2008-11-04 Do-it-Your Media Center is doing it now.
取手アートプロジェクト2008参加
取手アートプロジェクト2008(http://www.toride-ap.gr.jp/index.html)に、Do-it-Your Media Center(ドゥイットユア・メディアセンター、以下DiYMC)というユニットを組んで、選考会選出作家の一員として参加しています。
準備に追われ、気がつくと始まってからもう3日経ってしまいましたが、11月16日まで、金土日に開催中。取手井野団地の広い敷地全体を使ってレジデンス・アーティストやゲスト・アーティストがさまざまな展示やイベントを繰り広げます。TAP2008のチラシ/ポスターはこんな。
DiYMCは、僕と大学の教員仲間の久木元拓さんと山口祥平さん、そしてデザイナーの大岡寛典さんを加えた四人組だ。全員そろうとこんな感じ(撮影=舟山貴士)。
エプロン姿はいわゆるDIYの記号として——ホームセンターの店員みたいに——そろえてみたものだが、グループとしてのDiYMCのコンセプトは「美術そのものではなく美術周辺にある編集、文化政策、ドキュメンテーション、グラフィックデザインなどの手法を融合し、芸術と社会のシステム形成を目指すメディアアクティヴユニット」である。
僕たちはいわゆる絵や立体などを表現手段とするいわゆる”アーティスト”ではないけれど、それぞれの専門分野の知識や技術を集め、ひとつに束ねることによって、アートプロジェクトに匹敵する何かができるのではないだろうか、という実験精神をスタートラインとしている。既存のメディアに頼らず自分たち自身がメディアに——情報収集・発信ステーションになってどこへでも移動して行こうという発想のルーツを辿ると40年くらい前のDiYやバックパッキングの思想や方法論がある(あるいは、ゲリラテレビジョン……)。そう、このやり方は別に僕たちのオリジナルのコピーライトではなく、以前からいろんな人がやってきたことだし、今後だれもが同じようなやり方で違うコンテンツをどんどん作り始めれば、それが一番面白いと僕は考えている。
ちなみに、DiY精神に関しては、今年とても良い本が出版された。
毛利嘉孝さんの『はじめてのDiY』。日曜大工のDIY(すべて大文字)ではなく、アクティヴィティーとしてのDiYについて楽しく解説してくれている。ロックやサブカルといった文化史的な裏付けから、現代日本の格差社会を生き抜く思想にまで接続しているのがイイ。以前から思想的にも手法的にも、そして日常生活においてもDIY派だった僕にとってこの本は格別面白く、内容に対して敬意を表する意味でも、本書における小文字(i)まじりの表記をさっそく転用させてもらうことにした。毛利さんありがとう(:
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さて、僕たちDiYMCは取手井野団地で開催されるTAP 2008参加にあたって「団地Utd.(だんちユナイテッド)」と名付けたプロジェクトの旗印のもと、メンバーそれぞれが企画を同時並行的に動かしてきた。僕はこんなチラシをまいて、団地にお住まいの方のお宅を訪問しては古いアルバムを見せてもらいながらお話をお伺いしたりと、なんだか編集記者みたいなことをしていた。
僕の場合は一言でいうなら「アノニマスかつパブリックなファミリー・アルバム」のようなものが作りたいのだが、それについてはまた機会を見つけて書くことにしよう。
この企画のほかにもメンバー個々のアクティヴィティーが結集したかたちで、いま会場の取手井野団地内で展示とイベント開催を行っている。
団地の中には昔からのショッピングセンターがあるのだが、いまは床屋さんとパン屋さんを除き見事にシャッター商店街となってしまっている。近年、東京芸大の働きかけで「INOアーティストヴィレッジ」なるアトリエ群に生まれ変わったのだが、この片隅にある旧常陽銀行跡が、会期中はみかんぐみの設計によるカフェ(Cafe Tappino)にリノベーションされていて、そのカフェの一角に「ドゥイットユア・メディアセンター取手井野団地ステーション」をオープンさせた。美術的なインスタレーションというよりは、スタッフがお客さんと話をしたりする出展ブースみたいな機能そのままだ。ちょっと図解してみよう。
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会期中あと2回の週末(11月9日、15日)に、カフェ会場でイベントVol.1、Vol.2を開催します。フライヤーはこれ。
2008-08-13 The 29 Giant Steps, guess the truth.
