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[19604] リリカルリンクス(リリカルなのは×ACfA他)
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/07/07 15:40

·この作品の説明。前書き。更新情報。

 この作品は魔法少女リリカルなのはシリーズ(以下リリなの)×アーマードコアフォーアンサー(以下ACfA)のクロスオーバー及び再構成物です。

 ACfA自体アーマードコア4(以下AC4)の続編なので、AC側のネタバレ要素はAC4とACfAの二作品です。加えて、オリジナルキャラを出す場合、名前や特徴を過去のACシリーズ(AC3·ACSL·ACNX·ACLRのどれか)から引用します。題名のACfA“他”というのはそういう意味です。

 未プレイの方にも問題無い様に、原作の設定を序盤は多く織り交ぜて進行するつもりです。人物の設定は原作にほぼ無いので、大体の設定はオリジナルになってしまいます。昔話は主に、人物に深みを足す他に、未プレイの方に対して原作の世界観を説明する所になっています。

 通信は[] 念話は『』 デバイス等の機械の音声は《》台詞や地の文に対しての強調等は“”です。情けないことですが、デバイスの音声は日本語、一部英語で進行します。

 負傷等の描写は、話の内容では、血が出たり、内臓が出たり、腕が切れたり、頭が飛んだりする程度です。

 強さはリリカルなのは側と同等程度の予定。一般魔導師からしたら最強に思える? 戦闘スタイルの相性等は強く戦闘に加味していこうと思います。最強ハーレム物ではありませんが、恋愛要素は有り。

 雑記というのは、主に各話の後書き+感想への返事+作中で出たものに少し補足説明+作者が本編で押さえつけている自己満足を発散している場所です。

   *   *   *

·更新履歴

 7/1:休憩時間に隙を見て更新。0/4-1を追加しました。雑記その一の内容を更新しました。

 台詞が長い所が多々ありますので、そういう部分では台詞内での改行があります。

 今までで一番長いです。

※過激な場面があります。



[19604] Prologue
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/06/16 21:28

 水面は風に吹かれ波立ち、陽光を受けて不規則に煌めく。雲の合間から顔を覗かせる浅緑の光を纏った太陽は、とても幻想的で、敬畏という背反する二つの念を抱かせる景色だ。

 “アルテリア・カーパルス”

 電力を生産し、それをクレイドルと呼ばれる超大型居住用航空機に送電するための工業施設。その名はアルテリア。そして、後ろにカーパルスが付くこの場は、世界有数の大規模アルテリア施設である。

 美しい光に照らされているそこは、環境汚染が深刻なまでに進行この世界において、必要不可欠な施設の一つだった。

 けれど現在、カーパルスは完全であった姿を失い、健全な時の面影は全くもって失ってしまっている。花の様に点を向いていた縦長の送信施設はひしゃげ、パラボラアンテナに形が似た施設は、床に落とした皿みたいに無残に砕けていて、他の施設も、カーパルスと陸とを繋ぐ唯一の橋も悲惨なまでに壊されてしまい、黒ずんでいる。

 すでに本来の役割を果たせないカーパルスに、人に似た形の兵器が二機。その二つは悠然と佇んでいた。カーパルス程ではないが、この二機の機械の巨人も所々破損しているが、五体満足。頼りない印象を全く感じさせず、形容しがたい無言の威圧感を辺りに発す。しかし、威圧感を感じる対象は、今ここに誰一人としていない。元凶は語らずともそこにいる。

 少し前まで施設が火に包まれた影響で各所にて爆発音がしていたが、幾分の時が経った今、燃えるものは燃え尽きたために、ここはとても静寂である。
 嵐が過ぎ去り、波の音しか辺りに広まらない。幾重の波が音を重ねている。うるさくない心地よい響きだ。

 片方の機械が頭を動かし、ゆっくりと辺りを見渡した動作をとっていると、もう片方の機体、人体では不可能な間接をした脚部のそれの後方に、浅緑の粒子を集まり始めた。その光の粒は、カーパルス及びその周辺に漂う物と同じ物に見受けられる。

 辺りに自然以外の音が広がる。

 その後、数秒の間隔を経て、その粒子は巨大な機械を動かす爆発的な推力へと変換され、静寂を壊すと共に、空へと飛び立っていった。所々厚い雲が浮く空はどこか異様である。

 続いて、カーパルスにただ一機となった機械も、彼方へと飛び、秒毎に小さくなる影を追うように同じく粒子を背面に集めだした。

 優美でいて、どこか危険を内包している輝き。その光の光度が徐々に高まり、そして弾ける様に目が眩む閃光と共に独特な爆発音を響かせて、残りの一機を空へと押し出す。

 先に飛び立った機体に追従するように後を追う機体。何の感傷を感じ取ることが出来ない機械の目は、辺りを見渡すことなくただ一点を見ているかの様であった。

 再び静寂に包まれたカーパルス。

 去っていく二機。何も出来ずただその結末を己でもって受け、惨めな姿になったカーパルス。綺麗な浅緑色の雪が舞うそこは、もはや生き物が住まう場所ではなくなっていた。



 この後、たった二人の人間により、クレイドルは深刻な出血を強いられる。人類種の天敵とすら呼ばれた彼らは、史上最も多くの人命を奪った人間である。



[19604] Chapter 0/1
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/06/22 14:39

 さわさわと背の低い草が生える草原が温かい風に揺られて波立つ。穏やかな風は、晴れ渡った空に漂う真白の雲の群れを彼方へと流し、青空に燦々と光を放つ太陽は、時には雲に隠れて日陰を作っていた。

 その空の下、程良い草木の、自然の匂いが鼻をくすぐる広大な土地に、二人の少女が走っていて、その後方からは給仕服を身に纏う女性が彼女らを追っていた。

 一番幼いと思われる五、六歳辺りの少女は、息を乱しながらもその脚を止めず、ただ草原の一点を見ながら必死に走り続けている。痛みを知らない様に思える綺麗な髪はさらさらとなびき、陽光を受けて一筋ずつ煌めいていて、純白のワンピースは、日の光を吸収してその白さを強調し、彼女のあどけない肢体のシルエットを薄らと透けて見せる。

「何があるのか分からない以上危険です!」

 その少女から離れず、追従する形で共に走る一方の修道衣を着こんだ少女は、傍にいる少女より幾つか年上に見られ、可愛らしいよりも凛々しい顔立ちだ。少女の顔は警戒と困惑が入り交ざった複雑な表情を浮かべたまま、ワンピースの少女に警告する。

「大丈夫ですシャッハ。もう、何度も聞いて開き飽きましたわ、その言葉」

「何度も言います! カリム様は走り出してから“何かが来る”としか言わないですし、もう少し細かく説明してくださいよ!」

「何かが来るのです!」

「それが何故分かるんですか!?」

「女の勘です!」

 シャッハと呼ばれた少女は、誰がそんな言葉を彼女に教えたのか苛立ちながら考え出し、それが自分だと知ると、内心で酷く後悔した。ここがカリムという少女の家の私有地としても、何が起こるか分からない。幼いながらも護衛役としての役目を持つシャッハは、一秒たりとて気を緩ませることは出来なかった。
そういうこともあってか、今の状況の一端が彼女自身にあったことと、名家の娘としての自覚をカリムに教え切れていない責任を感じて、シャッハは後でカリムに説教した後に懺悔しようと、カリムとの舌戦を走りながら繰り広げている中、そう心に決めた。

 生き生きとした黄緑色の自然界の絨毯の上、彼女達は走り続ける。

 その疾走は唐突に終わりを迎える。

「はあ、はあ……ここです」

 カリムは何も変哲の無い草原の一角で、突然走ることを止め、息を整えながら目の前を見据える。

 特に何かがあるということでは無い。周囲の草原と同じ場所。風は草を空へと舞い上がらせ、彼女達の火照った体を冷ましてくれていた。

 カリムよりかは幾分、呼吸の乱れが無いシャッハは、自分が庇護する少女が見つめる空間を凝視し、その後訝しげに首を傾げる。

「私には何かあるようには思えないのですけど」
シャッハは横にいる頬を赤らめたカリムの、その頬を伝う珠の様な汗に気づき、ハンカチを取り出す。そして、私の物で良ければ、と断りを入れながらそれを彼女に差し出す。「ありがとう」とカリムは礼を言ってハンカチを受け取り、汗を拭く。走っている最中は気付きづらかったが、彼女の一つ一つの所作は、どこか洗練されていて上品である。

「私には分かります」彼女の言葉の中に、迷いは含まれていなかった。その言葉に対し、「もし、本当に何かが起きたとしても良いのですか?」と返したシャッハの言葉の中には、疑問より彼女を信じる想いの方が強い。カリムの素質を知っていることもあるが、彼女自身、カリムという人自体を信頼しているからだ。
大丈夫です。カリムはそう前置きをし、「言葉にしづらいのですが、何かこう……とにかく分かるんです。心配はいりませんよ。大丈夫、悪いことは起きません。それに――」

 笑みを浮かべながらも視線は虚空を見続ける彼女の姿を、シャッハは口を挟まず、次の言葉を待つ。

「――シャッハは私を守ってくれるのでしょう? それならば何も問題はありません」

 一瞬きょとんとしたシャッハは、顔を引き締め首肯しながら、はい、とはっきり言う。私自身は荒事の際には何もできませんから、情けないですけど、と苦笑しつつ言うカリムの表情は、シャッハの言葉を聞いて、どこか誇らしげでもあった。

 それから数分が経ち、やっと追い付いた給仕の人も加えた彼女達は、静かに待つ。突然の少女らの行動に付いてきながらも、日傘を持ってきていて、カリムを日差しから守り、シート用意して、腰を下ろしたとしてもカリムの召し物が汚れない様にする辺り、給仕の人はしっかりしている。

「お嬢様。別荘の方に連絡は入れましたが、そろそろお戻りにならないと、奥様やご主人様が心配になされますよ?」

「大丈夫です。お父上やお母様は厳しい所はありますが、基本私には甘いですから」

「はあ、カリム様。私にはその自信がどこから来るのか全く分かりませんよ。ご両親の気持ちを慮ることも大切ですが、もう少しカリム様自身がグラシア家のご息女ということの自覚を持って、慎重な行動を心掛けたりするとか……」
給仕の心配やシャッハの苦言を余所に、飼い主を待つ犬の様に行儀良く腰を下ろし、そわそわしながら待つカリムの顔は朗らかなままだ。

「ふふっ、分かっていますよシャッハ。これからは気をつけますから、今回ばかりは目を瞑っていてくださいな」

「本当に分かっているのか、私は“非常”に不安です」

 はあ、と頭を振りながら溜息をつき、カリムの左斜め前方で佇むシャッハ。そうしつつも、カリムとは違い、まだ彼女の顔からは警戒の念は消えていない。彼女の役目を省みれば当たり前のことだ。

 春風を体全身で感じながら、三人は何かを待つ。周囲を木々で囲まれた広大な草原の中、彼女達以外の人影も、動物の類も何も見受けることは出来ない。まるで、この場所だけ周りから切り離されて、置いていかれている。そんな感覚が芽生える程、風が起き、草や雲が動く以外何ら変化は無かった。

 さわさわ、さわさわ、と不規則に波を打つ群生した草。ほのかに植物特有の青い匂いが辺りに舞い、空へ溶け込んで消える。その繰り返し。漂う雲より速く思える速度で飛ぶ小鳥の群れは、開けたこの土地に見向きもせず、瞬く間にどこかへと飛び続ける。その繰り返し。

 何度風が吹き、鼻孔に強めの草の匂い、土の匂いが通ったか。種類は違えども、何度鳥達が彼女達の上を羽ばたいて行ったのか。そこに気を留めていない彼女らには分からない。

 けれど、その光景が何度も訪れたのは確かで。同じ様な現象を繰り返し、それらは時間の感覚を希薄にさせる。太陽の傾き具合で確認しようとも、数十分程度の変化を目視で計り切ることは困難だ。

 草の海の上に浮かばせたシートの上で、彼女達は思い思いに過ごす。一人は待ち望み、一人は佇み、一人は自ら存在を薄める。

 そんなゆったりとした気候を堪能していたカリムや、シャッハに向かって、一際強い風が吹いた。今までよりも草は舞い上がり、彼女達の髪をなびかせ、服をはためかす。

 カリムは思わず手で目を瞑り、もう一方の手で乱雑に広がろうとする髪を抑えつけていた。

 今までの風の中とは、比べ物にならないほどの強風だ。給仕の短い悲鳴がすぐにかき消される程で、心地よく聞こえた草が歌う合唱は耳障りなざわめきに。飛び散るライトグリーンのそれらは容赦無く、彼女達に当たり散らす。
少し離れた草木は変わらず穏やかに揺れているのに、彼女達の周り、局地的な所のみ風が吹き荒れていた。つむじ風の様でいて、実際、その風の起こり方は奇妙としか言えない。
突風の基点が、彼女達の目前、十数メートル先だからだ。

 作りがしっかりしたシートがばたつき、給仕が風の強さに耐えきれなかったのか、草以外に日傘すらも宙へと飛ばされてしまう。

「これは……魔法か!?」

 最初にある事に気付いたのはシャッハだった。強風が吹き始めた頃から、単なるの修道衣から服装が変わっていた彼女の両手には、どこからか取り出したのかトンファーの様な形の剣が携えられている。普段の凛々しい印象はさらに高まっていて、歳不相応な雰囲気を纏い、カリムの前に立ち、荒々しい風の中動じずに二本の武器を構えていた。

 突風の次に、段々と風邪の基点と思われる場所に何かが集まり出しているのを、シャッハ、そしてカリムは感じることが出来た。

「カリム様! 危険ですからお下がりください!」

「平気です」

「カリム様ぁ!」

「平気ですよ。何故だか、嫌な感じはしませんから」

 強く彼女達にぶつかる風や、波立つ草の音に負けないよう大声を上げるシャッハにカリムは、微笑みを浮かべながら返答する。ごうごう、ざわわ、という音が乱暴に混ざり合う中でも、彼女の澄んだ声は不思議とシャッハの耳に届いた。

 シャッハがカリムの真意を顔色と共に窺おうと、振り返ろうとした時、突如基点にさらなる変化が起こり始める。光を放ち始めたのだ。彼女は振り返ることを止め、赤茶の光を放ち始めた基点に視線を戻す。彼女の眼はさらに鋭さを増していた。

 刻一刻と様相が変わる基点の変化は止まらない。

 光を発し始めて間も置かずに、今度は黄緑に覆われた地上に、様々な文字と思われる模様が刻まれた赤茶色の平べったい三角形が地上の少し上に浮いた形で現れた。その三角を見たシャッハとカリムは、その形に心当たりがあるのか眼を見開く。

「ベルカ式の魔方陣?」

 その言葉は発したのはどちらか、はたまた両方か。彼女らにすれば、見慣れていないという訳では無いのだが、それでも彼女達の記憶の中において、赤茶色のそれに見覚えは無かった。

「転送魔法ですか?」

「それにしては派手すぎな気もしますが、私には想像出来ません。しかし、何かが起きることは明らかなことでしょう」

「これで何も起こらなかったら、拍子抜けも良いところですよ」

 ふふ、と笑うカリムを尻目に、私としてはその方が大いに結構なんですが、というシャッハの独白は強風によって瞬く間にかき消える。カリムの表情を窺えば、どうやら今の言葉は彼女に届かなかった様だ。

 会話を続けている中、目の前の現象の変化が止まることはない。

 小さな太陽の様な姿を保ったまま、三角形の魔方陣の上で浮かぶ光はさらに輝きを強め、周囲の光の粒子をさらに集めて大きくなっていく。

 その光、魔力の集合体の密度や量の凄さを肌で感じているシャッハの額には汗が浮かび始めていた。若干眉間には皺が寄っている。

「カリム様。給仕の方と一緒に私の後ろに隠れてください」

「えっ? あ、はい」

 疑問の声を上げた後、シャッハの意図を把握したのか素直に彼女の言葉に従い、カリムは今の状況に怯えている給仕に微笑みかけながら、一緒にシャッハの真後ろへ風に逆らって移動する。

 少し苦労しながらカリム達がシャッハの後ろに辿り着いた時には、光の玉はさらにその明るさが増していき、徐々に直視が難しくなっていく。事実、シャッハは目を細め、カリムは手をかざしながらシャッハの背中から顔を覗かせている。

 基点近くの草は光に飲み込まれている等、基点を中心とした周囲数メートルの景色は、色の識別が困難な程光に包み込まれていた。その光に一番近く、一番その影響を受けているはずのシャッハの表情に、動揺の色は見られない。だが、何かを察したかのか、ぴくりと眉が動く。

「来ます!」

 シャッハの声が合図であるかの様に、彼女が声を発してすぐに光の集合体はその形を留めることを止めた。

 弾ける光の玉。それから放たれる膨大な光の波や衝撃波が彼女達に襲いかかる。不思議と見た目とは裏腹に、耳に響く様な音はしない。その視覚と触覚に作用する光の中に、シャッハは立ったまま、カリムは給仕の人と、年上の女性を逆に守るよう身を寄り添い合い耐えていた。

 草原を囲む木々からは驚いた鳥達が飛び立ち、甲高い声を上げてどこか彼方へと逃げる。動物のそんな反応は、この現象が自然な光景では無いのだから当然と言えば当然で。給仕の人を除けば、彼女ら二人の反応、特にシャッハの反応は異常と言った方が正しいのかもしれない。

 しばらくすると、光は治まり始め、吹き続けていた風も止み。今までの光景が嘘だったかの様に、突風が吹いた前と同じ静寂へと戻っていた。

「大丈夫ですか?」

「はい。私もこの方も大丈夫です」

 ふう、と張りつめていた緊張と共に安堵の息を吐き出し、カリムの無事を確かめたシャッハは再び顔引き締めて基点であった場所へ向けて歩き出す。一振りの剣は両手に握りしめたまま、警戒を疎かにしていない。

 基点の周辺は、まるで一種のミステリーサークルの様に草が一本残らず、放射状に広がって倒れている。あの光は熱いと思う程の熱量が無かったため、焼け焦げている物は見受けられない。

 段々と円に近づくシャッハは、調度中心の辺りに何かがいることに気づいて一端歩みを止めた。

「カリム様」

「何かあったのですか?」

 まだ強い光の残滓のせいで辺りが見えづらいのか、どことなく歩き方はぎこちなく、目をこすりながらも、カリムはシャッハに近寄ろうと頑張っている。

「ええ、あります」

 放射状に草がなぎ倒されている円の真ん中。

「本当ですか!?」

「何でそれで喜ぶのかはとても疑問なんですが、とりあえず――」

「とりあえず?」

 シャッハがいることも相まって、カリムはまだ気付かない。

「先程の光の破裂で別荘にいる騎士の方が異常に気付いていると思いますが、連絡が必要ですね」

「私や給仕さんも怪我はしていませんよ?」

 まさかシャッハが? とシャッハからしたらずれた質問に、「違いますよ」と律儀に答えた後、止めていた脚を再度動かす。彼女が動いたおかげで、カリムは彼女の言った言葉の意味を理解した。

「さすがに腰を抜かしてしまっている女性に頼むことはしません。騎士の方に引き継ぐまで運ぶ程度なら私が何とか出来ますしね」

 中心近くまで来たシャッハは、“それ”を見下ろす。そこに来るまでに、服装は修道衣に戻っており、両手にあった剣もどこかへ消えて無くなっていた。

「全く、カリム様の女の勘とやらの先見の明は凄いことで……」

「あら」シャッハに追いついたカリムはくすりと笑う。「シャッハが教えてくれたことじゃない。“女の勘”」

「やはり私が発端ですか」

「ええ。便利な言葉ですよね」

 はあ、と溜息を吐いて、今日の懺悔は長そうだ。そう覚悟を決め、後悔の念をそのままにシャッハは次の行動を起こす。

 彼女らの視線の先には黒茶色の髪の少年がまぶたを閉じて横たわっていた。

   *   *   *

「……つまりは、別荘地で休暇中だった君達の前に私が突然現れて、何らかしらの異常が無いか検査をするためにこの病院――聖王医療院に担ぎ込まれてきたと」

「そうです。心配したのですよ? 特に外傷が無いとシャッハ――私の横にいるこの方がシャッハ・ヌエラと言いまして……シャッハが言ったのですけど、あなたは一向に目を覚ましませんし、もしかしたら脳の方に異常が? と思っていましたので健康そのもので良かったです」

 カリムの笑顔がとある人の面影と重なるが、特に動じずに無愛想な顔のまま、そうか、とだけ黒茶の髪の少年は言い、あごに手をやり考え込む。

 そんな少年――と言え、カリムよりも幾分年上、シャッハより多少上な程度であり、病室にいる三人の中で一番成長してはいる――が考えている間、カリムとシャッハは何度か、目配せしたりして、少年の考えが纏まるのを待っていた。シャッハの方は、少年の一つ一つの動作に対して、警戒している節が見られたが、少年は別段気にして無いかの様に振る舞う。

 病院であるためか、色調は白色が多く、他の色が使われている部分もどこか淡い印象を覚える。開けられた窓からは心地よい風が部屋に入り込んでいる。青空の青は淡く、空に漂う雲が朱色に染まり始めているところを見ると、時刻は夕暮れ前だろう。彼女達が少年を見つけてからすでに数刻は経っていた。

 少年はカリムが切ったという、お世辞にも綺麗とは言えないリンゴ一切りを口に含む。

 少年がいた時代の物とは比べ物にならない深みのある豊潤な味に、心の内で、ほう、と感嘆しながら様々なことを考え続ける。彼の中で一番気になると言える問題は、自分の知識では証明することはほぼ不可能だと結論付け、一先ず考えないようにしていた。

「質問していいか?」

「答えられるかは分かりませんけれど、勿論」

「カリム様、質疑応答なら私めが」

「そう? ならお願いしますわ」

 二言、三言のやり取りの後、二人の視線を感じた少年はシャッハに向けて、「ならば君に」と言い、幾つかある質問する内容の優先度を心中で選考していく。

 ――最初に聞くべきことは、やはり場所か……“聖王医療院”という建物に聞き覚えは無い。しかも、“聖王”という名の人物も記憶に無い。シャッハ・ヌエラとやらが修道衣を着こんでいたとこから察するに、病院に名前が使われる程有名な宗教なのだろうが知らん――いやはや、私もまだまだ無知だということだな。

「突然現れたという部分の詳細も聞きたいところだが」と話し始めてから二人の方を向く、「先程の反応で気付いたと思うが、私は聖王医療院という施設は全く知らない。ここは――地名で言うとどこなんだ? 私は君達の話を聞き、多少奇妙な用法も見受けるが、基本英語を用いている辺り、全く知らない土地の可能性は低い方だと思っている」

「英語?」

 首を傾げたカリムの姿を見て、少年は思わず眉をひそめてしまった。

「英語ではないのか?」

 少年の問い返しに、んー、と宙に視線を漂わせ物思いに耽るカリムの傍ら、シャッハは思い当たる節があるのか、ベッドに上半身を起こす形で腰掛けている少年を見据え続ける。

「私達が使っている言葉はミッド語ですよ?」

 確認の意を込めたカリムの言葉に、少年は自分の顔がしかめっ面になっているのに気付いた。少年の記憶にそんな言語は聞いた覚えが一度も無いからだ。

「ミッド語……英語とは違うのか。訛りにしては、些か君達の話し方は品があるから、田舎英語でもないようだな」

 褒め言葉として受け取ったカリムは、「まあ! 面と向かって言われると恥ずかしいものですね」と素直に答え、そんな彼女の姿にシャッハは眉間に手をやりながら、溜息をつく。一方彼は、そんなカリムの反応に微笑ましく思いつつも微かに苦笑していた。

「ミッド語」シャッハが口を開く。「ミッドチルダ語の略称。ミッドチルダとは今いるこの次元世界の名称で、首都クラナガンには時空管理局地上本部が存在」彼女は失礼と言いつつ、テーブルに置かれている紅茶で喉を潤わす。「ここは地域的にはミッドチルダ極北部に位置しており、私達聖王教会の民が治めていることから、ベルカ自治領と言われている。ここまでの話で、聞き覚え――いや、知っている言葉は?」

 シャッハの一気に説き明かした内容に、一言一句聞き逃さないで聞いていた少年は、その内容を頭の中でよく咀嚼しながら、自分の常識と当てはめていく。彼女達が彼の返答を待っている間、段々と彼の眉間には皺が寄っていくのが簡単に見て取れた。

「中々良くできたジョークだ。SF小説家としてデビューでも――と言いたいところだが、嘘をついている様には見えんな。私は君の説明の中で知っているものは無いぞ。一つ一つの意味は把握出来るが、俺にはそんな固有名詞は知らん。各単語から私なりに把握すると、今私はとても愉快で空想的なことを経験したらしいな」

 肩をすくめ、態度でも表す少年の姿を見て、カリムは驚き、シャッハは納得がいったのか小さく頷いている。

「心当たりがありそうだな?」

 シャッハのそんな態度を少年が見逃すはずも無く、すぐさま彼女に尋ねる。

「確かにある。最初はあなたが故意にあの場所に現れたのかと思っていましたが、今までの会話を省みるに違いますね」

「私は瞬間移動なぞ出来んよ。人間を止めたつもりはないさ」

「今更ながらの気もしますが、自分の身に訪れたことなのに、やけに冷静ですね」
 その発言に少年は、まあな、とこぼした後、「この姿では想像しづらいだろうが、色々と経験しているものでな。見知らぬ場所にきて錯乱する程単純にはなれない」と続けた。

 そうですか。そうだ。とシャッハと少年はお互いに短い応答をこなす。心なしか、会話の内に入れていないカリムは多少不機嫌そうな顔をしていたが、黙って二人のやり取りを傍観していた。

「まあ、厳密には瞬間移動とは違うんですが、今は置いておきましょう。話を戻すと、あの現象があなたは故意ではないと言っていますが、そうなると考えられる要因は二つのどちらかになるということです」

「二つか」

 六等分されたリンゴの残り二つの片方にフォークを刺そうとした少年の手は一瞬止まる。そして、「以外に少ないな」とシャッハの言葉に感想を漏らしながら、片方のリンゴに串を刺して口に含み咀嚼し嚥下する。

「まあ、それらを確認する前に聞きたいことがあるのですが、構いませんか?」

「勿論。君達だけが質問攻めを受けるのは、少々不公平だからな。ある程度互い互いに質疑応答でもするか。私も答えられる範囲であれば素直に受け答えよう」

 必要無く隠し事をするのは意味が無いとでも言っている少年の言葉が気に入ったのか、満足げにシャッハは頷く。表情自体には出ていないが、付き合いが長いカリムにはそれが分かった。

「それなら早速。単刀直入に。まずはあなたの名前と所属を教えてください」

「そういえば、目覚めてあなたはすぐ場所のこと等を尋ねてきましたから、まだ自己紹介をしていませんでしたね」

 シャッハの発言にカリムが同意し、少年も今気付いたのか僅かだが眉が動いた。

「失念していた、確かに言っていなかったな。」

「ええ、名前と所属である程度の身分確認は可能ですので是非。あなたの年齢なら学生かもしれませんね。学生なら所属の代わりに学校名を。良ければ地名も加えて返答を」

「その前に私達もちゃんと自己紹介をしましょうか。“不公平”ですからね」

 カリムは笑いながらそう言う。床に足が届かないため、そして見知らぬ珍しそうな人との邂逅が嬉しいのか、彼女の両足は落ち着きがなくプラプラと揺れている。シャッハはその動作をたしなめた後、カリムの発言に同意した。

 シャッハが首肯したのを見て、さらに笑みを深めたカリムは腰を上げ、ワンピースのすそを両手でちょんと掴みつつ、お辞儀をした。

「紹介が遅れました。私は聖王教会、グラシア家長女、カリム=グラシアと申します。どうぞカリムとお呼びください。そしてこちらが私の補佐――シスター・シャッハです」

「聖王教会所属の修道女、シャッハ=ヌエラです。シャッハで構いません」

 カリムの振りを引き継いで、シャッハも名乗る。

「カリムにシャッハか……次は私だな」

 フォークを皿の上に置き、ベッドの脇にいる彼女らと順番に目と目を合わせた後、ベッド上にいるためか多少不格好だが、それでも最大限の礼儀の下で頭を下げ、少年は口を開く、


 ――グローバル・アーマメンツ・オブ・アメリカ社所属、ローディーだ。


   *   *   *

 Chapter/0 “ローディー(前編)”



[19604] Chapter 0/1.1
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/06/22 14:40

 男性は今まで、数多の戦場を経験してきた。

 彼は孤児だった。腐敗する国家群がはびこる世界。彼の家族は反国家のテロ行為の巻き添えによって、体の一片も残さず死に至り、彼自身は幸か不幸か軽傷で済み、国が運営する孤児院へと移り住むことになる。家や財産は全て覚えの無い親戚達によって、根こそぎ取られていったことも、孤児院に行くことになった原因でもある。名字はその時に失った。

 母も、父も、妹も全て失い、思い出も親戚に踏みにじられた彼は、若くして自分の無力さを痛感することとなり、絶望による錯乱から立ち直った時、彼は子どもらしい心というものをどこかに置き忘れてしまった。

 孤児院での彼は子どもとしては異常で、周りから距離を置かれることになる。感情は表すが、十歳前後の年齢には不釣り合いなまでに達観した雰囲気を纏わせ、大人は勿論、様々な経緯で孤児院に来た子ども達からも、彼に近づいてくる人はいなかった。彼はそれでも良かった。親しい人を作らず、孤独の中に生きていた方が、余程リスクが無いと思っていたから。

 数年後、彼は軍学校を経て、国が所有する軍に従軍することになる。戦場と関わりのない職場に行くことも出来たが、死を求む彼は戦場を職場とした。

 戦場に駆り出すようになった彼は、周囲へ異常性をさらに広めることになった。まだ数回目の戦場で、同じ隊の彼より幾分の経験を積んだ軍人が、目の前で無残に死んだ時、殆どの新兵が戦意喪失するか、混乱するかのどちらかであったが、彼は自分に付着した血液や肉塊に対し、少し眉間に皺を寄せただけで、経験を積んだ他の兵士と共に応戦に当たった。過激なテロリストの鎮圧の時には、少年といえ、銃を持ち、実際に抵抗する兆しを見せた者には容赦なく引き金を引いた。

 死を望む彼は、それでも決して浅く物事を考えて無謀する馬鹿ではなかった。連携の重要性を理解し、冷静に戦場を把握し、時に思い切りの良い奇策で敵を屠る。毎日の努力も欠かせず行った。そんな彼を軍の仲間は、親密になろうとする者はいなかったが、距離を置き嫌悪する者もいなく、年月が経つと信頼される様になった。ヘリ操縦のライセンスも、MTと呼ばれる兵器の操縦ライセンスも、果ては地上最強とも謳われたMTの上位的な存在であるアーマードコア、通称ACにも搭乗出来るように努力を重ねた。

 そんな彼に転機が訪れる。

 国家群に対して、世界を牛耳る幾つかの大企業が宣戦布告をした。それは後に国家解体戦争と呼ばれるようになる。

 その戦争で、企業は新技術をふんだんに用いて造られた新型兵器、アーマードコア・ネクスト、通称ネクストを初投入し、その力を持って国家を駆逐しようとした。

 通常の兵器では、ネクストが展開するプライマルアーマーと呼ばれるバリアを貫くことが困難で、国家はわずか30機程度のネクスト達に加速度的に衰退していく。

 当然、彼は国連軍の一人として従軍することになり、これまでの戦歴を評価され、AC隊の一小隊長として戦場に駆り出されていた。それが彼の国連軍としての最後の出撃となる。

 ネクストが数機と交戦中という情報はこの時、国連軍の現地部隊からすると、死刑宣告と同じ様なものだった。実際、戦場から敵前逃亡する者も少なくなかった。

 そんな絶望的な戦況で、彼らの部隊は出撃時一人も欠けず勇敢だった。戦闘後、生き残った兵士は数える程にしかいなかった。彼も、比較的コクピット辺りの損傷が少なかったことで、重傷ながらも死なず、敗残兵として企業に連れて行かれることになる。

 数週間後、彼が目覚めた時には、戦争は企業側の圧勝で終わっていた。数ヶ月で国家は滅びたのであった。同僚の死に、怒りや悲しみを感じても、やはり彼は冷静で、看護師や企業の人に八つ当たりせず、自分の今後を淡々と聞き出していた。

 数年の病院生活は、彼を撃墜させた張本人だと主張し、しつこく何回も見舞いに来た“聖女”と呼ばれた女性との邂逅を除くと、突飛のことは無かった。リハビリを経て退院した彼は、再び戦場に籍を置くこととした。彼が所属する予定の企業は、企業の中でネクストの技術、ネクストに用いられている新資源のコジマ技術共に、明るい方とは言えず、幸運なことに彼が退院してすぐ、新たに、ネクストに搭乗する為に必要不可欠なAMS適性を有する適格者を、企業内で探すことになっていた。戦場で実際にネクストの強さを、自身の痛覚を介して感じた彼もその検査を受けることになる。

 結果的には、彼はネクストに搭乗する資格を持っていた。他のリンクスと比べて劣悪な適性値ではあったが。

 企業内での、彼の評価は最悪であった。同期でリンクスになった者と共に粗製と呼ばれ、加えて企業側には、彼が軍に所属していた時の情報がほとんど無く、元軍人の肩書は全くといって評価されることはなかった。その頃の彼は、ネクスト乗りの先輩である聖女に年上という安い矜持を捨て、教えを請い、ネクストの設計に定評のあるリンクスからは、適性が低いなりの戦い方を聞いた。この時を境に、彼の雰囲気は少しだが柔和の一途を辿ることになる。

 そんな試行錯誤の日々を送っていたある日、戦争が始まった。初のリンクス同士、企業同士が争う、リンクス戦争と呼ばれるその戦争において、彼は未だ評価されていなかった。極少数の人を除いて、AMS適性値を第一とした企業の中で適性値が下から数えた方が圧倒的に早い彼は、主要な戦場に出ることはなく、裏方の、目立たない任務ばかりを回され、彼は文句一つ言わず任務をこなす。

 殺し、殺される舞台。彼がその実力を企業首脳部に表し始めたのは、リンクス戦争末期、同期のリンクスは戦死、彼がいる企業の最高戦力である聖女は撃墜され、奇跡的に生還するがネクストの搭乗は無理だということが発覚した頃だ。重傷を負った企業に対し、他企業からの襲撃が開始され、その防衛に当たったのが彼だった。数機のリンクスを撃墜、または撃退した彼の 名は、瞬時に広まることになる。

 彼は人より多少器用ではあったが、各方面に対しての天賦の才は無かった。彼にあったのは強靭な精神力だけ。そのため彼は、軍学校時代から人の何倍もの努力を重ね、様々なことを学んだ。一般的な兵器の運用方法や、内部構造等の技術。歩兵時代から重ねた経験に基づく戦闘論。無駄を省き、合理的で堅実かつ柔和な戦い方。今まで数値でのみ上層部に知らされていた彼の評価は、表舞台での活躍を経て見直されることとなった。

 あいにく戦争は終盤であったため、その後彼がさらにその力量を周囲へ示す機会は特に訪れなかった。だが、戦後から、ORCA旅団の蜂起前後の一連の戦闘との間、年数にして十数年の歳月の中で、彼は着実に名声を高めることになる。

 そして、リンクス戦争に敗れ消えていった企業であるレイレナードの亡霊、マクシミリアン=テルミドールの反動。その鎮圧にも彼の姿はあった。幾多の戦闘の乗り越え、格上との競り合いも負けず生き残り続け、結果、最前線を若手に委ねていても、企業の所有する最高峰のリンクス。この時には、彼のことを“粗製”と罵る者はいなかった。

 そんな彼に企業連から、ひいてはリンクスを統括する機構、カラードからとある任務が下る。

 内容は、一億人を虐殺したリンクスの排除。

 集められたリンクスの数は五人。カラードが定めた序列一位から順番に数えて四位までのリンクスに加え、当事者の関係者として参戦の旨を、カラードに連絡した一人のリンクス。

 “停滞”の名を冠する機体に乗る実戦派の天才。

 名門に名を連ね、BFF社の新しい王女。

 真鍮の乙女の二つ名を持つ、完璧かつ理想的な傭兵。

 不遇な立場から最高峰まで上り詰めた、GA社の英雄。

 昔、リンクス戦争において某社の最高戦力と目されたリンクス。

 生まれも育ちも理想も違う五人の精鋭。

 数日後、討伐対象をある場所の誘い出した彼らは、その戦場へと赴き、男は再び戦闘を経験する。

 次なる戦場の名は――


 “アルテリア・カーパルス”




[19604] Chapter 0/1-2
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/06/22 17:24

 昼夜の間、そのどちらでもない不安定な時間帯。時間が少し経つだけで、段々と空は青色から赤みを帯び始め、厚い雲は沈む太陽の光を遮る形で縁は赤く染まり、他の部分は灰色になっている。対して薄い雲は光を遮りきらずに幾分か光を通し、靄の様に空を漂う。

 風は昼時と比べ寒さを含み始めているが、まだ涼しさが先行する印象を受け取れる。それは窓付近の木々を揺らし、音を出させていた。

 彼らはお互い自己紹介が終わると、シャッハはローディーの身辺調査をするためと断りを入れて、視線をドアの方を向き、そのまま十数秒ドアを見続ける。

「何をしている?」

「ん? ああ、思念通話、念話ですね。それでドア付近にいる騎士の方にあなたの名前と所属を伝えました。早くて十数分であなたがやってきた場所が分かるでしょう」

 シャッハは特に問題なさげに彼にそう答えた。しかし、その言葉を聞いたローディーは、眉間に皺を寄せ、厳しい表情を作ったまま頭を振った。

「ナノ技術ならともかく、思念通話だと?」ローディーは怪訝な様子を隠さないまま、続ける「まさか君達は超能力者なのか? テレパシーなんてもの……私が知らない間に随分と人類は進化したのだな。それならば、時々、君らが目を合わせていたのはアイコンタクトではなく、念話とやらをしていたのか」

 彼の言葉を聞き、きょとんとしたカリムはシャッハの表情を窺い、シャッハはシャッハで、何やら得心がいったのか、「なるほど」と言った後、カリムの方に顔を向ける。

「カリム様。どうやら彼は管理外の人間なのでしょう」

「え……?」彼女の言葉を聞いたカリムは首を傾げる。「でも、ローディー様には素質があるのでは?」

「その通りです。検査によると、彼は優れたリンカーコアを持っていることは確認されています。搬送時は未覚醒でしたが、目覚めを促進させる一環として外からの刺激を加え、今は何ら問題無く機能していると担当医は言っておりました」

 カリムの“素質”という単語にローディーは、今の自分では役に立たない、己が有する非凡の内の凡才と自負する素質と何か関わりがあるかと思ったが、彼女達の会話を聞くに自分が考えたこととは違うことはすぐに理解出来た。

「ならば――」

「ですが」人差し指を立て、カリムの言葉を遮る。「リンカーコアがあるからと言って、全員が管理世界出身という訳では無いのですよ、カリム様。そこら辺のことは後でしっかり勉強しましょうね」

 あ~、とあからさまに嫌そうな顔をしたカリムは、すぐに何かを思いついたらしく表情は微笑みへと一変した。そんな彼女の態度の変化にシャッハは目を細めた。

「勉強なら今、ここでやりましょう!」名案だ! とでも言いたげにカリムは、ぱん、と控えめに音を立てながら両手の平を合わせた。「ローディー様が管理外世界の住民ならば、私達がしっかり教えないと、ローディー様が話についていけませんわ」

「む……確かにその方が一石二鳥で理にかなってはいますが、カリム様の思惑があからさま過ぎでいて釈然としませんね」

 まぶたを閉じ、眉をひそめつつ右手の人差指でこめかみを小突くシャッハを見ていたカリムは話を続ける。「私はシャッハの、二人きりになると話が長くなるところが苦手ですよ」

 それはカリム様の為をと思い、私は出来る限りのことをしているだけです。とシャッハは不満そうな態度で発した。彼女の発言をカリムは軽やかに流し、ローディーの方に視線を戻す。

「ねえ? ローディー様もその方が良いでしょう?」
ああ。と返すローディーは今、眉間に皺を寄せているのが自然だ、と言われたとしても信じられる程、彼女らの話を静観していたローディーは終始皺を寄せていた。それを指で解きほぐしながら、「それと、お嬢様にこれを言うのは苦かもしれんが、ローディー“様”という呼び方は出来れば止めてくれたら助かる」

「何故です?」率直に知りたいと思ったカリムは彼を問いただす。

「私の知人と被る」ローディーはやや茶色掛かり始めている最後のリンゴを食す。多少味は落ちていても彼にとっては美味しいことには変わらない。「私をいつも様付けで呼んだのは二人」指を二本立てる。「一人は君らと同じ様に宗教を学んでいた女性」中指を畳み、「一人はグローバル・アーマメンツ社と提携していた企業に所属していた、名家生まれの少女だ」人差し指を畳む。

「それが私達に“様”と呼ばせてはいけないことと何か関係が?」

「勝手な言い分だが、その知人二人の両方と君は被って見えてしまうのでな。その二人との記憶の方向性は違えども、あまり思い出したくない記憶の方が多い」

 聖女の満面の笑みと痛々しい笑顔。白衣の人に至る所にコードや点滴を取り付けられた少女。そんな少女の姿を窓越しに何ら感慨も無く経過を観察しつつ、責任者と会話をする策謀家である翁の横顔。後日、翁の傍らに佇んでいた目が濁った少女の視線。様々な記憶がまぶたに映るが、ローディーはそれらに感想を出さず全て無視する。

「勿論強制はしないぞ? 特にカリムは見たところ良家の身分の様と見受ける。他者との体面を気にするのなら構わないぞ」

 子ども故の感受性の高さか、一瞬遠い目をした彼に気付いたカリムは、加えて彼の真っすぐとした視線を受け、必要以上に彼の過去を追求することに躊躇が芽生えた。

「シャッハも私のことは呼び捨てでも構わんよ」

 黙ってしまったカリムに、若いな、と心中で呟き、彼はシャッハに話しかけた。

「見たところ私よりも、年上の人をいきなり呼び捨てにすることは出来ません。ローディーさんと――」

 ローディーの言葉に反応し、シャッハが返事をしていると、突然彼女は会話を自ら中断する。

 そんな彼女の行為に怪訝さを表していたローディーであったが、少し間を置いた後、病室に服の上からも良い体格をしていることが分かる中年の男が入り込んでくると、ローディーは念話という単語を思い出して、一人納得していた。

