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[6033] 立派な正義に至る道(ネギま!×Fate)
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2010/06/18 21:42
謎の不具合が起き、板から消えてしまいました…。

直接ページに飛べば見ることが可能でしたが、追投稿ができないため、再投稿させていただく次第です。

正直、いっそやめてしまえと、いう感情が芽生えましたが、完結させたい気持ちが勝り、書かせていただきます。

愚文で拙いものですが、前から読まれていた方、初めて読まれる方、よろしくおねがいします。


今まで感想を書いてくださっていた方々へ

私のミスかどうかは分かりませんが、感想を消し去ることとなってしまい、申し訳ありません。
みなさまの感想を糧に頑張ってきましたので、このようなこととなり、本当にすいません。
今後はそのようなことがないよう、心がけていきます。


クロスオーバーだから多少の独自解釈が~など言うつもりはさらさらありません。
間違っていれば、間違っていると言っていただけるとありがたいです。
ただし、どちらかの作品を偏重するつもりはないということだけは、ご了承ください。

この作品では「衛宮士郎が真の英霊(守護者じゃない)にいたる道のりで、ネギやその仲間たちとのふれあっていき、変わっていく様」を書きたいと思ってます。


なんの修正もかけていないので、あとがき部分が変なものがあるかもしれませんが、本文には支障がないのでお気になさらずに。

長くなりましたが、本文へどうぞ


2009/06/10追記

27話辺りから少々オリジナルの設定が入っております。
あらかじめ、ご了承の上、お読み下さいませ。



***修正履歴***


2009/01/22 ・前書きの修正…ご報告ありがとうございました。
       ・24話の「魔法を使うつもりはない~」を修正と部分補足

2009/11/14 ・33話追加と修正

2010/04/28 ・41話と42話における士郎のアスナに対する呼び方を統一⇒「神楽坂」

2010/06/08 ・47話の後半部分を大幅に改訂。申し訳ない

2010/06/18 ・重大なミス発見、変更。でも、気が付いていなければ、気にする必要のないものです。気が付いていても、すぐにわかるような箇所ですし…すいません。



[6033] 立派な正義に至る道1
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2010/04/29 15:24




血や火薬が入り混じった異臭が漂う戦場で一人、逃げ続けた。
どこに逃げても響いてくる人々の憎悪や悲哀の声。
そして、迫りくる暴力。
その全てから、ただ逃げ続けた。
だが、いつしか立ち向かう気力すら、無くなっていた。

もう…限界だ。

逃げ回ることを諦め、戦火によって捨てられた廃屋に身を潜めた。
その廃屋となった母屋の壁に背を凭れ、ゆっくりと状況を解析することにした。


──解析、開始(トレース・オン)


魔力はもうすぐ底をつき、肉体も満身創痍、血も流れすぎている。
追ってくる人々の足音がどんどん近付いてきているのも、耳に入っている。
よって、逃げきるのは不可能に近い。
たとえ、逃げ切ったとしても血が足りない所為で、1時間で死ぬだろう。


──解析、完了(トレース・オフ)


…俺、衛宮士郎の命はどうやら、ここで尽きるらしい。

「…ここまで、か…」

俺がこういう世界に身を置いて8年、あの聖杯戦争からすでに10年が経過した。

今となっては、あの日々が懐かしい。

聖杯戦争は…悪夢のような非日常だった。
殺すか、殺されるかという、やり取りの世界にいきなり放り込まれた。
もちろん、その時までそんな世界を知らなかった俺は、戸惑い続けていた。
そんなどうしようもない俺を支えてくれた奴らがいた。

そのおかげで……なんとか、勝ち残った。

そんな非日常の中で失うものもあった。
でも、たくさんの幸せを得ることもできた。
あの日常にいた人々は今、どうしているんだろう?
今も笑っているのだろうか?


特に…あの三人は…。


今更だ。

俺が爺さんのようになるって言ったとき、あの人は何も言わずに送り出してくれた。

『いつか士郎もなるのかなって思ってたけど、本当になるなんてね…お姉ちゃん、驚いちった』

そう言って悲しそうに笑っていたな…でも、結局は何も言わずに送り出してくれた。


俺が旅立つと告げた日、後輩は精一杯の作り笑顔を見せてくれた。

『私、先輩が帰ってくるのを待ってますから!』

かなり無理をさせてしまった…今でも待っているのだろうか。


俺がこの道を歩むと決心したころ、彼女は必死に引きとめてくれた。

『もういいわ、好きになさい。でも、月に一回は必ず連絡入れなさいよ』

結局は折れてくれたけど、約束守れてないな…。


今でも鮮明に覚えているあの三人の表情を懐かしんでいると、不意にアイツのことを思い出した。
死の棘に追い詰められたその時に、月光の中から現れた騎士のことを。
俺の、最高のパートナーのことを。


──…セ──






「──ふむ、未だにその道に固執していたとはな」







俺以外の誰もいないはずの廃屋に響いた声。
その主に俺の目が嫌悪に染まった。

「アーチャー…」

出来れば、見たくなかった。
ヤツが嫌いだったからだけじゃない、ヤツの姿が今の俺に酷似しているからだ。

今の俺は187cmの身長、脱色した白い髪、そして、投影の酷使の代償として起こったのであろう、肌が浅黒く、瞳が銀色に、変色していた。
そして、赤い外套を纏い、馴染みの夫婦剣である干将・莫耶を扱う。

だれが、アーチャーと似ていると否定できるか、いや、できはしない。

俺がヤツを目指した部分もあったからかもしれない。
だが、それだけじゃきっとない。
俺はなるべくしてヤツに成ったのだろう。

「なぜ、お前が…」

死にかけの体じゃ、言葉を発するのも難しい。
そんな俺の様子を見て、ヤツは馬鹿にするように嘲笑っている気がする。

「貴様の不実を晴らすためなどではないとだけ言っておこう」

俺の問いかけに、あの時と変わらない皮肉な口調でそう言いやがった。

「どういう意味だ…」

「こういうことだ」

そう言いながら、近づいてきて、馴染みの夫婦剣を投影し、俺に突きつけてきた。

「この騒動を治めるためだ」

当然の結果だろう。
今回の騒動はすべて俺の責任なのだから。

俺がいなければ、この騒動はすぐに収まった。
ただ一人の死で終わるはずだった。
今までの俺なら、その死を見届け、そこで騒動は終わっていた。

しかし、その死を受け入れることができなかった。


死ぬはずの命があまりにも、雪のよく似合う少女、に似ていたから。


なぜか、俺はその一人を守ろうとした。
必死に、ただ必死に。
どうして、そんな行動に出たのかはわからない。
ただ、懐かしい感じがしたのだ。
あの日常の中にいたときと同じような…。

結局、それは罠だった。

その命はホムンクルスで、二人っきりになった瞬間襲いかかってきた。
が、逆に羽交い締めにし、俺は容赦なく、首の骨を折った。
そして、残ったのは虚しさと人々の憎悪。

守ることができるはずだった。
助けることができるはずだった。
俺がしたことは無意味だったのか?

そんな疑問に苛まれながら俺は、ただ逃げた…殺すことも、奪うことも、せずに逃げ続けた。
そうしている内に、傷つき、血が流れ、魔力を消費し、今に至った。

ただ、この騒動で守護者が動くなんて思ってもみなかった。
それだけ強大な騒動となっているのだろう。

しかし、俺は何がしたかったのだろうか?
俺が助けたかったのは、なんだった?
俺はどうして、この世界に入った?
俺の願いはなんだった?

…もう、何も考えたくない。
…もう、いい…どうせ30分もしない内に死ぬ命だ。

俺は甘んじて受け入れることにした。

「…享受する覚悟はできているようだな」

「さっさとやれ…」

そう言って、目を閉じる。
ひどく眠い。

「く…やはり、貴様は衛宮士郎だ」

その声と同時に夫婦剣が空気を切る音が聞こえる。

──悪い、爺さん…結局、なれなかった。

そう最後に、心の中で呟いて、来るであろう痛みを待った。
しかし、何秒たっても訪れない苦痛に違和感を覚え、目を開けた。

ヤツの夫婦剣がなぜか止まっていた。
ヤツ自身はある方向を見たまま固まっていた。


「それはないんじゃないの、アーチャー」


何度も聞いたことのある声だった。
誰よりも傍にいようとしてくれたあの声だ。

俺はその声の主に目を向け、見開いた。
髪は伸び、顔も大人びて、艶っぽくなっているものの、俺は一目見て分かった。


「…凛」

「…」


「久しぶりね」


5年前はまだ垢ぬけてない美女だったが、今では年相応の美女へと変化していて、正直目を疑った。
べつに変になっていると思ってたわけじゃないけど、ここまで綺麗になるとは思ってなかった。

「なぜ、ここに?」

どちらの言葉だったかは分からない。
でも、遠坂は何も答えずに、こっちに近づいてきた。

「とりあえず、物騒なものしまってくれるかしら?」

遠坂に微笑みかけられると、ヤツは肩を竦め、何も言わず夫婦剣を消した。

「そして、士郎」

昔と同じように悪魔のような笑顔を俺に向けた。
もしかすると…ヤツに殺される前に、殺されそうな気がする…。

「なんだ…」

「どれだけ心配したか分かってるの?」

「わるい…」

なにも弁解する気はなかった。
俺がどれだけ迷惑を、心配を、かけていたのか分かっているから。
約束を守らずに、ずっと戦い続けたのだから…。

そんな俺の姿を見てか、遠坂は呆れたようにため息をついていた。

「まあいいわ、とりあえず…」

遠坂は宝石を俺にかざそうとしたが、ヤツの手が遠坂の手を止めた。
ヤツの眼はあの聖杯戦争の、ランサーとやりあっていた時のように、鋭くなっていた。

「凛…止めておけ」

「何を?」

何かくらい分かっているのだろう。
それでも、遠坂は強気に反論した。

「死なせてやった方がいい」

ヤツの声はひどく冷たく、真剣だった。
それでも、遠坂はヤツの手を払いのけ、俺の傷に宝石を近づけようとした。
が、今度は喉元に夫婦剣を当てられた。

「もう一度だけ言おう。衛宮士郎のまま、死なせてやれ」

「遠坂、もういい…俺はもう…」

ほぼ同時に俺とヤツはそう言った。
すると、遠坂は肩を震わして俯いた。
そして、顔を上げたかと思うと、いきなりヤツの腹に拳を入れた。

「っおう!」

ものの見事なリバーブローだな…。
ヤツは予想外の攻撃に腹部を抑えてしゃがみこんだ。
つーか、英霊って物理攻撃がきかないんじゃないのか。

「あんたらねえ…言わしておけば、いい気になるんじゃないわよ!」

「うっ…」

これは、俺を引き止めようとしている時にもなった、遠坂のマジギレ。
背後で炎が燃え盛っているみえる…あのときよりも、本気で怒っているようだ。

「まず、アーチャー!どんな理由があっても、見捨てていいわけないでしょ!」

「…うう」

ヤツはまだ遠坂の拳が効いているらしく、蹲ったまま何か唸っている。

「そして、士郎!簡単に自分の命を差し出す真似はやめなさい!」

「でも」

「でもも、だっても、関係あるかー!!とにかく、やめなさい!!!」

俺は有無を言わさぬ、遠坂の睨みに何度も頷いた。
そして、遠坂は、再度ヤツを睨みつけていた。

「あんたはそれでいいの」

「なにが、だ」

遠坂の拳から立ち直ったヤツは、さっきと変わらぬ鷹のような目で遠坂を睨みつけて言った。
それでも、遠坂はひかずにヤツを見返していた。

「死なせてしまって…それでいいの」

「…」

「あんたも分かってるんでしょ?これは士郎の所為じゃないって、協会が仕掛けた罠だって」

やはりそうだったのか。
どおりでおかしいと思った。
俺の手の内が全て相手にばれていて、逃げても逃げても追いかけられた。
その結果がこれだ…。

「だが、そう仕向けたのはそこにいるこいつだ」

「それでも、そうならざるえなかったくらい分かるでしょ」

「…」

ヤツは目を閉じ、考えるように腕を組んだ。

「まだ、大丈夫なんでしょ?」

何を言っているのか、わからない。
あまりにも、血が流れすぎて…とうとう意識がもうろうとしてきた。

「分かった…」

…意外だな。
ヤツなら、絶対に有無を言わさず俺を殺すと思っていた。

遠坂はホッとしたのか、俺に宝石を当てて、傷を癒していった。
それと、同時に体が焼けるように熱くなった。

「あ、あぐぁ!!」

本当に治癒されているのかと思うくらい、魔術回路が沸騰している。
それに伴って、何かが内部に入ってくるような痛みすら感じる。
これは、魔術回路のスイッチを無理やり作らされたときに似ている。

「我慢しなさい、あんたのためなんだから」

数秒すると、熱さも治まり、傷は癒えていた。
しかし、血や魔力はどうしようもないくらいない。
こればかりは、時間をかけて戻すしかないだろう。
そう思った矢先、ヤツはとんでもないことを口にした。

「ただ、この世界にいることは許容できん」

ヤツは目を開き、さっきと同じ鷹の目で俺を睨んでいた。

「…なんでだ」

「このまま居続ければ、またこのような騒動が起こるだろう」

「む」

「貴様はそれを治められるのか?いや、そうはいくまい。また傷だらけになり、死にかけるのがオチだ」

確かにそれはそうかもしれない。
俺はすでに封印指定を受けた身の上だ。
また、協会から狙われるかもしれない…だが。

「そう決めつけるんじゃねえ」

「く…なに決めつけるつもりはない。だが、現に死にかけたのではないのかね?」

「む…」

それを言われるとぐうの音も出なかった。
どうだ、反論もできんだろう、と言わんばかりのアーチャーの嘲笑が頭に来たが、何も言えなかった。
しかし、それならば、気になることがあった。

「じゃあ、どうやってこの世界からいなくなるって言うんだ」

「こうやってだ」

ヤツは何かを投影するような構えをとった。
まさか…と思ったが、ヤツはあの詠唱を行った。

「──I am the bone of my sword.(体は剣でできている)」

途轍もない魔力の奔流がヤツの手の中から生まれ、そして…

「──“宝石剣ゼルレッチ”(キシュア・ゼルレッチ)」

かつて"月落とし"さえも食いとめたというゼルレッチの愛剣であり、彼の名前をそのまま冠した第二魔法を可能とする限定魔術礼装。

それを投影しやがった。

遠坂曰く、人類では届かないはるか未来の常識、極めて高度で異質な魔術理論によって編まれているという代物で、理解することなんて一生かけても叶わないはずなのに。
なぜヤツがこれを投影することができるのか、分からなかった。

「なぜ、お前が…」

「なに、実物を見たことがあっただけだ…その日、間近で見た月は実にきれいな鮮月だったが…」

感慨深くそんなことを言っているが、もしかしてあの戦闘をお前は見たのか。
そう問いただしたいところだが、今はそんなことよりも…。

「それで、どうするつもりだ」

「並行世界へ落す」

「人が通れるほどの道はできないんじゃ…」

宝石剣だけでは、人を通すことなど叶わない、とも遠坂は言っていた。

万華鏡(カレイド・スコープ)、宝石翁という異名を持つ魔道元帥のようなレベルまでなければ、不可能だろうとも。
まあ、そんなレベルに行き着くには時間がかかりすぎるし、人間やめるしかないわね、とも愚痴をこぼしていたが。

「もちろんだ」

「じゃあ、どうやって」

「たわけ。誰が通すと言った。落とすと言ったのだ」

なるほど。無理矢理か…。

「って、そんなことできるのか?!」

「凛次第だ」

ヤツは宝石剣を遠坂に渡した。
その瞬間、宝石剣が機能を発揮し、瞬く間に魔力が満ち満ちていった。
宝石剣を受け取った遠坂は手を持ちかえたりして、具合を確かめているようだ。

「これなら、なんとかなるでしょ」

…正直、不安だ。
実験とは違うのは分かっているが、どうしてもあの実験のことが思い出される。

遠坂の実験に付き合わされて、言われるがままに宝具を投影したら、遠坂のやつ


『これから、真名解放をするわよ』


元々贋作だからってんで、いろんな事して真名解放をしようとしやがった。
結局、魔力が暴走して研究所ぶっ壊したっけ。

そんなことを考えてるとは知らずに、遠坂は俺に向かって宝石剣を構えた。

「士郎、ひとつ聞きたいんだけど、いいかしら?」

「なんだよ」

「並行世界でどうやって生きる気?」

「どうやってって…普通に」

そう答えた俺に、遠坂はやれやれと言った感じに、手で顔を覆った。
呆れているのか、ため息すらこぼれている。

俺は何か拙いことでも言ったか?


「また自分を犠牲にして、誰かのために命を削るの?」


遠坂は間をおいて、そう口にした。
真っ直ぐに俺を見つめながら…。

正義の味方は、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れたものだった。

しかし…


九を助けるために、一を捨てる。


これは、正義の味方を目指した先にあった結論だった。

そもそも正義というものには反論する存在があって、初めて存在する。
だからこそ、その反論する存在を容赦なく排除する存在が正義の味方となりうるのだ。

この世界に入った当初は、そんな考え方じゃなかった。
目に見える範囲の不幸や不平等を正そうと努力し続けてきた。
それでも、限界があった。
どんなに守ろうと、どんなに助けようと、取りこぼしがあった。
どうやっても救えない命があることに、心が痛んだ。

この身は誰かの為にならなければならないと、強迫観念につき動かされていた。
それが苦痛だと思う事も、破綻していると気付く間もなく、ただ走り続けた。
俺自身が、そうなのだと、勘付いていたとしても…。

そんな時だった、大きな災害が起こり、数百人の命が死に直面してしまった。
どう足掻いても助けられない数百人の命を俺はただ見守っていた。
その時、世界から、契約を交わさないか、と問いかけられた。
代わりに対価を支払おうと。

その対価があれば、人々を救うことができる。
きっと喜んでくれるだろう。

しかし…

俺はそれを受け入れなかった。
知っていたからだ。
その先のことを、守護者という存在の悲劇を。

そして、目の前の命がすべて死んだ。
その時、悟った。
ああ、これが覆せない掟なのだと。

だったら、手が届く範囲でいい。
それだけを助け続けようと。
きっと、こうすることが最善なのだと、決めつけ始めた。

しかし、今回のことで俺は、再び悩んでいた。
あの少女──結局、ホムンクルスだったが──を助ける際、俺はその理念を捨てていた。
ただ、その少女すらも助けたかった。
それこそが、俺の目指した場所だったのではないだろうか。

この身は誰かのためにあろう。
俺はそう願っていたのではなかったか。

そうだ、俺が、初めて願った正義の味方は、スーパーマンみたいな存在だった。
悪すらも助けるような、そんな英雄を望んだんじゃなかったか。
だから、俺は──

「大丈夫だよ、遠坂。何年かかるか分からないけど、俺はもう一度俺の道を歩むことにするよ」

──立ち上がって、笑顔でそう口にしていた。

「ふふ……じゃあ、頑張りなさいよ」

「分かってるさ」

俺の答えを聞いた遠坂は、再び宝石剣をこちらに向けた。

「士郎…これから、あんたを並行世界に無理やり落とすことになるわ。

ただし、そこがどういった世界でどんな奴らがいるか分からないし、もしかしたら人がいないかもしれない。

それに、移動の際にあんた自身にどういう影響が出るか分からないわ。それでもいい?」

土壇場になってそんなこと言うか?

そう言われても、答えは決まっていたし、変える気もなかった。


「ああ、やってくれ」


俺が本当に目指したかった、正義の味方へ至る道を歩むために。
爺さんが叶えられなかった、正義の味方に成る道を歩むために。


そして、正義の味方として、もう一度アイツと会うために。

俺は大きく頷いていた。

「正直、私も行きたいけど…同じ世界に流れ着く可能性はゼロに等しいから止めておくわね」

いや、むしろ、来なくていいから。

「なんか言った?」

「イ、イエナンデモナイデスヨ」

「ふ~ん」

いつの間に、地獄耳なんてスキルを…って、もとから持ってたな。
そのおかげで、何度ガンド鬼ごっこしたか…。
もちろん、俺は逃げる側だったけど。

「衛宮士郎」

不意に自分の名前が呼ばれ、赤い英霊に顔を向けた。

「なんだ」

「貴様が行く道は、これから一層厳しくなるだろう…私自身体現できなかった道だ」

ヤツが負けを認めるような発言をするなんて珍しい。

「なに、破綻しようとすれば、即座に私がまた現れて進ぜよう。せいぜいそんなことにならぬよう、精進するのだな」

前言撤回、やっぱりコイツはひねくれてやがる。

「そんなことくらい、分かってる」

だから、あえてヤツの言葉には頷かなかった。

「あんたの道を続けられることを願ってるわ…引き止めたいけどね」

「ああ、ありがとう」

いつも遠坂には心配をかけてたな。

だから、その分…頑張ろう。

俺はそんな思いを込めて、頭を下げた。

「今の貴様なら理解できるだろう…受け取っておけ」

その声に反応して、頭を上げると、いつの間にか世界が変わっていた。

無数に刺さった剣の墓標。

これは、アーチャーの…“unlimited blade works”。

それを見てヤツが伝えたかったものの全てを頭に叩き込む。

「礼は言わない」

ヤツには借りがあった。
自分の命をかけて、バーサーカーを足止めし、しかも六度も命を削ってくれた。
そのおかげで、俺とアイツは勝つことができた…。
さらに、貸しを作ることになるが、いつか必ず返してやる。

「…やはり、貴様は衛宮士郎だな」

ヤツはいつも通り皮肉な笑みを浮かべていた。

「最後に握手しましょう」

「?いいけど」

久しぶりに触れた遠坂の手はひどく…冷たかった。
血が通っているようには思えないほど、まるで死体のように…。

「と、遠坂?」

「え、なに?」

「なんで、泣いてるんだ?」

「え、嘘…」

握手したまま、遠坂の目から滴が零れていた。
ダムが決壊したように、流れ続ける涙を見て、俺は遠坂の手を引いて、抱きしめていた。

「士郎…」

最初は驚いていた遠坂も、落ち着いたのか俺の肩に顎を乗せ、体重を預けてきた。
そして、しばし時間が流れる。

「凛、時間がない」

「…それもそうね」

はずだったが、無粋な奴がいた所為ですぐに終わった。
遠坂は、もう一度宝石剣を構えた。
さっきまで大人しくしていたのが、信じられないくらい、魔力の渦を形成している。

「それじゃ、行くわよ士郎」

「ああ、行ってくる」

「願わくば、平和な世界へ…」

光に包まれ、俺は落下感を感じた。
見ているのに知覚できない…そんな空間に入った瞬間、体中に耐えがたい痛みが走った。


あがぁああああああああああっ!!


まるで、無数の剣に貫かれているような、そんな痛みに耐えながら、空間を通り続ける。

そして、空間を通りきった時、俺の意識が途絶えた。


──Interlude


さて、ようやく茶番は終了した。
やれやれ、なぜこのようなことをせねばならないのだ。

「お疲れさま、アーチャー」

「全くだ、マスター…」

私は現段階においては守護者ではない。
この遠坂凛のサーヴァントになり下がっている。

だが、さっきは本当に危なかった。

「君は自分の従者にするつもりだったのかね?」

「そんなつもりはなかったけど、士郎があんなことするからつい」

「つい、でやるのはやめたまえ。私は本当に焦っていたのだから」

「もう大丈夫よ…でも、久しぶりに会えてよかったわ」

嬉しそうに笑っている凛を見ていると、こちらもうれしくなる。

しかし、目的のためにとはいえ、無茶をしたものだ。

「凛…なぜ、わざわざ並行世界の衛宮士郎まで助けようと?」

今回も死んでも守護者にはならないはずだった。
しかし、なぜか凛はこの衛宮士郎を助けようと、移動してきたのだ。

「…助けたくなったのよ」

この凛は第二魔法の域に達している。
あることがきっかけで、人間を辞めることになってしまったからだが。
私ともう一人がしっかり守っていれば、そのようなことになることはなかった。

今となっては、どうしようもないことだ。

永遠に近い命を手に入れた彼女は趣味の一環として、様々な衛宮士郎を覗いていた。

凛がこのような趣味に走っているのも…私やもう一人の従者の責任だ。
本当ならば、私がくるべきではなかったのだが、霊体化できないが為に、並行世界へ移動することそのものができなかった。
それで、なくなく元の世界へ帰るための楔として残っている。
ラインが繋がっている楔がなければ、凛でも元の世界に帰ることはできない。

しかし、なぜ凛は助けたくなったのだ?

普段の凛ならば、絶対に干渉などしようとしなかったのだが。

「…それだけで、このような危険を冒してまで世界転移を行ったのか?」

「ううん、もう一つだけある」

「それは何かね」

「…並行世界の中で…昔のあんたに一番似てたからよ」

私は耳を疑った。
似ているから、という理由で助けるなど、あまりに安直すぎる。
これから見ていく中でもっと似ている衛宮士郎を見つけることだってあるだろう。
それなのに…。

不意に笑みがこぼれた。

「ん?なに?」

「いや、実に君らしいと思ってね…」

「そう?」

それと、ひとつ聞きたいことがあった。

「なぜ、彼女の鞘を衛宮士郎の体に入れた」

「簡単な話、楔を打っただけ」

どこに飛んだかまでは分からないが、ラインが繋がってるから観測できる。

そう言いたいのだろう。

だが、私にはそれだけには思えなかった。

「それだけ、か?」

「あと、あの子が渡しておいてほしい、て言ってたからね」

確かに彼女はそう口にしていた。
私が行けないのなら、せめてこれだけでもお願いします、と。
元々、我々の世界のものだから、どうなるかと思ったが、意外と正常に動いているらしい。

「本当にそれだけか?」

「…それだけよ」

凛は嘘を吐いているようだ。
こっちを見て、答えてくれなかった。
まったく、心の贅肉とやらは、年をとっても取れぬものだな。

「じゃあ、そろそろ帰るわよ…本物の宝石剣でね」

「偽物で悪かったな。次作る時はもう少し完成度をあげておこう」

「期待せずに待ってるわ、アーチャー」

「必ず到達して見せよう、マスター」

私は霊体化し、凛とともに光に包まれ、この世界から消えた。
彼女と繋がった衛宮士郎は、どう生きることになるのだろうか。


少し、興味がわいた。


Interlude out──


目を覚ますと、布団の中にいた。

あまりの心地よさに二度寝…じゃないっ!

バッと体を起してみると、畳、障子、襖など日本家屋特有の造りが目に入った。
ここは、俺の知っている日本なのかは定かではないが、とりあえず分かったことがある。

……無事に人がいる世界に飛んだということは。

だって、この和室の襖が勝手に開いて、ちいさな子供たちが入ってきたしさ。

「あ~、起きたんや~。見つけた時は大変やったんよ」

「このちゃん、近づいたらあかんて!」

この子たちの言動から、どうやら、この子たちに助けられたらしい。
でも、どう説明したらいいのだろうか。


異世界カラコンニチハワタシ異世界人エミヤシロウデス。


なんて言えるわけないし…ほんと、最初から災難だな。





────あとがき────

2010/04/29 あとがき変更、行間変更、誤字修正

ここに書いてあった設定を削除させていただきました。
その設定どおりではありますが、結構ひどいこと書いてたので。

では、また次回お会いしましょう。



[6033] 立派な正義に至る道2
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2010/04/29 15:56

無事に世界を渡ることができたのは良かった。
人がいる世界に行けたのは良かった。
でも、意識を手放したのはまずかった。

その結果が、俺の目の前にいる少女たちに見つかってしまい、助けられたという現状だ。

今となっては遅い後悔に苛まれて、頭を抱えた。
遠坂が悪いわけでも、赤いヤツが悪いわけでもない。
認めたくないが、俺が悪い。

「どおしたん?あたまいたいん?」

俺が頭を抱えている原因となっている、少女たちの一人が声をかけてきた。
今時の少女にしては珍しく、和服を着ているし、おしとやかそうだ。

「このちゃん、あかんて!」

反面、髪を結っている少女は、剣道着を着ていて、ものすごく強気そうだ。
俺のことを睨んでいるし、かなり警戒されているようだ。
まあ、それが普通の反応なんだけど、子供にまで警戒されるとは、容姿の問題だな。

肌の色がまず変色…あれ?変色してないぞ?
ん?なんか手が小さい気が…てか、部屋がでかい気が…。
…今はそんなことどうでもいい。

とりあえず、他に最優先事項がある。

「すまないが、大人の方を呼んでもらえないか」

別にこのまま、何も言わずに消えても良かったのだが、いろいろと厄介なことになっているみたいだ。

まず、今、自分が着ている服があの外套じゃないということ。
寝ている間に、浴衣に着替えさせられていた…しかし、どうやって脱がせたのだろうか?
そして、何らかの魔術がこの部屋に施されているということ。
結界か、罠か、また別の魔術かは知らないが、どのような効果であるか分からない以上、うかつに動けない。

せめて、外套を回収しないと逃げるに逃げられない。
一目見ただけでは分からないはずだが、解析されでもしたら、俺の異端性がばれてしまう。

…世界を渡って早々こんなに面倒なことになるとは…ついてない。

これ以上の面倒を起こさないためにも、大人に事情を話して、外套を返してもらって、逃げる、それが最善だ。

そう考えた俺は、少女たちに人を呼ぶように頼んだ。
多分、呼ばれてくるのはこの魔術を張った人間であろう。

「ええよ~、ちょっと待っといてな~」

「ああ、わかった」

おしとやかそうな少女は俺の願いを聞き届けてくれたらしく、襖を開けてこの部屋から出て行った。

が、すぐに戻ってきた。

原因は、さっきからずっと俺をにらんでいる少女だろう。

「せっちゃんも行こうな~」

おしとやかそうな少女は強気そうな少女の腕を引っ張って、連れて行こうとしている。

「せ、せやけど、ウチが見張らんとなにするかわからんし…」

責任感が強いのか、それとも警戒しているのか、多分どっちもだろう。
強気そうな少女はおしとやかそうな少女の誘いを頑なに断っている。

しかしな…。

「なにもしはらへんって」

「けど…」

「ほら早く行こって」

「このちゃん、ウチは安全を考えて…」

「だいじょうぶやって」

顔を赤面させながら、必死に抵抗する強気そうな少女と、相手の気持ちを知ってか知らずか、連れて行こうとするおしとやかそうな少女。
こういうやり取りを見ていて…自然と笑みがこぼれてしまった。

ここ数年、こんな光景を見ることがなかった。
俺は、言葉も交わさず、ただ暴力と暴力がぶつかり合う世界にいた…。
子供すら銃を持ち、人の命を奪うそんな世界だった。

だから、こんな子どものやり取りがとても幸せに見えた。
それに、この世界は平和であること、それを象徴していると感じたから。

「いいよ、行ってくれても。動く気は一切ないからさ」

きっと、気持ちが穏やかになっているからだろう。
自然と元の口調に戻っていた。

「誰が、貴様の言うことなど」

こちらを向き直り、さっきよりもキツイ視線で睨みつけてきた。
この程度なら、何度も向けられたことがある。
大抵は睨み返して黙らしていたが、子供相手にすることじゃないので、目線を外した。

「せっちゃん、行こ~。何もせんて言うてはるやん」

「せやけど、嘘かもしれ──」

「──嘘はつかないさ、本当に動く気はないから行っておいで」

両手をあげて、降参するようなポーズをとり、何もしないというのを表現して見せた。
それを見てか、強気そうな少女は口を開けたまま固まっている。

「…し、信じる気などさらさら──」

「──おや、目を覚まされたんですね」

開いたままだった襖から眼鏡をかけた男性が入ってきた。

ソイツが俺の目に入った瞬間、手を布団の中に突っ込み、気を張った。

服装からして神主か…つまり、ここは神社なのだろう。
ここがどういう場所であるか分かっただけでも、収穫だ。
しかし、コイツはただ者じゃない。
まず、隙が見られない。
その上、身のこなしが一般人のそれとは全く違う。

多分、ここに何らかの魔術を施したのはコイツだろう。

「あ~、父様や~」

「これ、これ、このか」

おしとやかそうな少女は彼に抱きつき、彼はそれを軽く窘めている。
そうしている間も、一切の隙を感じさせないところはさすがというべきか…。

「貴様…」

俺が彼に対して目を走らせていたのに気が付いたらしく、強気そうな少女はさっきよりも強く睨んできた。
所詮は子どもの睨みなので、気にせずに無視した。
その行動が頭に来たのか、少女は俺に対して一歩踏み込んできた。

「刹那君」

しかし、彼が言葉で少女の行動を制した。

「…」

少女は悔しそうに歯を食いしばって、動きを止めた。
制してくれなければ、多分殴られていたし、ありがたかったが…余計に恨みを買ったみたいだ。

「じゃあ、このか…私は話があるから、刹那君と遊んできてくれるかい?」

抱きついている少女の頭を撫でながら、優しく促している姿を見ると、ただの一般人にしか見えない。
だが、魔術師である以上、俺としては気が抜けなかった。

「よろしく頼むよ、刹那君」

「はい、わかりました、長」

「ほな行こう、せっちゃん」

おしとやかそうな少女に連れられて、強気そうな少女も出て行った。
俺の視界から消えるまで、ずっとこっちに向けて敵意を飛ばしていたので、彼女もまた同じ存在なのかもしれない。
しかし、今はそんなことどうでもよかった。
部屋に残っている、魔術師であろう、彼の方が重要だった。

「すみません、うちの者が手を出そうとしてしまって」

「いいえ、気にしていません」

「そう言ってもらえると助かります」

彼は困ったように苦笑していた。
俺も同じように苦笑しておいた。

「座ってもよろしいですか」

「…どうぞ」

「では、失礼します」

彼は俺がの正面に座った。
それによって、さっきまでなかった緊張感がこの場を支配し始めていた。
彼と腹の探り合いをするつもりなど、毛頭なかった。
だから、俺は沈黙して、相手の出方を待った。
それは、彼も同じだったらしく、黙ったままだった。

「…」

「…」

暫くの間、沈黙が流れていた。
もしかすると、彼は身元不明の魔術師と対峙することに、戸惑っているのかもしれない。
ただ単に、話を切り出せずにいるのかもしれない。

どちらにしても、面倒なことはできるだけ避けたい。
だから、俺から切り出すことにした。

「あの」

「はい?なんでしょうか?」

「服はどうなったのでしょうか?」

俺が最も優先すべきことである外套の回収。
それについての情報を遠まわしに聞いておいた。
話の流れとしてはまあ普通だろう。

「ああ、それなら少々汚れていましたので、洗濯させていただきました。ご都合が悪かったでしょうか?」

ふむ、それはそれで面倒なことになったものだ。
乾くのを待たないで、持ち去ってもかまわないが、肝心の場所が分からない。

「いえ、服が変わっていたので、処分されたのかと思いまして」

「そんな、とんでもないことをするつもりはありませんよ」

「そうですか…とにかく、助けていただいて、しかも服の洗濯までしていただいてありがとうございます」

俺は腰を折って、頭を下げた。
すると、すぐに「お顔を上げてください」という声が聞こえてきた。
顔をあげると、彼はまた困ったように笑っていた。

「いえいえ、そもそも助けたといっても、あの子たちが最初に見つけてくれたんです。礼ならあの子たちに」

「わかりました、あの子たちにもまたあとで、おかげで元気になったと礼をしておきます」

「そうしてあげてください。きっと喜んでくれますから」



…なん、だって?


欠けていたピースがはまるような感覚に襲われた。
同時に駆け巡る焦燥感によって、思考が混同する。

俺が、どこまでも、なによりも求めていたもの。
それが今、思い出されたような…。


忘れてしまったのか?壊してしまったのか?


失ってしまったのか?消してしまったのか?


どうでもいい、なくした過程なんて今はどうでもいい。
必要なのは、なくしたものだ。


…っ思い出せない!
俺はなぜ思い出せない!なぜなんだ!!


俺が自分を犠牲にしてまで得ようとしたのは、きっとそれがあったからじゃ──



「ところで、どこか体調の悪いところなどございますか?」


──はっ。


その質問で一気に現実に戻された。
さっきまで感じていた焦りはすべて消え失せている。

なんだったのだろうか?

まあいい、今はどう答えるべきか、だ。

触らずとも自身の体調は分かっている。

世界を渡っている時、感じた痛みは残っていない。
意識を失うほどの痛みだったのがうそのようだ。

実際のところ、特に体に違和感を覚えるところはない。

「特には」

「そうですか…では、なぜあのようなところに倒れていたのですか?」

なぜ倒れていたのか、か。

本当のことを話すなど論外だ。
この世界がどういったものかはわからない以上、迂闊に話すことなどできない。
しかし、嘘などつけるほど器用な生き方をしていない。

なら、こう言ってしまえばいい。

「旅の途中で、急に痛みを感じて倒れてしまったんです」

間違いではないが、本当のことではない。
俺の言い分を聞いた彼は、眉間に皺をよせ、険しい表情に変わった。

「旅、ですか…君のような子どもがですか?」

…KODOMO?…コドモ?…こども?…。

子ども?!

持前のポーカーフェイスで表情を変えずに、すんだものの…内心はかなりオロオロしている。


自分の目線が低いのは寝てるせいだと思っていた。

自分の手が小さく見えるのは寝ぼけているだと思っていた。

実際は、俺が、何の因果か知らないが、子どものようになっているという予想外の原因だったとは。


俺が子どもであるというなら…さっきまで感じていた疑問にも説明がつく。
服を脱がすことができたのは、俺が小さくなることによって、サイズが合わなくなっただけ……。

…拙い。非常に拙い。

これでは、さっき言っていたことに食い違いが出てくる。
それに、なぜでかいサイズの服を着て、ぶっ倒れていたのか説明が付けられない。

「ふむ…話せない事情がおありのようだ」

何も口には出せない。
しかし、相手が何かしようとするならば…。

即座に、殺す。

布団の中で、手に力を込めて、相手の出方を待った。

「…まあ、いいでしょう。もうすぐ日が暮れますし、今日のところは泊まっていってください」


意外な答えに、眉を顰めた。
これ以上この場に拘束されるのは、少々厄介だ。

「ですが、これ以上迷惑をかけるわけには」

「いえいえ、迷惑などとは思ってませんよ…それに、君はまだ礼を言っていないでしょう?」

相手の申し出を無下に断るほど、馬鹿じゃない。
それに…礼を言わないわけにはいかないだろう。

「分かりました、今日一日だけ、お言葉に甘えさせていただきます」

「頭を上げてください」

深々とお辞儀をして、相手に感謝の意を述べた。
彼は苦笑して、すぐにそんな言葉をかけてくれた。

「さてと、少々執務がございますので、そろそろ失礼させてもらいます」

「時間をとらせてしまったみたいで、すいません」

また、頭を下げようとしたが、今度は手で制せられた。
彼はどうやら、頭を下げられるのが苦手みたいだ。
今度からはやめることにしよう。

「いえいえ、そんなことございませんよ。…またあとで、夕食を届けさせますので、それまでゆっくりしておいてください」

「なにからなにまで、ありがとうございます」

本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
素性も何も言わないで、ただ黙っている俺に、ここまでしてくれるとは。

「あと、厠はこちらの障子から出ていただいて、右へ廊下沿いに歩いて行ってくだされば、ございますので」

「わかりました」

できることなら、この恩を返したい。
貸し借り云々じゃなく、俺なんかの為にいろいろしてくれたという恩を返したかった。

「では、失礼します」

彼はすこし会釈して立ち上がり、襖の方から出て行った。
が、すぐに戻ってきた。

「そうそう、自己紹介がまだでしたね」

そういえば、そうだった。
彼の名前も彼自身のことも、知らなかった。
憶測で、魔術師であると断定してはいたが。

「私は、ここで最高責任者を務めている、近衛詠春と申します」

「近衛、詠春さん…ですか」

「君は?」

「俺は…衛宮、士郎で、す」

名前を言いきった後、しまったと思った。
が、よくよく考えれば、名前など調べれば、いくらでも出るだろうし、俺自身がいない証明にはならないだろう。

「どうかしましたか?」

俺が不自然に区切ったことに、違和感を覚えたのであろうか。
ならば俺は、至って普通でいなければ。

「いえ、別に」

「?では、失礼します」

近衛さんは少し首を傾げていたが、執務のこともあるのか、いそいそと出て行った。
近衛さんがいなくなり、ようやく俺一人となった。
さっきまで、他に人がいたからか、一気に静かになった部屋が奇妙に感じた。

…とりあえず、状況を解析しよう。

──解析、開始(トレース・オン)

身体年齢、約8歳。それに伴い、筋力低下、身長低下、体重低下。
魔術回路、27本中11本は正常に起動、16本は何らかの原因で停止。
魔力量、全快時の半分以下…自己生成外の魔力も取り込んで増えている。
アヴァロン、正常に起動。

──解析、終了(トレース・オフ)

なにか、おかしくないか?
自己生成外の魔力だと?アヴァロンがあるだと?

まず、自己生成外の魔力という点は、正直不可解すぎて説明が付けられない。
魔術回路そのものから生成されるのは分かっている。
しかし、それだけにしては増える量が多すぎる。
まだ、元々あった量までは回復していないが、一日で元に戻りそうだ。

もし、このまま増え続ければ、俺の切り札の展開を長くできるかもしれない。
俺の持つ切り札は、展開こそすれ、全ての力を扱えるレベルではない。

『真名解放』…ここまでできて、初めて英霊たちと引けを取らないレベルにまで発展できる。
だが、まだまだ、魔力が足りないのと、担い手たちの技術を擬態できない以上、できないだろう。

次に、アヴァロンが存在する点は、まだ説明がつく。

多分、俺を治癒していたときにでも、遠坂が入れたのだろう…そうであれば、あの時の痛みは説明がつくし。
しかし、どうして遠坂が持っていたのか?なぜ起動しているのか?
それに関しては、俺にはよく分からない。
そんなことよりも、彼女の鞘が再び戻ってきていることが何よりも重かった。
また、彼女の世話になってしまうかもしれない。
そうならないためにも、どうにかしなければ…。

とりあえず、身体能力の低下でどれだけ動けるのか、それが今後の課題だな。
魔力行使には問題がなかったが、投影、強化はできるかどうか、不安なところだ。
まだ、魔力が完全に戻ってないうちに試すわけにもいかないし、また明日にでも考えよう。

それと、ここにかけられている何らかの魔術についても解析しておくか。

近衛さんは厠…トイレの場所を教えてくれた以上、俺がトイレに行くこと=外に出ることに関して束縛をかけていない。
その点から見てもそうだし、それに、さっきは安易に魔力行使をしたけど、何らかの反応が出たわけではない。

つまり、罠であっても、攻撃的な罠ではないだろう。
だから、思い切ってやることにした。


──解析、開始(トレース・オン)


かけられているのは、遮音と魔力漏れ封じの魔術らしい。
敵意や悪意などはこめられておらず、ただ張ってあるだけのようだ。

なら、いいか…今のところは体を休めよう。

起こしていた体を倒し、布団をかぶった。
なぜだか、すごく心地よかった。

何年振りだろうか…布団の感触を味わうことができるなんて。
寝ていても警戒する必要がない場所で寝れるということが、どれだけ至福なことなのか、今の俺には実感できる。

安心したら、眠くなってきた…。

何の警戒心もなく、意識を落とした。





─────あとがき─────

2010/04/29 あとがき変更、行間変更、誤字修正

あとがきを変更する意味はあまりなかったんですが、前回とか今回とか少々混乱するようなことが書いてあったので削除しました。

一応、刹那と木乃香の年齢は4~5歳です。



[6033] 立派な正義に至る道3
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2010/04/29 16:38

──Side Eishun


「…ふう」

やれやれと言ったところでしょうか。
結界に妙な反応があったので、敵でも現れたかと思って、外に出ようとしたときに

『階段のとこに、変な服着た男の子が倒れてはる!』

そう聞いた時は、納得しましたね。

このようなところに、子どもが来る自体ありえないのですから、きっとその子が何らかの原因であると思いましたし。
しかし、実物を見たときは、拍子抜けしました。
異質な魔力を感じましたが、たいした力は持ってないですし、ただの子供のようでしたから。

ただ、彼…衛宮君の格好そのものが、おかしかった。

まるで、戦場を歩いていたかのような、外套を身に羽織っていたのですから。

外套やブーツのサイズが明らかに大きすぎる点から、彼自身が着ていたとは言い難いですが、何かしら知っているでしょう。
そう思ったので、着替えさした後、外套とブーツを回収し、とりあえず音と魔力が漏れないようにした客間に寝かしておいたのですが…。

「どうするべきか…」

衛宮君と話してみて、受けた印象は二つ。

一つは、異常なまでに落ち着いているといこと。
見た目でいえば、6~9歳の間に見えるのですが、その言動は大人そのもの。
それに、衛宮君自身、一切の隙を見せませんでしたからね。

それと、こっちの方が印象が強かったのですが、衛宮君は人間じゃないような気がしました。
人と話している気がしませんでしたね。
表情が一切変わりませんでしたし、それに動きも規則正しいロボットのように…。

どちらにしろ、衛宮君を警戒しておくにこしたことはないですね。

事情を追求しようかと思ったときは、生きた気がしませんでした。

彼の目の鋭さ、そして向けられていた殺気は、大戦のとき戦った化け物と同じかそれ以上のものがありました。
思わず、私から攻撃をしようとしてしまいましたしね。

とにかく、彼に関してはお義父さんにも協力してもらいますかね。

私だけじゃ、集められる情報にも限りがありますし、それに…。


不意に殺されてしまうかもしれませんから。


──Side Eishun OUT


まどろみの中から覚醒すると、障子を透かす光が月のものへと変わっていた。
すこし寝ぼけた頭を振って、すぐにあたりを見渡した。

ここは戦場じゃないというのに、ぬけないものだな。

心の中で苦笑して、自分の姿を見直した。

肌の色は変色する前に戻り、髪の色も…戻っている。
おそらく、体が縮んだのではない…若返ったというべきか。
いや、厳密にいえば、体だけ若返った、だな。

精神的な退行が起こらなかったのは、不幸中の幸いだ。

もしも、魂までもが若返っていたら、投影なんて使えるものじゃなくなってしまう。
宝具やそれの扱い方すら、記憶されていなくなってしまうのだから。

「ふう…」

しかし、不思議な夢を見たものだ。
眠っていることすら忘れるほどリアルなものだった。
ただ、曖昧にしか覚えていない。
覚えているのは、スーツを着たアイツと爺さん、そして、小さな雪色の少女。
なぜこんな夢を見たのかはわからない。

まあいい、そこまで気にしなくていいだろう。
俺には関係のない夢だ。

さて、どうするべきか。

外套を回収したら、即座に逃げてしまってもかまわない。
しかし、事を荒立ててまで、他人に迷惑をかけてまで、したいとは思わない。
だから、今日は動くことはできないだろう。
明日になれば、乾くだろうし、返してもらえるだろう。
それまでに、明日からどうしていくかを決めなければ…。

まずは魔術関連を調べることにしよう。

この世界において、魔術は隠匿されているのか。
90%以上の確率で、隠匿されているといっていいだろう。
もし、隠匿されていないのであれば、それはそれで楽になるからよしとしよう。

この世界において、魔術とはどのようなものがあるのか。
前の世界と変わらない部分もあるかもしれないが、違うとみていいだろう。
まず、この部屋に張られた魔術は、札のようなものを介してできていた。
どちらにしても、俺みたいな異端はいないだろうし、おいそれと見せられない。

次に考えなければいけな──


「──夕食できたえ~」


さっきのおしとやかそうな少女が俺の正面から入ってきて、思考が中断された。

そういえば、夕食を用意させるとか言っていたな。
つまり、この少女と…その後ろで睨んでいるさっきの少女が呼びに来てくれたということか。

「俺はあと……」

「?」

「いや、なんでもない。行くよ」

俺は後でいいと言いたかった。むしろ、言おうとした。
すると、後ろから睨んでいる少女が、無下にするようならただじゃおかない、と言いたげな表情に変化した。
面倒事を起こすのが嫌だった俺は、仕方なく行くことにした。

考えることくらい、またあとで出来る。

そうと決めたら、俺は布団を剥いで、立ち上がった。
立ってみると、自分が子供になっていることがよくわかった。

少女たちが見た目より大きいこと、この部屋が実際は6畳程度しかないことがそれを証明している。

しかし、若返った影響はひどいらしい。
立つのすらキツイと感じた。

…いろいろと、鍛え直さなければならないな…。

そんなことを考えていると、いつの間にか少女に左手を取られていた。

「ほな、行こ~」

警戒など忘れていたとはいえ、俺自身に驚いている。
前の世界だったら、触られた瞬間、手を払っていた。
どんな子どもであろうと、汚れた俺の手を触らしたくなかったからだ。

なのに、なぜかこの少女の右手は払えなかった。

「…あ、ああ」

手を引かれて、廊下に出ると、月の光に照らされていて、外の様子がよく分かった。

緑が青々と茂っており、寒くも暑くもないところから見て、5月あたりか?
ざっと見まわした限り、電灯などの光がないところや山に囲まれているところから、ここは山の上か山間の地なのだろう。

大きな鳥居も見えたから、ここが神社であることは間違いなさそうだ。

しっかし…

手を引かれて歩くなんて、あの聖杯戦争の時以来じゃないだろうか?
この少女はなんて無邪気なのだろう。
それに引き換え、俺の後ろに付いている少女は…。

「…」

俺に対して露骨に敵意を向けすぎだろう。
俺が振り向くたびに目を逸らすけど、俺が前向いたらすぐに睨みつけてくるし…。

どうすればいいんだ?

口に出しても、どうせ否定されるし……。

「どないしたん?」

少し考えていたせいか足が止まってしまったようだ。
それに不審がった少女が振り返り、笑顔で俺を見てきた。
慌てて何でもないよと否定したものの、少女はじっとこちらを見ていた。
どうやら、俺ではなく、後ろの少女を見ているようだ。

「せっちゃん何で後ろにいるん?」

「え?!あ、その」

言えないよな。
コイツが不審だったので、見張ってましたとは。

何も言えずにあたふたと慌てて、最後は赤面して俯いてしまった。

「ほら、せっちゃんはこっち」

「このちゃん?!」

「で、きみはこっち」

「おおっと」

後ろにいた少女…せっちゃん?…は右手を取られ、少女…このちゃん?…の左隣に並んだ。
それと、同時に俺も少女の右隣に並ぶハメとなって、3人が一列になった。

さっきまで睨んでいた少女は隣にいる少女と話しているからか、睨まれていない。
しかし、少女の殺気がビシビシ伝わってくる。
しかも、さっきよりも強烈だ。

俺、なんか悪いことしたか?むしろ、そっちが悪いんじゃないのか?

と思うものの、口に出さずに、俺もその話の輪に入っておいた。

話していた内容はとても他愛のないものだ。
でも、聞いてて飽きない。

稚拙というより、むしろ子どもっぽい表現が多くて、つい笑ってしまっていたし、睨んでいた少女の反応が面白い。

あの子は、頭が固いというよりも、いろいろ背負っているように感じる。
何かは分からないけど、手助けできたらいいな…。

「ここやで~!」

その声で、思考の海から帰ってくると、少女たちの数歩前にいた。
いつの間にやら、少女の足が止まり、手が離れていた。
夕食をとる場所に着いていたらしい。

「ごめんごめん」

すぐに足を戻し、戸をあけて中に入ると、そこは広間だった。
しかし、並べられている夕食は、4膳のみで、妙に質素に感じてしまった。

「どうぞ、こちらにお座りください」

近衛さんはすでに着いていたらしく促してくれた。
俺は、促されたとおり、近衛さんの正面に座った。

少女たちも俺と近衛さんの横にそれぞれ座った。
俺の隣は勿論、恨みを買ったらしい少女だ。

「では、いただきましょう」

近衛さんの号令で、一斉に手を合わし、いただきますと一礼した。
どうやら、大体の礼儀作法は俺の世界と変わらないらしい。
並べられた料理を見ると、純和食で、ここが日本のどこかであることが濃厚になった。

鰆の味噌漬け焼き──西京焼きといったか──を主菜に、白米の飯、豆腐の味噌汁、筍と若芽の煮物といったシンプルなものだ。

全体的に色が薄いし、俺が住んでいた地域の近くではなかった料理の味付けだ。
なかなか、いける…和食にはこういうものもあるんだな。

一人納得しながら、黙々と食べると、すぐになくなってしまい、周りはまだ半分くらいしか食べていないことに気がついた。

うわあ、やってしまった。

こういう客人として呼ばれたりする席において、周りのペースに合わせて食べるのが礼儀なのを今更ながら思い出していた。

「作法など、気になさらないでいいですよ」

俺が作法について悩んでいることを察してくれたのか、近衛さんは食事の手を止めて、そんな言葉をくれた。
ありがとうございますと礼を言って、すこし会釈をしておいた。
近衛さんはすこし苦笑した後、再び食事に戻った。

あ…そういえば、言い忘れていた。

朝か昼かまでは知らないが、俺を見つけてくれた少女たちに、礼を言うのを忘れていた。

食事中なので、全員の食事が終わるまで待って、あとで言うことにしよう。

「ごちそうさまでした」

全員で再び一礼して、食事の終了を告げた。

「さてと、このか、刹那君…彼の紹介がまだだったね?」

近衛さんは少女たちの方へ顔を向けて、にこやかにそう聞いていた。

そういえば、少女たちには一回も自己紹介をしていなかった。
もちろん、しようとは思っていなかったからだが。

まあ、一回してしまっている以上、この子たちにも、いずればれるだろうと思っていた。

「ん~…そういえば、そうやね~」

「ま、まだです」

一人は落ち着いて、一人は焦りながら、近衛さんの問いかけに答えていた。
近衛さんはこちらへ向き直り、「どうぞ」と俺の自己紹介を促した。

できれば、あまり人に知られずに去りたかったが仕方ない。

「…士郎と言います」

「うちは近衛木乃香っていうんよ~」

「私は…桜咲、刹那といいます」

味気ない自己紹介であっても、近衛木乃香と言った少女は笑顔で返してくれた。

近衛ということは、たぶん近衛さんの娘なのだろう。
それならば、保有する魔力量の多さに納得がいくというものだ。

まあ、桜咲刹那と言った少女は明らかに言いたくなさそうに言っていたが。

「あと、旅の途中で倒れてしまった所を見つけていただきありがとうございました」

俺の言葉が意外だったのか、二人とも目を丸くしている。
そんなに変な言葉を使ったつもりはなかったのだが、どうしたというのだろう。



「きにせんでええよ~、ほんとうによかったなぁ~」

「お嬢様の言うとおり、そんなことは気になさらずに、あなたの体が大丈夫だったのが一番よかったかと」


少女たちは、言葉は違えども、俺が元気になったことを喜んでくれていた。

懐かしい感情が心を満たしていく。
暖かくて、心地良い、そんな感情が俺を癒していく。

俺が、目指したのはきっとこれだったんだ。
誰かを助けて、こんな気持ちにさせることだったんだ。

自然と笑みがこぼれていた。
純粋に、少女たちの心づかいが、嬉しいと思ったからだ。

「あ~、やっと笑(わろ)うてくれたなぁ」

「ありがとう、本当に…」

きっと前の世界に居続けていたのなら、俺は思い出せずにただ続けていた。
意味のない人助けを…。

だから、感謝した。

この子たちに、そして、俺を送り出してくれた赤い二人に。

「礼ならさっきもらったはずですが?」

「違うんだ、でも間違ってないんだ」

「?」

「?」

少女たちは見合わせて、首をひねっている。
分からなくていい、この気持ちは間違ってからじゃないと分からない。
だから、分からなくていいんだ。

「なーなー、なんて呼んだらええん?」

意識が少し飛んでいたが、近衛さんの娘に声をかけられて、一気に意識が覚めた。

「俺の名前のことかな?」

「うん」

「じゃあ、士郎と呼んでくれないか」

それは、過去との決別のつもりで言った。
爺さんの夢を継ぐためなら、“衛宮”の名で呼んでもらう方がいいだろう。
しかし、その名は汚れ過ぎてしまった。

俺の手が、行ったことをすべて背負ってきたのだから。

「しろう、やね?ウチはこのかでええよ~」

それを聞いた瞬間、俺はちらりと近衛さんの方を見た。
近衛さんは目で「気になさらずに」と合図してくれたので、年相応の呼び方にすることにした。

「じゃあ、このかちゃんで」

そう呼んだら、俺の隣に座っている奴がじーっと見てきた。
やばい、またなんか恨みを買ったのか?
そう思ったが、そんなわけではないらしく、元に向きなおった。
?どうしたんだ?

「うん、じゃあ、よろしゅうな~」

このかちゃんは何も考えずにだろうけど、握手しようと手を差し出してきた。


俺の手は汚れている。


たくさんの血を浴びた。
たくさんの命を奪った。
たくさんの人を見捨てた。

それでも、その汚れていない手を握っていいのだろうか?
もし握っていいというのなら、俺はどれだけのことをしたらいいのだろうか?


分カラナイ、ナニモ分カラナインダ。


誰カ教エテクレ。


ドウスルコトガ正シインダ。


「よろしく」

気がつけば、その言葉と一緒に握手を交わしていた。
きっと今までの俺だったら、間違った判断に違いなかった。
繋がりを持ってしまえば、記憶に残ってしまう。
何も言わずに去るつもりだったのに、計画が狂ってしまったと、嘆くだろう。

でも、今の俺は間違いなんかじゃないと、はっきり言える。

だって、この無邪気な笑顔を見ることができたのだから。

「はい、次はせっちゃんな」

このかちゃんは無邪気ゆえにこんなことをしてくれるのだろうな。
恨みをたっぷり買ってしまった少女ととうとう対峙するはめになった。

「…俺は、さ、さっき言ったとおり…士郎と呼んでくれた方がいい」

俺は戸惑いつつも、そう口にした。

睨まれるかなと思っていたが、そんなことはなく、ただ真っすぐ俺を見ていた。

「なら、士郎さんと…私は、刹那でいいです」

正座して真っすぐこちらを見るその姿は、なぜかはわからないが、アイツによく似ていた。

「じゃあ、刹那ちゃ──」

「刹那でいいです」

でも、彼女が見せた初めての笑顔は、あの赤い悪魔を思い出させるくらい美しい笑顔でした。
年相応に呼ぼうと思ったのに、この子はあれか、ちゃん付けで呼ばれるのが嫌なのか。

「わかったよ、刹那」

さっきのやり取りのせいで、自然と笑いがこみあげてきていたので、少し笑顔で言っていたかもしれない。
ん?なぜか、刹那は目を激しく瞬かせていた。

「…どうかしたか?」

「…なんでもないですよ」

刹那は首を振って否定した。
よく分からないが、とりあえずこのかちゃんにしたように──

「はい」

──手を差し出した。

刹那は驚いたように目を見開いていたが、すぐにほほ笑んでいた。

年相応の女の子の笑顔がそこにあった。
それを見て、俺も笑っていた。

そして、手が交わされた。

小さな手に肉刺が何度もつぶれては治ったできたような胼胝を感じた。
感じた位置からして、剣を扱っているのだろう。
ますます…似ているな。

「よろしくな」

「よろしくお願いします」

ようやく、年相応の女の子の顔になったと思ったら、すぐにさっきの仏頂面に戻った。
多分、近衛さんの前だからだろうか?

「自己紹介も終わったことですし…刹那君、このかを頼みますよ」

「?」

「では、行きましょう」

「?うん」

刹那は近衛さんと俺にお辞儀して、このかちゃんと一緒にこの広間から出て行った。
一気に二人もいなくなったおかげで、静けさが広間に残った。
祭りの後、っていうやつかな。

「さて、このかや刹那君もいなくなったことですし」

近衛さんは服の中に手を突っ込み、札を出し、それを部屋の四隅に飛ばした。


「っ!」


視認こそできたが、油断していた俺は、何もできず結界の中に入ってしまった。
焦った俺は、目の前の膳を蹴り飛ばし、彼との距離を一気に詰めた。

──強化、開始っ!(トレース・オン!)

蹴り飛ばした際に手にした箸を硬質化させ、彼の首筋に当て、相手の動きを制した。


「戦う気はありませんよ。ただ遮音と人払いをさせてもらっただけです」


彼は両手をあげて、降参するようなポーズをとっている。
…彼自身、獲物を持っていない点、本当に敵意を出していない点から、警戒しつつも魔力を霧散させ、箸を首筋から離し、間合いを取った。

さっきまでの静けさは、祭りの後などではなく、嵐の前の静けさだったらしい。







───あとがき───

2010/04/29 あとがき変更、行間変更、誤字修正、本文一部修正

自分で言うのもなんですが、半分くらい残った夏休みの宿題を最終日にやっている気分で修正中です。ヤレナイコトハナイケド、ヤリタクナイレベルってことです。

本文一部修正はあまり気にしないでいいですよ。ほんとうにちょっとしたところなんで…後々影響するとはいえ。




[6033] 立派な正義に至る道4
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2010/04/29 16:51




聞こえるのは、自身の心臓の鼓動と息遣い。
もしかすると戦うことになる相手と対峙しているのであれば、当たり前のことだ。
しかし、相手の方はそんなことを気にしていないようで、いたって平然としている。

「君のことをすこし調べさせてもらいました」

やはり、名前を出したのは間違いだったか。
いや、間違いではないだろう。
言わなければ、自白させられていた可能性が高い。
相手も魔術師…手段は選ばないはず。

「それで、わかったことですが、衛宮士郎という名の戸籍は存在しませんでした。親が子供の戸籍をなんらかの原因で報告しないケースもありますがね、どうでしょうか?」

「…」

こうやって聞いてきている以上、何かするつもりは今のところないのだろう。
だが、黙秘し続ければ、相手も行動を起こすはずだ。
そうなれば、俺に勝ち目はない。

この状態で投影がどの程度使えるか、まだ確認していない以上、無暗に使えない。
強化だけはさっき咄嗟に使ったとき、平気だったから使えるが…それだけじゃ倒せないだろう。

先手を取るか、黙秘して相手の出方を待つか。
どちらにしろ、臨機応変に対応せねばならない。

ならば、後手に回ろう。

「…」

「だんまりですか…まあいいでしょう。私が聞きたいのは別のことですから」

別世界から来た事か?
いや、勘付かれている可能性は低い。

仮に、外套の解析が済んでいるのであれば、近衛さん一人で俺と対峙するなんてしないだろう。

正体不明すぎて、逆に危険視できずに、一人で対峙しているだけなのかもしれないが。

とにかく、相手の質問を聞いてから、行動に移すことにしよう。

「魔力を操る力を持つ君が何の目的でこの場所に来たんですか?」

さっきの行動でばれたか?いや、もともとばれていたか。
そうじゃなければ、堂々と結界を張らないはずだ。

まあいい、とにかく今は、どう答えるべきか、だ。

彼の言葉から推測すると、まだ俺が異世界から来た事は分かっていない。
この場所、つまり自分の領域になぜ入ってきたのか、それを聞いている。

なら、答えは簡単だ。

「旅の途中で、倒れてしまった…ただ、それだけだ…明日には去るつもりだ」

真実を伏せて、事実だけを答える。
それが俺にとっては、嘘を吐くよりよっぽどマシらしい。

近衛さんはその言葉に眉を顰め、その言葉を見極めているようだ。
眉間の皺が取れると、近衛さんはこのかちゃんと接していたときのように、やさしく微笑んだ。

「…ふむ、嘘は吐いていないようですね…なら、もう一つだけ質問してもいいですか?」

「…かまわない」

気を緩めるな、絶対に気を抜くな。

心の中で何度も呟き、意志を保ち続けた。
戦うことになった時、命を奪う意志を。

「ここがどういう場所であるか、知らないのですか?」

「知らない、初めて来た場所だ」

俺の言葉を聞いて、近衛さんは口に手を当てながら、フフフと笑っていた。

どういう事だ?油断を誘っているのか?

俺は分からないまま、近衛さんをずっと睨み続けていた。
近衛さんは笑いが止まると、真っすぐ俺の睨みに合わせてきた。
一切殺気の籠っていない温かな眼差しで。

「やはり、そうですか」

「どういうことだ」

「ここは、言うなれば総本山なんですよ、我々のね」

「な?!」

予想外の答えに、俺はつい驚愕の声をあげた。

廊下を歩いている時も、食事中も、一緒に食事をしていた3人以外の人がいるようには思えないほど、静かだった。
むしろ、いないのではないのか、と思っていた。
それなのに、ここを総本山と言っている。

「驚くのも無理はないでしょう、今日は皆、出払わさせていますから…君と話すためにね」

「何が目的だ」

訳が分からない。
敵かもしれないヤツと対峙するのに、なぜ一人で?
見た目は子どもであろうと、どんな技量をもっているか分からないというのに。

「元々は君がどういう人間であるか、知る為でした。最初に話した時はまるで機械のようでしたから」

分からないわけでもない。
あの時点では、前の世界のままだったのだから。

「ですが、先ほどこのかや刹那君と話している時の君は、優しい兄のような雰囲気を持っていましたし、こちらが本当なのだろうと判断しました」

「それで、なんの目的だ?」

「去ろうと考えている君の引き留めです…捕縛するつもりはないですけどね」

近衛さんの意図することがよく分からなくなってきた。
元々は俺の事を知るために、話すつもりだったが、その前に俺の事が分かったから、今度は引留めようとしている。
別に危害を加えない存在であるなら、去ることを止める必要はないはずだ。

「なぜだ?」

「私にはできないことを任せたいからです」

ますます分からない。

「よく分からないな」

「そうですね、何も知らない君に教えておいた方がいいかもしれませんね」

異世界から来た事と投影魔術のことがばれてないのなら、無知な魔術師になり下がろう。
その方が、この世界の魔術体系も聞けるし、聞きだす手間が省ける。

「教えてください…あなたたちのことを」

「わかりました」

近衛さんは快く承諾し、笑顔で語り始めた。

「そうですね…まず、ここ日本には大きく二つの魔法体系があります」

「魔法だって?」

ありえないぞ?まさか、並行世界の移動や魂の物質化を簡単にできるやつらがいるって言うのか?
それなら、俺が異世界からきていることなんて当たり前なのかもしれないか?

分からないことが多すぎる。今は様子見だ。

「おや、君だってさっき使っていたではないですか?」

「いえ、俺が使っていたのは魔術…」

しまった!
近衛さんの言動からすると、この世界の魔法は元の世界で言う魔術なのかもしれない。
俺が使っていたのは、ありふれた強化の魔術だ。

内心冷や汗だらだらの状態で、ポーカーフェイスを崩さないように無表情で耐えた。

「ああ、そういう古い言い方もありますね…君が魔法を教えてもらった人はそうとう古い考え方の人だったのですね」

「そうなりますかね…何しろ、最初は反対されていましたから」

決して古いわけじゃない、ただ異端なだけだった。
血と歴史を積み重ねることで知識と魔力を高めていき、最終的に根源の渦にたどり着くことが目的である魔術師にとって、爺さんの生き方も魔術の扱い方も異端だった。
だからだろうか、俺に魔術を教えようとしなかったのは。

今となっては遅すぎる。
本当のことなんて、爺さん以外分からないのだから。

「フフフ…そうですか、それでその人は今どこに?」

「もう死んでしまっていません…だから、旅に出ているんです」

「これは失礼しました…ご冥福をお祈りします」

気にしないでほしかった。
爺さんは笑って逝ったのだから。

「いえ、もう過ぎたことですし…それで、日本の魔法体系というものを教えてもらえますか?俺は何も教えてもらえなかったので」

「いいでしょう…その前にそろそろ警戒を解いてもらえますか?手を出す気は本当にありませんから」

「…わかりました」

ずっと立ちっぱなしだった俺は食事の時と同じ間合いに座った。

「では、日本の魔法体系のことでしたね…一つは、関東魔法協会、そして、我々がいる関西呪術協会です」

日本だけで、大きな魔術…いや、ここでいう魔法体系が二つ存在するとは…。
それだけで、元の世界と大きく違う。

「戦い方も関東と関西では違います…それも聞きますか?」

「是非、教えてください」

それも知りたかった情報だ。
戦い方さえわかれば、簡単に抑え込むことができるからな。

「分かりました…まず、関東の方ですが、彼ら西洋魔術師の攻撃魔法は呪文の詠唱が長ければ長いほど威力を増し、それを唱えている間は無防備になるという弱点を持っています」

「なるほど…」

「しかし、その弱点を守るために従者…パートナーを従えているのが、一般的です。

まあ、強い人になれば、無詠唱で強い魔法を扱ったり、戦車くらい軽く潰したり、それくらいの力は持っていますね」

……はぁ?
そんなとんでもないヤツがいるというのか?!
このままじゃあ、絶対に勝てないだろうし、俺のやろうとすることが絶対に達成できない。

「そして、我々関西の者は、魔力とは違い、気を扱うことに長けています」

「気…ですか?」

「気とは魔力と似たようなものです…気は生命の持つエネルギー、魔力は自然界に存在する、万物の根源のエネルギーとでも言いましょうか」

それって、オドとマナのことじゃないのか?

俺の記憶では、自然に満ちる星の息吹たる大魔力をマナと、生物の体内で作られるものをオドと、言うと記憶している。
でも、この世界ではそんな常識が通用しないというのだろうか?

「魔法使いは魔力を吸収し、それを魔法へと変換し、我々呪術師は気を呪術に変換します」

「それって大差がないのではないですか?」

「いえいえ、大いにあるのですよ…気と魔力は未熟なうちに同時に扱うと相反してしまいますから」

そうなのか?ということは、マナはマナで扱い、オドはオドで扱うということになるのだろうか。

「君の場合は、どちらかというと気の方に長けているようですね」

たしかに俺はオドしか魔術に使うことができない。

レベルの高い魔術師は、マナをオドに変えて、魔術を扱ったりするけどな。

「それでは話を戻します…気を扱う我々の中にも、関東側と同じように呪文の詠唱を行う者がおり、その時は無防備になってしまいます。

その時に、善鬼、護鬼と呼ばれる強力な式紙を召喚して、自身の守りを固めることもあります」

前鬼…後鬼…どこかで聞いたことが…。
役小角が従えていたといわれる、鬼の名前か…たしか山伏の開祖だったか?

「たまに、神鳴流と呼ばれるここ京を護り、魔を討つために組織された戦闘集団が護衛することもありますがね」

「なるほど…」

どちらの魔術師にしろ、術者の詠唱さえ止めてしまえば勝ち目がある。
ただ、無詠唱や強化だけでも強い魔術師がいるってところか。
今のままじゃ、勝ち目はないな。
筋力も魔力もなさすぎる…それに、相手の魔術が未知数だ。

「次に、魔法の隠匿に関してですが…無闇やたらに使用することは禁じられています」

やはり、隠匿されていたか。
魔術が流行っている世界だったら、楽だったが、仕方ない。

「基本的にばれないように行動すれば、大丈夫です」

その程度の心がけでいいのか?
と思いつつも、内心楽で済むなと思っていた。

「もし、ばれたらどうなるんですか?」

一番の疑問だった。
元の世界だったら、知ってしまった者を殺し、知らしてしまった者も…。
この世界の魔術師たちもそういう黒い部分を秘めているのかどうか、それを知りたかった。

「そうですね…オコジョになります」

「はぁ?殺されるとか、そんなんじゃないんですか??」

「はい、オコジョになります」

オコジョとはまた、かるい懲罰……じゃないな。
生き方まで変えるのはそれはそれで辛いわな…。

「知っておくべきことはこれくらいでしょう」

「いろいろとありがとうございました」

座ったまま深々とお辞儀した。

近衛さんが苦笑するような声が聞こえた後、「もういいですよ」と声を掛けられ、頭をあげた。

「さて」

近衛さんはさっきまで笑っていたのが嘘のように、真剣な眼差しを俺に向けてきた。
これから、真剣な話をするということだろう。

「では、私がどういう存在か分かりましたか?」

今までの話から推測すると、大きな二つのまじゅ…魔法体系があり、近衛さんの側が関西呪術協会ということ。
そして、彼らの集まりの総本山がここであるということ
あと、近衛さんは俺と初めて会ったとき、彼は自己紹介で最高責任者と言っていたこと。

それらを統合するとつまり──

「──ここが関西呪術協会における総本山であり、あなたがそのトップにあたるわけですね」

「その通りです…よく分かりましたね…」

俺の回答に近衛さんは驚いているようだった。
この程度なら、むしろ、当然なことだと思うんだけどな。

「なら、私が任せたい仕事とは何かわかりますか?」

むむ…。
近衛さんはトップに位置する人間である点から考えると、彼ができない仕事は…いろいろありすぎて分からない。
じゃあ、ここが総本山である点から………これもありすぎる……。


…うん、無理。


「…すいません、わかりません」

「分かったら、驚いていましたよ…どこまで、すごい頭脳を持っている子供なのかとね」

ああ、だからさっき博識と言ったのか。
俺が子どもでないことも悟られるべきではないな。
そうしておいた方が、いろいろ楽かもしれない。
でも、誰からも子どもとみなされるのも辛いな…。

そう考えると、乾いた笑いしか出なかった。

「ははは…」

「それでは、私が頼みたかった仕事というのは」

「ちょっと待ってください」

危うく流されるところだった。

「はい?」

「俺は受けると一言も言っていないんですよ」

俺は一言もその依頼を受けるとは言っていなかった…はず。
何の目的か聞いて、ここまでズルズル話してもらっただけだ。

だけど──

「一食と倒れていたところを助けていただいた恩がある以上、できる限りお受けします」

「それはありがたい…断られるかと思いましたよ」

「依頼次第では断らせてもらいますよ?」

「大丈夫ですよ」

誰かを殺す、誰かのものを奪う、そんな倫理に反するものでなければなんでもやろう。

「どういったものですか?」

「さっきの子どもたちの監視です」

「…は?」

そう決めていたのだが、意外すぎる回答に間抜けた声を出してしまった。

「どうしてですか?」

「いろいろな要因が重なっているのですよ」

近衛さんはすこし困った顔で笑っていた。
彼にもいろいろあるのだろう。
そう思ったからこそ、黙って聞くことにした。

「まず一つに、子どもたちの面倒を長く見れる大人がいないということ」

今日だけじゃないのか?
出払っているというのは…。

「力のある者は関西の各地に出回っているのですよ、力のない者でもあまり長居しませんし、私は執務がございますから…かといって一般人をここに入れるわけにもいきませんから」

なるほど、そういうことならば仕方ないだろう。

「そして、子どもたちが目の届かない場所で遊んでいることが多くなってきたということ」

あの子たちがそんなに活発に動くようには思えないのだけど。

「最近なんかでは、結界の外で遊んでいることも多くて、心配なんですよ…おかげで君を助けることができたわけですが」

「そうだったんですか…」

あの子たちが外に出ることをしなければ、いろんな意味で助かっていたわけか。
まあ、助けられたおかげで、いろいろと気付けたし、いろいろと知ることができた。
感謝しても感謝しきれないな…ほんと、まいったな。

「あと、一つはあの子たちも少しくらい男子と遊ばせないといけないでしょうから」

「…むしろ、それが本音臭いような気がします」

「さて、どうでしょうか?」

「…まあいいです」

食えない人だ、そう思った。

まあ、そういう事情なら、この頼みを聞き入れてもいいだろう。
ただ、問題があることが二つ、これを何とかしない限り、俺も近衛さんもキツイことになる。

「あなたの部下にはどう説明するつもりですか?」

「そうですね……刹那君のようにはいきませんしね」

「刹那のように?」

「いえ、こっちの話なので、気にしないでください」

「?分かりました」

なにかあったのか?刹那も…。
よくよく考えれば、名前からして、近衛さんの子供ではない。
もしかすると、何かの拍子に親を失ったか?

今はまだ、踏み込んで聞くべきではないだろうし、本人の口から聞くべきだろう。

「そうですね…清掃係というのも、あれですしね」

「いいですよ、別にそれでも」

「いえいえ、そういう訳にも参りません。この屋敷だけでも広いのに、他のところまでやっていただくと1日中やってもらうことになってしまいますから」

そういえば、そうだった。
子どもの体では手が届かないところも多くなるし、本腰入れてやったら時間がかかりそうだ。
なにより、俺が優先すべき仕事は監視となっているのだから。

「ならば、料理人か整備士の需要はありますか?」

「両方、足りていますね」

「そうですか…」

なら、俺ができそうな仕事と言えば、執事とかくらいしかなくなるわけだけど…。

「…一応、食客として扱いましょう」

予想外の決定に、度肝を抜かれた。
食客…居候として、ここに居着いていいのか?
俺としては構わない…ただ

「いいのですか?あなたの立場を危うくするのでは?」

「大丈夫でしょう…私に意見できる人間などいないですから」

それでも、無理を押しとおすというわけか…。
あとあと、歪みができないか不安だ。
だけど、それだけの覚悟を持っているのであれば。

「その頼みを引き受けましょう」

どれだけのことができるか、分からない。
でも、やりとおして見せよう。

「ありがとうございます、えみ──「士郎です」──士郎君」

「よろしくおねがいします、近衛さん」

近衛さんが頭を下げる前に手を差し出した。
彼は頭を下げるのをやめ、握手を交わした。

その手はいろいろと戦ってきたことを、そして何かを守ってきたことを、証明するかのように、皮が厚かった。

俺もまたこんな手になれるだろうか?
いや、ならなければならないだろう。

このままでは誰も助けられないのだから。

「寝食の場所もまたご用意させていただきます…今日のところはさきほどまで寝ていた部屋でお願いします」

「分かりました…」

「では、執務がございますので、これで失礼します」

近衛さんは立ち上がり、この部屋を出ていくために、俺に背中を向けた。

このままでいいわけがないだろう。

「近衛さん!」

そう思った俺は、近衛さんを呼び止めていた。
俺の声に反応して、近衛さんは振り返り、不思議そうに首をかしげていた。

「何でしょうか?」

「もうひとつだけ、お願いがあります」

「なんでしょうか?」

きっと、これは間違っているのかもしれない。
才のない俺に、できるかわからないのに。
ただ、剣にだけ特化した俺にできるか分からないのに。

「俺に、教えていただきたいのです」

「何を、ですか?」

近衛さんは目を開いて、真剣な顔でこちらを見ていた。
きっと気付いているのだろう。
俺が言おうとしていることに。

「気や魔法の扱い方です」

やっぱりかと言うように、彼は顔をしかめた。
そして、こう聞いてきた。

「なぜ、学ぼうと思うのですか?」

なぜ?そんなの簡単なことだ。

「誰かを助けたいからです」

俺の願いだ。
どんなに疲れ果てても、これだけは続けていた。
誰かを助けるということだけは。


「…」


近衛さんはひどく憐れむような眼をしていた。


なにが悪いというのか?


「今回は聞かなかったことにします…また、あなた自身が気付けた時にでも答えを聞かせてください…あと、仕事は明日から、このかが7歳になるまでの2年間でおねがいします」


近衛さんはふたたび振り返り、部屋の奥にあった階段へ歩き出した。

待ってくれ。なんでなんだ?
なんで、教えてくれないんだ?

「刹那君を見ていると分かるかもしれません…では」

そう言い残して、近衛さんは階段を上って行ってしまった。
そして、俺は一人残された。


どうしてだ?


その答えに返ってくる声もなく、俺は途方に暮れた。




*余談*


何も答えが分からぬまま、俺は部屋から出て行こうとした。

だが、散乱した食器たちを目に入り、何だか居た堪れない気持ちになって、後片付けをした。

その後、掃除道具などを探し回ったり、自分が寝ていた部屋が分からなくなりこれまた探し回ったりして、結局寝たのは12時過ぎだった。




────あとがき────

2010/04/29 あとがき変更、行間変更、誤字修正

修正しつつ読み直しているわけですが…おざなりにしている設定がごろごろと出てくる出てくる…回収できるか心配です。









[6033] 立派な正義に至る道5
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2010/04/29 17:08



──Side Eishun


自室に戻り、腰を下ろしてようやく一息つけました。

「…ふぅ」

一瞬、殺されるかと思いましたね。
士郎君は瞬時の判断が素晴らしい。
一気に詰めて、急所を狙ってきましたし、なによりいつ強化したのか分からないほど、彼の強化は早かった。

本当に彼は何者なんでしょうかね。
いくら調べても情報が一切出てこない。

彼の実践的な動きから見て、いくつかの戦いを行ってきてるはずですから、出てきてもおかしくないのですが。

本国の方にも探りはどうなったのでしょうか。

『どうじゃった、婿殿』

…ちょうどいいタイミングで連絡をくれますね、この人は。

「お義父さん…できれば、テレパシーは止めてほしいのですがね」

この方は私の義理の父にあたる、関東魔術協会理事であり、麻帆良学園学園長である近衛近右衛門。
仲が悪いわけではありませんが、面白いことが好きな人ですから、突拍子もないことをしてくれるのが玉に瑕です。

『かたいこと言わんでくれんかの~?老い先短いんじゃし、わし』

そんなこと言って、あと20年くらいは生きている気がしますね。

「はいはい、わかりましたよ」

『聞き分けがよくて結構…ところでじゃ、衛宮士郎とかいったかの、婿殿のところに現れたという魔法使いは』

彼のことは、私ひとりでは調べられそうにありませんでした。
なので、お義父さんにそちら側からも探るようにお願いしましたが、どうなったのでしょうか?

「どうでしたか?」

『本国でも、そのような魔法使いの存在は確認できんかったのう』

「そうですか…」

彼の言葉づかいを見る限り、関東の魔法使いだと思い、まず連絡を入れたのですが、結果は“Unknown”。
それで、本国にも精通しているお義父さんに再度頼んでみたのですが、同じ結果でしたか。

『して、彼の処分はどうしたのじゃ?』

「私の方で保護する形をとらせてもらいました」

『ふぉっふぉっふぉ…それはまた愉快じゃのう』

こちらのことも知った上で、そのようなことを言ってくるのですから、非常に性質が悪い。

まぁ、殺されかけたということまでは分かっていないでしょうけど…。

『それで、彼はどういう人物じゃった?』

「印象がだいぶ変わってますからどうとも言えませんね、強いて言うなら、子供でしょうか」

『ほぅほぅ…婿殿がそう言うのなら、そうなのじゃろうけど、ちと変じゃな』

「どういうことですか?」

『わしに最初に報告してて来たときは、

非常に大人びた、それでいて無感情。

こう言っておったと記憶しておるが』

ああ、たしかに最初はそう思っていました。
ですが、このかや刹那君と接している彼を見て、印象ががらりと変わりましたね。
まあ、そのあと、あんなことになった所為で、少し印象が戻ってしまいましたが。

「彼の人となりは接してみてわかるものでしたよ」

『ふむ、まあ頑張るんじゃな…それと、こちらの方が本題じゃったが』

「なんですか?」

『やはり、公式記録ではもう死んでおったよ、婿殿の盟友…ナギ・スプリングフィールドはの』

「そうですか…」

あのバカはもう…。
できれば、私自身が動き、確かめに行きたい。
だが、できない…今の責任を捨てることなど、私には…。

「わかりました…では、また」

『このかによろしくの』

ふぅ…。
まさか、お義父さんからのテレパシーがくるとは…予想以上の早さで調べてくれたようですね。

結局、収穫は零でしたか…まあいいでしょ。
今回彼と話して分かったこともありましたし。


彼自身が、誰かを助けたいと思っていること。

それは非常に尊い考えでしたし、“立派な魔法使い”を目指している、そう聞こえました。


その目を見るまでは。

「…」

彼の目は敵意を向けている時と同じ目をしていました。
瞳に宿るものが何もない目。
どうすればあんな目になれるのか、それを知りたいくらい、恐ろしい目でした。


だから、思ったんですよね。
何かを抱え込んでいる人なのだと。
それが何であるか、どんなものであるかはわかりません。
それが、分かるまで…教えるわけにはいきません…刹那君の様でなければいいのですが。

まあ、その前に彼の口から本当のことを聞きたいですけどね。
彼の異質な魔力のこととか…見たことのない強化魔法のこととか、ね…。


──Side Eishun OUT


「ん…」

目が覚めた瞬間、体を起こし、すぐに頭を振り、意識を一気に覚醒さした。
寝たのが遅かった割に、起きられるものだと思う。

もう、早朝か…。

この部屋に時計がないので正確には分からないが、日が昇っていないところと、肌に感じる空気の冷たさから、大体3,4時ぐらいだろう。

昨日はいろいろあったな。
遠坂によって、この世界にきて、このかちゃんや刹那に見つけられて、ここに運ばれ、近衛さんと対峙して…。

一番、印象に残っているのはあの顔だった。
俺が願いを言った時に近衛さんが見せたあの顔は、なんだったのだろうか。

『刹那君を見ていると分かるかもしれません…』

近衛さんは、そう溢していた。
刹那はただ気が強い女の子にしか見えない。
でも、なにかあるというなら、知りたい。
重ねちゃダメなのは分かってるけど…アイツに似ているから。

…今、このことを考えるのはよそう。

まずは、自身の解析をもう一度だけやっておこう。


──解析、開始(トレース・オン)


身体能力、筋力低下、身長低下、体重低下、それに伴い、攻撃力の低下。

魔術回路、27本中12本は正常に起動、15本は何らかの原因で停止。

魔力量、全快…これ以上増える兆候なし。

アヴァロン、正常に起動…。


──解析、終了(トレース・オフ)


前回と違ったのは、魔術回路と魔力量だけか。

魔術回路が1本だけ元に戻ったのはありがたい。
何が原因で、止まっているか今のところはっきりしないけど、時間がたてば戻るってことなのかな?それともなにかしないといけないのか?
どちらにしろ、負担をかけるようなことさえしなければ、今のままでも大丈夫だろう。

しっかし、魔力量の増加は全快で停止したか…。
増え続ければ、切り札の展開時間が伸ばせたのにな…。
まあ、外的要因に頼ってもいられないし、今のままの展開時間でどれだけできるか、だな。

ある程度の目標が決まった俺は布団を剥がし、立ち上がった。

「よし」

久し振りに、鍛錬を行おう。
今のままじゃ、何も守れない、何も救えやしない。
自身を最大限まで高めることしか、俺には道がないのだから。

っと、その前に、確認しとく事があったな。

自身が保有する、唯一で異質の魔術。


魔術回路に魔力を通し

創造理念を鑑定し

基本骨子を想定し

構成材質を複製し

製作技術を模倣し

成長にいたる経験を共感し

蓄積年月を再現し

あらゆる過程を凌駕し


幻想を結び剣と成す!


「──投影、完了(トレース、オフ)──是、干将莫耶(かんしょう・ばくや)」


馴染みの陰陽剣の投影は、いつも通りできた。
あまりにも、普通にできた。
危惧していたのが、嘘のようにすら感じる。
精度も、ランクも、一切変わらず…か。

なんか、拍子抜けした。

消費する魔力量も変わらずといったところか…。

「でかいし、重い…」

今までこんなもんを扱ってたのか、俺。

身体能力の低下が、やはり響いてきた。
きっと振り下ろした瞬間、握力不足で手から外れてしまうだろう。
自身の強化をすれば、たやすいんだろうけどな…。

俺の強化は元々俺が特化した存在であるため、武器関連にしか施せなかった。
だけど、長年の苦労もあって、全身の強化が可能になっている。

強化魔術を使って、宝具を扱うのもありだけど、魔力の消費は加減しといたほうがいいだろう。
何の影響か分からないけど、魔力の回復量が半端ないとはいえ、いつ一気に使わなければならない時が来るか分からないし。

それに、元となる体が強くなければ、そんなに効き目がないからな…。

とりあえず、解除するか…。


──投影、解除(トレース・アウト)


手に持っていた夫婦剣を魔力に霧散させた。

形状変化すれば、扱えるけど…このままの形が一番なじんでるんだよな…。
使えるにこしたことないから、後でなんとかしよう。

ここの世界の強化を覚えることができたなら…だけど、難しいだろうな。
とりあえず、鍛練用に竹刀だけでも…いや、まずいな。

持っていないはずの竹刀を持っているところを誰かに見られたりしたら、誤魔化しが効かなくなる。
仕方ない…徒手空拳でやるか…。

そうと決まれば、外に出るか。
こんなに朝早くなら、誰もいないだろうし…。

動きやすい服装でもないし、靴すらないが、地面に降り立った。

…下は草だし、なんとかなるだろ。

手始めに自分の体の動きをチェックすることにした。

まずは、フットワーク。
背が低くなったのに伴って、足が短くなった分、小回りが利くようになっている。
ただ、速さが足りないため、すぐに捕捉されるだろう。

次に、蹴りと殴りなどの打撃の速度。
筋力低下があって、遅くなっているが、それよりもひどい問題点が見つかった。
体が硬い…股が100°以上は開きにくいし、痛い。

今後はストレッチをしていく必要があるな…。

次に、どこまで見えるか。
これは至って変わらないようだ。
強化も行ってみたが、大体4km先まで見えていたし、問題ないだろう。

さて、そろそろ問題の戦闘技術を見直すか…。
徒手空拳でやるのもあれだから、何かを持っていると想定しよう。
…使い慣れている干将莫耶が一番いいだろう。

何も持っていないが、干将莫邪を構えるようにだらんと腕を下げる。
そして、仮想の敵、数、場を想像する。

──敵、食屍鬼。数、10体。場、平地。

戦術論理に当てはめ、それを基に行動する。

まず、身体強化をかけ、動きの速度を上げる。

目の前の敵を切ると同時に踏み込み、後ろへ蹴り飛ばし、後ろにいる敵の足止めをする。
左から来る攻撃を左の干将でいなしつつ、体をひねり敵の後頭部に右の莫邪で切る。
それから後ろに来る敵をギリギリまで引きつけ、回し蹴りを横っ腹に当て吹き飛ばす。

相手が理性的であれば、間合いを取ってくれるが、相手は食屍鬼…理性など存在しない亡者だ。
こちらが一気に間合いを取り、相手の攻撃をさばき、数本の剣を投影待機させる。

そして、相手がこちらに向かって来たところに

──停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン)

待機させておいた剣を一気に解き放つ。
そして、再び間合いを取り、相手に突き刺さった剣の内包する魔力を壊して、開放する。

──壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

残っているであろう、敵を手に持つ陰陽剣でせん滅し…

…これで完了かな。

ダメージは零。
ただし、この動きは間違いなく元の状態でだろう。

子供化している状態だと、戦えてせいぜい一匹くらいだ。
強化を使えば、なんとかできるが、体にかかる負担を考えると、そうやすやすと使えない。
ダメージだって避けられない…もしかするとやられる可能性もある。

やれやれ…どうしたもんかな。

「そこで、何をやっておられるんですか?」

後ろからかけられた声からして、近衛さんだ。
なぜ、こんな早朝と言うか深夜というかの時間に起きているんだ?
…もしかして、見られたか?

見られたとしたら、どう言い訳すればいい?
いやいや、そんなことより挨拶でもして、誤魔化そう…うん、そうしよう。

「おはようございます、近衛さん」

「はい、おはようございます、士郎君」

振り向きながらにこやかに挨拶した。
が、近衛さんは動じることなく普通に挨拶してきた。
しかも、何してるんでしょうか?って顔のまんまだし。

「今日はいい天気ですね」

「まだ、日が昇っていないので判断がつきにくいですけどね」

…これ以上、あれこれ話しても無駄だろうし…言った方がいいか。
何のために、俺が気や魔法を教えてくれって言ったか分かってるしな。

「士郎君」

「はい?」

俺が声をかける前に、逆に声を掛けられ、つい間の抜けた声を出してしまった。

「昨日、お風呂に入っていないでしょう?」

それが、どうかしたのか?
というより、前の世界から通算すれば、2年以上入ってない。
むしろ、入れなかったからな…シャワーは浴びていたけど。

「そういえば、そうですが…」

「案内しますので、付いてきてください」

そう言って振り返り、歩き始める近衛さんに、とりあえず付いて行くことにした。

「おっと、まず足の裏をこれでふいてください」

「あ…ありがとうございます」

足の裏が汚れているのが分かっていたのか、近衛さんはタオルを渡してくれた。
足の裏をぬぐったあと、廊下に上り、近衛さんの後ろにピッタリ付いて行く。

……はっ!唐突すぎるぞ、おい!

場の雰囲気に流されていたとはいえ、これはない。

まず、言うことがあるんじゃないんでしょうか、ねえ。
なんで、庭に裸足で出てるのかとか、
なんで、早朝から起きているんだとか、
なんで、そんなに足の裏が汚れてるんだとか、さあ。

「訊いてほしいなら聞きますよ?」

「はい?」

「士郎君が訊いてほしそうになかったので、別の話題に切り替えさせてもらっただけです」

全部、口から出ていたのか?
いや、ありえない。
確か俺は口を閉じていたはずだ。

???

分からないことだらけで、つい首を捻った。
それを見てか、近衛さんは苦笑していた。

「顔を見ていれば、分かりますよ…昨日と違って、分かりやすかったですよ」

「む…」

誤魔化そうとしたためだろうな…。
最初から、本当のことを隠した事実を述べておいたらよかった。

「今度からは気をつけます」

「私としては、今のままの方がいいんですけどね」

「そうもいかないですよ」

「そうですか?日常から、そんなのだと疲れますよ?」

全くもって、変わった人だと思う。
だからかもしれない。

「近衛さんの前では、このままでいきますよ」

「そうですか、ありがたいですね」

近衛さんは俺の言葉に答えるように、優しく微笑んでいた。
その笑顔に懐かしさを感じた…もっとも、あの虎は叫んでいる時の方が多かったけどな。

「ここです」

懐かしの銭湯を思い出すようなデザインに、驚いた。
結構大きい屋敷なだけあってのデザインなのだろう。
何人もすぐに入れるようにといったところか。

「着替えは用意しておきましたし、心おきなく入りましょう」

「近衛さんも入るんですか?」

「はい、昨日はいろいろとありましたし…ね?」

何か言いたげな近衛さんの言葉に、心を痛めつつも、全裸になる。
改めて、全部小さいと感じてしまった。
…なんだろう、この虚無感と言うか、物足りなさと言うか…。

ため息が出た。

理由は簡単…小さいからだ。

「さて、士郎君、入りましょうか」

近衛さんも脱ぎずらそうな服を脱いでいた。
サイズを見ようかと思いきや、すでに股間をタオルで隠していたから測れなかった。
残念と思いつつも、他に気になることができていた。

近衛さんの体に刻まれた、無数の傷跡。

これはいったい…。

「士郎君、行きますよ」

「あ、はい」

近衛さんの傷跡のことが気になるものの、彼に続いて浴室に入った。
…浴槽のサイズも予想通りでかかった。
つーか、銭湯か温泉と言いたいくらいだな。

「近衛さん、まずは体を洗ってからですよ」

近衛さんの予想外の行動に唖然としながらも、彼の手を取って、引き止めた。

「そんな固いことを気にしてたら、駄目だと思いますが?」

「風呂の湯が汚れるのは、どうかと思いますよ」

「…仕方ありませんね」

近衛さんは渋々、シャワーの方へ向い体を洗い始めた。
俺も隣に座り、久しぶりに体を流した。

体を洗い終わった後、ようやく湯の中に浸った。

「ふぅ…」

久しぶりに感じる、体が芯から温まる感覚。
こんな贅沢をしてていいのかとすら思える。

「どうですか、自慢の風呂は」

「最高ですね…」

水面に映る自分の顔を見て、昔に戻っているなと改めて思った。
赤い髪に、琥珀色の瞳、そして肌色の肌。
なにもかもが、昔の自分で過去に戻ってきたようにすら感じる。

実際のところどうなのかははっきりしないが、とりあえず、気になっていることを聞くことにしよう。

「近衛さん、その傷跡は?」

「ああ、これですか?」

「はい、あまりにも多いので、つい気になって」

銃創のようなものはなかったが、刀傷のような切り傷が無数に走っていた。

「過去の大戦で、つけられたのですよ」

「過去の大戦?」

「はい、もう10年前になるでしょうか…大きな戦いがあったのです」

…まさか、聖杯戦争か?!
いや、あれは大きな戦いとは形容しがたいほど小さな争いだ。
とはいえ、聖杯戦争である可能性は捨てきれない。

「その大戦ってどのようなものだったんですか?」

「平和を取り戻すためのものでしたよ…数々の命が失われました」

「そんなことがあったのですか…」

聖杯戦争ではなかったか…。
だけど、もしかすると、存在するかもしれない。
これに関しては自分自身で調べるしかないな…。

「ええ、それはもう恐ろしい戦いでしたよ…ですが、彼がいたことでなんとかなりました」

「彼?」

「腐れ縁の友人であり、“千の呪文の男(サウザンド・マスター)”と呼ばれる英雄です」

千の呪文とはまた…必要以上に無駄な魔術を覚えているんだな。
だけど、英雄と呼ばれる存在とは…やっぱキャスター並みの魔術師になるのか?

「もっとも、サウザンド・マスターとは名ばかりで、魔法も5,6個程度しか覚えていない、魔法学校中退者ですけどね」

なんだって?5,6個だけ?…ありえないだろ?
いやまあ、俺も人のこと言えるほど魔術を覚えていないけど、名前とのギャップがな…。
千の呪文の男と呼ばれるんだったら、そんなに覚えてなくても、300個くらい覚えているかと思ったんだけど。

「しかも、戦闘中なのにアンチョコ読んで、魔法を唱えるということもしていましたね」

懐かしんで言っておられるが、その間苦労していたんだろうな。
昨日言っていた通りなら、魔法を唱えている間は無防備になってしまうのだから。

「そんな人もいるんですね」

「ええ…その口ぶりからすると、知らなかったみたいですね」

「ええ、疎いもので」

本当のところは疎いどころの騒ぎじゃない。
でも、疎かったのは確かだった。
聖杯戦争が始まるまで、他の魔術師の生き方とかぜんぜん知らなかったし。

「しかし、似ているのかもしれませんね…」

「はい?」

「さて、長湯でのぼせるのもよくありませんし、私はお暇させてもらいます…士郎君はどうしますか?」

久しぶりの風呂だから、もう少しだけ入っていたいけど…。
さっきの発言が気になる…何に似ているというのだろうか?

「士郎君?」

「あ、まだ入っておきます」

「わかりました、では、また朝食の時に」

そう言い残して、近衛さんは出て行った。
結局、聞かずじまいだったけど、どういう意味だったのだろうか?


──Side Eishun


彼の髪の色とかを見ていると、つい懐かしくなってしまいました。

昨日、お義父さんから連絡が入ったせいかもしれませんが…。


ついつい、思い出に浸ってしまいました。


本当に死んでしまったのでしょうか…ナギ。


──Side Eishun OUT




────あとがき────


2010/04/29 あとがき変更、行間変更、誤字修正

今さらながら、このころ書いていた量と現在書いてる量が全然違うことに気づいてしまった。
…なんか悲しい。






[6033] 立派な正義に至る道6
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2010/04/29 17:27



風呂から上がると、新しい服と下着が用意されていた。
近衛さんが気を利かせてくれたのか、服は白地のシャツとジーンズと靴下とベルトという洋服だった。
サイズが少々大きいけど、ズボンはベルトを通し、ジーンズのすそを折ってしまえば、大丈夫だし、シャツはそんなに気にならなかった。
多分、見た感じのサイズを見繕ってくれたのだろう。

あとで、お礼を言っておこう…。

そう心に誓って、脱衣所から出ると、日が昇りかけのようで、空が紫色へと変化していた。
大体、5時半くらいだろうな、と思いつつ、強化した目で辺りを見渡すと、見たことのある剣道着が目に入った。

刹那か。
主観的に4,5歳と思うんだけど、すごく気合が入っているな。

一挙動で、何度も竹刀を振り、休まずに続けている。
かなり慣れた感じで振っているので、相当練習を積んでるみたいだ。
見た限りでは、まだまだ実戦向きじゃないけど、このままいけば、かなりの太刀筋になるだろう。

剣を扱う才能のない俺が考察するのもなんだけどな…。

自嘲しつつ、刹那の練習風景を眺めていた。
ふと、気になったことがあった。
なんであんなに必死な表情でやっているんだろうか?

大会とか試合とかが近いのかな?と思ったけど、それなら一人でやるのは効率が悪いだろう。

靴と竹刀があれば、相手をしてやれるのだけど…。

そんなもの見渡す限りでは存在しないので、諦めて練習風景をずっと眺めておくことにした。
数分すると、刹那は一挙動での振りをやめて、構えを変えた。
剣道のそれとは違う、実戦的な構え。

なんだ、あれ…。
刹那自身ではやっているつもりなんだろうけど…あれはだめだろうな。

子どもが竹刀を振りまわして遊んでいる、そういう風にすら見て取れた。
力不足と動きがついていけてないのが、そう見える原因なのだろう。
しかし、完成すれば…また変わった風景に見えるように感じた。

そうこうしているうちに、日が昇ったらしく、強い光が目に入った。
それと同時に刹那はピタリと練習をやめて、こちらに向かってきた。

む、汗を流す気だな…とっとと退散するか。

刹那の視界に入る前に、自分の部屋へと走った。

「ふぅ…」

どうやら、ばれずに部屋に戻れたらしい。
ある程度、風呂場から離れた後、刹那の方を見ていたけど、気付いている様子ではなかったし。

敷いたままになっていた布団の上に腰をおろしたら、ため息が出た。

…しかし、この屋敷、いや敷地全体の広さには驚きを隠せない。

昨日はおかげで、迷いそうになったからな…。
最終手段の解析を使う前に、どうにか帰れたからよかった。
だけど、開拓された私有地が、山の頂上か山間の土地かはわからないけど、これだけの広さあるとは…。
もしかすると、見渡せる山全てが私有地だったりしてな……。

遠い目でそんなことを考えていると、腹の虫が「なにかくれ」と催促してきた。

しかし、時間的にはまだ6時くらい、一般的な起床時間ではないだろう。
考え事でもして、気を紛らわそう。

考えるべきこと…たとえば…そう、冬木市における聖杯戦争。
ここが過去か未来かはわからないけど、存在するかどうか、それが一番の問題だ。

あらゆる願いを叶えるという聖杯を手に入れる為に、聖杯に選ばれた七組のマスターとサーヴァントがその技を競い合い、他の六組を排除しなければならない殺し合い。
争いに勝つ為にはマスターかサーヴァントを倒すか、マスターの令呪を無効化して強制的にマスターとしての資格を失わせるか、どちらしかなかった。

これだけは繰り返したらいけない。
また、悲哀や憎悪の連鎖が起きてしまう。
もしかしたら、前回の聖杯戦争の結末のような事件が起こるかもしれない。
だから、もし存在するのであれば…根から潰してやる。

そうすることが、最善だろう。

だけど、あんなものがなければ…アイツはどうなっていたのだろうか。
“王の責務”から解放されず、ずっと悔み続けていたのかもしれない。
自身を嫌い、己を戒め…考えたくもない。
きっと、アイツは笑っているのだろう。

どこか、遠いところで…。

感慨深くなってしまったな、と心で呟いて、自身を嘲笑った。

必要じゃないのに、なきゃ困る。
ないと困るのに、存在してはいけない。

そんな葛藤からも来ていたけど、それよりも、アイツの最後の笑顔の方が自分の嘲笑をかっていた。

忘れない…か…。

「しろう~、おはよー」

「士郎さん、おはようございます」

そんな声と同時に障子が開いた。

「このかちゃん、刹那、おはよう」

思案に暮れていた自分を無理やり元に戻し、できるだけ笑顔で挨拶を返した。
そうすると、このかちゃんと刹那も笑っていた。
懐かしいような…不思議な感じがした。

「あれ?しろうってそんな服持ってたん?」

「ああ、これは…近衛さんが用意してくれたんだ」

和服ばかり着ているのだろうか、このかちゃんはもの珍しそうに俺の服装を見ている。
隣にいる、刹那もまた同様に目を走らせている。

「ところで、何の用でここに?」

「ああ~すっかり、忘れるとこやったわ~」

このかちゃんは思い出したように柏手を打った。
そして、刹那も思い出したらしく、ずいっとこのかちゃんの前に出た。

「えっと、朝食の準備が整いましたので、お連れするようにと言づけられまして」

…なんだろうな、この違和感。
最初会った時はそんなに感じなかった。
二度目会ったときから、だんだん感じ始めて…。

あ、そうか。

「刹那、敬語なんて使わなくていいよ」

歳の割に妙に堅苦しい言葉を使ってたからだ。
歳が14,5位だったら、まだ気にはならないんだけど。
さすがに、幼すぎる。
見た目8歳の俺が言うのもなんだけどな。

「…そういうわけには」

けっこう頑固なんだな。
いいとは思うけど、子どもの内はそういうこと気にしないでほしい。
だから、卑怯だとは思ったけど、こういう作戦に出た。

「なあ、このかちゃんもそう思うよね?」

「ウチもそう思うよ~」

「な…」

ものの見事に的中し、刹那の顔に焦りが生まれてきた。
このまま押し切れるか?

「どうするんだ?」

「…分かりました、善処します」

全然できてないんだけどな…まあいいか。
善処するって言ってるし、だんだん直っていくだろ。

「じゃあ、行こうか」

そう促して元気よく立ちあがった。

「うん、行こ~」

「はい、行きましょう」

が、思いっきり肩透かしを食らった。
行きましょうって…全然直ってないじゃないか…。

「どうしたん?しろう」

「どうかしましたか?士郎さん」

少しくらい頑張ってほしいと思いつつ、「いや、なんでもない」と言って、朝食の場へと足を進めた。

そういや、昨日は全員で払っていたらしいから、今日は人数が多いのかな?
そう思っていたのだけど…結局、夕食の時と同じ4人だった。
食べている合間に何故かを、近衛さんに聞くと

「すいません、今日のうちには帰ってくると思います」

と答えていた。
別にかまわないんだけどね。

「ごちそうさまでした」

全員一斉に合掌し、朝食を終えた。

「このか、刹那君、ちょっといいかな」

「うん」

「はい、なんでしょうか?」

二人とも、軽く首をかしげながら近衛さんの方を向いた。
俺もなんのことだろうと思って、近衛さんを見た。

「今日から、士郎君が居候としてここに住むことになりました」

そういえば、そう言ってたな。
それに関しては別に気にした様子でもなく、二人とも頷いていた。

「それでですね、士郎君を二人の輪の中に入れてあげてくれないですか?」

監視が俺の仕事だ。
だからこそ、近くに置こうとするのは当然だけど…。
これに対して、二人はどういう反応を見せるのだろうか。

そう思って、二人を見ると、なんというかあからさまだった。

このかちゃんは目を輝かせてくれている。
多分、歳の近い子どもが刹那以外いなかったからだろうな。
また、友達が増えるとか思っていてくれているならありがたい。

そして、刹那…。
多少は受け入れてくれている分、嫌な反応はとられないと思っていた。
でも、なんだ、その顔は…ポーカーフェイスを気取っているつもりなら逆効果だ。
無理しているのが丸わかりなくらい、口がひくついている。

「うん、ええよ~」

「わかり、ました」

「では、よろしくおねがいします」

そう言ったあと、近衛さんが俺に目配りをしてきた。
どうやら、俺からも言わないといけないようだ。
さてと、始めますか。

「改めてよろしく、二人とも」

俺がこの世界にきて初めての人助けを。
誰かを笑顔にするための人助けを。

絶対に護ってみせよう、たとえこの身が朽ちようとも。

そう心に誓いつつ、俺はそんな言葉を言っていた。

「こちらこそよろしゅう、しろう」

「よろしくお願いします、士郎さん」

前回のように握手は交わさないけど、十分だ。
俺が俺の道を歩むことができるのだから。

「さて、私は執務があるので失礼します…刹那君は予定があったね?」

「はい、午前中は剣道の稽古があります」

へぇ…たぶん、あのまだ完成していない型の稽古なんだろうな。
俺も見てみたいけど、監視役でもあるし、まだ無理だわな。

「午前中は士郎君とこのかだけになるけど、大丈夫かい?」

「うん、大丈夫やよ~」

「はい、任しておいてください」

近衛さんは安心したように笑って、部屋から出て行った。

「士郎さん」

「?」

「お願いします」

刹那は深々と頭を下げて、すぐに出て行った。

「なあ、このかちゃん」

「どうしたん?しろう」

「刹那っていつもあんな感じなのか?」

「んーん、ウチと話したり遊んでる時は、ウチとおんなじようにしゃべるよー」

「そっか…」

まだ、受け入れてもらえてないってわけか。
前途多難だな…護るべき対象に嫌われているってのも辛いものがある。
とりあえず、午前中は…

「このかちゃん、あそぼっか」

「うん」

このかちゃん相手に何かして遊ぶことにした。




──Side Setsuna




今日は午前中まで、神鳴流の師範に教えを請うてた。

やっぱり、今のウチでは野太刀を扱えるだけの力が足りへん。
気を扱えるようになれば、なんとかなるんやろうけど、自分自身も鍛えんとあかんし…。
今後は力つけて、お嬢様…このちゃんを守れるようになろ。
そうすることが、ウチを拾ってくれた長や優しく接してくれるこのちゃんへの一番の恩返しやと思うから。
やけど、嘘吐くのも嫌になってきてる。
神鳴流の稽古をこのちゃんや士郎さんには剣道の稽古って嘘吐いてる。
ウチがそういうことをしてるて知ったら、このちゃん嫌がるやろし、言うてない。

士郎さんには言うてもええけど…

…士郎さんな~…

士郎さんを最初に見つけた時は、ほんとに驚いた。

髪の毛は赤いし、服装もなんか鎧みたいなブカブカな恰好で赤いし、変な男の子やった。
初めて話したときなんか、長と同じ大人みたいに感じた。
今は全然そんな感じせえへんけど、どないなってるんやろ?