北京五輪開会式:蔡國強の花火のCG問題を推論する――真偽を越えて
8月8日の北京オリンピックの開会式の「演出」に関して、意外な事実が事後報道された。
開会式の足跡花火…実はCGの合成映像でした《読売新聞》
8日に行われた開会式の際にテレビで放映された、北京市内の上空を歩く、花火で描かれた巨大な足形「歴史の足跡」は、実はコンピューターグラフィックス(CG)による合成映像だったことが分かった。
「歴史の足跡」は、北京五輪が29回目の夏季五輪に当たることから、歴史の巨人(=五輪)が北京に到着したことを表現。足跡の形を打ち上げ花火で作り上げ、天安門広場からスタートして29歩目にメーン会場の国家体育場(愛称・鳥の巣)に到着する演出だった。映像は開会式の冒頭で55秒間流されたが、最後に「鳥の巣」から打ち上げられたもの以外はすべてコンピューターによる映像だった。花火は各地で実際に打ち上げられていたが、映像自体は約1年間かけて製作された合成映像だった。規制で上空からの撮影ができないための演出で、当日夜のスモッグでかすんだ状況を忠実に表現するために気象台に助言を求め、上空からヘリコプターで撮影したように見せるためにカメラを微妙に振動させる処理もしていた、という。
12日の記者会見で、この件について聞かれた北京五輪組織委の王偉・執行副会長は「あの日は天気があまり良くなかったので、そうだったかもしれない」と、CGであることを事実上認めた。英紙「デイリー・テレグラフ」によると、この映像は北京五輪放送機構(BOB)が作製したという。(読売取材団)[2008年8月12日15時21分]
実はCGと明かされた映像はテレビのニュース映像でも繰り返し流された。あらためて見てみよう。TBS「ニュース23」より。
これと同様のニュースは世界中に配信され、同じく開会式に出演した9歳の少女の歌声が「口パク」だったという顛末とともに、中国国内でも賛否両論を巻き起こしている様子だが、こと日本のスポーツ紙やワイドショーやネット上の書き込みでは昨今の中国産の食品安全性の問題を連想させる「偽装」という言葉までもが使われていることが気にかかる。そもそも日本のメディアが昨今好んで使っている「偽装」と言う言葉は、マンションの耐震強度偽装事件を発端とし、段ボール肉まんというゴシップを経て、中国製違法コピー商品などに転用された言葉なので、CG合成映像を「偽装」と称するには用法上乱暴すぎる(ちなみに上に引用した新聞やTVはさすがに報道の良識があるので、そのあたりは慎重に言葉が選ばれており「偽装」という言葉は使われていない)。
日本でのネット上での反応としては「北京オリンピック開会式の花火による『巨人の足跡』は本当にCGだったのかどうかを検証してみた」といった検証記事も上げられており、世の中の関心はだまされた感よりも、へえ、あれがCGだったなんて!ウソー!ホントー?という驚嘆に帰着しつつあるようだ。
ただ、ちょっと考えてみれば、そもそも「実はCGでした」という事後報道が中国側から配信されたものだとしたら、それはむしろ中国のCG技術を世界中にプロモーションするという最終目的として企図されていたものだったのではないか、と裏読みしたくなる。
