「診療報酬(の抑制)は赤字の一因。上がったので少しは不安が解消されたが、これでは全然足りない」
6月下旬、昼下がりの十和田市立中央病院(379床)の院長室。がんを総合的に診る内科、外科医でもある蘆野吉和院長は診察の合間に少し疲れた表情で言った。
平日の5日間、外来や入院の診察に当たる。土日は学会などがあり、休日はほとんどない。そんな生活が4年以上も続く。
05年に福島県内の病院から中央病院に移った。ところが、35人いた常勤医師のうち10人が約3年間で次々と退職したのに、04年から始まった新臨床研修制度の影響などで十分な新任医師を迎えられず、医師不足が深刻化した。医師がいないため、外来・入院患者数を抑えざるを得ず、病院収益は悪化した。
特に、産科休診に追い込まれた05年度決算では、年間収入の約1割にあたる約7億円も落ち込んだ。患者数が増えれば、経営改善の一助になると08年には新病棟をオープンさせた。だが、医師不足から思惑は外れた。建設費は重荷となり、09年度末の不良債務額は約17億円まで膨らむなど、深刻な経営難に直面した。
蘆野院長は「現行の診療報酬制度は、医師数が収入に直結する。医師が少なくても収入を上げられるよう制度を見直さないと、中小病院の状況は変わらない」と顔を曇らせる。
経営悪化に対し、病院側も手をこまねいていたわけではない。蘆野院長自らが診察にあたる以外にも、清掃や施設整備などの外部委託業務を見直すなど、経費削減に努めた。
しかし、中央病院は約10万人の医療人口を抱える2次救急医療施設。不採算部門である小児科や救急などがあり、構造的に収益が悪化しやすい。
◇ ◇ ◇
中央病院など市町村が運営する自治体病院は、自公連立政権などの下で10年に及んだ診療報酬抑制政策の影響をまともに受けた。収入減による赤字は医師集めの障害となり、医師不足が収入を減らす悪循環に陥った。そこに新臨床研修制度を契機とする大学医局の医師引き揚げが重なった。08年度決算では県内に27ある自治体病院のうち、7割近くが資金不足を計上した。
昨年の衆院選で医師不足解消をマニフェストに掲げた民主党は、今年度の診療報酬を10年ぶりに0・19%プラス改定した。中央病院は2%程度の増収となる見込みだが、赤字減らしに消え、医師の待遇改善などには回らないという。
今回の参院選マニフェストで、民主党は医師数の5割増に加え、「診療報酬の引き上げに、引き続き取り組みます」と明記した。
ただ、診療報酬を上げることは、患者の窓口負担や保険料値上げにもつながる。
蘆野院長は警告する。「政治には財源を含めたビジョンを示してほしい。病院がつぶれて地域医療が崩壊したら、住民は路頭に迷ってしまう。だが、医師の犠牲の上に成り立つ医療は限界に来ている」【高橋真志】=つづく
毎日新聞 2010年7月7日 地方版