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ほころびを繕うだけでなく、社会保障を強くすることで経済や財政も強くなる。そんな新しい考えを菅直人首相が打ち出した。社会保障が経済成長の足を引っ張る「お荷物」であるかのよ[記事全文]
子どものときの集団予防接種が原因でたくさんの人がB型肝炎にかかった。実施した国には賠償金などで被害者を救済する責任がある。だが、感染経路は予防接種だけではない。救済対象[記事全文]
ほころびを繕うだけでなく、社会保障を強くすることで経済や財政も強くなる。そんな新しい考えを菅直人首相が打ち出した。
社会保障が経済成長の足を引っ張る「お荷物」であるかのような見方も、これまで政財界などにはあった。それだけに、社会保障の新しい展望を切り開く発想に注目したい。
問題は、どうやって強くするかだ。単に全体に手厚くするということではあるまい。政策の優先順位を考えることが重要だ。
菅首相は、高齢化で需要が伸びる医療や介護分野などへの積極的な財源の投入を語っている。
こうした分野は多くの人手を必要としているから、新たに雇用を生む効果が期待できるというわけだ。
民主党は従来、消費税率を引き上げる場合の使い道として年金を例に挙げるなどしてきた。いまは雇用につながる生きたお金の使い方として、医療・介護サービスの充実を優先しようとしているようだ。
この転換は、国民の切実な要望に応えようとする点で妥当なものだ。
加えるべきは、若い世代に焦点を当てた支援強化の視点ではないか。
人口減少がこのまま続けば、社会保障の制度を支える土台は細っていくばかりだ。若い人たちが仕事に就けず、不安定な雇用で収入が安定しない状況では、制度を支えることもできない。こうした世代への雇用支援、教育訓練の充実は急務だ。
さらに、安心して子どもを預けて働くことができるようにしたい。出産や子育てで仕事を中断してもキャリアを生かした仕事に復帰できる環境が整えば、女性がもっと働きやすくなる。女性の能力活用は、社会の活性化と経済成長にもつながる。
強い社会保障が強い経済につながれば、税収も増える。そんな経済、財政との好循環を生み出したい。そのためにも、年金、医療、介護という従来の社会保障の枠を超え、雇用や教育政策も含む生活全般にまたがる保障の大きな構想を描くことが必要だ。
そうした生活保障をまかなうには、負担の増加は避けられない。介護現場で働く人たちの給料引き上げも、緊急措置として税金で手当てしたが、いずれ保険料に反映される。
一方で、高齢者の介護保険料は次の改定で、月額で全国平均5千円突破が確実とみられている。持続可能で安定した制度にするには、税と保険料の費用配分の見直しも必要になってくる。
制度の維持に必要な金額と、新たなサービスの充実、強化に充てる分はいくらで、どうまかなうか。
そうした全体像と将来の展望を超党派で議論していくことが、強い社会保障へのステップとなるはずだ。
子どものときの集団予防接種が原因でたくさんの人がB型肝炎にかかった。実施した国には賠償金などで被害者を救済する責任がある。だが、感染経路は予防接種だけではない。
救済対象を接種を受けた確実な証拠のある患者に限れば、救済されるべきなのに救われない人が出てくる。かといって、可能性がある人を広く認めると国に責任がないのに賠償金が払われるケースが避けられない。
救済対象となる患者をどんな基準で認定するか。救済を求める集団訴訟の和解協議で、この難問について国が「基本的な考え方」を示した。
これまで、母子手帳で接種を確認できなければ対象にならないと主張していたが、手帳なしでも、接種の証明ができれば救済対象とするという。原告患者側約450人のうち、母子手帳はもう残っていないという人が約6割。それを考えれば妥当な判断だ。
問題は、どういう証明を求めるかだ。その点は「今後、原被告間で協議する」というにとどまるが、できるだけ幅広く認定する基準でまとまるように望みたい。和解勧告をした札幌地裁も「救済範囲を広くとらえる方向で判断」することを求めている。
また、「考え方」では、手帳所持者も含め、母子感染でないことの証明なども求めた。母親が死亡している場合は、兄や姉が感染していないことなどを条件にあげた。
最高裁は2006年、患者ら5人が起こした訴訟で、集団予防接種が原因として国の責任を認めたさい、母子感染ではないと判断できる検査結果などを確かめたうえで認定した。
原告患者側は、予防接種が義務づけられた1948年から88年までに6歳未満で、母子感染ではない患者・感染者を広く対象にするよう主張する。それだけに「考え方」への反発は強い。
心情は痛いほどわかる。だが、B型肝炎の患者は約7万人、感染者は110万〜140万人と推定される。賠償金として公費を支出することになる以上、母子感染など他の原因を、なるべく排除して救済範囲を決める必要もある。そうでなければ、幅広い救済への理解も得にくいだろう。
集団接種によるB型肝炎は、注射器などの使い回しが原因だ。その危険性はわかっていたのに、88年まで事実上放置された。この時期に子どもだった人は、だれでも感染した可能性がある。「ひとごと」ではない。幅広く理のある救済を進めたい。
このような難しい問題を解決するためには、長妻昭厚生労働相のいう「国民の理解を得る」ことが絶対に欠かせない。その意味で、今回、国が和解協議で示した内容を交渉終了後、公開したのは正しい判断だ。この方法は最後まで貫いてもらいたい。