ブレイクブレイド転生記
「プロローグ」
現在、俺は掌の上にある石英をじっと睨みつけている。
今、俺は必死で石英を浮かせようと試みているのだ。いわゆる念動力?みたいなモノである。
ちなみに今、俺が試みている事は誰にでも出来る当たり前のことだ。
しかし俺には出来ない。その現実が、俺の隣で顔をしかめて辛そうにしている父親の表情が物語っていた。
「もっと軽いのはないのか?」
父さんが近所で石英の商いをしている男に問うた。男は首を振って答えた。
「残念だよ。アローさん……。この子は、『能無し』(アンソーサラー)だ」
弓雷人(ゆみ らいと)改めライガット・アロー。
転生5年目にして俺に認めたくない絶望が襲った。
「本当に残念だよ」
俺は高校生だった。
普通に勉強し、普通に部活に青春の汗を流す。
好きな格闘技に真剣に取り組み、アルバイトで小金を稼ぐ。
友人や家族となんでもない日常を過ごす。
そんなどこにでもいる普通の高校生だったのだ。
そんな俺が、どうしてこんな事になっているのかは分からない。
おそらく以前の人生は、俺が死ぬ事によって終わったのだろう。唯、最後に見たのは、真っ赤に染まった空だった。
そんな俺が転生したのは、俺の知らない文明を築いた異世界だった。
誰もが微力ながらも特殊な【力】を持っていた。
石英、誰もがそれに命令を与える事ができた。
人々は柔軟性の高い石英を精製、伸縮自在の【靭帯】を作り出した。
それは、カムを動かす為の動力になり、また空気を圧縮させるピストンの動力源となり弾丸を排出させた。
強弱はあれ、誰もが石英を使える力、人はそれを【魔力】と呼んでいた。
そんな世界で、魔力の無いという現実は残酷だ。何せ、全てを手動で、自分の手足を使って行わなければならないのだから。
耕運機も使えないし、自動車にも乗れない。
兎に角、石英を中心に進んだこの世界の文明の利器の全てが、全く使えないのだ。そりゃ能無しと言われても仕方がない。
昔は『能無し』として生れた子供は山に捨てられていたらしいから、更に凹んでしまう。
俺は掌の上にある石英に向かって溜息をついた。
これから先、どう生きていけばいいのか?
前世の記憶があるからこそ、この現実はかなり切実だ。
五歳児とはいえ、今の自分が将来においてどれほど苦しい人生を歩む事になるのか、なんとなく分かってしまうからだ。
「これじゃあ、お嫁さんもできないだろーなぁ?」
かなり切実だった。
それからの俺の日常は、変わった。
俺の住む村は、クリシュナという国の辺境にある村だ。人口百人いるかも怪しい小さな村である。
つまり噂が流れるのが早いのである。それはもう光りの如く雷の如く。
次の日には、俺が『能無し』だという事が、村全体に広がっていたのだ。明らかに村人達の俺を見る眼が変わっていた。
好奇、侮蔑、同情、様々だが、やはり危惧していた事が起こった。
ぶっちゃけ虐めである。初めはどうということはなかった。
前世の記憶がある俺は、予想していた事なので、大人の態度で子供達に虐めは間違っている事だと説いた。
「能無しのクセに生意気なんだよ!」
俺の態度が気に食わなかったらしく、子供達のリーダーが拳を振るう。俺はそれを、まともに顔面にもらい尻餅をつく。
頬に痛みが走り、口の中に血の味が広がる。手の甲で口元を拭うと、血が付いていた。そして俺はキレた。
俺の理性を戻したのは子供の泣き声だった。
気がつくと、俺を苛めていた子供は、身体の至る所に傷を作って泣きべそをかいていた。
どうやら俺がやったらしい。どこかで聞いた事がある、精神は肉体に引っ張られると。
初めは大人の態度とか言っていたが、どうやら俺もガキだったらしい。
後で聞いた話だと、殴りかかってくる相手をちぎっては投げ、ちぎっては投げていたらしい。
そういえば、前世では色んな格闘技に手を出していたっけ?
その後すぐに騒ぎを聞きつけて、大人たちがやって来た。正直に事情を説明した所、何故か俺が悪いという結論になった。
親父に連れられて、虐めっ子の家を一軒ずつ周り、謝罪していく。不満は合ったものの、ここで渋れば村に居場所がなくなる。
それが分からないほど子供でないつもりだ。そして、だからこそ限界だった。
この理不尽に…。
俺は全てにおいて、やる気をなくした。
だってそうだろう?魔力がない以上、何をやっても意味はなく、将来に意味も意義も見出せないのだ。
前世の知識も唯の学生だった為、役に立つことなど何もない。そんな俺の選択した行動は、引きこもりだった。
そんな俺に、親父は何も言わずに家を出て行った。遂に父親からもさじを投げられたか。そう思った俺は馬鹿だった。
次の日、親父は商売道具、即ち農民の命でもある農業機械を全て売り払い、倉庫でほこりを被っていた農具を引っ張り出してきた。
そして―
「ライガット!仕事だ!手伝ってくれ!」
当たり前のようにそう言った。
そんな親父の態度に堰き止めていた俺の感情が溢れた。
「どう、して……何でだ!こんな、こんな能無しの為に!」
次の瞬間、俺の頬に衝撃が走り体が横に吹っ飛んだ。親父に殴られたのだ。初めての事だった。
「バカヤロウ!自分の事を『こんな』なんて言うな!お前は俺の大切な息子だ!」
親父は泣いていた。拳を力なく下ろし、肩を震わせていた。
「とうさ……っ!!?」
次の瞬間、俺は抱きしめられていた。涙が溢れてくる。
「な、なんだよ!俺がどんな気持ちかも知らないで…!」
「すまん…」
「この前だって、俺は悪くないっ!のにっ!?」
「わかってる」
「分かってないよ!なのに、あいつ等にヘコヘコ謝って!」
「ライガット…。それについては、父さんはあれでよかったと思うぞ?」
「え?」
「ライガット、父さんはな、争いが嫌いだ。確かに、相手にやり返したお前の気持ちは分からんでもない
だが殴られたからといって、殴り返していたんじゃ、争いは終わらん」
「だから態々、謝りに行ったのか?俺たちは悪くないのに」
「あぁ、ライガット。お前は早熟だから分かってくれると思うから、今後の教訓として覚えておけ」
「教訓?」
「それは『相手が飽きるまで耐えれば、殺し合いにはならない』だ!」
親父は優しく俺の頭に手を乗せると、笑ってそう言った。その笑顔に釣られて笑ってしまう。
損な生き方だと思う。しかし、そんな教訓を守って生きていこうと、不思議とそんな風に思ってしまう。
親子だからなのか。
「レガッツを守ってやれ」
親父は部屋の隅で可愛らしい寝息を立てている弟を見てそう言った。母親は弟を生んで、すぐにこの世を去った。
母親を早くに亡くし、能無しだと発覚して、その事実が村に広がり虐めにあう。
第二の人生は、前世と比べ、散々なもので、自棄になったりもしたが、父親のおかげで立ち直れそうだ。
俺は弟のレガッツを優しく撫でながら、心配事を呟いた。
「まさかこいつも、『能無し』じゃないよな?」
そんな俺の呟きに親父は、なんとも言えないような困った顔をしていた。
続く
次回「士官学校入学」