 くすんだ金色の短髪で大柄な男は席から立ち上がった彼女らに対し礼をした後、シャッハに数枚の紙束を渡した。その際、早いですね、という彼女の賛辞に男は、早く終わらせたかっただけだ、と言い返す。

「紙媒体ですか?」

 カリムが自分のいる時代では遅れている媒体のことについて、思ったことをそのまま口を出すと、彼女らを遥かに越す長身の男は口を開く。

「私は極力、病院内では紙媒体を使っている。患者に何か起きてからでは手遅れなのでな。それに確実性なら実物があった方が良い」

 不可抗力だが、見下す形でカリムを見ながら、男は年期が入った様な低い声でそう言いつつ、視線を男の動作を観察しているローディーへと向けてベッドに近づく。

 交わる視線。ベッドに腰を下ろしているローディーは男を仰ぎ見て、鋭い視線で男の眼を射抜く。男も同様に、ローディーの眼を見つめる。

 ピンと張った緊張感は無いにせよ、病室の空気は今までの穏やかなものから突然静寂に変わり、カリムは息を飲み、シャッハは横目で二人の様子を見ながらも、男が持ってきた資料に目を通していた。

 会話が途絶えたせいか、部屋に入り込んでくる、さわわ、と木々が互いの身を揺らす音がよく聞こえる。

 その音が響く病室。実際は一分も経ってはいなかったが、密度ある時間が経過する中、赤く染まり始めた部屋で最初に声を発したのは、ローディーの傍らにいた男だった。

「良い目をしている……が」男は目を細める。「その歳でその目は異常だ。君は何者だ?」

 一見非難とも取れる言葉をその身受けていても、ローディーは特に気分を害することなく、反対に薄く笑った。
そんな彼の態度を見た男は特に表情は変えずに声を発す。

「私は時空管理局・首都防衛隊所属、ゼスト=グランガイツだ」

「何者と問われれば私は単なるローディーとしか言えんな。ファミリーネームは無い」

「では騎士ローディー、突然だが私は君のこれからについて特に何かを言うことは無い。言わずとも君ならば大丈夫だろう」

「騎士?」

 ローディーの復唱に疑問を抱いたのか眉をひそめたゼストであったが、すぐに自己完結したのか軽く頷く。

「まだ自分の状況を把握しきれていないのか……詳しくはシスター・シャッハに渡した資料に書いてあるので、後で君自身が目を通すか、読めないなら音読してもらった方が良いぞ。基本的なことなら彼女達に聞けば問題は無いだろう」

「グランガイ「ゼストで結構」――ゼストは病室に残らないのか?」

「残らん」ゼストはローディーの質問を切り捨てつつ言葉を紡ぐ。「そもそも私はいつもならここにおらんし、こういう仕事が担当ではない。教会騎士団への教導等、色々と要因が重なった結果ここにいるだけだ。ここを出たら職場に戻る」

 彼の言葉にローディーはそこまで残念そうな顔は見せず、相槌を打つことしかしなかった。

「まあ」ローディーに右手を差し出しつつ、ゼストは彼を見据える。「君に興味があったのは確かだ。縁があれば再び会うこともあるだろう」

「縁があればな」
差し出された右手に重ねる様にローディーも右手を伸ばし握手を交わす。ゼストの手の平の硬さに感心しつつも、自分の腕と彼の腕を見比べたローディーは、鍛えなければこの体も経験という足を引っ張るただの役立たずだな、と内心自分の体形による欠点を再確認していた。

 硬く握手をし、ゼストはもうここに何ら未練は無いかの様に迷い無く踵を返す。入室した時と同じ様に、黙って男二人の会話を聞いていたカリム、そして一通り資料を読み終えたシャッハにお辞儀をした後、ゼストは失礼したと定例を言ってから病室から退出していった。

 時間にしてゼストとの数分の邂逅が終わった彼らは互いに視線を合わす。

「それでシャッハ、私の身辺調査はどうだったか? その紙に書いてあるんだろう?」

 彼の方に視線を固定したシャッハはベッドに寄り、スッとした白いながらも健康そうな手に持っていた紙の束を彼に渡した。
紙束を受け取ったローディーは、初めて見る文体に思わず顔をしかめるが、自分の記憶にある様々な言語の特徴の中で、文面の文字に合致または類似するものを汲み取る様にして、まるでパズルの様に不確定な部分を補完しながら、その場での解読を試みる。伊達に年齢はとっているものなのでな、とは彼が昔知人に言った言葉である。

「結論から言いますと、あなたが言うグローバル・アーマメンツ・オブ・アメリカという企業は――」
 渡した後、ローディーが管理外世界出身だということを思い出したシャッハは、紙に書かれた内容について、焦点を絞り掻い摘んでローディーに説明しようとすると、

「なるほどな。容易に信じたくはないが、この衛星写真に近い世界地図を見る限り、グローバル・アーマメンツ社も、バーナード・アンド・フェリックス・ファンデイション社も、オーメル・サイエンス・テクノロジー社等、そういった企業自体無いようだな」

 ――パラパラと紙をめくったりそれを戻したりしながら、ローディーは資料の内容のことを言う。彼のその発言にシャッハは驚き、カリムはそんな彼女の反応を奇妙だと感じていた。

「ローディーさん……あなたの自己紹介の内の単語で、検索によって導き出されたものから得られたことは、あなたが第97管理外世界出身の可能性が高いということです。それなのに、何故あなたはミッド語が分かるんですか?」

 はっ、とカリムは口に手をやり彼の異常性に気付いた。シャッハはシャッハで多少警戒感を滲ませている。そんな中でもローディーは飄々と資料に目を通している。

「どういうことですかローディー様?」

 カリムの問いに、そういえばゼストが来た為に呼び方の話がうやむやのままになっているな、とローディーは気付いたが、今すぐに出す話題でもないと思い口には出さなかった。

「初対面で一応は会話が成立する程、英語とミッド語とやらは似ているのだから、その気になれば読めると思っていた。まあ、予想以上に文体の方が英語とは異なっていたから、少しは苦労したがな。私でなくともちゃんと勉強していたら殆どの人が読めないことはないだろう」

「そんなにその英語というものに似ているのですか?」

「似ている。どちらかがどちらかの起源と言ったとしても通じる程にはな」それにしても、と述べつつ、シャッハが淹れた紅茶を飲み。珈琲派なんだが中々紅茶もいけるな、と呟き程度の声量で言いこぼしてから、「海面の上昇で沈んだはずの上海や、隆文の故郷のジャパンの四国や九州が顕在とは……面妖な」と言い終える。

「それであなたは本当に第97管理外世界出身なのですか? 報告によれば、出身地は“可能性が高い”としか記されていません。もしも、自己紹介の際に虚偽の発言をしていたのなら、私達はあなたを信用しきれなくなりますよ? 騎士ゼストとの会話の時、名字が無いという発言も気になります」

 スッと目を細め、ローディーを視線でけん制する。対してローディーは、心の内ではシャッハの気持ちも分かるが、残念ながら疑われている対象は自分である。

「大げさだが冤罪は遠慮したいものだ」オーバーリアクション気味なホールドアップをしつつ肩をすくめる。「私は嘘を言っていない。第97管理外世界という味気の無い呼び名は知らんが、私がここ、地球で生まれ育ったのは確かだ。名字は失った。孤児院育ちだからな」

「孤児院……すみません」
シャッハの陳謝にローディーは気にするなと言っている様に手を払う仕草をした。

「それなら、何故そのグローバル・アーマメンツという会社が見つからなかったのでしょうか?」

 カリムは天井に視線を向けて考え始めるが、一向に答えが導き出されないらしく、首を右に傾げたり、反対側に傾げたりと、交互に首を動かしている。その度に、よく梳かれた髪がさららと揺れる。

 良家のご息女のそんな年相応な姿を視界に収め微笑ましく思いつつも、ローディーは話を続ける。

「二人は略してGAと呼んでも構わんぞ。わざわざフルネームで言う方が珍しい。企業が一つも見つからなかった見当はついている」

「何か心当たりでも?」

「自分の口からこんな空想的な単語を言うとは思わなかったが、様はタイムスリップだろ」

 そんな唐突に、とローディーの見解に苦笑いで答えたカリムを見て、「私本人が認めたくないがな。現象の証明は私ではほとんど出来んし、想像すら思いつかん。全く、こんな姿になっていても老いは隠せんな」

「こんな姿?」シャッハが最後の方に言った発言に反応する。

「私の実年齢は今現在の見た目の二倍以上あるぞ。――ああ、また怪しまれるのは遠慮したいので、先に断わっておくと、カリムやシャッハの前に現れたという奴と同じで、故意で若返っていない。正確な年月かは分からんが、地球の状況を見る限りでは、私は遠い過去へと飛んだ様だな。疑うなら、地球の行方不明者の欄から該当者を探し出すなりしてみれば良いさ」

「まるで魔法だな、馬鹿馬鹿しい」と冗談めかしながら言い終え、ティーカップに手を伸ばして喉を潤わせる。その顔には、すっと自分の口からそんな発言が漏れたことに対して、自嘲の笑みが浮かんでいた。――肉体が若くなった影響なのかは分からんが、凝り固まった脳よりかは幾分もマシか。とりあえず彼はポジティブにそう解釈した。

「時や肉体の逆行を可能にする魔法なんかありましたか?」

 しかし、ローディー自身が時に考え無しに言ったこの言葉が、本人の想像の斜め上、急角度で突っ走ることになる。

「いいえ」カリムに尋ねられたシャッハは首を横に振り、「昔なら無いと断言は出来ませんが、今の魔法技術で“時”という要素に大きく干渉する大規模な魔法はありませんし、そんなロストロギアも聞いたことはないですね」

 空が橙から群青へと変化していき、徐々に街灯が外を照らし始めていた。シャッハはカリムの言葉を否定しながら窓に近づいてそれを閉め、寒さが強くなってきた風を遮断した。その上で、カーテンもしっかりと広げる。

 自分が広げた話題なのだろう。ローディーは内心でそう思っていたが、彼女らのその会話の内容には全くと言って良い程付いてこられていなかった。至極真面目に話し合う二人を見つつ、彼は脳内で性急に、それでいて冷静に己の常識を再構築していた。

 糖分を欲する自身の体の欲求に従い、ローディーは紅茶に砂糖を足して口に含んだ。

 ――甘い。

 自業自得ながら、ローディーは思わず眉間に皺を作ってしまう。加えて、そう思いながらも味覚自体は不味いと感じていないのに気付き、何をしても自分の体の変化を自覚することも眉を寄せる原因であった。

 ある程度考えを整えてから、彼は二人に視線を向ける。

「話の途中で悪いが」ローディーの言葉に律儀に話を止めた二人に彼は礼を言いつつ続ける、「“魔法”なんてもの、本当にあるのか?」

 彼の質問に、仕草は違うが、彼女達はほとんど同じタイミングで肯定した。

「なるほど。私は今、とんでもない経験をしていることを改めて感じたぞ。誰だ、私にこんな役を与えた者は……」

 立て続けに我が身に降りかかる非現実的な出来事の猛襲に、ローディーは大きく溜息をついた。私は今疲れています、と雰囲気だけで訴えかけている程に、その溜息には哀愁を感じられた。

「管理世界と管理外世界の区別は」おもむろにシャッハは右手の平を上にして、「魔法技術や次元世界の存在を知らないかどうかで決まっています」そこからこぶし大の光の玉を作り出した。「そして、魔法は基本的に、体にリンカーコアと呼ばれる炉の様な器官を有した者でしか扱えない」そう言い切り、ローディーが光の玉を見ているのを確認した後、それを握り潰して消した。

「先程の話を聞く限りでは、私にもそのリンカーコアというものがあるようだな?」

 ローディーの確認にシャッハは頷いた後、厳重そうな見た目の金属製の箱から、直方体の形をした物を取り出す。

「管理外世界出身の人間でも、稀にリンカーコアを有す者がいます。ローディーさんもその類なのでしょう」

「それはライターか?」

 シャッハが取り出した銀色の物を見つめながら、ローディーは問う。

 両面が綺麗に磨かれており、鏡面の様に蛍光灯の光を反射しているそれ。安価なライターとは違い、長方形よりも正方形に近い、デザイン自体は無骨なそれ。

「見覚えは?」

「ライター自体は持っていたが、それには見覚えは無い」

 ローディーが即座に返答すると、その言葉を彼の眼を見ながら聞き、真偽を確かめていたシャッハは首を傾ぐ。

「おかしいですね。これはあなたが現れたすぐ傍に落ちていた代物ですから、持ち主はあなただと思っていたんですが」

 知らんな、とローディーは再度否定する。

「実は、これはただのライターではなくデバイスなんです」

「デバイス?」

「今は魔法を行使する際に用いる機械でできた杖、とだけ覚えておいて構いません」

 反射光で煌めきを放つデバイスという物に興味を抱き「杖か?」と呟き凝視しつつも、シャッハの話を聞き逃すことはしない彼は、一端視線をシャッハに戻す。その後に、「杖と言いましても形は杖とか銃とか千差万別でして、普段は持ち運びをし易いように待機状態等で小さくなっているのが普通なんですよ」とカリムがデバイスの説明の補足を聞き、「魔法というものに地球の法則は通じないんだな。さすが魔法。私の常識をことごとく撃ち破いてくれる」彼は素直に感心していた。

「デバイスということは分かっているのですが、どうやらすでに何らかの細工が施されているらしく、生半可な検査では持ち主の許可が無ければ詳しいことを調べられないんですし、無理に調べようとすると、情報の秘匿の為初期化する可能性が高いので」

「その持ち主が私だと?」

 はい。シャッハは首肯する。

「あなたに見覚えが無くとも、可能性が一番高いのは確かです」彼女はローディーがいるベッドに近づいて、例のデバイスを差し出す。「それに、あなたの近くに落ちていた謎のデバイス。一緒に転送されたと考えるのが普通でしょう?」

「どういう基準で普通なのかは疑問だが、もし、そうだとすると私がここにいる手掛かりであることは明確だろうな」彼はデバイスを触る直前で伸ばしていた手を途中で止めた。「ところで、どうやって起動させるんだ?」

「あなたのリンカーコアはすでに活動していますから、多分触った際に、あなたの体にある魔力を感知してシステムが起動するかと。実際、私がこれを初めて触った際、認証中の音声の後に候補外として弾かれましたから」

「触れてすぐか……ゼストが言っていたが、こんな場所で魔法を使って良いのか?」

 その疑問に答えたのはカリムだった。

「確かに危険な場合もありますが、ここはそういう対策を施してある個室ですから。騎士ゼストは電波のこと等の方の意味を含めて言ったのだと思います。それと、きっと起動時に魔方陣は現れると思いますが、それ自体だけでの魔力放出は少ないですので大丈夫ですよ」

「そこは地球と変わらないのか。凄いのか凄くないのか分からんな」

 管理世界の常識とやらに感想を抱きつつ、ローディーは停止していた腕を伸ばしてシャッハの手から、デバイスを受け取る。

 《魔力感知。認証開始します》

 シャッハが元いた席に戻っているのを見送るローディー。そして、様々な方向からデバイスを観察し、実際にライターの蓋の部分を開け閉めしていると、それから声が発せられた。彼はその渋さがある男声に聞き覚えはあったが、すぐにピンと来るものではなかった。彼はそれを、聞き覚えはあるが、その記憶と今の未知な状況が上手く噛み合わないせいで、思い出せないと考える。単なる言い訳だな、と彼は自分の考えに苦言を呈し、しっかりと経過を見ることにした。

「ほう……万が一これで私が持ち主であれば、偶然や都合が良いという印象よりも作為的な臭いがしてくるな」

 はっ、と彼は嘲り笑う。

 ――私をあの状況から救い出した後、体を逆行させ、次元すらも越えさせた者。これだけ聞くとまるで神の偉業だな。単なる一時の享楽のためだとしても恨みはせんが、この老いぼれを、死ぬはずだった生命を勝手に生かしたことには嫌気が差すがな。

 デバイスに反射して映る彼の顔は、昔の記憶とほぼ同じの己の若かりし頃の自分。自分の愛機で果てる寸前には、潰れていたはずの左目の周辺も傷一つない。
デバイスに映るローディーの表情はしかめっ面だった。

 カリムやシャッハの会話を聞いた限り、逆行等は魔法でも無理だと言っていたが……、と内心で色々と思考していると、認証するために必要なのか、デバイスの表面には白色の光の線が走り、特徴的な三角形の紋章が形成され、規則的に点滅し始める。

「表面に魔方陣が現れているでしょう?」点滅し続ける見慣れない紋章を見ているローディーに、シャッハが話し出す。「それは主に私達ベルカの民が用いる魔法体系“ベルカ式”の魔方陣です。現代ではベルカ式は衰退し、私は失ったベルカの魔法をミッド式と呼ばれる魔法体系で再現した近代ベルカ式という魔法を使っています。元々のベルカ式を今は古代ベルカ式として呼び方を区別し、その使用者は極少数です」そう言い、彼女はカリムの方に体を向ける。「そしてカリム様は古代ベルカの適格者です」

 彼女の言葉にカリムは、「私が扱える魔法はあまり実用的ではないのですけれど」と困り顔を含んだ笑みを浮かべながら言った。

「なるほど」精微な魔方陣の形を部分ごとに細かく観察していたローディーは素直に思ったことを声に乗せる。「もしこれが私の物だとすると、私の用いる魔法は近代ベルカ式といったところか?」

「それはデバイスが起動してから然るべき場所で検査するまでは断言できませんが、可能性としては古代ベルカ式の方が有力でしょう」

「古代? 希少なのではないのか?」

「まだ古代ベルカ式の騎士が多くいた先史時代は、今の技術を遥かに越える文明として認知されてはいます。けれど、資料の少なさや古代ベルカ語の難解さによって詳しいことは解明されていないんです。ちなみに騎士とは、ベルカ式を用いる者に対しての尊称や敬称の意があります」

 ……ゼストが私のことを“騎士ローディー”と言ったのは、どちらに転がるにせよ、私が用いる魔法がベルカ式だと知っていたからだな。

 ローディーは、ゼストとの短い邂逅の中で生まれた疑問をそう解釈する。

「逆行を可能とする魔法があるとすれば、その先史時代の失われた技術の可能性が高いという訳か」

《認証完了。当該の人物をマイスターとして本登録します》

 魔法体系について話し合っているとデバイスからの発言がし、ローディーは溜息をつき、カリムは感嘆の声を上げ、シャッハはやはりと呟く等、デバイスの声に各々反応した。

 魔方陣の点滅は終わったが、正三角形の紋章自体は消えずにデバイスの表面に刻まれたままだ。

「まさか本当に私の所有物になってしまうとはな。――喋るということは、ある程度の意思疎通が可能だと解釈してもよいのだな?」

「そうですね。デバイスには様々な種類がありますが、ベルカ式の術者は主にアームドデバイスという種類のデバイスを用います」

「アームド? どのデバイスも兵器や武器としての使う物ではないのか?」

「ベルカ式は主に近距離での戦闘が主体でして、アームドデバイスはデバイス自体を白兵戦にそのまま用いることが出来る様に、他のデバイスより幾分丈夫に作られているのです」

 ローディーの質問に最初はシャッハが答え、更なる疑問に、次いでカリムが返事をした。

「個体差はありますが、アームドデバイスなら大抵はAIを備えていますね。最低でも応答は出来ると思います」

《起動プログラム異常無し》

 ローディーを持ち主として認識したデバイスは、声に合わせて魔方陣を光らせながら、誰かが頼んだのではなく自己の判断で己の内部の状況を調べている。

「そうか」シャッハの説明に頷きつつ言葉を紡ぎ続ける。「起動した後、何か私がすることはあるのか?」

「まず初めに、あなたの名前を。それと、デバイスの名称を決めることが必要になると思います。それでデバイスは己の存在を確固たるものにしますから。後は……検査の為にマスターの権限でデバイス本体にロックの解除を行ってください」

「名前とロックの解除か、了解した」手元のデバイスに視線を落とす。

《マイスター。あなたの名前と私の呼称を所望します》

「ローディー。そしてフィードバック」
デバイスからの懇願に即座に対応したローディー。

《承知しました。マイスター“ローディー”及びデバイスネーム“フィードバック”の登録――登録完了》

 “フィードバック”

 彼からしたら空想の世界の様なここに来訪する直前まで、数十年の歳月の苦楽を共に駆けてきた愛機の名前。けれど、別段彼にはその名前に狂信的な程の親しみは無かった。この名前を引用したわけも、新たな名前を引っ張り出して用いるよりかは、同じ名前の方が使いやすいと思ったからである。

 勿論彼は、これが愛機の生まれ変わり等といった考えを見出す程の夢想家ではない。彼の中では、以前と今のフィードバックは明確に区別している。それに加え、本当のフィードバックが今も現存しているとは彼は思っていなかった。

 ――そもそもネクストは喋らんからな。私だけが生き長らえた、か。デバイスの言語を聞いていたローディーは興味深げに、ふうん、と息を漏らす。

「それにしても、今度の奴はドイツ語っぽいが、ミッド語よりも幾分も聞き取りづらいな。難しい」

「ベルカ語ですね。今では翻訳魔法もあってか、進んで学び常用する人が少ないんですよ」

「確かに、実際見て聞いた感じでは、ミッド語の方が習得は簡単そうだからな。ベルカ語が衰退するのも納得がいく。それにしても翻訳も魔法で出来るのか……便利すぎる」彼はカリムの言葉に眉をひそめた。

《全システムオールグリーン。当AIはメインモードへと移行します》

 その言葉を最後に、デバイスは黙り込む。突然の沈黙に、今まで一部始終を見ていたローディーは若干首を傾げつつ目線を上げ、シャッハに話しかけた。

「これで終わりか?」

「そのようです。これでそのデバイスはあなたの物になりました。どうやら登録以前からあなた専用の様に私は感じましたけれど」

「正直、唐突に出自が分からない得体の知れない物を手に入れたとして、あまり嬉しくないな。どう捉えようと怪しすぎるぞ。本当に私専用なら尚更だ」

 ――そりゃないぜ、ローディーの旦那。

 ローディーの愚痴に答えたのは、カリムでも、シャッハでもなかった。

 三人の視線がローディーの手の平に集まる。

 声の主はデバイスであった。

 それはまだ良い。それだけならば、皆呆気にとられた表情をしていないだろう。しかし、三人ともそのような表情をしていた。突如事務的な話し方から、馴れ馴れしい口調に変化したデバイスに、ローディーさえも微かに目を見開いていた。

《グーテンタークだ旦那! そして麗しきお嬢さん方! アームドデバイスのフィードバックだ》

 そんな三人の反応を特に気にせず、フィードバックは話し続ける。この病室にいるどの人よりも、機械であるフィードバックが一番フレンドリーであった。

《んん? どうしたんだ三人共? いきなり黙り込んじゃって、腹痛かい? 悪いが俺には治癒魔法がプログラミングされていないんでな。折角病院にいるんだから、しっかり薬を調合してもらいな。座薬が渡されたらどんまい。そうそう、使う時は言ってくれよな、空気読んでシャットダウンすっから》

「どちらかと言えば頭痛だ。随分とデバイスとやらは人間臭いのだな。どうやら私は機械と聞いて誤解していたらしい」眉間の皺を伸ばしつつ、ローディーは溜息と共に今の心情を吐露する。

「普通だとアームドデバイスはここまで喋らないですし、いきなりこんなに話せるものでは無いですよ。“普通”のデバイスは物静かで常識的です。ローディーさんは誤解しておりません」

 彼と同じく溜息をつくシャッハ。カリムだけは目を輝かせ、フィードバックを見つめていた。

《おいおい、旦那に嬢ちゃんよ。いきなり辛辣なこと言うね~。デバイスだってへこむぞ?》

「フィードバック様はデバイスなのに、凄く流暢に話せるのですね。私、こんな高性能なデバイスは初めて見ました」

 興味津々とばかりにフィードバックに話しかけるカリムは、フィードバックのAIの性能に対して純粋に感心している様だ。もっと近くで見てみようとローディーに近寄り始めている。

《おお! 分かってくれるかお嬢ちゃん。なんたって俺は旦那専用のデバイスらしいからな。旦那の特徴に合わせて設計されているんだと》

「カリム様。そのデバイスとはあまり話さない方が良いですよ。汚されますから」

 シャッハの言葉に、ひどっ! と嘆くフィードバックを無視しつつ、一向に皺が伸ばしきれてないローディーは、カリムがフィードバックに触れるのを避ける様に、自分の目線の高さまで持ち上げた。掴み方は親指と人差し指に挟んでいる形である。カリムが汚れたらいけない。

「自分のことなのに、やけに抽象的な言い方だな」

《そりゃそうさ。俺は機械だ。目覚めてすぐ自分の存在意義を把握しようと、自分自身を調べた結果がそれで、どうも他人事の様に思えてしまってね》

「製作者は?」

《知らんよ。該当データ無し。こりゃ消去されたと言うよりかは、元々そんなことを記録されていないと言った方が正しいな》

「お前を作った奴は技術者には自己顕示欲が無いのか? いや、故意に残さなかった方がらしいか。それと、その話し方になって思い出したが、もしやお前の声の元はグローバル・アーマメンツ社の仲介人か?」

 実際に会ったことはなく、大抵任務の会話も互いに音声のみでこなしていたため、ローディーにとって顔すら知らない人だったが、声だけなら数えきれない程聞いていた為に思い出せた。

《それも該当データ無し。先に言っておくが、俺は魔法のプログラム等はしっかりと記録されているが、自分自身に関する情報は全くと言って良い程皆無だ》

「魔法がプログラム?」

「魔法は魔法ごとに異なる術式を展開・演算して使用します。術者一人でも魔法は扱えますが、事前にデバイスに術式をプログラミングしておきますと、術式の処理速度が速くなる等様々なメリットがあります」

《高度な科学は何とやらと同じってことさ》

 疑問を呈するローディーにシャッハが説明をして、フィードバックがそれに付け足す。

「随分なものだな」

《話を戻すと、俺を起動出来るのは魔力の波長が合致する者だと予め設定されていたこと以外では、ほとんど戦闘面における本機の特徴しか記録されていない。自分の音声やAIの元すら知らんよ》

「人間臭いだけで、あまり情報を持っていないな。まあ、そんな簡単に知ることが出来る程の楽観的な予想はしていなかったが」

《八つ当たりでAIを人格含めて初期化するなよな? 俺がこうお喋り出来るのも、戦闘での旦那のサポートをするためと言っても過言ではないんだから》

 何なら今から戦闘面の機能の説明でも話しても俺は構わないぞ。やるか? というフィードバックの問いに、「いや、追々聞くべき時が来るだろう」ローディーはそう言って断り、フィードバックをシャッハに投げて渡す。

《旦那~乱暴な扱いはやめてくれよ。俺は単なるライターに見えて実は超ハイテクな精密機器なんだぜ》

「安心しろ。乱暴に扱うのはお前くらいに留めておく。それにアームドデバイスは丈夫なんだろう?」含みのある笑顔で笑って見せたローディーは続ける。「私の状況の核心に繋がる情報を持っていないことは分かったので、検査に回して調べた方が良さそうだ。フィードバック、メカニック? ――まあ、デバイスに関わる人の名称なんぞ知らんから別に指定はしないが、他者に対してもアクセス出来る様にしておけ。勿論お前の判断でアクセス出来る人を選別しても良い」

《了解。いやはや、もうお別れなんて寂しいね~》

「私は寂しくない」一刀両断。「後、そろそろ面会時間云々で、カリムとシャッハは帰宅した方が良いのでは?」

 カーテンの隙間から窺える外の様子は、日没の面影が無い程にすっかり暗くなっていた。

「あまり誇れるものではないが、面会時間は教会権限で目を瞑ってもらっているから大丈夫です。それと、ローディーさんはこのまま入院する訳ではありませんから、私達と共にグラシア家の別荘に行くことになっています」

 おう嬢ちゃん、等と言いながら絡んでくるフィードバックを適当に受け流しつつ、シャッハは彼に今後の予定を説明する。それを聞いたローディーは意外そうな表情をした後、すぐにいつもの表情に戻した。

「検査入院ではないのか?」

「いいえ。ローディー様は目覚めなかったこと以外では、何ら異常の無い健康体でしたから。お医者様が言うには、数ヶ月の間は定期的な通院が必要なくらいですって」

「そうか。だが、それが何故私を家に招待することになるんだ?」

「管理局にローディー様の様な方々を保護し、元の世界に送り返す部署もあるそうです。しかし、話を聞く限りでは、言い難いのですがローディー様がいた世界に戻ることは、現時点ではほぼ不可能です」

「管理局が何なのか詳しく聞くのは後にして、簡単に時を超えることが出来ない以上仕方無いだろう。それに、私はどうしても帰りたいと思う程、元の世界に対しての郷愁は無いから気にするな」

 ――本当なら朽ちたはずの命を繋げた理由を知りたいという願望はあるが、どの道、元の世界で私はKIAか、良くてMIAと処理されているだろう。死の間際、こんな目に会うことをしらず死を待っていたのだからな。今更死亡同然の人間が生きていたと知られたら、何をされるか見当もつかん。

 ローディーは温くなった紅茶を飲み干す。彼の顔が歪んで映り込んでいる高級そうなティーカップ。おそらくグラシア家の私物なのだろう。

「ここの住民票かそれに近い物を余所者に対して取得が許されているのなら取得するし、無理なら私の故郷と言っても間違いではない場所へと帰って、底辺に這いつくばりながら生きるさ」今の俺には地球にすら確固たる身分は無いからな。と言い、彼は自嘲気味に口角を上げる。

《旦那は古代ベルカ式を扱えることが出来るレアな人種だ。そこを売りにしたら住民票ぐらい誤魔化してもらえるだろ? 俺は全力でその方向の案を推していきたいな》

「それはお前自身が自分の使い手がいなくなると困るからだろう――っと、そうか、それが私を招待する理由か」

 疑いの目でフィードバックを見ていたローディーは、言葉の途中から確認する意味を込めた視線をカリムやシャッハに向ける。すると、彼の予測通りだったのか、カリムは気まずそうに微笑んだ。

「あなたの言う通り古代ベルカ式自体が希少技能――レアスキルとして認められている程です」カリムに対してシャッハはあくまであまり表情を変えずに理由を述べる。「正直に言えば、あなたが時渡りや体の逆行等を経験していることを知る前から、あなたを魔法側に引き込もうという案はありました。あなたの魔法の素質は優秀で、加えて、繰り返しますが希少な古代ベルカ式の使い手ですから」キッと顔を引き締める。「けれど、グラシア家は別段打算的に動いている訳ではありません。そもそも今言ったことの殆どは後付けですから」

「後付け?」

「私のわがままなんです」首をひねるローディーを見て、今度はカリムが話し出す。「あなたが目覚めてすぐに説明した通り、多分私の能力との関係は分からないのですが、私は、あの時、突然何かが起きる予感がし、その直感を信じて草原を訪れた結果、ローディー様と出会うことが出来ました」

「カリムの能力とは?」

「カリム様は抽象的にですが未来視が出来るレアスキルを持っています」

 視線をカリムへと向けていたローディーは思わず目を見開く。

「予言だと……魔法はそんなことも可能なのか」

「良く当たる占い程度ですよ。それに、多くの方々に信用されていませんから、まだ信憑性もいまいちですけれど、私自身は単なる偶然とは思っていません!」

「カリム様は率先してあなたの保護を提案しました。私はカリム様のレアスキルと、何らかの関連性があると見ていますし、カリム様の意見に賛成です」

「正直助かる。だが本当に良いのか? 自分で言うのも何だが、得体の知れない元老いぼれに加え、それに私は分かりやすく言えば軍人で、人を殺したことがある殺人者だぞ?」

「ローディー様がお目覚めになる前に、お父様には魔法の素質を盾に許可は得ております。それと私は歳なんて気にしませんわ」彼女は微笑む。「人を殺めることは本来避けるべきことなのでしょう。ですが、今のあなたが幾ら訴えようが証拠も無いそのことを罰せることが出来る人がここにいるのでしょうか? 人を殺めた咎をそう簡単に下ろすことも認めたわけではありません。しかし実際に、あなたと面と向かって話して、私はあなたが良い人だと確信しました。私はあなたを家族として迎えたい。その気持ちは変わりません」

 カリムはそう言い切ると、ローディーに晴れ晴れしい笑顔を向ける。とても綺麗な笑顔だ。彼にとってそれは直視するにはとても眩しく、十数年見ていなかった表情だった。

「詭弁だ」と言いつつも、彼の口元は緩み、微かに肩を震わせている。「君は馬鹿か? それとも物好きか?」

「両方ですわ」再び彼女は笑顔を浮かべる。

「くっ……ふふ、そうか両方か」口元を隠しても彼が笑っているのは一目瞭然。「まさか私を本気で諭そうとする人間が他にいたとはな」

 ――ああ、メノ=ルー。私の負けだ。

 天井を仰ぎ、片手で瞑った両目覆ったローディーは、教徒でありながら人殺しを享受するという矛盾を孕みながらも生きたお人よしの聖女を思い浮かべる。十数年経た色調の無い記憶の中でも彼女の笑顔には未だに色が付いていた。

 まさか、十歳にも満たない少女がここまで言うとはな。いかんせん温室育ちと年齢のせいで、一語一語の重み自体は無いが、自分の言葉でここまで言えることは認めよう。綺麗事は嫌いではない。それに言い包められる私も、幾分情けないがな。

 内心、その様に苦笑したローディーはまぶたを開けた。

 蛍光灯の明りが目に染みる。彼の視線の先にいる少女、カリムは彼が笑いを堪えつつ、突然目を閉じたことに首を傾げ、隣に佇むシャッハに、私何か間違いましたか? と尋ねる。それに対しての彼女の返事は優しい笑顔だった。

「これからよろしく頼む」シャッハの対応にさらに首をひねるカリムに向けて頭を下げる。

 次々と追い立てる様なローディーの行動を目にし、最初の方はきょとんとしていたカリムだったが、徐々に言葉の意味を把握していくと、呆気にとられた顔は、ぱあっと笑顔へと変わる。

「はい! こちらこそよろしくお願いしますね。ほら、シャッハも」

「ええ、これからは同じベルカの騎士としてお互い精進しましょう」

 シャッハと握手を交わしながら、彼女の本質の様なものを感じ取りローディーは苦笑していた。

「タイムスリップやら若年化やらを経験した身というのが世間にばれると、何をされるか分からんからな。そこのところも世話になるぞ」

「勿論。家名に誓って秘密はお守りしますわ」

「打算的だと蔑んでも良いが?」

「本当に打算的に振る舞うのなら、自分の過去はあまり話さないでしょう?」

 カリムのその問い返しに、ローディーは意識せずとも口元が緩んだことを自覚する。全く、鋭いものだな。彼は素直に彼女をそう評価した。

「君にその様なことを尋ねたのは無粋だったな。当然、礼儀としてカリムの両親には、今まで言ったことを伝えたとしても構わない。それを聞いて尚、私を受けいれるかは別だがな」

「大丈夫です! きっとお父様もお母様も、ローディー様のことをすぐに気に入りますわ」

「凄い自信だな」

「カリム様のご両親ですから」ローディーの呟いた言葉に、シャッハは即座に反応した。

「ふむ、説得力のある言葉だ」

「そうでしょう?」

「そうだな」

「どういうことですか二人共!」

 何かを共感し合うローディーとシャッハを見て、カリムはむくれるがその表情に迫力は無く、年相応の可愛らしさを醸し出すだけである。

《お嬢ちゃん。そういうことだから深く考えなさんな》

「だからそういうこととはどういうことなんですかぁ!?」

「はしたないですよカリム様」

 互いに頷き合っていた二人の一人、シャッハはカリムの方を向いて、彼女をたしなめた。

「今までよく黙っていたな?」

《旦那よお。俺がどのタイミングでも馬鹿の一つ覚えの様に喋ると思っていたら心外だな。言ったろ? 空気は読むって》

 女性二人の微笑ましい口論をBGMとして聞きつつ、シャッハの手中でチカチカ光るフィードバックの返事に、若干呆れつつローディーは乾いた笑い声を上げる。

 ――はは……機械が当たり前の様に空気を読む等と言うとは、何と高度な技術の無駄使い。製作者の余裕か何かか?

 彼の独り言は、女声二つによって瞬く間にかき消えた。勿論、シャッハに握られているフィードバックにその声は届かなかった。

 窓の向こう側は本格的に暗くなり、月がぼんやりとした光で地上を照らしている。春時と言え、夜を迎えた外は寒さを感じる程に気温は下がり、風が吹くとそのことが如実に感じ取れ、外気に晒されている草木は寒さを耐え忍ぶかの様に身を寄せ合っていた。

 カーテンで窓を閉ざしているこの病室では、そこまで詳しく外の様子は知り得ることは出来ない。しかし、彼女達の姿を眺めながらローディーは、微笑ましく思っている中で時間のことも気にし始めていた。

「まだまだですねカリム様。将来社交場に堂々と立てる様になるためには、ちゃんと話術も覚えないといけませんよ」

「むー。シャッハにそう言われてしまうとは……もっと上達しなければいけません」

 どうやら穏やかな口論はシャッハの方に軍配が挙がった様だ。じっと彼女を見つめるカリムの視線を流しつつ、椅子の横に置かれていた布袋からワイシャツや細身のパンツ等、服一式をベッド横の棚に載せ始める。

「その心意気をお忘れなく。待たせてすいませんでした。着用する服は一通りこちらでそろえておきましたので着替えてください。そろそろ家に向かった方が良いでしょう」

 ローディーと同様に、彼女も時間のことが気になっていたのだろう。テキパキと、効率良くティーカップ等を片し始めた。

「奇遇だな。調度私もそう思い始めていたよ」棚の上に置かれたワイシャツを手に取り、質の高さを実感する。「これは……迷惑をかけて悪いな」

「気にしないでくださいな。これからは家族なのですから」

 朗らかに笑うカリムに合わせ、ローディーも表情自体は微かの変化しかしていないが、確かに微笑み返す。

「私達は病室の外で待っていますので、着替えが終わり次第こちらに来てください。それではカリム様」

「はい」

 返事と共にカリムが腰を上げ、椅子を元々あった場所に戻してから、左肩にフィードバックを入れた箱や、ティーカップ等を入れた鞄を担いだシャッハを従えて、病室のドアへと向かう。

「そうそう、言い忘れていたことがあった」

 二人の後姿を見送っていたローディーは彼女らを引きとめた。

 何事かと、彼女達が振り返ったのを確認して彼は話を続ける。

「デバイスを作ってもらえるか?」

「え? ええ、時間はかかると思いますが可能です」予想だにしない突然の製作依頼に、シャッハは困惑の色を隠せずにいた。「ですが、あなたにはフィードバックがあるのに何故?」

 シャッハが担いでいる鞄の中、しいてはそれ程防音加工が施されてない箱の中、そこからフィードバックが何やら言っているが、残念ながら聞き取ることは出来ない。

「人によって形が違うと言うなら、ある程度の形の指定は出来るということか?」シャッハの態度を確認してから彼は再び喋り出す。「ならば形はナイフで頼む。細かく言えば、こちらに資料があるか分からんが、平均的なサバイバルナイフの様な物で製作をお願いしたい」

「サバイバルナイフ……ですか。分かりました通達しておきます。しかし、今の技術では一からの製作は近代ベルカ式用アームドデバイスが限界で、それ単体で古代ベルカ式の魔法を使うのは不可能に近いですよ?」

「ナイフとして機能してくれれば構わない」

 そう言った後、引きとめた上、遠慮が無くてすまない。と発したローディーの謝辞に「お気を召さずに」とシャッハは言い返した。

「それで、何故フィードバック様がいるのに新たなデバイスを求めるのですか?」

 何かを訴えているフィードバックがいる鞄をちらちらと窺いながら、カリムは尋ねた。

「あれが私の物だとしても、いきなりあんな出自不明の怪しい物を信用する程馬鹿では無い。幾らあれの性能が高くとも、然るべき場所で造られた一般的な物の方が幾分信用できる」

 さも当然という風に言ってのけたローディー。冗談で言ったことではないのは簡単に分かる。

 ――ローディーの旦那あぁ!!

