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[20063] 【習作】Be...Solitary One 「愛(あい)」【リリなの・オリ主・転生・鬱・TS?】
Name: XIRYNN◆ea66adc3 ID:1b3eb644
Date: 2010/07/05 23:06
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Act.0 This is a "Fantasy."
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 思うところあって書いてみました。
 こんなの書いている場合じゃないような気もしますが。












 気が付いたら変な部屋にいた。
 なんだか良く分からない機械が並んでいて、ちかちかと赤色に光っている。

 俺は確か……ええと、コンビニに夜食を買いにいこうとして暴走したトラックにはねられて……死んだはずだ。そう、そうだった。
 しかし、体のどこにも傷はない。服も破れていないし、血の一滴もついていなかった。どういうことだ?
 そんなことを考えながら辺りを見回すと、いつの間にか俺の目の前に十代後半くらいの女の子が現れた。


「ご、ごめんなさい」


 女の子は突然謝って来た。何のことかよく分からん。
 俺が首をかしげて女の子を見つめていると、女の子はもう一度謝罪を繰り返した。


「ほんとうにごめんなさい! すみませんでした!!」

「あの、どういうことなの? ってか、俺たちって、初対面のはずだよな。謝られる心当たりがないんだけど」


 俺がそう言うと、女の子は事情を説明してくれた。よく分からない単語がたくさん出てきて要領を得なかったが、要するに彼女は下っ端神さまで、予定を間違って俺を殺してしまったらしい。
 このままでは上位の偉い神様に見つかって大変なことになってしまうので、ばれる前に適当な世界に転生してもらいたいと言うことだった。


「って、なんだよそれ? 要するにお前の尻拭いじゃないか! 転生とかじゃなくて普通に生き返らせろよ」

「すみません、それは無理なんです。一度死んだ人間はどんな理由があっても生き返らせてはいけない決まりなので」

「決まりとか、勝手なこと言うなよ。じゃあ、せめて転生先は選ばせてくれ。あと、能力くれよ、チートな奴」


 俺がそう言うと女の子……下っ端神? は、難しい顔をして唸り始めた。


「おいおい、何悩んでるんだよ。それくらい責任取れよ」

「その……責任は、わたしにありますし、なるべく希望は聞いてあげたいんですが、わたしは神といっても下っ端なのであんまりすごいことは出来ないんです」

「具体的には?」

「まず、転生先は選べません。よっぽど上位の方でないと複数の世界を管轄していなくて、わたしが転生させられるのは一つだけです」


 どんな世界なのかと聞いてみると、どうやら俺の希望そのものの世界だった。


「なんだ、それなら選べなくていいや」


 その世界とはなのはやフェイトやはやてのいる世界だ。
 俺がずっといってみたいと思っていた世界にいけるなら、別に他の世界に転生できなくても構わない。


「それで、能力の方は?」


 俺が聞くと、下っ端神は今度は困った顔で目を逸らした。
 おいおい、なんだよそれ。あんな危険な世界に行くんだったら、能力がないとやっていけないじゃないか。


「これは能力、と呼ぶべきでしょうか。いえ、いずれにしてもわたしがあなたに与えられる力は一つだけ。と言うより、これは転生の副作用のようなものです」

「良く分からんけど、何もないわけじゃないんだな?」

「はい。あなたに与えられるのは不老不死を可能とする力です」


 充分チートです。
 本当に有難う御座いました。


「あ、でも、不老不死でも弱かったら意味ないじゃん。魔力は最低でもSくらいないと。あと、デバイスも欲しい」

「……多分、それも何とかなると思います。わたしが与えられるわけじゃないですが、きっとそうなると思いますから」

「???」


 何か良く分からないが、詳しく聞いてみると少なくとも魔道師にはなれるらしい。
 魔力やデバイスについては、俺が望めば恐らく可能とのこと。

 今一チートには弱い気がするが、この辺でよしとすべきか。
 出来ればSSSクラスの莫大な魔力とか、伝説のユニゾンデバイスとかが欲しかったが、考えてみればチートしまくってゲームしても途中で飽きるし。
 望めば手に入るってのは、ある意味最高の環境かも知れないしな。


「なるほど、納得した。それで、転生ってどうすればいいんだ?」

「あ、はい。よろしければ直ぐにでも転生作業にかかれますよ。どうしますか?」

「よし、じゃあすぐに始めてくれ」


 俺がそう答えると同時に俺の視界は真っ白になった。
 周りの音も殆ど聞こえなくなっていって、いつのまにか俺は意識を失っていた。



[20063] Act.1
Name: XIRYNN◆ea66adc3 ID:1b3eb644
Date: 2010/07/05 23:41
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Act.1 わたしの名前は――
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 鏡の中のわたしは酷く陰鬱な眼差しでわたしを見つめ返している。
 背中を覆う長い髪と大き目の瞳は母親譲りの翡翠色。ただし、内面から滲み出る負の気配は隠しきれないのか、どこかくすんで見えるのは気のせいだろうか。造形で言えば良く似てはいるものの、一見してそう直観し辛いのは表情の差であるのは語るまでもないだろう。特に唇が良くない。
 わたしは三日月をかたどったその部分へ人差し指で軽く触れて人工の笑顔を形成してみた。可能な限り優しいイメージ――遠い記憶の中の最高の手本を思い浮かべながら。

 勿論、失敗した。
 ひくひくと引き攣っただけの唇から指を離し、わたしは溜息を一つ。役者でもあるまいし、内面と乖離した表情を作ることなど出来るはずもない。結局のところ、こうしたわたしがわたしなのだ。こんなのはわたしじゃない、と叫びたいようなもどかしさに眉を潜めた――つまり、わたしを見つめるこの陰鬱な眼差しがわたし。

 自惚れる訳ではないが、わたしの容姿は充分に美少女の範疇に入るのだと思う。時折感じられる男性からの視線が、性的な関心を含んでいることも理解している。しかし、その上でわたしが魅力的な少女なのかと言えばどうにも首を傾げざるを得ない。もっと素敵に笑えたなら、もっと軽快に話せたらと思いつつ、わたしはいつも視線を彷徨わせては何とはなしに曖昧に頷いているだけだ。

 創作物の世界ではそうした少女にも一定の支持が得られるかもしれない。しかし現実的に考えたならそんな相手と過ごすのはお互い気まずいだけであるし、何よりも重過ぎる。わたしが言うのもなんだけれど、わたしと恋人をするのは相当の覚悟がいるに違いない。所詮は性的満足を得る手段として割り切れる程度の酷い男でもなければわたしに付き合いきるのは不可能だ。そうでなければ多分、病んでしまう。わたしと同様に。


「お、おい、ク、クロエ」


 例えばこんな男。


「お、俺の許可なく、勝手にいなくなるんじゃない」


 女を支配する男を気取って見せて、気弱な本性を隠しきれない程度の無様な彼は慣れもしない命令口調でわたしを糾弾する。わたしは鏡越しに彼の眼差しを見据え、ほぼ同時に絡み合った視線を逸らした。

 度し難い。

 諸悪の根源は何か。弱いわたしか、弱い彼か。否、その両方か。
 わたしは彼を断じて愛してなどいない。少なくとも、男女の間のそれと言う意味では。彼の方としてもそうだろう。在るとすれば限りなく傲慢で身勝手な同情のようなもの。わたしは満たされる為に満たす。とは言っても、わたしが彼に与えられるのは何の価値もないわたしそのものに過ぎないのだけれど。

 いや、はっきりと言おう。わたしたちは共依存している。そしてわたしは誇りのない売春婦に過ぎない。直截的に言うなれば、わたしは男の歓心を体で買うしかない馬鹿な女に過ぎないのだ。


「――その、か、体を拭きたいと……」

「か、体っ!?」


 敢えて俯き加減で告げると、彼は不必要なまでに上擦った声音で答えた。わたしは彼の股間に視線を合わせたまま、媚びた声を作る。


「あ、あの……」

「? ――ち、違う。こ、これは男の生理だ。よ、余計な気を回さなくていい」

「は、はい」


 視線に気付いたのか、彼は身に着けたパジャマのすそを直すと、心持ちわたしに体の向きを変えた。
 彼は奇妙なところで格好をつけたがる。今更無意味だと思うのだけれど、それは彼にとって譲れない部分であるらしい。何故、何を、誰に譲れないのかは知れなかったが、少なくともわたしには譲れないのだろう。とは言え、最初から失望しているわたしには全くの無意味でしかない。
 彼が結局求めるのが性的な満足なのだとしたら、そんなものは開き直ってわたしにただ命令するだけで良いと言うのに。律儀なのか、阿呆なのか。わたしには無責任に予想して苦笑することしか出来ないとしても、それは矢張り彼の矜持なのだ。ならばわたしはそれを全身全霊を持って尊重しなければならない。


「そ、そんなことより”災厄の種”だ」

「ええと、確か、”極めて限定的で歪な魔力装置”、ですね」

「お前は、い、いちいち否定的な物言いをするんじゃない。これは、ただ純粋なだけだ。限定的で歪なのは”種”じゃない、”人間”だ」

「――はい」


 彼は少しロマンチストだ。
 凶器の危険性を人為のみに求めている。確かに、引き金を引くのは人間の意志に違いない。けれど、銃は最初から殺人の道具として作られている。例えば安全装置のない銃は純粋だろうか。その結果起きてしまう悲劇を引き金を引いた人間にのみ背負わせるべきだろうか。
 いや、その銃を用意したのも人間なのだから、強ち彼の言説も分からなくはない。それでもわたしは思う。その銃はきっと、悪意で結晶している、と。

(――だなんて、わたしの方がずっとロマンチストかも)

 そこまで想到してわたしは内心で苦笑いを浮かべた。


「今日でもう三日目だ。何してるんだよ。は、早く集めろ。これと同じものだ……刻まれている数字が違うだけだ。か、簡単だろ」

「で、ですが――」

「い、言い訳するなよ! お前、オーバーSの魔導師なんだろ」

「その、探索とかそう言うのは得意ではなくて。デバイスに登録されているのはどれも、攻撃魔法、ばかり……なの、で」


 言い訳がましいと自覚しつつ、しどろもどろになりながらわたしが告げると、彼はさっと顔を朱に染めて似合わない罵声で糾弾を始めた。
 何がオーバーSだ。使えない奴だ。概ねそう言う内容だけれど、つまるところ羞恥と嫉妬をぶちまけているだけだ。彼は魔法を使えない。魔法に関する知識も殆どない。実際にはオーバーSでありながら攻撃魔法しか使えないわたしは責められても仕方がない程度にはへっぽこで、彼の指摘はそう的外れでもない。ただ、彼にはわたしが無知で無力な彼を内心で蔑んで見えるようだ。そんな事はない。とは言え、劣等感を練って固めたような彼にはわたしの本心など分かって貰えないだろう。
 本当に的外れな不安だ。だってわたしは彼に感謝している。愛してはいないとしても、望んで支配されている。

 わたしは首から提げた空き瓶を模ったペンダント――待機状態のストレージデバイス”トイボックス”を握り締め、何か気の利いたことを言おうとしてそのまま言葉を飲み込んだ。


「お前がのんびりしているから、俺の計画も無茶苦茶だ。早くしないと、か、管理局が出てきてしまう」

「申し訳、ありません」

「と、とにかく言い訳はもう聞きたくない。今日中に最低でも一つだ! どんな手を使っても良いから、絶対に手に入れて来るんだ」

「そんな、む、無理です」

「う、うるさい。俺の命令に従えないのか!」

「あっ」


 ぱちん、と、軽い音に続いて、ひりひりとした痛みが頬を焼いた。大した痛みでも衝撃でもない。それでも生理反応として涙は眦を潤した。咄嗟に閉じていた瞳を開いて彼の方を振り仰ぐと、その勢いで熱いものが頬を伝う。本当に大したことはない。ただ、水レンズ越しの彼の姿は歪んで映った。
 余りみっともない真似はしたくない。わたしは手の甲を使ってぐいと目元を拭うと、平然を装ってみせる。それは二重の意味に失敗に終わってしまったけれど。彼はわたしに注意を払っていなかったし、わたしの瞼は不自然に痙攣していたから。


「な、なんだよ、ひ、卑怯だろ。だから女は嫌なんだ。泣けばいいと思ってる。な、泣いたって俺の意見は変わらないからな」

「泣いてません。泣いてなんか」


 本当だ。嘘じゃない。わたしだってそこまで卑怯じゃない。
 ただ、物理的には涙を流してしまったことは事実。上手い言い訳も思いつかない。

 狼狽する彼の様子を見ていると居た堪れない気持ちになった。わたしはそれ以上は何も言えなくなって、気が付けば逃げるように踵を返していた。


「お、おい、何処へ――」

「た、探索へ出ます。昼には一度戻りますから」


 洗面所を出て、リビングを抜ける。そのまま足早に玄関口へ。と、そこで酷く間抜けなことに気が付いて足を止める。そう言えばパジャマ姿だった。こんな格好では外に出られない。シャワーを浴びて髪も濡れたままだ。いつも翡翠色のロングストレートを纏めている紺色のリボンは部屋に置き去り。とは言っても、今から引き返すのは格好が悪すぎる。


「ク、クロエ、お前、そんな格好で出掛けるつもりか!」


 彼もそのことに気が付いたのだろう。リビングから掛けられた少し上擦った声に、わたしは羞恥に頬が染まるのを自覚した。


「……うぅ」


 今度は違う理由で涙が溢れそうになった。
 それでも、もう引っ込みは付かないのだ。わたしは半ば自棄になって乱暴に扉を開け放ち、その勢いのまま飛行魔法で空へ上がる。


「――トイボックス、セットアップ」


 白に近いペイルブルーの魔力光を放ち、一瞬後にはわたしはバリアジャケットを纏っていた。山吹色のドレスにワインレッドのボレロ。腰には大きな黒いレザーのベルト。背中までの長い髪は銀のバレッタで首の後ろに一つに纏められた。手にはキチン質を思わせる半つや黒の1メートル程のバトン。ストレージデバイスらしい素気ないデザインだけれど、機能性は充分。わたしはこれがとても気に入っている。
 彼には、スズメバチかよ、と言う見も蓋もない評価をされてしまったけれど。

 さて、これで服と髪の問題は解決した。パジャマはまた部屋に戻ったときに着替えればいい。これで憂いなく探索に出掛けることが出来る。


「ま、魔導師!?」


 ――昨日隣に引っ越してきたらしい女の子に全て目撃されていなければ、の話だが。






 少しわたしの話をしよう。
 実は、わたしには前世の記憶がある。しかも、異世界の。

 ……うん、笑ってくれていいよ。わたしだって、他人にそんな話をされたら笑ってしまうかも知れない。信じられるような話じゃないし、証拠だってない。でも、少なくともわたしにとっては本当の話だ。尤も、かつての記憶は殆ど褪せて、わたしと言う最早わたしでしかない人格がぼんやりとした曖昧な夢のようなそれを抱えているに過ぎない。
 それはわたしには幸いだったろう。わたしはかつてと違う世界に性別まで違って生まれたのだ。全ての記憶と人格を保ったままならとうに狂ってしまっていたかも知れない。ただ、わたしは何かを望んで何かを手に入れ、生まれるべくして生まれた――ような気がする。それは何かは忘れてしまったので、ただ奥歯に物が挟まったようなもどかしい感覚だけが残っている。

 そうじゃない。
 四六時中そんな奇妙な気分に囚われる。何をしていても、我に返ってふっと虚しい思いが胸を過ぎるのだ。辛いと言うほどではないけれど、酷く疲れる。こんなことなら完璧に忘れていたいのに、記憶は消したくても努力で消せるようなものではない。
 それどころか、ふとした切欠で記憶が蘇ってしまうことがある。それは家族のことであったり、故郷のことであったり色々だけれど、共通して抱く感覚は何時も同じ。何だかわたしはこれを、かつて、物語として読んだことがある気がする――そうした感覚だ。

 今この時も同じ。
 わたしと見詰め合ったまま戸惑う、わたしより五つほど年下に見える金髪の女の子のことを、わたしは知っていたことに気が付いたのだ。


「フェイト!」


 誰かが上げた叫び声にわたしは我に返る。
 そう、そう言う名前だった。


「あ、あの、これは――っ」


 弁明は横合いからの攻撃に封じられる。わたしは反射的に衝撃をバトンで受け流して、流れのまま手首を返す。敵意はなく、戦意もない。ただ、望まずとも身についてしまった報復のプロセスはわたしの意志とは無関係に遂行されてしまった。
 当然の如く、余計な推測も斟酌もなくストレージデバイスは入力された命令を実行した。


