獄寺は、困惑した表情で店内に立ち尽くしていた。
普段はきゃんきゃんと騒がしく吠えているくせに、彼の尊敬する10代目のこととなると途端にしおらしくなるらしい。
雲雀は壁に背中を預け、欠伸を噛み殺しながら、店員を相手に何やら真剣に悩んでいる獄寺の様子を眺めていた。
At sacred night
その売り場は、どれが売り物で、どれが飾りなのか判別しにくいぐらい、しかし高級感は失われないようにクリスマス一色に染め上げられていて、獄寺は落ちつかない様子で辺りをきょろきょろと見回していた。
「どういった物をお探しですか?」
若い女性店員がにこやかに声を掛けてくるのに、獄寺はどこか緊張した面持ちでどう答えようか考えていた。
10代目はどういったものがお好きなのか。何をあげれば喜んでくれるのか。ああでもないこうでもないと思案していると、店員がにっこりと顔を綻ばせる。
「恋人へのプレゼントですか?」
「こ、恋人?!」
獄寺の大袈裟な反応に店員は不思議そうな顔をしていた。
それもそのはず、獄寺の顔がみるみるうちに赤く染まっていき、まるでトマトのようになってしまったのだから。
そんな状態の中でも懸命に「そうです」と答えた獄寺は「それでしたら此方へどうぞ」と店の奥に案内される。
そこに並んでいたのはたくさんの種類の指輪で。
獄寺はショーケースの中をじっと見つめたまま硬直してしまう。指輪を渡すという行為がどういうことなのか。いきなり指輪なんか渡して、10代目は困るのではないか。
暫らく、そうして動かなくなった獄寺に、店員が丁寧に声を掛けていたが。
正気に戻ったのか、何かを決意したような勇ましい表情で、真剣に指輪を選ぶ体勢に入った獄寺に、店員も安心したようだった。
たっぷりと時間を掛けて指輪は選ばれた。会計が済まされたところで、雲雀は凭れていた壁から身を離し、獄寺と共に店を出る。数えていた欠伸の数も、忘れてしまった。
「遅い」
「だから付いてくんなって言っただろーが」
店を出て早々文句を言い出した雲雀に獄寺は心底面倒くさそうに返す。
退屈だからと言って勝手に付いて来たのは雲雀だ。それに、獄寺は全力で拒否したのだ。しかし獄寺が拒否したところで一度付いていくと決めた雲雀が折れるはずがない。
そもそも雲雀がこういった店に付いて来ること自体が珍しく、きっと山本に何か買ってやるつもりなのかもしれない、と判断したから了承してやったのだ。しかし。
「お前は何も買わないのかよ」
「どうして僕が」
尊大な態度ではっきりとそう言い放った雲雀に、この時ばかりは能天気な古馴染みを不憫に思う。
道端に停めていた車に乗り込み、エンジンを掛け、暖房を入れる。当然のように助手席に座る雲雀に、不憫な古馴染みは相当こいつを甘やかしてるな、と獄寺が心の中で悪態を吐くのも無理はない。
アジトに帰るべくハンドルを回す獄寺は気付かなかったようだが、雲雀の視線はずっと獄寺が購入した指輪を捕らえていた。
「どうして指輪なの」
「は?」
突然の雲雀の言葉に獄寺は咥えていた煙草を落としそうになる。
「沢田にあげるんでしょ?指輪」
「…だからなんだよ」
「どうしてわざわざ指輪なの?」
獄寺は少なからず驚く。雲雀がそんなことを気にするなんて、思いもしなかったのだ。興味深そうに指輪の入った小さな紙袋を眺める雲雀は、なんだか子供のようで。
獄寺は吸っていた煙草を携帯灰皿の中にねじ込んだ。
「別に、大した理由なんてねーよ」
「へえ?」
「10代目は俺にとって何よりも大切なお方だからな、ただそれだけだ」
自然に出てしまったそんな言葉に、獄寺は自らの顔を赤くさせる。なぜ、こんなことを雲雀なんかに言わなきゃいけないのだろう。
獄寺が照れ隠しに「つーか、お前には関係無えだろ!」と言うと、「そうだね」と簡素な台詞が返ってくる。
なんとなく不振に思い、チラリと隣に座る雲雀の様子を伺うと、その視線は尚も指輪に向けられていた。しかしそのいつもと変わらない表情からは何も読めない。
獄寺は小さく溜息を吐くと、さっさと帰ってこいよ、と未だ遠く離れた国で奮闘しているだろう古馴染みに向けて思う。
雲雀が、それ以上何かを口にすることはなかった。
それが、「クリスマスイブ」と言われる日の一週間前のこと。
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