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[19887] 【習作】魔法少女リリカルなのは//Appwiz.Morganna【リリカルなのは×.hack//G.U.再投稿】Vol.8追加
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/07/05 18:35
…申し訳ございません、不手際で全文削除してしまいました…感想まで消してしまいなんとお詫び申し上げたらよいのやら…

行き詰まりもう一度最初から書き直してみようと思った矢先にこの失敗、本当に申し訳ございません。


前作での慢心を本当に申し訳なく思っております。呆れられた方もいらっしゃると思いますが、今後あのような暴挙をしないよう気を引き締めて執筆する所存です。本当に申し訳ございませんでした。



今作は魔法少女リリカルなのはと.hack//G.U.のクロスオーバーものです。キャラ崩壊、原作乖離などの要素もございますので閲覧の際はご注意を。

それでは、いまだ習作の看板を外すことができない拙作ですが宜しくお願いします。


2010/06/28 01:14 再投稿
2010/06/28 01:16 Prologue:Appwiz.Morganna 投稿
2010/06/29 22:54 Vol.1 : 産声 投稿
2010/06/30 05:33 Vol.2 : 輪廻 投稿
2010/06/30 21:09 Vol.3 : 破音 投稿
2010/07/02 11:22 Vol.5 : 接触 投稿
2010/07/03 16:35 Vol.6 : 桜咲 投稿
2010/07/04 13:33 Vol.7 : 奔走 投稿
2010/07/05 18:34 Vol.8 : 冷笑 投稿



[19887] Prologue:Appwiz.Morganna
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/06/28 01:16
我、お前に問う。

一つは安全だが長い道。一つは険しいが短い道。

お前はどちらの道を行くのか、答えよ・・・・


Prologue:Appwiz.Morganna


何処までも続く夕暮れの荒野。そこにあるのは乾いた風と――剣戟の音。

「あ、あぁあ……」
3人組の――いや、既に一人は事切れて倒れている冒険者のパーティーを取り囲む無頼の者たち。その頭領たる女斬刀士(ブレイド)は手に持つ剣を少し弄んだ後、残っている片方の男を無表情のまま切り捨てる。

「ひぃッ……あ、ああああ…」
仲間がまるで小枝を払うかのように倒された事に動揺する術師の少女。そして頭領の女戦士の冷たい眼差しを見、その場から逃げようと駆け出した。

だが、現実は甘くない。すでに彼女の逃げる方向には2人の男が立ちふさがっていた。
下卑た笑いをする細身の双剣士(ツインソード)、そして身の丈ほどある大剣を持つ無表情な太った撃剣士(ブランディッシュ)。

「た、助けてください…」
先回りされたことに動揺し尻もちをつく少女は縋るよう彼らに命乞いをした。だがその背後からはゆっくりと…ゆっくりと口端を歪め、せせら笑いつつ手に持った剣を弄ぶ先ほどの女斬刀士が近づいていた。


そして、少女は断末魔を上げる事すら許されず、女斬刀士の喜悦の声と共に散った。


――その光景を高台の上から静かに見ている影がいた。

その身に纏うは漆黒の重鎧。スマートながら刺々しく装飾を施されたその姿は触るモノすべてを切りつける鋭利さを持っていた。
そしてその鎧を身に纏う白髪の青年は踵をゆっくりと返し…これから始まるであろう『彼による』虐殺ショーを思い浮かべ静かに嗤っていた。


女斬刀士はいつものように狩りをしていた。道行く冒険者を徒党を組んで襲い、その身ぐるみを剥ぐPK(プレイヤーキラー)であった。すでに冒険者(ユーザー)に名の知れたその女の名前はボルドー。所属するギルド『ケストレル』においてギルドマスター『がび』を心酔する歪んだ少女だった。

いつものように襲い、そして斬り伏せた女の頭を踏みつけつつ次の得物を思案する。
彼女にとってPKとは息をするような自然な行為であった。日ごろ『現実世界』で溜まったストレスや鬱憤を他人に気が済むまでぶつけ、踏みにじり、命乞いをする者を冷酷に処する悪役が彼女のロール(演技)でもあり愉悦でもあり、また彼女が内心で恥じているものだった。

そして享楽にふける彼女らに背後からゆっくりとに歩みよる者がいた。

そしてその影は徒党の一員である男に近寄り…その背中を蹴飛ばした。

蹴飛ばされ前に居た仲間の一人に覆いかぶさるように倒れ込む男。その声に後ろを振り向いた彼らはその影を見て表情を一変する。


「死、死の恐怖……!!PKKのハセヲだぁ!!!!」

細身の出っ歯の双剣士、ネギ丸がその影を指差し、目を見開きつつ彼の名を口にした。

死の恐怖――それは有名なPKK(プレイヤーキラーキラー)であるハセヲの異名である。PKたちの恐怖と憎悪の的である彼は100人のPKを斬ったとか、無敗の黒い錬装士とか『The World』のPK全員から狙われているなど様々な憶測や噂が語られる存在。だがその実力は本物であり彼が次に狙う獲物とその勝敗で賭けが催されるほどだった。

「何ィ!?」
ボルドーが目を剥く。目の前にいる『戦士』は正しく百戦錬磨の玄人。だが味方は10人以上、たかだか一人でこの人数相手に喧嘩を売るなど常識で考えれば自殺行為もいいところである。




だが、彼女の侮りは一瞬のうちに消える事となった。




その言葉を聞きながらハセヲは薄く嗤いつつ手を背に回し双剣を召喚する。手に持つ双剣の名は芥骨(あくたぼね)、高速回転するその鋸の様な刃は唸りを上げ摩擦の熱で紅く煌めく。

「フッ!」
短い気合と共に駆け出したハセヲは一瞬のうちに眼前にいた一人を袈裟切りに、もう一人を返す刃で斬り伏せる。そしてその勢いのまま突進し二人組を組んでいると思われる男たちに迫る。


――なんで、こんなことに…
――畜生、なんなんだこいつは!?
ただ日常生活(リアル)のストレスのはけ口でとして始めたPK、徒党を組み数の暴力で獲物を狩るという嗜虐的な恍惚感に酔いしれ、今日もたまたま居合わせた不運な冒険者を狩るだけ。その筈だった。

