まちを歩いて犯罪を未然に防ごう--。警視庁と連携して治安再生事業に取り組む足立区でこのほど、「まちの防犯診断」がスタートした。防犯の専門家と住民が一緒に地域を歩きながら犯罪が発生しやすい場所などをチェック。課題を住民間で共有し、安全安心なまちづくりにつなげる取り組みだ。普段は何気なく歩いている住宅街や通学路などを防犯という視点から観察することで見えてくるものとは。記者も防犯診断に同行してみた。【小泉大士】
初回の防犯診断は6月10日、自転車盗難などの被害が多発しているJR綾瀬駅周辺の同区綾瀬2、3丁目で実施。普賢寺自治会の役員や区立綾瀬小PTAら約30人が参加し、防犯上の問題点などを点検した。
診断開始を前に、警視庁の山下史雄生活安全部長が「何気なく歩いているまちを『安全に生活できるか』という視点で見直してほしい。行政、地域、警察が三位一体となって頑張りましょう」とあいさつ。
区の防犯専門アドバイザーで、独立行政法人・建築研究所主任研究員の樋野公宏さん(34)は「人目は十分か」「死角はないか」「被害対象に犯罪者が接近しづらいか」など注意点を説明。「昼と夜の差や季節の変化も意識して」と話した。
その後、2班に分かれ約2キロのコースを歩いた。PTAによる1班は子どもの安全、自治会による2班はひったくり防止などがテーマ。記者は近藤弥生区長や山下部長らとともに2班に同行した。
スタートして間もなく、歩道橋の上から樋野さんが指さす。見下ろすと、階段裏に古びたバイクが放置されていた。「周囲にゴミもたまっていますね」とチェックが入る。駐輪場のフェンスに、防犯を呼び掛ける横断幕が張られていたが、逆に周囲の視線が遮られ、犯罪を助長する恐れがあることが指摘された。
「建物に窓がない。隣のアパートのベランダも反対向きで死角になる」「粗大ゴミが回収されずに出しっぱなし。放火の危険性がある」。参加者は、持参した地図に危険や不安を感じる場所をメモし、カメラで撮影していった。
悪い所だけでなく、良い所も探した。住宅街にある手入れの行き届いたフラワーポットには「人の存在が感じられますね」と樋野さん。ひったくりの発生現場に立てられた「犯人検挙」の看板も「周辺住民の安心や再発防止につながる」と評価した。
約1時間歩いた後、「歩道橋が狭い」「夜は暗く危険」などとコメントをつけたり写真を張って、診断結果を地図にまとめた。普賢寺自治会の白井浄会長(63)は「見過ごしている場所に意外な発見があった。診断結果を自治会のパトロールに生かしたい」と話した。
班ごとに地図を示しながら結果を発表。樋野さんは「犯罪が多発する条件がそろっているということはなかった。ただ、塀に囲まれて見通しが悪い場所など、改善の余地はある。今回の参加者が地域に情報を発信し、共有することが大事です」と講評した。
足立区は、都内の自治体で刑法犯の認知件数が09年まで4年連続ワースト1位。汚名返上を狙い、昨年末に警視庁と覚書を交わした。防犯の日やパトロール強化などを盛り込んだアクションプログラムを策定し、防犯診断もその一つ。区は他地域でも実施し、犯罪予防につなげる考えだ。
今回歩いた綾瀬地区の記者の印象は「どこにでもありそうな光景」。それでも防犯という視点で眺めると、いくつかの問題点が浮かんだ。まちの死角をなくす取り組みは、犯罪を許さないというメッセージの発信にもつながるだろう。
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◆メモ
防犯診断を指導した樋野さんは「防犯環境設計」が専門。建物や街路などの物理的環境を改善することで犯罪を減らそうという考え方だ。基本原則は▽人目に付きやすくする「監視性の確保」▽部外者が侵入しにくくする「領域性の確保」▽犯罪を起こそうとする人が被害対象者(物)に近付きにくくする「接近の制御」▽犯罪の誘発要因を除去する「被害対象の強化・回避」--。見通しや防犯設備の有無など、犯罪を起こしやすい条件がそろったときに行われる犯罪(ひったくりや空き巣など)の防止に特に効果があるとされる。
毎日新聞 2010年7月1日 地方版