ろうとした時、二人で話しこんでいる男が前も見ずにこちらに来るのが見えた。

危ないと言う間もなく、西浦が男にぶつかりそうになる。

何とか無理やり男と西浦の間に体を入れるが小柄な俺が止め切れるわけもなく、西浦にも少しぶつかってしまう。

「…っと」

「わたたっ…!」

俺は何とかバランスを取るが西浦は右手に持っていたオレンジジュースがワンピースの胸あたりに少しかかってしまう。

「大丈夫か? 西浦」

「ん、何とか…?」

「あ? 気をつけろ、ぼうず」

そう言って行ってしまう二人。

何か枷が外れたような気がした。

ふらっと反転して…。

「南雲君!」

そこで呼び止められた。

「大丈夫だからっ」

そう言って今度は屈託なく笑う。

「…胸元、濡れてるぜ」

我ながらデリカシーの無い物言いだ。

「え、あ? ホントだ!」

気づいてなかったのかよ…。

「ほらよ」

そう言って一度ジュースをテーブルに置き、ハンカチを差し出す。

「あっ、いいよ持ってきてるからっ」

そう言ってポケットを探ろうとするけど西浦は両手がジュースでふさがっている。

「持つよ」

「あ、ごめんっ…」

ちょっと赤くなって俺にジュースを渡す西浦、やべぇ可愛い。

きれいな白いワンピースだったのに取れきれず黄色いシミができてしまった。

「大丈夫だよっ、家帰って洗濯すればっ。二人も待ってるし、いこ?」

「…ああ、そうだな」

映画館に向かう最中、俺は普通を装うのが精一杯だった、むしろ装えているのかも分らなかった。

館内に入ると実に良い席をキープした二人が迎えてくれた。

「二人ともおかえり」

「ただいまっ、良いトコ取れたねぇ!」

「うん、かなみさんが買い出しに行ってくれている間に。ありがとね」

画面から程よい距離で中央付近の席を4人は確保できた。

「…どうかした? おにいちゃん」

相変わらず鋭い妹だ。

「…何でもねえよ」

そう言って席に腰かけ、そのまま黙る。

「南雲君…気にしなくていいよ?」

「ああ、気にしてねえよ」

そうは言うが明らかに言い方が装えてないのが自分でも分る。

間もなく映画が始まった。

しかし映画の内容が頭に入ってくることはなく、先ほどのことが頭から離れなかった。

…黙って席を立つ。

「…どうしたの?」

隣に座っていた西浦が気づき、奥の二人も気づく。

「いやお恥ずかしい話だが、ちょっと飲みすぎたっぽい」

「あ、そっか。ごめん、いってらっしゃい」

暗い場内だったので表情は読まれていないだろう。

軽口を叩くように言えたと思う、怪しまれてはいない。

…抗っているうちは俺も人間だと思っている。

でも、こう簡単に流されるものか。

館内のドアを開け明るいフロアに出る。

もうあれから随分時間が経っているので、まだ周辺にいるとは限らない。

でも…。

「許さねえよ」

そう呟いて映画フロアを後にした。



[20239] 10話:映画鑑賞(その3:ぱっとふらっと消えちゃいそうな人間の俺)
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:27
どこだ、あいつらはどこにいる。

男物の衣料売場からトイレなど行きそうなところを回り続ける。

「もしいるとしたら…ここが最後だな」

ゲームセンターの前に立ち俺は呟く。

ここを探していなければ諦めよう、あれから20分ぐらい経っている。

流石にこれ以上はマズイ、3人に勘付かれそうだ。

そう思いながら奥に進んでいくと見覚えのある男を視界の端に捉える。

ぶつかった奴の隣にいた男だった。

男に気づかれないように後ろから近づく。

「…動くな」

「あ?」

間抜けな声が返ってきて振り向こうとする男。

俺は首に突き付けた2本の刃物をそれに合わせて動かしてあげるほど優しくない。

当然刃が首に食い込む。

別にそのまま切れて死んでも構わないけど。

安っぽい刃は引かなければ、まず切れない。

「なっ!? お、おまえ」

「もう一人はどこだ?」

「も、もう一人って?」

「俺に映画のフロアでぶつかった奴だ」

「あ、あいつなら今トイレだよ!」

「…そうか、好都合だな」

そう言って刃物をしまう。

以前使っていたナイフと比べると悲しくはなるけど。

家庭科の実習で使う裁ちバサミを止める中心の金具を外して2本にして使っている。

裁ちバサミは他の物に比べて作りがしっかりしていたので、それなりに使うことはできた。

「お、お前正気か?」

解放された男が俺に向かって言う。

「正気の人間がこんなことすると思うか? …いや失言だったな、人間じゃないし」

そう言って返事も待たずにトイレに向かう。

ドアを開くとお目当ての男がいた。

「探したぜ」

「あ?」

そういって振り返る男。

だが遅い。

刃を男の右膝あたりに向かって振り下ろした。

深々と刺さったハサミをそのまま回転させると、骨が外れる感触が伝わった。

「ぐぁ!」

男の膝は体重を支えきれなくなり、その場に崩れる。

「良いことを教えてやろう。本来、『殺す』より『壊す』方が得意なんだ。『殺す』は警察に追われている最中『壊す』を短縮したら、そうなっただけなんだ。まぁ何と言っても世間的には殺人鬼だけども。」

そう言って男を見たが膝の痛みに、のたうち回っていた。

みっともねぇ。

「…聞いちゃいないね、まぁいい」

そう言って男の髪を乱暴に掴み、顔を引きよせる。

ぶちぶちっと髪が切れたり抜けるようなする感触が伝わる。

「二度と俺の前に現れるな、次に見たら壊しつくす」

そして男の頭を解放し、その場を去った。

「…おっと」

トイレを出てすぐ気付く。

まだ血に濡れたハサミの片方を手に持ったままだった。

「流石にこれはマズイな」

そう言ってトイレに戻るとうずくまった男がビクっと跳ねた。

「ははっ、もう何もしねえよ」

そう言って男をまたいでトイレの個室に入りトイレットペーパーで刃物の血を拭き取り、それをズボンにしまう。

「じゃあな」

清々しい顔でそう言って俺は映画フロアへと戻っていった。



「…」

「…」

「…」

「…あれ?」

そんなに席を外したつもりはなかったのだが…。

フロアに着くと3人とも既に外で待っていた。

「えっと、もしかして終わった?」

「…うん」

「どこ行ってたんだよ、お前」

「い、いやちょっと、そのね…」

「どこ行ってたの、おにいちゃん」

「すみませんでした…」

壁にかかっている時計に目をやるとここを出てから、何と1時間近く経っていた。

恐る恐る手元の腕時計に目をやる。

(と、止まってるー!)