彼らが出来た抵抗は僅か1合刃を合わせる事のみ。ハセヲの臂力に押し負け武器ごと大きく仰け反らされた後、身を屈め足払いのように繰り出された狩人の一閃のもとに二人まとめて倒される事となる。


その様子に焦ったのは当のボルドーである。ハセヲが自らに標的を定めたと見るや否やその片手剣を両手を用いて防御の構えを取る。

突っ込む勢いのままに2合、3合。このままでは押し負けると見たボルドーは素早く後ろに飛び距離を取ろうとするがハセヲはそれを見逃さない。

苦悶に表情を歪めるボルドーに対しハセヲはいたって冷静であった。ハセヲの猛攻が僅かに止まり鍔迫り合いとなった瞬間、一人の男が上空からハセヲに迫る。

「ヒャッハァォオオラァァツ!!」
その声は眼の前にいる異質なるモノに対する恐怖を振り払うためか。気合を込め一撃必殺を狙ったネギ丸の攻撃は・・・・地を穿つだけに終わった。

身を翻し、後方に下がったハセヲは双剣を携え周囲を見渡す。


囲む敵は4、5人、常人ならば未だ絶体絶命であるが…ここからが彼の、『錬装士(マルチウェポン)』死の恐怖ハセヲの独壇場である。


ハセヲの使うジョブ『錬装士』は世界において玄人、ないしハードゲーマー好みのジョブだ。キャラクターメイキング時に与えられたポイントを割り振り与えられたポイント内で他の専門職の武器が扱えるというものだ。
だが、世の中そこまで美味い話がある訳でもなく錬装士はその武器に関して専門職ほど極める事が出来ず、また極めるにしても専門職より膨大な手間暇がかかるのだ。



しかし、全てを平均的に極めたプレイヤーの強さは多を個を以て圧倒するにふさわしい実力を持つようになる。



双剣をしまい込み、虚空から召喚するのは巨大な大鎌、首削(くびそぎ)。彼が選んだ専門職の一つ、鎌闘士(フリッカー)の武器だ。
鎌闘士の特徴は何と言ってもその長大なリーチと前周囲をカバーできる攻撃範囲の広さである。そして、ハセヲはその鎌闘士のスキルを一線級のプレイヤー並みに鍛えていた。

勢いよく振りかぶり周囲を囲む敵を鎌から発せられた衝撃波で薙ぎ払うスキル『環伐(わぎり)』。初歩中の初歩であるが彼らとハセヲでは強さの次元が違う。その初歩スキルですら周囲を取り囲むPKを一掃するのには十分であった。

だがボルドー一味もただでは死なない。スキルの硬直を狙い、複数のPKが空からの強襲を同時に仕掛けていく。だがそれすらもハセヲにとって誤差範囲内であった。

「ハァツ!!」
気合を入れハセヲもまた空へ飛ぶ。そして繰り出したのは対空スキル『天葬蓮華(てんそうれんげ)』対空する敵を先の『環伐』と同様円を描くように一閃、有象無象を軽々と地に叩きつけた。

ハセヲはこれで10人近くをわずか数秒で葬ったことになる。誰の目から見ても明らかに格が違っていた。だが、その光景を見ても諦めない、いや抗うしかない者たちがいた。

「うおらっしゃォラァ!!!!」
ネギ丸はハセヲの着地硬直を狙い駆け出していた。狙うは手に持つ鎌。武器を弾き飛ばせばまだチャンスはある…そう踏んでいた。

そしてその企みは成功する……最初の段階までは。

武器を弾き飛ばしこれで反撃を企てようとしたときネギ丸の眼前には刺々しい装飾が施された漆黒のグローブ、その掌が向けられていた。

「へへ……へ?」
アドバンテージを得た事に僅かに気が緩んでいたネギ丸はいきなり向けられた掌に呆けたような声を上げてしまった。それは非常に…そう、非常に捕食者の前でとる行動としては不適切な行動だった。

次の瞬間、掌からはハセヲが詠唱していた魔法『レイザス』が勢いよく放たれ、ネギ丸は遥か彼方へ吹き飛ばされる。

断末魔を上げ、二転三転と地面と熱烈なキスをしながら吹き飛ばされていくネギ丸。そして彼の敵を討たんとハセヲの後方から巨漢の撃剣士グリンが迫る。

――いける。
完全な死角からの一撃。さすがにレベル差があるとは言え撃剣士の一撃は重い。徒党を組み数で押している以上わずかなダメージでも蓄積されたそれはハセヲという名の大山を崩す切っ掛けになりかねない。

だが…所詮、針の一穴である。

一瞥もすることなくハセヲはそれすらも紙一重でかわしてしまう。

サイドへ1回転しながら飛び着地するハセヲに、追撃を加えんとグリンが大剣を大上段に構えて迫る。それを見たハセヲは楽しげに口の端を釣り上げるとサイドステップでグリンの振り下ろしを避け、迎撃態勢を取る。

次に召喚するのは大剣、大百足(おおむかで)。グリンと同じく撃剣士の武器だ。だがグリンと違うのはグリンの武器はごくごく普通の大剣であるのに対しハセヲの大剣は正しくチェーンソーであった。

空中から自重を利用し渾身の一撃を放つグリン。だがその一撃をハセヲは唸りを上げる大百足で受け止める。

これに驚いたのはほかでもないグリンだ。錬装士のそれと比べて性能的アドバンテージのある専門職の懇親の一撃…それをハセヲは笑みを浮かべたまま見事に受け止めたのだから。


驚愕するグリンを余所にハセヲは気合と共に彼を大剣ごと彼方へと吹き飛ばす。既に動けるのはボルドー一人だけとなっていた。


「ッチィィ…フッ!!」
舌打ちし、勢いよく駆け出すボルドー。内心では既に彼には勝てないという事実を認めつつあったが彼女にも意地がある。それを押しとどめ最後の人勝負に打って出た…のだが。