【Helical Driver】


 バトン表面を周回加速した魔力で形成された砲撃魔法が打ち出され、襲撃者を強襲する。咄嗟に張られた魔力障壁は意味を成さない。螺旋軌道を描く砲撃は進行方向に対して常に直交して威力を発揮する。正面に張った障壁では防げない。詐術に近いが初見ならば非常に効果は高い。わたしの持てる必殺の一つ。


「アルフっ!」


 ただし、一対一であれば、と言う制約が付く。
 第三者の位置から見れば大した攻撃でもない。螺旋軌道である分、初動は遅れるし砲撃そのものも決して速くはない。ある程度の経験を積んだ魔導師であれば、どういう性質の砲撃かは容易に見抜けるであろう。

 案の定、フェイトは一瞬でデバイスをセットアップすると襲撃者――アルフと言うらしい――の側面に障壁を展開して直撃を防いだ。
 そのままアルフの前面に回りこみ、わたしに斧状のデバイスを突きつける。子供とは思えない鋭い眼差しには、確かな敵意を滲ませていた。

 わたしは思わず息を呑む。咄嗟のこととは言え、わたしはまた失敗してしまった。こんなはずじゃないのに。


「ち、違うんです。わたしは、て、敵じゃないです」

「…………」


 わたしは構えを解いてそう訴えたものの、フェイトは油断なくこちらを見据えたままだった。


「ごめん、助かったよ、フェイト」

「うん。アルフ、気をつけて。あの人、凄く戦い慣れていると思う。多分、昨日の子よりずっと強いよ」


 アルフも視線を逸らさないままそんな言葉を交わし、改めてわたしに相対した。わたしはその様子に眉根を寄せる。わたしは何もしていない。思わず反撃してしまったのは否定しないけれど、つまり、わたしは反撃したのだ。先に仕掛けてきたのはそちらなのに、どうしてそんな風に睨まれなければいけないのか。
 こんな時に口下手な自分が嫌になる。


「え、と、その、わたしは管理局じゃなくて、争う気はなくて」

「目的は何ですか?」

「え?」

「惚けるんじゃないよ。こんな辺境の管理外世界に用もなく魔導師が来るもんか」

「そ、それは、探し物――探し物をしていて」

「フェイト、やっぱりこいつ!」

「うん」


 嫌だ。
 どうしてわたしはこうなんだろう。わたしはわたしが大嫌い。でも、この世の中の全部はもっと大嫌い。わたしは争いたくないのに、いつも仲良く出来ない。わたしの欲しいものはいつも手に入らない。わたしの願いはいつも叶わない。大それた望みなんてないのに。


「だ、だから、その」

「白々しい演技はもう結構だよ」

「ち、ちがっ」

「なにが違うのさ。まともな魔導師は管理局じゃないだなんて言わない。だから敵じゃないなんてことも言う訳がない」

「あ、そ、それは」


 しまった。馬鹿みたいなミスだ。変な風に”知って”いた所為で、あまりに不自然な弁明をしてしまった。普通に考えれば、自分は管理局じゃないなんて言う魔導師がまともな筈がない。しかも、習慣でそれが相手を安心させる方便だと疑いもしていなかった。そうだ、普通は管理局が正義だ。


「探し物は、何ですか?」


 あからさまにうろたえるわたしにフェイトが質問した。わたしは答えかけて躊躇する。どうしよう。彼の探しているあれはとても危険なものだ。答えるのは簡単だけれど、フェイトが興味を持ってしまうと良くない気がする。それに、誰かを巻き込むのは彼の計画に反するかも知れない。


「答えられませんか?」

「その、個人的な探し物、ですから」

「個人的に管理外世界を? 馬鹿馬鹿しい」


 鼻で笑うアルフにわたしは内心で同意した。嘘を吐くにももう少しマシな嘘があるだろうに。でも、駄目だ。考えれば考えるほど焦るばかりで言葉が出て来ない。いや、そもそも何を焦っているのだろう。確かに後ろめたいことはいくつもある。けれどそれは管理局やわたしのかつての家族に対するものであって、フェイトには関係がない。
 争う意味もない。その意思も無い。ただの不幸なすれ違いなのだから、話し合って分かり合えない訳がないはずだ。

 そうだ、何て言う事もない。堂々としていればいい。
 わたしは深呼吸をして、記憶の中の立派な兄さんの姿を手本にして、告げる。


「わたしは、クロエ=ハラオウン。災厄の種を探しています」

【Photon Lancer】


 返答は何故か射撃魔法でなされた。



[20063] Act.2
Name: XIRYNN◆ea66adc3 ID:1b3eb644
Date: 2010/07/07 00:42
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Act.2 悪性腫瘍
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 腐ったみかんは存在しない? そんな筈はない。それは確かに存在する。水に垂らした一滴の毒、純白のキャンバスを汚す紅、正常な細胞を蝕む悪性腫瘍。最早取り返しはつかないとしても、せめてもの対症療法はは唯一つ。除去。排除。切除。
 わたしはそれを知っている。わたしはそれを迷うほど臆病でも愚かでも残酷でもない。だからわたしは剪定する。

 構えたバトンに纏わせるのは励起された魔力による超低周波。ストレージデバイス”トイボックス”は高速演算性能を存分に発揮し、その周波数を攻撃対象に瞬時に最適化する。非殺傷設定は【Nonsense】。この魔法は対象の脳を高出力低周波で直接破壊することを目的とした殺害専用魔法であって、魔力ダメージがそのまま殺傷能力を意味するのだ。


「た、助けて。死にたくない!」

「わたしも、死にたくないです。みんな、そうです」


 幸運のチケットは明らかに全人類の総数に対して不足している。誰もが救われる事なんてありえないのだから、誰かが犠牲になり続けるしかない。


「な、何で僕なんだよ! 何で僕だけがこんな事に!!」

「り、理由なんてないと思います。理由なんかないから、こんなにも世界は優しいんです」


 幸福が約束されている人間も、不幸に呪われている人間もいない。明日のことは明日にしか分からないから、世界は希望に満ち溢れている。この世は素敵なおもちゃ箱。だからわたしは、この世に神様がいるとしたらとても優しいのだと思う。


「何だよそれ、何だよそれ、何だよそれはぁ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!!」


 涙を流し、狂乱の様相で叫び声を上げる少年に向けてわたしはデバイスの照準を合わせた。ロックオン。


「でも、あなたの友達は、お腹を喰い破られて死にました。頭から齧られて死にました。股を引き裂かれて死にました。あなたの望んだ大きなカブトムシに。あ、あなたは脳を揺さぶられて一瞬で死ねます。あなたは、幸福です」


 そう言ってわたしがぎこちなく笑うと、少年は喉を潰すほどの絶叫を上げた。


【Subversive Pulse】


 ショット。
 不可聴領域の衝撃は酷く静かに対象の脳を破壊する。当然ながら音もない。これこそ、わたしの静穏暗殺技術の真骨頂。得意げに胸を張ってみるが、観客は誰もいない。観客がいたら恥ずかしくてこんなこと出来たものじゃないけれど。わたしは咳払いをした。

 跡には綺麗な死体が一つと、不吉に光る青の宝石。


「――”災厄の種”」


 拾い上げると、仄かに暖かい。わたしは感知能力に長けているわけではないけれど、それでもこの宝石に膨大な魔力が秘められていることは分かった。空を見上げると、ちょうど太陽が西に傾き始めた頃合だった。多分に偶然の要素が重なったとは言え、何とか彼の命令は果たせたことだし、予定通り部屋に戻るとしよう。

 わたしは鼻歌交じりに”災厄の種”を”トイボックス”に収納すると、飛行魔法で空へ――上がろうとして、死体が残ってしまったことに気が付いた。


「え、えと、どうしよう」


 そう言えばこの辺りはこの世界でもそれなりに治安のいい地域だったような気がする。こんな所に子供の死体を放置したら、もしかすると大騒ぎになるかも知れない。特に、わたしが直接殺害した子はともかく、この子の友達はどう見てもまともな死に方じゃない。
 とは言っても、へっぽこなわたしはこういう場合に使える便利な魔法を持っていない。そもそも、死体は何時も放置していたし、何らかの理由で死体を処分する場合は超高熱魔法で蒸発させていた。さて、この世界の警察は蒸発した死体を発見できるだろうか。いや、悩んでいても仕方がない。わたしの結界は実質Cランク程度の能力しか持たないので、人通りのそれなりにある往来に何時までも死体をそのままにしている訳にも行かないだろう。


「よし、”トイボックス”、赤外光吸収――ホット分子生成。チャージ」


 これもまた非殺傷設定が【Nonsense】の魔法。わたしの場合、使える魔法の殆どがこんな感じだけれど。オーバーSとは言ったものの、Sランク魔道師を魔法で殺害できると言う意味でしかない。攻撃系のほかは飛行を含む移動系の魔法の基礎と、最近覚えた初級レベルの結界術しか使えない。これまではそれで充分だったが、彼の元に来てからは殆ど役に立てたことがない。
 それを自覚するととても落ち込んだ気分になる。この子達も殺さずに助ける方法があったかも知れない。

(でも、わたしは封印術式とか、使えないし)

 管理局の喧伝する”正しい魔法”とやらにはまるで縁がない。だから、腐ったみかんを排除するような方法しかわたしにはないのだ。願いを浄化できないなら、願いの元を断つしかない。それでも、最良の結果を選定したのだから、わたしにとってはこれもまた”正しい魔法”に違いない。


「チャージ完了。吹き荒べ、退廃の風」

【Heat Storm, Beamlike Shot】


 ”トイボックス”の先端から四条のビームが射出され、一瞬で死体を骨も残さず蒸発させる。融点の低いアスファルトを融かしてしまわないように注意。わたしはこういう制御は得意なのだ。器用に人を殺す魔法のバリエーションは誰よりも豊富だと思う。
 わたしは念のため地面に触れて、特に不自然な様子がないことを確認してから今度こそ空へ駆け上がった。


「……?」


 ふと、そこで違和感を覚えて辺りを見回す。何か聞こえた気がしたのだ。息を呑む小さな声のような。わたしは首を傾げ、魔力反応を探ってみるものの、大した感知能力がないので何も見つかりはしなかった。







「? ユーノくん、どうしたの?」


 なのはは彼女の肩の上に乗ったフェレット――ユーノの様子がおかしいことに気が付いて声を掛けた。ユーノはびくりと体を震わせると、何でもないよ、と短く答えた。
 どう考えても何でも在る様子だった。なのはには流石にフェレットの細やかな表情など読み取れはしなかったが、それでも恐れや不安のような強い感情が彼を苛んでいるであろうことは推測できた。焦りなら何時も感じていた。それが不安に成長するのも分かる。だが、彼は何を恐れているのか。

 心配になってユーノの顔を覗きこむと、考えに没頭しているのか、気付かれもしなかった。なのはは首を傾げ、取り敢えず気にしないことに決める。


「じゃあ、ユーノくん、次、行こう」


 土曜日といっても時間は無限ではない。ユーノの様子は気にはなるが、本当に重大な場合は彼の方から話してくれるだろう。
 ”ジュエルシード”はまだたくさん残っている。早く回収してしまわないと大変なことになってしまうかも知れないのだ。

(それに、あの女の子)

 あの女の子にもう一度会いたい。会ってちゃんとお話をしたい。どうしてあんなことをしたのか。”ジュエルシード”を集めて何をしようとしているのか。場合によっては、ユーノには申し訳ないが彼女に協力しても良いとさえ考えている。

 そこまで考えて我に返ると、ユーノからの返答が何時までもないことに気が付いた。


「ユーノくん?」


 なのははもう一度呼びかける。すると、ユーノは何時になく重々しい口調で搾り出すように告げた。


「なのは……。”ジュエルシード”の探索は、もう止めよう」

「え!?」

「やっぱり駄目だよ、幾らなんでもあんな危険な奴を相手に出来ないっ」

「危険って、昨日の子? あの子はそんな――」

「違う。もう一人いたんだ、とんでもない奴が! あんな酷いことを平然とするなんて、普通じゃない!」

「な、何言ってるの、ユーノくん。よく分からないよ?」


 実際、なのはには訳が分からなかった。ユーノの話し振りからすると昨日の女の子の他にも”ジュエルシード”を集めている誰かがいるらしい。そのことには驚いた。しかし、いずれにせよ危険はある程度承知しているつもりだ。昨日だって危ない目にあった。とは言え、ユーノのこの怯えようは普通じゃない。危険って、とんでもないって、一体どういう相手だというのだろうか。


「ユーノくん、ちゃんと話してくれなきゃ分からないよ。もう一人って? 危険って、どういうことなの?」


 ユーノは答えようとして、どう答えるかに迷って口ごもった。何と説明すればいいのだろうか。いや、事実を言葉にすることは容易い。だけど、あんな酷い話を、語るのもおぞましい邪悪を、なのはみたいな純粋な子には聞かせたくはなかった。
 勿論、ユーノにもなのはがただ優しいだけの女の子じゃないことは良く分かっている。この世界には酷いことがたくさんあって、それでも前に進めるとても強い子だと知っている。時折自分と比較して、余りの眩しさに卑屈な気持ちになってしまうくらい。それでも、聞かせたくはない。ユーノの我侭に過ぎないとしても。そもそも、ユーノ自信のショックが大きすぎて、上手く言葉にすることが出来なかったのだが。


「ユーノくん!」

「な、なのは」


 全身を強く揺さぶられて、ユーノは自身が深い懊悩のうちに埋没していたことに気が付いた。暑さからではない汗に濡れていることも自覚する。


「ユーノくん」


 今度は静かに呼びかけられる。なのはの真剣な眼差しが、ユーノのそれと交差する。


「……」


 数秒の沈黙を待って、結局、ユーノは観念したように溜息をついた。


「なのは、僕の話を良く聞いて、出来れば探索をもう止めて欲しい」

「……約束は、出来ないよ」

「うん、だろうね。だから、僕の話を良く聞いて欲しいんだ」

「うん」


 ユーノはなのはの肩から降りると、近くのベンチに飛び乗った。それからなのはを同じベンチに座らせて、彼女の瞳をしっかりと見据えて語り始めた。


「昨日の女の子の他に、もう一人の女の子が”ジュエルシード”を集めているみたいだ。年齢はなのはより四つか五つくらい上だと思う。多少変則的だけどミッド式の魔法を使っていたし、あの緑色の長い髪からしても間違いなくミッドチルダの魔導師だ。昨日の子を警戒して準備していた探索魔法でさっき見つけたんだ」

「それでさっき様子が変だったの?」

「うん。でも、勿論それだけじゃなくて。確かにこんなところまで魔導師が何人もやって来るなんて普通じゃないけど、ロストロギアが絡んでくるとありえないとも言い切れない。余りに早すぎるとは思うけどね。ただ、問題はそう言うことじゃないんだ」

「問題?」


 なのはの質問を、ユーノは一旦無視した。


「その子は間違いなく、なのはより上級の魔導師だ。それどころか、昨日の子よりも数段上かも知れない。僕の探索魔法に気付いていなかったみたいだから、搦め手は得意じゃないのかも知れないけど。だけど、魔力量はなのはにも匹敵するし、魔法制御力は普通じゃない。下手をすると、オーバーSランクの魔導師の可能性がある」

「オーバーSランクって?」

「魔導師の能力を表す指標みたいなものだよ。ランクが高いから強いとかそう言う話でもないんだけど、Sランク以上は本当に別格なんだ」

「えと、その子がオーバーSランク? の魔導師だから危険だってこと?」

「いや、そんなことだったらまだマシだよ」


 そもそもなのはや昨日の女の子も一般的な魔導師から比較すると尋常な能力ではない。恐らくニアSランクに届くのではないだろうか。そこから考えるとオーバーSランクの魔導師を相手にすることは無謀とまでは言えない。勿論、ニアSランクの魔導師がオーバーSランクの魔導師に勝利する確率は一割を切ると言う統計があることから限りなく無謀に等しいという意見もあり得るが。
 だけど、なのはならそんなものくらい覆してしまいそうな気がするのだ。なのはにはそう言う不思議な可能性がきっとある。