 そしてフィードバックの言葉の内、ローディー言い放った言葉の後に言ったその発言だけはしっかりと三人の耳に届いたのであった。

   *   *   *

 *おまけ。執事が運転する車内にて。

「すっかり言い忘れていたが、様付けを止めることは無理なのか?」

「そんなに嫌ですか? ん~、ならお兄様というのは!」

「“様”が付いているぞ。公の場ならともかく……それに兄って――いや、そうか、本当に兄になるのか」

「その通りです。ローディーさんの保護責任者はカリム様のご両親がなる手筈ですし、身分等を手に入れる場合に必要な書類には、グラシア家の養子として記入することになるでしょう。申請が済めば、正式にあなたはカリム様の義兄ということになります。名字に無い様ですので、グラシアの名を名乗ることになると思います」

「まさか家名まで与えてくれるとはな。そうなると私が長男になってしまう……義兄なんだからそこら辺の家柄の事情は大丈夫か?」

「きっとヴェロッサも兄が出来て喜ぶと思いますわ!」

「ヴェロッサ?」

「カリム様の義弟です」

「ほう、そのヴェロッサというのも古代ベルカ式なのか?」

「はい。ヴェロッサの家が潰えてしまった際に、グラシア家が彼を養子として迎い入れたのです」

「なる程」

「んんー、様を付けることが駄目でしたら、お兄さんですか? それともお兄ちゃん?」

「せめてお兄さんにしてくれ。さすがに私は、実年齢が数十歳の差がある人にそう呼ばれて喜ぶ人間ではない。どうせなら小父さんでも構わないが?」

「それだと兄ではありません!」

「そう呼ばれる年の離れた兄も世の中には沢山いるだろうに」

「嫌です!」

「はいはい。分かった分かった」

「“はい”と“分かった”は繰り返さない!」

「……遥か年下の少女に説教される老いぼれか……随分滑稽な姿だな」

「そう言われると、とてもシュールな光景に見えてきましたローディーさん」

「だろう?」

 ――帰宅途中の車内はフィードバックがいなくても充分賑やかであった。



[19604] Chapter 0/2-1
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/06/28 13:13

 遥か彼方まで終わりが無い薄い意青色の天に、伸びるかの様にそびえる高層ビル。その数本のビルに囲まれる様にある一際高い建物、その巨大な大きさを周囲に誇示する超高層ビル。

 それは人間が築いた英知の結晶とも呼べ、建物の高みから外を望むことが許されていない地上にいる私は見上げることでしか、高さを知ることが出来ない。
幾つかの主要企業において、単純な規模では一番と目される企業を、この存在自体が物語っている様に思えた。

 難攻不落と謳われるグローバル・アーマメンツ社の本社“ビックボックス”

 その上空から見れば三角の形をした本社。そこの自動ドアをくぐり、ロビーで案内役として私を待っていた女性と合流する。その後、しばらくしてやってきた同期の男と共に、女性の指示に従い、エレベーターに乗り降りし、オフィスと作業場が別々にある等の説明を受けつつ、何度か通路の角を曲がった所にあった部屋に案内された。

 私と同期の男がその部屋に入室した時、出入り口から数メートル離れた所に男女が立っていた。

「この方達があなた達の先輩に当たる人であり、今日から同じ職場で働く仲間です。失礼の無いようにね」

 自称オペレーター――仕事現場を見ていないから何とも言えない――の彼女はそう言うと、では私はこれで、と男女に断りを入れ、ここのオフィス内にある彼女の机があると思われる方向へと去って行った。

 ふと周囲に気を配ると、室内にいるスーツ姿や、つなぎ姿の社員らの殆どの視線はこちらに集まっていることが分かった。

 様々な感情を孕んだ幾多の目。こちらに興味津々な目もあれば、じろじろと品定めをする様に見る目や白い目、憐れみの目すらあった。

 別段、それらを真っ向に受けたとしても動じる必要はないので、すぐ先に佇んでこちらを見つめる一組の男女の方へと近づく。ずると、私の行動に合わせるかの様に、不快感を隠そうとせず眉間に皺を寄せていた同期の男も、男女の方に歩きだした。

 私達は、男女の2メートル離れたところで立ち止まり、背筋を伸ばし口を開く。

「本日付けでこちらに配属される。ネクスト・フィードバックのリンクス、ローディー」

「同じく、ネクスト・タイラントのパイロット、ユナイト=モス」

 この部署は、今は亡き国家が所有する軍や企業が所有する私兵隊とは違い、あくまでここは企業だ。そしてここは社員で構成されたオフィス。その為、敬礼をする必要も無ければ、泥水をすすりながら生きる人間が居つく場所に付きものの、硝煙の臭いや土臭さ、そして汗臭いを含んだ雰囲気も無い。その代わりにこの場所は室内特有の、オフィス機器や珈琲の匂い等と言った様々な臭いにオイルの匂いが混ざった、形容し難い臭いが臭覚を刺激する。

 数年前の私では想像も付かない職場だな。

 まあ、乾いた泥や砂塵が舞う自然の中にある駐屯地よりかは、外気と隔離したここの方が幾分マシではある。

「何かおかしいことでも?」

 視線の先の女性が、私が微かに口角を上げたことを気付いたのか尋ねてくる。休日やオフの時における彼女の姿からは想像出来ない程、こういう場の彼女は鋭い。

「なあに、今までこういう職場とは縁の無い所にいたのでな、物珍しいだけだ」

「そういえば、書類によるとあんた達は元国連の軍人なんだって? そりゃあ、そんな兵隊さんがいる所とここは違うわな」

 私の返答に反応し言葉を掛けてきたのは、中肉中背の体をした、男女の片割れであるスーツ姿の男。

 その男は少し見ただけでは分かりづらいが、肩幅や手首の太さを見た限りでは、ある程度体は引き締まっている様に思える。歳は私と同じか少し上か。

「あなたは? メノと一緒にいる所を見るに、私達と同じリンクス……エルカーノ氏か」資料に書かれていた内容を思い出す。

「大正解」とエルカーノらしい人物が笑顔のままサムズアップをする。「そちらさんは……ここにいるGAの聖女ちゃんと面識がありそうな君はローディーだな。私の名前はエンリケ=エルカーノ。メノと違って私は国家解体戦争からのリンクス、オリジナルではないが一応君らの先輩だ。しかし、私は凝り固まった規則は嫌いなので、私のことはエンリケと呼んでくれて一向に構わないぞ? 歳が近い者同士仲良くやろう! 勿論ユナイト君もよろしくな!」

 そう言い、右手を差し出してきたエンリケと握手をし終えると、次に彼はユナイトの方に向き直り、彼と握手を交わそうと試みる。

「君付けは止めろよな。……ユナイトだ。よろしく頼む」

 あまりエンリケのテンションにユナイトは乗り気では無さそうだ。

 そのしかめっ面のユナイトに対して、変わらず笑顔なエンリケは「君付けはお気に召さなかったかい? いやはや、すまないね」と陳謝した。誰がどう見ても本気で謝っているようには見えない。おそらくわざとそんな口調で言ったのだから、たちが悪いな。

 ――っち。

 私の耳にはユナイトの舌打ちが確かに届いた。彼の目の前にいるはずのエンリケも届いたとは思うが、「若いって良いよな」と言っており、少しも不快感を醸し出していない。

「エンリケ様」そこに割って入ってくるのは、四人の中で唯一の女性であるメノ。「私たちはこれから一緒に頑張る仲間なんですから、仲良くしないといけませんよ? それに本人の前で聖女って呼ばないでください」

 恥ずかしいです。と口にしながらむくれ顔を作る彼女を見て、エンリケはさらに笑みを深める。ユナイトはユナイトで、彼女が会話に入ってきたせいか、怒るタイミングを無くし、手持ち無沙汰に余所を見ながらこめかみを掻いている。

「分かっているってメノ。私達は同じ企業のリンクスなんだからな。協働の際に仲が悪いと話にならないってものさ。なあローディー?」

 どうやら、ユナイトで遊んでいたエンリケの次の標的は私の様で、こちらに顔を向けてきた。

 不機嫌さを隠さないユナイトを特に気にすることなく、すぐに絡む相手を変えるエンリケ。見た目そのまんまな、調子の良い性格をしているのだな。嫌いではないが苦手だ。

「ああ、連携は必要だろう。それについては概ね賛成だ」

「さすがローディー、話が分かるねえ」

 馴れ馴れしく肩を組んでくるエンリケを適当にあしらいつつ、メノの方に視線を向ける。

「エンリケは大体このような調子なのか?」

「はい……もう。エンリケ様はいつも色々好き勝手言って……ローディー様とユナイト様すみません。この方はこういう、ころころと態度を変える方なんですよ」

 私の言葉を肯定してかれメノは私達に向けて頭を下げる。それを見たユナイトは、「全くっすよ」とそっぽを向いて言っていた。

 ユナイトの返事を聞けた彼女は苦笑から笑顔に変えて感謝した後、顔を動かしてこちらに向き直る。

 入院中何度も顔を合わせた時から変わっていない整った顔立ち。

 当然か。あれから数ヶ月も経っていないのだからな。今の彼女の服装はいつものこういう場では浮いてしまっている修道衣だ。その濃い紺色に彼女の金髪は映える。こんな容姿をしていようが彼女はリンクス。しかも、この企業の最高の戦力と言うのだから、世の中は分からないことばかりだ。

 彼女は私を死の直前まで追い込んだ張本人。そのことについて憎悪は無い。戦場で敵同士として出会ったのだ。私自身死ぬ覚悟が人を殺していたのだから。

 その彼女が今、同僚として私の前にいてこちらを見ている。不思議なものだ。

 彼女の澄んだ瞳は、何かの反応を望んでいる様に私は感じた。

「はあ……エンリケの性格はこの十数分だけで充分把握した。機嫌が悪い訳ではないから気にするな」

「良かった~」

 心底安心した表情を浮かべる彼女を見ると、毎回エンリケとこういうやり取りをしているのかと想像してしまう。

 ……思わず彼女に同情の念が湧いた。私がその役目を手伝うのは遠慮したいが。

「では、とりあえずエンリケ様の件については一区切りついたので、今度は私の紹介を」こほん、と小さく咳払いをした後、彼女は姿勢を正す。「GA社所属、ネクスト・プリミティブライト搭乗リンクス、メノ=ルーです。基本的にネクスト戦力は単独行動が多いです。そのため、あまり気にする必要は無いと思いますが、私メノ=ルーはGAが保有するネクスト部隊の隊長も兼任しております。不肖の身ではありますが、どうか皆様私に力を」

 そこまで大きな声量では無かったが、凛とした声はオフィス中に広まり、おのずと視線は彼女の方へ集まる。これがカリスマというものなのだろうか。

 あの……いかがですか? と、皆の視線を一身に受けていることに気付いたのか、若干頬を染めながらおずおずと、他のリンクス三人を見渡す。

 彼女の態度にエンリケは満面の笑みで、ユナイトはしぶしぶという感じで、そして私は特に表情を変えず、腕を組んだ。

 私達の態度の不一致さに不安がる彼女だったが、その後に私達三人が発した内容の意味はほとんど同じ様な物で、それを聞いた彼女の表情を一変。とても嬉しそうにはにかんだ。

 ――私達四人はこうして初邂逅を終えたのだ。

   *   *   *

 夢を見た。それは遠い過去の記憶のほんの一欠片。

 目覚めたことで、その夢の内容も薄らぼんやりとしか覚えていなかった。けれど、いつの記憶だったのかは分かる。研究所でリンクス候補生として研修を受けた後、初めて四人が揃った日のことだ。

 ユナイト=モスにエンリケ=エルカーノ、そしてメノ=ルー。何の因果か、皆が同じAMS適性という素質を持っていた為に出会えた。同じリンクスの仲間である。

 カーテンの隙間からはまだ太陽の光を窺い知ることは出来ない。どうやら朝日を拝める時間より、少しばかり早く起きてしまったらしい。

 病院で数時間意識を失っていた上、この肉体で初めて自分の意思で寝ようとした時にあまり寝つきが悪かった頃と比べると、この数日で支障無しに眠れるようになったのは良かった。まだ元の体の時の様に規則的な睡眠は取れないが、充分僥倖である。

 本来、二度寝をする様な性質では無いはずなのだが、この体になってからは目覚め自体はあまり良いとは言えない。環境や肉体の変化だろう、と簡単に考えて見切りをつける。

 若干重いまぶたを上げながらも、以前の私が使っていたベッドとはまるで違う上質なベッドから、まず上半身のみを起こす。背骨の位置や、重心の掛かり方を計算しきった前のベッドと比べると、こういう弾力があるベッドはかなり新鮮味がある。こういう柔らかいベッドに慣れてしまうことは避けたいがな。

 体自体にベッドによる異常は見られないが、まずはベッドを下りる前に柔軟をする。

 若さ故か、別段変に凝り固まっている部分は見つからない。上等なベッドだと素材自体が良いからだろうな。

 そう思いつつ、体が良く沈むその上での柔軟を続ける。背筋、肩、腰、股関節、手首足首。座った状態で出来る部分の柔軟を行う。

 数日で劇的に変化するとは微塵も思っていないが、まだ満足できる程柔らかくはなっていない。これならまだ昔の方が圧勝している。

「はあ」不甲斐なさに思わず溜息をついてしまった。

 この世界に来てから、こう自分の体と向き合うと、事ある毎に元々の体と比較してしまう。

 随分前から続けている、過度に邪魔にならない筋力の向上を兼ねた柔軟の習慣。老いた肉体よりかは幾分融通が効きそうな若い体を、朝早くから虐める。以前の様になれと。記憶の中の最盛期に近づけと。

 体自体の潜在的なものや快活さは四十代以降の私とは、比べる必要が無い程勝っている。しかし現在、筋力や体の柔らかさ等の、後天的に鍛える類なものは殆ど劣ってしまっていた。記憶を掘り出してみると、おそらく数十年前、この肉体に近い年齢だった時の私よりすらも負けていると思えてしまう。

 スリッパを履いて――ミッドチルダ、しいてはベルカの慣習が自分の母国に似ている部分が多く、来訪早々混乱せずに済んだ――掛け布団から出ると、朝の涼しい空気が、意識をほぼ完全に覚醒してくれる。

 単純に逆行しただけであれば、この肉体と同じ歳であった以前の体との差は起こらないのではないか?

 覚め始めた頭が余計なことを考え出したが、すぐに切り捨てる。自分の体に関しての疑問点はきりが無い上、解決方法が無い。

 私の感性からすると、己のものとしては情けないと思えて仕方が無い脆弱な身体。退院する際着替え様とした時も驚いたものだ。唯一、健康体であったのは重畳と言える。

 上半身の柔軟をし終え、次は立った状態での柔軟へと移行する。腰を曲げて床に手を伸ばし、その後背筋を反らせる。中腰の状態で肩入れをしたり、その状態のまま、さらに腰を下ろしたりと、自分が知る限りの柔軟を淡々と行う。

 焦る必要は無いが、備えておくことに越したことはないため、この体になった今でも日課を止めることは無い。

 念入りに、今現在の限界の一歩手前まで体を伸ばす。一緒に内側の筋肉を刺激するのも意識しながらゆっくりとこなす。

 柔軟の最中、視線は特に意識していないにもかかわらず、部屋の様々な所へと向けてしまう。

 そういえば、このグラシア家の別荘へ訪れた初日。自分に宛がわれた部屋を見た時の私は、正直内心では感心しきりであったな。と、数日前のことを思い出す。

 別荘と言え、家屋は大きく、加えて周囲の広大な土地が私有地と聞くと、否応にもグラシア家の豊かさを思い知った。

 その際、別荘の説明をシャッハから受け、すぐに組織の様なものとの関わり合いが面倒そうな家柄だ、と率直に思ってしまった自分の考え方自体が、昔の人格と今の人格が変わっていないことを教えてくれた。

 今更な感じが否めないが、人格・性格すら逆行していた場合、孤児院暮らしから死ぬ直前までの私は本当に死んでいたことになるのだろう。記憶が若返った自分自身はそんなことすらも分からなくなるのだから、自分の中では無かったことになると言った方が正しいか。

 それに、記憶が無ければ昔の記憶を夢として回顧することもないだろう。

 コジマ粒子という、生きとし生けるものの万物に対する劇物。それを用いての技術革新は、それまでの人が辿った歴史の中において、群を抜いた速度の環境汚染を発生させた。

 そんな時代に、コジマ技術の塊を操縦していた私自身がその行為を非難する資格は無いが。

 部屋の中にいて、心地よい木材の香りが鼻孔を抜け、木特有の温かみを感じられるということは、私がいた時代では大変珍しいものだった。

 大気の汚染が原因で、こういう木製の家屋がある所では全て、空気清浄機によって無臭へと変えられていた上に、森林浴なんて言葉は馬鹿がする戯れと思われる時代だ。こんな密閉されていない空間で、深呼吸をする何て愚か者はいなかったな。

 夢で見たオフィスも、外気が入り込まない様に細工しており徹底していた。コジマ粒子の濃度が濃い場所から帰還した者は良くて徹底洗浄。悪くて無菌室での数日間の入院を強要される程だ。

 その様な時代の中でリンクスと言えば、味方にとっては英雄でいて、環境にとって悪魔の存在。コジマ汚染を嫌う重役はリンクスの仕事内容に賞賛はしても、実際に会うことは嫌っていたという、清々しい程分かりやすい態度であった覚えがある。

 全身の柔軟を終えた後、寝起きの時よりかは程良く温まった体を動かして、カーテンと窓を開ける。

 ここは林の中に建つ別荘。そこから望める木々の緑と幹や土の茶色。そして季節柄か所々花の明るい色も見受けることが出来、様々な色が私の視界を埋め尽くす。

 窓を開けたことで部屋へ入り込んでくる風は、視界を覆うそれら特有の匂いを一緒に運び、私の鼻を刺激する。

 話によれば電力や魔法技術の応用等、クリーンなものを源にした施設や乗り物が普及しているらしく、その上都市からも離れたここでは、機械的な臭いは全くしない。元いた世界では有り得ない程の、特にリンクス戦争以後の人によってはむせ返るであろう“自然”の匂いは、クレイドルの自然区域や、地上の緑化試験地区とは比べ物にならない。そんな深みのある匂いを持つ空気を一身に受けるたびに、年甲斐もなく深く感動してしまう。

 木々にくり抜かれた青空、真白の雲、透明の大気。

 こういう場所を体験させた部分だけを見れば、私を生き長らえさせた者に対して感謝の念はある。許すつもりは無いが。

 目を閉じて、体に当たる風を感じながら何度も深い呼吸を繰り返し、肺に目一杯の外の空気を取り込み体に循環させる。あの世界の人は生まれた時からこういった自然の恩恵を一度も知ることなく、疑似的な平和を作り出すクレイドル――揺り籠の中でその生涯を閉じるのだろう。

 ……知らない方が良いのかもしれんな。もしかすると、生命体でありながら、反対に人が手を加えていない天然の自然を汚いと嫌うかもしれない。皮肉的なことだ。

 はっ。自分もそんな世界に生まれた人間ではないか。

「……いかん」

 思わず口を歪め、自嘲しそうになった口角に手をやって自制する。

 あの世界にいた時の夢を見たのが原因か? 私が感傷とはらしくない。自覚は無いが、敵味方問わず機械と呼ばれていた自分が……老いと若さが同時に来るとは恐ろしいものだ。

 ――老い……我ながらつまらん言い方だ。今度は自制せずに進んで自嘲の笑みを浮かべる。数秒笑った後、窓を少し開けたままにして、スウェットスーツを着るためクローゼットのある方に向かう。

 そういえば、精神が肉体に引っ張られるとか、その様な言葉をどこかで見た気がしたな。その理論をそのまま飲み込んで一応は納得出来たとしても、己のアイデンティティーが若くなった体に弄くられている気がして良い気分ではなさそうだ。

 無意味に近い“もしも”のことについて色々と思考を続けながら、クローゼットに近寄りシャツや運動着を取り出して着る。

 部屋も家具も服も生活品も食事も他人からの物。自分の物はこの心身くらいしかない。

 いや、違う気が……。

「――ああ、そういえば、あのライターもどきの怪しいデバイスも一応私の物か」

 いやはや、初見以降あれ自体を見ていないから忘れていた。

 私物は概ね心身と言った方が正しいな。とりあえずは。

 部分的にメッシュ加工を施された、見た目シンプルなシャツを身に纏う。

 私は心身とデバイスの他、それ以外何も持ち合わしていない。仕方ないと言えばそれだけだが、全てグラシア家に賄ってもらっているとは、随分良い御身分だことで。

 シャツを着、次にスウェットスーツがある方に手を伸ばし、まずはパンツを穿いてから、続いてジャケットをハンガーから手元に持ってくる。素人目の私から見ても上質なスポーツ用品であることは分かる。

 ここに来た初日、夕餉の席でカリムの両親は私に対して、“家族になるのだから、その辺は特に気にするな”という様なことを言った後、父親の方が冗談で“なら出世払いで”と話していたが、このままグラシア家の一員として暮らしていたら、いつになれば完全に返済出来るのだろうか?

 そう思ってしまう程、グラシア家の知名度及び地位は私の予想を超えていた。

 ――一般家庭から孤児院暮らしになり、軍人として危うく死にそうになった後、社会人を経て、新しい人生は貴族の養子か。なんとまあ、私事ではあるが意外と奇妙な人生を歩んでいるではないか。小説でも書いてみるか?きっと出版社を忙しくさせるだろう。悪い意味で。

 コンコン。

 運動着の上着も着て、空いた時間を軽めのスクワットや体術の確認等をしながら埋めていると、ノックの音が部屋に響いた。

 ――来たか。

 彼女は時間に正確であるはず。ということは、今日の私は昨日よりも数十分も早く起きたということか。

 起床してから初めて時計を見、針が差す数字を確認。やはり時間通りか……職務柄か生真面目だな。好印象を抱ける。当然給仕はこんな朝早く部屋に訪れない。

「ローディーさん? シャッハです。起きています?」

 再びのノックの音に続く形で、シャッハの声が耳に届く。彼女との間にドアがあろうが、聞き取りやすい声。それだけで彼女の生真面目さを感じることが出来る。

「今そちらに向かう」

 私は歩きながら返事をしてドアを開ける。

「今日は早いんですね?」彼女は私の姿を確認してすぐそう尋ねてきた。

「ああ」首肯する。「やっと安定し始めたと思っている」

「それは良かった。この別荘に来て初めての朝とは大違いですね」

「……まさか、この歳になって起こされるとは思っていなかったな。それに、シャッハの入室に気付けなかったことも予想外だったぞ」

 その時のことを思い出し、眉間に皺を寄せる。

 それは自分に対しての不快感。昔は睡眠薬無しで、どうしたら無害な人の気配を察知せずに睡眠が取れるか考えたこともあったことが嘘の様に、ここに来て実質初めての朝を迎えた時、私は簡単に言ってしまえば寝坊してしまった。

「まだ気にしているのですか?」

 首をひねるシャッハ。彼女の実直さを表す様な切り揃えられた前髪も一緒に揺れる。

「引きずってはいないが、情けないとは思う」

 あまりに私が起きるのが遅いため、部屋に訪ねてきたシャッハ。当然彼女に殺気や敵意はなかったが、彼女の声を聞いて目覚め、寝坊したという状況を把握した時は、元々の自分とは違うその鈍さに嫌気が差したものだ。

「誰だって失敗はありますよ」

「勿論だ。まあ、生死に関係の無いところでのミスだったので、あまり問題ないとでも言い訳しておくさ」

「分かりました。そういにことにしておきます」私を見る彼女の口角が微かに上がる。「私としては、いつものあなたとは違う、とても安らかな表情を見られて良かったですけれど。今思い出しても可愛かった寝顔だったってことは覚えていますよ?」

 私と彼女の二人はあまり物音を出さない様――とはいえ、上質な絨毯のおかげで普通に歩いたとしもあまり音はしないだろう――に、廊下を歩きながら会話を続ける。

「思い出さなくて結構。それと、その日の朝に言い忘れていたが、男に“可愛い”と言って喜ぶ人は少ないぞ。気になる男性が出来たら“格好良い”と言った方が男は簡単に騙されて、気分が良くなる。女性専用の魔法の言葉だな」

 私はそういうお世辞に気分が良くなったことはない。実年齢が四十をとうに超えている私が今更、少女に褒められて鼻の下を伸ばすこともない。

「やけに詳しいですね? 失礼を承知の上で言いますが、恋愛とかそういうものに詳しそうな感じがしないのに」

「自称色男の受け売りだ」頭に浮かぶ奴の姿は今朝の夢と同じスーツ姿。「私は歳だけは食っているからな。長生きしたらするだけ、いらんこともより多く覚えてしまうことになるぞ。奴によれば、男は単純な生き物だから、女性なら簡単に扱えるんだと」

 へえ。と彼女は感心した声を上げた。彼女の周りにそんな人はいなそうだから、こういう俗世の話は珍しいのかもしれない。

 朝日はまだ完全に顔を出さないが、窓からは柔い光が廊下に入り込んできており、朝特有のぼんやりとした空気がそこに満ちていた。

 そこを歩き続け、外を目指す私と何やら思考中の彼女。朝早く外に出る目的は主に体力作りや組み手。数日前、カリムが起きる前に毎日鍛錬をしていると言ったシャッハに頼み、日々の慣習に付き合う許可を貰ってから続けている。最初は慣れない体に加えて、昔の体より数段劣った体力等の身体能力に戸惑いを感じたが。嬉しい誤算で回復力は若さ故に高いため、日常生活に支障をきたすことは無かった。

 その運動の為に私がスウェットスーツを着ている様に、今の彼女の服装はいつもの修道衣ではなく、私の物とは色違いの物を着用している。

「私にはそういう知り合いは近くにいませんので、興味はありますね」

 階段を下り初めてから何か考えていた彼女が再びこちらを向く。

「近くにいたら賑やかだが苦労するぞ」

「でしょうね。苦労しない様に願っておきます」

 階段を下り、途中ですれ違った使用人に挨拶をしつつ――別に私は義兄であっても貴族ではないので挨拶は自分からでもする――、玄関を抜ける。

 部屋にいた時以上に感じることができる自然。ここで毎日鍛錬が出来るというだけで、元の世界とはえらい違いだと思う。

 まず行うのは、別荘近くの道を用いてのジョギング兼ランニング。そこに向かう為、澄んだ空気の中私達は歩みを止めない。

「それにしても、その人って何人もの女性を巧みに手籠めにしてそうですね」

「女性に格好良いと声を掛けられ良い気になって付き合い、そんなことを何度か繰り返して、何股かしたらその女性全員にばれて虐げられ、翌日違う職場で格好良いと言われてまた付き合う人だぞ」

「え……えっと」

「その内、そいつの噂が所属する企業の女性の間で広まった為に、企業内では全くモテなくなった男だ。ころころ付き合う女性を変えていたというよりかは、付き合う女性が頻繁に変わっていたと言った方が正しい」

 私の話を聞いた彼女は脱力した様な雰囲気を纏っていた。

「……何と言うか、こりない人ですね。その諦めない根性だけは尊敬します」

「エンリケ=エルカーノ。そいつの名前だ。奴みないなのは見ているだけで当分は楽しめるぞ」

「何だか気障な名前ですね。それに“見ているだけ”ならですね?」

「ああ、そういう人間と一緒にいる際、飛び火したら面倒なことになるから気をつけろ」

「……しっかりと覚えておきます」

 シャッハのその決意に、私は「そうしておくように」と念を押す。

 そんな他愛のない話を交わしながら、私達は鍛錬場へと向かっていった。

   *   *   *

 太陽の光は大地を照らす。その光を存分に浴びた明るい色調の緑の草は光を反射している為に、木々の葉によって日光が遮られた中において、点々と光が差す所々が光を受け瞬いている様に見受けられた。

 暖かな午後の風は朗らかに辺りを巡り、草木を優しく揺らしている。そこに降り注いだ光もその動きに従って波立つ。

 時刻は昼、多少細かく言えば三時頃。昼食を取ってからすでに数時間が経っていた。

「もう! 何でお兄さんは寝坊しないのですか! 私もお兄さんの寝顔が見たいから寝坊してくださいよ?」

 そう、理不尽なことを言いつつ、テーブルに置かれているティーカップを手に取り口に付けるのは、この家のお嬢様、カリムである。

「僕もローディー兄さんの寝顔を見てみたいな~。いつも無愛想な顔をしているから、シャッハの言う穏やかな寝顔が全く想像出来ないよ」

 周囲にある木々の葉の様な緑色の髪をした少年がカリムの言葉に続く。彼は初対面から私に対して友好的に接してきて、今も調子が良さそうな笑みを浮かべている。

 ヴェロッサ=アコース。書類上私の義弟ということになっている。何やら彼の笑顔を見ていると、エンリケを思い出すことがあるのは気のせいだろう。気のせいだと信じたい。主に教育係のシャッハの為に。

「寝坊はやろうとして出来るものではないぞ。――それと言っておくが、もう他人に寝顔を見せる程気が緩むことはないから諦めろ。そういう、あわよくば画像として保存をとか思っている邪念があるとなおさらにな」さすがにそんな変な気配を纏っていたら起きる。

 ケチ! やら、残念だなあ、等色々と勝手に言っている二人の言葉を生半可な気持ちで聞き流し、盤上の駒の一つを動かす。

 私の態度を見れば、二人の言葉を真面目に聞いていないことは明らかなので、そこが気に食わないのかカリムが何か言っている。しかし、すぐ横にいたシャッハにたしなめられたことで、話す対象が私から彼女へとすぐ変わった。全くどうして良いコンビではないかと、家族歴数日の私がそう感想を心中で述べてみる。

「おおう……そういう一手でくるか」

 机に置かれた、チェス風な物の盤――ベルカ発のボードゲームだそうだ――を挟んで私と向かい合う形で座っている男がそう声を出した。

 そして見た目二十代後半の男性、ホヅミ=グラシアは私の一手に対して、ふむ、と呟きながら、自分の一手を考え出す。

 見た目は若いが実年齢は四十前半。話を聞くと、魔法を使う人は頻繁に無茶をしない限りは基本老化が遅くなるらしい。ベルカの神秘・ミッドチルダの神秘とでも言うのか?

 彼によれば、こうして気楽にボードゲームを興じられる友人が少ない上、皆忙しく予定が合わないことが多いので、私が来てからは良い相手が出来て嬉しいらしい。この数日、欠かせず何回もしていることや、来訪初日に「ボードゲームは出来るかね?」と尋ねてきたところから省みるに、彼のボードゲーム好きは相当なものだ。ちなみにここにいる全員は嗜む程度に出来るらしいが、彼とは拮抗以上の戦いが出来ないらしい。

「うぬぬ」

 どうやら熟考の域へと至った様だ。時間制限等の縛りが無い以上、それなりに時間がかかることは、過去の対戦で把握済みである。

 ただ待つのも趣があって良いが、冷ますと良くない為、私の為に淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。毎日の食事もそうだが、この時代の“食”というものは、私がいた世界の栄養バランス主義の食事とは真逆だ。しかし、あちらよりもこちらの方が様々な面で幾分良い。あちらが勝てるのは栄養面だけかもしれんな。

「ローディーは強いわねえ。私なんて、彼の下で様々なことを学んでいた頃から、ほとんど勝てていないわ。嫌なら断っても良いのよ?」

「いや、嫌という程ではないから大丈夫だ」

 私に言葉を聞き、そう、それは良かった。と満足げに微笑んだ金髪の女性。

 ツクヨ=グラシア。きっとカリムが成長したらこの母親の様な姿になるのだろう。と思える程、カリムはツクヨの特徴を受け継いでいる。

 彼女は彼女で、少し距離を置いて、自分の家族を優しげな瞳で見て、笑みを浮かべながら、この時間を過ごしていた。

 英国で言えば、ミッディ・ティーブレイクという慣習に近い。ようはおやつ時にするティータイム。別荘に備えられていたテラスで、シャッハを加えたグラシア家の面々が、思い思いに談笑等で過ごしている。直射日光は傘で遮られている為、朗らかな風だけがテラスに入り、心地よい時間を過ごす手助けをしてくれていた。

「ここならどうだ」

 ――と、長い考えの末、自信あり気にホヅミは駒を動かしてきた。なるほど、まだ私自身が全ての手を把握しきれていないから、知ったかの様な口調にしか思えないが、一応この場における最善の一手だ。

 ――だが。

「……ここだ」

「ぬうっ」

 すぐさま打ち返す。さすがに勝率自体は眉唾物の私よりかはまだホヅミの方が高いが、勝てる時にはすんなり勝てる時もある。どうやら今回はそのパターンらしい。

「ローディーと対面している時のあなたがそういう風になると、殆ど勝てませんよね?」

「くっ。しかし、まだ逆転する機会はあるはずだ」

「どうだか。ローディーもこの人がこうなるのは、勝ち目が薄い証拠だと思うわよ
ね?」

「ああ、それは確かに」

 再び熟考の海へと突入したホヅミを尻目に、同意を求めてきたツクヨに返答する。敬語では無いのは、人前以外ではそうする様にと両親の方からそう言ってきた為だ。理由を尋ねると、“気楽だから”だそうで、こういう家庭では珍しく、公私の分別が出来ていれば、公私の“私”の方は甘い所がある。

 彼らと会うその時までは、こちらのテーブルマナー等の礼儀を厳しく教育されるかと予想していたが、初対面の後の夕餉を終わった後、彼らはそれまでの私の態度に対して感慨深く頷きながら、良い子だ。と言っていたのは記憶に残っている。

 そう思われた為なのか、今日に至るまで教育係付きで教育されることは無く、多少そんな類の本を読んで相違点を確認したくらいだ。彼らは私がミッド・ベルカ語を読めることを知ると、驚いた後再び感心していた。ドイツ語に似たベルカ語はともかくとして、英語に似ているミッド語は、母国語に近いかったから読めただけなのだがな。

「あの旦那様」

 ホヅミの次なる一手を待つ間、ツクヨやカリム達と談笑をしていると、控えめな態度で給仕が室内からテラスに向かって顔を出してきた。

「……」

「あの、だ、旦那様?」

 自分の世界に入り込んでいるホヅミにはその言葉が届かないのか返事が来ない。その為、給仕がうろたえる。

「今のあの人は声を掛けても無駄だわ。それで用件は何です?」

 黙り込む夫の代わりに、ツクヨが給仕に向かって助け船を出した。

 こういう場面を見るたび、おそらく彼女は公の場でもサポートをする役回りが多そうだと感じる。苦労人体質に近いな。数日しか一緒にいない私でもそう思えてしまう。

「教会騎士団の方からお荷物が」

「教会騎士団から?」

 思わず聞き直してしまったツクヨに給仕は、はい、と首肯して、その荷物らしき物をテラスにいる皆に見える様両手に持って腰の上辺りで掲げた。

 金属の素材を中心に造られたのであろう、銀色の箱。目を凝らすと、ベルカ式の魔方陣が側面に刻まれているのが見て取れる。病院にいた時に見た、フィードバックが入れられていた箱とほぼ同様の物だ。

「フィードバックか?」

 ここに来て二日目に、デバイスマイスターなる資格が必要なデバイス技士からの報告を、シャッハを介して聞いたことはあった。その時の報告で彼女は、内部データの検査中、私がこんな経験をしたことを知る為の目ぼしい情報等は、当デバイスの証言通り無かったということ等を言っていた。

「いえ、違います」私の問いに応じたのはやはりシャッハで、席を立って給仕に労をねぎらいつつ箱を受け取る。「これは病室にて、ローディーさんが頼んだデバイスでしょう」

 そう言ってから、シャッハはその箱を私に渡してから自分の席へと戻った。

 両手大程の大きさながら、見た目以上の重さを感じる箱。金属独特な冷たさが手から伝わってくる。

「お兄さんのもう一つのデバイスですか……気になりますね」

「僕も」

「私は開けても構いませんよ? ホヅミ様、ツクヨ様はいかがでしょう?」

「ローディーのデバイス? 是非とも見せてくださいな?」

 二人の催促の言葉に、この場で確かめるかどうか決めかねていると、シャッハから許可が出、次いでツクヨからも許可が下りたので、遠慮せずその場で箱を開ける。唯一返事が無かったホヅミは未だ思考を巡らせている。

 箱を開けると、深紅色のクッションに沈む形で収納されている、刀身をむき出しにしたナイフがあった。注文通りのサバイバルナイフに似たアームドデバイス。背の方に相手の刃こぼれを誘う凹凸がある物とは違い、その部分のみ銃で言う所の狙撃銃や猟銃と同じ様なボルトアクション機構に似た形になっている。これがシャッハから聞いたカートリッジシステムという物か。

 実際にナイフを手にとり、退院した翌日にシャッハに頼んで送ってもらったデータ通りの重心になっているか確認する。話を聞けば、倉庫に元々あったデバイスのマイナーチェンジ機らしいが、それでも折角の専用機、出来る限り自分に合った物にしたい。

 軽く振ってみたり、投げる仕草をしていたり、色々確かめていると何故か周りから、おお、と感嘆の声が聞こえてきた。

「ふむ」実際に使い手本人が設定に携わっていないとは思えない程、良い重心のバランスだ。これなら投げても大丈夫だろう。どうやら優秀な技士に頼んでもらってくれたようだ。

「どうですか? 装填数は少ないですがカートリッジシステム自体は装備。重心の微調整程度なら私も出来ますので、何か問題があれば言ってください」

「大きな問題は見当たらないぞ……今日はホヅミから借りた本で魔法理論等を今以上に深く理解しないといけないからな。明日本格的に試してみるさ」

「お兄さん。今日は皆で夕日を見に行くのですよ? お忘れなく」

「分かっている。それが終わると必然的に時刻は夜、その時読書をすることになるだろうから、今日は無理だという意味だ」

 シャッハの協力してくれる態度に感謝しつつ、カリムの言葉に返事をする。一週間と少しの間はグラシア家の皆は完全休養。カリムが普段は忙しい両親と心置きなく接すことが出来る期間なのだから、すでに家族の一員である私がその調和を乱すことはしない。

「ローディー兄さん。何で待機状態ではないんです?」

 カリムが私の言葉に納得していると、今度はヴェロッサが質問してくる。

「このデバイスは私の注文でそういう所が逆でな」色んな角度でナイフを見ながら答える。「この状態が言わば“戦闘”待機状態で、一般的な手のひら大のアクセサリーの様になるのは、管理外世界や非戦闘地区で隠匿時、その時の形が通常形態ということにしてある。戦場でわざわざ展開していたら隙が生まれるだろう? 今言ったことが分からなければ、私がひねくれ者で単に逆にしていると思ってくれ」

 何となく分かったよ。と言うヴェロッサ。カリムよりも年下のはずだが、ヴェロッサも歳不相応の人格を持っている。実家を失う等の今までの経験や、並行して違うことを思考するマルチタスクが原因なのだろう。

「それではローディーさん。まずはそのデバイスに名前を名付けてください」

「AIを有しているのか?」

「はい。魔法のプログラム等は最低限にしたりする等、ナイフ本来の使い方を尊重している設定のおかげで、空いた容量を用いて搭載しています。捕捉で言えば、デバイスマイスターの趣味で学習型の高度なAIです」

「まあ、ここ数日の確認で、私が魔法の操作等が苦手なのは分かったからな。AI付きの方が有り難いか……デバイス、起きているか?」

《はい。マイスター》

 声を掛けると、聞き覚えの無い、二十代の物静かな印象を感じる女性の声で返事があった。これも技士の趣味なのだろうか? そう考えると背筋が寒くなる。

《マイスター、私に名前を付けてください》

「……LBだ」

《承知しました。これから私はLBと名乗ります》

「どういう意味なんですか、お兄さん?」

「特に深い意味は無い、何となくだな。しいて言えば、長い名前にする意味もないだろうと思ったからだ」わざわざベルカ語にする必要も無い。

「よし! ここならどうだい?」

 長い思考からようやく抜け出したホヅミが駒を動かす。動かした駒を見つつ、自分の駒を動かす。

「これでチェックメイトだ」

「何?」

 私がそう宣言すると、ハヅミは怪訝な表情を浮かべた後、何かに気付いた様に盤上を見入り始めた。今のこの状況では、どうしようともホヅミは積みだ。救済策は無い。

「……あ、く……参りました」

「賢明な判断だな」

 まさか負けてしまうとは! と嘆くホヅミの声を聞きつつ、右手に握られたLBの方に視線を落とす。

「LB、通常形態に移行」

「了解。通常形態に移行します」

 LBの復唱と共にナイフであったLBの形は徐々に形を変えて、一般的なアクセサリーと変わらない物に変化したことを確認後、身につける。アクセサリーを着ける趣味は無いのだが、この際仕方がない。

「ところでシャッハ、フィードバックの方はどうなっている? 盗聴器やら遠隔操作で爆発する装置等と言った物は見つからなかったのか?」

「あいにく、前にも言いました、マイスターの任意で一部分を自爆できる装置以外、そう言った物は見当たらないそうですね。デバイスマイスターの話によると、AI等のシステム面は本人が言っていた通り高性能だそうで、逆に内部機器等は、無理やり旧式を現行機に近づけさせている様な構造だったそうです」

 思わず眉をひそめてしまう。

「どういう意味だ?」

「検査結果によると、パーツに使われている素材自体は良いらしいのですが、パーツ自体の性能は低く、型自体も古い物が多くて、それに比べて一部の個所は現行機よりも高性能や革新的な作りをしているそうです。システム面も他の一般的なデバイスとは、役割は同じでもプログラミングの仕方が異なる部分が多いらしく、フィードバック自体が言った言葉を信じれば、本当にあなた専用なのかもしれません」

 頭の中で今の言葉を把握しようと試みるが、何故そんな面倒な組み立て方をしたのかあまりにも意味深長な部分が多く、理解し難い。

「何だそれは?」思わず出てしまった本音。

「加えて、自称古代ベルカ式とのことですが、ミッドチルダ式や近代ベルカ式に酷似している様で全く違う部分や、新理論の部分もあるらしく、通信で会話した時、担当した技士が凄く興奮していましたよ」ふう、と一息つく。「それと、不思議なことに、現行機とのある程度の互換性を有していることも分かりまして、デバイス自身の進言もあって行われていたパーツの変換も明日には完了し、午前中にはこちらに届くそうです」

「どれだけ製作者は悪趣味なんだ? 馬鹿と天才は紙一重とはこういうことを言うのか」

「やはりフィードバック様は凄かったのですね!」

 目を輝かせるカリム。何故か、病室で会ってからフィードバックのことを尊敬? しているカリムの態度に、私とシャッハは溜息をつき、ツクヨはそんな娘の姿を見てただ上品に微笑んでいた。この親あってのこの子有り?