渾身の一撃をハセヲは眉一つ動かさず受け止める。そしてそのまま彼女の剣をいなし、峰で彼女ごと弾き飛ばす。

「…ハァ、100人のPKを斬ったって噂も嘘じゃないみたいだね。」
膝をつき片足立ちの状態でボルドーは大きくため息を吐いた。彼との距離は約8m、そして彼はゆっくりと大剣を片手に携えこちらに歩み寄ってくる…その指を弾き飛ばされた剣に向けていることを知らずに。


距離は3m、一気に飛びかかれば反応の遅い大剣では間に合わない距離、これならば――


「……だからさ、いい加減に死にやがれええええええええええええええええええ!!!!」
這わせた指が柄に届き、身をよじりながら一見無防備な構えを晒しているハセヲへと勢いよく胴薙ぎを狙う。タイミング、距離、威力、どれもボルドーが考えられる最高のタイミングだった。


「…で?」


そう、ボルドーが考えられるレベルの最善だっただけだ。


軽々と大剣で剣を再度弾かれ、首筋に巨大な鋸が添えられる。呆けた瞳に映るのは口元が見えず興味なさげに見下すハセヲ。彼女にとって、彼に会ったことが不幸であった。それは火を見るより明らかで…だが彼女に憐憫を示すものはこの場には居合わせていない。最も弱者を狩り続けてきた彼女に同情をするなど同類の下種以外あり得ないのだが。

猛然と回転するチェーンソーが彼女のわずかに残った戦意を細切れにした後、ハセヲは沈黙を保っていたその口を開く。



――――トライエッジを知っているか?






その後、猛然と唸る大鋸の音とこの世の終わりが来たかのような悲鳴の後、ボルドー一味は仲良くタウンへ強制リザレクトされていた。







というのが、ハセヲとボルドーの出会いだった。







Side:ハセヲ


「ハ、ハセヲ!!こ、こんなもので釣ろうったってそうはいかないんだからな!!あたしは借りは返さないと気が済まねえんだよ!!いいな!!!絶対に借りは返すからな!!!」


どうしたもんかな、こりゃと心なしか顔を赤らめるボルドーを宥めつつフィールドを散策する。

今回、痛みの森にてフレンド総員でのレベル上げ及びレアアイテム捜索実施という荒行企画を立ち上げた欅を恨みたい。しかもくじ引きによってできたパーティー(PT)はよりによってボルドーとなつめというPK組だ。(ちなみになつめは自分がPKであることを自覚していない。自覚してはいないが全PK及びカオティックPK中最強と恐れられているのは事実である。)

痛みの森ということで装備も全員レベルキャップ上最強に入る回式・竜頭、古刀・磁晶丸を装備。さらにボルドーは武器に八手サソリの尾、暗殺熊の掌、重芒ヒトデの標本を装備しバックスタブ+状態異常(凶呪・猛毒)なつめはネン獏の顎骨を装備してスキル使い放題という構え。
今回の狙いは断頭台の赤苔と反存在の相擁の回収。断頭台の赤苔はHP強制半減効果…ダイイング、反存在の相擁は通常攻撃ヒット時にダメージ値の25%を自分のSPとして吸収する効果…信念の掌握を持つアイテムだ。ちなみに前者がボルドーの要望で後者はなつめの要望である。ボルドーは珍しくグリンのお願いでとってくる、ということから自分で使うつもりはないらしく折角だから同様の効果を持つ上位種…反存在の汚染を個人的にプレゼントしたのだが…


「い、いいか!あたしがもらったってネギ丸とかに絶対言うなよ!!いいな!絶対言うなよ!!!」


……どうしてこうなった。

こいつは昔からどうもこうツンツンしている割に俺に拘る。嫌っているのか?と思ったらそうでもなく「んじゃPT解散するぞー」と言い出すと子犬が部屋を離れる主人を見上げるような目でこっちを見てくるからそうとも言えない。でも好かれているかと思うとツンツンしているし…女心はわからねえな。

ともかくこんな色ものPTを更にカオスにしているのが最強のPK、カオティックPK『エッジマニア』なつめだ。ぴろし3の知り合いらしく性根はすこぶる善人ではある…だが、アイテムのこととなると多重人格のように豹変し『ころしてでもうばいとる』を地で行くというなんとも扱いにくい女性だ。しかもその時の記憶がきれいさっぱり無くなっていて、増えているアイテムを「きっと頑張っているなつめへの神様の思し召しですね!」とか逝って喜んでいるあたりが何とも…



そもそも俺には女難の相でも出ているのだろうか?関わってきた女性といえば振ってしまった手前お付き合いにちょっと気が引ける志乃、天然のタビー、天然電波系のアトリ、露出狂のパイに実は多重人格で男の娘な朔、恋愛しようにも重い背景のある楓、俗に言うツンデレらしい揺光、アスタに関しては論外のネカマだしな…柊?おいこの話でなんであいつの名前が出る?

とは言えアトリと付き合い始めた以上あまり過剰に他の女性(?)陣に関わりすぎるのも問題があるのかもしれないが…まあ大丈夫だろう。



ともかく今は…


「あー、ボルドーさんいいアイテム持ってますね。欲しいなー、欲しいなー、ほしいなー、ホシイナー…」

「!?ハ、ハセヲ!!手を貸してくれ!!!!」

あぁ、攻略用に英知の蜀台(消費アイテム効果2倍・アイテムブースト)を装備しておいて正解だったなっと…破魔矢の召喚符(直線上の敵に光属性大ダメージ)連射、鎮圧と…ふぅ、疲れた。上がったら望のとこ行って癒してもらおう…







「で、お前ら何してんの?」
「あー、ハセヲ…ちょい回復きれてさ、悪いけど『快癒の雨(PT全体HP全回復)』20個くらい分けてくれないか?」
「ごめんよハセヲ、こっちも『匠の気魂(味方1人のSPを100回復)』を25個ほどわけてくれないかな」
「ハセヲ~、おいらも『快速のチャーム(味方全員の移動速度を25%上昇させる)』10個ほど分けてほしいんだぞぉ」

カナード組、何やってるんだ…だからあれほどアトリと組んで回復役置いておけと…あぁアトリは欅と楓んとこか…欅いるなら回復役いらないと思うんだけどな。あいつアイテムコンプしているし。

