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[15221] 【ネタ】多分続かない一話だけの短編集 劉台輔は暗殺者6話(十二国記x烈火の炎)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:6a2012dc
Date: 2010/07/11 00:13
思いついたネタをプロットもなく書きなぐった短編集です。
更新停止の話多数。
作者のネタ帳のようなものだと思って下さい。




[15221] 魔王のこうせき(オリジナル)1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/08 19:47
 「エリア。魔王の子を異界に逃がしたのは我らの失態。七英雄の名にかけて、必ず倒して来るのです」

「わかりました、大司教様……」

 私は大司教様の服の裾にキスをし、魔法陣に横たわった。
 司祭様達の声が唱和され、魔物の鉱石がまばゆく光り、私の体は光へと打ち砕かれ……。

「おんぎゃあああああ!!」

 私は、異界の赤子として生れ落ちた。
 





「さて、どうしましょうか……」

 私は頭痛を抑えていった。光となって転生する事で、魔王に先回りする事は出来た。しかし、ここに生えている木は凄く少ない。気の休まる暇すらない。そのうえ、この世界は酷く歪な発展を遂げていた。何故か魔法の類が皆無で、その代わり科学とか言う妙なものが発展しているのだ。
 科学はなるほど、便利だが、酷く大地を汚す。よくまともに生活できると思うほどの空気の汚さだ。とにかく、魔王の警告をしなくては。
 私は母にパソコンの使い方を習い、防衛省宛にメール内容を考える。
 しかし、子供の言などたやすく信じては貰えないだろう。
 魔術を示して見せるのが一番いいだろうし、道具は送ってもらっているが、届くのは魔王と同時期になってしまう。
 魔王が現れるまであと5年。手をこまねいていることは出来ない。その上、この地には魔女狩りという伝説があった。正体をたやすく知られるわけにはいかない。
 ここは予言という形が一番いいだろう。幸い、ノストラダムスという大預言者もいるし、この世界は自然災害が多い。自然災害の予知ならエルフの得意分野だ。森の加護は、生まれ変わってなお私の上にある。

「何を難しい顔をしているのかな~会心ちゃん」
 
「森が無くちゃ息が詰まっちゃうと思って。お山に連れて行ってくれないかしら?」

「お姫様の仰せの通りに」

 私は母子家庭だ。女で一つで私を育てている母を守りたい。私は強く願った。
 その後、休日に私は山に連れて行ってもらった。
 山で寝転び、私は耳を研ぎ澄ます。とても気持ちいい。

「会心ちゃん、そんな所で寝ていて気持ちいい?」

「うん、とっても。連れてきてくれてありがとう、お母さん」

 歌うように呪文を唱え、周囲の木々と一体となる。

「いい歌ねぇ」

 お母さんは、心地良さそうに目を閉じた。
 この星そのものから一年分の自然災害の情報を読み取って、立ち上がる。

「もういいわ。お母さん」

 その日、私はメールを出した。自然災害の予知と、5年後に魔王が来るという内容のメール。差出人はダークエルフのエリア。すぐに信じてもらわなくても構わない。後5年、時間はまだまだあるのだ。
 予備として、某掲示板にも予知を乗せてみた。
そして、私は箒を買ってもらい、じっくりと魔力を込める。毎夜毎夜、抱いて寝た。
杖でもいいのだが、そちらは買ってもらう口実が見つからなかったのだ。
 そして自然災害の起こる前日に、同じメールをまた出す。3年間これを繰り返して、気づいてもらえなかった他の方法を考えよう。
 それから一年がたった。自然災害の事はまだ信じてもらえないようだ。
 掲示板の方は信者は出てきたが、魔王の一文から、コピペだと思われたようだった。
 2回目の自然災害の予知を書いて、眠る。その晩、夢を見た。



振るわれるナイフ。小学校の校門前。目の隅を通り過ぎる校名。逃げ惑う子供達。赤い花が、咲いて……

 

 私は飛び起きる。この地の精霊からのお告げだった。家を飛び出す。まだ起こっていない事件のようだけど、遠くだ。今から行って間に合うか。姑息だと思うけど、出発する前にパソコンを立ち上げ、自然災害の予知にくっつけて今から起きる事件をメールし、掲示板に投稿する。
 母はもう仕事に出かけていたのが幸いだった。
 箒を引っつかみ、この日の為に縫ったローブと一緒に水晶の中に取り込む。
 走って、走って、大分家から距離を取ったと判断した後、人気の無い所で水晶からローブと箒を取り出す。

「ルキス・エルザ……元の姿に、戻れ!」

 私はダークエルフの姿となり、箒に腰掛ける。
 走るよりは早いが、この地は風の精霊が少なく、それほどスピードが出ない。私は焦った。

「お願い、間に合って……」

 眼下に、小学校の校門が見える。校門の傍には、何人か男女が立っていた。登校の時間、不振な男が子供達に近づく。

「あ、貴方何を持っているんですか?」

 その時、校門に立っていた男の人が震えながら声を上げた。
 女の人も声を出す。

「が、学校に何の御用ですか?」

「ちっ」

 掲示板を見た人達だろうか? 男は計画を中止すればいいものを、ナイフを取り出す。
 男の人はひっと声を上げて下がった。女の人が悲鳴を上げる。
 平和な日本だ。戦えというのが無理だろう。
 私は呪文を口の中で唱え、雷を落とす。
 雷は見事男が振り上げたナイフに落ち、男は2、3回痙攣した後動かなくなった。
 命までは奪っていない。気絶しただけだろう。
空を見上げた人達が私を見つけてパクパクと口を開閉する。

「だ、ダークエルフのエリア……さん」

「うそ、手品だろ?」

「魔王が飛来するまで、後4年です」

 それだけ言って、飛び去った。携帯で写メを取られまくる。
 子供達がキャーキャーと声を上げる。
 適当なところで降りて、子供の姿に戻った。
 走って家に戻ると、某掲示板がプチ祭りになっていた。
 私の画像が貼り付けられている。
 そもそも魔王って何だと聞いていたので、魔王の生態と習性を書いておいた。
 女を浚い、殺戮をする、とても恐ろしい生き物で、倒すと鉱物になると。
 特に低級の魔物は意思を持たない為、只管破壊と殺戮を繰り返し、休戦を申込む事も出来ないと。
 銃は通用するのか聞かれたので、素直にわからないと答える。
 物理攻撃が効きにくい種は存在するとこたえておいた。
 防衛省にメールはして返答を待っている、出来れば現地の人と協力して魔王を倒し、倒した後の鉱物は貴重な資源になるので持ち帰りたいとも。
 
『魔王ってさ、核爆弾でどうにかできないの?』

 あえて考えないようにしていた事を突っ込まれる。そうなんだよね、それ一発で終わりそうな気がする。ここって科学技術が凄いんだもん。
 出来れば私の手で魔王を倒したかった。けど、無理だよね……。私のやり方だと死人が出る。この世界の技術なら、誰も傷つけられずに勝つことが出来る。
 エリア、要らない子ですか? いらないなら帰ります……。そう書き込んだら慌てて止められた。ただ、その書き込みで、魔王はなんとか出来るものなのだと皆安心したようだった。
 その日から、時々予知をするようになった。それも魔王の予告と共に掲示板に書く事が日課となる。一年で信者が大分出来ていたのでその人達に犯罪予告扱いで通報してもらう。
 しかし、中々反応がないなぁ。
 もう一年がたち、他の方法を考え始めた時だった。
 ついに魔王がどんなものか、私が誰か問う返事が来た。
 今までの辛い戦いを思い出し、長い長いメールを書く。
 魔王が来るまであと三年だ。
 待ち合わせをしようというメールが来たので、それにも肯定を返す。
 その際、出来ればダイヤを持ってきてもらえないかとお願いをする。
 適当な場所に出て……つけてくる人間を撒き、変身する。最近変質者多いから、それでつけられているんだろうか? 母もきれいだから、注意をしておかないと。
 ホテルのロビーで、私は政府の高官らしき人間に会った。ここに来るときも思ったが、随分と多くの視線を受けている。
 
「七英雄が一人に来てもらうとは、光栄です。私は防衛省大臣の野々村忍です」

「外務省の石塚徹です」

「ダークエルフの七英雄が一人、弓姫エリア・サーキュリィです」

 ローブのフードを取ると私は微笑む。野々村さんはほぅ、と息を吐いた。
 
「いや、ダークエルフなどこの目で見る事が出来るとは思いませんでしたよ。想像に違わずお美しい」
 
「ありがとうございます。大臣自ら来て頂けるなど、光栄の至りですわ」

 私は野々村さんと石塚さんと交互に握手をする。

「早速ですけど、ここは視線が気になります。場所を移動しませんか?」

「ここのレストランに席を取ってあるのですが、いかがですか?」

「この世界のマナーに自信が無いのですが、それでも良かったら……」

「では、こちらへ」

 石塚さんがエスコートしてくれる。私は石塚さん、野々村さん、それに多分SPの皆さんとレストランへ向かった。レストランでは、既に5人程席についている。
 
「陸軍と海軍、空軍から一人ずつ仕官を呼んでいます。どうぞお気になさらず」
 
 私は互いに自己紹介し、次に残り二人に目を向けた。

「こちらは我が国の同盟国のアメリカ国防総省のカート・マッケンジー氏とアメリカの外務省のロバート・スミス氏です。国防に関係ある事ですので、特別にご足労願いました」

 同盟国というイントネーションを強く言って、石塚さんは私に紹介した。私は少し眉を上げる。一応私は客人だ。初めて会う席でいきなり外国人と一緒というのは驚いてしまう。

「少し驚きましたわ。今度から会う約束を取り付けるときにお知らせ願いたいものです。私はエリア・サーキュリィと言います」

「いやいや、美人が来ると聞いていてもたってもいられず、無理を言ってしまいました」

ロバートさんが私の手にキスをする真似をした。カートさんが、それに続く。
 私は席について、アルコールは飲めないからと前置きして、ハンバーグセットとオレンジジュースを注文した。
 そして、石塚さんに目を合わせ、ダイヤについて聞く。

「それで、ダイヤは用意していただけましたかしら?」

「はい。ここに」

 私はダイヤをテーブルに置き、口の中で呪文を唱える。
 ぽう、とダイヤが光って私の頭に光線を放ち、しばらくして光が途絶えた。
 戦いの記憶を思い出すのは辛い。それでも、知ってもらわなくては。魔王の恐ろしさを。
 私はダイヤを両手で包み、ダイヤに焼き付けた映像を再生させた。
 ダイヤから出た戦場の映像に、静かに声を漏らす面々。

「これが魔物、これが魔王です。正直に言いましょう。私など来る必要はなかった。この世界の技術力はそれほどに高い。しかし、それでも魔王の事を事前に知る事で得るものもありましょう。魔王が来た時は、その位置をお教えします。これで私の仕事は終わりです。出来れば、魔王が死んだ後の鉱石を譲って頂ければ復興の助けになり、助かるのですが……無理にとまでは言いません。最も、魔法を使わないものに鉱石が必要とは思えませんが」

 映像はちょうど、魔王軍との戦いのシーンを写していた。音こそ無いが、皆食い入るように見つめている。箒や杖に乗って、魔弓を射続けるダークエルフ部隊。癒しの力で皆を癒すエルフ部隊。人間の魔術師部隊が魔術を放ち、地上からは獣人と人間の戦士が攻め立てる。召喚獣が吼え、竜騎士が突撃する。
 戦っている最中、リンダが両腕を切られ、連れ浚われる。
 リンダは魔王を倒した時には、魔王城で慰み者にされ、発狂していた。私は目を逸らし、唇をかんだ。リンダを発見したシーンも、入れてある。魔王の残酷さを、教えるのが私の仕事だから。
 ハンバーグがきたので、食べる。戦場を前にして肉なんて、と思うだろうが、その程度で食べられなくなるようでは七英雄などとてもではないが出来ない。
 大臣達も、上の空で食事を始めた。
 食事を終えると、野々村さんがナプキンで口を拭き、言った。

「実に……実に素晴らしい軍隊ですな。」

「ああ、全く素晴らしい。特にミズ・エリアの砲撃といっていいほどの弓は素晴らしい。さすがは七英雄なだけありますな」

 続けて、カートがすかさず褒める。

「ミサイル一発に及ぶものではありませんわ」

 これは謙遜でなく本当にそうだ。環境破壊という犠牲が大きいとはいえ、素直に尊敬できる。

「いやいや、個人レベルでこういう事が出来る、というのが重要なのです」

「先ほど復興という言葉を口にされていたが……ぜひ、協力させて頂きたい」

「復興支援に関して、日本はかなりの実績があります」

「あまりにも文化が違いすぎるので……。科学は便利ですが環境を犠牲にします。私達は森に住んでいるのです……魔王に大分焼かれてしまいましたが」

「何か助けになる事があるはずです。食糧支援とか」

「魔王ですら移動するのに十年掛かるんですよ? 今こうしている間にも我が一族が先頭にたって復興をしているはずですわ。それに、奥の手もありますし。そうですね……それでも、もし何かあったらよろしくお願いします」

「美女の役に立つ事は私の喜びです。ぜひ何かあったらお申し付け下さい」

「日本も、出来るだけ手を尽くさせて頂きます」

「あ、ありがとうございます……」

 なんだろう、この熱心さは。私は若干押され気味に頷く。

「しかし、十年も掛かるとなると国交を開くのは大変そうですな」

 その言葉で私は気づいた。彼らは国交を開く事前提で話をしているのだ! それで借りを作りたかったのか。

「ごめんなさい、我が一族に国交を開く予定はありませんわ。次元移動は危険が多すぎるもの。今回の遠征で来たのが私一人なのも、その辺に理由があるの。私からあげられるものは、魔王の情報以外ありません」

「しかし、たった一人で魔王を倒すおつもりだったのですか?」

 野々村さんの質問に、私は苦笑して答えた。

「予知で信頼を得て、現地で兵を訓練して……その人達を囮に、命と引き換えにして魔弓を撃って魔王を倒すつもりだったわ。その位の力はあるはずだから。余力があったら鉱石を転移させる事が出来れば完璧かな」

 私と同じくらいの魔力を持つ剣士……私の愛したパークトは、そうして死んだ。
 
「魔王の鉱石とは、それほどまでに有用なものなのですか?」

「それもありますが……魔王の子を逃がしたのは我らの失態。それに……私の愛した人達の仇をどうしてもこの手で取りたかった」

 私は自分の手を眺め、握り締めて言う。その手を、カートさんが取った。

「ミズ・エリア……そう思うなら、魔王とその僕を倒す為に手を貸して頂きたい」

「エリアさん、感動しました。兵の訓練、お任せしましょう」

「え……? で、でも……普通の兵士の方が強いし、魔法使いを育てるのは時間ばかりかかるし」

「いいんです、いいんです。そうだ、魔王はミサイルで倒せても、各地にやってくる魔物はそういうわけにはいかないでしょう? となると、警官の強化が必要です。そう、必要ですとも」

「ノープロブレム。貴方の全てを叩き込んでください」

 結局、彼らの大きな熱意の元、富士の樹海で訓練をする事になってしまった。
 とりあえず二ヶ月である。
 となると、母に了解を取らなくてはならない。
 私は家に帰ると、正座して母を待った。

「会心ちゃん、どうしたの、正座なんてしちゃって」

 私はダークエルフの姿へと変身する。

「お母さん、今まで育ててくれてありがとうございました。会心は、会心は地球の平和の為に富士に行ってきます。何も言わず、送り出してください」

「会、会心ちゃん? ダークエルフ? え、どういう事? 説明してもらえるかしら?」

 母は私の肩を抑えて、おろおろとしながらお茶を出す。
 どうにか説明を終えると、何故か母のテンションが上がった。

「まあまあ、魔法を使ってみて頂戴!」

 私が箒で飛んでみると、母のテンションはマックスである。

「凄いわー。さすが会心ちゃん、私の子ねー。お母さん、誇らしいわー」

 次の週、何故か私は空を飛んで出発することになり、箒に下げる袋に餞別のお菓子をいっぱい入れられる。お母さん、私、これから教導に行くんだけど……。秘密にしたいとも言ったよね? もう……。
 新兵に配る箒もあって、荷物がとても重い。
 ご近所さんが集まる中、私は空を飛ぶ。歓声が上がった。何故テレビ局が……。
 色々と突っ込みたい事はあるが、とにかく私は空を飛んだ。場所は確認してある。一日も飛べばつくだろう。



[15221] 魔王のこうせき(オリジナル)2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/08 20:01
『これから弓姫エリア様に教導を願う! 全員、敬礼!』

『サー・イエッサー』

 ええと、皆さん、なんで私の国の言葉を話せるんですか……。たった一週間しか経ってないよね?それと、とりあえず新兵をって話だったのにどう見ても歴戦の戦士です。カメラ要員もいるし、力の入れ具合がわかります。それだけ魔王退治に真剣になってくれているんだ、私の事を信じてくれているんだ。
 ならば、それに答えなくては。私は思い切って声を張り上げた。

『お前達は、前の部隊では歴戦の勇者だったかもしれない。だが、ここでは幼児からやり直してもらう。それでもいいという者はついて来い。全員、荷物を持って走れ!』

 私は箒で先導する。樹海の奥の奥まで行くと、大きめの木が多く、木と木の間が程よく開いている場所までやってきた。

『全体、止まれ! 全員、周辺の木で私と同じ事をやってみろ!』

 そして、木に触れたまま目を閉じて、大きな声で呪文を唱える
 木が急激に成長し、特に木の中ほどが急激に太り、大きな洞をいくつか作り出した。
 特に大きな洞には、枝のカーテンまでついている。

『これがお前達の住処となる。全員、木は良く選べよ』

 全員の顔が驚愕に染まる。しかし、とにもかくにも真似を始めた。一回目が終わると、私は兵の一人に木に触れて目を閉じているよう命じ、同じ呪文をかける。そこで、明らかに全員がほっとした。さすがに初日からそんな無茶はやらせない。
 全員の兵の木を大きくすると、それだけで夜になった。最後の木は、全員で術をかけた。これで感覚を少しでもつかんでくれればいいけど。

『木の洞は好きに使って構わない』

「じゃあ、これから箒への魔力の込め方を説明する。大事だからこれはこっちの言葉で説明するぞ。まず私がお前らにぶっ倒れるまで魔力を吸い取る呪文を使うから、魔力の存在を理解しろ。そして、私から魔力を吸い取られるのを防いでみろ。それが終わったら、吸い取られるのではなく送り出して、その力を箒へと送り込む訓練をする。それを寝ながら出来るようにしろ。第一段階、吸い取られるのを防ぐのは今日中に覚えろ。わかったか!」

『イエス・マム!』

「では、吸い取る」

 私は呪文を唱え、新兵達の魔力を容赦なく吸い取る。細々と吸い取ったら感覚を理解する事が出来ないからだ。新兵達の体が光り、その光を私は吸い込んでゆく。木の家を作るのはそれなりに大魔法だ。正直、この訓練はありがたい。
 結果。全員倒れました。一人ずつ叩き起こして魔力を動ける程度に戻してやり、食事・就寝。よく考えれば、昼も取らせてなかったな。明日はもう少し手加減しようか。
 日の出と共に起きだし、皆を起こす。食事を済ませたら、次の訓練だ。
 私は、念入りに手入れし、道具が無い中で出来うる限りの無色の魔力を抽出して込めておいた箒を取り出した。
 
「木々が太陽の光を浴びて喜ぶ、その感覚を感じて起きるのよ」

『イエス・マム!』

「今日は一人一人から魔力を貰うわ。そして、それを箒に込める。それが、貴方達の箒となるわ。これは毎朝行うわよ。一人目、来なさい」
 
 ありったけの魔力を吸い取り、そのまま箒へと流し込む。そして昼まで自由時間とした。もっとも、休み時間といってもぐったりして動けないだろうけど。
 私は昼に目覚まし時計をセットし、その間にお昼寝をする。
 起きて下を見ると、皆自主訓練を行っていた。どうやら、回復力は皆高いようだ。
 私は箒を使って下に降り、新兵の内一人と一緒に箒に跨って、箒を操作する。

「うおっ浮いた!」

「おお、すげぇ!」

「箒から伝わってくる、この感覚を覚えて。集中して。まっすぐ、右旋回、左旋回……違いがわかる?」

『ノー・マム!』

 順番に箒を操ってやる事を繰り返す。夜になる頃、一人が箒を浮かせた。
 夜、魔力を吸取る時、僅かながらに抵抗してみせたのもその一人だった。
 他の全員が倒れた頃、その人に箒を投げ渡す。その後、全員に魔力を配るのを忘れない。受け取る事を覚えるのも大切な事なのだ。本当は魔力の受け渡しはかなり乱暴な方法なのだが、期限は二ヶ月。贅沢はいえない。

「毎晩箒を抱いて寝て。明日の朝からは魔力を吸い取られるだけじゃなくて、自分から送り出してみるように。夜は吸い取られるのを抵抗するのを続けなさい」

『イエス・マム』

 朝、全員を起こして瞑想の仕方を教えて魔力の吸い取り。昼まで全員で瞑想すると、箒で飛ぶ練習。

『言っておくが、私は戻る道を覚えていない! 飛んで帰れない奴は置いていく!」

『イエス・マム!』

『前進、右旋回……次は……『右旋回』……よく出来ました。お前は一人で飛んでいろ!』

 一人が突出してよく出来るようだ。逆に言えば一人だけ。やはり魔法の概念が無い世界の人間に物を教えるのは厳しいか……。実は、自分の魔力を込めた箒を操るぐらいならば向こうではいきなり箒に跨らせても出来るものなのだ。
 しかし、これ以上簡単な術の覚えさせ方を私は知らない。普通は幼児期の瞑想で数年がかりでゆっくり魔力の存在を知っていくものなのだ。しかし、この演習はたったの二ヶ月。これで何とか新兵をそこそこまでにしなくてはならない。箒に乗るぐらいなら、それこそ誰でも出来るはずだ。頑張らなくては。
 次の日、朝起きたら既に皆起きていて練習をしていた。
 朝、飛べた奴が魔力を送ってきた。こいつはもう大丈夫、と。
 昼からの練習で、いきなり二人浮く。兵達のテンションが上がった。空を飛んだ感覚を勢い込んで話す二人に、真剣な顔をして聞き入っている他の兵達。私もテンションが上がった。三人大丈夫ならきっと他の人間も大丈夫。
 一人目はもう頃合か。既に自在に空を飛んでいる。

『そこの! 降りて来い。次の段階に移る』

『イエス・マム』
 
 私は箒を取り上げ、話しながら無色の魔力を箒に流す。

「いままで箒で飛んできたが、実は箒でなくてもある程度硬度を持った植物か魔力を良く通す鉱物なら構わないんだ。最も、それに乗って空を飛ぶわけだから大きさとか形とか重さが常識の範囲内に収まらなければならないわけだが……。そこで、自分と一番相性のいい鉱物なり木なりを探して職人の手でも自分の手でも市販でもいいから自分と一番相性のいい大きさと形と重さの箒と武器を作って来い。兼用でも構わない。期限は一週間。移動は全て箒で行え。飛ぶ分の魔力が無くなったら自分で込めろ。これが予算。領収書を貰って来いよ。領収書は箒の材料と加工費以外認めん。自分の感覚を信じろ! お前の中の魔力が最適な材質と形を求めるはずだ。アドバイスとしては私の世界で空軍に一番多いのは真ん中の柄の部分が平らになっている箒型と弓だ。期限は今この瞬間からちょうど一週間。行け! ほら、早く荷物を纏めて行け! 迷子にならず戻って来いよ。帰りはキャンプ地によって食料貰って来い」

「イエス・マム!」
 
 私に追い立てられて、新兵が出発する。それを呆然と見送り、新兵達は一層必死に飛ぶ練習を始めた。食料は一週間分しかなく、現在は四日目。後三日で外に出なくては食料が無くなると気づいたからだ。
 二人が何とか飛べるようになり、さらに三人が浮いた。
 夜になり、魔力をがっつり奪い取る。三人ほど抵抗してきた。
 翌朝、その三人が危なげなく魔力を送ってくる。これなら大丈夫だろう。
 三人の箒に魔力を込め、追い立てる。

「あ、あんな飛ぶの下手なのに出発しないといけないのですか」

『奴らは出来る! 私はわかる!』

「は、はぁ……イエス・マム!」

六日目。何とか大多数が浮く。さすがに抵抗は全員がするようになった。
七日目。ようやく全員が浮き、有無を言わせず出発させた。
帰ってきた兵用に最低でも鬼ごっこ出来るぐらい、出来れば戦えるぐらい飛べるようになっていろと置手紙を置き、ペイント弾と銃を置いて私も出発した。
私はまず森の中でいい感じの枝を伐採し、宝石店に向かう。予算は十万。政府も奮発したものである。その範囲で最も惹かれるエメラルドとルビーを手に入れ、枝を杖に加工して杖にエメラルドをはめる。
枝は弓に加工してルビーを装着。紐と矢は魔力で作る事にする。魔王退治の時には魔物の鉱石を嵌めた鏃を使って魔物を倒すのだが、今は訓練が出来ればいい。魔物の鉱石を除いた材料は後から届くし。
富士の樹海の麓の辺りで久々の弓を練習し、一週間たっぷり使って私は帰った。
さて、どうなっているか。
帰ると、新兵達が木々の間を新しい箒を使って自在に飛び回って鬼ごっこしていた。
感動である。新しい箒を使ってという事は、魔力を補充するやり方を覚えたという事だ。
それに、明らかに駄目な箒に乗っているものもいない。スケボーっぽいのは何人かいるが、十分許容範囲内だ。いや、かなり小回りが利く点で優れている。

『お前達、よくやった。幼稚園児レベルは卒業だな。次は武器での殴り方を教える。皆集まれ!』

 私は手製の弓に力を集中し、若干弓が光った。特にルビーが強く輝いている。

「手を出して、感じ取れ。そして自分でもやってみろ。武器に魔力を込めた後、作動させるんだ」

 新兵達は恐る恐る手を差し出し、実際に触れて手を引っ込めた。

「熱いです、マム!」

「触るな、感じろ!」

 その夜、全員の魔力を纏めて吸い込む。一週間ぶりに関わらず、全員が強固に抵抗した。
 この訓練は今後も続けよう。
 一週間かけて全員の武器が光るようになった。やはりというか、宝石を嵌めた杖タイプの武器が一番早く、銃をそのまま持ってきたものが一番遅かった。
 
「うおっ杖が燃えた!」

「ほう、お前は魔法戦士の適正があるようだ」

「俺も燃えた!」

「お前は炎の魔術師としての適正があるようだ。そこのお前、性質変化は無いがこの中で一番強いぞ」

 全員の魔力の込め具合を見て回る。

「次! 魔弾を撃つ! 何かを撃つタイプの武器は実弾に込める場合と魔力だけを撃つ場合にわける。その他の武器は魔力だけを撃つ場合の訓練だ」

 これは三週間掛かった。これは才能が大きくわかれる所なのだ。向いているものはすぐに出来るが、向いてないものは微弱な光を出すだけの段階から抜け出すのに大分かかった。後二週間でこいつらをまともに? 基礎の基礎しか終わらんな……。平和な毎日で腕が鈍ったのだろうか。以前なら二ヶ月もあればとりあえず戦場に送れるほど教育が出来たのに。……そして、平和な時ならそれに50年かけたのだ。
 私ははるか遠くに消え去った日々を思い出して苦笑する。
 はるか昔の私なら、こんな教育方法、無茶だと大反対しただろう。
 私は箒に乗って浮き上がり、皆にもそれをさせた。
 
「よし、次は魔法障壁の発生方法を覚える。これは何年も時間をかけてするものなのでテレパシーを使う。本当はこういう教育にテレパシーを使うのは良くないのだが……。みな、意識を集中し私に続け!」

 驚くべき事に、これは全員が三日で覚えた。今までの時間のかかりっぷりが嘘のようだ。しかし、殻の強度は脆弱なようだ。

「教官! 見てください、教官」

 そして新兵の一人が呪文を唱えると、私の体から魔力が吸われた。しばらくいいようにさせてから抵抗する。

「よく覚えたな。お前は才能があるよ。よし、基礎課程最後の訓練だ。最後は身体強化だ。私の腕を強化して見せるから、魔力の流れを感じてみろ」

「テレパシーはだめですか」

「あれで覚えると応用が致命的に利かなくなるから駄目だ。魔法障壁はまともに習えば面積や形や強度を色々変える事が出来るが、お前は出来ないだろう?」

「なるほど」

 新兵達がぺたぺたと若干太くなった私の腕に触れる。
 要領のいいのが一日で覚えた。ただ目を瞑っているだけだった瞑想も、いまではまともになってきている。
 午後の初めは空戦の訓練を追加した。魔法障壁に私が魔力抵抗値を上げる術をかけたので、攻撃をもろに食らっても死ぬことは無いはずだ。
 一週間して全員が自在に身体強化出来る様になったので、一日組み手に費やして、残りの三日は自主訓練と個別指導とする。
 それぞれにもっとも適正のある簡単な呪文を教えた。
 新兵達を連れて、キャンプ地へと戻る。上官たちと科学者が、待っていた。

「とりあえず、基礎の基礎は教えました。でも、本格的に呪文を覚えるとなると、学問ですから何年もかかります」

「いえ、ご活躍は聞いております。何でも、一週間で全員を飛ばしたとか。それだけでも十分ですよ」

 とりあえず、成果として日米に分かれた空戦と組み手を見てもらう。

「おおっ炎の弾を出した!? あっちは氷?」

 科学者達のテンションが半端無い。
 組み手が終わった後、一番要領のいい男が杖を掲げる。男が呪文を唱えると、杖についている宝石から顔が三つの子犬が出てきた。

「ケルベロス、召喚!」

 ごくごく小さい子犬だが、たった二ヶ月の訓練で出せるようになったのだからたいしたものだ。
 私が拍手をし、科学者達も拍手した。そしてケルベロスを召喚主ごと捕獲していく。
 二、三番目に要領のいいのが回復呪文を傷つけた動物にして見せた。
 この三人だけは、今までの系統等は違う事を教えている。この三人なら期間内にできると信じていたからだ。とはいえ、かなりぎりぎりになったが。

「どうですか。今はまだこの程度ですが、自主訓練を重ねれば威力も上がってくるはずです。最後にご紹介した三人を含む幾人かは才能がありますので、次のレッスンにも十分に対応できます。成績表はここに」

兵士の元々の強さも相まって戦場に行けるぐらいの強さは得たはずだ。少なくとも下級の魔獣は倒せる。私はどきどきしながら反応を待った。
 
「いや、素晴らしい! 魔術師部隊の完成というわけですな」

「早速研究所に兵士を連れ帰って色々な検査をしましょう。魔術の解明、いや、血が沸き肉が踊りますな」

「あの、次の技術交流の時には私にメンバーを選ばせてもらえませんか。魔力の高い人間を選びたいですから」

「お安い御用ですとも。すぐ次の生徒の準備をしましょう。次の演習もここで……?」

「初めて魔力の扱い方を得るならば深い森でないと駄目です。精霊が大勢いる森でないと。今回の生徒はもう森以外の場所でも大丈夫でしょう。感覚は完璧に覚えましたから」

「なるほど、なるほど。ところで交流の事は考えてくれたかね? 二つの世界が手を結べば、より確かな対魔王包囲網を築けるだろう。魔王を倒したという意見を聞きたい」

「正直、この世界には既にこれだけ優れた技術があるのに何故私の世界の技術に拘るのかわかりませんわ。確かに、こちらの技術は大地を汚しますが、改めるつもりもないんでしょう? そうやって発展してきたもの。こちらは宝石の産出量もずっと少ないし、森も少ないもの。私たちの世界の文化様式で暮らす事も不可能だわ。森で暮らすつもりもないでしょ?」

「宝石量の産出量がずっと多い! ……いやいや、それをいうならそちらの森も大分焼かれてしまったのでしょう? この世界の技術が役立つ場面もあると思うのですがね。交易はどうしても駄目なのでしょうか?」

 そこで、私はようやく気づいた。宝石はこちらではよほどの貴重品だ。
 私の世界と交易する事で何かしらの利益を出したいのだ。けれど、この世界はなんだか怖い。文化の方向性が違いすぎるのだ。この世界の大地の汚れっぷりは半端ではない。
 
「なるようになるでしょう。それが運命ですわ」

「運命など叩き壊すものです」

 きっぱりと言われたそれに、私は目を見開く。そして、微笑んだ。そういう前向きな考えは私は嫌いではない。私自身が後ろ向きな考えばかりしているから。そうだ、久々に連絡を取ろう。連絡を取るだけならリアルタイムでも出来るはずだ。




















この作品のプロット

エリア「この世界を魔王から救う為にやってまいりました、エリアです。」

部下「大統領! 魔王をミサイルでげき……むぐぅ」

エリア「は、はい?」

大統領「話を聞こう、ミズ・エリア。所で君の世界へはどうやっていくのかね? どんな土地なのかね? さっき使った魔法とやらはどうやって使うんだね?」



[15221] 魔王のこうせき(オリジナル)3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/09 16:14
『エリア。何か問題でも起きましたか』

 げっそりした様子の大司教様が答える。私は軽い思いつきで大司教様のお時間を削った事を深く後悔した。

『いえ、ここの世界は凄まじい勢いで大地を汚すという欠点はあるものの素晴らしい技術力を誇っています。魔王は苦も無く倒せるでしょう。こちらの世界の人間がそちらと接触を持ちたがっています。ぜひ援助したいと』

『なんと……魔王を苦もなく倒せると。援助ですか……実は、魔王の鉱石を巡って戦いが起きようとしているのです。魔王と魔物の鉱石を使った戦いは魔王との戦いすら凌ぐ大規模な戦になるやもしれません。せめて女子供達だけでも戦火から逃れさせたいのです。特に元から数が少なかった獣人とエルフ族、ダークエルフ族、竜族は途絶えてしまう……。ドワーフ一族も避難先を探しています。しかし、行き来には二十年も時がかかる』
 
 それに私は深いため息を吐いた。

『という事は、つまり人間の国の大国同士が争っているのですね。それは、すぐにも避難を開始しなくてはエルフやドワーフ達は浚ってでも引き抜かれましょう』

『そうなのです。大神殿に避難させる事で守ってはいますが……人間の女子供も戦火を逃れて我が神殿に来ています。貴方が倒した四天王カチスの鉱石でラピスの実を育て、賄ってはいますが正直限界で……』

『わかりました。相談してみましょう。この地は山も多く、住む場所に心当たりもあります。あれだけ熱心に支援を申し出てくれましたから、ほんの少し……一年ほど置いてもらう事ぐらいは快諾してくれるはずです』

『一年といっても、全ての部族と人間の避難民をとなると3000もの大所帯となります。いや、この調子で行くと5000人に届くかもしれません。それに、戻るときはどうします。魔物の鉱石はそちらにはないのでしょう?』

『相談してみましょう。幸いここは戦火から遠いし、宝石は用意する事は出来ないものの、保存食は手に入ります。落ち着いて、心静かに移民の準備が出来るでしょう。大司教様のお力をもってして、神の導きに従って落ち着いて探せば、よい移民先も見つかりましょう。住み慣れた世界を離れる事の傷み、この私が一番良く知っております。しかし、最も繁殖力の強い人族が覇権を握る事、まさしく運命だったように思います。人族しかいないこの地に住んでいると、それを痛感します。我らは人族のいない地にて、新たなる出発を得ようではありませんか。この七英雄が弓姫エリア、移民の為の四天王ないし魔王の鉱石、必ずや手に入れて見せます』

『しかし、ならば人族の難民はどうします』

『戦争が終わりそうな気配を見せましたら、元の世界へと送り返せばよいかと。人族も同族ならばおとなしく受け入れましょう』

『そうするしか、ないのでしょうね。わかりました。移民の準備を始めましょう』

『では、また連絡します』

 連絡してよかった。まだ、私に出来ることがある。私のいる意味がある。
 私は喜びに身震いして立ち上がった。
 樹海の地図を調べなくては。
 その日、私は外務省の石塚さんに連絡をした。大切なことなので、翌日にレストランで会って話す事にする。

「樹海全体を一年だけ間借りさせてくれませんか? 出来れば食糧支援も……向こうの難民を受け入れたいのです」

「すぐに国会で法案を提出しましょう。しかし、一年だけで大丈夫なのですか? 日本には貴方方を受け入れる準備がありますが。いや、ぜひ受け入れさせて欲しい。貴方方を、日本人として受け入れたい」

 その言葉に、私は微笑んだ。この国の人は、優しい。しかし、このままでは私達の一族は人間族に淘汰されて消えてしまうだろう。種の保存の為にも、他の世界に移動するのは大切な事なのだ。

「ありがとうございます。大司教様にも今の言葉、しかとお伝えしたいと思います。しかし、私達は種の保存をしなくてはなりません。新天地を探し、そこに移り住むのがよいでしょう」
 
「ほう……新天地。エリアさん、どうかお願いがあります。その新天地に移動するという事、どうぞ日本にも一枚噛ませてください。元いた土地を紹介するだけでもいい」

 石塚さんが、頭を下げる。

「元いた世界がどうでもいいと思っているわけではないのです。やはり私の世界に、貴方の世界の文化は沿いません。それに、日本は、特に移民するほど困っている様子を見受けられませんが……」

「いやいやいやいや、そんな事はありませんとも!」

 石塚さんが身を乗り出したときだった。

「これはこれは、面白そうな話をしていますな」

「我々も一枚噛ませていただきたい」

「あ、貴方達は……ロバートさんに、中国大使の李青さん、ロシア大使のミハイルさん!」

「いやはや、こんな所で美人さんに会えるとは、偶然ですな!」

 ロバートさんが席へと座り、李さんとミハイルさんが続いた。

「日本ばかりがいい思いをするというのはあまりにもずるい。我が中国には、新たな土地が必要です」

「アメリカばかりが拡張するのはバランスをとる上であまりいい傾向ではありませんね。魔王の問題は世界の問題。国連にはかり、戦闘訓練も世界で取り組むべきです。我がロシアはすでに魔法科を立ち上げています」

「いや、こちらとしても困っているのですよ。日本がダイヤを保持したままなのでね。しかし画像データは手に入れているのでしょう?」

 私は戸惑ってしまう。ただ、皆さんが私に協力してくれる事に大いに乗り気だということはわかった。この熱心さはなんなのだろう?

「日本はあまりにも狭い。アメリカは既に移住先を用意してあります。いかがでしょう?」

「あ、ありがとうございます、でも……」

「そうですかそうですか! いや、良かった!」

「既にエリアさんは日本の富士の樹海に住む事を承諾しています!」

「訓練の日程を……」

 その時、私は大司教様が呼んでいるのを感じた。

「すみません、大司教様が呼んでいるので、失礼して大司教様と会話させていただいてよろしいでしょうか」

「「「「どうぞどうぞ」」」」

 全員妙な機械をセットする。あれは何だろう?
 大司教様とチャンネルをつなげる。大司教様は、昨夜見たときよりずっとげっそりしていた。

『エリア、大変な事になりました。移民は中止です』

『何があったのですか、大司教様』

『昨夜、魔王が十五年後に復活するとのお告げが出ました。この世界を見捨てる事、我らには出来ません。もう一度魔王を倒せるとは思えませんが、我ら最後の一人となろうとも戦います。エリア。できたら貴方も、魔王の死を見届け次第戻ってきて下さい』

 七英雄の一人として、気絶するような失態は何とか避けた。しかし、大きな衝撃に私の顔色は真っ青になった。魔王が、復活する? あれだけ苦労して倒した、魔王が。パークトは、こんな絶望の時、どうしただろう。そうだ、彼はきっと笑ってこういう。俺が倒してやるから、心配するなと。そして、魔王が倒れた暁には、種族の違いを超えて、結婚しようと……。パークトを思い出し、私の目から涙が零れ落ちた。

『大司教様……可能な限り、可能な限り急いで馳せ参じます。私は常に大司教様の御心のままに。……大丈夫、元から私一人で魔王を倒す予定でしたもの。必ずや魔王を倒し、平和に導いて見せますわ』

 なんとか、それだけ言った。私は笑えているだろうか? 大司教様は、ゆるりと首を振った。

『エリア……。思えば貴方は、異界へたった一人で魔王を倒しに行けといった時も、たった数十年しか寿命の無い人間に生まれ変われと言った時も、当たり前のように受け入れて。パークトもそうでした。そうして太陽のごとき明るさで、私たちを導いた。しかし、パークトは戻ってきてはくれなかった……。本当に、貴方達にばかり苦労をかけて……』

『大司教様、なりません! 大司教様が迷われれば、我らはどうすればいいのです』

『苦しまれる事はありません、大司教様』

「ロバートさん!?」

『エリア、この方達は?』

『ああ、この方達は、この世界の大国の大使や外交官達です。石塚さん、ロバートさん、李青さん、ミハイルさんです』

『ご紹介に上がりました李青です。大司教様、十五年後ならば十分救援が間に合うではないですか』
 
 その言葉に、私は目を見開く。それは確かにそうだ。しかし、いいのだろうか?

『しかし、異世界人である貴方方にご迷惑をおかけするわけには……』

『世界の存亡の危機に迷惑だなどと言っている場合ですか。わが国も、全面的に支援させて頂きます。大司教様は、私達の世界の為に七英雄の一人、エリアさんを送ってきてくださった。その慈悲に応えたい』

『避難民は予定通りロシアに送ってください。人類は、ようやく自分達以外の知的生命体に出会えた。私たちも、貴方達という種族を失いたくはないのです』

『ちょっと待ってください。大司教様、避難民は日本に送られる事になっているのでそこの所はよろしくお願いします』

『我がアメリカは、貴方の世界と友好を結びたいのです』

 四人は口々に援助を申し出る。

『しかし、異世界人に戦いを任せ、自分達は避難するなど……。せめて、私は残って戦列に加わりましょう』

『『『『いいんです、大司教様はぜひこちらにいらっしゃってください』』』』

『大司教様は、避難民に必要なお方。恥や外聞を考えるより、まずは弱い民達の事をお考え下さい』

『そうです、何も心配せず、全てを任せて頂ければいいのです』

『魔王は我らの共通の敵。互いに出来る事をして、助け合いましょう。出来ることを、ね……』

 大司教様はしばし考えた後、決断をなされた。

『援軍を、受け入れましょう。急ぎ避難民を送ります。援軍の相談はその時に』

 四人が思い思いのガッツポーズを取る。

『『『『ありがとうございます、大司教様!』』』』

 お礼を言う相手が逆じゃないかと私は思ったのだが、それで通信は終わった。

「エリアさん、大司教様がこうおっしゃっているのです。交易に、否やはありませんね」

「何故……私達に、そこまで良くしてくれるのでしょうか?」

 石塚さんが、え、何当たり前の事言ってるのこいつ、という顔をする。その後、可哀想なものを見る目をして、申し訳ないような顔をして、最後に笑顔で言った。

「人間、困った時は助けあいが大事なんですよ!」

 しかし、笑顔で言われた言葉に私は深く納得した。

「そうですよね。助け合いが大事なんですよね」

 納得しつつも、七英雄としての私の感覚が警鐘を鳴らしているのを感じていた。彼らは復興をする、魔王を倒すといっているのに、何故だろう? しかし、これ以外に出来る事などないではないか?もう一度魔王が現れたら、今度こそ人間はともかく他の種族は滅びてしまうのだから。そして、それは確かに正しかった。しかし、この時の私は知らなかったのだ。私達の一族を生かすための代償に差し出した物の大きさを。
 一週間後、大司教様は石塚さんと打ち合わせをして、富士の樹海の使用許可と動植物の採取の許可を貰った。それと、十年後に食料をわけてもらう契約する。移民の準備のめども立った。そして、冬になる頃、大司教様達は出発した。連絡の取り合いは、人間の司祭様が執り行うこととなった。
 さて、冬。私は忙しく動いていた。
 今、国会では憲法9条と魔王の扱い、私の世界での自衛隊の装備について大論争が起きている。リンダのあの映像は、傷ましい事に公衆の面前で何度も再生されている。しかし、それも自衛隊が武器を持って私の世界に行く為には必要な事なのだ。正直、明らかに敵意を持っている魔王という存在に対してそれでもまだ集団的自衛権がどうこう言っているのが信じられない。しかし、それもまたこの世界の文化なのだし、私の世界でも七英雄のヒエラが無駄と知りつつ話し合いに出向いた。何も言うまい。
 国会での証言にも出た。私は、魔王との辛い戦いを、話し合おうとして一人出向き、狂うまで嬲られた七英雄のヒエラの話をした。ダイヤをいくつか持ってきてもらったので、その助けを借り、いくつもの映像を流した。しかし、国会の議員達は魔王にも興味を示したが、私達の種族や私達の世界に強い興味を抱いているみたいだった。
 外国の著名人とも話をした。戦いの様子を事細かに話す。
あの私が選抜した兵士達の座学の授業もあった。

「風の精霊の力を借りた呪文はこんな感じ。借りない呪文はこんな感じ。感じろ。森と市街地を飛んでみて、違いは実感しているはずだ」

「座学でも感じろが授業の大半なんですね……」

「こりゃ魔術師以外に教えられんわ……」

「HAHAHA、ならば俺がわかりやすく再構成してやるぜ」
 
「ジャック、その調子だ。俺達も頑張るぞ」

「ああ! ケルベロス、そんなとこでおしっこしちゃめっ」

「私語が多いぞ。皆、教本の暗誦をしてみろ」

「「「「「イエス、マム」」」」」

 教本の暗誦をさせながら、私はため息をつく。
 大司教様、私、頑張っていますよね?





[15221] 魔王のこうせき(オリジナル)4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/10 07:35
 あれから、三年がたち、私は小学二年生になった。私の必死の説得は功を奏し、めでたく魔王は……映画になりました。何故こうなったのかわからない。私は魔王退治の為に色々話していたのではなかったのか?とりあえず、映画は大ヒットした。ストーリーは、私、エリアの視点から見た魔王襲来から討伐、この世界に旅立つところまでだが、しっかり次回作予告編もついている。
 ちなみに予告編では私が予知をしている場面とか、レストランでの会談の場面とか、訓練の風景とか、移民の話とかだ。
 つまり現状。魔王が近づいてきているのは感じてきているので、警戒態勢は引いてもらっている。ノンフィクションだし、ドキュメンタリーって表示もある。実際の映像や音声もいくつか使ってある。それでも、娯楽用に多少手は加えてあるし、私達の戦争がちゃかされてはいないだろうかと随分と悩んだ。
 見る人はファンタジー映画のように見ているからなおさらだった。類似の小説も売り出され、ファンフィクションが氾濫するのを見ると吐き気がした。人が、人が死んでいるのよ!
 
『きれい事にしないで。人が死んでるのよ!』

『吟遊詩人のあの歌が、人々に勇気を与えるんだよ。エリア、人はどんな時でも笑って前をみる力を持っているのさ』

 これも…これもそうなのかな、パークト?

「ふぅ……」

「憂鬱そうですね、エリアさん。あの映画の事ですか?」

「何でもお見通しなのね、野々村さん」

「エリアさんは実際の被害者ですからね。心中お察しします。しかし、その代わり護身術を習う人が増えているんですよ。理解者が増えて、防衛費もようやく二倍近くまでアップさせてもらいました。軍で魔法の研究を始めたのも良かった。あのお陰で予算が大分認めてもらえました。魔王が攻め込んでくれば、憲法9条の改正も出来るでしょう」

 その事については私と野々村さんは戦友だ。この国の左派というのはとても強くて、魔王が無差別殺人者だと言っても中々理解してくれないのだ。お嫁さんが欲しいだけかもしれないじゃないとか、耳を疑うような酷い言葉を投げかけられた事もある。
 野々村さんも、何度も大臣を下ろされそうになって、それでも頑張ってくれた。私も、魔王問題を抱えている状況で軍のトップがころころ変わるのは理解できないと援護した。左派の大臣がつく事だけは、なんとしても避けたかったのだ。私は今、国会に防衛省に警察にと、ほとんど学校に行く暇がない。この前、テストで最悪に近い点数を取ってしまい、母が怒鳴り込んだ。なので、野々村さんに勉強を教えてもらっている所だった。防衛大臣に子供の勉強を教えてもらうなんて、恐縮で申し訳ないが、暇な時間はほとんどないのでこの時間を利用するしかない。

「まあ、今度のテレビ出演の時に、その辺に触れてみてはいかがです? しかし、あれですな。転生すれば、授業など楽勝だと思っていましたよ」

「言わないで。私だって、私の世界の学校をやり直すなら楽だったわ。言葉を覚えただけでもほめて欲しいものね」

 理科の教科書と睨めっこする。こちらの世界の子供達は随分難しい事を勉強するものだ。目指しているのは、当然防衛大。中学までは公立の学校に行くが、いい高校に入れるかどうかが問題だ。そもそも高校に入れるだろうか? 試しに過去問題を見て、めまいがした。学者だ。これは学者の仕事だ。私は曲がりなりにも魔術師として、インテリの部類に入ると思っていた。プライドは当の昔に粉みじんである。
 防衛大なんて、魔弓が撃てれば入れるんじゃないの? と文句を言いたいところだが、この世界の科学は、軍人にも頭の良さを要求するのだ。それこそ、異世界の言葉を一週間で覚えてくるほどの。ああ、体も鍛えなきゃ……。
 
「はっはっは。私もそちらの言葉を覚えるのに苦労しましたから、気持ちはわかります。言語学者はお祭り騒ぎでしたがね」

「映画を作るときに会ったけど、とても流暢な言葉だったわ」

 目は理科の教科書を睨みながら、受け答えする。その時、私は衝撃に震えた。

「来る……来る!」

「魔王ですか!」

 野々村さんが立ち上がる。

「わかる……後一日で魔王が来るわ。方角は……あっち。凄く遠く」

「あっちと言われても……」

 私が指を指すと、野々村さんが戸惑ったように言った。

「海。海よ」

「わかりました。君、コンパスと地図を持ってくれないか。それと、厳戒態勢に。全員家の中に避難するよう非常事態警報を流しましょう。各国にも連絡しないと」

 その時、扉を開けて待機していたケルベロスの高木さんがやってくる。

「野々村大臣! ケルちゃんが、ケルちゃんが何故か暴れるんです。それに何かとても嫌な予感がする。これはいったい……」

「貴方も感じているのね……。大臣、急ぐ必要はありません。時間はまだ一日あります。外出禁止令は明日の朝からで十分でしょう。私はこれから家で休みます。魔王が来ても、向こうが送ってくれた武器が届かない事には何も出来ないし、武器もそちらに届く予定だから。そして、届いたら……出撃、します」

 気がつけば私の胸は憎しみに燃え、口は勝手に出撃の言葉をつむぎ出していた。

「教官! 私も一緒に行きます」

「高木さん……貴方はこれからの日本に必要な人間です。私はただの異邦人。魔王退治のめどもついている。私は……私は、仇を」

「大司教様はどうするのです!」

 野々村さんの言葉に、急速に頭が冷えた。そうだ、こちらの世界に先に来ている私が率先して大司教様をお助けしないと。私は、笑った。

「どの道、四天王は倒さないといけないのよ。無理そうだったらすぐ逃げてくる。必ず生きて帰るから、大丈夫よ。心配しないで。私は七英雄が一人よ」

「いけません、エリアさん。貴方の本体は、まだ小学二年生なのですよ。無茶は出来ないとご自分で言っていたではありませんか。国連の議決で、四天王の鉱石の一つはエリアさんに渡すと約束したでしょう。貴方は、ここでどっしりと構えて皆を落ち着かせてください」

 野々村さんは、私を落ち着かせる。私は不承不承頷いた。

「わかりました。私の生徒達には今日は十分な休息を取らせてください。精霊が何か有用なお告げをしてくれるかもしれません」

 野々村さんと一緒に会見をする。とにかく、落ち着いて数日分の食料を買ったら出来る限り自宅待機するように言った。

「全員、落ち着いてください。魔王は決して倒せない存在ではありません。ただ、念には念を入れて、明日明後日だけ自宅待機してもらうだけです。人類には核があります。早々に負ける事はありえません。エリアさんの予定をお聞きになりますか? 魔王が来るまでゆっくり睡眠を取る事ですよ」

 会見を終えると、私は次々とかかってくる感覚が鋭い生徒達や友人の電話に対処しながら、仮眠室に入った。今日が終わるまで、まだ時間がある。これの対処が終わった頃に眠ればちょうどいいだろう。
 
 魔王が、笑って私を見ている。

『臆病者のエリア、こそこそと隠れて遠くから矢を撃つしか脳がないエリア。わかるぞ。我の後ろから道具が向かっているな。今、道具のつく場所に四天王を向かわせてやる。そこには、お前のここでの母がいるのだろう? 犯してやる。母子そろってな』

 私は飛び起きた。汗をびっしょりとかいている。落ち着け。落ち着け。まだ時間はある。

「野々村さん、私の母の家が狙われているわ。道具を受取る関係で、母をあそこから移動させるわけにはいかないの。四天王が来る。私が時間を稼ぐから、母をお願い。それと、すぐに家の周辺の人々を避難させて」

「わかりました。ロケットランチャーを持って行かせます」

 野々村さんの言葉に、私は目を見開く。そうだ、この世界には科学がある。

「ありがとう、野々村さん」

「いえいえ」

 私の弟子達から、次々と魔王の襲撃予告状が届く。直ちに避難が行われ、人々は固唾を呑んで見守った。私は家に向かい、自衛隊の皆さんと母と共にお茶を飲んでいた。この世で最後に飲むお茶かもしれないので、じっくりと味わう。見ていて、パークト。私は、今度こそ愛するものを守ってみせる。
 私は目を閉じた。魔王が、来た。野々村さんに電話する。
 
「魔王が来たわ」

「今確認します。…………何!? 画面に映せ! これは……魔王城とでもいうべきか……む、何か飛翔体が……」

「魔物ですわ。迎え撃ってください」

「しかし、最初の一発が着弾し、攻撃行動に移るまでは反撃できないのです」

 私はため息をつく。それでも、話し合いの大使を殺されてからでないのは、大きな進歩だろう。私は立ち上がり、杖と弓を出した。貯めたお金で買った宝石付きの鏃も用意してある。そして、鏃にはたっぷり魔力を込めている。

「会心ちゃん……いっちゃうのね。必ず、生きて帰ってきてね」

「お母さん……必ず、戻ってくるから。皆さん、配置についてください。もうすぐ……そうですね、30分ほどで奴が来ます」

私は窓から出て、杖に乗って屋根の上に向かった。そこで、じっと敵を待つ。……来た。

「ヒヒヒヒヒ。エリア。お前は魔王様の奴隷となるのだ!」

四天王が光の鞭を奮い、それはたやすく私の障壁を通過した。紙一重で避けた私は、呪文を唱える。

「サキュサキュサキュ……リズラート!」

 宝石の鏃を弓につがえ、撃つ。砲撃ともいっていいほどの大きな光が、四天王の足をかろうじて貫いた。

「ヒヒッヒヒーヒヒヒ! 痛い! 痛いぞ小娘! 殺してやる」

あんまり効いていない!? 鞭が何十にもなって私に襲い来る。この数は、避けられないっ……そう思ったときだった。後ろから、ミサイルが飛んできて鞭に当たり、大爆発を起こした。

「攻撃されたことを確認。与えられた権限により反撃する。……10歳の女の子にだけ、戦わせてたまるかよ!」

 そこには、自衛官が、ロケットランチャーを構えていた。

「ヒヒヒヒヒ。食らえ!」

 四天王が魔物の鉱石をばら撒く。その一つ一つが魔物となる。
 魔物の内一匹の眉間を過たず銃弾が貫く。そして、魔物が鉱石へと戻った。

「オッケーオッケー。あれは鉱石あれは鉱石」

「ヒヒ!? お前、女だな。お前も奴隷にしてやる! 魔王様の子を産めぇ!」

「一昨日おいで!」

 自衛官達が銃弾をばら撒く。

「サキュサキュサキュ……リパスト!」

そうだ、今の私は一人じゃない。じっくりと弱らせ、狙い、敵を倒す。その贅沢が、許されている。

「ヒヒヒ、効かないぞ!」

 く、やっぱり宝石の鏃でないと駄目か。しかし、それもあまり効かないみたいだし……仕方ない。
 私は杖に乗って空を飛びながら、タイミングをうかがった。
自衛官の撃った銃が、四天王に当たる。その瞬間を、私は狙った。

「サキュサキュサキュ……ザザクロス!」

いくつもの鏃を一本に解け合わせて砲撃する。それは、見事に四天王を貫いた。

「ヒヒーヒヒ! ……やるな、小娘。このモンクス、怒ったぞ」

モンクスが鞭を束ね、一本にして攻撃してきた。私は軽く避けるが、家が音を立てて壊れ、屋根の上に立っている自衛官さんが落ちた。急いで、受取る。

「すまん、助かった」

「お母さん!」

 お母さんは、潰れた家の中に倒れていた。まだ生きている。早く、助けないと。
道具は、まだなの!?
鞭が飛んできて、私は弾き飛ばされる。
血が流れ、ふらついた隙にモンクスに捕まった。

「ヒヒっまずは手足を折ってー」

 その時、モンクスの背後が爆発した。私は地面に投げ出される。
 その時、本当に軽い音を立てて、地面を水晶が叩いた。
 私は、水晶を引っつかむ。

「いやあああああ!!」

 ロケットランチャーでモンクスを襲撃した自衛官が、襲われるという時。

「サキュサキュサキュ……ザザクロス!」

 私は弓を番え、入れてあった魔物の鉱石の鏃をいくつか引っつかみ、それを一本に合わせてモンクスの頭を貫いた。
 鉱石となったモンクスを水晶に仕舞い込む。
 大司教様の、馬鹿……。こんなに、こんなにいっぱい物を詰め込んで……。物資が、何よりも必要なのは、そちらの世界じゃないですか……。魔物の鉱石だって、この世界にはいっぱい溢れかえる事になるのに……。こんなに、こんなに……。いっぱいのものをっ……。いけない。母や、母を守ってくれていた自衛官を助けなくては。
 私は、泣きながら母と自衛官を助け出した。



[15221] 魔王のこうせき(オリジナル)5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/10 19:41
 私は自分の手術が終わると、病院で母についていた。手術はするまでもないと思っていたけど。痛ましいものを見る目で、傷跡は残ると医師は言った。そんなのぜんぜん構わない。私は戦士なのだ。今は、それよりも。

「会心ちゃん……無事でよかったぁ……」

 母が差し出した手を、握る。目から涙がいくつも零れ落ちた。いけない、私は七英雄なんだから。しっかりしなきゃ。

「お母さん、お母さん、お母さん……」

 駄目だ。私は泣きじゃくって、お母さんに縋っていた。回復呪文の込めた宝石は、荷物の中にあった。けれど、お母さんと自衛官の怪我を確認し、命に別状はないと判断した私は使わなかった。最低だと思う。もちろん、回復呪文はかけたけど。つけていたテレビでは、野々村さんが憲法9条の改憲の必要性について熱く語っていた。そして、正式に魔王城と全世界が戦争状態になったと発表された。魔王は太平洋に落ち、日本とオーストラリア、カナダ、アメリカ合衆国、ロシア、中国、アラスカが最前線国となった。特にハワイは、民間人の避難でてんてこまいだ。
 第一次の撃退は成功し、今は魔王軍は引いているようだった。

「エリアさん……こんな時にこういう事を言うのは心苦しいですが、皆が待っています。アメリカとロシアが四天王の鉱石を得たので、援軍の編成を行いたいと。幸い、日本もエリアさんとは別の鉱石を得る事が出来ました。復興支援させて頂きますよ」

 石塚さんが病室を訪れ、花瓶に花を添えた。そして私に宝石のついた矢を渡してくれる。そういえば、回収していなかった。私は石塚さんに深く感謝した。

「四天王全員を倒したと!? い、いえ……こんな……こんな状態で援軍を? いいんですか? 魔王を倒してからでも……」

「それは……貴方の世界を救いたいのです」

 私は、涙を零した。いけない、しっかりしなきゃ。

「顔を洗ってきます。……お母さん、行ってきます」

 私は顔を洗い、変身呪文でエリアの姿になった。
 石塚さんは車椅子を用意してくれたが、それを固辞する。
 会議室に向かうまでの間、石塚さんが話してくれた。

「貴方の生徒達は、予知に戦闘に、大活躍してくれましたよ。物理攻撃より魔法攻撃の方が効くようでしたからね。精霊の導きに従うとでも言うのでしょうか。それぞれが予知した場所に派遣させてよかった。事前に鉱石の使い方をレクチャーしてくれた甲斐もありました。大分弱らせていたとはいえ、四天王に止めを刺したのは鉱石を食らった高木君のケルベロスなんですよ?」

「死者は……」

 私は、わかっていながら聞いた。魔王軍の侵攻の前に、死者がいないはずなどない。四天王相手に戦って、使者が出なかったあの戦の方が奇跡なのだ。あれは、敵が完全にこちらをなめていたから助かった部分が大きいが。

「ハワイは、魔王城にあまりにも近すぎたのです。それでも、彼らは立派に戦ったと聞いています。そのおかげで多くの民間人が助かったと」

「そうですか…………」

 車に乗り込むと、眠る。少し休息が必要だ。
 しばらくして起こされ、会議室へと向かう。
 会議室ではテレビがつけられていた。世界各国の首相や大統領の、王族の魔王に対する戦いの決意表明が行われている。また、例外なく魔物の鉱石は国に提出するよう厳命されていた。
 
「ミズ・エリア。時は来た。今こそ、貴方の世界に行く術と通信の方法を教えてもらおう」

「体を凍結して年を取らずに送る方法と、意思を保ったまま送る方法がありますが、当然体を凍結して送る方法ですよね」

「ふむ、その場合十年分の食料が問題になりますね。あの魔王城のように、畑などの施設事移動させるのも手ですか」

「荷物が届いたので、それと魔物の鉱石を利用してラピスの実を一年中生らせることが出来ます」

「ほう、荷物! それは興味深い。その話は後でじっくり聞くとして、では科学者藩を別にして送りましょう。各国の援軍の内訳も考えなくては」

「アメリカ、ロシア、日本で行けば十分ではないかね?」

「復興支援は国連のプロジェクトだったはずですぞ! 中国は、絶対に異世界に進出しますからな!」

「しかし、ねぇ……。復興支援に10万人は送りすぎではないかな? そのまま移民する勢いではないですか」

「浚われたレディ達の救出作戦も忘れてはなりません」

「それは、助かります。私の世界の女達も、あそこに囚われているのです。魔王を退治した時、半数ほどは救いましたが、救出している最中に魔王城が動き出して……。逃げるしか、なかったのです」

「ほう! それはなんとしても救出しなくては!」

「その仕事、ぜひとも中国にさせて頂きたい! 中国人が、多く浚われているのです」

「いやいや、ここは我がアメリカが。ハワイの住人を助けなくては」

「日本も! 日本も戦争状態にある以上、出撃できます!」

 その後、時々次元移動で運べる大きさについて意見を聞かれながら会議は続いた。
 翌日、私は生徒達に次元転移を教え始めた。高木さんも出張することになった。向こうに行った時どうなっているかわからないから、帰る技を使える人間が必要なのだ。
 司祭様の助けを借りながら、授業を続ける。
 当然だが、準備には時間がかかった。幸い、その間魔王は攻めてこなかった。
 小さなラピスの木を送ってもらってあったので、それを育てる方法も教える。教えている最中、植物学者が乱入した。

「移動中、ラピスの木を預かる高橋です。ほう。これが異世界の果物。ほう!」

むしゃり、といきなりラピスの実を食べる。

「ほぅ、これは珍妙な味ですな。ほぅ、だが十年も食べていれば慣れるでしょう。早速栄養分の調査を行いましょう。ああ、私も今日から魔法の授業を受けることになりました。ラピスの木を育てるのに魔物の鉱石は不可欠らしいですからな!ほう、楽しみにしておりますぞ」

 私はそれにくすりと笑う。面白い人だ。
 高橋さんを筆頭に、科学者達が私の世界の事を聞きに来るようになった。
 以前にも聞きに来ていたが、今回は実際に行き、しかも行き来に10年掛かる事もあって、皆真剣だ。科学者だけでなく、宗教学者や料理人も来ていた。

「そうだ。向こうから、他にも動植物が届いていたんです。騎獣と私の好物、動物の食べ物なんですけど」

「ぜひ見せてくれたまえ!」

 私は水晶から、まずは植物を取り出す。これらを繁殖して、食べられるまでにしないと動物は出せない。それでも、喜んでもらえた。特に高橋さんだ。高橋さんは動物学者にせっつかれ、魔物の鉱石を使ってせっせと植物を繁殖させ、それと同時に似たような植物が地球にないか探す。
 その時、衝撃的なニュースが届いた。
 各国が独断で動き、捕虜奪還作戦を敢行していたというのだ。
 魔王は、防戦で精一杯だったのだ!
 私は野々村さんのところに走る。

「野々村さん。救出された人々は……」

「ああ、エリアさん。あのニュースを聞いたのですね。困ったことです」

 何が困ったことだというのだろう。喜ばしいことではないか。救出作戦は成功したと聞いている。しかも、率先して私の世界の人を救ってくれたという。

「それで、助かった人達は……」

「各国で丁重にもてなされていますよ、丁重にね」

 そうして、野々村さんは深いため息をつく。
 
「良かった。あと7年で皆帰ってきます。その時までには、富士の樹海に連れてきてもらえるようにお願いできますか? せめて、家族の下へ返したいのです。今は、私一人では世話が出来ないので無理ですが」

「出来うる限り全力を尽くしましょう。被害者達の世話も含めて。最も、これは石塚さんの範疇ですが」

 その一ヵ月後、正式な捕虜奪還の戦いが始まった。私は出陣させてもらえなかった。援軍で重要な役割をする者以外の私の生徒はほとんど出たのに、私は参加させてもらえなかった。私も七英雄の一人なのに、残念だ。
 その代わり、私は生徒達に惜しみなく送られてきた武器を託した。……パークトの武器も送られてきていたが、それも託した。その方が、パークトも……喜ぶよね?
 魔王も強力な魔物を配し、万全の体制で迎え撃ってきた。
激しい……とても激しい戦いが起こった。通信機から聞こえてくる音だけでも、それがわかる。そして……。

「ガッデム! 魔王を倒しちまった」

 その一言に、私は耳を疑った。あまりにも、軽く言われた言葉に、作戦室は激しく動揺する。喜びと、生徒達への誇らしさに涙した私が見たのは、阿鼻叫喚だった。

「まま、魔王を倒しただと!? どうするんだ、長期戦の構えだったのに!」

「いっぱい貰った予算ってどうなるんすか、今やってる兵器の研究中止すか!? 思う存分研究できると思ったのに!」

「うわああ。いっぱい手に入ると思って魔物の鉱石荒使いしちまった」

「それでも……それでも魔王ならやってくれる!」

 そして、通信機から聞こえる声。

「ふはははは! 我を倒したからといっていい気になるなよ人間が! こんな事もあろうかと、四天王が倒された時点でこの世界の5箇所に我の分身を隠しておいた! 我を倒そうとも、十年、二十年の時を持って我は復活するであろう」
 
 恐ろしい言葉に怯える暇もなく、人々は……歓喜した。

「いやっほぉぉぉう! 予算倍増! 予算倍増!」

「魔物の鉱石ぃぃ!」

「魔王様ぁぁぁぁぁ!」

 ついには皆で踊りだした科学者達。私は、呆然とそれを見守る。

「あ、あの……皆さん?」

 野々村さんが、頬を掻いた。

「研究の結果、魔物の鉱石は科学的にも有用な事が発見されたのですよ。いまや魔物の鉱石は金よりも貴重品です」

 金が貴重なのはわかるが……ああ、本当にこの人達にとって魔王とは大した事の無い存在なのだ。

「私達は、あれの為に命を懸け、多くの人々が実際に命を落としたのです。資源も、人間が生きていなくては活用できないのですよ。最も、貴方達にとっては魔王など大した事はないのでしょうが」

「いえ、確かにそのとおりです。肝に命じましょう。次は被害者0でやります」

「それがいいでしょう」

 私は野々村さんの言葉に頷き、後処理をして帰ってきた自衛官達を迎えた。
 自衛官達が帰ってくると、追悼式を行った。
 その後、魔王の捜索隊が組まれた。
 そして、魔王の進行に備え、ついに憲法9条が改憲された。
 未知の鉱物で出来た魔王の城は各国が少しずつ得た結果きれいになくなりました。




[15221] 魔王のこうせき(オリジナル)6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/11 15:31

「あの掘削機は何に使うんですか?」

「いや、ドワーフの皆さんがいなくなって、宝石を掘るのに困ってると思うんだよ」

「原子力発電所の材料って必要でしょうか」

「必要だよ! 兵器には電力が必要だからね」

「あの大量の農民達はいったい……」

「向こうには数年いるからね。食料品を得るのに必要あるよ」

「女の人がこんなに……」

「兵士が向こうで問題を起こすわけには行かないからね」

「科学者達って、こんなに必要でしょうか」

「いや、どんな事態が起こってもいいようにね」

「随分立派な装備ですね」

「HAHAHA、魔王を倒すためだからね!」

「ご家族と移動するんですか?」

「何しろ、往復20年だからね」

「この商品の山は何ですか?」

「生活費ぐらい稼がないとね」

「漫画家や音楽家は必要ですか?」

「「必要だとも!」」

「何か、赤頭巾ちゃんと狼の会話を思い出すなぁ」

 野々村さんが、私と援軍の皆さんとの会話の様子を遠い目をしながら見る。

「赤頭巾ちゃんですか?」

「いえ、何でもありません。どの道、もう後戻りは出来ないのですから」

 野々村さんが、にこりと笑う。その笑みは、何故か悲しげだった。
 私は出発直前に騎獣などの動物を水晶から取り出し、科学者の皆さんと護衛の皆さんに見せた。食べられる動物を知って間近で見ておく事は大切だからだ。
竜を出すと、わらわらと人が集まってきた。

「これは食べられるのか?」

「馬鹿! 竜は聖なる友人なんだよ。向こうの文化の勉強は必須だったろう」

「食べ物はこっちですよ」

 私がホーリクットを出すと、興味深げにコックがやってきた。

「これはどうやって食うんだ?」

「こうやって捌いて、この部分がおいしいんですよ。調味料は……」

 動物学者が、食い入るように竜を見ている。竜がぽっと火を吹くと、口を開けさせて中を調べ始めた。

「ああ、どうやって火を吹いてるんだろう。解剖したいなぁ」

「はぁ!? これは竜ですよ!?」

 酷い言葉に口に手を当てて、驚愕する。すると、動物学者さんは宗教学者さんに頭を叩かれた。

「お前調査班だろう! さっきも言ったろう、竜は聖なる友人なんだ。崇める対象とまではいかないが、大事にされてるんだよ。向こうの文化は頭に叩き込んどけといっただろう。せっかく向こうの実質的支配者層の司祭様の協力を得られるんだから、下手な事言うな。現地人の見てる所ではいい子になっとけ」

 現地人の見てる所では、というのが大いに気になったが、とにかく出発の時間が来た。
国連本部に設置された四天王の鉱石3つを反応させ、私と生徒達で力を合わせて国連軍を送り出していく。これで出来る事は全てやった。
 後は、七年後にやってくる大司教様達の移民団の準備をしなくてはならない。
 特に大司教様が住まうとなると、それなりに大きな木が必要だ。
 弟子達に教えながら、せっせと住まう場所を整える。
 木の家を作る術を使い、内装を整え、許可を得て私の世界の動物を増やして森に放し、ラピスの木などの畑も作った。
 何度か誘拐されかける事もあったが、私も七英雄の一人だ。戦って追い返した。今では母にSPをつけてもらっている。
 今の所、私の悩みはついに始まってしまった戦争の事だった。
 魔王のお告げは一時期戦争の気風を沈下させたが、人間にとって10年は長い。そんな未来の事よりもと、戦争に踏み切ってしまったのだ。
 私は七英雄として、司祭様を励まさなくてはならなかった。
 勉強がいよいよ遅れ気味で、テストの点数が困ったことになっている。
 私ももう17歳。そろそろ受験を考えなければいけない年なのに。
 だ、大司教様に今の私は落ちこぼれですなんて言えない。七英雄として、なんとしても防衛大に入らなくてはならない。
 よって、夜は生徒達に逆に勉強を教えてもらっている。

「ほらほら、教官。ここ間違ってますよ。地球の勉強は「感じろ」じゃできないんです」

「うう、実感しているところです……」

「教官、着地地点以外のキャンプ地に家を整えました。ここの木の洞は生活するには小さいですから」

「ありがとう、ありがたく使わせてもらいます」

 そして、被害者の気持ちを汲み取り、遅れに遅れて、主人公をアメリカの魔法使いへと移した魔王2の映画が上映された頃、もうすぐ大司教様がいらっしゃるという時だった。
 司祭様との通信中にそれは起きた。

「エリア。魔王の鉱石を使って、大国サルベーナが攻撃を仕掛けようとしています。この世界はもう……あああ! カチスの鉱石よ! サキュサキュサキュ………ルーガリーナ」

カチスの鉱石が、一際強く光り輝く。激しい振動がおき、カチスの鉱石は4分の1に変じていた。私と司祭様は青い顔をした。
司祭様の一人が、駆け込んでくる。

「司祭長! 何も……外に何もありません!」

 私は、気を失った。





「会心ちゃん! 会心ちゃん!」

 お母さんが泣きながら私を起こす。
 私はお母さんに抱きつき、泣きじゃくった。人間の馬鹿。世界が、世界が消えてしまった。ただならぬ私の様子に、すぐに連絡を受けた野々村さんがやってきた。

「エリアさん……辛いでしょうが、報告を」

「戦争がおき、魔王の鉱石が使われ……人族のほとんどが滅びました」

「……ご冥福を、お祈りします。四天王のカチスの鉱石は無事ですか」

 ピンポイントで重要な事を聞いてきた。野々村さんは心を読めるのだろうか?

「いえ……しかし、復活した魔王の鉱石を使えば、戻ってこれるはずです」

「それは不幸中の幸いですな」

 野々村さんは、ほっとしたようにため息をつく。しかし、すぐに表情をきりっとさせた。

「すぐに事態を連絡しましょう。緊急出動をするかどうか考えなくてはなりません」

「はい、お願いします」

 野々村さんは石塚さんに慌しく連絡する。
 
「しかし、こちらの魔王の鉱石は平等に砕いて分けていて本当によかった。まさか、こんな危険な武器になるとは……核を越えていますな」

「……魔王さえ、魔王さえいなければ……そう思ってしまう私は間違っているでしょうか? あんな武器、ないほうが良いのです。絶対、ないほうが良いのです」

 泣きじゃくる私を、野々村さんはそっと抱きしめた。
 
「直に、大司教様がいらっしゃいます。貴方はこれを伝えなくてはなりません。それに、司祭様達にはなんとしても3年間生き延びてもらわなくては。大丈夫。3年間さえ生き残れば、定期的に大量の食料を送り出していますからね。現地の人の分もあります」

「はい……はい……!」

 一ヵ月後、私は大司教様を迎えた。転移場所は広いキャンプ地の施設を取っ払い、用意してある。
 各国の重鎮が、世界各国から歴史的瞬間を見ようと訪れた人がキャンプ地周辺に集まる。

「……いらっしゃいます」

「おお、ついに……!」

 固唾を呑んで見守っていると、広いキャンプ地に唐突に巨大な木が降ってきた。そして、地中にずぶずぶと沈んで行く。これは、第二神殿……!
 そして、中から司教様がおいでになる。その中心に守られるように、大司教様。
 首相や大統領達が、大司教様の所へ移動し、暖かく出迎えた。

『大司教様、遠い旅路をようこそいらっしゃいました』

『私達は大司教様を歓迎します』

『ありがとう、皆さんの歓迎に感謝します』

 一通り挨拶が終わった後に、私は進み出る。

『大司教様……』

『エリア。大きくなって……。そうして年老いて、私を置いていってしまうのですね』

『それが運命にございます』

『悲しき運命ですね。さあ、住む場所を案内してください。司教ルーチス、皆を』

『はい』

『竜族は全員が出たいといっています』

『いいでしょう』

 まず、竜族達が出てくる。割れんばかりの拍手と歓声がキャンプ地をおおった。
 中には両手を切り落とされた者もいる。
 そこに、魔王の爪あとを感じた。

『竜族はこれで全部ですか? 聞いてはいましたが、少ないですね……』

『竜族は子供が出来にくいのです』

『確か年に一度しか生理が来ないのでしたか。直ぐにオギノ式をお教えしましょう』

『そうですね。数を増やさないと、絶えてしまいます』

 私は竜族を出迎えながら、石塚さんと会話をする。
 大司教様に配慮して、この場では全て向こうの言葉で話すのが鉄則だった。
 次に、ドワーフが現れた。
 感嘆の声とどよめきがもれる。
 エルフの女性が現れ、男性のため息とエルフコールが起きる。
 ダークエルフの男性が現れ、女性のため息と嬌声が起きる。
獣人が現れ、歓声が最高潮に達した。
 最後に人間が現れ、人々は申し訳程度に拍手する。
 首相達は当然族長達も手厚く歓迎し、私は家を案内した。

『話には聞いていましたが、随分と木が若い……しばらくは苦労しそうですね。第二神殿を持って来て良かった』

『こちらの文化基準で作った家をいくつか用意しています。木の洞はエルフに優先して入ってもらい、他の者には家で我慢してもらいましょう』

『それが良いでしょう』

『山の敷地は貸してもらえるのか? ご神体まで持ってきたんだ。短い間とはいえ、神様が安らげる場所を探さないと』

『抜かりはありません』

『エリアさん、富士山の一部を借りるとの話は聞いていますが、ご神体とは?』

『ドワーフは宝石や鉱石を植え付け、育てる神を祭っているのです。そのおかげで、ドワーフの住む所は必ず良質の鉱床になるのです』

『な……! ななな、なるほど。ドワーフには永久滞在して欲しいものですな。いえ、もちろん他の種族も』

『急で悪いが、私たちも広い空き地を貸してほしい。先程は私たちに優先して木をくれると言ったが、私達は私達の木を持ってきたんだ』

『善処しましょう』

 一通り村の案内が終わって戻ってくると、第二神殿で異世界特別永住者の登録が進んでいた。異世界特別永住者とは、新しく出来た区分で、富士の樹海に住む事を許可するものだ。戻ってきた族長達も、登録を受ける。
 そして宝石を換金し、住民達全員に現金を配る。
 寄りかかる一方ではいけないという、大司教様の計らいだ。
 もっとも、住む場所についてだけは全面的に頼ることになるが。
 また、軽く健康診断をして、怪我人と病人、狂人は病院に収容する。

『だって、仕方ないですから。怪我人とか病人とか魔王のせいで狂ってしまった可哀想な女性を病院に収容し、調べて治療するのは仕方のない事ですから。人道支援です、人道支援。ね、わかってください、大司教様。だって仕方のない事なんですから。治療費だって全て国から出ますよ!』

 そう言って、研究者が念を押す。なんで研究者がここで出てくるのかわからないが、とにかくお願いした。研究者は何故か大喜びでそういった人達を、近くに新たに建設された病院に運んでいった。7年前に救助された人達もそこに収容された。でも、いつでも会えるので安心だ。
 そして残った元気な者達で、引越しの作業を進める。
 木を植え、住む場所をそれぞれ割り当て、私が誘拐されかけた経験から警備隊を作った。
 ようやく住む場所を整えられたのは一ヶ月してからだった。ちなみに、誘拐騒ぎが5回は起こった為、勝手に森に出ないように大司教様が厳命した。
 その代わり、警備をつけた上での観光は何度も行われた。
 大司教様は安全の為森から出られないが、司教様は忙しく働いている。
 落ち着いてから、国が滅んだ事は伝えた。大司教様もまた、涙を流された。
 そして、移民全員で一月喪に服された。
 次の月、学校が建った。
 大人も子供も皆行ったので、学校の外に人が溢れた。
 先生達や言語学者が一生懸命言葉を教える。
 動物学者や植物学者、外交官や訓練しに来た兵達が入り浸り、外交は大方うまくいっていた。
 私は、石塚さんとお茶を飲む。

「大司教様のご様子はどうですか」

「まだ落ち着きませんね……。それも仕方ありません。あの精神状態では、とても大規模予知など……」

 七英雄の一人として、ついていて欲しいといわれ、私は学校を休んで移民の人々や大司教様、入院患者達の世話をしていた。生きている七英雄はドワーフのガランを除けば私一人だから、仕方ない。しかし、私ももうすぐ受験だ。これは落ちたかもしれないな……。大司教様になんて言おう。
 
「度々言っているように、日本は貴方方を日本人として迎えるつもりはあります。どうでしょう。ここに腰を落ち着けられては。私の目からは、皆溶け込んでいるように見えますが。人間族の中にも、ここに住みたがっている者は多い」

「人間族には、でしょう。ここは腰を落ち着けるにはあまりに精霊が少なすぎる」

「精霊については門外漢ですから、そう言われると弱いですね。確かに、人族以外は出来るだけ早く移民先を見つけて腰を落着けたいと言っています。人族は大体二派に分かれていますね。ここに留まりたいという者と、戻って復興したいという者。貴方方についていきたいという者もいますが、少数派のようです。……国を破壊したのが人族だというのが大きいのでしょうね」

 私は目を伏せた。他の族長達も、人族を連れて行くつもりがない事ははっきり表明している。人族は、捨てられたのだと言われても何も反論できない。しかし、ただ見捨てているのではない。

「日本国籍の取得、お願いできますか。出来れば、樹海に続けて住む許可も」

 そう、人族の巨大な王国。ここでなら、人族も平和に暮らすことが出来るだろう。

「国籍については人族の帰還までに取得すればほぼ無条件で取得できるようにしましょう。樹海に続けて住む許可は出せませんが、樹海の傍に更地を用意したでしょう。あそこに住む為の木を植え替える予定ですよ。キャンプ地の土地もそのままお売りします。狩りも申請すれば出来るようにします。仕事は、とりあえず政府の指導で貴方方の世界の果実や動物の世話と販売を行ってもらいます。需要はありますから心配なさらずに。その間に、ゆっくり其々の仕事を探しましょう。そもそも、移民の大部分が孤児ですからね。里親も至急手配します」

「何から何まで……本当にありがとうございます。もう三つ、我侭を言ってもよろしいでしょうか」

 私は、重々しく口を開いた。

「いえいえ。困った時はお互い様ですよ。あのような大きな戦争が起きては、仕方のない事です。どうぞ、言ってください」

「一つ、日本国籍をあちらの世界で残っている人も含む人族全員に渡す事。一つ、向こうに取り残された私達の神々を永遠にお祭りし尊重する事、一つ、日本が責任を持ってあの世界を管理し、あの世界のありとあらゆる生き物を守り、平和を保つこと」

 石塚さんが、息を呑む。私は、真剣に石塚さんの瞳を見つめた。
 どれも、並々ならぬ義務と責任が付きまとう、重大な要綱だ。
 生き残ったのは僅かとはいえ、人族は大変な数だ。それに住む場所と食べるものを提供しなくてはならない。
 この世界にはこの世界の神がある。私の世界の神をお祭りするのは大変だろう。
 そして、神々をお守りし、世界を守護すること。この役目を、異世界人に渡すのは酷く無責任だ。しかし、私たちにもうあの世界を守る力はない。資格すらない。ないのだ。しかし、魔王を軽々と倒して見せたこの人たちなら……。
 
「これは大司教様と全族長の意思です。出来ますか? 石塚さん……」

「力の限り……力の限りやり遂げて見せます!」

 石塚さんが、がたんと音をたてて立った。

「良かった。苦労ばかりではありませんよ。貴方方の文化は大地を汚すのですと相談したら、古き神々の死した地の大地は好きになさって構わないと。あそこは黒き不浄の水が出ますが、この国では尊ばれると聞いています。確か、石油、とか。これが守る場所と好きにしていい場所をわけた地図です」

 石塚さんは頭をくらくらさせ、一際大きく頬をたたいて地図を引っつかみ、慌しく外へと出て行った。
 
「司祭候補者を、30人呼んで置いてください」

 呼びかけると、慌てて戻ってくる。

「他に何かありますか」

「いいえ、何も。詳しい管理の意向については、大司教様の体調が戻られてからになりますから。ただ、神が貴方方を気に入られなかったら私達が帰ることになります。多分大丈夫だと思いますが」

「わかりました」

 石塚さんは、踵を返し走っていった。
 それは直ぐにニュースになった。

「日本が世界の管理者たる資格と神々を受け継ぐことになり、身の引き締まる思いです。早速農家の人達を中心とした移民団を送り、あの世界に自然を取り戻したいと思います」

「それは日本があの世界を貰うということですか!」

「単に貰うのではありません。ありとあらゆる生ける者の守護者となるのです。守護大陸に関しては自然破壊などは一切行えません。神から見放されれば、土地を出なくてはなりません」

「他の大陸は自然破壊していいんですか」

「そう聞いていますが、出来るだけ守る方向で行こうと思っています。つきましては、移民団を募集し……」

「移動に10年かかるのはどうするおつもりですか?」

「魔法と科学によって短縮方法を研究します」

「移民団の条件は」

「農家と司祭は決まっていますが、後はこれから詰めます」

 翌日、多彩な髪の司祭候補者と何故か石塚さんや外交官の人達が大挙して訪れた。

「ミズ・エリア、大司教様にお目通り願いたい。魔王を倒しにいったのはアメリカも同様なのに、何故日本にだけ報酬を与えるのか納得できない。移民なら、我がアメリカも受け入れると言っている」

「そのように心を荒立たせた状態で大司教様に会わせる訳にはいきません。古き神々の地を与えるのは、神々をこれから永遠にお守りする為の当然の報酬です」

 私はその人達の前に立ちはだかった。私が大司教様をお守りしなくては。
 
「その神々をお守りする役目をアメリカがすると言っているのだ!」

「アメリカは確か一神教では?」

 その言葉に、う、とロバートさんは声を漏らした。

「中国は違います」

「特定の宗教の迫害は?」

 李青さんも言葉に詰まった。そうなのだ、神々をお祭りするのにあたり、他の宗教を迫害するようでは駄目なのだ。

「この仕事は神に出来る限りお心穏やかに過ごして頂ける様心を砕き、時に神々の間を取り持たねばならないのですよ」

「逆に言えば、神に気に入られれば、いや、お祭する事を認めてもらえばいいのですね」

「日本に管理を任せる事は全ての神が一致しています、ミハエルさん。それは覆りませんが、個々の神がお認めになればその支配地は……」

「イエス! 認めさせてみせます」

「…………大丈夫ですか? 神は心をご覧になりますよ?」

 本当に大丈夫だろうか。

「とにかく、日本以外にもチャンスがほしい。司祭達に、大司教様のお目通りを」

 そこで私は司祭様達を見た。司祭様達はいきなり連れてこられたのだろう、戸惑われている。

「もちろん、司祭様達はお通しします。司祭様同士が交流するのは、重要なお仕事ですから。大変でしたね。どうぞこちらへ」

 私は奥の方に案内し、何事かと降りてきた司祭様に託す。
 司祭様達はほっとなされたようで、司祭様についていく。

「管理が日本というのはどうして覆らないのかね?」

「未来視の神様、ポータス様がそうお決めになりました。あの大陸を緑のまま保持できるのは日本のみと。そうなればそれは絶対に覆りません。魔王の鉱石の時だって、ポータスは砕けとおっしゃっていたそうです。他にも、神々に逆らうと、鉱石が取れなくなったり作物が取れなくなったり災害が起きたり恐ろしい事が起こるのです」

「それで、神々はどなたとどなたがいて、どこが支配地なのかね」

 私は地図を持ってきて示す。それぞれの神々を説明しながら土地を示すと、外交官達は凄い勢いでそれをメモした。

「すぐに国際会議を。ああ、君。司祭達が戻られたら、詳細を報告してくれ」

 それから、なにやら毎日司祭様や神主様がいらっしゃるようになった。
 彼らの対応で、やっぱり勉強する暇がない。
 私は試験に……落ちた。

「うう、私って駄目な子だ……大司教様になんて言おう」

 落ち込んでいると、疲れきった顔の石塚さんが現れた。それでも、私を見ると笑顔で話しかけてくれる。

「エリアさん、どうしましたか」

「防衛大、落ちました……」

 石塚さんは笑顔で電話をかける。

「馬鹿か、七英雄を落とすな七英雄を。気づかなかったぁ? 馬鹿言うな。向こうから自衛隊に入りたいといってるんだ、日本に対する愛国心を芽生えさせてもらってだな……」

「はい、特待生として入学していいそうです」

 しばらく電話して切った後、石塚さんは笑顔でそういった。

「い、いいんですか? 試験に落ちたのに、もうしわけ……」

「こちらこそ公務で勉強時間を削って申し訳ない。なに、その分頑張って勉強して追いついてください」

「すみません……ありがとうございます」

 そして、私は防衛大に入学した。



[15221] 魔王のこうせき(オリジナル)最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/11 17:50
 移民の準備は着々と進んでいる。
 後は大司教様のお心一つだ。
 防衛大に入った時、まず一通りの魔術訓練を受けたのは驚いた。
 それも進路の材料にするのだという。
 日本では魔法研究クラブが出来ていて、それと、陸海空軍合同で魔法研究をしていた。
 科にするのではなく、全軍に魔法技術を浸透させたいのだという。魔法を重要視されるのは喜ぶべきことだ。それと、人間の魔術師が講師として呼ばれていた。
 人間は特に魔術の研究に優れているから、うってつけの人選だ。
 私は防衛大で一心不乱に勉強した。
 そんな頃、とうとう援軍が向こうの世界に届いた。

「え、じゃあ日本が支配するんですか」

「支配ではない、管理するのだ。ここの場所は神々の公認をもらった国が統治する。というか、そうしないと祟りが起きるから統治出来ん。そういうことで、なんとしてでも神々のご機嫌を取れ。7年後に司祭様が到着するから、それまで頑張ってくれればいい。司祭様達生き残りのケアも手を抜くな」

 高木さんが野々村さんと話し合う。野々村さんの胸には、魔王の鉱石で作ったブローチが誇らしく輝いている。各国の人達も自分の所の兵士達と連絡を取り合っているようだった。その後ろではなにやら騒ぎが起きている。

「ご神体が盗まれたぞー」

「盗んだ奴に雷が落ちたぞー」

「四天王カチスの鉱石がなくなった!?」

「盗んだ国の奴らが消えた!?」

「お前ら! 絶対神様怒らせるなよ、絶対だぞ」

 おそらくはこちらに送り返されたのだろう。私はため息をついた。……大丈夫なのだろうか、本当に。
 私の心配をよそに、向こうにいった人達は大方神様とうまくいっているようだった。神との相性で勢力図が作られ、地図が各国の色で塗りつぶされていく。その様子を見るのは、寂しかった。外交官達は各国の威信をかけ、少しでもいい土地を少しでも多く、加護をくれる神様は一柱でも多くと頑張っている。その熱狂の最中、私は大司教様に密命を受けてアラスカに旅立った。









 魔王は掘り出された挙句に倒され、愛弟子達の生き残りは第一神殿ごと、無事こちらへ送られた。これから十年かけて家の準備がなされるだろう。
 私はその様子を見てやっと安心した。
 魔王の鉱石を得る事が出来たのは重畳だった。と同時に、使い潰してしまったエリアに申し訳なく思う。しかし、エリアに生きてもらっては困るのだ。エリアは私との回線を知っている。世界移動は誰にも知られてはならない。
 私は密かに皆を呼び、人間の愛弟子達を第二神殿の外に配した。
 愛弟子達は、四天王モンクスの鉱石を使い、転移の術を行う。その後、愛弟子達は命を絶つはずだ。そして、これで新たな世界に移動をする能力を持つ者がいなくなる。
 入院している知識を持つ者達も、正気のものは命を絶ち、正気でないものは殺される事だろう。
 これにて、ポータス様の選民計画は終了する。










「エリアさん、エリアさん! しっかりしてください、エリアさん。どうして……」

「これが、運命なのよ……。生命力を矢にして、もう空っぽなの……野々村さんこそ、どうして……」

「運命など、壊すものです。おかしいと思ってつけさせてよかった。生きるんですエリアさん、生きろ! 生きろ七英雄エリア!」

「ふふ……死んだら、パークトに会えるかなぁ……」

「会えるわけがないだろう、異世界で死んだんだから! だから、なんとしても生きるんだ」

「そっかぁ、残念……」

 野々村さんは、へたくそな回復呪文を私に使う。それは、へたくそだからこそ、傷を癒す力にならず、私の中に魔力として入り込んできて、空っぽな器に一滴の雫を落とした。
 私が最後に見たのは、揺れる魔王の鉱石のペンダントだった。







50年後のある晴れた日。式典が行われていた。
 その式典には、外国人を含む多くの人間が参加していた。

「魔王のおかげで鉱石を手に入れる事ができ、魔王のお陰で新たな友人、新たな世界と出会い、手に入れ、今また魔王のおかげで生きている魔王を補足する方法を発見する事が出来ました。その結果、魔王はかなりたくさんの世界に散っている事が発見されました。私たちは、新たな友人達とまた出会うことが出来るでしょう。魔王のこうせきを称えここに表します」

 用意された多数の戦艦の前。特殊な文字が書かれた紐でがんじがらめにされた黒き生物に、日本の若き首相はメダルをかけた。熱狂した歓声と拍手が、空を貫いていく。大きな三つ首の狼を撫でる男が、老婦人と寄り添っていつまでもその様子を眺めていた。
 首相の名は、パークトという。













後書き

え、大々的な異世界侵略が始まるんじゃないの?何やってるの大司教様。わけわからない。いや、10年のタイムラグが面倒になっただけですが。if話、書けたら書くかも知れません。



[15221] クイーンビー(オリジナル)1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/08 19:43

 キメラアントとレベルEから思いつきました。
 只管子作りしているだけの話です。





 成人の儀を終えた日、私、ルビー・サルア・トリート・クイーンビーは惑星ファンに降り立った。目的は新たに発見された惑星ファンの遺伝子を持ち帰ることだ。既に私の兄弟が惑星ファンに降り立って諜報活動をしている。私は女王蜂の誇りにかけて、種をマザープラネットへと持ち帰って見せると決意した。
 そして、兄弟達の伝を頼って惑星ファンの誰の物でもない大きな島の自然の花畑に屋敷を構えることに成功した。しかし、お母様が手助けしてくれるのはここまでだ。ここからは、私が何とかせねばならない。姉妹達を引き連れ、私は屋敷に降り立った。
 そしてまずは花畑を管理するミツバチ達を生む。ミツバチを産むのに精はいらない。
 移住作業も一段落し、私は姉妹とお茶をする事にした。

「ルビー様、ローヤルゼリーをどうぞ」

「ええ、ありがとう」

 私の父は、この星に生まれた男だ。お母様が適当に一人浚って子をなした。それゆえ、私はクイーンビーの中でも位が低い。その代わり、スムーズにこの星で暮らせることが出来た。そんな私でも、女王蜂は女王蜂。姉さん達より地位は高い。それゆえ、様付けで呼ばれていた。
 香りのいいローヤルゼリーを呑み、ふう、と息を吐く。働きづめだったから、ありがたい。

「最初の子はどうしようかしら」

「雄が働く習慣のようですし、最初の子は強い雄蜂を目指したほうがいいかと。我らはたった10名。働き蜂の補充も必要です」

 マザープラネットでは普通、ヒューマンビー族はあまり雄蜂を産まず、他の種族から男を調達する。そして、血を交換する儀式や今回のような任務に限って産み落とされ、先行して情報を集めてきてくれる。生活を雄蜂に任せるのは不安だが、そういう習慣がある事は心得ている。私はこの星で一生を過ごす事が決定付けられているので、溶け込むにはそうするしかないだろう。ちなみに、送る為の女王蜂や雄蜂は後で生む。ヒューマンビー族は、今まで得てきた精子や自分の卵子の遺伝子を自在に合成して子を産む事ができるからだ。ただし、これには問題もある。生命の可能性の揺らぎが無くなってしまいがちなのだ。だから、他種族の血を得る事でヒューマンビー族は揺らぎを得てきた。
 まずは合成した最高の雄蜂と女王蜂を送り、その後リクエストのあった雄蜂を送ることになるだろう。

「わかったわ。どちらにしても、早急に雄が必要ね。では、早速雄を探しにいきましょう」

 姿を完全にこの国の者に偽装し、姉妹の半数に留守を任せ、私は姉妹たちと旅立った。
 この時代の技術力で作られた船に外見を偽装した自動航行船に乗り、触覚の感覚だけを頼りに先へ進む。予想通りというか、あらゆる種族が混在する事で目星をつけていた大陸に触角が反応する。
 一ヶ月ほどで、大きな港町が見えてきた。

「わあ……」

 私は思わず声を上げる。知識として知ってはいたが、様々な種族がそこにあった。
 まるでマザープラネットのヒューマンビー族のようだ。
 この遺伝子を取り込めば、ヒューマンビー族は更なる多様性を得るだろう。
 
「いい船だな。お嬢ちゃん達、エルシャンテ国は初めてかい?」

 港で船の管理をしているらしい魚頭の男が言う。

「ええ、そうなの。これ、料金よ。そうね。とりあえず一年ほど船を預かってもらえるかしら」

 笑顔で言うと、魚顔の男は少し驚いた顔をした後、破願した。

「お安い御用さ。楽しんでくれ!」

「ありがとう」

 私達は船を預けると、首都の方に向かった。首都のエルラシアンは港町エルトのすぐ傍にある。エルラシアンに向かうと、私はある店に引き寄せられていた。

「冒険者、ギルド……?」

「荒事専門の何でも屋です。主な仕事は魔物という、殺すと小さな鉱石に変わる生物を退治する事です。他にも鉱石をお金と変えてくれるとか」

「なるほど」

 私はそこに足を踏み入れた。途端にあちこちから視線を向けられる。しかし、私にはそんな事、どうでも良かった。その人を見た途端、髪に偽装した触覚がピンと立ち、全てがどうでも良くなった。その人の前に、足を進める。

「俺に何か、用か?」

 狼の顔の、ガタイのいい人だった。青い硬そうな毛皮で、大きな剣を背負い、皮鎧を身に着けている。

「貴方は料金によっては何でもするのですか?」

「そうだが、依頼か?」

「おいおいお嬢さん、依頼は俺を通してもらわなきゃ困るぜ」

 バーの男が言うが、私はかまわない。

「私への種付け代はおいくらになりますか?」

 ぶふぅっ

 店の大半の男達が飲み物を吹く。

「おいおい、大胆だなお嬢さん。そいつはギルド一の腕利きだが、見てのとおり獣人だぜ」

「貴方でなければ駄目なのです」

 そして私は唇を奪う。獣人は、慌てて私を突き飛ばした。

「ななななな、なんなんだお前!?」

 獣人は唇をごしごしと拭きながら言う。

「ルビー・サルア・トリート・クイーンビー。貴方の子の母になる女です」

 おおお、と酒場がざわめく。

「俺は今日会った女と結婚するつもりは無い!」

「我が一族は結婚などしません。ただ男から子種と名をもらうのみです。ご迷惑はおかけしません。なにとぞ、一夜限りのお情けを……」

「ルビー様! あなた、ルビー様がここまで仰っているのよ。依頼を受けたらどうなの」

「俺は男娼じゃねぇ!」

 獣人が盛大に文句を言う。しかし、それで諦める私ではない。
 
「どうすれば私と交わってくれますか?」

 もう、この獣人と交わる事しか考えてなかった。

「お、俺に勝ったらだ」
 
 戸惑いがちに言われた言葉に、私は迷わず腕を振り上げた。とっさに獣人がガードするが、それごと吹き飛ばす。獣人は壁にぶつかり、カハッと息を吐く。低位の女王といえど、こんな所で負けるほどではない。

「な、何!?」

 私は獣人に駆け寄り、さらに蹴りを入れようとする。獣人は剣を抜こうとして躊躇し、結局飛び上がる事でそれを避けた。しかし、その一瞬の隙を逃す私ではない。
 飛び上がった獣人にラッシュを浴びせ、最後に蹴り上げる。
 気絶した獣人をキャッチし、なにやら沸き起こった拍手の中、私はバーの男に部屋を貸してもらえるか聞いた。







「じゃ、お前は……遠い場所の部族の王族で、新しい血を入れる為に旅してるってのか?」

 ベッドの中、コーヒーを飲みながら、クリスが言う。獣人の名をクリスといった。名と精をもらった今、私は酷く満足していた。

「そうよ。子供をたくさん生んで、その中から厳選した子を本国に送るの」

「子だくさんな一族なんだな。それに強い。女がこんな強いなんてな」

「優秀な血を取り入れてきた結果よ。それで、力にはそこそこ自信があるのよ」

「女が戦えるなんて思っても見なかったぜ」

 その言葉に私は目を見開いた。魔物が闊歩するこの星だ。危険は多いはずだ。なのに、女は戦えないというのが不思議だった。まあ、どの星にもその星固有の文化があり、どちらが優れているとは言えないのだが。本気で、この星は男社会らしい。
 しかし、魔物とはどんなものかと思っていたが、一番の腕利きが女相手で油断したとはいえ気絶するまで追い込まれるのだ、そう強いものでもなさそうだ。働き蜂の内二人を賞金稼ぎに当てよう。
 一月後、私は子供を11人生んだ。雄蜂が1人で雌蜂が10人だ。
 その名はサルア・クリス・プリンスビーとサルア・クリス・ワーカービーだ。
 女王蜂以外には、固有の名は与えられない。
 そうして、私は第一歩を踏み出したのだった。
 



[15221] クイーンビー(オリジナル)2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/11 18:24
「お願いします」

 冒険者ギルドのバーに鉱石を入れた袋を差し出すとじゃらり、と音を立てる。

「あのよお嬢さん。何度も言うようだが、お嬢さんが腕利きなのは知ってる。が、女のする仕事じゃねーぜ。ただでさえ女は魔王に浚われて少ないんだからよ。そのうえお嬢さん、子持ちだろ」

 ギルドマスターのグロウさんに言われ、私は小首を傾げた。

「確かに私も手伝っているけど、大半は姉妹達に任せているから問題ないわ。花畑も買いたいし。それに、ずっと昔、私の国では雄は皆王子様で、大切に育てられて、子作りが終わると殺されたものよ。今でこそ偵察に使うようになったけど……。私の部族では男はあまり頼るものじゃないの。クリス・プリンスビーに頼る気はあまりないわ」

「花畑ぐらい買ってやるから、俺の子を殺さないでくれ」

 クリスがクリス・プリンスビーを抱きあげ、庇う様にして言う。
 クリスに出会ってからすでに半年が経過している。子を産むと初めはその速さに驚かれたが、クリスは自分の屋敷に私を招いた。初めは断ったのだが、他に男を作ってもいいからと懇願され、最後に私は頷いた。クリス・ワーカービーはいくらなんでも成長が早すぎる為、隠して育てた後、最初からいた使用人ということにしている。クリスは息子に勝手にクロスと名づけ、可愛がっている。
 クロスは青い髪の男の子で、大きな黒い目が私に若干似ている。怒ると狼に変化するのだが、その様子がとても不思議でならない。狼の姿なら、もう駆け回る事が出来た。クリス・ワーカービーは狼になる事は出来なかった。その代わり、獣人形態になる事は出来た。これで狩りが大分楽になった。
 クリスは自在に変化をする子を見て、初めは驚き、ついで物凄く喜んだ。クリスの先祖がそうだったのだそうだ。獣人とは中々興味深い一族だと思う。

「ただでさえ屋敷に置いてもらっているのに、これ以上迷惑はかけられないわ」

「生活費は折半してるだろう? それだって申し訳ないくらいだ。俺はこの子を産んでもらって感謝してるんだ」

 クリスが優しい目でクロスを撫でる。クロスは満足そうに目を細めた。

「ほら、旦那もそう言ってるんだ。あんたが人族じゃないって知った時は驚いたが、それにしたってあんたは綺麗だ。綺麗な娘さんが命を無駄にするもんじゃねぇよ。ま、今回は代金を支払うけどよ」

鉱石にふさわしい量の銀貨をもらい、私は頷いた。ここまで反発があるとは思わなかった。このへんが潮時だろう。ちょうどだから、得た鉱石は解析に使うとしよう。ローヤルゼリーも補充しなくてはならないし、必要な器具を取り寄せなくては。
テレパシーでワーカービー達に連絡を取り、5人を残して後は荷物を取りに戻らせる。
 そろそろ、新しい男を捜すべきだろうか? 今度は頭のいい男に重点を置いて探してみよう。初めてのセックスが終わったから、今度は衝動に飲み込まれる事もないはずだ。
 その後、私はクリスに屋敷の庭に大きな花畑を作ってもらった。
 早速、せっせと花の手入れをし、船に運び込んでおいたマザープラネットの花の種を植える。大きな花は、大量の蜜を作り出すだろう。
 クリスは、家にいる間、その様子をクロスと共に目を細めて眺める。そして、魔物退治に一層力を入れた。
 そしてようやく、春が来た。荷物を取りに行っていたワーカービー達も戻り、私はクリスにばれないよう、ミツバチを産んで放す。

「えらくでかい花が咲いたな……」

 ぽかんと口を開けて、クリスが呟く。ワーカービーが花の奥に体を突っ込み、コップに蜜を汲んだ。

「クリス様、どうぞ」

「ああ、ありがとう。これは花の蜜か? ……! 甘いが、単体で飲むには味が濃すぎるか。料理に使うといいかもな」
 
「花の蜜を使った料理を考えておきます」

 クロスが蜂蜜に手を伸ばし、ごくごくと飲み下す。クロスはクリス・ワーカービーと違ってヒューマンビー族ではないが、蜂蜜が好きでよく食べる性質は変わっていない。
 クロスの育成データは本国に常に送信している。これでリクエストがあったらヒューマンビー族の子供を生んで送るつもりだ。
 クリスは目を細めてコップを支えてやった。クイーンビー族には父親という概念は存在しない。だから、働き、子供の世話をするクリスは酷く異様に見える。しかし、それもまたいいものだ。
 
「そうだ、ルビー。たまにはその、デートでもしないか」

「いいわね」

 私はクリスにエスコートされ、買い物に出かけた。町並みを眺め、歩いていると触覚が反応した。私はふらふらと触覚の導く方向に向かう。酒に酔って倒れている男を見つけた。

「コーグ。また酒を飲んでいるのか」

「コーグさん?」

「よくわからん研究をしている男だよ。エイリアンの存在がどうとか、一度浚われた事があるとか……。この前、ついに学会から追放されたはずだ。魔術師の家系なんだが、何でか魔力が発現しなくてな」

 魔力……この星特有のESPの一種か。

「面白いわね。連れて戻りましょう」

「おいおい、浮気か?」

「そうよ」

 クリスが尻尾を丸めて肩を落とす。私は笑ってクリスの頬にキスをした。
 そして、コーグを負ぶって屋敷へと向かう。
 コーグを医療機器にかけると、治療可能な欠陥がある事が判明した。

「治してあげるわ、コーグ。その魔力とやらを見せて頂戴」

 機械を作動させ、コーグの欠陥を治療する。

「む……むぅ……はっ!? こ、これは、エイリアンの使っていた器具!?」

「それがどうかして?」

「頼みがある! 魔力なくして空かける人よ、どうかその技術を教えてくれ!」

「条件があるわ」

 私は、コーグに圧し掛かった。
 









「ふむぅ。つまり、ここがこうなるから……」

「ええ、そうよ。だからそうなるの」

「コーグ、さっさと出かける準備をしたらどうだ。討伐依頼の集合時間まで後一時間だぞ」

 私はコーグに数学と物理学、科学を教えていた。コーグはとても覚えがいい。覚えのいい生徒にものを教えるのは楽しかった。クリスの機嫌は悪くなるが。

「クリス、ルビー相手に嫉妬していたらきりが無いぞ。彼女の部族は多数の男を相手にするのが普通だそうだから。妻が欲しいなら他の女を探す事をお勧めする」

「わかってるよ、そんな事は!」

 コーグは居場所が無いとかで、クリスと同じ冒険者となってこの屋敷に移り住んでいた。
 今のコーグは呪文が使えるようになったので、クリスと組んでそれなりに大きな戦果を挙げているようだ。呪文。これほど興味深い事象は無い。ESPとも少し違うようだ。炎が出たり、氷が出たり、とても面白い。コーグもまた、生んだ子供に勝手に名前をつけた。コートリィだそうだ。コートリィは機嫌が悪いと口から火を吹く。それを見て、コーグはとても驚き、喜んでいた。私も、コーグの遺伝子をうまく取り入れられてとても嬉しい。ヒューマンビー族は、更なる飛躍を成し遂げるだろう。

「頑張ってね、二人とも」

「おう」

「すぐに帰ってくるよ」

今回の討伐は一ヶ月ほどかかるらしい。特にコーグは冒険者になったばかりなので心配だ。なので、3人のクリス・ワーカービーを連れて行かせる。
 しっかりと留守を守らなくては。
 子供達の面倒を見ていると。珍しくコーグに客が来た。
 ローブ姿の老婦人だ。
 クロスとコートリィを抱いて応対すると、初めは怒った様子の女性が態度を一変させた。

「これが、コーグの子……素晴らしい魔力だわ。ルビーさん、何も言わずにこの子を渡して頂戴。十分な御礼はするわ」

「この子は大人になるまで我が一族で経過観察する事になっています。それは出来ません」

「エルトランス公爵家に逆らうというの?」

 公爵家。コーグって公爵家の人間だったのか。公爵家と敵対するのはあまり良くないかもしれない。特にこの国では、エルは国名や首都名、王家の名につく特別な言葉だ。これは困った。

「二人目で良ければ差し上げますわ」

「二人目も一緒に欲しいのよ」

 公爵家とは随分強欲らしい。私はため息をついた。

「一人目は少なくとも大人になって十分なデータを取るまで渡すことが出来ません」

 大人になれば無用となるのだけれど。

「得体の知れない亜人の子供を引き取ってやろうと言っているのよ。感謝して欲しいものだわ」

 私と老婦人はきつく睨み合った。
 
「エルトランス家は……いえ、魔術師の一族はだんだんと人数が減り続けているわ。特に女が……。だから、魔力の高い人間を一人も逃すわけはいかないの」

「わかったわ。では、女10人に男1人でどうかしら」

「な……なんですって?」

 老婦人は驚いた様子を見せ、胸を手で押さえた。

「それだけ魔力の高い人間を渡したら、コートリィの事は諦めてくれるかしら?」

「あ、貴方は何を言っているの?」

「コートリィの事は諦めてくれるのかしら?」

「た、確かにそれだけいれば……孤児でも集めるつもりなの? でも、そんな魔力を持った子がすぐに集まるなら苦労はしないわよ」

 訝しげな顔をする老婦人に、私はすまし顔でローヤルゼリーを飲んだ。女のヒューマンビー族でない種族を産むのは難しいのだが、コートリィを傍に置く為ならば、あらゆる難問を解決して見せよう。

「さあ? 一月後にまた来てくださいまし」

 にこりと笑って、老婦人を追い出す。
 そして、コーグから取った種を受精させた。
 一月ももうすぐ終わるという頃だった。
 テレパシーが届いた。

『ルビー様、苦戦しています。針を使えばなんとか倒せそうですが、正体がばれるかもしれません。クリス様が怪我をして……』

 私は深くため息をついた。初めての、重大な命令。しかし、私はやり遂げねばならない。まだクリスからは精子を必要とするかもしれないのだ。

『サルア・クリス・ワーカービー。貴方に命じるわ。針を使って頂戴。……出来れば、生きて帰ってね』

『かしこまりました、ルビー様』

 私はサルア・クリス・ワーカービーの為に涙を流す。その日ずっと、姉妹達が傍についていてくれた。夕方になって、交信が途切れた。
 そして、しばらくして子供を生んだ。卵が孵化して2,3日した頃、老婦人は現れた。

「さあ、約束どおり子供を……な、何ですって!? 本当に子供を11人用意するなんて!」

 老婦人は驚愕に立ちすくむ。そして、子供を一人一人調べ始めた。

「この子も魔力が高いわ……この子も、この子も! しかも全部貴方の子ね!? いえ、昨日は気づかなかったけど……貴方達、双子じゃない! 貴方! 人族ではないと聞いていたけど、こんなに短期間で多産なんて何族なの!?」

 私は驚いた。魔術師とは、そのような事もわかるのか。

「ヒューマンビー族というの。我が一族は多産なのよ」

「いいわ! 貴方とコーグの結婚を許します」

「これ以上子供を作ってどうしろというの? 子供同士掛け合わせるのは無理よ? 同じ血を重ねすぎたら病気になるわ。それに私は、出来うる限り優秀な遺伝子を集め続けなくてはならないの。いい男と子作りをし続けなくてはならない、という意味よ?」

「そう。ならば姉妹を貰っていくわ」

「私の一族は子を産める女は限られてるの。今はそう、女王たる私と、わが一族以外の女として産んだこの子達しかいないわ」

「随分と不思議な一族ね。貴方に興味が出てきたわ」

 この魔術師とやらは、随分と厄介だ。私はため息をついた。
 
「いい加減にして頂戴。私、敵に回すと怖いのよ?」

「まあいいわ。この子達は貰っていくわね」

 老婦人は子供達を連れて行った。
 やれやれ、ようやく帰った。魔術師はやっかいな人間。覚えておこう。



[15221] 霊能者達の昼下がり(HxH、幽遊白書クロス)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:a7191d76
Date: 2010/01/16 20:05
 転生しました。まあ死因とかはどうでもいい。済んだことだ。重要なのは俺の弟の名。
 戸愚呂だ。どうやらここは、幽遊白書の世界らしい。俺の名は戸隠。しかし、戸愚呂って本名だったのか? 幾分引っかかるものを感じる。とにかく、俺やだよ、妖怪になるのは。それに、とにかく強くならないと潰煉とかいう妖怪に見せしめに殺されね?
 しかし、霊力を鍛えるのってどうやるんだろう。
 戸愚呂が育って霊力を覚えてから習うしかないか。
 しかし、空手の練習はしておこう………3日で飽きた。
 だーって、俺、元ニートだぜ。運動なんて無理無理無理。
 俺が5歳。戸愚呂が3歳になった頃の事だった。
 戸愚呂は大人しい男の子だった。これが挌闘家になるなんて信じられない。

「兄者、本を借りていっていいか」

「構わないぞ、戸愚呂。それでよく勉強して、俺を鍛えてくれ」

 戸愚呂は格闘技の本を借りていく。それに、よくわからない質問を良くする。
 戸愚呂はいつも本ばかり読んでいる。それは俺もおんなじだ。
 両親からは頭のいい子だと喜ばれている。6歳の誕生日にパソコンを買ってやるといわれ、俺は喜んだ。
 
「戸隠、戸愚呂、お客さんだぞ。隣の家に引っ越してきた野渡さんだ。凄いんだぞ。とにかく来なさい」

「はーい」

 俺は返事をして、戸愚呂は無言で玄関に向かう。待っていたのは、ちっちゃい女の子と優しそうな女の人だった。

「戸愚呂、この女の子、幻海ちゃんっていうんだぞ。同じ幽遊白書からつけたんだそうだ。あ、幽遊白書ってのは俺の好きな漫画な」

 えっ幽遊白書からつけたの?
 っつーか、そりゃ漫画の世界に入るなんて早々ないよな。なーんだ。
 俺は恥ずかしい間違いに真っ赤になる。

「お、幻海ちゃんが可愛いからって真っ赤だな、戸隠!」

 父さんの揶揄する声に、うー、と声を出す。
 戸愚呂は、何歩か進み出て、そこで結局歩みを止めた。ぎゅっとこぶしを握り締める。
 幻海と戸愚呂が見詰め合ったかと思うと、幻海は、くしゃっと顔を歪め、泣き出した。

「まあまあ、びっくりしちゃったのね」

 幻海は、戸愚呂をぎゅっと抱きしめる。
 お母さんが、まあまあと更に声を上げる。

「い……いきなり泣いて、すまないね。戸愚呂、少し二人で話をしたい」

 幻海の、大人びたしゃべり声。ここって近い未来なのかな。
 
「どうですか、上がってお茶でも」

「そうですね、お邪魔します」

 戸愚呂は子供部屋に幻海を連れて行く。
 俺も部屋に戻って漫画を読もうと思ったが、邪魔をするなと父さんに連れて行かれた。
 幽遊白書の話で盛り上がる二人の話を聞いていると、新聞が目に入った。
 幕府……?
 俺は新聞を引っ張りこむ。新聞には幕府がどうのこうの書いてある。

「ねー、幽遊白書っていつ頃の連載?」

「お前が生まれた後に連載終了したんだよ」

「へ……へー」

 俺は青い顔だ。ここはパラレルワールドなのか。政府が幕府だなんて。俺は混乱しながらも、隅から隅まで新聞を見た。ハンター協会。なんだこれ。まさか、まさか……。

「ととと、父さん、くじら島って知ってる?」

「観光で有名な所だな。それがどうかしたか」

「父さん、パソコン買って。今すぐ買って。すぐ買って。調べたいものがあるんだ」

 まだ、間違いというのがあるかもしれない。さっき、間違えたばっかりじゃないか。慎重に確認しなくては。

「なんなんだ、一体」

「うちの幻海ちゃんもパソコンが好きなのよ。そういう時代なのよ」

談笑を続ける二人に埒が明かないと、俺は新聞を引っ張り出した。
ハンター協会会長、ネテロ。NGL。ああ、駄目だ。キメラアントどうしよう。
 何より、俺はハンターハンターの内容をほとんど覚えていなかった。キメラアント編いつだったかなんて覚えてないよ。あーどうしようー。

「兄者、何を悩んでいる」

 俺が頭を抱えていると、幻海と戸愚呂がやってきて言った。

「いや、なんでもない。なぁ、戸愚呂。強くなりたいから鍛えて欲しいなんて言っても、無理だよな。お前は幽遊白書の戸愚呂じゃないものな。あはは……」

「構わないが。というかいつも頼んでいる事だろう」

「本当か!? いや、でも……」

「……あいつ以外の転生者って線もあるんじゃないかい? 3歳の弟にここまで鍛えて欲しいと頼むのはおかしいよ」

 幻海の言葉に、戸愚呂が俺を見た。俺は子供部屋に連行される。
 
「ななな、なんだなんだ!?」

「いいからわかっている事をきりきり喋りな」

 あーれー。

「ふうん、念能力ねぇ。白い靄が見えるのは何でかと思ってたんだよ。これはいい暇つぶしを見つけたね」

「俺は強化系だろうな」

「あたしも強化系な気がするね」

 二人は楽しそうに会話する。そこに、原作であったような影は感じられなかった。二人で話し合って吹っ切れたのだろうか。その日から弟と幻海の特訓は始まった。一日でダウンした。でも許してもらえなかった。二人に言わせれば、子供のうちから鍛えすぎると育たないから加減はしているらしいけど。
 俺が7歳になる頃には、戸愚呂も幻海も纏を会得していた。俺? まだですよ。天才と一緒にするんじゃねぇ。霊は見えるようになったけど。しかし、HxHの原作を覚えてない。最近、いつも内容を思い出そうと頑張ってるから夢にも見るようになってきた。キメラアントの時期わかんねー。よって、まだ戸愚呂達にも話してない。

「成長が遅いね。早く念の訓練をしすぎたかね。これじゃ特訓も出来ないよ」

「水見式は兄者が纏をできるようになるのを待っていたが……」

「すんませーん。俺は探索係って事で頼むよ。今だってパソコンで仲間探ししてるしな」

 幽遊白書の生まれ変わりだと思う人集まれ、と書いたスレッドは今日も狂人じゃねーのという書き込みに溢れている。この中から本物を探すのは大変だ。
 これという人にメールを出して、幻海の住所や享年を聞くのだ。偽者にはまず答えられない。
 パソコンに向き直る俺を見て、戸愚呂と幻海はため息をつく。
 
「ま、気長に待つかね」

 そうしようぜ。



 で、気長に待った結果俺20歳。むりやり念に目覚めさせられました。
 まあ、発は先に出来てたんだけどな。なんと、HxHのコミックを具現化できる能力ですよ。グゥレイト! ……いらねーorz いや、原作知識は仕入れられたけどさ。幻海と戸愚呂の修行にも役立ったし。いまや二人は立派なハンターである。俺? もちろん違うよ。
 ちなみに念に関しては戸愚呂も幻海もorzってなってた。操作系と具現化系です。まあ強化系からは遠いわな、かなり。俺、強化系なのに具現化して涙目。コミックは正真正銘普通のコミックです。戸愚呂と幻海にも文句言われて涙目。二人とも能力どうするんだろ。
 そんなわけで、1996年。クルタ族壊滅。来年の事だ。
 俺はチャットでここ10年の間に見つけた奴らに話しかけた。

「で、どうするー?」

「阻止させてもらうよ。俺の力に初見で対抗できると思わないし」

「俺も今の家族が気に入っているからな。人殺しをするつもりはないから生かして返すけど」

 天沼と海藤から返信が帰ってくる。ほうほう。ちなみに彼らはクルタ組みである。わかったのは、幽遊白書の人間組みが死後に何人かこちらに連れてこられて来ているという事だった。神谷達も来ていて、彼らとも連絡を取り合っている。ちなみに全員念能力者になった。霊能力との区別が大変なようである。俺も混同して毎日幻海に怒られている。ちなみに一番年上にかかわらず、念を覚えるのが一番遅かったのは俺だ。

「能力を盗まれないように気をつけてなー」

「盗めるかどうかはわからないけどね。俺たちの能力は念じゃない。条件はわかってるし、大丈夫だろう。できれば幻海師範にも来て頂きたいんだが」

「あたしは構わないよ」

 海藤の言葉に、幻海が横からチャットに入り込んだ。
 
「俺も心配だからいく」

「俺も」

城戸、柳沢がいい、大分大所帯になったなと俺は思った。
樹が、お茶を持ってきてくれる。仙水が、HxHのキメラアント編を読みながら言った。
仙水は親に売り飛ばされそうになっている所を根性で捜しに来た樹が掻っ攫い、現在ここに住んでいる。戸愚呂と幻海と俺と樹と仙水とで、今5人住まいだ。あ。桑原は樹に送られて雪菜の所へ戻っていった。

「魔族が無理ならキメラアントになりたいな……」

「キメラアントも醜いのは人間と同じくらい醜いですから勘弁してください。魔族ってのも念能力でどうにかしたらどうですか。せっかく7人分もメモリあるんですから」

 これ以上のキメラアントの強化とか、勘弁して欲しい。





[15221] 霊能者達の昼下がり(HxH 幽遊白書クロス)2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:a7191d76
Date: 2010/01/17 23:45
「仙水―。ほら、これ可愛い」

「……ナルが気に入ったそうだ」

「そっか。俺バイト代あるからいいよ。買ってやる」

 俺がぬいぐるみを持つと、樹が取り上げてレジに向かった。
 俺と仙水はまだ職についていない。時々、霊能者としての戸愚呂と幻海の仕事を手伝っている程度だ。ここでの霊能者の仕事は別の意味で厳しい。除念の仕事が混じっているから見極めが大切なのだ。
 前世では戦いあってたけど、ここでは同じ幽遊白書の世界からわけのわからない世界に連れてこられた人間同士、助け合って生きている。
 当然戸愚呂と幻海と樹は霊能者として働いている。
 ちなみに家事の担当は俺だ。弟の弟子ですからー。自然と叩き込まれました。
 全員家事は出来るんだけどな。
 
「戸愚呂。戸愚呂もせっかく出かけたんだから、幻海に何か買ってやったら?」

「兄者。俺はこういうのはわからないからな……。どれがいい、幻海」

「あたしに聞くんじゃないよ。あたしだってわからないさ」

 色気とは程遠いカップルである。それでも徐々に寄り添ってきているような気はする。くっつけくっつけー。あーでも、そうすると俺だけ一人かー。
 クルタ族に可愛い女の子がいるといいな。
 山道を延々と歩き、ようやくクルタ族の住む集落についた。
 他の皆には遠巻きにされたが、天沼と海藤には歓迎された。
 なんだかんだいって不安だったらしい。俺も不安。俺は留守番したいっていったのに、幻海は聞いてくれなかったのだ。旅行は楽しかったけどさ。俺も20になるまで水見式待ってもらった負い目があるので、幻海と戸愚呂には逆らえない。まあ、20になるまで点を頑張った甲斐があって、オーラはめちゃくちゃ綺麗である。
 しかし、クルタ族って美人さん多いなー。
 けどめちゃくちゃ警戒されてるから、こりゃ彼女作るのは無理かな。
 
「アマナとユウの親友といったか。妙な真似をしたら直ぐに村から追い出させてもらうぞ」

「心配しなくても邪魔はしないぜ。ああ、これ、お土産、皆から」

「助かる、ヤナ」

「サンキュ」

 紙袋の中身はゲームと本の山だった。二人は早速中身に手を伸ばす。

「おいおい、案内を先にしてくれよ」

「ああ、わかった。悪いな。こっちのテントを使ってくれ」

 そして、クルタ族との共同生活が始まった。
 そして俺は毎日念の特訓。柳沢の能力は、全てをコピーするというものなので、俺をコピーしてもらって組み手をするのだが、それにどうしても勝てない。全く同じはずなのに、どういうことだ畜生。やっぱり俺って弱いんだろうか。弱いんだろうなぁ。
 幻海と戸愚呂は依頼でそういうものが出るからと、具現化で除念に決めたらしく、それでまた悩んでいる。格闘家だから武器にするんじゃ、と思っていたが、二人とも武器を使うより素手のほうが向いてるんだそうだ。
 結局封じる呪符と破壊するナックルに決めて、具現化を頑張っている。
 念の破壊なんて出来るんだろうか。除念の描写を見る限り、移動や変更は出来ても消す事なんて出来なかった気がする。
滞在中、樹が念の特訓中の仙水に言われてどこかへ行った。どこ行くんだろう。
 それは数日後にわかった。
 樹が幽助をつれてきたのだ。

「よう、ばーさん。また会えるなんざ思ってもいなかったぜ! うわ、わっけーなー」

 幽助が本当に嬉しそうに笑う。これが幽遊白書の主人公か……。からりとした笑顔にどこか惹かれるものを持つ男である。そしてオーラが半端なく強い。
 
「また馬鹿弟子の顔を見るなんてね」

 談笑している二人に仙水が歩み寄り、アンテナらしきものを指し示す。

「久しぶりだな。早速だが念能力を試させてくれ」

「おお? いいぜ」

仙水が自分と幽助にアンテナを突き刺すと、仙水は急に驚いて見せた。

「おお!? か、体が入れ替わった!?」

「これが魔族の体か……」

 幽助が自分の体をしみじみと見下ろす。あ、仙水か。どうやら魔族に生まれ変わる念能力の代わりに、魔族と体を入れ替える念能力を得たようだ。仙水は、どこか楽しそうだった。

「魔界に行ってくる。樹、案内してくれ。幽助、体を借りる」

「おいおい、後でちゃんと体返してくれよ」

「数ヵ月後に」

 仙水と樹を見送る。樹、幸せそうだな……。そういや二人の旅行は初めてか。人の体で一線越えんなよー。
 仙水を見送ると、幽助がにやりと笑った。

「さーて、念能力って面白い力があるんだろ。俺にも教えてくれよ。あと戸愚呂、一緒に戦おうぜ?」

「俺の技がもはや通じるとは思わんが……俺も幻海くらいしか相手がいなくて困っていたところだ。相手になろう」

 幽助と戸愚呂が戦う。戸愚呂は最初から念の攻撃をしてきた。

「うおっ体から湯気が」
 
「それが血液のように体をめぐり、段々流れがゆっくりとなってたゆたうイメージをするんだ」

 俺の適当なアドバイスで、幽助は纏をしてみせた。さすが主人公はんぱねぇ。
 
「サンキュッ」

 はっとするような笑顔を向けられ、俺は照れる。
 戸愚呂と幽助はそのまま殴り合いを続けていた。
 それを俺達はぼんやりと眺める。強いなぁ。お。霊丸。
 戸愚呂は霊丸に撃たれ、気絶した。
 といっても、手加減されて撃たれた霊丸だったので、すぐ回復する。
 俺も一回位手合わせしてもらおうかな。

「強いな、君達。私にも指南してもらえないか」

 クラピカキター。クラピカのほかにも、何人か青年が来ている。

「俺、教えるの苦手なんだよな。そういうのはばーさんに頼んだほうがいいぜ。俺の師匠だし」

「あたしは構わないよ。気分転換になるしね」

 幽助は強化系よりの放出系だったので、幻海に習って念弾の練習を始めた。
 一日で錬を覚えたあたり、腹立たしい。
 
「キメラアントっての? 話は聞いてるぜ。戦ってみてえな」

「幽助さんにはちょっと簡単すぎるんじゃないすか? これ、お茶です」
 
「サンキュ。いや、今人間だろ。いい勝負できるかもと思ってな」

 城戸からタオルとお茶を貰い、幽助はお茶を飲みながら答える。
 
「意外と負けたりして」

「かもな」

 幽助の楽しそうな笑みを見て、ちびりかける。やっぱり魔族怖いです。
 戸愚呂の後ろに隠れた俺に、ため息をついて戸愚呂は言った。

「正直、自分の強さがどれくらいかわからないんだ。人間になって幼くなった分、前より確実に弱くなったのはわかるんだが、腕を上げようにも相手がいないしな。兄者もそろそろ一人前……には程遠いが、まあ普通の除霊は出来るだろう。高校も卒業したし、そろそろ、天空闘技場にでも行ってみようかと思うんだが」

「天空闘技場って何だ? 面白そうな響きだな。決まり。幻影旅団追い出したらそこ行こうぜ」

 楽しそうにいう幽助に、俺は頷いた。金稼ぎにはいいかもしれない。

「その前に幽助はハンター試験に受けて身分証明書を得ないとな」

「ばあさんの弟子選考会を思い出すな」

 幽助が遠い目をして言う。向こうでは幽遊白書の時間からもう数十年立っているという。幽助にも思うところがあるのだろう。
 それから一月ほどして、ついに幻影旅団が現れた。
 柳沢が海藤をコピーし、その能力で子供達を守る。
 海藤が、能力、タブーを使った。絶対に暴力が使えない空間。
 そして、絶対にいってはいけない言葉を設定する。その言葉は……。

「ようやくクルタ族を見つけたぜ、団長」

 開口一番のウボォーギンの言葉。それが、命取りとなった。
 魂を抜かれ、それは海藤の手の内に入る。俺と海藤はほっとため息をついた。
 海藤に向かったアンテナを、俺が叩き落した。

「ウボォー!? てめぇ、何しやがった」

 ノブナガの言葉に、海藤は馬鹿にしたようにふっと笑ってみせる。

「団長……こいつは俺に」

 そして、ノブナガの魂も奪い取られる。
 俺はガッツポーズをとる。日本語の読めるノブナガさえ倒れれば……!