よく見れば長針と短針の位置も逆だった。

そして帰りの電車、行きと同じくして俺の非難話に花が咲きましたとさ。




帰り際、駅に向かう最中に何台かのパトカーとすれ違った。

その方向を見ると救急車も止まっており、男が搬送されるところだった。

…あーやっちまったなぁ。

もう少し抗えると思ってたんだけどな。

結局、気を遣っていたのも無駄に終わり、最後の最後にすべて台無しにしてしまった。

そのうち、また俺のところに警察がやってくるんだろうな、慣れてるけども。

殺さなかっただけマシか…。



[20239] 11話:平和だなぁ…。
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 05:27
あれからテストも終わり、一応精神年齢20歳ぐらいの俺は10位以内に食い込むことができた。

むしろ十近くも年が違うのに、まだ上がいるのか。

一生かかっても絶対に抜けそうにない奴もいるけど。

中学の3年間、全教科1位をいう偉業を達成し地元の進学校に入学、そしてその3年後「日本だとこれ以上の学校無いから仕方なく…」と言って東大に入るような奴だった。

っと、話が逸れた。

あの日から既に2週間以上経っていた。

しかし家に警察が訪れることはなかった。

監視カメラの映像から個人の特定など容易にできるはずなのに。

「考えても無駄か…」

「んっ、何が?」

「おっ、いたのか」

ふと横を見ると西浦がいた。

ちなみに、こいつも俺よりテストの順位が上だった。

映画見に行った日以来、なんだかよく話すようになった。

「いや、これからの日本の政治の行き先について考えてた」

「規模でかっ!」

「このままでは赤字がどんどん膨らみ、そしてグダグダな首相が続いて辞めまくって非常に残念なことになるのではないか、そう思うんだ」

全部歴史上のこと。

それほど詳しいわけでもなかったので誰だったかは忘れたが、小泉さんの後に任期全うした首相いなかった気がするんだよな。

「へ、へぇ…それは大変だねっ」

「まぁ考えたって先のことなんて分らねえし。と言うか、どうでもいいし」

「どうでもいいこと考えてたのっ?」

「ああ、それが俺の趣味」

「へ、へぇ…」

その時始業を知らせるチャイムが鳴り響く。

「ほら授業始まるぞ、席戻りな優等生」

「あ、うんっ。またねっ」

何か言いたげだったが、仕方なく席に戻る西浦。

それにしてもやはり不可解だった。

(あの男が俺のことを言わなかった? いやその程度じゃ警察は動く、あいつが俺を擁護した? とは考えにくい…)

それから更に1カ月経っても俺は警察のお世話になることはなく、危機感も薄れ忘れていた。

時は6月の半ば、梅雨に入り雨の日が続く。

大学に入ってからは雨の日は休んでいたので、これまた新鮮でもあるが、正直辛い。

「…やってらんねえ」

「今日も校内で筋トレか?」

「ああ、最近こればっかりだぜ、ボール蹴りてえ」

そう言って嘆息する中西。

あれから席がえが2度あったのだが、何故か周囲に必ずこいつがにいる。

次も近くになったら運命を信じざるを得ないな…。

「にしても、結局お前部活入らないんだな」

「今はどっちでもいいんだけどな」

「お、なら入れよ」

「だが断る」

「…それってどっちでもよくねえじゃん」

そんな適当な世間話をしていると6時間目の始業のチャイムが鳴り響き、授業が始まる。

(…退屈だ)

あの日以来、壊す感覚を取り戻してしまって、自制が効かなくなってきている。

嫌いだから壊す、邪魔だから壊す、敵だから壊す、だけでなく。

好きでも壊す、可愛くても壊す、面白くても壊す、どっちでもいいけど壊す。

何でもいいから壊してやりたかった。

最近は飛んでいる虫を捕まえては羽を捥いで生きたまま地面に放ったりして、何とか衝動を抑えているけども。

これでも『まだ抗っている、俺は人間だ』と言えるだろうか?

そう考えると苦笑せざるを得なかった。

「南雲くーんっ?」

「ああ、どうした?」

また思考にふけっていると西浦が声をかけてきた。

いつの間にか授業は終わってたらしい、期末テストが心配になった。

「あのね、来月の球技大会のことなんだけど…」

「ああ、断る」

「まだ何にも言ってないってば!」

「そう言えば西浦、体育委員だっけ?」

「うん、そうなの。そこでチーム分け考えてたんだけど…」

「頑張って。俺帰るわ、じゃあな」

「ちょ、最後まで話を聞いてよぅ…」

涙目になって俺の裾を掴んでくる。

これイジメたら可哀そうかなぁ、とかとか思いつつ、あの日散々いじめられた恨みはまだ忘れちゃいなかった。

「ああ悪い、聞くだけ聞いてやるよ」

「う、うん、男子はサッカーとバレーあるやんかぁ?」

「あ、そうなの?」

「…そうなの、で南雲君は小学校の時サッカーやってたんでしょ?」

「ああ」

「だから、サッカーの方のキャプテンしてくれないっ?」

「…何で俺? 中西や上村がいるだろ、俺よりあいつらの方が上手いし」

「部活が忙しくて無理って断られたの…」

「…で俺と?」

「…うん」

「他を当たれ」

「あう…」

恨めしげにこっちを見てくる西浦。

「…分った、やってやんよ」

「え、ホントっ!?」

「じゃあウソ」

「あうっ…」

「冗談、やってやるさ」

「ありがとっ!」

さっきまで涙目やったのに一瞬にしてあの屈託のない笑顔になる。

「で、何をすればいいんだ?」

「ん、また当日のスケジュール表を渡すから、それに従って皆を引率してくれればいいの」

「その程度お安い御用さ、任せたまえ」

「はいっ、お任せしますっ! ついでに期待もしてるよっ!」

「まぁ応えれるかどうか分らないが努力はする」

「ありがとっ、それじゃ私これから委員会あるからっ!」

「おう、またな。っておい、廊下走るな! また転ぶ…ってあちゃあ」

雨でぬれた廊下は凶器的な滑り具合を発揮するってのに…。

「あたたー…」

「おい、大丈夫か?」

「ん、何とかっ。ありがと」

手を貸し起き上らせる。

「…こんなこと前にもあったよね」

「ああ入学式の日だな、あの時も派手に転んだよな。パンツ丸見えだったぜ」

痛っ、殴られた。

「じ、冗談だよ」

「まったく、もう…」

真っ赤になった西浦は非常に可愛かった、こいつもイジり甲斐があるな。

「それより時間、大丈夫なのか?」

「あ、そうだった。またねっ」

「またな、今度は走るなよ」

そう言って西浦の後ろ姿を見送った。



[20239] 無法地帯指定法【ちょっとサバイバルとかなりのコメディとちょこっと恋愛】 1話:開始
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 16:59
人間は知らぬ間に鎖でがんじがらめにされている。

環境に縛られ。

人に縛られ。

宿命に縛られ。

権利と義務を否応なく押しつけられ、国家に縛られる。

そして先人の作り上げてきた法律や道徳観念に縛られる。

もしそれら縛るもの、つまり枷が無くなった時、人間はどうなるのだろうか? 人間は弱く脆い。しかし、それ以上に怖いものだと思うのである。
 




都市部に並び立つ高層ビル群。

ガラス貼りの高層ビルは厳しく照りつける日光を反射するため、隅々まで無駄に照らし、避暑することもできない。

都市部温暖化とはこのことか! と一人納得しながら、汗をだらだら流して私こと都高 舞歌 (みやたか まいか) は歩いていた。

そういえば休日の真昼間から何故こんなところにいるんだろう? とにかく暑いって。

街頭の温度計は三十四度を指し、絶好の暑さ。周りをゆく人々もうんざりとしたような表情で、汗を流しながら歩く。

七月後半、全中学生は学業から解放され、やっと夏休みに入ったばかりだ。

最近になってようやく梅雨明け宣言が出され、空も綺麗な青色を取り戻してきたところ。

七月にまで梅雨がずれ込むとは、もはや季節と月が一致してない。うるう年の意味もないように思えた。

それでも夏休みまでに梅雨が明けてくれたのは何よりだった。

梅雨が明け、ここ一週間で気温が急に上がって、非常に厳しい天候が続いている。

やはり地球は温暖化しているのだろうか? と自分でも驚くほど興味のない思考が頭をよぎる。

ああ、暑さで頭も逝っているのだろうか?

