「誕生日おめでとう!」
部活を終えた山本がいつものように帰宅すると、パーンという小気味好い音と共に赤や黄色の紙テープの様な物が視界に飛び込んできた。
驚いて家内を見渡すとそこにはツナと獄寺、ハルや笹川と笹川の兄貴、リボーンにランボまで慣れ親しんだ顔が勢揃いしていた。
聞けば前から山本の誕生日会を計画していたのだとツナは嬉しそうに笑うから、山本もつられて笑った。
剛の用意した特上の寿司と大きなホールケーキを親しい友人達と囲み、談笑したり騒いだりと文句の言いようの無い楽しい一時。ツナ達には感謝してもし足りないくらいで、良い友人を持ったと誇りに思う程だ。
本当にありがとう、心の中で何度も思った。
思った、のだけど。
君がくれたプレゼント
ひとしきり騒いで、遅くなりすぎない内にそれぞれ帰宅したのでいつもより家の中がガランとして見える。片付けもすでに終わってしまったので先程までの楽しい時間が嘘だったかのように感じてしまうのは、やはりどこか満足していないからだろうか。
山本は自室のベットにごろりと横たわると天井を意味も無く見つめた。
ツナ達と面白おかしく騒ぐのは楽しかった。自分のために皆で誕生日会を計画していてくれたことに感動した。だけど。
だけど、自分はとんでもない欲張りだったらしく。あんなに皆がお祝いをしてくれたというのに胸の隅っこにひっそりと空いた隙間は埋まってくれなかったみたいで、山本を内側からキリキリと痛めつけていた。
(もう、今日は会えねぇだろうな)
今日一度もお目に掛かることの無かったその人を脳裏に思い浮かべて山本は小さく溜息を吐いた。
いつもなら偶然会うことは無くても応接室に行けば大体捕まえられるのに。前に誕生日の話をしたことがあるから今日が何の日か雲雀は覚えているはずだ。
敢えて避けられていたのだとしたらさすがに山本でも気分が沈んでしまうのは無理ない。知らずに溜息も漏れる。
大切な仲間があんなに盛大に祝ってくれたのだからいいじゃないかと言ったらそれまでなのだけれど。この感情ばかりはそんな簡単に収まるわけもなく、山本自身もあまり経験したことのない感情だったのでどう収めればいいのかよく分からなかった。
(あいつ、今何やってんだろ)
(……)
(…会いてぇな)
無理だと分かりながらも縋る様に願いながら瞳を閉じると、思っていたより疲れていたらしく急に眠気が山本を襲った。
そのまま波に身を任せるように寝る体勢に入ると、コンコンと窓を叩く音が山本の聴覚を刺激した。
静かだった部屋にその音は大袈裟に響いて、少し警戒しながらも山本は身を起こしカーテンをゆっくりと開いた。そこに居たのは。
「ひ、ばり!」
山本はまさかの訪問者に頭の中が混乱しているのを自覚しつつ、急いで窓を空けた。
窓からの訪問者は我が物顔で家の中に足を踏み入れる。黒く光るローファーが屋根の上にちょこんと置いてあるから帰る時も窓を利用するつもりなのだろう。
いろいろ突っ込みどころはあるが今の山本にはそんなことどうでも良かった。目の前に雲雀がいる。それだけでいっぱいいっぱいになっていた。きっと自分は恥ずかしいくらい雲雀が足りてなかった。
「良かった、会えねぇかと思った」
「たまたま、そこの道でバイクがエンストしたから、」
不自然に山本の顔を見ようとしない雲雀に、きっと健康体そのものの厳ついバイクが路駐されているだろうことは簡単に予想でき、罰金の対象にならなければいいけど、と余計は心配まで頭の中を巡った。
雲雀のまったく素直じゃない言い回しが山本は嫌いじゃなかった。むしろ上手く自分の気持ちを表現できない不器用な雲雀を可愛いと思ってしまうほどで。
「うんうんそっか、まぁ、ゆっくりしてけよ」
「……、」
可愛さのあまり自然に手が動き、結果雲雀の丸い頭を撫でてしまったのだけどトンファーが繰り出されることはなく、逆に驚く。
なにか変な物でも食べたのだろうか、と思ったが雲雀が変なものを食べるわけない、と浮かんだ疑問は脳内で解決される。
ただの雲雀のきまぐれかもしれないけど、いつもと違う様子に山本の心臓は少しづつ速度を増す。それを悟られないように「適当に座って」とできるだけ普通に言ったのに雲雀が先程まで山本が寝転がっていたベットに腰掛けるものだから山本の心臓は本格的に騒ぎ出した。
「あ、のさ」
「なに」