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ここからは僕の私見を交えた上でのさらなる裏読みだが、今回のオリンピックの開会式はもともとスティーヴン・スピルバーグがアーティスティック・アドバイザー(芸術顧問)を務めるはずだったのが、2007年4月中国政府のダルフール紛争への対応の不備を非難してスピルバーグがボイコット辞退したことで、その後任を急きょ張芸謀(チャン・イーモウ)が務めることとなったものだ。――と、ここまでは日本のマスメディアでも報道されているが、問題の花火が現代美術家の蔡國強(ツァイ・グオチャン)によるものだということまでは僕の見たところ報道されていない。これは日本の記者の勉強不足と言うよりは、おそらくは北京五輪機構がプレスに流す情報において重きを置かれていないのではないかと想像される(開会式の生中継のアナウンサー用のシナリオはあらかじめ各国のTV局に提供されているはずなのに花火の作者の名がアナウンスされなかったのは、おそらくそこに蔡國強の名前は入っていなかったのだろう)。
NYを活動の拠点とする蔡については、米国のメディアだけが開会式以前から独自に取材をしていた模様だ。たとえば、これはCNNによるアジアを主題にしたインタビュー番組。
他のどの国よりも米国のメディアが蔡國強にスポットを当てているのは、今春グッゲンハイム美術館で大規模な個展をしていたこともあって米国での知名度が高いせいもあるし、米国には北京五輪の晴れ舞台に蔡を送り出す支援者がたくさんいるからに違いない。言うまでもなくそれはNYのアート・マーケットに一枚噛んだ投資家たちの総意でもある。
僕の記憶によれば(正確に資料を調べ直す余裕が今ないのだが)蔡國強の起用はスピルバーグの時点ですでに決まっていたことなので、当初はハリウッドの映画監督とNY在住の蔡という地理的に結ばれたUSAラインが、芸術演出がチャン・イーモウに変わった時点で、中国出身で世界的に高い評価を得た映画監督(チャン)と現代美術家(蔡)という出自的なチャイナ・コネクションに書き換えられてしまったことを――その善し悪しはともかくとして――3月に日本のテレビで放映されていた取材番組でチャン・イーモウが「メイド・イン・チャイナ」を合言葉に掲げ「中国人の手で開会式を成功させたい」とその立場を表明していたのを見て、僕は感じていた。
スピルバーグがやったならどんなものが出来上がったのかはわからないので比較はできないが、今にして思えばそれは地理的/出自的な軸の転換というよりは、おそらくは演出上の主眼の変更を引き起こしてしまった。CGや吹き替えまでを演出(=手法)として使ったチャンが目指したものは、開会式イヴェントのライヴ・パフォーマンスの演出ではなく、全世界のTVモニタに映される最高の映像コンテンツの提供であったと考えるべきだろう。
いっぽう、蔡がおそらくは当初から打ち出していたであろう29歩の足形の花火が天安門広場からメインスタジアム(鳥の巣)まで近づいてくるというイメージは、1896年にギリシアのアテネで第1回大会が行われてから戦争による中断をはさみ29回目の夏季大会を表したもので、歴史的かつ空間的なスケール感は、過去の作品を知る身としてはたとえば《万里の長城を1万メートル延長するプロジェクト》(1994)のさらなる延長線上での爆発にも思え、いかにも蔡らしい。無論、それは彼の数々の花火パフォーマンス同様にライヴで行われることを前提としていたはずであり、実際、29の足形を夜空に浮かび上がらせること自体は技術的には可能だったはずだ。
むしろ不可能だったのは、航空管制や不確定な天候や危険性といった複合的な問題で、爆発する29の足形すべてを追うように空撮ヘリコプターを飛ばすことであり、チャンはそこでイメージ通りの「絵」を中継にのせるためにCG映像との合成を選んだというのが真実だろうと僕は思っていた。
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ところが、真実はさらに別のところにあった!
