社民離脱で追いつめられた鳩山(2/2)文藝春秋6月10日(木) 12時12分配信 / 国内 - 政治「六月政局」に向けてはもう一人、独自の動きをした男がいる。財務相・菅直人だ。菅は五月十一日の記者会見で、二〇一一年度当初予算の新規国債発行額を「一〇年度の四十四兆三千億円を超えないよう全力を挙げる必要がある」と発言した。税収が伸びない中で埋蔵金も枯渇し、来年度国債発行額は五十兆を上回るというのがプロの見方だった。常識では考えられない発言に、首相官邸も財務官僚もあわてた。鳩山にも、財務官僚の首脳にも一切、根回しがなかったのだ。 厳密に言えば、菅の爆弾発言を予見した人物が三人いた。仙谷、細野、玄葉だ。参院選マニフェスト作りの責任者でもある三人は十日夜、都内のホテルで菅を交えて財源論について意見交換した。 ここで菅は「来年度からでも消費税を上げればいい。そうしなければダメなんだ」と言ってのけた。さすがに「それでは衆院選のマニフェスト違反になる」という声が続いたが、菅は悪びれず「マニフェスト違反なんて、他にいくつもあるだろう」と譲らなかった。財務相として、財政面で責任ある立場を強調して「ポスト鳩山」の旗を立てようという野心もにじんでいた。 だが、鳩山が辞任する機運が薄れるにつれ、菅の鼻息は弱まっていった。 奇妙な力関係の末、不発に終わったかにみえた民主党政局は、普天間問題でヤマ場を迎えた二十八日、大きな変質をし始める。小沢が動いたのだ。 小沢は、普天間飛行場の移設先が辺野古になることには異論はなかったが、参院選を前に社民党が連立を去るようなことは避けたかった。二十七日には密かに首相公邸に入り鳩山に連立解消回避に努力するようにクギを刺していた。にもかかわらず、翌日、鳩山は福島を罷免。社民党を連立離脱に追い込んだ。 小沢は同日午後、福島に電話をして「あんたの方が筋が通っている」と伝えた。連立離脱しても選挙協力はしようと秋波を送る目的があったが、一蓮托生だったはずの鳩山を見限った瞬間でもあった。 これに呼応するように高嶋らが倒閣に向かって動き始めたとの見方が一気に広がる。「七人の侍」は、次善の策である「傀儡の擁立」も強く意識した動きを始めた。 十九日、東京・紀尾井町のホテルニューオータニのレストラン・ガンシップに民主党若手議員が集まった。声をかけたのは玄葉。自身が党選対委員長だった時に擁立した議員を中心に、二十八人に声を掛け、二十七人が参じた。メンバーの大部分は当選一回生の「小沢チルドレン」だったが、会合では、「幹事長は辞めるべきだ」という声もあがった。 玄葉は、自身が代表世話人となって二十六日に「国家財政を考える会」も立ち上げた。参院選マニフェスト作りにあたり、小沢が財源論を無視して「ちゃぶ台返し」することを予測し、それに反対する「装置」となる予定だ。ここには国会議員百十五人が集まった。鈴木克昌ら小沢側近のスパイも含まれていたが、玄葉を中心とした二つの会は、小沢支持が党内の多数派ではないことを印象づける効果は十分だった。 小沢が鳩山を見限る決断をしたとすれば、その一点では小沢側、反小沢側の意見は一致する。だが、そこから先に目指すものは、小沢の実権温存、失脚と、正反対だ。 両陣営からはポスト鳩山の最有力が菅であることを念頭に「菅が早くも小沢に取り込まれた」「反小沢側と連携を取り合っているらしい」などと情報戦が始まった。 反小沢系幹部の一人は「こちらが菅を担ぎ、小沢が総務相の原口一博か細野を担ぐ。そこで白黒つけるのが一番分かりやすい。そして圧勝できる」とみる。再び戦闘モードに入ってきた。 一方の小沢。「選挙の小沢」「政局の小沢」を強調して主導権を握り続けようとしているが、さすがに最近は「参院で単独過半数」という、威勢のいい言葉は消えた。民主党、自民党がそれぞれ行った調査では、どちらも改選の第一党は自民党だった。もはや「敗戦後」をにらんで布石を打つしかない。 参院選で与党が過半数割れすれば、いや応なく連立の組み替え、政界再編となる。「政界再編で参院過半数を維持するには小沢の剛腕に頼るしかない」という相場観をつくる動きを始めたのだ。 五月十日、都内の料理屋で小沢と国民新党代表・亀井静香が向き合った。 小沢は国民新党との合流を提案した。合併の呼び掛けは、国民新党が支援を受ける特定郵便局長ら「郵政票」を取り込む狙いであるのも確かだが、国民新党をつなぎ留め、参院選後の「数合わせ」を有利にしようという計算もあった。国民新党所属議員を確実に囲い込み、選挙後に第三極勢力との交渉を始めたい。 だが亀井は、小沢の申し出を断った。党の行方に展望がないことは亀井も自覚しているが、どうせなら高く売りたい。亀井が今、念頭に置いているのは、たちあがれ日本との合流だといわれる。たちあがれの党首・平沼赳夫と亀井は、自民党時代からの盟友。二党が合流して数を増やしてから小沢と交渉した方が、主導権を握れる。今の与党内では珍しく腹芸ができる老練な政治家二人の腹の探り合いは参院選後まで続く。 「あの安倍だって一年はやったんだから……」 最近、鳩山が身内の会合でよく口にする言葉だ。小泉純一郎の後を継いで首相になった安倍晋三は、宰相としての未熟さをさらけだし、在職日数三百六十六日で首相官邸から去った。鳩山は「安倍よりは自分の方がまし」と思い、政権運営に自信を持っているのだろう。参院選マニフェストの表紙も鳩山の写真に内定。間もなく印刷が始まる予定だ。 だが、鳩山内閣の支持率は、安倍内閣末期をはるかに下回っている。安倍の在職日数を超えるには九月十七日まで総理を続けなければならない。いまの鳩山にとってそれは至難の技だ。 (文中敬称略) (文藝春秋2010年7月号「赤坂太郎」より) 【関連記事】 台風の目はみんなの党か舛添か (文藝春秋2010年6月号) 鳩山が狙う起死回生のシナリオ (文藝春秋2010年5月号) 鳩山が「小沢離れ」を始めた (文藝春秋2010年4月号) 小沢に切り崩された「七奉行」 (文藝春秋2010年3月特別号) あの真紀子サンに出馬要請!? “剛腕小沢”も賞味期限切れ (週刊文春2010年6月17日号)
|
PR Yahoo!ニュースからのお知らせ(7月8日)
参議院選挙2010 |