「んで、何時からいた?」
「いや、お前らがなつめちゃんと喧嘩しているところからだけど…なんかあったのか?」
「…いや、いい。あぁ攻撃アイテム系足りているか?…たっく足りてねえなら早く言え」
クーン、一応元ギルマス(ギルドマスター)だろ…女の尻ばかり追ってないでしっかりしてくれよ。

「ハセヲ!!何ぼさっとしてんだ!早く先行くぞ!!!」
あぁ、こいつはこいつで不機嫌だしなんで俺ばっかり…



―――ハセヲの苦難は続く。



Side:アトリ

「「「「「おつかれさまー!」」」」」

あぁ、やっと終わった。楓さんと欅さん…現在の『月の樹』最高戦力のPTだったから対してきつくもなかったけどレアアイテムの回収はできたしこれでよし、と。

『痛みの森』は風景は変わらないし殺伐としているしラッキーアニマルもいないし…あぁ、久しぶりにハセヲさんと二人っきりでΔサーバーに飛んでゆっくりしたいなぁ。そういえば楓さんに色々聞いてみたけど…大人の恋愛って難しいなぁ。「まだお二人とも若いのですから節度をもって付き合って下さいね」って…まあそれはそれで閨の話とかも聞いたりしたけど実行に移す日はそう遠くない…はず!

ハセヲさんと出会う切っ掛けになった『The World R:2(ザ・ワールドリビジョンツー)』も殆どゲームクリアの領域に達してしまったんですよね。それはそれで寂しい気もするなぁ…続編も出るって聞いたけどハセヲさんに聞いたら「アトリがやるならやるかな」って…あーもうハセヲさん無意識に女たらしだからなあもう!そう言われたら止めるわけにいかないじゃないですか!


私たちに『碑文』がある以上、最初から止めるという選択肢は存在しないんですけどね。一応CC2社から給料支払われるようになってしまったわけだし…といっても八咫さんが支払っているとか聞いたけどどうなんでしょうか?本人に聞いても「リアルの時間を割いてでもインしてもらったことがある上、こちらの不祥事の問題もあるので貰ってもらわないと困るのだろう」ってはぐらかすばかりだし。一応貰えるものはもらっておいてまた東京行の資金にしておこう。パイさんのお兄さんの法要にも顔出してほしいって言われてたし…



『The World』を始めてから本当に交友関係が広くなったと思う。ハセヲさんが引きこもりタイプのゲーマーではないからその影響かもしれないけど…

オフ会で京都行ったときは大変だった。望君が一体どうやって一人旅の了承をとったのかが未だにわからない。本人は朔の言うとおりにやっただけだよ?って言ってたけどその朔さんのとった策がすごく気になる…あ、楓さんや松さんと色々話したのは面白かったなぁ。槐さんは実家の都合で無理、ということで手紙だけだったけどむこうで元気にやっているみたい。

あとボルドーさんは羨ましいと思う。ハーフって反則じゃないの?ボリューム的にもスタイル的にも。確かに嫉妬するなぁ…本人はそれでストレス溜まってやってらんないとか言ってたけど…


揺光さんは揺光さんでハセヲさんに熱烈アタックしているし。むう、同年代のライバル…正確よし器量良しときましたか。本人も「まだ諦めたわけじゃないから!絶対に負けないからね!!」って宣戦布告されたし…
…揺光さん、露骨に当てていくのは反則じゃないんですか?恋する乙女は無敵ってそういう意味なんですか?


――白馬の王子様って意味なら、私も同じなんですよ?揺光さん…





別れて一度ログアウトしようとした時、不意に音が聞こえた。

「…あれ?」

それは、私が良く知る音。私の碑文はとりわけ耳がいい。それにこの音は…忘れられるはずもない。

「…一応、八咫さんに連絡だけはしといたほうがいいかな」

あの悲劇を再燃させるわけにはいかない。

だから…先に手を打つ。それをするだけの力があるのだから。



[19887] Vol.1 : 産声
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/06/29 22:54
それは、ただひたすらに。
それは、ただひたむきに。
それは、ただ一途に。

願いの果て、救いを求めて。


Vol.1 : 産声 


Side:なのは


「ねえユーノ君、ユーノ君が読んでるそれは何なの?」
勉強机に座り今日の宿題をやり遂げ、時計の短針が9を越えたのを見た私はふとベッドの上で新聞を読むパートナーの魔法使いにしてフェレットのユーノ・スクライア君に声をかける。いつもだと大人しくしている彼は珍しく熱心に記事を読んでいるようだった。

「あぁ、なのは。こっちに来て何もしないというのも発掘者の一族の一人としてはいけないかなって思ってね。こっちの新聞の面白そうな記事をファイリングしようかなと思ってさ」
「へぇ、記事の切り抜きかぁ…ねえねえユーノ君、なんか面白い記事でもあったの?」
うん、これとかどう?っとユーノ君が私に見せたのは『サイバーコネクト社、アルティメイト社のOSを利用したクラウドコンピューティングに関する基盤システムを発表』との記事だった。
「…ねえ、ユーノ君。クラウドコンピューティングって何かな?ユビキタスコンピューティングとか言ってたやつ?」
「んー、厳密には違うんだけど似たようなものかな。簡単に言うとユビキタスコンピューティングって言うのが人に意識させないでその恩恵を与えるコンピュータで、クラウドコンピューティングっていうのが処理をネットワークを介するサービスに任せて効率化を図るって感じなんだけど…そうだね、『僕たち』風に言うとユビキタスがデバイスでクラウドがその処理を他人のデバイスに任せるって感じかな」
他人のデバイスに任せるってそれいいの?という私の問いにユーノ君は「そういうサービスなんだよ」って答えてくれた。


私は私立聖祥大学付属小学校に通う、小学3年生。高町なのは。
少し前にこのフェレットの姿をしている魔法使いユーノ・スクライア君と出会って、私は魔法使いになりました。……まだ半人前だけど。
私が手にしたのは魔法と、そして魔法の杖(インテリジェントデバイス)『レイジングハート』。
そして私がしているのは、ユーノ君が発見した『願いが叶う宝石』ジュエルシードの暴走を封印すること。

