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[18799] 【ネタ】DQ5異伝~極悪ノ花嫁~【北斗の拳×DQ5・転生】
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:f83c4595
Date: 2010/05/14 16:57
前書き、及び注意書き

久しぶりに始めたドラクエ5で主人公名をジャギにしたら
ムラムラ来て書き始めた。今は反省している。
頑張って完結させたい。

・北斗の拳というより極悪ノ華準拠
・作者によるジャギ様脳内美化が著しい
・北斗神拳が出てこない(多分)
・当初はジャギ成分が薄い
・世紀末らない
・設定に捏造が見られます
・作者はこざかな

以上をご了承ください。



[18799] 第一話:If you don’t know, you can behave like Buddha.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:f83c4595
Date: 2010/05/12 23:50
第一話:If you don’t know, you can behave like Buddha.
    (知らぬが仏)       


どこかのお城の夢を、見ていた。
僕が生まれて喜ぶ父さんと母さんの姿。
二人とも、とても嬉しそうな笑顔を見せていて、
見てるこっちまで嬉しくなってしまうようだ。
けれど、母さんはいやな咳をしている。
赤ん坊のぼくは泣いている。ぼくは、その咳を知っている気がしたから。
あの咳は、《  》がしていた咳に似ていると思った。
とても、いやな病気のせいで起こる、咳。
あれ? 《  》って、誰だったっけ……?
そう思ったぼくの目に映る光景が、がらりと変わった。
渇いた世界と、積み重なるドクロと、灰色のビル。
《ぼく》のまえに、たつ、《ケ……シ…………》


「うわあッ!」
自分で上げた声にびっくりして、僕はベッドから転がり落ちた。
思い切り床にぶつけた頭を、ターバンの上から撫でる。
ちょっとコブになってるかも。
「む? どうした、嫌な夢でも見たのか?」
側に駆け寄ってきた父さんが、優しく頭を撫でながら、ホイミを唱えてくれる。
頭の痛みがすっと楽になった。いつもの頭痛も、こうやって治ればいいのに。
「ん、えっとね、お、お城の夢を見たんだ!
 そこで、父さんは王様だったの!」
嘘は言ってない。最初は、確かにその夢だったんだから。
ただ、途中で切り替わった光景が、悪夢だっただけ。
「わっはっは。父さんが王様なら、お前は王子様だな。
 こほん、しかし『ジャギ』王子、いつまでもおねしょをされていては困りますぞ」
「も、もうしてないよ!」
一瞬だけ口を尖らせるけど、父さんが笑ってるのを見て、気分が楽になった。
あの夢のことは、今はもうただの『夢』なんだって、思えて。
『ジャギ』 それが、ぼくの名前。ずっと、昔からの。
ぼくには、『ぼく』として生まれる前の思い出がある。
けどそれは、深い霧の向こう側にある山みたいに、ひどくぼんやりとしている。
その思い出の中でも、ぼくは《ジャギ》って名前だった。
本当の父さんと母さんは火事で死んじゃって、ひとりぼっちになったのを、
《リュウケン》父さんが、助けてくれたんだ。
街の子たちは、《ぼく》をもらわれっこだってからかって、
そりゃあ、まあ、ちょっとは悔しかったけど、
世界で一番大好きな父さんと一緒だったから、大丈夫だった。
なのに、そんな大好きだった《父さん》のことを思い出すと、
いっつも、頭がズキズキするんだ。さっき出来たコブよりも、もっと痛い。
《父さん》のゴツゴツした大きな手が、温かかったことも、
大事な息子だって言ってくれたことも、全部本当のはずなのに、
何だか、それがとっても遠くに思えてしまう。
一度、死んじゃったから、なのかな?
そもそも、《ぼく》はどうやって死んじゃったんだろうか。
ちっとも、思い出せない。
死んだ時に、凄く痛かったのかな、凄く悲しかったのかな、
だから、ぼくは《ジャギ》だった頃のこと、あんまり思い出せないのかな。
「ジャギ、顔色が悪いぞ。 船に酔ったんじゃないか?
 少し、外の空気でも吸ってきたらどうだ」
「あ、うん!」
いけないいけない。こんなこと考えて、暗い顔してたら『父さん』に心配かけちゃう。
ぼくは出来るだけめいっぱい、元気な返事をして、部屋から外に飛び出した。


海の風が気持ちいい。《ぼく》の住んでたとこは、海から遠かったから、
こっちに来てから始めて見たんだよなあ、海。
どこまでも続く青い空は眩しくて、すっごくいい気分になる。
「ふー……はー……」
思いっきり、息を深く吸い込んでから、大きく吐き出した。
そしたら、くう、って小さくお腹がなった。
そういえば、朝ごはん食べてからしばらく経つもんなあ。
確か、今日中には船が港についちゃうって父さん言ってたよね。
お別れの挨拶ついでに、台所に行って何か分けてもらおーっと。
木で出来た階段を、リズムよくたんたんと駆け下りていけば、
顔なじみになった船乗りさんたちが、よお、と声をかけてくる。
ぼくはそれに、にっこりと笑顔を返して、台所へ向かった。
この船、結構広いから大変なんだ。


「パパスさんも大変だねえ、こんな小さな子供を連れて何年も旅をして」
「何でも、何かとんでもないものを探しているという話だよ」
バターをたっぷり塗った熱々のパンを一切れ、もぐもぐと食べながら、
ぼくは船乗りさんたちの話に耳を傾けた。
父さんの探しもの、かあ。一体なんなんだろ。
たまに、なんで旅をしてるのか聞いても、はぐらかすばっかりで、
中々本当のこと教えてくれないんだよなー。
ぼくは、家族なんだから、きちんとそーだんしてくれたって

《聞いてないよ! 何で僕に相談もなしに……!》》

ドクン、と頭と胸が急に痛んで、食べかけのパンをテーブルに落っことした。
今の声、誰だっけ。今の言葉、いつ、なんで、どうしてだっけ。
「はは。坊やはまだまだ子供だねえ」
「お父さんに迷惑をかけないようにしなくっちゃあいけないよ」
船乗りさんたちがゲラゲラ笑う声に、ぼくはハッと正気に戻った。
ううん、どうして、ぼくに《ジャギ》の記憶が残ってるのかなあ。
頭は痛くなるし、失敗して笑われちゃうし、散々だよ……。
「おおい! 港が見えたぞー!!」
見張りの人の声が外からしてきて、俄かに台所が慌しくなった。
「おう、坊や。お父さんの所に行ってもうすぐ着くって教えてあげな!」
「うん!」
テーブルに落ちたパンをひょいと拾って口に入れて、ぼくは走り出した。
お行儀は悪いけど捨てちゃうよりは、もったいなくないもんね。
食べ物とかお水って、すっごく大事だし。
……そういえば、この考え方も《ジャギ》の考え、かもなあ。


港に着くと、この船の持ち主だっていうおじさんが居た。
それから、おじさんの娘だっていう二人の女の子も。
二人とも、凄く可愛かったんだけど、おじさんは言った。
「いやあ、フローラに比べてデボラは少々ワガママでしてなあ」
「元気のいいお嬢さんでよろしいではないですか」
ふうん、デボラとフローラっていうんだ、あの二人。
……おじさんと父さんは、まだなんのかんのと話しこんでるみたいだし、
ちょっと、声なんかかけてみようかな。
船の中で一番きれいな部屋に、二人とも居た。
「ちょっと、アンタだれよ。ここは、わたしたちのおへやなのよ」
「あなた、さっきわたしをたすけれくれたおじさまのむすこさんね?
 おじさまに、ありがとう、ってつたえてくださいな」
「フローラはあまいわねえ。あのひとがあんたをさらってにげたら、
 どうするつもりだったのよ」
「まあ、ねえさんったらかんがえすぎです。こんなにやさしいめをした、
 おとこのこのおとうさんが、そんなことするはずないです」
青い髪の子がフローラで、黒い髪の子がデボラで、お姉ちゃん、なのかな。
「なにじろじろみてるのよ。さては、わたしにみとれてるのね」
うーん、確かに、このデボラって子のほうがワガママかもしれない。
「それにしてもおそいなあ、おとうさま。わたし、みてきますね」
フローラはそう言って、部屋を出て行った。
後に残ったのは、ぼくとデボラだけ。
デボラの視線が痛いから、ぼくもすぐに部屋を出ようと思ったんだけど。
「……ねえ、悔しくないの?」
気づいたら、ぼくはデボラに尋ねていた。
「妹と、比べられてさ」
何でこんなことを、ぼくは聞いたんだろうか。
分からなかったけど、デボラは何でもないようにこたえた。
「いいたいやつには、いわせておけばいいのよ。
 わたしとフローラは、べつべつのにんげんなんだもの。
 しまいだから、ってくらべられても、きにしてもしょうがないわ」
小さな胸を張ってそう答える彼女が、とても輝いて見えた。
「そう、なんだ。……じゃあね、デボラ。バイバイ」
「デボラさま、とよびなさいよ」
ちょっと不満そうに口を尖らせた彼女に手を振って、僕は父さんの所へ向かった。
彼女のことを、覚えて置こうと思った。
きょうだいと比べられても、妬みもひがみもしない彼女が、
何だか、とても凄い人なように思えたから。

父さんに手をひかれて、港に降りる。去っていく船に手を振った。
港をうろちょろするのに飽きて、ちょっと外に出たら
ぶよぶよしたモンスター:スライムに襲われて大変だったけど、
すぐに父さんが助けてくれた。
次の目的地は、サンタローズってところ。
なんでも、ぼくがもっと小さかった頃に住んでた場所なんだってさ。
うーん、全然覚えてないや。
父さんに手を引かれて歩きながら、ぼくはデボラのことを考える。
どうして、きょうだいのことなんか、尋ねたんだろう。
ぼくは今のところ一人っ子だし、母さんは生まれてすぐ死んじゃってるから、
これからも、多分一人っ子だから、あんなことを考える理由はない。
だったら、《ジャギ》の思い出が、あんな質問をさせたの、かな?

でも……《ジャギ》に、きょうだいなんて……

……………………………………………《いない》はず、だよね。

居たら、覚えてる、はずだよ。

だってきょうだいってのは、大切な、家族なんだから。

《父さん》を覚えていて、《きょうだい》を覚えてないなんて、

そんなこと、あるわけない、よね。





[18799] 第二話:CONSTANT Dropping wears Aways A stone.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:35c60152
Date: 2010/05/13 18:41
第二話:CONSTANT Dropping wears Aways A stone.
   (雨だれ石を穿つ)



サンタローズについたぼくたちを、村の人は喜んで出迎えてくれた。
こっちが覚えてないのに、向こうが覚えてるっていうのは、なんだかムズムズする。
でも、嫌な気分じゃない。
ぼくたちの家に向かうと、おじさんが一人、ぼくらを待っていた。
「ジャギぼっちゃんもこんなに大きくなられて……」
そう言って喜ぶおじさんの名前は、サンチョ、っていうらしい。
父さんとは違う意味で穏やかな雰囲気のサンチョのことは、
何となく覚えているような気がしないでもない。
「そうそう、お客様が来ているんですよ」
サンチョに先導されて家に入る。なんだか、懐かしい匂いがした。
ああ、ぼくはここに住んでたんだなあ。
そういえば、お客様って誰だろう?
辺りを見渡せば、テーブルに二つの人影が見えた。
元気そうなおばさんと、金の髪をした、女の子。
「……《アン……》?」
ぼくの口から、自然と漏れていた名前。
「あら、覚えてたのねジャギ。そうよ、『ビアンカ』よ」
その子は、椅子から降りるとニコニコ笑いながらぼくに手を差し延べてきた。
「あ、ああ、うん。『ビアンカ』、ビアンカ、ね」
本当は、頭に浮かんだのは別の名前だったんだけど、
その名前が何だったのか思い出せないから、ぼくは彼女に話を合わせた。
「おじさまたちのお話はつまんないから、上でご本でも読みましょう。
わたし、あなたより二つ年上なんだから、もう文字が分かるのよ」
そう言って胸を張るビアンカだったけど、いざ手に取った本が難しかったらしくて、
眉をしかめながら、たどたどしく読んでいる。
意味が繋がらないのは、難しい部分を跳ばしながら呼んでるからかなあ。
ぼくも、そろそろ文字を教えてもらわなくっちゃ。
この世界が、《ジャギ》の居た世界と全然違うのかどうか、知りたいしね。
多分、全然違う世界だとは思う。《ジャギ》の世界には、
『スライム』とかのモンスターは居なかったもの。
なんか、化け物みたいに強い人とか大きな馬とかは、居た気がするけど。
……黒くて、大きい、あの馬に、乗ってたのは、誰、だったかなあ?
また、ズキズキと頭が痛み出す。いつもみたいに、左側だけが。
「あら? どうしたの、どこか痛いの? おじさまを呼んで……」
「呼ば、ないで、いいよ。ちょっと、疲れちゃっただけ、だから」
頭を押さえて、フラフラとベッドに向かう。
きっと、長旅の疲れってやつが出たんだ。そうだ、そうに決まってる。
「そう?」
ビアンカは、素直にぼくの言うことを信じてくれたみたいだった。
下から、ビアンカのお母さんが彼女を呼ぶ声がする。
「あ、ママが呼んでる。パパのおクスリを取りにきたんだけど、
ちょっと時間がかかりそうだから、何日かは宿屋に居ると思うわ。
ジャギが元気になったら、また遊んであげる」
そう言い残して、彼女が軽やかに階段を降りていくのを、遠くに聞いていた。
痛い、頭が痛い、胸が痛い。なんで、どうして。
《ジャギ》は、街の子と話が合わなくて、友達なんか居なかったはず。
《金の髪をした女の子》なんて知らないはず。
《黒くて大きな馬に乗った人》なんてちっとも覚えてない。
「なんで、こんなに、痛いんだよう……」
布団を被ったまま、ぼくはギュッと目を閉じていた。
早く痛みが去るように、早く忘れてしまえるように。
そうやってると、しばらくして父さんが上がってきたのが分かる。
「おや、ジャギはもう眠ってしまったようだな」
ベッドの端に腰かけた父さんの手が、布団の上からぼくを撫でる。
布団越しに伝わる温かさと優しさに、スッと痛みが遠のく。
やっぱり、父さんの手は、すごい。
「……こんな小さな子に、私は苦労をかけてばかりだ……」
「旦那様……、大丈夫ですよ。
ぼっちゃんは、旦那さまに似てお強くていらっしゃいますから」
サンチョの言葉に、うんうんと心の中でうなずいた。
今さら起き上がるのも恥ずかしくって、ぼくは頭の中でこっそり呟く。
大丈夫だよ、父さん。ぼくは平気。だって、父さんの子だもの。
このくらいで、弱音なんか吐かないよ。
だから、……だから、なん、だっけ……。
ダメだ、眠くなっちゃって、考え、られ、ない……。


夢も見ずにぐっすりと眠った次の日の朝。
朝ごはんを食べた後、父さんはどこかへ出かけていった。
留守番してなさいって言われたけど、置いてかれるのが嫌で、
こっそり後を付けて行ったんだけど。
「坊や。坊やはいいこじゃから、お父さんの邪魔をしてはいかんぞ」
おじいさんに、そう言って止められてしまった。
邪魔をするつもりなんてないのに、と口を尖らせ、
禿げ上がった頭に向かって、こっそりアカンベーをしてやった。
父さんに隠しごとされるのは、やっぱりあんまり好きじゃないなあ。
でも、隠しごとを無理に聞いて父さんを困らせるのもいやだし、
だったら、自分で何とか探ってみるしかないよね。
父さんが入った洞窟には、川を挟んで反対側にも入り口がある。
ぼくは、そっちの方から入ってみることにした。
洞窟、と言っても宝石を採るために彫られた場所だから、
人に踏み馴らされてて、足元のデコボコはそんなになくて歩きやすい。
それでも、スライムとかサボテンこぞうとかセミもぐらとか、
モンスターは出てくるから油断出来ない。
一日目は、下り階段まで辿り着いた辺りでクタクタになってしまって、
フラフラしながら家に帰って、ベッドに潜り込んだ。
次の日も、父さんが出かけたのを見てから、洞窟の入り口に足を向けて。
「おっと、その前に」
くるりと方向転換をして、ぼくは武器を売ってるお店へ向かう。
モンスターを倒すと、お金が貰える。そのお金で装備を整えれば、
もっと楽に戦うことが出来る。
敵に勝つためには、どんな手段だってとらなきゃならない。
相手はモンスターなんだから、卑怯だなんだと言われるわけでもないし。
……とは言っても、スライムの群れにすら苦戦するぼくには、
あまり手持ちがなかったわけで。
「……またきます、多分」
武器の値段を教えてもらったあと、ぼくはひのきの棒を手にして再度洞窟へ向かう。
ぼくにはまだ、高すぎた。
ホイミも覚えたし、昨日よりは長く戦えるだろう。
やっぱり、武器に頼らずに地道に力を上げていく方が、良いんだ。多分。
そうやって自分を納得させながら、歩いていたら、行き止まりに差し掛かった。
「あ、宝箱みっけた」
開くと、中から出てきたのは今使ってるのよりも頑丈そうな皮の盾だ。
洞窟の中の宝物なんかは、基本的に見つけた人のものになるのは、この世界の常識である。
食べたら力が上がった気がする種とか、
皮の帽子なんかをタンスや壷からもらっていっても誰も文句は言わない。
でも泥棒は捕まるらしい。何でだろう?
「さて、と。今日はここまでかなあ」
もう少し探検したかったけど、魔力切れを起こしそうなので、やめた。
スライムなんかも、割りと簡単にやっつけられるようになってきたし、
明日にはもっと深く潜れるかも。
父さん、どこに居るのかなあ。きっと、ぼくが奥まで行ったら、
ここまで一人で来たのかって、びっくりするんだろうな。
楽しみだなあ、父さんの驚く顔。そのためにも、もっと強くなんなくっちゃ。


さらに、その次の日。
「ヒャッハー!!」
スライムやドラキーなんかじゃ、ぼくを止められないぞー!
こんなに上機嫌なのにも、ちゃんと理由がある。
敵を一撃で撲殺……もとい、倒せるようになったからだ。
お金は貯めておくにこしたことはないだろうし、
ぼくは出来るだけ体力を温存しつつ、どんどんと先へ進む。
途中に看板があったけど、あいにくと読めなかったので無視無視。
そうこうする内に、ぼくはとんでもないものを見つけてしまった。
「……えーっと……」
岩の下敷きになった、おじさんがいた。
最初は心配したけど、息をしている……というか、
いびきをかいて思いっきり眠っていた。
なんというか、のんきな人だなあ。
あ、そういえば薬屋さんが戻って来ないってビアンカが言ってたっけ。
ひょっとして、このおじさんがそうなのかな。とりあえず声をかけてみようっと。
「あのー、大丈夫、ですか?」
「ぐーぐー……」
腹が立ったので、ひのきの棒で軽く頭を叩く。
岩の下敷きになっても平気な人だから、多分大丈夫だよね。
「はっ! いかんいかん、動けなくなったから眠っていた!
 あともう少しで岩が動きそうなんだ、坊や、ちょっと押してみてくれないか」
「わかったー」
おじさんの上にあった岩に体重をかけると、どうにか動いた。
その拍子に、ぽろりと転げ落ちた欠片を拾いあげる。
なんかピカピカしてて綺麗だな、持って帰って宝物にしちゃえ。
「やれやれ助かったよ坊や。後でお礼をするから、店に来ておくれね」
体の土をパンパンと払うと、おじさんはあっという間に居なくなってしまった。
……今更だけど、父さんはこっちに来なかったみたいだ。
だって、父さんが来てたら、あのおじさんもっと早くに助かってたものね。
「ということは、やっぱり、あそこかなあ……」
洞窟に入ってすぐ、川沿いに遡ると中州らしき場所がある。
そこにも、降りる階段があるんだけど、結構深いし、
ぼくは泳げないしで、行けそうにない。
階段を降りていけば、何処かであっちと同じ場所に出ると思ったんだけど、
どうやら見当違いだったみたいで、がっかりだ。
「でも、特訓にはなったから、いい、かな?」
力が強くなったから、少しは戦いで父さんの役に立てるようになったかもしれない。
そう考えると、ぼくは嬉しくなる。ああ、この力を父さんに見せてあげたい。
でも、そうなると後を着けてたのがバレちゃうし、
第一、父さんの用事を邪魔することになっちゃうなあ。
うーん、見てもらいたいけど、迷惑はかけたくない。どうしたらいいんだろう?
悩みながらも、とりあえず家に戻って、眠ることにした。
それにしたって、疲れちゃった。
ほとんど歩くだけだった今までの旅でも十分疲れたけど、
戦いながらだとその比にならないくらい疲れる。
父さんは凄い。ぼくの分も戦いながら、ちっとも疲れてなかったんだもの。
いつかは、ぼくも誰かを守りながら、旅を出来るようになるかな。
そう思いながら眠ったら、夢を見た。
父さんと同じくらいに大きくなったぼくが、
小さな子供達と、綺麗な女の人と一緒に旅をしている夢。
とても楽しい夢だったけど、そこに、父さんが居ないことが、
何だか、とても悲しかったんだ。


次の日の朝。ぼくが眠い目をこすって降りていくと、父さんが出かける準備をしていた。
「おお、起きたかジャギ。薬が手に入ったので、おかみさんとビアンカは
 今日帰ってしまうらしい。しかし、女二人では何かと危ない。
 二人をアルカパまで送っていこうと思うのだが、お前もついてくるか?」
「あ、う、うん!」
「わっはっは、どうやらまだまだビアンカと一緒に居たいらしいな」
くしゃくしゃと頭を撫でられながら、えへへ、と笑う。
父さんと一緒に冒険に出かけられる。それは、ぼくが成長したってのを、
父さんに見せられるってことだ!
薬屋さんに寄って、お礼にって手織りのケープをもらって、
神様にきちんとお祈りしてから、ぼくは父さん達と一緒に村を出た。
そして、少し歩くと。目の前にモンスターの群れが現れる。
「下がっていてください」
父さんが、おばさんとビアンカを後ろへ下げたのを確認してから、
ぼくはモンスターの前に躍り出た。今まで見たことない大きなネズミだけど、
多分、どうにかなるはずだ。
「ええい!」
勢いよく振りかぶって、ネズミに突進する。
引っかかれて、ちょっとだけ傷が出来たけど痛くは無い。
「やあ!」
ごん、と棒を振り下ろすと、いつもより手ごたえがあった。
うん今までの中で一番上手く攻撃出来た感じ。会心の一撃、ってやつかな。
ネズミは、あっという間に倒れてしまった。
「ほお……ジャギ、お前随分とたくましくなったものだな」
「えへへ、父さんの子供だからね!」
ニコニコと笑うぼくの頭を、父さんが撫でてくれる。
「だが、無理をしてはいかんぞ」
父さんが、擦り傷にホイミをかけてくれる。
嬉しいけど、ちょっと過保護じゃないかな?
「このくらい平気だよ、父さんったら」
でも、その過保護さすら、ぼくを愛してくれている証拠のようで、
どうしようもないくらい嬉しいんだ。
ニコニコと笑顔のまま歩くぼくの目の前には、
いつの間にやら、目的地のアルカパの村が近づいていた。





[18799] 第三話:Charity is not for OTHERS.(but for yourself)
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:c19e95c4
Date: 2010/05/14 17:02
第三話:Charity is not for OTHERS(but for yourself)
   (情けは人のためならず:しかし、あなたのためになる)


おおネズミと戦った後は、特にモンスターにも襲われずに、
ぼくたちはビアンカの住むアルカパの町にたどり着いた。
父さんは、ダンカンさんのお見舞いに忙しいので、
ぼくは新しく来たこの町をちょっと散歩してみることにした。
「さあ、行きましょう! ジャギが道に迷わないように案内してあげる」
ビアンカがぼくの後ろに一緒についてきてくれた。
宿屋の中をあちこち見て回る。ここによく泊まってたらしいんだけど、
正直、あんまり覚えてないんだよね。
見晴らしのいい部屋を見せてもらったり、ブドウ棚を見せてもらったり、
詩人のお兄さんから、幽霊のお城の話を聞かせてもらったり、
宿屋の中だけであれこれ忙しくって目が回りそう。
「あっ、ジャギ。もしかして今の話怖かったりした?」
「こ、怖くなんかないよ。ぼくは父さんの息子だもん」
怖くなんてないやい。……ちょっとだけしか。
宿屋から出て、サンタローズに比べたら、ずっと賑やかな町の中を、
ビアンカに色々と案内してもらいながら歩く。
村のとは違う立派な教会や、たくさんのお店。
酒場に入ろうとしたらビアンカに怒られちゃった。
《アイツ》の家は酒場だったから、つい懐かしい雰囲気を感じて、
ちょっと入って見たかっただけなのにな。
……《アイツ》? ぼく今、誰のこと、考えたんだろ。
「あ! ちょっと何してるのよ!」
立ち止まったぼくの後ろから、ビアンカが突然声を上げて駆け出した。
揺れる金色の髪。走る女の子。揺れる金色の髪。
揺れる。揺れる。世界が、揺れる。
ぼくの目は、いつの間にかアルカパじゃない場所を見ていた。
その頃、空はまだ青くて、大地は涸れていなくって
それでも渇いてた道を、《アイツ》と一緒に。
「こら! ちょっとやめなさいよ!!」
遠ざかっていた意識は、ビアンカの叫び声で、こちらに引き戻された。
慌ててて声のする方へ駆け寄れば、そこに男の子が二人居る。
ぼくと、そんなに変わらないくらいかなあ。
「ネコさんをいじめるのはやめなさいよ!」
「なんだよー、お前には関係ないだろー」
「ネコさんがかわいそうじゃない!」
「変な声で鳴くから面白いんだよー」
確かに、男の子達の前にはネコが一匹居る。
ちょっと変わった毛色と毛並みの、ネコ……ネコ?
あれ、ネコかなあ。なんかちょっと違う気がするんだけど。
鳴き声は、確かに変わっている。鳴き声っていうか、うなり声?
なんとなく、ネコじゃないような気がするんだけど、
この世界にはあんなネコも居るのかもしれない。
「じゃあさ、お前たちがお城のお化けを退治してきたら、
 コイツを苛めるのをやめてやるよ」
「お化け退治? わ、分かったわ! その代わり、
 退治してきたら、絶対にネコちゃんをいじめるのをやめるのよ!」
ビアンカが、威勢よく返事をした。ん? 今、お前たち、って。
「こうなったら、お化け退治をするしかないわね、
 ジャギも、手伝ってくれるでしょう?」
「え、えっと、ぼくは」
「私がついてるから大丈夫! ねっ、一緒に行きましょう!」
両手をしっかと握ってそう宣言されたら、何だか、逆らえない。
ううん……父さんにバレたら、怒られちゃいそうだなあ。
あ、でも、モンスターをやっつけられるんだし、
お化けだって、案外簡単にやっつけられちゃう……かも?
その夜から、ぼくたちはお化け退治に取り掛かった。
でも、目的のお城までは随分遠くって、モンスターもたくさん出る。
とてもじゃないけど、今のぼくたちの力じゃたどり着けそうになかった。
だから、結局何日か経ってしまうことになったんだ。
「ねえ、ビアンカ」
「何?」
お化け退治を志して五度目の夜。ぼくは意を決して問いかけた。
「今の内に、あの、ネコをさらってきたらどうかな。
 そうしたら、もういじめられないんじゃない」
「何言ってるのよ、ジャギ。一度約束したことなんだから、
 それを破るなんてダメに決まってるわ」
いい考えだと思ったんだけどなあ、と俯いてため息をこぼす。
父さんも風邪をひいて寝込んでるし、本当ならお化け退治なんかいかないで、
付きっ切りで看病してたいんだけど、うつるといけないから、
寝る時以外は外に居なさいって追い出されちゃってるんだ。
こうやって、お化け退治のために少しずつ体を鍛えたり、
お金を貯めたりするくらいしか暇つぶしがないのも事実なんだけどさ。
「それより、ジャギ、そろそろお金溜まったんじゃない」
「あ、そうだ、そうだった!」
ビアンカに言われて、ぼくはパッと顔を上げた。
目標は、武器のお店だ。この間から欲しかったものが、ついに買える。
「おじさん、ブーメランください!」
「はいはい、それじゃあ坊や、どうぞ」
「……ッ!」
嬉しさの余り、感極まって言葉も出ないぼくに、
ビアンカが冷たい眼差しを向けてる気がするけど、気にしない。
ひのきの棒よりもずっと強力で、たくさんの相手を攻撃出来る、ブーメラン。
正直、これが欲しくてモンスターをやっつけていたようなものだ。
「これで、もっとずっと楽に旅が出来るから、
 今日こそ、お化けを退治しようね!」
「ジャギったら、そうこなくっちゃ!」
ぼくの言葉で、ようやくビアンカも納得してくれたらしい。
意気揚々と、ぼくたちは村をこっそり出て行った。
目標は、ここから北、森と山に囲まれたお城、レヌール城だ。


お城では、雨も降らないのに雷が鳴っていて、不気味だった。
ビアンカもやっぱり怖いらしい。正面の扉からは入れなかったから、
後ろに回って、階段を昇って、中に入って。

そこで、事件は起きた。

「あ……、あ……」
棺桶の中から現れたガイコツお化けに、ビアンカが、連れ去られた。
さっきまで、一緒に居たはずの、ビアンカは、
ぼくの目の前が真っ暗になった瞬間に、居なくなってしまった。
どうして、何で、何で何で何で何で何で!!
全身から、嫌な汗が噴き出して体温を奪っていく。
ずきりずきりと頭の左側が、今までに無いくらい痛くなって、呻きながら顔を覆う。
痛みに耐えようと目を閉じているはずなのに、何処かの光景が見える。
古びた長い長い石段。その中に、誰かが倒れている。
《金の髪をした誰か》が倒れている。
「やだ、やだ、やだああああああああ!!」
ぼくの悲鳴が、古いお城の中に響き渡った。
「やだ、……アン……、やだ、やだ、どこ、ビアンカっ、どこぉおおおお!!」
階段を駆け下りて、廊下を駆け抜けて、ぼくはビアンカを探した。
間に合わないなんてこと、ないよね、まだ、間に合うんだよね、
誰か答えて、誰か、誰か誰か誰か誰かダレカダレカダレカ。
体をぶつけるような憩いで開いた扉の先には、お墓が二つ、並んでいた。
頭が痛い、めまいがする、まさか、間に合わなかった、なんて、ことは。
その内の一つが、ガタガタと揺れている音が聞こえた。。
「うーん……」
聞こえてきた声。ぼくは、もつれる足でそっちに駆け寄って、墓石を動かす。
「ああ苦しかった! ジャギったら、今まで何してたのよ?」
眉を吊り上げて、ビアンカが姿を現した。
ちょっと埃とか土はついてるけど、傷はなさそうだ。
「……アン……、ビアンカ、よかった、無事、で、よかっ、たぁ……」
ぺたり、と座り込んで、ぼくはぼろぼろと涙を流した。
男の子がそんなに簡単に泣いちゃいけないんだろうけど、
だって、凄く怖くて、凄くほっとしたのだ。
間に合った、『今度』は間に合った。

……『今度』? 前にも、こんなこと、あった、んだっけ?

誰かが、さらわれて、間に合わなかったことが?

間に合わない、って、そもそも、何に?

ぼくなんでさっきまで、あんなに怖かったんだっけ?