本当に不思議に思ったんは、ウチに対しても長に対しても、隙を見せてなかったこと。
長に止められたけど、ほんとうに殴ってたら、よけられてたと思う。

それに、最初に見せてた無愛想そうな感じは、今ではすっかり消えてもうてる。
昨日の夕飯のときなんか、本当にそのまんまの笑顔って感じやった。
おかげで、目を疑ってもうた…あれが、たぶん本当の士郎さんなんやろな…。

やけど、今日の朝…いうても、4時くらいやけど、士郎さんが庭にいるのを見つけた時、士郎さんに対する印象がえらく変わった。
裸足やし、浴衣やし、なにするんやろうと思て見ててんけど…。

ぞっとした。
なんて動きをする人なんやろうか、と思た…。

誰かを相手にして動いてはるんだけは分かった。
全部見てたけど、何かつぶやいて、何かをして終った…それくらいしか分からんかった。
その後すぐに長がきて、どこかへ連れていかはったし、なにしてたか聞けへんかった。

多分あれは、ウチがやってる稽古と同じもんなんやろうと思う。
ウチにはまだようわからんことなんやろうけど、ちょっと気になる。

今考えてもしゃーないし、このちゃんと遊ぶことを考えよ。
それと、守ることも考えとこ。
あと、士郎さんと遊ぶことも考えとこ…。


──Side Setsuna OUT




朝食の後、俺とこのかちゃんは別の部屋に移動して、何をするか決めていた。

「しろうはなんか遊び知ってるん?」

「ごめん、俺はあんまり知らないんだ」

女の子の遊びというのが、どんなものか俺は知らない。
しかも、4歳か5歳かの子供の遊びは俺自身覚えていない。
その頃の記憶はぶっ飛んでしまっている。
あの、聖杯戦争で…。

「しろう?どうかしたん?」

「なんでもないよ…ちょっと遊びのことを考えてただけさ」

また、顔に出てしまった。
このかちゃんに心配されるとはダメダメだな…。

「よしっ!本気で考えるぞ」

「おーっ」

気合いを入れ直して、本当に考えることにした。

でも…まったく出てこない…。

俺の記憶に残ってる、遊びらしい遊びはガンド鬼ごっこくらいだ。
あれは、遊びじゃなくいじめに近いと思うけどね。

「ごめん…なんにも考え付かなかった…」

「ええよー、気にせんでも」

今度はこのかちゃんが考え始めた。
こんな子どもに考えさせてしまうとは、なんか情けないなー。

と思うもののやっぱり考え付かないので、傍観すること数分、このかちゃんは何か考え付いたようで、頷いている。

「お互いのこと教え合いっこしよ!ウチ、しろうのことよう知らんし、しろうもウチのことよう知らんやろ?」

「教え合いか…」

よくよく考えれば、このかちゃんのことも、近衛さんのことも、刹那のことも、全く知らないな。
いい機会だ。
知っておいて損することはないだろう。

それに、却下したらダメだしね…。

「じゃあ、そうしよっか」

「うん、じゃあ最初はウチから聞くね」

まずは俺から答えるみたいだな。
どーんとこい。

「しろうは何歳なん?」

「8歳かな…」

身体年齢的には。
正直にいえば…30手前なんだけどね…。
さすがに言えないし、よしとしよう。

「ウチより4歳上なんやー」

「てことは、このかちゃんは4歳なのか」

「そうやよー」

「へぇー」

想像通りか…ってことは、刹那も5歳なのかな?

「じゃあ、俺の番か」

「うん」

さっき、実は質問返しをしていたわけだけど、気付いてないか。
子どもだし、そういうところは純粋だな。
でも、なんて質問しようかな。
このかちゃんに関することを聞かないとだめだろうしな…。
…よし、こうしようか。

「このかちゃんの趣味はなにかな?」

「しゅみ?」

しまった。
子どもにはこの言葉が理解できないのか?
ええっと、どういえばいいんだっけか…。

「…やってて楽しいことかな」

「それやったら、せっちゃんと遊ぶことー!」

「そっか、よっぽど刹那のことが好きなんだね」

俺の前ではすごく堅苦しく見えるけど、このかちゃんの前ではきっと同い年の少女として接しているのだろう。

「うん!…でも、たまに寂しそうにするんよね…なんでやろ」

そうなのか…。
付き合いの長いこのかちゃんに分からないなら、俺になんか分からない。
きっと、近衛さんは知っているのだろう。
だからこそ、あの時、刹那を見るといい、みたいなことを言っていたのかもしれないな。

「きっと、もっと遊びたいからだよ」

「そうやったらええなー」

そんなことを言いながら、たぶん想像しているのだろう、このかちゃんは無垢な笑顔を見せていた。

「じゃあ、次はウチの番か」

「よし、こい」

「しろうは、どこから来たん?」

困ったな…。

本当のことなど言えるわけない。
別の世界から来ましたなんてさ。

「そうだね、ここからずっとずっと遠くて、ずっとずっと近いところからかな」

ものすごく曖昧だけど、間違ってはいないだろう。

「ずっとずっと遠くて、ずっとずっと近いところ?」

「そう、ずっとずっと遠くて、ずっとずっと近いところ」

このかちゃんは、真剣に考えようとしているのか、首をひねっていた。

これは難しい話だろうな。
いうなれば、IFの世界について言っているのだから。

そのIFから分岐し続けたら、この世界になったり、元の世界になったり、また別の世界になる。
存在することを知っていれば、なんとなくだけど、俺の言っていることが分かるはず。

「なぞなぞ?」

「それに近いかな」

「うー…わからへんわ」

「そか、残念だったね」

確かに、知らない人間が聞けば、ただのなぞなぞにしか聞こえないな。
俺にとってはそれの方が好都合だけどね。

なんか恨めしそうに見つめられてるけど、気にしないで次に行こう。

「じゃあ、次は俺の番かな」

「うん」

「このちゃんはいつ生まれたのかな?」

この質問は誕生日を知るためにやっているわけじゃない。
でも、年数まで言ってくれる可能性は低い。
だけど、やる価値はある。

「うんと…3月18日やよー」

「そっか…結構最近なんだね」

「ちなみに生まれた年は1989年やよー」

…ん?
待てよ、この世界も西暦だろうか?
違うかもしれないけど、かなり可能性は高いはず。

だとすれば…

このかちゃんの生まれた年と年齢から逆算して今が何年か割り出せた。
1994年…それがこの世界の年数だ。
元の世界の年数なんてはっきり覚えてないけど、ここは過去になるだろう。

きっと携帯電話もまだない、発展しきっていない世界だ。
しかし、完全に確証がとれているわけではない。

でも、正しい気がする。

ここが過去であるなら、俺はどうして過去に来ているのだろうか?

最終的に、そんな疑問だけが頭に残った。





─────あとがき─────

妙な京都弁が入ってますが、男が使う者も交じってる可能性があります。

作者自身が京都の人間なのですが、間違ってるかも・・・。


あと、刹那の心理描写について、すこし大人っぽくしてあります。
完全に子供で書くと、何書いてるのかわからなくなったので…ご了承ください。

このかの喋り方やらは、子供っぽくしてますけど…どうなんだろ。


2010/04/29 あとがき追記、行間変更、誤字修正

こんなことやるくらいなら更新しろと言われそうな気がしてならない。






[6033] 立派な正義に至る道7
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2010/04/29 17:38




過去に来てしまっていると知って、俺は初めてこう思った。


害がないやり直しなら、やり直したい。


害がないこと、過去であること、この二つの確証がとれてしまったら…そう願ってしまう。
だけど、それは…やってはいけないことなのだろう。

葛藤が胸を突く。
どうしようもない感情の波にも押しつぶされそうになる。

──くそ…。

最近は情緒不安定すぎる。
それは、別世界にきて、右も左も分からないからだけじゃない。
きっと、あの遠坂の言葉だ。

『また自分を犠牲にして、誰かのために命を削るの?』

だから、俺は──

「──しろう?」

このかちゃんに声をかけられて、我に帰った。

…また、意識を飛ばしてしまったな。
今は目の前のことにだけ集中することにしよう。

たしか、このかちゃんと教え合いっこしてたんだっけ。

「ごめん、ちょっと考え事してた」

「そうなん?」

「うん、心配かけてごめん」

このかちゃんは不思議そうに首を傾げていた。
だけど、しっかり謝ると、気にしてない様子で、にこりとほほ笑んでくれていた。
このかちゃんの笑顔を見ていると、なぜだかほっとした。

「今度はこのかちゃんの番だよ」

「うん!…んと、そやね~…」

何を聞こうか悩んでいるらしく、顎に人差し指を当てて、天井を見上げている。
次に聞かれる質問が答え辛いものでないことを願いつつ、このかちゃんの質問を待った。

数分後、思いついたらしく、このかちゃんはしきりに頷いていた。

「じゃあ、しろうの夢を教えて~」

「俺の夢?」

「うん、しろうが何になりたいか教えて~」

そんなの決まっている。
どんなに変わってしまっても、これだけは変わらなかった。

「正義の味方になること」

ひどく歪んでいる妄想。
願ったとしても目指すことのない夢。
現実とはかけ離れた仮想。

それが、俺の選んだ道だった。
爺さんに助けられた時点で、俺は決めていたのかもしれない。

誰かを助けたいと…。

「せいぎのみかた?」

「うーん……困ってる人をいっぱい助ける人のことかな」

聞きなれない言葉だったのだろうか、このかちゃんはよく分からないといった表情だった。
できるだけ簡略化した正義の味方の定義を教えると、このかちゃんは分かったようで感嘆の声を上げていた。

「すごいな~」

「まだまだ、だけどね」

そう言って苦笑すると、このかちゃんは悲しそうに目を伏せた。

どうしたのだろうか?
さっきまで、楽しそうに笑顔を浮かべていたのに…。

「このかちゃん、どうかした?」

「なんかね…しろう、悲しそうやったから」

ほんと、だめだな。
そこまで顔に出てしまっていたのか。

自嘲して薄笑いになりそうになるのを必死に耐える。
これ以上、このかちゃんに心配させちゃいけない。

「大丈夫だよ、このかちゃん」

遠坂にそう言ったように、俺は笑顔で言いきった。
それを見たこのかちゃんも、すぐに笑顔になってくれた。

「じゃあ、つぎは俺の番かな」

「うん」

どんな質問をしようかな…。
ある程度の情報は聞けたし、そろそろ適当に聞いて行くことにしよう。
子どもに対して詮索し続けるのは、無理があるしな。

「このかちゃ──」

「──失礼します」

凛とした声とともに障子が開いた。
見なくても、声の主は分かる。

「あ、せっちゃん」

「昼食の準備が整ったので、呼びに来ました」

俺の前じゃ、本当に崩さないのな。
しかも、俺のせいで、このかちゃんに対してすら敬語を使うようになってしまってるし、どうしたものか。
前にも言ったし、ふれあっていく内に変わっていくことを期待しよう。

「行こうか」

このかちゃんに声をかけて立ち上がると、このかちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。

「うん!」

そんな様子を見ながら刹那が思いっきり睨んでいた。
なんというか、前途多難だな…。

──

昼食は、近衛さんを除いた3人でとった。
なんでも、夕食には出払っていた人々も戻るらしいので、近衛さんは事後処理で忙しいそうだ。
俺のこともあるのだろうな…そう思いつつ、昼食を終わらした。
午後からは3人で遊ぶことになり、庭に出ていた。
当然のごとく靴は用意されていなかったので、草履をはいている。

「今日は何してあそぼか」

このかちゃんは俺じゃなく、刹那に聞いている。
午前中のこともあったし、当然といえば当然だけど…不安だ。
簡単なやつならできるだろうけど

「う~ん…鞠つきなら大丈夫だと思います」

鞠つきか…昔、誰かに連れて行かれたアニメ映画でやってたな。
たしか、まるたけえびすに…とかなんとか歌いながら、鞠をつく遊びじゃなかったっけ?
なんか普通のやつとは違うらしいけどね…。

「あ~ええな~…それで、しろうは知ってるん?」

「聞いたことはあるよ…たしか、歌を歌いながら鞠をつく遊びじゃなかった?」

「そうやよ~…うちが手本見せるさかい、見てて~」

そう言って、このかちゃんは刹那が持ってきた鞠を受け取った。
そして、トン、トン、と鞠のつき、その音に合わせて、このちゃんが歌いだした。

「まるたけえびすに、おしおいけ~。あねさんろっかく、たこにしき~。しあやぶったか、まつまんごじょう」

鞠に合わせて歌うその姿は本当にお嬢様なのだと実感させられた。
なんていうか、実際お嬢様であろうルヴィアにはない、おしとやかさが感じられた。
元の世界では絶対に考えちゃいけないことだけどな…殺されかねない。

「せったちゃらちゃら、うおのたな~。ろくじょう、ひっちょう、とおりすぎ~。はっちょうこえれば、とおじみち~」

刹那もこのかちゃんの鞠つきの姿に感心しているようだ。
しきりにコクコクと頷いているし、少し笑ってる。

「くじょうおおじで とどめさすー…て感じやよ」

パッと笑ってこっちを向いてくれた。
不意にその笑顔が、記憶にある笑顔と重なった。

このかちゃんの笑顔を見てほっとしていたのは、きっと懐かしかったからだ。
こんな幼い笑顔じゃなかったけど…。
笑うより、微笑むといった表現が似合うおしとやかな笑い方をしていたけど…。

このかちゃんが、俺を先輩と慕ってくれた妹分と被った。

笑っているんだろうか?
今も…待っているんだろうか?

「どないしたん?しろう」

このかちゃんに声をかけられて、懐古の彼方から戻ってきた。

無事であることは伝えたいな。
今でも待ってくれている気がするから。
彼女もまた、律儀な人間だったから。

「いや、なんでもないよ…じゃあやってみるかな」

たしかこんな感じで…歌を歌えば…あ、あれ?

歌おうと思った瞬間、変な方向へとび跳ね、手から離れてしまい、鞠がテン、テンと転がる。
力加減を間違えたか?じゃあこんどは…………。

何度やっても、上手くいかず…このかちゃんと刹那の二人には。

「下手やな~、しろう」

「下手ですね、士郎さん」

思いっきりダメだしされて、なんか哀しくなった。

「力を一定にすれば簡単に済む話ですよ」

「こ、こうか?」

言われたとおりにやってみると、本当に簡単に済んだ。
それを見て、刹那は吹き出したように、クスリと笑った。

「…さっきまでわざとやってたんとちゃうん?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

なんていうか、できなかった。

…ん?なにか、さっきと違ったような…。

「このちゃんもそう思わへん?」

「ウチもそう思うわ~」

ああ…そうか。
刹那が自然に笑っていて、自然な話し方になっているからか。

不思議なものだ…それだけで、心がここまで嬉しく思えるなんて。
どうしたというのだろうか?

まあいいか。

そんなに気にすることでもない。
間違ってなんていないはずだ。

「なにが、まあいいか、なん?」

「え?あ~…それは…まあいいじゃないか…ハハハ…」

「?変な士郎さんやな」

いつの間にか、声に出ていたらしい。
苦笑いで場を流した。

俺が考えていたことがバレてしまったら、また刹那が戻りかねない。
だから、本当に焦った。
当の本人は気にせず、鞠つきに戻ってくれてるから、よかった。

その後、いろんな遊びをやっている内に、日が暮れた。
夕食まで一先ず解散となった。
このかちゃんと刹那を二人っきりにすることも大切だと思っているので、受け入れた。

「…静かな夜だな」

部屋に戻ってから、そう感じた。
風も吹いていないのだろう、木々のざわめきすら聞こえない。

どうするかな…。

夕食時に出払っていた者たちが帰ってくるのなら、その時に俺自身が紹介されるのだろう。
本当に大丈夫なのだろうか?
居候として扱うのは、無理を通すことになることくらい、わかる。

もしかすると、その時に激した部下が近衛さんに楯突くかもしれない。
…たぶん、近衛さんもそれくらい理解しているだろうし、大丈夫だろう。
近衛さん自身、強いはずだし…。

言いようのない不安が鼓動を不規則にしていく。
落ち着け、何もないに決まっている。

ここは戦場じゃないんだ。

そう何度も自分自身に声をかけ続け、緊張を解いていく。

「はぁ~…なんで緊張なんか──」


──違和感。


戦場において、何度も感じ取れた死の気配。
障子には影が映っていない。
よって、襖の向こうで構えているな。

相手に気付かれぬよう、自身を強化し、出方を待つ。
数秒、意識を研ぎ澄ます。
相手はまだ動く気がないようだ。

気づかぬ振りをすべきか、動くべきか。

少なくとも、すぐに襲ってきていない時点で、理性をもっていることになる。
つまり、本能的に動く動物や化生の類でないということ。
すこし厄介だ。

しかし、なぜここに?
今日、外にいたときに確認したが、強力な結界が張ってあった。
並の魔術師じゃ破れるはずない。
それは、化生の類も同じはず。

だが、こういとも簡単に入り込まれている。

ならば、上位の魔術師か化生になる。
しかし、気を抜いていた俺に気配を読まれている。

まさか…。

考えたくないが、ありえる事態だったのだ。
近衛さんもそれは分かっていたはず。

クーデターか…内通者か…。

この二つの可能性が最も高い。
まだ考えられる可能性はいろいろある…上位の誰かが結界を破り、下位のやつらが俺を取り囲んでいるとか。
だけど、それならば結界が破られた時点ですぐに慌ただしくなるはずだ。

…とりあえず、このかちゃんと刹那の安全確保が優先だ。

狙われているのが、俺だけとは限らないしな…。
…まあ近衛さんはまだ大丈夫だろう。
この程度の相手なら、軽くあしらえるはずだ。

さて、方針は決まったな。

相手が何か分からない以上、俺は俺の仕事を優先する。
このかちゃんと刹那、この二人を安全な所に移動させ、近衛さんと合流。
それから、相手をせん滅していく。
それが、ベストだが…どうなるか…臨機応変に行くか。

「トイレでも行くかな」

わざと聞こえるように、そう口にする。

冷静に行け。
どのような相手か分からないのだから。
こちらの世界の魔術に対してどこまでやれるか…。
とりあえずは、挑戦だ。

あえて、障子をあけて廊下に出る。
そして、わざと敵のいる方へと足を動かす。

まだ仕掛けてこない。
一歩足を動かす。

まだ仕掛けてこない。
もう一歩前に動く。

まだ仕掛けてこない。
さらに一歩歩み出す。

空気が…変わった。

──来る。

唐突に、棍棒が障子から生えてきた。
それをバックステップでかわし、相手が出てくるのを待つ。

「なんや、おぼこいやっちゃな」

障子をバキバキ壊しながら、棍棒を持った鬼が出てきた。
1、2、3、…4、5…五体か…体格は一番強そうな奴が俺の5倍であとは、2倍から3倍程度。
この程度なら、まだなにもなしでなんとかなる…。

だが、さっき取り囲んでいた奴等からして、もっと人数がいるはずだ。

「何の用だ」

「術者に喚ばれて、坊ちゃんを足止めするよう言われてるだけや」

足止め…か。
つまり、俺を殺しに来たというわけではない。
上空を見た限り、結界そのものがなくなっている。
クーデターなら、そこまでしなくてもいいはず。
…なら、何を狙っている?

「目的はなんだ」

「そんなんわいらが言うと思うてんのか?」

聞き出せれば、すぐに済む問題だったのだがな…。
まあいい。

「私は私の仕事をさせてもらうことにしよう」

強化した足で地を蹴り、一番でかい鬼の懐に飛び込んだ。
相手も反応しているようだが、遅い。

振り上げられた棍棒が落ちてくる前に、足払いで体勢を崩す。
そして、掌底を腹にぶち込み、吹き飛ばす。

同時に、後ろにいた奴らも一緒に壁に叩きつけた。

「なかなかやるようやな…」

ちぃっ…倒せなかったか。
時間をかければ、倒すことも可能だが…。

今考えるべきは、このかちゃんと刹那の安否。
大局を見余るわけにはいかない。

俺は立ち上がる相手を無視して、二人の部屋に向かうことにした。

「そう簡単に逃がしはせんぞ」

…だよな。

鳥の化け物かわからないが、そういう類の化生が一体だけ、並走してきて俺の目の前でとまった。

しかたない。
早めに終わらして、行くしかないらしい。

「あまり、面倒なことは避けたかったのだがね…まあいい、すぐに済む」

「なんだ?坊ちゃんが倒れてくれるのか?」

「たわけ」

──投影、開始(トレース、オン)

「早々に散れ」

投影した陽剣を突き刺し、そのまま振り上げる。
すると、なにか呻きながら、消えた…。

なるほど、喚ばれたと言っていたのは、こういうことか。
ならば、気にせずやることができる。

馴染みの陰陽剣は相変わらずでかいままだが、扱えないこともない。

「さて、貴様らの相手をしてやる」

振り返ると、さっきのやつらを合わせて九体程度が並んでいた。
5分…いや、3分で片付ける。

「来ないなら、こちらから行くぞ、化生ども」

「ワシらを嘗めると痛い目見るで」

「嘗める?そんなつもりは一切ない──」

ああ、そんな認識をしているように思われていたのか。
本当にそんなつもりは一切ない。



「──貴様らなど眼中にすらない」




早く片付け、二人の安否を確認せねばならない。
ん?なにか激しているようだが、見苦しいな。

陰陽剣を両手に持ち、敵の列に飛び込んだ。


待っていろ、二人とも。



─────あとがき─────

旅行から帰ってきて、ようやく投稿です。

いやはや、とうとう…というか、無理やりシリアスパートに入りました。
だらだら言っても仕方ないしね…でも、難しいです。

戦闘描写がなんていうか、擬音を使いたくて仕方ない。
だけど、擬音は変な感じになるから…できるだけ使わないで行くつもりです。でも、使いたいー。ギンッとか、バキッとか…小説だと変なんだよね。


2010/04/29 あとがき追記、行間修正、誤字修正、一部添削

ちょこちょこいじってますが、お気になさらずに…。




[6033] 立派な正義に至る道8
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:09





──Side Enemy



召喚主からは、殺さん程度に攻撃して足止めしとくよう言われとった。

相手がおぼこい坊主て聞いてたさかい、そんくらい軽うやれると思てたんやけど…。


なんや、あれ?


目を疑いとうなるくらい、素早い動きに正確な技巧。

天敵の神鳴流ならまだしも、見たとこただの技術の剣。

変わった双剣つこうとるけど、多分かなりの業物。

しかも、まだ10にもなってないような坊主。

赤い髪なんが、ちょっと変わっとるけど…。


ほんま世の中変わったもんやな…。

足止めなんてまったくできてへんし…召喚主も誤算やったやろうな。


「ぐああああああああ…」


ん?んなこと考えてる間に、ワシ一人になってもうたか…。

こりゃ、認識を改めなあかんな。

ありゃ、ワシらなんかが手に負えるもんやない。


「あとは貴様だけだ」


ほんまに坊主に思えんわ…言葉遣いと目つきだけみたら。

まあ、見た目にだまされたら痛い目みるってことやな…今度から嘗めてかからんようにせなな…。


「やれやれやな…結構精鋭やったのに、たった1分で壊滅かいな…あんさん化けもんとちゃうか」


称賛とも皮肉ともとれる言い方をしてもうたな。

ワシらは見た目からして人外やけど、この坊主は見た目にそぐわなすぎる。

子どもの皮被った化け物って表現が一番合うな。


そんで、どうとったかしらんが、坊主は鼻で笑って見せやがったで。

そやけど、さっきまでとはちゃう目になっとるな。

…あれは、虚しいんか?


「なら、確かめてみるといい」

「…そやな」


今まではそない強すぎる相手とはやったことないし、ちょうどええわ。

例え、勝てへん相手やろうと、子どもやろうと…やるしかないんや。

この世界においてワシらはこれしかないんやからな。


「ワシはさっきのヤツらとはちゃうで」

「…見せてみろ」


ワシが構えなおすと、坊主も構えなおしおった。

坊主は両腕を力なく下げる独特の構え。

ワシは力任せにやるしか能ないから、ワシなりの構え。


さっきまで見てる限り、坊主の剣は柔軟なもんがある。

そやったら…それを上回る力と速さで押し切るまでや。


「…っ!」


先に動いたんは坊主やった。


飛び込んでくるのはまるで弾丸。

いつもやったら、そうやって飛び込んでくるもんは得物で叩き落とす。


そのつもりで棍棒を振りおろした。


「なっ?!」


坊主に当たった瞬間、折れた。

まるで当たってないかのようにそのまま突っ込んでくる坊主を寸で右にでかわす。

そしたら、左腕が持ってかれてもうた。


あかん、見失ったら完全にいかれる。


そう思て、坊主の位置を確認しようとすぐに振り向いた。


やけど、もうおそかったらしいわ。


「やるやないか……」


腹から生えとる黒と白の剣。

背中に広がる熱。

そして、目の前でなにも構えず佇んどる坊主。


この三つがワシの敗北を示しとった。


「こうも簡単にやられるとは…ワシもまだまだやな」


やろう思えばやれる…やけど、悪あがきにしかならへん。

それに、わざわざとどめを刺さんかったんや…なんかあるんやろう。


「……ひとつだけいいか?」


さっきまで戦ってたやつとは思えんほど、幼い声やった。

一気に子どもに戻ったような…まあ、そんなんどうでもええわ。


「なんや?」


召喚主のことやろか?

それやったら、教えるわけにはいかへん。

まあ、手がかりくらいやったら教えてやらんこともないけどな。


「すまなかったな」

「…はぁ?」

「やりたくてやっているわけではないだろう?呼び出され使役されているだけだろ?だったら、俺がいなければそうならなかっただろ?」

「…」

「だから──」

「──ぐわっはっは!おもろいやっちゃな!!」


何を言い出すかと思ったら、そんなことかいな…気にせんでもええことやのに。


今の今までワシらは呼び出されて、戦うて、勝っても負けても即退場。

人を殺すことだって何度もやってきた。

今回は違うんやけどな。


それやのに、この坊主は、消えるワシらに気をかけてくれとる。

すまないと謝ってきてる。

こないな変人久しぶりやわ!


ん?ワシの笑い声に面を食らったんか、坊主は目を瞬かせとった。


「大丈夫や、そういうのも割り切ってやっとるさかい」

「そうなのか…」


またさっきの虚しそうな目になりおった。

分からんな…最初は完全に同じもんやと思った。

それやのに、今は違うもんにしか見えへん。

どうなっとるんやろうか?


「気にせんでええで…それに…坊主、戦いではそういう甘さを捨てなあかんで…そのままやったら、肝心な時に割り切れんようになるで」


そしたら、坊主は儚げに笑っとった。

ワシなんか目に入ってへんのちゃうかと思うくらい、目を細めて…。


「そうだな…でも、もう捨てるわけにはいかないんだ…」


その言葉でなんとなしに分かった。

一回経験したんやろうと…。


「早う行かんかい…ワシにかまってる暇なんかあらへんやろ」

「……そうだな」


そしたら、軽く礼をしてきた。

あほ…いや、馬鹿とちゃうか?

まあええわ…。

召喚主の場所に行くんか知らんけど、これを渡しとかなあかんな。


「坊主」


すでに走り出そうと後ろを向いとった坊主に声をかけた。


「?」

「…ぬぅああ!……ほれ、得物や…」


背中から突き刺さってる坊主の得物を引き抜いて、坊主に返した。

めちゃくちゃ痛かったけどな。


ビックリしとるみたいやったけど、すぐに笑顔を見せおった。


「ありがとう」


はっきりそう口にして走って行きよった。


戦いでどないきばっても、なんの褒美もあらへんかった。

そんなワシが、負けたのに、こんな言葉をもらえるなんてな…。


ほんま、変なやつやな…でも、悪い奴じゃないわな。


いつか、また手合わせしたいもんやで…。

それまで、実力を上げとかなあかんけどな…。




───Side Enemy OUT





3分で何とかなったか…まあ、あの鬼と話さなければ、2分とかからなかったんだけどな…。

あの鬼には、つい話しかけてしまった。

いきなり呼び出され、俺と同じ人である召喚主の都合によって色んなことをやらされている…それに気づいたためだ。

本人(?)いわく、割り切っているらしいが…やはり、気にしてしまう。

例え、敵であっても、好き好んでやっている節があっても、結局はこちら側の都合によって動いていたのだから。


しっかし…なんでまた戻っちまってたんだ。


化け物と言われるまでは、昔のまま動いていた。

今までならそれが、当たり前だった。

小数を切り、多数をすくってきた。

でも、遠坂によって思い出したはずだった。

目指し続けた俺自身の道を…。


……今はそんなことを考えてる場合じゃないっ!


頭を振って余計な考えを飛ばす。

二人の無事を確認するために、二人がいるはずの部屋の障子を切り裂いた。


「無事か、っ?!」


部屋を見渡す限り、いない。

押入れに隠れているようにも思えない。

すでに逃げたか…さらわれたか…どっちかだろう。

前者の可能性は少なくない…鬼を吹き飛ばしてわざわざ大きな音を立てたのだから、異変には気付いているはず。

しかし…後者ならば…。

とにかく確認を急がなければならないな。


──解析、開始(トレース・オン)


魔力の残り跡………やはりあったか。

薄く残っている程度だ…なんらかの魔術で意識を失わせたぐらいのものだろう…。

となると、現時点では危害を加えていないと見ていい。

しかし…これで完全にさらわれたことになるか。


ちぃっ、とつい舌打ちをしてしまう。

考えてはいたが、こうも予想通りに行くと面倒だ。


…闇雲に探すのは得策ではない。

逃げているのを見つけられなかったら、より逃げられてしまう。

その事態は避けなければならない。

なら……まずは見通しのいい場所に移動すべきだろう。

敵に見つかりやすくなるが、そんなことに構ってられない。


急いで外へと飛び出し、屋根へと登り、辺りを見渡した。

魔力の残り跡を見る限り、事が行われて1,2分と言ったところ。

つまり、時速100km以上で走らない限り、オレの目からは逃れられない。

子ども二人抱えてそのスピードが出せるわけがない…はず。





…見つけた!


屋敷西側の林…約600m当たり…。

…そう早く動いているわけではない…。

…どうやら寝ている子供を起こさないよう、ゆっくり動いているようだ。

これなら、いける。


地を蹴り、目標に向かって飛び出した。

邪魔になる障害物はよけながら、できるだけ音を立てないよう、それでいて早く術者に近寄る。

そして、ようやく対峙することができた。


「待て」


目の前には、寝ているのか気絶しているのか、意識のない二人を抱えるフードをかぶった人間。

この異常事態を招いた術者か、それとも協力者か…。


相手の動きは止まっている…。

これなら、■ることなど容易い。

だが、もう■る気はない。

あの頃に戻ってはいけない…からだ。

ならば、死なない程度に痛めつけるまで…。


しかし、焦るな…今やれば二人が傷つく…。

考えろ、考えろ、考えろ…。

どう動くべきだ。


今までの経験を探り、活路を見出すか…。

いや、動く前に…探るべきだ。

クーデターではない、この騒動の真実を。


「何が目的だ」


二人がさらわれるまでは、ずっとクーデターだと思っていた。

しかし、クーデターであるならさらう必要などない。

邪魔になるであろう子どもは殺されるはずだ。

生かしていても、復讐するために目の前に現れることだってあったのだから。

そうならないように、子供であっても殺す…はずだ。


「…」


なにも返答はない。

しかし、これである程度は絞れた。

黙する必要があるのは、何も知らない人間か、何かある人間だ。

雰囲気から察するに相手は完全に後者の者。


なら、何がある?

子どもをさらってどうするというんだ?


相手が逃げないように、目をそらさずじっとを凝視する。

すると、子どもたちを抱える手が力んでいるように見えた。


…なるほどな…。

力みは子どもたちを離すまいとする意思から来ているのだろうな…。


ということは、子どもたちに何かあるか、それとも子どもたちに何かをさせるかだ。

後者はないに等しい…子どもと言ってもまだ5歳そこら…ほとんど労働などできないだろう。

なら…前者か。


「子供たちに何がある?」


相手の体が僅かばかり動いた。

確定したといっても過言ではないはず。

だけど、刹那とこのかちゃんに何があるっていうんだ?

分からないな…まあいい、今は目の前に集中だ。


「今解放するのであれば、何もする気はない…だが」


右手に持つ莫耶を相手に向け、威嚇した。


「解放しないのであれば、少々痛い目に遭ってもらおうか」

「…」


相手の返答はない。

逃げるために足に力を入れているわけでもない。

…しかし、子供を抱えたまま何ができる?


…いや、何もしないか。


後ろから近づいてきている殺気が知らせていた。

何かが来ていると。

だが、それでも俺は前を見続けた。


何か来るなら来ればいい、その前に叩く。


そう思い、掲げた莫邪を下ろし足に力を入れた瞬間、何かが右から飛び出してきた。


「っ?!」


慌てて、その何かを莫邪で切り裂く。


…紙?なんでこんなもの、っ?!


注意をそらした瞬間、子どもたちを抱えた人間は走り出していた。


「ちぃっ!」


すぐに追いかけようとした。

が、すでに後ろから迫っていた殺気がすぐ近くまで来ていた。

このまま追いかけても邪魔される。

そう考え急いで振り返り、殺気の正体と相対する。


「な?」


そこにいたのは、巫女服を着た妙齢の美人だった。

薄ら笑いを浮かべ、慈愛に満ちた女神のようにすら見える。

しかし、その姿に似合わないような長い刀を手に持っていた。


どうやら…かなりできる人のようだ。

前の俺なら、軽くとまではいかないが、倒すことができただろう。

しかし、今の状態ではどうやっても倒せない。


どうするべきか…。

戦うか、逃げるか。


「ウチは、子どもやからと言うて、容赦せえへんよ」


選択肢などなかったか…。


彼女は鞘から刃を引き抜き、構えに入った。

表情もさっきと打って変わって修羅のようだ。


しかし…なにか見覚えのある構えだ…。

…まあいい、とにかくこちらも構えねば。


周りは木々が多い茂っているし、尺の長い刀を扱っている彼女の方が不利だろう。

そう思っていた。


「いきますえ」


?!


振るわれる刀の速さに思わず、目を丸くした。

強化している体で、避けるどころか、防ぐのがやっと。

しかも、重い…とても女性だとは思えない。


そして、さらに驚愕させられたのは彼女の刀が、木をまるで紙のように切り、俺に迫ったことだ。

なにか強化をかけているとしても、ここまでいい切れ味を出せるものなのか?!


そんなことを考えている間にも相手の連撃は続いていた。

その剣閃はまさに紫電。

後ろに後退しつつ防いでいるものの…防いでも防いでも襲いかかってくる。

…干将莫耶が壊される気はしないが…くっ!…弾かれそうだ。


「なかなかやりますね」


相手はまだ余裕か。

こっちは喋ってられないくらいなのに、よ!

どうすべきだ。

間合いさえ取れれば、勝機はある。

しかし…。

相手の攻撃が止まない限り、間合いを取り辛い。

止めるなんてこと、ぐっ、今のままでできるか?

いや、できない…っ、投影しないと無理だ。

しかし、できれば、投影はすべきではない。

切り札として残しておくべき。

なら…干将莫耶を使うまで。


「っ!」


右の莫耶が弾かれ、どこかへ飛んで行った。

それでも彼女の攻撃はやむことなく、左の干将でしのぎ続ける。

しかし、それでも限界が来た。


斬撃とは別の方向からの蹴り。

それによってバランスを崩してしまった。


「これで終いどす」

「さあな」

「?!」


干将莫耶…春秋時代に、呉王の命によって名工・干将が妻・莫耶の命を以って五山精、六英金を溶け合わせ、作り上げた陰陽を体現した夫婦剣。

紛失しても必ず持ち主の元へ戻るといわれ…互いに引き合う性質を持っている。


そう、彼女の後ろから干将に引かれ、莫耶が迫っていた。

何も言わなければ、彼女は防げず、その体を貫いていただろう。


莫耶の存在に気づいた彼女はすぐさま横に飛び、莫耶を避けた。

その隙に俺は一気に間合いをとった。


「…子どもたちをさらうためにいい人材を用意するじゃないか」
「…本山の結界を破った化けもんがどんなもんかと思たら、やりますな」

「「は?」」


どういうことだ?

あっちは本山の…ここのことだろうけど…結界を破ったやつを狙ってて、俺は子どもたちをさらった…いわば、襲撃をかけた…奴らを追ってる。

ということは…え?まさか…


「本山の結界て、あんさんがやったんと違いますんか?」

「そんなわけないだろ…それより、子どもたちをさらったのはそっちの仲間じゃないのか?」

「そんなわけあらへん。ウチは一人で来たんやから」

「…」

「…」

「「はああああああああああああああああ?!」」


さっきまでの死合が勘違い?ウソだろ?

そう思うものの、彼女の顔を見ていると、そうは思えなかった。

多分、向こうもそう思っているだろう。

同じ顔をしている気がするしね…。





─────あとがき──────

まずは更新を開けて申し訳ないです。

3日くらいのペースでしたかったんですけど、私生活面でいろいろとややこしいことがあって、全然書けない毎日です。

今回は何度も途切れ途切れで書いてたんで、書き方が途中で変わってるかもしれないです…自分では分からないんで、どうなんだろ…。

とりあえず、また来週は旅行で更新できません…。
本当に申し訳ないです…いいところ(?)なのに…。

感想、誤字脱字報告、指摘、意見は感想掲示板で…。

戦闘描写については…正直、今の限界です…時間がもっと推敲したいですけどね…。





[6033] 立派な正義に至る道9
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:10





叫び合ったあと、冷静になった俺は1,2分ほど彼女と会話を行った。

それによって、二つのことが分かった。

彼女が刹那の師範代であり、呪術協会とかかわりが深いこと。

それと、他の同志たちは上の人間から「この件に手を出すな」と言われていたため、手を出せずにいたが、自分だけ抜け出して単身でここへと赴いたこと。


前者は理解できる、だが後者が納得いかない。

異常事態に違いないはずなのに…。


「とにかくあんたは本山の結界が破られたことを知って急いで来たと」

「そうどす…それで、あんさんが結界を破ったものと思て…えらい悪いことしましたわ」

「気にしないでくれ…俺だって敵だと思ったからな」


これで一難去ったか…。

だけど、二人を攫っていった奴の姿を見失ってしまった。

どうすればいい…闇雲には探せない上に、当てもない。


時間だけが過ぎていく状況下で、ある一点疑問に思うところがあった。

屋敷全体を見渡した時、それに気付くべきだった。

変わっていない風景…その違和感に。


くそっ…なんで今まで気づかなかった。

どれだけ俺は頭に血が上っていたんだ…。

…自分に悪態をついても意味がない。


俺の目測が当たっているのなら、あの子たちは大丈夫だ。

ならば、早く戻らないといけない。

そして…。


「俺は一度、本山に戻る…あんたはどうする?」


一応聞いておく。

できれば、俺の期待を裏切ってほしい。


「…ウチも一緒に行きますえ」


やはり、期待通りの答えだった。

彼女自身の目的は結界を破った術者。

そいつを押さえ、結界を復活させることだろう。

しかし…。


「ダメだ」


これは多分…俺の責任だ。

素性を隠しすぎたからなのだろう。

多少の犠牲を払ってでも隠すべきものだった。

だけど、こんな事態になってしまった今ではどうでもいい。

あの子たちはすでに、俺が護るべき…いや、護りたい対象なのだから。


「もう個人の問題やあらへんのや…それくらい分かってはると思いますけど?」

「…しかし」


彼女に来てもらえれば、確かに心強い。

だけど、これは俺個人の問題だ。

彼女を巻き込むわけには。


「ついでに言わせてもらえば、あんさん自身を信頼したわけやあらへんのやで?」

「…了解」


…俺の周りにいる女性って俺じゃあ舵をとれない人ばっかりな気がする。

今までも多分これからも変わらない…いやな話だ。


「じゃあ、さっさと行くか」

「そうどすな」


踵を返し、一路本山へと向かう。

さっき邪魔されたような妨害は一切なく、簡単に本山へと帰れた。


さて、ここからが問題だ。


「本山の結界はまだ解けたまんまのようどすな」


結界がこのままだと、また鬼が出てくるのかもしれない。

直せるのが一番いいが…俺にはできない。


「あんたは結界を直せるか?」

「そういうのはからっきしどす…そういうあんさんはどないどすか?」

「俺は、できない」


大がかりであろうと、簡単であろうと、俺にはできない。

基礎的なものしかまだやれないのだから。


「だが、ここにいるはずの詠春さんならできるだろう」

「ああ、それはそうどすな…」


そう、長である詠春さんであれば、結界は張り直せる。

きっと彼は今も自室にいるはずだ。


「…俺は詠春さんのところに行って、結界を張り直してもらうよう頼む」

「じゃあ、ウチは結界を破った術者でも探してしばきに行きますえ」


彼女はそう言い残してもっとも近くの社に入って行った。

眼の色が逆転していたように見えたのは気のせいだろう。

そんなことできたら、危ないしな…うん、気のせいだ。

異様な物音…破壊音が社から聞こえるのは間違いないけどな。


さあ、行こう…別のことであんまり深く考えたくないし…。


「失礼します」


さして、荒れてもいない詠春さんの自室に土足で入った。

彼は至って平然と正座して佇んでいた。


格好もいつもの神主姿と違っていた。

シャツに合わせるようにスラックスを履いていて、若返って見えた。

髪の毛もなぜか立てているし、異様な雰囲気を纏っている。

それに、傍らに置いてある刀…。


やはり、か…。


「やあ、士郎くん…大体の検討が付いているって顔だね」

「詠春さん…何の真似ですか?」


なぜ、結界が破れている…いや、消え去っているのか…それについては仮説ができていた。

まず結界を消し去るなんて芸当ができるのは、この結界を張った人物か、結界についてよく知っている人物くらいのものだ。

そうじゃなければ、辺りを見渡した時、魔力のカスくらいは残っているはずだ。

でも、それがなかった以上、さっきの二つに絞られるだろう。


俺自身誰が張ったかだなんて分かるわけないし、知っている人間だって他にもいるだろう。

それでも、詠春さんはそれに該当していた。

しかも、最初の襲撃時、詠春さんの部屋も狙われていると思っていた。

だけど、屋根に登り、辺りを見渡した時、俺の部屋の部分以外荒れていなかった。

つまり、屋敷で狙われたのは俺の部屋だけだった…あの子たちの部屋も狙われはしたが、壊れるなどはしていない。


最初から、頭にあった考えだった。

だけど、心の底で否定していた。

子供…しかも、自分の子供まで巻き込むような人ではないと…。

しかし、目の前で、佇み続けている彼の姿はこの騒動の張本人であることを裏付けていた。


「君について知るためでもあり…純粋に、君と私、どっちが強いか確かめたくなってね」


前者よりむしろ後者の方が重要に聞こえた。

いや、今はそんなことを聞きたいんじゃないっ!


「どうして、あの子たちを危険にさらす真似をした!!」


はっきり言って、俺は怒っていた。

巻き込むのが俺一人なら全く構いはしなかった。

だけど…刹那やこのかちゃん、あの女性すら巻き込んだ。


「さっきも言ったでしょう?君を知るためでもあり、君の強さを確かめるためでもある」


俺自身が隠していたものだ。

引き出すにはこうするしかなかったのかもしれない…。

だが、納得できない。

子どもたちを危険に晒してまで、俺を知ることが大事だとは…俺には思えない。


「じゃあ、刹那の師範代とかに圧力をかけたのもっ…」

「もちろん、私です」


予想通りの答えに顔が歪んだ。

今となっては怒りも憎しみもない…けど、納得がいかない。

それだけのためではないはず、彼がここまでする理由は。

なにか大事なことを隠しているような…蟠りがあった。


しかし、俺の気持ちを知らずに、詠春さんは傍らに置いてあった刀を手に取り、立ち上がった。


構えてもいないのに、身の毛がよだつほど、俺は彼自身の殺気に気圧されていた。

たった1人によってこんなことになったのは、あの聖杯戦争の時以来だ。

赤と青が交錯していたあの夜、感じたものと同じ…色濃い死の気配。


「さあ、始めようか」


もう、避けられない。

それならば、やるしかない。


「やりあっても構いませんが、一つだけ条件があります」


今の俺が彼に勝てる見込みはゼロに近い。

リーチ、速さ、力…どれも劣っている俺では難しいだろう。

外で戦えば…いや、遠距離での勝負なら負ける気はしない。

しかし、距離を置く間など持たせてもらえないだろう。

ならば、接近戦で勝つために…条件を付ける。


「…なんだい?」


どうやら、聞き入れてくれるらしい。

これなら、なんとかなるだろう。

…■るのは簡単だけど、もう俺はしない。


「格技場とかの室内でやりませんか?」

「…どうしてだい?」


そりゃごもっともだ。

俺が詠春さんの立場なら、外で戦う方をとる。

扱う得物の長さからして、室内より外の方がやりやすいからだ。

だけど、今の現状を話せば、詠春さんは頷くしかなくなる…はず。


「刹那の師範代の女性がここに来ているからです」

「…そんなことしそうなのは、青山さんの方ですね…はぁ…」


青山さん?…ああ、さっきの女性の名前か。

そういや、聞き忘れてたな…俺も自分の名前言ってないし、まあいいか。

というか、詠春さんの気の落ちようを見るとなんかいろいろやってくれる人みたいだな。

…できるだけ、関わらないように努めよう…無駄なような気もするけど。


「それなら、仕方ないですね…付いて来てください」


そう言われ、付いて行くと朝食や昼食をとっていた広間に着いた。

結界が施されているようで、入る時に違和感を感じた。

何か動きを制限するようなものではなさそうだが…。

出入り禁止程度か?


──解析、開始(トレース・オン)


予想通り、隔離と遮音の結界。

他に魔術が施された形跡はなし。

まあ、あろうとなかろうと、部屋の中なら俺の方が有利になる…はず。


「ここなら、十分な広さがありますし…誰も邪魔は入りません」

「そのようだな」

「…やっぱり、面白い魔法ですね。瞬時にこの結界の性質に気付くとは」

「何を言って──「人がこういうことに即答できるのはその答えに自信がある時のみなんですよ」──…む」


失言だったな…。

でも、どういうものかまでは判断できていないはず。

バレないうちに短期決戦で…。

…待てよ?…この戦い…俺にメリットがあるか?

…正直、一切ない。


「そろそろ始めましょうか?」

「待て…」


うまく乗せられるところだったけど、あの子たちに危険はないんだ。

戦う意味など存在しないだろ。

ましては、このかちゃんの親であり、ここの長だ…傷つけてはいけない。

そんなことをすれば、また追われる生活になってしまう。

…いや、違うか…俺が傷つけたくないんだ。


「闘わなくてもいいんじゃないですか?…刹那にもこのかちゃんにも危険は存在しないし」

「いえ、あります」

「え?」


ウソだろ?あり得るはずかない。

そんなの──いや、あり得るかもしれない。

こうせざる得ない状況、そこに詠春さんは立っているのだろうか。

俺の強さを知ること、俺という存在を知ること…それが目的だといった。

そんなことが必要な人間がいるというのか、いやいるはずがない。

今目の前にいる人以外に…。


「どういう理由があるというのですか?」


見当がつかず、俺は詠春さんを真っすぐ見据えながら聞いた。

嘘ならば、すぐに見抜くために。


「個人的な事情です…」


絞り出すように言った彼の態度、言葉に嘘偽りなど感じられなかった。

むしろ、苛立ちや焦りなどを色濃く表しているように思えた。


…なるほど…これが、さっき感じていた蟠りの正体か。

俺と戦う理由であり、彼をここまで動かすこととなった事情。

しかし、彼をここまで追い詰めている事情ってなんだ?


「内容は教えてもらえないのですか?」


彼は静かに首を横に振った。


「…今話したところで意味はないでしょう…君の強さを知るまではね」


もう話すことはないといった感じで、鞘から刃を抜いた。

一気に空気が張り詰める。

さっきより一層濃い殺気に、体が震えた。

恐怖などは微塵も感じていない…これは武者ぶるいか。

闘いたくはない…だけど、闘う以上…できる限りを尽くそう。



「行きますよ」


頭を切り替えるしかない。

甘ったれた考えで、勝てる相手じゃない。

それに俺は、叶えるまで死ぬわけにはいかない。

…そうだろ、遠坂。


「…来るといい」


干将莫耶をいつものように構え、強化をかける。


──強化、開始(トレース・オン)


その刹那、目の前から彼の姿が消えた。


な…。


見失い、唖然とした。

が、感じ取った気配から、瞬時に前へと転がった。

空を切る音が背中で鳴った。

すぐに体勢を整え、再び彼と対峙する。


…これは、まずい。

戦場を狭くしたのは逆効果か?!


「さすがですね…今の一撃で終わると思いましたが…」

「そう簡単にやられては…生きていけなかったからだ」

「それは、ますます興味深い…」


再び、彼が構えをとる。

さっきの速さ…魔術かどうかは分からないが…目で追う事が出来るか?

油断していたとはいえ、見失った速さだ…だが、やるしかあるまい。


「…」

「…っ」


っ!

床を蹴る音とともに彼の姿が掠れる。

しかし、今度はどうにか彼の姿を視認する。

直線的に迫ってきている。

軽く振りかぶっている点を見ると、すぐに振り下ろされるだろう。

なら、右に持つ干将で弾き、左に持つ莫耶で払う。


これなら、どうにか捌け──なっ!


振り下ろされてくるはずだった刃が右に逃げた。

いや、彼そのものが右に飛んだ。

彼の予想外の動きを眼で追う。


その先ではすでに袈裟斬りが繰り出されていた。

刃と俺との距離はすでに10cmあるかないか。


右の干将で弾く──間に合うが、力負けをする。

後ろに回避──間に合わない。

上に飛ぶ──次の一撃でやられる。

いっそ突っ込む──致命傷。


今のままでは防げない。

そう結論を出した時点で、刃先との距離は5cm程度まで迫っていた。


仕方ない…。

右の干将を手放し…新しいものを創り出す。


──投影、開始(トレース・オン)


防ぐものじゃなくていい。

力負けしない重いものであればいい。


雪の少女にどこまでも忠実で、彼女を護り続けたあの英雄の剣を借りることにしよう。


「な?!」


思わず彼は声をあげたようだった。

普通ならば止められるはずのない一撃だったのだろう。

それが、止められたのだから…急に現れた俺の身丈以上ある剣に。


剣を置き去りにし、干将を拾って距離をとる。


ヘラクレスが使っていた斧剣。

使いこなすことはできないが、十分すぎる衝撃を与えることができ…てない?


「…それが、あなたのアーティファクトですか」

「…」


アーティファクト?…これも人工の遺物ではあるに違いないが…。

別世界であるための認識の違いか?

にしては、おかしい。

急に剣が現れたことに、動揺すらしていない。

こちらにはこの魔術が普通に存在するのか?

…いや、それはないな。

剣を創造する魔術がこの世界に存在するなら、あんな攻撃の方法をしてくるはずがない。

まあ、高等な魔術で、使ってくると思ってなかったなら、分からなくもないが。


「…カードを持っていなかったように思えたのですがね…やりますね」

「?」


かーど?集めたり、交換したり、するカードのことだろうか?

ということは、この世界に存在するこういう魔術はそんなものが必要なのか?

…まあ、分からないことだらけなのだ。

慣れた気がしていただけで、まだ知らないことが多い。


「仕切り直しといきましょうか」

「ああ」


もう、不意を突かれることはない。

それは相手も同じことだろう。

だからかもしれない、どちらともなく距離を詰めていた。


「…」

「…」


技と技、速と速、力と力。

それらが、純粋にぶつかり合う接近戦。

子どもの体である俺が、全てにおいて彼を上回ることなどできない。

だが、易々と負ける気はない。


刃と刃が交わる金属音。

それが合図となって、一気に加速した。

閃光のような太刀を最低限躱せる程度にいなし続ける。


相手の斬撃はそこまで重くない。

さっきの女性の方が重い。

だが、比べ物にならないくらい…っ速い。

彼女の剣閃が紫電なら、彼の剣閃はまさに閃光。

しかも、防ぐためじゃなく、避けるために剣を使わなければならないほどだ。


双剣である以上こっちの方が有利になるはずだった。

しかし、今の俺には半分も使いこなせてない所為で、不利を強いられている。

攻めることすらできないまま、追い詰められていく。


やるしかないのか…


──投影、準備(トレース・オン)


防ぎきってくれると信じ、数十本近く、投影待機させる。

俺の魔力が持つかも微妙だが、やるしかないのだ。

発動させても、このままでは■してしまう恐れがある。

距離を置き発動させたい。

だが、彼の攻撃の手は休まることを知らない。


どうすればいいか…考えても出てくる答えは一つだった。


──多少傷つこうが、刀を止める。


決意を固め、彼の刀へと突っ込んだ。










─────あとがき─────

更新を空けてしまい、申し訳ありませんでした。

旅行やら怪我やらイベント行事やらが重なって、執筆できる状態じゃなかったにしろ、空けすぎでした。

見ていただいていた方々にこの場を借りてもう一度お詫び申し上げます。


書くペースが遅かったせいで、何かと矛盾している点や言葉遣いがおかしい点あるかと思います。

ご指摘、ご意見、ご感想をお待ちしております。




[6033] 立派な正義に至る道10
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:11






──Side Eishun



できれば、彼の人柄を見極める期間がもう少しだけほしかったですね。

まあ、私たちの仕事の関係上、滞らせておくのも今日が限界。

明日からは溜まった仕事を必死で処理をしなくては…。


しかし、評価が曖昧になってしまいました。

ある程度、いや、ほぼ見極められたと言っていいでしょう。

ですが、何か変な…気にならないほど小さくて、何よりも気になってしまう…違和感が彼から感じられました。

その違和感の正体がなんなのか分からなかったのですが、仕方ないです。


彼の強さは朝の鍛錬でしょうかね…あれを見た限りでは相当のものでした。

何を相手していたのかはわかりませんでしたが、動きに無駄がありませんでしたね。

ある意味恐ろしく感じました。

ですが、実際に味わってみるとまた変わるものですね。


気で強化していない刀とはいえ、本気で打っているのに、防がれてしまいました。

気で強化してしまえば、一気に勝てる自信はありますが…彼はそういった強化は使っていませんし、合わせたほうがいいでしょうから。

不思議なものです…薄い強化でここまで対抗されるとは。

瞬動についてきた時は本当に驚きましたよ。


それよりも気になるのは、さっきのアーティファクト。

身丈に合わない得物…いや、あれは武器なのかもあやしいですね…あんなものを使って何の意味が?

彼の表情を見る限り、彼自身扱うつもりもなかったようですし、盾か何かなのでしょうかね。

それならば、非常に使い勝手の悪いアーティファクトと言えますが…。

…アーティファクトであるなら、カードを持っていなかった点が非常に気になります。

カードを無くして、アーティファクトの発動は不可能に近いはず。


おっと…今はそんなことを考えるよりも、まず今目の前にいる相手に集中しなくては。


右に左に上に下に、刀を打ちこみ続け、もう30合は超えたでしょうか。

傷つける…いえ、殺すつもりで打ち込んでいるのに、この様とは…ナギに笑われてしまいそうだ。

私も歳と言うことなのですかね…まだまだ現役のつもりでしたが。

いや、彼が強者であるということですね…あまり認めたくありませんが。

ナギ以外に若くしてかなりの強さを持つ者なんていないと思っていましたから。

まあ、ナギには遠く及びませんがね。


この戦いが終われば、真意を問わなくてはなりません。

何者であるか。

ここ数日ずっと調べてきましたが、何も出てこなかった。

いや、出てこなかったというのは不適切ですね。

何もない…この事実だけが分かりましたから。

あの時…風呂に一緒に入らしてもらった際、頂戴した髪の毛から血筋をたどろうとしました。

ですが、どんなに鑑定しようと結果は同じ。


この血筋は存在しない。


おかしい話ですよ…目の前で戦っている人物は霊とでもいうのでしょうか。

それとも……ありえない話ですが、化生の類となってしまいます。

ですが…刹那くんからは少しばかり感じる化生の匂いが彼からは感じませんでした。

じゃあ、いったい彼は何者なのか。

存在していながら存在しない存在。

私には手立てがありませんし、もう彼の口から聞くしかなくなっていました。


分からないことだらけですが、一つだけ彼に対していえることがありましたね。

善人であること…これだけは確かでしょう。


手を休めずに情報の整理をするのは辛いものがあります。

そろそろ、決めさせてもらいますか。

実に有意義な時間ではありました…がっ?!。


私は目を丸くせざる得なかった。

彼がわざわざ私の刀に突っ込んできたのですから。

気で強化していれば、完全に真っ二つにできたでしょう。

ですが、強化などしていませんし、速さ重視の小振りでしたから、刃が当たった肩を少し抉る程度で済みました。


しかし、なぜだ?

彼の行動に躊躇などなかった。

まるで自分の保身など考えていないような…そんな行動。

常人であるなら、ありえない。

痛みを覚悟していようと、恐れというものが沸くはず。

しかし、彼にはそれがなかった。


私が目を丸くしている間に、思いっきり蹴りを入れられ、部屋の壁に叩きつけられてしまいました。

すこし鳩尾が痛みますが…おかしすぎるでしょう。

まさか、彼には自分がないのでしょうか?

いや、それはない…はず。

彼という人を少なからず知っていますが…断定できません。


きっと、彼が隠している真実を知れば分かるのでしょう。

彼の行動のことも、今強く感じている違和感についても…。




──Side Eishun OUT




ようやく、彼を引き離すことができた。

腕じゃ飛ぶし、頭じゃ潰れるし、しかたなく肩で受け止めた。

刀を受け止められるなら、体のどこでも良かった。

正直、なんでこんな軽傷で済んだのか分からない。

さっきの女性ですら、紙のように木を切っていたのだから、左腕を捨てる覚悟だったのだが。

抉られるだけで済んだのなら、まあいい。


「驚きましたよ…」


かなりの力で蹴り飛ばしたというのに、全く傷を負った様子はない。

その事に、安心しつつも、脅威に感じた。


「こっちこそ驚いたさ…」


そんなに普通に立たれると、凹む。

できれば立ち上がれなくなるようにわざわざ鳩尾を狙って蹴ったのに、効いてないし。

いや、若干効いてるかな?

腹をさすっているし、冷汗っぽいのが出てるし。


「さて、そろそろ終わりにしましょう…」


彼の構え方が変わった。

先ほどの女性がしていたような構えだ。

しかも、魔力の高まりを感じる。


「もう、俺の強さは測れたのか?」

「ええ…今の段階では事情を話すに遠く及ばない」

「それは、残念だ」


手の内を見せてない段階では、知る権利すら与えられないということだな…。

ある程度の実力を持っていなければ話せない事情だ…つまり、知ることすら危険を伴うということか?

分からない…けど、知りたい。

今の俺にとっての救うべき対象を危険にさらす必要があったのか。

それを知りたかった。


「では…」

「こちらから行くぞ」


魔術回路に魔力を通す。

魔力が切れる可能性もあるかもしれない。

しかし、その時はその時だ。


頭の中で組み立てた設計図を全て創り上げる。


「うまく避けろ」


──停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン)


「なっ?!」


数十本近くの剣を一斉に彼へと飛ばす。

全て、宝具までとはいかないが、それなりの剣だ。

本気の彼でも、防ぐのに必死にならざる得ないだろう。

そこに付け込む。


案の定、彼は剣を撃ち落とすのに必死になっていた。

さっきまで笑みを浮かべていたが、今は顔が引きつり、いかにも必死そうだ。

半分近く撃ち落とされた時点で、俺は彼の側面に着いていた。

彼の得物に横から大きな一撃を加え、得物を弾き、彼を無効化する。

そのつもりだった。

だが、予想外の事態が発生した。


「ここかあああああああああ!!!!!」


その掛け声とともに部屋の障子がぶっ飛んできた。

あまりの事態に詠春さんですら手を止めていた。

まだ十数本の剣が彼に向って飛んできていたため、このままでは傷つける恐れがあった。

だから、手に持つ干将莫耶以外の投影していた剣を全て魔力に還した。


なんというか、空気が凍っている。

修羅が目の前にいるといってもおかしくない。

しかも、目が逝ってるし…本人には言えないが。


辺りを少しきょろきょろ見渡したあと、ようやく詠春さんと俺が目に入ったのか、すぐさま近寄って来た。


「長!ご無事で!!」

「え、ええ…」

「ん?さっきの!肩怪我してるやないの!!大丈夫なんか?!」

「あ、ああ」


興がそがれた。

殺気なんてもの、すでに消えた。

今、場を支配しているのは空虚。

結局、聞き出せなかったか。


「犯人は…?」

「それは…」

「逃げたさ…あんたも見ただろう、大量の剣が俺らに向かってきていたのを」


詠春さんは少々驚いているようだ。

まあ、犯人は自分だしな。

だけど、あの剣は俺のだし…おあいこってことで。

彼女…青山さんと言ったか、納得がいったようで悔しそうな表情を浮かべている。


「ウチがもう少し早くここに来てれば…」


いや、来なくて良かった。

あんたが、来てたら間違いなく俺が斬られてたし。

さてと、どうするか…。


「詠春さん…結界おねが…い?」


目の前が揺れる。


「士郎く───!!」


平衡感覚すらなくなっていく。

崩れる足、重い瞼、遠のく意識…ああ、魔力が空に近いからか…。


「どないし───!!」


よく考えれば、投影と強化相当したからな…。

…あ、もう無理だ。

意識が飛んだ…。



───IN Dream




ここはどこだ?

辺りを見渡したかった。

しかし、俺の意思では動かせない。

だが、ようやく分かった。

ここは俺の家の土蔵…工房として使っていた場所だ。

でも、なんでこんな場所に?


ただじっとしている。

これはどういうことなんだ。


近寄ってくる影が見える。

誰だ…。


?!アイツは…。


ああ…あの時見た夢の続きだろうか。

でも、こんな夢みたくなかった。

前もアイツの笑う姿を見れなかったから。


だけど、もう少しだけ見ていたい。


笑っていなくても最愛の彼女の姿を。



───Dream OUT



まどろんでいた意識がすっきりと覚醒した。

決していい夢とは言えないけど、アイツの姿を確認できたからだろうな。


夢の中でのアイツは凛々しかった。

あの夜…初めて会った時のようで…。

…少し胸が苦しくなるな。

忘れるわけないのに、この日常の中で薄れつつあった。

…再確認したよ…俺はまだ…。


沈む気持ちを無理やり振り払い、とりあえず、自分の体の具合を確認することにした。

あれだけ戦ったんだ…少々おかしい部分があってもおかしくないだろう。

そう思い、体を起こした瞬間、思考が停止した。


なんで、布団で寝ているんだ?


待て…こうなった経緯を、正確に思い出そうじゃないか。

たしか、詠春さんと戦って、多重投影を行って、魔力切れになったんだっけ。

それで、意識が飛んで…なんでここにいる?


辺りを見渡し、自分が使っていた部屋であることを確信する。

明らかに、質素だしね…。

もしかして、詠春さんが運んでくれたんだろうか?


そう考えていると、不意に障子が開いた。

すぐにそちらに顔を向けると、詠春さんが笑顔で立っていた。


「おはようございます、士郎くん」

「おはようございます、詠春さん

「…調子はどうですか?」


調子と聞かれても…。

魔力は半分近くまで回復しているし、痛む箇所もない。

全快とまではいかないが、いい方だろう。


「まあまあです」

「まあまあですか…」


すこし困った表情で、目を細めている。

多分、今回のことで引け目を感じている部分もあるんだろう。

そんなこと気にしなくてもいいのに…過ぎたことだし。


「腰を下ろしても?」

「どうぞ」


俺の了承を得ると詠春さんは俺の目の前に腰を下ろした。

そして、そのまま頭を下げてきた。


「昨日は申し訳ありませんでした」


俺も謝りたかったけど、また同じことを繰り返すのもあれなので、やめておくことにした。


「顔を上げてください…仕方がなかったんでしょう?」

「そう…ですが…」

「ならいいじゃないですか…過ぎたことですし、ね?」


そう言うと、詠春さんは顔を上げてくれた。

苦笑しているようだけど、割り切ってくれるだろう。

それから、少しの間、沈黙が流れた。


俺としては、聞きたいことがある。

でも、話し出せずにいた。

聞いていいものか、分からなかった。


「士郎くん…聞きたいことがあるのではないですか?」

「それは…」

「答えられる範囲であれば、答えましょう」

「え…で、ですがっ」


俺は勝てなかった。

あれだけ手の内を見せて、全く本気を出してない彼に…。

例え、あの時…俺を嘗めてかかってきていたのだとしても…。

彼と対等に戦えるようになるにはせめて、あと5年は必要だ。

まだ成長もしていない上に、鍛えられていない体ではあれが限界だった。

俺は…弱かったんだ。


「君の強さに見合ったことしか答えませんし、大体、君が聞きたいことは分かっていますから」


全てを話す気はないけど、すこしばかりなら答える。

そういう感じなんだろう。

それでも、構わない…少しでも分かるのなら…彼の苦しみを。


「…じゃあ、遠慮なく…個人的な事情とは一体何ですか?」

「今の私はここを離れることが叶わないので、士郎くんが私以上に強ければ、あることを頼みたかったのです」


聞きたいことが分かっていると言っただけあって、すぐに返答してくれた。


なるほどな…。

詠春さんはここの長だから離れられないので、代わりを探していたんだろう。

そんなとき、運よく俺がきて、人柄と強さを見極め、基準を越えてくれるならあることを任せようとしていたのか。

しかも、そのあることってのは、危険が伴うんだろう…詠春さん以上の強さが必要なのだから。


しかし…。


「あんたはそんなもののために子どもたちを危険にさらしたのか?」

「…それは」


俺だってこんなことを言いたくはない。

でもな…いままで見てきたんだ。

私利私欲のために子供を、見捨て、売りさばき、殺す、親たちを。


詠春さんはそんな人じゃない。

それは分かっているからこそ…そんな風になってほしくない。


「親なんだから…このかちゃんはもちろん、刹那にとっても」

「重々承知してますよ」

「だったらっ──「士郎くんが追っていたのは偽物ですよ?」──はぁ?」


意味が分からないぞ?

偽物って…あの時の二人が人形か何かとでもいうのか?

それにしては、リアルな息遣いをしていたぞ?


「まあ、論より証拠、百聞は一見にしかずといいますし…」


詠春さんはそう言って、一枚の紙を取り出した。

その形は、あの時…さらった奴を追い詰めたときに飛んできたものと同じだった。

そして、その紙にペン?を使ってなにか書き始めた。


「何をしているんですか?」

「見ていればわかりますよ…」


書き終わったようで、手が止まった。


「?!」


あ、あれ?!なんで詠春さんがもう一人いるんだ??

完全に瓜二つだし…まさか、こんな魔術が存在するって言うのか?

だったら、あの時の子どもたちも…。


「理解していただけましたか?」

「はい…勝手な想像で詠春さんを貶してしまい、すいませんでした!!」


頭を布団に擦り付け、土下座した。

恥ずかしいのもあったけど、それ以上に自分が腹立たしい。

もう少し人の話を聞いてから行動した方がいいのだろうか…。


「騙そうとした私にも非があります…ですから、顔を上げてください」


詠春さんも非を感じている以上、これ以上の土下座は逆に気分が悪くなってしまうな。

そう思って、顔をあげた。

いつの間にか、さっきまでいたもう一人の詠春さんが紙に戻っていた。

何かの命令でも聞けるなら、便利なんだろうなあ。


「…では、あと、何か聞きたいことはありますか?」

「さっきのは一体?」

「あ~、あれは式紙といいまして、符術の基本なんです…士郎君ならすぐに扱えるようになるんじゃないでしょうか」


あ、あれで基本なのか…。

恐ろしいことこの上ないな、この世界の魔術…。

あれが基本なら、応用とか前の世界の魔法に匹敵するんじゃないのか?

それだったらそれで、勝ち目ないなあ…。


「さて、他には?」

「そうですね…もうないので、いいです」

「…他には?」

「え?だから、ないって」

「ほ・か・に・は?」


おお、心なしか詠春さんの後ろに鬼が見える。

ええ~…なにか聞き忘れてたことあったっけ?

う~ん………あ。


「お、俺が意識を失ったあと、どうなったんですか?」


これを言いたかったに違いない。

そう思って聞いたのに、詠春さんの笑顔が少し引きつっている。

え、はずしてしまったのか?


「…えっとですね…あの後は、青山さんが犯人を捜しに行くと言って出て行きまして、私は結界の修復をしに行きました」


あり得るな、あの女性なら…。

犯人は目の前にいるというのに…まあ、仕方ないだろうな。

俺しか分からないように、いろいろと仕組んでくれていたみたいだったし。


「そして、結界を修復した後、広間で寝ていた君をこの部屋まで運んで、今に至っているわけです」

「そうだったんですか…あ、運んでいただいてありがとうございました」

「いえいえ、気にしないでください…で、他にはなにかありませんか?」


うーむ、的を外しまくっているらしい。

何のことか分からないし、どうしようか。


「…」

「…」

「…」

「…」


沈黙が痛い…。

…他には…あ、これに違いない!


「このかちゃんや刹那はどこに?」


あ、今度は盛大にズッコケてくれた。

また的をはずしちゃったのかな…。


「あの子たちなら、神鳴流の方々に昨日は預かってもらっていました…今はもう帰ってきています」

「あ、そうなんですか…」


よかった…あの子たちが大丈夫ならそれでいい。


「で、他には?」


そろそろ聞きたいことを当てないとまずいなあ。

詠春さんの声に怒気が含まれてきてるし…。

何か忘れてることあったけ?

何か…。

…。


「すいません、答えください」

「…依頼したかったことの内容が気にならないんですか?」

「あ」


あ~…そういや、そういうことだったな。

刹那やこのかちゃんのことばっかり気にしてたから、忘れてたな。

…気になるといえば、気になるけど…。

なんで、詠春さんはこのことにこだわってるんだ?














─────あとがき─────

やっとこさ、10話突入…予定より話の進みが遅いので、結構キツい…。
本当だったら、11話あたりからネギま本編に入ってくる予定だったのに、あと5話位いるなあ…。




[6033] 立派な正義に至る道11
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:12





「頼みたい仕事ですが…昨日の朝方、湯につかっている時にお話しした内容を覚えていらっしゃいますか?」

「昨日?…ああ、あの時ですか…」


たしか、詠春さんの傷跡を見て、どうしてこんなに傷跡だらけなのかって話になったな…。

10年前に大戦があって、それを救うために奮闘したのだと…。

それで、頼みたいことって…まさか、残っている敵の処理か?

可能性…はある…10年も前だろうと、生きるやつは生きる…。

そういうやつは手強いし、汚いし…頭のネジが飛んでいる。

ヤツは…そういうやつだった。

簡単とはいかないが、俺なら■れるだろう。

だけど…俺はもうその道を歩むことをやめた。

もし、そういうことをしなければならないのなら、俺は断る。

あの時、決めたのだから…悪すらも救おうと。


遠坂との、爺さんとの…約束を思い出しながら、覚悟を胸に刻みつけた。


「そう、怖い顔をなさらないでください」


詠春さんが苦笑しながら、そう指摘してきた。

いつの間にか、無意識とはいえ、睨みつけていたみたいだ。


彼の人となりをこの数日で見てきたけど、決して悪い人ではない。

だからこそ、人を処分するような依頼ではないと踏んでいた。

だけど、つい考えてしまう…あの約束を忘れたくないから。


「依頼の内容はですね…戦友の生死の確認をしていただきたいのです」

「戦友って…あの時話しておられた、“千の呪文の男(サウザンド・マスター)”さんですか?」

「はい…彼について調べてほしいのです」


“千の呪文の男(サウザンド・マスター)”…あの時、詠春さんが語っていた口調的には…かなりの実力者だろう。

多分、いや絶対に詠春さんよりも数段上の力を持った魔術師…。

そんな人の生死の確認なんて…何があったって言うんだ?

いや…きっと、詠春さんも何があったか見当がつかないからこそ、俺なんかに頼んでいるんだろう。

ただ、おかしいのは…詠春さん自身、関西呪術協会の最高責任者のはず。

それなりの権力も地位もあるはずだから、そういう情報に関しては集めやすいはず。

なのに、なぜ分からないんだ?


「なにか、情報はないんですか?」

「…ええ…私自身、色々な伝を当たって調べてもらっているのですが、未だになにも見当たらないのです」

「便りがないのは元気な証拠っていいませんか?」

「それは、そうかもしれません…ですが、すでに公式に死亡扱いされてしまっているのです…」


詠春さんのその言葉の裏には、きっとこんなことがあるんだろう。

『そう簡単に死ぬような人ではない』と。

だから、諦めずに探し続けていた。

戦友…背中を預け合った仲だからこそ、分かるんだろう…死んでいないはずだと。


そういや、俺にも…一人いたっけ…考え方も戦い方も全く違うけど、背中を預け合った奴が…。

今はどうしているのだろうか…病院か、実家か、それとも…眠り姫の傍か…まあ、元気でいるだろう。


……まあ、詠春さんもこういう風に思っていたんだろうな…死んだってことを聞くまでは。

俺だって、多分、同じように動くんだろう…か?

それはさておき、気になることを聞くことにしよう。


「詠春さん…なぜ、俺に依頼を?」


そもそも、詠春さんにとって正体不明である俺にそんな重大なことを頼むのは、お門違いだろうと思う。

例え見知った仲だったとしても、こっちは外見的には子どもなのだから、まず依頼をすることがおかしい。

保護者がいなければ、まともに動けないだろうし、外見が子供なだけあって、夜中の一人歩きすら社会的に許されない。


こんな状態の人間にどうして、詠春さんにとっては重要なことを、頼むのだろうか?


「あなたはどんなに調べられても情報が出てこなかった…いわば、存在しない存在だからです」


…ああ、そういう意味か。


「つまり、死んでもあとが残らないから、と?」


もとから存在しない者がいなくなっても変わらない。

記録には残らないんだ…派手なことをしようが、地味なことをしようが、変わらない。

…もっとも使い勝手がいい存在だ。

だけど…俺はそういう風になり下がってもかまわない。

少なくとも、詠春さんには恩があるから。



「いえ、違いますよ」

「じゃあ、どういう意味が?」

「…調べているという痕跡が残らないからです」


意味が分からないぞ?

痕跡なんて残っても、構わないと思うんだけど。

…ついでにいえば、詠春さんくらいの権力があれば多少なり消せる気が…。


「よく分からないのですが…」

「彼の情報を調べることそのものが敵を作ることになるのです」

「…何をしたんですか?」

「そうですね…暴漢を力ずくで鎮めたり、襲われている人を救ったり…いろいろです」


もしかすると、似ているのかもしれない…。

正義のために…いろんなことをしていた俺に。

正義と相対する存在を消し、正義を救い続けていた俺に…。

正義を救うたびに敵を作り、狙われ…前の世界での末路をたどった。

だから、なんとなくだけど…詠春さんが言わんとすることが分かる。


調べるというのは、詠春さんの親友を少なからず知っていることになる、

だから、そんなことをしていれば、彼を妬んだり恨んだり憎んだりしている人物にばれる可能性が出てくる。

そして、そこから自分の身が危うくなることもある。


だけど、俺の場合は…俺が調べたということがわかったとしても、何処の誰かなんて、正確に知ることなどできない。

だからこそ、頼みやすかったのだろう。


「…なんとなくですが、そちらの事情は理解できました」

「理解していただけのなら…早速本題に入りましょう」


急に雰囲気が一転した。

まだ日が昇っているはずなのに、この部屋の中だけが薄暗く感じられるくらいに…。


「君の実力は本気の私には遠く及ばない…このままでは、君が君の道を進むというなら命を落とすことになるでしょう」

「…」


多分、彼の言葉の裏には…俺の道の上には、私程度の実力者はほかにもたくさんいる…という意味合いがあるのだろう。

だったら、今のままではすぐ命を落とすことになりそうだ。

彼の言ってることは真実だろうし、言いわけすらできない事実だ。


「ですが、それでも君に頼もうと思っています」

「…なぜですか?」

「…君の体術、技術、魔術…それらは長い月日をかけて鍛えられたものですよね」


答えになってない…。

…いや、ある意味では答えなのかもしれない。

俺がどういう存在であるか、もしかしたら…その真実に行き着いている。


「それは、もちろんです」


それでも俺は白を切ることにきめた。

俺のことなんて、知る必要のないことだ。

教えるわけにもいかない。

ただし、教える必要があるなら…教えよう。

詠春さんは一応信頼できる…口は固いだろう。


「1年や2年そこらじゃなく、5年以上は必要ですよね?」

「必死で集中すれば、これだけにはなりますよ?」


詠春さんは俺の返しに納得がいかない様子だった。

そりゃそうだろう…だけど、嘘は言っていない。

実際には5~6年くらいだったかな…俺が必死で集中し続けた期間ってのは。

体術、技術は何度も死線を潜り抜けていく間に覚えたものだ。

魔術は…あの聖杯戦争以来になる。


「そうすれば、あのような戦い方が?」


長い期間をかけて、体、技、心、を鍛えあげ、戦術論理を組み上げた。

負けないために死なないために…作り上げた不敗の定理。


「それは、人によります」


今の俺には分かる。

きっと壊れている人間にしかたどり着けない境地なのだろう。


何千何万と繰り返し、何千何万と戦い続ける無謀な行為。

そんなこと、普通の人にはできるだろうか?いや、無理だろう。

だから、俺は壊れているのだと思う。

それが、治ることがあるなら…俺はどうなるのだろうか。


顔が心の苦痛で歪む。

今は余計なことを考えるべきではない…まずは詠春さんの話を逸らすことが先決だ。


「…では、話を変えましょう…剣を大量に出した魔法はなんですか?」

「…それは」

「詠唱なしで使える魔法は存在しますが、あんなものは存在しないのですが?」


その瞬間、心臓が跳ねた。

こればかりは白を切れない。


失敗したな…使うべきではなかったか?

いや、あれが最善だったはずだ…傷つけずに終わらすには…。

結果としては不確定事項によって、収められたわけだけど…。


まあいい、白は切れなくても、嘘をつくことは出来る。


「あなたの考えを聞きたい」

「…そうですね」


詠春さんの考えに便乗してしまえばいい。

詠春さんなりに納得がいくように考えられた考えなんだ。

それに便乗してしまえば、それが詠春さんの中で真実となる。


「二つほど、仮定はできています」


できれば、当たらずとも遠からずといった考えであってほしい。


「一つは、高位の悪魔の類が人の姿をしているという考えです」

「…」

「ただ、それだとなぜ悪魔が私の言うことを聞き、かつ子どもたちを護ろうとするのか、私には理解できませんし、そういった“ニオイ”を感じませんし…可能性は低いと思ってます」


多分、辻褄が合うようには作られた仮定なのだろう。

詠春さん自身納得がいっていないようだし、この考えに便乗するのはよそう。

俺自身、化生の類に近くても…そうはなりたくないし。


「もう一つですが…士郎くんが別世界の存在であるということです」


その考えを聞いた瞬間、顔には出ていないはずだけど、背中に冷や汗をかいた。


素直に驚いた。

そう簡単にいきついていたなんて。

いや、もしかしたら知っているのか?

並行世界の存在を…。

それなら、あり得るけど…。


「…」

「あり得ない話ですけどね…別の世界が存在することそのものが証明されてませんし」


そりゃそうだろう。

というか、証明されてたら、最初の出会いの時点で気付かれていたはずだ。

これで、バレる心配はなくなったか?

いや、まだ部屋の雰囲気は変わっていない。

むしろ、悪化しているような気さえする。


「ですが、辻褄は合うんです…君の存在が証明されていないことも、君の正体不明の魔法も、すべて」

「…そうかもしれませんね」


多分確信までは持っていない。

だけど、これがもっとも可能性が高いと考えてるだろう。

どうするべきだ。

教えてもかまわない…だけど、今はその時ではない。


「それに、8歳程度の少年というのは、少々無理があるのではないでしょうか?」

「…そうかもしれませんね」


お茶を濁すように苦笑しながら答え続ける。

正解であろうと不正解であろうと、対応を同じにしてごまかす。

そんなやりとりが十数回繰り返されて、詠春さんの口がようやく止まった。


「…」

「…」

「…もういいでしょう」

「何がですか?」

「こんな不毛なことを繰り返しても意味がありません」

「…それで?」


「君が何者であるかなんて、今はどうでもいい…」


詠春さんはまっすぐ俺を見据えてきた。

昨晩、戦っていた時と同じ目で…。

つい身構え…魔術回路に魔力を通す。


「前に君は私に言いましたよね…気や魔法の扱い方を教えてほしいと」

「…確かに言いました」


そして、見事に断れたな。

誰かのためにあろうと、考えていたからだけど…なんでなのだろうか。


「今の君なら教えても構いません」

「え?…」


どういう心境の変化だろうか。

あの時は、突き放すように言い放ったのに…。

なにがあったんだろうか?


「信じられますから…」


感慨深く言ってくれたけど、俺は何かしただろうか?

一切覚えてないんだけど…。


「…いいんですか?」

「ええ…ただし、条件があります」


また条件か…。

まあ、大丈夫だとは思うけど。

一応、聞いておくか…。


「…条件次第です」

「今、君に依頼している仕事…木乃香の護衛が終わったら、ナギの…親友の捜索をお願いしたいのです」


予想通りだったのだろう。

詠春さんはすぐに返答してくれた。


というか、条件がそれですか。

俺としては一向に構わないのだけど…世界をめぐることになるのだから。

この世界を知ることができるし…さまざまなことについてね…。


「もちろん、必要経費やパスポート、戸籍などの必要書類も用意します」


すでに答えは出ていた。

どんないい条件を出されようと。

俺は…。


「あなたが望むなら優秀な護衛を一人付けても構いません」

「…」

「どうでしょうか?」

「…その条件ならお断りします」


断ろうと。

俺は何かほしくてやるつもりはなかった。


「…なにがご不満でしたか?」

「護衛はいらないし、経費もいらない…俺はあなたへの恩返しとして依頼を受ける」


恩返しをしたかった。

ここ数年、誰からの優しさも享受できなかった。

そんな俺が素直に優しさを受け入れることができたお礼に…。

なんでもするつもりだった。

それが、厄介な仕事に変わっただけだ。


「パスポートとか戸籍とかは、合法的に外国行くなら必要だから、欲しいけどね」

「それに関してはまたお願いするときに用意しておきます」


さっきまで部屋にあった嫌な雰囲気はどこかへ飛んで行ったようだ。

これから先、まだまだ面倒事が起こるかもしれないな…。

少なくとも2年後には面倒事のオンパレードになっていそうだ。




───Side Eishun




「では、失礼します」


士郎くんとある程度、談笑してから部屋を出た。

一気に安堵感に見舞われる。


これで、ようやく休むことができます。

出払っていた人々も戻ってきましたし、自分でためていた仕事も大方片付きました。

それに、士郎くんに関してのことも…。


正直、あの時…闘っている時、士郎くんはずっと別のことを考えてましたね。

本気でやり合ったとしたら…きっと私は死んでました。

瞬動を見切られた時点で、負けは決まっていたものです。

それでも、引き分けで終わったのは…。


つい奥歯を噛みしめてしまう。


舐められていたわけではない。

彼自身…無意識で、押さえていたのだろう。

私の剣は殺気など一切持たない剣に全て防がれた。


彼自身がしっかり攻撃したのは一回だけ。

あの、剣が大量に飛んできた、魔法だけだった。

しかも、しっかり彼は放つタイミングを教えてくれていた。

…完全に避けれるくらいの速度で、強さで、放ってきた。

だからこそ、そこまで驚くことなく、対処できた。

最終的には勝負に水を差されて、全て消えていたが…。


多分、彼は…私を傷つけることをしないように闘っていた。

青山さんとやっている時も、同じだった。

私たちよりも弱い鬼と戦っていた時の方が数倍強かったように見えた。


このままで、彼は大丈夫なのだろうか。

傷つけず、戦おうとしたのは…きっと相手が人だったからだろう。

その甘さが命取りになるんじゃないのか?

そんなことでは…ナギを調べている時に死んでしまう。

それは…絶対に起こしてはならない。


彼自身が甘さを捨てることはないかもしれない。

でも、時には非情になってもらわなければならない。

どうすればいいか…。


はぁ…今日も眠れないかもしれませんね…。




───Side Eishun OUT




詠春さんが出て行って、静けさが戻ってきた。

まだ、日は昇っているし、大体2,3時くらいだろう。

今日はなにをしておこうかな…。

とはいえ、まだ万全ではない体だ。

休むのが一番だろう。


そう考えて再び横になる。

昨晩までの目まぐるしい日常が嘘だったかのように…静かだ。

風の音までよく聞こえる。


そういえば、このかちゃんと刹那は…。

もう帰っていると言っていたな…とりあえず、顔だけ見に行くか。


ゆっくりと立ち上がり、二人の部屋に向かった。

屋敷の中は昨日までと違って人の気配が大量にある。

どういうことだろうか?

気にしても仕方ない…とりあえず、二人の無事を確認しなければ…。


「せっちゃん、待ってえな~!!」


そんな声が背中から聞こえてきた。

慌てて振り返ると、刹那が目の前にいて、その後方にこのかちゃんが走ってこちらに向かってきている。


「おかえり、神鳴流の方に居たんだって?」

「昨日…大丈夫だったんですか?」


…どうやら刹那は、事情を聞かされているらしい。

おかげで、乾いた笑いしかこみ上げてこなかった。

怪我したという事実だけはバレないようにしたい。


「ああ、なんとかな」

「よかったぁ…」


いつの間にか、刹那は嗚咽を上げながらボロボロ泣いていた。

………

つい、思考が停止した。

なんで、泣いているんだ?

俺なんかしたっけ?


「いや、泣かないでくれ…大丈夫だったんだし」

「ううん、大丈夫やったから、泣いてるんです…」


ああ、そうか。

事情を知っていた刹那は俺のことが心配だったのか。


「ありがとうな、刹那」


自然とそんな言葉が出ていた。

泣くのは止まったけど、顔が妙に赤いような…。

後ろからこのかちゃんがやってきたんだけど…刹那がこのかちゃんの手を引いてどこかへ行ってしまった。

始終オロオロしていた俺は何もできずその後ろ姿を見送った。





─────あとがき──────


再び更新空けてしまってすいません。

ついでに、感想の返信もしないですいません。

昼間は無理だし、夜はバイトだし、と言った感じで書く暇がなかった所為とはいえすいません。

そんなこんなでとりあえず11話です。

次の話くらいから、月日のスピードが速くなっていくはず…。

当面は15話くらいで本編合流できるようにストーリーを組もうと思ってます。

感想、指摘、意見がございましたら、書いていってください。






[6033] 立派な正義に至る道12
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2010/06/18 21:40





金属のぶつかり合う音が止まり、辺りに静けさが戻る。

遮音と人払いの結界は張ってあるからこそであるけど。

…今日はここらが限界だな。

時間的に。


「今日はここまでにしておきましょう」

「お疲れさまでした…」


2ヶ月前、和解というか認められたというか、とにかく訓練してもらえるようになった。


いまだに前の体…幼くなる前の体格のつもりで、動いてしまう時もあるけど、大体の勘は掴めた。

小回りが利く分、連撃を加えるのがスムーズに行える…ただリーチが短いから思い通りの近接戦が行えないけど。

先々週辺りから、気の使いからについて学ばせてもらっているんだけど、いまだに使えない。

やっぱりというべきなんだろうか…でも、まだ始めたばかりだし諦める気は毛頭ない。

詠春さんは着実に進歩していると言ってくれるんだけど、実感が湧かない。

いつかは使えることを夢見て、頑張るかな。


詠春さんはこの後用事があるらしく、すぐに飛ばして帰って行った。

だけど、俺は特にないので…というか、今日は刹那も木乃香ちゃんも詠春さんと出かけることになってる…とりあえず近くの木陰で一休みすることにした。

といっても、森の中なので木陰だらけなわけだけど。

訓練があの子たちの目に入らないようにするために、森の中になったからな。


しかし、暑い。


「…もう夏か…」


京都の夏は蒸し暑いと誰かが言っていた。

その通りに、体感温度と気温が5℃くらい差がありそうなくらい暑い。

…ただ、このくらいなら亜熱帯と差はないから、特に辛くない。

むしろ、こういう暑さの中で体を動かすのは気持ちいいような気さえする。

でも、シャツが体にへばりつく感覚は気持ち悪い。


「まだ、まだだな」


このまま強くなっても変わらない。

いや、すこしはマシになるかもしれないけど…きっと俺は踏み外す。

俺が目指そうとしてる道を…。

あの日、約束したのだから。

もう一度、会いたいから…そして、あの答えを…。


──なあ、俺は…


「…感傷的になるのは良くないな!帰るか…」


頭にわいた煩悩を振り払って、立ち上がる。

今考えるべきことは別のことだ!

別のことを考えつつ、家路に向かって足を進めることにした。


最近のことでいえば、刹那とようやく仲良くなれたことか。

今までだったら、敬語で睨みつけてくることが多かったけど、最近は、年相応の話し方に変わってくれた。

目つきもなにか柔らかくなったかな。

おかげでスムーズにお守…じゃなく、護衛ができるようになった。

ただ、優しくするというかちょっとした手助けをしたら、怒られることがかなり多くいんだよな…。

…まあ、そういう年頃なのかな?もしかすると、手伝われるのが嫌なのかもしれないな…。

今度から自重すべきか…。

うーん…顔を赤くするくらい怒ってるんだしな、ちょっと間を置いてみるか。


「ん?」


不意に森が開けた。

広場と呼ぶにはあまりにも小さな原っぱが目の前に広がった。

しかし、その土地には不釣り合いな石碑が中央に建てられていた。


「こんなところがあったんだな…」

「誰やっ?!」


丸眼鏡をかけた…顔つきや身長からして高校生くらいだろうか?…巫女服の少女が石碑の前からこちらを睨んでいた。

明らかな敵意を見せているけど、彼女の風体からしてこちら側の関係者だな。

見覚えはあまりないけど、たしか呪符使いのところの見習いだったかな。


「あ~、居候の…士郎です」

「居候?…あぁ、2ヶ月前くらいに紹介があった」


思い出してくれたのか、少々敵意が薄れた。

でも、まだまだこちらに対して警戒しているようだ。

それはそうか…関係者に対しては、刹那とこのかちゃんの護衛として居ることになっているなんだから。


「そう、それです」

「で、その居候がこんな辺鄙なところに何の用や」

「今日は暇ですから」


彼女も知っているはずだ。

あの子たちと詠春さんが出かけることを。

だから、暇であると。

しかし、まあ暇だからと言ってこんなところに来るのは変人なんだろうけど。

俺自身今まで気付いていなかったけど、ここには人払いの結界が張ってあるしね。


「…まあええわ、はよう立ち去りなはれ…あんたみたいなガキがこないなところに来るもんちゃう」


俺に対して興味が失せたのか、彼女はふたたび石碑に目を向けている。

そして、彼女はおもむろに手を合わせ、目を閉じた。

…早々に立ち去るべきなんだろうけど、気になる。

なぜ彼女がここにいるのか、そしてこの石碑は何なのか。

その動作からして、神や仏に祈っているんじゃないのは分かる…多分あれだ。


「あの」

「…なんや?」


彼女は目を閉じ、手を合わせたまま返事をしてくれた。

体も顔もこちらには向けてはくれないけど…。


「慰霊碑、ですか?」

「……そうや」


予感は当たっていた。

そして、この予感も当たっているのかもしれない。

石碑の新しさ、土地独特の雰囲気、そして彼女がさっきから見せている表情。

その全てが物語っている気さえする。


「10年前の大戦の被害者たちのものですか?」


そう聞いた瞬間、奥歯を噛みしめる音が聞こえた。


「…………そうや」


憎しみ、怒り、悲しみ、苦しみ…そんな負を全て含んだような声だった。

きっと、理解することも理解されることもない感情が彼女の中で渦巻いている。

背負い続ければいつか爆発して、いろんな人を巻き込みかねない感情が…。


「俺にも祈らせてもらえないでしょうか」

「はぁ?!」


彼女はとうとうこちらに顔を向けた。

よっぽど驚いたのか、目が見開いている。


「大戦についてよう知らんガキがなにをほざいとるんや?」

「確かに知りませんが、彼らがいたからこそ、この世界がある、そうじゃないですか?」


俺の言葉に呆気をとられたのか、彼女の口が開きっぱなしになっている。

思考が停止するってやつなのかもしれない。

見た目8歳の子どもがこんな発言をしたんだからな。

戦争があった時、戦死者が…自分たちを護ろうとした者たちがいたから、自分たちが生きている。

そこまで考えてる子ども…いや、人間なんてほとんどいないだろうからな。


「おーい、いいのか、悪いのかはっきりしてくれ」


長時間止まるものだから、つい敬語からタメ口に話し方が変わった。

まあ、そろそろ敬語喋るのが嫌になってきてるからでもあるけど。


「え、あ…ええけど…」


彼女の了解も得たことだし、早速彼らに祈る。

そして、今まで俺が■してきた人々にも…。


人々の平和の礎となってくれたことを、正義の証明となってくれたことを…心から感謝する。

ゆっくり眠って、見守ってほしい。

この世界の行き先を、人々の行う全てを…。


祈りを終わらすと、彼女が不思議そうな目をこちらに向けていた。


「なに?」

「ガキにしては、そんな風に祈れるんやな」

「まあ、いろいろあったからな」


数えきれないくらい、忘れたくなるくらい、いろいろあった。

結局は勝手に転んで傷ついていただけだったかもしれないけどな…。


「…そんくらいの器量がなかったら、お嬢様の護衛なんかできんわな」


彼女は納得したように何度も頷いていた。

さっきまで彼女が持っていた雰囲気はすこし薄らいだようだ。

でも、根底は揺るいでいない。

どうしようもない爆弾を抱えたままだ。


「なあ、ひとつ聞いていいか」

「…変な質問やなかったらええで?」

「なんで慰霊碑に祈ってたんだ?」


瞬間、彼女の表情が曇る。

いや、曇るどころか暗い…まるで闇の中にいるようだ。

敵意、殺意、悪意…それらが俺に対して放たれている。

今はなにもしてこないだろうから、魔力を通すでもなく抑える。

というか、魔力を使わなくとも彼女程度なら抑えられる。


「…まあ、ええわ…ガキやし話したるわ」


フッと苦笑いをして、彼女は慰霊碑に向きなおった。


「うちの両親が大戦でお天道さんとこに逝ったんや…しかも、西洋魔術師どもの所為でや!」


彼女が内に抱えていた感情がようやく見えた気がした。

途轍もない憎悪…10年たった今でも残っているとは、よほど愛されて育っていたのだろう。

きっと俺も記憶があれば、こんな風になっていたのかもしれない。

遠坂も爺さんも…恨んでいたのだろう。


だけど、それが間違っているということをたくさんの人から学んだんだ。


「絶対に復讐を──」


頬を打つ乾いた音が辺りに響いた。

そして、軽く飛んで頬を打つのは結構難しいことを今更学んだ。

何が起こったかわけが分からないといった表情の彼女はこちらを強く睨んできた。

それでも、俺は怯む気などさらさらなかった。

このままいけば、将来大変なことになる気がしたからだ。


「復讐は無意味だ…ただ繰り返されるだけだ」


復讐が復讐を呼ぶ。

誰でも一度くらいは聞いたことのある台詞だと思う。

でも、真実だ…結局残るのは果てしない虚しさと途方もない悲しみ。

…そんな現場に俺はいた。

笑顔を護るためにと始めたものが、結局は泣き顔しか与えられない。

そんな現場に俺は居続けた。

だからこそ、分かる。

復讐など無意味だと。


「なんで無意味なんや!!」

「無意味なんだよ…大戦で死んだのはこちら側だけか?向こうだってそうだろう?」


大戦では多くの人が死んだと聞いた。

その中に彼女の両親がいるだけだ。

ただそれだけで、彼女は復讐をしたいという。


「もしかすれば、向こうにだって同じ思いをしている者だっているかもしれない」


当事者であれば、俺だって割り切れないこともあるだろう。

でも、割り切らなくちゃいけない。

悲しいことにしかならないからだ。


「あんたはそれを考えたか?」

「…知るか」


拗ねるような逃げ口調に少々苛立った。

でも、苛立って感情に任せた言葉が彼女に届くわけがない、そう思って理性で抑えた。


「逃げるな、ちゃんと事実を見つめ直せ」

「…あの、経験してへんあんたに言われても──」

「──それがどうした?ガキの言葉だから?経験してないヤツの言葉だから?…そんなもん逃げにしかならないんだよ」


俺だってそうだった。

あの時の俺は…逃げて逃げて逃げて、あの道を俺の道だと信じ込ませてきた。

そうすることでしか、歩き続けられないからだ。

強迫観念を受け入れ、苦痛から逃れ続けた。

逃げても…受け入れない限り、追ってくる言葉なのに。


「言っておくが、復讐なんてもの、過去に捨ておいた方が得策だ…結局は焼け野原しか残らない」

「…それでも、ウチは」


相当堪えているのだろう、彼女の言葉に力がない。

今のまま話を続けてもしっかり聞けるか分からない。

それでも…


「両親はそう願って逝ったのか?」


こんな話は正直出したくなかった。

ある意味、これは逃げだからだ。

本人を説得できないから、周りから固める…そういう感じの…。


「きっと、笑っていてほしいと思う…きっと慰霊碑の人々もそう思って死んだんだ」


最後に思った言葉はきっと、助けて、苦しい、死にたくない、生きたい…って言葉が多いだろう。

でも、子を持った親が子の幸せを願わないはずはない。

前の世界で、俺が唯一心を許した親子がそう語っていた。


「あんただって、分かるんじゃないのか?それだけ憎めるんだから、それだけ愛していたんだろう?」

「…うっく、えっぐ」


いつの間にか彼女は慰霊碑に倒れかかるように泣き崩れていた。

まるで年端のいかない少女のような泣き顔だった。

きっと悔しいんだろう。

両親の想いを汲めなかったのも、子供に説き伏せられたのも。


「なんか相談したいことがあったら、呼び出してくれ…話くらいは聞くからさ」


ここにいるのが居た堪れなくなって、そう言い残してその場を去ることにした。

けど、なぜかズボンのすそをつかまれた。


「っ…忘れんからな…ウチの涙の代償は高うつくからな…」

「悔い改めてくれたんならそれでいいけど…」

「絶対!ぜえっったい!認めんからな!!」


あー、また言わないといけないでしょうかー?

涙目だし、顔赤いし、結構怒ってるみたいだし、直す気さらさらないみたいだし…もう一回か?


「…おいおい、俺は──」

「──来週またここで、討論や!ええな!!」


それだけ言って、巫女服の袖で涙をぬぐって、走り去って行った。

…なんか、面倒事を抱え込んだみたいなんですけど。

こういう時は無視できたら、いいんだろうな。









そんなこと俺ができるわけなく、1週間後になったら石碑の前に来ている俺がいるわけで…。


「ようきたな、今度は負けへんで!」


何が何だか分からない状況に変化してきているな。

とりあえず、彼女から鬱憤とした感情は消えていた。

爆弾はなくなったんだろうか?

それとも、身を潜めただけだろうか?


今となっては分からないけど、とにかく彼女をどう説き伏せるか、考えねばならないようだ。










────あとがき────


最近、かなりサボり気味だった惨護です。

書こうと思えば、4時間で書き上げられた自分に驚きつつも、ひどい文章になっている気がする自分に不安を持っています。

なんというか、見直しをしても、かなり楽天的に考えちゃうんで「これでいっか!」ってなってることがほとんどです。

とにかく、今回はある意味で本編が変わる起点になるのかな。


今回はいつもより短いですが、書き直しになったら長くなる可能性大です。


感想、指摘、意見がございましたら、書いていってください。


あと、4話で本編に行けるかな…。



[6033] 立派な正義に至る道13
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:15






この辺りは山とはいえ、この寒さでも雪が降ることは少ないらしい。

もうすこし北に行けば、雪が降る地域に入るらしいけど…あまり見たいとは思わない。

雪が降ると、あの少女が思い出されるからだ。

別に、思い出したくないわけじゃない。

ただ、勝手に殺気立ってしまう自分がいるのが嫌なだけだ。

でも、今は思い出さなければならない。

聖杯戦争のことを…。


──問おう、貴方が──


「──どうですか?あなたが知りたい情報は見つかりましたか?」


不意に響いた声によって、思考に意識が宿る。

起きながら、眠っていたかもしれない。


「いえ…」

「そうですか…どうします、明日にしますか?」


今は詠春さんに無理を言ってお願いして、重要な機密が存在している書庫に入らせてもらっている。

今まで、この世界における魔術が関連した争いごとを全て調べておきたかったからだ。

もちろん、聖杯戦争が存在するかどうかを調べるためでもある。

まあ、似たような儀式が行われていれば、俺はそれを止めさせる。

使命とか義務とか、そんなもんじゃない。

もう二度と、あの劫火に身を焼かれる人々を見たくない…ただ俺がそう願っているからだ。


今のところ、そんなに危ないことが起こった記録は存在しない…大戦以外には。


「もう少しだけ調べさせてください」


今で書庫の3分の1を調べ終わった程度だ。

近年の分は後少しくらいだろう…次はさらに過去を調べなければならないだろう。

この世界における魔術の始まり、根源はいつからか分からないからどれだけ調べなければならないのか…。

考えても仕方がない。

とにかく調べ尽くして、知識をつける。

俺がこの世界で生き抜くために、俺が俺の道を歩むために…。


「そのくらいなら構いませんよ…一段落したら、出てきてくださいね」

「わかりました…」


そういえば、今何時だろうか?

本を傷めないために、日の光がさしてこない部屋だから時間がまるっきり分からない。

目の疲れ具合からして、5時間くらいかな?

それを考えると、朝から昼までよく頑張ったもんだな。

まだ、空腹になっていないし、昼食までに半分くらい終わらそう。


「しろう~?」

へぇ…この世界には魔力を蓄える大樹なんてものが存在するのか。

「しろう?」

しかも、日本に存在するなんて…。

「しろう!」

ん?なにか引っかかる気が…。


「しろう!!!」

「うわあ!!?」


いつの間にかこのかちゃんが耳元で思いっきり叫んでた。

…これが敵だったら、間違いなく死んでいたな…集中しても、気を抜かないようにしなくちゃな。

まあ、それはそれで置いておいて…。

体の向きをこのかちゃんに向き直して、優しく聞いた。

前に、体を向けずに話してたらなんか泣きそうになってたし…しかも、刹那から竹刀で叩かれまくった…体は痛くないけど、心が痛かったな。


「なんでいるの?」

「夜やのに、ご飯食べに来うへんからお父様に聞いて見に来たん」

「ああ、そうなんだ……よるっ?!」

「そうやで?知らんかったん?」


ああ…だから、詠春さんが見に来たんだ。

いつまで経っても出てこなかったら心配するよな、普通は。

そういや前の世界でも、籠って投影の練習をしてたら遠坂に思いっきり怒鳴られたっけ…。

集中しすぎると、周りが見えなくなるって何度か言われてたな。

もう9年も前の話だからすっかり忘れてた…今度から自重しよう。


「しろう、なにしてたん?」

「ん~…調べもの、かな」

「しらべもの?」

「あ~…本を読んでいろいろと見てたんだ」


ああ、そういやまだ5歳にもなってないんだったな。

刹那と接していると、年齢がもう少し高いように思えるんだよな。

結構、難しい言葉も知ってるし…まあ、たまに意味が間違ってることもあるけど。


「へぇ~…こんなにいっぱいの本を読んだんや」


このかちゃんは俺の後ろに積まれている本の山を眺めながら、感嘆の声を上げていた。

自分でも見直してみるとすごい量だと思う…100冊、いや200冊くらいはありそうだな…。

自分の集中力に驚きつつも、呆れた。

若いときにこれだけの集中力があったら、俺はもっと役立てただろう…あの聖杯戦争の時でも。


「しろう、どんなことを読んでたん?」

「え?…あ~…」


詠春さんから「魔法のことはこのかには話さないでほしい」って注意を受けているからな…。

なんていえばいいかな……。


「え~っと、昔のことを知りたかったから、そういう話を読んでたんだよ」


前にやったように遠まわしに言うことにした。

まあ、嘘吐いても多分バレないだろうけど、一応用心しといたほうがいいしな。


「そんなん読んで面白いん?」

「…面白くはないよ…逆に辛いかな」


正直、本を読んでいて…この世界も変わらないのだと痛感していた。

争いごとで人が人を傷つける…ただ、その道具が違うだけだ。

兵器だったり、魔法だったり、化物だったり…結局は、何かで誰かを傷つけてる。

どうしようもないのかもしれない。

でも、なにかやれることはあるはずだ。

そう、俺は信じたい。


「じゃあ、なんで読もうと思ったん?」

「…そうだな、忘れないためだね」

「忘れないため?」

「うん…忘れてはいけないこと、それを覚えておくためだよ」


戦争があったという事実は忘れるわけにはいかない…。

そうだ、もう二度と忘れてはいけない。

そうやって誓い続けなければならない。

争いごとを収めるために、俺が人を■めた事実を。

人を■めることに躊躇いを持たなかった、あの頃の自分を。

そして、アイツに負けないように、自分の道を進むと決めた自分自身を。


…と、思考が横道にそれてしまったな。

つい、スイッチが入ってしまった。

…聖杯戦争のことを思い出しながら調べていたからだろうか。

あの出会いを…思い出してしまったからだろうか。


自分が護りたいと願った人を思い出したからか。


「しろう?」


ハッとして意識を元に戻す。

横にいたこのかちゃんが不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。


ほんとうにどうかしてるな。


「…あ、ごめん」

「どうかしたん?」

「…いや、なんでもないよ…ご飯を食べに行くかな」

「うん!」


このかちゃんに部屋へ帰るよう促して、ゆっくり歩きながら最近の自分について考えることにした。


最近…いや、この世界に来てから思い出すとすぐにこうなってしまう。

思い出すことに…なにかあるのだろうか?