「29の足跡のうちメインスタジアムに近い最後のひとつだけが本物だった」という一昨日の報道に対して、中国では「あの足跡の花火は本当に上がっていた」という証拠映像が公開されているのだ。
もしこの映像が本当ならば、29の足跡の花火は実際に上げられていたが絵にこだわるあまり中継映像はCGに差し替えられたということになる。いくつかの天候に応じて複数のCGが用意されていたことも多いに想像できる。
ただ、これすらがまたCGによるネタなのかもしれないという疑問も実はあるわけで、実際に現地で見ていない以上これ以上の結論は僕にはもう出せない。確かなことは、ここでのモンダイは最初から「何がリアルで/何がフェイクなのか」という真偽の二元論ではなく、ましてやその「演出」の善悪でもなく、あるイメージをライヴとして具現化することと/映像として具現化すること、つまりはリアライゼーションにおけるメディアの相違の話なのだ。
そう。もし、巨人の29の足形の花火もまた本物だったとしたら、ライヴと映像という2つのリアライゼーションの間で手柄の取り合いがあったことが想像できる。
あれを、NYで世界的に活躍する中国人現代美術家による作品としてではなく、メイド・イン・チャイナのCGとして売り出したい勢力が抜け駆けでリーク報道をしたのではないか、という気がしてならないのだ。
さて、僕がここで書いたことはどこまで当たっているか/外れているかはわからない。いつか蔡さんに再会することがあったらぜひとも彼自身の口から真実を聞かせてもらいたいし、そのことを目的としたインタビューを誰かがしなくてはならないと思う。
ただ、それは8月24日を待ってからにすべきだろう。なぜなら、蔡さんは開会式とともに閉会式の美術演出も担当している。もしかしたら、開会式の華はチャンに持たせ、閉会式のほうこそ中国文明と人類の戦争から宇宙開発までを推進した火薬を素材とした蔡のファイヤーワークの盛大なるライヴ・パフォーマンスで締めくくられるのではないか。そんな気がする。
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最後にお見せしておきたい映像はこれ。先月行われた開会式リハーサルを北京市民が撮影したビデオ。テイトモダンやNYでの蔡國強の花火パフォーマンスを知る人にはむしろこれだけ(足跡なし)でも充分に蔡の作品らしさが見てとれるのではないか。そう、花火は盛大に、威勢良く、そして何よりおめでたいものでなくては。夜空に響き渡る花火の爆発音に応えるかのように鳴り止まぬクラクションの響きがその証左だ。
彼自身がそのことを意識しているか否かはともかくとして、私たちは蔡の「原初火球」のなかに、最もモダンなプリミティヴィストである岡本太郎のあの名言、「芸術は爆発だ」を想起しないではいられない。僕はまだまだ、がっかりすることなく、閉会式を心待ちにしている。
2008-07-23 Wearable J.O.?
ジュリアン・オピーのTシャツ!?
水戸芸術館で始まったジュリアン・オピー展に行ってきた。展覧会のレビューは来月発売のある雑誌に書くので今日はここでは記さない(発売されたらアナウンスします)。むしろブログに記しておきたいのは、今日の買い物のこと。インターネットで調べものをしていたら英国のサイトでこんなTシャツを見つけた。
へー、これは初めて見た! SGT.ペパーズのビートルズのポートレート。というよりむしろブラーのベスト盤のアレンジメントか。
ちなみに最近出版されたアレックスの自叙伝の表紙にもオピーの作品が起用されているが、もしやオピー個展にタイミングを合わせた日本の出版社オリジナルの戦略かと深読みしつつ確認してみると、英国版も同じ表紙なのだと判明。原題は"Bit of a Blur"
もう1枚。古今東西モナリザをモチーフにするアーティストは多い――当然ウォーホルもしていた――が、オピー調だとこんなにかわいらしい。
以上2点のTシャツは英国のTシャツ専門サイトMr.Cloudで。http://www.mrcloud.com/
いずれも日本では見たことなかったので、オピー展鑑賞後の勢いに乗じて2枚ともダイレクトシッピングで注文してしまったが、サイトをあらためてよくよく見直してみたら、どうやらこれはオピーのオリジナルではなく(よく考えてみればそりゃそうだ。こんな作品見たことなかったし)、海賊Tシャツ屋らしい(ガクシ)。ただ、このTシャツ屋のラインナップは他にもピンクフロイド、D・ボウイ、それにスーパーマリオetc.と、なぜか妙にくすぐられる。個人的には憎めないので許す。
