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[19058] シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語(現実→幻燐の姫将軍&戦女神シリーズ)
Name: uyr yama◆157cb198 ID:afcdcf20
Date: 2010/06/04 20:05


 燃え盛る炎。
 崩れ落ちる天井。
 愛しい弟の手を引き、必死で炎の中を逃げ惑う。

 せめて、せめてこの子だけでも助けてくれ……
 まだこの子は6歳の幼児なんだ! だから、だから……

 煙に塗れ、呼吸も苦しく、炎に炙られた皮膚がジンジン痛み、それでも、決して生を諦めたりはしない。

 だって、今の自分は、大切な弟の命を背負っているのだ。
 だから最後の最後まで、決して諦める訳にはいかない。
 そう思いながら、一歩、また一歩、炎の紅に彩られている窓のない廊下をひたすらに歩いた。

 と、その時だ。

 バリーンッ!!

 窓ガラスが割れる音が耳に入った。

 もしかしたら、そこから出られるかもしれない!

 そう思い、最早意識なくグッタリする弟を背負うと、音の聞こえた方へと向って駆けた。

 もう、目は殆ど見えなかった。
 それでも灼熱の壁に手をつけ、必死に、ただ必死に……
 そして、微かに見える外の風景。
 歓喜が胸を過ると同時に、そこに行くまでの炎の壁に絶望する。

 でも、ここで躊躇したら助からない。助けられない。

 背負っている弟の苦しげな息遣い。
 段々と小さくなっていくその息遣いに、焦りと焦燥に心が支配された。










 この日、大学を卒業する自分、その産みの母、そして母の再婚相手である義父、最後に愛する弟を連れての温泉旅行。
 弟大好き人間である自分は、意気揚々と楽しいはずの家族旅行に出かけ、そして、こうなった。

 ある意味、自分のせいなのだろう。

 社会に出る前に、家族で旅行に出かけたいなどど我侭を言ったのだから。
 義理の父はとても良い人で、母の連れ子であった自分を、その母との間に産まれた子と分け隔てなく愛情を注いでくれるような人だった。

 その人も、もう、自分と弟を救う為に炎に包まれ……

 そして、母はどうなったか分からない。



 こんな場所に来なければ……っ!
 自分が我侭をぬかさなければ……っ!!



 煙に燻られた目から、涙が溢れる。


「分かっているよな……ここが、命の賭け場所だ」


 小さく決意の言葉を口にすると、背負った弟を降ろし、覆うように胸に抱く。
 そして、目の前の炎の壁を……


 突き抜けろっ!!


 ダッ!

 床を蹴り、最後の力を振り絞って煙の中を走り抜け、炎の壁に頭から突っ込んだ。

 肉の焼け焦げる匂い。
 髪が燃え、肌が焼け爛れていく感触。
 瞼が焦げ、視界が赤白く染まる。
 咽が熱で焼け、呼吸もまともに出来ないでいた。

 バフッ!!

 炎の壁を突きぬけ、霞む目に映るのは、天空に広がる星。
 大きな安堵と共に、その星にむかって、自分は跳んだのだ。
 僅かに残った窓ガラスを破り、その先は……

 浮遊感。

 そして、落下する。

 自分は、建物の3階から、落ちたのだ。

 聞こえるのは悲鳴。

 たぶん、自分達を見ての悲鳴だろう。
 どこか他人事の様にそれを聞きながら、地面に衝突した。
 グシャリ、そんな音が自分の身体から聞こえた気がした。
 痛みはあまり感じなかった。

 ただ、腕の中の弟の安否だけが気になって、遠ざかる意識を必死に繋ぎ止めた。


「……じょうぶかっ! キミッ!!」


 酷い耳鳴りの中、漸く聞こえた誰かの声。
 もう、何も見えない目を、その方向に向け、


「お、とうと……は、……ぶじ……ですか……?」

「ああっ、大丈夫、大丈夫だぞっ! だから君も頑張るんだっ!」 


 ああ、よかった……

 そう思ったら、急速に眠気が来た。
 弟の先行きが不安ではあるけれど、きっと大丈夫だと信じよう。
 もしも、出来る事ならば、死んだ後も、ずっと見守ってあげたいとは思うけど。

 でも、その時、


「●●っ! 死なないでっ、●●っ!!」


 自分の名を呼ぶ声。

 母の、声だ。

 だったら、弟は本当に大丈夫だね……
 
 頬が自然と緩み、もう、思い残す事は本当になかった。


「……ーちゃん、……ちゃんっ!」


 しかも、弟の声まで……聞こえ……


「……だい、すき……だよ……、愛しい、おとうとくん……」


 心地好い眠気に身を委ね、自分の意識は、世界に包まれ、拡散した。







 魂は流れ、世界を漂う。

 辿り着く先は、近い未来か並行世界か。

 いいや、彼の魂の逝く先は、遠い、遠い、果てしなく遠い……の……世界……




















  シスコンでブラコンなお姉さま、セリーヌたん物語   始まりのゼロ















 前世の記憶……

 それを思い出したのは、3歳になった誕生日のこと。
 でも、それはあまり意味を成すことはなく、ただただ自然に身を委ね、新しい生を貪った。

 その罰が下ったのだろうか?

 母が、死んだ。

 何か怖い顔をしている父と宰相。
 そして何処となく嬉しげに顔を歪める父の妾……、いいや、いずれ王妃となるであろう、ステーシア様。
 最後に厳しい顔で何事かを決意している姉を遠く見ながら、自らの護衛騎士であるギルティン・シーブライアに手を引かれていた。

 悲しそうな顔をしている自分に気づいたのか、遠くで父と話していた姉がこちらへ歩いてくる。

 
「お姉さま……」

「大丈夫よ、セリーヌ。アナタと、そしてイリーナは私が守るわ。そして、この国も……」


 自分は、馬鹿だ。大馬鹿だ。
 認めようとしなかった、過去の自分がとても憎い。
 こうなるって知ってた筈の自分が、とても、憎い。

 だって、お姉さまは……姫将軍エクリアとなるのだから。
 この世界は、18禁なエロゲー、幻燐の姫将軍だったのだから!

 ああ、どうしよう!? どうすればいいのだろう?

 このままでは、愛しい妹は愛する姉に殺され……

 いいや、下手をすれば、自分は弟であるレオニードに呼び出され、輪姦されて殺される運命。

 でも、自分にはどうしようも出来ない。
 だって、原作と同じで病弱である自分は、王宮にて無価値なのだ。
 この先、権力に手を染める事もないだろうし、肉体が虚弱なせいで、武力を手にする事もない。
 だから当然に、発言権が生まれるわけもないだろう。


「ねぇ、ギルティン。貴方は、ずっと私の傍にいてね?」

「はい、セリーヌ様。命の限り、貴女様をお守りしてみせます」


 母が死んで、不安に怖気づく幼児の言葉とでも思ってるのだろうか?

 それでも良い。
 今の自分に出来るのは、せめて目の前の騎士を失わない様にすることだけだろう。
 何とかして、この亜人種の騎士を、ずっと自分の傍に置きたい。

 そうすれば、少しは何とか出来るかも……


 腕の中でキャッキャッと笑うイリーナをあやしながら、自分はこの先、大切な家族と共にある世界を、夢見るのだ。

 記憶が曖昧で、原作開始がいつなのか分からない。

 そんな不安な心を、押し隠して。


































 きっと、続きます。




[19058] ゼロの1
Name: uyr yama◆157cb198 ID:63b9f4b1
Date: 2010/06/10 01:47

 あれから幾年月……

 自分はこの間、どれだけ考えても、どうすれば愛しい家族が幸せに過ごせる様になるのか分からないでいた。
 やったのなんざ、精々がよちよち歩きだったレオニードを愛で尽くした事ぐらいか?
 ゲーム中の彼は、気位高く顔色悪い、どちらかと言えば嫌われ役ではあったが、あんなんでもルートによって男をみせるナイスガイなのである。

 そんな彼にもっとも酷い目に遭わされる可能性があるのが、自分こと、セリーヌだったりするが。

 いくら命が短いだろう自分でも、ごろつき風情に輪姦されるのは御免被りたい。
 それにだ、弟萌えの妹萌えである自分でも、あんな顔色悪い茸カットな弟に酷い目に遭わされるのは本気で嫌だった。
 だから、どんなに邪険にされても、せめてそんな扱いは受けない程度に好感度を上げとこう。
 邪な想いから始まったこの行為は、ステーシア様の嫌がらせを何とかんとか受け流しつつ始めたのだけども……

 ああ、自分は自分のブラコン魂(スピリッツ)を甘く見ていました。

 もんの凄い勢いで絆されましたよ。



 「ねー」「ねぇね」「ねえちゃま」「あねしゃま」「姉さま」

 そして、「姉上」



 慣れてくると、あんな茸で顔色悪いのも、とても愛らしく見えるから不思議だ。

 そうしている内に、自分の溢れんばかりの

 弟愛(ラブラブラザー)

 が分かってくれたのか、ステーシア様との関係も良好になり。
 人懐っこく、愛され属性のイリーナも、気づけばお義母様(ステーシア)と普通の親娘みたいに仲良く笑い合っている。
 ゲーム中では、レオニード以外には本当に嫌な奴だと思っていた彼女も、こうなってみたら母性溢るる良い人にしか見えない。
 何がどうなってこうなったのかさっぱりだけど、本当に、本当に幸せな光景。
 愛らしいイリーナが声を上げて笑うと、それに続いてお義母様までもがお声を上げて笑っている。
 それに釣られて周囲の侍女達まで楽しそうに微笑み、護衛騎士ギルティンだけがしかめっ面だけど、よーく見れば彼も相好を崩していた。

 本当に、幸せ……

 前世の最後で、おとうとくんを身をもって守ったご褒美なのだろうか?






「姉上、風も冷たくなってきました。そろそろ寝台へとお戻りなさい」


 急ぎ足でやって来た茸カットの愛しい弟が、キツイ口調でそう言ってくるけれど、自分には彼の優しい心遣いが良く解る。


「ねえ、レオニードくん。もう少しこうしていたいの? ダメ……?」


 上目遣いで可愛くおねだり。

 今自分が居るのは王宮中庭の中央。
 今度メンフィルへ嫁ぐことが決まったイリーナと、そしてお義母さまとのお茶会。
 これを逃したら、もうこんな機会は訪れないかもしれない。

 自分は知っている。

 この先、目の前で愛らしく笑うイリーナの試練が。

 半魔人に浚われ、そして……
 ゲームのハッピーエンドみたいに、上手い具合に話が進みさえすれば、初めは辛くても、きっとこの娘は幸せになれる。
 半魔人リウイ・マーシルンは、イリーナの運命だから。
 でも、その後に始まる幻燐戦争のことを思えば、決して、決して安心は出来ない。出来るはずもない。


「姉上。貴女がここで体調を崩し、命を短くしても、むしろ我がカルッシャにとっては厄介払いが出来るというもの」

「レオニードッ!」「レオニード様ッ!!」


 お義母さまとイリーナが怒声を上げた。
 でも、レオニードくんは何処吹く風と、余裕綽々。

 そう、そうなのだ。

 身体が弱く、政略結婚の駒に使う事も出来なければ、臣下の貴族へと降嫁させることも出来ない。
 ただ居るだけの無駄飯喰らい。いいや、生きるのに高価な薬を必要とする分、本当に厄介なお荷物なのだ。
 なんせ、10日の内、9日はベッドで臥せっているような自分……
 本当に役立たずで、邪魔な存在。


「ですが、貴女が身体を損なえば、こうして悲しむ者が居るのだと知りなさい」


 機嫌悪そうに唇を尖らせ、明後日の方を見ながら、自らの豪奢なマントで姉である自分を包み込む。

 ああ、なんてツンデレ!

 可愛い! 可愛い! 可愛い!!

 見れば色の悪い顔も、どことなく赤く染まり、イリーナも、お義母さまも、それに気づいてクスクス笑う。
 この弟は、どれだけ自分を萌えさせれば気がすむのだろう?
 前世のおとうとくんも大概可愛かったモノだが、今生のレオニードくんも負けてないよ!



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「いい加減になさいっ!!」


 ……お義母さまに怒られました。

 気づけばレオニードくんのお腹におでこを押しつけ、グリグリしまくってましたよ。


「ほんとう、セリーヌ姉様ったら相変わらずなんですから」


 ああ、イリーナたんも本当に可愛い……!!


 萌え~萌え~もえ……


「いい加減にしなさいっ!!」


 イリーナの柔らかい胸に顔を埋め、グリグリした瞬間に、レオニードくんに首根っこひっ掴まれて、めっちゃ怒られる姉であるはずの自分。

 お義母さまとレオニードくん、ホントそっくりな親子だよ。
 怒り方が一緒だもん。


「姉上っ!」


 しゅーん。

 うなだれる自分。

 そんな自分を見て、お茶会は終わりだと思ったんだろう。
 テキパキと片付け出す侍女達。
 そしてお義母さまとイリーナもまた、部屋へと戻るのだろう。
 腰を上げて椅子から立ち上がった。
 それを見て近づいて来るギルティンに、自分は立たせて貰おうと手を伸ばし……


「よい。下がれ、ギルティン」

「……はっ」


 レオニードくんは姉である自分の背中に手を回し胸元に引き寄せると、そのままフワッと持ち上げた。

 お姫様だっこ……だと!?

 弟であるレオニードくんにお姫様だっこして貰えるなんて……

 もう、思い残すことはない……ことはないけど、幸せだ……









 突然だけど、このカルッシャには3つの勢力がある。

 一つは言うまでもない。姫将軍エクリアを支持する軍部勢力。
 そして宰相サイモフが率いる官僚勢力。
 最後に、皇太子レオニードと周囲に侍る王族・貴族に、レオニードの後見人である宮廷魔術師テネイラ・オストーフの連合勢力である。

 変われば変わるモノだ。
 自分は特に何もしていないと言うのに。

 レオニードは原作とは違い、やる気のない王に代わり、国政にキチンとした態度で臨んでいる。
 そんな彼に宰相サイモフも好意的であり、もしかしたら……と思ってしまう自分がいるのだ。
 このまま自分が何も出来なくても、優秀な宰相と宮廷魔術師に補佐されたレオニードくんが、全てを守ってくれるんじゃないかと……
 亜人種に寛容な宮廷魔術師を後見人としているせいなのか、ギルティンを初めとする亜人種の騎士達を国から追い出すこともなかった。

 これには姉であるエクリアが、最後まで強硬に追い出しキャンペーンを張っていたが。
 まあ、姫神フェミリンスに引きずられているんだろう。
 そうじゃなきゃ、お姉様がギルティンを追い出そうとするなんて考えられないからだ。

 だから大丈夫。お姉様は、きっと優しいままだ。

 なんの根拠もなく、姉であるエクリアを信じる自分。
 いいや、逃げていたのかもしれない。
 お姉様を縛るフェミリンスの呪いから。
 自分にはどうにも出来ない事だからと。
 だからあれほど思い悩んでいた未来に、無責任にも、もう大丈夫かもと。

 自分は、何もしていないと言うのに……

 そう、この先の暗い未来から、目を、背けたのだ。


「レオニード。このような事をしている暇があったら、他にする事があるだろうに」

「そのようなこと、姫将軍殿に言われる筋合いはないな」


 部屋まで送ってくれる途中に現れたお姉様と、レオニードくんの暗く濁った口論。
 それを自分は、耳に入れようともせず。

 大丈夫、きっと大丈夫……
 現実から、目を、逸らす。

 愛する姉が、病弱である自分に嫉妬の念を募らせているなど、露とも思わず。

 少し考えれば解ったことなのに。

 フェミリンスの呪いに苦しむお姉様は、幸せだったイリーナに対し、どのような感情を持っていたかなんてことを、知っていたはずの自分には。

 だから、平気でこんなことを言ってしまったのだ。


「お姉さま、見逃してください。だって私、こんなに幸せなんだもの……」


 愛する弟の胸の中、惚けるような笑みを浮かべる。
 それがどんな意味をもたらすのかも解らずに。

 だから、お姉さまの被る仮面の奥。
 その目が、キツク自分を睨みつけているなんて、思いもよらず……

 家族から孤立してしまったお姉さまの気持ちにも、気づかなかった。


「……そう。ならば好きにするといい、レオニード。そして、セリーヌ……」







 そして、この時をきっかけに、レオニードとエクリアの対立が表面化し、悲劇の幕が開くのだ。






















 カルッシャ内勢力分布は、この作品独自の設定です。




[19058] ゼロの2
Name: uyr yama◆157cb198 ID:63b9f4b1
Date: 2010/05/29 17:52








 王都ルクシリア。

 その王宮大会議場で、皇太子レオニードは苦い顔で目の前の女を睨みつけていた。
 彼女の提案する内容が、彼には到底受け入れる事が出来ない内容だったからだ。


「ふむ……、反論ある者が居ないのなら、これで決定と言うことでよろしいな?」


 よろしい訳があるかっ!

 そう口に出来ればどれほど良いか。
 しかし、それは決してレオニードの口から出して良い言葉では無かった。

 彼は、この国の次期王。

 いや、少なくても5年の内には王位に即くことが約束されている身。
 とは言え、未だ王成らぬ身なれば、軽々な発言など出来よう筈はなかった。
 だからこそ、彼にとっての大切であろうとも、それが国の利益に繋がるならば、否定など出来よう筈もない。

 勝ち誇りもせず、淡々と話を進める仮面の女、姫将軍エクリア。
 憎しみで人を殺せるならば、間違いなく殺しているほどの眼光で彼女を睨む。
 ただ、それだけしか出来ない自らを同時に憎みながら。


「いや、少し待つのだ」


 その時だ、宰相であるサイモフが口を開いたのは。


「確かに姫将軍殿の言うことは否定できん。使い道のない王女の処分の仕方としては、これ以上は望めないでしょうからな」


 サイモフの言葉に、思わず口にしてしまいそうになる、王として相応しくない言葉。
 手が腰に吊されている剣の柄を弄り、今すぐにでも抜刀して斬り捨ててやりたい気持ちを抑える。


「だがっ!」


 椅子から立ち上がり、バンッ!っとテーブルを叩く。


「だが、一度こちらからイリーナ王女を嫁がせると通達しているのだ。
 なのに今更病弱なセリーヌ王女にしますでは、メンフィルに対して申し訳が立たぬであろう」

「メンフィル如き小国に、なんの配慮が必要かっ!」


 サイモフの至極もっともな発言に、だが姫将軍のシンパである将軍の一人が怒声をあげた。
 それに示し合わせたように協調の声をあげる騎士達。
 場は完全に姫将軍に有利な流れとなり、レオニードは歯軋りを鳴らすことしか出来ない。

 しかし、


「なんの配慮をと申されますか?」


 ここで、静かだが、反論の許さぬ口調で語り出す宮廷魔術師テネイラ。
 ここに来て、ようやくの彼の発言に、レオニードはホッと胸を撫で下ろす。
 王と臣民から強い信頼を寄せられ、尚且つ、すでに国政の場に出なくなって久しい王の、忠臣中の忠臣だった男。
 彼に勝るとすれば、同じく忠臣である宰相サイモフを置いて他ならない。
 目の前でがなり立てる姫将軍シンパの騎士達なんぞ、2人がいれば簡単に蹴散らすことさえ可能だろう。


「簡単です。我がカルッシャの外交の誠が問われるではありませぬか。
 一度約定したと言うにあっさり翻すのでは、この先、我が国の言葉など他国に聞いては貰えません」

「ふむ、確かにな」


 テネイラの発言に、素早く自分の言葉を重ね合わせる。

 これで流れが変われば良いのだが……

 レオニードは、そう思いながらも現状に対して唾を吐き捨てたい気分を隠しきれないでいた。
 姫将軍が掌握している騎士達は、全軍の大よそ6割に当たる。
 上級将校に到っては、優に7割に迫るかも知れない。
 これでは、もしも反乱なんぞ起こされたら一溜まりもないだろう。
 ただでさえ臣民の中には、次期王を皇太子レオニードではなく姫将軍エクリアに、なんて言葉が囁かれていると言うのに。
 そんな彼女の発言力は、当然に皇太子であるレオニードより勝っており、その事実が腹立たしいにも程がある。

 レオニードには、目の前の女がセリーヌとイリーナの姉だとは思えなかった。

 『あの』セリーヌが、『愛しい姉』などと言って信頼を寄せる相手だとは思えないのだ。


「そうは言っても、イリーナとセリーヌでは存在価値が違いすぎる」


 このような事を平然と言ってのける女だ。
 それなのに、なぜセリーヌは……!?