…思い当たることといえば、鞘のことだけだけど…。


アヴァロン…伝説における常春の土地、妖精郷の名を冠した聖剣の鞘。


聖杯戦争の時は、吸血鬼並の治癒能力がもたらされていた。

この世界に来た時は、正常に機能していると、判断していた。

でも、詠春さんと戦ったあの時、怪我をしても急速に傷が治るようなことはなかった。

機能していないのだろうか?いや、それはない…若干ではあるが、回復してしまっていた。

考えれば考えるほど分からなくなる。


ただ一つだけ、仮定できることがある。


彼女がこの世界に違う形で存在しているかもしれない。


王としてでもなければ、騎士としてでもない。

ましてや、竜の因子すら持たない。

普通の少女として、生活しているのかもしれない。


「いや、今は会えやしない…会っちゃいけない」


俺が俺の道を証明できたら、探してみよう。

きっと俺なんて分からないだろう。

それでも、見てみたい。

王でもなく、騎士でもなく、普通の少女であった彼女を。

もっとも、女の子なのかすら分からないけどな。


その前に、全てを護れるように、全てを救えるように、俺を強くしなくちゃな。


そう胸に誓い、少し遅い夕食を食べに広間へ向った。




───Side Eishun



士郎くんの成長は目まぐるしいものがあります。

ですが、才能はないのでしょう…どちらかといえば、タカミチ君に近いかもしれません。

気の扱い方は相当うまくなってきましたし、私の実力ではもう抑えられなくなってきました。

剣術に関しても、青山さんに任すことにしましょうかね。

これで咸卦法すら覚えてしまえば、全盛期の私すら凌駕することになります。


歯痒くもありますが、嬉しくもありますね…自分の育てたものが自分を越えるというのは。


「長、何かご用でしょうか?」


自室の戸の向こうから彼女の声が聞こえてきた。

どうやら、来ていただけたようですね。

彼女であれば、私よりも厳しく教えられるでしょう。


「青山さん、中に入ってください」

「はい」


神鳴流として、道場を継げるだけの力を持っている彼女なら、剣術の師範としてはもってこいでしょうから。

わたしはもう遠のいていますし、現役の彼女の方がむいていることでしょう。


「折り入ってお願いがあるのですが…」


気や魔法に関しては私が、剣に関しては彼女が、教えていく。

これで、士郎くんがどこまで成長するのか、楽しみですね。

私の目的のためにも、そして将来的にも…ね。




───Side Eishun OUT




少し遅めの夕食が終わり、再び書庫に籠ろうかと思ったけど、詠春さんに止められた。

寝る間も惜しんで読んでいそうだからって…間違いないけど。

眠気もないので、与えられている自室に戻ってジャンパーを羽織り、外の縁側に座ることにした。


冬なだけあって、冷気に晒されている顔が寒い。

それでも、心地よい程度だ。

いい具合にごちゃごちゃになっていた頭がすーっと冷えていく。


「士郎さん?」

「ん?刹那か…」


さっきまで一緒に食事を取っていた刹那が後ろにいた。

自室に戻らず、縁側に座っていたのが不思議だったんだろうな。


「どうかしたんですか?」

「眠気もないし、涼んでる感じかな」

「涼むという気温じゃないと思いますが…」


俺の言葉に対して呆れたように意見してきた。

まあ、あきれるのが至極当然のことだな。


「隣、失礼してもいいですか?」

「ん?刹那も涼むのか?」

「違いますけど、駄目ですか?」

「いや、いいけど…」


というか、許可なんかいらないしな…俺も勝手に座っているわけだし。

とにかく俺の了解を得た刹那は、俺の隣に座った。


…なんで、刹那が近づいて来たんだろうか?

……。

…。

もしかすると、最近は刹那と話すことが少なかったからかもな。

訓練の時間は短いけど、自主鍛錬の時間がかなり長くなってたっけ。

しかも、みんなと飯を食う時間がずれて、一人で食べてるしな。

このかちゃんだって来たくらいだし、子供に心配されたらダメだな…自重しなければ。


「刹那」

「はい?」

「ごめんな、最近あんまり話す機会なかったし」

「い、いえ!そんなこと気にせんでええよ!」


いきなりのことだったからか、あたふたと手を振って気にしなくていいと言ってくれた。

こうやって話すことが多くなってから、気が付いたけど、俺が相手だと感情の高まりで敬語が直るみたいだ。

普段から直ってくれれば、こちらとしても話しやすいんだけどな。


「そう言ってくれるならありがたいけど」

「ほんまに気にせんといてな!」

「うん、気にしないでおくよ」


あ、れ?なんか刹那の顔色が曇ったような気が?

なにか小声で「ちょっとくらいは…」って聞こえたんだけど。

なにがちょっとくらいなんだろうか?

ふーむ…聞いておくか。


「ちょっとくらいは、ってなんのことだ?」

「え?!…あ~、その~…」


あ…俯いてしまった。

拙いことを聞いてしまったみたいだな…。

かなり言いにくそうだし、聞くべきじゃなかったかな。


「悪い、変なこと聞いたな」

「う、ううん、そんなことは…」


ん?刹那の顔が赤いな…寒いのか?

このまま外にいさせると、風邪をひくかもしれないし…。

本人の意思を捻じ曲げて返すわけにもいかないし。

俺はもうちょっとここにいて、考え事がしたいからな。


「刹那、寒いんじゃないのか?」

「え?だ、大丈夫やけど?」

「そう言う割には顔が赤いぞ?」


冷気にやられたのか、霜焼けしたみたいに頬や耳が赤い。

服装も俺より薄いし…というか、剣道着みたいなものを未だに着てるし。

男の子だったら、冬場でも半袖半ズボンのやついるし、大丈夫だろうけど。

刹那は女の子だしな。


「え、あ…それはその…」

「これを着とけ…俺は寒いの慣れてるし」


羽織っていたジャンパーを刹那にかぶせる。

少々肌寒いけど、女の子に風邪を引かれるのは嫌だしな。


「あ、ありがと…」

「どういたしまして」


よほど寒かったのかな…包み込まれるくらいジャンパーを羽織ってる。

まあ、それはそれでよかった。

笑顔に戻ったしな。


「…」

「…」


何か話すでもなく、かといって話題があるわけじゃないから、無言が続く。

正直なところを言えば、聞きたいことはいくらでもある。

なぜ、その年齢で近衛さんの世話になっているのか。

なぜ、剣術を覚えたいのか。


なぜ、化生の類の匂いがするのか。


わからないことだらけだ。

だけど、聞かなくてもいいのだと思う。

今はまだ、幼すぎる。

どこまで言ったらいいのか、判断できないだろう。

知ってはいけないこと、そういう部分も見えてしまうかもしれない。


だから、まだ俺は聞かない。

多分、聞いてほしいなら話してくれるだろう。

俺は刹那を信じてるし、きっといつかは…俺も話せるときが来る。


「なあ、刹那」

「?」

「…いや、なんでもない」


ダメだな…誰かに言いたくなるなんてな。


俺がこの世界の人間じゃないことを。

俺が正義の味方になるために、この世界に来たことを。

そして、俺が実年齢を言えば、20歳くらい上であることを。


今はまだ、駄目なんだ。

強くならなければ、誰も守れなくなる。

ダカラ…テツノココロヲ…。


「変な士郎さんやな…いや、元からやっけ?」

「…言うようになったな、刹那」

「お互い様や、士郎さん」


ただそれだけなのに不思議と笑えた。

馴染んできたのかもな、この世界に。

いや、変わらないからか。


今も見上げる空は月が一つでたくさんの星。

そして、近くには温かい人たち。


ようやく、なれたのかもしれない。

この世界の一員に。









───あとがき───


なんやかんやで早めに更新できました…若干短いですが。

とうとう13話、あと2話で本編合流…は少々無理です。

そりゃ、

そして月日は流れた。

を使えば、簡単なんですけど、私が嫌いなんで。

だって、その途中に何かあったのか気になるし、成長するしないはそこにかかってくると思うしね。


まあ、20話までに本編に入れると思います。


さてさて、次に、謝罪を。


木乃香の年齢を間違ってました。

出会った時点で、刹那は5歳でよかったけど、木乃香が4歳でした。

小学校入学って数えで7歳なのを、満7歳と勘違いしてました。

ということで、修正をしておきました。


ネギま側を知らない人、Fate側を知らない人、どちらでも読めるよう精進します。


ご感想、ご意見、ご指摘、その他は感想掲示板で。



[6033] 立派な正義に至る道14
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:15




最近は穏やかだ。

俺がこの世界に来て、初めて感じるくらい異常な穏やかさが続いている。

訓練に慣れ、人々に慣れ、この世界に慣れ、非日常にすら慣れたからだろうか。

それとも、季節的にも日向ぼっこに最適な暖かさになってきたからか。

どちらにしろ、俺の感覚が麻痺してきていることだけは確かだろう。


「はぁ…」


自然とため息が出た。

暖かいというか、心地良い…あー…ぬくい…寝そべろう…。

……



はっ、駄目だ駄目だ!気を抜きすぎてはいけない。

慌てて体を起して頭を振る。

気を取り直して辺りの警戒を行わなければ…。

ここ一週間の昼間は屋根の上から辺りの見渡し、警戒を行っていることが多い。

というのも、この時期は…一般の人は長期休暇だし、そういう時期が一番忙しいらしい…出払っている人が多いため、警備が手薄になっているからだ。

ただ今日に限って夜に十数人くらいは帰ってくるらしいから、昼間だけだ。

別に結界があるからしなくてもいいと、詠春さんから言われているものの、やっておいて損はないだろう。

屋敷の前で刹那とこのかちゃんが戯れている様子を見守るのも目的の一つだけどな。

半年前まではよく混じっていたんだけど、刹那が挙動不審になるし、俺自身との実年齢差が20以上あるから親が子を見るようになっちゃって俺自身、遊び辛い。

だから、たまに…週二程度で混ざるようにしている…いつまでたっても刹那の様子は直らないけど。


始めはよかった…でも、陽気と退屈に勝てず、最近はあんまり警戒できてない。

戦場でもなければ、見知らぬ土地でもないし、それといった敵がいない状態で気合いを入れるなんて結構キツイ。

この世界に来る前であれば…余裕だった。

24時間どころか72時間くらい寝ずに警戒できるくらいの“力”があった。

今となっては0時回れば眠くなって寝るし、警戒も4時間くらい続けるのが限界だ。

弱くなったのかもしれないな…。

でも、俺はこの弱さを大事にしなければならない。

そう願っているはずだからな。


なあ…。


「…何か用か?」


後ろから忍び寄ってきていた影に声をかけた。

気付かれていないと思っていたらしく、声をかけた瞬間、瓦が割れるような音が聞こえた。

本当に割れていないか確認したくなるくらい結構な音をたてたな…この人。


「気付いとったんか…」


バレたと分かってからは気にせず音をたてて、俺の目の前まで歩いてきた。

符術に関しては及第点なのに、まだ鬼を行使する力がないから、仕事を受けさせてもらってないと彼女は言っていた。

だけど、実際は、彼女自身がここに残ることを望んだらしい。

鬼が行使できるまで力をつけたいからだろうか…でも、訓練をよくサボると聞くしな…分からん。

とりあえずだ。


「なんで、ここにきた?用でもあったのか?」

「用がないと来たらあかんのかいな?」

「?…いや、別にいいけどな」

「んじゃ、隣ええか?」

「ああ」


……なんかうまく丸めこまれた気がするぞ。

落ち着け、こいつとは週一で討論し続け…正直、どうでもいい話だけど…一応俺の方が勝ってるんだ。

最初のころはかなりなめきった態度で挑んできていた。

その時は余裕で説き伏せ続けられたのに、この頃は俺の性格を理解したのか妙に負ける。

結構拙いかもしれないけど、こっちもそっちの性格を理解…できたら勝つんだからな。


「天ヶ崎…訓練は?」

「ちゃんと終わらしたわ!ウチの手にかかればお茶の子さいさいやったわ!」


ムキになって、言い返してきた。

こうなるってことは…今までの経験上、嘘の確率が高いな…。

さてと、どうやって嘘かどうか確認すべきか。

…む。


「今すぐここを去った方がいいぞ」

「なんでや?」

「お前の教官らしい人が近寄ってきてる」

「なっ!」


周りを必死で確認する天ヶ崎を見ながら、つい吹き出してしまった。

見渡しのいい屋根の上にはもちろん俺ら以外いない。

こういう姿も面白いもんだな。


「…もしかして、嘘吐いたんか?!」


周りに誰もいないということを確認したあと、顔真っ赤にしてこちらを向いた。

鬼の形相とまではいかないけど、そこまで怒らなくてもいいだろう。

そういや、天ヶ崎に対して嘘をついたことなんてないからな。


「はっはっは……」


とりあえず、笑っておこう。

俺は悪くないといわんばかりの笑顔を見せつけよう。

天ヶ崎が悪いのだと示すように。

そんな俺の態度に逆上したのか、睨みがさらにきつくなった。


「し~ろ~…う?あれ?ウチ、浮いて…あ゛っ!」


…誰も歩いてきてるなんて言ってないしな。


「お疲れ様です、お願いしますね」

「逃げ出さん様に、きつくお灸を据えますわ」


天ヶ崎の魔術や生活指導をしているお姉さん(年齢不詳)は天ヶ崎の首根っこを掴んだまま薄く笑っていた。

…こんな薄笑いをしているのは初めて見たな…よっぽどストレスが溜まってるんだろうな…。


「ぐぅぅぅぅ…」


恨めしそうに睨みつけながら遠のいて行く天ヶ崎を見送った。

心の中で手を合わせて、外面では笑顔で手を振っておいた。

さて、そろそろ下に降りますかね。

今日は午後から花見をするらしいからな。

詠春さんと刹那とこのかちゃんと4人で…。


夜は詠春さんの部下というか、そういう人たちがやるらしい。

もちろん、酒の席だから…子どもたちは早めに終わらせてしまおうということ、だそうだ。

でも、天ヶ崎は…気にしないでおこう…どうせ参加できないだろうし。

というか、出払ってる人たちが夜は帰ってくるというのはこのためじゃないだろうな。


まあいいか、平和なことはいいことだ。


そういや、花見は3時からだったっけ。

日の高さを見る限り、まだ1時を回ったところか。

もう少しゆったりできるかな…。


「ん?」


詠春さんがあわてた様子で、廊下の角から出てきた。

確かこの先は厨房につながっているはずだけど、なにかあったのだろうか?


「詠春さん、どうかしたんですか?」

「士郎くんか…」


なぜか深刻そうな詠春さん…まさかっ?!


「刹那とこのかちゃんの身にまた何か!?」


さっきまで警戒していたのに、侵入できるなんて…まちがいなく強者。

俺の警戒を解いたのはついさっきなんだ。

そう遠くへは逃げられていないはず…。


「士郎くん、違いますから」

「え?じゃあ、なぜ深刻そうな顔をされてたのですか?」

「実はですね…うちの料理長がどうやら花粉症にかかっていまして…花見の料理が一切できてないんですよ」


この様子だと、去年あたりまで大丈夫だったのだろう…。

…まあ、料理する上ではかなり重要な嗅覚が損なわれたら、作れないわな。


「ほかの料理人の方々は?」

「それが、研修や旅行など様々な理由で出払っていまして…」


ああ、悪いことが重なったわけか。

そういうこともあるわな…。

でも、確か…誰かが風邪にかかった時に、すぐに治す魔術を使ってなかったっけ?


「まじ…魔法でどうにかならないんですか?」

「風邪などの軽い病気であれば、簡単に治すことも可能なんですけど…花粉症のような病気はちょっと、ね」


花粉症に関して俺はよく知らないからな…アレルギー疾患だったっけ?

基本的にそういうものには使えないのかな?…まあいいや、それならそれで打開策があるだろう。


「じゃあ、買いに行けばいいのでは?」

「それでも構わないんですが、食材が勿体ないんですよ…ある程度まで仕上げが済んでましたし、後は味付けだけらしいのです」


花粉症で苦しい中、料理を作ろうと必死になった結果、味付けだけが全然うまくいかなかったわけか。

こういう風になってなければ、詠春さんはすぐにでも別の料理を用意してたな。


「考えても仕方ないですね…食材を捨てて、頼みますかね…時間がありませんし」

「味付けだけ他の人に任せればいいのでは?」


どれだけの量の食材が用意されているのかはわからないけど、食材を無駄にするのはよくない。

前の世界で、どれだけの人が食に困っていたか…俺自身もまた食に困っていた。

食べられそうにないものをいかに食べられるように調理するか…そんなことすら考えていたな。


とにかくだ、できれば無駄にしない方がいい。


「関係者じゃない者を中に入れると、少々厄介ですので…難しいです」

「じゃあ、我々の中からでは?」

「今、この屋敷の人間は私たちと木乃香と刹那くん以外出払っています…それに私は料理経験が…」


こうなれば、やるしかないな。

さしでがましいと思って、出来る限りそういうことから離れるようにしていた。

でも、まあ…仕方ないよな。

久々に…。


「じゃあ、俺に任せてもらえませんか?」

「はい?」


腕を振るう事にしよう。


「すこし味付けをしますので、その味を見てもらって、詠春さんの許可が出ればですけどね」

「…いいでしょう…期待してますよ?」

「任せてください」


台所の構造把握はすぐに済むだろうし、問題は味かな。

この地方にあった味…それをうまく表現できるか心配だな。

でも、ここで約1年食事をしてきて、大体は把握したつもりだ。

とにかく、やるしかない。

とりあえず、厨房に入る前にエプロンを借りなければ…。

久々の料理だ…うまくできるだろうか。




───Side Konoka




「しろう?」


今日はせっちゃんとかくれんぼしてるんやけど…なんで、しろうは料理作るところにいるんやろ?

…料理作ってるんかな?いろんなものを使ってるみたいやし…すごいなぁ。

鬼やし、せっちゃんを早く見つけなあかんのやけど…ちょっとくらい入って見てってもええかな~。

あ、でも…お父様から入らないようにって言われてるし、どないしよ…やっぱり、せっちゃん探した方が…。


う~ん……そやっ!外から見てれば言いつけも破らんですむし、すぐに動けるやん。

もしかしたら、せっちゃんがここを通るかもしれへんし…ここで見とこ。


なんかすごいさっさと動いてはるなぁ…。

お醤油入れたり、いろんなことしたはるわ…。

ほぇ~…

……




「あれ?このかちゃん」


長いこと見てたからか、しろうが気付いてこっちにやってきた。


「このかちゃん、何か用?」

「ううん、ちょっと見てただけー」

「えっと、俺が料理してるのをかい?」


あ、やっぱり料理作ってたんや。

おいしそうな匂いがするし、しろうって料理うまいんかな?

…あ~、匂い嗅いだだけやのに、おなか減ってきたわ…。


「このかちゃん、よだれ出てるよ」

「ほぇ?」


手で拭いてみたら…ほんまによだれ出てたわぁ。

こういうことが“はしたない”ってことなんかなぁ…前にせっちゃんにもお父様にも注意されてしもたしなぁ。

ウチがボーっと考え込んでたら、士郎さんがなんか持ってきてくれはった。


「はい、お花見の料理だけど…ちょっとだけあげるね」


お箸とお皿に卵焼きと小さなおにぎりを乗せて持ってきてくれはった。


「ええの?」

「うん…まあちょっとした味見と思ってくれたらいいよ」

「分かったわぁ…いただきますっ」


ちゃんとお辞儀して、まず卵焼きを口に入れた。

……



!!!


「おいしいっ!!」


ふわふわやし、しつこうないし、ほんまにおいしい!


そう思って、顔をあげたら…びっくりした。

しろうがいつもとちゃう笑顔を見せてたから。

いつもはなんかお父様に似てる笑顔やねんけど、今のは遊んでるとせっちゃんが見せてくれるような笑顔やった。

初めて、しろうが楽しそうにしてる、て思うた。


「味付けがうまくいってるか心配だったんだよ」

「いつもの卵焼きよりおいしい!」

「そっか、よかった…」


…せっちゃんが前に「士郎さんの笑顔はすごいなんかがある」て言うてたけど…。

今ならなんとなしに分かる気がする。

見てて、すごいホッとするし…ずっと見てたいって思えるんよ…。


「おにぎりはどうかな?」

「…あっ、うん、食べてみるわあっ」


おにぎりもしょっぱすぎへんし、おいしかった。

…おいしいもの食べるとこんな幸せな気分になるんやなぁ。


「どうだった?」

「えっと…おいしかった!」

「…うん、口に合って何よりだ」


しろうはまたあの笑顔を見せてくれた。

本当にうれしそうやなぁ…ウチもこんな笑顔してみたいなぁ…。


「さてと、お花見の料理を作らなきゃならないから、また後でね」

「うん、ほなね~」


しろうはまた中に入って行って、いろんなことし出した。

料理かぁ……ウチも作れたら、あんな笑顔できるんかなぁ?

…あれ?ウチ、なんかしてたような…。


「…このかお嬢様、どこに行っていらしたのですか?」

「え、せっちゃん……あっ!」


そ、そうやった…せっちゃんとかくれんぼしてたんやった…。

笑顔やねんけど、敬語やし…妙に怖い…。

たぶん怒ってるんやろうな…き、機嫌直してくれるかな~…。




───Side Konoka OUT




「さてと…大体はできたな…」


急遽、厨房を任されたとはいえ、まあまあできたな。

一応、このかちゃんのお墨付きも貰ったことだしな。

あとは、詠春さんの評価を聞くだけだな…。


「…ほんと、久しぶりだな」


こうやってまたこの場所に立つことができるなんてな。

あの日、俺はこういうことができなくなるのは承知の上であちら側の世界に入った。

味付けなどする暇もなく食べられるものを食べ、飢えを凌いだりもした。

正直言えば、久しぶり過ぎて味が落ちてる怖さはあった。

まして、ここは俺がいた世界とは別の世界。

味覚の感覚が違うのかもしれない…そういう恐怖もあった。

まあ、このかちゃんがおいしいって言ったし大丈夫かな?子供の味覚は大人よりも鋭いらしいし…大丈夫だろ。


「おっし…ちょっと休憩するか」


近くにあった椅子に腰をおろして厨房を見渡した。

造りは…家とは違うものの…匂いがあった…生活しているっていう匂いが。


…ここにいると本当に不思議な感覚に襲われる。

こうやって、調理場に立つと本当に日常に戻ってきた気さえする。

…藤ねえや桜がいるようにすら錯覚してしまう。

というか、さっきはダブったな…本当に。

おいしいと言って笑った笑顔がさ…。


「調子はどうですか?」


こっちから尋ねようと思っていた詠春さんがちょうどよく顔を出しに来てくれた。


「ほぼ出来上がってます、あとは冷ますくらいですね」

「そうですか…じゃあ、味見しても?」

「はい、どうぞお好きなものを選んでください」


偶然かはわからないけど、詠春さんはこのかちゃんの食べた卵焼きとおにぎりを手にとった。

そして、まず卵焼きを口にいれ…。


作ってる時はそんなに意識せずに作ったけど、いざ評価されるとなると、緊張するな。

今までここで食べさせてもらってきた限り、ここの料理は相当レベルが高い。

このかちゃんには満足してもらえたけど、詠春さんはどうなのかな…。


咀嚼し、喉を通した。


さあ、判定はいかに!


「…」

「…」

「…」

「…」


そのまま、何も言わずにおにぎりを頬張り始めた。


ええっ?!どういうことだ??

詠春さんの顔を見ても、全く変わってないから、判断が付かない。

おにぎりが食べ終われば、評価してくれるのかな?

でも、もしかするとがあるからな…ちょっと不安になってきた。


数秒でおにぎりを食べ終え、用意しておいたお茶を口にし…去って行った。


「…」


ああ、何も言わなくても分かりました。

おいしかったらしい…。

多分、下の人たちには見せられないだろうな…この顔は。

厳格な人がこんな顔してたら、正直、誰も付いてこなくなるし。


ほんの一瞬だけだったけど、新たな詠春さんの顔を見た気がした。

さてと、あとは重箱に料理詰めたら、ちょうどいい時間かな。

刹那もああいう顔を見せてくれるのかなぁ…。




────あとがき────


ようやく14話完成…次の話は14話の続きからとなります。

14話前篇後編ってしてもいいけど、元の文章の保存が厄介になるのでしません。こっちの都合で申し訳ない。

さてさて、Fateもネギまも知らない人でも読めるクロス作品を書こうと思い立って書きだしたものの、全くできてない。やっぱ難しいね、できてる人はすごいと思う。どっちか、片方知ってるだけでわかるようにはしたいな…。

次の話は若干、ネギま本編と交わるかな…すぐ変わっていきますがね。


では、また次の話で…。

ご感想、ご指摘、ご意見、ございましたら、感想掲示板にかきこんでください。またはメール(返信率0.1%)で





[6033] 立派な正義に至る道15
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:16




今日の花見はどうやら結界の外でやるらしい。

屋敷の庭にも立派な桜があるのだけど…正直、見慣れてしまった。

詠春さんも同じらしく、少々歩くことになるけれど、結界の外にある桜を見に行くことになった。

ということで現在は、俺が重箱と飲み物を持ち、詠春さんがレジャーシートとか紙皿とか他に必要なものを持って、目的地へ歩いている。

当然の如く、刹那とこのかちゃんは何も持たず前を歩いている。

二人とも今日はお花見ということもあってか、すこし着物が違う。

このかちゃんは少しだけ派手目に、刹那は剣道着じゃなくて着物を着ている。

まあ、隣を歩く詠春さんも普通のお父さんといった服装になっているけど。

ともかく、結界の外ということもあって気を引き締めなければならない。

でも、そう思う反面、自然と笑みがこぼれてしまう。

どうやら俺自身、無意識に楽しみにしているらしい。

心なしか詠春さんの顔もいつもより明るく感じる。

もちろん、軽く犬とじゃれ合いながら歩く刹那とこのかちゃんもね。

……



あ、あれ?なんであの犬が?

俺、言わなかったっけ…連れてきちゃダメって…。


「士郎くん、あの犬は?」


詠春さんの問いかけに返答するべきか悩む。

…詠春さんの疑問はもっともだよな。

屋敷にはいなかったし…というより、詠春さんに気づかれないように飼ってたしな。


「えっとですね~…」


できれば、話したくない。

誤魔化すのが一番いい…それに、もしもの事態になったら二人が悲しむし…。


「あまり誤魔化そうとしていただかない方がいいですよ?本当ならすぐにでも保健所に──」

「──えっと、数週間前なのですが」


うう、話すしかなくなってしまった…。

最悪の事態だけ免れればいいんだけど…。


「私が少し目を離している隙に二人が結界の外に出てしまいまして…」

「…」

「すぐに追いかけたのですが、あの子たちに追い付いた時にはあの犬に吠えられてまして…」

「…」

「そしたら、刹那が身を挺してこのかちゃんを護り、あの犬を追っ払いまして…」

「…」

「それから、二人を叱っていたら、犬が二人に懐いてきまして…」

「…」

「…その日から、毎日散歩とか餌やりとかさしてもらってました…」


本当ならこういう事は逐一報告しなければならなかった。

でも、報告すれば、逃がすか、飼い主を探すか、保健所に連れて行くか、どれかしなければならない可能性があった。

だから、報告しないで隠れて飼っていた。

まあ、二人に懇願されたからでもあるけど…。


話を聞いた詠春さんの目が少し鋭い。

できれば、このまま飼うことを許してほしい。

最悪の事態になって、あの子たちを悲しませたくない。


「はぁ…」

「責任なら俺がとりますから、このまま飼うことを許してください」


足を止めずに、頭を下げる。

あの子たちの無垢な笑顔を大人の都合で奪い取るわけにはいかない。

だから、出来る限りのことはしよう。


「ダメです」

「しかし──」

「──こそこそ飼わなくてもいいじゃないですか?どうどうと庭で飼ってください」


顔を上げるとそこには満面の笑みの詠春さんがいた。


「え…いいんですか!」

「子供たちも懐いてますしね…ただし、しっかり世話をしてくださいよ」

「任せてください!」


よかった…あの子たちから笑顔を奪わなくてすんで…。

犬の世話くらい自分の時間を割けば何とかなるだろうし…。

あ、でも…最近、教えてもらったアレの自主練もしたいし…睡眠時間を割けばいいか。


「目的地が見えてきましたね」

「あ~…あそこですか」


川に沿うように桜が咲き乱れている光景が目に飛び込んできた。

あたりは静閑していて、桜の存在がより際立って見えた。


…でも、おかしくないか。

これだけ見事な桜なら、結界の外だし、一般の人もいるはずなんだけど…。

もしかして…。


そう思って詠春さんを見ると、詠春さんはあさっての方向を向いていた。

ものすごい苦笑いで…。

ああ、間違いないな…人払いを使ってる…。

この世界にも魔術の秘匿義務があったんじゃなかったっけ?


「いいじゃないですか、こういう日くらいは…ゆっくり、ね?」


いいわけないと思うけど、特にひどい被害があるわけでもない。

若干、ここに花見に来たいと思っていた人が別の場所に行ったくらいだろう。

それくらいなら…いいのかもしれない。

俺はこの世界の人間じゃないし、そう思ってしまっているのかもしれないけれど。


「お花見するんここでええ?お父様」


先を歩いていた二人が場所決めをしてくれていた。

というか、このかちゃんが決めて、刹那が従っているような感じかな。

…どこで花見をしても周りは桜だらけだし、どこでもいいと思うけどな。


「士郎くんはどうかな?」

「え?…そうですね…」


どこでもいいっていうのが本音だ。

でも、真剣に考えろと言われれば…ここはよした方がいい。

川の流れを見る限り、少し急だし…水が透き通っているのに底が見えにくいから、川そのものも深そうだしな。

一番安全なのは屋敷の庭でやることだった。

…でも、まあ大丈夫だろ。


「ここでいいと思います」

「そうかい…刹那くんは?」

「私もここでいいです」

「じゃあ、ここでしようか」


そう言って、詠春さんは持ってきていたレジャーシートを広げた。

普通なら四隅に石とか置くんだけど、なんか術式でも組み込んであるのか、風で一切靡かない。

こんな魔術も元の世界にはあったんだろうな…俺の及び知らないところに。


「士郎くん、重箱を広げてください」

「あ、はい」


感心している間に、俺以外の3人ともレジャーシートに座っていた。

急いで靴を脱いで、みんなの真ん中に重箱を置いて、広げた。


「わ~」

「…」

「ふむ…」


自信作とは言えないけど、それなりの出来だと思う。

久しぶりだったからという言い訳はしたくなかったし、全力を尽くした。

みんなの反応はそれぞれだったけど、見た目は悪くないらしい。

重箱の中身の説明もいらないだろう…ありきたりな料理ばっか作ったし。


「じゃあ、皿に取り分けますね」


俺が一人一人欲しいものを聞いて取り分け、目の前に並べた。


「では、いただきましょう」

「「いただきます」」


三者三様ではあったけど、料理がおいしいという反応を頂けた。

一人は普段見せないような満面の笑みを見せてくれた。

一人はさっきと同じように必死においしいと言ってくれた。

そして、最後の一人は…


「えっと…その…」


必死に自分の感動を伝えたいのは痛いほど分かる。

身振り手振りで俺に向かって話しかけようとしているしね。

でも、なんて言えばいいのか分からないらしかった。

数秒そんな状態が続くと、次は赤くなり俯いた。


「無理に言葉にしなくていい」


そう言って、頭をなでた。

子供が子供にこんなことをするのは何だけど、そうしたくなった。

分かってくれたのか、撫で終わった後、素直においしいと言ってくれた。


時間がたつと、子供は「花より団子」らしく重箱に夢中になっていた。

大人というか、見守る側である詠春さんと俺はゆったりと花見をしていた。


「もう、1年くらいになりますかね…君がここに来てから」

「…そうですね」


1年前では考えられないくらい穏やかな生活を送っている。

誰も■すこともなく、ただ生きている。

そんな生活に戻り…慣れた。

決していいことだとは思えないけども、今はいいのだろう。

誰にだって休憩は必要なのだから。


「そろそろ、君に教えておいてもいいのかもしれません」

「え?」

「もう一つの世界のことを…」


その瞬間、緊張感が俺を支配する。

殺気立ちそうになったが、ここには何も知らない子どもたちがいる…なにもしてはいけない。


しかし…まさか、知っているのか?

いや、ありえない。

それなら、俺の存在は確認できるはず。

じゃあ、なんなんだ…もう一つの世界って…?


「そう強張らないでください」

「…すいません」

「いえ、まあ…そうなられるとは意外でした」


…マズイな。

強張ったことが意外って……考えられるのは、俺がそのもう一つの世界から来たと思っていたケースだな。

それならそれで…誤魔化す材料が一つ減ったか…。

出来る限り、ボロを出さないようにしなくては…。


「今、探り合いをするつもりはありませんし、そう警戒しないでください」

「…分かりました」


とりあえず、強張っていた体を解す。

まあ、警戒はしておくけどね。


「えっと…どう説明しましょうかね…」

「簡単なもので結構です」


説明が難しいのなら、理解するのも難しそうだ。

だったら、簡単なものを理解してしまった方が早い。

そう思ったからこその発言だった。


「それなら…実は我々がいるこの世界とは別に「魔法世界」と呼ばれる世界が存在するのです」

「魔法世界…」

「言葉通り、そこは魔法使いが普通に存在していて、様々な魔物たちもまた存在します」

「…」

「気付いているかと思いますが、大戦の起こった世界でもあります」


なんとなく分かっていた。

詠春さんの経験した大戦…大規模なものだったはずなのに、この世界の瑕があまりに少なかった。

魔法使いたちの力によって何とか修復したものだと考えていたが…火種は元々、その「魔法世界」という場所にあったからか。

…しかし、恐ろしい世界だな。

普通に魔術が存在する世界だなんて…考えたくもない。

血が血を呼びそうだ…。


「今では、その世界に住むほとんどの魔法使いたちが無私の心で世界の人々のために力を尽くすことを使命としていますけどね」

「え…」


俺が否定されない世界じゃないのか?

いや、でもはっきりしないと…。


「どういうことですか?」

「つまりですね…──「このちゃん!!!」っ!」


尋常じゃない刹那の叫び声を聞き、慌てて声の方へ駈け出した。


話し込んでいた所為で、注意を怠っていた。

いつの間にか二人がいなくなっていたことに気付かなかったとは…。


「っ!すぐ助ける!!」


何があったのかはわからないが、このかちゃんと刹那が川で溺れていた。

自分たちが花見をしていたところより大分離れていた時点で、そうとう流されてる。

春とはいえ、まだまだ川の水は冷たいはず…二人の体が冷えきったら不味い!!!


迷うことなく、飛び込んだ。

必死に泳ぎ、二人を捕まえた時点で二人とも少々パニック状態に陥っていた。

不味い…このままだと、川岸に寄せることが…。


「士郎くん!」


詠春さんが咄嗟に作ったであろうレジャーシートとか服とかでできたロープを投げてきた。

二人をしっかり掴みながら、それを掴むと一気に川岸によることができた。

“気”で強化されているとはいえ、かなりのものだった。


「お願いしますっ!」


刹那とこのかちゃんを担ぎあげてもらってから、俺も川岸へ上がった。

すぐに二人の様子を確認したけど、そこまでひどい状態ではなかった。

二人とも泣きながら、体を震わしているものの、外傷はない。

このかちゃんは少しだけせき込んでいるけど、そこまで水を飲んだわけではないみたいだし…よかった。


でも、こりゃ…すぐにでも水気をふき取った方がよさそうだな。

このままじゃ風邪をひいてしまうだろう。

花見するのににタオルなんて用意していないし…早く帰らないと。


「すぐに戻りましょう」

「そうですね…刹那くんをお願いします」


詠春さんはこのかちゃんを抱きかかえ、先に戻っていた。

俺も刹那を抱きかかえ…ようと思ったけど、体格差があまり無い為、おんぶすることにした。


「掴まってろよ」


ひたすら泣いていた。

いつも敬語を使い、少し大人びて見えていたのが嘘のようだった。

そして、本山に戻る途中ずっと言い続けていた言葉が…胸を抉り続けた。


──守れなくてごめん──


俺がそう嘆いたのはいつだったか。

俺がそう哀しんだのはいつまでだったか。

俺がそう泣いたのは…。


「気にするな」


いつの間にか、そう何回も言い聞かせていた。


…………

………

……




本山に戻ってから、すぐに女性を呼び、刹那とこのかちゃんの濡れた服を脱がせて、タオルで体を拭いてもらった。

風呂に入れるのが一番よかったけど、沸いていなかったので、とりあえず今は火を囲んでタオルに包まってもらっている。


俺は体拭いたりとか、服着替えたりとか一人で全てを行ったけどね…天ヶ崎がやりたがっていたらしいと聞いたけど…。

新しい服に着替えた俺は、あそこに放置しっぱなしだった犬を連れて帰り、ついでに置いてあったものを取りに行った。

そのあと、なにかあると困るので、一応俺が二人の面倒を見る名目で二人とともに火を囲んでいる。


正直、なにがあったかを二人に聞きたかったけど…掘り返すことでもない。

とにかく、二人が無事でよかった。

でも、心の問題は晴れていないみたいだな。


「守れなくてごめん、このちゃん…ウチ、もっともっと強おなる」

「え…そんなんええよ…いっしょにあそんでくれるだけで…」


刹那は頑なにそう繰り返すし、このかちゃんは気にしなくていいと何度も言ってるし…。

俺が口をはさんでいい問題かどうか分からないから、迂闊に何も言えない。

かと言って、何も言わなければ、何も変わらないし…。

もっと刹那が大きかったら、俺はあれこれ言う事が出来る…。

でも、刹那はまだまだ子供だ…俺の言葉を理解できるか?

きっと無謀だ。

それでも、やるべきだと思った。


「刹那、強くなって何をしたい」

「…このちゃんを守りたい」


泣くのをやめて、こちらを睨みつけながら言いきった。

まるで手負いの獣だなと思うくらい、目が鋭い。

これじゃあ、本当にダメになるな。


「では、聞こう。このかちゃんが必要ないと言っているのに、それでも守るか?」

「っ…」


刹那の瞳が揺れる。

きっと理解してくれている。

一方的な善意が…どういう結果を招くか。

そして、それをなすために排他するものが…どれだけ大切なものなのか…。


「なんで必要ないと言っているのか…それは、友達だからなんだよ。ね、このかちゃん」

「うん!」

「っ!」


俺だってそう多くはなかったけど、友はいた。

学校の備品の修理とかいろいろやっていたのも、そういうよしみがあったからでもある。

無理をしてまで、俺はやっていたけど…刹那に同じ轍を踏ませるわけにはいかない。


「友達ってのは、一緒にいるだけでいいんだ…無理をすることはない」

「…でも、ウチは守りたい…初めての友達やから…」

「せっちゃん…」


頑なに強くなろうと決めた理由はそこから来ているのか…それにしては願望が強すぎる。

刹那の生い立ち…それが関連しているのか?

くそっ…知っていれば、もっとまともな意見が言えるのに…。


「ほな、ウチがせっちゃんを守る!」


このかちゃんが刹那に覆いかぶさるように抱きついてそんな言葉を口にしていた。

…でも、これは…うまくいくかも…。


「しろうとせっちゃんの話、ようわからへんけど…ウチもせっちゃんが初めての友達やもん」

「…このちゃん」

「ウチがせっちゃんを守る、せっちゃんがウチを守る…それでええやん?」


きっとこのかちゃんはよく分からずに言ってるんだろうけど、刹那の心には大きく響いてくれたようだ。

泣き止んだはずの刹那の瞳からまた涙が流れ始めていた。


「うん、うんっ…」


涙を拭いながら何度も頷いて、このかちゃんの言葉にこたえているようだった。

…これ以上俺が何を言うでもないよな…。

きっと、大丈夫だ…この二人は親友になれる。


二人に気づかれないようにそっと部屋から抜け出した…。


髪とかもほとんど乾いていたし、詠春さんも近くにいるようだしね。

まあ、俺が抜け出す時には泣いていたことを忘れさせるくらい、二人とも笑顔になっていたけどな。

そう…笑顔に……。


結局、その日の花見は庭の桜ですることになった。

ただ、その花見の料理を全部作るはめになるとは思いもよらなかったけど。


そして、次の日…よく分からない事態に陥った。


「私を鍛えてください」

「ウチに料理教えてー」


「はい?」


どうやら、あの後に話し合ったらしく、こういう結論に至ったらしい。


刹那が強くなることをこのかちゃんがサポートする…おもに炊事面で。

そして、このかちゃんを護るために刹那が強くなる…おもに身体面で。


分からなくもない。

守る守られるの関係は変わっていないけど、お互い協力するという点は間違っちゃいない。

でもさ、刹那は俺じゃなくても剣の師範がいるし、このかちゃんも料理長に習えばいいじゃないか。

そう、言ってみたものの帰ってきた答えは一緒だった。


「士郎さんがいいです」

「しろうがええねん」


毎日教えるというのは、必死に頼み込んで妥協してもらうことにした。

俺も訓練とかで忙しいし…子どもには遊ぶ時間がいると思うから。

とはいえ、週に一度は二人の面倒を別の意味で見ることになった。

あと、犬の世話も…。

まあ…それくらいの負担なら、いいかな…。


あの笑顔が見られたんだから。


…。






─────あとがき─────

最近はいろいろと忙しかったとはいえ、更新遅れてすいません。
文章打つのもさしぶりだったせいか、士郎の口調がおかしいかもしれません。
なにはともかく15話完成というこで…。

とりあえず、とってつけたかのようにネギま4巻の回想シーン補完してみました。

感想、指摘、意見、ございましたら、感想掲示板へお願いします。

あと、叩くところは叩いてほしいので、お願いします



[6033] 立派な正義に至る道16
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:17





「失礼します」


刹那との訓練の後、すぐに詠春さんの自室に来るように言われていたから来たけど…何の用だろうか?

この後に、あの犬の世話と自主訓練を予定しているから、早目に済めばいいのだけど。


「どうぞ、腰を下ろしてください」


…どうやら、早く済む用事じゃなさそうだな…。

詠春さんの姿勢、声色、顔つき…全てがいつもとは別のものだ。

それに、部屋の空気が張り詰めてる…。


詠春さんに言われるがままに、目の前の座布団の上に腰を下ろした。


「何の用でしょうか?」

「…先月、話せなかった話です」


先月?…ああ、花見の時かな?

たしか、この世界には魔法世界っていう別世界があって、そこに魔法使いたちが住んでいるんだったな…。

そして…その世界なら俺も…否定されることなく生きていけるかもしれない……。


「魔法世界がどうとかという?」

「ええ…その話でもあります」


その話でもある?…俺が聞きたい情報も含まれているのかな?

…まあ、どうであろうと真剣に聞かなきゃな。

俺がこの世界で生きるためにも…俺の道を歩むためにも…必要なことだから。


「士郎くん…君には来年の今頃、旅立ってもらうことになっていましたよね?」

「はい、詠春さんの戦友である、“千の呪文の男(サウザンド・マスター)”のナギさんでしたっけ?その人を探すために」


どういう人物なのか…はっきりとしたイメージは湧かないけど、きっと素晴らしい人物なのだろう。

でも、捜索することにリスクが伴うなんてな…まるで、誰かさんのようだ。

あの人なら捜索するまでもなく生きているって思えるんだけどな…。

っと、今考えるべきは別のことだ。


「捜索する上で何か別の問題でも出来たんですか?」

「ええ…」


命の危険がさらに高まったのか?それとも、金がかかりすぎるのか?

…どっちにしろ、なんとかなる問題だ。

命の危険が高まるなら、薄めるために訓練を増やせばいい。

金がかかるなら、俺が現地で働けばいいし、別に野宿でも構わない。

いや、その程度なら悩む必要なんてないはず。

…考えても無駄だ、聞こう。


「どんな問題が起こったのですか?」

「…元々、士郎くんには件の魔法世界へ行って、直接調べてもらうつもりでした」


詠春さんがあの時言っていたことが今になって理解できた。


周りが魔法使いだらけだったら、複数の相手と闘わなければならないことも起こりうる。

しかも、その中に強いヤツがいれば、追い詰められることもあるしな。

それに、死の危険性…。

だから…あれだけの訓練をやっていたのか。


「ですが、何の実績もないこちら側出身の魔法使いが魔法世界に行くのは、厳しいと言われたのです」


…なにかひっかかるな。

変な違和感というべきか…間違っていないのに間違っている、そんな気がする。

でも、疑っても仕方がない…素直に聞こう。


「それで、どうするのですか?」

「…私としては行ってもらいたい、直接調べてきてもらいたい…ですから、実績を積んでもらおうと」

「どんなことをするのですか?」


実績と言っても、多種多様なものがあるしな…年月だったり、成果だったり。

どちらを求められているのかは分からないけど、基本的には年月も成果も必要だろうな。

まあいいか…そこで実績を積むことで俺の道を歩くための一歩になるのだったら…。


「具体的にどうこうするというわけではなく、ある団体に所属していただきたいのです」

「団体?」

「ええ、私も所属していた「悠久の風」とよばれる魔法使いの団体です…表向きには国連にも参加しているNGO団体でもあります」


それを聞いた瞬間、開いた口がふさがらなかった。


そんな組織があっていいのか?

いや、まあ…別世界だから、あってもおかしくはないんだろう。

だけど、魔術の秘匿義務はどうなってるんだ?

…いや、考えるだけ無駄か…そもそも、この世界の魔術はあり方が違うんだし。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、少々驚いただけです…詠春さんが所属していたと聞いて」

「長になる前でしたからね…おかげでかけがえのない友人たちを得られましたよ」


しみじみと口にする詠春さんを見ていると、そう悪い団体ではないことが読み取れた。

もしかすると、俺にもできるのかもしれないな…詠春さんと同じようにかけがえのない友人が…。

いや、無理だ…とてもじゃないが、俺の存在を明かすことなんてできない。

俺の身の危険だけじゃなく…その人まで巻き込むことになる…そんなこと許すわけにはいかない。


「士郎くん…どれくらいの間所属してもらうことになるかは分かりませんが、お願いしてもいいですか?」

「あなたから受けた恩を顧みれば、受けないわけにはいかないでしょう?」

「…」


詠春さんの表情が少しばかり曇った気がした。

何か悪いことを言っただろうか?


「いつから、その団体に所属すればいいのでしょうか?」

「来年の今頃ですね…それまでに手続きなどは済ませておきますから、安心してください」

「わかりました」


…探すのが少しばかり遠回りになってしまったな。


俺がこの世界ですべきことはまだまだある。

聖杯戦争の有無もその一つだ。

そして、日々感じる違和感の謎を解き明かすこともまた…。


それが、俺の使命だなんて思わずにはいられない。

でも、それは、間違っているのだろう。


「では、お願いしますね」

「詠春さん、ひとつ訊いてもいいですか?」

「はい?」

「魔法世界では……いえ、やはりいいです」


今、知る必要はない。

どうせ、行くことになるんだ…。

直接見て知る方が早い…それに、焦らなくていいんだ。

失うものなど、今の俺にはこの身一つなんだから。


「そうですか?私が答えられる範囲であれば、訊いてくれて構いませんよ」

「いえ、いいんです。もう用件がないのであれば、失礼しますが?」

「特には──」

「──では、失礼します」


口早に言いきって、逃げるように部屋から出た。

それから、与えられている自室に走って戻った。


…ったく、俺は何を焦っているんだ。

今はまだ気にしなくていいんだ。

俺はまだ…。

っ…。


これ以上何も考えるないために、自主訓練をしよう。

そう思い立って、外へと飛び出した。



──Side Eishun



「…また逃げられましたか」


やっと彼が知りたがっている内容を知ることができると思ったのですがね…。

まだまだ彼は謎が多い。

子どもには思えない言動。

私よりも上の戦闘技術。

どの本にも記述のない魔法。

…考えればいくらでも出てきそうですね…。

その一つでも理解できれば、彼のことが分かる気がするのですが…。


まあいいです…彼は悪い人ではない。

あの花見の時、よく分かりましたから。


あの時、私が魔法を使えば、すぐにでも救う事が出来ました。

ですが、木乃香は魔法のことを教えていない。

だから、私は使うことを躊躇っていました。

でも、彼は魔法を使うことなど考えていなかったように川に飛び込んだ。

しかも、見つけた瞬間すぐにでした…あの時は非常に驚きましたね。


その瞬間、本当に彼女たちを守ってくれているのだと、思いました。


最近ではあの刹那くんですら慕っているみたいですしね…。


私が初めて見つけた時、彼女は目に見えるものすべてを敵視し、怯えていました。

白烏であるが故に、迫害されてきたからでしょうけど…。

それから、どうにか彼女を説得し、こちらに来てもらい…髪の色や瞳の色は我々と変わらぬようにしました。

それでも、我々に慣れることがなかったので、いろんな人と接してもらい、神鳴流を覚えてもらいました。

そして、木乃香と出会い…ようやく慣れてくれました。


おっと、思考がずれてしまいました…さっさと、彼に連絡を入れなければ…。

電話を手にして、木乃香を入学させるつもりの学園の番号を押す。


「もしもし、近衛詠春というものですが、高畑先生はいらっしゃいますか?」


彼の話をしたら、タカミチくんはどれだけ驚くでしょうかね…。



──Side Eishun OUT




「ふぅ…」


これくらいで済ましておこう…。

これ以上の鍛錬は体に負荷がかかりすぎる。

鍛錬のやりすぎで、身長が伸びなくなったりすると悲惨だからな。

それに、見ているヤツがいるし…。


振り返って一本の木に向かって声をかける。


「そろそろ出てきたらどうだ、天ヶ崎」

「気付いとったんかいな、士郎」


声をかけた木の上から天ヶ崎が飛び降りてきた。

最近は真面目に鍛錬をしているらしい。

前のような死に物狂いではないから、教官のお姉さんは不思議がっていたけど…他の目標が見つかったのだろう。


「こない遅うにガキが出歩くんはようないんちゃうか?」

「その言葉、そっくり返させてもらうぞ、未成年」


俺と天ヶ崎の間で見えない火花が散った。


…なんでこいつと喋るとこうも喧嘩腰になっちまうんだろうか?

出会いが出会いだったからか?

…いや、いっつも向こうから喧嘩を売ってきてるからだ。

はぁ…あんまり喧嘩しても意味がないしな…そろそろ大人にならないとな。


「あんたの方が年下やろう!」


怒りを顕わにしながら、指を差してきた。

若干、イラっとしたものの…年齢的には確実に俺が上なのだ。

ここは抑えよう…。


「あーそうだな…俺が悪かった」

「へ?」


俺が折れると天ヶ崎はよく分からない顔を見せた。

赤くなって、口をパクパクさせて、俺を差す指が震えてるし…どうしたんだ?


「あんた、ほんまに士郎か?ど、どっか頭うったんか?」

「…俺は正真正銘、天ヶ崎が知っている士郎だ」


『いちいちムカつく心配の仕方をする奴だな』

本当なら、こういう返しをしたかった。

でも、それをしたらまた喧嘩みたいなことになる。

だから、相手の逆鱗を触れないように言葉を返した。


「士郎、なんかあったんか?」


急に真剣な顔つきで俺を見てきた。

しかも、いつものおちゃらけた声じゃなく、ひどく冷静な声だった。

驚いた…こんな声も出せるのか。


「何もないって、変な勘ぐりをするなよ」


正直、嘘だった。

今は落ち着いているものの、鍛錬をする前は追い詰められていた。

例えようのない焦燥感に駆られ、思い出したくない情景を想像していた。


「…ほんまか?」


…あまり嘘は得意じゃないのを忘れていた。

あきらかに、天ヶ崎は俺を疑っている。

どうするべきか…。


「…あるにはあったさ」

「…」


嘘を貫き通すのは無理だと思った。

それに、こいつにはあまり嘘をつきたくない。

顔つきとか体型とか全然似ていないけど…。

………に見えちまったしな…。


「ここを出る日が決まった…ただそれだけだ」

「…いつ頃なん?」

「来年の今頃だ…」

「そうなんや…」


一気に木々のざわめきが聞こえるようになってきた。

捲し立てる様に聞いて来ない辺り、納得してくれたのか?


「理由は聞かんとくわ…長絡みやろうし」

「そうしてもらえると助かる」


そして、また木々のざわめきだけが聞こえるようになった。

天ヶ崎も俺も何も言わず、ただ睨みあってる…いや、見ている状態が続いた。

数分の後、その均衡を破ったのは天ヶ崎だった。


「…じゃあ、ウチ帰るわ」

「ああ、またな」


まだ何か言いたそうな顔をしていたように思えたけど、気のせいだったか?

…あ、口止めしとくの忘れてた…。

でも、大丈夫だろう…真面目に聞いてたみたいだったし。

さて、さっさと帰って風呂に入ってから寝るか…明日はこのかちゃんの特訓もあるしな…。


──Side Chigusa




あいつを初めて見たんは、あいつが礼儀正しくあいさつ回りをしとった時やった。

とてもやないけど、ガキには思えんくらい落ち着いてやっとった。

やから、最初は変なガキやなくらいにしか思ってへんかった。


やけど、次に会った時には、憎たらしいガキにしか見えんかった。

敬語がうすら寒う感じるくらい似合わんし、土足で人の心ん中入ってくるし…。

思い出しただけでも笑えるわ…あいつが誰にでもああいう風にしてるんやったら、いつか殴られるんちゃうかな?

まあ、そのおかげで、ウチは復讐なんてこと考えるのを止めれたんやけどな。


『きっと、笑っていてほしいと思う』


今でも覚えてるわ…ウチを泣かせた言葉。

誰もがそんなことを願ってるはずない。

死ぬ時なんて、苦しいとか助けてとかそういう思いの方が強いはずや。

でも、信じたくなった。

真っ直ぐこっちを見ながら、言いきったあいつの言葉を。


それからやな…あいつの見方が変わったんは。

最初はただ討論するだけの間柄やった。

ほんまに下らんことをずっと討論してた。

それでも、あいつは付き合ってくれた。

笑えんくらい真剣な話も、呆れるくらいどうでもいい話も…。


本人は八歳やって言うとるけど、ウチにはそう思えんわ。

なんか呪いでもかかって、子供になったんちゃうか?って思ってる。

そんで、ウチが呪い解いて…。

あ、でも、50過ぎたおっさんなったらどないしよう…。

いや、それでもウチは…そうなったら、お父様とでも呼んであげよかな。

それも、ええかもな…。


でも、同いが一番ええな…そしたら、堂々と…。

いいや、今そんなことなったら神鳴流の年増に寝取られるわ。

でも、ウチは負けん。

そのために、いろんな呪術を使って士郎を…。


…とりあえず、変な妄想はここまでにしとこ…。


今はウチが強うなって、あいつに認めてもらうんが一番望みがある。

そう考えて、最近は必死に頑張ってたのにな…。


『ここを出る日が決まった』

『来年の今頃だ…』


なんでなんって思ったけど、なんか納得いった。


そりゃそうやわな。

元々居候やし、お嬢様も来年には学校に行かれるから護衛なんていらんしな。


…でも、それでええんかって思うウチがいるねんなぁ…。


「はぁ…」


とりあえず、あと一年あるんやし、ゆっくり考えよ。




──Side Chigusa OUT



今日もいい湯だった。

一日の疲れを癒してくれるし、心の洗濯とはよく言ったものだな…。

ゆっくり自室に向かって歩いていると、見覚えのある影が部屋の前で待っていた。


「刹那?」

「士郎さん…」


いつも気丈な刹那には思えないほど、落ち込んだ表情を見せていた。

なにがあったんだ?

そう思った矢先、刹那がこちらに頭を下げてきた。


「今までありがとうございました」

「へ?」

「最初見た時は、髪の毛は赤いし、服装もなんか鎧みたいなブカブカな恰好で赤いし、変な男の子だと思ってましたけど、話していくうちにだんだんそれが当たり前になっていって、えっと優しいし真面目ですし──」

「と、とりあえず、落ち着いてくれ」


何かよく分からないことを一息に言われても、頭に入るわけがない。

というか、なんでいきなり礼を言われなきゃならないんだ。

しかも、涙目だし…。


「で、で、でも…士郎さん、いなくなるんやろ?」

「そうだけど…誰に聞いたんだ?」

「さっき、あのいっつも邪魔にきはる人と話してたんを聞いて…あかんとは思てたけど…」


あー…よく考えたら人払いも遮音もしてなかったな。

俺も外の気配にあんまり気をかけてなかったし…聞かれてたのか。


「だから、お礼せんとあかん思て…」

「いや、まだいい」

「はい?」

「来年だしさ……って、おーい」


刹那が驚いた顔のまま固まった。

それならよかったけど、一気に顔が赤くなってきた。

…なんかの病気かな…。


「すいませんでした!!!」


耳鳴りがするくらい大きな声で言うと、逃げるように走って行った。


…う、うーん。

夜だし、そんな大声出すと迷惑なのに…。

というか、何がしたかったんだろうか…。

聞きに行ってもいいんだけど…まあいいか…。


結局、よく分からないまま寝ることにした。


その後、一週間は口を聞くことがなかった。

特訓の時にはどうにか喋ることができ、元に戻ったものの…何があったのやら…。











────あとがき────


とりあえず、16話更新。

牛歩の如く、進んでおります…早く本編とリンクさせたいなぁ…。

次の話で一気に1年くらい進めるかと思います…これ以上は蛇足ですし。

では、また次の話で


ご感想、ご意見、ご指摘がございましたら、感想掲示板へ




[6033] 立派な正義に至る道17
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:17





旅立つ日が決まってから、それ以前よりも厳しい訓練を受けた。

見た目10才の子供に対して行うものとは、到底思えないほどの苦行だった。

それでも、やりきった。

厳しくなったのは、それだけ向こうは厳しい世界だからなのだろう。

と、考えていたから…。


訓練が厳しくなるにつれて、刹那とこのかちゃんと一緒にいる時間が減った。

刹那の訓練やこのかちゃんの特訓は続けていたから、そこまで何か言われることはなかった。

ただ、夕食の時、たまにすごく寂しそうにこっちを見ていることが…。

…最終的に刹那は俺に一撃掠らせることができるようになり、このかちゃんは料理の基本を完璧にこなせるようになった。

あと、5年もすれば二人とも俺を抜かせるんじゃないだろうか…そう思えるぐらい上達が早かった。

同時に負けていられないとも思った。

おかげで、自主訓練の時間を伸ばしすぎて、詠春さんに怒られたっけな。


天ヶ崎といる時間は変わらなかったが、討論や喧嘩腰で話すことはなくなった。

ゆっくりとぼーっとしていることもあれば、彼女の質問をかわすのに必死になったこともあった。

質問をかわしすぎると、たまに猛虎の如く吠えることがあったな…。

あれはあれで楽しくて心が安らいだ。


そういえば、半年くらい前に剣術の訓練をしてくれる人が青山さんから詠春さんに戻った。

どうやら、青山さんの実家で騒動があったらしくこちらに出て来れなくなったらしい。

今はどうしているのだろうか?

まあ、あの人だったら、何があっても乗り切れそうだな…。


「士郎くん」

「あ、すぐ出ます」


もう思い出す時間はないか…。

ここでの思い出全てを置いて、行こう…懐かしんでたら、キリがない。

それに、名残惜しくなっちゃうからな…。


「荷物はそれだけですか?」

「はい、これだけで十分なんで」


そう言って、手に持っている肩下げのバッグを掲げてみる。

中に入っているのは、パスポートと財布、水筒だけだ。

別に多くのものを持っていく必要はない。

長期滞在が決まっている以上、ほぼ現地調達でいいと思ってるし、荷物がかさ張っては動きづらいし…。

…この世界には俺自身のものはない。


「それならいいのですが…」


詠春さんが口を濁した。

多分昨日の話し合いで決めたことだろう…。


別れは言わない…前々からそう決めていた。

お世話になったのだから、普通は別れ…いや、お礼を言うべきだ。

そう思っているものの、自分の決心を鈍らしたくなかった。

だから、何も言わずに出ていくつもりだったが、詠春さんはそれに納得がいかなくて…小一時間、話し合いが続いた。

結局、折れてくれて…今に至ってる。

でも、納得そのものはしていなかったから、今もそのことで悩んでいるんだろうな…。


「本当にいいんですか?」


そう聞かれると困る。

それが正しいとか間違ってるとか、俺自身は判断でない。

それでも…頷くしかできないんだ。


「はい…決心が鈍りそうですから」


詠春さんを真っすぐ見据えながら言いきった。

きっと分かってくれたんだろう。

小さく頷いてくれた。


「行きましょう」


これ以上の長居は決心を鈍らす。

だから、自分から促した。

ここから先は、もう死と隣り合わせなのだから。

一度死んだ者が生きた街で生きれた…それだけで十分だ。


「参りましょ──」

「──しろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう!!!!」


……なんでだ?


「天ヶ崎…」


正式に教えた日時は来週の月曜日辺りのはずだぞ?

日にちを勘違いするほど馬鹿なやつじゃない…と思うんだけど、勘違いしたのか?


「どこへ行く気なんや?」

「…」

「どこへ行く気なん?!」

「…」

「何か言ったらどうなんや!!!」


…何も言ってはいけない。

胸倉をつかまれて涙目で訴えかけられても、何も言ってはいけない。

……はずだったのになあ…。


「これから、旅立つ…帰るのがいつになるか…いや、帰ってこれるかすら分からない」

「知っとるわ!そんなことを聞きたいんとちゃうねん!」


やっぱりか…これを聞きたいだけなら、そんなに怒らないよな…。


──それでも、平静を装え。


そう言い聞かせる。

あくまで、淡々と…淡々と……。


「なんで何も言わずに出ていくのか、か?」

「分かっとるんやったら、何で言わんのや!」


あの時も…戦地に赴こうとした時も遠坂にこんな感じで詰め寄られたっけ。

今は、あの時と違う…考え方も自分の力さえも。


だから、何も言わない。


──二度と………。


分かってる。

でも…。

今度こそ背負おう。


「ここが俺の帰る場所だから」

「は?」


もう一度だけ…俺の道を歩むために。


「帰ってくるから、別れを言う必要なんてない、礼を言う必要なんてない…そう思ってるんだ」

「…」

「見送られるほど、大した人間じゃないって思ってるところもあるけどさ…」

胸倉をつかんでいた手が緩み、俺から離れた。

天ヶ崎は、俺の言葉に納得したかどうかは分からないけど、俺に背を向けた。


「ほんま、バカやわ…何でそんな考え方になるねん…」

「すまない」

「…謝らんでええねん…ウチも納得してもうてんねんから」


震えた声だった。

何度も聞いたことのある声だ…桜も藤ねえもこんな声を出して見送ってくれた。


本当は納得したくないんだろうな…。

これ以上は謝らないで行こう。


「じゃあ、行ってくる」


俺の言葉が聞こえたかどうかは分からないけど、振り向かないで階段を下り始めた。

体が子供だから、言葉遣いとか格好つかないんだけどな…。


「行きましょう」


横に並んで下りている詠春さんの言葉に無言で頷いた。

心なしか、詠春さんの声がさっきよりも澄んでいるように思えた。





──Interlude



ようやく2年が過ぎたらしい。

まだまだこれから、というところだろうか。

なんにしろ、面白くはない。

分からないことが多すぎるからだ。

しかしまあ…それは、後々解明していくことにしよう。


マスターの趣味に口出しするつもりはさらさらない。

が、我々の仕事を増やすのだけはやめてほしいものだ。


今は早く仕事をこなさなければ、怒られてしまう。


「なにを思案にふけっているのですか?」


仕事仲間に呆れ顔で注意されてしまったか。

まあ、それもそうだろう。


「…よもや君に気取られるとはな」

「…それは侮辱とみなしてよろしいでしょうか?」


肩を竦めて自嘲した。

すると、虎の…いや、獅子の尾を踏んだらしい。

剣の切っ先がこちらに向いた。


「今はそんなことをしている場合ではないのではないかね?」

「…そのようですね」


痺れを切らしたのか、外が相当五月蠅くなってきた。

このまま放置することも可能だが、それをすることはできない。

マスターの機嫌が悪くなってしまうからな…。


「では、参りましょう」

「ああ…マスターの機嫌を損ねると、後が怖い」


やれやれ、今日もまた休むのが遅くなりそうだ。

しかし、それも悲願のためだ。

……が望むのだから…。



──Interlude OUT



なんというか、若干の期待があった。

これだけ魔術が違うのなら、転移とか飛行とか…そういう移動手段なのかなって。

まあ、たぶん違うって心の中で否定してたけど…。

すっぱり裏切られるってのも悲しいもんだな…。


駅の中にあるベンチに座って打ちひしがれていると、詠春さんが手続きを終わらせて戻ってきた。


「乗り継ぎを含めて大体3時間程度でしょうかね…ん?どうしたんですか、士郎くん」

「自分で自分に呆れているだけです…」


そりゃそうだよな。

秘匿義務があるんだし、万が一人が飛んでるのが見つかったら大変なことになるもんな。

転移するにしても、そう簡単にできないよな…。

そんな便利なこと…期待するんじゃなかった…。


「は、はぁ……発車まで30分ほど時間があるのですが、もう乗車しておきますか?」

「いえ、ここでいいです…話すにしたってどこで聞き耳を立てられているか分からないですし」


今更、世間話をする気はなかった。


これからは、またあの光景を見ることになるのかもしれない。

屍とガラクタの山や血で彩られた道を…。

本当は二度と見たくない。

それでも、俺が俺の道を歩むのなら避けては通れないのだと思う。

俺は正義の味方を目指すんだから…そういうところにも行かなければ…。


「あ~大丈夫ですよ?他人から見たら世間話にしか見えない方法がありますから」

「じゃあ、なおさらここでいいですよ…こっちを見る人は多いですけど、見続ける人はいませんし」

「それもそうですね…」


俺の隣に腰をおろして、何か呪文を呟いた。


「これで大丈夫です」


どういう呪文なのかはわからなかったけど、これで周りからただ世間話にしか見えないらしい。

まあ、親子の会話程度に聞こえるんだろう。


「なら、確認してもいいですか?」

「ええ、構いませんよ」

「まず、俺が向かうのは関東の麻帆良学園」


俺が考えていたのは、このまま戦地に赴いて、すぐに戦いに参加し、制圧もしくは和解に促す、なんてものだった。

でも、実際は高畑・T・タカミチという「悠久の風」のメンバーに会って、若干審査してもらってからだ。

少々遠回りになってしまうけど、そうでもしないと新参者が入れる組織ではないらしい。


「ええ、その通りです」

「そこで、高畑・T・タカミチという「悠久の風」のメンバーに会って…審査してもらう」

「審査と言うほどのものではないですけどね…」

「そして、それから…ある人物に会う」


ここが釈然としなかった。

詠春さんがどうい人なのか明かさないから、より不安だった。

ただ、結構な苦笑いを浮かべていたし、詠春さんの苦手な人なのかもしれない。


「はい、そうです…」


あ、また苦笑いを浮かべてる…なんかいやだな…。


「あの、ある人物って」

「お答えできません、というよりもしたら後が怖いです」

「…なんとなく想像がつきました」


理不尽なトラ程度に思っておこう。

いや、赤い悪魔なのかもしれないなぁ…。

うう、心労が祟る。


「……そこからは、詳しく聞かされていないので、分かりません…どうなるんですか?」

「そうですね…一週間程度滞在してもらうことになるかもしれませんね」

「どうしてですか?」

「…さて、そろそろ発車しそうですし、乗りましょうか」




「あ、あれ?詠春さん?

遠い目をして笑いながら、先に行かないでくださいよ!!

おーーーーーーーーーい!!」





乗車したもののなにか変な空気が流れていて、到着するまで始終無言だった。




──Side Setsuna



天ヶ崎さんから、しろうさんが旅立ったことを聞かされた。

もっと話したかったんやけど、あれ以上は無理やった、とも聞いた。


いつかこういうことが来るんやろうな…って思うてた。

ここにずっといることないし、出会い方が変やったし…。

よう考えたら、なんで空から落ってきたんかもわからへんし…。


「…っ」


とにかく不思議な人やった…。

…話してても時々、ウチのこと見てるようには思えんこともあったし…。

それもあって、とても子供のようには思えんかった…長くらい大人に見えた。

それでも、笑ってる顔とかムキになる顔とか子供みたいで…。


「っ…っく…」


ウチには…お兄ちゃんができた気がしてた…。

優しくて何でも出来て時々かっこ悪くて…かっこええ…お兄ちゃんが。

それやのに…。

それ…やのに……。


「あんまりや…っっ」


泣きとうないのに…とまらへん…。

分かってた…でも、見送りくらいできるって思うてた。

なんでなん!一言くらいあってもええやん!!


「しろうさん…」


なんかあったんやろうけど…せめて、言うてくれたら…。

ウチだって…分かる。

分からんくても、分かろうとする。

やのに…。


「せっちゃん、どないしたん?」

「こ、このちゃん?!」


み、見られてもうた…メソメソしてる姿を…。


「?」


このちゃんは事情知らんはずやし…キョトンってするんは当たり前やんな。

事情を説明してあげた方がええんやろか…でも、やめといたほうがええよな…。

ウチはこのちゃんの悲しむ姿なんか見とうないし。


「目にゴミが入って…」

「ほんまに?」

「ほんまやで?!」

「ほんま?」


このちゃんには悪いと思ったけど、大きく頷いた。

ようやく、納得してくれたんか、笑顔になった。


「よかった~…」

「え…」

「どこかぶつけて強がってるんやったらあかんし、そんなんじゃなくてほんまよかったわ~」

「…」


嘘をついてることも痛かったんやけど…それ以上にこのちゃんの優しさが身にしみた。

ええんかな…言わんで…。

あかんよな…やっぱり…。


「ところで、せっちゃん…しろう知らん?朝、起こしに行ったらいいひんかったし」

「…」


言おう。

このちゃんだって知る権利はあるはずや。

だって…このちゃんもウチと同じ考えやったもん。


「このちゃん、実はな…」

「え…」


ありのままを伝えた。

やけど、泣くことも悔しがることもなかった。

ただ、笑ってた。


「そっかぁ…もう行ったんや」

「このちゃん…なんで笑ってられんの?」

「なんでって…」


本当に、このちゃんは…。


「料理うまくなったら驚かせるんかなぁって思てたから」


しろうさんを…。


「だって、帰ってくるんやろ?」


信じてるんや。


「…あ」


同時にウチはバカやって気付かされた。

一応、ウチはこの魔法の世界のことは知ってる。

やから、二度と帰って来ないんやろうって思てた。

でも、そんなことないんや。

きっと、あの人なら帰ってくる。

そう、信じなあかんかった。

それやのに、ウチは…。


「せっちゃんもがんばろな」


ほんまに笑顔が輝いて見えた。

悔やんでもしゃーないもんな…。

切り替えて…笑お。


「…うん!!」


ウチだって、もっともっと強うなって…絶対しろうさんを…ううん、しろうを驚かせて見せる!!

それまで、頑張ろ!!!

このちゃんと一緒に!!!!



──Side Setsuna OUT





「ここが麻帆良学園か…」


新幹線から乗り継いで来て…あまり前の世界と変わらないと思ってた。

でも、こんな学校が存在するとはな…。


「でかいですね」

「ええ、巨大な学園都市です…幼等部から大学部までのあらゆる学術機関が集まってできていますからこれほどの大きさになったんでしょう」

「へぇ…」


ざっと見渡した限り、5km以上の広さがありそうだ。

どういった構造になっているかは、大きすぎて解析できそうにないけど、複雑にできているんだろう。

至るところから、魔力を感じるしな…。


「さてと、御迎えがきたみたいですね」

「ああ、彼が…」


手を振りながら、近寄って来たのは髭も眼鏡もしていない青年だった。


「詠春さん、遠路はるばるお疲れ様です。ようこそ麻帆良へ」

「久しぶりですね…募る話もありますが、今は彼に挨拶を」

「っと、そうでした…はじめまして、君が士郎くんか…僕が高畑・T・タカミチです」

「はじめまして、高畑さん。士郎と言います」


しっかり握手を交わし、彼を見上げた。

少し、不思議なものを感じる。

なんだろう…若いのに、少し年くってる…そんな感じだ。

なにはともかく、ここから俺自身の戦いが始まるわけだ。


頑張ろう…。








────あとがき────


お久しぶりです。

パソコンが壊れ、データが逝かれ、なんとか修復して、ようやく書き上げました。

今回は結構ボロボロです。かなり久しぶり書き上げたからか、見なおすことすらできない…。

とにかく、ようやく脱関西という具合になりました。

どうなるんやら…早く、いろんな人を登場させたいものです。

では、また…更新速度があげられたら、近日中に…無理ならごめんなさい。




[6033] 立派な正義に至る道18
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:21





直に歩いてみると、この学園の巨大さには驚かされるな。

人の量も建物の量も多いし、道が広い。

まあ、それよりも驚いたのは…首を上げなきゃ全体像が把握できないほどの大木がこんなところに存在していることだ…。


「なんなんですか、あの木は…」

「ああ、そういえば士郎くんは麻帆良に来るのは初めてでしたね…驚いたでしょう?」

「驚くというよりも…愕然としましたね」


それと、この世界の常識を疑いたくなった。

この学園って、こちら側じゃない人だってたくさんいるんじゃないのか?

疑問を持たないのか、あんなものが存在していることに…あきらかにおかしいだろ…。


「高畑さん、あの樹は一体何なんですか?」

「あ~…あれはね、【神木・蟠桃】…通称【世界樹】って言う学園の中心に聳えてる巨木だよ…まあ、こんなに大きな樹は滅多にないんだけどね」


滅多にどころか、あり得ることがおかしいだろ。

前の世界でもこんなの見たことないぞ…どういう構造なんだ?

いや、今はそんなことよりも…知らなければならないことがある。


「もう一つ、聞いてもいいですか?」

「ん?なんだい?」

「この学園に貴方のような人は多いんですか?」


当然の疑問だと思う。

これだけあからさまだと、誰だって聞きたくなるだろう。


「…そう多くはないかな?教職員の方々は多いけど、生徒は数えられるくらいしかいないな」

「じゃあ、今こっちを見てる大多数はそう思っていいんですね」


隠す気があるのかって思うくらい、多いし…。

その中には俺に気づかれていない人もいるだろうけどな…。


「…やっぱり分かってたか…まあ、大丈夫。特に敵意はないから」

「それならいいんですけどね」


これだけ見られるって言うのは正直、気持ちが悪い。

どこからどうやって見てるのかはわからないけど…警戒されるよな、普通。

誰かも分からない魔術師が自分のテリトリーに入ってきたら…。

今はいいか、本当に敵意はないみたいだしな。


「では、タカミチくん…私は彼女に会ってくるので、案内をよろしく頼みますね」

「分かりました…お気をつけて」


知人に会うというのは移動中に聞いていた。

だけど、なんで『お気をつけて』なんだろうか?

人が危ない?…可能性は低いだろうな。学園の敷地内だし、知人って言ってたし。

じゃあ、行くのが難しいのかな…そういう所に住んでる人はいたしな…。


「分かってますよ…士郎くん、しっかり彼について行って下さいね」

「はい、分かりました」


詠春さんは笑顔を見せて学園都市のはずれの方へ向かって行った。

大丈夫だろうか…詠春さんは俺よりも【強い】から大丈夫だと思うけど…。


「そう心配しなくても大丈夫だよ」


どうやら、顔に出ていたらしい…。

高畑さん自身はお気をつけてと言ったものの、そこまで心配している様子じゃない。

大丈夫だと分かり切ってるからだろうけど…。


「…そうですね…ところで、詠春さんが会う方ってどんな方なんですか?」

「一言で言うなら…ろ……いや、やめておくよ…聞こえると後が怖いしね」


そう言ったあと、乾いた笑いを浮かべていた。


ろ?…気にはなるけど、何度か同じ失言をしたんだろうな…ああいうことになるってことは。

…?でも、なんでこんなところから聞こえるんだ?そういう魔術とかあるのか?

あると仮定すれば…会話は筒抜けなわけだよな…。

…迂闊に変な発言はできないな…この世界の人間じゃないとバレてしまえば、そこまでなんだし…。


「とりあえず、学園長に会ってもらうけど、いいかい?」

「なんでですか?俺は…」


学園や樹の巨大さに圧倒されて、本来の目的を頭の隅に追いやっていたけど…。

俺はあなたと闘いにきた…正確にいえば、審査してもらいにきたんだ。

学園長に会うなんて無駄な時間はいらない…。

早く…ならなくちゃならない。


「言いたいことは分かるんだけど、お目通しをしておかないと、拙いことになるんだよ」

「ここの長で、あなたの上司にあたるからですか?」

「…まあ、そういうことかな」

「……なら、わかりました」


なんとなしにはぐらかされた気がするけど…まあいい。

まだ昼過ぎだ…少し時間を割くくらい、大丈夫だろう。

明日までに行ければそれでいい…。

ただ、詠春さんが、一週間くらい滞在しなきゃならないかもしれない、って言っていたのどうしてだろうか…。


「このまま、学園長室に行くか、ちょっと見回ってみるか…どっちがいいかな?」

「こんなに見られたまま動くのはあまり好きじゃないです」

「はは、それもそうか…じゃあ、行こうか」


詠春さんが会わせたい人物って言うのは、この学園の学園長のことだったのだろうか?

何か違う気がするけど…考えても仕方ない…とりあえず、会って判断しよう。


「何も喋らないのもなんだから…なにか話さない?」

「いいですけど…誰かに聞かれる可能性があるので、自分自身の話はしませんよ?」

「はは、それは分かってるよ…僕自身もあんまり話したくないしね」


身の上話から推測できることはいくらだってある。

闘い方、弱点、得物、能力…とか、ある程度はね…。

魔術を使って闘う者ならば、そういうことは分かってて当然だろう…。

とりあえず、彼と闘う時は一筋縄ではいかないんだろうな…。


「じゃあ、着くまでの間、この学校のことを教えてくれませんか?案内じゃなくて、どういった教育をしているのかとか」

「そんなの聞いて面白いかな…まあ、士郎くんが望むんならそれでいいんだけど」

「是非、お願いします」


正直、この世界の教育がどういったものなのか知りたかった。

あれだけ大きな樹が一般人の目に止まっているのに、誰も気にしないなんて…常識がないとしか思えなかった。

だからこそ、教育が元の世界とずれているんじゃないかと思った。

それなら、納得がいく。


「そうだね…幼等部から大学部まであるから、どういったものを教えてるかって聞かれたらかなり広い範囲になるんだよね」

「それなら…小等部で教えているのはどういったものですか?」


大体、小学生高学年辺りから常識というものを理解し始める。

そこで狂わされているのかもしれないし…そう思って聞いてみた。


「多分、周りとあまり変わらないと思うんだけどね…国語、算数、社会、理科、音楽、保健、英語、あとHRかな」

「一般的な知識とかは?」

「HRの時に話したり、特別に授業を設けたりして、やってるよ」

「こちら側の話とかは?」

「あ~そんなことはしないよ!オコジョになっちゃうからね」


特に授業内容には問題はなさそうだ。

秘密がバレるとオコジョになるのが常識なのはいささか疑問が残るけど…じゃあ、なんでだ?

いや、むしろ、常識として馴染んでしまっているのか?あの程度は…。

……ここは元の世界と違うんだ。俺も常識として受け入れることにしよう。


「ところで、士郎くん…なんでそんなことを知りたがったんだい?」

「え…それは…」


素朴な疑問だったんだろうけど、俺にとっては大きな誤算だ。

深く聞きすぎてしまった…どうきりかえそうか…。


「あ~そういうことか…」

「う…」

「話してると忘れそうになるけど、君はまだ十歳前後だしね」

「へ?」

「やっぱり、学校に行きたい気持ちがあるよね…詠春さんからの使命があるとはいえ」


勘付かれたかと思ったけど、見当違いだったみたいだ…。

まあ、ある意味学校に行ってみたいけど…行ってしまえば、それはそれで危うい。

小学校程度なら余裕でできてしまうし…。

とりあえず、適当に合わせてうやむやにしてしまおう。


「詠春さんには恩がありますし、それに報いることからいろいろ始めようって思ってます…学校のこととかも」

「へぇ~…そういや、詠春さんからは士郎くんのことを居候としか聞いてないんだけど、なにがあったんだい?」


さらりと痛いところを突いてくるな…。

真実を言えば、死にかけてこの世界に来たってことなんだけど…。

そんなこと言えるわけないしな…俺の存在が危うくなるし。

それに、自分自身の話はしないって前もって言ってたしな。


「自分自身の話はしないって言いましたよね?」

「そうだったね…でも、またいつか聞かせてもらえたら嬉しいかな…一応、同じところで働くかもしれないんだしさ」

「…そう、ですね…いつか…」


誰にも言う気はない…今はまだ、弱いから。

強くなれば言えるわけでもないけど、強くなければ死ぬ可能性が高い。

俺も俺が告げた相手すらも…。


ふと、視線を感じて顔を上げると、眉をしかめた高畑さんの目と合った。


「…なにか?」

「いや、なんでもないよ」

「?」


高畑さんが俺を見ていた理由はよく分からなかった。

悲痛そうな、なにか遠い目…よく詠春さんも見せていたな…。

何か理由があるのだろうか…。


そこからはお互い喋る空気でもなくなり、無言で学園内を歩いた。

正直、いらぬお喋りで口を滑らしたくなかったから、それでよかった。

あれ以上、向こうから聞き出す情報なんて特になかったからな…。


「ここが、学園長室だよ」


想像していたのよりも重々しさがないな…。

むしろ軽いとすら思える雰囲気だ…。

でも、中にいるのは隣にいる高畑さんより確実に強い人なのだろう…。

そうじゃなきゃ、あれだけの数の魔術師を束ねることなんてできないはずだ…。


気圧されないよう腹を括った。

今後、この世界で生きていく上で強い者と対峙した時にも心が折れないように…。


「失礼します」


高畑さんがドアをノックし、開けた。


「おお、ようやく来おったか」


まともに見えない爺さんがそこにいた。


「ほ?あやつは一緒じゃなかったのかの?」


…顔のパーツは若干変ではあるけど、まだあり得る範囲だ。

けど……???


「ああ、詠春さんなら、今エヴァに会いに行ってます」


とりあえず、目をこすっておこう…何かの間違いだ。


「それに、立場的にも会うのは難しいかと思います」


…いや、どう見てもあれはおかしいだろ。


「それもそうじゃな…あやつには苦労させておるのう…」


ほんとに、人か?いや、まあ…人を捨てた可能性も…。

捨てているのなら、起こりうることだ。


「ところで、そこの彼はさっきからなにをしておるのかな?」


でも、そんな感じはしないし…。

まして、化生の類の雰囲気でもない。


「し、士郎くん?」

「え、あ…どうかしましたか?」

「いや、さっきから頻りに目を細めたり、擦ったりしてたから…」


確かに、俺の常識とこの世界の常識は違うのかもしれない。

でも、周りの人々がああいう風なら、俺も受け入れることができる。

ただ、ある程度人々を見てて、大差はなかった…。

個人的にいえば、年齢より少々幼いように見えるくらいだ。

でも…なんなんだ、目の前にいる人は…。

……いや、違うんだろう。

でも、おかしいぞ…視覚的な意味だけどさ。


「…おかしくないですかね」

「え、なにがだい?」

「なにがかの?」


高畑さんも当事者の爺さんも、何のことだか分かっていない様子だった。


…もう、割り切ろう。

これ以上、考えても無駄だ。

この世界の常識だ。

そういうのがいても不思議じゃないんだ。

ああ、人外としか思えなくても、人なんだ。


「…なんでもないです」


俺がここに来たのは、俺自身の審査だ。

こういうことは割り切って考えよう。

頭部がああいうのも個性なんだ…多分。


「それならいいんじゃがの…おっと紹介が遅れたの。わしがこの麻帆良学園、学園長の近衛近右衛門じゃ。よろしくの」


害意の一遍も感じられない友好的な挨拶だった。


というよりも、威厳というか、覇気というか、そう言う類のものすら全く感じられない。

…隠しているのか、それとも本当にないのかはわからないけど…前者ならば、相当の強者だな。

とりあえず、自分も自己紹介をしなくちゃな。


「…詠春さんのところでお世話になっていた…士郎といいます」

「婿殿から聞いておるよ。大層、腕が立つそうじゃな」


ああ、やっぱりか…。

近衛と聞いて、もしかして父親かと思ってはいたけど、なるほどな。

詠春さんは婿養子なんだ…じゃなかったら、ああいう感じになっていたのだろうか…。

だけど、どういう風に聞いたら腕が立つって思われたんだ。

俺なんか…まだまだだ。


「そんなことはないですよ。まだまだです」

「ほほ、謙遜せんでもええぞい」

「いえ、まだまだですよ…もっと強い人はいますから」


そうだ…アイツラは遥か高みにいる。

今のままでは、ヤツにすら勝てない…勝たなければならないのに。


「ふむ…ところでひとつ聞きたいことがあるんじゃが、いいかの?」


さっきまでとは打って変わって、見透かすような目でこちらを見つめてきた。


拙いか?…気付かれているようなら覚悟しなければならない。

多分、詠春さんから様々な情報を聞いているはずだし…。

■すか、脅すか…どちらにしろ、一瞬で組み敷かなければ…。


「…なんでしょうか?」


どちらにしろ、気付かれてはならない。

ギリギリまで見極めろ。

不意を突けばどうにかなるかもしれないが…。

魔術師の多さを考慮すれば、苦戦は必至だな…だが、負けるわけにはいかない。

そうだろ。


「うちの孫娘…木乃香の様子はどうじゃったかな?」


一瞬にして、気が抜けた。

なにを聞かれるのかとビクビクしていた自分が情けない。

でも、何事もなくてよかった。

まだ、バレていないのだろう。


「いい子でしたよ。料理を教えたら、すごく飲み込みがよかったですし」

「フォッフォッ、そんなことができるようになっとるとはな」


真面目な瞳から、すぐにただの爺さんの目に戻った。

やっぱり、孫娘のことを考える時は、魔術師であろうと、人なんだな。


「将来が楽しみじゃなぁ…のう、士郎君」

「そう、ですね」


…木乃香ちゃんの将来…か。

できれば…木乃香ちゃんには、日向で生きてほしい。

こっちのことなんて何も知らず、生きてくれたらいいな。

詠春さんはそれを望んでいる節があったし…目の前の近右衛門さんも望んでいるはずだろう。

木乃香ちゃんには、似合わない世界だ……と同じで…。


「そうじゃ!将来のことも考えて、うちの木乃香と結婚前提で付き合ってみたりせんか?」

「……は?」


???この人は何を言ってるんですか?

こちら側に来ることを望んでるのか?

ウソだろ?

そりゃ、血は争えないかもしれない。

でも…。


「…」

「学園長、そういう戯れはそこまでにしておいてあげてください…士郎くん、固まってますから」

「フォッフォッフォッ、それもそうじゃな」

「な…」


冗談か…そう、だよな。

そんなこと、許せないもんな。


ホッと胸をなでおろした瞬間、またさっきの目をこちらに向けてきた。


「では、本題といこうかの…」


本題?…まさか、本当にバレていたのか?

いや、まだ早い…どういった内容か聞いてからでも遅くない。

覚悟はすでにできているのだから…。


「…本題とは?」

「本来、士郎君がここに来たのは、タカミチと模擬戦闘をして実力を測るためじゃったな?」

「そうです…」

「ただのう…戦う力だけでは、ダメなことも分かっておるかの?」


多分、こういうことを言いたいのだろう。

『強すぎる力は人を狂わす』

よく聞くような言葉だ。

そんなこと、もう知っている…。

直に見てきたのだから…財力に、権力に、武力に、狂わされた人々を…。


「…それに見合う、精神力の強さですか…」

「そうじゃな…まあ、それをわしが見ることになっとったんじゃが…」


なるほどな…そう言う部分も試されていたのか。

たしかに、見た目的には子供だし…測らなきゃならないんだろうな。


試されていることにすら気付かなかった。

こんななりをしてても…やはり、この学園の長なんだな…。


「…正直、測るのを忘れとったわい…なんで、先に実力を測ることにしようかの」


…前言撤回したくなるな。

隣でずっと黙ってた高畑さんですら、苦笑いを浮かべてるし…。

でも、どこでやるんだ?

場所によっては…使えるものも使えないしな…。


「エヴァに連絡していただけましたか?」

「時期が時期じゃから、寝込んでおるが、使用することの了承は得ておいたぞい」


そういや、さっきも出て来たけど…【エヴァ】って誰だ?

寝込んでるって言ってるし、会えないだろうけど…気になるな。


「わかりました…学園長も来られるんですよね?」

「そうじゃな…間近で見た方がおも…測れるしの」

「じゃあ、士郎くんも行こうか」

「あ、はい」


目的地に着くまで、何人かの生徒…制服を着ているから、そうなんだろう…とすれ違ったけど、学園長は不思議に思われていなかった。

なんだろう…あれは本当に常識なのかな。

でも、まあ…元の世界にも似た様な爺さんはいたしな…。

気にしないでおこう。

それよりも、聞いておきたいことがあったな。


「高畑さん、エヴァって誰ですか?」

「…本人の前では、そういう風に呼んじゃダメだからね」

「え?どういう意味で「──命の保証ができないからね」え…」


例え、君が僕より強くてもね…そう付け加えていたけど、どういうことだ?

名前が嫌いなのか、そう呼ばれるのが嫌いなのか、そこは分からないけど…気をつけておいた方がよさそうだな。

高畑さんより確実に強いんだろう…【エヴァ】って人は…。

俺が高畑さんより強くても命の保証ができないって言ったんだから…。


とりあえず、もう頭は切り替えておいた方がよさそうだ。

目的地に着いてからは平凡な日常じゃない。

俺が元の世界で身を置き続けた、非日常だと…。


まだ、死ぬわけにはいかないんだ。

そうだろ……。








────あとがき────


お久しぶりです。長らくお待たせして申し訳ないです。

途中スランプって、テンパってたもんで、若干中身が崩れてるかもしれません…。

とりあえず、18話…タカミチと詠春の区別がつきづらかったかと…努力します。

というか、口調とか呼称とか間違ってたらバンバン言ってください。

厳しい批評、感想、意見、指摘…その他もろもろお待ちしております。




[6033] 立派な正義に至る道19
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:22




高畑さんと学園長について行くと、学園都市の外れであろう森に入った。


…ここでやるのだろうか?

監視の目はまだ存在しているし…正直、やり辛い。

だけど、その制約の中でやらなきゃならないのなら…やってみせる。


そう心に決めたつかのま、こじんまりとした家…ログハウスの方が近いかもしれない…の前に着いた。


「ここの中で、やるんですか?」

「ついてくれば分かるよ」


そう言って、ノックすらなしで家の中に入って行った。

疑心暗鬼になりながらも、後に続くと…ファンシーな世界が広がっていた。


なんなんだ…ここは?

人形だらけじゃないか…西洋のものが多いようだけど…。

ん?…なにか…。


ある人形に違和感を覚え、じっと眺めてみる。

特に変なところはない。

…ただ、少々気味が悪いけど。


本当は解析をしてみたいところだけど…。

他に人がいるし、やるべきじゃないな。


「士郎くん、ここにあるものは触っちゃダメだよ」

「あ、はい」


手が触れそうなほど近づいていたことに気づき、さっと手を引いた。


…でも、おかしいな。

確か、そんなに近くに寄っていたことはなかったはずだぞ?

まあ、いいか…気にしても仕方ないし。


すぐに切り替えて、高畑さんが進んで行った地下へと足を進める。

部屋の中はさっきの部屋と違い、等身大の人形が並んでいた。


……本当に気味が悪いな…。

オカルト趣味なのか?ここの家主って。

見てるだけで、呪われそうな気がする…。


足早にその部屋を抜けると、ミニチュア模型の入ったボトルが一つだけ安置されている部屋に着いた。

…で、どこでやるんだ?


「エヴァは、どうしてますかね?」

「わしの見る限り、つかの間の休息をしとるようじゃがな」


…ここが【エヴァ】って人の家なのか…。

だから、連絡を入れたかどうか聞いてたわけだ。

意外と変な趣味を持ってるんだな…。

高畑さんと同じくらいの女性だと思っていたんだけど。


「さて、行きましょうか」

「え?」


本当に一瞬のことだった。

理解が全く追いついていないが…別の場所に転移していた。

それと同時に、監視の目も消えた。


「……何も聞かない方がよさそうですね」

「そうだね…今、説明するとややこしいからね」


そう言いながら、手すりすらない橋を堂々と渡っている。


何がややこしいのかは、よく分からないけど…すごいもんだな…。

今いる場所は、結構高い塔の上だし、外と比べて南国みたいに暑いし、辺りは海が広がってるし…。

というか、この世界の魔術ってキャスター並みのやつばかりなのだろうか…。

今だって、軽く転移させられたしな。

もしも、そうだったとしたら、俺に勝算があるか分からない…。

魔術礼装を一切羽織っていないんだからな…。


あまり考えても仕方ない…そう思い、高畑さんの後を追った。


「さてと、ここでやろうと思うんだけど、異存はないかい?」


高畑さんの問いに小さく頷く。

むしろ、ここまで連れて来られて拒否権があるわけないだろ。


「わしは、少々離れたところで観戦させてもらおうかの」


先ほど渡ってきた橋の上で、胡坐をかき、すでに傍観者と化している。

近くで見られても邪魔なだけだしそれはそれでいいか。


確認ついでに、辺りを見渡した。


見晴らしはいいし、邪魔になりすぎるような障害物もない…ただ、何の強化もなしに落ちたら死ぬかな?

…とはいえ、さっきより高畑さんとしては、やりやすくなったんだろうな…。

森よりは動きやすいし、監視の目もないしな。

こっちとしては辛いものがある…地形をうまく扱えないから。

さっきの森なら、監視の目も高畑さんの目も掻い潜りつつ罠を張ることはできた。

だけど、これだけ視界の開けた場所だと、相手をだますことはできないだろう。

むしろ、手の内を見せなければ…厳しいかもしれない。


「さあ、準備をしてもらえるかな」


高畑さんはもう準備ができたように、両手をポケットに突っ込んで立っている。


アレが、彼の戦闘体勢ってやつかな…。

どういった動きをするのかまるで見当がつかない。

ポケットに何か隠し持っているかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

…まあ、いいか…闘ってみれば分かることだ。


気を集中させて、徒手空拳で構える。


追い込まれない限り、俺の魔術は使わない。

詠春さんと違って、信頼できるかまだ分からないからな…。


そして…頭を切り替える。


「それでいいのかい?」

「ああ…構わん」


どちらともなく、動きだした。


「ッ?!」


目で捉えきれない衝撃が顔を襲った。

強化してる分、ダメージは少ないが…正体がつかめない。

距離を置いてみるか…。


「…」


一歩、二歩じりじり寄って来た。

距離がおおよそ8m前後に詰まったところで彼の攻撃が飛んできた。

少々食らいつつも、また距離を置く。


おそらく連打も可能だろう。

彼の顔に疲れた様子もない…基本攻撃とみていい。

ただ、射程は8m、威力はさほどない。

それに、確証はないが…近距離ではあつかえまい。

おおかた一種の牽制のようなものだろう。

…ならば…。


「…見極めるか」


目に魔力を集中させる。

どのような攻撃なのか、何を飛ばしているのか、大体の見当は付いていた。

それでも、確信を得るために、彼の射程に足を踏み入れる。


「っ…」


飛んできたのは、間違いなく拳。

いや、拳というよりも魔力の塊か?


数センチ動き、軽く避ける。

その瞬間、彼の目が驚愕と困惑の色に染まった。

見破られたことのない技が見破られたからだろう。


確かに、普通なら不可視の技だ。

だが、それ以上の速さなら目に焼き付けた。

あの…運命の日に。


彼の連打は避けたことによって増した。

しかし、同時に放たれない限り、避けるのはたやすい。

こちらとて、瞬間的に動いているのだから。


「っ!」


近づいて行くと、彼がポケットから手を出した。

やはりな…。


純粋な殴り合い、いや、捌き合いが始まった。

右の拳が来れば、左で払い、右を出す。

左の拳が来れば、右で払い、左を出す。

一種の組み手のようにすら見えるだろう…。


だが、勝ちは見えていた。


「ぐっ!」


体格差…それが大きいといえるだろう。

本当ならば、図体がでかい方が有利なのだが…今は違う。

技量、力量が同じならば、小さい方が有利になる。

的が小さい上に、懐に潜り込まれやすいからだ。


その結果、彼は腹を押さえて距離を置く羽目になっている。


「…」

「強いね…詠春さんが推すだけのことはある」

「…」

「だけど、これからが本番だ…」


彼は何か集中するように、手と手を合わせた。

途端に、見違えるほどの魔力が滾っている。

これは、マズイ。


彼が再びポケットに手を入れた。

咄嗟に体を引いた。


「?!」


元々いた位置に、まるで大砲が着弾したような穴が開いた。


さっきまでとは、威力が違うな…。

射程は変わってないように見えるが…一撃食らえば、耐えられるか分からない。

これは…厳しくなってきたぞ。


「さあ、どんどん行くよ」


一瞬で、後ろをとられた。


瞬動か…。

今から回避行動が間に合うとは思えない。

一撃食らうしかない。

いや、まだ避ける方法がある。


──強化、開始(トレース・オン)





──Side Takamichi



こればかりは完全に決まったと思った。

本気の一撃…正直、師匠には遠く及ばないけど、子ども一人打ち倒すには十分すぎる一撃だった。

それなのに、なぜ防がれている。

魔法障壁の発動なんて感じられなかったのに…。


「何で…」

「いや、効いたさ」


そう言って、彼は距離を置いた。


正直、今日のこの試験は乗り気じゃなかった。

子ども相手に本気を出すなんて、詠春さんから持ちかけられたとき、耳を疑ったものだ。

確かに、魔法世界へ行くのならば、僕の本気程度なんとかしなくちゃならないさ。

でも、子どもだからな…そうは思ったものの、詠春さんの頼みでもあるし渋々承諾した。

本当なら、軽くあしらってすぐにお帰り願うつもりだった。

だけど、今は逆にあしらわれてしまっている。

見切られ、一撃を加えられ、しかも本気まで防がれた。

多分、彼はまだ手の内を隠している。

さっき防いだみたいに…。


僕もまだまだだな…これじゃあ、師匠に顔向けできない。

それでも、負けるわけにはいかない。


「行くよ!!」


本気の攻撃を連打し続ける。

追い立てるように、彼の位置へ。

彼の顔を見る限り、追われているようにはとても思えない。

まるで、誘っているかのようにすら…。


「?!」


しまった…やりすぎた所為で、砂煙が舞い上がってしまった。

彼の気配もない。

…拙い…どこからくる。


神経を尖らせ、どこから来てもいいように構え続ける。


「こっちだ!」


その声の方に、拳を振りぬく。

確かに、彼はそこにいた。

でも、違和感があった。

さっきまでの彼は、そんな声をあげな…。


爆発し、紙の姿に戻った人形を見て、敗北を悟った。


しかも、このタイミングで咸卦すら切れるとはな…。


「すべて、遊ばれていたのか?」

「いや、それはないさ」


首筋に落とされた衝撃が意識を刈り取った。

その瞬間、うっすらと見えたのは…彼の手に竹刀が握られているところだった。




──Side Takamichi OUT




──投影、解除(トレース・オフ)


砂煙が晴れる前に、竹刀を魔力に還した。


…ギリギリだったな。

高畑さんがあと数年修行すれば、この程度の仕掛け見破られていただろう。

経験の差で勝ったようなものだしな…。


高畑さんは間違いなく強かった。

まだ、さっきの一撃を防いだ両腕がしびれているのだから。

さらに強化したはずだったのに…ここまでやられるとは…まだまだだと思う。

なにはともかく、勝った…多分、バレていないはずだ。


「さすがじゃな」


砂煙が晴れると、胡坐をかいたまま浮いて、こちらに近寄って来た。

そういう姿を見てと、ああ、魔術師なんだなって再確認した。


「まだまだ発展途上とはいえ、タカミチを倒すとはのう…実力は申し分ないじゃろう」


意識を失ったまま、横たわっている高畑さんを一瞥しながら、そう言われた。


ああ、そういえば、忘れていた。

精神力の審査は学園長がするんだっけ。

あの戦いで分かることなんてあるのか?

後半は、見えなかっただろうし…。


「では、聞こうかのう…士郎くんや、これだけの力を何のために使うんじゃな?」


詠春さんにも似たような質問をされたな。

あの時は、力を得ようとして、こう言ったな。

『誰かを助けたいからです』

それが、俺の願いであり、俺の生き様だった。

それは変わらず俺の中にいきづいている。

だからといって、口に出していいものではない。

心の中で思っていればいい、願っていればいい。

そういうものなのだろう。

だけど、俺は…


「──誰かを助けるために、使います」


手が届く範囲で、俺の手が伸ばせる範囲で救う。

今はまだ、それしかできない。

だけど、一を捨てて九を救う、そんなやり方をするつもりもない。

俺は、もう同じ轍を踏むわけにはいかない。

そうだろう…。


「本気なんじゃな?」

「本気です」


真剣な目で見つめてくる学園長に、応えるように強い目で返した。

すると、ふっと学園長の目から力が抜けて、笑い始めた。


「フォッフォッフォッフォッ!!」


いいのー、いいのーとか喚きながら、笑い続けている。

正直、鬱陶しい。

なにがどうなったのか、俺にはさっぱりわからない。

だから、学園長の奇行が収まるまでじっと耐えていた。


「ふー…いいじゃろう…士郎くんがやり切れることを願っておるぞ」

「…合格でいいんですか?」

「うむ、合格じゃ」


よしっ!これで、ようやく俺の道の第一歩が始められる。

もう、挫折などしない…摩耗したりなんてできない。

これが、二度目の歩みなんだから。

さて、そうと決まれば──


「──待て、ジジイ」

「ぬ?…」


そいつは気配もなく、まるで最初からいたかのように、学園長の隣にいた。

身丈ほどの長さの髪、十歳そこらにしか見えない体格、年齢に反した露出の多い格好。

……。

…。

なんだ、この人は…。


!…ああ、彼女が【エヴァ】って呼ばれていた人か。

しかし…なんだろうこの違和感。

俺と同じような人間なのか…?

…正直、見た目よりものすごく年上に見える。

目の前にいる学園長よりも…はるかに。


「お前…化生の類か」


失礼だとは思ったが、直球で聞いてみた。

一番しっくりくる答えだったからだ。

そうじゃなければ、俺と同じようになんらかの力によって子どもになったか…。

どちらにしろ、マトモじゃない。

そう思ったからだ。


「ほう…なかなか面白い奴じゃないか」


イエスともノーともとれる答えが返ってきた。

俺には判断がつかない。

ただ、一つ分かることは…闘えば負ける。

本能がそう訴えかけてきていた。


「エヴァンジェリン、なにをするつもりじゃ?」


学園長の隣から俺に近づいてきていた。

学園長の問いかけは完全に無視されていているようだ。

こいつはやばいな。


「…最近、憂さ晴らしができてなくてな…付き合ってもらおうか?」

「拒否権はないってことか…いいけど、高畑さんだけは避難させてくれないか?」

「ふっ、勝手にしろ」


高畑さんを抱えて、学園長の傍まで持っていく。

そして、学園長に預けることにした。

もうすぐ、目が覚めるだろうけど…。


「気をつけるんじゃぞ…女、子供を殺すようなやつではないから大丈夫じゃと思うが…」

「頑張ってみます…」


正直、戦ってみたかったのかもしれない。

西洋の呪文を扱い、俺の知っている魔術師の闘い方とは別の魔術師と。


正直…魔術を主に扱う魔術師とあんまり戦ったことがなかったからな。

どちらかといえば、武術が主流の人たちだったし…詠春さんや青山さんは…。


「さて、同じように気絶したら負けでいいだろう」

「ああ、構わないよ」


本気で行くか……いや、様子見だ。

徒手空拳でさっきと同じように構える。


勝てなくてもいい。

……今は、まだ…。


………

……




「綺麗事を語るのなら、もう少し強くなることだな」


くっそ…。

こんなに簡単に…。


「きれい、ごと…なんかじゃ…ない…」

「ほう、まだ喋れたか」


立つことすら…ままならない。

それでも、これは言ってやる…。


「おれは…じつげん、させる…」

「…」

「たとえ……」


…意識はそこで途絶えた。





────あとがき────


案外、スムーズにいった19話…正直、戦闘シーンは自信薄。

学園長のエヴァに対する呼称もよく分からないし…これであってるのかな…。

とにもかくにも、エヴァです。

正直、ここらへんから読み直ししまくらないとな…。

エヴァの性格をつかまないと先に進めなさそうだ…。


批判、ご意見、ご指摘、ご感想、待ってます。




[6033] 立派な正義に至る道20
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:22





──In Dream


燃え盛り破壊され尽くされた風景。

どこかしらから聞こえる阿鼻叫喚。

漂っているおぞましい死肉の臭い。

地獄を具現化したような……。


歩く、歩く、歩く。

黄泉路を辿る様に。

歩く、歩く、歩く。

血の臭いを撒きちらしながら。


ああ…これは…。

俺の知る最悪の現場…。

忘れたくても忘れられない。


なにも知らない俺は、何も出来なかった。

助けることも、守ることも…。


「──…」


ああ、ここにいた。

今の俺なら…救える俺が。

そうだろ……。



──Dream OUT



どこだ、ここ…?


ひんやりとした空間に横たわっていた。

上へ上る階段のある点や日の当たり具合からして、さっき戦っていた場所の地下だと感づいた。

そういや、下へ降りる階段もあったしな…。

…ここで寝かされてるって事は意識が飛んだんだな…。


次の瞬間、大声と爆音が耳に入ってきた。


「まだ安定が足りん!その程度だから、あんなガキに負けるんだ!!」


どうやら、さっきの【エヴァ】とかいう女子?の声のようだ。

相手は高畑さんかな?


上の様子を見るために、体を起こそうとしたら激痛が走った。

っ!!