分からない。思い出せない。思い出したくない。

「ほら、いつまでも泣いてないで、早くお化け退治に行くわよ。
 まったく、男の子のくせに、泣き虫なのねジャギは」
「な、泣き虫っていうなぁ」
ごしごしと目元をこすって、ぼくはビアンカの手をしっかりと握る。
「え?」
ビアンカがびっくりしてるけど知るもんか。
こうやって、手を握っておけば、もう離れないで済むんだ。
とりあえず、こんな目に遭わせてくれやがったこの城のお化けとやらには、
痛い目見てもらうしかねえ! ……あれ、今なんかぼく、ちょっと変だった?
進んだ先に居る幽霊の王妃様の話だと、どうやらビアンカをさらったのは、
悪い魔界の幽霊らしい。幽霊にも区別があるんだなあ。
王様や王妃様のお願いを聞く、というよりも、
ぼくはただ、ぼくを嫌な気分にさせたお化けが許せなくって、
ガイコツ蛇とか動くロウソクとかを、次から次にやっつけて、
ついでにもらえるものはもらっておこうと、
銀色のティーセットを揃えて、ここを取り仕切るお化けをやっつけた。
「たっ、助けてくれー! この城からは出て行くからー!」
許さない、という前に、そいつはあっという間に姿を消した。
殴り足りなかったんだけど、居なくなったものは仕方ない。
「……本当にありがとう、勇敢な子供達。
 あなたたちのおかげで、ゆっくり眠れそうです」
「さあ、行こうか、お前」
「はい、あなた。……さようなら、あなたたちのことは忘れません」
旅立っていった王様と王妃様を見て、ビアンカも嬉しそうだった。
目の前に落ちてきた宝石を、はい、とぼくに渡す。
「いいことをすると気持ちがいいわね。ジャギも、そう思わない?」
「……よく、わかんない」
だって、ぼくは、ぼくに嫌なことをした奴らを、やっつけただけだもん。
別に、誰かのために、やったわけじゃない。
「気持ちがいいのよ。きれいな宝石ももらえたし、
 これでネコちゃんも助けられるしね!」
ビアンカが、本当に楽しそうな笑顔で言うものだから、
そういうものなのかな、ってなんとなく思える気がした。
でも、心の何処かで、そんなことない、って思ってしまうのは、
《ジャギ》がそんなこと、しなかったからなのかな。
そう思って、ぼくは首を横に振った。
誰かのために何かをしたことがない、なんて、
それじゃあ、とてもワガママな人か、とても悪い人じゃないか。
《父さん》に愛されてた《ジャギ》が、そんな風に育つわけないもの。
父さん、か。……ぼくが、頑張ったら、父さんは、喜んでくれるんだろうな。
誰かのために頑張ったら、父さんがぼくを褒めてくれる。
だったら、誰かのために、頑張ってみるのも、いいのかもしれない。
そう考えながら、ぼくは町に戻った。
その夜のうちにお化けを退治したってウワサは広まって、
次の日の朝、元気になった父さんがぼくを褒めてくれた。
「しかし、お前はまだ子供。あまり無理をするなよ」
「えー。でも、頑張ったら父さん、褒めてくれるじゃないか!」
「……すっかり英雄気取りだな。まあ、それもよかろう」
「フニャー、ゴロゴロ」
上機嫌なぼくは、ビアンカからもらったあのネコと一緒に、父さんの後を歩き出した。
ビアンカの家ではネコが飼えないから、ぼくたちと行くことになったんだ。
名前は、ビアンカが一生懸命考えてくれた、『ゲレゲレ』だ。
……うん、一生懸命考えてくれたんだってば。
「それにしても、ゲレゲレか……変わった名前だな」
「父さん、それは言わないであげて」
ぼくだって、言いたいのを必死にこらえたんだから。


サンタローズに帰ってから、父さんは何処からか届いた手紙と、
本棚の本と、ずっとにらめっこしている。
調べものをしてるらしいから、お手伝いしてあげたいんだけど、
ぼくは、まだ文字があんまり読めないから出来ない。
「つまんないなあ」
ゲレゲレと一緒に、村の中をブラブラしていると、
この村には珍しい旅人がやってきた、という話題で持ち切りだった。
どんな人なのかよく分からないし、なんだかすれ違ってばっかりで会えない。
教会のシスターなら何か知ってるかも、って思って話に行ってみた。
「顔はよく見えないけど、素敵な人よ」
うーん、顔がよく見えないってどういうことだろう。
そもそも、顔がよく見えないのに素敵、って、シスターそれはどうなの。
どうも、このシスターはかっこいい人に弱いみたいなんだよなあ。
「あっ」
教会から出たぼくは、この村では見かけない人を見つけた。
あの人が、噂になってる旅人なのかな。
変わった格好をした人だった。
紫のマントに白い服に木の杖っていう旅人らしい格好なのに、
頭には、何故か鉄で出来た仮面を被っているんだ。
……これを見て素敵、って言えるシスター、凄い。
ぼくがそんな風にちょっぴり彼女への評価を高めていると、
その人が、ぼくに話しかけてきた。
「あー、坊主、ちょっといいか?」
「え、あ、な、なに?」
「テメエが、レヌール城のお化けを退治したんだってな」
「う、うん」
「テメエみたいなガキが居たら、親父さんもさぞ鼻高々に違いねえ」
「! ねえ、本当? 本当にそう思う?」
「おう、思う思う。いやあ、いい親父さんだ」
なんだ、この人変な格好はしてるけど、いい人じゃないか。
ぼくのことを、父さんのことを、褒めてくれるなんて。
「そういやあ、その時に妙な宝石を拾ったらしいが、
 それを、ちぃと見せてくんねえか?」
「うん、いいよ、おじさんになら見せてあげる」
ぼくは、袋の中からきれいな宝石、ゴールドオーブを取り出して手渡した。
「ねっ、凄く綺麗な宝石でしょ?」
「ああ。……ほら、ありがとうよ」
おじさんはその宝石を撫でたりさすったりした後で、すぐに返してくれた。
それからすぐに、歩き出そうとして、足を止めた。
「……なあ、坊主」
「なあに?」
「……親父さん、大切にしてやれよ」
声は、何だか寂しそうだった。
このおじさんのお父さんは、もう居ないんだな、って
何となく伝わって、悲しくなる。
「うん」
「それと、な。どんなツライことがあっても、負けんじゃねえぞ。
 人生ってのは、後悔してもしきれねえことが、たくさんある。
 でもな、後悔してばっかじゃ、先へは進めねえ。
 もし、そんな事態にぶち当たったら、
 テメエは一人じゃねえってことを、忘れんな」
鉄仮面越しに見えるおじさんの目は、凄く悲しくて、
凄く優しくて、凄く懐かしくて、凄く、見覚えがある気がした。
「おじさん、ぼく、何処かでおじさんと会ったことがある?」
「……気のせいだろ。じゃあな、坊主」
おじさんはそう言って、村の出口へと足を向ける。
「おじさん、ぼく、絶対に負けないよ!」
そう返事をすると、おじさんの背中がびくりと震えた。
しばらく、小さく震えてたけど、首を横に振って、また歩き出した。
そうだ、負けるもんか。どんな辛いことがあったって、
ぼくは、父さんの息子なんだ。父さんと一緒だから、大丈夫なんだ。






[18799] 第四話:It is no use crying over spilt milk.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:159fe62e
Date: 2010/05/15 16:41
第四話:It is no use crying over spilt milk.
   (覆水盆に返らず)



「なんか、夢みたいだったね、ゲレゲレ」
「ガウ」
家の地下室で、ぼくは壁を見つめていた。
さっきまで、ここに光の階段があったのも、そこから妖精の国へ行って、
妖精と一緒に大冒険をしてきたのも、まるで夢みたいな話だ。
「でも、夢じゃないんだよね」
ぼくの手には、一緒に冒険した妖精の少女、ベラからもらった
綺麗なサクラの枝がしっかりと握られている。
父さんに、この大冒険の話を聞かせたくってうずうずしたぼくは、
ポケットに突っ込んで、階段を駆け上がった。
「や、坊ちゃん今までどこにっ?!」
サンチョったら、何を驚いてるんだろう、と思って話を聞いたら、
何と、父さんはラインハットというお城に呼ばれてたらしい。
そして、ぼくも連れてくつもりだったけど、見つからなかったから、
今さっき、出かけてしまったところだという。
「すぐに追いかければ、まだ間に合うかもしれません。さあ、坊ちゃん!」
サンチョの言葉を聞くまでもない。ぼくは慌てて家から飛び出そうとした。
その拍子に、ポケットからサクラの枝が転がり落ちる。
「おや、見事な枝ですな。坊ちゃんたちの部屋に飾っておきますね」
「好きにして!」
おざなりな返事をして、一直線に門まで向かった。
門番の横をすり抜けようとしたら、ひょいと捕まっちゃった。
「これこれ、落ち着きなさい坊や。一人で外に出ちゃ危ないよ」
「で、でも、父さんが」
「ん? パパスさんなら、まだ通っていないよ。村の何処かにいるんじゃないかな」
「え」
……サンチョったら、あんなに急かして。おかげで、ぼくも焦っちゃったじゃないか。
ごまかすように頭をかいて笑って、村の中を探し回る。
とは言っても、父さんの行き先には、大体見当がついてんだけどね。
「おうジャギか! 今まで何処にいたんだ? 随分探したぞ」
ほらね、やっぱり教会に居た。旅に出る前には、神様にお祈りを欠かさない、というのは、
この世界での常識なんだもん、当たり前だよね。
「お前も祈っておくといいだろう。父さんは、村の入り口で待っているからな」
「はーい」
正直言うと、ぼくはあんまり神様、ってものを信じてない。
これも多分、《ジャギ》の影響なんだろう、ってのは分かる。
でも、何でだろう。《ジャギ》の世界には、神様、居なかったのかなあ。
神様が居るんなら起こらないような、酷いことがあったのかな。
霞がかった記憶の向こうで、何があったのか、ぼくはまだ、思い出せない。


船旅とは違ってそんなに長くない、とは言っても、やっぱり何日もかかる。
ラインハットへ通じる関所が見えた時には、ようやくこれで半分くらいか、と
ちょっとだけげんなりしてしまった。
「よいしょ、っと。ほら、ジャギ、良い眺めだろう?」
でも、父さんが肩車してくれて、綺麗な景色を見せてくれたら、
それまでの疲れなんか、全部吹っ飛んじゃったんだ。
「うん、すっごくいい眺め。えへへ、これからは、遊んでくれるんだよね」
今度の旅の始まりに、父さんは言ってくれた。
ラインハットのお城についてからは、少し落ち着くつもりだって。
ぼくとも、たくさん遊んでくれるんだって。嬉しいなあ。
どうせなら、剣を教えてくれたらいいな、父さんみたいに強くなって、
父さんの探し物を手伝えるようになるんだ。
そう考えたら、この旅も全然辛くなくなっちゃう。
ただちょっと心配なのは、川を見ていたおじいさんが言ってた、
この国の行く末を案じている、っていう言葉。
ラインハットのお城って、あんまり、よくない場所なのかなあ……。
不安になって、ちょっとだけ強く、父さんの頭に抱きつく。
「はは、どうしたジャギ。高いのは怖かったか?」
父さんが、ニコニコと笑って、頭を撫でてくれる。
何でだろう。この笑顔を、絶対に忘れないようにしよう、
この温かさを、絶対に忘れないようにしよう、って思ってしまったのは。
頭の中に、この間会った旅人さんの悲しい目が、浮かんで消えた。


「うわあ……」
ラインハットについたぼくは、驚いて声を上げてしまった。
アルカパも大きい町だったけど、こことは全然比べ物にならない。
ちょっと通っただけでも、人がたくさん居て、
はぐれないように父さんの手を一生懸命握っていた。
お城の中で、父さんは何やら王様とひそひそ話をしてる。
折角だから見せてもらいなさい、と体よく追い出されて、
ぼくはお城の中をブラブラしながら、色んな話を聞いた。
どうやら、このお城には二人の王子様が居るらしい。
お兄さんのヘンリーと、弟のデール。
誰に聞いても、兄のヘンリー王子よりも、弟のデール王子が、
王様になった方がいいんじゃないか、って言ってる。
おかしなことを言う人たちしか、居ないお城だなとぼくは思った。
兄がいるのに、弟の方を推し進めるなんて、そんなのありえない。

《兄より優れた弟》なんて、居るわけないのに。

弟王子だって、王様になんかなりたくないって言ってるんだから、
普通にヘンリー王子を王様にするのが当然だよ。
《兄より認められる弟》が存在していいわけない。
ぼく、このお城、嫌いだ、って思ったら、今までにないくらいムカムカする。
また、頭が痛くなった。ズギリズギリと、この間とは違って、
酷く熱を持って痛む。浮かんでくるのは、《男の子》の顔。
誰だから分からないのに、その顔が憎くて憎くてたまらない。
「《ケ……シ……ウ》……ッ……!」
頭に浮かんだ、その野郎の名前を、ありったけの憎悪をこめて、呻く。
《テメエ》さえいなけりゃ、《俺》を、《俺》は、《俺》が。
「おい、お前、誰だ?」
ひどく暗い場所に遠のいていた意識は、かけられた声でこちらに引き戻される。
目の前に立っていたのは、緑の髪をした男の子だ。
着てるものからすると、凄く良い身分なんだろう。
あ、もしかして、この子がヘンリー王子、かな?
「ははん。さてはお前が、親父に呼ばれて城に来た、パパスとかいう奴の息子だな。
 オレはこの国の王子。王様の次にえらいんだ。
 おいお前、オレの子分にしてやる」
「え……」
この子、いきなり何を言い出すんだろう。
ぼくが断る暇もなく、ヘンリー王子はぼくの手を引っ張って、部屋に入る。
広くて綺麗な部屋。そこにある椅子に、王子は腰掛けた。
「隣の部屋の宝箱に、子分のしるしがあるから、それを取ってこい!
 そうしたら、お前を子分と認めるぞ!」
「あ、あの、ぼくは……」
「ほら、早く取ってこいよ! このお城には、同じ年頃の子供はいないからな。
 オレの子分にならないと、遊び相手もいなくて寂しいぞ!」
戸惑っていたぼくは、その言葉にハッとした。
……なんだ、要はこの子が、寂しいんじゃないか。
そうだよなあ。この子の父さんは王様で忙しいし、
本当の母さんは居ないし、城の人たちは弟を構うし。
「……うん、取ってくる」
取ってきたら、言ってやろう。子分じゃなくて、友達になろう、って。
……先にそう言って、父さんの目のあるところで、一緒に遊ぶべきだったと、
ぼくが後悔することになるのは、このすぐ後だった。


ぼくの目の前で、ヘンリー王子がさらわれてから、今日で一週間。
騒ぎにならないよう黙っていたけど、流石に一週間も経てば、
お城の中も外もざわざわと騒がしくなってくる。
中には、父さんがヘンリー王子を誘拐したんだ、なんて言う人も居る。
違う。父さんは、ぼくの言葉を聞いて、王子を助けに行ったんだ。
だから、絶対に帰ってくるはずなんだ、と信じていたけど、
父さんは、まだ帰って来ない。
「……行こう、ゲレゲレ」
「フニャ?」
町の中に居辛かったぼくは、外の草原で父さん達を待っていた。
時々現れるモンスターを倒しながら、だったので、前より少しは強くなった。
だから、きっと父さんの後を追いかけても、大丈夫なんだ。
手にしっかりとブーメランを握りしめて、ぼくは歩き出した。
目指す先は、山に囲まれた古い遺跡。子供の足じゃ、ちょっとかかるけど、
ここで待ってるよりは、よっぽどマシだと思った。
けれど、それは大きな間違いだった。あともう少しで遺跡に着く、という時に
ぼくの目の前に大量のモンスターが現れた。
特に厄介だったのは、一体のスライムナイト。
与えたダメージを、あっという間に回復して、ぼくに切りかかってくる。
「フニャー!」
「ゲレゲレ!」
ぼくをかばったゲレゲレが、切り伏せられて地面に叩きつけられる。
地面に横たわったゲレゲレに視線をやった瞬間、
ぼくの体に鈍い痛みが走って、意識が遠くなった。
「父、さ、ん……」
小さく呟いて、意識を失った。悔しい、ぼくにはまだ、力が足りない。
落ちていく意識の中でそう思った。スライムナイトが、こちらを見つめてる気がした。

夢を見た。木に向かって、ずっと指を突き続けてる夢。
痛くても、苦しくても、耐えようと思った。
そうしなきゃ、《父さん》に、認めてもらえないから。
夢はかちゃかちゃと鳴る鎧の音のせいで、唐突に終わった。
「だれ……?」
うっすらと目をあけても、誰なのか分からない。
足元には、地面とは違った、ぶにょぶにょとした柔らかい感触がある。
これ、なんだっけ。どっかで、感じた気がする。
考える前に、体全体を包む疲労感から、また眠りに落ちていった。


次に目を覚ましたのは、ラインハットの教会。
何でも、ぼくとゲレゲレは町の外に倒れていたらしい。
誰が運んでくれたんだろ? 父さん、じゃ、ないよね。
だって、お城ではまだ、王子が帰ってこないと大騒ぎだ。
城の兵士達に、まるでさも、ぼくのせいだといわんばかりの視線を浴びせられて、
どうしようもなく苦しくなって、ぼくはお城を飛び出した。
今度こそ、父さんを助けに行くんだ。ありったけのお金で、
鎧と兜、それに薬草を買って、ぼくは突き進んだ。
道が分かっていたから、この間よりずっと早く目的の場所にたどり着く。
古びた遺跡の中に入ると、父さんが戦っているのが見えた。
「父さん!」
ぼくが声をかけても、父さんは気づかない。そこへ行くために、
遺跡の中をあちこち駆けずり回る。
あんな奴らに負ける父さんじゃない、とは思っていたけど、
ここに来てから、なんだか凄く嫌な予感がしているんだ。
背中がゾクゾクする、頭がズキズキする。
神様。今まで本気で祈ったことがない神様。
今度からは、ちゃんとお祈りしますから、どうか、ぼくが行くまで、
父さんを守ってください。ぼくに、父さんを守る力をください。
……その願いは、どうにか無事に聞き届けられたらしかった。
ぼくがたどり着いた頃には、父さんはモンスターを全部やっつけてた。
「おお、ジャギか。城ではぐれたからどうしていたかと思ったぞ。
 こんなに傷だらけで……」
モンスターと戦いながら、ここまで走ってきたぼくの体に、父さんがホイミをかけてくれる。
「父さん、も、帰ろう? ここ、凄く嫌な予感がするんだ。 ね?」
「何を言ってるんだ。ヘンリー王子を助けねばなるまい」
「でも……っ、でもっ」
他人なんかどうでもいい、ぼくはとにかく、父さんと一緒に、
ここから帰りたくって仕方なかった。
何で、こんなに胸がざわつくんだろう。
「大丈夫だ、ジャギ。父さんは強いからな」
父さんが頭を撫でてくれても、いつもの笑顔を見せてくれても、
今回ばかりは、ちっとも心が晴れないし、頭痛も飛んでいかない。
でも、父さんの言うことには、逆らえない。
あんまりワガママ言って、見捨てれちゃうのも、嫌だから。
「うん……、分かっ、たよ、父さん。王子を、見つけて、
 そしたら、すぐに帰ろう。ね? 約束だよ」
「ああ。……なあ、ジャギ、お前、村に旅人が来ていたのを知っているか?」
ああ、どうしてよりによって、今、あの人のことを思い出させるんだろう。
「彼は予言者らしくてな。私に、ラインハットへ行かないように、と忠告したよ。
 今、急にそのことを思い出したんだ」
……あの人は、知ってたの? こんなに、嫌な予感がする理由を。
あの人は、知っていて、父さんを、止めてはくれなかったの?
何で、どうして、とぼくの中にイライラと不安が募るばかりだった。


囚われていた王子は、自分の居所のなさに悩んで、帰りたくない、と言った。
父さんは王子を叩いて、王様の気持ちを考えてみなさい、と言った。
ああ、そっか。ぼくが、父さんをなくしたくないみたいに、
王様だって、王子をなくしたくないに決まってる。
そんなことにさえ思い至らなかった自分が、なんだか恥ずかしくなった。
それからすぐ、モンスターが現れて、父さんは、ぼくに王子を連れて逃げるように言った。
「こいつらを足止めしてから行く! お前達は早く逃げろ!」
父さんが、あんな奴らに負けるわけないんだ、大丈夫なんだ、
ぼくは、父さんの言うことを聞かなきゃいけないんだ、って
必死に自分に言い聞かせて、王子の手をひいて逃げた。
でも、もうすぐで出口だ、っていう所で、王子は立ち止まった。
「何してるの、早く、逃げなきゃ」
「でも……、でも、パパスが」
「父さんなら、大丈夫だよ、早く、早く!」
「でも」
「でも何!」
「……オレ、お城に帰ったって、仕方ない、じゃないか。
 王様になるのは、オレじゃない、弟、なんだ。
 こんな、こんな迷惑かける、役立たずの兄貴なんか要らないだろ?!
 親父だって、そう思ってるに決まってるんだ!!」
パン、と渇いた音が遺跡に響いた。
「何を、何を諦める必要があるんだよ!」
ぼくは、どうしても王子の、ヘンリーの言葉が許せなくて、頬を叩いた。
「ジャギ……?」

「《兄より優れた弟》なんて、存在しねえ!」

どんなに迷惑かけてても、ヘンリーは兄なんだだ。
それだけで、弟よりも、認められなくっちゃおかしいんだ。
「もっと、堂々としてればいいんだよ、ヘンリーはお兄さんだろ?!」
兄より弟が認められるなんて、そんなバカなことがあるもんか!
「っ、ジャギに何が分かるんだよ、兄弟も居ないクセに!」
「分かるよ、だって、《俺》は……、《俺》、は?」
《俺》……? 今、『ぼく』は、誰、だ?
今の言葉は、『ぼく』の言葉なの? ううん、違う。
今のは、《俺》の……《ジャギ》の、言葉、だよな。
あれ、おかしいな、でも、《ジャギ》に、《兄弟》、なんか。
「……ジャギ、どうしたんだ、大丈夫か、おい、ジャギ、ジャギ!」
ヘンリーが、がくがくと『ぼく』の体を揺する。
混乱した頭と体が、まともに動いてくれない。
ぼくの記憶の中から、凄く嫌なことが浮かび上がってくる気がする。
いやだ、思い出したくない、思い出したくない!
「うわあああああああ!!」
思わず、悲鳴を上げてしまった。その声を聞きつけたのか、
不気味な格好をした奴が、ぼく達の目の前に現れる。
今までのモンスターとは、迫力が、全然、違う。
その気配に、浮かびあがりそうになった嫌な思い出が再び沈む。
そうだ。ぼくは何を考えてたんだろう。過去なんて、今は後回しにしなきゃ。
「王子、下がってて」
大分使いこなせるようになった、相棒とも呼べるブーメランを固く握り締める。
父さんと約束したんだ。王子を守るんだ、って。
父さんのためにも、ぼくは、戦わなきゃいけないんだ。
大丈夫。今まで、一生懸命頑張ってきたんだ。きっと、勝てる。



声が聞こえた。
《俺は、まだ弱い》
苦しみと一緒に吐き出した言葉。それを自覚していればいい、と
兄のように思っていた奴に言われて、安堵した。
《俺は、強くなっている》
惚れた女を救い出した喜びから、呟いた言葉。
そんなはずは、無かったんだ。
凄く嫌な臭いが、鼻をつく。この臭いを、知っている。
人の焼ける臭い。
フラッシュバックするのは、《あの日》の光景。
閃光と、空を覆った不気味な雲と、焼け焦げた、人だったもの。
力のあるものだけが生き残る、《俺》のような強者に相応しい世界になったのだと、
何も知らないままに、笑っていた。
何より愛しかったものが、破滅を迎えていたことなど、ちっとも知らなかった。

『ぼく』が、薄らに開けた目には、石の床が映っている。
一箇所だけひどく焦げ付いたそこに、見覚えのある剣が燃え残っている。
あれは、なんだ。あれは、あれは、あれは……『父さん』だ。
そうだ。『ぼく』を人質に取られて、手出しが出来ずに、
モンスターに嬲り殺された、『父さん』だ。
『ぼく』に、母さんが生きている、と、必ず探し出してくれ、と、
遺して……、焼き殺され、た、『父さん』だ。
ああ、痛い。今ぼくを抱えている、こいつに付けられた傷のせいだけじゃなく、痛い。
体中が痛い。頭が痛い。胸が痛い。全身が痛い。
闇に落ちていく意識の中で、記憶の底から《ジャギ》が甦ってくる。

《父さん》が相談もなしに、《兄さん》と《弟》を連れてきた。
辛く苦しい修行の日々は、全部、《父さん》に認めて欲しかったから。
けど、《父さん》は、とっくに《ぼく》を見捨てていた。
《ぼく》に、《父さんの全て》を、継がせるつもりなんて、なかった。
どうして? 《ぼく》は、強くなったよ。
《兄さん》たちには、敵わなかったけど、ねえ、《ケンシロウ》には、勝ってたよ。
何で、《ケンシロウ》を選んだの? ねえ、何で?
《ぼく》は……《俺》は、何処で、間違えたんだよ?
答えてくれてよ、なあ、何で、何で……っ、
何で、《親父》にも選んでもらえねえで、《アンナ》に、死なれなきゃ、ならなかったんだよ!
なあ、《俺》は、何処で間違ったんだよ!!
どうして、《ケンシロウ》に、殺されるようなことになったんだよ!!

ああそうだ、今になって、今になって全部思い出した!
でも、もう遅えよ、遅すぎるじゃねえかよ……。
もっと早くよ、間違ってたってことに、気づいてたら。
『ゲマ』って名乗った奴に、立ち向かいなんか、しねえで、
ヘンリー連れて逃げてた。
そうすりゃあ、『父さん』が死ぬことはなかった。
また、間違えた。また、自分の、力を過信して、大事なもん、亡くした。
ああ……ちきしょう、ちきしょう、ちきしょうちきしょうちきしょう!!

俺は、いつか必ず、テメエをブッ殺すぞ、『ゲマ』。

そのためだったら、どんな手だって、使ってやる。

泥水を啜ったって、生き延びてやる。

誰に手を出したのか、解らせてやる。

誰の大切なもんを奪ったのか、解らせてやる。

『ゲマ』……ッ、俺は



『パパスの息子 ジャギ』だッ………!!








[18799] 第五話:TO sit on the stone for 『TEN』 LONG years.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:67e1ccff
Date: 2010/05/16 22:52
第五話:TO sit on the stone for 『TEN』 LONG years.
    (石の上にも『十』年)


夢を、見ていた。
まだ、『ぼく』で居られた頃の夢。
父さんと一緒の旅は、大変だったけど、辛くはなかった。
あの暖かな手は、もう無い。あの優しい声は、もう聞けない。
『父さん』を殺した魔物、『ゲマ』への憎悪で心が染まってから、
『ぼく』は、《俺》の記憶を取り戻して、『俺』になった。
……もう、十年は前の、話、か。
開いた目に映るのは、石を切り出して作られた洞窟の天井と、
ボロボロの服をまとった、緑の髪の男だった。
「よっ、ジャギ。やっと目が覚めたようだな。
 随分うなされてたようだけど、またムチで打たれる夢でも見たんだろ」
「そんなんじゃねえよ」
右手を軽く上げて、覗きこむ顔に軽く一発。
「っつー、お前、相変わらず手が出るのが早えなあ。
 十年前の、おどおどしてた頃とは大違いじゃねえか」
ヘンリーが、額をさすりながら文句を言ってくるが、その口元は笑っている。
ここじゃあ、俺と話す以外の娯楽なんて、あとはメシと寝るくらいしかねえからな。
「そんなんだから、反抗的で奴隷になりきれないヤツだーって、言われて、
 毎日毎日ムチで打たれちまうんだよ。
 その点、俺なんか素直になったと自分でも思うよ、わっはっはっ」
あっけらかんと、笑ってのけるコイツは、確かに十年前の
ワガママ王子っぷりはすっかり鳴りを潜めている。
「……もっとも、オレが素直になったのは、
 お前の親父さんの死がこたえたのもあるけどさ……」
「その話は止めろつってんだろ。俺達が馬鹿だっただけの話だ。
 ……この傷のことも、含めてよ」
身を起こすと、俺はしっかりと顔のボロ布の結び目を固く結び直す。
ここに来てしばらくした頃に、俺は看守に逆らって、ムチ打たれた。
日常茶飯事だったが、たまたま当たり所が悪かったらしい。
よろめいた俺の左の顔には、切り出された石材の角が迫っていた。
……で、そこでぐっさりやっちまって、二度と見られない顔になった、ってわけだ。
ったく。まさか、見せられない顔になるとこまで、《俺》と同じなるなんて、な。
「悪ぃ……でも、その傷は……」
「うっせえなあ、寝起きの大声は傷に響くんだから、静かにしてくれよ」
まだ何か言いたげなヘンリーを残して、俺は外に出た。
看守共がじろじろとこちらを睨んでくるのも、仕方ねえ話だ。
何しろ俺は、奴隷共の中じゃあ、一番、いや、唯一反抗的な存在だ。
「……《拳》さえ使えりゃあ、テメエらなんかブチのめして、
 こんなとことは、とっととおさらばすんのによぉ……」
口の中で小さく、聞こえないように呟く。
《俺》の記憶を取り戻した俺が、真っ先に行ったのは、
《北斗神拳》を使いこなそうとすることだった。
……結論からいやあ、使えなかったんだがな。
体に刻んでいたはずの型も、秘孔の位置も、何一つ、
《俺》の記憶の中からは、出てきてはくれなかった。
「くそったれ……」
その理由なんぞ、ちいとも解りゃしねえ。一度死んだはずの《俺》が、
『俺』として、この世界に存在してる理由と同じくらいに。
俺に文字を教えてくれた、学者下がりのジジイに、こっそりそういう奴が
他にも居やしねえか、ついでに理由を知らないか聞いた。
ジジイは、そういう奴が居るとは聞いたことがあるが、
理由については、『神のお導き』だと抜かしやがった。
つまり、よくわかんねえってことじゃねえか。
階段を昇って外に出れば、空気が薄い。見下ろす眼下に雲があるからには、
ここは相当高いどっかの山の上なんだろうな。
……こりゃ、脱出するにしたって一苦労だな、と何度目だか知らないが考える。
「よっ、と」
切り出された岩を、いつものように運び上げる。
朝から晩まで強制的に肉体労働させられてりゃあ、
自然、ある程度の筋力はつくし、一日の終わりに毎度毎度ベホイミかけりゃ、
体を壊しちまうこともねえしな。北斗神拳は使えねえが、
こっちの世界での呪文が覚えておけて何よりだったぜ。
こうやって、体を作っていきゃ、いつかこっから出る機会も来るだろ。
……ゲマの野郎をぶちのめすまで、死ぬわけにゃいかねえんだ、
賭けに出るには、俺は手札が少なすぎる。
水や食料がないわけじゃねえしな、ここでの暮らしも、
慣れちまえば、下手な世紀末よりよっぽどマシだ。


「なんだぁ? 随分騒がしいな」
岩を運んで何往復かした時。俺の耳にざわめきが届いていた。
なんだなんだと様子を見に行きゃあ、女が一人、ムチ打たれてた。
あー、ありゃあいつだな。確かヘンリーが熱を上げてる、マリア、つったか、
教祖の皿を割ったとかって理由で、信者から奴隷に格下げされた奴だ。
けっ。どうせなら、教祖の膝の皿でも割ってやりゃあよかったのによ。
「おい、ジャギ、俺はもう我慢できねえッ!」
「あ? ヘンリー、お前いつの間に俺の横に……」
「お前も手を貸せ!」
ヘンリーの野郎、看守をぶん殴りに行きやがった。
ったく、これだから惚れた腫れたは厄介なんだ。
ほら見ろ。思い切り殴り返されてんじゃねえか。
……惚れた女を守るため、か。
「ああちきしょう、本当に馬鹿馬鹿しい!」
ヘンリーにもう一撃くわえられる直前に、俺は看守の野郎の顔を思い切りぶん殴ってやった。
「あべしっ」
「なんだ! お前も歯向かう気だなっ!? よーし、思い知らせてやる!」
「助かったぜ、ジャギ」
「礼は良いからとっとと立て。最初に手を出したのはテメエだからな」
馬鹿馬鹿しい。そんなヘンリーに手を貸す、俺が。
「うおりゃっ」
「げぶっ」
北斗神拳こそ使えねえが、体重を乗せて殴りかかれば、
ぶよぶよと醜い豚みてえな体をしたコイツらなんぞ、屁でもねえ。
いつぞやのスライムナイトの方が、もっと歯ごたえがあんじゃねえか?
「なんだなんだこの騒ぎはッ!?」
ちっ、タイミングが悪ィ。兵士共が聞きつけやがった。
看守の奴らをこてんぱんにのして、後は適当に山肌に投げ捨てりゃ、
事件のこともバレねえだろ、と思ってたんだが。
「こ、この二人が突然歯向かってきて……」
「余計なこと言ってんじゃねえぞ、豚!」
地面に倒れたソイツを、げしりと蹴り飛ばす。
「おおふ」
「何をするんだ……! ……、その二人は牢屋にぶちこんでおけ!
 それから、その女は手当てを!」
「はっ! さあ、来るんだ!」
ここで兵士共に逆らっても仕方ねえな。
俺は舌打ち一つこぼして、後ろ手に縛られるのを享受した。


