後悔する反面、傍に居たいと感じるのは、当然のことで。

不機嫌な表情を、愛おしく思うのは、仕方の無いことなのだ。






窮地にて





「退屈なんだけど」

雲雀の唇から零れたそんな言葉に、普段の山本ならば喜びのあまり叫び出していたかもしれない。
しかし、今の山本は違った。否、違うといったら語弊があるかもしれない。確かに嬉しさを感じているのだけど、それを甘受できるほど今の山本には余裕が無かった。
何せ、今回の期末テストの酷さといったら無かった。過去最低の地を這うかのような点数にさすがの山本も青くなる。
いくつもの補修に、膨大な量の課題。これではいつまで経っても部活はおろか、雲雀に会いにいくことも儘ならない。
だから、なんとしても今日中に気の遠くなるような量に及ぶ課題を、終わらせたかった。正確には、終わらせなければいけなかった。
数日前に与えられた課題を、山本はまるで現実から目を背けるかのように、乱雑な振る舞いでロッカーに突っ込んだのだ。それが今日発掘され、共に明日が提出日であることを思い出す。
その時に感じた絶望感は、今思い出してもぞっとするものだった。

「も、もーちょっとだから!」

だから何が何でも、今はこの課題達と向き合わなければいけない。
例え、ここが山本の部屋で、雲雀が拗ねたような可愛い顔で構って欲しい仕種をしているという、非常に嬉しい状況だとしても。

「確かそのへんに雑誌あるから」
「もう読んだ」

薄い唇を尖らせて剥れている顔は、山本が最も好きだと感じる仕種の一つで。
誘惑されそうになるのをギリギリのところで踏ん張り、宥めるように声をかける。

「ほんと、あと少し!」

この誘惑に負けて課題を放り出してしまったら、今週の日曜が補修に当てられてしまう。
山本はそこまで考えて頭を振るう。それだけは何としても避けたかった。
その日は、珍しく部活もなく、雲雀とどこかに出掛けようと企んでいたのだ。
どこに遊びに行こうかと雑誌で面白そうな場所を調べたりしていた山本にとって、これは一世一代の大事件だった。

「…つまらない」

そんな山本の心情をまったく以って知るはずのない雲雀は、尊大に山本を惑わす言葉を吐く。
そもそも、雲雀が山本家に訪れた理由は、この課題にあった。
大量の課題を発見して、半ば混乱状態となった山本が、雲雀に泣き付いたのだ。頭の良い雲雀に勉強を教えて欲しい、と縋るように捲し立てる山本に鬱陶しさを隠しもせず眉を顰めたものの、機嫌が良かったのか、将又いつもの気まぐれか、雲雀は首を横には振らなかった。
そして今に至るのだが、雲雀に頼んだのは間違いだったかもしれない、と山本は今更になって後悔する。こんなにも己の煩悩と戦わねばならない羽目になるなんて思わなかった。
いつも山本達に勉強を教えるのは獄寺の役目だった。(山本に対しては嫌々だったが)今回も例の如く補修組となったツナと山本はいつものようにツナの家で獄寺に勉強を見てもらうはずだったのだけど。
山本は遠慮したのだ。さすがに、こうも三人で居ると鈍感といわれる山本でも、察する。二人を包む雰囲気はとても温かく、こちらが照れてしまう程で。気を使う、なんて、慣れないことをするから、こんなことになったのだろうか。

「もーすぐだから、待っててくれって、な?」

山本の言葉に、雲雀の機嫌が治る様子は無い。
そんなに言うのなら、この課題を少しでもいいからやってもらえないだろうか。そんな考えが浮かんだが、さすがに殺されそうなので却下する。 雲雀は手伝いに来たのではない。教えに来たのだ。
山本家を訪れてから最初の三十分で大体の主要ポイントを山本に伝授すると、それからはたまに山本の質問に答えるくらいで、随分前から現在のように暇を持て余しているようだった。もともと気の短い雲雀が我慢の限界を感じるのも分かるのだけど。

それにしても、最近、雲雀は少し変わった気がする。
以前なら、山本がいくら「遊んで遊んで」とじゃれついても、唇をへの字に曲げて鬱陶しそうな顔をするのが大半であったのに。
しかしそれは、山本にとっては嬉しい変化だった。だって、間違いなく自分の影響を受けていると思うから。それだけ深く、近くに、山本の存在を位置付けているということで。こんな状況にも関わらず、頬が弛んでしまうのも仕方の無いことだ。
それにいつだったか、付き合うと性格まで似てくる、なんて話を聞いたことがある。それは、あながち嘘ではないのかもしれない。

その証拠に、暇で暇で仕方無い雲雀は、山本の傍らまで寄ってくると、ドン、と強めに山本に身体をぶつけ、そのまま凭れ掛かってくる。
これは前に、山本が雲雀に構ってもらいたくてとった行動だった。山本は思わず感動を覚える。
我慢できなくなって、握っていたシャーペンを適当に転がし、少し俯き気味な小さな顔を覗きこむ。すると、予想以上に可愛い顔をして拗ねている雲雀がいて、山本は心臓が騒ぎ出すのを止められなかった。
キスしたいとか、触りたいとか、次々に頭を擡げる煩悩に、いよいよ負けそうになる。しかし。
抱きしめたくなる衝動を堪えるのは至難の技だけど、今はとにかく週末のデートのためにも、課題を片付けなければいけないのだ。この状況を逃すのは非常に勿体無いのだけど、週末に会えなくなるのはどうしても避けたい。
山本は軽く雲雀の頭を撫でると、意を決してシャーペンを握りなおした。

「これ終わったら、雲雀がして欲しいこと、なんでもすっから」

山本の言葉に、不機嫌な色を宿した瞳が細められる。

「例えば?」
「んーと、楽しいこと、かな」
「本当に?」
「お、おう」

山本は、話がおかしな方向に進んでいっていることに気付く。と、いうのは、雲雀の顔が不敵な笑みをつくりだしているからで。
こういう顔をしている時の雲雀は、とにかく危険なのだ。山本にも想像できないようなことを、平気でやってのける。

「楽しくなかったら、咬み殺す」

その言葉は、不機嫌な表情に似合わず酷く楽しそうだった。雲雀は、やると言ったらやる男だ。
シャーペンを握る手に汗が滲む。課題は終わらない上に、雲雀は肉食動物のような目で笑っている。どうすればこの窮地を打破できるのか。
頭を抱えたくなるこの現状に、山本は困ったように笑うしかなかった。




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