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[19752] 読み専が書く転生オリ主物 (終了)
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:72695fa3
Date: 2010/07/09 22:30
これは雑談掲示板【転生オリ主物は何故増えたのか考えてみよう】スレッドを見ていて
「本当にオリ主転生物って書きやすいんだろうか?」という疑問を持った、普段読み専の黄泉真信太が、数年ぶりに書いてみたSSです。
本来わざわざ発表する意味はないものですが、一応「このくらいの分量書けました」の証明的な意味合いで投稿させていただきます。

実験結果としては、確かに書き易いですね。
私は以前SSを書いていた頃も相当の遅筆で、一日に20行程度進めば御の字でしたが、約1日で100行程度書き上げられました。
うーん、これなら確かに流行るのも分かるような気がする。

おっと、忘れるところでした。本文入ります。

***********************

 確かその日は寒かったと思う。
 コートの襟を立てていたのは覚えている。髪が湿っていたような気もするから、雪だったのかもしれない。まあ今となってはどうでもいいことだ。
 帰宅途中だった俺は、交差点で信号が青に変わったのを確認して横断歩道を渡り始めた。そこに、信号無視の車が突っ込んできた。いや降雪時だったとすれば、ブレーキが間に合わずにオーバーランしてしまったのかもしれない。どちらにしろ今となっては確かめようもないし、結果も変わらない。
 横滑りするような車と、驚愕に目を見開いている運転手が俺の「前世」での最後の記憶だ。
 こちらの世界におぎゃあと生まれて思ったことは「ああ、生まれ変わりってあるんだなあ」という感慨だった。
 そこから十数年はある意味で忍耐の日々だった。詳しく書こうとすると愚痴の羅列になるので割愛するが、赤ん坊時代のままならない状態とか、小学校までの学校の授業の退屈さといったらなかった。
 三歳頃円形脱毛症になって親を大いにビビらせてしまったが、振り返ればあの頃が一番苦労していたような気もする。

 しかし、後知恵だからもうどうしようもないが、当時の俺に言ってやりたい、と二度目の中学生をやっている俺は思う。
 いっそ生まれ変わりを公言するか、秀才とかって触れ込みにして脳の柔らかいうちに余分に勉強やっとくべきだった。まあ俺の頭なんで早晩馬脚は現しただろうが、十年間ほどまともに勉強していたら末は学者先生とは行かないまでも今後の受験なんかで随分と楽ができたはずだ。
 実際のところは、元来騒がれるのが嫌いでなおかつ勉強嫌いの俺はひたすら「生まれ変わり」であることを隠し、退屈な時間をただただ惰眠やらなにやらに浪費してしまった。
 結果として、二度目だというのに俺はまたもや優秀な何かを発揮することもなくこの人生を過している。当然、進学関係については親やら担任の笑顔を見ることもほとんどない。
 宿題が必須なのは転生云々に関係ないが、予習復習も必要なのだ。一度通った道とはいえ、主観時間でもう三十年近く前になる中学校時代の勉強内容はかなりの部分が俺の鳥頭から抜け落ちていて、特に英語やら古典の文法関係はほとんどお天道様に返却済みだった。
「現実は散文的ってやつか……」
 最初の頃はバレて騒ぎになるのが厭で隠すのに苦労した生まれ変わり云々も、今となってはばらしてみたところでオカルト好きな連中の話題の種程度にしかなりそうもない。若しくは比類なき痛い子として匿名掲示板あたりで祭り上げられるだけだろう。
「歴史は何のために俺をこの世界に呼び込んだのか……」
 うろ覚えの半村良の某小説の台詞を呟いて、俺は机に突っ伏した。まあ気楽な学生生活を他人の二倍送れているからありがたいといえばありがたいわけだが、しかし。
「また病気が出た」
 いや、独り言だって。
「テストの点が悪かったからって、自分が異世界人って設定で言い訳するのはどうかと思う」
 はいはいそうですね。顔を机に付けたまま、俺は右手をひらひらと振ってみせた。
 最初にこの呟きを追及されたとき、咄嗟に邪気眼っぽい言い訳をしたのは拙かった。冷静に受け流しとけば変な口癖で済んだところだが、いまや変なやつという認識が広まりつつあるらしい。
「まあ次は本気出す」
「そうしてね」
 前の席から返って来た声は明らかに何の期待もしてなかった。
 この遣り取りもなにやら既に恒例になりつつあるな、と考えてから、ふとあることを思い出して俺は顔を上げた。
「そろそろ始めたほうがいいんじゃね?」
「……うん」
 前の席に座っていた柏葉巴は小さく頷くと、椅子を引いて立ち上がった。
 柏葉は学級委員で、これから始まるホームルームでいくつかの連絡と評決の司会をすることになっている。整った顔立ちの美人なんだが若干物静か過ぎるのと、頼まれごとを断れない性格なのが災いして、どうも常に損をしているような気がしてならない。

 ……っと、今更そういう説明は要らないかもしれない。
 そう、ここは──某元首相も空港で読んでいたという噂のある、例の──ローゼンメイデンという漫画の世界、またはそれにごく近い世界なのだ。


 ~~~読み専の俺がローゼンメイデンの転生オリ主物を書いてみた~~~


 そして、今は本編開始前の状況。ここは主人公桜田ジュンの所属する一年三組の教室。原作で数回にわたって「厭な記憶」としてリフレインされる、彼が中学一年生の折の「桑田由奈嬢文化祭のプリンセスに選ばれること」の段というわけだ。
 もっとも、この段階では柏葉がクラスの面々に淡々と連絡を行うだけだ。この場で即何かが起きるわけではない。
 主人公桜田ジュンが不登校の原因となる「中学生の男子が描いたにしては本格的過ぎるプリンセス用のドレスのラフデザイン」を課題提出用のノートに思わず走り書きしてしまうのは今夜のこと。翌日うっかりそれを消し忘れたまま提出したことが全校集会でのカタストロフィに繋がるのだが、そこまではまだ数日はある勘定だ。
 とはいえ、既に俺という異分子がこの場に混じっているわけで、今後の出来事が漫画のまま進むとは限らない。絵を描き上げた桜田がハッと気付いて消しゴムでゴシゴシやってしまったり、そもそもノートでなくその辺のチラシの裏にでも描いてしまえばそこで終わりではある。
 腕を上に伸ばして大欠伸をしがてら桜田の席を見遣ると、眼鏡を掛けた中性的な顔立ちの少年はごく真面目に正面を向いていた。ふむ、まあ取り敢えずホームルームの内容を聞き漏らして例の絵を描かないとかいう事態にはならないらしい。

──さて、どうしたもんか。

 ローゼンメイデンでの大イベントの一つと言っても過言でない場面に刻一刻と近づいているのに、どうして俺が落ち着き払っているかって?
 それはぶっちゃけ、事態がどう転ぼうと中学生としての俺の生活にはさして影響がないからだ。
 ローゼンメイデンという作品(面倒なので以下「原作」と呼ぶことにする)は、恐らくどう展開してもドールたちとその媒介となった人々以外にほとんど影響が出ない話なのである。
 酷な言い方をしてしまえば、この後桜田が不登校になろうとなるまいと、ドールたちが血みどろの死闘を繰り広げようとまったり安穏と時を過そうと、同級生としての俺には殆ど関係ない。せいぜい「桜田君登校してね寄せ書き」を書いたり「同級生のみんなで桜田君のうちに説得に行ってみるイベント」が起きる可能性が出たりするかどうかの違いである。
(ちなみに、後者は原作ですら起きていない。桜田の家に連絡に行ったのは柏葉で、説得に行ったのは担任だった)
 そのうえ、これからの出来事が原作どおりに進むかどうかも分からない。俺が何もしなくてもイベントが起きない可能性さえあるのはさっき言ったとおりだ。
 そんなこんなで、俺としてはいまいち盛り上がりに欠けてしまうのである。

──ただ、まあ。

 それとは別の立場というのも当然ある。それは、曲がりなりにもこちらの世界で十数年という時間をかけて成長してきたゆえのしがらみというやつだ。

 欠伸をしながらそんなことを考えていると。
「──各学年から一人投票でプリンセスを選出するんですが……」
 お、きたな。
「一年はうちのクラスの桑田由奈さんに決まりました」
 原作どおりの柏葉の言葉に、まばらな拍手といくつかの賞賛の声があがった。斜め前の席に座った桑田は恥ずかしそうにありがとうを返している。
 桑田は可愛さと美人さがほどよく調和した女の子といっていいだろう。性格も穏やかで友人も多い。過度に嫉妬を買うこともなければ、このことで天狗になるようなこともあるまい。まあ、無難な人選と言えるのではないか。
「──文化委員会でデザインを募集していますので……」
 ちらりと振り返ってみると、桜田はぼんやりと桑田のほうに視線を向けていた。おそらく、頭の中ではそろそろドレスの形が出来始めているのだろう。いかにもそんな雰囲気だった。

 やれやれ、と俺は溜息をつく。結局、何もなければ筋書きはおおむね原作どおりに進むわけか。
 言い換えれば、桜田ジュンに厭な思い出を作らせるかどうかは俺の胸先三寸ということだ。
 俺がちょっかいを出さなければ、桜田は原作どおり桑田の衣装のラフスケッチを国語のノートに描き上げ、それを担任で国語教師の梅岡が発見して掲示板に貼り付け、さらに全校集会で名指しまでされて桜田は引きこもり一直線ということになるだろう。あまり後味のいい選択肢とは言えない。
 反面、引きこもり状態にならなければ、今後のストーリーは原作どおりに進まないはずだ。下手をすると(原作の設定にのっとるならば)もうローゼンメイデンはこの世界に現れないかもしれない。そうなってしまって、果たしていいものなのだろうか?
 正直なところどちらも御免蒙りたいのだが、上手いこと両立できる方法は思いつきそうもない。そして、どちらにしても俺の状況にはさして変化がおきるとは思えない。どうにも気の進まない二択問題ではある。



 翌朝の目覚めは最悪だった。何年かぶりに上司に仕事の失敗を責められる夢なんてものを見てしまった。それだけ自分の決定に自信がもてなかったのだろう。

 前夜寝る直前まで考えてみて、結局俺はちょっかいを出してみることに決めた。
 理由はいくつかある。
 まず、このまま進んだら間違いなく全校集会でゲロの臭いを嗅がされることになるということ。これは文句なしに厭だと言い切れる。それに、原作では詳らかに語られていないが、そういう事件が起きたらクラス全員、いや文化祭自体が微妙な雰囲気になってしまうのは間違いない。なにしろ全校生徒が一堂に会する場所でやらかしてしまうわけだから。
 二度目とはいえ、既にどっぷりとこちらの人生に漬かってしまっている俺としては、折角の文化祭が白けてしまうのは楽しいものではない。ならばその要因は取り去っておくべきだろう。
 次に、個人的な興味もある。外部から来た俺のような異分子が、いわばこの世界の歴史に働きかけるわけだ。その結果がどうなって行くのかというのは興味深い。バタフライ効果というやつが現出するのか、それとも歴史の修正力というやつが働くのか。
 まあ、原作でしばしば語られていた世界の分岐というやつが起きて、原作で出てきた「巻いた世界」「巻かなかった世界」以外の世界、というオチになっていくだけかもしれない。それはそれで楽しめそうな気もする。
 そして最後に、これが一番でかい理由になるだろう。
 桜田ジュンは一応単行本を全部買う程度にはファンだった漫画の主人公であり、なおかつ現在は俺のクラスメートでもある。
 俺という小人物は、そいつが公衆の面前でゲロを吐いた挙句不登校になってしまうのを知っていながらみすみす見逃して、後からああだこうだと悩まずにいられるほど神経が太くないのだ。

 さて、その実行の方法だが。

「よう、おはよ」
「おはよう……今日は早いんだね」
 君が始業三十分前に来るなんてなんかの前触れかな、と苦笑するクラスメートに、俺はにやりと笑って課題のノートを振って見せた。
「なあんだ。宿題やってなかったの」
「うむ」
 うむじゃないでしょ、と言いながらそいつは俺のノートを覗き込み、眉をしかめた。
「なにこれ……?」
「すげーだろ」
 俺は胸を張ってみせた。課題ノートの1ページ丸まる使って、原付バイクのチューニングポイント……排気ポートを何ミリ削るとか、キャブレターのセッティングはどうとかびっしり書き込んである。
 当然、普通の中学生が覗き込んだところで、何がなにやら理解できないだろう。
「昨日の晩、就寝時間を削って考えた」
 それは大袈裟だが、それなりに時間は掛っている。キャブの断面図を描いていたらつい懐かしくなってしまって、課題を最後までやる時間がなくなってしまったのは事実だ。
「いや、そうじゃなくてさ。これ課題ノートでしょ。こんな落書きして」
「アイデアが浮かんだら即書きなぐる。これがいい物を作る鉄則らしい」
「いやでもさ、提出物に宿題の代わりに落書きしてたなんて、さすがの梅岡先生でも怒ると思うよ」
「だから、今宿題もやってるって」
「むちゃくちゃだよー」
 そんなやりとりをしているうちに、次第に人が増えてきた。そのうちの何人かは俺たちの遣り取りに気付いて、俺の机を覗き込んで行ったりする。
 最初の奴と問答をしながら課題の残りをやっつけ、よっしゃと言いながら顔を上げると、ちょうど数人のクラスメートがこちらを覗き込んだところだった。
 その中に桜田の顔があることを確認して、俺はガッツポーズを取った。
「どうだ、始業前に終わったぜ」
「だからー、落書きが問題なんだってば」
 すかさず最初の奴が言う。ナイスだぜ相棒。
「んー」
 俺はきょろきょろと周りを見回す振りをして、桜田の顔を窺った。まだこちらを見ている。よし。
「やっぱ落書きはだめですか?」
「だめです」
 俺は妙にレスポンスのいいクラスメイトに内心感謝しつつ、筆記用具入れから消しゴムを取り出した。
「勿体無いが仕方ないか……」
「当然だね」
「ちぇっ」
 実際のところ消してしまうのは惜しいような気もするが、俺は丁寧に消しゴムを動かした。さらば幻のポッケ強化計画。もう二度と日の目を見ることはないだろう。だが、これも全て桜田のためだ。
 すっかり消えたところでノートを持って立ち上がると、もう桜田は自分の席についていた。何かノートのページを切り離すような作業をしている。そこに桑田用ドレスのラフデザインが描かれているであろうことは容易に想像できた。

──畜生、その手があったか。

 恐らくちょっかい出しは所定の成果を収めたのだろうが、ある種の敗北感が湧き上がってくるのは何故だろう。

 ともあれ、そんなこんなで、俺の行動によってこの世界は原作から違う道を辿り始めた。それがどういう結果を齎すかは、まだなんとも言えないのだが。



[19752] 今日はこれだけ書けました
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:72695fa3
Date: 2010/06/24 22:59
実験のつづきです。

本当にオリ主物は簡単なのか? ということで、実験継続です。
自分的には最初の数キロバイトをでっち上げるよりも続けて書いて方が大変なので、執筆1日分ごとに掲載していきます。
とりあえず、本日はここまで書けました。
まだペースが落ちていませんが、ネタは練っていません。行き当たりバッタリです。

※22:58 タイトルがおかしな位置についていたので流石に直しました。分量は増減していません。

***********************

 最初は何かの見間違いかと思った。
 次に、これは夢なんじゃないかと極ありきたりの疑いを持った。
 試しに自分の頬をつねってみた。痛かった。
 最後に、それがここにある訳と自分がここにいる訳を結びつけようとしてみた。なにやら繋がるような気も繋がらないような気もする。
 長いため息を一つついてみる。それから意を決して一つしかない質問の片方の選択肢にチェックをつけ、運勢判定サイトの「結果を見ます」ボタンをクリックする。
 わずかなローディングの時間が過ぎ、ごくありきたりの結果が表示された。ブラウザの戻るボタンをクリックしたが、再表示されたページにはよくある毒にも薬にもなりそうもない質問が並んでいるだけだった。