やっぱ無理をするもんじゃないな…。


【エヴァ】との戦い…すべてまともに攻撃を受けた。


避けられなかったわけでも、防げなかったわけでもなかった。

本当なら、追い詰めてもっと相手の力を引き出し、情報を得る必要があった。


だけど…手を出すのも無理だった。


だから、最低限の知りたい情報を知ろうとして…その結果がこれか…。


周りに人がいないことを確認してから、自身の体の解析を始めた。


──解析、開始(トレース・オン)


内臓、骨に異常なし。

ただ、筋肉と皮膚におびただしいほどの裂傷と火傷。

失血量も…予想以上に多い。


相手の魔力は薄かったのに…これじゃあなぁ…。


自分の対魔力のなさを呪いたくなる。

一工程による魔術行使を無効化する程度…あまりに無意味だ。

西洋魔術師と戦う上でも、対魔術礼装がいるのがよく分かった。


強化を使えばもっとマシになるんだろうか…。

…使うわけにはいかなかったから、使えないけどさ。


…先程の戦いを思い出す。

相手は完全な後衛型だった。

多分、普段は前衛が存在しているんだろうな…呪文を唱えているとき、完全に無防備だったし。

止めることも仕留めることも可能だったと思う。

ただ、どのような呪文なのか聞いておきたかったから、聞いていた。

どの魔術であっても『リク・ラク・ラ・ラック・ライラック』っていうのを必ずつけていたな。


その詠唱の後、飛んできた魔術…あれを避けるのは厳しいかもしれない。

あの飛び方は追尾が付加されているように思えたし、広範囲だった。

今後は詠唱が終わる前に、止める必要があるな。

魔術を放った後、無防備になるのなら、避ける方を選択しても構わないな。

どちらにしろ、前衛がいれば、難しいかもしれない。


ともかく、一撃目、体が完全に停止した。

凍るように体が固まった…いや、実際凍ったのかもしれないな。

そして、二撃目、三撃目と追い討ちの魔術。

回避行動をとりたかったが、一撃目の威力が予想以上に強かったおかげで、体が動かなかった。

ここまでは…氷なのだろう、そういう魔術だった。


最後だけは、意識を刈り取ろうとしてか、雷の魔術だった。

というか、雷が本当に落ちてきたように思える。


あれだけ受けて、よく死ななかったもんだな…。

そういえば、ずっと彼女は見下す目をしていたのに…最後だけは違ったように思える。


とても、儚げに見えた。


「おや、目が覚めたようじゃな」

「学園長…」


体が痛むので、ゆっくりと声のほうへ体を向けると、のん気そうな学園長の姿が目に入った。

髭を弄びながら、こちらに近寄って来た。


「タカミチと戦ったときとはえらい違いじゃったな」

「…そうですね」

「わざとじゃろ?あれだけ、タカミチの技を避けたにもかかわらず、エヴァンジェリンのに当たっておったのは」


やっぱ見抜かれてるよな…。


いい訳をする気も、嘘を吐く気もなかったので、正直に頷いた。

すると、学園長は思案に暮れるように眉をしかめた。


「どうしてじゃ?正直、今のエヴァンジェリンならば勝つことも可能だったはずじゃろ?」

「…多分そうでしょうね…でも、知らなかったので避けることができませんでした」

「知らなかった、じゃと?」

「ええ…西洋の人と戦ったことはなかったですから」


この世界では、こういうタイプの魔術師とやり合ったことがなかった。

詠唱方法も、媒介にするものも違っているし…その呪文の長さも。

この世界の魔術師とは、詠春さんの所で何度か模擬戦を行ったことはあったけど…日本古来の魔術師だったからな。

西洋魔術師っていうのが、どんなのか知りたかった。

そんなときにうまいこと、模擬戦をやれるようになったから、相手が化生の類だったけども、手を抜いた。

結果、相手の攻撃を全てまともに受けて気絶した。


…でも、それだけじゃない。

攻撃したくなかったのが、本音だ。

…分かっていても、無理だったな。


「ほう、なるほどのう…で、どうじゃったかな?」

「予想以上に効きましたね…」

「そりゃそうじゃろう…障壁も護符も使っておらんようじゃし」


ある程度の知識は、詠春さんから仕入れてあるし、言いたいことは分かった。

この世界の魔術師は大抵、対魔力があるかどうか関係なく、魔法障壁なるものを張るらしい。

それによって、相殺もしくは軽減するのが、一般的な魔術師らしい。

詠春さんの所…つまり、東洋では、護符を持つことで同じような効果が得られる。

高畑さんは張ってる様子が全くなかったけどな。


「使わないのかね?」

「使わないんじゃないんです…使えないんですよ」


障壁は本当に張れないけど…護符くらいなら持ってもいい。

ただ…正直言えば、俺の中に盾はある。

使う事は…できないけれども。

だからといって、護符に頼りたくなかった。

切れてしまえば、お終いだし、無駄に使いたくないし。


「どうしてじゃ?」

「…習ったことがありませんし、習う気もありませんから」


痛いところを突いてこられたけど、本気でそう思っていたことを答えた。

俺の答えに目を丸くしていた。

あれだけこっ酷くやられてもなお、習わないというのがあり得なかったからだろう。

でも、俺には無理だ…覚えられるはずがないしな。


「ふむ…それなら、魔力か気を高めるしかないのう」

「詠春さんにも同じようなことを言われました」


初めての模擬戦の後に、『攻撃を受けてしまうのなら、気を高めて、自分自身に伝わらなくするしかないです』って。

それから、気を集中させる術を覚えて、なんとかやってきたんだけど…。

今回ばかりは忘れていた…いや、初めからやる気がなかったのかもしれないな。

…分かってるつもりだったのに。


「分かっておるならそれでええわい」


納得したように、頷いていた。


この人、本当に食えないな…。

どこからどこまでを知っているのか、全然分からない。

出会ったときからそうだった。

木乃香ちゃんの様子だって、詠春さんから聞いているはずだ。

それなのに、わざと聞いてきた。

意識を逸らすためなら、見事にしてやられたわけだし…。

それに、さっきの質問だ。

多分、勘づいていただろう…俺がわざと当たったことも障壁が使えないことも。

確信が得たかったから、聞いたのか?それとも、本当に知らなかったのか?

どちらもあり得るし…この爺は侮れない。

さすがは、この学園の長と言ったところだろう。


「ああ、言うのを忘れておったがの…ここ、一日過ごさんと出れんから、そのつもりで」

「はぁ?!」


一日ってええええええええええ!!??

どういうことだ?説明が足りないだろ??


「食事のことなら心配せんでも大丈夫じゃ。貯蔵もしっかりされておるみたいじゃしの」

「そんなことを聞きたいんじゃない!…です」

「ほう?じゃあ、何が聞きたいんじゃ?」


こ、この爺さん…本当に食えない。


「えっと…学園長も高畑さんも教師なのに、こんなところで一日過ごしていて大丈夫なのかな~と」

「ふむ…それについては問題ないぞい…ここの一日は外の一時間程度じゃからな」


……なぜだろう、この世界の魔術は元の世界に比べて、とても不公平に思える。

こんなものがあれば、どれだけ俺は…。

…あまり考えても、今となっては無意味だ。

ただ、現実かどうかすら疑いたくなるな。

なんの対価もなく、こんな魔術が使えるなら、どれだけすごいことなんだろうな…。

…まあいいか。


「まあ、ゆっくり休むといい…まだダメージが残っておるんじゃから」

「…そうさせてもらいますけど、その前に聞いてもいいですか?」

「なんじゃい?」

「なぜ…あんな化生がここに?」

「それはのう…本人の口から聞くのが一番じゃし、後で本人に聞いてくれ」

「な?!」


フォッフォッフォッと笑いながら、階段を上って行った。

学園長が視界から消えた瞬間、一気に気が抜けた。

それに伴って痛みが走り始めたので、再び寝ころんだ。


本人から聞けるわけないだろう…。

どういう化生かは知らないけど、なりたくてなったわけじゃなさそうだ。

なりたくてなったんなら、それなりの狂気があるはずだ。

それが、なかった…多分、ならされたんだろう。


じゃあ、誰が?


学園長か?いや、ない。

もし学園長がならせたのなら、制御できるはずだ。

あの時、完全にシカトかまされてたし、ない。


じゃあ…いや、考えても無駄だな。

今のところ、情報が少なすぎるから分からない。

どういった経緯で、どういった事情で、なってしまったのか…聞いておく必要があるな。


今はまだ訓練中だろうし…とりあえず、眠るか…。


今度は悪夢じゃないことを願いながら、目を閉じた。




──Side Evangeline



あ~…この時期がもっとも苦手だ。

吸血鬼の真祖にして最強の魔法使い、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』と恐れられたこの私が…。

風邪と花粉症如きで寝込むなど……それもこれも全部、ナギが力任せで術をかけた所為だ!!

あの時のことは思い出しただけでも、腹が煮えくりかえりそうになる。

罠に嵌められ、なす術なく負けた…。

屈辱だ…とてつもない屈辱だった。

今となっては…もうどうでもいい。

ナギは……もう…。


「ノックしても返事がなかったので、勝手に上がらせてもらいましたよ」

「…近衛…詠春か」


大戦で、ナギとともに活躍した神鳴流の剣士…いわば、ナギの戦友。

確か、今では西の長を務めているんだったな。

剣術の腕前は、あの面子で一番だったと聞いているが…今は分からんな。


「久しいというべきなんでしょうかね?ただ、人伝によく聞いていたので、久しいと感じられないのですよ」

「ふっ…主にナギとジジイからだろ?」

「よくお分かりで…」


こいつはジジイよりマシではあるが、食えないところもある。

一緒に行動していた時期では、無口な男だったからな。


「で、何の用でこっちに来た?西の長である貴様が、東に出てくること自体、異例だろう?」

「…隠し事をしても無駄でしょうし、率直に言いますと、ナギの捜索のためです」


?!…ナギを探すだと?


「二年前に死んだんじゃなかったのか?」

「…公式記録ではそうなっていますが、信じられなかったのですよ…」


確かにそうだ…あれだけの人間が早々に死ぬわけがない。

私だって、信じていない。

だが…私はここを出れない。

本当なら、その話を聞いた時点ですぐに飛び出したかった。

それでも、ヤツの呪いが私を引き止める…。

だから、調べることもできず、受け入れるしかなかった。


「それで、どうなっているんだ?」

「今、それを調べてもらうために頑張ってもらっています」


つまり、コイツは託したわけだな。

希望を誰かに…そうなると、信頼できる筋に限られてくる。

大戦時の仲間か…いや、ないな…今の近衛詠春に連絡が取れるとは思えん。

連絡が取れるタカミチもタカミチで、多忙だから無理だろう…。

じゃあ、誰だ?…分からん。


「…誰に任しているんだ?」

「ある少年に託しています」

「ある少年?」

「ええ…私と同等かそれ以上の力を持つ少年ですよ」


なんだと?今の詠春がどれほどのものかは測らんと分からんが…相当の手練にだな。


「どういうやつなんだ?」

「わかりません」

「はぁ?」

「素性は分かりませんし、正直年齢が本当に少年なのかも分かりません…それに…いや、なんでもないです」


それに、の後が気になるが、まあいい…実に興味深いな。

素性も年齢も分からない…ただ、見た目は少年という意味だろう。

そして、特に興味深いのが、近衛詠春自身が信頼を置いていることだ。

…そうでなければ、ナギ捜索なんて重要なこと任しはしない。

なにがあったのか、言及してやりたいが…今はいいだろう。


「それで、どうするんだ?」

「魔法世界へ行ってもらうために、いろいろと画策しています」

「ほう…どこの馬の骨か分からんやつを向こうが受け入れるとは思えんがな」

「そのために、「悠久の風」に所属して実績を積んでもらおうと」

「…なるほどな…あの組織での実績があれば、すんなりいけるだろう…しかし、どうやって入れるつもりだ?」


近衛詠春が英雄とはいえ、いきなりこの子をお願いします、といって、はい、わかりました、なんてことにはならない。

ある程度の過程が必要だ…ん?そういえば、ジジイがタカミチのために別荘を貸してほしいとぬかしておったが…。

まさか…。


「タカミチとやらせるつもりか?」

「ええ…勝てれば、箔が付くものでしょう?」

「確かにな…今でも現役で活動して、様々な功績を残しているしな…だが、勝算はあるのか?」


タカミチだってそれなりに強い…もちろん、咸卦法を扱えている時だけはな。

扱える時間も短い上に、出力も安定していない。

あと、十年は修業させんといかん…。

そこに付け込めば勝てると思うが…。


「たぶん、大丈夫です…虚空瞬動までは扱えませんが、瞬動は私よりも上手いですし、目がいいですから」

「目?」

「ガトウさんの無音拳は難しいかもしれませんが、タカミチくん程度なら見切ってしまうと思います」

「ほう…つまり、貴様の剣先はすべて見切られていたわけか」

「痛いところを突いてきますね…」


なるほどな…それなら、実力的には申し分ないだろう。

あとは、あれだな…。


「精神はどれだけ強い?」

「…測りかねますね」

「分からんのか?」

「ええ…ただ、普通じゃないのは確かです」


普通じゃない、か…どうせジジイがテストするんだろうな。

あのジジイほど食えない者はそうそういない。

核心を突くことができるだろう。


まあいい…私も後で見ることにするか。


「では、帰りますかね」

「ん?もう帰るのか?」

「本山を空けすぎるのもよくないですし…それに、私の用件は済みましたしね」

「?」

「あなたに知らせて、彼に興味を持ってもらうことですよ」

「な…」


こいつもあのジジイと一緒で食えない…。

悪であるこの私を嵌めるとは…今度来たとき、なにか盛大にやってやる…。

花粉症さえなければ、今すぐにでもやってやるのに…。


「では、またどこかで」

「…ああ」


詠春がいなくなったことで、静けさが戻る。

もう少し眠っておこうかと、うとうとしていたら、誰かが入ってくる気配を感じた。

タカミチとジジイと…誰だこの気配は?…ああ、さっき言っていたヤツか。


一目見ようと重い体を動かして、下に降りた。


「ヨウ、御主人。動イテ、大丈夫ナノカ?」


私の魔力が封じられているせいで、まともに動けないチャチャゼロが声をかけてきた。


「チャチャゼロか…そうだ、さっき通って行った子どもはどんな感じだった?」

「ン?…ソウダナ、アイツニ似テタナ…サウザンド・マスターニ」


雰囲気ダケダガナ、と付け加えていたが…チャチャゼロが言うなら、間違いではないだろう。

私と一緒にやり合ったことがあるんだから。


「ほう、なら見てみんとな」

「トカ言ッテ、実際気ニナッテルンダロ?」

「ほう、一度、解体されたいか?」

「冗談ダ、御主人。テカ、早ク行カネェト終ワッチマウンジャネェカ?」

「…覚えておけよ」


昔から扱っているだけあって、口が悪い。

今度、作る時はもっと口調がいい、言うことをよく聞くやつを作ろう…。


そんなことを考えながら、別荘に入ると…すでに終わっていた。

タカミチも相手の子供も無傷のようだが…タカミチは倒れていた。

ここに来るまで数十秒しかたってないはずだから…数分で負けたか…鍛え直さねばならないな。


だが、確かに似ているかもしれんな…ナギに。

闘い方や性格は分からんが、見た目は似ている…。


「では、聞こうかのう…士郎くんや、これだけの力を何のために使うんじゃな?」


ジジイの質問か…精神を測るためとはいえ、下らん質問だ。

力なんてもの独善で使うものだ。

誰かの為であろうと、結局は誰かの為という名目がほしいだけで、自分の為に使っているのだから…。

で、どう答えるんだ?


「──誰かを助けるために、使います」


ほう…まさか、そんな綺麗事をぬかすとはな。


「本気なんじゃな?」

「本気です」


言い切るとは…クックックッ…。


「ふー…いいじゃろう…士郎くんがやり切れることを願っておるぞ」

「…合格でいいんですか?」

「うむ、合格じゃ──」

「──待て、ジジイ」

「ぬ?…」


そんなもの存在しない。

独善じゃない力なんて、あり得ない。


「別荘を借りたいと言ってたのは、こいつを見るためだったのか」


そうでなければ、私がこんな姿になることもなかった。

誰かの為ではない…アイツは自分の為に私を変えた。


「お前…化生の類か」


私の正体を一目で勘づくか…面白い。


「ほう…なかなか面白い奴じゃないか」

「エヴァンジェリン、なにをするつもりじゃ?」


ジジイの言葉は無視して、目の前の子どもを見る。

…近衛詠春が言っていたことが分かるな。

コイツは測れない。

魔力も質が違う。

そして、想像以上に経験を積んでいるのであろう…私にかなり警戒している。


「…最近、憂さ晴らしができてなくてな…付き合ってもらおうか?」


理由なんてどうでもいい。

ただ、正したかった。

コイツの考えを。


「拒否権はないってことか…いいけど、高畑さんだけは避難させてくれないか?」

「ふっ、勝手にしろ」


気絶しているタカミチに気を使うとはな…まだ余裕があるのか?

…いや、そうじゃないな…。

コイツも…ナギと同じなのか?


「さて、同じように気絶したら負けでいいだろう」

「ああ、構わないよ」


そうであるなら…私を倒せ。

証明して見せろ。

誰かのための力であるならな…。


…一瞬で蹴りがつくとは思えなかったが…。

なぜ、魔法を気すら張らずに受け続けた?

なぜ、反撃してこなかった?

それがわからなかった。


「綺麗事を語るのなら、もう少し強くなることだな」


最後は特別にナギの得意とした魔法で仕留めた。

なぜかは分からない。

ただ、そうしたかった。


「きれい、ごと…なんかじゃ…ない…」

「ほう、まだ喋れたか」


意外だな。

意識を刈り取ったつもりだった。

まあいい、それももう長く持ちはしまい。


「おれは…じつげん、させる…」

「…」


っ…コイツは…。


「たとえ……」


そこで倒れた。

まだまだ、だ…。

だが…。


「その道を歩むのなら、貴様と私は相いれない…覚えておけ」


聞こえているか分からないが、そう言っていた。


光に生きるなんて私にはできないのだから。



──Side Evangeline OUT










────あとがき────


ごめんなさい。どんなに読み返してもエヴァのキャラが掴めません。

とりあえず、士郎のアンチテーゼとしました。

正直、書き直せたらいいんですけど…これ以上、自分自身じゃどうしようもないんで…。

なにはともかく20話…長くなったな…と思う日々です。

ああ、この先どうなっていくのか…不安です。


ご意見、ご指摘、ご感想、ご批判がございましたら、感想掲示板に書き込んでやってください。

お待ちしております。





[6033] 立派な正義に至る道21
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:23





目を覚ますと、痛みは残っているものの動けるくらいまで、回復した。

どれくらいの時間が流れたのか、そう思って辺りを見渡す。

暗いし、月明かりで照らされている…どうやら夜のようだ。


そうなると…4,5時間くらい寝てたか?

ずいぶん寝たもんだな…無防備に。

とはいえ、これだけ寝ても外ではあまり進んでいない…。

そう思うと、恐ろしいな。

歳を取っても時間は進まない場所があるっていうのは…しかも、こうも公に扱われている。

ということはだな…。

俺に使われた魔法…並行世界の移動も、もしかしたらこの世界においては魔術に分類されるのかもしれない。

公に広く使われているのであれば…俺の存在を隠す意味はなくなる。

そういう人間がいくらでもいるわけだしな。

でも…現段階ではあるかどうか知らない。

…その状態で、明かすのは危うい。

もし、そういう魔法がないのなら、どういうものか知りたがる。

解剖とかされるかもしれないしな…。

まあ、別段明かす必要はない…偽れているし、身分もあるし。

ただ、今のままだと俺の道を歩むのが難しい…。

投影…俺の持つ、唯一無二の魔術。

これが今は公に使えないんだから…。


「はぁ…」


しかしまあ、あと10時間経たなければ帰れない、か…。

これだけ時間があるのなら、鍛錬を行いたいところだけど…できないな。

人の目に晒されてやる気はないし…投影もやるしな。

…そういえば、この世界に来てから“あれ”を使ったことがない。

使いこなせなければ、ヤツには届かないのに…くそ。

…でも、この世界で使えるのか?

使えない可能性は十二分にあるな…この世界の魔術は元の世界のものと質が違う。

それに、魔力の在り方も違うし…。

とにかく、使えるか使えないか、早目に確認をしておかないと…。

追い詰められてから、使えませんでしたじゃ…悔やんでも悔やみきれないしな…。

でも、どこで確認しようか…“あれ”を使える場所なんてそうそうないし。


「はぁ…」


そもそも、使おうって言うのが間違いか?

…いや、使わなければならない。

そうしなければ、護れるものも守れない……。

じゃあ、使えなかったら?

いや…考えない方がよさそうだ。

手が届く範囲で救う。

今はそれしかできないのだから。


「…はぁ」

「ため息ばかり吐いて、何が楽しい」

「ん?…」


声のした方に振り向くと【エヴァ】が座っていた…ワイングラスを片手に。

さっきまでとは服装が違って、大人びた格好をしているな。

そもそも、ワイングラス入ってるのも酒かどうかわからないし…大人ぶってるだけかもしれない。

…でも、まあ観察しているのもなんだし、話しかけるか。


「えっと………」


そういえば、名前は【エヴァ】としか聞いていない。

でも、そう呼ぶとどうなるか分からないから呼べないし…。

というか、年齢が分からないから、敬語の方がいいのかな。

でも、年下だったら変だしな…。

化生の類なんだし、それはないか?

むしろ、警戒した方が…。


「貴様のやりやすいように話せばいい」


どういった対応をすればいいか分からず、戸惑っていると助け船を出してくれた。


「それなら助かる…外見じゃ判断がつきそうになかったからな」

「それはそっちもだろう?見た目はガキだが、そうは見えんぞ」

「よく言われるけど、それはな「──そうか、ならガキと呼ばせてもらおう?」──む…」


クククと嘲笑って、こちらを見据えている。

嵌められたな…。

さすがに、ガキ呼ばわりされるのは些か腹立たしかった。

おかげで顔に出てしまったから…今更ガキじゃないって否定できないな。

これは…あの学園長より厄介かもな…。


「腹の探り合いをしに来たのか?」

「それもしたいが、今はそう言う気分じゃあない」


あしらい慣れているっていう感じだな。

まあ、やる気がないんだったらそれでいいか…。


「…俺は士郎だ、あんたの名前は?」

「む…そういえば、自己紹介をしていなかったな」


そう言うと、ワイングラスを置いて、立ち上がった。


…いったい何が始まるって言うんだ?


「我が名はエヴァンジェリン…「闇の福音」(ダーク・エヴァンジェル)とも呼ばれている悪の魔法使いだ」


…………

……

はぁ?

えっと…冗談か何かか?

「闇の福音」といえば、こっちの世界では600万ドルもつけられた大物だぞ。

他にも「人形使い」(ドール・マスター)、「不死の魔法使い」(マガ・ノスフェラトゥ)、「悪しき音信」(あしきおとずれ)とか言われている。

特筆すべきは、吸血鬼であることだ…死徒なのだろう、それも27祖級の。

もし、ぶつかることがあれば、全力を持って倒すつもりだ。

話し合って解決できる存在なのか、今ははっきりしないからな…。

…その存在が、目の前にいるこの子とは到底思えない。

日が照っている中も平然と動けていたのがその証拠だ。

とてもじゃないが、その類には思えない。

この子はどちらかといえば、何かのハーフとかじゃないのかな?


「…」

「…」

「…もしかして、知らんのか?」

「いや、知ってるけど、もう少しマシな冗談を言って欲しかったかな」

「これでもか?」


いつの間にか伸びた爪先が首筋にあてがわれていた。

油断していたとはいえ、一瞬で俺との間合いを詰めたその実力だけを見れば、なんとなくそうかもと思える。


でもな…。


「仮にそうだとしたら、なぜこんなところにいる?」

「……ふん」


手を引いて、さっきまで座っていた位置に戻っていった。

そういうことは探られたくない、か。


それでも、踏み込むべきなんじゃないか?

エヴァンジェリンが「闇の福音」だとすれば、まだ話し合えるんじゃないか?

倒さなくてもすむんじゃないのか?


「エヴァンジェリン、ひとつ聞かせろ」

「…なんだ?」

「なぜ、そうなったんだ?」


エヴァンジェリンがここにいる理由も聞きたいけど、さっきは避けられたからな。

この質問も避けられるかもしれない…でも、聞かないと始まらない。

まず、エヴァンジェリンが死徒へ至るにしては、外見が若すぎるからな…。


「信じる気になった、と言うことか?」

「半分くらいはな」


正直なところ、分からない。

信じるにしても信じないにしても情報が少なすぎる。

化生の類であることを考慮して、20%くらいだ。


「…ふん、聞きたいのなら聞かせてやってもいいが、条件がある」

「なんだ?」

「お前の正体を教えろ」


……厳しいところを聞いてくるな。

軽く話せる内容じゃない。

特にここではな…他にも高畑さんとか学園長とかいるし。


「…」

「ガキじゃないことは分かっている…どういった経緯でそうなったか、それを教えろ」


俺のことを知ることは相手に危険を及ぼすことになる。

それがわかっているからこそ、全ては言えない。

かといって、嘘を言わずにあたりさわりないことを言って、納得させることができる相手でもない。

冗談として受け取る可能性はあるが、証明しろとか言われそうだ。

どうするべきか…。

そういえば、ヤツなら…ああしやがったな…。


「いいだろう」

「なら…話してやろう…だが、出歯亀がいるようだから、場所を変えようじゃないか」


学園長か高畑さんか…どっちにしろ聞かれるのは嫌だな。

俺はその申し出に頷き、エヴァンジェリンの後について行った。


「ここでいいだろう」


塔から少々離れた砂浜で、足を止めた。


「ここでも聞かれるんじゃないのか?」

「私に気付かれておきながら、のうのうと聞きに来るほど馬鹿なら生きていないさ」


ここならいいか?…魔術の類がある可能性は否定できないんだけど。

でも、あの言い方だと、大丈夫なんだろう。

疑って話を聞けないより、信じて話が聞ける方がまだいいだろう。

でもまあ、一応確認はとるか…。


「…」


辺りを見渡し、気配を探る…。

……

…。


「確かにいないようだな」

「疑り深い奴だな」

「お互い様だろう?」


皮肉を言いあって、互いに嘲笑した。

さて、ここからは探り合いになるな…。

…どれだけ情報を得て、どれだけ情報を出さないか…。

出していいモノ、出していけないモノ…その判断もしながら話さないとな。


「なぜ、私がこうなったのか、だったな?」

「ああ」


俺の返答から少し間をおいて、エヴァンジェリンは語り出した。


「…中世欧州に生まれた私は……ある男によって、この身体になった」


中世…てことは、1500~600年くらい前か…つまり、相当長く生きていることになるな。

…長く生きれば生きるほど強くなるはずだ…それなのにあの魔力の薄さは一体…。

そういうことも聞いておきたいところだけど…まずは、そのある男の動向だ。

生きていられたら…またエヴァンジェリンのような存在が生まれているかもしれないからな。

それに…少し安心した。

自分自身でなったわけじゃないから…。


「ある男とは?」

「今となっては過去の愚物だ…すぐに滅してやったからな」


時すでに死んでいたか…エヴァンジェリンによって。

…しかし、解せないな…。

日を浴びれる点から死徒ではないことはわかるが…なり方が死徒そのもの…。

…これを聞けばわかるか。


「血を吸わなくてもいいのか?」

「貴様の発想は貧困だな…吸血鬼だからと言って血を吸う必要はない…まあ、多少は吸うこともあったが」

「それで、相手は吸血鬼になったのか?」

「することはできるが、する気はない」


死徒とは違う点はいくらかあるな。

血を吸う必要はないこと、例え血を吸っても死徒とならないこと、日が浴びれること。

総合すると、死徒ではない別の吸血鬼。

そうなると、真祖か?…いや、真祖だったら血を吸えば大変なことになる。

そうなっていないんだから、ありえないか。

じゃあ、なんだ?

…いや、いいだろう…死徒とは違う、それだけで十分だ。


「今までどうやって生きてきたんだ?」

「…」


エヴァンジェリンの顔色が変わった。

地雷を踏んだか…なら、突っ込んでいくしかない。

…ここからが、勝負所だ…。


「特異な存在である以上、追われ続けていたんだろ?」

「…」

「それに、あれだけ高額の賞金首になるなんて、なにをした?」

「…」


無言…か。

だけど、この場から去らない。

なら…まだ、機会はある。


「…一人だったんじゃないのか?」

「っ…」

「なぜ「──黙れ」…」


さっきと同じ…いや、さっきとは違って、殺す気で爪を刺してきたエヴァンジェリンの手を掴む。


「そこまで激情する必要はないだろう」

「貴様…」

「俺は知らないんだ…あんたがどう生きてきたのか、どうして今ここにいるのか…だから、いろいろとな──」


知らないからこそ、突っ走った。

そうすれば、見えないものも見えてくると思ったからだ。

そして、見えてきたのは…エヴァンジェリンは過去を振り返るのを嫌っている。

独りだったから、悪意に晒され続けたから、人を信じられないのだろう。

昔の俺と逆だな…。

今は疑うことも覚えた。

でも…信じたい。

ただ暴力をふるっている存在じゃなかったって…悪なんかじゃないって。

だから…。


「──聞かせてほしい…信じたいから」


手を引いて、目と目を合わせてそう言い切った。



「ちっ…それなら、実際に見るがいい」

「な」


なんだ…意識が歪む…。

この感覚は…。


「ここは……」


気付いたら、俺とエヴァンジェリンは砂浜じゃなく街中にいた。

すぐさま辺りを見渡すと、店名や建物の造りに違和感があった。

ここは、現代じゃない。


学園都市に転移したかと思ったけど…どうやら、欧州みたいだな。

馬車が通っていたり、ゴシック様式の建物があったり…人々の服装が違う。

…中世?……時間移動でも行ったというのか?


「なにをぼーっと突っ立っている、こっちだ」

「あ、ああ」


いつの間にか、前を歩いていたエヴァンジェリンの後を追った。

周りの人々は…エヴァンジェリンはともかく…俺の服装を見ても何の違和感も覚えていないようだ。

それどころか、目に入ってすらいないんじゃ……ああ、なるほどな。

さっきの身に覚えがある感覚ってのは幻術かけられたからか…。


「エヴァンジェリン…ここがお前の生まれた時代か?」

「…」


無言で返された。

自分で判断しろってことか…。

ただ、無言で返すってっことは…多分、そうなんだろうけど。


「…なあ、この先って城じゃないのか?」

「黙ってついてこい」


…これ以上神経を逆なでするのはよくないだろうし、黙ることにした。

湖の真ん中に位置する城…その中へ橋を渡って入っていく。

仰々しい門があったけど、まるで幽霊の様にすり抜けていく。


…城だけあって、立派な作りだけど…なんだろう。

異様なまでに暗い。


「ここだ」


エヴァンジェリンが足を止めたのは、見た目は普通の扉の前だった。

ただ、肌に感じる悪寒は並々ならないものがある。


「…ここに何が?」

「見れば分かる。私は二度と見る気はないがな…」


…なんとなく察してはいたけど、扉をすり抜けた。


「……」


訳が分からず、錯乱する少女。

何もものを言わぬ、屍。

床や壁を染めていく赤。


そして、何もできず黙って見ている傍観者…。


その部屋を無力と恐怖だけが支配していた。


「これが始まりか…」

「…次に行くぞ」


エヴァンジェリンは何食わぬ顔でその場を去った。

いや、歯を噛みしめていたようにも見えたか…。

…どうしようもできない。

その悔しさを噛みしめながら、俺もその場を去った。


門をすり抜けたと同時に、世界が変わった。

…見慣れた光景がそこには広がっていた。


「…」


何もかも終わったであろう戦場にいた。

さっきの少女は一人で立っていた。

数えきれない返り血を浴びたであろう衣を身にまとって。


「どうだ…この光景は」

「…」


主を失った剣や盾が散乱し、亡骸を守り続けている鎧が転がっている。

生きているものなんて何もないように思えるほど、色濃い死が漂っている。

悲しみや怒り、恨み…そんな感情すら、ここでは生きていない。

そう思えるほど、死以外なにもなかった。


「…」

「言葉を失うほど、怖いだろう…悪意しかないのだからな」

「いや、そうじゃない」


知っているから…何も言えない。

隠さなくちゃいけないから…何も言ってはいけない。

最後の俺と似ているから……何も言う気には…。

言う気には……。


「知っているし、体験したさ」

「な…」

「もっと現代でな…」


言うしかなかった。

これ以上…エヴァンジェリンが悲痛で顔を歪ませるのを見たくなかった。

それに、嘘を吐くわけにはいかないからな。


「血や火薬が入り混じった異臭が漂う戦場で一人、逃げ続けた。

どこに逃げても響いてくる人々の憎悪や悲哀の声。

そして、迫りくる暴力…俺は、戦うことを選ばなかったけどな…まあ、魔力も体力も尽きてたからでもあるけど」

「…貴様はなぜ逃げた?」


改めて聞かれると分からない。

考えたこともなかった。

ただ単に…。


「これ以上、傷つけたくなかった…護りたい人々を」


その返答にエヴァンジェリンがわなわなと震え出した。


「なぜ、守りたいんだ?」

「助けてほしいと願う人がいたから」


その言葉にエヴァンジェリンが切れたらしく、掴みかかって来た。


「そんな生き方をしていたら、裏切られるだろ!?」

「ああ…裏切られたこともあったな」


助けたと思ったら、撃たれたっけ。

気絶させて、その場から去ったけど、あの時はやばかったな。


「なぜ、嫌にならない!人という存在を!!」

「じゃあ、逆に聞こう…全ての人を嫌いだったか?」

「それは…「──ないだろ?」──ぐ」


なんとなくだけど…分かっていた。

エヴァンジェリンは闘いたくて戦ったわけではない。

殺したくて殺したわけじゃない。

ただ、噂や伝承が巨大にしてしまっただけで…本当は人間なのだと。

体が化生であろうと…人だから、人と戦えないんだって。


「たださ、信じるしかないから…俺には」

「…だから、私も信じると?」

「ああ」


呆れたのか、もうどうでもよくなったのか、分からないけど、盛大に笑いだした。

ただ…泣くほど笑うとは、そこまで面白い話か?

若干ショックなんだけど…。


「私が悪の魔法使いだと自他共に認めているんだぞ?」

「それでも、信じるさ…それに、善い奴だって思えるし」

「はぁ?」

「高畑さんを稽古つけたりしてるしな」

「あいつは、旧知の仲だから!…それに、厳しくしている!!」

「ああ、多少の加減をしながらなぁ」



数十分程度、いじり続けていたら、なんかいきなり前の場所に戻った。

そして、エヴァンジェリンは言う。

最強状態で貴様をいじり返すと…。

幻術世界なので、肉体的なダメージはなかったが、精神的にきつかった。

ただ、最後にこう言っていた。


「士郎…お前を信じたわけじゃないが、面白そうだ」


初めて名前を呼ばれた気がした。

親しくなれたんだろうか…あれだけやられたけど。




─────あとがき─────


訳が分からないことが多かった21話でした。

中世の建築様式とか知らないし、調べたもののあってるか分からない。

後半はキャラ崩壊しているかもしれない…。

あと、最近、ネギま本編で大戦の終了が5年前だと分かりましたが、今は直しません。

直す箇所が多いので…見直ししてから直します。

その時に、誤字云々は直したいかと…。


ご意見、ご指摘、ご感想がございましたら、感想掲示板までお願いします。




[6033] 立派な正義に至る道22
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:24





「さて、士郎…お前がなぜそうなったか、教えてもらおうか?」


…覚えていたか。

さっきまで苛めていたから、ひょっとすると忘れてくれてると思っていたのに。

仕方ないか…だけど、話せやしない。

かといって、話さなければまたさっきと同じようなことになりそうだ。


「…分からない」

「なんだと?」


エヴァのこめかみに血管が浮き出ている…やっぱり怒っているようだ。

とはいえ、俺が言ったことは嘘偽りのない真実だ。


「本当に分からないんだ。気がついたら、こうなってた」


世界移動が原因なのだろうとは思うけど…確証はない。

この世界の時間軸に合わせて若返ったようにも思えるけど…わからない。

だから、まだ語れない。

信頼における人であっても…。


「…どういった要因でそうなったかも分かっていないんだな?」

「ああ、分かってない」

「…」


俺を見据えるように、じっと睨んできた。


きっと、測りかねているといった感じだろう。

嘘ではない、でも真実とも言えない。

そんなことを考えているのだろうか…。


「まあいい、それが本当だろうと嘘だろうと、お前は外見年齢と実年齢が違うのだな」

「それは、そうだな」


否定しようもない事実なので、肯定しておく。

正直、否定してしまいたいけど、逃れようがないし…。

でも、まあ…大丈夫だろう。

口が軽いようには思えないし、それに周りにはかなり警戒しているみたいだからな。


「実際は、何歳なんだ?」

「30代になるんだろうな…」


実年齢は全く分からない。

大体の年齢なら見当がつくけど、あの聖杯戦争によって記憶が飛んだからな。

それに、戦い続けた日々が8年そこらだったのかすら、把握できていない。

多分、合ってるとは思うけど…。


「…ほう、それなら納得がいくな」

「なんの、だ?」

「タカミチを一蹴した力のな…」


苦肉の策でしかなかった。

投影と強化は人前では使用禁止、気のみによる徒手空拳。


その制約の中で勝てたのは、運でしかない。

高畑さんの戦闘経験が未熟だったから、勝てただけだ。

あと2,3年修行をすれば、すぐにでも追い抜かれるだろう。


でも、■し合いとなれば、負けやしない。

この身は一度も負けを知らないのだから。


「…」

「あいつは私が鍛えていたんだ。並の術者なら負けない程度にはな」

「そうなのか…」

「ああ…それが、あの様ではな…さらに鍛えてやるつもりだ」


エヴァは笑いながら、そう言った。


…悪いことをしたなぁ。

まあ、鍛えられるのは良いことなんだろうけど…かなり厳しくなりそうだな。


とりあえず、心の中で合掌しておいた。


「さて、そろそろ本題を聞こうか」


声色から目つきまで、全てが変わった。

それによって、さっきまでの緩んだ空気とは違う、張り詰めた雰囲気に変わった。


「なぜ、手を抜いた?」

「…」


手を抜くつもりはなかった。

見極めているつもりだった。

でも、心の中は違ったはずだ。


「被っただけさ」

「…何とだ?」

「妹…いや姉になるのかな?…その人と被ってな…何も手を出す気にならなかった」


金髪じゃないし、目の色も違う。

でも、被った。

だから、どうしても手を出せなかった。

…あの時の繰り返しは嫌だったから。


「甘いな…お前が今まで生きてきた戦場において、その甘さは命取りになるんじゃないのか?」

「分かってるさ…でも、もう二度と捨てたくはない…」


もう二度と…悲しませたくない。

もう二度と…戻りたくない。

もう二度と…殺したくない。

だから…この甘さは捨てない。

そのための代償はいくらでも払うつもりだ。


「それで、死んでも構わない」

「…クックック…ハッハッハッハッ!!!」


そこまで盛大に笑われると、ムッとなってしまった。

それに気付いたのか、「すまんすまん」と平謝りをしてきた。

そして、笑うのをやめた後、真剣な目でこちらを見つめてきた。


「最後に一つだけ聞こうか…もし貴様が死んだとして、残される者のことを考えたことがあるか?」


「……何も変わることなんてないだろ?」


普通に生きて、普通に死んでいくだけのこと。

その中に俺がいなくなるだけのこと。

きっと、大丈夫だ。

俺の日常にいた人々は、俺がいなくたって──


「──すべての人間がお前と同じではない」

「分かってるさ」


全ての人間が俺と同じだったら、俺はいない。

必要ないからだ。

誰も救う必要なんかない。

そう、誰も…。


「…知っているのと分かっているのは違うぞ」

「何が言いたい?」

「…もう少し、自分で考えることだな」


何を考えるんだ?

エヴァの言っていたことか?

それとも、あの質問のことか?

…考えるまでもない。

答えならある。

……どういうことなんだ?


「どういうことだ──」

「──話は終わりだ。私は寝る」


まるで逃げるように、エヴァは空へと飛んだ。

空を飛ぶことなんてできない俺は、ただ見上げていた。

むしろ、簡単に浮遊して見せたエヴァにただただ驚いていた。


「もしも、また会う事があるのなら…その時に、答えを聞こう」

「その答えが間違っていたら?」

「その時に言おう」

「…じゃあ、答えが正解だったら?」

「…その時に言おう」



エヴァはどこかへ飛び去って行った。

ここがどういった場所かはわからないけど、どこかに身を隠す場所もあるのだろう。


…また会うのだろうか?

いや、きっと会う。

そこが戦場なのか、ただの道端なのか、それは分からないけど。

闘うことになったなら、本気を出そう。

例え、髪の色が変わることになっても…。


「さてと…帰るか」


もうすぐ夜が明ける。

そしたら、この場所から出ることもできるだろう。

戦場へ赴く資格も得れた、西洋魔術師に対する心構えもできた。

あとは、みんなを守れる力…それを研磨していくだけだ。

まだまだ未熟だし…ヤツにも届いていないからな。




──Interlude




なぜ、こうなってしまった。

なぜ、まもれなかった。

なぜ、つたえられなかった。

なぜ…


後悔だけが積もっていく。

失ったものが心の中で大きくなっていたことを痛感した。

どうしようもなかったわけじゃない。

ただ、任せてしまった。

だから、歪んだ。

全てが、そう全てがそこから…。


「どうした?」

「いいえ、なんでもありません」


気がつくと、目の前に彼が立っていた。

彼もまた、無力と絶望の狭間にいたはずだ。

たまに、彼も同じような顔をしている。


「それなら構わんが…様子はどうだ?」

「いつも通りです…」

「そうか…」


なにもできない。

彼も自分も。

きっと、これからも変わらない。

無力と絶望に挟まれながら守っていくだろう。


「…では、仕事に戻る…そっちは任せた」

「了解しました」


彼がいなくなったことで、また静けさが戻ってくる。

外を見ることも光が入ることもない。

そこでじっと待つ。

なにもできないのだから。


「………」


呟いても、今はまだ来ない。

でも、辿りついてくれる。

そのために渡した。

気付いてくれることを。

私がここにいることを。

みんなを助けることを。

願って、待ち続けよう。


無力と絶望と後悔に苛まれながら。





──Interlude OUT




こちらに帰ってきて、エヴァの家から出た。

家に出る前に、掛かっていた時計を確認したら、本当に一時間しか経っていなかった。


「…本当に一時間しか時間が進んでないとはな…」

「フォッフォッフォッ、驚いたかね」


聞かされたとき、驚いていたけど…正直、本当かどうか疑っていた。

元の世界で聞いたことのない魔術だったし、食えない学園長の言葉だったから…。

でも、こうやって時間を確認すると本当なんだと思い知らされた。


…俺にはまだまだ知らない魔術がある。

ひょっとすると、俺にも使える魔術があるのかもしれないな。

型紙みたいに…。

…いや、今はこれからのことを考えよう。

知ろうとしてこちらの事情が勘ぐられても厄介だし。


「これから、どうなるんですか?」

「今からあちらに向かう手配を行うからのう…少々待ってもらえんかな?」

「どれくらいですか?」

「大体1週間程度じゃな」


…詠春さんが言ってたのはこういうことだったのかな?

1週間か…少し長いけど、待つしかないな。

でも、どこで寝泊まりすればいいんだ?

野宿でも全然構わないけど…。


「わかりました」

「士郎くんの世話はタカミチに任せるぞい」

「わかりました。じゃあ、士郎くんは僕に付いてきて」


森から学園都市まで出ると、学園長は自室に戻るらしく俺達とは別方向へ歩いて行った。


…これから、どこへ向かうんだ?

高畑さんは一言も話してくれないし…というか、足ふらついてないか?

…まあ、大丈夫だろ。


とりあえず、付いて行くと、学校の施設らしき建物の前に来た。


「ここは?」

「学生寮だよ…小学生用のね」


……ああ、なるほどね。

いや、まあいいんだけどね。

見た目小学生だし。

…ははははは…。


「ここに住めばいいんですか?」

「うん、1階の106号室にね…それで、これがカギ」


鍵を渡されるとき、戻ってきてから初めて高畑さんの顔を見た。


うわぁ…正面から見てなかったから気付かなかったけど、顔がやつれてる。

目も閉じかけだし、大丈夫なのかな…。


「あの、自炊用の荷物とか持ってないんですけど」

「大丈夫だよ、食堂があるし。でも、包丁とか使いたいんだったら、管理人に許可をもらってからしか使えないから」


あ~、確かにな…小学生が刃物振り回したら危ないし。

というか、むしろ小学生用の寮があることが不思議だな。

親もどれだけ信頼してるんだ…子どもとか学校とかを。


「…案内するね、こっちに」

「も、もう大丈夫ですし、帰って休んでください!」

「…そういってくれるなら、そうさせてもらうね…じゃあ、また明日そっちに行くね」

「わかりました。お気をつけて」


弱々しい笑顔を見せて、ふら付きながら一緒に歩いてきた道を戻って行った。

…途中で事故にあったり、道端で倒れたり、しないことを願っておこう。


さてと、1階の106号室だったな。

…てか、こんなところに住んでも大丈夫なのかな?

時間帯的にまだ小学生たちは帰ってきてないみたいだけど、出会ったらどうしよう。

転入するわけじゃないし、そこまで友好的には接することができないだろうな。

むしろ、なんて言えばいいんだろうか。


「…とりあえず、部屋に行くか」


日中は部屋に籠って、夜は訓練しに出ればいいだろ。

警備員とかに見つからないようにしないとな…まあ、なるようになるか。


「ここだな…」


1階の106…で、間違いないな。

鍵を回し、扉をあけると…誰も使っていないであろう部屋が広がっていた。


よかった…高畑さん疲れてたし、誰かが住んでる部屋を教えているかと思ってたし。

これなら、大丈夫かな。

とりあえず、やっておくか…。



──解析、開始(トレース・オン)



布団はあるし、電気・水道は流れる…ただ、ガスは止められてるな…まあ、大丈夫か。

気になるのは…あからさまにつけられた監視カメラ。

ないと、危ないといえば危ないけど…この部屋のは動いてないみたいだな。

風呂はあるけど、ガスがないから使えないな…でも、大浴場があるのかな…大人随伴で入るんだろうけど。



──解析、終了(トレース・オフ)


ガス関係は明日にでも高畑さんに相談しよう。

大浴場には行きたくないし、ここで料理作りたいし。


「衣・住は確保できたけど、食か…」


どうしようか…調理器具もガスも使えない…電子レンジなんて便利なものもない。

金は詠春さんから頂いたものがあるし…どこか、食べに行くか。

でも、子どもが一人で入れるような店があるのかな…。

考えても仕方ないし…夜まで休もう。

とはいえ、今はまだ昼の3時だしな…。


とりあえず、ベットに寝転がった。


「今日はいろいろあったな…」


まだ半日程度しか経ってないとは思えないほど、内容が濃かった。

その中でもエヴァとの出会いが一番強烈だったな。

文献で見るようなある種の生きる伝説に会えたしな。

それに、まだいい奴だった。

アレと比べるとよっぽど…。


…一瞬、脳裏によぎっただけで憎悪が沸いた。

ああ、まだ忘れられないらしい──

──コンコン

ん?誰だ…。


力のないノックだったし…小学生か?

…とりあえず、ドアについてる覗き窓から確認しよう。


出来る限り、足音をさせないようにドアに近寄り、覗き込んだ。

ドアの前には…高畑さんが立っていた。

さっきより、ボロボロに見えるのは気のせいかな…。


「大丈夫ですか?」

「いや~…大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ…」


笑顔でガッツポーズしているけど、足震えてるし…本当に大丈夫なのかな。

…とりあえず、中に入ってもらおうか。


「とりあえず、中へ」

「いや、ここでいいよ、すぐに済む用件だから」

「なんですか?」

「明日から、6日間だけ学校に通ってもらう」

「は?」


…………え?学校に通うって?

何を言ってるんだ…俺は絶対に行かないぞ?

今さら小学生の勉強したって無意味だから──


「学園長曰く協調性を測るテストだそうだから、いいかな?」


──ああ、そうですか。

有無を言わせないわけですか。

やるしかないよな…あの爺、本当に食えないな。


「…はい」

「じゃあ、また明日迎えに来るから…教科書とかもその時渡すね?」

「わかりました…」


高畑さんはまたふらつきながら、帰って行った。

……どうしようか。

今さら小学生と話せないって…。

これでも中身は30代のいい大人なんだぞ。

…まあ、なんとかしよう。

刹那や木乃香ちゃんとは話せたんだし…。


…はぁ…憂鬱だ…。




────あとがき────


22話終了…そしてこれが、今年最後の更新です。

来年も牛歩でしょうけど、完結できるよう頑張っていこうと思います。

なにかと年末年始は忙しいので、前回のコメントで書いていた誤字修正は行えませんが、来年は必ずやります。

…次の話辺りから、士郎の人間が変わっていくのだろうか…キャラが勝手に動く分、こちらも予測不能です。

誤字報告、ご意見、ご指摘、ご感想などありましたら、感想掲示板へお願いします。



[6033] 立派な正義に至る道23
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/21 02:25






朝、高畑さんに起こされて、職員室まで案内された。

すると、俺が入ることになるクラスの担任と教育実習中らしい女性を紹介された。

クラスの担任は新田という貫録のある男性教員だった。

そのとなりにいた女性は源しずなという名前だった。

とりあえず、自己紹介を済ませ…ておいた。

新田先生曰く「教育実習生にHRは任している」ということなので、源先生について行った。


そして、今に至っている。


「このクラスの仲間になる士郎くんです、みんな仲良くしてあげてね」

「よろしくおねがいします…」


「よろしく~」とか「どこから来たの~」とか聞こえてくる中、考え続けていた。


どういう風に接していけばいいんだ?

記憶をたどろうにも、小学生だった頃が在ったのかすら分からない始末だし…。

年齢に合わせる方法でいってもいいけど、ボロが出る可能性もあるしな…。

かといって、今のままいけば、違和感が生まれるだろう。

木乃香ちゃんや刹那に対する接し方になってしまうだろうしな…。

どうするか…。


「じゃあ、士郎くんはこの列の一番後ろでいいかしら?」

「わかりました」


どうしようか…本当にどうしようか。


「なあなあ」

「ん?」


声をかけられたので、顔を上げるとリーゼントの小学生が笑顔で握手を求めてきていた。


「俺は豪徳寺薫ってんだ、よろしくな!」

「あ、ああよろしく…」


あまりにも見た目の衝撃が強かったので、少々呆気にとられたけど、握手に応じた。


…小学生なのにリーゼントとは…不遇な家に生まれたのか、こいつ。

無理やりリーゼントにさせられているようには見えないけど…周りが特に気にしていないことに驚きがあるな。

というか、こいつ…魔力が周り比べて高い。

魔力を扱う武術を習っているのだろうか…。

それとも、魔術師か…まあ、どちらにせよ、深く聞くことでもないし、ほおっておこう。


豪徳寺の一声によってか、周りにクラス全員が集まってきて自己紹介をし出した。

一斉にやってきたので、まともに覚えられなかった…。

ただ、魔力が高いヤツの名前は覚えた。

大豪院ポチ…タラコ唇が強烈だったし、名前が名前だからな…魔力も一般人より高かった。

中村達也、山下慶一…とくに特徴はないが、魔力は高かった。

これくらいしか覚えられなかったな…というか、揉みくちゃになってたから、覚えられなかった。

俺は聖徳太子じゃないし、十人以上一気に言われても…。




その後は、しずな先生の一声で場が収まり、滞りなく授業が始まった。

教科書がなかったので、豪徳寺に見せてもらって授業を受けた。

算数、国語、理科、社会…どの授業も教科書がいらないくらい簡単なものだった。

小学生が教えられる内容だからだけどな…。


給食という懐かしいものを食べた後の昼休み…豪徳寺の無理矢理な誘いによって、ドッヂボールに参加することになった。


「士郎!頑張ろうぜ!!」

「お、おう…」


馴染ませようとしてくれてるのか、それともただ張り切りたいだけなのか。

どちらにしろ、そのおかげでクラスの皆に絡まれやすくなっている。

ただ、名前がはっきりしないヤツも多数いるけど…。


「ごめんよ、士郎…薫ちん、熱くなりやすいんだよ」

「ああ…なんとなく分かる」


中村だったか?…が声をかけてくれた。

その間も、豪徳寺は一人燃え続けている。

というか、周りが付いていけてない様子だな。


「しゃっあ!!始めるぜえええ!!」


なにはともあれ、始まったドッヂボール。

身体能力的に、かなり抑えないと大けがになりかねないな。

どうするか…。


そんなことを考えてる矢先に、豪徳寺は小学生とは思えないスピードのボールを投げやがった。


「っしゃああああああああ!!」

「は?」


なにをしてんだこいつは!!ボールで人が飛んだぞ!?


「おま──「まだまだあああああああああ!!」──へ?」


飛んでたやつ、しっかりボール取ってるよ!

山下だったか?たしか……でも、やるなぁ…。

…うわぁ、思いっきりの投げ合いが続いてるよ。

どっちも必死だし、叫び続けてるし…どうなるんだこれ。


「あ~あ、はやくも終わったなぁ」

「へ?どういうことだ、中村?」

「あの二人、仲がいい分、何かとライバル視しててさ…ああなるとどっちも引かないから、昼休みまであのまんま」

「…あ~、なるほどな…だから、みんなコートから出ていってるのか」


「鬼ごっこやろうぜ!」という声が聞こえてきた…いつものことなんだろうなぁ。


「いつもなら同じチームにするようにしてるんだけど、今日はなぜか分かれたからなぁ」

「止められないのか?」

「ああなったあと、止めようとすると俺でも怪我するからね…止められたやつはいないなぁ」


どうするか…止めてもいいけど。

ただ、協調を乱すんじゃないのだろうか。

この小学生として過ごす一週間は協調性と魔術の秘匿義務を確かめる試験なんだ。

こんなことを止めれば…全てがどぶに流れる。


「まともなドッヂしたいのになぁ…」


中村の小さな独り言が俺の心を揺さぶった。

いや、元から分かっていたことだ…俺自身が止めたがっている。


…小さなことから始めよう。

困ってる奴だっているんだ…止めてやろうじゃないか。

これで、試験を落ちたとしても…他にも方法はあるさ。

時間がかかっても…この選択は悔やまない。


豪徳寺と山下の間にゆっくり歩いて行き──


「お、おい!危ないって!!」


──豪徳寺が投げたボールを片手で止めた。


「?!」


いつの間にやらボールが気を纏っていた所為で、少々手の皮が切れたものの、血は出なかった。

でも…豪徳寺ら当事者が止まったし、よしとしよう。


「いい加減にやめろよ」


抑揚のない、いつも通りの声で諭した。


…やってしまったな。

みんな、止まってるよ…目立たないことも試験内容だってのに。


ふと、高畑さんから言い渡された試験内容を思い出していた。


『この1週間、一般人に溶け込むことも試験内容だから、注意するように。
 
 そういうことができる人じゃないと、魔法の秘匿って難しいから。
 
 ただし、使わなきゃいけない時があるなら、バレない様に使えばいいよ。
 
 まあ、簡単にいえば、目立たなければそれでいいんだけどね。』


高畑さん、笑いながら言ってたなぁ…。

今は、逆のことしてるよな…目立ってるし、少々魔術を使ってしまったし…。

それに…周りを見れば分かるけど、全員止まってる。

もう溶け込めない──


「──すっげええええ!!」

「は?」


沸き上がる歓声に、つい間の抜けた声が出た。

停止した思考が動きだした頃には、群がられていた。

すげぇとか、やるじゃんとか、かっけぇとか、褒め言葉?が行き交っている。

どうしてこんなことになってるのか、よく分からなかった。


変だとか思わないのだろうか?あれだけの威力のボールを止めたんだぞ?

それに、転校生なのに勝手なことをするなって言葉があるんじゃないのか?

なんで、受け入れるんだ?なんで、笑ってくれるんだ?

力を使えば、非難されるんじゃなかったのか?

あの時のように──


「──士郎!」


中村が飛びかかってきたことで、現実に戻れた。

さっきまではり合い続けていた豪徳寺と山下でさえ、笑顔の輪の中にいた。


「やるじゃねえか!俺の球を止めるなんてよ!しかも、吹き飛ばずに!」


豪徳寺…笑いながら、バンバン背中を叩くのは構わない。

けど、悔しいのは丸わかりだぞ…叩く力がだんだん増してきてるしな。


本人にそう言ってやりたいが、小学生にそう言うのも大人げないので、笑っておいた。


「ほんとほんと、でも、俺の球なら吹き飛んでたな」

「いや、俺の本気はあんなもんじゃねえ!今度は思いっきり──」

「──後でいくらでも受けてやるから、みんなで楽しもう。今度はな」


山下のいらぬ一言によって、意地の張り合いがぶり返しそうになったので、すぐにくぎを刺した。

一応、悪気があったらしく、そっぽを向いてばつの悪そうな顔をした。


「…わかってらい」


これで、豪徳寺は加減するだろう…意地張らずにな。

…あとは。


「山下…お前もだぞ?」

「わかってるよ…」


山下も、反省しているらしく、殊勝な態度をとってきた。

…これで少しはみんなで楽しめるだろう。


「じゃあ、もう一回始めからやろうぜ!!」


中村の号令によって、またドッヂボールが始まった。

その後、豪徳寺と山下が同じチームになった。

二人は俺ばかり狙ってきたが、俺は当たる気がさらさらなかったので、受け続けた。

受けたボールはすべて味方に渡し、味方が他の敵を削っていったので、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る頃には、豪徳寺と山下だけになっていた。

「次は絶対当てる」とかいろいろ言われたが、笑って誤魔化しておいた。


午後からの授業も、寝てていいくらいのものだった。

そんな授業を聞きながら、今日の昼休みのことを考えていると、不審な点に思い当たった。


やっぱり、おかしいよな……とりあえず、高畑さんに聞いといたほうがいいな。

…それはともかく、豪徳寺…寝るなよ。


豪徳寺の場合は聞く必要がないんじゃなく、眠いから寝てるんだろう。

そして案の定、教師に叱られて、廊下に立たされていた。

連れて行かれるとき、思いっきり恨めしそうにされた…なんでだ。


そして…午後の授業が終わり、放課後になった。


「士郎!遊ぼうぜえええええ!!」

「…悪い、放課後は用事があるんだ」


豪徳寺やほか数人が俺を取りかんでいたものの、高畑さんに聞かなければならないことがあったので、遠慮した。

途端に周りから不平の声が上がったが、明日に約束を取り付けて、早々と職員室へと向かった。

正直、高畑さんの元へすぐに行きたかったが…居場所云々を一切知らないのだから、仕方がない。

職員室に向かってる途中、運よく高畑さんが前を歩いてきた。


「高畑さん!!」

「おや、士郎くんじゃないか?どうしたんだい?」

「ちょっとお話があります」

「…わかった。とりあえず、君の部屋まで行こう」


真剣であることが声色で分かったのか、すぐに高畑さんは反転して、俺が与えられている部屋へ向った。

部屋に着いてすぐ、符を使って遮音の結界を張ってもらおうと思ったんだけど、どうやら西洋魔術師には扱えない代物らしい。

盗聴の心配はあるものの、小声で話を切り出すことにした。


「俺が入ることになったクラスのことですが…なぜ、一般人なのに気を扱えるものがいるんですか?」


気とはオド…いわば魔力の一種だったはず。

それなのに、それを扱う事が出来る一般人なんて、ましてや子どもなんて、放置すべき存在じゃない。

何も知らないがゆえに、大惨事が起こり得る…人を殺めるようなことだってあり得るんだ。

今のうちに、なんらかの措置をとるべきだ。


俺の質問を聞いて、高畑さんは頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「…う~ん…もしかして、君のクラスの…豪徳寺くんや中村くんのことかな?」

「なぜ、わかるんですか?」

「一応、把握してるんだよ…普通の人なんだけど、魔力が高くて自然に気や魔法が発動してしまっている子たちをね」


やはり、知っていたか。

知らないはずがないとは思っていたものの、把握までしているとはな…。

じゃあ、なぜ…放置しているんだ?


「把握してるなら、なぜ何もしないのですか?」

「…何かする必要があるのかい?」

「今日のドッヂボールをして…彼らの力が異常であることは分かった。

 人を吹き飛ばすほどのボールを投げていた!

 力の加減も知らず、しかも、自分の力を誇ってしまっている。

 あのままでは、大きな被害が起こる…起こった後では遅いんだぞ!!」


俺の言葉をしっかり受け止めたらしく、高畑さんは眉を顰めた。

きっと高畑さんも分かっているんだろう…過ちが起こる可能性があることを。


「分かっているさ…でもね、士郎くん。彼らはまだ子供だ」


今度はこちらが眉を顰める番だった。

それも、分かっている…どうしようもない事実だと、分かっている。


「自分が異端だ、特別だ…そんな感情もってないんだよ。純粋に楽しんで生きている。

 そんな子たちに、君は気が扱えるから何らかの処置をとらしてもらう、なんて言えやしないんだよ。

 分かるようになれば、相談してくれるからね。彼らの方から、自然とね」

「ですが!」


仕方のないことなのも、覆せないことなのも、分かっていた。

それでも、何か処置をとるべきだと…無理を通さなければならない。

二度と同じ過ちを、起こしたくはない。

あんなことをもう二度と──


「気や魔法のことを何も知らずに扱って生きてる人もいるんだ。そういう人たちに今から処置をとっていけというのかい?」

「…それは」

「決して、君の考えは間違っていないんだ。けれどね、どうしようもないことだってある…君は分かっているからこそ、そんな顔を見せているんだろ?」


全て分かった上で、割り切っている。

きっと、学園長も詠春さんも…そうなのだろう。

それでも…それでもだ。


「子供だから、魔術や気を知らないから、何か起きた後に対処すればいい…俺はそんな風に割り切れない」


高畑さんは口を噤み…


…思いっきり笑いだした。

それも、涙目になるくらい盛大に。


……はい?


「な、なにが可笑しいんですか!!」

「いや、理屈や考えはともかくとして、すごい信念だなと思ってね」

「……もしかして…」


考えれば、考えるほど…おかしい点が見えてくる。

把握してあるという事は、常に誰かが監視しているということに等しい。

それに、ここには高畑さんをはじめ、多くの魔術師がいる。

なにか起こる前に何かできるのだろう。

それに、俺の話を聞いた時、高畑さんには余裕があった。


ダメだな…気付けないとは。


「気付いてると思うけど、試させてもらった」

「どういうことか、説明してもらえませんか?」


何らかの対策がある。

だからこそ、高畑さんは余裕だったんだ。

そう、思ったから、説明を求めた。


「子どもってのはさ、何も知らないんだ…だから、教えることが重要なのはよく分かっているよね?」

「はい、だからこそ過ちも起こると思っています」

「じゃあ、過ちが起こらないようにするにはどうすればいいと思う?」

「…教えるってことですか?」


俺の答えに首を振った。

教えるのが重要じゃ、なかったのか?


「…ただ教えるだけじゃあ、間違った方向に力を使ってしまうんだ。理解できるだけの教養がなければ、ね?」


…確かにな…幼い者ほど、力に溺れ、自滅する。

いや、大人になろうと…変わらないか…精神が弱い者は…。

でも、まだまだ子供なのは確かだな…何も知らないのだから。


「……つまり、豪徳寺たちはまだ知るべきじゃないと?」

「まあ、もうそろそろ教えていくつもりだけどね」

「それが、ここの教師の役目ってことですか?」


高畑さんが苦笑しながら頷いたのを見て、理解できた。


それが、この学園の対策。

魔力は年をとればとるほど、強くなる…この世界ではどうなのかは知らないが…きっとそうなのだろう。

理解できるようになった子どもに力を自覚させ、力を制限させる。

これならば、対策にはなるだろう。

しかし…。


「いや、僕や他の魔法先生たちの役目かな…まあ、豪徳寺くんたちは自覚があるから、同じ力の人にしか力を使わないけどね」

「ですが、もし猛威をふるったら?」


そう、どんなに理解できても…過ちを犯すものはいる。

そういうヤツを俺は知っている…もう二度と会うことはないだろうけどな。


「そのためにも僕らがいるんだよ…教師であり、魔法使いである、僕らがね」

「結局は武力行使ですか…」

「痛いところを言うね…でも、しっかり再教育をするさ…前途有望な若者たちなんだから、ね」


そう言って、ガッツポーズを見せる高畑さんには自信があるように見えた。

今までは大丈夫だったのだろう…そして、これからも大丈夫だと…。

そんな自信を…危険だと思う反面、うらやましいと思った。

俺にはないものだから…。


「すごい自信ですね…」

「君だって持ってるじゃないか…力を誰かを助けるために使うっていう自信をさ」

「…それは」


自信というのだろうか?

ただの、誓い…いや、俺が俺に課した宿命だ。

なにがあっても、守りぬき貫くと決めた…俺自身の道なだけだ。


「謙遜する必要はないんだよ。それとも、嘘だったのかい?」


…卑怯な言い方をするもんだ。

そんなことを言われて、嘘だといえるほど、馬鹿な人間じゃあない。


「嘘じゃないさ。実現させる」


弱気になっても仕方がない。

俺にはこれしかないんだ…俺には…。

だからこそ、あの時もボールを止めたんだから。


「…僕も君くらいの年から力を持っておきたかったよ」

「え…」

「いや、なんでもない…ただの独り言さ」


何もないようにおどけてみせる高畑さんの笑顔には影があった。

似たような笑顔を見たことが……!…詠春さんと同じだ。

もしかすると、知っているのか?

ナギ・スプリングフィールドを…。


「…高畑さん、あなたはナギ・スプリングフィールドをご存じですか?」

「……すまないが、僕は知っているだけに過ぎない」

「そうですか…」


何か裏があるのは分かる…でも、踏み込めない。

彼の表情から見て分かるのは…何もできなかった無念。

何があったのか…まだ知らなくてもいいだろう。

知りたいときには知ることができる…そんな気がしていたから。


「じゃあ、そろそろいいかな?僕も教師の端くれだから、仕事があるんだ」

「あ、わかりました…では、また」

「うん、またね」


高畑さんは笑顔のまま部屋から出て行った。

高畑さんが帰った後、すぐさま食堂に行き、早々と夕食を済ませ、部屋のベッドに横になった。


「…あと、六日か…」


豪徳寺や中村らとの接し方は今までどおりでいいだろう。

とりあえず、笑って過ごそう。

それから先、笑えるのか分からないからな…。

それに…高畑さんのような笑顔をするわけにはいかないからな…。


俺が俺の道を行く限り…あの顔を見せてはいけない…。

例え…彼女の前であっても。





────あとがき────


今年最初の更新…ようやくです。
忙しいとか、大変だとか、言いわけにしかならないですし…何も言いません。
遅くなってすいませんでした。

そして、再投稿1話目です…申し訳ありません。

前半と後半が書き方変わってるかもしれないです…2週間程度開いてたので…。

それはともかく、23話…もっと書きたいことがあるのに書けない自分に情けなさを感じております。

スランプというか、精神的にまいってるというか…。

とりあえず、一月中にもう一本上げれたらな…と思ってます。

感想、批評、指摘、意見、その他…ございましたら、感想掲示板へお願いします。
返信は次回更新時にさせていただきます。





[6033] 立派な正義に至る道24
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/01/22 21:10





自然と目が覚めた…時計を見ると、短針が“3”をちょっとすぎたところだった。

…鍛錬する時間ではあるものの、場所が場所なだけあって、やるのは難しいだろう。

寝ようとしても、眠気の欠片もなく、寝れる気がしない。

……やることもないし、思考をまとめるか。


豪徳寺、中村、山下、大豪院…元から魔力の高い者がいるこの世界。

それは、この世界そのものが魔力の濃い世界だから起こっているのだろう。

それにともない、魔術師も…元の世界よりも多いはず。

ただ、その全てが敵とは思えない…まず、魔術師の在り方が違う。

元の世界の魔術師は、根源に至るために魔術を研究することが最優先で、めったに魔術を行使しない。

それと違って、この世界の魔術師は─魔法使いと呼ばれ─魔術を世のため人のために影ながら力を使う。

この点だけを比べると、道具として魔術を行使する者…元の世界でいう魔術使いによく似ている。

ただ、根本的な考え方が違うため、この世界のものとは似ても似つかない。

簡単にすれば、魔術師≠魔術使い≒この世界の魔法使い、と言った感じになるんだろう。

だけど、呼称よりも在り方よりも、この世界と元の世界はもっと根本的なところで違う。

元の世界の魔術は一子相伝であり、よほどの大家でなければ後継者以外に魔術を伝える事はない。

それに比べ、この世界の魔術は、教本や学校なるものがあり、個人の唯一無二のものではない。

魔術回路や魔術刻印もないらしい…今まで確認した限りでは、そのようなものがある素振りはなかった。

そして、魔力さえ高ければ、誰だって扱える…ある意味、恐るべきものだ。

発動方法も異なるため、俺も扱える可能性があったが…補助的なものしか使えないことが分かっている。

気や人形は使えたが、符術は発動できなかった…きっと、そう言うものなんだろう。

とどのつまり、俺は俺の魔術を使い続けるしかないわけだ。

…ただ、俺の魔術がこの世界には存在するかわからないため、未だに隠し続けなければならない。

使わなければならない時が来るまで…隠して騙して使って行こう。

気と強化魔術だけである程度は相手できるしな…。


こんなものか…今までこの世界で得た知識と元の世界で得た知識の比較は…。

…さて、どうするべきか…ナギ・スプリングフィールドの捜索は優先事項ではある。

だけど、あくまで俺の最優先事項は「俺の道を歩むこと」…何に変えてもしなければならないこと。

全てを助ける…どう考えても無謀なことを、俺はしなければならない。

そうしなければ、報われないものが…たくさんあるのだから。

…二度と…もう二度と、繰り返してはいけない…。

摩耗しつづけた日々も、何もかもを捨ててしまった自分も、血塗られた道を歩みことも…。


目を閉じ、ベッドに横になり…心を落ち着ける。

一瞬にして沸き上がった感情を抑える。

あの日の光景を繰り返し、思い出し、感情を抑える。

感情に身を任せ、全てを斬り伏せたあの日を…。


ぐるぐると渦巻いていた感情が鎮まる頃には、意識がまどろんできた…。

時間はまだ4を指す前…少し眠ろう。

…なあ……俺は大丈夫なのかな…。



──Interlude



…外が何やら騒がしい…おかげで久方ぶりの睡眠から目が覚めた。

どうせ、いつものことなのだろう…気にすることはない。

訪ねてくる客は全て、従者が相手をしてくれているのだから。

窓から景色を眺める…どうやら、眠っている間に状況が変わっていた。

自然にあふれた無人島が、いつの間にかビルが立ち並ぶリゾート地へ変わるような…そんな感じ。

そんな中でも、彼の姿は変わらない…少し背が伸びたくらいだろうか。

いや、眼差しは変わってきている…昔のように…私が私でいれた時のように。


「面白くなってきたわね」


つい、独り言が零れてしまった…私にとっては、嬉しくて仕方がない。

気に食わない輩もいるんだろう…でも、まだまだだ。

これから先も、変わっていく様を見続けよう。

そして……ううん、まだ考えるべきじゃない。


…少し背伸びしているうちに、喧騒が止んだ。

どうやら、お客が帰って行ったらしい…いつものことだ。

そして、従者の一人が来て、全て終わりました、と報告して、私が、御苦労さま、という。

そんな生活…何も変わらない、何も変える気のない、いつもの日常。

その中にも、一つだけの変わり続けるものがある。

窓から見ることができる、素晴らしい風景だけは…。

今日はどんな顔を見せてくれるのか、楽しみね。


「すべて終わったぞ」

「御苦労さま」


そして、ノックも何もなしに、無愛想に入ってくる従者を見もせずに、いつも通りの労いをかけた。



──Interlude OUT



………やってしまったな…とりあえず、すぐに出よう。

慌てても仕方がない…時計は何度見ても、8時20分を示しているのだから…。

…なんて、冷静に考えてる場合じゃない!!!

遅刻とか欠席とかその他云々をやらかしたら、試験そのものがないことになってしまう!!!

って一昨日、高畑さんに言われたばっかりだってのに!!!


「…本気出せば間に合うけど……」


予鈴は8時25分…普段のペースで行けば、12,3分かかる…走っても半分以下にはできない。

でも…気により強化なら…1分かかるかかからないかだ。

……考えてる暇が惜しい…途中までは本気で行って、あとは走れば間に合うはず。

それでいくしかない…よな。


そうと決めれば、行動に移すのみ。

寮内から出るまでは、走り…そして、跳んだ。

出来る限り、人の目につかないように、屋根の上を走り続け…人目の付かないところに降り立つ。

そして、何事もなかったかのように走り、教室に飛び込んだ。

時計を確認すると、8時24分…本当にぎりぎりにな…っと、予鈴が鳴った。

急いで席に着いて、先生が来るのを待つ……なんとか間に合ったか…。

覚悟を決めて、試験を落ちるならまだしも…遅刻で落ちるのは、馬鹿馬鹿しすぎるからな…。


「士郎!ギリギリに来るたぁ、ある意味大物だな!」


…その言葉には乾いた笑いしか出なかった…どういう意味だよ…。


そうこうしている内に、源先生が来て、SHRが始まった。

「みなさん、おはようございます。えっと、最近の学園内で痴漢行為があったので集団下校を心がけましょう──」とのこと。

この学園って高畑さんのような人がいるのに、なんでそんなことが起こるんだ?とふと思った。

…多分、大丈夫だろうけど…後で、高畑さんにでも聞いておけばいいだろう。


そして、何事もなく、今日の授業は進む。

平和で何事もない日常が…誰にも奪われることもない、誰か奪う必要のない日常が…進んでいく。


昼休み…昨日と同じようにドッヂボールに参加させられた。

昨日と同じように、豪徳寺と山下のボールを受け続け、味方に渡し…勝利した。

すこしは学んでほしいものだな…そうは思うものの、楽しいと感じていた。

…同じことをして、楽しむ仲間がいることが…。

昨日から感じていたこの感覚…どこかで、似たような感覚を……。




……─と─が張りあって、俺と─が一緒に料理を作って、─と─が笑ってる……




…ッ…ああ、この感覚は…薄れてしまっていたあの頃に似ているんだ。

みんなで食卓を囲んだあの頃に…笑いがあって、みんないきいきしていたあの頃に…。

……思い出すべきじゃなかったなぁ…涙が出てきちまった…。

あの頃の俺と比べて強くなったんだから…大丈夫だ…二度と輪を崩させやしない…。

誰にも気づかれないよう、涙を拭い、再び輪の中へと入りにいった。


午後の授業も何事もなく終わった…。

豪徳寺たちに放課後の遊びに誘われたものの、朝のSHRに言っていた件を確認したくて、高畑さんを探すことにした。

俺が気にする必要はないんだろうけど…誰かに何かあっても嫌だからな。

職員室に行くと、高畑さんは中等部の校舎の職員室にいるらしく、いなかった。

校舎の場所を教えてもらい、一応学園内を知っておくために、遠回りをしていくことにした。


「…ん…?」


歩き出してから数分…妙な気配が俺を付き纏いだした。


尾行にしてはあまりにも稚拙…とはいえ、普通の人には分からない程度の能力か…。

…朝言っていた件の…いや、俺を襲う意味などあるまい…第一、男だしな。

いやでも、■イやバ■の可能性はある…限りなく低いけどな。

もしかすると、関係者かもしれない…いや、ないか…それだったら、稚拙すぎる。

さてさて、どうするべきか……とりあえず、振り切って、後ろをとるか。


建物の角を曲がり、相手から見えなくなった瞬間、建物の上へと跳んだ。

これで、相手の視界からは消えたはず…どんなやろうだ……は?


俺の目に映ったのは、同い年程度の少女だった。

しかも、俺のことを必死に探しているらしく、かなりきょろきょろして…あ、見つかった。

俺が気付いていると分かると、すぐさま反転して逃げ出した…子どもには思えない速さで。

どういうことだ?子供にしちゃ…おかしすぎるぞ…。

うーん……考えても仕方がない。捕縛して事情を聴けばいっか。

すぐに切り替えて、俺に付き纏っていた子どもの倍以上の速さで追った。


「さてと、どうして付き纏っていたか聞こうか」

「……」


追い詰めてみると、少女は恨めしそうに睨み返してきた。

金髪…ってことは外人か?いやでも、山下や中村の髪の色とか日本人なのに黒じゃないし……考えない方がいいな。

どうするか…というか、危害を加えられたわけじゃないし、なにもしなくていいかな。

こんな子どもが痴漢行為に関わってるわけないし…脅してまで得る情報はないだろう。

答える気もないみたいだし、行くか。


少女に背を向けて、来た道を戻ろうとして歩きだした。


「ちょっと、待ちなさい!!」


ん?流暢に日本語が喋れるとはな…日本人か?

まあ、そんなことはどうでもいい…待てと言われた以上、待つか。


「なんだ?」

「…なんで、帰るんですか!?付き纏っていた理由、聞かなくていいんですか!?」

「言いたいんだったら言えばいいけど…言いたくないならそれでいい」


正直、今となってはどうでもよかった。

別に、何かあるわけでもなさそうだし…なんというか、逃げたから追っただけだし。

それに、この子は…自分の力がどういうものかを知っている…ちゃんと扱えてるしな。

ん?…どうやら、俺の言葉に呆気をとられたらしく、口が開きっぱなしになってる。

今のうちに退散するか……


思いっきり走りだすと、後ろから「待ちなさい!!!!」と声が聞こえたので、再び止まった。

少女も少女なりに本気で走って来たらしく、息を切らしながら追い付いてきた。


「なんだ?」

「…ハァッ…ハァ…逃がしま…せんよ…この…不審者…」

「逃げるつもりはないんだけど…って、不審者とはどういうことだ?」


こっちからすれば、そっちが不審者だと言いたいところだけど…彼女は前からこの学園にいたんだろうしな…。

…ふむ…もしかすると、この少女は俺がこちら側の人間だと分かったものの面識がないから不審者だと思っているのか?

それなら十分可能性があるな…何らかの原因で俺がこちら側だと気付いて………もしかして、朝のアレを見られたか?


「…もしかして、朝のアレを見てたのか?」

「…ええ…屋根の上を走っているあなたをね!」


息が整ったらしく、自信満々の表情で指を差してきた。

そんな少女を見ながら、指摘されたこととは別の意味で落胆していた。

うーん、見られないように走っていたつもりだったんだけどな…。

例え見られても、一般人には姿形を見られないと……はぁ、そう思ってたから、こちら側である少女に見つかったわけか。

俺も甘いな…ここは、魔術を扱うものが多い場所なのに…やらかしたなぁ…。


「そんなに落ち込んで同情をひこうとしても無駄です!」

「いや、そんなつもりはないけど…で、俺をどうするつもりなんだ?」

「それは、捕まえて尋問して…それからどうするんでしたっけ…」

「はぁ…とりあえず、誤解だと言っておくよ」


大体、小学生程度の知識で聞いたことのあるやり方を説明されてもなぁ…。

残酷なものだと知らず、簡単に言えるっていうのは、子どもながらの恐ろしさというか…。


「誤解…ですって!」

「これから高畑さんの所に行くから、付いてきてくれれば誤解だって分かる…まあ、信用できないなら何かで縛ってくれても構わないぞ?」


このまま話していても埒が明かないからな…さて、どうでるかな?


俺の言葉に呆然としていたものの、少女は俺の言葉通りに俺の両手を─自身の魔術なんだろう─黒い影のようなもので縛った。


「じゃあいくか」

「………」


後ろから不信な視線を感じながら、率先して歩く。

何か話しかけようと思ったものの、噛みつかれる可能性が高いため、止めておいた。

それから、数分無言のまま…下校途中の生徒たちに変な目で見られながら、中等部の校舎へと向かった。


「…何の遊びだいそれは?」

「知りませんし、知りたくもないです」

「……ご、ごめんなさい…」


高畑さんの元へたどり着くと、職員室で話すのもなんだからと言って、教育指導室へ行った。

入ってすぐに、高畑さんに大笑いされた…少女の方は何のことだか分からず、おろおろしていたけど。

こっちからすればいい迷惑だと言いたい気分だった…。

そして、状況を説明し、高畑さんの知り合いと分かり、今に至っている。


「まあ、怒らないでやってくれないかな。彼女も真剣だったんだし、ね?」

「いや、元から怒ってないですよ」


そもそも怒る理由がないし…疑われても仕方がない行動とったしな…。


「彼も怒ってないって言ってるし、次からは気をつけようか、高音くん」

「は、はい…高畑先生…」


さっきまでの威勢はどこに行ったのか…まるで借りてきた猫のようだな。

まあ…責任感が強い子みたいだし…失敗したらああなるか…。

フォローの一つでも入れておいた方がいいよな…。


「俺の責任でもありますから…お相子ですよ、高畑さん」

「ん?なにかしでかしたのかい?」

「いや、ちょっとですね…今日、遅刻しかけまして…本気で走っているところを目撃されたと言いますか」

「あ~……だから、高音くんが気付いてしまったというわけか…」


高畑さんは俺の目を見ながら、ため息をついた。

…?どういう意味だ??


「まあ、いいか…とりあえず、もう日も沈んできたことだし、帰りなさい…士郎くんは高音くんを送ること、いいね?」

「…はい、わかりました」

「そして、高音くんは士郎くんに送られること、いいね?」

「…わかりました」


結局、高畑さんから話が聞けなかった…多分、大丈夫なんだろうな…。

とはいえ、どうするか…このまま無言で歩いても構わないんだけど、向こうが嫌かもしれないしな…。

よし、思い切っていくか…この年代の子に慣れるのも必要だしな。


「高音…だっけ?なんで、まじ…魔法が使えるんだ」

「…」


無反応…か。予期していたこととはいえ、質問の内容が不味かったな…。

日常生活の話題を振りたかったけど、テレビは見てないしな…。

それに感性が小学生とは違うからな…そういう話題すら作れない。

まいったなぁ…。


「魔法使いですから…一応は」


おお、返答が来るとは…これで少しは間が持ちそうだ。


「一応ってどういう事だ?」

「…私はまだ、見習いですから…」

「…へぇ、魔法使いになるにはどうするんだ?……俺は出身が違うからさ、そっちの事情が分からないんだ」


一瞬、魔法使いになる方法を知らないことに、驚愕の視線が飛んできたが…うまいこと誤魔化せたようだ。


「…学校があって、修業できれば、今度はどこへ行くかまで決められます…そこでわたしはここに来ることになりました」

「それで…ここで何をするんだ?」

「…マギステル・マギになるための修業です」

「………あ~」


まさかそういう返答が来るとは思ってなかったから、思考が停止した。

…しかし、マギステル・マギか…文献で調べたところによると「偉大な魔法使い」や「立派な魔法使い」の意味だったな。

この世界のほとんどの魔術師が目指しているものだったな。

俺の道に似ているけれど、生易しい言い方だと思ってしまう…英雄になろうとしているわけだからな。

英雄はなろうとしてなるものじゃない…功績を讃えた後世の人々から贈られるものなのだから。


「…あなたは、どうなんですか?」

「ん?…何を目指しているかって?」

「そうです」


元の世界じゃ、理解されなかった道…それを俺は成す。

その為に──


「──誰かを…いや、誰でも助けられる力…そんな力がある人かな」


ただ独りで…目指すしかない道。

誰も横に並べないと理解している…全てを助けるためには…。


「……」


面を食らったのか、高音の瞳孔が開いているように見える。

まあ、そんなものだろう…驚くというか、なにをいってるんだこいつは、って感じなんだろうな。


「さてと、女子寮の道はこっちであってるのか?」

「え、あ…はい」

「じゃあ、急ぐか…日が暮れたら、寮長に怒られるだろ?」


そう促し、速足で歩きだそうとしたとき…妙に拙い気配を感じた。

…これは。


「高音、後ろに下がれ」

「え?」


高音はわけが分かっていなかったが、手を引き、俺の後ろに立たせる。

すると建物の蔭から、初夏の季節なのにもかかわらず、厚手のコートを着てマスクをした大柄の男が出てきた。


「…へっへっへ…へ?」

「せいっ」


間を詰め、男の左腕を掴み、そのまま一本背負いをかました。

背中から地面にたたきつけられた男は「おふっ!」といううめき声をあげたが、そのまま左腕をねじり上げた。


「痛たたたたたたたっっ!!!」

「無駄な抵抗はよせよ…折るぞ?」

「ひぃっ…」


出来る限り、冷徹に冷酷に…脅しをかける。

あくまで脅しだ…まあ、何かしでかしそうならば、折るがな。


「今ならば警察に突き出そうとは思わん。俺が手を離したら、10分以内にこの学園から出て行け…もし出れなければ、五体満足で刑務所に入れると思うなよ?」


そう言い放ち、手を離すと男は逃げるように学園外へと走って行った。

まあ、ここから橋も近い…学園外から出るのは簡単だろう。


「…おっと…怖がらせてごめんな?」


高音のことをすっかり忘れていた…というか、失念していた。

つい、戦う時のように切り替えてしまったもんだから、気圧されたみたいだな。

高音の目にはうっすら涙がたまってるし…。


「な…」

「な?」

「な…何で逃がしたんですか!!」


?…なんでって…そりゃ。


「あの場で誰も危害を受けちゃいないだろ?」

「はぁ!?」

「それに痛めつけたしな…もう二度とやる気にならないって」

「そんな安易な…なんでそう思えるんですか!!」


なんでそう思えるか、か…。

きっと…どんなに恨まれても、どんなに憎まれても、どんなに摩耗しようとも、やり続けたからだろう。


「信じてるから、かな」


魔術師だろうと、軍人だろうと、人は人だと…信じていた。

これまでも、これからも、きっと変わらない。

疑うってことも知ってるけど…根の部分は変わる気がしない。


「はあっ!!?」

「希望みたいなもんだけどな…大丈夫だって信じるしかないんだよ」

「それで、逃がしたんですか!」

「道を踏み外したって戻れるんだからさ…立ち直れることを期待するさ」


…間違っても戻ってこれたんだ…俺は…。

だから、戻ってこれると信じる…俺もまたそういう人間だから。


「納得いきません…」

「今はまだ納得しなくていい…でも、いつか分かる時が来たら答えを教えてくれ」

「分かる?」

「問題の相互関係も客観的に捉えられ、且つ感情論じゃない論理を展開することが可能になったらな」


出来る限り、難しい言葉を使っておいた。

多分、高音には何が何だか分かっていないだろう…中2くらいになれば分かるだろうけど。

今はまだ理解できるものじゃあない…と思う。


「……よく分かりませんが分かりました…」

「よし…じゃあ、急いで帰るか…すっかり日も暮れたしな」

「そう、ですね…」


早足で女子寮への道を進み、送り届けた。

送り届けた際、寮長に「やるねぇ~」と言われたが、何がかわからず首を傾げたら、「あ~、可哀想にねぇ~」と呟いていた。

その後、辺りを見渡してから寮に戻り、食堂で夕食を済ませ、自室に戻った。


不思議なものだな…よく知らない子に自分の夢を語るなんてな…。

…まだ精神的に不安定なのか?…よく分からないけど、たぶんそうなのだろう。

しかし、あの痴漢…結局、自分から警察に赴くとはな…。


高音と別れた後、辺りを見渡していると、交番にさっきのやつが泣きながら、何か語っていた。

笑顔で泣いていたのが、すごく印象的だった。

…まあ、一般人からしたらあれだけ脅されたら、自首したくもなるのだろうか。


まあいい…あと5日で、戦地に飛ぶことになるのだから…。

何も考えずに、日々を過ごし…この平和を噛みしめよう…。

その日は、すぐに意識が落ちて行った………。


そして、何事もなく4日間が過ぎて行った。

豪徳寺がいて、中村がいて、山下がいて、大豪院がいて……他多数がいるそんな日常だった。

平和で平凡な日常だったけど、俺は楽しさを感じていた。

明日で、別れか…すこし、残念かな…。






────あとがき────


今回は説明文が多くなりました…同時に著者が考えているネギまとFate比較もその中に…間違ってたらすいません。

さてと、24話…本編まであと10話は掛かるかと…早く本編に入りたい…。

まあ、無駄なことさえしなければ、もう少し早く書けるんですけどね…。

…作品内でカタカナをできるだけ使わない(名称を除く)…あほだと思ってますが、こだわりなんで頑張ります…。


次回で、学園過去編を終了し、戦場編へと変わっていくわけですが…どうなることやら。


作品に対するご感想、作品内の誤字報告、設定に対するご指摘、作者に対するご意見、その他ございましたら、感想掲示板にお願いします。

どのような質問でも答えられる範囲でしたら答えます…ただ、ネタバレになる可能性があるので、きわどい質問はご注意ください。






[6033] 立派な正義に至る道25
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/05/24 03:29



──Side Takamichi



「フォッフォッフォッ、予想通り…いや、予想以上じゃなぁ」

学園長は愉快そうに笑っているが、なんとも言えない感情が自分の中を支配していた。
今回のことで、彼の強さ…信念の強さも全てひっくるめて…には自分では及ばないのが良くわかった。
だが、未遂とはいえ、犯人を逃がす…後先を考えているように思えないその行動に…危惧の念を抱いた。
そんな甘い考え、通じる場面は限られている…ましてや、これから彼が向かう場所は──

「──そう怖い顔をするでない」

「すいません…少し考え事をしていまして」

「言わんでも分かっておるよ…あの戦争であの者たちとともに駆け抜けたおぬしが彼の考えに危うさを感じておるのは…じゃがな、もう止められん。止める気もないしの…」

学園長は遠くを見るように窓の外を眺めていた…きっと学園長にしか分からないものがあるのだろう。もう達観してしまっていた。

でも、そんな姿に歯痒さを感じていた…自分程度の力では、もうこれ以上の干渉は出来ない。
甘い考えが命取りになる。そんな言葉が言えない…いや、言ってはならない。
彼にそんな言葉を書けることが出来るとすれば、あの人達や学園長くらいだ。
同等以上の力を持ち、戦いに関しては遥かに先を言っている彼らなら、干渉することが出来る。
なのに、なぜ……それに、彼の素性だ。何一つ明らかではない。身元も年齢も名前すら、怪しい。
それら全てが彼の証言でしかない。詠春さんはなぜ、彼を信頼していたのか…。

「今度は難しい顔をしておるのう、タカミチ…」

「…すいません」

どうしても、疑り深くなってしまう。彼の言葉に嘘がないと、思っているけど…どうしても、考えさせられる。あの行動のおかげで。

「ふむ…まあ、何を考えておるかは分からんが、わしから言えるのはひとつだけじゃな」

学園長の言葉はよく核心を突いてくる。自分自身、まとめられない考えでも…だから、期待して耳を傾けた。

「信じておるんじゃよ…士郎くんが言った『誰かを助けるために、力を使う』という言葉を…じゃから、彼の甘さすらひっくるめて信じてみようと思ったんじゃ」

信じる、か…正直、出会って1週間程度の身元不明の子供を信じるなんて、自分には出来そうも無い。
だけど、改めて彼の言った言葉を聞くと、信じてみようとも思えた。
子供にしては、大人びていて、大人にしては、子供っぽい、その言葉に…心を動かされていた。

それに、彼の理念や行動が…似ているように思えたからだ。

──類稀なる膨大な魔力を保持し、圧倒的な力で敵を倒し、あの戦争を治めた、あの人に。

「そうですね…信じましょう、士郎くんを」

そして、あの人にたどり着いてくれることを期待しよう。

「しかし、学園長…ああいう危険なことは二度としないで下さいよ…ガセ情報を流していたとはいえ、生徒の身に危害が及ぶ事だって有り得たんですから」

生徒の寄り道を少なくするために、集団下校を促すために、痴漢出没の嘘の警告を本当にしてくれるとは…本当に、この人は食えない。

「ふむ、これっきりしようかの…魔法で誘導しとったとはいえ、高音君には悪いことをしてしまったみたいじゃしの」

とかいいつつも、顔がニヤけているのはどういうことでしょうか?学園長。
一度、エヴァに頼んで更生してもらおうか…今後、ここにやってくる新任の魔法先生たちのために…。

「そうそう、今日で士郎くんは学校から去るんじゃったなぁ?」

「はい、元々はその話をするためにここを訪れていたのですが、学園長があまりにも横道に逸れてくれるものですから、つい」

悪気も無く、話を戻してきたみたいだったのでついカチンと来て、切り替えて言った。後悔は無い。むしろ、よくやったと褒めてくれるんじゃないだろうか。
そもそも、呼び出しておいて、さっさと本題に移らないとはどういう了見なんだ。確かに、今の話をする前の話は重要な話だった。
だけど、その前は、士郎くんが高音くんを~とか、うちの木乃香に嫁いで~とか、いっそ養子に~とか、壮絶にどうでもいい話だった。
きっと誰が見ても、自分の判断が正しいと言ってくれるだろう。

「タカミチや、最近わしの扱いがひどくなってきとらんか?」

「元からですよ」

ありのままの事実を突きつけると固まった。エヴァから氷の魔法を喰らったみたいに固まった。まあ、いい。話を続けよう。

「…さて、話を戻しますね。 士郎くんにはある程度の実績を上げてもらわなくてはなりませんから、現場に直行していただきたかったのですが、子供ですし、どうなるかはわかりません。本部の判断次第ですね」
「ですが、僕を倒したという事実を見れば、すぐにでも現場に飛ばされそうですね。現場は常に人材不足ですしね…僕程度の人間を使ってるくらいですから」
「どう転ぶにしろ、僕が本部と現場に顔出しして、事実であると証明しておかなければならないので、有休を頂きたいところですね…学園長?聞いてますか?」

「わし、旅に出ようと思うんじゃ…誰にも邪魔されないような場所に」

その後、正直ほっておきたかったのだけど、学園長の地位を考えるとそうも出来なかったので、仕方なしに説得を試みた。
あっさり、説得に応じ、フォッフォッフォッと笑っていた。正直、殴りたかった。……いや、もう止めよう。そろそろ、自分本来の思考に切り替えよう。
エヴァに「お前にはある種のあほさが足りん、もっとあほさを磨け」とか言われてやってみたけど、正直、胃が痛い。無理だ。

後日、エヴァにそういうことじゃないといわれた。なける。



──Side Takamichi OUT



いつもよりも早く目が覚めた。だけど、すっきり起きれたわけじゃない。

布団に寝転がったまま、自己を分析する。

理由は分かっている。昔の自分なら否定しているだろうけど…とうとう、この学園を去ることになるからだろう。
前から決まっていたことだ。だから、割り切れている…はずだった。
でも…この一週間でその思いも変わった。割り切れるほど、どうでもいい日々ではなかった。
楽しかった。どうってことないことが…面白くて、またあの日常に戻ってきた気がしていた。

家に帰れば、みんながいて、笑っていて、そして──

──頭を振って、浮かんだ過去への思いを断ち切った。
もう戻れない。いくら月日が流れても、どれだけ罪を贖っても、あの日々には帰れない。
もしも、本当にもしも、帰ることが許せる日が来るとすれば…あの言葉を実現できた時だろう。

俺は俺の道を歩む。

例えどれだけ厳しくても、例えどれだけ苦しくても、至─らなければならない。
償うため、抗うため、生きるため、歩むため、戻るため…もう一度、会うためにも。

だけど、アレが見逃すか?……正直、分からない。きっともう一度出会うことがあるだろう。
その時に、聞けばいい。いや、言えばいいのか。答えを…。



少し眠い…もう少し眠るかな…──

「──ん?」

唐突に聞こえてきたコンコンというノック音。
今はまだ朝の5時前…こんな早くにここを訪ねてくる者がいるとすれば、お世話をしてくれている高畑さんか、面白半分でやらかしてくれる学園長か…敵か。
気配からして扉の前に一人。周りの気配も特に乱れてはいない。しかし──気配遮断、そういう事もあり得るから、気が抜けないな。

なんて、今までの自分ならそうしていただろう。まあ、無意識のうちに行ってしまってはいたけどさ…。
何も警戒せずに扉を開けた。気軽に挨拶をしてくる高畑さんが待っていた。

「やあ、士郎くん。朝早くから、尋ねて申し訳ない」

「いや、別にいいですよ。今日はやけに早く目が覚めてましたから」

もっとも、5分後にはいつも通りの目覚めが始まっていただろうけど。
そんなことも露知らず、高畑さんは胸をなでおろしているようだ。安堵の息が聞こえた。

「そうかい、それならありがたいんだけど…何の用か、って顔をしてるね」

「何の用も無いわけじゃないでしょう?この学生寮に住んでる人間が起きているとは思えない時間に、わざわざ来たんですし」

いつも、なんらかの定期連絡を入れてくる時間や確認に来る時間は、決まって午後5時前後だった。
それなのに、今日に限っては半日も早い午前5時…この時間、誰が考えてもおかしいと思うんじゃないだろうか?

いろんな可能性が考えられるが、高畑さんの態度を見ている限り、ほとんど絞り込まれる。
なにかしらの非常事態…という可能性は無い。そういう事態にしては、おかしいくらい落ち着いている。
じゃあ、定期連絡…という可能性は少ない。いつもすぐに話を切り出してくるしな…まあ、あの学園長ならやりかねんな。
学園長の気まぐれ…という可能性は大いにあり得る。高畑さんに一度聞いたことがある…「アレの気まぐれは、空気を読めない」らしい。
まあ、どんな可能性を考えたところで、誰かが危ないわけではないだろう。

「士郎くん…今日、君はこの学園を去ってしまうわけだけど──ここに残る気は無いかな?」

予想とか、可能性とか、考えてたことの斜め上の言葉が発せられた。



──Side Takamichi


昨日の夜、学園長と話し…君の考えを理解することは出来た。

『誰かの為に力を使う』

偉大な魔法使い、立派な魔法使いを目指す人達と割と近い考えだ。
きっとそんなことを君は知らないだろう。君は、魔法使いを知っているのに…なぜかこの世界の魔法使いの事柄に疎かった。
不思議なところだが…君の立ち振る舞いを見ていると、怪しむことすらどうでも良くなった。

それは君からは不思議と惹きつけられる魅力を感じたからだった。…まるで、何かの物語の主人公のようで…ナギさんが持っていたものなんだろう。

僕の言葉に耳を疑っているのか、目を瞬かせて、怪訝そうな表情を浮かべているが…僕の態度が真剣であることを悟ってくれたのか、真面目な顔に切り替わった。

「君の実力は僕よりも上だ。現場に行けばすぐにでも、何かしらの重要な仕事を任せられることだろう」

これから語ることはエゴだ。どこまでも、どこまでも情けないただのタカミチとしてのエゴだ。

「そうすれば、すぐに実績を上げることが出来て、あの人…ナギさんの捜索に行くことが出来る」

僕だって…詠春さんだって…エヴァだって…きっと彼女も、探しにいきたいんだ。個々の立場がそれを邪魔しているだけで…。
だからこそ、詠春さんは君に捜索を依頼したんだろう…だけど。

「君はそれでいいのか?」

自分のようにあの人を慕い、あの人の為なら命がかかわろうと構わない人間なら、そんな言葉をかけることはできない。
けれど、君はあの人のことを知らない…あの人、いやあの人達が残したものの大きさすらも…。
その為に、今もなお、多くの敵対する者たちがいるということも…。

「詠春さんに対する恩義から依頼をこなそうとしているんだろうけど…それなら止めておいたほうがいい」

「なぜ、ですか?」

今まで黙って聞いていた君はとうとう疑問を投げかけてきた。

「ナギさんは、あっちの世界では英雄だ。いろいろな人が彼を慕い、憧れている…そして、その分、敵も多い。その中には上位の魔族もいるだろう」

それらがエヴァほどの強者とは言わないが、彼の実力…いや、甘さでは殺されるのが目に見えている。
だからこそ、君を止めたかった。君はまだ若い。実力も伸びしろもある。後々には大成できる器がある。
そんな芽を摘みたくなかった。それも、僕たちの願いの為に。

「君に、命をかけて欲しくない…あの人達に関わった人間が死んでしまうのはもうたくさんだからね」

情けない。本当に情けない。あの人達がもしこの場にいたのなら、笑い飛ばされているかもしれない。
でも、仕方が無い…もう、嫌だから。 師匠のような姿をもう二度と見たくは無い。

「…」

僕のエゴを聞いて、目を閉じ考えているようだった。数秒のときが流れて、発せられた言葉に僕は耳を疑った。

「それは出来ない」

さっきまで、いや会ったときから聞いていた彼の口調とはまったく違う大人びた口調ではっきりと否定された。

「な、ぜ?」

否定されると思っていなかったわけじゃなかった。でも、雰囲気の変わりように…得体の知れない何かを感じ、かなり焦ってしまった。

「確かに依頼を受けたのは詠春さんに対する恩義からだ。だが、それだけじゃない」

そうか

「純粋に助けを求められた。そのことに自分の命を懸けることになるとしても、構わない」

だから

「途中で投げ出すのも、誰かを見捨てるのも、もう嫌だから」

詠春さんは

「だから、出来ない」

彼に託したんだ。僕たちの願いを。



──Side Takamichi OUT



高畑さんにはきっと、ナギ・スプリングフィールドに関する、暗い過去があるのだろう。
だからこそ俺を引きとめようと、たぶん学園長や詠春さんの許可なく、あんなことを進言してきた。
その行動によって、非難されても、立場が悪くなっても、構わないと…それぐらいなら甘んじて受けようと思っていたのだろう。
気持ちは分かる。俺も、そういうことを…したことがあるから。それは間違いじゃない。
でも、俺は…いや、俺だからこそ、受け入れられなかった。

「君の気持ちはよく分かったよ…僕が言ったことは忘れてくれ」

そう言う高畑さんは心なしか笑っているように思えた。
俺の部屋を訪ねてきたときよりも、その顔はすっきりしているようにも思える。

「ただ、本当に悪いんだけど、ひとつだけお願いを聞いて欲しい」

許容できるものなのか、分からなかったが、無碍に断ることが出来ず、頷いた。

「ナギさんの捜索をお願いします…ナギさんを慕う一人の人間として、君に託すよ」

「頭を上げてください…どれだけかかるか分かりませんが…見つけます」

ナギって人は愛されてるんだな。…本当にそう思う。
一つの組織の長が、教師が、立場を捨てて、俺みたいな人間に頭を下げるんだから…。

それから…これから先必要になる、ある程度の情報を聞かせてもらっていると、寮内が賑やかになってきた。

「さて、そろそろ出勤しないといけない時間だからお暇させてもらうよ」

「いろいろとありがとうございました…俺みたいな無知な人間に教えていただいて」

頭を下げようとすると、手で制された。

「お礼はいいよ。君に無理を言ったんだ、これくらいどうってことないさ」

「それでも、ですよ…俺がしたいんですから」

「ずるいなぁ…その言葉、僕も今度から使うことにしよう」

はははと笑いあい、高畑さんは出て行った。
いつの間にか、高畑さんが来る前に感じていた眠気なんてなくなり、代わりにおなかが減っていた。
ここでの、平和な中での、最後の食事にいくとしよう。




────あとがき────

お久しぶりです。まだ投稿できるような時間はあまりないのですが、うまいこと時間が出来たので、一気に書き上げて投稿させていただきました。
パソコンが故障し、前のデータが全部飛び、泣ける状態ではありますけどね…。

さて今回の25話、蛇足というか補足というか、いるようないらないような話のないようです…。短めなのもそういう部分を含めまして…。
キャラが変わってる可能性が否めない…なんかすいません。

次投稿できるのがいつになるか分かりませんが、完結を目指してがんばります。

いつものごとく、感想、意見、指摘、批評等ございましたら、感想掲示板に書き込んでください。よろしくお願いします。



[6033] 立派な正義に至る道26
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/06/03 19:04



朝食中に学園長からの呼び出しが入ったので、急いで朝食を済ませ、学園長室までやってきた。
放送を使って呼び出すくらいだ。何か重要なことが……ああ、そういえばこの一週間は試験だった。……完全に忘れてたな。
あまりにも平和で平凡で何事もない日々が続いてたものだから…まあ、5日前は痴漢騒ぎがあったけど。
いや、それだけじゃないな。純粋に楽しかった。思いがけずに得られた久しぶりの“あの”日常だった。

試験に関しては…遅刻・欠席はしてなかったし、特に問題は……うん、起きてない。豪徳寺とか山下とかを一度沈めたくらいしか…まあ、俺は悪くない。
あいつらが授業中だろうと昼食中だろうとお構いなしに絡んでくるから、ちょっと灸をすえただけさ……ちょっと不安になってきた。

とにかく、中に入って用件を確認しよう。話はそれからだし。あいつらのことでつっこまれたら、正論で返してやる。
とりあえず、ノックを──

「──入っていいぞい、士郎くん」

…さすがだな。まあ、気配くらいよめなきゃ学園長なんて職業務まらないか…。

「……失礼します」

お言葉に甘えて、ノックなしに扉を開けると、学園長と高畑さんが佇んでいた。

「ふむ…何を話そうかのう…」

俺の姿を捉えた学園長が目を細めながら長考に入った…その姿を見ながら、俺は戸惑っていた。
どんな話から入るつもりだ?俺の評価か?それとも、次の場所?それとも…問題か?
そんなことを考えていたが、次に放たれた言葉によって、考えは崩れ去り──

「木乃香の婿にならんか?」

──一発殴りたい気持ちが沸いてきた。

「そういえば、答えを聞いておらんかったと思ってのう…で、どうなんじゃ?」

俺の気持ちなど一切分かっていないであろう学園長は、さらに聞いてきた。
正直、無視したかったが…今後、会う度にいわれる気がしたため、断ることにした。

『…彼女の人生は彼女のものだ。あんたが勝手に決めていいものじゃない…それに、俺には心に決めた人がいる』
とか、ありきたりな台詞を言えればいいんだけど…さすがに子供の姿で言っても、格好がつかない。
どうも考え付かないな……単刀直入に言えばいいか。

「妹のようにしか思えないので、申し訳ないですが」

「むしろ、そっちのほうが…」

「?よく分からないのですが??」

何のことか良く分からなかった。…まあ、よく分からなかったのだけど、殴らないといけない気がした。
それから、皮肉と罵倒をしなければならない気がした。むしろ埋めるべきかとすら思った。
が、無視しておこう。このままだと話が進まない。

「ところで、何の用でしょうか?」
「む…まあ、さっきのも用件の一つではあるんじゃがな…」
「学園長?話が進まないのであれば、僕のほうから説明してもよろしいでしょうか?」
「ぬ…分かったわい。ちゃんとやればいいんじゃろ」

急にやさぐれ出したが、慣れているのか、高畑さんは平然としている。いや、むしろ呆れているのかもしれない。
まあ、呆れるか。自分の上司があんなんなら………いや、まだマシか。アレに比べたらよっぽど…。

「さてと、一週間ご苦労じゃった。しずなくんからも、いい生徒だと聞いておるよ。…なによりクラスに馴染めたようじゃしの」

フォッフォッフォッと笑いながら、こちらを射抜くように見つめるさまは…さすがといったところだな。
さっきまでの態度からは考え付かないほどの覇気を纏っている……はぁ…本当に食えない人だな。改めて思い知らされた。

「試験を兼ねておったとはいえ、あそこまで自然体で振舞えるのはさすがじゃな…よく喧嘩らしいこともしておったらしいしの…それとも、忘れておったかの?」

どこから見ていたと言いたくなる位、正確無比な情報を突きつけられた。
…喧嘩というか、豪徳寺たちを沈めたときも細心の注意を払ったはずだったんだけどな…。

「…いえ、自然体に振舞っていたのではなく、試験自体を忘れ、楽しんでいました」

嘘はいっていない。だけど、本当のことも言えてない。
…思い出していたなんて…この世界にいる限り、語ってはならない。
彼らがいたることが出来るのならば、別の話だけど…きっと不可能だろう。

そもそも、彼らにとっての魔法は、使うものであり、研究するものではないのだから。

「フォッフォッフォッ、素直で結構。…じゃが、褒められたものではないの。君にとって…重要な試験なんじゃぞ?」
「重々承知しております」
「それが原因で落ちたとしてもかの?」
「はい」

学園長は暗に嘘をつけばいい…そういうニュアンスを含めて話している。
それくらいのことは分かっている…だけど、下手に嘘をつけばボロが出る。だからこそ、嘘を言えなかった。
それらは別段、隠さなければならないような問題じゃないし、落ちてもなんとかするつもりだったから。
絶対に隠さなければならない事情に感づかれるよりは、比べ物にならないほどマシだしな。

「ふむ…では、試験結果を発表しようかの。合格じゃ」

長い髭を弄びながら、何事も無かったかのように、直ぐに合否を伝えてきた。

…?いや、まあ、喜ばしいことではある。けど──

「──いいんですか?」
「なにがじゃ?」
「いや、合格で…」
「まあ元々、落とすつもりなんて無かったんじゃよ」

…ああ、そうですか。

「まあ、一般生活におけるミスがどれだけ出るか。一般人との付き合いを弁えられるか。力におごりが無いか、とかは見ておったんじゃが、大丈夫そうじゃしの」

さらっと重要なことを言ってくるところは、恐ろしい。
誰がどこで見ていたのか……あんまり見られている感じはしなかったんだけどな。

「それに、あれが出来るまでの間に合わせじゃからな」
「あれ?」
「タカミチや」
「わかりました」

高畑さんが何やら内ポケットから取り出して、俺に手渡ししてきた。
って、これは…。

「パスポート?」
「海外に行くんじゃし、必要なもんじゃっからな。顔写真やら、本人確認やら、そこのところは──気にせんでええぞい」

確かにパスポートの発行には1週間程度の時間が必要。だから、一週間ここにいることになったわけか。
それはいいとして…偽造にもほどがあるだろ。顔写真はまあ、魔法か何かを使って誤魔化したんだろう。
問題はサインだ。俺が書くものより数倍汚い。いや、まあ普通の小学生ならこんな感じになるだろうけど…。
まあ、いいんだけどな…。ん?