「いやー、まさか牢屋にぶち込まれるとはなあ。
 しかし、ムチで打たれるよりマシかな。あっはっは」
「ま、黙ってりゃその内出してもらえるしな」
牢屋の中で、俺とヘンリーはごろりと転がっていた。
足枷なんざついちゃいるが、俺からしたら軽いもんだ。
仕事をしねえで言い分、楽だな。
「そうそう。せっかくだから、のんびりしようぜ」
「おうよ」
転がったまま目を閉じようとして、ふっと、自分の手を見つめた。
俺の手。久しぶりに、人を殴った手。でも、全然足りねえ。
この世界じゃ、やっぱ素手で誰かを倒すのは正直難しいもんがある。
こっから出られたら、まず武器を調達しなきゃなんねえな。
「しっかし、いつまでここに入れておく気かなあ……」
「! ちょっと黙れ!」
俺の耳に響いてくる足音。男が一人と、女が一人、か?
「……二人とも、こちらへ来てくれ」
牢の入り口に立った兵士が、辺りをはばかるように、小さな声で俺たちを呼んだ。
その後ろに居んのは……さっき助けたマリアだな。
「おいジャギ、行ってみようぜ」
俺の意見なぞ聞かず、ヘンリーはとっとと先に男の方へ近づいている。
「妹のマリアを助けてくれたそうで、本当に感謝している。
 私は兄のヨシュアだ。前々から思っていたのだが、
 お前達はどうも他の奴隷とは違う、生きた目をしている!」
生きた目、なあ。俺の目は、相当澱んだ目をしてると思うんだが、
こいつ何処に目をつけてやがんだ?
「そのお前達を見込んで頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」
「ああ、勿論だ。で、頼みってのは?」
おい、今のは明らかに俺に聞いてただろ。何でテメエが答えんだよヘンリー。
で、このヨシュアって野郎も勝手に話し出すし。
こいつが聞いた話じゃ、このままじゃ奴隷は全員殺されちまうそうだ。
そんでもって、マリアを連れて逃げてくれ、だとよ。
こいつを連れて行くことはともかく、こっから逃げられるんなら願ったり叶ったりだ。
「俺は賛成だが、ジャギもそうだよな?」
「ああ、まあな」
「そうか。……それでは、こちらへ来てくれ」
かちゃり、と牢の鍵が開けられ、俺たちは牢の一角にある水場へ連れていかれた。
「ここは、奴隷の死体を樽に入れて流す場所なのだ。
 気味が悪いかもしれないが、その樽に入っていけば、きっと脱出出来るはずだ」
え?
「さあ、早くその樽の中へ!」
「あ、ああ、行くぞジャギ!」
いやいや待て待て。樽って、樽ってお前。しかもそんなにデカくもねえぞ。
戸惑う俺の手がぐいと引かれて、樽の中に入り込む。
やっぱり、狭いんだが。いやどう考えても無謀だろこれ。
樽の蓋が閉められる。かちゃり、と鎖が外れる音がする。
どん、と揺れて、樽が流れに乗ってゆっくりと動き出した。
「……やっぱ、狭いな……」
「ちょっと考えれば解るだろ! せめて三人別の樽に、し、て……」
おいおい、なんだこの、爆音は。
ん……、ああそういや、《俺》、この音を聞いたことがあったな。
道場の近くに、川と池があって、そこで、聞いた。
「この音、何かしら……」
マリアがぼそりと呟くが、その答えはすぐにこいつらも理解した。
ぐいん、という凄まじい落下感が俺たちを襲ったからだ。
「滝だあああああああ?!」
ヘンリーが叫ぶ。うるさい、黙れ。
考えて見ればそうだよな、あんな高い所にあったんだもな、
水の流れも滝になってる可能性が高いに決まってらあ。
数分だか数秒だか落ちる感覚があって、激しく水面に叩きつけられる。
その拍子に、しこたま頭をぶつけた。
「いてえ……」
「あ、あの、ジャギさん、大丈夫ですか?」
「心配ねえってマリアさん。こいつ、頑丈なのだけが取り得だからよ」
「よしヘンリーお前、こっから出られたらぶん殴る」
暴れて樽が壊れたら、間違いなく人生が終わるからな、
今は殴らないでおいてやるぜ。
「ふふ」
あ? 何笑ってんだこの女。
「お二人とも、何だか兄弟みたいですね」
「勘弁してくれよ、マリアさん。オレ、ジャギみてえな弟いらねえよ」
俺だって、兄弟なんざ金輪際、要らねえ。
「……弟、か。オレな、デールっていう弟が居るんだ」
「まあ……」
「もう十年会ってねえけど、元気にしてるかな……」
ヘンリーの野郎の顔が、寂しげなのを見て、俺は舌打ちをする。
兄弟を懐かしむ気持ちなんざ、俺には到底解らねえ。
そもそも、その弟が居たせいでテメエはこんな目に遭ってんだろ、
何で、それでも弟のことを心配なんざ出来るんだ。
「……勝手に話してろ、俺は寝るからな」
ああもう、さっぱり解らねえ、と俺は目を閉じた。
弟のせいで何もかも奪われたってのに、それでも弟を心配する兄貴も、
妹のためなら、自分はどうなってもいいなんて思う兄貴も。
何だよ、普通のきょうだいってのは、そういうもんなのかよ。
『俺』には、解らねえ。
《俺》の兄弟は、たった一人しか手に入れられねえものを巡って争う、
《敵》でしか、なかったから。


夢を見た。
《俺》が、《兄者》や《ケンシロウ》と一緒に、戦う夢だった。
文句を言い合いながらも、《俺》が《ケンシロウ》に手柄を譲ったり、
《兄者》達の指示を聞いたりしながら、一緒に戦ってた。
こんなもん、一発で夢だって解る。
だってそうじゃねえか。
俺達の関係をくだらぬ家族ごっこだって、言い切ったのは《ラオウ》で、
《トキ》は《ケンシロウ》には優しかったが、《俺》のことなんか、蔑んでて、
第一、《俺》が《ケンシロウ》に、優しくなんてするわけねえだろ。

ああ、何て馬鹿馬鹿しい夢だ。

馬鹿馬鹿しすぎて、涙が、出てきやがる。

有り得ねえんだよ、こんなことは、絶対に。

くだらない幻の闘いにうなされる俺を乗せたまま、
樽は何処とも知れぬ海を流れて行った。


―――――――――――――――――――――――――



※作者のどうでもいい呟き※
CDシアター版のキャスティングをチェックしたら、
パパスの声がアニメ版ケンシロウの声で、
ジャミの声が北斗無双版のジャギの声だった。
つらい。
そういえば、ジャギとジャミは一文字違いだ。
つらい。



[18799] 第六話:The die is cast.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:708baef2
Date: 2010/05/17 23:27
第六話:The die is cast.
    (賽は投げられた)


「ん……」
小さく呻いて、目を開ける。
いつもより広い視界には、見慣れぬ天井が映った。
「あ、よかった、目を覚まされたのですね?」
声のする方に顔を向ければ、シスターが一人こっちを見ていた。
「もう五日も眠ってらしたんですよ、流れ着いた樽から、
 人が出てきた時は、驚きましたわ……」
「ここは、何処、だ?」
喉から出た声が嗄れていると見るや、シスターが水差しを差し出してくれた。
渇いた喉に染み渡る水が、美味い。
「ここは、名もない海辺の修道院。
 どうか、元気になるまでゆっくりしていってくださいね」
やれやれ、どうやら助かったみてえだな。体を起こすと、バキバキと骨が鳴った。
何日も樽の中に居て、五日も眠りっぱなしじゃ、こうもなるわな。
「それと、その服はあなたが持っていた荷物に入っていたものです。
 前の服はあまりにボロボロでしたから、着替えさせてもらいました」
ふい、とシスターが視線をそらす。視界が広い理由がようやく解った。
ヨシュアがいつの間にか突っ込んでおいてくれたらしい、ガキの頃使ってた袋を漁る。
運よく出てきた一枚の布切れを、顔の左半分をを覆い隠すように結びつける。
驚いた顔でこっちを見てるが、構いやしねえさ。醜い傷跡を晒すよりゃマシだ。
……しかし、ガキの時分に使ってた服が入るってどういうことだ。
そりゃあまあ、確かに少し大きめのサイズではあったがよ。
「そういやあ、一緒に流れ着いた奴らは?」
「ヘンリーさんもマリアさんも、ご無事ですわ」
そこへ、ノックの音がした。どうぞ、ってシスターの返事に、
扉を開けて入ってきたのは、ヘンリーだった。
「よお、ジャギ! やっと気がついたなっ」
「ああ、今、な。……しっかしテメエ、何だぁ、その格好は?」
コイツは、何でか知らねえが、奴隷時代の服のままだった。
「お前と違って、オレの服は処分されちまってたんだよ。
 ここは女の人しか居ねえから着替えも無いし、しょうがないだろ」
そりゃそうかもしれねえが、しかし、何というか相当みっともない。
「ちょっと待ってろ……ああ、あった。ほらよ」
袋の中を漁れば、旅人用の服が一着出てきた。
ガキの頃でも少しデカかったくらいだから、今のコイツにゃ丁度良いだろ。
「おっ、サンキュー、ジャギ」
「きゃっ。そ、外に出てますわね」
目の前で着替え始めたヘンリーを見て、シスターは小さく悲鳴を上げて、
ぱたぱたと、慌てて部屋を出てった。
……俺の服は着替えさせられたクセに、ヘンリーはダメってどういうことだ。
やっぱ顔か。顔なのか。
「おいおい、何睨んでんだよ、ジャギ」
む。どうやら気づかね内に睨んでたらしいな。
「それはそうと、マリアさんがこの修道院の洗礼式を受けるらしいぞ。
 お前は目が覚めたばかりで、いまいちピンとこないだろうけど、
 まあ、とにかく出席しようぜ」
洗礼? あー、確か、神にお仕えするために身を清める儀式、だったか?
その辺りの知識は、とんと記憶の彼方だぜ。
第一、見ても面白いもんじゃねえだろうに。


洗礼式とやらは、俺にはちっとも面白く無かったが、ヘンリーの奴は見惚れてやがった。
あのマリアって女、顔は悪くねえからな。絵にはなる。
「ああ、ヘンリーさん、ジャギさん!」
式を終えたマリアは、俺たちに気づいて駆け寄ってきた。
「やっと気が付かれましたのねっ、本当によかったですわ。
 兄の願いを聞き入れ、私を連れて逃げてくださってありがとうございました」
「俺が逃げるついでだついで。ったく、テメエの兄貴も考えなしだな。
 危うく、海の藻屑になるとこだったじゃねえか」
「おいジャギ、そういう言い方はよせよ」
そりゃそうかもしれないけどさ、って小さく呟いたのは、
俺には聞こえてるぞ、ヘンリー。
「……それでも、こうして神のお導きで、逃げられただけ幸せですわ。
 まだあそこにいる兄や、多くの奴隷の皆さんのことを思うと、
 心から喜べないのですが……」
そう言って祈りの印を切った。けっ、他人のことまで心配するとは、
本当、随分と心が清らかでいらっしゃるようだ。
「それと、ジャギさん。これは兄から預かったものですが、
 どうぞお役に立ててください」
マリアが、俺の手にじゃらりと音を立てて袋を渡した。
ずしりと重い中身を覗けば、金貨だ。1000ゴールドはあるだろう。
「いやー、あんたの兄貴、いい奴だな」
「お前、現金すぎるだろ」
うるせー。もらうもんもらって、喜んで、何が悪い。
「ふふ。元気な方ですね、ジャギさんは」
いつの間に近づいてたんだか知らねえが、さっきのシスターが後ろでクスクス笑ってた。
「さあ、そろそろご飯にしましょう。
 余り多くは出せませんが、客人の分もご用意してありますわ」
その言葉を聞いた途端、俺の腹がバイクのエンジン音みてえにけたたましく鳴った。
「まあ、急がないといけませんね」
「そっか、お前ここ来てから寝っ放しだったもんな。
 そりゃあ、腹も鳴るよな」
ヘンリーの生温い視線と微笑みが、ムカつく。
「そういや、樽から出られたら殴るって言ってたよな」
パキポキと、俺は指を鳴らした。
「え、あ、いや、ジャギ、その、怒るな、って。な?」
じりじりと後ろへ下がっていく。馬鹿め。後ろは壁だ。
「ヘーンーリーィー……」
ごつん、と鈍い音が、修道院の中に鳴り響いた。


それから、大体一週間くらいはそこに居た。
辺りの魔物なんかをちょこちょこ退治しながら、体の調子を取り戻す。
いつもみたいに、狭いながらもきちんと整えられたベッドから目覚める。
横で寝てるヘンリーを起こさねえように、俺はそっと修道院の外へ出た。
扉を静かに閉めて、思い切り深呼吸する。
海に近いからか、懐かしい潮の香りがする。やっぱ、この匂いは好きだな。
「さて、と」
型に袋を担いで、俺はここを後にすることにした。
女ばっかのトコは、さすがにそろそろ居心地が悪い。
目的は、『父さん』の、『親父』の遺言に決められている。
『母さん』を、探さなきゃ、ならねえ。
優しかった目元と微笑みくらいしか覚えてねえ、『母さん』。
《ジャギ》の記憶に全くない、母親ってやつが、どんなもんか知りてえんだ。
魔族にさらわれたって話だから、俺が探し続けてりゃ、
いずれ邪魔に思う何者かが、俺に刺客を送ってくるだろ。
そいつらブットバしてりゃあ、その内、あの『ゲマ』のヤローも来るに違いねえ。
……俺の力で、敵うかどうかは、解らない、けどな。
「何処行くんだ、ジャギ?」
一歩踏み出した俺に、背後から声がかけられる。
「あ?」
振り向いたソコには、ヘンリーが立っていた。
「旅に出るのか?」
「まあな。テメエにゃ関係ねえが」
「待てよ、ジャギ。お前、母親を探すんだったよな」
「……何で知ってんだ」
そう聞いたら、ヘンリーの野郎、随分と真剣な目でこっちを見てやがった。
「俺も、あの時、お前の親父さんの遺言を、聞いてた」
「……そうか。で?」
「その旅に、俺も付き合わせてくれねえか」
「ハァ?!」
俺は思わず、ヘンリーの胸倉を掴んでいた。
「誰のせいで、親父が死んだと思ってんだ。
 テメエになんか助けてもらわなくってもなあ、
 俺一人で、どうにかなんだよ!」
怒りを露わにした俺に、しかしヘンリーはひるまない。
真っ直ぐに、俺を見つめ返してくる。
「……オレに、お前の親父さんへの、罪滅ぼしをさせてくれ」
そんなヘンリーの顔に、思わず舌打ちして、掴んでいた手を離す。
俺も、随分甘くなっちまったモンだ、と心中で呟いた。
「勝手にしやがれ」
「ヘヘッ、ジャギならそう言ってくれると思ったぜ。
 こっから北に行けば、オラクルベリーって賑やかな町があるらしい。
 まずは、そこから当たってみようぜ」
人が多く集まるところには、その分情報も多く集まる。
成る程、目の付け所は悪くねえな。
「あと、カジノ行こうぜカジノ!」
目を輝かせながら、意気揚々と歩き出したヘンリーの頭を、とりあえずどついた。

俺の旅はこうして始まった。

目標は、『母親』を探すことと、

『親父』を殺した『ゲマ』をブットバすこと

……正直、先行きは不安だが、始めちまったもんは、仕方ねえ。





[18799] 第七話:Facts are stubborn things.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:5b14b239
Date: 2010/05/18 23:31
第七話:Facts are stubborn things.
   (事実は曲げられないものである)



修道院を出て、北へ向かって、途中で休みながら一日半。
俺達は賑やかな町にたどり着いた。
門を入った正面にギラギラ輝くネオンが眩しい。
とてもじゃねえが、日がとっぷり暮れた夜中だとは思えねえ。
「ここがオラクルベリーの町かぁーで、あれがカジノだな?」
建物を見上げながら、ヘンリーの目も同じくらいに輝いてる。
ご丁寧に、『CASINO』と書かれてるからな、
見ただけで解るってもんだ。
しかし、ルーン文字もアルファベットも使うって、この世界の
文字体系はどうなってやがんだ。俺が覚えるのにどんだけ苦労したことか。
「おい、ジャギ。何ボーッとしてんだよ、早く行こうぜ!」
「待て」
走り出したヘンリーの首の後ろを、ひょいと摘む。
「俺達の目的はカジノじゃねえだろ」
「なんだよつれねえなー。いいじゃねえか、人なら集まってるぜ」
「……その前に、やることがあるだろ」
ぎろり、と睨んでやれば、見る間に表情が暗くなっていく。
「そうだよ、な。悪ィ。オレ達は遊んでるわけじゃないんだった」
解ったらいいんだ、解ったら。
ヘンリーを掴んで、そのままズルズルと歩き出した。
幸い、目的の場所が門から入ったすぐ側で助かったぜ。。
「いらっしゃいませ、夜道を歩いてお疲れでしょう」
「ああ、男二人、ベッドは二つで頼む」
「宿屋かよ!」
ヘンリーが声を荒げるが、気にしてられるか。
「ヘンリー。道中、わらいぶくろにメダパニくらって、
 モンスターに説教しようとして殴られたのは、何処のどいつだ?」
「……オレです」
「そんなことしてたせいで、攻撃避け損ねたお前の体力を回復するのに、
 魔力を消費したのは?」
「……ジャギです」
「文句は?」
「……ない……」
うむ、こいつも大分物分りがよくなったな。
子供時代のワガママ王子っぷりがすっかりナリを潜めてやがるぜ。
「この町にゃ、情報収集のために何日かは居る予定だからよ、
 ま、その内カジノに行く機会もあるだろ」
「本当か?!」
おーおー、まるでガキみてえにはしゃぎやがって。
って、そりゃそうか。ガキの時分から、十年も世間と隔離されてきたんだ、
まだガキっぽい部分があって当然に決まってらあな。
元は、所謂箱入り息子って奴だったし、こういうとこに来て浮かれるのも解らんでもない。


オラクルベリーに滞在してから一週間経った頃、
俺とヘンリーは一路北に向かって旅を進めていた。
占い師のババアは俺の顔を見て、何やらとてつもない運命だとかってのを見出したらしく、
タダで占ってくれた。その結果が、北へ行け、だ。
北、と言われて地図を開けば、そこに懐かしい地名を見つけて、
俺たちは当初の目標をそこに据えることにした。
「なあ、サンタローズってお前の故郷なんだろ? どんな村なんだ?」
安く買い叩いた馬車と歩きながら、ヘンリーが問う。
「どんな、ってなあ。何にもねえ、普通の村だよ。
 ラインハットと比べりゃ、田舎だ」
「……ラインハット、か」
ヘンリーの顔が曇る。オラクルベリーで聞いた噂の中に、
とある王国が兵を集めて戦争を起こそうとしている、ってのがあった。
そのために、国の奴らが大勢苦しんでいる、とも。
コイツは、その国がラインハットではないか、と悩んでやがんだ。
けっ。そんなに気になるんだったら、とっとと様子見に行きゃいいもんをよ、
『今さら俺が現れても迷惑なだけだろ』なんて抜かして、
行くつもりはさらさらねえらしい。
「さあてと、確かこの辺りのはずだがな」
目を凝らせば、山と森に囲まれた、小さな村が見えてきた。
けど、なんか様子がおかしいような気がする。
遠目に見ても解るくらいに、建物の数が随分減ってねえ、か?
妙な予感がして、俺は足を早めた。
「あ、おいジャギ待てよ、どうしたんだ」
「村の様子が変だ! 十年で、あんなにボロくなるとは思えねえ!」
近づけば近づく程、その村の様子がおかしいのが解る。
そうして、村の入り口についた時。俺は我が目を疑った。
「何だ、こりゃあ……」
村は、焼け落ちていた。それもつい最近のことじゃねえ。
入り口近くの丘に立てられた墓は、何年か経った後だ。
何だ。俺達がこの村を出てから、一体、何があったってんだよ!
「どうして、こんなことに」
隣で、言葉を失うヘンリー。その姿を見て、俺は、思い出しちまった。
ヘンリーが誘拐された直後、城の奴らは、何て言ってた?
『パパスは、誘拐犯の一味』と、そう言って、なかったか?
王子がさらわれたのと時を同じくして、お守りを命じられた男も、行方知れず。
城の奴らがそう考えるのだって、当然じゃねえか。
「旅の方、どうかなさいましたか?」
愕然としてる俺に、声がかけられた。
「そんな所では体が冷えますわ。教会へどうぞ。
 ……今、この村にあるのは教会と、洞窟を使った宿だけですけれど……」
悲しげにそう呟いたシスターの顔に、俺は見覚えがあった。
老けてるけど、間違いなく、あの頃村に居たシスターだ。
俺は、未だ何を言うべきかも解らず、とりあえずシスターに付いて教会に入った。
ここだけは、あの頃と変わらない。神の居場所、って奴だからか。
神を焼かねえで、人を、家を焼いた、のか。
……ここは、随分と穏やかな世界だと思ってたんだが、
根本は、あの《世紀末》と変わらないのかも、しれねえな。
そう思って、ついため息をこぼした。
「驚かれたでしょう、こんな村で……」
ため息を勘違いしたのか、シスターが訥々と語りだす。
「その昔、ここはとても美しい村でしたのよ。
 しかし、ある日ラインハットの兵士達が、村を焼き払いに来て……」
「ラインハット、が?」
ヘンリーの顔が、さあっと青ざめる。シスターは、気づかぬまま語り続ける。
「ひどい! ひどいわ! パパスさんのせいで、王子が行方不明になったなんて!
 そのパパスさんを匿っているんだろう、って、兵士が言って……、
 村の誰もが否定したのに、兵士達は、火を……」
急に取り乱して、シスターが頭を振った。
それから、ハッと頬を朱に染めて、申し訳なさそうに告げる。
「あら、ごめんなさい。見ず知らずの人に、パパスさんの話をしても、
 仕方なかったですわね……」
「……知ってるぜ、そいつのことは」
俺がそう切り出すと、弾かれたようにこちらを見返してきた。
「え? パパスさんを、ご存知なのですか?」
「ああ。……俺の、父親だよ」
「そんな、それじゃあ、ジャギ! あの小さかったジャギなのね!?」
シスターは、わなわなと震えて、顔を両手で覆った。
多分、泣いてるんだろう。
「こんなことって……、こんなことって……、ああ、神様!」
俺が生きていてくれたのを、泣いて、喜んでくれた。
運命は残酷だ、と泣きながら、それでも喜んでくれた。
ただ、そんなシスターと俺を見ながら、ヘンリーは黙り込んだままだった。
当然だろうな。コイツにしてみりゃ、予想だにしなかったんだろう。
自分のせいで、村一つ焼かれて、人が死んだ、なんてことは。
「ジャギ」
「何だよ」
宿屋で横になっても眠れず、ぼーっとしていた俺に、ヘンリーが声をかけた。
「悪ィな、ここのこと」
「寄せ。テメエに謝られても、どうにかなるもんじゃねえ」
「でも……」
「いいから、黙って寝ろ。起きたら、親父が洞窟の奥に隠してた、
 なんかを探しに行かなきゃなんねえんだ」
何だか息苦しい。俺は、ヘンリーの方とは逆へと寝返りを打った。
「いいや、謝らせてくれよ。でないと、俺の気がすまねえ」
だって、とヘンリーが続ける。
「お前、この村についてから、凄え泣きそうな顔してんじゃねえか」
「……言いてえことはそれだけか。とっとと、寝ろ」
泣きそうな顔、だ? 俺が、そんな顔するわけねえだろ。
故郷が焼かれた、くらいで、泣くわけねえじゃねえか。
《俺》の世界だって、焼かれたんだぞ。
あれに比べりゃあ、こっちの、焼かれたの、なんて、よっぽど、マシ、だ。
そう思ってる、はずなのに。何で、こんなに胸が痛えんだ。
あれだな。洞窟の中で酸素が薄いんだな。ちょっと、外の空気を吸って来っか。
ごそりとベッドから起き上がると、俺は宿を出た。
そういやあ、ここに居た道具屋のオッサンは、どうなったかな。
岩に潰されたのは平気だったが、流石に焼かれちまったら、お陀仏か。
そんなことを考えながら、俺の足は自然とある場所へ向かっていた。
一番酷く焼かれた場所――俺たちの家――へと。
あの騒ぎの中で、サンチョも行方知れずになっちまったらしい。
死体が見つからなかったってことは、多分生きてんだろうけどな、
あ、それとも油ぎった体だったから、綺麗に焼けちまったか?
口元を歪めながら、俺は焼け跡を歩いた。
「ん……?」
ガレキを蹴飛ばせば、そこに階段が現れた。
ああ、そういやあ、地下室があったっけか。
何の気もなしに、そこに降りてみる。
「あ……?」
色のない地下室の中で、鮮烈に色を放つものがあった。
俺は、それを覚えていた。
妖精の村で手に入れた、サクラの花だ。
妖精の世界のもんだからか、今になっても、枯れていない。
恐る恐る手に取ってみりゃ、ふわり、といい匂いがした。
『お部屋に飾っておきますね、ぼっちゃん』
そんな、サンチョの声が聞こえてきた。
『この旅が終わったら、遊んでやろう』
親父の声が、聞こえてきた。
『行ってらっしゃい、パパスさん!』
『また戻ってきてくださいね!』
『いつまでも、ここは貴方の第二の故郷ですよ!』
親父を見送る、村の人たちの声が、聞こえてきた。
……もう二度と、聞けねえ、優しい、声だ。
「あ……、う……」
膝から崩れ落ちた。地下室の床が、冷たい。
「うわああああ、うっ、ぐっ、ああああああああ」
地下室に響き渡るような声で、俺は、泣いた。
解ってる。人を殺しまくってた、《ジャギ》が、
人が死んだことで泣くなんて、間違ってる、ってのは。
それでも、どうしても、涙は止まらなかった。
好きだった、『俺』は、『ぼく』は、この村が、大好きだった。
好きだったのに、守れなくて、失って、しまった。
みっともねえくらいに泣いてる俺の頭を、誰かが小さな手で撫でてくれた気がしたが、
涙で歪む視界には、そいつの姿を捉えることは出来なかった。


翌朝。目元が腫れ上がらなかったことに、一息ついた。
ヘンリーに泣いてたのがバレたら、情けねえからな。
くっそ、いい年こいてあんなに泣いちまうなんて、
どうも感傷的になっちまっていけねえ。
とりあえず、親父が残したっていうもん探しに、洞窟に入るかな。
入り口のジジイに声をかけたら、筏を使わせてくれた。
「で、意気揚々と入り込んだのはいいもんの」
はあ、と息を吐きながら、俺は手元からブーメランを振りかぶって投げる。
ガキの頃使ってたのとは違って、金属で出来てて、縁が刃になってるやつだ。
慣れるまでに二日かかったが、使いこなせりゃ、使い勝手はいい。
スパスパと、眠りの魔法を使ってくる角のある兎やら、
腐った死体やらを切り裂いていく。
……切り裂くのは、南斗の方の十八番だがなーと、
ぼんやりと考えちまったのは、寝不足だったせいだろうか。
「はぁー、何だココ、魔物の巣じゃねえか」
横で鉄の鎖を振るってるヘンリーの息は荒い。
ま、奴隷やってたとは言え、あくまで一般人にゃ、ちぃとキツいか。
それに、前に来た時より、モンスターが格段に強くなってやがる。
あの頃と変わらねえのは、スライムとブラウニーくれえ、か?
「十年の間に、一体何があったんだか……」
再び目の前に現れたスライムの群れに向けて、ブーメランを投げた。
このくらいだったら、一撃で倒せるから楽だ。
「さってと、とっとと奥へ……」
「っ、気をつけろ、ジャギ!」
ヘンリーの緊張し切った声に、俺は後ろを振り向いた。
さっき倒したはずのスライムが一匹、起き上がっている。
「っと、トドメを刺し損なったか……」
再度得物を構える。
「ひぃっ、ま、待ってえ」
「……あ? ……ヘンリー、テメエ今何か言ったか?」
「い、いや。どうしたんだ、ジャギ?」
ヘンリーじゃねえなら、今の声は一体誰だ、ってんだよ。
「ボクだよボク。目の前にいるボク」
ぴょんぴょん、とスライムが跳ねている。
いやいや、スライムが人間の言葉喋るとか、ありえねえだろ。
「あ! やっぱり聞こえてるんだね! 
 お兄さん、モンスターの声が分かる人なんだ!」
落ち着いて考えれば、魔法がある世界なんだから、
人じゃねえ生き物が喋ったところで、珍しくもない、のか?
そういや、オラクルベリーで会ったジジイが言ってたっけか、
俺には不思議な力があるとかなんとか。
「お兄さん強いねー、ボク感心しちゃった。
 ね、お兄さん、この洞窟の奥に行きたいんでしょー、案内してあげるよ!」
「ほお? テメエがか?」
「うん! あ、ボクスラリン! よろしくね」
受け入れちまえば、モンスターが手下になるってのも、悪くねえもんだ。
「よし、じゃ、早速案内しやがれ」
「……ジャギ、お前やっぱり一度帰って休んだ方がいいんじゃねえか?」
ヘンリー、その生温い視線は止めろ。事情があるんだ事情が。
とりあえず、ヘンリーの頭を一発殴った後、
スラリンに案内されつつ、説明しながら、洞窟の奥へと進んだ。


辿りついたそこに在ったのは、一振りの剣と、懐かしい筆跡の手紙。
ああ、親父の字だ。忘れてると思ったんだが、案外覚えてるもんだな。
何処で見たかも、全然思い出せやしねえのに、はっきりと親父のだって分かる。
俺は、その手紙を読み進めた。
『伝説の勇者』に、『魔界』か。
《俺》の世界からすりゃ、ここだって随分御伽噺みてえな世界だが、
そんなここでも、また更に夢物語みてえな話だ。
そんなもんが、親父の仇を討ち、母さんを見つけ出す、手がかり、か。
はは、何つうか、道は遠いな、としか言い様がねえ。
微妙な笑みを浮かべながら、俺は地面に刺さった剣を見やった。
「ジャギ、抜いてみろよ」
「言われなくても」
手紙を袋にしまいこむと、俺はその剣の柄を掴んだ。
そして、グッ、と引き抜こうとした。……した、が。
「何だ、これっ……、めちゃくちゃ重ぇぞ……ッ!」
びきり、と腕に痛みが走る。とてもじゃねえが、持ち上げられねえ。
「ふっ、うおおおおおおおッ!」
どうにか、両手で勢いをつけて、引き抜いた。勢い余って、地面に転ぶ。
引き抜いたその剣は、伝説の通りなら相当古いもんなはずだが、
刃はちっとも錆びてねえし、それどころか輝いてさえ居た。
「俺、実はひょっとしたら、お前なら、って思ってたんだけどな……」
ヘンリーが残念そうに呟いた。
……俺だって、そう思ってた。伝説の勇者なんて、御伽噺みてえなもんだ。
だから、『ずっと探してた勇者が自分の息子』なんて、
そんな嘘みてえな話がありえてもいいじゃねえかと思ってた。
そう上手く行く程、世界は甘くはないらしい。

俺じゃあ、無かった。

ああ、また、ダメなのか、とぼんやり思った。

『俺』じゃあ、救世主(ゆうしゃ)には、なれねえのか。

『俺』は、また、選ばれなかった。

どん底まで落ち込みそうになって、目を閉じた。
その目蓋の裏に、ふっ、と金の髪をした女のガキが映った。
ああ、そうだ。あいつ、どうしてんだ。
「ヘンリー、次の目的地は決まったぞ」
天空の剣を袋に入れながら、俺は呟く。
「え、何処だ?」
「……アルカパに、会いてえ奴が居るんだ」
そう言って立ち上がろうとして、俺はバランスを崩した。
ん? そういや、この地面随分と柔らかくねえか?
「……どーいーてー……」
「あ」
立ち上がったそこには、ぺたりと潰れたスラリンが居た。
「……すまん……」





[18799] 第八話:Old sins breed new shame.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:1831b1bc
Date: 2010/05/20 18:00
第八話:Old sins breed new shame.
   (古傷は痛みやすい)


サンタローズから西へ。小さな森に囲まれたアルカパの村は、
あの頃と変わらぬ穏やかさだった。
入ってすぐ正面にある宿屋が、ビアンカの家だったよな。
「な、行かないのか?」
「あー、その、まあな」
会いたくなって来てみたものの、いざとなると何だか気恥ずかしい。
十年、か。年頃のいい女に育ってんだろーなー。
髪の毛も伸びてんだろうか。
結構活発な娘だったから、肩くらいで切り揃えてると似合うかもしんねえ。
……違う。落ち着け、俺。
《ガキの頃世話になった》《金の髪を肩まで切り揃えた女》は、もう、いねえだろ。
ああいけねえ、どうも、《あいつ》を重ねちまう。
「どしたんだよジャギ。……ははーん、照れてんな」
ヘンリーがニヤニヤと口元に笑みを浮かべている。
「ジャギったら、そのビアンカって女の子のこと好きなのー?」
スラリンも、何のためらいもなくそう聞いてくる。
「テメエら黙れ」
とりあえず、ヘンリーは殴って、スラリンは踏みつけた。
「げふっ」
「ぴきっ」
「……行くぞ」
何処かしら緊張感を持ったまま、俺は宿へと向かった。
庭を見れば、あの頃植えられたばかりだったブドウ棚には、たわわに実がなっている。
こういうとこ見ると、十年という年月の重さを、改めて思い知らされるな。
さて、いよいよご対面、になるかな。扉に、恐る恐る手をかけて、開く。
「いらっしゃい」
「……あ?」
受付に座っていたのは、全く見覚えのないおっさんだった。
ダンカンだかっていう、ビアンカの親父じゃねえ。
「あー、ちょっと聞きたいんだけどよ」
「はい?」
「ここに、ビアンカって娘はいねえか? 俺と同じくらいの……」
受付の男は、首を傾げている。じわり、と背に嫌な汗がつたった。
「あー、そういやあ、ここの前の持ち主の娘さんが、
 そんな名前だったよなあ、お前」
「そうだったかねえ」
男は、部屋の奥に居るらしい嫁にそう問いかけていた。
「前の持ち主、だぁ?」
「そうだよ。七年くらい前だったかねえ、ここの奥さんが急に倒れて亡くなって、
 旦那さんも病気になっちまって、海の向こうの山奥の村へ引越しちまったんだ」
その答えに、俺はほっと息を吐いた。
会えなかったのは残念だが、死んじまったわけじゃねえ。
どうせ、世界を回んなきゃなんねえだ、縁がありゃまた会えるだろ。
「そうか。ああ、じゃあとりあえず一晩頼む」
「はい、承りました」
「……モンスター付きだけどいいか?」
思い出したように問いかけると、男は少し目を丸くしたようだったが、
すぐにニコリと笑みを見せた。
「こいつは珍しい。魔物使いかね」
「ああ、まあ、そんなとこだ」
まだ一匹だけど、その内増える、のか?
……モンスター共を従えた自分の姿を想像してみた。
ぎんぎら輝くドラゴン共を従えた俺。うむ、悪くねえな。
「ジャギー、顔がにやけてるよー?」
声をかけられて、足元を見て、ため息一つ。今はまだ、コイツだけか。
正直、頼りねえにも程がある。ブーメラン使いこなせる分マシだが。
「……お前、頑張れよ」
「何で今急に応援したの? 頑張るけど? 頑張るけどね?」
「おーがんばれがんばれ」
ぴょんぴょんと跳ねるスラリンに適当に言葉をかけた。


