何の断りも無く僕のテリトリーに脚を踏み入れるそいつを殴るのもほとほと疲れてしまった。
どうせ僕が嫌味を言っても皮肉を言っても力で捻じ伏せても、脳の少なそうな顔で笑いながら「あはは、やっぱ雲雀は強ぇのな」とか言うのだろうし。
そうやって彼の行動パターンが大体分かってきた僕だから、驚いたのかもしれない。
「雲雀を抱きたい」
この男の真剣な表情を、僕は初めて見た。
間違いさがし
いつもへらへらと気に入らない笑みを向けてくる少し変わった男、山本が珍しく真剣な顔だったから僕は流されてみることにした。
それは、能天気馬鹿でもこんな顔をするのかと感心したからであって、他意は無かった。
さすがに押し倒されたのには驚いたけど、ぐちゃぐちゃにしてやろうと腕を仕込みトンファーに伸ばした時にふと見た山本の顔があまりに痛々しくて手を止めてしまった。
僕がじっとその痛々しい顔を見ているのに気付いたのか、山本は明らかに無理矢理だと分かるくらい不自然に笑った。
そんな表情を見せる山本の顔がいよいよ珍しくて僕は一瞬呆気に取られてしまう。
その刹那、山本の手によって僕の腕は一つに纏めて括り上げられてしまった。僕の腕を片手で括ってしまうなんて、山本の手は野球をしているだけあって大きいのかもしれない。
そんなことに気を取られていると、山本の指が僕のシャツをズボンから引っ張り出した。まさか、と思ったらそのまさかで、山本の指は遠慮がちではあるけど確かに快感を生み出そうと僕の肌の上を滑った。
そのたどたどしい指先が妙にむず痒くて、僕は身体を捩る。すると、僕が身を捩ったのを抵抗と受け止めたらしい山本は手の動きを止めると様子を伺うべく僕の顔を覗いた。その情け無い顔に僕は呆れてしまう。
襲われてるのは確かに僕なのにこれでは僕が襲っているみたいだ。
「ねぇ、手、放して」
「…放した途端、殺されたりして」
「まだ殺さないよ、早く、痛いんだ」
「まだって」
山本はぐだぐだと迷っているようだけど、結局手を放した。僕の機嫌が悪かったら放した途端ぐちゃぐちゃにしていただろうけど、今はそういう気分ではない。
自由になった腕で山本を引き寄せた。心底驚いている奴の鼻先に唇を軽く押し付ける。
どうして自分がこんな行動に出たのかわからない。ただ、山本の驚いている顔を見るのは結構気持ち良いのは確かだ。
山本は首まで真っ赤に染め上げると、それを隠すように僕の首元に顔を埋めた。
耳の下らへんに吸い付いてくるから生々しい水音が直接伝わってきて変な気分になる。時々肌にかかる息が熱い。
山本の自由になった左手は僕のシャツのボタンを外そうと動く。焦っているのかなかなか上手く外れないけど、その間にも右手は先程の遠慮が無くなってか器用に動きだしたので僕は何も言えなくなっていた。
僕の意識が巧みに動く指に集中している間にベルトもズボンも寛げられていた。さっきまでオロオロと戸惑っていたくせに、急に慣れたように動きだす山本に僕は少なからず驚いた。
実はこういう行為に慣れているのだろうか。毎日しつこいくらい僕に構ってくるくせにちゃっかり遊んでいるのだとしたら大変面白くない。
僕は自分の機嫌が急降下していくのに気付いて少し焦った。どうして山本が慣れているからって僕が気にしなきゃいけないんだ。それこそ僕には関係ない話だ。
僕の心の葛藤が表情に出ていたのか、山本が不安そうに僕を覗きこんだ。
「どうした?どっか気持ち悪い?」
「…違、う」
「嫌だったら言ってな」
「へぇ、やめてくれるんだ」
「うーん、それは難しいかも」
山本は困ったように笑うと触れるだけのキスをした。
何度か触れ合った後ぬるりとした感触が唇に当たって思わず唇を開くと、ぬめりを帯びた柔らかい物体が口の中に入ってくる。
途端に息がしずらくなって、呼吸が荒くなる。こんなキスは初めてだった。触れ合うだけのキスなら何度か山本に不意打ちのようにされたことはある。だけど、こんなのは。
「ン、…ちょ」
僕が抗議の声を上げても山本の舌は止まってくれない。くちゅくちゅと音を立てて荒々しく動く。こんなことされたことない。
どうやって呼吸をしているのか。山本の息も少々荒いが僕ほどじゃなくて、悔しくなる。息がしたくて咄嗟に顔を逸らしてみたけど大して効果もなかった。
「はっ、は、ァ」
やっと山本の舌が僕の中から出ていく。その際に僕の舌と山本の舌を繋ぐ唾液が光って行為の激しさを感じた。
僕の息はすっかり上がってしまっていて肺が忙しなく動く。は、は、と呼吸を繰り返していると山本の顔が近付いてきて僕の口元をぺろりと舐めた。
その行動に奴の余裕を感じて睨み上げると、そこには予想と反した顔があった。山本の欲に濡れた目。そんな目は見たことなくて(それこそ想像もつかなかった)僕の意思とは関係無く心臓が騒ぎ出す。
山本の硬い掌が僕の性器に触れる。
悔しいことに先程のキスで勃ってしまっていたから、山本の指が触れるだけでも痛いくらいの快感を伴った。それなのに容赦なく掌全体で擦り上げてくるから一溜まりも無い。