ダメダメ、気をしっかり保て、とりあえず私は何をしにきたのかを思い出せ。

そうそう、前を行くこの子と何故か遊ぶ約束しちゃったんだよね、それにしてもこんなところまで来て、どこに行くつもりなんだろう?

うーん…分らん。

私たちは地元を遠く離れ、関西の中枢都市にわざわざやって来ていた。

別に遊ぶだけなら地元で良かったのではないか、と思う。

私たちの地元だってここまで賑わっているとは言えないが、それでも十分遊ぶのには困らない。

「ねえ」

仕方なく、前を行く同級生である十崎 零 (とざき れい) に聞いてみようと呼びかけてみた。

「…」

あれ? 軽やかにスルー、聞こえてないのかしら?

「…ねえってば」

「…」

イラっと。いやいや負けるな、頑張れ私。

「おーい?」

「…」

心の奥底で何かが切れる音がした、もう頑張らなくていいや私。

背後に忍び寄り、手のひらを振りおろす。

ばしん、イエイ会心の一撃。

「ぐあっ! 貴様何をする!?」

ようやく振り返り、怒り狂う十崎。

しかし声調が変わるだけで表情は変えない、毎度の如く不思議な子だった。

「散々呼んだのに無視するあんたが悪いでしょ?」

「あ? 呼ばれた記憶なんてねえぞ。…って、このクソ暑い中、何してたんだ?」

何と、記憶まで飛んでらっしゃる? そんなに強くぶった覚えないわよ?

「…いや十分痛かったっす。で、何か?」

内心が口をついて出てたらしい。

って違う違う、大幅に話がそれた。

しかし本題に戻ろうとしたところで、ふと首をかしげる。

「あー…何だっけ?」

「人殴りつけておいて何だっけとは何だ!」

「何回呼んでも気づかないんだもん。あ、思い出した。何故こんなところにまで来たの?」

「あ? えっと…」

あら?何だか歯切れが悪い。

「まさか何も考えてなかったとか?」

「いやいやそれはねえよ! わざわざここまで来る意味もないし…だがしかし暑さにやられて、何を考えてたのかも忘れた」

「…」

「…」

「…」

「すみません、俺が悪かったです…」

冷たい視線を向けたまま黙殺する私に、折れた十崎。

「よろしくないけど、まぁ許す」

「と、とりあえずさ、どこか喫茶店でも入ろう、本当に暑すぎる」

「十崎にしては良案だね、賛成、奢ってよね」

ぐあ、と悲鳴を上げる十崎、でも文句は無い。

反省しているようなので、あまり怒るのも可哀そうだし割り勘でいいかな、そう思ったとき。

『キーン コーン カーン コーン』

急にどこかのスピーカーが学校で鳴るようなチャイムを奏でる。

私も十崎も呆気にとられるしかなかった。

当り前のことだがここは学校ではないし、近くにも見当たらない。

「はぁ?」

あまりにも予想外で思わず間抜けな声が出てしまった。

「ま、まさか…」

そう言った十崎の顔は青ざめている。

彼は急に鳴り響いた『チャイム』の意味を理解しているようだ。

普段ポーカーフェイスの十崎が露骨に青ざめて表情を出すほどだ、あまり…というかとてもよい予感がしない。

「十崎、何なの?」

「そんなバカな、『無法』法だと?」

それを聞いた瞬間、私も完全に言葉を失った。

正式名称、『無法地帯定期指定法』。

施行されて五年がたつ。犯罪心理学や枷(法)のない状況下での人間の行動心理学、その他諸々の研究や実験のために施行されたというのが表向き、だが実際はお偉いさんの道楽趣向で作られたとんでもない法律だ。

その為に月一で全国からランダムに地域を選び、その地域を一定の時間において無法化する。

窃盗、強盗、強姦、殺人、何でもOK、規定時間内なら何をしても罪に問われないと言うふざけた法律である。

だが合理的な側面も持つのでもあった。

指定された地域の老人の生存確率は十パーセント未満、ここ五年で六十五歳以上の死亡は三割も増加した。

逃げ遅れ、略奪や強盗の被害でそのまま亡くなってしまうのだ。

これにより年金の支給も随分と減り財政難に歯止めがかかってしまったのだ。

それ以外にも破壊された町の修復には公が仕事を提供して早期修繕に努めるので、地方自治体や労働者にもお金が流れた。

就職難の現状を打破するとも言われているが、その騒動で仕事を失う人もいるということは考えていないのだろうか?

ともかく、その酷い法律の始まりを告げる合図が学校などでよくつかわれる『チャイム』であった。

つまり、私と十崎はその通称『無法』法に偶然、巻き込まれてしまったのだ。

「えっと、マジッすか? 十崎さんちょいっと頬つねってくださいな」

「いやいや、都高さん、落ち着いてください。つねるまでもなくマジっすよ。ってイタタタタ! オイ、コラ! 俺をつねるな!」

ああ、痛いらしい。

現実なのか、オーケイオーケイ十崎の言うとおりだ、落ち着け私。

まずは現状把握に努めよう。

『無法』法に巻き込まれました。

そして今のパーティーはか弱き女子中学二年生と頼りにならない同級の男子中学生。

武器なし、防具なし。えっと、つまりこれは…。

「大ピンチ!!」

「俺の頬もピンチだよ! いい加減、その手を離せ!」

「あ、ごめん」

ふと気がつくと私の手はまだ十崎の頬をつねっていた上に酷く引っ張り上げていた、とりあえず解放。

「ったく少しは落ち着け!」

喚き散らす十崎を見て、私は心の中で突っ込みを入れる。

(…お前もな)

でも一度怒鳴っただけでその後の彼は至って冷静だった。

「とりあえず範囲と時間の指定が放送で流れるはず、それを聞いてどちらに逃げるべきか考えよう」

と、十崎が言い終えたと同時にスピーカーから男性の声が流れ始める。

『皆さん、ごきげんよう!これより無法地帯を開始します。お陰さまで早くも施行から五年目、今回は何と第六十回記念ということで地域も時間もグレードアップ!指定地域は府内全域、時間は六時間、たっぷり無法の時間をお楽しみください!ではでは無法開始です』