「俺の事は名前で呼べ。団と長をつなげて言うとあの攻撃を食らうようだ。紙に書いてある。……面白い能力だな」

 クロロが面白そうな顔をして言い、本を開こうとする。城戸が走った。
 クロロが身構える、が、そこはもう射程距離。クロロの目が驚きに見開かれる。

「あんた達のリーダーは俺が捕まえました。仲間達を帰して欲しければ、二度と来ないでほしいっす」

 城戸が言い終わらないうちに、クロロの念弾で吹き飛ばされ……ない。
 タブーによる不可視のバリアが城戸を守る。

「暴力はんたーい」

 俺が言う。海藤のタブーは半径たった10mなので、幻海と戸愚呂、天沼が他方面から来た幻影旅団と応戦していた。
 城戸にフェイタンが襲い掛かるが、その刀を軽くはじく。
 
「信じがたいな。禁句を言えば動けなくなる能力に、動きを止める能力に、暴力を禁止する能力か」

 団長はますます楽しそうに言った。この状況で余裕を失わないとか。

「だ……クロロ! どうするのさ」

「暴力を使わなければいい。浚え。一時撤退する」

 マチが糸を使い、城戸と海藤、俺を引き寄せる。途端に、クロロは動けるようになった。あれ、やばくね?
 
「やばいぞ、クロロは移動能力を持っているはずだ」

 俺が言うと、幽助が霊丸を撃つ。
 海藤がタイミングを合わせ、タブーを解除する。
 糸が切れ、それと同時に向こうも攻撃を開始してくる。
 海藤は再度タブーを使い、俺もその隙をついて逃げた。しかし、城戸が捕まる。
 俺と海藤はざっと下がった。

「あー、ごちゃごちゃめんどくせぇな。城戸を離せよ。で、三人に手を出すな。殴りあいしようぜ。海藤、二人を解放しろ」

 幽助の言葉に、マチが幽助を睨みながら城戸を放した。
 海藤が、二人の魂を戻す。
 幽助が、クロロに殴りかかった。ウボォーギンがそれを防いで代わりに殴られる。
 ノブナガが切りかかる。幽助は蹴り上げる。

「こいつに手を出すな! 俺がやる」

 ウボォーと幽助は凄まじい殴り合いを始める。
 後はとても目がついていかなかった。
 そしてその結末は……






宴会でした。
 なんで今まで殺しあった人達と宴会開いてるんでしょう?
 主人公格のカリスマ恐るべし。
緋の目は一つだけ渡す代わりに、見逃してもらう事になりました。
 
「へえ、幽遊白書の世界から来たの? まさか」

「本当だって、記憶を読んでもいいぜ」

「パク、やれ」

「信じられない……団長、本当よ。今は体を入れ替える能力で仙水の体を借りてるみたいね」

「信じがたいな……」

「俺だって信じられねーよ。自分の事が漫画になってるなんてな」

「この世界の漫画もどこかにあったりしてな」

 そこで、いっせいに俺を見るな! パクノダが俺に近づく。
 俺は戸愚呂の後ろに隠れた。
 
「兄者に触らないで貰おう。確かにこの世界を漫画にしたものを兄者は具現化できるが、クルタ族を救った事で未来は既に変わってしまっている」
 
「へぇ? だから戦闘準備をして待っていたんだ? 興味深いなぁ」

「馬鹿っ言うな戸愚呂! 俺の場合は本を一回読んだらそれで用無しで殺されかねないんだから」

「いやいや、そんな事しないから見せてよ」

「嫌だね! あ、これだけ。クルタ族を滅ぼすと、わかっているだけでも蜘蛛の半分が死ぬから!」

 俺は叫ぶと、次は幻海の後ろに隠れた。
 15歳くらい(実際は20才なんだけど)の子供の後ろに隠れる情けない姿の俺を見て、皆笑う。
 宴会は夜まで続き、朝になって旅団が帰った後、城戸が青い顔をして言った。

「俺、能力盗まれてる……orz」

 いつのまに。さすが幻影旅団である。何はともあれ、クルタ族の平和は守った。
 原作開始まであと4年。それまで天空闘技場ででも暇をつぶそう。
 



[15221] 霊能者達の昼下がり(HxH、幽遊白書クロス)3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:a7191d76
Date: 2010/01/17 23:40
「幻海、その、花を摘んできた」

「なんだい、あんたらしくない……でも、礼はいっとくよ」

 戸愚呂が花を幻海に贈り、幻海は少し顔を赤らめる。その後ろでは死闘が演じられていた。

「樹てめぇー!」

 帰ってきた樹と幽助が殴りあう。幽助はマジ泣きしている。その理由は……お察しください。仙水は黙ってお茶を飲んでいる。
 俺も彼女欲しいです。もちろん女希望。幽助みたいに人質にとられたら困るから自分の身ぐらい守れる強さで俺より強すぎない人がいいな!
 まあ魔族やってれば長い人生そんな事もあるさ……などと言われたら殺されそうなので絶対に言わない。
 そんなわけで今日も宴会だ。理由は仙水達が帰ってきたのと陣達の歓迎。
 陣達は仙水が幽助の体を乗っ取ったのを見て、念に興味がわいたのだという。
 陣が子供を乗せて飛んでやり、酎が酒を飲んで凍矢と戦いあう。お前ら、S級妖怪がこんなとこで暴れんな。
クルタ族とはすっかり打ち解け、しかし俺は化け物扱いのために恋人とまではいかなかった。くそう。

「天空闘技場行くのはいいけどさ、人殺しすんなよ。人間相手なんだってわかってるよな」

「わかってるべよ」

「人間相手に本気出したりしないよー。妖力はとことん抑えるさ」

「念は使わせてもらうが」

 それを聞いて俺は安心して、全員ハンター試験に送り込む。
 ちなみに陣達も実践の中で念能力を覚えました。
 だからお前ら一日で錬を覚えるなって。
 ハンター試験落ちたら思いっきり笑ってやろう。
 そして俺達は天空闘技場へ行った。
 幻海と戸愚呂、仙水、樹は200階まで一直線である。
 俺はゆっくりゆっくり登っていった。たまに負けて驚愕の眼差しで見られた。どうせ俺は弱いですよー。ああ、戸愚呂と幻海が本気で俺のメニューを考え始めた……。コミックスを参考にこの世界の体の丈夫さを考えて、自分達の分も含めてメニューを増やすらしい。勘弁してください。
 俺が180階辺りで頑張っている頃、200階クラスで戸愚呂が負けた。
 誰かと思ったら……どう見ても雷禅でした。
 何で雷禅がこんな所に!? 念はまだ覚えてなかったらしい。念なしで200階で戦っていられる雷禅凄すぎ。俺は急いでいって傅く。元国王様だからな。
 雷禅は画魔らしき男からスポーツドリンクを受取って飲んでいた。

「雷禅様、こんな所で何していらっしゃるんですか」

「俺の事を知っているのか?」

「元妖怪の国王様でしょう。幽助もしばらくすればこちらへ来ますよ」

 それから、俺は事情を話した。幽遊白書の本を説明の為に用意しようと思った途端、俺の手の中に幽遊白書が出てきた。どうやら、HxH以外にもコミックスを具現化できるらしい。後で制約を煮詰めてみよう。とにかく幽遊白書の本を捧げる。

「ほぅ、面白いな。俺のほうはこっちで生まれて、お琴ととうとう再会してな。お琴の医者になる資金を稼ぐついでにな」

「念能力を覚えてみてはいかがです? 面白いですよ」

「ああ、そうだな。頼む」

 探してみると、闘技場には漫画に興味のない幽遊白書の登場人物が集まっていた。さすが天空闘技場。俺は勝負前に自分の掲示板の紹介をするようになった。幽助の名前に聞き覚えのある人はこの掲示板に来てくださいって。
 それで結構人が集まった。その中から仲間を探すと、結構見つかった。鴉とか。
 幻海と戸愚呂が雷禅に念能力について教える。その間に、俺も200階に到達した。
 しばらくして仙水がフロアマスターになった頃、幽助達がやってきた。
 はい、この後何が起こるかわかりますね。

「あー、観客に被害出さずに戦うなんて無理!」

「酎、まだ妖力を出しちまってるぞ。念だけなら、そう被害は大きくならないべ」

「それが難しいんだっての!」

「もう帰ったらどうですかー」

 俺が棒読みで言ってみるが、凍矢が何を馬鹿な事をという表情で言った。

「画魔が魔界に適応できないじゃないか」

「俺はこう見えても人間としての生を楽しんでる。心配するな」

「しかし……」

「いいから帰れ」

「画魔!?」

「あんた達のせいで人間が全然勝ち進めなくなってるんだよ。本気の勝負じゃないからつまらないし、天空闘技場は戦いの観戦にお金をかける場所なの!」

 俺が援護射撃する。
 結局陣達はその日のうちに樹に連れられて帰ることになった。
……戻って来る時には雷禅の知り合いを引き連れて来るのを予想できなかったのは痛かった。
ちなみに煙鬼達も念能力を覚えていった。雷禅は……連れて行かれました。
ちゃんとハンター資格取ってきたし手加減するから戦おうぜ→雷禅、負けたから魔界行こうぜ→いけるかっての→なんだ、強いじゃねーか本気出せよ→こんな所で戦えるか→じゃあ魔界で→何をするー的な。
めっちゃ暴れてたけどS級妖怪に人間が勝てません。
雷禅が大きな制約と引き換えに前世の姿を取り戻す念能力を得ていたのが悪かった。
暴れている最中にそれを(もちろん周囲に被害が出ないよう力を調節して)使ったものだから、反対派だった煙鬼もじゃあ魔界に連れて行っても大丈夫か、と……。
瘴気どうすんだかねぇ。
まあ、お琴さんが医大を卒業する頃には帰ってくるだろう。食われてなければ。
黄泉とか人間食べるよね確か。
頑張れー雷禅。
ちなみに、戻ってきた樹曰く念能力は魔界で流行っているとか。
200階に行くと、俺はめっきり勝てなくなった。それでも、強化系の誇りにかけて、なんとか頑張っている。
あ、200階に来たカストロと当たって何とか勝った。けど別に絡まれなかった。
お互い怪我をしないように念押しして、ぎりぎりで勝ったのが良かったんだろうか。
 そうそう、幻海達の除念能力がここ数年の修行で完成した。
 幻海の呪符で封印or魔物化→戸愚呂のナックルで攻撃という形で無理やり壊すらしい。小さな念でもかなり凶悪な魔物が生まれるから、いい修行にもなるそうだ。
 あ、ヒソカは鴉と変態合戦を繰り広げた後に雷禅組と一緒に魔界に行きました。いいのか。煙鬼が責任もって守るとか言ってたけど、不安……。

「そろそろ原作時期だし、ハンター試験、受けようかな」

「俺も受けてみようかと思うんだ」

「あんた、カンニングしてハンター試験に受かろうってのかい」

「んー。本当に原作どおりか見たいし、クラピカの穴も埋めないと」

「俺も見たいな。樹はもうハンター資格持ってるし、ここで待っていてくれ」

「やれやれ、原作なんざもう意味ないんじゃないかい? ヒソカもいないし」

「じゃあ俺がヒソカをやってやるぜ」

「仙水、ノリノリだな。じゃあ俺クラピカの役をやる」

 そうして、俺達はピクニック気分でくじら島に出発したのだった。
 

クラピカ来てたしorzいきなり俺、いらない子?






没部分

「雷禅、あんた、いつでもかかって来いって言ったよね。あたし、ちゃんとハンター試験も通って勝ち上がってきたよ」

孤光が、涙ぐんで言う。それに雷禅は苦笑いして答えた。

「よぉ、久しぶりだな、孤光。頭数揃えて、どうしたんだよ。俺を食いにでも来たか?」

「うわーん雷禅―」

「ちょ、待て! 今の俺は人間だ。妖怪が締め付けたら、ぐっ……」

 雷禅が青い顔をし、煙鬼が苦笑してそれを止めた。

「孤光、それぐらいにしないと雷禅が死ぬぞ」

「雷禅様、何故連絡を取ってくれなかったのですか」

 北神が涙ながらに言う。

「俺は今はもう普通の人間として生きてるんだよ。婚約者もいるしな」

「今度は結婚式に呼んでくれよ」

「ああ、必ず呼ぶ」

 そして試合となる。雷禅の動きは、当たり前だが孤光に比べて悪かった。試合は結局孤光の勝ちとなった。

「雷禅―。本当に弱くなっちゃって……」

「人間の中じゃ、これでも強いほうなんだけどな」

「雷禅様、どうか魔界にお戻りください」

「だから、俺は人間だっての」

「そうだ、黄泉や骸にも会っていくといい。二人とももう子供がいるんだぜ」

 雷禅がひょいっと抱き上げられ、暴れた。

「俺は魔界へは行かない!あの日々をもう一度(リターン)!」

 雷禅が妖怪の力を発揮し、北神達を蹴散らしてぽんぽんと手をたたく。
 孤光達は呆けた顔でそれを眺め、ついで怒り出した。

「雷禅! あたしとの試合ではそれ、使わなかったじゃないか!」

「あんな場所で妖気を使って戦えるか! それにこれは制約がきついんだよ」

「じゃあ魔界で戦えばいいじゃないか。とにかく、帰るよ!」

「だーかーらー。俺は人間だって……ちっ一日に二回も使えないんだよ。はーなーせー」

 嵐のように去っていった一団を、俺は呆然と見上げるしかないのだった。



[15221] 霊能者達の昼下がり(HxH、幽遊白書クロス)4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/02/16 10:32
 クジラ島の船に乗った。隔離された。
 な、何を言ってるかわからないと思うが、俺も何をされたのかわからなかった。

「幽遊白書の仙水忍さんとその連れだな? お前さんたちは別口だ」

「特別扱いは不要だ」

「いいからこっち来い」

 そう言われ、船の別の船室に連れて行かれた。船は凄い揺れたが、それは大した問題ではない。
Q.こんな所に黄泉と修羅と躯と飛影がいる理由を誰か答えよ。
 A. どう考えても樹が連れてきました。本当にありがとうございます。
 しかも修羅に幽遊白書を読ませていらっしゃる。
 船に入ると、黄泉が言った。

「ん? 差し入れか?」

「責任者でてこーーーーーーーーーい! 何人食いと一緒の部屋にしてやがる。食われる! 食われるから」

「漫画の登場人物同士、あんたらがなんとかしてくれ」

「俺は違う!」

「あんた戸愚呂の兄だろ。同類だ。後弁当が必要だし」

 ひでぇ! 何それ! ストッパーになりそうな蔵馬がいないとか意味わかんねぇ!

「ふむ。奇遇だな。お前が仙水か。体はいいのか?」

「神谷に早期治療を施してもらったから大丈夫だ」

 仙水が気負わず答える。

「仙水、今の俺はあの時より強くなった。勝負したい」

「ハンター試験が終わったら、勝負しようか」

「お前、誰だ?」

「ミノルだ」

「俺は忍と戦いたいと言ってる」

「忍……どうする? いいってさ」

「俺にも観戦させろ」

 躯と飛影と仙水の話が弾む。俺はなるべく視界に入らないように……。

「そこの。戸隠と言ったな」

 恐れ多くも妖怪の国王様が名前を覚えていらっしゃる! あまりの光栄さに泣きそうだぜ!

「ははぁぁぁ!!」

 俺は地面に這いつくばって返答した。

「この世界の未来を漫画にしているものを持っていると言ったな。見せてはもらえないか」

「わかりました黄泉様!!!」

 俺は逆らわずHxHの本を差し出した。あれ、新刊増えてる。俺の能力すげぇぇぇぇぇぇ!! こりゃ、具現化じゃなく召喚なのか!?
何はともあれ、修羅様は本を音読しだした。ほ。こうしている間は大丈夫……。

「……。小腹がすいたな。所でこの本は使い手が死んだら消えるのかな?」

「消えます! めっちゃ消えます!」

 ……大丈夫だと思いたい。
 船が揺れている間は必死に壁に張り付いてしのいだ。国王様たちにぶつかるとか自殺行為すぎる。船の壁に腕で穴をあけ、そうして張り付く。
 仙水と飛影はいくつか質問や約束をしあうと寝てしまった。
 躯は修羅の読んでいないHxHの単行本を興味深そうに読んでいる。

「修羅、ちょうどこのシーンが始まったぞ。クラピカの目的は魔界を旅したいに変わっているが」

「わー無謀ですねー」

「本当だ。声が聞こえる。あーあ、どうして隔離されちゃったんだろ」

 船から出ると、俺達だけ車に乗せられた。
 ついた先が、飛空挺だった。
 それぞれの食事を出される。飛影と仙水と俺には普通の食事、躯と黄泉、修羅には人肉。

「あ、俺人肉食べないんだー」

「そうか、妖怪の過渡期か。それは朗報じゃの」

 会長が、修羅の食事を変える。
 なんで俺達会長と食事してるんだろう。ハンター試験はどうなった?
 そして人肉用意できるハンター協会ぱねぇ。

「ここに来た目的は、他のものと同じ天空闘技場の為かね?」

「いや、違う。それがあった方が何かと便利だと聞いたからな。ここへは観光できた」

「俺も観光だ」

「躯の護衛だ。後は念能力を覚えに」

「ゴンが見たい!」

「主人公ウォッチングに」

うぉ、修羅、仙水ストレートすぎ。

「そういえばハンターハンターという漫画を持っているそうじゃな。玄海から聞いておるよ。カンニングはいかんの」

「聞いてたんですか。」

「見せてくれんかの?」

「ええー……」

「み・せ・て・く・れ・ん・か・の?」

「喜んで!」

 つくづく、俺はへたれである。
 
「色々約束してほしい事があるんじゃがの。それさえ済めばハンターライセンスは渡しても構わんよ。どうせ妖怪がハンター試験に落ちるはずはないしの」

「えー。俺、ゴン見たいよー。ヒソカの代わりに試験管ごっこもしようかと思ったのにー」

「君もか。俺も試験管ごっこしようかと思っていた所なんだ」

「はっはっは。今度の参加者は一人も生き残れないな」

「だから一緒に試験をさせる事が出来ないんじゃよ。いくらなんでもS級妖怪と一緒は参加者が可哀想だからのぅ」

 ネテロ会長が書類を用意して、それを修羅が読んだ。すでにハンター文字を覚えているあたり、さすが黄泉の子供である。
 内容は食べる分以上の人殺しはしない事、出来れば人を殺さずに病院から死体を貰う事などが明記されている。
 それにサインをして、ハンターライセンスの手続きをする。
 まあ……楽してハンターになれたから、いい……のか?

「念能力を覚えたい」

「ついでだから案内しろ」

「はいはい、わかりましたから食べないでください」

 ゾルディック家でも見に行こうかね。
 



[15221] 霊能者達の昼下がり(HxH、幽遊白書クロス)5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/02/16 18:27
「えー。こちらがゾルディック家でございます」

「ほほぅ」

「パパ―。扉開けてみて」

「はっはっは、いいだろう」

 余裕で全部の扉が開く。もうやだこの人達。

「パパすごーい」

「じゃあ、見るだけ見たし主人公を待っている間、念能力の講習しますか」

「はーい」

「ふむ」

「ほぉ」

「じゃあ俺が念で攻撃すると体から何か噴き出してくるんでー。血液のように体をめぐり、段々流れがゆっくりとなってたゆたうイメージをして下さい。反射的に反撃しないでくださいね。えいっとぉっやっほっ」

 四人とも非常に速い習得でございました。俺って本当才能ないと実感する。
 待っている間、俺は能力を色々試してみた。どうやら、異世界から本を持ってこれるらしい。
 遊びで魔導書―とかデスノートーとかやったら本当に出てしまった。
 しかもそれ見た瞬間的にこの能力の発動以外に念を使ったら死ぬって制約をつけちまったorz 俺はつけたくなかったんだよそんなもん! でも見たとたんそう思っちまったんだからしょーがねーだろ!
 そんなこんなでバスが来る。

「これがあの主人公達でございまーす」

「わー。思ったより小さーい」

「なな、なんだなんだ?」

 主人公達には訝しげな眼で見られたが、まあスルーする。修羅様が喜んでくれたのでそれでよしっ!

話は原作通りに進むかと思ったが、屋敷から執事が出てきてミルキの部屋に招待された。

「へー。飛影って実際に見るとこんな顔なのか。修羅が思ったよりも背が高いな」

 ミルキがキラキラした瞳で飛影を見る。
 
「ミルキ。修羅様、修羅様。元王子様ですし」

「いいよ、戸隠。ミルキ。友達になってやってもいいよ」

「本当か! 色々聞いていいか? 幽助や蔵馬、桑原の事も聞きたいと思ってたんだ」

「ちっ面倒な……」

「面白いじゃないか飛影。漫画のファンとはな。どうせ後数日しか滞在できないんだ」

「たった数日しかないのか。そうだよな、忙しいよな。じゃ、聞く事も絞らないと」

 ミルキは楽しそうに話す。黄泉様や躯様もまんざらではない感じだった。
 というよりミルキが意外と話し上手なのに驚いた。
 それでも、躯様と恋仲なのか聞いた時は肝が冷えた。
 躯様曰く、飛影しだいだそうです。
 黄泉様躯様ご一行は数日滞在して、旅団と写真撮って帰って行った。
 ちなみに俺は旅団が来ている間隠れていた。
 仙水は普通に会話してました。
 いや、大変だった。

『戸隠:……って事があってさぁ。俺が出来るのって精々この世界の未来の漫画の具現化だしー。それだって未来は既に大幅に変わってるんだしー。つくづく俺って役立たずだよなぁ』

『天沼:いや、そんな事はないよ』

『御手洗:そうだよ、立派な能力だと思うよ。今どこにいるの? 一人?』

『戸隠:仙水と一緒―。あ、仙水、樹と一緒にちょっと出てくるって』

「じゃあ君一人だね! 天沼達の能力は一通り貰ったけど、君とだけ連絡取れなくて困ってたんだ」

 シャルナーク!?
 こうして俺は捕獲されたのだった。くすん。
 天沼と御手洗は無事かね?
 
「恐ろしいな……。俺達の能力が網羅してある」

「人気の敵キャラですからー」

「誰に見せた?」

「霊能者組とネテロ会長」

「…………殺すか?」

「やめてー。まじやめてー。俺の能力使えるアルヨ」

「ほぅ?」

 俺は魔導書を具現化して見せる。
 クロロがそれを読むと、火の玉が宙に浮かんだ。

「確かにこれは面白いな。いいだろう」

「ええー。たまに本を見せるんじゃだめですか」

「駄目に決まっているだろう」
 
 デスノートの事がばれたらマジやばいんですが。
 
「でも念能力をこれ以外に使ったら死ぬって制約はまずいんじゃないですか?」

「それは面倒な制約だな。どうしてそんな制約を?」

「魔導書見たとたん勝手に制約ついちゃったんですよ。こんな貴重な本を呼べるならって」

「本当に強化系かお前」

「一応水見式ではそう出てますけど」

「まあいいだろう。しばらく滞在していけ。で、皆どの魔導書を使ってみたい?」

「拉致監禁コースですねわかります」

 釈放には大分時間が掛かりそうである。



[15221] 霊能者達の昼下がり(HxH、幽遊白書クロス)最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/02/28 21:24
 ヨークシンが始まる時期に仙水が引き取りに来てくれました。
 どうやったか知らないけど、仙水と旅団の交渉は無事成立。
 当たり前だけどヨークシンは幻影旅団大勝利でおわりました。
 その後バッテラ氏に会いに行ってバッテラ氏の持つ全てのスロットと引き換えに奥さんの治療と念のレクチャー。
 バッテラ氏にグリーンアイランドの若返りの薬を使わせた後は二人でグリーンアイランド観光旅行に旅立ちました。
 賞金は分配という事になったのでボマー事件は起こらなくなったよ!
 代わりに幻影旅団が暴れまわっているがな!
 ちなみに賞金の分配がされてグリーンアイランドからの引き上げが行われ、開いたスロットは樹が連れてきた妖怪たちに流れました。今あそこは無法地帯。
 ゴンとキルアが来たら入れてやるようにバッテラ氏に頼んでおいたから原作どおりに進みはするだろうけど、妖怪たちに食われないかが心配である。
 ちなみに修羅とミルキも一緒にグリーンアイランドに出かけている。

「というわけで、帰ってきました」

「心配したんだぞ、兄者。ハンター試験に行くといったきり何ヶ月もいなくなって……」

「この調子じゃライセンスも守れるかどうか心配だね、全く」

 戸愚呂と幻海に怒られる。そんな事言われましてもー。

「でもまあ、グリーンアイランドに行ってみるのもいいかもしれないね」

「妖怪がいっぱいいるなら、腕試しにも丁度いいだろう」

「いや~俺は多分向こうに行ったとたん死ぬからいいや」

「バッテラ氏に三人分融通が利くか電話した。構わないそうだ」

 あ~れ~。

「でも俺本出す以外のことに念使うと死ぬよ!」

「本当に使えないね戸隠は。いいよ、戸愚呂と二人で行ってくる」

「新婚旅行楽しんできてね」

 頬を赤らめた幻海に殴られた。
 念と霊能力を混同してしまう危険もあるので、霊視相談すらできない。
 本当に俺は役立たずになってしまいため息をつく。
 こうなったら今更だけど勉強して、資格でも取るかね。
 旅団に時々魔導書目当てで浚われる事を考えると、不定期で出来る仕事がいい。とすると、自分で何か商売を起こすほうがいいかもしれない。
 天空闘技場で負けたり勝ったりを繰り返したので、元手はある。
 そこで俺は考えた。
 異世界で言語が同じところの漫画本を丸写しして売ればいいじゃない。
 早速俺は漫画家兼小説家となり、日々を過ごすことにした。
 それから大分たった頃の事だろうか。
 キメラアント事件が起こった。
 ネテロ会長が十分に注意していたので発見は早期だったが、妖怪食ってて強くなってた。
 ネテロ会長は全ハンターの撤退を宣言、そして早期に幽遊白書組に連絡がなされ、妖怪や霊能者たちによる討伐が企画された。

「……で、なんで俺まで呼ばれるんだよ」

「おぬしも霊能者じゃろ」

「俺、制約つけたから無理だって。今の俺は単なる漫画家兼小説家なの!」

「ここにいるだけでもいいから大人しく召集されてくれんかの」

「俺らも招集されてるんすよ。能力取られたからって言ったんすけど」

 海藤達がため息をついて言う。。

「やあ、戸隠。また本を見せてくれないか」

「げ。クロロ。何でここに」

「俺も報酬付で呼ばれてね。魔界の宝石、瑠璃丸をもらう代わりに手伝いに来た」

「じゃあ、俺ら休憩所の要員にでもなりますか」

 躯様の盗聴蟲や魔界の便利なあちこち見渡せる水晶を用意し、俺達は団長や仙水や戸愚呂や幽助の活躍を見守った。ぶっちゃけアリ達にゲームなんぞ出来るとは思えないし、団長や幽助達の圧勝だろう。

「そこのお菓子とってー」

「ほい、戸隠」

「何か面白い漫画あるか?」

「これお勧め」

 戦いを見守り、まったりと過ごす。
 ぱりぱりとせんべいを食べ、事態を見守った。
 あ、団長が能力使う前に被弾した。
 キメラアントの中には妖怪のように普通の人間には見えないものもいるので、そこら辺は団長の分が悪い。
 団長が念能力を使ってこちらまで移動してくる。
 神谷がそれを治療した。神谷の能力は奪われてはいない。何故なら神谷の能力の病原虫は団長の目には見えず、使えないからだ。
 
「クロロ、ちょっと休憩していく?」
 
 のほほんとお茶を渡せば、ふ、と息をついてお茶を受け取った。

「ずいぶんと気楽だな?」

「待機組みですからー」

 あ、仙水がメルエムとエンカウントした。
 大体一日ほどすぎた所だろうか。
ええええええええ!? メルエムが勝ってるぅぅぅうううううう!!
 このままでは仙水が死んでしまう。
 仙水はずっと一緒に過ごしてきた俺の家族とも言うべき存在だ。俺はデスノートを取り出し、名前を書いた。
 メルエムが急に心臓を押さえ、倒れる。
 よっしゃ効いたぁ!
 沈黙が流れ、団長が素敵な笑顔で言った。

「戸隠。それ、何?」

 うふふふふふふふふふふふやっほぉ!
 俺は覚えている限りのキメラアントの名前を水晶の映像と照合しながら書く。
 最後に俺は自分の名前を書いた。
 だってさ、ほら。さすがに団長にデスノート渡すことではできないし、かといって俺は拷問に耐える自信なんてない。いや、そんな深く考えてなかった。
 混乱と恐怖のまま勢いで自分の名前書いちゃいました。
 心臓が痛い。

 俺は死んだ。で、霊体を捕獲された。
 
「で、何をやったんだ?」

 おしゃぶりをした小さい子供が俺を見上げて聞く。

「俺、なんでこんな所にいるんですか、コエンマ様」

「幻海に生き返らせてほしいと頼まれてな。事情聴取もしたいし」

「普通にあっちの世界の霊界に任せてくださいよ」

「現在交渉中だ。それに、向こうに行けば自殺の扱いになるからな。地獄行きだぞ」

 あっちの世界にも霊界があったのか。そして俺は地獄行きなのかorz

「あんまり酷い地獄じゃないといいなぁ」

「で、なにをやったんだ」

「なんで俺尋問されてるんすか」

「メルエムを普通の人間が倒した事が問題なのだ。そのような強力な魔導書があるなら霊界で預かりたいと思ってな」

「俺の円の範囲でしか出せないものを?」

「そこは戸隠ごと保存という事で」

「いやいやいや。本気?」

「親父は割りと」

 俺はため息をついた。

「このまま何も聞かずに地獄までエスコートしてください。いくらなんでもあんな危険なもの、言えないです」

「そうか、残念だ。じゃあ尋問係をつれてくるから」

「えー」

 なんて嫌なゲームオーバー。これが世に出たことでどうなっても俺は知らないぞ。
 どうすればよかったというのだろう。俺は悪くない。絶対恐らく多分きっと願わくば。
 そうして俺はぼちぼちと口を割るのだった。

 その後、勝負を邪魔したことを仙水に怒られたのは完全に蛇足。



[15221] VS!(オリジナル)1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/02 18:28





 西暦3000年、今にも第三次世界大戦が起ころうかというとき、魔王が現れた。
 魔王は魔物を引きつれ、人類を虐殺した。人類は初めは混乱した。しかし、一方的な虐殺は、すぐに被害者と加害者を入れ替えた。魔物の死骸は、貴重な鉱石へと変化する事が発見されたのだ。欲に目がくらみ、大義名分も手に入れた人類達に敵は無かった。魔王は、あっという間に倒されたのである。

「我が倒されても、第二、第三の我がやってくる。覚悟するがいい、人間よ」

 これが魔王の最後の言葉である。この言葉に、人間達は歓喜した。魔王は魔物を生み出すことが出来、その死骸も最高の鉱石を生み出す。ぜひとも生け捕り、出来れば番で手に入れたいというのは人類にとってあまりにも当然の結論であった。そして、魔王が来た方向を探知したところ、人の住める可能性の高い星を見つけた。もはや、宇宙に行こうという人類の意思は誰にも止められなかった。
 そして、その星、セカンドマザーに向かって宇宙船が出発する事になった。
 渡辺博士は、そのクルーであり、マッドサイエンティストだった。
 すっかり白髪頭になった髪を撫でつけ、渡辺博士は全く未知の場所に赴くことに胸を高鳴らせていた。新たな鉱石を使った装置で、ワープ航法も可能となった。現在の目的地の星が魔王のものだという確証は無いが、それでも人の住めそうな星の調査という大事業は魅力的だった。知識を頭の中のAIに叩き込み、出発まであと一日。
 博士は、希望に胸を高鳴らせていた。
 そんな時、声がした。

『勇者よ……どうか、この世界を助けて……』

 その声が聞こえた次の瞬間、宇宙船と渡辺博士は消えていた。



「あ?ああーあー」

 声が聞こえたと思ったら、どういう現状ですか、これは? AIの反応は……ありますね。しかし、うまく声が出ません。

「■■■」

 巨大な女が私に向かって話しかけてきました。いえ、違います。私が小さいのですね。私は自分の手を見ました。これは、赤子の手です。興味深い現象ですね。どうやら私は何者かに、勇者として、拉致されたようです。元の体はどうなったのでしょうか?
 とにかく、情報を集めることが先決ですね。まずは言葉を覚えないと。
 
 結論から言って、この世界はかなり遅れた世界のようですね。未だ科学の片鱗すら見られません。しかし、収穫もありました。この世界には、魔王がいます。ここはおそらく、セカンドマザー。それならば、いずれは迎えも来るでしょう。その時の為に、せいぜい情報を集めておかなくては。そして、私をこちらに連れて来たらしい女神アリアとかいう存在も気になります。貴族という地位にあり、勇者というお告げがあったのは都合がいいかと。このおかげで、高い知能もごまかすことが出来た事ですし、若返る事も出来ました。ひとまず私をここへ拉致したこの世界の神とやらに感謝をする事にしましょう。剣術を強要されるのは勘弁して欲しいですがね。


 私が生まれてから5年後、私は司祭の所に呼ばれました。

「アレク様。真の勇者になる為の儀式を行わなくてはなりません」

「儀式ですか?」

「女神アリア様に祈るのです」

 司祭が私の手を包み、押し頂いて祈りを捧げる。
 私の右手に強い痛みが走り、良く見ると手の甲に青い宝石が輝いていました。
 宝石の中には、宇宙船の小さな模型が。
 それを見た時、私にはわかりました。これはあの宇宙船だと。

「おお……これぞ奇跡……」

 司祭が言います。私は広い外に連れて行ってもらい、右手を掲げてみました。
 すると、宝石が力強く輝き、目の前に宇宙船が現れたのです!

「ふふふふふ……あはははははははは! どういう仕組みなのでしょう? ぜひ調べてみたいですねぇ。研究室は目の前にある!」

 私は、尻もちをつくお付きの者を置き去りにして、宇宙船へと入りました。












『勇者よ……この世界を助けて……』

「おんぎゃあああああ!!」

 今のは、確かに神の声。聞こえた瞬間わかった。これはアリア様という神の声だと。私が、神に勇者として選ばれた!? 選ばれたんだわ、ああ、エルフなのに役立たずといわれ、魔力がなくとも必死で勉強を頑張った甲斐があった! 今、私の体に大きな魔力が渦巻いているのがわかる。これこそアリア様からの贈り物。いきなり赤ちゃんとして生まれ変わらせられたのはびっくりだけど、聞いたことの無い神様だけど、頑張ります、アリア様!
 そう思ったのも最初だけでした。
 
「ああ、もう、耐えられない!」

 私は癇癪を起こす。この世界は異世界だった。しかも、遅れている。遅れているのだ。そもそも魔術という概念すら知られておらず、便利な魔術道具が、何一つ無いのだ! しかもここに生えている木は凄く少ない。気の休まる暇すらない。そのうえ、この世界には魔王がいるのだ。私の世界ではたやすく魔王を倒すことが出来たけど、それは大勢の優秀な魔術師と高い技術があってこそだ。
 その上、はるか昔、まだ魔術が一般的でなかった頃は、魔法使いと人の間で人魔戦争が幾度も起きたという。それは、魔術の発展によりすべての人間が魔術を使える様になることで収まったが……その戦いの歴史は、魔術師学校の初めの授業で学ばされる。
 その為、周囲の人が魔法を使えないと知った時に、私は賢明にも力を隠した。
 もしかして、この状態で私一人で倒せと言うんだろうか。とても不安だ。2000年、あらゆる神様に祈ったけど、神様どころか召喚獣すら誰も答えてはくれなかった。エルフの癖に魔力もなく、馬鹿にされ続けた私を救ってくれたのはアリア様だ。出切る事なら報いたいけど……自信が無かった。それでも私は何とかすべく、まずは宝石に術式を刻んだ。私の家は公爵家だったので、5歳の私でも宝石を持っていた。
 そう、私ももう5歳なのだ。今の私は人間であり、人間はすぐに死ぬ。動き始めねばなるまい。とりあえず、森に本拠地を作ろう。

「お父様。私は、領地に帰りとうございます。領地の森で暮らしとうございます」

「エリア、何を言っているのかわかっているのか。森には魔物がいるのだぞ。お前は王都にいれば良い。王都が一番安全なのだ」

 お父様はどこか怯えた様子で言った。お父様は私を猫かわいがりしてくれる。まるで、そうしていないと失ってしまうとでも言うように。

「信じてくれないかもしれないけど、それがアリア様の為なのです」

「お前は魔王になどやらぬ!」

 お父様は言って強く私を抱きしめた。

「お父様、何があったのですか? お父様はいつも何かに怯えていらっしゃるように感じます」

「アリア様からお告げがあったのだ。二人の勇者が現れ、魔王を倒すとな。その内一人の勇者が、お前だ。エリア。しかし、お前に魔王を倒せるなどと、私にはとても思えないよ」

 その言葉に、私は目を見開いた。アリア様は、そこまで私を後押ししてくださっているのだ。応えたい。なんとしても。

「お父様……エリアを信じてください。いつか、いつか必ずや魔王を倒して見せましょう」

「エリア……せめて、せめて護衛は連れて行ってくれ」

「お父様、うれしい。護衛は私に選ばせてください。アリア様の加護厚きものを選びましょう」

 私はお父様と抱擁を交わしあった。
 そして、私は司祭様の元に連れて行かれた。

「おお、ついに洗礼を受けさせる気になったのですね……」

「ああ、頼む」

 司祭様が私の右腕を押し頂く。そして、私の右手に痛みが走り、そこには物置用の宝石がはまっていた。中には、私の持っていた魔術道具の数々。
 ああ、アリア様! しかし、これは切り札だ。初めは隠しておこう。
 さて、山篭りの準備をしなくては。護衛にはまずは5人選んだ。魔力の強く、忠誠心厚い者ばかりだ。そして、宝石や紙の束や、細々した身の回りの物を選び、馬車に乗り込む。
 何度かの戦闘をへて、私達は森までついた。
 私はつくなり、木に触れて木と語り合う。うん、歓迎してくれている。
 
「お嬢様!」

 叫び声がして、私は振り向いた。襲い掛かってくる狼の魔物。私はとっさに宝石を投げつけ、叫んだ。

「サンダー!」

 私の想像を超える大きな雷が狼に落ち、狼は鉱石へと変わった。鉱石はいい魔術道具の原料になる。唯一の魔王の恵みだ。このせいで、魔王を神としてあがめる者もいる。特に魔王は素晴らしい鉱石へと変じる。持ち帰る事が出来れば、私は英雄だ。

「な、何が……」

「ば、化け物……」

「ア、アリア様の遣わした勇者様……」

 私は鉱石と宝石を拾って、従者5人に微笑んだ。

「私はただ、精霊と神々の力を借りただけ。貴方達もまた、神々から祝福を受けた者。修行を積めばこういう事も出来るようになるわ。さあ、行きましょう」

 出来れば、ここで脱落者が出て欲しくない。5人が私を殺そうとするなら、私も5人を気絶させて逃げる用意がある。しかし、出来れば私を信じて欲しかった。

「エリア様……いえ、勇者様。どうか魔王を倒してください! 娘は、娘は魔物に殺されて……!」

 従者の一人、カロットが跪いて言った。剣に手をかけたルードが機先を制され、戸惑う。サティアも遅れて跪いた。ティードとガレンスは頷く。

「まだ時期ではないわ。今は力を蓄えなくては」

 どうやら、危機は脱したようだ。私は安堵しながら答えた。ルードには気を配らなくては。
 そして、私達は時折出てくるモンスターをサンダーで倒しながら森の奥へと進んだ。
 森の奥深くまでいくと、これはという大きな木々を見つけ、護衛を頼んで大きな術を使う。以前の私ではとてもではないが出来なかったけど、今なら出来るはずだ。木々に語り掛け、森を村にする大呪文。

「森の木々よ、精霊よ……デリク・ザ・ラディス・ケルン・ディーバ……」

 集中し、思い浮かべながら唱えると、木々が成長し、うごめいた。
 枝を強固に伸ばしあい、交わり、道を作る。そして、洞が大きくなって人が中で生活できるほどになる。最後に、歩けるほどの大きな枝が垂れ下がり、上に登る道となった。

「す、凄い……」
 
「魔物が近づけないよう結界を張ります」

 じゃらり、と宝石を取り出して私は言う。

「そ、そんな事が可能なのですか!?」

「狭い範囲なら出来ましょう」

 私は村の四方の木の根元に宝石を埋め込んだ。後は荷物を運び込み、家具を用意するだけだ。従者達は、呆けた顔でそれを見守った。
 私は笑顔で言う。

「さあ、レッスンを始めましょうか」





[15221] 極振りっ!(オリジナル異世界転生もの)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/26 00:31
    
    プロローグ


 ピコピコ。ピコピコ。ピコピコ。
 ゲームのキャラクターに、パラメーターを振る。
 賢さに一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。
 ようやく、賢さが、カンストになった。
 体力はなく、力が弱く、防御力もなく、MPすらない。格好良さももちろんゼロ。
 MPが切れたらそこでもう終わり。
 俺は、醜く小さく、汚らわしい一人の老人の魔法使いを幻視する。
 彼は、一人では何もできないほどに弱いだろう。
けれども、そのキャラの広範囲魔法は全てを薙ぎ払うのだ。
俺は微笑む。
一人でそこまでのレベルに行くまで。並大抵の労力ではなかった。
目的は達成した為、俺はそこでゲームを止める。
ゲームクリアに、興味はなかった。
俺が興味があるのは、ただ一つ、一度でいいから一番になる事だけだ。
仮想現実の中だけじゃない。現実の中でも一番を取って見せる。
いや、一番じゃなくてもいい。俺はただ、双子の妹の美咲に勝ちたい。
ゲームを止めると、俺は現実世界へと戻った。
 しかし、俺は自分で思うよりもずっとそのゲームにこだわりがあったらしい。
 俺は敗れるたびに老魔法使いの夢を見た。
 深い深い森の中、人里離れた広い洞窟でたった一人、研究をしている老魔法使い。
 服はたったの二着だけ。両方とも、ぼろぼろの黒いローブ。
 枯れ枝のような手。
 毎日の食事は、薬草を煮た薄いスープ。
 外に出るのは年に一度。小物の魔物を倒して町に売る時のみ。
 その時に町の人々から浴びるのは、嘲笑。
 誰も彼の偉大さを知らない。それでいい。そうして、彼は誰にも知られずに消えていく。
 俺が夢見るのは、そんな魔法使いの日常の夢だった。
 派手な戦いの場面は一度もない。何故なら、防御力も素早さもない彼は強い魔物を狩れないから。
 他の人が見れば、惨めなのかもしれない。情けないのかもしれない。寂しいのかもしれない。何が幸福かわからないと言う人もいるだろう。けれども、俺は憧れた。その老魔法使いの夢を見ては、あの老魔法使いになれたら、と思った。
 けれどもある日、その夢に異変が訪れた。
 勇者が、訪ねて来たのだ。
 若く、美しく、体格が良く、太陽のような笑みを持つ女。勇者は妹そのものだった。
 魔王を倒そうと勇者は言う。老魔法使いはにべもなく断った。
 勇者は、老魔法使いを抱えて行ってしまう。力のない魔法使いには抵抗しようもなかった。
 強引な勇者に、少しずつ流され、ほだされていく老魔法使い。

「やめろ、やめてくれ!」

 俺は必死で叫ぶが、声は老魔法使いに届かない。
 老魔法使いが勇者に惹かれるたび、俺と老魔法使いの心は剥離していく。
 どんな強力な魔物も、勇者が魔法使いを庇い、その間に魔法使いが呪文を詠唱する事で倒す事が出来た。
 強力な魔物と戦う高揚感。見知らぬ文化を見る時の驚き。人との触れ合いの暖かさ。
 勇者に引っ張られて、灰色だった魔法使いは様々な事を知っていく。
 これも全て勇者のお陰。魔法使いは嫌っていた勇者に、いつしか感謝を捧げ始める。
 胸糞悪い夢。もう見させないでくれ。
 夢を見た後、吐くことすらあった。
 けれども、老魔法使いの夢のような日々は終わりを告げる。
 魔王を打倒した時、勇者が死んでしまったのだ。
 いかに優秀な魔法使いと言えど、死人を生き返らす事などできはしない。
 いや、勇者がかろうじて生きていたとしても、救えなかっただろう。
 もうMPが無かったから。いや、あった。MPの代わりになるものが。
 老魔法使いは呪文を唱え始める。
 老魔法使いの生命力が、削られていく。しかし、老魔法使いは後悔しなかった。
 老魔法使いの腹に、魔物の爪が突き刺さっていた。どうせ、少し死ぬのが早くなるだけの事だ。
 今度は、魔物のいない平和な世界で共に暮らそう。
 老魔法使いは、異世界への扉を開いた。
 そして、二人の魂を異世界へと送り出した。
 それが最後に見た老魔法使いの夢だった。
 俺は夢を見なくなって心底安堵した。
 気になってあのゲームを起動させてみると、それはクリアされていた。
 美咲が勝手に進めたのだ。
 俺は、ゲームを捨てた。ゲームを捨ててしまうと、気が楽になった気がした。
 けれども問題は、全く解決していなかったのだ。



[15221] 極振りっ!2話 
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/26 18:41



 五時に起きて、顔を洗う。鏡に映った俺は冴えない顔で、目つきも悪く、どことなく陰湿なイメージを与える。背も男にしては低い。
 ジャージに着替え、まだ暗い空の下、ランニングに出かけた。
 冷たい空気が、心地いい。
 二時間後、汗だくになった俺は家に戻り、隣の部屋の扉を一度、力を込めて殴った。

「うーん……」

 扉の中から美咲の声がするのを確認すると、俺は風呂に行って汗を流した。
汗を流し、部屋に戻る。髪を乾かし、茶の間に向かう。
皆もうご飯を食べ終わっていて、後は俺だけだ。

「智也、早く食べちゃいなさい」

「わかってる」

 食事を大急ぎで掻き込んでいると、玄関から声がした。

「美咲―。まだー?」

 美咲の友達の茜だ。

「はーい。今行く」

 美咲は慌てて玄関へ向かう。
 美しいストレートの長い髪。ぱっちりした大きな目。ふっくらした唇。モデルのような高い背。
 二卵性とはいえ、とても俺と双子だとは思えない。

「美咲、気をつけるのよ」

 母さんが美咲に声を掛ける。

「うん! 行ってきまーす」

 俺はその間に歯を磨き、黙って家を出た。
 美咲は道行く人と挨拶を交わし合う。近所の人々も、笑顔で美咲に挨拶をしていく。
 俺は誰とも挨拶をせず、美咲と距離を取って無言で学校へと向かった。
 学校に着くと、美咲の周りにすぐに人の輪が出来る。
 俺はそれを無視し、教室の隅の席に座って教科書を出した。
 昨日の夜はどうしても最後の応用問題が解けなかった。もう一度基礎を確認せねばなるまい。解けなかったのはこの一問だけなのだが。
 本当は教師の所に聞きに行ければいいのだが、美咲に聞けばいいと言われて以来、俺は教師を頼るのをやめていた。
 美咲は、友達と談笑を始めている。

「宿題、やってきた?」

 茜に聞かれ、美咲はぺろっと舌を出す。

「忘れてきちゃった。当たらなきゃ大丈夫でしょ」

 ふん、後で困ればいいんだ。
 一時限目は、ちょうど宿題を出された数学の授業だ。
 授業が始まり、数学の教師は宿題に出した問題を黒板に書いた。

「野田、古田島、矢野、御手洗、智也。解いてみろ」

 最悪だ。よりによって解けなかった最後の問題に当たってしまった。
 俺は黒板に向かい、途中まで式を書いて戻った。

「なんだ智也、出来なかったのか。駄目だぞ、ちゃんと勉強しないと。美咲、解いてみろ」

「はーい」

 美咲はスラスラと俺の解けなかった問題を解いていく。俺は歯を食いしばった。

「双子なんだから、教えてもらえ」

「…………」

 この教師は、その言葉がどれほど俺を傷つけているのか気づいているのだろうか?

「いっつも勉強してるくせに、格好悪いよね」

「茜!」

 こそこそと茜がいい、美咲が茜をたしなめた。
 俺を庇うなよ、美咲。俺の中に、暗い炎が燃え上がる。
 二時限目の英語。今度は美咲が教師に当てられた。
 朗々と響く美咲の声。中にはうっとりと聞きほれる者すらいた。

「ビューティフル! 素晴らしいです、美咲さん。完璧な発音ね」

 俺は悔しく思いながらも、正しい発音らしい美咲の声を頭に刻みつける。俺は英語が特に苦手で、うまく発音出来なかったから。
 三、四時限目は体育だった。
 俺はほっとした。ようやく、美咲と離れられる。
種目は百メートル走。ランニングは毎日やってる。

「よーいっどん!」

 合図とともに、俺は力強く大地を蹴った。走る、走る、走る。
 タイムは……やった! 一秒も縮んでる!
 俺は無関心を装いつつ、歓喜した。
 意気揚々と教室に帰ると、美咲が既に教室についていて茜とお弁当を広げながら談笑していた。

「美咲、凄く早かった! 絶対あれ、男子並みのタイムだよ!」

 話していたタイムは俺のものより短かった。
 俺は、落胆して弁当を持って誰もいない屋上に向かった。
 一人で、弁当を食べる。食べ終わると空を見上げた。
 青い空は、どこまでも広がっている。それでも、俺の世界は灰色だった。

「俺、何か生きてる意味あんのかな……」

 食べ終わると、伸びをする。

「いつか、俺だけの何かがきっと見つかる。信じろ、俺!」

 五時限目は古文、六時限目は地理だった。幸い、この時間は美咲と比べられるような事は起こらなかった。
 授業が終わると、足早に剣道部に向かう。
 俺が一番だったらしく、すぐに着替えて素振りを開始する。
 二十分もした頃、美咲も着替えてきて言った。

「智也、久しぶりに手合わせしない?」

「嫌だ」

 俺が断ると、美咲はむぅ、と腰に手を当てる。

「むー、そんな事言わないで。行くよっ」

 俺は微動だにしなかった。強かに面を打たれ、俺はよろめいた。

「これで満足か」

 低い声で言うと、美咲は口を尖らせて言った。

「な、何よ。私はただ、たまには智也と……」

「行こうよ、美咲。こんなやつ構う事無いよ」

「ちょ、茜!」

 茜が美咲を引っ張っていって、俺は息をついた。
 微動だにしなかったのは、どうせ美咲の竹刀に反応できないのが分かり切っていたからだ。
 遅くまで部活をやって、疲れた俺は着替えて家路へとつく。
 美咲はまだまだ元気で、茜とカラオケに向かった。
 俺は帰って風呂に入り、食事を済ませて勉強を始める。八時ごろ、美咲が帰ってくる音が聞こえた。食事を済ませ、風呂に入る音が聞こえる。
 その後、テレビの音と美咲の笑い声が聞こえてきた。
 十時、美咲が部屋に入る音。
 部屋の電気が消える。
 俺は十二時まで勉強して眠った。
 これが、俺と美咲の毎日だった。美咲は容姿端麗、スポーツ万能、勉強は学校の授業だけなのに良くできた。翻って俺は毎日のように鍛え、勉強しているのにいつも成績は中の下。
 それでも、せめて俺と美咲が違う道、違う高校を選んでいたら、俺は美咲を恨まずにすんだかもしれない。

「智也と一緒がいい」

 そういって、美咲は尽く俺の真似をした。
 勉強や剣道だけじゃない。パズル、絵、楽器各種、歌、料理、掃除、礼儀作法、果ては駅名の羅列と言った事まで。
 幼い頃から、美咲は俺の真似をしまくった。そして、尽く俺よりもいい結果を叩きだしてきた。
 初めはただ何にでも意欲旺盛なだけだった俺は常に美咲と比べられる事になり、いつしか逃げるように様々な趣味に手を出し、美咲に追いつかれては他の趣味を探すという事を繰り返した。
 お陰で美咲に出来ないものは何もない。
 俺はと言うと、何一つ出来ない。どんなに頑張っても、いいとこ中の下だ。
 俺は才能と言うものが憎かった。
 才能ある人間は努力しなくてもなんでも出来て、才能のない人間は努力してもなんにも出来ないなんて、不公平じゃないか。
 神様は平等に才能をくれると言うが、それは嘘だ。
 それとも、まだ見つけていない俺の才能があるのだろうか。
 将来、その何かを見つけた時の為に基礎を鍛えようと、ランニングと剣道と勉強だけは美咲に追いつかれても続けていたが、いっこうにその何かは見つからない。
 高校は別にしようとしたが、美咲の奴、俺に隠れて俺と同じ高校を受けやがった。
 家族ぐるみで、俺は騙された。
 入学式、向かう方向が一緒な事に気付いた俺の絶望は果てしない。
 俺は、いまだに将来の夢を決められないし、誰にも相談できない。
 美咲の「私もやる!」という一言が怖いのだ。
 美咲も、それとなく将来の夢を聞いてくるのが不気味でしょうがない。
 正直に言おう。俺は美咲が嫌いだった。
 せめて、俺が弟ならば、あるいは女なら良かった。
 だけど俺は兄で、双子で、男なのだ。
 常に比べられ続ける地獄。美咲に勝てないのなら、どこか、誰もいないどこかへ行きたかった。
 どんなに嫌がっても、明日は来て、来週は来て、来月が来て、来年……高校卒業が来る。その時には、将来を決めていなければならない。
 俺は毛布を頭からかぶって眠った。





「智也! 美咲と買い物に行ってきて」

 俺が勉強をしていると、母さんが声を掛けてきた。

「なんで俺が」

「あんた男でしょう。いっぱいあるから、荷物持ちよ」

 俺はしぶしぶと出かける準備をする。
 癖毛をなんとかまともに見えるように整えると、美咲がパタパタとやってきた。
 グレーの派手な襟で裾の長い服に、黒いストッキング。短パンかミニスカートかわからないが、とにかく下の服は長い袖に隠れて見えない。
 真ん丸とした小さなバッグに母さんから貰った財布を入れて、美咲は笑顔で手を差し出した。

「いこ、智也」

 俺は黙って美咲の後に従った。
 公園に差し掛かった所だった。近所の子供達が、公園で遊んでいた。
ボールが道路に飛んでくる。子供が、それを追いかける。何故か、それらがゆっくりに見えた。
走ってくる車。

「危ない!」

 俺は走った。その時、俺の心中に浮かんだのは、子供の安否の心配じゃない。
 勝ったという思いだった。
 ようやく、美咲がやってない事を出来る。その為に死んでもいい。美咲と違う事が出来るなら。
 子供を持ちあげた時、俺は強く突き飛ばされた。
 コンクリートブロックに叩きつけられ、俺はなんとか子供を庇う。
 衝突音。車のドアが開く音。悲鳴。

「……なにやってんだよ」

 俺は、掠れた声で言った。子供の泣き声が耳にうるさい。
 血が、広がっていく。
 美咲が、車に轢かれて倒れていた。
 足が、あらぬ方向に曲がっている。無事なはずの俺の足が、体が、激しく痛んだ。

「救急車! 救急車!」

「美咲ちゃん!」

 運転手が喚き、公園で子供を遊ばせていたおばさんが駆け寄ってくる。

「何やってんだよ! なんで俺なんかを助けるんだよ! そうやって善人面したいのか? いつもそうだ。いつもいつもそうだ! 美咲はなんでも出来て、凄くて、いい子で、俺は何もできなくて、悪者で! 俺はお前なんか大っ嫌いなんだぞ。感謝なんてすると思ってんのか? マジ馬鹿じゃねー!?」

「なんて事言うの!」

 おばさんが、俺の頬を叩いた。

「あたしは……好きだよ、智也の事……。あたしは知ってる……智也、なんにでも一生懸命で……凄いなって……でも、最近一度も笑った事無くて……あたし、智也の笑ってる顔みたいな……」

「誰がするか!」

 俺はその場から駆け去った。
 走りに走り、隣の町まで走って、嘔吐する。
 美咲が轢かれた。でも、最低な俺が考えていたのは、美咲の安否なんかじゃなかった。
 ――もしも美咲がここで死んだら、俺はもう、一生美咲に勝てない。
俺の頭を占めていたのは、それだった。だからこそ、俺は一生、いや永遠に美咲に勝てないのだろう。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」

 家に行きたくない。公園で、ただボーっとしていた。
 日が暮れて、とぼとぼと家に帰る。
 母さんが、鬼のような顔をして家の前に立っていた。
 俺が母さんの所に行くと、無言で頬を叩かれる。

「病院に行くわよ」

 俺は、のろのろと頷いた。
 車に揺られ、ぼんやりと窓の外を見る。胸の辺りがズキズキとした。
 道路が凄まじい速度で通り過ぎていく。
 行きたくない。
 病院につき、病室に向かう。手術は既に終わっていた。
父さんが、ベッドの横に付き添っていた。
美咲は、静かに眠っていた。包帯が痛々しく、血がにじんでいた。

「何があったか、貴方の口から聞きたいわ。話して頂戴」

 母さんが、押し殺した声で言う。

「おばさんから聞いてるだろ」

「智也!」

「お前、落ち着きなさい」

 激昂する母さんを、父さんが宥める。俺は、ただ項垂れて時間が過ぎるのを待った。
 母さんは泊まり込みで美咲の世話をする事になった。その間の家事をするのは俺だ。
 朝、朝食を作る。以前、料理を一所懸命に勉強した事があるから、人並みの朝食くらいは作る事が出来る。
 父さんが、起きてきてぎこちなく声を掛けた。

「おはよう」

「おはよう」

 そのまま、無言で食事をする。
 学校に行くと、俺の机に花が置かれていた。
 茜が、腕組みをし、きつく俺を睨んでいた。

「あんたのせいで美咲が重体なんでしょ。あんたが死ねば良かったのよ。謝りなさい! 美咲に謝りなさい!」

「何をしているの! やめなさい、茜さん」

 教師が慌てて茜を止める。

「放して! 放してよ! 返して! 美咲を返しなさい!」

 冷たい周囲の目。茜の涙。止め続ける教師の戸惑った声。
 俺は全てを無視して席につき、窓から花を投げ捨てた。

「智也くん!」

 教師が見咎める。俺はこれみよがしに言った。

「これでようやく美咲と離れられるな」

 茜が叫ぶ。

「殺してやる! 殺してやる! 殺して……うあ……ああ……ああーん。うわあああああ」

 茜が、崩れ落ちる。

「智也くん!」

 美咲を好きだと言っていた男子生徒が、俺を殴った。

「美咲はなぁ! いつもお前を庇ってたんだぞ!」

 知ってるよ、そんな事。だから俺は、美咲が憎かった。
 どんな事があっても、明日は来て、来週は来て、来月は来て、来年は来る。
 その日、進路指導の為の調査票が配られた。
 聞いている事は実にシンプルだ。
 卒業後、どうするつもりなのか?
 そんな事、今は考えたくない。それでも、残酷に期限は迫ってくる。
 針のむしろの学校を終え、部活動まできっちりこなして、夕食を作って、風呂に入ってから、俺は病院に向かった。出来る限り病院に行くまでの時間を引き延ばした、とも言う。
 病室から、母さんと父さんの話声が聞こえて扉を開ける手が止まる。

「本当に、なんでこんな事に……美咲が、美咲が……事故にあったのが智也だったら良かったのに……」

「お前! そんな事をいうものじゃない。昨日はずっと寝ずについていたというじゃないか。お前は一旦美咲から離れて休んだ方がいい。今日は家に帰りなさい」

「でも……」

 俺はゆっくりと手を引き戻し、病院のトイレへと向かった。
 そこで、吐く。嘔吐したら、さらに胸が痛んだ。
 苦しい、苦しい、苦しい。
 夜が来るまでそこでじっとしていた。
 夜が更けて俺が病室に向かうと、さすがに父さんも母さんも帰っていて病室には美咲以外誰もいなかった。
 いや、一人いた。
 老魔法使いが、俺が夢にまで見たもう一人の俺が、俺の夢が、幻がじっと美咲を見つめていた。半透明で、まるでそこに本当にいるかのようにリアルな幻。
 老魔法使いは、俺に目を向ける。

「なんだよ、お前も俺を責めてんのかよ」

 老魔法使いは、口を開いた。

「良く子供を助けた」

 あまりにも都合の良すぎる幻聴に、俺は口角をあげた。

「は……っ俺って本当に最低だな。子供を助けたのなんか、善意でやったんじゃねーのに……」

「子供を助けたのは事実だ。それに、肋骨が折れているぞ。医者に診てもらえ」

 そして、老魔法使いは美咲へと視線を戻す。

「なんだよ……なんでそんな事言うんだよ……そんな優しい言葉、俺にかけんなよ……」

「誰もお前に対して言わなかった事を言ったまでだ」

 老魔法使いは、枯れ枝のような手を美咲の頬に滑らせた。

「すまなかった。我が来世にこんな辛い思いをさせるつもりはなかったのだ。まさか、パラメーターが引き継がれるなど……勇者の美貌や基礎的な賢さ、強さと違って、私の魔術知識はこの世界ではなんの役にも立たないからな」

 美咲から全く目をそらさず、老魔法使いは言った。

「何の事だ?」

「私は、ただ二人で平和に暮らしたいだけだった」

「なんの事だよ」

「酷な事を言っているとわかっている。しかし……問おう。お前の妹を、救いたいか」

「誰が……!」

「このままではミトは……いや、美咲は死ぬ。そうなれば、お前は二度と美咲を超える事はないぞ。命を賭して、美咲がやった事のない事をしたいのだろう。私が保証しよう。美咲には、絶対に出来ない事が一つある」

 それは、酷く心の惹かれる申し出だった。心のどこかで、警鐘が鳴る。
 俺は最低だ、俺の中の老魔法使いが言った。

「それはなんだ?」

 老魔法使いは、俺を正面から見つめて言った。

「魔術を使って、美咲を救う事だ。魔術ならば、美咲は絶対に使えない。パラメーターを振っていないからな」

「魔術……?」

 駄目だ。その申し出に乗っちゃ駄目だ。

「お前は知っているはずだ。癒しの呪文を。美咲はまだ生きている。今ならば、まだ間に合う。ただし、この世界には魔力が無い。お前のMPは私が来た時と同じゼロのまま。回復する事はない。しかし、この世界にもMPに代わるものがある」

「生命力……」

――あはははは。俺すら、俺すら美咲の代わりに死ねという。

 俺の中の俺が笑い、俺の中の老魔法使いが視線を逸らした。
 俺は返事をしなかった。代わりに、呪文を唱える事で答えた。
 確かに俺は、その呪文を知っていた。夢で何度も見た。それ以上に、感覚として知っていた。
 英語の発音はさっぱりな癖に、俺の唇は流暢に呪文を唱え始める。
 老魔法使いが、俺の唇に指を当てた。

「待て。そのまま逝くのでは、あまりにも寂しかろう。まだ時間はある。一週間、良く考えて、身辺整理をしてからにするがいい」

 老魔法使いは振り返り、美咲の手に額を当てる。

「ミト……一週間、待てるな……? お前は、強い娘だ……」

 そして、老魔法使いは薄れて消えていく。
 俺は我に返った。

「なんつーリアルな夢……俺、やべーな……」

 美咲のベッドに寄りかかって寝る。なんだか、異様に疲れていた。
 朝、俺は診察を受けた。老魔法使いの言った通り、肋骨が折れていた。

「事故にあったのに病院に来なかったのかい? 駄目じゃないか。それに、胸。相当痛かったはずだよ。とにかく、君も入院してもらうから」

「……すみません。入院の準備にちょっと家に帰っていいですか」

「駄目。今、精密検査の準備をするから」

「はい」

 俺は項垂れた。
 精密検査を受けながら考える。身辺整理か。
 部屋……は、片付いてるな。殊更拘るものもないか。
 そうだ、遺言考えなきゃな。

――おいおい、幻なんかの言う事を信じてんのか? やばいぜ、お前。

 うるせ―な。俺は美咲を超えられるなら何だっていいんだよ。試してみて、損はないだろ。
 さあ、なんて言おう。なんて言おう。なんて言おう。
 父さん、母さん、育ててくれてありがとう。こんな奴でごめんな。ああ、そうだ。美咲にも遺言しなきゃ。あいつは元気になるんだから。
 うーん……恨みごとばっかになりそうだな。やめとこう。
 あいつにもありがとうの一言でいいや。
 俺は検査が終わった後、売店で封筒と便箋を買い、精一杯丁寧な字でたった二行の遺言を書いた。

「死ぬ前にやる事終了、と。俺の人生ってなんだったんだろーなー」

 別れを惜しむ友達もいない。
 生きてほしいと言ってくれそうな人すらいない。
 俺は美咲の病室に行った。
 老魔法使いが、痛ましげな瞳で俺を見ていた。
 俺は、美咲に両手を向け、朗々と呪文を唱える。
 中ほどまで唱えて、虚脱感で足が崩れた。それでも手を掲げ続ける。
 美咲の周囲に魔法陣が現れ、発光していた。
 すげー。俺、魔法を使ってる。

――何言ってんだよ、当たり前だろ。お前は、魔王を倒した魔法使いだったんだぜ?

 じゃあ、これぐらい簡単だよな。俺は、一層力を入れて呪文を唱えた。

「やめて、智也。駄目だよ……」

 美咲の声が、聞こえた気がした。
 次の瞬間、俺は真っ白な場所にいた。

「困りますねぇ。ええ、本当に困ります」

 声を掛けられ、俺は振り返る。
 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。中国の文官のような服装に、小さな丸眼鏡。狐のように細い目の男が、そこに立っていた。

「そのパラメーター、万能過ぎると言う事で随分前に廃止されたんですよ。たった二人で魔王が倒せるというのは、やりすぎですよねぇ、いくらなんでも。なので、癒して差し上げる事は出来ません。かといって、貴方は既に命と言う対価を支払ってしまった。こちらとしても、どうにかしてあげないと契約違反になってしまいます」

 男は竹で作った巻物のようなものを広げて言った。

「お前、誰だ?」

「精霊、神、天使、化け物、悪魔、妖怪。好きな呼び方で構いませんよ」

 男は、肩を竦める。
 俺はふいに気付いた。俺は、とんでもなく偉い奴に会ってる。
 魔法とパラメーターの大本、神様に。

「それは違いますよ。私は下っ端の文官です。キュロスと申します」

「キュロス、様。美咲は治らないのか?」

 俺はおずおずと聞いてみる。命と言う対価を払ってしまったと言っていた。
 ならば俺は、既に死んだのだ。命を賭しても、俺は何一つ成せないのか。

「直接治す事は出来ません。でも、チャンスを与える事は出来ますよ」

「チャンス?」

「二十年前の赤子の死体に貴方の魂を送り届けてあげましょう。そうそう、タイムパラドックスが起きるので、今の時点以前でこの世界に干渉してはなりません。それに、全てのパラメーターはリセットされます」

「それで、どうやって美咲を救えるんだ?」

 キュロスは苦笑した。

「おやおや、どうすればいいか、貴方は知っているでしょう? 貴方の前世は魔王を倒した大魔道士、マゼランなのですから。ヒントを教えてあげましょう。パラメーターは全世界の人間が一律になり、大分多様化しています。いえ、言い変えましょう。簡単に強くなれないよう、平等に、かつ大分厳しくなりました。マゼラン……貴方の前世のように、パラメーターの極振りをしなければ美咲さんは救えませんし、一度でも方針を間違えば、それで終わりです。タイムリミットは二十年。大サービスとして、記憶を保持できるほかに、今の時点までどれくらいかわかるようにしてあげましょう。もちろん、自分の人生を謳歌するのも自由ですよ。私はそちらをお勧めしますがね」

 俺は、キュロスの言葉をゆっくりと噛みしめた。

「……わかりました。お願いします、キュロス様」

 キュロスは一本指を立てて言う。

「いかに大魔法使いマゼランとは言え、たった一人の人間にやれる事には限りがあります。この世界にはMPがありません。美咲さんを救う為には、もう一度命を捧げるか、例え生き残ったとしても、何もできない異邦人として一人この世界に取り残される事になるでしょう。それでもいいのですか? 美咲さんが憎かったのでしょう? なのに、美咲さんの為に死に、今また新たな生涯を捧げるのですか?」

 俺は頷く。

「構いません。ずっと俺だけの何かが欲しかったんです。美咲を救えるのは、俺だけです。ここで美咲を救わずに新たな人生を選んだら、それはもう俺じゃないんです。負け犬のまま、俺の人生は終わってしまうんです」

 キュロスは慈愛のある瞳で頷いた。

「いいでしょう。智也さん。貴方の魔術を承認します」

 キュロスが、持っていた竹の巻物にハンコを押す。
 その瞬間、白い空間は消え失せ、俺は真っ逆様に落ちた。
 満天の星空。青い月と赤い月。真っ暗闇の中に落ちていく。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 地面に激突するってか真下に赤ちゃんがいるじゃねーか!
 危ない、と手をつくが、手は地面をすり抜けていく。
 籠にすら入っていない、小汚い布に包まれた赤子に、俺は頭から突っ込んだ。
 目を瞑ると、俺は横になっている事に気づく。
 体が硬くてうまく動かない。何より、物凄く寒い。何も見えない。喉が堪らなく痛かった。
 何なんだこれ。そうだ、赤ちゃんの死体に魂を連れていくって……。
 捨て子じゃないか。これ、下手したらこのまま死ぬのか?
 俺は声を張り上げる。
 か細い声しか出ない。
 頭の中で、選択肢が現れた。

――声の大きさにパラメーターを振りますか?

 気づかれなきゃ死ぬかもしれない。しかし、パラメーターを犠牲にしたら美咲が助けられない。
 畜生、やってやる!

「あ……ああ……あ……ああああああああっ」

 俺は、この世界で産声を上げた。



[15221] 極振りっ!3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/02 00:07
 美形美形美形。美咲の美貌が思い切り霞むほどの美形の山に、俺はため息をついた。
 俺はあの後、孤児院に拾われた。この孤児院では、美を奨励されていた。赤ちゃんの頃から外見を褒め、もっと美にパラメーターを振るように促す。そのおかげで、この孤児院では美の神、美の女神が量産されていた。礼儀作法の本も与えられ、それもまたパラメーターを振らされる。そうして、貴族へと売るのだ。
 シスター達を責める事は出来ない。孤児院には運営費が必要だし、力のある子や小賢しい子を育てるのは大変だから。それに、シスター達は美を奨励こそすれ、強制はしなかった。事実、俺と幾人かは美へのパラメーターをほとんど振っていない。

「うわぁ。トモヤ、トモヤ。今度はあいつ、綺麗さにパラメーター振ったみたい。すっごく綺麗になってるよ」

「本当だ」

「今までずっと格好よさに振ってきたんだから、それに専念すればいいのにな」

 俺の観点で言えば十分に可愛い、しかしこの世界の観点で言えば醜いアトラが言い、弟のアトルが追従した。おかっぱの金髪に、緑の瞳。そばかすのあるこの双子の兄弟は、俺と同じく捨てられていた子供だ。何故か俺に、パラメーターの振り方の相談に乗ってほしいと言ってきた。パラメーターは将来に直接関わってくる。だから、一緒に調べようと約束した。
 最初からパラメーターのせいとわかってしまえば、周囲に追い越され続けても腹も立たない。嘘だ、今も必死で努力してはどんどん追い越されていってる。悔しいとは思うが、仕方がないと思っている。
 パラメーターに関する事は最大のプライバシーで、人に聞いても教えてもらえない。
 パラメーターの振り方は各家庭の最大の秘儀だ。
 そして、この孤児院ではその秘儀が美の追求というだけの事。
 図書館にならば多少の知識はあるが、それは貴族しか入れない。
 今の所、頼りになるのは俺の呪文の知識だけ。
 その呪文を日本語でノートに書きだして見て、絶望した。
――全体攻撃呪文、アークゲルブグレイグ。習得には攻撃呪文適正一万ポイント足りません。
――単体攻撃呪文、ターティカルグレイグ。習得には攻撃呪文適正七千ポイント足りません。
――広範囲回復呪文、モルティスピース。習得には回復呪文適正が一万ポイント足りません。
――単体回復呪文、ラグルピース。習得には回復呪文適正七千ポイント足りません。
――異世界移動呪文、ゲートザゲート。習得には特殊呪文適正一万ポイント足りません。
――広範囲強化呪文、ディーセンドルグ。習得には補助呪文適正一万ポイント足りません。
――単体強化呪文、パラドルグ。習得には補助呪文適正七千ポイント足りません。
――マジックポーション作成、習得には魔具作成技術一万ポイント足りません。
 俺の……マゼランの時代は、上記の呪文が全て魔法知識だった。
 それに新パラメーター命中率と適性を上げる事で得られる呪文の習得ポイントが加わる。
 これはシスターが攻撃呪文を使えるらしいので聞いた事だ。
 それに加えて、MPの問題ももちろんある。
 人が一生に得られるポイントは、このペースでいけば大体一万ポイントになる。
 赤ちゃんの何もわからない時にアトラもアトルも多少パラメーターを振ってしまっているから、広範囲呪文も異世界移動呪文も使えない。
 俺が必要な呪文は、ラグルピースとゲートザゲート、合わせて計一万七千ポイントだ。いや、普通に無理だから。
 幸い、俺にパラメーターを任せてくれるアトラとアトルがいる。回復呪文を覚えさせれば、将来にも役立つ。片方は、俺に協力してもらおう。
 十六になったら孤児院を出なければならない。
 全てのパラメーターが与えられるのは二十歳の時。パラメーターを溜めるまで四年近くある。その間、一緒に暮らそうと約束していた。
 幸い、シスターの斡旋で雑用の仕事も見つかっている。
 後はアトラとアトルを教育して、二十歳まで待つのみだ。
 呪文の教育は孤児院を出た後からする事に決めていた。
 明日、俺達は孤児院を出る。
 いつものように無駄口を叩きながらアトラとアトルと数学の勉強をしていると、大柄で美形のクダがやってきた。ああ、またか。クダがニヤニヤと笑う。
 クダはアトルがパラメーターを大部分残していると聞いて以来、いつも俺達に突っかかってくる。

「アトラ、アトル、今日こそパラメーターを振ってもらうぞ。生意気なんだよ、こそこそパラメーター溜めやがって、一気に使って文官にでもなるつもりか?」

「やめろよ」

 俺は立ち上がり、アトラとアトルを庇った。こいつらには美咲を癒してもらわなくてはならない。こんな所で無駄な事にパラメーターを振らせる気はなかった。

「遊びの暗号作りにパラメーター全部振るような馬鹿は黙ってろ。ラグル」

「何度も言っているだろう。俺の名はトモヤだ。それ以外の誰でもない」

「煩いんだよ!」

 クダは、パラメーターで大きくなった声量で叫び、パラメーターで強化された腕力でいきなり殴ってきた。
 俺の小さな体は、簡単に吹き飛ばされる。

「トモヤ!」

 アトラとアトルが悲鳴を上げた。
 俺は、よろよろと立ち上がる。

「クダ、パラメーターは全部の人に平等に与えられるものだ。文官になりたきゃ、そのパラメーターに振れば良かったんだよ。腕力と美貌にパラメーターを振ったのはお前だろ、クダ」

 クダは礼儀作法が出来ない。これだけ乱暴だと、貴族に拾われる事はない。力があるから兵士になれる? 甘い。兵士になりたいのなら腕力ではなく武術のパラメーターをあげなければ駄目なのだ。兵士になれない事はないが、このパラメーターならば上に上がれる事はない。
 他にも、俺は知っている。クダは赤子の時に、言葉習得やハイハイ、泣き声に多大なパラメーターを振ってしまっている事を。
 パラメーターは、二度振りは出来ない。
 クダは、たった一度のパラメーター振りを間違ってしまったのだ。
 クダを責める事は出来ない。判断能力のない時に、多くのパラメーターを振れる。そこがもう罠なのだ。
 パラメーターを使わずに済むかどうかは、両親の世話と運に掛かっている。

「てめえに言われたくねぇよ」

 クダがもう一度俺を殴った。

「トモヤ、トモヤ! やめてよ。ねえクダ、やめて」

「いいんだ、アトラ。俺は平気だ」

 俺は再度立ち上がる。美咲を救う為、アトラとアトルに手出しをさせるわけにはいかない。

「パラメーターを振らないと不利な点もないわけじゃない。一気に振ると負担が大きいからな。それに、アトラとアトルが、何にも出来ずに苦労をしているの、知ってるだろう」

「うるせぇっつってるんだよ! お前、殺されたいのか!」

「……はっ」

 俺は嘲笑して見せた。怒らせる事なら慣れてる。これで、怒りは完全に俺に向かうだろう。

「てめぇ……」

 クダの目に殺意が宿った。クダの腕が光だす。本格的にパラメーターを使う前触れだ。
 そこに、二人の男が立ちふさがる。

「トモヤは僕達にも勉強を教えてくれました。その時パラメーターを振れば、貴方も文官に慣れた。勉強は嫌いだと言ったのはクダでしょう。もうその辺にしておきなさい」

「武術だって、ケンドーを教えてくれただろ。それに、パラメーターは慎重に振れと再三教えてくれたのはトモヤだ」

 文官として仕官する事になったブール―と、武官として士官する事になったケントだ。
 二人とも、あっという間に俺を追いぬいていった奴らであり、孤児院の憧れである。
 俺は庇われた事に目を見開く。

「トモヤも悪いんですよ。あまりクダを挑発しないでください。明日、僕達は孤児院を出て、離れ離れになるんです。最後くらい、仲良くしましょう」

 ブール―が俺を嗜める。

「けっ二人ともエリートになったからって威張りやがって」

 クダとブールー、ケントが立ち去り、俺はほっと息を吐いた。
 アトラとアトルが駆け寄ってくる。

「ごめんなさい、トモヤ。僕がパラメーター残してるって言ったから……」

「仕方ない。クダとも明日でお別れだ」

「うん……。大丈夫? トモヤ」

 アトラが殴られた俺の頬を撫でる。
 俺は微笑む。以前は、こんな事無かった。なんで以前の俺は蔑まれ、今の俺は庇い、慕ってくれる相手がいるのか。何が違うのか、俺にはさっぱりわからない。それでも、今の俺には精神的余裕が大分あった。

「トモヤ……僕に、僕に回復呪文が使えたらトモヤを癒せるのに……」

「本当にそう思うのか。パラメーター全部使っても、俺を助けてくれるのか」

「え……?」

 アトルは茫然と聞き返し、異様に真剣な顔になった。

「う、うん……僕は、僕は回復呪文を覚えたい。いいの……トモヤ」

「約束したろう。パラメーターの振り方を一緒に考えようって。一人前の司祭にしてやる」

 ああ、これで美咲が助けられる。楽勝だったな。後は特殊呪文適正のパラメータに全振りして……。
 俺は頭の中で勝手な予定を組み立てる。
 その夜、シスターは皆を集めた。

「皆さん、明日出発する準備はできていますか? 毎年の事ですが、皆さんがいなくなると寂しい。特に今年は、変わった技能を得た子が多い年でしたね。ブール―、ケント、クダ。貴方達は私の誇りです。アトラ、アトル、トモヤ。貴方達の行先を決めるのが一番苦労しました。頑張らなくてはいけませんよ。さて、今日は一年に一度の勇者様の劇の日ですね。楽しみです」

「あ、はは……またあれを見るのか」

 シスターは、苦笑する。

「トモヤはあの劇を嫌いだものね」

「嫌い、というか……ええ、そうかもしれません」

「けっトモヤは本当に変人だな。勇者様が嫌いなんてよ」

 クダが言う。そして、劇が始まった。

「千年前、魔法使いミトは神の啓示を聞き、天の国から勇者マゼランを連れてきました」

 ナレーション役の子供が言う。役割逆だって、逆。

「ミト、補助呪文を使うのだ!」

「はい、勇者様! えい、補助呪文!」

 この孤児院一の美形のマゼラン役の男の子が叫んだ。同じく美形のミト役の女の子が答える。

「いくぞ、魔王め! うおー!」

 マゼランは魔物役の子供達に次々とおもちゃの剣を当てていく。
 しかし、魔王はそうはいかない。
 魔王自身も剣を取り、応戦してくる。
 ミトは祈った。勇者の勝利を。

「ミトの愛がある限り、俺は! 負けない!」

 勇者は魔王を切り捨てる。うわ、クダがキラキラした瞳でそれを見ている。
 めちゃくちゃ子供騙しの劇だろ。
 それでも、皆が満足したようだった。
 この劇を見るたびに、俺は微妙な気分になる。
 俺は……俺は認めたくないけれど、きっとミトを愛していた。
 本当に俺は生まれ変わったんだなと思う。老魔法使いはミトを愛していたが、俺は美咲をとことん嫌いだから。憎んでいると言ってもいい。
 俺は美咲がいた事で人生が台無しになった。美咲のせいじゃないけど、俺は自分で自分の人生を台無しにしてしまっていた。もはや俺には、美咲を超える事しか残されていない。
 舞台上で、ミトが言う。

「王子、魔王はいずれ復活するでしょうその時の為に、この国に私の弟子を託していきます」

 言ってない言ってない。王子との謁見もやってない。いや、そもそも勇者として認められていなかった。
 ミトは軽かったし、俺も目立つのが嫌で否定していた。
 名前が知られている事が不思議なくらいだ。
 そういえば、なんでミトは俺の居場所がわかったんだろうな?

「ねぇねぇトモヤ、マゼラン様は魔王を倒しに戻ってきてくれるかなぁ」

「多分戻って来ないと思うぜ。マゼラン様も、その為に弟子を託したんだろうし」

「なんだよ! マゼラン様は戻ってきてくれるに決まってるだろ、そうして魔王を倒すんだ。ああ、俺にパラメーターが残ってりゃあな……ちっ」

 俺が適当にごまかしていると、クダが横から話に入ってきていう。

「まだまだ、二十歳までは成長の余地がありますよ。ケントが武官として習った武術を教えてくれると約束したのでしょう? 時間はかかるかもしれませんが……」

「おうっケントもいいとこあるよな、ブール―」

「そんなに褒めんなよ」

 ブール―とケントも来た。子供達も寄ってきて、マゼラン様は戻ってきてくれるか否かの大論争が始まる。
 俺は早々に抜け出し、部屋へと向かった。
 翌日から、昼は働き、夜は勉強の日々が始まる。






 王城の最深部では、一人の巫女が祈りを捧げていた。いや、祈りを神へと届かせる魔術を使っていた。
 祈りは届くとは限らない。むしろ、却下される事が圧倒的に多かった。
 それでも、祈りを欠かすわけにはいかない。
 多様な神が、気まぐれに会話をしてくれる事があった。運が良ければ、貴重な情報をくれる事も少なくはないのだから。
 最も、年若い巫女は懐疑的だった。
 巫女は、一度も神様に会えた事などなかった。しかし、巫女はパラメーターを祈りに注がなければならない。巫女とて、美貌にパラメーターを振りたかった。料理にパラメーターを振りたかった。しかし、それは許されない事だ。
 そして、神は必要な時には何の力もない者に語りかけると言う事も知っている。
 ミトがそれだ。ミトは魔王を倒せるものの居場所を神に教えられたと周囲に伝えていたと言われている。
 王城の巫女が神と会話できたのは、魔王を倒した後だった。

「マゼランとミトが魔王を倒したので、魔王退治に関する祈りはもうやめてもらえませんか。面会申請が山積みにされて、大変なんですよ。一応全てに目を通さないといけませんし。それと、魔王退治があんまりにも楽勝だったので今年の赤子からパラメーターシステム変えますね」

 たったこれだけ。あんまりといえばあんまりだ。
 巫女は雑念を垂れ流し続ける。祈りの最中に雑念を持つのは言語道断の事だが、年若い巫女は神が自分の祈りに応えるはずもないと思っていた。
 城の上層部は魔王を倒す為、ミトとマゼランについての情報を必死に洗い出しているようだが、今度も神が適当な時期を見計らって魔王を倒させるだろう。いや、マゼランとは神の事かもしれない。どちらにせよ、やるだけ無駄だ。違うと言うなら神々の誰でもいい、答えてみるがいい。
 思考していると、急に白い空間に閉じ込められて巫女は動揺した。

「こ……ここはどこ!?」

 巫女は周囲を見渡す。

「勘違いをしないでください。魔王を倒すのはあくまでも人間なのですよ。ミトさんとて、何もしなかったわけではない。王城で魔王を倒してくれと貴方達が願ったのと同じように、彼女はちゃんと手続きを踏んで聞いたのです。魔王を倒せる人はどこにいるのかと。陛下に願い出たか、私に願い出たかの差はありますがね」

 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。最高司祭と同じ服装に、小さな丸眼鏡。細い目の男が、そこに立っていた。

「神……神、様……」

 巫女は混乱した。実際に神に会えたら、どうすべきか。そんな対応方法は、頭から吹き飛んでいた。この神は、誰だろう。神々の特徴もまた、吹き飛んでいた。
 巫女は、勉強をさぼってきた事を心から後悔した。

「あ、あの、貴方は誰ですか」

「私の名はキュロスです。ミスティスアークさん」

 キュロス。ミトの生まれた村が祭る小さな神の、そのまた伝令を司る神だ。
 物心つく頃からの勉強が、ここでやっと功を奏した。

「キュロス様。では、魔王を倒せる人は、どこにいますか? マゼラン様とミト様は、如何様にして魔王を倒したのですか?」

 なんとか、必要な質問を口から絞り出す。キュロスはそれに、肩をすくめた。

「現在は魔王を倒せる人間は存在しませんね。いやはや、びっくりです。システムが変わったと言っても、必要な人数が数人増えるだけで魔王は十分倒せるはずなのに。そこで調べてみてびっくりです。おっと、パラメーターに関する事は触れてはならない決まりでしたね」

「……何が言いたいのです?」

 キュロスは、笑う。

「おやおや、私を呼んだのは貴方ですよ。まあいいでしょう、見せてあげますよ、過去の映像を」

 白い空間が、黒と茶で塗りつぶされる。
 雷雲。広い大地。凶悪な魔物の群れ。

「きゃあああああ!」

 ミスティアークは悲鳴を上げた。

「落ち着きなさい、ここは過去の映像にすぎません。あれを御覧なさい」

 キュロスが指さした先、小汚い老人を背負った娘が、魔物の群れから逃げ惑っている。

「危ないわ! 無茶よ」

 ミスティアークは言う。何故、老人を捨てて逃げない。
 娘は叫んだ。

「もう無理、お願い、マゼラン!」

「ふがいないな、ミト。まあいい、詠唱はすんでいる。――アークゲルブグレイグ」

 その瞬間、巨大な魔法陣が現れ、老人が掲げた腕の先に小さな光の球が現れる。その小さな光の球から、巨大な雷が迸った。
 雷という残忍な獣は次々と魔物を屠る。その後には、死体すら残さない。
 魔物の群れは、見渡す限り、存在を消失していた。
 いや、まだいる。遠くの方で、巨大な魔物が何体か、まだ生きている。しかし虫の息だ。
 その中に、一際大きな魔物。

『人間か……なんだ、その桁外れの呪文は。貴様は危険すぎる……我が全力を持って倒す!』

 大きな魔物がいい、黒い球が飛んできた。
 娘は老人を背負い、逃げる。逃げる。老人が、呪文を唱え続ける。
 娘は見事逃げ切った。老人が唱える。

「――ドルバズン」

 美しく装飾された盾が現れ、娘と球の間に現れる。
 球が、爆発した。凄まじい爆音。立ち上げる土煙。しかし、ミスティアークは確信していた。娘の健在を。この勝負の結末は、既にわかっている。

「――パラドルグ」

 老人の声がして、娘が、ミトが、土煙から飛び出す。
 ミトは発光していた。パラメーターを作動しているだけではありえない、凄まじい速度だった。
 魔王に、肉薄する。駆けている間に、老人は薬らしきものを飲みほした。

「さあ、これが最後のマジックポーションだ。後戻りはできないぞ、ミト」

「上等!」

 ミトは、逃げる。逃げる。魔王と魔王の側近の爪をかいくぐる。
 全くの無傷とは言えない。少しずつ傷つけられ、ミトの動きが鈍っていく。
 しかし、マゼランの呪文詠唱の完成の方が早かった。

「――ターティカルグレイグ」

「偉大な魔術師よ、卑小な魔物の爪によって死ぬがいい!」

 赤い閃光が閃き……魔王は、倒れた。最後に、一匹の魔物を産み、ミトに一撃を与えて。

「ミト!」

 魔術師が叫ぶ。小さな魔物が魔術師を襲う。
 MPのなくなった魔術師にはなすすべもなかった。

「く……!」

 魔術師はミトに覆いかぶさる。
 ミトは、最後の力を振り絞って魔物に剣をつきたてた。
 もっとも、それは遅すぎた。小さな魔物が与えたダメージは弱い魔術師には十分すぎるものだった。
 そこで、ミスティアークは元の白い空間に戻っていた。





 ミスティアークは、茫然としていた。魔王が、たった二撃。それに、あの広範囲攻撃呪文。あれはめちゃくちゃだ。周辺の魔物を全てなぎ倒してしまった。
 マゼランの一撃は、軍の突撃を補って余りある。あの境地に、人が達する? 馬鹿な。あれは神の所業だ。

「凄い……。いえ、ありえない。なんなの、あの呪文は。王宮の魔術師でも、あんな呪文は使えないわ。それに、マジックポーション。あれは城に祭られている、神々に頂いたと言われているマジックポーション……」

 クスクスクス、とキュロスは笑った。どことなく誇らしそうだった。それもそうだろう、その大魔法使いを引っ張り出したのはミトであり、それを導いたのはキュロスなのだ。

「魔法使いマゼランが生涯を掛けて編み出した呪文です。全ての呪文が適正値一万から七千ポイント相当です。ちなみに、マジックポーションも自作ですよ。あれは中でも質の悪いものですね。以前は魔術師関連の適性は一つだったのですよ」

 ミスティアークはそれを聞いて驚愕した。それは人一人の一生分の数値ではないか!

「昔は才能に差があったと聞きます。マゼラン様はそのように多大な才能を持っていたのですか?」

 キュロスは哂う。先ほどと違い、ミスティアークを嘲笑う笑いだ。

「そう思いますか? まあ、生まれながらの巫女として生まれながら美に料理に背に力にとパラメーターを少しずつ振っている貴方にはわからないでしょうね」

 問われて、ミスティアークは戸惑った。そんな、馬鹿な。まさか。しかし、あの醜く弱い姿は。まさか、物心ついてからほとんどのパラメーターを魔術にのみ注いだというのか。この私ですら、巫女の一族の私ですら、他にもいくらか振っているというのに!
 しかし、なおも私はいい募った。

「しかし、一万ポイントなんて不可能です。赤子の時のポイント消費はどうしようもありません」

「魔法使いマゼランの一族には、五歳の時までポイントの消費を抑える特殊呪文が伝わっています。研究すれば、ポイントを左右する呪文も出来ない事はありませんよ。魔術研究に八千も振って何十年か研究すれば出来るでしょう。精進しなさい、巫女よ。陛下に話しかける祈りが通用しないのも当然の事。それもまた、適正の祈り値は一万ポイントなのですから。子供達を育てる事です。注意深くね」

 ポイントを左右する。それは神の域だ。ミスティアークは息を飲んだ。その果てしない道のりと、可能性に。

「しかし、それでは魔王を倒すのは何十年後という事になってしまいます。せめて、マゼラン様の編み出した呪文を知るすべはないのですか?」

 罠にかかった。ミスティアークは、そう感じた。それほど、キュロスの顔は抑えようのない喜びにあふれていた。

「そこで、ミスティアークさんに朗報です!」

「待つにゃー!」

 そこで、頭に毛のついた三角耳、毛皮の肌、でかい爪、長い尻尾、扇情的な胸と長い腰巻のみの服に鋭い爪をもった神が乱入して来た。
 目は大きく爛々として黒く、胸は大きい。
 ミスティアークは自らの胸に手を置く。あたしだって、巫女にさえなっていなければ胸にもう少しパラメーターを振れるのに。

「ミャロミャロス様、どうしてここへ!?」

 キュロスが驚いて問いかける。

「ずるいにゃ! ずるいにゃ! また人間に魔王を倒させて陛下を喜ばせるつもりにゃ!? あれ以来陛下はマゼランを褒めてばかりにゃ! 民はいつマゼランの隠しざい……むぐぅ」

 キュロスは慌ててミャロミャロスの口を塞いだ。
 しかし、ミスティアークは聞き逃さなかった。マゼランの隠し財産。
 呪文? ポーション? どちらにしろ、素晴らしいものに違いない。それを私の手柄に出来たら……。

「ミャロミャロス様、それは私達が直接教える事を陛下から禁じられています」

「わ、わかったにゃ。とにかく! あれ以来キュロスは出世、魔術研究の予算は鰻登りにゃ! マゼランが現れるまでは魔王退治には軍を用いて、戦士も魔法使いも弓兵も平等に活躍していたのに、ずるいにゃずるいにゃ! 今度は、戦士だけで倒すにゃ! そして予算をゲットにゃ! やるにゃ! パラメーター全振りにゃ!」

 ミャロミャロスはミスティアークを勢いよく指さして言った。

「ミャロミャロス様、さすがにそれは厳しいかと……」

「わかってるにゃ。陛下は魔術師のマゼランが好きにゃ。直接手出ししたらめっされるにゃ。マゼランには補助魔法を使わせるにゃ!」

「いや、それはまるっきりわかってないと思いますよ。それに、単体補助魔法は七千ポイントです。マゼランに覚えさせるのはもったいないですよ」

「じゃあアトルかアトラに覚えさせるにゃ! 奴らはまだパラメーター八千残ってるにゃ! でもあいつらひ弱そうにゃ。ケントにやらせるにゃ。剣道に全振りにゃ」

 ……アトラ。アトル。ケント。ミスティアークはそれを心に刻みつける。そして、マゼラン。マゼランは必ず、この者達の近くにいる。信じられない僥倖に、体が震えた。

「ああっ剣道発祥の地で使われるという刀を落としたにゃ! これを人間が使ったとしてもにゃーのせいじゃないにゃ!」

「ちょ……駄目ですよ! そこまで力添えしちゃ」

「キュロス……下級文官ごときがにゃーに意見するにゃ?」

「……っ 陛下にとがめられようと、私は知りませんからね!」

 そして、元の祭壇にミスティアークはいた。
 ミスティアークは、しばし呆然とする。

「ふ……ふふ……あはは……あははははははははははは!!」

 ミスティアークは笑う。笑う。笑う。
 降ってわいた幸運に、ミスティアークは目眩がしそうだった。
 ……絶対にこのチャンス、ものにしてやるわ。
 ミスティアークは踵を返した。



[15221] 極振りっ!4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/31 21:00


「トモヤー。アトルー。早く―」

 金髪をさらりと揺らして、アトラは言う。

「お前はいいよな、荷物持ってないから」

 俺とアトルは荷物の重さに、荒く息を吐いた。
 俺達が住むのは長屋の一部屋だ。最も、アトルは四年後には神殿入りになるだろう。
 今、俺達は何もない部屋に家具を買って運びこんでいる所だった。
 お金は給料を前借した。三人とも、別々の店で下働きをする事になる。女の事の同居生活は、孤児院の生活で慣れていた。

「ふぅー。これで全部、かな」

 家具と言っても、寝具がほとんどだ。後は少ない料理道具と、食材。これが引っ越した俺達の荷物の全てだった。

「料理には少しパラメーター振った方がいいかなぁ」

「必要ねーだろ。なんだったら俺が作るし」

 アトラの言葉に、俺が答える。

「私が作ってあげたいの! トモヤ、料理教えてよ」

「いいけど」

「本当? やったぁ!」

 アトラは喜ぶ。そばかすの散らばるその笑顔を見て、とくんと心臓が跳ねた。

「じゃあ僕は毒見役だね。楽しみだなぁ。トモヤの料理」

 アトルの穏やかな微笑みにも、とくんと心臓が跳ねる。
 おいおいおいおい、ミトの時もそうだったじゃないか。俺は自分に好意を寄せる奴ならなんでもいいのかよ? 美咲を救えるのがほぼ確実になって、気が緩んでいたみたいだ。気を引き締めないと。
 でも、全てが終わった後、アトラとアトルと平和に暮らすのもいいかもしれないな……。
 教会に回復呪文の事、申し出ずにさ。
 この時代では回復呪文の使い手は貴重みたいで、あんまり会えなくなりそうだし。

「俺も料理にパラメーター振ってないから、期待すんなよ。びんぼーな料理しかしらねーし」

 向こうでは色々料理したが、こっちと向こうでは食材が違うのだ。試行錯誤が必要だな。覚悟しろよ、アトル。
 俺は早速食材を取りだした。
 今日は初日だから、ほんの少し豪勢にしよう。親子丼風にしてみようか。たしかこっちでも似たような料理はあったはず。早速肉を味付けして炒める。脇に寄せて、取れたての卵をフライパンに割り入れる。
 料理に集中して、肉を加えようと手を伸ばした。

「……おい」

 炒めて脇に寄せておいた肉の大半が消えていた。
 アトラとアトルが満足そうに唇をぬぐった。

「いやートモヤの料理美味しいねぇ」

「次は何作るの? あっトモヤの分も残してあるよ! 三等分!」

「つまみ食い禁止! つーか料理途中だっつーの」

 俺はアトラとアトルの頭をぺちんぺちんと叩く。
 やけに肉の少ない親子丼になってしまった。しかも、ご飯がない。
 俺とした事が、うっかりしていた。しかし、アトラとアトルは喜んで食べてくれた。

「美味しいねぇ、これ美味しいねぇ」

「シスターの方がうまかったろ」

 アトルは、笑う。

「シスターは料理にパラメーター振っていたじゃない。これからはそうはいかないねってアトラと話してたんだよ」

「あ……」

 アトラとアトルのパラメーターに拘束を掛け続ける限り、あれが足りない、これが足りないという日々は続く。
 本当にいいのか? 問いかける言葉を飲み込んだ。俺には、アトラとアトルが必要なんだ。
 食事が終わったら、俺は紙とペンを引っ張り出し、呪文を書いた。
 何事かとアトラとアトルは見つめる。

「アトルにはこれを覚えてもらう」

 俺は紙を差し出した。

「読めないよ、トモヤ」

 千年前の言葉だからな。しょうがないか。

「俺が教える。これが俺の知る最高の単体回復呪文、ラグルピースだ。必要回復呪文適正は七千ポイント。やれるな?」

「うん……うん!」

 アトルはこくこくと頷いた。

「トモヤは何に使うか、決めた?」

「四年後に、会いに行かないといけない人がいるんだ。アトルにはその人を癒してもらう。その人に、会いに行く為の呪文を覚える」

「その人ってマゼラン様?」

 アトラの突拍子もない言葉に、俺は目をきょとんとさせた。

「あっなんでもない! なんでもないよ!」

 アトルがアトラの口を押さえる。

「違うよ。どうしてそうなるんだ」

 二人は躊躇した後、口を開いた。

「だ、だってトモヤって不思議な人だから。ほら、パラメーターを振っていないのになんでもちょっとずつ出来たし、わからない言葉を書けたし、呪文の事知ってたし。あ、あたしとアトル、聞いちゃったんだ。「後一万七千ポイント必要なのか」って。「ミト」とか「ミサキ」って呟く事も多くて。あたし達、ポイントの総数しらなくて、それで、何に使うんだろうって気になって。そしたら、トモヤの色んな事に気づいて。もしかして、もしかして魔法使いミト様に関係あるんじゃないかなぁって」

「一人で一万七千ポイントなんて無理だよ! だから、僕達力になれたらって。それで、魔王を……」

「思ったより、観察力があるんだな」

 俺は息を吐いて言った。小さい頃は、考えを纏める為に確かに口に出していた。小さい子ばかりだから、誰も聞いていないと思っていた。俺はなんて迂闊なのだろう。
 俺は、考え考え口を開いた。

「俺が助けたいのは美咲。以前、ミトと呼ばれていた人だ」

 アトラとアトルは、息を飲んだ。

「けれど、俺は魔王を倒さないし、ミトに倒させるつもりもない」

 二人は目を見開く。かすれた声で、アトルは呟いた。

「どう……して?」

「俺は元々魔王退治に興味はなかった。……俺は、マゼランと呼ばれていた」

「勇者様……!」

 アトラは小さく叫んだ。俺は唇を、一度ギュッと噛む。

「ミトが、無理やりさせたんだ。寒々として汚い洞窟から、無理やり連れ出した。俺に、外の世界と人のぬくもりを教えた。俺はミトの為に、魔王を倒した。こちらでも、輪廻転生の概念はあるだろう? こことは全く別の地に、俺とミトは生まれ変わった。もう、勇者と魔法使いじゃあないんだ。……そしてなによりも……生まれ変わった俺、智也はミト……美咲を憎んでいる。美咲が俺より賢いから、俺より強いから、俺より美しいから、それだけの理由で」

「トモヤが……憎んでる? ミト様を?」

 俺は頷いた。まっすぐにアトラとアトルを見れない。下を向いて、淡々と話す。

「そんな美咲に、俺は命を助けられた。美咲は今、大怪我をして苦しんでる。だから、この地へやってきた。美咲を癒す、それだけの為に。俺と美咲の生まれた所は、魔法が存在しない場所なんだ。MPも回復しない、そんな世界。その上、命を代償に使った技は、古いパラメーターだから使えないと来た。だから、こっちの世界に戻って回復呪文を覚え直してくる事が必要だった」

「トモヤは……マゼランだったんでしょう? 呪文が使えたの?」

 アトルの言葉に、俺は苦笑する。

「勇者はミトだったんだよ。そして、魔法使いがマゼラン。魔王を倒したのは剣じゃない、俺が研究した魔法だ」

 アトラが、囁く。

「命を代償にって……トモヤは、ミト様の為に一度死んだの?」

 心配そうに、アトルが言った。

「元に戻れるの?」

「死んだ命は戻らない。それでも、俺は美咲を助けたかった。だって、屈辱的じゃないか。ずっと憎んでいた相手に助けられて、もう一生その相手を、あらゆる意味で追い越す事が出来ずに長い生を生きるんだ。ずっと、ずっと、永遠に、負け犬のままで、俺は……」

「トモヤは負け犬じゃない!」

 アトラは、俺の胸に縋っていった。目には涙が滲んでいた。

「トモヤは、負け犬じゃないよ!」

 アトルが、うんうんと頷く。俺は、首を振った。わかっていない。こいつら、何もわかっていない。俺の気持ちは、俺以外誰にもわからない。
 物心つく頃から、俺は比べられ続けてきた。そして、最後には……。

「凄いわねぇ、美咲は、それに比べて、智也は……」

「あらぁ。うまく描けたわね。智也は……まぁ、智也だからね」

「凄いわね、美咲。貴方は私の自慢の子よ」

 ……俺の存在すら、目に入らなくなった。双子なのに。双子なのに。双子なのに!
 そして美咲は、俺に憎む隙を与えなかった。いつもとろい俺をいじめっ子から庇って、守ってくれた。笑顔で接した。美咲を憎む俺は、自然と悪者になった。
 自分で自分を悪だと、認識しなければならなくなった。
 吐き気がして、口元を押さえた。

「トモヤ、トモヤどうしたの? 大丈夫?」

 心配そうなアトラの声が、殊更憎かった。俺は口の端を釣りあげる。

「そんなわけで、俺はお前らの思うような勇者様じゃないんだ。魔王退治なんて、ごめんだな。自分の目的さえ達成すればいい。魔王が倒したきゃ自分でしろよ。アトラ、お前に魔王を倒した攻撃呪文を教えてやるよ。二発も当てりゃ魔王は倒せる。ミトがそうだったように、戦いの間守ってくれる戦士は自分で見つけろ。ただし、アトルが回復呪文を覚えて、美咲を治してくれた後でだ。これは、取引だ」

 吐き捨てると、俺は二人を見下して言った。

「さあ、どうする?」

 それに返って来たのは。

「トモヤ。僕は、ミト様を、ミサキを救うよ。それは世界を救う為……も少しあるけど、それだけじゃない。トモヤの為だよ」

 優しい言葉。

「わたし、魔王を倒すよ、トモヤ。だから、そんな顔しないで。ミサキもこの世界も、助かるよ」

 慰め。

 俺はどんな顔をしてるっていうんだ! 違うんだ、欲しいものはそんなものじゃない。俺は、俺は……!

「そんな目で、俺を見るな!」

 俺は、長屋を飛び出していた。
 気分は、あの交通事故の時、美咲を見捨てて逃げた時と似ていた。
 ……帰りたくない。帰りたくない。帰りたくない。
 俺は道の隅っこにより、食べた物を残らず吐きだしてしまう。

「きったねーなー。なにやってるんだよ、ほら、ハンカチ」

 クダが、話しかけてきた。よりによって。俺はその手を払いのける。

「五月蠅い」

「な! なんだよ、人がせっかく……! お前っていつもそうだよな。人の事見下してんだろ! 知ってるんだぞ、俺。俺達の事、綺麗綺麗いいながら、すっげー見下した目で見てるの! 暗号は確かにすげぇけど、それが出来るからって、なんの役に立つんだよ、そんなもの、なんの役にも立たないじゃねーか! 見下されて、嬉しい奴なんかいねーよ!」

 それは俺の胸を刺し貫いた。
 ミト。愛しながらも心のどこかで見下していた。魔法の技術は確かに世界一だった。それが出来るからと言ってなんの役にも立たない。見下される毎日。こんな奴らに。こんな魔法一つ使えない奴らに、見下される毎日。俺は。俺は。俺は。

「うわあああああああっ」

 クダに殴りかかる。クダも殴ってきた。当然、俺の方の分が悪い。
 殴り飛ばされて、俺の体は地面を滑った。

「お前なんか、もうしらねー! ケントが仲良くしてやれって言うから優しくしてやったのに……!」

 クダが、駆けていく。
 口から、自然と笑いが漏れた。笑い声は次第に大きくなっていく。涙が、次々とこぼれ出る。
 道行く人が、不思議な物を見る目で避けて通っていった。
 ああ、なんて滑稽なんだろう。認めよう。俺は、もう誇り高き魔術師じゃない。かといって、完全に生まれ変わった平凡な子ども、智也でもない。孤児院の前に捨てられたラグルなんかじゃ、もちろんない。俺は、マゼランの負の部分、残りかすに過ぎなかったのだ。
 笑いつかれて、ただ地面に横たわる。
 しばらくして、俺は立ち上がった。
 帰ろう。
 帰って、アトルに回復呪文を教えよう。
 そうして、元の世界に帰って、美咲を癒そう。
 癒した後は、アトルをこの世界に返し、今度こそ魔法の使えない平凡な子ども、智也としての人生をやり直そう。
 戸籍がなくて、どこまで生きていけるかはわからないけれど。家に忍び込んで俺の部屋へ行けば、キャッシューカード位は手に入る。
 この体が黒髪黒眼で良かった。少し顔立ちは西洋風だけど、これならばまあ溶け込めるだろう。
 アトラとアトルは勇者と僧侶として栄華を極めるがいい。しかしそれは、俺の教えた魔法なんだ。
 そして、かつていた洞窟の事を思い出す。
 ……いつか見つけて、燃やさなきゃな。何もかも。跡形もなく。
 部屋に戻った時、アトラとアトルは既に布団に入っていた。体がぴくっと動いたから、起きていないのはわかった。それでも俺が布団に入るのを、気づかないふりでいてくれた。これが、俺達が孤児院をでた初日だった。美咲を救うまであと四年。俺は、布団を頭からかぶった。


「ケントなるものが勇者として選ばれし者とは、本当か!?」

 神官に問われ、ミスティアークは艶めかしく前髪を掻きあげた。

「ええ、神々の干渉は禁じられているからと、このカタナを落とした振りをしてまで下さいました」

 ミスティアークが捧げ持った刀を、神官は震える手で受け取った。つかの部分を見て、目を見開く。

「おお……これは正しくミャロミャロス様の紋章! これがケンドーで使うという、カタナか……。よし、早速王に進言して、ケンドーというパラメーターを持つ男、ケントを探そう。ケンドーにパラメーターを全振りだな? しかし、基準が八千とは……神々は、かくも厳しい試練をお与えになるか……」

 神官が、試しに刀を鞘から抜こうとする。

――破邪の刀。使用には剣道のポイント七千ポイントかあるいは剣術のポイント一万ポイント足りません。

 神官は、目を見開いた。

「基準値は七千と出ているが?」

「ケント様の振れる値が八千と言う事ですわ」

「そうか、わかった。……しかし巫女殿、その胸と顔、言葉づかい、体の動き。まるで別人ではないか。巫女は基本的に祈りにしかステータスを振るのは許されていないはず」

 ミスティアークは、体をくねらせ、妖艶に笑う。

「あら。私もケント様に会いに行きますわ。その時、醜い顔で勇者様の前に現れるなんてできませんもの。残った全てのパラメーターを美に関する事に注ぎましたの」

 神官はため息をついた。先代の巫女は命を落とすのが早過ぎた。
 その志は、全く持ってこの巫女に受け継がれていない。
 しかし、若くして重要な信託を得た事は評価せねばならないだろう。
 神官は踵を返す。彼は気付いていて見逃した。
 巫女の目に燃え盛る野心に。巫女の邪悪に歪んだ唇に。
 勇者を見つけた事で舞い上がり、勇者に選ばれる事を狙っているのだろうと思ったから。
 しかし、巫女の野心はそんなものではなかった。

 そんなものでは、なかったのだ。



[15221] 極振りっ!5話 
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/02 00:05

「わー。料理長さんの料理、美味しいー」

 アトラは賄い食を頬張って言う。

「あたぼうよ。俺は料理に三千もパラメーター振ってるんだぜ。ここいらの料理屋じゃ断トツだ。料理のレパートリーが庶民的な物ばかりじゃなかったら、お貴族様にも雇ってもらえるレベルだぜ。あんたら暗号とか子どもの遊びにパラメーター全部振ったんだろ? ばっかだなぁ。あんまりシスターに迷惑かけるなよ」

「あ、でもポイント振らなくても、頑張ればそこそこ美味しい料理を作れるものだよ?」

「嘘つくな、例えばなんだ?」

「えーとね。この前の料理は親子丼で、こう、肉をいためて……」

 アトラが説明をする。料理長は、ほうほうとそれを聞き、メモをした。

「うん? この料理は……やっぱり」

 料理長が、首を傾げる。

「なんですか?」

 アトラが聞くと、料理長は訝しげな顔をして答えた。

「お前、外国人と暮らしているのか? 料理や創作料理のパラメーターだけじゃなく、日本料理とかいうパラメーターが出たぞ」

 アトラが驚く。

「そんなにいっぱいパラメーターが出るものなの? あたしが真似した時は料理のパラメーターしか出なかったけど」

「なんだ、しらねーのか。パラメーターは凄く細かく分かれていてよ。意識して欲しいと思ったパラメーターが反応すんだよ。ま、料理にふっときゃ一番間違いがねーがな」

「そうだったんだ……。日本、料理……」

 アトラは口の中で呟く。それが、トモヤの故郷の名前。
 料理長はよし、と膝を叩いた。

「ちょっくらパラメーター上げてみるかな。アトラ、その異国人からレシピたくさん貰ってこい」

 トモヤの料理が評価される。アトラは、笑顔で頷いた。
 アトラが帰ると、先に帰っていたトモヤは振りむきもせずに言った。

「お帰り」

「うん、ただいま! 料理作るの、待っててくれたんだ? つくろつくろ!」

「ああ。約束したからな。まずチャーハンを作って……」

 その日のご飯は、オムライスとかいう食べ物だった。
 アトルが溝掃除から帰ってきて、オムライスに歓声を上げた。
 トモヤは水を汲んだ桶を指し示す。

「食べる前に体を拭け。さっさとしろ。洗濯は俺がしておく」

「ありがとう、トモヤ! わー、お湯を入れてくれたんだ? 水が冷たくない」

 アトルは服を脱ぎ、体を綺麗に拭いて行く。アトラは知らん顔でオムライスをぱくついている。この程度で動揺しては、同居生活など出来ないのだ。

「さあ、召し上がれ」

「うん! ……あー、凄い美味しい!」

 アトルがオムライスを頬張ると、アトラが身を乗り出して言った。

「トモヤ、料理長が色々レシピ知りたいって」

「確かに珍しがられるかもな。似た料理はこっちにもあったと思ったが……。まあこれくらい、いいか。夕食、毎日違う料理作るようにするからその時にな」

「やったぁ!」

 アトラは弾けるような笑みを見せ、トモヤは顔を逸らした。
 アトラは知っている。この時、トモヤは照れているのだ。自分では絶対に認めようとしないが。
 食後は、回復呪文の講義だ。トモヤの言葉は酷く難しい。大魔法使い、マゼランの研究の集大成を学んでいるのだから当然だ。
 初歩の初歩の呪文学を覚えるだけでも、一苦労だ。それでも、アトラとアトルは真剣に頑張った。
 翌日も、眠い目をこすりながら、アトラは料理店へと働きに向かう。
 料理店へと入ると、料理長がアトラを見て微笑んだ。

「おう、アトラ。早速品数限定でメニューに親子丼を出して見たぜ。食ってみるか?」

「うん、食べる食べる」

 アトラは一口、親子丼を口に放り込む。その美味しさに、目を見開いた。

「凄い……全然別の料理みたい……美味しい」

 料理長は豪快に笑った。

「はっはっは。そうだろうそうだろう。俺の手にかかりゃー異国の料理もこんなもんよ」

 アトラは、改めてパラメーターの凄さに息を漏らした。何度も、何度も見てきた事だ。トモヤが剣道で体を鍛えた時、ケントはあっという間に越して行った。
 トモヤが勉強を皆に教えた時、ブールーどころか、小さな子供まであっという間にトモヤを追い越した。
 パラメーターは残酷に選択を迫る。どれを選び、どれを捨てるか。
 パラメーターを持つ者に、持たざる者は勝てはしない。
 マゼランは、きっと魔法の為に全てを捨てた。でなくば、一万ポイントも使う呪文を使えはしない。
 勇者。格好良くて、無敵で、自信満々で、快活で、誇り高く、誰にでも愛を振りまいて、女たらしで、栄光と栄華を我がものにする勇者。トモヤはそんな勇者のイメージとは無縁だ。トモヤは醜くて、努力家で、でも何一つ出来なくて、全てがどうでも良さそうなのに偏執的で、劣等感に溢れていて、その癖どこか達観して、皆を冷めた目で見ていて、なのにいつも足掻いていた。
 孤児院には子供がいっぱいいたけど、そんなのはトモヤだけだ。
 きっと本当に優れた人はそうならざるを得ないのだ。何かを成すには、パラメーターを極めねばならない。一つの事で誰にも負けなくても、それ以外ではどれほど努力しようと、誰にも勝てない。
 その、たった一つを、トモヤはたった一人の為に使うという。それは人生の全てを捧げると言っている事に等しい。
 トモヤがそれほどまでに全てを捧げる人は、トモヤが全部を賭けるほど愛しくて憎い人はどんな人なのだろうか。
 ぎゅっと拳を握る。トモヤは、アトラとアトルの事だって信じてくれた。でなくばあんな過去、話してくれるはずがない。
 全てを捨てさえすれば、パラメーターが極められるわけではない。パラメーターを上げるにはイメージが必要だ。想像すらできない場所に、人はたどり着けない。でも、アトラはそこへ行ける。トモヤが導いてくれる。
 私もなろう。勇者に。足掻いて、足掻いて、足掻いて、醜くて、偏執的な、勇者に。
料理長、今は、自慢そうに笑っているといい。私はいずれ、貴方の上を行くのだから。
 微笑むアトラに、料理長は何も気づかず微笑み返した。














「ケント。まず、武官の心得をいい渡そう。下級とはいえ、我らは兵ではなく官だ。民に示しがつくよう、見た目も整えなければならない。美や礼儀作法に百ずつパラメーターを振ってもらう。式典の時に使うフィリア流剣術も五百、用兵や書類作業に計五百、計千ニ百のパラメーターを使う事になる。それと、当然得意な武術だな。緑武官はそれが一番重要だ。ま、お前は問題ないな。唯一試験管を倒した男だからな」

 城の一室で、緑の制服を着たダンディという表現を体現したかのような男が、ケントに同じ緑色の制服を渡して言った。

「緑武官なのに使うパラメーター結構多いんだな」

「緑武官は雑用と他の武官の護衛を司る官だ。どこでも行くし、雑用もするからオールマイティーに出来なきゃ不味いんだよ。闇武官なんかは、戦い一辺倒だがな。あれは王族を守る為なら何でもする、パラメーター三千越えの戦闘狂共の集まりだから」

「俺もそっちに行きたかったかも」

 男は、ケントの言葉を聞き噴き出す。

「それは無理だな。闇武官は子どもの時からパラメーター管理されて育っているんだ。強さの面でも、信用の面でも、お前ごときが入れるものではない。さあ、美にパラメーターを振ってみろ。俺が格好良くなるように指導してやる。最も、美形で有名なアシュラク孤児院の奴にそんな指導はいらんのかもしれないがな」

「いや、頼む」

「そうか、じゃあ、手始めに格好よさに振ってみろ。想像するんだ。その癖っ毛がサラサラの様子を」

 ケントがまさにパラメーターを振ろうとした時、扉がバタンと開いた。

「待った―! ケント、いや、勇者様、パラメーターを振ってはなりません!」

 蒼の制服姿の若い男が息を切らせて走ってきた。斥候・情報処理専門の蒼武官だ。

 ケントが勇者様と言われ、首を傾げた。

「勇者様? 何を言ってる」

「勇者様、一つ聞きます。貴方の残りパラメーターにケンドーの値を足すと、八千になりますか?」

 緑武官が笑う。

「おいおい、そんなべらぼうな数値、あるわけないだろう。闇武官ですら三千なのに」

「だいたいそれくらいになるな。そこまでケンドーのみに振るつもりはないし、振れないだろうけど。今二千振ってて、五千まで振ったらそこで打ち止めにするつもりだ」

 緑武官は、頬をひきつらせた。

「おいおい……八千だぞ!? 何を言っているんだ、嘘をつくなよ」

「いいえ。残り全てのパラメーターをケンドーに振ってください、振るようにとの、神ミャロミャロス様からのお達しです。それで、魔王を倒せと……」

「魔……王、を? 俺が……勇者? それで、仲間の魔法使いは?」

 ケントが懐疑的に問う。蒼武官は、息を整えながら問い返した。

「仲間の魔法使い、とは?」

「勇者マゼラン様でさえ、魔法使いミト様を連れて行った。俺には剣士だけで魔王を倒せるとは思えないんだが」

「そのような事、聞いていませんが……とにかく、神官様の元へ。剣道に使う武器、カタナを持ってお待ちです」

 ケントは、とりあえず蒼武官について行く。
 奥に行くにつれ、ケントは顔を青ざめさせた。こんな所まで入っていいのだろうか?
 城の最奥にある祭壇で待たされ、しばらくして最高司祭が現れた。ケントは、慌てて平伏する。

「そのように畏まらずともいいのです、勇者様。急に言われても信じられないでしょう。しかし、このカタナをご覧ください。ミャロミャロス様は、貴方にこのカタナを持って魔王を倒すようにと言われました。鞘からお抜き下さい」

――破邪の刀。使用には剣道のポイント五千ポイントかあるいは剣術のポイント一万ポイント足りません。

「確かに、これは……俺が、勇者? 俺が? ……マゼラン様、みたいに?」

 ケントは、激しく戸惑う。

「でも俺は、武官になって……。武官になるには、見た目とかも必要だって」

「貴方様は今度お生まれになる王族の闇武官に任命されます。それならば問題はありません。早速、残りパラメーターをお振り下さい。どんなに早くやっても、魔王退治まで後四年掛かってしまいます。準備は早いに越したことはありません」

 闇武官になれる、という言葉が決め手だった。

「振れるだけ振ってみます」

 カタナを握る。それで邪悪なもの、魔王を切るイメージを幻視する。
 その刀は酷く手になじんだ。頭の中に声が響く。
――剣道にパラメーターを振りますか?
 ケントは、出来うる限りのパラメーターを剣道に突っ込んだ。
 体の節々が作りかえられる痛みに悲鳴を上げる。
 振れたパラメーターは、千。
 ケントが跪いた事で言葉通りパラメーターを振った事を知った最高司祭は、慈愛あふれる瞳で微笑んだ。

「それでいい。体に負担をかけない範囲で上げて行きましょう。貴方の部屋は新しいものを用意します」

「はい、最高司祭様」

 ケントは蒼武官に案内され、新しい部屋に移った。豪勢な部屋だった。
 貴族と接する事もあったケントにはわかる。調度品の一つ一つが孤児院の一年の経営費にも匹敵するものだと。
 その部屋のベッドに、横たわる者がいた。艶めかしい美女だった。

「お待ちしておりましたわ。ケント様」

「勇者ってすごいな……」

 しかし、ケントは見逃さなかった。自分を見て、一瞬眉が顰められたのを。
 ケントは醜い。美にパラメーターを振っていなかったから。たった今振る所だったのだが。それは許されそうにない。
 美女は、ゆっくりと立ち上がっていった。

「私は、巫女のミスティアーク。ミスティと御呼び下さいませ。ケント様にお話がありますの。実は神託はあれだけじゃありませんでしたの。アトラとアトルと言う名前をご存じ?」

 ケントの心に、警鐘がなっていた。トモヤが、過去に言っていた事があった。

「綺麗なのは、他に何もできない証拠だよ」

 巫女の美は確かに大したことがないが、それでも平均より美しい事に変わりはない。
 プロフェッショナルにしては、あまりにも美しすぎる。
 ……偽物だな。ケントは断じた。

「さあ、知らないな」

 巫女の表情が歪む。

「そんな、そんなはずはありませんわ。よく思い出して、ケント様」

 巫女はケントにしなだれかかる。
 ケントは巫女を押し戻した。武官に内定したケントは孤児院でもてていた。
 あの孤児院で、だ。この程度の誘惑、跳ねのけられないケントではない。

「大体、なんの神託だというんだ」

「貴方の近くに、アトラとアトル、そして魔法使いマゼラン様がいるはずなのです。そして、アトラとアトルのどちらかに補助呪文を覚えさせてケント様を強化し、魔王を倒させよとのミャロミャロス様のご神託です」

 魔法使いマゼラン。ケントの脳裏にそっぽを向いたトモヤの顔が映った。
 色んな事を誰にも教えられず知っていたトモヤ。トモヤが、寝言で呟いていた事がある。「回復呪文に七千ポイント……」と。それに、ブール―も言っていた。暗号解読に振ったなんて嘘だと。ブール―はパラメーターを陰謀に振っていたから、ブール―の言葉はまず間違いがない。
 トモヤはこうも言っていた。マゼランは戻って来ない。その代り、弟子に託す。
 ミスティアークの言っている事は事実のように思う。盗み聞きでもしたのか?