「イリーナは臣民から愛される存在。むざむざ他国にやるよりは、精々我が国で役に立ってもらう方がいいだろう。それに引き換え、セリーヌは……」

「どの道、かの姫は余命幾許もないのだ。他国に嫁がせても役に立つどころか……」

「フフフ、それでも、あと4~5年は生かせられましょう。その間に御子を生せばよし。
 そうでなくても、それだけの時が流れれば、我が国は十分に義理を立てたと言えましょうに。
 イリーナはレオニード王子に嫁がれればよろしいのだ。あの者の臣民から寄せられる親愛。
 その全てを、次期王であるレオニード王子に……」


 その言葉に、会議場中から一斉の拍手。
 それは姫将軍エクリア傘下の者だけでなく、自らの派閥の者達までもが加わっていたのだ。

 レオニードは目を大きく見開く。

 ふざけるなっ!
 セリーヌは身体が弱いのだ。
 それが、どうして余所の国になどやれようものかっ!!
 あの虚弱な姉は、それだけで命を儚くしてしまうだろうに!
 だから王宮深くに匿い、その短いだろう命を、幸福に彩らせてあげたかったのだ。

 だが、皇太子としてのレオニードには、その案は確かに頷くしかなかった。
 なんせイリーナが臣民に寄せられる人気は凄まじいものがある。
 それは、皇太子レオニードにとって、咽から手が出るほど欲しいものだったからだ。

 イリーナは、それ程に大きな存在。

 下手に国内の大貴族に嫁ぐとなると、それだけで王位継承に問題が出そうなほど。
 だからこそ、国の外に出すのだ。メンフィルなどという小国に。
 レオニードとて、イリーナを愛していない訳ではない。
 だから幸福になって貰いたいとは思うし、幸福にしてあげたいとも思う。
 そうは言っても、自らの妃に迎えたいなどと、どうして思えようか。

 怒りと屈辱に震えるレオニード。

 あの姉に嫌われない様に女遊びを控えても、結果がこれならな……

 皮肉気に口角をあげる。

 もう、どうでもいい……、そんな捨て鉢な気分に囚われてしまう。

 だがその時だ。彼の手が2つの暖かい皺手に覆われたのは。


「落ち着かれよ」

「そう、ドンと構えるのです。貴方は、次期国王なのですよ」 

「サイモフ、テネイラ……」








 メンフィルの王子との政略結婚の相手を、イリーナからセリーヌに置き換える。
 そしてカルッシャの次期王妃としてイリーナを。
 その他、細々とした案件を全て終え、会議は終わった。




 レオニードの胸に、姫将軍エクリアへの確かな敵意を芽生えさせて……



































 いつもの様に、いつもの如く……

 熱にうなされ、ベットから立ち上がることさえままならない。
 意識が朦朧とし、原作とは違い、幻燐戦争まで生きられないのでは?
 そう思いながら、激しく咳き込む毎日。

 だけども、それもいいのかも知れない。

 そう思う自分が居る。

 だって、そうしたら、怖い未来を見ずにすむから……

 熱のせいだろう。
 いつもと違い弱気な心が顔を出すのは。
 前世の健康な身体と違い、常に病魔に脅かされる虚弱な体質。
 成人するかどうか解らないとまで言われた自分。
 王家に生まれなければ、とっくの間に第2の人生も終わっていただろう。

 そんな感じで不幸ぶっていると、最近には珍しい客が訪れた。
 ベッドから身を起こし、満面の笑みで彼女を迎える。


「お姉さま……っ」

「そのまま寝ていなさい、セリーヌ」


 フェミリンスの呪いを抑制する仮面を外し、お姉さまも一杯の笑みで私を見る。
 傍まで来るなり、起き出そうとしていた自分をベットに横たえ、乱れたシーツを丁寧に直していく。


「加減はどう……?って聞かない方がいいわね。セリーヌは大丈夫です、としか言わないもの」


 そう言うと、お姉さまはその冷たい両手で、熱をもっている頬を優しく包む。
 ヒンヤリとした感触に、心が蕩けそうな程の快感。


「お姉さま……気持ちいい……」


 冷たいけど、本当に優しい手だ。
 普段は恐ろしい姉だが、こうして2人きりになると、途端に甘い素顔を見せてくれる。
 でも、今日のお姉さまは、ちょっとだけ怖い顔をしていた。
 いつもはただただ優しい顔しか見せないというのに。


「セリーヌ……」

「なんでしょうか?」


 きっと、何かあったんだ。
 そうでなければ、こんなに言いづらそうにはしないから。


「……イリーナがメンフィルに嫁ぐの、知っているわね?」

「はい」


 知らない訳がない。
 愛する妹の結婚だ。

 それに、これが幻燐の姫将軍の始まりの合図なのだから。


「取り止めになったわ」

「……はい?」


 今、なんて言ったんだろう?

 取り止め……?

 って事は、メンフィルに行かないって事だから……


「代わりにセリーヌ、貴女が行くのよ」

「はぁ……………、はい?」

「貴女が、メンフィルに、嫁ぐのよ」

「えぇぇぇぇーーーーーーッッ!!!」


 こんな大きな声を出したのは、何時ぶりだろう?
 混乱し、困惑し、何が何やら解らない。
 驚きに目を瞬かせる自分だったけど、お姉さまはそんな私を許しはしなかった。


「これは、国のためです。解るわね、セリーヌ」


 いつに無く、厳しい声色。
 2人きりでこんな声色を聞いたのは、初めてかもしれない。
 だから、自分はすぐに正気に戻った。
 前世はともかく、今の自分は一国の王女。

 拒否は出来ない。


「病弱の身ではありますが、それでもよろしいのですか?」

「ええ、メンフィルには貴女を。そして、イリーナは……」

「イリーナは?」

「レオニードの妻になります」

「そう……ですか……」


 ほ~っと、安堵の溜息がこぼれた。
 訝しるお姉さまの前で、心底、安堵したのだ。
 原作がどうこう言い訳をしながら、イリーナが酷い目に合うのを容認していたから。
 それが、なくなった。これでイリーナは、平穏に過ごせるかもしれない。

 前世での近親相姦的な常識はともかく、レオニードくんなら、きっとイリーナを幸せに出来るから。
 運命であるリウイ・マーシルンとはまた違った意味で、きっと幸せに。

 ただ、これでリウイ・マーシルン『の』メンフィルは終わった。

 最早原作と言うより、原作(笑)になってはいるが、それでも先を予想するのなら、リウイが率いる軍勢に襲撃され、浚われ、犯され、侍女の真似事だろうか?

 侍女になれるのは、もちろん全てが上手くいった時の話。
 でも、『そう』でも『そうでなく』ても、どちらにしても、自分は死ぬだろう。
 長旅に何とか耐えただろう身体も、そのような陵辱行為に耐え続けるなんて不可能だからだ。

 そうして、イリーナではない自分は死に、リウイは人の心を取り戻す事無く覇道を進み、わりとあっさり滅びるのでは?
 イリーナが居たからこそ、新生メンフィル王国建国による混乱期を、大封鎖と言う形でなんとか国体を護持できたのだし。

 でも、イリーナがいなければ、周辺諸国も容赦はしない。

 特に、我がカルッシャ王国は。

 自惚れではないけど、自分は確かに愛されている。
 その自分が、浚われ、殺されたのだ。
 レオニードは怒りに駆られ猛然と攻め立てるだろう。
 姫将軍エクリアを尖兵として、『魔物』の軍勢を滅ぼすのだ。

 これでこの国は本当の意味で一つになる。

 魔王を滅ぼした英雄、レオニードの名の下に。

 そして、王妃イリーナが王の心を支え、
 内政と外交を宰相サイモフ、宮廷魔術師テネイラが仕切り、
 軍勢を率いるのはチートパワー全開の姫将軍エクリア。

 あれ? 無敵だよね?

 もしもリウイが決起しなくても、長旅に疲れた自分はすぐに死ぬだろうから、カルッシャにこれ以上の迷惑をかけることもないだろう。  
 自分が知る『歴史』とはまったく違うけれど、もしかしてもしかすると、家族皆が幸せになれるんじゃないだろうか……?
 ただ一人、お姉さまが心配ではあるけれど、この流れでいけばお母様の死の真相を知る事も無く、カルッシャに一生を捧げて終わってくれるかもしれない。
 それに、孤独なお姉さまを包み込む誰かが現れてくれる可能性だって有る。

 神殺しセリカではなく、平凡な幸せを与えてくれる誰かが……


 目をつぶり、祈る。
 大切な姉の幸福を。
 自分がまったく知らない未来を歩む、大切な家族達の幸せと共に。


「セリーヌ……、私が憎くないの……?」

「……? お姉さま、なぜそのような事を聞くのです?」

「なぜ……って、貴女は……っ!! イリーナが憎くないの? レオニードと結婚するあの娘がっ!? それをさせた私がっ!!」

「……はい? もしかしてお姉さま? 私がレオニードと恋仲とでも……?」

「違うの?」

「違いますよ! 私は、ブラコンでシスコンなだけですっ!」

「ぶら……? なにそれ?」

「ブラコンは弟大好きの意味です。もちろん家族的な意味でですよ?」

「だったら、しすこんは妹大好き……?」

「違いますよ、お姉さま。シスコンは……」

「ん……?」

「姉妹が大好き、って意味ですっ! お姉さまも、妹のイリーナも、だーいすき!」


 目をパチクリさせるお姉さま。
 何をそんなに驚くのだろう?
 不思議そうにそんなお姉さまを見つめていると、


「もう、行くわね……」


 疲れたようにそう言って、背を向けた。
 自分はここで一つ大切な事を思い出し……


「あっ、ちょっと待って! お姉さまっ!」


 振り返るお姉さま。
 自分は、そんなお姉さまの目を、しっかりと見つめ、最後の願いを口にするのだ。


「ギルティンをお願いします。彼は、ここで死なすには惜しいですから……」


 小さく、だけどしっかりと頷き、そして部屋の扉を開け、外に出た。
 パタン、と優しく閉められた扉を、いつまでも見続ける。


 静かになった部屋。
 誰もいない、部屋。

 身体が震えだす。

 ガタガタ、ガタガタ……

 顔色を失くし、目の前に迫ってくる恐怖に震えるのだ。
 前世の様な、勢いで死んだ時には感じなかった恐怖。
 真綿で首を絞められるように、ジリジリと死に近づく病の恐怖とも違った、女としての恐怖。

 見知らぬ男に好きなように肢体を嬲られ、蹂躙され、犯され尽くして、そして、死ぬのだ。

 そんな恐ろしい場所に、愛する妹を行かせようと思っていたのか……

 死への恐怖と、そして自らの情けなさに涙が溢れ出す。
 涙を乱暴にふき、布団のシーツで顔を覆い隠すと、そのまま無理矢理に目をつぶって眠りに入った。
 これで自分の傍からは、お姉さまも、お義母さまも、イリーナも、レオニードも、ギルティンまでもが居なくなる。

 幸せで、暖かかった風景が、終わりを告げたのだ。

 だから、心はここに置いていこう。

 淡々と自分の運命を受け容れる為に。






 それでも、せめて眠りの中だけでは、あの幸せな風景を、夢見るのだ……




































 後書き

 みんな……、エクリアとイリーナの扱いに不安になるのはワカランでもないが……

 ちょっと幻燐編が終わるまで猶予してくれないか?

 ってかね? この作品の本筋は、戦女神VERITAです!
 幻燐編はプロローグ。
 原作と違うセリーヌを説明するためのプロローグみたいなもんです。

 勿論、逆ハーはないし、百合ハーもないです。

 だから、リ●●は●●ーナじゃないとダメだろjkとかも少し待て!

 って事で。

 あと、感想にあったフェミリンス対策。
 殆ど無理目です。
 なぜリメルダが秘密にしたのか?
 なぜリウイの母の一族がフェミリンスの名を隠したのか?
 この辺りも考えてみて。
 独自に調べて~も、リウイじゃないと解けないし、セリカクラスじゃないと抑制も無理ッぽ。
 この作品独自の案を発見! なんて展開はありませんので、ご理解下さいますよう……



[19058] ゼロの3
Name: uyr yama◆157cb198 ID:afcdcf20
Date: 2010/06/01 21:51




 憂鬱な気持ちのまま目が覚めた。
 悪夢にうなされ、涙でも流していたのだろうか?
 頬が、しっとり濡れている。

 お姉さまから嫁に行くようにと宣告されてから、3ヶ月あまりの時間が過ぎた。
 精神的なものもあるのだろう。その間、体調は常に最悪で、大切な家族との触れ合いもままならず。
 お義母さまが毎日のようにお顔を見せてくれる位で、他は忙しいのか、レオニードも、イリーナも、そしてお姉さまも、あまり顔を見せてはくれなかった。

 ギルティンは、もういない。

 彼は新しく新設される軍団の長へと、大抜擢されたからだ。
 皇太子レオニードが直轄する、人間族『以外』の騎士で結成された軍団。
 自分の知る幻燐の姫将軍では聞いた事もない部隊。
 カルッシャには人間族以外で構成される部隊など、なかったはずだ。

 本当にこの世界は、『幻燐の姫将軍』なのだろうか……?
 もしかして、復讐と憎悪に燃える半魔人が率いる集団に、襲われるなんてことは無いかもしれない。


「セリーヌ様、どうぞこちらへ」


 ベッドから身を起こすと、言われるままに、気だるく重い体をおして準備を進めていく。

 今日、この王都ルクシリアを出る準備。

 そんな自分の準備を手伝ってくれるのは、何年も自分の面倒を見てくれていた侍女達。
 当然だけども、自分は嫁ぎ先に彼女達を連れて行こうとは思わない。

 当たり前だ。

 魔族に襲われる可能性が高いというのに、連れて行ける訳がない。
 下手をすれば命を奪われるのだ、彼らが現れると言う事は。
 いいや、例え命が助かったとしても、貞操の保障はまずない。
 間違いなく犯される。あの、復讐心に駆られたリウイ・マーシルンとその一党に。
 だったら、どんなに寂しくても、連れてなんていけやしない。
 そうでなくても、すぐ死んでしまうだろう自分についてきては、その自分が死んだ後、メンフィルなどと言う異国に取り残されてしまう。

 彼女達も大切な家族。
 そんな目に、会わせたくなどない。
 どんなについてきたいと願われても。


「今まで、ありがとう……」


 最後に髪を梳かれながら、囁くような小さな声をもらす。
 それは心からの言葉だった。
 身体が弱い自分が、最も沢山の時間を共に過ごした人達への、お礼の言葉。

 侍女達の啜り泣きが部屋に響く。
 彼女達も解っているのだ。
 これが今生の別れになる可能性が高いのだと。
 そして、自分もまた、そうだろうと思う。
 
 彼女達に別れの挨拶をしていると、扉をコンコン、と叩く音が聞こえた。
 恐らくは、メンフィルへの護衛を勤める騎士が迎えにきたのだろう。
 侍女頭が扉の前に立つと、恭しく礼をして、騎士を部屋の中へと導いた。
 そして、自分は騎士の顔を見て、大きく目を見開く。
 それは、騎士が自分の良く知る男だったからである。


「そろそろお時間です、セリーヌ様」


 自分の護衛騎士だったギルティン・シーブライア。
 彼は先ほど言った様に、新設された軍団を任された将軍。
 自分なんかの相手をしている暇なんて無い筈だ。

 なのに、何故……?

 疑問が脳裏を駆け巡る。
 彼と会えたのはとても嬉しいはずなのに、なんだろう?

 この嫌な感じは……


「ギルティン? どうして……」 

「セリーヌ様のメンフィルまでの護衛を仰せつかりました」 


 恭しく頭を下げる。
 目に映る、ギルティンの頭頂部。
 そしてゆっくりと顔をあげ、満足そうに微笑んだ。

 いつもはムッとした表情を崩さない彼が、こうして満足そうに笑う姿を見たのは、初めてかもしれない。


「ギ……ギルティン……、貴方は軍団長を任されたと聞いたのですが……? それが何故、私の護衛などを……」


 震えそうになる声を必死に抑え、どうにか平然とした調子を繕った。

 メンフィルへの随行は、近衛騎士団から5分の1ほどの人員。
 嫁ぎ先から護衛と案内役として遣わされた、メンフィル王国の騎士達。
 それに同じくメンフィルから遣わされ、この後、何事も無ければ自分に仕えることになるだろう侍女が数名。

 犠牲となるのは、それだけのはずなのだ。

 それでも、知りながら何も出来ない。そして、犠牲にしてしまう彼らに対し、罪悪感に苛まれていたというのに。

 もっとも、メンフィルの者達に限っては、そうでもなかったけれど。
 彼ら(彼女等)にとっては、自国の支配者の怠慢である。
 メンフィルにとっては内乱なのだ。
 カルッシャは巻き込まれた被害者であると思っている。

 姫将軍の暗躍と策謀がなければ、だけど……


「皇太子殿下とエクリア様から是非にと言われまして」


 自分の疑問に、嬉しそうにそう返すギルティン。


 ド……クン……

 心臓が、跳ねた。

 今、何て言った……?

 あの人の名前を聞いた瞬間、視界が紅く染まり、急激に頭に血が上る。
 怒りに駆られ暴発しそうになるも、虚弱な体質のせいか、ふらぁっと眩暈がしてお終いだったけど。

 だけども、本当に、どうしよう……?
 お姉さまは自分との約束を守ってくれなかったのか?
 ギルティンはここで殺すには惜しいと言っておいたのに。
 それとも、また何か勘違いをしているのだろうか?
 自分と、レオニードくんとの関係を誤解したみたいに。
 それとも、姫神フェミリンスの呪いで……か?

 だったら、どうすれば彼を救えるのだ……

 何て言えば、いいや、何を言ってもダメ。
 だってギルティンは、皇太子と、国内の軍権の殆どを握る姫将軍の命でこうしているのだから。
 それを、社交界に出ることすら出来ない病弱な姫が、何の権限があって皇太子の命を反故することが出来ようか?


「セリーヌ、大丈夫なの?」

「お、お義母さま……、わたし……」


 いつまでも部屋から出てこない自分。
 そんな自分を心配して、扉の向こうから顔を出したお義母さま。
 自分の辛そうな顔を見るなり、駆け寄り、抱きしめてくれる。
 暖かい彼女の腕の中に抱きしめられ、思わず震える言葉で助けを求めそうになってしまいそう。

 自分が知る知識を、ここでバラせば楽になれる。
 でも、なんの根拠もない話なのだ。

 言った所で、どうにもならない。

 そう、この瞬間まで、思っていた。

 バカな自分は、思っていたのだ!


「大丈夫、大丈夫だから、セリーヌ。イリーナがメンフィルに一足先に行ってますからね」

「えっ……? ど、どう……いうこと……ですか……お義母さま……?」

「セリーヌ姉様になにかあったら、メンフィルに宣戦布告ですって息巻いて……」


 とんでも無いことを軽~い口調で笑って言うお義母さま。
 多分、ここは笑う所なのだろう。
 自分も何も知らなければ笑ったに違いない。
 事実、周囲の侍女達に、ギルティンまでもが楽しそうに相好を崩していた。


「私がメンフィルに行って、セリーヌ姉様が過ごしやすい環境を作りに行ってきます……ですって。
 あとは、結婚式に出席するカルッシャの代表としても、なのかしらね?」

「あ、あの子は我が国にとって、大切な未来の王妃なのに……なぜっ!?」

「だからこそよ。そうしたら、メンフィルもアナタを粗略に扱えないでしょ?」


 お義母さまが、近くに待機しているメンフィルの騎士や侍女に向けて笑って言った。
 脅しをかけているのだろう。
 メンフィルの者達は、緊張に身体を強張らせた。
 なんせメンフィル王国は小国だ。
 下手を打って大国であるカルッシャと敵対すれば、メンフィルに明日はないのだ。

 でも、そんな事はどうでも良かった。
 そう、そんな事よりも、イリーナが!!


「ですがっ!」

「……何を心配しているの、セリーヌ?」

「お、お義母さま、わたし……」


 なぜ言わなかったのだ! 私はっ!!

 例え胡散臭い前世の記憶だろうと、話してしまえば良かったのだ。
 これが父やサイモフといった者なら、私たち姉妹の命が脅かされる事になったろうけど。
 イリーナやレオニード、それにお義母さま、そしてギルティンにだったら言っても大丈夫だったはずだ!
 そして誰よりも、エクリアお姉さまに話せば良かったのかも知れない。
 そうすれば、実母であるリメルダのように、自重したかもしれないのに……
 いいや、更に絶望の度合いを深めるか?
 なんせ、フェミリンスの呪いを解くには、彼女の力だけではどうにもならないのだから。

 そこまで考えていたら、顔が真っ青になった。
 寒くないのに、ガタガタ震えが止まらない。

 今からでも言ってしまおうか?
 そうすれば、まだ間に合うかも……

 だけども、


「セリーヌ、そろそろ時間よ」


 姫将軍エクリア……これから起こる戦乱の立役者の一人。


「姫将軍よ、少し待ってたもれ。セリーヌの様子が……」

「怖じ気づいているだけでしょう。さあ、行くわよセリーヌ。貴方の役目を果たしなさい」


 この状況を作り出したのはアナタなのですね、お姉さま……

 幸せなイリーナが、そんなに憎いのですか?

 姉に視線を固定させたまま、絶望に心が軋んだ。


 お姉さまの言葉に従い、ゆっくりとした歩調で、王宮から外へと続く道を歩く。
 周囲をギルティンを始めとする騎士たちに囲まれながら。

 胸が……キシキシ痛む……
 目から涙が溢れ、止まらないのだ……

 そんな自分に駆け寄ろうとし、そして止められるお義母さま。
 少し離れた場所で、こんな自分を見て苦い表情を浮かべるレオニード。

 そして自分は、臣民達の歓声の中、ギルティンに手を引かれて豪奢な馬車に乗り込んだ。













 どうすればいいのだろう?

 どうしたら良かったのだろう?

 ぐるぐるぐるぐる……

 沢山の案が脳裏を過ぎり、否定する。

 そしてまた、何度も何度も考える。

 ぐるぐるぐるぐる……

 脳を回転させ、何とかしよう、今からでも何か出来るかもしれないと、考え、考え、考え続ける。

 ぐるぐるぐるぐる……


 イリーナは大丈夫。
 だって、リウイ・マーシルンが狙うのは、『メンフィル王国はカリアス王子の婚約者』
 カルッシャの皇太子の婚約者ではない。
 それにここでイリーナに手を出せば、原作以上にカルッシャと関係が悪化する。
 他国に嫁に出した王女と、次代の王妃が奪われたでは、問われる国の威信が違いすぎだ。
 もしもイリーナが奪われ陵辱されたのならば、カルッシャは全力でメンフィルに派兵し、リウイ率いる『魔族』の軍勢を滅ぼすに違いないから。
 そうなれば、リウイは終わりだ。だから、きっと大丈夫なはず。そんなバカな行いはしないはず。
 もっとも、原作とはあまりに違いすぎる我がカルッシャ。
 私が浚われ、そして犯されて死んだとしても、やはり全力で攻め立てるだろうけど。

 だから、もしかしたら大丈夫なのでは……

 ううん、ギルティンのことがある。
 自分がああ言って、こうなったのだ。
 今になって思えば、あそこで、
『ギルティンをお願いします。彼は、ここで死なすには惜しいですから……』
 などと言うのは不自然だった。
 お姉さまは、自分が何事かを知っている。
 そう思ってしまったのかも知れない。
 だから、必ず来る。
 惨劇の……幕開けが……っ!!

 でも、もしかしたら、本当にお姉さまは自分を心配して……

 いいや、でも、ううん、きっと……


 ぐるぐるぐるぐる……

 終わらない思考の迷路に迷う。

 そしてぐるぐると答えのでないままに、時は瞬く間に過ぎ去っていく。

 数日後、この後ミレティア保護領として独立する可能性が高いペステを抜け、メンフィルにほど近いレスペレント都市国家郡はラクの街の手前に到達した。


 急ぎイリーナに追いついて欲しい。
 そう、ギルティンを始めとするカルッシャの騎士達に命令を下す。

 それは、イリーナ一行がメンフィルに入った。そう報告を受けたからだった。

 イリーナ一行との距離は大分縮まった。

 急げば、事が起こる前に追いつくかもしれない。


 そう、自分は覚悟を決めたのだ。

 リウイ・マーシルン!

 大切な妹に、指一本触れさせはしない!

 シスコンなお姉さまの名にかけてっ!!






























 キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)


 セリーヌ・テシュオス


 LV.1


 HP 12/12
 MP 50/50
 TP  0/ 0


 熟練度

 小型武器 E
 

 スキル

 病弱 Ⅴ  常時衰弱状態、及び、HP,MP,TPが75%低下
 虚弱 Ⅴ  経験値及び熟練度の入手が不可、及び、全パラメーターが75%低下
 復活 Ⅴ  戦闘不能になった時点で発動し、発動するとHPが50%で復活
 臆病    レベル差が高いほど、回避率が上昇
 自己憐憫  常時、肉体戦速と精神戦速が75%低下
 妹が大好き パーティ内に妹がいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇
 弟が大好き パーティ内に弟がいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇
 姉が好き  パーティ内に姉がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇
 義母が好き パーティ内に義母がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇
 父が嫌い  パーティ内に父がいる場合、攻撃力と防御力が5%低下
 血縁の絆  パーティ内に『血縁の絆』を所持しているユニットが複数いる場合、所持者の攻撃力と防御力が10%上昇



 称号

 病弱の姫君  レスペレント地方最大の大国カルッシャの第2王女 セリーヌの初期称号



 プロフィール

 病弱で成人まで生きられないだろうと言われているカルッシャ王国第2王女。
 その中身は、現実→ディル=リフィーナへの転生人である。
 持っているだろう原作知識は、VERITAを除いた全て。
 ただし、既に可也の量の原作知識を磨耗させている。
 この先の戦乱を乗り越えるのに、あんまり意味がないと思っているからだ。
 VERITAは、エウの3ヵ年計画のEPISODE-4での概要のせいで、エクリアをメイドに調教なエロゲーだと思っている節が有り。
 原作のセリーヌ同様、一日の殆どをベッドの上で過ごしているせいか読書が趣味。
 その知識の量は、学者顔負けである。
 だが、その知識を活用する気は一切なく、もしも次の転生があるならば、その時に活用できたらいいなって思ってる。
 それは無意識下で、病弱な今生に対し凄まじいまでの不満がある証拠。









 


















 後書き

 何度も言うが、イラッとするのは解るけど、現時点での主人公に多くを求めないでね。
 前世がただのブラコン一般人で、今世が虚弱なシスコンでブラコンなお姫様。
 今のところ、スーパーオリ主的な活躍は出来ません。
 もうちょいだ。もうちょいしたら、ただのシスコンなお姉さまのお話になるから!
 あとステーシアのセリーヌ達への喋り方。わざとです。
 原作まんまの喋り方だと、どうにも娘への母性を表現しきれないので、自分では。

 ここからは、感想を見て、ちょっと変な方向に思われているな~、なんて思ったんで、ちょっと補足。
 同じ内容が感想版にも書いてあります。



 現在の主人公の立場と、幻燐の姫将軍開始前のリウイ。
 この時点のリウイは人間への復讐を考えているわけで……
 そして、リウイと言う主人公は、ルートによっては簡単に外道になります。
 主人公はそれを知っている訳ですね。

 ……楽観はできないでしょう?
 ってか、イリーナとて幻燐の姫将軍では、ケルヴァンに犯されendが有るわけ でして。

 正史ルートの彼だけを見ないで、現実に自分がソコにいて、しかも敵対関係になるだろう組織に身を置いてるんですから、そりゃ警戒しまくりますよ。
 それに上手く進んでも犯されることには変わりないんですし。
 しかもそれで本当に幸せになれるのかなんて保障もない。

 そしてセリーヌはカルッシャの人間です!
 自分の国を滅ぼす可能性がある彼に対して、ゲームじゃないんだから好意的に対応する訳がないでしょう。
 現時点においては。
 もう少し話が進めばまた違ってきますけどね。




[19058] ゼロの4
Name: uyr yama◆157cb198 ID:afcdcf20
Date: 2010/06/05 09:04

 国を出るときは泣き濡れていた姫君。
 悲しみに顔を曇らせていた王女の姿は、見る者にチクリとした胸の痛みを与えたものだ。

 しかし、今の彼女はどうだろう?

 厳しく顔を引き締めて、瞳を決意の色で遠くを見つめる。

 ギルティンは、そんな王女に呼ばれたとき、ただそれだけで胸に熱いモノが込み上げてくる己に気づいた。
 聞かされた話は、他の者から聞かされたのなら一笑に付す馬鹿げた話。

 だが、彼にとって目の前の王女は、全てを捧げると誓った3人の姫の一人だ。
 いいや、第一王妃リメルダが死んだあの日、目の前の少女に誓ったあの言葉、一生忘れる事はない。
 セリーヌが嫁ぐこととなり、もう自らがお守りする事が出来なくなると嘆いたあの時の辛さも。


「……ですからギルティン、私のために死になさい」


 この方は、紛うことなく姫将軍エクリアの御妹君。
 その無情な命を発するセリーヌの眼光はどこまでも厳しく、そして鋭い。
 心臓を鷲掴みするような視線を受けて、だがしかし、ギルティンの心は歓喜に包まれるのだ。


「お忘れですか、セリーヌ様。あの日私が誓った言葉を。命の限り、貴方をお守りしますと誓った言葉を」


 誇らしげに胸を張る。

 小さく聞こえる「忘れるわけない……」その言葉を聞いただけで、彼はこの先何があろうと笑って死ねる。

 そう思えるのだ。

 ギルティンは最後に深く頭を下げ、部屋を出る。

 急ぎこのラクの街を出、イリーナ一行に追いつかなければならない。
 セリーヌの話が真実となるなら、半魔人率いる集団に襲撃されてしまうかも知れないからだ。

 いいや、間違いなく、来る。

 ギルティンは全身に闘気を張り巡らせて、ブルリと戦いの予感に身体を震わせた。 
 彼は騎士溜まりに行くと、セリーヌから聞いた話を元に次々と他の騎士達に指示を出していく。
 王都ルクシリアに、『メンフィルにて内乱の兆し有り!』の報を送ると同時に、先行しているイリーナ一行へも同じ内容の報を送る。
 最後に、メンフィル領に入って以降は魔族の襲撃に備えるよう、指示を出す。

 それを聞いて、ざわめき出す同僚の騎士達。

 だが同時に、彼ら近衛騎士団の面々は、王家に対しての忠誠心ならば全騎士団中最大である。
 そして、そんな彼らが忠誠を誓っているのが、王……ではなく、皇太子レオニードであった。
 そのレオニードと仲睦まじいセリーヌとイリーナの危機に直結するのである。
 ギルティンがレオニードの婚約者でもあるイリーナの安全のため、急ぎ出発して合流すると伝えられれば、彼らが闘志を漲らせない訳がない。

 ただ、彼らにとっての任務はセリーヌを守る事にあった。
 軽々しくそのセリーヌを、危険なメンフィルへと連れて行くわけにはいかない。

 セリーヌ王女は、このラクの街で、完全に安全が保障されるまで静かに待っていればいいのだ……

 それについてはギルティンも賛成したかった。

 だが同時に、これはメンフィルの面子に関わる問題でもある。
 何より、メンフィル国内で自由に動き回れるだけの大義名分がなかった。
 しかもこのメンフィル内乱の一報は、今の時点では何の証拠もない話だったのだ。
 セリーヌの前世からくる知識で得た、胡乱な情報。
 そのソースを明かしても、気が狂ったと思われて終いだ。

 だがギルティンは確信している。

 半魔人リウイ・マーシルンの決起を。

 万が一それが無かったとしても、ギルティンは自分の皺首一つで全てを済ませるつもりだった。

 そして、その覚悟は、同僚の騎士達を遂には動かすのだ。



 時に、リウイ・マーシルンがイリーナ一行を襲撃する、数日前の事である。





































 レスペレント都市国家群と、メンフィルとの間にある国境線を越えてすぐにある開拓民の村。

 住民達は素朴であり、牧歌的雰囲気の溢れる和やかな村だ。
 時折現れる魔物との戦いが有るものの、住民達は一致団結をして危機を潜り抜ける強さを持っている。

 こんな場所に騒乱の種を持ってきてしまったのが、自分ことセリーヌ・テシュオス。

 住民達が災厄が降り注ぐ予感に怯えている風に、自分には見えた。
 それは、これから起きることに対する罪悪感だったのだろうか……







 そんな自分の目の前に、血塗れの近衛騎士が跪いていた。
 彼は数日前にイリーナの下へと送った騎士の一人。


「イリーナ王女から……必ず……お伝え、しよ……と……」


 流した血の所為なのか、レオニードとタメ張る程に血の気のない顔。
 このまま手当てをしなければ死んでしまう。


「彼奴等の目的は……カルッシャの王女である。その身を持って、メンフィルの騒乱に手を出させない質と…………っ……」


 血を吐き、地面に倒れ伏す。
 だが、他の騎士達が彼を起こし、続きを促すのだ。
 それを止めたいと思うのだけど、立場上それをする訳にはいかない。
 何より、彼自身がそれを求めていないのだ。
 ここで彼を止めてしまえば、彼の誇りを傷つけてしまうのだろう。


「この、忌まわしきメンフィルから、即刻の退去を……魔族……が……どう……か、お逃げ……さ……」


 ヒュー、ヒュー……

 異常な呼吸音を鳴らし、必死の視線をむけてくる。
 彼の手を握りしめ、「わかりました。もうお休みなさい……」そう言って、涙をこぼした。


「は……い……、私など、のため……涙……ありがたき……し……わせ……」


 ビクンッ! 最後に身体を痙攣させた後、彼は……旅立った。
 周囲からギギギギ……といった歯軋りが聞こえてくる。

 騎士達の……?

 ううん、それとも自分か……?

 どちらにしても、いつまでもこうしている訳にはいかない。
 命がけで知らせてくれた彼の為にも、速く決断をしなければ。

 イリーナを助けに行くにしろ、逃げるにしろ、だ。


「ギルティン、イリーナを助けに行くとして、間に合いますか?」

「……セリーヌ様を置いて、我等だけで駆けるのならば、ギリギリ間に合う可能性もありましょう」

「間に合うのですね?」

「五分といった所です。しかしセリーヌ様を置いては……っ!」

「ならば命じましょう。カルッシャの騎士達よ! 未来の王妃殿下を護り参らせよっ!!」


 ザザッ!!

 役立たずと罵られる自分なんかに、一斉に傅くカルッシャの騎士達。
 すまないと思う反面、誇らしげに口角を緩める彼らを見て、これで良かったのだと無理矢理に自分を納得させた。
 果たして、この中の何人が生き残れるのだろう?
 このままメンフィルを出てしまえば、誰一人として死なせずにすむと言うのに。
 でも、弱気な素振りは見せられない。
 ただでさえ、自分は病弱で虚弱で軟弱な深窓の姫君。
 キリキリと胃が痛むのを堪え、最低でも毅然と佇んでいなければ……

 そして、次に居心地悪そうにしていたメンフィルの騎士達に向き直る。

 不安そうなのは、さっきからカルッシャの騎士達に眼光鋭く睨みつけられているからだ。
 何故ならば、カルッシャはメンフィルのゴタゴタのせいで、自国の未来の王妃が危険に晒されている。

 これを怒らずにいられようか……!

 そしてメンフィルの者としては、カルッシャなどという大国に睨まれた瞬間、国が滅ぶ。

 直接攻められでもしたらプチッと踏みつけられてお終い。
 そうでなくても、原作の幻燐の姫将軍2みたく経済封鎖されたら、これまた国は滅ぶだろう。
 原作のリウイ・メンフィルが国体を護持するどころか、更なる発展までさせられたのは、ぶっちゃけチートだ。

 なんて言うか……、現実的にありえない。

 だから、チート足り得ないメンフィルの騎士達は恐れるのだ。

 この状況を。

 このまま下手をすればカルッシャとの国交断絶、即開戦。
 そうでなくても、内乱に介入されて、国そのものをジワジワと乗っ取られるかもしれない。
 ただでさえ次期王の妃が、そのカルッシャの王女なのだから。

 そう、イリーナが未来のカルッシャの王妃殿下なら、自分は未来のメンフィルの王妃。

 彼らと、そしてこの村の住民に対して責任がある。
 まあ、全てが上手くいったのなら……だけど。
 それでも、最良の未来を目指して、メンフィルの騎士達に命を下すのだ。

 最良の未来。

 それは、自分とイリーナが無事にリウイ・マーシルンとケルヴァン・ソリードの魔手から逃れること。
 そうしてイリーナとお姉さま、最後にレオニードくんが幸せになれれば、何も言うことなく遠い異国で死んでいける。
 だから、自分はここから退去するのが一番だろう。
 自分と言う足手まといが居なければ、ギルティン達も心置きなく戦えるのだから。


「メンフィルの騎士達よ、あなた方には我が身をお預けします。念のために国境を越えレスペレント都市国家郡へと……」

「それは困りますな、セリーヌ王女。アナタに逃げられでもしたら、主に申し訳が立ちませんのでね」


 だけども、自分の言葉を最後まで言わせずに、見知らぬ男の声が遮った。

 少し離れた場所からでもはっきりと聞こえてくる、覇気のある声。
 短く逆立った血色の髪。
 狡猾で知識走ったその顔に、やたらと長い耳……、恐らくは魔族。
 ビリビリとした強大な魔力を纏い、手に血に塗れた抜き身の剣。
 薄くいやらしい笑みを浮かべ、我がカルッシャとメンフィルの騎士達を、まるで塵芥の様に見下していた。

 ゾクリ……緊張が走る。

 カタカタと震えそうになる身体を抱きしめ、それを必死で抑える。
 意地でも恐怖を見せてたまるかと、ギンッとした視線で魔族の男を睨みつけた。


「良いことをお教えしましょう。イリーナ王女は、今頃我が主の腕の中……」

「薄汚い魔族が!」


 激昂した一人の騎士が、その魔族の騎士に斬りかかった。
 ダメだ! そう思ったものの、声が出ない。


 なんせ目の前の魔族は、自分が知る幻燐の姫将軍の中で、最強を名乗れる3人の内の一人。

 一人は言うまでもない。

 最強素敵お姉さまである姫将軍エクリア。

 続いてルートによって差があまりに激しい魔王リウイ・マーシルン。

 最後に目の前の男、混沌の策士ケルヴァン・ソリードである。

 このままいけば、この3人がこの先のレスペレントの歴史を創ると言っても過言ではない。

 そんな時代を動かす一人に、適うはずがないのだ……

 ケルヴァンは薄ら笑いそのままに、僅かに身をよじって騎士の剣をかわすと、すれ違いざまに血濡れた剣を軽く一振り。
 ただそれだけで、我がカルッシャの近衛騎士の首が、胴体から永遠の別れをした。

 ドサッ! ゆっくりと地面に倒れる首を失くした身体。
 血で大地が赤く染まり、自分の周囲の時間が凍りついたみたいに止まった。
 目の前の魔族から発せられる鬼気のせいだ。
 皆一様に恐怖で顔を引き攣らせている。
 我が騎士ギルティン・シーブライアは、恐怖でこそないものの、やはり身体を緊張で凍らせている。

 そして自分も、身体がピクリとも動かない。動けない。


 怖い……


 目の前の男が、とても怖い……



 でも、安堵した。

 ああ……

 これで……

 イリーナは大丈夫だ……

 幻燐の姫将軍におけるイリーナの危機は2つ。

 一つは勇者ガーランドに浚われ、リウイ・マーシルンが破れた時。
 そうなったらイリーナは磔にされ、命を儚くしてしまう。
 それより先に訪れる危機が、目の前のケルヴァン・ソリードに浚われ、犯されるエンド。

 それが否定されたのだ。

 イリーナはリウイに浚われ、犯され、でも……彼を愛し、愛され、幸せになるのだ。

 きっと……
 きっと……
 信じたい……
 2人の運命を、信じたい。
 こうまで変わってしまった周囲の状況。
 それでもリウイの下へといった運命を。


 イリーナと結婚する予定だったレオニードくんには悪いけどね。


 そして、代わりにケルヴァンに浚われる役が自分……か……


「フ……フフフ……フフフフフフフフフ……」

「恐怖で気が可笑しくなりましたかな? 深窓の姫君では仕方……」

「黙れゲス」


 先程までとは違った意味で凍り付く周囲。
 皆、驚いた顔で見つめている。
 それはケルヴァン・ソリードも同じ。
 深窓で病弱の姫君が、あり得ない言葉を発したと。


「ギルティン。ここに来る前に言ったこと、覚えていますね……?」

「ハッ!」

「私のために、死になさい」


 見たこともない凶暴な笑みを浮かべるギルティン。


 期せずして訪れた千載一遇のチャンス。
 ここで目の前の男を殺す。
 そうしたら、この先に訪れる悲劇の歴史。その大部分を消してしまえるのだ。

 前世の最後、自分は弟を守るために命をかけ、そして死んだ。
 あの時と同じ覚悟と、そして高揚感に身を包まれる。

 身体の奥から熱い何かが込み上げ、その熱い想いをそのままに、腕を高々と振り上げた。


「目の前の汚らわしい男を……」


 そして、周囲の騎士達に向かい命ずるのだ。


「討て!」


 腕を振り下ろす。
 私の命に、文字通り命をかけろと。



 認めよう。

 もう、認めなくちゃ。

 『自分』じゃなく『私』を。

 これから死ぬ者達は全て私が殺すのだ。

 この、セリーヌ・テシュオスが。

 前世の●●なんかじゃなく、このディル=リフィーナに生きる一人の人間である『私』が。

 特にギルティンは……



 ───ギルティン、この先、ケルヴァン・ソリードという魔族の男を見つけたら、必ず殺すのです。
 例え私がどうなろうとも。貴方がどうなろうとも。必ず、その命を奪うのです。
 そうすれば、お姉さまにイリーナ、それにレオニードが幸せになれる可能性が高まるのですから。
 それが私の望みで願い。誰にも譲れない、たった一つの願いです。

 ですからギルティン、私のために死になさい─────────


 ラクの街で言ったこの言葉に従い、命を掛けるのだろう。


「ウオォォォォォッッ!!!」


 雄叫びを上げて、ケルヴァンに突撃するギルティン。
 その雄叫びに呼応する様に、他の騎士達もまた、ケルヴァンに向かって突撃した。
 いいや、良く見れば、何故かこの村駐留の騎士達に自警団まで。
 ケルヴァンは僅かに頬を引き攣らせたあと、私と同じように腕を上げ、下ろした。
 彼の背後から現れる魔物の軍勢。


 でも、誰もそれに恐怖せずに、剣で、槍で、魔法で、戦うのだ。

 そして死んでいく。

 剣で斬られ、槍で突かれ、魔法で、牙で、爪で……

 何より、私の命で。

 これまで何もしようとしなかった、私の命令で。

 でも、私は謝らない。

 だけど、決して忘れないから。

 一緒に……逝くから。

 絶対に、絶対に。




「だから、私と共にここで死ね! ケルヴァン・ソリード!!」


 私の叫びは戦場中に響き渡る。

 自分の名を叫ばれて驚きを見せるケルヴァン。

 でも、すぐに興味深そうに笑うのだ。

 面白いモノを見つけたケダモノの笑みで。









































 戦闘開始(戦女神VERITA風味ステータス)

 セリーヌ・テシュオス

 LV.1


 HP  9/12
 MP 18/50
 TP  0/ 0


 高揚 (永続)
 回避5(永続)
 運5 (永続)
 衰弱5(永続)
 シスコン(永続)
 ブラコン(永続)













 後書き

 ここでセリーヌたん無双?

 いやいや、そんなに甘くないよ、この世界。

 ちなみにケルヴァン、レベル250位を想定しているんですが、どうでしょう?
 ついでにエクリアが280、リウイが200、ギルティンとカーリアンが180、ペテレーネが100、イリーナが80です。
 そして神殺しが350かな?
 こんな感じで想像を膨らませて、この先の話を読んでくださいな。

 いや、誰々はこの位のレベルだろjk!
 ってのは、今回に限り聞く耳を大きく持ちます。
 結構適当だし、別段話に関わる訳でもないんでw



[19058] ゼロの5
Name: uyr yama◆157cb198 ID:63b9f4b1
Date: 2010/06/07 14:40







 素朴な開拓民の村は炎に包まれ、戦えない女子供が逃げ惑う。

 私はせめてとばかりに、村人と侍女達を連れて逃げるようにと、傍を離れなかった騎士達に命令を下す。
 数瞬迷ったあと、同僚達に促された騎士が3名、私が差し出した王家の証を受け取ると、村人達を守るために駆け出した。

 どの道、誰かは生きて帰らなければならないのだ。

 私の祖国、カルッシャに……

 私と、私と共に死ぬ騎士達の最後を伝える為に。

















 剣戟と魔法の爆音が響く中、私はイリーナの下から命懸けで戻ってきた騎士の帯剣を手に取った。

 前世を含めても、ただの一度も手にした事がない凶器。
 まともに扱うことなど出来よう筈もない。
 しかもだ、今生は文字通り『箸より重い物』を持ったことが無かったりする。
 それでも私はソレを手に取るのだ。
 騎士達が片手で軽々と振り回すその剣を、両手で引き摺るようにして。

 そうして歩き出す。
 ギルティン達が死兵となって剣を奮う、その背中を目指して。

 そう言えば私、セリーヌになってからは走ったこともなかったっけ。

 なんて場違いにもクスクス笑い、そして、キッと正面を睨みつけた。
 目が合った。あの男、ケルヴァン・ソリードと。
 憎たらしい事に、死兵と成ったギルティンの剣を軽くあしらいながら、私にいやらしい笑みを向けてくる。
 余裕綽々と、私の身体を上から下まで舐め回すように見ながら舌なめずり。


「くっくっく……」


 忍び笑いをこぼす。
 ギルティンとケルヴァンの力量の差が隔絶している証拠だ。

 だけども、舐めるなよ、ケルヴァン・ソリード。
 これはゲームなんかじゃないんだ。
 私とギルティンの命の刃。
 たった一度でもその身に受けさせれば良いだけなんだ。

 そう考えれば、何て簡単なことだろう。


「この戦いは私の我侭。目の前のあの男を殺すまでは止められない私の私戦」


 視線をケルヴァン・ソリードに固定したまま、私は周囲の騎士達にそう囁いた。
 既に私の居る場所は、魔物の爪や牙が容易に届く範囲。
 剣や槍は言うまでもない。
 魔法とて、先ほどから私を掠めて爆炎をあげている。
 弓矢が飛び交い、その一矢が私の肩に突き刺さる。
 高揚しているせいだろう。痛みは余り感じない。
 それでもドレスを真っ赤に染め上げてはいるのだが。

 でも、私も、そして私の護衛をしている騎士達さえも最早何も言わない。

 みな、判っているのだ。

 ここで私達が終わる事を。

 そして、私の覚悟を。


「何たる名誉か! 美しき姫君の私事(わたくしごと)の為に剣を振るえるとは!!」

「ふふふ、その様なことを仰っては、奥方様に怒られますわよ?」

「セリーヌ殿下、ご安心を。その者はもとより細君の尻に敷かれておりますれば、今更どうということはございませんよ」


 豪快に笑いながら、私に近づいてきた魔物を一刀の下に斬り伏せる。
 血臭が舞い、返り血が私に降りかかった。
 普段だったら、吐き気を催す匂いが私を包み、でも、それは逆に私の闘士をみなぎらせる。

 もう、この村の自警団の者達は、一人残らず息絶えた。
 今、メンフィルの最後の騎士が魔物の爪の餌食に倒れる。
 その魔物を、私の傍に居る騎士の一人の魔法が燃やし尽くす。
 これで残る敵は、ケルヴァンを入れて大よそ30か?
 そして我が方の戦力は、ギルティンと、未だ魔物と死戦をしている4名。
 最後に私と護衛の騎士7名を加えると全部で13人。


「一人が3体倒せばお釣りがきますね?」


 一人の若い騎士がうそぶく。


「ならば命じます、我が騎士達よ。その大言、嘘ではないと証明してみせよ!」


 私の護衛の7名が「ハッ!!」と剣を掲げると、一斉に魔物の軍勢を屠る為に駆け出した。



 ───オイ! 聞いたか! 我が騎士だってよ!