「…」

「…」

絶句とはこのことか。

それにしても何故六十で記念にするんだ?五十とかもっと切の良い数字にしろよ。

とかとか、至極どうでもいいことに思考を割いている場合ではなかった。

「ねえ」

「何だ」

予想外、一度で反応が返ってきた。

「これは…?」

「正直やべえ、ここからだと範囲外に出るには遠すぎで時間も長い。これは逃げれねえ」

「電車とか…動いてるわけないね」

「はっ、確かに動いてたら奇跡だな。だが、それぐらいしか逃げ道もないけどな」

そう言い苦笑する十崎。

ふとその十崎のずっと後ろにじぃっとこっちを見ている男がいることに気づく。

うわぁ凄く嫌な予感。

するとその男は顔をにたあっと歪ませ、こちらに向かってくる。

…面倒だなあ、どうしよう。

「おい?」

反応のない私を見て不思議に思った十崎が声をかける。

けど、答えない。

実のところ聞こえちゃいなかった。

もはや、その男のことしか意識に入ってこなかった。

不信に思った十崎が私の視点をたどり、その男に気づく。

「…ッ、逃げんぞ!」

私の手を引き走りだす十崎。

急に逆方向に引っ張られバランスを崩しかけたが、ギリギリで踏ん張り走りだす。

後ろを振り返るが追ってくる気配はない。

ふと、昔にもこんなことあったなと思い出が一瞬頭をよぎった。

それから、どれぐらい走ったのだろうか。

しばらくすると十崎が周りを確認しながら速度を緩める。

「はぁっ、ふぅ、もう追って、こねえな」

そう言って座り込む十崎。

私たちは見晴らしのいい公園の敷地内にいた。

今のところ周りに人の気配は感じない。

「みたいね。てか大丈夫?」

十崎を見ると結構苦しそうだった。

「はっ、大丈夫さ。にしても年はとりたくねえな」

お前はじじいか、と突っ込みそうになるのをギリギリでこらえて十崎に手を貸す。

「…悪いな。てか何でお前そんな余裕なんだ?」

「日ごろの行いだよ」

「はっ、使い方違うだろ。それに日ごろは部活で結構走ってるぞ」

「あは、確かに」

そう言えば十崎はサッカー部だっけ。

そのおかげか、すぐに息が整う彼は突っ込む余裕すら出てきたようだ。

「ん? でもお前、部活してないだろ」

「ん、まぁね。とりあえず、ここ目立つし移動しなきゃね。十崎、いける?」

「ああそうだな、行こう」

軽く流す私を怪訝そうに見ながら、先に公園を出ようとする私に十崎もすぐ追いつく。

「とりあえず、交通網が生きているとは思えないが、逃げ切るにはそれしかない。駅に戻ってみよう」

「うん、そうだね」

十崎の提案を肯定して、私たちは公園を出て慎重に足を進め出した。

先ほどまでの澄み渡る青い空はいつの間にか姿を消し、どんよりとした曇り空になっていた。

…まるで私たちの行く末を暗示しているかのように。



[20239] 2話:新規参入その1
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 06:14
公園を出てしばらく歩き始めると、まだ開始から一時間と経っていないのに町は酷い有様になっていた。

悲鳴や泣き声、怒声やら車のクラクションが遠いどこかで鳴り響いている。

すぐ近くにあるコンビニは窓ガラスが割られていると言うか、ほとんどガラスが残っていない状態、店内もすでに荒れ果てている。

こうなることを予想してのことか繁華街の店はほとんどシャッターを下ろしている。

そのシャッターですらあちこち凹みまくっている有様だ。

人気のない荒れ果てた商店街はスラム街のゴーストタウン化みたいな感じがした。

「酷いな」

十崎がつぶやく。

「まだ一時間と経ってないのにね」

普段はたくさんの人が行き通う駅前も遠くから響く音以外何も聞こえない。

大理石を敷き詰め、開発が進められた駅前のきれいな広場も既に荒れ果て、人の姿も見当たらない。

「はっ、人間ってこんなもんか」

十崎にしては珍しく顔をしかめながら言う。

「そんなうちらも人間ですよ。毒づいている場合じゃないよ」

「…そうだな。早く駅まで戻らねえとな」

先ほどいた公園より遥かに人が多い駅前に来ているのだ。

普段、人が多いことは犯罪を抑止するのに、現状は危険でしかない。何事もなく駅に辿り着けたが、構内も人の気配はない。

慎重に構内を進んでいき、発車予定時刻を示す電光掲示板が視界に入る。

しかし一切文字が現れず、交通網として機能している様子はない。

「やっぱり動いてるわけねえか」

舌打ちをしながら十崎が顔をしかめる。

「期待してた?」

「いや、そこまで期待してなかったけど。もし動いてるなら危険でもあるが外に出るには一番手っ取り早いだろ?」

「そうだけど…」

あまり期待してないとは言えども少しは落胆した様子が見えたので、茶化さないことにした。

あれ何だか緊張感ないなあ、私。

周りに人の気配がなく安心したのか、先ほどより少し大胆に十崎は進んでいく。

改札も機能してないようなので切符も買わずに通ることができた。

構内を進みホームに出てみたが、人一人いない。

電車が来る気配もまったくない。

こんな駅を見られるのは始発と深夜ぐらいだ。こんな明るい時間から無人の駅は不気味だった。

「やっぱり動いてないね」

「…ああ」

「戻ろっか」

「そうだな」

返事は曖昧、何か十崎は考え込んでいる。

「どうしたの?」

「いや何でもない、早く戻って隠れる場所でも探そう」

疑問を振り払うようにして十崎は反転して出口へと向かう。

私もその後を追った。

ホームを出て改札に差し掛かったところで、遠くないところから『カタン』と音が聞こえた。

油断もあり体がびくっと跳ね上がる。

二人とも動きを止め耳をすませていた。

すると女性の争うような声が少し遠くから響いて聞こえてくる。

「…や…ろ!」

気がつくと私は慎重に音の方に近づいていた。

女性の声がはっきりと聞こえ始める。

「やめろ! この変態!」

把握、どうやら女性が男性に襲われているらしい。

無法になったら殺人ですらオーケイなのだ、こんな輩も当然いる。

私は更に歩を進める。

だがそこで十崎に腕を掴まれ、止められる。

「何?」

振り返ると十崎が険しい表情で問う。

「むしろ何をする気だった?」

「助けないと」

「本気か?」

「こんなときにウソ言ってどうするの?」
「俺らただの中学生だぜ? 相手は大人かもしれねえ。とりあえず落ち着け」

「だからって見過ごせと言うの?私はそんなの絶対無理」

「だから聞け…っておい、待て!」

十崎が言い終わる前に腕を振りほどき走る。

十崎の気配が遠ざかる代わりに女性の声がどんどん近くなる。

駅内のトイレからその声は聞こえる。

静かにゆっくりと女子トイレに踏みこむ。

はっきりと二人の声を聞き取れる距離にまでやってきたようだ。

「へへ、大人しくしろって、運がなかったんだ。こんなところで俺に見つかるとはね。知ってるだろ?無法の鬼を」

「…鬼っ!?」

先ほどまで声を荒げていた女性が急に静かになる。

気づかれないように慎重に歩を進めていくと女性を押さえつけている男の後ろ姿を捉えた。

ここからではその男が影になって襲われている女性の顔は見えない。

男は静かになった女性に手を伸ばす。

だが触れることはできなかった。

「がっ!?」

男は呻きながら横に転がり、そのままひれ伏す。

女性は何が起こったのか理解できず、驚きの声をあげていた。

「なっ…!?」

「大丈夫?」

私は混乱している女性に静かに声をかけ、手を差し伸べる。

「えっと?」

「大丈夫、しばらく目覚まさないよ。これとないぐらい良い角度で入ったから」

長い髪を後ろで一つに束ねた、いわゆるポニーテイルの顔立ちが整ったとても綺麗な女性だった、…羨ましい。

男性の需要独り占めじゃないかしら?