「その神託については、俺から最高司祭様に聞いてみよう」

「あら! 私の事が信じられないと言いますの? どのみち、最高司祭様はお忙しいわ」

 ミスティアークは大きな胸を押しつけてくる。甘い微笑み。その媚の裏にある焦りを、ケントは見逃さない。

「お前……」

「これはこれは、綺麗なお嬢さんですね」

 その時、ブール―が歓声を上げて入ってくる。

「何の話か聞いてもいいでしょうか?」

「ブール―、いい所に。こいつ、巫女を名乗ってるんだけどよ、怪しいんだ。アトラとアトル、魔法使いマゼランを探してるんだってよ」

「アトラとアトル! 知っていますよ。私の友人ですから。それがどうかしましたか? 巫女様」

 ブール―が来た時も眉を顰めた巫女は、アトラとアトルの事を聞いてぱっとブール―の手を取った。

「まあ、素敵! これは機密なので言えないですが、どうかアトラとアトルに会わせて欲しいのです」

「それは難しいですよ。ここだけの話、アトラとアトルは、後一人トモヤという人間と、さるお方に弟子入りしているのです。名前は名乗ってもらえなかったのでわかりませんが」

「さるお方! きっとそれがマゼラン様ですわ。実は、神から最高司祭様にも内密の神託が下っていますの。ぜひ、秘密裏に会わせて下さい」

 ブール―は、さも残念そうに首を振る。

「こんなにも美しい巫女様の言う事なら、ぜひ聞いて差し上げたいのですが……さるお方は三人を置いて旅立ってしまわれて……帰ってくるのに四年は掛かるのです。用件を先に聞く事はできないでしょうか? 私でも何か力になれるかもしれません」

「四年も……!」

 ミスティアークは唇をかんだ。しかし、すぐに気を取り直す。

「では、帰ってきたらすぐ私、ミスティアークにご連絡くださいませ。ケント様、ブール―様、この部屋での話はどうか内密に」

 ミスティアークは、部屋を出て行く。ケントはすぐにブール―を問いただした。

「ブール―! アトラとアトルの事を言うなんて……!」

「声を抑えて。あれぐらい、調べればすぐにわかる事です。大事なのは、トモヤの事をばれないようにする事」

 ケントは、小さな声で言った。

「トモヤはやっぱり……」

 ブール―が深く頷く。

「マゼラン様でしょうね。おかしいと思っていたのです。魔法使いミト様が何故自分の名を呼ぶのかと。魔法使いがマゼラン様で、勇者がミト様なら話は簡単です。そして、恐らくミト様もミサキとしてどこかにいらっしゃる。……大怪我を負って」

 ブール―の推理に、ケントは頷いた。そして、苦々しく吐きだす。

「あの巫女を名乗る女、何なんだ? トモヤに何かしようとしているのか?」

「あれは本物の巫女ですよ。ただし、何かを企んでいます。トモヤの居場所を知らせればトモヤが危ない。『陰謀』で読みとった所、命の危険すら感じました。何を巫女に吹きこまれました? 事情を説明して下さい」

「俺が勇者だって言ってた。それで、アトラかアトルに補助呪文を覚えさせて、それで魔王を倒せってよ。ミャロミャロス様のご命令だって。賜ったとかいうカタナは本物だった。必要パラメーターが七千必要なもんを、そう簡単には作れないだろ」

「トモヤに相談するのが一番なのでしょうが……あの破滅志向ですからね……。やけにならなければいいのですが」

「だよなぁ。思い通りにされるくらいなら死を選びかねないよな、あいつは。どうする? 最高司祭様には伝えておくか?」

「まさか。そうなれば放置なんて出来るはずがないでしょう。トモヤの精神状態は危うい。それに、一つ気になる事があるんです」

「なんだ?」

「現在のパラメーターは、昔の物を細かく枝分かれさせたものなんです。つまり、昔と同じ強さの魔術師に対抗するには、今の魔術師数人が必要なんです」

「あー……。トモヤが欲しがってたのって、移動呪文と回復呪文だっけ?」

「そして、魔術の種類は攻撃、補助、防御、回復でしたね。移動呪文は恐らく昔のものでしょう。現在には存在しません」

「攻撃、補助、防御の戦闘系呪文で三人分のパラメーター、使いきれるな……」

 ケントとブール―は黙る。二人は、重要な選択に迫られていた。
 友か、世界か。

「迷うまでもありません。トモヤを無理やり動かそうとすれば、必ず失敗するでしょう。下手をすると、アトラとアトルへの補助呪文の継承すら失敗するかもしれません。あの巫女が嘘をついているのでなければ、補助呪文があれば魔王を倒せるのです。ミャロミャロス様を、信じましょう。仮にも神様なのですから。後で傷が癒えたミト様も魔王退治に来てくれるかもしれませんし」

「そうだな。ミト様は、あのトモヤとパーティーを組めた人だからな。ここは任せて、補助呪文だけ教えといてくれって言っとく。それならトモヤもやけにならないだろ」

「しかし、私達が直接行けばつけられる可能性もあります」

 そこで、バタバタと足音がして、クダが走り込んできた。

「なあ! ケントが勇者って本当か!? 魔王退治、俺も連れて行ってくれよ!!」

「クダ、ナイスタイミング」

 ブール―は、微笑んだ。










 

「つまり、皆にばれてたんだな……よく放置されてたな、俺」

 俺はため息を吐いて言う。クダが来た時には気まずかったが、そんな事を考えている暇はなくなった。

「ケントやブール―も知ってたんだ……」

 アトラが、クダにお茶を出しながら言った。

「なあ、嘘だろ? トモヤなんかが憧れの勇者だなんてよ」

 クダが、懐疑的な瞳で俺を見る。

「なぁ、魔王退治ってどうだったんだ? 魔王を退治したってのが本当なら、わかるだろ? 王子様にあったのか?」

 期待と不安を込めた声で、問う。

「どこの馬の骨とも知らない奴が、王子様なんかにあえるはずがないだろう。魔王退治もあっけなかったよ。広範囲攻撃呪文を使って、単体攻撃呪文を使って、魔王と刺し違えて、終わり。極振りしてたからミトはともかく、俺は醜かったしな」

「攻撃呪文? 剣じゃないのか?」

 クダは驚きの声を上げる。

「ああ、ついでに言うとミトは魔法以外のパラメーターに均等振りしていたから、剣は上手かったけどケントほどじゃなかったよ。その代りなんでも出来たけどな」

「……なあ、魔法だったらばばーんと二発で倒せるんだろ? なんでケントで、なんでケンドーなんだ?」

「そうなんだよね、僕、心配だよ……。僕とトモヤのパラメーターの使い道は決まってる。後はアトラしかいない。それに、僕達にはトモヤがいるけど、ケントはどうやってケンドーのパラメーターを上げるの? 強い敵と戦うなり、剣道の奥義を誰かから習うなりしないと、パラメーターを上げる選択肢事態でないでしょ」

「わからない……。けど、神様の言う事には従わないとな。神様の言う事だから、嘘ってこたないだろ」

 俺が言うと、皆頷いた。アトラが、残念そうに言う。

「トモヤ、トモヤの後を継いで、攻撃呪文を覚えたかったよ」

 仕方ない、超特急でパラメーターを振り始めるか。

「ブール―が城の方は任せろってさ。陰謀っていっぱい上げれば特定の秘密に気付きにくくさせる事が出来るんだとよ。後、陰謀にパラメーター計四千ほど振っとくって。それだけありゃ大丈夫だろ。あーあ、それにしてもトモヤがパラメーター温存していて勇者かぁ。そりゃ周囲を見下すわ。返せよ。俺の憧れ。どうせ魔王退治なんてしねーだろう、お前」

「わかってるじゃないか」

「どうせ俺は落ちこぼれだよ。極振りしてないのは俺だけだ。精々、笑えばいいだろ」

「クダ」

「なんだよ?」

「俺は、マゼランの時も今も、ずっと見下され続けてる。極振りって、そう言う事だ。俺にはそれ以外何にもない」

「いいじゃねーか、それでも。俺は、拠り所になるたった一つが欲しかったよ。ケント、勇者になるだけじゃなくて、側室に新しく生まれる王族の護衛になれるんだってよ。最高の栄誉じゃねーか」

 俺は、苦笑した。

「そう上手く行くかな。俺達は、一つの事以外何もできない孤児院出だ」

「なんだよ、やっぱりトモヤはトモヤだよな! 素直にケントを応援しろよ。じゃあ、俺は確かに伝えたからな」

 クダが乱暴に席を立つ。やはり、俺とクダは合わないようだ。



[15221] 極振りっ!6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/04 21:30



 孤児院出の子供達の会談から数カ月、王子が生誕した。
 国は喜びに沸き、祝いの儀式が行われる。
 ケントも、もちろんその祝いの儀式に参加する。
 民が城の外に集まり、口々に王子への祝いの言葉を述べる。
 そして祭壇の前では、神官達が集まり、王子の為に特別に選ばれた武官や文官が忠誠を誓っていくのを見守るのだ。
 ケントは、勇者の特権を駆使し、特別に願い出てシスターと俺達同期の孤児院のメンバーを呼んでいた。もちろん、監視は付いているが、特例として許可してもらった。
 なんでか祭壇の横に立つ妖艶な巫女に舐めるような眼で見られていて居心地が悪いが、参列させてもらったのが名誉な事に変わりはない。
 闇武官は、武術さえ出来ればいいと銘打ちながら、皆美形で状況に合わせて礼儀正しく振舞え、声もよく通り、頭脳面にもパラメーターを振っていた。
 ケントは、苦肉の策として、仮面をして、他の闇武官に囲まれる形で立つ事になった。
 それでも、ケントは喜んで俺達に事の次第を報告してくれた。
 俺達やケントの位置からでは見る事すらできない小さな赤子。
 それがこの国を背負って立つ王子であり、ケントの主なのだ。
 先輩闇武官達のしごきに堪えて来た甲斐があると、儀式の開始前、ケントは胸を張って言った。

「闇武官達よ。王子殿下バークレイ・ザード・ラ・セルシュ・キストランに忠誠を誓うか?」

「はい。王子殿下に忠誠を誓……「断る」」

 ケントが返事をしようとした時、突如、闇武官が剣を抜き去った。
 闇武官が激しく発光する。
 ケントはとっさに王子の前に立ち塞がる。
 一閃。
 激しい金属音がした。

「きゃあああああ!」

 巫女が悲鳴を上げて逃げる。

「王子に何をする!」

「ケントさん、伝統あるフィリア流剣術と得体のしれないケンドー、どちらが上か勝負しましょう?」

 ケントの問いに、闇武官の一人が好戦的に微笑んだ。

「ケント!」

 アトラが叫ぶ。

「ケント! やめろ、この!」

「ここはいい! 王子を避難させろ、クダ!」

 クダが監視をなぎ倒し、王子を抱き上げて走る。
 その姿は人ごみに紛れてすぐに見えなくなった。
 パラメーター、かくれんぼだ。
 闇武官達が切り合いを始める。ケントは戦いながら、必死でパラメーターを振れるだけ振っていく。視界を邪魔する仮面はすぐにはぎとった。実践の多対多は初めてだ。幸い、パラメーターを振る選択肢は現れた。
 女の闇武官が、蒼武官の一人の足を突き刺した。

「貴方、クダとかいう方を探してくださいませ」

「わ、私は、王子に忠誠を誓いっぐっ」

「私、気が短いんですの。教えてくれますの? どうですの?」

 足を次々と突き刺され、蒼武官は屈服する。

「あ、あそこ……」

 蒼武官は探索のスペシャリストだ。対してクダのパラメーターは子どもの遊び。探索パラメーターを発動すると、すぐに場所がわかった。蒼武官が指さした先の淡い光を、闇武官は切り払った。そこにいた神官達も纏めて。
 クダが背を切り払われ、倒れる。

「王子様は、やらせねぇ!」

 クダが、王子に覆いかぶさった。

「クダ!」

 ケントは体が書き換えられる痛みに耐えながら、闇武官と切り結ぶ。
 光り輝き、剣が舞う絢爛なその様子。
 王子側でケント以外の闇武官が全て切られ、ケントの方に新たなる敵が向かう。
 ここに至って、ようやく俺は硬直から脱した。

「アトラ! 行け!」

 皆が、あっけにとられて俺を見た。なんだよ、そんなに俺の事を信用していないのか。

「――ラトドルグ!」

 弱単体強化呪文だ。それがケントに掛かる。ケントの動きが、目に見えて早くなった。一人、二人と倒していく。それでもクダを救うには遅すぎた。
 闇武官の剣が、緑の制服を貫き……。

「緑武官をなめんなぁぁ!」

 血を吐きながら、緑武官が剣を振るう。

「――ラトドルグ!」

 アトラが、緑武官に呪文を掛ける。

「――バグピース!」

 アトルが、緑武官に癒しの呪文を掛ける。
 ケントが、闇武官達を倒し、クダを救出に行く。
 女の闇武官が緑武官を切り払う。蹲るクダに、一突き……。
 ケントが、背後から闇武官を切り払い……。
 俺ははらはらとその様を見ていた。見ている以外、何もできない。
 他の武官は闇武官に切られたか茫然と見ているかだ。
 クダと王子に癒しの呪文を掛ける。アトラのMPはそれで打ち止めだ。

「殿下! クダ! 大丈夫なのか!?」

「傷は、とりあえず見えなくなったけど……起きてよ、クダ!」

 俺はそこでようやく駆けより、術の掛かり具合を見た。

「大丈夫だ。後遺症もないはずだ」

「良かったぁ……」

 ブール―が、怒りの表情で女の闇武官の胸倉をつかんだ。
 その時、神官達に守られて部屋の隅に下がっていた最高司祭が、声を張り上げる。

「皆さん、動いてはなりません! 紅武官、反逆者どもの拘束を。闇文官を呼んできなさい! 今、陛下の闇武官の半数が来ます」

 紅武官は逮捕、処刑を司る武官で、闇文官は陰謀を張り巡らす政治の暗部と言われている。闇文官が罪人の尋問に直接出るのは珍しい。王子暗殺だから当たり前か。

「そこのお嬢さん、強力な回復呪文を使えるのか! 回復を手伝ってくれ!」

「ごめんなさい、威力特化だからMPがもうないの」

「国宝のポーションがここに数本あります。アトラ、貴方は治癒を」

 最高司祭がアトラに話しかける。

「さ、最高司祭様。どうして、私の名を……」

「ケントの友を儀式の場に呼ぶように予め神託があったのです。ミャロミャロス様のお言葉に従ってよかった。お陰で、こうして殿下を救う事が出来ました」

「ミャロミャロス様が……」

 アトラは茫然とつぶやく。

「やっと会えましたわね、アトラ様、アトル様。私はミスティアーク。ミスティと御呼び下さい」

 巫女が艶めかしい体を見せつけるように挨拶をした。
 最高司祭がそれを咎めようとしたその時、闇文官が声を上げる。

「最高司祭様! この者達、恐らく我らより多いパラメーターの陰謀で守られております」

 最高司祭は眉を顰めた。

「フルパワーでパラメーターを使いなさい」

「はっ」

 ブール―は、祭壇付近の喧騒には全く我関せずで、闇武官を尋問する。

「犯人は誰だ! 正妃様か!? 違うな……しかし、妃のうち一人だ。第三妃か!? 第三妃も身ごもってらっしゃるだと!?」

 ブール―は相手が答えていない事を聞き返す。恐らく、陰謀を使っている。それををフルパワーで攻撃に使っているのだ。しかし、陰謀は同時に二つの事を出来るのだろうか。これは、まずいんじゃ……。
 俺がブール―に一言忠告しようとした時だった。

「今、何と言いました?」

 最高司祭が、ブール―に問うのと。

「ミスティアーク様! 何かを隠していらっしゃいますね!? これは……ケント様に関する事……魔王退治についての話で嘘を!?」

 闇文官がミスティアークを問いただすのは同時だった。
 急いでブール―は陰謀を防御に回す。
 最高司祭は、ため息をついた。

「ミスティアーク。じっくりと話を聞かねばならないようですね」

「嫌ですわ、最高司祭様。私を疑うと言いますの!? 私は嘘をついてなどいません」

「ただ、全てを言わなかっただけ。それも、かなりの事を。最高司祭様……」

「闇武官、ミスティアークを別室に連れて尋問を。蒼武官は第三妃の調査を。ブール―、貴方には闇文官と共に尋問を続けてもらいましょう。ケント、お友達の方々には泊ってもらいなさい。貴方の忠誠心、確かに証明されました。これからは王子から決して離れずついているように」

「しかし、最高司祭様。今日だって無理を言って休みを貰ったんです。二日続けて休んだら……」

「貴方達は王子暗殺事件の関係者なのですよ? 二日で済むはずがないでしょう。私から通達を出すので心配は要りません」

「は」

 ケントは頷き、俺達に向かって頭を下げた。
 部屋に案内され、豪勢な食事を供される。

「すっげー! これ全部食っていいのか!?」

 クダが歓声を上げる。

「貴方方は殿下をお救い下さいました。当然の事です」

 給仕がにこりと微笑んでワインを差し出した。

「その割には給仕が闇文官なんだな」

 俺が問うと給仕が再度微笑み、アトラとアトルは驚いて給仕を見る。

「どうか、話をお聞かせ下さい。王子暗殺に関係がないというのならば。硬くならずに結構です。肩の力を抜いて私と歓談して下されば、私が全て見抜きます」

 アトラとアトル、俺は互いの顔を見合う。ブール―の陰謀を信じよう。
 クダはというと、食べ物に夢中だった。

「まず、アトラさまは補助呪文の使い手。そうですね? 先ほどの戦い、凄かった。形勢不利な戦いを、あっという間にひっくり返しましたね」

「はい、そうです」

「そして、アトルさまは回復呪文の使い手。あのような強力な回復呪文の使い手。城にすらいない」

「ありがとうございます」

「クダさんは、美貌とかくれんぼにパラメーターを? 他に特別なものはお持ちですか?」

「俺は落ちこぼれだからねぇよ」

 ふてくされるクダに、闇文官は微笑む。

「殿下を直接お救いしたのは貴方です。貴方は自分を誇っていい」

「そ、そうだよな! いやー、やっぱ俺ってすげぇな!」

「そして、貴方は……」

「俺は言うつもりはない」

 闇文官は、食事の手を止めてじっと俺を見る。

「頑なな拒絶……ですね。何故、それほどまでに嫌がるのですか?」

「そちらには関係ない。そもそも、パラメーターに関する事を人にあれこれ聞くのはマナー違反だ。俺は王子殿下には関係ない。興味もない」

「なんて事言うんだよ!?」

 クダが怒るが、俺は肩をすくめた。

「まあまあ、そう怒らずに。しかし、孤児院出の貴方達が何故そんな技術を?」

 アトラが言った。

「さる尊いお方に教えてもらいました。その方が誰かは言えません」

 アトルが、後を追って頷く。

「トモヤじゃないけど、パラメーターについての質問は王子殿下に関係ないのでは?」

 闇文官は少し驚いた顔をした。

「これは、私とした事が。貴方達が孤児院出という事を忘れていました。強力な魔術師は、国で接収する事になっているのですよ。これは面接でもあります」

「は?」

 俺は思わず間抜けな声を上げる。

「あ、はい。四年後に就職させて頂きたいと思います」

 アトルが言うが、闇文官は首を振った。

「貴方のような強力な回復呪文の使い手、すぐに賊に浚われてしまいますよ。他国も出てくるかもしれません。回復呪文を使えるという事はそういう事です。貴方の治癒はそういうレベルであり、既に貴方の護衛の選抜やスケジュールが練られています。アトラさんもです」

「私も!?」

「でも、僕はさるお方と四年後に必ず力をお貸しすると約束したのです」

 アトルはなおも言い募る。

「それは秘密にしなければならない事ですか?」

 俺達は黙った。

「アトルさん、貴方にプライベートはもうないのです」

「そんな! そんなのめちゃくちゃです!」

 アトラが立ち上がる。
 その時、バタバタと走る音がして、神官達が入ってきた。

「トモヤさん! トモヤさんは攻撃呪文の使い手ですか!?」

 俺は首を振る。

「え、違うけど。アトラが覚えようとしてたけど、ミャロミャロス様が補助呪文を覚えるように言っていたそうだから」

「残りパラメーターは!?」

「まだ得ていないものを含めて3000だけど」

 神官は崩れ落ちる。

「ミスティアーク……貴方はなんて事を……! 後はマゼラン様が四年後に戻ってくる事を期待するしか……」

「ん? マゼラン様はパラメーターシステム変わったから攻撃呪文使えないぞ」

「なんと……! ではケントか、マゼランの財宝に賭けるしかないのか!」

「じゃあ、俺は無関係だし、行くぞ。アトル、四年後に力を貸してくれ。監視ついていてもいいから」

「う、うん。わかった。仕方ないね。じゃあね、トモヤ」

 雲行きが怪しくなってきたので、俺はどさくさに紛れて帰る事にした。
 アトルも一緒に帰りたかったが、さすがに誘拐されるとあっては連れていけない。
 回復呪文の使い手は昔はそう珍しいものではなかったから、そんな事情があるなどと思いもしなかった。
 俺は家に帰ると、一人ため息をついた。
 四年後、本当にアトルを借りる事が出来るかどうか。
 もしもの時の為の手段を考えておいた方がいいかもしれない。
 それに、俺の財宝ってなんだ。そんなものまで狙われていたのか。あれは全て燃やしてしまおう。何があったっけ。呪文書と、マジックポーションと……スク……ロール……。
 そうだ! 呪文を封じ込めたスクロール、それを使えばアトルの力を借りずとも美咲を助ける事が出来る! 俺はなんでこんな大切な事を忘れていたんだ!
 四年間、一生懸命お金を溜めて旅をする準備をしよう。
 一応ケントにも四年後の協力を頼んでおくか。



[15221] 極振りっ!7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/05 23:20

「アトラの家はここか?」

「アトラは神殿の方に来ましたよ」

 体格のいい髭面の親父が訪ねてきたので、俺は答える。

「じゃあ、アトラと一緒に暮らしてるってのはお前だな。アトラがいなくなって、新メニューを教えてくれる人がいなくなってな。直接聞きに来たってわけだ。それに、俺とした事が今までの新メニューのお礼をしてなかったからな。お前、俺に雇われないか? 仕事は一緒にメニューを思考錯誤する事だ。給料は弾むぜ? それとは別に今までのメニュー代を払わせてもらう」

 男は髭面をニコリとさせた。この人、料理長か。アトラから、いい人だという事は聞いていた。

「今行っている洗濯屋の後で良かったら……」

「ああ、わかってる。シスターが頭下げて就職させてくれたんだからな。勝手に断るわけにはいかねぇだろ。さ、早速今日から来いよ。皆日替わりメニューを楽しみにしてんだ。明後日のメニューを考えなきゃな」

 親父は頷き、俺を連れていく。
 店は大きくて清潔だった。孤児院出でパラメーターのない俺達が、こんな所に雇われる事が出来るなんて信じられなかった。アトラは女の子だから、シスター、頑張ってくれたんだな。

「さあ、何を作る?」

「材料がいっぱいあるので、シチューという料理が作れるか試してもいいですか?」

「おう、細かく説明してくれれば俺が創作料理でなんとかするからどんどんやってくれ」

 俺はラグーの粉とバターを炒め、ミル乳を入れる。

「粉を炒めるのか? なるほどな」

 俺は適当に具を入れて、煮込む。料理長が同じ事をするが、手つきが全く違う。

「お。パラメーターが振れるな」

 料理長の腕が光り、その光が鍋に移ってくる。
 料理を作ると、最初の一口を俺に食べさせてくれた。初めて食べる味だった。こんな上手いもの、食べた事がない。城ですらも。

「どうだ、美味いだろう」

「はい、とても」

 俺は掻き込むように食べた。

「うん、まあまあの出来だな。早速明後日の限定メニューに出すか。洗濯屋の休日に遊びに来いよ。俺の一番得意な帝国料理をごちそうしてやるよ。それと、今日から弁当を持たせてやる。朝食と夕食作る暇、もうねーだろ」

「はい!」

 俺は満腹の腹を抱えて家に帰った。
 誰もいない部屋。俺はたった一人だ。
 寂しいとは思わない。けれど、退屈だと思った。
 翌日、洗濯屋の仕事を終えた帰りに地図を買った。
 この世界の地図は酷く大雑把だ。町の位置が大まかに描いてあるだけ。村の位置は描かれていない。地図は軍事にも使えるから当たり前なんだけど。
 俺は地図を眺めて必死で記憶を引っ張り出す。
 マゼランの時の記憶は、地図を持ったミトに引っ張り回される記憶ばかりだ。
 夢のような記憶。やめろ、考えるな。俺はもうマゼランじゃない。
 地図を見つめ、俺は見知った名を一つ二つ見つけた。見知った名を線で結び、その逆方向に指を滑らせる。
 森の絵に、洞窟と竜と髑髏のマークが描いてあった。
 俺のいない間に何があった。
 え、俺の家、竜に占領されてるのか!? そんな馬鹿な。俺、攻撃呪文使えないぞ。
 やっぱりケントに力を借りないと駄目だな。
 アトルよりは力を借りやすいだろう。いや、闇武官って王子から離れていて大丈夫なのか。
 両方無理だったらどうしよう。自殺行為だけど、なんとか竜をすり抜けていけるかやってみるか。
 俺が悩んでいると、来客があった。

「トモヤさん、最高司祭様の命によりお迎えにあがりました」

「少し待って下さい」

 俺は窓から出て、走り出した。
 緑武官が凄まじいスピードで走ってきて、捕まる。

「何をする! 俺は関係ないって言っただろう!」

「ケントのご友人は皆王子殿下の助けとなりました、貴方もマゼラン様の弟子、必ずあの場所にいた意味があるはずです」

「無い無い無い」

「ケント様は暗号の解読がうまいとか。ミト様の残した手記をどうか解読して下さい」

「ミトの手記? ああ、日記か。そういえばこそこそ書いていたな」

「は?」

「いや、なんでもない。プライバシーに干渉する必要はない」

 俺が断ると、緑神官は俺を担いだ。

「ちょっ行かないって言ってるだろ!」

「そんな事を言っている場合ではないのです。せめて、魔王を倒した攻撃呪文を何としても探し出さないと。これは最高神官様のご命令なのです」

 俺は担がれて城へ向かう。
 城門から入ると、王子殿下を抱き、仮面をしたケントが走ってきた。

「トモヤ! 待ってたぜ」

「うわあああああ赤ちゃん持って走るな! 何やってるんだよケント!」

「お前、ここはもういいから。俺はトモヤと二人で話す。作業室には俺が連れていく」

「必ずだぞ、ケント」

 俺とケントは応接間に向かう。ケントは、ソファーに座ると王子殿下をあやしながらため息をついた。

「いや、参った参った。忠誠を誓う儀式の時に邪魔が入ったろ? 王子に忠誠を誓った他の闇武官は入院中だし、忠誠の儀式って闇武官が最初だから……。今、王子直属の部下が俺一人なんだ。第二妃は凄く身分が低いし直属の部下が実質俺一人、第三妃は王子暗殺だろ。で、正妃には子供がいない。その上勇者騒ぎで今権力闘争勃発寸前なんだ。信頼できる侍女もまだ見つからなくて、俺が面倒みるむちゃっぷり」

「だ……大丈夫なのか」

「ブール―がいるからな。昨日、状況を分析して教えてもらった。トモヤ、悪いけど、なんとか攻撃呪文、教えてもらえないかな。その為に城がピリピリしてるんだ。俺の事も勇者勇者って崇めてたくせにあっという間に手の平返してさ。どいつもこいつも呪文を探せ、マゼランの残した財宝を探せって」

「……仕方ない、か。俺の研究成果は渡さないけど、攻撃呪文ぐらいなら、な。その代り、こちらも頼みがある。四年後、俺は旅に出る。それについてきて欲しい」

 ケントは、身を乗り出した。

「魔王退治か?」

「いや、例の用事だ」

 ケントは、椅子に背を預ける。

「あーあ、トモヤはそうだよなぁ。いいよ、魔王は俺が倒して見せる。今は馬鹿にされてるけど、ミャロミャロス様は確かに俺を選んでくれたんだ。ミャロミャロス様が正しい事を、俺は示す」

「頑張れよ、ケント」

「ああ、頑張るさ。にしても、ブール―が今度生まれる王族の闇文官として抜擢されそうなのが痛いんだよなぁ。第三妃のご命令だから断れないしさぁ」

「なんでだ? ブール―は第三妃の企みを暴いた側だろ」

「確かにそうだけど。パラメーター三千越えってのがばれてさ。俺は第二妃の臣下に下ったんだし、正妃との斬り合いにも必要だから寄こせって」

「はぁぁ。大変だなぁ。第三妃は罰せられるんじゃないのか?」

「証拠が孤児院出のブール―の証言だけだしな……。ブール―もそれ以上探れなかったし」

 本気で大変そうだな。まあ、俺には関係のない話だ。

「じゃあ、作業場に連れていってくれ」

「ああ、悪いな、愚痴聞いて貰って」

 作業場に案内されると、兵の視線が突き刺さった。
 俺は黙って中央の机に向かい、そこに置かれた古臭い冊子に目を通す。
 そこにあったのは、ミトの赤裸々な日記だった。
 魔王を倒せるという人がいる事をキュロスから聞いた事。
 深い森を通って、洞窟にすむ俺を見つけた事。
 なんて小さなおじいちゃんなんだろうと思った事。
 醜さが逆にパラメーターの極振りを予感させて、わくわくした事。
 体が軽かった事。
 世間知らずだった事。
 一気に魔物を倒してしまった事。
 素直じゃ無い事。
 でも優しい事。
 目の前で起こっていない事はなんだろうと全力で見捨てる癖に、目の前で起こった事は全力で救おうとする事。
 なんでも食べるので好き嫌いが無いように見えるが、実は凄い好き嫌いが多い事。
 褒められると必ず顔を逸らす事。
 日記に書かれていたのは、全て俺の事だった。
 私の勇者様。私だけの勇者様。ミトは、日記の中で何度もそう言っていた。
 俺もそうだったよ、ミト。いや、違う。
 蘇るな、俺の中の記憶。蘇るな、俺の中のマゼラン。
 ミトは、とっくに死んだのだ。美咲は別人だ。そして俺は美咲を憎んでいる。
 俺は日記を閉じて、手を差し出した。

「紙」

「まさか、もう解読したというのか?」

「単なる日記だった。必要な所だけ書きだす」

 俺は紙にサラサラと呪文と魔王についての事を書きだす。

「おお、まさか……」

「良くやりました、最高司祭様に確認してくるのでここでお待ち下さい」

 兵が声を上げ、文官が走り去ろうとする。そこで、突如現れた蒼武官と闇武官に切られた。
 兵が、とっさに俺を庇う。
 蒼武官は、呪文を書いた紙を拾い、それを眺めた。

「確かにパラメーターが出ますね。本物だ。これは、孤児院出ごときの貴方が知っていい情報ではありません。可哀想ですが、口封じさせてもらいます」

 闇武官が蒼武官に紙を渡す。そして、剣を握った。
 俺は唇を噛んだ。抗うすべはない。
 闇武官が剣を振るう。兵があっという間に斬られた。
その間、蒼武官は紙にちらりと目を走らせる。
返す刀で、闇武官は俺に剣を振りかざした。

「待て! 何故魔王と刺し違えたミト様が生前残した日記に、魔王との戦いの様子が乗ってある!?」

 剣が俺の首に振れ、俺の首からは血が流れていた。

「単なる日記だったって言ったろ。その本には必要な事は何一つ書かれていなかったよ」

「貴様は……誰だ!?」

「マゼランの三人目の弟子、トモヤだ。振っているパラメーターは暗号解読だけど、攻撃呪文自体は知ってた。それと、俺を殺すとマゼランが怒るぞ」

「なんだ、そうだったか。心配せずとも、賊の仕業に見せかけるから問題ない。マゼランから情報を引き出すのはアトラとアトルがいる。やれ」

 ……こいつら、最低だ。
 俺が覚悟を決めたその時だった。

「トモヤ! 無事か!?」

 ケントが、王子殿下を抱いてやってきていた。

「ちっ」

 闇武官と蒼武官が消える。
 俺は息をついた。

「トモヤ! 血が出てる……」

 俺はケントに治療をしてもらい、息をつくのだった。
 その後、一室に通され、最高司祭自ら謝罪に来た。しかし、闇文官を連れている。

「トモヤ、すいませんでした。さぞ怖い思いをなさったでしょう。しかし、攻撃呪文を知っていたなら教えてくれれば……アトラとアトルは補助呪文と回復呪文しか知らなかったから、てっきり暗号しか習っていないかと……。他は、マゼラン様から何を習いましたか?」

 俺は冷たい目で最高司祭を見る。

「言うと思うか? 最高司祭様が俺を殺そうとした可能性もあるのに?」

「是が非でも聞かねばならないのですよ。それに、この呪文。パラメーターの表示はされますが、パラメーターアップの表示はされません。これだけでは記述が足りない」

 俺はため息をついた。

「魔術の基礎から書けってか!? あんたら、魔術師の部下いないのかよ。だいたい、強欲なんだよ。アトラとアトルを手に入れ、ケントもいて、攻撃呪文とパラメーターを操る術を手に入れて、まだ何か欲しいという。俺は攻撃呪文を使えないんだし、マゼラン様も旧パラメーターは使えない。ここまでおぜん立てされたんだから、自分達で何とかしろよ。魔王退治をなんの努力一つせずに達成できると思うな。俺には仕事があるんだ。もう行かなきゃ」

 俺はいらいらと吐き捨てる。

「貴様っ最高司祭様になんという言い草だ」

 最高司祭様の護衛をしている緑武官が声を上げる。

「気にいらないなら殺せばいい。その代り、お前達はもう何も手に入らない」

 ケントは、慌ててフォローする。

「こいつ、孤児院でもいつもこうなんですよ。気にいらない事は命の危険を感じても絶対に従いません。マゼラン様もこんな性格なんで、こいつが死ぬとマゼラン様の協力は絶対に得られませんよ。俺がアトラと協力して魔王退治するから、もういいじゃないですか。乗り気だったのを警備不備でやる気無くさせたのはこちらですし」

 全くだ。

「しかし……いえ、そうですね。マゼラン様からは、是が非でも財宝の居場所を聞き出さねばなりませんし、マゼラン様の機嫌を損ねる事は避けた方がいいですか。ああ、報酬を用意せねばなりませんね。これは秘密だったのですが、今、アトラやアトル、ケント、ブール―、クダのご両親を探しているのです。貴方の両親も探して上げましょう。貴方もご両親に会いたいでしょう?」

 あまりの事に、俺やケントは茫然とした。

「なんて事を……俺達がどこ出身かわかってるのか!?」

「孤児院ですが」

「そうだよ。俺達、捨てられたんだよ。一度は捨てたくせに、大貴族に雇われたとたん寄ってくる親は多い。シスターがどれだけ苦労してそんな親たちから俺達を守ってきたか……。クダなんて、親に虐待されてて自分で孤児院に駆けこんだんだぞ。ここでそんな事したら、今まで守ってきた、孤児院に捨てられた子どもと親は無関係って秩序が台無しになる」

「……しかし、自分達のご両親ですよ?」

「わかってない。最高司祭様は何もわかっていない。俺達がどんな思いで決別して来たか。捨てられた事もない奴に、わかるもんか! シスターが俺達の親なんだ」

 ケントが吐き捨てる。

「ふむ。クダの両親が見つかったのでクダに内緒で面会させたのですが……」

 ケントが駆けだした。俺も後を追う。

「もうやめてくれよ! 俺は自由になったんだ、自分の力で生きていくんだ」

 クダが耳を押さえ、叫ぶ。クダの父が、クダに手を伸ばした。

「クダ、私が間違っていたよ。報奨金も貰ったし、一緒に暮らそう。お前は死んだ母さんにそっくりになってきたな……」

 クダが身震いした。

「俺に触んな!」

 ケントが、クダの父の前に立ちはだかった。

「報奨金も貰ったなら、もう充分だろう。クダから離れろ」

「な、なんだお前は! クダは私の子供だ!」

「もうお前の子供じゃない。クダは五歳の時にそう決めたし、一人で生きてきた」

「クダ、行くぞ。兵舎まで送る。どっちの方向だ?」

 俺はクダに声をかける。

「あ、ああ、ケント、トモヤ」

 俺はクダの手を引いて兵舎へと向かう。その時、クダは言った。その声は沈んでいる。

「お前、俺の事馬鹿にしてんだろ」

「俺も捨て子だ。それは皆同じだろう?」

「……そうだけどよ……」

「誰にでも起こりうることだ。だから、この件に関してだけは、共同戦線を張ろう。アトラとアトルを守ってくれ」

「あ、ああ。そう言う事ならいいぜ、守ってやっても。どうせお前は何もできないからな」

「ああ、そうだな」

 俺はクダを兵舎に送った後、クダの仲間の兵士達に事情を話して頭を下げた。

「ああ、孤児院出も大変だな。報奨金、全部親にとられたんだって?」

「親に取られたんじゃなくて、国が親に渡しちまったんだろ。全く、もうちょっと調べろよって話だよな。大丈夫、俺達が庇ってやるよ。クダは俺達のアイドルだからな」

「ありがとうございます。じゃあクダ、俺はここで帰るから」

「礼はいわねぇからな」

 俺はクダと別れ、急いで仕事へと向かった。
 料理長に遅れた事情を話す。

「大変だな、お前達も。アトラも苦労するだろうな……差し入れを持ってやっていければいいんだが」

「その気持ちだけでアトラは喜びますよ。それより限定メニュー、人気なようで嬉しいです」

「おう、毎日限定メニューだけ食べる奴が多いんだ、これが。この前なんて、貴族が来てたぜ。このまま行けば、貴族からも御呼びが掛かるかもな」

「じゃあ、今日は高級っぽい見た目の料理でも作ってみますか? 大分久しぶりだから、うろ覚えだけど」

「出来んのか!? よし、やってみてくれ」

 いつもの料理を終え、俺は帰る。
 しばらく、平穏な日々が続いた。
 それは第三妃の出産があり、儀式が行れるはずの日だった。
 国民に、正妃の懐妊と、正妃のお命を狙った罪での第二妃、第三妃、王子殿下と王女殿下を処刑するという布告が出た。
 アトルとアトラのお披露目もされた。
 さすがに俺は心配した。大体、第二妃の王子殿下のお命を狙った罪で罪を問われなかった第三妃が、なんで今度はいきなり処刑になるんだよ。王族だぞ、王族。それも、貴重な王子殿下。信じられない。ケントはどうしているだろうか。
 お披露目には呼ばれたが、俺は行かなかった。いつもどおり料理長の所に行って、料理をした。
 そして帰ると、家の前には、黒髪黒眼の綺麗な女がいて、俺を待っていた。

「ああ、ラグル! 会いたかったわ。私、貴方を捨てた事をずっと後悔していて……まさか、貴方がマゼラン様の弟子になっているなんて、鼻が高いわ。それで、マゼラン様の財宝はどこかしら?」

 ……本当に、他人事じゃないもんな。

「人違いです、俺はトモヤ。俺が捨てられたのとおんなじ時期に孤児院に赤ちゃんの死体がありましたけど、貴方が親だったんですか? お気の毒に」

「いいえ、マゼランの弟子の貴方が、私の息子なのよ。私にはわかる」

「だから、俺はトモヤですって。大体、孤児院出の餓鬼なんかにマゼラン様が財宝のありかを教えるわけがないでしょう」

「嘘よ! だって、アトラとアトルには回復呪文と補助呪文を教えたって。貴方も何か習っているんでしょう?」

「暗号の解き方なら教わりましたが」

「それよ! それはきっと部屋にあったマゼラン様の宝の地図を解読するためなのよ!」

「待って頂戴! それは私の子よ!」

 何人かの男女が現れる。
 俺の心が警鐘を鳴らす。
 まずい、部屋にあったってなんだ。長屋は危険だからと、常に貴重品を身につけていて本当に良かった。部屋を引き払わなければならない時が来たようだ。
 俺はじりじりと後ろに下がる。口の中でもごもごと呟く。

「――アースザゲート」

 一定の距離内で知っている場所に行く呪文だ。
 とりあえず、孤児院にでも行くか。

――命中率0。アースザゲートが外れました。

「はい?」

 門が現れ、開く。そこは儀式の場。血だらけのケント。赤子を抱くクダとブール―。
 ブール―が何事かと振りむく。そして俺と目があった。

「トモヤ、来てくれましたか……!! ケント、クダ、逃げますよ!」

「は?」

 ケント、クダ、ブール―が走る。闇武官が追ってきた。
 俺は慌てて三人を迎え入れ、扉を閉めて再度呪文を唱える。
 これはやばい。

「――アウェイザゲート」

 知らないどこか遠くへ移動する呪文を放つ。門が現れ、俺は三人を引っ張って見知らぬ森の中へと向かう。扉を閉めて、ようやく息をついた。
 クダがへたり込む。グルルルルル、と腹が鳴った。

「ほら、弁当。二つある」

 無言でクダが奪い取り、半分をがつがつと食べてケントに渡した。
 ブール―はケントの治療をする。

「何があった?」

「捨て子を拾いました」

「ブール―」

「捨て子を拾いました」

 俺はため息をついた。気持ちはわかる。俺達は捨てられる事に敏感だ。
 その上、王子殿下はケントの、王女殿下はブール―の主だ。俺は腕を組む。

「良くわかった。「親は関係ない」だな。俺もそういう風に扱うぞ」

「わかってる」

「トモヤ! ケント! お前ら、何言ってんだよ。このお方たちは……」

 クダが文句を言うが、俺はじっとケントを見た。

「でもトモヤ、お願いだ。この子たちに何か、贈り物をくれ。捨てられた俺達に、ケンドーを、数学を、回復呪文を、補助呪文をくれたように。この子達が得られるはずだった物に代わる何かを、与えてくれ、父さん!」

 ハッとブール―が俺を見る。え、父さんて何。

「ちょっと待てよ。俺は何も貰っていないぜ。どういう事だよ、トモヤ」

 俺は戸惑った。いきなり同い年に父と言われて戸惑わない人間はいないだろう。

「俺は何も与えるつもりはなかった」

「それでも、シスターは俺の母で、トモヤは俺の父だった。お願いだ父さん、この子達に贈り物を!」

「トモヤ、お前、俺には何もくれなくていいから殿下達には何かくれてやってくれよ」

 俺はため息をつく。深い深いため息をつく。

「俺が与えられるのは祝福じゃなく呪いだけだ。……五歳まで、パラメーター振りを禁ずる。ただし、この子達の面倒はちゃんと見ろよ。この子達が死ねば、俺が死ぬから」

「トモヤ!」

 ケントが、歓喜の声を上げる。

「とにかく、どこか町を探して乳と宿を手に入れよう。魔力を回復しないと」

「話はまとまったようですね。あちらの方に町の明かりが見えます。魔物が出ないとも限りません。行きましょう」

 町へと降りると、俺は宿を一部屋取った。
 ケントもブール―もクダも、旅装に有り金全部を持ってきていたので助かった。
 俺達は宿を取り、乳を買ってきて赤ん坊に与えながらこれからの話し合いをする。

「これからどうする?」

「ケントはケンドーの値をとにかく上げてくれ。魔物退治でそれくらいの金が稼げるだろう。ブール―は俺達の場所の秘匿と、何かこの町で仕事を。クダはこの子達の護衛と世話を。俺も何か仕事を探すよ」

「うえ、俺が王子の世話するのか? 俺力あるから、大怪我させそうで怖いな……」

「トモヤ、貴方ではろくに仕事を見つけられないでしょう。子供達の世話をよろしくお願いします」

「うーん、それもそうか……。お前ら、これだけ俺に手間掛けさせるんだから、絶対ドラゴン退治手伝えよ」

 ケントが、目をきょとんとさせた。

「ドラゴン退治って、なんだ?」

「俺の住んでた所、ドラゴンの巣になってるんだよ。そこに癒しのスクロールがあるから、それを使って美咲を治す。後、全部燃やす」

「待ってくれ、トモヤ。もしかして、攻撃呪文のスクロールもそこに……」

「ああ、十個位あるけど」

「早く言えよ! それがあれば……」

「まあ、報酬として渡してもいいか。他は全部燃やすがな」

 クダは盛大にため息をついた。

「これだよ。信じらんねー。やっぱりトモヤはトモヤだよな」

「魔王が現れたと聞いてもこっそり対策方法だけ用意しておいて、それを用意できない世界の人間を見下して、自分は何もせずに研究を秘匿して死んでいく。これを喜びとし、信念とするような人間に何かを期待してはいけません。クダ」

「まあまあ、トモヤは子供達に贈り物をくれただろ。これで、他の王族と同じように、パラメーター管理してやれる。精々立派な人間にしてやろうぜ」

「この子達は単なる捨て子だろ。王族としてなんて考えはやめろよ、ケント」

 ケントは優しい表情で子どもを抱くのみだ。
 新しい生活が始まる。アトルとアトラも、ここにいれば良かったのに。






[15221] 極振りっ!8話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/05 23:17



「こんな田舎にも手配書が来たか……。まあ、そろそろ旅に出ようと思っていた頃だし、潮時だな」

 俺は紙を机に投げ捨てて言う。
 トモヤを何としても生かして連れて来いという手配書。
 同行者の情報として、クダやケントの情報も載ってる。
 罪状は王子殿下と王女殿下を浚った事。
 これは、俺がマゼランだってばれたな。
 しかし、国民感情は比較的俺に同情的だ。
 ケントはお披露目も兼ねていたから王子の部下なのは周知の事実だったし、処刑の交付が先に行われていたからだ。
 俺もケント達も、もう二十歳になっていた。とうとう異世界に行く呪文を覚え、準備は万端だ。

「少しずつ旅立ちの準備は整えていましたし、明日出発しましょう。バーク様とアンティ様は誰が預かります?」

「何を言っている、余も行くぞ。大魔法使いマゼランの秘宝、魔導を志す者として見に行かぬはずがないだろう」

「妾もいく。まどーをこころじゃちゅものとして、みにゆかぬはずがにゃいだろう」

 王子王女は、どこからかちいちゃな荷物を出して来て行った。
 誰に似たのか、数えで四歳のこの子達は異様にしっかりしている。
 こいつらも前世の記憶を持っているんじゃないかと思うほどだ。

「あーあ、トモヤがしょっちゅう精神融合の術を使うから、王子王女殿下がすっかりトモヤそっくりにおなりになっちまったじゃねーか。バーク様もアンティ様も、こうなったらてこでも動かないぜ」

 そんな事もあったかもしれない。俺は顔を逸らした。

「褒めてねーよ!」

 クダがぺちんと俺を叩く。

「クダ、ブール―、トモヤは王子王女といてくれ。俺がドラゴンを倒すから」

 ケントはまだパラメーターを全部振れていない。ここら辺の魔物じゃもう弱過ぎて、パラメーターを上げる糧にはならないのだ。

「その刀、抜けるようになるといいな」

 俺が言うと、ケントは頷いて刀を撫でる。
 俺達が家族そろって宿を引き払うと、いつも王子王女に乳や甘いものを差し入れしてくれた女将さんがハラハラと涙をこぼした。

「そうか、行くのかい。本当に健気だよ、処刑命令が出されたのに、バーク様と共に魔王退治に行こうなんてねぇ……おっと、これは秘密だったね。大丈夫、おばちゃん、誰にも言わないからね」

 魔王退治ってなんですか、女将さん。
 まあ、ケントはこの後魔王退治に行くんだから嘘じゃないけど。
 ブール―の陰謀は王子王女がどこにいるかであって正体じゃないからなー。これは失敗したか。

「これ、おばちゃんの作ったお弁当だよ。食べておくれね」

 王子王女はお弁当を受け取り、口々に言った。

「女将。もう会う事もないだろう。それでも、女将の恵んでくれた乳の味は一生忘れぬぞ」

「わすれぬぞ!」

「ありがたき……幸せ……っ」

 おばちゃんは本格的に涙を流す。

「ケント様! あんた、ちゃんとバーク様とアンティ様をお守りするんだよ! 魔王さえ退治すれば、バーク様とアンティ様もきっとお許しいただけるはずさ!」

「いや、まだ刀も使いこなせないし、ドラゴン退治に行ってくるだけだって」

 俺が慌てて言うと、女将さんは大きく頷いた。

「なるほど、そこでカタナを覚醒させるんだね! 頑張るんだよ! あんた! バーク様がついにご出陣するよ、あんたもお見送りしな」

 いや、間違ってないけど、間違ってないけど……!

「なんだって! バーク様万歳! アンティ様万歳!」

 女将さんと宿屋の主人の声に引かれ、町の人々が集まってくる。

「バーク様が行くってよ」

「まだようやく四歳におなりになったんだぜ? それはあんまりにも厳しいんじゃないか」

「魔王は大分強力になった。こうしている間にも次々と人が死んでるんだ。バーク様はそれをお厭いになられたんだ」

「バーク様万歳! アンティ様万歳!」

 最後は、皆で称え出した。
 町の人々が走ってきて、次々に果物や旅に必要な物などを貢いでいく。
 馬まで与えられて、俺は冷や汗ものだったがブール―は涼しい顔で受け取った。

「ケントはこの後魔王退治に行くのですから、嘘ではありません」

「そうだけどさ……」

 馬に乗って町から出る時の俺の言葉に、俺の膝に乗っていた王子が言った。

「皆の好意は受け取っておけば良いのだ、トモヤ。ケントは命を掛けるのだからな」

「兄様はかけないの?」

「世界など知った事か。余は余の魔導を極める!」

「兄様かっこいい!」

 ふふふ、幼児というのも可愛いものじゃないか。

「あーあ、本気でトモヤとそっくりに……誰だよ、トモヤに世話を任せようって言った奴」

「私です、すみませんごめんなさい確かにありえませんでした」

 クダがいい、ブール―が平謝りした。
 ケントが苦笑をする。

「俺らはトモヤに世話されても、そんな事にならなかったんだけどな。やっぱり精神融合の魔術が大きいと思う」

「あれ、勉強を教えたり何かを言い聞かせたりするのにかなり楽なんだが。それに、クダやケント、ブール―も融合してたろ。お前達の影響もあると思うぜ?」

「うるせ―! どう見てもお前の影響だろ。トモヤはもうバーク様とアンティ様への精神融合禁止!」

 クダがいう。

「クダ、あまりトモヤを怒るな。トモヤはトモヤなりに頑張ったのだ」

「がんばったのだー」

「しかし、バーク様」

 クダは戸惑うが、王子は笑う。

「余は毎日が楽しいぞ。こんなに楽しいのは、自分の事しか考えないからであろ。余が人並みであったなら、処刑された母を想い、魔王に蹂躙される民を想って泣き暮らしていたであろうからな。けれど、今の余には全ては関係がないのだ。余は王子ではないのだから」

 いや、それはどうなんだ、王子。
 冷たい眼差しで皆が俺を見ている。俺は少し早めに馬を走らせた。
 自分でも驚く事に、俺は王子と王女が好きだった。
 王子王女は全くパラメーターを振っていないが、賢く可愛らしく育っていく。
 それだけならなんとなく腹が立って終わりだが、王子は俺の記憶を読んで魔術師ごっこをするようになったのだ。
 くっくっくと不気味に笑いながら鍋を掻きまわすさまはとても可愛かった。
 ああ、こいつらは俺の弟子なのだ。そう思った。
 例え俺の弟子と言えど、タダで研究結果はくれてやらん。俺の記憶から勝手に盗め。かつて俺は王子王女にそう言った。王子たちはそれを実践している。
 いずれ、王子王女も俺の技から何かを選んで極振りをするだろう。
 出来れば特殊呪文適正が良い。そうすれば、次の世代も極振りが出来る。そうして知識を伝えていくがいい。俺は優しい目で王子王女を見る。思えば、俺は子どもを作らなかった。次の世代に託すなど、俺より、いや、俺と同じくらい優れた人間が生まれるのが許せなかった。俺の父が俺を作り、パラメーター制御の術を使ってくれたのが不思議でならなかった。
 だが、どうせもうパラメーターのシステムは変わったのだから、俺より優れた人間はこの先現れないのだ。ならば王子よ、王女よ、俺の五分の一くらい優れた人間になるがいい。それならば許そう。

「何かトモヤに凄―く見下されている気がするぞ」

 王子が俺の袖をくいくいと引っ張る。
 ブール―が陰謀を俺に使って深い深いため息を吐いた。

「ブール―、しょっちゅう俺に陰謀を使うの、やめろよ」

「見張られてる自覚を持って下さい。貴方は世界一の魔術師なのだから」

 ブール―に逆に言われ、どんな理屈だと俺は頬を膨らませた。

「ここら辺で食事にしようぜ。こっから先は魔物が出没するからな」

 俺は王子を下し、弁当を引っ張り出した。
 まだ王子は食べるのが下手な為、俺が食べさせてやる。王女にはクダが食べさせた。

「あーん」

 可愛らしい黒髪に緑の瞳の王子は、小さな口を精一杯大きく開けた。
 もぐもぐと口を動かす様が愛らしい。
 王女は銀髪で、黒の瞳だ。これもまた可愛らしい。
 まず王子王女に食べさせて、それから俺達が食べる。
 女将さんの用意してくれた弁当はとても美味しかった。
 休憩を十分に取ると、先へ向かう。
 たまに魔物が現れたが、ケントの敵ではなかった。
 進んでいくと、遠くに洞窟が見える。その中央にドラゴンが居座っていた。
 俺はドラゴンをギリギリと睨む。獣ごときに。

「くそ、あれは俺の家なのに」

「でかいな……。よし、皆はここにいてくれ。クダ、バーク様とアンティ様を頼んだぞ」

 ケントが静かに忍び寄っていき、俺達はそれを見守った。









 中々構ってくれない親からミルクを獲得するために、大声を上げるようになった。
 面白がって小突いてくる親から逃げる為に、ハイハイを高スピードでするようになった。
 親から隠れる為に、かくれんぼがうまくなった。
 助けを求める為に、ますます声を大きくした。
 走って逃げられるよう、足の速さを上げた。
 反撃できるよう、腕力を上げた。
 孤児院に入ってからは、認められたくて美しさを上げた。
 強がる事に必死だった。ある日、俺の自信はトモヤに粉砕された。

「美形と礼儀作法を上げた奴は、貴族に売られるんだよ。そこで貴族に美貌を愛でられて過ごすんだ。俺は目的もあるし、誰かのものなんてパスだな」

 貴族に、売られる。初めは嘘だと思った。トモヤの事を、思い切り殴ってやった。でも真実だった。俺だって、誰かのものなんてやだ。一方的に蹂躙される、それが嫌だから俺は孤児院まで必死で逃げて来たんだ。そこで、俺は初めて将来の事を考えた。
 周りを見渡して見れば、ケントは武官になるのだとケンドーを頑張っていて、ブール―は武官になるのだと勉強を頑張っている。
 俺も何かに極振りしたかった。でも、その日その日を精一杯生きてきた俺は、今使える全てのパラメーターを使いつくしていた。
 俺は何に、何になれる? もう、貴族のものになるしかないのか? 絶望した時だった。

「クダももう少し礼儀作法を上げれば貴族に貰ってもらえるかもしれないのにな。あれじゃ兵士になるのが精いっぱいだ」

 兵士? 兵士にならなれるのか? ケントのような武官にはなれなくても、俺は、俺の道を歩いていけるのか?
 そして俺は、兵士としての道を選んだ。
 俺は王子を守る武官や文官に憧れていた。でも、絶対に自分には慣れないと思っていた。
 今、俺は王子を守っている。けれどもそれは、憧れよりもずっと泥臭い事だった。
 なんで貴族に売られて、綺麗な服で、美味しいものを食べてお上品に暮らしているはずの俺が、指名手配されて、竜に追われて、こんな山の中で子供を背負って泥だらけになってはいずりまわっているんだ?
 トモヤに会って、俺は全ての運命を狂わせた。
 だから言おう、トモヤ。
 ありがとう。

「クダっ……クダっ」

 王子が泣きそうな顔で言う。この、何よりも尊い存在。俺が忠誠を誓った相手。
 俺は王子を背負い、パラメーター、かくれんぼとハイハイを発動させながら地面を這っていた。足はとっくに駄目になっている。
 トモヤとブール―にアンティ様を守れるとは思っていない。あちらは諦めた方がいいだろう。おれの使命は、何としても王子を生かして返す事だ。

「お静かに、バーク様。貴方と初めて出会った時も、こうしてかくれんぼで逃げましたね。あの時も私は、貴方様を守りました。今度も、お守りしましょう」

 王子は、顔を思い切り歪めて、そしてぎゅっと俺の肩を握った。

「頼んだぞ、クダ!」

 不安も恐怖も全てを飲みこんで、王子は笑う。強い子になられた。こんな健気な所はトモヤにはないから、きっと俺に似たんだな。
 ああ、神様。誰でもいいから、王子だけは助けて下さい。その方法を、教えてください。

――祈りにパラメーターを振りますか?

 脳内に現れた表示に、俺はきょとんとした。残りのパラメーターを全振りする。

――祈り千。声の大きさ千。足の速さ千。腕力千。美貌千。均等振りボーナスにより、MPが0になります。全てのパラメーターにボーナスがつきます。

――祈りを使いますか?

 イエス。誰でもいい、助けてくれ!

――祈り千ポイント。声の大きさは半数の五百ポイントとして加算されます。ボーナスポイントとして優先順位が1上がります。

――よくできました。さあ、今からいう事を良く聞きなさい……。








 

 ケントが剣道を発動させ、発光する。
 ケントは真っ向から竜に向かい走っていった。剣を抜いて、滑るように竜の元へと。
 そして、一閃。
 警戒した竜の吐く炎を、一刀両断にする。
 俺達は簡単の声を上げた。
 ケントはなおも止まらない。ぶつかる、剣と爪。
 それを皮切りに始まる、激しい戦い。
 初めは安全な場所からそれをただ眺めていた。けれど、イレギュラーが起こった。
 洞窟の中から出てくる、ケントと戦う竜よりは小さいが、十分に大きな影。

「子竜!?」

 子竜は、ふんふんと匂いを嗅ぐと、まっすぐにこちらへと向かってきた。早い。

「散開しろ!」

 とっさにクダが王子を負ぶさり逃げた。
 子竜が口から炎を出す。足元に辺り、倒れるクダ。その体が消えていく。かくれんぼだ。
 クダを心配している暇はない。
 ブール―がアンティを抱き上げ、別方向へ向かう。
 俺も呪文を唱えながら逃げた。
 唱える呪文は、精神融合。
 これだけの近距離なら。
 子竜は首を傾げ、少し迷った後にブール―を追った。
 ブール―は足の速さにパラメーターを振っていない。追いつかれるのはすぐだった。
子竜に捕まる寸前、ブール―はアンティを投げる。

「トモヤ! トモヤ、パラメーター! こーげきじゅもんをつかうの! ブール―が、ブール―が!」

 アンティが悲鳴を上げる。パラメーターの束縛を解除しろ、自分が攻撃呪文を覚えてブール―を助ける。恐らくこう言いたいのだろう。

「こんなつまんない事で自分の未来を決めんな、我が弟子よ!」

 俺が何とかしてやる!
 精神融合で竜と一つになる。

『動くな!!』

『ママ、こいつマゼランだ!』

 一声鳴く竜。
 ケントと戦っていた竜が猛スピードで飛んでくる。事態悪化!
 ええい、あんな大きな竜との精神融合なんて絶対無理だろうけど、やってやる!

「ブール―、アンティを連れて逃げろ!」

「お前の相手は俺だ、竜め!」

 ケントが走ってくる。

『お前など、戯れで遊んでやっただけよ!』

 母竜がケントを尻尾で弾き飛ばす。

『マゼラン……お前はここで消す!』

『動くな動くな動くな!』

 俺は必死で念派を送る。くっ駄目だ。向こうの意志が強すぎる。
 その時、遠くから大声が聞こえた。

「トモヤーーーーーーーー! アースザゲートを使え! キュロス様がそうしろと!」

 アースザゲート!? とりあえず逃げろって事か!
 俺は口早に呪文を唱える。ケントが、また竜に斬りかかった。

「もっとだ! もっとパラメーターを振らせろ!」

 ケントの刀が発光して、ひとりでに鞘から抜かれる。

「ケント、カタナが!」

 ブール―が叫んだ。
 ケントは刀を抜き放ち、握りしめる。
 母竜が、またも尻尾を振った。

「二度もやられてたまるかぁぁぁぁぁ!」

 ケントが尻尾を両断する。これだけ時間を稼いでもらえれば十分!
 ブール―がクダの所へ走り寄る。王子王女が走ってきて俺の足にしがみついた。

「――アースザゲート」

 俺は呪文を唱えた。扉が、開かれる。俺達は即座に開けた扉の中へ駆け入った。
 最後にケントが竜を警戒しながら入っていく。
 俺は目を見開いた。そこにあったのは……。
 美しく花が散る絢爛な儀式場。
 並び立つ貴族達と神官。白武官と白文官、闇武官と闇文官、蒼武官と蒼文官、紅武官と紅文官、緑武官と緑文官。そして魔術師。
 二人の男女と、その前に立つ最高司祭様。取り押さえられ、立派な服を着たアトル。
 男は、この国で最も尊い方……陛下。

「この結婚に異議のある者は申しいでよ。……うん?」

 最高司祭様が言いかけて目を見開く。
 そして、はらはらと涙を流し、口を押さえている女は、金髪にそばかすの、この国ではとても醜い、俺にとっては目も眩むほど美しい……アトラ。
 誰が見たってわかる。陛下と結婚するのか。女としての一番の出世だ。良かったな、アトラ……。

「トモヤ……来てくれたんだね、やっぱり生きてて、助けに来てくれたんだね……。陛下、ごめんなさい。私はトモヤと……」

 さて、バークは賢い子供である。こんな時、どうすればいいか。バークは心得ていた。
 バークは、叫んでアトラの元へ向かう。

「ママ―!!」

「会いたかったわ! ママよ、愛しい息子!」

 どよめく会場。
 うぇぇぇぇぇ!?

「トモヤ! いや、マゼラン様! ようやく再開することが出来ましたね。皆のもの、マゼラン様をお連れしろ!」

 そこで竜のつんざくような鳴き声。
 武官達が驚いて体を固まらせたその隙に、アトルがこちらへと駆けてくる。

「トモヤ! 行くよ!」

 アトルが、アトラが俺を引っ張る。でもどこへ?
 外に竜、中に兵士。事態悪化してるじゃねーか!

「――パラドルグ! ――パラドルグ! ――パラドルグ! ――パラドルグ!」

「――ラグルピース」

 クダの傷がいえ、ケントとクダ、俺とブールーが強化される。

「すり抜けるわよ!」

 そしてアトラは竜の待つ扉に思い切り突っ込んだ!

「うわっ無茶するなアトラ!」

 ケントが刀を振るって竜を弾き飛ばす。
 俺達は扉をくぐりぬけ、走って洞窟の方へと向かった。
 後ろでは武官達が竜と応戦している。

「このまま洞窟まで行って火を放つ!」

 俺が叫ぶと、クダが殴ってきた。

「お前な、そんな事言ってる場合か! 色々と諦めろ!」

「諦めきれるか、俺の一生を掛けて研究したものだぞ。誰にも渡してたまるか! そうさ、この命にかけても!」

「んなもんに命を賭けるな、ミサキを助けるんじゃなかったのか!? ほら、竜が追ってきたぞ! どうする、トモヤ」

「アトルが来た時点で決まり切ってる」

 俺は呪文を唱えながら洞窟へと駆け入る。確か、入口の近くの窪みに……あった! 緊急脱出用袋! そして、唱える呪文は……。の前に火を……。

「さっさと呪文を唱えやがれ!」

 クダが、俺を殴る。仕方なく俺は唱えた。

「――ゲートザゲート」

 俺は確信していた。呪文を使った際、三度とも最適な場所へと道を開いた。
 これには必ず作為的なものがある。必ず、美咲の元へと道は開くはずだ。
 その瞬間、俺は白い空間の中にいた。

「キュロス……様」

「良くやりました、智也さん。彼らは竜を破るでしょう。そして勇者一行をも退けた竜を倒す事で、数の力を知るでしょう。そして最後に彼らは、マゼランの秘宝を手に入れる! パーフェクトですよ、智也さん」

 俺は眉を顰めた。

「全て貴方が企んでいたのですか、キュロス様」

 キュロスは、にこにこと笑った。

「とんでもない。全てはダーツの結果ですよ。命中率0の移動呪文はね、私達の目隠しダーツの結果で行き先が変わるのですよ」

「……いちいち移動呪文が使われるたびにそんな事をするんですか?」

「だって、どうせ貴方達の一族しか使えなかったじゃないですか。特殊呪文適正は貴方の一族が作った特殊な呪文の為に作ったパラメーターなのですよ。これから忙しくなりそうですが。特殊呪文が一般に開放された事でね」

「あれは俺の研究だ!」

 キュロスは笑って指を振る。

「言ったでしょう? 美咲さんを助けるにはもう一度命を捧げるか、異邦人としてこの世をさまよう必要があると。貴方は研究という命を捧げたのです。尊い事です。きっと陛下もこの結果にお喜びになるでしょう。心配ありません、私はダーツの名手です。目隠しをしようとも、必ず美咲さんの元へと……」

 キュロスが笑って続けた時、長い着物をずるずると引きずって小さな子供が駆けて来た。顔はベールで見る事は出来ない。
 その後ろから、子どもと同じ服装の大人が歩いてくる。

「キュロスー!」

 キュロスは振りむいて驚いて傅いた。

「陛下! 殿下! 何故このような所に……」

「特等席で結果を見に来た! 凄いぞ! アトラの補助呪文の効果で、大きな大きな扉が開く事になったぞ! 竜も軍も楽々すり抜けられるな! さあ、その扉をどこに開く!? 余の前で、ダーツを放ってくれ! 期待しているぞ!」

 子どもがキュロスに抱きついて、興奮して叫び通しだ。
 その後ろから大人が子供の頭を撫でてキュロスに言った。

「わしも楽しみだ。このような結果になるとは、夢にも思わなかったぞ。さあ次は、どうなる? どうなる? キュロス、お前を異世界担当官に任命する。余に面白いものを見せて見せよ、さあ、ダーツを投げるのだ」

「りゅ、竜も軍も通れる大きな扉? 異世界担当官ですか? それはさすがに……」

 キュロスが、汗をかいた。

「期待しているぞ! キュロス」

「余も期待している、キュロス」

 二人のキラキラした眼差しがキュロスに突き刺さり、ダーツの的らしき地球儀が現れる。

「お、お任せ下さい、陛下、殿下!」

 キュロスは、目隠しをしてダーツを握った。

「おい待て、美咲の元へ送ってくれるんじゃなかったのか!? なんだよ面白いものを見せよって!」

 俺は敬語も忘れ、叫んだ。

「所詮ダーツですから、どこに当たるかは運次第です。幸運を、智也さん」

「運次第とか絶対嘘だろう! てめーキュロス様覚えてろよ! 全部お前らの余興だったんだな!」

 白い空間から俺は落とされ、扉がゆっくりと開く。
 俺は、そこにあるものを見て体を一つ震わせた。
 幸運なのか不幸なのか。
 ともかく、俺は大声を張り上げた。



[15221] 極振りっ!9話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/09 08:29

[プリーズ、ヘルプミープリーズ! シュートザットドラゴン! シュートザットドラゴンプリーズ! お願いだ、助けてくれ、あのドラゴンを撃ってくれ!]

「な、何を言ってるんだトモヤ?」

 クダが戸惑い、ケントが叫んだ。

「竜が来るぞ!」

「皆、伏せろ!」

 俺は彼らを信じてそこに伏せた。
 彼ら……。合同演習をしていたらしき、自衛隊と米兵達を。


『なんだ、あの扉は!?』

『エイリアンか!?』

『化け物が子どもを襲っているぞ!』

『上官、応戦を』

『全員、実弾に変えろ、応戦する!』

『『『『『了解!』』』』』

 英語で米兵達が交わし合う。意味はなんとなく聞き取れた。

[上官、私達も応戦を!]

[今、許可を取るが時間が掛かる! お前達はまずあの人々を保護しろ!]

[[[[[了解!]]]]]

 どうやら、自衛官が助けに来てくれるようだ。
 米兵達が銃を構え、太鼓を連続で叩くような音が響く。
 撃たれた竜が火を軍人たちに向けて吹いた。
 伏せていたケントが立ち上がり、パラメーターを使って斬り上げる。
 竜が仰け反り、炎が外れる。

「あいつら、なんて言ってるんだ!?」

「俺達を助けようって!」

「なんですか、あの馬の無い大きな乗り物は!」

 ごつい印象を持つ車が何台か走ってくる。
 俺はしっかりと王子と王女を抱き上げた。
 そこで武官達が追いつき、扉を見て呆然とした。
 そこで目ざとい武官が見つける。

「見ろ! 書物だ! マジックポーションもある」

「まさか、これがマゼランの財宝!? とりあえず、これらを全部持って帰るぞ。扉の事は後だ!」

「待て! それは俺の……もご」

「諦めろ! まずは逃げるのが先だろーが。お前しか言葉わかんねーんだからしっかり通訳しろよ。ほら、来たぞ」

「扉を閉めてしまいましょう。花嫁誘拐はさすがに即処刑です」

 クダが俺の襟元を引っ張る。ブール―が扉を閉めているあいだに、車がブレーキ音を響かせて俺達の目の前に止まった。

[俺達を乗っけてくれ、後ろの武官達は別口だ、乗せなくていい]

[わかった、早く乗りなさい。君と子供達とそこの綺麗な銀髪の子はこっちに。残りはもう一つの車に]

「なんて言っているのです?」

「早く乗れって。バーク様とアンティ様とクダと俺はこっち。後はそっちだ」

「わかりました。バーク様とアンティ様を頼みます。ケント! こちらへ」

 俺達が車に乗り込むと、竜が車を狙って炎を吐こうとしてきた。

『こっちだ、お嬢ちゃん!』

 米兵が叫ぶ。あれはバズーカ?
 続く轟音。
 腕をもがれた竜は一声鳴いて、空へと消えた。

[取り逃がしたな……]

「逃げたか。腕が落ちてるな。竜のスープはうまいんだよな……」

「あれって知恵あるんだろ? なんで食べるって発想が出るんだよ、気持ち悪い」

「獣よりちょっと賢い程度だよ。旅の最中では食べ物でえり好み出来なかったし」

[何を話しているんですか? 君達は、一体……]

 話しかけてくる自衛隊の人に、俺は答えた。

[別に、竜のスープは格別にうまいって言ったら知恵あるものを食べるなよって。別に共食いしてるわけじゃないし、知恵って言っても獣より少し賢い程度なんですが。ああ、俺の名は鈴丘智也。夢追市の流星病院に入院している鈴丘美咲に会いに来ました。入国手続きをお願いします。俺は就労、こいつらは一時滞在で。空港じゃないけど、しょうがないですよね?]

[鈴丘智也……日本人みたいな名前ですね。同じ名字のようですが、ご家族がこちらに?]

[似たようなものです。用がすんだら観光をしてこいつらを返して、俺はこちらに住もうと思っています。入管に行った後は、質屋に行きたいんですがいいでしょうか? それと、ドラゴンの事すみません。追われていて、どうしようもなくて]

 本当はこっそりと溶け込みたかったが、もうしょうがない。
 俺は開き直る事にした。

[もしかして、旅券もありますか? もしくは身分証明出来るような物は]

[帝国には旅券みたいなものは存在しませんし、特に何も……]

[あるぞ! 余の王族の紋章のついた……もごもご]

 バーク様が腕に巻いたスカーフを取ると、そこに不思議に輝く腕輪が現れる。

「黙れバーク様! 貴方はもう王族じゃないでしょう」

 日本語!? 精神融合で覚えたか! 俺は王子の腕に巻いてあるスカーフを急いでつけなおした。

[お……王族の方ですか?]

[子供だから妙な事を言うんですよ]

 自衛官は疑わしげな眼で俺を見た。
 しかし、異世界移動呪文を使えるのは俺だけだから、向こうに問い合わせる事は出来まい。

[とにかく、俺は美咲に会いたいだけなんです。入国が許されないようなら、美咲に会ったらすぐに帰ります。時間が無いんです。美咲の奴、大怪我してて……]

[上に伝えてみよう。ところで竜のスープってどんな味なのか聞いていいですか?]

[いいですよ。それはもうコクがあってまろやかで、肉と骨を煮込めばそれで一つの料理になるんです。魔王退治の旅の最中で、調味料が用意できなかったのが残念ですね。あれを普通に料理出来ていたらどんな美味しい料理が食べられるのか……。焼くとちょっと味が濃すぎるんですよ。だから少ない水で煮込んで……]

 自衛隊のテントへと向かうと、すぐにブール―とケント、アトルとアトラが来た。
 アトラが、抱きついてくる。

「トモヤ! 会いたかった、会いたかった、会いたかった! 四年間、ずっとトモヤの事を考えていたよ。トモヤが助けに来てくれて、あたし、嬉しい……。トモヤ、もう離れない」

 アトラのささやかだった胸が人並みに大きくなっている事に、感触で気づく。

「ア、 アトラ……」

 これはプロポーズなのだろうか? 俺の補助呪文を引き継いだアトラ。
 ずっと俺なんかを慕ってくれたアトラ。けれど俺はトモヤとして、一人で生きていくと決めた。巻き込みたくなんかない。

「アトラ……」

 口を開いた時、こほんと自衛官の一人が咳払いをした。

「今、入管の人が来るから。美咲さんについても探してもらっています。それまでの間、色々質問していいでしょうか?」

 そこで、米兵の一人が自衛官の腕を引いた。

『おい、金本。こんな大事件、日本だけで処理しようって言うんじゃないだろうな。なんでさっさとこいつらの荷物検査をしない?』

『彼らは我が国を訪ねて来たのだから、入管はこちらの処理になります』

『そりゃないだろ。ぜひアメリカにもご招待するよう話が来てる。それとドラゴンについてなんだが、倒したのは俺達なんだからサンプルは俺達が貰うぞ』

 そこで、俺達を送ってくれた自衛官が口をはさんだ。

『あ、ちょっと肉を分けて貰っていいですか? 竜のスープは格別にうまいって聞いたもので、ちょっとだけ味見を……』

『食うのかよ!』

 米兵が急に自衛官を小突いた。

『知恵あるものってのはちょっと抵抗がありますが、スープが絶品らしいんです。コクがあってまろやかで少ない水で煮込むだけで料理になるとか』

『…………』

『よだれを垂らすな!』

 自衛官の一人が涎をたらし、米兵がその自衛官も小突く。

「な、何やってるんだ?」

 ケントが呆然と呟く。サンプルとかドラゴンとかイートとかいう単語は俺にも聞き取れたので説明した。

「多分、ドラゴンの肉の取り合い。研究用に取っておくか食べるかで悩んでるんだと思う。こっちではドラゴンはちょっと貴重だから」

「ああ、少し採取してあるぞ。魔物の肉は美味いのが多いから」

 ケントがカバンから各種魔物の肉を取り出す。

「命のやり取りしているときにそんな事をしていたのですか」

「ブール―だって、俺のお土産を楽しみにしてたくせに。まあいいか。腹も減ったし、食事にしようぜ。それで俺達が食事に誘えば、問題なく食えるんだろ?」

「わかった」

[俺達、これから外で食事を作ろうと思うのですが、一緒に食べませんか?]

[え、わけてくれるんですか!?]

[こら、お客人に食事をねだるな。……いいんですか?]

 俺達は外に出て、まず火を起こす。炎砂を小さな臼でゴリゴリとやって、白く光り始めたら土の上に撒く。炎が燃えて、おお、と周囲から声が漏れた。鍋を火にかけ、水袋から水を入れる。小さなまな板の上で竜肉を細かく切り、鍋に入れた。

「食料は手に入るんだよな?」

「入る入る」

 俺の言葉を聞き、ケントは全部のパンを薄く切った。アトラが雑穀を炒め、別の鍋に入れておかゆを作る。アトルが魔物の肉を炙った。

[お皿持ってきてー]

[わ、わかった]

 用意されたお皿に盛っていく。

[出来ればそっちの食事も分けて欲しいんですが。俺は自衛隊の食事って食べた事無いし、こいつら本物の日本料理食べた事無いんで。後、こっちの肉は全部魔王が生み出した、魔物って言うゲームに出てくるモンスターみたいなのなんで、一応言っておきますね]

[任せろ、美味しいカレーを御馳走してやる! 子供にはお菓子だな、少しあるから待ってろ]

俺達にカレーが配られ、お皿にはパンや魔物の肉、果物が並べられる。
 鍋にはお粥や竜のスープが入っており、各々がお椀を持った。

「頂きます、んー。やっぱり竜のスープは美味しいな。それに久々のカレー……格別だ。こっちの缶詰は何かな」

「一人で楽しむなよ、トモヤ。この金属の塊はどうやって食べるんだ?」

『あああ、サンプルが……もったいない……』

『まあまあ、もともとこの人達のものじゃないか』

[美味いっす! 美味いっす!]

[こら、一人でいっぱい食べるな!]

「はぅぅー。これ、凄く甘いな! 余は満足だ!」

「まんぞくだ」

「こぼしてますよ、バーク様」

 わいわいと食事を楽しむ。いつの間にか入管の人や外務大臣も混じっていたのにはびっくりした。
 食べ終わった後、入管の人が書類を用意する。

[いやー、美味しかった。ごちそうさまでした。とりあえず、日本政府からの招待という事にしたのでこの書類をなくさないようにして下さい。後、危険なものがないか荷物検査を行いますね]

[刀がありますが、神様から頂いたものなので手放すわけにはいきません。どうせしばらく監視はつけるんでしょう? なんとかなりませんか]

[神様から頂いたもの……ですか、宗教は困りましたね。しかし規約に外れるわけには……]

[許可しましょう。私が責任を持ちます]

 外務大臣が横から口を出す。俺は安堵のため息をついた。

[他に爆発物、麻薬等は持っていませんか?]

[痛め止めがあるんですが、まずいでしょうか。後は燃える砂の炎砂があります]

[では、そちらは国を出るまでこちらでお預かりします]

[お願いします]

 スムーズに税関がすみ、就労ビザが取れてしまう。
 こんなに簡単でいいのだろうか。
 その後、外務大臣と握手している所を写真に取られて、俺は解放された。
 と言っても、監視されている事に代わりはない。
 その後、ホテルのスイートルームに招待、もとい監禁された。
 美咲の事は、すぐに調べるから待ってくれと言われた。
 まだ、美咲が事故にあってから二日だ。期限は七日。まだ時間はある。

「トイレはこう使うんだよ。わかったか?」

「う、うん。お風呂が使い方難しそうだね。使えるかな……」

 アトラが心配そうに言う。

「大丈夫だろう。温度調節は俺がしたし。バーク様達は俺が風呂に入れるから。クダ、手伝えよ。」

「おう、わかった」

 順番にお風呂に入る。泡風呂を楽しめる事が出来、王子王女は大喜びだった。
 クダも、こっそりはしゃいでいる。
 その後、ニュースを見た。最初は皆びっくりしていたが、すぐに慣れてテレビの前に集まる。
 やはり、俺達の事はニュースになっていた。ドラゴンが大写しになっていて、防衛大臣が演説していた。

[大丈夫です! こんな事もあろうかと、自衛隊は宇宙怪獣が現れた際の緊急プランを用意してあります。いや、役だって本当に良かった。現在も衛星から常に位置を見張っており、近隣住民には避難勧告を出しています。米軍との協力関係も確立されており、十日以内には倒す事ができるでしょう]

 緊急プランあるのかよ。

[大臣はこのような事を言っていますが、ドラゴンは貴重な動物であり、保護すべきではないかという意見も出ています。現地人曰く、魔王が生み出した魔物。その実態とは。実際に竜を目撃した自衛官に話を聞いてみましょう]

[銃は全然通じないし、火を吐くしで大変でした。M202ロケットランチャーでようやく腕をちぎる事が出来て。しかし、魔物の肉はうまかった……。噛むと肉汁がじゅうっと染み出て、焼いただけで何もつけてないのに美味いんです。あれは、地球上じゃありえない味ですね。竜のスープがまた、格別にうまい。信じられますか? 水で煮ただけで、立派な料理になるんですよ。コクがあって、美味しいなんてもんじゃない。言葉にできないね、あれは。あんな美味しいものを食べられるなんて、自衛官になって本当に良かった。それとお粥がね。これまたうまい。いろんな味をブレンドしていて……]

 クダが、心配そうにテレビを見る。

「ドラゴンの事、怒ってるか?」

「大丈夫じゃないか? なんか竜肉美味いが大半を占めてるし」

 クダに答え、俺はテレビに注意を戻す。

[ほうほう、それで、倒した竜はどうするのですか?]

[サンプルを取って解剖した後、そのまま腐らせるのも勿体ないので、料理して希望者だけで食べますよ。いやー、最適な料理法を見つけてやるって佐々木の奴、張り切ってましてねー。陸海空そろい踏みどころか、一般の知り合いのコックにも声掛けて、腐らないうちに一斉に料理するって。解剖するって言ってもあの巨体ですし、食べるのは肉ですからね。倒した即日から肉が食べられる予定です]

[竜には知恵がある、との噂も聞いていますが]

[獣より少し上の程度と聞いていますが。ただ、魔王の生み出した生き物とかで、和解はほぼ不可能だそうです]

[そもそも魔王とはなんですか?]

[ゲームのような、と言っていました。詳しくはわかりません]

[そんなに、竜のスープ、美味しかったんですか?]

[いままで食べた中で一番美味しかったです]

[以上、基地からお送りしました]

[いやー、聞いているだけで涎が出てきましたが、どうなんですかね、人道的問題は]

[食文化はそれぞれの国で違いますから、竜を食べる国があっても問題ないと思います。竜肉は全部自衛隊が食べるんですか? それはちょっと国民感情を考えていないのでは。速報が入りました。竜が民家に近づいたため、航空自衛隊が急遽出撃したそうです。無事郊外に撃ち落としたようですね]

「クダ、竜が倒されたって。被害も出なかったようだし、これで安心だな」

 俺はノックの音を聞き、テレビを消した。

[失礼します。所持品を売りたいとの事で、やってきました]

[ああ、入ってくれ]

「誰ですか?」

「ああ、質屋を呼んだんだ。この国のお金を手に入れないとな」

 大きなトランクを持った数人の人間が現れる。あれ、外国人も混じってる。

[貴方達の所持品は全て日米政府が共同で買い取らせてもらいます]

[いや、さすがに全部は売らないから。観光する分だけあればいいんだし]

 俺は持っている全ての硬貨や果物、雑穀、着替え、アクセサリーを渡す。

「あたしも出すよ、トモヤ」

 アトラが、身に着けていた装飾品を渡した。

「いいのか? アトラ」

「いいの。私が一緒になりたいのは陛下じゃないから」

[出来たら炎を出す砂のような不思議な品を頂きたいのですが]

[あー、ライトの代わりになる石だったらあるぜ。俺の分はこれな]

[おお、これは珍しい]

「トモヤ、こっちからは何か買えないのか?」

[早速貰ったお金を使って買い物に行きたいんだが、駄目か? このままじゃ目立ち過ぎだ]

[そう言われると思いまして、色々取り揃えてきましたよ] 

 男がトランクを開けると色んな服が出てきて、アトラとクダが歓声を上げた。
 しっかり子供服やパジャマも入っていたので、それを買い取る。
 他のトランクにはお菓子や携帯食料がたっぷりと入っていた。これは助かる。
 俺達は買い物を楽しんだ後、ぐっすりと眠った。






「鈴丘美咲の居場所が突き止められました。交通事故で入院していて、虫の息です」

 ほの暗い部屋、男が美しい女の子の写真をテーブルに置いて言う。

「鈴丘美咲には双子の兄がいて、鈴丘智也と言います。扉を通って現れた男と同じ名前です。そして、その男は美咲の病室で不審視しています。膝立ちに両手を掲げた状態で死後硬直している所を看護婦が見つけました。また、美咲の周囲には魔法陣らしき焦げ跡があったそうです。二人の間に、何らかの関係があるとみて間違いありません」

「鈴丘美咲は、智也はどんな人物だ」

「二人は対照的と言っていいでしょう。片やなんでもできる人気者、片や努力家で知られている割に成績が悪く友人も持たない人間。美咲を憎んでいたと見られる言動も確認されております。ただ、美咲が事故にあったのは智也を庇う為、智也が事故にあいかけたのは子供を救う為でした。両者とも優しさは持っているようです」

「そうか……美咲はどんな状態だ」

「いつ命を落とすかわからない状態です」

「絶対に死なせるな。どんな手を使ってもだ。明後日には美咲と会わせる。両親から出来るだけ情報を絞り取れ。それと、一行に王子が混じっているというのは本当か」

「兄妹二人だけ、名前が長いのです。情報の信頼性は高いと思います」

「二人の情報も出来るだけ集めろ。いいな」

「は」

 男は、書類を持って部屋を出ていった。



[15221] 極振りっ!10話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/08 06:52



 朝、起きてニュースを見ると料理大会が始まっていた。お椀やカメラを持った近隣住民が現地に押し掛けて、自衛隊から竜肉を貰っている。
 自衛官も心得たもので、出店を出してしっかりお金を取っていた。
 美味しい美味しいと言って喜んでいる姿が映る。
 それに、世界各国から学者と料理人とドラゴン愛好家が集まってくるという。
 チャンネルを変えると、学術的価値についてどうこうと話している学者がいた。
 俺達の事は全く話題に……おっと。

[しかし、竜肉を持ってきてくれた現地人とはどんな人なのでしょうか。エイリアン? パラレルワールドの住人? 他にも雑穀や果物、他の魔物の肉などが美味しかったという情報があり、僅か一日ながら、国交に期待が高まっています]

 ドアがノックされ、俺は振りむいた。

[入ってくれ]

[おはようございます。美咲さんが見つかりました。明日、会う事が出来るよう手配をしておきました。観光もしたいという事で、勝手ながらこちらでスケジュールを組ませていただきました。ご確認ください]

 俺はスケジュールに目を通す。何故かアメリカ観光も予定に入っている。
 偉い人との会談が目白押しで、俺はめまいがした。

[俺達は美咲に会いに来ただけの、個人の旅行者なんだ。国交とか、そういうのを期待されても困るぞ]

[それですが、美咲さんは妹さんですか? 貴方は死んだ鈴丘智也さんなのですか?]

 死んだ、と言われ俺は改めて衝撃を受けた。やっぱり、死体が残ってたんだな……。

[……そうであって、そうではない。なぁ、俺は会談とか国交の為の協力とか全然する気はないんだよ。俺は美咲に会いたいだけなんだ]

[美咲さんに会ってどうするのですか?]

[会って異世界の治療法を試す、それだけだ]

[そうですか……。そう言えば、そちらの男の子は王子だという話を聞きましたが]

 あ、やばい。

[うむ、もう王子ではないのだ。政争で敗れ、今は逃亡のむ―]

「なんかやばい事を言っているのはわかるぞ、バーク様」

 クダがバーク様の口を塞ぐ。

[……亡命の件でも話を聞いてみます。その辺の事情も詳しく聞かせて下さい]

[関係ないだろ。扉は俺しか開けない。この世界ではMP回復が出来なくて魔術師には良くないから、亡命する気もない。魔王も倒さないとならないしな。バーク様達は帰るし、キストラン帝国の奴らが日本に迷惑を賭ける事はない]

[扉は、貴方しか開けない……。とにかく、朝食は外交官とアメリカ合衆国大使、農水副大臣と一緒に食べて頂く事になってます。そう硬くならないでください。あくまでも個人として来ているという事はわかりました。お三方とも楽しい方ですから、会話を楽しんで頂けたら幸いです。朝食は八時からです]

 俺はクダ達を呼んで、朝食に向かった。
 





 朝食には竜肉の野菜スープが出ていた。

[ごきげんよう、バークレイ王子殿下。アンティセルト王女殿下、ごきげんよう、智也さん、クダさん、ブール―さん、アトルさん、アトラさん]

 外交官たちは、まず王子王女に礼をしてから俺達に挨拶をした。互いの自己紹介が終わり、席に着く。
 俺はまず竜肉のスープを飲んだ。美味しい。

[素晴らしい味ですね、竜肉のスープは! 竜は貴方の国では多いのですか?]

[それほど多くはないな。魔王領の所にはいっぱいいると思うけど]

[魔王領とはどんな存在なのですか?]

[ゲームの魔王と同じだよ、破壊の限りを尽くす]

[ほほぅ。現地の人と敵対しているわけですね]

[アトラさん、服が良く似合っておいでです。それにあうアクセサリーを用意したのですが、受け取って頂けますか]

「アトラ、服が似合ってるって。後プレゼントくれるってよ」

 アトラは笑顔になって礼を言う。

[クダさん、貴方は本当に美しい。美神のようです]

「褒められているのはわかるぜ、サンキュな」

 外交官は全員に等しく話しかけてくる。農水副大臣は食事についてと農法について根掘り葉掘り聞いてくる。俺はすぐに通訳と会話で手いっぱいになった。

[王子殿下は政争で敗れたと聞きましたが、どのような事が起こったのですか?]

[うむ、余の母上は第二妃なのだが、身分が低くてな。第三妃がちょうど身ごもり、第三妃は余の命を奪おうとした。そこを、ケントとクダに助けられたのだ。しかし、その後正妃が身ごもり、正妃暗殺の嫌疑を掛けられてな。複雑な陰謀の兼ね合いでわが母と第三妃は処刑され、余とアンティも殺される所をそこのトモヤに助けられたのだ。トモヤは世界一優秀な魔法使いなのだ。特殊呪文に限定されるがな]

[それはそれは。では、バーク様はもしかして……]

[第一王子だ。まあ、処刑しようとされるのも仕方あるまい。侍女上がりの第二妃がまさか国を継ぐわけにもいかぬからな]

[魔法使いという事は、何か魔法を使えるのですか?]

[色々できるぞ。移動の術、精神融合、神々の加護であるパラメーターを操る術を操る事が出来るのだ]

[パラメーター?]

[この国にはないのだったな、例えば料理にパラメーターを振ると格段に料理がうまくなり、美味しいご飯が作れるようになる。ケントはケンドーにパラメーターを振っていてな。竜にダメージを与えていたろう?]

[話は聞いています。神々から直接のご加護を得られるとは……にわかには信じられません。羨ましい話ですな]

[その代り、パラメーターが無いと何もできん。余は精神融合を使ったからか、パラメーターを使わずともこうして賢くいられるが、トモヤは努力しても努力しても何一つ報われなかったそうだ。パラメーターを魔術に振っていたから]

[ようするに、才能を自分で決められるという話ですな。どの程度与えられるのですか?]

[生まれてから二十年間の間に一万ポイント配られる。ただし、赤ちゃんの時に言葉習得やハイハイに使ってしまう者が多くてな、トモヤのパラメーター制御の術を使わないと何かを極めるのは不可能だ]

[いちまんぽいんとでつかえるじゅつ、おおいもんねー]

[振り直しが出来るのですか?]

[神であろうと、それは無理だろう。トモヤが出来るのは五歳までパラメーター振りを禁ずる事だけだ]

[扉を扱う術は?]

[異世界間は一万ポイントだ。それゆえ、今までもこれからも異世界移動を出来るのはトモヤ一人だけであろ。余も魔術師になりたいのだが、魔術にも色々あってな。どれに振るか悩みどころだ。何しろ、振り直しが出来ないのだからな。いっそ全てに均等振りするのもいいかと思ってる。振り方によってはボーナスも入るしな]

[政権を取り戻すおつもりはないのですか?]

[四歳に何を言っておる。大体、王子になれば賢さや政治や礼儀作法や陰謀にパラメーターを振らねばならないだろう。それが余は辛いのだ]

[パラメーターに頼らずとも、勉強すればいいではないですか]

[パラメーターを持つ者に無きものが勝つ事は出来ない。特に我らの世界の人間は、こちらの世界の人間が持つ才が無い]

[なるほど……。神と会話する事は出来るのですか?]

[クダが祈りのパラメーターを持っているから、クダが神と話す事は出来るぞ。神の気が向けばの話だがな]

[なるほど……キーは智也さんと王子殿下、クダさんというわけですね]

「トモヤ、部屋に帰ったら逃げましょう。アースザゲートは使えますか?」

「急にどうした、ブール―」

 ブール―に話しかけられ、農水省副大臣に押され危うく協力を申し出かねなかった俺は注意をブール―に向ける。

「襲撃を考えられています。保護下で安全が得られないなら逃げた方がいい。私達の観光は考えなくていいですから」

[わかった]

[え、襲われるのか?]

 王子―――――! 日本語で言っちゃ駄目だ!

[誰が襲うのですか?]

[ブール―は陰謀が使えるから、余はいかなる企みにも掛からぬのだ。ブール―に見えぬ隠し事など無い]

 王子が胸を張る。

[なんですって! それは素晴らしい能力だ]

[リチャードさん? どういう事ですか?]

[わ、私は何も知らないぞ。そちらの思い違いだろう]

[殿下、ご安心ください。日本は万全の警備態勢で臨みます]

[うむっそなた達はお菓子をいっぱいくれるから、余はもう少しここに滞在したいぞ]

 お菓子に釣られて、わかっててリークしたな、王子。
 これは気を引き締めて置かないと……。

[そうだ、智也さんの移動の術、見せて頂いてもいいですか?]

[MPがここじゃあ回復されないからな……。あれ、少し回復している。そうか、竜肉か。うーん……一回、位なら……ただ、俺は特殊呪文適正にパラメーターを全振りしていて、命中率は0だぞ。出る場所は完全ランダムになる。魔王の真ん前の可能性だってある。それでもいいなら、扉を開くけど]

[自衛隊の護衛を用意させます。今日の午後にしましょう。それと、現地人に会えた時の為に何が喜ばれるか教えてもらえますか?]

 問われて、俺は考えた。

[宝石や金は向こうでも喜ばれてる。工芸品の類は向こうの匠はパラメーター使ってて凄いから、原料の方が喜ばれるんじゃないかな。後、こっちの食べ物とか]

[わかりました。午後までに用意しておきます]

 それから、護衛を増やした後、食堂を貸し切りにして色々な事を聞かれた。
 おやつや昼食ももちろん出される。
 皆、話が上手くて、中々飽きない。やはり中でも魔物やパラメーター制度に興味を持ったようだった。それが一番の違いだもんな。

[ほほう、全パラメーターが一万で三千でプロフェッショナルですか。となると智也さんは全振りしているから、その道のスペシャリストというわけですな]

 俺は若干胸を張った。

[事実上世界一だ。けど、あんまりパラメーターの事を根ほり葉ほり聞くのはマナー違反だぞ。皆細かいパラメーターの値は隠したがるからな。その人を超えたければ教えられたポイントより一上昇させればいいだけだから]

[なるほど。クダさんはやはり美貌に?]

[そうだ。クダは上の下ってとこか]

[凄いですね。これよりも上がいるとは。しかし、勿体なくないですか? せっかくのパラメーターを美貌に振ってしまうのは]

[小さい頃にも容赦なくパラメーターは振られるからな。考えてみてくれ。十歳で将来の半分が決まるんだ。それに、俺の住んでた孤児院では可愛い子は褒められまくっていたし、美と礼儀作法を推奨して貴族に買い取ってもらってたからな。それは仕方ない]

[それは……人身売買では?]

[孤児がそう簡単に職を見つけられるほど世の中は楽じゃない。強制してたわけじゃないし、人は選んでくれていたよ。美にパラメーターを振らなかった俺にも、洗濯屋の手伝いって仕事を見つけてくれた。シスターには感謝してるよ]

[なるほど。さて、用意が出来たようです]

 外交官が連絡を受け、俺は広場へと向かった。
 自衛官と米兵が並び、物々しい雰囲気に包まれる。
 俺は呪文を唱えた。広がる魔法陣。

「――ゲートザゲート」

 俺が言葉を放つと、扉が現れ、開く。
 それは、一つの店の前だった。道行く人が驚いてこちらを見ている。

「これ……私がバイトしてたとこだ」

[料理店に繋がったみたいだ。ここからだと城も遠いし、何にも出来ないと思うけど]

[見た所店が立ち並んでいるようですね。買い物をして今日は良しとしましょう。智也さん、通訳をお願いします]

 俺は渋々と扉を通る。農水省副大臣は、まず果物屋に行って言った。

[ここの品を全部ください。この金貨で十分ですか?]

[全部!? ま、まあいいけど……。これだったら金貨三枚かな]

「すいません、ここの商品全部ください」

「全部!? 豪儀だねお兄ちゃん……ってトモヤじゃないか!」

「久しぶりだな。この人、他国人なんだ。全部が珍しいみたいで」

「はぁ……。バーク様は元気かい? いいのかい、こんな所にいて。商品だけど、全部売っちゃうとお得意様がねぇ。少し残させてもらうよ」

「わかった。代金はこれで。すぐ扉を通って帰るから問題ないよ。バーク様は元気にしてる」

 自衛官達と米兵は荷物をキビキビと扉へと運んでいく。

[これ、炎砂とかいう奴ですね。日用品売り場でしょうか? 全部買いで]

「ココノ品ヲ全部クダサイ。コノ金貨デ十分デスカ?」

 あちらこちらで全部買いをしていく一行。俺の言葉を真似して、片言で交渉する人も出始めた。
 荷物を運び終わると、最後に料理店へと行く。

「料理長っ久しぶり」

「おー! トモヤ! アトラ! 心配してたぞ、元気か!」

「外国の要人を連れて来たから、美味しい料理を御馳走してやってくれませんか。これが代金です」

「よしっ二人が無事だった祝いだ、パラメーター全開で作ってやるよ! 料理は何にする?」

「帝国料理を全種類、お願いします。俺にはハンバーガーを一つ」

「よし来た!」

[今、料理長がパラメーターを使って料理を作ってくれるそうです。どうぞ食べて下さい。俺は念の為扉の所に戻って扉を維持しているので、料理が出来たら持ってきて下さいね]

 待つ事二時間、俺はようやくハンバーガーにありついた。
 料理長の料理に、皆大満足したようで、テイクアウトでいっぱい料理を運び込んでいた。
 全員戻り、扉を閉めようとした時だった。
 最高司祭様が武官を引き連れて走ってきた。

「げ。早く扉を閉めないと……」

「お待ち下さい、マゼラン様! 王子と王女を助命します! ですから、どうかお力をお貸しください」

「俺の秘宝を手に入れたんだろう? スクロールはあるんだし、これ以上どうしろって言うんだ。一生を掛けて呪文を編み出した身としては、せめて解読くらいは自力でやって欲しいものだが」

「有能な若手の学者一人を使い潰して、解読はしました……」

 最高司祭は痛ましそうな顔で言う。使い潰すってなんだ。有効活用って言えよ。そんなに解読作業は無駄だっていうのかよ。俺の研究をなんだと思ってるんだ。

「けれど、駄目なのです。スクロールを使う為には該当する魔術適性が半分、もしくは他の魔術適性が一万ポイント無いとならないのです。更に、命中率が無ければいけません」

「三千五百ポイントから五千ポイントなら大したことないだろ。命中率なら、新パラメーターだから俺も調べた。俺の補助呪文を研究すれば命中率一時アップの呪文は出来るはずだし、距離が近ければなんの問題もなく使えるはずだ。アトラとアトルも、戦闘で回復呪文と補助呪文を外さなかったろ?」

 最高司祭様はため息をつく。

「貴方は何もわかっておられない」

 俺は、ムッとする。

「何をわかって無いというんだ」

「王国の歴史上、パラメーター四千越えの人間はいないのです。闇武官は剣術重視で育てられる。巫女は祈りのみが出来ればいいと言って育てられる。にも関わらず、少なくとも自己申告で四千越えだと言ってきた者はいません。皆、三千を超えたと自慢顔で言ってくるのですよ。ましてや、一つの魔術適性に数千も振るなど狂気の沙汰。そして、貴方の術は多くのポイントを使用する術ばかりだ。五歳までパラメーターを振る事を禁じる? そんなもの、殆ど意味がない! 五歳になってパラメーターが振れるようになったとたん、嬉々として様々な事にパラメーターを振るのが目に見えている」

 最高司祭は、一息吐く。

「全振りするなど、正しく狂人の所業。幼い頃から偏執的で、粘着質で、極端でなければならない。精神異常者でもなければ無理なのですよ! 何故貴方は、そこまで壊れていたのです!? どうやって育てられたというのです!? いえ、そのような事よりも。ぜひ、次世代の育成をして欲しいのです。貴方はブール―やケント、アトラやアトルといった人材にさえも、偏執的なまでの極振りをさせる事に成功した。孤児院は既に用意してあります、ぜひ!」

「放っといて下さい」

 俺は扉を閉めようとする。農水省副大臣が、それを止めた。

[智也さん、見た所相当の身分の方とお見受けしましたが、なんのお話です?]

[この国の最高司祭様です。宰相のようなものだと思ってくれて構いません。魔王退治に力を貸せとか何とか……貴方方には関係の無い話です]

[お貸ししましょう!]

[え?]

[魔王が生む魔物の間引きをお手伝いするので、この場で協定を結んで欲しいと言って下さい。おい君、正式文書を持ってこい]

「えーと……異世界の奴らが、魔王の産む魔物の間引きを手伝うって言ってる。魔物の肉目当てだと思う。一応、竜は倒せる力を持ってる」

「魔物の肉を? しかし、それほどの力を持つなら侵略行為をしないと何故言えます」

「俺しか行き来できないじゃん。命中率ないから、出る所もランダムだし。これで他国を支配するってのが無理だと思うけど。上手く扉が繋がったら手伝える時に手伝うって感じじゃないか?」

「それで、マゼラン様は……」

「俺は関係ない。……ケントとアトラは魔王を退治するって言ってるけど」

 最高司祭は、目を見開き、崩れ落ちた。

「驚きました……そうですね、マゼラン様は最初からご自分で無く弟子を向かわせるおつもりだったのですね。私はてっきり見捨てられているものかと……」

「いや、俺は別に……」

「わかりました、私の責任で条約を結びましょう」

「……まあいいか」

[あの、条約を結ぶそうです]

[それは良かった! こんな事もあろうかと、輸出入に関する細かい条約を用意してあります。約して下さい]

[待って下さい! 私達も条約を用意してあります]

[我がアメリカも用意してある、検討して欲しい]

 俺は条文を約し、最高司祭と農水省副大臣と外務省とアメリカ大使の調整をした。

[このバーク様を次の王にしてアメリカの役人を宰相にしろってのは最高司祭様に伝えるまでもなく没で]

[しかし……]

[没で]

 条約の内容は大体、売り買いと出入国、魔物と戦って、倒した魔物を持ち帰る事を許すというものだった。
 この功績により、後日農水省副大臣は英雄に祭り上げられる事になる。
 そして俺は、間引き作戦には結局の所俺が必要だと気付き、膝を折るのだった。


 その後、自衛官もアメリカ大使も、買い取った物を分け合って分類分けし、俺に用途を聞いて整理するのに忙しそうだった。
 俺は用途を全て説明した後は、SPを引き連れてホテル内の買い物へと繰り出した。
 クダ達は喜んでくれた。王子と王女はぬいぐるみを買ってもらい、ご満悦だ。
 その後、ニュースを見た。大変な事になっていた。

[調査団からキストラン帝国は美味かった! という報告が上がっていますが、どういう事でしょう、外務大臣と農水省副大臣、防衛大臣にお越しいただいてます]

[まず、異世界の神々とパラメーターについて説明せねばなりませんね]

 外務大臣が、キビキビと図解をしながらパラメーターについて説明していく。早速新たな神をお祭りする神社を作るという事だった。そして、話は農水省副大臣に移った。

[副大臣は直接異世界に乗り込んだとの事ですが]

[重要な日本の食料を手に入れる為ですからね。当然の事です]

[異世界はどうでしたか?]

[いや、言葉に出来ないほどの美味さでした。料理にパラメーターを極振りしたというコックの料理を食べましたが、あれはなるほど、神の加護が無ければ作れるはずがない。竜肉を持っていかなかったのは迂闊でした、あのコックならさぞ美味しい料理を作ってくれたでしょうに。魚料理がまた絶品でしてな]

 農水省副大臣は切々と食事の美味さについて語る。他にいう事はないのか。

[まあ、話を聞いていてもわからないでしょう。本日は特別に、買い取った果物と竜肉を持ってきてあります。切ってありますから、一つどうぞ]

 そしてラジュの実と竜肉が配られる。あれは高級な果実だ。瑞々しくて甘い果物。

[美味しい! 竜肉の濃い味の後に、果物のさっぱりとした甘みが最高ですね。こんな食べ物がいっぱいあるんですか!?]

[いっぱいありました]

[しかし、ただ一つ、魔物を狩りに行くに当たって問題が……]

 防衛省大臣が暗い顔で言う。

[何か問題が?]

[予算が無いのです。竜クラスの魔物が闊歩する場所となると、当然自衛隊以外にはできません。そして、自衛隊でもそれ相応の装備で無くてはなりません。しかも、智也さんが扉を魔力で開いている、ごく短い間に魔物を倒し、運び出さなくてはならないのです。それに必要な装備はいくつかピックアップしているのですが、どう考えても予算が足りなくて……]

[ある程度は農水省からも出します。それよりも問題は、扉がどこに開くかわからない事でしょう]

[問題は山積みのようですが、国交が開けるといいですね。では、次の話題です。世界中から、なんで竜を食べちゃったのという質問が来ています]

[食文化は国それぞれで違います。互いの伝統は尊重しあわねばなりません]

 竜を食うのは伝統じゃないだろ。俺は無駄と知りつつテレビに突っ込んだ。

[しかし、もう少し研究してからでも良かったのではないでしょうか。疑問は募ります。竜肉現場に繋ぎます。小酒井さーん]

[はーい、小酒井です。竜が倒れてから丸一日が経過しています。解剖学者の解体は順調に進んでいます。竜の肉は三分の一ほどが無くなったでしょうか。各地から人が訪れては竜肉を買っていっています。あ、料理人らしき人が大量に買ってトラックに積んでいますね。ではインタビューをしてみましょう]

[竜肉、すっごく美味しいです。信じられない!]

[異世界の人達ってこんな美味しいものを食べてるんですか?]

[国交が開いたら食べ歩きをしたいです]

[以上、現場からお送りしました]

 ……竜肉がおいしいって、教えない方が良かったのかな。
 俺はテレビを消して、天を仰いだ。明日は、美咲に会いに行く。
 その時俺は、全部をふっきる事が出来るだろうか。
 俺はベッドに入り、目を閉じた。



[15221] 極振りっ!11話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/09 08:10



 今日は美咲を助けに行く日だ。
 不思議に心は落ち着いていた。

「……よし」

 身支度を整え、美咲を迎えに行く。テレビはつけない。
 アトラが、俺の手をそっと包んでくれた。
 クダまで少し、緊張しているようだった。
 王子と王女が俺の服の裾を両側からつかむ。
 ケントとブール―が両脇を固め、アトルが俺の後をついてくる。

[おはようございます。今日は美咲さんとの面会ですが……準備は、いいですか?]

 俺は頷き、車へと乗った。
 猛スピードで流れていく景色。かつて、俺は病院に行きたくないと思った。
 今はただ静かな気持ちだった。俺は美咲を超えに行く。大丈夫、俺は美咲より優れている。これが終われば、俺はこれからも歩いていける。
 長かった。ここまで来るのに二十年掛かった。
 アトラとアトルの笑顔。書物を読むブールー。木の棒を只管振るケント。殴ってくるクダ。布に包まれて眠っていた王子と王女。走馬灯のように過去は駆け廻る。
 当たり前だ。俺はマゼランをも終わらせに行くのだから。そして、俺はトモヤとして生きる。
 病院についた。病室は昨日の事のように覚えてる。俺は歩く。病室に向かって。
 病室の前につき、一つ息を吐いて扉を開ける。
 母と父が、待っていた。

[なんなの、貴方。智也の名前を名乗って、美咲に何をしようというの。美咲に触らないで! いいえ、智也は悪魔の子だったのよ。得体のしれない死に方……美咲に、私の美咲に何か悪い事をしようとしてたに違いないわ。もう放っておいてよ。美咲に触らないで! お願い、お願い……]

[お前、相手は美咲を救って下さると言ってるんだ。このままでも死ぬ確率は高いと先生が言ってる。任せてみよう]

 俺はぺこりと頭を下げる。王子がぎゅうっと服の裾を掴み、アトラが俺の手を強く握る。
 美咲の元へと、進む。美咲は更に痛々しい格好になっていた。
 機械に繋がれ、点滴をいくつも打たれ、人工呼吸器をつけている。

「じゃあ……」

「いい、アトル。俺がこの手で癒したいんだ」

 そして俺は医師に告げた。

[あの、機械を全部取り外して下さい]

「しかし……」

「大丈夫です」

 医師は、戸惑いながらも一つずつ機械を、点滴を外していく。
 その間、俺は荷物の中からマジックポーションを取り出し、一息に飲んだ。
 湧き上がる、魔力。
 俺は癒しのスクロールを取り出す。

「――ラグルピース」

 美咲の周囲に魔法陣が光る。

「美咲!」

 母さんが叫んだ。
 光が美咲を包み、美咲は目を見開いた。当たり前だ、俺の呪文に不備はない。
 美咲は俺を見て、一切の躊躇なく言う。

「トモヤ……ううん、マゼラン……長い、長い夢を見ていたよ……」

「ああ」

 母さんが、後ろで美咲、と声を上げた。美咲に駆け寄ろうとして、ケントに取り押さえられる。俺と美咲の邂逅を邪魔する者は誰もいない。

「ふふ……トモヤ、自信と呪文を取り戻したんだね……。おめでとう……」

「ああ」

 俺は、差し出された美咲の手を握った。

「これで、俺とおまえは対等だ」

 勝利宣言をする予定だったのだが、口から飛び出したのは違う言葉だった。
 アトラとクダが、俺の横に寄り添う。

「トモヤ、良かったね……ようやく、会えたんだね……」

「トモヤ、この人が勇者様か? 俺が憧れていた……」

 二人が、俺に囁いた。

「……その人達は?」

 美咲が、静かな声で聞く。若干のトーンの変化。それを感じた王子と王女は、正しく行動した。
 王子はアトラにくっつき、王女はクダにくっつく。俺の裾も握ったままだ。
 そうして、二人は叫んだ。

[[ママ―、おばさんのお怪我治ったよー]]

[そう……トモヤそっくりの黒髪とその金髪の女の子にそっくりの緑の眼……そちらのトモヤそっくりの黒眼とそこの綺麗な銀髪の女の子にそっくりの銀髪の子は……トモヤの子なの……?]

[ち、違うんだ美咲。この子達の悪戯だ。ほら、クダは男だろう?]

[魔法ってすっごいね、ね、パパ!]

「そう……ふふ……そう……ふーん……」

 俺はじりじりと後ずさりする。空気を読まず、アトラとクダは王子と王女を出してそれぞれ俺の耳元に囁いた。

「紹介してくれる? トモヤ」

「紹介してくれよ、トモヤ」

「なんの紹介かしら。いつの間に向こうでは一夫多妻制になったの?」

 美咲が起き上って、淀みない向こうの言葉で話す。

「マゼランの……マゼランの……マゼランの……」

 美咲が、絞り出すような声で言う。

「浮気者―――――――――――――――――――――!!」

 美咲が思い切り振りぬいた足は、俺の大事な所を直撃した。
 アトルが慌てて回復呪文を使う。アトラが俺を問い詰める。クダが悲鳴を上げる。
 美咲が般若の形相で俺の胸ぐらを掴む。
 ブール―がため息をつき、ケントが動揺し、王子王女がパチパチと拍手をする。
 政府の人達は回復呪文について問い詰めてくる。
 俺の中のマゼランは美咲に言い訳を繰り返し、俺は痛みに悶絶する。
 キュロスの笑い声がどこからか聞こえ、俺は心の中でキュロスを殴った。



[15221] 極振りっ!最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/10 05:59




エピローグ




「美咲……俺はたった今、マゼランに決別を告げた。後はどこへなりと消えて、何も出来ないトモヤとして、生きていこうと思う。アトラ、それにお前を巻き込む事は出来ない。お前は向こうの世界で幸せに暮らして欲しい」

「つまり、逃げるんだな」

 クダが斬って捨てる。アトラと美咲は、俺の腕を持って睨みあっていた。

「トモヤ、私、トモヤにどこまでもついて行くよ。何にも出来ない事は慣れてる。ね、トモヤ。私と一緒にいっぱい子供を作ろう。子供達を、全員魔術師にしよう」

 アトラの提案に、俺は顔を顰めた。アトラの事は嫌いじゃない。しかし。

「嫌だよ。それだと束になったら俺より優秀なチームが出来ちゃうじゃないか」

「アトラはマゼランの事を全然わかってないね。自分が一番でいたいマゼランが弟子を取るわけないじゃない」

「余がいるぞ!」

「いるぞー」

 王子と王女が手を上げ、俺は呟いた。

「まあ、一人二人位ならいいけどな」

「じゃあ、その一人二人を作ろうよ! ね! こっちで育てるのでもあたしは構わない。成人したら向こうに送り出せばいいだけだから。あたし、ケントと共に魔王を倒してトモヤに相応しい女になってくるから」

「アトラ……そこまで、俺の事を……けど、俺は……」

「マゼラン、マゼランは私にずっと一緒だって言ってくれたよね。私の為に命を使ってくれたよね。マゼランは、ううんトモヤは、魔術を使ってこそトモヤだよ。魔術を持たないトモヤなんか、それこそトモヤじゃないよ。私はマゼランに、政府直属の魔術師になって、今度こそ栄光を手にして欲しい。私はそれを手伝うよ。また一緒に歩いていこう」

 美咲の説得に、俺は首を振る。

「俺はトモヤだ。もうお前のマゼランじゃないんだ」

 美咲は、笑んだ。

「マゼランは変わらないよ。努力家で、偏屈で、最高の魔術師だから、私は好きになったんだよ。それはずっと変わらない」

「美咲……」

 ミトの日記にあったマゼランへの想い。
 俺は美咲を憎んでいた。でも、今、自分の唯一を見つけてようやく認める事が出来た今、認めよう。
 俺を見ていてくれたのは美咲だけだったと。

「トモヤはもう、貴方とは何も関係が無いんだから!」

 アトラが美咲に言う。

「私はマゼランのパートナーで、トモヤの双子の妹だよ。それで、貴方はなんなの? トモヤの弟子ではないみたいだけれど?」

「……っ私は、私はトモヤの……トモヤは、陛下から私を助け出してくれたもん」

「だー、なんでトモヤがこんなにもてるんだよ。こんなに性格悪いのに!」

「安心しろクダ。こっちじゃ嫌われてる」

 本当に、なんで俺だったんだろうな。
 俺は誰にも何も与えないのに。魔王退治だって、俺は手伝うつもりはないのに。

「とにかく俺は、栄光なんて興味無い。俺が一番だって証拠さえここにあれば十分だ」

 俺は自分の胸を指し示す。

「まあ、バイトでもしてその日暮らしするさ。貧乏暮らしには慣れてる」

「それは無理だと思いますよ」

 ブール―が、そこで口を出した。

「なんでだ?」

「政府の護衛が無くてはここでも向こうでもすぐに浚われるからです。ニュースを見てないんですか?」

 俺は美咲の病室のテレビをつける。
 そこには、外務大臣と握手をする映像や異世界探索の様子が放映されていた。
 俺の姿もばっちり映っている。

[話は終わりましたか、トモヤさん]

[俺の姿がなんでテレビに!?]

[なんでって……言ってませんでしたか? あ、この国で働きたいとの事で、早速国家専属魔術師の職を作っておきました]

[言ってない! 俺はそんな職になんかつかない!]

[ご家族の護衛も怠りなく行うのでご安心ください]

 ……! 

[トモヤ、トモヤに言う事を聞かせようと色んな人が私を狙ってくるだろうけど、ちゃんと守ってね]

 美咲が抱きついた。

「――ゲートザ…………」

 呪文を唱えようとした俺の手を、握りつぶさんばかりにして美咲は笑った。

[私を見捨てるなんて言わないよね、トモヤ。それに、指名手配なら向こうでもされてるじゃない。もう、自分一人こそこそと安全な場所で才能を無駄にして過ごす事は出来ないんだよ]

 それが唯一の俺の生きがいなのに。俺の安息の地はどこだ。








[魔王にも人権はあるぞー]

[魔物の肉の工場はどうするつもりだー]

[魔物絶滅はんたーい!]

 デモ隊がなにやら騒いでいるのを、俺は冷たく見降ろした。そして、息を吸う。

[我は大魔道士マゼラン! 神々とキストラン帝国王子殿下バークレイ様の命により、今代の勇者ケント、魔法使いアトラを導き、魔王を倒す! 平和の為に!! 地球の人間は魔力を持たぬまっずい肉でも食ってろ]

 俺はいらない一言を最後に付け加え、人々の罵声を一身に浴びる。

「もう、トモヤったら……」

 アトラが苦笑して俺に寄り添った。ケントが、刀を掲げる。






『げっブール―!』

 呼ばれて新米外交官であり、日本政府の最終兵器であるブール―は顔を上げ、笑んだ。

『楽しい会談をしましょう、大使殿?』

 陰謀はその性質上、体が光ったりはしない。
 ブール―と会談を行う者は知らぬうちに心を見破られる恐怖と相対せねばならないのだ。
 ブール―は外交官を獲物を見る目で見ながら、ケント達に想いをはせた。今頃、出発した頃だろうか?