 だから、そう言うことが問題なのではなのだ。問題は――。


「その子は、子供を殺した」

「えっ?」


 そこでユーノは、溜まっていた唾を飲み込んだ。


「僕やなのはと同じくらいの年の男の子だった。危険な魔導師なんだ。”ジュエルシード”を手に入れる為に、”ジュエルシード”で願いを叶えた子供を殺して封印に代えた。無茶苦茶なやり方だよ。男の子は最後まで助けを求めてた。嫌だ、死にたくない、助けて、って。僕は見ているだけで、怖くて助けられなかった」

「そ、そんな」


 なのはは声を失う。確かに、”ジュエルシード”が誰かを傷付けることは理解していた。下手をすれば死んでしまう人だって出るかも知れないとも思っていた。だからこそ、絶対に見つけなければならないと決意したのだ。それなのに、”ジュエルシード”を手に入れる為に誰かを殺すだなんて。
 余りに現実感がなく、理解が追いつかなかった。そもそも、そんなのはなのはの常識の外だ。

 何も言えないままのなのはを一瞥して、ユーノは続ける。


「その子は――そいつは、何でもないみたいに殺したんだ。あんなの普通じゃない。なのは、もうこれはなのはが受け止められる覚悟の域を超えてる。昨日の女の子相手だって充分に危険だった。けど、これはもう無理だ」

「そ、それは……でも、”ジュエルシード”を何とかしないと、この世界だって危ないって」

「それは分かるよ! けど、そのためになのはに死んでくれだなんて言えるわけがない!!」

「死――っ!!」

「そうだよ! このまま”ジュエルシード”を集め続ければ、きっとあいつに狙われる。あいつはきっと、なのはを殺すことなんて何でもないって奴だ。そんな奴と戦えだなんて、僕には絶対に言えない」


 それに、あいつの魔法は殆ど質量兵器と変わらない。非殺傷設定なんて意味がない殺傷能力を追及した危険な魔法だ。そんなものを躊躇いもなく行使する高ランク魔導師が相手では、なのはは絶対に勝てない。
 なのはが正道を行く限りは、勝てる筈がないのだ。


「なのは、だから”ジュエルシード”の探索は、もう止めて欲しい」


 そこまで告げると、ユーノは体から悪いものを追い出すように長い長い息を吐いた。そのまま静寂が降りる。
 ユーノはベンチの上に溜まった自分の影を見下ろした。燦々と照りつける日差しは熱いほどだ。ただ、何故か寒気を覚える。そこで、ユーノは自分が震えていることに気が付いた。そうか、これは寒気じゃなく、怖気だ。或いは悪寒かも知れない。

 なのはの方を見ると、俯いたまま何かを考えているようだった。前髪が邪魔で表情は見えなかったが。

 沈黙は十分ほども続いた。なのははじっとりと汗に濡れた手のひらを握りこむと、苦しげに言葉を搾り出した。


「……ユーノくんの気持ちは分かるよ」

「なのは!?」


 なのははそこで顔を上げる。


「でも、決めたんだ」

「そんなのは駄目だ! なのはは分かってない!! 遊び半分じゃないんだよ!!」

「遊び半分なんかじゃない!!」

「――っ」


 ユーノは初めて目にするなのはの強い剣幕に息を飲んだ。だが、一瞬で気を取り直すと、その眼差しを睨み返す。こればかりは譲れない。なのはが遊び半分なんかじゃないことは、本当は良く知っているのだ。だけど、だからこそこれ以上彼女を巻き込むわけには行かない。


「なのは……お願いだよ」

「……」

「なのは」

「……ごめんね、ユーノくん。ありがとう」


 ユーノには分からない。幾らなんでも頑なに過ぎるなのはの様子に、どこか病的なものを感じてしまう。幼さゆえに意固地になっているだけだろうか。いや、同い年のユーノが言うのも変だけれど、なのははこの年齢にしては酷く大人の考えが出来る少女だ。訳も分からず反抗しているわけじゃない。自分なりの考えがあって、危険性もそれなりに理解して意地を通そうとしているのだと思える。
 だからこそ、そんなものを認めたくなかった。


「なのは、今日はもう帰ろう」

「――うん」


 これ以上は平行線とお互い悟る。ユーノは今度はなのはの肩に乗ることはなく、俯いて帰途に付く彼女の後をとぼとぼと歩く。


「ごめんね、わたしが馬鹿なことを言ってるんだって、本当は分かってるんだ」

「……なのは……」

「だけどそんな怖い人に、”ジュエルシード”は渡せない」

「あ……」


 ユーノはなのはの指摘した事実に、今更ながら気が付いた。確かにそうだ。あんな危険な奴に”ジュエルシード”を渡してしまったら、どんな怖ろしいことに使われるか分かったものではない。

(だけど、それでも)

 リスクだけを考えて行動するなら、なのはのやり方の方がずっと正しい。冷静さを失っていたのは自分の方だったかも知れないと思う。最悪、この世界から逃げ出してしまっても良いユーノと違って、なのはにはこの世界を守る理由がある。
 怖ろしいことから目を逸らして隠れて震えているよりは、打って出ようというなのははきっと正しい。臆病なユーノなんかよりずっと眩しい。


「だけど、なのは、僕は君に逃げろって言うよ」

「うん。でもね、わたしは逃げない。逃げられないよ」

「……君は、強い。強すぎるよ」


 それ以上は互いに言葉もなかった。






「えと、やっぱり、気のせい、かな?」


 辺りをもう一度探っては見たけれど良く分からない。もし何かがいたとしても、一応結界は張ったままだから一般人ではないはずだ。わたしに探知できない程度の魔力しかない魔導師が相手なら特に問題もない。わたしに感知させない程度の高度な魔法技術を持つ魔導師かも知れないが、その場合はわたしが幾ら気にしても意味はない。一応その点は心に留めておくとして、いずれにしてももうこの場に用はないだろう。


「うん、帰ろう」


 とにかく”災厄の種”は一つ手に入れたし、彼もきっと満足してくれるだろう。フェイトやアルフと成り行きで戦ってしまったことは彼の方針に反するかも知れないけれど、きっとこれも――そう言えば、フェイトたちはわたしたちの隣の部屋に引っ越してきたのだった。このまま帰っても大丈夫だろうか。今朝は結局和解には至らなかったし。話の出来る雰囲気でもなかったし、殺さずに勝利する自信もなかった。意味もなく殺すのは趣味じゃないし、わたしだって出来れば仲良くしたい。

(どうしたら、いいかな)

 飛行しながらわたしは頭を悩ませる。とは言え、のんびり考えている時間は無かった。それ程遠くまで探索に出ていた訳ではないので、飛行魔法で飛ばせば部屋までは一分に満たない。わたしは扉の前に降り立つと、取り敢えず考えるのを止めた。隣の部屋からはもう人の気配はしない。魔力反応も、わたしに分かる範囲では存在しない。出掛けているのかも知れない。

 そんなことより早く”災厄の種”を彼に渡したい。久しぶりに彼には笑ってもらいたい。わたしは扉を開けて、何とはなしに空を見上げた。


「今日もいい天気、ですね」


 きっと良いことがある。



[20063] Act.3
Name: XIRYNN◆ea66adc3 ID:1b3eb644
Date: 2010/07/08 01:20
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Act.3 聖なる天秤
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 怒られた。

 わたしは、商店街を目的もなくとぼとぼ歩いていた。パジャマ姿からは着替えて、桜色のワンピースを身に纏い、お気に入りのリボンで髪を結んだ。これだけで何時もはそれなりに気分が上向くはずが、今は憂鬱が振り払えない。
 昼食はまだ食べていない。料理も含めて家事全般はわたしの担当なので、自動的に彼も昼食抜きと言う事になる。でも、構うもんか。たまにはお腹を空かせたらいんだ。そうしたら、少しはわたしの有り難味だって分かるはずだ。


「うぅ」


 理不尽だ。それは確かに、彼が期待するくらいにはわたしは役に立てていないのかも知れないけれど、それにしたってあれはないと思う。褒めてくれとまでは言わないにしても、労いの一つもあっていいものだろう。ただ、考えてみれば、それはそれで彼らしくもなく、具体的に労うと言ってもイメージはさっぱり沸かないのだけれど。


「――きゃっ」


 そんなことばかり考えていた所為で注意が疎かになっていたのか、向かい側を歩いていた女の子に体をぶつけてしまっていた。相手の方がかなり小柄だった為に、女の子は短い悲鳴を上げて尻餅をついた。わたしは、咄嗟に手を差し伸べようとして、そのまま躊躇してしまう。その隙にもう一人の女の子が現れて、結局わたしの手のひらは空気だけを虚しく掴んで閉じた。何時ものことだ。

 もう一人の女の子――倒れた方の女の子と同じくらいの年齢で、わたしよりは五つほど年下だろうか――が、倒れた女の子を助け起こす様子を眺めながら、わたしは只でさえ沈んだ気持ちが更に沈んでいくのを自覚した。いつもこうだ。わたしには後一歩踏み出す勇気が足らない。正確に言えば、踏み出す前に何時も誰かにわたしの欲しいものを持ち去られてしまう。


「ちょっと」


 わたしはそこで、後から現れた方の、勝気な瞳をした金髪の女の子に睨みつけられていることに気が付いた。


「あんた、ごめんなさいの一言くらいないの?」

「ちょっと、アリサちゃん」

「いいのよ、すずか。こういう事はきちんとしないと」

「あ、その、ええと」


 糾弾の言葉にわたしはびくりと身を震わせた。確かにそうだ。非はわたしにあるのだから、謝らなければならない。ただ、やはりどうしても言葉は出てこなかった。喉が酷く渇く。転んだ方の、物静かな雰囲気の紫髪の女の子――すずかと言うらしい――が取り成そうとしてくれる声が、酷く遠く聞こえる。


「えと、あの、わた、わたし……」

「何よ、はっきりしなさいよ。わたしみたいな小さな子に言われて、恥ずかしくないの?」

「アリサちゃん、それは言いすぎだよ。あの、わたし平気ですから、気にしないで下さい。わたしも前をよく見ていなくて、お互い様だって思います」


 どうしてだろう。本当に情けない気持ちになる。確かに、アリサと言うらしいこの金髪の子に指摘されるまでもなく、年下の子にこんなことを言われるのはとても恥ずかしいことだ。それに加えて、すずかに申し訳ないような面持ちでフォローをされるに至っては輪を掛けて居た堪れない。


「ご、ごめん、なさい」


 わたしはひり付く喉を何とか誤魔化して、上擦った声でそれだけ答えた。






 漸く見つけた”災厄の種”を渡すと、彼は何故かわたしを酷く罵った。


「お、お前、馬鹿じゃないの? 何考えてるんだよ。ありえないだろ、それ」

「で、でも、”災厄の種”は手に入れました」

「それは、分かる。だ、だからって人を殺して取って来るとか、あ、ありえない」

「え、だって、それは」

「い、言い訳するな!」


 訳が分からない。相当な幸運が重ならない限り、探索魔法の使えないわたしは既に発動した”災厄の種”しか見つけられない。そして、封印術式が行使できない以上は対象の殺害を持って”災厄の種”との契約を強制切断し、これを沈静化させるほかはないのだ。わたしは打てる手は全て打った。その上で結果を出しているのだから、そんなに酷く責めなくたっていいと思う。


「し、死体はちゃんと蒸発させて来ました。痕跡は残ってないです」

「じょ、蒸発とか、そう言うことじゃないだろ! 殺す自体がおかしいだろ、常識として!!」


 常識としてと言われても。わたしだって快楽殺人者じゃない。殺さずにすむなら無意味に殺したりはしない。殺すしかない場合は殺すけれど、それは仕方のないことだ。勿論、もっといい方法があったかもしれないと思うことはある。けれど、もしも、だなんて考えていても仕方がないではないか。


「あなただって、どんな手でも使えって、い、言ってました」

「あ、揚げ足を取るなっ」


 彼は激昂しかけて、今朝のことを思い出したのか、振り上げた手を握り締めて、そのまま腰掛けていたソファーに叩きつけた。ばふ、と軽い音を立てて埃が舞う。そろそろ掃除をしなければと思った。
 彼が中々カーテンを開けたがらないので、日中にもかかわらずリビングは薄暗い。誰かが覗いているかも知れないとは彼の言だけれど、寝室やお風呂以外には覗いても面白いものはないと思う。だからわたしには神経質すぎる気がする。ただ、わたしたちは確かに一般的に後ろ暗い事をしているし、わたしが防諜に役立つような魔法を一切使えないことから、余り強くは言えなかったが。

 それでも折角の春の陽気に、窓からの暖かい風と柔らかな日差しを満喫することも出来ないと言うのは少し不満だった。空気清浄機は常時稼動中なので、空気が澱んでいると言ったことはない筈だとしても、感覚的に不健康に思えて仕方ないのだ。


「おい、聞いているのか!?」

「――はい。すみません」


 聞いてはいる。聞いてはいるけれど、理解が出来ない。納得が出来ない。だって、彼はとても非論理的なことを言っている。不可能を要求されても、わたしは不可能と答えるほかはない。それとも、わたしにはまだ努力は足りないと責めているのだろうか。それは、分かる。分かるけれど、そんな風に言わなくたっていいことだと思う。


「わたしだって、頑張ってます」

「は、はぁ? が、頑張るとかそう言うことじゃないだろ。訳分からないんだけど?」

「わ、わたしだって、訳が分かりません。じゃあ、どうしたらいいんですか?」


 嫌だ、駄目だとばかり言っていても仕方がない。わたしたちは有限の能力しかない人間に過ぎないのだから、何かを選んで、出来ることを出来るだけすることで達成しなければならない。わたしには殺さずに”災厄の種”を手に入れる方法がないのだ。少なくともわたしはそう認識している。それでは駄目だと言うなら、ビジョンを示して欲しい。とにかく駄目だから、何とかしろと言うのは、幾らなんでも無責任と言うものだ。

 わたしが反駁の声を上げると、彼は一層苛立った表情を双眸に浮かべ、ソファーを立ち上がりながら叩き付けるように言い放った。


「それくらい、自分で考えろ」


 そんなの、理不尽だ。






「フェイト、本当に大丈夫かい?」

「……うん」


 廃ビルの屋上に半ば横たわるように座り込んで、フェイトは無理やりに声を絞り出した。正直に言えば、大丈夫とは言えない。その証拠に体はさっきからだるいし、使い魔のアルフもフェイトの言葉を全く信用していない。とても大丈夫な様子には見えなかったからだ。
 謎の魔導師から受けた魔力ダメージはじわじわと蓄積し、今は立っているのもやっとの状態だった。いや、正確に言えばこれは純粋な魔力ダメージだけではない。あの魔導師が使っていた魔法は非殺傷設定であるにもかかわらず相殺しきれないほどの殺傷能力を秘めていたのだ。


「あいつ、一体何だったんだろう?」

「分からない。でも、見逃されたんだと思う」

「そう、だね。ぜんぜん歯が立たなかった」


 そもそもあの魔導師は唯一つの魔法――【Helical Driver】と言ったか――しか使用してこなかった。あれは単純に見えてとても高度で強力な砲撃魔法だ。進行方向に対して常に直交して威力を発揮する為に、正面に相対した場合は心理的に防御が酷く難しい。直進してくる砲撃を無視して上下左右のいずれかに防壁を張ることは考える以上に思い切りが必要なのだ。かといって全身に防壁を分散させて受け止められるほど脆弱な攻撃でもない。元々それ程防御の厚くないフェイトとしては、動き回って避け続けざるを得ない状態に追い込まれてしまう。
 更に、あの魔導師はあの魔法の螺旋軌道をその都度細かく制御してのけた。螺旋の径、リード角、向き、角速度。予測不能に千変万化する驚異的な魔法制御力によって、唯一つの魔法は恐るべき多様性を秘めた必殺の武器と化す。

 ただ、幾らなんでもあれだけ同じ魔法を見せられ続ければ突破口も見える。尤も、今回はそれを見つけられる頃には最早戦う力を失くしてしまっていたのだが。


「次はもっと上手く戦えるとは思う。ただ、あれだけしか魔法が使えないわけじゃないだろうし、勝てる、とは言えないけど」


 あれだけのレベルの魔法をいくつも行使出来るとすると、今のままではまともに戦うことすら難しいかも知れない。出来ればもう戦いたくないけれど、あの魔導師が探しているらしい”災厄の種”と言うのは十中八九”ジュエルシード”のことに違いないから、いずれ衝突するのは必定だろう。それまでに何とか対策を考えなければならない。
 ただ、気になることが一つ。