その女性は未だ現状を理解できていないらしく、きょとんとしている。

男が影で私が後ろからミドルキックを入れたところなど見えるはずもない。

絶命してもおかしくないタイミングと角度で決まった。

しばらくは起き上がれないだろう、と思っていた。

打撃における体重差を甘く認識していたと言わざるを得ない。

男は蹴られた後頭部をおさえながらゆっくりと起き上がろうとしていた。

「ぐぅ、き、きさまあ」

「あらま、動けるの? 大したものね」

蔑むように男を見下す。男はこちらを睨みつける。

それなりに頭が回るらしく、ゆっくりと地面を這いながら私たちの退路を断つ。

まだ立てないようだけど回復され、飛びかかられたらひとたまりもない。

でも、ここで終わり。私には言いきれた。

何故なら男には見えてなくて、私には見えている者がいるから。

男の後ろには既に蹴りの動作に入っている十崎がいた。

もう一発、今度は側頭に蹴りを入れる。おお、ナイスボレー。男は声も出さずにその場に沈んだ。

受け身も取らなかったことから今度こそ完全に落ちただろう。

短時間に二回も蹴られ、実に可哀そうだな。

あ、同情なんていらないかしら? こんな下衆に。

男を見下していた視線を戻すと十崎と目が合う。

あれ、何だか顔が怖い。ちょっと茶化してみよう。

「イエイ、ナイスボレー」

「ふざけんな」

そう言う十崎の表情はかなり険しい。

これまた凄くご立腹のようだ。

やっぱり制止振り切って勝手に行ったのが悪かったのかな、当然か?

「見過ごせない」

茶化さずに真剣に言う。

「…なら次から先に動くのは俺だ」

あまりにも当然のようにさらっと言ったので今度はこっちが驚いてしまう。

「え、何で?」

「危ないからに決まってるだろう」

「えっと、そしたら十崎が危ないじゃん」

「直情的なお前よりお前の方がマシだ」

「む、聞き捨てならないなぁ」

「くすっ」

そんなやりとりを見ていた女性も最初は茫然としていたが不意に噴き出す。

「…何だよ」

十崎はそこに女性がいたことをすっかり忘れていたようでバツが悪そうな顔をしている。

「ふふっ、お嬢さん。彼はね貴方を守りたいんだよ」

「いいセリフですね。けどお姉さん、とりあえず服を整えてはいかがでしょうか?」

十崎が目をそらしながら言う。

そう言えばそのお姉さんは胸をはだけさせ、スカートめくり上がったまま、襲われた時そのままの格好だった。

「…それも、そうね」

後ろ向きに、もそもそと服を整え始めるお姉さん。

十崎の後ろ姿は耳まで真っ赤だ、可愛いなあ。

「ヘイ、純情ボーイ」

「うるさい、特攻女」

ぬう、まだご機嫌斜めだなあ…当り前か。

「ごめん、気をつけるよ」

「…」

「まぁまぁお陰でお姉さん助かったんだし、ありがとうね、二人とも」

微妙な雰囲気を読まず、服を整えたお姉さんが笑いながら言う。この人、なかなかツワモノなんじゃないかな、と思った。

「そんなお姉さんにお名前をお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

相変わらず後ろを向いたままの十崎がお姉さんに問う。

「んあ、そういや急に色々ありすぎて名乗ってなかったわね、ごめんごめん。私は乙葉 葵(おとは あおい)。ピチピチのJKなのだっ」

別に最後のは聞いてないけど…。

「俺は十崎 零。そっちは都高 舞歌です、よろしく。ちなみに俺らは両方中二です」

「よろしくね。…そういえば二人って付き合ってるの?」

「そんなわけない!(私) ねえよ!(十崎)」

わ、即答をはもった。

何故急にそんな話に飛ぶ?

あまりに突然すぎて焦る私らを見て乙葉さんは笑う。

「あはは、息ぴったりね。まぁ本当にありがと、助かったわ」

何か独特やなあ、マイペースというか…

「いえいえ。てか乙葉さん、か弱いJKが一人で何してたんですか、危ないっすよ?」

確かにその通り、危険極まりない。

「あ、そうそう人探してたんよ。こいつがね、私ほったらかして、どっか行ってもうたんよ。信じられん男やろ?」

「え、ええ、まぁ…」

呆れたように言う乙葉さんに相槌を打ちながら十崎は私をちらっと見る。

男ほったらかして特攻するような女もいるけどな、みたいなこと考えてるのかしら? ちょっとむかつく。

「ここらで髪が赤い男、見んかった? 緑木 迷式(みどりぎ めいき)って言うねんけど」

「あ、赤ですか、見てないっすね」

髪が赤色とは奇抜な、もし視界に入っていれば忘れはしないだろう。

と、言うか危険な香りがしそうで近づかないと思う。

「うーん・・・さよかあ、ありがとね。んじゃあ」

と言ってスタスタとどこかへ行こうとする乙葉さん。十崎が慌てて声をかける。

「え、え? ち、ちょっとお姉さん、どこへ行くおつもりで?」

振り返った乙葉さんは当然のように答える。

「ん? メイを探しに」

「一人は危ないですって! さっきみたいに…」

と言いながら赤面する十崎、どんだけ純情ボーイなのよ。

「そ、そうだ、僕らも手伝いますよ」

「え?」

乙葉さんはきょとんと私たちを見る。

十崎が言わなければ私が言っていただろう。

この人を一人にしてはいけないと二人とも感じたようだ。

「ありがたいけど、ええよ。自分らも何か用事あってココ来たんとちゃうのん?」

「いえ、元々駅を探してここまで来ただけですから、用事は終わったところです。それに三人いた方が探すのも効率いいですし、安全ですよ」

「むぅ確かにそうやなあ。じゃあ、お願いしてもええかな?」

意外とあっさり承諾した乙葉さんに私たちも一安心。

「もちろん。あ、そう言えばさっきの男『無法の鬼』とか言ってましたよね?」

「うん?」

「それって何ですか?」

「え、十崎知らないの?」

意外でつい声になって出てしまった。

「…ああ、知らねえよ」

機嫌悪そうに言う十崎。やあね、そんな非難するつもりで言ったわけじゃないのに。

それに私と乙葉さんに対する態度、凄く違わない? 初対面だし当前だけども。

「いや『無法法』を知ってるなら、当然『鬼』についても知ってると思ってたんだ、ごめんごめん。えっとね、無法地帯が生んだ摘発されることのない犯罪者どもをそう呼んでるんだよ。それにも一時的な者と常習的な者がいて、わざわざ無法域まで出向いて罪を犯す奴らもいるらしいよ」

「…タチ悪いな」

顔を不快そうに歪めた十崎が毒づく。

「だから奴らに遭遇したら、まず逃げることが一番だよ」

「そうだな、そんなの相手にしてらんねえよ。とりあえず緑木さんを探しましょうか」

「そやねん」

こうして私たちパーティーに新しい仲間が加わった。

女子中学生 都高 舞歌。
男子中学生 十崎 零。
女子高生  乙葉 葵。

いつぞや十崎が言った三人で安全なんて、このメンツ見て言えるだろうか、いや言えない。

反語法万歳。

そして緑木 迷式さん。

後に知る色んな意味で『非凡』と呼ばれる彼の新規加入フラグが立っていた。



[20239] 3話:一時離脱
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 06:34
「葵さんどこに住んでるの?」