~~~読み専の俺が転生オリ主物を書いてみた 2日目~~~


 そして今、俺は幼稚園児くらいの背丈の、やけに不機嫌そうな黒衣の天使とテーブルをはさんで向き合っている。
「茶でも飲むか?」
「いらないわよ」
 苛々した調子で即答した彼女は……ああ、説明は要らないか。
 どういう巡り合わせか分からんが、俺はローゼンメイデン第一ドール水銀燈のネジを巻く役に抜擢されたのだった。
「まあ、説明は理解したんだが」
 目の前の銀髪のお嬢様がいつまで経っても茶菓子に手をつけないので、俺は月餅を引っ込めてチョコレートを置いてみた。お、これは食べるのか。
「だったらさっさとこれを嵌めて契約しなさいよぉ」
 不貞腐れた調子で無造作に指輪を投げて寄越す。その手つきは華麗といってもいいんだろうが、片手では食いかけのチョコを持ってるから、なにやら拗ねたおこちゃまという感じで微笑ましい。
「何ニヤニヤしてんのよぉ。緊張感のない奴」
「いや、全然。光の加減でそう見えるだけだろ」
 そう言ってやると、ちっ、と言いそうな表情をしてそっぽを向いた。
「ああもう……なんでこんなのを選んだんだか」
 鋭い視線を傍らでチカチカ光ってる蛍の親分みたいなものに向ける。そいつは困ったようにくるくると回って、部屋の隅に逃げ込んでしまった。
「あのちっこいのが工作とかスカウトを担当してるわけ?」
 確か人工精霊だったか。物を運んだり攻撃の増幅だかなんだかもしてたり、かなり優秀なサポート役だ。
「まぁね……そんなことはどうでもいいんだけど」
 じろり、と赤い瞳がこちらを見る。俺は思わず笑いを引っ込めた。さすがにこういう表情には迫力がある。
「契約か」
 俺は腕を組んで天井を見上げた。安物の丸型蛍光灯が僅かに揺れ動いている。


 正直に言うと、運勢判定サイトで「まきますか まきませんか」を見るまで、こういう事態は全く予想していなかった。
 なにしろ俺のちょっかい出しが成功したにもかかわらず、同級生たる桜田ジュン君は現在ご自宅に天の岩戸状態なのだ。
 結果として工作が不発に終わってしまった俺としては、歴史の修正力というのはあるんだなあと実感し、このまま進めばほぼ原作どおりの展開になるだろうと漠然と考えていたのだ。

 桜田が引き篭ってしまった理由は実に簡単だった。
 あの日、俺のちょっかい出しを見た桜田は国語の課題ノートに描いたプロはだしのラフスケッチを思い出し、そのページを切り離して提出した。
 結果、ラフが梅岡教員の目にとまって無断で掲示されることはなく、数日後の全校集会で名指しされた桜田が吐いてしまうこともなかった。
 そこまでは良かった。俺も心中胸をなでおろしたものだ。
 だが、破局はあっけなく訪れた。
 数日後の朝、いつものように始業ぎりぎりに登校した俺が見たものは、教室の黒板に書かれた大量の中傷の言葉と、その中心にある桜田の例のスケッチ、そして教壇の前で蹲って吐いている桜田とそれを取り囲んでいる野次馬だった。
 俺が教室の入り口あたりで呆然としている間に桜田は教員を含む何人かに連れられて退場し、以来学校に姿を見せていない。
 タネを明かせば簡単なことだ。
 あの日桜田がノートのページを切り離しているのを、以前から桜田に付き纏っていた馬鹿どものひとりが見ていたのだ。ほどなく連中のうちの誰かがそれを桜田の鞄から持ち出し、黒板に貼ったというわけだ。
 中傷の言葉を書いたのはそいつらだけではないらしい。消す前に見た限りでは、女子のものと思しき字を含め、軽く十人は下らない種類の筆跡が黒板に躍っていた。
 「桜田が桑田の『エロい』衣装を密かにデザインし、それをばらされるとゲロ吐いた」という噂は文化祭前には全校に尾鰭をつけて伝播してしまった。その後行われたプリンセス云々が微妙なムードになったのは言うまでもなく、クラスについて言えば文化祭自体も白けたものになってしまった。
 最悪の顛末だった。小賢しい工作などやってもやらなくても何の変化もなかったわけだ。

 異分子たる俺が積極的な介入を試みてもこの世界の歴史の流れには逆らえないのだろう、とこの件で俺は悟らされた。
 同時に、不謹慎ではあるが安心もした。これでローゼンメイデンの物語は成立する。桜田ジュンはいずれドールの螺子を巻き、彼女等とともに自力で成長していくのだろう、と。


 しかし現実にはご覧のとおりだ。
 原作ではこの街の大学病院に入院しているジャンクな(失礼)美少女のもとに現れ、どうやら半ばその子のために戦っているらしい黒翼の天使が、なぜか今現在目の前で俺に契約を迫っている。
 まずいだろう、これは。
 まきます、の選択肢にチェックを入れて送信ボタンを押した段階では、まさか相手が水銀燈だとは想像しなかった。
 ストーリーと媒介(契約者)との関わりにおいて、原作のドールたちは概ね二つのグループに分かれる。一つはストーリー上欠かすことのできない媒介と、深く契約しているドール達。もう一つは原作開始時点での媒介が誰であれストーリーの上ではあまり重要でないドール達だ。
 水銀燈は間違いなく前者だ。しかも水銀燈と媒介は愛憎だの立場だのという点で非常に似通っていた。少なくとも、人間である俺より水銀燈の方がよほど原作での媒介の少女に似ているだろうと思えるくらい、お似合いのはずなのだ。
 だから螺子を巻く相手は雛苺か金糸雀になるものと決めて掛かっていたのだが……。
 視線を正面に戻してドールにしては大きな、人間としては小さすぎる存在を見やる。俺の態度に退屈したらしく窓のほうを見ている横顔もまた、人間というには整いすぎ、人形というには硬質な生気に溢れすぎているような気がする。
「契約しなくてもパワードレインはできるんだよな」
 水銀燈は若干眉根を寄せてこちらを見たが、目顔で肯定した。俺は腕を組んだまま一つ息をついた。
「まあこっちが死なない程度なら力は吸い取ってもらって構わんが、契約するのは待って貰えないか」
「あらぁ、怖いのぉ?」
 くすくすと笑う。非常に残念ながら、見惚れてしまいたくなるほど美しい。凄艶というのはこういう姿を言うのだろうか。
「うん、ぶっちゃけ怖い」
 どう考えてもこのドールの相方に相応しい少女がいる。その子は自分だけの天使を待っているのだ。偽善かもしれないが、その子からこの黒衣の天使を奪ってしまうのが怖い。
 そんなこっちの気分を知ってか知らずか、水銀燈は今度は満足そうに笑った。
「いいわぁ。そのくらい聞いてあげる。どの道貴方は私の糧になるんだもの」
「それはありがたい」
 俺は素直に頭を下げた。変な人間、と水銀燈は笑いを大きくした。表情がころころ変わるのは思春期の少女のようで、少しばかり可愛らしく、そして意外だった。


 翌朝、俺は大学病院に向かった。
 起床したときまず鞄の有無を確認したが、部屋に似つかわしくない鞄は相変わらず昨夜の場所に鎮座していたし、そっと開けてみると黒い逆十字のドレスを着たドールも消えずにその中で眠っていた。やはり原作どおり、夜型なのだろう。
 土曜日だというのに正面玄関は混雑していた。どうやら幾つかの診療科は土曜日も外来を開いているらしい。
 人ごみを縫って案内窓口に行き、柿崎めぐという名前の少女がどの部屋に入院しているのか尋ねると、あっさり西棟の716号だと教えてくれた。プライバシーの保護上あまり芳しくないんじゃないか、とも思ったが、俺はありがとうと素直に礼を言ってその部屋に向かった。
 なんとなく違和感を感じたのは、病棟のエレベータに乗っているときだった。

──脳神経外科……放射線科……腎臓内科……

 何気なく眺めた診療科ごとの病棟分けを全部読み終わる前に、エレベータは目的地に到着した。
 ナースセンターの前を過ぎ、個室の並ぶ一角に入ってからも違和感は消えなかった。むしろ、次第にはっきりしていった。
 716号の前には「柿崎めぐ」と名札が掲示されていた。ドアは閉まっていたが、俺はノックせずにそこを開けた。
 広く、設備の整った個室だった。窓は大きいが、壁の面積に比べれば広いとはいえない。ベッドは窓に近づけられており、座ったままでも手を伸ばせば窓を開けられそうな配置だった。
 部屋の主は眠っていた。酸素マスクをつけ、点滴と心電図計が繋がっている。他にも何やら大掛かりな機材があったが、俺にはどういったものかよく分からない。
 ただ、近づいて覗き込んだとき確実に分かったことがある。
 この少女にはもう、契約だかなんだか知らないが、そういったものに耐えうる余力なんぞ残っていない。手足は明らかにむくみが出ていたし、頬は紅潮しているくせに肌には全く艶がない。到底、原作のようにベッドの上で両手を広げて元気な電波発言をできるような状態ではなかった。
 西向きの窓から空を眺め、俺は循環器内科の領分のはずのこの患者が、腎臓内科の病棟の外れ、ナースセンターから最も遠い場所に、一等広い個室を与えられている理由が漸く分かった気がした。

 ここからの眺めはすばらしいのだ。いつでも本物の天使が孤独な命を空へと攫って行ってくれそうなほどに。

 柿崎めぐの病室の中にいたのは二十分ほどだったろうか。その間、誰も病室を訪れることはなく、柿崎めぐが目を覚まして電波なことを言ったり癇癪を起こすこともなかった。
 帰り際にナースセンターの前で俺を呼び止めた看護士は、ひとしきり俺に柿崎めぐの近況、というよりはほとんど病状を話してくれた。
 時折非難がましい口調が挟まれていたのは、俺のことを柿崎めぐの親族か友人だと勘違いしたからだろう。実際のところ全く見ず知らずの他人なのだが、特に訂正する必要もなかった。俺は黙って彼女の話を聞き、丁寧な説明に感謝してその場を立ち去った。


 自宅に帰り着いてみると既に正午を過ぎていた。
 ごく簡単に昼食を済ませてから畳の上にごろりと転がり、現在の状況と考えを整理しようとしているうちに、しまりのない話だがいつの間にか寝ていたらしい。
 目を覚ますとベランダの窓は開け放たれており、部屋の中に夜風が吹き込んでいた。昼寝にしては長いこと寝ていたものだ。
 鞄は元の位置にあったが、中身はもぬけの殻だった。馴れ合う気はないと原作で言っていたが、どうやらそれは俺に対しても同じらしい。水銀燈は水銀燈、といったところか。
 昨日の今日で別段気を使われたわけではないと思う。しかし今はそのドライさが有難かった。お蔭様で今後について考えをまとめる時間ができそうだ。

──さて。

 俺は特に何をするでもなくこの十数年を生きてきた。生まれ変わりということを意識してはいたものの、何か特殊な能力を発揮することも、異次元転生者狩りエージェントみたいな存在が出現して命を狙われるなんてこともなかった。
 なけなしの原作知識とやらを使って桜田ジュンのトラウマを作らないために下手な工作もしたが、それもあっという間に覆されてしまった。それ以来俺は転生したという利点を生かして能動的な何かを試みることは諦めていた。
 だが、今になってローゼンメイデンの媒介として選ばれたということは、俺にはやはり何等かの役割が与えられているのかもしれない。
 元の世界に極近いが異なる世界の戦国時代に移動した自衛隊の面々が生き延びるために戦っていったことが結果としてその世界の信長や秀吉たちの不在を埋めることになったように、俺にもなにがしかの代替的役割が求められているのか。

──だとすれば、それは柿崎めぐの不在を埋めるものなのだろう。

 その認識は実に面白くなかった。人選としても疑問が残る。
 手前味噌な話だが、俺は原作の柿崎めぐほど派手に壊れてはいないと思う。転生した体は五体満足だし、あれほどピーキーである意味素直な性格でもない。
 実を言えば、俺は水銀燈に力を与える代わりに、柿崎めぐとの契約を提案するつもりだった。原作のままならば、二人の関係は他者が入り込む余地のないほどぴったりと平仄が合っている。
 しかし今朝見た光景は、柿崎めぐに本来の役割を押し付けるのが無理だということを嫌でも分からせてくれた。

 頭を振りながら台所に立ち、ケトルを火にかけていると、蛍の親玉のような光が横切ったかと思うとくるりと顔の周りで一回りした。
 部屋のほうに視線を遣ると、暗い空を背景に、銀色の髪を靡かせた黒衣の天使が開け放った窓から入ってくるところだった。
「あら、起きてたわけぇ? もう目覚めないかと思ったのに」
 くすりと笑う彼女は掛け値なしに美しい。
「生憎と、そう簡単には死ねないもんでね。誰かさんと契約しなきゃならないから」
 へえ、と彼女は肩をすくめ、昨夜と同じように無造作に指輪を放って寄越した。
「決心がついたんならさっさとしなさぁい。また、怖くならないうちにね」
「そうだな、お言葉に甘えさせてもらうとするぜ」
 ケトルの笛が間抜けな音を立てる狭い台所で、俺は水銀燈と契約を交わした。



[19752] 今日はこのくらいしか書けませんでした。トホホ
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:72695fa3
Date: 2010/06/26 23:30
はい。いい感じに失速してきました。
元々が遅筆&纏めておかないと伏線も張れない人なので、行き当たりバッタリはいろいろ辛いですな。

では本文。

*************************************


「ハハッ、この『シルヴィア』は最強だぜェ!」
「1/7のピースを足してやっただけでこの能力アップ…全部集めたら、そして完成したらどんな化け物になるのだこれは」
「ンな事ァ知るかよ! 今はこいつのパワーを存分に使いきってやる。その次は2個目、それから3個目だ! どんどん強くなるぜこいつはよォ」
「ああ、そうだな…」
「ボヤボヤしてる暇はねーぜ。見ろ。早速お出ましだ」
「……! 『アゲート』と『ピンクコーラル』か。思ったより早かったな」
「さあ、おっ始めてやるぜ、ALICE GAMEをよォ!」

 Advanced Logistic & Inconsequence Cognizing Equipment。それは、自律型学習コンピュータの究極の形である。
 1年戦争終結後、モビルスーツを含む宇宙機パイロットの深刻な不足に悩んだ地球連邦軍は、完全な無人兵器による戦闘を構想していた。その制御A.I.として開発されたのがALICEであった。
 しかし、ALICEと、その搭載機であるスペリオルガンダムは確かに高性能であったものの、そのコストはあまりにも高すぎた。
 ALICEを中心とする無人戦闘システムの開発が難航するうちに人工的ニュータイプ──強化人間の実用化の目処が立ち、研究は中止され、ALICEとスペリオルガンダムも4機を試作したのみで量産は放棄された。
 後にペズンの叛乱と呼ばれる一連の紛争において、α任務部隊に配備された1機のスペリオルガンダムが実戦に参加したものの、母機の大気圏突入の際にそのALICEは失われてしまった。
 残る3機も数年のうちに分解・破棄され、その機材はあるものはスクラップとなり、あるものは分解されて安価な二線用装備に流用されて、ALICE達はモビルスーツの無人化計画とともに時代の徒花として消えていった。
 公式には、そのように記録されている。

 宇宙世紀0097。世に言う【ラプラス戦争】の直後から、この物語は始まる。



「なるほどね……」
 俺は夜食を食いながら見ていたDVDの音量を少し下げた。夜中に見るにしてはこのアニメはだいぶ音がでかい。
「退屈な感じぃ……」
「同感だ」
「なら、なんで見てるわけぇ?」
 窓枠に腰掛けた水銀燈が至極当然な質問をしてくる。俺は首を傾げ、少し間を取ってから答えた。
「んー、なんだろな。話題づくり? 友達との」
「くっだらなぁい」
 そう鼻で笑いながらも、昨日借りてきたDVDをきっちり全部見ているのはどういうわけなんだか。
 にやにやしながら、俺はお茶漬けの残りを掻き込んだ。