「――ゲートザゲート」

 予想した通り、アトラに強化された巨大な扉は魔王の本拠地に開いた。
 王子が、興味深げにその辺を見まわしてから、号令をした。

[ゆけいっケント!]

 自衛隊が扉の中に進軍していく。ケントとアトラはそれについて行く。梅雨払いは自衛隊がしてくれる。ケントとアトラは、魔王を倒す事だけ考えればいい。
 竜を見つけ、自衛官達が眼の色を変えた。
 自衛隊の護衛する学者集団の中には、動物学者や養殖業者、料理人が混じっている。
 彼らも眼の色を変え、小さな魔物を追いかけ始めた。些細な傷など気にしない。
 今は、目の前の御馳走を平らげる事で頭がいっぱいだから。









[さあ、世紀の料理対決! 軍配はどちらに上がるのかー!]

「神に勝つぞ!」

「「「「「オー!!」」」」」

 日本、中国、イタリア、フランス、インドの五国の天才コック達が拳を振り上げる。
 料理長は一人、包丁を吟味し、にやりと笑った。
 あるテレビ番組で企画された料理対決。天才コック達と、料理に極振りしたコックとの対決。それは、天才コック達にとって正しく神への反逆だった。
 奇跡を起こすべく、地球産の才能を見せ付けるべく、コック達は戦う。
 料理長にも、負けられない理由はあった。
 魔王を倒した祝勝会には、勝った方の料理がふるまわれる。
 勇者とアトラに、そしてトモヤに、最高の料理を。


 俺は自衛隊を見送った。次々と囚われた魔物が運ばれてくる。
 扉が、襲撃される。自衛隊が俺の盾となる。俺が死ねば扉は永遠に失われるから。
 魔物が放つレーザーのような物が閃き、俺は自衛官の人に突き飛ばされた。閃光。
 銃声。

「くそっ腕がやられた!」

「ロケットランチャーを持ってこい!」

 王子が、不安そうに俺の服の裾を掴んだ。
 ケント、そう長くは持たないぞ。早く戻ってこい。








 クダは神主の服装をして赤子を抱き、神に祈る。

「キュロス様、この子にポイントを」

 クダは白い空間にまたたく間に移動した。
 キュロスが現れ、ため息をつく。

「やれやれ、またですか。確かに一日一回呼びかけに答えると言いましたが、こう毎日は……。申請の手続きも面倒なのですよ。それで、この子に与えられた才能ですが、全て奪う事になりますが構いませんか。見た所、絵の才能が高いようですが」

「両方よこせだそうだ」

「我儘ですねぇ。申請は却下します」

「だよなぁ。祈りに答えてくれてサンキュな」

 クダは子供を親に帰すと、諭す。

[この子は素晴らしい絵の才能を持っているので奪うのは忍びないそうです。申請は却下されました]

[そんな! そこを両方! なんとかなりませんか、生まれる前から予約してたのに]

[才能かポイント、どちらかしか選べないと言っていたはずです。神に無理を言って、両方の才能を奪われても知りませんよ。才能があるのがわかっただけ、喜んであげて下さい]

 親を何とか納得させ、返す。トモヤの呪文の予約も溜まっている。トモヤが帰ったら、さぞ驚くだろう。クダはトモヤを想い、空を見上げた。










 歓声が起きる。
 ついに魔王を倒したのか。

「ケント……」

 俺は駆ける。
 笑顔の自衛官が、トラックを持ってこいといった。
 竜の巨体がその後ろにあり、俺は座り込む。

[なんだ、竜か……]

[竜かじゃないですよ。竜を売ったお金は防衛省に入る予定になっているんです。この巨体、魔王退治で高騰する値段を考えたら一兆はいける!]

[それはそうだけど……無事かなぁ、ケント達]

[無事に決まっている。余の部下なのだから!]






 ケントは剣を振るう。高い金属音。
 魔王はさすがに硬かった。やはり、剣術八千ポイントでは低すぎる。一万ポイント必要だった。ケントは子供の頃、人語理解にパラメーターを振ってしまった事に後悔する。
 あれは究極の無駄振りだった。人語など、誰でも育つうちに習得するのだから。
 しかし、赤子の頃の事を言っても仕方ない。
 彼の主が首を長くして魔王を倒すのを待っている。
 それに、早くしないとトモヤが魔物の餌になってしまうかもしれない。
 ケントは剣を握り直した。









 
 悲鳴。まさか、ケントが。俺が顔を上げると、はるか遠くから魔王を倒した、というケントの声が聞こえた。

[ああ、もう竜肉が食べられないのか……]

 悲嘆にくれる人々。そこに、一人の料理人の歓喜の叫びが響き渡った。

[魔王は……うーまーいーぞー! 竜肉以上だ!]

 食ったのかよ!! ちょっと待てそこの料理人!
 あがる歓声。

[いや、魔王はちょっと]

[なんだよ、俺は食うぞ]

[わー、俺らだけで食おーぜ―]

[駄目だ、売って新しい戦闘機を買うんだ!]

[貧乏って悲しいっすね、先輩……]

 俺はため息をついてそれを見守る。
 ケントがアトラに支えられて現れ、駆け寄った。

「トモヤ、バーク様……やった、やったよ!」

「ああ、お前達は俺の誇りだよ」

「ケント、アトラ、褒めてつかわす!」










『ミスターアトル。この方は大切な方なのです。この方の手腕により、戦争が防げる可能性が高くなるのです。どうか、回復を』

『わかっています』

 アトルは呪文を唱える。包帯でミイラのお化けのようになってしまった要人に向かって。
 魔法陣が光り輝き、傷が癒えていく。要人は起き上り、頭を押さえた。

『ここは……』

『貴方の傷は癒しました。今日は扉の開通日なので、僕はこれで失礼します』

 アトルは走った。まだ魔王との戦いは続いているのだろうか。
 いた。
 ケントだ、無事だ。アトルは口の中で呪文を唱えた。









[アンティセルト王女殿下、魔王退治成功と五歳のお誕生日おめでとうございます!]

[アンティセルト王女殿下はパラメーターはいかがなさいますか?]

[アンティセルト王女!]

 着飾り、ブールーにエスコートされた小さな王女様は笑って答えた。

「私はもう使うパラメーターを決めてあります。それは……」













「――アースザゲート」

「ケント! バークレイ王子殿下。どうしたのですか、そのぼろぼろの服は」

「最高司祭様……キュロス様の奴……。まあ、いいか。最高司祭様、魔王を倒しました」

 俺が言うと、最高司祭様は眼を見開いた。

「魔王を!? それは確かですか!」

「あらかたの強い魔物は狩りましたので、確認しに闇武官を向かわせてはいかがですか」

 アトラが言うと、最高司祭様はじりじりと後ずさる。

「パレードだ……! パレードの準備を!」

「え、そんな……あ、行っちゃった」

「二人で楽しめよ、アトラ、ケント、バーク様。俺はここで見てるから」

「バーク様とトモヤも一緒に……」

「ここで見守っていたいんだ。お前達の雄姿を」

「余もここで見ているぞ。余は命じただけだからな」

「トモヤ……ああ、行ってくる」

 ケントが、アトラの肩を抱いて向かった。










[……こうして、勇者マゼランと従者ミトは魔王を倒したのです。だからみんな、極振りって大事なんだよ。わかった?]

[[[[[はーい]]]]]

 美咲は子供達に祝勝会の様子を見せる。

[明後日、勇者様達が帰ってくるから、そしたら皆に会わせてあげる]

 子供達……向こうの世界から引き取ってきた性格の悪そうな……トモヤと精神融合した子供達に、美咲は笑いかける。彼らはCチーム。美咲の担当の、愛しいマゼランの分身たち。
 その周囲には科学者達が、カルテを持って立っていた。
 顔には笑顔を張り付け、冷静な眼差しで子供達を見つめながら。
 パラメーターの細かな数値を聞いてはいけない? 科学者達に、そんなルールは関係ない。パラメーターという不可思議な機能の解明を。そして日本に、優秀な人材を。
 魔術のパラメーターはこちらでは役に立たずとも、他のパラメーターは役立てる事が出来るのだから。








 ケントとアトラが煌びやかな服を着て武官や文官に傅かれ、大きな馬車に引かれて手を振っていた。
 それを俺は眩しいものを見る目で見つめる。
 こんなはずじゃなかった。けれど、俺の子供達、弟子達はこんなにも立派に育ち、輝いている。
 これが、幸せというものなのだろう。
 アトラが俺に気づき、いっそう激しく手を振る。俺は苦笑をしながら手を振り返した。
 二人の姿が見えなくなり、俺は手を振るのをやめた。
 アトルに、王子と一緒にお菓子を買いに行かせる。
 子供達、弟子達はこんなにも立派に育ち、俺を超えてしまった。
 魔術知識では俺が一番だけど、そんなものは関係ないと思わせる何かが子供達、弟子達にはあった。
 俺がパラメーターを封じた子達は何人もいる。その子達は、一人ぐらい特殊呪文を覚える者もいるだろう。この世界との橋渡しは、そいつらに任せる。
 俺は、俺の一番になれる世界で、今度こそひっそりと過ごそう。それが俺の幸せだ。

「――ゲートザゲート」

 俺はわかりやすい場所にありったけの魔力を込めて扉を出現させる。
 通じたのは、新宿駅の前。人々が、興味深げに扉を覗いてくる。
 ここからならケントもアトラも無事に帰れるだろう。
 戻るかどうかはお前達が決めるがいい、ケント、アトラ。
 そして俺はもう一つ扉を開ける。更なる異世界への扉を。

「――ゲートザゲート」

 いっぱいの幸せなるものを抱きしめて、俺は平安を手にする為に、波乱の世界へと飛び込む。
 小さな影が、目に入った。

「バーク様!?」

「余も連れて行け、トモヤ」

「だって……アンティ様はいいのか!?」

「アンティは知っておる。そなたと精神融合していたのだぞ。その上で余を送り出したのだ。アンティセルトは強い女だ」

 王子は胸を張った。

「回復役がいて、損はないでしょ。僕ならどこでも必要とされるし」

 アトルが笑った。

「どこでも狙われるの間違いだろ、どうするんだよ」

「まあまあ、もし何かあったらゲートザゲートで逃げればいいだけの話じゃない。マジックポーションは持ってきてあるんでしょ」

「まぁな。でも、ダーツを放つのがキュロスだぞ。意地の悪い場所に投げるに決まってる」

 俺が言うと、白い空間に入って小さな少年……キュロスが殿下と呼んでいた者が現れた。

「心配無いぞ。キュロスは忙しいから、余が投げる」

「げっ」

 殿下は小さな紅葉のような手で目隠しをし、ダーツを投げる。

「まっ……」

 俺が止める間もなく、殿下はダーツを投げる。ダーツは星々の間をすり抜け、どこまでも深い暗闇に落ちていった。

「マゼランよ! そなたの行き先が決まったぞ」

「どう見ても外れてるんだが」

「うむ! そなたの行き先は、地獄だ!」

「何―!! ちょっと待て殿下!」

 俺とアトルと王子は、真っ暗闇に投げ出された。
 空中に出た扉から、俺とアトルと王子は順番に投げ出される。
 そこでは、蝙蝠の羽をはやした赤子を庇った、狼の頭をした傷だらけの男が化け物に囲まれて立ち往生していた。

「――ラグルピース」

『なに、傷が癒えてゆく!? これはもしや伝説の、神々が使うという技! そなたらは一体……いや、誰でもいい。頼む。この方はこの国の第一王女。どうか助けてくれ』

 おお、念話のようなものか?

「魔力はある世界のようだな。問題ない範囲か。とりあえず、移動する。――アウェイザゲート」








 トモヤが消えてから十年が立とうとしていた。
 誰もが、トモヤの事は諦めろという。そして、子供達に特殊呪文に極振りさせる事に躍起になっている。けれども、アトラと美咲とアンティセルト、彼女ら三人は信じていた。己が半身達の帰還を。
 確信がある。彼らが死ねば、必ずわかる。それほどに絆は深い。
 今、彼らは元気なはずだ。そして三人は夢を見る。太陽も昇らぬ暗黒の国の冒険譚を。

「アンティセルト王女殿下、アトラ! 非常警報です! 某国がミサイルを発射してきました、ご出動を」

「――パラドルグ」

 アトラの放つ単体強化呪文がアンティセルトを強化し。

「――ラーズロートバズン」

 アンティセルトが広範囲防御呪文を唱える。
 それは上空を広く広く包み、ミサイルを遮断した。既に神の域でしかあり得ない、その魔術。
 マジックポーションは残りわずかだ。魔術を参考にしたバリアの開発が急がれている。
 バリア開発の主力はもちろん、バリア作成技術に極振りしたCチームの子供達だ。
 日本はアンティセルトのお陰で、日本本国にミサイルを撃ち込まれても問題にしないようになった。安全保障的に、頭の痛い事だとアンティセルトは思う。
 アンティセルトは政治家になる予定だ。
 この国を守りたいと思って覚えた防御呪文だが、上手く守りすぎて出来てしまった平和ボケを何とかしたいのだ。
 防御呪文以外何もないアンティセルトだが、周囲はそこを努力してなんとかするのが地球人で、アンティセルトは地球人だと言ってくれている。
 一つ息をついて、アンティセルトは言う。

「兄様は元気にしてるかの……」



 トモヤは、王族御用達のお茶を飲んでのんびりとしていた。アトルは治療に出かけている。ここにいるのは二人きり。ようやく手に入れた平穏。トモヤは知らない。トモヤの影に、常に魔族の護衛兼監視が張り付いている事を。

「なぁ、バーク様。そろそろ教えてくれたっていいだろう。何にパラメーターを振ったのか」

 王子は、苦笑する。

「実は余は、まだ振っていないのだ。これから振ろうと思っているのだが、優柔不断でな」

 そして、王子は振りむいて言った。




























「だから、そなたが決めてくれ。余が生まれてから、ずっと見守ってきてくれたそなたが。余は、それに応えよう」



[15221] 極振りっ! IFもしもカリスマがあったら
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/10 17:13





 ピコピコ。ピコピコ。ピコピコ。
 ゲームのキャラクターに、パラメーターを振る。
 賢さに一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。
 ようやく、賢さが、カンストになった。
 体力はなく、力が弱く、防御力もなく、MPすらない。格好良さももちろんゼロ。
 MPが切れたらそこでもう終わり。
 俺は、醜く小さく、汚らわしい一人の老人の魔法使いを幻視する。
 彼は、一人では何もできないほどに弱いだろう。
けれども、そのキャラの広範囲魔法は全てを薙ぎ払うのだ。
俺は微笑む。
 一人でそこまでのレベルに行くまで。並大抵の労力ではなかった。
 目的は達成した為、俺はそこでゲームを止める。
 ゲームクリアに、興味はなかった。
 俺が興味があるのは、ただ一つ、一度でいいから一番になる事だけだ。
 仮想現実の中だけじゃない。現実の中でも一番を取って見せる。
 いや、一番じゃなくてもいい。俺はただ、双子の妹の美咲に勝ちたい。
 ゲームを止めると、俺は現実世界へと戻った。
 しかし、俺は自分で思うよりもずっとそのゲームにこだわりがあったらしい。
 俺は敗れるたびに老魔法使いの夢を見た。
 深い深い森の中、人里離れた広い洞窟でたった一人、研究をしている老魔法使い。
 服はたったの二着だけ。両方とも、ぼろぼろの黒いローブ。
 枯れ枝のような手。
 毎日の食事は、薬草を煮た薄いスープ。
 外に出るのは年に一度。小物の魔物を倒して町に売る時のみ。
 その時に町の人々から浴びるのは、嘲笑。
 誰も彼の偉大さを知らない。それでいい。そうして、彼は誰にも知られずに消えていく。
 彼だけが魔王を倒せたのにと、世界を嘲笑いながら消えていくのだから。
 俺が夢見るのは、そんな魔法使いの日常の夢だった。
 派手な戦いの場面は一度もない。何故なら、防御力も素早さもない彼は強い魔物を狩れないから。
 他の人が見れば、惨めなのかもしれない。情けないのかもしれない。寂しいのかもしれない。何が幸福かわからないと言う人もいるだろう。けれども、俺は憧れた。その老魔法使いの夢を見ては、あの老魔法使いになれたら、と思った。
 その夢はこの上なくリアルで、懐かしく、俺が老魔法使いなような気さえしてきていた。
 けれどもある日、その夢に異変が訪れた。
 勇者と王妃が、訪ねて来たのだ。
 若く、美しく、体格が良く、太陽のような笑みを持つ女。勇者は妹そのものだった。
 そして、美しく、強制的に人を惹きつけるような力をもった女。王女は幼馴染の真菜そのものだった。
 魔王を倒そうと勇者は言う。
自信満々で、王女は妾について来いと言った。老魔法使いはにべもなく断った。
老魔法使いは知っていた。王女の魅力がパラメーターによるものであり、大魔法使いである老魔法使いには通用しないのだと。
勝利感にいやらしい笑みさえ浮かべて断る老魔法使い。
王女は驚き、呆れたように言った。
魔王を倒して欲しくば、自分を夫にしろとでも言うのかと。
老魔法使いは笑い飛ばす。
お前のちんけなパラメーターなんぞ効きはしない。他の誰もがひれ伏そうと、このマゼランだけはひれ伏す事はない。さあ、さっさと帰るがいい。
俺は胸がすっとした。それでこそ、老魔法使い。
 しかし、勇者は、老魔法使いを抱えて行ってしまう。力のない魔法使いには抵抗しようもなかった。
 強引な勇者と、マゼランの忠誠を得ようとムキになった王女に、少しずつ流され、ほだされていく老魔法使い。
 俺は得意げにしていた顔を一転、歪ませる。

「やめろ、やめてくれ!」

 俺は必死で叫ぶが、声は老魔法使いに届かない。
 老魔法使いが勇者に、王女に惹かれるたび、俺と老魔法使いの心は剥離していく。
 どんな強力な魔物も、勇者が魔法使いを庇い、その間に魔法使いが呪文を詠唱する事で倒す事が出来た。
 魔物との戦いで疲れた二人を、王女はどんな時も笑顔で癒してくれた。
 強力な魔物と戦う高揚感。見知らぬ文化を見る時の驚き。人との触れ合いの暖かさ。
 勇者に引っ張られて、灰色だった魔法使いは様々な事を知っていく。
 これも全てはむりやりにでも外の世界に連れ出してくれた勇者のお陰。魔法使いは嫌っていた勇者に、いつしか感謝を捧げ始める。
美咲に感謝? 胸糞悪い夢。もう見させないでくれ。
夢を見た後、吐くことすらあった。
けれども、老魔法使いの夢のような日々は終わりを告げる。
魔王を打倒した時、勇者が死んでしまったのだ。
いかに優秀な魔法使いと言えど、死人を生き返らす事などできはしない。
 いや、勇者がかろうじて生きていたとしても、救えなかっただろう。
もうMPが無かったから。いや、あった。MPの代わりになるものが。
 老魔法使いは呪文を唱え始める。
 老魔法使いの生命力が、削られていく。しかし、老魔法使いは後悔しなかった。
 老魔法使いの腹に、魔物の爪が突き刺さっていた。どうせ、少し死ぬのが早くなるだけの事だ。
 今度は、魔物のいない平和な世界で共に暮らそう。
 老魔法使いは、異世界への扉を開いた。
 そして、二人の魂を異世界へと送り出した。
 それが最後に見た老魔法使いの夢だった。
 王女がどうなったのかは知らない。きっと英雄として崇められでもしたのだろう。
 俺は夢を見なくなって心底安堵した。
 気になってあのゲームを起動させてみると、それはクリアされていた。
 美咲が勝手に進めたのだ。
 俺は、ゲームを捨てた。ゲームを捨ててしまうと、気が楽になった気がした。
 けれどもそれは、全ての始まりにしか過ぎなかった。




一章




 五時に起きて、顔を洗う。鏡に映った俺は冴えない顔で、目つきも悪く、どことなく陰湿なイメージを与える。背も男にしては低い。
 ジャージに着替え、まだ暗い空の下、ランニングに出かけた。
 冷たい空気が、心地いい。
 二時間後、汗だくになった俺は家に戻り、隣の部屋の扉を一度、力を込めて殴った。

「うーん……」

 扉の中から美咲の声がするのを確認すると、俺は風呂に行って汗を流した。
汗を流し、部屋に戻る。髪を乾かし、茶の間に向かう。
皆もうご飯を食べ終わっていて、後は俺だけだ。

「智也、早く食べちゃいなさい」

「わかってる」

 食事を大急ぎで掻き込んでいると、玄関から声がした。

「美咲―。まだー?」

 美咲の友達の茜だ。

「はーい。今行く」

 美咲は慌てて玄関へ向かう。
 美しいストレートの長い髪。ぱっちりした大きな目。ふっくらした唇。モデルのような高い背。
 二卵性とはいえ、とても俺と双子だとは思えない。

「美咲、気をつけるのよ」

 母さんが美咲に声を掛ける。

「うん! 行ってきまーす」

 俺はその間に歯を磨き、黙って家を出た。
 美咲は道行く人と挨拶を交わし合う。近所の人々も、笑顔で美咲に挨拶をしていく。
 俺は誰とも挨拶をせず、美咲と距離を取って無言で学校へと向かった。
 学校に着くと、美咲の周りにすぐに人の輪が出来る。
 俺はそれを無視し、教室の隅の席に座って教科書を出した。
 昨日の夜はどうしても最後の応用問題が解けなかった。もう一度基礎を確認せねばなるまい。解けなかったのはこの一問だけなのだが。
 本当は教師の所に聞きに行ければいいのだが、美咲に聞けばいいと言われて以来、俺は教師を頼るのをやめていた。
 美咲は、友達と談笑を始めている。

「宿題、やってきた?」

 茜に聞かれ、美咲はぺろっと舌を出す。

「忘れてきちゃった。当たらなきゃ大丈夫でしょ」

 ふん、後で困ればいいんだ。
 一時限目は、ちょうど宿題を出された数学の授業だ。
 授業が始まり、数学の教師は宿題に出した問題を黒板に書いた。

「野田、古田島、矢野、御手洗、智也。解いてみろ」

 最悪だ。よりによって解けなかった最後の問題に当たってしまった。
 俺は黒板に向かい、途中まで式を書いて戻った。

「なんだ智也、出来なかったのか。駄目だぞ、ちゃんと勉強しないと。美咲、解いてみろ」

「はーい」

 美咲はスラスラと俺の解けなかった問題を解いていく。俺は歯を食いしばった。

「双子なんだから、教えてもらえ」

「…………」

 この教師は、その言葉がどれほど俺を傷つけているのか気づいているのだろうか?

「いっつも勉強してるくせに、格好悪いよね」

「茜!」

 こそこそと茜がいい、美咲が茜をたしなめた。
 俺を庇うなよ、美咲。俺の中に、暗い炎が燃え上がる。
 二時限目の英語。今度は美咲が教師に当てられた。
 朗々と響く美咲の声。中にはうっとりと聞きほれる者すらいた。

「ビューティフル! 素晴らしいです、美咲さん。完璧な発音ね」

 俺は悔しく思いながらも、正しい発音らしい美咲の声を頭に刻みつける。俺は英語が特に苦手で、うまく発音出来なかったから。
 三、四時限目は体育だった。
 俺はほっとした。ようやく、美咲と離れられる。
種目は百メートル走。ランニングは毎日やってる。

「よーいっどん!」

 合図とともに、俺は力強く大地を蹴った。走る、走る、走る。
 タイムは……やった! 一秒も縮んでる!
 俺は無関心を装いつつ、歓喜した。
 意気揚々と教室に帰ると、美咲が既に教室についていて茜とお弁当を広げながら談笑していた。

「美咲、凄く早かった! 絶対あれ、男子並みのタイムだよ!」

 話していたタイムは俺のものより短かった。
 俺は、落胆して弁当を持って誰もいない屋上に向かった。
 一人で、弁当を食べる。食べ終わると空を見上げた。
 青い空は、どこまでも広がっている。それでも、俺の世界は灰色だった。

「俺、何か生きてる意味あんのかな……」

「そのような事はないぞ、智也。いや、遅くなってすまなかった。慕ってくる者達を振りはらうのが大変でな」

「真菜……」

 でかい胸、花のような美貌、勉強もスポーツも出来る真菜。美咲ほどではないが、真菜もまた万能だった。しかし、真菜が圧倒的に勝っているものがある。それは人望だ。
 真菜はアイドルをしているが、そのカルト的人気は凄まじいものがあった。
 今日の午前も、確か仕事だったはずだ。

「また、いつもの、俺には何か誇れる事がきっとある、か。ないよ、そんなもの」

 真菜は首を振る。

「そのような事はない。神は平等なのだ。私や美咲が与えられた分の恩恵を、トモヤもまた得ている。妾にはわかる。まあ、智也の良さは妾だけが分かっていればいいのだがな」

「俺の何が優れてるって言うんだ。慰めは要らない」

「それは……妾だけが分かっていればいい事だ。智也はただ、妾に忠誠を誓えばいい。妾は、智也に忠誠を誓わせる為だけに生きているのだ」

 なんだって言うんだ。真菜は変人だ。アイドルのキャラ作りか何か知らないが、自分を妾なんていい、俺に忠誠を誓うよう迫る変人。
 真菜が俺の手を握ると、何か真菜に強制的に従いたくなるような想いがこみ上げる。
 俺は夢の中の老魔法使いのように、問題なくその思念の触手を振りはらった。

「誰がお前なんかに忠誠を誓うかよ。同情も誰かの情けにすがるのも、俺はごめんだ」

 俺は手を振り払って立ち上がる。

「それでこそ、智也だ。妾は、なんとしても智也、そなたを手に入れるぞ」

 俺は軽く手を振って別れた。
 五時限目は古文、六時限目は地理だった。幸い、この時間は美咲と比べられるような事は起こらなかった。
 授業が終わると、足早に剣道部に向かう。
 俺が一番だったらしく、すぐに着替えて素振りを開始する。
 二十分もした頃、美咲も着替えてきて言った。

「智也、久しぶりに手合わせしない?」

「嫌だ」

 俺が断ると、美咲はむぅ、と腰に手を当てる。

「むー、そんな事言わないで。行くよっ」

 俺は微動だにしなかった。強かに面を打たれ、俺はよろめいた。

「これで満足か」

 低い声で言うと、美咲は口を尖らせて言った。

「な、何よ。私はただ、たまには智也と……」

「行こうよ、美咲。こんなやつ構う事無いよ」

「ちょ、茜!」

 茜が美咲を引っ張っていって、俺は息をついた。
 微動だにしなかったのは、どうせ美咲の竹刀に反応できないのが分かり切っていたからだ。
 遅くまで部活をやって、疲れた俺は着替えて家路へとつく。
 美咲はまだまだ元気で、茜とカラオケに向かった。
 俺が帰ろうとすると、校門で真菜が待っていた。

「待ちくたびれたぞ、剣士殿。さあ、智也、妾を家までエスコートしてくれ」

 真菜の取り巻きの視線が痛い。これは、また後で殴られるかもな。
 しかし、断れば真菜は悲しそうな顔をする。真菜が悲しそうな顔をすれば、取り巻きの深い恨みを買う。俺はぶっきらぼうに言った。

「ついてこいよ」

「うむっ! ふはは、ようやく智也を一度従わせたぞ!」

 真菜が笑顔になって俺の後をついてくる。置いて帰りたい思いを必死で押さえながら、俺は真菜を送って家に帰った。真菜を家に送った後、やはり調子に乗るなと腹を殴られた。
 真菜も、俺の事を無視してくれるともう少し学校生活が楽に過ごせるんだが。
 俺は帰って風呂に入り、食事を済ませて勉強を始める。八時ごろ、美咲が帰ってくる音が聞こえた。食事を済ませ、風呂に入る音が聞こえる。
 その後、テレビの音と美咲の笑い声が聞こえてきた。
 十時、美咲が部屋に入る音。
 部屋の電気が消える。
 俺は十二時まで勉強して眠った。
 これが、俺の毎日だった。美咲も真菜も容姿端麗、スポーツ万能、勉強は学校の授業だけなのに良くできた。翻って俺は毎日のように鍛え、勉強しているのにいつも成績は中の下。
 それでも、せめて俺と二人が違う道、違う高校を選んでいたら、俺は二人を恨まずにすんだかもしれない。

「智也と一緒がいい」

 そういって、美咲は尽く俺の真似をし、真菜は俺の後を尽くついてきた。
 勉強や剣道だけじゃない。パズル、絵、楽器各種、歌、料理、掃除、礼儀作法、果ては駅名の羅列と言った事まで。
 幼い頃から、美咲は俺の真似をしまくった。そして、尽く俺よりもいい結果を叩きだしてきた。
 初めはただ何にでも意欲旺盛なだけだった俺は常に美咲と比べられる事になり、いつしか逃げるように様々な趣味に手を出し、美咲に追いつかれては他の趣味を探すという事を繰り返した。
 お陰で美咲に出来ないものは何もない。
 そして、真菜はどこにでもついて来て周囲の視線を掻っ攫った。
 真菜と俺が一緒にいると、なんで俺みたいのが真菜と一緒に、と決まって陰口を叩かれた。
 俺はと言うと、何一つ出来ない。どんなに頑張っても、いいとこ中の下だ。
 俺は才能と言うものが憎かった。
 才能ある人間は努力しなくてもなんでも出来て、才能のない人間は努力してもなんにも出来ないなんて、不公平じゃないか。
 神様は平等に才能をくれると言うが、それは嘘だ。
 それとも本当に、まだ見つけていない俺の才能があるのだろうか。
 将来、その何かを見つけた時の為に基礎を鍛えようと、ランニングと剣道と勉強だけは美咲に追いつかれても続けていたが、いっこうにその何かは見つからない。
高校は別にしようとしたが、美咲と真菜の奴、俺に隠れて俺と同じ高校を受けやがった。
 家族ぐるみで、俺は騙された。
 入学式、向かう方向が一緒な事に気付いた俺の絶望は果てしない。
 俺は、いまだに将来の夢を決められないし、誰にも相談できない。
 美咲の「私もやる!」という一言が怖いのだ。真菜は間違いなくついてくるだろう。
 美咲も、それとなく将来の夢を聞いてくるのが不気味でしょうがない。
 正直に言おう。俺は美咲が嫌いだった。真菜が迷惑だった。
 せめて、俺が弟ならば、あるいは女なら美咲を恨まずに済んだかもしれない。
 だけど俺は兄で、双子で、男なのだ。
 常に比べられ続ける地獄。美咲に勝てないのなら、どこか、誰もいないどこかへ行きたかった。
 どんなに嫌がっても、明日は来て、来週は来て、来月が来て、来年……高校卒業が来る。その時には、将来を決めていなければならない。
 俺は毛布を頭からかぶって眠った。









「智也! 美咲と買い物に行ってきて」

 俺が勉強をしていると、母さんが声を掛けてきた。

「なんで俺が」

「あんた男でしょう。いっぱいあるから、荷物持ちよ」

 俺はしぶしぶと出かける準備をする。
 癖毛をなんとかまともに見えるように整えると、美咲がパタパタとやってきた。
 グレーの派手な襟で裾の長い服に、黒いストッキング。短パンかミニスカートかわからないが、とにかく下の服は長い袖に隠れて見えない。
 真ん丸とした小さなバッグに母さんから貰った財布を入れて、美咲は笑顔で手を差し出した。

「いこ、智也」

 俺は黙って美咲の後に従った。
 公園に差し掛かった所だった。近所の子供達が、公園で遊んでいた。
ボールが道路に飛んでくる。子供が、それを追いかける。何故か、それらがゆっくりに見えた。
走ってくる車。

「危ない!」

 俺は走った。その時、俺の心中に浮かんだのは、子供の安否の心配じゃない。
 勝ったという思いだった。
 ようやく、美咲がやってない事を出来る。その為に死んでもいい。美咲と違う事が出来るなら。
 子供を持ちあげた時、俺は強く突き飛ばされた。
 コンクリートブロックに叩きつけられ、俺はなんとか子供を庇う。
 衝突音。車のドアが開く音。悲鳴。

「……なにやってんだよ」

 俺は、掠れた声で言った。子供の泣き声が耳にうるさい。
 血が、広がっていく。
 美咲が、車に轢かれて倒れていた。
 足が、あらぬ方向に曲がっている。無事なはずの俺の足が、体が、激しく痛んだ。

「救急車! 救急車!」

「美咲ちゃん!」

 運転手が喚き、公園で子供を遊ばせていたおばさんが駆け寄ってくる。

「何やってんだよ! なんで俺なんかを助けるんだよ! そうやって善人面したいのか? いつもそうだ。いつもいつもそうだ! 美咲はなんでも出来て、凄くて、いい子で、俺は何もできなくて、悪者で! 俺はお前なんか大っ嫌いなんだぞ。感謝なんてすると思ってんのか? マジ馬鹿じゃねー!?」

「なんて事言うの!」

 おばさんが、俺の頬を叩いた。

「あたしは……好きだよ、智也の事……。あたしは知ってる……智也、なんにでも一生懸命で……凄いなって……でも、最近一度も笑った事無くて……あたし、智也の笑ってる顔みたいな……」

「誰がするか!」

 俺はその場から駆け去った。
 走りに走り、隣の町まで走って、嘔吐する。
 美咲が轢かれた。でも、最低な俺が考えていたのは、美咲の安否なんかじゃなかった。
 ――もしも美咲がここで死んだら、俺はもう、一生美咲に勝てない。
俺の頭を占めていたのは、それだった。だからこそ、俺は一生、いや永遠に美咲に勝てないのだろう。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」

 家に行きたくない。公園で、ただボーっとしていた。
 日が暮れて、とぼとぼと家に帰る。
 母さんが、鬼のような顔をして家の前に立っていた。
 俺が母さんの所に行くと、無言で頬を叩かれる。

「病院に行くわよ」

 俺は、のろのろと頷いた。
 車に揺られ、ぼんやりと窓の外を見る。胸の辺りがズキズキとした。
 道路が凄まじい速度で通り過ぎていく。
 行きたくない。
 病院につき、病室に向かう。手術は既に終わっていた。
父さんが、ベッドの横に付き添っていた。
美咲は、静かに眠っていた。包帯が痛々しく、血がにじんでいた。

「何があったか、貴方の口から聞きたいわ。話して頂戴」

 母さんが、押し殺した声で言う。

「おばさんから聞いてるだろ」

「智也!」

「お前、落ち着きなさい」

 激昂する母さんを、父さんが宥める。俺は、ただ項垂れて時間が過ぎるのを待った。
 母さんは泊まり込みで美咲の世話をする事になった。その間の家事をするのは俺だ。
 朝、朝食を作る。以前、料理を一所懸命に勉強した事があるから、人並みの朝食くらいは作る事が出来る。
 父さんが、起きてきてぎこちなく声を掛けた。

「おはよう」

「おはよう」

 そのまま、無言で食事をする。
 学校に行くと、俺の机に花が置かれていた。
 茜が、腕組みをし、きつく俺を睨んでいた。

「あんたのせいで美咲が重体なんでしょ。あんたが死ねば良かったのよ。謝りなさい! 美咲に謝りなさい!」

「何をしているの! やめなさい、茜さん」

 教師が慌てて茜を止める。

「放して! 放してよ! 返して! 美咲を返しなさい!」

 冷たい周囲の目。茜の涙。止め続ける教師の戸惑った声。
 俺は全てを無視して席につき、窓から花を投げ捨てた。

「智也くん!」

 教師が見咎める。俺はこれみよがしに言った。

「これでようやく美咲と離れられるな」

 茜が叫ぶ。

「殺してやる! 殺してやる! 殺して……うあ……ああ……ああーん。うわあああああ」

 茜が、崩れ落ちる。

「智也くん!」

 美咲を好きだと言っていた男子生徒が、俺を殴った。

「美咲はなぁ! いつもお前を庇ってたんだぞ! お前は美咲よりすごいんだって、皆お前の魅力に気づかないだけなんだって! なんでお前が……なんでお前が!」

 知ってるよ、そんな事。だから俺は、美咲が憎かった。
 どんな事があっても、明日は来て、来週は来て、来月は来て、来年は来る。
 その日、進路指導の為の調査票が配られた。
 聞いている事は実にシンプルだ。
 卒業後、どうするつもりなのか?
 そんな事、今は考えたくない。それでも、残酷に期限は迫ってくる。
 針のむしろの学校を終え、部活動まできっちりこなして、夕食を作って、風呂に入ってから、俺は病院に向かった。出来る限り病院に行くまでの時間を引き延ばした、とも言う。
 病室から、母さんと父さんの話声が聞こえて扉を開ける手が止まる。

「本当に、なんでこんな事に……美咲が、美咲が……事故にあったのが智也だったら良かったのに……」

「お前! そんな事をいうものじゃない。昨日はずっと寝ずについていたというじゃないか。お前は一旦美咲から離れて休んだ方がいい。今日は家に帰りなさい」

「でも……」

 俺はゆっくりと手を引き戻し、病院のトイレへと向かった。
 そこで、吐く。嘔吐したら、さらに胸が痛んだ。
 苦しい、苦しい、苦しい。
 夜が来るまでそこでじっとしていた。
 夜が更けて俺が病室に向かうと、さすがに父さんも母さんも帰っていて、真菜がただ一人、美咲の顔を眺めていた。

「なんだよ、お前も俺を責めてんのかよ」

 真菜は俺を抱きしめる。

「怪我をしているのではないか? 歩き方が変だぞ。医者は何と言っているのかの」

「……医者には行っていない。轢かれたのは俺じゃない」

「美咲の馬鹿力で突き飛ばされたのであろ。見てもらった方がいい。……良く子供を助けたの」

「は……っ子供を助けたのなんか、善意でやったんじゃねーよ」

「子供を助けたのは事実であろ」

 俺は、言葉を絞り出す。

「なんだよ……なんでそんな事言うんだよ……そんな優しい言葉、俺にかけんなよ……」

「泣くな、智也。そなたは、いつでも生意気な顔をしてしっかりと立っておらねばならぬのだ」

 そして、真菜は俺をぎゅうっと抱きしめた後、離れた。
 真菜は、俺を正面から見つめて言った。

「智也、いや、マゼランよ。お前の優れている所を、今こそ言おう。すまんの、すまんの……智也を独り占めできるのが嬉しくて、妾はずっとそれを隠していた」

 マゼランと聞いたとたん、俺の心が揺れた。まるで、ずっと探していた何かを見つけたような、思い出してはいけなかったような。いや、何よりも真菜は気になる事を言った。

「俺の、優れている所……?」

「それは、魔術だ」

「魔術ぅ?」

 俺は懐疑的な声を上げた。真菜は急に何を言っているんだ。

「回復呪文、ラグルピース」

 真菜の言った言葉に、俺は眼を見開いた。夢の中で老魔法使いが使っていた技。

「いまこそそれを使うが良い。それで美咲は助かるであろ。智也の欲しかった、美咲より優れた何かが見つかるであろ。嘘だと思うなら、試してみるがよい」

 駄目だ。その申し出に乗っちゃ駄目だ。何故なら俺は、真菜の知らない事を知っている。
 この世界には魔力が無い。俺はMPをもたない。しかし、この世界にもMPに代わるものがある。それは生命力。嘘に決まってる。でも、もし本当だったら、美咲の命と引き換えに俺は死ぬ。

「……考えさせてくれ」

「うむ、考える事も色々と多いであろ。妾は待ってる。智也の決断を」

 朝、俺は診察を受けた。老魔法使いの言った通り、肋骨が折れていた。

「事故にあったのに病院に来なかったのかい? 駄目じゃないか。それに、胸。相当痛かったはずだよ。とにかく、君も入院してもらうから」

「……すみません。入院の準備にちょっと家に帰っていいですか」

「駄目。今、精密検査の準備をするから」

「はい」

 俺は項垂れた。
 精密検査を受けながら考える。俺、死ぬなら身辺整理しなきゃな。
 部屋……は、片付いてるな。殊更拘るものもないか。
 そうだ、遺言考えなきゃな。真菜の嘘や俺の妄想の可能性が高いとはいえ、死の可能性はあるのだ。
 さあ、なんて言おう。なんて言おう。なんて言おう。
 父さん、母さん、育ててくれてありがとう。こんな奴でごめんな。ああ、そうだ。美咲にも遺言しなきゃ。あいつは元気になるんだから。
 うーん……恨みごとばっかになりそうだな。やめとこう。
 あいつにもありがとうの一言でいいや。
 俺は検査が終わった後、売店で封筒と便箋を買い、精一杯丁寧な字でたった二行の遺言を書いた。

「死ぬ前にやる事終了、と。俺の人生ってなんだったんだろーなー」

 別れを惜しむ友達もいない。
 生きてほしいと言ってくれそうな人すら……いや、真菜がいるか。
 真菜の考えている事は俺には良くわからなかった。なんで、俺なんかに拘る?
 俺は美咲の病室に行った。
 真菜が、俺の顔を見て笑顔になった。

「マゼラン、その気になったのだな。大丈夫、マゼランなら政府直属の魔術師にだってなれる。妾が、全力でサポートする」

 俺は、真菜を無視し、美咲に両手を向け、朗々と呪文を唱える。
 中ほどまで唱えて、虚脱感で足が崩れた。それでも手を掲げ続ける。

「智也! どうした!? お主がこの程度の呪文で力を使いはたすはずがない!」

 美咲の周囲に魔法陣が現れ、発光していた。
 すげー。俺、魔法を使ってる。
――何言ってんだよ、当たり前だろ。お前は、魔王を倒した魔法使いだったんだぜ?
 じゃあ、これぐらい簡単だよな。俺は、一層力を入れて呪文を唱えた。

「やめて、智也。駄目だよ……」

 美咲の声が、聞こえた気がした。
 次の瞬間、俺は真っ白な場所にいた。

「困りますねぇ。ええ、本当に困ります」

 声を掛けられ、俺は振り返る。
 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。中国の文官のような服装に、小さな丸眼鏡。狐のように細い目の男が、そこに立っていた。

「そのパラメーター、万能過ぎると言う事で随分前に廃止されたんですよ。たった三人で魔王が倒せるというのは、やりすぎですよねぇ、いくらなんでも。実質、二人でしたし。なので、癒して差し上げる事は出来ません。かといって、貴方は既に命と言う対価を支払ってしまった。こちらとしても、どうにかしてあげないと契約違反になってしまいます」

 男は竹で作った巻物のようなものを広げて言った。

「お前、誰だ?」

「精霊、神、天使、化け物、悪魔、妖怪。好きな呼び方で構いませんよ」

 男は、肩を竦める。
 俺はふいに気付いた。俺は、とんでもなく偉い奴に会ってる。
 魔法とパラメーターの大本、神様に。

「それは違いますよ。私は下っ端の文官です。キュロスと申します」

「キュロス、様。美咲は治らないのか?」

 俺はおずおずと聞いてみる。命と言う対価を払ってしまったと言っていた。
 ならば俺は、既に死んだのだ。命を賭しても、俺は何一つ成せないのか。

「直接治す事は出来ません。でも、チャンスを与える事は出来ますよ」

「チャンス?」

「二十年前の赤子の死体に貴方の魂を送り届けてあげましょう。そうそう、タイムパラドックスが起きるので、今の時点以前でこの世界に干渉してはなりません。それに、全てのパラメーターはリセットされます」

「それで、どうやって美咲を救えるんだ?」

 キュロスは苦笑した。

「おやおや、どうすればいいか、貴方は知っているでしょう? 貴方の前世は魔王を倒した大魔道士、マゼランなのですから。ヒントを教えてあげましょう。パラメーターは全世界の人間が一律になり、大分多様化しています。いえ、言い変えましょう。簡単に強くなれないよう、平等に、かつ大分厳しくなりました。マゼラン……貴方の前世のように、パラメーターの極振りをしなければ美咲さんは救えませんし、一度でも方針を間違えば、それで終わりです。タイムリミットは二十年。大サービスとして、記憶を保持できるほかに、今の時点までどれくらいかわかるようにしてあげましょう。もちろん、自分の人生を謳歌するのも自由ですよ。私はそちらをお勧めしますがね」

 俺は、キュロスの言葉をゆっくりと噛みしめた。

「……わかりました。お願いします、キュロス様」

 キュロスは一本指を立てて言う。

「いかに大魔法使いマゼランとは言え、たった一人の人間にやれる事には限りがあります。この世界にはMPがありません。美咲さんを救う為には、もう一度命を捧げるか、例え生き残ったとしても、何もできない異邦人として一人この世界に取り残される事になるでしょう。それでもいいのですか? 美咲さんが憎かったのでしょう? なのに、美咲さんの為に死に、今また新たな生涯を捧げるのですか?」

 俺は頷く。

「構いません。ずっと俺だけの何かが欲しかったんです。美咲を救えるのは、俺だけです。ここで美咲を救わずに新たな人生を選んだら、それはもう俺じゃないんです。負け犬のまま、俺の人生は終わってしまうんです」

 キュロスは慈愛のある瞳で頷いた。

「いいでしょう。智也さん。貴方の魔術を承認します。それで、そこの貴方はどうします?」

 キュロスが、持っていた竹の巻物にハンコを押す。
 その瞬間、白い空間は消え失せ、俺は真っ逆様に落ちた。
 落ちていく瞬間、キュロスの前、俺の後ろの位置に誰かの人影が見える。
 満天の星空。青い月と赤い月。真っ暗闇の中に落ちていく。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 地面に激突するってか真下に赤ちゃんがいるじゃねーか!
 危ない、と手をつくが、手は地面をすり抜けていく。
 籠にすら入っていない、小汚い布に包まれた赤子に、俺は頭から突っ込んだ。
 目を瞑ると、俺は横になっている事に気づく。
 体が硬くてうまく動かない。何より、物凄く寒い。何も見えない。喉が堪らなく痛かった。
 何なんだこれ。そうだ、赤ちゃんの死体に魂を連れていくって……。
 捨て子じゃないか。これ、下手したらこのまま死ぬのか?
 俺は声を張り上げる。
 か細い声しか出ない。
 頭の中で、選択肢が現れた。
――声の大きさにパラメーターを振りますか?
 気づかれなきゃ死ぬかもしれない。しかし、パラメーターを犠牲にしたら美咲が助けられない。
 畜生、やってやる!

「あ……ああ……あ……ああああああああっ」

 俺は、この世界で産声を上げた。

































   終章


 トモヤは、王族御用達のお茶を飲んでのんびりとしていた。アトルは治療に出かけている。ここにいるのは二人きり。ようやく手に入れた平穏。トモヤは知らない。トモヤの影に、常に魔族の護衛兼監視が張り付いている事を。

「なぁ、アンティ様。そろそろ教えてくれたっていいだろう。何にパラメーターを振ったのか」

 王女は、弾けるような笑みを見せた。

「ようやく一万ポイント溜まったのだ。同ポイントなら、こちらの属性が勝つ。褒めてくれ、智也。妾が振ったのは……」

 そして、王女は振りむいて言った。

「カリスマだ。余に忠誠を誓え、智也。そうだな、まずは愛している真菜、とでも言ってもらおうか」

 王女から思念の触手が放たれ、俺は……



[15221] 汝その名はエイリアン(未来人現代転生)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/29 22:47






 大きな犬を模った巨大なロボが、光線を放つ。
 人型の大きなロボットが、大きな盾を持ってそれを防いだ。
 そして、大剣で一閃。しかし、犬型ロボットはそれを飛び避ける。
 重い振動音がした。
 それを、遠くから見ている科学者集団があった。
 ドイツ領とアメリカ領の科学者たちだ。5千年後、地球は一つの国となっていた。
 今回は、ドイツとアメリカで親善試合をしようという事だった。
 勝負がついて、科学者たちは歓談する。

「やはり、一対一は花が無いね」

「そうかな。ゲストは喜んでいるようだよ」

 キラキラと目を輝かせてそれを見る子供。すっげー! すっげー! すっげー! と連呼している。子供は、年に似合わぬ、装飾過多の仰々しい服を着ていた。

「インドや中国も凄かったけど、やはり貴方方のロボットは格別だな……あっですね。最高峰といっていい、です」

 頬を興奮で赤くしながら少年が言うと、科学者は指を振った。

「まだまだですよ。クラート星次期技術官長殿」

「エイリアンと比べて、だろう? 彼らは人間そっくりでも、物理的に頭の出来が違うのだから、仕方ないよ。その為に、彼らの遺伝子を模した僕が生まれた」

 少年が言うと、科学者は苦笑する。

「いいえ、違います。過去には、もっと凄い地域が……いえ、国があったのですよ。今のような騎乗型ロボット発祥の地……日本。かの国は、素晴らしいロボットを作ったと言います。彼らなら、エイリアンの作るロボットにも勝てたかもしれません」

「ヘイ、それは美化のし過ぎだぜ。もう何千年も昔の国だろ?」

「数千年前に謎の理由で消えた幻の国ですか……。伝説はいくつも聞き及んでいます。私もぜひ日本人に会ってみたかったです」

「ハハハ。さあ、クラート星次期技術管長殿。いよいよ来週、クラート星に旅立たれるのでしょう? 勝負がつくのがすっかり遅くなってしまいました。もうお休みください」

「うん」

 少年は科学者に手を引かれ、宇宙船に乗りこむ。
 彼は10歳ほどの少年に過ぎないが、責任ある立場だった。少年は、新しい技術で作られたクローンだった。より宇宙への適応に特化した、丈夫な体と膨大な知識を持って生まれた存在。
 大勢の同じタイプのクローンと共にクラート星に送り込まれる予定だった。
 星一つ使った、壮大な実験。もちろん、ノーマルの大人も大勢送り込まれるが、主役はクローン達だ。
 しかし、頭の中の知識だけでどうにかなるほど世の中は甘くない。
 クローン達は、出発前に足早に最先端技術をその目で見て回っていた。
 少年は、宇宙船の一室で眠る。すると、その部屋が爆発した。テロだった。
 少年は何もわからないうち、自分の生まれてきた意味も果たせぬうちに死んだ。










 
 朝寝て起きたら日本人に生まれ変わっていた。
 嘘だろう? しかし、夢は五年も続いているし、やけにリアルだ。異様に頭のいい子供を恐れる人もいる事を知っているから、極力馬鹿の振りをした。それでも天才と言われてしまうのには困ったけれど。
 母は俺が生まれた時に死に、父さんとじいさんは俺の事をとことん可愛がってくれる。
 俺は日本有数の機械工業メーカー、塩田の一人息子として生まれてきていた。
 この世界ではまだロボットは開発されていなかった……というより、途方もなく昔のようで大分遅れていたが、子供向け番組を見て驚いた。
 子供向け番組の設計思想は、既に未来と同じ方針だったからだ。
 さすが、日本。
 いつの日か、滅びてしまう国。滅びてしまうには、あまりにも惜しい国。

「父さん、父さん、父さんがもし過去へ戻れて、全滅しちゃう貴重な生き物にあったらどうする?」

 父さんは、笑いながら答えた。

「うーん、どこか安全な場所に避難させておくかな」

「そ れ だ!」

 地球の近くには、エイリアンの居住惑星があった。エイリアンは優しい。心温かく、日本人を受け入れてくれるだろう。とりあえずそこに避難させればいい。日本列島は未来には存在しないから、自分の時代になっても地球に戻っては来れないだろうけど。
 俺は大いに頷く。腐っても技術長官候補だ。惑星開発の知識は頭に入っている。

「父さん! 手始めに一兆ほどお小遣い頂戴!」

「一兆!?? 手始めってなんだ! 子供がそんな大金、何に使うんだ」

「宇宙船開発! カラット星まで! とりあえず、五人乗り」

 それに、安心したように父さんは微笑む。

「俺とした事が、子供の言う事を本気にするとはな。宇宙船開発か。夢があっていいな。よし、うちの会社も宇宙船を作るお手伝いをしてるんだ。現場に連れて行ってやろう」

「いらないよ、原始時代の宇宙船なんて。俺は俺の宇宙船が欲しいんだ。設計図作るから父さん作ってよ。パソコン貸して」

「お、大きく出たな、よし、作ってやろう。今、パソコンの使い方を教えてやるな」

「うん」

 俺は頷き、パソコンの使い方を習った。父さんの部屋のパソコンのプログラムの本も漁る。うわ、すごいチープだな。容量、足りないと思う……。
 なんとか自前でプログラムを組み、俺は半年間頑張り続けた。

「父さん、容量足りないよ。このパソコンぼろいし、記憶媒体じゃなくて新しいパソコンが欲しい」

 父さんを呼ぶと、最近ほったらかしていたせいか喜んでやってきた。じいさんまで。

「頑張るなぁ、空。容量足りないってどういう事だ。まあ、半年間、お絵かきソフトを使ってれば確かに……どれ、父さんに見せてみろ」

 父さんがパソコンを受け取り、じいさんが後ろから覗きこんだ。

「こりゃ、透。空はこんなに頑張っているのじゃから、空にいいパソコンでも買ってやれ」

「まだエンジンしか出来てないのに、恥ずかしいな」

 俺が言う。父さんが、回転するエンジン図を見て閉口した。

「そ、空……お前、本当にこれを書いたのか? というか、このソフトはどっから手に入れた」

「自分で作ったー」

「おお!? 空は天才じゃ! さすがワシの孫! エンジンっぽいぞ。透! お前、ちゃんと模型を作ってやるんじゃぞ。実物大で、ちゃんと材料も揃えてな」

「じいさん、また孫に甘い事を……ところで、ここの材料の船鉄ってなんだ?」

「宇宙船の為の金属。鉄じゃないんだけど、そう言うの。えと、作り方はまた新しいパソコン貰ってからね」

「よし、買ってやる」

 俺は店で手に入る一番いいパソコンを買ってもらい、プログラムを持ってきて船鉄の融合炉の設計図を書いた。
 父さんはパソコンに表示されたそれを、瞬きもせずに見つめる。

「作ってくれるの?」

「おお、いいぞいいぞ。空は天才じゃなぁ。透、いいな」

 じいさんは俺を抱き上げて褒めたたえた。もっと褒めろ。

「……これは、設計が精密すぎる……まさか本当に……? とにかく、やってみよう」

 父さんが言う。俺はその間、新しいパソコンで設計図に取り掛かり始めた。
 一年後、父さんは設計図を書いていた俺を抱き上げて叫んだ。

「凄いぞ! お前の船鉄、強度は鋼の二倍、軽さは半分だ! これで我が塩田工業は更に発展する! 早速特許を……いや、やめよう。厳戒態勢を引いて隠す! 早速正式に生産だ!」

 じいさんが、駆けてくる。

「聞いたぞ! さすがワシの孫じゃ。天才じゃ!」

 じいさんは父さんから俺を奪い取って高い高いする。たかが船鉄ごときの事でこんなに喜んで貰えて、俺は嬉しい。この調子なら投資も大丈夫そうだ。

「じゃあ他の設計図も出来たし、作ってよ。宇宙船」

「精密な物を作る練習になるな、いいぞ。ご褒美だ」

 練習ってなんだ。俺は唇を尖らす。

「えー。ちゃんと作ってよ」

「わかったわかった」

 父さんは、苦笑する。
 じいさんは、その日たくさんのアイスを買ってきてくれた。
 ご褒美のアイスは、至福の味だった。








「というわけで、我が孫、空の作った設計図通りに宇宙船を作るのじゃ!」

 塩田工業会長、塩宗が張り切って指示をする。

「孫の為に何億掛けるおつもりですか、会長」

 社員達は呆れて聞いた。

「わしの財産全部」

「「「おおぃっ!」」」

 社員の総突っ込みに胸を振る会長、塩宗。
 その息子であり社長である透が、声を張り上げた。

「心配しなくとも、利益は船鉄で出るだろう。船鉄の扱いの練習にもなる。息子の功績で、息子の作りたいものを作ってやるんだと考えればいい」

「というか、本当に船鉄を息子さんが考えたんですか?」

「ありえないですよ、それって……」

 社員が口々に言いたてる。透もまた、胸を張った。

「そうだ。うちの子は天才だ。この設計図を見ろ」

 机いっぱいに広げられた設計図。その精密さに、社員達は息を飲んだ。

「嘘だ……社長が書いたのを息子が書いたと言い張ってるんでしょう」

「信じられないなら今度息子を連れてきてやろう」

「絶対ですよ」

 そして、社員達は作業に取り掛かるのだった。
 









 俺は初めて作業場に連れてきてもらっていた。

「空君、ようこそ塩田工業へ。空君の宇宙船はこっちよ」

「わーい」

 作りかけの宇宙船を見て、俺は歓声を上げる。早速ぺたぺた指紋を付けつつ、あちこちチェックする。重要な事に気付いた。やはり実際に来て良かった。

「これだと僕、運転できない。運転席が大人サイズだよ」

「あら、そうね。どうしましょう」

「手元に操作盤をもう一つ作る。子供サイズにしたら、大人になった時逆に操縦できなくなるから。どっちみち主要な操作はヘッドギアでやるんだけど、接続が悪い時の為に操作盤はどうしても必要だから。待ってて、設計図作る。父さん、パソコン」

「ああ、わかったわかった」

 父さんがパソコンを出してくれる。俺は椅子に座って、高スピードで設計図に修正をした。それを見て、社員の人が目を見張る。

「うわ……すごい、この子……かしこーい」

「ああ、信じられないだろう。これが私、透の息子、塩田の次期社長、空だ」

 父さんは誇らしげに胸を張る。
 俺は女性社員に撫でられてご満悦だった。
 入学式の前日、ついに宇宙船は完成した。工場の外へ運び出され、俺は駆け寄った。

「うわーい、父さん、じいさん大好き!」

「乗ってみるか、空」

「おじいたんも乗せてくれるんじゃろ、空?」

「うん!」

 俺は宇宙船に乗り、二人にベルトをさせ、自分もベルトをした。
 ヘッドギアを装着、スイッチを入れて思念を送る。
 時間を見て、プログラムは既に組んであった。
 ピピピピピピピピピピピピピ。
 宇宙船のあちこちにランプがつき、父さんは驚き、じいさんは喜んだ。

「馬鹿な、スイッチはついていないはずなのに!」

「おお、凄いのぅ。凄いのぅ」

「行くよー。発進!」

「な、なんじゃ!?」

 浮遊感がして、じいさんも慌てだす。
 窓から、社員達が慌てているのが見える。どうしたんだろう?

「とりあえず、大気圏離脱からテストするねー」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て、空!」

「ゴーゴーゴー!」

 宇宙船は、見事大気圏離脱をした。

「よし、うまく行ったな。次は、ワープ航法を……」

「そそそ空、待ちなさい。空! めっ!」

 俺は急に怒られてびくっとした。

「ふぇ……ええええええええん」

「あ、いや、悪かった、じゃなくてな、なんで宇宙なのに重力が、えと、この宇宙船は宇宙に出す事は想定していなくてだな、いや」

「ふぇぇぇぇええええええ」

「そろそろおやつの時間じゃ、家に帰ってアイスを食べんかの、空」

 アイス!?

「うん」

 俺はじいさんの言う通り、まわれ右して大気圏突入を始めた。

「た、大気圏突入の想定もしてないぞ、空!?」

「諦めるんじゃ、この子の天才性を信じよう、透」

 俺はなんの問題もなく大気圏突入して元の場所に戻った。
 着陸してヘッドギアを外すと、何故か俺はお尻ペンペンをされて盛大に泣く羽目になったのだった。最初から宇宙船って言ったのに、言ったのに。

 翌日、テレビは何故かUFОの話題で持ちきりだった。



[15221] 汝その名はエイリアン 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/30 22:03
 塩田工業の重役会議室で、社長、透は言った。

「皆大変だ。うちの子が天才だった。物凄く天才だった」

「自慢ですか、社長。緊急で重要な連絡があると聞いたから何かと思えば。それよりあれが何億もかけて空君の設計図通りに作った宇宙船ですか。結構格好いい見た目じゃないですか。資金ももったいないし、展示しましょうよ」

 営業本部長が言うと、人事本部長が透の横にちょこんと座る空を指し示した。

「息子さん、今日入学式じゃないんですか? いいんですかこんな所にいて」

「そんな場合じゃないんだ!」

 経理本部長が書類を指し示して言った。

「そんな場合じゃないんだ、じゃないですよ。再三言っていますが、株主にどう説明するんですか」

 開発本部長が、身を乗り出して聞く。

「もしかして空くん、船鉄の第二弾を作ったとか?」

 それで全員の瞳が空へと集まった。

「まさか、またやったんですか」

「ちょうどここにいるメンバーは4人だ。空の船に乗ってくれ。初めに言っておく。スクリーンじゃない」

 首を傾げながら、彼らは空の舟へと乗る。
 5人分の席がすべて埋まり、空がヘッドギアを被った。

「しゅっぱつ! しんこー」

「え、嘘!」

「浮いたぁ!?」

「ちょっと待て、これジェットエンジンじゃないぞ!」

「社長! 心の準備が!」

「「「「ぎゃあああああああああ!!!!!」」」」







「宇宙!? 宇宙なのか、これ!?」

 開発本部長がシートベルトを外し、窓に駆け寄る。
 経理部長は震えて椅子にしがみ付いている。
 営業部長はがむしゃらに写真を取った。
 人事部長は言った。

「空くん、君開発本部長をやる気はないか」

「ま、待て木下!」

 慌てて開発部長が言い、人事部長は強張った笑みを浮かべた。

「冗談だ。ハハハ……はぁ。もしかして、これ……空くんの設計?」

「社長……信じられない。信じられない。7歳の設計した船にいきなり乗せるなんて!」

 経理本部長が叫ぶ。

「宇宙なのに弱いながら重力がある。って事はこれって……重力エンジンかぁ!? 凄い! 俺はSFが好きなんだ。売れる。塩田工業は世界へ羽ばたく!」

 塩田工業の重役の面々はこの上なく図太かった。
 宇宙ステーションを観光して、一行は帰る。

「おい……まさか帰りは……」

「大気圏突入!?」

「シートベルトしてねー」

 空がのんびりした声で言う。

「「「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」

 そうして、四人はふらふらになって帰って来た。帰りは大分遅くなったが、透は外で待ち続けていた。

「社長! なんて事するんですか!」

「今すぐ入社させましょう!」

「発表はいつにします!? プレゼンテーションは全部署が一丸となってします!」

「すぐに分解させてくれ!」

「分解!? 俺の宇宙船を!? ふええええええん」

 透はなんとか5人を宥めようとする。

「待ちなさい、待ちなさい。まず、これはすぐには発表しない。重力エンジン搭載の宇宙船など、史上初だ。万全を期して送り出したい。まだ仕組み等、何もわかっていないんだ。ワープ機能と言う、未知の機能もある」

「ワープ!? まさかそんな!」

「これは社の重要機密だ。幸い、このプロジェクトに携わっていたのは腹心の部下ばかりだ。情報が漏れる心配はしなくていい」

 その時、塩宗が携帯型テレビ電話を持って駆けてきて言った。

「大変じゃー! NASAが宇宙ステーションからの映像を……空が宇宙船を運転してる映像を送りつけて情報を寄こせと言ってきとるー!」

「どうしてここが!?」

 透が驚愕する。

「そりゃ……」

 営業本部長は宇宙船を指差した。そこには、色鮮やかな塩田工業のエンブレムが光っていた。

「ああ! しまった! 作った物には必ずエンブレムをつけさせる癖が!」

「どうするんです、空くんは表舞台に立つには早すぎますよ」

 開発部長は、引き抜きの攻防やトラブルが起こった際の圧力、研究の発表にまつわるあれこれなど、様々な事を経験していた。営業本部長や人事本部長も全力を持ってフォローしてくれるが、やはり大人でもきつい時はある。ましてや、相手は小さな子供なのだ。

「よし! わかった電話を貸してくれ」

 透は、意を決して言った。

「息子の入学祝いに宇宙船型のおもちゃを作らせてみました。それが何か? ああそうそう、オーダーメイドですので注文は受け付けていません。子供が運転していた? そりゃ息子に作った物ですから。免許? 発進! と思考するだけで発進するような単純な装置に要りますかそんなもの。いる? 当たり前? 怒鳴らないでくださいよ、誰が決めたんですそんな事。ああそう。日本政府。じゃあ次から我が社の庭でだけ動かす事にします。全く、最近の若者は可愛い子には旅させよという言葉を知らない」

 そして電話を切る。

「社長~!!! なんなんですか、その受け答え!」

「いや、ごまかそうと思って。駄目かな?」

「駄目ですよ!」

「宇宙開発研究機構様がいらっしゃいました」

「よし、今の調子で行ってくる!」

「待って下さい、社長~! 私が行きます」

 営業本部長が引き留めた。
 そして、戻ってくる時にはやり遂げた漢の顔で言い放った。

「一ヶ月後に各国の科学者を集めて、塩田工業の空くん入学おめでとうフェアをやる事になりました。もう皆に連絡したので、宇宙船の撮影班がもうすぐ来ます」

「空くんを表に出してどうする!」

 開発本部長が営業本部長にヘッドロックを掛ける。

「イタタタタ空くんが開発者だって事は言ってないですってアイタタタタ」

「おめでとうフェアをやるならマスコットを作らなきゃ! 俺、宇宙船にAI入れるー。一か月もあれば出来ると思う。外見はどうしよー」

 空が迷うと、営業本部長は目を輝かせた。

「全国のお友達から募集しましょう! 参加者も、広く一般のお客様から抽選で選びましょう。早速案内の封筒を用意しなくては」

「おいおい、学校は……」

「やりなさいやりなさい。世の中勉強よりももっと重要な事がある。人事本部長、信頼のできる家庭教師を呼ぶように」

「塩田工業の者には、元教師もおります。お任せを」

「いーのかなぁ……」

 経理本部長が呟いた。しかし、誰も聞いてはいなかった。









 空くん入学おめでとうフェア当日。
 塩田工業の広い走行実験地にテーブルが備え付けられ、軽食とワインや飲み物が用意された。
 あちこちには、一般公募で決まったキャラクター、トンボの蒼くんが飾られている。
 各国の科学者だけではなく、要人もフェアに集まってきている。大臣も来ていないのは日本だけだ。それと、少し離れた席に抽選で選ばれた塩田工業のお客の親子連れ。
 報道関係者の席ももちろんある。全員が、整理券を持っていた。

「皆さん、お集まり頂きありがとうございます。可愛い我が子も、ようやく七歳となり、晴れて入学式を迎える事が出来ました。そこで、我が塩田工業は息子の為に宇宙船をプレゼントしました。皆さんから素晴らしいアイデアを頂き、可愛らしいマスコットを宇宙船のAIにつける事もできました。皆さんに、心よりの感謝を捧げます。空の健やかな成長を祈って。乾杯!」

「「「「「乾杯」」」」」

「整理券一番の方は来てください。空くんの操縦で、宇宙船で走行実験地を一周します」

 空と人々の第一陣がぞろぞろと宇宙船に向かう。
 皆、懐疑的な目で船を見ていた。
 船が浮き、全員が驚愕する。船が浮いた事にではない。ジェットエンジンではなく、本当にふわっと浮いたからだ。しかも、駆動音はするが、比較的静かだった。
 船は、ゆっくりと一周をする。

「う、運転を変わってくれないか?」

 勇気ある要人が言った。

「駄目だよ、俺のだもん。一周終わったから、次は整理番号二番の人の番だよ」

「そうか、君のか……ハハハ……クレイジー……」

「これ、本当に宇宙へ行くのかね?」

「二回行ったよー。でも俺、免許がないから大人になるまで宇宙まで運転しちゃ駄目だってさ」

 空が足を揺らしながらつまらなそうに言う。

「正規の運転手はいないのか?」

「俺」

「クレイジー……」

 一方船の外では、透が責められていた。

「おこさま手当にしては巨大すぎじゃありませんか!?」

「学校にも行かせず何やってるんですか!? 甘やかせすぎは子供の教育に悪いですよ」

「あれはどうやってるのかね! 論文を見せてくれ」

「子供に宇宙船を運転させるなんてアホかね? 馬鹿かね!?」

「ぜひうちと提携を! 共同開発をしよう!」

 透は、既に優秀な家庭教師をつけているという事と社外秘で押し通しきった。
 一般人の参加者達はもちろん喜んだ。
 翌日から、もちろんテレビは宇宙船の話題で持ちきりだった。ただし海外で。
 翌日から、報道陣が押し掛けた。ただし海外の。
 内容は子供でも簡単に宇宙へ行ける宇宙船を塩田工業が開発! というものだった。
 ちなみに日本では、危険な乗り物を子どもに運転させる、と深夜に報道がなされた。
 こうして、伝説がうちたてられる。


日本人伝説1 子供の入学祝に宇宙船をプレゼントした。そしてそれを運転させた。


「で、塩田工業で免許持ってる人間はいないのかね。さすがに運転できないのはもったいない。人事本部長?」

「います。人材の事なら任せてください」

「父さん、僕カラット星にピクニックに行きたい。早くパイロットを見つけてよ」

「そうだな、宇宙服も用意しなきゃな」

「僕が作るよ。今の宇宙服って重いもん」

「そ……そうか。空、空。お前は塩田工業の星だ! どんどん開発してくれ! そうだ、宇宙船の第二弾も作ろう。今度は塩田工業のシンボルとなる、大きな物を作ろうか。出来るか?」

 そこで俺は思いついた。日本人には、底力がある。俺は知ってる。日本人はいくつもの伝説を打ち立てたと。思想にまだ設計が追いついていないが、見てみよ、あのテレビアニメやゲームの素晴らしいメカ達を。

「デザイン、公募しようよ」

「何?」

「貴方の夢の宇宙船を塩田工業が作りますって銘打ってさ」

「……………できるのか?」

「頑張ってみる。日本人は、力があるよ。僕は知ってる。とてつもないアイデアが眠ってるって。楽しみだなぁ」

「これぐらいなら大丈夫」

 俺は、開発部長の子供が描いてくれたロケットのイラストをひらひらとさせた。

「空、空……お前は神様の子供じゃなかろうか」

「未来の子供だって言ったらどうする?」

「未来の子供はそんなに賢いものかな」

「遺伝子操作、されたから」

 父さんは、動きを止めた。じっと俺を見つめる。俺はドキドキした。

「なんにしたって、お前は俺の自慢の息子だよ。だれにも渡さん。絶対渡さん。未来に帰さん」

 父さんは、ぎゅうっと俺を抱きしめた。
 一方、ネット上ではこんな話が囁かれていた。

「見たか、塩田工業のサイト!」

「見た見た、デザイン公募って書いてあった。例のイラスト下手すぎww設計図あれでいいのかよ。俺の方がうまく書けるぜ」

「設計図じゃないだろ。デザイン画だろ。重力エンジンってデザイン関係ないのかな」

「大気圏突入するんだから関係あるだろ」

「宇宙船の一部でもいいんだってよ。内装とか」

「俺、出そうかな」

「俺も」

「俺も」

 そして、各国の、幼児から本職に至るまで、多くのデザインが寄せられるのだった。
 応募期間は、一年を置いた。第一次、第二次、第三次の三回の締め切りを置き、採用候補を塩田工業のサイトに乗せる。第一次のデザイン候補をいくつか乗せると、ネット上で阿鼻叫喚が上がった。海外の報道機関では大々的に報道された。

「ちょwwwww宇宙戦艦ヤマトがあるww」

「外国の映画の宇宙船の設定画が載ってる!」

「幼児の絵キターーーーーー」

「これが飛ぶとか重力エンジンパネェ」

 第二次、第三次は更に人数が殺到する。
 その間に、俺は宇宙服を完成させ、カラット星にピクニックに向かっていた。
 運転手は、仮想運転装置で訓練をした、塩田工業の社員だ。
 父さんは渋ったが、俺は無理やりにもついて言った。
 俺は、カラット星に降り立って驚愕した。
 何もない砂嵐と泥、生き物一つない巨大な海。
 あんなにも美しかったカラット星はどこへ行った!?
 エイリアン、イエローモンキー達は一体どこへ!?
 その一方、父さんと社員も驚愕していた。

「これ……は……ここを開発すれば、人が住めるんじゃないか!?」

「重力はすこし大きいですけど、十分許容範囲ですよ社長!」

「これで塩田は世界に羽ばたけるぞー!!!」

「待って! 父さん、聞いてほしいんだ」

 そうだ、何があろうと、日本人は保護するんだ。俺は父さんを助けたい。

「なんだ、空?」

 父さんが、しゃがみこんで俺に視線を合わせる。

「ここの開発は、俺に任せてほしい」

「何?」

「父さんは信じられないかもしれないけど、日本は滅びるんだ。未来に日本列島はない。だから、ここに日本人を避難させないといけないんだ」

「日本列島がない、だと? まさかそんな……いつ、いつ滅びるんだ」

「わからない……大分昔の事だから。俺は、新発見された惑星の技術管長をするはずだったから、開発の仕方はわかってる。父さん、お願い……」

「空……よく、よく話してくれた」

 父さんは、青ざめた顔でようやく言った。

「早速、秘密裏に移民船の開発をしなくてはならないな。空、やってくれるな?」

「うん、父さん」

 カラット星の事は塩田工業の社外秘になった。
 ダミー事業として、月開発をする事になる。早速、他の大手企業に連絡をした。
 政府が主導でやるという通達が成され、僅かながら資金も出る事になったので了承する。
 移民船を作る間、環境を大切に税や二酸化炭素出してはいけません税が大量に掛かってしまうが、日本人の未来を作る為なら二酸化炭素の大量生産も仕方がなかった。
 そうして手続きが済んだ頃、公募が終わった。
 俺はデザインを纏め、塩田工業の船の設計図と様々な機能を詰め込んだ移民船の設計図を作る。設計の秘密が外に漏れないよう、警備を強化する。
 六年掛かってウルトラマン型塩田工業社用宇宙船と移民船が完成し、月開発計画を公表した。
 そんな時だった。

「いかん、空。テレビを見ろ」

 各企業との調整をしていた塩宗がやってきてテレビをつける。

『我が国は開かれなければなりません。アジアで一丸となって宇宙開発をしようと思います。現在やっている月開発計画では……』

「「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」」

「相手がどこだろうと、空の研究は誰にも渡さんぞ!」

「日本人だけじゃないと、カラット星への移動がばれやすくなっちゃうよ」

「政府が月開発計画とその研究所を接収すると言っています! 今まで断ってきたのですが、強硬手段に出られました」

「どうする、空」

「拒否拒否。月に本社を移しますって言っちゃえ」

「しかし、材料はどうする」

「船の中で作物は育てられるよ。鉱物については、しょうがないから……ドワーフ星人に頼む? 気難しくて時々どなったりするから僕あまり好きじゃないけど、鉄鋼製品の芸術品やお酒をたくさん売れば鉱物をいっぱいくれると思うよ。大丈夫、月でもやっていける」

「ちょっと待て。ドワーフ星人ってなんだ」

 俺は首を傾げた。

「はるか昔から仲のいい星の人だよ。この時代だとまだ会ってないのかな?」

「ううう、宇宙人と会える! 宇宙人と会えるぞ!」

 そして、父さんは会見をした。

「宇宙開発についてですが、政府の横暴な接収案に当社は反対します。なので、当社は月に移転する事にします。移転に当たり、ドワーフ星のミスリル社と提携を結ぶ事にしました。来週までに、荷物を纏めて出ていきたいと思います。ついてきたい奴はついてこい、です」


日本人伝説2 月開発計画を立ち上げたと思ったらアジアに無償で技術を渡すと言った。と思ったら月基地への移転の為だけにエイリアンと接触し、政府間でなく企業間で提携を結んだ。


 月への移動には、多くの申し込みが殺到した。



[15221] 俺と俺の異世界旅行(オリジナル)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/11 19:15
プロローグ


 俺は加藤光一。両親が科学者で、生まれた時から科学に親しんできた。
 そんな俺は当然勉強にいそしみ、大学院を卒業し、両親の運営する研究所に入る事になった。
 環境はある。大学時代に取った特許で、費用も用意してある。俺は、俺の小さい頃からの夢を叶えて見せる。
 俺は自信満々に研究室に入った。
 幼い頃から出入りしているだけあって、研究室は知っている人ばかりだ。
 その中に、唯一知らない人が二人いた。俺と同じ新入りだ。
 安藤真紀。苦学生だったが、確かSFばりのバリア装置を開発したとかで、政府からの莫大な支援を受けているとの事だ。日本の天才学者と言う事で、俺でも知っている有名人だ。
 それを言うなら、俺もレーザーガンを開発し、自衛隊に採用されているし、日本の秀才学者と言われているのだけれど。
 俺達はよく日本の誇りとして、セットで表現される。しかし、俺達が会うのは今日が初めてだった。
 安藤真紀は顔の造りは可愛いものの、癖っ毛で化粧もあまりしていないようだ。ま、そこは筋金入りの研究者なのだから仕方ないだろう。
 もう一人は鈴木耕作。
 こいつは俺達に比べたらさほど有名じゃないが、そこそこ功績を上げている。なんでも、画期的な通信装置を作ったとか。
 地味な顔立ちとのんびりした雰囲気の男だった。
 この三人が新入りだ。俺達の白衣だけ、新品でパリッとしているので、お互いが新入りだとすぐにわかったらしい。雑談をしていた二人はこちらに笑顔を向けた。

「あ、君が加藤光一君? よっろしくぅ!」

 安藤真紀が弾けるような笑顔で言う。それに俺はドキッとした。
 俺はしょせん研究者。女の子にはあまり馴染みがないのだ。

「ねぇねぇ、今日が自己紹介だよね。たしか、自分の研究したいものを言うんだっけ。楽しみにしてるよ、秀才君」

「ああ、俺もだ。楽しみにしている、天才娘」

「ぼくも、お二方の発明を楽しみにしています。二人は、僕の憧れの人で……」

「ああ、よろしくな鈴木耕作。楽しみにしていていいぜ」

 初めての出会いはまあまあ好印象と言ったところだろう。うまくやっていけそうだと、この時俺は思っていた。
 父……所長の挨拶がすみ、自己紹介を始める段になって、まず俺が指名された。
 俺は白衣をはためかせ、自信満々に皆の前に立ち、言った。

「加藤光一だ。これまでに作った物はレーザー銃で、自衛隊にも使われている。でも、それはほんの小遣い稼ぎだ。俺の作りたいものは他にある。その前座として、今は物質転送装置について研究している。俺の夢は……」

 研究所員がごくりと喉を鳴らす。俺はこの時まで、真の目的は誰にも洩らさなかったから。

「俺の夢は……異世界トリップ装置を作る事だ」

 沈黙。爆笑。爆笑の発生源を探すと、安藤真紀だった。

「なーに夢物語を言ってるのよっ 秀才君、うっけるー。面白い事言うじゃない。それで、言葉は? 空気は? 食べるものはどうやって安全か確認するのよ? 絶対無理よ、そんな事」

「だ、駄目だよ真紀ちゃん。人の夢を笑っちゃ……」

 俺は安藤真紀の言葉を聞いて顔を真っ赤にして怒った。

「研究費用は自分で払うんだから放っておけよ! それを全部クリアする世界を探せばいいだけじゃないか。ふん、天才娘、お前には絶対俺の異世界トリップ装置を使わせてやらねー。天才様は精々日本全土を覆うバリア装置でも作って称えられてろよ。それで満足ならな!」

 安藤真紀は、ふふんと笑った。

「私だって、バリア装置なんかお金稼ぎに過ぎないわよ。今はテレパシー送信装置を開発してる。けど、それも前座に過ぎない。私の夢は……異世界転生装置を作る事よ!」

 またも沈黙が走る。俺は途方もない阿呆な考えに盛大に笑ってやった。

「俺の事を非難するからどんな事を言うかと思えば……異世界転生装置―? ばっかじゃねぇ、魂なんてものが仮にあったとしても、制御なんか出来るはずねーだろ! 馬鹿と天才は紙一重って本当だな!」

 安藤真紀を抑えようとしていた鈴木耕作が、今度はこっちにまあまあと言ってくる。

「待ってよ光一君、相手は女の子なんだし……」

「空気も食べ物も言葉も全部クリアするわよ! この頭脳を持って成り上がる自信もあるわ!」

「そもそも知能の低い種族だったらどうするんだよ! それに気味悪がられて捨てられるんじゃねー? 第一、どうやって帰るんだよ!」

「なによぅ!」

「なにおぅ!」

 俺と安藤真紀は睨みあう。

「あー、両方無理なんじゃないかな? それよりは今作ってある装置の開発を……」

 俺と安藤真紀は、父をギッと睨んだ。

「「絶対出来る!!」」

 そして、互いを指差す。

「「それも、こいつより早く!」」

「は、はは……まあ、頑張ってくれたまえ。じゃあ、最後に鈴木耕作君」

 鈴木耕作は立ち上がり、若干緊張しながら答えた。

「僕の夢は宇宙人と交信する事です。その為に通信装置を作りました。後はこれを改良して、出来るだけ遠くに信号を送るつもりです」

 ふーん、小さい夢だな。

「まあ、光一くんと安藤さんよりは現実的な夢だな……」

 パチパチと、拍手が起こる。
 俺達三人は、こうして出会った。
 そして、この三人の出会いは科学の歴史を塗り替える事になるのだった。





[15221] 俺と俺の異世界旅行 一話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/13 07:00




 俺は猛スピードでキーボードを叩く。
 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ!
 まずは物質転送装置の開発だ!
 隣で、同じく猛スピードでキーボードを叩いていた安藤真紀と眼があった。

「「ふんっ」」

 互いにそっぽを向き、作業に戻る。
 鈴木耕作がやってきて、コーヒーを入れてくれる。

「そんなに無理してると体壊すよ? あ、光一君、ここの計算少し間違ってる」

「あ、本当だ……」

 俺は急いでそこを修正する。そうか、どうも上手く行かないと思ったらここで間違っていたのか。

「はっ凡才君に直してもらうなんて、秀才君も駄目ねぇ」

 嘲笑する安藤真紀に、のんびりと鈴木耕作が指摘した。

「真紀ちゃんも、ここ間違ってるよ」

「はっ凡才君に直してもらうなんて、天才娘も駄目だなぁ」

「むぅーっなによぅ!」

「なんだよ!」

 俺と安藤真紀は再度睨みあう。

「ところで、僕の研究、芳しくないんだ。真紀ちゃんのテレパシー装置、一つ僕にくれないかな? 改良してエイリアンとの意志疎通に使えないかな。向こうも研究しているかわからない電波で探すより、心で探した方がいいと思うから」

「いいけど、まだそんな長距離は使えないわよ?」

「僕の通信装置を応用するから大丈夫」

「いいわ。精々頑張ってね、凡才君」

 ふん、鈴木耕作も頑張っているようじゃないか。俺も頑張らないとな。
 俺はコーヒーを一口飲みほし、パソコンに向かった。
 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ!
 そうして数ヵ月後、俺はついに物質転送装置を開発した。
 しかし、研究所が騒がしいな。エイリアンとの接触に成功した?
 やるじゃないか、鈴木耕作。
 しかし、そんな事はどうでもいいんだ。俺は安藤真紀に勝つ!
ある日、俺と安藤真紀が研究していると、また鈴木耕作が来た。
鈴木耕作は仕事が大変らしく、少しやつれていた。

「エイリアンとの交渉役、政府の人に取られちゃったよ。僕は改良版テレパシー装置作りに大わらわさ。僕自身があの装置を使う事も禁じられた」

「え、エイリアンと話す、その為に研究してたんじゃないの? 意味無いじゃねーか」

 俺が言うと、鈴木耕作は沈痛な面持ちで頷いた。
 しかし、笑顔を取り戻す。

「だから僕は、政府の人には内緒でエイリアンと初の文通をしようと思うんだ。文通だったら禁じられていないからね。転送装置は出来たかい? 出来てるなら、出来れば貸してほしいんだけど」

 俺は頬を掻いた。

「悪いけど、凄く小さい物質しか送れないんだ。電波とか音波ならいけるんだけど……」

「それなら十分話せるじゃないか。大丈夫、僕の通信機、小型だから送れるよ」

「そうか、なら貸してやるよ」

 そうして俺は研究に戻った。
 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ!
 それから、数か月が立った。どうしても上手く行かない。大きいゲートを開くのは技術のブレイクスルーが無いと駄目だ。先に異世界の座標を探す事としよう。
 安藤真紀も、異世界探しを始めたようだった。ふん、俺の方が先に見つけてやる!
 しかし、研究は中々上手く行かなかった。

「あーっどうして上手く行かないのよ!? 構想は出来てるのに、どうしても形にならないわ!」

「くぅ、次元をぶち破る自信はあるのに、次元の壁のとらえ方が分からないっ」

 二人して暴れていると、鈴木耕作がやって来て言った。

「光一くん、真紀ちゃん、エイリアンの友達が出来たよ! 座標を聞かれてるんだけど、どうしよう」

「あー、やめとけやめとけ。良くわからない相手に座標を教えるなんざ。俺の研究がブレイクスルーすれば、一人単位なら行き来できるようになるしな」

「そっかー、頑張ってね、光一君。そうだ、僕は二人の研究のお陰でエイリアンと話す事ができるようになったんだ、二人も協力してみたら?」

 俺と安藤真紀は視線を見交わした。

「あっあんたがどーしてもっていうなら、やってもいいけど?」

「お前がどうしてもっていうなら、やってみてもいいが?」

 俺と安藤真紀は睨みあう。

「どーしてもっお願いします! 僕も異世界って見てみたいんだ」

 鈴木耕作が頭を下げて、俺と安藤真紀は何とも言えない顔をした。

「まあ、凡才君がそういうなら……」

「いつもうまいコーヒーを注いでくれるしな」

 俺は安藤真紀の研究を見る。なんだこれ、わけわかんねーよ。けど要するに、この結果が出ればいいんだな? 俺は安藤真紀のパソコンに数式を書きくわえていく。
 そして安藤真紀は、何事かぶつぶつ呟きながら俺のパソコンを構い始めた。

「ふん、やるじゃない。待って、これをこうすれば……」

「これ、こうすればいいんじゃない?」

 鈴木耕作が後ろから覗きながら口出ししてくる。
 ふん、言われなくても時間さえあれば気づけたんだからな!
 そして俺達は、小さな小さなゲートを開く事に成功する。
 そこで小型カメラを送り込む。
 空中に浮かぶ城。二つ浮かぶ月。魔法らしき存在。
 俺と安藤真紀は思わず抱き合って喜んだ。

「剣と魔法の世界! ファンタジー!」

「異世界よ! ついに私は異世界に転生するんだわ!」

「光一君、真紀ちゃん、ようやく仲直りしてくれたんだね」

 鈴木耕作に言われて、俺と安藤真紀はぱっと離れた。

「か、勘違いしないでよね。私はただ嬉しくて……」

「そっちこそ」

 俺と安藤真紀、鈴木耕作はそこで作戦会議を開くことにした。

「今の段階で発表するのはごめんだな。鈴木耕作が早々にプロジェクトから外されちゃったからな」

「同感よ。目的の異世界はいわゆるパラレルワールド、私達の同一人物さえ見つければ、私のテレパシー装置を出力最大にして入れ替える事が出来る。まずは私達の分身を探しましょう」

「悔しいが、俺の物質転送装置はまだ大きい物は送れない。それしかないな」

 その時、小型カメラが何者かに捕まった。
 小型カメラを捕まえた人物は、興味深げな顔をして色々と調べている。
 その髪は金髪だったが、顔立ちはどこか見覚えがあった。
 これは……。

「ビンゴ」

 俺と安藤真紀はにやりと微笑んだ。
 

「あー、悔しいなぁ。悔しいなぁ」

「悔しいのぅw 悔しいのぅw ……げ、げほ、離せ安藤真紀」

 俺は安藤真紀に絞め殺されそうになり、バタバタともがいた。

「さっさと私の分身を見つけんのよ、いいわね! あーあ、私もテレパシー装置、完全に赤ちゃんに魂を移動できるように改良しなきゃな」

 鈴木耕作が首を傾げる。

「その場合、赤ちゃんはどうなるの?」

「私の体をプレゼントするわよ」

 安藤真紀が斬って捨てる。

「……それって、さりげなく非人道的じゃないかなぁ」

「私は別に聖人君子なんかじゃないわ。いまからやる事も乗っ取りと誘拐だしね」

「俺の分身の面倒はきちんと見てやれよ」

「わかってるわよ」

「……いいのかなぁ」

 鈴木耕作がいい、首を傾げた。

「いい、パラレルワールドならば、向こうの私もまた天才学者のはずよ。何かトラブルがあったら、私を頼りなさい」

「癪だがそうしよう」

「ぼ、僕の事も頼って欲しいな」

「あー、そうするそうする」

 安藤真紀と鈴木耕作にそう答え、俺は一切の躊躇なくテレパシー装置を使った。
 ターゲットロックオン。出力最大。
 ターゲットから感じるのは戸惑い。書き換えられていく焦り。
 ふははははは、悪いな、俺よ。
 その体貰ったぁ!
 俺は体を奪い取ると辺りを見回した。
 豪華な調度品のある部屋。
 俺は生まれてから今までの人生を「思い出す」。
 俺の名はスイート・モア・ライトアイン
 よし、貴族な上に魔法使いださすが俺!

『スイート・モア・ライトアインて、変な名前! キャハハハハ』

『ライトアインさん気絶してるよ、大丈夫かな』

 安藤真紀と鈴木耕作の声が聞こえる。
 よし、テレパシー装置の接続は良好だな。

『きゃ、ちょっと! 部外者がこんな所に入って来ないでよ!』

『うあ、エイリアンと交流を持ってたのがばれちゃったかな?』

『ちょっと、機材接収って何よ! これはエイリアンとは関係ないわよ、私の発明なんだから!』

 ブツッ 
 接続が途切れる。
 俺は現状を確認した。
 まず、魔法が使えるかどうか。
 俺は呪文を唱えてみる。
 指先に小さな炎が宿り、俺は仰け反って指を振った。
 窓からは空に浮かぶ王城、浮かぶ二つの月。
 そして俺は貴族。
 ふ……安藤真紀……鈴木耕作……世話になったな……。
 俺はこの世界で立派に生きていく!
 さようなら科学。こんにちは魔法。

「非科学、ばんざーい!」

 そして俺は早速酒を持って来させて祝杯をあげたのだった。



[15221] 俺と俺の異世界旅行 二話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/16 22:05

 こっちでの俺、ことスイート・モア・ライトアインはなんと宮廷魔術師の一族だった。中でも俺は攻撃魔法の専門家で、でも最近は異世界旅行の為の研究に取りかかっていた。うむ、俺と同じだな!
 さすが俺! この調子なら安藤真紀もすぐに見つかるだろう。
 鈴木耕作もついでで探してやるか。
 でも今は攻撃呪文だ! なんだ攻撃呪文と言う心躍る響きは。
 俺にかかれば呪文なんてちょちょいのちょいよ!
 俺は早速本を読み漁る。ライトアインの知識をよりよく引き出し、呪文を勉強し直す為に。
 うむ、イメージ力が大事か。ふはは妄想なら任せろ!
 さて次の本は……む、これは動物辞典か。中々興味深いじゃないか。
 さて明かりを……このライトはどうなってるんだ?
 俺は一晩中、興味の向くままに部屋を調べまくった。
 空が明るくなった頃、扉の外から声がする。

「坊ちゃま、起床の時間です」

「ああ、わかった」

 メイドが入ってきて、服を着替えさせる。
 自分でできると言おうとしたが、この服着方わからんな。
ライトアインもわからないみたいだし。服の着方がわからないって凄まじいな。
今までの人生で何をやってきたんだ俺よ。早速見て覚えよう。
む、せっかくファンタジー世界にいるのだから魔法青年に変身する呪文を覚えるのもいいかもな。よし、攻撃呪文の次の研究課題はそれだ。
 俺は記憶を思い出しながら食卓へと向かう。
 その食事に目を見張る。当たり前だが、見た事のない料理ばかりだ。
 全ての料理を少しずつ、お腹いっぱい食べる。さすが貴族の料理、あれもこれもそれも美味い。
 父と母がそんな俺を見て驚いている。

「今日はずいぶんと沢山食べるのね」

 母に聞かれて、俺はナイフとフォークを動かしながら答えた。

「朝ご飯は活力の元ですから」

「そうか、それで、前々から言っているが、攻撃呪文の研究に戻ったらどうだ。異世界など存在するはずがないのだし、お前の呪文は一定の評価を得て……」

「ああ、今日から攻撃呪文研究します」

「お前も強情な……何?」

「ですから、攻撃呪文を研究します」

 父はそれを聞いて喜んだ。

「そうかそうか! 才能は活用せねばな。良かった、いや本当に」

 俺は口を拭いて席を立った。

「では、俺は先に出ます」

 通勤には竜を使う。竜だぞ、竜。俺はわくわくしながら竜舎に行った。
 この、独特の匂い。雰囲気が出ている。
 俺は出してある竜に近づく。最初は駆け足で、それが徐々にゆっくりになる。
 期待、高揚感、そして恐怖。
 竜はでかかった。そろりと手を伸ばし、そっと触れる。鱗が硬い。
 竜の大きな牙が俺に近づく。匂いを嗅いでくる。俺は心臓を高鳴らせた。
 若干震えて、ドキドキしながら竜に身を寄せる。その鼓動が聞こえた。

「よよよ、よし! 乗るぞ。しゃがめ」

 良くしつけられた竜は、訝しげにしながらもしゃがむ。
 俺は竜に乗ってしっかりとしがみついた。

「ととと、飛べ! うわーーーーーーーーーー!!」

 俺は悲鳴とも歓声ともつかぬ声を上げる。

「何をしているんだ」

 父が、ゆったりと竜の手綱を掴みながら後を追って来て言った。

「初心に帰ってます!」

 父はため息をついて先へ行く。

「たたた、滞空しろ! 止まれ!」

 竜がゆっくりと羽ばたきながら止まる。
 俺は手綱を持ち、そろそろと顔を上げた。
 なんて、景色。

「うあ……凄いな。凄いな……凄いな! これぞ夢見た世界!」

 空に浮かぶ城の周囲をゆっくりと巡って見物し、城門から中に入る。
 この世界ではそれぞれがそれぞれの研究の為に籠っていて、特に朝の会議等は存在しない。早速俺は結界を解除し、自室へと入った。

「ごきげんよう魔術師の部屋!」

 俺は思わず叫ぶ。なんにつかうのか良くわからない機材の数々、大きな鍋。俺は、一つ一つの「使い方」を思い出していく。
 午前中は探索で終わった。
 午後。訓練場に行って、いよいよ攻撃呪文の実践だ。
 えーと、重要なのはイメージか。ここはファンタジーで最もよく見るファイヤーボールでも試して見ようじゃないか。ただ燃えるよりも、酸素が凝縮されるイメージをした方がいいかな。風の呪文も組み込もう。
 俺は意気揚々と叫んだ。

「ふははファイヤーボーーーーーーーーール!!!」

 吹き飛んだ。主に俺が。
 そのまま俺は気絶する。
 目覚めた時は医務室で父が心配そうな顔で付き添っていた。

「あれ、呪文って固有結界とセットじゃなかったっけ」

「固有結界が無かったら今頃お前の命はなかったぞ。確かに威力は凄かったが、あまり無茶な真似はするな。お前が実験中に物凄い爆発があったと聞いた時、心臓が止まるかと思ったぞ」

「あれ、そんなに威力でたか?」

「窓から見てみろ」

 俺は窓の方に近寄り、外をのぞく。真っ暗で見えん。
 俺は光を生み出す呪文を唱え、放った。
 そこにある、大穴。
 いやー威力出た出た。凄いなあれ。

「でも自分が気絶したらつまらんな。改良しないと」

「そうしろ。さあ、今日はもう帰るぞ」

「わかった」

 本当はまだまだ攻撃呪文とやらを試してみたかったが、まあ、一日目としてはこんなものだろう。これから一生ここに住んでいくのだ。
 一日で全てを解き明かしてはつまらないではないか。
 家に帰り、風呂に入った俺は、ついさっきまで気絶して寝ていたのに大分疲れている事に思い至った。徹夜したし、竜に乗ったしな。
 そこで、早く眠りにつく事を選択する。今日はいい夢見れそうだ。















 俺は眼を覚ます。奇妙な服装の男が何かわけのわからない事を喚いている。誘拐された?奇妙な玩具を見つけて調べている時に、俺は何かに襲われて……。俺は、何が起こったか思い出そうとして次々と思い浮かぶ知らない思い出に驚愕した。
 なんだこれは。俺は……俺は……異世界の住人と体を入れ替えさせられたのか!?
 しかも魔法の無い世界だと!? 科学とかいう神話の存在が世界を形作っているだと……?
 落ち着いて現状を確認する。俺の身の安全は保障されている。俺の事を頼むと確かにこっちの世界の俺は言ったし、有名な科学研究所の子息。頭にはレーザーとかいう神秘の兵器の知識。研究環境も整っている。
 …………ひゃっほう! 魔法なんかくそくらえ! 

「非魔法万歳!」

「何が非魔法万歳だ! 寝ぼけているのか、光一!」

「え、ええ?」

 俺は急に怒鳴られて眼を白黒させた。

「所長、光一君は関係ありません。彼は研究室で仮眠を取っていただけです。僕が勝手に研究を借りて宇宙人と接触してました」

「君が勝手にそんな事をするはず無いだろう! 光一も知っていたはずだ」

 俺は記憶を検索する。

「ああ、鈴木耕作、もしかしてエイリアンと通信機で話していたのがばれたのか?」

 父は更に怒鳴った。

「ほれ見た事か! どうして止めなかった、エイリアンとの交渉は地球規模の大事業なのだぞ」

「鈴木耕作が作ったのだから、鈴木耕作が会話して何が悪い? むしろ、研究結果を渡せという方がおかしい」

 父は顔を真っ赤にする。

「この……この……大バカ者――――――! とにかく! お前達には監視をつくそうだから、そのつもりでいろ! 今日はもう帰りなさい。鈴木君、君はエイリアンとの会話のデータを全て渡すように」

「僕のプライバシーは……」

「!!……っ……っ」

 む、怒りのあまり倒れたようだな。

「あー、まあ、しょうがないんじゃない?」

 安藤真紀が言って、鈴木耕作は研究所所員にデータを渡す。
 その後、監視付きで三人そろって研究室を出た。

「あー、で、光一君、状況わかってる?」

 安藤真紀に聞かれ、俺はきょろきょろと辺りを見回しながら頷いた。

「俺は喜んでこの研究所に骨を埋めるつもりだ」

 何作ろうか。レーザーは面白そうなので是非とも研究してみたい。

「その意気やよし! ちょっと話しましょ? ご飯おごったげる! 監視の人もね」

 俺達は駐車場に行き、そこで俺は目を見張った。
 これが、乗り物と言うものか。竜の代わり。生き物ではないのに走るもの。
 神話の奴は空を飛んだな。よし、レーザーの次は空飛ぶ車だ。

「ちょ……光一君、車は免許を持ってなきゃ運転できないのよ?」

 免許。俺は記憶を検索する。そしてカバンを漁って神が俺に与えたもうた奇跡の板を掲げ持った。

「免許……持ってる!」

「ま……まあいいか。記憶あるし、大丈夫、よね……保健入ってるはずだし。とにかく、私についてきてね」

 安藤真紀は車に乗り込んで出発した。少し先の方で車を止めて待つ。
 俺は早速車へと乗り込み、ハンドルを握った。
 おお、このさわり心地……。これを使って、今から俺は運転なるものをするのだ。
 早速アクセルを踏み込む。なに、動かない。魔力を通してみる。動かない。

「あの、キーを回さないと……免許、持ってるんですよね?」

 免許。俺は記憶を検索する。そしてカバンを漁って神が俺に与えたもうた奇跡の板を掲げ持った。

「免許……持ってる! なるほど、免許を持って運転するのか」

「ちょっとー!? 冗談ですよね!? 私が運転します!」

「な、何を言っている。冗談に決まってるじゃないか。ええと、キーを回して……」

 車が振動しだす。おおお、動いている動いている。
 そこで俺はアクセルを思い切り踏んだ。

「いま躊躇なくアクセルを踏んだ!? ドライブにするんですよ、ちょっと運転変わって下さい」

 俺は記憶を検索し、ドライブにしてアクセルをゆっくりと踏む。
 おおお進んだ! 車が進んだ。 
 ハンドルを動かすと、その方向に車が動く。面白い、面白いぞ!

「動いた、動いたぞー! ハハハ見たか? 俺が動かしているんだ!」

 運転を代わらされた。問答無用だった。酷い。
 俺は窓を開け、身を乗り出して風を感じる。

「危ないですって、やめて下さい!」

「ハハハ凄いな! 凄いな!」

 俺はファーストフード店とかいう所に連れていかれ、安藤真紀と食事を取る。

「ここのダブルチーズバーガー、美味しいんだから」

 俺は出された食事をじっと見る。これしかないのか。そしてこれを全部食べるんだな?
 食べ方は……。
 俺はダブルチーズバーガーとやらに齧り付く。
 俺は思ったより腹が減っていたようで、夢中になって食べた。

「光一君、私そっくりの人って会った事ある?」

 安藤真紀に聞かれ、俺は首を振った。

「僕は、僕は?」

 俺は鈴木耕作をじっと見つめ、呟いた。

「どこかで見た覚えはあるが、覚えていない」

「そっか……あー、悔しいなぁ。あいつ、エンジョイしてるんだろうな。ね、光一君、異世界の「夢」を見た事あるんでしょ? 話してよ、色々と」

「最近見た科学の「夢」の事を話してくれるなら、いいぞ」

「面白そうだね、それ」

 鈴木耕作が同意する。
 結局、朝まで話しこんで、家ではシャワーだけ浴びて研究所に戻った。
 色々なものを調べてみたかったが、時間が無いのでシャワーを振りまわして遊ぶだけにする。
 朝食は研究所でサンドイッチとかいうものを食べた。
 それが終わると、研究所の物を色々と物色する俺に安藤真紀はあくびをしながら言った。

「とりあえず、仮眠を取りましょ。その後、研究を手伝ってあげる。一週間は接待してあげるわよ。その間に慣れてね。エイリアン騒動がひと段落する頃には機材も帰ると思うから、帰る方法はそれから考えましょ」

「僕も、ここでテレパシー装置の改良してるから、わからない事あったら聞いてよ!」

 確かに眠い。監視の人達も眠いのか、ほっとした顔をしている。
 俺達は仮眠を取り、その後研究に移った。
 俺は試作品のレーザー装置を色々といじり、魔術回路を組み込んでみる。

「あら、随分面白い改造をするのね。それって意味あるの?」

「わからない。えい」

 俺はスイッチを入れてみる。研究室の天井に綺麗な丸い穴が開いた。
 安藤真紀はパチパチと拍手をする。
 監視の人達が気絶をした。

「ひゅー、あんた、天才君より有能かもね。光一君」

 それに俺は胸を張った。

「このスイート・モア・ライトアインに不可能はない」

 その後また父に怒られた。何故だ。こっちの父は怒りっぽいな。
 その後、研究内容を渡せと言われて俺は切れた。
 研究は親子間でも極秘のはずだろう!
 父と大喧嘩をして安藤真紀に慰められていると、鈴木耕作が落ち込んだ顔をしてやってきた。

「政府の人、座標を教えちゃったみたい。大丈夫かな」

「座標を教えると何か不味いのか?」

「んー。考えすぎと思うけど、良からぬ事をされても困るしね……。ね、それより、私のバリア装置にもあんたの研究、応用できないかな?」

「お前も俺の研究を狙っているのか」

 俺が低い声で言うと、鈴木耕作が俺に問うた。

「何が悪いの? 僕は真紀ちゃんと光一君のお陰で大きな成果を上げる事が出来た。協力し合えば、どんな偉業だって成し遂げられるよ。君が出来なかった異世界移動を光一君が出来たのは、僕達の協力があったからだ。違う?」

 それを聞いて、俺は言葉に詰まった。

「協力し合う……協力し合うか。さすがは異世界、考え方も違うのだな」

「それより、休日にはドライブに行かない? 運転好きみたいだし、試験場に行けば広い場所で好きにドライブ出来るわよ」

「本当か!」

 俺と安藤真紀、鈴木耕作は盛り上がる。
 その後、監視の人達が戻ってきて、俺達は急いで素知らぬふりをした。
 その日は疲れていたので早く寝た。
 本当は家探しをしたいが、時間はいっぱいあるのだ。
 すぐに全部を経験してしまってはもったいない。
 それにしても、今日はいい夢を見れそうだ。






[15221] ニートが神になりました
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/05/31 08:14

「○△! (ちょっと、貴方!)」

「な、なんだ?」

 俺は買い込んだガンダムの模型を落とさないようにしっかりと抱えて言った。
 俺を呼びとめた相手は可愛らしい幼女だった。しかし、幼女は幼女でも得体のしれない幼女だ。服は古代人のような服を着ているし、外国語らしいのに意味が分かる。何より少女は体が透けていた。

「△△。××……○。□(ふう、ようやく私を見える人に会えたわ。男の人ってのが不満だけど……ま、いいわ。貴方の器、貰うわよ。代わりに私の器をあげる)」

 少女が俺の体に触れる。
 俺に幼女が触れると、視界が反転した。
 目の前に、ふふんと笑った俺の姿。
 俺が自分の手を見つめると、その手は紅葉のような小さな手だった。当然、半透明である。

「な、なんだ!?」

 俺が叫ぶと、背中が引っ張られる感覚がして、ぐんぐん地上が遠くなる。
 空間に開いた黒い穴が俺を吸い込む。
 俺が笑顔で手を振っているのが、最後に見た光景だった。
 この野郎!
 黒い穴から出た先は、なんというか……廃墟だった。
 昔は栄えていたのだろう広い町に、貧しそうな人々がちらほらと歩いている程度だ。
 って落ち着いて観察してる場合じゃねぇぇぇぇぇ!
 落ちていく俺は一際大きな建物に激突、天井を透過し、床も透過し、地下の床に叩きつけられた。

「い……っ」

 あまりの痛みに声も出ない。しかし、死んでないだけでも僥倖だ。

「なんなんだよ、一体」

 俺は周囲を見回す。そこは何と言うか、アニメやゲームで見た祭壇に似た場所だった。
 中央には、一際輝く宝玉が掲げられている。
 何故か心を惹かれてその宝玉に触れると、その宝石に吸い込まれた。

「な、なんだ?」

 しかし、同時に何故か心が休まる。俺は酷く疲れている事に気がついた。
 宝玉から自在に外に出られる事を確認した俺は、宝玉の中で丸まる。
 これは夢だ。きっと夢なんだ。目覚めたらいつもと同じ朝が来る。
 俺は眠りについた。
 翌朝、俺は呼びかけられる声に目を覚ました。

『神よ……怠け者……いえ、隋落……いえ、停滞……いえ、穏やかなる生活を望む神よ。水の神の代わりとなってこの地に降り立った神よ』

 まただ。あの少女と同じ、明らかに外国語なのに意味のわかる声。

「お前は、誰なんだ?」

『私は巫女エリザにございます、神よ』

「俺は神なんかじゃない」

『神は恐らく神となったばかりで戸惑っておられるのでしょう』

 俺は宝玉から出た。祭壇に祈りを捧げるエリザがいた。
 美女だったか、正直俺は三次元には興味が無い。人と話をするのも嫌なんだが、ここは情報収集の為にエリザと会話を続けるべきだ。
 エリザは、俺の姿は見えないようだった。

『神よ、お願いがあります。どうか、この近隣の者からやる気を奪う事をおやめ下さい』

「俺は何もしていない」

『しているのです。この町は滅びました。人々が働く事をやめたから。三次元に興味が無いと言いだして、結婚するのをやめたから。夏は家内を涼しく、冬は暖かくするお恵みも下さった事は知っています。しかし、人々は働かなくては生きてはいけないのです。そして、貴方様の力の及ぶ範囲は徐々に広がっています』

「俺は知らない。俺は変な幼女にここに連れてこられたんだ。戻る方法を知らないか?」

 エリザはそれを聞いてため息を吐いた。

『水の神よ……準備期間は与えて下さったとはいえ、あんまりななさりようです……。このような神を後釜に据えるなど……』

「何なんだ、俺にわかるように説明してくれ」

『貴方は神となったのです』 

 なんで。思い出されるのは幼女の言葉。器の交換。
 アレが神になるって事か!?

「人間に戻る方法は!?」

 エリザは黙って首を振る。

「ここは一体どこなんだ」

『水の神システィア様の神殿跡です。申し訳ありませんが、神ご自身がどうにもできないなら、封印を……』

「○△」

 そこで、エリザの後ろにいた粗末な服を着た男が、拝むようにエリザに何か言った。
 その男の言葉は、エリザのようには意味が分かる事が無かった。

『わかりました。夏の昼だけ封印をさせて頂きます』

 そして巫女は俺にお札を張り、俺の意識はそこで途絶えた。
 それから俺が起きていられるのは夜だけになった。これも忌々しい巫女の所為だ。
 正直退屈で仕方ない。
 収穫があった日に一度、変わった植物を献上された事があったが、それくらいだ。
 しかし、捧げられれば体の無いこの身でも食べ物を食べる事が出来るとは思わなかった。
 シチューが食べたい。白いご飯が食べたい。魚が食べたい。
 本来俺は怠け者の性質だが、嫁達の元に戻る為なら努力も惜しまん。
俺が神だと言うなら、何か出来るはずだ。神様っぽい事が。
 俺は夜、思いつく限りの事を試してみる事にした。
 まず、空を飛べるかどうか試してみた。
 無理だった。
 攻撃呪文っぽい事が出来るかどうか試してみた。
 無理だった。
 むー、俺は神として何が出来るんだ。
 巫女に言われた事を紙に書いていく。
1. 働きたくないでござる。絶対に働きたくないでござる!
2. 二次元嫁万歳。
3. 冷暖房完備。
 ろくな神じゃねーな……orz って、紙とペンが出せている!?
 紙さえあれば、多少の暇つぶしが出来る。でかした、俺!
 後はネットが出来ればなー。
 そう思案する俺の前に、パソコンが現れる。
 お……俺は天才かもしれん……。
 俺はパソコンに齧りついた。
 ネットにすぐさま繋ぐが、思いつく限りのURLを入れても何も動作しない。
 その後試行錯誤して、パソコンが5台増える事となった。
それでわかったのは、俺の出したパソコン同士ならデータのやり取りが出来ると言う事。
 このパソコンは俺以外には見えないと言う事。
 意味ねーorz
 他に、俺の最初に作ったパソコンに限り、俺の支配地を頭上から眺める事が出来る事もわかった。
 俺は更にパソコン達を調べる。
 更に、最初に作ったパソコンは俺しか所有者に出来ないが、他のパソコンは所有者設定画面がある事に気付いた。
 名前を設定するのでなく、血を捧げる形だが。
 貢物をパソコンに格納出来る事にも気付く。
 さらにパソコンを調べる。
 全てのプログラム。
 そこを覗くと、なんと俺の出来る事が並んであった。と言っても、先に挙げたような物だけだが。
 俺は召喚も出来るらしい。逆トリップは出来ないが。
 召喚プログラムをクリックすると、転生、召喚の二種類が選べる事が発覚した。
 現在の俺の信仰度、100。使用信仰度、転生20。召喚1000。
 召喚は出来ないな。すると転生か。俺の力は信仰度に由来するのかな。
 となると、何とか俺の信仰度を上げなくては。
 水の神とやらが俺に神を押し付けた以上、俺にも同じ事が出来るはずだ。
 そうだ、農業に詳しい者を勇者として転生させるのはどうだろう?
 しかし、そこで重大な事に気付いた。最も俺の力が届くこの地には、人っ子一人いない。
 精々お札をつけたり剥がしたりする為に毎日客が来るくらいだ。
 それに、パソコンを量産したことで俺は疲れていた。
仕方ない、一度休むか。
 俺は宝玉に入り込み、休息を取った。
 翌朝、俺はパソコンを開いた。
 日付を見て、驚く。百年も経過してるじゃねーか!
 急いでパソコンの頭上からのマップを確認。ここの神殿にも、人が復活していた。
 全般的に人々は貧しそうだが。
 俺の信仰度は2000位に変化していた。
 本当なら慎重に転生をまず試すのが本当だ。
 しかし俺は、どうしてもシチューを食べたかった。
 俺はパソコンの召喚プログラムを開く。
 対象者を選んで下さいと言う画面が出たので、農業大卒業生とつけた。
 マイクがパソコンから出てきて、画面に呼び掛けて下さいと言う文字が表示された。

「勇者よ……勇者よ、俺の声が聞こえるか……?」

 すると、いくつかの返事が来る。

「なんだなんだ?」

「キタ―!」

「とうとう幻聴が……」

「あー、この中で古代の世界で農業を極めてみたいというものはいないか」

 俺の言葉に質問が来る。

「ネットはあるんですか?」

「無い」

「魔法はあるんですか?」

「わからん」

「チート能力は貰えるの?」

 俺はパソコンをちらりと見る。

「パソコンをくれてやる。パソコンのアイテムファイルに物を詰め込む事も出来る。使えるのは冬と夜だけだがな」

「言葉は通じるの?」

 ……恐らく通じない。言語学者をつけるか。

「言語学者をつける」

「お礼は貰えるのですか?」

「俺のパソコンが礼だ」

「帰ってくる事は出来るのか?」

 俺はパソコン画面を確認した。可能なようだ。しかも時間の流れも違うから、向こうの世界で言うとほんの少しの時間らしい。もちろん、年は取るが。

「俺の信仰度を増やせば出来る。俺の名を広める事だな」

「貴方の名は?」

 俺は少し考える。

「ニートとオタクの神、ニーク」

 げらげらという笑い声が返り、俺は顔を赤くした。事実なんだから、仕方ないじゃないか。

「さあ、我こそはという者はいるか。選ばれるのは一人だけだぞ」

「俺が行く」

 画面上に名前が現れる。俺はその名前をクリックした。
 名前は鈴木茂。二人兄弟の次男。牧場の家でそこそこ裕福な家庭。
 向こうの時間で一年後に召喚タイマーをセット、その事を告げる。
 こまごまとした事を打ち合わせて、俺は通信を切った。
 さあ、次は通訳だ。
 今度はハードルをあげて、言語学者で検索。

「勇者よ、勇者よ……俺の声が聞こえるか?」

 そして、俺は加藤晴美という女性の言語学者をゲットした。
 全てが終わった後に俺は気づく。
 漫画家や小説家を召喚すりゃ良かったじゃん!
 俺は大いにへこむのだった。



[15221] ニートが神になりました 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/05/31 08:18

 俺、鈴木茂は喜びのあまり震えていた。
 神様からの勇者召喚キタ―! 俺は何か人と違う事が出来ると思っていた。
 夢ではない証拠に、俺の目の前には神から貰ったノートパソコンがある。
俺は喜び勇んで兄貴に報告しに行く。

「兄貴―! 聞いてくれ! 俺、神様に召喚された! 一年後! 見ろよ! 証拠のノートパソコン!」

 兄貴は駄目だこいつ早く何とかしないと……という顔で俺を見る。

「何も持っていないじゃないか。お前、今年大学卒業したんだろう。いい加減、大人になれ」

「え……?」

 俺はびっくりして兄貴を見た。
 まじまじとパソコンを見る。
 それは確かにそこにある。
 俺はすごすごと部屋に戻った。
 そうか、兄貴には見えないのか……。
 とにかくパソコンを開いてみる。何か証拠になりそうなものはないものか。
 パソコンを開くと、貴方の血を認証画面に捧げて下さいとある。
 驚いたが、これは神のパソコン。そう言う事もあるだろう。
 俺は震えながら針で指をつき、そして指で画面をつついた。
 パソコンが光を放ち、名前を付けて下さいと出る。

「クロ……クロだ」

 普段の姿を決めて下さいと出る。
 急に普段の姿と言われても。茂は猫の姿を思い浮かべた。ずっと飼いたくて、でも駄目だった。黒い可愛い猫。
設定が完了しました。起動時にはクロ、起動と唱えて下さい。消費MPは一時間につき10です。
そして、パソコンは思い浮かべた通りの可愛い黒ネコとなって前足を舐める。

「クロ、起動」

 俺は黒を抱き上げ、恐る恐る言った。
 再度パソコンが現れ、パソコンの画面の右上にMP315/325と表示されていた。

「すげぇ……すげぇ!」

 早速全てのプログラムを見ると、以下の物が作動しているのが分かった。
 「働きたくないでござる。絶対に働きたくないでござる!」無言で切る。
 「二次元嫁万歳」ザクッときたがこれはどうせ変わらないから放置。
 「冷暖房完備」これも放置。
 「燃費削減」これも放置。
 「ネット機能(消費MP20)」繋いでみると、掲示板とチャット機能の二種類があるようだった。
 掲示板に、「加藤晴美です、よろしくお願いします。鈴木さんは、向こうに何を持って行かれますか? ……って農作物に決まってますよね。私より荷物が多くなりそうだから、アイテムゲージが足りなくなりそうだったら手伝いますよ」と書かれていた。ほほう、荷物を入れるのにアイテムゲージがいるのか。早速返事を書く。

「鈴木茂です。よろしくお願いします。助かります」

 それだけ掲示板に書いて(書き込みはMP5消費だった)、プログラムの確認に戻る。
 「アイテムボックス」これがアイテムをしまうものだな。アイテム画面を開いて、試しに鉛筆を入れてみる。アイテムゲージが僅かに減って、鉛筆が消えた。マウスパッドで画面の鉛筆をクリックすると鉛筆が出てくる。
 「メモ帳」これは特に問題ないな。
 「プリンタ(紙をアイテムボックスに入れて下さい)」
 機能はこんなものか。いくつかプログラムやデータを入れられるかどうか試してみよう。
 試した結果は可だった。ネットにもつなげる。
 そうだ、気候はどうなんだろう。掲示板で神様に問いかける。
 なるほど、冬は雪が結構降るんだな。牛小屋とかを作る所からスタートなのかな。
 考え考え、俺は再度兄貴の部屋に駆けた。

「兄貴! アイテムボックスにアイテムを入れる所を見てくれ! 俺は本当に神様から選ばれ……あっ」

 俺はこけて、ノートパソコンを兄貴にぶつけてしまった。兄貴の姿が消える。

「あ、兄貴―!?」

 俺は急いで兄貴をパソコンから出す。兄貴はガタガタ震えていた。

「いきなり暗闇が……」

「だから言ったろ! 俺、神様に選ばれたんだって!」

「お前、もうちょっと詳しく話してみろ」

 俺は喜び勇んで兄貴にその話をした。怒られた。

「そんな怪しい話に乗るな馬鹿!」

「うるせ―な、俺は行くぜ! 絶対行くぜ!」

 俺が主張すると、兄貴はため息をついた。

「父さんと母さんに相談してみよう」

 父さんと母さんに相談しました。怒られました。

「そんな怪しい話に乗る奴がいるか!」

「茂、貴方って子は……」

「とにかく、松下さんに相談してみよう」

 松下さんとは、良く相談に乗ってくれる農協の人だ。
 俺は困った事になったとため息をついたのだった。



 一ヶ月後、俺と晴美さんはとあるカフェで待ち合わせをしていた。怖い人達と一緒に。

「はぁ、なんでこんな事になったのかしら」

「さ、さあ……」

 話が広がりに広がり、ついに政府まで届いてしまったのだ。

「異世界というのは誰でも憧れると言う事ですよ」

 橋本さんというがっしりしたスーツの人が笑って言う。
 外国人のマークさんと言う人が頷く。

「それに、異世界には何があるかわかりませんからね。貴方方にもメリットのある話だ」

「持っていける者には限度があるのよ? 教授も連れて行けって五月蠅いし……」

「そうそう、牛や豚、色んな種や農作物の用具、当面の食べ物……持っていく物は大量にあるんだ」

「シチューの材料分の食材さえあればいいのでしょう? こちらで様々な準備をさせて頂きます」

 俺と晴美さんは、顔を見合わせ、ため息をついた。
 その代り、国で牛や豚などをバックアップしてもらえる事になった。
 一時的に国に調査員として雇われる事になり、給料も出る。
 それはいいのだが、何故か俺と晴美さんまで護身術とか機械の操作とか色々な事を勉強する事になった。行くのは古代だっていうのに。
 特に晴美さんは、神様から現地の人の喋る言葉を送ってもらってその解析をしながらだから忙しい。
 俺も、アニメのデータを神様に送ってやるのに忙しかったけど。
 最後の3か月は俺も向こうの言葉を学ぶ事になった。
 そして11ヶ月後、俺と晴美さんは政府の人達に見守られる中、旅立った。
 その時間が来ると、俺と晴美さんの体が輝く。

「おお、良く来た! じゃあ、頼むぞ」

 透けている金髪の可愛らしい少女がにこやかに笑う。
 その反対側では、少年が腰を抜かしていた。

『こんにちは。私は貴方の敵ではありません。神の遣いです』

『神の遣い? 隋落の神がこの地に何をもたらすと?』

『オイシイ、モノダ』

 俺は片言の言葉で答える。

『とにかく、貴方方が神様の御呼びになった人ってのは間違いなさそうだな』

 少年が立ちあがり、お札を宝珠に張る。
 すると、クロと晴美さんのキューティーが消えた。

『歓迎します、神の御遣いよ。この神殿をご案内します』

『ええ、お願いするわ。その前に、ちょっとだけお札を剥がしてもらえるかしら』

 少年は訝しげな顔をする。

『神の御遣いともあろう者が、この程度のお札をなんとかできないと?』

 晴美さんはムッとした顔をした。

『いいわ、何とかしてあげる。気配は遠くなったけれど……』

 晴美さんが精神を集中すると、消えたガントレットが再度出た。

「キューティー、起動」

 そして晴美さんはアイテムボックスを開き、橋本さんとマークさん、教授の井下さんと動物学者の尾身さん、植物学者の田中さんを出した。少年が驚く。

『あら、神の御遣いなんだから、これくらいしたって変じゃないでしょ?』

 晴美さんはふふんと笑って答えた。晴美さん怖い。

『あ、ああ。じゃあ、案内するよ』

 神殿の中は、予想以上に荒れていた。
 さすがに祭壇まで来る人はいないようだが、浮浪者のような人達が、多く住み着いている。

『神様の力だとあまり食べずに済むし冬に凍死しなくて済むから、皆ここに集まってるんだ。神様は仕事するのを邪魔するから、昼は必ずああしてお札を張らなきゃいけないけど……』

『ああ、それは聞いてるわ』

『一度、この町は滅びた事もあるんだ。神様の怠けさせる力で』

 晴美さんはコックリと頷いた。
 俺達は会話を晴美さんに任せて黙ってつき従った。

『だから仕方なく封じているけど、神様は怒っているかな?』

『封印を破ろうと思えば破れるわよ。私と同じように。それをしないのは、怒っていないからじゃないかしら』

 少年はにこりと笑うと、頷いた。

『おいら、カイトって言うんだ。御遣い様は?』

『晴美よ。ねぇ、開いている土地を探しているの。神様に畑を作るよう頼まれていて。あるかしら?』

『開いている畑はいっぱいあるよ。働く人はいつでも歓迎さ』

『それで十分よ。早速見せて頂戴』

 神殿は大きな城壁に囲まれており、その更に外側には畑と草原が広がり、その更に向こうには大人程の高さの城壁があった。
 見知らぬ草をいきなり牛に食べさせるわけにはいかない。やはり、牛を出すのは2,3年ここを開拓してからだろう。

「クロ、起動」

 俺はクロから鍬を取り出して、働き始めた。晴美さんと教授は人々と話をする為に消え、橋本さんとマークさんは晴美さんに出してもらった機械で何やら調べ始め、尾身さんと田中さんも色々と調べる為に消えた。やれやれ、一人くらい手伝ってくれる人がいてもいいじゃないか?
 