「でも、もしかしたら戦わなくてもすむかも」

「? 何言ってるんだい、フェイト」

「だって、元々アルフがあの人を攻撃したから……」

「そ、それはっ」

「それに、アルフは演技だって決め付けてたけど、あの人、本当に敵じゃなかったのかも知れないし」


 そうだ。どう考えても彼女の方が圧倒的に強者なのだから、本当に敵ならば手加減抜きでフェイトたちを倒してしまえば良かったのだ。それを遠慮がちに一つの魔法だけで翻弄して、フェイトが戦えなくなった途端に居なくなってしまったのだから。


「フェイトはお人よし過ぎる」

「そう、かな?」

「そうだよ。それに、わたしには分かるんだ。あいつはとんでもない悪党だよ」


 何故か胸を張って断言するアルフに、フェイトは不思議そうに小首をかしげた。


「アルフは、どうしてそう思うの?」

「匂い、かな」

「匂い?」

「そう、あいつからは、あの鬼婆と同じ匂いがするんだ」


 酷く嫌そうに吐き捨て、眉根を寄せるアルフにフェイトは何も言い返すことはなかった。アルフがフェイトの母親であるプレシアの事を酷く嫌っていることは知っていたから。その理由は今更確かめる必要もないし、理解も出来る。ただ、とても残念なことだとは思う。プレシアはただ優しすぎるだけだ。だから早く”ジュエルシード”を集めてかつての彼女に戻って貰いたかった。
 アルフはそんな彼女とあの魔導師が同じ匂いだと言う。でも、それなら。


「じゃあ、やっぱりあの人もそんなに悪い人じゃないかもしれない」


 アルフは苦虫を噛み潰したような表情で唸り声を上げた。






 アリサやすずか達と気まずい雰囲気のまま別れ、わたしは公演のブランコで夕暮れまでの時間を無為に過ごした。たまにやってくる子供たちのもの欲しそうな視線も、それを咎める母親たちの煩わしげな視線も気付かない振りをして、わたしは溜息を吐き続ける。そんな非生産的な行いを繰り返す内に日も暮れ、とても空腹なことに気が付いてわたしは我に返った。くうくうとお腹の虫が鳴く。とても惨めな気持ちになる。わたしは一体何をしているのだろう。
 いい加減に帰って夕ご飯を作らないといけない。冷静に考えれば確かにわたしが役に立っていないことは事実で、それを大人気なく拗ねてみせても何も変わらないのだ。彼が無理を言っているというのは本当だと思うけれど、わたしだって安易に結論を急ぎすぎていた部分はあったように思う。ここはかつてのような地獄じゃない。即断即決を続けなくてもいい程度には平和な世界なのだから、わたしはもっと迷うべきなのかも知れない。

 そんな風に考えていた矢先、わたしは茜色の空に昇る不吉な光を目撃した。


「あ……」


 わたしは確かに探索魔法は使えない。感知能力も情けないほどに低い。とは言え、目の前で発動した”災厄の種”を見逃すほどに鈍感でもなかった。


「二つ目」


 呟くと同時に首から提げた空き瓶のペンダントに手を触れる。素早くセットアップしてバリアジャケットを纏うと間を置かずに飛行魔法を発動する。ここから距離は近い。あの辺りは、確かわたしがさっきまで歩いていた商店街の方角だったはずだ。何か巨大なものが蠢いて見える。


「ええと、これは、樹、でしょうか?」


 近づくにつれ、その正体が明らかになる。巨大な樹というのが正確な表現化は分からない。微妙にぬめりを帯びた枝から早送りの映像を見ているように次々に枝分かれを繰り返していく。ぎちぎちと言う成長の音は節足動物を想像させる。何とも歪で、卑猥で、嫌悪感さえ覚える生物だった。

 わたしは迫り来る触手状の枝を回避しつつ、まずは辺りを周回してみる。と、そこで辺りがとても騒がしいことに気が付いた。そう言えば、結界を張っていなかった。やはりこう言うのは慣れない。魔法が当たり前の世界で生きていると、魔法を隠さなければならないと言う感覚がどうもしっくり来ないのだ。
 わたしは慌てて結界を張る。しかし、それでも辺りは完全に静かにはならなかった。叫び声が聞こえるのだ。


「……っ! ……!!」


 何かに遮られているのか、何を言っているのかが良く聞き取れない。ただ、酷く興奮した様子であることは分かった。耳を澄ますと二人分の声色。それも、どこかで聞いたことがあるような。
 声を頼りに飛行を続けるうちに、どうやら眼前の巨大樹の内部から聞こえているのだと言うことが分かった。誰かが閉じ込められているのか、或いはこの樹自体が何かを叫んでいるのか。まあ、どうでも良い。とにかくこの樹を破壊すれば”災厄の種”を手に入れられるだろう。

 わたしは”トイボックス”に魔力を循環させ、周回加速させることで螺旋状に整形する。今回は手加減抜き。最大出力の最大加速、非殺傷設定は解除。この魔法は巨大なものをぶち抜くことが本来の用途なのだ。奇襲の策は副産物に過ぎない。


【Helical Driver, Scraper Shift】


 突貫。
 身の蓋もない言い方をすれば、これは魔力ドリルだ。敵地への突入経路をぶち抜いたり、その逆に脱出口を強引に作ったり、密室に人知れず潜入する場合にも活用した。様々な用途で活躍した為に、この魔法に関しては他と比べても圧倒的に精密な制御が可能になってしまった。

 螺旋は迫り来る触手をものともせず、中心の太い幹の部分をもあっさりと貫いた。非殺傷設定は無効化してあるので、掘削に伴う摩擦熱で孔の周囲が瞬時に燃え上がる。辺りに焦げ臭い匂いが漂った。


「……割と、丈夫です、ね」


 しかし、巨大樹はそれでも倒れることはない。樹は樹液のようなものを分泌するとあっという間に孔を塞いでしまった。どうもこの手の魔法は効果が薄いらしい。考えてみれば、樹であれば動物と違って明確な弱点もない。脳や心臓を打ち抜いてやれば終わりというわけにも行かないのだ。


「じゃ、じゃあ、灼き尽くします」


 昼間の少年の死体をそうしたように。いや、あの魔法ではこれだけの質量を蒸発させることは難しい。あれは狭い範囲を文字通り消し飛ばすには有効だが、広域殲滅には向いていない。では、どうするか。

(もっと、いい魔法が、ある)

 とは言え、これは相当な大魔法になる。サポートの受けられない現状では詠唱の隙を見つけることが難しい。そうなると敵の動きを止める必要があるが、へっぽこのわたしはバインドなどの拘束魔法のような便利な補助魔法は一切使えなかった。ただ、それらしいのは使える。
 わたしはバトンを構えると、太刀を切り上げるようにして振り抜いた。


【Venomous Strings】


 あたかもリボンが広がるように、バトンの先端から数十を超える糸状の魔力が放出される。魔力糸はかすかなモスキート音を伴って巨大樹へ飛来すると、そのまま樹皮に張り付いた。同時に、巨大樹の動作が鈍る。どうやら上手く行ったようだ。
 この魔法は拘束魔法ではない。分類としては攻撃魔法の一種だ。高速微振する魔力糸は対象の接触してこれと共振を起こし、一時的に麻痺状態へ陥らせる。動物が相手ならば、そのまま昏倒させることも可能だ。ただし、殆ど殺傷能力はないために、この魔法はわたしの殆どの魔法とは逆の意味で非殺傷設定が【Nonsense】となる。

 さて、とにかくこれで準備は万端だ。わたしは空中に魔法陣を描くと、その中心にバトンを突いて両手で握り締める。


「イル・イスラ・ライラ。招来、我が手に来たれ、慟哭の剣――っ」


 そこで、わたしは詠唱を止めた。何かを失敗したわけではないが、続けられない理由に気が付いたのだ。麻痺状態の巨大樹の枝に、少女が二人拘束されている。気にせず撃ち抜いても構わないとも思ったが、殺すべきではないという彼の方針に出来る限りしたがって、少しは迷ってみることにする。
 わたしは、これまでのわたしにあり得ない事にわたしの持てる最大最強の魔法の詠唱を中断した。

 巨大樹の麻痺が暫くは続きそうなことを確認して、わたしは二人の少女に接近する。


「……あ……」

「えっ!? あ、あんた、さっきの!」

「な、なに? 飛んでる?」


 誰かと思えば、先ほど出会ったばかりの少女たちだった。確か、金髪の子がアリサで、紫髪のこがすずか。すずかの方はこの場の状況に相応しく、それなりに混乱しているようだったが、アリサはこんな時でも変わりがないらしい。広域殲滅魔法を中断した成果があったかも知れない。

(だって、一人は助けられる、かも知れないし)

 そうだ。この樹の原因がアリサにしろすずかにしろ、無関係な方まで巻き込んで殺さなくてもいいのだ。”災厄の種”と契約した方はもう助けられないかも知れないけれど、一人の命を救えたかもしれないことはそれなりに嬉しく思えた。彼の言うことも、一理ある。仕方がないだなんて直ぐに決め付けないで、ほんの少し迷ってしまえば良かったのだ。わたしは自然に唇が綻ぶのを自覚する。

 うん、わたしは今、笑えている。


「一体何なのよ! 訳分かんないわよ!? あんた、これが何なのか知ってるの?」

「え、あ、はい」

「一体何が起こっているんですか? 樹はお化けみたいになるし、人間は空を飛んでいるし……」

「まさかとは思うけど、あんたが何かしたんじゃないでしょうね?」

「アリサちゃん! 幾らなんでもそれは酷いよ」

「う、それは……うん、ごめん。八つ当たりだった」

「い、いえ、構いません。それに、これはどちらかと言うと、あなたたちのせいです」

「はぁ!?」


 わたしが告げると、心底理解が出来ないという表情でアリサが声を上げた。それも仕方のないことだとは思う。充分に説明も出来ていないのだから、魔法と”災厄の種”の知識がない人間には事情の把握など出来る筈がない。とは言え、落ち着いて話が出来る程度の二人が冷静だったのは好都合だ。これなら、平等な裁定が行える。

 わたしは”トイボックス”から昼間に回収した”災厄の種”を取り出すと、二人に見えるように差し出した。


「あの、それ、何ですか?」

「さ、”災厄の種”と言います。簡単に言えば、呪いのアイテム? でしょうか」

「いや、呪いのアイテムって……」

「でも、アリサちゃん。こんな訳の分からないことが起きているわけだし」

「ん……納得は出来ないけど、話が進まないからそれでよしとするわ。それで?」


 わたしはその返答に大きく頷いて、”災厄の種”が共鳴を起こさないうちに手早く”トイボックス”に収納する。それにしても、この子達は物凄く頭がいい。これなら、口下手なわたしでも何とかまともに説明が出来るかも知れない。


「それで、この種は他にも幾つか同じものがあって、だ、誰かの願いを変な風に叶えてしまうんです」

「願い?」

「た、例えば、今の状態みたいに。具体的にどういう願いだったかは分かりませんが、え、枝が伸びると木陰になって涼しい、と思ったせいかもしれません」

「木陰って、無茶苦茶よ、それ」

「は、はい。無茶苦茶なんです。だから、呪いのアイテム、です」

「な、なるほど?」


 取り敢えずそれで得心が行ったのか、アリサは首を傾げながらも大きく頷いた。わたしも緊張で乱れつつあった呼吸を整えると、巨大樹の麻痺状態にまだ暫くの余裕があることを再確認してから言葉を続ける。


「それで、状況からすると、あ、あなたたちのどちらかが原因のはずです」

「あ、それでさっき、わたしたちのせいだって」

「いや、でも、すずか、あたしたちは別に木陰なんて――って、考えてみたら、ちょっと思ったことが良く分からないうちに曲解されたってことはあり得るわね」

「は、はい、心当たりは……ない、ですよね」


 わたしが問うと、二人は記憶を辿るように視線を彷徨わせ、数秒の後に揃って溜息を吐いた。どうやら、どちらにも心当たりはなく、心当たりがあるようだ。何も考えなかった訳はないので、絶対に自分が原因ではないと言う確信は持てない。ただ、だからと言って具体的になにが発端であるかなど特定できる訳もないのだろう。


「やっぱ、分かんないわ。それで、どうしたらいいの?」

「何かこの状態を打開できるような方法はあるんですか?」

「あ、はい」


 そもそも、わたしも二人のうちどちらが原因であるかを突き止める方法があるとは思っていなかった。だからこそ、昼間は少年たちが最後の一人になるまで殺されてから介入することにしたのだし。ただ、今回に限ってはいい方法がある。これで、少なくとも二人のうち一人は助けられる可能性があるのだ。

 わたしはその方法を、新しい洋服を自慢するような浮ついた気持ちで告げた。


「ど、どちらか一人を、殺します」

「えっ」

「あ、あんた、なに言ってんの!?」


 そうすれば、半分の確率で一人は生きられる。これなら、最初から二人を殺してしまうよりも、ずっと素晴らしい。


「だ、だから、教えてください。どちらを殺すべきですか?」



[20063] Act.4
Name: XIRYNN◆ea66adc3 ID:1b3eb644
Date: 2010/07/09 01:21
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Act.4 正義の剣
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 斜陽の赤に映える巨大樹の影は長く伸び、商店街を遠く越えて住宅街を一足早い夜に染めていた。結界の効果もあってか世界は漸く静寂に落ちる。わたしはちょうどアリサとすずかの二人の様子が良く見える位置に張り出した古いビルの窓のひさしに腰を掛けて、告白の返事を待つような心持ちで二人の強張った顔を眺めた。

 この町は海に近いせいか僅かに潮を含んだような香りの風がとても心地いい。昼と夜の境目の、何かの終焉を思わせる太陽の残光が切なくなるように綺麗。死ぬ運命が確定したのなら、今この時にそれを選べるのは幸運と呼べるのだと思う。


「……じょ、冗談でしょ。訳分かんないわ」


 沈黙を破ったのはアリサだった。わたしはアリサの要領を得ない発言に小さく首を傾げて答えた。


「? 冗談って、何が、ですか?」

「何がって、決まってるでしょ? 殺すって何なのよ!」

「えと、そのままの意味、ですけど?」

「わ、わたしも理解出来ません」


 すずかまでがそんなことを言い出した。どうしてだろう。つい先ほどまでは、あれ程理解が早くて感心していたのだけれど、ここへ来て急に物分りが悪くなったのが不思議だった。そんなに難しいことだろうか。殺す、と言うこと自体は魔法や”災厄の種”の知識がなくとも充分に理解できることのはずだ。いや、そういえば肝心なことを説明していなかったかも知れない。
 そうか、そもそも何故殺さなければいけないかと言う前提を話さなければならなかったのだ。

 得心の言ったわたしは内心で大きく頷いた。


「あ、そ、そうですね。そ、そもそも”災厄の種”の話をしないと。この種ですけど、願いを叶えた人間と魔法的な契約が結ばれるんです。願いの結果、例えば今のような事態を収拾するには、お、大きく分けて三つの方法があります」

「みっつ、ですか?」

「は、はい。一つは、契約者が願いを辞めること。で、でも、この方法は現実には不可能です。”災厄の種”は契約者の無意識から願いを勝手に汲み上げるので、意識してどうなるものでもありません」


 心の底から心変わりをしたならば、この方法で契約を破棄することが可能となる。ただ、余程の衝撃的な事態が起こるか、相応の時間が経過しない限りは人間の願いを変える事は難しいだろう。例外があるとすれば、薬物や魔法、或いはマインドコントロールによって強制的に精神を変質させる方法が考えられるが、そのどれもがわたしには実現不可能だ。薬物は所持していないし、そうした魔法は使えない。厳密に言えば、マインドコントロールに利用できる魔法は使えるのだけれど、残念ながらわたしにはマインドコントロールの技術自体はない。


「も、もう一つは、願いの核となる”災厄の種”を封印してしまうことです」

「? その方法じゃ、駄目なんですか?」

「だ、駄目です」

「何でよ? 聞くからに丸く収まりそうな方法じゃない」


 確かに、それは正しい。アリサの言うように、本当はこれが一番スマートで、しかし、最高に困難な方法と言える。封印と言えば簡単に思えるが、実際には”災厄の種”クラスの高度な魔力装置を不活性化する為には相当に高度な封印術式を行使するか、或いはSSSランクにも相当する膨大な魔力で押さえ込むしかない。わたしではそのどちらも不可能なのだ。
 或いは、最高級のインテリジェントデバイスでもあれば、術式制御をデバイスに丸投げすることでわたしにも封印は可能だったかも知れないが。わたしの”トイボックス”は高価な波動計算ユニットをバンドルした高速演算型デバイスではあるものの、術式制御自体は完全に魔導師に依存することになる為、わたしの使えない魔法は使えない。