町であれこれ話を聞いた後、宿で一番いい部屋に泊まった、その夜。
ふと、俺は夜中に目を覚ました。人の気配に目をやれば、
ヘンリーがベッドに座ってぼけーっとした面をさらしてやがった。
「何してやがんだ」
「あ、起きたのか、ジャギ。いや、ちょっと城のことを思い出しててな……」
「……死んでたんだってな、テメエの親父」
この町で聞いたラインハットの評判は、正直悪い。
それもこれも、王子が行方不明になった心労から、王が死んで、
その後をまだ若い弟王子が継いで、太后が後見したことによるもんらしい。
「ちょっとだけ、帰ってみるかな……、ラインハットは、こっから東、だよな」
ちらりとこっちを見て来る。
「ヘンリー、俺はあの国が大嫌いだ」
俺がそう言うと、酷く暗い目で、こっちを見てきた。
「ああ、そうだよな。……お前の故郷も、親父さんも」
ラインハットが、と続ける声を遮った。
「それもある。それもあるが、一番気にくわねえのは、な」
ギィ、とベッドを軋ませて、勢いよく立ち上がった。
ずかずかとヘンリーの前に立ち、指を突きつける。
「弟に王位を奪われて、のうのうとしてるマヌケな王子だ」
「う、奪われて、って、俺は別に王位が欲しくて言ってるわけじゃ……」
うろたえてるコイツに構わず、言葉を続ける。
「テメエには、執念が足りねえ」
「ジャギ、お前何を……」
「テメエが言ったんだぞ。『オレは王様の次に偉い』んだ、って。
 その王様がもう居ねえ。なら、話は簡単じゃねえか。
 あの国はテメエのもんだ。何故諦める必要がある?」
本当にイライラする。諦めちまうなんて、どうかしてる。
国だぞ、国。そんなドデケエもんを、『弟』に奪われて、
めちゃくちゃにされちまって、まだ、動けないなんて。
「テメエのもんくらい、テメエで取り返しやがれ!!
 ちょっとだけ帰ってみる、どころか、あのババアと
 あのガキ殴り飛ばして、テメエのもんにしてみろ!!」
ガッと胸倉を掴んで、その目玉を覗き込む。
未だ困惑に揺れているヘンリーの目に、俺が映る。

《弟》に何もかも奪われて、芯まで壊れた、馬鹿な男が。

あの頃の《俺》に良く似た『俺』が映る。

ああ、ちきしょう。らしくねえ。他人に手を貸すなんざ、俺の流儀じゃねえんだがな。
「第一、あの国がマトモにならねえと、他の大陸への船も出ねえんだよ。
 いいか? 俺はテメエに手を貸して、国をマトモにする。
 テメエは、俺に手を貸して、船を出すようにする。
 それだけだ。分かったら、とっとと寝ろ。明日は、早いぞ」
どん、とベッドへ突き飛ばして、俺もベッドに戻る。
「……ありがとな、ジャギ。俺、頑張ってみるよ」
「けっ」
ここまで言わなきゃ動けねえなんて、とんだグズだ。
明日っからもあのグズと一緒かと思うと、ため息が出るぜ。
ぼすり、と顔を枕に埋めると、ちょっといい匂いがした。
あ、こりゃあれか。ビアンカのお袋が植えたブドウの匂いか、悪くねえ。
その匂いは、俺を夢の中へと運ぶ。激昂した頭に浮かんだ、
憎い面影さえも、消し去って、心を落ち着かせてくれた。


数日かけて向かった川辺に立ってた関所には、一人の見張りの兵士が居た。
「ここから先はラインハットの国だ。
 太后さまの命令で、許可証のないよそ者は通すわけにいかぬぞ!」
……川に流しちまえば、死体の処分には困らねえか。
そう思った俺が、得物を構える前に、ヘンリーが飛び蹴りを食らわせていた。
「よくやったヘンリー! 今のウチに行くぞ!
「いやいや待て待て」
パトリシア――馬車をひいてる馬だ――の手綱を引いて、
強行突破しようとした俺を、ヘンリーが引き止める。
「あいたた、タンコブが……。無礼な奴、何者だっ!?」
「おい、ちゃんとトドメはさせよ」
「ジャギ、黙ってろ」
口を尖らせる俺を黙らせて、ヘンリーは兵士に向き直った。
「随分と偉そうだなあ、トム! 相変わらずカエルは苦手なのか?」
兵士の顔が、硬直した。
「ベッドにカエルを入れておいた時の顔が、一番傑作だったよな」
「……! そ、そんな……まさか!」
「そ、オレだよ、トム」
兵士は、わなわなと震えて、片膝を突く。
その目からは、涙が溢れていた。
「ヘンリー王子様! ま、まさか生きておられたとは……。
 おなつかしゅうございます!」
「悪いな、色々あってよ」
ヘンリーも、ちょっと懐かしんでるらしい。隠してるつもりだろうが、
声が震えてるからバレバレだぞ。
「思えば、あの頃が楽しかった。今の我が国は……」
「言うなよ。兵士のお前が悪口を言ったら、コレもんだろ?」
スッと首を切る動作をすれば、兵士は俯いた。
「通してくれるな、トム?」
「はい! 喜んで!」
コネってのは、作っておくもんだな。
一緒にさらわれたのが、その辺のガキじゃなくて、王子で良かったぜ。
……違うか。王子だから大問題になったのか。
いや、今考えるのはやめとこう。
「よし、ってことだから、行こうぜジャギ……」
こっちを見たヘンリーが、目を丸くしてる。何だよ、どうしたんだよ。
「ジャギ、お前、その手……」
「へ? 何がだよ」
「あ! ジャギ、どうしたの? 手から血が出てるよ!」
スラリンの言葉にぎょっとして、俺は自分の手を見た。
刃のブーメランを握り締めたせいか、ボタボタと、血が流れている。
指摘されるまで、気づかなかった事実に、身震いがした。
「うおおお、いってええええええ?!」
わざと大げさなくらい驚いた声を上げて、ホイミを唱える。
傷が見る間に埋まっていくが、俺の心の中では、まだ血が流れている気がした。
「ったく、お前ってへんなとこヌケてるよなー、さ、行こうぜ」
笑いながら、ヘンリーが歩き出したのに、慌てて追いついて、追い越す。
今の俺の顔を、見られるワケには行かなかった。
多分、今の俺は、傷が原因じゃなくて、ひでえ顔をしている。
ヘンリーに対して、俺は、『執念が足りない』と言った。
確かに、何事にも執着せず、諦めちまうよりは、執念を抱いている方がマシだろう。
けど、俺は、少々その『執念』って奴が強すぎる気がする。
『執念』よりも、『憎悪』と呼ぶのが相応しいその感情は、
常にじくじくと俺の中で燻っていて、思ったよりも簡単なきっかけで、
俺の中で燃え広がっていく。
そうして、全部燃やし尽くして灰にしちまいそうになるのを、
ただ、『親父』の記憶と言葉だけが、押し留めている。
「『俺』は」
《俺》のようにはならねえぞ、と誰にも聞こえないよう、小さく呟いた。

仇をとるためなら、大事なもん取り戻すためなら、どんな汚い手も使うさ。

だが、最後の最後の、根っこんところで、『俺』は、《俺》とは、違う。

愛してくれた『親父』が居て、そいつに、恥じるようなことはしたくねえ。

大丈夫だ、『俺』はまだ、全部を、無くしちゃいねえ。

『親父』が、《親父》とは違うから、『俺』で、居られる。

大丈夫だ、大丈夫だ、と心の内で呟き続けたのは、
あるいは、俺自身に言い聞かせるためだったのかもしれない。


関所を抜けて数日。目の前に、見覚えのある城が見えてきた。
「ラインハット、だよな」
「なんだわかんねえのか?」
問いかけると、困ったような顔で笑う。
「俺、中からしか見たことなかったから」
懐かしさと寂しさの混じった声だった。
「そーかよ。……ん、おいヘンリー、構えろ!」
一息ついたところで、俺達の前にモンスターが現れた。
現れたのは、スライムナイトとアウルベアの混じった群れだ。
……そういや、前にスライムナイトと戦った時は、手ひどい目に遭わせられたな。
「丁度いい。十年前の借りを返してやるぜ!」
「十年前と同じ奴ってわけでもねえだろうに……」
ヘンリーが呆れたように笑った。うるせえ。
「どうせ、もうすぐ町なんだからガンガン行け!」
俺も釣られて口元に笑みを浮かべながら、得物を投げた。
俺の投げたのに続いて、スラリンもブーメランをぶち当て、
トドメとばかりにヘンリーがイオの呪文を唱える。
「いよっし、やったか?!」
「……いや、まだだ!」
爆煙の向こうに目を凝らす。まだ一体、影が残っていた。
ちっ、そういや、スライムナイトには爆破呪文は聞きにくいんだったか。
最後の一匹から来るであろう攻撃に対して身構えるが、
そのスライムナイトは予想だにしねえ行動を取りやがった。
構えていた剣を、地面に下ろしたのだ。
「どうやら、賞賛に値する相手、とお見受けした」
「はぁ?」
流暢に喋るそいつを、不信感のこもった目で見つめる。
「我が名はピエール。あなた方さえよろしければ、共に行きたい」
「お、何だ何だ。スラリンと似たような状況か?」
「ああ、まあ、そんなとこだ」
スライムナイトにゃ、あんまりいい思い出はねえんだよな。
と、思ってひょいと俺は聞いてみる。
「ちなみに、テメエ特技は?」
「ホイミとマホトラだ」
「よし、採用」
「ちょっと待て説明してくれジャギ」
ああ、そういやコイツには何言ってるのかわかんねえんだっけか。
「コイツ、ホイミが使えるらしいんだ。正直、俺だけじゃ回復追いつかねえから助かる」
「おおっ、そりゃあいいな、じゃ、今日からお前も仲間か。
 よろしくな、えーっと」
「ピエール、だとよ」
なんか、マヌケな響きだよな、ピエール。
「ピエールか、かっこいいなあ! よろしく頼むぜ、ピエール!」
そう言って、ヘンリーはがっしりと握手をしていた。
……あれか。《俺》の世界とここのネーミングセンスってかけ離れてんのか?
親父も俺に『トンヌラ』とか付けようとしてたような記憶がある。
ジャギも大概だが、トンヌラは、ない。あと、ゲレゲレも、ない。
「さて、あなたはジャギ、ということでいいのか?」
ピエールがくるりと俺の方を振り向く。
「ん? ああ」
仮面で隠された顔が何処を見てるのか良く分からないが、
首が上を向いてるから、多分俺を見上げてるんだろう。
「……やはり、優しい目をしている。私の目に狂いはなかった」
うむうむ、と一人合点をしている。何の話だ。
「もう随分と昔の話だがな、まだ若かった私は、ある人間の子供を襲った。
 その子供は変わっていてな、キラーパンサーの子供を連れていたよ」
ん? どっかで聞いたような話だな。
「私がキラーパンサーの子供を倒すと、人間の子供は自分の身の守りよりも、
 そのキラーパンサーの子供の安否を心配した。
 ……変わった奴だと思い、興味深かった」
やっぱ、どっかで覚えがあるぞ。
「その子供を殺すには忍びなかったが仲間達の手前、切らぬわけにもいかなかった。
 でな、とりあえず峰打ちで気絶させ、あの城まで運んだのだよ」
くい、と親指を曲げて、ピエールはラインハットを指差す。
俺は、十年前のことを思い出していた。スライムナイトに負けた自分。
運んでくれた誰かの鎧の音と、ぶよぶよとした感触。
それと、目の前のこいつの言葉がぴたりと繋がった。
「思い出したかな、坊や?」
「……坊や言うな」
刃のブーメランの刃がついてない金属部分で、ガン、と頭を殴った。
「何してんだ?!」
「十年前に俺をボコッたスライムナイトだったらしいから、
 とりあえず十年前の借りを返してる」
「い、痛い痛い、ちょ、す、すまない、すまなかったってば」
ピエールがうろたえて逃げ惑うが、俺は後を追っかけ回した。
「何だか楽しそうだねージャギ」
くすくすと笑うスラリンも、とりあえず蹴飛ばした。
多分、今の俺の顔は真っ赤だ。色んな理由で。


──────────────────────────────


※作者のどうでもいい呟き※

イオナズンコピペを思い出したら負け。



[18799] 第九話:Blood is thicker than water.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:712eeee8
Date: 2010/05/22 21:49
第九話:Blood is thicker than water.
   (血は水よりも濃い)


ラインハットの城は、建物こそあの頃とそう変わらないが、
人が、随分とくたびれ果ててやがる。
物乞いをする親子を見た。税金を払うために、他の場所まで、
モンスターが出る中を働きに出たという娘の話を聞いた。
一々聞く度に、ヘンリーの顔色は悪くなって、今にも倒れそうだったから、
とりあえず、宿を取ることにした。
宿の主人は、モンスター連れの俺を見ても何も言わない。
城の中にも、魔物が入り込んでいたからだろうな。諦めてんのか。
「……こんなに、悪くなってると思わなかった」
覚悟を決めてきたらしいが、あんまり予想外だったみてえで、
ヘンリーはぐったりとベッドに沈んでいる。
俺は、何とも思わなかった。これよりも、酷い世界を、知ってたから。
『魔王』だとか、明確な敵が居たわけじゃなかったのに、滅びかけて、
今日を生きるのも馬鹿馬鹿しくなっちまってた。
そんな《世界》を、知っている。
強者だけが生き残り、弱者はただ怯え惑い、強者に従うしかない世界。
そんな場所でも、人間は生きていた。だから、ここはまだ恵まれていると思う。
「城に入って、直接あのガキとババアをぶっトバさなきゃなんねえな」
ベッドに腰掛けたままそう呟くと、ぎょっとした目を向けられた。
今更、話し合いでどうにかなると思ってたのか、コイツは。
「……デールに会えりゃ、まだどうにかなると思う。
 あいつ、気が弱いからきっと太后の言いなりになってるだけだよ」
「違ったら、どうすんだ」
そう問いかければ、視線を反らして、押し黙る。
「ジャギ、そんなに酷なことを言うものではない」
「ピエールは黙ってろよ」
部屋の壁にもたれかかったまま、ピエールが俺を諌める。
けっ。スライム野郎に何が分かるってんだ。
「人間にとって、きょうだいの絆とは、切っても切れぬものだ。
 それを、いきなり切れというのは、彼には酷だろう」
「ッ、黙れ!」
その言葉に、俺の頭にさっと血が上った。
兄弟の絆、なんて、そんなもん幻想に決まってんじゃねえか!
「人は、いざとなりゃあ兄だろうが弟だろうが、殺せるんだッ!
 絆なんて、そんなもん、あるわけねえだろ!」
「……絆を否定して、良いのか?」
ピエールの声は、やけに冷たい。
「何言って……」
「ジャギ、きょうだいの絆を否定することは、血の繋がりを否定すること。
 血の繋がりを否定することは……『親子』の絆を、否定することだと、私は思う」
仮面の下、あるのかないのかも分からない目が、
じっと、こっちを睨みつけているような気がした。
「十年前、傷つけられながらも、父親を呼んだ君が、
 親子の絆を、否定できるのかね?」
言葉が、出ない。体の内から浮かびあがる感情は、
怒りと、悔しさと、悲しみとが混ざった、形容しがたいもの。
「黙れ……ッ、黙れ!」
何も言えずに、俺は日の暮れた町中へと、飛び出した。
ちきしょう、何なんだ。あいつ、何で分かったような口を聞きやがるんだ。


夜の町では、城だけが松明の炎で明るかった。
おそらく、町の奴らには松明に回す金も無いのだろう。
娯楽もないここじゃ、今日を生き延びられた、と安堵して、
とっとと寝ちまうのが、一番幸せな時間に違いねえ。
「何やってんだかな、俺は」
城の正面を見据えて、堀の石垣に腰掛ける。
カッとなったとは言え、スライムナイトと本気で口喧嘩して、
言い返せなくなっちまうとは、情けねえ。
「はぁ……」
ため息をついて、水面を見下ろした。顔に巻いた布が、少し緩んでやがるな。
巻きなおすか、と一旦解いた。
「っと」
その途端に、びゅうと風が吹いて、布が堀に落ちる。
ついてねえことは、とことん続くもんだ、とため息が出る。
「あー、拾うのもめんどくせえな……」
風に流されて、水面をたゆたう布切れを、何とはなしに見つめる。
どうせ、町には人影がないから、見られやしねえし、宿に帰れば、替えの布はあるしな。
その布が流された先は、城の真下。
そこから、すい、と石垣の中へ消えていく。
……いや、違う。石垣のその部分にだけ、穴が空いているのだ。
それも、人が何人も通れそうな、ドデカい穴が。
そういやあ、ヘンリーが言ってたっけか、城には、外から入る抜け道があるって。
「あそこ、か?」
戻って聞いてみるか、と立ち上がりかけて、俺は動きを止めた。
何だかまだ、宿に帰って、あいつらと顔を合わせるのは、
気まずいような気がしたのだ。
「……どうすりゃいいんだよ、俺は」
親子の絆を、否定したいわけじゃない。
『父さん』は、『俺』を愛してくれた。『俺』を守って、死んだ。
けれど、だからってピエールが言うみてえに、兄弟の絆を、信じられるワケじゃない。
信じるには……《俺》と《兄弟》の間の溝は、深すぎた。
そう思うとまた気分が落ち込んじまって、ふい、と視線を水に落とした。
揺れる水面には、男の顔が映っている。
左半分は、とても他人にゃ見せられねえ、醜い傷跡が残っている。
でも、右半分は、あの頃に比べりゃ随分綺麗なもんで、
『俺』はそこに、《俺》じゃなくて、『父さん』の面影を見つけた。
宿に入っても、鏡なんか見やしなかったから、
自分の顔を見るのは、随分と久しぶりで、その面影に、今まで気づかなかった。
ああ、そうだ、落ち着こう、『俺』。
ここで、ババアとあのガキをぶっトバした所で、『父さん』はきっと、喜ばない。
まずは、ヘンリーを、会わせてみたって、悪くはねえ、よな。
顔の左半分を手で覆って、右半分しか見えないようにして、水面に呟いた。
「ありがとよ、『親父』。あんたからもらったもんのおかげで、
 俺は……、踏み留まれる」
ここは、あの《世界》じゃねえから、きっと、ひょっとしたら、
万に一つの可能性かもしれないが、話し合いで解決できるかも、しれない。


宿に戻って翌朝、俺達は城の片隅に打ち捨てられてたイカダを使って、
石垣に空いてた穴から中へ入り込んだ。
そこは、魔物の巣窟になっていたがなんとか凌いで、奥へと進んだ。
……まさか、あのババアが牢屋にいるとは、思わなかったけどな。
上で、国を操ってるのは偽者だ、とババアは言ってた。
早く出してたもれ、とぎゃあぎゃあわめくババアが、牢屋の中に居てよかった。
鉄格子がなけりゃ、俺は間違いなく、殺っちまってた。
王になってたあのガキ、デールは、ヘンリーのことを覚えていた。
偽者の太后をぶっ潰して、国を戻したいというヘンリーの言葉に、
諸手を挙げて賛成した。うむ、物分りが良い奴は嫌いじゃねえぞ。
城の地下で、『真実を映す鏡』の情報と、遠くの場所へ行けるらしい、
旅の扉とやらを見つけた。とりあえず、スラリンを投げ込んで確認したら、
移動した先は安全な場所みてえだったから、飛び込んだ。
たどり着いた先は、どっかの森の中。
「向こうに見えるアレ、マリアさんたちと居た修道院だよな」
「だな」
ガキの頃親父からもらった地図を見る限り、その位置取りであってるらしい。
そっちとは丁度反対側に、古ぼけた塔が見えた。
「あれが、神の塔、ってやつか」
「修道僧がいないと開かない、みたいなこと書いてあったよなー。
 ……とりあえず、シスター達に話でも聞いてみようぜ?」
弟が元気だったのと、国が壊れたのが人の手によるものじゃなく、
モンスターのせいだったのが分かって安心したのか、
ヘンリーは随分と表情が柔らかくなっている。
まあ、もっとも、顔がにやけてる理由は、それだけじゃねえんだろうが。
「テメエ、単にマリアに会いたいだけだろ?」
「うっ」
図星を突かれて、ヘンリーの顔がさっと赤く染まる。
「ばっ、馬鹿、違え! お、俺はただ国のことを思ってだなあ」
「へえへえ、そういうことにしといてやるよ。
 おら、とっとと行くぞ」
「……ジャギ、アルカパでのこと根に持ってるんだね……」
「おや、何やら面白そうな話だね、詳しく聞かせてもらおうか」
ぼそりと呟いたスラリンを蹴飛ばし、ピエールの頭を小突く。
根に持ってなんかねえよ、馬鹿。持ってねえってば。
ニヤニヤ笑いを貼り付けたモンスター二体と、顔を赤く染めた人間二人。
そんな一団に、近づかない程度の分別は、モンスターにも有ったらしい。
しばらく、襲われることはなかった。
襲ってくれてたら、この胸の中の妙なモヤモヤをぶつけられたんだが、と
舌打ちをした。顔は、多分まだ赤い。


「これが、ラーの鏡……真実を映す、鏡なのですね」
塔の最上階に置かれてた鏡を見て、マリアがうっとりと呟いてるようだ。
ようだ、っつーのは、俺がそっちを見ずに、声の調子で判断したからだ。
「見た目は、ただの古ぼけた鏡みたいだけどなー」
「ま、本物かどうかは試してみりゃあ分かるだろ。
 おら、とっととラインハットに戻んぞ。ああテメエが持ってろ」
ヘンリーにそう告げる時も、俺は後ろを振り向かない。
……もし、だ。あの鏡を覗いて、そこに《俺》の顔があったら、
俺はあいつらに何て説明をすりゃあいいか、分からねえからな。
そもそも、マリアなんか、あの顔を見たら気絶しちまうんじゃねえか?
俺の手下で、繊細さとは無縁だった無法者さえ、
《俺》の素顔を見て、吐いたんだぞ。
「……こっからなら、飛び降りりゃ早いな」
吹き抜けを見下ろせば、下が見えた。
「え、おい待てってお前!」
ヘンリーが止めるが、知ったこっちゃねえ。どうせ、神の加護だか何だか知らないが、
この塔はどんな高さから飛び降りても、ゆっくりと着地出来るんだ。
だったら、飛び降りた方が階段より楽に決まってんだろ、モンスターも出ないし。
吹き抜けへ突き出た部分がら、勢い良く、身を翻した。
そのまま落ちるのもつまらない。俺は空中で体を動かして、空を見上げた。
この世界の空は、青い。空だけ見ていれば、世界が闇に覆われる、なんて、
信じられない程だ。そういえば、しばらくぶりに空を見た気がする。
奴隷時代は、足元ばかり見ていた。旅に出てからは、前ばかり見ていた。
空を見上げたのなんて、本当に久しぶりだな。
ヘンリーとマリアは戸惑っていたようだったが、結局アイツが彼女を抱えて、
飛び降りることにしたようだった。
ラーの鏡は、マリアが胸に抱えてんな、よし、落とすなよ。
そうやって空ばかり仰いでいた俺は、地面が思ったよりも近づいてるのに、気づかなかった。
どすん、と音を立てて、大の字になって叩きつけられた。
「ここは、中庭、か」
塔の中央の、花の咲く庭。この塔に入った時、俺はここで、
『父さん』と『母さん』の幻を見た。
魂の記憶が宿る場所、ここはそうも言われているらしい。
あれが、『母さん』か、と思ってうっかり鼻にツンと来たのをこらえてたら、
ヘンリーにからかわれたので、とりあえず殴った。
「ジャギさんは、勇気があるのですね」
「勇気じゃなくて無謀っつーんだよ」
遅れて降りてきたヘンリーが、口を尖らせながらもマリアを下ろす。
「きゃっ」
足元がすくんだままだったのか、マリアがこけて、その拍子に、鏡が俺の方へ転がってくる。
「……おいおい、割れてねえだろうな」
覗きたくはねえが、まあ持って袋に入れるくらいなら大丈夫だろう。
あいつらのとこからは遠いし、何が映っても見えるまい。
俺は、その鏡を手にとって、袋に入れようとした。
その手が、凍りついたように動かない。
鏡に映ったのは、《俺》だった。それは、想像の範囲内。
ただそれは、ヘルメットを被る前、醜い顔になる前の《俺》だ。
ガキの《俺》が、呆然とした目で、こっちを見ている。
花の匂いがした。いつか、森の中で嗅いだ匂い。
《アイツ》と一緒に、夢を語り合ったあの場所で、嗅いだ。
背筋が震える。俺は、ヘンリー達とは反対のほうを振り向いた。
色とりどりの花が咲いた庭園の中、金の髪の面影が揺れた。
その幻の顔は、見えない。俺は口の中で、小さく、名前を呟いた。
その女は、小さく手を振って、微笑んだ。
立ち上がって、手を伸ばして、触れる直前で、その姿は消えた。
後に残ったのは、愕然と立ち尽くすばかりの俺。
「どうしたんだ、ジャギ?」
ヘンリーが、心配そうに声をかけてくる。
「……《昔》の、知り合いが、見えた」
胸の内だけに留めておくにはなんだか苦しくて、俺は、それだけ吐き出した。
「『昔』の……、そっか」
ヘンリーが分かったような声で返事をするが、俺が思い出してる《昔》と、
あいつが考えている『昔』は、違う。
それをあえて否定する気にも、ならない。
「『俺』は」
《お前》を、忘れないぞ、と消えた面影に向けて呟いた。
忘れたくないのに、顔が浮かんでこない、《アイツ》に向けて。


旅の扉を使い、ラインハットへ戻った俺達は、デールのとこへ急ぐ。
「ヘンリーさんが、こんなに大きなお城の王子様だなんて……」
マリアは、辺りをきょろきょろと眺めている。
「しかし、何か上の方が騒がしいぞ? 何があったんだ?」
確かに、王座の間がある辺りが、妙にウルセエな。
俺達は階上へと足を早めた。
王座に人影はない。横で泡食ってる大臣に話を聞いた。
「なんと驚くなかれ! 王様が何処からか太后様をお連れして、
 太后様が二人になってしまったんじゃ!」
「は?」
どうやら、あの馬鹿、俺達が帰ってくるまでに何とかしようと、
ババアを勝手に牢屋から連れ出したらしいな。
「……ヘンリー、お前の弟、馬鹿だろ」
「言わないでくれ、俺が今一番頭を抱えたいんだ」
ヘンリーも眉を顰めている。
上の部屋では、衣装がズタボロになったババアが二人居た。
しょんぼりした様子のデールは頭を抱え、見張りらしい兵士がおろおろしていた。
「あ! 兄上! 実は母上を連れ出したら、偽者と取っ組み合いの喧嘩になっちゃって……。
 ボクにも見分けがつかないんです」
「お前馬鹿だろ」
「そんなひどい」
「ジャギ、言いすぎ。否定しないけど」
「そんなひどい」
……って、三人で漫談やってても仕方ねえな。
ババアは二人。一人は、少し薄汚れた感じで、デールに対して
「この母が分からぬのですか?」
なんて抜かしてやがる。
もう一人は、キィキィわめいてる。ああ、多分、こっちがニセモンだな。
仮にニセモンじゃなくても、うるせえから、殴る。
「おい、ババア」
とりあえず、俺はそっちの奴を鏡に映してみた。
鏡には、バケモノが映っている。
「……テメエのようなババアが居るかよ!」
「そ、その鏡は! ええい! 正体がバレては仕方ない!」
ババアが叫ぶと、鏡に映ったのと同じモンスターの姿に一瞬で変わる。
「こうなったら、皆殺しにしてくれるわ!」
ヒィ、と悲鳴をあげて本物のババアがデールの方へ逃げた。
「ヘンリー! ルカナンをかけろ! 全力でぶん殴る!」
「ああ、分かった! マリアさんたちは下がってて!」
さあて、落とし前はきっちり付けてやるからな、覚悟しやがれ、ババアの偽者!
ルカナンの呪文が、奴の身の守りを弱らせたとこに、刃のブーメランを投げる。
一体相手だったら、剣の方が攻撃力は高かったんだが、
多くの敵対策のために、こっちのままだったのは少々いてえか。
それなりに攻撃は出来るが、敵の急所が狙えねえ。
その代わり、スラリンとピエールは俺より良い武器を持ってる。
たまたま入ったカジノで、たまたまやったスロットで、
たまたま大当たりしてジャラジャラ出てきたコインと交換した、
世界で一二を争う程固いモンスターに匹敵する硬度の大剣。
『メタルキングの剣』だ。
「ぶちのめすぞ!」
「応!」
「うん!」
しかし、相手も馬鹿じゃねえ。ま、馬鹿だったら何年も国を操ったりは出来ねえか。
何処からともなくモンスター共を呼び寄せたり、
力をためて、思い切りぶん殴ってきたりと、中々やる。
力押しだけの馬鹿相手なら、搦め手を使うに限る。
「ヘンリー、奴にマヌーサをかけろ」
「分かった!」
ヘンリーが呪文を呟けば、奴の周りに魔法の霧が現れる。
「マヌーサだとっ、くっ、ええい、何処だ!」
奴の拳は、ぶんぶんと宙を切るばかり。
敵を幻で包み込む幻影の呪文は、奴にはよく効いたようだ。
うろたえる奴の拳を交わしながら、どんどん切りつけていく。
見る間に、奴はズタボロになっていく。
「これで……トドメだぁあああああ!!」
俺が勢いよく投げつけた得物が、そいつを切り裂いた。
どう、と倒れるそいつに、口元が歪む。
とりあえずこれで、サンタローズの奴らの仇は、討てたってわけだ。
「……馬鹿な奴らだ。このまま俺に任せておけば、この国の王は、
 世界の覇者にもなれたものを……」
吐き捨てるそいつの頭を、俺は思い切り踏みつけた。
「ふざけたことぬかしてんじゃねえぞ、バケモノ。
 ……兄を差し置いて、弟がそんなもんになっていいわけねえだろうがよ!」
もう一度、だん、と足を下ろせば悲鳴を上げてその死体は灰になった。
世界の覇者、か。あー、どこぞのヤローを思い出す、嫌な言葉だ。


ババアが偽者だったのは、その日の内に知れ渡った。
その夜は『ヘンリー王子の帰還』と『救国の英雄達を讃える』宴が行われて、
まあ飲めや歌えの大騒ぎ。悪くねえな、こういうのは。
いつだったか、ビアンカが言っていたことを思い出す。
人助けは、周り回って、自分のためになるんだ、っつーよーなことを、
城の幽霊退治の時に言ってたはずだ。
そんでもって、その翌朝。
救国の英雄と讃えられようが、モンスターに操られてようが、
この国は、やっぱり親父を殺した国だ。
だから、どうしても長居したい気分にはなれなくて、早々に出てくことにした。
「ジャギさんからも頼んでくれませんか? 兄上が王になるように、と」
その前に、と挨拶に寄ったら、デールがそう話を振ってきた。
「王様、その話はお断りしたはずですが」
「は? テメエ何で断ってんだよ。もらえるもんはもらっとけ」
俺の言葉に、ヘンリーはちょっと困ったように笑った。
くそ、腹の立つニヤニヤ笑いだ、十年前から変わりゃしねえ。
「しかし、王様。子分は親分の言うことを聞くものですぞ。
 第一、俺は王様ってガラじゃねえんだよ。めんどくせえし」
あー、確かにめんどくせえだろうな、王様ってのは。
どこぞの奴みてえに、力だけ示しゃ人民が付いてくるわけでもねえだろうし。
俺はふと、《俺》の知る二人の《王》について思い出して、
ヘンリーがああいう風に振舞うのを想像してみた。
具体的に言うと、《KING》と《拳王》だ。
「……ないな、確かにテメエは王ってガラじゃねえ」
「だろ? ま、兄として、口出しはさせてもらうけど、王様はお前だ」
ばしばしと、デールの肩を叩く。その光景を、ババアが、じっと見ていた。
ああそうだ、このババアにも、落とし前を付けてもらっちゃいねえ。
あの牢屋で、コイツは言った。ヘンリーをさらわせたのは自分だ、と。
つまり、コイツのせいで、親父は、あの遺跡に行って、殺されたってことだ。
「おい、ババア。とりあえず、一発殴らせろ」
「ジャギ?!」
「ジャギさん?!」
俺がそう声をかけると、ヘンリーとデールが驚きの声を上げた。
「……一発で済むなら、安いものじゃ。殴るがよい。
 お主の父の死も、その後の辛い日々も、わらわが原因じゃからな」
「度胸があるようで何よりだ」
そうして、俺は勢いよく拳を振りかぶった。
どすり、と鈍い音がして、俺の拳は頬にぶち当たった。