 今後のことをいろいろと考えているときにふと「こっちの世界ではローゼンメイデンの代わりにどんなアニメが放映されたんだろう?」などという下らないことを思いついたのは随分前のことだった。
 そのときは、番組名と宇宙世紀物のガンダムの続編らしいということを知っただけで満足してしまった。さほど興味も湧かなかったし、よくよく考えれば長寿人形劇くんくん探偵シリーズなど、深夜枠どころかゴールデンタイムの番組さえ違った編成になっている。ローゼンメイデンの代わりどころの話ではなかった。
 それを今になって見ている理由は、番組のあらすじをたまたま伝え聞いてしまったからだ。


 ~~~読み専の俺がローゼンメイデンの転生オリ主物を書いてみた 3~~~


「アリスゲーム?」
 単語としてはこの世に生まれる前から知ってるが、その名前を人間の口から聞くのは初めての言葉だった。
「なんだ知らないのかよ。これだから種と00しかガンダムしらねー奴は」
「悪かったな」
 残念ながら彼のご期待には添えない。何故ならタネとかゼロと言われてもさっぱり理解できないからだ。
 俺が知ってると言えるのは前世で見ていたVガンダムとかGガンダム程度のものだ。物心ついた頃にゼータガンダムとかをやってたのは覚えているが、内容は完全に忘れている。難しい話だったというから、若しかしたら当時は理解できなかったのかもしれない。
 向こうで死ぬ数年前に「MAJOR」の裏番組で新作のガンダムを放映していたのも知っていたが、それは全く見ていない。ビール片手にぼんやり見るにはライスあったけマジうめー♪ の方が気楽だったのだ。
 こちらの世界でも同じ番組を見てしまっているのは許されることと思いたい。さすがに昨今の規制下では未成年がビールを買ってくるわけにはいかないが、十数年ぶりに見る再放送のようなもので懐かしさがどうしても前に立つのだ。
「アリスってのは超すげえAIなんだ」
 メガネを掛けた、いかにもという感じのクラスメートは、得意げに語り始めた。
「けど、開発途中で解体されて七つに分割されちまった。んで、それぞれが別々のモビルスーツに補助コンピューターとして搭載されたわけよ」
「へえ」
 何やら怪しい話になってきた。
「AIは七分の一になっても自分で学習して機体制御できるわけ。けど、全部集めれば超すげえパワーになるんだ。ニュータイプよりつええの」
 ニュータイプはエスパーみたいなもんじゃなかったっけ。
「だからそれを奪い合うのがアリスゲーム。んで、モビルスーツに乗ってるAIがさあ」
 その後何十分かに亙る彼の懇切丁寧というか執拗というか微妙な説明を要約すると、要するに演出上の都合で「AIの操っているモビルスーツ」を表現するのに、オーバーラップで少女たちを重ねるような手法を取ったらしい。
 AI自体も女性の人格が与えられているという設定で、実際に喋りながら戦う。まさに萌え狙いというか、あざとい商法だ。
 ALICEを現出させるために少女たちは文字通り死闘を繰り返す。擬人化しているといってもロボット同士だから、腕がもげたり体が消滅したり、人間同士ならスプラッタになるところを美しく演出できたという。
 モビルスーツの擬人化としては斬新な方法だったようで、当時はその筋の人々には大人気、2ちゃんねるには各AIごとのファンスレが立ち、ガレージキット屋からはフィギュアのみならず限定品のドールまで発売されたとか。
「で、お前さんは誰が好みだったわけ?」
「そりゃーもちろんサファイアだろ! さふぁ子は俺の嫁! ボクっ子は正義!」
 そうですか。
 肩を竦めて辺りを見回すと、放課後の教室に残っていた面子は呆れたようにこちらを眺めていた。普段寛容な柏葉の視線さえもだいぶ低温になってきている。
 できれば声を慎んでほしいものだ、と思わず溜息が出てしまう。桜田にこの厚顔無恥さの半分でいいから分けてやりたい。そうすれば、学年が変わったのを切っ掛けにしてでも登校を再開するように誘えたのに。


「ちょっと」
 細い指が俺をつつく。はっとして顔を上げると、画面は青くなっていた。眠気に負けてついうとうとしてしまったようだ。
「終わってるわよ」
「あー、すまん」
 結局今晩も水銀燈は四話分のDVDを最後まで見ていたらしい。こっちは最後の一話分ほどはストーリーがあやふやなのだが。
「半分にした方がいいんじゃないのぉ? お馬鹿さぁん」
「返却期日の関係があるからなー」
 前期後期と特別篇で合計二十六話、まさに元居た世界でのローゼンメイデンの放映話数そのままのアニメだが、それを全部一気に借りてきたのだ。一週間で見終えるためには毎日四話ずつ消化しなくてはならない。
「ぷっ」
 本当に馬鹿ねえ、と笑う彼女は、原作よりも幾分肩の力が抜けているような気がする。
 原作では柿崎めぐに対して心を許していることを認めたくなくて(または心を許してしまっている自分を見せたくなくて、かもしれない)自分のスタイルを貫くべく突っ張っていたが、俺に対してはそうする必要もないほど見下しているというわけだ。
 それが残念とは思わない。原作の媒介とは違い既に契約を交わしているのだし、同じようになぞることには意味がないだろう。こちらのやり方で付き合っていけばいいだけの話だ。
 ただ、関係がべったりしていないことにはいささか問題がある。
「そういや、昨日話してた『本物の』アリスゲームはどうなってるんだ」
 こうして聞かなくてはならないこともその一つだ。
 桜田が実際に媒介になっているかどうかは確認が取れていないが、少なくとも原作の桜田は頻繁に戦いの場に連れて行かれていた。戦いの経緯についても、お互いに話して愛情を深めていたようなフシもある。
 しかし、今のところ俺にお呼びが掛かったことはない。向こうからゲームの進行状況を報告してきたこともない。尋ねてみたのもこれが初めてだった。
「貴方には関係ないでしょ。必要になったらいつでも力を吸い上げてやるから安心しなさぁい。そのための契約なんだから」
 余裕のある含み笑いとともに、ある程度予期していた言葉が返ってくる。俺はDVDプレイヤーの電源を落とし、台所に向かいながら窓枠の天使を振り向いた。
「そりゃ、そっちはそれでいいかも知れんが、こっちだってパワードレインを受けるんだからな。それなりに進行状況くらい知りたいと思っても当然だろう」
 水銀燈は頬杖をつき、若干面白くなさそうな顔でふぅんと鼻を鳴らした。
「今のところ、進展はなし」
「まだ全機揃ってないってとこか?」
 先ほどのDVDに引っ掛けてそう言ってみると、はっきりと機嫌が悪くなったのが見て取れた。
「まあそうね。その割に、もう一人中途半端に脱落してるけど」
「……そりゃ、早いな」
 雛苺か、と喉まで出掛ったが、どうにか抑えた。雛苺が真紅に負けてから蒼星石が自刃するまでなのかと思ったが、展開は原作どおりとは限らない。
「勝った者がローザミスティカを奪わないなんて……恥知らずもいいところだわ」
「ゲームの勝者はローザミスティカを奪う決まりだったっけ?」
 小さなティーカップに紅茶を淹れてやると、意外にも素直に受け取って口をつける。淹れ方が適当なので不味い紅茶だと思うが、彼女は文句も言わずに返事をした。
「取り決めなんてないわ。でもゲームの目的はローザミスティカ。それを奪わないなんてイカレてるのよ……真紅のやつ」
 ふむ、まあここまでは原作どおりか。多分負けたのは雛苺で間違いないだろう。
 俺は自分の分の紅茶をマグカップに注いで窓から外を眺めた。水銀燈に肩が触れたが、彼女は少し避けただけで文句は言わなかった。
「まあ、物は考えようじゃないか?」
 日付が変わって、街の明かりはそろそろ消え始めていく。ある意味で一日中で最もさびしい時間帯だ。なんとはなしに、水銀燈に似合うような気がするのはなぜだろう。
「真紅ってやつのローザミスティカが二つになっちまえば、その分だけパワーアップするんだろ? お前さんにしてみれば、相手がチョンボしてくれて大ラッキーじゃないか」
「……」
 水銀燈がこちらを向く気配が分かったが、俺は気づかない振りをして続けた。彼女の言いたいことがなんとなく分かるような気がしたからだ。
「どうせ奪い合うことになるんなら、相手のミスはこっちの加点だ。後ろ向いてニヤリと笑って、その状況を有利に使ってやればいいのさ」
 片目を瞑って見上げると、黒衣の天使は毒気を抜かれた表情で何かを言いかけたがそれを引っ込めて、紅茶の残りを飲み干した。
「不味いわね、これ」
 そう言ったときには、彼女はもうごく当たり前の表情に戻っていた。
 そいつは失礼、と俺が頭を下げると、水銀燈は優雅といえる手つきでこちらにカップを返して寄越した。
「温度はめちゃくちゃだし、苦すぎるわよ。せめて次からはミルクを入れて」
「了解」
「全く……退屈しちゃう。少し飛んでくるわぁ」
「俺は寝るとするか。紅茶の効き目もないし。もう目が落ちそうだ」
 水銀燈はふわりと宙に浮き、くすりとこちらをみて笑った。
「それは死ぬときの表現でしょ、おばかさぁん」
「そうだったっけ」
 水銀燈はくすりと笑い、机の上のPCを指差した。
「起きたらそこの大きな箱で調べなさぁい。……おやすみ」

 おやすみ、と返す間もなく、黒衣の天使は銀色の蛍を従えて闇の中に消えていった。

 俺は暫くその後姿を見送っていた。どうせまた明日もDVDの鑑賞会と決まっているのに、名残惜しいような気がするのはなぜだろう。
 PCを振り返り、ひとつ欠伸をする。明日登校する前に紅茶の淹れ方くらい調べておこう。いや、原作でも真紅が何巻だかで淹れ方をのりに教えてたよな。確か本棚のあの辺りに……
「ああ、そうか……」
 当然のことに気づいて苦笑いする。この世界には「ローゼンメイデン」はないのだった。眠気のせいなのか、どうもおかしな調子だ。



[19752] 取り敢えず今日はここまで。
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:72695fa3
Date: 2010/06/28 00:08
はしょりすぎ感バリバリですが、こんなところで。

**************************

「ああ、別に風邪も引いてないし、元気にやってるよ。そっちこそデモとか巻き込まれないようにね。……あはは、それじゃ」
 毎度ながら、通話を切ると唐突に寂しさが襲ってくる。部屋の中に一人ということを意識する瞬間だ。
 この春の人事異動で両親は東南アジアの現地法人に出向させられた。長くても数年で戻るということもあり、俺は社宅から小さな安アパートに移って元の中学にそのまま通学している。
 今の状態を考えると便利といえば便利な状況というべきか、生活が落ち着き、まるで彼女を迎えるための環境を整えたようなタイミングで水銀燈は現れた。何やら胡散臭いものも感じるが、その点は深く考えないことにしている。
 ともあれ、生まれ変わったとはいえ、赤ん坊の頃から十数年間同じ屋根の下で暮らしていた両親が居なくなるのは寂しいものだ。一人暮らしそのものは大学時代から数えて十余年続けていたから慣れているが、かえってそのせいで一人暮らしに新鮮味もなく、不便なところばかり目に付いてしまう。
「電話?」
 振り返るともう一人の住人が目を覚ましたところだった。既に鞄は閉じており、テーブルの上に腰掛けている。この辺りの隙を見せないのが水銀燈の矜持なのだろう。それとも、鞄が開いただけでは気配に気づかないこちらが鈍いだけなのか。
 俺は生返事をして固定電話の子機を戻した。
「今日は早いんだな」
 まだ土曜日の午後三時を僅かに過ぎた時間だ。大抵二十時過ぎに起きてくる彼女としては例外的な早起き、というよりは夜中に起き出したようなものと言っていい。
「どうでもいいじゃない。早めに目が覚めることだってあるのよ」
 僅かながらいらつきの混じった声に苦笑しながら台所に立っていき、冷たい麦茶を持って戻ると、水銀燈はどこか思いつめたような表情で視線をこちらに向けていた。
 今日に限ってどういう風の吹き回しなのか。異例ずくめだなと思いつつ、早くも汗をかき始めているコップを渡すと、水銀燈は受け取った姿勢のままそこに視線を落とした。
 一体何を思い悩んでいるのか、とちらりと考えたが、原作の動向まで含めると心当たりがありすぎてとても推測しきれるものではない。お互い無言のまま時間が流れた。

「──扉が開いた」

 唐突に沈黙を破ったのは水銀燈のほうだった。何の扉だと聞き返す間もなく、彼女はコップを置いて立ち上がり、漆黒の翼を広げた。
「行くわよ、メイメイ」
 主の声を聞いた人工精霊が慌てたように鞄から飛び出すのも待たずに、彼女は慌しく青い空にむけて飛び立った。途中ちらりとこちらを振り向いたような気がしたのは、俺の勘違いか、それとも相棒がついてきているか確認したのだろうか。
 彼女の残していった何枚かの黒い羽が部屋の中に舞っている。それがゆらゆらと床に落ちる頃には、黒衣の天使も銀色の相棒も既に昼の光に呑まれて見えなくなっていた。
「扉、か……」
 俺はその言葉の意味するところを思い出そうと、曖昧な記憶を手繰り始めた。


 ~~~読み専の俺がローゼンメイデンの転生オリ主物を書いてみた 4~~~


 忌々しいくらい良い午後だった。PCの画面を睨む俺の機嫌が悪くなっていくのと逆比例するかのように、時折振り返って見てみる空は雲の量を減らしていき、その色も秋の空のように高く澄んで行く。

──畜生。

 俺は机の天板をぶっ叩いた。安物キーボードが音を立てて跳ね上がる。クラッシャーよろしく叫びながらキーボード自体を叩きまわさなかったのは、ひとえに俺に染み付いた貧乏性のせいだ。
 生まれ変わった場所がローゼンメイデンの世界だと気付いたときから、俺は原作について備忘録を付けていた。
 準備が良かったと誉められるような代物ではない。これからの役に立つかもしれないという功利的な動機すら建前のようなもので、本音は「記憶の中にしかない好きな作品を忘れないうちに記録しておきたいから」程度のものだった。
 そんなものだから、書いていて思い出すこともあれば、書いてしまったことに安心して忘れてしまうこともある。扉云々はまさにそれだった。

『バーズ版三巻
 翠星石が気づく(ロールがほどけて可愛い)
 翠:扉が開いているです……
 蒼:行くよレンピカ(出撃)
 翠星石、ジュンに懇願。告白っぽい。ジュンドキドキ。でも罠(ピアノ線引っかかって転ぶ)
 ……』

 ここまで読めば、いくら頭の良くない俺といえど流石に思い出す。
 蒼星石が扉を開いたのだ。それを翠星石と水銀燈が知ったことで、この時点で登場していたドールと桜田ジュンが全員nのフィールドに揃う。そして当然のようにゲームが始まり、真紅が腕をもがれるのだ。水銀燈に。
 原作最初の大きな戦いだが、実のところここでゲームは半ば終わっていたかもしれない。真紅の腕をもいだことで欲を出した水銀燈が蒼星石との約束を反故にし、蒼星石まで攻撃するようなことがなければ。
 架空戦記ネタで喩えるならばミッドウェイの兵装転換とか真珠湾の第三次攻撃のような「痛恨の一事」に値するだろう。後知恵でいろいろ考えられるところも含めて。
 もっとも、原作において全ての事柄は兎頭の慇懃無礼紳士に操られている可能性もないではないから、決着がつかなかったことは既定事項だったのかもしれない。

──いずれにせよ、俺はここで待つほかない。

 nのフィールドに俺は単独で侵入できない。全てを桜田に話した上で同道する手は(成功の可否は無視するとして)あったのだろうが、今となっては時間的に間に合わない。
 原作どおりに進まない可能性が僅かながらある、という点だけが慰めだ。
 水銀燈が蒼星石との共同戦線を張る際の口実として使った「殺したい相手がいる」というのが柿崎めぐの父親を指していたなら、おそらく柿崎めぐと面識すらないであろう今の水銀燈には蒼星石と共同戦線を張る理由がない。
 いや、分かっている。それは俺の希望というか手前勝手な妄想に過ぎないことは。
 損得ずくで考えれば、何か適当な理由をこじつけても蒼星石を抱き込んだほうが水銀燈としては得策だ。そもそも原作の取引きにしてからが、手を組むための虚偽の口実に過ぎない可能性もあるのだ。
 俺はもう一度机を叩いた。マウスが床に転がり落ち、画面のカーソルがあらぬところに飛んだ。
 舌打ちをしてかがみ、マウスを拾い上げる。こんなことは意味がない、と俺の中の冷静な部分が告げる。物に当たったところで何も変化はおきない。

──だいたい、何故こんなに悔しがる必要がある?