最初こそジュエルシードの力で変異した動物や植物に苦戦していたけど、今はユーノ君との特訓の甲斐あってそれなりに戦えるようになりました。


「にしても横文字だらけで難しいなぁ。日本人ってどうして横文字好きなんだろう?日本語の方がわかりやすい気がするんだけど」
「レイジングハートの所為かも知れないけど英語が喋れるなのはがそれを言っても…まあ確かに横文字だらけで調べないと『なんか凄そう』ってだけで終わりそうだね」
そう言ってユーノ君と笑いあう。ちなみに和訳はユーノ君曰く「僕にはまだ日本語の語彙力が足りないから変な風に訳しそうだから止めておくよ」との事だった。語彙力という単語が出る時点で大分日本に馴染んだ気もするんだけど…

「でもどうしてユーノ君は技術関連の記事を?ユーノ君のいた管理世界ってとこだともうこういうシステムも出来上がっているような気がするけど…」
「あぁ、それは…!?なのは、今の」
ユーノ君が強い魔力の波動を感じた。それは私も同じ…そう、突発的な魔力の膨張が意味することは一つ。

「こんな夜中に発動しなくても…ユーノ君、結界お願い!場所はそんなに遠くないみたいだし…レイジングハート、お願い!」
ユーノ君に周囲への被害を防ぎ一般人を巻き込まないようにする封時結界の発動をお願いして、すぐさま私もバリアジャケットを展開する。

私が通う私立聖祥大学付属小学校の白と青で彩られた制服をモチーフにして作られた私の魔法の服(バリアジャケット)。レイジングハートにより精練されたその衣装はその見かけからは想像できないような防御力を持っている。地面に叩きつけられたりしてもかすり傷程度で済むのは魔法の凄いところだと思う。


レイジングハートもネックレスの飾りの珠から、魔法の杖に相応しい長杖へと姿を変える。

「レイジングハート、狙撃できるポイントはある?」
≪Area Search…Route retrieval end. There is no place that can be sniped at it.≫

狙撃ができない…なら発動はしていても周囲を巻き込んでおらずかつどこかせまい場所にあるということ。

「なのは!結界は大丈夫だよ!」
「ユーノ君、近くに行くしかないみたい…急ごう!まだ周りに何も巻き込んでいないうちに封印しなきゃ!」
≪Flier fin.≫
ユーノ君を肩に乗せた後飛行魔法を発動させ、反応のあった場所へと急行する。相当なスピードが出ているはずだけど私が感じる風は丁度よいくらいに緩和されている。全くの無風ではないところが気持ちいい。

「見つけた…!これならすぐに封印できる!」
問題のジュエルシードは電柱の陰で淡く蒼い光を放っていた。周りが無機物だったために周囲のものを取り込まなかったのだろう。
レイジングハートをシーリングモードに変形させ、速やかに封印する。発動とはいっても周囲の『願い』を取り込んだわけでもないようで力も乏しくあっけなくその輝きは消えた。
ふと封印したジュエルシードのナンバリングを確認するとそこに刻まれた数字は『Ⅰ』。これまで封印してきたものはとびとびだったのでこれはこれで新鮮な気がする。あくまでも気分の問題だけど。

「ふう、特に問題なく封印できたね。もう遅いし早く帰ろう」
「そうだね、これだと結界を張るまでもなかったのかなぁ」
「…なのは、結界を張らないと飛んでいるところとか見られちゃうよ?」
あはは、とユーノ君の突っ込みに苦笑いで応えながら家路に就こうとする。その時異変は起きてしまった。


≪Warning! An abnormal situation is occurred!≫
「あ……嘘………?」



――なんで?いったいどうして?私はたった今封印処理をしてジュエルシードをレイジングハートの中に格納したはず。でもなんで…なんで封印したはずのジュエルシードがまた発動しているの?


「なのは!よくわからないけどこのままじゃまずい!一旦ジュエルシードを排出するんだ!!」

ユーノ君が叫んでる。――そうだ。ぼけっとしてる場合じゃない。急いで排出してもう一度封印しないと。
…でもなんだろう。暖かい。今までのジュエルシードとは違う、変な感じ。私への敵意とかじゃない、むしろ包み込むような、優しい感じ。
――でも今は!

「っく、レイジングハート!ジュエルシード排出!」
≪Error Check… Jewel Seed Eject All≫

――え、嘘。

一瞬顔が引きつっちゃった。たぶん異常が発生したのは一つだけだと思ってたから。

「ちょっと、ユーノ君!?全部って何!?」
「な…全部が同時に暴走って!?僕にもわからない……うわ!?」

今まで集めたジュエルシードが勢いよく飛び出てきた。正直分からない。今までこんなことは一度もなかった。ジュエルシードは本来持つ蒼色の煌めきではなく緑色…いや、若草色かな。そんな輝きをしながら私の目線くらいの高さで円を描いている。
私が不思議に思っていると円の中から糸のようなものが出てきた。
柔らかい、ジュエルシードの発する光と同じ明るい若草色の糸。それは絡まり、人の形を形作っていった。
そして糸が編み終えた私と同じ大きさの『人形』は、光の粒子となってはじけた。

光が弾けた後にいたのは、白くて丸い帽子をかぶり、背に綺麗な小さくて白い羽がついている翡翠のよう緑色のキャミソール。同色のアームカバー、そして白のかぼちゃパンツ、白のハイソックスに金のハイヒールを身につけている金髪の少女。

そしてその手には白を基調とし、金と翠で彩られた美しい長杖が握られていた。


「…んと、あれ?ハセヲさんは?ていうかここ…おかしいな、ログアウトしたわけじゃないし…緊急メンテって可能性は…ないよね。だとすると……街中?私家の中で…」

眼の前の子が目をぱちくりさせながらつぶやいている。私も、この子も全く状況がつかめていない。

「えっと…あの、あなた、誰ですか?というかここ…それに私なんでこの恰好のままなの?」
「にゃはは…えっと、それは私も聞きたい位で…」

硬直――私も全然わからないのにそんなこと言われても…

「なのは!と、とにかく今はもう一度封印を!」

ユーノ君の声にはっと我に帰る。――そうだった。急いで封印しないと。

「と、とにかく今はごめんなさい!危ないんで下がってください!」
「え、あ…うん、なんだかよくわからないけどお願いします?」
「レイジングハート!封印を!」
≪all right. sealing mode. set up.≫
レイジングハートが変形し、杖に翼が生える。私の視界の片隅でジュエルシードから召喚された少女が目を輝かせてこっちを見ているような気がした。
「リリカルマジカル、ジュエルシード、封印!」
≪sealing.≫

