佐原の日記
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被爆国に「抑止力」発想の惨めさ(19日の日記)
「政治について(42773)」
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[ 政治問題 ]
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鳩山前首相の安全保障に対する及び腰を批判し、これからの日本はどのように進むべきかを提言する投書が、5月17日の朝日新聞に掲載された;
そもそも、被爆国に「抑止力」とは何と滑稽(こっけい)で惨めな言葉でしょう。親を武士に無礼打ちされた農民が、武士の刀で身を守ってもらうような発想です。
鳩山由紀夫首相は沖縄訪問でも、米軍基地の撤去縮小を求める県民の悲願に耳を貸すどころか、核の傘を想起させる「抑止力」を錦の御旗に掲げるだけでした。「私を信じてください」と中身の伴わない、きれいごとだけを繰り返してきた首相の認識と、県民が直面する切実な現実とは天と地ほど開きがあります。
米国の戦略に奉仕して抑止力を訴えるのではなく、日本としての独自の戦略を考え、まずは「安保の壁」を突き破り、掛け値なしの互恵平等の日米関係を築くことが先決と考えます。そこで初めて「米軍基地の国外移設」が現実味を帯び、有言実行できるでしょう。
政権交代を機に一刻も早く、独立国としての気概を取り戻し、米国は元より、中国、北朝鮮などとも平和外交を展開する。それが日本の道ではないでしょうか。
2010年5月17日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-被爆国に『抑止力』発想の惨めさ」から引用
戦後の60余年間、米国の言いなりでやってきた結果の沖縄米軍基地を、民主党政権が8ヶ月で転換するというのは、あまりにも無理な話だった。日本政府は、アメリカに対して、いきなり普天間を海外になどと言う前に、新政権になったことを前提にした信頼関係の構築が、先ず必要だったのである。その上で、日本政府はこちらの事情をアメリカに理解させ、沖縄の負担軽減の実効性のある施策をどう築くか、話し合うべきであった。わが国は、名実ともに平和国家として、中国や朝鮮と平和外交を展開できれば、やがては米軍基地が無くても安全は保障されるのであって、そのような国際関係の構築を、わが国の為政者にわが国憲法が要請しているのである。
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http://tb.plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/201006190000/fb638/
「抑止力」を理解できない発想の惨めさ
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くろがねさん
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>被爆国に「抑止力」とは何と滑稽(こっけい)で惨めな言葉でしょう。
理解不能。「抑止力=軍事力」としか捉えられないのでしょうかね。
「抑止力」というのは相手に戦争行為を思い止めさせる力を指すものであって、国際外交や民間交流などなど含めたもの。軍事力というのはその一部分でしかありません。
>独自の戦略を考え、まずは「安保の壁」を突き破り、
確かにそういう手もあります。
しかしそのためには、まずはアメリカ・国連に守ってもらうことが前提の憲法9条を改正。次に自主防衛のために自衛隊を増強。そして極東地域安全保障のため、ぶっちゃけ覇権国家の道を着々と進む中国を牽制するためにアメリカ・韓国との軍事的連携の再構築及び東南アジア諸国との連携(軍事同盟も必須)を確保する必要があります。
ここまでやって、やっと投稿者の言う「掛け値なしの互恵平等の日米関係」が成立し得て、「米軍基地の国外移設」が現実味を帯びるわけですが。
しかし、現在の日米関係でも、投稿者や佐原さんが思っておられるであろう偏務的なものではないんですがね。
単に過去の自民党政府の怠慢・現在の民主党政府の無知で、国民が日本と日本を取り巻く情勢を知ることなく(つまりは日米安保の重要性を知らず)、日本がアメリカに主張する力を持たなかっただけで。
>名実ともに平和国家として、中国や朝鮮と平和外交を展開
それをするにしても、軍事力を含む抑止力は必要なわけで。なにしろ相手が相手ですから。
(2010年06月20日 22時53分29秒)
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