砂まみれになって、爽やかな汗に塗れる球児達。しかし、飛び交う会話からは爽やかさなど微塵も感じられない。

思春期真っ只中の男子学生達の会話は、実にくだらない。
しかし、そのくだらない会話をしている本人達は至って大真面目なのだ。
「喧嘩の後の性行為は燃える」
だなんて、そんなこと聞いてしまったら試したくなる。

山本は、友人達との会話を楽しみながらも頭の中が雲雀でいっぱいになっていくのを止められなかった。







喧嘩の後に






山本は、友人達との会話に異様な盛り上がりを見せることになった原因のポルノ雑誌を丸めてスポーツバックの奥の奥に押し込んだ。
本当は山本の物では無いのだけど、友人達が、せっかく彼女がいるんだから(本当は彼女ではないけど)、とその雑誌を山本に押し付けてきたのだ。
こんな雑誌、どうすればいいのだろう。内容は確かに気になるが雲雀に見つかったら殴られるだけじゃ済まないんじゃないか。
自分の考えは相当現実味を帯びていて思わずゾ、っとする。それでも捨てられずにいるのは思春期故仕方無い、そう自分に言い聞かす。

(喧嘩の後かー)

そういえば、雲雀と喧嘩という喧嘩をした覚えがない。
一方的に殴られたり、怒られたり、というのはしょっちゅうだが、山本が反論したことはない。はたして、それを喧嘩と言えるのだろうか。

(喧嘩…してみるか)

最大の疑問は雲雀と喧嘩して生きていられるのだろうか、ということ。
怒り狂った雲雀にトンファーでぐちゃぐちゃにされて敢え無く昇天、だなんて最悪のケースも考えられる。が。
喧嘩の後に雲雀の可愛くて色っぽい顔を見れるのだと思うと確かに、燃えるかもしれない。
別に、今の雲雀に不満があるわけじゃない。
むしろ意地っ張りで素直じゃない雲雀が可愛くて可愛くて、いつだってその丸い頭を撫で回したいくらいなのだけど。

(でもなー、雲雀のやつ、もっと違う体位とかさせてくれてもいいよなー)

本音を言うと、雲雀は少し淡白すぎるんじゃないか、と思う。もうちょっと性に対して感心を持ってくれてもいいのでは。
そう思って、色々頼んでみたりもしたが「嫌だ」、「馬鹿でしょ」、と山本の願いは一刀両断されてしまった。
雲雀が嫌がるなら無理強いはできない、そう思っていたが、喧嘩することで雲雀が自らしてくれることはなくても、少しでも性に目覚めてくれるのなら、と物凄く短絡的な考えに陥るのはさすが山本、というべきか。

山本は喧嘩の後の甘い一時を思い描き、自然に弛みそうになる口元を咎めるように手で押さえながら足早に応接室を目指した。







いつものように山本は部活で掻いた汗を冷房で冷えた応接室のフカフカなソファの上で冷やしていた。
雲雀は風紀委員の仕事だか、何だか分からないが、とにかくたくさんの書類と奮闘していたが山本が暫らくそうしていると投げ出すようにペンを置いた。

「お、帰る?」と山本が言うと雲雀は「外、暑そう」とうんざりしたように窓の外を見る。
もう下校時刻だというのに窓の外は未だに明るさを残している。オレンジ色の光が雲雀に覆いかぶさって眩しい。髪がキラキラ光って綺麗。
山本は暫らくぽかん、と雲雀に見蕩れていたが、急に先程の雑誌の内容を思い出す。
喧嘩の後に、雲雀の可愛い顔。甘い一時。
そんな山本の都合の良いように作られた単語達は山本の脳内を溶かしていく。しかし、喧嘩するにしてもどうやってすればいいのか、上手い言葉が見つからない。

「ひ、ばりの、馬鹿」

上手い言葉が見つからないからと言って、これはないだろう、と自分の言葉ながら山本は項垂れる。
雲雀は窓の外に向けていた眼を今は山本に向けていて、相変わらず鋭い光を放っていた。
山本はヤバイ、マズったかな、とこめかみに嫌な汗が滲むのを感じたが、雲雀の鋭かった眼差しが急に面白そうに歪められたのに拍子抜けする。