レイジングハートから放たれた光がジュエルシードを包み、レイジングハートの中にジュエルシードを取りこませる。
封印完了、というより暴走したジュエルシードはあの子が召喚されてから力を失ったかのように輝きを失っていたからとても楽だった。
――でもなんで暴走したんだろう。封印の仕方が甘かったのかな。うーん…。

「す、すごい!魔法少女みたい!!うわぁ…いいなぁ…それに喋るフェレットってもしかしてほんとの魔法少女!?」
振り返ると少女が目を輝かせていた。まさしくそれは、アニメや漫画のヒーローを目にした女の子のそれだった。

「えっと…あの…どうしようか、ユーノ君」
「え、えーと…おそらく他の次元世界から召喚されたんだとは思うけど…でもあんな召喚の仕方始めて見たし…」

少女はこっちの言っていることが分からないようだった。次元世界?召喚?と呟きながら頭を傾げている。

「あ、あの…私…ってあれ?なんでまわりのものがこんな大きく?…なんか背が縮んでいるような…私こんな小さくなかったのに!?」

眼の前の子は混乱しているようだった。
――とにかく落ち着かせないと。でもいきなりこんなの見たら混乱しない方がおかしいよね。

「とりあえず落ち着いて私たちの話、聞いてくれるかな…?」
「え、あ…ああ、そうですね。ごめんなさい取り乱しちゃって。」
――とりあえず話せる…かな。
動揺の色は残るものの、冷静さを取り戻しつつある彼女に向って口を開く。

「私は高町なのは、それでこっちにいるフェレットがユーノ君」
「ユーノ・スクライアです。初めまして」
「は、初めまして。えと、私…アトリって言います。えーとここは…?」



それが、私とアトリちゃんとの出会い。
それが、私と彼女の物語の幕開け。
それが、物語の分水嶺。



それが、私達にとって忘れられない日々の始まりだった。



Side:アトリ

―――――――話は彼女が鳴海市を訪れる少し前にさかのぼる

「ハセヲさーん!早く早くー!!」
「アトリ落ちつけよ…ったく」

私はハセヲさんと念願のデート中。約束を取り付けるのにはすごく苦労しただけあって胸の中はハセヲさんのことでいっぱい。

そもそもハセヲさんには志乃さんっているとても、とても大事な人がいる。一応大聖堂で志乃さんではなく私を追いかけてくれたけど…それでも未だに有力候補なのは間違いない。だって「付き合っていない」って言質がないんだから。それに他にも揺光さんをはじめいろんな人がハセヲさんを狙っている。

…特にエンデュランスさんには警戒しないと。エン×ハセはアプカルル(Apkallu)でもなかなか盛り上がっているし同士の腐女子の中ではポピュラーなネタだ。兎角エン攻めハセ受けが多いのはエンデュランスさんの熱烈なアプローチが原因だと思う。特に榊さんの事件の時、榊さんの目を欺くために一芝居打った上で僕は君のために…なんて公衆の面前で言ったものだから…一応、エン×ハセが増えた反動かハセ×エンのパターンだとかなりきわどいものばかりになる。夜のオカズにげふんげふん。

ちなみにアプカルルでアップロードできないようなR-18なものは個人サイトもしくは専門のサーチを使えば文字通り腐るほど……もちろん本人には伏せている。ハセヲさん一応ノンケだし。

あぁ、でもどうもハセヲさん時々押しが弱かったりこっち(女子)のアプローチに全然気づかなかったりするからなぁ…

まあ、ハセヲさんがそっちの道に本気で入ってしまうのなら全力で阻止します!もちろん私のために!!

それに「はいそうですか」って諦めるわけにはいかない!私にはハセヲさんを諦めるなんて無理!何もしないで、昔のようにただだんまりを決め込むことなんてもうできない!


私は…いえ、私達はこの世界を。『The World』を救った。それは比喩でもなく、れっきとした事実……あの時は本当に戦争だった。しかもそれまでに幾多の試練が、悲しみが、葛藤があった。

でも私達はそれを乗り越えてきた。ハセヲさんのおかげで私は「私」と向き合うことができた。榊さんに頼り、裏切られ、道具と化しただけの私を立ち直らせてくれた。

そんな彼に恋心を抱かない方が無理と言っていい。欅さんからハセヲさんはイ・プラセルの結婚式のカードを持っているとかそんな噂話を聞いた。

欅さんの言う『噂話』は確実性が極めて高い。なら、使われる前に勝負を決めるしかない。

恋する乙女は無敵、そうだと思う。私は私の恋路を邪魔するものはあの『化物』であろうと粉砕できる…そんな風にすら思う。

そして『彼女』の座を絶対のものにするためには…なんとしても!なんとしてもデートの約束を取り付け既成じ…もとい足場をしっかり固めないと。

兎に角!!お邪魔虫がいない2人っきりのデートを成功させてハセヲさんを振り向かせて見せる!!そのために!!私は今回ハセヲさんと昔喧嘩したあの場所…私にとって、最も美しく、それでいて最も悲しい思い出のある場所に来ている。


「しっかしお前もここ好きだな…あんなに俺がひどい事言ってしまった場所なのに」

ハセヲさんはちょっとばつが悪そうに笑っていた。やっぱり、前の…私がハセヲさんとあって間もないことの事を思い出しているのかな。


―――――――こんなハリボテ世界の!どこが綺麗だって言うんだよ!!!!!


