山本が泣いている夢を見た。
どこまでも黒が続く空間の中で山本は泣いていた。
僕はそれを高いところから見つめている。


その距離は丁度、応接室から校庭を見下ろす時と同じ位だった。






Missing 03






今日もいつものように太陽の日が傾きかけたのに気付き山本の病室を後にした。
日に日に山本は回復していく。今日はやけに笑うな、と思っていたら、どうやら口端に纏わりついていた瘡蓋が取れたのだという。
身体の傷は驚くスピードで癒えていくが、相変わらず山本の目を覆う白すぎる包帯はそのままだった。
山本は、目について触れない。いまだに取れることの無いそれを、まるで身体の一部として受け入れているみたいに、まったく気にしていないかのように振舞うけれど。そんなわけ、ない。
本人でない僕がこんなに気になるのだ。山本が気にならないわけないんだ。
どんな気持ちで「大丈夫」と言うのだろう。どんな気持ちで笑っているのだろう。
あんなに大事だと言っていた野球ができなくなるかもしれない不安に押し潰さそうなくせに。怖くて仕方無いくせに。
山本がそんな風に、何でもないみたいに振舞う度に胸がぎゅっと苦しくなった。
僕はその度に「そんな風に笑うな」と言いたくなるのだけど、僕の所為でこうなった手前、その言葉は声になることはなかった。



雲雀、学校行ってねぇんだってな
……
悪い、ツナに聞いた
…そう
ホントに、無理してねぇ?
迷惑なら、もう来ない
迷惑なんかじゃねぇよ!そうじゃなくてさ
…なに
迷惑どころか、助かってる
…助かる?
うん、なんかさ、雲雀といると安心するんだよな



そう言って僕の頬を撫でた山本の手の温かさを思い出した。
僕はその時、表しようの無い感情が溢れそうになって、慌てて席を立ってしまった。山本は不思議そうにしていたが、それ以上何も言ってこなかった。

もうこれは、山本が事故に合ってから何度も思っているのだけど、山本は本当に馬鹿だと思う。
僕を庇って大怪我をしたのに、僕の所為で失明の恐れまであったのに、それでも山本は僕と居て安心すると言う。
どうして。僕には分からない。ずっと考えているけど、どうしても答えは見つからない。
山本の感情は読み取ることが出来ないくせに、自分の感情ばかりに敏感になっていく。
山本と離れるのが怖い、なんて、気付きたくなかった。こんな感情は知りたくなかった。

本当の馬鹿は、僕なのかもしれない。




気付くと僕は学校の前に立っていた。
あんなに行く気になれなかったのに、今朝の妙な夢のせいか、脚が勝手に動いていたみたいだ。
僕は吸い寄せられるみたいに校舎の中へ入り、勝手知ったる足取りで応接室に向かう。すで授業は終わっていて生徒達は部活動に励んでいるため、校内に人影は少ない。
久しぶりに応接室に入ると、そこはいつも通り小奇麗だった。風紀委員が毎日掃除をしているのだろう。
日が傾いてオレンジ色に染まる部屋が懐かしかった、僕はいつも、ここから校庭を眺めていた。
グラウンドには必ず山本の姿があって、バッティングをしていたりキャッチボールをしていたりでいつ見ても楽しそうだった。ごく稀に目が合うと、決まって山本は大きく手を振って僕の名前を呼んだ。その度に僕のトンファーの餌食になっているくせに、山本はやめようとしなかった。

カキーン、というバットとボールのぶつかる音に僕の思考は途切れる。
僕は窓を開けると、そこから校庭を見下ろした。
そこでは野球部や陸上部など、様々な運動部が活動している。もちろん、山本の姿はない。
あの、嬉しそうな、楽しそうな、馬鹿みたいな笑顔は、ない。

僕はズルズルとその場にしゃがみ込んだ。



山本はあの夢のように、一人で泣いているのだろうか。




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