梓さんへの捧げ物




ここでこんなことしたら、絶対怒られると思ったのに。
雲雀は全然怒らなくて、それが俺は余計に悲しくて、全部忘れようとキスを繰り返した。
きっと雲雀も、思うことは一緒で。
お互いそれしか知らない動物のようにその行為を繰り返すけど、どんなに気持ち良くても、どんなに声を上げても、それだけで息が苦しくなるような焦燥感は消えてはくれない。






白く染まる






「雲雀」

誰も近付けさせない、冷たい雰囲気さえ感じる細い身体は、抱き付いてみると案外温かい。
名前を呼ぶと、雲雀は読んでいた文庫本から少しだけ意識を逸らしたが、それでも俺がじっと黙っていると、何事もなかったかのように文庫本に意識を戻してしまった。
薄い紙が捲れる音だけが静かに響く。することがなくて、なんとなく教室の中を観察する。今俺達が座っているソファや、雲雀が仕事をするときの机、雲雀専用の本棚など。

「雲雀、あそこに置いてあった本どうしたんだ?」
「持って帰った」

僕の私物だからね、そう紡がれた言葉に、ああそうか、と思う。
もうすぐこの学校を卒業するんだから、当然だ。あの本棚に置いてあった文庫本は雲雀の物だし、お気に入りだった。思えば、黒いマグカップなども無くなっている。
応接室といえば、雲雀の部屋。そう俺は認識していた。なのに、雲雀の部屋から次々に雲雀のお気に入りは姿を消している。そうして、雲雀の部屋じゃなくなる。

「なあ、俺は?」

雲雀は今度こそ文庫本から顔を上げると、抱きついたままの俺に視線を当てる。少しだけ首を傾げて、眉を寄せている表情は、俺の言葉を理解していない証拠だ。それも仕方無いことだと思う。雲雀だし。
俺は「何でもない」とできるだけ普通に言って、雲雀の肩に頬を乗せる。横から抱き付いているから少しわき腹が痛いけど、構わない。
俺も持って帰ってくんねえかな。
心の中だけで呟いてみる。決して声にはしない。無理なことくらい分かっているから。でも。
雲雀の好きな本が並んでて、雲雀のお気に入りのマグカップあって、雲雀が居る。そんな空間が俺は大好きで。
それらが全てなくなった部屋を、俺はそれでも好きだと言えるのだろうか。考えるまでもなく。

「雲雀」
「…なに」
「してもいいか?」

雲雀の表情が固まった。何を、なんて、そんなことは今更だ。
紙が捲れる音が消えてしまった今、聞こえるのは俺と雲雀の心臓の音だけ。
しんとした空気が揺れたのは、それから暫らく経ってからだった。

「何言ってるの」
「雲雀と、したい」
「…こんなところじゃなくたって」
「お願い」

俺は雲雀の言葉を遮るように言うと、返事を待たずにそっと細い身体を押し倒した。
抵抗はされない。だけど、雲雀の表情は戸惑っている。安心させるように、優しく口付けて、雲雀の右手を占領していた文庫本を机の上に移動させる。
そして、ぎゅうと握り締めた手の温かさを唇で確認し、それから首筋へ。とくとくと脈打つそこに鼻先を寄せ、視界に入った薄い耳たぶを唇と舌先で甘く刺激する。
ふと、くしゃりと皺の寄った学ランが気になり、手を伸ばす。このままだと全てが終わるころにはぐしゃぐしゃになってしまうだろうから、安全な場所に移動させる。
そうしてやっと雲雀のシャツのボタンに手を掛ける。一つずつ丁寧にはずしながら、こんなにすんなり受け入れてくれるのは、実は初めてだということに気付く。
いつだって雲雀は俺が求めれば思いきり眉を顰めて、抵抗する。どちらかの家で二人きりの時でもそうなのに、学校でなんて、怒られるどころか命さえ危ないかもと思っていたのに。
なのに、雲雀が優しくて、悲しくなる。だって、こんなの、まるで最後みたいで。
思考を打ち消すように再び口付けると、熱くなっているのは自分だけではないことが分かる。生まれたのは、嬉しいような、苦しいような、形容できない感情。
そのうちお互い苦しくなって唇を離すと、熱い息を吐く。

「やまもと」

俺の名前を呼ぶ雲雀の声が、じんじんと鼓膜に響く。
白い手が俺の頬に触れると、張っていた気がボロボロと剥がれていく気がして、もう駄目だと思った。
ぼやけた視界のせいで雲雀の顔が見えなくなって、隠れるみたいにその身体を掻き抱き肩口に顔を埋める。

「…ひばり」

情けなく震えた声を、雲雀は笑わなかった。
雲雀の手のひらが俺の髪を撫でる。雲雀は普段、こんなことする人間じゃない。だからきっと、雲雀だって分かってる。
当たり前だと思っていた日常が、永遠だと思っていた今が、もうすぐ終わってしまうことを。

「ひばり」



俺はきっと、もうこの部屋を訪れない。だから。
雲雀の名前を呼びながら、この日を一生忘れないと、胸に刻み込むように、繰り返し繰り返し思った。




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