「はあ。また疑問が増えてしまった」

「大変ですねローディー兄さん」

「特に何かをしているわけではないのだが疲れていくよ」

 あはは、と全く心配していなそうな朗らかな笑顔でそう言うヴェロッサに何とか言葉を返す。

「しかし、フィードバックが明日にはローディー様の手に戻るということですと、明日は私と初めて魔法有りの組み手が出来そうですね?」

「勘弁してくれ。素人の中の素人だぞ? 局員になって、ある程度実戦を積んでから模擬戦はするから今回は諦めてくれ」

 約一ヶ月後――入校するまでは主にカリムの補佐、正確にはカリムの補佐のシャッハの補佐だが、それらをこなして経験を積む――に、私はグラシア家、つまりは聖王教会からの推薦という名目で、第四陸士訓練校に入校、その後三ヶ月の短期プログラムを経て時空管理局に入局する手筈になっている。

 教会騎士団だけに入るという選択肢もあったが、聖王教会側が時空管理局に借りを作るという意味も暗に込めて、両方を兼任することになった。基本は管理局所属として従事する予定である。

 管理局に過度な白い目で見られない様コネはあまり使わず、一候補生から始める旨を求めたのは私自身だ。

 つまりは、今日初めてデバイスを身に付けた人間が、いきなり実戦に近い模擬戦は出来ないということである。練習にもならないだろう。シャッハは体を動かすことが好きなようだな。

「模擬戦は遠慮するが、魔法の運用方法についての説明はお願いしたい」

「勿論。明日の昼時はしっかり付き合いますよ」

 シャッハの頼もしい返事に、ありがとうと頭を下げて感謝する。

「私も見学しますわ」カリムが挙手し、

「当然僕も。ゆったりとした時間も好きだけど、基本的に暇だからね」ヴェロッサがそれに続いた。

「別に構わないぞ。見ていて楽しいかどうかは別としてな」

 歩兵時代から華の無い戦い方をしていた私に、人を楽しませることが出来るとは思えない。そういえば、企業の資金繰りの一環として行っていた商売。企業単位で作った大衆向けのリンクスが主役の娯楽PVの中でも、私の人気は無かった記憶があるな。

「カリムやヴェロッサも見学するなら、私も一緒に見学しようかしら?」

 どんどん増えていく見学者。皆、忙しさからは解放されたが、退屈からは解放されていないらしい。

「お父様はどうするのですか?」

 カリムは律儀なことに、未だ私に負けた盤面を凝視していたホヅミにも明日どうするか尋ねる。

「ん? 私も特に一人ですることは無いしね。一緒に見学するよ」

 やはり皆暇なのか。

「ローディー、それが終わったらまたボードゲームをやろう」

「まあ、構わないが」

「いや、今やろう! 再戦だ!」

「はあ、構わないが」

 教会から送られてきた緊急の仕事を処理していたホヅミの姿を見ていなければ、私は今も彼をボードゲームだけの駄目な大人としか思っていなかったのかもしれんな。

「あなた、そろそろ夕日が良く見える場所に行く仕度をしませんと?」

 私は了承したのだが、彼にとって残念なことに時間切れの様だ。

 そして、席から腰を上げたツクヨは、固まるホヅミを引きずりながら部屋の中へ消え、私を含めた残りの人も、二人の行動を皮切りに各々の仕度をし始めるために室内へと戻る。

 この休養が終われば、私にも忙しい日々が訪れる。その時が訪れるまでの一時、私も安らかな日々を享受しよう。

 ――もしかすると、こんな日々を経験するのは、何十年間の内で実質初めてかもな。

 テラスに吹く風を背に感じながら、私はふと、そう思って少し笑い、私も自分の部屋へと向かった。



[19604] Chapter 0/2-2
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/07/01 12:27

 “GA”
 正式名称グローバル・アーマメンツ。国家解体戦争に参加した六大企業の一つであり、様々な企業で構成されている企業グループでもある。

 リンクス戦争時点、環太平洋域において最大規模の総合軍事企業であるGAアメリカを主軸に据え、日本の重工業総合企業である有沢重工。GAアメリカの子会社的存在のGAヨーロッパ。エンジン開発に優れた技術を発揮する軍事企業クーガー。センサー類の電子系に対して高い技術力を誇り、ミサイルの開発においてはリーディングカンパニーと目されるハイテク企業、MSACインターナショナル等、多種多様な企業が内包されたこのグループは、最大級の勢力や規模を誇っている。

 それだけを聞けば、彼らには弱点が無い様に思える。

 しかし、GAグループは他企業に比べて大きな遅れを取っている分野があった。

 軍事的価値が高い一方、環境及び生物に多大な悪影響を被らせる諸刃の物質であるコジマ粒子。そして、それと、各分野の最先端技術が惜しむこと無しに用いられて製造される次世代型AC。正式名称はアーマード・コア・ネクスト。略称はネクストAC、ネクスト。

 GAはコジマ粒子の技術、しいてはその技術から派生したネクストの開発技術――その両方の技術に明るくなかった。

 単機で多くの既存の兵器を遥かに上回る性能を誇るネクスト。国家解体戦争において、圧倒的力を有し、その後の戦場において主力要素とも容易に想像出来る兵器。

 GAはネクストを作ることは出来ても、他企業のそれとは様々な面で劣っていた。規模が大きくとも、技術力では負けていたのだ。

 国家解体戦争以後、他企業との技術力の差を痛感したGAの首脳部は、その問題を打破する為、他企業では出来ない、GAのみが可能であろう技術の開拓路線を定める。

 それはGAの巨大さを生かした広範囲に及ぶ有識者の発掘。簡単に言ってしまえば物量作戦。単純ながら、コジマ技術以外は優秀な彼らのグループが行えば、それはある程度の成果を生むことになるだろう。首脳部はそう考えた。

 彼らは最大級の規模や資金を用いて、世界中から技術を手に入れようと奔走する。金銭を物に言わせたヘッドハンティング、スパイ活動。極端な行動を言えば、時には他企業の社員を誘拐紛いなことをして、その後懐柔させることもあった。当然、それらの強引な手腕は他の企業では良くない印象として捉えられ、酷い場合はウドの大木と、GAのことをそう揶揄する者まで現れる始末となった。

 その行動の結果はあまり芳しいものではなかった。確かに、実行に移した時よりかは技術力の向上は見られた。だが、元来コジマ技術やネクスト技術は企業の最機密情報。金銭のみで釣られる社員の中に、各企業の技術の核心を突く程の情報を持った地位にいる者は、ほとんどいなかった。

 GAは諦めることなく行動を起こし続ける。その一環として、技術開拓とほぼ同時期に、ネクストに搭乗できる人類の優良種とも言えるリンクスの発掘も行っていた。

 元々GAはリンクスの質においても、他企業より劣っていた。国家解体戦争に参加したGAグループ所属リンクスは三人。GAアメリカの聖女、メノ=ルー。GAヨーロッパのミセス・テレジア。有沢重工のワカ。彼らにリンクスとしての実力が無いと言えば嘘となるが、他企業が所有するリンクス達と比べると、一人辺りの力量も、所属リンクスを合わせた全体的な力量も、GAは特出してはいなかった。

 そこでGAは、自社の欠点を補うサンシャイン計画と名付けられたプロジェクトを実行する。

 その内容は質より量。ネクストに乗る適性が低い者でも、一定以上の戦果を揚げられる様にするという、ある意味他企業が行く方向の逆を目指した形である。
元々数が少ないネクスト搭乗適性者。その素質を高く持つ者はコジマ技術・ネクスト技術に次ぐ重要な要素であり、企業は優れた人材を見つけ教育することが、自社のネクストを活躍させ注目させる一つの手である。しかしそれは、一人の人間の意思のみで強大な力を動かせることや、万が一丹念に育てた者が失った場合の損害が大きいこと等から、不確定な力として指摘する者も少数ではあるが存在していた。

 GAはその考えを都合良く解釈する。リンクス候補になり得る者を探す検査。GAはその時の合格ラインを下げることによって、素質はあるが適性値の低い者を集めることに成功するに至った。

 非凡な兵器に非凡な者を乗せるのではなく、非凡な兵器に才能自体はあるがその素質自体は凡庸な者を乗せる。規模の大きいGAらしいと言えばらしい戦略である。

「――っとまあ、自分が勤務する企業に対してそこまで悪口を言いたくないとか自分で色々と言っていたけどさ。言ってしまえば、君らは期待されている様で期待されていないんだなこれが」

 GA社の本社、ビックボックスの一角。ネクスト部門と銘打たれた区画の一部屋。会議用の机が部屋の中央に鎮座している、白を基調としたそこに、四人の男女がいた。

「私もそこまで優れたリンクスという訳ではないからね。好き勝手言える立場ではないとは思っているけど、GAは本当に物量作戦・人海戦術が好きなんだよねっていつも思うよ」

 そう言葉を発しているのはエンリケ。そこまで言うと彼は、会議用の机自体に腰を下ろしたまま、珈琲を啜る。

「エンリケ様、行儀は悪いです」

 むくれ顔のメノの態度が何のその。エンリケは薄く微笑みながら珈琲を堪能していた。

「うん、不味い。苦いのではなく不味い。やはり砂糖とミルクで誤魔化した方がマシだね。不味いけど」うんうん、と頷きながら、エンリケはメノを除いた他二名の様子を見る為振り向く。「ローディーとユナイトもそこんところは、訓練所で嫌という程見たでしょう?」

 話を振られた二人は頷く。一人は特に表情を変えず、もう一人は苦虫を噛み潰した様な顔だ。

 二人の記憶にあるものは、GAと、ある機関とが協力して行う、自分と同じ素質持つ者に対しての様々な投薬や手術の成果を確かめる現場。それによって素質自体の向上等を目指す訓練という名の実験。その殆どの被験者が精神的にも、肉体的にも壊れていく光景。二人はその中からリンクスとしての正式採用を勝ち取った、数少ない人間である。

「君ら二人は運が良いのか、AMS適性値は低いながらも小手先の手術をする必要が無くとも、ネクストを運用することが出来た。ようは、君らはGAのサンシャイン計画の先駆者であり、適性値が低い者でどこまで行けるかという確認でもあるのさ」はふう、と珈琲を飲みほした余韻に浸かるエンリケ。

「私達は一方、またはどちらかが死のうが、GA社自体にはあまり損害ない。そういうことだろ?」目の前にある黒く不味いだけの珈琲の表面を見据えながら、ローディーは口を開く。「私達の代わりとなる者は数多くいる為に」

 その通り。と言ったエンリケは机から下りて、新たな珈琲をカップに注ぐ。

「この珈琲の様に、飲みほしたなら注げば良い。死んだら訓練所から元々低い素質の中から高い順で補充すれば良い」エンリケは一口飲み、若干顔をしかめた後、「君らは真人間での実戦を用いたテストパイロット。全滅したら、きっと首以外のどこかが思いっきりいじられた者がここに来るだろうね」と言って砂糖とミルクを加えてから、エンリケは、ここ以外にね、という言葉と共に自分のうなじに手をやり、そこに付けられた擬態用のカバーを外す。

 肌色のカバーが外れた彼のうなじの部分には、有機体の人間には不自然と言える金属を見ることが出来た。

 アレゴリー・マニュピレイト・システム。通称AMSと呼ばれる、ネクストの操縦には必要不可欠なもの。彼の首に取り付けられたそれが、AMSを用いる為に埋め込まれた機械である。

 ネクストの運用は、姿勢制御などの様々な制御やネクス独自の機能を同時に、かつ素早く正確に行う必要がある為、脳とネクストの制御装置を接続し、リンクスの思考を、脊髄等を介してネクスト本体を操縦する方式を取っている。

「投薬や手術によるAMS適性の底上げか……適性値が低い私が言うのもなんだが、先天性の素質をそう簡単に伸ばせるものではないだろう?」

 単なる手動とは違うネクストをスムースに操縦する為には、ネクストから送られてくる電気信号を正確に読み取り、また正確に脳から機体へと信号を送る必要がある。その素質は先天的なものとして認知され、AMS適性と呼ばれている。

「勿論」エンリケは首肯する。「幼少期からの英才教育で操縦・運用技術は上がっても、今までの実験だけの成果で、AMS適性値の上昇という明らかな成功例を聞いたことは無いよ。GAは素質が低い者を一定以上の成果を云々と言っている割に、適性値を上げる方法を模索しているのだから、“質”への固執も捨て切れていないようだね」

 そう言い切り、エンリケは窓に近づいて、本社からの景色を見る。

 珈琲の匂いが充満した会議室。壁一面を窓にしたそこから見えるものは、高さの程度はあるが殆どビルのみ。気休め程度に緑がある以外は無機質的な印象を受ける。その遥か先の景色は砂煙で見えない。夜景ならともかく、昼時では何ら楽しむ点は見当たらない。

「……あんたの話が本当なら」ここまで一言も話さなかったユナイトが口を開く。「俺達は死んでも別に問題は無いってのか!」

 どん。というユナイトが机を叩く音が部屋に広がり、コップの中の珈琲は波立つ。

「先程私やエンリケが言っていただろう?」その声を聞き、ユナイトは隣にいるローディーに視線を送る。「注目はしているが、それは私達ではなく、この計画によって生み出される利益に対してだ。適性値が低い者が一人や二人死のうが関係ない。首脳部にからしたら、ネクスト一機分が失った損害の方が大分重要だろう」

 ――ま、そんななりふり構わない計画だからこそ、今私がリンクスになれてここにいるのだろうがな。

 珈琲を飲み干し、自嘲と共に吐いたローディーの言葉が部屋に溶け込む。

「おかわりいりますか?」

「いや、結構だ」

「評価自体は低いとはいえ、君らはリンクスとなった。それは紛うこと無き事実であり、これからの活躍次第では“上”の反応も変わってくるさ。精々頑張ってくださいよ? 折角出来た仲間なんだからさ。私が協力出来ることなら、女性のナンパとか合コンとか何でもするさ。」

 むしろウェルカム! と断言したエンリケを尻目に、溜息を吐いたメノが机を挟んで対面しているローディーとユナイトの方を見る。

「勿論私も、協力が出来ることなら喜んでやりますからね」

 聖女という名に相応しい清らかな笑顔を浮かべたメノ。そんな彼女の態度にユナイトはお、おう、と言いつつ顔を背け、ローディーは、その時が来たら遠慮なく、と返した。

「メノは模擬戦や実戦になると容赦がなくなるから、その時は気をつけなされ」私も完膚無きまでにやられたな~、ああ懐かしいなトラウマミサイル。視界全てが光に包まれるんだよねー。等と述べて遠い目をするエンリケ。

 エンリケのそんな意味深長な吐露に、トラウマ? と呟きつつユナイトは怪訝な表情を見せる。そんな彼の表情にエンリケは含みのある笑顔で返した。

「模擬戦、やってみる?」

「い、いや、俺らまだここに来て数日だし、いきなりオリジナルのメノさんと戦うのも無理あるよなあ!?」

 何やら怪しい光が籠るエンリケの流し眼に、ユナイトはうろたえながらも否定の意を表す。ローディーは静観のままで、メノは流れに身を任せているのか、特に口を挟んでくることはしない。

「そんな甘いことを言っていたら、本番オリジナルと会った時に何も出来ずに負けてしまうでしょうが。ねえ? メノ」

 エンリケは、何も入れていない珈琲を音も無く、上品に啜っていたメノに同意を求める。

「そうですね……何度かネクスト戦を模擬戦でも良いから経験した方が良いですよ? 調度良く今日は皆任務が無いですし、一度皆で一回ずつ戦った方が、お互いの特徴も把握できますしね」

 エンリケの指摘と、メノの正論にユナイトは、うっ、と声を上げてローディーの方を見やる。“俺に加勢しろよ”と言っている様な表情だ。

 ローディーはユナイトのそんな表情を見た後、他二人の表情も確認する。エンリケは相変わらず笑っており、メノは多少苦笑気味だが笑顔を浮かべている。

 私が模擬戦に賛同したら行うというよりかは、否応無しにトレーニングルームに連れて行かれそうだな。ローディーはそう考えた上で、自分の考えを皆に発言する。

「別に私は構わないぞ。私の今の実力とオリジナルと称される者の力量の差を直に感じてみたいからな」まあ、すでにそのオリジナルに殺されかけたことはあるのだけれど。と思い、ローディーは内心苦笑した。

 その言葉に、ユナイトはローディーをじとじとと見据え、エンリケは笑顔を深くした以外は変化が見受けられない。“オリジナル”と、ある意味名指しされたメノはメノで、そんな、私もまだまだですよ、と謙遜の言葉を紡ぐ。

「賛成多数で決定っと」ぱん、と柏手をするエンリケ。「――ってか、もしローディーが断っていたとしても、先輩命令ってことで強制連行だったんだけどね」

 エンリケの発言に、やはりと声を漏らすローディーに対して、「んな!? あんた前に階級やらなんやらは嫌いって言っていただろ!?」と言うユナイトは、あくまで反抗的な態度をとっている。

「それはそれ、これはこれ」エンリケはティースプーンを咥えながら器用に喋る。「カチャカチャ――それに、そんな消極的な姿勢だと、リンクスとしてこの先生きのこれないぞ? 元々君らに素質は無いんだから、その分経験で補わないと」

 正論に言い返せないユナイトは、笑顔のエンリケを睨んだ後、「そこまで言うならやってやるよ! 負けてからうだうだ言ったって遅いからな!」そう言って早々に退出していった。

「み、見事な捨て台詞だ」

「……エンリケ、何故そこでふるえる?」

 ローディーは体をふるわせているエンリケにそう問いてみるが、エンリケからの言葉は無い。笑顔が返答であった。

「エンリケ様」次いで彼に話しかけてくるのは呆れ顔のメノ。「前も言いましたが、あまりユナイト様を焚きつけないよう、ほどほどにしてくださいよ」

「こういう場で、ああいう元気な男は少ないからね~。仕事第一の社員よりか何倍もからかいがいがあるもんさ」

 エンリケ様! と叱咤するメノを横目に見ながら、ローディーも席を立つ。

「行くのかい?」とエンリケ。

「ああ、才能が無いものなりの努力をするためにな。同期の若者に離されたら笑いごとだ」

 そう言い終え、ローディーはエンリケとメノに背を向けて歩き出す。

「ほらほら、ローディーと一緒にメノもトレーニングルームに行きな。片付けは私がゆっくりとしておくからさ。先に新人達の教導を頼んだよ」

 自動ドアが開き、ローディーが去って行くまで彼の後ろ姿を見送っていたエンリケは、メノに声をかける。するとメノは、エンリケとローディーが去ったドアを何度か交互に見た後、お願いします! と言い残し、会議室を去っていった。

「いってらっしゃーい」ぱたぱたと手を振ったエンリケの顔は満足げである。

 彼らがいなくなった途端、会議室は静かになる。当然と言えば当然。今ここにいるのはエンリケ一人。さすがの彼でも、一人で喚くという器用かつ寂しいことはしない。

「メノも戦場以外では隙があるから扱いやすいなー」

 彼らが机に残したプラスチックのコップを、会議室の隣に備え付けられた給湯室で洗いながら、自分の言葉に頷く。

 太陽の光に反射する水の光が眩しく、彼は目を細めた。

「それにしても、メノはメノで、彼らが配属される前よりか元気良さそうだし、ローディーやユナイトもこれからここに慣れていくさ」

 ――戦場でネクストに乗り続けるってのは、大変なことだもの。こういう時オフの時くらいは気楽にいかないとね。

 フンフンと鼻歌混じりで目を細めたまま、外の広大な景色を望むエンリケ。新たに右手で掴んだのは自分が使っていたコップ。中にはまだミルクや砂糖を混ぜた珈琲が三分の一程中に入っていた。

「ん」彼はコップの中に残っているそれを飲み切る。

 ぷはあ、と声を漏らした彼は、太陽光に反射してキラキラと瞬くビル群の景色を見ながら、再び口を開く。

「やはり不味い……でも、不味いって味が分かるってことは幸せなんだろうね?」

 窓に映る笑顔の自分に、彼はそう問い掛けた。

   *   *   *

 グラシア家が有する別荘がある私有地は、今日も穏やかな気候に恵まれていた。

 春の陽気は暖かに、吹く風は優しく、なびく草木は音を奏で、淡い空はどこまでも澄みきって、そこに漂う雲はおおらかに風に身を任せて流れる。風に乗って飛んで行く匂いは皆に植物の芽吹き、開花のことを知らせてくれている。

 パステルカラーの季節だ。

 春の陽気は地上のありとあらゆるものの発色を優しくし、吹く風は色の変化を演出し、なびく草木はライトグリーンや暖色の役者で、パステルブルーの空は大地を覆い、ホワイトの雲は淡いパープルの影を作っている。風によって運ばれてくる朗らかな匂いも、どこか色が付いている様に、吹く風ごとに様々な匂いを感じさせてくれる。

 時刻は朝日が昇り始め、空とは違い、パールホワイトの朝霧に包まれていたおぼろげな大地は、徐々に澄んだものへと変わり始めていた。時間帯が早朝の為か、気温自体はやや肌寒い様にも思える。けれど、顔を出し始めた太陽の光が、その肌寒さをゆっくりと溶かしてくれる。小鳥も目覚めの時間なのだろう。可愛らしい高い声で鳴きながら、どこかへと飛んで行く。

 木々に囲まれた開けた土地。そこには所狭しに背の低い草が生えており、林の中で唯一木が一本も無く、草で満たされたその光景はどこか神秘的である。

 さらら、さららと風に当たる草の絨毯が静かに波を起こして、心地よい音を辺りに響かせる。その草原を囲う木々も、ざわわ、ざわわと草原の草よりかは荒々しく、けれど力強く音を立て、それはまるで草の音とハーモニーを奏でている様だった。

 キン――キンッ!

 その調和の音に参加する鋭く澄んだ音は、空気を突き抜ける様に辺りに響き渡る。自然の中において聞こえるはずの無い、金属同士がぶつかり合う音。時には規則的に、時には不規則的に、緩急をつけた様々な音質の衝突音が色んな所に反響する。

 円形の草原、天然の闘技場に一組の男女が舞踏の様に戦っていた。

 男性が女性に足払いを繰り出すと、女性は後ろに跳躍して避け、すぐさま逆手に持った独特な形の双剣を男性に向かって薙ぐ様に振るう。

 キィン!

 男性は女性の腕から振られる、しなやかで実直な剣閃を見切ると同時に受け流し、グローブを着けた以外は無手の左手を、女性の腹部を殴打せんと伸ばす。

 男の打撃は空を切る。しかし、間髪入れずに右腕を振るい、その手に持った上腕程の大きさのナイフで女性に追撃を試みる。

 ギィン!

 若干鈍い音を辺りに響かせ、女性は片方の腕で男性の追撃を受け止めて、もう一方の手に持つ剣を振るう――男性は後ろに下がりその反撃を回避することに成功するが、今度はこちらの番とでも言っているかの様に、後ろに下がった男を追って女性は疾走する。

 風が止めば草木のハーモニーも止むこの空間。静寂に包まれたとしても、彼らの剣撃の音は止まない。

 朝日が地表を照らし始め、無論大地に二本の足で踊る男女も照らされている。彼らの肌から飛び散る汗は輝き。その手に持つ刃物は煌めいている。その刃物は実剣。証拠として、彼らの近くにある多少背の高かった草は、真っ直線な切り口で刈られていた。

 女性の二本の剣による剣撃は一向に止まず、乱雑に振り続けている様で、的確に男性の隙を窺いながら、命中させようと振るわれ続けている。一見迎撃型の使い方が主流そうなトンファーの様な持ち方の双剣を、女性はその持ち方を生かして変則的に振るう。

 キィン――キン!

 一方の男性も負けていない。小回りの利くナイフを縦横無尽に襲いかかる剣撃を受け流しつつ、ナイフ一本では捌ききれない剣閃を、手の甲に金属が備え付けられたグローブを用いて弾く。弾いた一瞬の隙に蹴りや当て身を繰り出そうとするが、もう一本の剣の攻撃に対処する為に攻勢に出られずにいた。けれど、有効的な一打を受けることも無く、女性の猛攻撃を捌き続ける。

 金属音の響きが荒々しく間隔が短くなり、激しさが空気を震わせる。切り取られた草が風によって宙へ舞う。

 次に仕掛けたのは防戦を続けていた男性。女性の剣撃の応酬を受ける中、徐々に荒くなり始めた女性の剣閃を見抜き、その剣の軌道に合わせて男性がタイミング良く手の甲で剣を弾く。すると、それが原因で女性の片手は意図せず大きく掲げる形になり、腹部に隙が生まれた。だが、勿論女性はその隙を突いてくる男の迎撃の為、一方の剣を振るおうとする。しかし、その腕が動かないことに気付く。女性の右手首は男性の左手に掴まれていたからだ。戦士として恥辱の行為で捕まった我が右腕を把握した女性に、男性は慈悲無く女性の胸に向けてナイフを突き出す。

 ギィィン!

 突如空へと舞い上がったナイフ。男性が女性の急所に向けた刺突を、届く半ばで女性が男の右手を思いっきり蹴りあげたからだ。それと同時に男の右手も女性の左手と同様に掲げられた姿になる。

 男性は己の手から離れたナイフには見向きもせず、彼女の左手が掲げられた状態から、下に、自分に振り下ろされる前にさらに女性に接近する。男の左手は女性の右手首を掴んだまま離さない――逃がさない。

 男女の距離は、互いの荒くなった呼吸の音が聞こえる程密着した至近距離。すでに女性が持つ双剣では迎撃が困難である。

 そして男は多少蹴られた衝撃で痺れが走っている右腕を、女性の華奢ながらも力強い印象を感じる首を右手で握ろうとし――直前でその行動を中断する。痺れがぬぐい切れていないのか、若干ふるえている右手の動きを、女性の首に触れるか触れないか、寸止めで止めた男性は、目前の女性の顔を殺意のこもった両眼で睨む。

 ほのかに上気した頬。激しい動きをした為か、襟元ははだけて、スッと浮き出た鎖骨が見え隠れしている。静寂の中近くで聞こえるのは、「っはあ、はあ、あ、ん」と漏れる女性の熱い吐息。女の目は目の前の男性を捉えているが微かに揺れている。加えて長いまつ毛も僅かにふるえていた。

 ――私の威圧に耐えるとは、つくづく彼女は強い子だ。元の世界では立っているだけで子どもを泣かしてしまっていたのにな。やはり若くなったせいで迫力も無くなったか。

 互いが互いの瞳の奥を見つめる数秒の間。どこまでも澄んだ彼女の瞳を見ながら、男性、ローディーはそう思っていた。

「ふう、私の勝ちで決まりだな?」

「はあ、あ、そうですね。私の負けです」

 彼女、シャッハの言質を取れたローディーはあっさりと右手を引き、彼女の右手首も離して数歩距離を取る。

「朝の組み手はこれで大体五分五分か」

 そう言いつつ、一向に痺れの切れない右手を握ったり解いたりを繰り返し、調子を確かめるローディーは、どこか悔しそうに見えた。

 彼女との魔法による射撃・移動無しの模擬戦を何度か繰り返した中で、勝ち負け関係無く、彼は今の自分の体に納得がいっていなかった。初めての模擬戦は手も足も出ず完敗。そのことについて後ろ髪が引かれることは無い。しかし、元の体との手足の長さ。筋力。瞬発力。持久力。全てが自分の思い通りに動かないことに、最初、彼は何とも言えない虚脱感を感じていた。

 その虚脱感から数日。その感覚は意欲へとすぐに変わったが、そうそう早く身体能力は鍛え上げることは出来ない。

 今日の模擬戦においても、地を蹴る力が弱い為に出遅れてしまうことがあれば、鍔迫り合いで危うく負けそうになることもある。他にも彼女の動きに目が反応出来なくなり、剣の軌道を勘と経験に大きく依存して反応していた場面もあった。このままでは、フェイントを加えた攻撃に対応し切れなくなる。模擬戦後、ローディーは反省点を探そうとすると、その様な無数に出てくる状態が毎日続いている。

 ――この体に慣れた上で、最盛期の体に近づくまで、良くて数ヶ月。どれ程努力しようが訓練校への入校には間に合わないか。彼はそう冷静に把握した。

「あの、右手」右手を見たまま、黙り込んでしまったローディーを不審に思って、シャッハは声を上げる。「蹴ってしまった私が言うのもあれですが、骨とか大丈夫ですか?」

「ん?」シャッハの声に気付いて彼は顔を上げ、視線を彼女に向けた。「ああ、問題無い。咄嗟に腕を捻って打撃点を手首から手の甲にしたからな。単純に今は衝撃で痺れているだけだ」

 無事を意味するサムズアップを右手でしたローディーの姿を見て、シャッハは、良かったと言い微笑む。

 彼女のその態度を確認したローディーは、何かを思い出したかの様に辺りを見渡し始めた。

「どこだLB?」

 ローディーは周囲に聞こえる程の声量で、この草原のどこかにいるはずのデバイスに声をかける。彼のナイフ型アームドデバイスであるLBは、戦闘中にシャッハに弾かれて、草原のどこかに飛ばされたままであるからだ。その時は、互いに戦闘へと意識を傾けていた為、LBがどういう方向に、どこに落ちたかは二人共記憶に無い。落ちた時の音も、その時吹いていた風の影響で、波立つ草の音にかき消されていた。

 背が低い草と言え、大体ひざ下辺りの背丈の草が生え揃ったこの草原で、落とした物をただ闇雲に探すのは骨が折れることだろう。普通の物であれば。

《マイスター。こちらです》

 LBの声がした場所は、ローディーよりかはシャッハの方が近い地点であった。

《シスター・シャッハ。私をマイスターの下へ》

 シャッハは声がする方へと振り向いて、数メートル先の草むらを丹念に調べる。その間、ローディーは少し離れた所にある岩に掛けられていた二人分のタオルを手に取り、デバイスを待機状態に戻していた彼女の下に向かう。

 ざざざ、と音を立てながら、ローディーが草を踏み分けながら歩き続けた。歩く間に顔や手に当たる早朝の風は、汗をかいた彼にとって涼しいを通り越し寒さを感じる。けれども、こう自然の中を何も気にせず生身で歩き、体を目一杯動かし、火照った体の運動の余韻を、風を一身で受けることで冷ます感覚に、彼の心は徐々に充実感に満たされていった。

「見つけましたよ!」

 LBを掲げながら握ったその手を振るシャッハを見て、ローディーは返事の代わりに右手を振る。彼女に高く掲げられたLBの銀色の刀身は、朝日の光を真っ向から受けて反射していて、その煌めきは美しいという一言で充分に通じる程の、純粋な綺麗さがある。

《シスター・シャッハ、ありがとうございます》

「いえいえ」

 LBとシャッハのかけ合いが終わった頃には、二人の間は、模擬戦後の時と同じくらいの距離まで縮まっていた。

 シャッハがローディーにLBを渡す際、彼女が渡しやすい様に、LBは己の判断で通常形態であるアクセサリーの形になる。

「はい、ローディーさん。簡易メンテナンスは午後、フィードバックを加えた鍛錬を終えた後にしますね」

「ありがとう。メンテナンスはそれで構わないが、そろそろ簡易くらいは自分で出来る様にしなくてはな」

 LBを渡されたローディーは、お返し代わりにタオルをシャッハに渡す。

「ありがとうございます」タオルの礼をこなしてから、シャッハは少し目を細めて話を続ける。「ですが、ローディーさんは幾分、魔法の会得のペースが速すぎると思いますが? 私とは違って飛行魔法も素質があると知れば練習し。魔法の理論についても、一冊程初級者用の本を読み終えたと思えばホヅミ様の大人向けの理論書を読んでいますし、今回はメンテナンスの方法ですか?」

 シャッハの言った通り、彼はこの世界に来訪してから、グラシア家やシャッハと接する時間以外は、魔法技術を中心に、自分の知らない新たな知識を取り入れる為に、読書や実践等、多くの方法で習得しようと試みていた。

「自分がして良い限界と、しては良くない限界は理解しているつもりだ。体調を崩すことはしない。さすがに初めて魔法を使った日は多少初めての疲労感に苛まれたがな」

 多方面に興味を持ち、手を出すのは彼の昔からの流儀だ。一流になれない彼は、二流知度の能力は数多く習得していた。元々柔軟の日課は軍人時代からで、リンクスになってからは、己の適性値の低さから襲ってくる機体負荷に耐える為に行っていたもの。彼は戦闘において役立つかという判断抜きに、なりふり構わず手を出して、中途半端になっている訳ではない。

「無理はしないでくださいよ? カリム様もヴェロッサも、勿論私も心配しますから」

「大丈夫だ」

 疑いの眼差しで彼を見つめるシャッハに対して、彼はそう短く言った後、「ほら、そろそろカリムが目覚めるまで数十分ってところだろう? 早く帰って汗を洗い流した方が良いぞ」と、タオルを首にかけながら声を発した。

「あっ、はい」
はっとしたシャッハは、朝日の出具合から大まかな時刻を確認した後、ジョギング程度の速度で走るローディーの背中を追いかけ始めた。

 ………………。

 別荘に続く林の中にある道をゆっくりと走る彼らに会話は無い。

 暖かな日の光が点々としか届かない林は、草原よりも肌寒い印象を感じられる。広葉樹が地上を覆うそこは、草原と違い温かみを感じない場所ではあるが、土の豊潤な匂いや日陰独特の匂いが鼻をくすぐる。

 広葉樹の葉の間から降り注ぐ光は残滓を作り、光が注ぐ周辺は、青みや紫色を含んだ陰がグラデーションの様に彩度を変えていて、そこは日なたには無い幻想的な雰囲気を醸し出していた。別荘の窓から見た景色、日に照らされる草原の景色。暗色の豊かさ、奥深しさを感じられる林の中の光景。何も変哲の無い景色の様で、ローディーからしてみれば、どれもこれも素晴らしく思える。

 林の中、自然の中を通り抜ける空気感を楽しみながら、ローディーは軽快に脚を動かす。

 “無理はしないでください”。

 彼の脳裏を掠める言葉。

 ローディーはシャッハのその言葉に対して“大丈夫”だと返事をした。

 その“大丈夫”の意味の捉え方が、彼と彼女とでは違うことに、ローディーは感づいていた。しかし本当のことを言えば、シャッハに追及されることは目に見えていたので、彼は特に訂正はしなかった。

 ――彼女が気付かなければそれで良いさ。

 そう思いながら、ローディーはシャッハと共に別荘に戻った。

   *   *   *

 彩度の薄いパステルブルーの空のグラデーションは柔らかく感じ、そこに白の絵の具を塗って生まれた様な白い雲は彼らの遥か上を漂う。

 頂点を過ぎた太陽は未だ大地を暖かく熱し、その日差しで出来る影は小さく短い。

 早朝とは違って風の涼しさを受けた心地よさは、このぽかぽか陽気の下では如実に現れ、多くの人をまどろみへと誘う気持ち良さがあった。林の中にある湖のほとりに群生した芝生の上に横になってまぶたを閉じるだけで、豊かな自然の中にいる抱擁感や、俗世を感じさせない晴れ晴れしい解放感、優しい眠気が訪れることだろう。

 風に吹かれ揺らぐ湖面は空の色を映して青く、揺れる水面は日光の光を反射して所々煌めいている。澄んだ湖は、そこにあるだけで周りの気温を下げてくれている様に思える程、静かに存在感を滲ませ、林に囲まれたこの場所の空気を水辺独特なものへと変えている。

 耳を澄ませば、比較的揺れが激しい渚の辺りで水の音が聞こえてきそうだ。

 その素朴ながら綺麗な湖の周りには、一軒のコテージがあって、作られた物でありながら自然の中に溶け込んでいる。

 昼食を終えてすぐのことなのだろう。その山荘の傍らにあった大きめのテーブルの上には、食べ物が乗っていたのであろう食器がいくつかあり、給仕の人達がそれらを片づけていた。空の食器が無くなっていく代わりに、木で出来た味わいのあるテーブルにはティーカップ等が置かれ、給仕の手によってそこに注がれる紅茶の香り高い匂いが辺りに広がる。

 調度、コテージ近くに木の日陰に隠れるように置かれた机の周りは、さわさわと音を立てる木々の命を感じながら、風の涼しさを堪能出来る格好の場だ。現に、そこにいる数人の人は、テーブルを中心に椅子に座って食後の紅茶を楽しむ者や、椅子からの湖の景色を望む者、日陰にありながら湿り気の無い芝生の上に腰を下ろした者もいる。

「ねえ、ローディー兄さん」

 芝生の上で仰向けになり、淡い空を特に意味も無く、ただぼーっと見ていたヴェロッサが、彼の近くで何やら作業をしているローディーに声を掛けた。

「何だ」

 答えるローディー。視線はヴェロッサの方に向けず、目の前にあるノートパソコンの様な機械のキーボードを、両手の指全てを用いてスムースに打っていた。

 彼らは紅茶を楽しむ女性陣とは少し離れた日陰にいて、食後の余韻を単なる時間の経過で楽しんでいた。一見作業中のローディーはそうとは思えないが、こういう場所の空気を感じるだけで、実は充分に休息は出来ている。

「兄さんのデバイスってさ」首から上だけを動かし、ある方向を見やるヴェロッサ。「何か、見事なまでに兄さんの性格とは違うよね。大変そうだ」

 あははと空に向かって笑うヴェロッサを横目で見ながら、ローディーは溜息をつく。深い、とても深いため息だ。

「言うな。私自身も充分理解している」

 ローディーはヴェロッサが見た方向に視線をやる。ローディーの視線を辿ると、ノートパソコン型の機器から伸びたコードの先には、鏡の様な表面に芝生の黄緑を映すライター――フィードバックが接続されていた。

《あんたがシャッハの嬢ちゃんが言っていたLBだな?》

《ヤー。その通りです》

 そのフィードバックのすぐ近くには、同じくローディー所有のデバイスLBがアクセサリー形態で置かれていた。こちらもフィードバック同様に機器と接続されている。

《っく。よくも俺の旦那を寝取りやがったな! 後から来たくせに!》

《寝取り……? 私はまだ充分と言える時間を過ごしていませんので、あなたの言葉を理解出来ません》

《くそっ。こ、こいつ……まあ、仕方ない。悪意が無ければ今回は許してやるよ》

《ありがとうございますフィードバック》

《俺の方が旦那のデバイスになった時期は早いからな! 先輩と呼ぶように》

《承知しました先輩》


 傍目からすると、ライターとアクセサリーが会話を繰り広げているという、何とも言えないシュールな光景である。

 その二機のやり取りを窺うローディーとヴェロッサは、内包している意味は違うが共に苦笑していた。

「LBに余計なことを吹きこむな。LBも奴の言葉には従わない方が良い。もし、こいつの様なAIに育ったら私の身が持たん」

「ははは」仰向けのまま、ローディーのしかめた表情を視界に収めながら、ヴェロッサは笑う。「今日別荘に送られてきてから思うけど、フィードバックってホント、デバイスっぽくないよねー」

 職場で退屈せずに済みそうだー。と無責任に色々と言うヴェロッサ。ローディーはそんな気楽そうなヴェロッサを見て、教育係でもあるシャッハの苦労に同情した。

 ――シャッハに叱られようが、ヴェロッサの性格は変わらないんだろうな。

 はあ、と息を吐いて、ローディーは止めていた指を動かす。

 カタカタと軽い音が辺りに響く木陰。テーブルの方では、グラシア夫妻やカリムが談笑をしている。気付けば、テーブルの上は片し終えていた。食器は茶器を除いてなくなっており、給仕は家族水入らずの雰囲気を乱さぬように、ポットやミルクの入ったガラス瓶を持ったまま、自ら存在を希薄にして、グラシア家の傍らに黙して佇んでいた。コテージに戻らないのは、彼らに紅茶を注ぐ時の為だろうか。

 木漏れ日がテーブルにいるカリム達や、ローディー達を不規則に照らす。それはまるで、形が定まっていないスポットライトの様。

「ローディーさん」

 そう彼に声を掛けたのは、いつもと同じ修道衣を着たシャッハ。清楚な服を纏う彼女の姿は、湖と林の風景に不思議と調和していた。

 シャッハはグラシア家だけの会話を邪魔しない為に、ローディーやヴェロッサのいる木の下の方へと歩んでいる。ローディーは作業を止めて、こちらに来る彼女に顔を向け、一方のヴェロッサは、あー、と声を漏らしながら、心地良さそうに芝生の上で雲を見ている。

「フィードバックの調整は出来ましたか?」ローディーが自分の方を向いたのを見て、シャッハは再度話しかける。

「まあ……LBとは違って、デバイスらしいデバイスを触るのは初めてだったからな」彼は髪を掻き上げつつそう言い、機械の電源を切る。「自信なぞない」

《いやいや、さすが旦那だ。初めてにしては手際が良かったと俺は思うぜ》

「分かるのか?」ローディーは近くに置いていたフィードバックとLBを手に持ち、芝生から腰を上げる。

《自分の体がいじくられているんだ。さすがに分かるさ》

「そういうものか?」

《そういうものだ》

「それで」ローディーの近くまで来たシャッハが口を開く。「処理速度等のシステム面は改善しましたか?」

《ああ嬢ちゃん。キツキツの状態よりかは幾分実戦向きになったぜ》

「ところで、本当にこの機械を貰って良いのか?」

 芝生に置かれていた機械を、邪魔にならない様木の幹の近くに置いていたローディーは、シャッハを問い質す。

 すると、彼女はすぐに首肯した。

「平気ですよ。デバイスマイスターの方から、“必要の無いプログラムはこいつに移しておけ”という言葉と共に、フィードバックと一緒に送りつけてきたものですから」

《あの嬢ちゃんは中々のマッドだったなー。お陰で退屈はしなかったぞ》

「そうか……専門家がそこまで言うのなら、有り難く貰っておくさ」

 そう呟きつつ、ローディーは柔軟を始める。座っていたせいで固まった体をほぐす為に丁寧に。

「その代わりに、“定期メンテナンスは私の下で”と言っていましたけれど」

「それくらいなら」ん、と声を漏らし、彼が体を反らして背筋を伸ばす。「――別に構わないさ。それに、フィードバックを知っている技士の方が何かと都合も良いだろう」

《あの嬢ちゃんにはいくら感謝しても足りないね。もし、俺が以前の姿のまま実戦投入されたら、数割以上本気が出せなかったと思うぜ》

 フィードバックが心底安心した声色で言う内容。様々なパーツをちぐはぐに組み合わせていた為に戦闘において、例え丈夫なアームドデバイスと言え、耐久力の限界値が低いということの他に、フィードバックはもう一つの要因を含めて言っている。

「彼女の話ではまだ完全ではないそうですので、長期戦等には注意してくださいということです」

「了解した」応答して、一度懐にしまっていたフィードバックを取り出す。「それにしてもだ。魔法プログラムが最初から登録されている疑問は目を瞑ったとしても、その各プログラムの名称には本当に覚えは無いのか?」

《前も言ったけどよ旦那。自分のデバイスの特性やら、記録された魔法の特性とかはデータにあるが、それが旦那の世界の兵装と同じ名前だったなんて、俺だって初耳さ? 博士の嬢ちゃんに、俺とミッドのネットワークとをリンクすることを頼んだ時は、他と比べて旦那の魔法の名前は、味気ないとは思っていたけどさ》