 原作どおりに進ませればいいではないか。真紅が片腕を無くすことで真紅と桜田ジュンは確実に成長できたのだし、二人の絆も深まった。むしろ、妨害や偶発的な要因で不首尾に終わらせてしまう方が、二人にとっては不幸だし俺にとっても損ではないのか。
 第一、nのフィールドに入り込んだからといって俺に何ができるわけでもない。せいぜい水銀燈の媒介として狙われる程度のものだ。

──理屈はわかってる。

 だが、何かが気に喰わないのだ。それはただ能動的な関与を諦めねばならないから疎外感を受けたというような理由ではない。むしろ──
「なっ……」
 マウスを置こうとして画面に視線をやって、俺は息を呑んだ。光沢加工をしたモニターが半球状に盛り上がり、波打っている。
「これは……ッ」
 何が起きたのか把握する前に、俺は何かの手に掴まれてモニターの中に引きずり込まれていた。


 モニターが広めで良かった。17型なら途中でつっかかっていただろう。
 引っ張り込まれた瞬間、俺はモニターから飛び出していた。とっさに受身を取り、目の前に迫っていた床に激突するのをどうにか避けたはいいが、柔道の授業そのままに手を斜め横にバタンとやったら椅子の脚らしい部分にしたたかに打ち付けてしまった。
「ってえな」
 手をぶらぶらやりながら立ち上がると、そこは見覚えがあるようで全く異質な場所だった。
 知らない店の暖簾をくぐったら自分の部屋に出たような奇妙な感覚。それと、自分の体が自分のものでないような感触。これは……
「いらっしゃぁい……」
 上の方から声が響いてくる。振り仰ぐと、黒い翼を持った少女と、青い服を着てでかい鋏を持った少年がゆっくりと降りてきた。いや、少年と呼ぶのはいくらなんでも失礼だろう。
「水銀燈と……蒼星石」
「初めまして、水銀燈のマスター」
 蒼星石は俺と視線の合う所まで降りてくると、帽子を脱いでお辞儀をした。所作は完全に少年のそれだ。宝塚で男役をやったら国民的な人気女優になれるだろう。
「ここはnのフィールド。その中の、貴方の記憶とイメージの世界さ」
「ほお。それはそれは」
 特に意味もなく裾を払ってみるが、当然のように埃は付いていなかった。肩を竦めて顔を上げると、水銀燈と目が合った。
「やあ。俺の世界にようこそ、お二人さん」
 蒼星石はもう一度礼をし、水銀燈は鼻を鳴らした。
「汚くて狭いところね。ある程度想像はしてたけど」
 そう言ってわざとらしく周囲を見回す。蒼星石が小首を傾げた。
「想像? 君が毎日帰っている場所じゃないのかい」
 水銀燈は胡散臭そうに俺を見、それから蒼星石に向き直った。
「見るのは初めてよ。ここも、そしてそこの男の姿もね」

 俺は改めて自分の身体を見た。血管の浮き出たがさがさした手。洗いざらしのツナギ。多分一回り背が伸びて、体型自体も変わっている。懐かしい「俺」の姿だった。
 そう。ここは俺が十数年間忘れずにイメージしてきた、生まれ変わる前の俺の部屋だ。壁も天井も机も、あちこちに無造作に置かれたパーツやら工具の山も。
 既にそこで暮らしていた時間よりも回顧している時間の方が何倍にもなってしまっているが、俺の記憶の中では強固に結晶化して崩れることはなかったらしい。まるで本物のように、本棚の本の並びまで手に取れそうなほどはっきりと質感を持っている。

──ローゼンメイデン。

 近づいて、恐る恐る本棚から出してみる。ある種の恐怖と期待がない交ぜになった興奮は、しかし読もうと開いてみたときに急速に凋んだ。漫画はカバーと形だけで、中身は白紙だった。一巻から順に全部開いてみたが、全て同じだった。
 一つ大きく溜息をつき、ま、世の中こんなもんなんだろう、そう上手くは行かないものさ、と漫画を元通り棚に戻したところで、俺は二人がこちらを見つめていることに漸く気が付いた。

「やっと戻ってきたみたいね」
 水銀燈が呆れたように言った。
「説明してもらうわよ、人間。貴方は一体何者?」
 言い終わると同時に、黒い羽が俺を取り囲む。蒼星石も一歩引いたところで鋏を持ち直した。
 後から考えればあまりにも急転直下の展開だったわけだが、そのときの俺には恐怖や驚きはなかった。原作どおりに進んでいないことへの疑問やら考察やらも浮かんでこなかった。

 ただ、二人が──水銀燈がこちらをねめつけている視線に全く温度がないことだけが、些か悲しく思えた。



[19752] 2日掛りました。説教&言い訳モード難しすぎ。
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:72695fa3
Date: 2010/06/30 22:22
いきあたりばったりで書いてるとキャラが崩れてきます。
もう崩壊の一途。

とりあえず、オリ主転生物といえばSEKKYO!! というわけで(偏見)
思いっきり説教?軽い罵倒?してもらいました。

説教と言い訳難しいよママ。2日かかった。
それともペースダウンの序曲なのか?
実験続きます。
以下本文。

※22:21 冒頭のこの文書かずに投下してしまったのでここだけ追加。

***************************


「何者って言われてもな」
 いきなり実力で脅迫とは理不尽だとは思ったが、編成自在の羽毛の軍団と斬り突き両用の武器を持った相手に丸腰で勝てるわけがない。俺はまあまあと手を上げながら、その場に座り込んだ。
「見てのとおり、機械弄りが好きでヲタクなオッサン『だった』だけの、無力な一般市民だぜ」
「信じられるものですか」
 水銀燈が警戒を緩める素振りはない。
「それが何故姿形を変えて子供になっているわけ? しかもその漫画、題名がローゼンメイデンなんて、ありえないじゃない」
「確かにな」
 そりゃ、ありえない話だ。死んだと思ったらおぎゃあと生まれて、あまつさえその先が愛読してた漫画の世界だったなんてな。実際に死ぬまでそんな可能性を考えたこともなかった。
 生まれ変わってからでさえ、同じクラスに桜田やら柏葉の名前を発見するまで、そんなトンデモな異世界に迷い込んでいるなんてことは想像もしなかった。生まれ変わったこととどうやら十数年ほど時間を遡行していることだけで奇天烈体験は腹一杯だった。
 結局のところ、俺は異常な環境に放り込まれたにもかかわらず、これまでただ漫然と生きているだけだったとも言えるし、逆の見方をすれば目の前のことで一所懸命だったとも言えるだろう。
 いずれにせよ確かなのは、こちらの世界に生まれ変わったからといって、日常のこまごました俗事をCtrlキーでスキップできるようなことはないということだ。
 生まれ変わったと言っても飯を食わなければ死ぬし、金がなければ飯は食えない。痛いものは痛いし、無くし物は探さなければ出てこないのだ。
「物分りが悪いわけでもなさそうねぇ」
 俺は頷いてみせた。頭が良くないのは自分でも承知してるが、現状を受け入れる能力だけは人並み以上にあるつもりだ。
 俺の態度を従順になったものと解釈したのか、水銀燈の顔から険が消えた。
「なら、さっさと洗いざらい話しなさぁい。それとも──」
 羽がこちらを指向する。まあ、痛い目に遭わせるだけのつもりなのは明白なんだが、それでもこういうシチュエーションは嬉しいものじゃない。
「痛いほうがいいのかしら?」
 そう言ってうっそりと笑う顔には、契約を迫ったときに見せたものと同じ凄みと色気が同居していた。
 やはり彼女はSっ気があるらしい。それも原作そのままというわけだ。
 俺はやれやれと肩を竦め、これまでの経緯を話し始めた。


 ~~~読み専の俺がローゼンメイデンの転生オリ主物を書いてみた 5~~~


 水銀燈は片膝を立てて窓枠に座り、気だるい風情で夜空を眺めている。
 nのフィールドに俺を引きずり込んだ日から、こっちが起きている間だけでも毎日一度はそんな姿を見せるようになっていた。
 媒介の危険性について考えているのかもしれないが、今のところ契約を解除したりエネルギーを吸い取りきって殺してしまうつもりはないらしい。
 ただ、それまでも大して多くなかった会話は、あの日を境にほとんどなくなった。俺との間に新たに一線を引いているのは間違いなかった。
 俺はと言えば、相変わらずだ。面倒臭い宿題を片付け、翌日当てられそうな所だけ渋々予習して、後は雑事に追われている。毒にも薬にもなりゃしない。

「ねえ」
 水銀燈が声を掛けてきたのは、課題を終わらせて立ち上がろうとしたときだった。
 随分久しぶりのような気がしてそちらを見ると、思ったよりは近くに、そっぽを向いたままの彼女の姿があった。手の届くほどの場所ではない。それでも近いと思うほど、最近は距離を置いていたということかもしれない。
「前の暮らしに戻りたいと思ってるでしょ、貴方」
「なんだい藪から棒に」
 俺は何回か目をしばたたいた。てっきりアリスゲームの話か、契約を破棄したいとかいう話をするのだとばかり思っていた。
「言い方を変えるわ。今の生活は楽しい?」
 俺は絶句するしかなかった。全く予想外の質問だった。何も言えないでいるうちに、水銀燈は自分で回答を口にした。
「楽しくも、おかしくもない。生まれ変わってからずっと。違って?」
 目の前の水銀燈はいらついた調子で、しかし何かを辛抱強く耐えているようにも見える。
「最初は変な人間だと思っただけ」
 斜め下を向いたまま、半歩だけ彼女がこちらに歩み寄る。
「次は、退屈なやつって思った」
 じり、とまた距離を詰める。
「そして、真紅の話をしたとき──ぞっとしたわ」
 あのときか、と俺はぼんやり思い出す。真紅が雛苺のローザミスティカを奪わなかったことをラッキーだと俺が言い放ったときだ。
「貴方の中には何かある。とても空虚で深い闇が。それがどうしても知りたかったからあの世界に行って、……貴方の話を聞いて、やっとものすごい勘違いに気が付いたってわけ」
 どんな勘違いなんだ、と言おうとしたが、何かに縛られたように口が動かなかった。しかし、言われなくても何故か分かっているような気がした。

「貴方の中には何もなかった。
 いいえ、むしろ貴方はここにいない。歩みを止めて、終わってしまった夢の底にこびりついているの。
 ここに居る貴方は抜け殻。
 義務感は持ってる。社会にも順応してる。
 でもそれはただ、目の前のことだけに対処しながら、日々を繰り返しているだけ。
 人間としての生活も、媒介としての私に対してのありようも全部そうなんでしょう?
 当たり前よね。貴方の時間は、こちらの世界にくる前の瞬間で止まっているのだもの」

 水銀燈はそこで漸く顔を上げた。
 それは今まで俺に見せたことのない、真摯な怒りの表情だった。

「貴方は生きてない」

 何かの圧力に襲われたような気がして、俺は体を震わせた。彼女の怒りに満ちた双眸は俺を真っ直ぐに射抜いていた。
「器となるべき体は生まれかわっている。生命は確かに生き返っている。でも、心は死んだままなのよ。魂の時間は止まっているのよ。生まれたときからずっとね」
 それは、俺のありように対する全否定だった。
 言われるとおりだった。自分でも薄々は考えてきたことだけに、纏めてぶつけられると反撃する言葉もでてこない。図星をつかれたようなものだった。
 怒りがないといえば嘘になる。だが、それは目の前の小さな天使に対してのものではなかった。こんなときでもどこか他人事のように覚めた目でこの世界を見ている自分自身への怒りだった。

 温度の低い怒りに目を閉じ、また開く。水銀燈は視線を脇にやりながら、まだそこにいた。赤い瞳がちらりとこちらを見た。
「本当……むかつくったらないわ。こんな死人と契約したなんてね」
 自分の言葉が終わらないうちに彼女はくるりと俺に背を向け、何も言わせないタイミングで窓の向こうに飛び去った。銀色の相棒がどこからか漂い出、俺の周りをくるくると二度ばかり回ってから彼女の後を追った。

──追わなきゃ。俺も。

 何故かは自分でもわからない。反射的にそう思った、としか言えない。
 いつものように理屈を捏ね回すことはなかった。
 俺は玄関先に停めてある自転車の施錠を乱暴に解除し、飛び乗って彼女の飛び去った方向を目指して走り始めた。
 当てはない。ただ、追いかけなくてはならないという気持ちだけが先に立って、俺は子供のようにがむしゃらにペダルを踏み込み、夜道を駈けた。


 街路灯だけがぽつぽつと灯る中を、闇雲に自転車を走らせていると、不意に一つの光景が浮かんできた。
 天井の高い、戦争映画に出てくるようなコンクリ剥き出しのぼろぼろの教会のような建物の中。運び去られた聖母像と埃まみれの説教壇の間に立つ黒くて小さい姿。
 解体寸前の古い礼拝堂は、大学病院の裏手に、確かまだあったはずだ。
 大通りを逆走し、ニアミスした酔っ払いの怒鳴り声を後ろに聞き流し、最後に「工事中」のバリケードにぶつかって派手に鳴らしながら俺はその場所に辿り着いた。
 庭は重機の置き場になっているものの、礼拝堂はほとんど完全な形でまだそこにあった。
 入り口の扉には×字に板が打ち付けられていたが、世話好きの案内人が待っていた。
「メイメイ」
 俺の言葉が聞こえるのかどうかは分からないが、人工精霊はついてこいと言うように礼拝堂の脇に回り、割れた窓を教えてくれた。
「済まないな」
 人工精霊はくるくると回り、ろくに月の光も差し込まない室内を、闇に溶け込むような服を着た天使のところまで案内してくれた。

 水銀燈は不貞腐れたような顔で、割れていない窓の近くに座り込み、窓越しに外を見ていた。
「……何よ。無様に生きてる人形に情けでもかけに来たわけ?」
 俺は黙って水銀燈と同じ窓際に並んだ。彼女はこちらを見なかったが、どけと言うことも自分からよそに移ることもなかった。
「きちがい人形師に作られ、そいつの顔をもう一度見るために自分たちの命を奪い合う七体の可哀想なお人形。一段高いところから見ていればさぞかし楽しい見世物でしょうね」
 激烈な内容の言葉だったが、彼女の口調は静かだった。
「知ってるんでしょう? これから起きることも」
「ある程度のところまでは」
 原作の連載が終了する前に俺は死んだ。だから、結末は知らない。いつ結末がつくのかも知らない。
「だがそいつは漫画の上のことだ。この世界のことじゃない」
「詭弁ね。貴方が媒介であること以外、ほとんど漫画をなぞってるって言ったのは貴方よ、異邦人」
 水銀燈はぴしゃりと俺の言葉を抑えた。
「もしもこの先が貴方の知っている漫画とは違っても、ここまでの出来事を貴方は全部知っている。私たち薔薇乙女のことも」
「謎が明かされている部分はね」
「私の心の中も覗いていたのでしょう。悪趣味すぎるわ。ただの媒介のくせに」
 薄く笑ったが、からかうような響きはなかった。乾いた笑いだった。
「君の心じゃない」
「同じことよ。きっと。貴方が漫画を読んでイメージしている『水銀燈』を言葉にすれば、私と同じになるはず。それは、私が心を覗かれたのとどう違うというわけ?」
 正論だった。何も言えない。
「貴方にしてみれば、ここは舞台の袖みたいなもの。貴方は時の止まった夢の中で、漫画で描かれたのと同じ場面の再演を舞台のごく間近で見ているだけ」
 ただしそこには少しばかり危険もある。その部分は水銀燈は指摘しなかった。
「いっそのこと、螺子を巻かなければ良かったのに。そうでなければ持ってる知識を全部使って可哀想なマリオネットたちを好きに操れば良かったのに。貴方はどちらも選ばなかった」
 肩を竦め、いっそさばさばした調子で、半ば自嘲するように彼女は喋りつづける。
「観ている分には面白いけど、そこまでのめりこむ『作品』でもなかった、ってわけね。私達の人形劇は」
 ちがう。それほどの知識量を俺は持っていない。全員を手玉に取るなんて不可能だ。

──いや、果たしてそうか?

 水銀燈の言うのは極論だ。だが、真実を突いている。
 あの日、あのサイトで「まきません」を選べば、少なくとも俺の前に水銀燈は出現しなかった。そのまま、流れるままに任せて行けば、全く関わりを持たないことだって有り得た。
 逆に、その気になればできたことはいくらでもある。水銀燈の思うところに沿って手助けしてやることもできたし、桜田の同級生という立場も利用すれば、桜田の家に入り浸るなどして逆に真紅に肩入れすることさえもできた。
 そのほかにも、例えば薔薇屋敷の主人を無益な犯罪をするなと諭してみたり、誰か特定の一人だけにそれとなくその後の情報を垂れ流すだけでも、場合によってはその後の展開は大きく変わりうる。
 nのフィールドに引き込まれた日にしてからが、ダメ元で桜田の家に電話を掛けて状況を確かめるという選択肢もあったはずなのだ。
 それらは成功したかもしれないし、失敗する目の方が大きかったかもしれない。ただ、真剣にこの世界と向き合っていくなら、手を出してしかるべき枝だった。
 情けない話だ。「まきます」を選んだとき、柿崎めぐの状態を見て指輪に口付けたとき、そのいずれのときにも俺は、誰かの力になろうと思ったのではないのか。

「確かにゾンビだな、俺は」
 病院のベッドの上でしか暮らしていない柿崎めぐの方が、俺よりもよほど生きている。
 彼女の代わりを務めるには、今までの俺では役者が足りない。
 柿崎めぐを水銀燈が愛せたのは、彼女が不遇だからというより、もがきながら懸命に生き方(と、恐らく死に方)を探っているのに共感したからなのだろう。
 不遇さはともかく、その懸命さが、俺にはない。
「だけど、椅子の上にふんぞり返った観客で居ようとした訳じゃない。結果的には、そう見えるかもしれないが」
 水銀燈は言い訳を聞く気はないと言いたげにそっぽを向いた。だが、その場から去ろうとはしなかった。
「俺はただ、臆病だったんだ。その辺の砂粒くらいの度胸しかないチキン野郎だから、手を出すのをひたすら怖がってた」
 桜田が傷つきながら成長していくのを止めてしまうことが怖かった。水銀燈が、翠星石が、蒼星石が、真紅が、雛苺が原作どおりに痛みを抱きつつも変わっていくのを邪魔したくなかった。
 本気で何かを変えようとするなら、それによって引き起こされる痛みを受け止めなければならない。俺にとってはそれが、漫画のキャラクターたちが自分の知らないものに変化していくことだったのかもしれない。
「失礼な話だよな。君たちは全力で生きて、前に進もうとしているのに、俺は重心を後ろに残したままちょっかいを掛けようとしてたんだから」
 そのくせ、契約した相手が姉妹の腕を引き千切ることを原作の展開から勝手に予想して、それを止めさせたいと考え、止めるのが無理だと思えば癇癪を爆発させたりもした。その意味ではまさに彼女の言うとおり、ダブルスタンダードな観客だ。
「本当にごめん。それから……ありがとう。そんなに真摯な言葉をくれて」
「……お礼なんか要らないわよ」
 僅かな間があって、そっぽを向いたまま、水銀燈はぶっきらぼうに呟いた。
「私はただ──」
 がさりと物音がして、俺は反射的にそちらを振り向き、水銀燈も言葉を呑み込んで立ち上がった。
「やあ、水銀燈。水銀燈のマスターも」
 青い光が近づいてくる。メイメイがすっと飛び上がり、それを迎えるようにくるくると回った。
「貴女がここに来るなんて珍しいわね、蒼星石」
 二つの人工精霊の放つ僅かな光と、外からの薄明かりに照らし出されたのは、見覚えのある青い服を着た少年のような少女だった。



[19752] ペース復活?
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:72695fa3
Date: 2010/07/01 23:09
え、SEKKYOUってオリ主がするのが本当なの?
あたしまたやっちゃった……?

ってことで今回は有名な神殺しのチート武器登場です。
でも、お約束で1回使い切りみたいだね!
しかもついでに覚醒したっぽいです。
何この詰め込みすぎ。

****************************


「約束を果たしに来たんだ。君が探し物の在り処を教えてくれたお陰で、時間に余裕ができたからね」
 蒼星石は色の違う瞳で俺を一瞥した。瞳には紛れもない生きた意思の光があるが、表情はビスクドールのように硬質だった。
「お邪魔だったかな」
「構わなくてよ。話は済んでるわ」
 水銀燈はこちらを見ずに答えた。蒼星石は軽く頷き、ちらりと窓の外の重機を見た。
「外はだいぶ準備が進んでるようだけど、鏡はまだあるのかい」
「まだ壁に嵌ったままね。丸ごと壊すんじゃなぁい?」
 水銀燈は奥の部屋に続いているらしい入り口に視線を向けた。扉は壊れたのか運び出されたのか既になく、黒い穴がぽっかりと口を開けている。
「そう。来た甲斐があったよ」
 蒼星石はまたこちらを見上げた。
「彼も一緒でいいのかい」
「ええ」
 水銀燈は頷くと、ふわりと宙に舞った。
「自分の目で確かめればいいのよ。どんなに歪な形をしているか」