 可能性があるとすれば”災厄の種”の固有呪力振動数をサーチして制振制御魔法を行使することが考えられるが、間違って共振でもした場合には次元震で世界ごと心中する羽目になる。流石にそこまで馬鹿げた博打はしたくない。


「わ、わたしは封印とか、出来ませんから」


 だからわたしは端的に告げる。するとアリサは不満げに鼻を鳴らし、すずかは不安げに眉根を寄せた。


「っ……ま、まさか」

「ん? すずか、どうしたの?」


 へっぽこな自分を再認識して僅かに頬を染めるわたしとは対照的に、すずかは青褪めた顔でわたしを見上げた。漸く分かってくれたのかも知れない。わたしはその様子に満足すると、最後に唯一の方法を告げた。


「け、契約を破棄する最後の方法は、契約者が死亡することです」

「やっぱり、そんな……そんなのって」

「っ! あんた、殺すって、まさかっ」


 流石にこれで事態を理解したのか、アリサが激昂して声を上げる。その剣幕に、わたしは拘束されて彼女が動けないと知りつつ思わず窓のひさしから飛び上がっていた。その勢いのまま上階の窓枠に頭をぶつけ、わたしは舌を噛んでしまった。とても痛い。手のひらを嘗めて血が出ていないことに取り敢えず安心。ただ、前歯の裏を舌先でつつくと、唐辛子を生で食べたときのようなひりつく痛みが襲ってきた。
 こう言う時、治癒魔法が使えればいいなと何時も思う。残念ながら、あの類の魔法は才能による部分が大きすぎる為、わたしでは一生掛かっても習得できそうにないけれど。


「は、はの、ほれで――コホン――そ、それで、話は戻るのですが」


 漫画みたいなことをしてしまった。恥ずかしい。けれど、アリサとすずかはくすりとも笑ってはくれなかった。勿論、大笑いされたかった訳ではないが、無反応というのもそれはそれで悲しい。


「わ、わたしは、どちらを殺――」

「――っ、ざけんな」

「えっ?」

「ふざけんな! あんた、人の命を何だと思ってんのよ!!」

「な、何って」


 人の命は、人の命だと思う。虫の命は虫の命だし、魚の命は魚の命。鳥の命は鳥の命であるように、犬の命も犬の命だ。共通しているのは、命は誰も一つしか持てないし、一度失えば二度と取り戻せないことだ。


「馬鹿言ってんじゃないわよ! 死ねって言われてはいそうですかって死ねるわけないでしょ!?」

「え、えと、じゃあ、すずかさんを殺すべきだと――」

「すずかを殺したら、絶対あんたも殺してやる!」

「じゃ、じゃあ、どうしたら、いいんですか」

「じゃあ、あんたが死ね!!」


 死にたくない。死なせたくない。それは分かる。でも、そんなことを言っても仕方ないのに、我侭を言われてしまうとわたしも困る。大体、わたしが死んだってどうしようもないじゃないか。そんなのは、全然論理的じゃない。


「でも、ずっとこのままって訳にも、い、行かないですよね」

「そんなことくらい分かってるわよっ」

「だ、だったら、少なくともどちらかは殺さないと」

「だから何でそうなんのよ!! あんた、頭おかしいんじゃないの?」

「お、おかしくなんてないです。論理的な帰結じゃないですか」

「こんな話に、論理的もクソもあるわけないでしょ!?」


 全然話にならない。わたしは絶対におかしくなんかない。命の大切さはわたしも分かる。わたしは鬼でも悪魔でもない。だから、二人とも死んでしまうより、一人でも生き残る方に賭けるべきだと訴えているだけなのだ。それでもどちらも殺してしまうことになる可能性があることも分かる。でも、最初から諦めてしまうよりずっと良いはずだ。
 勿論、二人とも殺さない方法があるならわたしだってそれを選ぶ。それが選べないなら、少しでもマシな方法を選ぶ努力をするしかない。

 興奮して話にもならないアリサの様子にうんざりして視線をそむけると、わたしはすずかが静かにこちらをじっと見つめていることに気が付いた。


「す、すずかさんはどうですか?」


 わたしが問うと、すずかは一拍置いてから、落ち着いた口調で言葉を紡いだ。


「アリサちゃんが殺されるくらいなら、わたしが殺される方がマシです」

「すずか!?」

「だけど――あなたに殺されるのなんて、真っ平ごめんです」

「……っ」


 その凄絶な眼差しに、わたしは恐怖で声を失った。呼吸が止まる。背筋を冷たいものが伝う。何故だか泣き叫びたいような気持ちになって、喉の奥から無意識に嗚咽が漏れた。この女の子はとても怖い。普通じゃない。わたしは反射的に高速移動魔法を発動し、気が付けばビルの屋上まで後退していた。
 わたしは感情のない殺人マシーンでも何でもないので、これまでも誰かを怖いと思うことは何度もあった。それが年下の女の子であっても。けれど、魔法も使えない、ましてこれほど圧倒的優位に立っている筈の相手に、本当の意味で怯えたのはこれが初めての経験だった。


「あ、あなたは怖い人です」

「わたしは、あなたなんて怖くない」


 いつの間にか夜の帳が下りていた。東の空に架かった月は青褪めて白い。そう言えば、わたしは知っている。夜の世界には怪物が出る。そうした御伽噺は次元世界の各地に伝えられていて、そのうちの幾つかは本当なのだ。そうした怪物と戦う為に魔法が発達した世界もあるらしい。


「す、すずか?」


 すずかの様子がおかしいことに気が付いたのか、アリサが震える声で呼びかける。返事はない。その代わり、何かが軋るような嫌な音が断続的に聞こえ始めた。わたしは慌てて辺りを見回す。しかし、原因は見つからない。巨大樹の自由を奪う魔法はもう殆ど失われているとは言え、まだ僅かに効果が継続するのは間違い無さそうだ。巨大樹の麻痺が解けた訳ではない。それなのに、この音は巨大樹の枝が軋む音にとてもよく似ている。


「こ、これは……ま、まさか、魔法もなしに?」


 いや、聞き間違いではない。あり得ない事と思いつつすずかの方へ視線を向けると、彼女の周りの枝が強引に引きちぎられていく様が見えた。全く馬鹿げている。ファンタジーじゃないのだ。わたしたちが使う魔法はわたしたちの科学の範疇に基づいている。魔法によって引き起こされる現象は、決して理不尽でもご都合主義でもない。だと言うのに、この目の前の現象は馬鹿げているとしか言いようがない。
 魔力は感じない。魔法ではない。すずかは巨人でもない、小さな女の子だ。魔法もなしにこんなことが出来るとしたら、それこそ戦闘機人でも連れてくるしかない。


「き、決まりです。殺すのは、すずかさんです」

「なっ、ちょ――」


 アリサの反駁の声は無視。イレギュラーは速やかに処理しなければならない。迷いがわたしを殺す。殺されない為には殺すしかない。正体を探るなど愚かで無意味なことはしない。最高最速最大の魔法で殺害しなければならない。
 ただし、この魔法はわたしにとっても危険すぎる。未完成な為に、魔力消費とフィードバックが激し過ぎる。それでも、人間大の物体を破壊するには最速で最強。魔力を連続励起させて局所的に重力異常を引き起こす。その重力異常を制御することで強力な重力波を射出するのだ。


【Dark Dragon】


 わたしの魔力光である白に近いペイルブルーに関係なく、砲撃は漆黒に染められている。重力場が攻撃範囲から漏れないように制御し続けているにもかかわらず、わたしは頭痛と魔力枯渇の倦怠感に奥歯を噛み締めた。この魔法は、本来人間が個人で使用することを想定していない。何故ならばこれは、”アルカンシェル”の簡易魔法に他ならないからだ。

 だが、威力は申し分ない。これはわたしの使える全ての魔法の中でも、儀式魔法を除いては間違いなく最強。


「きゃあああああああああああああっ」

「……っ、しまっ」

「すずか!!!」


 それも外しさえしなければ、だ。

 ただでさえ制御が甘いところへ、間の悪いことに一瞬だけ自由を取り戻した巨大樹が身震いをすることで射線がずれた。ごく短い期間のみの砲撃はすずかの右脇腹を掠めるだけで、そのまま虚しく空へ消える。ダメージとしては充分。しかしそれも相手が人間であった場合の話だ。
 出血はそれなりに激しいが、致命傷になり得るかは難しいところだろう。戦闘能力は奪えたようにも見えるが、油断は禁物。すぐさま追撃に移ろうとして、わたしは飛行魔法を維持できずにビルの屋上へ墜落した。


「っ、くぅ……ぅあ」


 距離にして僅か5メートル。とは言え、わたし程度の形成したバリアジャケットでは衝撃を殺しきれず、ダメージに思わず呻き声を上げてしまう。痛みに意識が飛びそうになる。呼吸が上手く出来ない。まずい。早く、あれを殺さないと。殺さないと、殺される。


「すずか? すずか、しっかりして! すずか!!」


 わたしは”トイボックス”を頼りに辛うじて立ち上がる。口の中に鉄の味がする。眼が霞んで上手く前が見えない。平衡感覚にも異常がある。失敗した。冷静を失い過ぎた。こんな未完成な魔法を使うべきじゃなかった。


「す、すずか……冗談でしょ。眼を覚ましなさいよ!! な、何で? 何でこんな事に!?」


 アリサの叫び声を頼りに、わたしは何とか攻撃対象へ向き直る。


「ど、どいてください」

「――っ!!」


 アリサが何かを叫んだように聞こえた。ただ、その内容はわたしには認識することが出来なかった。叫びが声にならなかったのか、わたしの耳がいかれてしまっているのか。或いはその両方か。どちらでもいい。わたしはそれを無視して、気を抜くとくず折れそうになる足を震わせて、何とかバトンを構えて見せた。


「か、確実に、こ、殺しますから」

「ふざけんなっ!! あんたなんかにすずかは殺させない!!」

「ふ、ふざけてなんかいません」

「っ! 何でよ! 何ですずかみたいないい子が、あんたなんかに!!」

「じゃ、じゃあ、わたしに殺されるのが嫌なら、あ、あなたが殺してください」

「黙れ、キチガイ女! 殺させるわけないでしょ!? 殺せるわけないでしょ!? あんた、何でそんなことがわかんないのよ!? おかしいでしょ? こんなの間違ってるでしょ!?」

「き、キチガイなんかじゃありません!!」


 わたしは論理的に行動している。わたしは倫理的に行動している。この期に及んでも、二人より一人を生かそうとしている。わたしの身の安全と効率を考えるなら、アリサの意見なんて無視して二人とも殺してしまえば良いだけなのは明らかだ。わたしは何もおかしくない。アリサこそ、どうしてこんな簡単なことが理解できないのだろう。この子は混乱しておかしくなってしまっているのかも知れない。

 だったらもう、説得しても意味はない。


「は、はあ……頭も痛いし、意味が分かりません。も、もういいです。そんなに死にたいなら死んでください」


 残りの魔力量から考えて、使用できる魔法は限られている。二人同時に殺傷できる魔法よりも、アリサを無視してすずかに止めをさせるものが相応しいだろう。そうなると、費用対効果に優れている超高熱魔法が適当だろう。この魔法の欠点は高速移動体への命中率が著しく低い点にあるが、この場合に限ってはそれは特に問題とはならないはずだ。


「”トイボックス”、赤外光吸収――ホット分子生成。チャージ」


 何時もより効率が悪い。チャージは暫く時間が掛かりそうだ。アリサはわたしが攻撃魔法の準備を始めたことに気がついたのか、巨大樹の拘束を逃れようと激しくもがき始めた。そんなことをしても意味はないのに。アリサの移動可能な範囲はすずかの横たわる位置を中心とした僅か三メートル弱。それ以上は手足に絡んだ触手が掴んで離さない。せめてすずかから最も遠い位置に逃れればわたしの攻撃範囲から外れると言うのに。アリサは何時までもすずかの側を離れようとはしなかった。


「――チャージ完了。吹き荒べ、退廃の――」

「っ! すずかだけでもいい! 誰か助けて!!」


 アリサが無意味なはずの叫び声を上げた瞬間、わたしの手から”トイボックス”が弾け飛んだ。


「……えっ!?」


 わたしは訳が分からず呆然とバトンを見送る。バトンはアリサの目の前で静止すると、その内部に収納したものを吐き出した。


「え、あ、”災厄の種”っ」


 わたしの狼狽の声は強烈な蒼い光に掻き消された。


「きゃああああああああああっ」






 そもそも、わたしには封印術式が行使出来ない。”トイボックス”自体に簡易封印機能を持った収納装置が内蔵されているとは言え、幾らなんでもロストロギアの封印は想定されていない。つまり、”災厄の種”は不活性状態であっても、当然のことながら強い願いには反応してしまうのだ。

 デバイスを手放し、バリアジャケットを解除されたわたしは”災厄の種”の放つ強力な魔力波動に吹き飛ばされ、ビル屋上の扉へ叩きつけられる。運悪く頭部を強く打ち付けて、わたしはそのまま意識を失った。






 闇は夜の一族の領域である。唯一許された光は月を源としたものに限られる。満月ならばなおさら。それだけの条件が整えば、純血の吸血鬼は不死にも等しい。高々体の一部が欠損した程度では生命維持に何の支障もない。瞬きの間に再生は行われるだろう。ただし、力を使うと酷く喉が渇く。これでは足りない。新鮮な血が必要だ。

 吸血鬼は朦朧とした意識のままで贄を求め、最適な状態の少女を発見した。何かを訴えかける少女の声を無視して、吸血鬼は彼女の首筋へ牙を突き立てた。芳醇な鮮血の香りが鼻腔を擽る。暖かな命が喉を通って全身へ染み渡るのを感じて身震いが走る。それは限りなく性的絶頂に等しいものであったが、身体的に完成されていない吸血鬼にはむず痒い感触だけが残った。


「す、すずか……や、やめて……」


 この程度では渇きは収まらない。そもそも吸血鬼が欲するのは血液ではなく命そのものである。真性の吸血鬼の身体能力と再生能力はたかが人間一人の命で贖うには甚だ不足。枯れるまで吸い尽くしても収まるものではない。吸血鬼は更に深く牙を突きいれ――ようとして。


「ディバイン!」

【Buster!】


 遠方から飛来する桜色の衝撃に撃ち抜かれた。







【Sealing.】

【Receipt number Ⅵ and ⅩⅢ.】

「……ありがとう、”レイジングハート”」


 巨大樹とすずかから”ジュエルシード”を回収すると、なのはは俯いたままで奥歯をぎりと噛んだ。手のひらが白くなるまで杖を握り締める。ユーノはなのはに何か声を掛けようとして、どんな慰めも意味がないことに気がついて押し黙った。


「なんなの、これ」


 首筋から血を流して蹲るアリサ。唇と脇腹を赤く染めて倒れこんだすずか。民家は崩れ、ビルは白煙を上げる。新たにユーノが張り直した結界の静寂が酷く寒々しかった。
 二人にユーノが駆け寄って、ヒーリングを掛け始める。命に別状だけはないようだ。その言葉を聞いても、なのはから安堵の溜息が出ることは無かった。


「なんで、こんなことに、なってるの!?」


 怒りと悔しさに声が抑えられない。冷静にならなければと自覚していても、喉の奥からは嗚咽が迫ってくる。殺意すら芽生えそうになる。なのははビルの屋上に降り立つと、気絶した翡翠色の髪の少女――クロエに”レイジングハート”の先端を突きつけた。


「起きて」


 なのはの呼びかけに、クロエが答えることはなかった。


「起きないなら、起きてもらうから。”レイジングハート”」

【All right.】

【Devine Shooter】


 威力を絞った射撃魔法を叩きつけて、強制的に意識を覚醒させる。クロエは許容量ぎりぎりの魔力ダメージに呻き声を上げながら、やっとの思いで身を起こした。その手の中にデバイスが無いことを確認して、周囲を視線だけで走査。デバイスはちょうどなのはの背後に転がっていることに気がついて、彼女は抵抗を諦めた。