ただし、ババアのじゃなく、デールの頬に。

「あいたたた」
「デール!」
痛むのか、デールは腫れ上がった頬を押さえてやがる。
くそっ、何してんだ、こいつは。
「ジャギさん。あなたが、殴りたいのも、仕方ないでしょう」
デールの目が、じっとこっちを見ている。
俺も、負けずに睨み返す。
「でも、私の、母親なんです。ですから、殴らせるわけには、いきません」
眼差しからは、ついさっきまでのぼんやりとした部分は感じられない。
ババアは、と来たらその言葉に泣き崩れている。
「……今は、これで許してくんねえか、ジャギ。
 目の前で子供を傷つけられんのが、この人には、一番こたえただろうからさ」
「チッ」
舌打ちを溢すと、俺は奴らに背を向けた。
「もう、殴る価値もねえぞ、そのババア」
「ジャギよ、許しておくれ、とは言わぬ」
後ろで、立ち上がったらしいババアが俺に呼びかけた。
「全ては、デールを王にしたい、というわらわの思い上がりから出たことじゃ。
 ……償いにはならぬかも知れぬが、わらわは、そなたの旅の無事を、祈ろう」
それには、応えなかった。答えられなかった。


足早に城と町を出た俺は、振り返る。
あのババアは、子供に全てを与えようとして、そこをバケモノに付けこまれた。
馬鹿だよな。ガキの手に、余るモン与えてどうしようってんだ。
ガキにとっちゃ、ただ、親が自分を見てくれる、守ってくれる、
大事にしてくれる、それだけで、何をもらうよりも幸せなのに。
……与えるばかりが、幸せじゃないのか、と思ったら、
何故だか急に、《親父》の顔が浮かんできた。
不愉快さに、眉を顰め、何考えてんだ、と首を横に振った。
ここからの旅路は、随分遠くなる。
港で船に乗って、次の大陸を目指すからな。
「さて、行くぞ、ピエール、スラリン」
一人居なくなった旅路は、ちょいとばかり物足りもの足りねえ気もするが、
ま、その内なんか適当なモンスターが仲間になんだろ、と
俺はゴトゴトと馬車を揺らしながら歩き始めた。

ひょっとしたら、《親父》は俺を愛していたから、
《北斗神拳》を継がせようとしなかったんじゃないか、なんて

馬鹿な考えを打ち消すように見上げた空は、何処までも真っ青で、

なんだか、泣きたくなった。





[18799] 第十話:He thinks that roasted larks will fall into his mouth.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:712eeee8
Date: 2010/05/26 23:56
第十話:He thinks that roasted larks will fall into his mouth.
   (棚から牡丹餅)


 俺達は、船に揺られている。鼻をくすぐる潮風が心地いい。
やっぱ、海の匂いは好きだ。何処か懐かしく感じられるのは、
親父との旅を思いだすからだろうか。あるいはひょっとしたら、
まだ見ぬ故郷は海に近いから、かもしれねな。
 懐かしい港から出たこの船は、そろそろ西の大陸にある港町に着く頃だ。
その先は、見たことも聞いたこともない場所で、多分、俺の本当の旅は
そこから始まるんだろう。
「伝説の勇者、か」
 担いだ袋の中に入ってる『天空の剣』と同じ、勇者が使ったっつー武具。
それを集めて行く内に、勇者の手がかりが得られるか、勇者本人と会える。
そう思う俺の心は晴れない。空を海を見つめながら、ため息をついた。
「何で、俺じゃねえんだろうなあ……」
 呟きは、波間に飲まれて消える。自分の大切なもん取り戻すのに、
他人の力を借りなきゃなんねえ。それが、酷く、辛い。
俺の手で仇を討って、俺の手で、『母さん』を取り戻したい。
「何を考えているんだ、ジャギ?」
「ピエールか。別に、何でもねえよ」
 声をかけてきたソイツをちらりと見やって、俺はまた視線を海原へと戻す
モンスター連れの旅は、奇異の目でこそ見られるが、攻撃されるようなことはない。
この世界の奴らは、なんだかんだでまだ平和ボケしてるらしいな。
「なら良いが。……そういえば、ジャギの旅の目的は、勇者探しと、
 父上の仇討ちだったな?」
「あァ、まァな」
 コイツの喋り方は、微妙に上から目線な気がして気にいらねえ。
俺より年上なのは確かだけど、腹が立つ。
「何、先程あまりに辛そうな顔をしていたからな」
「何でもねえ、って」
 あっちいけ、とばかりにシッシッと掌を動かすが、ピエールは動かない。
俺の隣で、船壁に寄りかかったまま、語りかけてくる。
「そうか? 私には、自分が勇者じゃないから、とスネてるように見えたぞ」
「スネて……、んなんじゃねえよ」
 それじゃあ、俺があんまりガキみてえだろ。
……いや、実際、まだガキか。『俺』はまだ十六だ。あと、二、三年は、
親のトコで暮らしてたっていい年頃だ。我ながら、とんでもねえ人生だな。
「ジャギ、君が勇者でないことを気に病むことはないさ。
 ……相手の居場所も分からぬ仇討ち、というのは
 一人で歩むには、酷く困難な道のりだからね」
「あ? 俺にゃあ出来ねえってのかよ!」
 言い聞かせるような物言いに、かっとなって反論した。
ピエールは、騎士の部分の首を横に振って、また穏やかに語りかけてくる。
くそっ、こいつ長く生きてるだけはあんのか、どうも人に
物を言うことが得意な気がすんぜ……。
「一人では、と言っただろう。私もスラリンも居る。
 そして、勇者もきっと、君の力になってくる。
 君の力なら、どう使おうと、君の勝手だ」
 モンスター流の、少々荒っぽい考えだがね、と苦笑を含めた声でピエールは締めた。
その言葉は、不思議とストン、と俺の心に入ってくる。
あぁ、そうか。俺は決めたじゃないか。勝つためなら、どんな手段も使う、って。
勇者も、その手段の一つでしかない、そう思えばいいのか、と。
 まだ納得できないけど、そう考えると随分気は楽になった。

《勝てばいい。それが、全てだ》

船は、もうすぐ港に入ろうとしていた。


 ポートセルミ、という名前らしい港に降り立つ。町には、海水を使った水路が
張り巡らされ、町が海の上にあるみてえだ。
とりあえず、しばらくはこの町を中心に情報収集だな。まずは、とりあえず宿を取るか。
店の看板は世界中で同じだから、分かりやすくて助かるぜ。
「広ェ……」
 外から見ても随分デカい建物だったが、中もそれ相応だった。
入った正面にはステージがある。店内に貼られたチラシを見る限りじゃ、
夜になるとここで踊り子が踊るみてえだな。
宿泊施設はどうやら二階らしい。もうざわざわと騒がしいな、
早くチェックインしねえと、部屋が無くなるかもしれねえ。
「おい、まだ部屋空いてるか?」
 受付に座っていた女に声をかけると、丁度ラスト一室だったという。
ふう、危ねえ危ねえ。金を払いながら、幾らか世間話をしてみる。
どうも、ここから別の町までは、どちらも歩きなら数日かかるらしい。
特に、南にあるカボチという村は早馬を飛ばして丸一日もかかる上に、
何もないど田舎で、知り合いでもいない限り訪れる必要はないらしい。
ってことは、そっちへは行かねえでいいか。
まさか、そんなど田舎に勇者が引っ込んでるわきゃねえだろうし。
とりあえず、日暮れまでは町を見て回ることにするか。
ん、そういやあピエールとスラリンはどうすっかな。
「で、お前らはどうする?」
「ボクも行くよー、人間の町見るのって好きなんだ」
「私も行こう。一人でも退屈だ」
 こいつらと居ると悪目立ちすんだが、いいか。
どうせ、顔を半分覆った男って時点で、人の目は引き付けるんだ、
今更、モンスターの一体や二体、どうってこともねえだろ。
「うっし、じゃあ行くか。まずは防具屋だな、あと道具屋」
「武器屋はー?」
「テメエらの得物よりいいモンはねえだろ」
 何しろ、コイン5万枚だ。ゴールドに換算すりゃ、250万。
それより良い武器は、多分無いだろうな。宿を出て歩き出す。
「しかし、君の分も買えばよかったのに」
「それにゃコインが足りなかっただろ」
 潮風のする町の中を歩きながら、ピエールが問いかける。
良いんだよ俺は、あんまり剣使うのも得意じゃねえし、
本当、つくづく《拳》が使えりゃあな、と思っちまう。
しかし、モンスター相手に効くんだろうか、あの《拳》は。
チラリとスラリンに目をやってみる。……効きそうにねえな。
というか、コイツなんか普通に殴っただけで弾け飛びそうだぞ。
「ジャギ、なんか今すげえ怖いこと考えてない?」
「気のせい気のせい」
ピョンピョンと跳ねて移動しながらこちらを睨むスラリンを、
また適当に誤魔化しつつ、道具屋に入る。
商品を眺めてみると、ラインハット辺りに比べると、値段が高いようだった。
その分、効果も良さそうなものばっかりだ。
とりあえず、この魔法の盾一個あるだけで、大分楽そうだな。
「おいおっさん、とりあえずこれと、あと薬草を三つ包んでくれ」
「承知しました。ああ、お客様、これをどうぞ」
 店のおっさんが差し出したのは、何だかよく分からない一枚の紙きれだ。
俺が首を傾げていると、おっさんが勝手に説明し出した。
「この町の宿屋の地下には、『福引所』というのがありましてね。
 そこで福引を行うための券なんですよ。特等のゴールカードを当てれば、
 普通の店での買い物が、なんと二割り引き!」
 勢いよく二本指を立てて熱弁するおっさん。ま、やってみるのも悪くなさそうだな。
世紀末とは違って、金はあるに越したこたぁねえし、二割引きでも大分得だ。
俺はおっさんからもらった紙を、指で受け取って、その場を後にした。


宿に戻ると、受付のすぐ横に下りる階段があった。
下では、ババアが一人、ちょこんと座っている。
「いらっしゃい。福引をやりに来たのかね」
「ああ。……で、福引ってどうやんだ」
「そのガラポンの取っ手を持って、何度か回すだけさ」
 単純な上に、これじゃあ運以外の要素が入り込まねえ、ってわけか。
じっと見てると、ババアが何を勘違いしてきたのか、笑いかけてきた。
「ほっほっほ。安心しなされ、ちゃんと当たりは入っておるでな」
「疑ってたんじゃねえよ別に」
 その可能性も考えてなかったわけじゃねえけどな。とりあえず、やってみるか。
取っ手を持って、回してみる。思ったよりもずっしりと重みがある。
がらり、がらり、と音を立てて回る中から、からん、と軽い音がして、
白い玉が金属製の受け皿の上へ飛び出た。
「五等は福引券だね、もう一度やれるよ」
「ああ」
 ……ちょっと楽しい。もう一度、出て来い、出て来い、と念じて、回す。
ちかり、と目にランプの光が反射した。あ、と思う間もない。
受け皿に飛び出したのは、金色の玉だった。
「……おや驚いた」
 ババアは、傍らにあった何かのスイッチを押す。けたたましいファンファーレが、
福引所中に響き渡った。うるせえ。けど、こんな音が鳴る、ってことは。
「おめでとう。特等のゴールドカードだよ」
 ババアの手から渡された、金メッキをされたカード。それには確かに、
『ゴールドカード』と記されている。
「ヒャッハー!」
 それを片手に持って、思わずガッツポーズ。二割り引きだ二割り引き。
しかも、二度しか回してねえのに特等なんて、ツイてんじゃねえか?
俺がそれを見つめてニヤニヤと笑っていると、横でピエールが呟く。
「こんなに運がいいと……、なんだか嫌な予感がするな」
「んなわけねえ、って。よし、そういや防具屋見てなかったからな、
 これ持って、早速見に行こうぜ!」
 勢いよく階段を駆け上がる。後ろで、ピエールが肩をすくめたようだったが、気にするか。
階段を上がると、何やら向こうの方が騒がしい。今は構ってる暇はねえ。
そう思って、俺は騒ぎを無視しようとした。
「ひぃいい、そこのアンタぁあああ、助けて欲しいだああ!」
「……あ?」
 随分と田舎くせえ格好をした奴が、俺に声をかけてきた。
ったく、何なんだ、折角人の機嫌がいいときに。
「今忙しいんだ、他の奴に頼……」
「おうおう兄ちゃん、その金とっとと渡せよ」
 明らかにガラの悪い奴らだ。何処にでもこういう奴らは居るもんだな。
面倒ごとに巻き込まれたか、と俺は男を睨みつける。
「私の言った通りのようだな」
 遅れて階段を上がってきたピエールが、そう呟いた。
ああもう、めんどくせえけど、あちらさんはやる気満々みてえだし、
仕方ねえ。とっととノして、買い物に行くか。


「いやあ、助かっただぁ、兄さん、強ぇだなあ」
 ガラの悪い奴らをとっととぶちのめした俺に、男は声をかけてきた。
「あー、終わったんならいいだろ。離せ」
「いいや、頼みてえことがあるだ!」
 面倒だな、こいつもノしちまうかと思わないでもないが、
ゴールドカードを入れて気分がいい。話だけでも聞いてやろう。
「実は、オラの住む村に、最近バケモノが出て、畑を荒らしてるだよ!
 このままじゃ、オラたち飢え死にしちまうだ!」
「人を襲ってるわけじゃねえんだから、いいじゃねえか」
 畑が作れるような場所があんなら、最低でも水はあるんだろ。
人間、やろうと思えば水が飲めりゃ、後はその辺の葉っぱ食って生き延びられるぞ。
世紀末と違って、まともに植物が育つ世界なんだから、
畑荒らされたくらいで飢える、なんざ贅沢言いやがって。
「でも、いつ人を襲うか分からなくて、オラ達の村では、
 金を集めてバケモノ退治を依頼することにしただよ!」
 じゃらり、と音を立てて、俺の手にボロ袋が乗せられる。中身は、金貨だ。
「これで半分の千五百ゴールド、バケモノを退治してくれたら、同じだけ出すだ!
 な、頼むでよ、兄さん! バケモノを退治してくんろ!」
 こんだけありゃ、スラリンに道具屋で見た頑丈そうな亀の甲羅買ってやれるな。
柔らかいせいか傷が致命傷になりやすいあいつの身の守りが堅いに越したことはねえ。
いや待てよ。合計で三千ゴールド買えるのと、ゴールドカード合わせりゃ、
あの魔法の盾がもう一個買えるんじゃねえか。
「……よし、いいぜ。引き受けてやる。金はちゃんと払うんだろうな」
「も、勿論だでよ! オラの村は、こっから南の、カボチ村だ!
 それじゃあ、オラは一足先に行って待ってるでな!」
 男は、あっという間に店を出ていった。……気の早い奴だ。
「へー、なんか意外だねー、ジャギが人助けするなんて」
「意外ってなんだ意外って。情けは人のためならず、って言葉知らねえのか」
「しらなーい」
 スライムに知識を求めた俺が馬鹿だった。
「だが、とりあえず今夜は休むのだろう?」
ピエールが、質問してくる声は、いささか上ずっている。
「あ? まあな。どうしたんだ」
「……この町の踊り子は可愛いらしいと、さっき街中で聞いてな」
 兜で見えない目が、期待で爛々と輝いてるような錯覚。
とりあえず、その頭を一発ぶん殴ってやった。
……そういや、こいつの本体って、どっちなんだろうな。
分かんねえから、とりあえずスライム部分にも、蹴りを入れておいた。


────────────────────

※作者のどうでもいい話※

福引所での出来事は作者の実体験。
マジで二回目で金の玉が出た時は己の目を疑いました。



[18799] 第十一話:Avoid even the appearance of evil.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:712eeee8
Date: 2010/05/28 22:24
第十一話:Avoid even the appearance of evil.
    (李下に冠を正さず)



俺達がカボチの村へたどり着いたのは、真夜中と言って差し支えない頃だった。
「あー、とりあえず、今夜は宿でもとっかな……」
「あるかなあ、宿屋」
「あるんじゃねえのかー?」
そう言い交わしながら、村へ踏み入って、その気配に気がつく。
「ッ!」
とっさに周囲を見回した。
辺りには藁と木で作られたような家と畑しか見えない。
畑の一角に、その獣は居た。がつがつと畑の作物を貪るそいつは、
俺達の気配に気づいたのか、爛々と輝く瞳でこちらを睨みつける。
「ガルル……」
低い唸り声を上げる。そいつが四肢に力を込めるのが気配で分かる。
咄嗟に、刃のブーメランを強く握り締めた。
獣が、地面を蹴る。速い。投げたブーメランがかわされる。
こちらへ突っ込んでくるかと身構えたが、
そいつは、俺達の脇をすり抜け、走り去った。
「あれが、件のバケモノでしょうか」
後ろで剣を構えていたピエールが、緊張から解放されて、
ホッと一息吐きながら尋ねる。
「多分、な」
だが、俺は考えこんでしまう。あいつを、何処かで見たような気がした。
あいつも、俺を見て、少し考えこむような顔をした気がする。
……あくまで、気がする、だ。一瞬のことだったから分からない。
「ねー、今日は休むんじゃなかったのー?
 オイラもうクタクタだよー」
「あー、そうだな……」
今から事情を聞こうにも、村の奴らは多分寝てるだろう。
田舎の奴は朝は早く起きて夜は早く寝ると相場が決まってるからな。
話を聞くのは朝起きてからの方が良いだろ。
こんな田舎村の宿屋にはあんまり期待できねえが、
奴隷だった頃みてえに、地面に直接寝る、なんてことはねえだろうし、
あれに比べりゃ、ベッドがあればマシだ。


「へー、バケモノ退治にわざわざねえ、助かるよ」
翌朝、宿の女将に話をすると目を丸くして驚いた。
「話し合いなら、村長の家出行われてるはずだから、
 そこに行けば良いんでねえかな」
「村長んとこ、っつわれても分かんねえんだが」
「庭に馬を放してる家だでよ。ほんと、頼むでな」
その様子では、どうやら村の奴らは相当参ってるらしい。
木戸を開け、外に出る。日に照らされた中で見ると、
バケモノのことが無い限り、全く事件なんぞ起こらなさそうな、
平穏、あるいは退屈を絵にしたような村だ。
「じゃ、行ってくるから、お前ら馬車に居ろよ」
「了解した。ほら、行くぞスラリン」
「ぶー。何でさー」
頬を尖らせたスラリンを引きずりながら、ピエールが肩をすくめる。
モンスター退治の依頼受けてんのに、モンスター連れでいけるわけねえだろ。
ったく、スライムの奴ら頭に何が詰まってんだ?
……何も詰まってなさそうだな。どうなってんだ、コイツら。
いやよそう。モンスターの生態なんぞ、考えるだけ無駄だ。
聞こえて来る馬のいななきを頼りに、俺は村長の家へ向かう。
「お、あんたは! やっぱり来てくれただな!」
中に入ると、ポートセルミで会った男が俺を見つけて目を輝かせた。
「ほう、こんたびはどんも、オラたちの頼みを引き受けてくれたそんで……。
 まことに、すまんこってすだ」
訛りのひどい村長の言葉に曰く、バケモノは狼のような虎のような奴らしい。
何処に住んでるからは分からねえが、西の方から来てるのは確かなんだと。
で、魔物のすみかを見つけて、退治して欲しい、と。
「バケモノを退治してくれたら、残りの金を払うだよ」
「1500ゴールドだったな。ビタ一文間違うなよ?」
「勿論だで」
田舎者ってのは正直なのだけが取り得だな。
じゃ、とっととバケモノを退治してくるか。


西に連なる山脈の麓。そこにぽっかりと口を空けた洞窟。
多分そこだろう、と当たりをつける。
「どうやらここみてえだな」
一歩足を踏み入れたソコには、あちこちに人の骨が散らばっている。
ただ、どれも苔が生えていたり欠けていたり、とここ最近のものではなさそうだ。
『とつげきへい』や『まほうつかい』のものである可能性も否めねえ。
「ま、どうでもいいけどな」
次々と現れる泥の塊やら人魂やらを、片付けて行きながら、
俺達はどんどんと洞窟の奥へ進んで行く。
じめじめと湿っていて、滑らないように注意を払う。
考えるのは、あの夜出会ったバケモノのことだ。
どうも、何か引っかかる。何故アイツは人間を襲わないのか。
人間に慣れているのか、と思ったが俺以外の魔物連れには会ったことがない。
だったら、一体何故人間に慣れてやがんだ。
モンスターと人間ってのは相容れないもののはずじゃねえのか。
その疑問は、そいつと相対した時に解決した。
「グルルルル……」
「くっ、気をつけろ、地獄の殺し屋、キラーパンサーだ」
ピエールが得物を構え、スラリンも身震いをしながらも睨みつける。
俺は、そいつをじっと見つめた。
黄色と黒の斑点を持つ毛皮。尾の生え際までびっしり生えた赤い鬣。
俺は、そいつに良く似た奴を知っていた。
「グル……」
そいつも、俺を見て唸り声を上げながらも、戸惑っているようだ。
何かを思い出そうとしている、そんな顔。
「何ボーッとしているんだ、ジャギ!」
剣を上段に構えたピエールが突っ込んでいく。
止めなきゃやべえ、と足を踏み出す。ぬるり、と湿った地面に足をとられた。
「ってぇ」
こけた拍子に、腰につけていた袋から、何かが飛び出した。
黄色い、古びたリボン。確か、ビアンカが『あいつ』に着けてやったやつだ。
何で俺の袋に、と思う間も無く、キラーパンサーが俺に向かって突っ込んでくる。
「ジャギ!」
横を擦り抜けられて、ピエールが叫ぶ。
キラーパンサーは、俺を襲わずそのリボンの匂いを嗅いでいる。
思い出した、とキラーパンサーがそんな顔をしたような気がした。
そいつは、心底懐かしそうに喉を鳴らして、俺の顔を舐める。
「はは、やっぱそうか」
俺も立ち上がると、その頭を抱えて撫でてやった。
「久しぶりじゃねえか、生きてたんだな、ゲレゲレ」
人に慣れていたのは、俺や親父と一緒に居た記憶があったから、か。
抱えた体は、少し痩せている。本来なら肉を食うはずの種族だもんな。
野菜食ってたんじゃ、こんな風になるのも当たり前か。
「……そうか。あの時のキラーパンサーか……」
ピエールも思い出したのか、剣を下ろしている。
「フニャー」
ゲレゲレは一声鳴いて、するりと腕の中から抜け出した。
枯れ草を積み上げて住処の奥から、ずるずると何かを引きずってくる。
黒い鞘に収まった一振りの、剣。俺は、それを覚えている。
「これ……、親父の」
親父の、剣。鳥の形の紋章にも見覚えがある。間違いない。
「……お前、ずっと、これを守って……」
ゲレゲレがこくりと頷いた。剣を抜いてみる。
あの頃と変わらない、輝く細身の刃。
ただ、鞘の一部は焼け焦げ、取っ手には血が付いている。
脳裏に浮かぶ、親父の最期。耳に響く、アイツの嘲笑。
アイツの、ゲマの息の根を止める時は、この剣を使おうと決めた。
「ゲレゲレ、お前も来るだろう? ……アイツを、殺すために」
強く剣を握り締めながら、ゲレゲレを見つめる。
「ガル」
一声唸って、ゲレゲレは俺の側にぴったりと寄ってきた。
「それはいいんだが、ゲレゲレのことは何と説明する気だ?」
ピエールに言われて、立ち上がりかけていた俺は、はたと動きを止める。
「あー……、ま、戻ってから考えよう」
今までもどうにかなったし、これからも、多分どうにかなるだろ。
「見ててくれよな、親父」
形見になった剣を背負って、出口へと歩き出した。
何だか、背中がほんのりと温かい、なんてのは、ちぃとばかし感傷的過ぎるか。


「おめえさんを信じたオラ達が馬鹿だっただ」
「まさか、バケモノとグルだったなんてな」
「金ならやるだ。またけしかけられちゃたまんねえでな」
ゲレゲレを連れて戻った俺に、村の奴らは口々に不平を言った。
どうやら、奴らの空っぽの脳みその中じゃ、俺はゲレゲレとグルで、
金をせしめるために村を襲わせた、ってことになってるらしい。
「……慣れないことはするもんじゃねえな」
危機に陥った村を助ける、なんてのはガラじゃなかったってことだ。
ポートセルミへの帰路、思わず自嘲の笑みを浮かべる。
「ジャギ、あまり気に病むなよ」
「いや、気にしちゃいねえって」
「……ごめんね、ボクたちが付いてちゃったから」
「ガウ……」
しょんぼりしてるこいつらに、呆れ返る。
村を襲った悪人だと思われることなんざ、俺にゃ屁でもねえっつうの。
《俺》だった頃にゃ、日常茶飯事だったしよ。
つうか、金が欲しくて襲うんなら、もっと別のとこ狙うだろ。
あんな田舎村じゃ、そんなに稼げねえしな。
「金は手に入ったし、ゲレゲレともまた旅が出来んだ。
 もう二度と行く可能性がねえとこの奴に嫌われよーがしったこっちゃねえよ」
笑いながらそう言ってやると、少し安心したような顔になる。
あー、何でモンスター相手にいちいち説明してやんなきゃいけねえかな。
ま、これもモンスター使いの宿命、って奴か。
「ならいいんだが……」
「でもあれだな。次に金欠になったらその手を使うのも悪くねえか」
「やめろ」
ごん、と頭がメタルキングの剣で殴られる。
ピエールめ、さては殴られてんのを根に持ってやがったな。
「……本気にとるこたねえだろ、本気にとるこたあ。
 八割くらいは冗談だぞ」
「二割は本気なのか?! 余計タチが悪い!!」
その後のピエールの説教は、聞き流した。
ポートセルミで休んだら、次はルラフェンって町に行ってみっか。



[18799] 第十二話:Genius is only one remove from insanity.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:712eeee8
Date: 2010/05/29 22:38
第十二話:Genius is only one remove from insanity.
    (天才と馬鹿は紙一重)


「うわっ、めんどくせえ」
ルラフェンの町を見た瞬間、俺はつい呟いていた。
見ただけで入り組んでいるのが分かる町並みだ。
そこらに居た町の奴に話を聞けば、敵の襲撃に備えてのことらしい。
確かに人間相手なら、被害は減りそうだが、
モンスターの中には空が飛べる奴らも居るんだから無駄じゃなかろうか。
「けほけほ」
「あ? どうした、ピエール」
モンスターも咳き込んだりするんだな。
「この町、少々煙たくてな」
「そういやあ……ああ、原因はあれか」
明らかに異様な色をした煙を出す家が一軒。町の奴らは誰か止めねえのかよ。
睨みつけてる俺の視線に気づいたのか、町の奴がため息をついた。
「いやあー俺達も困ってるんだ。ったく、ベネット爺さんときたら、
 古代の呪文を研究してるらしいんだが、煙たくって困る」
どうやら、言っても聞かないタイプらしい。
しかし、古代の呪文か。興味はあるな、その内に行ってみっか。
宿を取って、街中を見て回る。確かに、攻め込むのは容易じゃなさそうだが、
この位の段差なら余裕で飛び降りられると思う。
んー、正直、この迷路みたいな町の作り、本当に意味あんのか?
作った奴の趣味じゃないのか? と思わざるを得ねえ。
町の一番高いとこに出る。中々気持ちの良い眺めだな。
テーブルで茶を飲んでくつろいでるおっさんとババアの話が聞こえてくる。
「何でも、ラインハットで大層豪華な結婚式があったらしいよ」
「へえー、そうかい。そんなに派手な結婚式だったのかい?」
「ああ、何でも王兄のヘンリー様だそうだ」
「はッ?!」
今、何て言った? ヘンリーが結婚した、だぁ?
おいおい、俺とアイツが別れてから、えーっと、一月ちょっとくらいだぞ。
その間にとっとと結婚決めちまうとか……無駄な行動力はありやがんな、あいつ。
「機会があればお祝いを言いに行かないとな」
「えーもーメンドクセエからいいだろ」
「……お前の友達だろうに」
ピエールが肩をすくめる。友達、か。……そう言っていいもんだろうか。
生憎、《俺》だった頃に、友人と呼べた存在は、
《アイツ》と《ボス》以外にゃ、ほとんど居なかった。
ま、協力者というか共犯者なら一人心当たりがあるけどよ。
「そうか、友達、なんだな」
気がついたら、口元が少しだけ緩んでいた。
って、いけねえ。こんな顔をピエールに見られたら、ニヤニヤされる。
慌てて、いつもの仏頂面に戻して町の探索を続けた。
広いし迷いやすいしで、街中を歩くだけであっという間に日が暮れる。
「うー、ここめんどくさいよー」
歩くのを放棄したスラリンが、俺の頭にぴょんと飛び乗る。
「重いから降りろ」
むんずと掴んで、地面に下ろす。口を尖らせたが、知るか。
「そういやさー、なんでジャギっていっつも顔に布巻いてんの?」
おい、何でそこで俺の聞かれたくねえとこに突っ込んでくるんだよ。
「……テメエらにはわかんねえだろうが、俺の顔は、
 とても他人に見せられるようなもんじゃねえんだよ」
「おや、兄さん顔を隠したいのかい?」
耳聡く聞きつけた、防具屋の店員が俺に声をかけてくる。
商人って奴は、商売のタネだけは逃さねえもんらしいな。
「だったら、コイツを買いなよ」
そう言って男が取り出したものに、目を見開いた。
それは、白いフェイスガードのついた兜だった。
全体は緑で、頭部についた房が青く揺れている。
「……いいな、幾らだ」
わざわざ布を巻きなおさずとも済みそうだし、
ついでに首筋を狙われることも避けられそうだ。買ってもいいだろう。
「3500ゴールドになります」
……払えねえ額じゃねえな。こないだの村でもらった分が、まだ余ってる。
それに、俺には『コレ』がある。
「じゃあ、ソレを、『コレ』で」
指に挟んで、金色に輝くカードを見せ付ける。
「そ、それはゴールドカード! 分かりました、定価の二割り引きですから、
 2800ゴールドになります」
金と交換で、店主から鉄仮面を受け取る。
頭と顔に巻いていた布を外して、被る。狭い視界だが、こんなもん慣れっこだ。
《俺》が被ってたヘルメットと、そんなに変わらねえ。
むしろ、ちょっと落ち着くくらいだぜ。
買い物もしたし、宿に戻るか。
ん、あ、いやまだだ。この町で一番気になる場所に行ってねえ。
そこに行ってからでも良いだろ。帰りは迷わねえはずだ、多分。


「ここだな」
煙を上げている家のドアを、俺は乱暴に開ける。
「傍から見たらどう見ても強盗か何かだな」
うるせえモンスターは黙ってろ。
家の中は、確かに妙な匂いがプンプンしてきやがった。
ゲレゲレなんざ、中に入るのも嫌がって、ドアの外で待機してる。
「ん~? なんじゃ、お前さんは?」
この格好を見てビビらねえとか、ジジイ只者じゃねえな。
「お前さんも、煙たいとか文句を言いに来たのか?」
「あー、違え違え。俺は、爺さんが研究してるって呪文について聞きに」
来たんだ、という前にジジイは目を爛々と輝かせ始めた。
「そうか! このワシの研究について知りたいとな!
 もし研究が成功すれば、古代の呪文が一つ復活するのじゃ!」
それにしてもこのジジイ、ノリノリである。
「それは知った場所なら何処へでも飛んで行ける呪文なのじゃ」
「ほお、そいつは便利な呪文だな」
「それがあれば、ラインハットへも戻れますね」
そういや、定期船はまたしばらく出ねえんだったな。
覚えられたら、ラインハットへ行ってやんのも悪くねえか。
「どうじゃ? この研究を手伝ってみたいとは思わぬか?」
「って、完成してねえのかよ」
「仕方ないじゃろ。わしには、強い男が必要だったんじゃ。
 助手として、わしの手伝いをしてくれる、な」
にやり、とジジイが笑った。まさか拒まないだろう、という顔。
くっそ、こっちが呪文を必要としてることを理解してやがんな。
「あーはいはい、で何すりゃいいんだよ」
「うむ、そうか手伝ってくれるか」
手伝わざるを得ない状況だろうが。したたかなジジイだぜ。
ジジイについて二階に上がると、そこで地図を示された。
こっからさらに西へ向かった辺りに生えてる草を持ってくりゃいいらしい。
と、簡単に言うが、途中の川には橋がかかっておらず、
わざわざ上流まで回り道してかなきゃならんそうだ。
「では、わしは寝て待つからの。しっかり頼んだぞい」
ジジイは、とっとと布団に潜り込んだ。
「夜になるとその草はぼんやり光るそうじゃぞ、むにゃむにゃ」
「……なんつー身勝手なジジイだ」
「身勝手さなら、君もそう変わらんだろ」
一言多いピエールの頭をどついておく。
「少なくとも俺は、自分で出来そうなことを他人に任せねえよ」
例えば、勇者探し、だとかな。