[15221] ニートが神になりました 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/01 21:59


 その日の夜、神殿の中枢部で、神様を交えた会議をした。

「どうやら、凶暴な野生動物がいるようだ」

 動物学者の尾身さんが言う。うん、その頭に齧りついている動物がその一種なんだな、良くわかるよ。マークさんが銃を一発、その生き物は沈黙した。

「ああっ貴重なサンプルがっ」

「それより早く頭の傷を手当しなさい」

 マークさんと尾身さんの漫才は放っておいて、橋本さんが報告した。

「地球との連絡は取れませんでした。信仰度をあげるまで、帰る事は諦めるしかないようですね。星も全く未知の天体でした」

 田中さんも、続けて言う。

「ここの植物は非常に興味深い。変わった形の果物がいっぱいですね。しかし、甘みは少ないようだ。品種改良をしても面白いかもしれません。地球のリンゴに良く似た植物があるのです。それと駆け合わせてみるのも面白い」

「私と教授は情報収集をしてきました。喜んで下さい、この地にはエルフや獣人がいます」

「いやっほぅ!」

 晴美さんが拍手をするが、はしゃいだのは俺達二人だけだった。落ちる沈黙に、晴美さんがほほを赤らめてこほんと咳払いをする。

「それらは元は普通の人間だそうです」

「ほほう」

「しかし、神の加護でそれぞれ特異な力と姿を得たとか」

「なるほど」

「例えば水の神。この神殿は水路が多いでしょう? 今はもう枯れているけれど……。これは、ここを人魚が泳いでいた名残らしいわ。人魚たちは水を操る事が出来たそうよ。水の神が力を与えるのをやめて以来、人魚もまた生まれなくなったらしいけれど……」

「おお、という事は俺も何か出来るって事だな!」

 神様が手を打った。

「強力な神にしか出来ないそうだけどね」

「そうか……」

 神様がしょげた。

「一番強力な神は何と言っても魔神ね。魔神は悪しき心を持つなら人間でも動物でもどんな種族でも受け入れるらしいわ。また、悪しき心をばら撒く事が出来るみたい。寄り代がいる間は暴れ放題。ま、オーソドックスな魔王って奴ね。ここにもちょこちょこ魔神の信者、魔物が現れるみたい。そこで、神様にお願いがあるんだけど。教授達にも祝福を頂戴? 魔神対策ね」

「祝福か。やりたくない、やりたくないが……こうか?」

 神様が教授の手にキスをすると、引籠という文字が手の甲に刻まれた。
 神様がちょっと落ち込み、晴美さんがこほんと咳払いをする。

「ま、まあいいんじゃないかしら」

「何か嫌な効果がありそうじゃな、これ」

 教授が言って、晴美さんの後を引き継いだ。

「まあ、わしは魔術について調べてきたぞ。魔術とは、要するに魔力のあるもので書いた神の文字らしい。そこで、実験をしたい事がある。これは神殿からかっぱらってきた魔力のある墨じゃ」

 教授は水色に光る墨で魔法陣を書き、中心に冷房と書く。
 すると、部屋が一気に涼しくなって皆が拍手をした。

「ははは、疲れはするがな。便利じゃろう?」

 最後は、俺の番だ。

「俺は、十メートル四方を耕した!」

「さ、寝るか」

「そうね、寝ましょう」

「お、おい、なんだよそれ。元からそういう目的でこっちに来たんだろうが、おーい!」

 俺の言葉を無視し、皆で寝袋を出して寝る準備を始めるのだった。
 翌日。
 俺は一番に起きて、体操を始めた。
 田中さんが取ってきてくれた木の実を食べて、一人働きに出る。うう、あんな木の実じゃ力がでない。でも、少なくとも今年いっぱいはあの木の実で我慢しないと。
 俺が神殿の外へ向かうと、お札を持った少年と行きあった。

『オオ、ショウネン。オハヨウ』

『ああ、おはよう。早いな。まだお札を張っていないのに働きに行こうと思えるなんて凄いな』

『オレ、ミツカイ』

『ああ、そうらしいな。じゃあ。俺も隣の畑をすぐに耕しに行くよ』

 俺と少年はそこで別れ、俺はせっせと土地を耕した。
 しばらくして、人々が次々とやってきて農作業をしだす。

『やっとるねぇ、新入りさん』

 老人がにこにこと笑いながら草むしりをしていた。環境は悪くないようだ。

『随分良い鍬をつかっとるようだね。羨ましい』

『オレ、カミノミツカイ』

『御遣い様ってのは、凄いんだねぇ』

「おお、早いね、鈴木君。早速だが私らの荷物を出してくれんかな。本腰を入れて調査したい」

 尾身さん田中さんコンビがいい、俺はこくりと頷いて唱えた。

「クロ、起動」

 そして、アイテムボックスから色々と機材を取り出して尾身さんと田中さんに渡す。

「そう言えば、晴美さんはどうしてる?」

「廊下で寝ているようじゃ不潔だと言って、神殿の掃除を始めたよ。いずれ、神殿の人口を調べて部屋の割り当てをしたいらしい。橋本さんはその手伝い。教授とマークさんは荷物を纏めて周囲の探索に出たよ。神様にパソコンを一台貰ってね。目標は王都らしい」

「無茶じゃないですかねぇ」

「しかし、やってみるようだ。私も魔物の生態を調べてみたいのでね。今日は少し遠出するつもりだよ」

「お気をつけて」

 尾身さんと田中さんを見送る。
 昼には晴美さんと橋本さんと一緒にご飯を食べた。

「畑を耕すのは順調に進んでいるようね?」

「晴美さんも手伝ってくれよ」

「今してる仕事が楽しいのよ。今日は書物を見つけてね。今夜は文字の解析で眠れないわ」

「情報収集や探索にも役立ちますしね」

 俺は橋本さんと晴美さんの言葉にため息をつく。
 なんてこった、俺は一人で畑を維持しないといけないのか。

「現地人を雇えばいいじゃない。こんな時の為にライターとか金貨とかたくさん持って来たんでしょう? 古代で役立ちそうな安価な物って事で」

「あ、そうか」

 その後、俺は晴美さんの計らいでライター一個と出来た作物少しと引き換えに一年働いて貰う契約を現地人と結んだ。晴美さんこえぇ。薄給なんてもんじゃねぇぞ!
 雇ったのは10人くらい。皆で協力して畑を広げる。水の神殿だけあって、水浸しの土地があって助かった。少し手を入れれば水田に出来そうだ。
 御遣いという事で、皆が協力的で良かった。
 四ヶ月後、無事最初の作物が出来た。人数が多かったから、いくつか種を増やす事が出来た。そう、まだ種を増やす段階だ。本格的な栽培は来年から。今回は全て種にする。
 ついでに、現地の人に神様の食べ物という事で配って育てるのを協力してもらう。
 段々涼しくなってきた事によって気付く。神様の力で温室できないか?
 太陽の光は室内に差す事は無理だけど、燃費削減と暖房があるわけだし……。
 試して、見るか。
 晴美さんは全ての部屋の掃除と部屋の割り当てを終え、満足そうだった。
 部屋を移動してもらう代わりに冷暖房の札を作って渡してやると、感謝すらされたらしい。
 それが終わったなら、そろそろ畑を手伝ってほしいのだが、晴美さんは次は学校を作るのだと張り切っている。
 仕方ないので、俺は俺でやる。
 金貨を積んで、塔型サイロの建設も進める。サイロとは家畜のえさの倉庫だ。倒壊事故が起きないように、慎重にしないとな。こちらは尾身さんも協力してくれて順調に進んでいる。尾身さんは現地の動物を家畜にしたいのだ。
 田中さんは今、植物辞典を作ろうと頑張っている。
 冬に入る前、マーク達と共に大勢のドワーフが神殿にやってきて、俺は驚くのだった。




[15221] ニートが神になりました 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/01 22:04

 マークと教授は荷物を整え、一緒に近くの町についていた。

『こう言ってはなんだが……ここら辺は貧しい印象の町が多いですね』

 マークは金貨を質屋で崩しながら話す。

『一度、全員が働かなくなったからね。しっかり者は隋落の神様の力の及ばない所に逃げたよ』

『なるほど。所で王都に行きたいのですが、どうすればいちばん楽に行けるでしょうか』

『王都かい? それなら、商隊について行くのが一番いいだろう。ここら辺は山賊も魔物もやる気のない者達が大半だし、通行証のチェックもさぼっているからね。通り易いという事で、隊商のルートになっているんだよ。ここじゃやる気を出す武神のお守りがバカ売れするしね』

『隊商のルートに……。所で、通行証はどうやったら手に入るのですか?』

『なんだ、あんた持ってないのかい? 役所で発行してもらうんだよ。けど、ここら辺の役所は身分証明が無くても通行証を発行するから、遠い関所ほど通じない。王都へはいけないねぇ……。あんたらが神の力を使う神官ならば、王都まで行ける通行証を発行できるんだが』

 そこで教授は引籠の紋章を見せた。

『神の祝福を直接受けてるんだが、それでは駄目かね』

 質屋は目を見開いて言った。

『なるほど、それなら行けるだろうさ。役所は向こうだよ。しかし、あの隋落の神の祝福じゃ、加護は期待できないな』

『なに、早速王都への切符という加護を手に入れましたよ』

『違いない!』

 マークと教授が通行証を発券して貰い、商隊が通りかかるのを待った。
 しばらくすると、大きな馬車がいくつもやってくる。
 馬車というより竜車といった方がいいだろうか。大きなトカゲのような生き物が馬車を引いていた。

『すまないが、王都まで乗せてもらえないだろうか。料金は払う』

 商人はマークをじろりと見て言った。

『通行証は?』

 マークが通行証を見せると、商人は片眉をあげた。

『隋落の神の神官様ですか。意外ですが、どうぞ馬車においで下さい』

 商人はにこやかに馬車に案内する。
 馬車まで向かうと、そこには様々な者達がいた。
 獣人、龍人、エルフ、木人、鳥人、ドワーフ……もちろん、人間も。彼らは立派な服を着て静かに座っていた。

『隋落の神の神官様です』

『どうぞよろしく』

『獣の神の神官だ』

 獣人。

『武神の神の神官……』

 龍人。

『火の神の神官じゃ』

 人間。

『風の神の神官です』

 鳥人。

『大地の神の神官じゃ』

 木人。

『癒しの神の神官、サレスです』

 エルフ。

『鍛冶の神の神官』

 ドワーフ。
 マークはそれぞれを頭に叩き込みながら、にこやかに問いかける。

『神官様ばかりなのですね。何かあるのですか?』

『王都にある中央神殿で神官会議があるではないですか。私達は大都市グレンから神官会議に出席する途中なのですよ。てっきり貴方も参加するからこの商隊に入ったのかと』

 サレスがいい、マークは大げさに驚いた。

『なんと! それは正しく神の導き。いや、実は見識を深める為に旅に出ただけなのですよ。そんな会議があるならぜひ出席させて頂きたい。若輩者の私目に、色々教えて下さいませんか?』

『まあ、いいでしょう』

 サレスは、まんざらでもない顔をして頷く。
 教授とマークは頷きあって、情報収集を始めた。
 関所をいくつも通過する。途中、魔物と呼ばれる凶暴化した動物の襲撃を何回か受けたが、それが徐々に強くなっているのを感じていた。
 ついに、強力な魔物が現れたらしい。悲鳴が響き渡る。

『ドラゴンだ!』

『神官様方を守れ!』

『神官様には指一本触れさせるな!』

 ドラゴンという言葉を聞き、獣人と竜人が立ちあがる。

『どうやら、俺達の出番のようだ』

『リグルとパーズだけにいい格好はさせられないの』

 人間が立ちあがり、それを合図に全ての神官が立ちあがった。それから先は圧巻だった。
 獣人が大きな声で吠えるとドラゴンの動きが止まる。
 龍人の斬撃が空を割く。
 人間の放つ火球が爆発する。
 鳥人の真空波がドラゴンの翼を切り裂く。
木人の操る木の根がドラゴンの足に絡みつく。
 サレスが回復に回る。
 ドワーフの斧は振るうたびに雷撃を放った。

『はぁ……皆さん、凄いですね』

 マークと教授が呆然とする。そうしていながらも、カメラで情報収集するのを忘れない。

『貴方の神はどんな加護を? それはなんですか?』

『ああ、この馬車を涼しく出来ますよ。このカメラはなんでもありません』

 戦闘後、冷房の札を張ると、部屋に涼やかな風が吹いた。
 ふん、と竜人が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

『わしはカッティーじゃ。早速じゃが、その札分けてもらえんかのう。火の神の札をやるから。わしゃ熱いのは得意でも暑いのは苦手でのう』

 人間の神官が興味を示して手を差し出した。

『ええ、暖房もありますよ』

 噂はまたたく間に広まり、マークは札を量産せねばならない事になるのだった。
 中央神殿につくと、その芸術的な作りにマークはため息を漏らした。

『では、私が代わりに隋落の神の参加申請をしてきてあげます』

 サレスが中央神殿に入って行く。

「怖いくらいに順調だな」

 マークが笑い、教授が頷いた。
 サレスがすぐに神殿から顔を出す。

『部屋にご案内します』

 案内された部屋は小さなベッドが二つある部屋で、サレスは恐縮した。

『このような小さい部屋ですみません……』

『いや、ベッドと机があれば十分です。親切にありがとうございます。今後の予定を教えてくれませんか?』

 マークの質問に、サレスは机を指し示す。

『そうですね。まず、机の横に大きな魔力を込めた墨を溜めた壺と紙の束があるでしょう?それで、お札を作って下さい。一週間後、全ての会議に出席する神官はお札を中央神殿に寄贈する決まりです。ドワーフさんに依頼してもいいでしょう。ドワーフさんが作った物にお札を張る事で、お札の力を移す事が出来るのです。また、お札と同じ刻印を刻んだ物はお札より強い効力を持ちます。これもドワーフさんに作ってもらって、後から魔力を込める形がいいでしょう。低級なお札なら誰でも使えますが、作るのは素質のあるものしか出来ませんからね。それと、今までに作ったお札は中央神殿に納入してはなりません。決められた様式で無いと。これを一種10枚ずつ』

『普通に作れたから誰でも作れるのかと思ってました』

『お札を作る為には、術自体に対する才能と、神に認められる事が大切なのです。そして、神は二神に仕える事を望みません。鍛冶の神はまだ融通が効きますが、それでも鍛冶の神に対する最大限の忠誠を必要とします。強力な加護を同時に二つの神から得る事は難しい。それと、会議の後の交流会でお札を売ったり交換したりすると良いでしょう。魔術師と呼ばれる神に仕える事無くお札を作ったり使ったりする者たちも買いに来るはずです』

『魔術師と神官の違いは?』

『神官は決して他の神のお札を作りません。それゆえ、魔術師は多彩な力を使える代わりに弱く、神官は一つの力しか使えない代わりに強力です。もしも軽はずみに他の神のお札を作ろうと思う事があったら、やめておきなさい。二度と仕えていた神の強力なお札を作る事も出来なくなり、新しく仕える神にも心から認められる事はないでしょう。例え神が認めたとしても、力に濁りが出て100%神の力を受ける事が出来なくなる……例えば私の場合、エルフ族になる事が出来なくなります。そうするとお札なしで力を使う事が出来なくなります。今、私が冷房の札を作れば、私は人間へと戻るでしょう』

『なるほど、カッティーさんは?』

『彼は決して燃える事がありません。火人というのですよ。その加護が無くなります』

『お札を使う事は問題ない?』

『それは問題ありません』

『エルフ族になる為には何をすればいいんです?』

『修業を積み、その器を手に入れて神に認められる事です。大体、神官の心得としてはこんな所でしょうか。後、食事と湯は部屋に運ばれてくるのでご安心を。着替えはありますか? 神官としての正式な服がないなら仕立てを……いやしかし、神に無断で決めるのは問題ですね』

『そこら辺は何とかします』

『良かった。それではまた一週間後』

 長話をして疲れたマークと教授はため息をついた。

『興味深いが、色々面倒だな。早速情報を共有しないと』

 マークが貰った指輪型パソコン、ハンターを起動して橋本とニークと連絡を取り合う。
 神様はカメラで撮った戦闘映像に大喜びだった。

「服ですが、スーツでいいですか?」

「いや、マークが持ってた迷彩服で」

「それは……」

「迷彩服で」

 神様の命令は絶対である。マークはため息をついた。

「で、お札は何を作りますか?」

「作れるだけ作って出してみればいいじゃないか。そうだ、なんか知らないが最近信仰度が鰻登りでな。お陰でMPは極端に消費する物の、URLが設定可能になった。これで掲示板とチャット以外にページが持てるぞ」

「それは朗報ですね。お札はこちらで色々考えてみます」

 ネットを切り、マークと教授はお札作りに入った。

「冷暖房だけというわけには行くまい」

「そうですね。確かに」

「えーと、パソコンを見る限り、作れるのは……。働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる! のお札と二次元嫁万歳のお札と冷暖房のお札、燃費削減のお札、ですかね……チャットと掲示板はパソコンないと出来ないし」

「そうですね、やってみましょう。出来るだけたくさんのお札を入手したいですし、資金も必要です」

 マークと教授は、部屋から一歩も出ずに研究とお札作りを続けたのだった。
結果、ニークが許可を出し、巨大な魔法陣に魔法陣にキーボードと画面を描くという方法を確立した。
 早速、メンバーのチャット場を新URLに移動するよう通達し、掲示板の記事も全て移動する。全ての準備を整えて、一週間後に会議が始まった。
 サレスはエルフ代表ではないらしく、一つの種族につき二人ペアで会議に出席していた。
 司会をしていた木人が言う。

『まず、会議を始める前に我らに新たな仲間が加わった事を歓迎しましょう。隋落の神の神官、マーク殿です。今現在の神官達についての説明は事前に受けているようなので、自己紹介をしてもらいましょうか。貴方の神の教義はなんですか?』

 マークは汗をかいた。

「ハンター、起動」

 マークが指輪を起動させると、ノートパソコンが現れた。さすが神官達、ハンターが見えるらしく声をあげる。
 ドワーフの目がハンターにくぎ付けになった。

「ニークさん、貴方の教義はなんですか」

 ちなみにマークはニークを神様と呼んだ事はない。マークにはほかに信じるべき神がいるからだ。

「きょ、教義? 他人に迷惑をかけずに自分が楽しく生きる事かな」

『他者に迷惑をかけず、楽しく生きる事です』

 マークが自信を持って答えると、神官達に微妙な沈黙が広がった。
 ニークが水の神の神殿を滅ぼしたのは周知の事実である。

『とても素晴らしい教えだと思いますわ。それで、どのようなお札を持ってきたのか見せて頂けないかしら?』

 エルフの女性がにこやかにいい、マークは一枚のお札を出した。

『まずは働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!の札です。人の労働意欲を根こそぎ奪います』

 また、微妙な沈黙が落ちる。マークは次のお札を紹介した。

『二次元嫁万歳! 絵画の人物に恋をするようになり、実際の異性に興味が無くなります』

 人々がざわめく。

『あの、水の神殿を滅ぼした……』

『呪い……』

『隋落の神……』

 ニークはくじけず続ける。

『燃費削減! 運動力が落ちる代わりに少ない食事で済むようになります』

『要するに怠ける為のものだろう』

『運動能力が落ちては意味が無い』

『いや、雪に閉ざされた冬など、使える場面もあるやもしれん』

 竜人や獣人が突っ込みを入れる。マークとて、ここまではぼろくそに言われるのをわかっている。だから、これらを先に出したのだ。

『冷房、暖房の札! 冬は暖かく、夏は涼しくする事が可能となります』

『これの話は聞いている』

『これは使えるな』

『ふん、くだらん』

 そして、止めはこれだ。

『チャット、掲示板のお札! 遠い場所にいる人々同士が文通を交わす事が出来ます』

『どういう事だ?』

『実際にやって見せます。教授!』

 二人でお札を発動すると、描かれたキーボードを叩く。

『これは……文字か?』

『そうです。キーボードの文字は普段使われる物で構いません。これを打つと、同じ文字がこの画面に現れるわけです。そして、エンターキー。これは必ずEnterと書かれていなければなりません。ここに二回触れて……これで正式に書き込み完了。教授の方の画面……四角い枠の中を見て下さい』

『同じ文字が!』

 ドワーフが驚きの声をあげた。 

『驚いたの』

 火人が感嘆の声をあげる。

『欠点は、全てのこれを使う人々が同じ場所に書き込みをする事になる為、ログがすぐに流れてしまう事です。それを補うのが掲示板です。情報を探したければ、検索で』

『面白い。後で札を分けてくれんかの。武器の威力を上げる札をやるから』

『俺も!』

『私も』

『文字の多い国は苦労しそうだな』

『喜んで。ただしこれは高いですよ』

 マークは微笑んだ。説得は上手く行ったようだ。
 そして、議題に入った。
 内容は魔神対策から食料についてまで幅広いものだった。
 マークに求められた事は、燃費削減の札の生産だった。
 それを了承し、会議が終わった後は各自用意されたブースに行く。
 マーク達はたった二人なので交代で店番をするしかない。
 有用な札は早く売り切れるのが摂理だ。マークは走り、人気の高い所の弱い札から狙って、全種の札を入手した。調査用だから、威力はほとんどなくても構わないのである。
 そしてマークが店番をしていると、ドワーフがやってくる。

『会議であったな。ワシはマーティンだ。その指輪、興味深い。もしや、神とチャットが出来るのかね? 新しい種族の誕生かな』

『ご明察。新たな種族と言っていいかはわかりませんが』

『チャットの札を10枚ほど欲しい。ワシの書く文字でキーボードを作ってくれ』

『10枚も書くのは大変ですよ。一枚でご勘弁願います』

『仕方ないの』

 話していると、いかにも怪しいローブに仮面姿の者が現れた。しかも、複数だった。

『やる気の無くなる札を一つ……金貨1枚、いや5枚出す』

『二次元嫁万歳を一つ……くくく、これを兄上に使えば……』

『娘は誰にも嫁にやらん! 二次元嫁一つ』

『いつも口説いてくる彼に二次元嫁を使ってやるわ』

『あの人はいつも仕事ばかり……。少しは私の事を……。やる気の無くなる札を頂戴。無くなるのは勤労意欲だけなのでしょう?』

 どうみても呪う為です本当にありがとうございました。
 しかし、地獄の沙汰も金次第。という事で思う存分高値で売るマークだった。
 冷暖房が売れに売れた。チャットや掲示板は作る手間が大変だから少量しか売れなかった。
 サレスがにこやかにやってくる。

『どうですか、売れましたか』

『お陰さまで。お礼に、サレスさんには掲示板の札をプレゼントしますよ。王都も案内して頂けると嬉しいのですが』

『ええ、お安いご用ですよ』

『わしは図書室に籠ってようかの。魔術師を目指してみるつもりじゃ』

『そちらは教授にお任せします』

 マークは王都に向かう。有益そうなものはすべて買い取るつもりだ。その為にアイテムボックスには武器以外何も入れていなかったのだから。

『持ち帰れるんですか?』

『馬車を使いますから。何せ田舎者なものでね。全てが珍しいのですよ』

 片っ端から買い物をしては部屋に届けさせるマークに、サレスが汗をかいた。
 買い物を終えると、マークは何気なく言った。

『肉屋さんはありませんか? 私は分厚いステーキが好きでね』

『えっそんなにお金があるんですか? もしかしなくても、マークさんってお金持ちなんですか』

『肉は高いんですか?』

『あたりまえじゃないですか。魔物の肉は害がありますし、どの動物もいつ凶暴化するかわかりませんから。神の力の込めた首輪で守る事は出来ますが、札を作ってドワーフの作った首輪に力を移してその首輪を常時付けさせる事になりますから、コストが掛かるのですよ』

『神の祝福じゃ駄目なんですか?』

『動物に祝福って、そんな事をするのは魔神位ですよ』

 マークは聞いた事をしっかり頭に叩き込む。そして二人で果物を食べて、その日は別れた。
 部屋に帰ると、マークの帰りを数人の客人が待っていた。

『貴方方は?』

『私達は魔術師です。どうか、隋落の神の秘儀を私達にも』

『構いませんよ。貴方方の持っている他のお札と交換です。部屋は散らかっているので、お札作成室へ行きましょう』

 魔術師達がお札を作る為に念を送ると、それがニークに届く。
 ニークに断る理由はない。チャットも掲示板も許可した。
 そしてマークと教授は二か月ほどの滞在で物資と調査を終えた。
 馬車に向かうと、マーティンとサレスがそこで待っていた。

『ようやくお帰りかの』

『どうなさったんですか』

『神殿が復活したなら、ドワーフとエルフも行かねばなるまい。ドワーフは全ての者の武器を作り、エルフは全ての者を癒すのだから』

『では、私達はこれからお仲間ということじゃの。よろしく頼む』

 教授が笑みを浮かべてサレスとマーティンと握手をし、マークはため息を吐いた。



[15221] ニートが神になりました 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/02 07:36


 帰りにもやはり、強力な魔物が現れた。
 護衛団が戦うが、戦況が悪い。

『下がっておれ!』

 マーティンが斧を振るうと、そこから炎が弾け出た。何重にも別れた角のような物を持つ巨大な牛に似た生き物の角を、叩き折る。しかし直後、弾き飛ばされた。
 教授がマークの方を見、マークが頷いた。
 ここで死んでは元も子もない。いずれはばれただろう。多分。

「ハンター、起動」

 そしてマークが銃を構える。
 連続で撃たれた銃弾に、僅かなタイムラグの後、魔物はどうと倒れた。

『そそそ、その武器はなんだ!? 今どこから出した!? その武器を見せてくれ!』

 マーティンが勢い込んで叫ぶ。
 やれやれ、やはりこうなったかとマークは苦笑いをした。

『企業秘密ですよ』

『もう一度攻撃してみてくれ!』

『弾数に限りがあるので』

『弾数?』

『こういう銃弾を打ち出す武器なのです』

『なるほど! だがどうやって魔物を倒す速度で打ち出す!?』

『そこは部外秘です』

 マーティンはいきなりそこで土下座した。

『頼む! その武器を貸してくれ!』

『そんな事をされては困ります! うーん……弾を抜いた状態でなら……。壊さないでくださいよ?』

『おおお、ありがとうマーク』

 銃を調べるマーティン。
 その間に怪我人の治療をしていたサレスが、死んだトカゲの護符の首輪を回収していた隊商の長と喧嘩を始めた。

『怪我人を置いて行くなんてあんまりです!』

『仕方が無いんだ、怪我人を置いておくだけの馬車のスペースが無いし、乗ってきたトカゲは死んでしまったんだから』

『私が運びましょう』

 マークが、ハンターに怪我人を「収納する」。
 長とサレスは呆気にとられた。

『い、今のは……』

『隋落の神の加護を受けし者は物の持ち運びが簡単に出来るようになるのですよ』

『ど、どれくらいの物が持ち運びできるのですか!?』

 マークは、勢い込んで言う商人に気押されながら答えた。

『ま、まあ精々この馬車一台分……』

『隋落の神に帰依します! さあ、今すぐ神殿に向かいましょう!』

 それを宥めている間に、マーティンはチャットの札を使っていた。

『新しい武器を発見したぞ! 隋落の神の神官が持っていた』

『新しい武器だと!?』

『また奇抜で使えない形の剣とかじゃないのか?』

『私はドワーフじゃないですが面白そうな話題ですね』

『鉄の球を凄い速さで打ち出して攻撃する武器だ! こんな武器見た事無い』

『オレ見たい』

『わしも』

『私も』

 チャットの札はドワーフが一番多く入手していた。
 それゆえ、その情報はまたたく間にドワーフに広がった。
 そして、水の神殿に大量の鍛冶の神を信仰する一族が流入する事になったのだった。














 
「というわけでして……」

「迂闊でしたね、マークさん。まあ、人出が増えたので良しとしましょう。ドワーフさん達は使えそうですし」

 橋本が苦笑いする。
 ドワーフ達はまたたく間に鍛冶場を建設し、銃を作らんと切磋琢磨している。
 また、鈴木と加藤は二人、エルフか何かになる事を期待して仕事と並行して修行の一種である瞑想を始めるのだった。
 また、サイロもドワーフに作ってもらえる事になった。
 ドワーフの方も、謝礼のライターを貰って大喜びである。
 こうして、急速に隋落の神の信仰度と知名度は上がって行った。

「そろそろ漫画家や小説家を召喚しようかな……。それに加藤、そろそろ帰るか? 修業は向こうでも出来るし」

 ニークの提案に、メンバーは揃って首を振る。

「農業の人手を増やしてくれ!」

 これは鈴木の言葉。

「魔物もいますし、軍人が欲しいですね」

 橋本とマーク。

「医者が必要なんじゃなかろうか」

 尾身と田中。

「そうね。技術者は必要でしょ。特に製紙技術者は」

 晴美と教授。
 結局、晴美と教授が帰り、漫画家一人、医師一人、獣医一人、技術者を一人呼ぶ事になった。
 召喚をすると、快く応じてくれる。しかし、準備期間と時間の流れの差もあり7年ほど待つ事になった。
そして、冬。退屈な季節。チャット、掲示板文化が花開く。
 種族で時間ごとに分けられるようになり、多彩な情報がやり取りされるようになった。
 冬が終わると、鈴木は隋落の神の信者達と畑に、橋本は片っ端から文明器具の設計図のプリントアウトをしてドワーフ達に見せた。ただし、作るのはこの神殿内でだけと念押しして。狂喜したのはドワーフ達である。
 そして神殿の大改築が始まった。
 二年後、ようやく牛豚鶏を放す準備が出来る。
 ニークは牛豚鶏に片っ端からキスをした。そして溢れる祝福を受けた動物達。
これは信者達に尊ばれ、大切に世話をされた。
 更に二年後、鶏が食べられる程増える。
 また、この頃から地球産の作物が一般も分け与えられるようになった。
 そして文明化も大幅に進んでいた。元水の神殿は、小さな地球になったのだった。

『はぁぁ……まるで別世界のようですね。家畜をこんな風に飼う事が出来るなんて』

 サレスがため息をつく。
 サレスが見る先には、現地のダチョウのような動物を乗りこなす尾身さんがいた。
 新たな家畜である。
 マークは苦笑しながら頷いた。

『さすがは異世界の神といった所でしょう?』

『え?』

『なんでもありません。さあ、ニークさんにシチューを捧げましょう。大切な儀式です』

 祭壇に信者達が集まり、緊張した面持ちで鈴木が鶏肉のシチューを差し出す。
 サレスには顔を輝かせる神、ニークが見えた。
 ニークにシチューが捧げられると、ニークは至福の表情でシチューを味わった。

「うーまーいーぞー!」

 五年たってもまだこちらの言葉を覚えられないニークである。
 ニークの咆哮と共に、水の神がかつて管理していた泉から黒い物が噴出した。
 それは水路を辿り、神殿中に張り巡らされる。
 それと共に、信者はパニックになった。

『な、なんだこれは!』

「これは……これは、まさか! 石油!? ニークさん!」

「な、なんだ?」

「一緒に日本に帰る方法をぜひ考えましょう! その為に信仰度が必要なら、私はその為に鬼にもなります」

「も、戻れるものなら戻りたいけど……」

 急に眼の色が変わった橋本に戸惑うニーク。

「うおおおおおっついに変身出来た!」

 鈴木の叫んだ方向を見ると、マークと鈴木が新たな種族・ロボットへと変わっていた。

「うおおおおお、これが俺の一族! 初めて神になって良かったと思った!」

 ニークが興奮して叫ぶ。

「馬鹿な……石油、石油が飲みたい。鉄が食べたい」

 マークが訴える。
 信者達はざわめきにざわめき、ドワーフ達は目を剥いた。
 マークが石油を飲むと、震えた。そして、背中のロケットが着火する!
 祭壇の上部を飛び回るマーク。
 すぐに、その後すぐに鉄を食べると銃が撃てるようになる事も証明された。
 繁栄の極地だった。しかし、光りある所に闇がある。
 家畜達の噂が広まり、それを狙った魔物の信徒が押し寄せてきたのだ。
 それはシチューの事件があってちょうど5日後の事だった。

「あ、あれはなんだ?」

 鈴木が農作業をしていると、魔物を引き連れた山賊が現れた。

「大人しくしろぉっ へへへ……久しぶりの肉だぁっ 女だぁっ!」

 ニークの治める地では犯罪も魔物の行動も極端に鈍い。
 それゆえ、神殿は抗うすべを持たなかった。
 またたく間に神殿の人々は拘束された。
 橋本とマークは戦おうをするマーティン達を止め、隠れる。

「女だぁ! 女を呼べぇ!」

 村の女達がひっ立てられる。女達は挙って祈りを捧げた。
 盗賊は女達を一瞥して、吐き捨てた。

「三次元の女には興味ねぇ。二次元の女を連れて来い!」

 そこで、村人達の挙動が止まる。数人のまだ正気だった盗賊が恐る恐る問いかけた。

「な……何言ってるんだ、お頭?」

 魔物が、ごろんと寝転がり始めた。ごろごろ。ごろごろ。ひたすら転がる。
 盗賊のお頭が渡された美女の絵にほおずりする。

「あー、なんか凄く家に帰りたくなってきた。帰らねぇ?」

「やる気ねー」

 ようやく隋落の神の力に思い当たり、参謀風の男が驚愕する。

「ま……まさか、隋落の神の力これほどとは……! 精神汚染の力は魔神レベル……!?くっここにいると駄目人間になる!撤退! 撤退!」

 そして、残った魔物と盗賊をマークと橋本率いるドワーフの銃撃部隊が掃討し始めた。
 盗賊達はその段になって慌てて反撃するが、間に合わない。
 こうして、盗賊達は一網打尽になった。
 この事をきっかけに、神殿で兵士が養成される事になる。
 また、この事の噂が広まり、ますます信仰度は上がるのだった。
 その頃。日本では、晴美と教授が持ち帰った異世界の動植物やお札の解析が急がれていた。
 幸いな事に、お札は日本でも使えた。
 冷暖房の魔法陣。究極のエコに家電製品会社は恐れ慄いた。
 そして、報告会議の途中にシチューの事件があり、晴美はロボット族となったのである。
 鋼鉄の体、強い力、キューティの能力、軍人達はその有用性に恐れおのの……く前にガンダムだ! ひゃっほー! と快哉を上げた。
 晴美は早速解析に回された。
 教授もお札を作ることで大忙しである。
 そして、日本ではニーク教が立ち上がりつつあった……。



[15221] ニートが神になりました 最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/02 07:42

『はあ、魔王退治、ですか……』

『退治しても、また新しい魔王が生まれるだけです。私達は、魔王のやる気を奪いたいのです』

 神官会議に出席したマークは、難色を示した。

『しかし、確かに神は強力なロボット族を生み出す事が出来ますが、他の種族に比べて圧倒的少数しか生み出せないのですよ? 最近、地球……いえ、他の地への布教も始めましたし、信徒には商人やオタクが多い。そもそも武人が堕落の神を信仰するはずが無いでしょう?』

『サポートは、します』

 それに、と司会をしていたエルフは心の中で呟いた。
 最近、力を急速に増して来ている堕落の神の神殿の力を削ぎたい。
 新たな技術。新たな作物。新たな。新たな。新たな。
 各地の商人達は、堕落の神の神殿に釘付けだ。技術の中心地が、堕落の神の神殿になりつつある。

『しかし……』

 そこで、獣人が押し殺した声で言った。明らかに怒っている。

『我が国の第二王子は、二次元嫁を嫁にすると言ってはばからないとか』

『う……』

 竜人が呆れた声で言う。

『宰相他重臣が、急に働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる! と言い始めたとか』

 エルフが、にっこりと笑った。

『邪教認定しますよ?』

『魔力探知の術や、武神の札を使えば防げるという事も判明しているではありませんか』

『それでも、隋落の神の力はあまりにも危険です。良からぬ目的の信徒も増えていると言うではありませんか』

『仕方ありません、わかりました……』

 マークは肩を落とした。
 翌月。十名ほどのロボット族を守る形で、竜人が集まった。
 少数精鋭で突破する心算である。

『いいか、ドワーフ族の作った働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!と二次元嫁万歳の加護のついた首輪を奴にはめる。それだけで奴は二次元の世界に入り浸り二度と人を害そうなどと考えないだろう! そうなったら俺達の勝ちだ!』

 竜人が演説する。その後ろで、マークは隋落の神と小声で会話していた。

「ニークさんが来てくれて心強いですよ」

「任せておけ」

 そうして、彼らは魔王の住まう地へと進んだ。
 マークの進言により、少数で分散して魔王の地へと侵入する形を取る。

『こちらハンター1。侵入成功しました』

『こちらハンター2。敵はやる気無いです、ニーク様に栄光あれ』

 作戦用特別URLのチャットで連絡を取り合いながら、全部で十個の小隊は進んでいく。
 ニークの加護のお陰で敵の守護はずさんで、やすやすと最深部まで入る事が出来た。しかし、それは魔王の罠だった。

『良く来たな、隋落の神の信徒よ』

『魔王……何と醜悪な』

 まるでゾンビのような魔王の姿に、マークは眉を潜めた。

『なんとでもいえ。隋落の神よ、そなたの力とわしの力、どちらが強いか一度試してみたいと思っていたのだ』

 小隊のメンバーが、それぞれ武器を構える。

『食らえ! 我が精神汚染の力!』

「ぐわぁぁぁぁぁ」

 マークはたまらず声を上げた。小隊のメンバーも次々と跪く。
 訪れる強い破壊衝動。それに飲み込まれそうだった。
 誰かを殺したい。壊したい。犯したい。
 まて! 俺はそれを望んでいない!

「精神汚染なら負けるかぁ!」

 ニークの叫び。
 マークは絶句した。なんだか急にエログロ小説を書きたくなってきた。
 実際にはやりたくないが小説を書くだけなら万事おっけー。
 ロボット族たちは早速ワープロ機能で小説を書き、プリントアウトし始めた。
 竜人と魔王はそれを読んで満足している。
 しばらくして、魔王は我に返った。

『はっ! まさか衝動の方向をずらすとは、なんという技なのだ!』

「今、俺には野望が出来た! これを邪魔する奴は何人たりとも許さない! コミケ開催! コミケ開催! コミケ開催! そして俺は壁サークルになるんだ! この熱く燃えたぎる衝動を! 漫画に変えて!」

『ええい、わけのわからぬ事を!』

 魔王は必死でニークの精神汚染を防御し、ニークに破壊衝動を送った。
 対してニークは、二次元嫁万歳を全力で作動させ防御はしなかった。
 リアルへの破壊衝動を些かも減らさぬまま一気に創作意欲へと塗り替えた。
 これが、勝負を決めた。

『ばっ……馬鹿な! 馬鹿な、馬鹿な馬鹿なぁぁぁぁぁ!』

『夢と妄想の世界にようこそ、魔神よ。いい友になれそうじゃないか。はははははは!』

 破壊衝動のままに高笑いするニーク。
 そして、堕落の神と魔神主催のコミケの開催がここに決定づけられるのだった。
















『うう、何故我がこんな事を……。我はこんな事してない……してないぞ……っ』

 ベタ塗りをしつつ魔王が落涙する。

「原稿汚すなよー」

 ニークが注意した。
 堕落の神の神殿の発展は順調に進んでいる。
 しかし、問題もある。予想外の形で魔王を堕落させたニークは、神速の速さで邪神認定されてしまった。
 しかし、ニークの著書「魔王性戦記(R18)」は売れに売れ、王子を筆頭に隠れ信者を急速に増やしている。
 小隊にいた竜人はめでたく性癖を大幅に変えられてしまい、追放を食らって堕落の神の神殿で働いていた。



 その頃日本では、晴美の解析が終了し、晴美の複製を作る事に成功していた。
 知恵を持ったロボットの誕生である。
 また、晴美以外のロボット族も少数ながら誕生し始め、日本人は少しずつ新たな進化を受け入れつつあった。
 ニーク神を祭る社から、ちょろちょろと石油が湧き出て、日本人は狂喜した。
 ニーク神は知らない。信仰が異世界でも高まればその世界に行けるようになる事を。
信仰度一億ポイントでゲートを開く事が出来る事を。
 ニーク神の働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!は、勤労意欲には大いに効くが、オタク的な趣味で働いている場合には全く効かない、むしろ意欲を上げる事になる事を……。
 ニーク神が日本に渡るまで異世界時間で後100年。
 世界がニーク神の力に恐れ慄き日本を逆鎖国するまで後200年。
 日本人の半数がロボット族になるまで後300年。
 世界に再発見され、ロボット溢れる「ぼくのかんがえたかっこいいみらいとし」に世界が驚愕するまで後400年。
 日本人の進化図の最後が正式にガンダムになるまで後500年……。





[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/03 21:47



「はっここはどこ!?」

 私、春風直美はぼんやりしていた所で急に我に返り、周囲を見回した。
 コンピューターの頭脳を持つ私がぼんやりするなんて、ありえない。
 周囲を見回すと、そこは廃墟だった。人の死体が転がっていて、私は悲鳴を上げた。
 しかもその死体は、裸だった。

「きゃああああ! 何!? 何なの!?」

 急いでGPSを起動する。は、反応が無い!?
 無線……駄目、繋がんない。ああん、一体どうしたらいいの!?
 いつの間に世界は滅んじゃったの!?
 そこで、私ははっと気づき、カバンのラブリーモモを取りだした。
 チャット画面を開くと、そこは通常通り人々の書き込みで溢れていて、私は落ち着く。

『神様、ニーク様!』

『なんだ?』

『いきなり廃墟に移動しちゃったんです! 信じて下さい!』

『んーちょっと待って』

 なんだなんだと、人々が異変を感じて私を労る書き込みをしてくれる。
 ログが流れる速さが倍増する。
 私は神様の書き込みを見逃さないよう、精神を集中した。
その内、神様が書き込みをした。

『異世界に飛んじゃったみたいだなー。待ってな。連絡用の専用チャットルームと掲示板を作るから、ビデオデータ送って。ほい、URL』

『あ、ありがとうございます、神様。今データを送ります』

 私は周辺のデータを送った。きついけど、死体の映像も送った。

『マブラブキターーーー(゜▽゜)ーーーーーー』


 神様が、神様が喜んでおられる……っ! これは何か突破口を見つけたのかも!

『神様! マブラブってなんですか?』

『ああ、エロゲ』

『はぁ?』

『エロゲの世界に行ったんだよ、えーと』

『春風直美です。エ、エロゲ……そんな、嘘……嫌、怖い。私、犯されちゃうの!?』

『なんだ直美か。この前新たな加護をあげた子じゃないか。襲ってくる奴がいたら二次元嫁万歳の札を張れ』

 神様が優しい言葉を掛けて下さる。そう、そうよね。二次元嫁万歳の札を張れば……でも、怖い。私は男みたいな体格や肥満にずっと悩んできたけれど、今はそれに感謝した。こんな男みたいな私を、まさか襲ったりしないよね……。
 女らしくしようと精一杯短くしたスカートが、今は煩わしかった。
 くるりと回ると、スカートがひらめく。ああ、絶対やばいよ、これ。

『そ、それで、どんな世界なんですか……?』

『戦争もの。エロい異星人が攻めてきて、それに滅ぼされかけている人類の物語』

『えろい異星人! それって怖いんですか;;』

『怖いよー』

 私はしょんぼりとした。

『どうやったら帰れるんですか……? 帰れますよね』

『信仰をそっちの世界でも高めたらゲートを開く事が出来る、布教してな』

 布教……単なる一女子高生の私に、そんな事が出来るんだろうか。絶対怪しい宗教勧誘だと思われるのが関の山だよ! だってニーク様って実際怪しい宗教だし! 確か世界で邪教認定されたって教科書に載ってたし! ああもう、どうしよう。

『そこで待ってれば、主人公の白銀武が来るはずだ。情報収集をきちんとするんだぞ』

『白銀、武……』

 あたしは待った。
 途中、新人類が一匹通りかかって何事か喚いていたが、それだけだった。
 夜が来る。私は、しゃがみ込んで肩を震わせた。
 こんな事になるなんて。凄く心細い。
 そこへ、普段使っているのとは異なる周波数の無線が来た。
 
「君は誰だ? 何故こんな所にいる?」

 暗号化も何もされていない、原文そのままの言葉。
 それが、わかりやすくしてくれてるんだと好感を持てた。
 はっと顔を上げると、グレイの体と素朴な顔の、ちょっとやせ気味の男の人……って、服を着ていない!? エロゲ―の世界! 私、襲われちゃうの!?
 
「いやああああ痴漢―――――! なんで裸なんですか!?」

 私は思い切り平手打ちをしてしまうのだった。

「素手で攻撃された!? くっ敵対勢力なのか!」

「服着て下さい! 服!」

 私はラブリーモモからジャージを取り出し、投げつけた。

「空中から物が!? 貴様、一体何をした!? ……ってこれは……ジャージ!?」

「いいから早く! 服を着て!」

 私は顔を逸らしながら言う。

「いや、服を着てって……。そもそも、君はなんで服を着ているんだ?」

 はっまさかこの世界では裸が標準なの!? それなんてエロゲ? そっか、エロゲの世界だっけ?

「いいから、着て! 目のやり場に困るから」

 私に気圧されたその人は、ようやくジャージを着てくれた。

「さあこれで満足だろう。それで、君は誰だ。何故ここにいる?」

「私は春風直美です。気がついたらここにいて……。神様はここが異世界だって。ねぇ、貴方が白銀武って言うんですか? その人から情報を集めなさいって神様が……」

「は、はぁ……? そうか、可哀想に、ベータの襲撃で頭がおかしくなったんだな? とにかく、調べるから基地に来なさい。私は石沢少尉だ。見た事のない機体だな」

「軍人さん、なんですか……? 軍人さんが裸で闊歩って……。やだなぁ」

「……良くわからない子だな……」

 基地について、私は驚いた。新人類がうじゃうじゃいる! しかも武器を持っている。
 それに、何かサイズが小さい。

「そちらのドッグに入りなさい」

「ドッグ……? ここかな」

 私がドッグに入ると、皆眠っているのか、ぴくりとも動かない。なんだか怖かった。
 ドッグとやらに入ると、新人類が石沢少尉の中から出てきた!
 うっそ信じらんない!
 新人類って寄生虫みたいな真似も出来たの!?

「石沢少尉……?」

 話しかけてみるが、石沢少尉はちっとも動かない。私は怖くなった。

「石沢少尉……石沢少尉! 石沢少尉!?」

 私は石沢少尉を揺さぶる。
 何か新人類が喚いているけど、そんなの聞いてられない!

「貴様、何をしている!」

 突如、無線で話しかけられ私は顔をあげた。

「助けて! 石沢少尉が、動かないんです! 死んじゃったの!? 新人類が中から出てきたら急に……!」

「お前は何を言っているんだ! 石沢少尉ならそこにいるだろう。早くその機体から出ろ!」

「機体ってなんですか?」

 そして、私は恐ろしい想像に行きあたった。異星人との戦い。

「まさか、貴方達が異星人なの!? それで、地球人の体を乗っ取っていたの!?」

「お前は何を言っているんだ!」

「白銀武を探さないと……早くこんな怖い所から逃げ出さないと!」

「白銀武……? 確か営巣に入れられた不審者がそんな名前を……」

「そんな!」

 その後、私が無線でしか受け答えしない事と、機体達が「生きていない事」を双方が理解するのに、もうしばしの時間が掛かったのだった。

「私は香月夕呼よ、春風さん……といったかしら?」

 私は戸惑いながら答えた。

「そうです。音声解析システムを調整しましたから、直接喋って頂いても聞き取れます」

 新人類は二世代も前の生き物だ。基本的に私達とは相いれないと学校で習った。
 私は戸惑いながら夕呼さんに答える。

「あっそ。単刀直入に聞くわ。貴方、何者? 人が入っているわけじゃないわよね。誰に作られたの?」

「失礼な事、言わないでください。ちゃんとお母さんのお腹から生まれてきました」

「お母さんのお腹から? 信じられないわね。で、目的は?」

「私は家に帰りたい……その為にはこちらの世界で信仰度を溜めないといけないと聞きました。だから、私の目的は、ニーク様の布教です」

「ニーク様?」

「ニートとオタクの神様です」

「ニートやオタクって何よ?」

「引籠りと趣味に傾倒する人、って言えばいいのかな。教義は他人に迷惑をかけず楽しく生きる事です」

 夕呼さんは胡散臭そうな顔をした。

「楽しく生きる? あたし達には縁のない言葉だわ。で? 貴方戦えるの?」

「私は単なる女子高生ですよ!? 戦士じゃあるまいし、戦えるわけがないじゃないですか」

 半分嘘だ。本当は戦える。私はその為に神様から新たな加護を得た。でも、宇宙人となんて戦えるわけがない。

「女子高生ねぇ……貴方はどんな所から来たの?」

「何って、普通ですよ。日本って言って、空をサラリーマンが飛び交ってて、学校があって、神社の泉では石油が噴き出てて、旧ロボット人族や新人類の町や混合都市があって……帰りたい。私、帰りたい。もうすぐ修学旅行で奈良の新ロボット鹿族と合体するのを楽しみにしてたのに……」

「ちょっと待って。旧ロボット族や新人類って何? 合体って何よ?」

「旧ロボット族は第一世代前の人類ですよ。決まっているじゃないですか。新人類は第二世代前の人類。貴方達の事です。あ、新人類って教養無いんですっけ。えと、進化って知ってます? 進化図見ます?」

「……ええ、ぜひ見せてほしいわ」

 私が送ったデータを見ると、夕呼さんはめまいを感じたらしく頭を押さえた。
 
「旧ロボット族から新ロボット族への変化はわかりたくないけどわかるわ。巨大化しただけだから。でも、新人類からどうやって旧ロボット族に進化するのよ!? ミッシングリンクは!?」

「ニーク様のご加護です。お札要りますか?」

「何よお札って!?」

「あ、この大きさじゃ新人類用のお札は作りにくいか」

 ここには知り合いもいない。正体が知られても構わないか。

「ラブリーモモ、作動! ステッキモードオン! 変身、ラブリィプリティ超キューティー! ニーク様親衛隊、魔女っ子LP2000参上!」

 私は魔女っ子に変身する。変身の際にバラの花がドックの中を飛び交い、夕呼さんは呆然とした。
 うう、ニーク様の馬鹿。スクール水着を基調とした魔女っ子衣装なんて、恥ずかしいよ。いい加減なれたけど。

「ラブリィプリティ超キューティー! 旧ロボット族になーれ!」

 私が呪文を唱えると、体がぐんぐん縮んでいく。
 夕呼さんは、ぱくぱくと口を動かした。

「……貴方、今何をやったの?」

「ニーク様のご加護です」

「あ……貴方には色々協力してもらうわ。来なさい」

「は、はい」

 あーあ、私、どうなっちゃうんだろ。不安だなぁ。
 そうだ、白銀武を探さないと。



[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/03 21:12



 夕呼さんは部屋へ私を呼び、私は椅子に座った。
 心にアクセスしてくるこれは……。

「貴方は誰ですか?」

 聞くと、触れてきたものがびくっとしてアクセスが止んだ。

「どうしたの?」

「私の心を読もうとする人がいたので……」

「へぇ……」

 ふぅ、疲れちゃった。今日は色々な事があった。そうだ、これだけは確認しないと。

「白銀武と話させて下さい。神様が、彼と話して情報収集しなさいって。ここに捕まってるんでしょう? それと、もう休んでいいですか?」

「白銀武……彼がなんなの?」

 まさか、エロゲの主人公ですなんて言えないよね……。
 
「事情は話せないけど、その人は私に必要な情報を持っているんです」

「話し合いに同席させてもらえるなら許してあげる。でも、ま、明日の話よね。こっちもお願いがあるわ」

「なんですか?」

「設計図を寄こしなさい。それと、貴方のプログラムをコピーさせて」

 私はぱくぱくと口を開閉させた。夕呼さんって女だよね。
 プロポーズされるってどういう事?

「わ、私はレズじゃないですし、新人類とエッチなんてしません! 不潔!」

 私は思わず叫んでいた。

「もういい……頭が痛いわ……。ピアティフ。彼女を部屋に案内してあげて……」

「了解しました」

 新人類が私を部屋に案内してくれる。ベッドに横になって、私はようやく安堵のため息をついた。そして、ピアティフさんの前だと言う事に気づいて慌てて置き上がる。

「あの、ご飯って……」

「ご飯を食べるんですか?」

「あ、当たり前じゃないですか!」

「何を食べるか聞いてもいいですか? その、お口に合うかわからなくて……」

「スーパーオイルだったら嬉しいなぁ。後、女の子なのにおかしいと思うかもしれないけど、鉄も欲しいです。オリハルコンだったら最高」

「は、はぁ?」

「わからないかな。あ、レシピ持ってます!」

 私はラブリーモモのプリンタ機能を使い、レシピをプリントアウトする。

「これは……石油と金属の、生成方法?」

「あ、石油だったらあるんだ。原液でも、私、我慢出来ます」

「原液って……」

 私は汗を掻いた。え、無いの? あんなの神社の泉に溢れてるじゃん!

「お、お弁当まだ食べてなくて良かったぁ……。お弁当食べてます。広い場所は無いですか?」

「ええ、こっちよ」

 私は訓練場に案内され、そこでスーパーオイルの水筒を出した。
 この水筒は、確か旧ロボット族でも使えるようになっていたはずだ。旧ロボット族の体だと大きいなぁ……水筒。
 私は旧ロボット族専用のストローを見つけ、そこからスーパーオイルを呑む。
 ふぅぅぅ、ほっとするよう。
 ピアティフさんが物欲しそうにしてたので、少し分けてあげる。
 一息つくと、私はスーパーオイルを片づけた。でも……旧ロボット族の小さな体でしのぐとしても、スーパーオイルがいつまでもつだろう。
 やめやめ、今日はもう何も考えたくはない。
 私は部屋に戻ると、シャワーを浴びて、ろくに美肌ケアもせずに熟睡するのだった。
 朝、起きると私はパソコンをつける。
 神様がくれたURLにアクセスすると、そこには私に呼び掛ける親友の文字が躍っていた。
『春風―! あんた、無事ならさっさと返事しなさいよー』

『アリスー。私は無事だよー。えーん』

『馬鹿馬鹿。こんな事に巻き込まれて。大丈夫なの? ちゃんと食べてる?』

『こっちって石油ないみたいなの』

『えー! じゃあどうやってご飯食べるのよ! ニーク様の神社ないの?』

『無いんじゃないかなぁ……。私が立てなきゃいけないみたい』

『酷い酷い! 春風が何をしたって言うのよ!』

『私が聞きたいよー』

『おー。武には会えたか?』

『神様! 武さんには明日会う事になっています。あの、どんな事を聞けばいいですか?』

『聞くのはただ一つ。何周目かだ。逆行もののゲームだからな。こっちで戦術機を見るのが初めてか聞け。二回目ならセーフ、三回目なら楽勝だ』

『何周目……わかりました』

『ガンバだよー。春風―』

『うん、頑張るよー』

 私はシャワーを浴び、身支度を整える。
 会わせてもらった白銀武……武さんは、新人類だった。そういえばいたわね、新人類が。

「武さん、初めまして。私は春風直美です」

「お、お前はあの時の戦術機……? なのか?」

 私は驚いた。魔女っ子モードの私の正体を見破るなんて! さすがは主人公だ。

「私はロボット族です。戦術機って、前に見た事ありますか? えと、何周目ですか? 何回逆行してますか?」

「なんでそれを……」

「何周目ですか?」

「二、二周目……」

 いよしっセーフだ!
私は早速神様に向け、報告した。

『二周目です! 神様!』

『おお、ならベータ恐怖症に掛かっている事と夕呼先生に因果律量子理論を見せてもらう事と、戦術機のプログラムの改良が出来る事を伝えるんだ!』


「えと、貴方はベータ恐怖症に掛かっています。後、夕呼さんに因果律量子理論を見せてもらって、戦術機のプログラムの改良をして下さい」

「はぁ……? お前は一体……」

「全てはニーク様のお導きです」

「ニーク様って誰なんだ?」

 私は一生懸命説明した。

「えと、ニーク様の信徒になるとお札を作れるようになって、働きたくないでござる。絶対に働きたくないでござる! のお札と、二次元嫁万歳のお札と、冷暖房万歳のお札と、燃費削減のお札と、チャットのお札が作れるようになります。えと、見てて下さいね」

 私は試しにチャットのお札を作ってみた。新URLを設定すると、作動させる。

「うお、紙に文字が浮かんだ!?」

「お札、使ってみて下さい」

「どうやって使うんだ?」

 そして、四苦八苦の末、武さんもチャットのお札を使えるようになった。
 夕呼さんが疑わしげな表情で紙を見つめている。

「もう、ちょっとやそっとの事じゃ驚かないけど……一つだけ聞かせて。……それ、どうやって電波を飛ばしているの?」

「電波じゃありませんよ? ニーク様のお力です」

「ふーん……それ、どこでも使えるの?」

「ええ、どこでも。ですから、神社を建立して下さい、お願いします。神社さえあれば、そこで祈ればお札を作る力が現れるように出来ますから」

「……いいわ。この際、神でもなんでも利用してやろうじゃない。燃費削減のお札は?」

「運動能力が落ちる代わりに、消費するエネルギーが減ります。動物でも機械でも機能は同じです」

「ふーん、ニーク様って使えないのねぇ」

「神様をそんな風にいうのは良くないと思います」

「何が神よ。ベータが来た時、皆、あらゆる神に祈ったわ。けれど神の助けはあった?」

「神様は常に見守ってくれています! それはこの世界も同じです。ニーク様が、ちょっと特殊な神なんです」

「なら、その特殊性でこの世界を救ってくれる事を祈るわね」

「世界を救うのは、いつだって人間の役目です」

「……そんな事はわかってるわよ」

 会談はこれで終わった。
 夕呼さんは、約束通り神社を作ってくれた。
 私は、神社の手入れを頑張った。私に出来る事は、これぐらいしかない。
 ここの人達には、子供を作らなかったり、仕事をさぼったりなんて余裕は一切存在しない。ニーク様が受け入れられるとは思わない方がいいだろう。
 表向き明るく振舞ってビラ配りしていたけど、私は毎日、自分の部屋で泣いた。
 実験用に数人の人が祈りを捧げたけど、明らかに神様の事を疑っていて、神様はお札を作る能力はくれてもパソコンはくれなかった。
 その日も部屋で泣いていると、遠慮がちにドアがノックされた。武さんだった。

「なあ、春風……お前、今楽しんでるか?」

「楽しいわけ、ないじゃない!」

 私が言うと、武さんは頬を掻いて言った。

「お前の神様の教義は、楽しむ事だろう? その、泣くなよ。隣の部屋だから、声が聞こえるんだ」

「え……」

 楽しむ……。そうだ、私、ずっと楽しんでない……。

「皆待ってるから、たまには一緒に遊ぼうぜ。それと、因果律量子理論について、教えてくれてありがとな。あれ、見覚えあったよ。全部覚えてねーけど。今度、元の世界に取りに行く事になった」

「あり、がとう……。と、所で! 因果律量子理論ってなんなの?」

「因果律量子理論か? すっごく優秀な手の平サイズのコンピューターらしい」

「ふーん……なんか旧メイド族の頭脳みたいだね。手の平サイズなのにこんなに優秀~ってCMでやってた」

「へ? メイド族?」

「私達のデータから作ったロボットをメイド族って言うの。日本で初めてのロボット族のコピーを作った人が、どうしてもメイドを作りたくて政府を言いくるめて戦うメイドを作ったから、以降のロボット族のコピーは皆メイド族って言うようになったんだって。違いなんて、人間との違いなんて、魔術を使えるかと人類に忠実かどうかしかないって言われてるんだけどね。あ! 私、持ってるよ。誕生日に旧メイド族の育成セット一式貰ったんだけど、一度起動させたら生涯可愛がってあげなくちゃかわいそうでしょ? 私、そんな自信なくて。まだ心もインストールしてないし。いる? あ、そうだ。旧メイド族用の玩具あるよ。あれで皆で遊ぼう!」

「お、おう。早速夕呼先生の所に持っていっていいか?」

「うん!」

 それを見せた時の夕呼先生の喜びようは半端ではなかった。

「私以外の天才がいるなんて! 貴方の持ち物は全て没収よ! 大人しく出しなさい!」

「嫌です! なんでそんな酷い事言うんですか? ご飯も出してくれない癖に!」

「スーパーオイルは完成を急がせているわ。私とした事が、取り乱すなんて。貴方は他に、何を持ってるの?」

「何って、おやつとか、美肌用品とか、勉強道具とか、ゲームとか……変わった物は持っていません」

「ゲームって何よ?」

「これです」

 私は旧メイド族に与える為のゲームを取りだした。
 レトロな感じのゲーム。もっと言えばクソゲ―。武さんはすぐに飽きたようだが、夕呼さんは釘付けになったようだった。

「メイド族の頭脳とAIプログラムとゲーム、貰っていいかしら?」

 私は戸惑った。AIプログラムは絶対に大事に扱えと散々言われた。
 一人一人違う個性で作って、インストールされたら複製できないように自壊するようにセッティングされている位だ。

「あの、AIプログラム、大事にしてくれるなら……どうぞ。その代り、その、信者の方……」

「あー、部下に一度は神社にお参りに行くよう厳命するわ」

「ありがとうございます!」

「悪いな、ゲームあげる事になっちまって。でも、レトロな遊びも面白いもんだぜ」

「うん、やってみる」

 そして私は武さん達と遊んだ。御剣さん達と女の子同士の話もして、久々に心から笑ったのだった。
 ある日、御剣さん達の様子が違ったので聞いてみた。

「明日は試験なのだ。それで緊張していてな」

「そうなんだ。じゃあ、武神のお札をあげる! 御剣さん、武人っぽいからきっとご加護があるよ! 皆にも、お札あげる!」

 私がそう言って武神のお札を渡す。

「武神……ニーク様の札とはまた違うのか?」

「違うよー! ニーク様は隋落の神だもん。武神はすっごく強くしてくれるの。えーとね、例えて言うなら……大切な者を守る為の、誇り高きナイト様なんだよ!」

「そうか……そなたに感謝を」

「えへへ……」

 結論から言って、武さん達は歴代最高の点数を弾き出して帰ってきた。
 後、御剣さんが竜人になってた。よっぽど武神に好かれたらしい。
 でも、これで御剣さんを信徒に誘う事が出来なくなっちゃった。良くわからない三人組には涙ながらに罵倒されるし。もちろん、武神を裏切れば元の姿に戻れる事も教えてあげた。でも、御剣さんはこのままでいいんだって。
 あ、お札の作り方も教えてあげたよ! 授業で習ってて良かったぁ。
 でも、ニーク様の神社の隣に武神様の神社が立っちゃった。そっちは宣伝してないのに軍人さんがちらほらとお参りに来ていた。いいなぁ。
 そんなこんなで、私は夕呼さんに呼ばれた。

「新潟でのベータとの戦いに、私も?」

「ええ、神社を作ってあげたんだもの。それぐらいいでしょう? それと、このゲームありがとう。これをやっている最中に、新しい理論を思いついたの! 順調に計画は進んでいるわ」

「それは良かったです、けど……私、相手がどんな敵かもわからないし……」

「はい、データ」

 そして夕呼さんは私にデータを寄こす。どうしよう、凄く怖い……。何? この気持ち悪い生き物は……?
 家に帰りたい。
 私は沈んだ後、決意を秘めて夕呼さんに言った。

「もしも成果を出せたら、ニーク様を信仰してくれますか……?」

「……その前に、他の神について教えてもらえるかしら。御剣を見たわよ。武神とやらも、やってくれるじゃない。正直、撃ち殺しかけたわよ。その代り、戦闘データの跳ねあがり方が凄いわ。もう人間業じゃない。二神に仕える事は出来ないんでしょう? こうなったら、悪魔にでも魂を売ってやるわよ」

 私は戸惑いがちに頷いたのだった。



[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/04 21:20
「待ってくれ、春風! 俺も、俺も連れて行ってくれ。俺は、ベータ恐怖症があるんだろう? それに、春風ばっかりそんな危険な所に行くなんて……」

「武さん……わかりました。五感共有の魔法を掛けていきます」

「あたしも……お願い。春風だけに、怖い思いはさせないよ」

 彩峰さん……。気がつくと、皆がいた。

「ありがとう、皆……私、頑張る……」

 大丈夫なはずだよね? 私は魔法少女だもん!
 私は元の大きさに戻り、風の神のお札を使った。私の背に翼が生えたので、それで飛んでいく。
 燃料はさほど使っていないけど、食べてもいない。だから、自分の推進装置は使わなかった。
 向かってくるレーザー。大丈夫。火の神のお札が守ってくれる。
 私にはわかる。神様方が、進んで力を貸して下さっている。
 ニーク様、守ってね。
 船を次々と壊滅していくベータ。その姿を見て、皆が驚愕したのが分かった。私も驚愕した。
 怖いよ。いや、負けちゃ駄目。こんな時こそ、魔法を使うんだ!

「ラブリープリティー超キューティー! ベータよ、お野菜になれ―!」

 ベータの一群はお野菜にはならなかったが、ラブリーなお野菜柄にはなった。これで怖くないんだから!
それに私、体育の銃撃の成績、Aだったもん!
 ペイント弾から実弾へと切り替える時、体が震えた。
 御剣さんが、御剣さんを通して武神が、励ましてくれるのが分かった。
 武神の札を使う。怖い気持ちが消えて、力がみなぎってくる。

「てぇぇぇぇぇい!」

 私は撃って撃って撃ちまくった。接近されて、バックステップ。ラブリーモモから火の札を取り出して投げつける。爆音。
 戦車級がはじけ飛ぶ。
 怖い怖い怖い。
 物理の実験道具を作るのに使っていた、「ぼくのかんがえたかっこいいぶきしりーず」のビームサーベルを必死で振り回す。
 しかし、ベータは後から後から押し寄せてくる。なんで私がこんな事をしなくちゃいけないの!?
 考えていたら突撃級に弾き飛ばされて、自分から飛んだのもあったけど、私の体は宙を飛んだ。もういや。もういや。私は地面に寝転がり、言った。

「働きたくないでござるぅぅぅぅぅ! 絶っっっっっ対働きたくないでござるぅぅぅぅぅ!」

 ベータが迫る。もう、どうにでもなっちゃえ……。
 そんな時、私には幻が見えた。
 可愛い女の子が、寝転がってバタバタと暴れる。ニーク様!

『働きたくないでござるぅぅぅぅぅ! 絶っっっっっ対働きたくないでござるぅぅぅぅ』

 私はそれに合わせて手足をじたばたさせる。

「働きたくないでござるぅぅぅぅぅ! 絶っっっっっ対働きたくないでござるぅぅぅぅぅ! ……お家帰りたぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

 ベータが私に噛みつく直前、カッと光が広がり、それは新潟を覆った。
 ベータ達の大半は動きを停止し、その場に崩れ落ちた。
 残りのベータは続々と、鈍い動きで「帰って」行く。
 私はその場に寝転がったまま、泣きじゃくっていた。
 そんな時だった。目の覚めるような赤色。スマートな体。端正な顔立ちの、とってもかっこいい人が私の前に降り立った。
 一瞬女の人かと思ったけど、この顔立ちは男の人だ。
 神様が作った理想の女性を男にした、そんな印象を受ける人だった。
 私はその美形っぷりに目を見開き、ついでその人も裸だったので顔を赤らめた。
 埃を叩き落とし、私は慌てて服を整えた。ぼろぼろで恥ずかしいよぅ。
 この人は、この人は新人類なんだから、違うんだ。
 そう思いつつ、私はちらちらとその人を盗み見た。
 その人はベータを掃討しながら、私に聞いた。

「ベータが去り、部下達が急にやる気をなくした。武神の札が光ったのも見えた。これはそなたが?」

 美しいテノール。ああ、これは惚れちゃうよ。

「は、はい。多分そうです……」

「どうすれば治る?」

「武神の札を使えば、治ると思います……あの。貴方様のお名前は……」

「帝国軍近衛隊の中川少佐だ。ほら、手を貸そう。立つが良い」

「中川様……」

 私は出来るだけ女の子らしく立ち上がった。

「そなたの活躍は見ていた。まるで人間のような……いや、それ以上の躍動感だった」

「そ、そんな事……」

「面白い武器を使っていたな」

「あ、はい。「ぼくのかんがえたかっこいいぶきしりーず」ブランドのビームサーベルです」

「ぼくの……?」

「あ、あの、ドワーフが開発に関わっている会社です。ドワーフは鍛冶の神の加護を持ってる人達で……」

「……驚いたな。泣いておるのか」

「あ、これは……怖かった。私、とっても怖かったんです! 私が戦った事があるのって、新ロボット族の犯罪者やスパイだけで……」

「どおりで、初めて戦うにしては手慣れていると思った」

「う……うわああああああん」

 私は中川様に抱きついて泣いた。
 中川様はぎこちなく頭を撫でてくれる。

「それにしても素晴らしい手際だった。……そなたの、設計図が欲しい」

「えっ で、でも私って全然スマートじゃないし……見た目も、悪いし……」

 唐突に私は裸の男の人に抱きついている事に気づき、頬を赤らめた。

「立派な機体だと思う。そなたのような機体が増えれば、助かる人間も増えよう」

「ええ!? あ、あの……」

 私は突然のプロポーズに驚いた。こんな、かっこいい人が私との子供が欲しいって言うの!? この、女顔の超絶美形のこの人が!? 絶対男女逆だって思われちゃうよ……! でもでも、考えて直美! こんなチャンス、今までで一生に一度だよ! 今までなんて言われてきた? 男勝り、格好いい、女に見えない、挙句に女の子にラブレターまで貰う始末。相手は軍人さんだから、死んじゃうかもしれないのは怖いけど、少佐って事は偉い人だよね。養ってもらえるかもしれない。夕呼さんは石油をくれないし……。

「せ、責任とって、毎日石油と金属を補給してくれますか!?」

「ん? 謝礼は石油か。しばし待て。……構わないぞ」

「じゃ、じゃあ……設計図、交換します。私の設計図、貴方に初めてあげちゃいます」

「そうか! 今貰えるかな。帰ると魔女の妨害が入るかも知れぬからな」

「こ、ここで!? は、はい……」

 なんでこんな事になっちゃってるんだろう。私、何しちゃってるんだろう。駄目よ、直美。ああ、でも……。

「では、設計図を送るから受け取るが良い」

 にっける にっける

「凄いデータ量だったな。様子がおかしかったが大丈夫か?」

「ああ……中川様のデータ、すっごく原始的で野性的でした……v」

「はは。そう言われても仕方ないかもしれぬな。しかし、このデータでそれも変わる」

「じゃあ私、帝都についていきます」

「何?」

「え……? だ、だって石油を毎日くれるって……責任取るって言いましたよね?」

 騙されちゃったのかな、私……。そんな……。

「いや、しかしついてきていいのか? 横浜基地所属では……」

「私は横浜基地所属じゃありません。もう、貴方の所属です」

「そ、そうか。歓迎する」

 差し出された手を、私は握った。
 五感を共有していた事に気づき、私がパニックに陥るのは帝都に行ってからの話である。




[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/05 15:21
「はわわわわ、どうしよう、五感を共有してたのをすっかり忘れてたよぅ。とりあえず切ったけど……あっそうだ! チャット札!」

『恥ずかしい所見せちゃってごめんねー。>< 後、中川少佐のお嫁さんになりました』

『kwsk』

『あ、ニーク様! 何故ここに?』

『何って、全然連絡寄こさないから。さっきは強い祈りを感じたから力を貸したけど、大分ピンチに陥っていたようじゃないか。神社は建ったようだけど。状況を三行で』

『えと、お嫁さんになった事は言ったから……メイド族譲渡して、新潟に出撃して、御剣さんが竜人になりました』

『何その超展開。kwsk』

 私は状況を話した。中川少佐への想いをつづっていると、ROMが増えた。誰だろ?

『その……御剣だが……』

『あ、御剣さん!』

『その……すまぬ! 中川少佐には、責任を取るよう良く良く言い聞かせておくから……』

『え……? あ、ありがとう……?』

『それと、札の材料だが、また送ってくれ。私一人に辛い思いはさせないと、武神信仰者が増えていてな。札を作って配るのに忙しくて。武神サリューク様はベータとの戦いの勝利を約束して下さった。ならば、私は姿が異形へと変わり果てようと構わないのに』

『おー! 御剣! 俺がニートとオタクの神、ニークだ。よろしくな』

『ニーク様におかれましてはご機嫌麗しゅう。ベータの撃退に感謝を』

『おう。義務だけで生きてるような奴みたいだからな、ベータは。そもそもあれは生体ロボットだし。俺の力は効くぜ―』

『生体ロボット!? ニーク様はベータが何か御存じなのですか!?』

『一応神だし。それ以上の事は良く知らんが』

『そ、そうですか……。それで、春風。香月博士が神社のご神体にする札を送ってほしいそうだ。とりあえず特殊能力をくれる全部の神の力を借りると言っていた』

『それだ。他の神に話をしたら、ぜひ協力させてほしいと言ってくれたんだが、春風、さっきの戦いで癒しの札と植物の札と獣の札、使わなかったろ。仲間外れにされたって怒ってたぞ。自然の復活と、純夏の回復に使ってやれ。獣の札は安産な』

 あ、安産って、ニーク様……恥ずかしいよぉ。

『純夏!? 純夏がここにいるのか!?』

『ああ、お前は白銀武か。純夏はベータに拷問された揚句脳味噌だけにされていたんだ。00ユニットにする為のメイド族の頭脳はもう春風が渡したそうだから、もう出来てるかな? 00ユニットにする際、脳味噌は死んでしまうんだが。ああ、ベータの浄化槽は使うなよ。情報がベータに筒抜けになるから、使うなら癒しの札を使え』

 私はそれを聞いて、頭が真っ白になった。酷い、酷いよ。そんな怖い生き物と、私は戦ったの? 今更震えが来る。

『……それは本当ですか? 武が血相を変えて出て行きましたが……その、純夏を救う事は……』

『脳味噌から健常体に戻すってのはさすがに無理だな。純夏の魂を捕まえて記憶を持たせたままこっちに転生させる事は出来るけど……。まあ、一瞬春風とシンクロした時、神々の憂いを感じたから、そのままでも死者は暖かく迎え入れられていると思うけどな。大分悲惨な事になってるのに、幽霊騒ぎが無いだろ?』

 死者蘇生とも言われていて、ニーク様の信仰が爆発的にあがった理由でもある。
 誰だって、大好きな人には生きかえってほしい。例え、赤ちゃんからのスタートだとしても。もちろん、神様はめったに転生は使わない。地位とかも関係ない。純夏さんのような、本当に幸せを掴んでほしい場合だけだ。

『それは本当ですか!』

『父さんも……転生させられる?』

『おいおい、転生は信仰度を100ポイントも使うんだ。そんなに大勢は出来ないぞ。まだ魂が成仏出来ていない事が条件だしな』

『私は……』

『神社を建てるんだろう? 参拝してみたらどうだ。助けになる神が、きっと現れる。狭霧大佐は自分の事でいっぱいいっぱいだろうからな。決心がついたなら、特別サービスで彩峰父と純夏と武だけ転生させてもいいぞ。妬みを一身に受ける覚悟あるならな。武にも聞いてみてくれ』

『……神様は、なんでもお見通しなんだね』

『そうでもないが。そうだ、大事な事を忘れてた。流通業が壊滅するからと思って隠したまんま忘れてた機能があるんだ。以前冷暖房機能で家電製品メーカーが偉い事になったからなー。メール機能と言ってな。アイテムを送り合う事も出来るんだ。アリスにだけメール機能を教えとくから。お前もとりあえず内緒にしておけ。これでスーパーオイルの事は気にしなくていいぞ』

『本当ですか!? ニーク様、ありがとう!』

『はっはっは。任せとけ。お前はとにかく毎日チャットなり掲示板なりで連絡しろ。アリスとご両親が心配してたぞ』

『はい!』

 私は、早速チャットに入った。

『アリス、いるー?』

『ずっといるよ! 学校休んで、殆ど寝ないで交代で張りついてたよ! 春風の馬鹿! エロゲの世界ってどういう事? 私、異世界に飛ばされたとしか聞いてないよ!』

『直美! お前、大丈夫なのか』

『アリス、お父さん、ごめんなさい……あ、あのね』

 話そうとした時、私の頭の中でスイッチが切り替わるのを感じて、私はそれをそのまま書きこんでしまった。

『あ、設計図組み終わった』

『えーーーーーーーーーーー!?』

『なんだとーーーーーーーーー!?』

『妊娠したってどういう事よ! 嘘でしょ春風よりは先に結婚できると思って……待って。あんた、ちゃんと愛し合ってるの? エロゲの世界なんでしょ?』

『う、うん。一応。戦場でね、とってもかっこいい人が私の事を……きゃv』

『戦場ってどういう事だ! 春風みたいな可憐な女の子が、お父さんは許さんぞ! ニーク様の力を最大限引き出して、なんとか戦争をやめさせられんのか?』

「先ほどから、宙に向かって指を叩いて何をしておられる?」

「あ、中川様……父と親友とチャットをしているのです。見えるようにやりますね」

 私は中川様の中の人を見て戸惑った。どこからどう見ても新人類。私はこの人と交わったんだと思うと、今でも信じられない。3Pって事に、なるのかなぁ……?
私はチャット札を出して作動させた。中川様は寄ってきて、チャット札を覗く。

「……妊娠?」

「はい、たった今設計図が組み終わりました。私、春風直美は、貴方の子を産みます。あ、子供に良くないから、もうすぐ元の大きさに戻って外で野宿しますね。雨、降らないといいなぁ。ドックでずっと立ってるのは辛いし……」

「ちょ……ちょっと待ってほしい。私は君とそういう行為をした覚えはない」

「そんな! したじゃないですか、あの戦場で、その、設計図を……」

「待て……。あれはそういう意味なのか?」

「そういう意味ってどういう事ですか!? 設計図って子供作る以外に何かあるんですか!?」

 中川様は沈黙した後、汗をだらだら流し始めた。

「私、私、からかわれてるんですか!?」

「いや、それは、その……。そうか、設計図が暗号化されていて様々な機体の断片だったのは遺伝子と同じ役目をしていたから……か?」

「当たり前じゃないですか!」

『春風―、どうしたの?』

『中川様が、私と子作りした覚えはないって……私の頭には確かに赤ちゃんの設計図があるのに!』

『嘘―――――! やっぱり春風、騙されたんだよー!』

『だだだ、誰だその不心得者は! そんな奴のデータなんて消去してしまえ! 設計図の段階なら命も何もない!』

『お父さん……! でも、でも……!』

「いや、しばし待たれよ! 私も武士、知らぬ事とはいえ婦女子を妊娠させて放り投げるような事はしない! ただそう、少し時間をくれ。相談せねばならないゆえ」

 中川様は後ずさりしながら、座敷牢を出て行った。

『アーリースぅーーーーー! 中川様が逃げたよぅーーー!』

『はぁるぅかぁぜぇー! 可哀想だよー! 凄く可哀想だよー! 大丈夫、春風がどんな道を選ぼうとも、あたしだけは味方だよ!』

『直美! 直美! ああ、今駆けよって抱きしめてやる事が出来んとは! 大丈夫なのか? 設計図は削除するんだぞ、いいな!』

 私はそれを聞き、首を振った。新しく生まれようとする命を削除してしまうなんて、私にはできない。
 チャットを切り、私は丸まった。
 赤ちゃん。私の赤ちゃん。
 丸まっていると、なりません、なりませんという声が聞こえて来て、座敷牢の扉が開いた。
 御剣さんにそっくりな新人類がそこにいた。お付きの人がついている事から、偉い人なのだろう。

「そなたが冥夜を竜人へと変えた娘ですか。……本当に、戦術機なのですね」

「竜人に変えたのは武神サリューク様です。それに私は戦術機じゃなくて、新ロボット族の春風直美です」

「悠陽です。冥夜はサリューク様の布教に努めているようですが、武神とは、貴方の信仰する神々とはどのような神なのか教えてはくれないでしょうか」

 そこで私は気付いた。悠陽さんは御剣さんの親戚か何かで、心配なんだ。
 私は授業で習った武神の逸話や御剣さんの様子を中心に、神様の話を語って聞かせた。

「怠けさせて町を滅ぼさせるとは……ニーク様は強大な神であらせられるのですね。ベータをも退けたとか」

「あんなの、奇跡です。二度と起こせないと思います。ニーク様がお力を自在に振るうには、ここには信者が少なすぎます。ここは軍人がほとんどだし、軍人とニーク様って反りが合わないし……」

「この世界の誰とも、引籠りと趣味の神は合う事はないでしょう。そんな余裕はこの国にはない……。しかし、ニーク様のお力は必要です。信者を増やすべく、何か手を打ちましょう」

「ありがとうございます。あの、それと、ここから出してくれませんか? 赤ちゃんを育てるのに、小さいままだと赤ちゃんに障害が出るかもしれないので、元の大きさに戻りたいんです」

「赤ちゃん?」

「はい、私の頭の中には中川少佐と私の赤ちゃんの設計図が……」

「設計図? 戦術機を作るのですか?」

「何って、お腹の中で赤ちゃんを育てるんです」

「……どうやって子供を作るのですか?」

「何って、設計図を、こ、交換……して……」

 悠陽さんは、しばらく考えた後、口を開いた。

「……と言う事は、武御雷の子供ですか」

「武御雷?」

「あの機体の名です」

「武御雷様……」

 私はその言葉を口の中で転がした。

「わかりました。武御雷の子と言えば私の子も同じ。帝国が責任を持って面倒を見ましょう。と言っても、私にどこまでの事が出来るかわかりませんが……」

「あ、ありがとうございます」

悠陽さんはクスリと笑った。

「実は、ここへは恨み事を言いに来ようと思ったのです。冥夜の姿を見た時はそれほど驚きました。しかし、神の事……信じてみようかと思います」

「武神サリューク様は信じてオッケーですよ! 他の神々も、皆いい方達なんだから!」

「ふふ……子供の事、楽しみにしていよう」

 私はそれに頷いた。
 赤ちゃんの為に、春風直美、野宿頑張ります! まあ獣人の札を張ってれば安産でしょ!



[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/06 15:04
「夕呼せんせーっ! どういう事なんだ! 純夏が、純夏が脳味噌にされてたって!」

「煩いわねぇ。確かに00ユニットはたった今完成した所よ。けれど、今の貴方には会わせらんないわよ。00ユニットは最後の希望の光なの。喚き立てるしか脳の無いあんたに壊されたら事だもの」

「そんな……そんな……そんな事って、あるかよぉぉぉぉぉっ」

 武は夕呼先生を突き飛ばして、部屋に入る。
 部屋の中、霞が立ちはだかる。その後ろに、変わり果てた純夏がいた。

「純夏ぁ! 純夏純夏純夏! ごめんな、俺、ごめん……」

 霞がそっとどき、武は純夏を抱きしめた。癒しの札を当てて、武は祈る。

「癒しの神よ……俺は、俺はどうなってもいい。純夏を、純夏を癒してくれ……!」

『どうなってもいいと言ったな、異形の者となり果てても純夏を癒したいか、その娘はお前の純夏ではないと言うのに』

「ああ、俺は癒したい。純夏を助けたいんだっ!」

『ならば誓うか。我に忠誠を誓い、我が教えを広げ、あらゆる人を、動物を癒し続けると』

「何にだって誓ってやる! だから、頼む!」

 その時、武に純夏の記憶が流れ込む。
 武の背、怯える純夏、そして純夏を連れて行かんとするベータ。

「ベータッッッ く……怖くなんかねぇ、怖くなんかねぇ……!」

 武は拳を握りしめ、殴りかかろうとする。

『我は、戦う力を持たぬ。意味のない事はやめておけ』

「じゃあ、どうすればいいんだよ!」

『愛しい女を抱きしめてやれ。心の痛みを癒すには、その痛みを経験せねばならぬ。痛みを、苦しみを、慟哭を、肩代わりしてやるのだ。なに、全てを経験しないといけないわけではない。繊細な癒しの術を行う為に、どのような傷か調べる為だけのものだ。怖気づいたか?』

「純夏っ!」

 武は躊躇せず、純夏を抱きしめる。
 とたん、純夏と武の位置は入れ替わっていた。

「武ちゃん……? 武ちゃん! 武ちゃん! 武ちゃん!!!」

 純夏が叫ぶ。武は、それに微笑み返した。

「武ちゃあああああん!」

 武の意識が現実へと戻ってきた時、純夏は泣いていた。武ちゃんと無表情な瞳で、呟きながら。

「ベータ、殺す……殺す……殺す……殺してやる……武ちゃんを、奪わないで……」

 純夏の羞恥、屈辱、快楽、絶望、怒り、憎しみ、悲しみ……そして武への愛。全てを抱きしめて、武は掠れた声で呪文を唱えた。そして武は術を使う。エルフにしか使えないはずの、札を使わない癒しの呪文を。その奥義を。純夏の辛い記憶に優しい蓋をし、純夏が挫けそうになる度に元気づけるそれを。その呪文を唱え終わると、武の体から力が抜けていく。純夏の痛みを肩代わりした上に、武に与えられたMPの全てを使い果たしたのだ。その耳は、鋭く、長く尖っていた。
 純夏の瞳に、光が戻ってくる。

「武ちゃん……!? 武ちゃん!!」

 純夏が、武を抱きとめた。
 武が次に目を覚ましたのは、三日後だった。

「よーやく目を覚ましたわね。私を突き飛ばした事は許してあげるわ。00ユニットが完成したわ。まさか癒しの札が心の痛みにも効くなんてね」

「夕呼せんせー……。そうだ、純夏は! 純夏は、一体……」

「00ユニットは無事よ。しばらく記憶の混乱を見せていたけど、急速に安定を示し始めているわ。それと、純夏は死んだわ。でも……ニート神が、望むなら生まれ変わらせてあげるそうよ。純夏とこっちの世界の武の、両方をね。どうする?」

「望みます……! 望むに決まってるじゃないですか! 俺は、全部の純夏の幸せを望みます!」

 純夏は、俺が守るんだ!
 その時、医務室の扉から泣いている純夏が現れた。

「武ちゃん、見たでしょう? 私は、武ちゃんの私じゃなくて、人間じゃなくて、ベータに……」

「泣くな純夏、もう大丈夫だ。俺が純夏の事、癒しつくしてやるからな……! 俺は、癒しの神エルロード様の神官だから」

「武ちゃん……! 武ちゃん……!」

「ま、これで全部の巫女や神官が揃った事になるわね」

「全部の巫女や神官が……?」

「あんたが寝ている間に、横浜基地の人員を動員して超特急で神社を作らせた後、全部の神社にお参りに行かせたのよ。武神は御剣、癒しの神はあんた、火の神は榊、大地の神は珠瀬、獣の神は鎧衣、風の神は彩峰を選んだわ。鍛冶の神は私と整備員ね。私は信仰心が足りなくてドワーフにはなれなかったけど……。全く、大騒ぎよ。化け物騒ぎとお祭り騒ぎ、両方ね。知ってた? 白銀ぇ。火の神の加護を鍛冶の神の加護で戦術機に付与すれば飛躍的にビームへの耐性が上がるのよ。鍛冶の神は自分で研究しろってなかなか知識をくれないけどね。神々の力、とことん利用しつくしてやろうじゃない」

「そ、それじゃあ、ベータに勝てるんですか!?」

「勝てるかじゃなくて、勝つのよ。神々の力の研究……やってやるわ。堕落の神の神官が中々見つからないのは問題ね。最も、堕落の神の力は簡単に借りられるものじゃないけど。力の及ぶ範囲も無差別だし……、無気力になって滅ぶなんてぞっとするわ。御剣が信者を集めて武神への祈りの儀式をしたらなんとか回復したけど……ベータにやる気を出されても困るしね。それにしても、春風が帝国に行って良かったわ。春風を寄こせってアメリカにせっつかれているから。さ、純夏の浄化をやってちょうだい。もうすぐ72時間立つわ」

武は、神妙に頷くのだった。
 その頃、春風は中川少佐の母親と対面していた。

「そなたが春風か」

「は、はい」

「事情が事情だから仕方がないとはいえ、我が名門中川家に小娘が入る事になるとは……。よいですか、迎え入れはしますが、あくまでも妾としてですからね」

「め、妾……」

「貴方には我が家のしきたりをしっかりと覚えてもらいますよ。これ、鉄を貪り食いながら話を聞くのではありません」

「ごめんなさい、お腹が空いてお腹が空いて……。獣人の札って安産早産の効果があるけど、いっぱいご飯を食べないといけないんです。戦時中だから早く産まないとって」

「……全く、最近の若い人はすぐ道具に頼って……無事な子を産むのですよ」

 話をしている横では、中川少佐の父が頭を押さえていた。

「我が妻ながら順応性が高いな……。まさか戦術機を嫁に迎える日が来るとは……。冥夜様と悠陽様両方から打診が来ては……」

「技術部からは完璧な設計図が一揃いするまでなんどでも設計図を交換しろと話が来ています……」

「まあ、夫婦間で仲が良いのは良い事ではないか。ロボット族のしきたりではそういう事になるのだろう? それで、子供についてだが、帝国で預かるか我が家で預かるかで大論争が起きてな。議論が巡り巡って何故か悠陽様に献上する事となった」

「危険です!」

「確かにな。悠陽様の所へ行く前に、しばらくうちで育てる事になっている。教育を怠るな」

「は」

 春風に対する中川母の説教は、いまだに続いていた。





 ふわぁーん、お腹が空いてお腹が空いてどうしようもないよう。
 私はアリスに送ってもらったスーパーオイルと資材を貪り食べる。
 そしてその合間に、子供の為に帝国の人に手伝ってもらいながら簡易の家を建てようとしていた。
 ちなみに、メールの件はアリスが家からたくさんのビームサーベルを持ちだした件でアリスの父親に速攻でばれた。アリスの父親経由で他の神々にもばれた。何故ばれたのかと言うと、アリスのお父さんの家系は忍者の家系なのだ。あちこちにスパイを放つ関係上、神官も多い。そのネットワークでばれたというわけだ。
 ちなみに、新ロボット族で忍者はアリスのお父さん一人だけだ。それもニーク様が忍者にも加護を受けてほしい! ロボット忍者見たい! 言う事を聞かなければお前の一族無気力にする! と地団太踏んだからだ。
 今まで忍者に新ロボット族がいなかったのは理由がある。何故なら、旧ロボット族はともかく、新ロボット族はどう頑張っても忍べないから。ハッカーの腕は一流だから、それで一族を助けているらしいけど、アリスのお父さんの地位は低い。
 もちろんニーク様はアリスを庇ってくれた。
 でも、武神はいっぱい信者を送れる事を黙っていたニーク様にお怒りになられた。
 神々の性質的に、ニーク様は武神に弱いのだ。
 アリスにも悪い事をした。でも、亨様はビームサーベルに興味を持っておられたし、結納の品の一つも用意しておきたかったのだ。もちろん、妾に結婚の儀式なんて無い事はわかってるけれど……。
 もちろん、アリスにはその為に私のお小遣いをそっくり渡してあった。
 しかし、ビームサーベルは買う際に証明書がいる危険物、いっぱい買ったら怪しまれると思い、アリスの父の所から持ち出したのだと言う。
 しかし、元々失踪事件や異世界に移動したらしいと言う事は噂レベルで広まっていたのが、この件で完全に信者サイドで裏打ちされた。
 即時神官会議は招集され、布教が決定したらしい。そこから政府に話が漏れて、近々国際会議が開催予定だ。なんでも、ベータに占領された土地はその国の物かどうかが争点らしい。ここら辺の政治の事は良くわからない。なんて言っていいかわからないから、亨様には報告していない。でも、ずっと言わないのも不味いよねぇ。はぁぁ、どうしよう……。
 あ、亨様が来た。あぁ、武御雷様っていつ見ても惚れぼれしちゃう。

「あ、亨様ぁ。えと、今日は設計図の交換の前に大事な話があるんです」

「大事な話?」

「えと、そろそろ塗料を飲まないといけない時期なんですけど……。子供には色々選ばせてあげたいけど、私の胃袋にも限界があるし……。カラフルな子が生まれちゃうかもしれないから色は一色の方がいいって説もあるし……どうしようかなって……。なにしろ、一生の事だから……男の子だから、黒がいいかな……?」

「そ、そうか色か。黒はならぬ。赤が良いだろう」

「亨様とお揃いの色にするんですか?」

 私は亨様が初めて見せてくれた父親らしさに微笑んだ。
 
「わかりました。発注しておきますね」

「発注……?」

「あ、ニーク様が、メールでアイテムのやり取りも可能にしてくれたんです。私最近、いつもスーパーオイルを飲んでるけど無くならないでしょう?」

「なんと!? ニーク様とはそのような事まで出来るのか!」

「は、はい。お陰で赤ちゃん用品とか、色々用意できるようになりました」

「それでは、そなたの世界の日本に救援を要請する事が出来るのではないか!?」

「あ、あの……。布教とか、要らなくなった土地を貰えないかと言う話は出ているそうです……」

「要らなくなった土地を、貰えないかだと!?」

 亨様は血を吐くかのように言った。言いたい事はわかる。要らなくなんかはない。必死に取り戻すべく頑張っているのだ。

「与えた土地のベータの排除は、当然するのだろうな」

「は……はい。アリスに聞いた話では……いえ、なんでもありません……」

「構わぬ。言ってみよ」

「武神様が、佐渡島辺りが狙い目だろう、と言っているらしくて……。佐渡島ならば、広さがあって、島で、日本にとっても防波堤になるからと……」

「!! 佐渡島を……! それはまことか!?」

「まだわからないけど……武神様は一柱でもやるといっているそうです……。この地に信仰を広めるのだ、その為に誰もが参拝出来る場所を作るのだと……」

「目的は信仰か……わかった。良く話してくれた。他にも情報があったら報告するが良い」

「あ、はい……」

「なるほど……その話、持ちかけられてきたら飲むほかはないのでしょうね」

「悠陽様!」

 亨様は畏まった。私は、わたわたしながら正座した。

「心なしか、お腹が大きくなってきたように感じますね。生まれるのはいつごろ?」

「は、はい。一月後には……」

「そんなに早いのか!?」

「そうですか、一月後……先ほど、カラーリングの話をしておりましたが、私の子なれば、紫にするわけにはいかないでしょうか」

「あ、あの……。悠陽様が私の子を自分の子のように扱ってくれて嬉しいです。でも、この子は私の子ですから……」

「しかし、私の養子となる予定の子です。なれば、色を決める権利が私にもあるのではないでしょうか」

「養子……?」

「いや、その、悠陽様……」

「亨様……どういう事?」

「中川少佐。伝えていなかったのですか?」

「いや、その……」

「亨様?」

「中川少佐?」

 結局、私と悠陽様の二人で育てる事になった。こんな大事な事を黙ってるなんて、亨様の馬鹿馬鹿。妾にしかなれないし、私ってすっごく茨の道を選んだのかもしれない。
 私は高級なオイルブロックをやけ食いするのだった。
 ちなみに塗料は紫と青になった。赤はどこ行ったのよ、亨様の弱腰っ





[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/07 19:53
 その日、私は神様と御剣さん達とチャットをしていた。

『ニーク:そう言えば、HSST事件はどうなった?』

『武:なんでもご存知ですね、神様は。あれは無くなりました。代わりに、珠瀬事務次官だけじゃなくて、なんかいっぱい要人が視察に来てましたよ。特に珠瀬の植物を育てる札が大人気でした。俺達神官の視察が目的の殆どって感じでしたねー。ニーク様の転生の力についても問い詰められましたよ』

『ニーク:そうか……あの能力についてのごたごたは、もううんざりなんだがな』

『御剣:仕方ありませぬ。誰でも、愛しい者ともう一度巡りたいと思うのは当たり前ゆえ……』

『ニーク:そういえば、春風。とにかく混合視察団を送る、だそうだ。俺の一番の愛し子のマイケルも来るからよろしくな。クーデター対策に、悠陽と春風以外と一切の交渉はするなと言っておいたから、これで悠陽の権限は増大するはずだ』

『春風:ええっ 日本国首相が!? それになんで私!?』

『武:クーデターだと!? どういう事なんだ、ニーク様!』

 ちなみにマイケル様はニーク様一押しで日本国首相についた人だ。父親はアメリカ系旧ロボット族で、獣人の血も混じっている。マイケル様が生まれた時、ニーク様は狂喜して名付け親となり、アメリカ合衆国大統領……は無理だったので日本国首相につけるべく神自らが教育し、その教育内容とニーク様の熱の入りように、誰もニーク様にNOを突き付けられなかったのだ。マイケル様の首相にふさわしい人間になりつつニーク様の望む振舞いを身につける為の涙ぐましい努力は伝説となっている。

『ニーク:何ってお前、大企業の社長にして技術省長官の海野の娘だろう。首相に次ぐ権力者の娘だし、そもそも日本国首相はお前の長兄じゃないのか』

『春風:でも、お母さんは、私を捨てて……。異父兄妹だっていっぱいいるし……。仲いいのアリスくらいだし……。マイケル様とは生まれてから一度も会った事……』

『ニーク:兄を様付けするな。捨てたわけじゃないさ。海野は常に子供達を見守ってた。最高傑作である子供達をな。俺が加護を与えたのも実験の一環だ。思うに、今回の転移は俺の力の暴走だと思う。神のうちで召喚を使えるのは俺だけだから。ただ、春風が選ばれたのにはそれなりの理由があると思う。俺の力を強く宿し、この世界の人々が望んだ、信仰した理想の戦術機、それに近かったから、春風、お前はあの世界に召喚されたんだと俺は思う。それに、戦術機との子供、俺は期待してるんだぞ。海野もな』

 知っている。異父兄妹達はマイケルを筆頭にお母さんの目に叶う様に、一生懸命努力していたし、今もしている。幼年訓練施設は、楽しさ第一のニーク様の方針で廃止されたけど、自分から乞うて厳しい訓練を軍人さん達につけてもらってる事も知ってる。でも、私はそんなのは嫌。愛してくれるのはお父さんだけでいい。それと亨様……だから私は、神様のお願いは聞いたけど、他は普通の女の子として振舞った。そして、望み通り、お母さんの合格ラインから脱落した事も知っている。私、知ってるんだよ。他の異父兄妹には、皆、より素晴らしい子供を作る為の婚約者がいる事を……。アリスだって……アリスの婚約者は鳥人だけど、どうやって子供を作るんだろう……。鳥忍者ロボットって神様が期待しまくっているらしいけど……。とにかく、そんな異父兄妹達は、私よりずっと頭が良くて強い。私は人一倍体ががっしりしてるけど、最弱なのだ。

『春風:でも私、お母さんに合わせる顔ないよ。そんな気もないし……。私、妾だし……。子供だって、悠陽様の養子に……』

『ニーク:何?』

『春風:私、妾なの』

『ニーク:お前、虐待されてるのか? 中川少佐とやらは、俺の愛し子、日本が誇る最高傑作が一人を虐待しているのか?』

『御剣:ニーク様、私が悪いのです! 普通の娘だと思い、ならば相手が名門だと言う事もあり、妾でも良かろうと……』

『ニーク:春風の母は話した通りだし、父も計算しつくされたメイド族と技術省職員との子……実験体だぞ』

『御剣:えーと……それは……その……偉いのですか?』

『武:実験体って偉いのか?』

『ニーク:偉いに決まってるだろう!』

『御剣:それは失礼した。許すが良い』

『武:待て待て、でも新人類の武家の子なら、新人類の跡継ぎが必要なんじゃねぇか!?』

『ニーク:む……それもそうか。神官と人間の子は神官だし、意図して力を濁らせるのは可哀想だしな。悠陽の子と言うのも良く言えば最高の待遇を、と言う事なのかな……』

 武の取りなしに、神様は納得する。早いよ、神様。

『ニーク:虐待されたら言えよ。俺が守ってやるから』

『春風:ニーク様の守ってやるって、害敵皆怠け死にさせる事じゃない……要らないよ。それに、私に人脈とか期待されても困るもん。私、やっぱり妾でいいよ。権力のドロドロなんて、関わりたくないもん。子供達と亨様と、平和に暮らせればそれでいいよ』

『ニーク:息子達が懲役されないとでも思ってるのか。違うから、獣人の札を最大限に使ってるんだろう?』

『春風:それはこっちの世界の人が皆、そうだよ』

『ニーク:春風……』

『武:で、クーデターってどういう事ですか』

『ニーク:もうすぐそれが起こるんだよ。原因は、一概には言えないが、大義名分は悠陽の権力が低いことへの不満だな。このチャットに明日の7時に要人が入る事になってるから、御剣と悠陽、夕呼先生は入っとけよ』

『御剣:私は……』

『ニーク:御剣はこの世界の武神の唯一の神官、愛し子だろ。この前の事でわかっただろうけど、お前って何気に春風に……もっといや俺に対抗できる唯一の存在なんだから、それなりに振るまえよ』

『御剣:……承知した。武達もいた方が良いのですか?』

『ニーク:武達に関しては、追って沙汰する。明日の主な話題は佐渡島の偵察任務だから、竜人とドワーフと春風とそっちの政府代表がいればいい。後、余計な奴は会話に加わるなよ。サリュークとトワレが入るって言ってるから、チャットとはいえ神聖な話し合いだ。破れば祟りが起きると思え』

『御剣:承知した』

 大変な事になっちゃった……。
 翌日、私の横には中川様や五摂家の皆さんが集まっていた。
 悠陽様も帝国の要人に囲まれておられる事だろう。緊張する。

『サリューク:早速だが、妾は佐渡島に中央神殿を建てたい。冥夜も賛成してくれような』

 武人様、アクティブだぁ。

『御剣:は。神殿を建てるのは賛成しますが、新しい国を作ると言うのは……』

『サリューク:日本とすれば日本人しか参拝に来れぬであろ。それに神殿は治外法権でなければならぬ』

『悠陽:国を治めるのは、どなたになるのでしょうか』

『サリューク:神官が持ち回りでする事になる。最初は冥夜に任せようぞ』

『悠陽:佐渡島を制覇する事……可能なのですか?』

『ニーク:それだけなら楽にできる。頭脳級のベータ……反応炉を破壊すればいいだけだから。だが、それだと周囲にベータが溢れかえるだろうな。横浜基地のある日本も危険に晒される』

『夕呼:楽にできるですって!』

『サリューク:そこはそれ、ニークと妾に勝てる者などいないであろ』

 まあ、ニーク様が力を使っちゃえば隙だらけになるもんね。

『ニーク:信者に大分被害が出るぞ』

『サリューク:それは仕方のない事じゃ』

『ニーク:うちは人口が少ないんだ。悠陽、お前はどうしたい?』

『悠陽:神々よ……どうぞ、日本を、地球をお救い下さい……』

『サリューク:うむ、任せよ。そして妾を称えるのじゃ』

『ニーク:うーん……。宇宙に移民する技術と惑星座標と引き換えなら、いいか……。宇宙開発の技術はまだそんなに発達してないし、こっちの世界にもその居住惑星があるかもしれないしな。後、俺はオルタ5もどんどん進めるべきだと思うぞ。保険はあって悪い事じゃない』

『サリューク:うむ、いっそ地球を寄こすがいいぞ。信者がちと増えすぎているでな。移民先が必要なのだ』

『悠陽:地球は私達の故郷です。しかし、共にベータを打ち払い、共生する事は出来ましょう』

『春風:あ、あの、それって取らぬ狸の皮算用じゃないですか? まずベータと戦ってみる事が重要だと思います』

『サリューク:うむ、御剣、わが軍を率い、ベータを減らして参れ』

『御剣:は?』

『マイケル:安心するがいい、ミズ・御剣。この私もついて言ってやろう。何故なら! 私は! 日本国首相だからだ!!』

『ニーク:きゃーマイケール! 行け行けー! 春風と、調査用に黒影もつけてやる』

『夕呼:待って! こっちも00ユニットと霞を向かわせてもらうわ。調査が必要なのはこちらも同じよ』

 ニーク様がお喜びになる。黒影はアリスの父だ。

『トワレ:楽しく話している所、悪いのう。ワシも反応炉を調べさせたいんじゃが良いじゃろうか?』

『ニーク:来たか、トワレ。まあ、調査だけなら問題ないだろ。じゃあ、話は大体纏まったな。お前達、明日からその方向で煮詰めろ。決行は12月5日な』

 そしてチャットから要人が離脱していく。
 あまりにも無茶で、あまりにもあっさりした話し合いに皆さん、呆然としていた。

「なんて事だ、冥夜様が……」

「あの、あくまでも偵察程度ですし、武神主催の戦で指揮官が死ぬなんてありえないと思います。でも、佐渡島では帝国も協力した方が良いかもしれませんね……。神官達の力だけで佐渡島を奪取されたら、本当に独立国になっちゃうと思います。でも、逆に、もしも帝国の力を見せつける事が出来たら……」

「厄介な事になったものだ……」

『皆の者、これを見ているのでしょう? どうか……冥夜を頼みます……』

「悠陽様……!」

 それにしても、大変な事になったものだ。ちょっとニーク様、何が守ってやるよ。私、妊娠中なんですけどー!
 その後の細かい話しの詰めには参加させてもらったけど、何が何だか分からなかった。
 12月1日、続々とアイテムボックスに竜人やドワーフや旧ロボット族が送られてきた。
彼らはパソコン機能のアイテムボックスでテントを出して設営していく。
ピリピリした風の国連と帝国の人達が出迎え、私はそれを見守った。

「直美君、いや、大変な事になったねぇ」

「春風ぇぇぇ!」

「黒影おじさま! アリス!」

「私が来たからにはもう安心だからね! 誰!? 春風を騙した奴は誰!?」

 そこに武御雷に乗った亨様が現れた。

「あ……v 春風、あの綺麗な人は誰……? いけないわ、私には風影様が……v」

「えと、私の旦那様の亨様です……」

「うっそーーー! こんな美形なの!? そりゃ騙されちゃうわー」

「君は一体どんな人物なのだね?」

 黒影さんとアリスが亨様に寄って行く。

「初めまして、直美さんの……その……遺憾ながら夫の……中川亨と申します。中川家と言う武家の跡取です」

「武家! ニーク様が好きそうな響きだな。となると家柄はそこそこいいのか」

「お武家さま……素敵v」

「ちょっと待ちなさいよ、アリス! 私の夫なんだからね!」

 私はアリスを牽制する。
 その後、クスリと笑った。
 凄く懐かしいよ。
 微笑む私の後ろでは、御剣さんが竜人と打ち合わせをして確実に戦の準備をしていた……。



[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編 7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/07 12:56
「無茶です!」

「無茶でもなんでもやらねばならぬのだ。幸い、私は武御雷を使う事を命じられた。そう簡単に死ぬ事もあるまい」

「しかし!」

 御剣さんが新人類の女性と問答しあう。

「はわわ、裸の人、いっぱいだよう」

 アリスが顔を赤らめる。

「Yeahhhh! GOに入ってはGOに従え!」

「脱がないでください、マイケル総理」

 騒がしくしながら、皆は船に乗り込んでいた。
 会談は遅々として進まなかった。ありていに言えば、佐渡島でお手並み拝見と言った所だ。
 私はお腹を撫でながら戦いの時を待っていた。
 空軍が宇宙から、そして海軍が海中から、ベータを攻撃する。
 皆が船から降り始める。真っ先に使うのが耐火札だ。そして武神札。
 竜人達が超絶美形の戦術機に率いられ、ベータとぶつかった!
 竜人達は強化された身体能力とドワーフが付与した能力でばっさばっさとベータを切って行く。

『嘘でしょ!? 本当に生身でベータとやり合っている!?』

黒影さんが、忍法を使ってベータに変形すると、ハイブの中に向かっていく。
ニーク様の加護があるとはいえ、ばれたら終わりだ。おじさま、頑張って。

『ちょっと今、どうやって変形したのよ!?』

「紳士なのは17時までだ! 今から佐渡島を取り戻す! レッツパァリィィィィィィィィ!!」

 私とアリスは守られながら、戦場へと降り立った。大丈夫、亨様が守ってくれている。
 私は既に魔女っ子へと変身していた。
 巨大コタツとテレビ、ミカン味のオイルブロックと、新ロボットネコ族。
 私は着々とニーク神様のお力を降ろす準備を始めた。
 信者が少ないこの地では、それなりの準備をしなければならない。
 私の周囲では、戦術機だけではなく、5体ずつ変形合体して旧ロボット族から疑似新ロボット族になった人達が警護してくれていた。
 他にも、旧ロボット馬族と合体し、ケンタウロスモードになった人達が槍を振るい、ベータを倒していた。

「へ、変形合体と言うのかあれは。……本当に元日本人なのか?」

「今も日本人だよ、亨様」

 私は儀式用の服、ジャージを着てコタツに入り、新ロボットネコ族を落ち着かせて膝に座らせる。
 オイルブロックを齧り、テレビにお札を張り、ラブリーモモに繋げた。

「どうみてもくつろいでいるようにしか見えないのだが……」

「重要な儀式です。亨様も手伝って下さい。ほら、おこたに入って」

「戦術機ではそのような機動は出来ない」

「じゃあアリス、おこたに入って」

「うん、私のクマの助もテレビに接続して……と。さあ、始めようか」

 私とアリスは手を組み、額をこつんと合わせる。

「「働きたくないでござる。絶対働きたくないでござる! レッツ自堕落生活!」」

 光が私とアリスを覆う。今だ!

「「ラブリープリティ―超キューティー。ゲーム機よ、いでよ!」」

 そして私達は精神を集中する。ゲームに。
 
「なんなのだ、それは。おお、ニート神が画面上に現れた」

『さあ、リア充ベータを爆発させるのだ!』

「「ラジャ!」」

 画面上に現れるのは、可愛らしくデフォルメされた戦場。
 そして小さなデフォルメされたロボットが、大きなボールを転がしだす。
 それがベータに触れると、ベータから半透明のベータが抜け出てボールにくっついた!
 大量にくっついたベータで、塊はどんどん大きくなっていく。
 私は塊をころころと転がしていく。

「竜人に当たらないようにね」

「うーん、でも意外と難しいんだって。あ、やった」

 竜人に当たると、ボールは大きく跳ね飛ばされ、いくらかベータが零れおちる。
 これぐらいならまだいい。しかし、ボールがあまりにも大きくなると、竜人すら巻き込んでしまうから注意が必要だ。

「難しいねぇ。ガンバ! 春風。10分したら一旦止めて2Pプレイね」

「うん! アリス!」

「こ……これは、まさかベータの魂を集めているのか!?」

「そんな、人聞きの悪い。やる気を集めているんだよ」

亨様が、ベータを掃討しながら汗をかく。

「ハローボーイ、そしておやすみボーイだ!」

 マイケルが「ぼくのかんがえたかっこいいぶきしりーず」を存分に使い、凄まじい勢いでベータを撃破していく。
 
「これが日本の首相魂だー!」

 要塞級を振りまわして投げつけるマイケル。ふわぁぁぁ、私にはとてもあんな事は出来ないよ。さすが兄妹で一番強いだけの事はある。

「このミカンおいしーw」

「ニャー」

「クロちゃんにもあげようねぇ」

 そして私とアリスはきゃっきゃうふふしながらベータを無気力に変えていった。

「むっ全員さがれ! ニーク様の御力が通るぞ! くっ間に合わん! 全員札に向かって祈れ! 気をしっかり持つのだ!」

「あっごめーん御剣さん」

 竜人達の祈りの壁で塊は跳ね返される。しかし、何人かのやる気は吸い取ってしまった。
 謝りながらもあまり心配していない。ほら、竜人達は手慣れたもので、即座に耐えきれず無気力になった者を武人札で回復していく。
 そろそろハイブ内に進入しようかな?
 そんな時、凄乃皇が現れた。そういえば、夕呼さんが投入するって言ってたっけ。
 ハイブ内をごろんごろん転がしていくと、その後凄乃皇とA01が追いかけていく。
 楽してるなぁ、純夏さん。
 戦闘最中に、一度純夏さんが倒れる事があったけど、武さんの癒しの札で回復していた。
 そして、ハイブ奥まで到達する。
 奥では、ベータになった黒影おじさまが、頭脳級ベータをハックしていた。
 私は羞恥に目を逸らす。出来るスパイは、色仕掛けも使うのだ。
 
『来たか、春風。ここ近辺のベータを全て無気力にしてくれ』

 はいはい。全ての作業が終わると、おじさんはドワーフや研究員の旧ロボット族を吐きだした。彼らは散らばって調査に向かっていく。
 A01の人達は、ひたすら動かなくなったベータを攻撃していた。
 おじさんは頭脳級ベータに竜人の札を張ってちょっとだけ回復をさせ、解析を続けていく。そして、おじさんのパソコン、「絶望」を閉じて言った。

『オリジナルハイブじゃないとこれ以上は無理だな。プログラムを書き換えようとしたら切り離されてしまったよ。解析に手間を取り過ぎた。しかし、お陰で好き勝手出来る。ここのベータには中央神殿を建てる為の作業員になってもらおうか。エネルギーが切れて死ぬまで、な……』

 黒い、黒いよ黒影おじさま。

『ベータ、殺す……殺す……殺す……』

『お嬢さん、何をしようとしている!? 待て!』

 テレビ画面が光で満ちた。
 まだ動けるベータが、今までとは全く別の動きを開始した。
 まずい。不味すぎる。

「どうした!?」

「純夏さんったら、頭脳級ベータを殺しちゃった! 横浜基地にベータが押し寄せちゃう!」

「なんだと!?」

 亨さんが焦りの声を上げる。

「皆の者! 聞いたか! ここでベータをせん滅するのだ!」

 御剣さんが叫んで、竜人達が、戦術機が鬨の声を上げるのだった。






「武さん、大丈夫かなぁ」

 その頃、他の神官達は癒しの神は帝都に待機、残りの神官達は新潟湾に待機していた。
 向こうの国連から来た要人も悠陽と共に一緒にいる。

『心配は無用。我らは後ろにどーんと控えておればよいのよ! なにしろ、ニークもサリュークも大雑把故な。どうせミスってハイヴ壊してベータの大群が押し寄せてあ奴ら自身は無傷と言うのが関の山だろうて!』

「うう、それもちょっと……」

『わしらの炎、見せてやろうて!』

「そうね、訓練したもの」

 遠くに、ベータの群れが見える。
 チャットでの報告が入った。

『ほら、予想通りだ。全く、世話の焼ける。行くぞ、珠瀬。そなたの力、見せ付けるのだ』

 悠陽は大声を張り上げた。それを、慧の魔術を通して日本全土に広がっている。
 
「私を支持してくれる兵士達よ! 今こそ新潟湾に集結し、ベータを討つのです!」

 それはもうお人形にはならないと言う、悠陽の鬨の声であり、クーデターを別の方向……ベータの方向へ向けんとする声だった。

『皆の者! 今こそ火の神、フレアリーに祈るのじゃ! さすれば新潟湾に迫るベータ、焼き尽くしてくれようぞ!』

『どさくさに何を言っている、フレアリー』

 日本全土から、戦術機が集まってくる。
 この時、実に日本の全戦術機の90%が冥夜か悠陽につくという異常事態が発生した。
悠陽が銃を抜いた。

「お願い、木さん、草さん、ベータを倒して!」

『人間界不可侵条約なんぞ知るか! こっちは千年もニークと人間のきゃっきゃうふふを指をくわえて見ていたんだ。行け! 草花よ、我が愛し子達の声を聞き、花開くのだ』

 珠瀬達大地の神官団が海に向かって種をまき、祈りを捧げると、それは凄まじいまでに凶悪に成長し、ベータを絡め取り、あるいは串刺しにしていく。

「あんたは一呼吸早いのよ」

「そっちが遅い」

「でも、ま……」

「一瞬のタイミングが合わないなら、時間を掛けて合わせればいい」

「行くわよ、慧! お願いします、皆さん!」

「行くよ……皆」

 榊と彩峰が力を合わせ、風と炎の竜巻を放つ。それはじりじりと接近し、一つの業火の竜巻となってベータを包んだ。

『ひゃっほう! いい眺めじゃなあ! こんな力を使ったのは久々じゃて!』

『ほんとーよ。ニークって今までこんな良い思いしてたんだぁ』

 それを乗り越えてくるベータを、悠陽は一つ一つ着実に撃墜した。

「何をしているのです! 戦うのです」

「「「は、はい、悠陽様!」」」

 留守番組の竜人が斬り込みに行き、変形合体して疑似新ロボット族と化した旧ロボット族が銃を撃ちだす。
 向こうの世界の国連の要人達も、避難するどころか進んで戦いに参加する始末である。
 もとより、インドア派は来ていない。
 向こうの人々は神々の我儘に慣れていたし、ましてややる気満々の神々の邪魔は決してするまいと決めていたのである。
 そして、向こうの要人達は冷静にデータを取り続ける。 
 今まで誰もやらなかった事、すなわち、神を敵に回したらどうなるかの詳細な戦力を知る為に。



[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編 8話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/08 20:03
『サリューク:はっはっは。佐渡島を取ってやったぞ!』

『悠陽:とってやったぞ、ではありませぬ。あくまでも偵察だけで、本土には被害を出さない御約束のはず。あれで、多くの神官と衛士が命を落としました』

『サリューク:ぬ……』

『悠陽:それに、帝国が佐渡島を奪還した場合、佐渡島は帝国が取る御約束だったはず』

『サリューク:横から掻っ攫っただけであろう!』

『悠陽:御約束は御約束です。そなた達の宗教は保護いたしましょう。中央神殿の建設も御認めしましょう。御望みの知識も捧げましょう。移民も御引受けいたしましょう。帝国軍人に義務として武神の札を持たせましょう。しかし、佐渡島を渡す事、なりませぬ』

『サリューク:うぬぬ……』

『トワレ:まあまあサリューク、思う存分楽しめたんだから良いではないか。島一つと引き換えと思えば、破格の条件よ。ワシも貴重なデータを貰ったしな』

『マイケル:イェェェェァァアア! 我が日本も人道的支援をさせてもらう。さしあたっては自然の復活に努めようではないか! それとそちらの海軍を見たが、海軍に絶対的に必要な技術がまだ開発されてないようだな。これを最優先で提供しよう!』

『悠陽:その技術とは?』

『マイケル:全速前進する船に掲げた神聖なる日本国旗を横にはためかせる技術だ! 何、開発費はほんの二兆円で済む』

『悠陽:要りませぬ』

『マイケル:何故だ!?』

『悠陽:風の札を張れば済む話ではないですか』

『ニーク:頭いいな悠陽!』

『エルロード:それで、我らへの反逆の計画はどうする? マイケル』

『マイケル:HAHAHA。やはりお見通しだったようだな。やっぱ後千年は無理☆という結論が国連で下された』

『サリューク:それが良いであろう』

『マイケル:しかし、神の手助けでもないと滅びそうなこの世界はともかく、こちらの世界は過干渉は望まないと言う奏上は続けていく。例えそれで第三次世界大戦が起き、人類が滅びたとしてもそれは人類が選んだ道。箱庭の楽園より茨の道の自由を選びたいと言うのが国連の意志だ。というか佐野幹事長を無理やりリチャードに改名させてクーデター起こさせたから箱庭の楽園じゃないしな』

『ニーク:お前は一体何を言ってるんだ。それだと俺がつまらんだろ。神々の差別反対! リチャードの反乱の時だって死傷者は出さなかっただろ』

『フレアリー:臆面もなくはっきりそう言えるニークがたまに羨ましくなるのぅ……。強い力を持つ者の責任感とか0じゃしな』

『マイケル:それと向こうの国々も人道的見地に立ってそれぞれの国を支援したいそうだ。国連では兵器データ開示、神官会議では作物の種や家畜の提供とそれを増やす大地の神官、獣の神官の派遣が決定された。日本からは命とは認められない低級AIのロボット兵の提供が行われる。ひいてはアイテムを譲渡する為に各国に新旧ロボット族の受け入れを要請する。次世代OSとお札のトライアルの時が丁度いいだろう。それ以外にも各国の有志が各国の支援をする事になっている。それと、ひと足早く純夏と武と彩峰中将が生まれたので武と彩峰に引き渡す。獣人の札を張れば早く育つぞ』

『悠陽:そなた達に感謝を』

『ニーク:会談は纏まったようだな。春風、そこにいるな? 子供達の育て方をしっかり教えてやれよ』

『春風:はい、ニーク様』

 私はチャットを切って伸びをした。ううん、トライアルかぁ。面白そうかも。楽しみだなぁ。
 佐渡島には、神官達が集まって中央神殿建設と植物の育成を進めている。
 純夏さんは、黒影おじさまのやり方を見てハッキングの方法は覚えたとかで、トラウマと向き合う訓練をしている。術だけではどうにも出来ない部分もあるのだ。
 武さん達はトライアルで配るお札を作るのに大忙しだ。

「はぁるぅかぁぜぇ! 会談終わったんでしょう? 後50枚も作らなきゃいけないんだから、手伝ってよぉ!」

 うん、現実逃避です……。一番強力なお札を数日で百枚なんて、間に合うわけないよぉ。
 黒影おじさまは忙しくてトライアルを機に帰っちゃうらしいし。
 新たに送られてくる神官達の案内もあるし……困っちゃったよぅ。
 

 そしてトライアルの日。
 XM3のトライアルと共に、お札のトライアルがなされた。
 具体的に言えば、竜人と戦術機の模擬戦だ。
 御剣さんは善戦したけど、剣を素手で受け止めた時に真剣だったら真っ二つだったろう、と言う事で撃破判定を貰ってしまった。
 戦術機3体相手に善戦したんだけどなぁ。
 それを見て、配布用のお札が奪い合う様に無くなって行く。
 その場で各国の神官保護協定が結ばれていき、神官達が各国に向かう手続きもされる。
 既に向こうでは人口過多だけど、一時的に難民を預かる事なら可という話し合いも出た。
 あ、武さんはもちろん大活躍だった。
 最後には負けたと言え、黒影おじさんを圧倒するなんて、タダものじゃないよ!
 最後、黒影おじさんが奥の手の分身の術を使って無かったら、ううん。模擬刀じゃなかったら、負けてたね! おじさん、力弱いもん。狙いは正確だから命中判定は高い数値が出るけど、実際はそこまで切り裂けない。
 亨様も出ていて、私が応援していると、ベータが突如として現れた。
 その場がパニックになる。
 幸い数はいなくて、御剣さん達は目配せし合った。
武さんが戦術機で撹乱し、おじさまが手裏剣をベータに投げつける。
あんまり効いていないと見て、おじさんがため息をついて剣に切り替えた。

「着火!」

 榊さんが札を投げつけると、札が爆発する。

「お願い、蔦よ!」

 珠瀬さんが蔦でベータを拘束していく。

「行くよ……」

彩峰さんが風で兵士級ベータを切り裂く。

「冥夜さん程の事は出来ないけど……兵士級くらいなら……!」

 鎧衣さんがその爪でベータを切り裂く。
 御剣さんが大活躍したのは言うまでもない。
 整備員がとっさに戦術機の模擬刀に炎攻撃の属性をつけた。
 私とアリスも、働きたくないでござる。絶対に働きたくないでござる!の札を投げつけていく。
 やだ、急に動いたらお腹が痛い!