コピーライト的に問題があれば当然“明るい場所”では着られないので、同好の向きはそのあたりご了解の上、あくまで自分の判断で。
2006-12-05 The New Ride: OpenSky 2.0
あたらしいのりもの──「オープンスカイ2.0」への招待
自転車の練習をしたいという娘を連れて、近所の小学校に行ってみると門が閉まっていた。土曜日の校庭開放は4時で終わりらしい。小さい娘がつぶやいた。
「空みたい」
「なんでさ」
「こんなに広いのに、からっぽで、だれも入れない」
確かに、鉄製の柵越しに眺める校庭は、雲ひとつない冬の青空を思わせる静けさで、冷たく澄みわたっている。空のような空虚さが子どもたちを閉め出していた。
「人間てさ、どうして空を飛べないの?」
「飛行機に乗れば飛べるさ」
「あれは機械でしょ。機械が人をのせて運んでるんだよ。鳥や虫みたいに自分で飛びたいなあ」
「あはは。練習すれば飛べるようになるかもしれないよ。この間、跳び箱とべたって言ってたよね」
「四段とべた。でも空は羽がないとねー」
「羽があっても練習は必要だよ。ひな鳥だって最初から上手に飛べるわけじゃないさ。きみの自転車と同じだよ」
いま、飛行機というよりはカモメの翼のような一人乗りのグライダーを自作し、テスト飛行を重ねているアーティストがいる。最初はそんな無茶なと思ったけれど、本当に飛んでしまった。初飛行の気分はどうでしたかと聞くと、はじめて自転車に乗れた瞬間みたいですよ、という答えが返ってきた。
自転車に乗るように、だれもが、自由に、空を飛びまわる。
想像してごらん、いつかそんな日が本当にやってくることを。
そのとき、空への扉が開かれる──開門のパスワードは、
ひらけ、そら!
このテキストはNTTインターコミュニケーションセンター[ICC]で開催される「八谷和彦展 OpenSky 2.0」(12月15日─2007年3月11日)の告知用チラシのために寄せたものだ。2つ折りのリーフレットの形状のこのチラシは、もう都内のあちこちのアートスペースに置かれているようなので、見つけたらぜひ手に取ってみてほしい。青空をバックに白い機影が映える写真はテストフライトのときのもの。大岡宏典君によるデザインもきれいで、壁に留めておきたい気にさせられる。
八谷君の個展に文章を寄せるのは、1993年レントゲン藝術研究所で一晩だけ開かれた最初の展覧会「Inter-discommunication」のときから数えて、これでもう7回目になる。
《視聴覚交換マシン》から《AirBoard》まで、これまで住倉良樹のペンネームで、恋人同士の男女の会話を軸にしながら、作品の背景にある科学技術史と美術史とを接続してみせるというアクロバティックな6篇のショート・ストーリーは、いずれも作品が完成する前にアーティストから概要を聞かせてもらった上で、その作品装置が鑑賞者にどのような作用をもたらすかを想像して言葉にしてほしいという依頼で書いたものだった。
今読むと現実のテクノロジーがフィクションを追い越してしまったものもあり隔世の感があるが──たとえば《WorldSystem》では当時まだ物珍しかった携帯電話による恋人たちのスリリングな長電話を、《メガ日記》では夢の中で恋人の過去の日記を読むといったシチュエーションを描いたが、今やメールやブログによってぼくたちのコミュニケーションやダイアリーは変貌してしまった──ぼく自身にとっては実際の彼女とのプライベートな会話にもヒントをもらいながら書いたこともあって、それぞれに思い入れの深い文章といえる(そのうちの3篇は2001年MOT「ギフト・オブ・ホープ」展図録に「3つのおはなし」というタイトルで再録された)。
今回からペンネームでなく本名での発表にしたのは、一昨年会社勤めを辞めたので、もう筆者の正体を隠す必要がなくなったからだ。八谷和彦展のリーフレットでは毎回お約束だった男女の会話が、父と小さな娘の会話に変わったのもぼくの実生活上の変化を反映している。今や妻であり母にもなった彼女は今回の原稿を読み終えると「あたしの役目をあの子が引き継いだのね」としみじみと言いながら、優しく微笑んだ。
