そっと触れてみたそれは
なんだかごつごつしていて、骨張っていて、大きくて
それを確認する度に僕はなんとなく面白くない気分になるのだけど
どうしてか、いらない、とは思わないのだ






やさしいくすり





店を出ると、びゅう、と冷たい風が吹き抜けて、思わず身体が震えてしまう。
風が吹く度にガサガサと耳障りな音をたてる小さな袋に眉を顰めながら、僕は山本の家を目指していた。
少し前から山本は、僕に寿司をご馳走したいと騒いでいた。しつこいくらいの申し出に、いい加減鬱陶しくなって、タダなら、とついに折れたのだ。
俺んちの寿司はどこにも負けねーぜ!、と誇らしげに笑いながら僕の頬を撫でた山本を思い出し、なんとも言い難い気分になる。頬を撫でられた時の感覚を思い出して、先程薬局で買った小さな袋の中身を覗いた。
僕は専門家じゃないし、医学的な知識もほとんど無いから、適当に目に留まったものを買った。効果がなければ意味が無いから、なんとなく高い物を選んだのだけれど。こんなもの、ちゃんと効くのだろうか。
そこまで考えて、はっとする。どうして僕がここまでしてあげなくてはいけないのか。
あのバカが、ちゃんと自己管理できてないのがいけない。僕の頬を撫でた時の指が、赤く腫れていたなんて、そんなの僕には関係無いのに。
わざわざ自分から出向いている上に、こんな物まで買ったのだ。美味しくなかったら咬み殺そう、と固く決意する。
そんなことを考えながら歩いていると、すぐに竹寿司と書かれた山本の家に着く。中に入るとカウンター席に山本が座っていて、僕に気付くなり「いらっしゃい」と嬉しそうに笑った。



山本が誇らしげに自分の家の寿司を褒めるのも納得がいく。素直に美味しいと思えた。
あれも食えこれも食えと次々に寿司を握っていく山本の父親に、少なからず驚く。並べられた寿司ネタは、そう簡単に無料にしていいものじゃないことくらい僕にだって分かる。
思わず目を見張る僕に、横から山本が「親父、雲雀に会うの楽しみにしてたからさー」となんだか照れくさそうに笑った。
もくもくと寿司を食べる僕を、にこにこと同じ笑顔で見ている親子。こんな光景、傍から見たら奇妙なことこの上ないな、と他人事のように思った。

僕が寿司を食べ終わるころには、仕込まなければいけないものがあると、山本の父親は奥の部屋に消えてしまった。それと同じタイミングで山本も立ち上がる。

「洗い物してくっからちょっと待っててな」
「もう帰るけど」
「飯食ったばっかだし、ちょっとくらい休んでけって、な?」

山本はそう言うと洗い場らしきところに向かっていった。ガチャガチャと食器のぶつかる音が聞こえてくる。僕は席を立った。

「ねぇ」
「ん?どした?」
「僕もそれやる」
「へ?」

山本は少しだけ目を見開いて僕を見た。
その驚いた表情が、なんだか気に障る。

「いや、雲雀は座ってろって、俺やるし」
「僕には出来ないっていうの?」
「え!違うって」

ごちゃごちゃと煩い山本を力尽くで退かし、スポンジを奪いとる。
山本はしばらく間抜けな顔で僕を見ていたが、ようやく諦めたのか、「ありがとな」と言って大人しく席に座った。
食器に付いた泡を流すため、水道を捻る。季節の所為か、とても冷たく感じた。





洗い物を終えると、山本の部屋に案内される。漫画やらバットやら野球ボールやらでお世辞でも奇麗とは言えない部屋に眉を顰めている僕に、山本は「適当に座れよ」と言うと、少し困惑気味に聞いてきた。

「ほんと、どうしたんだ?」
「何が」
「いや、珍しいな、って」
「借りを作りたくないだけだよ」
「借りって寿司の?あれはそんなんじゃねーって、俺が食って欲しかっただけ!」

だから気にしなくていいんだぜ?、と優しく笑う。見慣れたその顔に、思わず溜息が漏れそうになる。
僕は、ここに来る前に薬局に寄って買ってきたものを袋から出して山本の足元に転がした。
山本はそれが何だか分からないみたいで、転がったそれを手に取りながらも「何だ?これ」と不思議そうにしていたが、説明書を読んで理解をしたらしく、今日一番の驚いた表情を見せる。

「ハンドクリーム?」
「…」
「どうしたんだ、これ」
「自分の手、見てみれば」

山本は、自分の手のひらをしげしげと見つめると、眉根を寄せた。
それは当然だと思う。僕だったら、自分がそんな手だったら絶対に石鹸なんて握れないだろう。
なのに山本は、今初めて気付いたかのような表情をしていて、僕が心底呆れてしまうのも無理の無い話しだ。
所々ぱっくり割れているし、皮が引き攣っていて指を曲げるのも痛みを伴なうはずなのに、山本はいつだって平気な顔をするのだ。

「これ、俺のために?」
「別に、借りを作りたくないだけってさっきも言ったろ」

山本は僕の言葉なんて聞いてないらしく、感動したようにハンドクリームを眺めている。
そもそも、どうしてそこまで手が荒れるまで放って置くのかが不思議だ。寒くなってきたとか、空気が乾燥してきたとか、それだけが理由じゃないことを、僕は知っている。
毎日欠かさず、素振りをしていることも、刀を振るって修行に明け暮れていることも。
部活を終え、応接室に訪れた山本の手を見ると、割れた傷が開いて血が滲んでいることも度々あった。
少しは休めとか、そんなことを言いたいんじゃない。例え、そんな台詞を僕が口にしたとしても、きっとこいつは困ったように笑うだけだ。
好きにすればいいと思う。やりたいようにやればいい。そういう生き方は、嫌いじゃない。
だけど、これくらいのことは、してやってもいいと思う。

薬の独特な匂いが鼻をツンとつく。
山本が、早速薬を手に塗り付けたようだ。

「へへ」
「気持ち悪い顔で笑わないでくれる」
「あ、ひでー」

なんとなく山本の手をとると、薬でベタベタになっていた。
近くで見れば見るほど痛々しいあかぎれは、薬を塗った所為か赤みが増してきている。効いているのかもしれない。

「こんな手で僕に触るのは許さない」

吐き捨てるようにそう言ったのに、山本は嬉しそうに「じゃあ早く雲雀に触るためにも、さっさと治さなきゃな」と言った。
僕はその言葉に、どこか満足感を覚えながら、山本の赤い指先を眺めていた。




ボロボロでも大好きな指

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