 ああ、これであの世に逝ったら自慢出来るってもんだぜ!!

 見ろよ! 俺なんかセリーヌ殿下の血を浴びちゃったぜー!

 変態が居ます、隊長!

 分かっている。あの世に着いたらソイツは逆さ磔だ─────────




 …………バカばっかりだ。

 ホント、バカばっかり……

 頬が熱いのは気のせいだ。
 私には、涙を流す資格なんて無いのだから。








 亀のように遅い私の歩み。

 それがようやくギルティンとケルヴァンの一騎打ちの傍まで到達すると、その時にはもう、生き残りの騎士はたった一人。

 隊長であるハーマン・ベルドーただ一人。
 今更だけどこの人、確かお姉さまの腹心じゃなかったか?
 なんで近衛騎士に混じってるんだろう?

 魔物の最後の一頭を斬り裂いた彼に、心の中で称賛しながら本当に今更なことを思うのだ。


「ありがとう、お姉さま……」


 最後のお礼の言葉。
 別れの言葉。
 それを呟いたその時、ギルティンの身体を剣が貫いた。
 血を滴らせる剣先が背中から飛び出し、しかしケルヴァンはその剣を引き抜けない。

 ニヤリ。壮絶に嗤うギルティン。

 初めて焦りの表情を浮かべたケルヴァン。

 ハーマンが駆ける。
 ケルヴァンを斬るために。
 そして私もまた、駆けるのだ。
 今生で初めての走りをみせて。
 だがその走りは、私の全ての生命力が込められた走り。

 病魔に犯され、それでも残された全ての命をこめて地を蹴るのだ。
 剣を水平に掲げ、ただ狙うはケルヴァン・ソリードの命。
 ハーマンが剣を振り上げ、ケルヴァンを背中から切り裂こうと振り下ろす。
 だが寸前、ケルヴァンの暗黒の魔法の一撃で吹き飛ばされる。

 ズザザザザァァァッッ!!!

 その勢いでハーマンは地面を削りながらゴロゴロと転がり倒れ、周囲に自らの血を撒き散らす。

 勢い、残酷な笑みでそれを見やり、そしてギルティンに止めとばかりに剣に込めた力を強めた。

 だがその瞬間、盗った! 私は確信する。

 彼は、ケルヴァン・ソリードは、私に注目はしていても、注視はしていなかった。
 彼ならば、私の事など調べきっていたはず。
 剣を持ったこともなく、また、魔法を使うことさえ出来ぬ、王宮の奥で匿われている病弱の王女。
 そして彼自身は一騎当千の強者。
 たとえ魔物の軍勢が全滅しようと、自分一人だけで私達など殲滅できると思っていたのだ。

 それは真実ではある。
 騎士達が命を惜しみ、功名を欲してならば、そうなったと疑いはない。
 だからこそ私に対しての無防備な姿。
 人を見下し、またそれだけの実力を持っていたがために出来た、たった一つの、隙。

 だけども、


「私を! カルッシャを! 舐めるなぁぁぁぁぁあああああああああッッッ!!!」


 ケルヴァンの想像を超える速さと力で、私は奴の懐近くに身体を滑り込ませた。

 身体から湧き上がる高揚感! 魔力! 生命力!

 その全てを込めて、水平に掲げられた剣先が、目を大きく見開いたケルヴァンの心臓を……





 ゾブッ!





 肉を貫く感触。

 顔にかかる大量の熱い血。






 冷たい剣先が、私の胸から、飛び出すのだ。






 な……んで……?

 私……が……?


 咽から込み上げてくる熱い塊。


「カハッ……!」


 血を口から大量に吐き出した私は、引き抜かれた剣の勢いそのままに、地面に両膝をつき、続いて身体をうつ伏せに倒れこんだ。


「セリーヌ様(殿下)!!」


 ギルティンとハーマンの声が私の耳に届く。
 そしてすぐ後に、ギルティンが斬り倒される。
 これで生き残ったのはハーマンただ一人。
 結局、皆無駄死にさせてしまった。

 それにしても、何故?

 確かに私の剣が、ケルヴァンの胸に吸い込まれたはずなのに……


「あ~ら。腹黒でいけ好かないアンタの、こ~んな焦った顔が見られるなんてね~」

「カーリアン、キサマ、なぜここに……?」

「リウイがさー、アンタが帰ってくんの遅いから迎えに行けって煩くって。これで、貸し一つよん」


 ビシュッ!

 剣を振りぬき血を振り捨てる音。

 あはは。敵に援軍が来るなんて、考えてなかった……

 ダメだなぁ、わたし……

 ホント、ダメダメだ……


「んで? どーすんのこいつ?」


 倒れ伏す私。
 その長い髪を掴まれ、グイッと上体を持ち上げられる。
 霞んだ瞳に映る、やたらと露出の高い女の姿。

 この人がカーリアン……


「その女がリウイ様ご所望のカルッシャ王女だ」

「えっ? マジ? あっちゃー、やっちゃったぁ」


 胡散臭い言い方。

 私の事、分かっててやったでしょ、アンタ?
 大体、こんなドレス着てる女が、お姫様かどうか分からない訳ないじゃない。

 もう、睨みつける力も無く、私は虚ろな瞳で目の前の女を見た。

 私の返り血で真っ赤に染まった女。
 残酷な笑み。それがとても艶かしい。
 腰まで届く赤いサラサラな髪が、風に吹かれ私の顔を撫でていた。


「でもま、やっちゃたのは仕方ないわよね~? 怨むんなら、ポカやったケルヴァンを怨みなさいよ?
 ケルヴァンがアホやんなかったら、私がこうしてアンタを殺さなくてもすんだんだからさ」


 そう言って、私の血で濡れた剣を、首筋に押し付ける。

 肌を斬られる痛み。
 流れる冷たい血の感触。
 でも、恐怖は感じなかった。
 それよりも、悔しさで泣いてしまいそうだ。
 みんなの命を無駄にした。
 この村の住民の、騎士達の、ギルティンの……


「バイバイ、お・ひ・め・さ・ま!」


 剣に込められた力が増し、いよいよ私の命もこれまでか……

 そう思った瞬間、ビリリッ!! 

 私にでも解る程の強い殺気が、この周囲に満ちた。
 私の髪を掴んでいたカーリアンは、私を盾にする様に持ち上げると、その殺気の方に強い視線を向ける。

 そして、それはケルヴァン・ソリードも同じようだった。



「汚らわしい魔族がッ! 私の妹から、その薄汚い手を放せッ!!」


 怒りのこもった女の声が辺りに響く。

 美しい顔を仮面で隠した女。
 後ろで結い上げられた髪が、横殴りの風になびいている。
 その身にまとう怒りの波動。
 溢れんばかりの強い魔力。

 この世界でも一握りしか到達しえない高みに立つ、超絶的な力。


「エクリア様……」


 憧憬が入り混じった声で呟くハーマン。

 そして、慌てふためくケルヴァンとカーリアン。
 カーリアンはともかく、ケルヴァンも長いギルティンとの戦いで消耗していたみたい。
 だとしたら、少しは報われたのだろうか?
 上手くいったら、お姉さまの手によってケルヴァン・ソリードは討たれるかもしれない。


「退くわよケルヴァン!! あんな化け物相手に出来るわけないじゃない!!」

「チッ、仕方あるまい」

 
 逃げる算段を進める2人。

 だがしかし、お姉さまは2人を逃がすつもり等ないようだ。
 怒りと憎悪がこもった魔力が、お姉さまの身体の奥から吹き上がり、


「逃がすと思うか! 死ねぇっ! 下郎がッッ!!」


 両手を前に突き出し、合わせ、そして、開く。
 開いた手の中から、一点に集中された破壊の魔力が溢れ……


「喰らうがいい、我が爆裂の煌きをッ!!」


 シュバァァァァァァァッッ!!!

 目映いばかりの閃光! 
 耳を劈くような轟音! 
 カーリアンの甲高い悲鳴!

 圧倒的な、力だ。
 私とギルティンと騎士達が束になっても叶わないほどの、力。


 そのまま私は地面に倒れ伏し、意識が途切れた。




 そして次に気づいた時には、泣きそうなお姉さまの膝の上。
 いつものように、優しく頬を撫でるお姉さまの冷たい手。

 とても、気持ちいい……

 うっとりと目を細める。
 これが、最期だから。

 それでも、その幸せな感触を振り払って、あの男がどうなったか、聞かなくちゃいけない。


「ケルヴァンは……あの魔族の男は……」

「逃げられたわ」

「そう……ですか……」


 大きく息を吐いた。

 ああ、私は……失敗したのだ……

 それでも、最後の力を振り絞り、震える手を頬を撫でるお姉さまの手に重ねた。


「ごめん……なさ、い……」


 私は、私が信じ切れなかったお姉さまに、謝罪の言葉を伝えた。


「何を謝るの、セリーヌ。ううん、もう喋らないで。治療すれば、まだ間に合うのだから」


 私はゆっくりと頭を振った。


「いいえ、ここで、死にます。みんなと約束したの。ここで、一緒に逝くと……」


 それに、どの道永くはない。
 もう、私は全てを使いきったのだ。




 炎が見える。

 私が来るまで平和だった開拓民の村を燃やす炎を。

 こんな私と共に戦ってくれた、みんなを燃やす炎を。

 私の我侭に付き合わせてしまった、みんなを燃やす炎が。

 これじゃ、前世と一緒だ……

 疫病神なのかな? 私……


「勝手に……なさい……」


 くぐもった声。
 涙声だ。


「泣いて、くださるのですね……?」

「何をバカな……! 勝手な妹に付き合わされるこちらの身にもなりなさいっ!」

「レオニードと、お義母さまには……、うまく……伝えて……」

「ええ、アチラは私の顔なんか見たくもないでしょうけどね」

「ハーマン……」

「ハッ」

「お姉さまを、よろしく……」

「ハハッ!」


 後は、時代の流れに任せるしかない。
 このお姉さまは、幻燐の姫将軍のエクリアとは違うのだ。

 私を、助けに来てくれたのだから……

 だから、きっと……


 ハーマンが私の身体に自らが纏うマントで身を包めると、お姉さまが最後に私の頬にキスをする。
 そして、優しく地面に横たえると、背を向け、カルッシャの方へと向って歩き出した。

 この後、2人とも大変だろうな。なんて思う。

 自らが護衛した王女を守りきるどころか、死なせた上に遺骸すら持ち帰れなかったハーマン。
 わざわざメンフィルまで妹を助けに行ったのに、やはり遺骸を持ち帰ることさえ出来なかったお姉さま。

 どちらも、立場を危うくするだろう。

 ギルティンや、騎士達に、それに自警団を始めとする村の方々。

 彼らに謝る言葉はない。
 それは、向こうでするのだから。

 でも、お姉さまとハーマンには謝らないと……ね……


「ごめんなさい……」


 今日、2度目の謝罪の言葉。

 ピタリと足を止める2人。

 でも、振り返らないで、そのまま私の視界から消え去っていった。


「さようなら……ありがとう……」


















 どれだけの時間、こうしていたのだろう。

 バチッ! バチッ!! 火の粉が私の身体を包む。

 豪奢な、でも血塗れでボロボロなドレスが、ジリジリと焦げて黒ずんでいく。

 それでも私は身動き一つせず、ただただ空を見上げていた。

 命の灯火が消える、その瞬間まで……  




 ああ、そう言えば、こうなったらお姉さま、怒り狂ってメンフィルを滅ぼしたりして。

 ちょっとマズイかな?

 でも、もう、私は何も、出来ないのだ。




「イリーナ……レオニード……お姉さま……生き、て……」


 ユラリ……

 炎に彩られた私の影を覆う、何かの影にも気づけない。

 私は、セリーヌ・テシュオスは……




 この日、死んだ。





































 キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)


 エクリア・テシュオス


 LV.280


 熟練度

 大型武器  S(連接剣・鞭)
 魔術・強化 B
 魔術・冷却 A
 魔術・純粋 S
 

 スキル

 貫通Ⅲ      攻撃時に確率で発動し、発動すると敵の防御力、防御回数を50%ダウン   
 魔族殺しⅤ    魔に族する者と相対するに限り、攻撃力が倍増する
 賢者の魔力Ⅴ   消費MPが50%軽減される
 姫神の守護者Ⅱ  防具の属性に左右されず、常に『神格+2』の防御属性になる
 オーバーキル   攻撃時に常に発動し、ダメージMAX桁が一桁上昇
 貫通無効     自身に対するスキル『貫通』の発動を無効化
 即死無効     自身に対する効果パラメータ『即死』を無効化
 セリーヌが大好き パーティ内に『セリーヌ』がいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇
 イリーナが好き  パーティ内に『イリーナ』がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇
 妹が憎い     パーティ内に妹がいる場合、攻撃力と防御力が15%低下
 妹が好き     パーティ内に妹がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇
 血縁の絆     パーティ内に『血縁の絆』を所持しているユニットが複数いる場合、所持者の攻撃力と防御力が10%上昇



 称号

 カルッシャ姫将軍      姫神フェミリンスの力を押さえ込み、カルッシャ王国の為にのみ生きるエクリアの称号





           











 後書き

 この戦いでセリーヌが復活のスキルを発動させた回数……4回w
 
 ちなみに、ハーマンのレベルは150を想定。
 カルッシャ騎士のレベルは80~120。
 メンフィル騎士のレベルは30~70。
 自警団の皆様方が10~20です。


 次話で幻燐の姫将軍『Ⅰ』の時間軸が終わりです。



[19058] ゼロの6  加筆(カヤパート部分に、魔神ハイシェラについての記述を少々)
Name: uyr yama◆157cb198 ID:afcdcf20
Date: 2010/06/12 00:03
 セリーヌ・イリーナ両王女、メンフィルの反乱軍により襲撃される。

 後、セリーヌ王女死去。イリーナ王女拉致。


 セリーヌの命により開拓民の村の住人達を警護していた騎士3名、及び姫将軍エクリアと近衛騎士隊長ハーマンの急報である。

 その報により、王都ルクシリアには激震が走った。
 第2王妃ステーシアは泣き崩れ、皇太子レオニードは怒りに我を忘れた。
 すぐさまラッハート・アイゼン将軍が率いる黒雉騎士団にイリーナ救出を命じ、だが、その軍団はメンフィルにて全滅することになる。
 その後伝えられる様々な報に、カルッシャ上層部は頭を抱える事になった。


 死去したセリーヌ王女の婚約者、メンフィル王子カリアスの戦死。

 反乱軍によりメンフィル王都ミルスが陥落。

 メンフィル国王レノンの死去。

 マーズテリアの聖騎士シルフィア・ルーハンス、反乱軍に膝を屈し、魔王の臣下となる。

 そして、魔王リウイ・マーシルン、メンフィル国王に即位。


 レスペレントの辺境に位置するとはいえ、グルーノに続く魔族国の勃興に恐れ戦く周辺諸国。
 その頃には冷静さを取り戻していたレオニードは、それ等の国を纏め上げ、連合軍を結成。
 魔王に占拠されたメンフィル解放を謳って侵攻を開始しようとするも、更なる報に方針を変えた。

 カルッシャ第3王女イリーナが、新生メンフィル国王リウイ・マーシルンの妃となる!

 周辺諸国から湧き上がるカルッシャへの不信感。
 面目を失ったカルッシャは、結局連合軍を解散し、経済封鎖によってメンフィルを干上がらせる作戦に出る。

 長い時間がかかるが、確実に彼の国を滅ぼす為に……

 だが、それこそがリウイとイリーナの目論見である。
 現時点での軍による討伐を避け、地道に国力を回復させるための。
 そしてその間に、ベルガラードやエディカーヌと言った闇夜の眷属の国と連絡を取り合い、力を蓄え、後の反攻に備えるのだ。

 しかし、それを見抜いて居た者が、カルッシャには2人いる。

 セリーヌの件で立場を危うくし、一時的にではあるが発言権を失わせていた姫将軍エクリア。
 そして、国を率いている皇太子レオニードである。



 2人とも、それぞれの思惑の下に、この事態を受け容れた。
 連合軍が解散となった今も、復讐心に燃え上がる臣民達の感情を宥めすかし、新たに軍を発することなく、冷徹な目で、新生メンフィルの動向を見守るのだ。


 姫将軍エクリア

 皇太子レオニード


 エクリアの目的はカルッシャによるレスペレント統一への道筋を作るため。

 レオニードは復讐心を一先ず仕舞い込み、闇夜の眷属との共存共栄を目指して。


 2人の出発点は同じである。
 カルッシャの失われた王女セリーヌの願い。




 そして、それはメンフィル王妃となったイリーナも、また同じなのである。





















 カツン、カツン……

 人気の少ない王宮の廊下を一人歩く。
 いいや、例え沢山の人に溢れかえっていたとしても、彼は一人で有り続けるだろう。
 むざむざと生き残った彼に対する蔑む視線。嘲弄の言葉。何より、セリーヌを守れなかったと罵倒する声。 
 それらをカルッシャ中の者達から浴びせられ続ける彼は。
 しかし、彼自身もまた、国や皇太子に捧げていた忠誠心を失わせ、今の彼を支えるのはセリーヌの遺命だけであった。


『目の前の汚らわしき男を討て!』

『お姉さまを、よろしく……』


 その言葉だけが、何度も何度も脳裏を過ぎる。
 そして倒れていく部下達の無念、彼女の無念。
 それら全てが彼を苛み、憎悪を膨れあがらせ……

 誰よりも篤い忠誠心を王家に捧げていた男は、こうして狂った。
 代々続く貴族の名門の名を捨て、ただのハーマンとなった彼は、狂ったのだ。


 セリーヌが汚らわしき男と称した、ケルヴァン・ソリード。
 セリーヌを殺した女、カーリアン。
 それらの首魁、リウイ・マーシルン。

 そして、唾棄すべき姦婦、イリーナ・マーシルン。


 婚約者であったレオニードを裏切り、おぞましき魔族と通じた売国奴。
 あの女の存在が無ければ、カルッシャは面目を保ったまま、メンフィルへと相対する事が出来たのに……


 ───この4人だけは、必ずや我が剣のさびにしてくれる!

 それこそが、あの日散った仲間達と、そしてセリーヌ様への何よりの餞(はなむけ)となるのだ!!


 怒りと憎悪以外の感情を失わせてしまった彼が従うのはただ一人。
 セリーヌからの最期の願い、姫将軍エクリア。
 あの日見た強大な力は、ハーマンの最も欲するモノであった。
 あれほどの力が自らにあれば、『あの日』汚らわしき魔族どもを殲滅出来たのだ。


「来たか、ハーマン。セリーヌの騎士よ」


 生前のセリーヌは勘違いをしていた。
 ハーマンが姉であるエクリアの腹心なんだと。
 
 だが、それは違う。

 彼女自身が変えた世界の歪みの証。
 彼女が知らないままだった、歪みの象徴。
 彼女の存在により、放蕩三昧だったレオニードにはならず、次期王としての自覚と誇りを持ったレオニードこそが、世界の歪みなのだ。

 そんな彼に忠誠を誓った、若きカルッシャ貴族の一人。それがハーマン・ベルドーであった。

 そして今では、姫将軍エクリアに付き従うセリーヌの騎士ハーマン。


「何の御用でしょうか、エクリア殿下」

「ハーマン、お前はセリーヌの願いを知っているか……?」

「それは、魔族の殲滅……ではないかと」

「いいや、違う。あの優しい妹がその様な物騒な事を願う訳なかろう?」


 僅かにだが、不快そうに眉を顰める。
 ハーマンの脳裏に何度も蘇る、『あの日』の光景がそれを否定するのだ。

 天上の女神の如き美しさ。横殴りの風になびく金色の髪。
 幼さを残した顔が厳しく引き締まり、細められた視線を魔族に向ける。
 振り上げた手の先は、戦神の加護を受けたのか、目映いばかりに輝きを放った。
 その瞬間、病弱の姫などというセリーヌの評価は消え去り、戦乙女の如き凛々しい彼女に魂を奪われる。

 そしてあの場に居た全ての騎士達が、いいや、騎士だけじゃない。

 全ての戦士がギルティンを羨んだのだ。


 ───私のために、死になさい


 そう言われたギルティンが、羨ましく、妬ましい。

 セリーヌ王女の為に死ぬ。

 ああ、なんて蠱惑な響きか……
 
 羨み、欲し、期待を込めた視線を、その場に居た全ての者が彼女に向け、そして叶った!


『目の前の汚らわしき男を……討て!』


 振り下ろされた手。
 歓喜が全身を駆け巡った。
 あの時の高揚感、誰にも否定をさせはしない。
 言ったのだ、あの男……魔族を討てと。
 何より、あの方を殺したのは、魔族の女。

 魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族!!!


 そう! 魔族だ!!

 魔族など……滅びてしまえばいいのだ!

 我が騎士達と呼んでくれたあの方を殺した魔族など、このディル=リフィーナに存在する事自体が間違いなのだから。

 ハーマンは怒りに震え、目を血走らせる。
 放っておけば、今すぐにでもメンフィルへ行って剣を振るいそうだ。


「落ち着け、ハーマン。何もキサマの復讐心を否定している訳じゃない」

「……復讐心などと、心外であります」

「妹が良くイリーナとレオニードに聞かせていた話、聞くか……?」

「ハッ」


 聞かないわけにはいかない。
 セリーヌを何も知らないハーマンには。
 だが、それを聞いても尚、彼の憎しみは止まる所を知らない。
 それはエクリアも解っている事だ。
 そして、その感情をこそ、彼女は必要としている。

 カルッシャを、このレスペレントの覇者とする為に。

 その時こそ、セリーヌの願いが叶うのだ。

 カルッシャの力で平和になったレスペレントこそが、セリーヌが望んだ平和な世界なんだと、堅く信じて……

 そして、そのセリーヌの言葉こそが、







 ───闇が邪悪だと誰が決めました? 光が正義だと誰が保障するのです?