 戦闘力低下のもうひとつ要因。それは、フィードバックに元々記録されていた魔法の膨大な量である。一人が用いるには多種多様の魔法プログラムの詰め込んでいたフィードバック。そのままでは、処理速度等に問題が来たすということが、デバイスマイスターの見解。食後、ローディーが機械を使っていた理由は、LBとの能力差を確認する以外に、今は必要無いと判断したフィードバック内の魔法プログラムを機械に移動、保存する為であった。

 ――どれもこれも、BFF社とGAヨーロッパを除いたGAグループの企業が製造した兵装の形式番号。何故こいつの中にある魔法の名称に使われているのか……また謎が一つ増えたということか。

 心中で減らない一方で増え続ける疑問に対して、ローディーは溜息を吐く。一時的に考えない様にすることは出来たとしても、完全に開き直る程、彼は楽観的ではなかった。

《最終手段で、俺の中に必要の無い魔法を圧縮・凍結して負荷を軽く手段もあったんだけどな。やっぱ、別の所にどかした方が軽いね》

 持ち主とは対照的に明るい口調のフィードバック。自分の身のことだというのに、やはりローディーとは正反対である。

「ま、自分で魔法一つ一つにいちいち名前を付けて、その魔法名を自分で叫ぶよりかは幾分マシか」

《旦那はそういうタイプじゃないしな》

「LBよりも実際の所有時間が短いお前に、そう簡単に人格を把握されたくはないのだが」

 相変わらず酷い! でも渋いぜ! チカチカと表面に刻まれたベルカ式魔方陣を光らせながら、色々と喚くフィードバックを無視し、ローディーはシャッハの方を向く。

「別荘に戻ったら、デバイス技士のアドレスを教えてくれ、私からも礼を言いたい。これから厄介になることだろうしな」

「ええ、通信機も一緒にお渡ししますね」

「何から何まですまないな」

「いえいえ」

 ローディー兄さーん。と、穏やかな空間の中で二人と一機が話している最中に、ヴェロッサの間延びした声がそこに割り込んでくる。

 ローディー達の視線がヴェロッサの方に向いた時には、彼は上半身を起こして彼らに視線を送っていた。

「何ですかヴェロッサ?」とシャッハ。

「そろそろ鍛錬の時間かなって……姉さん達も談笑に一区切り着いた様だしね」

 ヴェロッサの言葉を聞き、ローディーとシャッハがテーブルの方を見やる。すると、テーブルに座っていた三人がローディー達を見ていることが、彼らにも分かった。グラシア家の方も、ローディー達がこちらを見ていると分かった様で、カリムが手を振ってくる。

「調整も終わったことだし」返事代わりにローディーはカリムの方を向いて頷く。「そろそろ始めるか――シャッハは構わないか」

「構いませんよ。甲冑のことは大丈夫ですか?」

「問題無い。調整ついでに確かめておいた」

《加えて、セイフティロック解除用のパスワードは旦那の魔力の波長だからな。基本長い掛け声も必要無いわけだ。最初は万が一に備えて少し時間を掛けて着用する必要はあるがな》

「へえ。ま、今日のメインイベントみたいなものだから、失敗したら恥ずかしいもんね?」

「一応見せ物では無いのだがなヴェロッサ。つまらんぞ?」

「僕からしたら、興味有るから見ているだけで楽しめそうだけどね」

《先輩を着用するのならば、私も展開してください。同時展開の最適化を行います》

「了解」LBの“先輩”発言に気付いたローディーだったが、フィードバックが喚きそうなので、訂正する気を自制した。「LB戦闘モード移行」

《了解。戦闘モードに移行します》

 LBが声を発すると同時にLBは光に包まれ、ベルトや鞘を一緒に展開しながら、ローディーの腰部後方に収まる。それを彼は手触りだけで確認した後、左手に持ったままのフィードバックに視線を落とす。

「可能なら、こんな怪しい物を進んで使いたくはないのだがな」

《そう言うなら使わないで結構――って!? ちょ、待ってくれ、軽い冗談なんだから俺をしまわないでくれ旦那! ちゃんと博士の嬢ちゃんに運用上の安心は保障してもらったし、教会にデバイス登録したことを加味すれば、今の俺は正規のデバイスだっての!》

「なら、私はその技士を信頼してお前を使おう」

《全く、本当は俺を信頼しているくせに、旦那は素直じゃない――いや、何でも無い。こちらはいつでも展開可能だぞ》

 ふざけるフィードバックに睨みをきかせた後、ローディーは目を閉じ、一回深呼吸をする。

 まぶたを下ろした彼の視界は当然暗闇に包まれる。視覚を閉ざしたことによって他の感覚が鋭敏になり、周囲の状況を細かく感じ始めた。一際大きくなった草木の重唱が、その合唱の音の強弱や個々の違いが、目を瞑ったことでいつもより良く分かる。自然の香りはより一層呼吸と共に彼の中に入ってきた。

 深呼吸を終えたローディーは、頭にイメージを浮かべる。

 意識するのは自分がネクストと繋がる時の感覚。閃光が走り、ノイズが映り込み、十数メートルのネクストと視界や動作を同調する過程。ネクストに搭乗する時と異なる所は、接続する時の脳を襲う例えようの無い負荷の痛み。その形容し難い感覚が無いことであった。

「フィードバック、リンクアップ」

《了解。フィードバック、リンクアップ》

 ローディーの掛け声にフィードバックが復唱すると、彼の足下に赤茶色のベルカ式魔方陣が展開され、柔らかな光が彼の体を包み込む。

 彼の近くにいたシャッハやヴェロッサが、光を避ける様に手をかざして、経過を見ているとすぐに光は治まり始めた。

 時間にしてみれば一瞬の出来事だった。急な風にざわついていた草木も、すでに元の穏やかに身を揺らす姿へと戻っていた。

「成功か?」

《おう。見事に成功だ》

 ローディーはまぶたを上げて、フィードバックの言葉を聞いてから、今の自分の姿を確認しだす。

「ローディーさん、似合っていますよ」

「騎士というよりかは、軍人って言うのかな。こういう服装、映画で見たことあるよ」

 微笑むシャッハと、うんうんと頷くヴェロッサに相槌を打ちつつも、彼は騎士甲冑の具合を確かめ続ける。

「お前は右腕に着くんだな」

《まあな。話さないことを除けば、左腕部も右腕部とほぼ同様。勿論カートリッジは両方に付いているぞ。この状態が基本形態のグリートフォルムってところだ》

 所々赤茶色のした、地球の軍隊が着る様な戦闘服を基軸に、艶消しを施された銀色の金属が幾枚か重なって肩部を保護。胸部には、へそまで届く何枚かのプレートを組み合わせて出来た胸当てが着けられており、膝辺りまで垂れる腰布が風に揺られ、その腰布から下、つまりひざ下の部分も胸当てと同じ様な作りで、脚絆として装着されている。

 フィードバック自体の声が聞こえる個所は右腕。彼の腕は、指先から肘まで覆う籠手状の物に覆われていた。

「カートリッジ……これか」

 右腕を様々な方向をから見ていたローディーが、弾倉と思われる個所に触れる。

 ローディーの腕は、所々金属で覆われており、歯車状のパーツが手首の部分を囲む様に組み込まれていて、カートリッジの弾倉は長方形の形で腕と平行になる様に腕の外側に装着されていた。左腕も同じ形の物が装着されている。

《排莢は弾倉が装着された側からだ。弾倉交換は弾倉単位で交換することも、一発ずつ装填することも可能。シリンダー式・ボルトアクション式、加えて極一般的なマガジンとも違う少し変わった形状だが、博士の嬢ちゃんに聞いた所では、補充に関しては心配無いだとよ》

「ふむ。LBは」

《先輩との干渉を加味した結果、私は騎士甲冑の腰当ての上に装着しました》

 LBが装着された場所自体は特に変わらず腰部後方。変わった点は、ローディーの体に直接着くのではなく、騎士甲冑の上に着けられた形になっているということだ。

「LBの装着にも影響無し……か。騎士甲冑という物は見た目程あまり重くないんだな」

「大体は魔力で編んだ物ですからね」そう答えたのはシャッハ。

《使用する形態によって、ある程度特性も変わるが、旦那の騎士甲冑は基本、旦那の豊富な魔力を利用した高出力、重装甲の甲冑。燃費を犠牲に機動性も確保している代物だ》

「何故そんな設定を?」

「私は、魔力量自体は多いらしいが、魔力の運用は才能的に苦手らしい。シャッハも早朝の鍛錬等で知っているだろう」

「……あ」

 彼女の脳裏に浮かぶ毎日見る早朝の光景。魔力スフィアを思い通りに動かせずに、苦労している様子のローディーがいる記憶。

 ローディーは驚異的な速度で魔法技術にしている上、式を構築する処理速度も成長が見込める水準だが、誘導や操作においての精確性を求めることは苦手であることが、早朝の訓練ですでに露呈していた。

「今の私ではまだ甘い所が多々あるからな。基礎防御力、甲冑自体の性能の高めることで、始めの頃は無理やり力を補う形にしたということだ。副次的に、魔力消費に慣れるという意味もあるがな」

「単純と言うか何と言うか……」

「単純なんだよ。私は」言葉を濁すシャッハを遮り、彼は自ら核心をつく。「単純だからこそ、効果が器用貧乏の形で現れることなく、簡単な形で効果が如実に現れる方を選んだ」

「燃費を無視して全部を包み込んだってこと?」

「まあ、そんなところだ」

 ヴェロッサの問いに、ローディーは首肯する。

《旦那。次は魔法の方だ》

「了解。シャッハ、スフィアの形成を頼む」

「あっはい」

 腕を曲げたり、屈伸したりと、甲冑が肉体の動きを阻害していないか確認していたローディーの言葉に、彼女はすぐに言葉を返した。

「数は?」

「……五個。場所はそうだな」ローディーが視線の先にある湖を指差す。「――湖の上に」

「分かりました」

 彼女の言葉とほぼ同時に生み出された魔力の玉。総数五個のそれは、彼女の周りから離れ宙を突っ切り、軌跡を残しながら湖上へと向かって飛ぶ。湖面に映り風に揺らぐ五つの光。その光景はどこか空想的な美しさがあった。空想的とは言え、魔法が一般的なこの世界では見慣れた光景かもしれない。しかし、綺麗という事実は覆せない。

 湖の周りにいた誰もが、その玉の軌道を眼で追いかける。テーブルを囲って座っているカリム達も例外では無い。シャッハの出したスフィアの行く先を見た後、カリムは騎士甲冑を纏ったローディーへと視線を戻す。彼女は彼の甲冑姿をこの目で見て、その背中姿に教会騎士団の騎士達よりも頼もしい、実直な力強さを感じていた。

「これで良いですか?」

「完璧だ。ありがとう」

 ローディーの返答に、シャッハはお辞儀で感謝の意を伝える。

《んじゃあ旦那。まずはシャッハの嬢ちゃんから聞いた。魔力還流とやらから始めるとしますか。アクショントリガー用の単語はどうする?》

「プライマル・アーマーだ」

《プライマル・アーマー?》

「魔力還流と言うよりかは、私はこの名の方が慣れている」

「ふうん。それも旦那が元いたっていう世界の技術ってことね。ま、了解。それじゃフィードバック、プライマル・アーマー展開の補助を行うぜ」

 一人と一機のやり取りの後、ベルカ式魔法陣が出現してすぐ、ローディーを中心に赤茶色の球状の膜が出来、その膜はあっという間に透明へとなって視認が困難になる。

 シャッハとの早朝訓練時に、初めて魔法を使った際に無意識的に展開した空間。彼女が言うにはレアスキルとまでは行かないものの、先天性の魔法に近いものであるらしい。

 その膜は自らの魔力を放出、高濃度の魔力素に変換した後、周囲に安定還流させたもので、詳しく調査していない為、不明な点がある。

 分かっている所で言えば、展開した空間に攻撃を受けると、当たった部分の魔力素が反応して破裂、術者本人に攻撃が直接届かない様にすること。その現象を間近に見ることが出来たシャッハは、それを一種のバリアタイプの防御魔法であると考察していた。

 展開中は、術者の意思に関係無く攻撃に対応するオートガードの側面を有している上、術者本人は他の魔法との同時使用も可能な他。還流させた魔力素が元々展開した術者の物の為か、術者の魔力には干渉しない点も不可解である。そういう都合が良い程の術者有利の点も、シャッハが先天性だと予想したことの要因の一つである。

《無事展開完了。魔法使用歴数日にしては驚異的な安定だな。この世界では有り得ないらしいぞ》

「元々職業柄、“イメージ”という行為は慣れ親しんだ行為だからな。加えて、今日までに動画付きで様々な種類の魔法を確認しておいたのも、どうやら良い方向に行っている様だ」

《そいつは重畳なことで。……それなら、努力家の旦那は次にする射撃魔法も完璧にこなすかな? 旦那なら簡単にいけるさ》

「茶化すな。それに、これくらいで私は調子に乗らんよ」

 ローディーは湖上に、互いにある程度距離を離して浮かんでいる五つのスフィアを見据える。

「やるぞ。まずは右二つ」

《了解》

「ガンゼロワン」

《GAN01-SS-AW》

 持ち主の声に反応して、フィードバックは声を出さず、彼の右腕の甲冑部分の表面に、記号と数字が合わさった羅列を浮かび上がらせることで応答する。

《具現。付加終了》

 フィードバックの言葉と共に現れた物は、二本の指で挟むことが出来る程の大きさの鉄球の様な物二つ。それはローディーの前で浮かんだまま制止する。

「まんま鉄球だね」

《細かく言えばただの鉄球では無いんだけどな。まあ、鉄球という表現で充分的を射ているから特に問題無いが》

 ヴェロッサの真っすぐな感想にフィードバックが訂正する様に見えて実はそうではない、中途半端な言葉で答える。

「これをどうするんだ?」ローディーもローディーで、自らの魔法で生み出した鉄球の正しい扱いが判断出来ず、手をこまねいていた。

《手中に出現させて投擲。あるいは手の甲や脚で弾く。本来はこの魔法だと出現後すぐに発射するんだがな。今回は説明も兼ねて浮かばせているということだ》

「物理的に弾くのか?」

《魔法的な力を込めて弾くからな。そうした方が弾速の向上に繋がり、衝撃力等も上がる。でも、この魔法の付加では初期設定での誘導性は無いから、普通に射出した方が良いぞ》

「そうか」何やら一人で納得したローディーは頷く。「なら、射線の移動はともかくとして、射撃魔法はお前にほとんど一存する」

 主の言葉に、え? と間抜けな声を上げるフィードバック。

「射撃魔法に必要なスキルが、総じて才能的に不得意な私だ。さすがに魔法歴数日で、苦手分野を克服出来るとは思っていない」

 真面目な顔のまま、彼は自分の右腕に着いたフィードバックに、事実を淡々と説明する。

 彼の声が届かないカリムは、何やら鉄球を出してから状況が変化しないローディーの様子に首を傾げており、その一方、ローディーに近い場所にいるシャッハとカリムは、自分の弱点を歯に衣着せない口調で言うローディーを見て、二人共柔らかな苦笑を浮かべている。その時だけ、今まで多少は張りつめていた空気が弛緩していた。

《……いくら旦那でも、無理なものは無理か》

「少なくとも今の熟練度では無理だ。早朝と訓練でも十数メートルの的相手に、弾を操作して満足に当てることが出来ない男だぞ?」

 プライマル・アーマーや、自分の体に直接関係することなら容易に想像出来るが、“弾を操作”するという想像は、さすがに彼も経験したことは無かった。

「元々ベルカ式は、近接戦闘に用いる魔法以外のことに関しては明るくない魔法の系統ですから」シャッハがローディーをフォローする。「ローディーさんみたいに、ちゃんとした射撃魔法が使用出来るだけ、珍しい方だと思いますよ」

 彼女の言葉を聞いたローディーの表情は曇る。

「明るくないとは言え」ローディーが鉄球に右手をかざして、言葉を続ける。「使えるのなら存分に扱える様になりたいのは、私の欲望とでも言えるな。フィードバック」

《ん? やるのか?》

「ああ、私が大まかな狙いを付ける。お前は微調整を頼む」

《了解》

「ロックオン」

 ローディーが言葉を紡ぎ、狙いを定める。

《ロックオン》

 フィードバックが彼の声に続き、その狙いを補正する。

「発射」

《発射》

 ローディーが頭の中で思い浮かべたトリガーを引き、それと同時に発せられたフィードバックの言葉を合図に、二つの鉄球は急速に速度を速め、標的であるスフィアへ向かって空を切る。鉄球の通った個所に沿って赤茶色の軌跡が生まれ、その尾を引く残滓は端から空気に溶け込み消えていく。

 ――――――ッ!!

 数秒後、鉄球は標的に着弾。着弾した際に生じた衝撃は辺りの空気をふるわせ、鈍い破裂音は周囲に響いた。若干ずれて聞こえた二つの破裂音が、そこにいた皆に全弾命中を知らせてくれる。

《大当たり! やるねぇ旦那!》

「私はトリガーを引いただけだ」

《おいおい旦那あ。的を絞ってトリガーを引くのは、ただの銃と同じ行為だぜ? この魔法は直射だしな。旦那の射撃の実力が物を言ったもんさ。実際、今の魔法は俺の補助はあまり必要なかったし。全く、俺にも出番をくれよな》

 さわさわ、音を立てる林の中に響く、カリムやヴェロッサの拍手の音。乾いた音が響く中、一人と一機は互いに意思疎通を図っていた。

「そこまで言うのなら、今度こそお前に任せよう」

《おうよ! 任せな》

「今度は残りの三つ」

《俺を使うなら誘導弾。旦那が移さずに取っておいた魔法の中で、それに該当するものはこれとこれだな》

「その二つを選ぶだろうと思っていた」

 フィードバックから、直接頭の中に送られてきた魔法の名称や使用方法を把握するローディー。すると、思わず真一文字に閉じていた彼の口が緩む。

《んあ? ま、旦那の希望に添えたのならば迷わずやろうぜ! 補助は任せな》

「ああ。頼んだ」

《了解! 鉄球待機》

 ローディーは両腕を左右に広げる形で横斜め下に伸ばして、両方の手を広げる。

 彼の下に描かれる赤茶の魔方陣。

 彼の言葉に続いて発したフィードバックの声によって、彼の右手には二つ。左手には一つの鉄球が、指同士に挟まれた形で具現化した。

「ポプラ二。ヴァーミリオン一。付加開始」

《POPLAR01二。VERMILLION01一。付加――付加完了》

 両腕の籠手の部分に、魔法の名称とベルカ語で数字を表す文字が各々表示され、鉄球はバチバチと閃光が走る。先に射出した物と同様の形をしたそれは、見た目では変化が無い様に見える。

「――っふ」

 肺から短く息を吐いたローディーはまず、右手にある二つの鉄球を横投げで投じる。そして、振り切った右手の復路となる進路に左手で挟んでいた鉄球を宙に浮かせ、これを右手の甲で勢い良く弾いた。

 ガァン!

 鈍い金属音を辺りに響かせ、鉄球は赤茶色の尾を引きながら彼の下を離れる。二つはスフィアの方向から多少ずれた軌道。一つは他の物とは異なる速度。こちらもこのままではスフィアに当たりそうにない。

《弾道制御補助開始》

 しかし、フィードバックのその言葉によって、突如軌道を直線から曲線に変えて、三つ全ては導かれる様にして標的に向かい始める。

《爆発》

 ――――――ッ!!

 再び起こる爆発音。今度は前に放った物とは違い、火を含んだ爆発を小規模ながら起こし、全てのスフィアを消える。

 ポプラと呼ばれた鉄球は途中から大きく曲がることで、ヴァーミリオンと呼ばれた鉄球は、ポプラ程ではないがその代わりに、ポプラより速い速度のまま緩やかな曲線を描くことで、三つの鉄球は軌道を修正しながら目標に直撃した。

「――さすが、自称高性能」

 着弾の余韻として残る煙が、流れる風に溶け込まれていくのを見ていたローディーは口を開く。

《このAIは伊達ではないことは分かっただろう?》

「ああ、認めよう。お前は喚くことがなければ良いデバイスだ」

《含みのある褒め言葉どうも。でもな、話さなくなったら俺じゃねえよ》

「だからお前は良くない」

《褒め言葉から“褒め”が無くなったし!?》

「冗談だ」

 カリムやヴェロッサの拍手に、シャッハの控えめな拍手やグラシア夫妻の拍手も混じり合う中、彼はそうフィードバックに言い終えてから、シャッハやヴェロッサの方に振り向く。

「お見事でしたローディーさん」

 賞賛の言葉を彼に向けるシャッハ。数日でこれって凄いと思うな、と未だ芝生に腰を下ろしたヴェロッサが述べた言葉。

「結果を見れば上々だとは思うが、的は制止していた物で、誘導弾の制御なんてフィードバックにほぼ一存。私自身はまだまだだ」ローディーはそれらを、自分のことを過大評価しない様にと言葉に含めつつ受け取った。

《移動系の魔法はどうする? 今ここで試すか?》

「クイックブースタとオーバードブースタのことか」

《その通り》

「まだ私はその移動魔法というものをあまり知らないからな。とりあえず今日は移動魔法の方は座学のみに留めて、射撃魔法を中心に経験を積むこと予定だ」

《了解。原則俺は旦那に従うさ》

「“原則”?」

《折角意思があるのだから、持ち主に束縛されないある程度自由な立場を欲するさ。本当に嫌なら逆らうからよろしく》

 ローディーは口角を微かに上げる。

「食えない奴だ」自分の近くにいる者らに声を掛けて、スフィアを破壊し尽くした辺りから彼を呼ぶ者へ向かって歩き出した。「そういう王小龍の様な性格はあまり好かんが、お前とはこれから長く付き合うことになりそうだからな。慣れる様努力する」

《王小龍? ――そのワンシャオロンって奴は知らんが、努力はしてくれよ旦那。練習好きだろ?》

「勝手に人を練習が趣味とでも言っているかの様な言い方はよせ」

「違うの兄さん?」

 彼の後ろを歩くヴェロッサから質問。

「違いますよヴェロッサ」ヴェロッサの横を歩いているシャッハが口を挟む。「ローディーさんは練習が好きなのではなく、努力が好きなんですよ」

「……はあ」溜息をつくのは勿論ローディー。

《気にすんな旦那。俺は味方だ》

 ――元はお前が始めたことだろうに。彼はフィードバックに対し強くそう思ったが、その言葉が口から出る前に飲み込み、シャッハ達の会話も聞き流す。

「お兄さーん!!」

 自分に話が振られるまでは、流れゆく状況に身を任せることを決めたローディーは、満面の笑みをこちらに向けながら手を振るカリムに向けて、仏頂面で黙ったまま手を振り返した。



[19604] Chapter 0/3
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/07/04 02:34

 子どもの頃。まだ父がいて、母がいて、妹がいた時分。

 大きな父の手に引かれ、もう一方の手で小さな妹の手を引きながら、教会に連れて行かれたことがあった。

 話を聞くに、そこの教会は大昔からあるらしい、教徒にとって神聖で厳かな著名な土地。

 青い空に伸びる鋭角的な屋根。石造りの壁。その周りには、紺と白を身に纏う教徒達が群がり、列を成し、数メートルはある巨大な扉をくぐり抜けていた。

 背丈の無かった私には、教会の外観は上半分も見えず、圧倒的な紺色の人波に抵抗も出来ずに飲み込まれていた。

 周囲の人に無慈悲な神の下僕の暴力。その暴力の中、もしも父の手を離してしまえば、もう二度と父や母と会えなくなる様な気がして、強く、持てる握力の全てを用いて、父に硬い手を握り続けた。

 群がる紺色は恐ろしかった。

 どこか地に足を着けていない表情をしている者。

 ぶつぶつと分厚い本を開きながら呟く者。

 教会の姿を恍惚の表情で見上げている者。

 本当は泣き出して、心の内に膨れ上がる恐怖を、声と共に吐き出してしまいたかった。

 けれども、妹がいる手前。妹が痛い程、自分の手を握っているのを肌で感じ、“ああ、妹も同じだ”と芽生えた気持ちと、兄としての安い矜持が破裂しそうな感情に蓋をして、私は、妹の手を優しく包み込む一方で、もっと強く父の手を握ることで、我慢することにした。

 兄は――男は、強くなければいけないからな。

 突然、父はそう言って頭を撫でてきた。私の気持ちを、無表情の裏に押し込めた感情を、私の手のふるえから知った上での行動だった。

 母のとは違い、不器用な撫で方。でも、どこか温かい。父の顔は笑顔だった。

 母は父と私のやり取りを見て微笑み。妹は頭を撫でて欲しいのだろう。むくれ顔で父に迫る。そんな妹を見た母は妹を撫でた。途端妹のむくれ顔は溶けて無くなる。

 波紋の模様になる様敷き詰められた石畳の上を歩いて、私達家族は教会の中に入る。

 外の暑さは嘘の様。外の喧騒は虚偽の様。大勢の教徒がいるその空間は、外界とは見えない何かで隔離されている錯覚を覚える程、荘厳で、冷たかった。

 ステンドグラスを通って色鮮やかになった日光が教会内を照らす。それでも薄暗い所には真白のキャンドルが柔らかく灯していた。

 思わず息を飲む。

 見えるはずの無い太陽の光は、窓から差し込むことによって、暗闇を照らす放射状に広がる残滓として捉えることが出来る。

 十年も満たない生涯の中で、ここまで心の奥底まで響き渡る静寂の雰囲気は知らなかった私は、一番天井が高い、壮健優美な教会一のステンドグラスの極光が輝く光景が視界に収まる所で、無意識に歩みを止めていた。

 ステンドクラスの綺麗さに感動している妹の横で、教会に入るまでにあった恐怖はいつの間に消えていた私は、雰囲気という目に見えない空気感に魅せられていた。

      ◇◇◇

 家族と過ごした掠れた記憶。今思い出そうとしても、静止画の様にパラパラとめくることしか出来ない。

 セピアの家族の姿。所々虫食いの情景。

 唯一、空気感のみに色が付いていた。透明で、色が無いはずなのに、肌で感じた雰囲気は鮮明に覚えている。

 私はその記憶の優劣を、家族より伽藍を無意識に優先した親不孝者で、家族失格者だ。

 全く、私の記憶は何を見ていたのか本当に分かりやすい。

   *   *   *

 生命力豊かな針葉樹が、若干緑の鮮やかさを失っていてもしぶとく群れをなして、結果森となっているその中に、こぢんまりとしていて寂びられた教会が建っていた。

 所々朽ちた灰色の石を積んで出来た壁。そこに伝う無数のツル。雑草は好き勝手辺りに群生して、大地を隙間無く覆っていた。教会の外観やその周囲を見ただけで、その教会が足繁く通うはずの人から忘れられてから、老朽化の一途を辿っているのが分かる。

 時代に取り残された場所。今が、高層ビル群が空へと伸び、十数メートルの兵器であるネクストが戦場を駆ける時代だということが、ここにいると分からなくなっていく感覚に囚われそうになる。

 その場所。教会の前には、ここでは場違いとも言える軍用車が数台駐車しており、迷彩服を着用し、両手には一丁のアサルトライフルを持った企業の私兵は、例え動物による物音だとしても、音がした方向へ即座に銃を構える。その行動を何度も繰り返していた。私もそういう時があったな、と思い出し、彼らにお勤め御苦労と心中で労をねぎらう。

 閉ざされた教会の扉の前には、黒ずくめにサングラスをした体格の良い男達が、一寸の隙を見せずに辺りを窺う。私の周りにはそういう者が一人しかいないことを省みれば、待遇の違いが清々しい程分かる。妬む気すら起きない。

 こんな辺境な土地に、何故彼らは警戒を敷いているのか?

 その答えは、この寂びられた教会の中にある。

 警戒は疎かにしてはいないが、彼女のオマケ程度にいる自分の身が、狙われることはないだろうと思い、草木も空も、どこか彩度が無い様に思えるそこで、風に揺れる鳥一匹いない木々の姿を軍用車に背中を預けながら、特に考えも無しに眺めていた。

 ざわざわと、ただ互いに身をこすり合わせる乱雑な音が耳に届き、乾いた風を身に受けるだけの時間を過ごしていた。

「そろそろ時間か?」

 隣にいる煙草を吸っている男に話しかける。これが私付きの護衛であり、わざわざ護衛対象の傍らで楽にしている。どうしようもなく頼りない。一応プロとしてここにいるのだから、最低限の戦闘力はあるはずなのだが、その気配は全く無い。わざとだらしない気配を発しているという希望的観測は気休めにすらならない。護衛は護衛でも運転手が本職なのかと思う程だ。

「ん? ああ、確かに時間だな」

 煙を吐き、携帯灰皿に煙草を捨てた後、男は腕時計を見てそう答えた。

 今この時間は、各々のネクストが調整中の為、することが無いと言えばすることがなかった時間。本来私達は近くの基地で厳重に待機しなければならないが、とある理由でこうして外出している。

「んじゃあ、俺は帰る仕度をしておくんで、お嬢さんに声をかけてきてくれ」

「了解」

 返事を残して、教会の入り口へと向かう。

 近づけば近づく程、目の前に広がる教会の憐れな姿が如実に分かる。いくら接近しようが、生き物の気配が感じられない。比較的遠目から見ても確認出来た廃れ具合は、細部が分かるようになるにつれて大きくなる。これが今の時代の宗教の状況を表す縮図なのかもしれない。

 雑草の群れを躊躇無く踏み分けながら、扉に手が届く所まで辿り着く。

 こういう建物特有の高さのある扉も、歴史を感じるというものでは無く、ただ時の経過で朽ちていった印象しか感じられない。しっかり扉として開閉の機能が万全かという、根柢の部分すら駄目になっていそうな危うさがあり、普通に開けようとするのではなく、蹴り倒すか、当て身で突入した方が早く済みそうな気がする。

 さすがに、そんなことを突発的にする程横着はしていないが。

 顔が知れている為、扉付近にいた黒服の男らに呼び止められることなく、扉に手を伸ばすことが出来た。

 力を込め、悲鳴を上げる滑りが悪い扉を開けて中に入る――目的の人物はすぐ見つけられた。

 一本の道の左右に長い机が幾つも並ぶ、オーソドックスな設計の教会。
その為、視線を真っすぐ正面に向けると、年月の経過で片腕が無くなった聖像を前にして、両膝を床につけて祈りを捧げる修道衣の女性――メノの姿を見て取れた。

 聖像の上に設けられた窓から差し込む日の光。扉を開けたことがきっかけで、教会内に入り込む風が埃を舞い上がらせ、光に照らされて煌めく。

 その光景の調和しているメノは、正しく神に我が身を捧げる聖女の様。

「ん?」物音がしたことに気付いたのか、メノがこちらに振り返る。「……ローディー様?」

「時間だ」

 それだけを言い、扉の傍らで腕を組んでメノを待つ。

 私の言葉にはっとした表情を浮かべた彼女は、すぐさま腰を上げ、膝下に付着した埃を丁寧にはたき落とす。その後、綺麗になった修道衣に満足したのか、顔を緩ませ、一回頷いてからこちらに足早に向かってきた。

 木の床特有の足音を、床が軋む音と共に響かせながら、メノが近くまで来たのを確認してから彼女に背を向けて、先程時間を潰していた車へ向けて脚を動かす。

「暇が出来たら、この教会を大掃除したいですね」

 私に追いつき、早足だった速度を落として並んで歩き始めてからの彼女の第一声は、名残惜しそうな口調で言った掃除宣言だった。

 企業の切り札はいきなり何を申すのやら。心底疑問だ。

「あっ! 何ですかその溜息は?」

 思わず漏らした溜息に律儀に反応した彼女の、細い眉をひそめた顔に視線を向けると、話し相手の表情を正面から見た為、さらに何か言おうとする。

「お前は企業のリンクスだろうに」彼女が声を発する前に先に声を上げて遮る。「重要な身分のくせに、自ら率先して大掃除をする為に、外出する馬鹿なリンクスがどこにいると思う?」目の前の彼女に手の平を向ける。「――正解は勿論、ここにいるお前だ」

「神のお告げでも聞こえたのか? “この教会を掃除しろ”と……神というのも中々人使いが荒いんだな」

 そう付け足した後、若干歩く速度を速めて彼女を引き放そうとするが、彼女も速度を上げて離れない。早歩きしながらも、好き勝手成長する雑草に裾が汚れない様、しっかりつまんでいる。几帳面な彼女らしい。

「私自身の身分は重々分かっています。それに主はそのようなことを申しておりません」

「分かっているのなら言うな。それと、その言い方だと、お前は本当に神の声とやらが聞こえる様に思えてしまう。病院を勧められるぞ?」

 やはり彼女は、二重人格と思ってしまう程、戦闘時の性格とは違う。何度も思う。不思議だ。

 歩幅を合わせようと努力しているメノを横目で捉える。私の発言に対し、彼女は口をとがらせ、こちらを半眼で見据えてきてくることで答えてきた。

 こいつ本当に二十歳を越えているのか?

 そういう仕草を見ると、そんなどうでも良いことが脳裏をよぎる。多少見積もって見ても、街で時々見かけるカレッジ辺りの女生徒と間違えそうな顔立ちだ。――本当にどうでも良い。本人に問うなんて無粋な真似をしてまで知ろうとは思わん。こんな意味の無い思考をするとは……エンリケに毒され始めていると言うのか?

「――今、何か変なこと考えていませんでした?」

 あまり喜びたくない傾向だ。と思いつつ頭を振っていると、耳に届く彼女の澄んだ声。

 表情自体には、あまり感情を出していなかったはずなのだが、何故こういう時に限って、戦闘時の様に鋭くなるのか興味深くはある。

「いや」疑いの眼差しに変わった彼女の瞳を見る。「掃除は諦めろと思っていただけだ」

「何故ですか? 掃除が自分で出来るなんて、身の回りが平和の証ですよ?」

「掃除が平和の基準とは……変わった考え方だが一理あるか」

 自ら掃除が出来る程の暇がある上、掃除場所に向かう際に襲われることを配慮しなくてよいからな。

 ――しかし、まあ。

「平和と言うか気楽な考え方だ」

「気楽で良いんです。余裕を持って過ごさないと、いつか限界を迎えて壊れてしまいますよ? 一人では無く、何かにすがって生きなければ」

「基本、人は群れる……か。含蓄のある言葉だな」

 まるで経験談の様。

 正面に視線を戻すと、運転席から顔を出して、再び煙草を吸っている男と目が合う。“早くしろ”とでも言いたげだ。

「そうだ!」視界の外から手を叩いた音がする。「時間の余裕が出来たら、ネクストチームの皆で大掃除しましょうよ」

 何故その考えに至るのか分からん。

「……一人で掃除するより危険が増えたぞ」

「平和になれば、きっと大丈夫ですよ」

 全く、そういう楽観的過ぎる程の前向き思考が羨ましいよ。

 老いていけばいく程、未来を夢見ることが出来なくなっていく中で、彼女のそういう考え方は眩しい。

「平和――精々そうなると神に願えば良いさ」

「皆が皆を頼ればきっと平和になります」

 そこは神ではないのか? ややこしくなりそうなので、口には出さない。

 生命の息吹が冷たい代わりに、都会とは違い静寂な森林地帯。戦争の後は見ただけでは分からないが、おそらく無い。

「少なくとも、今この時、この場は平和だな」

「……今から掃除します?」

 ――勘弁。

 白い空を見上げながら、雲に向けてそう言った。

   *   *   *

 ――戦争が無いのが平和と言うのなら、今、この時も平和と言えるのだろう。平和という単語の前に、“比較的”という言葉を付ける必要はあるが。

 月明かりの下、強く吹き続ける風をその身で感じながら、ローディーはふとそう思った。

 何故、急にそんなことを思ったのか。おそらく、ここの付近に到着する前の車内で、信心深そうな局員が、管理局は次元世界の調和を守る素晴らしい組織云々と誇らしく言っていたからだろう――そう彼は理由づけた。

 空に散らばる星は、そのナイトブルーの中を各々が輝きを放っている。月の周りは、まるで水彩画の様に、月光が夜空に優しい色合いを段階に分けて溶け込んでいた。彼のいた世界では、見ることがほとんどない幻想的な空模様。

 こんなに星が見えるのも彼にとっては珍しい。地上からは星は全く見えず、彼が元いた世界にあるクレイドル、地上数千メートルを飛ぶ居住用施設から見ない限りは、ここまでの煌めきを見ることは叶わない。

 星の海に漂う蠱惑的な月に照らされるのを避ける様に、彼は物陰に隠れ、息を殺していた。

 月や星の光が充分にあるせいか、時刻が夜といえ、若干影が生まれる程の明るさはあり、真っ暗という訳ではない。多少離れた所にあるオレンジ色や白色の電灯も、辺りを見える様にするのを助長していた。物陰から身を乗り出せば、すぐに彼の姿が近くにいる者に分かるだろう。

『入口辺りにはどれくらいいる?』

『私見では六人。多く見積もれば物陰に後数人はいるかと』

 彼の他に、物陰には一人の成人男性がいて、声を出さず念話という方法で彼に話しかけ、彼も同じ方歩を用いて返答する。

 彼がいる所は、風に吹かれ波を立てる海に面した工場地帯。そこの寂びられた一角。成年の男が言うには、そこはこの時間帯では稼働していない工場と空き倉庫があり、現在の時間だと誰もいないとのこと――普通では。

 この夜は違っていた。

 先程ローディーが言った通り、彼の目には数人の人影が確かに映っている。

 月に照らされる彼らは作業服を着ておらず、皆同じ様な杖を携えていた。コートを羽織ったその姿は、遠目では、ファンタジーの物語の中に出てくるローブを纏う魔法使いの様。

 ローディーの視線の先。十数メートル離れた場所にいる面々は、月の光によって顔の造りから服装等色々と、大まかに視認出来、辺りを見渡している彼らの様子も簡単に見て取れる。そんな彼らだが、ローディー達の存在には一向に気がつかない。

 何故、ローディーには見えて、彼らにはローディー達の姿が見えないのか。

 月から下りてくる光は明るく、いくらコンテナ等の貨物等の、身を隠せる程の大きな物の数がいくら多くとも、見つからない様にするには限度はある。加えて、ここに佇む者達の他に、巡回しながら辺りを窺う者も少なくはなかった。

 その様な状況にいても、ローディー達の姿は彼らに、未だ捉えられることはなかった。

『手筈を確認するぞ。見回りの奴らは他がやってくれる。突進力のあるお前は、コンテナ群の上にいるリーク班が、行動を起こしたと同時に、入口から倉庫内に侵入。出来るな?』

『出来ます』

『入口付近の奴らは俺に任せて、お前はあの扉を突き破って入っても構わない。修理費は我らを派遣要請した部隊が払ってくれる』

『了解』

 男性の見た目は今のローディーよりも十歳程上に見える。ローディーは彼に対して敬語で返事をし、互いに応答を繰り返す。

 この二人の居場所がばれない理由。それは、魔法を使わない単純なことで、ローディー達が、彼らの想定を超えた場所で身を潜めているだけだ。

 男の口から発せられた別働隊のリーク班なる小隊。彼らは立方形のコンテナが積まれた、低い所でも五メートルの高さはある貨物置場の上を慎重に移動。対して、ローディー達は上の逆。トラックや、比較的軽い荷物を載せる用の棚等の下に生まれた、地上との隙間を主に利用して、隙間から隙間へと移動していた。

 そこは、些か窮屈さを拭い切れない場所ではある。しかし、辺りに音を漏らさない限り、倉庫を取り囲む者達がわざわざ確認することは無い。服装がバラバラな上、一見統率がとれている様に見えて、時々談笑をしていて気が緩んでいる者がいる彼らでは、進んで隙間まで真面目に調べようとはしないだろう。こういう役目を負う所を見ると、彼らは下っ端の可能性も有る。もしそうなら、尚更細かい部分まで気を配ることはしない。

 月光が当たる地表とは違い、隙間は光が遮られていて真っ暗。

 そこにほふくの姿勢で隠れている二人の姿は、微かに届く光によって、輪郭が薄ら見える程度である。はっきり見える部分と言えば彼らの目しかない。

 二人の服装は異なるが、色彩は暗色が基盤な同じ様な色調で揃えている。

 ローディーは、地球の軍が着る戦闘服の様な物を着込み、腰には黒い鞘に収めたLB。しかし、両腕や脚等には、彼が物音を立てるのを嫌がった為、フィードバックが武装として展開されていなかった。当然、そこにいて、服が汚れるということに対して意識を向けることはまず無い。

 二人が身を隠す隙間は、あまりにも音が少ない上に暗闇で、自分の心音が聞こえてきそうな錯覚を感じる程である。

 波の音だけが辺りに広がる静寂の時間。ローディーの耳には、自分と男性、二人の微かな呼吸の音が届く。他にする音は、巡回する者の足音くらいだ。

 ローディーの最小に抑えた呼吸に乱れは無く、薄手の化学繊維で編まれた黒色の布によって覆われた顔の内、唯一外気に晒している両目に迷いの色は無い。彼のそれは、何の感情も込められていない様にも思える目をしていた。

 肌を晒した部分が殆ど無い暗色で統一された服装で、物陰に息を潜めるその姿は、一般人から見れば異常だと思い、同時に恐怖を抱くだろう。

 景色に隠れて溶け込み、気配を消し、息を殺し、機会を窺うその姿はまるで、これから狩りを行う肉食獣の様だ。

 都市部の喧騒が遠い、都市独特の眩しいまでのビル群の光とは無縁。人の往来は勿論、動植物の気配が無い寂しい地域。

 人口的な地面。

 金属が主体で出来た建物。

 所々に置かれた貨物。

 そして風。全て、触れると冷たいと感じる程に冷めきっている。

 リーク隊が所定の場所まで辿り着き、彼らが指定した時間までは、後残り数分。

『フィードバック。三十秒を切ったらカウントダウンを頼む』

『了解』

 己のデバイスにそう言ったローディーは、再び、倉庫の入り口付近にいる者らに視線を向けた。

 人相の悪い者や体格が良い者等、様々な人がいる。

 倉庫に集まった彼らの素性は、犯罪を起こす魔導師――違法魔導師組織の一派。それも、最近、何度も魔法の行使関係無く犯罪を起こしてきた、素行の悪いグループらしい。

 平均的に魔導師としての実力が低い陸士部隊の魔導師では、分の悪い強さということで、追加戦力として各所からの要請により派遣される部隊、いわゆる武装隊と呼ばれる部隊の中から、ローディーが入隊していた隊がこの作戦に参加していた。

 個人の強さによるが、基本数十人単位で構成される武装隊。

 現在、ここにいる武装局員は、決められた仕事の為に各々の場所でローディーやリーク班の様に、息を潜め待機している。陸士部隊の魔導師も、武装局員と遜色なく戦える者は、陸士部隊独自の小隊を組み、武装局員に混ざって行動していた。

 実は、今回の出撃は、作業員の目撃情報が根幹としてあるだけで、彼ら違法魔導師が、倉庫で何をやっているかという情報は、ローディー達は知らず、陸士部隊も調べきることが出来なかった。

 しかし、犯罪を起こした時の映像に顔が映った者がいる可能性が高いことは事実であり、その者らを捕らえれば誤認逮捕という可能性は薄れる為、地上部隊は逃がさぬ様、負けない様、万全の態勢を整える為、武装隊を要請するに至った。

 誤認であれば、主に地上部隊に責任をとる必要が生じるが、ローディーは実際にこの目で、人気が希薄であるはずの場所にいる違法魔導師なる者の姿を見て、その可能性は低いと感じていた。

 海に面した土地独特の海風が工場地域に吹きつけられる。

 その潮風が原因なのか、単なる劣化かは見ただけでは分からないが、塗料が剥げた部分は錆びていた。そういう古い個所が特に多い倉庫周辺。そんな温かさが何も無い場所だからこそ、違法魔導師達はここなら安全だと決めつけて、何かを行う為の集合場所としたのだろう。

 だが、今日に限っては、彼らにとって安全の場所とは言えない。正反対の危険な状況であることを、まだ彼らは気付いていなかった。

 武装隊が派遣され、目撃された周辺に設けた隠しカメラに、違法魔導師らしき人影が捉えられるまで――つまり再び彼らがこの場に訪れるまで、すでに数週間が経っていた。

 目標が現れたことは、今まで捜査協力という形で派遣されていると錯覚されていた武装隊が、その“武装”という言葉を関する部隊としての本領を発揮する機会がやって来たことを意味している。

 違法魔導師の不明瞭な日程等、あらゆる諸事情で待ち伏せが出来ず、発見後出撃という後手に回る結果になってしまった武装隊だが、現在は滞り無く作戦は進行し、虎視眈々と最終段階が決行する時刻を待っていた。

『三十……二十九……二十八……』

 違法魔導師を見据え続けていたローディーの頭の中に、フィードバックの声が響き始める。

『可能ならお前が頭目を捕えろ。どうせ陸士部隊の奴らに手柄を取ろうと躍起になるだろうから、お前は良い所を取られるなよ』

『了解』

 男性も独自に時間を把握しているのだろう。フィードバックのカウントダウンが始まってすぐ、ローディーに向けて話しかけてきた。

 男の後ろの方の言葉は、任務中としては比較的軽く、陸士部隊との兼ね合いが面倒くさそうな口調であった。

 別段、ローディーは手柄が欲しくて男性の声に返事をした訳ではない。

 ローディーは、手柄自体の名声には興味は無い。積極的に欲しいとは思わない。彼は、“作戦の結果をより良くする”、それが手柄よりも幾分重要だった。

『十……九……八……』

 ローディー自身が頭目を押さえること。その行動が結果を最善へと導くのであれば、彼は進んでそれを行う。

 肉体は若返っていたとしても、数十年経て構築された彼の思考は変わらない。故に鋼の意志は錆びない。

『五……四……三……』

 彼は彼なりの行動に基づいて、他者の為に貢献する。誰かの平和の支えになることを信じて、彼は事をなす。

『零!』

 その言葉とほぼ同時に、倉庫の方向から窓ガラスの割れる大きな音が響いた。

 倉庫周辺の空気を振動させ、響き渡る高音。

 壁、コンテナ、重機、様々な所に反響して、静まり返っていたこの空間に急に起きた音は、どこまでも広がる。

 そして、その音は、LBが引っかからない様に隙間から出ようとするローディーにも届いた。

『フィードバック――甲冑を』

 ローディーは、その音にタイミングを合わせ、スライド式の扉の辺りにいた違法魔導師の視線が、音のした方に向いた時に全身を月の下に晒した。

『了解。夜間迷彩解除、グリートフォルムに移行するぜ』

 倉庫の窓や隙間から漏れる真っ白な閃光を、視界内に捉えるローディーの服装が変わる。

「プライマル・アーマー及びオーバードブースタ起動」

《了解。プライマル・アーマー展開。魔力、背面に収束》

 閃光に続く様にガラスが割れる音が、今度は二、三の同じ音が重なり合って辺りに広がっていった。その次に聞こえてくるのは、倉庫内からの爆発音や悲鳴。

 暗色から元の赤茶色を基調とした色に戻り、各部に装甲を装着したローディーは、魔力の膜に覆われながら、加えて背中に展開した魔法陣に魔力を蓄えながら、倉庫に向かって走り始める。

 そして、足音でローディーの存在に気付き、振り向き始める違法魔導師達の先、数メートルは優にある扉を見据えたローディーは、地面を思いっきり蹴った。

《オーバードブースタ展開!》

 フィードバックがそう言う――途端、ローディーの背面に、背中と面と面で向き合う様に平行で展開していた魔方陣が眩しく光り輝き、夜の闇に赤茶色の光の華を咲かせた。

 ――――――ッ!!