 ~~~読み専の俺がローゼンメイデンの転生オリ主物を書いてみた 6~~~


 床のない世界というのは初めてだった。
 水銀燈が無言で先頭を飛び、蒼星石も泳ぐように頭から「下」に向かって舞い降りていく。俺は足を下にしてそれに続いた。
 床に相当する部分はないのに天地は存在していて、天には太陽のようなものがかかり、一本の太い幹が曲がりくねりながらそこへと伸びている。
 底の見えない巨大な井戸のような世界だった。幹はさながら井戸に投げ込んだ水汲み桶の縄のような按配で、幹の末も、根元もどうなっているのかは遠すぎて見えない。
 俺たちはそれに沿って緩やかに降りていった。
 幹の周囲には幾つかの光がまとわりつくように見えている。近づくと、それは一つ一つが小さな苗だったり雄大な樹木だったりした。心の木というやつなのだろう。
 幹そのものも一様ではない。曲がり、枝分かれし、ときには繁茂しているかと思えば全く心の木が見当たらない場所もあった。
「心の木の姿が人の数だけあるのと同じように、世界樹にも無限の様相がある」
 いつのまにか蒼星石が隣にいた。
「違うのは、世界樹は決して死なないこと。心の木は容易に枯れたり朽ちたりするけど」
 そう言って伏目がちになる。思いつめたような表情だった。
「……伐り倒すのかい」
 彼女は驚いたような顔で俺の顔をまじまじと見たが、すぐに元の硬い表情に戻った。
「そうか、すべてお見通しだったね」
「たまたま知ってるだけさ」
 会話はそこで途切れた。暫く無言のまま、俺たちは先を行く水銀燈を追って降下を続けた。
「どんな結果が出ることになろうと、マスターがそれを望むのであれば、僕は鋏を使う」
 ぽつりと呟くように彼女は言った。
「たとえそのために誰かが犠牲になるとしても」
 俺はごくりと唾を飲んだ。硝子のように割れる世界と力尽きた蒼星石が、昨日読んだかのように浮かんでくる。
「……それが、媒介や自分自身であっても?」
「それは──」
「見えたわよ」
 だしぬけに前から声がかかった。俺たちはそれ以上会話を交わすこともなく、水銀燈の示す場所に向かった。

 俺のものだというその心の木は、水銀燈の言葉で思い描いていたものとは全く違っていた。
 捩れたり曲がったりはしているが、それなりに大きく根を露出させながら、枝を伸ばして立っている。ただ一つの点を除けば、立派だろうと鼻を高くしても良さそうな按配だった。
 そう、完全に枯れていることを除けば。
「この木は不思議だね」
 蒼星石は木の周りを一周して首を傾げ、近づいてきて俺の顔を見上げた。
「枯れてから十数年経っている筈なのに元の姿を留めている。こんな木は初めて見るよ」
 木に近づいて一回りしてみる。遠目からは立派に見えたが、近づくと樹皮は腐ってきており、根元近くにはウロがあいて草か何かが生えてきていた。張っていると見えた根も、単に浮いてきているだけなのかもしれない。
 それでも、見上げれば葉の一つもないまま、うねる幹は頑強に天を目指し、枝は恐らくほとんど折れもせず頭上で存在を主張している。
「あの世界、そのままね」
 水銀燈は不快感を隠そうともせずに言い捨てた。
「とうに終わってるくせにしぶといったら……」
 蒼星石はウロの辺りに屈みこみながら、考えを整理しているような口調で、水銀燈に答えるともなく言った。
「人は何かに依存しているものだ。現在、未来への希望、他者……過去に囚われることだってある。それが強くなれば、こんな形もあり得るのだろう」
 ご覧、と立ち上がった彼女に促されるまま、俺はウロの中を覗き込んだ。幾本かの雑草に混じって、小さいが明らかに若い樹木とわかるものが生えていた。
「それが今の貴方の木よ」
 肩越しに水銀燈が言う。俺は一歩下がり、枯れた木全体を見上げ、うろの中の小さな木に視線を戻した。
 生まれ変わってから十数年。それは年数だけ取ってみれば一度死ぬまでの年月の半分近くにもなる。それなのに、この違いはどうだ。
 頭の中がもやもやとしたもので満たされていく。漠然とした不快感のような。
「うろは木の成長を妨げているけど、守ってもいる」
 蒼星石の声が、なぜか少し遠く聞こえた。もっとも彼女は俺にではなく、背後の水銀燈に語りかけているようだった。
「それでもいいのかい?」
 一拍置いてから水銀燈の声がする。
「構わないわ。やっちゃって」
「契約者と僕たちの心は繋がっている。マスターの木はドールの木と同じだ。それも分かっているんだね」
「構わないわ」
 今度は間髪をいれずに返事があった。
「いざとなれば契約を解除すればいいんだもの。簡単なことよぉ。そうでしょう?」
「君は……」
 蒼星石の声に僅かに苦笑の響きが混じったような気がした。
「なによ」
「いや、わかったよ。……レンピカ」
 靄が立ち込めてきたようだった。うすぼんやりとした視界の中、蒼星石の手の中にあの大きな鋏が出現した。
 彼女は鋏を構えると、物も言わず枯れた木の幹に切りつけた。二度、三度。
 次に、逆手からうろの近くを突いた。持ち替えてまた突く。切りつける。
 だが、俺のぼんやりとした目では、木には全く変わった様子は見えなかった。彼女はさらに二度ばかり切りつけて、ぐらりとその場に蹲った。
「蒼星石?」
 水銀燈が座り込んだ蒼星石に歩み寄った。

 俺もそこに行こうと霞の掛かったような視界の中を歩き出したが、何かに蹴躓いた。
 緩慢な動作でそれを見遣る。
 何であったか理解すると、唐突に霞は晴れてしまった。

「手ごわいね……これは」
 蒼星石は疲労感を滲ませていた。
「……十余年変わらずにここにあったのは偶然じゃないってことね」
 水銀燈は憎しみさえ感じさせる声で言い、思い切り幹を蹴りつけた。ばらばらと腐った樹皮が落ちてきたが、それだけだった。

「何かのSFかファンタジィで読んだことがある。『異界の由来を持つ物質は、その世界の構成物でなければ壊すことができない』。まあ、よくありがちな便利設定だと思うが」
 二人がこちらを向き、信じられないものを見るような目になった。
 俺はさっき拾い上げたチェーンソーを目の前に置き、オイルタンクと燃料タンクを確認した。どちらも満タン。キャブレターの燃料ポンプをくちゃくちゃやると、懐かしいガソリンの匂いが鼻を突いた。畜生、そろそろタンクのパッキンの交換時期だったか。
 だが、構わない。どうせもう二度と使うことはないのだ。今回使うには十二分だ。
「仲間内でバカやってな。チェーンソーのエンジンでバイク動かそうとか。そのために阿呆みたいにチューンしたエンジンのなれの果てがこいつだ」
 小さい素朴なエンジンだが、少しでも馬力を上げたくてだいぶ長いこと弄っていた覚えがある。結局その計画がポシャったときにも、捨てるのが忍びなくて元通りチェーンソーに組み込んだほどだ。だから、この場に現れたんだろう。
「きっとこれは、死んだ俺に対して誰かがくれた最後のプレゼントなんだろう」
 リコイルスターターを引く。一度では掛からない。
「だから、自分のなれの果ては自分で始末させてくれ」
 四度目でかかった。こいつにしては優秀だ。
 耳栓が一緒に現れなかったのは誰の不備なんだろうか。耳を聾する轟音が辺りに響き渡った。
 俺はオイルの飛び散るチェーンソーを大事に構え、身振りで安全圏に出ていろと二人を下がらせて、幹に刃を食い込ませた。
 腐りかけの枯れ木などこいつの手に掛ればあっという間だ。二人の位置を確認し、逆側に木を倒すまで、ものの二分と掛らなかった。
 伐りながら、手応えが妙に軽いような気がして、俺は手元を見た。
 情報連結を解除された朝倉涼子のように、役目を終えつつあるチェーンソーは光の粒子になって消え始めていた。
「もうちょっとだけ保てよお前。いい子だから」
 うろの周りを注意深く切り広げる。チェーンソーの起こす風で、なよなよした若い木が揺れ動く。まだ持ち手と刃は残っている。まだいける。
 若い木の障害物になりそうなものをあらかた削り終えたところで、轟音は止んだ。手の中にはガソリンとオイルの匂いだけが残っていた。
 俺は二人を振り向いた。水銀燈が微笑んだように見えたが、そのまま彼女はかくりと倒れこんだ。慌てて駆け寄ろうとした瞬間、俺の目の前も急速に暗くなってきた。
 恐らく、『俺』はここで消える。なんとなくだが、わかってしまった。
「蒼星石っ……水銀燈を連れ帰ってくれ」
 その声が出たのか、それとも頭の中で形成されただけなのかはわからない。俺の視界は黒一色になり、そして、すぐになにもわからなくなった。



[19752] 2日で200行。多いのか少ないのか?
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:72695fa3
Date: 2010/07/04 00:07
今回は「インターミッション」って言うんでしょうか。
ボトルショーって言うのかもしれませんが、あまり前後に関わらない(予定の)話ですな。
こういうの一度やってみたかったんですが、文章量がだらだら増える増える。やっぱり、あんまり良いものじゃないのかも。

**********************

 意識の底。奔騰するイメージ。縦横に流れて自分を攫う濁流。
 自分が何者であるかなどわからず、達観して流れに身を任せる余裕もなく、ただ、自分を保たなければ呑まれて消えるという恐怖だけがあった。
 どうにか姿勢を保ち、方向を定めて移動を始める。何処へ辿り着こうとしているわけではない。ただ、せめて流れの緩やかなところに出たかった。ここは危険すぎる。

 どれだけそうしていたかはわからない。
 いつのまにか、目の前に一つの人形が流れていた。
 優雅に拡がる灰白色の髪、切れ長の紅い眼、逆十字を標された黒いドレス。なんだろう、確かに見覚えがある。ひどく古いようでとても懐かしいイメージ。
「あなた……だれ」
 名前は……なんだったか? 思い出せない。自分のも、人形のも。
 まあ、何だっていい。その場でそれぞれを識別できれば問題ない。ジョン・ドゥとメリー・ドゥでも一号と二号でも。
「たすけて……ここから出たいの」
 まだあどけなさの残る白い顔を大きくゆがめ、必死にこちらに手を伸ばしてくる。待ってくれ。こっちだってここから出る方法なんか知らないんだ。
 しかし逡巡する暇はない。いま手を繋がなければ、どんどん離れていってしまう。
 辛うじて手を取り、胸元に引き寄せる。
 瞬間、横合いから突風のような激しい流れが押し寄せた。咄嗟に両腕で人形を抱き締める。
「こわいよ……おとうさま」
 胸元にしがみついてくる人形は、おこりのように体をがくがくと震わせている。