 いつの日か、光も、闇も、みんな、みんな、仲良くなれたらいいのにね─────────







 イリーナのメンフィルと、レオニードのカルッシャが憎しみをもって争わないようにと、2人が小さい頃からセリーヌが言い聞かせていた言葉だ。

 セリーヌの転生前の知識で知る悲劇を、少しでも小さくしたいと願っての言葉。

















「セリーヌ姉さまが、いつも私とレオニード王子に聞かせてくれた言葉です」

「……そうか、会ってみたかったな」

「ええ、本当に。あなたに会わせてあげたかった」


 国民の感情を落ち着かせるために、とある場所へと慰問に向う途中、馬車の中から笑顔で手を振りながらの会話。
 イリーナは、自らの隣で神妙に目をつぶる夫を愛してはいる。
 だが同時に、未だ拭いきれない程の憎悪をも持っていた。

 姉を殺した彼らが、憎くて、憎くて、憎くて……

 自分の身体を穢したなどという小さいことは全て吹っ飛び、犯されながら寝物語のように聞かされる姉の最期に、どれだけ憤慨したことか。
 だけども、知ってしまった。聞かされてしまった。憎い男の憎悪の源泉を。
 幼き日のリウイ・マーシルンを。彼がどうして人間を憎んだのかを。
 そうしたら、それ以上憎み切れなくなってしまい、憎かったはずなのに、気がついたら心が惹かれていた。


「本当に、素晴らしい人だったのだな……」

「それはもう。私が最も尊敬するお姉さまですもの」


 彼に対する憎しみが完全に消え去った訳ではなかった。
 それでも、彼を愛している心は本物なのだとイリーナは思っている。
 だからこそ、姉が望んだ光と闇の共存を、彼ならば、半魔人で、人と魔の醜い部分をその目に何度も焼き付けている彼ならば…… 

 そんな事を考えていたイリーナだったが、不意に視界の端に入った人の影に驚き目を見開いた。

 大好きな姉の、元気な姿。


「セリーヌ姉さまっ!?」


 馬車から身を乗り出し、身体を捻って後ろを振り返る。
 でも、そこに彼女はいなく、いいや、居るわけなどあるはずがない。
 彼女は、これからイリーナが赴く場所で、死んでしまったのだから。
 顔を力無く左右に振り、どうしたのかと心配そうに自分を見る夫に微笑みかけた。


「……いいえ、なんでもありませんわ」

「そうか……」


 そう言って厳しい目で正面を見るリウイ。

 イリーナとリウイ。

 互いに罵り合い、憎しみをぶつけ合った仲。
 汚い部分を見せ合った2人は、だからこそ真に愛し合う事が出来たのかもしれない。


「すまない……」

「どうしようもなかったのです。巡り合わせが悪かったのだと……ですが、だからこそ、私は……」


 姉の幻を見たのは、自らの胸に染みついて消せない罪悪感からなのか……?
 祖国を裏切り、夫となる筈だったレオニードを裏切り、何より、愛する姉の仇に通じた。
 だからこそ、その姉の望んだ平和な世の中を創り上げたい。
 輪廻転生、いつか彼女が生まれ変わって来たその時に、平和な世界を見せてあげたいと思うから。


「光と闇の共存共栄。必ずそれを叶えてみせる。それが、お前と、そしてセリーヌ・テシュオスへの、俺から出来るたった一つの償いだ。

 ……いいや、違うか。俺が見たいのだ、償いとか関係なくな。俺とお前と2人で、この夢が現実になる所を見たいのだ……」


 リウイの言葉に、イリーナは柔らかく微笑んで彼の瞳を見つめる。
 ガタガタと揺れる馬車の中、イリーナは、この人ならばきっとその夢を叶えてくれるのだと、強く信じるのだった。























《カヤ嬢ちゃん、どうかしたのかの?》

「う~ん……今のお姫様、なんか妹って感じしない?」

《確かに外見は似ておるが、気品がまるで違うからのー》

「なにその失礼な言いぐさ!」

《事実だの》


 端から見れば、旅の連れ合いの懐の小剣に向かってブツブツ言う少女。

 正直不気味ではある。

 そう、少女と談笑しているのは、旅の連れの男の腰の剣。
 魔剣に身をやつす魔神ハイシェラ。
 悠久を過ごす男の相棒である。

 だがしかし、かの魔神の声は本来は男にしか聞こえないはずの心話。
 だからこそ、その声を聞き、そして話す少女の姿は余所から見れば不気味なのであった。
 ふと気づけば、道行く人々からいた~い視線を向けられる少女だったか、それにも気づかず。
 男としても、さほど気にはならなかったのだが、流石に注目が大きくなってしまい、遂には少女を連れてこの場から離れる事を決意した。


「カヤ、行くぞ……」

「あっ、うん、ごめんね? 私のせいで迷惑一杯かけちゃってさ」


 少女の言う迷惑とは、周囲の奇異の視線ではない。
 少女の、身体のことである。


「気にするな」


 男の本心からの言葉。
 実際、男はあまり気にしてなどいなかったのだ。


「うん、実はあんま気にしてない」


 テヘヘ、と可愛らしく笑う少女。

 少女は旅慣れぬどころか、少し歩いただけで息を切らし足をくじく生粋のお嬢様っぽい少女。
 っぽいと言うのは、少女自身、自らが何者なのかを知らないが為だ。
 そんな少女の体力は、メンフィルのとある滅びた村の跡から、この王都ミルスへの間だけで、3ヶ月あまりの時間をかける程。
 男はそんな少女を保護し、彼女の失われた記憶が戻るまでの間、共に過ごすと約束したのだ。


「んじゃ、行こッか?」

《目的地は、イオメルの樹塔だったかの?》

「うん。なんかさ、そこに行かなきゃ、って気がするんだよね」

《エルフの聖地だからのう。そう容易く入り込めはせんぞ?》

「まあ、入れなかったらそれはそれで良いよ。近くに行くだけで、何か思い出せるかも知れないしさ」


 姦しく話し続ける2人(?)に、男は無言の抗議として少女を自らの胸に抱き寄せ、外套の中にしまい込んだ。
 少女は話を止めると、慣れた調子で腰にしがみつき、男の歩みに合わせて足を動かす。
 男もまた、少女の歩幅や体力に考慮しながら、ゆっくりと歩き出すのだ。


「ね、ね。お姉ちゃんはー、なんか甘い物が食べたいです!」

「次の街に着いたらな……」

「えへへ~、あんがとね、『おとうとくん』」


 感情を失わせている筈の男の口元が、僅かに緩んだ。
 その事に、男も、少女も気づきはしない。
 だが、魔剣ハイシェラだけはそれに気づき、嬉しそうに2人を見守るのだ。

 少しでも長く、この状況が続けばいいのに……

 そう、誰とも知らぬ何かに、願いを込めて。
































 キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)


 カヤ  (セリーヌ・テシュオス)


 LV.10


 HP  80/ 80
 MP 246/246
 TP   0/  0


 熟練度

 小型武器  E
 中型武器  E
 魔術・強化 E
 魔術・火炎 E
 魔術・地脈 E
 魔術・純粋 E
 魔術・招聘 ─ (×)
 


 魔術・招聘

 ギルティン招聘     セリーヌの為に命を捨てた英霊騎士ギルティンを招聘して戦闘に参加。MP50
 セリーヌ騎士団招聘  セリーヌの為に命を捨てた戦士達の英霊軍を招聘して戦場に参加。MP500



 スキル

 病弱 Ⅰ  常時衰弱状態、及び、HP,MP,TPが15%低下
 虚弱 Ⅰ  経験値・熟練度の入手が通常の50%、及び全パラメータが15%低下
 復活 Ⅴ  戦闘不能になった時点で発動し、発動するとHPが50%で復活
 神秘の防護 攻撃対象時に確率で発動し、発動すると味方全員ダメージが半分になる
 HP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にHPが回復
 MP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にMPが回復
 賢者の魔力Ⅰ 消費MPが10%軽減される
 テシュオスの守護Ⅰ 防具の属性に左右されず、常に『万能+1』の防御属性になる
 弟が大好き パーティ内に弟がいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇



 称号

 神殺しの姉気分  枷が外れた衝撃で記憶を失くし、前世の『自分』の影響が色濃く出ているカヤ(セリーヌ)の称号

 

 注!

 魔術・招聘はカヤである限りは使えません。

 完全無欠の処女ですよw


















 後書き

 どうしてセリーヌがカヤになったのか……
 その辺りは次回ですんで、お楽しみに。

 これにて幻燐の姫将軍Ⅰ、しゅーりょーw
 なんかすぐに終わらせるつもりだった幻燐戦争。
 予定よりもちょっとだけ掘り下げてみようかと思います。
 結果、本来の形、シスコンでブラコンなだけのお姉さまの出番は遅くなります。
 誰も求めてないッポイけどな!
 どっちかと言うと、カッコイイお姉さまを見たいのか?

 そういうことでwwプロット見直し作業に突入するんで、次回の更新は遅くなります。

 ってか、元々書いてた方にしばらく戻ります。

 あっ、所々あるオリ設定。今回はハーマンの貴族設定がオリですんで、その辺りは適当に流してくださいね。



[19058] ゼロの7
Name: uyr yama◆157cb198 ID:afcdcf20
Date: 2010/06/28 16:26





 炎に包まれ滅び去る。
 呆れ返る程に何度も見た光景。
 でも、何度見ても慣れない光景。

 感情を失わせた筈の心が、細波のように震えた気がした。

 自らが関わって滅んだわけではないのに、何故なのだろう……?

 そんな胡乱なことを考えていると、ふと感じたのだ。

 炎の中に、未だ失われていない命が一つ有ることに。
 彼は手に持つ魔剣で炎を斬り裂き、失われつつある命の気配の下へと駆けた。

 火の粉を払い、燃え尽き崩れ落ちる家々を避けながら進んでいく。
 すると村の中央、沢山の騎士達の遺体に守られるように、仰向けで倒れ伏す少女が一人。
 豪奢なマントで身を包まれ、視線は虚ろに空を見上げる。
 着ている物から貴族の令嬢だと目星を付けた。
 血を出し過ぎているのだろう、顔色は青く、呼吸も細く不規則だ。
 少女の目には力が無く、生きようとする気力を感じられない。

 ここで助けても、生きてはいけまい。死なせた方が慈悲だろうか……?

 彼は迷い、だがその時、耳に入る少女の声が、彼を決断させた。


 ───生き、て……

 
 それは彼にとって大切な言葉。
 記憶にはもう残ってはいない。
 だが、今の彼を生にしがみつかせている、大切な言葉だった。


 『生きて』


 それを言うお前が、どうして生きようとしない!



 彼は少女の下へと駆け寄り素早く抱き上げると、そのまま炎の村から出る事を決めた。
 ぐったりと何の反応も返さない少女の身体は、驚くほど華奢で羽毛のように軽く、このような身分の高そうな少女が、どうして辺境の村にいるのか不思議でならない。

 そんな疑問を頭の隅に追いやりながら、手に持つ魔剣を構え、道を遮る炎の壁を斬り裂くのだ。

 シュバッ!

 炎の壁が割れた。
 割れた先に見えるのは村の外。
 この道なりに進めば、安全に外に出られるだろう。

 男は騎士達の遺体にチラリと目をやる。
 少女を守っていただろうと思われる騎士達。
 どの男達の顔も、誇りに満ちた顔をしている。

 その誇り、汚すつもりか……? 

 そうでないと言うなら……


「お前は、生きねばならない」


 感情のこもらない声で少女にそう囁き、割れた炎の道なりに村を出た。

 急ぎ安全な場所に行き、少女の手当てをしなければ。
 手持ちに有る傷薬で足りるだろうか?
 何より、この少女の生命(いのち)の弱さを補わなくてはならない。

 彼にはその方策が一つだけあり、安全な場所に出るなり、それを迷う事無く少女に使ってみせた。

 性魔術。そう呼ばれる儀式魔術。

 性交渉による絶頂感から発生する力と、彼の持つ強大な魔力を注ぎ込むことで、少女の生命力を活性化させるのだ。





 燃えさかる村を出、男は安全な場所に少女を横たえると、傷薬で傷を癒す。
 続いて少女の小さく柔らかい唇を奪った。
 舌先で唇を抉じ開けながら、口の中に侵入し、少女の口中を犯していく。
 そして魔力を流し、生命力を流し込む。
 慎重に生命の力を少女に注ぎ込みながら、彼女の中に有った何かの枷を外す。

 そう、枷だ。

 とても強固な枷。

 まるで、呪いのように少女の深奥に棲み付く枷。
 精神の奥深く、男はそれを外すことが、少女を助ける事に繋がると何故か確信する。

 舌の動きを尚一層激しくし、更には未だ膨らみきらない少女の胸を大胆に揉みしだく。
 少女のあまり肉付きの良くない太腿にも、胸を揉みしだく手とは反対の手を伸ばし、優しく撫でさする。
 その手がジリジリと股間へと這い上がるにしたがい、合わさった唇の隙間から甘い吐息が漏れ出した。
 すると微かに身体が痙攣しだし、彼は更なる魔力を少女に送り込むのだ。

 ピシ……ピシピシ……ピシッ!!

 彼の脳裏に描かれる枷のイメージが、ヒビ割れる。

 ドク、ドク、ドク……ドクドクドク……ドッドッドッドッドッ、ドックン!!

 少しづつ鼓動が激しくなり、そして爆発する。
 それは小さな身体では消費しきれない程の魔力。
 ビクンッ! 溢れ出した魔力の勢いで、背を弓なりに反らせ身体を少し浮かせる。


「カハッ……」


 合わさった唇が離れ、肺に溜まった空気を吐き捨てる少女。
 閉じていたマブタがゆっくりと開き、そして彼の顔を凝視した。

 少女は至近にある男の存在にまず驚き、続いてその男の顔に二度驚く。

 女かと見まごう美しい顔。
 腰まで届くキレイな赤い髪。
 それらを覆い隠すようにボロの外套で全身を隠す、無表情な男。

 そして自分の唇を数回さすると、頬を赤らめて顔を俯かせる。
 少女は、自分がナニをされたのか解ったのだろう。
 男の相棒である剣に身をやつした魔神が彼をからかうと、その声が聞こえたのか、真っ赤な顔をそのままに怒り出した。


「乙女の唇を何だと思ってるッ!!」


 顔に似合わない乱暴な口調。
 女性との経験が豊富だった彼も、その余りのギャップに僅かにだが困った素振りを見せた。
 そしてその後、彼は少女に鳩尾を殴打されることになる。


「こんのっ、変態キス魔がぁぁぁッ!!」


 明らかに鍛えられていない少女の、それでも渾身の力で。
 でも、あまりに硬い彼の鉄腹。
 逆に少女の手が真っ赤に腫れ……


「いった~いっ!?」


 手を押さえ、泣き言を言う少女。
 一頻り痛がったあと、少女は手を摩りながら男に問いかけた。


「えっと……アナタは誰? そして、私は……誰なの……?」


 不安そうに男を見上げる。
 自分が何者なのか分からない。

 こんな恐怖がどこにあろうか? 

 男は湧き上がる良く分からない心の動きそのままに、少女を優しく抱き寄せた。
 ほんの一瞬だけピクリと抵抗めいた動きをみせたものの、少女は男の成すがままに抱き寄せられ、逆に思いっきり抱きついた。


「えと、ありがとう……」


 少女の口から自然と漏れ出した言葉。
 そうして少女はグリグリと男の胸にオデコを押し付ける。
 不安な気持ちから人肌を求め、甘えているのだ。
 そんな少女の行為と、その少女の溢れんばかりの莫大な魔力が、彼を誘ってしまう。

 男は血塗れに焦げ付いた少女のドレスに手をかけると、そのまま少女を押し倒す。
 少女の白雪のような清楚な肌に手を触れ、ただそれだけで魔力が自分の中に流れ込んでくるのが解った。


《……随分と相性がいいの。我の声も聞こえてるみたいだしのう》


 目を細かくパチクリする少女。
 どこから声が聞こえているのか解らないでいるのだ。


「えっと、どこです……?」

《目の前の男が持っている短剣があろう。それが我だの。
 それよりもセリカ。この嬢ちゃん、ナニをされるか解っていないみたいだがの。合意なしはどうかと思うぞ》

「うわ……剣が喋ってんだ……」


 傍から見れば、いいや、そうでなくても男に犯される寸前の少女。
 なのにその反応はあまりに幼く純粋で、セリカと呼ばれた男のやる気を削いでしまった。
 軽く溜息めいたモノを吐き出すと、自らの身体で押し倒していた少女の身体を優しく起こし、荷物袋の中から自分の代えの服を取り出した。
 少女はそれを受け取ると、ボロボロなドレスを脱ぎ捨て、なのにいつまでもコチラをジッと見ているセリカの横腹目掛けて蹴りを放つ。


「こういう時は、後ろを見てなさい!」


 押し倒すのは良くて、着替えを見るのはダメなんだの。

 ハイシェラは《クックックッ……》と心底楽しそうに笑う。
 そうしてダボダボの服に身を包んだ少女を見て、街か村に着いたら、少女に服を買ってやるようにセリカに言わねばなるまいと思うのだ。
 放っておけば、この男はそう言う細やかな所には気が付きはしないのだから。
 コレから先、少女と共に旅をするのだと、疑いもしない。
 ハイシェラはそんな自分に驚きながらも、この少女がセリカの後ろをヒョコヒョコついて来る様が、幻のように見えた。

 そして、それは現実となる。

 これから先、5年という長いようで短かかった時間を、セリカとハイシェラの2人は、少女と共に過ごすことになるのだ。

 
《我の名はハイシェラ。こっちの無愛想なのがセリカじゃ。これからよろしくの》


 その言葉に、セリカの目が僅かに細められた。
 旅慣れた様子もなく、どこかのお嬢様でることには違いない記憶を失くした少女。
 家族が居るのならば、その下に帰してあげるのが一番だろう。
 この様な地で、このような豪奢なドレスを身に纏い、明らかにどこぞの騎士が用いるだろうマントに包まれていた少女。

 身元など、真剣に調べればあっという間に見つかるのだ。


「えっ? いいの……?」


 ちょっとした前傾姿勢でセリカを見上げる少女。
 だが、セリカとしても、ここは安請け合いをする訳にはいかない。
 それは、少女の為でもあるのだ。


「俺は、神殺しだ。それでもいいなら、好きにしろ」


 その名は忌み名。

 古神を殺し、その身体を奪った罪人。
 光の神々は古神の身体を持つが故に邪神として彼を追い、古の神は同胞を殺した彼を許せず、力有る魔神は更なる力を求め、人は彼の力を畏れる。
 彼に安息の地などなく、一つ所に留まるなど許されない。
 彼は災厄を運ぶ。彼の通る道は、血と炎によって彩られるのだ。
 故に神殺しの名は忌み嫌われ、世界の敵として認識される。

 だが、


「神殺し……なんかカッコイイ響きです……」


 まだまだ軽いが、急にお嬢様然とした口調になる。
 そうして少女は頭を深々と下げると、


「よろしくお願いしますね、セリカさん、ハイシェラさん」


 にっこりと微笑んだ。


《うむ。では、そうじゃな、嬢ちゃんの名前、どうしようかの……》


 ハイシェラと少女、2人の神殺しなど何でもないと言った風に、セリカは何とも知れぬ気持に包まれた。
 そう、もう随分と長い間感じてない感覚……とても気持ちが穏やかだ。


「カヤ……」


 自然と口から出た名前。

 セリカには、その名前の持ち主が誰なのかは分からない。
 彼もまた、目の前の少女と同じく過去の大部分の記憶を失わせてしまっているのだから。
 それもまた、神殺しとしての業の一つである。
 強大な神の力に、元が人間である彼の魂が耐え切れず、記憶が失われてしまう運命にあるからだ。

 そんな彼の、失われたはずの記憶の奥から出てきた名前。
 間違いなく、彼にとっての大切な誰かの名前である。


「カヤか……、なんか、お姉ちゃんみたいな響きですね? ……うん、分かった。今日から私が、セリカのお姉ちゃんです!」

《ハッハッハッ! これはまた傑作だのう。のう、セリカ?》


 セリカは穏やかな気持ちそのままに、カヤとなった少女を自らの外套の中に導くと、未だ炎に彩られる村の近くを離れる。

 少女……カヤはチラリと燃え盛る村を見ると、ごめんなさい……、本当に小さな声で謝った。

 カヤも、何故に自分が謝罪の言葉を口にしたのか分からない。
 それでも、どうしようもない程の罪悪感が彼女の胸を抉るのだ。

 知れず涙が頬を伝い、

 そしてもう一度、ごめんなさい……、そう呟いた。

 風にのったその言葉は、ゴオオォォォォッッ!! 焔をあげる村に確かに届き……


 消えた。



















 そして、3ヵ月後……


 メンフィル王国、王都ミルスに2人の姿はあった。
 2人は旅のための道具を買い揃え、そうして王都を出る。
 目的地であるイオメルの樹塔を目指し、封鎖されている国境線を越えるのだ。
 外套で全身を隠した旅の剣士と、旅をしているとは到底思えないほど真っ白い肌に、華奢な肢体を持つ少女。

 この組み合わせが目立たない訳が無く、一人の男の下にこの2人の情報が届けられる。
 とは言え、一見すれば重用度が低い情報ではあった。だがしかし、その男が正に欲していた情報であったのだ。


「生きていると確信はしていたが……まさか、な……」


 口角を上げ、残忍な笑みを浮かべた。


「さて、どうするか……」


 男の名はケルヴァン・ソリード。
 この新生なったメンフィル王国の国王、リウイ・マーシルンの股肱の臣である。

 その彼が、少女カヤに注目するのだ。

 自分の望みを叶えるためのファクターとして。
 どうにも温い状況に落ち着いてしまった、彼の主を目覚めさせる為に……
 光と闇の共存共栄などというくだらない理想を捨て、真の魔王として覚醒させる為に必要かもしれない駒の一つを、確かに見つけたのだ。


 リウイに理想を与えた王妃イリーナを、闇に堕すための駒を……

 魔術の大家、カルッシャの王族テシュオスの正統なる後継、セリーヌ・テシュオス。

 知られていない筈の自分の名を叫んだ女。
 自らを、死の淵まで追い込んだ女。


 油断……?


 バカな。その程度で命を危険に晒すなどありえない。
 あの瞬間、セリーヌ・テシュオスは確かにケルヴァン・ソリードを凌駕したのだ。
 その身に宿る莫大な魔力を全身に巡らせ、自分の予想を遥かに越える速度と力を持って剣を突く。

 もしもカーリアンが現れなければ、死んでいたのだ、自分は……!