「春風!?」

「やだもぅ……痛いし―。だるいしー。働きたくないでござる。絶対働きたくないでござる!」

「いかん! 春風!」

 御剣さんが叫ぶ。
 私の体が光り、御剣さん達以外が虚脱した顔になった。ベータももちろん動かない。
 御剣さんが、亨様が急いで武さん達を回復していく。
 その間、私はいきんだ。

「春風、どうしたの……あっまさか!」

「生まれる――――――!」

 そして、いくつもの球体が紫と青の球体が零れおちていく。
 あ…亨様と、いっぱいしたから……v
 ころころと転がった球体に、亨様は目を丸くする。
 転がった球体は、いっせいにビービーと泣きだした。

「ば、爆弾!? なんの警報音だ!?」

「なにって、私達の愛の結晶じゃないですか」

「うわぁぁぁ……私、泣けてきちゃった……。やっぱり出産って感動的だよう。スーパーオイル、たくさん用意してて良かったね、春風」
 
 おじさまは私達の周囲のベータを一所懸命に掃討してくれた。
 そして嬉々とした竜神の助言を受けた御剣さんの指示の元、組織的なベータ探査が行われる。
 私とアリスは、その間に子供達にスーパーオイルや砂鉄を飲ませてあげて、服を着せるのだった。

「では、私は戻る。子供達をしっかり育てるのだぞ」

「はい、黒影おじさま。ですから、そこのカバンに入れた私の子を返して下さい」

「海野がどうしても一人欲しいと言うのだ。一人だけ……」

「皆私の可愛い子供です。一人だけも何もありません。返して下さい。……大人になったら、一人向かわせますから」

「いいか、春風。育成データは必ず送るのだぞ」

「わかっています。おじさま」

 そしてトライアルの後、三人の子供が送られてくる。
 私はそれを早速武さんと純夏さんと彩峰さんに渡した。

「で、このビービー言う球体はなんなんだ?」

「何って、赤ちゃんです。純夏さん達の転生体」

「機械で出来たボールにしか見えない……手足はないのか?」

「新人類だって、生まれてすぐには立ったり歩いたり出来ないでしょう? ロボット族も同じです。これから鉄を食べて、オイルを飲んで、センサーや体を精製していくんです。今は、転がる事しか出来ません」

「そんな……純夏はまた真っ暗やみの中に閉じ込められたって言うのか!?」

 武さんは絶望の表情で言う。

「だから、人間の赤ちゃんと同じ程度の不便さですって。獣人の札も張ってるし、すぐ育ちますよ」

「あ、ああ……」

「父さんが……ロボット……」

 彩峰さんが呆然と赤ちゃんを見つめる。

「慧さん! 一児の母親になったって本当か!? 父親は……よ、良かった……相手はロボット族って事は事故か……。慧さん、一人で異種族の赤ん坊を育てるなんて無理だ。け、結婚しよう」

「……」

「彩峰! あいつは誰だ!? 結婚って……!」

「狭霧大尉……さすがだな。あれを一目で赤子と見抜くとは」

 武さんが驚き、御剣さんが頷く。
 そうして皆が去って行ったあと、私は旧ロボット族に変身して亨様に寄り添った。

「亨様……名前、考えないといけませんねv」

「え……これ、全部、か? というか、もしかして見分けなくちゃならんのか……?」

 亨様は、乾いた笑い声を洩らすのだった。



[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編 9話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/09 22:42
「皆の者、さあついてくるのです」

 三人でお庭の御散歩の時間。悠陽様が言うと、その後ろを球が転がって行く。
 たまに勝手な方向へ移動する球を、お付きの者がそっと戻した。
 悠陽様は後をついてくる球の大群をいたく気に入った。
 二体の紫の子には手ずから食事を与えるほどである。

「中川少佐、この子は武御雷に瓜二つだとは思いませぬか」

 子供を見せられ、乾いた笑いをもらす亨様だった。
 その時、球が激しく振動して、変形した。

「こ、これは……!」

 丸っこいロボットに変形したロボットは、初めて言葉を話す。

「パパ―!」

「凄い……初めての変形を! ほら、中川少佐。呼んでおるぞ」

「パパか……パパですか……パパですよー」

「私の事も! 私の事も呼んで!」

 私が言うと、小さなロボットはママ―といって推進装置を使い、飛んでくる。ああん、可愛いよぉ。

 その頃、武達も子育てに勤しんでいた。

「武ちゃーん。うわぁぁぁぁぁぁん」

「純夏ぁぁぁぁぁぁ!」

「「ごめん、君達の相方はあのロボット」」

 こちらの世界の武と純夏は、当然ながら互いの変わり果てた姿に気づかず、人間と00ユニットの武と純夏と感動の再会を果たした。
 思わず、苦笑いをする武と純夏だった。
 一方、謎だらけのロボット族の生態に夕呼は頭を抱えていた。

「ほーら、シリコンだぞー。胸の大きな女になれよ、純夏―」

「あっ武ちゃん酷いよぉ。じゃあ私は、鋼で。かっこいい武ちゃんに育ってね」

「遊んでるんじゃないわよ! 一体どうやって育ってんの、こいつら!?」

「……親の愛情」

「設計図が生成できずすみません、香月博士。やはり大人にならないと駄目なようです」

 彩峰が彩峰父を抱いて言う。彩峰父が謝罪した。
 
「それで、ハックは出来そうかしら?」

「うん、私、子供の為……ロボタケちゃんとロボスミちゃんの為なら頑張って見せる」

「そう……じゃあ、早速今夜。やるわよ」

「はい!」

「純夏、応援してるぞ。ハックしている間、手、握っててやるからな」

 その夜、純夏は反応炉の前に立った。

「ベータ……貴方に命じます。人間を、殺さないで……! うわぁぁぁ、武ちゃん。武ちゃん……!」

「純夏! 俺はここにいるぞ!」

「ああああぁああああああああああああ!!!」

「純夏ぁ!」

叫ぶ純夏を武は抱きとめる。

「武ちゃん……。どうしよう……全ての情報を取った代わりに、全ての情報を取られちゃった……。ベータが、ベータがサンプルを取りに、ロボタケちゃんを浚いにここへ攻めてくる……。でも、武ちゃん……本星の位置、取得したよ……!」

「純夏!」

「それは本当? 不味い事になったわね……早速会議よ!」

『心配要りません、マスターリモコン戦術機の状態は良好です。即座に人員を奥に避難させて下さい。私が応戦します』

「メイ!」

 宙から聞こえてきた声……。横浜基地にインストールされたメイドのメイの声に、夕呼は頷いた。メイを採用してから、リモコン型の兵器を横浜基地内に大分ばら撒いている。
 その時、反応炉が機能停止した。本体から切り離されただけではなく、破壊されたのだ。

「いえ、メイだけにやらせるわけにはいかないわ。至急人員配備を。武、あんたにも出てもらうわよ」

「子供達は俺が守ってやりますよ! 了解です、夕呼先生!」

 そして二四時間後、絶望的な戦いが始まった。ベータにとって絶望的な戦いが。
 実は、横浜基地の隣にはニークの社があるのだった。
 つまり、横浜基地はニークの勢力圏内だったのである。
 横浜基地に到着するなり無力化されていくベータ達。
 しかし、ニークの加護も完璧ではなかった。同じ敷地内に武神の社があるからである。作戦を変えたベータは堕落の神の社と武神の社を破壊し、武神札を奪って帰って行った。
 この事件で、人類のベータへの戦法は確定した。
 すなわち、ニーク様の札を使って周囲のベータを無効化しながら進み、ピンポイントで頭脳級ベータを狙うのである。
 一方、ベータは武神札を各地から集め、オリジナルハイヴに集中させるのだった……。



[15221] ニートが神になりました Muv-Luv編 最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/24 23:32
 夕呼さんは厳しい顔つきで言った。

「いい、確かに残るハイヴはオリジナルハイヴだけ。でも、オリジナルハイヴにはかつてないほどのベータが集まっているわ。武神札を持っているから、ニークの力も通じない。そこに、00ユニットを届けるのよ。生半可な事じゃできないわ」

 私達は頷いた。

「世界各国の戦術機が露払いをしてくれるわ。そして、そこに貴方達が侵入してもらう」

 私はこくりと頷いた。侵入するのは私とアリス。そして、私の子供達に乗ったA-01の人達と亨様を含む近衛の人達。彩峰中将と武さんと純夏さん。
 そう、私の子供の多くは戦術機タイプ……中に人が入って、人と共に戦う事を喜びとしたタイプの新ロボット族だった。新たな種族の誕生だ。
 それに、武さんはかっこいい新ロボット族へと変じていた。
 純夏さんは人間に大分近い形のロボット族だ。
 純夏さんズと人間の武さん、霞さんは凄乃皇に搭乗。
 そして、私達は出発した。
 オリジナルハイヴを取り囲むニーク様の神社。その結界のさなか、オリジナルハイヴの外まであふれたベータ達。それは正しく肉の壁だった。
 そこを、凄乃皇の攻撃で道を作って行く。
 A-01の皆も、戦術機と神様の力を存分に使いながら切り進んでいく。
 動けないベータに隠れて動けるベータが攻撃してくるのも問題だ。
 しかし、そこは歴戦の彩峰中将。皆をうまく指揮して、進んでいった。
 純夏さんが見つけ出した最短行路を、私達は進んでいく。
 戦術機でなく、私の子供達が選ばれたのは理由がある。
威力が高いが故の消耗品である癒しの札を、私は惜しみなく消費する。
そう、弾薬をアイテムボックスに入れる事が出来て、癒しの札で傷が癒えるロボット族は、この任務にうってつけだったのだ。
まだ幼い子供達を無理やり成長させて戦場に立たせるのは心が痛む。
しかし、子供達の中には、搭乗者を愛している子も多い。
あるいは愛ゆえに、あるいはこの義務感ゆえに、あるいは闘争心ゆえに、あるいは好奇心ゆえに。
子供達の方から、ぜひ参加させてほしいと言ってきてくれた。
 私はそれを聞き、涙を流していた。
 悠陽は強いと思う。あんなに可愛がっていたのに、笑って子供達を送りだしたのだから。
 この世界の人達はすべからく強い。そして、今や私もその住人なのだ。頑張らなくちゃ!

「あっ駄目!」

ベータの攻撃が娘のアイリーを貫く。アイリーの急所は外れているが、搭乗者席をかすっている。私は癒しの札を出そうとしたが、既に無くなっていた。武さんは作戦で別行動をしている。ここで高度な治療は出来ない。可哀想だけど……。

「ごめんなさい、アイリー。癒しの札がもうないわ」

「ならば、私が作ります。母上、ニーク様……お許し下さい。三塚、役立たずになって貴方に嫌われても、私は貴方に生きていて欲しい」

「いけないわ、アイリー!」

「癒しの神よ、どうか……」

 アイリーは癒しの札を作る。すると、アイリーは半人半機械のアンドロイドとなった。
 そうか、メイド族や戦術機の血も混ざってるから、完全な人間には戻れないんだ……!
 アイリーのアイテムボックスから、残っていた弾薬が零れおちる。
 そしてアイリーのノートパソコンは消滅した。

「ああああ、アイリー? その姿は……」

 亨様が動揺する。

「アイリー、そなたなのか? やはりアイリーは最高の女だな。私の為に信仰を捨てるとは、馬鹿な事を……」

「乗れなくなった私は、嫌いになりましたか? 三塚」

 三塚が無言でアイリーにキスをして、アイリーは顔を真っ赤にした。
 親としては感無量だ。でもでも、アイリーは体は大人でも、まだ実年齢が幼すぎるんじゃなかろうか。
 私はアイリーが三塚を治療したのを見届けて、三塚をアイテムボックスに入れることで避難させた。
 アイリーにもそうしようとしたけど、アイリーは首を振る。

「母上、このような姿となっても私は父上と母上の子。私も戦います」

「直美……お前達は、本当に人間だったのだな……」

「なにか今、聞き捨てならない事をいいませんでした、亨様!?」

「いや、だってあまりにも姿が違いすぎて……そうか……そうか……」

 もう、亨様ったら。
 そして、私達は負傷者を回収し、徐々に数を減らしながら奥へと進んでいた。
 S-11は腐るほど持ってきているから、工作は楽だった。
 ある程度進むたびに珠瀬さんに蔦で壁を作ってもらう。
 これで、前を見ているだけですむ。
 最奥に行くと、武さんがオリジナルハイヴと会話していた。
 内容は武さんがチャット札に書いてくれているので、伝わっている。
 外では全世界がこの会話を固唾をのんで見守っている事だろう。
 ちなみに混乱を防ぐ為、チャット場で話す権限は、武さんにのみ与えられている。

『武:シリコンからなる生命体……!?』

『武:純夏じゃ駄目なのか!?』

『ハイヴ:否定。ロボット族のような種族の存在はありえない』

『武:でもいるじゃねーか!』

『ハイヴ:ありえない』

『武:ありえないじゃねーだろ! 現実を認めろ! 炭素生物だってあれだろ、いたけどお前が知的生命体だと認めなかっただけだろ! 問い合わせて見ろよ、お前のご主人様にデータを送って!』

『ハイヴ:ならばそれに値する証拠を見せてみよ』


『武:おお、見せてやらあ! メカ純! 頼む!』

『メカ純:ハ、ハイヴは私がいれば止まるんでしょ? 止まって、止まってよ』

『ハイヴ:私には何も見えない』

『武:おいいいいい!』

 そこに、続々と私達が到着した。
 私達も攻撃されて、アイリーは力を使いはたしていて。また一人搭乗者の為に信仰を捨てる。

『ハイヴ:質量保存の法則の無視。理解不能。理解不能。そもそも全てが理解不能。上位存在に指示を仰ぐ』

『武:おお、仰げ仰げ。それで、侵略をやめろ!』

『ハイヴ:上位存在の指示が返ってくるまで推定一年。それまでは通常通りの活動を行う』

『武:ふざけんな! くそ、結局ここで倒さないといけないって事か……! 純夏、行けるか? 今癒しの札に全力で力を送ってる……!』

「武、今助ける。行くぞ、ミーア」

 ミーアに乗った御剣さんが刀を振るった。
 全員、戦闘状態に入る。

『武ちゃん! 母星の座標、見つけたよ!』

『純夏……純夏! すげぇよ! こっちまで伝わってくるほど辛い思いをしてるのに……よし、さっさと奴を倒して帰ろう!』

『うん、武ちゃん!』

 そして、光が頭脳級ベータを覆う。

 そして私達は、メカ純のアイテムボックスに入り、脱出したのだった。
 そして二年後。そこには、大地の神に力を借りて復興を続けるとともに、オルタネイティブ5と6計画に全力を注ぐ人類の姿があった。
 オルタネィティブ6の計画はもちろんベータを作った知的生命体との接触計画だ。
 オルタネィティブ5の計画も進んでいるのは何の事はない、要らないならもらうと神様が言いだしたからだ。
 激減した人口はいくらでも補充できる事となったし人材は欲しいが、乗っ取られるほどの数となると話は別だ。
 そして唐突に、その日は訪れた。
 UFOの襲来が。
 いつでも迎撃出来る準備をして、緊張して帝国人は出迎える。
 現れたのは、スーツ姿にキツネ目の……完璧なる人間だった。
 
「いやー、我が社の資源集積装置がご迷惑をかけたようですみません」

 第一声もまた、完璧なる日本語だった。
 その人物は、横浜基地へと案内される。

「あ、食事は要りません。これは作り物の体なのでね」

軽く笑ってコーヒーを下げさせ、夕呼さんと向かい合った。
しかし、視線は魔法で小さくなった私に向けられたままだ。

「それで、それなりの代償は支払ってもらえるのでしょうね」

 夕呼さんの言葉を無視して、その人物は口を開く。

「装置が送ってきたデータによると、貴方方は質量を操れるとか。見せて頂けませんか?」

「質量を操る? ……大きさを変えるって事ですか? は、はい。わかりました」

 私は外へ出て大きくなって見せる。
 
「ははは。凄い凄い。札の効用についてもぜひ教えてほしいですな」

「ちょっと! 中川、ただで情報を流しちゃ駄目よ!」

 すると、その人物は冷たい目で夕呼さんを見つめた後、一瞬で笑顔となった。

「これはこれはすいません。なにせ、私は科学者なものでしてね。すぐこういった事に夢中になってしまうのですよ。それでですね。和平協定ですが、『中川さん』達となら結びたいと思います」

「……! 私達は知的生命体と認めないって事ね」

「そもそも、あの装置に知的生命体の攻撃を避けさせたのは、それに反撃されるのを防ぐために他なりません。貴方方位の武力なら、どうとでもなる。そういう事です。それとも、貴方達特有の取引材料が……」

「私はもう、この世界の人間です。そしてこの世界の人達はもう神々の信徒です」

「そうですか、では、条件を提示しましょう。亜人を何人か我が星に御招待したい。永遠にね」

「馬鹿にしないで頂戴。こっちにだって00ユニットと私の頭脳があるわ。亜人だって売り渡したりしない。さあ、交渉を始めましょう」

夕呼さんが私を庇うように立って言い放つ。

「ふん。先ほどの提案を飲むほど馬鹿ではないようですね。宜しいでしょう。まず……」

 交渉が始まって、私は沈黙する。やっぱり、交渉事は苦手だ。
 その後、すぐにアメリカ大使たちが到着し、強引に会談の予約をする。
 どうやら、忙しくなりそうだった。
そのさなか、私は亨様に呼び出された。

「あの、何ですか? 亨様……」

「そなたに聞きたい。私が好きなのか、武御雷が好きなのか」

 それは難しい問題だ。ちょっと考えた後、私は答えた。

「武御雷は好きです。ですが、その中身は亨様でなくては。この答えじゃ駄目ですか?」

「ならば……私の為に、信仰を捨ててくれ。私は、そなたとの子供が欲しい。真実、そなたと私の子が」

「え……」

「きっかけは、アイリーだった。それ以来、ようやくそなた達を同じ人として見れるようになった。そなたを、正妻としよう。結婚式をあげよう。そして、アイリーのような可愛い娘を作ろう」

「亨様……。わかりました。私は貴方の妻……ごめんなさい、ニーク様……」

 私は、札を作る。獣人の札を。
 すると、私の体が縮まった。それでも亨様は、私より頭一つ小さい。

「あ……あれ? そなたも美人だが、アイリーはこんな体格のいい宝塚に出れそうな女性じゃなくて、もっとたおやかで触れれば折れそうな……」

「ああ、アイリーは武御雷似なのよ」

「そ、そんな!?」

「亨様、私からも質問を。好きなのは私? それとも、武御雷?」

 私は、獣人の札を亨様に張る。亨様の中で、性欲がわき上がるはずだ。

「ははは……それは、難しい問題だな。答えは……」

そして私達はキスをした。
00ユニットを通し、全ての並行世界の純夏がニーク神に帰依、またベータの本星の位置が知れ渡る事になった事を知るのは、一ヶ月後の事だった。
これにより、ニーク神の力は莫大に高まるのである。



[15221] ロボットに命じただけだ(TWINSIGNALクエーサー異世界転生TSもの)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/13 19:55
 ここは……どこだ?
 男は、周囲を見回した。

「パンパカパーン! 貴方は一億人に一度のチートで転生プレゼントに当選しましたー。貴方の子供も一緒だよ! 嬉しいでしょう?」

「チート? 転生? 私に子供はいなかったはずだが」

「またまたぁ。いるでしょ、5人も子供が。物にも魂が宿る。貴方の作ったロボットは、全員魂を持っているのよ。で、どうする? 地位がほしい? 魔力がほしい? あ、行き先はもう、剣と魔法の世界に決まっているわよ」

 男は、首を振る。

「私は何もいらない。チートとやらは、あれらにしてやれ」

「本当に、望むものは何もないの?」

「あるとすれば……」

「あるとすれば?」

「次は、女として生まれ変わってみるのもいいだろうな……。どうせ、剣と魔法の世界とやらではロボットは作れないのだろう? 生というものにまた触れてみたい。いや、戯言だ。私はこのまま消えるのが良かろう」

「わかったわ! さあ、お眠りなさい……クエーサー」





「やれやれ、本当に女に生まれるとはな」

 レナ……クエーサーはため息をついた。
 そして、腰に力を込めて水を運ぶ。
 レナが生まれたのはごく普通の家だった。
 何の因果か、クエーサーの両親が死んだのと同じ時期にレナの両親は事故で死んだ。
 それゆえ、レナは一人での生活を余儀なくされた。
 小さな飲食店がレナの家だ。
 レナは朝早くから、独身時代に覚えた(ずっと独身だったが)料理を作る。
 別に、前世に拘っているわけではない。
 レナは雑踏を眺めてばかり内向的で、知恵おくれと思われていたし、レナもそれを否定しようとしなかった。まだレナが小さい事もあり、料理の知識の伝達が行われなかった。それだけだ。
 無表情なレナは、御世辞にも商売上手とは言えない。
 それでも、器用なレナの手はそこそこ美味しい料理を作りだしたし、物珍しかった。店はレナ一人が生きていくのには十分な利益を出していた。
 そんなある日だった。
 店内に御客が入ってきた。布を頭から被った怪しい格好だ。その後、王子! クイック王子! と呼ぶ声が聞こえる。レナは聞き覚えのある名前にも物々しい雰囲気にも動揺しない。もはやレナとクイックは無関係だから。そして当然ながら、レナはいらっしゃいませなどとは言わない。代わりに短く聞いた。
 
「人数は」

「あ、ああ。一人だ。何がある?」

「今日のメニューはハンバーガーだけだ」

「ハンバーガー! ハンバーガーって、あのハンバーガーか!? 食べたい!」

「席はそこだ」

 クイックはハンバーガーにむしゃぶりつく。それを観察し、クエーサーはクイックが確かにクイックである事と同時に人間であることを確認した。
 クイックが払った代金は、当然ながら金貨だった。レナは眉を顰める。

「この店にある銅貨は730ベルグ。後260ベルグお釣りが足りない」

「レナを奴隷市場で売ればそれぐらいの値段になるんじゃないか?」

 がらの悪い客が野次を飛ばす。

「そか。俺、またハンバーガー食べたいしな。レナを貰うな」

 笑顔でクイックが言う。確かにクエーサーは人間を傷つけるななんてプログラムは入れなかった。しかし、あまりにもあっけらかんとした元ロボットの答えにレナの思考は一瞬固まる。

「なんてな。ここの案内してくれよ。城の中は退屈でさ。お釣りはそれでいいよ」

レナは頷いた。

「美味い美味い。ほら。レナも食べようぜ」

「……本当に人間のようだな」

「え?」

「何でもない。貰おう」

 好奇心が満たされた一日だった。案内が済むと、レナは金貨の両替をしに、役所へと向かった。

「お前のような子供が、どうやって金貨を手に入れた!?」

「客が払った」

「嘘を言うな! 怪しい奴め……私がこの金貨を預かろう。今回だけは見逃してやる。さっさと行け!」

 クエーサーはため息をつく。
 ここで積極的に抗うだけの体力をクエーサーは有していない。

「やめろよっ……それは俺が払ったんだ。ちゃんと両替しろよ。着服だぞ」

 しかし、クイックは違った。

「ああ? 何だお前は」

「お……俺は、旅の者だ!」

「旅人がそんな大金を持っているものか! 投獄しろ! 持ち物は全て没収だ」

 役人は言ってクイックの布をはぎとり、驚愕した。
 
「クイック王子……ここ、これは……何故ここに……申し訳ありません!」

 蒼くなって土下座する役人。
 
「両替をしてくれるだろうか?」

 レナの言葉に、役人はがくがくと物凄い勢いで頷いた。
 両替を済ませると、当然ながらクイックは引きとめられた。
 予想外なのは、レナも引きとめられた事だ。

「私は関係ない。明日の料理の仕込みもある。早く返せ」

「そうはいかん。取り調べをせねばいかん。お前には王子誘拐の嫌疑が掛かっている」

 クエーサーはため息をつく。
 そうこうしていると、立派な馬車が役所についた。

「クイック、世話を掛けますねぇ。おや、そちらのお嬢さん……は……」

 馬車から降りてきた男が、レナを見て絶句した。

「ドクター? ドクター! ドクターなのですか!?」

「人違いだ」

 男……クオーターの言葉に、レナは首を振る。

「ドクター? あっ店に向こうの料理があったのは……! どうしよう、俺、ドクターを銅貨260枚で買い取っちゃった……」

「クイック……どういう事です」

「人違いだ」

「とにかく、こちらへ。ドクター。お探ししました……。まさか女性として生まれ変わっているとは」

 クオータが有無を言わせず、レナを馬車に乗せる。
 そして、クオータはクイックにレナとの出会いの話を話す事を命じた。

「そうですか……ドクターに案内を……」

「し、知らなかったんだって!」

「構わない。何せお前達は……いや、貴方様達というべきか……は、王子なのだからな」

「ドクター! そのような……」

「皆様はどうしておられますか?」

 レナが聞くと、クオータは戸惑いがちに答えた。

「長女ギアは放浪の旅に出ております。長男のクワイエットは国政の長としての仕事を学んでおります。次女クイーンは軍にこそ入りませんが、単騎で戦に良く出ています。私はドクターを探す為、学校を設立しました。僭越ながら、そこで教師の真似ごとをやっております。クイックは……まあ、子供ですから」
「そうですか……」

「ドクター、どうか以前と同じ口調で御話し下さい」

「生まれ変わった生活はどうだ」

「地獄のようでした。ドクターがいなかったから」

「これは面白い事を言う。もう私は、お前達の作り主などではない。お前はもはやロボットではないのだぞ」

「ドクター。それでも、私の主はドクターです」

 馬車が城につく。
 クオータが当然のようにレナをエスコートすると、周囲にざわめきが走った。

「クオータ様! その娘は一体……」

「私が長年探し続けてきた人です。急ぎ湯浴みと白衣の準備を」

 お風呂に入る事が出来るのはありがたい。レナは大人しく後に従った。
 風呂からあがると、クオンタムが勢ぞろいして待ち受けていた。
 クオータが一歩前へ出る。

「ドクター、ご命令を」

「……私はお前の主ではないというのに」

 ため息をつくレナ。その様子を見た兵士やメイドは驚愕した。

「お……おおお、王子。その方は一体……」

「ドクタークエーサー。私達の主です」

「私達、とは……」

「ギアとクオンタムの主だと言っているのです。神のお告げでずっと探していたと言ったでしょう?」

 兵士達は激しく戸惑う。貴族達が走って向かってきていた。
 レナはため息をついた。

「喉が渇いたな」

「お茶を入れてまいります」

「クオータ王子! 私が入れますからどうかそのような! 王子―!」

 こうして、レナの波乱の人生は始まったのである。



[15221] ロボットに命じただけだ 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/11 05:48
 あれは私の命を待って傍に立ち続ける。
 もうロボットではないのに。ロボットは生まれ変わっても人にはなれないのか?
 それとも、それこそがクオータの性格なのか?
 そもそも、ロボットにも魂が宿ると言うならどの時点から? どれほど高性能なロボットを作れば? バンドルは、ディスタンスは命を持たなかったのか? 疑問は尽きない。
 機材なしでどこまで解明できるのか。
 レナは紅茶を飲んだ。薫り高いそれに、レナが酔いしれる事はない。レナは食べ物に拘らないから。

「王子! その者が予言の者だというのですか! この国の王子王女の主という……! どう見ても平民ではありませんか!」

「予言とはなんだ?」

「私達が生まれる時、神の予言により名前が下されました。そして、いずれこの者達はドクタークエーサーの元に集うだろうと予言を受けたのです。私は、その事だけを信じて生きてまいりました、ドクター」

 クオータが優しい声でレナに告げた。

「そうか……。ギア辺りは私に従わぬ気がするがな」

「ドクターが望むなら、いかような手段を使ってでも」

「構わん。あれが人になって何をなすか、私にも興味がある」

「ギア様に向かって、何という言い草だ!」

 貴族がレナに向かって怒鳴ると、クオータは顔を顰めて叫んだ。

「黙れ! お前達は呼んでいない! 帰れ!!」

 その言葉に、貴族が蒼い顔をして黙る。
 
「く……クワイエット様……その、政務の方は……」

「ふむ。私に構う事はないよ。お前達はお前達の職務を果たしておいで」

 レナが言い、クワイエットが一礼して去る。
 貴族達のざわめきは一層大きくなる。

「御側を離れたくありません」

「じゃあ、クオータの執務室に呼べばいーじゃん」

 クオータの言葉にクイックは言う。

「それはいいな。どのような執務をしているのか興味がある。が……部外者がそんな書類を見てはまずいのではないか?」

「いえ、喜んでご案内します」

「あ! あたし、ドクターの部屋を準備してきます!」

 クオータの言う事しか聞かなかったクイーンの言葉に、誰の言う事も聞かなかったクオータの言葉に、貴族達は卒倒寸前だった。すぐに、調査隊が組まれて出発する。
 そんな事はつゆ知らず、レナはクオータの執務室に移動するのだった。

「私がやった主な事は学校の設立です。政務はその維持管理に関する物のみをしております。これが資料です。ご覧になりますか?」

「悪いが私は字が読めなくてね。こちらでは教育は受けていない」

「それでは僭越ながら、私が教師となりましょうか?」

「ああ、助かるよクオータ」

 別に料理屋に未練があるわけではない。クオータ達の観察の為、クオータ達と暮らす事にレナは異存が無かった。それにドクターも科学者だ。ドクターにしては非常に珍しく、学問が「恋しい」という感情も覚えていた。

「俺が教師をする!」

 クイックの言葉に、クオータはクイックをきつく睨んだ。

「あ……文字くらいなら、俺だって教えられるし……クオータだって、忙しいし……俺だって、役に立ちたい」

「では、クイックに」

「しかし、ドクター」

「話には聞いた事がある。クオータの学校は成績が良ければ誰でも入れるのだろう。出来る限り早く入れるよう努力するとしようか」

「はい……! 早速明日、入学の手続きをします」

 クオータが笑顔になる。

「いや、文字も知らずして入学は無理だろう」

「俺、来年から入学なんだ。一緒に入学って嫌かな、ドクター」

「いや、却って助けになるだろう」

「ドクター! 部屋が用意できたわよ。それと、へーかが会いたいってさ」

 レナがクイーンに着いて部屋を出ると、クオータはクイックに囁いた。

「クイック……ドクターを守り、決して逃がすな。いいね」

 クイックは背筋をぞくっとさせる。

「逃がすなって……クオータ?」

 クイックが見上げた先には、慈愛あふれる笑顔があった。

「そなたが神のお告げを受けし者か。王子達を牛耳り、この国で何をなす?」

「自分が輝くなどごめんだ。私は何もするつもりが無い」

「ならばどうして王子達の前に現れた?」

「偶然だ。別に私は今迄通り料理屋をしていても構わないのだがな。王子達を間近で見ると言うのも興味深い。それだけだ」

 その言い草を聞いた家臣達は顔を真っ赤にして、怒鳴り出すのをかろうじて押さえていた。

「それはクオータが許すまいよ。あれがどんなに必死でそなたを探していたか。神のお告げにより現れし者よ、そなたの事、見極めさせてもらうぞ」

 レナは、黙って頭を下げた。それはそうだろう。クオータの性格が変わっていなければ、クオータは自分を求めるはずだ。
 レナが謁見の間を出ると、クイーンが駆けよる。

「ドクター、こっち。実をいうと、ドクターの部屋って十年前から出来てたのよねぇ」

「ほぅ……。ここか」

「右隣がクオータ、左隣がクワイエット、向かい側があたし、その右隣がクイックの部屋だから。その外側の部屋は全部兵士の詰め所。ギアの部屋は離れてるの。ギアは、創造主に縛られたくないんだってさ。ドクターも変わったロボットを作ったわよねぇ」

「……一応私は単なる町娘なのだが……今更か」

 部屋に入ると、その部屋の内装にレナは軽く目を見開いた。
 凄くレナの好みの部屋だ
 部屋に入ると、レナは自分が酷く疲れている事に気付いた。

「先に休む」

 レナは言うや否や、用意してあった寝巻に着替えて眠りにつくのだった。
 翌朝、目が覚めると、クオータが深々と頭を下げた。

「おはようございます、ドクター」

「ずっと控えていたのか?」

「睡眠はとりました。誰かあるか。ドクターが目覚めた。食事を持て。毒見役も呼べ」

「大仰な事だ。毒見役とはな」
 
「必要な事なのです、ドクター」

 そのまま部屋で、クオンタム(クワイエット、クオータ、クイーン、クイック)と朝食を取る。

「午後三時からなら、政務が一息つきますから、控えていられます」

「私は午前中ドクターと一緒の時間を取れます」

「俺、時間割変えてもらって午後開けたから、授業は午後になるぜ」

「あたしも御側にいた方がいいかな?」

 次々と出される案に、レナは首を振った。

「何も控えてもらう必要はない」

「いえ、常に御側に一人はクオンタムがいるようにします」

 それは自分の為だろうか。クオータ自身の為だろうか?
 まあいい。自分はクオータのやる事を見届けるのみだ。自分は、クオータの共犯者なのだから。
 レナはその日の午前中、城のあちこちを案内された。

「ドクター、こちらが竜の厩舎です」

 中でもメインは、竜の厩舎だ。迫力のある竜を見て、さすがのレナも感嘆のため息を吐く。

「素晴らしいな」

「乗りますか」

「いや、遠慮しておこう。興味はない」

 昼食もまた、クオンタムと取る。クワイエットから政務の話を聞くと、やはりロボット三原則の部分で苦労しているようだった。ロボット三原則を守りながら政務をするのは不可能に等しいのだ。
 レナはその話を、興味深く聞く。
 その後、クイックの授業が始まった。
 授業に使われるのは、砂盆だった。

「紙とペンはないのか?」

「ここって、科学力があんまり優れていないんだよ」

「お前達は王子なのだから、開発させたらどうなのかね。不便だろう」

「わかった。クオータに伝えて置く」

 クイックに文字を習い、穏やかな時間が流れる。
 二人は知らなかった。
 この日からクオータの、ドクターが快適に勉強できる環境作り作戦が急ピッチで行われる事になる事を。
 制限時間は、レナが入学するまでの一年である。



[15221] ロボットに命じただけだ 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/10 21:04
 クイックと勉強をしていると、貴婦人が現れた。

「レナ様、こちらにいらしたの。レナ様には、御茶会をご一緒して欲しいの」

「興味はない」

「わ、私は側妃の侍女ですわよ?」

 レナは露骨に顔を顰めた。パーティーに出た事が無いわけではなかったが、好かない。
 そもそもドクターは人間に興味が無かった。

「ドクター……その……俺も一緒に行くから……」

 クイックが躊躇いながら何か言いたそうにする。レナはため息をついた。自分は町娘にしか過ぎない。

「仕方ない」

 レナが言うと、侍女はレナをとある部屋に案内する。
 そこには、妃達が勢ぞろいしていた。

「貴方が予言にあった人ですね。……あら、なんて粗末な服」

「この白衣はクオータが用意したものだぞ!」

「クオータ殿下は趣味があまりよろしくないのね」

「挨拶一つ出来ないの?」

「……妃殿下達に置かれましては、ご機嫌麗しゅう」

 レナが挨拶すると、妃の一人は鼻で笑った。

「あらあら、なんなのそれは? 礼儀作法もなってないのね」

「殿下達に近づかないで頂けるかしら。お礼はするわ。金貨が5枚もあれば十分でしょう?」

「ドクターは……っ」

 クイックがレナの前に立って何かを言おうとした時、クワイエットが部屋に入ってきた。

「ドクター、こちらにおられましたか」

 クワイエットが跪く。臣下の礼。それを見て、妃達は絶句した。

「クワイエットっ 貴方はそのような小娘に……っ」

「ドクターは俺の主だ。忠告しておく。今度の事、クオータには言わない方が身のためだ。クイック、こういう事があったらお前が止めろ。クオータが妃達に手を出したらどうする」

「ごめん、クワイエット」

 クオータはドクターを楽しませたいが為に大事件を起こした。その身を守る為ならば、何をするかわからない。だからクワイエットはあからさまに臣下の礼を取って見せたのだ。クイックはぶるりと震えた。

「もう三時か」

「はい。文字の勉強は進んでおられますか?」

「日本語よりは楽だな。クイックは教え方が上手い」

 ぱっとクイックが顔を輝かせる。

「俺、役に立ててるかな!?」

 生前、クイックはドクターに会える事が無かった。だから、役立てるのが嬉しいのだ。

「そうだな」

 その後、クワイエットに見守られながら勉強をする。
 日が落ちると、夕食の時間だ。

 クオータが食事の時間に言った。

「差し出がましい真似をと思いましたが、ドクターの御店は処分させて頂きました」

「何故だね?」

「もう必要ありませんから」

 クオータはロボットの時よりも、明確に自分の為に動くようになっている。
 でなくば、自分の指示も仰がず店を処分するはずがない。
レナはそれを頭にメモする。

「それでクオータ。簡単な本はもらえないかね」

「用意させましょう。よろしければ読み聞かせも致します」

「そうだな。頼もう」

 クオータがレナに寄り添い、文字を指で追いながら読み聞かせる。
 レナは文字を頭に叩き込みながらクオータの美声を聞いていた。
 
「そういえばドクター、部屋に贈り物が届けられているようですが」

 レナも元要人だ。贈り物を送られる事には慣れている。

「何時も通りに処理しろ」

「畏まりました」

 王子に贈り物の処理をさせる。レナは、その特異さに気付かない。何故ならレナは、ロボットに命じているだけだから。

「そういえばクオータ、ドクターが紙とペンの量産が出来ないかって」

 クイックの言葉に、レナは頷く。

「ロボット工学をしたいとは言わないが、最低限の環境は欲しくてね」

「チートとか言って渡された知識にそんな意味が……。気付かず申し訳ありませんでした、ドクター。そのように取り計らいます。そうなると、渡されたこれにも意味があるのでしょうか」

 クオータが手の平を上に向けると、小さな球体が二つ浮かんだ。

「これは何だね?」

「私の魂とやらに預けられた、ゴーレムの原材料です」

 レナがそれに触れると、その名が頭に過ぎった。

「なるほど……ディスタンスとバンドルの魂……。ゴーレムとして完成させろ、という事か。面白い。ゴーレムとは魔法で出来たロボットのようなものなのだろう?」

「ロボットよりも酷く劣っていますが」

「構わん。ロボットが「ロボット」だという事はわかった。次はゴーレムが「ゴーレム」になれるのか見てみるのも面白いだろう」

「ドクターの御心のままに」

 クオータが礼をする。

「俺に弟が出来るのか?」

「弟か……兄と弟、どちらなのだろうな。作ってみれから決めればよかろう」

 クイックはドクターの返答を聞き、目を輝かせた。

「はい!」

「ドクター、あたし戦闘型がいいわ。ここの奴ら皆弱いんだもん」

「ふむ……いいだろう。バンドルは戦闘型だ」

「やった。約束よ、ドクター!」

 しかし、何にせよ今は文字の勉強だ。
 レナはクオータに読んでもらった本に再度、今度は自分で目を通すのだった。
 さて、ここで学校の説明をせねばならないだろう。
 学校の名はクオンタム国立学校。クオータが設立した学校だ。
 誰でも試験に参加でき、試験結果が良ければ誰でも入学できる。
 貧しい者には成績如何で学費の貸し付け、免除も行われるのだ。
 最も、学費の免除が許されるほどの成績優秀者はめったにいないが。
 一年は複合的な授業が行われ、次の年から退役した学者や文官、武官から講師を選んで授業を受ける。卒業者は優先的に採用し、卒業証書は最高のステータスとなる。
 しかし、実質的に学校に受かるほどの教養があるのは貴族のみだ。
 それゆえ、学校は貴族の社交場と化していた。
 しかし、この学校では賄賂はクオータが厳しく監視していた為、成績は家柄ではどうにもならない。それゆえ、貧乏貴族が出世するための希望の場とも化していた。
二年かけて設立されたそれは、八年かけて権威を成長させ、他国からも留学生が来るようになり、軌道に乗りかけていた。
 それが、激動の時代を迎えた。
 まず、複合的な授業を受ける年数が増えて、最初の一年は平民でも受けるのかと思えるほどとなった。それに伴い、テストも知識を求めるのは文字が読めるかどうかのみとなり、その代り数学や暗記やIQテストなど元来の頭の良さを調べるものに変わる。そして魔法の授業が増えた。これは驚愕すべき事実である。魔法は師匠から弟子に伝わる部外秘の物だからだ。これを、クオータは途方もない給料と圧力で各分野の落ち目の魔術師を雇い入れる事で解決した。
 そして急ピッチで教科書を編纂させ、活版印刷という画期的な方法で教科書を作らせた。
 もちろん、それに合わせて紙を量産させる方法を編み出し、生徒の為にノートを作らせた。
その理由を、誰もが知っていた。全ての準備が急ピッチで進められ、最後に超特急の荷馬車に乗せられてノートが学院に届けられた。入学式の、前日の事である。
その日の入学式は、盛大な物となった。何せ、王子王女が全て参加し、王と妃の一人まで参加する入学式だ。その上、噂を聞きつけた他国から一層多くの留学生が送りつけられていた。
レナとクイック、クオンタム国立学校入学である。



[15221] ロボットに命じただけだ 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/11 07:30

「うわぁ……凄い……」

年齢が様々な生徒が声を上げる。魔法が学べると聞き、老年の者も学院に入学していた。再入学した卒業生、一年生に戻った者もいる。彼らは入学式が終わって教材が配られた時、一様に声を上げた。
真新しい教科書とノート。その上、注文すれば更にノートが格安で頼めるのである。
言うまでもなく、新しい教科書は王国の国家機密である活版印刷によって作られたものであるし、ノートも高級品だ。そして真っ白で裾の長い白衣。
クオータが慙愧の念にかられた事に、ボールペンの開発はまだ無理だったが、鉛筆と消しゴム、鉛筆削り機の開発は終わっていた。これもまた、王国の専売特許の品である。
それと羽ペンとインク。
折り畳み式の模擬刀に運動用の服。
生徒手帳。
それらを詰め込むカバン。
これが配られた教材の全てだ。
もちろん、鉛筆と鉛筆削り、消しゴムの使い方は教えられた。
皆、震える手でノートに名前を書く。
ノートを抱きしめ、入学できたのだと実感し感涙する者も多くいた。
レナは周囲の反応が全く分からず、興味もなく、ぞんざいに教科書をパラパラとめくる。

「クイック。授業はいつからだ?」

「明日からだよ。今日は魔力測定だけ」

「魔力測定?」

「魔法の授業も入ったからな。ほら、あの水晶に手をかざすんだ」

 クイックとレナが並ぼうとすると、皆道を開ける。
 クイックが手をかざすと、水晶が激しく光った。

「さすがはクイック様……! 殿下方の魔力にはいつも驚かされます」

 レナが水晶に手をかざすと、薄ぼんやりと水晶が光る。

「平均より少し強い程度ですな。雷に近いようですが……」

「雷か……。それは興味深いな。魔法を覚えると手から電流を流せたりするのかね」

 レナが手を握っては開く。

「出来ると思うよ、ドクター」

レナはそれを聞き、自分の力に満足を覚える。

「なんだ……予言の人って言うからどんな奴かと思えば、全然大した事ないじゃねーか」

 だから、こんな言葉が聞こえてきても、全く気にする事が無かった。
 翌日の授業。当然クイックはレナの隣りである。ちなみに送り迎えはクイーンだ。
 レナが分からない所をつきっきりでクイックは教えた。
 そんな時、愛らしい女の子がレナの席まで近づいてきた。

「はぁい。レナ様。あたし、ミスティカって言うの。隣国のサキュア帝国の公爵の娘よ」

「それが何の用だね」

「ああ、冷たいなぁ。あたしはただ友達になりたいだけなのに。ねぇ、レナ様。どうやって王子様方を従えたの?」

「生まれる前から決まっていた事だ」

「羨ましいわね。ドクターって博士って意味なんでしょ? ねね、何に詳しいの?」

「言っても理解できんだろう。数学が得意とだけ言っておく」

 ミスティカは顔を顰める。

「何よそれ。よっぽど自信があるのね。あたしは火の魔法が得意なのよ。よろしくね」

「よろしく」

「休み時間は終わりです。授業を始めます」

 クオータが教室に入ってくると、生徒達は驚きの声を上げた。
 クオータは確かに講師をやっているが、通常成績が特に高い者に対する特別授業にしか出ない。
 こんな一年生の授業など論外だ。

「まずは実力を測る為にテストをします」

 クオータが配ったのは公式の載った数学の応用問題の山だ。
 公式はきちんと載っているから、知らなくても解ける。ただし、応用問題だから頭が良くなくては解けない。
 クイック、レナは問題なく全部解けたが、他の生徒は全員頭を悩ませた。
 クイックとレナが早々に問題を解くのをやめた姿は、さながら問題を解くのを諦めたように見えた。

「制限時間があるので、わからない問題はどんどん飛ばしなさい」

 そしてクオータは心のメモリアルにレナの授業の姿を記録する作業に戻る。
 クオータの属性も雷である。これほど嬉しい事はなかった。
 次の授業、ついに魔法の授業の時間が来た。
 長々と増幅の道具の説明がされ、呪文の説明がされ、そして魔術師が炎を放つ。

「あたしは無詠唱でもっと凄い炎が作れるんだから。ほら」

 ミスティカが人差し指を立てると、そこに高温の炎が現れた。

「ほぅ。面白い。加工に使えそうだな。協力する気はないか」

「ふふん。見なおした? そおねぇ、お小遣いをもらえるならいいわよ。パパが厳しくて、そんなにお小遣いを貰えていないの」
 
「良いだろう」

 レナがミスティカと握手を交わす。歴史的な出会いだった。
 貴族にとっては既知の事でも、レナにとってはわからない事だらけだ。
 色々と質問する様子は、レナを劣等生に見せていた。
 レナは授業が終わると、早速魔術師の所に向かう。
 レナは早速、色々な道具に興味を示した。

「これは何だ」

「ミスリルでございます、レナ様」

「ミスリルとはなんだ」

「魔力を通しやすく、やわらかい金属です」

「ふむ……なるほど。ゴーレムに使われたりするのか?」

「ゴーレムにそのような高級な金属は使いません。使うのは特殊な土です」

「それでは強度はさほどないのではないか?」

「ええ、そうなりますね」

「ふむ。ゴーレムを見せてくれないかね」

「すぐに用意いたします」

 魔術師は内心、魔力のさほどないレナの相手をする事を忌々しく思っていたが、自分が学校の教師というのは名目で、レナの教師なのだという事は理解していた。
 何しろ、ゴーレム作りの先任者であるその魔術師を雇う時、クオータははっきり言ったのだ。ドクターがゴーレムに興味を示しているから、と。
 ここで好感度を得ておけば、研究の予算も出るかもしれない。
 そして、ゴーレムを見せた時、レナとついてきたミスティカは呟いた。

「「……凄い」」

 二人の目の前では、ゴーレム同士が戦っていた。
 ミスティカが言う。

「こんなに細かい動きが出来るゴーレムなんて、見た事無いわ」

「戦場から取ってきて、良く選定した良質の魂を使っているのです。これは小さいですが、ゴーレムは通常巨大なものを作って砦の破壊などに使われます。その他に、これは命令する相手の識別なども可能です。レナ様とミスティカ様はまだ水晶にデータを読み込んでいないので出来ませんが……戦いをやめよ」

 ゴーレムが戦いをやめる。

「水晶にはどれくらいの命令を入れられる?」

「このゴーレムには、破壊、戦闘、追従、索敵、指揮系統の五種類を入れてあります。一体のゴーレムにこれほどの命令を入れているのは世界で私だけでしょう。最も、凡人は整備がしにくいからと一つの水晶に一つの命令を入れているようですが」

「「……凄い」」

 当然、このレナとミスティカの凄いという意味は180度違っている。魂を使っているから曖昧な命令でも問題ないようだが、あまりに単純な作りにレナは目眩がしていた。
 動きもゆっくりで大雑把。デザインも土人形以外の何物でもない。
 卒業制作はディスタンスとバンドル、二つを作りたいと思っていた。
 しかし、これでは全く新しい方法の開発から始めねばならないだろう。
 今からやったとして、間に合うだろうか。

「先生。これから毎日通ってもいいだろうか」

「お待ちしております」

「あ、あたしも通うからね!」

「ここにいたの? ドクター、迎えに来たわよ」

 ミスティカは目を丸くした。

「クイーン様が御迎えに?」

「あら? そちらの女の子は?」

「今日知り合った、ミスティカという。加工を手伝ってくれるそうだ」

「そう。ドクターをよろしくね」

「は、はいっ」

 こうして、レナの学園生活は始まったのだった。



[15221] ロボットに命じただけだ 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/12 07:55
「はぁ……来週からの試験、憂鬱よねぇ」

「普段から勉強していれば問題のない事ではないかね」

「レナ様に言われたくないわよ。毎日妙な調査とか変な物作らせたり……」

 そしてミスティカは何気なくレナの机の上を見た。ミスティカがレナが試験勉強をしているのを見るのは初めてだ。

「何これ……? レナ様、高級な教科書にこんなに書き込みをするなんて! それに、こっちのノート、教科書みたいに綺麗に纏まってる! しかもこれ、教科ごとに違うノートを使っている!? 何で色とりどりなの!?」

 ミスティカの叫びに、注目が集まる。

「後から授業のノートを見て纏めたのだ。インクとペンは数種類持っている。ペンはまだ試作品だがな。来年度からミスティカ君達にも配布される予定だ」

「ふわぁぁぁ……凄い……。ノートを惜しげもなく使う辺りとか……。ねぇ、お願いレナ様。ノート貸してよ。これ見て勉強するから」

「自分で必要な分を書き写したまえ」

「クイック様はノートを取らないのね?」

「俺は全部覚えちゃうから……」

「覚えるって……凄いなぁ。信じらんない。さすがクオンタムだぁ」

 ミスティカがノートを持って席に戻ると、途端に大勢の生徒に囲まれた。
 ミスティカはノートの中身を見せ、自慢する。

「ねぇ、レナ様。このノート他の皆にも見せていいわよね?」

「構わん。好きにしろ」

 その言葉に、歓声が上がる。
 まだまだノートを使う勇気がなくて、砂盆を使っていた者が多かったのだ。
 授業をさぼり、試験で慌てている者も多かった。
 クオータを筆頭に、ノートの持ち込みのみ許可する試験もあったから尚更だ。
 結果、ノートが帰って来たのは試験の前日だった。

「やれやれ。既に覚えていたからいいものの……」

「でも、数学のノートだけ、授業の書き写しだけで纏めはなかったわね。どうして?」

「さすがにこの程度の数学で躓く事はないからな」

 ミスティカは目を丸くした。

「クオータ様の数学がこの程度? 数学が得意とは聞いていたけど……。それならねぇ、教えてくれない?」

「どこだね」

「ええと……実はクオータ様の言っている事、殆どわからないの。数学だけレベル高いんだもの」

「最初にクオータが渡したテストを見せてみろ。それでわからない所を教えてやる」

「う、うん……でも、レナ様も見せてよ?」

 レナは黙って答案を見せた。当然満点だ。

「うそっ満点!?」

「俺も満点だよ」

 ミスティカの叫びとクイックの返答に、生徒達が寄ってきてはげっという顔をした。

「レナ様って勉強出来ないんじゃなかったのかよ……」

 レナはその言葉を無視する。
 恐る恐る差し出されたミスティカの答案にレナは目を滑らせる。
 半分ほど合っていたが、レナは一問目から聞いた。

「この問題の意味はわかるか?」

「さすがにわかるわよ。足し算っていうんでしょ。三問目と四問目も説明を読めば、何となく理解出来たわ。授業もして頂いたし……。わかんないのは……ご、五問目から……。一応、公式に当てはめることで解けるには解けるんだけどね……」

「掛け算と割り算がなんとなくで、分数が出来ないのか。クオータには聞いてみたのかね」

「王子様に質問なんて出来ないわよ」

「全く……掛け算から教えよう。とりあえず、九九を100の段まで覚えろ。書いていくから」

「九九の段って?」

「ノートに書いてやる。それで、掛け算とは、X人にY個のケーキを配布する総数を求める、というのはわかるか?」

「えっと、XとYって何かの数字って事よね? 言葉は難しいけど、わかりやすい例えね。わかるわ。割り算は、X個のケーキをY人に配るといくつになるか、よね?」

「そして余ったケーキをそのままにするか、更に細かく切って全員にわけるか、後者が分数となる。ミスティカと私でケーキを分けた場合、半分になるな。これが二分の一と言う」

「わかるわ」

「そこで、ここの問題だ。この問題は、つまり……」

 レナは解説を続ける。いつの間にか生徒達が集まってきていた。

「微分を教えてくれ!」

「積分って何が何だかさっぱり分からないんです!」

「九九を書き写させてくれ!」

 いつの間にか、レナは講義をしていた。
 迎えに来たクイーンが、健気に待ち続ける。
 
「ドクター。まだ戻らないのですか? そろそろ暗くなって参りましたが……」

「ああ、毛布と食事を全員分持ってきてくれんか。それと、そうだな。算盤の開発を頼む。計算機が無いからな。このままでは全員が落第しかねん」

「足し算引き算が満足に出来れば落第はさせません。出来る者は伸ばしますが、出来ない者を無理に伸ばそうとは思っておりません。卒業の基準が緩い代わりに成績を厳しくつけ、その成績を紹介状につけるのです。ドクターとクイック以外はD以下というのは確かにありえますが」

「採用基準はいくつなのかね」

「最低でもCです」

「さあ、講義を続けよう」

「わかりました。毛布と食事を持って来させます。あまり無理をなさらぬように」

 クオータが一礼して下がる。クイーンもクオータを手伝いに向かった。

「レレレ、レナ様! お助け下さい」

 レナはため息をついて、講義を続けた。
 この日より、レナは同級生達から敬意をこめてドクターと呼ばれる事になるのだった。

 テストが終わり、夏休み前になる直前。取り巻きを引き連れて何故か半泣きの、隣国の王子がやってきた。

「おい、ドクター! お前、この前はよくも俺を許可なく残らせたな。あの後、お付きの者に凄く怒られたんだぞ」

「ケビン様! ドクターにそんな言い草は……」

「黙れ、ミィ。妾腹の癖に」

「私よりも入学試験の成績が悪かったくせに」

「む……。い、いいだろ、俺は第三王子だから勉強が出来なくても! とにかく! 許可なく俺を残らせる事は許さん。……だから許可を取ってきた! これが父上の親書だ! 俺を夏休み中ずっと学校に泊めろ! そして勉強を教えろ! くぅ、俺の夏休みぃー!」

「も、もしかして、成績……」

「護身術と騎乗はAプラスだったんだけど……それ以外は皆D以下だった……」

「うわぁ……」

 ミスティカが呆然と声を上げる。
 レナはその親書を手にとって、そこに示された謝礼金と送られると言う宝石に目を見開いた。ちょうど、個人的なゴーレム開発の予算が欲しいと思っていた所だ。

「いいだろう。クイック。クオータに言って準備をさせろ。今夜からだ」

「こ、今夜からか!? い、いや、このまま成績がずっとDだと母上に殺される。頼む!」

「あ、あたしもやるわ! いいわよね、ドクター!」

「俺、来週からになるけどそれに加えてくれないか?」

「わ、私もお願いしますわ。謝礼はします!」

 レナは 莫大な予算を手に入れた! クオータは 立てた海に出かける計画は無駄になった! クイーンは 爆笑している!
 なお、クオータが新学期から生徒達がついていけるよう、ドクターが補習をしなくてもいいよう授業内容を変更したのは言うまでもない。



[15221] ロボットに命じただけだ 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/12 14:37
 一か月の強化合宿が始まった。
 レナは一学期の知識を合宿参加者に叩き込んだ。
 そこで、レナが数学以外の点でも馬鹿ではない事を同級生達は思い知る。
 一年目はクオータの数学を除いては比較的簡単な事もあり、順調に授業は進んだ。
 共同生活をするうえで、同級生達はレナの王子王女の使いっぷりにもまた驚いた。
 何せ、食事がいつも一緒である。クオンタムの内誰かが常についている。
 王子王女の事は呼び捨て。次期国王陛下と目されているクワイエットすら、レナには跪く。
 極めつけは、一度クオータの母である第二妃の使いが来た時のクオータの言葉である。

「私に命令して良いのはドクターのみ! 上に立って良いのはドクターのみなのだ! 帰れ!」

 そう叫んだクオータに皆が気圧される。
 あの気位の高い王子の上に立てるレナは何者だ? レナを見る周囲の目は確実に変わりつつあった。
 王宮の複雑怪奇な力関係は、クオンタムの前には無意味だった。
 最初から力関係がクオンタムの中で決まっていたのだから。
 しかし、それでも王になりたいと言う者はクオンタムにいなかった為、まだ駆け引きの余地があった。それも、レナが現れて完全に消えた。レナがクオンタムの頂点へと立つ事で。
 クオンタムの頂点はこの国の頂点である。そしてレナは、人に興味を示さず、懐柔工作は尽く失敗に終わっている。
 王宮内部は、レナの知らない所で混乱の様相を見せ始めていた。
 一方、レナは授業を終えて、魔術師の所に出かけていた。

「しかし、先生が夏休みも学校に滞在してくれていて幸いだった。研究が進む」

「クオータ様から研究を命じられましてね。魔術師一同一丸となって努力しております」

 レナは魔力よりも呪文を、呪文よりも道具を重視する。そしてその一つ一つのあらゆる特性を学んでいた。変わった子だと、魔術師は思う。

「研究? なんのだ?」

「遠見の水晶の改良版です。クイック様の目を通してレナ様を見られるようにと」

 そういえば、自ら傍に控えられないのは辛いと言っていたとレナは思い出す。
 目を離したら消えそうで心細いとも。
 随分と人間っぽくなった事をレナは再確認する。

「そういえば、レナ様の方の研究は進んでおられますか?」

「順調とはいかないが」

「レナ様のゴーレムが出来たら、私にも御見せ下さい」

「約束しよう。そうだ、資金が出来たのでね、資材をいくらか調達して欲しい」

「畏まりました」

「ゴーレム作りは三年生のやる事だろう? ドクター。それにミィに作らせてるあの細かいものはなんだ?」

「あ、あたしも知りたいわ!」

 ケビンの言葉に、レナは懐中電灯を取り出した。
 電気の魔力を通して、灯りをつける。

「馬鹿な! 雷の魔力で灯りが……」

「これはミスティカに作らせたほんの玩具だ。いずれは、雷以外の魔力でも作動させようと思っている。ミスティカ君、私はこの学校を卒業したらシンクタンクアトランダムを立ち上げようと思っている。君も所属するといい」

「え……でも、私もドクターも女でしょう? その上、他国人だし……」

「それが何か? もちろん守秘義務は守ってもらうがね」

「ううん! やるわ……! やる!」

「ミィ!? ししし、仕方ないな。俺も加わってやる」

「成績Dが何を言っているのだね」

「くそぉーっ いつかドクターより頭良くなってやるからな!」

「お、俺も入っていいですか!?」

 クイックの言葉に、レナは何を当たり前の事を、と言った。

「クオンタムは元からアトランダムのメンバーだろう」

 クイックは目をきょとんとさせ、ついで笑った。
 その笑顔にミスティカは目を奪われる。それを見たケビンは慌てた。

「ミィ! え、えっと……そうだ! 早く食事の準備しろよ!」

「わかってるわよ。じゃあね、ドクター」

「レナ様。面白い計画ですな」

「ああ、卒業次第選抜試験を始める。試験内容はその時通達する」

 自分は選ばれる対象なのだ。魔術師は目を見開き、気を引き締める。
 必ずレナに選ばれて見せると魔術師は誓うのだった。
 レナ達が夕食を済ませると、ケビンはレナに聞いた。

「そういえば、護身術とかはどうする? 俺が教えてやろうか?」

「そうだな。ケビン君。君に任せよう。魔法の授業はミスティカ君に任せる」

「よし! 任せろ! みっちり仕込んでやるからな!」

「わ、私も頑張るわ!」

「ドクター相手の組手は俺がするよ。クオータの命令だから」

 クイックが言う。

「騎乗の時もクイックがべったりだよな。本当、どっちが王族かわかんなくなるぜ」

 ちなみにレナの成績は騎乗はD-(いつもクイックに乗せてもらっているから)、護身術はAである。アトランダムはテロに狙われる事も多く、音井教授が何気なくマシンガンを使えるようにそこそこの護身術は習っていたのだ。科学者たちはその上で有事の際に逃げを選択しているのである。(な、なんだってー)
 レナは合気道と小型の銃の扱いを得意としていた。
 といっても銃はこちらでは存在しない。レナはこれもミスティカに加工させるつもりでいた。
 工業が進んでいない世界でミスティカに出会えた事は幸運だったとレナは思う。
 クイックとレナは手合わせする。
 ロボット特有の正確さと学習能力で、クイックは合気道に対応していく。
 チートとやらは凄いものだ。クオンタムは人間なのにロボット並みの能力と膨大な魔力と地位を有しているのだから。
 それでも、レナはチートを譲った事を後悔はしなかった。自分が輝くのはごめんである。
 こうして、一か月の強化合宿は何事もなく終わった。
 無情にもドクターの最後の授業が終わった翌日に始業式が行われ、夏休みは露と消えたのだった。その間の遊びと言えば、ドクターの実験に付き合わされた事ぐらいである。最も、その甲斐あって強化合宿に参加した者は全員、夏休みが終わって最初のテストで好成績を叩きだしたのだった。
 



[15221] ロボットに命じただけだ 7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/12 20:30
「おお、レナ! 私は駆け落ちしたお前のお母さんの父だ。つまり、おじいちゃんだよ!」

「つまり他人か。帰りたまえ」

「レナ様、よろしいのですか……?」

 執事が聞くが、レナは首を振って部屋を出た。

「興味はない。私の事は放っておいてくれ。今後このような手合いの者は近づけるな」

「レナ、お前に情というものはないのか!」

 激昂した老人に、レナは笑う。

「そうだな。私の思考はゴーレムに近いように思う。が、君には関係のない事だ」

「ドクター……その、いいのか? クオータの調べでは、ほんとに……」

「構わない。時間を取られてしまった。学校に遅刻する」

 新学期である。
 始業式の後、怒涛のテスト期間が終わり、ようやく今日から普通の授業が始まるのだ。
 
「ドクター! やったぞ! 俺はやったぞ! 数学以外オールAだ! 一番悪いのでAだぞ! 10回も夏休みの宿題を解いた甲斐があった! 父上にもお褒めの言葉を頂いたんだぞ! しかも早馬でだ!」

「俺、やべぇ……。強化合宿行かなかっただけで30位も順位が落ちるなんて……」

「ドクター、あたしも数学以外Aよ! 愛してるわ!」

「俺も数学以外!」

「私も数学以外!」

 数学は相変わらず難しいようである。

「頑張って維持したまえ」

「ああ、これから毎日補修して頑張って維持してくれ! くぅ、俺の放課後ぉー! 母上の鬼―! これが母上の親書だ。数学もAを取らせてくれ!」

「何故私が君の世話をしなければならないのだね。ふむ……シンクタンクへの援助か。仕方あるまい」

「うぅ……私、あげられる物が何もないよ……」

 ドクターが親書をしまうと、ミスティカは落ち込んで呟く。

「ミスティカ君は毎日体で払っているではないか?」

「そう……そうよね、毎日ご奉仕してるもんね」

「そこで何故顔を赤らめるのだね、ケビン君」

「ケビン様、言っとくけど魔法の実験の話よ?」

「そそそ、そうだよな! 俺はミィの事を信じてたぞ!」

 そしてケビンは取り巻きの所に逃げていく。
 授業が始まる前に、皆に、ペンと算盤が配られた。
 皆はペンを見て驚き、算盤を見て首を傾げる。

「レナ様の御慈悲により、皆さんに配られる事になったペンと算盤です。これも我が国の機密なので心して扱う様に。くれぐれもケビン様のように我が学園の機密をホイホイ漏らさないように」

「ええ? 俺!?」

「ケビン様、レナ様の懐中電灯と遠見の水晶の事を洩らしましたね。注文が大量に来ましたよ」

「あれ、機密だったのか!?」

「貴方はこのクオンタム国立学校の生徒である自覚が足りないようですね。ここは初めてにしてこの国唯一の学校であり、この国の全ての英知の集まる場所なのですよ。クワイエット様やクオータ様がやった数々の財政改革、この国を良くする為の改革も全てこの学校の設立の為。この学校は、そういう学校なのです。そして、そこで与えられる知識は他国に垂れ流すのではなく、志と才ある貴方自身に、この世界全体をよりよくしてもらう為に授けるのです。わかりますか?」

 実際はどこに生まれたかわからないクエーサーを探す為だけに設立し、今はクエーサーの為だけに存在する学校である。

「お、俺が……世界全体を、よりよく……? 兄上じゃない、第三王子の俺が……?」

「そうですよ」

「は、はい」

「ということで、授業風景を有料でご両親に見せる事になりました。授業内容は明かすわけにはいかないので、却って音声を受け渡し出来ないのは幸いでしたね。この指輪を嵌めた者の視界を水晶に映し出すようになっていて、これは授業を受け持つ先生が交代で嵌めます。皆さん、頑張って授業で大活躍して下さい。それでは、この国の歴史の授業を始めましょう」

 生徒達に緊張が走る。クイックとレナ以外の全員が背筋を伸ばした。
 次の授業はクオータだ。生徒達は一層緊張した。

「今学期は一学期の復習と算盤の使い方を勉強してもらうよ」

「算盤……これか」

 ケビンは算盤を出す。そして授業の後、全員が心を一つにした。
 一学期と二学期、授業の順番が逆だろう。
 授業の難易度が違いすぎる。
 特に筆算とか算盤とかは、何十桁もの計算をやらせる前に習わせてほしいものである。
 ちなみに、筆算を生徒達に教えなかったのは、レナが天才すぎて筆算をすっかり忘れていたからである。
 とにかく、生徒達は喜んだ。ケビンはハキハキと答え、存分に有能さを示したのだった。
 それにクオータは生徒間を回り、出来ない生徒を教えてくれた。
 これにより、おいて行かれる生徒がぐっと少なくなったのだった。

「よっし! このまま行けば冬休みは家に帰れる!」

 ケビンの喜びの声に、クオータもまた小さくガッツポーズを取るのだった。
 そして昼食中、クワイエットがやってきた。

「クワイエット! どうしてここへ?」

「ドクター、ご相談が……こちらへ。クイックも来い」

「何かあったのか?」

 三人は空き教室へと移動する。

「実はドクターに授業を受け持ってほしいという声が相次いでいるのです。今のままだと経済力のない子がドクターの講義を受けづらい、学校の授業にドクターの授業を入れてほしいと。もちろん、報酬はお支払いします。いかがいたしますか」

「ふむ、学校の資金で私独特の授業をしても構わんのだろう?」

「はい、費用はお出しします。シンクタンクの件も全面的にサポートさせて頂きます。学校を拡張して、その敷地内にシンクタンクを作るのが一番いいかと」

「うむ、資料を用意しておけ。シンクタンク並みとはいかんが、それなりにセキュリティは鉄壁にしたい」

「はい」

「私が言うものを7時間目までに持ってこい。6時限目と7時限目を貰う」

6時間目と7時限目。それは今までなかったものである。
 クワイエットは遊びたい盛りの子供達に同情しながら、頷いた。
 6時限目、補習である。初日は歴史の補習をする事に決めた。
 早速昼休み中に歴史の教師と打ち合わせをする。

「……というか、レナ様の御手を煩わせずとも、私達が持ち回りで補習をしましょうか? そもそも、落ちこぼれの生徒がいるのは我らの責です」

「いっそのこと、全教師が授業をして生徒に選択させるのが良かろう」

「ああ、それは良い考えですね。一年生の授業を受講したいという高学年の者もおりますから、その者達も受け入れましょう。レナ様は、その間どうぞ授業の準備をなさって下さい」

「ふむ。そうしよう」

 レナはクイックを連れて、教室に戻った。
 5時限目、授業数が2時限も増えるという驚愕のニュースがもたらされ、阿鼻叫喚となった。
 レナが前に出る。

「安心したまえ。増えるのは補習授業と特別授業だ。やらないで帰っても構わん。5時限目は、補習。好きな教師の教室へ行ってわからない事を質問しろ。私はここにいる。6時限目は特別授業。これは私のゴーレム作りの手伝いをしてもらう。ただし、途中参加も途中で抜けるのも無しだ。やるからには責任を持って作ってもらう」

「ゴーレム作り……」

「そういや、ドクター夏休み中ずっと何かやっていたよな……」

 生徒達がざわめいた。

「私からは以上だ。先生、授業を」

「は、はい。畏まりました」

 教師が授業を始める。ざわめきは、徐々に収まっていった。

「どうしよう……。一教科しか受けられないなんて酷過ぎる……」

 ケビンが頭を抱えていると、ミスティカが笑った。

「私はドクターに聞くわ。そうすれば全教科教えてもらえるもの」

「頭いいな、ミィ! よし! お前を選んでやるぞ、ドクター!」

「ふむ、わからない所はどこかね」

 レナはノートに何事か難しそうな事を書き綴りながら言った。

「い、忙しそうだな……」

「今日決まったから仕方あるまい。書きながら話すから質問したまえ」

 そんなレナの様子を見て、生徒達は他の教師を選択する。クイック、ケビンとその取り巻き、ミスティカだけが残った。
 ケビンは戸惑いがちに質問をし、レナはそれに答え、問題を出す。
 穏やかな時間が過ぎた。
 そして6時限目、何人かの生徒が帰ってきて、何人かは帰り支度を始めた。
 帰り支度を始めた生徒達は、後に非常に後悔する事になる。
 奇しくも、それは残った生徒達も同じだった。

「ふむ。笑えるね。こんなあやふやな授業を受けようとは。さあ、これから生徒手帳に私が入場許可のサインをしてやろう。ラボに入るときにはそれを警備員に見せたまえ」

 そしてレナは全員分のサインを終えると、教室を移動した。
 物々しい警備。魔法によるプロテクト。それを抜けた先に、窓を塞がれ、雑多な物が置いてある部屋に着いた。

「さあ、授業を始めよう」

 ドクターの笑顔は速やかにクイックからクオータの元に送られた。



[15221] ロボットに命じただけだ 8話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/13 20:31
「ようやく授業が終わった……。秘密を漏らしたら退学、逃げたら退学、成績が悪くても退学……どんな地獄だよ。何やってるんだかさっぱりわけわかんねーし。せめてそれくらい教えろよって言ったら一生シンクタンクに仕える契約書を引っ張り出されるし」

 ケビンは脱力して言った。

「何をやっているのかね、ケビン君。早速勉強を教えるから準備したまえ」

「はぁ!?」

「放課後に勉強を教えると約束したろう」

「う……うわーん」

 ケビンが半泣きになる。
 それに同情の視線を向けながら、ミスティカが言った。

「私も一緒に、といいたいけど、暗くなると寮の門限に引っ掛かるわ。お父様にはシンクタンク就職の説得の手紙書かないといけないし……。私は先に帰る。頑張ってね、ケビン様」

「でも、ドクター。HFRじゃないのか?」

 クイックは設計図を理解していた。その為、何を作っているのかわかっているのだ。

「人間の魂を入れたら、失敗するわけにはいかんだろう。しかし、その事については外で話すな」

「うん、わかった」

 翌日、レナが皆を引き連れてラボに入ると、王子王女が集合していた。

「ドクター、俺も手伝います」

「ドクター、これはシンクタンクアトランダムの第一歩なのでしょう? ならば、どうか私も……」

「しかし、これは授業なのだがな」

「素人だけで完成させられるとは思えません。教師の助手が必要なのでは?」

「ふむ。まあ、いいだろう。好きにしたまえ」

「じゃあ、あたしは機密を漏らした奴の制裁ね」

 戦姫と名高いクイーンの言葉に、生徒達は固まる。
え。俺達もう逃げらんないの? 逃げらんないのである。
 そして、生徒達は、それぞれ良くわからない部品作りに精を出すのだった。
 
「魔力伝導率が低い。少なくともこの倍は魔力を通す合金を探したまえ。強度はこの三倍で」

「こんなタイヤが使い物になるものか。改良したまえ」

「部品が大きすぎる。小型化させたまえ」

「「「えええええええ!?」」」

 予算は貰った。予算は貰ったがどうしろというのか。
 生徒達は足しげく教師の元に通い、休みの日に、放課後に、昼休みに、早朝にラボに集まった。ラボに泊りこむ事もあった。日曜にも資材集めに走った。
 朝に昼に夕に、ミスティカの指が火を噴く。

「なあ、ミィ、俺が手伝ってやらんでもないぞ? 魔法なら俺もできるし……だから、この小型化の案件と変わって……」

「ケビン様に一ミリ単位の加工が出来るんですか?」

「ぜ、善処する……」

「一ミリ単位では足りん。そんな大雑把な仕事をしていたのかね。その100分の一の制度でやりたまえ」

「ドークター。ううう」

「ドクター! 馬の魂十個ほど採取してきましたー! 違う場所で取ったから仰る通り性格もばらばらだと思われます!」

「早速調査したまえ」

「は?」

「違いを調査してレポートで出したまえ」

「ど、どうやって……」

「それを含めてお前達のチームの仕事ではないかね」

「ふえええん」

 最終的に皆レナに泣かされながら、彼らは頑張った。
 テスト期間前日、彼らは呆然として「ゴーレム」を見つめていた。

「なんだ、これ……」

「わからない……けど、かっこいい……」

 レナが作ったのは知能を持つバイクだった。
 メタリックでごつい大型バイク。生徒達は、初めてみるデザインに目を丸くした。

「名前はスピード、そう名付けよう」

「さあ、明日はテストです。皆さん、もう帰りなさい。後は私達が磨き上げて置きますから」

「いえ、クオータ先生、いいです。俺達が磨きます」

 ケビンが呆けた表情のまま、言う。生徒達は、頷いた。
 全てのテストが終わると、レナの生徒以外の生徒達は例外なく帰らされる。
 そして、レナの生徒達が運動場に集まった。スピードを携えて。
 教師達が集まっていた。中でも、ゴーレムの魔術師は驚愕する。

「あれが、あれがゴーレム!? 人の形すらしていないではないか!」

「いよいよ、動かすぞ……」

 生徒達は集まり、スピードに仲良く手を置いた。
 そして、力を込める。
 バイクに嵌めた水晶が発光する。
 そして、振動し、ドルルルル、と得体のしれない音を出し始めた。

「操作方法は教えてあるな。ケビン」

「お、おう。どうどう、どうどう……」

 ケビンが、スピードを落ち着かせながらそっとまたがった。
 ケビンがアクセルをゆっくりと握ると、スピードが進み始める。
 スピードは、徐々に、徐々にスピードを挙げていく。

「ふむ。次はブレーキのテストだ。やりたまえ」

「おう。どうどう、どうどう……あれ、効かない……」

 スピードは徐々にスピードを上げ、運動場を猛スピードでぐるぐると回り始めた。

「駄目だドクター! こいつ、すっげー興奮している!」

「スピードに鎮静プログラムをうちたまえ」

「鎮静プログラム、注入! 駄目だ、とまらねぇ!」

「強制ブレーキ装置、作動」

 ケビンは強制ブレーキ装置を作動させたが、それは音を立てて壊れた。

「制御の効かんモンスターを外へ出すな。ケビン、飛べ。クイーン、クイック、クワイエット。破壊許可を出す」

 ケビンが緊急脱出装置ボタンを押す。これは上手く作動した。
 風の魔力がクッションとなり、スピードの後方に投げ出される。

「待って、ドクター!」

「スピードを壊さないで!」

「スピード、落ち着いて!」

 生徒達が騒ぎ始める。
 三人が走るが、仕様上想定されていない事に、スピードは空を飛んだ。
 レナに向かって。クオータがレナを背にとっさに立ち塞がる。
 バイクがクオータの目前まで迫る。

「落ち着け。ゴーレムの友よ。共に創造主に見捨てられし者よ」

 真っ赤な口紅がレナの目につく。それは、以前の監視カメラで見たままの色だった。
 巨大なバイクを、片手で受け止めるぼろ布を身にまとった女がいた。

「我にはわかる。走りたいのだろう? あの草原を。思うがままに。共に走ろうぞ」

「雲行きが怪しくなってきたな。A-Gギア、待ちたまえ」

「待たない。我は誰の命令にも従わない」

 ギアはスピードに乗り、走る。

「しかし、それは防水の処置を……む、雨が」

 突如として降った雨に、ゴーレムがブスンと一声あげて動かなくなった。
 直後、一部が爆発する。
その場にいた全員、びしょぬれになる。
 生徒達は防水シートを持って慌ててスピードに駆けよる。

「ふむ。一回目の実験は失敗か」

「…………」

「何をしているのかね、ギア。中に入るぞ」

 ギアとの邂逅であった。
 全員風呂へと入り、着替えてお茶を飲む。
 ドクターは失敗の原因究明と修理を言い渡して、クオンタムとギアと別室へ移動した。
 ちなみに部品を作ったのは個々のチームでも、組み立てたのはドクターとクオンタムである。見よう見まねで分解しなければならなくなったのだが、彼らはドクターの言いだす無茶に慣れ始めていた。

「ギア。人間になって何をなした?」

「我は自由を得た。完全なる自由だ。誰も我を止められぬ。我は人でありながら人を超えた存在。それが許される存在。創造主、チートを我にと言ってくれた事だけは感謝しよう」

「私を観察していたのは復讐の為か」

 あのタイミングで助けに入るには、観察していなければ不可能だ。

「……そうといったらどうする」

「特にどうもするつもりはないが。ただ、ロボットが復讐とは興味深いと思っただけだ」

「……遠見の水晶の改良したものを我も使っていた。創造主が我を縛るものかどうか見極める為に」

「何故そんな面倒な事を私がしなくてはならんのだね」

 レナは悠然とお茶をすする。ギアの心に訪れた者は安堵であり落胆であった。
 それは、お前など知らないと言われたに等しい。
 ギアは、何故か口を開いていた。試すように。

「我もシンクタンクアトランダムに入る、と言ったら?」

「元からメンバーではないか。何を言っているのかね」

 その言葉にギアははっとする。安堵と苛立ち。
 ギアはその感情に戸惑っていた。せっかく自由を手に入れたのに、そうしたら自分は縛られたいとでも言うのだろうか。いや、自分は縛られるのはごめんだ。

「……。ならば、我は我のようなゴーレムを生み出さぬよう、創造主を見張ろう。それと、我は我の気の向いた時しか赴かぬ」

「好きにしたまえ。では、私は全員分の成績表を書かねばならんのでね」

 レナの授業の成績表は、ゴーレムの作成法とはならなかった。普通のゴーレムの作り方ではないし、それぞれチームを組んで一つの物を作った為、一人では何も出来ないからだ。
 代わりにクイックの助言の元レナが記した成績に、生徒達は乾いた笑いを洩らすのだった。
 機密保守A+ どんな無茶な上司の命令にも従える従順さ B+ 不可能を可能にする思考の柔軟さC+ 根性A+ チームワークB+
 なお、これは非常に就職に有利に働く事になる。ただし、リスクの高い仕事に。
 狙われる、とも言った。



[15221] 極振りっ! パラレル1話 (アンケートお礼)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/14 12:35

前回までのあらすじ。
 トモヤは美咲を癒した後、竜に浚われ、魔物にされてしまう。
そして一度魔物にされてから魔王を倒した為、邪神となってしまう。
その時、一緒に魔王を倒したアンティセルト王女たちも神となってしまう。
 そして、トモヤは共に冒険して来たアンティセルト王女が真菜だったと知るのだった。
そんな時、キュロスが現れたのだった。キュロスは、アンティセルト王女と美咲、智也の三人に異世界担当官になれという。

「うるせ―キュロス! 誰が下っ端なんぞになるか! お前あれだろ、そもそもの事故を起こしたのお前だろ」

「何をいまさら。最初からわかっていた事でしょう? 智也」

「キュロス……どっから計算してた?」

「プランはいくつも考えておくものですよ。さあ、行きましょう智也」

「くっ」

「あっトモヤ!」

 俺はキュロスの力場を振り切ろうとした。俺にはやらねばならない事があるのだ。隠居するという大事業が。

「そうは行きません!」

「ぎゃあああああ!」

 俺は首輪をつけさせられた。
 首輪はどうやっても外れない。

「さあ、行きますよ、トモヤ」

 俺達はその瞬間、日本の上空にいた。キュロスが、俺達の姿を拡大して映し出す。
 キュロスはしっかり首輪についた鎖を抑えつけながら、言った。

「異世界の皆さん、我らは異世界の精霊、神、天使、化け物、悪魔、妖怪、邪神……まあそんなようなものの異世界担当官です。我らに祈りを捧げなさい。そうすれば、私達は貴方から才能を余さず吸い取り、大いなる力を授けましょう。私の名はキュロス。受付はこのトモヤまで♪ では、トモヤさん、マナさん、ミサキさん、後は任せましたよ。それと、貴方のその容姿を人間に見せかけるだけのパラメータを送りましたから、美貌に振って下さいね」

「待て、キュロス!」

 キュロスはふっと浮き上がって消えた。俺は取り残されて途方に暮れる。
 とりあえずゲートザゲートを潜って逃げ……あれ、出来ない。出来ない。出来ない。
 代わりに俺は、一万のパラメーターが付与されているのを確認した。
 俺はそれを全て魔術研究に振ると、とりあえず町を降りた。

「智也、外見が変わっておらんようじゃが」

「ああ、魔術研究に振った」

「全く、智也は……それだから、妾は智也が好きなのじゃ」

「アンティ様……いえ、真菜! 智也は……」

「待つがいい、美咲よ。そなたは智也を解放するのではなかったか」

「うう……ま、まあとにかく」

 美咲はこほんと咳ばらいをし、俺に手を伸ばす。

「帰りましょ? 智也」

 その言葉に、俺は渋々頷いた。

「美咲……美咲、ようやくお母さんの元に戻ってきてくれたのね……。貴方は……智也、智也なの……智也はやっぱり化け物だったの……」

「お母さん! 人間じゃないのは私も同じ、同じなんだよ! 気づいてたでしょ? 本当は、私と智也、両方がおかしいんだって気づいてたでしょ?」

 美咲は母さんの肩を掴み、言う。

「いやいや、私は、私は……」

「落ち着かれよ、御母上殿」

 真菜が、母さんと目を合わせて行った。

「真菜ちゃん……」

「例え人間でなかろうと、二人は主が腹を痛めて産んだ子であろう?」

「真菜……ちゃん……そうね、その通りね……。美咲、智也。早く家に入りなさい」

 真菜がカリスマを使ったな。しかし、好都合なので真菜の好意に甘えておく。
 ……こんな事で真菜を頼る事になるなんて、な。
 それから、俺は残念なニュースを聞いた。
 俺は留年したのだという。まあ、当たり前か。
 そして、俺達は、当たり前に学校に通う事にしたのだった。
 朝起きて、俺はいつものランニングをする。
 道行く人が、新聞を取りに表に出たお爺さんが目を見開き、あるいは新聞を取り落とした。

「コスプレ?」

「コス……プレ……なのか?」

「あれ、昨日現れた神様とやらにそっくり……」

「ああ、あの変なプレイしてたやつ?」

「とりあえず拝んでおくかのう」

 変なプレイってなんだ。キュロスの馬鹿。こんな首輪付けやがって。
 俺はマラソンを終えると、美咲を起こし、シャワーを浴びる。
 食事をして、家を出る。
 外に行くと、大勢の信者を引き連れた真菜がいた。

「智也。妾の供をするが良い」

「俺はお前の僕じゃない。まあ、学校一緒に行くくらい良いけどな」

「待ってよ智也、私も行く」

 俺達は学校に向かう。明らかに化け物の俺、美貌の美咲、カリスマの真菜は視線を尽く集めた。
 教室に入ると、ざわめきが走る。俺達は三人、同じクラスになっていた。

「き、君は誰ですか」

 教師が、震えながら問い詰めてくる。

「智也。去年留年してこのクラスになった」

「き、君が智也君……その格好は……羽のコスプレを取りなさい。前髪も切りなさい」

「この前髪も羽も、もはや俺の一部。俺は先日、邪神となった。羽に触ってみろよ。本物だとわかるから」

 教師は恐る恐る羽に触れる。
 
「ひっ 脈打って……。わ、わかりました。席に着きなさい」

 ついで、皆は真菜に目を奪われる。
 神になって基礎パラメーターが増えたらしく、真菜は冴えない女の子から魅力的な女の子へと変わっていた。

「このクラスに来るのは初めて故、よろしくの」

「「「はーいv」」」

 真菜の笑顔は、俺のインパクトをも凌駕し、その場はうやむやになるのだった。
 その後の授業、驚くべき事に俺は内容が分かった。
 基礎パラメーターの底上げ。頭がいいって言うのはこういう事だったのか。
 勉強意欲が増してくるのを感じた。
 休み時間になると、俺の後ろにふっと真菜が現れて、俺を抱きしめた。

「しゅ、瞬間移動!?」

「真菜様!」

「ま、真菜! 何やってるのよ」

 美咲が真菜を引き離そうとする。

「何をって、決まっておろう。そろそろモデルの仕事に向かわねばならぬので、智也分を補給しておるのじゃ」

「離れろ、真菜」

「嫌じゃ。智也だって、心地よかろう? ほれほれ」

 俺は急に真菜が押し付けた胸が気になりだした。確かに、心地よい。
 カリスマに他パラメーターで勝つには、カリスマパラメーターを圧倒するパラメーターを持たなくてはならない。俺の方が強いが、影響は0に出来るほどではない。
 俺は出来るだけ普通に、内心ではかなりの力を消費して真菜の思念の触手を振り払った。

「離れろ、真菜」

「強情じゃのう。素直に衝動に体を預ければ楽になるというに」

「マ、マゼランはアンティ様に負けたりしないもん!」

美咲が混乱しているのが良くわかる。

「なあ、あんた達って本当に神なのか? 昨日のプレイ見たぜ」

「プレイ言うな」

「キュロスってどんな神様だよ。真菜様と美咲さんをはべらして、智也に首輪付けてさ」

「美青年のご主人様と首輪をつけた犬。萌えるわぁ」

「萌えるな」

 ちなみに、俺の姿は蝙蝠の六枚の翼に尻尾、みすぼらしいローブに伸びきった長髪で、前髪も伸びきっている。それでも、神様効果か何故か前は見えるのだ。
 髪が感覚器になっていると言ってもいい。

「そういえば、前髪を切る事は出来んのか? 後ろに纏めるだけでも大分違うと思うのじゃが……」

真菜が俺の髪をかきわける。すると、何故か、女子が顔を赤らめた。

「……ライバルが増えても困るし、このままで良かろう。智也、髪を結ぶのは二人きりの時にするがよいぞ」

 なんなんだ、一体。
 そして真菜はモデルの仕事に向かった。次の授業は体育だ。
 俺は羽を透過させて着替えると、窓から出た。

「おい智也!」

 俺は羽を広げて、ゆったりとグラウンドに降り立つ。
 隣の女子更衣室から、タン、と軽い音をさせて美咲が飛び降りてきた。

「智也! グラウンドまで競争しよ」

 俺は無言で翼を広げ、進む。
 美咲が強く地面を蹴ると、猛スピードでグラウンドまで向かった。
 当然美咲の勝ちだ。

「えへへ。私の勝ち」

「俺は加速を使っていなかったからな」

 俺は負け惜しみを言うと、その場で生徒が集まるのを待った。
 授業の内容はマラソン。
 そこで、眼鏡を掛けた男子が手を挙げて言った。

「先生! 智也君は空を飛んでるけどいいんですか!」

「あ、あう、えーと、その……自分の足で走りなさい、智也君」

 先生が遠慮しながら俺に言う。
 俺は羽を動かすのをやめた。
 人間の時よりも、やはり体力も上がっていた。成績優秀者には勝てないが。
 昼休み。真菜が帰ってきた。

「智也。一緒に食事を食べようぞ」

 取り巻きを引き連れて、真菜が言う。
 弁当を食べ終わると、急に気分が悪くなった。
 俺は蹲る。

「智也!? どうしたのじゃ!?」

「智也! どうしたの!?」

 俺の力がガリガリと削られて、俺は吐いた。
 黒い闇。それは女を形作る。
 ナイスバディとしか言いようのない体。褐色の肌。
 扇情的な胸と局部だけを覆った服に肩当て。マント。

「邪神様。私は邪神様の僕。ランフェール。なんなりと御用をお申し付け下さい」

 そういえば、魔王は魔物を産むんだっけ。参ったな。これから続々と魔物を産むとなると……住む場所とか。注意せねばならないだろう。力の使い方をもっと勉強せねばならない。

「いまはいい、控えていろ……ああ、キュロスが言っていた受付。お前がしろ」

「は」

 ランフェールは空を飛んでどこかに行った。

「な……な……なんなのよ! ライバルが増えた!?」

「面倒だのぉ。智也。次産む魔物は全て男にせよ」

 真菜が結構本気で思念の触手を伸ばしてくる。
 それを振り払うのは苦労した。
 放課後、ランフェールが戻ってくる。
 どこも見ていない女の子達を引き連れて。

「邪神様、貴方の僕です。この者達を孕ませ、子供らの才を奪い、ポイントを与え、優秀な信者とするのです。その後、母体は魔物としてはべらすが良いでしょう」

「智也……?」

 真菜の微笑みが怖い。美咲が無言で剣を振るった。
 美咲の剣に断ち切られ、ランフェールの暗示が溶けて、女の子達は戸惑いながら散って行く。

「ああっ何をする! 邪神様の布教活動を邪魔するな!」

 ランフェールが怒るが、美咲に睨まれて黙る。

「マゼランの……ぶぅわかぁぁぁぁぁぁ!」

 美咲の股間を狙った蹴りは俺の防御幕をやすやすと破り、俺は痛みに声ならぬ声を漏らすのだった。
 誰か俺に平穏をくれ



[15221] ゼロ魔を一話で終わらせてみた(アンケートお礼)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/17 23:18
 死んだと思ったらガリアに生まれ変わっていた。
 な、何を言っているかわからないと思うが私も(ry
 なのに私はメイジじゃない。正直、許せない。
 リア充爆発しろ。メイジは皆死ね。
 そんなこんなで、私は城でメイドとして働いていた。
 私はある時、庭でジョゼフ様が一所懸命魔法の練習をしている所に出くわした。
 私はそれを鼻で笑う。

「虚無って大変ね」

「虚無?」

 シャ、シャルル殿下!?

「あ、あら。何かの聞き間違いですわ。ジョゼフ様が虚無だなんてそんなおほほほほほ」

私はその場を走り去る。大丈夫、所詮は子供相手だ。何を言っているかなんてわかるはずがない。私はいやいやと仕事に戻るのだった。
 その夜。私はいつも通りうらぶれた酒場で酒を飲んでいた。

「うぃーっ何がメイジよ! リア充よ。ちっとも羨ましくないんだから! どうせ虚無野郎にみーーーーーーーーーんな殺されちゃうんだから! ざまーみろ」

「虚無野郎とは俺の事か」

「ああん!? あーらジョゼフ殿下」

 ジョゼフ殿下がこんな所にいるわけはない。これは夢だ。なので私はジョゼフ殿下を指さして笑った。

「あっはははは! そーよぉ。虚無ってのはね、散々無能扱いされて、壊れて狂って、心を真っ暗闇で満たすように出来てるのよぉ。あんたは狂うわ。大切な人を次々殺して、それでも泣けない、泣く事を求めて大切な物を壊し続ける人になるわ。それは虚無! 虚無だから! どろんどろんとした心の虚無が、虚無の魔法を使うエネルギー源になるのよぉ。壊れて壊れて壊れた頃に、全てが手遅れになった頃に、力が目覚めるのよぅ。ああ、始祖のお導きに祝福を! ガリアを火の海に沈めし無能王ジョセフに乾杯!」

「兄上……!」

 シャルル殿下がジョセフ殿下の裾を掴む。
 ジョセフ殿下がその手を握った。
 私はテーブルに倒れ込み、寝息を立てていた。

「うーん……や、やばっ寝ちゃってた!? 早く城に帰らなきゃ!」

 私は起き上る。そこは豪奢なベッドで、私は目を点にする。

「こ……ここは……あったまいた……昨夜の事、さっぱり覚えてないわ……」

「俺に呪詛を吐いた事もか」

 ジョゼフ殿下が椅子に座り、こちらを見ていた。

「ジョゼフ殿下!」

 私は驚きに目を見開いた。

「え、えーと……私、何か失礼を致しましたでしょうか」

「致したとも! フィル。俺は無能王らしいな。そしてガリアを火の海に沈めるとも」

 獰猛な笑み。落ち着け、相手は子供だ子供。

「いやですわ、殿下。酔っ払いの戯言ですわ。妄想ですわ」

「では、その妄想を詳しく聞かせてもらおうか。虚無の呪文はいかようにして覚えるのだ?」

 げげん。

「……今のジョゼフ様が覚えても意味などありませんわ。あれは莫大な精神力を消費します。すなわち、莫大な憎しみ、嫉妬、怒り、絶望、悲しみ……」

 ジョゼフ殿下が剣を私に突き付ける。

「ごたくはいい」

「始祖の香炉、始祖のオルゴール、始祖の祈祷書、後、えーとなんだっけ……を、土のルビーを嵌めた状態でお使いなさいませ」

 ジョゼフ殿下はそれを聞き、部屋を出ていく。
 私も部屋を出ようとしたら兵士に止められた。
 やばいかなぁ、私……。やばいよなぁ。
 しばらくして、ジョゼフ殿下がシャルル殿下を連れて戻ってきた。その頬は上気している。

「兄さんはやっぱり凄い人だ! でも、黙ってろってどういう事さ」

「フィルの言っていた事、少なくとも虚無は本当だった。という事は、俺が王になるという話も、このガリアを火の海に沈めるという話も本当かもしれない。虚無は呪われているのか? 俺はそれを知らねばならない。なあ、預言者フィルよ」

 私は預言者なんかじゃない。顔を顰める。つーか、今の時点で目覚められるなんて。

「貴方様はもう虚無を覚えました。私の知っている未来は消えたも同然です」

「なんだ、俺が虚無を覚えない未来は知っているのではないか。話せ」

 しぶしぶと私は話す。ルイズ……ゼロの女の子の話を。

「まさか、兄上がそんな事をするはずがありません!」

「だから、虚無の持ち主はそれだけ壊れるほどの辛い目に合うんだってば。シャルル殿下だって見てるでしょ? 次期王様として支持されているのはどちら? これからどんどん酷くなるわ。臣下達の確執は貴方にも伝染する。誰にも支持されない王になるわ、ジョゼフ王は。王としては有能だけどね。ハルキゲニアを手に入れる位置に立てるぐらい」

「……」

「兄上……」

「よし、わかった」

「良かった。頑張ってガリアを火の海にして下さいねv」

「とりあえずフィルを縛り首にしよう」

「えええええええ何でですか! 死ぬのは殿下方ですよ! リア充死ね!」

 ジョセフ殿下は呆れた口調で言う。

「お前、メイドの癖に勇気のある奴だな……」

 私は頭を掻いた。

「おほめにあずかり、光栄です」

「褒めてない」

 ジョゼフはため息をつき、シャルルに目配せした。

「とりあえず、ルイズとティファニア、ヴィットーリオを探そう。風石の採掘も」

「えー。運命通りに動いたらいかがですか? ブーブー」

 完全に開き直った私は盛大に文句を言う。

「しかし、兄上。ルイズやティファニアはまだ生まれていないのでは?」

「うむ。彼らが生まれるまでは様子を見るほかあるまい。ひとまず、おれの虚無は隠して、即位までは何時も通り過ごそう。いや、預言者めいた事をやってみるのもいいな。手紙を書くぞ。そして、アルビオン、ロマリア、ヴァリエール家にスパイを送る」

 さすが小さくても王子だ。そうしてスパイの真似ごとは始まった。
 そして陛下にばれた。所詮子供。やーいやーいと言ったら殴られた。

「虚無の再来だと!? おおお、ジョセフ、お前が……」

「父上、人の出した手紙を勝手に見るのは……」

「何を言っておる。こんな重要な事を秘密にしておくとは。早速この事を公表するのだ。ロマリアに連絡を! 速やかにティファニアの亡命の準備をするのだ! ヴィットーリオを浚うのだ! ルイズの良き婚約者となりそうな者を探せ!」

 ジョゼフ殿下とシャルル殿下はため息をついた。
 風石の事はまだ知られていない。が、誰が虚無となるかは知られてしまった。
 
「まだティファニアは生まれていません、父上。下手に介入すると生まれなくなってしまうかもしれません。父上は今迄通り執政をなさって下さい」

「う、うむ、そうか……。そうか、ガリアに虚無の王が……ジョゼフが……。早速皆に公開しなくては!」

「いや、今まで通り執政して欲しいって言ったじゃないですか」

「う、うむ、そうか。そうだな。そうしよう。しばらくの我慢だぞ、ジョゼフ」

「は」

 うっすらと予想していた通り、それは陛下から徐々に徐々に広まった。
 臣下が一人また一人とジョゼフ派になって行く。

「俺が王になると火の海になるんだが……」

 苦笑してジョゼフ殿下が言う。

「いいじゃない、GOGO!」

 ジョゼフ殿下が私を踏んだ。

「そんな事ないよ、兄さん」

 シャルル殿下も、私を踏んだ。

「強がりを言うな。もう、俺はお前が王になりたい事を知っている。俺がお前を殺した事を、俺もお前も知っている。俺達の間に、隠し事は無しにしようじゃないか」

「兄さん……それでも、強がりくらいは言わせてよ」

 私をぐりぐりと踏みつけながら兄妹仲を温める二人。その足をどけやがれ!

「リア充死ね! リア充死ね! メイジなんか大嫌いよ!」

「俺もお前みたいになったりしたのだろうか。怖いな、虚無は」

「僕が支えるよ、兄さん」

「ああ、頼む。王はお前でいいさ。二人でガリアをもっと良い国にしようじゃないか。なあシャルル……」

「ホモ野郎!」

 あっ蹴られた。
 結局、王様にはシャルル殿下がなった。
 それと、炎のルビーはスパイを放ちまくり、アニエスから奪い取った。
 ヴィットーリオは既に凄い護衛がついていて、どうにも出来なかった。
 そうこうするうちに、ティファニアが生まれ、オルゴールと引き換えに亡命を迎える事をガリアが申し出た。
 当然、アルビオンは怒り狂った。

「我がアルビオンと戦争をするつもりか!」

「するつもりだが?」

 外務大臣にジョゼフ大臣があっさりと言い放つ。

「な……な……」

「ティファニアとオルゴール、風のルビーはなんとしても手に入れねばならんのだ。全てはブリミル様の御意志。ブリミル様の御意志に逆らうつもりか?」

「ブリミル様の御意志だと!?」

「おれは虚無の力を持ち、預言を受けたのだ。ティファニアを救え、とな。どのみち、もう遅い。おれのミューズが向かっている」

「なんだと!?」

 ジョゼフ大臣とミューズのコンビは素晴らしかった。
 さくっとティファニアとオルゴールとルビーを盗み、ティファニアを虚無に目覚めさせた。しかし、ティファニアはオルゴールの音を聞けたが、香炉の香りを嗅ぎとれず、ジョゼフはオルゴールの音楽を聞き取れなかった。
 私は大いに喜んだ。

「あっはっは、バーカバーカ! 幸せな虚無なんてやっぱり虚無じゃないのよ!」

 ジョゼフ大臣が私を踏む。

「あ、あの、大丈夫ですか」

「気にしないで下さい、お嬢さん」

 シャルル陛下がティファニアに優しく言い、ただちにジョゼフ大臣とティファニアが虚無であり、ティファニアを守る為、始祖の意志を守る為に決起したと発表した。
 アルビオンの出鼻を挫く形である。
 パニックになりました。
 やーはっは。楽しいなぁ。
 そのパニックに乗じて、情報が漏れてトリステインがルイズを掲げた。
 ロマリアもヴィットーリオが虚無だった事を発表し、炎のルビーの返還を求めた。
 まさに一触即発。やれやれー。
 ……とまさに美味しい状態だったのにっ! 
 ゲルマニアが調停に立ちやがった!

「馬鹿か、お前は。まさか本当に戦争を起こすとでも思ったか」

 ジョゼフ大臣が呆れた声で言う。
 混乱が収まってみれば、誰も犠牲にならずにティファニアがアルビオンに戻る事になってやんの。
 
「ってなんでティファニアがアルビオンに戻る事に!? アルビオン、エルフ嫌いじゃない!」

「虚無が三つの国の執政に関わるのだ。アルビオンも出遅れまいとするだろうよ。ガリアが戦争を起こそうとしてまで手に入れようとしたティファニアを奪い返したのだ。向こうも満足だろう。さあ、風石をどうにかする会議に向かうぞ。ティファがおれについてくれた。エルフとは話し合いで装置を使わせてもらえるよう頼んでみるつもりだ。どうだ、一滴の血も流さずどうにかしてみせたぞ」

 ふふんと勝ち誇った顔でジョゼフ大臣が言う。
 宣戦布告までやって血の一滴も流れないってどうやったジョゼフ大臣。いや見てたけど。

「そんな! リア充爆発しないの!?」

「しない。と、会議の前にティファニアの使い魔召喚だな。ティファニア」

「はい」

 ティファニアが使い魔召喚をする。
 鏡が、私の目の前に現れた。落ちる沈黙。

「入らんのか? リア充とやらになれるチャンスだぞ」

「奴隷のどこがリア充ですか。いや、奴隷だって心の自由くらいは持ってますよ」

 シャルル陛下が私の尻を蹴りあげて、鏡へと突っ込ませる。

「てめ何しやがるんですか、シャルル陛下!」

「お前は自由過ぎなんだ! 少しは忠誠心とやらを学んで来い!」

 こうして、大災厄は免れた。
 後に、伝説はこう語る。

 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左手に握った大剣と、異界の武器を操って、導く我らを守り切る。

 神の右手、ヴィンダールヴ。御目麗しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導く我らを運ぶは地海空。

 神の頭脳、ミョズニトニルン。冷静沈着神の本。あらゆる知識を溜めこみて、導く我らに助言をす。

 そして最後にもう一人……(違う意味で)記す事さえ憚られる……。



[15221] 作者以外意味が分からないお話(烈火の炎超多重クロス)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/17 23:11
ぶっ飛んだ小説を作ろうとして失敗したものですが、せっかく書いたので載せときます。ぶっとんだ小説難しいよぶっ飛んだ小説。











「オラトリオ、ちょっと見てほしい」

 電子の図書館の中。灰色の髪の優しげな男が、金髪の良く似た顔立ちの男に話しかけた。

「なんだ、オラクル?」

「私の知らない本がある」

「はぁ!? お前の知らない本がこんな所にあるわけねーだろ!」

「でも、あるんだ。精霊召喚と使役の全て……と書いてある」

「なんだ、そりゃ」

 オラトリオはその本を手に取り、パラパラと開いた。

「なんだ? こりゃあ。オカルトそのものじゃねーか。本当に、なんでこんな所に……精霊召喚の方法~?」

「やってみる?」

 オラクルが、本を持って上目遣いにオラトリオを見た。
 オラトリオが、本を開き、呪文を唱えてみる。
 すると、描かれた魔法陣の上に子供が黒髪の現れた。

「う……ど、どこだ、ここは……また誘拐か。宇宙人、吸血鬼、次はなんだ? とりあえず燃やす。これ以上面倒な事になるまえに燃やす」

「あー、ロボット?」

 子供が、手から炎を出して襲いかかる。しかし、魔法陣の光の壁からその炎が出る事はなかった。オラトリオは、何気なくパラパラと本を開いた。少年を、魔法陣に閉じ込めたまま。

 

 裏武闘殺陣。魔道具という不思議な道具を集める為に開いた大会である。
主催者の息子である紅麗は、一人で会場に向かっていた。
「紅麗!!」「紅麗!!」「紅麗!!」「天使ちゃーん!!」
 沸き起こる紅麗コール。その中に、変わった呼び名を聞いて紅麗は顔を上げた。

「なぁなぁ、天使ちゃん、一緒にたたかわねぇ? どうせ他の奴は今回はお休みだろ? 俺、一度でいいから天使ちゃんと共闘したいなぁ」

 はっとするほどの美形の男だった。どこか惹かれるものを感じながら、紅麗は答えた。
 金髪のオールバックの、体格のいい男。

「誰だ貴様は。何故私が貴様と共闘などせねばならない」

「俺がお前と肩を並べて戦いたいからだよ、紅麗。俺の名はオラトリオだ」

 名前を呼ばれた途端、その言葉は紅麗の心に深く突き刺さった。

「……別に、貴様一人くらい増えた所で変わらないか」

「サンキュー天使ちゃん♪」

 答えてから、紅麗は動揺した。自分は今、何と答えた? とりかえしのつかない事をしたのではないか?
 オラトリオが観客席の壁を乗り越えて、何気なく紅麗の肩に手をまわした。

「さあ、5Dとやらをぶっ潰してやろうぜ、天使ちゃん♪」

「おーっと!? いきなり紅麗選手、ぽっとでの人物を受け入れました! これは余裕の表れか!? ではチーム名「5D」! 「王羅」チームを破り……」

 解説が行われる間、訝しげに紅麗はオラトリオを見つめる。

「紅麗様」

 呼ばれて紅麗は我に返った。報告を聞き、紅麗は酷く動揺した。
 動揺を表に見せず、紅麗は高笑いをする。
 自分は一体、何をしている? コミックの通りに動かなくてはならないのに。
 台詞は頭に叩きこんである。決められた通りの台詞を言う。
 すると、オラトリオは強く肩を抱いた。小さく呟く。
 
「それでいい、お前はいつもどおりでいろ、紅麗」

 その声を聞くと、何故か安心した。紅麗はその事に戸惑う。
 5Dとはバトルロワイヤルをする事になった。
 イレギュラーがいようといまいと関係ない。一瞬で灰にすればいいだけだから。
 紅麗が動く。炎の翼が舞った。
 しかし、5Dは結界を張ってそれを防いだ。

「これが妲己ちゃんの居所を知る地球防衛軍事務員、天使ちゃんか。こいつだけ売り飛ばしても金になりそうだが」

「まずは記憶を取り戻させる事が先だ」

「わかってる」

「? 何を言っている」

「ちっあんまり隠すつもりはなさそうだな」

 ――馬鹿な。こいつらは自分の炎で一瞬で灰になるはずだ。動揺しながら、紅麗は問う。
 オラトリオの舌うちの意味もわからなかった。
 5Dが動く。――早い。オラトリオもまた、相手と同じような結界を張ってそれを防いだ。睨みあいながら、オラトリオが口を開く。

「十年前から、ある誘拐事件が起きて、何人ものいたいけな子供が浚われてきた。子供達は一様にある改造を受け、二十歳になるまである活動に従事され続けてきた……。やつらは、その中の一人を探してる。天使ちゃん、ちょーっとダークチャージって言ってみて貰えるかな?」

「ダークチャージ……?」

 紅麗の体がピカッと光り、紅麗はヒーローものの登場人物のようなスーツ姿になる。

「二十歳になって用済みになって記憶を消されたのがお前。けど、重要機密を知ってたから狙われてる。けど大丈夫だ。天使ちゃんが俺が守ってやる……とまではいかねぇけど、サポートはする」

「…………待て。どういう事だ」

「結界が解ける。戦え、紅麗。そのスーツは力を何十倍にも強化してくれる!」

 結界が解け、5Dが襲いかかってくる。
 ゴーグル越しに見て驚いた。……おぞましい化け物。しかし、そんなものは妖怪退治で見慣れている。
 自然、体が動く。自分でも驚くほどの速さでバリア発生装置を蹴りあげた。
 どうしてそこがバリア発生装置だとわかったのか、自分でも理解出来ない。

「戦えたのか、天使ちゃん!?」

 5Dが驚く。
 バリア発生装置が壊れたのを確認し、紅麗は再度炎を出した。
 その時、突如としてUFOが現れ、燃え盛ったままの化け物たちを回収する。

「……で。お前はその誘拐犯なのか」

「やったな天使ちゃん! しかし油断をしてはいけない。第二第三の……」

「オ・ラ・ト・リ・オ?」

「……まあ誘拐犯といえば誘拐犯かな」

「この体への改造をやったのは貴様か!」

「怒らないでくれよ、天使ちゃん」

 オラトリオが紅麗の肩を抱き、宥めに掛かった。

「とりあえず、飯食いにいこうぜ、飯。奢るからさ、一緒にご飯食べよう、紅麗」

 まただ。紅麗、と呼びかけられるとオラトリオの言葉を聞きたくなる。
 その時、変身が解けた。
 その途端感じる、オラトリオのマントの冷気。何故か冷たいマントが心地いいと思った。
 そのまま、レストランに連れ込まれる。
 レストランの中。紅麗とオラトリオは、大いに注目を受けていた。

「三か月だけ、俺が護衛させてもらう。と言っても、結界張るしか能がねぇがな。とにかく三か月、俺が守る。これだけは覚えとけ。俺とお前が敵対する事は絶対にない」

「三か月……」

 それだけあれば、「烈火の炎」の物語が終わる。オラトリオは、そこまで知っているというのか。

「しかし、それと私を公衆の面前で辱めた事は話が別だ。なんだ、あのスーツは!」

「まーまー。ごめんな、紅麗。そこら辺の面倒くさい事情はお前に教えちゃならんのよ。そもそも、その為に記憶を消したわけだし。まあ、でも狩りをやってる時の記憶が飛び飛びなのはわかるだろ?」

「!……そこまで知っているのか。で、オラトリオが私と敵対しないという証拠は?」

「お前の本能」

 紅麗は押し黙った。何故、そんな事を堂々と言えるのか。しかし、オラトリオには一種の心地よさを感じているのは事実だった。

「オラトリオを拷問して面倒くさい事情を聞きだすという選択肢は?」

 オラトリオはすっと数枚の写真を出してくる。
 
「俺が帰らなかったらこの写真がばら撒かれる」

 紅麗は目を滑らせ、吹いた。

「な……なな……」

「動揺しすぎて炎も出せねぇ?」

 紅麗は炎を出し、早急に写真を燃やす。

「……何が望みだ」

 オラトリオは、ニヤリと笑う。
 
「俺を三カ月、常に傍におけ。それだけだ」

 紅麗は、渋々と頷くのだった。



[15221] 作者以外意味が分からないお話 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/18 22:22
「オラトリオさん、と言いましたか。何者ですか? 誘拐犯と小耳に挟んだのですが」

 紅麗とオラトリオが城へ向かうと、雷覇が微笑みながらオラトリオに問いかけた。

「待て。落ち着け、雷覇。俺自体は紅麗に危害を加えてない」

 オラトリオは若干焦りながら雷覇に言う。その際、恐れる様子を見せつつも紅麗の前に立った。無意識であろうその様子……危険を感じたら紅麗を後ろに庇うという癖に、雷覇は僅かに納得する。

「落ち着いてますよ。紅麗様を脅迫してらっしゃるなら、やめてくれませんか? 私は紅麗様をお守りするのがお仕事なので」

「俺が望むのは、三か月紅麗を守らせてくれって事だけだ。今日のあれ、5Dの偽物で正体は話せないが紅麗と敵対してたんだ。ああいう敵から紅麗を守る。それだけだ」

「何故三カ月なのですか?」

「大体それくらいで、紅麗の持っていた情報の意味が失われるからだ」

「なるほど……その情報は紅麗様だけが持っていたのですか?」

「ああ、記憶は現在封印されていて、俺も知らない」

 雷覇は、それを聞いて考え込む。

「話を整理すると、貴方が子供の頃の紅麗様を浚ってばら撒かれると恥ずかしい写真を取り、地球防衛軍事務員に無理に従事させ、体を改造し、用済みになったので記憶を消し、そのせいで悪い宇宙人につけ狙われる羽目になった、と言う事ですね」

「うーん、やっぱそこまではわかっちまうか」

「つまり貴方は敵ですね」

 ちゃきっと刀を構える雷覇。紅麗はそれを止めた。

「待て、雷覇。恐らくオラトリオが私を守りに来たのは本当だと思う。記憶を封じたのなら、あやつらに好きに襲わせておけばよかった。機密の方は記憶は封じていて問題はないのだから」

「紅麗様……」
 
 それを聞いて、オラトリオは俄然元気を取り戻した。

「そのとーり。いや、こっちでも意見が割れててな。組織の中では一番俺が天使ちゃんよりだと思う。記憶を取り戻させろって意見もあるけど、それは復帰しろって意見でもある。天使ちゃんは抜けたがってたし、必要な分以外の記憶を消す事も進んで承諾した。今、天使ちゃんがわからないのは、思い出したくない事、思い出さない方がいい事だけだ」

「つまりオラトリオは思い出したくない事なんだな?」

「いや、思い出さない方がいい事の方」

 それはどう違うというのか。紅麗は、ため息をついた。
 その日はちょうど、母に会う日だった。
 オラトリオも、ヘリに同乗した。
 行った先で、紅麗は驚く。
 月乃がUFOに浚われる所だった。

「母上! 母上!」

 スピーカから流れる声。

「やあ紅麗。僕もオラトリオと同じく君につく事にするよ。お母さんは僕が守るから安心してくれ」

「ふざけるなバカ王子!」

 紅麗はその声に、無意識に大声で反論していた。
 オラトリオは、それをのんきに見上げている。

「ふざけてなんかいないよ。三カ月したら返すから」

 UFOはそう言って飛び去る。

「バカ王子の奴、無茶するなー。大丈夫だ天使ちゃん。あいつ嘘は言ってないと思うから。3か月の辛抱だ」

 紅麗はぎりっと歯ぎしりした。目まぐるしく計算する。
 確かに、月乃を人質に取られたら従わないと行動に矛盾が出る。加えて月乃は烈火の炎では紅麗の手綱として以外の役割を担っていない。生きてさえいれば、ここにおらずとも軌道修正出来る範囲なのだ。
 しかし。しかし、それは浚っていった連中が本当に信頼できるなら、の話だ。
 それに、月乃を救うのは雷覇のはずだった。
 月乃の爆弾を排除するタイミングが失われてしまう。

「母上……っ」

UFOが相手では追いかける事も出来はしない。ギュッと握った拳から滴り落ちた血が、地面へと吸い込まれていく。

「紅麗様……手が……」

 雷覇が紅麗を気遣う。

「信じろ、紅麗。月乃さんは大丈夫だ」

 オラトリオの声に縋ってしまいたい。そんな屈辱的な衝動をこらえ、紅麗は目を閉じた。

「必ず、三ヶ月後に会わせろ」

「ああ、伝えておく」

 オラトリオが紅麗の肩を抱いた。紅麗はそっと体重を預ける。

「紅麗様! よろしいのですか!?」

「UFOに連れ去られてはどうしようもない」

「紅麗様……」

 城へ帰り、あまりにごたごたが続いてしまった疲れに紅麗は長いため息をついた。
 しかし、夜はこれからなのだ。
 オラトリオを隣の部屋に案内し、紅麗自身も部屋で眠る振りをする。そして式神を使い、寝ている自分そっくりの人形を作りだした。
 それを置いて、紅麗はそっと屋敷を抜け出す。
 そして、通信機をオンにした。

「それで、閻魔。この近辺に妖怪が現れる予定なんだな? 詳しい座標を確認したい。それと、UFOについて知っている事を……」

「なんだ、まーだ仕事してたのか。全部の仕事から足を洗うって言ってたのに」

 紅麗の肩が跳ねあがった。ばっと距離を取る。オラトリオが、そこにいた。どうして。今まで、誰にも気づかれる事はなかったのに。

「妖怪退治、俺も手伝うぜ。お前、霊能者としちゃあそんな強くないだろ」

 オラトリオが笑った。紅麗は、苦々しく頷く。
 そこに、妖怪が現れた。
 紅麗はとっさに霊丸を撃とうとしてこらえる。紅麗の霊丸は威力が弱い。
 十分に引きつけて撃たなくてはならない。紅麗はさっと追いかける。
 オラトリオが何か呪文を唱え、妖怪の行き先に小さな扉が現れた。
 扉には薄い膜が張ってあったが、素早く動いていた妖怪はその膜をよけきれず透過した。
小さな扉は妖怪を受け入れると、ふっと消えた。
一瞬見えた、扉の奥の深い森。
紅麗は驚愕する。

「魔界……そんな。こんなに簡単に扉を? それに、薄い膜のような結界……見事としかいいようが……」

「見直したか、霊界探偵な天使ちゃん。えーと、幽遊白書だっけ?」

紅麗は、炎を手に灯してじりじりと下がった。急に、オラトリオが恐ろしくなったのだ。
 何故オラトリオは、そんな事まで知っている?

「オラトリオと私がいた組織とやらは、その……全て知っているのか?」

「んー。お前、秘密主義だからなー。どうだろ……「烈火の炎」のコミックスは見せてもらった事があるけど」

「……!!」

「コミック通りにやるんだろ? どんな犠牲を払ってでも。良く知ってるよ」

「私はオラトリオの事を何も知らない」

「以前は知ってた。言ったろ? お前の本能に聞けよ」

 オラトリオは紅麗の頭を撫でる。
 紅麗はそれを心地よいと感じていた。なんだこれは。私はそれを認めない。
 紅麗は思い切り首を振った。

「なんでもいい。貴様が私を守るというなら、貴様を利用するまでだ。せいぜい頑張るんだな」

「へいへいっと」

 オラトリオは紅麗の背に手を添えて屋敷へと誘導する。紅麗はただ、されるがままにされていた。
 翌日。
 九忌との戦いである。今回もオラトリオと紅麗だけである。
 説得するのは大変だったが、火影に要らない情報を与えることで正史が書き換えられると困るのだ。これ以上のイレギュラーはごめんだった。
 しかし、紅麗の祈りもむなしく、相手は……。

「あれも宇宙人、か……」

「わかるか。なら、ダークチャージと大声で言っとけ。ほれほれ」

「誰が言うか。普通に戦います」

 そして紅麗は炎を出す。
 それを合図に、戦いが始まった。すぐに紅麗は異変を感じる。手加減されている?
 理由はわからないが、それならば都合がいい。油断している隙に倒す。
 紅麗はクナイに硬をしてバリアを破り、硬を解除して相手の肌を切り裂く。
 あまりの素早い攻防に、観客の歓声すら止んだ。

「まずい、天使ちゃん。これは恐らく時間稼ぎだ。用心しろ」

「時間を稼いで何をすると?」

 すると、宇宙人がにぃぃ、と笑った。

「こうするんだよ」

 その時、入口からつんざくような悲鳴が聞こえた。

「姫ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 姫! 姫!」

 宇宙人の仲間にぶら下げられていたのは、腹に大穴の開いた柳と暴れる烈火。
 紅麗の頭は真っ白になった。動かなくなった紅麗に容赦なく迫る攻撃の魔手。
 紅麗を庇ったオラトリオの左腕が吹き飛ぶ。
 オラトリオがロボットだと示す機械の断面が、観客と紅麗を驚かせた。

「ふははははは! お前の弟と相方が殺されたくなければ、大人しくついてくるんだな」

 柳の死体が紅麗の目の前に投げ出される。
 既に、その宇宙人は烈火と同じくらい重要な人物を殺している。
 ここからコミック通りなんて絶対に無理だ。
詰んだ……? いきなり詰んだのか!?
 