「名前が近衛士郎ってなってますが?」
「うむ、婿殿が用意した戸籍通りの名前じゃ」

ああ、そういえば、戸籍云々はこっちで用意するって言ってたな。
………まあ、いいか、…というよりも、もういいんだ。この世界には必要の無いものだから。

「む?浮かない顔をして…なにか心配事でもあったかの?」
「いえ──」
「──ああ!木乃香とは結婚できるから心配せんでええぞい。姓が一緒なだけで、兄妹というわけじゃないからの。それに血もつながっておらん──」

一気にまくし立てられたので、聞き流すことにした。
延々と止まらない言葉を右から左へ、飛ばし続ける。「キセイジジツ」 やら「ムリヤリ」やら小学生が聞いたら耳が腐る言葉を吐き続けているが、無視だ無視だ。
俺に同情してくれたのか、それとも被害者の一人なのか、高畑さんは遠い目をしてこちらを見ていた。

それから、数分後

「──ということでじゃ、木乃香を娶ってやってくれんか!」
「では、クラスへ最後の挨拶をしに行かないといけませんので失礼します」
「私も、準備がありますので、失礼させてもらいます」

ぜえぜえ息を切らしながら、熱く語っていたが、冷めた目をして学園長室を後にした。
後ろから「なんでじゃあああああああ………」とか聞こえたけど、気にしない。
まあ、トラよりマシだからいいとしよう。

「じゃあ、士郎くん。僕はこっちだから」
「はい…あ、高畑さん!」

中等部と小等部の分かれ道で清々しい笑顔で別れの挨拶を交わしたが、言わないと気がすまないことがあったので引き止めた。

「ん?なんだい?」
「これから、よろしくお願いします」
「…こちらこそ、お手柔らかにね」

困ったような笑顔でそう返してくれた。きっと意味を理解していたんだろう。
いや、高畑さんも予感的なものを感じていたのかもしれない。

──付き合いが長くなるだろう、って。

………
……


「「「「えええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」」」」

俺が勝手な親の都合なるもので、転校することになった旨を伝えると、一斉にそんな声が上がった。
新田先生も源先生も、伝えるのが遅かった所為で少々戸惑っていた。
むしろ、言ってあるものだと思ってたのが悪かったか。心の中で謝っておこう。

「なんでだよ!せっかく、士郎も馴染んできたんじゃねえか!!!一緒にいろよ!!!」

と、 豪徳寺。
まあ、気持ちは分かる。だけど、そんな気持ちすら踏みにじってくれるのが、大人ってもんなんだ。
そして、その気持ちを踏みにじる痛みを味わうのもまた大人ってもんなんだ。

「悪いな…俺もこんなの味わいたくなかったよ」

「親だけ、そっちに行くことは出来ないのかよ!!」

と、山下。
確かに、俺は親がいようといまいと関係ないような存在だ。実年齢は30超えているからな。
でもな、ごく一般的な小学生が一人で残って生活できるほど世間は甘くないんだ。まあ、この学園なら余裕で出来るだろうけど。
寮に住めるし、飯も出るし、奨学金も頑張れば出るし…でも、今回は事情が違うんだ。悪い。

「一人で残れないことも無いけど、事情があってな。悪い」

「じゃあ、どこに行くかだけでも教えろよ!」

と大豪院。
まあ、普通の人なら答えることが出来るだろう。借金取りに追われてるとか、そういう暗い事情が無い限りは。
でもな、俺が行くところは外国、しかも実績を上げるための戦場。そんなこと、口が裂けてもいえない。
ついでに言えば、俺もまだどこに行くか分からない。答えられないで申し訳ない。

「俺は、知らないんだ。答えられなくて、ごめん」

「なら、俺たちのこと忘れないでくれ」

と中村。
大抵の子供は…子供の頃、転校したら、転校する前の学校の思い出に蓋をする。そして、新しい思い出に埋もれて忘れていく。
覚えていても、大人になれば顔も背格好も変わるから分かりづらくなる。そういうもんなんだ。
でも、これだけなら俺は大丈夫そうだ。そういうもんだろう?大人って、子供の頃と大人になってからを見比べても、分かるもんだからな。

「ああ、それだけは約束するよ。絶対に忘れない」

他のクラスのやつからは、頑張れとか負けるなとか忘れないでとか、心のこもった言葉をもらった。
突拍子な事だったから、記念品とか準備できなかったみたいだったが、想い想いのものを贈られた。
鉛筆とか、消しかすの塊とか、よく知らないけどアニメの絵とか……うん、大事にしよう。

その中でも度肝を抜かれたのは、好きでした、って言葉かな。
たった一週間だった。それなのに、好かれるなんて…思いもよらなかったけど。

「たった一週間という短い付き合いだったけど、楽しかったし…すごく居心地がよかった。みんな、ありがとう」

出来るだけ笑顔で、精一杯の笑顔で、そう言った。
みんなの顔は笑ってたり、泣いてたり…豪徳寺だけは不機嫌そうにしていたけど。

もう一度、こんな日常の中に入れてくれて…本当にありがとう。
そう心の中でつぶやいた。

俺がすべきことが全て終わって…クラスから出ようとしたとき、豪徳寺が俺をつかんできた。

「・・・」
「どうした?」
「…ック…ッ…絶対…もう、一度…会おうぜ」

泣きながら、嗚咽をこぼしながら、握手を求めてきた。
正直、再び会える保証なんてどこにもない。こっちに戻ってこれるかも分からない。それに死ぬかもしれない。
だけど、だけど…

豪徳寺の手を握った。

「ああ、約束する」

強い意志をその言葉にこめて、応えた。
恥ずかしかったのだろうか、豪徳寺は何も言わず席に戻って、うつ伏せになった。

「じゃあ、また!」

大きく手を振って、クラスを後にした。
後ろから、担任である新田先生がやってきて、一言。

「君の親の都合は私たちには分からないが、どこに言っても元気でな」
「はい、ありがとうございました」

仏頂面だけど、意外といい先生だなと初めて思った瞬間だった。


………
……



「じゃあ、行こうか」
「はい」

必要なものは全てトランクケースに詰めた。もちろん、クラスのみんなからの贈り物も。
さて、もう必要なものは無いはずだ……あれ?

「どうかしたのかい?」
「いや、急に視界が歪んだもので…」
「…」
「おかしいな、なんでだろう…」

幾ら目をこすっても、目を瞬かせても、直らない歪み。

──どうした!?なんで!?これからって時に!?

焦りだけが募っていたが、高畑さんの一言で安心に変わった。

「涙だよ、士郎くん」
「え…」
「やっぱり別れはつらいものかい?」

ああ…久しぶりすぎて、忘れていた。いつから流さなくなったか分からなかった。
涙を流すのは辛いものだったから。どんなに悔やんでも、どんなに恨んでも、どうしようもない時に流れていたものだ。

それなのに、今はすごく暖かい。

「いえ、辛くないですよ…むしろ、逆ですね」
「そうかい…なら、行こうか」
「はい」

二人揃って、駅へと歩き出した。
…これからはもっと大変なことになると思う。

だけど、大丈夫だ。約束は必ず守る。
そう決めていたのだから。



─────あとがき─────

ようやく、学園過去編終了。もっとキャラを出したかったという悔みがあります。
幼年期の明日菜とか委員長とか、ガンドルフィーニとか、刀子さんとかね。
刀子さんに関しては、出せた…あとがきを書いてて気づく、悲しさ。
無理に出してキャラ崩壊を進めるよりはマシとします。


さて、次からはちょいとオリジナル要素というべきものが、混じってきます。
といっても、オリキャラを出すとか、そういうつもりは無いです。…まあ、うちの士郎さん、オリキャラみたいになりつつあるんですけどね…。

魔法世界へは、あと5,6話で入って、さらに5,6話で本編突入という形になりそうです。…でも、牛歩だし、薄いし、半年かかるかも…。


あ、そういえば、何も言わずに書き方変えたんですが、前のほうがいいでしょうかね…ちょっと微妙と思われるんだったら又書き直します。

誤字・脱字報告、批評、意見、感想、その他ございましたら、感想掲示板にお書き込みください。





[6033] 立派な正義に至る道27
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/06/10 17:37


──Side Konoemon


「フォッフォッフォッフォッ…愉快なもんじゃの」

こんな気持ちになるとは…ナギがエヴァンジェリンを連れてきた以来じゃな。
難癖をつけて、もう少しだけ留まらせておけばよかったかの…それはそれで面白くはなったと思うんじゃが。

「爺、奴はいったのか?」
「ほ?エヴァンジェリン、来とったのか?」
「貴様が呼び出したんだろうが!ボケたのか?」

知っておったが、少々とぼけさせてもらった。耄碌(もうろく)爺に思われておいたほうが何かと便利じゃからな。
さて、呼び出した用件は……なんじゃったっけ?……ほ?……

「何の用で呼び出したんだ?」
「お~…それはの~……」
「それは?」
「ま、まあ、ちと待て、用意するものが…」
「なら早くしろ。私は眠いんだ」

マズイぞい!ここ最近で一番のピンチじゃぞい!結界があるから抑えられておるとはいえ、このままでは血を見る破目になりそうじゃ!!
なんじゃっけ!マジで、なんじゃっけ!!……おお、そうじゃった!!

「これじゃよ」
「なんだ、それは?」

門外不出の資料をエヴァンジェリンに渡した。これで生き延びることができそうじゃ。

「これは…」
「わしが下した、士郎くんの経歴と評価、総括かの」

エヴァンジェリンはその資料を食い入るように見つめ、こめかみに青筋を浮かべおった。
まあ、気持ちは分からんでもないんじゃがな…自分でまとめといて思うのもなんじゃが。

読みきったのか、資料を投げて渡してきた。

「そこいらにいるガキじゃないことは分かっていたが……人かどうか疑いたくなるな」
「じゃが、彼は人じゃぞ?ちょいと特殊な事情があるのぅ…」

あまりにも特殊なもんじゃから、それが分かって直ぐに別の結界をはらせてもらった。
そうでもせんと、見るものが見てしまいおったら、どうなるか分かりきっておったからの。

「それで、 なぜ私に見せた?」
「む?…それは、ぬしが士郎くんと内密に話しておったみたいじゃからな…何か知っておるのかと思っての」
「ハッ…そこまで喋っていないさ」

そこまで、のぅ…わしの主観では1時間程度話し込んでおったように思うがの…まあ、これを言えば、血だるまになりそうじゃから言わんが。

「で、話しはこれだけか?」
「まあ、の」
「では、失礼させてもらう。眠いからな」

わしに背を向け、すたすたと出て行きおったか…信じられんというのもあるんじゃろうな。
じゃが、あの顔とあの態度は、何か知っておるんじゃろう。突っ込む気はない…まだ死にたくないもん。

そして、改めて資料に目をむけ、ため息をこぼす。

戸籍登録名:近衛士郎 本名:エミヤシロウ 性別:♂
年齢:10歳(正確には不明) 生年月日:不明
出身:不明(本人曰く冬木市。しかし、存在せず)
家族構成:不明

学力:成績的には上の中──実際の学力は、はるか上であると推測される。
体力:この年の子供にすれば◎──おさえているようにも見受けられた。

所持魔力量 :不明──妨害されるため、計ることが出来ず※
魔法特性:不明──発動の仕方から見て、アーティファクトと思われる(詳細は不明)
戦闘技術:不明──計りきれない、今の段階では高畑・T・タカミチより上である。

※身の内に何かを仕込んでいるようである。

総括:この年代の子供においては、稀に見る天才児に思える。
    が、老成した思考、卓越した能力、それらを見る限り、子供のようには思えない。
    しかし、たまに見せる無邪気さや笑顔には、子供らしい面影もあり、どうともいえない。
    今後も監視下におくべき存在ではあったが、未来を奪うようなことをすべきではないと判断し、送り出すことにした。
    

とんでもない代物なのやもしれん。わしのこの選択が吉と出るか凶と出るか、楽しみじゃな…。
凶はほとんどありえないと思っておるんじゃけどな。
じゃって…この一週間で彼は驚くほど成長しておったからの。
初めは聞いていたとおりの仏頂面に冷静で沈着な大人びた子供じゃった。
それが、日が経つにつれ、婿殿の最終報告以上の感情を見えるようになった。
わしの彼を見る目が変わったのかもしれんがの…それはそれで、わしの印象を変えるだけ成長したということじゃろうて。
つまりは、わしの策に狂いはなかったということじゃな。

1週間、ここで過ごせば集団生活にも慣れるとふんで正解じゃったな。
まだ、彼の背負う影はとれておらんが、あと数年もすれば取れるじゃろう…。

フォッフォッフォッフォッ…将来的には木乃香と結婚させたいものじゃな。慕っておるみたいじゃし。わしの後継者としても、の…。


──Side Konoemon OUT


駅からタクシーで空港に向かい、面倒な手続きを済ませ、そこから飛行機でおよそ14、5時間かけて、目的地のある国に到着した。
外国に関して詳しいつもりだったんだけど、こう煌(きら)びやかな国に行くことは無かったので、どこかは分からない。が、大体想像はつく。欧州、なのだろう。
詳しく高畑さんに聞こうと思ったものの、滞在時間も短いことだし、気にしても仕方がない。別のことを聞こう。

そこから、またタクシーで移動することになった。そういえば、『悠久の風』についてあまり聞いてなかったな。
タクシーの運転手はこちらの言葉は分からないし、どこで聞かれてるか分からない飛行機の中とかで聞けなかったことを聞いてみることにした。

曰く、本部はこちら側における本部なだけであり、実際の本部は魔法世界側にある。
曰く、高畑さんより強い人は少ないが、強い人は果てしなく強い。
曰く、今のところ、平和な日々が続いているため、高畑さん自身の出動も少ない。
曰く、魔法がばれたら、即本国送りの為、細心の注意が必要。

まあ、総合すると、どうでもいい話をしていた感じだ。興味をそそられる内容もあったといえばあったが。
正直なところ、高畑さんがどんな顔や声色で、『悠久の風』について語るのか、知りたかった。
悪くは無い、でも…何か足りないって感じかな。
たぶん…現状に満足は出来ないのは、“ナギ”の仲間たちがいないからなのだろう。
それだけ、高畑さんにとって、重要で大切な人達なんだろうな…あの顔はそういう顔でもあった。

まあ、聞くのはこれくらいにしておこう。本当に聞きたいことは別にあるし、早々聞けないことでもあるしな…。

そういうことは聞くより見て判断したほうが数倍早い。もし聞いて、曖昧に伝えられたら嫌だった。
それに、情報はあっても困らないが、多すぎれば取捨選択が難しくなる。自分で得て、判断を下したほうが信頼できる。
その後から、身の振り方や立ち回り方を考えなければならないだろう。今、考えて間違ってたら洒落にならない…後回しだな。
それと、力は調整すべきか否か。見た目と反しているほうが第一印象はいいだろう。だけど、向こうの力量を見てからでも遅くないし、それからにしよう。
…今のところ考えることはこれくらいか。じゃあ、あとは高畑さんと適当に話しをしておくことにしよう。

そう決めた後は他愛の無い世間話でもしながら、目的地への到着を待った。

おおよそ半刻後

「──帰ったら、一回鈍器で殴ってみるよ」
「僕の分もよろし──着いたみたいですよ」

タクシーから降りると、そこにはご立派な建物が構えていた。
周りの建物と比べても大きいその造りに、目立っていいのか?という疑問がわいた。
だけど、そんな疑問をぶつけたところで、魔法で何とかできるんだろう。たぶん。
この世界の魔法って妙に利便性が高いみたいだし。

「じゃあ、入ろうか」

「あの、そういえば、聞きたかったんですけど」

「なんだい?」

「言葉って、日本語で大丈夫なんですか?」

「ああ、それだったら大丈夫だよ。言語認識の魔法があるからね」



ああ、つくづくこの世界の魔法って利便性が高いと思った…英語とか無意味だとも…。

そして、警備の人と先に話を交わしていたらしく、何も怪しまれずに中へ入ることが出来た。

「……」

うーわー…待て待て待て…無駄に金使ってないか?
凝った彫刻や大きな絵画がどこを見渡しても目に付くぞ。
芸術が分かるわけではないけど、ものすごく高そうに思える。
…多分、解析とかすれば直ぐに分かるんだけど…やめといたほうがいいだろう。
無許可で魔術を発動させるということは、ここの人達に喧嘩を売るような行為に等しいしな。
そこのところは追々聞いてみるとしても…第一印象は最悪だな。

さっきまで少しは高揚していた気分が一気に冷めだした。
本来ならば、冷めた顔で訪れる気などなかったのだが、な。

建物はでかいし、値が高そうなものをいたるところに配置して、それらが表すのはいかにもって感じの力の象徴。
権力なのか財力なのか、はたまた別の何かなのかは知らないが、それだけ力を持っていることを象徴している。
嫌な感じだ。そういう奴らと馬が合ったことなど一度もない。だが、あくまで経験に基づく予測だ。実際違うかもしれない。9割方当たるけど。

高畑さんは…何やら受付で話しているようだ。ある意味仕事で来たからか、表情がいつもよりも固い。
…と、終わったらしい。手招いて呼んでいる。とにかく、近寄ろう。

「なんですか」
「エレベーターに乗って、5階まで行くよ」
「はい」

高畑さんの後ろに付いて、エレベーターに乗った。ドアが閉まった瞬間に、高畑さんがため息をついた。
まあ、気持ちは分かる。初めて、学園に行った時の倍以上に視線が送られてきたからな。
別のこと考えてないと、気が少々病みそうなくらいの量だった。さすがは、本部といったところか。

「中に入って驚いたかい?」
「はい…」

予想以上に駄目そうだと思ってね…。

「でも、あれくらいの視線には慣れてるみたいだね。さすがって感じかな」
「いえ、そういうわけじゃないですよ。あんまり気にしてなかっただけで、慣れてはいないです」
「気にしないって、そうそう出来るもんじゃないと思うんだけどなぁ。まあ、それなら、今度のは大丈夫かな?」

…また何かあるっていうのか?…まさか、エヴァンジェリンみたいにかなり上位の化生が住んでるとかいうやつか?
敵対しないなら構わないし、驚くといっても…そういうの見慣れてるからな。それなら大丈夫だろう。
でも、何か分からないから、一応聞いてみるか。

「今度とは?」
「まあ、着いたら分かるさ」

予想通りはぐらかされた。まあ、別に構わない。命に危険があるわけでもないだろうし……多分。
そうこうしている内に、無機質な音が到着を告げた。
…よく見たら、5階って地下のことなのか……建物そのものは10階建てはあったけど……まさか。

「!…これは」

エレベーターが開くと同時に広がった光景に少しばかり唖然とした。
1階にあったような彫刻や絵画は全くない…それどころか、独特の緊張感が漂っている。
あの姿は表向きの顔か…本来の姿であるこちらを見られないように、悟られないように、あのような雰囲気になったのだろう。

この年代ではあり得ないであろう大きなモニターには、世界地図らしきものが移っており、×や△などの印が点々としている。
中東、アフリカ辺りに多いように感じるな…。つまり、そういう部分は前の世界と変わらないってことなのだろう。

「これが本部の本当の姿になるかな?…地上の部分はNGO団体としての表向きを保つためにあるところだからね」

高畑さんの言葉を聞くかぎり、さっき考えてた通りのようだ。
さっきとは見方が変わったとはいえ、まだ人と接してないから確定できないな…。
…ただ、どうしてかは分からないけど、嫌な感じだけは拭えなかった。

「どうやら待たせてるみたいだし、行こうか」
「はい」

高畑さんについていくと、奥にあった個室に通された。どうやら、応接室のようだ。
置いてあるソファーに腰をかけるのもなんだったから、立って待っていようかと考えていた。
だけど、高畑さんが先に座って、座るよう促してきたので、座ることにした。

…本当に大丈夫なのか?俺のような身元不明の人間がこんなところに来て…。
まあ、通されてるって事はそれだけ高畑さんが信頼されているんだろ──

誰かがこの部屋に入ってくる気配を感じた。高畑さんもそれを分かっていたらしく、ほぼ同時に立ち上がった。

「──待たせてすまないな。少々立て込んでいてね」

部屋に入ってきたのは、そこまで老けていないものの貫禄がある黒人の男性だった。
下手に“解析”を使うわけにはいかないから、正確な力量を計ることは出来ないが、なかなかの実力者のようだ。
突然の戦闘があったとしても、柔軟に対応できるような動きをしている。後衛というよりも、前衛のタイプのように思える。

「いえ、こちらこそわざわざありがとうございます。ガンドルフィーニさん」
「こっちは、猫の手も借りたいくらいの状況なんだ。わざわざきてくれてありがとうと、言いたいくらいなものだよ…まあ、君レベルの手をね」

ガンドルフィーニという男は、高畑さんと俺を座るよう促し、茶を用意してくれた。

「紅茶しかなくてね。申し訳ない」とこっちの対面に座って、苦笑いしながらそう言ってきた。
「いえ、気を使っていただきありがとうございます」と高畑さんが頭を下げようとしたが、手で制されていた。
「気にしなくていい」と、笑いながら答えていた。

…人となりを見る限り、いい人なのだろう。悪い印象は今のところ持っていない。
この人がどういう立場にいるかによって、組織としての印象が変わってくるけどな…。

「さて、君が、士郎君…であってるかい?」
「はい」
「私は…【悠久の風】にある、主に戦場で任務をするパーティーのまとめ役をやらしてもらっているガンドルフィーニという、よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」

握手を求められたので、快く応対する。手にはゴツゴツとした胼胝(タコ)があり、彼が闘うものなのだと改めて認識した。

…なるほど、彼が高畑さんの言っていた人か。

【悠久の風】は何十種類ものパーティーがあり、パーティーごとに行う仕事が違っている。大体、3種類程度に分かれるらしい。
主に物品や身辺警護を行うパーティー。
具体的には、要人の護衛やこちらの世界に流れてしまったマジックアイテムの管理などを行うらしい。
主に災害の防止、発生時の救護を行うパーティー。
具体的には、雪崩、山崩れなどの自然災害が起こる前に魔法で起こらないようにしたり、地震等の大規模災害の時に現場で人命救助を行ったりするらしい。
主に戦場に赴くパーティー。
具体的には、戦地に住まう人の被害を減らし、戦地で怪我をした人の救護をし、戦いを終わらすために戦ったりするらしい。
戦地だと悪い魔法使いが介入してきている可能性もあるらしく、死の危険も一番高いんだそうで。
その時々で主体になる仕事が代わり、それに合わせて派遣するパーティーの数も変わってくるんだそうな。

そして、パーティーの数が減ろうが増えようが、パーティーを効率よく運営するパーティーの指揮官というべき存在の一人が目の前にいるガンドルフィーニという男らしい。

ちなみに、中には特殊なパーティーも存在するらしい…癖が強かったり、表立って動けなかったりする人達の集まりらしいが…どういう面子なんだろうか。
なお、現在、本部で事務作業をしているのは、留守番を食らっているパーティーの面子だと聞いた。

「君の力が、どの程度のものなのか…自分の目で確かめておきたかったのだが、これから仕事で現地に向かうことになっていてね…君自身を信じることにするよ」
「ありがとうございます…ところで、その仕事というのは?」

困ったような表情をして、言うか言わぬべきか悩んでいるようだ。

「…中東のほうで内紛があってね」
「…付いていってもよろしいですか?」

彼の目が据わった。さっきまで見せていた温和な表情じゃあない。
確かに、分かる。どうしてそんな顔を見せているのか、どうしてそんな雰囲気をかもしださなければならないのか。
至極、簡単に言えば、連れて行きたくないからだろう。
どの程度の力を持ってるか正確にわからない人を、まして子供を連れて行けるわけがない。
パーティーのメンバーが危険にさらされる可能性だって増すからな。

それでも、行くしかない。ゆっくりなんて言っていられない。

彼の目を真っ直ぐと見据え、真っ向から向き合う。
すると、根負けしたのか、彼がため息をついた。

「内紛の強行勢力にどうも魔法使いの影が見える。危険は増しているにもかかわらずが、大人数が入国は出来ない。表向きには支援物資を運ぶ代わりに入国する手はずになっているからだ。選りすぐりの精鋭でのぞむんだ。正直、参加させることは難しい」
「どうすれば、参加できますか?」
「………高畑くんを倒せればいいだろう」

苦し紛れに出たのだろう。高畑さんの実力は高い、だから勝てはしないとたかをくくって…。
倒しているんだけどね…。
俺の気持ちを分かっているのか、高畑さんは苦笑していた。

「ガンドルフィーニさん、申し訳ないのですが…士郎くんは僕のことを軽く倒しています」
「?!」
「前に伝えた時にも、言っていたでしょう?」
「冗談じゃなかったのかね?」
「ありのままですよ。開始数秒で間合いを見切られて、翻弄されて、いつの間にか意識が飛んでいたと」

苦笑する高畑さん、焦るガンドルフィーニさん、それをみている俺の構図が出来上がっていた。
なにはともあれ、これで文句は言えないだろう。パーティーの面子と、連携云々が出来ないという問題があるといえばあるが、なんとかなるだろう。

「よろしくお願いしますね」
「…ふー、わかったさ。なんとかしよう」

実力が伴っているなら、拒む理由もないのだろう。猫の手も借りたいくらいなのだから。高畑さんレベルの。
「子供一人くらいなら、荷物に入るだろう」と不穏な言葉が聞こえてきたが…慣れてるさ。
戦場から出るのに何度木箱や樽の中に身を潜めたか…嫌な思い出だ。

まあ、今は戦場の把握が重要だろう。

「詳しい情報を教えていただけますか──」

──あくまでも、俺は俺であるために


──Interlude 


いつものように待つ間、そのほんの束の間の休憩を取る。

未だにはっきりしないことが多い。なぜ、どうして、という言葉が頭を駆け巡る。
しかし、私にそんな言葉を考える暇も権限もない。
それに、不愉快だ。面白くもなんともない。ああ、ない。

…いらだっても仕方がない。何も考えずに待つか…。

そうしている内に、仕事仲間がやって来る時間だ。時計など見てはいないが、そろそろということだけは分かる。
ある種の第六感と言えるのではないだろうか。
こういう時間、趣味をする時間を……から頂いてから、身についたといっても過言ではない。

「今日のご飯は何ですか?」
「開口一番それか、はしたないな」
「む…し、しかたないでしょう…」

こういう姿を見ると、どうも…懐かしく思える。
不愉快だった気持ちもいつの間にか消え去っていた。

「分かっている…少々からかってみたくなっただけだ」
「…意地が悪いですね」
「元からだ。気にするものでもあるまい?」

腕によりをかけて作ったものは、はたして何分持つのか。
そして…いや、今は考えずともいいだろう。

どう転ぶにしても、変わらんだろう。


──Interlude OUT





────あとがき────


はい、なんというか27話です。ちょいと今回はオリジナル設定を使っております。
【悠久の風】のこと(調べても分からなかったorz…お金がないからネギま買えないし)とか、ガンドルフィーニ(オリキャラを使いたくなかったので)とか。
気に食わない点がございましたら、なんなりとします。弁明することもあると思いますが…。

オリジナルの設定を使ってもただ、オリジナルのキャラは出来る限り使わない予定です。
ですから、名前も何もない人が台詞とかで出てきたりしますが、気にしないで下さい。
そういう人が本編にはこれっぽっちも関わることはないです。

なにはともあれ、次回か次々回辺りから、バトルシーンです…。正直、苦手なんでかなり筆が遅くなるかと…。
よにもかくにも、頑張ります。


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[6033] 立派な正義に至る道28
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/06/15 16:14





「今回に関しては部外者だからね」と言って、高畑さんは出て行った。
いてくれても構わなかったけど…気を使ったんだろう。俺がガンドルフィーニさんと正面から話をできるように…。
心遣いをありがたく受け止めて、ガンドルフィーニさんから情報を集めさせていただこう。

「何が発端でこんなことになったんですか?」
「生憎、それがよく掴めていない。ただ、対立する両方とも、その地区を治めようとしていることだけは分かっている」

そんな感じの理由だろうとは思っていたけど…ありきたりすぎるようにも思えるな。

「どこから、そのような情報を?」
「…現地へ先に派遣した仲間からだよ」

現地に、か…それなら確かな情報なのかもしれないな。
でも、発端がつかめない?…何かあるとしか思えない。だけど、今悩んだところで、これ以上の情報が手に入るわけでもない。
現地での情報収集も必要になってくるだろう。…現地の人と言葉が通じるか、それが問題でもあるわけだけど。

「今、どのような感じですか?」
「今の戦場は、このように展開している」

ガンドルフィーニさんが持ってきた地図を開いて見せてくれると、魔法でもかけられているのか、立体的に戦域が映し出された。
青、赤、緑の三色の長方体がいたるところに立っている。量的に言えば、青<緑<赤といった具合だ。

「この青いのが我々の味方、こちらの赤いのが敵、緑は中立…どういった状況であるかは言わなくても分かるな」
「相当、押されてますね」
「そう。元々、青…味方をするほうは武装勢力ではない。どちらかといえば、話し合いによる解決を望むものたちだ。それゆえの結果だろう」

なるほど…。でも、なんで、中立の人がこんなにもいる?赤よりは少ないものの、青よりは断然多いぞ?
日和見なのか……それともまた、別の……駄目だ、今考えたところで、埒が明かない。
他の情報を聞こう。

「今回参加する人数は?」
「本当なら4~5は参加させたいが、この状況だ。2パーティが10人限度といったところだな…そして、君と私を入れて12人だ」
「現地にいる仲間の数は?」
「3人…だったが、うち2人は怪我を負い、参加できる状況じゃないため、実質1人だな」

そうなると、遊撃と救護に分けるんだろう。
俺はどちらかといえば、遊撃に回るべきなのだろうけど…いや、そうするべきじゃない。
やはり、ああするしか手はない。

「それで、なぜ魔法使いの影があると?」
「うむ、現地に派遣した仲間からの情報で…味方が足を撃ち抜き、手傷を負わせたはずの敵兵が、次の日には怪我などしていないように突撃していたのを目撃したらしい」
「……なるほど、他には?」
「不思議な光とともに現れた少女に、蹂躙されたこともあるそうだ」

ガンドルフィーニさんは影があるといっていたが…情報的には、間違いなく、いるんだろう。ガンドルフィーニさん自身も理解している。
そうでなければ、精鋭を派遣するなんて言わないだろう。この程度の内紛なんて…正直、数で押したら直ぐに抑えられるものだからな…。
それにだ、あくまで狙いは魔法使いといった感じだしな…。多分、戦争そのものにまともに介入するのは出来ればしたくないのだろう。
まともに介入すれば、その地区に対して利権を得てしまう可能性が出てくるし…。NGO団体として、魔法使いとして、嫌なのだろう。

考察してみるが、すぐに頭から消す。
…無意味だ。どう考えても、どう悩んでも、結局やることは変わらないんだ。
俺は俺の道を進む。それだけだ。

「わかりました。あと、提案をしてもいいですか?」
「…なんだい?」
「向こうでは俺を一人にしてください」
「な…それは」
「無理とは言わせませんよ。それに、仲間なんて──」

必要なかったはずだ。今まで歩み続けた道では…。
なのに………簡単には捨てきれない自分がいる。
─いい加減にしろ。分かっているはずだ。仲間がいたら…仲間がいれば…。

「──…いや、仲間になるまで時間が足りません。足を引っ張ったり引っ張られたりしている場合でもないでしょう?」

その言葉を聞いて、ガンドルフィーニさんは眉間に皺を寄せた。
納得できる、だけど納得できない。そんな二律背反の思いがあるのだろう。

「…だが、君を一人にすることはできない」
「……どうしてもですか?」

指揮官として、大人として、先任として…許せないといった感じか?
気持ちは分からないこともない。だけど、俺が俺として動くためには、これしか方法がない。
それに、拭えていないこの違和感…多分、いや必ず“アレ”がいるからだ。
それはさすがにこの人にも言えない。この人じゃないのは分かっているけど、裏をかくにはそれしかない。

「……高畑くんの言葉を信じるならば、君を一人にしても構わないと思う。だが、確証もない言葉を信頼することは出来ない」
「…それはそうでしょう」

さすがは指揮官といったところなんだろう。彼も情報を選りすぐることが出来る強者だ。
例え、信頼のおける仲間の言葉であっても、吟味し判断を下してきたのだろう。 そして、その判断を貫き通してきたのだろう。
だからこそ、高畑さんの言葉を聞いて、俺が戦場に赴くことを容認した。だけど、実力に関しては認められない。
1対1の力と1対多の力は別物だし、倒す力と■す力はベクトルが違う。この戦いにおいて求められるのは、1対多であり、倒す力なのだろう。
だから、一人にすることは出来ない。強いとしても、1対1に限ってかもしれない、■す力を使うかもしれない…それを判断する要素である時間が足りない。
そう至ったんだろう。そして、誰かをつけるとしたら……

「だが…君に誰かをつけたところで、連携が崩れるのは否めない。…よって、私が君に付く」

やはり、そうなるよな。指揮官という立場である以上、1人で浮いているんだろうし。
もう1人、適任者はいるが…それなら俺は拒否を行って、ガンドルフィーニさんを指定しただろう。

「…よろしいのですか?」

ありのままの言葉だ。嘘じゃあない。俺に付くということは、その分気を配る範囲が広がってしまう。
正直、それくらいの覚悟を持っていなければ、指揮官なんて勤まらないと思うけどな。

「ああ、その方が君としても…いいだろう?」

ニコッと笑いながら、そう聞いてきた。
力のことを考えて出した結論じゃなく、こちらのことを考えて出した結論だったか。
俺が実績を上げ、早く魔法界へ行くためには、その場のトップである人間が認めるのが一番の近道だしな。
さすが…だな。本当に、この世界の人間は出来る人が多い。

「そうですね。あなたに関しては信頼していますから」
「そういってもらえるとありがたいね」

ただ、俺がなぜ1人になりたかったか、理解してるのか確認したい。
どこになにがあるか分からない状況で、聞いてバレるのは避けなければならない。

「決まったことですし…いつ出発ですか?」
「1時間後になるだろう。航空機で隣国に向かった後、そこから用意してあるトラックで移動。おおよそ12時間かかる。時差のことを考えれば…向こうにつくのは夜だな」

ふむ…どうやって持っていこうか……よしっ、これで分かってくれることを願って、言ってみよう。

「それなら、あまり怪しまれずに行動できますね」
「ああ、そうだな」
「中に入る前に疑われれば、マズイですしね」
「…ああ」
「まあ、中に入ってしまえば疑われなくなりますし、何したっていいんじゃないでしょうか?」

理解できたか?…ガンドルフィーニさんの顔つきが少々変わっている点を見る限り、感づいているはずだ。
さて、どう出てくれるか…。

「…そういうわけにもいかない。立場を考えれば、我々は介入しすぎることは出来ないからな」
「それはそうですよね…少し言い過ぎました」
「いや、構わないさ。君がそう思っても無理はない…今後の話はまたするとして、出発するまでここで休憩してくれたまえ」
「分かりました…」

ガンドルフィーニさんは何もなかったかのように、入ってきた時と変わらぬ表情で出て行った。

あの人はきっと疑いたくないのだろう。
俺だって、本当はそんなものないと、信じたい。
でも、ほんの少しの違和感が…俺に訴えかけていた。
必ず、何か起こると。

細く長く息を吐く。落ち着け、冷静になれ…と自分に投げかけ、心を静める。
熱くなれば、判断力も実力も下がる。そして、何より──

「──士郎くん、あまり考えすぎないほうがいいよ」
「…高畑さん」

いつの間にか部屋の中に高畑さんがいた。
警戒が解けてたか…駄目だな。戦場なら確実に死んでいた。

「僕は今回の仕事には関わっていないから、どういう事情があって、どんな状態なのかは分からないけどね」

苦笑しながら、俺の目の前に座った。

確かにそうだ。考えてもどうなるかなんて分からない。だけど、今回は考えなければならない。
今まで培ってきた経験が警告を出しているから…また、だと。
…でも、その裏に隠されているものを見出さなければ、切り捨て続けたあの頃に戻ることになる。
それだけは避けなければならない。だから…。

「少しは気が楽になりました…お気遣いありがとうございます」
「ん…いいよ、僕だってそういう風になることはあったから」
「…」

ああ、そういえば…高畑さんが遠い目をしている時をよく見かけたことがあったな。決まって、幼稚園児程度の少女が近くにいたけど…。

「どっちの言い分も正しい時とか、僕なんかが関わるべきじゃない問題とかだったし、士郎くんが悩んでいる問題とは違うかもしれないけどね」
「あの…そういう時は、どうしたんですか?」

まるで聞かれるのが分かっていたみたいに、すぐさまこう答えてくれた。

「自分にしか出来ないことを探して、自分の信念が曲がらないように自分にしか出来ないことをやってた…かな」
「自分にしか出来ないこと…」
「そう。僕だったら、戦うことだった。それをやり続けただけさ…そして、その結果がどうあれ、受け入れる。たとえ、間違っていたとしても」
「…」
「それを糧に、次のことをこなしていく…って感じかな」

そう…だったな…。
いつの間にかまた忘れていたようだ…。
そうだ、俺がこの世界に来たのは、前の俺を模写するためじゃない…俺自身を創作するためだ。
俺にしか出来ないこと…いや、俺がしたいこと…誰かを助けるために力を使うことをやる。
立場や地位、そんなものを捨ててもいいから…詠春さんにはものすごく申し訳ないけども…俺が受け入れたい結果を残してみせる。

それに、あの皮肉な笑みを二度と見たくはないからな。

「その顔は吹っ切れたみたいだね?」
「はい」
「…あまり無茶をしないようにね」

多分…無茶をする。そういう覚悟を決めたんだ。
“エミヤ”の名を轟かせるんじゃないんだ。
それにこれ以上、汚れたら…帰ると約束したみんなに会わす顔がないからな。

「じゃあ、僕は一旦帰国するよ。あとのことは、ガンドルフィーニさんに任してある」
「はい」
「正直な事を言えば、日本人で子供の君を…異国の地に一人きりにさせるのは嫌なんだけど…ね」
「大丈夫ですよ?…ガンドルフィーニさんはいい人ですから」

こちらの意図を読み取ったみたいで、高畑さんは苦笑いを浮かべた。

「すこし心配になってきたなぁ…」
「大丈夫ですよ?」
「…まあ、なんとかなるかな」

ああ、この顔は…高畑さんが学園長と話している時になっていたなぁ。
本当にごめんなさい。今度会う時は、そんな顔にならないように、まともにします。

「さて、出発まで時間があるなら、世間話でもしとかないかい?」
「ええ、お願いします」

そこからはあたりさわりのない話を延々としていた。
興味を引く話題の多さに、さすがだな、と思った。

そして、数十分後

「──じゃあ、その方向で」
「わかったよ、士郎く──と、出発時間になったみたいだね」

ガンドルフィーニさんがトランクを持って、部屋に入ってきた。

「高畑くん…外してもらえるかな?」
「…了解しました。あとのことは、よろしくお願いします」
「ああ、任しておきたまえ」

交わされる挨拶…裏にあるのは、俺のことじゃない…仕事のことだろう。
…まあ、あまり詮索することでもないし、置いておこう。

「じゃあ、士郎くん…また」
「はい、また」

少しばかり手を振って、高畑さんは部屋から出て行った。

…それよりも、だ。

ガンドルフィーニさんが持ってきたトランクに目を移す。

たぶん…いや、絶対にこれだろうな。…入るかな。

「察しが付いてるとおり、今から君にはこれに入ってもらう」
「入るとは思いますが──…」

なぜ今から?という言葉を続けたかったが、鵜呑みした。
ある可能性が過ったからだ…良い方向か悪い方向か…どちらかは彼の口から聞くしかない。

「…子供を連れて入るのが難しいみたいでね。…治安が悪いわけではないが、子供が迷子になりやすいらしい」
「そうなんですか…」
「本当に迷子なのか、はたまた人攫いかは、分からない。ただ、そうなってしまった子供を探すのは一苦労らしい」
「…」
「地元の人に協力を仰ぐことになる上に、向こうの国も面倒らしくてね…」
「それなら、仕方ないですね…もっとも、迷子になる気はないですが」

俺が独断専行するつもりなのはバレバレか…。
それでもなお、連れていくつもりだということは…やってしまっていいのだろうか?

「君なら大丈夫だと思うが、規則は規則ということだ」
「じゃあ、入りますか…でも、空港の審査とか大丈夫なんですか?」
「ああ、それなら心配無用だ。大丈夫なように、魔法をかけておいた」
「…なるほど」

本当に利便性が高いよ。ただ、無駄な力といえば無駄な力だけど。
まあ、覚えたくても覚えられないからな……。

あれ?このかんじは…。

不意に感じた違和感…その発信源のほうを向くと、ガンドルフィーニさんが鋭い眼をして立っていた。

「なに…を…」
「少しの間眠ってもらう…トランクが動かれるとまずいからね」

ああ、なるほど。そういうことか。って納得するわけがない。
まあいい…か……っ。

「………すー、すー」
「すまない」

そう言って、ガンドルフィーニさんは俺をトランクに詰め始めた。
案外すんなり入るものだな。
そして、トランクがゴロゴロと引きずられていく。

「では、行ってくる。留守中はよろしく頼む」
「はい、了解しました」

誰かとガンドルフィーニさんが挨拶を交わしているようだ。
空港に向かうべく、車に乗ったのか、振動が激しくなった。


それにしても


──寝たふりに気づかないとは。死体のふりより簡単だから、うまくできていると思うけど

あの手の魔術は似たようなものを経験しているから、なんとかなった。
すぐに落ちるか、ゆったりと落ちていくか、の違いはあったけど。
そういう時は、意識を保つために、外部から刺激を与えればいいだけのこと。

だから、左の小指を折った。

まあこの程度の痛み、大丈夫だろう。嫌な汗も出てきてはいるが、これも生きるため。
別の場所に飛ぶようなことがあれば、面倒だからな。

さてさて、治療といっても、骨の位置を直すくらいしかできないし……っ、と。
あとは、少し耳を傾けつつ気ままに過ごすかな…。

どう転ぶか分からない。
それに、いやな感じはぬぐえていない。
でも、大丈夫だと思っている自分がいる。

たぶん、思い出せたからだろう。

なあ──



──Side Setsuna



しろうがさって、数日がたった。
どことなく感じる寂しさに負けないよう、このちゃんと一緒に楽しんだ。
そして、あの背中に負けないよう、訓練に打ち込んだ。
帰ってきたときに、驚かせてやろうと、思ってた。

そんな矢先

「え…」
「木乃香を麻帆良学園に転入させようと思っている」

うそやろ?うち、このまま、一緒に、まっていられると思うてたのに…。

「正直、手元に置いておきたい。だけど、下の者たちに不穏な動きがある…関東のことをよく思っていない者たちだ」
「…」
「その者たちのために、友好関係を結ぼうとは思っているけど、そうもいかない。そこで、木乃香を危険に晒さぬために、友好関係を築くために、送り出す」

長の言ってはることが正しいんはわかる。そうしたほうがええに決まってる。
でも、なんかいやや…。

「そして、君にも麻帆良学園に行ってもらいたい」
「え?!」
「誰も知り合いのいない所に行かせるほど、子離れできているわけではないんだよ。刹那くん、お願いできるか?」

願ってもないことやった。これなら、一緒に過ごせるし……でも…

「ちょっと考えさせてもらったもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。まだ先の話だからね」

長に少し詫びて、自室に戻った。

「どうしたらいいんやろう…」

このちゃんを一人にはしたくない。
でも、訓練はこっちでしたい。
今の年齢がいちばん伸びるて聞いてるし、師範もええ人やし。
向こうにもいるらしいけど、実力うんぬんを考えたらこっちのほうがええし…。

ああ、ほんまどうしよう…。

「どないしたん?」
「このちゃん…」

いつのまにやら、このちゃんが近くにいた。
ぼやいてたからか、感づかれたみたい…。
言うべきか言わぬべきか、悩んだけど…あんまり隠し事をしとうなかったし、ありのままに言った。

そうすると、このちゃんはいつもの笑顔でこう言ってくれた。

「せっちゃんの気持ちは嬉しいけど、やりたいことを優先させたほうがええよ」
「で、でも」
「しろうを驚かしたいんやろ?」
「…うん」
「なら、ええやん。うちの料理の訓練は向こうでもできるし…それに」

「それに?」

「あとで、こっちに来てくれるんやろ?それまでに、せっちゃんが居やすいように頑張るわ」

かなわないなぁ…。
…うん。決めた。

「このちゃん、うちはここで頑張るわ」
「じゃあ、うちは向こうで頑張るね」


いつになるかわからんけど、会った時は…驚かせて見せる。

このちゃんも、しろうも…。




──Side Setsuna OUT





────あとがき────


はい、28話でした。今回は刹那を久方ぶりに出すことができたので満足です。
正直、リハビリですが…女の子とか書いとかないと、後々スランプで死にそうでしたし。
ああ、そうそう。今度からは、少々黒い話がちらほらと混じってくるかな…たぶん。

誤字報告、指摘、意見、感想、心よりお待ちしております。いつもしてくれている方々、本当にありがとうございます。







[6033] 立派な正義に至る道29
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/06/22 23:25




…無理するもんじゃないな。小指の痛みは何とかなるにしても、トランクの中にいるのが辛い。
いっそ寝れたらいいんだろうけど、重大なことを聞き逃す破目になる可能性があるし、もし何かあったとき対処できないからな。

<…バン……ユキハ………チャク…>

…どうやら、これはアナウンスの声みたいだな。振動も止まっているし、空港内のどこかで休んでるな。
雑踏が多く聞こえるところから、多分カフェとかではなく、空港内に設置されているベンチに座ってるみたいだな。
普通に考えれば、乗るのを待ってるんだろうけど…もしかすると人を待っているかもな…。

………そういえば、トイレや空腹を耐えられるだろうか?…考えないでおこう…。

「Hi!Mr,GANDOLFINI」

…人が来たか。ドンと荷物を置く音が聞こえたあたり、隣に座ったみたいだ。
さて、どんな会話が聞けるのやら…。

「やぁ、結婚式以来じゃないか?」
「そうなるわね。どおりで、おっさんくさくなってるわけね」
「6年たっているんだ。そんなものだろう?」

あたりさわりのない世間話だな…でも、結婚式に呼んだりしているんだったら、関係者か?
一般人の線もないことはないけど……もう少し、耳を傾けておくか。

「そうね。私は一児の母になったわけだし」
「へぇ、それは知らなかったな。男の子かい?」
「ううん、女の子。可愛いわよ、いい子だし…ちょっとファザコンだけど」
「ハッハッハ…なるほどな。まあ、良くも悪くも君に似ているんだろう」
「どういう意味よ、それ!」
「彼に惹かれるってことはそういうことなんだよ。うらやましくもあるがね」
「…なんとなくわかったから、そろそろ本題に入りましょ」

すこし空気が変わったな。やはり、関係者か。直接見れるわけじゃないから、確信は持てないが…強そうだな。
思考を切り替えられる人は相当やる人ばかりだったからな…味方でも敵でも。

「──ッ」

唐突に魔術回路がざわめいた。

…なにか、かけられた?…自己解析を行いたいところだが、魔術行使をして、起きているとバレるわけにはいかない。
呪いの類ではなさそうだ…すこし様子を見よう。…俺の解呪する方法は少々異端…いやむしろ、あり得ないしな。

「これで、第三者には世間話をしているようにしか聞こえない」
「盗聴や盗撮の可能性は?」
「あったとしても、気にする必要はないだろう?」
「それもそうね。来るなら来いって感じね」

慎重なのか、ガサツなのか、よくわからない女性だな。
…しかし、わざとか?俺にまで魔法をかけたのは…。こっちにとっては好都合だけど…気づいているのか?
わからないな……様子を見よう。話はそれからだ。

「…それでだ。今回起こった内紛だが、かなりきな臭い。あまりにも利権が絡みすぎている」
「そういえば、そうね。化石燃料はあるし、リゾート地にしようって計画もあるし、何より税金って概念がないしね」

戦場になっている場所は国の政策を全て石油などで賄っている地域だったのか。
その地域のトップに立てれば、どれほど莫大なものを手に入れられるか。
ただし、それ相応の頭がなければ、不可能ではあるけど……こちら側の人間を巻き込んでいるんだ。相当頭がいい相手だ。

「…私は裏で糸を引いているやつがいると考えている。そうじゃなければ、我々が動くことなどありえないからな」
「ふーん…なるほどね。それで誰なのか探りを入れるためにわざわざここに呼んだのね?」

案外聡明な人のようで、ガンドルフィーニさんの考えをすぐに看破してみせた。
正直、こういう人ほど後々敵になりやすいけど……違うと思う。
声を聞いているだけだけど、あの時に感じたような違和感がないしな。

「……わかっているなら話は早い。君はどっちの人間だ?」
「簡単な話じゃない。夫も娘もいる私が、そんな危険を冒すと思う?」

前提から間違ってないか?夫がいようと娘がいようと、そういうことをするやつはごまんといたぞ?
でも、まぁ…そう言えるほど絆が深いなら、それをガンドルフィーニさんが分かっていれば、答えは出てるよな。

「…どうも、私は君のことが苦手のようだ。思うと言いたくても言えそうにない」
「それはどーも。信頼してもらってるってとってもいいわよね?」
「はぁ…君に腹の探り合いを仕掛けるのはお門違いだったわけか」
「そういうことを目の前の相手に向かって言うかしら?ふつう」

なんというか、いい友人関係だな。俺がこんなことを言えたのは……アイツくらいだな。
今となってはいい思い出であり………まあいい、これで話は終了か?

「そういえば、あとの面子って誰?」
「君になら話してもかまわないが…一応、現地にて話すことにする。現地までに省かれるものもいる可能性があるからな」
「そう?なら、いいわ。頑張ってちょーだい」
「全く…君相手だと指揮官としての面目が保てないな…。次からはもう少し気を引き締めることにするよ」

ガンドルフィーニさんの口ぶりからすると…あと9人、審査をするのか。
…全員がこの女性のようであれば、楽なのだろうけど…。

「それじゃ、また後で」
「ああ、後で」

別れのあいさつを済ませたか…さーて、次のやつが来るまで思考の整理を──

「──あっ、そうそうトランクの中にある生体盗聴器にもう少し息を静かにするように言っておきなさいね」
「っ!」

おお…予想外の展開…気付かれていたとは、というかむしろ気付いていたなんてな。
これでも息を抑えているつもりだったんだけど…さすがだ──

「──中にいるのオコジョでしょ?もっと言い聞かせないとだめよ?」

…前言撤回。気付いているようで気付いてなかった。ある意味、いい勘してるけど…オコジョって…。

「……善処するよ」
「それじゃ、また」
「ああ」

別れの挨拶を今度こそ済ませてみたいで、彼女のハイヒールの音が雑踏の中へ消えていった。

「ふぅ……起きているとは意外だったな、士郎くん?」

明らかにこっち向かって話しかけてるな。うん。どうしようか。
寝たふりをしてもかまわないけど…もし、再度睡眠系の魔術を使われたら、厄介だな。
寝たふりをすると、完全な無防備になるから、防げない…荒業もこれ以上はできないし。
ここは…

「バレるとは思っていませんでしたよ」
「それはそうだろう…こっちもまさか起きているとは思っていなかったよ」

表情は見ることがかなわないが、結構項垂れていそうだ。
かなり大きなため息が聞こえてきたしな。

「本来なら、今から目を覚まさせるつもりだったのだが」
「これから当たっていく他の9人を探るためですね?」
「ああ…正直、私には判断がつかないからな…」

判断がつかないというよりは、つけられないんだろう。
精鋭を選んだということは、それだけ信頼のおける人を選んでいるわけだからな…。

「わかりました。…ですが、あの女性はいいんですか?本来ならあの女性のときに、僕が起きておく必要はなかったのだったら」
「ああ、彼女は構わない。それに、そんなことをやるような人ではない」
「よほど信頼されているんですね?」
「ああ…彼女の夫、明石さんによくしてもらっていたからね」

…まあいいか。彼女を疑うのは俺自身、いやだと思っているしな。

「それじゃあ、次から…ですね?」
「ああ…よろしく頼むよ…」

本当は疑いたくないんだろうな…苦しそうな声の出し方だ…。
俺が彼の立場でも、そうなるだろう。でも…同じように誰かを頼れるのだろうか…。
いや、考えても仕方がない。今はこの件に集中しよう。

「話が終われば、僕の考えを報告すればいいんですね?」
「ああ……っと、そろそろ来る頃だ。準備を頼む」
「…はい」

息をひそめ、出番が来るのを待つ。

…正直言えば、誰も疑わずにこのまま戦場へと赴きたい。
仲間を信じなければ戦いに勝つことはできないからだ…と、どこかで聞いた。俺もそう思う。
だけど、誰かの命を奪い奪われる場において、少しでもいいから不安は消しておきたい。
だから、疑う。もし疑いが間違っていても、すいませんと謝れば済む話だ。
何もやらずに後悔だけはしたくない……っ!

──それでいいのか?

この声は…。

追い詰められた時、何度も問いかけてきた。
同じ言葉で同じトーンで。…きっと俺自身の声なのだろう。
誰かの命を奪う瞬間にも、誰かの命を見捨てる瞬間にも、問いかけられた。
そして…俺はただ、黙ってなにも返さず…行動に移した。
ただ奪い、ただ見捨てた。なんの感情もなく、なんの躊躇いもなく…。
だから、今回もそうして……いいわけがないだろう。

納得のいかない自分…子供の意見しか言えない弱い自分。
今回はそんな自分を切り捨てる気にはならなかった。
切り捨てれば、前と変わらない。結局、何も救えない。

じゃあ、疑わなければいい。なんて簡単に考えることもできない。
じゃあ、疑えばいい。なんて簡単に切り捨てることもできない。

…なら、どっちもすればいい。疑いながら信じる。信じながら疑う。
馬鹿みたいな行為。常に心に負担がかかる愚の骨頂。だけど、それでも…っ!

──それでいいのか?

正直、分からない。でも、これだけは言える。


これ以上、自分自身を曲げることも切り捨てることもできない。


だから、俺はこれでいい。

「──お久しぶりです、ガンドルフィーニ隊長」

どうやら、来たようだ…常に気を配り、集中しよう。



──Interlude



──ああ、こんなことになっていたなんて…。

いつからか頭に流れ込んでいた想像は、一種の真実を私に告げた。
なぜ、ああなったのか。よくわかってしまいました。

知るべきじゃなかった。いや、知ろうとしなければよかった。

あんな…は初めて見ました。それと同時に、失望せざるえませんでした。
こんな形になることもあることくらい、分かっているつもりでした。
それでも…それでも…っっ!

壁を叩き、憂さを晴らす。
あ゛っ!?力加減をあやまって…ど、どうしましょうっ?!

「ふむ…いきなり外壁が吹き飛んだので、急いで駆け付けたのだが……愉快なものだな」

そういえば、今日は彼が外を見回っているのでした。…なにか、策を……。

「…そ、それは…うう…て、敵が城内に侵入して──」
「──その割には、剣を抜いていないようだな?」
「か、格闘でも何とかなるような輩でして──」
「──ほう、ならなぜ鎧をまとっていないのだ?」
「え、えっと…見るからに弱そうな──」
「──どんな相手でも全力をつくすと言っていなかったか?」

あう…もう、これでは言い逃れができません…。

「す、すいません…そのですね」
「…どうせ、私が修復せねばならんのだろう」
「さ、さすがよく分かっていますね!」
「…その代り、今日の夕食は減らす」
「そ、それはあんまりです」

むむ、そういう手をつかってくるとは予想外でした。
かくなる上は──

「──ならば、マスターに報告してもいいのだな?」
「そ、それは駄目です!」

うう、前教えてもらった、上目遣いでうるうるさせながら、「お・ね・が・い」という作戦が使えなくなりました。

「なら、どうすればいい?」
「で、できれば、なにもなしに壁を直してもらえるとですね…そんな虫のいい話──「わかった」──ないですって、ええ!?いいのですか??」
「ここで君に会った瞬間の顔を見れば何があったかくらい想像がついていたからな…ゆっくり休んでおけ」

そして、今は自室にて休んでいます。
…また気を使われてしまいました。
彼のほうが辛い思いをしているのに…なぜ、彼は優しくいられるのか。

…きっと彼も……同じだからなのでしょうね。

いつの間にか、あの気持ちは失せていた。

どんな道を辿ろうと…信じよう。主とともに。


──Interlude OUT


「──では、また」
「ああ、気をつけてな」

最後の男が行ったか…。

全員が全員、白とも黒ともとれるような態度だった。
知っていたようなそぶりはないし、驚いたりもしていた。
だけど、何か引っかかるものを全員が持っていた。
ただ、黒と言えるほどのものではなかった。
白に近い灰色という表現が一番しっくりくるだろう。

だけど…そういう言い方をすれば、ガンドルフィーニさんまで背負わなければならないものが増えてしまう。

「どうだった?」
「…白ですね。知っているような素振りはありませんでしたしね」

顔が見えなくてよかった。嘘をつくとき、顔に出てしまうしな。

「よかった…」

ガンドルフィーニさんの心底ほっとした声に心が痛んだ。
…仕方のないことだ。嘘も方便…そう言い聞かせよう。

「これから、どうするんですか?」
「さっき言ったように、移動することになる。ただし、このままになるがね」
「つまり、ここから出れないということですね」
「すまない…一応、君の存在を知られるわけにはいかないのでね」

一応、か…。

「では、少し寝ますね…あとはお願いします」
「ああ…」

さて、寝たふりはしたし…ちょっと整理するか。

ガンドルフィーニさんが俺を眠らせて、トランクに入れたのは部下を調べさせるためだったわけだな。
それで、眠らせたのは、明石さんの奥さんの会話が聞かれたくなかったんだろう。
結局のところ、起きてたし、聞いてしまったわけだけど。
そして、骨折り損という言葉を体現している自分がいるわけで……絶対に支障きたすしな。
片手でどこまで通用するのか……わからない。いざとなれば、使えないこともないから、どうにかなるだろう。

それよりも、考えなきゃならないことがある。
このトランクは飛行機のどこに積まれるのだろうか。

客席じゃなければ、死ぬかもな……。




─────あとがき─────

はい、どうも。完全にスランプってます。どう書いたらいいの?ってくらい悩んでますね。うーん、黒い話にするとかいっときながら、全く黒くなくなってしまった。
だんだん黒くなるとは思うんですけどね。というか、あと4話でこの話が終わる気がしない。…ああ、もう言ってることとやってることが違うくてごめんなさい。
今回、ものすごく短くてごめんなさい。…今度から何とかしようと思います。無理かもしれないけど。

次でようやく30話…投稿しなおしてから7話目か…ぜんぜんだめですな…

なにか不満や要望があれば、感想掲示板に書き込んでください。できる限り善処しますんで。
もちろん、感想をいただければ、狂喜乱舞します。

では、また…





[6033] 立派な正義に至る道30
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/07/06 23:56




俺の入ったトランクを客席に置いてくれたおかげで、十二分に寝れた。
とはいえ、体中が痛い。無理な体勢で寝るのも久しぶりだったし、仕方がないか…。
それと、指の痛みはひいたみたいだな。動かさない限り、大丈夫のようだ…。

しっかし、まあ…あっついなぁ…。
未だにトランクの中に入っているからもあるんだろうけど、外の気温そのものが高いからなぁ。
中東って言ってたし、時期的にも暑い時期だし、何よりさっきまで快適な温度だったから、キツイ。
さまざまな生理現象を耐えているから、さらにヤバい状態になってしまっている…。

……いつになったら…出れるんだろうか……。

「士郎くん、いったん出るか?」
「出ます!」

あ…考えるよりも先に口が動いてしまった。
まあ、大丈夫だろ。なにかあれば、その時はその時で行けばいいし。
というか、むしろ…考えて行動できそうもないし。

「開けるよ」

日の光が目に沁みた。半日以上、光を見ていなかったからな…。
眩しさを堪え、辺りを見渡し……ここは…。

「人目の付くところでは、君を出すことができないからな…少々、厄介なところだが、身を隠すには最適だ」

スラム…いや、なんだここは?人の気配すらしない…
どうなってるんだ?…人が近づけないほど、ひどい有様ではないのに…。
……もしかして。

「人払いを?」
「いや、そうじゃない。…我々のような魔法使いが介入した形跡がないんだ。それなのに、一般人が近寄って来ない…だから、厄介な場所なんだ」

なるほどな…確かに厄介な場所だ。俺たちと同じ立場の人間しか立ち寄らない場所…異質だな。
でも、過去に人が住んでいた形跡はある。家の形や生活様式を推測する限り、数十年前だろうけど。
……結界の類が張ってないのだとしたら、自然と人が遠のいて行ったのか?
それとも、なにかがあったのか?……だめだ、考えても埒が明かない。
まあ、とにもかくにも…。

「…トイレってどこかないですか?」
「…付いてきたまえ」

緊張感がないとか、空気を読めとか、いろいろ言われそうな事言ってしまったけど、限界。
本当にまずい段階まで来てしまっていたんだ。と、とにかく、早くその場所に案内を………。



──Side ???



意識の浮上………なぜ?
あの時、あの瞬間…失われたはずだ…。
まあいい。

体は動く。
傷はない。
記憶はある。
目は見える。
耳は聞こえる。
■はある。

しかし…いい気分とは言えない。

「…」

周りを囲う者たちを見渡す。

子供…?

「───ッ」

………なるほどな。
面白いことになる──



──Side ??? OUT



─ッ…なんだ?

「どうかしたかい?」
「いえ…」

苦痛…魔術回路が疼いた。ただ、それだけのことだ。
この世界に来てから定期的に起こっていることだ。
…なのに、やけに引っかかる……いや、今はやめよう。

ここから先は、別のことを考えてたら…死ぬ。

「じゃあ、降りるよ」

もうすぐ、トランクからちゃんと出れるな…。
隣国からトラックで移動してきたから、時間的には深夜…とはいえ、まだ人目につく可能性がある。
だから、宿の一室についてから解放。って話だったな。

「…」

…やけに静かだな。人が住んでいる気配はするし、同じ道を歩いている人の足音も聞こえる。
だけど、とてもじゃないが、戦地には思えない。
潜入する場所が中立地帯だから?…いや、それでも、だ。
戦争なんて起こっていないと思えるほど、いつもどおりに思える。

どういうことなんだ…。

「お泊りですか?」
「ああ、一泊したい」

どうやら、宿に着いたらしい。
…対応が普通すぎる。なんでだ?
戦地に近いなら、疑心暗鬼に陥っていてもおかしくないはず…。
深夜の来客、それにガンドルフィーニさんは戦地に似合わないスーツ姿…あからさまに怪しいはずなんだけど…。
……本当に戦争はおこっているのか?

疑っている間にも、着々と事が進んで、宿の一室に入れた。

「開けるよ」
「はい」

…中東のほうにしてはそれなりの部屋だな…。

「ひとまず、今後のことを話そうか」
「その前に、ひとつ聞きたいのですが…」
「なんだい?」
「戦争は起こっているのですか?」

一瞬、驚いた顔を見せたが、直ぐに思案顔に変わる。
俺の言葉の意味を理解したらしく、眉間にしわ寄せている。
さすがは指揮官なだけあるな…頭がまわる。

「あまりにもすんなりいっていて、気にしていなかったが…確かにおかしい」
「いくら中立地帯と言っても、ここまですんなりいくはずがないでしょう?」
「ああ…なにか裏がありそうだ─な…」

──全く、笑えない。一息つかしてくれる暇すら与えてくれないか。

壁の向こうに嫌な気配…ほぼ同時に気がついたみたいで、目で会話し、頷き合う。
ホテルマンにしては小さすぎる気配…それも複数か…。
俺は右に、ガンドルフィーニさんは左に、それぞれの得物を構えて、壁の向こうの気配の出方を待つ。
…ガンドルフィーニさんは小銃を扱うのか…こっちは一応、あらかじめ用意しておいた刃のない無銘の双刀だけど…ガンドルフィーニさんが動く前になんとかなるか?
…蛇が出るか鬼が出るかにかかってるわけだけど…。

「───ッ!」

止まれか、動くなか、どっちかの意味の言葉を吐きながら、一気に入ってきた。
覆面をしていないところを見る限り、この地域の者か。
動きは素人に毛の生えた程度、リーダー格だけが少々動きが違う…。
なら、リーダー格だけ残して…ガンドルフィーニさんが動く前に落す──

意識を切り替える。
数は5人、得物は全員自動小銃、腰辺りに両刃ナイフ、予備の小銃…いけるか?いや、やるしかない。

こちらに気付いた一人が銃を構える前に、一気に距離を詰め、掌底で顎を穿つ。
この時点で意識がなくなったように見えるが、流れで腹部に蹴りを決め、突き飛ばし…まずは一人。

「な──」

向こうはまだ銃を構えられていない。
なら、一番距離の近い者に、回し蹴りを決める。
顎を狙い…振りぬくっ。

「がっ──」

身長差があって芯で捉えられなかった。
が、相手が白目をむく…なんとか刈り取った。

さて…次からが問題だな──

時すでに、リーダー格の男が銃を構えている。
だが、他の二人は事態を認識できていないのか、茫然としている。
危惧すべきは、リーダー格の男のみ、あとはイケる。

なら──

右手に持った双刀をリーダー格の男に投げつけながら、次の標的に狙いをつける。
だけど、最初はあっけにとられていたガンドルフィーニさんも動き出してしまった。

ガンドルフィーニさんが銃を構える前に、動きを止めるしかない──

敵の腕をつかみ、ガンドルフィーニさんに向かって思いっきり投げつける。

「なっ!──」

ガンドルフィーニさんも一緒に壁に叩きつけられてしまった。
強化系の魔法を使っているはずだから、大丈夫だろうと信じ、次に向かう。
ちょうど、さっき投げた双刀がリーダー格の男の銃をはじいた。

これなら、なんとかなる──

「ぐっ──」

残された敵はもう何が何だか分かっていないようだ。
すでに銃から手が離れている。

この時点で勝敗は決した。

「悪いな」

あいた右手を拳に変え、心臓を貫く勢いで左胸をたたく。
一瞬停止した後、崩れた。

「な、な、な…」

ガンドルフィーニさんも起き上がり、あとは目の前にいるリーダー格の男のみ…。
舌をかまれるわけにも、錯乱されて銃を乱発されてもまずいので、瞬時に後ろに回り込み、腕を押える。

「おとなしくしろ、そして質問に答えろ」
「…ふざけ──「なにかいったか?」──あぐっ!」

できるだけ強い口調で、言い聞かせる。
口答えしそうだったが、腕をひねり上げ黙らせる。

「貴様は、何者だ?なぜ、俺たちを狙う?」
「だ、だれが──がぁっ!」

さらに腕をひねり上げる。折れる極限まで。

「話すか、折れるか、どっちがいい?」
「は、な、すか、ら…やめ、てくれ」

少しだけゆるめ、まだ話せる程度の痛みで再び問う。

「何者だ?なぜ狙った?」
「ただの、雇われだ…この部屋に泊まっている、あんたたちを、殺れってな…」
「いくらでだ?」
「一人当たり1000ドル…ぼろい稼ぎと思ったんだがな…」

…なるほどな。なら、こっちにも手段がある。

男の武器をすべて取り上げ、ベッドのシーツを縄代わりに腕を縛る。
そのあと、ガンドルフィーニさんとともに、できるだけ男から離れ、密談を持ちかけた。


「ガンドルフィーニさん、いくら手持ちがありますか?」
「…3万ドルだ」

何をするか想像が付いているらしく、嫌そうに口にした。
でも、納得がいっているみたいで「限度は1万ドル」と言われた。

「正直、今すぐにでも君の力について問いただした気分なんだが…今はやるべきことがある…そのあとにでも…な?」
「は、ははは…」

敵を叩きつけられたことで恨まれているわけではないみたいなので、よしとしよう。
とりあえず、ガンドルフィーニさんにはのびている残りの敵を縛ってもらうようお願いした。
こっちは、この男と交渉だ。

「なんだ?」
「一人当たり2000ドル支払おう…話してもらえるか」

金は、無血で、かつ手早く済む交渉の道具だ。
それに、これ以上無理ができそうにないしな。

「…いいのかよ?」
「情報料だ。その分、話してもらうがな」

男は口元をあげ、「わかった」と答えた。
交渉成立…あとは、どれだけ必要な情報が引き出せるか、だ。

「誰に雇われた?」
「素性は知らねえ…いきなり現れた上にいけ好かないマスクをしてやがったからな」

ウソはないと信じ、もう少し探りを入れる。

「なにか、特徴は?」
「…ないな。ただ、この地域の人間じゃねえ…」
「なぜだ?」
「この地域独特の訛りがある…やつにはそれがなかった」

なるほどな…。やはり、嗅ぎまわっているやつがいるか。
絡んでいるのが大型利権なだけある。
しかし、この男…案外頭が回るな。
別の情報も聞いてみるか。

「戦争の情報は持っているか?」
「戦争?…ああ、あの身内争いのやつか」

俺も、ガンドルフィーニさんも、表情が変わる。
やはりというべきか、伝わっている情報が違う。

「身内争いとはどういうことだ?」
「ああ、それは──」
「ッ!」

視界の端に光が見え──拙い!

「──ッ!」

男を思いっきり引き倒し…ガラスの割れる音ともに、男の立っていた場所に弾が通過した。

「伏せろ!」

咄嗟にガンドルフィーニさんに叫ぶ。
事態を理解したガンドルフィーニさんも窓から見えない位置に伏せる。

くそっ…次弾がいつ来るかわからない…。
その上盗聴もあるだろう…タイミングが良すぎる。

「あ、あ、あ…」

それに、この男がこの状態じゃあ…これ以上の情報を得ることはできない。
きっとこのままなら、こいつらの死を招くことになる。
…殺させるわけにはいかない。それに、俺が嫌だ。

「…ガンドルフィーニさん、こいつらをお願いします」
「な!どうするつもりだ!」
「この部屋に弾を撃ちこんだ奴を追います」

ガンドルフィーニさんの了承を得ずに飛び出す。

「おい──」

射角、そして光った方角から見て、こっちか…。

宿を出て、路地まで一気に走りぬける。
町の構造はわからないが…さっき光った方向には高い建物は少ない。

──なら、しらみつぶしで当たるまで!!

足に気を集中させ、極限まで速度を速めた。

「──あれか」

異様に大きな何かを持ちながら走る影を確認した。
…誘い込まれている可能性は否定できないが、とにかく追い詰める──



────あとがき────

ようやく30話…描写がどうもうまくいかなかったバトルシーン(?)。
自分の文才のなさに失望しつつ、これからどう発展していくんだろうか。たぶん、キャラの動き次第ですな…。
とりあえず、動きの描写をうまくしようと思います。

お読みいただきありがとうございました。

ご感想、ご意見、ご質問、ご指摘などなどございましたら、感想掲示板までよろしくお願いします。返信は必ずさせていただきますので。

では、また次の話で。




[6033] 立派な正義に至る道31
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/07/29 03:43





追い詰めたつもりが追い詰められるなんて、よくある話だ。
その話をなぞることになるとはな…。
案の定、囲まれた。予想通りといえば予想通りだけど…。

辺りをざっと見渡す。
十五、六…見えているやつだけでそれくらいいるな。
どうする……戦うなら多少の傷を負う程度の覚悟はいるが…ここは──

両手を挙げ、降伏の合図を出すことにした。

『戦争?…ああ、あの身内争いのやつか』

あの言葉が妙に引っかかっていたから…どうもきな臭い。
どっちが正しいのか、俺にはわからない。
だからこそ、知るために…捕虜となろう。

まあ、問答無用で銃殺しようとしてくるなら…話は別だけどな。

俺の行動を不審に思ったのか、警戒が強くなったように感じる。
それならと、膝をついて、さらに戦意がないことを示した。
すると…、一人の男が銃を構えつつ俺の前に出てきた。

「キサマ、ナニモノダ?」(貴様、何者だ?)

訛りがあって聞き取りづらいが、なんとか分かる。
…でも、まあ…答えづらい質問だな。

「観光客といえば信じるか?」
「ウソヲツクナ!!アノゲドウノヤトッタセンソウヤダロウ!!」(嘘を吐くな!!あの外道の雇った戦争屋だろう!!)

まずいな…逆なでしてしまった。トリガーに指がかかってる…。
ここは、穏便にいかないと…。

「そうだとは言えない。俺は俺の意思でここに来たからだ」
「キサマ!!マダ、ソンナコトヲ──!!」(貴様!!まだ、そんなことを!!)

…言葉を間違えたか…完全に苛立たせてしまったようだ。
このままでは引き金を引かれる。仕方ない。まだ、俺は死ぬわけにはいかないからな。

変に冷静だった。窮地に立たされているはずなのに、だ。

──投影、開始(トレース・オン)
──憑依経験、共感終了
──工程完了。全投影、待機(ロールアウト。バレッドクリア)

後は、打ち出すのみ。
撃鉄が落ちたと同時に──

「──落ち着きなさい。彼を殺しても相手の戦力の末端をそぐ程度にしかならない」

何者だ?

…他のやつらとは、明らかに違う雰囲気と顔つきもっている。
流暢な言葉使い、物腰の柔らかさ、そして肌の色…そこから察するに…こいつは──。

「初めまして、訳あって名乗ることはできないが…君と同じ位置にいる者だ」

やはり魔法使いか…。
実力は……ガンドルフィーニさん以下か未満といったところか。
その割には年若い…右眉の傷から察するに修羅場もくぐってきたことだろう。
将来的には、ガンドルフィーニさんも越せるんじゃないだろうか…。

「うーん、できれば協力的に接してくれるとありがたいんだが…どうかな?」

…準備してある剣を解放すれば、すぐにでも俺たちの来た目的が達することができる。
しかし、それは同時に…この戦争の真相を闇に葬ることになる。

──投影、解除(トレース・アウト)

…まだ早い。見極める必要があるだろう。
それに、さっき俺たちを狙ってきた存在がこの中にいるかもしれない。
…ユダである可能性が高いそいつを見つけ出さなければ…この戦争はもっと悲惨なものになる。

「わかった…縛ってくれてもかまわないから、周りのやつらに銃を下げるよう言ってくれ。正直、神経を研ぎ澄ませるのに疲れてるんだ」
「オーケイ。君に戦意がないことを示すために縛らせてもらうよ。そうすれば、彼らも君の要求を聞いてくれるさ」
「話が早くて助かる」

両腕を後ろ手にしっかりと縛られ、それでようやくある程度のさっきが消えうせた。
これでもしも、狙ってくるやつらがいるのなら…黒だろう。

「…さて、じゃあ行こうか。我々のアジトへ…。ああ、心配しなくても君の存在からアジトの場所がばれる様なへまはしないさ」
「よく舌が動くやつだな…。元より、知らせるつもりはない。元々俺の存在はイレギュラーだからな」
「それはそれで、助かるね。君には聞きたいことと知ってほしいことがあるからね」

聞きたいことと知ってほしいことか…。知っている情報がすべて変わる可能性もあるな。
…あくまでも、可能性だ。まだ、知らないことが多すぎるからな。

それは、さておきだ。

「なあ…どうにかならないか?」

俺の隣を歩く、魔法使いの男に聞いてみる。
彼も理解しているらしく、苦笑して見せた。

「ハハハ…そればかりは、どうしようもない問題なんだ。言ったところで、無視されるか、お小言もらうか、どちらかに転ぶさ」

どうやら、何度かそういうことがあったらしい。
前例がないと、こうも落ち着いてないだろうし…周りが。
というか、なんだろう。彼には、俺と同種のにおいがする…女難的な意味で。

「…とりあえず、試してみてもらえないだろうか?」
「まあ、そうだな。──えっと、彼のこめかみに銃を押し当てるのをやめてやってくれないか?」
「嫌…それと仲良くしすぎ」

…うーむ。いきなり現れたと思ったら、銃を押し付けられるし、けっこうゴリゴリ押してくるし、なんなんだこの子は?
この世界にも少年兵が存在することはなんとなくわかっていたが、こうも衝撃的な出会いを果たすとは。

「この子は何だ?誰かの親戚か何かか?」
「うーん…どういえばいいだろうか…パクティオーしてるし、パートナーかな」

パクティオー?……契約だっけ?そんなものをこんな子としてるとは……いや、何も言うまい。
もしかしたら…見た目より年上の可能性もあるしな。

「敵にそういう情報をポンポン教える、な!」
「あぐぁっ!」

おお、見事なフライングニー。彼の顎を的確に捉えたからか、彼はもんどりを打ってる…うわぁ、痛そう…。

「マ、マナ。そういうはしたない事をするもんじゃ──」
「敵の前では名前を呼ばないって決めただろう!!」
「おぶっ!」

お次はボディブロー…ものすごくかわいそうになってきたな。
…うわっ、睨んできた。

「無駄口聞いたら撃つ。分かったか?」
「りょ、了解」

彼が復活するのをしばらく待ち、その間もずっと銃口を向けられ続けた。
とくに緊張感はない。引き金を引く前に行動に移すことができるからじゃない。
なぜか、慣れてしまった。妙な親近感すら沸いてくる。おかしな話だ。

「じゃ、じゃあ行こうか。我々のアジトへ」

さっきも聞いた台詞だけど、膝が顎に綺麗に入ってたからだろう。足にキテいる。
ついでにいえば、拳の決まった腹も痛いのか、少々前かがみになりながら言ってるから、格好がつかない。
…ほんとうなら、大丈夫かどうか聞きたいんだけど…。
ちらっと少女のほうを見る、睨み返された。
聞けそうにない。だってこの子、本当に撃ちそうだから…。

「…」
「…」
「…」

一気に重くなったな。まあいいか、とりあえず…状況整理をしながら、足を進めよう。

俺たちを狙撃した輩を追いかけていくと、彼らに囲まれた。
彼らは俺たちの依頼主の相手方。
そこに相手方の魔法使いが出てきて、俺は捕虜となった。
っていう感じだ。

…状況整理した中で、かなり違和感があるのは──

「──ついたよ。ここが我々のアジトだ」
「…」

まあいい、後で考えることにしよう。

…アジトは、想像通り…………ボロくない。むしろ、豪華とすら思える。
さて、どういったことが明るみに出てくるのか…。

魔法使いの男についていくと、あからさまに一番偉い人がいると分かる部屋に通された。

…うーむ、捕虜の扱いがおかしいんじゃないか?
部屋の構造や内装を見る限り、トップの人間がいるような場所だぞ。
逃げやすく攻められにくい…そんな部屋に住む人間一人しかいないだろ。

「君が、やつに呼ばれてきた傭兵か?それにしては…幼すぎるんじゃないか?」

部屋の中にたたずんでいた、見た目優しそうな50代後半程度の年齢のスキンヘッドの男がそう言った。
この男は一般人のようだ。それなら…どうも、よくわからないな。この男と魔法使いの男をつなぐ接点が。

「マナに怒られてしまいますよ」
「それもそうだな…いやはや、見た目で判断して悪かった。私は…この地区を治める──」
「──いや、いい。そんなことを言われなくてもわかる。それに馴れ合う気はない」

もう流されるわけにはいかないだろう。今からは知らないといけないことを聞くだけだ。
そして、それを判断し…考える。この戦争の意味を。

「やれやれ…もう少し和やかに行きたいものなのだがね…では、早速聞こうか」
「…」
「我々の仲間になる気は──「ない」──そう言うと思っていた」

ふぅ、とため息を吐く男を見据えながら、あることに気がついた。
…よくよく考えればおかしかった。こういう場にあるはずのものがない。

「ならば、我々の現状を知ってもらおう」

緊張感、焦燥感…そういった場の空気、雰囲気を重くするものが一切ない。
まるで、平和であるかのような…異常な空気が部屋に広がっている。

「我々は…いや、この戦争は身内争いなのだ。欲に塗れた兄と私の」
「…」
「ある程度の情報は知っていると思う。兄はリゾート開発に着手しようとした。我々の生まれ育った地をだ──」

なるほど…情報そのものは間違っていないようだ。
しかし、解せない。そもそも、なぜ……いや、よそう。今は聞くべきだ。

「──ということでだ。我々の地はすばらしいのだ」

長々と、この地の良さについてを聞かされた。
特に、俺の知っている中東のことと変わらなかった。目新しいことはなかったな。

「我々の地のすばらしさが分かったのなら、分かるだろう。私が今この場にいることが」

彼の言い分はわかった。正しく思える。どこまでもあふれる地元愛。
本当にこの地を愛しているのだろうと、分かった。

「理解はできた。でも、納得はできない」
「…なぜかな?」
「あんたの言い分があまりにも一方的過ぎる」

事実の側面を捉えているだけじゃあ、正しいと思えない。
この争いはもっと深いところにことの発端がある。そうでなければ、もっと酷く醜い争いになっているはずだ。
それこそ、血で血を洗うような…目のやり場のない戦争に…。

「なんだと?…あの売国奴の肩を持つというのか!!」
「売国奴?一体どういうこと──」
「もういい、出て行け!コウキ!こいつを牢へ連れて行け!」
「分かりました」

彼に腕を引かれ、部屋を出た…くそ、もう少しでつかめるはずだったのに。

「悪いけど、雇い主の言うとおり、牢へ入ってもらうよ」
「……………あ、ああ。…って、雇い主?」
「ん?言ってなかったっけ?…俺も君と同じってこと」

……ああ、ようやく納得が言った。ただの雇い雇われの関係だったのか。
一切、関連性が見えなかったから、どういう事情なのかと…まあいい。

それよりも、気になるのは。

「あんた、日本人だったのか?」
「んー…なんともいえないな」

ハハハ、と笑いながら、流された。
予想外のことをされて、かなり固まってしまった。

「その割にはえらく流暢な日本語を使うんだな」
「まあな。とはいえ、こんなところで日本人に会えるとは思わなかった。久しぶりに使えると嬉しいもんだな…これで敵じゃなければ最高なんだけどな」

それはこっちもだと言いたいが、あえて黙っておこう。
それはともかく、雇われた魔法使いだったのか。
どうりで場慣れというか、場数を踏んでいる節があったわけだ。

できれば、戦わずに済ましたいところだな…。

その後は適度に日本語で話し続けた。とてもじゃないが、牢屋へ向かうような雰囲気ではなかったといえる。

「また来るよ。暇だったら」
「こんな牢屋にか?」
「…ああ、こんな牢屋にだ」

牢屋に入ってから、檻ごしに会話を交わす。
一応、食事は出してくれるらしい。捕虜というか、もう罪人のあつかいだ。

少しばかり話し込んでいると、さっきの少女がやってきた。

「時間」
「ああ…もうそんな時間か……んじゃ、また来る」

少女の手を引きながら、去っていく後姿に一言問いかけた。

「あんた、戦いたいか?」
「…」

ピタッと足が止まったが……何も言わずに視界から消えた。
…戸惑っているのだろう。この争いのおかしさにも、俺という存在にも。
戦うことになれば、俺は…正々堂々と戦おう。それしか、できないからな。たぶん、彼も。

…ほんと、どうしようか。

知るべきことは知った。ここに居座る意味はない。
むしろ、知らなければならない事情が増えた。
こんなところに居座っていたら、手遅れになる可能性がある。

そういえば、ガンドルフィーニさんが心配だけど…大丈夫だろう。
むしろ、俺がこうなっているから、心配かけているのだろう。

そういえば、他の仲間たちはどうなってるんだろうか?
すっかり忘れていたが、さきに現地入りしているはず。
…もしかすると、あの魔法使いの男にすでに出会っているかもしれない。
ほぼグレーだったから、倒されていても気にはしないが…あの、明石って女性だけは気にかかる。
ガンドルフィーニさんが気にかけていたし、唯一白だったしな。
…まあ、ガンドルフィーニさんに会えれば分かるだろう。

とにはかくにも…脱出するか。
今は深夜。脱出するのにもってこいの時間だ。
しかし、まあ事を荒立てずに脱出するのは無理だろう。
縛られてる手は何とかなるにしても、目の前の檻をどうするか…いっそ曲げるか?
……できなくはないだろうし…それでいくか。

あと少し、夜が更けたら実行に移そう。
それまでは、おとなしく…。



──Side Konoka



父様に連れられて、おじいちゃんのところに来た。
ほんまやったら、せっちゃんと一緒に来たかったけど、せっちゃんが残って頑張るって言うたから…。
寂しいけど、駄々こねるほど子供じゃないし、せっちゃんに迷惑かけれんし、それに…しろうに笑われるわ。

「ここが、麻帆良なんや~」
「すごく広いところだから、はぐれないように」
「はーい、父様」

父様と手を繋いで歩きながら、周りを見て回った。
大きいし、びっくりするくらい人が多い。都会って感じや。
そうこうしているうちに、なぜかしらんのやけど、父様とはぐれた。

「あれ、父様?」

人が多くて、父様の姿が見えへん。
どう見渡しても、わからへんかった。

困った。
どないしよう。

道の真ん中で泣き出してたら、鈴の音が近くで聞こえた。

「え…」
「あんた、なにしてんの?」

赤い髪を二つにくくったの女の子が目の前にいた。
よく見ると、リボンに鈴がついてる。これが鳴ってたんや。

「父様とはぐれて…」
「あ、そ。じゃあ、ついてきなさい」
「え、え、え」
「いいから」

その女の子に連れられて進んでいくと、こーばんって書いてある建物の中に入った。

「この子、迷子」
「え、あ…そうなのかい?」
「…」

うなづいた。正直、しらないおじさんやからこわかったんやけど、この子の態度を見ていると不思議と怖さが薄れた。

「名前は?」
「このえ、このか…」
「このえ…ってもしかして、近右衛門さんのお孫さんかい?」

確か、おじいちゃんがそんな名前やった気ぃする。
思い出して、うなづいた。

「それなら、すぐ連絡入れるから…大丈夫だよ」

そういって微笑んでくれた。よかったわぁ。

「じゃあ、行くわ」
「え…」

女の子がすぐに出て行こうとしたから、手をつかんで止めた。

「なに?」
「えっと、その…」
「?」
「ありがとう」

そういうと恥ずかしそうにそっぽを向いて「べつにいい」といってくれはった。

「じゃあ」
「うん、またね」
「…また」

女の子は出て行った。けど、なんでやろう。
すぐに出会える気がしてたんや。
おじいちゃんと父様が一緒にやってきて、心配してくれた。
うちの所為やから、謝ると、すんなり許してくれた。

それから、おじいちゃんの部屋に行くと、さっきの女の子がいた。

「あ」
「あ」

どうやら、るーむめいと?になるらしい。

「近衛木乃香です、よろしくお願いします」
「神楽坂明日菜。よろしく」

長い付き合いになりそうやな~。
そんな風に思った。




──Side Konoka OUT






──あとがき──


ひさしぶりです。忙しくて、書く暇がなかったので、つい放置してしまいました…すいません。
とにもかくにも31話。伏線貼るだけ貼って回収できなきゃ笑い話になりそうだ。
さて、どうしよう。どす黒くするなら、人が死ぬ。軽くするなら、人死なない。
どの道を選ぶことになるんだろうか…。

ご意見、ご指摘、ご感想などございましたら、感想掲示板に書き込んでください。
返信は必ずさせていただきます。少々遅くなると思いますが…。

みなさんの意見、感想をいつも励みにさせていただいております。
むしろ、そのおかげで成り立っている小説ですし…。


では、また次の話で。







[6033] 立派な正義に至る道32
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/09/26 21:32






夜の闇にまぎれるように、路地から路地へ移動していた足を止め、一息つくことにした。

ふぅ…。案外簡単に脱獄できたな…。
特に魔術的な施しがなされてなかったからだけど…あんまり考えてなかったのか、それとも、逃がすためか…うーん。
…前者であれば、気にしないで済むが…後者なら尾行や追っ手を考えないとな……って、よく考えればどこ行けばいいんだ?

辺りを見渡すが、どうもあの宿付近の景色じゃあない。

地図があれば、どこだか分かるかもしれないけど…まあ、元から一人で動くつもりだったし…別にいいか。
それよりも、重要なのは時間が足りるかどうかだ。
すでに手遅れになってしまっているならば…考え直さなければならない。
今はまだ手遅れかすら分からない以上、最初に考えたとおりに動こう。
幸い、ガンドルフィーニさん以外、俺の存在を知る人いないから動きやすいはずだ。

後は…うまく抱きこめるかどうか……実力行使はできる限りしたくないからな…。
実力行使しても、多分勝てる。奥の手を使うまでもなく、あっさりと。
しかし、何においても絶対はない。覆されることだって大いにあり得る。
準備をしておいてもよさそうだな…これから先は、ゲリラ戦のようなものだしな。よし…。

──投影、開始(トレース・オン)

心の中でそう呟き、魔術回路に撃鉄を落とす。

思い描くは馴染みの夫婦剣。…ふぅ。
強く握り、感覚を馴染まされる。
…やはり、しっくりくる。長年連れ添ってきた相棒だからだろうか、それとも…。
まあいい…とにもかくにも、右手の負傷がどう影響するのか分からない以上、慣れているものの方がいいだろう。

さっき使った同じサイズの無銘の双刀を入れていた鞘に収め、再び足を進める。

水や食料の危険はあるが、夜のうちにこの街そのものから出たほうがいいからな…。
脱獄に気づいて、すぐに追いかけられたら……ら?

「意外に早かったね…見た目に騙されちゃいけないってことか」
「やはり危険」

街と外の境目に、彼ら…さっきの魔法使いと従者が待ち構えていた。

一応これでも考えて出てきたつもりだったんだけどな…。
やれやれ…できれば、戦いたくないだが…。

「退くか、消されるか…どちらを選ぶ」

鞘から夫婦剣を抜き、構える。
この世界で従者ありの魔術師と戦うのは初めてだ…気を引き締めてかかろう。

「おいおい、待ってくれ。そういうつもりで待ってたわけじゃない」

彼は両手を突き出し、戦意がないことを示してきた。
…彼の隣の少女は別としてだが…銃を抜いて構えている上に、敵意むき出しだからな。
いろいろと思うところがあるが……まあいい、すこし聞いてみるか。

「どういうことだ」

どんな状況に転ぼうとも、瞬時に動けるよう体制を整えつつ、構えを解いた。
構えを解いたからと言って、向こうの少女は構えを解いたりはしない。
さすが、といったところだな。

「君に聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?牢の前でも聞けただろう?」
「あまり人の目につくところでは聞きたくなくてね…一応、ここでは上の職についてるし」
「なんのつもりだ?」
「そう敵視しないでもらいたいなー…今は敵対する気ないからさ」

…どうするべきか…退けてしまうことも可能だとは思うが…。
相手の戦力を分析する限りではの話だ…隠し玉があるやもしれん。

ここはおとなしくしておいても損はないはずだ。

構えを解き、魔術師とまっすぐ向き合う。

「…いいだろう」
「ありがとう」

本来なら許されない行為だ…こう言った激しい戦いのない戦争では情報の漏えい=敗北につながるからだ。
だけど…いや、考えないでおこう。いまは話を聞くべきだ。

「ここ数日、動きがあわただしくなってきている…水面下でね」
「…」
「どうもおかしいんだ。我々のような存在をまるで知っているかのように、我々用の兵装が両方に整えられていっている」
「…」

…なるほどな…そういうことか。
当たり前でありきたりな一日が始まり、そして終わっているようにすら思えるほど、この戦争は平和だ。
だからこそ、おかしい…戦争中に平和を感じるなんて、ありえない。ありえるはずがない。

それよりも、気になるのは……いや、考えるのは事実を確かめてからだな。
…事実であれば、俺は…。

「ここで見てきた限り、両方の戦力だけが増えていく歪な状態が続いている。でも、小競り合いのひとつも起こらない…」
「…」
「ただ、何かきっかけがあれば、その均衡は崩れるだろう…おそらく、何も残らない」
「…」
「そこで聞きたい。君はこの戦争に何を望む?」

…簡単なこと。

「終結を…誰も傷つかない、憎まない、苦しまない終結を」
「…奇麗事だね」
「ああ、そうだ。だからなんだ?…望んじゃいけないことなんてないはずだ」
「…なんというか、子供みたいなことを──」
「──そうやって、諦める方がよっぽどガキだと思うが?」
「言うね…」

面白くなさそうに相手の顔が歪んだ。
従者の少女がさらにしかめっつらになっているのが気にかかるが、まあ良しとしよう。

「それで聞きたいことはそれだけか?」
「…もうひとつ聞きたいことができた。聞いてもいいかい?」
「ああ、構わん」

なんとなく聞かれることは分かっていた、だから──

「そんな理想を実現させるつもりかい?」

「ああ、それが一番正しいと信じているからな」

──簡単に答えることができた。

「…次ぎ会う時は敵同士だ…だけど」
「…なんだ?」
「いや、言わないでおこう。願いは口にするとかなわないもんだから」
「皮肉か?」

彼は楽しそうに口をゆがませていた…なんか、手玉に取られているような気がする。

「さあ?……っと、そろそろ君が逃げ出したことに気づく輩もいるだろう。早く行ってくれ…このまままっすぐ行けば、中立地帯にたどり着ける」
「…そんなこと言っていいのか?」
「まあ、言うのはね…そっちこそ信じていいのかい?」
「ああ、疑う理由がない…まだ、敵じゃないんだろう?」
「…ああ、そうだね」

その言葉を耳にしながら、横を通り過ぎ、その場を後にした。
いつの間にか空に日が昇り、辺りを照らしていた。

まずは、食糧だな…腹が減っちゃあ何もできないし。
…って、これじゃあまるで……だな。

とにもかくにも、町への歩みを速めることにした。




──Side Koki ■■■



「よかったのか?」

隣のマナがそう声をかけてきた。
正直言えば、よくはない…だけど悪くない。

「いいさ」

あんな目をされて、あんな言葉を聞かされて…俺にどうにかできる相手じゃない。
それに、彼の道を信じるのもありかと思ってしまったから。

「それよりも、気になる情報が手に入ったって言ってたな?」
「…噂みたいなものだから気にしないほうがいい」
「へぇ…そう言われると気になるな」

ニコッと微笑みかけてみると、恥ずかしいのかそっぽを向きながら、話しだした。

「────」

とてもじゃないが、まともな話には聞こえなかった。
B級ホラーのほうがよっぽど本当に思えるような話だ。
与太話じゃないのかと疑いたい。
でも、言葉の端々に散らばる事象は…マナの耳には入れていないが本当にあった事実だ。
…子供には見せることもできないほど、歪な死体だったからだ。

「なるほどな…噂は噂だろう…話してくれてありがとな、マナ」

そう言って頭をなでると、気持ち良さそうに笑っていた。

…本当なら…マナも、普通の子供として生きてほしい。
いつでも笑えて、いつでも遊べて、武器を持つ必要のない暮らしを与えてやりたい。

でも、マナはそれを望んでいない。
俺といることを、そして、俺をマギステルマギにすることを望んでいる。
それがうれしくもあり…悲しくもある。

「いつまでやるつもりだ?」
「え…ああ、悪い悪い」
「フン…」

つい、長い間なで続けてしまった。
長すぎた所為か、マナが少々不機嫌になってしまった。
困ったな…こうなると長いんだよな…はぁ…。

「それで、どうするんだ?そろそろ、動くのか?」

少々困り果てていると、機嫌を直してくれたらしく、あのことについて聞いてきた。

「そうだな……」

本当ならば、彼を…引き入れて動くつもりだった。
彼の戦いたいか?という言葉の裏に、できれば争いたくないという思いが見え隠れしていたから、仲間にできると踏んでいた。
だけど、彼の眼は、俺とは違う理想を追っていた。
無血終結なんて理想…すでに捨てたものだ。
誰かが傷つかずに誰も守れやしない。
それなのに、彼の言葉を信じたくなった。

「もう少し待とう」

もしかしたら、俺が動く前に、彼が何とかしてくれるかもしれない。
そういう期待を持ってしまった。

「それならいい…でも、もうすぐだぞ」
「わかってる…もうピリピリが限界近いみたいだからな」

あと数日もない。それまでにどうにかできるか?

彼には猶予を与えることにしよう。もし彼が実現出来なければ、俺はこの手を染めよう。

どんな結果になろうとも。





───あとがき───

ものすごく短いですが、32話でした。
なんといいますか、書く気力がここ1ヵ月近く落ちてました。
肉体的にも精神的にも疲労がたまってたのもあるでしょうけど、少々精神的に追い詰められてしまったので…。

とりあえず、キリのいいところで投稿させていただきました。
本当にすいません。

今度投稿するのがいつになるかはわかりませんが、よろしくお願いします。

ご指摘や批評がございましたら、感想掲示板のほうへお願いします。

では…










[6033] 立派な正義に至る道33
Name: 惨護◆75444e88 ID:6f0aad20
Date: 2009/11/14 20:20




彼の言っていた通り、街にたどり着くことができた。
血や火薬の臭いなど一切しない穏やかな街だ。
子供が外で走り回り、大人の顔に影など差していない。
歩きながら見渡す風景は誰が見ても平和な光景だ。

…本当にどうなっているんだ?
まるで──いや、待て。

足を止め、もう一度よくあたりを見渡した。

…そうなのか?…でも、もし、それが正しいのならば…アレがあるはずだ。
しかし……そうだとしたなら、おかしすぎることになる。
いや、普通ならあり得ないからこそ、誰も疑わないのか。
そして、多分…俺以外、考えることなどできないのか。

ただ、それが正しいということは…おかしい。
矛盾した考えただけど…おかしい。
こうなると嫌な予感しかしない。

「でも、やるしかないか…」

これは、自分にしかできないことだ。
確かめるしかない…人の目につくところではあまり使わないように封印してきたけど…。

誰かのためになるのなら、厭わない。
例え、追われる身になろうとも…止めなければならない。

──解析、開始(トレース・オン)

街そのものを解析した。
大規模な解析を行えるほど、俺の魔術回路は強くないのは分かっていた。
だけどっ…やるしかないんだ…っ。

魔力の消費が著しい…あるかわからないものを探っているんだ…当然の結果だろう…っ。

……………っ!

──解析、終了(トレース・オフ)

「…かはっ…はぁ…はぁ……くそっ!」

周りの目を気にせず、苛立ちをあらわにしてしまった。

あった。それは確かに存在した。
どういったものなのかまで、理解してしまった。

だからこそ、腹が立つ。だからこそ、こぼれた言葉。
どうしようもない事実。まぎれもない真実に触れた。

悟った……手遅れになる前に止めなければならないと。

どうする…。
どうする……。
……しらみつぶしをしている暇も魔力もない。
基を断つにしても…捜している時間すらない。

きっと、アイツなら簡単な作業だ。ひとつの動作で終わる単純なものなんだ。
アイツなら“殺す”ことができる。
でも、俺にはできない。あれは、アイツにしかできない業。
くそっ………どうする…。
どっちを選んでも……いや、前者ならあるいは…。

「…それしかない」

…覚悟を決めよう。
酷使しすぎれば、どうなるかはわかってる…だけど、それしかないんだ。
髪の色や肌の色程度、捨ててやる。
それこそが、俺にできる最善で、この世界の誰にも出来ない唯一無二の方法なんだ。

──誰かのための力になれるなら、それでいい。

自然と目標に向かって足が進んでいた。
追い詰められた時、いつも聞こえていたあの声は一切聞こえなかった。


「はあっ!」

神経を集中し、記憶をたどる。
目的に最も適したものを参照する。

…………っ!…これは…。

俺の記憶にはなかったもの。触れることもかなわなかったものだ。
たぶんきっと…あの赤い弓兵から継承したものなのだろう。
…あまり感謝したくないが、感謝しておいてやろう…。

心の中で礼をして、魔術回路に撃鉄を下した。

──投影、開始っ!(トレース・オン)


創造理念を鑑定し

基本骨子を想定し

構成材質を複製し

製作技術を模倣し

成長にいたる経験を共感し

蓄積年月を再現し

あらゆる過程を凌駕し


幻想を結び剣と成す…


──投影、完了(トレース・オフ)──


命を、夢を、二度と失わないために…。
どれだけ、この身を削ることになっても……そうだろ──。


「──破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」


あの時は憎んだこの剣を使って、幻想を壊しつくす。
そこに残るのが、罪だけだとしても…。




──Interlude




「…あの馬鹿っ…」

また同じことを繰り返そうとしてる。
分かっているつもりだった。何を言っても無駄だって。
それでも、期待を持っていたかった。
……違うって…。

「でも、そうよね…」

やっぱり、士郎は士郎なんだ。
どうしようもない事実で…少しうれしかった。

「どうなるのかしら…」

私は……何もできない。
ただ見ることしかできない。
それが歯痒くもあり、楽しくもある。

そういえば、さっき外壁が吹き飛んだわね。
侵入者かしら?…それとも、うちのどっちか…。
後者の可能性のほうが極めて高いわね。
ひさしぶりにお仕置きをしておいたほうがいいかしら…。

ただ、見ているだけじゃ退屈だし。

「…楽しみね」

彼の行く末も私の行く末も、ね。




──Interlude OUT



──Side GANDOLFINI



士郎くんが消えて、1週間が経過した。
消されたのか、囚われたのか…どちらの情報も入ってきていない。
あの時、彼を止められなかったのは、私のミスだろう。

しかし、どうしようもなかった。

速かった…私にはどうしようもできないほど、判断も動きも…。
彼は間違いなく、私なんかより強い。そして、闘いに慣れている。

私も相当場数を踏んできたつもりだったが、彼は異常だ。
あの若さでどうやればああなれるのかわからない。

だが……ああなるのは駄目だ。

まるで、自分の命など必要のないように、飛び込んで行った。
あんなこと、私にはできないことだ…いや、誰もしてはならないことだろう。
…ただ、あんな動きができる彼を羨ましくも思う。
なんの柵もなく、戸惑いもせず、飛び込んで行けたなら、私にも守れる命があっただろう。

「…ふぅ…」

…気持ちを切り替えよう。
もう火ぶたは切って落とされた…向こうから宣戦布告されたのだから。

正直、向こうにも“義”があるといえる。
この地を守りたいという願いは分らないこともない。
中東地帯の中でも文化遺産があり、綺麗な風景が多くある地域だ。
残していくべきことも多数あるように思える。

だが、リゾート開発に着手しようとしているのには、もちろん意味がある。
この地域の人々は、現段階で、就業率が5割を切っている。
年を重ねていけばさらに減ってしまうだろう。
だが、リゾートとして開発されたなら、働き口が増える。
そうすれば、就業率も上がり、国が潤う。人が潤う。
ただ、その計画を実行しようとすれば、多少なりとも景観が崩れるだろう。

人をとるか、自然をとるか……私には何とも言えない。
共存するのが一番いいのだ。
妥協策を出せないのか、聞いてみたが…結果は駄目だった。
もともと兄弟仲が悪かったのだろうか、一方的な言い分だった。
結局は罵り、不機嫌になり、私を退場させた。

もうどうしようもないだろう。
勝つことが正しいと思えない。
かといって、負けることも正しくはない。

明確な“義”も確固たる“信念”も…この戦争には存在しないだろう。
それでも、勝たなければならない。
それが私に与えられた使命だ。

明朝から始まる闘いに備えなければ…。



──Side GANDOLFINI



「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

なんとか、間に合うか?
もう今の時間がどうなってるかすらわからない。
昼間であることだけはわかる。

魔力そのものはまだある。
前の世界ならとっくに空になっていただろう。
だが、この世界は以上に回復が早い。
だから、なんとかなっている。

ただ、体力が限界に近い。
予想以上に時間がかかった所為で、ここ一週間、休むことも寝ることもできていない。
それでも、やるしかない。

「あと…3つ…」

三つのうち、二つがどこにあるか…いや“どこにいる”か、分かっている。
だからこそ、残りの一つを早く片付けなければならない。

足をすすめ、それがある地点までたどり着いた。

「!っ」

その姿が視界に入った瞬間、反射的に干将・莫耶を投影していた。

「…ほぅ…」

予想外だ。
いや、予想なんかできるレベルのものじゃない。
なんで、なんで、なんでこいつがいる!