「フハハハハハハハハ……」


 男の笑い声が、主の居ない王城に、高らかに響く。

 セリーヌ・テシュオスへの、邪なる想いがこもった笑いが、高らかに響いた。

































 キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)


 セリカ・シルフィル


 LV.350


 熟練度

 小型武器  A
 中型武器  M
 魔術・電撃 A
 魔術・吸収 S
 魔術・招聘 ─
 必殺・飛燕 M
 必殺・魔剣 M


 スキル

 見切りⅢ  攻撃対象時に確率で発動し、発動すると攻撃が必ずミス
 先手Ⅴ   戦闘開始時に確率で発動し、発動すると開始時の硬直フレームが無効
 達人の技力Ⅳ 消費TPが40%軽減される
 オーバーキル 攻撃時に常に発動し、ダメージMAX桁が1桁上昇
 殺し無効  自身に対するスキル『~殺し』『~破壊』の発動を無効化
 反射無効  自身に対するスキル『反射』の発動を無効化
 即死無効  自身に対する効果パラメータ『即死』を無効化
 捕縛Ⅴ   特定された異性の魔物を捕獲LVⅤまで捕獲可能
 魔剣解放  ハイシェラ武具を装備、扱うことが出来る
 


 称号

 保護者な神殺し  カヤを保護して面倒を見まくっている神殺し セリカの初期称号

 



 注! 熟練度はE~A、S、Mの順に強くなっています。













 後書き

 今回からが一応、幻燐2編のスタートです。
 カヤのあれこれについては、次回以降もつらつらと語っていきます。
 そしてこの先、チラホラ原作設定的な何かが出たり出なかったりw
 取り合えず、原作ヒロインは殆ど出ません。
 今のカヤには王族や権力者関係は関わりそうもないですからね。



[19058] ゼロの8
Name: uyr yama◆157cb198 ID:63b9f4b1
Date: 2010/06/28 16:26





 セリカとハイシェラと私、3人での旅。

 一番困ったのは、何と言っても食事。
 野宿も初めの頃は身体に堪えたものだけど、これに比べたら微々たるものです。

 一応言っておくと、セリカは食事を必要としない身体らしい。
 別に食べてもいいんだけども、特に栄養になったりはしないそうな。
 食べずに過ごせるなんて、ダイエットに励む女性達の敵なのではないだろうか?

 それはともかくとして、街や村に着いても、食料を買わずに出てしまう。
 旅の途中、私がお腹を空かせて初めて気づく。

 食べる物がないことに。

 その度にセリカが狩りをしてくるんだけど、生物(なまもの)で生物(いきもの)。
 記憶を失う前の私は、どうやらそこそこ良い感じのお嬢様だったらしく、とてもじゃないけど料理なんて出来やしない。
 火を起こすなんて出来ないし、いわんや、生きているウサギさんを殺して調理するなんて夢のまた夢なのだ。
 それでもセリカが食べれるようにはしてくれるんだけど、味付けが、ない。

 まったくない。

 野性味あふれるお肉の味しかしない。
 生臭いお魚さんの味しかしない。


 まんま焼いただけのウサギさんやお魚さんは、とてもマズイのです。

 贅沢を言える立場じゃないから黙ってもくもく食べるけど、こんな罰ゲーム的な食生活を続けていたら、そりゃセリカみたく顔の表情がなくなってもおかしくないよね?











 なんて話を、紅い月が出ている夜、とある街の宿の一室にてハイシェラとしていた私。

 ケラケラ笑いながら私の話に相づち(?)をうってくる。


《そういえば、初めの半年ほどはそんな感じであったの》


 笑いの感じを残したまま、ハイシェラはしみじみと喋る。


 セリカ達と旅を始めて、もう4年近い時が流れていた。

 見る物全てが、触る物全てが、目新しかった世界の姿。
 記憶を失う前の私は、きっと外に出たことがなかったんじゃ無いかと思うくらい、とてもキラキラと輝いて見えた。
 だけども、同時にあまりにも『使えない』自分に絶望もした。
 少し歩いただけで息が切れ、足を挫き、目眩を起こして倒れ伏す。
 身体が弱く、すぐに熱を出して数日うなされ、そんな時に見るのは、いつもいつもとても心配そうな空気をまとうセリカの姿。
 無表情な顔に陰りを見せて、ずっと私の隣にいてくれる。
 起きている間は決して傍を離れず、眠っている間に甘い果物やお菓子を調達してくるのだ。
 それが本当に嬉しいと思う反面、お姉ちゃんとして失格だと胸が苦しくなってしまう。

 だから、今みたいな状況はグッと我慢しなきゃなんだよね。

 ね、ハイシェラ?


《あ、ああ……そうだのう……》

「そう、私を置いて夜の街に女を買いに行くとかしても、笑顔で帰りを待ってなきゃなんですよね?」


 うふふふふふふふふふ…………

 黒い何かが身体からモヤモヤと……

 その衝動に身をゆだね、とある場所で盗……もとい、落ちていた水晶で出来た剣をブンブン振り回す。
 儀式用の剣みたいだから、殺傷力はとても低い。
 とは言え、剣であることには違いなくて、私は頭に描いたセリカの姿に向って剣を振る。
 こうやってストレスを発散させ、イライラを解消するのだ。


《なあ、カヤ嬢ちゃん。そんなに嫌ならお主が相手をすれば良いのではないかの?》


 からかう様な口調で、ハイシェラがそう言ってくる。
 私とハイシェラは、こんなやり取りを何度も繰り返す。
 私の答えはいつも同じで、ハイシェラはそれが面白くないのだ。


「セリカは弟なのです。抱かれてしまえば、私はお姉ちゃんではなく、ただの女になっちゃうから」


 神の身体を持つが故に自らで魔力を生成出来ず、魔物を倒すか性魔術を使うかしないと魔力を回復できないセリカ。
 セリカは、そうしないと生きていけないらしい。
 彼の身体は、元々は女神アストライアの物で、今も彼の中で生きているのだそうだ。
 魔力を失うとアストライアの支配力が強くなり、身体が男性から女性に変化し、下手をすれば『黄泉の眠り』と呼ばれる永い眠りについてしまう。

 そうなれば、私が生きている内には、もう目を覚まさない。

 セリカが、弟が居ない生活なんて、私には耐え切る事が出来そうに無い。
 ブラコンな私は、心の栄養が足りなくなり、衰弱死するに違いないのだ。
 そんな私とセリカは、魔術的な相性がとても好いらしい。
 私がセリカの使徒になり、定期的に性魔術を行うだけで、もう魔物を退治したり他の女にちょっかいをかける必要は無くなるそうな。
 例え使徒にはならなくても、やはり他の女は必要としなくなるのだろう。

 実際に、私のオーバーロードしかねない魔力の消費の為に、数日に一度、ちゅーでセリカに魔力の譲渡をしているんですけど……

 セリカには秘密です。実は、すんごく気持良いのです。

 たま~にセリカがそのまま最後まで致しそうになっても、抵抗が上手く出来ないぐらい。

 でも! でもでも!! 私はお姉ちゃんなのだ!!!

 最大限許してもチューまで!
 それも、私の中の魔力が身体を苛む程に溜まりまくってから、はじめて許されるのだ。
 必死に理性を保ち、そうやってセリカを拒否し続ける。

 ……でも、いつまでも拒否し続けたら、ダメだよね?

 そろそろ覚悟を決めなきゃダメかな……


《まあ、言っておいてなんだが焦る必要はないぞ、カヤ嬢ちゃん。我とセリカは永劫を旅する者だからの。ゆっくり、いつまでもお主を待ち続けるさのう》


 やたらとババア臭い口調で、しんみり言うハイシェラ。


《なにかの? とても不快な気がしたんじゃが……、カヤ嬢ちゃん、何か失礼な事を考えてはおらんか?》

「さあ? ハイシェラがババアだとかなんて、私は思ってないです」


 しれっとそう言いながら、私は着ている服を脱ぎ捨て、寝間着に着替えた。
 ハイシェラがキーキー騒いでるみたいだけど、私は一切気にしない。
 着替えを終えると、私はハイシェラを抱えベッドの中に潜り込む。

 ハイシェラは、セリカが傍に居ない時は、いつも一緒だ。
 セリカが言うには、ハイシェラとセリカは心が繋がっているらしく、もしも私に危険が迫ればすぐに駆けつけて来る為なんですと。
 大事に想われていると思う反面、信用ないな~って少しだけ気落ちする。

 でもまあ、いつまでもこうしてウジウジしてても仕方無い。
 このまま起きていても、セリカはいつ帰ってくるか分からないのだ。
 こんな時は、さっさと寝てしまうにかぎる。

 目をつぶり、大きく息を吸い込み、吐き出す。
 何度かそれを繰り返し、次第に呼吸が小さくなって……

 まどろみの中、不意に頭を撫でる優しい手の感触。

 続いて、私を抱きしめる感触。

 暖かい温もり。

 とても心地好い。

 私は、その温もりに自ら飛び込むように身体を押し付け……

 うつら、うつら……、すー、すー。

 夢の中で、私は…………

 私とそっくりな妹と、顔色がやたらと悪い弟に挟まれ、広く豪奢な庭でお茶を飲む。
 その内、お義母さまが私を心配してやって来て、仕方なく私は部屋へと帰るのだ。
 部屋へと戻る途中、顔に変な仮面を付けたお姉さまに会い、親しくお話をする。
 手をつなぎ、ゆっくりとした歩調でベッドまでエスコートされながら。

 そうして、飽きる事無く話をするのだ。

 ずっと、ずっと、ずーっと……

 目を覚ましたら、忘れてしまう夢の出来事。

 記憶を失ってから、ずぅっと見続けていた夢の出来事。

 思い出さなきゃ、いけない、夢……

 でも、忘れてしまう、ゆ、めの……

















《で、キチンと始末はつけたのか、セリカよ》

「ああ……」

《何者だったのかの?》

「さあな……」

《地の上級悪魔……グルーノ魔族国か、メンフィル王国。どちらにせよ、カヤ嬢ちゃんを狙う意味が解らぬのう》

「セリーヌ・テシュオスを寄こせとだけ言ってたな」

《嬢ちゃんの本名か? 少し調べてみる必要があるの》

「何にせよ関係ない。カヤを狙うのならば、滅ぼすだけだ」


 暗がりの部屋。
 紅い月に照らされて、一人の男が女を抱きしめる。
 幸せそうに眠る女は、よほど男を信頼しているのか、とても穏やかに眠るのだ。

 安息の時などなく、常に修羅の道を歩む宿業。
 磨耗した心を、更に磨耗される凄惨な日々。

 それが、カヤと旅をするようになって以来、穏やかで暖かい色をつけた。

 セリーヌ・テシュオス。それがカヤの本当の名前。
 彼女を、家族の下へと帰せばいいのだろうか?
 だが……男は、腕の中の女を覆い隠すように胸に抱く。


「俺は……もっとお前と旅がしたい……」


 4年。

 男が、女と旅をした時間。
 この4年で、記憶を失った少女が大人に、女になった。
 どこか幼さを持っていた美しい少女が、華開くような美女に生まれ変わる。
 長い金色の髪をなびかせて、ほにゃっと微笑むその姿に、男はどれほど心を癒されてきたか。
 その時間は、確かに男の荒涼とした心の一部を、暖かい何かで埋めていったのだ。

 いっそ、このレスペレントから出てしまえば、彼女を襲う何者かからも、失われた彼女の記憶からも逃げられるのでは……?

 チラリと頭を掠めた妙案。
 だがしかし、女はそれを求めない。
 何かやらなければならない事があるのだと、記憶を失っているはずの彼女が主張する。
 必死に、涙目で、男にそう訴えるのだ。

 ならば、それを済ませることが先決か。

 カヤを抱きしめる力を強くして、セリカは目蓋を閉じて意識を閉じた。
















































 王都ルクシリア。

 そこの王宮奥深く、一人、日当たりの好い部屋に佇む仮面の女。

 病弱なカルッシャ王国第2王女セリーヌ・テシュオスが、日がな一日を過ごしていた部屋だ。

 セリーヌが旧メンフィル王国の王子に嫁ぐ際に撤去される筈だったのだが、その彼女が新生メンフィルの軍勢に襲撃されこの世を去ってしまい、
 その後、悲しみに暮れる王妃ステーシアのたっての願いで、今も彼女がここに住んでいた頃のまま時間を重ねている。

 仮面の女、セリーヌの姉である姫将軍エクリアは、ベッドの脇にある本棚の前に立つと、セリーヌが読んでいたのだろう本を数冊、手に取ってみた。

 神々について記載されている本もあれば、魔術について事細かに書かれている本もある。
 地域の食材についての本、名所や名跡が描かれている本、様々な伝説や伝承についての考察が書かれている本。
 そして、エクリアでも読みきれないほどに難しい古語で書かれていた本。
 それには、姫神フェミリンスの絵姿があった。

 パラパラとページを捲る。

 エクリアには、この本の内容は理解が出来ない。
 彼女の知る知識では読みきれないからだ。

 この本の元々の持ち主であるセリーヌは、この字が読めたのだろうか……?

 最近の彼女にしては珍しいほどに柔らかく頬を緩め、死んでしまった妹の姿を思い描く。

 いつもポワポワ幸せそうなセリーヌ。

 愛おしい感情と、それ以上の嫉妬に塗れて彼女を見ていた自分。


 情けない……


 今になって、心の底からそう思う。
 だが同時に、だからこそ許せなくなってくるのだ、イリーナが。

 あの妹は、自分以上にセリーヌを愛していたはずなのに、何故?

 何故あの子を殺した奴らに……!!

 それは身勝手な感情だ。
 なんせエクリアは、あの襲撃を予想していたのだから。
 ならば、罪は当然エクリアにもあるはず。

 いいや、むしろ悪辣なのは私か……

 そう思いながらパラパラ捲っていた本のページが、遂に姫神フェミリンス封印の項に到った時、ガチャリ……静かにこの部屋のドアが開いた。

 入って来たのは第2王妃ステーシア。

 ステーシアはエクリアの存在に気づくと、まず驚きの表情を浮かべ、次に嫌悪の表情を浮かべた。


「何をしておるのか?」


 心底嫌そうな声を出すステーシア。
 口をきくのも嫌だと言わんばかり。
 エクリアも自分が嫌われているのは良く解っている。


「これは失礼」


 一言そう言い、踵を返して部屋を出ようとした。


「ここに来るなら、身奇麗にしてから来てたもれ……」

「え……?」


 思わず振り返ってしまう。
 それは未だかつて、エクリアが聞いたこともないような穏やかで優しい声音。

 彼女は、自分を嫌っていたのではなかったか?


「姫将軍よ、さっさと出て行くのじゃ」


 僅かな期待。
 それがあっさりと崩れ去る。
 やはりと言うか、目に映るのは冷たい眼。
 セリーヌを死なせ、イリーナを連れ去られたエクリアに対する不信の視線。
 だが、『次』にここを訪れる時には、もう少しだけ格好に気をつけようと思うのだ。




 今のエクリアは、このカルッシャを2分する実力者である。
 強硬派筆頭の姫将軍エクリアと、穏健派を纏め上げる皇太子レオニード。
 だが、互いに目指す場所は同じなはず。
 ただエクリアに言わせれば、レオニードの理想は甘すぎる。
 民はメンフィルの魔族を恐れ、あれだけ愛されていたイリーナですら嫌悪の対象になっている。

 ……メンフィルとの和平など夢物語に過ぎん。

 もしもそれでも結ぶと言うならば、それなりの覚悟が必要なのだ。
 その相手が、自分とは違う存在、忌み嫌われる魔族であるならば尚更だ。

 レオニードよ、この現実を、お前は理解しているのか?

 エクリアは部屋から出る直前、もはや自分に目を向けることさえしないステーシアに視線を向けた。
 かつてセリーヌが寝起きしていたベッドのシーツを、愛おしそうに、悲しそうに、何度も撫でさする哀れな女の姿。 

 子を奪われた母親の姿を見たら解るだろう。
 子を失った悲しみ、その子を奪った相手に対する憎しみ。
 目の奥に、憎悪の炎がちらついている。
 それはステーシアだけではない。

 王女の護衛。

 そんな晴れがましい任務に就いた多くの騎士達が、今のメンフィルの横暴により命を落としたのだ。
 目の前の嘆く母の姿は一つではなく、騎士達一人一人の家族が、全て同じように嘆くのだ。
 そして憎む。それを成した今のメンフィル……魔族を! 滅ぼせと! 復讐だ! と……

 その姿を自分の目に焼き付け、エクリアは静かに扉を閉めた。

 レオニードよ、まだ早い。

 お前の……いいや、セリーヌの理想は、このレスペレントには、まだ早いのだ……

 まずは、カルッシャがレスペレントを統一する。

 全ては、それからだ。

 お前の出番は、それからなのだ……


 静かに王宮奥の廊下を歩く。
 これから彼女は、権謀術数に塗れた闘争を開始するのだ。
 メンフィルを、例え一時とは言えこのレスペレントの半ばを蹂躙させる為の準備を。
 そうして、最期に半魔人の王リウイ・マーシルンを討ち、魔族からの解放を謡い軍を発する。
 王を失い混乱するメンフィルを討ち、メンフィルに占領、もしくは盟を結んだ国々を征服し……

 これこそがカルッシャがレスペレントを支配する大義名分。それを手に入れるための闘争。

 


「ハーマン」

「近くに……」

「今からフレスラントへ行き、リオーネ王女と接触せよ。私は、メンフィルの旧王族と接触する」

「…………」

「解っている。最後の締めはお前に任せるよ……」

「ハハッ!!」


 静かに、静かに、動き出す。

 カルッシャ王国とメンフィル王国が……

 いいや、その他にも大小様々な王国や勢力が蠢動し、


 レスペレントに、戦乱の炎が舞い上がる。


 後の世に、幻燐戦争と呼ばれた動乱の幕開け、テネイラ事件が起きる3ヶ月前の出来事である。





























 後書き

 原作設定を上手く本文中で説明すんのってムズクね?
 
 今まで自分がどれだけ甘えていたのか良く分かったよ……



[19058] ゼロの9
Name: uyr yama◆157cb198 ID:afcdcf20
Date: 2010/06/28 16:26

 不穏な空気に包まれ静まり返る街。
 住民の多くは、これからこの街を訪れる者に対し、恐怖の感情を隠しきれない。

 メンフィル国王リウイ・マーシルン。

 彼はイリーナ王女を浚い、セリーヌ王女を殺害した残虐な魔王として、ここカルッシャでは忌み嫌われているのだ。

 だからこそ、街は恐怖と魔族への嫌悪の感情に包まれていた。

 その街の名は、ユーリエ。
 ミレティア保護領を抜け、王都ルクシリアへと向う途上にある街である。

 そんな感情で有るを知ってて、メンフィル王がカルッシャに訪れるのには理由がある。
 凶悪な魔族としてではなく、闇夜の眷属として、レスペレント一の大国であるカルッシャとの和平締結を望んでのことだ。

 もちろん、一番の重要事はメンフィルに敷かれた大封鎖を完全な形で解くことにある。
 すでにエディカーヌ、ベルガラードと言った闇夜の眷属の国の援助のお陰で形骸化しているとは言え、物資の流通は滞ったままなのだから。

 だが、ここでカルッシャとの和平が締結されれば、隣接するレスペレント都市国家群との交易を開始出来る。
 人と物が流れ、そうやって少しづつ、だけども確実に自分達 『闇夜の眷属』 を知って貰うのだ。

 決して邪悪な存在ではないのだと、そうして共に歩んでいけるのだと、知って貰いたい。
 カルッシャに、レスペレントに、このラウシュバール大陸全ての光の陣営に。
 光と闇、その相反する存在との融和と共存を目指す理想に燃えて。

 その第一歩として、メンフィル王が直々に敵対国であるカルッシャの王都へと向かっている。 

 そして歴史に残るだろうこの会談に赴くメンフィル国王を歓待する為に、カルッシャ王国の重鎮、宮廷魔術師テネイラ・オストーフが其処を訪れていた。
 平和を望む皇太子レオニードの名代として、何より、闇夜の眷属との共存を目指す理想を現実の物にするため、メンフィル王の為人を知りに来たのだ。
 その他にも姫将軍エクリア、そして先行してルクシリアに入っていたメンフィルが重鎮、ケルヴァン・ソリードもまた、この地を訪れようとしていた。

 メンフィルの民はこの会談に希望と自国の繁栄を望み、

 だがカルッシャの民は、この会談に得も知れぬ不安を抱えたまま、始まろうとしている。





















 姫将軍エクリアが、目的地であるユーリエへと向かう途上に立ち寄った街に、とてもかる~い空気を纏った旅人が居た。
 カルッシャ随一の実力者の姿を一目見ようと沿道に押しかけた民衆に混じり、屋台に売られていた甘味を呑気に貪り食べる金髪の女。


 あむあむあむあむ……


 口いっぱいに甘味を詰め込み、頬を膨らませてモギュモギュ食べる。
 小動物じみたその姿で、浮かべる笑顔は童女のように愛らしく微笑ましい。
 何気に周囲の男共の視線を集めていたが、隣に立つ外套を被った不振人物から発せられるプレッシャーに気後れし、男達は近寄ることさえ出来ない。

 その男が、不意に周囲の目から隠すように女を自らの外套の中へと仕舞い込んだ。

 女は特に抵抗する様子を見せず、素直に男にしがみ付き、全身を外套で覆い隠される。
 周囲の男達は舌打ちをしたくなる衝動に襲われるが、力なく首を左右に振ると、諦めて姫将軍エクリア一行へと関心を戻した。

 何故なら、その姫将軍がもうすぐ目の前を通るのだ!