「あ、あなたは、誰ですか?」

「そんなこと、どうだって良いよ」

「え、あ、その、すみません」


 体中が痛い。わたしが意識を取り戻すと、何故か白いバリアジャケットを纏った魔導師の女の子に詰問されていた。と言うより、射撃魔法か何かで無理やり起こされたような気もする。わたしはデバイスも持っていないのに、かなり乱暴で怖い子だ。


「どうして、こんなことに、なったの?」

「え、ど、どうしてって……」


 そもそも何を訊かれているのかが良く分からなかった。こんなことと言われても、どんなことかが分からないので答えようがない。


「そんなにまでして、”ジュエルシード”が欲しいの!?」

「? あ、あの、”災厄の種”、ですか?」

「あなたが何て呼んでるかなんて知らない! でも、誰かを傷付けてまで集めるようなものなんかじゃ、絶対にない!!」

「え、で、でも」


 どうやら”災厄の種”の話をしているらしい。”ジュエルシード”と言うのは通称だろうか。いや、”災厄の種”と言うのは彼から聞いただけだから、もしかするとこちらが通称なのかも知れない。


「こ、殺さないと、回収できませんし」

「そんな訳ないでしょ!?」

「えっ!? ご、ごめんなさい」


 行き成り駄目だしを喰らって、わたしは反射的に頭を下げた。何だか彼のときと同じような事を言われている気がする。あれ、そう言えば”災厄の種”はどうなったんだろう。確か、”トイボックス”に回収された分まで発動してしまったような。わたしは慌てて周囲を見回すと、わたしのものとは比べ物にならないくらいに高度で精緻な結界が張られていることが気がついた。巨大樹はもうない。道路にはアリサとすずかが横たえられていて、使い魔と思しきフェレットが治癒魔法を掛けている。
 わたしはその様子に違和感を覚えて首を傾げ、眼前の魔導師の少女と見比べてようやっと事情に思い至った。


「あの、も、もしかしてあなたが”災厄の種”――”ジュエルシード”の封印を?」

「そうだよ。でも、あなたには渡せない」

「え、あの、それは勿論。それに、あ、ありがとうございました」

「えっ?」


 わたしがお礼を言うと、女の子は一瞬だけ厳しい表情を崩した。お礼を言うのはそんなに変なことだろうか。なぜなら彼女はわたしに出来ないことをやって見せたのだ。わたしだって、二人とも殺さないで済むならそれが最高だと思う。そんなのは当たり前のことなのに。ただ、折角集めた”災厄の種”までなくしてしまったのは残念だ。デバイスの有無に関わらず、この状態でこの子から奪い取るのは難しそうだし。


「あ、あの、今日はもう帰ります」

「あ、あなた何言って、話はまだ終わってないよっ」


 意識の逸れた瞬間を狙ってわたしは姿勢を低くして走り抜けると、デバイスを拾い上げる。案の定、本当の戦いを理解していないらしい女の子はわたしの前に隙を晒す。魔力は殆ど残っていないけれど、逃げるだけならば時間も距離も充分。
 わたしは素早くバトンを振りき、牽制の魔法を打ち出すと同時に全速力で飛び出した。


【Venomous Strings】


 麻痺の毒を秘めた数条の糸が女の子に絡みつき、彼女が尻餅をついた脇を駆け抜ける。


「なのはっ!?」


 使い魔が駆けつけようとするがもう遅い。わたしはその隙を逃さず、転移魔法を発動させていた。






でも、やっぱり怒られた。


「……で、折角昼に手に入れた分まで奪われたって?」

「ご、ごめんなさい」

「つ、使えなさすぎだろ、お前!?」


 やっぱり今日は、いいことなんて無かった。



[20063] Act.5
Name: XIRYNN◆ea66adc3 ID:1b3eb644
Date: 2010/07/10 00:57
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Act.5 ウミナリ ラヴ ストオリィ(1)
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 恋は盲目。人間は無限の愛を持たない為に、何かを愛すると何かの愛が減じる。勿論、多くの愛を両立できる人間だって存在する。しかし、厳然として人間には愛の上限が存在するのだ。なればこそ盲目。誰かを強烈に愛すると言うことは、そのほかの何も見えなくなると言うことに他ならない。
 それが幸せであるかどうかは分からない。その評価が出来るとすれば、それはきっと恋の終わりに違いない。


「はあ」


 教室の机に項垂れて、少年は深い深い溜息を吐いた。ごく普通の少年である。強いて言えば、今時の高校生には珍しく、変にすれて居たり悪い大人の真似をしたがらない所が美徳だろうか。良い意味で子供っぽく何事にも真剣に取り組める彼には男女問わずに友達は多く、憧れの的と言うほどではないにしてもそれなりに同年代の女子生徒からは好意を向けられていた。ただ、今までに浮いた話も無かったが。

 そんな彼ではあったが、ここへ来て青春の病を患ってしまったのだった。


「……ふぅ」

「さっきからどうしたの、後藤くん?」


 幾ら休み時間とは言え、少々鬱陶しい。少年――後藤祐一のちょうど前の座席から振り返ると、高町美由希は胡乱な眼差しで問いかけた。本当に勘弁して欲しい。折角、春の心地良い風を浴びて読書に勤しんでいると言うのに、これでは気が散って仕方が無い。それなら図書館にでも行けと言われそうだが、休み時間は短いのだから仕方ないではないか。


「………ほぉ」


 返事代わりの奇妙な溜息に美由希はこめかみをひくつかせると、読書は諦めて本を閉じた。


「あの、いい加減、鬱陶しいんだけど?」

「……んぁ? 何だよ、高町。俺は忙しいんだ。頼むから、放っておいてくれよ」

「じゃあ、少し静かにしてくれないかな」

「……………んぅ? 何?」


 これは駄目だ。何だかよく分からないが今日はまともに話が通じそうに無い。彼はいつも少し変ではあるが、それにしてもこれは一体どうしたことだろう。そう言えば、変と言えば彼女の妹のなのはも一週間ほど前から様子が変だ。それより少し前から深夜に出掛けたりしている事には気が付いていたが、ここ数日は何かに追い詰められているような余裕の無さが垣間見える。美由希なりに話を聞いてあげようとは努力するものの、大丈夫、なんでもないとしか答えが帰ることは無かった。

(こんなんじゃ、お姉ちゃん失格かな)

 そうでなくともなのはには何時も寂しい思いをさせて来たのだ。そのせいか、なのははあの年齢の子供らしくは無くとても大人びた考えをする子になってしまった。友達にはとてもしっかりした妹だと感心されることは多いが、その実、それはとても痛々しいことだと彼女には思えてならなかった。
 母である桃子が何時も忙しいことは仕方が無い。ただ、父や兄では代わりにはならない。あの二人ははなのはに甘すぎるきらいがあるのだ。そう言う部分は同性であり、年齢の一番近い自分が上手くフォローしなければならないはずだが、とても上手く出来ているとは思えない。

(危ないこと、してなきゃ良いけど)

 なのはは絶対に間違ったことはしていない。ただ、間違っていないからといって何時も正しいことではないのだ。それを知識ではなく、実感として知るには彼女はまだ幼い。姉として自分は、彼女を世の中の酷いことから守ってあげなければと思う。


「なあ、高町」

「えっ、なに?」


 そこで唐突に話しかけられ、思わずスカートに隠し持っていた飛針を取り出しかけ――すんでの所で自制する。危ない。身に付いた御神流の業はいつも彼女の身を守ってはくれるが、強くなればなるほど日常生活に支障を来たして行くような気がしないでもない。


「公園のベンチでいつも本を読んでいる女の子がいるとするだろ?」

「え、あ、うん」

「そこへ見知らぬ男が突然話しかけたら、その子はどう感じるだろう?」

「ナンパだと思うんじゃないかな」

「……手土産にシュークリームでも持って行ったら?」

「下心を疑う」

「…………その子の好きそうな本の話を始めたら?」

「ストーカーかと思って真剣に怯えると思う」

「いや、待て。その男は妙な男じゃない。むしろナイスガイだ」

「変態はみんなそう言う」

「……てめぇ……ぶっ殺すぞ」

「なんで!?」


 さっきから訳が分からない。いや、分かるような分からないような。その男と言うのは恐らく後藤祐一のことであろうから、これはもしかするともしかして、いわゆる恋の相談と言うものなのだろうか。それは人選ミスも甚だしい。生まれてこの方、恋人のいたことも無いような女に、そう言うのを期待しないで欲しい。
 美由希の人生経験では、両親や兄とその恋人と言う極めて特殊な事例か本の知識くらいしか答えようが無いのだ。


「あの、わたしじゃちょっと相談に乗れそうにないかな、はは」

「まあ、待てよ。同じ文学少女として知見を聞かせてくれよ」

「え? 後藤君の中で、わたしってそう言う位置付け?」


 文学少女って。読書好きなのは認めるが、そう言う呼ばれ方をすると物凄く恥ずかしい。というか地味っぽい。彼女をからかう事を趣味とする兄にでも訊かれたら声を上げて笑われるに違いない。自分は盆栽老人の癖に。いや、それはどうでも良いとして。


「とにかくだ、俺の話を聞いてくれよ」

「さっきは、放っておいてくれとか言ってたくせに」

「根に持つ奴だな。さすが眼鏡っ娘」

「眼鏡は関係ないでしょ!?」


 眼鏡っ娘とか日常生活で初めて聞いた。と言うか、この男は真剣に相談する気があるのだろうか。教室を見回すと、クラスメートがこちらを見て何かを囁きあっている様子が見えた。何かとてつもなく不本意な誤解をされている気がする。


「はあ。まあ、聞くだけ聞かせてくれる?」


 美由希が諦め口調でそう告げると、祐一は大げさなくらいの満面の笑みで答えた。


「ああ、聞いてくれよ。俺は女神を見つけたんだ!」






 暑い。
 春とは言っても昼下がりの日差しはきつい。時折吹き付ける風は心地良いのだけれど、涼やかと言うにはまだ遠い。わたしは読みかけの恋愛小説を閉じて溜息を吐いた。結界術式の応用でクール室のようなものを形成できると言う噂を聞いたことがある。わたしも是非使ってみたい。どういう術式を組めばいいか、わたしには想像すら出来ないから、恐らく使えるようにはなれないのだろうけど。

(あれから、もう一週間、か)

 白い魔導師――使い魔はなのはと呼んでいた――に”災厄の種”を奪われてから、一向に成果は上がらなかった。どうもわたしが駆けつける頃にはなのはかフェイトが封印を済ませてしまっているようで、わたしの出番がやって来ることはなかったのだ。当然の話として、回収を進めれば進めるほど”災厄の種”の発動に遭遇する確率は低くなっていく。更に言えば、なのはやフェイトは探索魔法か何かを使って回収効率を加速度的に向上させて言っているようなのだ。

(こ、このままじゃ、一つも手に入れられないなんてこともある、かも)

 幾らなんでもそれは悲しい。悲しいけれど、このまま座して待てばそれは充分にあり得る未来予想図ではあった。そもそも、前回の失敗の経験から考えると、封印術式の行使できないわたしが”災厄の種”を回収したとしても、誰かの願いを受けて再始動してしまえば意味はないのだ。そうなると、作戦は自ずと限られてくる。現状のプランは大まかに言って三つ。

 一つは封印専用デバイスを入手する方法。幾らわたしがへっぽこと言っても、魔力量はそれなりにあるため、封印専用デバイスを利用することで効率を犠牲に封印術式を行使することは可能だ。ただ、この方法は実現性が低い。特殊用途の専用デバイスはそれぞれそれなりに高価であり、持ち合わせのない今は資金面で心許ない。また、正規の販売店で購入しようとした場合には管理局が発行する魔導師登録票の提示を求められる為、違法魔導師のわたしではそれも不可能。更に、専用デバイスは多品種少量であるため原則的に受注生産なのだ。納期を待っていては”災厄の種”は回収されつくしてしまうだろう。

 もう一つは、封印術式を行使可能な協力者を見つけること。とは言っても、こんな管理外世界では魔導師自体が存在しない。必然的に協力者の候補はなのはかフェイトのどちらかと言うことになる。ただ、この方法も難しい気がする。なのはには何故か物凄く忌み嫌われているし、フェイトとも初対面で戦闘してしまって以来会えていない。条件的にはフェイトの方がましだとは思うけれど、いずれにしても絶望的なことには変わりないだろう。取り敢えずこの案は保留する。なのはやフェイトたちともう一度話をして、それから考えるとしよう。

 最後の一つは、”災厄の種”が回収されつくしたタイミングで一気に奪い取る方法。残念ながらこの方法にも難しい問題がある。回収者は少なくともなのはとフェイトの二組が存在する。加えて、このまま管理局が介入してこないと考えるのも少し楽観的だろう。そうなると、複数の勢力が直接的ないし間接的に協力関係となってしまう可能性がある。この場合、わたし一人で勝利するのはまず無理になる。


「う、うぅ」


 手詰まりかも知れない。いや、諦めるのはまだ早い。そうやって決め付けてしまうからいけないのだ。三つのプランが駄目なら組み合わせるとか、工夫のしようはあるはずだ。

(ええと、協力を申し出て隙を突いて殺して、デバイスを奪う?)

 良さそうにも思えたが却下。そもそも、協力を申し出て受け入れられるくらいなら、そのまま素直に協力して代わりに封印してもらう方が確実だ。幾ら高性能なインテリジェントデバイスを手に入れても、魔導師がへっぽこでは宝の持ち腐れになりかねない。


「……はあ」


 やはりこう言う仕事はわたしに向いていないのだ。今まではずっと、細かい仕事は他の誰かが全て済ませてくれた。わたしは与えられた舞台で、わたしにしか殺せない対象を殺す<<殺人蜂(キラービー)>>でしかなかった。高ランク魔導師専門の始末係がわたしに出来た唯一の仕事。理由も意味も相手の正体も知らず、ただ何となく日々を過ごしていただけ。
 そんなだから、何も出来ないわたしの情けなさに気がつくと愕然としてしまう。わたしは管理局の言う”正しい魔法”を正しいとは思えないけれど、少なくともわたしの魔法よりも素敵だとは思うのだ。

 鬱々とした気分に項垂れると、芝生の生い茂った地面にわたし以外の影が差した。わたしは驚愕して顔を上げると、いつの間にか見知らぬ少女の接近を許していたことに気がついた。緊張に喉が鳴る。自然さを装って胸元のペンダントに触れる。焦りの余りデバイスのセットアップ準備を始めた瞬間、少女は何故か大げさに両手のひらを振って弁解を始めた。


「ご、ごめんね。何時もの癖で。驚かせちゃったかな」

「え、あ、い、いつも、ですか」

「あ、あはは、あの、気にしないでくれると助かると言うか……」


 油断ならない。わたしは警戒に表情を引き締める。少女からは魔力は感じないが、魔導師を殺害する魔導師ではない暗殺者は確かに存在する。音もなく気配を殺して近づいた技量は明らかに素人の域を逸脱していた。それが、癖になるほどの習慣と化していると言うなら、どう考えてもまともな相手ではない。


「だ、誰ですか? な、何の、用、ですか?」

「あああ、ごめん。その、わたしは怪しいものじゃ――うう、怪しいのは自覚せざるを得ないけど、そうじゃなくて。ええと、わたしは高町美由希って言うんだけど――あれ? そう言えばあなた、日本語は分かるかな?」

「え、えと、今、明らかに日本語で会話していますけど」

「え? あ、そ、そっか。あはは」


 怪しい人だ。と言うより、何が言いたいのかさっぱり分からない。ただ、完全に仕掛け時を外してしまったことから、わたしを狙う暗殺者ではないのかも知れない。いや、敢えてそう思わせることで何らかの罠に填めようとしている可能性がある。では、それが具体的になんであるかは全く想像すら出来なかったが。


「そ、それで、何なんですか?」

「うっ……そんな警戒しなくても……いや、その、こ、こんにちは」

「え、こ、こんにち、は?」


 明らかに愛想笑いと分かる無理な表情で少女――美由希が当たり障りが無さ過ぎて却って当たり触る挨拶をしてきた。微妙に視線を逸らし、額には一条の汗が見て取れる。大きめな眼鏡越しに見える瞳は忙しなく辺りを彷徨っていた。

 わたしより2,3歳ほど年上だろうか。子供っぽさは少し残るものの、少女から女性への移り変わりに見える。眼鏡とうなじで髪を纏める大きな黄色いリボンが特徴的だ。表情のせいで分かり辛いが、可愛いより綺麗に属する顔立ちだと思う。野暮ったい眼鏡を外せばもっと素敵だと思うけれど。