「…衛宮……士郎か」

「ああ…なぜ、お前がここにいる」

「それを知ってどうなる?」

「…ああ、そうだな。なんでいる、とかどうでもいい…俺はお前が嫌いだ」

「ほぅ、もう構えるか。それなら、私もかまえるとしよう」


そういって、黒鍵を構えたヤツ。
二度と会うことはないと思っていた。

あの時、あの場所で……終わったはずだった。
憎いとか恨めしいとか、そんなことよりも、嫌悪感が先立つ。

こいつだけは、俺が屠らなければならない。


「ああ、構えろよ、言峰綺礼…今度こそ、貴様を倒す!!」

「やってみるがいい、衛宮士郎…」


そう言って奴は動き出そうとしたが…黒鍵を仕舞いやがった。


「どういうつもりだ」


思わず聞いてしまった。問答無用で切りつけるつもりだったのに。
なぜかはわからないが…奴から戦意を感じられなかった。


「無駄な事をする必要はないと思っただけだ」

「なにっ…」


手に力が入った。小指の痛みすら気にしないで、思いっきり。


「私がもともとこの場所に来たのは、この場所に広がる宝具並みの結界を調べにきたまでだ」


知っていたのか、奴も。
この場所が、鮮血神殿に匹敵するほどの強大な結界に囲まれていることに。


「もっとも、調べろと言われなければ興味すら示さなかったがな」

「……誰にだ?」

「ふむ…」


ちらりと、俺のほうを見て…鼻で笑った。


「まだ知る時ではあるまい。それよりも、早くしなければならないんじゃないのか?」

「っ…ああ、そうだったな…お前の相手をしている暇はない」


すっとすれ違う。
その時…奴から血のにおいがした。


「お前っ…」

「衛宮士郎…時間がないんじゃないのか?」


奴の黒衣は血に濡れていた。尋常じゃないほどに…。
ふとここで耳にした噂を思い出した。

“歪な死体”…その話に必ず出てくる黒衣の神父。

十中八九、こいつだろう。

ああ、くそ。


「……次に会うことがあれば、必ずお前を屠る」

「なに、近いうちに会うことになるだろう…“魔法世界”で」

「何だ…と…」


振り返ったときには消えていた。
まるでどこかに転移したように。
……わからないことだらけだな。

…今は考えるな。
まずは、基点を破壊しなければ…そして、戦争を止めなければならない。

幻想に踊らされたみんなの目を覚ますために。




────あとがき────


さて、今回も短めです。
叩かれる覚悟はできている。正直、言葉遣いとかあってんのかわからない。
ようやく、戦争編も終局ですが…すいません、加速装置を使いました。
だらだら書いても仕方ないので、結構はしょってます。
あれ?ガンドルフィーニの部下たちはどこ?とか言われると困ります。
一応、出てきますけど…どうなることやら…。

ご感想、ご意見、ご指摘、その他ございましたら、感想掲示板へお願いします。





2009/11/14 修正、追加

お久しぶりでございます。

皆さんのご意見を聞き、よくよく見なおしてみたところ…
なんというか、伏せすぎてわけわからなくなっていたので、伏線を少々回収しました。

あと、この戦争の話を書いた理由も説明しておきます。

少々ネタばれしますが…。

衛宮士郎の立ち位置を明確にしたかったのです。
敵味方問わず切り捨てるでなく、救う道を探すということ。
そして、言峰の登場で士郎が容赦なく切り捨てようとする様を作りたかった。
理由はありますし、それ言うと話の根幹に触りますからあえて言いません。

そして、原作キャラの過去から触れあわなければ、士郎という歪な存在を学園が受け入れられないと思ったので。

という感じでございます。



これでも、まだよくわからないことがあれば、また感想掲示板にお願いします。





[6033] 立派な正義に至る道34
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2009/12/10 00:04







走る、走る、走るっ…。
すでに戦火は切って落とされている。
なにも知らず、誰もわからず、命を落としていく。
止められなかった。防げなかった。
悔しい。…どこまでも、悔しい。
気づくのが遅かった自分を憎む。
目の前のことしか見えていなかった自分を悔やむ。
それでも、まだ救えるはず…っ。

「っ…はっ……ぐっ…」

限界が近い。体力はともかく、魔力の…。
…いや、そんなことは今さらどうでもいい。
剣が突き出していてもかまわない。
何よりも、止めなくてはならない。

なんの正義もないただの殺し合いを。
誰も望んでいない結末を。

「強化…開始ッ」

体が悲鳴を上げる。幾つかの腱が切れていてもおかしくない。
それでも、足を止められない。止めてはならない。

目的地…いや、戦地まであと数キロ。
気を集中させ、さらに速度を上げた。



──Side GANDOLFINI



「…とうとうか」

間に合わなかった…か。
身内に敵がいるはずだった。それを見つけ出せれば、あるいは止められたかもしれない。
だが、それは叶わなかった。大事な駒を失ったからでもあり、元より時間が足りなかった。
私がここに着任した時点で、火種はすでに消化できるほど小さいものではなかったからだ。

そして、私と士郎くんで捕えた傭兵たちは殺された。私の一瞬をついて、長距離から…。
もっと、情報を聞き出せていれば、スムーズに事が運べたかもしれない…。

どちらも、悔やまれるが…考えていても埒が明かない。

「どうするつもりなの?」

士郎くんが唯一信頼できると踏んでいた明石くんを側に置いておいて正解だったかもしれない。
こんな顔をしているのをほかの仲間に見られれば、士気にかかわるからな…。

「やるしかないだろう」

「…そうよね。クライアントも痺れを切らしちゃってるし…それに、私もね」

そう、彼女も痺れを切らしている。元々旦那さんとは違って気の長い方じゃないのに、よく耐えてくれた。
相手の戦力を探るために、そしてあわよくば削るために、隠密を5人ほど放ったが、どれも帰ってこなかった。
最後の一言が共通して『弾が──』とは、一体どういうことかはわからないが…おそらく、死んだのだろう。
おかげで、魔法使いを瞬殺できるだけの強力な存在が向こうにいることだけは分かった。
正直、そのような存在が向こうにいる時点で、負け戦だ…戦うだけ無駄……しかし──

「──ああ、私もここまでやられて、下がれるほどおとなしくない」

指揮官としては、撤退を促すべきだろう。
しかし、しかしだ。譲れないものがある。
戦うことが間違いであっても、戦わなければならない。もう、そうするしか抑えられない。
怒りを。憎しみを。悲しみを。

「これから作戦会議を行う。全員、この部屋に呼び出してくれ」

「はっ!」

珍しく彼女がまともな返事を行い、颯爽と出て行った…よほど、本気と見える。
…これで、いいのだろうか。思考が麻痺しているように思えて仕方がない。
もう引き返せないのは、分かっているが…疑問は残る。

なぜ、街から出れないのか。
情勢は随時、クライアントから得ている。そして、街から出るのは危険なのはわかっている。
だが、なぜここまで警戒している?
一般的な兵士よりも、我々の方がよほど強い。
切り札として扱いたいのか…いや、それもおかしい…それなら、奇襲をかけた方がよほどいい。
ここまで、こちらの戦力も相手の戦力も整うまで攻めないのは、どうも腑に落ちない。
そして、何よりも気になっているのは…なぜ、我々の存在を知っているのか。
もう引き返せないところまで来てから気づいた私もおかしいが…疑問にすら思っていない仲間たちもおかしい。
何が起こっているのか…正直、理解できていない。

しかし、引き返せない。
圧倒的戦力差があるとしても。

今となっては無駄な思考を切り離す。
ちょうど良くノックの音が部屋に響いた。

「全員連れてまいりました」

「よし、入れ」

もうこれ以上、仲間を死なせないためにも…私は戦わなければならない。
指揮官として、魔法使いとして、負けられないのだ。

「これより、作戦会議を始める。…絶対前提として、短期決戦を行うべきだと──」



──Side GANDOLFINI OUT



──Side Koki 



間に合わなかったか…。
仕方ない、ああ、くそ。
無血終結…そんな理想を信じた俺がバカだったか…こうなった以上、必ず血が流れる。
それも、大量にだ。たった一人の命なら、俺は構わなかった。
最低限で済むのなら…今さら悔やんでも仕方がない。

椅子に深くもたれかかり、目を閉じ…切り替えた。

「どうする?」

隣にずっと控えていたマナがとうとう口を開いた。
もう限界か……。

「どうするもこうするもないだろう。戦争だ」

こちらの仲間はもういない。向こうに何度か陽動をかけようとしてことごとく死んだ。
一瞬の攻撃だった。あまりにも早い。知覚した時には、仲間の頭が消し飛んでいた。
理解できたのは、超遠距離からの砲撃であったこと、そして、恐ろしく精密だということ。
これでは、後ろで構えて、マナによるかく乱という有効な攻撃ができない。逆に危険だ。
前線でかち合っていた方が幾分かマシだろう…まあ、相手が味方の命を気にしないなら分からないが。

こちらの戦力は圧倒的に不利。魔法使いの数からして違う。
各個撃破の手段を取らなければならないだろう。
敵の指揮官は、相当の手練の聞いている。指揮官を落とせば、なんとかなるか…。
一番は、相手の大将を落とすことだが…その前に必ず、指揮官が出てくるだろう。

「そうか…じゃあ、コウキを守る」

「ああ。頼むぞ」

軽くマナの頭をなでる。
また無理をさせてしまうこと、そしてその手を血に染めさせることを憎み悔やみながら。

「そんな顔しないで。私は好きでやってる」

…ああ。そうだったな。
何度も勧めたよな。戦いから降りることを…そして、いつもそう答えた。
ほんとうにそうなのか…聞けやしないが、できれば違ってほしい。
女の子なのだから。

「それはそれで困るんだけど…」

「コウキの為なら、いくらでもやる」

「…ああ、わかってる」

腹を括れ。もう、抜け出せないのだと知るべきだ。
俺が止めない限り、マナも止めない。
俺は止められない。だから、マナも止められない。
それがサダメ、宿命。
なら、到着するまで、進むだけだ。

この血ぬられた道を。

「どう戦う?」

「俺とマナは各個撃破。兵どもには短期決戦で決めるべく、最初から全力で行くべきだろう」

「なぜ?」

「戦力差が大きすぎるからな…多勢に無勢。ゆっくり攻められれば、負ける。
だから、俺たちが戦力の中核を担っている魔法使いを倒し、兵たちは隙を突いて押し切ってもらう」

これなら、最小限で最大効率をたたきだせるはず。
本来なら、もっと別の方法をとりたいが、相手が動き出したと聞いた以上、もうこれしか手がない。

「わかった」

「じゃあ、行こうか」

椅子から立ち上がり、杖を持つ。
それに合わせて、マナが自動小銃を両手に握った。

彼がもし来るのなら…容赦はしない。
そう心に誓った。



──Side Koki OUT




「ッ!?」

小高い崖から見た戦場は異常だった。
…今まで経験してきた戦争でここまでひどい戦場はそうそう見なかった。
両方の指揮官がバカか命知らずか、そうじゃなければ起こらない地獄が広がっている。

開戦間際からの全力と全力のぶつかり合い。

まるでノーガードのボクシングのように、互いに削りあっている。
しかも、どちらも引かずに…。

「糞っ!!」

戦況把握している暇もない。ガンドルフィーニさんはどこだ!
解析を行いたいが、広すぎて、使うと同時に意識が飛ぶ可能性がある。
それだけは避けなければならない。今は、自力で探すべきだ。

どこだ…どこだ……。
探す度に目に映る、血と死体。傍らに転がる武器。
焦るな………居た!

崖から飛び降りる。一秒でも早く辿り着かなくては…。
戦争を止めるために。

地面に降り立つ。戦っていたはずの者たちの手が止まっていた。
いきなり空から子供が戦場に落ちてきたら、止まるか…。
気にせず駆けだすと、何故か弾が飛んでくる。

恐怖からか、もしくは別の力か…まあいい。

当たる気がしない…というわけではない。
ただ弾の動きは点であり、正直30cmも動けば回避できるから、そこまで恐怖はない。
それに、今の自分の速度を考えれば、先ず当たらないだろう。

ガンドルフィーニさんの場所までもうす──

「──悪いな」

咄嗟に横に跳んだ。元いた位置に、魔弾が叩き込まれてい──くっ。
動き続ける。精密に俺の位置が射撃され続けている。
物陰に隠れ、ようやく息をつく。

ほかの敵…味方など存在しないが…注意を払いながら、俺を狙っていた張本人を睨む。

魔法使いの男と銃使いの少女……間違いない、彼らだ。

ちぃっ!

狙撃、逃れられないほど精密で、執拗。
足を止められない。考える暇すら与えない。
そして、何より…詠唱されている…。
止めなければ……──

「──フラグランティア・ルビカンス」

爆炎が放たれた。
こんなもの喰らえば、火傷じゃ済まない。
しかし、迂闊に動けばいい的になる。

防ぐ方法がないわけじゃあない。だが、それを行えば、この戦争を終わらせる手が消えうせる。

なら──これしかない。



──Side Koki


「……すまない」

障害は去った。最も危険な障害となった彼を。
本来なら初手で消すつもりだった。だが、軽くよけられた。
マナですら捉えられないほど、速く動き続けられる力を持った存在。
彼がもし、合流していたなら…形勢は一気に向こうに持って行かれただろう。

危うかった。どうしてか、彼が消耗していたから助かった。
あの時と同じように、一切消耗していなかったら、ああなっていたのは俺──

「コウキ!!」

「っ!?」

マナの声によってなんとか攻撃をよけられた。
あり得ない攻撃。彼だ。
彼が直線的に俺に跳んできた。

「くっ!」

直撃を受けたはずだ。避けなかったはずだ。
なのに、なぜ彼が生きている?
おかしい。動揺が隠せない。
あそこで燃えているのは何だ?

「悪いが、ここを通させてもらう」

彼の声が耳元に聞こえた。
殴られた。そう理解したのは、地に伏せてからだった。
顎が痛い。瞼が重い。…それでも。

「まだ、終わって…いないっっ…」

「いや、終わりだ」

無理に立ち上がったのに、笑えないな。
少々焦げて見える彼から放たれた拳が正確に顎を狙っているのが見える。

「──」

彼が何か言っているのを見ながら、意識を手放された。


──Side Koki OUT


「従者、この男を守れよ」

「っっ…」

少女に向かってそう放ち、ガンドルフィーニさんの元へ向かう。
苦渋に歪む顔には憎しみがあふれていた。
憎まれてもかまわない…それくらい、いくらでも背負ってやる。

無駄に使ってしまったな…式紙。
唯一、この世界で覚えた魔術。できれば、使いたくなかったが…仕方ない。

盾を使わずあの状況を抜け出すには、あの二人の目の届かぬところへ瞬動するとともに、身代わりがいたからな。

おかげで、魔力が本当にギリギリになってしまった。

「ガンドルフィーニさん!」

「士郎くん!?」
「誰?その子?」

ガンドルフィーニさんと明石さん…だったか?…。

「今までどこに──」

「そんなことはどうでもいい!」

今は状況を説明している暇がない。
怒鳴り声を上げると、気圧されてくれたのか、口をつぐんだ。

「依頼主の場所は?」

「なぜ、そんなことが…」

「説明している暇がありません!案内してくれるか、場所を教えてください!」

一から説明したところで、理解できるとも思えない。
それに、理解したところで、止められるのが落ちだ。
それなら、説明しない方がいいと踏んでいた。

「…しかし──」

「──私が案内するわ」

「明石くん!?」

予想外の援護に目を丸くしてしまった。
彼女にとっては不審者丸出しなのになぜ…。

「あなたは前線指揮があるでしょ。私は定時報告のついでに来ただけだしね?」

「………しかし、それでもだ」

「今のままじゃジリ貧。勝っても負けても傷が大きくなるだけ。それなら、策のありそうな彼にまかせてみるのもありじゃない?」

ね?、と俺に笑いかけてくる。
それに応えるよう無言で頷き、ガンドルフィーニさんを見つめた。
こちらを強い眼差しで見つめていたが、折れたのか溜息をついて、項垂れた。

「いいだろう。君に賭けてみよう」

「ありがとうございます」

「じゃあ、行くわよ。付いてきて」

軽く頭を下げ、すぐに明石さんの後を追った。
前線から離れて行く分、攻撃が薄い。
これなら大丈夫か。

「場所だけ教えられたらどうするつもりだったの?多分、みんなあなたのことを攻撃してたわよ?」

「大丈夫」

「…アハハハハ!!!」

笑われた。少々ムッとなる。
まあ、普通ならそういう反応になるか。

「いやー、すごいわね。あなた…あの人が賭けるだけあるわ」

「恐縮です」

「もっと軽く話してくれていいのよ?あなたの方が、私“たち”よりも強いでしょうし」

…見抜かれた?いや、さっきの戦いを見られていたとしたら、妥当か?
離れていたとはいえ、あれだけの爆炎とか見られたらな…。
とりあえず、ぼかしておこう。

「いいかねます」

「…まあいいわ。貴方にまかせることにするわ」

そうこうしている内に、目的地に到着したらしい。
明石さんがほかの扉よりも少々豪奢な扉をノックした。

「少々報告がございます。入ってもよろしいですか?」

「ああ、構わん」

中に一緒に入ると、護衛が二人と椅子にふんぞり返った男が一人いた。
多分、こいつがクライアントであり、こちら側の大将であり……俺の目的。

「何の報告だ?」

──投影、開始(トレース・オン)

「はっ、私ではなく、彼がです」

──I am the bone of my sword(体は剣でできている)

「ん?子供が何の報告だ?」

──破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

「こういうことだ」

右手に投影した短剣を長の胸に突き刺した。
あまりのことで、周りが一切ついていけていないようで、絶句している。

「貴様あああああああああああああああ!!!」

護衛の二人が一斉に掛かってきたが、生憎まだ死ねない。
一人の顎に掌底を放ち、そのままの流れで肘をもう片方の護衛の腹にぶち込んだ。

「うがぁ!」

一応、意識がある確認し、明石さんに向き直った。
戸惑いが消え、俺に向けて杖を向けていた。

「どういうつもり?…依頼主が死ねば、すぐに終わるとでも思ったの?」

「そうじゃないですよ…見てればわかります」

そう言って、明石さんに見せつけるように長の前から少々ずれた。
疑いしかない彼女は今にも魔法を打ちそうだったが、長の方に変化が現れた。

「あああああああああああああああああああ………」

長の姿が光に包まれるように、消えた。
そこにいなかったように。

「…どういうこと?」

「…説明してもいいですが、信じられますか?」

「…説明次第ね」

他の呪刻を壊しながら、街の外でかき集めた情報を彼女に伝えた。

この国は元々平和であったこと。
身内争いの戦争があったのは、数十年前のことであり、両者ともに戦争後に民間人の手により殺されていたこと。
戦争なんて起こる兆候はこの街と向こうの街以外の場所では一切感じられないこと。
そして、この街と向こうの街はすでに滅んでおり、いまだに傷跡があるところも多いとのこと。

…彼女はその説明を聞いて、苦渋の表情を浮かべた。

「つまり、亡霊の戦争?」

「簡潔にいえば、そうなります」

「どうして?」

「結界によってです……この国全土を覆うほど巨大な」

異常なほど大きく…まるで、“タタリ”のような、存在。
まさか…本当に現れているなら…非常にまずい。
対処法など知らない…アイツなら、一度戦っているから、知っているのだろけど…。

「…他の地域では問題が起こっていないの?」

「いえ、亡霊の戦士がうろついていることはあったそうです。が、何者かによって処理されていた」

言峰…だけではないだろう。多分、言峰が現れる前から、処理されていた。
その人物が黒幕。

「……黒幕はいるの?」

「おそらく…とりあえず、この無駄な戦争を止めます」

巻き込まれている人がいるからだ。目の前の明石さんを含め。

「どうやって?」

「向こうの長に同じことをすれば……ただし」

扉が開け放たれ、こちらに向かって銃口を向けた戦士たちが数人並んだ。

「この状況を打破できればですが」

「そのようね……」

大丈夫だろう。多分。それより…突破してからが重要だ…。






──あとがき──

中途半端に切ってすいません。ちょっと、限界です。

お久しぶりです。伏線回収できたかな?多分。これでできてなかったらすいません。
次か、次の次で戦争編、完結予定です。そして、ちょいちょい話を入れて、本編へ…。
ものすごく長いな……そして、遠い。これからは多分、更新速度があげられるかと。
積んでいたゲームもやったし、スロット止めるし、バイトは…多いですが。

叩いていただけるなら、叩いてやってください。

感想掲示板でお待ちしております。




[6033] 立派な正義に至る道35
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2009/12/13 01:55





攻め込んできた兵士たちは、明石さんの魔法『エクサルマティオー』で何人か武装解除できたので、すんなりと無力化ができた。
無手では心もとなかったので、兵士たちの持っていたサーベルを拝借しておくことにした。
量産されているものみたいだから、あまり耐久度は期待していない。
強化をかければ、まだマシにはなるだろうが、そこまで魔力に余裕がない。

「これからどうするの?」

「合流しましょう。…多分、ガンドルフィーニさんたちも襲われていることでしょうし」

「それもそうね…でも、なんで襲ってきたのかしら?」

「おそらく、兵たちを操っていたのが依頼主で、最後に何らかの命令を通したんじゃないですか?…っと、そうこう言っている内に、きましたね」

完全武装の兵士たちがどこからともなく湧いてきた。
相手をしてもいいが、■すわけにはいかない。
まだ、彼らも亡霊であるという保証がない…ガンドルフィーニさんと会うまでに殺されている兵士の死体がいたるところに転がっていたからだ。
…逃げた方が得策だろうが、逃げても至る所に敵がいる現状だ。意味がないだろう。

「強行突破します。さっきの魔法は全体に扱えますか?」

「あー、それは無理。私、扱えないもの」

なんとも、まあ…。そうすれば簡単に突破できたんだけどな…。

「……わかりました。自分の身を守ることだけ考えて、付いてきてください」

ここからは切り替えていくべきだろう。
行く先は敵だらけ。ふ抜けた考えでは突破できそうもない。
思考を──

「──行くぞ」

「…ええ」


──Side GANDOLFINI


何が起こったっっ!?

いきなり、味方だと思っていた兵士から銃撃が飛んできた。
最初は、誤射だと思った。だが、この量はあり得ない。
すでに百…いや、それ以上の…まるで雨のように…銃弾が降り注ぎ続けている。
念話で聞いたが、他の皆も同様らしい。しかも、依頼主の元へ向かった明石くんだけ連絡がつかない。
彼女には士郎くんが付いているはずだから…心配はないはずだが──

「──がっ!」

…腕を抉られた…まずい、な…。

服を千切り、傷口を抑え、止血するものの…くそっ…痛みで視界が歪む。
これでは、戦闘に支障をきたす……。さすがは魔法使い用の兵装なだけある…強化を貫いてくるとは…。
痛みが止むまで待つか…それとも、こちらから打って出るか……いや、出ることはできない。
この状態が一体何なのか分からない以上、無力化を行うわけには…。
…今は戦争中…内側から崩れるわけにはいかない…。
かといって、味方に何度呼びかけても、返答などこない…。
一体どうすれば──

《──ガンドルフィーニ!大丈夫?!》

「明石くんか!」

唯一連絡のつかなかった…おそらく事情を理解しているであろう…仲間と連絡がついた。

《今の状態は?!》

「さっきまで一緒に戦っていた味方から襲撃されている、よ!」

特攻してきた兵士たちに向かって止む得ず発砲する。
足と腕を打ち抜き、無力化したはずだが…狂戦士のごとくこちらに向かってくる…なんだ、これは?!

《私たちがそっちに向かうまで持ちそう?!》

「いや、厳しいかもしれない。相手が止まりそうにない」

躊躇う必要はない。だが、今さらだ。今向かってきている兵士たちを殺したところで…。
その後ろに続いて特攻してきている兵士たちを止められる気がしない。
今となっては、初めから殺していればよかっ……いや、考えるのはよそう。
もう受け入れるしかあるまい。

《厳しいみたいよ…って、え!ちょっ──あー…》

「…どうかしたのか?」

向こうの状況はよくわからないが、明石くんが呆れていることだけはよくわかった。

《援軍が向かったわ…こっちも厳しいっての、に!》

「…そうか」

援軍っていうのは士郎くんだろう。
そういえば、彼の力について聞かずじまいだったな…。
そうだ、任務を無視し、今までどこに行っていたのかも問い正さなければならないだろう。
それに…どうしてこうなったかも聞かなければ、気が済まない。

痛む腕を無視して、両手に銃を持つ。

まだ死を受け入れるわけにはいかない。
抗えるだけ抗ってやろうじゃないか。

「──っあああああああああ!!!!」

今の私はいい的だろう…だが、こっちにとってもいい的だ。

切り替え持ち換え、撃ち込み続ける。

──まだ死ぬわけにはいかない!!

それだけを考え、撃つ。撃つ!撃つ!!

血と銃弾が視界を支配する。

撃ち続ける。死なないために。
撃ち続ける。聞き出すために。

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


………………
……………
…………

いつの間にか硝煙で視界が遮られていた。
まずいっ!…咄嗟に岩陰に隠れる。

息を整え、装備の確認を行う……半分近く使い切ったようだ。

風が吹き、視界が晴れた。
岩陰から見た戦場は……

「なっ…」

無手の士郎くんが一人立っていた。


──Side GANDOLFINI OUT



さすがは体長職を務めるだけある。
俺が来た時点で、半数が無力化されていた。
殺さずにあれだけの数を無力化できるとは…さすがとしかいいようがない。
あまりに激しい銃撃のおかげで突っ込むことはできなかったが、銃撃が止んだ時、一気に攻め込んだ。

さっきの戦闘で回収した剣を使い、無力化していく。
投影したものでもないうえに、強化もかけていない所為か、8割方無力化した時点で折れた。
だが、だいぶ数の減ったただの兵士に殺されるほど、弱いつもりはなかった。
少々傷を負ったものの、なんとか無力化できた。

「大丈夫か?」

「あ、ああ…」

大分消耗しているようだが、まだ大丈夫のようだ。目が死んでいない。

「他の仲間と連絡がつきますか?」

「やってみよう…」

………彼の表情を見ていれば、察しがついた。
仕方がない……そう、仕方がないとはいえ、悔しい。

──また、守れなかった。

「明石さんは──」

「──心配するくらいなら置いていかないでくれるかしら?」

やっぱり大丈夫だったようだ。
俺の後を追っていた彼女は無事だろうと察しはついていた。

「全く…いきなり敵地に置き去りにするかしら、普通」

「仕方がなかった。もし遅れていたら、五体満足で合流できていなかったかもしれないからな」

「う…まあ、それなら…」

正直、彼女を連れて向かっていても大丈夫だっただろう。この目で見るまでは分からなかったが。
…でも、まあ言いくるめられたからよしとしよう。
それよりも、消耗しているガンドルフィーニさんを休ませるために、人目のつかない場所まで移動した方がいいだろう。

「動けますか?」

「ああ、なんとかな…」

立ち上がったが、明らかに無理をしているのがよくわかった。
動けはするんだろう。でも、まだ無理をするときじゃない。
あわてて支えようとすると、明石さんが先に支えていた。

「無理は止めときなさい。フラフラよ」

「…すまない、肩を貸してくれ」

「潔いわね」

「こんな時くらい、そう言わないでくれ」

「それもそうね」

この二人を見ていると…こういうのが戦友なのだろうと思った。
まあ、なにはともかく…移動することにしよう…。





「明石くん、治療キットはもっているか?」

「ええ。…はい、これ」

「派手にやられましたね」

「なに、腕に穴が開いただけさ…」

傷口を見たところ、弾が残っているようだ。
強化していたからでもあるのだろうけど…時間がかかりそうだ。
……仕方がないか。

「見張りをしてきます…腕の治療が終わり次第呼んでください」

「分かったわ…」

「頼んだ…」

二人の声を背に受け、戦場に再び戻ってきた。

まだ、銃声は止んでいない。…まあ、当たり前といえば当たり前か。
俺にとっては両方とも敵だけど、両者からすれば、俺と向こうが敵なわけだし。
それに…両方とも資金が潤沢じゃなくてよかった。
戦車やら地雷やらそういう軍備がなくて…手榴弾もあまりないみたいだしな。

さて、二人には悪いが…置いてけぼりをくらってもらおう。
正直、時間がない。この戦争はさっきの戦いで完全に均衡が崩れてしまった。
今日中には終結してしまうだろう。
…そして、彼らは何も得られない。地位も名誉も金も…全て過去のものだからだ。

そうなれば、どうなる?
暴徒になるかもしれない。廃人になるかもしれない。あるいは元に戻るのかもしれない。
どれであろうと、今は分からない。
今の俺に出来ることは、止めること。そして、守ること。

この後、俺は多分……死ぬ。

さっきの攻防でさらに魔力が減った。あと一本、宝具を投影すれば…俺は内側から貫かれるだろう。

それでも──構わない。

あの時、救われなければ消えていた命。それを使えるんだ。
誰かのために…。

──ッ。

なぜか、心が痛んだ。血の気が少し引いたようにも思える。
動機が少し速くなった気さえしてきた。

…気にするな。気のせいだ。
今さら、気にすることじゃない。

「行くか」

「どこに行く気かしら?」

気付かれているとは思っていなかった…。いや、気付かれないと思い込んでいただけだ。
ここは戦場。安心は勘を鈍らせると思っていたのだけど…。

「…明石さん」

「ガンドルフィーニもいい勘してるわね。あなたが独断専行するって…ほんと、言った通りになった」

いや、勘じゃない。元々、彼には独断専行することがバレていてもおかしくなかった。
この作戦が始まる前から、俺はそう仄めかしていたからだ。
…こうなった以上、連れていくか、気絶させてでも戻ってもらうか…。

「あー、言っとくけど気絶させない方がいいわよ?念話はつながってるんだから、ね?」

…やられたな。
つまりだ…気絶させてもガンドルフィーニさんが出てくる…そうなれば、ガンドルフィーニさんも気絶させなければ、彼女を気絶させた意味がなくなる。
そして、ガンドルフィーニさんを気絶させれば、戦場に気を失った二人を放置することになる。
そんなこと、俺ができるわけがなかった。

「わかったさ。ただし、さっきと同じようにちゃんと付いてきてくれよ?」

「OK、そこは任しといて」

「じゃあ、行くぞ」

戦場に飛び出す…そして、すぐに隠れた。
無手の俺には銃弾を捌くことができない以上、できるだけ隠れつつ進むしかない。
明石さんは拍子抜けした顔をしている。

仕方がない…本当に仕方がない。

死体からサーベルをいただく。
今までやる必要がなかった行為だけあって、罪悪感があった。
心の中で謝罪し、今度こそ本当に飛び出していく。

「っ!」

突っ込んだ敵陣はどうやら虎穴だったらしい。

「やあ、数刻振り」

「……殺す」

すっかり回復して、怒りを募らせているであろう二人が中央に陣取っていた。
彼はともかく、従者の方は異常に殺気立っている…銃口の向きが俺の心臓の位置から動かないし。
しかも、さっき会ったときに持っていた小銃じゃなく、短機関銃に変わっているし…。
非常にまずいことになった。今の俺に倒せるか?
明石さんを守りつつ……難しいか…やるしかないんだけど。

「どきなさい!このままじゃ──んーんー?!」

「少々黙ってくれ」

勢いに任せてこちらの言い分を言ってしまいそうになった明石さんの口を抑える。
確かに話すことができれば、そして、話が通じるならどれだけ楽か。

「今の状況わかってるか?」

「…んん」

抑えている手をタップしてきたので、目をやると、彼女はしきりに頷いていたので、手をどけた。

「…わかったわよ」

少々不機嫌になりつつも彼女は黙った。
本当は話してしまいたいさ…ただ、信じてもらえる気がしない。
信じてもらえるなんてそんな奇跡…………いや待てよ。
…信じてみるか。彼なら聞いてくれるかもしれない。
彼は望んで戦争をしていなかったはずだ。止めようともしていた。

「少し話がしたい」

「黙れ」

彼と話がしたかったが…従者の方は許してくれそうにない。
そうか、従者はそうでもないんだったか…むしろ嫌われている節すらあったように思う。
あ、トリガーがもう引かれそうだ…仕方ない。交渉決れ──

「──いや、マナ待て」

彼が手で従者の銃口を下げた。
まだ、交渉の余地があるか?

「彼の言い分を聞いてからでも、遅くないだろう」

「…分かった」

彼女が銃を完全に下げてくれた。一時的に助かったか…。
なにはともあれ、まだ機会はあるってことか。
ここで誤ると全てが終わるな。

「さて、どんな話が聞けるんだい?」

…彼の顔は笑っているが、目が笑っていない。
どうやら、これは、真面目に、ヤバいかもしれない。









──あとがき──

ごめんなさい。戦争編であと2話書きます。
あと、30話で小銃とか書いてるけど、拳銃です。ごめんなさい。
小銃=ライフル、って知らなかったんだ…。
次は早ければ火曜日の深夜に更新します…むりなら、木曜日の深夜かな…。




[6033] 立派な正義に至る道36
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2009/12/15 00:23





「できれば、二人きりで話がしたい」

「そんなことできるわけがない!!」

こちらに向かって従者が咆える。まぁ、当たり前だ。
そこまで譲歩する必要は向こうにはない。
なら、譲歩せざる得ない状況に持っていくしかないわけだが…そうもいかないだろう。
状況を逆転できるようなあちらの弱みなどない上に、無理やり逆転できるような状況でもない。
どうするべきか…。

「マナがいるならかまわない」

「コウキ!?」

今度は彼に向って従者が声を上げた。正直、俺も予想外だ。
俺の提案が受け入れてもらえるとは思っていなかった。
一般人がいない場所で話ができるならそれでよかった。
だけど、腑に落ちない。あまりにも条件が良すぎる。

「…それだけでいいのか?」

この質問に対し、彼は頭を掻きながら──

「いいよ」

──笑って即答して見せた。
彼の思惑は分からないが、今は彼を信じることしかできない。

「俺とマナ以外の兵たちはG点まで進攻し、待機。敵襲があった場合、迎撃優先で対処しろ。捕虜は必要ない。わかったな!」

他の兵士たちは彼の命令で去った。
ただ、俺には疑問が残った。
彼らはあんな命令を疑問に思うこともなく聞き入れ、即断で動いていた。

その疑問が新たな疑問を生んでいた。
…まさか、彼が黒幕なのだろうか?というものだ。
あり得ない話ではない。だからこそ、あり得てほしくない。
信じていたいから。信じたいから。信じたのだから。
疑いたくなかった。

「さぁ、話してもらおうか?」

「ああ…」

包み隠さず全てを話した。戦争の真実からこちら側の依頼主を殺したことまで。
もちろん、戦争を止めるためにそちら側の依頼主を殺すことになることも…。

彼はある程度真相をつかんでいたのだろう。あまり驚いたようには思えなかった。
そう不思議なくらいに…。

「君の言い分は確かに筋が通っている…だが」

「それなら、彼が黒幕であることが最も筋が通っている、でしょう?」

隣にいる明石さんが鼻で笑ってから、彼の言葉を紡いでいた。
彼女は見かけ以上に聡明だ。その可能性も考えていたんだろう。
だけど、あの依頼主の消えていく姿を見てからは信頼してくれていたと信じよう。

「それはないと言い切ってもかまわない。だけど、それを証明することはできない」

「…それで貴様らの狂言を信じて、依頼主の元まで案内しろと…巫山戯るな!!!」

従者が叫ぶ。事実を知らなければ、狂言に違いない。
それが事実だと証明する方法がない以上、狂言ととらえられて当たり前だった。

だが、彼女は違ったらしい。

「巫山戯ているつもりはないわ。むしろ、よくこれだけの話を聞いて、狂言といえるわね」

「当たり前だ!貴様らの依頼主が消えていることさえ嘘に聞こえる!」

「へぇ…よく嘘といえるわね。なんで私たちがここまでボロボロか想像したかしら?」

「はっ。そんな傷、偽ろうと思えば偽れる!」

「わざわざ魔力をここまで減らしてまで?戦うのがつらくなるまで、そんなことするかしら?」

「ふふふ…どうやら立場を分かっていないみたいだな」

「あら、口で勝てなくなったら実力行使?」

「うるさい年増」

「間違ってないから、言い返す気にもならないわ──」

……。さて、どうしたものか。
馬鹿げた話だ。とてもじゃないが、まともに見えない。
とりあえず、このまま喧嘩になれば、面倒だ。

ちらっと、彼を見ると、彼も分かったらしく、頷いていた。

「「やめろ」」

彼は従者の頭を小突き、俺は彼女の頭を叩いた。
その瞬間、二人ともムッとした表情で俺たちを睨みつけてきた。
だが、こちらの冷めた目を見て、状況を理解したらしく、二人とも下がった。

「さて、少々話が拗れたが、戻すことにしようか」

「そうだな」

ああ、とても拗れたが…逆にうまくいった。
そう言ってもいいだろう。
さっきまでとは雰囲気から何まで違う。
それを考えて彼女が行動していたなら称賛に値する。

ちらっと彼女を見ると、すこしバツの悪そうな顔をしていた。

…そういうわけではないみたいだが、怪我の功名というべきだな。

「君は黒幕じゃない。が、証明できる要因がない。ここは間違っていないな?」

「ああ」

「だけど、君の言い分の証明方法は知っているよ?」

「あんたらの軍がこっちを攻め落とした時だろ?」

「ご明察」

確かに一番納得がいく方法だろう。
だが、そうなっては遅いかもしれない。
どうなるかわからない以上、それを防がなければならない。

「さっき説明した時に言ったが、それではどうなるかわからない」

「そうだね。だけど、信じるわけにはいかない」

「軍を預かっているからか?」

「それもある。けど、それだけじゃあない」

ああ、俺はこの目を知っている。

「信じれば、信じたものが無駄になる。それは許せない」

どこまでも、どこまでも、真っ直ぐな目を…俺はこの世界で見た。

なら、もうこれ以上は無意味だな。さて、どうしたものか。

「…交渉決裂だな」

「そうだな」

あまり、無茶はしたくなかったんだけど。
力を入れ、構える。

「悪いね」

「ああ、本当に」

拳を突き出したが、すでに拳が腹に決まっていた。
ああ、笑えない…。

瞼を閉じた。
明石さんの俺を呼ぶ声が耳に響いていた。



──Side Koki



「抵抗しないでほしい。貴女もわかっているでしょう?」

「…ええ。抵抗する気はないわ」

少々驚きはしたが、なんとかなった。
正直言えば、信じられないといれば信じられない話だ。
どうして、なぜ、そう突き詰めたくて仕方がない。
だけど、今はそんなことをしている場合じゃない。

「連れていくぞ、マナ」

「…どこに?」

「本部だ。このまま担いで動くわけにはいかない」

「…変なところ、優しいな」

「ほっといてくれ…貴女も、だ」

「はいはい、わかってるわよ」

彼女は両手をあげて、抗戦の意思のないことを示したものの、マナは気に食わないらしく、銃をつきつけた。
まあ、気持ちは分からなくもない。あれだけ言い争いをしたんだ。簡単に治まるものではないだろう。

「貴様は立場を分かれ」

「…本当、嫌な子ね」

「口を閉じてもらえると助かる」

「そうするわ。何があっても」

手出しをする様子はなさそうだから、よしとしよう。
しかし、まあ…。

彼の状態を確認する。

半死人…その言葉が浮かんだ。
どう扱えばこうなるのか分からない。
彼の体は理解の範疇を超えている。それだけボロボロだ。
そんな人間がこれだけ凄めるとはな…そして、こんなにも頭が回るとは…。

とてもじゃないが、子供には見えない。

歴戦の戦士でもここまで…“壊れていない”。
マナも相当すごいと思っていたが…こうはなれないだろう。
どれだけ強くても、どれだけ力を持っていても…彼のように、立ってはいない。
なぜ、こうまで立ち続けられるのか…なぜ、こうまで歩き続けられるのか。
聞いたとしても、彼は即答してしまいそうだな。

苦笑する。そうすることしか、出来そうもない。

嘲ることも讃えることも侮辱にしかならない気がしてならない。
彼の生き方に口を出す権利があるものがいたなら、それは──

「──従者だろうな」

「?コウキ?」

「いや、なんでもないさ…なんでも」

そう、これは関係のない話。
今はもっと他のことを考えなければならない。
だけど、考えたくない。
だからだろう。考えてしまったのは。

「入ります」

きっと、まだ信じていない。
だけど、間違っていない。この選択をとったのは。

「コウキ?そっちは、雇い主のところじゃあ?」

「一度捕まえているんだ。逃げられたことも知っている。それをもう一度捕虜として牢屋に入れても無駄だろう?」

「それで、処分を聞くと?」

「そういうことだ」

扉を開き、4人で中に入る。

「コウキか、通信が聞かぬから心配したぞ?」

「は、この者たちと抗戦しておりましたので」

マナが不思議そうにこちらを見る。分かっている。

「なるほど…して、どうしてここに来たんだ?」

「一度捕まえた相手なので、どういう処分にいたしましょう?」

「首を刎ねてしまえ。今なら容易いだろう」

「分かりました。…では」

一応帯刀していた剣で──



──マナの首をはねた。





「なにを?!」

「──黙れ、亡霊」

「あ…が…」

彼の言葉が聞こえたと思った時には、歪な短剣が雇い主の胸に深々と突き刺さっていた。

「あああああああああああああああああああああ!!!!!」

まだ、終わりじゃない。
ここからが、本番だろう。
彼の話が確かならば。

「さて、本物のマナはどこだ。黒幕」



──Side koki OUT



結界が崩れた。豪著だった部屋が一瞬で廃墟に変わった。
そして、ここにいるのは、俺と彼と彼女と化け物。
明石さんは俺の方に回り、彼は剣をずっと突き付けている。
首を刎ねられたその存在は、ケタケタと笑い始めた。

「予想外だったナ。気付いていたとハ」

「マナにしては喋りすぎだ…それに」

「俺が説明した時、俺の依頼主は殺したと言ったのに、お前は消えたと言った。消したならまだ分かるが、消えたという発言はおかしい」

その事実を突きつけると、さらにケタケタと笑った。
よほど、イカレた存在か?

「そんなところからばれるとは、思わなかったゼ」

体が溶けて、形をなした。スライムか?
どういった強さかはわからないが、あまり脅威とは思えない。
だが、油断はできないだろう。

「情報をかく乱したのも、お前か?」

「そうだと言えるし、そうじゃないとも言えるナ。そもそも、そんなこと言うと思ってるのカ?」

「それもそうだな。マナはどこだ?」

「もう一度だけ言ってやるが、そんなこと言うと思ってるのカ?」


今、気がついた。
……なんで、俺は生きている?






──あとがき──

次で終わります。ごめんなさい。
話が進まないのは、仕様です。バトルパートはどうも…。
容量多くすればいいんでしょうけど、多くなると見直すのが厄介なもんで…こっちの都合です。
今度、バトルパート書くときは倍くらいの長さにしてみます。

とりあえず、時間軸確認。
今、ネギま本編から8年前のはず。OK?
もし、間違ってたら修正します。そのつもりで書いてたもんで。





[6033] 立派な正義に至る道37
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2009/12/19 19:42





生きている?なぜだ?…わからない。
疑問だけが募る。だけど、生きているのがやっとであることは分かる。
…ああ、このまま倒れて寝てしまいたい。
だけど、それはできない。見栄を張るだけでも、威圧できる。
俺がいるから3対1だけど、いなくなれば2対1…手を出してくるかもしれない。
この二人より強いとは思わないけど…ああいうタイプの敵は、何か隠し玉がある。
…顔が笑ってやがるからな。

「聞いても答えないなら、仕方がない。消えろ」

「やれるもんならやってみナ」

詠唱なんて馬鹿げたことをする気か?

そう思った時には、よく分からないことになっていた。
スライムが床から生えた光の帯に拘束されている。

………ああ、捕縛系の魔法か。詠春さんにかけられたヤツよりずいぶん強力なようだ。
しかし、どうやって詠唱したんだ?そんな隙なかったはずだぞ?

「てめぇ…遅延呪文<ディレイ・スペル>なんざ、いつの間にやっていやがっタ?」

「ここに向かっている途中だ。気が付かれたかと思っていたがな」

俺を背負いながら、なにかボソボソ呟いていたのはこれのためだったのか。
ある程度の知識は知っていたけど…実際見ると恐ろしいな。
あの時、使われていたら負けていたんじゃないだろうか…。

感心したが、敵はまだ不敵な笑みを崩さなかった。

「この程度で勝ったつもりカ?」

「いや、そのつもりはない。だが、生憎貴様のような魔物を消し去るだけの時間を使いたくないんで──」

そう言って彼は腰につけているポーチの中から小瓶を取り出した。

「──封印させてもらう」

「な……ま、待テ!」

あからさまに怯える敵に戸惑うことなく、呪文を紡ぎ始めた。
いや、でも、ちょっと待ってほしい。

「六芒の星と五芒の星よ(ヘキサグラマ・エト・ペンタグラマ)。悪しき霊に封印を(マロース・スピリトゥス・シギレント)…」

「場所なら吐ク!だから──」

「待て、奴には聞くことが!」

「──封魔の瓶(ラゲーナ・シグナートーリア)」

「なあああああああああああぁぁぁぁ…」

聞く耳持たず。スライムは瓶の中に吸い込まれていった。
なんというか…黒幕が誰か聞きそびれてしまった。

あの程度の魔物が黒幕なわけがない。

まず、なぜわざわざ魔法使いを呼んだのか…そこが重要だ。
なんらかの理由があるはずだった。
それを…

「おい」

怒りを込めて呼びかけたら、彼は少し驚いた顔を見せた。
どういうことだ?

「…彼は知らないのか?」

彼が質問を投げかけた明石さんに目を向ける。
彼女は首を横に振り、真っ直ぐこっちを見つめてきた。

「ええ…そういえば、あなた、イレギュラーだったわね。ガンドルフィーニに聞いてたけど、すっかり忘れてたわ」

「どういうことだ?」

「あの魔物と対峙していた時に上から緊急連絡が来たのよ。…多分、結界が解けたからだと思うけど」

上から?………ハッとした。そうか、そういうことだったのか。
…俺がずっと背負ってきた業が降り注いだってことかっ…。

この世界においても魔術は秘匿すべきもの。一般人の居る場所で安易に使うものではない。そして、バレるようなことを起こせば、罰を科せられる。

「気付いたみたいね。簡単に言うけど、魔法を扱って戦う許可が下りていなかったのよ。秘密裏に支援することは許可されていたけど」

なんてことだ…しかし、目的が不明確すぎる。
こっち側の魔法使いの失脚?…あり得ないこともないけど、そう簡単にいくものでもないだろう。
戦力の削減?いや、これはない。もっと強い者を消すなら分かるけど、彼ら程度ならいくらでもいそうだ。
魔術の存在告知?…一番あり得るかもしれない。だけど、やるならメディアがそろっているところでやるだろう。
……考えても埒が明かない…今は置いておこう。

しかし…そういう風に伝わっていたのなら──

「情報操作されていたのか?」

「──いや、結界の所為とみていいだろう。私が話した内容と上の聞いた内容が食い違っていたからな」

声のした方へ視線を向けると、いつの間にか腕組みをしたガンドルフィーニさんがいた。
…確かに、それなら納得できるな。

「ガンドルフィーニ!あんた大丈夫なの?」

明石さんが駆け寄ろうとしたが、その手を引いて止めていた。
…なぜ?

「どうかしたの?」

さっきの件もあって、勝手に慎重になりすぎていたのか?
どこからどう見ても、ガンドルフィーニさんだろ?

「いや…なんでも──」

顔も服装も……服装?

「──あったか」

気が抜けていて、気付かなかった。
これだけのことがあった後とはいえ…。

「お前は誰だ?」

「何を言ってるんだい、士郎くん?私は──」

「──ああ、あんたはどこから見ても見た目はガンドルフィーニさんだ。だけどな、靴が綺麗すぎるぞ」

新品とまではいかないが、戦場を駆け巡ったにしては汚れがなさすぎる。
服は腕の傷跡まで再現はされていたけどな…。

「…あー、失敗しマシタ」

ガンドルフィーニさんの形をしたものが溶け、さっきの魔物に似た姿になった。
敵は一人…という表現もおかしい話だけど…じゃなかったか。

「予想以上に頭が回りますネ。子供のようには思えないほどニ」

「…答える義理はない」

これ以上の問答は厄介なことになるかもしれない。
排除できるなら、排除すべきだな。

「これならどうですカ?」

「──!」

その声とともに同じような姿の魔物がもう一人出てきた。
マナと呼ばれていた少女を縛りあげながら…。

「貴様ら!!」

彼の怒号が響き渡る。彼の声に反応しないところから見て、気絶させられているようだ。
…彼の従者が捕まっていることも考えるべきだった。
今となっては無駄なことだ…どうやって助け出す…。
魔力と体力があれば、瞬動で蹴散らすことも可能だったが…今はまずい。
多分、魔力は使えないこともないだろうが、体が付いていかない。

「下手な動きをすれば、首をへし折りますヨ?」

彼も何かしようと考えていたらしく、魔物に目を向けられていた。
どうするべきか。どうすれば──

「──自分の偽物というのは、見ていて気味が悪いものだったな」

穴のあいた天井から銃声が二発響いた。
弾は魔物の腕と頭を正確に撃ち落とし、彼の従者が解放された。

「マナ!」

すかさず、彼が助け出しにいった。
その拍子に、まだ動けた魔物に瓶を奪われてしまったようだ。
彼も必死だったし仕方がないとしよう。

しかし、これで相手のアドバンテージがなくなった…なんとかなるか?

「さて、どうする?」

本物であろうガンドルフィーニさんが銃口を突き付けながら、この部屋に降りてきた。

「今回はここまでにしておきマス」

「逃げられるとでも?」

「──そうさせてもらおう」

床から…いや、正確には影から声が聞こえた。
そして、消えた。手を出す暇もなく…。
皆、あっけにとられた表情を隠せなかった。

「…なんなんだ、一体…」

ガンドルフィーニさんがそう言うのも無理もない。
だけど、俺に驚きはなかった。
影から聞こえた声は紛れもなく──言峰の物だったから。

やはり関わっていたのか…。
何の目的かは分からない。だけど、多分、奴とは何度かやりあうことになる。
そんな“運命”を感じた。

「…逃げられたなら仕方がない。よく無事だったな、二人とも」

ガンドルフィーニさんは銃を仕舞いながら、こっちに笑いかけ、地面に腰を下ろした。
顔色から察するに、立つのも辛い様だった。当然といえば当然だろう。

「ええ、おかげさまでね…ところで、外の状況はどうなの?」

「兵士たちも全て消えたよ…私たちのように雇われていた傭兵や兵装は残っていたが」

「よかった…」

ああ、もう大丈夫か…。
そう思うと、気が抜けて意識が飛びそうだったが、堪えた。
ガンドルフィーニさんの表情が一切晴れていなかったから…。

「処理の進行は?」

「記憶操作、情報規制そういった処理は滞りなく進んでいる」

「そう…」

「後は私たちだ」

一気に空気が重くなったように感じた。

「はあ、私たちは悪くないのにね…」

罪の意識があれば、罰を受ける覚悟もできる。
だけど、今回に至っては騙され、利用されただけ。
それでも、罰は避けられない。
それが、正しくないとしても、正義であることに違いなかった。

「それが決まりだからだ…ただ、どういう罰となるかはわからない」

「これだけの大事だし、オコジョ刑務所10年で済めばいい方じゃないかしら?」

「そうだな…オコジョとして生きていかなければならないようにならないことを祈ろう」

無理やり話して空気を和めようとしているのがよく分かった。
でも、会話の内容がないようなので重い空気は変わらないようだ。
こういう話になるのは罰を受けることに納得がいっていないからだろう。

だけど──

「罰を受けても、何されたっていいじゃないですか?ここで止めなければ、もっとひどいことになっていたかもしれない。それを考えれば、ね?」

「…」

「…」

「…」

呆気をとられたようにこっちを見つめる3対の目が痛かった。
話に入ってすらいなかった彼まで見つめてくるなんて…笑えない。

でも

「ふっ…それも、そうだな」

ガンドルフィーニさんは眼鏡をかけ直しながら──

「アハハハ!そうよ、そういう気持ちでいないとダメね!」

明石さんは大笑いしながら──

「…やっぱり君はすごいなあ」

彼には感心されながら──肯定してくれた。
不思議だった。戦争の後とは思えないほど、笑顔がこぼれていた。
…なんでだろうか?でも、いいか。

こうやって笑えるなら。

「──覚悟ができているようだな」

魔術の発動を感じたと同時に、声が響いた。
来たか…この世界における代行者のような存在が…。

数十人が転移してきたように俺たちをかこった。
いや、本当に転移してきたのだろう。この世界の魔術にはほとほと感心させられる。

その中にいた老人にガンドルフィーニさんが目を丸くしていた。

「長…」

その言葉から察するに『悠久の風』のトップなのだろう。
…それほど、事態は深刻だったってことか。

「君らの活躍は聞いているよ。おかげで、無事とはいかぬが事態の収束ができた。感謝しよう」

「「はっ」」

「しかし、これだけ派手にやって、ただで済むとは思っていまい?」

「それは、重々承知しております」

「どういう罰をも甘んじてお受けいたします」

「ほっほっほ…それでは、言おうか」

あの学園長と似た食えない態度が空恐ろしい。
ガンドルフィーニさんたちが考えていた以上の罰もあり得るか?
…まあ、それでも、受け入れる。それだけの覚悟はした。

「──ガンドルフィーニ、明石両名には解雇を命ずる」

「「は?」」

「どんな弁明も聞かんぞ。そう決定したんだ」

…予想をはるかに下回る罰だった。
どうしてだ?……いや、待て。こういうことに輪に賭けて根回しの早そうな爺がいるような。

「そして、両名は日本に渡り、麻帆良学園に行き、麻帆良学園の学園長の指示に従うこと、よいな?」

「…了解しました。…ですが、解せません。なぜ?」

「ふむ…簡単にいえば、利害一致だ。麻帆良学園側とこちら側の」

さらによく分からないのだろう。
二人とも戸惑っている。正直、俺もよく分からない。

「ど、どういうことでしょうか?」

「…タカミチ・T・タカハタをこちらでの利用頻度を上げる代わりに、君らを差し出す。それだけだ」

……そういうことか。
俺から見ても、二人合わせても、高畑さんの方が強い。そこを鑑みれば、罰を失くしても悪くない条件だ。

「なぜ、罰が同列なのでしょうか?私は指揮官として大いなる過ちを犯したと──」

「──それをいうならわしらも同罪になる。下の罪は上の罪。そういうもんだろう?」

「……わかりました。受けさせていただきます」

「幸い日本はいい国だ。ガンドルフィーニ、妻くらい作ってくるといい」

「お、長!?」

ああ、すごくすごくあの爺と同じにおいがする。
人をおちょくって、楽しむのが趣味の…まあ、自分に害はないし、いいとしよう。

さて、問題は俺と彼らだ。

「ほっほっほ…さて、『四音階の組み鈴』の両名には伝達で別の罰が下っておる」

「…はい」

「魔法使い、コウキ。魔法世界においてある仕事の補佐を行うこと…だそうだ」

「…分かりました。…そのある仕事というのは?」

「それはまたあとで話す。そして、従者、マナ」

気絶しているため、聞いていないだろうが、何も関係なしに事を進めていく。
ただ、これは本人が起きていたら、真っ向で対立したであろう罰だった。

「『四音階の組み鈴』から解雇とし、麻帆良学園で再教育を行うこと」

彼は眼を丸くしていた。それもそうか、自分とともに補佐をすることになると思っていたから──

「──本当によろしいんですか?」

「君も望んでいたことらしいな…わしの預かり知らないことだ。いいのだろう」

「よかった…」

…ああ、そうか。彼は普通に生きてほしかったのか。
確かに、まだ彼女なら間に合う。普通に生きる道を進むのも。
結局、無理なような気もしないでもないが。

「ほっほっほ…そして、近衛士郎」

「はい」

「君には、手紙が届いておる」

「え?」

老人から渡された手紙の裏をバッと見る。

──近衛 近右衛門

……………………………………あー。

封を切る。中身を広げる。一瞬で破りたくなった、が堪える。

『親愛なる士郎くんへ
 元気にしとるかの?わしは───じゃ。
 しかし、今回は大変───根回しをしておいた。
 タカミチには申し訳───そうそう、君の罰は

 <魔法世界でのナギの捜索>じゃ。

 そうとう喧嘩を売っておったようじゃから、罰には最適じゃろうて。
 後、君が魔法世界に行くのが初めてじゃろうから、補佐に一人つけさせてもらった。
 悪く思わんでくれ。あと、最近このかがこっちにやってきての。
 元気にやっておるよ。刹那くんが来なかったのを少しさびしがっておったがの。
 まあ、わしが目を光らせておくから悪い虫はつかん。
 士郎くんが戻ってきたら早速婚約─────────────────
 ────────────────────────じゃ。
 それではの。達者でいることを祈っておるよ。
                   近衛 近右衛門

 P.S. ひ孫の顔が早く見たい。できれば早く帰ってきてね☆』

ああ、本当に食えない爺だ…おかげで助かったとはいえ、感謝するのが引ける。
むしろ、したくない。後半の方とか、結婚とか事後承諾とかそういう単語ばかりだった。
…これは人に見せるわけにはいかないので、丁寧にしまっておいた。
誰かに見られたらそれはそれで、嫌だから。機密とかそんなのはどうでもいいし。

「罰の内容は分かったか?」

「はい…受けます」

「よし。では、魔法使いコウキ。君は士郎くんの罰である<魔法世界でのナギ・スプリングフィールドの捜索>の補佐だ。彼が慣れるまでよろしく頼む。本当に頼むよ」

「は、はい…」

なぜか知らないけど、彼は老人に切に頼まれていた。
ああ、爺がなんか弱みでも握っているんだろうなと感じた。

「…さてと、ああ、言い忘れておった。士郎くん」

「はい?」

「ありがとう」

そういって老人が頭を下げた。
その瞬間、周りがざわめいた。まるであり得ないことを目にしているように。
俺自身も正直戸惑っていた。

当たり前のことをしただけなのに、感謝される必要もないのに。

「では、帰るかの。まだ、事後処理が残っておるからの」

その一言で一気に周りが光った。
どうやら、転移の前触れのようだ。

「君らも一緒に飛べればいいのだが、解雇した身だ。これも罰の一環として自力で向かってくれたまえ」

「はい。ありがとうございました」

「ほっほっほっほっほ…」

消えた。笑い声を残して。
なにはともあれ、終わった。

「ほんと、拍子抜けだったわね」

「ほとんど話さなかった君が言うか?」

「うっさいわね。でも、私は故郷に帰るだけだし、いいんだけど。あ、もしかしたら夫と同じ職場になるかもね」

「そうだろう。しかし、どうなることか…」

「かたく考えなくて大丈夫よ。あそこの学園長、砕けてるから」

「…はぁ」

明石さんは楽しそうに、ガンドルフィーニさんは不安そうに、今後のことを考えていた。
たしかにそうだ。今後のことを考えないとな…。

「ガンドルフィーニ」

「なんだい、コウキくん」

「この子を頼みます」

気絶している少女を見つめながら、そう言った。

「君も日本まで来ればいいんじゃないのか?」

「日本まで付いていけば、別れがつらくなりますから…それに、彼の補佐もありますし」

「ああ…分かったよ。いつ発つんだい?」

「彼に任します。俺は補佐ですから」

そういって、こっちを見つめてきた。
正直言おう。

「ごめん、もう限界らしい」

「え?」

「は?」

「な?!」


意識が飛んだ。
まどろみの中で感じたものに、なんで死ななかったのかを理解させられた。
また、助けられた。彼女の鞘に…。







──あとがき──

少々グダグダになりながらも、戦争編完。

次の話では本編キャラが登場するよ、多分。
そして、その次の話で、一気に時間が経過する予定です。

ああ、長かった。
もうオリジナル展開はしたくないと思ったけど、無理だろうな。

では、次の話で

↓おまけというか、士郎が倒れた後の話。
 台詞だけです。どういう感じなのかはイメージにお任せします。









──SIDE OMAKE


「…寝ているな」

「ええ、どうやっても起きそうにないくらいに」

「どうするんだい、コウキくん」

「彼を背負ってでも行きます…彼が起きるのを待っていたら、ゲートの時期に間に合いませんし」

「ここから近いゲートに行くのかい?」

「いえ、ナギ・スプリングフィールドの故郷にもよっておいた方がいいかと思いますから、イギリスに行きます」

「たしかに情報は得られるだけ得た方がいいだろう」

「でも、まあなんでそんなに士郎くんに尽くすの?あ、どちらかといえば、この子のためよね。早く仕事が終われば、すぐに会えるし」

「……ノーコメントで」

「ええ、何も聞かないわよ。でも、勝手に想像しとくわ」

「……ガンドルフィーニ」

「どうしようもない。どうしようもないんだ」

「そういえば、ガンドルフィーニ。あんた日本に来る以上、恋人の一人くらい見つけなさいよ」

「ちょっとまて、話がおかしい」

「どこが?」

「………コウキくん」

「ふらないでください。どうしようもないです」

「ところで──」

彼らが落ち着いたのは結局、マナが起きてからだったらしい。



──SIDE OMAKE OUT


※SIDE OMAKEは本作にあまりかかわりのない部分です。
 あまり気にしないでください。
 






[6033] 立派な正義に至る道38
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2009/12/22 00:19




「…ん」

相当眠っていたようだ。体の節々が軋む。

…右の小指も直りつつあるし、魔力も体力も回復している。体調も大丈夫だろう。

伸びをしながら、事態の確認に努めることにしよう。

どこだ?ここ…。

おそらく、宿泊施設だろう…ベッドの質と部屋の構造からして…。
しかし、体感温度からして、あの戦場の付近ではない。
薄着だと肌寒いくらいだ。…どうしてこんなところに──

「──起きたみたいだな」

部屋の入口に目をやると…俺の補佐役を押しつけられた彼がいた。
…どうやら、彼が連れてきたみたいだな。

「ああ、そういや自己紹介をちゃんとしてなかったな。俺はコウキだ。よろしく」

「士郎だ…よろしく頼む」

差し出された手を握り、握手を交わす。

「ここは、イギリスのウェールズ…その山奥にある魔法使いたちの街だ」

俺が聞きたいことを理解していたのか、手を離すとすぐに答えてくれた。

「なんでそんなところに?」

「『魔法世界』(ムンドゥス・マギクス)に行くには、ゲートを通らなきゃならない。手順もあってゲートごとにバラバラなんだ。ここなら俺でもわかるから」

「…それだけの為なのか?」

「いや、それだけじゃなく…ここは君の探し人のナギ・スプリングフィールドの故郷の近くだ」

なるほど…。それなら、ここに来た理由もわかる。
ここでなら、彼の手がかりも見つかるかもしれない。

それにしても…

「なんでここまでやってくれるんだ?」

正直、面倒な仕事のはずだ。子供のお守…実際子供ではないのだけれど…をしながら、補佐するなんて…。
投げ出したくなってもおかしくないはず…。

「君には感謝してるからね…恩返しだと思ってくれればいい」

「?…感謝されるようなことをした覚えはないぞ?…むしろ、恨みをかっていてもおかしくないことしかしていないぞ」

脅したり、殴ったり、気絶させたり…そんなことやられたら、俺でも恨みごとの一つは言うだろう。
いや、あの赤い悪魔には言えなかったけど…仕方がない。うん。

「マナが普通の生活を送れるようになったからだよ」

「…俺が何かしたわけじゃないだろう?罰なだけだ」

「いいや、君がいなければ、きっとこんな結末にはならなかった。もっと悲惨なものになっていてもおかしくない」

「…勝手に思っていればいいさ」

こうもはっきり言われると、どうも照れくさくなってしまった。
まあいい。彼がそれでいいならそれでいい。

「ところでだ。俺は何日寝ていた?」

「6日くらいだ。ここまで連れて来るのは苦労したよ。わざわざ裏のルートを通らなきゃならなかったし…金銭面はなぜか支援があったからよかったけど──」

…6日か…まあ、特に気にする必要もないだろう。
あまりに眠っていたなら、運動をしておいた方がいいと思ったけど…まあ、ここで戦うこともないだろう。

「さてと、ナギ・スプリングフィールドについて何か聞けたか?」

「──ってことで、あれ?俺の苦労話はガン無視?……まあいいや。一応、話を聞けそうな人にアポを取っておいたよ」

ナギさんについて調べる以上、いらないことが付いて回るって聞いていたのによくやってくれたと思う。

「誰だ?」

「ここメルディアナ魔法学校の校長…まあ、あまり期待しない方がいいよ」

…魔法学校、ね。…中退者じゃなかったか?…どうもいい話は聞けないような…。
不安を持ちながらも、少々厚着をして、魔法学校へと向かった。


……………………
………………
…………


結論を言えば、史実の話と昔話しか聞けなかった。
やはり、彼の行き先は知らないらしい。
まあ、詠春さんが調べていたんだ。こちらの世界で有力な手掛かりはないと思っていたさ。
しかし、なあ…。

「かの英雄はやんちゃで自己中だったわけだな」

「そう、身も蓋もないことを言わないでくれ。探す気が失せる」

そりゃ、敵が多いわけだ。異性にも好かれていたみたいだしな。
…まあ、そういう敵だったら、簡単なんだが…そうもいかないようだしな。
校長の話の中に出てきた大戦の話…。
ナギさんを中心とした「紅き翼」が終わらした大戦…その思惑の裏にいたやつらは相当ヤバい奴らだろう。
そういう輩が手を出してきたなら、非常に拙いことになる。
そこのところもコウキは理解しているようだったけどな…。

「…さて、これからどうする?」

「今から魔法世界に行くことはできるのか?」

収穫がないのなら早めに行ってしまった方がいい。
無駄に時間を過ごしている暇がない…言峰に関しても気になっているしな…。

「いや、それはできない。ゲートが開くのは時期が決まっていてな。明日の早朝だ」

「そうか…」

まあ、それなら仕方がない。
ここで情報収集に当たることにするか…。
出てくる話もどうせ似たり寄ったりだろうけど…。

「どうする?」

「ここからは俺一人であたることにする。コウキ、あんたは帰っておいてくれ」

「そうか?…それじゃ、自由行動ってことでいいか?」

「構わないけど…無茶だけはするなよ?」

「分かってるさ…それじゃな」

「了解。それじゃ、また宿で」

コウキを見送り、適当に校内を歩く。
さっさと外で聞き込みをしても良かったが…ちょっと調べ物をしたかった。
言峰が生きているその時点であることを危惧しなければならなくなったからな…。
資料室のようなものがあればいいが…。

「あなた、ここは関係者以外立ち入り禁止よ?」

想像より早く見つかったな…。
当たり前といえば当たり前か…ここは魔法使いの学校。
どこに何が居るかくらい把握しているだろう。
結界も張ってあったしな…。

「それに今は授業中よ?抜け出してきたの?」

声をかけられた方へちゃんと向き直ると、年若い女性がいた。
あまり警戒している様子はない。もしかしたら、資料室のありかとか教えてもらえるかもしれない…。

「いえ、校長先生にアポイントメントを取っていた者です」

「え?あの、ナギ…について調べているという?」

なぜ、ナギさんについて調べていることを知っている?
それに…ナギと呼び捨てにしたということは…。

「もしかして、あなたはナギ・スプリングフィールドの関係者でしょうか?」

それならば、彼女が知っているのも頷ける。
変な輩が調べていれば、耳に入れてもおかしくないだろうし…。

「…そうなりますね。私の叔父です」

予想外の人物と出会えたな…校長よりも有益な情報を得られるんじゃないのか?
そう思い、すぐさま態度を正し、真っ直ぐ見据えた。

「話を聞かせていただけないでしょうか?」

その言葉を紡いだ瞬間、彼女の表情が曇った。
…あまり聞いてはいけないような話だったか…親族なら当然かもしれない。
死んだと公式には発表されているのだから…。

「…その前に一つだけいいですか?」

「はい?」

「なぜ、あなたはナギのことを?」

詠春さんの依頼と言うわけにもいかないだろう。
そして、罰則だとも言えないだろう。
個人的な興味があるわけでもない。

こうとしか言えない──

「──生きていると信じているからです」

「は?」

「そうじゃなければ、調べようとしないでしょう?」

彼女の顔が驚愕へ変わり、そして、笑顔になった。

「…親族の皆は諦めているって言うのに、あなたは違うんですね…ナギのファンでもないでしょう?」

「そういうものではないですが…」

「まあ、あなたの“裏”に何があるかは問いません。あなたは信じられる人のようですし」

どうやら、話してもらえるようだ…でも、なんで信じてもらえたのだろうか?
…まあいいか。聞ける話は聞けるだけ聞こう。

「自己紹介がまだでしたね…私はネカネ。ナギの姪のネカネ・スプリングフィールドと言います」

「…俺は、士郎といいます」

軽く握手を交わし、彼女に導かれるままに進んでいくと、オープンテラスのようなところに着いた。
そこに置いてあったベンチに並んで腰をかける。

「では、ナギの話でしたね」

彼女の口から離される話は校長のものとあまり変わらないものだった。
だけど、一つだけ違うものが聞けた。

「ネギ?」

「ナギの息子です…まだ1歳ですけどね…もう話しますし、才能もあるんじゃないかしら…」

「どういったお子さんで?」

「えっと────」

聞くんじゃなかったと思ってしまうほど延々とネギくんなる人物の話をされた。
要約すると才能もありとっても可愛い従弟だろう。
なんか、話を聞いてただけなのに、ものすごく疲れた。
彼女の話が終わったのは、すっかり日が暮れてからだった…。

「あら、もうこんな時間…」

「長い間ありがとうございました。おかげで、一歩近づけたと思います」

「いえいえ、お役に立てたならよかったです」

別れを告げ、宿へと戻ることにした。
帰り道にすこしだけでも聞き込みをしようとしたが、ナギの名前を出すとすぐに避けられた…なぜ?

…結局まともな聞き込みできなかったな。

「どうだった?」

先に帰っていたコウキは本を読み、ベッドに寝転びながら、こっちを見ずに聞いてきた。
多分、元から期待していない…いや、知っていたのだろう。聞けないことを。

「ナギさんの姪に会えた」

それを言った瞬間、本を置き、こっちを見て…すぐに本を読み始めた。

「…その顔から察するにあんまりいい話は聞けなかったみたいだな」

「ああ…」

「まあ、魔法世界に入れば嫌ほど聞けるさ」

とりあえず、眠ろう。
明日は早いからな…。

「何か食べなくていいのか?」

「……そう言えば何も食っていなかったな」

「何かとるか?」

「いや、作る…厨房に行ってくる」

「は?」

イギリスの料理を侮辱するつもりはないが、自分で作った方がいい。
あれこれ言って、厨房に入り、さっさと作り、料理を持ち帰った。

その料理を食べて、コウキはものすごく難しい表情をしていた。

「──料理人になった方がいいんじゃないのか?」

そんなことを言われても、俺には目的があるので、無視しておいた。
ある程度腹が膨れたため、寝ることにした。

「シャワーぐらい浴びといたほうがよくないか?」

「……それもそうだな」

シャワーを浴びる。そして、浴室から出てきてから思った。

「お前は、根っから保護者なんだな」

「は?」

「いや、もういい。寝る」



………………
…………
……




「ひどい霧だな」

「そういう魔法なんだよ」

一応、概要は聞いた。
ゲートに行くには手順通りの儀式を行いながら近づいていかなければ辿り着けない。
もしはぐれれば、濃霧の中数時間迷い、村の出口に戻される。
ゲートというのは異界の入口にふさわしく「どこでもない場所」と揶揄されるらしい。
十年に一度程度神隠しのように一般人が迷い込むこともあるらしい…と。

正直言えば、どうでもいいような講釈だった。
コウキは従者が無口だった分、喋りたがりなのだろう。

「着いたぞ」

「へぇ…」

幻想的な雰囲気を醸し出す場所だった。
「どこでもない場所」というだけあるな…。

「あそこに固まってるのはすべて?」

「そう、魔法使い…今回はまあまあいるな」

百数十人はいる…まあ、週に一回、ひどい時は一ヶ月に一回なだけあるな…。

「向こうに着いたら、ある程度の監査があるけど、危険物とか持ってないよな?」

「この格好で何かあると思うか?」

ジーパンにロングTシャツ、その上からローブを被った格好で…。

「それもそうだな──っと始まったか」

サークルが光り始める。
とうとう向こう側に旅立つのか…。

「…」

どんな出会いが待っているのだろうか…。
願わくば、いい出会いが待っていることを…。



そして、時は流れる。





立派な正義に至る道 過去編 完







──あとがき──

もう、みんなが言いたいことは分かってる。
何で早くこうしなかったのか。
答え、作者の都合です。
実際、魔法世界編を書くにしても…まだ情報が足りないわけで、元々飛ばす予定でした。
本当はこの話…3話くらい必要でしたが、ハイペースで飛ばしました。
練って書く気力が今なかった。でも、年内には本編に入りたかった。
そういうことです…本当に申し訳ない。

とりあえず、次回はネギ視点になるかな。
士郎くんが出るのか、さだかじゃないですが。

ここからが正念場になるんだろうな…。


2009/12/22 00:21

次回予告みたいなのが読んでいて気に食わなかったので削除。




[6033] 立派な正義に至る道 Side Everyday Life
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2009/12/21 23:56



注1:Side Everyday Lifeは士郎に関わった人々の日常を書いています。
   士郎の居なくなった後、どうなったのか?どう変わったのか?
   そういうところを書いています。
   
   時間軸はぐちゃぐちゃです。一応Side~~の横に書いておきます。
   
   別に見なくても、構わないような内容なので、飛ばしたかったら飛ばしてください。
   ただし、描かない人もいるので、ご理解してください。
   こいつの日常が見たいとかいう要望があれば、また作ります。
  

では、どうぞ…。














──Side Setsuna <本編約2年前>


「ふぅ…」

またため息が出た。初めての遠出だからかもしれない。
電車に揺られながら、ふと思った。
このちゃん…いや、お嬢様が総本山を出て6年の月日が経過した。
私はあの頃より強くなった。だけど、まだまだ弱い。
あの人の強さに比べれば……。

「どうしてるんやろう…」

このちゃんとはなるべく連絡を取らないようにしていた。
縋りたくなるかも知れなかったから。三が日とかは会っていたけど。

そして、あの人…しろう。
長から話は聞いた。戦争を終わらせた。100対1で勝った。1日中戦い続けた…といろいろ。
その話を聞いて、やっぱり強いんだと改めて思った。

そして、もっと強くなろうと思った。

いつからだろうか。このちゃんを守ることだけが全てじゃなくなったのは。
もちろん、その為に剣技を極めているは確かだ。
ただ、もう一つ理由が増えていた。

──しろうを驚かせる。あわよくば、褒めてもらう。

驚いてくれるだろうか?褒めてくれるだろうか?
期待は募る。いつ会えるかはわからないけど。

──でも…。

また考えてしまった。あのことを。
とたんに期待も希望もすべて消し飛んで怖くなった。
私は、化け物だ。この世界で生きるべきものじゃない。
幼かった頃は何も考えていなかった。楽しかったから。
でも、少しだけ年を重ねて分かった。自分は違うんだと。
このちゃんがしろうが…受け入れてくれるか分からないから…怖い。
最近は夜になるとずっと考えてしまう。
そして、嫌になる。自分の出生を恨みたくなる。

「はぁ…」

何度目かのため息をつく。
今は考えないでおこう。いつか打ち明けられる時にまた考えよう。
逃げているだけかもしれないけど…。

「…そういえば…」

長から手紙を預かっていた。
差出人不明の手紙が私宛に着ていたと。
封を切る。

中を見て、驚いた。

「このちゃん…」

今まで一度もなかったのに…なんでやろう?
不思議に思いながらも読み始めた。

そして、涙が出た。



『あとで、こっちに来てくれるんやろ?それまでに、せっちゃんが居やすいように頑張るわ』


あの約束を守ってくれていたから。
おおきに。ありがとう。
何度も感謝をして、電車に揺られ続ける。

あのことはもう考えなかった。不安になる必要なんてなかったのだから。


──Side Setsuna OUT


──Side Konoka <本編約2年前>



『せっちゃんへ

 元気にしとったかな?せっちゃんなら大丈夫やと思うけど。
 うちはすごく元気に過ごしとったよ。病気もあんまりならんかったし。
 みんなも不思議なくらい元気やしね。みんなっていうのはクラスの人たちな。
 そん中でも一番元気なんは、アスナかな~。あ、アスナっていうんはうちのルームメイトなんよ。
 元気やし、すごいええ子やねん。うちがボケた時もツッコミいれてくれるし。
 まだいろいろ書きたいけど、そろそろ、この手紙を書いた理由を書くわ。

 せっちゃんが居やすいように頑張ったよ。

 みんなにもう話してあるんよ。せっちゃんのこと。
 それだけ、こっちに来るって聞いた時はすごく嬉しかったんよ。
 あ、せっちゃんのクラスはうちのクラスやから。初めておじいちゃんに頼み込んだわ。
 おかげで一回お見合いを受けんとあかんようになってしもたけど…せっちゃんのためやもん。
 みんなも、クラスの人が増えるって喜んでくれてるから。
 気負わんと来てな。歓迎会するし。もちろん、うちの料理でね。
 驚かしてあげる。楽しみにしといてな?
                           このかより』


「ふぅ…」

せっちゃんに初めて手紙を書いた。
せっちゃんが中等部の新学期に合わせてこっちに来るって聞いたから。

「喜んでくれるんかな~…」

クラスのみんなにはもう話した。
お祭り好きなクラスなだけあって、受け入れてくれた。
くーふぇとかは、戦ってみたいって言ってたけど…。

──せっちゃんは強いからやめといたほうがええで。

って言うたのに、「絶対勝負するネ!」とより意気込んでもうたな…。
せっちゃんのことやし、大丈夫やと思うけど…。

「ただいまー、このか」

「あ、おかえりー、アスナ」

ルームメイトのアスナが帰ってきた。
今日もまた高畑先生のとこに行ってきたんみたいや。顔がにやけてるし。
高畑先生はよく出張に行く先生で、アスナがなんでか好きなダンディな感じの男の先生。
うちにはよう分からんけど、アスナは好きらしい。
うちにもそういう人ができるんかな…でも、今まで関わった男の子ってしろうくらいしかいないような…。

「何書いてるの?」

「せっちゃんに手紙かいてんねん…初めて書くからうまいこと書けてるか分からへんけど」

「ああ~。新学期になったら来るっていう子ね」

「そうやよー。どういう子かいうたら──」

「──ストップ、このか。もう何べんも聞いたから」

「そうやっけ?」

「そうよ。それと、しろうってヤツの話も…」

そんなに話してたんやっけ?
そう思うて、首をかしげると、アスナはものすごいため息をついた。
あれ?

「刹那って子は優しくて強くてかっこよくていい子なんでしょ?」

「うん」

「しろうってヤツは優しくて強くて料理上手で刹那ってことこのかの師匠なんでしょ?」

「うん」

「もう、数十回聞いたわよ…物覚えの悪いあたしでも覚えちゃったわよ」

…なんか恥ずかしゅうなってきたわ…。
顔が熱いわー……。

「まあ、しろうってヤツはともかく、刹那って子はみんなで歓迎しないとね」

「手伝ってくれる?」

「当たり前でしょ?親友の親友のためなんだもの」

「おおきにな、アスナ」

自然と笑えた。
せっちゃん。いつ来ても、大丈夫やで。
うちもアスナもみんなも、絶対受け入れるから。

待ってるで、せっちゃん。


──Side Konoka OUT



──Side Chigusa <本編約1年前>


『ここが俺の帰る場所だから』

士郎はそう言って出て行った。
ほんまやったら、縛ってでも引き留めたかった。
絶対無茶すると思うてたから。

士郎の訓練方法が異常過ぎたから。

でも、帰ってくるって約束してくれた。
やから、待つ。

士郎の帰ってくる場所を守って。

「そやったのにな…」

今日も地方に飛んで妖魔退治。
うち一人で余裕やと踏んでたけど、こりゃ失敗やったな。

強い。果てしなく強い。

目の前の子どもは、士郎並みに強かった。
もう式神を使役するほどの魔力もない。

「…負けられへん」

そうや。うちはあの二人のお嬢にもまけられへんのに、こんなとこで負けてたまるか!

「まだ抗うんだ」

「三枚符術!京都大も──」

「──甘いよ」

「がぁ!」

意識が飛びそうになるくらいの拳を見舞った。
もう、あかん。ここで、うちは終わるんか…。
せめて、一発を思うたのにな…。

子供の手が鋭くなる。腹を突き破れるほどに。

──ああ、願わくば…

「もっかい、士郎に会いたかったな…」

うちの腹を突きぬくはずやった子供の手が誰かに止められた。

「──なん…こ……」

なにか言っている。あかん、もう意識が飛ぶ。

「──なるほ………だ…」

子供と黒い何かが話している。
ああ、くそが…。

「──私に任せてもらおう」

その黒い声だけがはっきり聞こえ、意識が飛んだ。



──Side Eishun <本編1年後>


ここのところ、反関東の動きが活発になってきているようですね…。
動きの中心は『呪符使い』と聞いてはいますが、にわかに信じられません。
あの一団のトップは天ヶ崎千草ですから…。

「ふむ…」

士郎くんに諭されたと聞いていましたから、もう大丈夫だろうと監視の目を緩めたのがよくなかったのでしょうか?
…いや、間違っていなかったはず。最近までは。
一人で妖魔退治に向かった時を境に戻らなくなりましたし、そこでなにかあったのでしょう。
…士郎くんがいれば、どうにかできるかもしれませんが…。

「呼び戻すわけにはいかないでしょうね…」

士郎くんからナギが生きていることだけは聞きました。
まさか、アイツに出会うとは思いもよりませんでしたが。
俗世離れしていると聞いて、納得しましたがね…。
今の士郎くんはまだ探しているのでしょうし、コウキくんも補佐を頑張ってくれていると聞いています。
どうなることやら…。

「私も頑張らなくては…」

ここで踏ん張らなくては長として申し訳が立たないうえに、ナギに馬鹿にされそうですしね。
むしろ、なぜナギに馬鹿にされなければならない。俺が。
ああ、全く…とりあえず、関東側に打診することにしましょう。
ただ、こちら側から行くわけにもいかないでしょう。
私が動けない以上、私兵を出してもすぐつぶされてしまいそうですし。
…ということは、向こうから来てもらうことになりそうですが…。

「適任はタカミチくんですが…無理でしょう」

戦力的にも妥当ですが、彼は今『悠久の風』に仕事に出ているはず…。
困りましたね…私が知らない方が来ても、あまり面白くありませんし。

…そういえば、ナギの息子が勤めていましたっけ。

そうだ、彼にきてもらうのが一番いいでしょう。
刹那くんと木乃香から頼れるようになってきたと聞いていますし。
妨害があっても多少なら大丈夫でしょう。…不安ではありますが。

「…おや」

伝書鳩が来るとは…誰からでしょうか?

「これは…」

…なんというか、タイミングがいい。
これなら、大丈夫でしょう。例え、なにがあっても…。


──Side Eishun OUT


──Side Mana <本編開始当初>


…正直、コウキの側を離れたくなかった。
でも、コウキに言われて、仕方なく日本に渡った。

『いいところだぞ』

その言葉を信じた自分を───止めたかった。

『わたしゃ、この龍宮神社で50年間努めてきた老骨だけど、あんたの教育を任された以上、びしばしいくよ!』
『まずは、日本語から生活面までしごくから覚悟しな!』
『なんだい、その金の使い方は!金のありがたさをといてあげるからこっちに来なさい!』
『まだそんなにちっこいのかい!これとあれとそれを毎日食べな!そしたら、すくすく育つから!』
『あんたには今度からどんな妖魔でも見抜く魔眼を身につけさせるから、早くきな!』
『もう、あんたには教えることはないわ…これで引退じゃな…頑張んな、真名』

私が言葉遣いから倹約を学ぶまで1ヶ月もかからなかった。
マナという名前も『真名』となった。
…一応仕事もあるので悪くはなかった。
ただ……コウキからの連絡が少ないのが腹立たしい。

「まあいい…」

今度会った時はおどろくだろう。
この年齢にして、大学生にも間違われる私に。

「絶対逃がさない」

あの男もだ。一発撃たないと、怒りが収まりそうもない。
刹那から聞く限り、悪い男ではないみたいだが…。
むしろ、刹那の話に悪い話がないだけだろう。…私がする話も変わらないが。

いつ帰ってきても大丈夫なように…笑って生きよう。
コウキのためにも…。


──Side Mana OUT





──あとがき──

本当は言峰の生きてる理由とか書いたんですが、物語の核心にもろ触れたので消しました。ごめんなさい。
でも、他の日常には満足。こんなもんだろう。

本編突入前に、こういうものが書きたくなっただけです。
おかげで、38話の内容が薄いものに…だめだこりゃ。

さて、本編のどこから突入するかは、分かっていただけたかと。









[6033] 立派な正義に至る道39
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/03/13 13:29



───Side Negi





今日は待ちに待った…修学旅行の日。
あー楽しみだなーっ。
学園長先生から頼まれた特使のこともあるし、父さんの住んでいた家も探したいし…。
就任以来いろいろとあったけど、一番忙しくなりそうだ。

「兄貴、楽しみなのも分かるけどよ…気をつけねえとなんねえな。特に、学園長の言ってた相手をよ」

肩に乗るカモ君の意見を聞くと体が強張った。
思い出したくなかったなあ…。

タカミチを一瞬で倒した…そんなひとが向こうにいるらしい。

嘘だと思って、本人に聞いたら──

『──あー、それは本当だよ、ネギくん』

その答えを聞いた瞬間、泣いて逃げ出した。すごく不安で仕方がない。
滝を叩き割るタカミチを一瞬で倒すなんて、どんなひとなのか…人じゃないかもしれない。
そんな人を相手にどうすれば………。

「ほ、ほんと、どうしようか…」

「まぁその対策は後々するしかねえな…姐さんとかと相談しながら」

「そうだね…エヴァンジェリンさんと戦った時も手伝ってもらったしね…」

そうだ。僕一人じゃない。カモ君だって、アスナさんだっているんだし。

「頑張ろー!」

「おー!」




──Side ???



「…」

ただ見る。ただ見つめ続ける。
小さな背中を、身丈に合わない杖を背負った少年を。

「……む」

早い…もう見つかった。

息をひそめ、気配を消す。

「…反応はこの辺りにだったな、茶々丸」

「はい、マスター…こちらに気付いたのか、瞬時に消えてしまいましたが」

「…厄介なことにならなければいいが…警戒は怠るなよ」

「了解です、マスター」

行ったか…。
さて、どうするか…。
…まあいい、行くとしよう。

まだ、早い。
そう、まだ、早い。


──Side ??? OUT




──Side Negi



「…何事もなく着いてよかったね、カモ君」

道中に妨害があるかもしれないと気を張っていたんだけど、本当に何もなく、京都駅に着いた。
全員降りてもらった後、一応の確認のため、新幹線の中を点検しているけど、何もない。大丈夫そうだ。
エヴァンジェリンさんが来れなかったから、刹那さんとザジさんがそれぞれ別の半に混じることになったくらいだし…。
それと──

「そうだな、兄貴…しかし、腑に落ちないぜ…」

「うん…。魔力のようなものを感じたのにね…」

──瞬間的ではあったけど、二回、魔力を感じた。
急いで感じた場所に行ってみたけど、何もなく誰もいなかった。
……どうしてだろうか…。

「──ネギ先生」

「あ、刹那さん…」

少々頭をひねっていたところに、刹那さんが声をかけてきた。
最近知ったんだけど、刹那さんはこちら側の人で、タカミチ曰く「かなり強い」らしい。
木乃香さんと話したり、遊んだりしている姿を見ると、全然そうは見えないんだけどなぁ…。

「そっちは大丈夫でしたか?」

刹那さんには、みんなの状態を確認してもらっていた。
何もされていなかったかどうかを…。

「ええ、何事もなく…ただあの時だけですね」

「はい…でも、何もなかった」

僕の後に刹那さんもやって来て一緒に辺りを探ったけど、魔力を感じるだけだった。
辺りを探った時、相当怪しい人物がいたけど…魔力は感じなかったしなぁ。

「そうですね…ですが……いや、なんでもないです」

どうかしたんだろうか?
いつもなら、そうやって言葉を濁すことなんてなかったのに。

首をかしげて見せると、いつもより少し柔らかい表情で──

「──懐かしいものを感じただけです。今は西にいますから、そう感じたのでしょう」

そう呟いてた。

「…では、行きましょう。また何かあれば、声をかけます」

「はい!頑張りましょう」

一緒に新幹線を降り、みんなの元に向かった。
なにはともあれ、今日は気が抜けないなぁ…。



───Side ???


見ているだけのつもりだった。
用を足し、トイレから出た瞬間、事情が変わった。

一瞬の攻防。
向こうは式神を、こっちは得物を取り出し、互いに受け止めた。
それと同時に、式神を切り捨て、相手を睨む。

「…」

販売員の服装をしているが…侮れないな。
見た感じ、髪の長い、どこにでも居そうな女性だが…目の濁り方が異常。

……どこかで見たような…。

「久しぶりどすなぁ…」

その声で、この相手が誰か分かった。
相手をすることになるとは思ってもいなかった所為でもあるし、最後に顔を見た時から時間がたち過ぎている所為でもあったが…。
何よりも会うことがないと思っていた相手だった。

「少々、悪戯するつもりやったけど…今日はそんなこと、どうでもようなってもうたわ」

俺の見たことのない歪な笑顔を見せてきた。
……本当にそうなのだろうか。

「ようやく、ようやく、ようやく会えた」

何の殺気もないとはいえ、抱きついてきたので、避ける。
恨めしそうな表情を向けられたが、どうってことはない。
むしろ、なぜこの場面でそんな行動をとるのか、分からなかった。

「いじわる」

涙目でアヒル口になりながら、不貞腐れた………悪いが、意味が分からない。

「何が目的だ」

「抱きついたってええやん、別に」

「そういうことじゃない、何が目的でここにいる」

こんなことを聞いて答える輩などいないのは分かっているし、一応目的は掴んで──

「──解放や…あんたのな」

あっさり答えるとは思っていなかったので、少々驚いた。

だが、どういうことだ?
『親書』を奪い、さらには関西呪術協会の権威を奪うことが目的じゃないのか??

「っ?!」

次の瞬間、彼女が見せた表情は恐ろしいまでの憤怒だった。
どこまでも、どこまでも、何かを憎んでいる…初めて会った時よりも、さらに何かを憎んでいるように感じた。

「どういう意味だ…」

「…教えたりたいけど、お暇させてもらうわ」

怒りがなくなったと同時に悲哀の表情がうかがえた。
なぜ、そんな顔をするのか分からないが…逃がすわけにはいかない。

「…そんなこと許すと思うのか?」

そう言いながら、獲物であるナイフを構える。
このナイフはあくまで脅しの道具だ。本気で戦うならこんなものじゃあ足りないだろう。

「そやけど…また会いましょ」

次の瞬間、二体の式神が同時に現れ、一斉にこちらに腕を振りおろしてきた。
相変わらず、ふざけた姿の式神だな…でも、まあ何の予備動作もなしに呼び出せるほどに成長したということか…。

二体の式神の腕がこちらに届く前に斬り捨て、そして二体の体を薙いだ。

「…消えた?」

視界が遮られたのはほんの1秒程度だ。
後ろのドアが開いた様子もないし、転移魔法陣の発動すら感じられなかった。
跡形もなく、消えた。どういうことだ?

「天ヶ崎…」

あいつの身に何があったのか…消息を絶ったという話を聞いていたのだけど。
生きていることがわかっただけでも良しとしておくべきか…敵として現れたのは予想外だったが。
今はまあいいとしよう。それよりもだ。

「…子供だったよな」

スーツを着た外人の子どもが先生をしていた。
ああ、あの学園長は一体何を考えているのやら…。


───


『できる限り、手を出さず、彼の力で解決させてやってくれんかのう』

『なぁーに、心配いらんよ。君が付いとるんじゃから』

『こうやって直接会うのは数年ぶりじゃが、えらくたくましく成長したもんじゃなぁ…そろそろ木乃香──』


───


思い出しただけで頭が痛くなってきた。
久しぶりに会ったからか、対応の仕方が変わっていた。
木乃香ちゃんだけではなく、今回から刹那も結婚の対象となっていた。
重婚ならわしが何とかするだのなんだの言っていたが、本気で刺してやろうかと思ったくらいだ。

そのあと、タカミチと軽く手合わせをして、今は一般客を装って同行しているわけだが…。
自分の姿を再確認して、すこし頭が痛くなった。
スーツを着ているとはいえ、正直言えば着られている感じだし、何よりサングラスをしてハットを被ってる姿は明らかに怪しい人物だろう。

トイレの前で悩んでいても仕方がないので、早々に席に戻り、情報の再整理を行うことにした。

今回の敵は天ヶ崎…ではないだろう。
天ヶ崎が消息を絶った原因は妖魔退治…その相手がどういった存在だったのか、詠春さんですら詳細を知らなかった。
その相手が天ヶ崎に洗脳を行ったなら、救う手立てはあるはず…実際、そう見えたからな。
元を断つのが一番いい方法だろう。しかし、見ていない敵のことを考えても埒が明かない。
今は、天ヶ崎相手にどうするか考えておこう。

「ん?…」

スーツを着た子供と女子学生が車両に入ってきた。
…あれは、子供先生と……せつな、か?

さっきの戦闘のことを感じ取ったのだろう…しかし、あれだな。
変わってないな…刹那。
俺の記憶のまま成長したって感じだな…でも、目つきがキツいぞ。
まあ、警戒しているのもあるんだろうな…。

あからさまに怪しい恰好をしているからか目を付けられたらしい…サングラス越しではあるが、目が合った。

「…」

何の動きも見せずに子供先生と一緒に車両から出て行った。
魔力を抑え込む道具をあの人から買っておいてよかったな…相当ぼったくられた気がするけど。

さてと…少し眠ろう。
今夜から、あまり眠れなくなる。



──Side ??? OUT


──Side Setsuna


紛れもなくあの時感じた魔力は天ヶ崎さんのものやった…。
どういうことかは分からへんけど、確実に彼女が居た。
消息を絶った彼女が敵なんやろうか…まだ分からへん。
高畑先生からネギ先生のことをよろしく頼むと言われているものの、どう補助していくべきか…

「──せっちゃん?」

「あ…このちゃん」

考え事をしていて、声を掛けられていることに気付かなかった。
本来の仕事はこのちゃんを守ることやのに…。

「難しい顔してどないしたん?」

「ちょっと懐かしんでたんよ…久しぶりやから」

嘘をつく。あまりつきたくないけど…つかんとあかんかった。
長から木乃香にはばれないようにと言われてるし…それに、巻き込みたくない。
こんなことに巻き込まれるんはうちだけで充分や。

「そうなん?…それならええけど…何か悩んでるんやったら気にせんと言うてな?」

「うん、おーきに。このちゃん」

心配せんでもうちは大丈夫や。そういう言葉も込めながら感謝する。

「みんな地主神社の方行ったし、行こっ!せっちゃん」

「うん、行こか。このちゃん」


そのあと、妨害も何もなく、今日泊まる旅館に着いたんやけど…あまりにも変や。
今日の夜は警戒しといたほうがええかもしれへんなぁ…。



──Side Setsuna OUT


──Side ???


天ヶ崎が言っていた通り、今日は何もする気がないらしい。
明るく元気にずっと馬鹿騒ぎをしている。
おとなしい者もいるみたいだが、元気な者の方が圧倒的に多い。

子供先生も彼らに流されるようにはしゃいでいるように見える。

「…なんだかなぁ」

つい、呆れた声が出てしまった。
……緊張感のかけらもない、楽観的すぎる。
能天気で……いや、まあ普通の人はこんなものなのかもしれないな。
魔術もそういう世界も知らず、生きている人々は…。

しかし、いろんな生徒が居るな。

見た目、小学生から大学生…そして、外人。
…本当に同じ年齢なのか聞いてみたいくらいだ。

そして、強そうな女の子も居る。
一般人の括りとしてみるなら、恐ろしく強い類なのだろう。
むしろあそこまで行くと、一般人なのかあやふやだな…。

ふと思った…女子中学生を眺めるのって変態じゃないだろうか…。この年で。
…なんだろう、少し頭が痛くなってきた。仕事とはいえ…。

詠春さんも詠春さんだ。ようやく情報をつかみ、帰ってきたら、この仕事を回されたし…。
その代わり、あいつの分も罰の解除がされたから、いいんだけど。

まあいいか…。
このかちゃんもせつなも元気そうだし。

「……懐かしいもんだな」

あの人のもとで何年過ごしたか。
強くなった…のだろうか。タカミチも相当手を抜いていただろうから、どうも実力が分からない。
彼女たちを守れるだけの強さがあるのか…。

とりあえず、見守り続ける。
できる限り手を出さず、子供先生の行動を。
もし、何らかの問題があれば、手伝うことにしよう。




──Side ??? OUT






──あとがき──

今さらながら今年初投稿…長いこと書いてなかったんで、少々口調が…。
本編に入ったものの、絡ませ方に延々と悩んでます。
キャラが多い、それがネック。
どうしようかな…とりあえず、みなさま今年もよろしくお願いします。






[6033] 立派な正義に至る道40
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/03/26 00:07




──Side Negi



「すごいねー。これが露天風呂っていうんだってさ…風が流れて気持ちいいねー」

「おうよ。何も起こらなかったしなー」

不思議なくらい何も起こらなかった。学園長が言っていたのは一体どういうことなんだろうか。
タカミチを一瞬で倒した相手っていうのも気になるし…はぁ。
何はともあれゆっくりしよう。いろいろ気を張って疲れちゃったし。

その時、お風呂の戸が開く音が聞こえてきた。

「ん?」

「誰か来たよ?男の先生方かな?」

そう思って入口を覗き込むと、刹那さんと木乃香さんとアスナさんが一緒に入ってきていた……って、ええ!?

「なななんで!?入口は男女別なのに中はおんなじー!?」

あたふたしていると、こっちに気付いていない3人は気にせずお風呂に浸かって来た。

「うーん、楽しかったー!バカネギも何も問題起こさなかったし」

「アスナー、まるでネギ先生が毎回問題起こしてるよーに聞こえるえ」

「だって、そうじゃん。そう思うよね、刹那さん?」

「え?そ、そうですね…」

むむむ…アスナさんは相変わらず口が悪い。
僕だって頑張ってるって言うのに…。

「ですが、頑張ってると思いますよ」

「んー…まあ、そこは認めるんだけどさー」

「空回りしやすいんよね?ネギ君」

「そうそう…一人で頑張らないで、もう少しあたしたちを頼りなさいよねー」

アスナさん…ありがとうございます。

「心配してんなぁ、アスナ…好きなん?」

「え!?違う違う!!そ、そういえば、木乃香の言ってたあの“しろう”だっけ?連絡とかないの?」

「無理やりやなぁ。…そういえば、どうしてんのやろか、“しろう”。せっちゃんも知らんよね?」

「はい…西に来た以上、何かあるかと思いましたが…」

“しろう”…どこかで聞いたような……ああ、そういえば木乃香さんと刹那さんのお師匠さんだったっけ?
あまり年齢が違わないのに、料理がうまくて、戦いも強いって二人とも言っていた。
そんな人もいるんだなぁってあの時は聞いていたけど…どういう人なんだろうか。

「まあええか。便りがないのは元気な証拠って言うし」

「そうですね。あの人なら大丈夫でしょう」

へぇ…すごい信頼されてるん──

「──なんも知らんのなぁ、甘ちゃんども」

不意に響いた声に一気に悪寒がした。

「この声は──」

「──お久しゅう、お嬢様…それと、お付き」

「天ヶ崎さん…っ」

何が何だかわけがわからない。
いきなり塀の上に現れた和服姿のお姉さんに対して、刹那さんが、怖い表情をして、木乃香さんの前に立った。
まさか…敵?…なら、僕も。

「そこにいる、ガキ。あんまり動かん方がええで」

背筋が凍った。エヴァンジェリンさんとの戦いで少しは自信があったのに、睨まれただけで縮みあがった。
おかしい。あの目は怖い。

「ネギ!あんたなんでそんなとこに!」

「姐さん!今はそんなことどうでもいい!警戒してくれ!ヤツはやべえ!」

護身用に持っている杖を握り、勇気を取り戻す。
駄目だ、僕が守らなきゃ…。生徒たちに手を出させるわけにはいかない。

「ふふふ…今日は顔を立てて何もせんとこうと思うとったけど、予定を変更させてもらうことにするわ。こんな甘ちゃんどもに猶予を与えてもしゃーないしな」

「何が目的だ!」

「お嬢様を攫わせてもらって親書を届けさせへんことやな…」

「な!」

ここは一気に──

「──とりあえず、ちょこまかやりそうやから、まずはガキ。お前からや」

「え?!」

お猿さんが目の前に降って来た。
その刹那に降り下ろされる腕。
避けられな──

「──ム゛ギッ!?」

剣閃が僕を救った。

「ネギ先生!!今のうちに退いてください!」

どういった原理かは分からないけど、刹那さんによって助けられたみたいだ。
何がなんだかよく分からないけど、危険を察して、退いた。

「さすがは神鳴流ってところやな」

笑って手を叩いているお姉さん…ただその笑顔はひどく歪で、震えた。

「…ネギ先生」

「…なんですか」

深刻な声で呼ばれ、刹那さんの顔を見ると…焦っているように見えた。
それだけで、この相手がどれだけ厄介な相手なのかが分かった。

「私が足止めをします。お嬢様と他のみんなを安全な場所まで避難させてください」

「刹那さんを一人になんか──」

「──お願いします」

刹那さんの言い分はもっともだった。アスナさんも木乃香さんも訳が分からず、固まっている。
そんな中、戦うわけにはいかない。誰かが避難させるべきだ。

でも、生徒を残して逃げるなんて、できるわけがない!

「僕だって──」

「──早く!!」

叱咤されても、逃げる気はなかった。
覚悟を決めて、戦って見せる…つもりだった。
刹那さんの顔を見て、逃げるしかないと悟らされた…ひどく焦っていたから。

「こりゃ行くしかねえぜ、兄貴!」

「…っ行きますよ、アスナさん!木乃香さん!」

「え?」

「ほぇ?」

アスナさんと木乃香さんの手を引っ張って、急いでこの場から去る。
安全な場所に無事送り届けた後、すぐに戻ってきます!!



──Side Negi OUT



──Side Setsuna


「…馬鹿やなぁ」

首を横に振りながらため息をつく姿を見て、ものすごく馬鹿にされていることが分かって、ムッとした。

「うちが一人だけで攻めてくると思うとんのかいな。まあ、分かっとったみたいやから、あのガキに指示したんやろうけど」

「それだけじゃありません…なぜ、あなたが敵なのか。真意を問いたかった」

「…」

正直言えば、戦いたくない。
知人であり、私の符術の師であり、何より“あの人”が気にかけていた人だ。
それに、なにか得体のしれないものに憑かれているようにすら見える。
彼女自身が望んでこんな行動を取っているようには…見えない。見たくない。

「本当に親書を奪うのなら、このちゃ…いや、お嬢様を狙うなんてことをするくらいならば、ネギ先生本人を狙った方がたやすいはずだ」

ネギ先生の隙の多さはひどいものだ。子供だからとはいえ、警戒心が薄い。
最近はカモさんがいるおかげで少しはましにはなったと言えるけど、まだまだ甘い。
もし私が親書を奪うのなら、確実にネギ先生本人を狙うだろう。

「…ようわかっとるやないか。お嬢様を狙っても、ガードが堅過ぎるさかいなぁ」

「なら、なぜ!」

「親書を奪うなんてもんは建前やからや」

彼女はさっきまでとは打って変わって、真剣な表情を見せた。
そして、恐ろしい殺気を感じた。体が自然と強張る。

「本当の目的はなんなんですか!」

「あんさんなら話したってもええで…ただし、こいつらを倒せたら、な!」

彼女の手から札が数枚舞った。
その札から現れたのは彼女の得意とする善鬼、護鬼である猿鬼、熊鬼。
見た目はふざけているものの、それに反して強かった記憶がある。
だけど、ここまで異様な存在感は放っていな──

「──っ!」

予想外に、早いっ。

さっきは不意を突いたからこそ、還せたものであることを認識する。
敵の攻撃は重く早い…が、隙がないわけじゃあ──

「──くっ!」

単調な攻撃だからこそ隙があったが、それを埋めるように二体のコンビネーションが恐ろしく上手い。
その所為で休むことができない。
このままじゃ拙いっ…。

避ける、避ける、受ける、弾く、避ける…。

…休む、暇が、ないっ!

「どうしたんや?ずいぶん辛そうやけど?」

「っ…」

言い返してる場合じゃない。目の前の敵に集中するべきだ。
…私は迷ってる場合じゃないんだ。
攻撃に転じればいい。だけど、それでいいのか。

『──甘えるな』

ふと、あの人の言葉が響いた。

『戦いに甘さは要らない』

あの日、私が一度だけ掠らせることができたのは──

『誰かを打倒するなら全力で撃ち負かせろ。それが礼儀だ』

──失望されたくなかった。
今の私は失望されるような戦い方をしているんじゃないだろうか。
否、している。それだけは、それだけは…されたくない!

──神鳴流奥義…百烈桜華斬!!

「ムギッ!?」

「クマーッ!」

間抜けな声が響き、還った。
…私の勝ちだ。

「さすがやな。そうやないと張り合いがない」

倒されたというのにもかかわらず、彼女は手を叩いて笑っていた。
まだまだ余裕があるということだろう。

「倒したんだ…答えてもらおうか」

「…そういう約束やったなぁ。まあええけど、そんくらいなら」

答えてくれる…そう気を抜いたのが間違いだった。
背後からの強襲に全く対応ができなかった。

「な、に…」

相手が下級の鬼とはいえ、羽交い絞めにされては身動きなんてできるなかった。

「ククク…ほんまに甘ちゃんやなぁ。敵の前で気を抜くのはあかんのちゃうか?」

そうだ。あの札は《数枚》あった。それなのに眼前の二体にだけ集中してしまった。
あの二体だけしかいないと錯覚してしまった。
私の甘さだ…悔しい。

「さてと、さっきお嬢様を追いつめたっていう連絡も入ったし、余裕で目的が達成でそうやな」

なんてことだ…。

私が甘かったから、私が弱かったから、私が手を抜いたから…護れなかった。
任されていたのに。長から、あの人から…悔しい。悔しいっ!