――緊急事態発生。緊急事態発生。記憶を解放します。

 頭の中で弾ける機械音。それと共に弾ける知識。

「ああああああああああ!!!」

 そして紅麗は心中で呟いた。
 あ。詰んだ。
 相手を守りながら戦いあうなんて不可能である。
 ここでの最上の方法は紅麗の生きたままの退場であり、柳の復活である。
 紅麗は、ショートした肩を押さえたオラトリオに言い放った。

「オラトリオ……。駆け落ちしよう。私を浚って逃げろ」

 オラトリオが苦笑いした。

「まあ、そうするっきゃねーよなぁ。どうせ柳の事、癒すんだろ? そしたらここにはいられねぇもんな」

 そこでオラトリオの体がビクンと跳ねる。

「オラクルに侵入者が!」

 はぁぁ、と紅麗がため息を吐く。

「早く行ってやれ。ただし貴様の役立たずさは子子孫孫まで語り継ぐ。ベホイミ。ガフッ」

 紅麗が血を吐くと同時に、オラトリオの腕が完全に癒えた。

「悪いっ紅麗!」

 叫び、オラトリオが大きな扉を出してそこへ入る。
 紅麗は思念の糸を伸ばし、小竜達を呼び出した。
 小竜達は柳の周辺に降り立ち、元気づけるように鳴き続ける。
 紅麗はそれを聞いてトランス状態に入る。それと共に、小竜に柳の魂が呼びもどされた。

「なんだぁ?」

「黙って見ていろ。私を浚いたいのだろう。絶好のチャンスだぞ」

 紅麗は一枚の紙のメモを柳の上に置いた。そして、柳に手を差し出して呟く。

「ザオリク」

 柳が苦しげに咳込み、息をしだす。
 紅麗の体が子供のものになり、服はぶかぶかになった。
 紅麗は不安げに辺りを見回す。

「ここはどこだ? 母上……父上……? あれ、この紙は……」

 柳の上に書かれた紙を、紅麗は読み上げた。

「ベホマ。がふっ」

 小さな紅麗は大量の血を吐き、あっという間に紙は血まみれになって何が書いてあったか見れなくなる。

「これは妲己ちゃんが使うという噂の反魂の術!? 実際に使っていやがったのは天使ちゃんだったのか! 俺達ついてるぜ。早速捕まえ……」

「黙れ」

 雷覇が、「硬」をした刀で宇宙人達を斬り伏せた。
 そして、紅麗を抱き上げる。

「紅麗様……貴方様は私の記憶も消していましたね」



[15221] 作者以外意味が分からないお話 ネタばれ解説
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/18 23:28
ネタばれ 解説。

 あらすじ
 複数の世界が徐々に入り混じってしまうという事件が起きた。
 紅麗や閻魔、妲己達はソフトランディングさせろという神の依頼を承諾する。
 活躍?する紅麗だったが、烈火の炎の物語も大詰めとなり、紅麗は烈火の炎の物語に専念する事にし、記憶を消す。しかし、暗躍していた紅麗の情報が漏れてしまい、宇宙人につけ狙われる事に……そして、物語は始まる。

登場人物紹介

 出典:ツインシグナル

 オラトリオ:シンクタンクアトランダムの情報処理型ロボット。ある日、電脳空間の図書館に謎の本を見つける。(世界の接触によりオラクル内に出現した魔本)その本の通りにしてみたら本当に精霊(紅麗様)が召喚出来ちゃった。
 それが製作者の妻、詩織を妖怪から助けた少年と知り、興味を持ち、本の通りに使役してみる。使役の条件は真名を知る事。ちなみに紅麗は普通に名乗ってしまっていた。
 望めば紅麗を炎の型にしたり、紅麗を吸収する事で自分を一時的に炎にする事が出来る。ただし、これは本当の切り札。後、紆余曲折あって妖怪仙人となる。

クオータ:オラトリオのコピーロボット。「死体でもいい。傍にいてくれるなら」製作者のクエーサーが不治の病と聞き悩んでいる所にオラトリオと良く遊んでいる精霊とか言う紅麗様が。その友人が不死族と知り、イビルジーンを入手してクエーサーに注入する。

クエーサー:シンクタンクアトランダムの偉い人。不治の病にかかっていたが、ノスフェラツ化して完治。

過去エピソード:閻魔の命令で、妖怪退治をする紅麗。その舞台となったのがシンクタンク・アトランダム(爆発直前)だった。
 戦闘中に「この者達はこの後のモイラの研究の爆発事故で死ぬ運命。貴様に殺されれば、運命が変わってしまう。それは許されない」と言ってしまった為、爆発事故の件がばれる。
 詩織の、「研究は無人で行われたはずだけど」という機転の一言に騙され、そのまま帰ってしまう。後で真実を知って後悔。

 出典:ダークエッジ

 佐藤先生:紅麗の援助交際相手(違)吸血鬼。室井に浚われてきた子供の紅麗の世話を何かと焼いている。コンドームと呼ばれる血を吸っても相手を吸血鬼にしない肌に張り付ける布のような物を使って紅麗の首から血を吸う事が何度かある。紅麗は佐藤先生のフェロモンに最も弱い。
 紅麗談、献血行為。ボランティア。オラトリオ談、援助交際。

岡元加奈:紅麗の親友。(紅麗自称)四辻学園のゾンビの生徒。

土屋先生:「土屋先生の口が大きいのは何故だ?」「お前を食べる為だよ、天使ちゃん」

校長先生:紅麗にとってのドラえもん。雷覇の記憶を消してもらった。

深谷先生:紅麗の葛藤を癒す事で片っ端から消してくれる容赦のない人。

園部先生:サーチアンドイートの恐ろしい人。園部先生のフェロモンの匂いがしたら恐怖心が先に立ってしまう。園部先生のフェロモンは罠だってわかりすぎて怖いとは紅麗談


出典 幽遊白書

閻魔様:神様の僕。コミック通りにと指示を受けた紅麗とは違い、魔界の解放は無しの方向でと決定が出てしまい、四苦八苦している。コエンマには無論内緒。完全に事情を知っている手駒は紅麗だけで、苦労している。

出典 レベルE

 バカ・キ・エト・ドグラ王子:地球面白改造計画を企て、子供達を浚って地球防衛軍を作るも紅麗達に乗っ取られる。なお、紅麗達は惑星間のいざこざ解決など、様々な方面で一定の成果を上げ、地球の不可侵条約を勝ち取り続けている。しかし、紅麗が狙われる理由を作る事にも。地球防衛軍の同人誌好評発売中。

出典 封神演技

妲己ちゃん:紅麗に3つの羽衣の宝具を授ける。

神様があれな命令を下す代わりに紅麗にくれた能力集

出典 ドラクエシリーズ

僧侶呪文:便利すぎる為に、能力がばれた時の安全弁に色々と制約が。ホイミで吐血、ザオリクで幼児化など。本当は必要ない。

出典 ハンターxハンター
 
念能力:変化系。

出典 封神演義

クンフー:羽衣を扱うのに使う。

出典 無限のファンタジア

癒しの聖女:一日四回しか使えない以外制約なし。

出典 幽遊白書

霊能力:ただし弱い



[15221] ニートが神になりました ブレイクブレイド編(アンケートお礼)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/26 19:55
トッシー様のブレイクブレイドの小説を見て私の中に雷が落ちました。
なんて凄いアイデアなんだトッシー様!
という事で早速ぱく……インスパイアされて書いてみました。
ありがとうございます、トッシー様。
という事で、オイオイと読者がツッコミを入れそうなブッ飛んだ話、お送りします。

















「くそっウィザードの奴らめ!」

「だから言ったじゃない、あいつらに注意しろって! 武神札を全員に配るなんて、いかれてるわ! 最終兵器ボーカロイズ起動! 和平を訴えるのよ!」

「歌で戦争が止まったら苦労するか、この色ボケの触手女! それに武神札の作り方は教えてね―だろ! 危惧してたんだったらそのエネルギーを兵器に使ってやがれ!」

「しっかり私の知識をもとにヒューマノイドロボット作った癖に、何言ってるのよ」

「んなもん、お前がちょろまかした分を除いて全部避難船に乗っけたに決まってんだろ! ちくしょう、ようやくニーク様のご加護が現れ始めて石油が出始めたってのに」

 ブレイクブレイドの世界に生まれおちて早五十年。
 私は……いえ、古代人は今まさに滅びの時を迎えようとしていた。
 ミリオンキスで、受け入れてもらえる最大限の民は送り出している。残りは兵士と整備士以外は皆纏めて避難船に乗せた。
 私は同僚のマイクと諍いを続けながら戦闘準備を続けていた。
 ボーカロイズが時間稼ぎをしてくれるだろう。その間に、私の最高傑作、ブレイクブレイド改を送り出す。
 色々布石は打ってきた。生き残るための布石を。
 生き残れなかった場合、子孫により多くを残す為の布石を。
その生き残る為の布石は敵に凄い勢いで浚われつつあるのだが。

「ああ、ボーカロイズが!」

「当たり前だろ! ま、時間は稼げたな。よし、行け! 精々攪乱して来い、避難船に気付かせるな!」

「わかりました、おやっさん!」

 ブレイクブレイド改が飛び出していく。
 その時建物が壊れて、私は……。

 というわけで、私は1000年後に生まれ変わったのだった。
 無能力者……つまり人類は50万人に一人。かつては無能力者の村もあったそうだが、面白半分に滅ぼされたらしい。まだ残っている村があるとしても、それは上手く隠されているだろう。
 それでも、残る血を倍にしたのだから、私のした事は無駄ではなかったのだと思いたい。
 私は、貴族として生まれ変わっていた。
 あれほど化け物と蔑み、本当は羨んでいたウィザードの……石英の力がこの手にある。
 私は、私達の遺産を私達の子供達に受け渡す事を決意するのだった。
 もちろん、この星では圧倒的な少数派である人類が決起するのは無理だ。
 けれど、ニーク様が生み出していた石油を掘りだして宇宙船を起動し、移住する事は出来る。
 ここは元々ウィザード達の星。石英と言う不思議な鉱物のある、ウィザード達が祝福されし星。そんな星に移住し、乗っ取ろうとしたこと自体が間違いだったのだ。
 その間違い自体は認めるけど、私達の遺産は受け継いでいきたいし、かといって私達を滅ぼしたウィザードには渡したくない。
 必要なのは大量の食料と石油。そして先祖返りした人類達。無能力者の村を見つけられれば最善だ。
 私の死体も見つけ出さねばならないだろう。私のノートパソコン、ミリオンキスを取り戻さねばならない。
 その資金を稼ぐ為なら、ある程度の持てる知識をにっくきウィザードに放出する事もしよう。
 そうして私は、資金を稼ぎながら孤児院を設立した。無能力者だけの孤児院を。
 もう既に現役ではあるが、学歴はあった方がいいだろうと、原作の学校に入る。
 機体が発掘されれば基地の位置もわかるから、ホズルにコネも作っておいた方がいいだろう。汚らわしい化け物……でも彼らはとても美しい。
 惹かれる自分を抑える事が出来ない。いけない、今はまだ時期ではない。欲望を押さえなくては。

「という事でウィザードの王に媚を売りに来たわ。本当は化け物の親玉に頭を下げるのは嫌だけれど、仕方ないものね」

 私が懇願すると、ホズルは口の端をひくひくとさせた。

「は……はっきり言うなぁ……。しかも意味不明だぞ、狂人サージェリア」

「あら、私の噂を知っているの?」

「幼い頃から大人並みの頭脳。桁外れの石英を操る力。自分も含めた人間を化け物と呼び、無能力者を人間と呼ぶ。悪魔ニークの信仰者。無能力者だけの孤児院を作って、秘密の集会を行い、ニーク神の教義を広めている。他に何かあったか?」

「孤児院ってのは嘘だ。こいつ、孤児でもないのに俺とレガッツを買いに来たんだぜ。今でも手紙を送り付けてくるんだ」

 ライガットが警戒した表情で私を見た。

「貴方とレガッツくんを貰えなかったのは非常に残念だわ。化け物の合いの子とはいえ、人間は人間だもの」

「つまり、この世にサージェリアが心を開く人間はいないんだな」

「そうよ」

「……で? 俺に媚を売って、何をしたいんだ?」

「とりあえず無能力者の捜索の協力と、遺跡が発見されたら教えてくれないかしら? その他の事はまあおいおい」

「ほほう。それで、その代償は?」

 私の体でどうかしら? そういうのを堪えて、私はポラロイドカメラを構えて見せる。
 パシャっと教室を取ると、一瞬教室がパニックになった。
 パタパタと出てきた写真を振って、ホズルに見せる。

「おお、これは……」

「すげー綺麗な絵……」

「フィルムは10枚でどう?」

 シギュンが操られるかのようにカメラに手を添える。
 そしてじっとホズルを見つめた。

「ま、まあそれとなく聞く位ならいいだろう」

「ありがとう、ウィザードの王よ。今は素直に感謝しておくわ」

 わたしはカメラを置いてその場を去る。
 必要以上に原作キャラに関わるつもりはない。
 戦争は、起こしてもらわなければ困る。何故なら、その混乱こそが必要だから。
 ああ、ニーク様! 見ていて下さい。堕教徒、サージェリアはやってみせますわ。
 それから1年も過ぎた頃だろうか。
 独自の調査を続けた甲斐があり、私は分散させて隠しておいた地下研究室のうち一つを発見した。
 さっそく洗脳した無能力者の少女にパソコンを起動させる。

「カテリア、言われた通りに操作するのよ、いいわね。ニーク様の為に」

「はい、マスター。ニーク様の為に」

「私が死んだのはイースト研究室だから……私の死体はここか……。男子寮の真下じゃない。しかも入口はライガットの部屋の真下。忍び込むしかないわね」

 私は配下の忍者部隊を向かわせた。ニーク様がお喜びになるようにと、幼少の頃から訓練をしていた子達だ。私はその子達に絶対の信頼を置いていた。
 男子寮に忍び込むと、トントンと部屋をノックする。

「サージェリア! お前、どうしてこんな所に……」

「夜這に来たの」

 私はライガットに圧し掛かり、スタンガンを首筋に当てた。
 問題なくライガットを気絶させた私は、彼をベッドの上に乗せ、毛布をかけて一目見た所では眠っているように見せかけ、部屋には鍵を掛けた。
 そして、石英を遠距離操作してエネルギーを充てんさせる。
 全く、ウィザードの手を借りないと研究室に入れないなんて、ままならないわね。

「カテリア」

「はい、マスター。『緊急コード07。パスワード 開け、触手女の根城』」

 ちょうどいいタイミングで、別働隊の忍者部隊が火薬で数か所の爆発を起こした。

「火事だ―!」

「早く避難しろー!!」

 そんな声があちこちから聞こえる。
 ちょうどいいタイミングだ。上の階からも、バタバタと走り出る音。
 ひゅごうっと音がして、レーザーが私の鼻先をかすめた。出来た大穴に私とカテリアは駆けこんだ。
 どんどんと扉を叩く音がする。

「ライガット! 凄い音がしたぞ、無事か、ライガット!?」

「どけ! 扉を破壊する」

「ホズル様! ゼス様、早く避難を!」

 ライガットは、ホズル達に救い出されるだろう。心配ない。
 私はカテリアに扉を閉めさせて、奥へと進んだ。
 瓦礫の山。
 その奥に、瓦礫に潰された丸くておぞましい球体があった。
 カテリアが頬を赤らめて言う。

「これが、マスター……」

 うん、洗脳しすぎたかもしれない。とにかく私は、死体に向かって呼びかけた。

「ミリオンキス、おいで」

 その死体に巻きついていた蛇が私に巻きつく。ようやく、ミリオンキスを手に入れられた。これでニーク様と話せるし、お札も作れる。いくらニーク様でも、寄り代もなしにお札は作れない。だがこれで、私とその周囲ではお札を作れるようになるだろう。
 私は研究室から必要なものを回収すると、生命反応装置を作動、全員が避難したのを確認し、自爆装置を作動させ、緊急脱出路を使って外に出て、女子寮に戻った。
当然、大騒ぎになった。奇跡的に死者はゼロ。男子寮爆発の理由は古代人の遺跡の暴走が原因。ただし、火事だという叫びが爆発前に聞こえたとの証言もあり、いくつもの不審な点を残す事となる。
ライガットの証言もあり、私の所にも調査の手が伸びたが、私は知らぬ存ぜぬを通し、貴族の威光といままでの実績もあって御咎めなしとなった。
一週間後、引き攣った笑顔を浮かべたライガットが私の所に来た。

「あー、その……俺もその、集会とやらに呼んでくれないかな? あ、ほら、お前が夜這に来たって言ったろ! それ、俺の夢だったんだよな。夢に見るって事は、そういうの望んでるて事かもしれないし……」

 後ろでホズルとシギュン、ゼスが心配そうな顔で見ている。

「ふうん……。夢を見て私を犯人扱いした揚句、探りに来たってわけ? ま、私が欲しいなら相手になるけど?」

「ええ!? マジで!?」

 シギュンが本を投げつけた。

「いてっ! あ、いや、その」

「まあ、集会に来たいなら来なさいよ。御仲間も連れてね」

 私はニヤリと口の片端を上げるのだった。



[15221] ニートが神になりました ブレイクブレイド編 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/24 07:28
「ニーク神様を崇拝すれば、貴方達はこのようなロボットになれます。ただし、ニーク神を裏切る……つまり、リア充となり、色に狂えばニーク神様に堕とされてしまうのです。それがこの触手生物です。ニーク様の教え。それは……リア充爆発しろなのです」

 日曜日。私は子供達に講義をしていた。後ろの席では、4人組が頬をひきつらせている。

「こえー」

「疑い無く狂っているな」

「……ロボット」

「シギュン、騙されるな」

 一時間目の宗教についての私の講義の評価だ。それが、二時間目、三時間目となるとホズル達の表情が変わってきた。
 二時間目の内容は高等数学。三時間目の内容は化学だ。もっとも、4人の前だから内容は選んでいる。

「サージェリア……天才……」

「でも狂ってるんだよな……」

「ウィザードは黙っていなさい。どう、ライガット?」

「あの、ウィザードってどういう意味なんだ?」

「石英を操る魔法使いのような人、という意味よ」

「へぇ」

「ところで……石英を使わずに、火を起こせる方法の授業はやらないのか?」

 ゼスの言葉に、私はあっさりと答える。

「やるわ」

 ガタッとホズルが席を立った。

「じゃあ、お前は……!」

「落ち着いてよ。いい、火を起こすぐらい石英を使わずに出来るわよ。というか、ゼスとか軍人の訓練受けてるんでしょ? やった事無いの? 枯れ木から火を起こす方法」

 ゼスは目を閉じる。

「ある。もしお前が無いと言えば、その時は犯人と断定するつもりでいた」

「バカにしないでくれる? 私が犯人だとしても、そんな罠に引っ掛かるほど馬鹿ではないわ」

「いいや、お前は馬鹿だ」

 ゼスが静かに告げた。

「何故なら、お前はライガットを傷つけた」

 私は微笑んだ。化け物の癖に、なんて微笑ましい事を言うの!
 全部、ぜーんぶぶち壊せたら……。私の笑みに、4人が引く。

「あら、どうしたの?」

「ライガット、用心しろよ」

 一か月、私は茶番に付き合った。洗脳されそうだという事で、たった一か月でライガット達は私の講義から引き離された。しかし、監視は未だについている。
 姿を消す準備は、無論着々と進めている。しかし、この学校くらいは卒業したい。
 それくらいの時期までは騙しきる。そう思っていた。でも、ライガット達の潜入の腕を私は甘く見ていたようだ。
 私が研究室で研究をしていると、忍者部隊がやってきた。

「マスター、侵入者です」

「ええ。わかったわ。……出てきたらどう? ウィザードの王とその仲間達」

 ドアから、厳しい表情をしたホズルが顔をのぞかせる。
 忍者部隊が武器を構えるのを、私はやめさせた。

「これは……古代人の施設か」

「そうよ。偶然見つけて以来、私が使わせてもらっているわ」

「偶然……偶然か。……本当にそうか? 男子寮の下にあった古代人の遺跡が爆発したのも偶然か?」

「ええ、偶然」

「……サージェリア……。俺は、こういう事には興味はない。でも、それが人を傷つけるというのならば話は別だ。サージェリア、お前は何を企んでいる?」

「強いて言えばこういう事かしら? 」

 私は水鉄砲を取り出した。
 
「生き延びる為、私の開発した最終兵器……受けてごらんなさい?」

「あぶねぇっホズル!」

「食らえ! 女になっちゃっちゃ!」

 噛んだ。
 ライガットがホズルを庇い、その水に当たる。

「ラララ、ライガット!?」

 でかい胸。きゅっと引きしまったウエスト。プリンとしたお尻。
 ライガットは女になっていた。

「なんて事だ、女になっちゃっちゃとは恐ろしい兵器だな!」

「く……女になっちゃっちゃ……なんて酷い武器なんだ……」
 
「うわ、シギュンよりでけぇ! すげぇ、女になっちゃっちゃ!」

「ふふふ。それを元に戻したかったら……」

 ゼスが迷わず銃を撃つ。忍者部隊が私を引っ張ってくれなかったら死ぬ所だった。
 忍者部隊が銃を突きつけ、ゼスは沈黙した。

「おい! 今、元に戻す方法言いかけてたよな!?」

 ライガットの言葉に、ゼスはぷいと横を向く。

「あいつは危険だ」

「あらあら。しょうがない子達ね。御仕置きよ?」

 忍者部隊も水鉄砲を出す。

「しま……っ」

 ホズルに当たった。ゼスはうまく避けてしまった。
 ライガットの小柄で引きしまった体と違い、ホズルは大柄でやや筋肉質、肉惑的な女性となる。

「お、俺もか!?」

「「かくなるうえは!!」」

 二人はゼスを拘束した。

「お前達、何をする! やめろ!」

 私はご期待に答えて、ゼスも女にした。ゼスはスレンダーで筋肉質な女となった。
 三人ともタイプが違うが、大変な美形であり、食指を非常にそそられる。

「三人とも、大丈夫……。……!? ラ、ライガット……なの?」

「馬鹿! お前は来るな!」

 シギュンもついてきてたか。私は水鉄砲をシギュンへと向けた。
 そして、思わず水鉄砲を取り落とす。シギュンはそれほどの美男子となっていた。

「い……一時的に戻すのなら簡単よ。お湯を被ればいいわ。これは一種の呪いなの」

「一時的とはどういう事だ」

「水を被ればまた元通り、という事よ」

「頼む、シギュンだけでも元に戻してやってくれ」

 ライガットの頼みに、私は指を口元に当てた。

「あら、とても似合っているのに? まあいいわ」

 私は女溺泉の水の入った水鉄砲を投げ渡す。
 
「そこに入った水を被りなさい」

「あ、そっか。女になっちゃっちゃで女になるなら……!」

「そう。でも、水鉄砲に残っているのは後一人分」

 私は水鉄砲を振って見せる。

「何が目的だ……!」

「別に。私の事を数年ほど、黙っていて欲しいだけよ。簡単でしょ? そうしたらこの水を精製しだい送るわ」

「それが本当だという証拠は……?」

「さぁねー♪ 嘘だったらその時は水を被らないよう極力注意して過ごすだけでしょ。ま、好奇心の強すぎた子猫さんには妥当な処置ね」

「く……!」

「話はわかった……。つまり、これで誰でも好きな人を女に変えられるという事……」

「「「シ、シギュン!?」」」

「ひ、一人だけね。わかったら、帰りなさい。カテリア、お湯を持ってきて」

「待ってくれ!」

 ライガットは叫んだ。

「何かしら?」

「元に戻す前に、個室貸してくれ」

「私も個室、行きたい……」

「別にいいけど……」

 そして私は個室に皆を案内した。そして監視カメラから一応監視する。

「ゼスの胸、おっきぃ……」

「は、早く脱いでみるんだライガット!」

「お、おう!」

「寄るな揉むな射殺するぞライガットは服を着ろホズルは鼻血を拭け」

「男の人のここって……こうなってるんだ……」

 やつら……エンジョーイ☆してやがる……!
 その後、一時間ほどしてから四人はようやく個室から出てお湯を受け取った。
 そして私は、姿を消したのだった。



[15221] ニートが神になりました ブレイクブレイド編 3話(TS、妊娠ネタ注意)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/26 19:56
 5年後。
 手紙を見てにやりと笑う男の姿があった。

「まちやがれ、くそ兄貴っ!」

「くそあにきー」

「あぃきー」

 少年と二人の幼児に追いかけられ、男は逃げる。

「弟よ、そしてホルスよ、シギルよ。王都土産期待してろ!」

「ついでに今度こそ父親共に養育費貰って来い! うちに二人の子供を養う経済力はねぇ!」

「それは無理! 友達に金借りるなんて親父が許さねぇだろ」

「養育費は別だろ、この馬鹿兄貴! もう二度と子供作ってくんなよ! 俺はこれ以上面倒みねぇからな」

 男は行ってしまい、レガッツはため息をついた。
 それから5日後。荒野に倒れる女の姿があった。
 そこに、バイクが通りかかる。

「ライガット・アローだな? ホズル国王がお召しだ」

「だ……誰……だ? み……水ぅ……」

「ホズル様の仰っていた辺りに倒れてなくて焦ったぞ。思ったよりも大分手前で倒れていたな」

「雨に降られて、女になったからな。それで歩く速度が落ちたんだ」

 バイクに乗っていた男は、お湯を沸かしてライガットにかけた。

「あちあちっ」

 女の胸はたちどころにぺしゃんこになり、男となる。

「……魔力が無い事は置いておいて……本当に陛下とシギュン様以外にいたとは……水とお湯で性別が変わる者……! 問おう。陛下達に何があった!?」

「いや、それ言うと俺達、一生このままの体質になるんだ」

「しかし、もう5年もこのままではないか!」

「もうすぐ解毒剤を届けるって手紙が届いたよ。王都に来たのはそれもあるんだ。受け渡し場所が王都だから」

「なんと……!」

「で、あんた誰?」

「クリシュナ王国の将軍……バルドだ。ライガット、君をビノンテンに案内する」

「しょ……将軍? 将軍閣下直々の御出迎えですかぁ?」

 ライガットはひきつらせた笑みを浮かべるのだった。
 王都につくと、つかつかと美貌の男……シギュンが近づいてくる。

「ライガット・アロー!」

「シギュン! 1年ぶり……」

 言いかけて、ライガットは両手をあげた。シギュンが銃を突きつけていたからだ。

「シ……シギュン!?」

 ライガットはシギュンを睨む。

「どうして送った生活費を返したの!? レガッツを連れて王都に来てって手紙を毎月出してるのに、何故来なかったの!?」

「またそれかよ。妻に面倒みられる夫がいるかよ……」

「じゃあライガットが妻になればいい」

「それは嫌だって言ってるだろ? 俺は元の体に戻りたいんだ」

「ライガットは私の事が嫌いになったのじゃないの?」

「違います! 俺達夫婦だろ! そりゃ、一年に数日しか一緒にいられないけどさ……」

 そして、シギュンはライガットに水をぶっかけ、抱きついた。

「愛してるよ……ライガット」

「その前に水を掛けた事が激しく気になるが、俺も愛してるぜ、シギュン」

そしてライガットはシギュンと共に、王座へと向かった。
王座は空で、その代りに椅子に座り、幼児を抱き上げている国王の姿があった。

「ご苦労さん。この椅子、いいだろう?」

 ホズルの言葉に、ライガットはシギュンを振り返った。
 
「シギュン、お前こそひでぇじゃねーか。ホズルに子供が出来たなんて一言も聞いてないぜ」

「ホズルの願い……3年掛かって、ようやく腹をくくった」

「腹をくくったって……どういう事だよ?」

 ホズルが咳払いをする。

「えーと、その、だな……俺が母親だ」

「おま……!!」

 ライガットはお前もか! と言いかけて口を塞いだ。実を言うと、ライガットもまた二人の子供の存在を断固としてホズルやシギュンに伝えていなかった。男の矜持として、子供が出来ましたなんて意地でも言えなかったのだ。

「国王侮辱罪で死刑」

「まだ何も言ってねーだろ! 用件はこの事か?」

 ライガットは幼児を見つめる。そして乾いた笑い声をあげた。これはゼスだ。ゼスの子だ。恥ずかしながら、男同士で酒飲んでじゃれあって、気づけば裸で朝を迎えていた事が何度かあった。性欲のありあまる学生時代だ。もっと慎重に行動しておけばと後悔したがもう遅い。年齢から自分が学校を出たあたりだろう。

「いや、違う。見てほしいものがある。おいで、セス」

 幼児を抱き上げ、ホズルが言った。そして、採掘場へと案内する。

「これは……ゴゥレム……?」

「これは先月この石英採掘場から掘り起こされたシロモノだ。推定千年前のアンダー・ゴゥレムと言ったところか」

「古代……だぁ? どわぁ!」

 ライガットが床に横たえさせられているミイラに声をあげる。

「搭乗していた古代人だ。驚く事にその古代人は石英を使った形跡がないんだ。つまりこのゴゥレムは魔力では動かんという事だ。動力源も全て謎だ。高位魔動戦士達を乗せてみたが誰ひとり動かせなかった。俺とシギュンが水を浴びた時以外は」

「その状態の時って、俺と同じで石英が動かせないはずじゃ……」

「古代人とは魔力を持たないものだったのか……。それとも、呪いを受けた人間だけがそのゴゥレムを動かせるのか……。それを調べたい。それを知れば、わが軍のゴゥレム強化に繋がるかもしれん。シギュンはまだ女になっちゃっちゃを使っていない」

「あれの解析は進んだか?」

「いくら調べても、成分はただの水だ。謎としか言いようがない。あれは一体何者なのか……案外、古代人の亡霊なのかもな」

「古代人の亡霊か……だとしたら、古代人って変わってるな。ひたすら歌を歌い続ける「歌神」……女になっちゃっちゃ……」

カンッ その時、大きな音が響いた。

「な、何だ!?」

「ああ、ライガット。いい忘れていたが、この国は……戦争中なんだ」



[15221] ニートが神になりました ブレイクブレイド編 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/27 06:58
「戦争中!? どういう事だよ! 相手は!」

「アテネス連邦。アッサムは既に陥落している」

「な……なんだよ、それ……勝てるわけねぇじゃねぇか」

「和平の使者は送った。相手がつきつけてきた条件は、『クリシュナ全土の自治権をアテネスに移行』『全ての爵位の剥奪』それと……クリシュナ王族の全員処刑。当然……セスも含まれる」

 ホズルがセスを撫でる。セスは、きゅっとホズルに抱きついた。
 ライガットの血がざわついた。王族の全員処刑。……それはつまり、ホルスも?

「まあ、他に案が無いでもないんだがな」

「だったらそれを実行しろよ! 何でもいい、ホズルが処刑されないんだったら。飲めるわけないだろ、そんな条件」

「それは……俺の子の父親を発表し、ゼスに嫁ぐ事だ。……ゼスが受け入れてくれるかどうかはわからんがな」

「な……!!」

 それは殺し合いとどちらがマシなのだろう。男としての矜持も友情も何もかもぶち壊す行為。学生時代のお遊びとはわけが違う。

「しかし、これとて成功確率は低い。ゼスは俺に特に厳しかったしな。……俺を疎んじていたのかな?」

「逆だろ、バカ。そうやって……自分の命がやばいのに他人事のように笑ってる……! 何もかも諦めた奴みたいに……! だからゼスはお前に良くからんで……!」

「そのゼスだが……この戦で前線で軍を率いているそうだ」

「!! なんでもやってやるよ……戦以外の事ならな……」

「ライガット……!」

「ただし過度な期待はよせよ!? 俺は色んな意味で限界値が低いからなぁ!」

「あっはっはっはっ」

 轟音がして、その時ライガットが乗っていた橋が壊れた。

「ライガット!! 大丈夫か!? その位置だと取り合えず乗り込んだ方がいい。そこにあるレバーのスイッチを押せ。後は操作方法の書かれたメモが中にある。中の椅子にボタンがあるから、そこを押せば灯りがつく」

「わ、わかったからお前は早く避難しろ。国王だろ!?」

 ライガットはなんとかコックピットに乗り込んだ。手探りであちこち触れると、ようやく明かりがつく。
 そして、ライガットは慌ててパラパラとメモを見た。
 採掘場が崩れて来て、ライガットが焦る。その時、自動でゴゥレムが跳ねた。
 ライガットは目を回す。そして目の前には襲撃して来たゴゥレムがいた。

「うわっ」

 ライガットは驚いて思わず足を引く。そうするとゴゥレムも足を引いた。
 
「っとと、前に進むにはペダルを……」

 ライガットがペダルを前に思い切り踏むと、ゴゥレムが突進する。
 敵のゴゥレムはそれで気絶した。

「ホズルッ! 何してんだ早く逃げろ!それと助けを呼んできてくれよ」

 そして、ホズルが何か言っているのに気づく。

「ん!?」

「ライガット! 後ろだ!」

 カンッ

「……久しぶりだな、ホズル! いやクリシュナ9世!」

 ホズルは一瞬で腹を決めた。

「その声、ゼスか……! ほら、セス。お前の父上だよ」

「父上!? 父上なの!? 父上、おっきーい!」

「「「陛下―――――!?」」」

「こ奴が、こ奴が恐れ多くも陛下に手を出して責任も取らずに逃げた憎き男なのですか!」

 ゼスは大いに戸惑う。

「ち、父上だと!? ホズル、まさかその子は……お前も一年ほど休学していたのは、まさか……!」

「ふ……妊娠までして俺は王に相応しくないと言ったのに、結局王になってしまったよ……。そういえば、ゼスも一年ほど休学していたな。お前、まさか……」

 ホズルの視線に、ゼスは思わず目を逸らした。

「う……動くなよクリシュナ9世! 子供の事は後で聞く! その前に……」

 ゼスが銃をライガットの乗るゴゥレムに向ける。

「待てゼス! そいつにはライガットが乗っているんだ!」

「……? くだらん時間稼ぎはよせ。あいつがゴゥレムを動かせるわけがない」

「ゼス……?」

 ライガットは思い出す。あの学校をやめた日の事を。

『石英を使えない貴様が2階級進級できただけでも奇跡なんだぞ!? ここで辞めたら貴様を陰で蔑んでいた奴らの思惑通りだろうが!』

『金銭的な理由からだ、仕方ないだろう』

 本当は、サージェリアから自分どころかレガッツの分まで学費を提供するとの申し出は受けていた。
 レガッツと自分がサージェリアの組織に加入する事の条件に。
 しかし、駄目なのだ。今はまだ何とかごまかせるが、お腹はどんどん大きくなる。
 男に戻っても、子宮は消えなくなったらしく、手を当てるとトクトクという心音が感じ取れた。休学すれば、とも言われているが、復帰したらその間子供をサージェリアに預ける事となる。サージェリアに借りは作りたくなかった。
 だから、ライガットは退学した。
 その夜、ゼスは酒を持ち込んできて、二人で宴会をした。酔ったゼスは水を被ってライガットに圧し掛かり、ライガットはそれを受け入れた。
 ゼスがどういう心境だったのかは分からない。でも、ゼスが寂しがり屋な所があるのは理解していた。

「ホズル……貴様を捕えればこの愚かな攻略戦は終わる。貴様をここで逃がすわけにはいかん! 貴様がたわごとをいう人間でない事は良く知っているが……ライガットがここにいるはずがない!!」

「や、やめろ! ゼス!」

 その時、ライガットの乗るゴゥレムから光が出た。
 その光は平面上に広がり、絵を作り出していく。
 内部のライガットの映像を。

「ライガット!?」

「ゼス! やめてくれ! 王族が皆殺しって事は、お前の子供のセスまで殺されるって事なんだぞ!」

「王族皆殺し……どういう事だ?」

「なにって、それが降伏の条件だったろ!?」

「何……!?」

「陛下―!!」

 その時、バルド将軍が駆けつけて、ゼスは撤退を余儀なくされた。
 リィを連れて撤退するゴゥレムを、ライガットは見送る。

「ゼス……なにやってんだよ、お前……」







「クリシュナの王都ビノンテン。反応系石英の採掘量は大陸一を誇り、大オアシスに守られ水産業にも恵まれる……。兄上が欲しがるわけだ……。兄上……この手でホズルの国を落とせば……我が子ガットを返し見合いを取りやめて頂けますか……っ!」

「……しかし出来るか……? たった5台で……。それに、王族の皆殺しとはどういう事だ……。それに、俺の子供だというセス……一度報告を……うう、また兄上とエキディナの雷が……」

「……様、ゼス様!」

 クレオに呼ばれて、ゼスは我に帰る。一つ首を振り、クレオに命じた。

「報告書を作る。紙とペンを」



[15221] ニートが神になりました ブレイクブレイド編 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/27 11:53
 報告書は報告書として、作戦は遂行せねばならない。
 ゼスが進軍中、ライガットが交渉にやってきた。

「……4年ぶりだな……! ……だがお互いに再開を祝う暇はなさそうだなライガット! 答えろ! どうやってそいつを動かしている? 王族が皆殺しとはどういう事だ!」

「ゼス……! やっぱり知らなかったのか。アテネスが口頭でつきつけてきた条件がそれだ。ホズルはそれさえなければ、降伏したいと言ってる」

「……!! そんな……」

「なあ、頼む。アテネスの条件を取り下げさせてくれ!」

「25の若造にそんな権力あるわけないだろ……。いつまでも理想や理屈を無責任に叫んでればいい馬鹿学生ではいられないんだ……。俺は無力だ……」

「無力なんかじゃねぇ! え、えーと例えば……お前、責任とってホズルを娶れ!」

「ホズルを!? 男同士なうえに俺は結婚してるんだぞ! いや、しかし……」

 打算がゼスの中で働く。男に嫁ぐのは絶対に嫌だ。断固拒否する。兄上が嬉々として用意するウェディングドレスが憎いと言っていい。だが、娶る方なら? それも同じく嫌に決まっているが、ホズルが女になると中々の美人だ。いや、しかし……しかしホズルが殺されるよりは……。
 その時、手信号がゼスの目に入る。

「とにかく、子供の事は報告はした! 俺に出来る限り処刑は遅らせる。攻略第二陣に控えてるボルキュス将軍は残虐で戦争の天才だ! 200台近い大兵団で押し寄せてくるぞ!!? もう時間が無いんだ! 下手に防衛するな!! 降伏しろ! 五つ数える……その間に戻ってホズルを説得しなければ、いくらお前でも……」

 ゼスの脳裏に、ライガットに良く似た幼児が過ぎる。石英のコントロールは出来ないが、寝室のあらゆる物を浮かせていたガット。
 サージェリア曰く、古代人の中に時々生まれる超能力者。
 子供の時だけ現れる場合も多いと聞くが、それにしてもガットは強力な能力者だった。
 触れた人間の心を読みとり、物を浮かせ、短い区間とはいえ瞬間移動をやってのけ、何もない場所に火をつける。
 研究者の狂信的な愛情を一身に受けてしまっている子供。
 化け物と蔑まれる子供。
 サージェリアに封じの札は貰っているから事故は未だ起きていないが、逆に封じの札をつけられている場合は守る力を持たないとも言える。
 ガットを守る為ならば、ゼスはなんでもするだろう。
許せ、ガット。
 そしてゼスは5秒を数え……撃った。

「うわあああああああ」

 ライガットが逃げる。
 それと共に、向こうも進軍して来た。
 クリシュナのダンが、ライガットを救いに行く。
 ライガットの元に、リィが……ホズルを襲ったゴーレムの持ち主が現れた。
 リィがライガットに襲いかかる。
 撃たれた弾を、持った大剣で防ぐライガット。
 なおも襲いかかってくるリィ。ライガットは傷つきつつも、腕をもぐ事に成功する。
 リィがライガットから離れ、銃を撃とうとする。この時、ようやくダンが間に合った。
 
「ライガットだな? ああそうか、君は石英拡声器が使えないのだったな。私はバルド将軍の部下のダンだ。君を助けに来た。間に合ってよかった。私の後ろに下がれ!」

 ライガットは安堵のため息をついた。
 そして、ダンがリィに止めを刺そうとするのに動揺する。

「お……おい待て!」

『待つのは貴方よ、ライガット』

 サージェリアが、目の前の画面に映っていた。

『彼女は武装しているわ。放っておけば背後から撃たれる』

「サ……サージェリア……!?」

『だから私が無力化してあげる。ブレイクブレイド改の支配権を貰うわよ』

 途端に、ライガットのゴゥレムの制御が効かなくなる。
 ゴゥレムは歩み寄って内部に搭載された水鉄砲を撃った。そしてリィが男になる。
 
「これは……もしや、男になっちゃっちゃ……!? 確かにこれを使えば石英は使えなくなるが……。お前、どこでこれを……!?」

『先月そのロボット……ブレイクブレイド改が掘り出された時、ホズルに『お願い』してちょこちょこっと改造させてもらったの。まだタンクには男になる水、女になる水、そして……呪いを解呪するお札が入っているわ。ウィザードの王とマッドサイエンティストが私のいう通り色々協力してくれたお礼よ。ゼスにも同じものを送ってあるわ。貴方達には戦争を起こして貰わないといけない。でも、貴方の人を殺したくないという気持ちもわかるわ。ならば、信念を貫けるほど強くなりなさい。その水鉄砲一つで勝って見せなさい。……そのロボットは貴方以外に動かせないようにしておいたから。ああ、口止めももういいわ。準備、出来たから。通信、終了』

「待て、サージェリア! サージェ……リア」

「色々と聞きたい事はあるが、今は急いで移動しよう。来い、ライガット」

「あ、ああ……」

 そして二人は移動する。

「な……私を無視して行くだと……!? ……くっ」

 リィはゴーレムを動かそうとするが、全く動かせない。
 
「くそっくそっ何なんだこれは! 体が、体がおかしい……ゼス様―!!!」

 リィはひとしきりもがいた後、ゴゥレムから出た。そして、涙を拭ってゼスの元に移動を開始する。
 エレクトがそれに気づき、銃を構えた。それをゼスが止める。

「まさかお前……リィなのか……!?」

「ゼス様……蛮族は……私の聞いていた以上でした……! 私はあいつらに男に、男にされて……」

 リィが悔し涙を流す。
 ゼスは戸惑った。

「これは……サージェリア……?」

 ゼスが、宙を見上げる。哄笑するサージェリアの顔が、見えた気がした。
 クレオが、リィの生還を喜んでいたのは言うまでもない。

 その頃……ホズルは夢を見ていた。
 そう、それはゼスが休学していた頃の事だ。
 ホズルは体に不調を感じていた。

「やれやれ、ゼスじゃあるまいし……」

 ライガットが去って落ち込んだゼスを慰めて酒を飲んでいる間に、何故かそういう事になってしまった。その上、ゼスはその直後に体調を崩したと言って休学してしまった。
 その上、アテネスからはゼスがつかないという事で、ちょっとした騒ぎになっている。
 まさか、死を選んだとか失踪したとは思いたくもない。しかし、ゼスは誰かに浚われたり殺されたりするような男ではない。
 純粋に何故消えたのかわからなくて、心配だった。

「久しぶりね、ウィザードの王よ」

「サージェリア……一体何の用だ?」

「半分以上は貴方達の責任とはいえ、私にも責任の一端はあるわ。ちょっとお腹を見せて」

 サージェリアは、何か丸いものをホズルの腹に押し付ける。

「やっぱり……ホズル、貴方、妊娠してるわ」

「何!??」

「今から貴方を一年間だけ匿って、子供も引き取ってあげる。金輪際軽率な行動はやめた方がいいわ」

「つまり……俺は王位を……継がなくても良くなるんだな!?」

「どうしてそうなるのよ!」

「よし国に帰るぞ。驚け父上!」

 そしてホズルは国に帰った。
 迎えに来た人は驚く事に大勢いた。

「ホ、ホズル! 良かった、変わりなくて……! 俺は驚いたぞ。お前がオカマになったと聞いて……」

 その時、神の悪戯か、ちょうど雨が降る。ホズルの体が、むくむくと変化して女に変わった。

「オカマになったというより、水を掛けると女に、お湯を掛けると男になる体となったのです」

「ホ、ホズ……うーん」

「兄上―――――――!?」

 クリシュナ第一王子、倒れる。その知らせはクリシュナ全土を駆け巡った。
 ビノンテン、人払いをした第一王子の寝室でホズルは兄の手を握り、看病をしていた。

「あ、兄上……これには深い訳があるのです」

「どのような深い訳があってそのような体になるのだ!」

「それを言うと、一生この体質のままなのです。あと数年で元の姿に戻れますから……王位は継げなくなりましたが」

 第一王子は目を見開いた。

「ま……まさか、お前……王位を継ぎたくなくてこんな事を……!?」

「そ、そんな! 誤解です! でも王位は継ぎたくないです! そんな事より、兄上に告白せねばならない事があるのです」

「何だ、言ってみろ、もう何を言われても驚かん……」

「兄上、俺は子を孕みました。父親が誰かは言えませんが……。これで王位は絶対に継げないでしょう。兄上が王様で決まりです。お祝いを申し上げ……兄上―――――!?」

 とたん、第一王子は心臓マヒを起こした。パタリと倒れる。

「どいてっ」

 その時、天井からサージェリアが落ちてくる。背に六本の触手を生やして。

「サージェ……化け物!?」

「あんた達監視されてるのに飽きもせずわっふるわっふる……時期でもないのに欲情しちゃったわよ。ま、いいわ。もともと第一王子は急死する運命だったけど、さすがに私のせいで死にましたって言っちゃ寝覚めが悪いでしょ。今すぐ治療するわ」

 そして、妙な札を第一王子の頭に、妙な装置を胸に取りつける。
 第一王子の体が跳ねた。そしてサージェリアが胸に手を当てて、何度も押す。

「がはっがはっ」

「これでいいわ。あなた、もうちょっとお兄さんの事、大事にするのよ」

 そしてサージェリアは触手を天井へと伸ばした。
 そして触手が縮まって、するすると上へ昇って行く。

「リ……リア充……ニート神……まさか、本当に古代人の亡霊なのか……? そ、そうだ。兄上! 大丈夫ですか兄上!」

 お札の文字は、ホズルが気づくと消えていた。
 
「ホズル……俺は夢を見ていたのだ……思いだすのも恐ろしい夢だ……」

 気がついた第一王子はそう言ってホズルのお腹に耳を当てた。

 トクトクトクトクトク……。

「うーん」

「兄上――――――!?」

 第一王子は泡を拭いて倒れた。こうして、第一王子は病弱でとても王位を継げる状態ではないとか、ホズルになんとしても王族としての自覚を持たせたいという話になり、ホズルに王位が移動する事になるのであるが、それは後の話である。
 とにかく、あの後が大変だった。あれほど苛烈に問い詰められて、相手の名前を吐かなかった自分を褒めたい。まあ、代わりに名前でばらしているようなものだが……。
 ホズルは、その夢を見て苦笑いをしていた。
 そして、膝の上で寝息を立てているセスを撫でる。

「すまない、寝てしまったようだ」

「いえ、むしろもっと睡眠を御取りになって下さい」

「皆……将軍と二人にしてくれ……」

 二人きりになると、ホズルは笑って言った。

「決めたよ。まず例の条件を出して、それが飲んでもらえなくても降伏する」

「……。陛下……! アテネス軍損害1 クリシュナ軍損害15。己の無能を棚に上げてあえて言わせて頂きます。降伏には反対です!」

「しかしだな、将軍……」

「部下達もまだ戦うつもりです! この愚臣にもう一度機会をお与えください!」

 ホズルは、しばし考えた後、頷いた。


 6年前……アッサム国立士官学校にて……『少女』は監視されていた……。

「オオオゥ……なんというけしからんカラダだ……!!」

「おい、ライガット!」

「けしからん……実にけしからんッ!!」

 パコンっと教師がライガットの頭を小突く。

「生徒の体をじろじろ見るのはやめなさい!」

 監視されていた『少女』ゼスが、ジロリとライガットを睨む。

「えー、良いじゃないですか、元男なんですし、シギュンの水着姿もほぼ永遠に見れなくなるし……」

「俺はお前の体の方がけしからんと思うがな……」

 ホズルがボソリと呟くと、ゼスがこくりと頷いた。

「え? 俺? 弱ったなぁ俺そんなに美人?」

 そしてライガットが胸を持ち上げる。
 女子生徒達は最初ホズル達が水泳の授業に加わる事に難色を示していたが、次第に憤慨し始めた。何せ、3人とも凄い美人だし、お互いにお互いの胸しか見ていないのである。

「ええい、この能無しめっ」

 勇気のある女子が、ライガットの胸を揉む。

「うわっ!? ちょ、ちょっと待てよ」

「ちょっとその胸、本物なの!?」

 違う女子が、ライガットの胸を掴んだ。

「ふわっ!?」

 ばちゃばちゃと始まった水中でのプロレス。
 ホズルとゼスは顔を赤らめ、それでも思わず凝視する。

「みなさーん、おやめなさ―い!」

 教師の声が、青空に響いた。
 その頃、シギュンはグラムの世話をしているのだった。

「ライガット達、変な事していないかな……」

 ふと顔を上げて呟く。変な事、していました。



[15221] ニートが神になりました ブレイクブレイド編 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/29 06:15
 ライガットは悩んでいた。

「サージェリアの奴、余計な事しやがって……」

『その水鉄砲一つで勝って見せなさい』

『そのロボットは貴方以外に動かせないようにしておいたから』

「俺に……戦えって事かよ……」

塔の上、ライガットが悩んでいると、水の小瓶を持ってきたバルド将軍が歩み寄ってきた。

「ここにいたのか、ライガット」

「……何の用だよ」

「男になっちゃっちゃだ。お札を渡す事は出来ん。あれは貴重だし、男になっちゃっちゃを陛下に使っても、恐らく陛下は水を掛けたら石英が使えなくなる体質は治らない」

「……ようするに、古代人にする水って事だろ。それ」

「……そういう説もある。ライガット……どうか、次の戦いに出撃して欲しい」

「出撃……ふざけんな。お前らが戦好きなのはわかったが……俺には関係ない」

「……陛下が降伏を決意なされた。惨めな降伏だ。陛下が、男の陛下が第二夫人になろうというのだから」

 ライガットはハッとバルドに振りむいた。

「……あの方は昔からそうだった。皆を御自分から遠ざけようとしている。……孤独だ……」

「ホズル……」

 ライガットの脳裏に、ホルスの顔が浮かぶ。
 ……もし、ホルスの事がばれたら?
 降伏を受け入れても、ホルスは殺されるかもしれない。

「俺には……俺には、守りたい物があるんだ」

「私達が守る。必ず」

 ライガットは震えながらバルドを指差す。

「黙れっ!!」

 ライガットは思わず駆けだしていた。
 ライガットがビノンテンを出ようとすると、ホズルとシギュンが待っていた。

「!! シギュン! シギュンも遠くへ逃げようぜ。俺達夫婦だろ。一緒に……」

「ライガット……それは出来ない。私は、王宮つきの魔技師……」

「悪い、ライガット。俺もシギュンを説得したんだが……」

 シギュンは、笑う。

「ライガットが逃げる時間位、稼いでみせる……」

「シギュン……」

「ライガット、これを受け取ってくれ。俺達からの餞別だ。あの時の金とは違う」

 小袋に入ったお金を渡されて、ライガットは首を傾げる。

「覚えてないか……? 5年以上前だからな……ほらお前が学費の問題で辞めると言いだした時……俺の親父に頼んで学費を工面させると言ったら、お前珍しく本気で切れたろ?」

『親父の教えでな。借金取りから踏み倒しまくっても……友達からは本気で借りるなってさ』

「……言ったっけ……?」

「無粋な自分を恥じたが……嬉しかった……。さらばだライガット! また会おう!」

 ホズルは……わかってる……また会う事はないと……。
 すまん、ホルス……。
 ライガットは、ホズルとシギュンに抱きついた。
 涙を流すライガットに、二人は戸惑う。
 ……俺は、二人に嘘をついている。ホズルはあんなになんでも話してくれたのに、俺はまだホルスやシギルの事を言えない。今も逃げようとして……俺とシギュンて、本当に夫婦なのかな……。
 しかし、それでもライガットの口は開く事はなかった。
 ライガットは、ホズル自らの手で騎士に叙任した。
 そして翌日、戦闘に出た。

『はい、ライガット。貴方の武器を説明するわ』

「サージェリア……! お前、俺以外にも操縦できるようにしろよ!」

『いやよ、主人公君。貴方達にはもう少し踊って欲しいの。で、武器の説明よ』

 ライガットの握るレバーに、二つのボタンが出現する。

『水色のボタンが水鉄砲。赤色のボタンが注射針よ。仕組みは簡単。刺さると当時に後ろ半分が開いてそれ以上刺さらないようになり、内部に水を発射するの。刺す位置はスキャン装置が自動で照準を合わせてくれるわ』

「……わかったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」

 ライガットは高速で走る。そして、飛びぬきざまにアルガスに注射針を撃った。
 アルガスが、停止する。

「アルガスさん!? どうしたんですか、アルガスさん!?」

 ゼスはライガットに向き直る。

「隊長を援護するぞ!」

『ゼスは普通の水でいいわね。注射針の切り替え切り替えっと』

 飛び交う弾丸。ブレイクブレイド改はその全てを受け止める。

「くっまるで城壁が走っているようだ……!」

 ライガットは、無我夢中で注射針を撃ちまくった。
 本来ならば、それはゼスにかするはずもなかった。しかし、何故かそれはゼスに当たった。その直前、ゼスがエレクト達に叫ぶ。

「二人とも行け! これは命令だ! ぐっ」

「ゼス!?」

 エレクトがクレオを急かして止まる。
 ゼスのゴゥレムが止まると、ライガットが慌ててゼスの名を呼びながらコックピットから出てきた。

「注射針が深く刺さりすぎたか!? ゼス! ゼェス!」

 その時、ゴゥレムが動いてライガットを握りしめた!

「あの日以来、お湯ぐらい携帯してる」

「ゼス……!?」

「来てもらうぞ、ライガット……。クレオ。エレクト。戻ってきてアルガスを回収しろ」

 その時、バルド将軍達がやってくる。
 
「アルガスさん!」

「駄目だクレオ! 逃げるぞ!」

 バルド将軍達は、的確にクレオのゴゥレムの足を撃った。

「くっ……クレオも駄目です! ゼス様だけでもお早く! 殿は私が勤めます!」

「すまん、エレクト!」

 そして、ゼス達は本国に退却したのだった。






 アテネス、本部。ゼスはライガットを連れて報告に来ていた。
 その兄、ロキス書記長に。
 ロキス書記長は、その背に小さい子供をぶら下げていた。
 その子がどこかで見たような顔だなとライガットは思う。

「兄上っ 男に戻れるとは本当ですか!?」

「別にそのままでも良いだろう。男になっちゃっちゃを使用した場合、男の姿でもやはり石英は使えなくなる事が判明したのだし」

「いや、それなら札を使えばいいだけでは……」

「札は少ない。これは一度使えば効果が無くなるとあった。真っ先に身内に使うわけには行くまいよ。ガット、お前もお母さんが男になるのは嫌だろう」

 ガットと呼ばれた男の子はにっこり笑うとロキス書記長の隣に置いてあるコップに目をやった。すると、水がふよんと浮かんでゼスに向かう。
 パシャンと水が弾け、ゼスが女になった。

「母上―!」

 ガットがゼスに抱きつく。ゼスは水を掛けられたというのに怒らず、ガットを撫でてやった。

「ゼ、ゼス!? さっきのは一体……っていうか、お前もか!」

「お前もか、とは心外だね、ライガットくん。私の可愛い妹を手籠にしておいて……」

「兄上、弟です」

「お、俺が父親!? ホズルはともかく、ゼスとやった事なんて、一回くらいしか……まさかあの時!?」

「ほほぅ。実に興味深い話だ。妹との事は遊びだったのかね?」

「兄上、弟です」

「そんなんじゃねーよ! ただ、あれは酒の勢いがちょっとあって……」

「ほほぅ。酒のせいにすれば妹を孕ませてもいいのかね」

「兄上、弟です」

「う……そ、それは……悪かった、よ……」

「まあいい。問題は妹の産んだ私の甥、ガットだ」

「兄上、弟です」

「妹の産んだ子は石英こそ操れないが、素晴らしい子供だ。私はこれを『量産』したい」

「兄上、弟です」

「な、何だって!?」

「そういうわけで、ライガットくん。君に妹をくれてやろう」

「兄上―――――!?」

「な、なんだってー!?」

「兄上、何度でも言いますが、俺にはエキディナという最愛の妻が!」

「俺にも、シギュンという最愛の妻が!」

「ゼス。ライガット。……これを飲めば……つまり、実験に協力すればクリシュナ9世の申し出を引きうけよう。セスが新王となり、ゼスがその後見となれば王族皆殺しは無しでいい」

「「ぐ……!」」

「ガット、家族がいっぱい増えて嬉しいな?」

「うん! 感じるよ、この人が僕の父上だって。だって、僕ほどではないにしろ、ちゃんと力は眠ってるもん」

 そうして、ガットはライガットに触れる。
 途端、ライガットは頭を押さえた。

「ぐっうう!」

「ライガット!?」

「父上が持っているのは、最善の未来を自然と選びとる力……予知能力だよ♪」

「なるほど……それは素晴らしい。ぜひアテネスが手に入れたい力だな。お前は本当にいい子だ」

「イリオスが……イリオスが明日、古代人に攻撃される……。アップダウンアップダウンチューチューチュー……」

「何だと!? アップダウンアップダウンチューチューチューとは何の事だ!」

 ロキス書記長がライガットを問い詰めるが、ライガットは気を失っていた。



[15221] ニートが神になりました ブレイクブレイド編 7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/29 22:08
 事件は、アテネス、クリシュナ、そしてオーランドの広場に祭られている歌神から起こった。
 歌神の周囲にいきなり丸いゴゥレム達が落下して来たのだ。
 そして、歌う事しか出来ないはずの歌神は流暢に喋り出す。

「さあ、いきなさい、ロボットたちよ。人間を躍らせるのよ!」

 ロボット達がビームを照射すると、広場にいた人達は踊り出す。
 アテネスの広場。ライガットの言葉により、警戒態勢を敷いていた兵士達がすぐにロボット達に立ち向かった。
歌神は言う。

「私は踊りも覚えて新しく生まれ変わった初音ミク。私の動きを記憶して、そっくり真似して、返せるかなぁ? ハートが尽きたら貴方の負けよ。その気がなくても! 踊りで勝負!」

「はぁ!?」

 その時、兵士達の脳裏に何故か7個のハートが浮かんだ。

「レッツダンス!」

「アップ! アップ! アップ!」

 腕を振り上げる初音ミク。

「撃て! とにかく撃て!」

 しかし、兵士達の銃は何故かかなり不自然な外れ方をする。

「貴方の負けね」

 そして、兵士達も踊らされていく。

「第一防衛線突破されました!」

「まさか、武器が全く効かないとは……」

「ロキス書記長、ほんっとーにクリシュナと和平をしてくれるんだな」

 ライガットが念を押した。

「今この状況を何とかするなら、な」

「出来るかどうかわかんねーけど……ゼス達はここで見ててくれ」

 そしてライガットは走って城を駆け下りていく。
 躍らせた兵士達を従えた初音ミクの所に、辿りついた。

「貴方はどうやら少しは違うようね。私は初音ミク。私の動きを記憶して、そっくり真似して、返せるかなぁ? ハートが尽きたら貴方の負けよ。その気がなくても! 踊りで勝負!」

「レッツダンス!」

「アップ! アップ! アップ!」

 ライガットは腕を三回振り上げた。

「アップ! アップ! アップ!」

「ダウン! ダウン! ダウン!」

 腕を下へ三回。

「ダウン! ダウン! ダウン!」

「ライ! レフ! ライ! レフ!」

 腕を左右に。

「ライ! レフ! ライ! レフ!」

 ライガットは初音ミクの動きを忠実に真似していく。
 そして、初音ミクが項垂れ、周囲のゴゥレムが爆発した。
ゼスが驚愕の声をあげる。
 
「馬鹿な! 勝手に爆発した! 一体……」

踊らされていた兵士達の体が宙に浮き、ライガットの後ろに移動する。
 兵士達は、急いで撤退した。

「本格的にお相手するわ。まずは語るわ、我らが名前!」

「わーれーらーは踊り団。チュー、チュー、チュー」

「ええっまさか歌うのか!? なーんーだーかーあやしーぞーチュー、チュー、チュー」

「踊らせちゃうぞヘイ! ヘイ!」

「躍らせんなよ、ヘイ! ヘイ!」

「アップアップダウンダウンチューチューチュー!」

「アップアップダウンダウンチューチューチュー!」

 踊りを完璧に真似すると、初音ミクはじりじりと引いていき、兵士達が解放されていく。
 そうして、ライガットは何とか兵士を救出し、初音ミクを撤退させた。
 ゼスが駆けよる。その時、大きな映像が空に大写しになった。
 レガッツが真っ赤な顔で、妙な服装を着て、妙な物を持って広場を歩いている。

「そ……そこで踊らされている皆! 謎のダンシング集団に荒らされたクリシュナ王都ビノンテンを、アンソーサラーのレガッツ、古代人のレガッツ、マッチポンプで言うポンプ役のレガッツが古代人の提供で人質を取られたり逆らうと触手でらめぇぇぇするぞと脅迫されつつお送りするぜ。ああっ前方に犯人役の同じく脅迫されている人が!」

「やぁ、僕は遺憾な事に犯人役でマッチ役でウィザードだ。断じて古代人は表向き関係ない。僕の動きを記憶してそっくり真似して返せるかなぁ?」

 仮面をした長い髪の女が踊りながら言う。

 そしてライガットがやっていたような踊り対決が繰り広げられる。
 ライガットと違うのは、そこで戦いに移行した事だ。
 チューで攻撃ビーム、ヘイでハートが、敵に捕らわれた人々に向かっていく。

「ほ、本当に歌うのかい? 本格的にお相手しよう。まずは語ろう、我らが名前!」

 自己紹介を済ませ、踊り対決をしてバルド将軍を助ける。

「ど、どういう事なんだ、ジルグ!」

「何って、クリシュナを侵略しているのさ」

 笑うジルグ。レガッツがすぐにネタばれをした。

「脅されているんだよ、俺達! でもサージェリアをやっつけるには茶番を演じて働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござるのエネルギーを溜めるしかないんだ!」

「どういう事だね!?」

 そこで、どこからか声がする。

『あらあら、無駄話しているとらめぇするわよ。台詞は? せ・り・ふ』

「くっ……城の中に入りました。危険な香りがぎゅんぎゅんします」

「お待たせしてしまったね。ゆっくりご覧ください、陛下」

 ジルグ(女)の言葉と共に、踊らされているホズルが現れる。

「レガッツ! 来るな!」

 そして、現れる三つのゴゥレム。ホズルはどこかで見ているであろうサージェリアに叫ぶ。

「く……! 戦争を止めようとしたらそれは困るとはどういう事だ、サージェリア!」

「言葉通りよー? さあ、自己紹介☆」

 そしてホズルは歌を歌う。

「く……我が名はホズルチュー」

「陛下……っ 初めましてチュー」

「大陸の全てを躍らせてやるっダウン」

「お止めいたしますダウンッ」

「知的で素敵で無敵なサージェリア アップ」

「触手女は黙ってろ アップ」

 歌の会話が進むごとに、何故かゴゥレムは壊れていく。
 
「良かった……っ何とかなりそうだな」

 ホズルがほっと息をつく。
 
「うう、恥ずかしい……最後は決めポーズか? これでクリシュナは解放されるんだな? スペース、チャンネル5」

『次回はアテネスでやるわよー。最後はオーランドね。ヒント。楽器対決あるわよぉ』

「「「「なにぃぃぃぃぃ!」」」」

「大変です! 古代人よりという荷物が届きました!」

 ロキス書記長が開けさせると、そこにはギターと銃が入っていた。
 
「俺、ギター出来ねぇぜ」

「軍人で記憶力が良くて音楽も出来るとなると、ロキス書記長……あ、いえあの……」

「オーランドとクリシュナに伝令を! 私に恥をかかせる以上、絶対に古代人を倒す!」

「無理です! 踊り団で溢れかえっていて、踊り対決は避けられません!」

「しかし、踊りだけでも倒せるようです!」

「ニケと大佐を呼べ! 音感の良さは保証する!」

「わ、私は踊りはさっぱり……!」

「書記長! リズムに合わせれば攻撃、通ります!」

「でかしたぞ!」

 サージェリアの望み通り、各国は大混乱に陥った。
 レガッツの放送を分析して、情報を集めていく。
 そして、一丸となりつつあった。
 その一方で、いきなりダンスをやらされる羽目になった軍人達の働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござるな気持ちは、高まり、渦巻いていくのだった……。



[15221] 機械人形の憂鬱(アンケートお礼シムシティとかシヴィライゼーションっぽいの?)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/28 20:58

 差し出される、いくつもの手。
――お願いだ。僕に手を触れないでくれ。
 口々に自分を求める声。
――お願いだ。僕に話しかけないでくれ。
 誰も彼もが、僕を求める。
――お願いだ。僕に関わらないでくれ。
 僕は、しゃがみ込んで首を振る事も出来ず、凍った瞳でただ呆然と立ち尽くしていた。
 始まりは、僕が幼い頃。飛行機を見ていた時。
 僕は自然とこう呟いていた。
 
「あの飛行機、落ちるよ。原因はエンジンの異常」

 父が驚いて僕を見る。その時、飛行機は次第に傾いていった。
 大惨事になった。轟音、悲鳴、燃え上がる炎。煙たい匂い。
 僕はそれを目に焼き付ける。
 恐ろしい光景だったが、その反面、僕にとっては既に決まっていた、わかりきった事だという事が僕から動揺という選択肢を奪っていた。動揺もせず、真正面から受け止めた僕の中で、何かが崩れていくのを感じた。
 慌てて事故現場に駆け寄る父が振り返った時の、どこか恐れるような驚愕の瞳。
 僕はそれを見て、知っているはずの事だと納得しながらもどこか不安に感じていた。
それからだった。
 僕は数々の事故を予言した。
 普通の人間には、事故をみすみす見逃すなんて事、出来ない。父母は僕が事故や災害の予言をするたび、関係する場所に連絡を入れた。
 父がテロ関係者と疑われた事もあったが、地震の予知でそれは氷解した。
 やがて訪れたマスコミの人間。
 父は、僕に予知をするように言った。

「いいけど、そしたら僕、浚われるよ。悪い人に」

「何をわけのわからない事を言っているんだ。お父さんを嘘つきにするつもりか? 早く予知をするんだ」

 僕は告げた。

「明日、一二時に、東京地下鉄でテロが起きるよ」

 お父さんとテレビ局の人達は動揺する。
 
「僕。それはどうしてわかるの?」

 何故、この人は当たり前の事を聞くのだろう。
 
「そう、決まっているから」

 翌日、東京の地下鉄でテロを起こそうとした人達が捕まったとニュースでやっていた。もちろん、僕のニュースも大々的に流れた。
 僕は、初めから何が起ころうと黙っているべきだったのだ。
 でも、幼稚園児だった僕にどうしてそんな事が分かるだろう。
 その日から、僕の環境は一変した。
 旅行に行くとなれば、その旅客機や列車が無事か聞いてくる。催し物があれば、それが何事もなくすむか聞いてくる。押し寄せてくるマスコミの人達。研究者。政府の偉い人……そして、犯罪者。
 ……誰もかれもが、予知をしろという。
 やめてくれ。僕をもう放っておいてくれ。そういう僕を無理やり引きずりまわし、しつこく問い詰め、奴らは予知をさせた。もううんざりだった。
 人間不審に陥っていた僕は、漫画やアニメに次第に傾倒していった。
 何回目かの誘拐の時だ。縛られていた僕に、傷ついた刑事が駆けよった。

「悪い人が、僕を浚いにくるよ」
 
「何度だって、助けてやるさ」

 僕の頭を、刑事が撫でる。既に顔見知りになった刑事を、僕は決して嫌いではなかった。
 でも。

「もう遅いよ、ほら、浚いに来た」

『強き魔力を持ちし賢者の魂。魂無くして生まれおちた我が眷族の魂として相応しい』

 現れた黒く大きな影。それに驚いた刑事が銃を抜くが、放たれた弾丸は闇を素通りする。
 なのに、その闇で出来た腕はたやすく刑事の上半身をふっ飛ばした。

「もう、誰も僕に関わらないでくれ」

 僕は、両腕で耳をふさぎ、丸くなって下を向いた。
 その僕を、闇が脳天から真っ二つに切り裂いていた。
 次に気がついたのは、化け物に抱きあげられた時だった。
 視界に入るのはぶら下げられた鋼鉄の体。
 目の前のなんと形容してよいかわからない、人型の黒い獣といっていい化け物。
 これが僕の新しい親だと当然のように『わかった』が、とてもこの鋼鉄の体と毛玉が親子だとは思えない。
 化け物が何か言う。
 知らない言語だが、何故か僕には化け物の言っている事が分かった。

「邪神様が、素晴らしい魂を我が子の為に用意して下さった。この子の名前は、デウス・エクス・マキナとしよう」

 ――機械仕掛けの神。
くだらないと思った。




[15221] 機械人形の憂鬱1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/28 20:59
僕は魔界の第一王子として生まれおちていた。
僕は動けるようになって早々に世話を拒絶した。
食事と紙とペンだけ持って来させて、僕は部屋へと引籠る。
僕は名前の通り、機械人として生まれおちたようだった。
当初は期待されていた僕だったけど、すぐにその期待は霧散した。
僕は今度こそ何も言わなかったから。本当に、何も。
情報処理系統に特化しているらしい僕は、無言でいるなら本当に役立たずでしかない。
しかし、この世界は生きにくい。
空は常に雷雲が轟き、常に肌寒く、じめじめとして、腐ったような匂いが常にしている。
ちなみに食事は普通の食事を別として、金属や石油、周辺の魔力を食らっている。
人間は煩わしいが、サンサンと太陽が降り注ぐ安住の地がある事はわかっている。
時折次元の歪みに巻きこまれて来る人間やその他の生き物。
それに、稀にそれに巻きこまれ、そしてまた人間界で巻き込まれて戻ってくる魔物。
デウス・エクス・マキナの名の通り、自分だけはハッピーエンドで終わらせたいものだ。
その為には力をつけなくてはならない。やれやれ、煩わしい。
そこで僕は、ふと宙を見る。
そして、父上と第二妃の所へと向かった。
父上は俺の事を一顧だにしない。
僕もまた気にせず、第二妃を見つめた。
狼の姿をした第二妃は、しばらく苦しんだ後、獣耳に獣の尻尾の子を産んだ。

「この子はフェンリル・ガイアと名付けよう」

僕は何一つ言わずに頷いた。
これが僕の弟。それだけ確認して部屋に戻る。
僕にとって弟は特別な物となるだろう。
それから10年がたった。
温度センサーに反応あり。狼達が接近中。
フェンリル・ガイアの眷族だ。僕達魔王の一族は眷族を生み出す事が出来た。
僕は機械を。フェンリルは狼を。
どの道、様々な魔物を生み出す事の出来る父上に比べれば、無能に違いない。
最も、機械の魔物を父上が生み出す事は出来ないけれど。
ああ、フェンリルの眷族を撃退しなくては。
僕の作りだした眷族は二体だけ。
眷族を作れるようになった時に取り急ぎ作った世話役と、十分に力を溜めて作った護衛。
現れた狼の機先を制して、その鼻先に極限まで圧縮された魔力を放つ。つまりビームだ。
焦げくさい匂い。ビームの怖さを知っている狼達が止まった所で、僕の護衛が鋼鉄の体で薙ぎ払った。キャンキャンと悲鳴を上げながら遠ざかって行く狼達。
王位継承戦は既に始まっている。僕には、全く興味はないけど。
 僕は絵を描く事に戻る。絵を、文字を書く事。そして文献を漁る事だけが最近の僕の楽しみだ。
 僕が書物庫で本を読んでいると、フェンリル本人がやってきた。

「兄上。兄上は何故俺を攻撃してこない」

 うざい。フェンリルは獣っ子として、可愛らしい見た目を持っている。異形の集まる魔界で、フェンリルは唯一の僕のオアシスだったが、それでも関わられるのはごめんだった。
 僕は軽蔑した目をフェンリルに向けた。読書の邪魔をするな。
 フェンリルが、その眼差しを受けてたじろぐ。

「う……そんな目をしても効くか。いい事を教えてやろう。兄上が大切にしていた書物、全てめちゃくちゃにさせてもらった」

 幼児か。確かにそれは腹立たしいが、それだけに過ぎない。機械に過ぎないこの身。全てを既に記憶している。僕からは何も失われていない。
 というか。書物をぐちゃぐちゃにって幼児か。
 僕は憐れみと軽蔑の入り混じった視線を投げつけた。
 うざい。

「な、なんだ、その目は! 俺を馬鹿にしているんだろう! なんだよ、閉じこもってばかりで魔王になる勉強も全然していない癖に……」

 うざい。
 僕はフェンリルを無視し、黙って書物を閉じると、部屋へと戻った。
 部屋に戻ると、散乱した落書きされた書物に破られた書物。
 僕は世話役の眷族に全て焼き払う様に命じて眠る。
 誰も僕に関わらないでほしい。
 その為には、領地が必要だ。誰もいない領地が。
翌日、何か呪いを掛けられたようだった。
解析中。解析完了。
大切な人の命を奪う呪文。
そして、フェンリルが喜び勇んで現れる。

「ふふん。今度こそ兄上の大切な物を奪ってやる。がはっごほっ な、なんだ……」

俺はほとんど誰とも接触しない。眷族は俺の体の一部という意識が強い。
父上、母上はどうみても化け物。となると、残りはフェンリルしかいないのだが。
俺は呆然とした顔でフェンリルを眺めた後、世話役のロボットに術師を呼びに行かせた。
やはり俺は弟が治るまでついていなければならんのだろうか。
本当にうざい。

「兄上……兄上は俺を馬鹿だと思っているんだろう」

「……」

「でもな、王位継承者争いで負けたら、皆殺される。俺についてくれる人達も、全部だ。俺は、絶対に負けるわけにはいかないんだ。兄上は、いつも余裕たっぷりで、それを崩す事なんかなくて……でも、間違ってるのは兄さんなんだ! 魔王としての勉強もしないし、コネ作りもしないし……」

 馬鹿らしい。

「僕とお前は失敗作だ。いずれ成功作が生まれよう」

 初めて発した言葉は、機械的に響いた。フェンリルがはっと顔をあげる。

「兄上、喋れたのか……!? いや、失敗作ってどういう事だ!」

 僕は黙った。そんな事、弟が一番よくわかっているはずだ。
 狼しか操れないフェンリル。機械人しか操れない僕。
 だから、僕にもフェンリルにも殆どお付きの者はいない。
 ……忠誠を誓ってくれるものが、いない。

「……兄上は、諦めているのか!? 失敗作だって諦めて、どうせ勝てないって諦めているから何もしないのか!?」

「いずれ、程良き時程良き場所に人界へのゲートが開こう」

 フェンリルは呆気にとられる。そして、呟くように言った。

「魔界を捨てて、人間界へ行くと……? そういうのか、兄上……? 王位も、何もかも捨てて……?」

「王位は僕らの物ではないよ。魔界のあらゆるものは妹のもの。魔界に要る限り、僕らでさえも」

 僕とフェンリルが努力に努力を重ねて力を合わせれば、妹に勝つ未来もありうる。
 けれど僕はそれを拒絶した。他者と深く関わるなどごめんだ。

「……! 兄上は、それでいいのか! 足掻いてこそ……」

 僕は席を立った。そして部屋に戻る。部屋に戻る直前に振りむくと、フェンリルが唇を噛んでいるのが見えた。
 それからしばらくして、妹が生まれた。
 父上似だった。あらゆる生き物の欠片が混ざっている。
 それでいて美貌を保った、稀有な存在。
 僕は妹が生まれる瞬間にも立ち会った。父上が名づける。

「ティア・カオス」

 混沌の涙。彼女はあらゆるものに愛されるだろう。
 フェンリルが、唇を噛む。
 フェンリルが孤立するのに、さほど時間は掛からなかった。
 僕達の時とは大違いの護衛がティアを守る。
 フェンリルはよく僕の部屋に入り浸るようになった。うざい。

「なあ兄上、ティアは俺を殺すのかな」

 散々僕を殺そうとした癖に、わかりきった事を聞くものだ。
 僕はそれを無視して、好きな美少女の絵を描いていた。
 もぐもぐと金属を食べながら。
 僕に今できる事は、力を溜める事だ。眷族をいっぱい生み出せるように。

「……兄上は、未来を見る力があるのか?」

 僕はその問いにも無視をする。やはりフェンリルに力の一端を見せるのは危険だっただろうか。
 しかし、次の瞬間、その疑問はどうでも良くなる。
 僕は父に手紙を書いた。
 曰く、王位継承権を放棄する。探さないでくださいと。

「兄上っどこへ行く!?」

 程良き時が来た。後は程良き場所に行くだけだ。
 王宮を出た辺りの、外れの位置。
 そして現れる、歪み。

「兄上―!」

 フェンリルが歪みに飛び込んできた。
 僕は思わずフェンリルを抱きとめる。
 現れたのは広き草原。抜けるような青空。さわやかな風。
 近くに見えるは大きな山脈。深き森。遠くに見える海。

「そ、空が……」

 フェンリルはガタガタと震えていた。
 僕はフェンリルを突き放し、歓喜の声をあげた。

「あはははははははははははははははははは! 僕はついに来た!」

 僕が笑うたび、僕から機械が産まれいでてくる。
 溜めきった力を、今こそ使い果そう。
 資源のたっぷりある山脈と平原。流れる川。それを包む荒波と深き森。地面を掘れば石油資源が。
 このあまりにも鎖国に適した理想郷が僕の予知した場所だった。
 まあ、フェンリル一人いても構わない。

「さあ眷族達よ、村を作れ」

 僕はまず初めに、眷族達にそれを命じた。
 別に、忠誠を誓ってくれる者など必要ない。他者など煩わしいだけだ。
 さあ、僕の命令だけを聞き、僕が望んだ時しか関わって来ない可愛い機械人形達よ。
 歪な歪な国を作ろうではないか。



[15221] 機械人形の憂鬱2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/30 23:56
 まず、一番初めにすべき事。それは採鉱だ。
 俺はまず、採鉱の研究をするよう機械達に命じた。
 普通の食事も糧に出来るから、しばらくは果物だけで生きていけばいいだろう。
 というより、ようやく普通の食べ物を食べられる。

「兄上、ここが、人間界……なのか? 兄上は、何を……」

「ここに我が眷族の国を作る。魔界のようなじめじめした国などいらない」

「魔界が、要らない……!? 国を作る……!??」

 フェンリルは、ぐっと拳を握った。

「ならば、俺も国を作ろう。兄上に負けない国を。妹に負けない国を。俺は、人間界に君臨する」

「そこまで行ったらここを出ていけよ。ここは僕が見つけた土地だ。フェンリルはここ以外の全部を支配すればいいさ。まあ、それまではこの領地においてやる」

「何を、偉そうに……!」

「フェンリル、お前家を建てられるのか?」

「……なんで兄上はそんな知識を持っているんだ」

「適当。それでも、機械人には手足がある。お前は手足を持てるほど高度な眷族をまだ生み出せない」

「う……わかった。その代り、食料は俺が用意する」

「取り過ぎないようにしろよ。眷族を作る時は十分に数に注意しろ。飢え死にはごめんだ。機械人は狼族よりは燃費がいいからな」

「わ、わかった」

 フェンリルもまた、眷族を生み出して散らせる。
 そうして、共同生活が始まった。
 200年後。僕とフェンリルはいくつもの村を作っていた。

「陶器、農業、畜産、漁業、車輪、筆記、アルファベット、数学、採鉱、青銅器、鉄器、錬金、石工術、機械、活版印刷、紙……戦士の生産も進んでいるし、大分研究も捗っているな。さて、次は……」

 200年の間に、人間も生活範囲を広げたのだろう。無論、言葉は通じない。
 僕は境界線内で殺しをした人間は殺し、侵入した人間は追い出すという事をやっていた。
 フェンリルにも同じようにさせている。
 機械だけの国の統治は、ゆっくりと、確実にうまく回っていた。
 僕と、今の所はフェンリルだけに仕える為にある国。
 文化面での遅れは非常に目立っているが、これは機械人の特別なイレギュラーが生まれるのを待つか、人間を取り入れるしかないだろう。問題は、どうやって取り入れるかだ。僕は必要以上に人間に関わりたくはないし、芸術が出来る機械人とは自我が強い事を意味する。

「兄上。兄上」

 うざい。なんだというんだ、フェンリル。

「人間の匂いがする」

 僕はそれを聞き、顔をあげた。
 フェンリルの後についていくと、奇妙な光景を目にする。
 すなわち、機械人が襲いかかろうとする度に死んだふりをして、機械人が目を離すと道を進む二人組の女の子を。

「兄上……」

 胡乱な眼をしてフェンリルは言う。なるほど、こんな手は考えなかったな。
 応用の効かない機械人の悪い所だ。
 今度から死体は外に放り出すように命じよう。

「ここは僕の領地だ。出て言ってもらおうか」

 手近な機械人に女の子達を捕えさせ、僕は言い放った。
 女の子二人は人嫌いの僕でもハッとするような美しさだった。
 片方はかなり身なりが良く、片方は騎士の服装をしている。
 服装は度重なる死んだふりと何かの戦闘の後だろう、切られた跡があり、怪我をしていた。
 女の子二人は何か叫んでいるが、さっぱり意味が分からない。
 まあ、いい。ここは鎖国しているのだから、他の国の言葉など覚える必要など無い。
 そう思っていると、フェンリルが同じ系統の呪文を唱えた。

「姫君?」

「言葉が分かるのか」

「兄上と違って、一応ここを出ていく予定だからな。眷族は外に放ってあるし、ある程度の情報網は作っている。兄上も、覚えておいた方がいい」

「ああ、フェンリルの力は斥候には適しているのだったな。僕の眷族の一つに教えておいてくれ」

 話を聞くと、暗殺者に追われて魔物の森に逃げ込む事でようやく助かったらしい。
 
「うん、芸術家を数人と引き換えに王都に送ってもいい。芸術家は俺が選ぶ。言葉を覚えるまで待ってくれ」

 フェンリルは頷き、姫君を連れ、宿に入って行く
 やれやれだ。




「姫様! お逃げ下さい、姫様!」

エストランテが叫ぶ。既に大半の護衛が討ち取られていた。
私は、無我夢中で魔物の森に向かった。
化け物の闊歩する森。この森では、殺した者は必ず殺される。ゆえに、殺生が起きる事はない。
馬が森に入る。
以前父上に連れられて見た事のある、鉄でできた化け物が現れた。
私はとっさに死んだふりをする。
 すると、化け物が振り返って森の奥へと消えて行く。

「やった……」

「姫様!? 姫様!」

 化け物が、数体集まってきた。

「エストランテ、死んだふりをして。お願いよ」

 エストランテが横になると、化け物が再度散って行く。

「これは……!」

「……先へ、進みましょう。この奥に何があるのかは分からないけど……賊のいる場所よりはマシなはずです」

 私は、心臓がドキドキするのを感じていた。魔物に守られた森。その奥には、一体何が。様々な噂があった。魔王を守っているのだとか、理想郷があるのだとか。
 私とエストランテは少しずつ進んでいく。森が拓けた。そこにあったのは化け物たちの歪な理想郷だった。
 農場で、採掘場でせっせと働く化け物たち。
 違和感にはすぐに気付いた。
 道で遊ぶ子供達がいない。道端で歓談する主婦がいない。
 彼らはひたすら、忙しく働いている。
 他にする事がないとでもいう様に。
 
「待って、エストランテ。いい匂いがする」

 レストランらしき場所。そこでは化け物たちが食事をふるまわれていた。私のお腹がなる。

「手に入れて参ります」

「お願い、エストランテ」

 そして、エストランテが盗んできた食事を二人でこっそりと食べる。
 それは食べた事のない味だった。とても美味しい。
 ここまで来たら、毒を食らわば皿までだ。私達は、とことん化け物の理想郷を調べる事にした。
 ここに領主様がいるとしたら、きっと優しい人のはずだ。
 だって、化け物たちは一度も必要以外の殺しをしていないのだから。
 一際大きな町に入ると、ついに私達は領主に……いや、王にあった。
 綺麗な人だった。耳としっぽは獣の物だったが、それがまた愛嬌がある。
 傍には、これも一目で特別とわかる化け物を控えさせている。
 あれがきっと、彼にとってのエストランテなのだろう。

「わ、私はラインステッドの姫です! どうか、私達を国まで送ってください!」

「俺はフェンリル王。いずれこの地以外を治めるフェンリル王だ」

「こ、この地以外を……侵略するという事ですか!?」

「侵略か……そうなるな」

 そして、化け物と一言二言言葉を交わす。

「姫君、貴方を返そう。ただし、芸術家と引き換えだ。それと、しばらく滞在してもらう。こちらへ」

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 私は考える。父上に、なんとしてもこの事を伝えなくては。
 そして、私とエストランテはフェンリル王に案内されて宿へと向かった。



[15221] 機械人形の憂鬱3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/10 13:00
僕と機械族はせっせと勉強をする。情報の共有が出来るから、手分けして一週間ほどで学習はすんだ。その一週間の間、ずっと閉じ込めているのは暇だろうという事で、機械人の一人に案内をさせた。そして、最後に姫君を預かっている事と、その姫君を2、3人の芸術家と交換して欲しい旨を記す。
覚えたばかりのたどたどしい文字と引籠り生活で鍛えた絵で漫画と小説を一冊ずつ書き、少々角ばってしまった女神のフィギアを作って箱に入れる。そして、こんなものが作れる者が欲しいと手紙をしたためる。
 そして生み出した機械人の外交官に戦士の護衛をつけて送り出した。
中枢に入れるのは良い機会だと、フェンリルの斥候も一緒についていく。
 良い知らせを持ってきてくれるといいのだが。















 
賊に襲われた姫が魔物の森で消息を断って一週間が経過していた。
必死の捜索も叶わず、恐らく死体は魔物の森の奥にあるのだろう。
魔物の森の捜索に向かわせたが、案の定魔物が邪魔をして死体を見つける事すらままならない。
断腸の思いでわしは姫の捜索をやめさせ、葬式の準備をする。
そんな時、魔物の森から魔物が出てきたとの報告が来た。
今までになかった事だ。ワシは反対を押し切り、馬を駆って様子を見に行った。
恐ろしい光景がそこに広がっていた。
蜘蛛のような形の鋼鉄の魔物が一体に、形だけは人型にやや近い魔物が10体、それらに守られた犬耳の妙齢の女性。
それらが小規模の軍の様相を呈して首都へ向かってきているのだ。

「お逃げ下さい、陛下!」

「よい。あ奴らは無駄な殺生はしない」

 そう、この魔物達は他の地域に出没する魔物と違い、大勢な代わりに縄張りを守るばかりで進んで殺生をする事はないのだ。その一方、明らかに統率がとれているのは恐ろしい事ではあるが。

 わしは馬を進める。
 妙齢の狐の女性が、つ、と視線を蜘蛛に向ける。
 その指示を受け、蜘蛛はその頭の上に小さく粗末な箱を載せていた。
 その箱を蜘蛛は足で持ち上げ、わしに差し出した。

「初めまして。私は名も無き国の使者。そちらの姫君がこちらの陣地に迷い込んできたので、保護いたしました。ただし、返すにはこちらの芸術家数人と交換です。その箱の中の物を作れる人材との交換を我が主は望んでおられます。そして、王都の見学を要請します」

「なんと、姫が!」

「了承され次第、姫君は都市を出発します」

「わが国には芸術家が多くいる。魔物の国に引けは取らぬ。了承しよう」

「交渉の成功を確認」

「よろしくお願いしますわ。私の名前はクライストです」

 最後に、にっこりと妙齢の女性は男のような名前を告げた。
 クライストはしずしずと、鉄の魔物はガチャガチャと音を立てて進む。
 民が、ざわめく。
 部屋を用意し、監視をつけさせて王都を案内させる。
 道を通っていた時は鉄の魔物達は堂々としてよそ見の一つもしなかったが、やはり向こうも人の世界は物珍しかったらしい。データ収集しますと呟きながら、あちこちを見て回って監視を困らせたようだ。
 鉄の魔物達の様子から、色々な事が分かった。
 一番驚いたのは、鉄の魔物達が貨幣を知らない事だった。
 クライストに聞くと、全ての者は主の物であり、同時に皆の物であるという事で、必要な分だけ貰うらしい。それで混乱が起きないのだから、ある意味大したものだ。
 また、彼らは彼らの開発した文字を使っているらしい。言語も、彼らの元の部族と逸脱してきているようだ。あえて、独自の文化を作り上げている名もなき国とやら。
 だが、鉄の化け物は、文字を自主開発した点からとてもそうは思えないが、文化面では酷く劣っているらしい。
 主はそれを憂い、姫が迷い込んできたのをついでに芸術家を得たいとの事だった。
 姫が名もなき国に忍び込んだ方法を聞き、誇らしかった。
 我が姫は、賢い。
 きっと、名もなき国の情報も得てくる事だろう。
 様々な差配をすませ、ようやくわしは箱を開けた。
 そして、驚愕する。女神像の、粗削りだが恐ろしく細かい作り。
 絵巻物を更に画期的にした、絵が主体の物語。
 そして、感動的な小説。
 このような物を用意できる芸術家がいるなら、わしが欲しいくらいだ。
 文化面で劣っているなどとんでもない。いや、まだわからない。
 どこかから拾って来たものかもしれない。
 芸術家の中には旅をする者もいる。
 姫と同じように名もなき国に迷い込み、それで主とやらが興味を持ったのかもしれない。
 とにかく、これには姫の命が掛かっている。
 わしはすぐに大臣を呼んだ。








 すぐに機械人から首尾よく交渉に成功したとの連絡が来て、僕達は出発する事にした。
 仮にも王族の移動だから、戦士を引き連れて行く。
 フェンリルもついてくるそうだ。
 しかし、姫君達は緊張しているようだ。
 通信兵によって、王都の情報は伝わってきている。
 しかし、通貨か。やはり用意した方がいいのだろうか?
今回のように、他国と接する事がある以上、用意した方がいいのだろう。
しかし、貨幣経済を確立すると混乱する恐れがあるな。
良く目を行き届かせないとならない。面倒な事だ。
そうだ、外に行く戦士にのみ持たせる事にしたらどうだろう。
何かを輸入する必要性は感じても、輸出する必要性は感じない。貨幣が我が国で通じなくてもいいのだ。
 持って行く物として、牛や豚を50頭ずつ用意した。これらを貨幣に変えればいいだろう。
 それをゆったりと追いながら進軍する。

「フェンリル様。今回は、交渉だけなのですわよね?」

「その通りだ。牛と豚で貨幣を手に入れ、姫で芸術家を手に入れる」

 フェンリルが応答する。俺は人との触れ合いが嫌いだから、フェンリルを連れて来て正解だった。
 姫は息を吐いたようだった。

「今回のように、普通に国交を開くつもりはありませんの?」

 フェンリルは僕に視線を寄こし、僕は首を振った。

「必要ない」

 姫は唇を噛む。
 王都につくと、外務大臣自らの出迎えがあった。

「アキュースト!」

「姫様!」

 姫は駆けて行って、外務大臣に飛びつく。
 
「怖かったわ! 凄く怖かったの!」

「まて、姫。貴方と芸術家を交換する約束だ。それに、牛や豚も貨幣に変えたい」

「豚はわかりますが……牛ですと?」

「乳を飲んだり肉を食べたりできる動物だ」

「それはわが国には無い生き物ですな。興味深い。とりあえず、値段は豚と同じで良いですかな」

「牛が存在しないのか。しかし、それでは足りない。豚の2倍用意しろ」

「……姫の為です、飲みましょう」

 牛と豚が連れられて行って、僕達の前には芸術家が並べられた。

「私は様々な歌と物語を知っている吟遊詩人です」

「私は彫刻家兼建築家です」

「私は絵巻物の画家です。とりあえず、王から見てもらった絵を真似して描いては見ましたが……」

「私は画家です」

「私は楽器職人です」

 ま、初めはこんなもんか。僕は頷いた。
 ふと思いついて言う。

「孤児を幾人かとこの三人の妻となるべき女性も一緒に連れて来れませんか? でなくば、一代限りになってしまう」

「それもそうですな。孤児でよろしいので?」

「その方がしがらみもないでしょう」

 戦士の一隊を連れ、先に芸術家達と子供達を連れて行かせる。
 芸術家たちは、涙を流して人間世界に別れを告げる。
 僕はフェンリルに牛豚を売った半額を渡し、買い物を楽しんだ。
 僕の国にはない文化的な……飾り物や服、絵巻物から、食べ物に至るまで、色んな物を買い込む。
 王都を見て回ると、ギルドというものを発見した。
 冒険者ギルド。
 僕はその中に入る。
 僕がギルドに入ると、その中の荒くれ者達が一斉に浮足立って立ち上がった。
 僕はその店の奥に行く。

「どんな依頼も承ります……人材の種類が多いな」

 その中にコックと宣教師、娼婦、各種魔術師という項目を見つけた。
 冒険者ギルドはこんな所まで気を配るのか。
 コックは興味があるし、この時代宣教師は浚ってきた者達の励みとなるだろう。
 人間の使う魔術にも興味がある。
 娼婦は人間を宥める為に、やはり必要だ。
 奴隷も売られている。

「コックと宣教師、魔術師各種とその人数分の娼婦。それと子供達の奴隷を買い取りたい」

 僕はあるだけ全部の貨幣をどん、とテーブルの上に置く。

「へへ、金さえありゃなんだって請け負ってやるぜ。待ってな」

 酒場の親父が金を受け取り、ヒヒっと笑った。
 うざい。
 三時間後、何故か僕の前には縛られて泣いている人達がいた。
 ここ治安悪すぎ。なんか魔物の子供が混じってるし。まあいいか。

「……腕は確かなんだろうな」

「そりゃもう! どうせ一緒に冒険するとかじゃなくて、実験かなんかに使うんだろ? 存分に使ってくれ」

 僕は通信をして、機械人達に取りに来させる。
 ため息をついて、自室へと戻った。
 夜。襲撃があった。何故僕が襲われるのかはわからない。しかし、襲われたなら反撃するまでだ。
 第一、人間ごときができそこないとはいえ魔王の子に手を出すとは、無謀すぎる。
 フェンリルも良く応戦しているようだった。
 僕の通信で機械兵が即座に進軍する。
 あっという間にこの町は占領された。
 一応死者は出さないように通達したが、機械人はそれに良く従ってくれた。
 相手の武器が青銅器の武器だけで良かった。
 縛りあげられた王は、深い深いため息をついた。

「王自ら来ている今がチャンスだと思ったが……まさかこんな少ない手勢でやられるとは。しかし、一人も死者が出ていないという事は、やはりフェンリル様は慈悲深い。どうかこの国をお願いします」

「うむ。わかった。ラインスタッドは、今日より俺の国だ。姫を娶り、俺はこの国に君臨する」

 あれ、この国を占領したのも殺すなと命じたのも僕なんだけど……まあいいか。これでフェンリルが出て行き、僕は思う存分僕の国を僕の好きなように発展させる事が出来る。



[15221] 短気な薬師(ループもの。アンケートお礼 数話で終わるオリジナル?)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/28 21:01
「あんた、才能の無駄遣いしすぎなのよ」

「いきなり、なんだよお前」

 俺は目の前に現れた天使に向かって言い放った。
 俺は確か、家で趣味でAIを作っていたら弟が勝手に試作版をネットにあげやがって、大騒ぎになって、無理やり浚われそうになってビルから身を投げたはずだ。

「貴方は普通にやっていればAIの権威になれたはずだわ」

「知ってる。放っておけよ。なんで俺の研究を人に見せてやらなくちゃいけないんだよ」

「こそこそした揚句が、投身自殺よ? AIの研究資料は貴方のアクセスが12時間無かったからという事で、全て消去されたわ。本来貴方の功績で初めての完全自立思考型AIが生まれるはずだったのに。まあ、試作版が世に流れたおかげで50年後に作れたけど」

「なんだよそれ、マジむかつく」

「…………」

「…………」

「そして貴方は、次に生まれる世界で、魔王を倒す手助けをする大魔道士になるの」

「え。嫌だよ俺」

「これは運命で、決められた事なのよ。もし貴方が達成できなければ、また貴方は並行世界で生まれる事になるわ。繰り返しなんてずるは出来ない。けれど、貴方が解放される事もない。実を言うと、貴方50回ほど前世を繰り返してたのよ。AIのデータを公表させるまで」

「めんどくせぇ……なんだよそれ。いらねーよ。なんでそんな余計な事すんだよ」

「はぁ……なんでこんなチンピラの駄目人間に並はずれた才があるのかしら。とりあえずキリが無いから、貴方は記憶を残したまま転生させる事にするわ。これからずっと。いいわね?」

「何それ地獄? 永遠を生きろってか?」

「端的にいえばそうよ。貴方の性根が叩きなおされるか、貴方の魂に秘められた才が枯れ果てるまでね」

 俺はいらいらと足踏みをする。

「何それ、ふざけんなよ。なんで俺の性根が叩きなおされなきゃいけねーんだよ。俺はこれでいいんだよ」

「よくないの。さあ、お行き」

 そして俺は、次に気がついた時、赤ん坊として生まれ変わっていた。
 5歳頃。俺はようやく働くようになった頭で考える。
 転生したという事は、あの天使の言ったこたぁ本当のようだ。
 一回目の人生は、まあとりあえず捨てよう。
 まずは情報確認だ。本は大分高価でいまだに俺は見た事もない。俺はしがない商人の息子。
 魔法は一部の貴族の特権階級。
おい……こっからどうやって魔術師になんだよ。ありえないほど努力して、魔術師に土下座しちゃったりして魔術師になる運命だったとか?
魔法に興味はあるが、自慢じゃないが俺のプライドは天よりも高い。
それは才能の高さすら余裕でぶっちぎるほどの無駄なプライドだ。
研究を奪われそうになったら死を選ぶほどの。
まあ……魔法は可能だったら、趣味で程度でいいんじゃねーか?
ネットも本屋もないくそみてーな世界だけど、これから何度もループして過ごす以上、それなりに都合のいい生活環境を整えたい。それから好きな事をして過ごせばいいじゃねーか。AIの研究はもう出来ね―けど、きっとしたい事が見つかるだろ。
まずは言葉を覚える事からだな。
 凄い勢いで知識を吸収する俺に、親父は当然ながら喜んだ。
 それと共に、最悪と言っていい接客態度にため息を吐く。
 自然、俺は薬草を取ったりする仕事に回された。
 親父は草花に詳しく、薬草の保存法、簡単な薬の作り方も知っていた。
 薬師へのコネもある。そう考えると、比較的悪い環境じゃない。
 いや、この時代で字を覚えさせて貰っただけでも大したものだ。

「ばーちゃん。俺に薬の作り方教えてくれよ」

「ほっほっほ。そうじゃのう。孫のようなサライの言う事じゃしのう」

「サライは商人には向いてないかもしれん。跡取には弟のカロイがいるし、ディア様に弟子入りとは、いい考えだな。お願いできますか、ディア様」

「よいよ。跡取がいなかった事じゃしのぅ」

 こうして、俺は首尾よくばーちゃんの弟子になった。
 誰かに物を教わるのは苦痛だが、そんな事を言っては何にも出来ない。ここにはネットも書物もないのだ。
 ばーちゃんの弟子になって一年後。村が盗賊に襲われた。
 そして服を剥がれ、裸にされて奴隷市場に連れていかれた。
 俺を買ったのは魔術師の貴族だった。
 なるほど、ここまでが既定路線か。俺の行動的にこれ以外のルートはありえない。

「生意気そうな奴よ。だが、そこが気にいった」

 魔術師のデロイはほっほと笑った。
 連れていかれた大きな屋敷には、驚くべき事にたくさんの書物があった。
 デロイに連れていかれて、掃除の仕方を教えられる。
 一年ほどデロイの様子を気をつけて見てみれば、何度も魔法を使っている所に遭遇する。
 見よう見まねで灯りをつける魔法を覚えたら、後は早かった。
 仕事の終わった真夜中、俺はサンドイッチ片手に本を読み漁った。
 全部の本を暗記して調子に乗った俺は、更に紙をちょろまかして呪文の練習と改良を始めた。
 そしてある日、デロイを見て戦慄した。

「おや、どうしたのかの? ……ああ、そうか。お前が改良した呪文を使っているので驚いたのじゃろう」

「……ばれていたのか」

「いやはや、独学でここまで出来る天才がいるとは思わんかったわい。安い買い物じゃったな。どうじゃ、お前、わしの弟子にならんか」

「……貴族だけのとっけんかいきゅーじゃなかったのか?」

「何、わしの養子になればよいよ。わしは、今まで一人も弟子を取らんかった。しかし、このまま誰にも研究を渡さずに死ぬのは怖くなってなぁ。お前が今、ここに現れたのも何かの縁じゃ。そうは思わんか?」

「ああ、最初から決まってた事のように思うよ」

 俺はデロイに差し出された手を握り返した。
 怖いほど順調な、最短ルート。
 大人になった時、俺は首尾よく魔術師になっていた。
 しかし、大きな問題があった。問題は俺の神経質さと短気。
 戦闘なんて気が散って気が散ってとてもではないが集中する事など出来なかった。
 これは俺の性質だから、何度生まれ変わろうと、普通に俺が戦いに身を投じるなんて無理なはずだ。
 まあ、俺は俺のやりたい事をするさ。
 そうだな、せっかく薬師に弟子入りしてたんだ。魔力を含む薬なんて作ってみたい。
 目指せポーション! 幸い、似た薬や宝石は既にある。俺はそれを完成させるだけでいい。ついでにドラクエの賢者の石を作ってみるのもいいか。
 俺は師が死んだあと、遠慮なく完璧に暗記した書物を売り払い、ポーション作りに没頭した。
 魔術師の義務の研究発表会は一夜漬けで考えた適当な呪文を出していた。
 お陰で俺の評価は地を這っている。それで構わなかった。
 賢者の石が完成した次の日。そして魔王の侵攻が間近に迫ってきた日。王宮は少しでも対策を立てる為に、全ての魔術師の研究室を家宅捜索し、共有し、全員で魔王を倒す術を考えようと言ってきた。
 俺は研究室に火を掛け、俺もその身を投げた。




「だから、どーしてあんたはそーいう事をするのよ! せっかくせっかく賢者の石が完成してたのに! あれを応用した技術で勇者が魔王を倒すはずだったのに!」

「知るか馬鹿。俺の研究は俺のもんだ」

「あんた馬鹿ぁ!? 本物の馬鹿ね! いい!? あんたが大人しく言う事を聞かない限り、何度でも何度でも時間は繰り返すわよ!」

「どうせこれをクリアしても次の世界に行くだけだろ? なら、見知った世界でまったり過ごすさ」

「ああ、もう。いいわ。好きなだけ時間を繰り返しなさい!」

 そして俺は、また赤子として生まれおちていた。




[15221] 短気な薬師 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/04 15:36
 俺はまずせっせと薬草を取っては調合したり手伝いをして金を溜めた。
 そして、必要な物を買い溜めて行った。
 その日も店で色々と必要な物を買っていると、弟のリュクスが現れた。

「兄さん、何買ってるんだよ! いつもいつも、くだらないもので有り金全部使い果たして!」

「俺の金だ。俺がどう使おうと勝手だろう」

「僕は家族だぞ! すみません、これ全部返品します。あとこれ、いくらになりますか?」

 弟が差し出したのは、驚愕すべき事に俺がせっせと買い溜めたものだった。
 俺は迷わず弟を殴る。

「何するんだよ!」

 弟も俺を殴る。弟の方が力が強い。結局俺達は店を二人とも追い出された。
 もう二度とここにはこれないだろう。しかし、売り払われずに済んだ。

「俺が必死で溜めた金で買った物だ。誰にも文句は言わせない!」

「父さんにだって了解を取ってるんだ! 貴族でもない癖に魔術かぶれなんて……」

「決めた。今日を限りに縁を切る。じゃあな」

 そのまま俺は荷物を担いで歩きだす。

「待てよ、兄さん!」

 弟を撒いた俺は、そのまま適当な商人のキャラバンに乗せてもらった。薬師なめんな。
 結構需要があるのである。
 しかし、来世ではしばらくお金を溜めるだけにして一気に姿を消した方がいいだろう。
 あれだと非常に厄介そうだ。
 俺は適当な村に着くと、薬師として村に居ついた。
 そして、少しずつお金を溜めながら研究を続けて行った。
 何も、全く研究を世に出さないつもりではない。俺だって、生活して行かねばならない。
 出来れば、王都に小さな家を構えるのがベストだ。
 王都にはこの世界には珍しく公衆浴場もあり、高級だが貸本屋もあり、魔具店もあり、住むのには適した場所だった。
 ポーションを売ってまったり過ごそう。そう決めていた。
 必要なのはポーションを作れるという信用だ。
 出来るだけ低価格で、自分で得た材料だけで作る。
 研究は順調に進み、俺は村に商人がやってきた時、早速薬を売りつけた。

「これは……どこで手に入れました?」

「俺が作った」

「貴方が? いや、まさか……。これは、大した価値はないですが、珍しい薬なのですよ」

「銀貨10枚位の価値だったか。早く寄こせ」

 俺が適正値を言うと、商人は舌打ちした。

「本当に貴方が作ったのですか? 銀貨5枚」

「本当に俺だ。銀貨8枚プラス魔具や材料の割引」

「信じられませんな……銀貨7枚プラス魔具の販売」

「手を打とう」

「これから、末長くよろしくやって行きましょう」

「いや、王都へ出店するまでだ」

「ご心配なく。私は王都にもネットワークがあるのですよ。お店を見つける際はお声掛けをお願いします。銀行の免許も持っていますよ」

 随分と幸運が付きまとうものだ。
 こうして、俺は王都に住む手掛かりを得た。

「随分お金を溜めてるみたいじゃないか」

「まさか。泥棒に会ったらどうするんだ。出店資金は、全部あの商人に預けて積み立ててあるよ」

「ふーん……王都へ行くのか。ワシらを置いて」

「おいおい、ここじゃろくな材料が手に入らないよ。俺の研究が進まない」

 最近、村人が非協力的だ。やれやれ。こんな小さな村に薬師がいること自体珍しい事のはずなんだが。
 何はともあれ、魔具が手に入るようになって、ポーションの精度が徐々に上がってきた。
 当然、ポーションの値段も上がって行く。当然、村人の買えるようなものではない。
 それで一応、村人用の廉価なポーションを作る事にした。
 そんなある日。行倒れが現れた。

「サライ、行倒れだ! それがなんと勇者様だ! ポーションを早く!」

「そいつ、金は持ってるのか?」

「サライ、勇者様だぞ!」

「よいよ、わしが払う」

 俺は早速ポーションを勇者とやらの所に持って行く。
 行ってみると、それは女の子だった。褐色の肌、出過ぎず小さすぎず、健康的なプロポーション。好みといっていい。ふーん、こいつが俺の研究を盗んでいく女か。
 しかし、傷が酷いな。
 俺は、念のために持ってきていた一番高価なポーションを使ってやった。
 サービスしとくぜ、勇者様よ。
 
「しばらくおいときゃ目を覚ますはずだ。俺は行くぜ」

 面倒な事に巻き込まれてはごめんだ。
 これが、俺と勇者の出会いだった。
 勇者は、以外と早くに目を覚まして、俺に会いに来た。

「薬師さん。貴方の使ったポーションを譲って頂けますか」

「なんで俺が。良いポーションを使ってやったからって調子に乗んなよ」

 女勇者は、目をきょとんとさせる。

「……私は、勇者ですよ?」

 何を言ってるんだこの女は。

「それがどーした金払え」

「私に、魔王を倒してほしくないんですか?」

「心のそこからどうでもいいわ」

 女勇者はしばし呆然とした顔をしていたが、しばらくして笑った。

「貴方の名は?」

「サライ。この世で最も偉大な薬師だ」

 俺が胸を張ると、女はクスクスと笑った。

「では、薬師さん。薬を買いましょう。お代は、最も偉大な薬師の命です」

 俺は眉を顰めた。

「俺の事を脅すのか」

「この近くに、強力な魔物がいて、私はそれに破れてしまったのです。でも、ポーションとか言う薬がいっぱいあれば、私はこの村を救う事が出来るかもしれない。お願いします」

 俺はしばし考えた。

「時間は?」

「はい?」

「そいつが襲ってくるまでの時間は?」

「そうですね、早くて今晩だと思います」

「わかった。なら、夕方まで考える」

「お願いします」

 まあ、失敗したら勇者の力を借りればいいだろう。
 俺は宝石に攻撃呪文や防御呪文を込める事にした。
 あの女勇者をやりこめられると思うと気分が良く、珍しく集中が上手く行った。
 夕方、女勇者が訪ねてきたので、俺は言った。

「自分の身は自分で守るから、いい。ポーションに金払え」

 女勇者は、クスクスと笑う。

「負けました。あなたみたいな人は初めてです。ほら、お代はこれです」

 俺は金貨を貰って、ポーションを渡した。それを数え、満足の声を漏らす。
 物が金貨だから、俺は研究中の商人には絶対に売らないポーションを渡してやった。
 その時、遠くで魔物の鳴き声がした。

「さあ、早く家の中へ」

「自分の身は自分で守るって言ったろ」

「サライさん!?」

 俺はノリノリな気分だった。今なら、なんでもできる気がする。
 魔物が現れる。
 俺はノリノリな気分のまま、歌う様に呪文を唱える。

「アイスカッター!」

 万に一つの確率で、その魔法は完成した。
 魔物の腹を攻撃した俺は、魔物が倒れたのを確認し、嬉々として傍に寄った。
 この魔物は良い魔具になる。

「危ない!」

 倒れていた魔物が急に起き上がって俺を攻撃する。
 女勇者が、俺の前に立って魔物を一刀両断にした。

「なんだ、強いじゃねーか」

「サライさんが傷つけたのと同じ所を切ったんです。それに、これでも勇者ですから。それより、サライさんが強くて驚きました」

 俺は、攻撃と防御の呪文を込めた二つの宝石を女勇者に投げた。

「やるよ。俺の命のお代だ」

「この宝石は……?」

「赤い方はフレアと叫んで敵に投げろ。青い方はガードと叫んで握って祈れ。一回きりしか使えないお守りだ。俺様は天才だからな。うまく集中した時しか呪文は発動しないんだ。それで石に力を込めて使ってる。ただし、この魔物の死体は俺に寄こせ」

「ありがとうございます、サライさん」

 それ以来、俺の店に勇者や勇者関係の客が来るようになるのだった。
 俺は、勇者達にだけ超強力ポーションを売ってやった。
 そしたら噂を聞いたのか、王族が強引にポーションを買い上げていきやがった。
 お代として貰う金貨や魔具、魔物の死体で店を開く準備が順調に進む。
 そして5年で、俺は店を開く事が出来るようになったのだった。



[15221] 短気な薬師 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/10 20:24
 俺は感慨深く小さな店を見上げた。
 小さな店と侮るなかれ。完璧主義者の俺様は一味違う。
 研究スペースは狭すぎず広すぎず、一人で生活していくには事足りる完璧な大きさだ。
 そして俺は看板を掛ける。

『ポーション作成請け負います。依頼金金貨五枚。成功報酬金貨一枚。期間は一年。緊急ポーション作成、断固として請け負いません。ポーションは必ず完成するとは限りません』

「サライさん。最初のお客になりに来ましたよ。緊急ポーション作成、断固として請け負いません……サライさんらしいですね」

 すると勇者が現れた。そういえばこいつの名前聞いてなかったな。ずっとあんたで済ませてた。俺は勇者を招き入れ、お茶を出す。

「おお、サンキュ。えーと、悪い、今更だけど名前なんだっけ。顧客リスト作るんだ」

「勇者で良いですよ」

「馬鹿じゃねーの。さっさと名前言え」

「勇者、です。その、生まれる前から勇者と決まっていたので」

 勇者は目を伏せる。

「じゃあリエルナな」

「え……」

「気にいらないか? じゃあミリー」

「え、あの……リエルナでいいです」

「よし、リエルナ、と……。つづりはこれで良いか?」

 リエルナは、その字をマジマジと見る。

「あの、名前の意味は……」

「んなもんねぇよ」

 リエルナは、クスリと笑った。

「本当に、貴方は……変わっています。金貨12枚がここにあります。ポーションを二個ください」

「ほい、金貨二枚と銀貨50枚」

 俺がポーションを差し出すと、リエルナが目を丸くする。

「あの……?」

「依頼金は製作費用だ。作り置きの製作費用は平均銀貨25枚。だから金貨二枚と銀貨50枚だ」

 勇者は小首を傾げる。

「製作費用って、銀貨25枚から金貨5枚まで幅があるんですか?」

「いや、最小で銀貨10枚だ。出来ない時は金貨5枚でも出来ん。製作費用の中に生活費やリフレッシュ料も入っているからな。都市に来た以上は材料は全て買わんとならんし、俺は毎日風呂に入るつもりだし」

「では、ポーションは今が一番安いんですね」

「まあ、そういう事だな」

「わかりました。全部のポーションを買い上げます」

「ポーション10個お買い上げだな。金貨10枚だ。まあ、最初の客だからな。製作費は負けてやる」

「他に何か商品はありますか? あの攻撃する石とか防御する石とか」

 俺はしばし考えた。

「まだあれ、持ってるか?」

「ええ、もう既に使いましたが大切に持っています」

「あれに術を補充してやる。ポーションの質の悪いのはいるか?」

「ポーションを少しだけ使うとか、薄めるとかすれば用途は足りるんですよね」

「あー。そういやそうだな。一度ふたを開けたり薄めたりすると質が凄く落ちるからあんまりお勧めしないが……。じゃあ、術補充に加えて宝石一個に疲労回復の呪文で金貨二枚でどうだ。それは握るだけで良い。そうだな、普通に使って十日分くらいかな。それを次から銀貨10枚で術補充してやるよ。使い過ぎで宝石自体に手を加える必要が出来たら金貨一枚な」

 賢者の石の劣化バージョンだ。これなら万一解析されても痛くも痒くもない。
 嘘だちょっとムカつく。だが、俺が開発した画期的な術が組み込まれていないので安心だ。ポーションはどうせ消耗品だし、薬草と術と魔具と魔物の死体のごった煮の解析方法があるとも思えないから最高級品をくれてやる。ただし確実に使われそうな勇者パーティにだけな! 王族に売る奴はこっそり対解析用の物にしてる。

「物が嵩張らない様にとなると、やはり高品質のポーションを少しずつ使った方がいいんですよ。で、銀貨十枚で切り札一枚ですか。いいでしょう。出来れば仲間にも渡したいのですが……」

「ありゃ俺様オンリーの術だ。秘密にしといてくれ」

 リエルナは上機嫌で帰って行った。
 俺がそれを見送ると、リュクスと目があった。

「げ」

「げじゃないよ、兄さん! 7年、7年も兄さんを探したんだよ! あれは勇者様じゃないか! まさか、勇者様を騙したりしてるんじゃないか!?」

「お前には関係ない」

「関係ないはず無いだろう! 僕らは家族なんだ!」

「縁は切った」

「兄さん!」

「リュクス、俺達はもう大人なんだ。俺は自分の店を持って、こうしてきちんと働いている。お前はお前でうまくやれ。それだけだ」

 リュクスは、唇を噛んだ。

「兄さんに客商売なんて出来るはず無いだろう! なんだよ、この緊急のポーション作成、断固として請け負いませんって。大体、ポーションなんて回復役の中でも超高級品、兄さんが作れるはずがないよ」

「ありゃ俺が作ったものだ。ポーションって言葉も俺が広めた」

 リュクスは呆然と眼を見開く。

「わかったか? わかったら帰れ」

「帰るよ。ただし、兄さんも一緒だ」

 今度は俺が目を見開く番だった。

「お前、馬鹿じゃないのか? なんで俺が」

「馬鹿は兄さんだ! こんなに長期間家を飛び出して!」

 俺はため息をついた。

「お前、紹介状書いてやるから、この商人に聞いてこいよ。俺の商品は確かな物だって教えてくれるはずだ」

「この紹介状……相手はトワレさんじゃないか! 僕が兄さんを探しているのを知っていたはずなのに、なんで……。そういえば、よく兄さんが見つかったらどうするつもりかとは聞いていたな。トワレさんにどういう事か聞かないと……」

 俺はようやくリュクスを追い払う事が出来、安堵のため息を吐くのだった。
 リュクスが帰ってしばらくすると、また客が来る。
 お供を連れた王子だ。

「おー。元気か。エルゼ」

「王子にそのようなものいい……!」

「いい、それでこそサライなのだから。ではサライ、さっさと持っているポーションを全て寄こすがよい」

「待ってろ、今持ってくる」

 俺は勇者用以外のポーションを並べ立てた。勇者用のポーションは全て勇者に売り払ったから、本当にこれで全部だ。
 そこから一個ポーションを自分用に抜き、俺は言う。

「じゃあ、持ってけよ。ポーションのレベルは書いとくから」

「その除外したポーションも置くが良い」

「これは俺用のポーションだ」

 エルゼは、ニコリと笑った。

「王子命令だ」

 俺は、ため息をついてポーションを一個付け足す。

「元々、勇者用のポーションは売ってはくれないのだろう? ならば、これくらいの嫌がらせは、な」

「何のことやら」

「勇者のポーションは、ちぎれかけた腕も治る。我らに売られたポーションは傷がふさがるだけだ」

 俺は肩をすくめた。
 勇者、王子と立て続けに入った店という事で、人々が顔を出す。

「ここは何を売る店なんだね」

「メニューを見てくれよ。文字が読めない場合は、諦めてくれ。悪いが文字も読めない人間に買い取れる値段じゃない」

 客の一人がムッとする。その隣の客が気を効かせて文字を読んだ。

「ポーション(回復薬)作成請け負います……値段は合計金貨6枚!? それで、掛かるのが一年!?」

「なんだそりゃ。それでも王子様が自ら買っていかれるくらいだから、よっぽど効きが良いのかねぇ」

「ポーション、聞いたことあるよ。勇者様がお使いになる回復薬だ。ちぎれかけた腕も治ると聞くよ」

 ざわざわとざわめく人々。結局、一番性能の悪いポーションの作成依頼が来た。
 俺は顧客リストと注文リストにそれをメモしていく。
 そして、俺は仕事を終えると得たお金を銀行に預け、風呂に行く。
 帰ると店に泥棒が入っていて、俺は絶叫するのだった。
 第一日目から、多難な始まりである。



[15221] 自分勝手な平和論(現実→絶チル→ブレイクブレイド)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/30 23:03

――モイラ……。

『時代はエコよ! エコ! いい? ジルグ! 石英はいつか枯渇するわ。後10年位で枯渇する国も出てくるんじゃないかしら。そしたらあれよ。戦争よ。戦争して石英を取り合って、そんで最後に残った石英も無くなって破滅よ! そんな事にならないように、石英を節約、リサイクルするのよ。そんで、それで持たせている間に石英抜きのテクノロジーか、一から石英を作る技術を開発するの。そうすればジルグ、あんたが大人になっても戦争に巻き込まれずに済むわ。あんた、私を助けてくれたから、私もあんたを助けてあげる。約束よ』

――モイラ……。

「約束よ……ふにゃあ」

「モイラ!」

「は、はい!」

 私は急いで飛び起きる。

「モイラ、そんなに私の天文学はつまらないかな?」

「そ、そんな事ありません! 大事です、天文学! ちょっと昨日は夜更かしして……」

 私は言い訳にもなっていない言い訳を述べる。

「それはいつもだろう。またあれかね。リサイクルとやらの研究をしていたのかね。一度使い終わった石英を再生成するなど不可能だ。ましてや、君は石英を操る力が極端に弱いだろう」

「そうですね。孫子の代まで受け継いで、100年位研究して駄目だったら諦めます」

 やれやれと教師はため息を吐いた。

「君の開発した風車とやらは、まあ石英も使わずに便利だと思うがね。それでも、石英を使った方がずっと低コストで済む」

「それでは意味がありません。石英は有限の資源。いつか必ず無くなります。ですから……」

「石英は無くならんよ。ついこの間、君も新しい採掘場を見つけたばかりではないかね。ごく小規模の物だが」

「出たよ、モイラの運命論!」

「ここほれわんわん!」

 ギャハハハ、と笑い声が起きる。

「あんた、アテネス連邦の貴族ね!? よーしわかった。アテネスが困ってお願いして来ても技術を渡してなんかやらないんだから!」

「好きにしろよ!」

「まあ、備えをしておくのはいいんじゃないか? 俺は面白いと思うよ、モイラの理論。モイラの事も」

「ホズル……! やっぱ美形は言う事違うわー。あんた見習いなさいよ! これがレディの扱い方よ」

「これ、やめなさい」

「はい」

 わたしがしゅんとしてみせると、やれやれと教師はため息をついた。
 授業が終わると、早速ホズルは友人の所に遊びに行った。
 私は足早に研究室へと向かう。
 風車による粉引き機。あれはまだ前段階でしかない。
 私が本当に作りたいのは電気だ。この大陸は水が少ないから、水力発電は期待できない。
 となれば、ソーラーパネル。風車とソーラーパネルによる電気社会。
 出来れば、原子力やその他石油のいらない電力発生装置もあればなおいい。
 当てはある。デルフィングは充電しなくとも動く。古代人の遺跡なら、安全な発電装置があるはずだ。
 元科学者の矜持が、今の環境に負けるなと言っている。
 そして私は、今日もまた他の誰にも理解出来ない研究へと精を出した。
 研究が終わりに近づくと、私はシギュンの所に行く。

「シギュン! 私のレポート読んでくれた!?」

「読んだ……確かに可能は可能……それでも、石英を使った方がずっと楽……」

「そっかぁ。残念ってなんでライガットまで読んでるのよ」

「俺にこれ、作ってくれよ。ここほれわんわんって言われて、掘ってやったろう」

 狂ったようにここほれわんわんと言いながら地面を掘り続ける私に付き合ってくれたのは、ライガットだけだ。そこから石英が出てきた時は驚いていたものだ。
 掘った石英は全部国に没収されたけど、研究には協力的になってくれたし、あれは良いデモンストレーションになった。

「それは認めるわ。そうね……私の研究室にたくさんあるから、好きなの一つ持って行っていいわ」

「やりっ」

「じゃあ、私そろそろ寮に戻るわ。シギュンも早く休みなさいよ。お休み」

 寮に戻ると私は、ジルグ、小さき我が婚約者への手紙を書く。
 詩。童話。連載小説。漫画。歌の歌詞(付箋付き)。ジョーク。神話。痛い口説き言葉。チェーンメールの文面。顔文字。前世に関連する内容の夢を見たらそれも。
 私が前世で面白いと感じていた事で、最初の一ページを埋める。
 2ページめはこの世界で出来たネタで埋める。
 そして、大抵は3ページめにネタが尽きたからさようならと言って終わる。
 もちろん、書くべき事があったら……ここほれわんわん事件がそれだ……とかを書く。
 今日はイタタなイラストを台詞つきで書いてみた。大丈夫。婚約者の手紙は人様に見せるものではないとジルグにはしっかり言ってある。
 信じてるわよ、ジルグ。
 そして私は眠りにつく。朝起きたら、手紙入れに入れて学校へ。
 コストが掛かるから、手紙は月に一度だけ、書き溜めた物を出す。
 これが私の日課。
 ジルグからの手紙も毎月来る。手紙の内容はいつも一言。
「ばかじゃないの?」「ちょっと笑った」「今回はつまらないのが多い」
 どの手紙も、大切に取ってある。
 手紙を見ると、勇気が出た。
 私は、絶対に戦争を止めて見せる。それが駄目なら、私が重要人物となる事でジルグを人質に取らせてみせる。
 人質ならば、殺される事はないから。
 今日は手紙が来る日だ。私はにんまりと笑って、手紙の束を持って学校へ向かった。ちなみに、郵便物は学校で出す。
 入口にバルド将軍とジルグがいた。5歳違いのジルグはまだ小さい。
 私はジルグを見下ろした。

「バルド将軍! ジルグ! 久しぶりね」

「やあモイラ。僕の事愛してる?」

 聞いてくるジルグに、私は顔を赤らめた。

「当たり前じゃない、ジルグ」

「じゃあ、怒んない?」

「なにしたの?」

「あの手紙、父さんに見せちゃった。そしたら……」

「いやだ、まさか婚約解消とかじゃないですよね!? 子供同士の手紙のやり取りじゃないですか!」

 私が顔を青くすると、バルド将軍は首を振った。

「いや、それはない。それが……」

「なんですか?」

「陛下に見せたら大受けしてな。陛下も手紙が欲しいそうだ」

「\(^o^)/」

「本当にすまん。それで、この前の旅行が台無しになった事だし、モイラを誘って登山に行こうと思ってな。」

「どんな思いでジルグへのあれ書いてると思うんですか!? ネタが足りませんよ! 陛下にあんなの出すなんて恐れ多いし! っていうかもしかしてアレ見せたんですか!? 全登場人物TSの歴史物!」

「陛下って、もしかして親父か? ああ、君がモイラの婚約者か」

「ホズル様!」

 登校して来たホズルが、ひょいっと私の方に顔をのぞかせた。

「僕への愛の手紙を陛下も欲しいんだって。また、相変わらずこんなの書いて……」

 そして、ジルグが私の手から手紙の束を取り上げて見せる。その様は、どことなく自慢そうだったが今はそんな事どうでもいい。

「ぎゃあああああやめなさいジルグ!」

「どれどれ……ぶはははははははは!」

「何を馬鹿口あけて笑っている、ホズル。何だそれは?」

「ああ? どうしたんだホズル?」

「ちょっこういう時ばっかり嬉々として寄ってくるな美形カルテット! ぎゃああ向こうからシギュンが来てるぅぅぅ! 出る! わたし、今すぐ旅に出るわ! 記憶が風化するまで戻って来ない!」

「絶っっっ対忘れないよ。これは一生忘れないと思うぞ、モイラ。で、バルド将軍、旅行か? モイラが行くならついていっていいかな、退屈しなさそうだ」

 笑いながらホズルが言う。

「し、しかし危険です!」

「将軍がいるだろう?」

 こうして、私は旅に出る事になったのだった。



[15221] 不良が泰麒になりました(十二国記)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/03 07:01
雪が降っていた。
大粒で、密度のたっぷりある雪が。

「これ、いずれアラレになるんじゃねーかな……」

 俺はため息をつく。俺が家に庭に立たされて、もう一時間が過ぎた。これはもう虐待である。弟が、洗面所を汚したのを俺のせいにしたのはわかってる。素直に俺がやった事にして頭を下げておけば丸くすむ事も。
 でも俺には、どうしてもそれが出来なかった。
 前世での死因も、それで恨みを買って殺されたからだった。
 それでも、俺は俺。今更、変える事は出来ない。変えるつもりもない。
 ずっと憧れていた、ごく普通の家庭でごく普通の幸せを享受し、『白』になる事。
 お笑いだ。俺自身が変わらなければ、それは永遠に訪れない事に気付かなかった。
 俺は生まれ変わっても『黒』のまま。それは俺が俺である限り、変わる事はない。
 いや、一つ変わった事がある。争い事が酷く怖くなった。殺されたトラウマだろう。
 それに、以前はどうでも良かった事に罪悪感ばかり感じている。
 母さん、また泣くのかな……。
 イライラすると同時に、とても申し訳なくなる。俺を愛してくれる母親。
 あんなにも願っていたものだったのに、いざとなると甘え方が分からなくて、むしろ暴言ばかり吐いてしまう。
 俺は重いため息を吐いた。
 冷てぇ。
 そこで俺は、暖かい空気を感じる。
 それの元を探してみて、目を丸くした。
 人間の腕が宙を浮いていた。

「!? ななな、なんだ!?」

 俺は一旦後ずさり、そして止せばいいのに近寄って見てその手に触れてみた。
 その手は一気に俺を掴んで引きずりこんだ。
 現れた白い空間に、俺は目を見開く。

―― 一面の、しろ。

 瞬時に俺は我に返った。

「放せ、放せよ!」

 暴れて、ふと気付く。この手を振り払って、この白い空間に取り残されたら?
 出口は既に見えない。
 手は、ぐいぐいと俺を引っ張って行った。
 突然陽光にさらされて、俺は酷く驚いた。
 見慣れない格好の女達。そして、半人半獣の女の化け物。何故か俺は怖いとは思わなかった。
 この化け物は、ここは一体何だろう?
 召喚という奴だろうか? この女、どこかで見た事があるような気がしたが、わからなかった。

「タイキ」

「泰麒」

 化け物は泣いていた。

「なんだよ……泣きたいのはこっちだ。お前は誰なんだよ」

「……泰麒? その子が? ……珍しいこと」

「誰だ」

 一人の女が進み出て、俺の前に膝をついた。

「私は玉葉と申す。……黒麒。ほんに、珍しいこと」

「なんだよ、コクキって」

「黒い麒麟の事じゃ。あちらで生まれたのなら名前があろうが、こちらでは泰麒とお呼びする」

「黒い麒麟……? 麒麟って神獣の? それで、どうして俺を浚ったんだ?」

「ここが、本来泰麒のあるべき場所だからだ」

「本来あるべき場所? どうでもいいから、家に帰せよ。母さんが心配する」

 玉葉は、悲しそうに首を振った。

「戻るには、まず転変を覚えなくては」

 俺が、ここが十二国記の世界だとわかるまで一時間を要した。
 そして、俺は不貞寝した(ふりをした)。
 情報を整理しよう。ここは十二国記の世界。俺は泰麒。
 戴の王を見つけ、仕える神獣。王が王としての道を外れ、失道すれば俺は死ぬ。
 30歳までに王を見つけられずとも死ぬ。
 ちなみに争い事が駄目、王に絶対服従、血や肉が駄目の三重苦。
俺の女怪、母ともういべき人、汕子。この人は信用できると見ていいだろう。
 そして、乍驍宗。中身が違うから違う人が王になるかもしれないが、とりあえず俺の王になるかもしれない人。
 そして未来。乍驍宗は行方不明、俺は記憶喪失で力の元の角を失い、泰は滅亡する。
 原作では滅亡してなかったが、ありゃ打つ手なしだろ。
 誰かの奴隷なんて俺はごめんだ。残念だが驍宗にあっても知らないふりをしよう。
 寿命は30年だが、いいじゃないか。俺は一度は死んだ身なんだから。
 強制的に『白』の生き物にされるたぁ思わなかったが、俺は俺の憧れの存在になったんだ。
 そこで俺ははたと気づく。
 戴を見捨てたら慈悲の生き物じゃねーじゃねーか。
 驍宗の次の次の王が良さそうな王だったら……本当に、人生を共にしてもいい王なら……仕えてもいいかな。
 次の王は駄目だ。驍宗のライバルでクーデターの主犯の阿選が選ばれそうだから。
 あーでも、どうしたって王位継承者第三位ぐらいまで落ちるとろくなののこらねーんじゃねーか? 驍宗より優秀な男が三番目に来るはずがない。
 俺は悩みながら、とりあえず外に出た。

「泰麒! やはり家が恋しいのですか?」

「ああ、早く転変を覚える事にする」

「泰麒、泰麒の御実家はここなのですよ」

「それにしたって、ここまで育ててくれたお礼をするのは当然だろう? と言っても、転変ってやろうと思って出来るものじゃないよな……。とりあえず、体を鍛えるか。後、勉強」

「まあまあ、泰麒はまだお小さくていらっしゃるのですから、そのような事は心配しなくていいのですよ」

「でも、麒麟旗を上げないわけにはいかないんだろ。俺、よっぽどの王じゃなきゃ選らばねーからな。奴隷はごめんだ」

「奴隷だなんて! 誰がそんな恐ろしい事を言ったのです!?」

「奴隷だろ。こえーよ、王の事を勝手に好きになる上に逆らえないなんて」

「王に仕えるという事は、そのようなものではありません。泰麒はまだ王に会っていないから、そのように思われるのでしょう」

「こう思えるのは客観的に見られる今のうち、とも言えるな」

「泰麒……」

「ジョギングしてくる」

 俺は外に出た。その日から、朝はジョギング、夜は汕子に頼み込んで訓練、昼は勉強の日々が続いた。つか、やっぱり転変が出来ない。どうしても出来ない。
 困ったな……。汕子も手加減し過ぎだ。門のすぐ外ならば、そう強力な妖魔も現れないだろうか。俺にも好奇心がある。妖魔を、少しだけ見てみたかった。
 だいぶ慣れてきたある日、そっと門を押した。

「大丈夫、汕子。俺はただ妖魔を少しだけ見てみたいだけだ」

 捕まえはしない。奴隷なんざなるのも作るのも嫌いだ。
 俺はそっと門を出た。ついで、俺の横を通り過ぎる何か。
 気付いた時には、横に飛んでいた。

「ちっ 外したか」

 しまった! 名前は覚えていないが、こいつは確か麒麟を狩りに来た奴! 汕子が、すぐに俺に武器を投げた曲者に飛びかかる。

「汕子、殺すなよ」

「お前、その髪! 麒麟ではないのか!」

「初めに言っておくが、泰王とは天が候補者を選び、俺が候補者に許可を求める事で決められる。麒麟を捕まえた者が王になるのではない」

「何をでたらめを! とにかく、お前は麒麟なんだな!?」

 駄目だ、話が通じない。となれば、仕方ない。
 戦おうとすれば頭はくらくらし、吐き気がしてどうにもならない。
 ならば、俺に出来る事は逃げる事だけだ。
 助けを呼ぶ。それが最善の方法。
 汕子があいつに殺されないうちに、早く戻らなくては……。
汕子を置いて逃げる? そうだ、汕子を置いて……。
俺は……俺は……。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺は持っていた木刀を振りかぶって男に襲いかかっていた。
 ああ、俺の馬鹿野郎! 恐怖で頭はガンガンして吐き気がする。
 麒麟の体って奴は最悪だ!
 なかでも何が最悪って、どこまでも最低な俺自身だ!
 木刀はあっさりと切り飛ばされ、汕子は俺を庇った。
 男が刀を振りかぶり……。

「おやめなさいませ! なんと……いう事を!」

 俺は女仙に抱きしめられ、息をついた。

「すまねぇ。勝手に外に出た」

「今度から、私達の言う事を聞いて下さいますね?」

 女仙は緊張した顔で優しく微笑み、きっと曲者を睨んだ。

「この蓬山で、恐れ多くも泰麒に対し、なにゆえの非道の振るまいか」

「こいつ、泰麒を捕まえた人間が泰王になれると思っているんだ」

「違うとでも言うのか?」

 女仙は、肩を震わせる。

「この……痴れ者が!」

「無知なのは仕方ない。無事だったのだからそれでいい。水や食料は与えてやる。その代り、二度とここへは近づかないでくれ。……行こう。汕子、良く血を洗い流してくれ。俺のせいで、すまなかった。後で手当てしてやるから」

 そう言って、俺は女仙の袖を引っ張った。

「泰麒……」

女仙は俺を抱き上げ、門の中に戻る。
女仙達が事情を聞き、半数ほどが門の外に向かって行った。
しかし、驍宗はそんな奴ではないと知っているが。

「やっぱり、奴隷は嫌だな……」

 しみじみと呟く。
 その日から、逃げる事を重点に訓練の量を増やした。
やはり、麒麟に戦いは出来ない。
その上、相手は妖魔と戦い慣れていて強い。
早く転変を覚えたい。そうしたら逃げるのもずっとたやすくなるのに。



[15221] 不良が泰麒になりました 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/03 21:35
 女仙達は集まって深刻な顔で会議をしていた。
 議題はもちろん泰麒の事である。

「あの事件より、一層泰麒は麒麟としての御役目を果たす事を厭っておられます」

「やっぱり、蓬莱で10年も過ごしていると……」

「そんな事ありません! 泰麒は仕事をねぎらってくれたり、優しい所もあるんです」

「それはわかっているさ。けどねぇ……心配なんだよ」

「王と麒麟についてのお話をお聞かせするのはいかがかしら」

「それがいいわ。勉強熱心な方だから、きっと興味を持たれるわ」

 そうして、王と麒麟の物語数百篇が俺の元へと持ちこまれたのだ。

「ありがとう、歴史には興味あるから、助かる」

 俺はそれを受け取る。女仙の狙いはわかっていたが、俺だって未来に希望は持ちたい。
 どうしても王を得なければならないなら、仲良くできるに越した事はない。
 俺は早速それに目を通すのだった。
 そして、いつものようにサンドイッチ片手に文字の勉強をしている時だった。

「ああ、玉葉……様!?」

 玉葉を見て、俺は声をあげる。なるほど、今日がその日か。
 そして俺は目を見開いた。なんか、二人いる!?
 景麒と延麒……か?