 姫将軍エクリアと言えば、この国で最大の人気を誇る王族の軍人である。

 攻めの姫将軍、守りのテネイラ。

 この2つの剣と盾が有る限り、カルッシャの栄光と勝利は絶対だと信じているのだ。
 例え、相手が恐ろしい魔族の王といえども、必ずやこの2人が何とかしてくれるのだと。
 その姫将軍が目の前を通る。しかも、臣民達の歓声に応える様にと、軍馬に騎乗した凛々しい姿を見せながら。
 こうして周囲の関心が、外套を被った男と金髪の女から逸れ、姫将軍を一目見ようと夢中になった。

 そんな時、外套の男は群集から少し離れた所で、女を隠したまま静かに佇む。
 だが、視線は常にある一点。
 姫将軍の一行に目立たぬように混じっている魔族の男が、強烈な殺気を外套の男に放っていたのだ。
 そしてその魔族の男ケルヴァン・ソリードが、ワザとらしく男の目線よりやや下を見た。
 外套に隠された金髪の女、記憶喪失で男の姉を勝手に自認するカヤがいるだろう場所に目線を送り、再び男と視線を交差させる。
 ニヤリ。口角を上げて、男に凄惨な笑みを向けると、興味を失くした風を装い前を見た。
 

 ───成る程な。刺客が帰らぬ訳だ……


 ケルヴァンは男から完全に視線を外すと、額から滲み出る汗を手で軽く拭う。 
 外套の男の体に内包される、凄まじいまでの魔力。
 これほどの魔力の持ち主は、このレスペレント広しと言えどもそうは居ない。


 往年のカルッシャ王ラナート・テシュオス。

 フェミリンスの後裔、カルッシャ姫将軍エクリア・テシュオス。

 カルッシャ宮廷魔術師テネイラ・オストーフ。

 カルッシャ宰相サイモフ・ハルーイン。

 グルーノ魔族国を力と恐怖で支配する魔神ディアーネ。

 そして彼、混沌の策士ケルヴァン・ソリード。 


 ラウルバーシュ大陸全土で見ても、確実に上位陣に入るだろう顔ぶれ。
 だが、そんな彼らをしても、あの外套の男には遠く及ばない。
 彼に匹敵する存在をケルヴァンが挙げるとするなら、かつての彼の主、魔神グラザがそうだろうか?
 いいや、神にも匹敵する程の魔力を持ち合わせていたグラザとて、及ばない。及ぶはずがないのだ。
 あの男は、神に匹敵する魔力の持ち主どころか、まさに神と言ってもいい程の絶大な魔力の持ち主。
 そんな規格外、ケルヴァンは一人しか知らない。

 伝説に詠われた、災厄の神殺し。

 ケルヴァンは嗤う。
 このレスペレントに集まりだした力と、災厄に。

 彼が望む、真の王を生み出す土壌として相応しい舞台が整いつつあるのだ。




 ───リウイよ、早く目覚めろ。古の魔王の器として相応しい、真の姿に。

 強大な魔神と、脆弱な人との間に生まれた半魔人。

 光と闇の共存を目指し、その理想を叶えんとする王。

 だが、貴方の真の姿は、そんなちっぽけな存在では無い筈だ。

 俺には分かる、解るのだ。伝説の熾天魔よ……

 貴方は恐怖と力でレスペレントを、いいや、ラウルバーシュをすら支配出来うる資質を持つのだから─────────





 だが、それには邪魔なモノがある。
 
 リウイの妻、イリーナ・マーシルン。

 彼女の存在が有る限り、リウイは光を求め、闇にその身全てを委ねない。

 それではダメだ。ダメなのだ。
 それでは古の魔王の器として、相応しくあろうはずがない。

 ならば……

 再び視線だけ僅かに向ける。
 神殺しに守られる、一人の姫君に。
 その血、その存在、その在り方。
 全てがケルヴァンと相反する存在の女。

 だが、だからこそ、この女が在れば……
 イリーナを闇に堕すことも、熾天魔の予備である姫神に対しての切り札としても……

 何より、全てが終わったその時は、強い子供を産ませる為の母体として、実に相応しい女。
 姫神の時代から続く魔術の大家テシュオスの血を色濃く受け継ぎ、その姫神の血さえもその身に宿す女、セリーヌ・テシュオス。
 そして、魔神に匹敵する……、いいや、魔神と呼ぶに相応しい力を持つケルヴァン・ソリードとの間に産まれる子供。
 その産まれるだろう子の格を思うと、ケルヴァンの心が奮え、躍る。
 古の魔王の器すらも越えるかもしれないと、魂が震えるのだ。
 

 ───神殺しよ。今はキサマに預けよう。

 だが、時が来れば、必ず貰い受けに参上する。

 その時まで、せいぜい仲良くするんだな……




 セリカに見せるように、唇を動かす。

 セリカの殺気混じりの視線を浴びせられながら、ケルヴァンは心底楽しそうに嗤ってみせた。

 そうして、前を見る。

 『今』は、キサマに関わりあっている暇などないのだと、そう言わんばかり。




















《どうやら、『アレ』がそうみたいだの。どうする、セリカよ》

「関係ない。来るならば、滅ぼす。そう言った筈だ……」


 2人の物騒な会話に、コテンと首を斜めに傾けるカヤ。
 何の話か問いたいのだけども、聞いてもお腹が痛くなりそうな雰囲気がぷんぷん。

 少しだけ気が引ける。

 でもだ、どうやら自分に関わり合いがある話のようで、聞かない訳にはいかなかった。


「ね、何の話ですか?」

《ん? まあ、カヤ嬢ちゃんは大人しくしておれ。セリカが張り切っておるからのー、のう、セリカ》

「……ああ」


 セリカは、外套の中で、意味わかんないよー、なんて言いながら身をよじり暴れだす一歩手前のカヤの腰に手を回し、グイッと力強く抱き寄せ、カヤを大人しくさせた。

 そうして視線を再び前に戻す。
 ケルヴァン・ソリードの姿は既に見えず、代わりに姫将軍エクリアがセリカの視線の先を通った。

 一瞬だが視線が交差する。
 それはセリカの一方的なモノだ。
 エクリアにとっては、大勢いる民衆の一人と認識され、記憶に残ることすらなく、ただ通り過ぎる。
 だが、セリカには何か感じるものがあったのか、彼の永遠の相棒たるハイシェラにしか分からないぐらいに小さく心を震わせた。


《セリカよ。あの嬢ちゃんが……だとしても、少し気が多すぎるのではないかの?》


 わざと省かれた言葉。
 しかし、セリカには正確に伝わった。
 カヤの姉だとしてもと。
 セリカはハイシェラに対し、小さく否定の意を伝える。

 ただ、何か引かれたのだ。

 カヤとは違う意味で。自らの在り方と近い『何か』を、カヤの姉であるエクリアに感じて。
 もしもこの時、カヤにセリーヌとしての記憶があれば、イリーナがリウイの下へと到った時と同じ気持ちになっただろう。

 この世界に転生する前は、ただの一度も信じなかった『運命』と言う導きを感じて……

 だが、今のカヤにはそんな記憶はない。ないったらないのだ!


「可愛いお姉ちゃんを抱きしめながら、他の女にうつつを抜かすたぁー、いい度胸ですっ!」


 外套の中から、セリカの顔を目掛けてカヤの拳が唸った。

 ぽすぽすぽす。

 正確に3発。頬にカヤの可愛い打撃が綺麗に入る。
 セリカは小さく溜息を吐くと、既に視界から消えてしまったエクリアの方を遠く見た。

 そして、


「しばらく、この地に居ようと思う」

「……おんな?」

《カヤ嬢ちゃん、何度も言うが……》


 そうして何時ものやり取りが始まるのだ。
 ハイシェラはカヤにセリカとの関係をそれとなく迫り、カヤはお姉ちゃんだからと拒否する。

 拒否してはいるのだが、ハイシェラには分かる。
 抵抗の度合いが段々と弱くなっていることに。
 このまま攻め続ければ、落ちる日も近いだろうとほくそ笑んだ。

 でも同時に、そうなってしまえば、この楽しいやり取りが出来なくなるのだと思うと少しだけ残念に思うのだ。

 だからずっと忘れない。この楽しかったやり取りを。事実、ハイシェラはこの先何百年経とうとも、忘れはしなかった。

 カヤとこうして過ごした年月を。

 ずっと、ずっと……

 いやみ臭く、ネチッこく、いつまでも、いつまでも。

 忘れ得ぬ大切な思い出として、セリカの代わりに、ずっと、ずっと……

 ほんっとーにいやみッたらしく。


「あっ、そうだ。私ね、ユーリエの方にはあんまり行きたくない……かな?」

《どうしてだの?》

「正確にはユーリエじゃなくって、その北の方……ううん、足元から気持ち悪い何か……でも、とても懐かしくて愛おしい何かが、私を見ている気がして……怖い」

《足元のう。それがカヤ嬢ちゃんの、やらねばならない事なのかの?》

「ううん、違うと思う。そっちのは、ユーリエの街で何かが起きて、それが私に関係するんじゃないかと……」

《では行くかの、ユーリエへ》

「え? 嫌だって言いましたよ、私!?」

《さっさと終わらせねば、お主を連れて遠く旅に出られぬわ。諦めるんだの》


 でも、セリカの足の向く先は、ユーリエとは反対方向である王都ルクシリア。


《セリカよ! 過保護なのも大概にせんかっ!!》 


 ハイシェラの抗議も空しく、ルクシリアへと足を進めるセリカとカヤは、こうして惨劇の幕開くユーリエから遠ざかる。


















 これより数日後、宮廷魔術師テネイラと、メンフィル王リウイの間で開かれた会談は、血に染まり終わりを告げる。
 カルッシャの盾と詠われた宮廷魔術師テネイラが、暗殺されたのだ。

 犯人は……メンフィル王リウイ。

 その一報が王都ルクシリアに届けられ、皇太子レオニードの怒りの咆哮が王宮に響き渡る。
 姉であるセリーヌに続き、彼にとって後見人にして師でもあったテネイラまでもが殺されたのだ。

 嘆き、悲しみ、そして怒りに憎しみ。
 堪えに堪えた感情が……爆発した。

 その様子を見て、苦い顔をする宰相サイモフ。
 何故ならば、今回の事件に彼は係わっていたのだから。

 姫将軍エクリア暗殺計画。

 それを逆手に取られ、尚且つ、彼にとって友であり、共に皇太子を支える両翼であったテネイラを殺されてしまった。
 それを成したのは、間違いなくエクリアであるとサイモフは確信している。
 だからメンフィルが無実であると、サイモフには当然に解っていた。
 元より姫将軍暗殺の罪を擦り付けるつもりでもあったのだし。
 サイモフにとっても、闇夜の眷属……魔族との融和政策は時期尚早と見ていたからだ。

 エクリアと同じに。
 自らが育て、なのに排除すると決めた『殺戮の魔女』と。

 とは言え、サイモフとて、戦端を開くつもりなどなかった。

 せいぜい外交的に強い立場に立ち、そうして10年、20年、そして100年先のカルッシャの将来を見据えての行動のはずだったのだ。
 自ら生きている間に、魔族との共存共栄を叶えさせるつもりなどない。
 だが、自分が死した後まではそうさせるつもりはなかった。
 時間と共に、ゆっくりと魔族への恐怖の感情から、闇夜の眷属としての朋友の認識へと昇華させていけば良い。

 それが未来のカルッシャ王レオニードの役割だと思っていたのだ。

 だが、こうなっては仕方あるまい。

 殺戮の魔女、姫将軍エクリアの思惑通り、カルッシャとメンフィル……いいや、レスペレントで戦の炎が上がるのだ。

 ならば、負けるわけにはいかない。
 例え、何を踏みつけようとも。
 そうして、諦める訳にはいかない。

 殺戮の魔女の排除を。

 そうせねば、カルッシャはこの魔女に滅ぼされてしまう。

 彼、サイモフは、姫将軍を殺せる人材を捜さなければならない。

 あのテネイラを殺せるほどに強力な魔女を、殺せうる者を……








 レスペレントを覆う謀略の影は、こうして蠢き始めた。

 クラナ王国ジオ・ニークがドラハカナ・ドワーフ領を侵し征服すれば、フレスラント王国がスリージ・バルジア両王国に圧力をかける。

 同時に、ティルニーノ部族国のエルフ達が、凶悪なグルーノ魔族国の魔族に襲われ、フレスラントの後押しを受けたバルジア王国が、セルノ王国討伐の軍旅を発する。

 そして遂に、この大戦の元凶たる一方の国、メンフィル王国がレスペレント都市国家郡に駐留するカルッシャ王国軍との戦端を開く。


 姫将軍エクリアと、混沌の策士ケルヴァン・ソリード。

 この2人の思惑通りに、後に幻燐戦争と呼ばれるレスペレント全土を覆った大戦の幕が開き、



 炎に彩られた大地を、地下深くから楽しそうに眺める。

 この存在が知っていた、幻燐戦争を楽しそうに、興味深そうに……





















 ───これが終われば迎えに行くから。

 だから、待っててね、おねーちゃん────────────




































 後書き


 暑さのせいか、だるくて上手く文章が書けないんだ。

 ああ、そうだ。完全なオリキャラは、この作品には出ませんので。



[19058] ゼロの10
Name: uyr yama◆157cb198 ID:afcdcf20
Date: 2010/07/01 00:01






 ある日のこと。

 ついに、ハイシェラがキレた。


《いい加減にぃっ……せんかぁぁぁあああああああああっっっ!!!》


 彼女との会話は心話で行われている。
 だから脳裏に直接響く大音量の怒声に、私とセリカは頭がクラクラ。
 鼓膜には影響がないはずなのに、耳までキーンと鳴ってとっても痛い。

 ちなみにハイシェラが怒ったのは、私に甘すぎるセリカと、それにべったり甘えたままの私のせいだ。




 王都ルクシリアの酒場でいつもの様に魔物退治の仕事を請け負い、そうしてそれを退治しに郊外へと出かけた私たち。
 ルクシリアから川沿いに北上していると、目的地手前で目標とは違う魔物に出くわした。
 相手はプテテットと呼ばれるゼリー状の魔物で、産まれて間もないのかとても存在感が弱く、力も脆弱。

 いつもの様に前に出て、プテテットを軽く蹴散らそうとしたセリカ。

 でもだ、そこでハイシェラが言ったのだ。


《これはカヤ嬢ちゃんの実戦訓練にちょうどよいの》


 って。

 別に今日が初めてって訳では無い。
 これまでも、ちょくちょくこうやって弟君付き実戦戦闘訓練はしていたのだ。
 だからいつも通り私はセリカの前に出ると、ルクシリアでセリカに買ってもらったばかりの白金の剣を構える。
 セリカの様に柄を上に、剣先を下へやや斜めに構えたその姿は、一見ではいっぱしの剣士に見えて格好いいと自負していた。

 ハイシェラは鼻で笑うけど。

 それはともかくだ、眼前のプテテットを斬るべく前へ出た私は、地面を蹴った。
 一気に自分の剣の間合いへと詰め寄ると、勢い剣を振り下ろす。

 びしゅっ!

 セリカみたいに、ビシュッ! ではなく、びしゅっ!って空気を切り裂き、プテテットに白金の刃が食い込む。


「ピギィーッ!?」


 一撃では殺しきれず、ぶよぶよ痛そうに蠢くプテテットさん。
 なんか知らないけど、私の脳裏に「ボク、悪いプテテットじゃないのに!?」なんて声が聞こえた気がするけど気のせいだ。

 とにかく、私は止めを刺そうと再び剣を振り上げたんだけど、怒ったプテテットさんが「シャギャー!」唸りを上げて私に襲い掛かってきた。

 ゼリー状の身体の一部を隆起させ、私目掛けて飛ばしてくる。
 でも私に命中する寸前、セリカが私の前に出て簡単にそれを斬り払うと、そのままプテテットに止めを刺した。

 セリカの剣で斬られ、ドロドロに溶けて消えていくプテテット。
 私は緊張を解き、ホッと胸を撫で下ろす。


「ふぅー、ちょっと怖かったです。ありがとう、セリカ!」


 ほにゃっとした笑顔をセリカにむける。
 セリカも私の無事を見て安心したのか、私の頬を軽く一撫ですると、周囲をグルリと見回した。
 するとセリカの視線の先に、死んじゃったプテテットさんの仲間なのか、ぶよぶよぶよぶよ……、12匹ものプテテットさん大集合!
 セリカは低レベルなプテテットさんを残し、私の手に余るような奴だけ蹴散らすと、再び私の後ろへと下がった。

 きっとハイシェラが私にやらせろとか言ったんだろうなーって思いながら、私は再び剣を構える。

 そこからは、さっきの焼き増しと言っても良い展開。

 私が剣を振り、プテテットさんにダメージ。
 でも倒しきれない。
 怒ったプテテットさん、私に攻撃。
 でも、その前にセリカがプテテットさんを倒す。

 この繰り返しを都合7回ほど繰り返していたら、ハイシェラがキレタのだ。


「セリカよ! あまりカヤ嬢ちゃんを甘やかすでない! これではいつまで経っても上達せんわっ!!」


 セリカは目を閉じて、黙ってハイシェラの言葉を聞き入っていた。
 たっぷり10分ほど説教をすると、次は私に矛先を変える。
 ビクンっと恐怖で身体を硬直させる私。
 そんな私を見たセリカが、「今日中に魔物を退治しに行くぞ」って話を変えようとしてくれたんだけど……


「行くなら一人で行っておれ! カヤ嬢ちゃんは我が責任をもって躾けとくでの」


 低レベルとはいえ魔物が出る場所に、ハイシェラ付きだからといっても、私一人置いて先に行くつもりはなかったようだ。

 セリカは目をつぶると、黙って腰を下ろす。
 こうして唯一の味方を失ってしまった私は、ここから延々と説教を受けるはめに……


「大体においてだのう、なんだって剣で戦おうとしておったのじゃ?」

「セリカに剣を買ってもらったからですよ?」


 首を斜めに傾け、私の腰に納まっているハイシェラに対して本当に不思議そうに答えた。


「お主に剣の才能はないと言うたではないか……」

「だって、カッコいいと思いません?」

「はぁ……、よいか、カヤ嬢ちゃん。お主はカッコイイとか悪いとか言っても良いレベルには到達しておらん。
 その腰の剣は、念の為にとセリカがお主に買い与えた物で、今それで戦えとは言っておらんのじゃ。
 まずは、炎の魔術、地の魔術の2つを中心にしてじゃな……」


 延々と、延々に……

 果てる事無いハイシェラのグチ混じりの説教は、日が完全に落ちてもまだ続けられ……


「何よりじゃな、お主を苛んでいる魔力のコトを考えても、普段の生活やこう言うときに率先して使えば身体を損なったりせんのじゃ。
 まあ、お主がセリカと交われば一気に解消はすると思うがの? じゃが、いつもいつも傍にセリカが居るとは限らんであろうが……
 おい! 聞いておるのか! まったく、我の話をキチンと聞かんか! カヤ嬢ちゃんだけでないぞ、セリカ! お主もじゃ!! 大体だの………………」 


 本当に、終わらない。
 どれだけストレスを溜めていたのだろうか?
 少し反省をしなければいけないかも……

 とは言え、

 
「お腹、空きました……」

「もう少しの我慢だ」


 いつの間にかセリカが野営の準備をしており、目の前には、焚き火がバチッ、バチッと火花を飛ばす。
 ついでにこれまたいつの間に釣ってきたのか、セリカの持つバケツの中には、お魚さんが7匹も。
 セリカはそれを黙々と串に刺し、焚き火の傍に突き刺していく。
 私は串に刺したお魚さんの焼き具合を、ぼへ~っと見ていたのだけど、不意に何となく空を見上げた。

 昼間晴天だった今日の夜空は、まるで降ってきそうな満点の星。
 そして、綺麗に出ていた青の処女月リューシオンが、暗い周囲を淡く蒼い清浄な光で照らしていた。

 私はハイシェラのお説教を右から左へと聞き流しつつ、セリカの膝の上にちょこんと座る。
 頭をセリカの胸にもたれさせながら、2人仲良く星空を眺めた。
 すると、星が右から左へとススゥーと流れる。


「あっ、星が、流れた……」


 滅多に見られる物じゃない。
 ちょっとした感動を伝えようと、私は首を捻り、笑みの形に口元を緩めながらセリカを見上げた。

 セリカは私と目が合うと、両腕で私のお腹を優しい力で締め付ける。
 そして徐々に、そう、徐々に彼の顔が私の顔に近づいてきた。
 近づいて来る唇に、だけども私は、綺麗なまつ毛だなーとか、本当に女の人みたいとか、益体も無いことばかり思うのだ。

 そうして唇が重なる。

 気づけばハイシェラのお説教も終わっていた。
 焚き火の音と、川が流れる音、ふくろうさんの鳴き声や、風で草木が擦り合う音。

 自然の中で、余計な音が一切聞こえない、そんな状況で、魔力が如何こうとか、そういう理由が無い、恋人同士みたいな、


 甘いキス。


 息継ぎに僅かに唇が離れても、すぐにまたふさがれて……

 自然と目が潤み、セリカの顔がぼやけてくる。

 胸が、苦しい。

 トクンっと大きく跳ねる。

 苦しくて、切なくて、セリカの顔が、まともに見れない。
 私は苦しさから逃れようと、キュッとまぶたを閉じた。
 そんな私の肢体をセリカの手が弄りだして、頭の中が何度も真っ白になる。
 息が荒くなった私の身体を優しく横たえ、セリカの身体が私を押し潰す。

 私に覆い被さったセリカの重みに、肢体が熱く燃え、どこまでも、どこまでも熱く……そして、


「あぁ……んっ……セ、リカ……」


 唇から漏れ出す私の喘ぐ声が、川の流れる音に紛れて。

 どこか遠くに自分とセリカを見ながら、私は……


















 セリカの頬にビンタを一発、お見舞いするのです。























 次の日の朝、なんとか純潔を守った私は、ハイシェラの呆れたような愚痴にも上の空。

 酒場で依頼された魔物退治をするセリカの姿に、目と心を奪われる。

 今まで、そんなコトなんてなかったのに……

 昨日何度もセリカの唇と重なった自分の唇を、我知らず何度もさすり、私は熱い吐息をこぼすのだった。









































 幻燐戦争の発端であるテネイラ事件から、大よそ半年の時が流れていた。

 その間、メンフィル王国とカルッシャ王国の戦いは、レスペレント都市国家郡駐留部隊との戦闘終了後に、再び戦端が開かれる事はなかった。
 駐留部隊との戦い自体も極々小規模な物で終わり、カルッシャは潮引くように軍勢を本国へと引き返していく。
 全て姫将軍エクリアの計画通りに、一兵足りとも無駄死にさせず、効率的に軍を運用しているのだ。

 来たるべき決戦の日に備える為に。

 一方、軍を自侭にするエクリアを苦々しく思いながらも、だがしかし、皇太子であるはずのレオニードは、今大戦においての発言力は殆ど持ち合わせてはいなかった。

 唯一指揮する権限を持っている軍団を、虚しく王都で腐らせていたのだ。 

 亜人騎士で編成される、忠勇無双の翼獅吼騎士団。

 この軍を中心に強引に攻め上りたくても、翼獅吼騎士団は騎士団長を4年前に失ったまま。
 現在はレオニード自身が仮の騎士団長を務めているが、まさかレオニード自身が出るわけにはいかない。
 彼は次代のカルッシャの王として、その身の安全を第一にしなければならないのだから。
 少なくても、自らに跡取りとなる子が出来るまでは。

 それにレオニードは、エクリアのメンフィルへの対応に不信感を持っている。
 現在、周辺諸国をメンフィル色に染められて行く中、何一つ動こうとしないエクリアだ。

 大戦初期、メンフィルが大陸行路の中心であるレスペレント都市国家郡の中枢、ルミアを落としたその時に、
 カルッシャが全力でメンフィル討伐軍を発したら、確実にあの時点で戦乱は終結していたのだ。

 そうでなくても、4年前の様にカルッシャを中心とした連合軍の結成をしていたならば……

 であればこそ、レオニードはエクリアに対して不信感をぬぐい切れない。

 何度もメンフィルを討伐する機会はあったのだ。
 それをしない理由は……?
 痺れを切らしたレオニードが王都を離れた瞬間、エクリアが王位簒奪の兵を挙げるのではないのか……?
 レオニードが知らぬうちに、近衛軍を自らの直属としてエクリアだ。
 その可能性は捨てきれない。
 だけども、この現状で反乱など起こしても、百害あって一利なしではないのか?
 いいや、もしもエクリアとメンフィルの間になんらかの繋がりがあったのならば……
 魔王リウイ・マーシルンの妻イリーナは、エクリアの同母妹なのだ。
 レオニード自身も、イリーナとの関係は良好ではあった。
 あったのだが、元婚約者である自分に対し、メンフィル王リウイがどの様な感情を持っているのか。
 少なくても、好い感情を持ち合わせてはいまい。

 被害者はコチラなのだがな……

 しかし、魔王にその様な理屈、通じる筈もない。
 だからこそ、レオニードは欲していた。

 自らに代わり翼獅吼騎士団を率いるに相応しい者を。
 セリーヌと共に、見事戦死したギルティン・シーブライアに代わる人材を。

 そして、彼にはその人材に、一つだけ心当たりがあったのだ。


「サイモフ、リィ・バルナシア神殿に使いを。天使モナルカとの盟約の変更許可を願い出ろ! 我がカルッシャの守護神として、王都に招聘するんだ!」

「……モナルカの滝はどうするので?」

「メンフィルが強大化している今、あの様な地をいくら守っても意味は無い。
 それにだ、今大戦さえ乗り切れるのならば、大戦後にモナルカとの盟約が破棄されても文句は言わん」

「闇勢力の台頭を良しとしないテルフィオン連邦と、光陣営の神殿勢力から圧力をかけて貰いましょう」

「頼りになるのはお前だけだ、サイモフ。頼むぞ……」

「お任せあれ」


 これで後は、カルッシャとメンフィルの直接対決までに、モナルカが王都に招聘されてくれるかどうかだけだ。
 なんせレスペレントの半ば以上に影響力を持ってしまった現在のメンフィル。
 カルッシャ本国に攻め上ってくるのも、時間の問題であろう。

 既にセルノ、スリージ両王国はメンフィルと盟を結び、バルジア、フレスラント、クラナは膝をついた。
 現在はティルニーノと手を組み、グルーノ魔族国へと攻め上っている頃だろう。
 そしていよいよ、カルッシャと隣接するミレティア保護領への侵攻だ。

 カルッシャとメンフィルの直接対決の日が間近なのである。

 勝てるのか……?

