コラム

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06月17日

【南アW杯】「スピードでは世界に通じた」と胸を張る鄭大世

韓国がギリシャを力でねじ伏せ、日本がカメルーンを守り倒すなど、東アジア勢が揃って勝ち点3を挙げている南アフリカワールドカップ。北朝鮮もいい波に乗りたいところだった。が、彼らの初戦の相手はFIFAランク1位・優勝候補筆頭のブラジル。簡単には勝利を奪えない相手だ。それでも鄭大世(川崎)は「そういう相手とできるだけでワクワクする」と大会前から話しており、世界中にサプライズを見せつけるつもりだった。

ルイス・ファビアーノ(セビージャ)を1トップ、左のワイドにロビーニョ(サントス)配し、カカ(レアル・マドリード)を1トップの背後に置く4-2-2-2のブラジルに対し、北朝鮮は3-5-1-1を基本にした(相手との力関係で5-3-1-1になる時間帯が長かったが)。安英学(大宮)はアンカーとして主にカカをケアする役割を担い、鄭大世は前線に張って果敢にゴールを狙う仕事を課せられた。彼と一枚下にいるホン・ヨンジョ(ロストフ=ロシア)は「アジア最強の2トップ」と言われるだけの破壊力を持つ。彼らがどれだけブラジルを打開できるかが注目された。

国歌斉唱時に「こんな大舞台で北朝鮮国歌を聞けるなんて…」と感極まって号泣した鄭大世は立ち上がりから積極的な姿勢を見せる。

開始11分に安英学からのパスを受け、相手DF3人を引き連れてシュート。これでいきなりのアピールを見せる。本人も「スピードは通じた」と語る通り、世界に名を馳せるルシオ(インテル)やフアン(ローマ)にひけをとらなかった。その後も体を張ってしっかりとボールを落としたり、タテの長いボールに反応して左サイドに流れドリブルで持ち込んでホン・ヨンジョにラストパスを送るなど、攻撃の起点として際立った存在感を示す。後半には相手に左足を削られるが、それでも諦めることなく戦った。そしてブラジルに2失点した後の後半44分、豪快な落としからチ・ユンナム(4・25体育団)の1点をアシスト。さらに自身も強引にミドルシュートを放つが、これは無情にも枠を超えていった。鄭大世がこれを決めていたら、北朝鮮はブラジルから勝ち点1をもぎ取ることができただろう。そう考えると実に惜しいシーンだったが、90分間通じて力強さと貪欲さを見せ続けたのは間違いない。

ブラジルはどのワールドカップも開幕直後は調子が出ない。大会を戦いながら徐々に調子を上げていくチームだが、今回もそういう部分は多々あった。攻撃陣で走っているのはカカだけで、他の選手は自分のプレーに走りすぎる傾向が強かった。そんな相手に助けられた部分もあったが、北朝鮮は善戦し、引き分けも可能だった。鄭大世自身も前向きな見方をしている。「今日は勝ち点3を取れた」と英語のインタビューに答え、韓国メディアに対しては「マイコンの1点目はGK(リ・ミョングク)のミスだった。その質の違いが大きかった」とズバリ指摘した。

秘密のベールに包まれた北朝鮮の戦いぶりに、日韓両国メディアのみならず、ブラジルや強豪国の報道陣も大いに興味関心を抱いた。その中で鄭大世にはひと際、大きな注目が集まった。運よく試合後のミックスゾーンに行くことができたが、北朝鮮で一番最後に出てきた彼にブラジル人記者が殺到。何語で話しているのか近づいてみると、鄭大世は流暢なポルトガル語で会話している。内容は「ブラジルが強いことは知っていた。今日は勝てなかったので、次のポルトガルに勝つことが大事だし、コートジボワールも勝たないといけない」といった簡単な内容なのだが、それでも殺到するブラジル人を前に堂々と喋るのだから恐れ入った。

その後、待ち構える韓国、日本、英語メディアの質問に次々とそれぞれの言語で答えていた。北朝鮮代表の選手は基本的にメディアの取材に答えないことになっている模様で、インタビューに答えていたのは、在日である彼と安英学だけ。そんな事情もあって、鄭大世の注目度がより高まり、知名度も飛躍的に向上したはずだ。

本人は「世界一というレベルを体感したことで、また自分の成長につながると思うし、この悔しさをバネに目指して、海外目指してやっていきたい」と海外移籍希望を公言する発言をした。

Jリーグから海外へ羽ばたく選手はひっきりなしにいるし、北朝鮮からもホン・ヨンジョがすでにロシアに買われている。26歳の鄭大世にとって、海外進出のチャンスは今をおいて他にない。本人もそのことが分かっている。結果を残し、ステップアップのチャンスをつかみ、母国の勝利に貢献したいという思いは非常に強いはずだ。いずれにしても、ポルトガル、コートジボワールに勝たなければいけなくなった北朝鮮。1次リーグ残り2試合で鄭大世が得点を奪い、勝ち点を稼ぐことができるのか。先行きが楽しみになるブラジル戦だった。

元川 悦子 06月17日02:05

元川 悦子

もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。

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