「少しお会いせぬ間に、ご立派になられた。勉強をしておられるのか、良い事です」

「こちらは延麒と景麒でいらっしゃいます」

「初めまして、延麒、景麒」

「お二人はしばしご逗留なさるほどに、宮を用意しや」

「かしこまりまして」

 玉葉は泰麒の手を取る。

「不心得者に狼藉を図られた際に、逃げずに木刀で殴りかかったとか」

「麒麟とは不便なものですね。力量も遥か及びませんでしたが、何より争いたくないという心が体を鈍らせました」

「二度と、そのような事をしてはなりません。その為に、指令がいるのです」

「奴隷を作るなど、とてもとても。人を盾にしたくはないのです」

「……泰麒は、酷く変わっておられる」

 延麒が、声をあげた。

「俺が呼ばれたわけが分かったぜ。お前、かなり変わってるんだな」

「ごく普通だと思うけど」

「指令は死後の麒麟を食うんだぜ? しらねぇのか?」

「いっぱい指令を作ると、俺の事を食べられない指令も出てくるんじゃないか? それに、契約は無理やり結ぶんだろ。俺は転変さえ出来ればそれでいいよ。教えようとして教えられる物でもないだろうし、転変する様子を見せてくれればありがたいんだけど。後は俺が高い所から飛べるかどうか飛び降りてみるから受け止めてくれるとか」

「お前、本当に変わってるな……」

「……指令には、麒麟の指令になる事を嫌がっている者などいない」

「当たり前じゃねーか。だってそれが麒麟の力なんだろう?」

 沈黙が落ちる。

「そういえば、延麒も王を嫌がっておられたとか。延麒の経験を話して差し上げると良かろう。では、私はこれで」

 玉葉が下がる。

 俺達は3人きりになった。

「それは聞きたいな。ここは汚い、部屋を移そう。お茶を出すから、少し話そうぜ」

 そして俺は女仙にお茶を用意してもらい、それを一口飲む。

「なあ、延麒は王にあった時、本能で王にしたのか? それとも、自分で考えてしたのか?」

「自分で考えてはしたけど、逃れらない運命を感じたな」

「そっか……。俺もそんな経験をする事になるのかな、景麒は?」

「彼女が王だから、王にしただけの事です」

「そっかぁ。どうやって王にした? 景麒の事だから、覚悟する間も考える間も与えず、いきなり傅いてそうだな。あ、冗談冗談」

「それが悪いのですか?」

 マジかい。

「いやー……そりゃ昇山者は準備も心構えもばっちりだけどさぁ。それ以外はいきなりは駄目だろ……。麒麟もだけど、王ってろくな死にかた出来ないんだろ? 自殺したり殺されたりとかさ。その上相手が役人じゃなかった場合、政治もさっぱりなわけだろ。準備もアフターケアも大事だろ。しっかり守ってやらないと、海千山千の役人にころっと騙されるぞ。王がいなくても政治が回るほど官がしっかりしているならいいけどさ」

「……」

「でも、俺も万一王が海客とか山客とかそこらの孤児とかだったら困るよなぁ。多分武官辺りになると思うけどさ、戴だから。俺も海客だから、一緒に勉強だよなぁ。文字から、この世界の習慣から、官の名前から、政治のやり方から……。準備期間はどれくらい取った? まさかいきなり玉座に座らせたりはしてねーだろ? 大勢の人との触れ合いにも慣れたりもしないといけねーし」

「…………」

「覚悟も何もねー所を、いきなり大勢の人の前に引きずり出されたり、官との交渉やらせたりしたら絶対委縮するよなぁ。俺だったら二度とやる気無くなるっつーか。帰りたくなるっつーか。楽園なんか提供されたらそこにずっと引籠るっつーか。俺もさっさと転変できるようになって、戴に行って最低限の仕事覚えたり、こいつだけは絶対に信用できる、大丈夫だって奴見つけねーとな。そしたら、そいつを中心に話させたり交渉させたり根回ししたりして慣らす事が出来るし。俺、見る目がねーからなぁ。大丈夫かな」

「………………」

「お隣の国がまた、巧だろ? あの国の王様、人を妬みやすいからよく目を配っておかないと妨害されそうだしな。独身の女だから、恋にも気をつけないといけないな。恋はたやすく国を滅ぼすからな。いっそ適当な官に惚れさせて仕事が出来る貴方が好きですよーとか言わせて仕事させる方法もあるか。それと、自信をつけさせる為に簡単な仕事からさせて、上手く出来たら褒めてやらないとな」

「それは! ありえません、巧王がそのような……」

「ちび、どこからそんな情報を得た?」

 俺は適当に笑ってごまかす。

「俺、麒麟の話はほんとーに良く聞いてるんだぜ? 黒麒麟としての勘だな。巧王は、今のままじゃ必ず、慶王が国を軌道に乗せようとした時、慶王が倒れて新しい王が立ちそうな時、妨害してくる。自分より良い国になる可能性を妬んでな。うん、真面目に麒麟をやろうと思ったら凄く大変だな。奴隷だな。俺、奴隷は嫌だな。もしもの為に勉強はしとくけど、そしたら出奔してぇなぁ」

 延麒はため息を吐いた。

「こりゃ、厄介だな……。言っている事がめちゃくちゃな上に半端に正論だからどうにも……黒麒麟って皆こんななのか?」

「で、二人の話を聞かせてくれよ」

「俺はその辺全部尚隆にまかせっきりだったからなぁ。言われてみれば、大変だったのかな……」

「……私も、励ましたり諌めたりはしているのですが、主上は帰りたいと言うばかりで……」

「そりゃいきなり王にされりゃ当然だな。なんか、覚悟を固めるきっかけとか、この為に頑張ろうって物がないとさぁ。でも景麒に恋着させずに上手に女をあしらうとか無理そうだよなぁ。女の文官を友達として宛がうとか? とにかく、心を許せる相手、一緒に頑張って行く仲間、あるいは心の支えは必要だろ。贅沢とか逃げじゃない息抜きを見つけてやったりさ。俺、奴隷は嫌いだけど、でも軌道に乗るまではそれぐらい手伝ってやってもいいんじゃねーかと思うぜ。景じゃ、女王の立場は弱い。もと役人出の巧王でさえ、周囲から50年間出来ない出来ない言われて折れて狂ったんだ。若い箱入り娘なんてひとたまりもないぜ」

 あー、これで未来って変わっちまうのかな。これがSEKKYOUってやつか? やめた方が良かったのかな。でも……。

「可哀想だろ。宮廷で一人ぼっちで、愚王愚王言われて、何にもわからず、何にも出来ない無能なままで死んでくなんてさ……」

「……私は、これで失礼します」

 景麒は転変して出ていく。おお、転変ってあんななのか。俺にはとても無理だな。

「……お前、未来が見えるかなんかあるだろ? アドバイスが具体的すぎるぞ。それに、巧王はまだ在位30年ちょいだ」

「え? そんな事無いぜ?」

 俺は笑ってごまかすが、ぽつりと延麒は言った。

「巧は、倒れると思うか?」

 俺は、気がつけば口を開いていた。

「まあ、本格的に景を妨害しだしたら……慶王が倒れたら、天は許さないだろうな。酷い倒れ方をすると思う。最悪、次の麒麟が生まれないかもな。ああ、延を酷く妬んでるから、延王が何か言っても駄目だと思う」

「それも黒麒麟の勘か?」

「そういう事」

「……調べてみる。他に予知はあるか」

 俺は口に出すかどうか迷った。今、介入すれば国は倒れないかもしれない。
 そうすれば、数えきれない人が助かる。
 俺は、掠れ声で言う。

「峯王、ありゃすぐ倒れるぜ」

 延麒は目を見開く。
 
「理由は罪人の処刑のし過ぎだ。ありゃ駄目だ。妻が贅沢をしている事と、公主が仕事もせず遊び呆けている事、そいつより賢そうなのがいたら無実の罪を着せて消してる事を指摘して処刑するように言って、どう変わるかだな。その事以外に変える方法を思いつかねぇ。後は一刻も早くクーデターを起こすしかないな」

「……それも調べてみよう。ちなみに、泰王はどうなるんだ?」

 俺は、ぽつりと言った。

「国を、滅ぼす方法を知っているか? 王が狂っても、失道する。だから王が国を滅ぼす事は出来ない」

「ちび……?」

「まず、王を浚う。この時、殺さないのが味噌だ。麒麟も襲う。この際、角を切り取って毒を食べさせ、弱らせて天意を受け取れなくする。そして、偽王を立てて圧政を振るう。新たな王は選ばれない。麒麟が失道で死ぬ事もない。異様に繁殖した妖魔が各地で暴れまわり、雪で閉ざされ、人々は王の帰還に一縷の望みを託したまま飢えて、凍えて、殺されて死んでいく。偽王の討伐軍は決して成功する事は泣く、全て瓦解する」

「……! ちび……そんな事、できるはず……!」

「死ぬ。皆死ぬ。俺は記憶を失い、指令は暴走し、多くの人々を殺す。そして呪詛を受けて……」

「もういい、ちび! そんな未来、変えちまえ! 俺が手伝ってやる!」

「だから俺は王を選ばない」

「わかった、よくわかったよ……所で、景王の失道の理由は恋着か?」

「まぁな。景王が景王だから、うまい回避方法もないんだよな……。恋着が無くても、仕事しねーし。散々偉そうなこと言ったけど、俺だって良い解決方法なんか知らない。次の王もまた景王そっくりの王なんだけど、巧王の手の者に追い回されて何度も死にかけて、騙されて、もがいてもがいてようやく王の資質を手にしてる。それと同じだけの経験を意図して与えるなんて、無理だ」

 俺は茶を飲み、渇いたのどを潤した。

「そっか……とにかく、情報サンキュ。俺ももう行く」

「俺の言った事は延王以外には内緒な!」

「わかった」

 延麒も転変して去って行ってしまった。その後、俺は一応転変しようと努力してみた。
 当然、出来なかった。



[15221] 不良が泰麒になりました 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/04 00:16
 ついに、この日が来た。俺の主、驍宗が昇山して来る日が。

「泰麒、それほど緊張されずとも」

「緊張せずにいられるか」

 俺は四日数えてから、ようやく外へ出た。
 中日までご無事で、と声を掛けて回りながら、一周する。
 すると、人だかりが見える。俺はそれを見て息を飲んだ。
 木刀に手を掛ける。

「泰麒は乱入してはなりません」

 しっかりと釘を刺し、女仙は人垣に向かう。

「おやめなさい! 泰麒が真似をなさったらどうします!」

 人垣の中心にいたのは、二人の男だった。
 俺は、迷わず褐色の肌の小柄な男を見る。しなやかで獰猛な獣のような男。
 これが俺の主。
 深紅の瞳に、恐怖を感じるとともに酷く惹かれた。
 これが、王気。

「いらっしゃるとは存じ上げなかった。不作法を致して申し訳ない。どうかお許しを」

 俺は、からからになった声でようやく絞り出した。

「騎獣狩りに連れて行ってくれるなら。それと…………中日までご無事で」

 嘘をつくという事が、これほど辛いと思ったのは初めてだった。
 後はもう、よく覚えていない。
 用が済むと、離宮の大扉を閉めさせた。
 後は騎獣を狩りに行くのについていくだけだ。
 俺はしゃがみ込んで、ため息を吐いた。
その数日後、つまり原作より大分早く、驍宗は俺を狩りに誘ってくれた。
5人だったので、尚更驚いた。
 5人も守りきれんぞ……!

「驍宗だけじゃないのか? これでは午までに行って帰って来られるかどうか……」

「一人では危険ですし、自分で言うのもなんですが、我らは精鋭ぞろいです。なにせ、全員が将軍ですからね。どうか我らもお連れ下さい。女仙にはお話してあります」

「かけがえのない御身、くれぐれもよろしくお願いしますよ。驍宗殿、李斎殿、阿選殿、岩英殿、花月殿」

 俺はその言葉を聞いて心の底から驚いた。
 阿選、昇山してたのか!?
 岩英と花月の二人は知らんな……。恐らく驍宗が王になるにあたって左遷されたのではないだろうか。

「公には傷一つなく、お返し下さるでしょうか」

「無茶を言うな。黄海は危険だ。それを承知で行くんだ」

「泰麒……」

「足手まといになるだろうが、よろしくお願いする」

 俺はぺこりと頭を下げる。

「さあ、早く行こう。大丈夫。驍宗と阿選は強いし、李斎の天馬はしぶといんだ。この二人がいる限り、俺が怪我をする確率は0に近いし、何かあっても天馬が必ず知らせに戻ってくれる」

 驍宗と阿選、李斎が、軽く目を見開く。

「我らの事を知っておられるのですか?」

「噂だけは。さあ、日が昇る。急ごう」

 俺は天馬に乗った。天馬の乗り心地は素晴らしかった。
 狩り場につくと、俺は5人に頭を下げた。

「俺は転変出来ないし指令もない。足手まといになると思うが、よろしく頼む」

 5人は驚く。岩英が声を漏らした。

「何故……」

「蓬莱で10年育ったからだ。麒麟は5年で人型を取るようになる。それまでの5年で様々な事を本能で学ぶ。だけど、俺は完全に人型のまま育ち、ここに来た時も人だった。獣でいる感覚を俺は知らない」

「公の指令は、あてにしておらぬ。ご心配めされるな」

 驍宗の大きな手に撫でられるのが嬉しいと思う。それが母に撫でられた時よりも嬉しい。
 王の影響は、既にあると俺は確信した。洗脳マジこえぇ。

「ほぉー」

俺は大きな瑪瑙を見て目を丸くした。
李斎と岩英が蒔餌を撒きに行く。

「公、少し休まれぬか」

「ああ」

 俺は座って、水を少し飲んだ。

「――公は、私が憎いか」

「はぁ?」

「時折、睨んで来られる。私は仁の生き物に嫌われるものがあるか」

「無いけど……んー……驍宗ってさ……自分の身を顧みないで飛び出す所があるよな。人の言う事聞かないって言うか。将軍って、そういうの駄目だと思う。命大事に」

「おや、言われたな驍宗。確かに頑固な所はある。では、私は?」

「阿選は駄目。絶対駄目。やつあたりで国滅ぼしそう」

 俺は冗談めかして言った。

「まさか、そんな事は……」

 花月が口元を引くつかせて言う。

「冗談だよ。驍宗に言った事も、全部」

「泰麒もお人が悪い」

「いや、参考になった」

 驍宗は酷く考え込んでいるようだった。
 俺はその間、目を閉じてゆったりと休む。この後、戦いが待っているのかもしれないのだから。
 李斎と岩英が、足跡を見つけて来た。
 緊張が走る。

「ご心配めされるな、公」

「いや、大丈夫。足跡を見よう」

 そして5人で足跡を調べる。

「これは駄目だ。強力な妖魔だから、他を探した方がいい。黒麒麟としての俺の勘を信じてくれ」

 俺は必死で訴えた。驍宗がでは戻ろうかと提案し、阿選が考える顔をする。

「しかし、行ってみなくてはわかりませんし……公は狩りに来たのでしょう? 大丈夫ですよ、この面子なら」

 岩英が笑って言う。

「まあまあ、岩英。公がそういうなら、他を探しましょう」

 花月が、目線で公を置いてまた後で来ればいいと訴える。
 俺は目ざとくそれに気付いた。
 俺は、苦々しく考えた。勝算はある。あるが、そこまで俺に頑張れるか?
 それに俺は奴隷なんて作りたくはない。
 しかし、驍宗が後で来るとなると話は別だ。
 俺は唇を噛んだ。しかもこいつら、驍宗と阿選以外俺の言う事を聞きゃしねぇ。

「いいだろう、行こう。ただし、危険を感じたらすぐに他に移動しよう」

 奥に入った所、その広場の更に奥。知識だけでなく、本能から俺は震えた。

「その中に……妖魔がいる。凄く、強力な妖魔だ。帰った方がいい」

「そんな馬鹿な。では、ちょっと覗いてみましょう」

 結局この流れか。俺はため息を吐いた。どうせ中に入る事になるなら。

「では、俺が先に入る。俺がなんとか足止めするから、お前達は確認したらすぐに逃げろ。俺も、火事場の馬鹿力とやらで転変出来るようになるかもしれない。そうしたら俺も逃げられる」

 阿選が、声をあげた。

「戻りましょう」

「ああ、公がそこまで言うのなら信じよう」

「はっはっは、大げさなんですよ、公は。どれどれ……ギャー!」

「岩英―――――!」

「馬鹿かお前! 馬鹿だろお前! 一度死んどけ!」

 俺は罵詈雑言を吐きながら追いかける。見捨てる事など、出来はしない。
 汕子が現れ、俺の前に立ち塞がった。驍宗は刀に手を掛ける。

「汕子!」

 俺の声を聞いて、刀から手を放した。
 
「これが女怪か。阿選、花月、李斎。私は岩英を助けに行く。お前達は公を連れて逃げろ」

 そして驍宗はその身を穴へ躍らせた。

「ばっっっ………」

 俺は汕子の腕をくぐりぬけて穴へ突入する。
 汕子が、俺の先回りをした。

「どいてろ!」

 俺は叫び、そのまま穴を滑り落ちる。そして、化け物を見つける。

「だから言ったろーが、ボケ!」

「饕餮!」

 汕子が悲鳴を上げる。後から次々とやってきた将軍三人もまた、悲鳴を上げた。
 饕餮が、鎌首をもたげる。
 それが驍宗を襲おうとした瞬間、俺は迷わず視線を合わせた。
 体が震える。視線に力があると、初めて知った。
 
「時間を稼ぐ。お前ら逃げろ、気が散る。足手まといだ。俺は転変して逃げるから」

「しかし、公は転変出来ないと!」

「もう奇跡を起こすしか俺が助かる道はねーんだよ。6人死ぬより1人死ぬ方がましだ」

「公……私のせいで!」

「いいって! 説得できない俺も悪かった。早く行け!」

「しかし、公は最も尊い……」

「とっとと行けよ! 人間が麒麟の戦いに口出すんじゃねぇ! 汕子! 岩英を連れて行け!! 行けよ!!!」

 汕子が岩英を連れていく。
 花月が、泣きそうな声で言った。

「で、でも……」

「あーもう、イライラする! 気が散るって言ったろ! 行けよ、邪魔だ!!!」

「行こう。悔しいが……泰麒の邪魔をしてはいけない」

 李斎と花月が下がる。
 阿選と、驍宗が残った。
 視線がこう着した状態。この状態で、「指令に下れ」と念ずれば助かる事はわかっている。
 だけど、それでも俺は奴隷を作りたくはなかった。
 あれだけ言ったのに、出ていかないなんて。
 ……ならば、力で圧倒するしか、ない。相手に逃げさせるのだ。
 俺は代わりに念じた。

「行け。行けよ。どこへなりとも逃げてしまえ」

 しばらく睨みあった後、少しずつ俺は圧して行った。生まれた、ほんのわずかな余裕。

「驍宗、阿選。お前らも早く行けよ。俺がいつまでも逃げられない」

「「恐れながら、出来ません。傷を負いました」」

 一句一言違わぬ、その言葉。

「ふざけんな、嘘だって事は……」

 ざくり、という音と血の匂い。

「これで嘘ではありません」

 驍宗の言葉に、俺の中で何かが弾けた。

「ばっかじゃねーの!? そんなんだから、囚われのお姫様やって戴を滅ぼす羽目になるんだよ、この愚王!」

 俺の角が一際熱くなった。俺の王は、驍宗以外にいない!

「行けよ! 行け! お前を俺の指令にするのは簡単だ。けどな! 俺は誰の奴隷にもならない、誰を奴隷にもしない! とっとと行っちまえ!」

 俺は断固として命ずる。視線の力が、ぐっと饕餮を押しつぶす。
 ……力は失せ、饕餮が俺に跪いていた。饕餮が、目で言っているのが分かった。自分を、指令にしろと。自分は奴隷としてではなく、誇りある臣下として仕えるのだと。
 俺は、ゆっくりと、体が命じるままに手を天に向ける。
 頭の中では轟々と文字が渦巻く。
 俺は、頭に渦巻くそれを、読んだ。読んでしまった。

「傲濫。指令に下れ、傲濫」

 すると、傲濫は小さな子犬となって俺を舐めた。

「自分から従うなんて、馬鹿な奴……」

 そして俺は我に帰る。

「驍宗! ばっかお前マジ馬鹿じゃねーの。早く足を直さないと……」

「血で穢れる。近づかれては……」

「馬鹿言うな、すぐ見せろ!」

 阿選は俺に跪いて言った。

「泰王は私にお任せ下さい、泰麒」

「はぁ?」

 驍宗は、戸惑った顔で言った。

「さっき、確かに私を愚王と。王と……」

「ああ、でも俺、お前の事選ばないから」

「なんだと?」

「一人で無茶やって誘拐されて囚われのお姫様やって結果泰が滅ぶような王さまは選べないから。当初の予定通りさくっと他国人になってくれ。ついでに阿選も連れて行け。どうせ次の王は阿選だろうけど、阿選も驍宗と同タイプだからいらんいらん」

 本能と理性は別物である。
 阿選は、クックと笑う。

「泰麒……貴方もお人が悪い。饕餮が現れる事を知っていて、泰王を助ける為にわざわざついて来られましたな。どこが足手まといになるですか」

「お前ら全員を助ける為についてきたんだよ、俺は。もう疲れた、俺は寝る。後頼む……」

 そして、俺の意識は途切れた。




[15221] 不良が泰麒になりました 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/06 17:15
「何と言う事。王を見つけても選ばないなど……前例がない」

 驍宗は一応歓待を受けてはいたが、噂は瞬く間に広がり、広場はざわついていた。
 俺は、目を覚ます。

「起きたな、ちび」

「延麒……」

 笑う延麒に、俺は茫洋と言葉を返した。

「何故ここに……」

 延麒は、少し厳しい顔をする。俺は他にも麒麟が三人いる事に気がついた。一人は景麒だ。

「裏が取れた。今はまだそんなに酷くはない。けど、確かに兆候はある。芳も、巧も、景も。これは蓬莱と蓬山しか知らない麒麟には知りえない事だ」

「主上が、本当にそのような事を……?」

「確かに、主上は罪人に厳しくてあらせられますが……」

「泰麒、詳しい話を聞かせて下さい」

 ああ、峯麟と塙麟か。

「未来に、な」

 俺は起き上り、くらくらする頭を押さえながら、茶を望んだ。
 出された茶を飲み、ぽつぽつと詳しい話しをする。
 やんわり諌めるだけじゃなんにもならなかった事も、かといって解決方法を知らないという事も。

「浩瀚……浩瀚ならば、ひとまず信用できるのですね。わかりました。その方を冢宰につけるよう進言してみます」

「そりゃ倒れるのは遅れるだろうけど。処刑されないよう、嵌められないよう、きちんと守らないと駄目だぞ。景麒にそれができるのか? 失敗すれば、陽子の側近がいなくなる。それと、呀峰、昇紘、靖共辺りは、めったな事じゃ尻尾を出さない。直接調べに行くか、勅命でお前気にいらないから処刑! 位しないと駄目なんじゃねぇか? 今はまだ陽子の時ほど調子に乗っていないかもしれないし……。女を全部追い出すよりはマシだろ。浩瀚は怒るかも知れねぇし、朝も荒れるだろうけど……」

「今の私の主は主上です。早速密かに旅行の手配をします」

「巧は、巧はどうすれば……」

「自分で考えてくれよ。俺は解決方法を知らない。でも……塙王は自信をつけさせるか、他国を妨害したらどうなるか話して思いとどまってもらうか、塙王にそういう事を囁く奴を片っ端から遠ざけるか……ああ、でも駄目だな。塙王の周りがイエスマンだらけになるのはよくねぇかも。でも、一人くらい塙王に心酔している奴を置いてやってもいいんじゃね? 太子に相談してみるとか?」

「私には出来ません。祥瓊様を処刑しろと進言するなどと……もしも本当に処刑されたら……」

「じゃあ早く乱を起こすよう月渓に言うんだな。たくさんの国民が死ぬ前に」

「!! ……私は……わかりました」

「俺、散々好き勝手言ったけど、俺が知ってるのは俺が介入しなかった未来だけだし、責任持てねーからな」

「わかっています。それでも、相談して良かった。色々やってみます。まだ時間はあるのだから」

「それで、泰王だけど、泰麒は本当に王を選ばない方向で行くのか? 未来が分かってるなら、泰王を選んでも……」

 俺は肩を竦ませる。

「驍宗は自分の弱点をわかってるぜ。わかってても直せないもんがあるだろ」

「泰麒は、泰王が恋しくないのか?」

「恋しいけど……理性と本能は別だろ。俺は驍宗を選ばない」

「泰麒……それでも、お前は必ず泰王を選ぶ事になると思うぜ。それが麒麟だ」

 それが麒麟か、やれやれ。麒麟って大変なんだな。
 麒麟が去って行くと、玉葉が現れた。

「話は終わったかえ? 泰王が待ちわびておられます」

「俺は驍宗は選ばないって」

「その件で話があるそうです」

 俺が歩みを進めると、驍宗がいて、他の皆が平伏していた。
 阿選が、代表して口を開く。

「我ら、昇山者だけですが、話しあいました。我らは驍宗様をお迎えし、誘拐などされぬよう力の限りお守りします。どうか、戴に王を」

 なんだこれ! この状況で断れってか!?

「問題はもう一つある。俺は誰にも仕えたくない」

 そう言った俺の言葉に、驍宗は動揺しなかった。

「それを何とかするのは、私の役目だろう。泰麒、一年だけ、麒麟として私の傍にいてほしい。そして、仕えるかどうか決めてくれ」

 俺は考える。

「まぁ、驍宗の元で政治を勉強するのは悪い事じゃねーだろうし……」

 こうして、前代未聞の「お試し期間」が始まったのだった……。
 ちなみに、帰りは傲濫がついていてくれたから楽勝でした。
 それより色んな人達と話をして色々覚えるのが大変だった。
 俺、本当に台補なんて出来んのかな?



[15221] 不良が泰麒になりました 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/06 17:16
「麒麟が試しを行うと……」

「驍宗様が泰国を滅ぼすと……」

「いや、俺は誘拐が原因と聞いたぞ」

 ざわつく官達。とりあえず、驍宗は偽王として立つ事になった。
 冢宰とやらが俺に念を押す。

「泰麒にご確認します。本当に、驍宗様は王なのですな?」

「俺が承認しない限り驍宗は王じゃない」

 俺は、気後れしながらもはっきり言った。

「そして、泰麒が驍宗様を選ばない理由は二つ。一つは驍宗様が王になると誘拐されてそれが原因により戴が滅びてしまう事。それと、泰麒ご自身が驍宗様を仕える主と認めていない事」

「その通りだ」

「わかりました。ならば、官一同、驍宗様が王に選ばれるよう全力を尽くしましょう。誘拐の件に関しても、王を誘拐されて国が滅びるなど戴の名折れ。全身全霊を持ってお守りします」

「しかし、私が安易に誘拐されるなど信じられんな」

「皆が危ない危ないって言ってるのに、内乱の最前線に立つからだよ。轍囲だっけ? 罠が張ってあったんだ。俺はそういう所直さない限り断じて仕える気はないからな」

「轍囲で内乱だと!?」

「いずれ、な」

「なるほど、台補の話に信憑性が出て参りましたな。轍囲で乱とあっては、驍宗様が出ざるを得ない」

「轍囲で乱があった時、出るなという事か? しかし私は……」

「轍囲、比喩抜きで驍宗が行方不明になった後、塵になるぜ?」

「それは……! なんとしても私が防いでみせる」

「無理だと思うけど。で、俺は麒麟として何をすればいいんだ? 俺、海客だからそこんところ考えながら教えてくれ」

「は、はい。畏まりまして」

 そして、俺は勉強へと向かった。
 積み上げられた書類に辟易する。
 裁可は丁重にお断りした。だって、俺はまだ正式な台輔ではないから。

「やーりたくねー。ってそうも言ってられないか。読み聞かせてくれ」

 そして俺は勉強をするのだった。
 だらだらと勉強をしていると、正頼がふわりと微笑んだ。

「いやはや、そうしているとまるで普通の子供のようですな」

「そっか?」

「驍宗様の事、よろしくお願いします。何、必ず仕えたくなりますよ。あの人はそういうお人ですから」

「うーん、どうだろうな」

 その日の勉強が終わると、客人が来ていた。
 俺は目を丸くする。
 他国の麒麟。

「あ……あの、私の国は安泰でしょうか?」

「俺の国は……!」

「あー、才国は問題ないない。加工業がすっげ上手く行く。柳国はずっと未来に政務を完全に投げ出したために傾くっぽい。さぼりも駄目みたいだな。って奏国の麒麟がなんでこんなとこにいるんだよ。お前ん所は問題になりようがないだろ」

 予知の噂が広がったな? 俺は適当にさばいていく。
 正頼は目を丸くしてそれを見ていた。

「いやはや、戴国は良い麒麟を得たようです。まさか黒麒麟が未来を見通せるとは」

「一回限りのちょっとだけだけどなー」

 麒麟達を返すと、驍宗がやってきた。

「少し話さないか、泰麒」

「いいぜ」

 俺達は雲海を見つめた。

「この国はどうだ、泰麒」

「まだ来たばっかりだぜ? ま、良い国だと思うけど」

「そうか……。……轍囲の乱、どうしても私が出る事は叶わぬか?」

「行きたきゃ行けよ。その代り俺はお前を姫って呼ぶ」

「これは、手厳しいな。しかし、どうしても解せぬのだ。私が負けるはずがない……そう思うのは傲慢だろうか」

「すげー傲慢。この国にゃいくらでも不思議な道具や術があるんだろ。世の中正攻法だけじゃねーぜ。俺もどうやったのかまではわからないけど、後ろから切りかかられたのと生きてるのは確かだ。何年も行方不明になるから、ま、囚われの身か、玉泉にでも落ちて固まったか……。まあ多分囚われの身だろーな」

「後ろから切りかかられた……裏切り者がいるという事か?」

「人を操るなりなんなりしたってのが一番有力な仮説」

「人を操る……犯人はわからないのか?」

「さてな。正直、こいつかもって奴はいるけど、わからない。それに、驍宗の自業自得の面も大きいんだよ。お前らの臣下、お前が行方不明になった時なんで揉めたと思う?」

「揉めること自体が信じられないな。緊急の時にも、素早く動けるよう鍛えてきた」

「『これも驍宗様の策かもしれない』」

 驍宗は、顔を強張らせる。

「まさか……」

「俺の指令は二つだけ。俺は自分しか守れないんだよ。お前を守れば、その間に俺が殺されるから意味が無い。驍宗には、自分だけで何とかしてもらわないといけない。これは俺の咎だけど」

「泰麒の指令をあてにはしておらぬ」

 驍宗が頭を撫でて来て、俺は目を細める。そして唐突に言った。

「俺は驍宗が凄く好きだ。けど、これは麒麟の本能だと思う」

 驍宗は、手を止めてじっと俺を見る。

「俺は、自分が変えられるのが怖い。驍宗が俺を奴隷扱いも無理強いもしないのはわかってる。逃げようがないのだって、本当はわかっている。ただ、俺はまだそんな覚悟は出来ていない……」

「ゆっくりやればいい」

 驍宗が穏やかな瞳で微笑む。
 さっさと俺を説得しろと、酷い突き上げを受けているのを俺は知っていた。
 それでも、驍宗は完璧に俺を守ってくれている。そして今また、こうやって穏やかな笑みを浮かべて、ゆっくりやれと言ってくれる。それに俺はジーンときた。危ない危ない、危うく跪く所だった。一年は跪かんぞ! でも……一年たったら跪いてやってもいいかもしれない。

 その頃の景国

 景麒と景王、二人は役人に追われていた。和州に潜入していた二人は、馬車に轢かれそうになった子供を救ったのをきっかけに、手配されてしまったのだ。
 景王は、自分が誰に力を与えてしまったか、しみじみと理解していた。
 そして、景麒に手を引かれての逃飛行に頭をくらくらさせていた。
 逃げ帰ると、共に潜入していた浩瀚の部下、楽扇と花梨が出迎える。
 景麒が浩瀚に相談して用意した、景王の「友人」役である。

「主上、お早く。ここは私がごまかします」

 甘いマスクで、楽扇が言う。
 景王は激しく悩んでいた。

――ああ、私は景麒と楽扇、どちらを選べばいいの……!










 その頃の巧国

「……というわけなのですが、いかがいたしましょう」

「父上が、そんな、まさか……」

「おいお前、雁が羨ましいとか塙王に言ってたろ」

「冬官長、何をおっしゃる。貴方こそそれに比べて巧はなどと言ってらしたではないですか」

「お前が」

「お前だってそうだろ!」

「いやいやお前もだろう」

「……つまり、全員か。父上にばれないように、父上に不利な噂を消し、有利な噂を流すしかないな」

「さようですね」

 その後、周囲に褒めに褒められて目を丸くしておろおろと戸惑う塙王がしょっちゅう見られるようになる。







 その頃の芳国

「主上に進言します」

「なんだ、月渓」

「主上は、仕事をさぼる者は車裂きの刑だと申しました。私はその案に賛成でございます」

「月渓、やっとわかってくれたか」

「それゆえ、祥瓊様を車裂きの刑にして下さい」

「何だと!?」

「祥瓊様は公主でありながら遊んでばかり。十二国の中で、遊び呆けてらっしゃるのは祥瓊様ただ御一人だけ。月渓は恥ずかしゅうございます。服も質素に見せて陛下よりもはるかに高額な服、祥瓊様よりも優秀で見目麗しい者がいればあらぬ罪の疑いで処刑、処刑するというのなら、まずは祥瓊様を処刑なさって下さい!」

「まて、それはどういう事だ」

「どうせ私も処刑されてしまうのだから、この際言わせて頂きます。陛下は、表しか見て下さらない。良い子な振りをすれば、その裏でどのような悪辣な事をしていようが一向に気づこうとすらなさってくれない。些細な罪で人々を処刑し、本当にそのような罪を犯しているのか、どうしてそのような罪を犯してしまったのか一向に調べようともなさらない。無実の人を何人殺しました、主上。主上! 私には耐えられないのです。皆が貴方を暴君だという。主上は誰よりも清廉潔白であらせられるのに! 処刑を今すぐおやめ下さい。でなくば、まず祥瓊様を処刑して下さい!」

「待て、月渓。祥瓊を処刑する事は出来ぬ」

「何故です。祥瓊様を処刑されないというなら、それより軽い罪の者達は全てお許しになるべきです」

「祥瓊が何をした」

「祥瓊様が、公主らしい何をしてくれたのです!」

 そうして、各国で揺れに揺れながら一年が過ぎた。



[15221] 不良が泰麒になりました 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/06 22:09
「驍宗――――――vvv」

「はっはっは。蒿里。今日は早いな。朝の勉強はもういいのか?」

「うん、だって驍宗に早く会いたかったし」

「いつも顔を会わせているだろうに。……しかし天帝の御力は恐ろしいな」

「何か言ったか?」

「いや、なんでもない」

 王母から「麒麟が王を選ばないのはこちらのミスだから任せて!(要約)」という書状が届いて一か月。俺は驍宗好き好き状態になっていた。
 俺は何時もの通り、驍宗の御膝の上で朝議に参加する。
 そして、わからない事があると一つ一つ驍宗に質問した。
 驍宗はにこやかに答えてくれる。
 普段の俺だったら絶対にしないであろうその行為に、同情の視線が集まっていた。
 もちろん、驍宗は「麒麟が私を選ばないのは私の甲斐性ゆえ。泰麒を許してやって下さい(要約)」との手紙を送っている。
 しかし、俺が驍宗を王として選ぶまでこの状態は続くらしい。
 俺は驍宗に纏わりついて、朝の仕事が終わるまで質問しまくる。
 そして、午後になると俺の仕事を驍宗に手伝ってもらった。
 そして夜は一緒に御休みである。
 俺はトイレの時以外、片時も驍宗から離れなかった。

「ふ……蒿里が正気に戻った時が怖いな……」

「何を言っているんだ、驍宗? なぁ、早く契約しようぜ」

「凄く嬉しい話だが、もう少し朝を整えるまで待ってくれ。泰麒が納得してくれるよう。一月で終わるから」

「楽しみだなぁ。ふふふ……」

 そうして俺は指折り数える。
 一月後、最低限まで朝を整えた驍宗は、不安げに官達が見守る中、騶虞に乗って蓬山に向かった。酔ったように上機嫌な俺を連れて。
 王母への挨拶。契約。そして登極。
 俺が正気に返ったのは、玄武に乗ってからだった。

「……なんだよこれ」

「ようやく正気に戻ったか、蒿里……! いや、本当にすまない」

「……なんだよこれ」

「蒿里……」

「酷過ぎる……!」

 俺は思い出される恥ずかしい言動の数々に転がった。

「ああ、その、すまん、蒿里……!」

「驍宗が悪いわけじゃないのはわかってる。わかってるんだ……でも……」

 俺はどこからか木刀を取り出した。

「君に殴りかからずには、いられない!」

 錯乱したまま理性をぶっちぎって木刀を振るう俺。驍宗は木刀を握り、俺を抱きしめた。

「本当にすまない、蒿里」

 なんだよいつから愛称で呼ぶ事を許したよ。……それでも、驍宗に抱きしめられる事は嬉しかった。麒麟とは絶望的な生き物である。なんで俺が男に抱っこされて喜ばなくてはならん。

「いいよ、もう。どの道一年したら従うつもりだったんだ。お前は名実ともに戴の王だよ」

「そうか……そうか!」

 安心した驍宗は、感無量の表情で雲海を眺めていた。今までは、俺の事が気になって喜びに浸れなかったのだろう。悪い事をした気になってしまう。俺は被害者なのに。
 玄武から降りると、官達から平伏をしながら次々に取りなしの言葉があった。
 俺が正気じゃなくなっていたのは驍宗のせいではないのだと。
 俺はわかったわかったと頷くと、正気を失っていた間の事は忘れないと家出すると言い含める。
そうして、俺は政務に精を出し始めた。
 朝議の時、当然のように俺を膝に乗せようとした驍宗を殴った俺は悪くない。
 儀式の準備はもう、完璧に詰めてある。
恙無く儀式を終えた俺は、意識して質問の雨で驍宗の政務を邪魔した。
 俺はお前の重しになる、とは驍宗に伝えてある。
 一年の、権力が半端な状態での執政はいい準備運動になったようだ。
 まだ完全な王ではない驍宗に、官達は一定の基準を過ぎると反発した。
 それは、驍宗に独断をしていい限界を学ぶ良い機会となった。
 驍宗に関する相談も俺に回されるようになった。
 驍宗が浚われた時、これも驍宗の策かもしれない、と混乱した事は驍宗の側近に伝えられているので、その事についても驍宗と話し合いを頻繁に行っていた。
 
「ああ、驍宗。俺も粛清の時の処刑に立ち会うから」

「しかし、それは……!」

「俺は麒麟だ。驍宗と同じものを背負う」

「しかし、蒿里は仁の生き物だ。そのような事、耐えられるはずがない。蒿里は民意の具現化したもの。私には蒿里が私を王にする事を厭ったのは……」

「あれは、あれだけはまぎれもなく俺の、俺だけの意志。俺の自我を否定するな、驍宗。そして、民意が諸手を上げて迎えたのはお前だ。これ以上ないくらい、民はお前を望んでいる。痛いくらいに。それは、未来を知っている俺だから言える事だ。お前は変なとこで自信満々で、変なとこで自信が無さ過ぎる」

「蒿里……」

「言ったはずだ。俺は驍宗の重しになる。出来すぎる王さまと出来な過ぎる麒麟。プラマイ0だ」

「お前は、優秀な麒麟だよ」

 驍宗がぽんと俺の頭の上に手を置いた。それが俺には堪らなく嬉しくて、それがまた悔しかった。

「泰麒! どうか御助けを! 泰麒!!」

「お前は、俺が処刑に立ち会って呪詛を受けるかもしれない危険を圧しても処刑すべきと判断されたもの。許す事は出来ない」

「そんな……それでも慈悲の生き物か!」

「やれ」

 俺の命で、秋官が剣を振るった。
 
「これだけか? そんなはずはないだろう。あまり甘過ぎるとこれからの政権に害になる。この際だ、驍宗に敵対しそうな者はリストアップしろ。イエスマンだけで固めても困るから、残すべき者は残せ」

「は、はい……」

 俺はため息をつく。
 たまに雲海の水で洗い清めながら、俺は頑張った。
 しかし、轍囲の乱は起こった。起こってしまった。
 官達に、緊張が走る。

「知っての通り、俺が予知した悲劇の始まりはこの乱だ。この乱、驍宗を捕える用意がされている」

 俺の言葉に、英章が頷く。

「主上には留守番をして頂きましょう。宮廷内でも主上の護衛を増やします」

「それに加えて、俺が襲われた際に鳴蝕を起こす可能性がある。重要人物は期間中、護衛を増やし、用意された家で仕事をするようにしてくれ。石に潰されるよりは、薄い木で潰された方が死ぬ可能性は格段に少なくなる。襲撃にも注意しろ、特に詠仲。お前はこの動乱で死ぬ事になっている。気をつけてくれ」

「「「は」」」

 この件については断じて驍宗の言う事を聞くつもりはない。
 俺と臣たちは全身でそれを示していた。驍宗が口を開く。

「――待て。やはりこの戦、私が行った方がいいと思うのだ」

「何故だ、姫」

「何故ですか、姫様」

「う……姫呼ばわりは待ってくれないか。理由がある。私が目的というなら、そして相手が戴を火の海に出来るほどの腕を持つなら、轍囲が危ない。ならば、私が直接行って罠を叩き潰してくるほかないと思うのだ。冬官長にも相談して、それなりの対策もしてある」

 その後、一時間ほど驍宗の演説……いや、洗脳タイムは続いた。何か俺まで驍宗の言っている事が正しい気がしてきた。
 しかし。

「正論なんてどうでもいいんだよボケ。予知がある。皆が不安に思ってる。だから、後ろに控えて安心させろって言ってるんだよ」

 驍宗は少し目をつぶって、吐き出すように言った。

「これは勅命だ」

 俺の目つきが鋭くなる。今まで、散々説得してきてる。これで駄目なら、説得は無理だろう。だから、俺は言った。

「勝手にしろ。いいさ。俺は多分切られるだろうけど。角も失うけど。麒麟としての性質を失うかもしれないけど。いいさ。皆、聞いての通りだ。これからは、生き残る事を第一に優先しろ。決して決起しようと思うな。尽く裏切りが出るから無駄だ。敵はそういう能力の持ち主なんだ。それよりは、黄海以上に戴に溢れる事になる妖魔から少しでも民を守れ。新たなる指導者に尻尾を振って見せろ。10年近く立てば、俺はまた戻ってくる。それまでの辛抱だ。驍宗と親しかった者は逃げろ。驍宗。官吏の入れ替えを。お前の部下が全員逃げても大綱に触れないように。それぐらいの予防措置はしていけよ」

「蒿里……すまぬ」

「謝るなら最初からすんなよ、馬鹿。無事に戻って来なかったらずっと姫呼ばわりだからな」

 そうして俺は、驍宗を見送った。

「ご心配召されますな……と言っても無理でしょうな、泰麒」

 正頼が寄ってくるのを俺は手で制した。

「驍宗が戻るまで、俺に誰かが近づく事は何人たりともならん。近寄れば攻撃する。相手は操る力を持ってる」

 そして俺は、驍宗の向かった方をいつまでも見送っていた。
 驍宗行方不明の報に戴が揺れるのは、それからいくらもしない時だった。


 その頃の慶国。

「皆、良く聞いてほしい。和州に密偵に送っていた私の可愛い楽扇が大怪我をした。その上、花梨とできた。それとは関係が無いが、ムカつくので勅命で靖共は死刑」

「ななな、何と言われました、景王」

「ムカつくので勅命で靖共は死刑」

「和州と私は関係ありませんぞ!」

「五月蠅いわ。私は女王。私に逆らう者は誰であろうと許さない。和州と靖共が繋がっているという事は女の勘でわかっているわ。間違っていても別に構わないし。靖共の財産を国庫に欲しいから。景麒と浩瀚以外で靖共を庇う者も百叩きの刑。以上。明日の朝までに処刑しておくように」

「お待ち下さい!」

「秋官。連れて行きなさい」

「靖共様は罪人ではありません。出来ません!」

「景麒。勅命よ。靖共を処刑。後、さっき庇った秋官を百叩きになさい」

「主上……! 靖共の癒着と奴隷の密輸の証拠は掴んでいたではありませんか。何故それを出さないのです!?」

 景麒の言葉に、官がざわつく。

「思ったのよ。何故私が官の顔色をうかがわなくてはならないのかしら? 私は王なのに。私がこうしたいと思ったらこうする。私が処刑したいと思ったら処刑するのよ。第一、官は嘘をつくじゃない。ならば、私は私の信じる手駒と私の基準で有罪無罪を決めるのみだわ。楽扇には怪我が治り次第、他の州の密偵も進めるように言って」

「お待ち下さい、主上!」

 臣下達は慌てに慌てた。それは、官は信用できないと言っているも同然だった。
 それに、明らかに今から圧政を敷くと宣言している。官達の反発は著しかった。
 景王VS官達の争いの火蓋が、切って落とされた。



 その頃の巧国

「慶国で内乱の兆しがある。これを援助せよ。良いな」

 塙王の御言葉に、官吏は震えた。それを悟らせぬように、神妙な顔で頷いて、その場を去る。
 そうして、太子の元へと駆けこんだ。

「大変です、太子! ついに塙王が他国の内乱の援助を命じられました!」

「何!? これが巧国が妖魔の海に沈む兆しか……!」

 太子は唇を噛んだ。我らの声は父上には届かなかったか。
 かくなるうえは、全てネタばらしして父上の慈悲にすがるしかない。
 父上は、後の巧の事を考えてくれていたという。
 ならば、僅かに残った理性に期待すべきだ。
 その後、太子は塙王に物凄い勢いで怒られた。

「わ、わしを馬鹿にしておったのか! みんな揃って口裏を合わせて……! 笑っておったのだろう! さぞかし滑稽だったろうな!」

「巧国が妖魔の海に沈むと聞いて、誰が笑っていられますか!」

 太子の叱責に、塙王は怯んだ。

「正直に話さなかった事、申し訳ありませんでした。しかし、それも全て巧を救いたいが故。他国が何ですか。悩みがあれば、私に相談して下さいませ。そして、巧国を立派な国にしていきましょう。雁に勝てないのは仕方がありません。スタート地点が最初から違っていたのですから。これから共に頑張って行きましょう。それと、後に王を導く天命を持つ楽俊なる半獣が生まれるとか。半獣を使うのは業腹ですが、楽俊が産まれたら使ってみるのはいかがでしょうか。何、景の新女王を導いた時期はわかっています。その時に浚ってくればいいでしょう」

「王を導く、だと、半獣ごときが。いや、それよりわしを謀っていた事だ」



 その頃の芳国

 峯王は、調査を終わらせ、苦悩の表情で妻子の処刑を命じた。

「主上……祥瓊様を本気で処刑するおつもりですか」

「お前が処刑しろと言ったのだろう。言われた通り、家族を例外にする事は出来ぬ」

「お父様! 私は知らなかったのよ、お父様! お願い、助けて!」

「私はただ、祥瓊様より軽い罪の者を許してほしいだけなのです」

「それは出来ぬ」

「お父様!」

 そして、祥瓊が連れて行かれる。
 秋官が、祥瓊の死を告げると、塙王は涙を流した。

「主上、皆が同じ気持ちでした」

「……言うな」

「言いますとも。主上、どうか御慈悲を」

「……法を、見直す。ひとまず、処刑をストップさせろ」

「主上!」

 月渓は喜色満面に答えた。
 この辺りが頃合いだと、秋官が告げる。

「祥瓊様を処刑したというのは間違いでした。処刑は明日となっております。しかし、処刑をストップさせたのですから、問題はありませんね」

「おお、祥瓊……!」

「主上、このような奇跡は民にはないのです」

「わかっている」

 この後、新たなる法の整備に、喧々諤々と話し合いが行われる事になる。







 その頃の柳国。

「ふざけるな! どれだけ僕がさぼれるように法整備したと思ってる。僕はこれから残りの余生を遊び倒すぞ! 傾くというなら禅譲すればいいだろう」

「おやめ下さい、主上! 私の主は主上だけです」

「だって、僕の蓬莱に遊びに行く計画は!? 黄海をめぐる計画は一体どうなるんだ!」

「それは……! というかそんな事を考えていらしたのですか」

「まあまあ、四か月程度の休暇ならいいのでは」

「僕が計画していたのは十年だ!」

「おやめ下さい、おやめ下さい主上!」

「ええい、寿命が無限にあるのに休暇が十年も取れないなんて詐欺だろう! 僕は何と言われようと遊びに行くからな!」


柳国も、また揺れていた。




その頃の雁国

「……という具合みたいだ。俺の所に住所が送られてきたから、まあ迎えに行く事は出来ると思うけど……」

 延麒が報告し、延王が頭を悩ませる。

「倒れない可能性と倒れる可能性は各国五分五分という所か。同時に倒れるのだけは防がんとな」

 これを解決すれば、後の難民問題が一気に解決する。
 

 各国は、各国なりに蠢いていた。



[15221] 不良が泰麒になりました 7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/07 22:26
「あー。まず初めに、これから姫の事は姫と呼ぶように」

 俺はにこやかに言い放った。

「私の力が足りず、申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」

 一緒に出陣していた英章が頭をすりつけた。

「いい、英章。何が何だか分からなかったんだろ? 英章ほどの人物でも操られる事が分かっただけでも僥倖だ。本当は探しに行きたい所、よく俺の命を聞いて戻ってきてくれた。で、姫の所に傲濫を向かわせる。恐らく、その隙に俺が襲撃される可能性が高い。鳴蝕が起きたらそれが逃げる合図だ。いいな。俺は直接向かわない。姫と共に囚われたら大変だからだ。目の前で王を人質にとられれば、どうとでも出来るからな」

「しかし、予知で鳴蝕が起きる事は知られています。そう大人しく鳴蝕をさせてくれるものでしょうか?」

「起こすな。何故なら、俺の角を狙えば良い事もまた知られているからだ。犯人は、罠が見破られている事を知っていてなお、轍囲で乱を起こした。よっぽどの自信家で、なんとしても戴を滅ぼすつもりなのが見て取れる。そして、謀略を含めて姫との真っ向からの正面衝突をしたんだ。それでこちらが負けたわけだけど。……ったく、こういう事する性格だから王に選ばれなかったんだよ。能力的には姫の上を行っていただろうにな。とにかく。向こうは俺の角を狙ってくる。その為に、俺を追いつめて転変させようとするはずだ。そうなれば、俺も鳴蝕を放てる機会に恵まれる。本能を上手く引き出せるかわからないけど、まあ頑張ってみる」

「鳴蝕を起こし、そしてどうなるのです」

「延麒に助けてもらい、10年後に戻ってくる。姫には傲濫と共になんとか脱出してもらう。合流出来たら、再起を図る。これは、一旦敵に戴を明け渡す事が前提の策だ。俺達は、もう詰んでる」

「そんな……!」

「犯人は誰なのです! 検討はついているのでしょう!?」

「そいつも操られていた可能性がある。軽はずみな事は言えない。それにそいつはまだ明確に罪を犯していない。証拠が無い。調べたい事もある。だからあえて言わない。さすがに、敵も俺や妖魔までは操れないと思う。だから予知では姫を囮に傲濫を向かわせていた。頼りになるのは指令だけだ」

「泰麒。どうか、どうか我々も頼って下さい」

 俺は目を瞑る。

「俺の予知では、お前達は無力だった。だから、今度は俺がやる。俺達が留守の間、殺戮と妖魔の跋扈する戴を頼む。俺が戻るまでは姫は単身で潜伏させろ。裏切りの可能性が常にある。ま、今この場で俺を切り殺す事が一番なのかもしれないけどな。俺が戻った時、どうにもならなかったら迷わず切れ。やり直すのはそれが一番手っ取り早い」

「いえ、もう一つ策があります」

「なんだ、正頼」

「泰麒、黄海へご出陣下さい。そして、指令の軍を作るのです」

 俺は、静かに言い放った。

「俺は奴隷は作らない」

「そのような事を言っている場合では!」

「これは俺の信念だ。唯一麒麟の意志でないと断言できる、俺の自我だ。絶対曲げねぇ。会議はこれで終わりだ」

 何があって戻らぬように言い含めると、傲濫を向かわせ、俺は部屋に閉じこもった。
 深呼吸する。冬官に秘密裏に作らせた、それ。
 郵便マークのついた鋭い冬器の棒。
 中には手紙が入っている。
 俺は、目をつぶってそれを自分の肩にぶっ刺した。
 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
 俺の中で痛みがスパークする。
 その後、俺は血を洗い流し、何事もなかったかのように着物を着て外に出た。
 正頼が、笑顔で立っていた。
 なんでもない笑顔に、俺は背筋がゾクッとする。
 汕子が飛び出た。

「いやはや。先ほどの演説、耳が痛かったですよ。しかし、それでも私は姫を選んだ事を許せないのです」

「そうか、正頼を使ってきたって事は、やはり阿選が真犯人で良いんだな」

「ほぅ、やはり知っていましたか」

「阿選が真犯人出ないなら、予知と変わらず阿選が出るはずだ。だって俺は、以前、阿選にお前はやつあたりで国を滅ぼすって既に言ってるんだから。犯人を勘違いしている事は容易にわかるはずだ。誤解をわざわざ解く必要はない」

 正頼はニコリと笑って、剣を振りかぶる。
 転変はまだか。早く転変しないと。鳴蝕を……。

「そうそう、姫様の事ですが、別に生きてさえいれば手を捥ごうが足を捥ごうが構いませんよね?」

 俺の目の前が真っ赤になる。驍宗の笑顔が、想い浮かんだ。

「あああああああああ!!」

 俺は、転変した。驍宗の元へ。王気の元へ。頭の中はそれだけ。
 正頼が前足を切り飛ばし、俺が空から落ちる隙を狙って角へ……。
 俺は、喉も裂けよとばかりに悲鳴を上げた。
 そして、蝕が現れる。俺は、意識を失い……。






「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁ!!」

 俺は道端で、素っ裸でのたうち回っていた。左腕が、左腕がねぇ! なんでだ!?
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

「きゃああああああ!」

「ぼく! 大丈夫かい、ぼく! 早く救急車を!」

「何事なの……? 要!? 要なの!? きゃあああああ!!!」

 何事かと駆け寄ってきた人が悲鳴を上げる。俺は救急車によって病院に担ぎ込まれ、一命を取り留めた。
 そして、救急車の人は俺の肩に刺さった鉄の棒に気付く。
 
「なんだ、これは……郵便マークが? こんな子供に、なんて酷い……」

 なんでそんなもんが俺の左肩にあんだよ!

「何があったの、要、要!」

「わかんねぇよ! 一時間ほど外に放り出されてから、それから思い出せねぇ。いてぇ。いてぇよ!」

 病院で、俺は左腕の止血と肩の鉄の棒を抜く手術をした。
 俺はなんとか一命を取り留めた。
 郵便マークのついた鉄の棒には、手紙がついていた。

「この者の名前は麒。泰麒。黒麒麟。要。蒿里。妖魔に守られし者。この者に肉を食べさせてはいけない。この者を血に近付けてはならない。この者を争いに近付けてはいけない。この者を傷つけてはならない。破れば、妖魔が祟りを起こす」

 何なんだよ、何なんだよ、一体。泰麒? 黒麒麟? それって、十二国記だとでもいうのかよ!? どういう事なんだ、ちくしょう!
 俺は人目も気にせず泣きじゃくった。母さんも泣きじゃくって、俺を抱きしめてくれる。

「きっと頭のおかしい人に捕まっていたのね。可哀想に。可哀想に要」

「母さん……」

 そして、俺の新たな生活が始まった。
 最初、何も問題はなかった。それは、片腕の無い俺を苛める人間がそもそもいなかったからだ。苛めようとした子供はいたが、周囲の大人が全力で止めていた。

「要ちゃんは可哀想な子だから」

 その言葉が、俺に降り積もって行く。
 それと、肉も大嫌いになっていた。 
 けれど、父さんは肉を食べる事を強要する。そうでないと力がつかないと。
 変化が起こったのは、一年ほどたってからだった。
弟は、一旦俺の肩腕が無い事に慣れてしまうと、俺にちょっかいを出し始めた。
 そうすると、決まって弟が直後に事故にあう。
 俺は胡乱な眼で見られ始めた。
 まさか、本当に俺が泰麒だって事はないよな?
 俺は不安になり始める。
 近所の餓鬼大将が、俺を苛めて不可解な事故にあった。
 同じような事が相次ぎ、俺は引っ越す羽目になる。
 その頃には、俺は肉を食べるのを断固として拒否するようになった。
 母さんも父さんも、どこか怯えながらそれに賛同してくれた。

「母さん。10年後、俺には迎えが来ると思う。その時俺は、行かなきゃならない。その時まで、誰も傷つけないよう、家に閉じこもった方がいいと思うんだ。俺がもし苛められたら……妖魔が、祟る」

「妖魔なんて嘘よ。駄目、行っては駄目よ。そうだ、神主さんに相談しましょう?」

「無理だ、母さん。わかってるはずだろ? 俺は、母さんと父さんの子じゃなかったんだ。妖魔の子だったんだよ」

「そんな事いうものじゃないわ!」

 母さんが、俺の頬を叩く。直後、母さんの近くにどこから飛んできたのか包丁が落ちて来て、俺と母さんは顔を青ざめさせた。

「お願いだ、母さん。俺は妖魔をコントロールできない」

「え、ええ……」

 俺は母さんに役に立ちそうな本を借りてもらい、それを読む事で余暇を過ごした。
 俺の敵を容赦なく排除してしまう現状、俺はこのままここで生活していく事は出来ない。十二国記の世界に行くしかない。
 しかし、どうやって戻ればいいんだろう。転変なんて俺、出来ないぞ。
 そもそも、物語通りなら角が切られてるんじゃないのか。
 そうこうしていると、大津波のニュースが飛び込んできた。
 地震もなく、不自然な物だという。俺は迷わず津波のあった方に電車で移動した。
 きっと天帝の御導きとかいう奴だろう。
 俺が電車を降り、津波のあった方角へ徒歩で歩いていると、金髪の明らかにおかしい服装のお姉さんと黒髪の男の人の二人組がいた。

「貴方は、麒麟ですか!?」

 頭がおかしいと思われる事を覚悟で言う。

「貴方は……劉麒! もしや、劉麒なのですか!」

「やっぱそうか。迎えに来てくれたんだな! 指令が狂ってるんだ。このままじゃやばい。早く俺を十二国の世界に連れて行ってくれ」

「そうか! ここ出身の麒麟! ははは、そうか! 僕は劉王。道案内してくれ!」

「は?」

「心配ない、たっぷり遊んだら君も帰るから。ね?」

「はぁ……」

 俺は仕方なく、劉王を案内するのだった。あれ、戴って今ピンチなんじゃ……。
 俺、こんな事してていいのかな。



[15221] 不良が泰麒になりました 最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/08 21:51

「はぁーーーーーーっははは! 楽しいぞ! すごく楽しいぞ!」

 俺は劉王を遊園地へ連れて来ていた。
平日だから、空いている。それでも、ある程度待つ事になった。
劉王はジェットコースターがお気に召したようだった。劉台輔は青い顔をして見守っている。
コーヒーカップに乗り、くるくる回る。
メリーゴーランド。お化け屋敷。シューティング。
俺は逐一やり方を教えた。劉王は楽しんでくれたようだった。
最後に土産を買い込む。
これが大量に買い込まされた。
俺が溜めた小遣いは空っぽである。

「あの、劉王、そろそろ……それと、お願いですから向こうへ行く際は十分に本土から離れて下さいね」

「ええ? 後一年は遊ぶつもりだったのに」

「もうお金がありません。それと、質に入れるにしても、身分証明が必要です。怪しまれてしまいますよ」

 ハンバーガーを頬張りながら、劉王が頷いた。

「ふむ、面倒なのだな? 仕方あるまい。楽しかったし、またの楽しみにしよう」

 そして俺は荷物を取りに家に向かった。その際、母さん達に頭を下げる。

「俺、行くよ。世話掛けるだけでごめん」

「要……」

「心配だけはしないで。妖魔の世界では、俺、偉いから」

 母さんに、元の姿を見せたい。心から願ったその時、俺は転変していた。

「ひっ……要、要なの!?」

「これが俺の本当の姿だ。もう行くよ」

「転変できるようになったのですね……!」

「蝕は起こしかたわからないから、道案内を頼む」

「はい」

 俺はふわりと宙に浮かぶ。母さんが、いつまでも俺を見つめていた。
 そして、俺は月の影を通り、蓬山へと案内された。

「泰麒!」

「泰麒! 腕が……何と酷い!」

「これは……弱いが呪詛か? すぐに治療を……」

 そこで俺は一息つく。そして、辺りを見回しながら聞いた。

「戴へ案内して欲しい。俺は、泰麒なんだろう?」

「今の戴はあぶのうございます! ましてや、そのお体では!」

「それでも、俺は行かないといけないんだろう? 記憶はないけど、それくらいはわかる。大丈夫、この体でも飛べる」

「その上、記憶が無いと!? 泰麒、あまりにも無茶です」

「俺は向こうで、ずっと役立たずだったんだ。だから、ここで本来の役目を果たしたい」

 戴の方向はなんとなくわかった。あっちが怖い。ならば、戴は向こうだ。
一晩じっくり休んで、俺は旅立つ。お土産は蓬山に預けた。いつか、平和になったら取りに行こう。
 俺はひたすら空を飛ぶ。飛んでくる妖魔を必死で避けながら。
向かった先は、王宮だった。
妖魔が王宮にまで現れている。官らしき人達が総出で戦っていた。
俺を見て、官達が悲鳴を上げる。
そして、その中心の黒々とした豹のような人物が、俺に手を差し伸べた。

「蒿里! その腕は……とにかく、良く戻ってきてくれた!」

 ああ、この人が驍宗様だ。俺の主だ。

「驍宗様……!」

俺の言葉に、一瞬空気が固まる。

「蒿里、とうとう私を様付けに……私を許してくれたのだな!? 傲濫は役に立った。礼を言う、蒿里。しかし、蒿里の腕が……!」

 そうだ、原作と違うぞ。なんで俺の腕が無いんだ。それに、何故傲濫が驍宗様と共に?
 けど、そんな事はどうでもいい。王を救わなくては。
 
「傲濫……薙ぎ払え!」

 俺から傲濫に力が送られるのが分かる。向こうではあまりに少なかった力。
 ここでは、溢れるように天帝の力を受け取る事が出来る。
 傲濫は一声吠えて、周囲の妖魔を一掃した。
 そして、俺は王宮に案内された。

「驍宗様、貴方に言っておかなければならない事があるのです」

「なんだ、蒿里? なんでも言ってくれ」

 緊張して、驍宗様が言う。周囲も緊張して俺達を見つめた。

「向こうへ行った際、記憶を失いました。手紙があったのですが、妖魔の事と驍宗様の事、麒麟の役目しか書いてなかったのです」

「なんと……それでか!」

 臣たちは口々に納得したようにいう。

「話はわかった、蒿里。ここは私の為に、一言私を許すと言ってくれ」

「何故ですか、驍宗様?」

「いいのだ、蒿里」

「しかし、それはずるいのではありませんか? ひめ……むぐぅ」

 驍宗が正頼の口を封じる。

「は、はぁ。驍宗様を許します」

「皆、聞いたか! 蒿里が私を許したぞ! だからあの件は取りやめだ。私の事は今迄通り主上か驍宗様と呼べ。蒿里が私を許すまでという約束だったからな!」

「はぁ……後で台輔がお怒りになってもよろしいのですか?」

「許せ、蒿里……しかし私は十分に反省したと思わないか」

「反省したとはなんですか?」

 驍宗は首を振って、俺の頭に手を置いた。

「なんでもないのだ、蒿里。阿選の内乱で、この国は酷く荒れた。一旦阿選に偽王の座に昇られた事で、陰陽が乱れ、妖魔の氾濫する国となってしまった。しかし、阿選は捕え、国は取り戻した。後は民を妖魔達から守り、陰陽を整え、この国を少しずつ良くしていかなくてはならない。大変な仕事だ」

「驍宗様が自らの手で国をお取り戻しになったのですか!?」

「阿選の術に耐えうる宝重を作るまでに時間がかかったがな。いや、誰にも内緒で冬官を引きこみ、囮を幾度も使いつつ戦うのに苦労した。……まさか、泰麒が傲濫を私に寄こしてくれるとは思いもよらなかったのだ。その為に、泰麒には辛い思いをさせたな」

「へぇ……さすがは、驍宗様です。私は何をすればいいでしょうか」

「そうだな、陰陽を整えるべく、とにかく共にいてくれ。そして、私を手伝ってくれ」

「畏まりまして」

 俺は泰麒の部屋だという場所に案内されて、その身を寝台に投げ出した。

「だぁぁぁっ疲れたぁ! これからずっとああしていかないといけないのかな。やっぱり王様相手だもんな」

「猫を被っておられましたか。この正頼、安心しました」

「うぉっ! お、お前は誰だ? いや、誰ですか?」

「正頼です、泰台輔。そのままの口調でよろしいのですよ、台輔」

「正頼……ああ、正頼か。なぁ、王宮まで妖魔が出ていたけど、もしかして戴全土がああなのか?」

 正頼は痛ましい表情をした。

「仕方ないのです。戴を奪還したのがほんの一週間前ですから。今はとにかく、妖魔から民を守る事を目標に努力しております。このままでは、援助を受ける事すらままなりません」

「俺、やるよ」

「はい?」

「俺、戴全土の妖魔を指令にするよ。そうして警備をさせれば、民が苦しまずに済むんだろ?」

 正頼は、慌てて俺を止める。

「しかし、それは……!」

「ちゃんと、仕事もやる。まずは王宮の周囲から。こうしている間にも、夏官は戦ってるんだろ?」

 正頼は、涙を流し始めた。

「泰台輔……! さすがは泰台輔です! 戴の為に信念をねじ曲げるとは……!」

 何を言っているかわからない。
 そうして、俺と驍宗様は一生懸命頑張った。
 驍宗様が陰陽を整えることで妖魔は減って行く。俺が指令に下す事で妖魔は減って行く。
 夏官が妖魔を倒す事で、妖魔は減って行く。
 10年かけて、ようやく他国と連絡が取れるほどになった。
早速、雁に向かう手はずを整える。
延麒らしき人は、諸手をあげて歓迎してくれた。

「よぉ、ちび! 無事で良かった……! 腕の事は残念だったな」

「すみません、俺、記憶が無いんです。延台輔、歓迎して下さってありがとうございます」

「おおっ!? ち、ちびが敬語を!? いらねーよ、そんなの」

「では、延麒。早速各国の事を教えてくれ。ずっと気になってたんだ。後、戴は今大変な状態だ。どうか援助を頼む」

「四カ国分の援助をしてやるぜ! お前のおかげで、四カ国が助かったんだからな! ……ま、まだ予断は許さないがな」

「俺のお陰で?」

「ああ、そうだ。お前の予知のお陰だよ」

 延麒は、笑う。
 俺は何故か雁国に歓迎されて迎え入れられた。
 驍宗様と延王も面識があるだけあって、和やかな雰囲気で会話している。
 そして、延王が驍宗様と手合わせをする事になった。
 俺は麒麟にあるまじきことかもしれないが、わくわくしてそれを見守る。
 驍宗様と延王の戦いは素晴らしかった。
 そこで、延王の剣が驍宗の肩に……

――そうそう、姫様の事ですが、別に生きてさえいれば手を捥ごうが足を捥ごうが構いませんよね?

 そしてひらめく刃。切られる腕。
 俺は、失った左腕を押さえて転げ回った。

「うわぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁ!!」

「蒿里!? どうした、蒿里!」

「しまった、腕を斬られた時の事を思い出したか!」

 俺は驍宗の胸に縋りついて痛い痛いとひとしきり泣いていた。
 そうして、落ち着いて思いだしてみれば。

――いや、誰にも内緒で冬官を引きこみ、囮を幾度も使いつつ戦うのに苦労した。

 つまり、行方不明って嘘だったんかい。初めから策とか計画とか立ててたんかい。
 心配して傲濫までやって腕を斬り飛ばされた俺って一体。
 畜生、俺は……俺は……とんだ道化じゃねぇか!!
 つーか姫様に奴隷のごとく媚び諂い、また指令という名の奴隷を量産した自分に許せない。

「ぐれてやるーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「蒿里――――――!?」

 俺は転変して飛び出す。
 姫が俺の名を呼ぶが、知るかボケ。
 黄海ででも暮らそう、そうしよう。



 弘始十二年三月、上、妖魔を平定す。同月、民の飢えるを憂いて雁へと向かう。
 宰輔上の戦うを見て記憶を取り戻す。宰輔、ぐれると宣言し、跡を亡す。
 上、戴に帰りて姫と呼ばるる。
『戴史乍書』


 その頃の慶国。

「赤嶺。李が食べたいわ」

「こちらに」

見目麗しい男に傅かれ、ゆったりと団扇を振る景王。景王は内乱を平定し、真実国の頂点に立ち、ハーレムを形成していた。
 もちろん、贅沢をするばかりではない。慶はスパイ大国となっていた。
 景の手の者が、景のそこかしこに潜んでいて、常に景王にその州の状態を報告してくる。
 また、景王自身もお忍びでよく様々な州の町に降りた。
 当然、景王に何かあれば州侯が罰せられる。初めは裁判抜きで景麒の指令に殺されたものだが、浩瀚の尽力で裁判が行われるようになっていた。
 しかし、それでも官達は治安維持に余念がない。
 官との軋轢? ないはずがない。





 
 その頃の巧国。

「楽俊! 楽俊はあるか!」

「おいらはここだよ、主上」

「楽俊、聞いてくれ。皆が延国の方がいいというのだ!」

「塙王、それは気にするな(以下楽俊のありがたいお話)」

「そうか……! そうだな。わしが間違っていた」

「しかし、そんな事誰が言っていたんだ? 戴のようになる所だったのは皆知ってるし、最近は皆戴よりはマシって言っていると思ったけど。まあ、戴よりはマシなんて言葉もおいら好きじゃないけど」

「民だ。今日は一人で町に降りてみたのだ」

「ああ、それで……。塙王はまた旅に出たいのか?」

「ああ、また楽俊と二人で十二国を回ってみたいな」

「じゃあ、仕事を前倒しで片づけないとな」

「うむ!」

 楽俊との会話を聞き、太子と塙麟は微笑んだ。失道を食い止める係はうまくいっているようである。楽俊には不思議な魅力があった。初めは半獣と見下していた塙王だが、今では楽俊の言葉だけは素直に聞いてくれる。
 最近は黒麒麟の予言した導き手という事で、他国からも引く手あまただ。
 問題は楽俊を妬んで殺そうという勢力だが、楽俊の周りは指令で固めていた。
 他国で王の周囲から指令を放しては、軍の進軍と取られてしまう。旅の間は、よくよく気をつけねばならないだろう。半獣差別を中心として、問題は山積みだが、今は塙王の笑顔が嬉しかった。






 その頃の芳国。

「何よ! 月渓のわからずや! 貴方、やっぱり私を殺したいんでしょう!」

「祥瓊様、官として働くと決めた以上、祥瓊様だけ特別扱いはできません。大体、峯王の弑逆を止めなかった時点で官としての大切な物が欠けているのでございます」

 峯王は、それをおろおろと見守っている。
 峯王は、思った以上に自分が周囲を見る事が出来ていなかった事を痛感する。
 月渓と祥瓊は顔を合わせれば反発していた。
 また親子そろって「導き手」に説法をしてもらうべきだろうか。
 しかし、他国にそんな援助を受けたり、半獣を心の支えにするのは気が引ける。
 峯王は、悩みに悩んで楽俊との面会に予約を入れた。


 



 その頃の柳国。

「次はどこに行こうか。また蓬莱に行きたいなぁ」

「なりません。蓬莱に行けば、大きな蝕が起きます。また楽俊殿に来てもらいますよ」

「ええ!? 楽俊と話すとなんでか納得しちゃうからやなんだよなぁ。仕方ない。雁で我慢しとくよ。黄海、戴とスリルのある方向で楽しんだから、たまには普通の娯楽もね」

「仕事をして下さい、主上!」

「いやーだよ。その為に法を作ったんじゃないか」







その頃の戴国

「どうなさるのですか、姫君!」

「送り名は姫で良いですか、姫君!」

「すまん謝る送り名は許してくれ」
 
 平謝りする驍宗を見られたのは後にも先にもこの一度だけだろう。
 この後、驍宗は国が安定すると泰麒を探しにいく旅に出る。
 ちなみに、驍宗が行方不明になって傲濫が送られてから指令が驍宗から離れる事は未だない。



 その頃の泰麒。
 
 木刀を肩に担ぎ、たばこを吸って、俺は船の上に立っていた。

「そういえば、お土産を姫の所に持って行くのを忘れたな」

 まあ、戻った時に取りに行けばいいだろう。
 姫はしばらく慌てればいいのだ。ちょうど国も落ち着きかけているし、役立たずの台輔一人いなくても問題はないだろう。
 十二国は広い。見て回る所は、山ほどある。

「とりあえず、自由に蓬莱と行き来できるようにならないとな」

 姫君は、一度自分の思い通りにならない事もある事を思い知ればいいのだ。

 泰麒が、姫の元にお土産を持って戻るまで後5年。
 それは、驍宗が泰麒探しを休んで、騶虞を探している時だったという。
 自分よりも騶虞を探していた事に泰麒は怒り狂うのだが、それはまた別の話。



[15221] 劉台輔は暗殺者 (烈火の炎x十二国記)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/06 06:30
 信長を倒し、仲間達の弔いを済ませた後。屋敷に帰ってきた紅麗と小金井は、手招きする宙に浮いた手に目を丸くした。

「……何かの魔道具か?」

「なんだろ、呼んでるみたいだけど……」

「移動系の魔道具か? 面白い。招かれているのだから、行ってみるか」

「大丈夫? 紅麗」

「大丈夫だろう。お前も来い」

 紅麗は、その手に歩み寄る。手は、紅麗を掴むと、引っ張った。
 紅麗と小金井は手を繋ぎ、白い空間に投げ出される。
 そして僅かに歩くと、日の光が差した。
 目の前にいるのは、変わった服の女達。
 そして虎の体に鳥の羽を生やした化け物。
 しかし、そんな事はどうでも良かった。いきなり体調を崩したからだ。
 吐き気がして頭がくらくらする。紅麗はすぐに気を失った。
 目の前の金髪の女が、悲鳴を上げる。

「紅麗!」

「リュウキ!」

「お前、何をしたんだ!」

 小金井はぎっと周囲を睨んで言った。

「これは……呪詛! 劉麒自身に向けられた呪詛だわ!」

「なんと血で汚れた……それに……二人!? 人は通れないはず……!」

「王母ならば、劉麒を直す術をお持ちかもしれぬ」

 女仙が紅麗を抱きかかえようとした時、小金井は刀でそれを止めた。

「紅麗に何かしようとしたら許さない」

「我らは劉麒を助けようとしているのだ」

「リュウキ……? それ、紅麗の事? なんで紅麗は倒れたの?」

「呪詛を受けているからだ。何か、劉麒が恨まれる事に見覚えは?」

 小金井は、思わず押し黙った。いっぱいある。

「……本当に紅麗を助けてくれるんだね? 俺も紅麗についていくから」

 そして小金井は紅麗を抱き上げる。その軽さに、小金井は目を見開いた。

「なんで、こんなに軽く……」

 そして、王母とやらの所へ行く。

「……見苦しい事よの」

「御覧の通り、拙の手には負えません。王母の力にお縋りしとうございます」

「よほど憎まれ、恨まれたと見える。自身への怨詛で、かくも病んだ麒麟など例がなかろうな」

「麒麟ってなんだよ。どうして紅麗は倒れたんだ?」

 王母は小金井に目を向けると、軽く目を見開いた。その事に玉葉は驚愕する。
 王母が感情を表す事は酷く少ないのだ。

「お前は、蓬莱の仙か。妾も初めて見た。そうか、劉麒は蓬莱の仙として生まれたか。これほどの恨みを買って成獣したのも納得がいく」

「蓬莱の仙……?」

「面白い。病は祓おう。さがりゃ。そして戻るがいい」

 言った途端、玉座の前に瀑布が流れ落ちてきた。会談は、終わったのだ。

「王母がああ言った以上、劉麒は必ず治ろう」

「……まだ質問に答えてもらっていない。麒麟ってなんだよ? ここはどこだ」

「劉麒」

 鳥の化け物が、紅麗に抱きついて泣いている。
 小金井は、それを見てため息をついた。

「詳しい事情を説明してよ」

 紅麗は寝台に横たえられ、小金井はその横で用意されたお茶をぐっと飲んだ。
 大変な事になってしまった。

「もう一度確認するけど、紅麗はほんっと―――――――――に麒麟なの?」

「そうじゃ」

 小金井は指折り数える。

「戦いが出来ない」(炎術師として最前線で戦ってました)

「お肉が食べられない」(ステーキ大好きです)

「血が苦手」(その手で敵を貫いたりしてました)

「寿命が後5年」(ここに来るまでピンピンしてました)

「平伏出来ない」(普通に父、桜火にしてました)

 小金井は、断言する。

「絶対に嘘だ。戦乱の中にいたけど、紅麗元気だったよ、凄く」

 小金井はオブラートに包み、そう言った。

「そなた達は火影とかいう仙の一族らしいの。人間の皮が普通よりもずっと厚かったのじゃろう」

「人間の皮が厚いねぇ……。確かに、紅麗ちょっと顔立ちが変わっている」

「それは皮が剥げたからじゃ。もう今までのようにはいかんじゃろう」

「……絶望的な知らせばかりだな。とりあえず祓いの仕方と指令の折伏の仕方を覚えるのは必須か……」

「紅麗! もう大丈夫なの?」

「いや、もう少し休息が必要だ。だが、事情を聞く事は出来る。つまり、私は胎果とやらなのだろう? そして王に仕える存在……気にいらんな。他者が決めた主に仕えるなど。しかも絶対服従だと?」

「紅麗……でも、王を決めないと紅麗が死ぬって……」

 小金井の言葉に、紅麗は顔を顰めた。ここまでついてきてくれた小金井を置き去りにして死ぬ事など、紅麗にはできない。

「少し休んだ後、何が出来て何が出来ないか少しずつ確かめて行こう」

 紅麗の言葉に、小金井は不安げに頷いた。
 翌日、早くも元気を取り戻した紅麗は小金井と対峙する。

「顔色が悪いよ、紅麗。大丈夫?」

「何かおかしい。なんだ、この体が動かなくなる感覚は。まあいい、来い。小金井」

「うん」

 小金井は刀を振り上げる。紅麗も刀を構え、そして……へたり込んだ。

「紅麗! 大丈夫!? 体が震えてるよ……」

「……屈辱だ。これ以上の屈辱はない。私はもう一生戦えないというのか? 小金井! もう一度だ!」

「お止めなさいませ! 劉麒、麒麟が戦うなど、無茶です!」

 女仙の言葉に、紅麗は首を振った。

「貴様は黙っていろ。これは死活問題なのだ」

 何度か繰り返してみて、戦う事はどうにか出来る事が分かった。
 ただし、防戦一方で5分ほど。紅麗は、唇を噛む。

「紅麗……そうだ! 折伏ってのを覚えてみようよ。そうすればきっと紅麗も戦える」

「小金井……ああ、祓いの方法も覚えなくてはな。仙としての修行、やってみるか。この世界の文字も覚えなくては」

「仙としての修行、などと……劉麒がそのような事をする必要は……第一、劉麒が仙術を覚えられるか……」

「それでも、やらなくてはならない」

「俺もやるよ、紅麗」

 こうして、紅麗の新たなる戦いは始まったのだった。



[15221] 劉台輔は暗殺者 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/06 06:30
 小金井が仙になるのは以外と簡単だった。
 具体的にいえば、一か月ほどの修行でどうにかなった。
 その間、紅麗は祓いについて詳しく勉強していた。

「要するに穢れを全て消滅させてしまえばいいのだろう」

「そんな乱暴な……」

 紅麗も火影の一族。仙の知識も得て、穢れを祓う宝剣の作成に余念が無かった。
 呪詛で穢れる気満々である。
 女仙達は酷く戸惑っていた。一心不乱に剣や手裏剣の練習をする麒麟がどこにいようか?
 そして、待ちに待った延麒が来た。

「20歳を超えて蓬莱からやってきた麒麟がいるって?」

「貴様が延麒か。紅麗だ。早速折伏を教えてもらおう」

「……お前、なんで剣を持ってんの?」

「素手で敵を貫けば血に触れなければならないではないか」

「そ……そういう事を聞きたいんじゃねーんだけどな……。そっちの餓鬼は?」

「よくわかんないけど、俺って蓬莱の仙なんだってさ。それで紅麗と一緒にこっちに来たんだ」

「へぇー。俺は六太って呼んでくれ」

「わかった」

 そして三人で黄海の縁まで移動する。六太が折伏をやって見せると、紅麗はじっとそれを見つめた。

「やってみろよ」

「わかった。ならば、もっと黄海の深くに行こう」

「危ないぜ?」

「私の体をこんな小物に食わせるわけにはいかない」

 六太は、呆れかえった。

「我儘だな、紅麗は」

「なんとでも言え、行くぞ」

 そして紅麗は殺気を解放する。六太がへたり込み、六太の指令が身構えた。
 小さな妖魔が逃げていく。

「何をしている。いくぞ」

「ごめんね。六太。大丈夫? 立てる?」

 小金井がフォローする。六太は、頬を引き攣らせて言った。

「本当に、変な奴……」

 紅麗はどんどんと突き進んでいく。そして、とうとう殺気にも怯まない妖魔を発見した。
 それを見て紅麗が一言。

「……雑魚だな」

 妖魔が襲いかかってくる。反応したのは、ほぼ反射だった。
 すっぱりと一刀両断にした紅麗に、六太は目を丸くする。
 そして、血の匂いを間近で嗅いで倒れた紅麗に六太は慌てに慌てた。
 そして蓬山に帰って説教である。

「なんで攻撃できたんだ、お前!? いや、それよりも! 俺達には血は毒なの! 妖魔とはいえ傷つけんな! 視線で戦え、視線で」

「あんな小物は論外だな。もっと強力な魔物のいる場所に連れて行ってくれないか」

「だぁぁ、聞けよ!」

「紅麗、今度は俺が守るからさ」

 小金井の言葉に、紅麗は頷いた。小金井も倒せるくらいの妖魔なら、申し分ないだろう。

「ああもう、そもそもお前、折伏一回もした事無いんだろ? だったらさ、初めは小物で練習しとけよ」

「役に立つなら考えてもいい」

 六太は、ため息を吐いた。
 それから毎日、狩りに出かけた。
 
「紅麗。向こうには行かない方が……って紅麗! 待て紅麗!」

 スタスタと紅麗は嫌な気配のする方へ、まっすぐに向かって行く。
 そして、見上げるような炎の鳥にあった。
 
「これは……なんて強力な妖魔だ、全身が燃えてるなんて……逃げるぞ、紅麗!」

「……よし。いずれ私を食らう事を許そう、蓮炎」(折伏完了)

「はぁ!?」

「どうした。次の獲物を狩りに行くぞ。今度は背に乗れるような物が良い」

「あ……はは……俺って必要なのか?」

「何言ってんのさ。六太がいないと乗り物が無いじゃん」

 小金井の言葉に、絶句する六太だった。
 結局六太がいたのは二週間程だったが、それで10匹ほどの指令を得る事が出来た。
 後、問題は転変である。こればかりは感覚がわからないとどうしようもない。
 視線を合わせて睨んで命じるという、紅麗の得意分野ではないのである。
 そうこうしている内に、夏至が来た。

「昇山者? 馬鹿な、早すぎる」

「しかし、麒麟旗をあげないわけにはいかないのです」

「しかし、闘気はわかっても王気などわからんぞ」

「麒麟なら、王気は必ずわかります」

 紅麗は、口を噤んで考え込んだ。

「……良いだろう、昇山者に会う」

 昇山者はほんの3人だった。他に、剛氏が10人程。
 しかし、その3人はさすがにここまで来るだけあって、見るべきものを持った者達だった。

「柳に……柳にようやく麒麟が……お待ち申しあげておりました……」

「柳……柳か。私は柳の事をよく知らない。話を聞かせろ。どのように昇山した?」

「いくらでもお話いたしますとも」

 紅麗と小金井は、昇山の話に甚く興味を持った。
 そして、昇山者達と共に一度下山し、昇山する事を決意する。
 昇山者達も女仙達も当然反対するが、それを聞き届ける紅麗ではない。
 紅麗と小金井は目深のローブを着て、女仙達に色々と用意をしてもらって蓬山を降りた。
 昇山者達は、紅麗と小金井の手慣れた旅の様子に驚く。
 明らかに、過保護に育てられた麒麟の物で無かった。
 特に妖魔を指令も使わず追い払う辺りが。

「いやはや……紅麗様は、何と言いますか、逞しいですな。蓬莱でさぞ御苦労なさったのでしょう」

「終わってみれば夢のような日々だったがな」

 紅麗は目を閉じる。母上。雷覇。音遠。磁生。紅。そして、烈火……。
 その様子を見て、昇山者達もまた想像を逞しくする。

「いつか、紅麗様のお話を聞きたいものですな」

「全ては終わった事だ」

 紅麗はスタスタと先を急いだ。
 そして門の前まで来る。

「食料品など買い足した方がいいでしょう。一日しか門があいていませんから、急がないと。お手伝い致します。妖魔を隠すなら、まず、剛氏を雇わなくては」

「頼む」

 首尾よく妖獣も手にする事が出来た。孟極である。名を、豹牙、豹爪と名付ける。
 そして、剛氏を頼んだ。急な話だったので難航したが、なんとか礼儀正しい剛氏を見つける事が出来た。
 その後、買い物を楽しむ。
 色々と目移りする物が多く、買い物は楽しかった。
 一晩休み、ゆっくりと出発する。
 その時、寝坊したと慌てて走り出てくる人影があった。

「ああっ もう皆行ってる!?」

 紅麗は、その人影を見た時背筋が泡立ったのを感じた。
……なるほど。確かに私は麒麟らしい。
 指令を下した時より、更に大きな実感だった。

「そこの者。名は何と言う」

「英瞬と言います。あ、貴方達も寝坊したんですか? 一緒に行きませんか?」

「ああ。私の後ろに乗るといい」


「ありがとうございます!」

「紅麗様、早く追いかけないと追いつけなくなります」

「わかった。行こう」

 紅麗も小金井も、騎獣に乗るのは初めてだったが、妖魔には乗り慣れている。
 幸い、たどたどしいながらも乗りこなす事が出来た。
 剛氏は、先は長いと思いながらも、天馬を走らせるのだった。
 



[15221] 劉台輔は暗殺者 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/06 22:06
 小金井が妖魔を切り裂き、紅麗達は先に進む。
 英瞬は小金井の強さに目を丸くした。

「凄いですね、小金井さん!」

「紅麗はもっと強いよ。今は体を壊してるから戦えないけど」

「ええ!? 大丈夫なんですか!? その火傷が原因ですか?」

「いや、違う。体質のような物だ」

「そうなんですか……」

「安心しました。これで道中が楽になります」

剛氏の図清が言う。図清は良い家の出だったが、騎獣に憧れて家を飛び出し、剛氏になった口だった。まだ、技が未熟な自覚はある。
図清一人で三人も護衛しなければならないのだ。
その安堵は計り知れなかった。
血が流れた場所から三日の位置までは、安全度は高い。
図清は妖獣を飛ばせて昇山者達を追いかけた。
夕方、ようやく追いつくと、大人数が夕飯の支度に走り回っていた。
初日の薪は予め買ってある。
図清は、少し森に入った場所に寝場所を定め、孟極を繋がせた。

「しかし、こんな子供二人を黄海に連れてくるなど……」

「英瞬はともかく、小金井は強いぞ。手合わせしてみるか?」

「俺、訓練用の棒持ってるよ」

「面白い、ひと勝負してみようか」

「紅麗様、敵を作るような行為は……」

「構わぬ、やれ小金井」

 図清の制止を聞かず、紅麗は命じた。
 小金井は、瞬く間に勝利する。

「これ、あんまり得意じゃないんだけどねー。あ、紅麗は体弱い事を除けばもっと強いから」

棒を振り振り小金井が言う。
 大男に勝った小金井を、昇山者達は称賛する。

「小金井は凄いなぁ。俺も多少は鍛えてるけど」

「そうか。英瞬も小金井と手合わせしてみるか」

「いいのかい?」

「いいよ! 当たり前じゃん」

 小金井は笑う。それにつられて、英瞬も笑った。
 勝負は、驚くべき事に互角に近かった。それでも小金井が勝ったのだが。

「僕の里では妖魔が良く出てね。本当はいけない事だけど、死んだ夏官の人が残した剣で村を守ってたんだ」

「そうか……」

「ま、その里は今はもう無いんだけどね。僕は、麒麟に文句を言いに行くんだ。どうしてもっと早く戻ってきてくれなかったのかって」

「そうか」

「麒麟に対して何と不敬な……」

「よい。英瞬の言う事ももっともだ」

「それはともかく、このような騒ぎは困ります。妖魔を引きよせてしまうかもしれない。汗でにおうのも、無駄な体力を消費するのもお勧めできません」

「以後気をつける」

 図清に答え、その後紅麗達は食事をして眠りについた。
 ちなみに話し合いをして、食事からは肉を抜いてある。
 図清にも話は通してあった。
 食料を差し出すとはいえ、ご相伴している英瞬も同様の食事だ。ただし、それでは体が持たないので、剛氏と英瞬はその後干し肉を齧った。
 二日ほどすると、妖魔が現れた。
 紅麗はいち早く目覚め、ほぼ反射的に刀を投げた。
 それは火を囲んでいた人々に襲いかかろうとした妖鳥の目に見事に刺さった。
 騒然とする広場。

「紅麗はここにいて。俺が行ってくる」

 小金井が刀を抜き、英瞬も飛び起きて剣を持って妖魔の元に向かった。
 戦う事しばし。小金井が紅麗の刀と切り取った妖魔の肉を持って戻ってくる。

「早く出発しましょう。それと、体が弱いのでしょう。このようなご無理をなさらないでください」

 図清が出発の準備を整えて、紅麗を豹牙に乗せた。
 ついで、小金井と英瞬も豹爪に乗る。
 そして、出発した。

「おい、どこへ行く!」

「血の匂いを嗅ぎつけて妖魔が来ます。逃げましょう」

「ひ、ひぃ!?」

 聞いた者は転びながら自分の荷の所へ戻った。
 翌日、荷を置いて逃げ出した者達が、荷の元へ戻る。
 そこにあったのは、肉片と骨と化した妖魔の死骸だった。
 こうして、人々は黄海に入るその危険性を知ったのだった。
 いち早く妖魔に気付き、一撃を与えた紅麗は称えられた。
 しかし、紅麗は若干の血の匂いに頭を押さえていた。

「そういえば、体が弱いと言っておられましたな。どうです、私どもの天幕に来ては」

「いや、天幕の中では即座に反応が出来ない。剛氏にはその辺りの事も言い含めてあるから、問題ない。優秀な剣士も二人いるしな」

「いやぁ……紅麗様には負けますよ。僕、あの一撃に惚れ惚れしました」

「任せてよ、紅麗」

 英瞬は既に紅麗を紅麗様と呼んでいた。
 この夜に失われた命はなかったように思われたが、それは間違いだった。
 紅麗が、小金井が、英瞬があまりにも鮮やかに妖魔を殺し、撤退した為、全く気付かず寝過ごした者がいたのだ。その者は妖魔の餌食となっていた。

「しかし、紅麗。逃げるのは皆を起こしてからでも良かったのではないでしょうか」

「黄海に入る癖にその程度の事も出来ない者など、死なせておけばいい。弱肉強食は自然の摂理だ」

「紅麗……何と言う事を!」

「く……頭が痛い……下がれ」

「やめてよ。紅麗は体が弱いんだ」

「紅麗様……貴方様も王を目指すのなら、覚えておいてほしい。王は、そんな弱者を守る為にあるんだ。すみません、白頼さん。僕達も、妖魔が来た時に大声で知らせるようにします。ただ、一人一人揺さぶって起こしていれば逃げ遅れます。僕達に出来る事は、大声を上げる所までです」

「あ……ああ、そうしてくれ」

白頼は去って行く。

「小金井、気にするな。あれだけの大騒ぎで起きん奴が悪い」
 
「うん、でも……」

 言い淀む小金井の頭を、紅麗はそっと撫でた。
 次の襲撃時、紅麗は声をあげる代わりに強力な殺気を放った。
 紅麗の周辺にいた者全員が何事かとあるいは飛び起き、あるいは身を竦ませる。
 殺気を引っこめると、紅麗は英瞬に視線を寄こした。
 英瞬は呆然としていたが、紅麗の視線を受けて大声をあげる。

「妖魔が来るぞー!」

 次の瞬間、妖魔が茂みから現れた。殺気を発した紅麗を睨み、じりじりと寄ってくる。
 剛の者達が冬器を構えた。

「やれ、小金井。英瞬」

「はっ」

「うん!」

 小金井と英瞬が襲いかかる。
 図清はその間にせっせと荷物をまとめた。

「さ、紅麗様、お早く」

 紅麗は豹牙に騎乗する。
 振り向くと、小金井と英瞬が妖魔を倒して豹爪に騎乗する所だった。
 紅麗は微笑し、先へ進む。
 英瞬は、その笑みに魂を奪われたのだった。
 



[15221] 劉台輔は暗殺者 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/07 22:25
 紅麗は、いつの間にか人々の中心にいた。
 人々は、紅麗から一定の距離を置き、かつ紅麗から離れまいとした。
 就寝時など、紅麗の周辺に人の円が出来る。
 そして、やはり妖魔に一番に気付いて起きるのは紅麗だった。
 そして、紅麗が人を使いなれているのはすぐに知れた。
 始め、紅麗につき従っているのは3人だけだったが、すぐに紅麗の世話をするものが出始めた。
 多くの馬車を率いていた岩青がそれだ。
 岩青は紅麗に心酔し、なんと、紅麗に体を拭く為の水や絹や玉を提供し、紅麗に纏わりついた。
 紅麗も慣れたもので、その場で自分好みの服を仕立てさせて着飾る。
 傅かれ、与えられる物を享受して先へと進んだ。
 紅麗の服は誰も見た事が無いタイプのものだったが、それでも紅麗が自信を持ってきているのも会って美しく見えた。

「はぁ……凄いですね、紅麗様……」

 英瞬は、思わずため息をつく。

「英瞬の服もボロボロだな。仕立てた方が良いだろう。岩青。頼めるな」

「紅麗様の命ならば」

「ぼ、僕はいいですよ!」

「私の命だ、英瞬」

「く、紅麗様がそういうなら……」

 紅麗の指示通りの服を着た英瞬は、戸惑いながら紅麗の顔を窺った。

「こんな服、見た事無いし、変じゃないでしょうか……。あっ凄く動きやすいですけど!」

「いや、似合っている」

 紅麗はふっと笑うと、仕立てさせた仮面をつけた。

「やはりこの姿だと落ち着くな」

「懐かしいね、紅麗。昔に戻ったみたいだ。あー鋼金暗器があったらな」

「私も紅がいたらと思う。しかし、全ては終わった事だ」

 紅麗と小金井は視線を交わし合う。英瞬は、自分では入れない何かを感じて、悔しく思った。そうこうしている内に数日が過ぎた。
 蛭のいる沼地を前にした、窪地。

「ここで妖魔に襲われたらひとたまりもないな。少し離れた場所で、妖魔を呼ぼう」

 事もなげに紅麗は言い放った。それに、ざわめきが走る。

「岩青。妖魔退治はこちらでやる。馬を一匹差し出せ」

「しかし、紅麗様……いえ、わかりました」

「でも、自分で妖魔を呼ぶなんて、危険です! もしも妖魔が強いものだったら……」

 そう言って紅麗を止めようとする英瞬を、紅麗は窘める。

「だからと言って、ありもしない幸運に縋るのか?」

「紅麗様……」

「お前も昇山するなら覚えておけ。リスク無しに何かを成す事は出来ない。……頼りにしている」

「紅麗様……!」

 英瞬は、その一言に顔をあげ、勇気を奮い立たせた。
 自分の主が、頼ってくれている。そうだ、紅麗は体が弱いのだ。自分が守らなくては。

「私からも兵を出しましょう。私達は先に行って良き野営地を見つけて置きます」

「そうだな。もしもの時の為、二隊に分けた方がいいだろう」

「紅麗様はどうか避難する組の方へ」

「いや、私は小金井と英瞬が妖魔に勝利するのを見届ける」

「なりませぬ。王とは、犠牲を出しても自身は無事でいなくてはなりません」

「この程度もどうにか出来ぬ部下しか持たぬ者は、王の器ではない。そうだろう?」

「紅麗様……!」

 そして、紅麗の指示の元、選定された馬が斬られる。
 二時間ほど待つと、妖魔がやってきた。
 切りかかる紅麗と英瞬、そして残った剛の者達。
 ほどなくして、妖魔は倒れた。
 紅麗は十分距離を取っていたが、それでも血の匂いに眉を顰める。

「てこずったな」

「申し訳ありませぬ」

「ごめん、紅麗」

「小金井、怪我をしている。急いで野営地に行き、手当てをしよう」

 野営地に向かうと、沼地を抜けてさほど進んでいない所で岩青が野営の準備をしていた。
 いくらかの者は、先に進んだようだった。
 ただし、剛氏達は例外なくその場に残っていた。

「全く、妖魔を倒してくれる隊を置き去りにするなど!」

 ぷりぷりと岩青は怒る。岩青はお湯の準備をしていた。当然、紅麗の為だ。
 小金井の治療も手早く行う。

「お疲れになったでしょう。今日はここで休みましょう。何、三日の猶予があります。一日位休んでも構わないでしょう。沼の中に蛭がいまして、私の隊にも随分と怪我人が出ましたしね。偏食家と聞いていましたが、パンくらいは食べれるでしょう?」

 少し血で体調を崩していた紅麗には格好の申し出だった。

「うむ。そうしよう」

 岩青の歓待を受け、紅麗達は休んだ。黄海は、まだ長い。
 紅麗が休んでいる中、図清はそっと野営地を抜けだした。
 剛氏達で、集まって話す。

「まさか、本当に馬を犠牲にして妖魔を呼ぶとはな」

「しかし、ここに来るまで実に犠牲が少なかったな」

「その大半は紅麗によるものだろう。妖魔が来る前に気づける奴なんざ、初めて見たぜ」

「紅麗様は、鵬に違いありません。あの方こそ、我が柳の王です」

 図清は柳国出身だ。自慢げに胸を張った。

「まだ決まったわけじゃないが、突出しているな」

「鵬はいると思う。他にも雨が不思議なほど振らないし、妖魚の出る川が枯れてやがった。紅麗を筆頭に、昇山者の動向に気をつけろ。鵬を落とすな。落とせば、今までの運のつけが一気に来るぞ。特に紅麗は体が弱いそうだから、図清、しっかり気遣っとけ」

「わかっています。私があの方をお守りします」

「おいおい、俺たちゃこの旅だけの関係なんだぞ。あんまり深入りすんなよ」

「図清はいつもこうだぜ? まあ、仕事に熱心なのは良い事さ」

 そして、剛氏達は散らばった。
 
 翌日、道を進んでいくと、突然紅麗は立ち止った。
 そして、なにやら考える様子を見せる。

「いかがなさいました、紅麗様?」

「この先に強い妖魔がいる。小金井には少し荷が重いかもな」

「なんと、小金井よりも強いのですか」

「俺達だけならともかく、皆がいるし。迂回路を取った方が良いんじゃないかな?」

「待って下さい。この先を行った人達は……」

 英瞬の言葉に、紅麗は手を振った。黙れという合図だ。
 皆が、何とは無しに黙る。
 すると、どこからか遠い悲鳴が聞こえた。

「助けなくては!」

 英瞬が走りだそうとするのを、紅麗は止める。

「待て英瞬。これだから馬鹿は無謀で困る。私の言った事が聞こえないのか」

「紅麗様はどうか、迂回路をお通り下さい。そして、僕に命じて下さい。妖魔を狩って来いと。王とは、王とは全てを救ってこそ王だと思うのです」

「貴様に覇道の何が分かる」

「わかりません。けど、僕は王が立つのを切望していた。民がどんな王を望んでいるかは、痛いほどよくわかる。僕は、紅麗様にそんな王様になってほしい」

「勝手に理想を押し付けるな。それほどの理想があるなら、貴様がそれを体現して見せよ。第一、貴様を犠牲にしたのでは、貴様の言う民の望む王とやらにはなれん」

「紅麗様……?」

「指揮をとり、あの妖魔を倒して見せよ。玉は人を酔わせる。幸い、玉に油に布に武器がある。その上、小金井は仙だ。私は間近でその様子を見させてもらう。言っておくが、私は貴様を助けんぞ。ここで死ぬなら貴様はそれまでの存在だったのだ」

「はい! 畏まりました、紅麗様!」

 英瞬は一瞬顔を輝かせて、キッと妖魔のいる方向を睨んだ。



[15221] 劉台輔は暗殺者 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/09 21:59

「そういうわけです、皆さんであの妖魔を倒しましょう」

英瞬が声をあげる。

「僕が囮になって、玉をあの妖魔の口に投げ込みます。そうしたら、油を浸した布を妖魔にかけて燃やしてしまって下さい。大丈夫、僕はどうにかなります。小金井、後を頼むよ」

「大丈夫なの? 英瞬……」

「ここで倒れるなら、そこまでの存在だったという事だ。行け、英瞬。試作品の宝剣をやろう」

「は!」

 英瞬は玉を持ち、紅麗から受け取った宝剣を持って豹牙に乗って駆けだした。
 騎獣に乗った剛の者達がそれに続く。
 紅麗は豹爪に小金井と共に乗り、ゆっくりとそれについていった。
 
「ちっ、鵬雛を落とすな。俺達も行くぞ」

 剛氏達が進む。
 恐ろしい妖魔だった。
 食べられた人がその口から上半身をだらりとぶら下げている。
 紅麗はその妖魔の見事さにほぅとため息をついた。

「紅麗! 逃げた方がいいんじゃねぇか!?」

「何故私が逃げなければならん」

 紅麗は泰然としていた。逃げ惑っていた人々が、紅麗を見つける。

「紅麗様! どうかお助け下さい」

「紅麗様!」

「いま、助けます!」

 英瞬がその言葉に応え、玉を投げつける。
 妖魔はそれを食らい、酔ったように暴れ出した。
 英瞬は次々と玉を食わせ、地面に玉をばら撒いた。
 妖魔が、それに向かう。
 その時、油を浸した布を妖魔にかけ、火をつけた! 
 英瞬が追い打ちとばかりに斬りかかる。
――妖魔は、その全てを撥ね退けた。

「くっなんて強い妖魔だ……」

「おい、こいつは無理じゃねぇか……」

「英瞬、どうした。もう終わりか?」

 英瞬はキッと妖魔を睨んだ。

「いいえ。いいえ! 紅麗様は僕を信頼してくれました。後ろに紅麗様がおられる限り、僕は絶対に負けません!」

 そして英瞬は妖魔へと再度切りかかる。
 宝剣が力を貸してくれるかのようだった。
 小金井とともに、英瞬は妖魔に手傷を負わせた。
 しかし、圧倒的に妖魔の方が強い。

「ふむ。人間にはこれが精一杯か。小金井。時間を稼げ」

「うん、紅麗!」

 紅麗は倒れ込んだ英瞬にゆったりと歩み寄った。

「立て。英瞬。これで終わりだというのか?」

「まだまだ……っ」

「良く言った。お前がお前でいる限り、傍にいて、聞ける命なら聞いてやる。私の忠誠をくれてやろう。許すと言え」

「く、紅麗様……?」

「許すと言え」

「ゆる、す……」

 そして紅麗は英瞬の足を持ち上げ、額を当てる。
 その時、英瞬の中を何かが駆け巡った。
 英瞬に力が満ちる。英瞬は、立ち上がった。
 宝剣を握る。

「さあ、あの妖魔をその剣に封じて来い」

「英瞬、早くして! もうそんなに持たないよ」

「え……あ……あ、わかった!」

「集中しろ、英瞬! 妖魔を宝剣に封じると念じるのだ!」

 英瞬はきつく妖魔を睨み、駆けだした。まっすぐに妖魔へと向かい、その宝剣を突き立てる。
 聞くもおぞましい妖魔の悲鳴。妖魔の体が宝剣へと吸い込まれていく。
 そして英瞬は、気を失っていた。

「紅麗、昇山しおわるのを待つんじゃなかったの?」

「ああ、昇山すらままならぬ者を王として迎えるのは不満だが……まぁ、昇山仕立ての頃よりは良い顔をするようになった。見よ、小金井。この禍々しくも美しい宝剣を。急いで持って帰って、丁寧に封印しなおさなくては。きっとよい宝剣になろう。図清、英瞬を連れて行け。蓬山までもうすぐだ」

「も……もしや、紅麗様は……麒麟なのですか!?」

「先ほどの誓約の言葉は随分と、その、違うような……」

「馬鹿な、麒麟の髪は金色のはずだ。紅麗の髪は真っ黒ではないか!」

「英瞬が、いや英瞬様が王ですと!?」

「貴様、私が選んだ王に不満があるのか」

「い、いえ、まさか。しかし、あれ……? 普通に妖魔を攻撃していたような……」

「恐怖を克服すれば容易い事だ。しかし、ここは血の匂いが酷いな。岩青、手が血で汚れてしまった。また水を寄こせ。体を洗う」

「は、はっ」

 蓬山に行くと、心配した女仙が待っていた。
 紅麗の女怪の黎明が告げる。

「劉麒、ご無事でしたか。心配しました!」

「契約をお済ませです」

「おお、劉麒……!」

 女仙達は喜びの声をあげる。
 
「岩青、世話になったな。必ず生きて戻って、私に仕えろよ」

「ありがたきお言葉……!」

 その時、英瞬が目を覚ました。

「ぼ……僕は……」

「お目覚めですか、劉王」

「え……? な、何の事ですか?」

「私はお前を王に選んだのだ、英瞬」

「ぼ、僕が王様に!? そんな! 無理だよ!」

「貴様、私の判断が間違っているとでも言うのか」

「い、いえそれは……!」

「深く考えずとも、貴様は私に従っていればそれでいいのだ。そうだな、差し当たっては三人で妖魔を狩りに行くか。私は宝重が欲しい。穢れを簡単に祓ってしまうような、な。この宝剣はよく切れるようだがそれだけだ」

「え、え、え?」

「返事はどうした。はいと言え」

「は、はい!」

「よし、吉日までまだ日がある。今日はゆっくりと休む事を許す。明日から出かけるぞ」

「楽しみだね、紅麗! ああ、でも字を覚えないと」

「字の勉強は大体済んでいるが、確かに私も心もとないな。共に学ぼう、小金井」

 英瞬を置いて、二人は今後の予定を詰めて行くのだった。
 来る吉日。
 さすがに英瞬は緊張して、王となる為の会談を昇る事を躊躇した。

「紅麗様、僕は麒麟に文句を言いたかっただけなのです」

「今もそう思うか?」

 英瞬は首を振った。英瞬の忠誠を誓いし黒い麒麟。
 麒麟は、麒麟でありながら、戦うすべを知っていて、酷いやけどを負っていた。
 麒麟もまた、安穏と過ごしていたわけではない事ぐらいわかる。
 なにより、それを問題としないほど英瞬は紅麗に心酔していた。

「私を信じろ、英瞬。三つ、約束してやろう。お前がいつ禅譲しようとも、私はそれを受け入れる。そして、失道させはしない。自分で死ぬのが怖いなら、私自らが貴様を切ってやる」

 英瞬は、ぷっと笑った。

「それって、紅麗様を道ずれに死ぬ事は許さないって事じゃないですか」

 それに、英瞬を切るぐらい、この主は簡単にやってのけそうな気がする。

「始末されないよう、精々頑張りますよ」

「それでいい」

 紅麗は、笑う。やはり、この笑顔が好きだと英瞬は思った。
 そして、一歩を踏み出した。

 そして、柳国の伝統となる初勅が下される。
……その初勅とは。

――麒麟の命には、絶対服従する事。



[15221] 劉台輔は暗殺者 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/11 00:11
「しかし、普段の服までこんなに重いなんて知りませんでしたよ」

「おいらもこの服好きじゃないなぁ。これじゃ戦えないし」

 英瞬は苦笑いをする。儀式が終わった次の日、昼食の時の言葉である。紅麗と英瞬、それに紅麗の弟として宮に入った小金井は飾り立てられていた。
 十二国の世界では、布地の多さが裕福さを表す。
 それゆえ、ゆったりとした着物を幾重にも重ね着させられていた。
 即位式の時までは大人しく飾り立てられていた紅麗だが、さすがに普段までこの服装は遠慮したい。実を言うと、即位式の前から秘密裏に用意をさせていた。

「うむ、明日から普段着にするか。岩青を呼べ」

 岩青は、元は大商人で、今は息子にその地位を譲り、内宰を務めている。
 内宰とは、王や台輔の世話をする天官の、内宮を司るものである。
 岩青は転ぶようにやってきた。
 
「申し訳ございません、紅麗様。まだご指定の服の見本の半分も出来ておりません。何しろ、三人分でございますし、試行錯誤が必要でして……」

「半分は出来ているのか。構わん、見せろ。試着する」

「仮縫いでよろしければ全ての服が出来ております。試着ぐらいならば出来ましょう。ただいま持って参ります。取り寄せまで三時間ほどお待ち下さい」

「ちょうど午後の仕事が終わった後か。楽しみだ」

 その言葉を傍らで聞いていた女官は驚いた。
 岩青とは、黒麒麟の信頼を良い事に、予算を横流しし、宝物庫を漁る奸臣だと思われていたからだ。しかし、だからこそいつでも失脚させる事が出来そうな岩青は放っておかれていた。むしろ、操りやすそうな麒麟だと喜ばれている節があった。なにしろ、就任してすぐに宝物庫による麒麟であるし。その上、王は麒麟を様付けで呼ぶほど可愛がっている。麒麟の機嫌さえ取れば、王は言いなりだ。計30年近くも続く空位で柳も腐っていたのだ。 
 三人分という事は、主上と紅麗、そして小金井の三人。
 この国のトップである三人の服を仕立てるとなれば、それは予算も必要だし宝物庫を漁る必要もあろう。
 これは一大事だ。
 女官は昼食の時間が終わるのももどかしく、大ニュースを広めて行った。
 午後、太師の落葉からの助言を聞きつつ政治の勉強をする。英瞬には午後には重要な決定をしないように言いつけてあったので、心配はない。
 
「しかし、皆に相談もなく服装をお決めになるなど……」

「あくまでも普段着だ。儀式の際は今迄通り任せる。……この服では戦えぬ」

「は?」

「そんなに心配なら、貴様も見に来るが良い。三公に限り、今日だけ仁重殿に来る事を許す。試着はそこでする。ただし邪魔はするなよ」

「そうさせて頂きます」

 岩青が服をせっせと仁重殿に運ぶ。
 仁重殿に来られる天官が全員駆けつける騒ぎとなった。

「お忍び用の服は後で護衛の問題上、私達だけで見る。ここでの普段着だけ出せ」

「は」

「お忍びですと!?」

「まずはこれです」

「却下」

 見せられたごてごてとした服装の洋服……こちらの世界の感覚で言えば襤褸を見て、何人かが失神しかけ、紅麗の一言で気を持ち直した。

「そんなにごてごてとしては趣味が疑われる。飾りは全て排除しろ」

「では、こちらですか」

 洋服を見て、今後こそ天官達は失神し、紅麗は満足げに頷いた。
 こちらの国にしてみれば、完全に襤褸である。

「しかし紅麗様、このような服装は麒麟には相応しくないのでは……私は反対です」

 英瞬の言葉に、紅麗は襤褸か、と呟く。

「この世界の者達にはそんなにみすぼらしく見えるか」

「はい。……申し訳ありませんが」

「よい。ではこれは10着ほど作って大切に保管しておけ。400年後にまた使う。では次の服を見せよ」

「はい。この服は、紅麗様が黄海にいらっしゃったさいのお召し物です」

「ふむ。これはいいか」

 先ほど気絶しなかった天官が必死に首を振り、英瞬を見るが、英瞬は懐かしげな顔をした。

「懐かしい服ですね……しかし、これは特別な時の為に取っておきましょう」

「そうか。これと同じ系統の服は30着ほど作っておくように」

 うまく紅麗を宥める英瞬もさる者だが、すかさず服を注文する紅麗も紅麗だ。
 ようやく、今までとは大分マシな服が出てきた。
 英瞬は顔を綻ばせるが、紅麗は若干顔を顰める。

「これなんか、よろしいのでは。動きやすく布も少なすぎず、丁度いいかと存じます」

「まぁ、確かに動きやすさが損なわれないギリギリの範囲ではあるな」

「とんでもありません! 布が少なすぎます!」

 太宰が、思わず声をあげた。

「布が多いとなると、この服などどうでしょう」

「それは客人が来ている時にしよう」

 紅麗の言葉に太宰が反論する。

「客人がいらっしゃった時はもっと豪華にしなくては。国の威信が疑われます」

「これなんかどうでしょう。まだ仮縫い段階ですが、天官の意見に沿ってみました」

「む……これはなんとか……」

「動けないだろう、これは。却下だ」

「これなんか、奇抜ですが……」

「ほぅ……」

「駄目駄目駄目です絶対駄目です! 正気を疑われますぞ!」

「あ、俺これがいい」

「僕、黄海用の服を見てきていいですか? 楽しみにしてたんです」

「そもそも黄海へ行かないでください!」

「……っそもそも岩青殿! 貴方は、内宰でありながら何をしているのです!」

「紅麗様には絶対服従という初勅を忘れたのですか? 紅麗様はもう少し簡素な服を求めておられます」

 岩青の言葉に、天官達は絶句する。だからと言って、限度があろうに。

「で、岩青はどれを勧める?」

 紅麗の言葉に、岩青は真剣な顔をする。辺りを緊迫した空気が漂った。

「私としては、これをお勧めします」

 奥から引っ張り出して来たのは少し変わった豪奢な服だった。
 
「ほら、こうすれば瞬時に動きを阻害している袍を脱ぐ事が出来ます」

「ほぅ……それにしようか」

「普段着はこれでよろしいですね? 太宰、これでよろしいか」

「それならば、まぁ……」

 そうして、試着会は終わった。

「では、使わなかった宝物は全て処分して衣装代に当てておけ。儀式と最低限体裁を整えるのに必要な分は次の王と女王の為に残しておけ。詳細は春官にでも聞けばよいだろう」

「は」

「お、お待ち下さい! 宝物を処分とは!」

「心配ない。我らが使う分はより分けておいた。英瞬」

「勅令である」

……本当にこの麒麟は扱いやすい麒麟なのか?
麒麟が道を外した場合失道するんだったかと、全員の頭をよぎったのは仕方のない事だったろう。


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