これは雑談掲示板【転生オリ主物は何故増えたのか考えてみよう】スレッドを見ていて
「本当にオリ主転生物って書きやすいんだろうか?」という疑問を持った、普段読み専の黄泉真信太が、数年ぶりに書いてみたSSです。
本来わざわざ発表する意味はないものですが、一応「このくらいの分量書けました」の証明的な意味合いで投稿させていただきます。
実験結果としては、確かに書き易いですね。
私は以前SSを書いていた頃も相当の遅筆で、一日に20行程度進めば御の字でしたが、約1日で100行程度書き上げられました。
うーん、これなら確かに流行るのも分かるような気がする。
おっと、忘れるところでした。本文入ります。
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確かその日は寒かったと思う。
コートの襟を立てていたのは覚えている。髪が湿っていたような気もするから、雪だったのかもしれない。まあ今となってはどうでもいいことだ。
帰宅途中だった俺は、交差点で信号が青に変わったのを確認して横断歩道を渡り始めた。そこに、信号無視の車が突っ込んできた。いや降雪時だったとすれば、ブレーキが間に合わずにオーバーランしてしまったのかもしれない。どちらにしろ今となっては確かめようもないし、結果も変わらない。
横滑りするような車と、驚愕に目を見開いている運転手が俺の「前世」での最後の記憶だ。
こちらの世界におぎゃあと生まれて思ったことは「ああ、生まれ変わりってあるんだなあ」という感慨だった。
そこから十数年はある意味で忍耐の日々だった。詳しく書こうとすると愚痴の羅列になるので割愛するが、赤ん坊時代のままならない状態とか、小学校までの学校の授業の退屈さといったらなかった。
三歳頃円形脱毛症になって親を大いにビビらせてしまったが、振り返ればあの頃が一番苦労していたような気もする。
しかし、後知恵だからもうどうしようもないが、当時の俺に言ってやりたい、と二度目の中学生をやっている俺は思う。
いっそ生まれ変わりを公言するか、秀才とかって触れ込みにして脳の柔らかいうちに余分に勉強やっとくべきだった。まあ俺の頭なんで早晩馬脚は現しただろうが、十年間ほどまともに勉強していたら末は学者先生とは行かないまでも今後の受験なんかで随分と楽ができたはずだ。
実際のところは、元来騒がれるのが嫌いでなおかつ勉強嫌いの俺はひたすら「生まれ変わり」であることを隠し、退屈な時間をただただ惰眠やらなにやらに浪費してしまった。
結果として、二度目だというのに俺はまたもや優秀な何かを発揮することもなくこの人生を過している。当然、進学関係については親やら担任の笑顔を見ることもほとんどない。
宿題が必須なのは転生云々に関係ないが、予習復習も必要なのだ。一度通った道とはいえ、主観時間でもう三十年近く前になる中学校時代の勉強内容はかなりの部分が俺の鳥頭から抜け落ちていて、特に英語やら古典の文法関係はほとんどお天道様に返却済みだった。
「現実は散文的ってやつか……」
最初の頃はバレて騒ぎになるのが厭で隠すのに苦労した生まれ変わり云々も、今となってはばらしてみたところでオカルト好きな連中の話題の種程度にしかなりそうもない。若しくは比類なき痛い子として匿名掲示板あたりで祭り上げられるだけだろう。
「歴史は何のために俺をこの世界に呼び込んだのか……」
うろ覚えの半村良の某小説の台詞を呟いて、俺は机に突っ伏した。まあ気楽な学生生活を他人の二倍送れているからありがたいといえばありがたいわけだが、しかし。
「また病気が出た」
いや、独り言だって。
「テストの点が悪かったからって、自分が異世界人って設定で言い訳するのはどうかと思う」
はいはいそうですね。顔を机に付けたまま、俺は右手をひらひらと振ってみせた。
最初にこの呟きを追及されたとき、咄嗟に邪気眼っぽい言い訳をしたのは拙かった。冷静に受け流しとけば変な口癖で済んだところだが、いまや変なやつという認識が広まりつつあるらしい。
「まあ次は本気出す」
「そうしてね」
前の席から返って来た声は明らかに何の期待もしてなかった。
この遣り取りもなにやら既に恒例になりつつあるな、と考えてから、ふとあることを思い出して俺は顔を上げた。
「そろそろ始めたほうがいいんじゃね?」
「……うん」
前の席に座っていた柏葉巴は小さく頷くと、椅子を引いて立ち上がった。
柏葉は学級委員で、これから始まるホームルームでいくつかの連絡と評決の司会をすることになっている。整った顔立ちの美人なんだが若干物静か過ぎるのと、頼まれごとを断れない性格なのが災いして、どうも常に損をしているような気がしてならない。
