2.虐待が与える子どもへの影響

虐待という行為は、子どもの身体、情緒、行動、性格形成など、非常に広い範囲に深刻な影響を与えます。


○身体的影響

身体的な暴力の結果、さまざまな恒久的な障害が生じることもあります。
こうした身体的影響は、身体的虐待に限られたものではなく、たとえばネグレクトや心理的虐待の結果、「愛情遮断症候群」等の低身長・低体重を生じることも少なくありません。


○知的・認知的発達への影響

虐待を経験した子どもに知的な発達の遅れが見られることは少なくありません。こうした知的な発達の遅れ、あるいは知的障害は、頭部への身体的暴力による中枢神経系の障害の結果である場合もありますが、多くは、不適切な養育環境によるもの、つまり環境因性のものだと考えられます。
同じことが脳波の異常に関しても言えます。虐待を経験した子どもには、脳波に異常所見が見られることがありますが、これも環境因による中枢神経の成熟の遅れによるものだと考えられることが多いのです。

こうした知的な発達の問題は、当然、さまざまな認知機能の問題を生じますが、それ以外にも、虐待体験に由来すると思われる特徴的な認知の問題が存在します。
虐待を受けた子どもには、「いつも自分だけが被害を受ける」といった強い被害感が観察されることが多いのですが、これは虐待体験に由来する「自己に対する認知」の歪みの現れであると考えられます。
また一方で、大人や他者を「自分に危害を加える存在」として見る傾向(他者認知の歪み)もあり、こうした自己認知と他者認知のために、人間関係を基本的に虐待的な関係として捉える傾向があります。


○行動・情緒・性格形成への影響

☆トラウマ反応
虐待という体験は、子どもにとってトラウマ(Trauma:心的外傷)を生じる危険性が非常に高いと考えられます。
こうしたトラウマは、PTSD(Post Traumatic  stress  Disorder:心的外傷後ストレス障害)をはじめとしたさまざまなトラウマ反応を生じると考えられています。
虐待を受けて児童養護施設で生活している子どもは、一般家庭で生活している子どもに比べて、「不安症状」「抑うつ症状」「PTSD様の症状」「解離症状」および「怒りの反応」が顕著であるということを明らかにした調査結果もあります。

☆行動上の問題
虐待によるトラウマは、上述のような精神的症状や心理的反応のみならず、子どもの行動に深刻な影響を与えることが明らかになっています。

■対人関係への影響
虐待という体験は、子どもの対人関係に深刻なダメージを与えます。
特徴的に観察されるのが、「愛着関係の障害」と「虐待的人間関係の再現傾向」です。
「愛着関係の障害」としては、主として低年齢児に観察される「無差別的愛着傾向(誰彼なしに見せかけの愛着を示す傾向)」と、思春期以降に顕著となる「親密な人間関係の障害」が特徴的に観察されます。

「虐待的人間関係の再現傾向」としては、自分にとって保護者・養育的立場にある大人(たとえば施設の職員)に対して、挑発的な態度や言動を示すことで、その大人から怒りや暴力的態度を引き出してしまう結果、両者の関係が虐待的な色彩を帯びたものとなる傾向を意味します。
これは、トラウマの症状の一つである「再現性」が、対人関係に現れたと見ることができます。
近年、施設における「体罰」など、施設内虐待の問題が顕著になってきていますが、その要因の一つには、こうした「虐待的人間関係の再現性」があるように思われます。

■感情コントロールの障害
虐待環境は子どもに「感情調整機能」の発達のための機会を提供することがないため、子どもは感情コントロールの障害を生じやすくなります。
これが、前述の激しい「怒りの反応」とあいまって、子どもは、些細なことがきっかけで非常に激しい怒りを生じ、爆発的で破壊的な行動(いわゆるパニック)を呈しやすいという特徴を示すことになります。
また、感情コントロールの障害の結果、自傷行為などの自己破壊的行動が見られることもあります。

■暴力その他の問題行動
虐待の体験は、その他、さまざまな「問題行動」の原因となり得ます。
たとえば、「暴力は暴力を生む」との言葉どおり、虐待を経験してきた子どもは、暴力によるトラウマの再現性の表れとして、また、問題解決法としての暴力の学習の結果、あるいは、依存性に対する否認の結果として、弱者に対する暴力を生じやすくなります。
また、依存対象や愛着対象を失ったことによる「見捨てられ感」や空虚感は、万引き、摂食障害、アルコールや薬物などの物質依存、あるいは自傷行為の原因となることも少なくありません。

■性格・人格の形成への影響
これまで見てきたように、虐待によるトラウマは、認知の歪曲、対人関係の歪み、感情コントロールの障害、反社会的行動を含むさまざまな問題行動を生じる原因となり得ます。
こうした影響が慢性的、重複的に生じた場合、それは性格や人格の形成に深刻な影響を与える危険性があります。
近年の研究では、境界性人格障害などの人格の歪みが、幼少期の虐待などによるトラウマに起因するのではないかとする知見が示されてきています。
児童養護施設入所期間中に境界性人格障害の診断がつくようになった事例や、現時点では診断がつかないものの、このままの経過では将来何らかの人格障害の状態に発展すると思われる子どもは少なくありません。

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