昔から、夏という季節があまり好きじゃなかった。
人間は恒温動物だから汗を掻くのは仕方無い。しかし僕は汗を掻くのは嫌いだ。
いっそ、人間も爬虫類のように変温動物になってしまえば、こんな風に汗を掻くこともないのだろうか。
そんな身体のメカニズムに思考を巡らせていると、鬱陶しい体温が僕に張り付いてくる。
そいつの少し湿った肌と、僕の肌が密着してまた新たな水分が生まれる。
暑い暑い夏。
ただでさえ好きじゃないのに、今年はもっと嫌いになりそうだった。
動物の悩み
「触るな」
僕の有無を言わせない声に山本は少しだけ唇を尖らせてみせる。しかし身体を離す気は無い様だった。
僕に抱きつくようにしてくっついてくるそいつの体温が鬱陶しい。肌が触れ合うだけでも不快なのに、その上山本の手のひらは自分勝手に僕の服の上を動き回るから、余計に鬱陶しい。
丁度僕の胸のあたりを撫で出した硬い指を捕まえるのは容易いことだった。
「ちょっと、いい加減にして。君、暑くないの?」
「んー?あちぃよ?」
「だったら離れろ」
「それは嫌だ」
山本はまだ僕に捕まっていない方の指を僕のシャツの中に押し込む。僕の肌を触ったって、ただ汗で湿っていて気持ち悪いだけなのに。
なのに、山本は馬鹿の一つ覚えみたいに何度も僕の肌を撫で回す。仕舞いには僕の首筋をぺろぺろと犬のように舐め出す始末で。
「しょっぺ…」という言葉に「当たり前だ」と返す。
「雲雀、汗だく」という言葉に「君のせいだ」と思いながらも「嫌なら退いてよ」と返す。
すると山本は一瞬ぽかんと阿呆面をすると、すぐに破顔した。
「俺さ、雲雀の汗、好き」
「は?」
「雲雀が汗掻くと、なんか嬉しい」
「……とんだ変態だね」
僕の悪態に気分を害した素振りも無く、行為を再開させる。
嫌だと抵抗しているのにも関わらず、結局は山本の良いようにされてしまう。それがとてつもなく悔しいはずなのに、抵抗しきれていない自分に気付いてさらに不快になる。しかし僕が不快になったところで、調子に乗った山本は行為を止めようとはしないので、僕は諦めたみたいに息を吐く。
この暑い中、山本の体温はもっと熱くて、山本に触れられた箇所から火傷するような錯覚を覚える。
実際には人間は恒温動物で一定の体温を保っているわけだから、山本との体温にそんなに差は無い。
だからもちろん、火傷なんてしないことは分かっているのだけれど。
僕の肌をなぞる指先に、手のひらに、舌に、火傷するような恐怖を感じてしまうのは何故なのだろうか。
「…あつ、い」
服と下着を脱がされるのに抵抗しなかったのは、この熱さが和らげばいいと思ったから。
なのに、僕の予想は外れたらしく、涼しくなるどころか、山本と触れ合う箇所が増えて熱さが増すばかりだった。
この熱さを、火傷の痛みに似た刺激を精一杯耐えながらも、「熱い」と必死に訴えているのに。山本は惜しげも無く、どこか満足気に、その熱を与えてくる。
そして、「雲雀のこと好きだから、しょうがねぇよ」と、嬉しそうに笑うのだ。
それが何?なんの関係があるの?咄嗟に疑問が生まれたけど、呼吸をすることで一杯一杯になってしまった僕の喉は使い物にならなかった。
身体の奥に、山本の熱を感じて息が出来なくなる。
揺さ振られる度に、山本の顎や鼻先からぽたぽたと汗が垂れるのが鬱陶しくて仕方無い。
山本だって、そんなに汗だくになって、そんなに頬を上気させて、そんなに熱いのなら離れればいい、と思うのに。
離れるどころか、僕の肩に顔を埋めて余計くっついてくる。お互いの間で滴る汗は、どちらのものか判断できない。
気持ち悪い。気持ち悪いのに、僕の腕は山本の首を掻き抱いていた。ぬるぬるするのに、嫌で堪らないのに、僕の腕は山本から離れない。
汗を掻かない動物に生まれたかった。そうすれば、こんなわけのわからない気持ちにならなかったのに。
「雲雀の、身体、熱…」
山本の掠れた声が、どこか遠くで聞こえた。
「へへ、雲雀も、俺のこと、好きなのな」
やはり山本の言っていることは理解できないことばかり。
「山本、」
「う、お!」
自分の喉から出た掠れた声に不愉快になりつつ、山本の少し驚いた表情を見る。
山本は、うわ〜、なんて言いながら僕の額を撫でた。もう、あの時の熱さは形を潜めているようだった。
「雲雀、すっげぇ汗」
「だから、あついって何回も言った」
うん、ほんと、ごめんな、そう言う山本の表情には謝罪の色なんて無く。むしろだらしない笑みが窺える。
それでも、自前のタオルを取り出して僕の身体を清めようとするから、トンファーはしまってやることにした。
しかしよく見ると、山本の身体も僕の身体に負けじと汗で濡れている。そんなことに、妙な優越感を覚えたなんて絶対に認められない。
僕は自分の思考を打ち消すように、山本からタオルを奪い、乱暴に自分の身体を拭く。山本が明らかに残念そうに眉を寄せたが、見ないふりをした。
変温動物に生まれてくれば良かったのか。それとも恒温動物で良かったのか。
答えはまだ、出ていない。
back