道中の勝手に動く木人形だの、化けキノコだのは、俺達の進路の妨げにはならねえ。
親父の剣は、俺の手にしっくりと馴染んで体の一部みてえだ。
なんだか、それが嬉しくて、ついつい握る手に力が籠っちまう。
「さーてと、目的地はこの辺りだったな」
「確か、夜になると光るってあのお爺さん言ってたよね!」
「だな。しばらく待つか」
丁度いい具合に、時間は夕暮れ時。もうちょい待てば夜だ。
空は既に暗く染まりつつある。見上げた空には既に一番星が輝いている。
「……ねえ、か……」
そこに、《俺》が見覚えがある星は、一切無い。
具体的にいうと、《北斗七星》と《輔星》が。
やっぱり、ここは《俺》の居た世界とは、違うんだよな。
分かってたことなのに、何でだか知らんが、ちょっと寂しい。
ホームシックになるような場所じゃあ、ねえはずなのにな、あの世界は。
「ジャギー、見て見てー! 綺麗だよー」
「ん? ……おお」
スラリンの声に視線を下ろせば、確かに草むらが光っていた。
どうやら、ルラムーン草の群生地に当たったらしい。
「とりあえず、何本が持っていくか」
根っこから、ぶちりと引き出して袋に突っ込む。
何故か、ピエールが不満そうな顔をしている。
「君には、もう少し情緒というものはないのかね」
「すげえなーとは思ったさ。けど、そうそう立ち止まってもらんねえだろ」
じゃ、とっとと戻るぞ、と俺は袋の中から一枚の羽を取り出した。
最後に立ち寄った町に使い手を運ぶという、『キメラの翼』だ。
「もう少し見てたかったのにー」
「ガル」
スラリンとゲレゲレが文句言ってっけど、知ったこっちゃねー。
ぶん、と放り投げながら見上げた空の星の、輝きだけは、
あっちと変わらねえんだな、……ってのは、俺らしくなさすぎるか。
そう思った瞬間には、もう町に着いてる。
相変わらず、この辺りの論理はさっぱり分からねえが、
そうなるもんはそうなるんだ、と割り切るに限る。


ジジイの家に入って、寝てたとこを叩き起こしてルラムーン草を渡した。
「これがルラムーン草か! よし、早速実験再開じゃ!」
俺の手から、それを引っつかむと、ジジイとは思えねえ脚力で、
勢い良く階段を駆け下りていく。
「で、その呪文はどうやったら完成すんだ?」
追って下に下りて聞いてみる。
「ええい! 話しかけるでない! 心配するな、わしは天才じゃ!」
……自称天才にロクな奴はいねえんだが、大丈夫か。
《俺》の知り合いのことを思い出して、ちょっと頭が痛くなる。
「よーし 今じゃ! ここでルラムーン草を!」
ジジイは、勢いよく変な煙を出す鍋の中にルラムーン草を投げ込んだ。
……素人目にも分かるくらい、何か妙なんだが。
鍋の中身が一気に燃え上がり、火の粉のようなものが溢れ出す。
煙も、さっきまでより明らかに多い。
やっぱり、俺は人に手を貸すのなんて向いてねえんだ、と悟った瞬間に、
鍋の中身が、盛大に爆発した。
吹き飛ばされて、俺達は壁に叩きつけられる。
「うえっ、おほっ、げほっ」
鉄仮面の中に煙が籠ってキツい。慌てて、仮面部分を外して、
ぜえぜえと荒く息をした。ジジイは、こっちを見て、驚いたような顔をした。
そんで、立ち上がって鍋を見ながら、首を傾げている。
「んー、間違ったかな?」
「間違ったかな、じゃねえよ! 人を殺す気かこのクソジジイ!」
いきり立って襲いかかりそうになったが、ピエール達に羽交い絞めにされた。
「ま、天才の研究には犠牲がつきものじゃよ。
 と、それはともかく。わしの考えでは、今のでルーラ、という
 古代の呪文が甦るはずじゃ」
このジジイ、マジで人の話聞いてねえ。
「試しに、お前さんが行きたい場所を想像して、ルーラ、と唱えて見るがよい。
 ああ、一緒に行く相手を想像すれば、そいつらも連れてけるからのう」
「誰がテメエのことなんか信じるかぁあああ!」
「お、落ち着け、ジャギ! 試してみてからでも遅くないだろう!」
ピエールが、がちゃがちゃと鎧を揺らしながら必死に抑えている。
「ちっ、仕方ねえなあ、言って見ればいいんだろ」
頭の中に思い浮かべるのは、行き先。とりあえず、ラインハットでいいだろ。
一緒に行く相手……ピエールとスラリンとゲレゲレと……パトリシアもだな。
「『ルーラ』」
唱えた瞬間、俺達の周りを魔力が覆ったのが何となく分かった。
そのまま、一気に体が宙に浮かび上がって行く。
おお、何だこれ、すげえ。ジジイやるじゃねえか。
「おお! おお! やった! やったぞ!
 やっぱり、わしは天才じゃあああああ!!」
ジジイの声を足元に聞きながら、俺達の体は猛スピードで海を越えて、
見覚えのある城の前へと、着地した。
「……驚いたな……」
「わっ! 本当だ、ラインハットの匂いがする!」
「ガル」
モンスター共も、驚いて辺りを見回している。
俺は、ラインハットへと足を踏み入れた。
『友達』に、結婚祝いを述べるために。
……何か、《俺》からしたら、考えられねえよな。
でも悪くは無いか、と鉄仮面の下で、微笑んだ。
あ、これ外さねえと、城に入れてもらえねえな。
やっぱり、まだ買わなくも良かったか? でも、この視界の狭さが、落ち着く。
理由は、《俺》の頃と、似たような視界だからだろう。

俺は、『俺』として生きてるけど、まだ、《俺》に引きずられてる。

そればかりは、どうしようもない事実だった。




[18799] 第十三話:Condemn the offense,but pity the offender.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:712eeee8
Date: 2010/06/10 20:29
第十三話:Condemn the offense,but pity the offender.
    (罪を憎んで、人を憎まず)


「じゃ、早速ヘンリーに会いに……ん?」
ラインハットへ入ろうとした俺の服の裾が、引っ張られる。
振り向けば、ゲレゲレがそこに牙を立てていた。
「どうした、ゲレゲレ」
「……ガル……」
こいつの言葉だけは、人間の言葉に聞こねえんだよな。
まあ、なんとなく言いたいことは雰囲気で察せるんだけどよ。
「入りたくない、ってか」
そりゃあまあ、そうだろう。こいつからすりゃ、この城に来てから、
強い奴にこてんぱんにのされちまうし、俺とは離れ離れになっちまうし、
ここには余り良い感情を抱いてないんだろう。
俺だって、ヘンリーが居なけりゃ、こんなとこ来るつもりはなかった。
「とっとと切り上げて帰って来るからよ。馬車で待ってろ」
「ガル……」
わしゃわしゃと頭を撫でてやっても、まだ不満、いや、不安そうだ。
青い瞳がじっとこちらを見上げてくる。
こういう視線は苦手なんだ、こっち見んな。
「……心配すんな、ってちゃんと戻って来るから」
「そうだよ、ゲレゲレ。ボクたちも付いてるんだからね!」
スラリンが自信満々、と行った様子で跳ねる。
「心配するな。ジャギももう子供ではないのだから」
その言葉に、どうにか納得してくれたらしく、馬車の中に入る。
やれやれ、図体はデカいのに、子猫だった頃と変わらない寂しがり屋だぜ。
ゲレゲレをもう一撫でして、今度こそ俺はラインハットの街に入る。
一歩足を踏み入れただけで判る程、がらりと雰囲気が変わっていた。
街の奴らの顔からは、こないだ来た時に有った陰鬱な影は、
きれいさっぱり消えていて、あちこちに飾られた花みてえな朗らかな表情をしている。
この花は、結婚式の祝いの跡だ、と街の奴が嬉しそうに教えてくれた。
「ようこそ、ここはラインハットのお城です!」
王城に入ると、兵士の声も明るい。前来た時とは大違いだ。
「あー、あれだ。ヘンリーの知り合いのもんなんだけどよ……」
って、この格好じゃ判らねえか、と鉄仮面に手をかける。
こんなことなら、入る前に仮面を脱いで、布巻いておくんだったぜ。
他人に見せてえような傷跡じゃねえしな。俺だって、未だ直視出来ない。
「ヘンリー様の……? ああ! この国の大恩人、ジャギ様ですね!」
「へ?」
鉄仮面に手をかけたまま、俺は思わず聞き返した。
声の調子からするに、多分、相当間抜けな顔をしているはずだ。
顔を隠してるってのは便利だな、そういうのが見えない。
「ヘンリー様がお待ちです! さあ、どうぞ奥へ!」
にこにこと笑顔を見せるそいつに、促されるまま、俺は足を進めた。
「正直今、ほっとしただろう?」
「あ?」
ピエールの言葉に首を傾げた。
「仮面を外さずにすんで、だ」
あー、そうか。今の俺がぼけーっとしてるのは、安心してるからなのか。
……ホント、見せられた顔じゃねえからな、この顔は。
ぐちゃぐちゃのひでえ有様で、《俺》が負った傷と、さして変わらないくらいだ。
こんなもん、見せられるわけがねえし、
誰かの眼の中に映るであろうソレを、俺は見たくもねえ。
「あの兵士も、街の人も、ヘンリーが結婚したこと、随分嬉しそうだったね?」
「それだけ、ヘンリーが慕われている、ということだろう。なあ、ジャギ?」
「そうなんだろうけどよ、実感湧かねえなあ」
十年間、泥と汗と血に塗れて、俺と話しながらニヤニヤ笑いを浮かべていた、
あのヘンリーが国民から慕われる王族だなんて、想像できん。
階段を昇っていきながら、俺はそんなことを考える。
とりあえず、ヘンリーの弟に会って、あいつが何処に居るか聞こう。
謁見の間に入った途端、そいつは俺を見つけて叫んだ。
「やや、あなたは! お久しぶりですね、ジャギさん!」
「……仮面越しで何で判るんだよ」
やっぱりおかしいだろ。何処で見分けてんだ俺を。
「モンスター使いは少ないですからね、すぐに判りましたよ。
 それに、鉄仮面以外はそのままの格好じゃないですか」
どつきたい感じのニヤニヤ笑いは、ヘンリーの笑顔と良く似ている。
血の繋がった兄弟ってのは、似るもんなんだな。
……俺の知ってる《血の繋がった兄弟》なんざ、似てるとこを
探す方が難しかったような気もするが、深くは考えまい。
拳法の才能くらいしか似てなかったんじゃねえか、マジで。
「あー、ヘンリーが結婚したって聞いたんだが」
「ご存じでしたか! 兄は随分貴方を探していましたよ。
 どうぞ、会っていってあげてください」
「元よりそのつもりだ」
俺が話してる間中、視線が痛い。出所は王座の隣に立ってる大臣だ。
ため口で何か悪いのか、っつーんだよ。俺はこの国の『大恩人様』だぞ。


ヘンリー達の部屋は、王座の後ろの階段を上がった先、
本来なら王の居室に当たる場所らしいが、今は二人で使っているらしい。
見張りの兵士は、俺だと気づくとすぐにどいた。
部屋の前に見張りの兵士がいると、うっかりサカった日には聞かれちまいそうだ。
王族ってのも楽なもんじゃなさそうだな。
がちゃり、とドアを開いて、思わず息を飲んだ。
こないだの戦いで汚れたせいか、部屋の家具なんかは全部新しいモンに変わっている。
一言でいや、豪華絢爛。ガキの頃や、こないだ来た時は気づかなかったが、
まさに王族が過ごすのに相応しい煌びやかな部屋だ。
こんな格好でモンスター連れで入るにゃ、ちょっとアレじゃなかろうか。
「こいつは驚いた、ジャギじゃないか!」
執務机に座っていた男が、こっちを見て歓声を上げた。
「ヘンリー、か?」
「ヘンリーか? ってひどいなあ。俺は仮面越しでもお前が判ったってのに、
 服替えたくらいで判らなくなるなんて、ひでえ奴だ」
浮かべるニヤニヤ笑いに見覚えがあって、どうやら本人らしい、と
安堵して、とりあえず一発小突いておいた。
「いたた、出会い頭にそれかよ。お前は変わらないなー」
「うっせえ」
判らなかったわけじゃない。ただ、驚いただけだ。
王族のもんらしい高そうな衣装に身を包んだこいつは、
どっからどうみても『王子様』って奴で、薄汚れた旅装束の俺とは雲泥の差がある。
……他のとこで、俺は王族と知り合いだ、なんつっても、
絶対に信じてもらえねえな、こりゃ。
「元気そうで何よりだ。随分、お前のこと探したんだぜ?」
「あちこち回ってたもんでな。その途中でお前の噂を聞いて、
 古代の移動呪文でここまでひとっとびだよ」
どっかとソファに腰を下ろす。身分差で物怖じするような俺じゃねえ。
「はーっ。古代呪文なー。色々大変なんだな、お前も」
相槌を打った後で、何かを言いだしにくそうに、視線を彷徨わせている。
天井とか床とか、隣の部屋へ繋がる扉なんかを見やりつつ、
あー、とかうー、とか意味の無い言葉を口にしている。
それでもどうにか、顔を真っ赤にしながら言葉を続けた。
「その……式に来てもらおうと思って探してたんだ。
 実は俺、結婚したんだよ。マリア、珍しい客だぞ」
呼びかける声が、上ずっているのが丸わかりだ、馬鹿。
「はい、ヘンリー様、今参ります」
隣の部屋から、くすくす笑いながら姿を見せたのは、マリアだった。
どうやら、俺らの会話を聞いていたらしい。
修道院に居た頃より、ずっと豪華なドレスを着て、
しかもそれが似合っている。やっぱ顔はいいんだよな、コイツ。
「ジャギさん、お久しぶりです」
笑顔が、前より少し穏やかになったな、と思うのは錯覚だろうか。
「わははは! とまあ、そういうわけなんだ!」
照れくさいのか、ばしばしと俺の肩を叩いてくる。
「痛えよ、この馬鹿」
俺も叩き返す。無論、軽く。今本気で殴ったら、スイカみたいになりかねない。
結構腕の力ついてるからな。加減が難しい。
何も考えずに殴れていた頃はは、楽だった。
「悪い悪い。とにかく、ジャギに会えてよかったよ。
 式には呼べなかったけど、せめて記念品を持ってってくれよな。
 昔のオレの部屋。あそこに置いてあるから」
ひいひいと笑いつつ零れた涙を拭いながら、ヘンリーはそう言った。
「めんどくせえなー。普通に渡せよ」
「いいじゃないか、な?」
これ以上口論しても埒があかねえしな。さっさと取って来るか。
「じゃ、こいつら置いて取って来る」
「スラリンとピエールかー、なんか久しぶりだなー」
「うむ、久しぶりだな、ヘンリー」
「久しぶりー」
再会が嬉しかったらしく、ぴょんぴょんと跳ね回る。
「そいつらも久しぶり、だとよ」
「おー、そーかそーかー」
にしたって、俺が一々訳さなきゃいけねえのはちょっとめんどくせえなあ。


あいつの部屋の場所は覚えてる。忘れようとしたって、忘れらんねえ。
多分、あそこから、俺の歯車は狂い出したのだから。
「ここは今は太后様のお部屋。くれぐれも失礼なきように」
「げっ」
よりにもよって、あのババアの部屋なのかよ……。
ヘンリーの奴、殴られたこと根に持ってやがんな。
「おお、そなたは……」
部屋に入ると、ババアが目を丸くした。扇子を握る手に、力が入っている。
「あ、あの、あの時は……すまぬことを」
「謝るんじゃねえ。謝られたところで、何も戻らねえだろ」
ババアの言葉を無視して、俺はその奥の部屋へと向かう。
一枚扉を開けた先に、あの頃と変わらない古びた宝箱。
屈み込んで、開く。
「……オイ」
って、何も入ってねえじゃねえか! ああちきしょう騙された!
あいつ、根本の部分が何も変わってねえ。これで部屋に戻って、
どっかに隠れてたらザオラルが必要な状態にしてやんぞ。
「……ん?」
何だ、これ、箱の中に何か書いてあんな。

"ジャギ。お前に直接話すのは照れくさいから、ここに書き残しておく。
 お前の親父さんのことは 今でも一日だって忘れたことはない。
 あの奴隷の日々にオレが生き残れたのは いつかお前に借りを返さなくてはと……
 そのために頑張れたからだと思っている。
 伝説の勇者を探すというお前の目的は オレの力などとても役に立ちそうにないものだが……
 この国を守り人々を見守ってくことが やがてお前の助けになるんじゃないかと思う。
 ジャギ。 お前はいつまでもオレの子分……じゃなかった友達だぜ。
                             ヘンリー“

何も言えなくて、俺はその場にしばらく立ち尽くした。
というか、言いたいことが多すぎる。あいつに面と向かって、言ってやらなきゃ、
気がすまねえようなことばっかりだ。
ああもう、馬鹿じゃねえのか、あいつ。
足を早めて部屋を出ようとする俺に、ババアが声をかけた。
「そなたの旅の無事を、祈っておる」
「そいつぁーどーも」
ババアの戯言なんか聞いてる暇じゃねえ。とりあえず、一発ぶん殴ってやろう。
ちきしょう、さっきから顔が熱くてたまらねえ。


バタン、と勢いよく扉を開けるとヘンリーはスラリンを突いているところだった。
「ジャギ、また騙されたな?」
ニヤニヤ笑うそいつの頭を、盛大に叩いた。
ごん、と鈍い音が部屋中に響き渡る。
「てめえこそ、相変わらずくだらねえイタズラ仕掛けやがって」
はん、と呆れたように息を吐いて、言ってやる。
「てめえみてえなのと友達になるような奇特な奴が、
 俺以外に居るとは到底思えねえぜ、ったくよー」
「……はは、そうかもな」
笑った顔を見る限り、こっちの真意には気づいたみてえだ。
ああちきしょう、友達だってのを改めて示されて、
なんかこっ恥ずかしくなっちまったじゃねえか。
「じゃあ、今度こそ本当に渡すよ。このオルゴールだ」
ヘンリーが手渡してきたのは、二人を象った人形の乗ったオルゴールだった。
中々恥ずかしいもんを作るな、コイツら。
こっちの世界のセンスは、《俺》の世界とは根本的にかけ離れてる気がする。
「ま、くれるっていうんならもらっておくぜ」
「お前は変わらないなあ、ジャギ。なんか、安心したよ。
 十年前とは随分、変わってるけどな」
そりゃそうだ。十年前の俺は、《俺》の記憶を中途半端にしか、取り戻してなかった。
あの頃の、『ぼく』のままなら、それなり幸せで、
ひょっとしたら、こいつみたいに誰かと結婚してたんだろうか、と
考えてみて、その考えを打ち払うように首を横に振る。
「でも、色々と苦労してるみたいだな。その苦労を共にする女性が欲しいとは思わないのか?」
「まさか、んなわきゃねえだろ」
ヘンリーの問いかけを、即座に否定する。
「母親を助け出すのが先、ってか。でもなあ、可愛い嫁さんでももらって、
 お前が幸せになりゃあ、お前の母親もきっと喜ぶぜ」
「……こんな顔の男に嫁ぐ物好きなんざ、居ねえよ。
 大体、居たところで旅の邪魔にしかならねえだろ」
そう答えたら、ヘンリーの顔はどっか寂しそうだった。
「なあ、ジャギ、その傷……」
「あーあー、だからテメエが気にすることじゃねえつってんだろ」
けっ。顔のことに関しちゃ、もう諦めてるっつーの。
こいつ、いつも傷のことを話題に出そうとすんだよな。
さっきの手紙に有ったみてえに、これにも責任を感じてんだろうか。
他人がヘマして負った傷に、責任を感じるなんざ、馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいといやあ、俺に結婚を勧めることだってそうだ。
女を抱きたきゃ、それなりの街に行けば、そのテの仕事をしてる奴がいる。
わざわざ、生涯誰かただ一人を愛するって誓うなんざ、面倒だし、俺の柄じゃねえ。
そんなもん、何処ぞの《殉星》にでも任せておきゃいい。
「ま……決めるのは、お前だから、いいよ。
 それよりさ、いつでもこっちに来られるんだろ?
 時々、顔見せてくれよな。書類の山とのにらめっこはうんざりなんだ」
いつものニヤニヤ笑いにヘンリーは顔を戻した。
切り替えの早いとこは、こいつの長所だよな。
「来るかもしんねえけど、新婚を邪魔する程ヤボじゃねえぜ?」
俺も笑いながら返してやったら、二人揃って顔を真っ赤にしてる。
やることやってんだろーに、初々しいこって。
「んじゃ、邪魔したな」
「あ、ジャギ! デールが天空の武具について、何か分かったって言ってたぜ。
 話を聞いていってくれ」
「へーい」
ひらひらと手を振って、俺は部屋を出た。
……あの空間に漂う穏やかさを、なんかあれ以上感じてられる気がしなかったから。
「あの二人ねー、ボクたちが見てる前でもずーっとべったりだったんだよー」
「正直、独身ものには辛い光景だった……砂糖菓子のようだった」
スラリンとピエールが言うように、あの空間はちょっと甘すぎて、
俺が入り込むことの違和感が、物凄かった。
「……間違っても、夜中に来ねえようにしねえとな」
「なんで?」
「……スラリンは知らずともよい」
ピエールにも言われて、スラリンはとりあえず口を噤んだ。
ヘンリーの弟から聞いた話によれば、サラボナって街に住む富豪が、
伝説の勇者が使ってた盾を持ってるらしい。
城の外へ出る時、兵士はニコニコとお気を付けて、なんて声をかけてきた。
明るい街。まるで、今まで沈んでいた分を、取り戻すかのように。
馬車に戻って、そっとゲレゲレの頭を撫でる。
「ゲレゲレ、俺、ここのこと、ちょっとは好きになれそうだ」
この国の奴が犯した罪のせいで、『俺』の運命は大きく狂った。
それでも、ここは俺の一番の友人が住む国だ、その国民を恨んでも、多分、仕方ない。
この国の奴らだって、ある意味では、被害者なのだ。
「今度は、お前も一緒に見て回ろうな」
「……ガル」
ゲレゲレが、掌に頭を擦りつけてきたので、俺は目いっぱい撫でてやった。


サラボナは、ルラフェンから南下して、山脈を越えた先にある。
ルーラが行ったこと無い場所にもいける呪文なら便利なのによ。
そういうことが出来ないかと思って、ベネットのジジイに聞きに言ったら、
「無理いうな」
と一言でばっさり切って捨てられた。
「天才なんだからなんとかできねえのかよ」
「天才にだってできんことくらいあるわい。若いんじゃから歩け歩け」
よしジジイふざけんな、と殴りかかりかけた所で、
ピエールとゲレゲレに強制的に引きずり出されて、それから野宿しつつ歩き続けている。
何日か歩いてようやく、山脈の麓に立つ宿屋にたどり着いた。
「人間一人と魔物三匹ー、部屋空いてるかー」
「大丈夫ですよー」
人の良さそうな主人は、モンスター連れでも特に驚かない。
何処の宿屋でもビビられたことはねえんだよな。
珍しい、レベルで実は結構居たりすんのか、モンスター使い?
宿の外の井戸で水を汲み、喉を潤しながら一息入れる。
水が美味いってのは良いな。泥水だろうが油が浮いてようが、
生きるために啜るくらいは造作もねえが、水が美味いに超したことはない。
山で溜まった地下水を、ここで汲みあげているのだろうか、特にひんやりとして気持ちいい。
……水大好きなのは《俺》の趣向か。《あっち》じゃ、水のある場所は貴重だったからな。
何しろ海は一部を除いて涸れ上がっちまってたから、必然的に雨も減って、
一杯の水を飲むのにも遠くまで出向く必要があった。
ケツ拭く紙にもなりゃしねえ金よりも、水の方が貴重で、
水を求めて立ち寄っただけの旅人が泥棒扱いされた、なんて話も聞いたくらいだ。
「お主、サラボナへ向かわれるのかの?」
椅子に座って、水の美味さを噛みしめていた俺に、そこに居たジジイが声をかけてくる。
「あー? ああ、まあな」
「ほお、そうか。実は、こちらのシスターはサラボナへ、
 どこぞのお嬢様を送り届けてきた帰りなんじゃと」
「へー、あの山を越えたのか?」
水の美味さに機嫌がよくて、ついつい話に乗っかる。
「いえ。麓に、山の反対側へ抜ける洞窟があるので、そこを通って」
お、山越えはしねえでいいのか。
「フローラさんは、私達の暮らす海辺の修道院で花嫁修業をしていたのですが、
 このたび、花婿を募集するというので、お家に戻られたのです」
そういや、あそこのシスターがそんなこと言ってたな。
この間まで花嫁修業をしていた女が居るとかなんとか。
「あんた、あの修道院のシスターか」
「ご存じなので?」
「ちょっと助けてもらってな。あそこの飯は美味かった、って伝えておいてくれや」
実際、飢えた俺の腹には質素とは言え無茶苦茶美味かった。
水と飯がねえと、人間ダメになるな、としみじみ思ったもんだ。
それでも、奴隷時代はまだ毎日飯が出るだけマシだった。
《あの頃》は、他人から奪いでもしなきゃ、飯にありつけないこともあった。
飢えて死んでくやつらが、ごまんといた。
あれに比べりゃあ、本当、こっちの世界は恵まれてるぜ。
「ええ、判りましたわ。あの洞窟には、魔物も出ますから、お気を付けて」
「下手なモンスターにゃ遅れはとらねえよ」
親父の剣もあるし、ここに来るまででも経験は積んで、体は鍛えてある。
多分、割と簡単に抜けられるだろう。
……しっかしなあ、どうやって盾をもらったもんか。
金を払え、っつわれても手持ちがそこまであるわけじゃねえし、
話してみてはいそうですか、と渡してくれるわけもねえ。
警備がザルだったら、いっそ盗むってのも手だな。
この世界の防犯対策はザルどころかワクレベルだ。いける。
「ところで、ジャギ」
「あ?」
「……何杯飲むつもりだ」
ピエールの言葉に、俺は手元においた木桶を見やる。
それに並々と汲まれていた水は、今や半分以下だ。
手に持った木製のコップに汲んで、ぐびぐびやってたせい、だろう。
「……いや、飲みためしておこうと思って」
「ジャギ、君がどんな人生を送ってきたのか私は知らないが、
 少なくとも、ここでは水の飲みためはしなくていいから、大丈夫だから」
何でだか知らないが、慰められた。
……習慣って、怖えなあ。




[18799] 第十四話:Even a chance acquaintance is decreed by destiny.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:712eeee8
Date: 2010/06/11 16:35
第十四話:Even a chance acquaintance is decreed by destiny.
    (躓く石も縁の端)


宿に一泊して、薄暗くてカビ臭い洞窟を、出てくるモンスターをなぎ倒しながら抜けて。
川の向こうに、ようやく目的の場所が見えてきた。
「あれが、サラボナだな」
手元の地図と示し合わせて、一息付く。
「隣に立ってる塔はなんなんだろうねー、お家かなー」
「塔の上に住むなんざ、めんどくせえだけだろ。
 うっかり足を滑らせたりしたら洒落にならねえし」
「となると、モンスターの襲撃を見張るもの、か?」
ちらり、とピエールがこちらに目配せをしてくる。
言いたいことは、判っている。
「かもな。つーわけで、モンスター連れだと警戒されるかもしんねえから、
 お前ら馬車ん中に引っ込んでてくれ」
「了解した」
「はーい」
「ガル」
うむ、いい返事だ。素直な奴は嫌いじゃない。
はぁー、しっかしあれだよなあ。モンスターだから警戒して、
人間だから警戒する度合いが低い、ってのもおかしな話だ。
人間に化けるモンスターなんざいくらでもいるだろうし、
モンスターより性質の悪い人間だってごろごろしてそうなもんだが。
「わんわんわん」
「あ?」
こっちに向かって突っ込んでくる、犬。
俺の足元までくると、いきなり唸り声を上げだした。
「ああ?」
モンスターの臭いがするからか、警戒してるらしい。、
唸られっぱなしじゃナメられてるみてえで気にくわねえ。
ぎろり、と睨みつけてやると、顔こそ見えねえが気配を察したのか、
きゃいん、と小さく鳴き声をあげて、その場に硬直した。
「リリアン!」
飼い主らしい、金持ちそうな女が一人こっちに走り寄ってくる。
そいつに抱きかかえられて正気を取り戻したらしい犬コロは、
再び俺に向かって警戒心を露わにした。
「テメエの犬か?」
「え、あ、はい。すいません、リリアンは私以外に懐かなくて」
「気にしちゃいねえよ。こんな格好だからな」
鉄仮面にボロい旅装束の男を警戒しない犬の方が、むしろ不自然だろ。
「本当にすいません……」
ぺこぺこと頭を下げて、怯えるみてえに走り去る女。
あの青い髪、どっかで見たような気もすんだけど、思い出せねえ。
《俺》じゃなくて、『俺』の記憶の中にあるような気がするんだけどな。
「あーあ、兄さん、今の様子じゃ結婚は無理そうだねえ」
「は?」
通りすがりのババアにそう声をかけられた。何故そうなる。
唖然としている俺を見て、ババアは首を傾げた。
「おや、兄さんは知らないのかい?
 今のは、世界に名だたる富豪、ルドマンさんのお嬢さんのフローラさんだよ。
 今日は、あのフローラさんの婿を決めるってんで、近隣の町からも
 人が大勢集まって来てるんだ」
兄さんもその類だと思ったんだけどねえ、という声は、遠い。
ルドマン、フローラ、と名前を聞いて思い出した。
まだ、『ぼく』だった頃に乗った、あの船に、居た。
親父に抱きかかえられて船に乗った、あの子供がそんな名前だった。
話題に出なかった、ということはあの時の姉の方、
そう、確か『デボラ』、あいつは、もう結婚しちまったんだろうか。
……なんか、それを考えると、すげえもやもやする。
ん? なんで俺がもやもやしなきゃなんねえんだ。
「で、お婿さんには家宝の盾を与えるって話だよ。
 なんでも、世界を救った勇者様が使ってたものらしいねえ」
「はあっ?!」
おいおいおい、ここまで来て、何処の馬の骨とも知らねえ男に、
伝説の盾が渡っちまうなんて、冗談じゃねえぞ。
とりあえず、盾の話だけでも聞きに行かなきゃなんねえ!
俺は、その町で一番デカくて、騒がしい建物へと足を向けた。
おそらく、それがルドマンの屋敷だろうと見切りをつけて。


屋敷に入ると、人でごった返していた。
ざわめきを聞く限り、全員フローラと結婚したい奴ららしい。
俺はただ、盾の話が聞きたいだけだってのに、そいつらと一緒に部屋に押し込められた。
やがて、部屋の奥の階段から、のっそりと一人のおっさんが現れた。
微かに見覚えがある。あれが、確かルドマンのはずだ。
「皆さん、ようこそ。私がこの家の主人、ルドマンです」
ルドマンは、集まった奴らにフローラとの結婚には条件があると言い出した。
条件を述べ始めようとした、その時。
かつかつ、と耳にハイヒールの音が聞こえてくる。上階から降りてきた、一人の、女。
「うるさいわねー、何の騒ぎ?」
黒い髪を、アップにして整えて。
「また、私と付き合いたいって男が来てるわけ?」
薄手で短い、ピンクのハデな服を着て。
「悪いけど、私は今の生活がいいの。結婚なんてしないわよ」
キツめの目元に、泣きボクロのある、女が、そこに立った。
「『デボラ』! お前には関係ない! 彼らはフローラの結婚相手だ」
ルドマンが叫ぶ。女は、肩をすくめて、再び階段を上がっていった。
随分とイイ女になってたが、傲慢さは、相変わらず、か。
脳裏に過るのは、『自分と妹は別の人間』『比べられても気にしない』と、
胸を張っていた、ガキの頃のアイツの姿。
あの時は、何であんな質問をしたのか解らなかったが、今なら解る。
自分より年下の『きょうだい』と比べられてたアイツを、《俺》と重ねちまってたんだ。
でも、《俺》と違って、きっぱりと気にしない、と言ってのけたから、
アイツが、眩しく思えたんだったな……って、何思い出してんだ、俺は。
ぶんぶんと頭を振って、ルドマンの話に耳を傾ける。
何でも、炎のリングと水のリング、両方を持ってきた奴に、フローラを嫁にやるらしい。
途中でフローラが姿を見せて一悶着あったが、集まった奴らの中に、
幼馴染だっつーアンディとかって奴を見つけて、顔を赤く染めてすごすごと引き下がった。
……あの女、解りやすいなあ。
炎のリングが、こっから南にある活火山にある、と知らされてからは、
一目散に飛び出して行く奴、危険を冒すだけのリスクはあるか、と
周りの奴らとひそひそ話をする奴、諦めてすごすご帰る奴、とまた騒がしくなった。
試しにルドマンに話しかけてみるか……? いや、よそう。
この状況で盾を寄越せ、なんつったら、娘は盾のオマケじゃない、って
ブチキレた揚句に話も聞いてもらえなさそうだ。
……とりあえず、リングを集めりゃ、話を聞いてもらえる、か?
一旦屋敷を出て、俺は町の奴らにあれこれ話を聞いてみることにした。
「なあ、あのデボラって娘の方は、結婚しないのか?」
一番気になってるのは、このことなんだよな。
普通、年上の娘の方から結婚させるもんだろ。
噴水の周りにいたババア共に聞いたら、物凄く怪訝な顔をされた。
ナ、何だよ。俺なんか悪いこと聞いたか?
「デボラと結婚しようなんて物好きは居ないだろうよ」
「あんなのと結婚したら人生の終わりだよ」
「蛇みたいな女だよあの娘は」
町の住人らしい奴らは、男も女も、その意見には納得してうんうん頷いている。
くそっ、何でか知らねえが凄え気分が悪い。
確かに、こう、ちょっと性格悪そうだってのはさっきの一瞬でも解ったが、
何もそこまで言うこたあねえんじゃねえか?
ああちきしょう、何だかさっきから胸の辺りが落ち着かねえ。
ずかずかと、大股で歩いて、入口に止めておいた馬車へ向かう。
「おい、出かけるぞ」
「何処へだ?」
「こっから南の活火山。そこに、炎のリングってのを取りに行く」
「あ、それを伝説の盾と交換してもらうんだね?」
「……まあ、そんな感じだ」
言葉を濁らせると、ピエールだけが何やら聞きたげだったが、
俺が睨み返せば、質問をするのを諦めたらしく、肩をすくめる。
「せめて、一泊しないと、私達の体力的には辛いぞ」
「あ、うん。そうだよー、ボクたちくたびれちゃった」
「ガル」
そう言われてようやく、俺は自分が何だかどっと疲れていることに気がついた。
こんな状況で、火山なんかに突っ込んだら自滅しちまう。
「……だな。今日は宿に泊まるか」
目の前に、親父が探してた伝説の盾があるのに、それが簡単には手に入らないから、
どうも焦っちまってんだろう。
親父もな、船で会った時に、伝説の武具を探してる、の一つも言っておけば、
今頃ほいほい譲ってもらえてたかもしんねえっつうのに。
めんどくさいことに巻き込まれたもんだぜ、全くよう。


宿に泊まったのはいいが、寝付けない。一杯やるか、と酒場へと足を運んだ。
そこでの話題も、フローラの心を誰が射止めるか、ってのばかりだ。
あの場に居たんなら、あいつの心はもうとっくに決ってるって、
解りそうなもんだけどな。馬鹿だな、こいつら。
酒を飲むのに邪魔だから、鉄仮面を外して顔に布を巻いた俺は、
安酒をちびちびと呷りながら、そいつらの話を聞いていた。
「ひっく。でもよぉ、デボラもあれだよなぁ。
 ワガママ放題でさぁ、おかげで、婿も探してもらえねえ」
「顔が良いのは確かだけどよ、あの性格じゃあ、なあ」
まあ確かに傲慢っつーか高飛車で、結婚に向いてなさそうなのは確かだが、
それって振り向いてもらえねえひがみじゃねえのか。
「いやあ、それに比べてフローラさんと来たら、おしとやかで清楚で、
 いい奥さんになると思うぜえ?」
「フローラさんに比べりゃ、デボラなんて月とスッポン、
 財産がもらえるって言われたって、あんなの嫁さんにしたくはねえよ」
「違いねえや」
ゲラゲラと笑う、酔っ払い共の声が耳障りだ。
「おい、うっせえぞ」
「あー? んだよ、人が楽しく飲んでるってのに」
酔っ払い共の内の一人が、イライラしたような声をあげる。
機嫌が悪いのは、こっちも同じだ。
「要は、テメエらのはただの僻みじゃねえのか? ああ?
 あんだけイイ女だ。手ぇ出そうとしてこっぴどくやられたんだろ?」
「んだとコラァ、よそもんのクセに適当言いやがって!」
その反応は、図星だって言ってるようなもんだぞ。
酒の勢いで、俺の口からぽんぽんと言葉が飛び出す。
「大体、何が気に食わねえってなあ、妹と比べるこたねえだろうが。
 デボラって奴と、フローラって奴は、姉妹だが別の人間だ」
「はぁ? 何言ってんだテメエ。同じ家で育った姉妹だぞ。
 比べて見たら、どう考えたって妹が優れてんだろ」
「そーだそーだ。フローラさんの方が、デボラよりもずっといいって!」
ぶちり、と俺の中で何かがキレた。

ああ、気にくわねえ気にくわねえ気にくわねえ気にくわねえ!!!