6歳の娘は、脱稿した次の週には、補助輪なしの自転車をスイスイと乗り回せるようになっていた。あまりにもあっけなく”ひな鳥”が空を飛んでしまったことに、”親鳥”のぼくは驚くよりも奇妙なまでの清々しさを覚えた。
展覧会は来週の金曜日に始まる。【詳細はこちらをクリック】
1月刊行予定の展覧会カタログには書き下ろしの論考を寄稿する予定。
参考:9/24富士山麓で行われたテストフライト動画(アーティスト自身によってYouTubeにアップロードされているもの)
「OpenSky 2.0」展の会場でも上映されていたメイキング映像(こちらもアーティスト自身による公式トレーラー)
2006-08-09 YouTube as a Guerrila Television
イルコモンズのYouTubeデモグラフィー
イスラエル軍によるレバノン空爆によって中東情勢が悪化するなか、YouTubeやMySpaceにおいてイルコモンズによる映像の抗議行動が展開されていたことを知らされた。いまやだれもが放送局になることを可能とした動画ポータル・サイトは、いまのところまだコピーライト侵害への対策が徹底していない分、アナーキーな映像の宝庫として魅力的なのだが、それが使い方次第では市民による政治的なアピールやデモンストレーションの場にもなる可能性を潜在していることを、この映像は気づかせてくれる。
「SOMEDAY OVER THE WINDOW」はYouTube上で見つけた2つの映像(レバノンのホテルの窓から撮影された空爆シーンと、キース・ジャレットの「Over the rainbow」の演奏)をリミックスしたもの。作者であるイルコモンズは、ビデオに付けた英文のコメントの中で「これはジャック・デリダの『テレビのエコーグラフィー』にインスパイアされたGhost Tele-Visionの実験である」と解説している。夜空に立ち上る火柱を望む窓ガラスにあたかも室内が映り込むかのようにオーバーラップしてくるピアニストの姿……。窓ガラスのあちら側とこちら側の対比構造は、ぼくにはゴダールの「ヒア&ゼア こことよそ」を思わせる。
あるいは、この本来無関係なはずの2つの映像の出会いは、まるで「手術台の上でのこうもり傘とミシンの出会い」(ロートレアモン)のように、怪しくも美しい。そうだ、YouTubeとはいまや映像の巨大な手術台なんだ。
さらにこの映像は一週間後、こんな自家リミックス版となってアップロードされた。
「HUM BOMB?(LEBANON 2006)」は、同じ空爆映像にアレン・ギンズバーグのポエトリー・リーディングの映像をミックスしたもの。「OVER THE WINDOW」が静謐なアイロニーで空爆を嘆くのに対し、こちらは「誰にボムる? 何故ボムる?」と吠えるようにまくしたてるギンズバーグのメッセージを直接的に投げかける。
これらの映像に対して美術史的な深読みは無用かもしれないが、ここはあえて愚直な姿勢でデュシャンを引き合いに出しておくなら、見出された物体(ファウンド・オブジェクト)ならぬ見出された映像(ファウンド・ビデオ)を素材に、最小限の手を加える手法は、映像制作におけるレディメイド的アプローチといってもいいだろう。タイトルの「OVER THE WINDOW」は奇しくもデュシャンのフランス窓の作品(「忘れられた未亡人」)や大ガラスにも構造的に重ねることができる。
もちろんイルコモンズがぼくらに見せようとしているものは手垢のついた美術品の変奏などではなく、あくまでもその「窓」や「扉」の向こう側にある。手術室や展示室という枠組みの扉の外(=アウトドア)に存在する、危険をともなう現実(=真実)という美しい絶景のはずだ。
ちなみにイルコモンズとは、2002年に現代美術家を「廃業」宣言したヲダ・マサノリ(小田マサノリ)の現在の活動上の名義である。横浜トリエンナーレ2001開催中に起きたNY同時テロ事件に対して出品アーティストとしていち早く声明を出し、作品を反戦プロジェクト化するなど、戦争に対してひとりの表現者として無関係でありえないという現実が、逆に、戦争とは無関係に生きられる職業としての「芸術家」を辞める決意を彼にさせたといってもいいだろう。
その後多岐にわたって現在進行形の活動については本人のブログ「イルコモンズのふた」(http://illcomm.exblog.jp/)と、YouTubeにおけるイルコモンズのチャンネル(http://www.youtube.com/user/illcommonz)を参照するといい。
