10年後パラレル
普段は絶対に人が集まるような場所へは出向かないのだけど。
しかし今は、食事を作ってくれるそいつは出張で家に居ないため、仕方なく食料を調達するため街へ出た。
店の壁や、道端の木が、けばけばしいとさえ言えるようなイルミネーションに包まれていることに気付いても別段、何を思うことも無かった。
浮ついた様子を鬱陶しいと思うことはあったとしても、その日を待ち侘びるだなんて、絶対に、ない。
At sacred night
ことの発端は、雲雀のもとにかかってきた一本の電話だった。
真夜中過ぎに掛かってくるそれは、ほとんど日課に近いものになっている。
詳しい仕事内容は知らないが、山本は今香港にいる。マフィア同士の抗争が長引いているのか、なかなか帰れねーなあ、とつまらなそうに零すこともあったのだけど。
「クリスマスイブにはさ、帰れると思うんだ」
電話の向こうで、まるで物凄い秘密を打ち明けるかのように密やかに、それでいて嬉しさが滲み出そうになるのを抑えるようにそいつは言った。
対する雲雀は、それがどうした、と言わんばかりに「そう」と一言。しかし山本にめげる様子はない。
「だから、もちろんイブの予定は空けといてくれるよな?」
「だから、の意味が分からないよ」
そう言い放つと、ひばり〜、と情け無い声が受話器の向こうから聞こえてくる。
山本の言葉は相変わらず分かりにくい。どうして、山本が帰ってくることと、自分の予定を空けておくことが「だから」という接続詞で繋がるのか。
そんなことを考えていたため、暫し言葉を発するのを忘れていた。それを山本は良からぬ方向へ受け取ったらしく。
「もしかして、何か予定入ってたりするのか?」
少し低くなったトーンに、山本が落胆しているのが伺える。仕方無いので「予定はないよ」と言ってやると、先刻とは打って変わって「そっか」と嬉しそうな声が聞こえた。
「なるべく早く用終わらすから、その日は空けといてな」
「いいけど…君さ」
「ん?」
「そんな急ぐことないよ」
「なんで?雲雀は俺に早く会いたくねーのかよ」
「別に」
沈黙が流れる。言ってからすぐ、伝えたかった言葉と発した言葉が違うことに気付いた。沢田が、前に今回の山本の仕事は長期戦になると言っていたのを思い出したのだ。無理に急ぎ慌てることはない、と、そう言いたかったのだけど。しかし、気付いたところでそれを訂正する気など雲雀にはさらさらなかった。
それは、そんな会話が日常会話である証拠で。山本は雲雀が何を言ったって大抵は聞き流している。そして困った様に笑うのだ。そんな顔が、雲雀は嫌いじゃなかった。
少し間を置いて、山本の「素直じゃねえのな、そんじゃ、またな」と少し困ったような柔らかい聞き慣れた声が聞こえてくる。それに対し何かを言うこともなく、電話は切れた。
ツーツーという無機質な機械音を確認し、雲雀は携帯電話を耳から離す。
今日の山本がどこかおかしかったことくらい、雲雀は気付いている。しかし理由までは分からなくて、知らずに首を傾げる。
電話越しの応答は、表情を見ながら喋るのとは違って、沈黙の意味を上手に伝えてはくれないのだということに、雲雀はまだ気付いていない。
雲雀は調達してきた食材を並べると、よく山本が読んでいた料理の本に目を通してみる。
山本が香港に行ってから、こうして自ら料理をすることが多くなった。
最初こそ焦げてしまったり、煮詰めすぎて肉を固くしてしまったりといった失敗も幾度かしたが、自分でいうのも何だが、今では結構な腕前だと思う。
前に一度だけ山本の手伝いでキャベツの千切りを任されたことがあったが、一本一本が太くてとても千切りとは言えないものだった。それを見た山本が大笑いしていたのを思い出し、山本が帰ってきたらコロッケにキャベツの千切りを添えて突きつけてやろうと心に決めた。
料理の本を捲りながら、ぼんやりと、そんなことを考える。
それが、つまり「クリスマスイブ」と呼ばれる日の二週間前のことだった。
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