きょうだいを比べて、下の奴が優れてるなんて、

そんなこと、他人ごととはいえ、聞きたくなんてねえ!!

「テメエら表出ろ、ぶん殴ってやる!」
「喧嘩か? 面白え! ノってやるぜ兄さんよ!」
酔っ払い共の中でも、一番骨のありそうな奴が立ちあがった。
酒場の店主とバニーは、うろたえながらも外へ出る俺たちを見やるばかりだ。
バルコニーへ出た途端に、男が後ろから殴りかかってくる。
「へへっ、先手必勝だぜ、うぉらぁ!」
ぶん、と何のひねりもない一撃。こんなもん、モンスターに比べりゃ屁でもねえ。
振り向いて、がしり、と片手でそれを掴んでやる。
《あの頃》程じゃねえが、それなりに筋肉はついてんだ。
それも、実戦の中でついた、無駄のない筋肉。
やたら鍛えただけの馬鹿に、負けるような俺じゃねえ。
「おらぁ!」
片手で掴まれて、うろたえたままのガラ空きの腹に、思いっきり拳をぶつける。
「ぐっ……この野郎、調子に乗りやがって!」
そのまま、しばらく拳の応酬が続く。やろうと思えば一撃でノせるんだろうが、
別に殺したいわけじゃねえし、体を動かしたかった、ってのもある、か。
第一、俺が一方的にボコったら、下手すりゃとっ捕まる。
あくまで、喧嘩両成敗、という体を装わねえと、盾を手に入れるのに、
ややっこしいことになっちまうかもしれねからな。
そんなことを考えながら殴りあってた俺の耳は、微かに、ヒールの音をとらえた。
バニーが様子でも見に来たのか?
「……男って馬鹿ね」
聞こえてきた、凜とした声。男の攻撃を避けながら、ちらりと、出所に目をやった。
闇の中でも見まごうことのない、あいつの姿がそこにあった。
「私を出汁にして暴れるなんて、正直迷惑なんだけど」
キラキラと飾られた爪のついた指を、こっちへ向けた。
「ラリホー」
「へ……?」
眠りの呪文が耳に届いた途端、俺の体がぐらりと傾ぎ、意識が遠くなる。
「もう夜なんだから、とっとと寝てなさい」
そう吐き捨てられたのを最後に聞いて、俺の意識は闇に落ちていった。


翌朝。体のあちこちがまだ痛む。
宿の主人に聞いた所、俺達の喧嘩はデボラが唱えたラリホーで、
共に眠らされて終わり。特におとがめもなく、俺はベッドに放り込まれたそうだ。
「まさか、君が女性関係で喧嘩をするとは思わなかったよ」
ピエールが、笑いをこらえた様子で声をかけてくる。
「うるせえ、酔ってたんだよ」
そうだ、酔ってたんだ。でなきゃ、ガキの頃に一度会ったっきりで、
それ以外会ってねえ女のために、喧嘩なんざするわけがねえ。
いや違う、そもそも、べ、別にあいつのためじゃねえよ。
ただ、年下のきょうだいと比べられるってのが気に食わなかっただけだ。
……って、俺は誰に言い訳をしてんだちきしょう。
「まだ体は痛いんだろう? もう一泊するか?」
「……いや、とりあえず火山に行こう」
何しろ、町に一歩出た瞬間、『デボラに一目惚れして殴り合いをした男』っつー、
根も葉もない噂を立てられてるのを、うっかり聞いちまったからだ。
このまま、ここに居るのは正直めんどくせえ。行って戻って来る頃には、
噂も多少は風化してるだろう。っていうかしてろ。
「……火山で怪我を負って休みたくなったら、別の町へ行こうか」
「だな、ルーラもあるし」
こんなに居たたまれない気分で町を出るのは、多分初めてだ。
頼むから、戻って来る頃には噂消えててくれ。
「はぁああああ」
鉄仮面の下で大きく息を吐いて、俺はがたごとと揺れる馬車を曳いて歩き出した。



[18799] 第十五話:Sweet after bitter.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:e88aa88f
Date: 2010/06/14 22:39
第十五話:Sweet after bitter.
    (苦あれば楽あり)


「うげえ……」
目の前で煙を上げる山を見上げて、肩を落とした。
『死の火山』って名前だから、文字通り死火山かと思ってたが、
どうやら活火山らしい。いつ噴火するのか解んねえようなとこに、
婿候補をやるなんざ、あのジジイ、実は娘を結婚させたくねえんじゃねえのか?
一応、入口と思しき場所にはぽっかりと大穴が開いているのだが、
ここに突っ込んで行くような無謀な奴はそう多くはないらしい。
互いに監視し合うようにして、目配せをしている奴らが入口にたむろしている。
体中に火傷を負った奴らが運び出されるたびに、駆け寄っていくのは、
あわよくば、『炎のリング』をせしめたいから、だろう。
「あーそうか、その手があるんだよな」
ぽん、と俺は両手を打った。
「その手ってー?」
「炎のリングを持って出てきた奴を闇討ちしてだな」
「ジャギ」
スラリンに対して、意気揚々と語りかけていた俺に、冷たい声がかけられる。
「あ?」
振り向けば、ピエールが不満そうだった。というか、怒ってる?
「君がどんな人生を送ってきたのか知らないが、そんな山賊や、
 夜盗のような所業を、君の父上が許すと思うのかね」
「大丈夫だって、きっと天空の武具のためなら許してくれる!」
ぐっ、と親指を立てた俺の頭に、鞘に入ったままのメタルキングの剣がぶち当てられた。
かぁーん、という衝撃と共に、鉄仮面が揺れて、頭にぐわんぐわん響く。
「ぐぉおおお、うるせえええ、いてえええ」
地面に転がって悶える俺を、ピエールは未だ怒りも露わに睨んでいる。多分。
多分、がつくのはこいつの本体がどっちで、視線がどちらから向けられているか、
未だに解らないからだ。本当どうなってんだスライムナイト。
「ピエールったらー、きっとジャギも冗談で言ったんだってばー」
いや、ちょっと本気だったぞ、スラリン。
「……ならいいが、今度からはもう少し考えて発言したまえ」
ピエールも俺がやや本気だったのは解っているようだが、これ以上話しても
無駄だと理解したのか、剣を背中に背負い直す。
こいつは、ナイトを種族名に冠してるのは伊達じゃないらしく、
いわゆる『騎士道精神』って奴に溢れている。
人として間違ってる行動には、文句を言わずにはおれないらしい。
まず騎士道の根本にある忠誠心、という点においてもう少し俺を尊重しても
いいもんだと思うんだが、と前にそう言ったら、
ダメな主に苦言を呈するのも忠臣の務めだ、と実にあっさりとした答えが返ってきた。
「おーいてえ……」
仮面の上から頭をさすって意味があるのかは解らないが、慣れで、ついついその動作を行う。
「じゃ、冗談はこのくらいにして、とっとと行くか。
 水の量もまだ大丈夫そうだしな」
馬車の中には、途中の川で汲んだ水が樽に二つ程積んである。
火山ってのは相当暑いらしいからな、水分補給は欠かせない。
ピエールがまだ何か物言いたげにしていたので、視線をそちらに向ける。
また小言かと思ってんだが、出てきたのは予想外の言葉だった。
「……相変わらず好きなんだな、水」
「好き嫌いの問題じゃねえだろ」
好きか嫌いかで言やあ、下手な茶とかよりは余程好きだけどな、水。


今この瞬間程、俺は仮面を被っていたことを後悔することはないだろう。
後にも先にも、《俺》だった時代さえ、含めて。
「熱ィ……」
気温だったら、『暑い』というべきなのだろうが、そんなレベルじゃねえ。
あちらこちらで、ぐらぐらと溶岩が煮えたぎる洞窟の中の温度は、
最早気温と呼ぶのもおこがましい何か、と形容したい。
「火山ってこんなに熱ぃもんだったのかよ……」
仮面の下では、だらだらと汗が噴き出ている。
なまじ湿度があるからか、生温くなって肌にまとわりついて気持ち悪い。
「せめて、前の部分を開けたらどうだ」
「誰かに顔見られたらどうすんだよ」
「大抵の人間は、ここへ来るまでに離脱している。
 私たちの目しかないのだ。気にすることもあるまい」
それもそうだな、と鉄仮面の前の部分を上げてみた。
むわっとした空気は、仮面を上げる前も後もさして変わらないが、
熱が籠らない分、少しだけ楽な気がする。
帰りは、リレミトとルーラで戻らねえと、干からびちまいそうだ。
大目に水を持ってきておいてよかったぜ。温くなっても飲めないわけじゃねえしな。
「っつーか、テメエらは熱くねえのかよ」
俺より平然としてるように見えて、ついじと目で睨む。
「暑いさ。ただ、人間よりは温度の上下に耐えられるのでね」
淡々と答えるピエールに、つい舌打ちする。ここら辺が、モンスターと人間の差か。
「なんでこんな所に炎のリングなんてあるんだろうね?」
スラリンが、そんなことを尋ねてきた。確かに、ちょっと妙だな、とは思う。
あの話しぶりだと、ジジイが隠したんじゃねえだろうし、
じゃあ一体誰がそんなもんを隠したのか、っつー話だ。
長いこと変わってないとはいえ、今でも使える金貨や、敵の魔法を封じる杖なんかが
ここに置かれていた宝箱にはご丁寧に入ってた。
ありゃあ多分、宝を探して入って来た奴らへの、目くらましだろう。
普通はこんだけの宝が見つかったら、もっと奥になんて進もうとも思わねえ。
そんだけのもんを、目くらましに使わなきゃいけない理由があるはずだ。
「炎のリングは、ただ、珍しいだけじゃねえってことか?」
可能なら、盾だけじゃなくて、リングも盗んで逃げよう、と
一人で算段を立てていると、ゲレゲレが唸った。
「お、どうした?」
「がるる」
二つの分かれ道の先、片方を鼻先で示す。
「どうやら、あちらから水の匂いがするそうだ」
「そうか……、よし、んじゃそこでちょっと休憩するぞ。
 パトリシアも、しんどそうだしな」
よしよしと白い毛並みを撫でてやる。どんだけモンスターと出会おうが暴れねえし、
どんなキツい場所だろうが付いてくるこいつは、中々根性のある奴だ。
それでも、焼けた岩の上を歩くのは少々辛かったらしい。
そういや聞いた話だと、パトリシアってのはその昔、勇者と共に
世界を股にかけた馬車馬の名前らしい。
賢く勇敢な馬になるように、あやかって名前をつける奴は少なくないんだとか。


「ぷはー、水うめえー」
ゲレゲレの鼻に感謝、だな。火山の中だっつーのに、この場所は
やけにひんやりとしていて、今まで火照っていた体が随分と落ち着く。
泉の水は新鮮で、温泉になるでもなく不思議と冷たい。
「やはり、炎のリングには何か秘密があるようだな」
「あ?」
辺りを調べていたピエールが、納得したように呟いた。
「この場所は、聖なる魔法で守られている。
 邪悪なものが入ってこないように。こんな場所を作った、ということは、
 正しい心を持った者が、炎のリングを手に入れられるよう細工してある、
 ということではないかな」
顎に手をあてて、うむうむ、と頷いているのを軽く聞き流す。
本当に邪悪なものが入って来られねえんだったら、俺も弾かれてるだろ。
テキトーにそれっぽいこと言ってるだけだな、きっと。
ああそれにしたって冷たい水が美味い。
ここに仕掛けをした奴がいるのかいないのか、なんてのはどうだっていい。
俺は炎のリングを手に入れるし、あとどっかにある水のリングも手に入れて、
天空の盾を手に入れるチャンスを作るだけだ。
「そろそろ行こうと思うが、お前ら大丈夫か」
「うん、大丈夫!」
手桶の中で、全身を水に浸していたスラリンが、ぶるりと身震いして水滴を飛ばす。
スライムは、水を飲むよりもこうやった方が水分を効率的に摂取できるんだそうだ。
「がう」
「ひひーん」
水面を舐めていたゲレゲレも、任せておけ、とばかりに一声あげる。
それに続いて、パトリシアも嘶いた。
「私の方も問題ない」
「うっし、じゃあ行くぞ」
丁度十杯目のコップの水を飲み干して、立ち上がる。
階段を登れば、またむわりとした熱気が襲ってきたが、
休憩を終えた直後なので、先程よりは楽に感じられる。
分かれ道のもう片方。その先にも下り階段があった。
多分この先にあるな、という予感は的中した。
降りた先は、左右を溶岩に囲まれた一本道で、道の向こう側でキラキラと何かが輝いている。
足を速めて向かったそこには、身の丈程もある岩。
その中央に、小さな指輪が輝きを放っている。
オレンジ色の宝石の中で、同じ色の炎がメラメラと燃えている。
「これが、炎のリングか……」
すげえ、と思わず息を飲んだ。《俺》だった頃は、美術品にはさして興味もなかったから、
こういった目利きは対して出来ねえねだが、これが凄いってのは解る。
恐る恐る手を伸ばして、手にした瞬間、だった。
ぶわり、と嫌な気配が体中を包み込む。咄嗟に袋に放り込んでから、剣を構えた。
ごぼごぼと湧きあがる溶岩の一部が、あからさまな敵意を持って、俺たちに襲いかかってきた。
「くっ、溶岩原人か」
ピエールも剣を抜いて構える。
囲まれちまって、逃げられねえ。戦うしかないみてえだな。
「お前ら、こないだ買ってやった盾を離すなよ!」
指示を与えながら、俺も腰に手をやって盾を構える。
炎のダメージを減らす魔法のかかった盾だ。多分、あるに越したことはねえだろう。
「ぬおおお」
一声不気味な咆哮をあげて、溶岩は三体の魔物になる。
その口にあたる部分から吐き出された炎は、盾の魔力で緩和される。
買っておいてよかった。ゴールドカードがあってよかった。
「がうっ」
「ゲレゲレ!」
しまった、ゲレゲレはあの盾がねえから、もろにくらっちまうのか。
毛皮に炎が燃え移ったのを、慌てて地面になすりつけて消している。
「スラリンはスクルトかけろ! 利きそうならルカナンもだ!」
「解った!」
「私が前に出るから、ジャギは援護を頼む! 幸い炎には強い!」
「うし、一体一体、ぶちのめすぞ!」
体力は回復しているとはいえ、熱気は確実に体力を消耗させる。
こっちは、あんまり長丁場では戦えそうにねえ。
即座にぶちのめしちまわねえと、やばい。
ピエールが、手近な一体に切りかかったのを見て、俺もそいつに切りかかる。
相手の数が多いなら、まずは数が減らすことを考えなきゃならねえ。
あーめんどくせえ。《北斗神拳》なら、大抵の奴はすぐに弾き飛ばせたんだが。
そう考えた途端、ずきり、と頭が痛む。バランスを崩しかけて、踏みとどまった。
くそっ。あんまり昔のこと考えると、頭が痛え。戦いの邪魔だ。
ぶんぶんと被りを振って、溶岩原人共を見据えた。
集中しろ、俺。こいつらを、ぶちのめすことに。


今までの戦闘の経験が生きたのか、思ったよりも早く、溶岩原人共は倒せた。
スラリンが全身に負った火傷をベホイミで回復させ、俺はリレミトを唱える。
地上に出ると、他の候補共が俺を見ている。
「なあ、君、そのリングを……」
「ルーラ」
どこぞの貴族のボンボンらしい奴が声をかけてくるのなんざ、無視してルーラを唱える。
今サラボナへ行っても、似たような奴が宿に押し掛けてきて、
おちおち休めもしないような気がしたので、行き先は別の町にした。
「っと、ここは……」
一瞬でたどり着いたそこは、アルカパだった。
何処でもいいと思って来たのが、ここ、か。
「がう」
ゲレゲレは、微かに見覚えのある場所に来て嬉しそうだった。
期待するように、こっちを見て来る頭を撫でる。
「悪いな。ビアンカは、こっから別の場所に行っちまってんだよ
「がう……」
残念そうな声を上げていたが、ふと何かの匂いをかぎ取って視線を動かした。
見つめる先は、入ってすぐの池に浮かぶ小島だ。
そこで立ち話をしている男たちを、じっと見ている。
ああ、そういやあ、と思った俺はふっと思いついて耳元で囁いた。
「ゲレゲレ。こっそり近づいて、怪我しない程度にじゃれついてやれ」
「……がう」
にやり、とゲレゲレが笑ったような気がした。
『殺し屋(キラー)』と名の付く通り、キラーパンサーは足音を抑えて、
獲物に近付くことが得意なモンスターだから、その程度わけない。
射程距離にそいつらを捉えて、飛びかかった。
「ぐおおおおお!」
「うわっ?!」
「ひゃああああ!」
ご丁寧に唸り声まで上げて飛びかかれば、男たちは腰を抜かしてへたりこんだ。
「う、わ、うわわ、キラーパンサーだー!」
「助けてー、食われるー!」
ビビりきったそいつらの足元で、ゲレゲレは愉快そうにごろごろと喉を鳴らしている。
「あーいやー、悪い悪い。そいつ、人懐っこくてなー」
俺は、そしらぬフリでそいつらへと近づく。
「ひ、人懐っこ、い?」
「な、なんだ、そうなのか、あはは」
俺の言葉に、ようやくゲレゲレが危害を加えるつもりは無い、と悟ったのか、
男たちは声を上げて生温く笑った。
「ま、こんなサイズでも人懐っこいから、言うなれば。
 ……『おかしな声で鳴く子猫』みてえなもんだ」
「あはは、は?」
「は?」
ふっと笑い声を止めて、男たちは互いに顔を見合わせ、
それから、改めてゲレゲレを見やった。
「ふぎゃーお」
とびっきりの歯を剥いた笑顔で、ゲレゲレが子猫時代のように一鳴きする。
「ひえええええ! あの時のおお!」
「ごごご、ごめんなさあああい!」
男たちは、脱兎のごとく走り去っていった。
「すっきりしたか、ゲレゲレ」
「がう!」
「そーか、そりゃよかった」
わしわしと頭を撫でてやると、何事かと見守っていた村人たちも、
どうやら人懐っこいキラーパンサーに、さっきの奴らが驚いただけだ、と察したらしい。
「……何をやってるんだ、君達は」
「いじめられた仕返しと、夜中にお化け退治にいかされた仕返しだよなー?」
「がーう!」
ゲレゲレと合わせてニコニコ笑ってやれば、ピエールがこめかみを押さえる。
だが、こいつが人間に苛められていたのは知っていたらしい。
それ以上、特に何かを言っては来ない。
「じゃ、宿へ行こうぜ。ここの宿が素晴らしい場所だってのは、俺が保証してやる」
持ち主は変わったが、十年前からずっと、ここの宿が一番好きだ。
不意に、傍らを金の髪の女のガキと、黒髪のガキが走り抜けたような気がして、振り向く。
だが、錯覚だったらしく、何処にもない。
……やっぱ、ここの宿は、ちぃとばかし、思い入れが強すぎるかもな。
この間、昔の知り合い、つってもちょっと話をしたくらいの相手と、
十年ぶりに再開したばっかりで、ついつい昔のことを考えちまう。
ビアンカ、今頃何処で、何、やってんだろうなあ。



────────────────────────────────


作者のどうでもいい呟き
「だよなー?」
「がーう!」
のところは、北斗無双のジャギ幻闘編での、
「「ねー?」」の部分みたいな感じで想像してください。



[18799] 第十六話:THE Beast That Goes Always NEVER Wants BLOWS.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:f0d509cb
Date: 2010/07/05 22:40
第十六話:THE Beast That Goes Always NEVER Wants BLOWS.
    (犬も歩けば棒に当たる)


ほとぼりが冷めるまで、俺たちは三日アルカパに逗留した。
死の火山までの片道と大体同じだけの日にちだ。
呪文で瞬時に好きな場所へ飛んでいける、なんてのがバレるのが嫌だったしな。
こんな便利なもん、他の奴になんか絶対教えてやんねえ。
「あ」
別に、そのまま戻ってもよかったのか。帰り道だけなら、
キメラの翼を使った、ってことにすりゃ誰も不思議がらねえんだから。
むしろ、とっとと戻った方が、俺が炎のリングを手に入れたって
知る奴もいなくて、騒ぎにならなかったんじゃないだろうか。
「……なんで、アルカパに戻って来ちまったんだろうな?」
ベッドに寝転がった俺は、視線をゲレゲレに向ける。
ゲレゲレは、鼻を一つ鳴らして『そんなことも解らないのか』と言いたげだった。
どういうことだよ、と思いながら天井をぼんやりと見上げる。
ふっと、そこに金色の髪をした女の姿が、浮かんで消えて、自分でも驚いた。
多分、結婚しなきゃいけないかもしれない、って人生の岐路に立たされて、
俺が、今までで唯一、まあ、その、好意を、抱いた?女のことを、
ついつい、思い出して、その、面影を、探して、来ちまった、ってことか?
「だあああああああ! ビアンカに会いたくて、かよぉおおおお!
 馬鹿じゃねえのか、俺ええええ!」
何恥ずかしいこと考えてんだ俺は! もうとっととリング渡して、
天空の盾だけもらってとんずらしよう、そうしよう。
俺が結婚するなんて、そんなこと有るわきゃねえんだから!
そうと決めたら、早速ここを起とう、うん。
がばり、とベッドから起き上がって、俺は気がついた。
この部屋に泊っていたのが、自分だけじゃなかったことに。
「そろそろ、ぷふっ、行くのかね、ぶふぅ、ジャギ」
ピエールが、あからさまに笑いをこらえていた。
「どっから見てた?」
「どこからも、何もっ、私達はずっとここに居たよ……ぷーっ」
こらえきれずに噴き出した、ピエール。
仮面の下の顔が、かぁっと熱くなるのが解る。
「……そっ、そこになおりやがれええええ!!」
思わず親父の剣をとって、ピエールに向かって勢いよく打ち込む。
「はっ、ははは、すまない、ジャギ
 ただ、君もちゃんと年頃の男なんだな、と、ぶふーっ、思っただけで」
「黙れええええ!」
一々笑いながら逃げるピエールを、追いかける俺。
スラリンが首を傾げ、ゲレゲレはやれやれ、といった調子で鼻を鳴らした。
結局、俺たちの出発は、このくだらねえ鬼ごっこが終わってからのことになるのだった。


サラボナへ戻ると、町の奴らがじろじろとこっちを見てくる。
どうやら、俺がリングを手に入れたことは既に知れ渡っているらしい。
ま、だったら俺からリングを奪おうとする奴もいねえだろ。
とりあえず炎のリングを渡して、水のリングのありかについて話を聞くか。
知らねえ、って言われるこたねえだろ、多分。
特に誰に話すでもなし、真っ直ぐにルドマンの屋敷を目指した。
中に入ると、噂を既に聞いていたらしいジジイが、俺を見て嬉しそうに笑った。
「おお、ジャギとやら、炎のリングを無事に手に入れたらしいな」
「ああ、まあな」
「それでは、炎のリングは私が預かっておこう。よいな?」
自分で持ってた方がとんずらしやすいんだが、騙すためには、
ここで渡しておいた方がいいだろうな。後で盗めば済む話だ。
俺は、袋から取り出したリングをジジイに手渡した。
「ふむ、残りは水のリングだが、水のリングというからには、
 水に囲まれた場所にあるのかもしれんな」
ちょっと待て、なんだその適当な説明は。知らないのかよ、場所。
それなのに探しに行かせるなんて、やっぱこのジジイ、娘を結婚させたくねえに違いない。
「よし、町の外に私の船を泊めておくから、自由に使うがいい」
「は? ……今、なんて?」
「私の船を自由に使えばいい、と。炎のリングをとってきたのだから、
 君には見どころがある! 悪いことには使わないだろう!」
わっはっは、と笑いながら、ジジイはばしばしと親しげに俺の体を叩く。
……あー、このジジイ、度量が広いのかタダの馬鹿なのか想像がつかねえ。
「あら、あんた」
俺が戸惑っている間に、笑い声を聞きつけたのか、あいつが降りてきた。
「げ……」
「何よ、マヌケな声ね。私の美貌に見とれるのはいいけど、
 そんなマヌケな声、出さないでもらえないかしら」
見とれてねえよ、確かに美人だけど! って、何考えてんだ俺は!
「なんだデボラか。失礼なことを言うんじゃない。
 彼は、お前の義弟(おとうと)になるのかもしれないんだぞ」
このジジイ、やっぱり馬鹿だ。いや、事情を知らねえから、仕方ないかもしれないが、
俺の前で、『おとうと』なんて言葉、出すんじゃねえよ。
心臓が、嫌な感じに重くなって、頭が割れるように痛む。
その場に膝をついて、痛みをやり過ごそうを意識を集中させる。
落ち着け、考えるな、思い出すな。忘れろ、忘れちまえ、いや、忘れられるわけがねえ。
今までは、こんな、単語一つで、気分悪くなっちまう程じゃ、なかっただろう。
ああ、何で、急に。固く瞑った瞼の下に、金の髪をした女の姿が映る。
小さな子供と、亡骸とが、ぐるぐると闇の中で回る。
「ねえ、ちょっとあんた、大丈夫?」
遠のきかけていた意識が声をかけられてこちらに戻ってくる。
目をこじ開けて、仮面の下から見やれば、
思ってもみなかった程優しげな目で、デボラが、俺の方を見ている。
「あんたもアンディみたいに火傷でもしたんじゃないでしょうね?」
飾り立てられた爪を持つ白い指が、仮面に這わされた。
その手は、仮面を外そうとしている。
「さ、触るなっ!」
背中をぞくりとしたものが走って、振り払った。
「きゃっ。な、何よ、このアタシが折角心配してやったってのに」
形のいい唇を尖らせるデボラ。目に浮かんでいた心配は不満に摩り替っている。
「うるせえ……ちょっと、放っておいてくれ」
そのやりとりで、少しは頭痛が緩和した。俺はふらふらと立ちあがる。
ジジイは、俺が膝をついた時からおろおろとしているばかりで、
俺達の会話には入って来なかった。何も聞かれずに済んで、都合がいい。
「船は、外、だったな。借り、てくぞ」
水のリングを手に入れて、こんな奴らとは早く縁を切っちまおう。
おとうとだとか、そういうことを、考えたくない。
デボラが、まだ何か言いたそうだったが、俺はその視線を無視した。


客船程ではないが、馬車が載るには十分なだけの船。
それに乗った俺は、町の傍らに流れる川を遡るよう指示を出した後、
船室に備え付けられたベッドに寝転がっていた。ピエール達は別の部屋だ。
どうにか、頭痛は和らいでいる。
何で、急に単語一つであそこまで過敏に反応しちまったのか。
何度考えても分からないから、俺はもう考えるのをやめた。
ひょっとしたら、疲れてたのかもしれない。
疲れてると、嫌なことを考えちまうもんだからな。
そりゃあ所々で休んでるとはいえ、ほとんど当ても無い旅だ。
ここらで疲れちまったとしても、何にもおかしいことはねえ。
「今そんなこと考えてもしょうがねえか……」
先のことを考えるなんざ、俺がこの世界に慣れた証拠だろうな、と思う。
《あの頃》は、明日のことなんざ考えられなかった。
明日のことを考えるより、今日を生き延びることで手一杯。
これからのことを、考えられるってのは、ここがなんだかんだで平和だからだ。
「で、肝心のこれから、だが」
水のリングを見つけたとして、だ。まさかその日に式ってことはないだろう。
金持ちというのは、得てして見栄っ張りだ。客を呼んだり、
式場の準備をしたり、と二、三日は忙しくなるに違いねえ。
だったら、その間に娘婿候補が家に来て、家宝を手にして行方をくらましても、
上手くいけば、誰にも見とがめられずに済む。
多少の追手なら、最悪、殺せばいいだけだ。
世界を救うための尊い犠牲になってもらおう。
あー、でもお尋ね者扱いされちまったら、海を越えてもちょっとヤバいかもな。
金品を目的にした奴らに、一々襲われるのも鬱陶しい。
「かといっても、結婚する気はさらさらねえしな」
結婚ってのがどんなものなのか、想像できやしねえ。
ヘンリーはまあ、幸せそうだったけど、《俺》の周りじゃ、
結婚してた奴なんて居なかったからな……。
一応、《あいつ》と《あの女》は、婚約してたようだが、世界が焼かれたのと、
《あの男》が《あの女》をさらったせいで、うやむやになっちまったし。
……浚わせたのは《俺》だから、他人事みたいに言うことじゃねえんだろうけど仕方ない。
《あの男》のことを考えると、尋常じゃない程頭が痛む。
今にも、弾けちまいそうな錯覚がする。だから、名指しさえ出来ない。