──守ってあげなくてはいけない。

 頭のどこかでそんな声がする。
 そうだ。ここにはこの子と自分だけだ。この小さな存在を護ってやれるのは他にいない。
「お父さんのところに行きたいんだな」
 腕の中で頷く気配があった。
「わかった。一緒に行こう」
 どうせ何処に行く当てもないのだ。それなら、目標がある方がいい。
 それにしても、名前は何だっただろう。確かに知っていたはずなのにどうしても思い出せない。
「君の名前を──」
 教えてくれ、と言い終えることはできなかった。今までで最も激しい流れが横合いから襲ってきたからだ。
 大きな波の圧力とともに、頭の中に記憶の奔流が押し寄せる。
 麻枝准なら「耳の中に無理やり鉄棒を押し込まれるようなもの」と書くのだろうか。理解不能の事柄が、そのほとんどは痛みを残すだけですり抜けていく。覚えていられるのは頭の中に引っかかったごく僅かな残滓でしかない。
 それでも、腕の中の人形の名前を思い出すには十分だった。あまりにも繰り返し繰り返し、記憶が絶えてからも反復して思い出していた名前のひとつ。
「──『水銀燈』」
 なぜ忘れていたのだろう。人形師ローゼンによって作られた七体の人形。その最初の一体。こんな大切なことを。
「わたしのなまえ……?」
「そうだ。君は誇り高いローゼンメイデンの第一ドール」
 人形は口の中で何度かその言葉を反芻し、かぶりを振った。
「お父さんに会いたいんだろう? だったら思い出さなくちゃいけない。何故会いたいのか、どうやったら会えるのか」
「おとうさま……おとうさま……」
 人形は必死に何かを思い出そうとし……そしていきなり、激流が途絶えた。


 ~~~読み専の俺がローゼンメイデンの転生オリ主物を書いてみた 7~~~


 どのくらい歩いたろうか。『水銀燈』のかすかな記憶だけを頼りに、無限とも思える世界を俺たちは彷徨していた。
 どれだけ歩いても飢えもしなければ渇きもしなかった。不思議に思ったが、『水銀燈』が言うにはここは夢の世界らしい。
 その説明だけでなんとなく納得したような気になるのは、まだ俺の方の記憶が整理しきれていないせいだ。もやもやして絡み合った記憶は、奔流が去ってからもほとんど解けていない。
 なぜか、疲労感だけはあった。疲れて座り込めばそこが野宿の場所になり、目覚めれば出発だった。そうしたサイクルをどれだけ繰り返したかも覚えていない。
 ただ、変化は確実に起きていた。『水銀燈』が次第にこちらを見上げることが多くなり、出発を渋るようになってきたのだ。いまや、お父さん探しは俺が『水銀燈』を引きずりまわしているようなものだった。

「ねえ」
 そしてついに、決定的な瞬間が訪れた。
「もう、疲れちゃったわぁ……」
 俺の前を飛翔していた『水銀燈』がいきなり地面に降り、膝を抱えてしまったのだ。
「もう少しだけ探してみないか、折角ここまで頑張ってきたんだから」
 『水銀燈』は首を振った。
「きっとどれだけ探しても、どんなに求めてもお父様には会えないのよ」
 俺は黙ってその隣に座った。なぜか最初から分かっていたような気がした。会えないと認めたくないのは俺のほうだったのかもしれない。それでも、何がしかの可能性があることを信じたくてここまで来たのだ。
「ここから出ようか」
 その言葉を口にするのは勇気が要ったが、言うのは俺でなければならなかった。
「外に出たら、どうなるの」
「わからない」
 俺は正直に答えた。
「でも、どうなったとしても、ここで絶望しているよりはいい」
「外には、なにがあるの」
「……そうだな」
 俺はまだ解ける気配のない記憶の断片をいくつか取り上げ、思いつくままに喋ってみた。
 外には他のドールたちがいる。ここから出て記憶が戻れば、『水銀燈』はローザミスティカを巡って他のドールたちと敵対することになるかもしれない。
 相手には神業級の職人もいる。それは何人ものドールのミーディアムになっている少年で、彼らの絆は深い。遣りあうとなれば分は悪い。
「それでも、君は独りじゃない。ミーディアムもいる。それから……」
「あなたは?」
 不安そうな瞳が俺を見上げる。
「あなたはそこにいてくれるの?」
 その肩を抱きかかえると、緊張の糸が切れてしまったように胸の中に倒れこんでくる。俺は大きな息をついて、震えている灰白色の髪を宥めるように撫でた。
「出るときは一緒だ。俺も君も同じ世界に行く」
 突然、目の前に扉が現れた。
 驚きはなかった。夢の世界なのだから当然だろう、と漠然と思った。俺は人形を抱き上げ、扉を開けて世界を越えた。


 扉を抜けて出た先は、最悪といっても最高といっても良かった。
 「向こう」の出口は姿見のような鏡だったが、それを通り抜けるとドールたちがこちらをあっけにとられたような表情で見つめていた。その数三体。
 どういうことだと俺は緊張し、俺の腕の中の人形は記憶が一気に戻ったらしく音を立てるような勢いで俺から離れた。
 その後のてんやわんやの騒ぎはひどいもので、ノリさんが顔を出して(彼女にしては珍しい)雷を落とすまで続いた。
 後から知ったところでは、ドールたちはジュンに裁縫するからと部屋を追い出され、鏡のある部屋で遊んでいたところだったらしい。全く、どんな間の悪さだ。

 既にアリスゲームは終わっていたが、『水銀燈』は他のドールたちとは若干距離を置いていた。これまでの経緯からして止むを得ないのだろう。
 『水銀燈』と『蒼星石』のミーディアムの病状が気懸かりではあるが、その他は平穏な日々が続いている。
 俺はあまり話し相手の居ない『水銀燈』の相談に乗ってやったり、ミーディアムたちと話して他のドールとも遊んだりもした。
 『蒼星石』は、時折双子の姉の手も借りながら、再び老夫婦と静かな時を過ごしている。
 ジュンを巡る『翠星石』と『真紅』の関係は次第に恋の鞘当て状態となり、両者のミーディアムでもあるジュンとしてはストレスの溜まる日々らしい。
 図書館で一緒に課題を片付けているとき、ジュンは二人の見え見えのアタックについてあれこれと零すのだが、全て惚気にしか聞こえないのは何故だろう。
 『雛苺』は再びトモエをミーディアムに選んだものの、少々居づらいのか桜田家に入り浸っている。恋の板ばさみに悩むジュンとしては、ある意味で気兼ねなく話のできる『雛苺』はいいお相手らしく、最近は部屋でわざと遊ばせておくこともあるようだ。
 『金糸雀』とそのミーディアムはいいコンビで、二人して他のドールを撮りまくっている。特に『翠星石』か『真紅』がジュンとツーショットになったところを狙い撃ちするのがいいのだとか。
 お見舞いがてらそんな他愛のない近況話でメグと盛り上がった後、俺は病院の屋上に出た。
 手すりに凭れて見るともなく町並みを眺めていると、『水銀燈』が隣に飛んできて手すりに座った。
「いい風だわぁ」
「そうだな」
 目を閉じてみる。隣に『水銀燈』を感じているせいか、古い記憶が呼び覚まされては消えて行った。
 甘いような、それでいて苦いような不思議な感覚だった。暫く存分にそれを味わってから、俺は自分の手を見つめ、予想していたとおりのモノを見つけた。

「──そろそろ終わりでいいよ」

「……な、何? どうしたのよ」
 唐突な言葉に驚いてこちらを見る『水銀燈』を片手で制し、俺はもう一方の手でそのモノをぐいと引いた。
 若干の痛みと手ごわい感触があったが、力任せに引き絞るとモノは巻きついていた手から離れた。そのまま振り向きざまに両手で引くと、それはずるりと動いてぴんと張りつめる。病的に白い、太陽の光を受けたことのないいばらの蔓だった。
 その先に何が居るかを俺は知っていた。
「いい夢をありがとう、第七ドール」
 その瞬間、世界は池の表面に張った薄い氷の膜を踏み抜くように割れ落ちていった。


「……どういうこと……?」
「全ては偽りだったってやつさ」
 俺は茨を引き千切りながら、素早く周囲を見回した。以前水銀燈と蒼星石に連れて来られた事のある場所だ。死んだときの俺の部屋を模したという世界だった。
 ただ、部屋の中はがらんとしていた。あのときはもっと大量にあったはずの家具や私物はほとんどなくなっており、玄関の戸は開け放たれて闇がぽっかり口を開け、力を失った白い茨がそちらへと伸びている。
 心の木を伐り倒したためなのだろうか、うそ寒い光景だった。
「出て来てくれてもいいんじゃないか? 夢のお礼くらいしたいんだがね」
 玄関に向かって怒鳴ってやると、ゆったりとした足取りで相手が現れる。柔らかな、柔らかすぎる声が場違いすぎる舞台に響いた。
「残念ですわ……もうお気づきになってしまわれたのですね」
 薄暗い部屋の入り口に立っているのは、純白の茨を従えた、純白そのものの小さな姫君だった。
 無垢そのものの顔立ちをした、何色にも染まっていないがゆえに何色にも染まろうとする貪欲さを持つ夢喰鬼とでも言うのだろうか。瞳に狂気を宿しているわけでも、所作に異常な点があるわけでもないのに、一目見ただけで悪寒が背筋を這い上がるのが分かる。
「夢を操ったというの、このドールが」
「そういうことになるかな」
 なんでもいいから武器になるものが欲しかったが、がらんどうに近い部屋の中には得物になりそうなものは見当たらない。いや、あるにはある。だが遠い。むしろ相手のほうがそれに近い位置に居る。
「第七ドールって言ったわね。名前は?」
「さて、名前か。何だったかな」
 俺は肩を竦めて一歩下がった。白い少女は満足そうな表情で優雅に会釈した。
「申し遅れました……初めまして。私は薔薇乙女の末の妹、雪華綺晶」
「手の込んだ夢をありがとうよ、雪華綺晶。こっちの自己紹介は必要なさそうだな」
 背中が壁際の本棚に行き当たった。埃っぽいその上を後ろ手でなぞると、なにか四角い小さなものがあった。それを急いで握りこむ。藁にも縋るとはこのことだ。
「ええ……存じていますもの、黒薔薇のお姉さまのマスター」
 雪華綺晶は微笑み、右手をこちらに向かって伸ばした。それとともに白茨がぞろりと動き出す。
「さ、参りましょう? 黒薔薇のお姉さまもお待ちです」

「!?」

 俺の脇で灰白色の髪のドールが驚愕に目を見開く。俺は心にずきりと痛みを感じながら、純白の妖怪を睨みつけた。
「……水銀燈を確保してるとはね」
 苦い思いが広がる。この夢の世界に残っているのは自分だけだと思っていたのだが。
 蒼星石に叫んだつもりだったが、やはり間に合わなかったのか。勢いで心の木を伐採する前にこうなる可能性について考えておくべきだった。
 俺か蒼星石が心の木を伐り、俺たち二人がダメージを受けて無防備になる。この夢喰鬼には俺を捕食し、水銀燈を葬り去る絶好の機会だったというわけだ。
 それにしても。
「タイミング良過ぎるじゃないか、大したもんだよ」
「お褒め戴き恐縮ですわ」
 雪華綺晶は言い終わらないうちに手を一振りした。ザッと床と擦れ合う音が立つほどの勢いで、一群の茨が俺に殺到し……
「させないわよ!」
 『水銀燈』の召喚した両手剣がそれを両断した。
「まあ……」
 雪華綺晶は隻眼を丸く見開き、片手を口に当てて無邪気な驚きの表情を作った。
「まだこんな力が残っているなんて……貴女は──」
「言うなッ」
 両手剣が唸りを上げ、力任せに振り払われた一撃は雪華綺晶の寸前まで迫り、彼女の纏う茨と服の端を切り裂いた。
 雪華綺晶の表情はしかし、驚きから含み笑いに変わっていた。軽く体を開いて次の一撃をやり過ごすと、『水銀燈』の後ろに回りこんで耳元で言い放った。

「──ただの、舞台装置の消え損ないですのに」

 その言葉に鋭く胸を抉られたのは、『水銀燈』ではなく俺のほうだったかもしれない。
 だが、躊躇する暇はなかった。俺は転がりこむような勢いで部屋の隅に打ち捨てられた物を拾い上げた。
「あら、そこではお逃げになった意味がありませんわ」
 囁くような声は、もう間近に迫っていた。
 振り向くと、純白の隻眼鬼は俺に手を伸ばすところだった。茨の間から、倒れている『水銀燈』の姿がちらりと見えた。音も無く倒したのか、活動限界だったのか。
「おいたをしないで、参りましょう? お姉さまのところに」
 満面の笑みで、雪華綺晶は俺の顔を両手で挟んだ。
「ああ……そうするしかないみたいだな」
 俺は拾ったものを持った両手を体の前でちぢこめた。茨とドールの体がのしかかり、殴りつけることすらできなくしようとしている。
「うふ……聞き分けの良い方は、大好き──」
「──だけどな、行くのは俺だけだ」
 左手でジッポーのフタを開けて点火し、同時に右手で殺虫スプレーのスイッチを押す。
 何かを感じたらしい雪華綺晶は反射的にとびすさったが、彼女の茨に簡易火炎放射器の炎が浴びせ掛けられるのを防ぐことはできなかった。
 火力は大したことはないはずだ。だが、茨は生木が燃えるときの独特の匂いを放ちながら呆気なく燃え始め、あっという間に俺と雪華綺晶の間には灰の緩衝地帯ができてしまった。
「ここは俺の夢の世界だ。あんたとしてはその方が手の込んだ罠を構築しやすかったんだろうが、ここでは俺の精神もアストラル体であるあんたも同時にダメージを受ける可能性がある。裏目に出たな」
 雪華綺晶は呆然と茨を見つめていたが、やがて無言でそれを引っ込めた。
「悪いが、俺のご都合主義がある程度通るこの世界じゃ、こんなチンケな火炎放射器でもあんたを焼き殺すことができるかもしれん。ここは痛み分けってことで、大人しく引いてくれないか。あんたを傷つけるのは本意じゃない」
 ハッタリもいいところだった。ご都合主義云々は今この場ででっち上げた嘘だ。だが、軽く恐慌状態に陥っている雪華綺晶には効果があったらしい。
「……はい……」
 呆然とした顔色のまま、彼女は空間に穴を開けて出て行った。

 がらんとした部屋の中には、俺とアニメ版ローゼンメイデンの水銀燈の形をしたドールだけが残された。
 俺は屈んでドールを抱き上げた。かくん、と手足が重力に逆らわずに折れ曲がる。夢の世界で重力もくそもないものだが、俺がそういうイメージで捉えているからなのだろう。
 どうして未だにこのドールが形を留めているのかはわからない。本来はこの世界の上に構築された幻影が割れてなくなったときに消えていてしかるべきだった。

──まあ、そんなことはどうでもいい。

 実時間ではほんの短い時間だったのかもしれないが、俺は伐り倒したときに心の木から湧き出た記憶の奔流の中でこのドールと出会い、旅をし、暮らした。
 その中で、本来雪華綺晶が配置しただけのドールの中に自我に近いものが芽生え、この夢の世界とはいえ、実際に動き回るまでに急激に成長した。そう思いたいような気がした。
「君は」
 物がなくなってしまった机の上にドールを横たえながら、そっと囁いてみる。
「幸せだったかい?」
 偽りの幻影とはいえ、ほんのいっときだが、まるでアニメ版ローゼンの終了後のような世界に生きて、楽しかっただろうか。苦しかったのだろうか。

 人間が使うなら片手で振り回せるような小さな両手剣を拾い上げたとき、部屋の窓が波立ち、銀色の使者が飛び出してきた。
「メイメイ」
 水銀燈の相棒は嬉しそうに俺の周りをくるりと回った。
「連れて行ってくれるんだろ、水銀燈のところに」
 もちろんだとばかりに、メイメイは窓に飛び込んだ。
 窓をくぐる前に、俺は机を振り向いた。
 蒼星石や翠星石に連れられてこの世界にまた来ることはあるかもしれない。だが、次に来たときはもう、机の上は空っぽになっているような気がした。
「さようなら、『水銀燈』」
 懐かしいその名前を呼んで、俺は窓に体を沈めた。



[19752] 遂にきたスランプor行き詰まり状態
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:72695fa3
Date: 2010/07/06 10:15
今回は一番難産でした。
文章前後の繋がりがよくなくなったり、冗長になったりしているのではっきり分かるかと思います。

ちなみに、この実験では本来やるべき工程を最初から手抜きしています。
行き当たりばったりで書いていることもそうですが、実はろくに推敲もしていません。書けた分そのままを上げています。

あくまでどれだけ書けるか、が実験の第一目的ですので、本文を読まれる方はご注意ください。

*********************************

 メイメイに連れられてやってきた先に広がっていたのは、湿気と温度を無くした濃霧の中のような光景だった。
 数メートル先、というのも視覚的なイメージに過ぎないわけだが、とにかく何も見えない。それでいて暗いという印象はなかった。
 ためしに、何故か手にしたまま消えていない剣を前に突き出してみたが、剣の先端は霧に巻かれるようなこともなくクリアに見える。物が何もないから霧が濃く見えるだけなのか。
「なんていう世界なんだ、ここは」
 メイメイに尋ねてみるが、人工精霊は困惑したようにジグザグに飛んでみせるだけだった。こちらの言うことは通じるようだが人工精霊のほうでは俺に伝えようが無いのだ。
 いやまて、この濃霧には覚えがあるはずだ。
 嫌な予感を抱きながらおぼろげになってしまった記憶を必死で探る。ほどなくして、それは記憶の闇の中から見つかった。
 原作の連載中断前くらいに何度も出てきた場所。金糸雀以外の五姉妹がみんな捕まったり、あるいはそれぞれの想い人を追いかけて行き着いたところ。
「例の雪華綺晶が罠を張ってたエリアか」