「君、面白いこと言うね」

雲雀にしては珍しいくらい楽しそうだ。
それが、山本の恐怖感を煽る。

「僕のどこが馬鹿なのかな?」

説明してみせて、と言う雲雀からはトンファーを出す気配は無い。だからと言って油断は出来ないが。
雲雀の馬鹿なところ…どこだ?、と山本は悩みだす。適当に出た言葉だったため、雲雀のどこが馬鹿なのかまったく考えていなかった。
必死に探してみても、一つも見つからない。むしろ雲雀は賢い奴だと思う。

「えっと…どこだ?」
「君、分からないのに僕のこと馬鹿って言ったの?」
「ちが、」
「君の方がよっぽど馬鹿だよ」
「そーじゃなくて!」

山本は内心、これ以上はマズイかも、と思いつつも目先の欲望に目が眩み、止められない。

「雲雀のこと、嫌い!…かも」

勢いで言ってみたものの、即座に後悔する。
いくら雲雀を怒らせたかったからと言って、こんな幼稚な台詞があるか。語尾に「…かも」なんて付けてしまった辺りが、情けなさを上塗りしている。
雲雀のことだ。どうせ、馬鹿にしたような顔で「君って本当にガキ」とか言いながら山本を徹底的に無視した態度で帰り支度でもするんだろう。
しかし。

「そう」

雲雀は抑揚の無い表情で冷たく、あっさりと、そう言った。

「じゃあ別れようか」



山本の頭の中は一瞬真っ白になる。
しかし、雲雀が何も言わず応接室の扉を目指したところで我に返った。
なんで、どうして、ただ、喧嘩したかっただけなのに。喧嘩して、もっと可愛い雲雀が知りたくて。



「ちょ、ちょっと!タンマ!」

思わず掴んだ細い腕。雲雀は鬱陶しそうに山本を睨みつける。
しかし、そんなことに怯んでられない。

「雲雀はさ!それでいいのかよ?!俺が嫌いって言ったら、それでいいのか?!」
「うるさいな、君が言い出したんだろ」
「だからって、そんなあっさり!ひでぇよ雲雀、ホント、ひでぇ」
「酷いのは君だろ、相手にしてられないよ。僕帰るから」
「雲雀の馬鹿!俺の気持ちなんて全然分かってねぇ」

山本の口から再び出た「馬鹿」という言葉に反応したのか、雲雀の眉がぴくりと動く。
整った眉が不服そうに顰められていて、形の良い唇も面白くなさそうに曲がっている。不機嫌そうな顔はしょっちゅう見るが、少し拗ねたような表情は初めて見るもので、今の状況も忘れて思わず魅入ってしまう。

「分からないよ、君の気持ちなんて」

そうポソリと呟いた雲雀を力いっぱい抱きしめたい衝動に駆られたが、それを山本は寸での所で抑える。

「じゃあさ、俺の気持ち、知ってよ」

山本は掴んでいた手に力を込めると、細い身体を引き寄せて腕の中に閉じ込める。その際に「やめろ」だの「咬み殺す」だの物騒な台詞が聞こえたりもしたが、言葉ごとその唇を奪う。
すると山本を押し返すように突っ張っていた腕は次第に力を無くし、縋るように汗の染みた白いシャツを掴んだ。
すっかり良い雰囲気になったことに気を良くした山本は、トンファーが飛んできませんように、とささやかに祈りながら腕の中の人をフカフカのソファに押し倒す。
幸い、トンファーは飛んでこなかったが、「やだ、汗臭い」と非難の声が飛んでくる。それを当然のように受け流した山本は再び雲雀の唇を塞ぎ、熱を持ち始めた身体に本当に愛しそうに触れた。



これが喧嘩の後の性行為と言えるか分からないけど、確かに燃えるかも、山本はそんなことを考えていた。



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