「ん、うちら兵庫よ。舞歌ちゃんらは関西とちゃうよね?」

「ご名答、やっぱ分ります?」

「うん、こっちは喋り方が汚いからなあ」

「え、そうでもないと思いますよ。ねえ十崎?」

「ん?ああ、そうだな…」

「そうかな?」

そう言って笑う乙葉さん。

何だか十崎はさっきから不機嫌そうだ。

だからあえて話振ったりしてるんだけど。

私たちは土地勘もあまりないしアテも無いので、至極適当に歩きまわって緑木さんを探している。

危険極まりないとは分っているけど動かなければ見つけることもできないし、見つけてもらうこともできないと、考えたからである。

見つけてもらいたくない人達にも姿を晒しているのだけれども。

そう考えると非常に不安なパーティーだ。

「クソ、緑木さんとやらは一体どこで何をしてるんだ? 乙葉さんをこんなところに置いて…」

「ホントにねえ、何してるんやろ? あいつ」

乙葉さんも真剣に考えても分らないのか苦笑を洩らす。

それからも探し続けたが幸か不幸か特に何事も無く時間だけが過ぎて行ってしまう。

さすがに歩き始めて一時間ほど経っていたので二人とも少し疲れたように見えた。

「十崎、少し休憩しよう。もし近くにいなかったり見当違いのところに私たちがいたなら、無暗に歩いても体力を消耗するだけだよ」

「…ああ、そうだな。とりあえず身を隠しつつ休めそうなところを探そう」

しかし、それから歩いても歩いても、どこも荒れていて休めそうなところなど無い。

ほんの数時間でよくもまぁここまで壊せるものだなぁ、と呆れを通り越して感嘆すらしてしまう。

本当に人間とは弱く、脆く、そして強く、怖い。

「クソ、まともなところなんて無いじゃないか」

「うん、本当に人間ちゃんは困ったちゃんだね」

「てめえが本気で困っているようには見えねえな」

「む、イラつくのも分るけど、喰いかかってくるような場合じゃないでしょ?」

「茶化すような場面でもねえだろ」

確かに。

でも気を張りすぎても疲れるよ、と言いたかったがそれを言うと更に怒らせそうなので止めた。

そんなやり取りをしていた時、不意に視線を感じた。

嫌な感じ、しかも複数いるような気がする。

「十崎、やばい」

「どうした?」

 先ほどまでの茶化すような調子ではなく、真剣な口調に十崎も異変を感じる。

…まずい、周りの警戒を怠った。

「まずい、前後塞がれている…と思う」

「マジか?」

二人は声を小さく潜めた。

とはいえこの状況が好転するわけではない。

「十崎、乙葉さんから離れないで」

「何言ってんの? 舞歌ちゃん。十崎くんは舞歌ちゃんから離れんようにしたって。これでも私が年長やで?」

そう言って無理に笑う乙葉さん。いやいや顔が引きつってますよ。

「いいえ、葵さん。指示に従ってください。今はこれがベストです。十崎、頼むよ」

「お前はどうする気だ、また…」

「どちらかを突破するしかないでしょ? ならば誰かが先頭を切らなければならないの。その時に後ろは絶対的に無防備になる。隊列で逃げる時、最後尾を『しんがり』って言うんだけどね、一番重要なポジションなんだ、そこを十崎に任せる」

「で? 誰がその先頭を切るつもりなんだ?」

「消去法で私」

「真面目に言っているのか?」

十崎の顔も引きつる。

二人ともそんな目で見ないでよ、他に方法無いんだから仕方ないじゃないの。

「うん、だから行くよ」

「おい、待て!」

十崎の制止を毎度の如く無視し駆けだす、と言っても二回目か。

私の急な突進に反応し物影から姿を現す男ども。

手にはバットやら、何やら危なそうな得物があるけれど関係ない、それより早く仕留めればいい。

それに私の急な動きに戸惑い、まともに構えている者は一人もいない。

奇襲成功ってところかしら?

まず一番近い男の間合いに入る。

得物をやっと振り上げるがもう遅い。

素早く手の甲で面を打ち視界を奪い、男の側面に回る。

こうなればもう振り下ろせない、顔を打たれることに慣れていない人間は反射的に前屈してしまう、この場合も然り。

手頃な高さにやってきた男の髪を掴み、全体重を乗せて地面に叩き伏せる。

流石にこれは耐えれないだろう、一人目!

「はぁっ、ふぅっ!」

息を吐きまた吸う、そのまま残りの男を見ながら走る。

男どもは驚きで硬直している。

場馴れしている奴はいない、つまり『鬼』はいない、いけるっ!

二人目の間合いに入り難なく片づける。

三人目に向かおうとしたところで退路が開けたことに気づく。

「十崎! 乙葉さんと一緒に早く!」

「分った!」

知り合いの小さな女の子が男どもを叩き伏せるという、そんな信じることのできない光景を目の当たりにした十崎は固まっていたが、私の声でようやく気を取り戻す。

「乙葉さん、行きましょう!」

ようやく走りだす二人。

しかしそこで私は気づく、むしろ私にしか気づけない。

二人の後ろから姿を現す男ども。正面の男の振り下ろすバットを軽くかわし掌底で顎を打ち抜く。

男の意識が一瞬飛んだ隙に叩き伏せる。

そして反転、こちらに向かってくる二人の方へ私は駆ける。

正確にはその後ろにいる男どもに向かって。

…四人か。

「何をしている、舞歌っ! 早く行け!」

それを無視し、こちらに向かってくる二人とはすれ違う。

信じられないというような表情の二人。

でも奴らを止めないと。

最初から十崎に危険な『しんがり』を任せるつもりは私に無かった。

前で待ち構えている男を叩き伏せて前方に逃げ道を作る。

その隙に二人を先行させ、私も逃げ切るつもりだった。

だけど、こうも早く後ろに動かれては仕方ない。こちらを振り返り十崎もようやく後ろにいた男どもに気づく。

「舞歌!」 

「先に行って!」

「何を言っている!」

「お願い、行って!」

「できねえよ!」

「行けって…言ってるでしょうがああああああ!」

普段見せないそんな私の絶叫に押されたのか十崎は一瞬怯んだ。

背を向けた私にはもう十崎の顔は見えない。

悔しそうな顔をした十崎がそこにいるのに私は気づけない。

「…っ! 絶対来いよ!」

そして言い、十崎は乙葉さんを引き走り出す。

十崎ありがとう。本当はね、こんな私見せたくないんだ。

私は…否、『うち』は。

「…焦らんでもええよ、もう『うち』は逃げへんから」

後ろを行く二人には聞こえず、男たちにだけ聞こえる声量でそう告げる。

本当に逃げるつもりなんてなかった。

でも、もう少し時間を稼ぐ必要があった。

あの二人が行ってしまうまでは。

こんな『うち』を見せたくないから。

「えらい素直になったなぁ?何やあの二人逃がすためにお譲ちゃんが俺らの相手してくれんのかぁ?」

下品に笑いながら男が言う。

しかし軽やかにスルー。

「もう行ったかしら、あの二人。もう大丈夫よね?」

男どもは、『うち』があの二人を逃がすことに成功したこと言っているとしか思わないだろう。

相変わらずニヤニヤと笑っている。『私』があの二人に見られたくない『うち』のことを理解できるはずもない。

否、知っているはずもないのだ。

「うちはお前らを許さへん」

そう言う『うち』の様子に男どもの笑いが止まる。

流石に異変に気付いたようだ。

「お前らを縛り、裁く『法』は今、確かに存在してない。だから代わりに『うち』が裁く。お前らのようなクズがたくさんの人を不幸にするんやから、いない方がマシ。『死』をもって償え」



[20239] 4話:新規参入その2
Name: aoi◆cdcec08f ID:94c95cf9
Date: 2010/07/15 18:21
久々に舞歌と遊ぶ約束できて、せっかくこんなところまでやってきたのに場所、日程などなどドンピシャでこんな面倒事に巻き込まれるとは、どういうことだ?

