山本の負った怪我は、医者も驚くスピードで回復していった。
医者は山本の驚異的な体力を褒めていたが、両目の話には一切触れなかった。
Missing 02
大きく開いた口の中に、昼食として出されたデザートのゼリーをそっと入れる。ぱくりとスプーンごと口に含むと、おいしそうに唇が綻んだ。
山本は今だにその目を覆う白い包帯の所為で、一人で昼食が食べられないため、僕は毎日こうして手伝っている。山本が大喜びするのは何となく気に食わなかったが、暇だしまぁいいか、と思うようにしている。
最後の一口分を山本の口内に運び、「もうないよ」と言うと明らさまに不満気な顔をした。こういう子供みたいな仕種に今の僕はいちいち安心してしまう。
空になった食器を片すために席を立った。
「なー雲雀」
「なに」
「ちょっと、聞いてもいいか?」
山本の真剣な声にどきりと胸が嫌な動きを見せる。しかしそれを悟られないように振舞うのは僕の得意分野だ。
僕がもう一度、なに、と聞くと山本は少しだけ言い辛そうに話した。
「いつもこの時間に来てくれるけどさ、雲雀、学校は?」
山本の質問に僕はすぐに答えられなかった。
僕がこの病室を訪れるのは、大体お昼で、時間でいうと12時から15時くらいだ。
確かにその時間帯は本来なら学校で、この病室を訪れることはできないはずで。山本が不審に思うのも無理ないことだった。
だけど、僕にはこの時間帯しかないのだ。
夕方になれば、授業を終えた草食動物達が群れるし、日が落ちると店を早めに閉めた山本の父親が訪れてくる。その空間の中に入り込むなんて僕には考えられない。
休日に至っては20時ぎりぎりの、音楽とアナウンスが流れ出す時間に訪れるようにしている。(群れは帰っている時間帯だ)本当に少しの時間だけど、僕は必ずこの病室を訪れていた。
「雲雀?」
黙っている僕に山本が声を掛けてくる。
それでも上手い言葉が見つからなくて黙っていると、山本は少し間を置いた後に「まー、そういうときもあるよな」と言った。優しい声だった。僕はやっと椅子に座った。
僕は最近、学校に行っていない。
山本が事故に合ってからすぐは見舞いに行きつつも学校にも行っていた。だけど、途中から嫌になってしまった。最初は何かの間違いだと思ったのだけど、学校に向かう時の足取りが重くて仕方なくなってしまったのだ。
学校に居ても、考えるのは山本のことばかりで、応接室のソファの上で来るはずのない山本を待っている自分に気付いたりして。
はっきり言うと、僕は混乱していた。あの、事故の日からずっと。理由の分からない、ぐちゃぐちゃした感情が僕の中にあって。それが僕を戒めている。どれもこれも初めての感情で、頭がついていけなかった。
太陽の位置が下がってきたことに気付いて時計を確認すると、ちょうど15時を回ろうとしているところだった。
僕は静かに席を立つ。
「じゃあね、また明日来る」
「…ムリして来てないよな?」
「…なに、来て欲しくないの」
「違う!嬉しいよ、すげぇ嬉しい」
明日も待ってるな、山本は、そう言って笑った。
「山本、具合どう?」
賑やかな足音と複数のよく知った声に山本がベッドから身を起こすと、数回のノックの後にやはり予想通りのメンバーが部屋に入ってきた。
「だいぶ、顔色も良くなってきたね」
「10代目!そんなお優しい言葉を掛けてやる必要は無いんです!こいつは自分の不注意で怪我したんスから!」
「ランボさんも来たもんねー!」
「ああもう病院では静かにしてくれ!」
相変わらずなツナ達のやりとりに山本が「まーまー怒るなよツナ」と言うと、ツナが呆れ果てたように椅子に座ったのが分かった。
最近では、足音や気配で誰が側にいるのか、どんな様子なのか、何となく分かるようになってきた。勝手な予測でしかないのだけど、何となく当たっている自信はある。
きっとランボは見舞いの果物に目を輝かせているだろうし、獄寺は煙草が吸いたくてうずうずしているに違いない。
そして、雲雀は。山本は気付いていた。最近の雲雀の様子がおかしいことに。そして、その理由にも。
「皆、元気にやってるか?」
「うん、毎日山本の心配してるよ」
「はは、ありがてぇけど心配の必要はないぜ、だいぶ良くなったしな」
「早く退院できるといいね」
ツナの優しい言葉に「おう」と返すと、ランボがリンゴを発見したらしく「切って切って」と騒ぎ出す。
ツナが若干疲れたようにリンゴを手に取ると、獄寺が「10代目にやらせるわけにはいきません!」とツナの手からリンゴを奪ったようだった。しばらくしてシャリ、と水々しい音が聞こえてきたから、獄寺が常備されているカッターナイフでリンゴの皮を剥き始めたのだろう。
「そういえばさー」
「え?」
「雲雀は、どうしてる?」
シャリ、という音が止まった。
ツナを纏う空気も若干変わった気がした。
「それがさ、学校来てないみたいなんだ」
「…そ、か」
やはり、雲雀は学校に行っていない。
詳しい理由は分からないが、この状況で自分が関わっていないなどと思うほど山本は鈍感ではかった。
雲雀はきっと、多分、自分を責めている。決して自分からは口にしないが、山本には分かる。
根拠のない、ただの予測でしかないのだけど、山本には分かってしまうのだ。
「雲雀さん、会いにくるの?」
「まー、時々な」
なんとなく毎日来てくれるとは言えず、山本は言葉を濁した。
ツナはそうなんだ、と言うとそれ以上深く入り込んでくることはせずに、なかなか上手くリンゴの皮を剥くことのできない獄寺からリンゴを奪い返し、するすると皮を剥き始める。獄寺の「すみません」という恥ずかしそうな声が聞こえて、山本は思わず口元を緩めながら、背にした枕に体重を預けた。
ツナ、ありがとな。
リンゴの皮を剥く音だけが病室に響いていた。
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