……っと、今更そういう説明は要らないかもしれない。
そう、ここは──某元首相も空港で読んでいたという噂のある、例の──ローゼンメイデンという漫画の世界、またはそれにごく近い世界なのだ。
~~~読み専の俺がローゼンメイデンの転生オリ主物を書いてみた~~~
そして、今は本編開始前の状況。ここは主人公桜田ジュンの所属する一年三組の教室。原作で数回にわたって「厭な記憶」としてリフレインされる、彼が中学一年生の折の「桑田由奈嬢文化祭のプリンセスに選ばれること」の段というわけだ。
もっとも、この段階では柏葉がクラスの面々に淡々と連絡を行うだけだ。この場で即何かが起きるわけではない。
主人公桜田ジュンが不登校の原因となる「中学生の男子が描いたにしては本格的過ぎるプリンセス用のドレスのラフデザイン」を課題提出用のノートに思わず走り書きしてしまうのは今夜のこと。翌日うっかりそれを消し忘れたまま提出したことが全校集会でのカタストロフィに繋がるのだが、そこまではまだ数日はある勘定だ。
とはいえ、既に俺という異分子がこの場に混じっているわけで、今後の出来事が漫画のまま進むとは限らない。絵を描き上げた桜田がハッと気付いて消しゴムでゴシゴシやってしまったり、そもそもノートでなくその辺のチラシの裏にでも描いてしまえばそこで終わりではある。
腕を上に伸ばして大欠伸をしがてら桜田の席を見遣ると、眼鏡を掛けた中性的な顔立ちの少年はごく真面目に正面を向いていた。ふむ、まあ取り敢えずホームルームの内容を聞き漏らして例の絵を描かないとかいう事態にはならないらしい。
──さて、どうしたもんか。
ローゼンメイデンでの大イベントの一つと言っても過言でない場面に刻一刻と近づいているのに、どうして俺が落ち着き払っているかって?
それはぶっちゃけ、事態がどう転ぼうと中学生としての俺の生活にはさして影響がないからだ。
ローゼンメイデンという作品(面倒なので以下「原作」と呼ぶことにする)は、恐らくどう展開してもドールたちとその媒介となった人々以外にほとんど影響が出ない話なのである。
酷な言い方をしてしまえば、この後桜田が不登校になろうとなるまいと、ドールたちが血みどろの死闘を繰り広げようとまったり安穏と時を過そうと、同級生としての俺には殆ど関係ない。せいぜい「桜田君登校してね寄せ書き」を書いたり「同級生のみんなで桜田君のうちに説得に行ってみるイベント」が起きる可能性が出たりするかどうかの違いである。
(ちなみに、後者は原作ですら起きていない。桜田の家に連絡に行ったのは柏葉で、説得に行ったのは担任だった)
そのうえ、これからの出来事が原作どおりに進むかどうかも分からない。俺が何もしなくてもイベントが起きない可能性さえあるのはさっき言ったとおりだ。
そんなこんなで、俺としてはいまいち盛り上がりに欠けてしまうのである。
──ただ、まあ。
それとは別の立場というのも当然ある。それは、曲がりなりにもこちらの世界で十数年という時間をかけて成長してきたゆえのしがらみというやつだ。
欠伸をしながらそんなことを考えていると。
「──各学年から一人投票でプリンセスを選出するんですが……」
お、きたな。
「一年はうちのクラスの桑田由奈さんに決まりました」
原作どおりの柏葉の言葉に、まばらな拍手といくつかの賞賛の声があがった。斜め前の席に座った桑田は恥ずかしそうにありがとうを返している。
桑田は可愛さと美人さがほどよく調和した女の子といっていいだろう。性格も穏やかで友人も多い。過度に嫉妬を買うこともなければ、このことで天狗になるようなこともあるまい。まあ、無難な人選と言えるのではないか。
「──文化委員会でデザインを募集していますので……」
ちらりと振り返ってみると、桜田はぼんやりと桑田のほうに視線を向けていた。おそらく、頭の中ではそろそろドレスの形が出来始めているのだろう。いかにもそんな雰囲気だった。
やれやれ、と俺は溜息をつく。結局、何もなければ筋書きはおおむね原作どおりに進むわけか。
言い換えれば、桜田ジュンに厭な思い出を作らせるかどうかは俺の胸先三寸ということだ。
俺がちょっかいを出さなければ、桜田は原作どおり桑田の衣装のラフスケッチを国語のノートに描き上げ、それを担任で国語教師の梅岡が発見して掲示板に貼り付け、さらに全校集会で名指しまでされて桜田は引きこもり一直線ということになるだろう。あまり後味のいい選択肢とは言えない。
反面、引きこもり状態にならなければ、今後のストーリーは原作どおりに進まないはずだ。下手をすると(原作の設定にのっとるならば)もうローゼンメイデンはこの世界に現れないかもしれない。そうなってしまって、果たしていいものなのだろうか?