「おーい、兄さん、すまねぇがちょいと来てくれ」
「あ?」
ベッドに横になっていたら、いつの間にか眠っちまってたらしい。
船員の声に起こされて、不承不承部屋から出る。
湖の上、行く手を遮るように水門が設置されたいた。
「何だぁ、こりゃあ」
「どうやら、水が溢れないよう調整する水門らしいんだが……」
眉を顰めて黙りこむ船員。いくら俺でも、これは壊せねえしなあ
「ジャギ、あそこに看板が立っているようだ」
くいくいと服の裾を引いて、ピエールが水門のすぐ脇を示す。
開き方が書いてあるだろうか、と俺は船員に板をかけてもらって船から降りる。
降りた先の看板を読む。えー、なになに?
『無用の者 水門をあけるべからず。
 用のある者はここより北東 山奥の村まで』
北東、なあ。目をこらせば、確かにそっちの山間に、ぽつんと村が見える。
船員をやればいいのかもしれないが、船に居るのは船を動かすのに
最低でも必要な人員ギリギリだ。途中でモンスターに襲われて、欠けたら船が動かせなくなる。
「仕方ねえか」
一旦船に戻って、ピエール達を乗せた馬車ごと、もう一度降ろす。
「戻ってくるまでここで待っててくれ」
「了解しました!」
船を任された奴は、威勢良く返事をした。
案の定、山道ではベロゴンやヘビコウモリなんぞのモンスターが、
群れをなして襲いかかってきたが、特に苦戦する相手じゃない。
ただ数が多くて鬱陶しく、村へついたのは結局日が少し傾き出してからになった。
村は、カボチとそう変わらないくらい田舎のようだが、
あの村のような何処かピリピリとした感じはしない。
「ここは名もない山奥の村だ、兄さん、何しに来なさっただかね」
「ん? ああ、ちょっと水門を開けたくてな」
そう答えると、声をかけてきたいかにも農民、という感じのおっさんは目を丸くした。
「へー、水門を。てっきり温泉に入りに来たのかと思った」
「……ああ、これは温泉の匂いか」
村に入った時からわずかに鼻をついた異臭。これは硫黄の匂いだったみてえだ。
「あー、水門のカギは今年の担当は誰だったかなー、悪いが、他の人に聞いてくんろ」
どうやら、カギは村の奴らが持ち回りで管理してるみてえだな。
絵に描いたような長閑な風景に目をやりながら、石段を上がる。
温泉宿の前に立っていた男に声をかけて、水門のことを聞いた。
「えーっと、今年は、村の一番奥の家の人が管理してるよ」
「そうかい。言えば、貸してもらえんのか?」
「多分ね。ダンカンさんは、人当たりがいいから」
……なんつった。今、こいつ、何て。
「七年前に、奥さんを亡くしてからこの村に引っ越してきたんだよ」
『七年前に、奥さんを亡くしてねえ』
アルカパの宿屋で、そう言っていた。
「ほら、今あそこでお墓参りをしてるのが、ダンカンさんの娘さんで、名前は」
その答えは、言われずとも解った。
墓の前で、金の髪が揺れている。金の髪の女が、そこに居る。
周りの音が聞こえない。俺は駆け出していた。
ゲレゲレも一緒になって、その人影へと向かった。
「……アン……っ、ビアンカッ!」
俺が声をかけると、そいつはこちらを振り向く。
青い瞳が、俺を捉えて首を傾げる。
「あの……、あなたは……」
「あ……」
困惑しきった声に、頭から冷や水を浴びせられたような気分になった。
そりゃそうか。十年も会ってねえ奴のことなんか、忘れちまうよな。
「がう!」
落ち込む俺の横をすり抜けて、ゲレゲレがビアンカにすり寄りながら喉を鳴らす。
「え……あ、ゲレゲレ、ゲレゲレなの?」
「がう」
「それじゃあ……ジャギ! あなた、ジャギなの?!」
驚いた様子で、ビアンカが俺を見上げて問いかける。
見上げて、だ。俺は、いつの間にかビアンカよりデカくなってたらしい。
あの頃は俺の方がビアンカよりも小さかったのに。
「あー、お、おう」
「良かった、心配してたのよ。んもう、そんな仮面被ってるから、解らなかったじゃない」
くすくすと笑う笑顔は、あの頃と変わらなくて、ほっとした。
……そうか、なんだ、仮面のせいか。
「会いたかったわ、ジャギ」
「あー……」
こういう時、何を言えばいいのか、さっぱり解りゃしねえ。
気のきいた台詞でも言えればいいのかもしれないが、俺にそんな語彙はない。
だから、思ったことだけを、言うことにした。
「俺も、その、会いたかった」
被ってたせいで、気づかれるのを遅くした仮面だが、良い点もある。
顔を真っ赤にしていても、気づかれない、ってとこだ。


───────────────────────────


※作者からのお詫び※

タイトルがネタ切れを起こしました。
なので今回は無題です。すいません。

※追記※
7月5日
kyoko様のご意見により『犬も歩けば棒に当たる』とした上で、
極悪ノ華のサブタイトルより、
『THE Beast That Goes Always NEVER Wants BLOWS.』
とさせていただきました。



[18799] 第十七話:Nurture is above Nature.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:439c5fcb
Date: 2010/07/05 22:40
第十七話:Nurture is above Nature.
    (氏より育ち)



「ね、今日はウチで休んでいってよ、色々と話も聞きたいもの」
ビアンカが笑いながら、俺の手を握る。伝わってくる温もり。
そういや、こんな風に誰かに触られるのなんて、どれくらいぶりだろう。
最近の他の人間との接触なんて、殴るか殴られるかくらいだった。
「え、あ。ご、ごめん、急に手なんか握ったりして」
ぼんやりとしていたのを、手を取られて困ってると考えたらしい。
顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと振った。
「き、気にすんなよ。その申し出は、ありがたく受けるぜ」
声がうっかり上ずる。くそっ、さっきまで気にならなかったのに、
一瞬目を丸くした彼女は、またすぐに笑った。
「そ、よかった。そっちの、変わったお友達も一緒ね?」
「あ」
そういや、スラリンとピエールも連れて来てたんだった。
また会えた衝撃で、すっかり忘れてちまってた。
「ああ、この娘が例の」
「あー、こないだ話してた」
スラリンとピエールは、うんうんと頷いている。
向ける眼差しが、例によって例の如く生温い。
「うっせえ、ちょっと黙ってろ」
小声で呟いて、ごん、とそれぞれを軽く蹴り飛ばす。
「ジャギって、昔からなんか不思議な感じがしたけど、魔物使いになってるなんてね。
 ……これも、私がゲレゲレを譲ってあげたおかげかしら」
鈴を転がした時のような、耳に心地の良い笑い声。
その笑顔が、あの頃と変わっていないように見えて、ほっとする。
『俺』が変わってしまった。サンタローズが、変わってしまっていた。
あの頃を思わせるものは、今まで全部、変わってしまっていた。
だから、ビアンカが変わっていなくて、凄く、嬉しい。
「さ、行きましょ」
そう告げてから、ちょっとはにかんだ顔で、また俺の手をとった。
訂正。全然変わってないわけじゃねえ。
指先は、少し荒れてるが、女らしいほっそりとした指になっている。
意識して見れば、体つきも、すらりとして、なおかつ出るとこは出てる。
『女の子』じゃなくて、『女』になってるのだ、と思うと、
驚くような、寂しいような、釈然としない心持ちだ。
俺の戸惑いも知らずに、ビアンカは手を引いて村の一番奥に立つ家に向かう。
高床式になってるその家の下から、のっそりと姿を見せた男が一人。
ビアンカを見つけて笑みを見せたそいつは、俺を認めた途端に、顔を強張らせた。
「び、ビアンカさん、そいつは?」
「あ、カイトさん。ほら、ジャギよ。よく話してたでしょ、幼馴染の!」
視線が険しいことにも気づかぬまま、ビアンカは俺を紹介する。
俺を引き寄せた拍子に、腕を組むような形になってるんだが。
具体的に言うと、当たってるんだが。仮面のせいで、俺の困惑は判ってもらえない。
男の口元がひくひくと引きつる。
「そうか、あんたがっ、ビアンカさんの『幼馴染』のっ、『友達』っ、だなっ!」
「お、おう」
念を押すような声を出されるのも、致し方あるまい。
そんなことより腕に当たる柔らかな感触の方が気になって、答えは曖昧になる。
「今日はウチに泊ってもらおうと思ってるの。色々と募る話もあるしね。
 それじゃあね、カイトさん。いつもありがとう」
俺を引きずるようにして、ビアンカは階段を昇っていく。
どうやら、あれだけ判りやすい感情を向けられていて、気づいてないらしい。
妙なところで鈍感なんだな、ビアンカ。


「ただいまー!」
喜びを隠しきれない声を上げながら、扉を開ける。
「どうしたんだね、ビアンカ。そんなに嬉しそうな声で」
咳き込みながら姿を現したおっさんは、ビアンカの父親だろう。
あの頃は風邪をひいてたから、中々顔を会わせなかったので覚えてねえし、
それより小さい頃の記憶なんて、もっと無い。
「お父さん、ジャギよ! パパスおじさまの息子のジャギが生きてたのよ!」
「え? 何だって、パパスの息子の、あのジャギかい?」
おっさんは、訝しげな顔でこっちを見て来る。
当然だろう。何しろ、十年も会っていないし、第一、俺はまだ仮面を着けたままだ。
「仮面とりてえから、ちょっとこっち見ないでもらえるか?」
「あら、どうして?」
何も知らないビアンカの言葉に胸が痛む。
「その、ちょっと、した、事故、でな。顔に、傷、残っちまってて」
「え……」
顔色が青ざめる。悪いことを聞いてしまった、とバツの悪そうな顔だ。
ビアンカにそんな顔させたいわけじゃないんだが、仕方ない。
説明なしに、顔を隠しておくわけにもいかないからな。
「テメエが、あ、いや、ビアンカがそんな顔しなくてもいいんだ。
 悪いのは、ちょっとドジっちまった俺なんだから」
部屋の隅を向いて仮面を外し、手早く布を巻きつける。
今度からは、仮面の下に巻いたままにしておいた方が楽かもな。
「うし、と」
くるりと振り向く。おっさんは、俺が顔を隠してるのを見て、痛ましい表情をし、
ついで、どうやら『俺』と、『ジャギ』が繋がったらしく微笑む。
「驚いたよ、ジャギ、生きとったのか。いやぁ、大きくなったなあ」
近寄ってきて、ぽんぽん、と俺の腕を叩く。
「あの頃は、まだほんの子供でビアンカとよく遊んでたのに。
 それで……、パパスは、元気かい?」
今度は、俺が表情を強張らせる番だった。何と言おう。何が言える。
まさか、俺をかばって魔物に殺された、など、言えない。言えるわけがない。
そんなショッキングなことを、こいつらに教える義理はない。
「そうか……、パパスは、もう……」
「そんな、おじさまが……」
俺の表情を見て、二人とも察してくれたようだ。
事情を聞きたそうな顔を一瞬見せたが、すぐにそれは消えた。
余り、深くは聞かない方がいいと思ってくれたのだろう。正直、ありがたい。
「ジャギも、随分苦労しただろう。たった一人で、よく頑張ったな」
「うちも……、母さんが亡くなってね。それから、父さんが体壊しちゃって」
「アルカパに寄った時に、そんな話を町の奴から聞いた」
何でもからからと笑い飛ばしちまいそうな、あの豪快なお袋さんは、嫌いじゃなかった。
「……暗い顔してたって仕方ないわ。とりあえず座って。夕飯作るから」
ぱんぱん、と手を叩いて、ビアンカが重くなった空気を払う。
「色々積もる話を聞きたいわ。十年ぶりだもの。ゆっくりしていってね」
その言葉に甘えたいところだったが、俺には、やるべきことがある。
だから、泊れてせいぜい一晩、だ。はっきりと、伝えておかなきゃいけない。
「いや、そうゆっくりもしてられねえんだ」
「え?」
「……結婚するために、水のリング、ってのを、探してる」
油断させて盗んで逃げるため、というのは黙っておこう。
……ビアンカに、幻滅されたくない。


ビアンカが作った夕飯は、美味かった。思えば、宿以外のとこで、
きちんとした飯を食うのなんて、子供の頃以来だ。
食事の間の話題は、ほとんどビアンカがこの村に来てからのことだった。
カイト、という男が色々と雑用をこなしてくれること。
おかげで、凄く楽に暮らせていること。
この村へは、ダンカンの病気に温泉が効くと聞いてやってきたこと。
あの墓には、お袋さんの遺骨が埋められていること。
家の片隅に猫が住み着いていること。そんな、何気ない日常の話。
俺が、決して得ることのなかった時間の話。
「十年間、何を、してたの?」
食後にちょっと酒を飲んでる最中になってようやく、そう尋ねられた。
奴隷をやってた、なんて言えねえよな。
「……あちこち、旅暮らしをな。ガキ一人じゃ関所も通れなかったし」
「まあ、無茶なことするのね、ジャギったら」
微笑みは、ふと悲しげな表情に入れ替わる。
「アルカパへ行ったってことは、サンタローズへも、行ったんでしょう?」
「……ああ」
「私達もびっくりしたよ。サンタローズが滅んだと聞いてね」
おっさんたちは、その一報を聞いて慌ててサンタローズを訪れたらしい。
そこにあったのは焼け落ちた村で、ビアンカなどショックで熱を出したそうだ。
「母さんが亡くなるまでの三年間、私、毎日村の入り口を見てた。
 いつか、ジャギが戻ってくるんじゃないか、って」
「ビアンカは、ずっとジャギが生きてると信じてたからねえ」
「……色々あって、戻れなかった、すまん」
視線を合わせられない。嘘を見抜かれてしまいそうで。
奴隷にさせられてた、なんてことを言えば、その顔はますます曇るだろう。
想像しただけで酷く嫌な気分になるので、嘘を突き通すことにした。
「ううん、いいの。こうやって、生きてまた会えたんだもの」
約束したものね、とビアンカが告げる。
「約束?」
「あらひどい。忘れちゃったの? また一緒に冒険しよう、って、
 そう約束したわよねー、ゲレゲレちゃん」
ゲレゲレは『その通り』とでも言いたげに、ゴロゴロとビアンカの足元で喉を鳴らす。
その頭を、よしよし、と撫でている。
そんな約束も、したな。……正直、今の今まで忘れたんだが。
「でもそっかー、ジャギ、結婚しちゃうのね」
不意に呟かれたその言葉が、妙に寂しげで、俺の胸がどくり、と高鳴る。
「あ、ああ。天空の盾を、手に入れなきゃなんねえからな」
そう答えると、眉を顰められた。
「ちょっと、それじゃフローラさんが可哀想だわ!
 結婚っていうのは、そんな簡単なものじゃないのよ!」
物凄い剣幕でまくし立てられて、仰け反る。
「……ジャギったら、昔っからちょっとズレてたけど、変わらないわね」
呆れたようにため息をついて、座りなおす。
「ビアンカに強く言われると逆らえないのも、変わらないな」
おっさんが、はっはっはと声を上げて笑う。
……お化け退治以前にも、あいつの言葉に逆らえなかったりしたんだろうか。
四歳前後のことなんざ、正直覚えてないぞ。何だこれ恥ずかしい。
ま、そんなことよりも、俺に衝撃的だったのは。
「昔と変わらない、って言ってくれたのは、ビアンカが初めてだよ」
「え……」
「……昔を知ってる奴も、そんなに居ないんだけどな」
サンチョは行方不明。シスターも、最初は俺だと判らなかった。村は焼かれた。
他に、俺を知る知り合いなんぞ、居ない。
「ジャギ……」
「あー、悪い。ちょっと酔っちまったみてえだ。もう休ませてもらえねえか?」
「え、ええ」
悲しみを、否、憐れみを浮かべたビアンカの顔を見ていられずに、俺はもう寝ることにした。
「毛布と布団さえもらえりゃ床でいいんだけどな」
「大丈夫よ、予備のベッドがあるわ」
「二人暮らしなのにか?」
「有るにこしたことはないってカイトさんが作ってくれたの」
あわよくば、自分用のベッドにするつもりだったのだろうが、
この調子ではもうしばらく客用ベッドのままに違いない。
今頃は宿にあるという酒場で飲んだくれてそうな男に、心の中で合掌した。


「……あー」
しばらくぶりに穏やかな時間を過ごしたというのに、夢見が最悪だった。
最悪だった、という感覚だけが残っていて、どんな夢だったのかは覚えていない。
のそのそと食卓の方へ向かうと、ビアンカは起きていた。
「おはよう、ジャギ。今朝食の支度をしてるとこよ」
台所に向かい、こちらに背を向けたままビアンカはそう告げる。
パンとか卵とかの焼けるいい匂いが、辺りには漂っている。
「あー」
「どうしたの、変な声出して」
「いや、幸せって、こういうこと、言うの、かも、な、って」
語尾が消える。いやいやいやいや、俺、何恥ずかしいこと言っちまってんだ。
「あ、はは、あはははは、寝ぼけてたみてえだな」
「そ、そう寝ぼけてたのね。うふ、うふふふふ」
互いに向き合って、苦笑い。そして、沈黙。
おいおいやめてくれよ、こういう雰囲気、どう対処していいか解んねえぞ。
「あー、えーっと、ジャギ、父さん起こしてきてくれないかしら」
ビアンカがそう言ってくれたので、これ幸いとばかりに彼女から離れる。
おっさんの部屋に入るまえにちらり、とそちらを向けば。
……俺より早く起きて、テーブルの影に居たピエールがニヤニヤしていた。
厳密に言えば口元は見えないので、ニヤニヤしてる雰囲気なだけなんだが。
何にしろ、後でぶん殴るか蹴飛ばすかしておこう。
「おーい、飯だってよー」
ベッドで眠ったままのおっさんを、ゆさゆさと起こす。
目を開けたおっさんの顔は、やはり記憶にあるより弱々しいし、白髪も皺も増えている。
十年経った重みを、なんだか急に感じちまった。
「ああ、今起きるよ」
のそり、と身を起こしたおっさんは、俺をじっと見つめる。
「なあ、ジャギ。少し聞いてもらいたい話があるんだが、いいかね?」
潜められた声。どうやら、ビアンカには言えない話らしい。
「ん?」
「……実はね、まだあの子には言っていないんだが……、ビアンカは、
 私達夫婦の本当の娘じゃないんだよ」

は?

「それなのに、年頃になっても家に縛り付けておくのが不憫でね……。
 私は、こんな体だからこの先どうなるか解らないし……」

血の、繋がらない、親子か。
はは、なんだよ、俺はそういう巡り合わせの元で生きてんのか。

「ジャギが、ビアンカと一緒に暮らしてくれたら安心なんだがなあ」

安心? 俺と一緒に暮らして? んなわけ、ねえだろ。

「それはねえよ」
「……そうだね、ジャギにはジャギの人生が」
「最初に、母親が行方知れずになった。次には、父親が殺された。故郷の村が焼かれた。
 そんな人生送ってきた奴に、娘を託そうとすんじゃねえ」
言葉を遮り、睨みつけながら、問いかける。
「それとも、何か。血の繋がらない娘だから、何処へでもやれるのか」
「ち、違う! 大切な娘だから、信頼できる相手に託したいんだ!」
……血の繋がらない親なんてもんは、つくづく、身勝手だ。
「血が繋がらなくても、大切な子供なんだろうが。
 誰かに託さずに、テメエできちんと幸せにしてやれ。
 子供が好きにやれるように、支えてやれ」
運命なんてもんは、他人の言葉で決めるもんじゃねえが、
親にあれこれ言われちまったら、揺らいじまうのも確かだ。
ビアンカはきっと、運命を変えたいと思ったら、自分から行動する。
あいつがここに残ってるのは、それがあいつの望みだから、だろう。
「……そうだね。はは、年をとるとつい弱気になってしまうよ。
 じゃあ、とりあえず朝食にするとしようか」
「ん。……安心しろ、秘密を本人にバラすほど、俺は人でなしじゃねえつもりだ」

血の繋がらない親子。出来るなら、幸せになって欲しいと思ったのは。

《俺》が、そうはなれなかったせいなのだろう。



「ね、ジャギ。昨日あれから考えたんだけどね」
もしゃもしゃとパンを齧っていた俺に、ビアンカが呼びかける。
「私、ジャギに幸せになって欲しいの。だから、水のリングを探すの手伝ってあげる!」
齧っていたパンが気道に入って盛大にむせた。慌てて、水で押し流す。
うん、山の奥地な上に、温泉地だからかやっぱり水が美味い。じゃなくて。
「び、ビアンカ今なんて」
「だから、私も水のリング探しに一緒に冒険する、って言ってるの。」
「ダメに決まってんだろ! どんなモンスターが出るかも解らねえのに」
「あら、大丈夫よ。お化け退治とそんな変わらないでしょ」
それに、とイタズラっぽく笑った。
「私が行かないと、水門のカギ、開けられないわよ」
……十年ぶりに会おうが、成長していようが、変わらない。
俺は、なんだかんだで、ビアンカの決定には、逆らえないのだ。
盛大にため息をつきながら、頭を抱えた。
「やれやれ、そういう強引な所は、母さん似だねえ」
おっさんは、ニコニコ笑っている。止めろよ、と言いたいところだが、
子供の好きにさせてやれ、と言ったのは俺なので、何とも言えなかった。




[18799] 第十八話:What is learned in the cradle is carried to the grave.
Name: 鳥巣 千香◆754b057a ID:6bb7d26c
Date: 2010/07/10 21:49
第十八話:What is learned in the cradle is carried to the grave.
    (三つ子の魂百まで)


食事と旅の準備を終えたビアンカは、意気揚々と俺を連れて家から出た。
出た途端に、昨日の大工――確かカイトといったか――と遭遇する。
「ビアンカさん! 出かけるのかい?」
「ええ、ジャギと一緒にね!」
ニコニコと笑みを浮かべながら告げる。カイトの顔が途端に険しくなる。
あからさまに敵意を向けられても、俺だって困っているのだから反応に困る。
「あんまり遠出をして、お父さんに迷惑かけねえようにな?」
「も~、心配性なんだから。大丈夫よ、ジャギが居るんだから!」
「がう」
ビアンカの足元で、ゲレゲレが不満そうに鼻を鳴らす。
「あー、ごめん。ゲレゲレちゃんも居たわね」
よしよし、と頭を撫でれば、満足そうだ。
「もちろん、ピエールちゃんもスラリンちゃんもね。頼りにしてるわよ」
そのまま流れで、ピエールとスラリンの頭も撫でる。
……スラリンはともかく、ピエールにまで『ちゃん』を付けて呼ぶのは、どうなんだ。
「……怪我なんかさせたら、お……、あー、村の人らが、黙ってねえからな」
「分かってる分かってる」
なお一層表情を険しくするそいつの言葉を、右から左に流す。
ビアンカに怪我をさせたくないのは、俺も同じだ。
「さ、早く行きましょ、ジャギ! きっと、お化け退治より簡単よ」
そんなわけはないが、笑いながら言われると逆らえない。
十年以上前から、体に染みついちまってるらしい。
やれやれ、とため息を一つ溢して、俺達は足早に村を出た。
旅のための保存食なんかは、船にたっぷりと積まれているからわざわざ買う必要もない。
「再会して早々にジャギと旅が出来るなんて」
ビアンカはさくさくと山道を歩いていく。
馬車に乗るか、と聞いてみたが、このくらいは平気だ、と言われた。
子供の頃は、旅慣れた俺と違って、平坦な野原でも、歩くのがしんどそうだったのにな。
「ジャギも、随分成長したみたいだし、今度はどんな冒険が出来るか楽しみね」
「成長したのは、俺だけじゃねえさ。昔は、山道なんざ歩けなかっただろ」
「うふふ、まあね。七年もあの村に住んでたら、山歩きも得意になるわよ」
それから、少しばかり顔色が沈む。……なんか、マズいことでも言ったか?
「昨日、さ。ジャギのお母さんが生きてる、って話、聞いたじゃない」
「ああ……、多分、だけどな」
「お母さん、っていいわよ。優しくて、暖かくって、……思い出しちゃって、さ」
目元で光った何かを、ビアンカが慌てて拭う。
……俺は覚えてないが、母親、というのはそういうものなのだろうか。
『ぼく』は覚えてないし、《俺》なんか、もっとそうだ。
確かに、何時か夢に見た、『俺』を抱いてた『母さん』が、そんな感じだった気はする。
けれど、実感は、湧かない。だからこそ、会ってみたい。
そのために、俺は伝説の勇者が使った武具を探しているのだ。
「大変な旅だけど、寂しくはない?」
「いいや、別に」
「そうよね。ゲレゲレちゃんもスラリンちゃんもピエールちゃんも居るものね」
傍らのゲレゲレと、先頭にたって辺りを警戒しているピエールを見て笑う。
「あのよ、ビアンカ」
「なあに?」
「……ピエール、俺より年上だからな」
そう告げると、目を丸くして驚いた。
「そうなの?」
「だから、ちゃん付けは正直、ない」
「いやいや。私としては、ビアンカさんのような美しい女性にお呼びいただけるなら、
 ちゃん付けだろうがなんだろうが、ご自由に、とお伝えください」
こちらの話を聞いていたらしいピエールが、慌てて否定する。
その声はすっかりのぼせあがっている。この女好きめ。
「……と、思ってたが、ピエールとしてはちゃん付けでも構わんそうだ」
「あらよかった。うふふ、よろしくねピエールちゃん」
「こちらこそ、ビアンカさん」
鼻の下を伸ばしたような声をしていることは、せめてもの情けで黙っておいてやろう。


「ここをこうして、っと」
船に乗った俺達は、ビアンカの指示の下で水門へと近づく。
ビアンカが船から身を乗り出して、水門の鍵を開けた。
「よいしょ、っと。ふぅ。ここから先は、私にもどうなってるか分からないわよ」
「こっから先に行った奴は居ないのか?」
俺の問いかけに、ビアンカが何かを思い出すように首を傾げた。
「ああ、そういえば。よろず屋のおじさんが、湖の先の滝の裏に、
 洞窟を見つけたことがある、って言ってたわ」
「洞窟の先の滝……、あー、そういや、ルラフェンの先に滝があったな」
ばさり、と地図を広げてチェックする。ルラムーン草を取るために昇った崖。
あそこんとこに、確かにデカい滝があった。
「んじゃ、とりあえずはそこを目指すよう船長に行ってくれ」
「アイアイサー!」
船員は、その指示を伝えるべく船長の元まですっとんでいく。
「……なんか、凄いね、ジャギ」
「あ?」
「昨日はさ、変わってない、って言ったでしょ?」
風に金の髪を揺らしながら、ビアンカが呟く。
ゆっくりと動き出した船が、波を切る音が聞こえる。
「ちょっと言葉づかいは乱暴になってたけど、それだけだと、思ってた」
「……十年だ、変わるさ」
「うん。……ジャギ、もうすっかり一人前の男の人だ」
「え」
俺はてっきり、幻滅されたのかと思ったが、そういうことじゃ、ねえらしい。
「自分の目標のために、どんな困難にも立ち向かえる、素敵な男の人だよ」
「……そんなんじゃ、ねえよ」
「謙遜なんてしなくって良いってば」
ビアンカは笑いながらそう告げると、船の舳先から湖を眺め始める。
俺は、そんなビアンカの姿を見るのが嫌で、船室へと戻った。
ベッドの上に、どさり、と体を投げ出す。
「ビアンカが思ってるような男じゃねえよ、俺は」
誰にも聞かれてないのを確認してから、独りごちる。
リング探しだって、結婚目的じゃあない。油断させて、盾をかっぱらって逃げるためのもんだ


それなのに、ビアンカは俺を凄い、と言う。いたたまれない。
ビアンカが知ってる『ぼく』も、確かに『俺』なのだけれど、
《俺》としての記憶が、今の『俺』の大半を形作っている。
目を閉じる。暗闇に、金の髪の少女が浮かぶ。彼女は、ジャギ、と俺の名前を呼ぶ。
「ジャギ」
目を開いて、呟いてみる。
「ジャギ。俺は、ジャギ」
仮面越しに見る手が、真っ赤に染まっているような錯覚。
これが、俺の手。《俺》を背負って生きる、『俺』の手。
こんな手で、あいつの傍に居て、良いんだろうか。
ずぎりずぎりと頭が痛む。ついでに、無いはずの胸の傷が痛む。
それから逃れるように固く目を閉じた。寝て起きたら、痛みもひいてるだろう。


滝へ着いた頃には夕方になっていた。近くに船を泊めて、滝を確認してみる。
確かに、船で入り込めそうな洞窟があるのが見えた。
「あそこにあるといいね、水のリング」
「ああ……」
ビアンカの言葉に頷く。船長に相談すると、恐らく入っても問題ない、とのことだった。
それでも、大事をとって一泊して、翌朝。
「うおおおおおおおお!」
今まで見たこともないような光景に、俺は思わず声を上げる。
滝の裏にあるだけあって、洞窟の中は水で満たされていた。
「こんな広い空洞があるなんて! 岩の割れ目から明かりが漏れて暗くないし……。
 レヌール城の時とは大違いね、うふふ」
俺と同じように歓声をあげながら、ビアンカが降りてくる。……ん?
「えーっと、何でビアンカが馬車ひいてんだ?」
「あら。まさかここまでの案内で冒険を終わらせるつもりだったの?」
……どうやら、洞窟の奥まで一緒に着いてくるつもり満々らしい。
「しゃあねえなあ。スラリンかゲレゲレ、ちょっと留守番しててくれ」
「がうるるる」
「ゲレゲレが毛皮濡れるの嫌だから留守番するってー」
「ん、じゃゲレゲレが留守番な」
ぴょんぴょんと跳ねるスラリンを殿に据える。
「あら、ゲレゲレちゃんお留守番なの」
ビアンカはちょっと名残惜しげに、その頭を撫でていた。
この冒険が終われば、また離れ離れになっちまうから、寂しいんだろう。
とにかく、俺を先頭にしてピエール、ビアンカ、スラリンの順で慎重に奥へと進む。
道が整備されているのは助かるが、何のためにそうなってんだろうな。
だが、それより目を引くのは何といっても豊満に湛えられた水だろう。
ここから溢れた水が湖になっているのか、それとも湖から流れ込んでいるのか分からねえが、
道じゃないところはほとんど水、それも飲んでも大丈夫そうな綺麗な水だ。
それが日光を反射してきらきらと輝き、揺れる水面は美しい、と柄にもないことを思う。
「うふふ」
そんなことを考えていた俺の耳に、突然ビアンカの笑い声が聞こえてきた。
「な、何だぁ? 何笑ってんだよ」
「だって、ジャギ、さっきっから水にばっかり目が行ってるんだもの」
「う」
つい水を贔屓してしまうのは、《あの世界》の記憶によるものだから、
仕方ねえだろ、と思うがまさかビアンカにそうも言えまい。
押し黙った俺に気づかず、ビアンカが語り出す。
「ジャギってね、昔っから水辺が好きだったのよ」
「そう……だったか?」
「ええ。サンタローズでは川を眺めてるうちに落っこちたり、井戸に潜ったりしてたわ。
 アルカパでは、宿の池を覗いてるうちに落っこちたり、宿でのかくれんぼでは、
 いっつもお風呂場に隠れてたり……」
……覚えてねえけど、ガキの頃から水がそんなに好きだったのか、俺。
思わず頭を抱えてしまう。ビアンカはそんな俺を見てまたくすくすと笑う。
「ほんと、凄く懐かしい。うん、やっぱりジャギは、私の知ってるジャギだ」
「……ちっ」
妙に気恥かしくて、ビアンカから意識をそらす。
と、ゴーッという音が聞こえてきた。
「あら、何かしらこの音」
ビアンカも気づいたらしい。その音は、ほぼ一本道になっている道の先から聞こえてきた。
「うわぁ……」
開けた空間に出ると、その音の正体が分かった。
天井近くから下まで流れ落ちる、巨大な滝だった。
「綺麗……こんな風に、景色に見とれるなんて何年ぶりかしら」
そんなことを呟くビアンカの姿は、寂しげだった。
「ね、ジャギ。人の未来なんて、分からないことばかりだね」
全くだ。《ぼく》だった頃には、《俺》になっちまう未来なんて、知らなかった。
それから、『ぼく』になっちまうことも、『俺』になっちまうことも。
何一つ分からなかった。……分からなくて、よかったと思う。
《父さん》に見捨てられる未来を知っていたら、きっと、もっと早く、壊れていた。
「……ごめんなさい、ジャギ」
「何謝ってんだよ」
「なんか、辛そう、だったから……顔は見えないけど、何となく分かるの」
ビアンカのその気遣いが、痛い。
「いつまでも景色にみとれてねえぜ、行くぞ」
だから、つい、少しぶっきらぼうな言葉遣いになってしまった。
「ええ。落ちないように、気を付けて……」
「ジャギ、敵だ! 上から来るぞ、気をつけろ!」
ピエールが叫ぶ。俺は咄嗟に見上げた。反射する光に紛れて、
蛇と蝙蝠の合成獣がこっちへ突っ込んでくる。
モンスターの中には、自然に生まれたものじゃねえ、上位種によって
合成させられた奴らってのが居る。このヘビコウモリもその一体だ。
「シャアアアアア!」
「うおりゃ!」
最初の一体を切りつけるが、致命傷には至らない。
「えいっ!」
だが、ビアンカの放った茨の鞭に絡めとられて、地面に落ちる。
そこを再度切りつけてやれば、今度こそ完全に息絶えた。
「やったわね!」
「キシャアアア!」
ビアンカの喜びも束の間。さらに三体がこちら目がけて飛んでくる。
その内の一体が、こちらへ向かって息を吐きかけた。
「……ッ?!」
なんだ、こりゃあ。全身が灼けつくように痛む。体が、上手く動かない。
くそっ、神経性の麻痺毒か! 動けねえ!
「ジャギ!」
俺の異変に気づいたビアンカが、俺の方に視線を向ける。
馬鹿野郎! 俺は良いから、敵を見てろ、という言葉が喉から出ることはない。
その隙を狙って、ヘビコウモリは、ビアンカに向かって飛びかかる。
「っ、きゃあ! この、離れ、なさい!」
ビアンカの体に取りつき、カギ爪を突きたてるヘビコウモリ。
それをどうにか引き剥がそうと、身を捩っている。
足元は、湿った、地面。嫌な汗が背中を伝う。
ずるり、とビアンカが足元の水たまりで足を滑らせた。
「え……」

その拍子に、ビアンカの体が滝の方へと傾ぐのを、

俺はただ、動けぬまま、眺めることしかできなかった。



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