「ええと、その、本、好きなの?」

「えっ? こ、これは暇つぶしです。が、学術的興味です」

「恋愛小説だよね、それ」

「……っ」


 わたしは頬が朱に染まるのを抑えられず、本を隠すように胸に抱きしめて俯いた。美由希は微笑ましげに笑っている気がする。屈辱的だ。普段は余り自覚することもないけれど、わたしはこれでも人生経験豊富なのだ。前世が何歳まで生きたかは覚えてはいないが、成人する手前くらいだったような気がする。だから、わたしはこの野暮ったい女の子より男性の心理には詳しいのだ。つまり大人の女だ。
 いわゆる普通の女の子に人気があると言う恋愛小説を買って読んでいたのは暇つぶしで学術的興味だと言うのは嘘じゃない。その証拠に、わたしにはこの本に書かれている主人公の少女の心理描写がさっぱり理解出来なかった。

(ええと、だから、その)

 そもそも、わたしは誰に何を言い訳しているのだろうか。


「わたしもその作者の本、好きだよ」

「えっ?」

「学術的な意味で」

「~~~~~~っ」


 この人は、怪しい上に意地悪だ。






(いや、女神って……)

 美由希は学園からの帰り道を歩きながら、内心で苦笑とともに呟いた。今時それはない。少なくとも彼女自身はそんなことを言われても全く嬉しくはないし、むしろ引いてしまいそうだ。実際引いた。勿論、本当に好きな相手から言われればまた違った感想もあるかもしれないが。恋は盲目と言うし。
 美由希はそこで無愛想な兄が彼女を女神呼ばわりしている絵を想像して、余りのあり得なさに噴出しそうになった。これは危ない。こんな人通りの多い往来で突然噴出す女は嫌過ぎる。

(……って、なんでわたしはそこで自然に恭ちゃんが出てくるのよ)

 いや、理由は分かっている。分かってはいるが、取り敢えず心に蓋をする。兄。彼女持ち。うん、ありえない。法律上、結婚は出来るけれど。

(いやいやいや、そうじゃない)

 傍から見ると酷く怪しいことをしていると自覚しつつ、彼女は大きく頭を振って深呼吸を繰り返した。

 そこで、ふと気がついて視線を固定する。そういえばこっちの方角だったはずだ。
 余り趣味が良くないとは思うものの、酷く興味がそそられる。何時も変とは言え、輪を掛けて変になってしまった友人に魔法を掛けてしまった女神とやらを見てみたい。駄目だ、興味本位は失礼だ。でも、少し眺めるくらいなら。それにほら、本好きの女の子と言うなら友達になれるかもしれないし。
 美由希は自分でも苦しいと思う言い訳を拠り所にして、決断しきる前の無意識で公園の方へ足を向けていた。

 海鳴臨海公園は美由希にとってもお気に入りの場所だ。彼女の自宅からも程近く、散歩や鍛錬のほか、たまの休みには芝生で読書をしたりもする。季節にもよるが、図書館に行くよりも静かで快適に過ごせる穴場なのだ。
 その芝生のベンチには先客が在った。白いブラウスに、錫色のロングフレアスカート。胸元には大きな黒いリボン。翡翠色の長い髪は肩口を通って背中までさらと落ちる。深窓の令嬢と言う形容が即座に脳裏に浮かび上がった。

 と、同時に確信する。友人の恋は実らない。と言うか、キャラが合わない。

(なるほど。女神……)

 大げさではあるが、何となく分からないでもなかった。愁いを帯びた眼差しに、時折漏れる切なげな溜息。柔らかく整った白いかんばせに、艶のある紅い唇。男の子が夢中になりそうな要素はふんだんに搭載されている。美由希としては、何か女の子のプライド的に気に触る部分もあったのだが。何と言おうか、媚びている気がする。同性には嫌われるタイプに違いないと断定。いや、断じてやっかみではない。これは冷静な分析だ。そう、御神の剣士としての。嘘だが。

 そんなことを考えつつ一人芝居を続けていると、いつの間にか少女が顔を上げて怯えた眼でこちらを見ていることに気がついた。どうやら何時もの癖で、音もなく近寄り過ぎてしまったらしい。美由希は慌てて弁解を始めるも、そもそも何か用があって近づいた訳ではない。まさか、観察しに来ましたとは言えるはずもなく、怪しい言い訳を繰り返してしまっていた。
 当然の如く、少女はさらに警戒を深め、最早不審者を見る目つきに変わり始めていた。まずい。流れを変えようと美由希は話題を本についてに摩り替える。これならば正真正銘彼女の土俵だ。少女の警戒も少しは和らぐに違いない。そんな思惑はあったものの、結果的にそれは劇的な効果を齎した。

(う、この子、確かに可愛いかも知れない)

 三年前の自分はこんなに可愛かっただろうかと思い起こしてみて、ここまで少女はしていなかった事を確認する。当時から可愛らしさや色気のようなものとは縁はなかったし、どちらかと言うと根暗だったような。御神流の修行のせいだとは言わないが、一般的な女の子の遊び方を知らなかった気がする。今でこそ身体的にも精神的にも余裕が出来たものの、あの当時は――そう言えば、あの当時の自分に御神の剣士の穏行を見破れただろうか。

(偶然、だよね?)

 からかわれて顔を真っ赤にして俯いている少女にそんなことが出来るようには思えない。とは言え、例えこの少女が見かけによらずそれなりの達人なのだとしても何か問題だろうか。

(いや、むしろ)

 それはそれで、いい友達になれそうな気がする。






「た、高町、お前っていいやつだったのか」


 実は隠れ腹黒女だと思っていてすみません。後藤祐一は脳内で懺悔すると、美由希が彼の女神に話し掛けている様子を眺めていた。勿論、双眼鏡を使って遠方から。だから何を話しているのかは分からなかったが、割と友好的な雰囲気だと言うことは見て取れた。

 いいぞ、最高だ。このまま美由希と友達となってくれれば、自然に彼と知り合う機会が訪れるのだ。女神は今、赤の他人から友達の友達にランクアップしようとしている。

 何だか分からないが今日の女神は何時もに輪を掛けて可愛い。物憂げで神秘的なだけではなく、笑うとあんなに素敵だとは。胸が高鳴って仕方がない。ああ、自分は間違いなく恋をしているのだと自覚する。


「ああ、マジで。君のためなら死ねる」


 喜びを抑えきれない緩んだ口元で、彼はそんな使い古された台詞を呟いたのだった。






「へ、変な人、でした」


 徹頭徹尾訳が分からないまま、小一時間ほど話し込んだあとに美由希は用事があるといって帰宅してしまった。わたしは今、スパイ活動を受けているのだろうか。いや、そんな事は無い、と思う。とは言え、彼女がわたしがそれを疑問に思わない程度のプロフェッショナルなのだとしたら既に術中に嵌まっているような気もしないではないが。

 わたしは押し付けられた携帯番号と彼女の実家だと言う喫茶店までの地図のメモを片手に放心していた。こう言うのはとても苦手だ。何を目的として動くべきかが分からないので、わたしはとても戸惑ってしまう。確かに、仲良く出来るなら、したい。友達になれるかもしれない期待はある。ただ、その一方で上手く行き過ぎている現状に心の深い場所がわたしに警報を発信するのだ。


「あ、明日、遊びに、ですか?」


 ケーキを奢ってくれるらしい。お土産には看板メニューのシュークリームを持たせてくれるそうだ。彼は確か甘いものも好きだったから、きっと喜んでくれる。いや、何を遊んでいるのかと叱責される可能性も高いけれど。本当に、これをどうしたものだろうか。こんなことをやっている場合ではないのだ。そんな事よりも早く”災厄の種”の回収方法を考えないと。


「で、でも、焦っても仕方ない、かな?」


 分かっている。わたしは行きたがっている。平静を装っても、踊りだしたいほどの喜びに満ち満ちている。だってこんなこと初めてだ。わたしが伸ばした腕は何時も刃で払われる。わたしは殺人マシーンではないのだから、わたしだって友達が欲しい。フェイトはどうして、わたしを信じてくれないのだろう。なのははどうしてあんなにわたしを睨んでいたのだろう。


「……っ、ひっく」


 わたしはどうして、泣いているのだろう。



[20063] Act.6
Name: XIRYNN◆ea66adc3 ID:1b3eb644
Date: 2010/07/10 20:36
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Act.6 ウミナリ ラヴ ストオリィ(2)
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 身に纏ったシフォンワンピースは黒字に白のハートプリント。薄手の生地は涼しげでありながら、微かに肌が透けて見えて少しだけ大胆。何時もと違う大きな白いリボンで長い髪をアップ気味に纏めると、わたしは鏡の前で笑顔の練習をしてみた。勿論、格好を変えたからと言って上手く行くはずもなく、ガラスの向こうに映るのは陰鬱そうなわたしそのものでしかなかったのだけれど。
 わたしは特別な仕事の時以外は用のないドレッサーを開くと、透明色のリップグロスを唇に引いた。悪い意味で子供好きな男性を喜ばせるくらいしか使い道のなかったそれも、今日は少しは役に立ってくれそう。本物の戦場に出る女性魔導師は、お洒落をしている綺麗な人ほど生存率が高いと言う統計が出ている。尤も、代わりに命以外のものを失うことは多かったそうだけれど。

 わたしはベッドから薄紅色のショルダーポーチを拾い上げると、腕時計で時間を確認。まだ早いかも知れないけれど、時間を決めていた訳でもない。そもそも、今のわたしは喫茶店に出かけるには気合が入りすぎているような気がしないでもない。でも、友達になれるかも知れない人のところへ遊びに行く場合の格好なんてわたしは知らないのだ。


「し、失礼な格好じゃないはず、ですよね?」


 わたしは鏡の前でぐるりと一周してから、気合を入れるように頷いて部屋の扉を開け放った。


「あ……」


 玄関まで延びる廊下を仕切るガラス扉を開いて、彼がちょうどキッチンへ向かうところへ鉢合わせする。昼食はもう済ませたので、何か飲み物を捜しに来たのかも知れない。わたしは慌てて駆け寄って、彼に先んじてキッチンの扉を開けた。


「あ、あの、コーヒーでもい、淹れますか?」

「い、いや、水が飲みたくなっただけだ。それよりお前、何処に行くつもりなんだよ。あ、明らかに探索に行く格好じゃないだろ」

「え、その、あの、これは、えと、うぅ」


 結局わたしは彼に上手く事情を説明できず、何も言わずに出掛けようとしていたのだった。彼は何時もよりも激しく動揺するわたしを訝しげに眺めると、唐突に顔を真っ赤に染めて怒鳴り声を上げた。わたしが言うのもなんだけれど、彼は少し情緒が不安定だ。いつも何かを疑っていて、わたしですら何時か裏切ってしまうのだと決め付けている節がある。そんなはずがない。わたしにとってわたしの最優先は彼だ。


「お、男か?」

「えっ」

「で、デートなのかって聞いてるんだ! お前、あれ以来さっぱり”災厄の種”を見つけてこないと思ったら、お、男でも漁ってたのかよ!!」

「ち、違います」

「だから女は嫌なんだ! へ、平気で裏切る。何でもない顔で嘘をつく!」

「――あっ」


 肩口を強く押されて、わたしは半開きのキッチンの扉へ背中をぶつけた。衝撃は大したことはない。ただ、扉に張られた大きなガラス板にポーチの金具がぶつかって甲高い音が大きく響いた。わたしは慌てて身を起こすと、ガラスに傷がついていないことを確認する。幸いなことに特に問題はない。間違って割れでもしたら、修復魔法の使えないわたしでは直せない。かと言って、他人を部屋に入れることなど彼が認めるはずもないので、誰か業者の人間を呼ぶことも出来ないのだ。


「ど、ドアなんてどうでも良いだろ」


 ただ、一瞬とは言え彼から関心を逸らしたことが彼にとっては酷く気に入らなかったらしい。


「も、もういい。早く行けよ」

「え、で、でも」

「好きにしろよ。あ、新しいご主人様を見つけたんなら、何処へでも行ってしまえばいいんだ」

「ち、違います。わ、わたしには、あなただけです!」


 これは嘘ではない。これは恋でもなく愛でもないのかも知れないけれど、只の同情かも知れないけれど。ただの共依存で、それはストックホルム症候群やナイチンゲール症候群めいた感情なのかも知れないけれど。でも、それは断じて、嘘ではないのだ。


「そ、そう言うところが、嫌だって言っているんだ!」


 捨て台詞めいた言葉を残し、結局彼は水を飲まずに自室へ戻った。あれほど興奮した状態の彼にはわたしの言葉が届くことがないのを良く知っている。わたしはそれ以上は何かを訴えることを諦めて、ポーチの肩紐を握り締めたまま俯いてしまう。いつの間にか、先ほどまでの浮ついた気分が霧散してしまったことを自覚しつつも、わたしは結局玄関の方へ歩を進めた。やるべきことがあるうちは進むだけ。そうすることで、わたしは生きている。






 楽しいはずの昼休みは、あれ以来沈痛の儀式に姿を変えてしまった。空元気を振りかざすアリサが、実はすずかを直視しようとしないことになのはは気付いてしまっている。すずかはこれまでも物静かではあったが、今は殆ど自分から何かを話すことがなくなってしまった。なのは自身、もどかしさと苛立ちに心が落ち着くことがない。どうしてこんな事になってしまったのか。

 三人の誰もが原因じゃない。彼女達は何も間違ったことをしていないし、彼女達の行いを詳らかに語るならば、むしろ高潔と賞賛されて疑いはないほどだ。ただ、だからなんだと言うのか。間違ってはいないし、後悔すべきこともない。いや、正確に言うならば、何をどう後悔するべきかが分からないのだ。

(こんなのじゃ、駄目だよ)

 なのはは味のしないお弁当を突付きながら、緑髪の少女の姿を思い起こして奥歯をかみ締める。怒りが収まらない。全部あなたのせいだと叫んでしまいたい。だけど、そんなことをしたって意味がない。全てを誰かのせいにして泣き喚いているだけじゃ始まらない。なのははあの歪んだ少女とは違うのだ。分かり合えないなら、分かり合えるように向き合わなければならない。それでも分かり合えないなら、全力でぶつかり合うしかない。
 分かって欲しいと泣いても、分かってくれないと喚いても、自分から動かなければ変わるはずはないのだから。


「アリサちゃん、すずかちゃん」


 緊張に顔をこわばらせるアリサの様子も、泣きそうに唇をかむすずかの様子も、気付かない振りをしてなのはは続ける。


「わたしの、お話を聞いて」


 こんなことは間違っていると言うのなら、全力全開でぶつかり合うだけ。そうすれば分かり合える。そうしなければ分かり合えない。何故ならばそれが、本当の友達と言うことだ。


「だから、アリサちゃんとすずかちゃんのお話も聞かせて欲しい」


 言葉だけでは伝わらない? 何も変わらない? そんなはずはない。その諦めが言葉を無力に変えてしまうのだ。きっと伝わるはず。きっと変わるはず。そう信じることが、ただの言葉を魔法に変える。それがきっと”正しい魔法”。


「――まずは、魔法のお話からしようか」






 直ぐに喫茶店に向かう気分にはならず、わたしは結局公園のベンチで独り読みかけの本を何とはなしに眺めていた。内容は余り頭に入ってこない。正確に言うと、主人公の少女の心理描写に理解が追いつかない。この少女は明らかに親友の女の子のことより転校生の少年のことを好きになっている。それなのに親友の女の子と少年の恋を応援しようとしていた。そして最終的には主人公と少年は結ばれることになる。その過程は余りにも不条理で、わたしには主人公の少女はとても嫌な女で、少年は卑怯に思えた。
 恋はロジックではないと言うらしいが、ルールはあるはずだ。こういう物語なのだと思えば納得はするものの、帯についたコピーにはロマンチック的な煽り文句が謳われている。断じてロマンなどない。わたしには演技性人格障害の女が親友から男を寝取る話にしか見えなかったのだ。
 わたしと彼の関係は恋ではないにしても、わたしたちにはそれが歪んだものであることを自覚している。その歪みを自覚できなくなったときが恋だろうか。だとしたらわたしは、恋なんてしたいと思わない。

 昼日中の公園は余り人の気配がない。そう言えば、平日の昼間には大抵の人間は学校や仕事をしているのだった。わたしはこの世界のこの地域の社会習慣を知識の奥から引っ張り出して、もしかすると美由希はまだ学校かも知れないことに気がついた。そう言えば、昨日の彼女の格好は制服だった。普通は制服を着て外を歩くのは登下校の時に限定されるはずなので、もしかすると昨日の時間帯にならなければ彼女は帰宅してこないのかも知れない。