 頷くように二度ほど跳ねてから、ついてこいと言うようにメイメイは先に立って飛んでいく。
 舌打ちしながらその後を泳ぐように漂っていくと、ほどなくそれは現れた。

──繭か?

 紡錘形の真っ白なものが、蜘蛛の巣のような網の真ん中に鎮座している。更に近づくと、網も繭も同じものでできているのが分かった。白茨の蔓だ。
 これがそうだと言うように、メイメイは繭の周りを回ってみせた。
「入念に巻いてくれたもんだな」
 予想はしていたが、中身がまるで見えないようになるまで巻きつけてあるとは思わなかった。体を拘束するにしては物々しすぎるんじゃないのか。
 なんにしても、雪華綺晶が現れないうちにこれを切り開かなければならない。先ほどの火炎放射に対するショックのせいで自分の世界かどこかに戻っているのだろうが、気を取り直して出てこられたら今度は手の打ちようがない。
 どれだけ使えるか分からなかったが、俺は剣を振るって蜘蛛の巣状の白茨を切り始めた。最悪の場合繭のままでも、蜘蛛の巣からは切り離そう。無様なだけかもしれないが、切り離せれば抱いて逃げ回ることもできる。
 白茨は意外に脆かった。原作でも茨の刺自体で誰かを傷つける描写は確かほとんどなかったが、これも同じだった。思い切り握って引っ張り、テンションを掛けて一本一本斬っても、茨を持った手は痛い程度で済んでいる。
 だが、斬り落とすたびに他の痛みが走り抜けていった。

 ──586920時間38分ぶりね、真紅。
 ──なぁにそれ。意味あるのぉ?
 ──そういうおままごとにはつきあってられなぁい……

 俺が直接知らない水銀燈の記憶の断片が、茨を一本断ち切るたびに浮かび上がるのだ。それ自体が痛々しいわけではない。痛むのは俺の内心の何処かだった。
 俺と契約してから今日までの水銀燈の闘いを、俺は原作でしか知らない。
 大筋は同じなのだろう。だが、概略を知っていればそれで良かったのか? 良いはずがない。
 水銀燈が笑い、怒り、驚き、虚勢を張り、内心悔しい思いをしていたとき、契約者の俺はほぼ知らぬぞんぜぬを通していた。
 彼女は何も言わなかった。聞かれて答えたのは雛苺が真紅に敗北したこと、それなのに真紅がローザミスティカを取り上げなかったこと程度だ。
 それは俺を必要以上に巻き込むのを嫌っていたせいだ。契約のときは大仰な言い方をしていたが、要は、媒介は必要なときに力を貸してくれればいい、それ以上のことは求めないのが彼女なのだ。
 ローザミスティカに関しては容赦も仮借もないが、自分の媒介には必要以上の関与をさせない。
 本人が意識しているかどうかは分からないが、それが水銀燈の戦い方だった。

「くそったれっ」
 普通の媒介に対してならそれでいい。しかし、俺は水銀燈の行動はおろか、その後何が起きるかまでも知っていた。その気になれば安全に、かついくらでも力になってやれたのだ。
「くそっ、このっ」
 俺は半ば自分への罵りを口に出しながら、柄が細すぎて握りにくい剣を不器用に振るった。

 ほどなくして、繭は蜘蛛の巣から離れた。
 雪華綺晶はまだ現れない。
 メイメイに安全な場所まで案内してもらうことも考えたが、繭が世界を飛び越えるときにどうなるか、自信が持てなかった。中にいる水銀燈もどうなるか分からない。できればここで開けて連れ帰りたい。
 剣を茨の間に強引に滑り込ませ、削ぐようにして断ち切る。いかにも分厚そうな繭を相手にするのには心許ないやり方だが、中にいる水銀燈を傷つけたくなかった。
 不思議なことに記憶の断片は現れなかった。いや、不思議ではないのかもしれない。茨が何らかの方法で雪華綺晶に接続されているのだとすれば、雪華綺晶が俺にわざと水銀燈の記憶を見せていた可能性はある。
 俺は独り言も漏らさず、機械的に白茨を切りつづけた。手にマメができて潰れ、皮が剥けて握ったところの茨にリンパ液と血が滲む。純白だった繭は切り口のあたりが薄汚く汚れていった。

 やがて茨の中に銀色の髪と黒い翼が見えてきた。
「はは、メイメイ。ご主人様だぜ」
 俺は思わず安堵の息をつき、人工精霊を振り仰いだ。メイメイはチカチカと光って返事をした。
 俺は暫く雪華綺晶のことも忘れ、ひたすら丁寧に剣を動かした。だが、剣を動かして更に白茨を切り続けていくと、突然妙な違和感を覚えた。
 その原因は考えるよりも早く自分の目に飛び込んできた。

──ドレスもなにも着てない?

 水銀燈は胎児のような姿勢で、こちらに背を向けて繭の中に横になっている。手足の球体関節は丸出しで、衣装は何も着ていなかった。
 裸を見た、というような興奮はない。むしろ、別のことが頭に浮かんでしまった。

──雪華綺晶にボディを奪われたドールは、素体になっていた。蒼星石も雛苺も。

 まさか、という焦りの思いが、鈍っていた作業のペースを早くした。どうにか体を持ち上げられそうな状態まで繭を切り開いたところで、俺は待ちきれずに水銀燈を繭から抱き上げた。
「水銀燈っ」
「……う……あ」
 背中から漆黒の翼を生やした少女は、のろのろと苦しそうに動き始めた。
「わかるか? 水銀燈──」
 俺が安堵を噛み締める前に、水銀燈は俺の胸にくずおれる。
 その瞬間、今までにない鮮明で連続的な記憶が、洪水のように頭に流れ込んできた。


 俺が水銀燈と距離を置いている間に、事態は原作の筋どおりに、しかもかなりの部分まで進んでしまっていた。

 水銀燈は蒼星石に探し物を教えることとバーターで、俺を夢の世界に連れて行くこと、そして危険だと思ったら俺の心の木をズタズタにしてしまうことを要求した。
 そしてあの日、俺の夢の世界を見た水銀燈は、俺があまりにも予想の斜め上を行く存在だと知って判断を保留した。
 原作では後から乱入してきた桜田と三人のドール達は、水銀燈が俺を即座に夢の世界に引きずり込んだことで間に合わずにニアミスで終わってしまったらしい。
 だが、今度は蒼星石に水銀燈が探し物の在り処を教える段になって、再び夢の世界で会同した二人を桜田たちが追いかけてきた。
 激しい戦いの末、水銀燈は真紅の右腕を引っこ抜き、勢いに乗って全員を倒しにかかったが、これは裏目に出た。
 結局その場では蒼星石とは敵対したが、水銀燈も約束は違えなかった。
 今日、彼女は蒼星石に探し物の在り処を教えた。いつものようにあてどない探索に出ようとしていた蒼星石は、水銀燈と同道して心の木の位置を確かめ、探し物が見つかったと契約者に告げ、彼から翠星石を説得するよう求められると桜田家に赴いた。
 そこからあとは、俺の見てきたとおりだった。

 声が聞こえる。
「真紅の言うとおり……ジャンクなのは私」
 それが水銀燈が呟いている声なのか、頭の中に響いてくるメッセージなのかは分からない。
「ローザミスティカを集めてお父様に会う、そのためだけに動いてる機械みたいなもの」
 なにか言ってやろうとした瞬間、頭の中を今度は整理されていない映像が駆け抜ける。戦っているときの情景ばかりが順番もごちゃごちゃに圧縮されていた。
 最後に、赤い腕を根元から引き千切るさまが浮かぶ。
「姉妹を壊して、六つのジャンクに変えて、それでどうなるの。たった一つの願いがかなうだけ」
 大きな手のようなイメージが浮かんで消える。その後に、桜田を守るように前に立つ真紅と雛苺の姿が浮かび上がる。
「アリスゲームがあるかぎり、姉妹の絆も、マスターとの絆も引き千切られて消えていく。
 だったら、最初からなくていい。千切られてから絶望するくらいなら、最初から絶望していればいい。
 世界には私と、お父様だけいればいい……」
 すべての映像は消え去った。

「……真面目過ぎるよ、君は」
 俺は息をついて、小さな背中を抱き締めた。
 多分、これは体と離れた水銀燈の意識下の心なのだろう、とやっと見当を付ける。原作で桜田が出会った水銀燈も、夢の中で膝を抱えていた。物理的な体の方は蒼星石が連れ出してくれたのだろうか。
「あまり生真面目だから、長い間にそんな風に固まってしまったんだな」
 この声が届くかどうかはわからない。だが、届かなくても構うものか。
「俺がそれを解いてやれるかどうかはわからないけど、死人にどこまでできるか、挑戦してやるよ」
 そろりと立ち上がり、彼女の体に引っかかっていた茨を取り去ってやる。
 メイメイがくるりと回り、彼方を指し示すように飛んでみせた。お帰りはあちらというわけだ。
 俺は頷き、人工精霊の後に続いた。
「逃げ回ってばかりの死人の俺と、馬車馬みたいに真っ直ぐ生き急いでる君。お互いぶっ壊れでいいコンビかもしれないな」
 腕の中から、お馬鹿さぁん、という声が聞こえたような気がした。


 くたびれた古いブラウン管テレビを点けたことがあるだろうか。
 リモコンも前面ボタンもないそれは、選局か音量のツマミを引くとトゥン、と独特の通電音がして、音だけが聞こえ始める。
 最初は画像は映らない。画面の真ん中だけがなにやら光っている。
 半秒くらいの間を置いて、光っている部分が全体に広がり、やがてぼんやりと薄暗い画像が映りだす。

 まさにそんな風にして、俺の意識はゆっくりと戻ってきた。
 目を開くと、そこが以前見たことのある場所だとわかる。薄暗い解体寸前の礼拝堂の、撤去され損ねた鏡の前だった。蒼星石が俺を眠らせ、三人で夢の扉をくぐった場所に戻ってきたわけだ。
「お目覚めだね」
 小さな声がする方を見る。蒼星石が手近な瓦礫に座ってこちらを見ていた。傍らに黒い羽毛と銀色の髪が広がっている。水銀燈だった。鞄の中にいるときのように、胎児のような姿勢で横になっている。
 俺はがばっと跳ね起き、そのままの勢いで思わず乱暴に抱き上げた。

──軽い。

 ぞくりとする。こんなに軽いとは思っていなかった。なんとなく、同じ背丈の人間の子供と同じような重さを想像していたのかもしれない。
 黒衣の天使は力なく俺の胸に頭を凭せ掛けた。黒い羽が何枚かふわふわと目の前に舞う。
 背中を冷たいものが伝い落ちる気がした。細い顎の下に手を遣って上向かせる。端正な顔にはまったく表情がなかった。

「意識はないけど、迷子にはなっていない」
 蒼星石の声に俺は安堵の息をつき、水銀燈を助け出してくれた礼を言うのを忘れていたことに気づいた。
 振り向いてありがとうと頭を下げると、蒼星石は微笑んで首を振った。
 この少女はこんなに柔和な顔もできるのか。初めて見る彼女の表情に、今まで見せていたのとは違う一面を垣間見たような気がした。
「貴方は心の木を一気に伐り倒した。そこから記憶が噴出したのが原因なのだろうね」
 蒼星石は手を伸ばし、目の前に浮かんでいる黒い羽をつまんだ。微笑は翳り、また硬質な表情に戻っている。
「僕らにも心の整理をする時間は必要なんだ。いちどきに多すぎる情報をぶつけられたときにはね」
 そう言う彼女は、自分の心の整理はついているのだろうか。いやに多弁な気がする。まるで、言葉を発することで自分自身を落ち着かせようとしているように。
 しかし、それは無理もないことかもしれない。
「……怖いものだね、いざとなると」
 寂しそうな、それでいてニヒルな笑いが、かすかに浮かぶ。
「水銀燈をここに運んできたとき、見えてしまった。彼女の近くにいたせいかもしれないね」
 何を見たかは言われなくても分かった。
 たぶん遅くとも数日のうちに、薔薇屋敷と呼ばれている結菱家で、蒼星石は桜田とドール三体を迎え撃つことになる。
 物事が原作どおりに進んでしまっていることを疑う要素はもうない。水銀燈が真紅の腕をもぎ取り、その呵責に耐えていたのだから。
 そして、予定外のことが何も起きなければ多分全ては蒼星石の見てしまったとおりに進む。何も起きなければ、だが。
「それでも、やるのかい」
 色の違う瞳がこちらを見た。
「やるよ」
「望まない結末が見えているのに?」
 蒼星石はもてあそんでいた羽を指で弾き飛ばした。色の違う瞳は決意の色を湛えていた。

「それが、『僕』だから」

 月が翳りかけていた。暗がりに慣れた目でも色が分からなくなりかけている中で、彼女は背を向けて立ち上がった。
「だいぶ夜更かしをしてしまった。僕はもう行くよ。明日は万全の状態で臨みたいからね」
 何気ない一言だったが、蒼星石がもう戻れないところまで来ていることを俺は確信した。
 蒼星石が翠星石を連れ帰るのを諦めた翌日、桜田と三人のドールは薔薇屋敷に乗り込むのだから、もう彼等への宣戦布告は済んでしまっているはずだ。恐らくここにくる直前に桜田の家に赴いたのだろう。
「俺は暫く様子を見て、ぼちぼち帰るとするよ」
「それがいいだろうね。水銀燈も貴方の近くに居た方が目覚めが早いだろう」
 何事もないような言葉を俺たちは交わした。
 蒼星石は迷いの一切ない足取りで鏡に向かい、人工精霊を呼んだ。彼女の忠実な相方は無駄のない動きで鏡に近づき、表面を波立たせた。
「明日は敵対するかもしれない。もしそうなったときは全力でお相手するよ、水銀燈のマスター」
「望むところだ」
 俺は腕の中の小さな少女を見つめた。
 水銀燈に、考え方やらやり方について言ってやりたいことはある。
 だが、彼女が望むなら望むだけ、俺は力を与えるだろう。媒介だから、契約者だからというのはさして重要じゃない。いずれ強制的に力を奪われるからでもない。
 顔を上げると、蒼星石は鏡に腕を突きたてていた。波紋が広がり、腕は異空間に入り込んでいく。
「それじゃ……」
「蒼星石」
 振り向いた彼女に、水銀燈を抱いた窮屈な姿勢のまま俺はもう一度頭を下げた。
「ありがとう。君のお陰で俺たちは助かった、二人とも」

 蒼星石がここに連れてきてくれなければ、水銀燈の体は心と離れ、ずっとnのフィールドを漂うことになったはずだ。そして、そうなってしまえばいずれ俺もあの白い夢喰鬼に捕食されてしまっていたに違いない。
 俺が心の木を伐り倒した瞬間に記憶が噴出し、その一部を「見てしまった」だとすれば、水銀燈の体を抱えてこちらの世界に戻ってくる時点で蒼星石は既に知っていたはずだ。
 自分が明日自刃に近い形で契約者の望みに決着を着けることも、そのとき自分が翠星石に託そうとしたローザミスティカを、水銀燈が横合いから奪うかもしれないことも。
 それでも蒼星石は水銀燈の体を夢の世界から連れ出し、無防備な状態の彼女を置いてひとり姿を消すこともなかった。
 そんな蒼星石の姿勢は甘いといえば甘いのかもしれない。しかし、今は素直に感謝したかった。

「僕は特別なことは何もしていない」
 蒼星石は照れたようにかすかに微笑み、静かに首を振った。
「水銀燈との約束を果たしただけさ」
 それ以上は何も言わず、蒼星石は鏡の中に消えていった。



[19752] 元スレ落ち……だと……
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:72695fa3
Date: 2010/07/09 22:25
原作を読んでみて心の樹≠記憶でないか、ということで少々変えたわけですが、……。
どうにも上手く行かないため無理矢理元の想定のように捻じ曲げて書く破目に。

それはいいのですが、元スレが既に落ちていたというショッキングな話を耳に……(つД`)
元スレが落ちてしまっては実験を続ける意味もありませんので、ここらで男坂エンドと行きたいと思います。
ここまで合計100kb弱。自分にしては平均10kb/執筆日程度というのは、分量としてはそれなりに書けたと思います。
内容はアレですが久しぶりに書いてみて楽しかったです。

それでは、またどこかのSSの感想掲示板辺りでお会いしましょう。
お目汚し誠に失礼しました。

*******************************************

 水銀燈は家に帰り着いてからすぐに意識を取り戻した。
 運んでいる間でなくて良かった。自転車の前籠に入れられて運ばれるというのは彼女にとって愉快な体験ではなかったろうから。
 もっとも、そのことを知らなくても水銀燈の機嫌が良くないのは同じだった。
「人間に抱きかかえられていたなんて……おぞましいったら」
「じゃあどうすれば良かったんだ、あのまま目を覚ますのを廃屋で待ってろとか?」
「その方がまだマシだったわ」
 水銀燈は窓枠に横向きに座った。怒気のせいか顔が紅潮しているのが、薄暗い照明の下でも分かる。
「それで、用向きはなぁに? 聞くだけは聞いてあげる」
 俺は細めのショットグラスにライム汁と氷を入れ、アルコールの代わりに水で割った。レモンを添えてストローを挿して手渡しながら、明日のことはどうするつもりなのかと尋ねた。
 水銀燈は緑色の液体を飲みにくそうに口に含み、酸っぱさをまともに食らってなんとも言えない顔つきになったが、それについてはコメントせずに答えた。
「貴方から力を吸い上げることになるかもね」
「横取り決行か」
「そうよ。好機は好機。見逃すわけにはいかないもの」
 赤い瞳がこちらを見る。
「ただし、蒼星石があのとおり動くかは分からない。そこは五分五分」
 片膝を立てて窓枠に背をもたせ、月を見上げながら片手でグラスを揺らす。もう少し細いグラスならさぞかし絵になるだろう。
「かなり苦しむことになるんじゃないのか、取り込んだら」
「大したことはないわ、そんなこと」
 言い切って、またストローを咥える。勢い良く吸い上げて、また眉を顰めた。
「翠星石に揃えさせる訳にはいかないのよ」
 空になったグラスをこちらに差し出す。お代わりかと尋ねてみると、別のものにしなさいと少し強い口調になった。