痛すぎる快感から逃げたくて腰を捩るけど、山本を煽る結果でしかなく。
僕はもう、山本から与えられる快感に身体を震わせるしかなかった。最初は僕の方が優位にいたはずなのに。悔しい。
山本の人差し指が悪戯のように僕の先端をぐり、と押した。完全に勃起した僕の性器から白い液体が数滴零れ落ちた。
その光景に僕は羞恥からか眩暈を覚えて、目をきつく閉じる。
しかし視界を閉ざしたせいで余計敏感になってしまったのか、思わぬ刺激に視界が白に染まった。
「あっ」という大きな声が聞こえた、と思ったらそれは自分の声だったようで僕の下半身と山本の右手は白く汚れていた。
思わず身を起こそうと腕に力を入れてみたけど、力が入らない。まだ身体が吐精のショックから抜け出せていないみたいだ。
力の入らない脚を持ち上げられてズボンと下着を抜き取られる。シャツを中途半端に羽織っただけの屈辱的な格好に、力が入るのなら咬み殺してやるのにと強く思った。
脚の間に山本が入りこんできて、ぐいと広げられる。
少し痛くて抗議の声を上げたが、またも困ったように笑うだけだった。この男はいつもどうしようもない時にそうやって笑う。こんな状況で山本の癖を一つ見つけてしまった。
山本の指が奥まった場所に入り込む。僕の放った精液のおかげでそこまで抵抗無く入りこんだが、それでも痛いし圧迫感は拭えない。
初めての感覚に僕の脳は付いていかない。気を抜いたら何か良からぬことを叫んでしまいそうだった。
僕の中に差し込まれた指が増えて、中を広げようと動く。
それが苦しくて、痛くて、嫌でたまらないはずなのに、僕の性器は全然萎えていなかった。その事実に僕は打ちひしがれる。
「ひばり、痛い?」
「…っ」
「もう、三本入ってる」
「…っ、言うなっ」
山本はそっと指を抜くと、明らかにきつそうに張っているズボンを寛げた。
そこから現れた山本の怒張した性器に僕は息を飲んだ。それを、これからどうするかなんて僕にだってわかる。ただ、それが可能なのかはわからない。
「入れるな、力抜いて」そう言った山本は宣言通り硬く反り返った性器を柔らかくなった入り口に宛がう。
そしてゆっくりと腰を前に出すようにして挿入した。
酷い圧迫感に呼吸の仕方を忘れた。痛いどころではない。苦しい。
それでも僕の身体は容赦なく入り込んでくるモノをまるで歓迎でもしているかのようにきゅうきゅうと締め付けた。
「…っふ、く」
「大丈夫、か?」
「…な、わけ…っ」
「うん、ごめんな、すぐ気持ち良くしてやるから」
山本が動く。腰を引いたり突き出したりして僕の中を荒らす。
たちまちぐちゅりと濡れた音が室内に響いて、僕はその生々しさに耳を塞ごうと右腕を上げた。だけどそれは山本の手によって阻止されてしまった。山本は僕の右手を押さえつけるようにぎゅっと握る。左手も同じ様に。山本の手はねっとりと汗ばんでいてしっかり握らないと滑りそうな気さえした。そんなわけで思わず此方から握った手に力を加えると山本は明らさまに嬉しそうな顔をする。
それが何となく悔しくて手の力を緩めたのに、相変わらず山本は笑みを作っていて「素直じゃねぇな」なんて言葉まで降ってきた。
僕は反論しようと口を開いたのだけど、そこから言葉が紡がれることはなく。
「ァ…!」
誰の声?と思わず聞いてしまいそうなくらい変な声が聞こえる。山本が腰を使った所為だ。
僕の中を出たり入ったりする熱の塊が憎らしくて堪らない。山本なんかに翻弄されている自分が信じられない。思わず「動くな!」と言ったら「動かなきゃ終わんねぇよ」と熱っぽく返された。
僕の手を押さえつけていた山本の手が離れても抵抗する余裕なんてなかった。
離れていった汗ばんだ手は迷うことなく僕の膝裏を掴んでいて、さらに結合を深めようと僕の脚を広げるように押す。
腰が浮くような無理な体勢に息がし辛くなる。思わずきつく閉じていた目を薄っすらと開けたら勃起した己の性器が視界に飛び込んできて僕は目を開いたことを心底後悔し、先程よりも固く目を閉じた。
「ひば、り、目、開けて」
「…っ、っ」
「ひばり」
「や、だ!」
こんなはずじゃなかった。ただ、山本のいつもと違う顔に興味が湧いて。
へらへらした山本が僕の一挙一動に振り回されてるのが面白くて。
ただそれだけだったはずなのに。どうして僕は山本とこんなことをしてるの。なんて、思考の働かない今じゃ考えたって分からない。いや、ちゃんと思考が働いていても分からないのだろうけど。
とにかく熱くて、苦しくて、快感なのか痛みなのか区別出来ない熱に犯されて僕はおかしくなってしまったんだ。
瞼に柔らかい物体が触れた。
ちゅ、と音がしたからもしかしなくても唇だろう。続いてぬるりと瞼を舐められる。
またも「ひばり」と囁かれて、その声が震えていたから目を開こうとしたのだけど。
尚も瞼を這う舌の所為で、それが叶うことはなかった。
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