(あ、やっぱり早すぎた、かな)

 怪我の功名という言い方は腑に落ちないけれど、あのまま喜び勇んで喫茶店に出かけなくて良かったと思う。美由希の居ない時間帯に喫茶店などに行っても、口下手なわたしでは事情を上手く説明出来ないだろう。コーヒーの一杯くらいを注文して、居た堪れない気分で足早に帰ることになるのが落ちに違いない。そうすると、まだ二時間以上は暇を潰さなければならない。いつの間にか本は読み終わってしまったし、あとがきの怪文は読んでいて頭が痛くなったので読む気にはなれない。

 わたしはこんな時のために用意していた携帯ゲーム機をポーチから取り出した。わたしは割と多趣味なのだ。ゲームは少しだけ得意。その中でもシューティングは人より上手いという自負がある。一緒に遊んだことがないから、確かめる術はないけれど。この世界のゲームは技術的にはレトロだけれど、ゲームそのものの出来は物凄くいいので気に入っている。

(あ、このレーザー、面白い、かも)

 たまに新しい魔法の着想を得ることがある。例えばこのゲームで自機が入手したパルスレーザーは興味深い。わたしの”トイボックス”には魔力精製されたレーザー媒質が組み込まれているので、超短パルス高強度レーザーを射出することは可能だろう。上手く応用すればレーザー核融合魔法が実現できるかも知れない。質量兵器アレルギーの管理局では実現不可能な強力な攻撃魔法は幾つもある。ただ、これほどの欺瞞は恐らくない。例えば”アルカンシェル”はわたしの感覚からすると質量兵器に他ならない。重力崩壊を誘発させてシュバルツシルト時空を生成する――要するにブラックホールの生成魔法だ。これほどの質量兵器は存在するはずがない。”アルカンシェル”――即ち虹とは極めて小規模な超新星爆発の光を意味するのだと思う。とは言え、ミッドチルダの殆どの魔導師はそんな事は知らない。正確に言えば、考えようとしていない。ただ凄い魔法だと認識していて、質量兵器反対を唱えるのだ。

 わたしの【Dark Dragon】は”アルカンシェル”の術式を簡易化した超重力砲撃魔法。僅かに質量を持つ魔力が全て吸収されてしまうので、術者の魔力光に関係なく常に深い闇色に染まってしまう。理論上、あらゆる魔法防御を貫通するガード無視攻撃。全てを呑み込む闇の竜というのは少し気取った名前かも知れないけれど、やはり最強の必殺技くらいは外連味が欲しい。今のところ、ほぼ全開の状態から殆どの魔力と体力を持っていってしまうため、切り札にもなり得ない微妙な必殺技でしかないのだけれど。迂闊に練習も出来ないのが玉に瑕。
 そう言えば、この魔法が”災厄の種”に直撃した場合、何か良くない自体が発生する可能性があった気がする。そう考えると、やはり前回のわたしの選択は失敗だったように思う。幾らすずかの様子に慄いていたと言っても反省すること頻りだ。大体、あれは生物を攻撃する魔法ではない。元々は、次元航行艦を破壊することを目標にしていたものなのだ。

 気が逸れていたせいか、いつの間にかわたしの操作する機体は破壊され、ゲームオーバー画面が表示されていた。今日の戦績は過去最低クラス。暇潰しにもならない時間で終ってしまった。わたしはリトライを選択しようとして、気分が乗り切らずに電源を落とす。流石に熱い。折角の洋服を汗で汚さない為にも、わたしは海辺の方へ行くことに決めた。

 その直後だ。ベンチから立ち上がって海辺へ顔を向けると、同時に結界魔法が展開されたことに気がつく。幾ら鈍いとは言っても、目の前の結界くらいは認識出来る。


「”トイボックス”、セットアップ」


 わたしはバリアジャケットを展開して、結界に向けてバトンを構えた。わたしには結界破りなんて言う便利な魔法は使えないけれど、物理構造物であろうと魔法障壁であろうと、正面からぶち抜くだけなら大得意。バトンに循環させた魔力を周回加速。今回も手加減は抜き。


【Helical Driver, Scraper Shift】


 突貫。
 ぶち抜いた孔の中から金髪の髪が揺れるのを目視すると同時に、わたしは結界の内部に突入した。






「――これが、わたしが戦うと決めた理由。ごめんね、わたしは二人を巻き込みたくないって思って、でも、結局わたしのせいで巻き込んじゃったんだ」

「なのはちゃん……」


 良くないと思っていても、自虐の言葉は自然と漏れた。最初からきちんと話していれば、もう少し早く駆けつけていれば。そうしたら、もしかすると何とかなったはずと想像してしまう。それが都合の言い訳に過ぎないことは分かってはいるし、実際にそうしていればもっと酷いことになったかも知れないのだ。何より、なのは自体が魔法を甘く見ていたことは否定出来ない。魔法は凄い力だ。それを悪いことに使えば、どんな風になるかを想像しなかった訳じゃない。ただ、なのはには想像し切れなかったのだ。


「そんなの、なのはのせいじゃないわよ。あんな頭のおかしい女さえいなきゃ、どこの魔法少女だって笑えてたはずなんだから」


 そうだ。そんな風に軽い気持ちがなかったとは言えない。なのはは、どこか正体を隠さなければならない正義のヒロインを気取っていた自分がいたことを自覚せざるを得なかった。あれほど酷くて怖い人がいることを、なのはには信じることが出来なかったのだ。


「だけど、まだ終わってない。アリサちゃんとすずかちゃんを殺そうとしたあの怖い人は、まだ”ジュエルシード”を集めてると思う」


 アリサとすずかから聞いた話に、なのははショックで倒れそうになった。あの時彼女を逃がしてしまったことが悔やまれて仕方がない。ある程度は想像していたけれど、想像以上に怖ろしい話につい先ほどの決心が揺らぎそうにすらなった。
 だってそんなのは普通じゃない。幾らなんでもおかしい。”ジュエルシード”の封印が出来ないからといって、発動者と推定されるアリサとすずかのどちらかを本気で殺そうとするなんて。そもそも、あの巨大樹はアリサとすずかのどちらかが原因な訳ではない。踏み潰されそうになった若木の大きくなりたいと言う願いを”ジュエルシード”が叶えただけなのだから。

(それくらい、ちょっと考えれば分かるはずなのに)

 最初から誰かを傷付けてしまう方法しか考えないから、そんな簡単なことにも気付けない。最初から間違っているから、本当に大切なことが分からないのだ。


「……それで、その……結局どうしてあの人は気絶していたのかな」


 そこでなのはは核心に触れた。そう、結局分からなかったのはその部分なのだ。あの怖ろしい人が結果としてすずかを対象に選んだのはいい。何か凄い魔法に失敗して何とかすずかが無事だったことは、不思議には思うがほっとするだけだ。だが、どうしてあの人は倒れていたのだろう。アリサやすずかの話、それからユーノの説明を総合するとあの人の魔導師としての実力は相当なものに思える。だとすると、あんな巨大樹程度にやられたとも思えない。かと言って魔法の失敗が原因とも考えにくい。

(それに、あの時、すずかちゃんがアリサちゃんを……)

 脳裏に蘇りそうになった怖ろしい光景を頭を振って振り払うと、なのはは沈黙したままの二人に視線を向けた。


「……あたしが願ったから、だと、思う」


 アリサは彼女らしくない曖昧な口調で答えた。すずかはその様子を切なげな表情で見つめて、結局は何も言えずに俯く。小刻みに震える肩は何かに耐えるように、或いは何かを恐れているようにも見えた。


「願い、って?」


 そう言えば、あの時入手した”ジュエルシード”は二つ。一つは巨大樹から。そしてもう一つは――。


「あたしが、すずかを死なせたくないって。誰か助けて、って願ったから――」

「違う! わたしが、死にたくないって、考えたからだ!!」


 ――そう、確かすずかから手に入れたのだ。


「わたしが! 吸血鬼の化け物が! アリサちゃんを殺して助かろうとしたんだ!!」






 あの時最高の願いが何だったかと言えば、アリサの自己犠牲的な願いだったに違いない。しかし、最強の願いはと言えば、身も蓋もなく言ってすずかの死への恐怖以外の何者でも無かったのだ。それが悪であるかと言えばそんな事は無い。実際に死に瀕するほどの傷を負ってしまえば、死にたくないと強く願うのは当たり前の話なのだから。
 ”ジュエルシード”は美しい物語を彩る魔法の宝石ではない。願いの質や方向性などは関係なく、周辺の尤も高出力なそれに反応するだけの魔力装置でしかないのだ。結果として”ジュエルシード”はすずかと契約を交わし、一次的に彼女を不死の存在へ変質させた。人間を不死に変えるのは”ジュエルシード”にも不可能な奇跡ではあったが、吸血鬼を不死にすることは夜と満月があれば事足りる。夜の帳は既に落ちていたのだから、月の蒼い光さえエミュレートすれば全く容易な注文でしかない。

 かくしてすずかは強制的に吸血鬼としての素質を覚醒させられ、制御不能の力を持て余して正体をなくしてアリサを襲ってしまったのだ。アリサはあれを”ジュエルシード”へ願ったことの副作用的なものと考えているようだが、そうではない。あれがすずかの本質でしかないことは、すずか自身も自覚している。あからこそ、すずかは自分が許せなくなった。アリサが彼女を見る眼が僅かに怯えて見えるのも仕方が無い。こんな化け物が誰かと友達になること事態が間違っているのだ。アリサを殺して自分が生きようとしたのだから、すずかはあの怖ろしい魔法使いと自分の違いがほんの些細なことでしかないと理解してしまったのだ。


「そ、それはあたしが願ったから」

「違う! わたしは最初から化け物なの! 化け物なのを隠して友達の振りをしていただけ!! 笑っちゃうでしょ? 吸血鬼なんだよ、わたし。死にたくなくて、アリサちゃんの血を吸って自分だけ助かろうとしたんだよ!?」

「す、すずかちゃんっ!?」

「いつか運動が得意だって褒めてくれたよね? そんなの当たり前なんだ。だって化け物なんだから。化け物がずるをしてただけ、化け物の癖に人間の振りをして、化け物の癖に――」

「化け物なんかじゃない!!」

「――っ」


 最早狂乱の様相のすずかを、アリサは強引に抱きしめて黙らせた。同時に友達をここまで追い詰めてしまった自分が許せなくなった。そうではない。そうではないのだ。すずかは根本的に誤解している。


「化け物が、あたしを助けようとしてくれるわけが無いでしょ。あの時、あの女に立ち向かおうとしてくれたでしょ」

「え……」

「正体がばれることなんか考えもしないで、素手であんな太い枝を引きちぎって。それにね、すずか。大昔じゃあるまいし、”夜の一族”の秘密が誰にもばれていないって思ってた?」

「…………っ」


 息を呑むすずかにアリサはにっこりと笑いかけた。
 そうなのだ。そもそも”夜の一族”の秘密は最早秘密にもなりえていない。バニングス程度の力を持った家であれば、当然その程度の情報に触れる機会がある。その娘の友達が誰であるかなど全て把握しているのだから、アリサはすずかの秘密を伝えられている。その上で、そのことを理由に彼女を判断してはならないと強く教育されていたのだ。だからそんな事は、アリサにとって見れば今更でしかなかった。むしろ、互いに秘密を隠し続けなくても良くなったことは、今まで以上に素晴らしいことに違いない。


「だからそんなんじゃ、何も変わらないわよ。残念だったわね?」

「……で、でも……」

「でもじゃないでしょ。あたしに言える事は一つだけ。吸血鬼? だから何? 生意気だから、カチューシャを取ってからかってやったこと、もう忘れた?」


 信じられないものを見るすずかの眼差しに、アリサはしてやったりと口元を歪める。そもそもの発端はあの時から。想像していた吸血鬼がそれっぽくなかったのが気に入らなくて、酷く子供っぽい挑発をしてしまったのが彼女たちの始まりなのだ。だから、彼女が吸血鬼だったことなど何と言うこともない。と言うより、吸血鬼であることを知っていたからこそ、今こうして友達でいるのだ。


「……嘘だ」


 しかし、それでもすずかの暗い表情は晴れることが無かった。


「そんなの、何とでも言える」


 普段の彼女からは信じられないほど捻くれた口調で呟くのを聞いて、アリサは思わずひっぱたいてやろうかと考えた。何だろうかこの分からず屋ないき物は。吸血鬼でした。知ってました。はい、終わり。簡単なことのはずだ。勿論、そんな簡単なだけのことでない事は、アリサ自身分かってはいたのだが。

 アリサはどうしたものかと頭を悩ませて、先ほどから黙り込んだままのなのはへ視線を移した。そう言えば、彼女はこのことを知らなかっただろう。とは言え、なのはに限ってはこの程度のことで心配する必要があるわけが無い。案の定、なのはに浮かんでいた表情は恐怖でも忌避でも驚愕でもなく、苦笑交じりの優しい笑顔だったのだから。


「ねえ、すずかちゃん」

「……」

「わたしも普通の人が使えない力、使えるよ? すずかちゃんにはわたしが化け物に見える?」


 そう、それだけの事だ。


「すずかちゃんが吸血鬼なら、わたしは魔女だ。どっちも化け物だよ?」


 その極端な例えに、アリサは思わず軽く噴出した。だが、確かにそうなのだ。この二人の友人は、世が世なら異端者として狩り立てられていたに違いない。欧州では吸血鬼も魔女も変わりが無い。化け物だと言うなら、等しく化け物だ。


「だけど……アリサちゃんは」

「何よ? まだ何かあるの? 残念だけど、あたしはあんたのことなんか怖がってやらないわよ?」

「そんなの嘘だ。だってアリサちゃんは、ずっとわたしのことを怯えて見てたじゃない」

「えっ? あ、そう、か」


 その指摘に、アリサは思わず声を上げて空を振り仰いだ。なるほど、そう言うことなのか。やはり、追い詰めていたのはアリサで間違いはなかったのだ。アリサは何とも遣り切れないような表情で、ぽん、とすずかの頭に手を置いた。びくり、と身を竦ませるすずかを安心させるように、ゆっくりと優しく撫で付ける。


「だって、”夜の一族”の掟で、秘密がばれちゃうと記憶を消されるんでしょ? そんなのを聞いちゃったら、怖くなるじゃない。いつ言い出されるかって。あたしは、すずかのことを忘れるなんて絶対嫌よ」

「そ、そうか、それはわたしも怖い、かな?」


 なのはもその点だけが不可解だったのか、得心が言った顔で頷いた。当たり前だ。友達の記憶を消されるなんて、そんなに怖いことは無い。


「わ、わたし……で、でも、わたしはアリサちゃんを……」

「あれはあたしも合意の上。いいからあたしの血でも吸いなさいって、言ったでしょ」

「う、嘘。わたし、覚えてる。アリサちゃんはやめてって言ってたのに」


 曖昧ではあったが、アリサの懇願を無視して血を吸い続けたことは覚えている。だからその優しい嘘では、すずかを騙すことは出来ないのだ。にも拘らず、アリサはきょとんとした表情になって平然と告げた。


「そりゃ、あんた。あんなに泣きながら吸われちゃ、もういいからって止めるわよ」

「――っ」


 すずかの瞳から、今度は絶望以外の理由で涙が零れ落ちる。どうしてこの子は、こんなにも優しいんだろう。どうしてこんなにも高潔なんだろう。すずかは自分が勝手に想像で決め付けたよりも、アリサはずっと強いのだと言うことを漸く理解したのだ。


「そんな……そんな、ことって」


 だからこそすずかは暴走してしまった自分が嫌になった。例えアリサやなのはが本当に自分を恐れていないのだとしても、それに甘えるだけではいつか二人を傷付けてしまう。


「わたし、わたし、どうすれば……」

「にゃはは、そんなの簡単だよ」

「え?」

「ごめんねって謝ればいいんだ。どうすればいいかは、みんなで考えよう?」

「そうね、そのほうが建設的でしょ?」


 本当に大切なことは何時も単純で、時には馬鹿げてすらいる。


「だって、それが友達ってことだよ?」


 多分、とても簡単なことなのだ。


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい、アリサちゃん。ごめんなさい、なのはちゃん。それから――ありがとう」


 ”正しい魔法”は、きっとある。


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