ことにYouTubeで見られる「WE ARE THE THREE(ONLY!)」は、現実世界の路上におけるデモの閉塞(≒被拘束)状況を「三人デモ」という脱力ネタであらわにするとともに、その一部始終を通常公安サイドが用いる監視ビデオ撮影という手法で記録し、動画共有空間に置くことによって世界中のPC上での再生(それは字義的にまさにデモンストレーションだ)を可能にするもの。
と、ここまで書いたところでネットをあらためてチェックしてみたら、さらにイルコモンズのウェブ・デモは一昨日から「レバノン爆撃に抗議するチューブ・デモ」という新たなフェーズに。おおー、これは面白い。各自PCの音量を最大にして以下URLに直接アクセスされたし。
http://ilcommonz.hp.infoseek.co.jp/TubeDemostrationz.html
ウェブ上の動画を用いたデモグラフィー(デモクラシー+ビデオグラフィー)は、いままさに日進月歩のスピードで、その方法論の開発と戦術的な実験を重ねている。しかも世界同時多発的に……であればなお素晴らしい。
◎
ここまでの話をまとめるために、思い出しておきたいのは『ゲリラ・テレビジョン』(マイケル・シャンバーグ、1974年、日本語版は美術出版社、絶版)
この本に関しては、6年前メディア研究者の森岡祥倫がいち早く21世紀的な再評価をしていたこともあり(「ゲリラ・テレビジョン再訪〜メディア・アソシエーショニズムとしてのビデオ・アート」、『美術手帖』2000年11月号特集「アート・IT・革命〜メディア・アート・レヴォリューション」)、その後もぼくの頭の隅に置かれていたのだが、その再評価の内容はここにきて、YouTubeという現象を実際に伴うことで非常にわかりやすく現実味を帯びてきた。
というのも、アメリカのビデオアートの原点がバッテリー電源によってポータブルになったビデオ機材を武器に、マスコミと対決し新たなジャーナリズムを補完する姿勢で社会に繰り出したビデオ・ゲリラたちであるとすれば、そのオルタナティブな意志はすでにマイケル・ムーアの映画のヒット(=社会的認知)を経て、じつはYouTubeという動画相互配信のプラットフォームにまで組み込まれていたのだという気すらしてくるからだ。
あるいは日本においては、たとえばメディア・アーティストの八谷和彦が、当初は海賊テレビ放送局SMTV名義で活動をしていたこと、インターネットが普及し始めた1995年のプロジェクト「メガ日記」が現在のブログ日記を予見していたことなどを併せてここで振り返っておくなら、『ゲリラ・テレビジョン』からYouTubeまでをつなぐメディア義賊の遺伝子はけっしてアメリカだけの話ではなくなるはずだ。
さて、そんなこんなで後発となりながらも今年下半期に続々とオープンを控えているはずの日本の動画共有サイトだが、NTTによるClipLifeはなんとクリエイティブコモンズを旗印に掲げてきた。
▼「NTT版YouTubeは、クリエイティブコモンズを簡単に選べる」(2006/8/8付ニュース)
http://www.atmarkit.co.jp/news/200608/08/ntt.html
デジタル時代のクリエーターにとってはやっかいな障壁でしかない現行の著作権制度を、クリエーター自身で緩やかに柔軟性のある枠組みにしていこうというクリエイティブコモンズがこれを機に一般化していけば、旧来の著作権環境と新たなクリエイティブコモンズ環境との地勢図はまさに旧大陸と新大陸のようなものとなる。現実的に当面は二者択一というよりは、表現者の多くは両大陸の住人として自身のコンテンツをさまざまなコモンズ・レベルに振り分けることになるだろうが、いずれは新世界の存在自体が旧世界の論理や既成事実を脅かし、動かすことまで考えられる。もちろん、コピーライト上の自由の国が多種多様な表現ジャンルから移民を受け入れていけば、そこではメディア領域を越えた表現上のクロスオーバーやハイブリッド化が加速するであろうことも大いに期待ができる。
▼クリエイティブコモンズ・ジャパンHP
イルコモンズとクリエイティブ・コモンズ。両者は字面において似て、内容において非なる活動だが、根をたどればそれは同じ土壌にある。