それは私に向けて放たれた言葉。私の心を、深く、深く傷付けた言葉。

でもハセヲさんは今、こうして私のそばで、私を…私とともにいてくれている。だから私はここに来ることができる。

「ハセヲさん、覚えています?ここ…」
「あー…覚えているよ、あの『紋章砲』…お前が俺たちはこの『The World(世界)』にいる限り、俺たちはこの世界の住人で、たとえフィクションだとしても、それには意味がある…そう言ってたよな。」

ハセヲさんはそう言いながら微笑んでいた。まっすぐ、蜃気楼のように遠くにそびえる『紋章砲』を見ながら。かつての私と、話をしていたことを思い出すように。

私はちょっと顔を赤らめてしまった。正直覚えていないかも、そう思って切り出したのに彼はそのことを覚えてくれていた。

「あーそうそう、んであそこは…昔と同じ場所にPop(出現)しているな、あのチムチム。懐かしいな。」
…ハセヲさん、それも覚えていたんですか。私が言った――この世界にはこの世界の命がある。たとえプログラムだとしても、AIだとしても、彼らにとってはこの世界が全てであり命である――ということ。正直、忘れているのかな、と思ってました。私もここで言ったこと、少し忘れかけてたのに。

「ハセヲさん…よく覚えてるんですね。私の言っていたこと。」
「忘れることできるかよ。俺がお前に言っちまったこと…そして今までを考えれば、忘れることなんかできるかよ」

そう言ってばつが悪そうに頭をかいた後、懐かしそうに歩むハセヲさん。私は、あなたの言葉に傷つけられました。でも、でもそれ以上に助けられ、こうして歩むことができるんです…

「んで最後はここか…な」

懐かしさに浸りながら、ゆっくりと歩んできたMAP。もちろん道中のMob(モンスター)は悉く倒してチムチムやラッキーアニマルも蹴飛ばしてきたけど…うん、私も変わったんだなぁ。昔なら「蹴らないでください!」とか間違いなく言ってたはず。もう大分ハセヲさんの色に染まっちゃったんだなぁとつくづく思う……かわいいですねー、って言いながら蹴るのって自分でもどうなんだろう。

一応、これは公私(?)の区別ができるようになったってことだと思う。ハセヲさんのような効率重視の人と行く時は蹴るし、槐さんのようなタイプの人とは時々一緒にラッキーアニマル観察に出かけるようになったし…


最後に、獣神像の祠の前に立つ。

「お前とここで口喧嘩したんだよな…ごめんな。あのときお前のこと何も考えずあんなこと口走って…」
「気にしないでください、ハセヲさん。私は、あなたに色々な事を教えられ、助けられてここまで来たんです。今の『私』が『私』でいられるのも、あなたのおかげなんですから…」

私たちにとって思い出深いただの柱の前に立つハセヲさんは静かに目を瞑り、当時に思いを馳せているようだった。
自分はちょっとずるい女だな、って思う。昔の事を使って話しているんだから。でも、私は絶対に伝えなきゃいけない。ハセヲさんを振り向かせるために。ずっと、ずっとハセヲさんの隣にいるために。以前志乃さんは私にハセヲさんを譲ってくれた素振りを見せたけど本心はどうかわからない。だからここで、確実に…!!


「あの、ハセヲさ「アトリ!!気をつけろ…何かおかしいぞ」…え?」



音が、聞こえた。

ピアノのハ長調ラ音。

それは、産まれて最初の産声と同じ音階。

だがそれは、私たちにとって別の意味を持つ。

懐かしくも忌まわしい、昔私をさんざん苦しめた音。

そして彼の視線の先、そこには彼の尊敬する人がその身をかけて浄化したもの…

私とハセヲさん…いいえ、もっともっと多くの人を惑わし、苦しめた存在…



「AIDA…浄化したはずだ!なんでそれがここにあるんだよ…!!」



――Artificially
――Intelligent
――Data
――Anomaly



それはかつて私達が戦ったもの。尤もそれ自体はこの世界に普遍的に存在し、危険性は全くなかった。

しかし、突然変異体である『Tri‐Edge』の出現により、それは一気に危険性を孕む存在と化した。

人の心に寄生し、心の闇を広げ、『世界』を浸食し蝕む存在…さまざまな形をとるが、まず初めにこの世界に姿を見せる際、それは黒点として世界に顕現する。
それを相手に戦ってきた。ある時は自らが飲みこまれ、皆を傷つけてしまったこともある。

「アトリ、こいつは俺が処理する、お前は欅に連絡を…!?」

刹那、黒点が震えた。

そして、世界が闇に包まれた。






あとがき

手探りの作品ですが、何卒よろしくお願いします。



[19887] Vol.2 : 輪廻
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/06/30 15:59
『the world』
それはCC社が開発、運営していた会員数2000万を誇った世界最大のネットゲーム。
しかしその中身には、数多のブラックボックスがあり、一般のユーザーには語られることのない『現実世界』の運命を賭けた戦いが繰り広げられた場所。
そして『世界』は崩壊し、新たに『世界』が形作られた。

――― 過去と同じ過ちを残して


Vol.2 : 輪廻

Side:フェイト

「それで…あなたはその『the world』の世界から転送させられてきた、と。」
「そういうことみてえだな…まあ向こうでも色々あったし並大抵のことじゃ驚かねえつもりだったが……これはちょっと予想外にも程があるぜ。」

ここは私の自室。私の使い魔であるアルフと私以外存在しないはずの空間。

しかし私の前には、机を挟んで向こう側に座る1人の少年がいた。

彼は私の前で力なく天井を仰いでいた。それも無理はない。いきなり彼の住んでいた…そして彼がいた『世界』からその時過ごしていた姿のままここに来たのだから。

「つーかありえんだろ。なんでデータが実体を持つんだよ…しかも肉つきで。ご丁寧に神経も通って血も流れて。」
「それは…この『世界』の魔法に関係があるのかもしれません。この『世界』の魔法はプログラムのようなものですから……」
そう話すと彼は大きくため息をついた。その顔には憤りとも諦めともつかない表情をしている。

私の目の前にいるのは銀髪で筋肉質と言うほどではないがそれなりの体をしている少年。そして彼は黒の多数のベルトにより構成されている胸当、同じく黒を基調としたズボンとロングブーツ、アームガードと手甲を身に着けていた。

「んで、俺が戻る方法は結局わからねえ、か……」
「すみません、ハセヲさん。私としてもなんとかしたいのですが原因もはっきりとわからなくて…」
「あたしも初めて見る光景だったし…・まったく訳がわからないんだよ。」
私とアルフ ――― 犬の姿をしている私の使い魔 ――― の話を聞き彼はなんとも言えない微妙な表情をしていた。恐らくこちらも悪気はなく、それでいてどうしようもないことから思考がまとまらないのだろう。

