「ぬしよ、人生の勝ち組になるチャンスを与えてやろうか?」向坂唯【コウサカユイ】は貧乏な生活を送りながらも、成績優秀、スポーツ万能、加えて容姿端麗でもあり、中学時代は毎日といってもよいほど、ラブレターや告白を受けていた。しかしながら、それを向坂唯は喜んではいなかった。なぜなら──本人が『男性』にも関わらず『男性』から受けていたからであるそんなある日、色々な不幸が重なって受験を失敗した唯は、途方にくれていると、道端に倒れていたおじさんを見つけ助けてあげた。その一週間後、ポストに一つの封筒があるのを見つける。『天鵬学園への入学案内』それは、エリート中のエリートである資産家の子供が通う、超有名学園への案内からであった。『女学院』であることを除いて……
──おーい、敦、ちょっと待ってくれよ。──早く来いよ。部活終わって疲れてんだから。すでに地平線の向こうに太陽が沈み、ほのかな光を差し込む月が空に浮かぶ頃。楽しそうに話す二人組が、ちょうどコンビニから出てきた、ぼうっとしている少年の前を通り過ぎる。制服を着ているところから見ると、あの二人は高校生なのだろうか。つい二人の背に羨ましそうな視線を送っていると、建物の横を通り過ぎ視界から消えた。「……はぁ」ほんの昨日のようにも感じるあの出来事を思い出してしまい、重いため息を吐いた少年──向坂唯。……それは一ヶ月のこと。合格率99%と言われ、周りからも大丈夫と応援されていた高校受験、それを見事唯は落ちてしまった。その日は、本当に不幸続きであった。朝起きてみると、ちゃんと確認していたはずの目覚ましが、まさかの電池切れで鳴らなく出る時間が遅れてしまい、家を出て駅へと向かう途中に、引ったくりに襲われながらも荷物を取り返し、電車に乗っていると、誰かがいたずらして踏切の停止ボタン押し足留めとなり、試験会場に着くも、受験証がバックの中になく、仮受験証を貰うために事務所で手続きを踏み、遅れながらも試験を受けると、途中からマークが一つずつズレていて、書き直そうとしてマークを消した瞬間チャイムがなるなど、それはそれは不幸続きな一日であった。当然受かるわけもなく不合格に。しかも合格率99%なもので、滑り止めなしにしたものだから、もはや何も言えない。かくして周りから期待されていた唯は、15歳という年齢でアルバイトをして生活するという、鬱な生活を過ごしていた。 「……帰ろ」本日の戦利品である、賞味期間が一日過ぎたパンが入った袋を手に持ちながら、唯は帰宅することにした。……さて、困ったことになった。夜暗くなって視界が悪くなる中、目の前を見ると、電柱のライトを浴びた黒い服を纏った人が倒れている。先ほどが五分ぐらい唯はその場に立っていたが、未だにその人物が動く気配がなく、しだいに不安の気に駆られてきた。(……生きているのかな。でも、なんだか話しかけるのも怖いし)通り過ぎようにも、その人物が唯の住むアパートの入り口にいるので、さすがに無視するのは駄目な気がした。(……よし)ついに決心すると、唯は近くにあった木の枝を握り、恐る恐ると枝の先を震えさせながら、抜き足差し足と近づく。そして、その枝の先はその人物に触れた。「……」「…………」「………………」「……………………」──ビクッ「ひゃああ!!」突如動いた人物に驚き、唯は悲鳴にも似た声を発する。「ぅぅううう」(唸ってるよ、この人唸ってるよ!?)ペタンと地面に尻込み、アワアワと口を開きながら怖じ気づく唯。「ぅ、ううう……」(ひぇえええ)「……う?」もぞもぞとうごめいていた人物は、唯の存在に気付いたらしい。動くのを止め、ゆっくりと顔を上げてきた。