正直なところどちらも御免蒙りたいのだが、上手いこと両立できる方法は思いつきそうもない。そして、どちらにしても俺の状況にはさして変化がおきるとは思えない。どうにも気の進まない二択問題ではある。
翌朝の目覚めは最悪だった。何年かぶりに上司に仕事の失敗を責められる夢なんてものを見てしまった。それだけ自分の決定に自信がもてなかったのだろう。
前夜寝る直前まで考えてみて、結局俺はちょっかいを出してみることに決めた。
理由はいくつかある。
まず、このまま進んだら間違いなく全校集会でゲロの臭いを嗅がされることになるということ。これは文句なしに厭だと言い切れる。それに、原作では詳らかに語られていないが、そういう事件が起きたらクラス全員、いや文化祭自体が微妙な雰囲気になってしまうのは間違いない。なにしろ全校生徒が一堂に会する場所でやらかしてしまうわけだから。
二度目とはいえ、既にどっぷりとこちらの人生に漬かってしまっている俺としては、折角の文化祭が白けてしまうのは楽しいものではない。ならばその要因は取り去っておくべきだろう。
次に、個人的な興味もある。外部から来た俺のような異分子が、いわばこの世界の歴史に働きかけるわけだ。その結果がどうなって行くのかというのは興味深い。バタフライ効果というやつが現出するのか、それとも歴史の修正力というやつが働くのか。
まあ、原作でしばしば語られていた世界の分岐というやつが起きて、原作で出てきた「巻いた世界」「巻かなかった世界」以外の世界、というオチになっていくだけかもしれない。それはそれで楽しめそうな気もする。
そして最後に、これが一番でかい理由になるだろう。
桜田ジュンは一応単行本を全部買う程度にはファンだった漫画の主人公であり、なおかつ現在は俺のクラスメートでもある。
俺という小人物は、そいつが公衆の面前でゲロを吐いた挙句不登校になってしまうのを知っていながらみすみす見逃して、後からああだこうだと悩まずにいられるほど神経が太くないのだ。
さて、その実行の方法だが。
「よう、おはよ」
「おはよう……今日は早いんだね」
君が始業三十分前に来るなんてなんかの前触れかな、と苦笑するクラスメートに、俺はにやりと笑って課題のノートを振って見せた。
「なあんだ。宿題やってなかったの」
「うむ」
うむじゃないでしょ、と言いながらそいつは俺のノートを覗き込み、眉をしかめた。
「なにこれ……?」
「すげーだろ」
俺は胸を張ってみせた。課題ノートの1ページ丸まる使って、原付バイクのチューニングポイント……排気ポートを何ミリ削るとか、キャブレターのセッティングはどうとかびっしり書き込んである。
当然、普通の中学生が覗き込んだところで、何がなにやら理解できないだろう。
「昨日の晩、就寝時間を削って考えた」
それは大袈裟だが、それなりに時間は掛っている。キャブの断面図を描いていたらつい懐かしくなってしまって、課題を最後までやる時間がなくなってしまったのは事実だ。
「いや、そうじゃなくてさ。これ課題ノートでしょ。こんな落書きして」
「アイデアが浮かんだら即書きなぐる。これがいい物を作る鉄則らしい」
「いやでもさ、提出物に宿題の代わりに落書きしてたなんて、さすがの梅岡先生でも怒ると思うよ」
「だから、今宿題もやってるって」
「むちゃくちゃだよー」
そんなやりとりをしているうちに、次第に人が増えてきた。そのうちの何人かは俺たちの遣り取りに気付いて、俺の机を覗き込んで行ったりする。
最初の奴と問答をしながら課題の残りをやっつけ、よっしゃと言いながら顔を上げると、ちょうど数人のクラスメートがこちらを覗き込んだところだった。
その中に桜田の顔があることを確認して、俺はガッツポーズを取った。
「どうだ、始業前に終わったぜ」
「だからー、落書きが問題なんだってば」
すかさず最初の奴が言う。ナイスだぜ相棒。
「んー」
俺はきょろきょろと周りを見回す振りをして、桜田の顔を窺った。まだこちらを見ている。よし。
「やっぱ落書きはだめですか?」
「だめです」
俺は妙にレスポンスのいいクラスメイトに内心感謝しつつ、筆記用具入れから消しゴムを取り出した。
「勿体無いが仕方ないか……」
「当然だね」
「ちぇっ」
実際のところ消してしまうのは惜しいような気もするが、俺は丁寧に消しゴムを動かした。さらば幻のポッケ強化計画。もう二度と日の目を見ることはないだろう。だが、これも全て桜田のためだ。
すっかり消えたところでノートを持って立ち上がると、もう桜田は自分の席についていた。何かノートのページを切り離すような作業をしている。そこに桑田用ドレスのラフデザインが描かれているであろうことは容易に想像できた。
──畜生、その手があったか。
恐らくちょっかい出しは所定の成果を収めたのだろうが、ある種の敗北感が湧き上がってくるのは何故だろう。
ともあれ、そんなこんなで、俺の行動によってこの世界は原作から違う道を辿り始めた。それがどういう結果を齎すかは、まだなんとも言えないのだが。