「泣くんか?甘ちゃん」

彼女の人を食ったような笑みを見ながら、涙ぐんでいることに気が付いた。

「っ…」

泣きたくなかった。
でも、でも、でも……もう駄目だ。
護れなくてごめん。

『気にするな』

不意に声が響いた。
幻聴だと思った。
歪む視界の中。

彼の背中を見るまでは。

「あ…」

羽交い絞めにされていたはずなのに、すでに体を縛るものはなかった。
そして、大きめのジャケットが私の肌にかけられていた。

「ひさしぶりだな、刹那」

太陽のような橙の髪、手に持つ陰陽の双剣、あの頃から変わらない大きな背中が彼であることを示していた。

「…士郎さん」

「ああ、そうだ。その前にちゃんと羽織ってくれると助かる。目のやり場に困る」

「え!?…あ…はい」

照れくさそうに言われてようやく今の自分の姿を認識する。
素っ裸だ…恥ずかしい。

「さてと、今はそう懐かしんで話してる場合じゃないな…そうだろ、天ヶ崎千草」

「…そうやな。衛宮士郎」



──Side Setsuna OUT







──あとがき──


短くてごめんなさい。もう少し書いても良かったものの…区切りが中途半端になりそうだったもんで。
ようやく士郎が登場。聖杯戦争時の姿を想像していただければいいかと。
一応、念の為に。
士郎は風呂を除いていたわけじゃないです。慌てて風呂場から出てきたネギたちを見たからです。
そこらへんの話は次の話で書くつもりですが…こうも中途半端に切ると士郎が変態に見えてね…。

とりあえず、カモと明日菜の空気化を防ぐために頑張っていきますか…難しいけど。
さて、どうなっていくやら…よく考えれば40話目だったのね。長いこと書いてるなぁ…自分でもびっくりした。


2010/03/26 千草のセリフ「お嬢様を捕まえた」を「お嬢様を追いつめた」に変更





[6033] 立派な正義に至る道41
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/06/02 22:37


月明かりの中、向かいの旅館をよく見える位置にある木の上で、遅めの夕食を口に入れていた。
何か手の込んだものを作る暇もないため、牛乳と餡パンだ…いつか見た刑事ドラマのようなスタイルだな、と一人ごちた。
しかも、服装がスーツにサングラスにハットという馬鹿みたいな格好だしな…。

「…静か、だな」

気付けば、日が暮れ、辺りは暗くなり、彼らは旅館に着いていた。
何かが起こっても多少なら放置するつもりだった。でも、何も起こらないとはな…。

『少々、悪戯するつもりやったけど…今日はそんなこと、どうでもようなってもうたわ』

天ヶ崎が言っていたからか?…あいつが首謀者には思えないからか、首をかしげてしまう。
実力があってもどこか抜けていたあいつがこんなことをまともにするようには思えない。
…まあ、何も起きないならそれでも構わないけど。

ただ…なんで、あいつが洗脳なんて受けた?
隷属されたのならば、分かるが…そんな気配は一切感じなかった。
魔法世界を巡っている間に何度かそういう輩と戦ったし、その手の気配には勘が利くつもりだ。
洗脳をされたにしろ、心が折れるような奴じゃなかったはずだ。
■■や■■のようなやり方をやられたのならあるいはあり得るけど…その割に精神がしっかりしている。
俺と一瞬やりあった時も冷静に逃げたしな…。

よく分からない。長年会っていなかったから変わってしまったのかもしれない。
…もう考えるのはよそう。次、出会った時に捕縛し、問いただせばいい。
時間も情けもかけてられないだろうからな。

「…?」

静かなのは変わらない。風の音が気持ちいい。
だが…静か過ぎやしないか?
明りは点いているものの…なにも騒ぐ声も聞こえない。
彼らは修学旅行生だ。ここまで静かなのはおかしい。

牛乳と餡パンを放置し、一気に木から飛び降り、駆ける。
目についた札から、何が起こっていてもおかしくない状況であることを悟り──

──投影、開始(トレース・オン)

──何があってもいいように、夫婦剣を両手に作り出す。

…人払いとは予想外なことをするっ。

旅館の中に駆け込み、何が起こっているかようやく理解した。
人が起きている気配が少ない。生きている気配はする…相当強力な睡眠でも受けたか…。
まずは、安全確保が最優先事項だろう。

起きている人の気配のする方へ急いで向かった。

「なななんなのよ、この子!」

「ふふふ…にげられまへんえー」

「しかも、こっちの武器はハリセンって…どうしようもないじゃないのー!!」

「僕も戦いたいですが、木乃香さんを抱えながらじゃ厳しいです!!」

子供先生と…っ…ツインテールの少女、それと眠りこけている木乃香ちゃんが二刀流の少女に追い詰められていた。
真剣相手にハリセンで対抗できている理由が分からない。…いや、あれは魔具か。
っと、傍観している場合じゃなさそうだな。

「──なら、俺が代わりに引き受けよう」

ツインテールの少女の体を引っ張り、代わりに少女の真剣を受け止める。

…太刀筋が神鳴流のように見えるのに、軽い剣だな…手を抜いているか。

「え?え?ええ??」

「ほえー…できますねー」

ツインテールの少女はよく分かっていないようできょとんとしているが、二刀流の少女はすぐに刃を返し、襲いかかって来た。
だが、遅い。俺を極限までしごいたあの女性より数段。…それに殺気すらない。
数合打ち合っただけで、少女の剣は砕けるように折れた。いや、むしろ、折ったが正しい。

「──俺を打倒したければ、殺す気で来い」

元々宝具に釣り合うような武具でもなかった以上、至極簡単な結論だ。
それに、いくら魔力で強化しようが、俺自身も武器を破壊する術は心得ている。
砕けるのは当たり前のことだった。

少女は柄だけになった剣を捨て置き、ニヤリと笑った。

「このままやりあっても埒が明きまへんし、退かせてもらいますわー」

まだやりあう気かと思ったけど、本気を出さずに退くとは自分の実力をわきまえられているのだろう。
このまま成長すれば、この少女は相当強くなるだろう。…打倒しておくべきか。

「っと、その前にお名前なんて言いますの?」

「…人に名を聞く時はまず名乗るのが礼儀だ」

「そりゃそうですねー…ウチは月詠言いますー」

頭を下げてまで、名乗られた以上、こちらも返すしかない。
礼には礼を義には義をだ。

「…士郎だ」

「士郎さんですね…覚えておきますわー」

…っく、毒気が抜かれた。
逃がさずとらえるのは可能だが…身内に爆弾を背負い込む必要はないだろう。

「ほな、さいなら」

こちらを警戒しているのだろう。煙幕を張って去って行った。
その隙を狙われてもまずいので、煙幕が晴れるまでじっと警戒し続けた。

「…大丈夫そうだな」

煙幕が晴れ、後ろの彼らの状態を確認する。
…どうやら全員無事のようでよかった。

「あ、ありがとうございました!!」

子供先生が木乃香ちゃんを抱えたまま何度も何度も頭を下げて、感謝してきた。
いや、まず木乃香ちゃんを起こすか廊下に寝かしてからそういうことしようよ。

「え、えっと、ありがとうございました…ところで、あんた何?」

混乱しているのか、ツインテールの少女に至っては何扱い。
スーツにサングラス…ハットは飛んでしまったが…とかいう変な格好しているし、顔とか身長から判断すればあまり年齢変わらないからなぁ。

「詳しい説明は後だ。敵ではないことだけは言っておく。ところで、何があった」

「ああっ!!露天風呂で刹那さ──」

最後まで聞く気がなかったわけじゃあない。
咄嗟に足が動いていた。

あの子供先生の焦り具合からして、そして、木乃香ちゃんを連れて逃げさせた点からして、刹那は相当追い込まれていたのだろう。
どこに風呂場があるなんて分からないが、屋根に登ればすぐに──見つけた。

屋根から見えたのは…鬼に羽交い絞めにされた刹那と……旅館の従業員姿の天ヶ崎…っ。

…さっきのツインテールの少女も子供先生も下着を履いていなかったから、想像はついていたが、裸で戦ってほしくなかった…。

気持ちを切り替えて、一気に露天風呂に向かって飛んだ。

『──護れなくてごめん』

そんな声が聞こえた気がした。
あの時のようだな…おんぶして、本山に戻った時、俺はずっと言い聞かせていた。

「気にするな」

「あ…」

羽交い絞めにしている鬼を切り裂き、着ているスーツのジャケットを刹那に掛ける。
少しは肌が隠れてくれるだろう。…別に、裸を見てもどうってことないつもりだけどさ。
肉体が若いし、何かあっても危ないだろう。うん。

「ひさしぶりだな、刹那」

独特の髪型、少しは大人びているけど、可愛らしい顔、なにより俺を見る時の目が変わっていなかったから、刹那であることに確信を持てた。

「…士郎さん」

「ああ、そうだ。その前にちゃんと羽織ってくれると助かる。目のやり場に困る」

こちらを見る時に少しはだけてしまって、見てはいけないものを見てしまった。
ものすごく申し訳ない。

「さてと、今はそう懐かしんで話してる場合じゃないな」

気持ちを切り替えて、目の前の敵を睨む。

「そうだろ、天ヶ崎千草」

「…そうやな。衛宮士郎」

──そうか、やはり、そうか。
怒りと憎しみが異常なまでに湧いた。
一瞬で沸騰した心をできる限り、落ち着かせる。

「今回は逃がさない。逃がすわけにはいかない」

あの一言で聞きたいことが多くなった。
それに、俺の解放の意味を知らなければならないだろう。

手に持つ双剣をしっかりと構える。

「…ウチもそうしたいけど、時間らしいわ…残念やわ」

さて、風呂の中にいる気配はいくつある。

「そうか…なら、捕まえれば、時間など気にする必要はなくなるだろう?」

4、5…この程度か…。

「そうも言ってられへんからなぁ」

――――投影、開始(トレース・オン)
――――憑依経験、共感終了
――――工程完了。全投影、待機(ロールアウト。バレット・クリア)

「…ほな」

天ヶ崎のその声に反応して、潜んでいた鬼どもが姿を現した。

「──士郎さんっ!」

が、遅い。

―――停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト。ソードバレルフルオープン)

「っ!?」

「逃がすと思うか」

瞬動で一気に間合いを詰め、天ヶ崎を羽交い絞めにし、首に剣をあてがった。
それと同時に、鬼どもに剣が突き刺さる。

天ヶ崎越しに見た刹那の顔は驚愕で固まっているようだった。
おいおい、また肌が…まあいい。

「さて、話してもらうぞ」

「ふふふ…さすがやなぁ…でも──」

「──っ!?」

背中に感じた異様な気配と強烈な殺気に、羽交い絞めを解いて、剣を振っていた。

「へぇ…気付くなんて、すごいね。君」

片手で防がれた?!それに…後ろの天ヶ崎まで──ちぃっ!!
咄嗟に瞬動を発動し、横に移動する。
元いた位置に、爆発するように煙が上がった。

「退くよ、天ヶ崎さん」

「そうやな…」

「また会おう。衛宮士郎」

「逃がすか!」

瞬動で切り返すが…一歩及ばなかったらしく、二人とも水に消えた。
殺気がないのが見破られていたとしか言えないな…。

全ての剣を消し去る…刹那は何度か見たことあったし、気には止めないだろうし。

それにしても、白髪の少年…あれは得体のしれないな…。
今までこの世界で感じた気配で最も気持ち悪かった。
得体のしれない化け物の可能性もある…死徒二十七祖並にすら感じた。
まあ、あのお姫様の方が恐ろしかったけど…。

「士郎さん!お怪我は…」

「ないさ…それよりも、ちゃんと着替えてくれると助かる」

「あ…す、すぐ戻ります!」

脱衣場の方へ走っていく刹那の後姿を見送ってから、すこし一息つく。
……今のところ、とくに怪しい気配はないようだ。
しかし、面倒なことをしてしまった気がする。

現実的に見ても、俺の今の実力は──

「──士郎さん!このちゃんが!」

そういえば、伝えるのを忘れていたな。

「焦っているのは分かる。が、落ち着け」

「これが、落ち着いて──」

「──刹那さん!大丈夫ですか!!」

「──刹那さん!!」

「へ?」

「もう、助けた後だ」

やれやれと息をつきながら、全員の姿を見渡す。
子供先生とツインテールの少女がやってきてようやく刹那も落ち着いたのか、顔が赤くなって小さくなった。
まあ、あんだけ焦りまくっていたのが、無意味だったら凹むよな。

とにもかくにも──

「──とりあえず、全員ちゃんと着替えてくれ。話はそのあとだ」

一難去ったということだろう。


……………
………



どうやら敵が使った睡眠は朝になれば、起きるようなので、放置することにした。
ただ、変な体勢で寝ている者もいたので、全員布団に入ってもらった。
トイレ中の者とかが居なかったのが幸いだ…ほんと。

木乃香ちゃんも寝ていてもらい、旅館のロビーに集まって、とりあえず自己紹介から入った。

「関西呪術協会に身を寄せさせてもらっている。士郎だ。よろしく」

関西呪術協会という件に反応したのだろう、子供先生とツインテールの少女とオコジョが顔を強張らせた。
まあ、何の情報も持ち合わせていなければ、無理もないか。

「ネギ先生、明日菜さん、カモさん…士郎さんは味方ですよ」

刹那だけは落ち着いて、彼らを諌めてくれた。
信頼関係を築けているのか、刹那がそう言うと、彼らの顔が和らいだ。

「ぼ、僕は、彼らの担任をやらせてもらっているネギ・スプリングフィールドと申します。よろしくお願いします」

ネギ・スプリングフィールド?…もしかして、彼か?
あのどこまでも真っ直ぐに頑張っていた少年の名と同じだった。

「ネギくん。もしかして、会ったことがあるか?」

「え……あ、ああ!タカミチと一緒に修行していた時に、タカミチが滝割りをして、士郎さんが地面を割った、あの士郎さんですか!!」

「お、おお…そこまで覚えてくれているとは…」

地面を割ったといっても、精々2~3m程度だ。誇れるもんでもないんだけど。
別に素手でもなかったし。

「久しぶり!」

「元気そうで何よりだ。ネギくん」

年下に馴れ馴れしくされるのも新鮮なものだ…それに彼には少々負い目もある。
だから、気にしていなかった。

「知り合いだったんですね」

「…あの頃より凛々しくなっていたものだから、分からなかった」

ただ、目は変わってないな。不思議なまでに真っ直ぐ見ている。
正直言えば、うらやましかった。

「じゃあ、次は俺っちが紹介させてもらうぜ!俺っちはアルベール・カモミール。ネギ兄貴の使い魔さ!」

「そして、エロいのよね。人の下着に埋もれてたりするし」

「そこだけは否定できそうにないですね…」

「…う、ごめん。カモ君」

「こ、こ、この扱いのひどさに泣けた…すごく泣けた…」

「なんとなく分かった。よろしく頼む」

凹んでいるオコジョを見ながら、こいつは学園長の爺とベクトルが似ている存在なのだろう、思った。
おかげで、なんかいやーな親近感がネギくんや刹那やツインテールの少女に湧いた。

「私は神楽坂明日菜って言います。さっきはありがとうございました」

「仕事の一環だった。気にしないでくれ」

「それでも、ありがとうございます」

「…わかった。その言葉、受け取っておく」

見た目は……に似ているにもかかわらず、殊勝な態度。やはり世界が変われば、変わるものなのだろう。

「珍しいですねー。アスナさんがお礼を言うなんて」

「あんたの場合は馬鹿するからお礼と対等な、の、よ。分かったかしら?」

「いひゃいいひゃいでう」

ネギくんの両頬を引っ張っている姿を見て、前言撤回させてもらった。
うん、やはり────はいるものだな。

「さてと、夜も遅い。今日のところは俺が見張っておくから、寝てくれ」

「そんな!手伝い──」

「──いや、寝てくれた方が手伝いになる」

ネギくんも刹那も神楽坂ですら、手伝うと言ってきたが、遠慮させてもらった。
今日くらいゆっくり寝てもらわなければならない。
なんせ、正直、俺はあまり手を貸す気はない。

なぜなら、実力差がありすぎた。
俺に頼りきりになってしまえば、みんな弱いままだ。
ネギくんの成長にも大きく関わってしまうだろう。

だからこそ、俺は身を引く。遠くから見守る。

「もっと強くなってくれ。このままじゃあ、駄目になるぞ。二人とも」

届くわけないが、呟いていた。
屋根を照らす月の明かりが妙にまぶしく見える。
まるで、あの日の夜だな、と思った。




──あとがき──

無駄に更新速度を上げてみた。
そして、話の進まなさに絶望した。
さて、戦争編並みのペースで進んでいきそうですぞー。
とにもかくにも300000PVありがとうございます。
前の時と合わせれば、600000は言ってるんだろうけどさ…。

さーて、士郎の口調を調整しないとなー。またアーチャーになってるし。

2010/06/01 ネギと呼び捨てにしている部分があったので、ネギくんに修正。



[6033] 立派な正義に至る道42
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/04/28 20:38



「なんでさ…」

よく考えてみれば、こういうことになる可能性が高いのは明白だった。
にもかかわらず、気付けなかったのは俺の落ち度だろう。
そして、強く否定できなかったのも、またしかり。
おかげで──

「しろう、はよ行こ!」

「士郎さん?」

──木乃香ちゃんと刹那の奈良観光に付きあっている。

「ああ、すぐ行く」

そもそも、部外者であるはずの自分がここにいるのがおかしいだろ?
修学旅行生に保護者が付いてくることなんてありえないだろ?
なにより、それを先生が許すなんてありえない。あってはならない。
俺の中の一般常識にあてはめるなら、そう“だった”。
どうやら、こちらの世界では常識すら通用しないらしい。
いや、こちらの世界ではなく、“アレ”には通用しない。

なんの襲撃もなく朝を迎えることができたので、さっさと姿を隠すつもりでいた。

『士郎さん、お待ちください!』

どうやって嗅ぎつけたのか…いや、もしかしたら見張られていたのかもしれない…刹那に待ち伏せされていた。
ここで強行突破をかけていれば、こんな状況にはならなかっただろう。
しかし、それができれば苦労しないわけで…。

『稽古をつけてほしいんです』

昨日の戦闘で思うところがあったのだろうと、なら少しくらい見てやろうと、思った自分を殴りたい。2、3発。
そんなこんなで稽古を始めたわけで…刹那の腕の成長具合に感心しながらも、やはり対人向けではないなと考えつつあしらっていた。
そこにネギくんとカモベールもやって来て、それに合わせるように神楽坂さんまでやって来たものだから、厄介なことになった。
まだ明朝というか、太陽が顔を出していないのに、よく起きれたものだと感心していた自分を蹴りたい。4、5発。
その場で稽古を切り上げて、じゃあ頑張ってくれ、なんて言えるわけもなく、とりあえずまたロビーに集まることになった。
そこで話題に上がったのは、相手の素性と今後の対策。
正しいことなんだけど、俺が居ない間に済ませることもできた話題じゃないのか?と疑問に思いつつも、その場にいた自分を飛ばしたい。地の果てまで。
そうこうしている内に、3-A防衛隊(ガーディアンエンジェルズ)の一員に加えられてしまいそうになった。
四六時中側にいれるわけないだろう?と言ったら

『じゃあ、居れるようにしましょう』

なんていう意見が出てきたため、いやいや無理だろうと、部外者が付いて回れるわけがないと、俺なりの常識を言った。
そしたら、学園長に聞いてみようという風になり…あの爺、いや、“アレ”が言った言葉に耳を疑った。

『いいぞい。わしから先生方にうまいこと言っておくわい』

ちょっと待て、できる限り、手を出さずにネギくんの手伝いをしろと言ったはずだよな。
そう問いただすと帰ってきた言葉につい携帯電話を握りつぶしてしまった。

『その方が面白いからじゃ』

しかも、握りつぶしてしまったのがネギくんの携帯電話…最悪の展開だった。むしろ、これを狙っていたのじゃないのかと今となっては思ってしまう。
正直言えば、義務感よりもネギくんに対する申し訳なさにより、ここにいることを決意した。
どういう魔法を使ったのか知らないが、他の先生方には『申し訳ない』と何故か言われることとなった。
あとで、アレに聞いてみたら『3-Aを修学旅行でまとめるのはネギ先生一人では難しいので、補佐を出した。向こうの知り合いの孫に年若い講師がいるから、彼なら大丈夫とごり押しした』ということだった。
普通ならあり得ないことだろう。それでも、まかり通るのはアレの力か、3-Aのみなさんが暴れん坊なのか。
どちらにせよ、俺はここにいることになった。
それと同時に、今度アレに会ったときはあの頭部が正常な人間と同じ状態になるまで殴ることが俺の中で決定した。


「…うさん?士郎さん?」

少し回想に耽りすぎたようだ…足が止まっていた。
あまり気乗りしていないからだろう。二人には申し訳ないが。

「すまない」

こんなことをしていていいのか?やるべきことがあるのだろう?時間の無駄じゃないのか?
そう、自問自答しつつ二人の方へ足を進めた。

「そういえば、しろう、ええのん?ネギくんの側にいいひんで?」

ああ、そういえば刹那と神楽坂以外にはネギくんの補佐と朝食の時に紹介されたんだったな。

「…大丈夫さ。四六時中一緒にいたんじゃあ、ネギくんが先生として成長しないからな」

「そっか!」

何か特別な言葉を行ったわけじゃないのに、木乃香ちゃんは笑っていた。
首を傾げていると、刹那から蹴りがとんできた。とりあえず、受け止めておいた。

「どうかしたか?」

「なんでもありません!」

何かよく分からないけど、怒らせたみたいだ。なんでさ?
疑問を投げかけたい相手は木乃香ちゃんの手を引いて早歩きで進んでいく。
そんな刹那の後姿を見ながら、少しも変わってないなと感じた。

ああやって、ムキになることはよくあったし…なんでかはよくわからないけど。
でも、少し意外だったな…何か恨みごとの一つ言われてもおかしくなかったはずなのに。
あの二人には何も言わずにいなくなったしな…。
…。

「とりあえず、追いつくか…」

少しくらい気を抜いてもいいか。気を張り詰めていたんじゃ二人を楽しませられない。
何かあれば…その時はその時だ。今日は楽しませることに力を入れる。
たっぷり待たしたんだ。それくらいしなきゃ罰が当たる。

「おいおい、置いていかないでくれよ」

「早っ!しろう」

「っ!」

ちょっと走って二人に追いつくと、木乃香ちゃんには驚かれ、刹那に睨まれた。
刹那が睨んでるのは、あんまり魔術的なものを見せるなってことだろう。

「まあ、落ち着け刹那。何に怒っているのかは分からないけど、一つ言うのを忘れていたことがある」

「……なんですか?」

ジト目で見られるという勇気がなくなるな…。
でも、言わないとな。

「二人ともただいま」

「っ…」

「あ…」

再会して一番初めに言うべきだったんだろうけど、あんな状態じゃあ無理だった。
それに、この言葉を言ってもまたすぐにどこかに行くかもしれなかった。
だから、できれば言いたくなかった。でも…言わなきゃいけない。そんな気がしていた。

「…」

「…」

「いや、黙られると困るんだけど…」

パッと笑顔になった木乃香ちゃんが刹那と目を合わせている。
そして、少し赤くなった刹那がこっちを向いた。

「おかえりなさい、士郎さん」

「おかえり!しろう」

二人の言葉に不思議な感じを覚えた。
そして、それを瞬時に理解できた。

ああ…そうか。
数十年ぶりのやり取りだ。


──『たっだいま~~!!!』

──『おかえり、■■ぇ』


姉であり、先達であり、保護者で…とてもじゃないが自活なんかできるような人物じゃなかったな。
でも、俺の日常の中の一部で、大切な人だ。こんなやり取りをしたのも一番多い。
だからだろう。ふと思い出したのは。
…大切なものって失ってから気づくことが多いな。ほんと…。


怪訝そうにこちらを疑う二人の目に気が付き、すぐに思考を切り替えた。

「さあ、行こうか」

「うん!しろう」

「はい、士郎さん」

二人に挟まれて、歩き出す。
なんでもない日常が帰って来た…そんな気が確かにした。


………
……



「鹿って獰猛なんやね…」

さすがは奈良。鹿が道にいる。そして、恐ろしいくらい人に慣れている。
何もしなければ害はないけど、鹿せんべいを食わせようとしたのが間違いだったな。
そのおかげで、木乃香ちゃんが餌食になった。
まあ、それよりもその所為で刹那が鹿を斬りそうになったから、大変だったけどな…。

「自業自得だ。少しは反省してくれ」

「あう…」

「刹那も、だぞ?木乃香ちゃんを助けようとした行動は認めるけど、得物を簡単に持ち出すな」

「う…」

あ…つい説教臭くなってしまった。説教をするために付き添ってるわけじゃないんだ。
二人を楽しませる為に付き添っているんだ。

「…まあ、修学旅行だ。少しくらいハメを外しても仕方ないしな。気にするな!」

「…」

「…」

うう、まだ意気消沈していらっしゃる。
どうしようか。ええい、こういう時、いつもどうしてたっけ?
……あれだ、あれしかない!

「あそこの茶屋で何か奢るから、な?」

“あいつら”だったらこれでなんとかなったよな?
いや、でも“あいつら”だったからなんとかなんたんじゃ──

「いいん?!」

「いいんですか?!」

──うん、大丈夫そうだ。だって、すごく目がきらきらしているし。

「ああ、いいよ。ただし、俺が奢ったことは内緒、な?」

一応、教職員扱いになっているようなので、依怙贔屓なことはしたら駄目だしな。

「うん!」

「わかりました!」

二人は笑って茶屋の方へ向って走り出した。
喜んでもらえたみたいだな…って財布の中身を確認するのを忘れてた!

急いで、中身を確認して愕然とした。

………うま○棒が10000本買えるじゃないか…。

そんな金を持ち歩いたことなんて稀だったから、かなり焦ってしまった。
何かと必要だからと財布をアレから渡されたけど、こんな金額が入っているとは思っていなかった。
…まあ、そうそう使わないんだけどなぁ…今だけ感謝しておこう。

「しろう、早うきぃ!!」

「ああ、すぐ行く」

茶屋に着くと、二人に挟まれる形で座ることになった。まあ、いいけど。
そして、二人の食べる量はかわいいものだ。“あいつら”に比べたら…猫と虎の差ぐらいあった。
まず、“あいつら”だったらお構いなしに食べるしな…。

「そういえば、ネギくんは木乃香ちゃんや刹那と同じ班員と回っているのか?」

すでに食べ終わっている木乃香ちゃんに問いかける。
まだ刹那は団子を食べているからだけどな…。

「そうやよー。…多分、のどかと一緒ちゃうかな?ハルナとゆえが根回ししてたし」

正直…心配だな。あまり覚えていないが…名字は宮崎だったな…その子は相当運動神経が悪かったような…。
何かに襲われたらおしまいだぞ…うーん。

少し思案に耽っていると、食べ終わった刹那が怪訝そうにこちらを覗き込んできていた。

「どうかなさったんですか?」

「…ネギくんが心配だなと思ってな」

「…大丈夫ですよ」

刹那が少し遠くを見ながらはっきりと言いきった。

「ネギ先生は確かに子供ですが、しっかりしていますから」

「…なら、大丈夫だな」

刹那がああ言ったんだ。俺は信頼するしかないだろう。
しかし、刹那にそう言われるとはな…少し──

「──るな」

「?」

木乃香ちゃんが少し聞きとったのか、こちらを向いて首をかしげている。
誤魔化すように笑っておいたら、なぜか、木乃香ちゃんの顔が赤くなった。
よくわからないので、今度はこっちが首をかしげると、刹那からなにか殺気のようなものを感じた。
慌てて振り返ると、顔を背けられた。なんでさ。
そのあと、刹那をなだめるのに少々時間を使ってしまった。

「さて、二人とも、そろそろ観光再開と──ん?」

ふと、刹那や木乃香ちゃんと同じ制服の女の子が走って来たのが目に付いた。
…彼女は──

「のどか!」

「ぇ?…このかさんに…桜咲さんと…近衛、先生?」

──ネギくんと一緒にいると木乃香ちゃんが言っていたのどかっていう子じゃないか。
涙目だし、まさか…ネギくんの身に何かあったのか?!

「の、のどか、なんかあったん!?」

「え、えっと、そのー…」

「ネギくんの身に何かあったのか!?」

「ふぇっ!?」

少々大きな声を出した所為か、彼女の体がビクッと動いた。
…あ、駄目だ、落ち着け。俺が焦ったって彼女から何も聞き出せやしない。

「ええ、ええと、えええ?」

「の、のどか、落ち着いてえな」

今度はこのかちゃんも慌てだした。
なんだろう、このままいくと収拾がつかなくなりそうだぞ。
…本当に、ネギくんがヤバいかもしれない。

「刹那、この場は任す!」

「ええ!」

「茶屋の代金はその財布から出しといてくれ!!」

財布を刹那に放り投げ、急いでネギくんの姿を探す。

だけど、奈良公園という結構広い敷地をすぐに見つけるのは不可能だろう。
あまり目立つ行動を取りたくなかったが…木に登って上から見るしか──っていた!?

何かを探すようにうろうろしているネギくんを見つけたので、急いでネギくんの元へ向かう。

「ネギくん?!」

「あ、士郎さん!どうかしたんですか?」

「は?」

見たところ何かに襲われたような雰囲気でもない。
暢気そうにほわほわしているところを見ると、本当に何かあったわけじゃないな。
じゃあ、なんで?

「なあ、ネギくん、宮崎だっけ?…あの子と一緒にいたんだよな?」

「あ、はい。でも、僕がちょっとドジを踏んでしまって…」

おお、見事に落ち込み始めた。
とりあえず、話を聞いてみるか…。

「何があったんだ?──」

……


聞いてみて、すごく宮崎がドジであることとネギくんが本当に子供であることがよく分かった。

「俺から言えることは、こういうときは謝っておくことだな」

「そ、そうなんですか!」

「俺の経験上の話だけどな…」

─俺は鈍感で唐変木で朴念仁らしいから、気付かずに何かとやらかしていたらしい。
─それで…いろんな人を烈火のごとく怒らせていたことがあるからな。
─だから、そういうことがあったら、とにかく謝ること。

そう、教えるとネギくんはすでに経験があったのか、すごく頷いていた。
これで、ネギくんも間違いを起こすことが少なくなるといいな…。

ふと、頭をよぎったのは、ネギくんから聞いた状況と宮崎さんの行動…もしかすると。

「でも、もしかすると、違うかもしれないな」

「え?どういうことですか?」

多分というか、その可能性が高い。それなら行動の辻褄が合う。
でも、これはネギくん自身が気付かないと意味がない。
宮崎さんがネギくんを……まあ、ないと思いたいけど。

「…とりあえず、彼女を探して、ちゃんと話をしてみるといいよ。謝る前にさ」

「わ、わかりました!士郎さん、ありがとうございました!では!」

俺の言葉の所為でか、焦りながら走って行った。
うーん、一応大丈夫かどうか、追った方がいいのかな…。

なんとなく嫌な予感はしていたものの、ネギくんが視界から消えた後、追うことにした。

「おおっと」

ネギくんを再発見した時には、すでにネギくんは宮崎と出会ってしまっていたので、慌てて隠れた。

隠れる必要なんて普通ならないんだけど、隠れた方がいいと直感が告げていたので、隠れることにしたわけで…なんかこの雰囲気は…よろしくないような…。

パッと彼らのまわりを見渡すと、同じように隠れて二人を見つめている刹那とこのかちゃんを見つけた。
ついでに言えば、神楽坂さんとカモミールもなぜかいた。…なんなんだ、これ?

「私、ネギ先生のことであった日からずっと好きでした!私…私、ネギ先生のこと大好きです!!」

……お、お、おお。
本当にそうだったとは…。

ネギくんは予想外の言葉に顔を赤くして固まっている。
いや、まあ、まだ子供だもんな。仕方ない。と思いたいが…先生という立場は、駄目だ。
何か言わなければならないぞ。

「……え…あ…」

「あ、いえ──わ、わかってます。突然こんなこと言っても迷惑なのは…。せせ、先生と生徒ですし…ごめんなさい」

ああ、宮崎はよく分かっているな。
告白した立場なのに妙に冷静だ。

「でも、私の気持ちを知ってもらいたかったので…」

…なんだろうか。こういう言葉を聞いたことがあるような──



──『こんなことを言ったって先輩を引き止められないのは分かってます…でも、私の気持ちを知ってもらいたかったんです』



ああ、そうか。そうだった。
いろいろ無理させてしまったよな、さ■■。
ああ、なんで、今さら、思い出して、しまうんだ。
俺は、どうして、置いて──



「──ネギくんっ!?」

木乃香ちゃんの叫び声で我に返った。
パッとネギくんの方を見ると卒倒してしまっている。
急いで駆け寄ろうと思ったが、刹那や木乃香ちゃんや神楽坂が出てきていたので、足を止めた。

「うーん…」

まあ、大丈夫だろう…フリーズしただけだろうし…。
でも、しばらく動けないだろう。

仕方がないので、ネギくんの分も見回ることにした。
それで、分かったことは

このクラスが問題児だらけのクラスだってことだ。

ネギくんの苦労が少しだけ分かった気がした。





───あとがき───

久方ぶりのただの日常パート…なのか?
スランプってわけじゃないんですが、どうも遅くなり気味で、申し訳ないです。

本当だったら、もっと木乃香や刹那で遊びたかった。
でも、ストーリーを進めないとなんかよろしくないので…。

では、また今週中に会いましょう。

感想やら批判やら頂けるとありがたいです。











[6033] 立派な正義に至る道43
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/04/29 22:26



奈良観光が終わり、無事に宿へ着いた。
先生扱いになったからか、ネギくんと同室で休むよう伝えられたので、仕方なく部屋に入って少しゆっくりすることにした。
寝転がり、目を閉じ、思考を集中させる。

さて、どうするか…

本来なら、ここで一度本山に出向いておきたかった。
一刻も早く、天ヶ崎千草の件に関して伝えておきたいし、何よりも、“あの件”についても話さなければならないだろう。
ただなぁ…。

多分まだ宿のロビーにいるであろう同室の子供先生に悩まされていた
ロビーを素通りする時に、ちらっと一瞥したが…あれはな…。

宮崎に告白されてからずっと顔を赤くして呆けているし、時折、罪悪感のようなものに襲われるのか頭を抱えて、悶えているし…。

もし、あんな状態で襲撃でもあったら、最悪の展開しか思いつかないし…動けない。
ただ、解決策があるわけでもないし…はぁ…。

「士郎さん、いらっしゃいますか?」

ノックの音とともに聞きなれた声が聞こえてきた。

「ああ、入ってくれ」

体勢を正し、刹那を迎え入れる。

「財布を届けに来ました」

「ああ、悪いな」

財布を受け取り、すぐにその財布から一枚抜き、差し出した。

「え?」

「中身を確認しなくても使ってないのは分かる。小銭が入ってないしな」

「あ…」

「まあ、使いにくかったのは分かるけど、俺は奢るって言ったんだぞ?」

「ですが…」

「ああもう、いいからもらっといてくれ。むしろ、早く仕舞ってくれないとこんな場面を誰かに見られでもしたら大変なことになるから」

「…わかりました」

我ながらあまりにも変な屁理屈をこねてしまった。
刹那も渋々といった感じではあるが、仕舞ってくれたのでよかった。

「…」

「…」

その代わり、妙な沈黙が流れることになるとはな…。

何か話題ないか探している内に、ついまじまじと刹那を眺めてしまった

あれだけ、小さく幼かった刹那が…ね。
俺にとってはあっという間の歳月だったからでもあるが…こうも変わるものだな。
今の刹那がまとっている雰囲気は──

「──士郎さん、あのそうまじまじと見られると…」

「あ!いや、すまない…」

「いえ…べつに…かまわないですが…」

ああぁぁぁ…さらに妙な空気になってしまった…。
なんだこの、見合いの席のような空気は…。

「…」

「…」

何か打開できるような話題はないか?ないか?ない…あった!

「そういえば、ネギくんの様子はどうだ?」

「あ…はい、えっとですね。相変わらずかと…ロビーでずっと惚けてましたし」

「ああ、やっぱりか…先生という立場もあるし、それにそういう経験を今までしていなかったから悩んでいるんだろうな…」

俺があの歳でああいう風に告白されたなら…すぐに断っていただろう。
あの頃の俺なら、そんなことよりも、やるべきことがいろいろとあると考えているだろうし。
今の俺でも、それは変わらない。そんなことよりも、やらなければならないことがある。

「士郎さんは…」

「ん?」

「士郎さんはそういう経験がおありですか?」

「え…」

顔を少し赤くしながら、真っ直ぐにそう聞かれて、つい固まってしまった。

「…」

ある。あることはある。でも、これは──




『──やっと気づいた。シロウは、私の■■■■■■■■──』





──言えやしない。誰にも、言っちゃいけない。

「なぜ言わないといけない」

つい、強い口調で言ってしまっていた。

「…そう、ですか…」

そう呟いた刹那の顔を見て、言葉を間違ったと感じた。

「何か変なことを聞いてすいませんでした、では、失礼しました」

すぐさま出て行こうとする刹那の背中に手を伸ばそうとして、手を止めた。
刹那はそのまま出て行ってしまった…。

何を言う必要があるっていうんだ。俺は何も言えやしないのに。気にするな…。

無理やり納得させて、再び寝転がる。
眠気なんてない。何か得体のしれない気持ち悪さだけが胸の中にあった。


──Side Konoka


今日はいろいろ驚かされることがあったなー。
しろうがネギくんの補佐として現れたり、のどかがネギくんに告ったり…。

でも、しろうと一緒に観光できてよかったなー。
せっちゃんも昨日より楽しそうやったし…でも、なんでしろうがいるんやろ?
しかも、ネギくんの補佐として…不思議やなー。

でも、ええか。士郎が帰って来たんやし…修学旅行の間はいてくれるやろうしな。

少し、気分よう歩いてたら、せっちゃんが猛ダッシュしてトイレに入っていった。
…気分でも悪うなったんかな。大丈夫やろか?

そう思ってトイレに向かうと、個室の方からすすり泣くような声が聞こえてきた。

「せっちゃん?どうしたん?」

ノックして聞いてみると、すすり泣くような声はすぐ止んで、せっちゃんの上ずった声が返ってきた。

「ここここ、このちゃん!?」

「そうやよー」

「ちょ、ちょっと待っててな!」

少しだけ待ってると少し目の赤いせっちゃんが出てきた。
あんまりウチに見られるんが嫌なんかすぐに手で目を隠したけど…何かあったんはよう分かった。

「何があったんか話してくれへん?」

せっちゃんにこんな顔をさせるんは一人しかいいへんけど…。

「…それは、言えへん…」

「せっちゃん?」

「…っ」

せっちゃんは苦しそうな顔をして、ウチの横を走り抜けてった。

「…せっちゃん」

せっちゃんのあんな顔を見たウチは文句ひとつ言わんと気がすまへんようになってた。
だから、しろうの居るはずの部屋に向かって走った。

階段を上って曲がるとちょうどしろうが部屋から出てきたところやった。
気付いたら周りのことなんて気にせず思いっきりどなってた。

「しろう!!!」

どういうことか、納得いくまで話してもらうえ。


──Side Konoka OUT


「しろう!!!」

廊下に出た瞬間、響き渡った怒声。
その声の主が意外過ぎて、目が丸くなった。

…なんで、木乃香ちゃんが?

明らかに怒っている。あの表情は憎悪にも近い。
人があれだけ怒るとなると、とても親しい人物の身に何かあった時くらいだ。
そして、俺に対して怒っている…俺が何かした人物は一人だけ。
そこから分かることは…刹那と会ったということ。

「廊下で話すことでもないだろうし、部屋に入ってくれないか?」

胸ぐらをつかむ勢いの木乃香ちゃんを手で制し、部屋に入るよう促す。
睨みがきつくなりはしたものの、素直に従ってくれた。

「…」

「…」

さっきの沈黙の数倍重い空気が部屋に流れ始めた。
俺からは何も言えないので、黙って木乃香ちゃんの出方を窺う。

数分程度、沈黙が流れたところでようやく木乃香ちゃんの口が開いた。

「…しろう」

「なんだ?」

「せっちゃんが泣いてた」

「そうか…」

「何があったかは聞いてへんし、何で泣いてるかなんて分からへんけどね…」

初めてだった。木乃香ちゃんが寂しそうに笑っている姿を見たのは…。

無力さ、歯がゆさ、いろんなものが混じって自嘲しているそんな顔。
俺が何も考えずに言ってしまったから、そんな顔をさせてしまった…。

「木乃香ちゃん…君がそんな顔をする必要はない」

「…」

「俺が何も考えずに刹那を突っぱねたんだ。あることを問われて、なぜ言わないといけないってね」

刹那のあの質問は変な誤解を招きかねないのであえて伏せて話した。

「…何を聞かれたん?」

「それは…」

聞かれるとは思っていたが、どう誤魔化せばいいか考えていなかった。
むしろ、誤魔化せば怪しまれるんじゃないか?…失敗したな。

「んー…言いにくいことみたいやし、言わんでええよ」

「…すまない」

変な誤解を招くのだけは避けたかった。
誰にも迷惑をかけたくなかったから…。

「た・だ・し、せっちゃんにはちゃんと謝ってな?」

ぐっと身をこちらに乗り出してきた木乃香ちゃんに命令された。
目には怒りの色がうっすら残っているのがよくわかったので、無言で2,3回頷いた。
頷いたのを確認してか、木乃香ちゃんはすっと身を引いてそっぽを向いた

「なーんか怒って損した気分やわ」

「いや…俺の為になったよ。ありがとう、木乃香ちゃん」

木乃香ちゃんが怒ってくれなければ、刹那の感情をここまで考えられなかっただろう。
だから、感謝をする。深く頭を下げて。

木乃香ちゃんは俺の言った意味がよく分からず、首をかしげて見せたが、笑ってごまかすことにした。

「…なあ、しろう」

「どうかした?」

「いい加減、ウチのことちゃん付けで呼ぶんやめへん?」

「え…」

予想外の要求に言葉が詰まる。

「ウチだけやん?そう呼ぶん。せっちゃんは呼び捨てで呼んでるんやし」

「確かにそうだけどな…」

…気付かれるとは思ってなかった。というのが本音だ。
実際、わざとだ。他は呼び捨てにしていながら、木乃香ちゃんだけ呼び捨てにできないのは──



『先輩!』



──木乃香ちゃんに■を重ねて見てしまいたくなかった。
違うのは分かってる。でも、似ているのだ。容姿も行動も芯の強さも…全てが……。

「別にええし、呼んでくれへん?」

名前を呼び捨てにする行為だけで重ねてしまうわけじゃない。
別に呼んでも構わないのかもしれない。でも、その行為で俺は重ねてしまうかもしれない。
一瞬、重なったりするのは、仕方のないことだとしても、ずっと重ねてしまうかもしれない。

…それだけはしたくなかった。誰にも。

「ごめんな」

俺の弱さだ。たったこれだけのことすらできないなんて。
木乃香ちゃんの頭をなでて、部屋から出て行く──

「そうやってごまかされへんええええええ!!」

「ぬおっ!」

──つもりが、思いっきり背中にタックルをかまされた。
勢いのまま、廊下に倒れこむ。

「え?」

「はい?」

「あ…」

ネギくんと神楽坂と………刹那。ものすごい悪いタイミングじゃないかああぁぁぁ。
いや、客観的に見ても、大丈夫だと思いたい。

だって、背中にくっつかれてるだけだし。

「こ、こ、こ…」

おう、唐突に神楽坂が鶏のまねをしだしたと思いたい。
顔が赤くなって体がプルプル震えてるのは、怒ってないと思いたい。
もし怒っていると仮定すると、このままでは顔面を踏まれるか蹴られるかしかない。
木乃香ちゃんを振り払えれば、逃げることは可能だが、振り払えそうにない。

ここは怒ってないことを期待するしか──

「木乃香に何してんのよこの変態いいいいいいいいい!!!」

──期待しても無駄だったか。

網膜が傷つくことだけ避ければいいか、と諦めつつ目を閉じた。
口も閉じてるし、歯が折れることはないだろう、と衝撃が来るのを待つ。

ただ、待てども待てどもなにも起こらないのでパッと目をあけると──

──刹那が俺をかばってくれていた。

「刹那…」

「士郎さんはそういう人じゃありませんから…そうですよ……ね……」

こちらを向いた刹那の顔が赤く染まるのは仕方のないことだ。

ああ、こういうのを不幸中の幸いというんだろうか。
いや、むしろ不幸のどん底のような気がする。

でも、仕方ないじゃないか。
目を開けたら、何か立ってるんだ。
何だと思って見上げるわけだ。
そしたら、見えるわけだ。
パンツが。

「士郎さん」

「はい?」

「何かいい残すことは?」

「ごめんなさい」

「では、斬る」

「ちょ、まって!」

必死で制し、周りの助けもあって斬られることはなかった。
けど、そのあと、室内にてお小言一時間ほどいただきました。

なにか大切なことを忘れているような…あ。

「刹那」

「何ですか?」

まだ怒っていらっしゃる…けど、言わないとな。

「さっきは悪かったな。言葉を選ばなくて」

「あ…はい」

俺の言ってることが分かったのか、打って変わって大人しくなった。
……はぁ。

「いつかさ…話せるときがきたら話すよ」

捨てられた子猫のような顔をされてはな…つい、できない約束をしてしまった。
もしかしたら、俺自身、話せるときが来るのを期待しているのかもしれないが。

「はい!」

その返事と表情は年相応の少女らしく、可愛らしかった。

その後聞いた話では、朝倉というクラスの一のパパラッチにネギくんが魔法使いであることがバレたらしく、てんやわんやしていたが、和解したらしい。

…今日の夜は何かひと波乱ありそうな気がする。






───あとがき───

日常というか、シリアスというか、何とも言えない43話。
士郎の背負っているものを少しだけ放出、士郎が木乃香ちゃんと呼ぶのに違和感を覚えていたのは私だけではないはず。

さて、次は俗に言うギャグパートですが…ぶち壊し要員一名がどんだけ暴れるのやら…。

感想の返信が滞って申し訳ないです。
これから手直しをしていく予定なので、夜には返信します

2010/04/29 誤字修正…何回やれば気が済むんだオレ




[6033] 立派な正義に至る道44
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/04/30 18:00





ネギくんのクラスの真骨頂というべきなんだろう。
防音設備が整ってる宿ではないとはいえ…凄まじい騒がしさだ。
就寝時間前とはいえ、ここまで騒がしくできる修学旅行生を見たことはない。
ここまでくると一種の騒音と捉えられるだろう。

昨日は襲撃があったおかげで…という言い方をするのもおかしな話だけど…静かだったのか。

修学旅行に同伴としてきている学園広域生活指導員の新田先生が収めてくれたからよかったものの…。

「ネギくん…いつもあんな感じなのか」

「あは、あははは…」

ネギくんの苦笑いを見て、呆れた笑いが出てしまった。
他の先生方が申し訳ないと言っていた理由がよーく理解できた。
しかし、まあこのクラスは曲者が多いから、しっかりとまとめ上げるのは難しいのだろう。

「苦労しているんだな」

「いえ、楽しいですから」

嘘偽りのない笑顔を見せるネギくんに少し感心した。

ネギくんが子供っていう点もあるのだろうけど、それよりも教師としての熱意が大きいのだろう。
刹那や木乃香ちゃんがネギくんに打ち解けているのもよく分かる。
このまままっとうに教師を続ければ、いい先生になるだろう。けど…。

彼は別の使命を背負っているらしい。
詳しいことは知らないが、彼は父の背を追っているのだとタカミチから聞いた。
この世界の英雄と名高い、ナギ・スプリングフィールドの背中を…。

「?どうかしましたか」

ジッと見つめていたからか、不思議そうにそう尋ねられた。
いっそのこと本人の口から聞いてみるのもありか…そう思い、思いきって聞いてみることにした。

「…ネギくん、君はどうして教師になったんだい?」

「あー…それは…修行の為でした」

「でした?」

「はい。立派な魔法使い(マギステル・マギ)になる修行の一環として日本で先生をすることになったんですが…今は修行としてよりも皆さんのお手伝いとして先生をやっているんです」

…彼はいい道を歩いている。自分で探しながら、正しいと思える道をまっすぐに。
俺も彼のようなら……いまさらだ。考えても仕方がない。

「ネギくんなら、いい先生になれるよ」

「はい、頑張りま──」


「──近衛くんはいるかな?」


ノックとともに聞こえてきたこの声は修学旅行に同伴としてきている学園広域生活指導員の新田先生ではないか。
先ほどの騒ぎのお小言であろうか…と思ったものの、ネギくんが呼ばれていないので、おかしいと思いつつ、出る。

「はい?」

「ちょっとネギ先生には内密にお話が…」

「はぁ…」

どういうことかは分からないまま「ネギくん、少し抜ける」といい、部屋から出る。
鈍く光る眼鏡にこれは非常に拙い事態が発生じゃないのか、と勘繰りつつも話を聞くことにした。

「どうしましたか?」

「あのですね。学園長に無理矢理遣わされた貴方に頼みごとをするのは非常に心苦しいのですが、聞いていただけますか?」

「はぁ」

「実は──」

どうやら、新田先生は騒ぎすぎる3-Aの全員に対し、朝まで班部屋から出るのを禁止したそうだ。
もしそれを破ったら朝までロビーで正座させるよう言ったそうだ。
でも、そう言ったとしても出てくる可能性があるので、見回りをしなければならないと…。
ただ、新田先生は都合により今から帰らなければならなくなり、その役目を俺にお願いしたいということだった。

一応、補佐として組み込まれている以上、手伝うべきだろう。
どうせ、見回りをするつもりだったんだ。引き受けても構わないな。

「わかりました。引き受けさせていただきます」

「本当にありがとうございます。じゃあ、よろしくお願いしますよ、近衛さん」

いそいそと出て行った新田先生を見送り、とりあえず部屋に戻ることにした。
部屋に入ると、ネギくんのほかに周囲の見回りに行っていた刹那と神楽坂が戻ってきていた。
彼女たちは今この宿がどういう状態なのか、知らないはずなので、ちょうどいい。

「刹那に神楽坂…周囲の見回りを終わったのか」

「特に異常なし、でした」

「結界の強化もしておきました」

「僕がこれから入れ替わりで周囲の見回りに行ってきます」

まあ、できる限り彼らの中で行うのがベストだから、あまり干渉すべきではないので、これ以上は何も言わないでおこう。

「…あのだな。ちょっとした事情によって、今3-A全員が朝まで班部屋から出られないのは知ってるか?」

「はい、聞いてます」

「あいつらも馬鹿よねー。新田に目をつけられるなんてさー」

そうだと俺も思う。おかげで俺に白羽の矢が立ったのだから。

「まあ、それでだな。新田先生に急用ができたらしく急いで帰ることになった」

「ええ、そうなんですか?大丈夫なのかな、新田先生」

「でも、それじゃあ、誰が見回りなんかするのよ?このままじゃまた騒ぎだすわよ」

その疑問はもっともだと思う。俺が学生だったら諸手を挙げて喜んでるだろう…と思う。

「俺だ」

「え?」

「俺がすることになった。刹那と神楽坂に関しては見逃すつもりだけどな」

部屋の空気が2,3度下がったような気がした。

俺だって学生の味方でありたいさ。ああ、ありたいとも。
でも、大人の都合っていうのは時として、学生の味方ではいられなくなってしまうのだ。

「クラスの皆さんにとっては新田先生の方がマシでしたね…」

「…私もそう思う…あれだけ強かったし…」

いや、君たちは全く関係ないんだぞ?何を怯えることがある。
むしろ、クラスの皆さんの敵となる俺は明日からどうしろというんだ。

「しかし、あれだな…今さらだけど、異様な空気がこの宿に流れてるな」

ネギくんと二人で話していた時からずっと感じてはいたが、あまり気に留めていなかった。
徐々に強まってるとはいえ、特に害意はなさそうだったからだけど…。

「言われてみれば…そうですね…」

「ええ…もしかして、ヤバいの?」

「そういうことはないさ…殺気とかならもっと濃い気が漂う」

「そういうもんなの?ネギ」

「…僕にはちょっと──」


「──ネギ先生ー!そろそろ寝ましたかー!」


いきなり入ってきた闖入者につい、刹那たちとともに俺も隠れてしまった。

「あっ、しずな先生、今、寝るところです」

「生徒たちの見張りは私たちに任せてくださいな。ネギ先生は10歳ですから、みんなと一緒に寝てくださいね」

「は、はい」

「部屋から出ちゃダメですよー!じゃあ」

足音が去って行った。
……そういうことか。

「さて、じゃあ、俺“が”見回りに行くか」

「じゃあ、僕は周囲の見回りに…」

「でも、ネギ、しずな先生にくぎ刺されたんじゃないの?」

「あう…」

「では、身代わりの紙型をお貸ししま──」

──すっと、部屋から出る。
刹那たちのやり取りを見ていても構わないが、もう臨戦態勢を取っておいた方がいいだろう。
なかなか小賢しい真似ができるやつがいたが…俺はごまかせない。

さて、いきなり潰すのもあれだ。学生の味方でありたい俺が許さないだろう。
だから、すこしは楽しんでもらおうじゃないか。
どういうことをするのかは分からないけどな…。


ただし、俺も楽しませてもらうぞ。
と、その前に、俺が新田先生の代わりって分かりやすいように、背中に紙でも張っておくか。


──Side KAMO


朝倉の姉さんのおかげで、『仮契約カード大量GET大作戦』の下準備はちゃくちゃくと進んでるべ。
宿の四方に魔法陣は描いたし、あとは兄貴とキッスするだけで、自動的にカードが生成される。
これが成功した暁にゃ、百万長者も夢じゃねえ。ついでに、兄貴の戦力も増えて、一石二鳥!

ただ、この作戦に兄貴は確実に賛同してくれそうにねえ。もちろん、明日菜と刹那の姐御たちも…。
だからこそ、『ラブラブキッス大作戦』という兄貴の唇を奪い合うという無茶な作戦を立てたわけだが…。
さすがは、兄貴のクラス乗りがよくあっさり受け入れてくれたぜ。
トトカルチョもやってるし、ガッポガッポになるぜ…へっへっへ。

─ここまでは全てが順調にいっていた。ロビーにいるあの姿を見るまで…

「なぁあああああああああ!!??」

「ど、どったの、カモっち!?」

「あ、あ、あ…」

ただの教員程度ならこの作戦は成功すること間違いなしだったが…。

「あれ?近衛先生じゃん……って、カモっち?」

「だ、旦那だとこの作戦が成功する可能性がガクっと下がっちまう…」

「大丈夫だって、新田の代わりじゃあるま……ええええええええ!?」

朝倉の姉さんも気づいたらしい…背中に『新田先生の代わりに見張ります。近衛』と書いた紙を堂々と張っていた。

おいおいおいおい!旦那は兄貴と姐御を追い詰めた剣士を一瞬であしらったんだぞ!!!
あ、でも…もしかしたら見逃してくれるやもしれねえ!

「ちょっち話をつけてくるぜ!!」

「頼むよ!カモっち!」

猛ダッシュで旦那の元へ向かうと、目を閉じて精神統一しているようで、闘気のようなものが見えやがる…。
これ…旦那…本気じゃねえか?話をつけるなんて無理──

「──カモミールか」

「ひぃ!」

抜き足差し足と引き返してたのに、やっぱバレてたあああああああああ!!
も、もう、こうなったら言うしかねえ!

「旦那、ちょっと内密にお話が…」

「なんだ?」

ふ、雰囲気が違うくねえか?昼間見たときより威圧感が異常にあるべ…。
中身が入れ替わったとか何かにとり憑かれたとかそういうレベルで違うぞ…。

「兄貴の為に大規模な作戦を行おうと思ってるですが…その為に、ちょっとクラスのみんなの力を借りるんで、もし見つけても見逃しちゃくれねえか」

「ほう…主君の為に、尽くすとは従者の鏡だな、カモミール」

お、もしかしたらなんとかなるん──

「──だが、俺は新田先生の代わりだ。見逃せるわけなかろうが」

うん、無理!撤退じゃあ!この作戦を行ってはならねええええ!!!

「で、ですよねー…失礼しま──」

「──待て、カモミール」

…拝啓、ネギの旦那。俺っち、アルベール・カモミールが先立つ不孝をお許しください。
ついでにいえば、こんな無茶な作戦をして金を儲けようとしたこともお許しください。
もう、俺っちは逃げられない。死ぬしか道は──

「別に見逃してやっても構わないぞ?」

「へ?」

──おお、神は見捨てていなかった!助かったか!?

「何でもいいから一撃喰らわせたら、喰らわせた奴は朝まで見逃してやる。そう生徒たちに伝えておけ。わかったか?」

「う、うぃっす…」

「それでは、まだ俺の方が有利だな…それじゃあ、俺は右手一本で立ち向かおう。もちろん、気も魔法も使わん。わかったか?」

「う、うぃっす…」

「ただし、俺に捕まって逃げ出そうとするなら容赦はしない…じゃあ、行け」

「うぃぃっす!!」

もう限界っす!最後の言葉を言う時、ものすごくいい笑顔だったけど、あんなの小動物に向ける笑顔じゃねえ!

そんなことを考えながら、人生で一番早い動きで朝倉の姉さんの元まで戻った。

「モニターで見てたけど…カモっち大丈夫?」

「あ、ああ…」

「どうなった?」

朝倉の姉さんもモニター越しに異様な雰囲気を感じ取ったのか、苦笑いを浮かべている。
息絶え絶えな俺っちはうなだれつつ、説明をすることにした。

「こ、交渉は、失敗、した…でも、制約を、作って、もらったべ…」

「ど、どんな?」

「一撃かませば、喰らわせた奴は朝まで見逃しOK。右手一本勝負。だべ」

「…どうなの、それ?」

気や魔法なしの上、右手一本の勝負ならもしかすると有利のように感じる…けど、あの雰囲気は歴戦の戦士。
そう簡単にいくものか…しかも、捕まって逃げたら何が待ってるのやら…うーむ。

まあ、俺っちに実害はねえし、やっちまうか。

「大丈夫だ、姉さん」

「カモっちがそう言うなら、やっちゃいますか!」

「ああ!」

姉さんがマイクを持ち、俺っちはヘッドセットを装備する。

「みなさん、お待たせしました。修学旅行特別企画!!『くちびる争奪!!修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』~~~~!!!」



──Side KAMO OUT




空気が変わった。何かが始まったのだけは分かる。
さて、動き出しますか…何が目的なのかは分からないが…。

「ほう…」

少し、厄介な気配の動きがあるな。
かなり薄い。これだけ消せるのはなかなかの強者と見た。
まずはそいつらを潰すか。

そうと決まれば、早速そいつらの元へ向かう。

「アイヤー、もう見つかってしまたアルよ」

「んー」

「確か、古と長瀬だな」

どちらもクラスの中で相当強い部類に入るはずな。
ただ、こいつらを抑えれば、もう拙い気配しかないから、なんとかなる。

正直、アイツが出てきていたらヤバかったな…。

「さて、大人しく投降するか、抵抗して捕まるか、逃走して捕まるか、どれがいい?」

「選択肢として間違ってるアル」

「そうでござるな」

「俺としては抵抗して捕まってもらうのが──っと」

長瀬の奴、隙を見て、枕を投げてきやがった。
避けると、今度は古が突っ込んでくる。
何らかの拳法を修めているんだろう、錬度が高いし、なにより滑らかだ。

すかさず、長瀬が援護射撃のように枕を投げてくる。

こりゃ、ちょいと拙いか…。

「なかなか!やる!アル!」

「…」

集中し後退しつつ、右手一本で捌く。捌く。捌く。
一般人としては最強の部類に入るんじゃないか。この古って子は。
長瀬の援護射撃も相当上手いし…普通にきついな。
ただ、負けられん。ちょっとお灸をすえてやらねばならないからな。

わざと、大きな隙を作るか…。

後退していた足が何かに引っかかった動作を行う。

「もらったアル!」

古は騙せたみたいだ。このままカウンターで沈めることが可能だ。
ただし、長瀬の奴は分かってたな。動きが違う。
一気に詰めて俺を取りにきている。

俺が古を取る隙を見逃しそうにないな…なら、こうするまで。

「おお!?」

「な!?」

古を掴んで、長瀬に投げつけた。
そういう行動で出ると考えていなかったのか、長瀬は古を受け止めている。
古も長瀬も戦闘不能というわけでもない。
ただ、二人とも悟ったのか戦意が消えていた。

「もう少しやるか?」

「んー…降参するでござる。今のままじゃどうあがいても無理でござろう」

「まいったアル…今度手合わせ願いたいアルね」

悪ぶれることもなく、笑ってみせる二人に「やれやれ」と息をついた。

「じゃあ、ロビーまで連行するぞ。朝までとは言わんが、このゲームが終わるまで正座しとけ」

「うぃうぃ」

「了解アルよー」

さてさて、これで難敵は去ったな…あとは、どうなるやら。
というか、予想以上に時間とられたからなー。

何が目的か分からない以上、後手後手だ。
もしかすると、もうなにかしらやられてるかもしれないなー。

まあいいか、とりあえず、連行するか。






───あとがき───

ギャグパートです。次の話もきっとギャグパート。
とはいえ、少々戦闘混じりで、描写しにくいしにくい。
まあ、士郎さん、右手一本でどんだけ頑張る気だと思った。

みなさん気になってると思いますが、士郎さんはパンモロを見てます。彼は気にしてませんが。

次もがんばります…



[6033] 立派な正義に至る道45
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/05/22 00:32





古と長瀬の二人をロビーに連行し、正座させる。

「そのまま待機しとけよ?もし、正座を崩したら…」

「く、崩したらどうなるアルか?」

古の怯える姿に口元が歪んだ。
それを見て、さらに古が怯えているのがよく分かった。

「さて、行くか」

「ちょ、言ってくれないと怖いアルよー!」

無視して、気配を探りながら歩き出す。

まあ、別段何かするつもりはない。おいたが過ぎれば…話は別だけど。
何はともあれ、他の輩の動きが騒がしいな…。
争っている?…どういう状況か掴めない以上、とりあえず見に──

「──ひゃあああああああああ~っ」

…宮崎の悲鳴だな。切羽詰まったものじゃないから、安全だとは思うが…。
ん?…む…気配が分かれたか…。
どうするべきか…。一応、宮崎の様子を見に行った方がいいだろう。

悲鳴の聞こえた方へと足を進め、足を止めた。

ネギくん…と俺の部屋ね…。しかも、中から人の気配がするし…。
なんらかの意図があって忍び込んだのだろうけど…逃げろよな。
悲鳴としては相当声を抑えたものだったけど、それでも聞こえるし、その後騒がしかったし、普通に気付くぞ。

「…まあ、見逃してやるか…」

独り言ち、踵を返し、他の気配の元へ向かいながら、思考を整理する。

この遊びの意図が何なのか分からない。
ネギくんを狙っているようではある。ネギくんの部屋の前で争った形跡があった以上…。
しかし、ネギくんに何をするつもりなのか、皆目見当がつかない。
クラスの生徒のほとんどはネギくんを慕っているようだし、ひどいことはしないだろう。

何はともあれ、鎮圧させるに越したことはない。
そう心に決めたと同時に妙な気配がすることに気が付いた。

あまりにも薄い気配。人ならざる者のように生気が感じられないそんな気配。
刹那たちが張ったという結界を抜けて出現したのだろうか?いや、ない。
そもそも、出現した時点で気がつくはずだ。俺も刹那も。
なら、なんなんだこの気配は?──いや、考えるだけ無駄か。

すぐさま、その気配の元へと向かう。
幸い、今のところ誰も近くにいない。よって、接触する可能性はない。
何か危険な存在であって、誰かに危害を加えるようなことがあれば、ネギくんに申し訳が立たな──い?

「………」

「…士郎さん」

オーケー、分かった。そりゃ気が付かないわ。
俺は身代わりでしか使わないもんだから、こんな気配が希薄なもんだとは気が付かなかった。
ああ、くそ。多分、ネギくんが身代わりに立てたもんなんだろうけど、動き過ぎだろう。
ネギくんの部屋で寝とけばいいものを、ああ、焦らされ損だ。賠償請求を申し上げたい。

一瞬で消し飛ばしたい気持ちもあるが、ネギくんの身代わりである以上、大人しくさせて部屋まで誘導するべきだ。
ここは大人の対応──

「──その、お願いがあって、キスをしてm」

──として、首を刎ねた。もし、クラスの生徒が見ていれば、トラウマものだろう。
血は出ていないとはいえ、彼の首は三回転捻りをしながら、素晴らしい放物線を描いているのだから。
しかし、まあ、咄嗟の行動とはいえ、背中に隠していた陽剣を出す羽目になるとはな。

──!…未熟だな。

首のないネギくんが紙に戻る様を見ながら、背中に陽剣を隠す。
さーて、なんだろうか。気配があわただしくなったな。
まるで集まるように気配が動いている。

宿の従業員の方々には諭吉さんによる会話し、他の先生方には会話によってうまく丸めこんだとはいえ、これはひどい。
五月蠅くなりすぎる前に鎮圧するべきだろう。けどその前に、ちょっと会話をしないとならない。
俺が自嘲している一瞬の隙をついて、俺に一撃かましてくれやがりました顔見知りの生徒に振り向く。

「おいおい、朝まで班部屋から出るなって言ってあるだろう?」

無駄だとは分かりながらも、自動小銃をこちらに向けている褐色の生徒に、忠告を促す。

「一撃喰らわせれば、見逃す…じゃなかったかな?近衛先生」

…実際は掠っただけなんだけどな…まあ一発は一発だしな。

「…ああ、その通りだ、マナ…だったな?」

こうやって面と向かって会うのは、あの戦争以来だ。
何度かアイツから名前が変わっただの、綺麗になっただの、聞いていたものの…不思議なものだな。

「今は龍宮だったか?見違えたな」

本当に中学生か?と疑いたくなるくらい、変貌していた。
というか、大学生でもおかしくないだろ…気にしたら負けだな。

「これでも、いろいろと苦労をしたからな」

持っていた銃を仕舞いながら遠い目をしている。
ああ、途轍もない苦労をしたんだろうとは思いつつも、そんな話がしたいわけじゃなさそうなので頭を切り替える。

「さてと、そんな話がしたかったわけじゃないだろ?」

「ああ。…単刀直入に聞こう。コウキはどうしている?」

…答えるべきか否か悩む。
本人からも周りからも口止めされているわけではない。
ただ、言わない方がいいくらい俺にだってわかる。

「…手紙も電話もなくなって、1年経った。今までこんなことはなかった」

「…回りくどく言うのは好きじゃあないから、率直に言おう」

ある程度の察しはついていたんだろう。纏っている雰囲気がかなり殺伐としている。
連絡がないということは、連絡を取ることができない状況に追い込まれたことを意味している。
それを理解しながらも、少しの希望にすがろうとしている──俺はそんなことをさせたくなかった。

「何かに襲われ、消えたらしい──っと、少し落ち着け」

マナの腕を押さえる。すでに銃が握られている点を見る限り、想像以上に強くなったことがよく分かった。
だったら、なおさら言うべきじゃあなかったのかもしれないな。

「死んだと決まったわけじゃない」

「なら、なぜ黙っていた!」

「…捜す、だろ?」

最初、その話を聞いた時は耳を疑ったものだ。
罪と罰でつながれた関係だったとはいえ──信頼にたる相手だった。

それに、一瞬の出来事だった、と聞いた。
アイツの強さは知っているし、そう簡単にやられるわけがない──にも関わらずだ。
最低でも、アイツ以上の強さを持っている人間が探さなければならないだろう。

「当たり前だ!」

「だよな…だけど、まだ追うのは止めておけ」

「なぜ──」





「せめて、俺に勝ってからにしろ」

「!──かっ─はっ…」

片手でマナの両腕を後ろにひねりあげ、マナの首筋に背中から出した陽剣を当てる。
何の容赦もなく行ったので、どこか痛めているかもしれないが、気にしない。

「この程度の速度にすら対応できない。それじゃあ、何もしない方がアイツの為だ」

マナの方が身長が高いため、横目で見降ろされる。少し凹む。
目は口ほどものを言うとはよく言ったものだ…女の子にここまで凄まれたのは久方ぶりだ。
…と、いい加減にしとかないとな。まだゲームの最中だ。そろそろ終わらせるか。

「無駄に命を使うな…それと、できるだけ早く部屋に帰って寝ろよ」

マナを解放し、陽剣を仕舞う。睨まれても気にしない。
襲われるのを警戒しつつ、気配がある場所へと向かう。

「さて、そろそろお仕置きの時間だ」

………
……


結論を言えば、ほとんどが自滅していた。ネギくんが間違って放った式神たちによって…。
引きずって運ぶわけにもいかないので、双子を担ぎ、残りの二人は抱え込み、ロビーまで運ぶことにした。

なんというか、呆気ない終わり方だな。
何を狙っているか、結局よく分からずじまいだったし…。
こいつらを運んだら、元凶を押さえることにするか。

「…ん?」

ロビーが見えてくると、宮崎と…誰かは分からないが、その友人であろう女生徒がいるのが分かった。
ネギくんが戻ってきているようだし、宮崎とネギくんは少々込み入った事情があるしな…誰も関わらないようにした方がいいだろう。

そう考えて、宮崎たちにばれないような位置から、古と長瀬にこっちにくるよう合図を送る。
俺がいることに気づいていた二人は合図を見て、そそくさとこちらに寄ってきた。

「何アル?」

「?」

「二人とも、こいつらを連れて部屋に戻れ」

双子を古に、残りの二人を長瀬に渡す。

「もういいアルか?」

「ああ、二人とも充分罰を受けただろうし、こいつらは…気絶してるしな」

もろ手を挙げて喜んでいる古を横目に、長瀬はえらく冷静だった。

「…妙に甘いでござるな」

「そう、だな。それとも、厳しい方がいいのか?」

何らかの意図があると踏んだのだろうと、長瀬が勘ぐっているのが分かったので、敢えて茶化すことにした。
別に隠すようなものでもないが、他人の個人的な事情にあまり首を突っ込ませるのも良くないだろうしな。

「楓!いらないことは言わないでくれアル!もう正座するのは嫌アルよ!」

「…それは拙者も勘弁でござるな」

「じゃあ、さっさと部屋に戻れ」

「あいあい」

「分かったアルー!」

さすがというべきか、颯爽と二人は部屋に戻る階段を上って行った。

さてと、俺も個人の事情に首を突っ込むほど無粋じゃないしな…。

踵を返し、元凶を締め上げるべく、元凶の部屋へと向かう。
気付かれぬよう、監視カメラを避けつつ、着実と足を進める。

「姉さん!!本物の兄貴だぜ!」

部屋の前に着いたが、どうやら気付かれていないらしい。
ネギくんも戻って来たらしいので、そろそろこの遊びは終わりにしないとな。

すっと開け放つ。

「…」

「…」

「…」

風呂敷を背負ったカモと何かの紙が入ったビニール袋を背負っている女生徒が固まっている。
この女生徒が変装していたヤツなんだろう。と、冷静に観察していると、女生徒の背負っているビニール袋の中身が分かってしまった。

「ほう、その大量の食券と書かれた紙はなんだ?」

「…え、えっと…その…ですね…」

大方、何かの賭けの対象にでもしていたのだろう。
…少々厳しめに灸をすえてならないかもな。

そう思いながら、ふとその部屋に設置されているテレビに目をやった。
宮崎とネギくんが笑いあっている…どうやら仲直りができたのだろう。
よかったな、と思ってみていると、故意的に宮崎の友人が宮崎をこかし、ネギくんと口が重なったように見えた。

その瞬間、カモの手が光り、カードが出現した。

「…」

「だ、だんな。こ、これには深いわけが──」

「──女生徒、戻っていいぞ」


あれは仮契約カード。あれに映っているのは宮崎。彼女は一般人だ。


「へ?」

「早く部屋に戻れ」

「はい…」

できる限り、笑顔で言うと、女生徒はひきつった笑顔を見せて、そそくさと出て行った。

「さて、カモミール。魔法の秘匿に関しては知ってるよな?」

「は、はひ…」

「そりゃ知ってるよな。まあ、すでに神楽坂が巻き込まれてるのは仕方ないけどな」

彼女が魔法関係者であることは、ナギ・スプリングフィールドについて調べ上げた結果によって分かった。
そして、その事実が誰にも秘密であることもまた。

「だが、なぜ宮崎を…いや、なぜ一般人の生徒を巻き込んだんだ?」

今はそれだけを聞きたかった。

「そ、それは、兄貴の力になりた──」

「──両者の了承も得ずにか?」

「あ、あ…」

脅しをかけるように殺気を込めた魔力を解放する。



「士郎さん!!!」

「…ネギくんか」

ああ、ネギくんの存在をすっかり忘れていた。うかつだった…。

「カモくんが何かしましたか?」

…ネギくんの目を見て、何も言う気をなくした。
彼は純粋にカモベールを信じているのがよく分かった。
子供だからこそなのだろうか…いや、そうじゃないな。彼だからこそだろう。

「…いや、少々五月蠅くしていたので、灸をすえていただけだ」

「そ、そうなんですか?魔力を感じたものですから…」

「ああ、威嚇していた。気を遣わせたみたいだな。すまない」

無理矢理、得意じゃない嘘をつく。

「いえ、いいんです。…カモくん、あまり五月蠅くしちゃだめだよ?」

「ハ、ハイ。スイマセン」

ネギくんは俺の嘘すら信じ、カモを叱っていた。
その姿を見て…俺は居た堪れなくなった。

「俺は見回りの続きをしてくる。ネギくんはもう寝てくれ」

「あ、はい。わか──」


──すっと戸を閉じ、歩き出す。

できれば、一般人を巻き込みたくはなかった。
そんな悔いと、ネギくんの無垢な心が重たくのしかかったまま…。

「士郎さん…」

その所為だろうか、刹那が前にいたことすら気づいていなかった。

「刹那…か」

「…少し話しませんか?」

「ああ、そうだな」

何も考えずにそう返事していた。
もう就寝時間なのに…な。





───あとがき───

ギャグパートとか言いながら、半分以上シリアスムードというやっちまった感が漂う話になってしまった。
申し訳ない。本当なら、もっと他の生徒と絡めたかった。ただ、真名と士郎が絡んじまった。
そこから一気に、シリアスの流れに…ほんと申し訳ない。

そして、本当だったら週1くらいで更新できる予定だったのに…なんやかんやで更新がここまでずれました(泣。
今後はできる限り週1で頑張ります。

みなさま、感想いつもありがとうございます。
感想、指摘、意見がございましたら、書いてやってください。







[6033] 立派な正義に至る道46
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/05/28 00:54




既に午前0時を回った。
こんな時間に使えるような部屋など存在しないので、ロビーで話すことになった。
二人並んでソファーにもたれかかる。そして、思った。

ああ、本当に──後悔は先にたたない。

そう強く感じている。
俺がカモベールの策略を止めなかったから、宮崎を巻き込んでしまったことからも。
誰かと話す気分なんかじゃあないにも関わらず、つい刹那の誘いに応じてしまったことからも。
それと──刹那に心配させてしまったことからも…。


「…何があったんですか?」


真っ直ぐこちらを見つめてくる。

これは──適当なことを言って誤魔化すなんて出来ないな。後が怖い。肉体的に。
答えるなら正確に伝えなければならないだろう。
答えないならどうするべきか。
刹那なら、話す気にならないと言えば、退いてくれるかもしれない。ただ、これはこれで後が怖い。精神的に。
遠回しに断れば少しはマシだろう…と思いたい。


さあ、どうするか。まあ、ほとんど答えは決まっているけども。
俺が答えなくとも、どうせ耳に入る話だろうしな…話すことにするか。


「さっきまで、ちょっとした騒動があったのを知っているか?」

「あ、はい。その場にはいなかったので、具体的には知りませんけどね。では、もしかして?」

「ああ、そのことで少々というか、大分頭を悩まされたんだよ。予想外なことが起こったというか、予想しておきながら見逃したというかでな…」


具体的には知らないという刹那に、事の顛末を少々ぼかしながら話す。マナとの邂逅とか神楽坂の出生とか。
刹那は話し始めた時には「ああ」とか「それで?」とか相槌を打っていたのだが、話し終える頃には、俯いて黙り込んでしまっていた。

表情が暗いわけでもないし、変に気負っていることはなさそうだけど…大丈夫か?

そんな心配は杞憂だったらしく、すぐに顔をあげてくれていた。


「…いろいろと聞いていいですか?…答えたくないことがあれば、答えなくても構いませんから」


さっきと変らない、真っ直ぐな瞳。



──ああ、くそ。被る。アイツにひどく…。



何を聞く気なのかは分からないが、多分逃げられなくなる。あの目は、そういう目だ。
あれは覚悟を決めたやつだけができる。それなら、こちらも相応の覚悟で応えなければならない。

そうだろ…。


「ああ」


自然とそう答えていた。

なにを聞かれても。ああ、過去のことを聞かれても、答える。そういう覚悟ができたのかもしれない。
あるいは、負い目からか。今日の昼の件“も”ある。
どちらにしろ、答えてしまった以上、全てを返そう。


「では…士郎さん、カモさんを許“せ”ますか?」


刹那の質問の意図がよく分からなかった。だけど、すぐに至る。


「…許“せ”はしないだろうな。すでに許してはいるけどな」


カモベールのやったことは、仕方のないことだ。ああ、過ぎたことはどうしようもない。それに、ネギくんの手前もある。だから、許す。
だけど、許せないことではある。一般人を巻き込むなんて、馬鹿げている。元の世界とは違うのは分かっていても、やったらだめだ。
なぜなら、世界観が変わる。常識がなくなる。日常が壊れる。魔とはそういうものだ。それに魅入られれば、より一層。

俺にとっては、そういうものだ。だから、俺が巻き込んだ人々は全て──スベテ、コ■シタ。

ああ、くそ、思考に雑音が混じる。


「…だから、士郎さんは苦しんでいるんですよね?」「したいでもできない。そんなものに板挟みだから」


似たようなことを言われたことがあるよ、う、な…?


『全く…あなたは自分に厳しい…いい加減、自分を許してあげてください。あなたは悪くない。悪いのは』


そう、ホホエンデイタ、チ■■レ■ナ■■■──


「──違う」

「え…」

「俺は苦しくなんてない!!!!」


怒号。噴火するような、叫び。俯いたまま、否定した。

アイツに比べれば、苦しくなんてなかった。いや、この程度で苦しむことすら侮辱に思えていた。
アイツはもっとすごかった。誰よりも苦しんでいた。なのに、耐えていた。
だから、俺はアイツの横に立てるくらい、いや、俺は──


「──士郎さん!」


なにかいい匂いがする。優しく、何かに包まれたような…。

一気に心が落ち着いてくる。冷静に、ひどく冷静になれた。

あれ…頭に冷たいものが落ちてきた。雨?…いや、そんなものじゃあ──


「私が許しますから。だから…だからっ…」


──ああ、刹那。お前の涙か。そうか、俺は今、刹那に……………………………?

刹那に、なに、されて、るのか?


「どうかしたんですか!士郎、さ...ん?」

「なにがあったんです...か?」


あれだけ、大声出したもんなー。ハハハ。もうね。今の彼らの心境がすごく分かるんだ。
俺の今の状況→泣いている刹那に頭を抱えられている。まあ、胸も当たってるわけだ。
刹那の今の状況→俺の頭を抱えながら泣いている。まあ、今は固まってるだろうけどな。
そして、ネギくんと神楽坂の状況→そんな二人を発見してしまった。


「お、お邪魔しました」

「ご、ごめんなさい」


そうなる。俺だって、そんなものを見つけたらそうなるとも。
だけど、誤解を解かせてくれ。そして、刹那もいい加減、硬直状態から直ってくれ。

そんな、願いを知らず、彼らはすでに俺たちに背を向けてゆっくりと帰ろうとしていたので、頭を抱えられたまま叫ぶ。


「神楽坂。落ち着いて聞いてほしい!とりあえず、俺たちに背を向けるのは止めてくれ!!」

「お、お似合いだと思いますよ?刹那さんと近衛さんって」

「いや、待て。ちょっと弁明させて。ねえ、頼むから、ねえ!!」

「お、お、お幸せにー!!」


逃げられた。しかも、誤解させたまま…ああ、もういい。
とりあえず、この状況をどうにかしよう。これ以上、変な出歯亀に見つからない為にもな…。


「刹那、おい、刹那!」

「…」

「刹那ー!…せ・つ・なー!!」

「は、はい!」


ようやく我に返ってくれたようだ…。こちらからは全く確認ができないが、あたふたしているのが頭越しに分かる。


「もう大丈夫だ。だから、離れてくれ」

「あ、すいません!」


…やっと解放されたか。しかし、なんだ。非常に恥ずかしい。
考えてみたら、だ。40手前のおっさんが、泣いている中学生に、慰められている。


…………

……お、おお。



おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!



悶える。心の中で悶え続ける。それでも、表情はいたって平静を保ちながら、話を切り出す。


「すまなかったな」


慰めさせて、見つかって、弁明できなくてという、三重の意味で。


「い、いえ…こちらこそ、いきなり……す、すいません」

「いや、構わないさ。助かった」

「あ、あう…」


赤くなってる刹那を見ながら、心の悶えはいまだ続く。むしろ増す。
なんで赤くなってるのさー。さー。さー…。
と、心の中ではエコーがかかるほど叫び声をあげているわけで…。
このままでは、心の悶えに屈して、本当に悶えてしまいそうだ。

もう逃げよう。そう決めた。


「さて、明日も早いし、もう就寝時間はとっくに過ぎている。寝るか。疲れてることだしな。それがいい、そうしよう」

「そ、そうですね。ネギ先生が明日の自由行動の時に、親書を渡しに行くと言っていましたしね」


多分、刹那もこの空気に耐えられなかったに違いない。俺の無茶なノリに合わせてきた。


「よし、おやすみ!刹那!」

「おやすみなさい!士郎さん!」


走ってというか、跳ぶように駆けて行く刹那を見送って、ロビーのソファーにもたれかかった。

傍から見たら、非常にぎこちないに違いない。二人とも、棒読みのように、話していたからな。
特に刹那はものすごくあたふたしていたしな。いやはや、もう就寝時間でよかった。
誰か生徒が出歩いていたらと思うと非常に拙い現場だったからな。

とりあえず、ネギくんと神楽坂の誤解を解かないとな…刹那に悪い。
刹那もすでに14歳だし、俺となにかあったみたいな噂が起きてしまったら、色恋ができなくなるかもしれない。
あれだけ広い学園だし、もうすでに見つけている可能性だってある。いるとは思いたくないが…。
そうならないように、しなければ…それは、今のところは置いておこう。


問題は、明日…いや、今日、親書を渡しに行くということだ。


本来なら、俺がここまで干渉したらだめだったのに…結局、親書を渡しに行く場面までつき合わされそうな気がする。
それだけは、避けるようにしないとな…。
ちょうどいいタイミングで、新田先生の役を請け負ったわけだし、なんとかなるだろう。
でも、なにをすればいいのか、さっぱりだな。
多分、自由行動の範囲をうろちょろすればいいだろう。
それか、危ない所に行かないようにするかだな。まあ、大丈夫だろう。

とはいえ、天ヶ崎の動きが読めない。

木乃香ちゃんを白昼堂々と狙ってくるかどうか…。

あり得ないことではない。なぜなら、この世界は、非常に認識が緩い。
空を飛んでも、ワイヤーアクションやCGだと言えば、大半の人には通じてしまう。
それなら、使いまくれるというわけじゃあない。あくまで、そういう誤魔化し方が通用するだけだ。
魔に魅入られる人もいる。だから、自重すべきだけど…アイツが自重をするか。
非常に怪しい部分でもある。

それに、天ヶ崎の仲間が何人いるかだ。
俺が見たのは白髪の少年と眼鏡をかけた少女剣士…だけど、奴らだけじゃあないだろう。
チラつく。ヤツの姿。あり得ないと思いたい。
だけど、そうとしか思えない。



──言峰綺礼。俺の忌むべき敵。



アイツがいる。勘じゃなくて、考えてみれば分かることだ。
衛宮士郎と、天ヶ崎と白髪の少年は呼んだ。俺の本来の名前なんて、あいつは知らないはずだ。

その名を知っているのは、俺が名乗って知った詠春さんと元から知っている言峰のみ。
詠春さんから漏れることはないと言いきれないが、可能性がかなり低い。
順当に見ても、言峰だろう。確証はないが、そうとしか思えない。


もし、そうだとすれば。俺は──今度こそ。


固く誓う。こればかりは誰にも譲れない。
詠春さんにも刹那にも、遠坂だろうと、アイツだろうと、譲らない。


「…見回りでもするか」


思考を切り替えるためにも、そう呟いて、外へ向かう。
今日の感じだと、夜襲はあり得ないが…見張っておきたかった。

ここは、すでに、戦場である。そう心にくぎを刺す為に。




──Side Setsuna



うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
え、え、え、え、えらいことしてもうたあああああああああああああああああああ!!!

士郎さん、抱きしめて…あ、あああああああああああああああああああああ!!!!!!!


………
……


みんなが…しかも、このちゃんが寝てる中…枕を抱えたまま、数分悶えてしまった…。

もう、大丈夫…思い出すだけで、顔が赤くなるけど、もう大丈夫。
それにしても、士郎さん、何でいきなりあんな大声を出したんだろう…。
ウチの質問が悪かったんだろうけど…それだけじゃあなかった。

あれは、何かを思い出してる感じだった。あの時、遠い目をしてたし…。

ほんと、どうしてだろう…。苦しんでたのに、否定するし…。
ウチの知らん間になにかあったのだろうか?それとも、会う前に…?

考えてもよく分からない。
だけど、士郎さんの心には誰かがいることだけはよく分かった。

──きっと、その人と何かあったんやろうな…。

なんだろう、こう心が痛い……もう、寝てしまおう。
寝て忘れて、士郎さんとギクシャクしないで話さないと…。

そういえば、今日は見れるのだろうか…士郎さんの夢…。
………おやすみなさい。



──Side Setsuna OUT




────あとがき────


久しぶりに刹那と士郎のガチ対話。のつもりが、結局なんやかんやでうやむやに。
さすがはネギま世界というべきか。もっともっとニヤニヤして書きたかった。
そして、さすが士郎。刹那は悶えてるのに、彼はすでに気分を切り替えてやがる。…面白くない。

全く面白くないから、士郎をいじれるネタは転がってないだろうか。
いっそ、木乃香と刹那に追い詰められて、あうあう言ってる士郎を書くか。
…いや、でも需要がないだろうから、止めておこう。もし、書いてほしい人がいたら「士郎、つぶれろ」と書いてください。一定数たまったら、番外編でも書きます。


そして、最近禁煙始めた所為か、非常に筆が遅い。つーか、重い。前はタバコ吸いながら書いてたしな…。
おかげで少し短めに…申し訳ない。


感想、意見、批判、要望、報告...etcございましたら、感想掲示板へお願いします。





[6033] 立派な正義に至る道46.5─幕間(番外編)─
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/05/31 23:59





いきなり詠春さんから呼び出しがあった。
緊急の用件らしい。が、腑に落ちない。

何もない。何かを探さなければならないほど、平和なのだから。
おかげで、呼び出された意味も理由も分からない。

疑問に思いながらも、詠春さんの執務室に飛び込む。

「どうしたん──です...か?」

緊急というには、詠春さんの雰囲気がほのぼのとしている所為で、拍子抜けした。
というか、なぜ緊急で呼び出したといいたくなる。…お茶を飲んで、和むな、おい。

「ああ、士郎くん。来ましたか」

「…何があったんですか?」

怒りを押さえつけて、笑顔で対応する。
俺の気持ちなんて知らないように、詠春さんは笑顔で封筒を差し出してきた。

「…」

怪訝な気持ちを表面に出しながら、封を切り、中身をみる。

「はぁ!?あの爺、はぁ!?いや、はぁ!?」

今まで一番ぶっ飛んだ文章がそこに書かれていた。


<木乃香か桜咲くん、どっちかと結婚せんと、戸籍消すぞい BY 学園長>


殺意も湧いたが、意味が分からんという疑問も湧いた。
いやいやいやいや、なんでさ!?
なんかやったか?あれか?前に意味分からんことを言いやが…じゃなく、言ってくださったから、思いっきり机に頭をめり込ませたことを恨んでるのか?
それとも、タカミチに頼んで、罵詈雑言をいってもらったことか?

いや、絶対面白がってやってるな…あの爺ならあり得る。

「これ、嘘ですよね?」

「いいえ、マジです」

「え?」

「本気と書いてマジと読む。ってお義父さんが言っていましたから…非常に申し訳ないとは思いますが、選んでください」

目が異様なまでに真剣だ。おいおい、ちょっと待て。
…今の俺に選べと?──無理だ。即答できる。

確かに肉体的に見れば、なんとかなる年齢差かもしれないけどな。
精神年齢は詠春さん…貴方とタメかそれ以上なんだぞ?
ここは、逃げの一手をと──

「──逃がしませんよ」

パチンと詠春さんが指を鳴らした瞬間、強烈な結界が張られた。
この結界…術者が数人いなければ成り立たないほど、強力で堅固だ。

多分、俺が正攻法で攻めれば、壊すことなどできないだろう…。
あの魔女の短剣なら紙のように斬り裂けるはずだ。どうする?
いや、迷ってる暇なんてない。

──投影(トレース)──

「──あ、あれ?」

な、なんでさ?投影できないなんて…どうなってるんだ?

「さて、選んでもらいましょうか…二人とも」

「はい、お父様」

「分かりました、長」

どうやったのか、何が起こったのか、分からないが、彼女たちが現れた。
いや、元からいたのかもしれない。いや、元からいたのか?

白無垢姿の木乃香ちゃんとウェディングドレス姿の刹那、二人ともじりじり近寄ってくる。

「いや、待て。二人とも」

俺の声なんて聞こえてないように、じりじり近寄ってくる。
二人とも、頬は上気し、妙に色っぽ──じゃない!

「士郎…」

「いや、木乃香ちゃん。落ち着こう。大きく息を吸って、落ち着いてほしい」

落ち着く気なんてないように、さらにじりじり寄ってくる。

「士郎さん…」

「刹那も、落ち着こう。むしろ、落ち着いて。落ち着いてください。お願いだから!」

刹那も同じでじりじり寄ってくる。いやいや、どうするよ?どうしようもないよ!

「どっちを選ぶんですか?士郎くん」

お茶を飲みながら、マッタリしながら、そんなことを聞いてきやがった。

「詠春さん、娘が惜しくないのか!」

「なにかB級映画のワンシーンみたいですね。小悪党が叫んでいるように見えますね」

「いや、冷静に分析されてもですね!」



「どちらを選びますか?」



その声が響く。鎮まる空気。まるで、時が止まったような──


「士郎」

「士郎さん」


──気がしただけで、全く止まっていないよ!
これは、どっちか選ばないといけないような気がしてきたぞ。


「ウチを選んでくれるんやんな?」

「いや、だからね──」

「──選んで…くれへんの?」

俺が否定しようとした瞬間、木乃香ちゃんに涙目で上目遣いで訴えかけられた。
いや、ね。なんていいます、か。こう、心にくるものがありますよ?痛み的な意味で。

「いや、そういうわけでも──」

「──……い、いいん…です。私…どうせ…」

また否定しようとした瞬間、今度は刹那がすごく泣くのを堪えて嗚咽しながら受け入れようとしている。
これはこれで、非常にくるものがあるわけですよ。痛み的な意味で。

「いや、待て──」

「──しろう…」

「いや、ちょっと──」

「──しろうさん…」

いやいやいやいやいやいやいやいや、どうなってるのさ?なんで、こんなことになった?
あの爺の所為か?それとも、詠春さんの所為か?それとも、俺の所為か?

どちらにしても、助けて!!誰か、助けて!!!


「──ならば、私を選べ」

「へ?」


目の前には、何故か半裸の憎むべき神父が──


「──さあ、私を選べ。衛宮士郎」









「選ぶかああああああああああああああああああ!!!!!……ん?」

やけに響いた声と視界の暗さに辺りを見渡す。
そして、ようやく現状を把握した。
ここは宿の屋根の上だ。見張りの最中に眠ったのか?──あれは、夢だった、のか?

こんなところで寝るなんてありえない。今日は、いろいろあって疲れていた所為か?
……なにはともあれ、最悪のオチだった。
だが、あのオチがなければ、俺はどちらかを選ばなければならなかっただろう。


──どっちを選んだだろうか?


「多分──────だな」


誰も聞いてなんていない答えを誰にも聞こえないような小声で口に出して納得した。
明日の朝は、二人と面と向かって話せそうにないな。顔見たら、戸惑いそうだ。

なぜ、あの夢を見たのか…考えないように、見張りを再開した。




───あとがき───

…みんながそんなに見たいと思わなかったぜ。というか、士郎つぶれろってすごい暴言だな。おい。


番外編というか、幕間。そして、そういう風に書いた所為で、ものすごい無茶な夢オチ。
期待していた方…なんか、ものすごく申し訳ない。土下座したい気分だ。むしろ、切腹したい。ほんと。
本当だったら、こんな夢オチじゃなくて

士郎の回想シーンで「そういや、こういうことあったな」的な感じで、刹那に訓練か木乃香に料理かで迫られて、選べなくて、両方に泣かれて、あうあう言わされたという話を書く気だった。
結局、その話を聞いてるのは木乃香と刹那なんで、二人があうあう言ってるという話を書く気だった。

でも、まだ時期尚早だったんだ。修学旅行編が終わってれば、書いていただろう。…終わったら、書いてとか言わないよね?
ただ、夢オチなんかじゃ満足できない。もっと書け。って人は『もっかいつぶれろ』って書いてください…。ただ、次書くのは、修学旅行編の後ですな…。





[6033] 立派な正義に至る道47(改訂)
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/06/19 00:33


皆が起床する前に、見張りを切り上げ、部屋に戻ると、ネギくんはすでに起きて今日の支度をしているようだった。

「あ!おはようございます!士郎さん」

「あ、ああ…おはよう、ネギくん」

妙にすっきりした表情だな──ああ、宮崎の件が片付いたからか。
心なしか、修学旅行中で一番輝いて見える。この様子なら、今日は別行動をとる旨を話しても大丈夫だろう

「ネギくん、少し話がある」

「なんですか?──」

新田先生の代わりを務めなければならないということ
担任がいなくなるのにクラス全体を放置するわけにはいかないということ
そして、なにより親書の件を任されたのはネギくんだということを踏まえて、今日は別行動をとることを伝えた。

「──つ、付いてきてくれないんですか…」

予想通りの反応ではあったので、至って冷静に肯定する。
かなり高い確率で襲われるだろうけど、それを撥ね除ける力がなければ、この先、もし戦いに参加することがあれば、厳しいからな。
ネギくんはもちろん、パートナーとして側にいるであろう神楽坂もな…。

俺の返答に項垂れているようだが、甘やかしては彼の為にもならないので、部屋から出ることにする。

「頑張れよ」

「は、はい…」

気のない返事をするネギくんに背を向け、部屋から出た。
朝食までには回復していること願おう。…そういえば、誤解を解くのを忘れていたな。
項垂れているネギくんに言っても仕方ないだろうし、今は放置しておこう。
修学旅行が終わるまでに解いておけば問題はないだろう。

さて、今日は何事もなく終わらない可能性が高い。気を引き締めて行こう。


………
……



ネギくんはどうやら無事に…というか、バレずに出発できたようだ。

さてと、こっちはこっちで移動を──と、その前にいろいろしないとな…。

そこまで親しい関係を築いていないので、特に誰からも誘われることもなかったので、気が楽だ。
ただ、昨日の騒動の謝罪を宿の関係者にして回っていたら、時間を取られ、ネギくんの出発から結構遅れてしまったな。

さーて、どうするか。本来なら、見回りをするルートは決まっていたんだけど、特に見回る必要がなくなってしまった。
新田先生の穴は残った教師で埋めたそうで、講師として参加している俺を使うのはあまり良くないと考えたらしい。

おかげで、俺も自由行動ということになった。
まあ、それはそれでよかった。出来る限り、危険な場所へ行くと決めていたし、俺が回されるかどうか分からなかったからな。

ただ、どう考えても、今は京都が一番危険だ。結局、俺は動けないわけだ。

京都を回る生徒の動向でも見ておくか──いや、あいつらの狙いは生徒じゃあない。
もし、生徒を狙っているなら、襲撃してきたあの夜、生徒たちには何もしていなかった。
ついでに考えれば、ネギくんの親書を狙っているようには到底思えない。
もし、本気で狙っているなら、あんなに正面切って戦うわけがない。もっと、やり方がある。脅迫とかな。

多分、あいつらが狙っているのは、木乃香ちゃんだろう。
けど、木乃香ちゃんそのものが狙いじゃあない。木乃香ちゃんを使って何かをするつもりなのか。重要なのはそこだ。
あの魔力が狙い?それとも、関西呪術協会そのものか?それとも、また別の何かか?
……駄目だ。考えても埒が明かない。

狙いが分からない以上、木乃香ちゃんを守る。それが一番重要なことだろう。
だけど、その仕事は俺のものじゃない。刹那のものだ。
木乃香ちゃんはいずれこの世界に踏み入れる。それを守るのは、俺じゃない。刹那だからな。
この程度、防ぎきらないと、マズい。しかも、相手は手を抜いてくれているのだから。
刹那自身が剣を何に対して、何のために振るうのか、定まっていない以上、戦いに慣れておくべきだろう。

しかしなぁ…。心配だなぁ…。
ほんと、どうしようか。ぶっちゃけてしまえば、俺は何もしなくてもいい。むしろ、しない方がいい。
でもなぁ…。なんだかなぁ…。

一応、駅まで──どこへ行くにしても、起点になるしな、と自分を納得させて──足を延ばす。
ネギくんのフォローに回るべきか。それとも、木乃香ちゃんに連絡を取って、そっちへ向かうか。それとも、本当に何もしないか。
…どれを取るのもよろしくない気がする。
ネギくんのフォローは甘やかすことになるし、木乃香ちゃんを守るのは俺の役目じゃない。何もしないなんて、俺には出来そうもない。


どうするべきかな……──ッ!


まだ、俺は駅に着いていなかった。信号待ち。大きな道路だ。この道路を渡れば駅に着く。


そんな時だった。


横目に入った。すっと券売機に並んだ黒い存在。見慣れない神父姿。異質な空気。

ああ、気味が悪い。白昼堂々と、なぜこんなところにいる。


「言峰──綺礼ッ!!」


俺の怒鳴り声はヤツに聞こえていないはずがない。隣の券売機で切符を買っていたお爺さんが反応したくらいだ。
それでも、ヤツは平然とこちらを気にすることなく、切符を買っていた。

本当なら、道路を飛び越えてしまいたい。だが、人目の多さにそれを断念していた。
俺の気持ちを知ってか、ヤツはこちらを一瞥せずにホームへ入って行った。

駅へ入ってくる電車。それから、少し遅れて信号が変わった。

走る。本気で走る。人目を気にしつつ、人並みに全力で。

響く発車の合図。財布から札を出し、一番高い切符を買う。

改札を抜けると同時に扉が閉じた。動き出す電車。


「間に合わなかったかっ…」


あと一歩のところで逃した。くそッ。クソッ──






「ああ、そのようだな」

「──てめぇ。わざとか」


ホームの椅子に腰を下ろしたヤツの姿を見て、突発的に投影しそうになったが、それは抑える。
本音を言うと、思いっきり殴り飛ばしたかったが、人目がつく以上、問題になる。何もできそうにない…クソッ。


「こちらに向かってくる姿が見えたのでな」

「ふざけるな。何が目的だ。わざわざ姿を見せて、俺を誘い出して、待って、なんだ?何か為になる話でもしてくれるのか?」

「そうだと言ったら、どうなるのかね?」

ああ、糞。コイツと腹の探り合いなんてやったら、負ける。やるべきじゃない。そうそうに降りよう。

「笑えない冗談はやめてくれ。吐き気がする。どうせ碌でもない話だろう」

「ふむ…まあいい。話そうではないか──天ヶ崎千草が何故、ああなったかを」


とんでもない爆弾を落としやがった。


「言峰えええええええええ!!!」


胸ぐらをつかみ、言峰を立たせ、拳を振りかぶる。
それと同時に、怒りを無理矢理押さえつける。
駄目だ。今やったら駄目だ。人目もある。それに、こいつは怒りに身を任せて殴っていい奴なんかじゃあない。

胸ぐらから手を離し、拳を解く。それを見てか、言峰が驚いたように見えた。

「やらないのかね?」

「ああ…」

「ほう──変わったな、衛宮士郎」

今度は分かりやすく驚いて見せてきた。なめているようにしか見えない。
ついでに言えば、コイツに変わったといわれても、嬉しくもなんともない。

「場所を移すぞ。少々人目が多くなってきた」

「まぁ良かろう。元々私は向かうところがあったのだ。そこでも構うまい?」

「ああ、それでいい」

次の電車が来るまで椅子に座る。アイツとの距離をかなり空けて。
鼻で笑われた気がするが、アイツの近くにいるだけで気が立つ。そうなるよりマシだ。

そこから、無言のまま数分が過ぎ、電車がやってきた。
そして、沈黙を保ったまま電車に乗り、降りる。

駅名を確認──太秦。これといって協会側の重要なものがあるような場所じゃあない。強いて上げるならシネマ村がある程度。
だからこそ、ここは人が多いけど…もし、なにかするならアイツにとって不利のはずだ。もちろん、俺にとっても。
シネマ村に行くわけではないだろう。ならなぜ……いや、止めておこう。今、勘ぐってもアイツの目的が分かるわけじゃあない。それに俺は聞かなければならないことがある。

もう少しだけ待っていてくれ、天ヶ崎──お前を必ず救う。

そう心に誓い、アイツの後に付いていく。

「…おい、ここに入る気か?」

「ああ、そうだが?何か問題でもあるのかね?」

予想に反して、シネマ村に入っていくヤツの背を追う。
想像以上に人が多い。これなら、撒く気があれば、俺を撒くことも可能だろう。だが、その中でもヤツは異様だった。
和風の格好や修学旅行の生徒、家族連れが多い中、あんな格好の奴はすぐに目が付く。
それに、ヤツ自身逃げようとするそぶりもなく、堂々と歩いている。おかげで、モーゼのごとく周りから避けられていやがる。

ヤツの連れとして見られたら最悪だな…と思った瞬間、ヤツの足が止まった。

「入るぞ」

そうこちらに向けて言いやがった瞬間、周りから好奇の目を向けられた。
もう、どうしようもない。こうなってしまった以上仕方ない。だけど、殴りたい。頭蓋骨を凹ませるくらい思いっきり。
…心を落ち着けて、ヤツに付いて店に入った。

そしてヤツは、店員の誘導など気にすることなく、二階へ上がり、窓際の席に座り、俺に座るよう促してきた。
その行動の異質さからか、再び好奇の目にさらされるが、もう気にしていられない。

「話してもらうぞ」

「何を焦っている?衛宮士郎。店に来た以上、何かを頼むのが、客としての礼儀ではないのかね?」

いちいち癪に障る。もっともな意見だけど、コイツに言われると、癪に障る。
そんな俺の気持ちを無視し、言峰はお冷を持ってきた店員に何かを頼んでいる。
「当店ではあつかっておりません」とか言われてやがる。何を頼んだか聞こえた。明らかにこの店にありそうもない。馬鹿だ。
そして、仕方なく紅茶を頼んでいた。俺はホットコーヒーを頼む。和風の茶屋なのに、こんなものを頼むのは客としてどうかと思うが、もう気にしない。

「話してもらうぞ」

「何を焦っている?衛宮士郎。頼んだものが来るまで、待っても構うまい?」

…落ち着こう。血管が切れそうになるくらい、怒りが溜まっているが、今は落ち着こう。
まだだ。まだ、手を出してはいけない。落ち着け。ああ、落ち着け俺。

地団太を踏みそうになるのを必死に抑えていると、店員が頼んだ品を持ってきた。
そして、逃げるように店員が去り、言峰は紅茶に口をつけている。

「…」

「せっかく頼んだんだ。飲みたまえ」

「ああ──」

「──さて、話そうか」

「…」

飲ます気ねえな。とは思ったが、気にせず、コーヒーを飲むことにした。

「天ヶ崎千草は、衛宮士郎。貴様を愛している」

その一言で一気に熱いコーヒーが喉に入ってしまった。
叫びそうになるのを必死で抑え、すぐさまお冷を流し込んだ。

「どうかしたかね?衛宮士郎」

「お前が意味の分からないことを言った所為で、こうなってるんだろうが…」

若干涙目になりながら、言峰を睨む。しかし、ヤツは気にすることなく、紅茶を啜っている。

「何でどうして、そういうことを言った」

「事実だからだ。天ヶ崎千草は衛宮士郎を愛し、欲し、そして、解放したいと願っている」

「な…」

「アレ本人の口から衛宮士郎は協会に縛られていると聞いている」

…目的は俺だったのか?ただ、それなら辻褄は合う。
木乃香ちゃんを狙うのは、協会に対する人質として最も価値があるからか。
厄介なことに、親書を渡すネギくんを警戒させないために、最低限の人間しか本山には残っていない。
仕組まれたようにしか思えないほど、最悪のタイミングだったわけか…。

しかし、腑に落ちない。

「俺を狙っているのは分かったが、何故天ヶ崎がああなった?二年前、行方知らずになった時に何かあったとしか思えない。それに、天ヶ崎は“俺が協会に縛られていること”を知らない」

恩がある。返し切れないほど多大な。
戸籍にしろ、この世界にいれるのも、全て詠春さんのおかげだからだ。
その恩を返し切れていない以上、俺は抜ける気などない。縛られているというのは悪い言い方だけど、的は得ている。
ただし、その事実を知っているのは詠春さんとあの爺くらいのものだ。

「さてな、知ったのではないか?行方知らずになった時にでも」

「ああ、それなら分からなくはない。俺の情報が絶対に漏れないとは思っていないからな。だけど、それでも、腑に落ちない。アイツは狂うようなヤツじゃなかった」

一番腑に落ちないのはそこだった。天ヶ崎は狂うほど、弱くない。むしろ、強いとすら思う。
復讐に燃えていた心を押さえつけ、長に復讐心があったと懺悔していた。それからは、誰とでも明るく接し、俺や刹那に符術を教えてくれたりしていた。
そんなヤツがその事実を知っただけで狂うとは思えない。

「ほう──ならば、問おう。何を持って、狂わないと言い切る?」

「アイツは弱くない」

「ふむ。では、弱ければ狂い、強ければ狂わないのか?」

「そうじゃない。強さに狂う奴だっている。心が強くても、狂うしかない奴だっていた。だけど、天ヶ崎には弱さ以外に狂う要素がない」

俺は信じる。アイツの強さを。

だから、言いきっていた。

「なるほどな。それならば、確かにそうだろう。しかし、人間というのは──愛があるから狂うのだ」

予想外の言葉に呆気を取られた。コイツの口から愛なんて言葉が出るなんて思ってもいなかった。

「己が強さに弱さに狂う、それは自己愛だろう。親しい者の為に狂う、それは隣人愛だろう。何かの為に狂う、それは結局は、愛する何かの為に狂っているのだと」

「じゃあ、天ヶ崎は隣人愛によって狂ったって言うのか?」

それこそ、ふざけろと言いたい。だけど、分からない。
だから、俺はアイツを信じるしかない。狂った原因は別にある。操られていると。

「さて、それは本人の口から聞けばよかろう。私はすべてを知っているわけではない」

そう言って、ヤツは紅茶を飲みきった。

「さて、天ヶ崎千草が何故ああなったか、理解できたかね?」

「さあな。ただ、一つだけ分かったことはある」


──投影、開始(トレース・オン)


「言峰、お前が何かしら関わってるってことだ」

瞬間的に投影した“ただの剣”を喉元に突きつける。
誰かの一人でもこの場にいれば、こんな暴挙を起こす気はなかった。

だが、今この店の二階…つまり、俺の居る場所には誰一人として残っていない。
客が雰囲気から帰ったなら分からなくもないが、店員までいないとなると、可笑しすぎる。
外にはシネマ村の来場客がうようよいるにも関わらずだ。

「ふむ──それは、間違いではない。が、正しくもない」

喉元に剣を突き付けられても、コイツは平然としていやがる。
気持ち悪いくらい、変わらない。表情も態度も言動も、全てにおいて一切の変化がない。

「意味の分からないことを言いやがって…」

「すぐに分かるだろう。時に、衛宮士郎、昨日はいい夢が見れたかね?」

「………あの夢はお前の仕業か」

コイツの言った質問の意味を理解するのに時間がかかってしまった。
何はともあれ、殺意が増大した。一瞬、殺意に身を任せ、言峰の喉を貫きたくなった。
だが、まだコイツを消すわけにはいかない。その思いがあったからこそ、殺意を抑えつけた。

「お前に変態趣味があったとはな」

「……なるほどな。私の思っていたような効果は得られなかったようだな──実に面白い」

「何も面白くない上に、どんなものを狙ったらああいう夢になる」

刹那と木乃香ちゃんに迫られ、助けを求めたら、言峰が出てくるなんて…死にたくなった。
だから、考えないようにしていたが…言峰の所為か。よかった、俺は正常だ。

しかし──何を狙った?