「今日ずっとどこに居たんだよ。随分探したんだぜ?」
「なんで」
「会いてぇから」
誕生日だから、と言うのは何だか女々しい気がしてしまってなんとなく伏せたのだけど、変に勘の良い雲雀は気付いてしまったらしく。気付いて欲しいことにはなかなか気付かないくせに、なんて決して言えないが。
「別に、僕が居なくたって構わないだろ」
「?」
「君はみんなに祝って貰ってたじゃないか」
「え…」
そういえば、学校では多くの友人達が自分の誕生日を祝ってくれたっけ、と山本は思い出す。
でもそれを雲雀が知っているのが意外で、不機嫌そうな雲雀には悪いが山本は確かに嬉しさを感じていた。
まさか、気にしてくれていたなんて。尚且つ嫉妬までしてくれた、そう思うのは自惚れじゃないと信じたい。
「わざわざ、僕が祝わなくたって、」
「でも、来てくれたんだ」
「別に、僕は」
「わかってるわかってる、エンストしたんだろ?」
雲雀はぐっと黙り込むと俯いてしまったけど、山本にとっては旋毛まで愛しい。
雲雀の横に腰掛けると細い身体が小さくピクリと動いたから思わず山本の唇は楽しそうに弧を描く。
今日の雲雀は危なっかしいくらい無防備で、山本の中に潜むいろんな欲望を刺激する。今日に限ってのことなので、きっと誕生日だからだろう、と都合の良いように解釈しておく。
ならば、折角だからこの可愛い雲雀をもっと堪能したい。そう思う自分はやはり欲張りなんだと思う。
ひばり、と耳元で呼んでみたら露骨に雲雀の頬が赤く染まる。
「ひばり、キスしたい」
「…」
「だめ?」
「…っ、いちいち聞くな」
雲雀はぎろりと山本を睨みつけたが、山本が唇を近づけると条件反射のようにその切れ長の瞳を閉じた。
雲雀の唇に己の唇をちょんと当てる。見た目程柔らかくない弾力のある唇はやはり雲雀らしい。数回その弾力を楽しむように唇を押し当ててみる。
この唇に触れたのはまだ数えるくらいしかない。近付いただけでも咬み殺される要因になるのは身を持って経験をしているからなかなかチャンスがなかった。
恋人同士(と、山本は思っている)なのだからもっといろいろしたい。一度勢いづいた欲望は若さ故留まることを知らない。
我慢できずに己の舌を雲雀の引き結ばれた唇に這わす。すると雲雀は驚いたように唇をパカリと開き、安易に山本の舌の侵入を許してしまった。
山本自身も人の口内を舐めるのは初めての経験で、雑誌で読んだ知識を頼りに舌を進ませてみる。するとすぐに雲雀の舌とぶつかって、そのまま掬い取るように舌を絡ませてみる。
ぬるりとした感触や、微かに聞こえる濡れた音に山本の頭の中がじんと痺れた。
このまま、押し倒してもいいだろうか。ワイシャツもズボンも下着も、全部脱がせて雲雀の可愛い姿をもっと堪能してもいいだろうか。
それは魅力的すぎる誘惑だった。だけど、そっと盗み見た雲雀の表情があまりにも緊張していて。このまま流れでしてしまうのはなんとなく山本のモラルに反していた。
だから山本はゆっくり雲雀の口内から舌を引く抜くと、せめてこれくらいは、誕生日だし、と自分に言い聞かせて雲雀の華奢な身体を腕の中に収めた。
雲雀は抵抗しようと身体を捩ったけど、山本に離れる気が無いと判断すると抵抗するのも馬鹿らしくなったのか大人しくなってしまった。
本当に今日の雲雀は無防備だ。自然ににやけた口元に雲雀は目で「今日だけだ」と訴えてくるけど。それでも山本は気にすることなく雲雀の頭に顎を乗せる。
「ありがとなーほんと」
「お礼言われる意味が分からない」
「だってさ、すっげぇ嬉しいんだもん。今ここに雲雀が居てくれて」
「……」
「皆が祝ってくれたのにはすげぇ感謝してる。だけど、やっぱなんか足りなくて」
でもさ、と山本は続ける。
「雲雀が来てくれてすっげぇ嬉しい」
胸の隅っこに空いた隙間や、一日中感じていたもやもやが今は綺麗さっぱり無くなっている。
「単純だね」なんて憎まれ口を叩かれたって山本には通用しない。
雲雀がこうやって腕の中に居てくれるだけで自分はどうしようもなく幸福になれるのだ。
(最後の最後に最高なプレゼントもらっちまったな)
このプレゼントは絶対に手放したくない、そう強く思った。
山本おめでとう!大好き!
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