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きのうに続いて虫偏の生き物だが、蜥蜴(とかげ)は「尻尾(しっぽ)切り」で知られる。切られた後も尻尾は動き回り、敵の目を引きつける役目を果たしてけなげだ。野球賭博問題で、メディアに出ては涙する大相撲の大嶽親方に、どこかその図が重なり合う▼トカゲの尻尾はしばらくすると再生する。だが、新しく生えたものには切り離す機能はないそうだ。つまり生涯に一度しか使えない奥の手なのだという。ひるがえって日本相撲協会である。これまで何度、この手に頼ってきたことだろう▼きのう、大嶽親方と大関琴光喜関への処分が正式に下りた。それぞれ解雇である。現役大関が解雇されるのは初めてという。ことの深刻さに当然と思いつつ、どこか腹に落ちないのは、不祥事のたびに見てきた「尻尾切り」のゆえだろう▼2人を除けば、責任の取らせ方は甘くはないか。名古屋場所は実態をつかむ前に開催が決まった。武蔵川理事長も謹慎が明ければ続投するそうだ。その他あれこれ、またぞろ「懺悔(ざんげ)芝居」ではないのかと、勘ぐりを入れてみたくなる▼リンチ事件、大麻汚染、横綱の暴行騒動、そして賭博。そのつど毒草をむしっても、土壌が変わらないから次から次に新手が生える。対症療法はとうに限界なのに、当の協会だけが気づいてこなかった▼〈さまざまの事件がありてこのごろは蜥蜴の顔が美貌(びぼう)に見ゆる〉。小紙歌壇の選者高野公彦さんの一首は、あたかも今の角界を詠んだかのようだ。ここを土俵際と組織、意識の改革を進めなくては、賢者の顔をしたトカゲに笑われる。