女の子、引っ張って逃げるのも本日二回目。

ああ、俺にどうしろと?

しばらく走って男どもが追ってこないことを確認し、手身近なところに身を隠して舞歌を待つことにした。

俺も乙葉さんも黙っている、というか乙葉さん苦しそうだ。

「大丈夫っすか?」

「はぁ、ん、何と、か…。あはは、運動不足やなぁ」

そう言って苦笑する乙葉さん、ようやく落ち着いてきたようだ。

「…舞歌ちゃん」

「大丈夫ですよ、あいつは。言ったことは絶対守る奴です。軽口な女ですけど」

あいつは大丈夫、と自身にも言い聞かせているように思えた。

「…うん」

「とはいえ、もう少し待ってこなければ、戻ってみましょう」

「そうやね、ふふっ」

不意に乙葉さんが笑う。

「どうかしました?」

「ごめん、不謹慎やけどさ。何や言っても、舞歌ちゃんのこと信頼してるなぁって思って」

「そう…ですかね?」

「うん、そう思う」

そう言って笑う乙葉さん。でもそれから五分、十分と経っても舞歌は姿を現すことはなかった。

自分でもだんだん顔が引きつっていくのが分る。

「零くん…」

そんな俺を見かねたのか、乙葉さんが声をかけてくる。

「…一度戻ってみましょう」

「うん」

俺と乙葉さんは来た道を警戒しながら戻っていく。

信じたくない、あいつがやられるなんて。

きっと信じたくないのは、あそこに舞歌を置いてきてしまった自分に対する後悔を認めたくないのだろう。

生まれて今まで腐るほど後悔してきた自分にとって、いつものことだ。だけど、あいつのことだけは後悔してもしきれない。

何て言うか…俺にとってあいつは特別なんだ。

だから頼む、無事であってくれ。

冷静を装って乙葉さんには答えたが心臓が痛いほど鳴っているし、背中も気持ち悪い汗でぐっしょり濡れていた。

呼吸をコントロールするのですら必死だ。

あいつは大丈夫、そう自分に言い聞かせるのは自分への擁護だろうか?

よく考えると待っていたというのも、おかしな話だった。

舞歌が奴らを振り切って逃げきろうとするのに、道をまっすぐ進んでくるだろうか?

直線で振り切れるほどの足が無ければあり得ない。

逃げ切るためにあちこち曲がるだろう。

もしかすると残り四人も倒したかも?

いやこれは楽観すぎる、最初の三人は不意討ちに近い。

残りの四人はそう上手くいかないだろう。

捕まったとしたら…舞歌も奴らも誰も来ないのは納得できるてしまう。

奴らが舞歌を捉えたなら欲を出さないかぎり、俺らを追う意味などないから。

「零くん」

「ん? ああ、ここは…」

不意に乙葉さんに声をかけられて、気づく。

考え事をしている間に舞歌を置いてきたあの場所に戻ってきたようだ。

不用心極まりない、警戒を怠りすぎだった。

しかしそこには誰もいなかった。

最初に倒された三人ですらだ。

「まさか…」

これでは舞歌が捕まったことを肯定するしかなかった。

クソ、やはりあいつ一人置いてくるんじゃなかった。

「零くん探してみよ?」

「…はい」

二人ゆっくりと歩を進めていく。

すると少し向こうの建物の中で動いた何かを捉えた。

心臓がまた高鳴り始める。

「しっ…」

「どないしたん?」

「何かいます」

ゆっくりと音を立てずに、建物に近づいていく。

「警戒せんでええよ、僕は人を襲うつもりなんてない」

不意に声をかけられた俺たちは体が跳ね上がりそうになる。

「だ、誰だ?」

「通りすがりのモンや。てか一人やないな? もう一人誰かおるやろ?」

こちらから声の人物を視認することはできない。

なら向こうから何故見えている?

どこからか覗かれているようで非常に嫌な感じがする。

そんな俺の警戒を余所に乙葉さんは声の主に話しかける。

「危害加えるつもりないんやったら、出てこれるんとちゃうの?」

こ、この人、強え…でも確かにその通りだ。

そんなことを考えていたら予想外の返事が返ってきた。

「その声は…葵か?」

「…は?」

と漏らしながら乙葉さんを見る俺。

「え?」

と漏らしながらきょとんとする乙葉さん。

「もしかして…メイ?」

「そーや。てかお前、何でココおるねん? また僕の後をつけてきたんか?」

ギクっとする乙葉さん、分り易いなあ。って『つけてきた』…?

「そ、そんな目で見んといて! ストーカーとちゃうからね!」

知らぬ間に何だか酷い目で乙葉さんを見てたらしい。

というか俺の思考まで読まれたていた。

普段ポーカーフェイスを保っているつもりなのだが非常事態で俺の表情も相当分り易くなっているみたいだ。

姿を見せない声の主はそんなやり取りを聞いて嘆息する。

「いつもの如く緊張感ねえな、お前。ところで少年、君は誰や?」

「聞く前に名乗るのが常識でしょう。とりあえず姿ぐらい現したらどうですか?」

当然の質問だったが、先ほどの嫌な感じのせいで苛立って、喰ってかかってしまった。

「はっ言うねえ、でも正論や。悪いな、作業で手が離せんくてな」

そう言って近くの建物から姿を現す男。

俺より少し背が高く、赤いストレートな髪で顔が覆われていて表情は読めなかったが前髪を整えるとこれまた顔立ちの整った男だった。

服装はフォーマルな感じで上は襟元に銀の装飾のついたお洒落なカッター、真っ黒のスリムフィットのボトムス、背景が荒れ果てた街である上に、赤い髪の毛とは全然合わないように思われたが、何故か異様に似合う。

男前の特権だろうか。

「はじめまして、少年。僕は緑木 迷式や」

「あ、はじめまして。僕は十崎 零です」

「よろしゅうな。で、一応聞いたる。何で葵がおるねん?」

「あー、えーっと…」

 乙葉さんは緑木さんに視線を向けられると、すぅーっと視線をそらす。

目が泳ぎすぎ、分りやす過ぎ。

そんな乙葉さんを見て嘆息する緑木さん。

「まぁ聞かんでも分るわ、こんなところで偶然会うわけないしな」

乙葉さんは何だかまともに話せそうにない感じだったので代わって俺が質問する。

「あの…ここらで中学生ぐらいの女の子見ませんでしたか?」

「見てないけど…ここにいたような痕跡が残ってる。ああ、なるほどね。予測の十数人のうち三人はお前ら二人とその女の子か。後はお前らを襲おうとした男が七人に、その他が二名ってところか。にしても凄まじい女の子やな、一人でそいつらなぎ倒したんか?」

「え? いや分らないんです…」

「何や見てないんか?」

「ええ、先に逃がされました。あなたこそ…見てたんですか?」

「いんや見てへんよ」

あっさり首を振って否定する緑木さん。

なら何故そんなことが言える?