 ~~~読み専の俺がローゼンメイデンの転生オリ主物を書いてみた 9~~~


 チョコレートと冷たい紅茶で口直しをしてから、水銀燈はやや機嫌を直したようにテーブルの向こう側に座った。
「如雨露と鋏が揃ったら、さっきの貴方と同じことがいつでもできるのよ。他人の生きた樹相手にね」
 チェーンソーのようには行かないが、時間を掛ければ人間の心を確実に殺してしまえる。
 それで他のドールの媒介を端から潰していけば、アリスゲームは翠星石の思いのままというわけだ。
「性格的に無理なんじゃないか、そういうことは」
 桜田の許にいる姉妹は、真紅を除けばある意味ゲームを半ば投げていると言っていい。翠星石は特に、桜田と蒼星石がいればゲームなどどうでもいいと考えて……いたと思う。
「今みたいに他のドールがそれぞれ孤立している状態で──お馬鹿さんの真紅は雛苺を半端な形で従わせているけど──独りで倍の力を持っていたら、どう考えを変えるか分かったものじゃないわ」
「疑い深いなぁ」
「──今ここで力を全部吸い上げてあげましょうか?」
 俺は少し考えてから肩を竦めてみせた。
「それはあまりいい方法じゃないように思えるな。まあ、取り敢えず今は勘弁」
「いつまで他人事みたいに言えるかしらね」
 水銀燈はふんと鼻で笑ってまた窓の外に視線を転じた。
「とにかく、他の姉妹に渡してしまうくらいなら私が持っている方が安全というものよ。真紅が2つめを持つことがあり得るのだから、特にね」
「……雛苺の分、か」
 しかしそれは同時に、あの雪華綺晶に雛苺のボディが奪われることを前提にした話でもある。

──あれだけは駄目だな。

 先ほど夢の中で会った白いドールを思い出すだけで、耳の後ろが粟立つような気分がする。
 他愛ないハッタリであっさり引いてくれるあたり、案外目の前の黒衣の少女などより余程与し易い相手かもしれない。チャンスを掴むのは上手いが、手が込みすぎていて墓穴を掘ったようなところもある。稚拙と言ってもいいだろう。
 蜘蛛のような捕食方法にしても、単独になったところを狙って行くやり口も、独りローザミスティカの争奪を放棄して姉妹の体を欲しがることも、存在の特異性とこれまでの経緯を考えればいっそ哀しく致し方ないことなのかもしれない。
 だが、なんというか、駄目なのだ。頭では分かってもいざ対面して相対してみると生理的に受け付けない。
「七番目は誘き出して叩くしかないわ。今のところね」
 水銀燈はどこか作文を読むような調子で言った。
「そのためには雛苺と蒼星石のボディは餌として必要ってことか」
「そう。物質化しているところを潰すほかに七番目を倒す方法はないのよ」
「いや、もう一つある」
 水銀燈は訝しげにこちらを見る。俺はその前に菓子を並べた。
「相手が例の取引を持ちかけてきたらそれを呑む。君はゲームに勝利し、相手は君以外の全姉妹の体を手に入れる。履行されればどちらにもハッピーエンドだし、場合によれば隙を突いて倒すことだってできるだろ」
 水銀燈は菓子に伸ばしかけていた手を中途で止め、何か言いかけてやめた。
 ふっと息をついて彼女が口にしたのは、恐らく最初に言おうとしたこととは別の言葉だった。
「自分を買い被るのもいい加減になさい、お馬鹿さぁん」
 どこかわざとらしいゆっくりした手つきで菓子を手に取り、包み紙を綺麗に剥いて中身を口に入れる。
「あれは漫画のジャンクな媒介と私が特別親密な関係にあったから持ち掛けられた話でしょう。媒介が貴方じゃ有り得ないわぁ」
「それもそうか」
 口ではそういいながら、俺は眉間に縦皺を寄せるような勢いで眉を顰めた。……そうだったのか?
「ええ。間違いないわ」
 彼女もなぜか少し早口に言い、ティーカップに口をつける。
「で? それだけなのかしら、用件は」
 明日のために少し寝ておきたいんだけど、と彼女は時計を見上げた。俺も釣られるように壁の時計を振り返る。
 あの世界の中での体感時間は莫大な長さだったが、実際の時間ではまだ日付が変わったところだった。まさに夢の中ということなのか。
「もう一つあるんだ」
 正面を見ると、彼女もこちらを見ていた。目が合って、自然に俺は居ずまいを正した。
「俺の前世の記憶は多分、次に目覚めたときには消えてる」
 水銀燈は固まったような、口の端を吊り上げるような表情になった。

 短期記憶は睡眠時に整理されるという話だ。おそらくその時に、前世の記憶は抜け落ちていく。根拠はないが確実な予感がある。
 今も次第に昔の記憶の鮮明さが失われていくのが分かるのだ。
 さっきの取引うんぬんの話も、水銀燈に指摘されても、漫画の中で柿崎めぐのことを絡めていたかどうかあやふやのままだ。PCの中のカンペを見れば分かるかもしれないが、それは読んで思い出すというよりは読んで知るということに近い作業になるだろう。
 案外今の今まで前世の記憶を引っ張っていられたのは、さっき噴き出した記憶にあてられているからで、本来の古い記憶は既に消えているのかもしれない。どちらにしても長いことは保たないだろう。
 前世の記憶が消えたときの俺は、果たしてどんな木偶の坊になるのか。
 幸か不幸か元々頭のいいほうではないから、傍目から見れば何の変化もないように見えるかもしれない。

「当然の報いね。自分で自分の心を刈り取ったんだもの」
 水銀燈は冷ややかに言い放ったが、表情は少しずつ歪んで行き、すぐに嘲笑に変わった。
「あは、あっはははは! そう! 今まで散々何でも知ってるって顔で余裕ぶってたくせに! あはははは」
「余裕ぶってた訳じゃないさ」
 俺はぶつぶつと応えた。実際のところ、特に水銀燈の螺子を巻いてからは状況を変えたくない心理が先に立って、余裕どころか逆に思い悩むことが多かった気がするが、さっきの謝罪を繰り返すのは気恥ずかしい。
 目の前の黒い翼の少女は、そんなこちらの態度を見てか、まだ笑いつづけている。
「あは、あは、あはは……おっかしー」
 目の端に涙さえ浮かべているのが少々癪だ。
 さすがに笑いすぎだろう、と目の前の菓子と飲み物をさっと片付ける。水銀燈はむっとした顔になって笑いやんだ。
「それで何が言いたいわけ? もう役立たずだから契約を解いて下さい、ってことぉ?」
 人をあしらうときの、少しばかり語尾を伸ばすような言い方になってこちらの様子を眺める。
「そうねえ、媒介としては使うけど、お望みなら契約は解いてあげてもいいわよぉ? どっちにしても──」
「それは好きにしてもらっていい」
 俺は被せるようにして水銀燈の言葉をさえぎった。
「俺の覚えていた限りのことは、さっきの一件でまるまる君に伝わってる。つまりこっちに記憶があってもなくても、情報源としての俺の役目は終わってるってことに変わりはない」
 あとは、純粋に水銀燈の力の媒介としての役目だけだ。それも、別に契約を必要とするわけでもない。彼女がその気になればいつでも誰でもドレインはできるのだから。
「ただ、一つだけ──今の気持ちを整理しておきたいんだ」
 水銀燈はまた口の端を吊り上げるような表情になった。
「遺言のつもり?」
「まあ……そんなとこかな」
「殊勝なこと」
 そう言う顔はまた嘲笑の一歩手前という風情だった。俺は目を閉じてひとつ息を吐き、よしと水銀燈を見据えた。
 水銀燈が笑いを引っ込めてこちらを見直す。目が合ったところで漸く俺は口に出した。
「君が好きなんだ」

 元々、俺は誰かの熱烈なファンというわけではなかったと思う。思う、というのは今もその頃の記憶が次第に抜けていくのが分かるからだ。
 ただ、強いて言えば漫画では水銀燈と雪華綺晶がお気に入りのキャラクターだった。
 メインヒロインの真紅や、そこに親しく出入りしている姉妹には(ヒキコモリだからどうとかいうことは置いておいて)マスターとの楽しい暮らしがある。自然と、かけがえのないみんなの今を守るというような雰囲気になる。特撮ヒーロー物の王道のような話だ。
 だが水銀燈には暮らしはない。たった一人の壊れかけの媒介がいるだけ。
 雪華綺晶に至っては誰もいない。理解者すら与えられず、アリスゲームの盤上に立っていると言いながらも目的はゲームの進行ですらない。
 何故かそういうところが、当時の俺にはツボだったのだろう。

 その前提があって今の気持ちがあるということを、俺はネガティブな意味では捉えていない。昔憧れていた子に似た人を好きになったっていいじゃないか、と思う。
 また逆に、昔の記憶がなくなってしまえば、何かのストッパーが外れて彼女に対して年齢相応の熱烈な恋をするかもしれない。それも否定しない。
 ただ、今の気持ちが、昔の記憶が無くなってからも同じように続くことはないだろう。
 仮に同じところから続くとしても、それは今の俺の預かり知らない新たな始まりなのだ。
 その意味では、これはまさしく遺言のようなものだった。

「人形に恋をするなんて、とんだフェティストね」
 やれやれと水銀燈は大仰に肩を竦め、掌を天井に向けて首を振ってみせた。
「死人は人間を愛することもできないってことかしら?」
「そりゃ斬新な視点だな」
 思わず苦笑すると、水銀燈は楽しそうな笑い声を立てた。
「まあ、それで……君には怒られてばかりだったし、苛々もさせたし、迷惑ばかりかけどおしだったけど」
「そうね。こんなに手のかかる媒介は初めてだったわ。契約がこんなに重荷になるなんてね」
「そこは悪かったと思ってる」
 何度目になるかわからないが、俺は頭を下げた。
「だけど、君に会えて良かった。本当に感謝してる」
「当然ね。どれだけ感謝されても足りないわぁ」
 それ寄越しなさいよ、とさっきこちら側に寄せてしまった菓子を指す。
「手厳しいな」
 目の前に置いてやると、当然でしょ、と水銀燈は菓子の子袋を破った。
「言いたいことはそれで終わり?」
「ああ」
 俺は椅子を引いて立ち上がった。
「御清聴ありがとう。シャワー浴びて寝るよ」
 彼女は菓子をぽりぽりと齧りながら、視線をこちらに向けもせずひらひらと手を振った。
「そうなさぁい。これ食べたら私も鞄に入るわぁ」
「おやすみ、水銀燈。寝坊するなよ」
「失礼ね、貴方じゃないわよ。おやすみ」


 シャワーを浴びて寝間着に着替え、部屋に戻ると、水銀燈の姿はなかった。
 言っていたとおり、明日のために早めに鞄の中に戻ったのだろう。動機は違うが、彼女も蒼星石と同じく、俺の知っていたそのままの行動を取ることになったわけだ。
 布団を敷いて蛍光灯を消し、布団に潜り込む。複雑な気分だった。
 結局俺の存在はなんだったのだろう。俺の記憶を持とうが持つまいが、今後の彼女達は同じ道を行くということなのか。
 妙な話だが、自分が完全に消えてしまうとかいう、ありがちな悲劇的な状況でないのがもどかしいような気もする。現に、こんな状況だというのにもう睡魔がそこまでやってきている。我ながら緊張感のない話だ。
 朝起きたら記憶がだいぶ欠落していて、ひょっとしたら忘れたことさえ分からないかもしれない。まあ、それだけの話だ。どちらかと言えば喜劇的かもしれない。
 うつらうつらとそんなことを考えていると、かすかな風を切る音が聞こえた。
「まだ起きてる?」
 水銀燈は少し離れたところから声を掛けてきた。開け放たれた窓枠に座っているのかもしれない。
「いま布団に入ったところさ」
 なんとなくそちらに寝返りを打とうとすると、いいから寝なさいよ、と水銀燈は言った。
「柿崎めぐって子の病室を覗いて来たのよ」
 意外だが、なんとなく頷けるような気もする。
「少しは元気になったのかい、彼女」
「さあね……」
 そこで暫く声が途絶え、かさりと小さな音がしたかと思うと、今度は背中のあたりで声がした。
「貴方の記憶を見せられて、あの子のことを可哀想だと思ったし、興味も湧いたわ。少しはね」
 でもあの子じゃ駄目ね、とふっと息をつく。
「私は天使じゃないから」
「漆黒の堕天使でいいじゃないか」
 ぼすっ、と腰の辺りに衝撃がくる。蹴ったのか殴ったのか。
「ああもう全く、最後まで口の減らないったら」
 ぼすぼす、と更に何度か、あまり力の乗っていない攻撃を加えたあと、水銀燈は続けた。
「あの子が螺子を巻いていれば、今より確実に癒されてたでしょうね。あの子のために自分を犠牲にしても何かしてあげたいと思っていたかもしれない。七番目に捕えられたら何処までも追いかけて探しに行ったかもね」
「間違いなく、そうなってたさ」
 柿崎めぐと水銀燈の境遇はとてもよく似ていた。二人はお似合いのカップルみたいなものだったはずだ。
「でも、メイメイも私も貴方を選んだ。今はそのことを後悔してないわよ」
 どんな返事を口にすればいいか戸惑ったが、ありがとうという月並みな言葉しか返せなかった。
 暫く水銀燈は黙っていた。俺の方はさっきの彼女の一言で安心したせいか、現金にも眠気がまた忍び寄ってきていた。
 はっきりしない意識の中、多分こんな言葉を聞いたような気がする。

「今までこんなに世話を焼かせた媒介はいなかったけど……どういうわけかしらね。嫌いじゃなかったわよ、貴方のこと。
 ……おやすみなさい、良い夢を」


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