………………………「どうぞ、お水です」コトッと音を立てて、唯はテーブルの上にコップを置いた。目の前には倒れていた人──おじさんが座って、本日の戦利品であったパンや、備えてあった保存食をガツガツと食っている。おじさんの年はだいたい60か70ぐらいであろう。いかつそうな顔をして、立派な髭をはやし、髪型はビシッと左右に分かれ、ワックスか何かで後ろに流している。なぜ、この人が唯の部屋にいるかというと、あの時、顔を上げ唯と顔を合わせた途端、おじさんは盛大にお腹を鳴らしたのだ。思わず苦笑いしたものの、唯はとりあえず部屋に上げて何かを食べさせることにしたのであった。勢いよく水を飲み干し、やっとおじさんは落ち着いたようだ。周りには、綺麗に食べ物が無くなっている。「あっ、あの」堅い表情をして豪快に食べていたのを見て、遠慮して何故あそこにいたのかを聞かなかった唯は、ここで初めて聞くことにした。「──玄蔵じゃ」「……えっ?」「わしは北条玄蔵という」「あっ、はい。僕は向坂唯です」色々と汚い服──よく見ると、泥や土が付いたスーツのようだ。そのスーツの中から一枚の名刺を取り出すと、それを唯に差し出したので、それを受け取る唯。見ると、名前と会社の名前らしいものが書いてあった。 「……ふむっ、それにしても」おもむろに、玄蔵は唯の部屋を見渡す。「おぬしは一人暮らしなのか?」唯は頷く。部屋と言ってもアパート暮らしなので、実質七畳もない部屋なのだが、一人暮らしなのでそれは気にならない。生活用品も、必要なものだけを揃えてあるだけなので、質素だとも言えよう。中学時代、友達を部屋に呼んだ覚えがない。そういえば、親をのぞいて、玄蔵が初めてだということに唯は気付く。「なんじゃ、おぬし、一人暮らしなのに見知らぬ者を家に上げたのか?」眉をひそめて、鋭い目で唯を射抜いた。一体何か悪いことでもしたのかと、唯は内心考える。「えぇ、あのままアパートの所に居られても、僕自身が気になって部屋に入れなかったので」「ふむ、確かにわしは助かったのじゃが、おぬしも少しは身を案じた方がいいと思うぞ。わしにもおぬしと同じぐらいの年の孫がいるが、もう少し節操をわきまえておる。──おぬしも若い『おなご』なのじゃから、容易く男は入れてはならん」「うっ!」急に変な声を出したので、玄蔵は眉を潜めた。おそらく親切心で唯に教えてくれたのだ。それは言わなくてもわかっている、わかっているのだ。確かに、見知らぬ人物を部屋に上げるのは、危ない気もするし気をつけた方がいいだろう。しかしだ、それでも唯は深く深く傷付いた。ここ最近の中で、最もダメージが多いのは間違いない。なぜなら──「……こなんです」「…………?」蚊のように細い声は玄蔵には聞こえなかったらしい。もう一度、今度は玄蔵にも聞こえるように唯は言った。「僕は──男ですっ!!」 確かに、自分でもあまり男らしくはないと思っていた。身長は156cm。体重は42kg。子供の頃から、女の子に間違われるような顔立ちをしていて、行き付けだった近所の美容室の人からも、女の子だと勘違いされていたぐらいだ。中学生の時、文化祭で何故か女装姿に変装して、思わず似合ってるなと思った時もあるくらいである。もちろん、その後は非常に激しい後悔と嫌悪感が襲って来たのだが……そんな訳で自分にとって、生まれつきの女顔はコンプレックスであった。初めてはっきりと表情を崩した玄蔵は、苦虫を噛み潰したように苦い表情をしていた。「なるほど、そうだったのか……いや、申し訳ないことを言った」「別に大丈夫ですよ。言われ慣れていますし」ハハハハと、思わず乾いた笑いをしている唯は、頭を下げた玄蔵に告げた。「そんなことより、何で北条さんはあそこに倒れていたんですか?」無理やりでも話を変えたい唯は、本来聞きたかったことを尋ねることにする。