「衛宮士郎──それは貴様が再び私の前に現れた時に教えよう」

まるで、俺の心の中の疑問にこたえるかのように、コイツは答えた。

油断していた。俺は間違いなく油断していた。
だから、剣を喉元に付きつけたままにしてしまった。

コイツが自ら首を差し出してくる可能性があったのに。だから、“ただの剣”を投影したのに…あまり意味はなかった。

俺の剣はヤツの喉を深々と貫いていた。


──ああ、やっぱりかよ


やはり、全く手ごたえがない。コイツの異常性が際立ち過ぎていたから、何か別物だろうとは思っていたが…。

「ああ、言い忘れていた。もう少しここで待つといい。面白い見世物が見えるからな」

そう言い残して、溶けるように影へ消えた。

…ひどく厄介なことになってる。

アイツはすでに“この世界の魔法”を使いこなしている可能性がある。
そうなれば、上級魔法まで手を出しているだろう。
しかも、俺に気付かれずに夢を操作するだけの力も手に入れている。

ああ、くそ。面倒なことになる。
アイツとやり合うなら、出し惜しみしていられないだろう。投影魔術がバレない様に使える自信はない。

まあいい…思った以上に収穫はあったんだ。言峰の力量、天ヶ崎の目的とああなった理由…それだけ分かれば十分だ。
あとは、言峰が残していった言葉が気にかかる。

剣を霧散させながら、窓から外を眺める。
目に飛び込んでくるのは、シネマ村の『日本橋』。

何があるっていうんだ?

あまり気に乗らないが、待つことにした。何かが起こるのを…。



────あとがき────

2010/06/04投稿

終盤が超展開すぎた。反省はしている。いやー、切るところをミスったから、無駄に長々と書いてしまった。
なにはともあれ、ようやく修学旅行編は終盤へ…相変わらず牛歩牛歩です。

そして、感想掲示板の士郎に対する罵詈雑言がひでえ。
ついでにいえば、みなさん番外編に満足していないのか。俺に死ねというのか。イジメ反対だぞ、こんちくしょうぅ!
と言いつつも、書くわけで──べ、べつにかきたくないわけないんだからね、という気持ちで書きます。意味が分かりませんが。

とにもかくにも、言峰むずい。口調がむずい。言い回しもむずい。


ご感想、ご意見、ご要望、ご指摘、ご批評...etc、ございましたら、感想掲示板へよろしくお願いします。


※2010/06/08追記 後半部分を大幅修正。

…あとがきが痛すぎるぞ。どうした、俺。勘弁してくれ、俺。

あ、前回とは全く違うってわけじゃないです。ただ、削除したり加筆したりしたってだけで…結局変わらないのかな…。



[6033] 立派な正義に至る道48
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/06/09 18:03






──Side Setsuna


昨日の今日で士郎さんとまともに顔を合わすことができそうにない。
幸い、というべきなのだろうか、士郎さんは別行動をとるらしく、恥をかかずに済みそうだ。

多分、士郎さんを見ただけで顔が赤くなるし…そんな姿はあまり見られたくない…。

「ちょっとどーすんのよ、ネギ!こーんなにカード作っちゃって一体どう責任取るつもりなのよ!?」

「えうっ!?僕ですか!?」

昨日の騒動に関しては士郎さんから聞いていたので今さら驚きはない。
一応、忠告をしておくことにする。

「本屋ちゃんは一般人なんだから厄介事には巻き込めないでしょ?イベントの景品らしいからカードの複製を渡したのは仕方ないけど、マスターカードは使っちゃダメよ?」

「もう仕方のないことですしね。ただ、魔法使いということもバラさない方がいいでしょう。士郎さんも仕方がないとおっしゃってましたし」

士郎さんという言葉に反応してか、カモさんと朝倉さんがブルーになったのは気のせいではないだろう。
なにをやったんですか、士郎さんと思いながら、苦笑いを浮かべた。

「明日菜さんも一般人じゃ──」

「──今さら私にそーゆーこと言うわけ、ネギ?」

そんなやり取りを見て少し微笑ましく思った。
自分に弟がいればああやって接することができたのだろうか──いや、考えないようにしなければ、私はみんなと違うんだ。

「姐さんにもカードの複製を渡しとくぜ!」

いつの間にか回復したカモさんが明日菜さんにカードの複製を渡していた。
どうやら、通信できるだけじゃなく、道具を出すことができるらしい。なるほど。
私が誰かと仮契約することになれば、ああやって持つことになるんだろう………駄目だ駄目だ!そんなことを考えちゃ。
私の役目はこのちゃんを守ること。今日は、特にお守りせねばならないんだ。

「じゃあ、刹那さん。班の皆さんをよろしくお願いします!」

「木乃香のことよろしくね、刹那さん」

そう、頼まれた後、解散となった。
今日ばかりは朝倉さんでも班員と一緒である以上、そこまで首を突っ込んでくることはないだろう。
引っ掻きまわされるわけにはいかない…今日だけは。

なんて、思っていたのに、予想外の人間に狂わされた。

「あれー、明日菜、どこに行くの?今日は班行動だよ、ね?」

早乙女ハルナ…彼女の嗅覚は異常だったらしい。

なんだかんだと理由をつけて断ろうとしているようですけど、多分無理でしょう。
私がどうにかすればいいのでしょうけど、厳しいような気がします…。

結局、ネギ先生を含めて、班行動をとることになってしまった。
運よく、ゲームセンターに入ることができたので、プリクラを撮ったり、ゲームで遊んでいる内に、ネギ先生と明日菜さんが姿をくらませた。
ただ、あの二人だと少し…心配なので、式神を放っておこう。

それにしても──ちらっと、このちゃんを一瞥する

─このちゃんはずいぶん明るくなった。士郎さんがいなくなった時は無理して笑ってることが多かったけど、今はそんなことない。自然と笑ってる。
─明日菜さん…だけじゃないか、クラスのみんなのおかげだろう。本当に頭が上がらない。だから、危険なことには巻き込めない。
─それに、このちゃんには平和な世界で生きてほしいから…。

さて…今は意識を式神に集中させるとしよう。

……


拙いことになった。ネギ先生と明日菜さんが閉じ込められている。
襲われるのも時間のもんだ──ッ、やはり来たか!!ネギ先生、明日菜さん、気をつけて!──

「──っちゃん?せっちゃん?せっちゃん!?」

「わああ!こっ、このちゃん!?」

耳元で名前を呼ばれて、慌てて意識を戻すと、目の前にこのちゃんがいて、すごく焦ってしまった。

「何、ぼーっとしてたん、せっちゃん?」

「き、気にせんといて、このちゃん!」

「?…ほんなら、あそぼー」

「あ、はい…」

断ると怪しまれそうなので、承諾して、いろんなゲームを遊ぶことになった。
クレーンゲームやレースゲーム、シューティングゲーム…いろいろと。
あまり意識を割いていられないので、悪い点数ばかり叩きだしてしまったけど、それはそれでこのちゃんは笑ってくれていたので、満足だ。
そうこうしている内に、早乙女さんたちがゲームを終えたらしく、ネギ先生と明日菜さん、それに宮崎さんを探し始めた。
宮崎さんまで消えたのは誤算だったが、どうやらネギ先生の側にいるようなので、攫われたとかそういう類じゃなくてよかった。

とはいえ…拙い。どうやってごまか──ッ。

わざと、なのだろう。嫌な殺気が押し寄せてくる。
敵…少なくとも天ヶ崎さんではない。ここまで、気色の悪い殺気を出すような人じゃない。
誰かは分からないが…逃げるに越したことはなさそうだ。

「…このちゃん、ごめん」

「ほぇ?──」

手を引いて、走り始める。早乙女さんたちも気づいたのか、追いかけてきた。
…よくも考えずに走りだしてしまった。どこか、逃げ込める場所はないか?
とりあえず、電車に乗り込めば…安全は確保できるか?いや、それはない。
バスに乗り込む…それが一番いい。

「乗ります!」

ちょうど市バスが停まっていたので乗り込む。早乙女さんたちもどうにか間に合ったらしい。
私を除く全員が息切れ切れなのを見て少し罪悪感を覚えた。

「ちょ、ちょっと桜咲さん?何かあったの?」

「いえ、あのですね。えっと…」

何かいい言い訳がないものか…えっと──

辺りを見渡し、バスの広告が目に入った。

──これだ!

「う、太秦シネマ村に行きたくて…」

うう、我ながら苦しい。どう考えてもおかしいと言える。
すごい疑いの眼差しを向けられているに違いな──あれ?

「それならそうと言ってくれればよかったのにー」

「走ったのもバスの時間に遅れそうだったからですね。納得です」

「そうなん、せっちゃん?」

「え、ええ、そうです。そうですとも」

ああ、助かった。みなさんがとても勘違いしてくれて…でも、罪悪感がぬぐえない。ごめんなさい。

さて、何はともあれ、今は安心だ。相手がバスに乗ってくる気配はない。
ただ、追いかけてきている。降りたら走らなければならないな…。
この早さで撒けないのだ。このちゃんを連れて、撒くことは叶わないだろう。

「──次は太秦シネマ村道──次、停車します──」

ボタンを押す。心をきめよう。こうなったら、シネマ村の中で撒くしかないのだから。

「ほな、降りよ──せっちゃん、また?!」

「ごめん、このちゃん」

「桜咲さん?!待って!!」

「また、マラソンですか…」

人数分支払い、バスから降り、このちゃんの手を引いて走る。
鉄の杭のようなものを投げてくるのを受け止めつつ、走る。
後ろの二人を狙う様子はない…だが、今のところは、といったところか…。

ちらっと後ろを一瞥する。息切れが起きている以上、もう付いてこれないだろう。
でも、もし付いてくるなら、確実に巻き込んでしまう。

…これ以上、巻き込むわけにはいかない。

そう心に決め、シネマ村の入口付近で足を止め、後ろの二人に振り返った。

「ど、どうしたの、桜咲さん?」

肩で息をしている二人に頭を下げる。

「すいません!早乙女さん、綾瀬さん!わ、わたし、こ、このちゃんと二人っきりになりたいんで、ここで別れましょう!!」

「え!?」

「このちゃん、ごめん!」

「ふぇ?」

このちゃんの体を抱きかかえる。
思ったより軽い──じゃない。どう思われても構わないので、思いっきり跳んで、シネマ村の中に入った。

「またCGや」

なんて暢気なことを言ってるこのちゃんを下ろす。
ちょうど人目の付かないところに着地できてよかった。

…まあ、これだけ人がいれば、襲ってはこれまい。
ここで時間を稼ぎ、ネギ先生たちの帰りを待つのがいいだろう。

──ネギ先生!ネギ先生!…やはりダメか。

どれだけ呼びかけても、返ってこない。敵の攻撃で式紙との連絡が切れてしまったようだ。
助けが来るとは考えづらい。式神を通して見たカンジでは、ネギ先生もかなり消耗しているようだった。
あの小太郎とかいう狗族の少年が相当手ごわかったということか…。

しかし、なら、どうしたものか。
士郎さんに連絡をつけられれば一番いいのかもしれない。

でも、連絡先を聞いておくのを忘れていたし…八方ふさがりか。
まあ、これなら、このちゃんも襲われないだろうし、少しは耐えられ──

「──あ、あれ?」

このちゃんの姿がない?どーして?え?
目を離したのは1、2分だし…ええ、でも、どこに行く場所が?
まさか、捕まった?…それは拙い──

「──せっちゃん、せっちゃん~~!」

ああ、よかった。
後ろから、このちゃんの声が聞こえてきて、ほっとした。

「よかった、捜したんで──」

「──じゃーん」

「わあっ!?」

後ろを振り返ると、着物姿でどこかのお姫様のようなこのちゃんが立っていた。

「こ、このちゃん、その格好は?!」

「知らんの?シネマ村って、更衣所で着物貸してくれるんえ?」

すごく綺麗で驚いた。小さいころから知ってる士郎さんも見たらそう思うだろうな。
そして、すごく褒めてるんだろうな。なにか嫌──って、何を考えてるんだ、私は。

「えへへ、どうどう?せっちゃん」

「あ、うん。すごく、綺麗」

「キャー!やったー!」

くるくる回りながら喜んでる姿を見て、すごく和んだ。
やはり、このちゃんは着物が似合うしええなー…ウチが着ても似合わんやろうし…士郎も喜ばんやろうし…はぁ…。

「ホレホレ、せっちゃんも着替えよ!ウチが選んだげる!」

「えっ。いや、このちゃんっ!ウチはあんまりこーゆーのは──」

……


「──なぜ、私は男物の扮装なのですか?」

このちゃんの着付けが異様に早かった原因も分かった。
シネマ村の従業員がこちら側の人間だったってこと。そして、着付けに魔法を用いていたってこと。
なんとなく、そんなことだとは思っていてが…それよりもだ。

「似合とるでせっちゃん」

それは分かるんやけどね。ここまできたら、やっぱり女物の着物を着たかった。
でも、まあ、このちゃんの喜んでる姿を見たら、なにも言えんようになったけど。

「ほな、行こう」

このちゃんに手を引かれて、歩く。
思えば、私はこのちゃんとこうして遊んだことがなかった。だからだろう、すごく楽しい。
途中、他の修学旅行生に写真を撮られたりした。もちろん、カップルに間違えられたけど…でも、楽しかった。
おかげで、すっかり敵のことを忘れていた。

「ホホホ~」

馬車が私たちの目の前に急停車した。
その風貌からして、多分こいつが敵。

「どうも~、神鳴流です~…じゃなかったです」

…こんな奴が神鳴流?…時代が変わったのか?
いや、今はそんなことを考えるよりも、警戒しなければ…。

このちゃんの前に立ち、庇う。

「…そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございます~。そこな剣士はん。今日こそ借金のカタにお姫様をもらいうけに来ましたえ~」

「な…何?な、何のつもりだ、こんな場所で!」

「せっちゃん、これ劇や劇。お芝居や」

このちゃんがボソボソと耳打ちしてきた。そうじゃないんよ、このちゃん。
…ああ、そういえば、シネマ村では客を巻き込んで突然劇が始まったりするんだった。

なるほど、劇に見せかけて、衆人環視の中、堂々とこのちゃんを連れ去ろうというわけか。

「そうはさせんぞ!お嬢様は私が守る!」

「キャー!せっちゃん、格好えー!」

「え、いや、このちゃん」

意図せずに劇に乗じることになってしまった。

「そーおすかーほな仕方ありまへんなー──えーい!」

「む…」

手袋を脱ぎ、私に向かって投げてきた。
昔から存在する決闘の合図。

「木乃香様をかけて決闘を申し込ませていただきます──30分後。場所はシネマ村正門横『日本橋』にて」

…これは、拙いことになったな。
コイツ、本気だ。ふざけているが、殺気がビシビシ伝わってくる。
しかも、この殺気は紛れもなく追いかけてきていた敵のものと同じものだ。

コイツさえ倒せば何とかなるか?しかし…。

「ご迷惑と思いますけど。ウチ…手合わせさせて頂きたいんですー。逃げたらあきまへんえー…刹那センパイ」

ニッと笑った顔は気味の悪いものだった。
薄暗い笑み…人とはああまで歪んで笑えるものなのか…。

「ほな。助けを呼んでもかまいまへんえ~~~」

そう言い残して、去って行った。

──やるしか、ない、か。

そう心に決め、覚悟を決めた。

「ん?」

何かが近づいてきていることに気付き、その方向に目をやると、残してきた二人だけじゃなく、朝倉さんのいる3班までそこにいた。

「わあ!?」

「桜咲さん!どーゆーことよー──」
「今の心境は──」

なにかすごく問い詰められている。
何を言っているのか、分からなかった。
ただ、不穏な感じがするのはなぜ?

「ちょ、ちょっとみなさん、何の話をしてるんですか?!」

「いやいや、うん。お姉さんは応援するよー」

…はい?何を言ってるんですか、朝倉さん。

「私たち、味方だからね、桜咲さん!!」

いや、早乙女さん、ちょっと待って。

「ちょ、ちょっと話が見えませんわよ!!みなさん私を置いてけぼりにして──」

いや、雪広さん。私も置いてけぼりです。

「もー、鈍いないいんちょはー。いいよね、みんな?よーし、決めた!!」

いやいや、誰もいいとは言ってないと思いますよ、早乙女さん!

「二人の恋!私たちが全力で応援するよー!!」

「よっしゃ野郎ども、助太刀だーっ!!」

ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!

おーっ、とかなんで息があってるんですか!!

「ちょ、ちょ!違うんです!待ってみなさんっ!!」

「さぁ~て、敵は何人かな~?任せといてよ、桜咲さん!」

なぜか、張り切っている早乙女さんに必死で弁明する。

「だから、違うんですって!大丈夫ですからやめてください!」

むしろ、手助けされる方が厄介だ。でも、そんなこと言えそうにない。
でも、何を言っても無駄のようで、ノリノリだ。

「もぉー。照れなくてもいいよ、桜咲さん」

いや、朝倉さん。もう、貴女は黙ってください。
照れてるんじゃなくて、真面目に間違ってるんですからね。私は──

「──あやか、私が説明してあげますからこっちに来なさい」

「って、那波さん!?わざわざ教えないでください!!より、混乱しますから──」


………
……


結局、全員を連れて行くことになってしまった。
拙いな…せめて危害が加わらないようにしなければ…。

「刹那さん、刹那さん!」

ネギ先生の声がした気がして、その方向を向くと、小さなネギ先生とそれに乗っかっているカモさんが飛んでいた。
どうやら、私の型紙を使って小さなネギ先生を作り、私の気を辿って来たと言っていた。
それと、私の式紙との連絡が途絶えたので、何があったのかと思い来たんだそうだ。

「なにがあったんだ、姐さん!」

「それが──」

「──ふふふふ。ぎょーさん連れてきてくれはって、おおきにー。楽しくなりそうですなー」

時間通り、ヤツは『日本橋』に現れた。自分の得物を持って…。
二刀持ちか…どんな戦い方か見当もつかない…せめて、それさえ分かれば──

「──あ、ありゃあ、月詠とかいう士郎の兄貴が撃退した剣士じゃあねえか」

運が良かった。これなら聞ける。

「カモさん、どんな戦い方か分かりますか?」

「んっとだな。ありゃ、ふざけた掛け声をしてやがったが、小回りのきく太刀筋だったって記憶してるぜ」

「…それが分かれば十分です」

大ぶりはできない。『夕凪』が野太刀である以上、厳しい戦いになりそうだ。

「ほな、始めましょうかー。センパイ…木乃香様も刹那センパイも…ウチのモノにしてみせますえー」

笑っている。何が楽しくて笑っているんだ、コイツは。
嫌な汗が背中を伝う。

「せ、せっちゃん…あの人、なんかこわい」

このちゃんの怯えた声が耳に入ってきた。
ああ、そうか。このちゃんを怯えさせたのか、コイツは。

「き、気をつけて」

大丈夫や、このちゃん。ウチは負けへん。

「安心して、このちゃん──何があってもウチがこのちゃんを守るえ」

覚悟を決め、笑いかけた。
さて、どこからでもかかってこい。私は負けない!




────あとがき────

今回は全て、刹那パート。長々と書いてて、士郎パートを書く気が失せた。
次は士郎です。間違いなく。

もうね。ネギま本編に突っ込みどころが多すぎて、補足するのがきついよ。どうなってんだ、これ。
マジでご都合主義じゃないかー。

1、嵐山から太秦シネマ(映○)村への移動距離…11km以上
マジでマラソンだっつーの。30分は走らないとだめだぞ。信号がない考えて、だ。普通なら1時間かかるわ。多分。

2、着付けの早さ…刹那が目を離した隙に終わるもんじゃねえ
40~50分くらいかかるんじゃないの、確か。

そこらへんのことを補足する為に、バスのこと調べたり、魔法ということにしたり…なんか変な気分だ。
多分、変な気分なのは、あとがきを本編書くよりも先に書いているからだろう。

感想、意見、指摘、批評、その他ございましたら、感想掲示板へ。




[6033] 立派な正義に至る道49
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/06/18 08:43




言峰が居た事による効果がなくなったのか、徐々に人が増えてきた。

あのまま、誰も来なくなったらどうしようかと思ってたから、一安心と言えば一安心だな…。
しかし、もう30分以上座らされているな…本当に何かあるのか?──まさか、罠か?

言峰の言葉を鵜呑みするべきじゃなかったことに今さら気付く。
相当、気が緩んでいたことを自覚し恥じる。それと同時に、思考する。

もし、俺をこの場に縛りつけておくための罠なら、拙い。
下手すれば、今この時において、全てが終わってしまっている可能性も…いや、ないか。
落ち着け。天ヶ崎の狙いが俺なら何らかのアクションがあってもおかしくない。詠春さんからのテレパシーとか。
それに、ネギくんたちもそうそうやられはしないだろう。白髪の少年が出てこない限りは…。
ああ、悩ましい。いっそネギくんと連絡が取れれば、どれだけ楽か。携帯電話を握りつぶした自分が情けない。

もう一つの可能性…本当に何か起こる場合のことも考えて、俺は動けない。
ここで起こることは、言峰にとって、面白い見世物なんだろう。どういうものか見当もつかない。
殺戮、災害、事件…なんでも考えられる。しかも、悪い方に。
このままじゃあ、ジリ貧──ん?

心の中で悶えつつ、外をぼーっと眺めていると、人がごった返してきた。

何かやるのか──って、月詠に刹那と木乃香ちゃん、それにクラスの奴ら?!

何か貸衣装に身をまとっているから、一瞬分からなかった。が、間違いない。
内心、何かが起こって助かったと思ったものの、それと同時に危険を感じた。

おいおいおいおい、アレはマズくないか?

明らかに月詠と刹那が決闘をしようとしている。
クラスの奴らを含めた一般人が煽っているし、今さら止められないだろう。
あいつらが闘うことに関してはいいとして、問題は一般人を巻き込むのは避けられないってこと──って、始まったかっ。

消えた変態神父の分も金を払い、急いで外へ出る。

そして、ずっこけそうになった。

…何かファンシーな式神が生徒を襲っている。というか、何か変態的な行動をとってやがる。
頭が痛い。が、月詠が危害を加える気がないようで助かった。
まあ、本気で危害を加える気なら、あんなに遊んでいないな。

刹那と月詠の闘い…一見均衡しているように見える。
だけど、月詠が本気じゃない。殺気が薄すぎる。

正直、現時点の刹那がどう足掻いても勝てないだろうな。
本山にいる頃に、俺と訓練したことで、対人戦に慣れているが、そういう問題じゃあない。

ほんの少し、振るう剣に迷いがある。

何の為にあろうとするのか、それは自覚しつつあるのだろう。
襲撃のあった日の翌朝、訓練した時より、キレがある。
でも、まだ甘い──まあ、いい経験になるだろう。
技量的には負けはない。月詠との闘いを通して、何かを学ぶことができればいいけどな…。

さて、とりあえず、俺がやるべきことは──傍観だな。

「がんばれー」

一般人に交じって応援する。ただ、刹那の耳に入るとこっちに気付きそうなので、小声でだ。
でも、全力で応援しているぞ、刹那。
…しかしまあ、神鳴流対神鳴流とは、ここまで激しい殺陣になるんだな。

技の応酬、鍔迫り合い、技の応酬…それを見ながら、周りに気を配る。

木乃香ちゃんがネギくんに連れられて、騒動の渦中から出て行ったのは、分かった。
それとほぼ同時に雪広…だったか?…がファンシーな式神に潰された。まあ、大丈夫だろう。
あと、他の連中は適当に戦っている。まあ、お遊びみたいなもんだしな。

さて、ネギくんがこんなところで油を売っているはずないので、アレは実体ではないんだろう。
妙に存在が薄いしな…。しかし、あの行動は拙い。追い詰められたら、何もできないぞ。
木乃香ちゃんは無力だし、実体じゃあなければネギくんの存在も無意味だ。

木乃香ちゃんが狙われているのは、言峰の言葉を信じるならば、俺の責任だ。
奪われるわけにはいかない──仕方ない。追いかけよう。こちらは放置しても大丈夫だろうしな。

──刹那、頑張れよ

小声で、呟くように、応援し、その場を後にする。
そして、バレない様、人目の付かない様、ネギくんたちに付いていく。

どうやら、どこかに隠れるようだけど…なぜ、そこを選んだ。

城。日本人にとって一般的な城。──正直、ひどい悪手だ。ネギくんの頭を疑いたくなる。
確かに、隠れることはできるだろう。ただし、追い込まれれば逃げ場がない。
登れば登るほど…それはより顕著になっていくというのに…。

城の中に入り、気配をたどると、一気に階段を駆け上っているのがよく分かった。
つい、頭を抱え込んでしまう。

焦っているのは分かる。だからこそ、冷静に、落ち着いて行動しなければならない。
子供だから、仕方ない──なんて、俺は絶対に思わない。命のやり取りに子供も大人もないんだから。

「…ふむ」

気配の動きが止まり、気配が増えた。殺気も感じる──どうやら、詰んだようだ。
さて、どう動くか。このまま助けに出てもいい。今回の騒動、元は俺の責任だからな。
だけど、今助けて、ネギくんは学ぶだろうか?いや、ない。
今回、追い詰められたのは自分の責任であると感じない。相手が追い詰めてきたと誤認する。
それに、甘えが生じる。何かに甘さを持つのは構わないが、何かに甘えを持つのは許容できない。

「…傍観、か」

どう動くか、その結論はすぐに出てきた。
今、甘やかせば、彼の成長を著しく妨げることになる。
そんなことをしたくなかった。

それに──

「──こんな歓迎、いらないぞ」

「まあまあ、そないなこといわんといてくれや」

鬼、鬼、鬼……鬼10体に囲まれている。別段、警戒はしていない。
なんというか雰囲気から低級であることは分かるし、簡単に還せそうだし。
だけど、戦えばネギくんの勘づかれそうだ。
かと言って、戦わずに殴られてやる気はない。
……はぁ。

「どないする気や」

背に隠していた夫婦剣を取り出し、構える。

「やってやるよ──本気で」

―――同調、開始(トレース・オン)

本気で動いても、体が壊れないように、補強。

状況把握。

敵の数は10、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)は公共施設である為、使用不可。敵の目がある為、投影不可。
…まあ、大丈夫だ。この程度の相手なら、気にする必要もない制約。

相手から襲ってくる様子はない。なら、こちらから行くか。

瞬動──斬、瞬動──斬、瞬動──斬。

こいつらに死の概念はない。ただ、還るのみ。
だからこそ、思いっきりやった。

「──」

3回、薙いだ。それだけだ──すでに、この場には何もない。
断末魔なんてものはない。ただ、静かだった。何の感傷もない。
こんなものか…。

「──さすが、というべきなのかな?衛宮士郎」

「ずっと見てたのはお前か…」

階段からゆっくりと降りてくる白髪の少年。
相手は丸腰なのに、手を出す気にならない。
それほどまでに、異様で不気味な雰囲気を纏っていやがる。

「赤い髪、琥珀色の瞳、黒と白の双剣…前に見た時も思ったけど、やはり君がそうか」

「…何が言いたい」

「ジャック・ラカンの後継者と名高い、コノエシロウ」

「──ッ!」

咄嗟に横へ跳んだ。その瞬間、俺の体があった場所を岩が貫いた。

コイツ──ッチィ!!休む暇が、ないッッ

連続して、隆起する岩を避け続ける。
予備動作がない上に、無詠唱魔法。

厄介っ、すぎっ、だろっ!

いくら強化してあるとはいえ、あれを喰らえば一溜まりもない!
しかし、このままだと、壁に追い詰められる──なら、打って出る!

「へぇ、さす──」

血反吐を吐こうが、骨が折れていようが、繰り返し、繰り返し、続けた動作。
ジャック・ラカンという存在に褒められた動作の一つ。
予備動作を極限までなくした瞬動術──それを使い、思いっきり殴り飛ばした。

「──っ!!?」

ヤツは壁を突き破って飛んで行った。急いでヤツを追いかける。

「やっぱり意味ないよな…」

城が見渡せる位置までぶっ飛ばしたものの、ヤツを見る限り、一切ダメージはなさそうだ。
障壁を破れたわけじゃないし、当たり前と言えば当たり前だけど、どうするか。
投影するなら打倒しなくてはならない──誤魔化して投影できるほど甘い相手ではないしな。

「なかなかやるね──気が変わったよ」

コイツは本当に厄介だ。だって──

「本気でやる気になったか?」

「君が、本気でやるならね」

──■しかねない。加減ができるほど、弱くない。

「少し見てみたいところもあるけど、それは“まだ”いい」

言峰くらいだと、思っていた。
俺が手を抜くことのできない相手は…だけど、コイツもその一人に加わった。

「君が存在することを認めよう──衛宮士郎」

瞬動し、切り裂く。
水のように少年の身体が弾けた。

「君に天ヶ崎千草が救えるかな?」

そんな一言を残して、水に溶けた。
用心して気配を探るが…辺りには何も見当たらない。

くそっ…アイツも言峰と何らかのつながりがある。
しかも、アイツの方が厄介だ。もしかすると──いや、今は城の状況を把握するべき。

すぐに思考を切り替える。

俺とアイツがやり合っている間に状況が変わっているのは間違いないが、どこまで追い詰められたか…。
木乃香ちゃんが捕まっている、それ以外の状況ならなんとかなるが──と城を眺めた時、一瞬で状況が把握できた。

拙い状況だ。
ネギくんはすでに消されているのか、いない。
木乃香ちゃんと天ヶ崎、そして、天ヶ崎の召喚したであろう鬼が屋根にいる。
木乃香ちゃんはすでに取り囲まれている。


──投影、開始ッ(トレース・オン)


馴染みの弓を左手に、矢を右手に、作り出す。
本来なら、宝具を投影したいが、木乃香ちゃんを巻き込む可能性がある為、却下。

弓を引き絞り、放つ。放つ。放つ。放つ。放つ。

「──!」

天ヶ崎の顔に驚きが生まれたのがよく分かった。
いきなり、召還させられているからだろう。
まあいい。これで、少しは持つ──わけないか。

こちらに警戒しながら、天ヶ崎の手が木乃香ちゃんに伸びる。
俺の手も矢に伸びて、止まった。

俺には──彼女を射抜けない。


どうするべき───ッ!!?


木乃香ちゃんが天ヶ崎の手を払った。



その瞬間、木乃香ちゃんの体勢が崩れ、落ちた。



「──ッ」



咄嗟に射ていた。
数㎝でもズレれば、■してしまう。そんなこと頭にはなかった。
木乃香ちゃんにばれないように助ける。それだけを考えていた。

だから、予想できていなかった。



「──っ!?」



月詠と戦っていたはずの刹那が飛び出してくることを──



「──刹那ッ!!!」


瞬動術を使えば、簡単に助けることができた。
でも、それをしたくなかった。俺がするべきじゃないと考えたから。

木乃香ちゃんを庇うように、抱きかかえる刹那。
その肩には、俺の矢が──あああああああああああ!

自己嫌悪に襲われる。だけど、振り払う。
まずは、助ける。悔やむのも反省するのもその後だ。

瞬ど──ッ、発光?!

いきなり放たれ強烈な光に足が止まる。

そして、目を疑った。木乃香ちゃんを光が包んでいる──力が発現したみたいだ。


『きっと木乃香は治癒術師としての血を受け継いでいるでしょうね…その方が私としてもうれしいですし』


詠春さんの言っていた言葉をふと思い出した。
元よりその才能を持っていたから、刹那の危機に反応して──いや、そんなことよりも、刹那は!!

「大丈夫か!!」

今度こそ、瞬動を発動させ、地面に降り立った二人に近づく。
周囲の警戒を行い、天ヶ崎の気配がすでにないことを確認した。

「ほえ?あ、士郎やー」

どうやら、木乃香ちゃんは無事のようだ。じっと観察したけど、外傷らしい外傷はない。
俺の行動を不思議に思ったのか、木乃香ちゃんは首をかしげていた。今は気にしない。

それより、刹那は──

「し、士郎さん?!」

──着物を肌蹴て、刹那の肩を凝視する。
よかった、傷はふさがってる。でも痕は残るかもしれない。
そうなれば、俺の責任だ──

「──本当にすまない!!!」

地面に頭をめり込ませながら土下座する。

「ええ!?」

「ほんっっっとうにすまないっっ!!!」

「いや、その、ど、どうしたんですか?!」

「実は─────」

顔上げ、地面に正座したまま、全て説明する。
決闘が始まった時からいたことから刹那を矢で射抜いてしまったことまで…。
刹那は始め、赤面しながら聞いてくれていたけど、次第に真剣な表情に変わっていった。
話し終わる頃にはこちらを射抜くようにじっと睨んでいる刹那がそこにいた。

そりゃ、そうだよな。俺がエゴを貫いたから、危険な目にあわせた。刹那に怪我を負わせたんだ。


「謝っても許してもらおうなんて思ってな──」

「──怒ってませんよ。というか、怒れるわけないじゃないですか」

「だが──」

「──私が邪魔をしなければ、このちゃんは助かっていましたから」

「それは違う!俺が堂々と助けていれば、刹那を傷つけることはなかった!」

「いえ、私が浅はかだったんです!このちゃんを取り囲んでいた鬼が消えたのは士郎さんのおかげだって気付けなかったから!」

「いーや、それでも矢で助けようなんて思う俺がバカなんだ!」

「いえ!士郎さんがいることに気付けなかった私のミスです!」

「そんなわけあるか!気付かないように動いていたんだ、当たり前だ!」

「いえ!気付けない私が悪いんです!」

「なんで、そこで刹那が悪いなんてなるんだ!」

「なるでしょう!ならないほうがおかしいんです!」

「はぁ!?何を言ってるんだ!」

「それはこっちが言いたいです!」


「──なあ、せっちゃん、しろう、結局どっちが悪いん?」


「「それは──」」

口が止まる。そして、固まった。
木乃香ちゃんがこの場にいることをすっかり忘れていた。
一瞬で血が引くのを感じた。刹那の顔は紅潮しているようだけど。

「えっと、こういうんを夫婦喧嘩は犬も食わないって言うんやっけ?」

「ち、ちがっ!?」

「あー、まあ、あながち間違いじゃあないな」

木乃香ちゃんのおかげで、一気に頭が冷えた。

「し、士郎さん!?」

「じきに仲直りするから、他人が仲裁に入るのは愚かなことであるというたとえだし」

冷静に考えれば、刹那が相手だと決着できる話じゃあない。
絶対に折れないだろうし、自分も非があると思ってるしな。
だから、バレないように恩返しをしていこう。女の子に傷を負わせたんだ…それなりの責任は持たなければ。

「あ、そ、そうなんですか?」

「そうなんだ。さて、この話は一旦置いておこう」

どうやら、クラスの連中が妙な動きをしているみたいだ。
朝倉がいる以上、なにかしら厄介なことをしてくれそうだ。

「え?」

「刹那、木乃香ちゃん、着替えてから、ネギくんたちと合流して、実家に向かってくれ」

俺の声色から、真剣さを読み取ったのだろう。
刹那の表情が固くなった。

「士郎さんは?」

「夜には合流しよう」

そう言い残して去る。正直、朝倉たちを引きとめたりするべきなのだろう。
でも、そんなことをしている暇はなさそうだ。

わざととしか思えないくらい、俺にすら感知できるほどの、魔力の残り香。

俺を誘い出す為の罠だろう。敢えてのってやろう。
まあ、鬼が出るか蛇が出るか、分からないが…追い詰める。
夜までに決着をつけられればいいが…。





────あとがき────

書きづらかった。とても書きづらかった。
久方ぶりの戦闘シーン…描写という描写はないですけどねー。
むしろ、描写しようとしたら

戦闘の余波で城が崩壊→その所為で木乃香が落ちる→NGという流れに…

そして、終盤、朝倉たちを出そうと思ったら

士郎に(矢で)貫かれた刹那、刹那に傷をつけて謝る士郎→|想像力|→いやっほおおおおおおお→NGという流れに…

まあ、想像力は想像力ですからね。何を想像すればいいのか、知りませんよ、ボクハピュアデスカラ。


では、次は原作にはないパートなんで、時間かかるやもしれません…。


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[6033] 立派な正義に至る道50
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/06/19 15:49



魔力の残り香に誘われるように、山に入った。
道なき道を進みながら、現状について考えを纏めることにした。

今のところ、騒動の解決に一切向かっていない。
後手に回らざる得ない状況も問題だが、それ以上に──俺がまともに動いていない。

今さらながら考えてみれば、そのことがよく分かる。

あの爺、いや、学園長からの依頼を受け、お守をすることになった。
最初は、そこまで危ういこともないだろうと思い、何か起こらない限り、傍観しておこうと考えていた。
けれど、そんな甘い考えではいられなかった──予想以上に敵が危険だった。
そんな敵に襲われたら、俺が手を出すのはもはや必然だっただろう。
そして、ネギくんや刹那の中にあった甘えや弱さを実感した。
だから、関わることを止めようとした。でも、それすら、できなかった。これは自分が悪いけども。

それと、気の緩みがあった。刹那や木乃香ちゃんと久しぶりに話せたからかもしれない。
その所為で、一般人である宮崎をこちら側に巻き込んだ。
それに…──いや、これは考えちゃあならない。頭が痛くなる。

そして、今日の護り方──どこか中途半端に問題に関わっていた。

ネギくんの為、刹那の為、と何か理由をつけて、関わることを薄くしていた。
かといって、言峰がいるから、天ヶ崎がいるから、と積極的に関わったりもした。


だから、まともに動けていない。


軸がぶれていては、何もできやしない。どうするか、どうするべきか、どうしたいか…それを考えなければならない。
だけど、すぐに結論は出せそうだな。

山の中腹付近であろう開けた場所に、魔力の匂いが一番濃い場所に出た。
そして、見覚えのある光景に、出くわすことになった。

広場と呼ぶにはあまりにも小さな原っぱ、その中央にある不釣り合いな石碑、そして──


「あんたが釣られるとは意外やな、士郎」


──石碑の前で手を合わせている彼女。

あの時と違うものはいくらでもあるけれど、天ヶ崎の表情はあの時と同じで愁いを帯びている。

「すこし話がしたいと思ってな…」

「話すとでも思うん──なっ」

口角を上にあげながら、札を取り出した天ヶ崎。
その腕を軽く掴んだ。

「あんたっっ…」

いつ距離を詰めたと言わんばかりに睨まれているが、気にせず睨み返す。
今さら気付いたが、身長越したんだな、俺…。

「そう物騒なものを出さないでくれ。俺はただ話したいだけだ」

誠意を込めて話しかける。
真意を聞くまで、もう戦いたくないから…。

「何を話すことがあるっていうんや?ウチとあんたは──」

「──師弟であり、仲間であり、友人で──」

少なくとも俺はそう思っている。今までもこれからも、その気持ちに揺るぎはない。

「──違うっ!敵やっ!」

睨みあった時からずっと、天ヶ崎の目に敵意が浮かんでいるのが分かっていた。

それでも、俺は──

「──敵とは思わない、思いたくもない」

「くっ…」

俺の言葉が響いたのか、ばつが悪そうに視線をそらし、俺の手を払った。
そして、天ヶ崎は背を向けた。その一瞬、あの頃に近い表情が覗かせたように見えた。

「…何を話したいんや」

少し敵意が和らいだか?それとも…

「何故、二年前、行方をくらませた?」

「なんや、質問やないか…まあええわ。妖魔退治の時に負った傷がひどかったんや。それの療養に時間がかかってしもうたんや」

「なら、何故連絡をしなかった?」

「…その時、ウチは知ったんや。あんたの処遇を、やから!」

少し興奮したのか、こちらを振り向いて、訴えかけてきた。

「だから、こんな真似をしたってことか…」

「そのとうりや。で、質問以外に話すことはないんか?」

納得できる返答、俺の知っている頃と変わらない口調、どこをどうとっても怪しいところがなかった。
何一つ変なところがない。故に狂っているようにも操られているようにも思えない。

「俺が、そんなことを望んだと思うか?」

「思わへんよ」

一切の間もなく即答された。しかも、少し微笑みながら。
それが、俺の神経を逆なでした。

「じゃあ、なんで!」



「士郎はきっと縛られ続ける。恩がある…いや、お嬢様や刹那がいるかぎり。やから、ウチが解放するんや」



「───」

その言葉に息を呑んだ。
そして、天ヶ崎の意図を悟った。

…だからかよ。ああ、くそっ…。
木乃香ちゃんを狙うのは、協会に対する人質として最も価値があるから、じゃない。
木乃香ちゃんを守る刹那ごと潰し──俺の枷を直接外す為だったということ。

ああ、本当に──

「──何を勘違いしてやがる」

「は?」

「俺は、確かに木乃香ちゃんや刹那の為に“も”協会にいる。けどな──」

お前は忘れたのか?俺がお前にだけ言った言葉を。

「──天ヶ崎、お前の為にも協会にいるんだよ!あの場所が『俺の帰る場所だから』!!」

その言葉を伝えたからこそ、信じた。
弱さ以外に狂う要素がないと、信じていた。

「ッ!?」

天ヶ崎が息を呑んだのが、よく分かった。

「目を覚ませよ…俺は──」

「──黙りぃ!」

俯いて叫ぶ天ヶ崎の姿が妙に小さく見え、まるで泣いているようで──

「──っ!!!」

天ヶ崎は俺を突き飛ばし、召喚を行った。

一瞬の油断だった。
天ヶ崎の動きを警戒し続けていたのに…こうなったら、仕方がない。

十数体の鬼が取り囲む。
一目で低級であると分かるが、問題はそこじゃあない。

「天ヶ崎!」

コイツに逃げられることだ。
瞬動し、目の前の鬼を吹き飛ばし、天ヶ崎に──

「──ほな」

ほんの一手届かなかった。いや、届いたけど、届かせなかった。
消える瞬間、見せたあの顔が今にも泣きそうだったから…。

アイツ、もしかして──

「何を呆けとるんや?」

──いや、今は考えるな。
まずは、この場を抜けるのが先。

振り返り、辺りを見据える。何の目もない。

これならいけるか。

背に隠していた夫婦剣を手に取り、相手に放り投げた。そして、一気に退く。

「は?」

「──壊れた(ブロークン)──」

その言葉によって、宝具という名の爆弾を炸裂させようと思った。
だが、あるものが目に付いた。

「──」

中断。
放り投げた夫婦剣を破棄。

──投影、開始(トレース・オン)

新たに夫婦剣をつくりだし、鬼どもに突っ込む。

何の強化も使っていないので、あの瞬動は使えない。
が、普通の瞬動で十分おつりがくる。

……


「あああああああ……」

最後の一体を斬り裂き、還した。

「時間かけちまったな…」

もう、天ヶ崎を追うことはできないだろう。
本当ならあの場面で『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』を使い、すぐにでも追うべきだった。

だけど…アイツの心の拠り所を壊すわけにはいかなかった。

この地を荒らすことなく終わらせるのには、少々骨が折れた。
そして、あの時目に付いた慰霊碑の前まで足を進める。

手を合わせ、頭を下げる。

「…必ず救います…そして、アイツをここに連れてきて、謝らせてやります」

そう声に出し、頭を上げ、空を仰いだ。
いつの間にか空は闇に染まり始めている。

どうするか、どうするべきか、どうしたいか…その答えは出た。
本格的に暗くなる前に俺も本山に向かうことにしよう。
と、その前にいったん宿に戻るか。
携帯電話があれば、連絡を入れられるけど、ネギくんに渡してあるからな…ネギくんの壊したし。

…はぁ。

自分の情けなさにため息を出た。
ここまで近づかれるまで勘づけないとはな。

「そこにいるヤツ出てこい」

「なんや、気付いとったんや」

学ランを着たネギくんと同い年程度の少年がこの場に出てきた。
…頭に生えている耳を見る限り、化生の類なのだろう。痛い子ではないはず。

「兄ちゃん、なかなかやるようやな」

「天ヶ崎、千草の仲間か」

「そうや。足止めさせてもらうで」

できれば、戦いたくない。というよりも、戦っている時間が惜しい。
が、見たところ、退いてくれるようなヤツじゃなさそうだ。
…一瞬で勝負を決めるか。いや、この土地を荒らすわけにもいかない。
なら、逃げるか。

「そうか…なら、退かせてもらう」

「なんやそれっ!」

なかなかの早さで突っ込んでくる少年を往なす。
すぐに切り返してくる少年の連撃を全て弾く。
そのついでに足を払っておく。

「っ!」

顔面から地面に突っ込んだ少年に背を向け、森へ入る。
これなら、すぐに撒けるだろう。

「待てや、コラァ!!」

と思っていたが、予想以上にしつこいみたいだな。
いつの間にやら、少年の姿が獣じみたものになっているし…。
このままだと、宿まで付いてきそうな勢いだな。

まあ、ここまでくればいいか。

足を止め、少年へ振り返る。

「なんや、やる気に──なっ!!?」

瞬動術で一気に距離を詰め、少年の腹を思いっきり殴った。
何が起こったかよく分からない顔をしたまま、少年は崩れ落ちた。
そして、獣じみた姿から元に戻った。

化生の類だから加減せずに殴ってしまったが、そんなに強化もしていないし…まあ大丈夫だろう。
さてと、日が落ちる前には戻らないとな…。

気を引き締め直し、帰路を急ぐことにした。

……


「…」

宿に着くと、俺がいた。というより、俺のようなものが身代わりとして存在していた。
おかげで、宿の中に入れず、外から眺めている状況に陥ってしまった。
式神の一種なのだろう…なんというか、目が虚ろだ。
ネギくんや木乃香ちゃん、刹那、神楽坂…それに、宮崎、朝倉と他二名も同様のようだ。

さて…何があったのか知らないが、何で巻き込んでるんだ。

非常に頭が痛い。
宮崎、朝倉と他二名はネギくんたちとともに本山にいるのだろう。
だけど、本山が安全じゃないと分かっているのだろうか…。
いや、本山にいる方が危険だということに気付いていないはずだ。

俺しか…敵の目的を知り得ていない。
今、狙われているのは、木乃香ちゃんと刹那の二人。

本山に詠春さんがいるとはいえ、危うい。
一般人を守りながら、戦えるほど楽な相手じゃない。
特に白髪の少年は、危険すぎる。
アイツなら、本山の結界も詠春さんも無効化できる。

…急ぐしかない!!

すぐに本山へ向かった。
何らかの足止めがあり得ることを想定し、強化しつつ本山へ走る。

そして、本山の入口で足を止めることになった。

「…」

予想はしていた。
誰が来るか、何と戦うことになるか。

俺を足止めするのなら、アイツしかいないと。

「…」

夫婦剣を手に取り、構える。
しっかりと相手を見据える。

「よろしゅう、たのんますー」

ここで予想を裏切ってくるとは思っていなかった。
この最終局面で言峰が現れないことに内心焦りを感じた。

「そこをどいてくれないか?」

「そうはいきまへんえー。ウチは楽しみにしてたんやから」

コイツ、目が澱んでいやがる。
戦闘狂か…かなり厄介な輩だ。そう簡単に気絶させることができないからな…。

「そうか、なら仕方ない」

気絶させられるかどうか…。
最悪、四肢を折る。そのくらいの覚悟でいよう。

まあ、大丈夫だろう。

「ほな、いきますえ…神鳴流、参りますー」


神鳴流なら、死ぬほど稽古を受けたからな。
詠春さんや師範から、な。


────あとがき────

とうとう50話達成…でも、まだ原作5,6巻の間って…100話超えそうな気がするな…気が遠くなりそうだ。

感想の返信は今日のオランダ戦の後にさせてもらいます。遅くなりスイマセン。


さて、本編。
小太郎、ザコ扱いですいません。士郎さんが大人げないから悪いんです。

そして、士郎、チート化してないか?と聞かれると、そんなことはないと言いきれます。
正直、原作4~6巻辺りの力関係を考えると、どう考えてもああなっちゃうわけで…ははは…。

50話記念に、士郎とラカンのむさい稽古風景でも書きます。

…え?いらないって?


感想、意見、要望、批判...etc、なにか一言ありましたら、感想掲示板へお願いします。






[6033] 立派な正義に至る道─ラカンと修行編1─
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/06/23 22:17


時間軸は、士郎たちが魔法世界に入って1年後くらい。

一応、キャラ紹介

士郎…見た目は子供、頭脳は大人を地でいく30代。
コウキ…ほぼオリキャラ。龍宮真名のパートナー。幸薄。
ラカン…バグキャラ。30代だけど、10代なんだぜ、この人。





自分は最高を尽くした。そのはずだ。
その過程に間違いなどなかったし、有効な手段を模索し扱った。

──なのに、どうして、俺は倒れている?

「おいおい、やる気あんのか?まだ、1分も経ってないぜ?」

自身の身丈ほどある大剣を両手に持ち、呆れたように問いかけてくる。

「…まだ、だ…」

脇腹に一撃いいのをもらって、結構足にきているが、無理矢理、立つ。

──解析、開始(トレース・オン)

身体…切り傷多数。出血軽微。内臓損傷なし。骨折なし。両脚両腕損傷なし。
魔力…軽度消耗。身体強化、可。全投影連続層写、数度使用可。無限の剣製、使用可。

戦闘続行に支障なし。

問題は、相手。

相手の名はジャック・ラカン。
魔法世界に入ってから何度も聞いたことのある名だった。

俺が捜索している千の呪文の男(サウザンドマスター)、ナギ・スプリングフィールドの戦友で好敵手。
千の刃・死なない男・伝説の傭兵剣士・生けるバグキャラ…などなど。
正直、誇張した表現が入っているだろうと、思っていた、が、そんなことはない。
むしろ、過小表現しているようにすら思える。

「なら、行くぜええええええええ!!」

──投影、開始(トレース・オン)

「ッ!!」

神鳴流師範の斬撃が紫電、詠春さんの斬撃が閃光なら、相手の斬撃は電光。
詠春さんよりは遅いが、詠春さんの数倍重い。
おかげで、まともに受け止めることも弾くこともできず、往なすしかない。
しかも、早いから攻めに回れない──ッ!!

「おいおいおい、攻めてこねえのか、あぁ?!」

まだ、耐えろ。どこか、隙を探せ。
往なし、かわし、とにかく守る。

「隙を作ってやったのに、攻めねえのか?」

相手がわざと作り出す隙は無視する。
さっき、そこに突っ込んで、地に伏せたのだから。
耐える。耐えるっ。耐えるっっ。

「さっきよりマシになってきたんじゃねえか?」

動きは見える。合わせられる。
ただ、この体が貧弱すぎる。
強化してるのに、あまりにも脆い。
体中の筋が悲鳴を上げ出している。
これじゃあ、ジリ貧っ!

「攻めるだけも面白くねえしな…こいや」

相手の攻撃が止む。
突然訪れた好機。この機を逃すわけにはいかない。
だが…。

完全に待ちうける相手。
この相手を崩せる攻め手がない。
どうするべきだ。どうすれば、この相手を崩せる。

投影宝具による『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』──却下。視界がなくなり、不利に陥る。
複数投影による『全投影連続層写(ソードバレル)』──却下。隙が大きい。カウンターに対応できない。
遠距離からの最大魔力による『偽・螺旋剣(カラドボルグ)』──却下。これは使えない。
固有結界『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』──却下。まだ使うべきではない。
■■■■■の投影──絶対却下。


──駄目だ、どう考えても勝てない。


「頭で考える前に、行動しな。このままだと、すぐに詰むぜ?」

「…そう、だな」

やってみなけりゃ、わからない。
今まで得られた情報と戦闘経験から冷静な状況判断をするならば、馬鹿の極み。
本来なら、逃げるべきだ。だが、逃げられない状況なら、逃げたくなければ、やるしかない。

覚悟を決めよう。

「お、やる気になったか」

俺が対抗できるのは速度のみ。

──投影、開始(トレース・オン)

相手に防御させないような連撃をたたみかける。
それ以外に道はない。

──憑依経験、共感終了

これで、決められなければ、使うしかない。
この世界で一度も使ったことのない、禁忌。
それも、覚悟しよう。

──工程完了(ロールアウト)。全投影、待機(バレット・クリア)

両手の夫婦剣を握り直し、構える。

どれだけ、攻め続けられるか。
どれだけ、魔力が持つか。
どれだけ、耐えられるか。


「いくぞ──」


瞬動。背を取る。

相手は反応済み、予想通り。
急所を狙い、双剣を動かす。
が、剣ごと弾かれる。

すぐさま投影し、動かし続ける。
重さなど考えず、ただ早く打ち合い続ける。

一合、二合、三合、四合、五合…………。

全て捌かれ、弾かれた。
連続投影を行ったせいで、使える魔力は1/4近くまで減った。
が、想定済みだ。
手と足を止め、息を整える。

「そこまでか?」

一切息を切らさず、口角を上げている。
ここまでは想定通り。

ここからが、勝負。

「これからだ」

瞬動。背を取る。

「芸がねえ!!」

さっきよりも早く反応してきた。
予想通りっ。

「――停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン)」

「ッ!」

自分の魔力の半分を、干将莫耶を数十本投影し、放つ。
初めて、焦った顔を見た気がする。

全て一気に弾かれる。

瞬動。一気に距離をとる。

「──壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

轟音と閃光が辺りを覆う。

「――I am the bone of my sword(身体は剣でできている)」

さっき放った分も攻めに転じてから弾かれた分も全てを爆破しただけあって、距離を取っても無意味。
ほしかったのは展開するだけの時間。

「“熾天覆う七つの円環”―――(ロー・アイアス)」

自身の持つ最大限の守りを展開する。
本来の用途とは違うが、何とか事足りた。

…ッ。どうやら、限界らしい。

膝をつく。体力はまだいけるが、もう魔力が使えない。
これ以上の酷使は危険な域に達する。

これで、決まっていなければ、もう勝ちはないということだ。
舞い上がった粉塵が徐々に収まる。

そこにあったのは──



──爆心地の中心、地に伏した相手の姿。

…そして、理解した。
これで、終わりだな。


「──」


いつの間にか、目の前に巨体があった。
さっきまでお遊びだったと言わんばかりに、殺気が叩きつけられる。

立てそうもない。が、ここで終われな──。

圧力。尋常じゃない。
腹に砲撃を直接受けたような衝撃によって、身体も意識も吹き飛んだ──



………
……




「死ぬかと思いました」

あの一撃で病院送りをくらった。
なんか内臓がぐちゃぐちゃだったらしい。

今はすでに治療してもらって、ラカンさんの寝床に向かってる最中だ。
完治したわけじゃないので、痛みはあるが、休んでる暇も惜しいからな。

「いやぁ、すっかりぼーずが障壁張らねえこと忘れてたわ」

ハッハッハッハと豪快に笑ってるラカンさんを横目にため息をつく。

「稽古で殺されかけるなんて笑えない」

「それを言うなら、ぼーずのあの爆撃も一般的な魔法使いどころか、結構強い輩でも木端微塵だぜ?」

「あんたが相手じゃなけりゃやってない」

むしろ、あれを喰らって生きてる方がおかしい。

「言ってくれるなぁ。しっかし、あんな隠し玉持ってるとはな」

投影のことは話してある。
複数出せる。爆破できる。
ただ、出せるのは干将莫耶のみということにしてある。
むしろ、稽古を受ける時点で話す必要があった。
まあ、“いろいろ”とあったが、ラカンさんには話すことになった。

コウキは今も捜索の為に励んでいてくれているだろう。もう少し待っていてくれ。

「だが、まだまだ認められねえな」

この人からナギ・スプリングフォールドに関する情報を得るには条件があった。
法外な料金を払うか──彼に認められること。
金は払えないというか、詠春さんから援助してもらっているとはいえ、そんなに頼れない。
だから、認められる道を選んだわけだけど…かなり厳しい。

「お前自身の欠点が消せたわけじゃあねえしな」

魔力不足…これは戦闘訓練で気を使い続け、持続時間を延ばすことで解消するよう働きかけている。
が、それよりも重要なことがあった。

防御能力の皆無。これが一番の難点だった。
どう足掻いても、障壁は展開できない。
気による身体強化に魔術による身体強化を重ねがけをしても、やはり弱い。
2ランク自分より格下の相手なら、対応できるが、それより上になると、難しいというか、負ける。

ただ、なんでだろうか。

「その欠点を解消できれば、なかなか面白くなりそうだ」

口角を上げるラカンさんを見上げる。
金を払わなければ、何もしないような人としか思えない俺にとって一番の疑問があった。

「なんで、俺にここまでよくしてくれるんですか?」

正直、聞きたかった。
俺はラカンさんのことをよく知らないし、ラカンさんも俺のことをよく知らない。
それなのに、なぜ、金も払わない俺に?

「…」

なんだろうか、アホを見る目でこちらを見ている気がする。
そして、豪快に笑い始めた。

「ハハハハハハッハハッハッハッハッハ!!!!!」

「…何んでさ」

「ん?いや、いきなり、敬語使いだしたのもあるが、そんなことを聞いてくるとは思わなかったからな」

いや、気になるだろう。
だって、初めて会った時から何度あんたに金を請求されたか。
しかも、最低でも100万だぞ、100万。
おかしいと思ってもいいだろう。

「そうだな…詠春に聞けば分かるんじゃねえか?」

「…俺、詠春さんのこと話したか?」

「超絶天才の俺様の勘が煌いたってことだ」

ぐっとサムズアップをかましてくるラカンさん。
あきれ顔の俺。

願わくば、詠春さんが金の請求を受けていないことを願おう。







────あとがき────

戦闘描写をガチで書きたかっただけー。

みんながいらないって思ってても、書いてみた。まさに俺得。

そして、これ、実は続くんだ。



2010/06/23 誤字修正。鱸さま、ご報告ありがとうございました。

多分、全5話。ただし、話の進み方によって前後します。



[6033] 立派な正義に至る道51
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/06/23 22:12




舞台は本山入口から森の中へと移動した。
にもかかわらず、まるで障害など存在しない様に、攻防は進む。

夜の森の闇も、生える木々も、俺にも月詠にも障害足り得ない。


剣と刀、鉄と鉄のぶつかり合う音が静かな森にひと際大きく響き渡った。


「ッちぃ…」

「ッ!…うふふふ」


距離を取られた。が、すぐに間を詰める。

すぐにでもコイツを倒して先へ進みたかった。
俺が足止めを食らっているということは、すでに敵襲が行われている場合もあるってことだからだ。

しかし…そう簡単にはいかないらしい。

相手を見据え、双剣を振るう。
早く、重く、強く。
弾く、弾く、弾く。


「…やりますなー」

「言ってろ」

──しかし、このままだとジリ貧だな。


打ち合っている内に、いくつか分かった。

今まで戦った神鳴流剣士の中でも異質であること。

魔を討つ為ではなく、完全に対人用に作られた技術を持ち、人を斬ることに一切の躊躇いを持っていない。
戦闘経験の長い詠春さんの剣でもここまで対人向きではなかった。

戦闘狂でもかなり冷静な判断で動いていること。

死ぬことを恐れない、傷を負うことを厭わない、そういった部類じゃない。
戦い続けることを重きに置き、無茶な動きをしてこない。

そして、予想以上に強いということ。

前回とは全てが違う。動きはもちろん、殺気も剣も。
気を抜けば、“技を”使われてもおかしくない。


「ここまで、抑えられたんは、初めてどすえー」

なんて言いながら、また技の体勢か。

「そう、かい!」


動き出しを抑えるよう、双剣を動かし、剣を振らせない。

神鳴流の技の恐ろしさはよくよく理解している。
正直、近距離で技を使われれば防ぐ術なんて俺は持っていない。
だからこそ、全て技の出端で抑え続けている。

おかげで、攻めに転じることができないわけだが…大技が来れば、話は別だ。
あんなものは抑えられない。

だから──

「カウンターなんてさせまへんえー」

「…バレてるか」

──近距離で大技のタメを狙うつもりだったが、気付いているなら、そうそう使わないだろう。
それはそれで構わない。技の発動を抑えることができるのだから。

だが、そのおかげで、こちらも抑えられている。

本当なら闇に紛れ、弓を使う。もしくは、無視して本山へ向かうという手段をとりたかった。
だが、距離を取れば、距離など関係のないような大技を使ってくるだろう。
どんな技を使うかは分からないが、使わせるわけにはいかない。
使われれば、本気を出さなければならないからな…。


「本気ださへんと勝てまへんえ?」

「…ッ」


気付かれていたか…。
極力、気だけで戦っていたからな。
くそっ。バレなければ、まだ隙を伺うこともできそうだったのに…。

こうなったら、本強化と瞬動を使い、短期決戦を臨むか?

いや、落ち着け。
この後、白髪の少年に、おそらく言峰。この二人が控えている可能性が高い。
どちらか、もしくはどちらとも、戦うなら、魔力をできる限り抑えておいた方がいい。


「ウチを舐めるんもええ加減にせんとあきまへんえ?」

「そのつもりは、ないっ!」


舐めていない。むしろ、警戒しているからこそ、本気でやれない。
予想以上に強いからこそ、戦い始めてからすぐに、後のことを考えていた。
もし、コイツに強化と瞬動を使ったとしても、すぐに勝つことはできないからだ。
すぐに勝てないとなると、魔力をどれだけ使うことになるか分からない。
だから、本気を出さず、攻防を演じてきた。隙があれば、逃げるよう考えてきた。

今、大局を見誤るわけにはいかない。


「なら、本気出してえなー、士郎はん」

「そういうわけには、いかないっ…」


ずっと打ち合っているというのに、相手にも疲労の色はない。
これは…体力切れから隙ができるってことはあり得ないな…。

このまま戦い続ければ、勝つ自信も逃げる自信もあるが…それまでに全てが終わる。
どうなるか分からないが…拙い方に転がる可能性が高い。
もしかすれば…詠春さんと刹那、ネギくんの3人がいれば…いや、やはり厳しい。

思考が堂々巡りする間にも、敵襲は止まらない。ただ、時間が進んでいく。

後のことを考えるか、今を考えるか。


──『頭で考える前に、行動しな。このままだと、すぐに詰むぜ?』


ラカンさんの忠告が脳裏を過った。

…やってみなけりゃわからない、か。

少し心を落ち着かせ、冷静に別の視点から状況を判断する。

どうなるか分からないなら、分かる範囲で終わらせていけばいい。
まずは、この闘いから、終わらせる。


敵の攻撃を大きく弾き、距離を取る。
さっきとは違う雰囲気を察したのか、月詠は刀を構え直した。


「…やる気にならはったようどすなー」


俺も合わせるように、双剣を構えなおす。


──覚悟を決めるか。


先程までなかったひり付くような緊張感が湧きあがる。


──同調、開始(トレース、オン)

眼球強化、身体強化………完了。
これで、本気で動けるようになった。

強化したと同時に緊張感がある程度引いていった──今では心地いい程度だ。


「ああ。覚悟はできたか?」

敵を見据える。
さっきとはまるで違う真剣な表情をしていた。

──これは、時間がかかりそうだ。


「…」

「…」


「「ッ!!」」


どちらともなく動き出し…甲高い刃の交わる音が辺りに響き渡たった。



──Side Negi



今日、士郎さんと別行動を取ってから、色々なことがあったなー…。
正直、思い出したくもないような事ばかりだ…。

親書を渡す為に、僕とアスナさんと刹那さんの式神と一緒に関西呪術協会の本山へ向かって、襲撃にあった。
本山に向かう前に、他の皆さんを撒くためにゲームセンターで遊んだ際に出会った少年が敵で…。
苦戦を強いられ、危ういところだったけど、撒いたつもりが付いてきていた宮崎さんのおかげでなんとかなった。

それから、刹那さんの方で厄介事が起こったらしく、刹那さんの式神が消えてしまい…。
すぐに、刹那さんの式神を使って僕自身の式神を作り、気をたどって刹那さんの元へ向かった。
刹那さんの元へ着くと、僕とアスナさんを追い詰めたあの月詠という女の子の襲撃を受けていて…。
木乃香さんだけ避難させることになり、どこか隠れる場所を探した。
そして、隠れたつもりだったけど、そこに待っていたのは一度も会ったことのないお姉さんと白髪の男の子で…。
ただ、敵であることは向けられる敵意から分かり、出来る限り逃げた。
けど、逃げている最中に僕の式神は消された。

そこから、どうなったかは分からないけど、刹那さんと木乃香さんがこっちに合流し、そして、今に至るわけですが…。

僕とアスナさん、カモくん、宮崎さん、刹那さん、木乃香さん…それから、朝倉さんに早乙女さん、綾瀬さんと一緒に関西呪術協会の総本山に向かっています。
どうやら、朝倉さんたちは刹那さんを追いかけて来たらしい。
本当なら、何があったか刹那さんに聞きたいところだけど、なぜか刹那さんは完全に意気消沈してる…どうしたんだろうか。
木乃香さんに理由を聞くと──

「──ウチもよう分からんけど、なんか、しろう──わぷ?!」

「それ以上は駄目!お願いやから、やめて!」

と、真っ赤な顔をした刹那さんが木乃香さんの口を手で覆って、結局、理由は聞けませんでした。
どういうことなんでしょうか?とアスナさんに聞いてみると

「やっぱり、あれじゃないかしら?あの、抱き合ってたやつ。恥ずかしいんじゃないの?近衛さんの名前が出されるのが」

そうなんでしょうか?と首をかしげながら訊き返すと、小突かれました。

「そういうもんなの」

よく分からず、唸っていると「やっぱお子様ね」と言われてしまいました…。
本当にどういうことなんだろう?
カモ君にも意見を求めたかったけどカモくんはカモくんで士郎さんの話題が出てから、遠い目をして「トラウマが…トラウマがぁ…」とずっと呟いてるんだよね。
カモくんのことも含めて、今度士郎さんに聞いてみよう。

なんだかんだ、考えている内に、どうやら関西呪術協会の…敵の本拠地に着くことができた。


なんとか、ここまでこれた…。


正直、妨害に泣きそうになったし、挫けそうにもなった。
でも、アスナさんやカモくん、刹那さん、それと士郎さんがいたから、頑張ることができた。
よし、あともうひと頑張り──


「──レッツゴー!」


って、ええええええええ!!

早乙女さんたちが突っ走って行った。急いで追いかける!
みなさんになにかあったら!!!──


『お帰りなさいませ、木乃香お嬢様』


──へ?


………
……



知らなかったけど、木乃香さんの実家=関西呪術協会の総本山ということだった。
このかさんがいいんちょさんと同じくらいのお嬢様だとは思いもよりませんでした。
けど、そのおかげでスムーズに事が運びそうだ。

これで、学園長先生からの任務をこなせそうだなー。そして、これが終われば、父さんの手掛かりを探すことができるぞー!

と意気揚々に通された広間にはいり、正座する。
事情の呑み込めていない綾瀬さんたちに軽く事情を説明し、一緒に待っていただくことに…。

──うわー、なんというか、日本って感じだなー。
と興味津々に辺りを見渡していたら、声をかけられた。

「まもなく長がいらっしゃいます。少しばかりお待ちください」

「あっ、はい、どうもっ」


なんというか、少し緊張してきた。
今は、大きな任務をもうすぐ達成できるという安堵感よりも、西の長と言う人がどういう人なのかという緊張感が勝っていた。

本当にどういう人なんだろう?学園長先生くらいのお歳の人かな──


「──お待たせしました」


凛とした声が響き、西の長らしき人が目の前の階段から降りてきました。


「ようこそ、明日菜くん、木乃香のクラスメイトの皆さん──そして、担任のネギ先生…」


予想していたようなおじいさんではなく、温厚そうな男性が僕たちに笑いかけてくれた。
それとほぼ同時に、木乃香さんが男性に抱きついた。


「お父様!久しぶりやー!」

「これこれ、このか。皆さんの前だ。落ち着きなさい」


このかさんのお父さんが西の長だったなんて…。
正直、かなり意外だった。でも、木乃香さんに抱きつかれている男性の顔はすごく優しい顔をしている。

確かに、実家だって言ってたしなー…なんだか、微笑ましいなー…いいなー…。
と、呆けてる場合じゃない。任務をこなさなきゃ。

頭を切り替え、立ち上がる。


「あ、あの、長さん、これを」


鞄から親書を取り出し、長さんに近づく。


「東の長、麻帆良学園学園長、近衛近右衛門から西の長への親書です。どうぞ、お受けとりください」

「確かに承りました。ネギくん、大変だったようですね」

「い、いえ。皆さんの協力がありましたし」

「そうですか…では、中身を拝見させてもらいますね」

「は、はい、どうぞ」


長さんは親書の封を切り…吹き出した。
な、何が書いてあったんだろう。
長さんの口から「士郎くんも大変ですね」という声だけが聞こえたけど…。


「まあ、いいでしょう。東の長の意を……汲み、私たちも東西の仲違いの解消に尽力するとお伝えください。任務御苦労!!ネギ・スプリングフィールドくん!!」

「あ…はい!!」


これで、任務を達成することができた!!やったー!!
よくは分かっていないみたいだけど、事情を知らないみなさんも一緒に喜んでくれた。

ところで、意を、と、汲みの間に“若干”という言葉が聞こえたのは気のせいかな。


「今から山を降りるのは日も暮れていますから少々“危険”でしょうし、みなさん、今日は泊まっていくとよいでしょう。歓迎の宴もご用意いたします」


皆さんの喜ぶ声に反して、少し心がざわめいた。なぜだろうか?
そんなことを思っていると、長さんが声をかけてくれた。


「どうかされましたか?ネギ先生」

「いえ…あ、あの、今僕たちは修学旅行中で帰らないと」

「心配なさらないでください。身代わりは立てておきましたから」

「あ、ありがとうございます」


それなら、大丈夫かな。
すこし、ホッとする。


「では、宴の準備が整うまで少しお待ちください」

「あ、はい…」


話し終わる頃には、感じた心のざわめきは消えていた。
なんだったんだろうか…。

あ…そういえば、士郎さん、どうしてるんだろうか…。



──Side Negi OUT




「──ッ!」


大きく距離を取る。

っ、少し、掠ったか…。

腕に走った切り傷に目をやり、相手を見据える。
血の付いた刀を舐め、不気味に口角を上げた。


「うふふふ…あははは…ハハハハハハハハ!!」


これは、少し、見誤ったか?




────あとがき────

最近、調子に乗っていたました…。特にあとがき部分で。
読者の方に不快な思いをさせたと思いますので、この場を借りて謝罪いたします。

申し訳ありませんでした。

至らぬ点がございましたら、どうぞご批判ください。なんとか修正するよう心がけますので、よろしくお願いします。

みなさまのご指摘、ご意見、ご感想、お待ちしております。



ラカン編の続編は2、3話後に書かせていただきます。



[6033] 立派な正義に至る道52
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/07/04 00:14




ここまで粘られるとは思ってもみなかった。
しかも、手傷まで負わされるとはな…。

目の前の少女を見据える。

右腕を折られ、内臓損傷による吐血を起こし、息絶え絶えであろうと立ちはだかってくる。
折れているのをもろともせず両手に刀を持ち、笑っているその姿を見ると、つくづく思う。

この少女は狂戦士なのだと。


「もう、止めておけ」

「…何をいうてますん?」


目の前の少女を諌める。
これ以上続ければ、彼女は死ぬのが目に見えていた。

内臓損傷の度合い、出血の量、このままだと本当に拙い。

そんなこと微塵も気にしていないのだろう…彼女はまた突っ込んできた。


「まだ、やれますえ!」

「ああ、たしかにそうだ。お前はまだ戦える。だけどな──」


明らかにキレの落ちた斬撃をたたき落とす。
そして、コメカミを狙い、思いっきり拳を振り抜いた。


「──無駄だ」


横に飛ぶ彼女の体はすぐに木にぶつかり止まった。
地面に横たわる少女を見据え、構えなおす。

さっきもこうやって吹き飛ばした。
これで、意識がとぶだろうと思っていた。

が──


「──今度は、近寄ってきいひんのですかぁ?」

「さっきのように、斬られるわけにはいかないからな」

「ふふふ…優しくないんですなぁ…」


ゆっくりと立ち上がり、血を口から垂れ流しながら、嗤う。
痛みなどまるでないように、再び動き出し、突っ込んできた。

キレのない太刀筋を軽く受け止めながら、状況を整理する。

冷静に状況を判断するなら、彼女の中で脳内麻薬の過剰分泌が起きているのだろう。
そうでなければ、痛みによって身体を動かすことなどできないはずだ。

さすが、戦闘狂と言うべきか…。しかし、どうすればいい。

このまま戦い続ければ、少女は失血死する。

それは避けたい。
避けなければならない。

どうにかして、病院に送る必要がある。
説得──は何度か試みた。これ以上やっても無駄だろう。
…動けなくするしか道はないな。

できればしたくなかった。

が…四肢を折る。


「…さきに謝っておく。すまない」

「なにを言うて──っ!?」


さきほどまで行っていたものとは違う、本気の瞬動を行い、腕を取った。


「すまない」


──折る。
すぐに足を払い、足を取った。
──折る…折る。
できるだけ、何も考えずに折った。


そして、彼女から離れる。


四肢が歪に曲がった少女が地に伏していた。


「なんではよう…それをやらんかったんですか」

「…」


──それをすれば、君があまりにもみじめな姿を晒すことになるからだ。

首だけこちらを向けて、質問してくる彼女に…そうはとても答えられなかった。


「…言わへんでも、その顔見たら分かりましたわぁ…ひどいお人やなぁ」

「…すまない」


彼女に向かって頭を下げる。
その瞬間、フッと殺気が失せた。


「でも、変な人や…なんやら、毒気抜かれてもうたわぁ」


さすがに何もできないとは思うが、彼女の体を触り、武器という武器を全て取り出す。
「エッチやー、スケベやー」と言われているようだが、気にしない。興味がない。
そして、彼女の体に障らないように抱きかかえる。


「じっとしといてもらえると助かる」

「ウチ、こないなところでくたばりとうないですし、ええですよー…その代わり、少しお話しませんか?」

「ああ、移動しながらなら、な」


ここから近い大きい病院…たしか、国立の病院があったはず、そこへ行くことにしよう。


「とばすぞ」

「どーぞー」


脚に魔力を込め、出来るだけ急いで、走る。

しっかりと足止めを食らってしまった…。
…ネギくんたちが無事だといいが…。

ネギくんたちの無事を祈り、さらにスピードを上げた。


──Side Negi


歓迎の宴が終わり、僕は長さんに呼び出されている。
宴が終わった後、みんなには知られずに広間の階段を上った先にある部屋に来てほしいって言われたけど…なにかあるんだろうか?

そんなことを考えつつも、今日のことを思い出していた。

宴はすごく楽しかった。
皆さんも楽しんでいたようだし、任務達成できてよかった…。
宴の最中に刹那さんに事の詳細を聞いて、すごく驚いた。
まさか、そんなことがあったなんて…。

それじゃあ、士郎さんはどうしたのか、聞くと…

「おそらく…天ヶ崎千草を追ったと思われます。夜には合流すると言っていましたから、大丈夫だと思いますけど…」

心配そうにそう言っていた。
士郎さんなら大丈夫だろうな…あれだけ強いんだし。

そういえば、宴の途中から長さんの姿が見えなくなっていたし…呼び出されていることに何か関係があるのかな?
…あっと、もう着いちゃったか。

なんだかんだ考えている内に長さんがいる部屋の前に着いた。


「入ってください」

「あ、はい!」


声をかける前に、声をかけられるとは思ってなかったなぁ、と思いながら、部屋の戸を引くと、さっきとは全く違う長さんがそこにいた。

着物じゃなくて、スラックスにタートルネックという動きやすそうな服装…それと、刹那さんの刀と似た大きさの刀。
そして、戦っていた時の士郎さんと同じ雰囲気を纏っている。


「そこに座ってください」

「あ、は、はい…」


何なんだろうか、まるで見当がつかない。
促されるまま、長さんの目の前に正座した。


「此度は下の者が迷惑をかけ、先生や生徒たちの楽しみを阻害してしまい、誠に申し訳ない」

「いえ…」

「ただ、後は我々に任せてくださいと容易には言えそうにありません」

「え…」

「本来なら、総手で問題の解消に当たるのですが、腕利きの部下たちは皆地方に出払っており、明日の昼まで帰ってきませんので」

「ど、どういうことですか?」

「なにがあるか分からないということです。別段何もなければ、我々に任せてください」

「?わかりました…」


言い回しに違和感を覚えたけど、多分、長さんの雰囲気の違いの所為だろうと思うことにした。


「それと、君たちを呼び出したのは、少し真面目な話をしようと思いましてね…」

「君たち?」


誰も、周りにはいな──


「──失礼します」


その声とともに後ろの戸が開いた。
バッと後ろを振り向くと、そこに彼女がいた。


「アスナさん…どうして?」

「さっき呼び出されたのよ…ネギと一緒に真面目な話があるって、あと、エロガモも渡しとくわ」

「俺っちを置いて行くなんてひどいぜ、兄貴」

「ごめん、カモくん。急いでてさ──」


──不意に、長さんの咳払いが聞こえた。


「明日菜くんも座ってください」

「あっ、はい!」


僕も慌てて、長さんに向き直って、正座する。
アスナさんたちも雰囲気の差を分かっているらしく、緊張した面持ちだ。


「真面目な話と言うのは、木乃香についてです」

「木乃香さんですか?」

「ええ、元より知っている刹那くんはともかく、お二人は木乃香の生まれについて、あまりご存じではないでしょうから」


そういえば、確かに…気にしていなかったけど、木乃香さんについて詳しくないな…。
アスナさんの方を向くと、アスナさんも同じ気持ちらしく首を横に振っていた。


「結論から言いますと、木乃香は魔法使いなのです。うすうす気づいていたと思いますが」


思い返せばそうだ…。
木乃香さんが学園長の孫娘であり、長さんの娘なんだから、その可能性が高かった。
でも、木乃香さん自身が魔法を知らなかったことや持っている雰囲気がその可能性を遠ざけていた。

…ただ、腑に落ちない。


「どうして、今それを言うんですか?」

「…木乃香には普通の女の子として生活してほしいと願っていました。ですが、木乃香の力の発現が確認できましたからね」

「え…」

「こうなった以上、隠し通すことは不可能でしょう。だから、木乃香と親しいお二人にも知っていただいた方がいいと思いましてね」

「そ、それなら、木乃香に伝えるんですか!」


アスナさんの言葉に、フッと、長さんの表情が和らいだ。


「木乃香はあちらでもいい友人に恵まれたようですね。アスナさん、そのつもりですが、思いつめた顔をしないでください」

「え、いや、その…危険な世界ですし…」

「確かに、普通の日常より危険な日常かもしれませんが…あなた方がいる、そうでしょう?」

「そうですよ、アスナさん。木乃香さんには僕たちがいますよ」

「そう、よね。ありがと、ネギ」


そう言って、アスナさんは僕の頭をなでまわした。


「さて、話の続きをしてもよろしいですか?」

「あ、はい」

「木乃香は魔法使いの中でも稀有な存在です。やんごとなき血脈を受け継ぎ、凄まじい魔力を…ネギくん、君のお父さんであるサウザンドマスターを凌ぐほどの力を持っているのです」

「えっ…」

「その力は我々、西を打倒することを容易くできるほどのものです…もっとも利用の仕方によりますがね」

「なら、今回のあの敵の目的は…木乃香さ──」


──ゾクッとくるような異様な気配を感じた。
この気配は襲撃の合った時と同じ──


「──ネギくん、明日菜くん、すぐに他の皆さんの元へ急いでください!!守護結界が破られました!」


詠春さんが叫んだ。
その声に反応して、アスナさんがまず飛び出した。


「長さんは?!」

「私は、迎撃に回ります!ご武運を」

「はい!」


僕も、アスナさんを追いかけて、部屋から飛び出す。
その途端、悲鳴が聞こえた。


「カモくん、今の!?」

「嬢ちゃんたちの部屋だ!」


まさか、敵襲!?どうして!?
そんなことを考えながら、みんなの元へ急いだ。



──Side Negi OUT


──Side Eisyun


さて、本当なら、ネギくんには知っておいてもらいたいことが山ほどありましたが…時間がなくなりましたか。
士郎くんが本山の麓で足止めを受けていた時点で、襲撃される可能性が高いとは思っていましたが、こうも易々と守護結界を破ってくるとは…。


「そこにいる者、出てきなさい」


守護結界が破られた直後から感じた禍々しい気配がすでに近くにあった。
まるで存在を隠す気がないようで、その気配は探らずとも感じられた。


「さすがは、かの英雄の盟友といったところか」


闇の中から柏手が響き、声の主が姿を現した。
…過去の士郎くんの報告で聞いたことのある姿かたちをした人間ですね…。
確か名前は──


「──言峰綺礼」

「ほう…私の名前を知っているのか、近衛詠春。いささか、面白みがない」


士郎くんの報告によれば、戦ってはならない相手。
いや、むしろ、戦ってほしくない相手と言うべきでしょうね。
士郎くんがあれだけ曖昧な報告をしてきたのは、彼についてだけでしたしね。


「私としては、ただの語らいで済ましたいところなのだが…やるかね?」

「士郎くんから、耳を傾けるなと助言を頂いてますからね」

「そうか。では、衛宮士郎について知りたくはないのかね?」

「…っ」


知りたいことではある。あまり、彼は自分について語らなかった。
あの外套にしても、あの魔法にしても、あの技術にしても、分からないことだらけだ。
でも、それでも──


「──私は…彼を信じます」


士郎くんは、約束を守ってくれた。
木乃香や刹那くんの為に、いろいろと頑張ってくれた。
私の無茶な願いを聞き入れ、何年もナギの捜索をしてくれた。

だから、私は、彼を信じる。


「そうか、ならば、かかってくるといい。旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)のサムライ・マスター」

「京都神鳴流、近衛詠春──参る」


──Side Eisyun OUT



────あとがき────

原作準拠にしようか、それともオリジナルの展開に走ろうか悩む。
なんというか、わかりやすいくらいスランプ。
直るまで、時間がかかるかもしれません。
モチベーションが上がらないからかなぁ…完結まで頑張ります。



[6033] 立派な正義に至る道53
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/07/04 00:27





月詠は病院の入口に放置してきたが…大丈夫だろうか。
警察や病院関係者等、一般人に見つかるわけにはいかなかったから、確認できなかった。
四肢が折れるというあり得難い怪我について答えられないからな…。

看護師辺りが見つけていると思う…「ゆうかいやー」とか、騒いでいたしな。

まあいい。今は時間が惜しい。
足止めを食らって、大体20分近く経過している…。

詠春さんが粘っているなら分からないが、襲撃は終わっているだろう。
相手の勝利か、こちらの勝利か…。
急ぎたいが…これ以上無茶をできない。

魔力、体力ともに、使用できる量は全快時の半分程度。
腕を斬られたが、動くし鈍っていないし、そこは特に問題はない。

月詠にはかなり粘られてしまって体力と魔力が削られたからなぁ…おかげで、キツイ戦いになりそうだ。
昼間から連戦続きだったし…仕方がないとはいえ、弱音を吐きたくなる。吐く気はないけど。
この程度で弱音を吐いてたら、アイツに申し訳が立たない。
そうだろ──

……


──ッ…拙いな…。

麓から見ても分かる。本山中枢の結界が消えていた。
あの結界はそうそう破れるものじゃない。
急がないとっ…。

感覚を鋭く研ぎ澄ましながら、山を駆け登る。

戦闘の気配は感じられな──いや、ある。
屋敷の方角…だな。気配が濃くなってきているところからして、まず間違いない。

月詠との戦いであまり使わなかった干将・莫耶を手に取る。

もうすぐ着く…備えておかなけれ──ッ気配が消えた…。
…戦闘が終わったか。
どちらが勝ったか、それによって動き方が変わるが…今はとにもかくにも進まないと…。

出来る限り、足を速める。ようやく、屋敷が見えてきた。
そして、瞬時悟れた。

負けたようだな…。

冷静でいる自分に嫌気が指しながら、人の気配を探る。

………居た。

唯一感じた気配のところへ向かう。


「──ッ…詠春さん!!」

「…士郎くん、ですか…」


廊下の壁にもたれかかりながら、息を整えている姿を見て、急いで駆け寄る。


「見ての通り、やられてしまいました…」

「…結構もらったみたいですね」


服を捲る。全身に痣ができている。何本かアバラを折られていてもおかしくない程度には攻撃を受けたようだ。
治癒術でも使ったのか、特に目立った外傷はない。ただ、少し息が荒いとことを見ると、体力はかなり削られたようだ。


「一応、治癒術の心得はあるので、施しはしました。ただ、そのおかげで動けそうにありません…」

「…忠告したはずですよ?」

「よく、分かりましたね…」

「…何度か戦ったことがありますからね」


戦ったという表現を使うのはどうかと思いながらも、そう答えた。
ある程度戦況を聞く……どうやら、木乃香ちゃんが攫われたらしい。


「他のみんなは?」

「木乃香を攫った敵を追いました…私もすぐに追わなければ」

「来るなら、もう少し休んでから来てください。今の貴方では足手まといになりかねない」

「キツイことを言いますね…これでも、まだネギくんや刹那くんよりも強いつもりですよ?」

「ええ、そうだと思います。ですが、敵の目的は貴方でもある」

「…どういうことですか?」


敵…天ヶ崎千草の目的が俺の解放であること。
天ヶ崎の意図、木乃香ちゃんや刹那を狙う理由、その全てを話した。
それを聞いて、詠春さんは渋い顔をした。


「そういう事情があるとは…いやはや、予想外と言いますか」

「すいません、詠春さん。全ての原因は俺にあり──」

「──いいえ、士郎くん。私です」


真剣な眼差しを向けられながら、そう言い切られた。
これ以上、先の言葉は言わせないと言わんばかりに…。


「…しかし」

「貴方が背負う必要はありませんよ。私が貴方を縛りつけ、天ヶ崎千草を狂わせたのですから」

「それは詭弁──」

「──詭弁じゃない。私が指示し、君も彼女もそれを行った。その結果、問題が起きた。その責任を私が負わずに誰が負うというんだ」

「…っ」

「士郎くん、分かってください。それが私の立場なのですから」


ああ、そうだ。詠春さんは長だ。
関西呪術協会のトップであり、その責任は全て彼が背負っている。
だけど、そんなこと、オレは許せな──


「──だから、君は何も背負わずに、皆を助けにいってください。気負えば、剣は鈍り、焦りが生じ、何もうまくいかないですから」


ああ…敵わないな。そう思った。
それと同時に食えない人だと、思った。


「…わかりました。だけど、一つだけ、背負わしてください」

「…何をです」

「誓いを。必ず、皆を助けるという」

「…ええ。お願いします」


微笑む詠春さんに背を向けて、外に目を向ける。
それとほぼ同時に、屋敷の外れに戦闘の気配を感じた。
屋根に登り、気配の位置を視認できた。
その気配の元へ、跳んだ。


もう少しだけ、待っていてくれ。



──Side Setsuna



宴の途中、長に呼び出された。
なにかあったのだろうか…。


「失礼します…っ」

「ああ、刹那くん。ご苦労様です」


異様な緊張感がそこにあった。
息がし辛い。なんでここまで張り詰めている…。


「私のようなものに何用でしょうか…」

「そうかしこまらないでください。ただ、お礼がしたかっただけですから」


本当にそれだけだろうか?いや、それはない。
私と話しながらも、長は尋常じゃないほど、集中しておられる。


「この2年間、木乃香の護衛をありがとうございます。特に危険はなかったようですが、苦労をかけたことでしょう」

「い、いえ、このちゃ…お嬢様の護衛は元より私の望みでしたから…ですが、長。私は今日、お嬢様を危険な目に──」

「──それはそれです。貴女が頑張っていなかったわけではないでしょう?」

「それは…そうです」

「なら、素直に受け取ってください。あと、木乃香が力を使ったと報告を受けましたが?」

「はい。重症のはずの私の傷を完全に治癒するほどのお力をお持ちです」

「…なるほど。刹那くんが大事に至らずに済んだのなら、あの子も喜んでいるでしょう」


長があまり見せたことのない表情をされた。
この表情を見たのは記憶にある限りでは3度目。
士郎さんを送って帰って来た時、このちゃんを送って帰って来た時にこの表情をされていた。
どういった気持が渦巻いているのか私には分からない…でも、悲しそうに見えた。


「さて、刹那くん、木乃香の力の発現は今後顕著になっていくと思いますか?」

「おそらくは…」

「…なら、隠し通すのも難しいでしょうね。木乃香にはこちら側の世界を知らないで普通の女の子として生きてほしかったですね…」

「も、申し訳ありま──!」

「──謝る必要はありませんよ。いつかはこうなると分かっていましたから」

「長…」


長の親の顔を見たのは、久しぶりだった。
長がその顔をされた瞬間、緊張感で張り詰めたこの部屋の空気が少しゆるんだ気さえした。


「刹那くん、君の口から木乃香に教えてやってください。魔法のこと、自身のこと、その全てを」

「…分かりました」

「ありがとうございます。では、宴に戻ってください」

「…はい」


とりあえず、部屋を出る。息を吐く。妙に緊張した。
…なにかあるのだろうか…士郎さんも来ていないことだし、もしかしたら…。
首を振って、思考を切り替える。
守護結界があるし、士郎さんもすぐくるだろうから、今はどうやって伝えたらいいのか、考えよう。

……どうやったらええやろ…。
このちゃん、信じてくれるやろか…そこが一番心配や…。
直接的に言っても信じてもらえへんやろうし、かといって、婉曲的に伝えても伝わるかどうか…。
…うーん…………ああいってもこのちゃんやと…。

どないしよ──って、もう部屋の前に着いてしもうた…。
あとで、考えるしかないか…はぁ…。


……



宴が終わり、このちゃんと二人っきりになる機会を何とか作れた。
ただ、みんなからすごく変な目を向けられたような気がする…。
ユリとかいう言葉が聞こえたけど、どういう意味なんだろうか。


「せっちゃん?」

「えっと、その…」

「?」


どうやって切り出せばいいんだろうか。
というか、さっきからこのやり取りを何度繰り返していることか…。
長、正直、こういうことは私に頼むべきではないです…。


「…そんなに話しにくいことなん?」

「まあ、その…はい」

「どんなことなん?曖昧でええし」

「…信じられない話、ですね」

「そうなんやー…でも、ウチ、信じるえ?」

「え?」

「せっちゃんが話したいことなんやもん。疑う気なんて全然あらへんよ」


綺麗な笑顔…ああ、そうだ。これが、このちゃんなんや。
こんなに信頼してくれてるのに、ウチは…情けない。
ちゃんとしっかり話そう。そして、受け入れてもらうんや。


「このちゃ──」
『──きゃああああああああ…』

「──ッ」


悲鳴が聞こえた瞬間、ただならない気配を感じた。


「今の悲鳴…のどかの声ちゃう?」


…襲撃と見た方がいいか。長はこれに備えていたのか。
でも、何故伝えてくれなかったのか…いや、今はそんなことを考えるな。
このちゃんを…お嬢様を守り通せ。


「…このちゃん、いえ、このかお嬢様…よく聞いてください。今、ここは悪い人たちに襲われています」

「え…悪い人って、シネマ村のときの?」

「そうです。そして、お嬢様が狙われているかもしれません。だから、逃げます」

「で、でも、ネギくんやらアスナとか大丈夫なん?…」


このちゃん…ごめん。嘘つく。


「…彼らには士郎さんがいます。だから、安心してください」

ぱっと明るくなって「士郎がおるんやったら、安心かー…」というこのちゃんに罪悪感を覚えながら手を引く。


「では、行きますよ」

「うん──」

「──どこに行く気だい?」

「ッ!」


いつの間にか目の前に、白髪の少年がいた。
得体が知れないと士郎さんが言っていた通り…本当に得体が知れない。


「このちゃん、下がって」

「…うん」

「やれやれ、あまり手荒いことはしたくないんだけどね」


夕凪を構え──


「──でも、君じゃあお姫様を守るには役不足かな」

「な──ッ」


一瞬で懐に入り込まれた!?防御──ッ


「──ッかはっ…あ…っく」


廊下の柱にたたきつけられた…くっそぅ…。
予想以上に衝撃が…動けない。


「せっちゃん!」

「…君も眠らせておいた方がいいかな」

「く…」


白髪の少年が近づいてきて、何か呪文を唱えている。
ああ…なんて無様。守り通すとか言いながら──


「──プノエー・ペト──ッ」


詠唱の途中で、いきなり少年が倒れた。
いや、違う。このちゃんがタックルして、倒したんや。


「止めえ!!せっちゃんになんかするんはウチが許さへ──「──あまり邪魔をしないでほしいな、お姫様」あ…」


白髪の少年の拳がこのちゃんのお腹に打ちこまれた。
…ウチを助けようとして、このちゃんが殴られた。


「これで大人しく…あれ、もう立てるんだ」

「このちゃんを…離せ!」

「…嫌だと言ったら?」

「斬る!」


夕凪を構え、突っ込む。


「…なら、眠ってもらお──」

「──やめておきたまえ。目標は達成したのだから」


不意に感じた気配に横薙ぎに吹き飛ばされた。
気の強化をまるで無視したような一撃に、意識がとびそうになる。


「コトミネ…もう終わったの?」

「中々に骨が折れたがね」

「なら、退こうか」

「その方がいいだろう」

「ま…て…」


さっきの一撃が足にきているが、夕凪を杖に無理矢理立つ。
行かせるわけにはいかない。


「ほう…アレをまともに受けて立ちあがるとはな」

「お嬢…さまは…渡さない…」


コトミネと呼ばれた、神父姿の男性は淀んだ目で私を見据えた。
その瞳で見られた時、背筋に悪寒が走った。


「…ふむ…なるほど。衛宮士郎がここにいる意味がよく分かる」

「どういう、意味だ…」

「…まだ知るべきではない。が、知りたいかね?」

「…なにを言っている…」

「衛宮士郎について、知りたいかね?」


口元を歪めながら、そう問いかけてくる。
…違う…今は、そんなことを考えてる場合じゃないのに…。
私は……違う…このちゃんを助けないと…でも…。


「コトミネ…時間がない」

「…ふむ、それなら仕方があるまい。行くとしよう」

「…待て!」


夕凪の切っ先を敵に向ける。
やせ我慢だ。まだ、足は震えている。
それでも…それでも──


「──追ってくるといい」


その一言を残し、影に消えた。
このちゃんも白髪の少年も一緒に…。


「くそ!!!」


地面をたたく。

自分が情けない。
このちゃんに守られて、敵に惑わされて、何もできなかった。
…このちゃん、護れなくてごめん…。


「刹那さん!大丈夫ですか!!」

「ネギ先生…アスナさん…このちゃんが攫われました…」


泣きたかった。どうしようもない自分に涙が出そうになる。


「なら、すぐに追いましょう!」

「そうよ、刹那さん!」


ああ…そうか。後悔してる場合じゃない。すぐに追わないといけない。
自分を奮い立たせる。


「そう、ですね…行きましょう!」


このままじゃあ、士郎さんを驚かすことなんて夢のまた夢だ。
痛みはある…でも、すぐに追わなければならない。


「落ち着きなさい…3人とも」


凛とした声が響いた。
バッと声のした方を向くと、長が廊下の壁にもたれかかっておられた。


「長、無事で──」

「──いえ、かなりやられましたよ…おかげで立てそうにありません」


長ほどの実力者が誰に──

『中々に骨が折れたがね』

──あの顔が不意に頭をよぎった。


「コトミネ…ですか?」

「…会いましたか」

「はい…アイツは一体?」

「分かりません。かなりの実力者であることは確かです。それよりも、戦況を」


ネギ先生たちが屋敷の様子を、私が敵について、報告する。
それを聞いて、長は渋い顔をしている。


「…士郎くんの到着を待っていては、間に合わないかもしれません」

「なら…」

「…すぐに追ってください。私は…援軍の要請を出してみます」

「はい、分かりました」

「ご武運を」


気をたどって敵を追う。

移動しながら、カモさんの策を聞こうとした。
でも、先に聞いていたらしいアスナさんとネギ先生が却下していた。
曰く「士郎さんがいるから」らしい。
…どういうことだろうか。

とにもかくにも、もうすぐ追いつける。

絶対に助け出す…このちゃん。



───あとがき───

無駄に長くなったな。切るところがなかった所為で…終盤の雑さが目立つ。
でも、今回は直せそうにないな…。直し方が分からない…ははは…。

質問があがっていたので、返答をば


Q,なんで士郎は月詠の四肢を折るとかいうえげつない方法をとったの?気絶させりゃあいいじゃん。

A,一応、描写したつもりだったのですが、読み取れなかったようで申し訳ありません。

50話終盤辺りの文章抜粋…『戦闘狂か…かなり厄介な輩だ。そう簡単に気絶させることができないからな…』
52話序盤辺りの文章抜粋…『冷静に状況を判断するなら、彼女の中で脳内麻薬の過剰分泌が起きているのだろう』

と、書いているように脳内麻薬の過剰分泌によって気絶しないようになっておりました。
なので、四肢を折り、動けなくするという方法を取ったわけで。殺したくないからこそ。

疑問があれば、いくらでも答えます。では、次回。



[6033] 立派な正義に至る道54
Name: 惨護◆75444e88 ID:5bf5af3b
Date: 2010/07/07 18:35




森を抜けると、大量の鬼に囲まれた刹那と神楽坂が確認できた。
遠距離から援護射撃につとめても良かったが、状況が把握できていない。
急ぐべき状況なら、なりふり構っていられないだろうし、状況を把握するためにも、二人と合流することにした。


「すまない、少し遅れた」

「士郎さん!」

「ネギくんは?」

聞かずとも刹那の目を見れば、すぐに分かった。
…話しながら、策を巡らせておくか。──オン。

「天ヶ崎千草に追いつくものの、天ヶ崎は多数の鬼を召喚し、離脱した為、単騎で救出に向かっています」

「なるほどな。だから、こういう状況なわけか」

「ところで、士郎さんは今までどこに?」

「月詠に少し足止めを食らっていてな。間に合わないですまなかった…」

「いえ!それなら仕方がありませんし、こうなったのも私が護りきれなかった所為ですから」

「いや、俺の所為だ。俺が間に合っていれば」

「いえいえ!私が弱かったからです!」

「そう、意固地になるなよ」

「意固地なっていません!むしろ、士郎さんの方が意固地になってませんか?!」

「む…そういうことを言うか──」


「──あんたらー!!!痴話喧嘩はよそでやれー!!!」


鬼と必死に応戦している神楽坂が泣き笑いしながら、ツッコミを入れてきた。

「痴話喧嘩なんぞ断じてしていない」

「うっさい!」

「いや…」

否定しようとした。だけど、そうさせてくれないらしい。
主に周りの鬼たちが。

『あんなん見せつけられたらこっちのやる気なくなりまっせ』『ほんまほんま』『なんやら暑いわー』『ここだけ夏なんちゃうか』

あからさまに聞こえるように言ってくる。
嫌みか?いや、嫌みだ。なんだこれ、帰りたくなってきた。

「ほら!鬼にも言われてるじゃない」

鬼に背を向けて、ハリセンを突き付ける神楽坂。
その後ろでうんうんと頷く鬼たち。
赤くなって縮こまる刹那。

「…なんで総スカンを食らう」

空気が凍った気する。というか、何で皆さん、白い目を向けておられるんですか?
訳が分からず、刹那を見ると、刹那まで白い目をしていた。

「…士郎さん、ここ任せていいですね?」

「あ、ああ…」

「では、行きますよ。神楽坂さん」

「え、え?い、いいの?」

「いいんです──そこ、どけ」

その一言で鬼たちが割れた。

『おなごのひすてりーっちゅうんはおそろしいもんやな』『ほんまほんま』『なんやら寒いわー』『ここだけ冬ちゃうか』

さっきと同じように厭味ったらしく声をあげている。
が、刹那が一睨みした瞬間、黙った。
ついでに、俺も睨まれた。意味が分からない。本気で帰りたい。

「士郎さん」

「な、なんだ?」

こ、心が読まれたか、と思い、ついどもってしまった。
だけど、刹那の目を見て、違うと気付けた。

目は口ほどものを言う、か…。

「…行きますよ」

「せ、刹那さん!待ってよ!」

さくさくと済んでいく刹那を追いかけて行く神楽坂。
二人を見送り、体勢を整える。

刹那…心配するな。
これくらい、乗り切ってやる。

「いいのか?」

一人だけ明らかに格の違う鬼に声をかける。
コイツがこの軍団の頭だろう。
雰囲気、図体、殺気、どれをとっても頭一つ抜けている。

『何を言うとんねんアカンにきまっとるやないか』

「でも、道を空けた。何故だ?」

『あんさんがそないなこと言うか?あの場面で、襲ってみい。ワシらが後ろからやられとるやろ』

「数で押せば、わからないだろう?」

『そうかもしれん。けど、そうやないかもしれん。ワシかて、こいつらの親分や。そうそう危険な判断くだせるかいな』

存外に頭が回るらしい。
こういう相手はやり辛い。

もし、襲いかかっていれば、使えていたのだが…仕方ない。

──全投影待機解除。

刹那と無駄話をしながら準備した設計図を全て崩す。
一対多で、全投影連続層写(ソードバレル)を正面から使ったら隙が大きすぎるからな…。

気持ちを切り替えて、夫婦剣を構える。

『ん?双剣………ぐわはははははははは!!』

「なにが可笑しい?」

『なるほどな、わしが自然と警戒したんも納得言ったわ!』

破顔し笑い始め、なにか一人で納得しているようだ。
気にせずに突っ込むべきなのだろう。だが、突っ込んではならない。

『…さて、やりあおか』

鬼は己の身丈ほどある棍棒を二つに割り、両手に構えた。
まるで、俺の戦い方に合わせたように…。

「…俺を知っているようだな」

『なんや、ワシしか気付いとらんかったんかい…おもんないやっちゃなぁ』

「それはすまないな。あいにく鬼の知り合いはいないつもりだからな」

『久方ぶりやのに、つれへんのー…坊主』

「…そういうことか」

坊主…そういう響きで俺を読んだのはコイツしかいなかったから、すぐに思い出せた。
コイツとやりあったのは十年前、詠春さんに試されたときだ。
あの時もコイツは同じように召喚された鬼を統率していた。
俺はすぐに倒し、軽く言葉を交わした。その程度の関係。

「よく、覚えていたな」

『もう一度、手合わせしたい思うとったからな』

「…厄介な相手に覚えられたもんだな」

確実にあの頃より強い。
おそらく、力任せの攻撃だけじゃないだろう。
長期戦だけは避けなければな…。

『てめえら!手ぇ出すんやないで!!』『了解でっせ、オヤビン!!』

周りを囲んでいた鬼たちが少しずつ離れ、俺とコイツだけ残された。
さながらコロッセウムのような舞台だな…。

『ほな、やろか』

「…ああ。一つ聞くが、俺が勝ったらどうするつもりだ」

『そうやな…手ぇひいたるわい』

「その言葉、二言はないな?」

『約束は守るわい』

「…なら、やろうか」

一気に空気が張り詰める。

まともにぶつかれば、不利であろう。
策を巡らせられるような舞台じゃない。
もとより、こういう舞台でやるのは性に合わない。
それでも、やらなければならなかった。
相手が武人としての闘いを望んでいたのだから。


『──フンッ!!』


先に動いたのは鬼。巨躯の体からは想像し難い早さで突っ込んできた。
振り下ろされる双棍。地面をわらんばかりの力強さだ。
あの頃に比べれば、確実に強くなっていた。
鍛え直し、ここまで鍛え上げてきたのだろう。


だから──全力で潰す。




『──なッ』



双棍を弾き上げる。


「悪いが、時間がない」


双棍を弾きあげたことによって空いた胴に夫婦剣を突き刺す。


『──グッ!』


うめき声を上げたが、まだ動けるであろう。
このまま腹を裂ければいいが、相手の鍛え上げられた肉体をこの状態からはそう簡単には引き裂けないだろう。
だから、背を向け、離れた。


『まだ勝負は──』


できれば、こんな風には戦いたくなかった。
だが、時間をかけていられるほど暇がない。


「──壊れた、幻想(ブロークン・ファンタズム)」


その一言で、鬼は爆発した。
観衆である鬼たちは茫然とその様を見つめていた。
が、すぐに囲んでいる鬼たちの雰囲気が変わった。

『何をやっとるんやあああああああああ!!!』

鳴り響く怒号。膨れ上がる殺気。迫りくる暴力。

逃げることは不可能。
殲滅しなければならない。

方法検索…。

固有結界『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』の発動。
範囲内の敵せん滅を最も効率よく可能。
魔力量からして、もって一分程度。

十分だ。30秒で終わらせる。


「──I am the bone of my swo──(体は剣でできてい──)」

『やめんかい!!!どあほうども!!!!』


爆発の中心から響いた怒声に俺も鬼たちも止まった。
目をやると、そこにはあの鬼が這いつくばっていた。

「…生きていたのか」

『下半身持ってかれてもうたけどな。まあ還りさえすりゃあなんとでもなるわい』

豪快に笑っているが、正直痛ましい姿だ。

『オヤビン、何で止めるんや!!』

『うっさい!ワイの負けやからや!!』

『やけど、あないな…』

『負けは負けや!!それにこれ以上口答えするんやったら、還った時豪い目にあわすで!?』

『りょ、了解』

『なら、はよ還らんかい!!』

『は、はいいいい!』

低級であろう鬼の大半はこの鬼の怒号を聞いてビビったらしく、消えた。
だが、ある程度の強さを持っているであろう鬼がぽつぽつ残っている。

『すまんなぁ…こんな状態やなかったら、言うこときかすんやけど』

「充分さ……すまない、ありがとう」

心からの謝罪と感謝を告げる。
その言葉を聞いて、目の前の鬼は豪快に笑い飛ばした。
そんなもの、気にしていないと言わんばかりに。

『ぐわははははは…また変なこと言うて。ワイはただ約束を守っただけやで?』

「それでも…だ」

『…ほんま変なこと言うやっちゃな…気にせんでええねん。あんさんが選んだことやろ?』

前の時も鬼…いや、彼はこんな感じで真理をついてきた。

気にするな…か。

「……そう、だな」

『ほな…また会おうやな──』

限界だったのだろう…全部言い切る前に彼の姿は消えた。
…ああ、また会おう。願わくば、戦場ではない場所で。

「…さて」

感傷に浸ってる場合じゃない。
まだ、鬼は残っている。
数は二十程度…実力は低級とは違うから時間がかかるだろう。

今はまず、目の前の敵を全力でたたきつぶそう。

俺の目的の為にも。


──投影、開始(トレース・オン)


「かかってこい、化け物」





──あとがき──

この話と言うか、あの鬼の親分との戦いをようやく書けた…。
ちなみに、鬼の親分の初登場は多分9話です。Side Enemyの回です。
結局、さっくり終わりましたけどね…。



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