するとそんな俺の心を見透かしたように緑木さんが笑う。

「何故そんなこと言える? みたいな表情やな、少年。謎解きしてやろう、足跡や。」

完全に見透かされていた。

と言うか足跡? そんなもの警察の鑑識ぐらいでないと分ったものではないだろう?

「…足跡、ですか?」

「そう、まず残っている足跡のサイズと残り具合から考えて男が多勢なのは分る。そして残っている位置関係から男性一人、女性二人ぐらいの小グループを男多勢のグループが囲み、襲おうとしたことが窺える。でも何かしらで小グループの女の子の足跡の残り方が強く残ってる部分がある。後は男の倒れたような痕跡が圧倒的に多いこと、そしてここから逃げた二つの足跡が残っていること、それとお前らの話。これらから一人の女の子がお前らを逃がすために戦い、そして最後までねじ伏せたと仮定した」

「え、えっと、あの…」

「あの子は一般常識の範囲で生きてないから意味不明なのは分るよ」

理解が追いつかない俺にやっと落ち着きを取り戻した乙葉さんが苦笑しながら言った。

「え、いやだって足跡なんて…」

「メイには見えるねん、他にも色々と」

俺は見回し、観察するけど全然分らない。

「ああ。僕の目は何かおかしいらしくてな、無駄に色んなものが見えるらしい」

軽快に笑う緑木さん、若干、自虐的にも見える。そしてまた少し考え込むように言う。

「やけどな、それにしても分らんのはその女の子の方や。全部倒した後にその男どもをどうしてあのようにしたのか、や。気が狂ってるようにしか思えん。何故、全員殺す必要がある? 少年に聞く、その女の子は常軌を逸したような奴か?」

「…は?」

今、何と言った? 殺した? 誰が誰を?

「考えられる仮定は一つしかない、そのお前らと一緒にいた女の子がそこにおる男七人の首をへし折って殺している、ということや」

「…」

今日何度目だろう、心臓がまた痛いほど鳴りだす。

気づけば緑木さんの方へふらりと歩を進めている自分がいた。

緑木さんが何かを言っている、でも聞こえない。

舞歌が誰を殺したって? そんなはずはない。

緑木さんの横をすれ違い、先まで彼のいた建物に踏みいれようとした。

が、そこで止められる。

「見ても気分のええもんとちゃうで、覚悟できてんのか、少年?」

やっと俺の脳に声が届く。

「…ええ、大丈夫です」

「さよか」

そして緑木さんは手を離す。

解放された俺は歩を進めるとすぐにそれは視界に入った。

見た目は男が七人並びながら、壁にもたれかかって座っている。

がしかし正面、つまり俺の方を見ているはずの顔が無く、すべて後頭部を俺に向けて座っている。

人間はあそこまで首が回るようには出来ていない。

あれを舞歌がやったと言うのか? 急に世界が回り、膝をつく。

「大丈夫、零くん!?」

「…言わんこっちゃない、大丈夫か、少年?」

乙葉さんが駆け寄ってくる。

ワケの分らなさで一杯の自分をギリギリで抑えつけ、辛うじて声を絞り出した。

「舞歌以外がやった可能性はないのですか?」

「可能性的には無いことは無い、偽装工作のプロレベルの行為ならばね。ただその女の子…舞歌ちゃんとやらかな? その子がやった可能性の方を示す証拠がここには多すぎる」

「あいつは…そんなこと…」

「確かに僕が証拠を見逃しているだけで、他の通りすがりの鬼がやった可能性も否定できん。ここまで鮮やかに人を殺せる中学生なんて僕も信じとうないわ」

そんな…あいつは違う。そんな俺を見て気を遣ってのことか緑木さんは言う。

「落ち着け、少年。これは一つの可能性や、僕だって絶対そうやとは言い切れん。聞き流してくれていい」

「はい…すみません大丈夫です」

何とか返すがまったく大丈夫には見えてないだろう。未だに俺は体中に力が入らず立てそうにない。

「ホンマ大丈夫?」

乙葉さんが心配そうにこちらを窺っている。

一度大きく深呼吸をし体中に酸素を回す。

何度か呼吸しているうちに徐々に体の先端の感覚が戻りだし、落ち着いてきたように思える。

「ふぅ…すみません、大丈夫です」

俺はそう言い、何とか立ちあがれた。

が乙葉さんも緑木さんもまだ俺を心配そうに見ている。

「無理するな少年。顔色良くないし、心拍も異常な速さやぞ」

「普段からこんなもんです。ご迷惑おかけしました、本当にもう大丈夫です」

「…さよか」

もう一度、深く息を吸って吐く。そして決めたようにつぶやく。

「俺、舞歌を探してきます」

あいつを探さないと。結局あいつがやったのかも、無事なのかも分らない。

俺は舞歌を信じたい。あいつはそんな奴じゃない。

「私、手伝うよ」

まだ、ふらつく俺を支えながら乙葉さんが言う。

「いえ、せっかく緑木さんを見つけたんですから二人で逃げてください」

今は少し一人になりたかった。でも緑木さんはそんな俺の提案を却下する。

「おい少年、僕に逃げる気なんぞ無いんやけどな」

「なら乙葉さんはどうするんですか?」

また喰いかかかったような口調になっているのが自分でも分る。

それでも緑木さんは冷静に言う。

「僕も一緒に行けばいい。俺も葵と同意見や、個人的にその子に興味がある。探すんやったら一緒に行動した方が効率ええやろ、頭の良い少年なら分るやろ」

「…あいつは殺してない」

「どう思おうと少年の勝手や。でもな少年の矮小な思考範囲で僕の思考を決めつけんといてくれ。別に殺したことに対して興味があるわけやない」

「なら何故! あいつのことを知りもしない貴方が何故あいつに興味を持つんですか!?」

いつの間にか冷静さを完全に失い、喚き散らす俺がいた。

何故ここまで必死になっているんだろうと、どこかで冷やかに自身を見つめる自分もいる。

そんな俺に緑木さんはゆっくり落ち着かせるように言い聞かせた。

「僕の仮定通りなら、きっとその子は動けない男たちにとどめを刺すかのように殺したと思う。無防備の人間に対してや、相当な恨みのようなものがないとできん。けどなお前らの話聞くと、少年と葵を逃がすために戦ったんやろ? 一体どっちが本質なんか見極めたいんや」

ある一言だけが俺の脳にはっきりと届く。

「恨み…ですか」

「…何か思い当たるんか?」

「ああ、そうか。今の今まですっかり忘れてた…」



それは舞歌が転校してきて間もなく耳にしたウワサだった。

学校からの帰りにたまたま玄関口で近所のおばさんと母親が話しているのを聞いてしまったのだ。

「ほら転校してきた都高さんのところの娘さんいるでしょ?」

「ああ、零くんの同じクラスに転入してきた?」

「そうそう、あの娘さんのご両親…実は…」


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