 間髪入れずに聞こえたのは爆音。

 違法魔導師達は、突如光を放ったと思えば、すぐに視界から消えた正体不明の人物に戸惑いつつも、突如自分達の近くで起きた轟音がした方に顔を向ける。

 穴があった。

 彼らの視線の先にある扉には、高さ二メートル程の楕円に近い穴が開いている。

 その、縁が橙色で熱を帯びている穴を見ても、彼らは未だ状況を掴めている者はいなかった。

 ガラスが割れる音がして閃光が走り、再びガラスが割れたと思ったら、人が前にいて、その人が消えたと同時に、轟音と共に扉に穴が開いていた。

 欠伸や、談笑をしていた彼らに突然降りかかったこの一連の事態によって、彼らの思考はまともに機能しない。口をぱくぱくと動かしている者さえいる。

「おい下っ端。その混乱した脳を覚ましてやるよ」

 違法魔導師達は、茫然としたまま、シャッターに出来た穴に向けていた顔を、声がした方に振り向けようとしたら、


 彼らの視界は暗闇に覆われた。


「――だがな。お前らが次に目を覚ます場所は天敵の巣窟だ。雑魚が、死に腐れ」

 ローディーと一緒にいた男は、頭に被っていた布を脱いで顔を外気に晒してから、おもむろにまぶたを下ろす。

『レッドキャップ・ゼロから各員に告げる。“やれ”。俺も今から倉庫内に行く』

 敵味方問わず、倉庫の中や周囲に念話を送った男はまぶたを上げる。

 その後、冷めた目で気絶した違法魔導師を見下し、その一人に唾を吐きつけてから、男はシャッターに出来た穴をくぐり抜け、未だ様々な音がする倉庫の中へ悠然と入っていった。

      ◇◇◇

 ローディーが扉を右手から生じさせた衝撃で貫き、倉庫内に入った時は、すでにそこは乱戦状態だった。

 倉庫内に貨物は少なく、伽藍としていてかなり広い。誰かが倉庫内にいる物を閉じ込める結界魔法を使ったのか、倉庫内の色は彩度を失い、全体的にモノトーンに近くなっていた。

 そこで数十人の違法魔導師と、十数人の管理局員が入り乱れての魔法戦をしていた。

 様々な色の魔法の弾が、高速で尾を引いき倉庫内を駆け巡り、数少ない貨物や人に当たって、または違う弾に相殺され、破裂し光を放つ。

 月明かりが窓から差す以外は、そこに光は届かず、薄らと闇に包まれているはず。しかし、今、ここは所々光の花が咲き乱れ、光の点滅を繰り返す中で戦闘が繰り広げられている様子は、まるでコマ送りの動画の様だった。

「増援!?」

「――しっ」

 刻一刻と変化する状況の中で、ローディーの近くにいた違法魔導師は、彼の姿に気付く。だが、何か行動を起こす前にその彼によって意識を断たれた。

 進行上にいた数名の違法魔導師を、四肢を用いて叩きのめしながら着地したローディーは、地面に黒く焦げくさい二本の線を描きつつ、ギャリギャリと接地面から火花を起こしながら滑ることで、魔法を発生させた時に出来た余剰の慣性を一端緩めた後、再び行動を開始する。

 局員の数の方が少ないが、地に伏した者の数では、圧倒的に違法魔導師の方が多い。大半は、ローディーが侵入する前に起きた、閃光を用いた奇襲で倒された者だろう。

 空を飛んで戦うには狭すぎる倉庫の中、ローディーは敵のいる方向へ駆けだす。

 当然、目標とされた数人の違法魔導師は彼に向けて魔法弾を放つ。

 ローディーはそれを避けない――避ける必要が無いと語る様に、直進を止めない。直進を曲げない。

 ローディーのその姿を見て、違法魔導師は何を感じるだろうか。

 彼らが感じたもの、それは得体の知れない恐怖だ。

 魔方陣を展開せずに、迫りくる弾を膜の様な物で全て防ぎ、闘牛の様に一直線に自分達に向かってくる者。ローディーの顔、覆面から覗く鋭い目も、恐怖の心情をさらに高めさせる一因となっていた。

「ば、化けも――」

《クイックブースタ》

「化け物?」その低く冷めた声は男の横から聞こえてきた。「児童誘拐、そして殺害。強盗に強姦――色々やってきたお前らがよく言う」

「ひゃ!?」

 変な声を上げた男はゆっくりと自分の横を見る。

 そこには男の仲間の他に、こちらに向かってきていた男、ローディーがいつの間にいた。ローディーは、男の仲間の鳩尾に拳を突き立てながら、眼球のみを動かして男を捉えている。

 男は見開く。喉は潤いを求め、体の至る所から汗がにじみ出てくる。

 男にとって、目の前の光景は悪夢だった。

 ――見ている。こちらを見ている。俺を見ている。宙に浮いた二つの眼球が俺の方を向いている。黒目に俺が映っている。

 暗闇に、男の精神の状況が異常だったことも加味して、狭まった男の視界には闇に浮く二つの目しか見えなくなっていた。

「夢なら覚め……」

 ローディーは、自分の前で狼狽しだした男の意識を刈り取る。そして、男の濡れ始めた下半身を一瞥した後、ローディーは近くで、この光景を見ていた違法魔導師に視線を動かす。

 彼の視線の先の違法魔導師数人は、皆体をふるわせ、茫然としていた。

 魔法弾の閃光によって断続的に発生するフラッシュの中、特に決まった形に構えず、ただ佇んでいる様に見えるローディーの姿は、対峙する彼らからすると、やはり化け物なのだろう。

「どうした? 私はお前らを捕まえようとする管理局員だぞ?」

 彼の、布で覆われた口の部分がうごめき、言葉を発する。

《GAN01-SS-AW付加完了》

 右腕に浮き出た文字と共に、魔法陣を展開したローディーは、両手に二個ずつ鉄球を挟む。その鉄球は、点滅する倉庫内の様に電光を纏って光っていた。

「人殺しの犯罪者のくせして」一向に応戦しない彼らを見て、ローディーは顔をしかめる。「人間らしい反応をするのだな」

 ――戦場では、まるで的だ。

 そう言い切り、彼は、だらりと垂らしていた両腕を胸の辺りで交差する様にして、勢いよく鉄球を投げた。

 術者の手から離れた鉄球は、ローディーの前方、数メートルという近い距離にいた四人の違法魔導師に、吸い込まれる様にして直撃。炸裂した。

 思い思いの悲鳴を上げて、数メートル吹っ飛んでから、地に滑り込む様に倒れる違法魔導師達。

 全弾命中し、彼らの意識が無いことを、足を用いることで確かめたローディーは、周囲を見渡し、素早く戦況を確かめる。

 倉庫内に立ち込める焦げた匂いや煙、そして塵や埃。視界はあまり良いとは言えない。それらが倉庫中に漂い、彼が開けた穴や、割れた窓から外に出ていく。

 ローディーにはその中に、何やら粉の様な物も舞っている様に見えた。

 辺りの警戒は怠らず、倉庫の様々な場所で未だ途切れなく発生する怒声や悲鳴、爆発音、そして、何か重量のある物が崩れ落ちる音。

「……ドラッグ……密売か?」
細めた目で宙に漂う粉塵を凝視しつつ言ったローディーの言葉だ。

 彼が着込む騎士甲冑や、局員が纏うバリアジャケットには、現場によって対毒ガスの機能を付けることが出来る程の高性能な為、その煙の様な粉塵によって、己の体に何らかの異常をきたすことは無い。

 ローディーが発した言葉に、意外そうな声色は含まれていなかった。何故なら、元々ここで行われている内容を想定した事項の一つであったから。

 その上、これで誤認逮捕という失態は起きることがなくなった。ローディー以外にこのことに気付いた局員は、きっと、さらに生き生きと検挙をこなすだろう。

 視界が悪くなった中を、ローディーは攻撃してくる違法魔導師達を優先に気絶させる。

 それを繰り返しつつ、慎重に脚を進めていると、彼の目に、他の者とは幾分身なりが良さそうな男の姿が映った。

 その男は多少息を乱し、肩で上下に動かしながらも、ローディーの方を見てくる。狂気を含んだ目。少なくとも普通の人間の目ではない。

 男の足下には、同じ服を纏った人が数人程倒れていた。

 地に伏した人々の共通点は、様々な所から血を出していること。その血だまりの上に男は立っていた。

「さらに人を殺したか」ローディーはその光景を見てそう声を漏らした。「馬鹿だな」

「うるせえ!! お前らが結界を張ったせいで俺らは逃げられもしないし、それに、こいつらは俺に襲ってきたから殺した! 正当防衛だ!! ノーカウントだ!!」

《本当にこんな奴が児童を殺したり、強姦したりするのか? どうしようもない馬鹿だぞ、こいつ》

 支離滅裂なことを言いながら激昂する男の言葉に、フィードバックは呆れた口調で感想を漏らす。

 一方、言葉と共に飛んでくる、狙いが雑な魔法弾をいなしつつ、ローディーの方は口を開かず、一歩一歩着実に男に近づく。布の下の表情は能面の様に無表情だ。

「く、来るな来るな来るな来るな来るなぁ!!」

 ローディーが発する威圧感に堪え切れなくなったのか、服が血で汚れることも介さずに、尻餅をついて、後ずさり始める。ローディーに向ける杖型のデバイスの先はふるえている。

「一応聞いておく、投降するか?」

「来るなぁ!!」

 後ろにあった段ボール箱の壁が原因で、下がることが出来なくなった男は、腰を上げてローディーに抵抗することしか出来なくなった。

 距離が近づいたことで、ローディーに着弾する弾の数が増え、膜も無くなり始めていたが、彼の体に特に大きな傷が刻まれることは無かった。

「それは断る」

 男の返答に、ローディーはそれだけを言った。

《クイックブースタ》

 再び漏れるフィードバックの声と同時に、男の視界から消えるローディー。男が気付いた時には、ローディーは目前にまで迫っていた。

「ひい!?」

 男の本能がそうさせたのか、デバイスを己の身を守る様に前に出し、そこに小さめな円形の魔法陣を描き、防御魔法を展開させる。

「カートリッジロード」

《カートリッジロード》
 右腕から銃弾の様な物が排莢される。すると、ローディーの右手に纏わり始めていた魔力の量が急激に増え始めた。それに続いて、右手首に備え付けられていた歯車が高速に回転をし始める。

「ドーザー」

《GAN01-SS-WD ドーザー展開》

「悪いな。手加減は苦手なんだ」

 ローディーは男が展開した魔法陣に向けて、腰を捻り、力を乗せた右腕を叩きつける。

《よいしょおおおおお!!》

 重い音と共に拮抗し始めた右腕と魔法陣の盾のせめぎ合いは、フィードバックの気合のこもった叫びの後、すぐ崩れることになった。

 ――――――ッ!!

「っ!」

 魔法陣が音を立てて割れ、男の前にあった杖型デバイスの柄を砕き、拳が男の体に鈍い音を立てた。

 声が出ない悲鳴と共に、男は段ボールの壁に突っ込み、崩れたその箱によって姿が見えなくなる。

 ゆっくりと息を整えているローディーは、覆面を脱ぎ、汗に濡れた髪を掻き上げつつ、排熱を続けている右腕の調子を確かめる。

「調子はどうだ?」

《何の問題も無し。それにしても旦那。やりすぎだろ? それに、あんな威圧的な態度で降伏勧告するなよな》

「死んではいない。それに、どのみち血を見て獣になった奴には、覆面を被った見た目最悪な私の言葉なんぞ、まともに聞こえなかったさ」

《それは、旦那の体のいい言い訳だろうよ。あの犯罪者も可哀想に。あんな打撃、絶対痛いって》

 ローディーが男を殴り飛ばして、あまり時が経たない間に、今まで倉庫内に響き渡っていた様々な声や音が消え始め、徐々に夜らしい静寂へと戻っていく。

 屋根には穴が開き、窓ガラスは割れ、貨物は散乱している光景。それらは激しい戦闘の証拠とも言える。

「御苦労。まさか本当に頭目を仕留めるとはな。よくやるものだ」

 屋根の穴から夜空を見上げ、星を見ていたローディーに、一緒に行動していた男が声をかけてきた。

「で? 手ごたえは。手加減は……お前ならしてないわな」

「感触的に肋骨の二、三本は折れましたね」

「それは重畳。あんな豚ども、どうせ豚箱に入ってから痛い思いはしないから、今の内に痛めつけておかないとな」

「こちらの損害は?」口角を釣り上げる男の姿を見つつ、ローディーが問う。

「お前が事後処理をする必要はないぞ。一応言っておくと、軽傷多数。重傷二名ってところだ。重傷と言え、死ぬほどの怪我ではないんで、武装隊の死者数は実質ゼロ」

 ――まあ、あちらさんは違うが。

 と、男が親指で自分の後方辺りを示す。

 そこにいるのは全身を真っ赤に染めた人間達。

 その動かない人の周りを囲み、かろうじて息のある者には応急処置を行っていた。

 床に撒き散らされた血は、すでに乾き始めて黒ずみ始めている。夜の下で、その赤色はとても映えていた。暗いお陰か、動かない者の腹部から飛び出ている物等の細部が見えることはない。

「陸士部隊の魔導師ですね」

「ああ。雑魚のくせに出しゃばった馬鹿どもだ」二人の会話は、所々からする局員の声によって、すぐに打ち消される。「――陸士部隊で思い出した。確かお前は陸士志望だったな?」

 忙しそうに四方へと動く局員達の様子を確認しながら、二人は話を続けていた。

「ええ」ローディーは首肯する。「勿論武装隊にスカウトしてくださった隊長には感謝していますが、今もそのつもりです」

「ふうん。お前のその力自体は惜しいが――別に引きとめる気は無い。今まで特に文句を言わなかったんで聞かずにいたが、何故、わざわざ面倒くさい陸士なんだ? 空戦も出来るお前なら、武装隊の様な本局勤めも簡単だろうに」

「地上で働く方が性に合っているので。最低数年は陸士として従事する予定です」

 ――まずは地道にってか? キャリアの頭でっかちとはえらい違いだな。この物好きが。

 倉庫に出来た穴から入ってくる潮風に、男の言葉は溶け込んで、そして消えていった。

   *   *   *

「お兄さん。お帰りなさい」

「ああ、ただいま」

 他にカリムの傍らにいる給仕や騎士達の挨拶を受けつつ、グラシア家が所有する車から降りたローディーは実家の敷地へと入る。

 ベルカ自治領の一角にあるグラシア家の邸宅は、彼としたら充分広かった別荘よりも大きく、今でも彼は、この家に来るたび、随分な家族に拾われたものだと心中で苦笑する。

 グラシア家は倹約家らしく、他の有名な家柄と比べると家自体は小さいらしいが、それでも充分過ぎるくらい大きい印象が彼の中にはあった。

 一直線の道の両側には、シンメトリーの手入れされた庭。その道を進むと、庭と同じく左右対称の家。そこは素朴で清楚で、家自体に威圧的な迫力を感じさせない趣がある。

 晴れ渡り天が低く、代わりに横に広く感じる秋空の下、ローディーは、わざわざ正門の所で待っていたカリムを連れて、石畳の道を歩く。

「お兄さんが私と会うのって何時振りかしら?」

 カツカツと心地よい足音を響かせ、ローディーと会えたことが嬉しいのか、朗らかな笑顔でカリムはそう言った。

 彼女の金糸の様に繊細で美しい髪が、乾いた風になびく様を見ていたローディーは、空を数秒見て、それからカリムの方に顔を向き直す。

「大体一ヶ月というところだな。数日に一回そちらから連絡があるから、何だか不思議な感覚ではあるがな」

「ふふ、私も一緒です」

 道の真ん中辺りに設けられた噴水を通り過ぎ、二人は給仕や騎士を後ろに従えつつ、邸宅の扉がある方へと向かう。

「それにしても」目を細めるカリム。「お兄さんったら、陸士訓練校を卒業してから、あまり実家に帰ってきませんよね?」

「武装隊は本局勤めで、いつ要請が入るか分からない不規則な部隊だからな。今回の様な任務をこなしてからの数日間の休養日でしか、ミッドチルダ程の場所には行けない。前もこんなこと言った気がするぞ」

「……違法魔導師の取り締まりでしたよね? 本当に怪我はしていないのですか? 身内が危険な所で仕事をしているなんて、心配で夜も眠れません」

 ローディーを気遣う、心配を含んだ心情を吐露するカリムに対して、ローディーは苦笑で答える。呆れたような苦笑ではなく、面白いという様な感情を垣間見せる喜色に富んだ苦笑だ。

「そう、湾岸工業地帯での取り締まりだ。怪我はここに来る前に連絡した通り無い。――にしても、他人のことを心配して眠れなくなるとは、君は随分面白い人間だな。改めてそう思う」

《同感だ旦那》

《私には良く分かりません》

《あんたも直に分かるさ》

「もう! お兄さんも、フィードバック様もからかわないでくださいよ」

 ローディーと、彼の懐で会話を繰り広げる二機のデバイスの片方であるフィードバックに軽く怒ったカリムは、わざとらしく頬を膨らまし、早歩きでローディーを置いて行こうとする。

《旦那。こういう時は頬を指でつついて、女性が惚れる様な笑顔を向けたら完璧だぞ?》

「何が完璧だペドフィリア」

《ペ、ペド……それは、恋愛が出来ないデバイスに対する挑戦状として受け取って良いのか?》

「意味分からん――分かりたくもない。それと、お前が職場でそういうことを言うから、私は変な目で見られるんだぞ? “あの人、デバイスAIの教育間違えたな”とか、酷い場合は“実はプライベートでは持ち主もあんな性格なのでは?”とかな」

 あらゆる場所で何かを喚くフィードバックとのやり取りもすでに数ヶ月が過ぎたが、未だにローディーは、フィードバックのそういう部分が疲労の種になっていた。

 年中性格が反対の人と話しているのと同じことである。ローディーが今までフィードバックが原因で負った苦労は計り切れない。短気な者ならば、数日もしない内にAIを初期化するだろう。そして、取り扱い説明書や人口知能教育本やらを片手に、一から教育をし直すことになることだ。

 はあ。と溜息を漏らし、《やはり、私には先輩の発言の意図が理解できません》と言うLBに向けて心中で、あいつみたいになるな。と切に願いつつ、ローディーを急かすカリムの為に足早に扉の方に向かう。

「それと、お兄さん?」

「ん?」

「私達は他人ではなく家族ですよ」

 彼女に近づいた矢先に、真正面から自分に向けられたその言葉を受けたローディーは、一瞬虚を突かれた顔になる。しかし、すぐに持ち直し、今度は呆れた苦笑を浮かべた。

「そうだったな」わざとらしく頷くローディー。

「そうです。これで注意するのは何回目になるやら」

「五回」

《嬢ちゃんが細かすぎるんだよ》

「細かくありません! 大切な部分です」

「そうだ。大切な部分だ。今後は気を付ける」

「その言葉も何度聞いたと思っているのですか」

「“今後気を付ける”は三回」

 回数すら覚えているのなら、ちゃんと訂正してくださいよ。お兄さんの確信犯! 等、色々言いながら、わーわーと子どもらしく、体も使って憤慨感を表すカリムの姿に、ローディーは、会った当初よりも無理な慎みが無くなりつつあるな。と感じ、良い傾向だと思い、笑みを浮かべながら、彼の先を歩く彼女の下へ向かった。

「これはシャッハにも報告ですね」

 わざわざ近づいて、扉を開けようとした給仕を視線で制し、ローディーが先回りをして玄関の扉を開けていた時、一端癇癪が収まったカリムはむくれ顔を戻さずに、そう呟いた。

 報告するならまず両親からでは? シャッハの場合、厳密に言えば書類上は家族とは違うのでは? そんなことが脳裏をよぎるが、ローディーは全てを榴弾で焼き払う。今、カリムにその類の様なことを口に出すとどうなる?

 おそらく、ここにいる騎士全員に命令をして、取り押さえてから説教・家族会議の多段攻撃が来るだろう。

 無粋すぎる。そう心で思考を巡らしていたローディーは、話をずらすことにした。

「そういえばシャッハはどうした? カリムの近くにいないとは珍しい」

 カリムを中に入った所を確認した後、ローディーは扉を開けたままにする役目を給仕に引き継がせてから、自分も玄関へと入る。

 木材を多用した造りの邸宅。内装もそこまで悪趣味ではない。下々の身分の人にはこの屋敷の存在自体、悪趣味に見えるのだろうが。

「シャッハは応接室で、教会騎士団と管理局の方と通信しております」

「教会と管理局? 何か問題でもあったのか?」

「いえ、教会が管理局に派遣のことについて頼み込んでいる様です」

 ローディーの頭に浮かぶのは、訓練校を卒業してすぐ入隊した、経験を積む為云々とカリムを言い包めた口が悪い人が隊長の武装隊。次元世界というものに興味が無いと言えば嘘になる為、実戦が多く他方を飛び回る武装隊に入れたのは良い経験だとは、ローディーは思っている。ただの平凡な陸士志望から急に武装隊に入った弊害か、同期や上司等からは、やはりグラシア家との関係等で陰口を叩かれていたが。

 別段、ローディーは悪口に関しては特に腹を立てることは無かった。彼自身そういう目にはなれているから。

「教会が管理局に武装隊でも要請したのか?」

 派遣と言えば武装隊。ある意味武装隊は局内では何でも屋として定着している。その為忙しく、任務内容によっては、残業なんてものは当然の職場でもあった。

 次元世界という多くの世界の調和を管理する次元管理局と、世界中に信者を有する聖王教会は協力関係である。なので、ローディーの様に、騎士の身で管理局に籍を持つ者もいれば、教会が管理局に戦力を要求することもある。

「いいえ」しかし、首を横に振るカリムの態度で、ローディーの予想が外れたことは分かった。「その逆です」

 逆?

 と、ローディーは首を傾げる。ローディーにはそうする理由に見当がつかなかったからだ。

 それもそのはず。普通、管理局が教会側、それも要請ということは、数人を借りるのではなく、教会所有の戦闘組織、教会騎士団に支援を求めることは稀なことである。大体の事件ならば、教会よりも戦闘力の量ならば上の管理局の戦力で事足りる為だからだ。

 しかも、管理局が教会に戦力を求めている場合、先程の“教会が管理局に派遣のことについて頼み込んでいる”というカリムの言葉と矛盾していることになるから違う。

「教会が管理局に派遣要請をしているのではないのか?」

「教会が管理局に騎士を派遣させる許可を貰っているらしいです。私はお兄さんを迎える為、途中で抜け出してしまいましたし、そもそも組織絡みのことは、まだ私に任されていないですから」

 ――シャッハ自体まだ十数歳だがな。

 心中で突っ込みを入れるローディー。彼はこの世界に来て何度目かの、ミッドチルダの就労年齢の低さの現状を垣間見た気がした。

 今の管理局に所属するローディーを取り巻く状況は勿論。元々の世界でも、十数歳の頃から戦場に立っていたローディーも同類ではある。そして彼は、彼より幼い、少年と呼べる年齢のテロリストを殺した過去もある為、そういう話題には複雑な立場である。

 ローディー自身は、就労年齢の現状について、偉そうに、その世界の住民に説教する気は全くないので、そんな常識の違いの疑問等は心の内に留めていた。違う常識に染められないで順応するのが彼のスタイルなのかもしれない。

「教会がわざわざ? 何か事情がある様だな」

「それもお兄さん絡みの」

「……教会騎士団としての仕事か」

 武装隊に所属していても、ローディーは教会騎士団にも籍を置いている為、急な仕事が舞い込むことも前にはあった。管理局の階級は低いローディーだが、魔導師・騎士としての実力は階級以上のものはある。それに、教会騎士としては動かせやすい遊撃的な役目な為、色々と融通がきき易いのだ。

 はい――と頷くカリムは、しばらく廊下を歩いていたことで辿り着いた部屋を指差す。応接室だ。

「内容は中で」

「分かった」

 ローディーが応接室の扉をノックし、数秒置いて入室の許可を貰った後、玄関に入った時と同じく、ローディーが先に扉を開き、カリムが入室してからローディーはカリムの後に続いた。

 いかにも応接室と呼ぶべきか。中央にテーブルを置き、その上下左右をソファで囲っている。調度品の数はくどくない程度に置かれ、部屋全体の清潔さは、ローディーの所見では完璧である。

 今、そこにいるのは、ローディー達の方を斜めに向いて佇むシャッハしかいない。

[君が武装隊所属のグラシア二等陸士かな?]

「はい。彼が騎士・ローディー。グラシア家長男のローディー・グラシアです」

 応接にはシャッハを含めて、ローディー達三人しかいない。シャッハに尋ねた男性の声はローディーの声ではなく、シャッハの後ろにある、宙に浮く空間モニターから発せられた声である。

「はっ! 時空管理局本局武装隊・第15班所属、グラシア二等陸士です」

 モニターにきびきびとした動きである程度近づいたローディーは、そのモニターにいる男性に向けて敬礼をした。

 視線の先に映り出されている中年の男性が着込んだ制服。そして、その制服につけられた階級章が、相当な位であることを把握した為である。

 突然変わったローディーの態度に、カリムは思わず見開く。訓練校や職場での彼をほとんど知らないカリムには、彼の敬語は充分驚く要素であった。

[そうか……休んでも構わないぞ]

「はっ」

 髭を生やした男性の顔は、鋭くローディーを射抜く目を除けば、見た目温和そうな印象を感じる。

 敬礼を解き、姿勢を直立から、脚を軽く開いた体勢へと変えたローディーは、真っ向から男の視線を受け、逆にローディーも男を真正面から見据える。探る様な目程度で、ローディーは臆さない。

 ここで初めて、ローディーは男の顔をしっかりと確認した。写真でしか見たことはないが、ローディーはその男を知っていた。

[教会の者は、私に許可を貰った矢先に、用事だと言って通信を切ったが、私は君を一目見ておこうと思って、こうして君が来るまで残っていた訳だ。教会の意図はともかくとして、手元の資料から君の情報を得て、私自身は君の実力は高く評価している]

「恐縮です」

 ローディーと男の視線は交わり続ける。どちらも、お互いの目を見たまま、そらす仕草は全く無い。カリムとシャッハはそんな二人の動向を黙り込んで傍観する。

[私もこれから所用がある為、細かい内容は君がこちらに来てから話す――が、大まかには伝えておこう]

「はっ」

[グラシア二等陸士。急なことだが、君に教会から辞令が下りた。勿論武装隊長の許可もとってある]

 元々整っていた姿勢をさらに正した男は、優しさを微塵も感じさせない口調でそう言う。ローディーは、その態度を見て、楽にしていた自身の姿勢を改めて正し直立する。

[出向命令だ]

 張りつめられた応接室の空気に、男の声が響く。

[私が艦隊司令を務める本局次元航行艦隊へ、明日出向。先日管理世界で確認された遺失物、ロストロギア“闇の書”の主と、その主に従う守護騎士の無力化、及び闇の書の封印作業に随行してもらう]

「了解しました。ギル=グレアム艦隊司令官」

 静かに、けれどよく通る声で、ローディーはゆっくりと、一言一句噛みしめる様に、そう返答し敬礼をした。

 秋。冷たい風に吹かれ、カサカサと身をふるわせる木々の葉は、段々と紅葉が始まっていた。



[19604] Chapter 0/4-1
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/07/07 14:12

 晴れ渡った空には小鳥が飛び、音楽隊が様々な音を響かせ、気持ちが弾む様な音楽を奏でる。空に描かれた五本の飛行機雲は、まるで五線譜の楽譜の様だ。

 朗らかに吹く風は、大衆が投げる祝いの花弁を遥かな空へと運ぶ導き手。

 温かな日差しは大地にあるものを優しく照らし、暖かな気候はそこを包み込むように覆っている。

 民衆は道路の両端で、道路を挟む様に集まっていて、皆が旗を振り、喝采を上げ、道路に入ろうとする者もいて、その人々をせき止める役の警備員は大変そうであったが、その顔に疲労感は無かった。大衆はビルの窓からも旗を振り、花弁を投げている。都市中の人が一斉に集まっていると言っても過言ではない程、この場に多くの人が訪れていた。

 道路をゆっくりとした速度で走るオープンカーからは、温厚そうな中年の紳士と、母性を感じられる淑女が、柔らかな微笑みを浮かべながら、大衆に向けて手を振り続けている。

 私は、その様な穏やかながら賑やかでもある光景を、集まった民衆に潰されそうになるのを避ける様にして、家族と一緒に見ていた。

 ――見えるか?

 しっかりと家族を大衆から守る様な立ち位置にいる父からそう言われ、私は首肯することで答えた。すると父は、我慢はしなくても良いんだぞ? と、言いつつ肩車を提案してきた。

 私はその言葉に惹かれる。

 確かに父の肩に乗れば、今行われているこの心が軽やかになるパレードの欠点とも言う、鬱屈させる人の臭い、大勢の人が密集した圧迫感からも逃れることが出来る。清々しい空の下で、気持ち良い風を浴びながら、さらにパレードを楽しめる様になるだろう。

 その案は多少なりとも私の心を動かした。

 しかし、私はその提案を断る。

 私の隣にいた妹が、人の熱気に当てられたのか、潤んだ瞳に加え、疲れた顔をしていたのに気付いたから。私は父に言って、妹を肩に乗せる様頼んだ。

 兄として妹に、男として女に親切であれ――差別ではなく、命を育む女性を敬う意味のレディファーストの思考を持つ父から、昔から色んなことを教えられた私に、そんな表情を浮かべた妹を無視することは出来なかった。

 私は妹の為に我慢した。兄として、男として、私も父の様に強くありたいから、身長も意志も自分より高みにいる父に、少しでも近づける様に背伸びをする。

 父の肩の上に乗った妹は満面の笑みで、私にありがとうと言う。

 ――ああ、これで良いんだ。間違っていない。

 妹のその言葉に、私は喜色に染まった自分の心を自覚し、心中でそう言いながら微笑みで返答した。

 早足よりも遅い速度で進む車に乗った一組の紳士淑女が、私達がいる場所近くまでやって来る。

 今日はこの国で記念すべき日。

 共働きの為、頻繁に家を空けがちの状態だった父と母も今日は休日。誰一人欠けず、家族揃って出かけるのは、とても久し振りな気がした。

 人と人の合間にある隙間から、妹の顔を仰ぎ見る。

 視線の先に見えるのは、両親がいない、二人きりの家で見せる笑顔とは全く違う満面の笑み。そこに陰りや遠慮と言ったものは感じ取れなかった。

 そんな眩しい妹の表情を見ると、私一人で妹を満足させることが出来ないのだと実感し、寂寥感と力不足な自分の情けなさが否めない。けれど、その様な負の感情が心を満たしている訳でもなく、父や母と一緒にいて喜ぶ妹と同じ様に、自分も、今のこの時を楽しんでいる・喜んでいる気持ちの方が強かった。

 今日が終わると、再び親は家を空けるのだろう。

 今日が終われば、再び妹の顔に寂しさが戻るのだろう。

 勿論、妹が悲しい思いをしない様、私は妹の為に出来る限りのことをするつもりだ。今までも、料理の腕を上げたり、私がエレメンタリースクールにいない時間は、出来るだけ妹と一緒にいたりと、可能な限り色んなことを実践してきた。

 それでも、様々なことをしたとしても、私は妹の中にある親という存在に勝つことは出来ないかもしれない。

 だが、それで構わない。

 確かに、皆が揃って出かけるということは少ないが、その代わり、揃った時の嬉しさは人一倍なことだ。

 だから、私は願う。

 ――どうか、今日という日が出来る限り続きますように。

 ――どうか、妹が悲しまない日が増えますように。

 と、この青い空に彩り鮮やかな花弁が舞い踊る中、その華やかさを見ながら、私はそう願った。

 ……結果的には、その願いは叶うことになる。

   *   *   *

 国家解体戦争が終結し、次に訪れたのは、経済による平和――パックス・エコノミカというシステムを基盤とした統制だった。

 民衆をコロニ―と呼ばれる群居地に属させ、労働の対価に糧食を保証。一方で市場経済からは完全に切り離し、経済主体の企業群は自分達だけの市場を持ち、資源を独占し、労働する人々を統治した。

 限りある資源の節度ある再分配を最適に実現するものと謳われたが、世界を明確に階層化するこのシステムは、ある意味社会主義的。さらに言えば、奴隷制度的と言っても間違ってはいないものだ。

 軍事力を独占する企業の統治から五年。

 新しい秩序は表面上の安定を保っていた――しかし、それさえも危ぶまれることになる時代が襲来する。

      ◇◇◇

 私とユナイトがここ、グローバル・アーマメンツ社の正規リンクスとなって、それなりの時間が経った。

 その間のことと言えば、特に歴史書に残る様な、国家解体戦争程の大きな出来事は起きず、また、私の身に何か災厄が降りかかることも無かった。とはいえ、戦いが無いということでも無かった。

 企業が、大きく分けて二つの陣営に分かれて、対立している時代。結局、国家の統治と同じ様に、平和とは程遠い時代だった。

 企業に甘え、ただ無気力に毎日を過ごす労働階級である一般人。彼らが、水面下で行われている企業闘争を知らず、水面で平和を享受している状況が、果たして良いことなのかは、それに無関係な私がとやかく喚くことではない。私は水上にいる人間ではなく、水中に潜っている人間だからだ。

 オーメル陣営に属しているグローバル・アーマメンツ社。当然、反オーメル陣営との争いは避けられない。

 避けられないとはいえ、日夜戦闘行為を行う様なことは珍しく。所詮、小競り合い程度の、各所で小規模な戦闘を繰り返すだけであり、回数自体も多くはなかった。

 当然、企業の最大戦力と謳われるネクストが必要となる任務も少なかった為、ネクストの搭乗者であるリンクスも、時々訪れる任務を除けば、デスクワークやヴァーチャル空間での模擬戦等、実戦とは遠い日常を過ごしていた。

 適当にデスクワークをこなす他、ありとあらゆる女性に声をかけ玉砕。または女性に金銭を貢ぐが結局玉砕。そして奇行に走るエンリケ。

 そんなエンリケを毎回、律儀に戒め、迷惑を被った女性に謝りに行くと言うエンリケを信じず同行するメノ。

 その二人のやり取りを呆れつつも、どこか愉快げに口を緩めるユナイト。

 三人共、戦闘中とは嘘の様に違う側面を見せる。もしかしたら、彼らの傍にいる私も、彼らと同じ様になるかもしれない。

 それが良い事なのかは分からない。

 元々両親には迷惑をかけない様に。妹には頼られる様に。傍から見れば良い子に見える様に。そういう生き方をしてきた為か、気が付いた時には、良い子である様に行動する自分が、幼少時のわがままだった頃の自分と取って代わっていた。

 そのまま大人となり、あっという間に父と同じ様な歳になった。

 父が言った父なりのレディファーストは、今でも反射的に行ってしまう。その行為に、私の中ではその行為に敬意や親切感は無く、偽善としか思うことが出来ない。事実偽善なのだろう。自分がしなければと、反射的に行う自己中心的な勝手な行動だ。

 三人とのやり取りは否応にも気が緩む。

 最初は特に何も感じていなかった心情は、気付けば形容し難い温かみを持ち始めていた。それは、十数年間置き忘れていた温かみの様に思えた。仲間というものを意識し始めていた。それは自覚している。

 デスクワークをし、操縦訓練や模擬戦を行う毎日。時には三人とボードゲームやカードゲームを興じ、時には会議室で、設計に意外な才能を見せるエンリケとネクスト技術者が主導で行う、ネクストの運用法についての話題に、互いに考察した意見を言い合ったこともあった。

 以前の、国家の犬として死線を掻い潜っていた頃の私から見れば、今の私はふぬけで、甘くなったと言われるかもしれない。

 実際、そう言われても構わない。自覚はある。精神的に甘くなったことは認めよう。そのことについて、考えることはあっても悩むことはない。中年に差し迫った男に、自我の変化や他人のことについて、夜が眠れなくなる程引きずる様な純粋さは失ってしまっている。

 いつか、この“比較的”平和の日々も終わりを告げる。そうなれば、おそらく私も戻るだろう。自己中心的な自分へと。親しい人を作りたがらない臆病者へと。汚い大人へと。

 戻る時までは、三人との日常を享受しよう。

 そう、その時は考えていた――。

   ◇◇◇

「くそっ!!」

 今日の分のヴァーチャル空間でのネクスト戦を終え、リンクス専用の訓練服からラフな服に着替えていた時、鈍い音と共にその声が更衣室に響いた。

 視線を音の主の方へ向ける。

 視線を向けた所にいたのは、ロッカーの前で立ったまま項垂れるユナイトの姿。鈍い音はユナイトが、自分のロッカーを力の限り殴った音だったのだろう。右手を見ると赤く腫れている。