 レオニードは、不安から手の平に嫌な汗が滲み出て止まらない自分に気づいている。
 10倍以上は差があった筈の国力差が、あっという間に詰め寄られてきているのだ。

 それを跳ね返せるだけの力を持っているのだ、あの魔王リウイ・マーシルンはっ!!

 だからこそ、大戦初期に攻め滅ぼさなければならなかったのだ!

 それが……! それが……っ!!


「姫将軍、あやつさえいなければ……っ!!」


 苦々しい口調で吐き捨てる。
 顔は苦渋に染まり、苛立ちを隠しきれない。
 イリーナを奪われ、セリーヌを殺され、そしてテネイラまでもが殺された。

 その現場全てに居た女。

 アレは、本当にカルッシャの為に動いているのか?

 レスペレントどころか、西方諸国にまでその名が轟いている姫将軍エクリア。

 だが、本当に信じても……よいのか……!?

 『排除』

 この二文字がレオニードの頭を掠め、だがしかし、彼にとって大切だった姉の顔が脳裏をチラつくのだ。
 例えどんなに憎く疎ましい存在でも、あの姉が愛した家族の一人。
 そう思ってしまえば、レオニードにエクリアを如何こうする気が失せていく。

 そんなレオニードの様子に、サイモフは嬉しげに目を細めた。

 王ならば国の為に非情に徹するべきである。
 だが、情を捨てきれぬ王だからこそ、忠誠心が刺激されるのだ。
 サイモフは、リメルダを死なせ腑抜けてしまった国王よりも、この瞬間にレオニードへと忠誠の対象を変えた。

 泥を被るのは臣下の役目。

 かつてエクリアの母、リメルダを死に至らしめた時のように、姫将軍エクリアを貶め、このカルッシャから排除する。
 そして後顧の憂いがないように、息の根を……止めるのだ。
 サイモフは、これこそが自分の最後の奉公なのだと、満足気にその場を立ち去った。

 まずは迫り来るメンフィルへの時間稼ぎとして、ミレティア保護領への最後の梃入れ。

 リィ・バルナシア神殿との折衝。

 そして、近頃王都近辺で噂の凄腕の剣士との接触。


 ───すまんな、リメルダ……


 ボソリ、そう呟くと、老人と言ってもいい筈の男が生気をみなぎらせ、目を爛々と輝かせる。

 カルッシャ宰相サイモフ・ハルーイン。

 カルッシャの盾と呼ばれたテネイラ亡き後、自分こそが真にこの国の盾だと自認する男。
 
 この日以降、彼は姫将軍エクリアへと最後の謀略をしかけ始める。

 エクリアを貶め、このカルッシャから追放する為の、最後の謀略を。

 偶然なのか、混沌の策士ケルヴァンが、エクリアにリメルダの死の真相を語ったのと、ほぼ同時に。

 それはエクリアの策を無にし、逆にメンフィルのレスペレント統一への足がかりとなってしまう事を、サイモフは気づく訳もなく……


















 こうして、カヤがこの争乱の渦中に飛び込む日が、刻々と近づいてくる。


「ハイシェラ~、もう疲れました~」

「ダ・メ・じゃ! ほれ、さっさと魔力を高めんかっ!!」


 こんなやり取りも、もう、終わるのだ。


































 キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)


 カヤ  (セリーヌ・テシュオス)


 LV.20


 HP  99/ 99
 MP 297/297
 TP  34/ 34


 熟練度

 小型武器  E
 中型武器  E
 ひえんけん E
 魔術・強化 E
 魔術・火炎 D
 魔術・地脈 E
 魔術・純粋 D
 魔術・招聘 ─ (×)
 


 魔術・招聘

 ギルティン招聘     セリーヌの為に命を捨てた英霊騎士ギルティンを招聘して戦闘に参加。MP50
 セリーヌ騎士団招聘  セリーヌの為に命を捨てた戦士達の英霊軍を招聘して戦場に参加。MP500



 スキル

 病弱 Ⅰ  常時衰弱状態、及び、HP,MP,TPが15%低下
 虚弱 Ⅰ  経験値・熟練度の入手が通常の50%、及び全パラメータが15%低下
 復活 Ⅴ  戦闘不能になった時点で発動し、発動するとHPが50%で復活
 神秘の防護 攻撃対象時に確率で発動し、発動すると味方全員ダメージが半分になる
 神殺しの防護 パーティ内にセリカがいる場合、カヤへの攻撃が全てセリカにガードされる
 HP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にHPが回復
 MP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にMPが回復
 賢者の魔力Ⅰ 消費MPが10%軽減される
 テシュオスの守護Ⅰ 防具の属性に左右されず、常に『万能+1』の防御属性になる
 セリカが好き パーティ内にセリカがいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇



 称号

 初恋乙女w  遂に神殺しにポっwしてしまった、カヤ(セリーヌ)の称号





 所持アイテム(きっと普段はRPG特有の不思議袋にinw)

 E:プラチナソード 攻撃 物理135 効果 混乱Ⅰ
   セリカにルクシリアで買って貰った
 E:妖精王の衣 属性 万能+1 回避 15 物防 50 魔防 40 回避 -1 運 5
   セリカが持っていたのをカヤ用に仕立て直した
 E:城壁の指輪 物理防御 20%up
   セリカが持っていた指輪をカヤが奪った(最初からカヤにあげるつもりではあった)
 重要:魔神を封じた剣
   ハイシェラさん カヤのお目付け役
 重要:水晶で出来た儀式剣(封印)
   封印されている何らかの儀式で使われると思われる剣。セリカとカヤがイオメルの樹塔でパチッた
 治癒の水・特大×5
   取って置きの傷薬。心配性な誰かさんがカヤに持たせた





















 後書き

 メンフィル侵攻ルート及び、カルッシャ大戦略は、原作『幻燐の姫将軍2』ロウルートを参考にした、本作独自の展開です。

 エクリアの状態等も、本作独自のモノなので、その辺りもご理解頂けますよう。

 あとあれだ、前にも言ったけど、逆ハーとか、百合ハー、ついでにビッチ展開、近親相姦等は一切ありません!

 セリーヌの姉妹弟愛に、肉欲的なモノは一切ありません!

 それにしても、あつい……


 感想でのツッコミ対策w

 感想板にも同じ内容を投下してます。

 ケルヴァンについて……

 基本的に話は次回以降なんです。
 が、間違えてはいけません。
 これがハーマンでしたら顔合わせた瞬間に即殺狙うでしょうが、エクリアは違います。
 何故なら、セリーヌを殺したのは、カーリアンですから!
 ケルヴァンはその場に居て、セリーヌ一行に襲い掛かった将帥ですね。
 あと、何故かセリーヌが命を狙った男ではありますが、その理由を知っているのは死んだギルティンのみ。
 エクリアはセリーヌがケルヴァンの命を狙った事も知りません。

 以上ですw



[19058] ゼロの11
Name: uyr yama◆157cb198 ID:afcdcf20
Date: 2010/07/07 23:23








 遂に、メンフィル王国軍がミレティア保護領はペステの街を陥落させた。

 女領主であるティファーナ・ルクセンベールはメンフィル王リウイ・マーシルンに膝を屈し、メンフィル軍の一員に名を連ねる。

 これで、このレスペレント地方において最強にして最大の国家であったカルッシャ王国は、孤立したことになる。

 最大の同盟国であるテルフィオン連邦は、メンフィルの同盟国であるベルガラードに抑えられ、この状況でも援軍を出すことは叶わず。

 絶望的な状況。

 だがしかし、カルッシャの民は信じていた。

 難攻不落のブロノス砦にて、メンフィル軍を待ち構えている姫将軍エクリアが居る限り、メンフィルの魔物の軍勢など如何程のものか!と。

 しかし、とある噂が王都ルクシリアを中心に蔓延し、それが徐々に国中に、そして大陸行路を通じてレスペレント中に広がっていった。

 民衆の信頼は徐々に失望に変わり、国中の雰囲気が暗く落ち込んでいく。































 無理に明るく振る舞い、内心の恐怖を誤魔化す。
 カルッシャの王都であるルクシリアの現状である。

 何より姫将軍エクリアの醜聞。


 曰く、姫将軍エクリアの力は、夜な夜なメンフィルの魔王との間で行われる淫らな性魔術により手にしたモノだ。

 曰く、今大戦においてのカルッシャの消極的な動きは、全てメンフィルに内応したエクリアの策略によるモノだ。

 曰く、曰く、曰く…………


 これらを聞く度に、何故だか分からない感情が心を支配する。

 そうではないのだと。
 これは誰かの陰謀なのだと。
 お姉さまは誰よりもカルッシャの事だけ思い、生きてきたのだから。

 ん? おねえさま……?

 まあ、良くは分からないけど胸が苦しくなり、早く何とかしなきゃと、私は焦燥感に苛まれていた。


 そんな時、決まって私がするのはセリカの観察。
 彼を見ていると、不思議と心が凪ぐ。
 黙々と剣を研ぎ、私がどんなに話しかけても、「ああ……」とか、「そうか……」しか言わないセリカ。
 それでもね、私の話をキチンと聞いてくれているって分かるのだ。
 不意に話が途切れたりすると、感情を伺わせない顔を私に向けて、ジッと此方を見続ける。
 どうかしたのかと、目で私に問いかけるのだ。
 私は嬉しくなって、本当にどうでもいい話をまた始める。
 その内にハイシェラも話に加わって、3人仲良く楽しい時間を過ごす。

 穏やかで、とっても暖かい時間。

 ハイシェラに言わせれば、こんなにゆったりとした日々を送れるなんて、滅多にはないそうなんだけど。

 だけども、私にとってはこれが日常なのだ。

 私はこうしてセリカとハイシェラの優しさに溺れ、どうして胸が苦しくなるのか分からない外の世界の話から逃避してしまう。

 だからだろう。

 もう、何年も固執していた思いを、遂に捨てようと思ったのは。

 ハイシェラが言うのだ。

 ここカルッシャはもう長くはない。
 もうすぐメンフィルによって征服され、滅び去るだろう。
 だから、もうこの国から、このレスペレント地方から離れよう。

 いつもなら、すぐさま駄々をこねてこの国、このレスペレントに残りたいと訴えただろう。

 でも私は、チクンとした胸の痛みを振り切り、

 コクン

 遂に頷いた。

 この5年の間、何度も言われ続けて、それでも我が儘に拒否し続けてきたけれど。
 でも、私には過去の何かより、もうセリカとハイシェラの2人の方が大切なのだ。

 ハイシェラには、セリカとの旅は辛く苦しいモノなのだとは言われている。
 光の神々の勢力からは邪神と罵られ命を脅かされて、闇の勢力からはセリカの女神の身体を狙われ続ける苦難の旅。
 危険で、穏やかな日々はそう滅多に訪れない。
 それでもハイシェラとセリカは私を誘ってくれたのだ。

 一緒に行こうと。

 そんな2人との旅。どんなに辛く苦しくったって、私はきっと幸せで居られる自信がある。
 だって、2人と一緒に過ごしたこの5年近い年月、ただの一瞬でも自分を不幸だとか思ったことはないのだ。
 本当に大変な事に遭遇していない。と、言うこともあるかもしれない。

 でも、私は、好きなのだ。

 ハイシェラが、セリカが、とても好きだから。


「なら、明日にでもルクシリアを出るとするかの、のうセリカよ」


 セリカは頷くと、荷物を纏め始める。
 私もにこにこしながら、セリカを手伝う。
 そうして夜が更け、ベッドに潜り込む。

 どきどき、わくわく。

 明日からの事を考えると、楽しくって仕方ない。
 ごそごそと深夜遅くまで起き続け、何度もハイシェラから窘められた。

「あんまりはしゃぐと、熱を出すぞ!」ってね。






 そして次の日の朝、ハイシェラの言うとおり、私は案の定熱を出してしまう。
 まるでピクニックの前日にはしゃぎすぎて、当日熱を出して寝込んでしまう子供みたいに。

 結局大事をとって、旅を出るのを10日程先に延ばすことになってしまった。
 熱にうなされ、それでもとても慣れた感覚で、『前』に比べたら全然楽だなって思ってしまう。

 それでも、 


「ごめんね、セリカ、ハイシェラ……」

「気にするでないぞ。とは言え、そろそろ真剣に考えねばならんかのう」

「何をです?」

「カヤ嬢ちゃんの、虚弱体質を治すことじゃな」


 セリカが果物をすりすりしているのを横目に入れながら、胡乱な眼でハイシェラを見る。

 そんなに簡単に治るんなら苦労はしないよね?

 なんて思いながら、「あ~ん」って大口を開ける。
 セリカは木製のスプーンを手に持ち、すりすりした果物を食べさせてくれた。
 ちょっと酸味が強い果物だけど、なんだろう? すんごく甘い。


「おいしー」


 熱で赤くなったほっぺたを、ほにゃって緩める。

 これって『りんご』みたい。
 こっちにもあったんだ……

 いやいや、『私が』食べたのは初めてだけど、そういやパズモ・メネシスが食べてるCGを見た覚えが……

 あれ? 今、何を思い出したの……?

 熱のせいか、さっきから頭の中がぐちゃぐちゃだ。


「ったく、なんでお主は大人しく我の話を聞くことが出来んのじゃっ!!」


 もう少しで『大切』なコトを思い出せそうな気がしたんだけど、ハイシェラの怒鳴り声で忘却の彼方。


「よいか、良く聞け……」


 そうして始まるハイシェラ先生のありがたいお話。
 私が熱を出してパ~になってるって、なんで分からないのかな?


「セリカの使徒になればよい。
 そうすればお主の体では耐え切れない魔力の猛りも、自然と身体に馴染むようになるであろう」


 使徒になれば体が作り変えられていく。
 神殺しセリカと同じく不老不死になって、永久を彷徨うことになるのだ。

 でもそれってセリカの従者になるってコトだよね?
 セリカのことは好きだけど、しもべに成りたいとは思わない。

 彼と手を繋いで歩きたい。
 恋人同士のように、夫婦のように。セリカの横に、居たいのだ。

 でも使徒になってしまえば、それは叶わないことではないだろうか……?


「それはカヤ嬢ちゃんの気の持ちようだの。カヤ嬢ちゃんが変わらなければ、セリカも変わらぬよ。
 カヤ嬢ちゃんが望む関係を作れるかどうかも、全部お主等次第じゃ。
 もっとも使徒となれば、それとは別に神殺しの業に巻き込まれる事になるだろうがの」


 熱でぼーっとする頭で、少しだけ本気になって考えた。

 神殺しの業。
 そんなの、私には分からない。
 でも、どんなに辛くても、隣にセリカが居てくれるのなら……


「セリカは? セリカは、私が使徒になったら嬉しいですか……?」

「そうだな。カヤが一緒だと、俺は嬉しいのかもしれん」

「そっかぁ……」


 最後にそう言うと、私は熱いまぶたを閉じた。

 ドキドキ、ドキドキ。

 胸の鼓動が果てしなく激しい。

 これって、愛の告白みたいなモノだよね……?
 セリカは、私のこと、好きなのかな?


 だったら、嬉しい……


 熱で熱いまぶたから、嬉し涙で滲み出て、じんわりと目元を濡らしていく。


 もう、いいよね……?

 失われた過去を、そのまま失わせてしまっても。
 今以上の幸せなんてない。
 ブラコンとシスコンの神様に背を向け、私は恋に生きよう。
 病気を治し、元気になったらカルッシャを出て、レスペレントを飛び出すのだ。

 そうしてその先にある何処かで、私はセリカの……


 使徒になりたい


 好きだと伝えよう。
 愛してると囁こう。

 そうして、出来る事ならば、私はセリカに好きだと言って貰いたい。愛していると囁かれたい。


「ねえハイシェラ。私、足手まといにならないかな?」

「何を今更な。お主はいつでも足手まといぞ?
 だがの、それでも我とセリカはカヤ嬢ちゃんが一緒に居てくれるのが嬉しいのじゃ。何故だか分かるか?」


 首を、横にゆっくりと振る私。


「楽しいからだの。カヤ嬢ちゃんと一緒に旅する様になるまで、久しくなかった感情ぞ? お主は、我とセリカにとって、必要な存在なのじゃよ」
 
「うにゅ……えへへ……ふにゃあ……」


 てれてれ、ふにゃふにゃ。

 変な声が口から漏れ出す。

 決めた。使徒になろう。

 あれ? でも、使徒になると言う事は、セリカに抱かれると言う事だよね。
 セリカのことだから、きっと性魔術を使うに違いない。

 病気とは違う意味で熱くなる頬。
 恥かしいような、でも嬉しいような、そんな、どこかムズ痒い感じ。

 でも、とても心地が好くって、私はセリカに手を伸ばし、


「ね、一緒に、寝て……」
 

 熱で汗に濡れた前髪をセリカの胸に押し付けながら、私は彼の腕の中で安らぎを覚える。
 一緒に旅をしてから5年近い時が流れている。
 その間、ずぅーっとあった胸のしこりが、消えていくのが分かった。

 もう、考えなくてもよいのだ。

 お姉さまのコトも、イリーナのコトも、レオニードのコトも、考えなくて……いい、の……



 静かに寝息を立てて眠る私を、セリカは優しく髪を梳きながらギュっと抱きしめて、離さないでくれたのだった。



















 その後、熱が下がり、体調が完璧に整ったのを見計らうと、私達はカルッシャ王都ルクシリアを出た。

 テリイオ台地を横目に見ながら、途中気色悪い視線を振り切って、テネイラ事件のあったユーリエに入る。
 ブロノス砦からメンフィル軍が撤退したと喜びに湧く住民達を流し見ながら、私達は一気にミレティア保護領に入り、そのままレスペレント都市国家郡へと抜けた。

 でも商都ルミアには立ち寄らず、ひたすらに南下し続ける。

 戦乱に荒れるレスペレントをさっさと出てしまい、ケレース地方に入る為に。

 セリカと私は夜になる度に唇を合わせ、私はもう彼の行為に抵抗しようとは思わない。
 次に彼が私を求めたその時が、私が真にセリカとハイシェラの家族になる時なのだから。

 暖かいなにかと、うれし恥かしい気持ちに包まれ、

 だが、


 私の幸福な妄想は終わりを告げる。







 メンフィル王国へと入り、『今の』私の原初の記憶。

 炎に包まれ滅びた開拓民の村跡に差し掛かった時、その場に悲しげにいななく飛竜が一頭。
 その飛竜の主だろう男が、大量の血で大地を赤黒く染めている。

 風に流れて、その男の呟きが私の耳に届いた。


「セリーヌ様……申し訳ありません……」


 頭が槌で殴られたような衝撃。

 ズキ、ン……

 痛み、痛み、痛み……

 私は走った。その男の下へ。

 ハイシェラが、セリカが私を止める。

 でも、足が止まらない。

 行ってしまえば、セリカとの明日が、永遠に去ってしまうと分かっていても。 

 




 血を流し倒れ伏す男の傍まで行くと、手を取り、声を掛ける。


「大丈夫ですか! 気をしっかり持って!!」


 私の声と姿に、男は数回目を瞬くと、驚いた風で私を凝視した。


「セ、リーヌ……さま……?」


 セリーヌ、そう呼ばれた瞬間、私の中で目覚め始める。

 セリーヌである私と、一度は捨てた自分が。

 前世の●●が……

 『 阿藤 沙希 』が、目を覚ます。






























 後書き

 今一やる気が出ないのだ。

 このペースだとハーマンが次回で、エクリアが次々回か次々々回かな?

 阿藤沙希についても書きますんで。

 女で幻燐やってたの? とかも、最初からしっかり理由付けがありますよ。

 ちなみに、つい最近までTSだよね? みたいに思わせていたのは、特に意味がないですw

 ってか、どっちでも別に良くね? と思っていたのが本当w

 でも男のブラコンって気持ちが悪いと思うんだ……


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