「おいおいユナイト。そんなことして大丈夫かい?」

「うるさい!!」

 ユナイトにいち早く声をかけたのはエンリケであり、いつもの軽い口調でユナイトに問うが、当の本人は聞く耳を持たない。声質ではユナイトの機嫌が悪いことは容易く分かるが、表情の方は、タオルを頭の上に乗せ俯いている為分からない。

 この時、すでに模擬戦を終えてから数十分が経っていた。

 私とエンリケはシャワーを浴び、髪を湿らせ、服装はシャツ等のラフなもの。対してユナイトの服装は変わっていない。体に密着したパイロットスーツ姿のままだ。

「……まただ」

 重い空気の中、ユナイトが呟く。ここにいるのは三人。無音である更衣室にユナイトの声は、声量自体は小さいが充分部屋中に広がる。

「……また」ユナイトの吐露は徐々に大きくなっていく。「また、またまたまたぁ!!」

「ユナイト。シャワーを浴びて少し頭を冷やして、冷静になった方が良い」

 そう声をかけたのはエンリケだ。

 当然と言えば当然。私は人を慰めるなんて難しいことは出来ない。

「触るな!」

 肩に乗っていたエンリケの手を乱暴に引き流し、ユナイトは顔を上げず、口を動かし続けている。

「あんたらには分からないさ! 俺にはメノさんの様な高いAMS適性を持っていないし、エンリケの様な多岐に渡る才覚も、ローディーの様な経験も無い!! 今日の模擬戦も、また俺が最下位だ!!」

 ユナイトは、そう吠え、傍にあったドリンクが入った容器を床に叩きつけた。

 大きな音は更衣室に響き、衝撃によって蓋が開いたことで、中にあった液体が床を濡らす。

「あんた達と違ってなあ――俺は何もないんだよ!」

そして、再び右手でロッカーを殴る。血が出始めても、赤みを通り越して青くなり始めていることも、今のユナイトには関係無いのだろう。

 丈夫なロッカーは傷つかず、ユナイトの手だけが一方的に傷つく。

「俺みたいなAMS適性が低い、劣等種の気持ちなんてあんたらには分からない!!」

「AMS適性があるだけで凄いことなんだよ?」

「結局、力が無ければ評価されないんだ! 中途半端に適性値があっただけに、少なからず俺もネクストを駆ることが出来ると希望を持っていた」ロッカーに叩いたままの形の青く腫れた右手は握られている。「――その希望は絶望にしかならなかった!! ネクストに乗れたのは良いが、どうしようと、いくら頑張ろうが結果は最悪。“役立たず”、“粗製”。俺を待っていたのはその烙印だけだった」

 エンリケのフォローをネガティブに捉えて、ユナイトは声を上げ続ける。

 “粗製”。

 その言葉は、俺とユナイトに宛がわれた上層部からの評価。

 曰く、ネクストの相手にならない。曰く、ネクストから見れば下級の、AC部隊の相手が関の山。

 正規リンクスとなり、多少時が経ってから定着した言葉。エンリケの情報によると、上層部はすでに、サンシャイン計画に見切りをつけ始めているらしい。つまり、私とユナイトは失敗作だと、ネクストの非効率な運用をする高給取りと思われている。昔、エンリケが言った様に、私達二人が死んでも何も思わないだろう。

 もしかしたら、逆に喜ぶかもしれない。私達のネクストは、必ずと言って良い程、任務に毎回高い修理費が必要になる。つまり、私かユナイトが死ねば、ネクスト一機分失うが、延々と修理費を払う必要が無くなる。出費的には、ある程度時が経てば後者の方が大きくなるだろう。

「折角……折角、ネクストにやられた先輩達の仇討ちが出来ると思ったのに……何でなんだよ。何で俺には何も無い……結局俺は凡人で……あんたらの様な天才には、いくら努力しようが勝てないんだ!!」

 吠え続けるユナイトの声に嗚咽が混じり始め、言っていることが聞き取りづらくなり始めている。だが、ユナイトの気持ちのこもり様は、容易に肌で感じることが出来る。

 ユナイトは、リンクス間の模擬戦闘でいつも最下位。通常の任務においても、私達の中で一番出来が悪い。

 ふと、エンリケの方を窺うと、珍しく真面目な表情でユナイトを見ていた。勿論、見られている当人は気付かないが。

 私とは違って、老いを感じさせない若々しい顔。飄々とした面影は、その表情に感じられない。

「それにな……」

 ふらつきながら、弱々しい動作で近くにあった椅子に座ったユナイトは、頭を抱え出す。無論、視線を動かしてユナイトを追う。エンリケも同様にだ。

「さ、最近……味覚が鈍くなり始めたんだ。AMSの欠点……知っているか? ――知っているよな。なんたって、あんたから教えてもらったことだからなエンリケ。」

 ――早い。

 と、率直に思ってしまった。

 脳からの信号で機械を動かすAMSの弊害として、AMS適性が低い者程、脳にストレスがかかる。

 主にストレス性の五感の劣化は、脳に負担をかける以上、珍しいことではない。それに、ネクストの基本動力は劇物であるコジマ粒子。危険な環境を生きるリンクスにとって、己の身に、何が起きてもおかしくない。

 リンクスの寿命は体ではなく、脳の寿命とも言われている程だ。ネクストの力を得る為の代償とも言える。

 皆、命を削って力を得ている。

「ユナイト……」

 ユナイトがエンリケの方に顔を向けた際、エンリケは見開いていた。こちらからでは、タオルに隠れて分からないが、そこまで今のユナイトの顔は酷いのだろうか。

 気が付けば、エンリケがこちらを見ていた。意味ありげな視線。

 何を聞きたいのか察して、首を横に振る。

 ――私には異常は無い。と、意味を込めて。

 同期である私と比べても、ユナイトの味覚障害は早い。戦闘には特に関係無い為、検査は行われないが、メノやエンリケも、自己申告ではあるが異常は無いと言っている。

 頭を抱えたままのユナイトの姿に、いつもの、向上心や野心を感じさせる姿というものは、一切感じることが出来なかった。

「……一人にしてくれ」掠れた声。

「しかし、今の君の状態は心身共に――」

「一人にしてくれ」今度は、低く冷めた声だ。

 エンリケの気遣いを言葉半ばに切り捨て、数分前の激昂していた時が嘘の様に、ユナイトは憔悴した様な声を上げる。

 更衣室が沈黙に包まれる。

 ユナイトの言葉を聞き、出口に向かって脚を動かす。私にはユナイトを立ち直らせることが出来るとは思うことは出来ないからだ。

 おそらく、慰め様とすると一方的な同情云々で、叱咤激励しようとすれば、真っ向から跳ね返ってくる様に、怒りの矛先を私達に向けてくるだろう。

 現在のユナイトのことは、どうしようもない。殴る等の暴力行為を含めた説教をした暁には、リンクスチームは内部崩壊する原因になる。それに、暴力で修正する程、ユナイトの精神がふぬけている訳でもない。リスクが大きすぎる。

 ユナイトが自分の中で答えを見つければ、その答えに対して何か言おう。答えを出すのに行き詰まり、私に助言を求めてきたら、私なりの意見を言おう。

 ユナイトは今、頭を抱えたまま口を閉ざしている。そのため、私は現段階で何も言わない。己の中でだけ考えている中で、無理やり他人の考えを押し付けたくはない。

「エンリケ、私は先に行っているぞ。メノもそろそろ更衣室から出ているだろう」

「ちょ、ローディー。私も行くよ」

 そう言い、エンリケが近づいてくる。そのことを確認してから、更衣室の扉を開けて廊下へと出た。

 ――ユナイト。私達は同僚で仲間だ。だからさ、困って、どうしようも無くなった時は、遠慮せずに頼ってくれよな。

 更衣室を出る時に、後ろからエンリケの声が耳に届いた。

「私よりも出てくるのが遅いなんて、珍しいですね」

 声のした方を見ると、メノが男子更衣室の近くで佇んでいた。どうやら、予想以上に更衣室でのやり取りが時間を食っていたらしい。

 声色から察するに、待たされた不快感よりかは、男子陣の遅さに疑問がある様に感じられる。まあ、これまで無かったからな。仕方ない。

「待たせたか。悪いな」

「ん? おおメノ、早いね」

「早いのではなく、私達が遅かっただけだ」

「あー、成程。ごめんな」

「いえ。あまり待っていませんから」メノは微笑みながら言う。「――えっと……ユナイト様は?」

 その言葉に、思わずエンリケの方を見てしまう。エンリケも同様の様で、お互いの顔を見る形で、動きを止めてしまった。

「まあな」

「まあね」

 今度はお互い、メノの方を見てそう言った。

「一人にしてほしいだってさ」とエンリケ。

 ユナイトの為か、エンリケは更衣室から離れようと率先して歩き出す。当然、エンリケに続く。メノも私達の妙な雰囲気を察してか、首を傾げつつもついてきた。

 長い廊下に足音を響かせながら、本社の中にある宿泊区画に向かう。

 企業にとって貴重な財産であるリンクスという身分上、任務での各地への派遣以外では、原則本社に閉じ込められる。まあ、外で寝泊まりするよりかは安全だ。

 窓から望める風景は、星とは違う光が地上にある、天地が逆転した様な景色。星なんてもの、ここで見ることは叶わない――それに、見えなくとも、特に困ることはない。この時代、人にとって自然とはその程度のものだ。皆、生きることが出来れば良いと思っている。

「そういえば、最近ユナイト様は元気が無いですよね?」

「余裕が無いんだ」すぐに返答したエンリケの顔は晴れない。「努力が、実戦にも模擬戦にも、そして上への評価にも実らないんだ。不安定にもなるさ」

「エンリケの言う通りだ。今日の模擬戦もユナイトが提案したことだ――あいつは焦っている」

 窓に映る我が身を見据えつつ、言い終える。

 今日は任務が無いということで、勤務自体はほとんどなく非番に近かった。当然、模擬戦も行うことは、ユナイトが提案するまで予定に無かった。

 そして、結果はユナイトの惨敗。決して、奴が努力を行っている訳ではない。実戦の結果等を除いた勤務態度では、文句は言いつつも特に悪くはない。

 若さ故の熱心さというのは評価しても良いはず。しかし、任務ではその努力が実を結ぶことが無い。

 誰もいない冷たい廊下を歩く。

「私が何かの役に立てるのなら……」

「一人でいたいと言っているからなー。今は一人にしておいた方が良いかもね」

「ユナイト様は、亡くなった仲間の為にネクスト乗りになったんですよね?」

「ああ、そうだ」その問いに返事をし、話を続ける。「私とは違う隊だったが、ユナイトも元は国連軍の軍人だ。その時に、レイレナードのネクストによって隊が全滅したらしい」

 反オーメル陣営の主たる企業であるレイレナード。会ったことは勿論無いが、国家解体戦争で一番成果を残したリンクスがいることは知っている。

「……復讐」

 決して、大きくない声だが、メノの声は人気の無い今の廊下にはよく響いた。

「戦場ではよくあることだ。珍しいことではない。私も違う人生を歩み、ユナイト程若ければ、そう思っていたのかもな」

 ただ力を。復讐する力を。

 幸運なことは、ユナイトはその力自体は持っていたこと。

 不幸なことは、その力が奴の意にそぐわなかったこと。

 奴は目標自体が高望みで、力を得る方法が一直線過ぎた。もう少し周りを見渡し、様々なことを学べば、もしかすると今よりかはマシになるかもしれない。そのことについて信憑性は全く無いが。

「このままだと……もう、昔の様に馬鹿騒ぎしていた頃の四人には戻れないのかもね。今日も久し振りに四人が揃ったのに」

 エンリケの呟きが、何故か頭の中に強く残る。過去に対しての未練があるのか?

 エンリケはエンリケで昔を思い返しているのか、表情は声色に合わず笑顔だ。しかし、心なしか、少しばかりそれに寂しさが含まれていると見て取れた。

「今の争いが終わって、平和になれば、きっと戻ってきます!」

 メノがエンリケよりポジティブなのは珍しい。いや、エンリケも落ち込んでいるというよりかは、ただ事実を言っている様なものか。

 昨今、グローバル・アーマメンツ社のリンクスも、出撃命令が多くなってきていることで、全員が本社に揃うことは稀になってきた。

「今の争いというものがいつ終わるのだか……」エレベーターに乗り、宿泊区画の階のボタンを押したエンリケはそう漏らす。「例の傭兵が、砂漠の狼と謳われた英雄、アマジーグを撃墜したことで、戦況はさらに変化することだろうね」

 エレベーターが動く際の、独特の感覚か受け止めながらエンリケの話を聞く。

「アナトリアの傭兵ですね」と、メノ。

 アナトリアの傭兵。最強の鴉――レイヴン――と称された者。

 国家解体戦争で重傷を負い、戦場から引退したと皆、私も思っていたが、最近になってリンクスとして戦線復帰した男だ。

 話によると、AMS適性は低いと聞く。しかし、すでに何人ものリンクスが、アナトリアの傭兵の強靭に倒れている。その事実は中々興味深い。

「彼は基本オーメル陣営だから、私達とは戦わないだろう。私達の懸念材料はGAEの方だよ」

「そうだな。最近、あそこは良くない噂を聞く」

 天井を仰ぎ、エレベーターの蛍光灯の光に目を細めながら同意する。

 人工の光に温かみは無い。白色すぎる発光は、ただ眩しい。

 グローバル・アーマメンツ・オブ・ヨーロッパ。

 反オーメルのアクアビット社との癒着が怪しまれていると聞くが、情報源自体は不明。反オーメルが自社グループの内部崩壊を目論んだ、偽の情報とも言われている。

「情報が少なすぎる」

「同感。そろそろ私達が所属するGAアメリカが査察に乗り出すらしいから、その時になれば情報の真偽が分かるね」

 ……む?

「ちょっと待て、それはどこ情報だ?」全くの初耳だ。

「ちょいと上の秘書をやっている女の子と――」

「いや、もう言わなくて良い」急に訪れる頭痛に思わず眉をひそめる。「お前が女性に関することには、怖いもの知らずということは十二分に分かった」

 はあ。と声がした。その方に視線を向ける。

 そこにいたメノは、溜息をついて苦笑していた。普段戒める立場の彼女が、安心したかの様に笑う姿は、どこか奇妙に感じる。

 エンリケの発言によって、ユナイトの話題から続いていた、エレベーター内の暗い雰囲気が弛緩する。エンリケのこういうムードを掌握する所は素直に尊敬できるな。

 加えて、エンリケの女性経由での情報網の広さも認める。――しかし、直属ではないものの、企業の上司の秘書を抱くという行為は理解の範疇を超えている。この万年発情雄山猫が。

「秘書からの情報とはいえ、あまり信憑性が無いけどねー」

「まあ結局、私達は企業の意志に従う存在だ。本社の命令に従うしかないだろう」

「社員だもんね」

「上司の秘書と寝る男がよく言ったものだ」

 ――ポン。

 そんな、軽くなった中で繰り広げる話題の流れに、気楽に身を委ねていると、気の抜けた音と共にエレベーターが止まった。私とエンリケの部屋がある階に着いたようだ。

 エンリケが開閉のボタンを操作している為、先に出ると、すぐさまエンリケが私に続いて出る。

「お二人はそう言いますが――」

 私とエンリケが降りた所で、先程まで口を閉ざしていたメノが口を開いた。先程までの安心していた笑みとは違い、どこか晴れ晴れしくも思う一方、陰のある笑顔にも思えた。

「私は、私を頼ってくれる人の力になりたいんです」

 彼女の言葉に、私とエンリケは視線を交わらせる。

「危険かどうかはともかくとして、私は、メノがそう思うのは素敵だと思うな。なあローディー?」

「ああ、この時代珍しい。俺にも無い感情だ」

「そんなことありません! ちゃんとローディー様にもありますよ」

 エレベーターの扉が閉じる寸前に言った彼女の声と、合間から見えた笑顔は、しっかりと私に届いた。

 エレベーターが昇る音のみが、静寂に包まれたこの階を彩る。

「私もローディーにはあると思うな」

 そこに、新たな音を足したのはエンリケだ。

 笑顔で頷くエンリケの姿は、やはりどことなく信じるに値しない風貌だ。いつもの素行に加え、この容貌ではうさんくささは否めない。

「どうだかな。少なくとも本人はよく分かっていないが?」

 自分で発したその言葉は事実だ。他人の為に何かをした覚えは無い。全て自分主体の行為である。

 私の発言を聞いた後のエンリケの表情は、笑みのままで変わらない。

「いつか分かるさ」

「今私に教えても罰は当たらないぞ?」

「駄目だよ。私が約束を破ることになるからね」

 口元に人差し指を立てた右手を持っていき、ウインクしながらそう言うエンリケの仕草は、どことなく寒気を催す。不思議とエンリケに違和感は無いが、向けられているのが自分だと思うと、とても居心地が悪い。

「……約束?」

 誰とのだ? という意味を込めた視線を送ろうが、エンリケは容易くかわす。

「秘密だよ」

 その言葉を最後に、エンリケは二手に別れた通路の片方に体を向けた。私とは逆の方向にエンリケの部屋があるからだ。

「本当にどうしようもない状況になれば、私が教えるよ」

 ――おやすみ。君は、君が思っている以上の善人だよ。

 背中越しに、声と共に手を振ってくるエンリケを見送りながら、私は首を傾げることしか出来なかった。

   *   *   *

 “ロストロギア”

 過去に滅んだ次元世界の内、超高度文明を誇った世界に残された遺失物の総称である。

 現代では再現不可能。及び、扱い切れない危険な魔法技術がロストロギアに指定され、危険度によりランク付けされることもある。

 ロストロギア指定された物のほとんどは、一個だけで惑星を壊す程の膨大なエネルギーを所有しており、その扱いは極めて慎重でなければならない。

 数多の次元世界の調和を目指す組織と謳われている時空管理局に、ロストロギアを専門に扱う部署すらある程、その存在感は到底無視出来るものではない。

 故に、ロストロギアが関わる事件は最難度かつ、最も危険な事件と言われている。

 次元世界の一つであるミッドチルダを中心使われている暦“新暦”。

 ――時に新暦54年。

 その年に起きる闇の書事件も、ロストロギアが絡んだ事件であった。

      ◇◇◇

「本日付けでこちらに派遣されました、聖王教会騎士団所属、ローディー=グラシアです」

 グラシア家の邸宅で辞令が下りた日から数日後。

 ローディーは一つの街を内包する程の巨大な艦でもある時空管理局本局、通称本局に訪れていた。

 時空管理局の本部でもある本局に停泊中の次元航行艦の内の一つ、その中に設けられている提督室に入室したローディーは、まず自己紹介から会話を開始させた。

 提督室の中は至って質素な印象を覚える程、無駄な物は置かれていない。

 執務用の机等、他の個室にもある物は当然あるが、個人の性格や趣味を表す様な物は少ない。階級の高い者の部屋特有の広さが、かえってここの物の少なさを強調しているかのようである。

 部屋を見ただけで、清潔に、それでいて几帳面な性格を感じられる。

 噂等でしか知らなかったローディーは、今までの位の高い者のイメージを崩されたこともあってか、机の前まで歩いている際に、思わず視線を部屋全体に巡らせてしまった。

「ん? 私の部屋に珍しい物でもあったかな?」

「いえ。すみませんでした」

 素直に不躾に部屋を見たことについて謝ったローディーの姿を見て、机を隔てて向こう側で椅子に腰を下ろしている男性が、構わんよ、と若干笑みを浮かべたまま言った。

 男――ギル=グレアムは、先日の様な鋭い眼光でローディーを見ておらず、真面目ではあるが、どこか優しげな視線で彼のことを見ていた。

「改めて名乗ろう。艦隊指揮官のギル=グレアムだ。よろしく頼むよ」

「はっ。こちらこそ高名なグレアム提督とお会い出来、光栄の至りです」

 グレアムから求めてきた握手を交わす。その際に言ったローディーの見え透いたお世辞に、グレアムは笑って答える。

「ふふ――すまんな。その若さで、直球かつあからさまなお世辞を言ってくる者は珍しくてな。媚びが全く無い声色の、そのあまりの清々しさで思わず笑ってしまったよ」

 権力や金銭に執着した様な即物思考の者とは違い、グレアムが纏う雰囲気はどこか穏やかでいて、強固な意志がある様な堅実さを兼ね備えていた。

 実際本人と会ったローディーは、心中でグレアムを高評価する一方、敵として対面したくないという評価も、そこに付け加えた。ローディーからしてみたら、賛辞に近い評価である。

「席に座って構わんよ。少し話をしたいものでな」

「はっ」

「紅茶と珈琲どっちにしますか?」

 立ち上がったグレアムが指した応接用のソファに、グレアムが座り直したのを確認してから、ローディーもグレアムに向かい合う形で腰を下ろす。すると、今までグレアムの傍に口を閉じて佇んでいた女性の一人が、ローディーに向けて問う。

 二人の女性の容姿は普通の人間とは違い、猫に近い形の耳や尾を有していた。他に注目するべき点は、二人の姿がほぼ同じということだろう。

「では、珈琲でお願いします――あっ、砂糖やミルクは結構ですので」

「つまりブラックで?」

「はい。いつも飲んでいますから」

 ローディーに聞き直した彼女は、その言葉を聞くと薄く清潔感のある笑みを浮かべて、はい、と返事をし、珈琲ポットのある場所へ向かっていった。

 特に考えず、すぐに返答したローディー本人は気付いてはいないが。傍から見れば、十数歳の子が、当たり前の様に珈琲を何も入れずに飲むということは、背伸びをしている様でどこか微笑ましい光景である。

「ふうん。ふーん」

「えっと……何か?」

「別にー」

 次にローディーと話をする者は、もう一方の女性である。彼女はローディーのすぐ横に腰を下ろし、じっとローディーの顔を見据える。口調や声色的に、飲み物について尋ねた女性とは違って、明るく軽い様な印象を受ける。そして、一方のロングヘアの女性との大きな違いは、彼女はショートカットということだ。

 突然自分の隣に座り、遠慮なくじろじろと見てくる彼女の行動に、当の本人であるローディーは、行動の真意が分からない為に内心少し困っていた。正直居心地が悪いが、上司の手前、強いことは言えないローディーであった。

「ロッテ、騎士・ローディーが困っているからそれくらいにしなさい」

「はーい」

 グレアムの声を素直に聞き入れ、彼女はローディーを凝視することをすぐに止めた。

「彼女達がリーゼ姉妹ですか?」

「ん? ここに来る前に私のことは少し調べたかね?」はい。というローディーの言葉にグレアムは頷く。「そうか、熱心なことだ。紹介しよう、彼女達が私の使い魔のリーゼアリアとリーゼロッテだ」

「私がリーゼロッテ。よろしくー」

「そして私はリーゼアリア。初めまして――どうぞ騎士・ローディー」

「こちらこそよろしくお願いします。リーゼアリアさん、ありがとうございます」

 彼女達からの言葉に返答した後、ローディーは、自分の前に珈琲カップを置いたリーゼアリアに礼を述べて、気を悟られない程で、彼女らの存在に感心していた。

 それは、魔導師が動物に自らの魔力を供給し、使い魔として使役する魔法というものを、ローディーは聞いたことはあったが、実物を見たのは初めてだったからだ。それ故に、内心「さすがファンタジー」と思っていた。

「ロッテ、騎士・ローディーはここに派遣された騎士なだけで、彼が管理局に物申した張本人ではありませんよ」

「だってさー」リーゼアリアから受け取った紅茶を慎重に飲みつつ、リーゼロッテは口を尖らす。「いくら、闇の書自体が古代ベルカの物の可能性が高いと言っても、発見・調査とか、ほとんどやっていたのは管理局だよ? それなのに、もし闇の書が制御可能なら、教会が、古代ベルカの貴重な物だと言って、保管の名目であわよくば横取りしようとするなんて、おかしいって」

 例の聖王教会に派遣された者の目の前で、リーゼロッテはわざわざ説明付きで泥棒扱いだと言う。おそらくわざとである。わざとだとすぐ把握出来る為か、教会から派遣された立ち位置であるローディーは、あからさまな愚痴を聞いて苦笑を浮かべていた。

 ――全くその通りだな。

 心中でそう呟くローディー。実は、彼もそう思っていた節はある。

 リーゼロッテが言った様に、今回のローディーの役割は管理局への援護という名目で、任務の協力をしたという事実を得る為にある。全く作戦に関係しないよりかは、一人でも協力した方が、後々の話し合いでの力関係は変わる。僅か一人だが、ローディーは通常の武装局員よりも幾分高い実力と、若さから推測される潜在能力がある為に、大きく見積もれば、武装局員数人に匹敵かそれ以上の力はあるのは、現在の彼の魔導師ランクが如実に表してくれる。

 そして、彼は養子ではあるものの、聖王教会において有名な、グラシア家の長男という肩書も持っている。

「ロッテ、父様がすでに決めたことですよ」と、戒めたのはリーゼアリアだ。

「しかし……」

「そう言うなロッテ。私としては君の様な実力者が一人でも増えてくれると、作戦の成功する確実性が上がると思った上で教会からの要請を許可したのだ――気分を悪くしたのならすまない」

 グレアムは言い淀むロッテに釘を刺し、ローディーに謝辞を述べる。

「いえいえ、そう思うのは当然のことだと思います。それに、気分を害してはいませんのでお気を召さずに」

 丁寧に返事をしてから、ローディーは珈琲を口に入れる。その味はさすがにグラシア家の物よりかは、味そのものは劣っているが、これもこれで味わいがあって美味しいと、心の中で感想を漏らしていた。生まれた時代が時代なのか、口には出さないが、味にはうるさいローディーである。

「君は大人なのだな」

 鼻孔をくすぐる豊潤な香りに、舌を包み込む奥深い苦みや香ばしさ、そして内に秘めた甘味と酸味を堪能していたローディーに向けて、グレアムはそう述べた。

 感心した様な優しい笑みを浮かべている一方で、ローディーを見るその眼はどこか鋭い。

「就労年齢が低いミッドチルダならともかく、君は地球出身だろ? 地球生まれ、地球育ちでその落ち着きようは感心するね」

「……地球をご存じで?」

 第97管理外世界とは言わず、慣れた様に“地球”と言ったグレアムに、ローディーは僅かだか眉を動かす。地球自体はミッドチルダでも知名度のある方の次元世界だが、ローディーがこの次元世界に来て、こうも親しみを込めて地球と呼んだ人は初めてだった。

「私のことは調べたのでは?」

「さすがに時間がありませんでしたので、グレアム司令の最近の担当事件やリーゼ姉妹のこと等くらいしか確認できませんでした」

「そういえば、君はミッドから急いで本局に戻ったのだったな。さすがに全て調べることは無理か」グレアムは紅茶を飲んで喉を潤す。「知っているというよりかは、私自身地球の出身でね。イギリスの生まれなんだ。それに、地球出身の若者と話すのは久し振りなものでな。だから、こうして話の席を作った訳だ」

 ほお。と、ローディーは素直に驚いた。勿論その感情を表情には出さなかったが、ローディー自身、彼のいた時代とは大きく違うが、ここに来て初めての同郷の者との邂逅だったからだ。

 ――言われてみれば、確かに地球人の顔立ちだな。それに、その紳士的な態度も英国譲りなのかもしれん。

「そうなのですか。私の出身はアメリカで、こういう性格はアメリカの孤児院時代からのものでして……ああ、孤児院のこと等は気にしないでください。もう吹っ切れていますから」

 若干表情が曇ったグレアム達を見て、すぐに言葉を付け足したローディーは、心中でそんなことを思っていた。

 グラシア家との話し合いで、自分の過去を話す際ローディーは、数年前にテロ行動で家族を失い、親戚からは見限られ、天涯孤独の身で孤児院に入った後、偶然ここに来てグラシア家の厚意で養子になったという設定を使うことになっている。

 年数を除けば、ほとんど嘘を言っていない代わりに、本当のことも言っていないが、ここまで話せば、遠慮せず踏み込んでくる者はいない為、真実の隠蔽には充分な効果があった。

 加えれば、フィードバックのことは、以前に発見されていたデバイスをグラシア家の資産で造り直したという設定である。無理があるのは承知の上、グラシア家と親しいデバイスマイスターの口先の上手さで、どうにか隠し通すという頼りない結論で決まったことだ。

「君も大変なんだね」

 少しの静寂を破ったのは、リーゼロッテだった。彼女は好き勝手な体勢でローディーの隣に座ったまま、話を続ける。

「その身の上でさ」リーゼロッテの眼は、ローディーの顔を見つめたままだ。「教会騎士団と管理局を兼任なんて、板ばさみにされて大変だろうに……管理局での所属は武装隊でしょ? 私達って、教導隊の非常勤アシスタントもしているから、いつか教導の時に会うかもね」

「教導隊……戦技教導隊ですか」

 リーゼロッテの言葉に、ローディーは復唱する。

 時空管理局本局武装隊・戦技教導隊。文字通り、主に武装隊に対して戦闘指南を行う戦闘の専門家集団であり、教える立場であるからには当然武装隊の上に位置する部隊でもある。ローディー自身、所属している武装隊で。教導隊に教導されたことがあるので知っている。

「そう。私が体術担当で、アリアが魔法担当。騎士・ローディーはベルカ式だからやっぱ得意分野は接近戦のクロスレンジ?」

 先程までの態度は嘘の様に、態度を変えたリーゼロッテはローディーに詰め寄る。詰め寄られた当人は、その態度に特に思う所は無かった。

「クロスレンジからミドルレンジにかけてが、大体の戦闘範囲ですね。克服しようと試みてはいますが、射撃の誘導は苦手なもので、ロングレンジからアウトレンジ辺りの距離では、移動魔法で距離を詰めることを優先しています」

 できなくはないんですが。と、締めくくり、ローディーは珈琲を飲み干す。

 魔法を使い始めた時よりかは、幾分改善された魔法の誘導や操作の精度だが、何とか平均的な位置に達したかどうかのレベルで、未だ高速戦闘での有用性はあまり高くない。並みの魔導師相手ならば通用するが、所詮並みまでの性能である。

 一度、威力・範囲重視の射撃特化型の道も考えたが、己のデバイスとの相性や弱点の多さから、その考えは捨てた。加えて、ローディー自身、魔力量等の基礎の部分は高水準だが、各分野のエキスパートにはなれないことを、半年間の内に、特化型にはなる程の才は持っていないと悟っていた。

「近・中距離ですか」リーゼロッテの次は、テーブルの傍で佇んでいたリーゼアリアが口を開く。「今回の任務には、その戦闘スタイルは調度良いのかもしれません」

「と言うと、室内戦ですか?」

「その通り。詳しくはブリーフィングで――っと、もうこんな時間か……そろそろお開きにしようか。ほんの少しの間だったが、楽しめたよ。ありがとう」

「こちらこそ。同郷の方と会うのは半年振りでした。ありがとうございます」

 ふと時刻を確認したグレアムは、おもむろに立ちあがる。その行動にローディーが続いた後、入室した時と同じ様に二人は握手を交わした。

「君の細かい配属先は、クライド=ハラオウン提督が艦長の二番艦エスティアだ。まだ出港には時間があるが、その前にクライド君と顔を合わせておいた方が良い」

「ハラオウン提督ですね。了解しました」

「縁があればまたなー少年」

「任務遂行出来る様、頑張ってくださいね」

「はい。誠心誠意努めます」

 リーゼ姉妹の言葉を受けつつ、敬礼をしたローディーは姿勢を整えたまま提督室を後にした。

 プシューと、気の抜けた音を最後にドアは閉まり、提督室に残ったのはグレアムとリーゼ姉妹だけになる。

「父様。実際に会ってみてどうでしたか?」

 そう言ったのは、茶器を片していたリーゼアリア。

 彼女はローディーと接した時とは違い、ドアを、眼を細めて見据えるリーゼアリアの姿は、お世辞にも温和そうな感じは受け取れない。不快や敵意等ではない、冷淡な印象だ。

「良い青年だな。孤児院に連れて行かれたことが原因か、孤児院生活自体が原因かは分からなかったが、相当数の様々な場数を踏んでいるのだろうな」

「あの歳で?」と言うのはリーゼロッテ。跳ねる様に尻尾を動かしていて、リーゼアリアと比べて素行が悪い様に思える。

「ミッドチルダでは、幼い場合でも十歳前にはすでに戦闘を経験している子も、魔法の素質が高ければ少なくない。彼自身は地球出身だが、おそらく何かあったのだろう」

 まあ、その何かが分からないことだがな。アメリカと孤児院で大体の予想は出来たので、いきなり本人の過去に踏み込むのはいささか無粋だ。

 と、言うグレアムの言葉を聞き、頷くリーゼ姉妹。

 三人は、ローディーの消えたドアを見続けていた。

   ◇◇◇

 時空管理局・巡航L級二番艦・次元空間航行艦船“エスティア”。

 その艦船内にあるブリーフィングルームは今、ある程度の電灯の電源が落とされ、薄暗い。

 その空間には、多くの管理局員が腰を下ろし、皆、彼らの前方にある、大型モニターを見ていた。薄暗い部屋の中で、ぼんやりと光るモニターの存在はとても強調され、見やすい。そのモニターには、管理局のエンブレムが映されていた。

 席に座っている者の目の前には、小型の空間モニターが展開されており、大型モニターと同じ映像を映し出されていた。

 大半は本局の制服でもある青色のジャケットを着用した姿の者が、その部屋にいる者の割合の多くを占めている。中には、制服の上から白衣を羽織った者もいるが、その数は極少数だ。

 いくつもの席が置かれた部屋の、比較的後方の隅の方に、ローディーは腰を下ろしていた。服装は周りと同じ青色のジャケット。武装局員時に着用している物で、聖王教自体には入信していない為、ローディーが大抵の公の場で仕事をする場合はこの服装である。

 ローディーの、この艦の局員に対しての挨拶は、ここが消灯される前にすでに済んでいた。

 大型モニターの傍には、座っている局員に向かい合う形で一組の男女が立っており、お互いの空間モニターの内容を確認している様で、自分と相手のモニターを交互に見ていた。

 ローディーがグレアムとリーゼ姉妹に出会ってから、すでに数日が経過しており、艦隊は一路目的地に向かっていた。彼がこの艦船に乗船して、艦長であるクライド=ハラオウンとの邂逅、自分に充てられた部屋の確認等、一通りが済んだ頃に艦内にいる局員が招集をかけられ今に至る。

 挨拶当初は、ローディーが教会から派遣された身で、それでいて武装隊所属という点から、好奇の目や白い目で見られていた。今は室内が暗いこともあってか、さすがにローディーに視線を向けてくる者はいない。

 大体の局員がここに揃ってから十数分。部屋に設けられている席のほとんどが埋まっていることは分かる。

 そのことを確認しているのか、大型モニターの傍にいる男の方が、部屋全体を見渡している様な動作を取っている。大型モニターからの逆光が原因で、ローディー達、座っている者の方からは表情までは分からない。

「よし」

 局員の数に満足したのか、男は頷く。その男は、ジャケットの色は変わっていないが、他の局員とは違う制服を着ていた。

「大体揃った様なので、これより艦長等を揃えた会議で決まった、当艦エスティアの局員が担当する作戦内容を説明する」

「敬礼」

 片方の女性がそう言うと、腰を下ろしていた局員は席を立ち、背筋を伸ばし男に向かって敬礼をする。

「皆は既知のことだとは思うが」局員達に返礼をした後、男は話す。「エスティアの艦長、クライド=ハラオウンだ。着席して構わないぞ」

 クライドの言葉を聞き、皆着席して、口を閉ざしたまま次の言葉を待つ。

「進行役は、私の補佐でオペレーターのシアーズ準陸尉がしてくれる」

「本作戦のメインオペレーターを務めさせていただきます、エマ=シアーズ準陸尉です。以後お見知りおきを」

 エマがローディーらに敬礼をし終わると、クラウドが再び口を開く。

「まずは、グレアム艦隊指揮官を艦隊司令に据えた、当艦を含めた艦隊全体の目的を話そう。シアーズ準陸尉」

「はい」

 クライドに名を呼ばれたエマは、彼の意図を把握しているのだろう。淀みなく手元の機器を操作して、大型モニター、しいては局員の前にある小型モニターの画像を変えた。

 ローディー達は手元の画面に映る内容を確認する。

 モニターに映り込んでいるものは、一人の精悍な顔立ちの男の顔写真と厚手の本の画像だった。

 ローディーらが画面を見ていることを把握した後、クライドは皆に聞こえる声量で言う。

「最初の魔導師襲撃事件から今日までの日数から推測すると、闇の書の完成は近いはず。我らの任務は、完成前の闇の書を封印、及び連続魔導師襲撃事件の容疑者として、闇の書の主、エヴァンジェ=パルヴァライザーの身柄の確保だ」

「まずはロストロギア“闇の書”について、現段階で分かっていることを説明します」

 クライドの言葉にエマが続く。モニターは分厚い本の拡大映像へと切り替わっていた。

「指定遺失物“闇の書”。その正体は、適性のあった魔導師を主と登録し、魔法に関しての巨大集積型のストレージデバイスだと言われています。他人のリンカーコアに干渉し、魔力を蒐集することによって、蒐集した者の魔法を使うことが出来、現在闇の書が関わっていると思われる魔導師襲撃事件の被害者は、リンカーコアを消滅させられるまで魔力を吸われたことによるショック死で、一人残らず死亡しております」

 画像が、幾つかに分割され、生理的に嫌悪感を催す、形容し難い触手の生えた龍の様な生物が街を蹂躙する場面や、地表に大きな光の弾の様な物が当たると周囲の空間がねじ曲がり、全てが跡形無く消滅する場面等、様々な映像が再生される。

 そこにモニターに出された映像の結末は、全て破壊だ。

 ローディーはその映像を見て眉間に皺を寄せる。彼が元いた時代に、これほど気持ち悪い生物や、地上等が一気に破壊される光景は見たことはなかったからだ。それらは、ローディーの記憶の中にあるどれよりも常軌を逸していた。

「現在流している映像は過去の闇の書事件に記録された物です。闇の書は、見て分かると思いますが書物の形をしています。事実、闇の書には総数六百六十六に及ぶページ数があるとされ、最初は白紙ですが、他者の魔力を蒐集することによってページは埋まると」一端言葉を切り、懐から取り出したレーザーポインターを、大型モニターに映る生物に照射する。「――闇の書の主が、この様な生物が発生して破壊行動を行ったり、天変地異を起こしたりと、次元世界に多大な損害を引き起こします」今度はレーザーポインターの赤い光線が、地表が消滅する映像に向けられる。「解決方法は闇の書の破壊しかなく、これまで時空管理局は、艦船に搭載された魔導砲アルカンシェルの空間歪曲による残滅する対処方を取ってきました。その為、過去の闇の書の主は皆死亡扱いで事件は終わっています」

 しかし。と、間を置き、エマは言葉を続ける。

「闇の書には再生機能と転生機能があり、アルカンシェルで破壊したとしても、後に再生、そして新たな主の下へ転送されます。そして、今回闇の書に選ばれた主がこの顔写真の人、エヴァンジェ=パルヴァライザー元一等空尉です」

 映像が、男性の顔写真へと戻る。

「彼は最初の魔導師襲撃事件発生後に、突然管理局を辞めて行方を暗ましました。その当時、事件との関連性は無いと判断されていましたが、先日、古代の遺跡を利用したと思われる違法研究所に潜入した武装隊一つが全滅した事件がありまして、その武装局員の一人が死ぬ直前まで、リアルタイムで送っていた映像に彼らしき姿を確認。
 その後、エヴァンジェ自ら、“自分が闇の書の主であり選ばれた者である”という声明を、襲撃事件で死んだ者の画像と共に管理局に送りつけてきました。このおかげで、記録上では初めて闇の書が完成する前に居場所を特定することが出来ました」

「今の話を聞いて、何故エヴァンジェがわざわざ、自分の身を晒したか疑問に思う者もいるだろう」クライドはエマの話に割り込む。「彼の辞職寸前の魔導師ランクはAAランク。充分な素質ではあるが、彼の元上司の話によると、彼は自己評価が高く、加えて自己顕示欲が強い性格で、現在の力に満足していなかったと聞いている。
 馬鹿馬鹿しく思うだろうが、彼は自分の力を周りに知らせたがる、そういう人間らしい。それに、エヴァンジェは自らをおとりとして、我々の魔力を蒐集する魂胆もあると思われる。私達の行動が遅すぎない限りは、彼自身積極的に完成を目指すことはないだろう」

 ――力に溺れるとはこういうことを言うのだな。

 ローディーは、エヴァンジェという人物像を聞き、呆れを通り越して感心していた。感心する程、見事なまでの力の執着であると思っていた。

 ――ユナイトも力があればこうなっていた……いや、奴なら誇示しようとはしないだろうな。

「ハラオウン提督の言った通り、エヴァンジェ自身の魔導師ランクは今もAAランク相当。万が一、闇の書の何らかの効果を考慮し、高く見積もったとしてもAAAランクが妥当でしょう。使用魔法は、若干古代ベルカ式の素質を持っているそうですが、基本はミッド式の魔法を用いる魔導師です」

 彼一人だけだと、確保は難しいことではありません。ですが――。そう述べてから、エマは手元の機器を操作する。

 切り替わる映像。今度は甲冑を纏った騎士の様な出で立ちのものがモニターに映る。

「最初に言っておきますが、画像のものは人間ではありません。これらは、エヴァンジェが本拠地としている違法研究所に備えられていた防衛システムの、生き残りである傀儡兵です。魔導師ランクで言えば、Cから、高いものはAランク相当の機械です。研究所にいる数は不明」

「勿論も傀儡兵も無視出来るものではない。だが、それよりも注意すべきはこの四人だ」

 クライドの言葉に続く様に、さらに画像は切り替わると、四人の男女が順々に映し出された。

 一人は、髪を後ろで結い、ポニーテールにした長身の女性。剣を持っている。

 一人は、十歳前後の子ども程度に見える少女。槌を持っている。

 一人は、肩口辺りで切り整えられた金髪の女性。一見何も持っていない様だが、手元が拡大されて、そこには指輪がはめられていることが分かる。

 一人は、筋骨隆々な男性。獣の耳をしていて、見たところでは武器は持っていない。

 画質自体は良くは無く、所々乱れており見にくい。けれど、その画像で分かることもある。把握出来ることは、四人の大体の容姿と、指輪の女性を除いた三人の体に大量の血が付着していること。そして、皆、生気を感じられない冷めた目をしていることだ。

「この画像は、死亡した管理局員が艦船に転送出来た映像の中で、比較的見やすい部分を選別し静止画にした物です。この四人は闇の書の守護騎士と呼ばれるプログラムで、受肉はしていますが、人間ではありません。
 彼らは、何代にも渡って主に付き従う姿が確認されており、主の命令には絶対服従。実力は、高い者ではSランクに届くとも推測されています」

 “Sランク”

 エマの発したその言葉に、部屋の空気がざわつく。

 管理局員にとって、Sランクとは非凡・天才・エースの象徴でもある。

 陸士がDからCランク。武装隊でも隊長クラスがAランクであり、隊員はBランク――こうして平均を取れば、管理局の大体の魔導師の質が見えてくる。

 Aから上のランクは、AA・AAA・S……と続き、AAAランク以上は管理局内で五パーセント程度の割合しかいない。生まれながらの才覚を持った上に、その才能を磨くことを怠らない者だけがなれる域なのだ。

 ローディー自身、武装隊に入って半年間で、AAランク相当以上の相手と戦った経験は数人しかいない。シャッハがその一人だが、彼女は伸びしろはあるので、成長する可能性はあるが、現在のランク自体はAAAランクに届いていない。

 故に、ローディーはまだ、魔導師ランクAAAランクの者とは対峙したことは無かった。

 ローディーは周りとは違って取り乱さず、クライドとエマの言った事柄をよく咀嚼して吸収していた。

「皆落ち着け」クライドは語気を強めて、自分の視線の先でざわついている局員達を鎮める。「私が今から、その四人の相手についても含めた作戦内容を説明するからよく聞け」

 上官からの言葉であったからか、その声色が頼もしかったのか、感じ方は人それぞれだが、結果として部屋の中は静寂に戻った。

 クライドは、静けさを取り戻した部下達の様子を見て満足気に頷いた後、自分の手元にあった機器を操作し、画面を守護騎士のものから建物の外観を写したものへと変える。

「これがエヴァンジェのいる違法研究所の入り口の一つ。画像は全滅した武装隊が侵入前に撮った者だ。そこにいた研究者は皆、エヴァンジェや守護騎士に殺され、その後、彼らが研究所のシステムを掌握したと思われる。残念ながら内部構造は全く分からない」

 画像は衛星写真の様な物に切り替わる。その写真から確認出来ることは、森の中に点々と建物らしき物が見える程度のものだ。

「この画像も前に訪れた艦船から撮った物で、見て分かる通り入口が点々と存在している。亡くなった武装隊が残したデータと、この写真から推測するに、地下に大規模な研究施設があるというのが、提督会議によって導き出された予想だ」

 クライドが機械を操作することによって、衛星写真に映る建物にAから順に記号が付けられていく。

「これほど規模の大きい研究施設を、この次元世界周辺を巡航していた次元航行部隊が、最近になるまで気付かなかった理由は、単に彼らが怠慢だったのかは不明だ。まあ、今の我々には関係の無いことだな。
 ――話を戻すと、当艦に乗船した魔導師が担当することは、内部へ突入し、研究所最深部にいると思われるエヴァンジェの逮捕及び、覚醒前の闇の書を封印することである」

 モニターの画像に青色の矢印が所々に付け足される。

「グレアム艦隊指揮官の乗る艦船が保有する戦力が一番とすると、当艦は二番目。その為、一番の戦力で守護騎士の撃退を試みている間に、当艦の魔導師は、進行の邪魔となる傀儡兵のみを破壊しつつ、エヴァンジェの捜索。それが与えられた任務だ。
 万が一守護騎士に出会った場合は、この作戦に派遣されている教導隊に連絡後、背中を見せず、無理をしてでも生きろ。簡単に逃がしてくれる相手ではない」

 青色の次は緑、そして黄色の矢印がモニターに足されていく。緑色の矢印の傍には、小さくエスティア部隊と書かれていた。

「大部分の傀儡兵の相手は、他の艦の魔導師がしてくれる。もし、傀儡兵の制御システムを発見した場合は、機能を停止させるんだ」

 次にモニターに映された画像には、箇条書きで、多少大きく記入されている人名の下に、何人か名前が連なって書かれていた。

「隊の内訳についてのことだが、一小隊十数人程度で構成させている。モニターを見て、自分の名前がどの隊にいるか確認してくれ。そして、このブリーフィングが終わってすぐに、隊ごとに集まり役割を決めておくように。人選はこちらで行ったが、役割までは隊長程度しか決めていない。各小隊は、現場で混乱しない様に念入りに打ち合わせをしてくれ。
 隊長名の横に書かれた記号は、モニターにある記号とリンクしてあるので確認を。おそらく相手は、大多数の魔導師が侵入したのを確認後、通信妨害の結界を用いてくることが考えられる。
 その為、私との連絡は、研究所入り口付近で待機する予定の、シアーズ準陸尉率いる通信班を介して行ってくれ。私もそこで待機する。結界内なら通信は妨害されないだろう。なお、窮地に陥った場合は、私やグレアム艦隊指揮官も中枢に向けて進撃する。まあ、勿論私に出番が来ないことを祈るがな」

 クライドの話が一端区切りつくと、ローディーや他の魔導師はすぐに自分がいる小隊を確認する為、目の前にある小型モニターを用いて確認する。

 イディオット。カラミティメイカー。カロンブライブ。サーフィス。ポーキュパイン。

 ――イディオット隊か。

 ローディーの名前は、イディオット隊の隊員欄に記されていた。

「こちらが各隊に唯一指定する役割は、闇の書の封印をする者を数名選ぶことだ。選ばれた者は、作戦決行時間である明後日早朝四時零分までに、封印魔法をインストールしておくように。君達が闇の書の封印の要となる。明日は各自で休息をとるなり、デバイスのメンテナンスをするなり、任務に備える様に」

 それと、皆、聞いてくれ。

 と、クライドは辺りによく響く声を発し、魔導師達の視線を自分に集める。凛々しく頼もしい表情だ。人徳も感じられる。

 全員の視線がこちらに向いたことを確認したクライドは、話を再開する。

「すでに皆分かりきっているとは思うが、内部構造。敵の位置や数、そして総戦力――今回の任務は、様々なことに関して不明瞭で、情報が不足している。正直に言っておこう、この時点で、すでに管理局側は不利だ。本来ならこんな分の悪い作戦は決行しない。
 だが、完成前に闇の書と対峙出来ることがこれ移行あるか分からない。この貴重な状況を我々は無駄に出来ない。故にエヴァンジェの策を知っておきながらも、強行突破をするしかないのだ」

 一端話すのを止め、クライドは深呼吸をする。ブリーフィングルームには、彼の深い呼吸の音が良く聞こえる。

「この作戦で闇の書を封印出来れば、何十年も続いている闇の書事件に終止符を打つことが出来、定期的に訪れていた次元世界の危機も無くなる。我々時空管理局は今回で闇の書との宿縁を断つ。
 だが、我々の任務はエヴァンジェを殺すことではないことを忘れるな。生きたまま捕まえ、闇の書の完成を未然に防ぐことに意味がある。我々は浅はかに人殺しという行為に甘えてはいけない。必ず、相手を生かす戦いをするんだ」

 クライドがエマに視線を送ると、その視線の意図を悟ったエマは、部屋の明かりをつける。

 電灯の明かりに、各々は闇に慣れていた目を細めたり、手をかざしたりすることで一時的に光を避ける。

「最後に、研究所のある星はかなり寒いので、バリアジャケットの調整は怠るな。では、これにて闇の書事件のブリーフィングは終了。各自解散! ――小隊ごとに集まることは忘れるなよ?」

 クライドの声に従い、先程まで腰を下ろしていた局員達は、各自で動き始める。

 当然ローディーも、自分は入ることになる小隊の隊長を探す為に席を立った。

   ◇◇◇

 エスティアに設けられた、非戦闘時は開放されている展望ルームで、ローディーはベンチに座り、外の風景を見ていた。

 そこから望める風景には、漆黒の空間と、幾多の星。そして、周りに煌めく星よりも。一際大きく、表面に雲や海、白く覆われた大地が見受けることが出来る惑星があった。

 その惑星が、ローディー達が突入する研究所が存在する星である。

 恒星から離れている為に、外気の寒暖の差は地球上以上、地球なら冬と呼ばれる季節がこの星の訪れると、たちまち極寒の地となる過酷な環境の星だ。そんな環境故に、人目を気にする研究員達はここを拠点にし、遺跡をそのまま研究所に造り変えた。

 ローディーは、元いた世界では見ることが到底叶わなかった光景を、特に感慨も無く見据えている。

 各隊で集まって行った会話は終わり、ローディーは先行し、最前線で防衛ラインを守るフロントアタッカーというポジションに割り当てられた。

 ローディー自身、その扱いに異論は無い。射撃重視のミッド式と接近戦が得意なベルカ式で比べれば、ベルカ式のローディーが前衛を担当するのは妥当なことなのだろう。

 ある程度話が纏まると、イディオット隊は訓練室で各自の連携を確認することになり、数時間念入りに打ち合わせをしていた。

 打ち合わせを終えてからイディオット隊は解散し、各々に自由時間を与えられたのが数十分前のこと。シャワーで汗を流したローディーは、ここで時間を消費することにしていた。

 この空間は、空調のおかげで寒さは感じられないが、人気がないことでどこか冷めている。

 金属の壁や床。そこは良く清掃されており、滑らかな表面の個所はまるで鏡面だ。

 今、この場にはローディーしかいなく、静寂が包みこんでいる。

《旦那》

「何だ?」

 その静寂を最初に破ったのはフィードバックだった。己のデバイスの声にローディーは視線を落とし、懐からフィードバックを取り出す。よく整備されている証か、フィードバックの表面も、床等の綺麗さに負けず劣らず磨かれている。

《今回の任務……どう思うよ?》

「どう思おうが、私は一教会騎士及び一管理局員として、与えられた任務をこなすだけだ。そこに下っ端の異見なぞ、場を乱すだけだ」

《そういう意味ではなくてさ。この作戦の内容自体は、旦那的にはどうよ?》

「どうもこうも、元々管理局の目から逃れていた施設。管理局が内部構造を知っている訳はない。時間が限られている上、調べられないからな。明確な犯人の存在と、相手がどういうものなのかを知れただけで僥倖だろう。時間が限られている内に情報収集なんてする暇は無い」

 ローディーがかつていた世界でも、他企業の施設に侵入する際に、内部が把握されていることは少ない。スパイ等が情報を送ってくる方が稀である。

 施設について分からない部分は、その企業が所有する兵器の中から、配備されているものを、施設の規模や役割等を加味して予測するしかない。企業の秘密保持は徹底している為、多くのことが不明瞭な状態でもローディーは出撃していた。ネクストという存在は、そういう不明確な部分すらも単体で超越出来る力を持っていたからだ。

 その為、ローディーは今回の作戦について、声高らかに異議を唱える気は無い。

「数によるが傀儡兵は大丈夫だとしても、問題は守護騎士と呼ばれているあの四人だ。彼らに遭遇した際、私がAAAランク以上の敵を相手に、どれ程戦えるか分からんからな」

《守護騎士達も旦那と同じベルカ式だよな》

 四人がベルカ式の使い手だということは、映像に残された魔法陣の形を見れば明らかだった。

「ああ。室内戦ならば、私の射撃の荒さが目立ちにくく、接近戦とも相性が良い。だが、問題は彼らもベルカ式を用いるということだ。指輪をはめた女性は分からないが、他の三人は接近戦が可能だろう」

《旦那の格闘術では勝てないと?》

 ローディーはその問いに頷いて答える。

「実際に対峙してみなくては分からないが、おそらく分が悪いな。闇の書の情報が正しければ、彼らは何十年、何百年を過ごした生粋の騎士達だ。技量自体では勝ち目は薄いだろう。それにお前は忘れたか? 私の今の体術の元は軍隊の体術。殴打によって打ちのめすというよりも、間接や急所を突き、相手の無力化を狙ったものだ。剣や槌等を持つ相手に使うものではない」

《弱点が分かっているのに、旦那は訓練校からその戦闘スタイルを変えていないよな?》

「少しはいじくってはいるが、所詮付け焼刃の格闘術だ。魔法技術と効果的に組み合わせていない。ただ速さと威力に任せて、無理やり攻撃しているだけだ」

《そこまで分かっているのなら、何で変えないんだ?》

「変えようと思っていじくっている。あまり改善の効果は無いがな」

 ふっ、と、自嘲の笑みを浮かべ、ローディーは右手でフィードバックの蓋の開閉を繰り返す。

 カチカチと響く音は、この空間ではとても良く広がる。人がいないことを確認した上で行う彼の癖だ。

 フィードバックを使い始めて半年が経った。ローディーはその間をなんとなくで過ごしていない。

 自分自身が習得している体術を、魔法を用いた戦闘に合わせる為に色々と改良を加え、そして魔法自体の修練も欠かさず行い、魔法戦闘に慣れる様に心がけていた。

 ローディーが無意識的に行ってしまう、ネクスト搭乗時の挙動も可能な限り矯正した。生身と十数メートルの機械では、同じ戦い方は出来ないことは明らかだったからだ。

 ローディーが搭乗していたネクストは、格闘戦は勿論出来る様な物ではなく、弾丸の類も魔法の様に器用に相手を追尾することも出来ない。その為、ローディーは早期に魔法は魔法の戦い方として、ネクストの感覚との明確な線引きをした。

 ローディーにとって半年間は、試行錯誤の日々だった。

 その半年で得た現在のローディーの戦い方は、本人が一番納得していない出来である。

「手掛かりとして、魔法と格闘術を融合したものがあるのか探してみたんだが、ほとんどが護身術の域を出ないもので、主力として使うには心細い」

 ミッド式の魔導師は杖型のデバイスを用いた射撃戦主体の戦い方が多く、好んで格闘戦を挑む者は少なく。ベルカ式はベルカ式で、大半の騎士は武器を所持し、自分の体を第一の武器として扱い者が少ない。

 現在の魔導師の使用魔法の傾向も一因として、ローディーは未だ型にはまる戦闘術に出会えないでいた。

「LBを用いる場合も、ただ軍人の時に習ったことをそのまま流用しているだけだ。それに、軍隊式の体術の気絶させる技の延長線上にあるのは、容赦なく相手を殺す技だ。非殺傷設定というものがある魔法には、元々合っていないのさ」

 気絶させようと試みようが、単なる物理的な攻撃では魔導師の鎧であるバリアジャケットに阻まれる。そのことはローディーが、別荘にいる際にシャッハと組み手をしていた時に気付いたことだ。

 生半可な威力では殴打は勿論のこと、手刀や、首絞め等の関節技も魔導師には効果が薄く。相手の意識を落とす前に対処されてしまう。

《非殺傷ねー。やっぱ、元軍人らしい旦那からしたら甘い文化だよな》

「いや」

 ローディーはフィードバックの言葉にすぐ否定を入れた。

 蓋の開閉を続けるのを止め、フィードバックを正面に持ってきたローディーは、自分の魔力を燃料に明りを灯す。待機状態の形がライターの形のデバイスの、ライターとしての使い方だ。

「むしろ羨ましい。まあ、人を殺す危険性が低くなる為か、犯罪件数自体は多くなることが玉にきずだとは思うがな。
 ハラオウン提督も言っていただろう? “我々は浅はかに人殺しという行為に甘えてはいけない。必ず、相手を生かす戦いをするんだ”と。人差し指一本引けば何百人が簡単に死んでいた、私がいた世界ではそんな不殺なんてもの、したくとも出来ない」

 黒の空間に漂う星達を背景に映える、フィードバックから灯されている火が、ローディーの声と共に出た吐息によって揺らめく。

 不規則に揺れる灯火を、ローディーは見据える。傍から見れば、彼の両目にはっきりとその火が移り込んでいるのが分かるだろう。

 口を閉じ、じっと火を見入るローディーの姿と同じ様に、フィードバックも黙る。

 ローディーにはその火からあることを連想する。

 そして自分自身に語りかけ、記憶を呼び起こす。

 阿鼻叫喚の巷と化した大通り。至る所にも火の手があがり、煙は青空を汚す光景。その記憶の一部分には全てに色が付いており、ローディーが鮮明に覚えている証でもある。

 当時のローディー視線で進行するその記憶は続き、そこから視線を落とすと――。

「誰かいるのか?」

 ドアが開いた微かな音に、記憶から引き戻されたローディーは、声の主の方を向く。

 その男――クライドは、この展望室に人がいた上にいたことが意外だったのか目を見張る。そして、ローディーに近づいている途中で、ローディーの手元にあるライターの火を見つけると、目は半眼へと変わった。

「艦内は原則禁煙だぞ、騎士・ローディー? それに、君は未成年だろうに。喫煙なんて止めておきなさい」

 ローディーは火を消してから腰を上げ、クライドに敬礼する。

 敬礼されたクラウドは返礼をした後、ベンチに腰を下ろし自分の横を叩く。男の意図を察したローディーは、クライドの横に座った。

「今の君は管理局員では無いから、管理局式の敬礼をする必要はないんじゃないかな?」

「本局の制服を着ていますし、私の今の立場をわきまえての行動です。それと、煙草は吸っていませんよ。ただ、私は精神統一の際、火を見た方が集中できるので……」

 ローディーがそう言うと、クライドは「ほぉ」と声を漏らした。

「分かる様な気もするけれど、わざわざライターを携帯しているとは中々徹底しているね」

《まあ、そのライターがデバイスだからな。常時携帯は当たり前ってことだ》

「おおう。これが君のデバイスなのか……拳型のアームドデバイスとは聞いてはいたが、待機状態がライターだとは珍しい」

 いかにも高級そうなライターを観察していたクライドは、ライターからの突然の声に驚いたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、興味深そうにフィードバックのことを見ていた。

《旦那のアームドデバイスのフィードバックだ。それと後輩のLBもいるぞ》

《初めまして、LBと申します》

「ああ、こちらこそよろしく。それで、騎士・ローディーはどうしてここに?」

「ローディーで良いですよ。こうした部屋で、まじまじと外を見る機会が少ないので、他の艦船に乗船した時も機会があれば、こうして外を見ています。ハラオウン提督は?」

 二人は外に顔を向けながら会話をする。

「それじゃローディー君で。ここに来た理由は気晴らしかな。提督同士の会議も一区切りついて小休憩の時間が出来たものでね」

 そうなんですか。そうローディーは返事をし、外の景色を見据える。

 ――――――。

 少しの静寂、元から無音に近い場所の為、物音一つでも良く聞こえる。

 惑星の表面にある雲は、ここから見ても分かる様に、僅かながら形や位置を変えているのが分かる。全体的に白色に覆われた惑星は、その星の外気の寒さを表している様にも思える。

「グレアム艦隊指揮官が言っていた通り、君って落ち着いているな」

「そうですか?」

「そうだ」と、言った後、クライドは視線をローディーに向けた。「君のことは本局内では中々有名だよ。訓練校の三ヶ月コースを楽々卒業。通常のコースに換算すると首席を取れる勢いだったらしいね。後は……卒業後武装隊からのスカウトに従って、本局武装隊に入隊。評価自体も良いし、しかも魔法を初めて半年というのは本当に凄い」

「最後の言葉はよく言われます」

 実際、魔法を今まで知らなかった素人が、ローディー程の速度で上達していくのはかなり珍しい。空を飛びながら戦闘すること等の技術は、ローディーはすぐ出来る様になったが、それらの難易度は決して低くなく。すぐ出来る様になるものではない。

 ローディーの場合、ネクストに乗っていた際の経験があることも、その速い上達の一因だと彼自身は推測している。勿論そのことは他言無用なので、結果的に周囲の人からしてみれば、異常だと見る者もいた。

「君はこの闇の書事件に駆り出された魔導師――君の場合は騎士だけど……まあ、その中で一番若いし、入局歴も一番少ない。手柄を上げれば、さらに有名になるぞ?」

「それほど、手柄には興味はありませんね。私は私の役目を全うするだけですよ。それに、手柄に目が眩んで作戦を乱したくはありませんし」

 ローディーの返答に、ぽかんと目を見開いたクライドは途端、口に手をやり、肩をふるわせ俯く。横から覗ける横顔からは、口角が上がっていることが分かる。

「くっはは。私は君を入局して半年の人とは思えないね。いやはや、本当に頼もしいね。面白い。私に何か尋ねたいことがあれば言うと良い。管理局の先輩としてアドバイスするよ」

「なら早速」

 笑いを堪えつつ、クライドが漏らした言葉にローディーはすぐさま答える。

 クライドはローディーのその態度に一瞬驚いたが、「熱心であるのは良いことだよ」と呟きながら、先を促す。

「手足を用いた戦闘術に心当たりは?」

 ローディーの言葉を聞き、顎に手をやって宙を見ながら考え出すクライドの姿を見ながら、ローディーは返事を待つ。

 んー。と言いつつ、数十秒視線をそこかしこに向けていたクライドが、再びローディーの方を見た後、彼は頭を振った。

「ローディー君が欲している情報は護身術?」ローディーが、いいえ、と言って否定する。「なら、メインで用いる格闘術か……もしかしたらロッテが知っているかもな。グレアム艦隊指揮官と会っているならば知っているだろう?」

「リーゼロッテさんですか。そういえば、自分は体術担当だと言っていましたね」

「そうそう。彼女なら、教導隊でアシスタント出来る程の実力者だし、色々と学べることは多いと思うよ。君が良ければ、明日までには、彼女に君のアドレスを教えておくけれど大丈夫かな?」

「構いませんが、ハラオウン提督はグレアム艦隊指揮官と親しいので?」

「ああ、私は元々あの人の部下でね。管理局で働いている妻とも交流があるんだ」

 妻? と復唱したローディーの反応を見たクライドは目を輝かせつつ、そういえば言ってなかったね、とそれは素晴らしい笑顔と共に言った。素晴らしすぎて、ローディーすら若干たじろいだ程の迫力だった。

 クライドの突然の変化に、ローディーは大変な話題を引き当ててしまったと、直感的に感じていた。主に対応に困るという意味で。

 ローディーが心中で、その様なことを思っていることは知らずにいるクライドは、ご機嫌な態度のまま、懐から通信端末を取り出して起動させる。

「この画像にいる女性が、私の妻のリンディで。彼女の脇にいる男の子が息子のクロノ。今年で三歳になったんだ」

「そうなんですか」

 ローディーが見た画像には、クライドの他に、エメラルドグリーン色の髪をした綺麗な女性と、利口そうな子どもが映っていた。

「ほら、リンディは綺麗だろ? よく同僚に羨ましがられるんだ」

「そうですか」

「クロノはクロノで可愛い――ほら、ここの辺りはリンディにそっくりだろう?」

「そうですね」

「目元辺りは私に似ていると彼女は言うのだけれど、どうかな」

「そうですね」

 自分の顔と画像を並べて見せてくるクライドを適度にあしらいつつ、ローディーはブリーフィングの時とは違い、人間味を遠慮なしにあふれ出しているクライドのギャップに、面倒臭いとは思わずに苦笑を浮かべていた。

 ローディーからしてみれば、平和な話を拒絶することはあまりない。多少、場の空気を読んで欲しいことに加えて、長すぎるのは勘弁して欲しいと思っているが。

「この案件が終われば、纏まった休暇も出ると思うからな。久し振りに家族揃って出かける予定でな。場所は自然が多い所が良いってことで、ベルカ自治領なんだ」

「そうなんですか。ベルカは良い場所ですよ」

「グラシア家のローディー君が言うのなら間違い無いね」そう言い、クライドの視線は惑星に注がれる。「私以外にも、勿論こういう人はいる。だからさ、私達はこの作戦を成功しなければならない」

 クライドの表情は変わらず微笑んでいるが、その声色にはつい先程までとは違い重みがある。

「ローディー君もそうだろ?」

 ローディーの脳裏には、自分を見送る寂しがっているカリムや、ローディーを激励するシャッハ、そしてヴェロッサの姿が映った。

 屋敷を出る際の光景を思い返していたローディーは首肯する。

「はい。おそらく私も、次の休暇は家族に色々な場所を連れ回されて終わるでしょうね」

 ははは。と、お互いの話を聞いた二人の笑い声が展望室に響き渡る。

「頼りにしているよルーキー?」

「了解――善処します」

 含みのある笑みを浮かべているクライドに、ローディーは淀みなくそう断言した。

   *   *   *

 ――爆音が轟いた。

 耳をつんざかんばかりのとても大きな音。

 その音と次に訪れたのは衝撃波。

 それに吹き飛ばされた私は意識を失ってしまった……。

      ◇◇◇

 気が付けば、私の視線は空へ向いていた。

 青く澄んでいたはずの空は、黒ずんだ煙に覆われてしまっている。それは灰色と黒のモノトーンでいて、活発に蠢き、形を定めることはせずと空へ立ち込める。

 柔らかさと温さを感じられるものの上で、特に考えも無しに、ぼーっとその風景を見続けていると、“あ、今自分は仰向けで倒れているのか”ということが、ふとした瞬間に理解した。

 何故自分はこうしているのか分からない。

 その疑問を確かめる為に、朦朧としている頭を、右手を強く握りしめることで覚醒させ、体の節々に襲う痛みを、歯を食いしばって耐えながら、左手を支えに上半身を起こす。左手が何度か地を滑り、起きるだけでも苦労する。

 徐々にゆっくりと、上半身を起こしていくと、当然視線は空から地上へと下りていく。

 最初に見えたのは、ぼろぼろの建物。

 その数は今の頭では虚脱感が襲いかかってくるせいで、正確には確認できないが、視界に収まった建物の大半が、どこか崩れている。

 上半身を起こし終えて見えてきたものは、数えきれない人が地に伏し、赤く染まっていた。

 その光景は、昔、資料で見たトマト投げ祭が終わった時のものによく似ていた。
道路の真ん中に出来たクレーターを中心に、放射状に広がっている惨状。クレーターに近くなる程、人と思われるものは原型を留めておらず、ぐちょぐちょだった。

 どす黒い赤色の液体。深紅の様な液体。鮮やかなピンク色をした何か。その様々な赤色は、乱雑に混ざり合っている。

 比較的クレーターから離れていた人の中には、壁に叩きつけられて潰れた者や、体の一部を失い呻く者や、怪我した部分をいじくりながら、笑い声を上げ続ける者もいる。

 皆、何を言って、何を伝えたいのか分からない。

 ――あ。

 鼻を突く臭いに眉をひそめていると、その臭いの為か頭が完全に覚醒し、大切なことを思い出した。

 父は?

 母は?

 妹は?

 辺りを見渡しても、それらしき人はいない。

 まさか、クレーターの周りにいる人同じ様に、と思い始めていた時、視線をさらに落とし、自分の周囲を確認して見ると――父と妹“らしき”人がいた。

 ――いや、これは間違いなく父と妹だ。

 何故、私はすぐにそこに倒れていた人を見て、その判断を下せたのだろうか。

 顔が無いのに。

 父の顔は何かに当たった衝撃で顔を潰れていた。

 その父に肩車をされていた妹は、首から上が無かった。

 言葉を失っていた私は、突然左手の柔らかい感触の異常さに気が付いた。地面は石畳の硬いものだったはずだと思ったからだ。

 視線を左手へと向ける。本当は見たくはなかったが、首が動いてしまった。

 そこに母がいた。

 私が左手を乗せていた場所は母の胸辺り。上半身を起こす際に、滑って苦労した理由は、母の体が血で赤く染まっていたから。

 母は顔があった。

 母は生気の無い目を見開き、虚空を見ていた。

 私は、この時初めて、家族を失ったことに気が付く。

 そのことに気が付いた私が次に取った行動は、助けを呼ぶことではなく。ただ喚くことでもなく。それでいて、泣くことでもただ茫然とすることではなかった。

「うっ――がほっ!!」

 私が最初にしたことは、人の絨毯の上で、母の体に嘔吐することだった。

 ……私の願いは叶ってしまった。何故なら、死人は悲しまないから。妹は両親がいないことで、もう悲しむことはないだろう。

 心の中で母に謝りながらも、胃の中のものが全て出尽くすまで、私は母の上に吐き続けた。

   *   *   *

[グレアム艦隊指揮官の艦に乗船した魔導師隊。全て順調に研究所周辺に転送しています]

 エマの声が通信機を通して、エスティアの転送室で待機しているイディオット隊全員に届く。

 皆が同じ様なバリアジャケットを身に纏っている中、ローディーの騎士甲冑は目立っていた。

 各々が自分のデバイスの調子を確かめたり、深呼吸を何度もしていたりする中で、ローディーはカートリッジの弾倉の数を確かめていた。

 他の隊員――ミッドチルダ式の魔法を用いる魔導師からすれば、ベルカ式の特徴の一つであるカートリッジシステムは珍しいのだろう。少し前までは、緊張をほぐすことも兼ねてか、ローディーに話しかけてきた者は何人もいた。

 緊張するな。と言うのは酷なことだろう。

 ロストロギアの中で、一際今までの被害が大きい闇の書を巡る戦いなのだから。敵にはSランク相当のいることも加味すると、この事件は他の事件とは別格のものである。

 当然ローディーも例外ではない。体がふるえることや、挙動不審にはなっていないが、多少気分が高揚していた。

『場の雰囲気に飲まれるなよ。旦那』

『大丈夫だ。すぐ慣れる』

 フィードバックからの念話に、いつもの淡々とした口調で答えたローディーは、数を確認した弾倉を仕舞う。

『やっぱ、いつもよりカートリッジの数が多いな』

『長期戦に加え、Sランク相当の騎士との遭遇もあり得る。本局の自室にあったカートリッジに、昨日造り上げたもの加えた量数だ。普段の一・五倍から二倍はあるだろう』

『体には気をつけろよ。ロードしすぎて気絶なんて、馬鹿馬鹿しい自爆行為はするなよ。旦那』

『さすがに調整するさ』

「隊の皆、聞いてくれ」

 ローディーが全てのカートリッジを仕舞い終えた時に、小隊長が強めの口調で声を発した。

「皆も知っての通り、エスティア班の小隊の内、全部の隊が作戦に失敗した時には、闇の書の完成は確実になっているだろう。そうなると、艦船に備え付けられたアルカンシェルを用いて、研究所を巻き込んで闇の書を破壊する手筈だ。ブリーフィングでの映像は覚えているな? つまり、エスティア班が失敗すれば、あの光景がまた発生することになる。
 “闇の書の破壊に自らの命を捧げた勇敢な管理局員”と、墓に彫られ、泣いて悲しむ身内にそう語られたくなければ、作戦を成功させることだ。
 親孝行したいなら死ぬな。子どもの成長を見たければ死ぬな。英雄になりたい奴は言え、今ここで叩きのめして出撃出来ない様にしてやる。それと男性諸君は重要なことだが、女を抱き足りなければ死ぬな。童貞のまま死にたくなければ死ぬな。分かったな?」

「それなら、作戦終了後に隊長を抱かせてくださいよ」

 一人の男性局員の挙手と発言に、周りが笑いによってざわめく。

「ふん。私でよければ良いぞ? しかし、お前が私を抱くのではなく、私がお前を抱くことになるだろうがな」

 一層ざわめき立つ隊員達の端で、ローディーは静かにその光景を傍観していた。その口元は若干緩んでいる。

『旦那空気読めよ』

『さすがにこの空気についていける程、若くはないからな。しかし懐かしい。軍隊にいた時を思い出す』

『へえ。なら俺もそれっぽいことを言ってやるよ――グッドラックってな』

『おいおい。お前は私と一緒に出撃するだろうに、別れの言葉を言ってどうする?』

 しまった! と、言う自分のデバイスのとぼけ加減に、ローディーは呆れつつ苦笑する。

[イディオット隊の皆さ……ん?]

 なら俺も! 等の声が飛び交う中で、再びエマの声が転送室に響く。すると、さっきまで喧騒に包まれていた転送室がすぐ静寂へと戻った。

「ん? ああ、悪いシアーズ準陸尉。続けてくれ」と隊長。

[あっはい。先遣隊全て転送完了。イディオット隊、出撃準備はよろしいですか?]

「了解した。出撃は構わないぞ」

「了解です。では十からカウントダウンを開始します」

 エマがそう言うと、彼女が映っている映像に数字が映り込み、徐々に零に近づいて数が減っていく。

「よし」

 先程までのざわめきが嘘の様に、隊員の引き締まった顔を見渡した隊長は、満足気に頷いた。

「エスティア・イディオット隊、出撃するぞ!!」

「了解!!」

 隊員達の掛け声が合図であったかの様なタイミングで、転送室にいたイディオット隊の姿が全て消える。

 彼らが次に姿を現す場所は、地下研究所に繋がる入口の傍、しんしんと雪が降る雪原だった。

 四時十分。

 エスティア・イディオット隊――出撃。



[19604] 雑記その一(0/3~0/4-1)
Name: ポテチ◆40851184 ID:4cf8a7d2
Date: 2010/07/07 13:27

◆目次

・雑記について

・報告事項

・感想の返事

・本編について(=後書き)

・色々と簡単な補足(作中で登場した単語等に対して)

   *   *   *

◆雑記について

 ここは後書き等、様々なことを書く予定の場です。

 本編が進むごとにここは更新しますので、ネタバレ要素があります。

 感想は見つけ次第、出来るだけ早く返事を書きます。

 本編がキリの良いところで、新たな雑記を追加します。

   *   *   *

◆報告事項

 特になし。

   *   *   *

◆感想への返事(六月分は誤って消してしまったので、七月からの感想への返事です)

・謙信様へ。コメントありがとうございます! 戦闘は描写は勿論のこと、場面によっては、文量を確保しつつテンポのある風に書かないといけませんので、大変ですよ。

 一応オールレンジ対応ですが、ローディーの魔法の素質等の理由で、主武装は原作のネクストで使っていた武器になります。勿論、場面によっては色々使いますから、楽しみに待っていてください。

・サントス様へ。お褒めいただきありがとうございます。このままコジマ汚染レベルまで行けるよう努力します! 果たしてその領域まで行って良いのだろうか……。シリヲカソウ、まさかあのゲイヴンの……久し振りに見たくなりました。いつか作中にゲドを出してみようかな。ゲイヴンネタには出来ませんが。

・ウヴァー様へ。本物のとっつきはGAグループの物ではない為、今のローディーでは使えませんから、唯一GA製のとっつき(正確にはドーザーですが)を使いました。GAグループは近接武器が少ない! 勿論、有澤のことは忘れていませんからご安心を。忘れていたら社長に吹っ飛ばされますからね。コメントありがとうございました!

・謙信様へ。毎回の感想ありがとうございます。細かい見た目は読者の皆様の想像に任せますが、リリカルなのはの主要人物と同年代はさすがに無いな、と思ったので、大体の主要キャラより年齢は上にしています。

 実はローディーのPAや移動系の魔法は、元ネタのネクスト・フィードバックのものと類似しています。なので、移動系の性能自体はフェイトより劣っています。リリなの組より強すぎたらいけませんので……。0/3の戦闘は、ACシリーズ恒例の、いわゆる、OP補正・フロムマジック等と同じ様な演出ですかね。実際の強さはリリなの組と戦った時に分かるかもしれません。

 まあ、カリムはこのままではブラコン(兄・弟関係なく)になってしまいますね。

 クライド等は、次回をお楽しみということで。

   *   *   *

◆本編について

・0/3について

 前書きに簡単に書いていた通り、一話通して試験的な文章で構成されています。

 ちなみに文の間にある“◇◇◇”は軽い場面転換。“***”は大幅な場面転換程度の感覚で把握して大丈夫です。

 前の話より、随分時が経っています(約半年?)ので、ローディーはすでに訓練校を卒業し、管理局員になっています。訓練校の話は、主な登場人物がローディー一人で、リリカルなのは側の原作キャラとの絡みを優先する為、数話を用いて描写しませんでした。まあ、訓練校での話は、随分先に違う形で描写すると思いますので、今回は見送りに……。

 武装隊の隊長を見ると、管理局員が悪者に見えるかもしれませんが、あの人は口は悪いですが優秀ですし、犯罪者に厳しいだけです。

 ミッドチルダの常識についてのローディーの見解は、まだ書くには早い気がしたのと、延々と長く書くのもテンポが悪くなるので、今回は簡単に触れる程度にしました。
 
 今回で、作中の年月が、リリカルなのは第一期の約十一年前、新暦54年ということが明らかになりました。

・0/4-1について

 クライド=ハラオウン。リーゼ姉妹登場回でした。イディオット等の名前はほぼ一発登場の名前ですので、覚える必要はないですよ。

 何か凄く長くなってしまいました。筆が良く動くことに身を任せたら、この数日間は睡眠時間が極端に減って……このままでは忙しさに体がついて来られないな。長さの為か、誤字脱字が分からないという弊害が。

 場面転換と視点変更が多い為、凄い分かりにくくなっているかもしれません。ニュアンス的には、大昔=ローディーが過去を振り返っている視点。リンクス時代=当時のローディーの視点。本編=三人称――という感じと言いますか……。本来なら一人称と三人称を混合しない方が良いと思いますので、受け付けない人もいるでしょう。

 何かもう、昔話は人名以外ほぼオリジナル化しています。ちなみにユナイトの性格のモデルは、某パイロットのシン=ア○カだったりします。あくまで原型で、色々いじくっています。ネクストの操縦が苦手な中年の軍人ということも考えましたが、ローディーやらエンリケがいますので、ユナイトは二十代前半ってところにしています。

 AMSが五感に悪影響を及ぼすという部分は、まあ脳に多大なストレスが襲うのだから有り得るかな程度で書いています。

 どの部分も唐突な終わり方をしている気がしますね。

 意外と敬語ローディーの出番が多いです。いきなり口調が変わって分かりにくいですね。“地球人の顔立ち”は著者自身、あまり考えていないまま書いてしまっています。

 原作でクライドがグレアムのことを何て言っているのか完全に覚えが無い為、グレアム艦隊指揮官にしています。暇があれば調べます。

 ブリーフィングなんてもの、映画でもあまり見たことが無い為、ほぼ著者のイメージです。独自設定が多すぎますね。クライドを目立たせる為に、かなり語っていますが、これが管理局の考え方なのか自信無いですね。

 まだ闇の書の主は八神はやてではない為、当然、ローディーからは守護騎士は冷酷かつ残酷な敵としか認識されていません。

 ローディーのこの世界の常識に対しての感想は少しずつ出していますが、やはり語りはしません。非殺傷設定に対しては、甘いというよりかは羨ましいと思っています。

 ローディーの戦闘術については、作中通りですので、まだ完成されていません。

 ローディーの幼少時のお話は、過激な描写の練習も兼ねています。ちなみに、妹に肩車を譲っていなければ、ローディーが死んでいました。レディファーストをしたローディーのみ生き残ったという寸法です。嘔吐した理由は、常人であの場面は吐くだろうと思っただけだったりします。

 全体的に台詞回しにぎこちなさがあるかもしれません。もっと練習をしないといけませんな。

 闇の書の主の名前がエヴァンジェの理由は、単純に調度良いと思ったからです。スティンガーも考えましたが、原作をプレイしたことがないため、わきまえました。

・次回予告(予告の仕方は著者の気分になります)

 次の話は闇の書事件中盤。昔話+任務の話です。文量は今回の半分以下が予測されます。それ以上になったとしても、今回程にはならないかと。

 次回0/4-2。“ブラス・メイデン”。

「いかん! そいつに手を出すな!」

   *   *   *

◆色々と簡単な補足

・ローディーの鉄球の様な物を用いる魔法について

 ヴィータの用いる誘導型の射撃魔法、シュワルベフリーゲンと同じ様な魔法と認識してください。

 鉄球を出してから、各々の魔法の性質を別々に付加が可能な為、鉄球を用いる魔法ならば、同時使用は可能です。

・グリートフォルム

 グリートは手足という意味です。四肢に装甲が付いています。分かる人にしか分かりませんが、姿は、鋼殻のレギオスの主人公達が着ている戦闘服の両腕に、スバル=ナカジマのアームドデバイス、リボルバーナックルの様な物を装備している姿です。足裏にはローラーは付いていません。

・ローディーの用いる魔法について

 GAN01-SS-AWは、元々ネクスト・フィードバックの腕である武器の形をした腕、武器腕です。原作ではバズーカ砲。

 POPLAR01とVERMILLION01は、元々ネクスト・フィードバックが背面に装備している武器です。原作では両方ともミサイル。

 プライマル・アーマーに関しては、近い内に昔話で説明する予定です。

 クイックブースタは、この作品では短距離高速移動用の魔法です。細かくは違いますが、フェイトのブリッツアクション等と同類として見てください。原作では、勿論魔法ではないけれど、使用方法は回避や接近・後退等に用いる。

 オーバードブースタは、この作品では長距離高速移動用の魔法です。クイックブースタの様に小刻みの使用や、小回りは出来ない代わりに、直進的な突進力等は勝っています。長距離高速移動用なので、長時間の使用は可能です。

 GAN01-SS-WDは、元々腕に装備する武器で、原作では鉄の塊(杭?)を相手にぶつける武器です。ベルカ式の魔法の魔力付与攻撃(ヴィータのラケーテンハンマーや、シグナムの紫電一閃と同じ)に分類されます。ちなみに、この魔法の他にローディーは、戦闘時は常時魔力付与を四肢に付加しています(こちらの名前は未登場。)

 夜間迷彩・甲冑解除状態は、普段は赤茶色の騎士甲冑の色を暗色に変化させ、四肢の装備など、物音を立てそうな部分のみを限定的に展開していない状態です。


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