「まぁ今更どうこう言ったってしょうがねえよ。とりあえずそのジュエルシードだったっけ。それが願いを叶える石なんだろ?」
「ええ、ですが正確に叶えるものではなく…」
「それを全部集めりゃ確実性が増す、と。」
「そういうことです。それで、申し訳ないですけど協力して頂けませんか?」
偶然の被害者とは言え私の素性を全て話す訳にはいかない。だから彼には悪いけど…小さな真実に虚構を入れさせてもらった。まだ本当の目的を知らす必要も、危険性もいらないと判断したからだ。
そして協力を要請したのは彼には魔法の才がある、そう判断したからである。

なぜ彼に魔法の才があると判断したかと言うと彼がこの『世界』に来た時から纏っている服…いや鎧とも言えるそれは間違いなく彼女にとってバリアジャケットそのものだからである。つまり彼は無意識的にバリアジャケットを展開、維持しているということであった。
ところが話を聞いてみると魔法もわからない、服の消し方なんてどうやるんだと言う始末。
つまり彼は無意識的に魔法が使えると言うこと。恐らく彼がこの世界に踏みいれた際に得たものなのだろう。『素体』がプログラムと言うなら、プログラムに近いこの『世界』の魔法に親和性があるのではないかと踏んではいたのだが。

「いや、協力するっつーても…・俺はこの『世界』での魔法の使い方も何も分からねえんだぜ?まあ日常生活ならこの世界も向こうと大して変わらねえからできるけどよ」
「それについては私が教えます。と言うよりも教えない方が危険だと思います……あなたは無意識的にバリアジャケットを発生させている。そして制御できない力はどうなるかわかりませんから」
一瞬彼の顔に緊張が走った。恐らく『制御できていない』という言葉に危機感を抱いたのだろう。私も制御を失った力はどうなるか分かっている。それに無意識的に魔法が使える逸材なのだ。これを無駄にするのは勿体ないし、私以外の回収者がいる以上戦力は少しでも欲しい。だからこその『協力』なのだ。

「と言うよりそれしか方法がねーんだろ?……このままお前の話を蹴ったところで俺は野垂れ死ぬしかねえ。資産もなけりゃ戸籍もないならどうなるか馬鹿でもわかる。ならお前と一緒にいるしか選択肢はねえ。違うか?」
「ありがとうございます。えっと…そのデバイスを待機状態にすることから始めましょうか。そのデバイスに解除命令を出してください。」
そう言って私は机に置かれた双剣 ――― 彼がこの世界に来る時持っていたもの ――― を示す。………正直、今まで見たことのないタイプのものであるが彼が身に纏っているのが『バリアジャケット』である以上あれは『デバイス』なのだろう。

「あぁ。分かった。……………こう、か?」
≪Mode release≫
双剣から少女のような透き通る音声が流れる。その音声直後、彼の双剣は『消えた』。私にとってはじめて見る光景だった。


――― 待機状態の存在しないデバイス


いままで見てきた中でも異様。デバイスには待機状態というものがあるのに彼の待機状態は不可視、いや彼の中に取り込まれた、と見るほうがいいだろう。


そして最大の問題は


「あ…………あぅ…………あぅあぅ………………・」
「!!!フェイト見ちゃだめだよ!!!!!!」
「んな!?ちょ、おい!!これどういうことだよ!!??」

――― そこには、顔を真っ赤にする私と、私の視界をふさごうと慌てる使い魔と、顔を真っ赤にして慌てふためく全裸の少年がいた ―――




――――――― 数分後 ―――――――

「あ、あの……」
「……落ち着いたか?」
そう言う彼は微妙な表情をしている。さっきまで私の話をしていた時とは違う意味で、またなんともいえぬ表情だ。
とりあえず彼にはバスタオルを巻いてもらった。流石に全裸の人物と話すことは出来ないし、バリアジャケットも魔法がまだ意識的に使いきれない以上展開させたままにするわけにはいかないだろう。

――彼には悪いけど私はズボンを持ってない。それよりそれを貸すって事は…し、下着も貸さないといけなくなるし…・あ、あう、あうあう……

「お、おい!?」
「ちょっとフェイト!?大丈夫!?」
私の反応を見た2人が慌てている。
――いけない、落ち着かないと。雑念を払うんだ。今前にいるのはでっかいかぼちゃだ。そう思うんだ。カボチャに見えないけど。

「と、とりあえず明日あたしがさ、服買ってくるから。……えーと、下着だけはコンビニで何とかなるかな。フェイト、ちょっと外行こうか。」
「そうしてくれると助かる…・これじゃ外にも行けねえし女の子の前でこの恰好はちょっとな………」

向こうの2人は私が正常な会話ができないと判断したのだろう……いや、気遣ってくれているのか。
彼を1人にするのはどうかとも思ったけどここに客が来ることはまずない。それに今の時間帯も時間帯だ。普通の人が来るなんてことはないだろう。

――それに下着も着けずタオル一枚しかないっていうのもね…………

私がアルフと外に出かけるとき、彼は力なく窓を見ていた。

空には都市部特有の星の少ない夜空。
眼下に見えるのは彼にとっては見慣れぬ街並み。
技術的、物質的にはほとんど同じものだけど、全く見慣れぬビルの群れ。

第97管理外世界『地球』、遠見市の街並みが広がっていた。

Side:ハセヲ

―――――――――――

フェイト達は行ったか…………困ったことになった。そう、非常に困ったことになった。

いきなり今いる世界は全く違う世界と言われ、魔導士だという少女と言葉を話す使い魔と名乗る犬に連れられ全く知らないマンションの中。

なんなんだよこれ。俺はアトリと『Δかそけし 赤誠の 怠け者』でAIDAと対峙していたはず。それが気がつけばこのざまなんて……これは一体なんだ?冗談にもほどがある。

アトリは…あいつは……いや、疑うまでもないか。俺とあいつは繋がっている。『碑文』があいつが無事であることを教えてくれている。

…あの場に一緒にいたアトリが気がかりだ。この世界にいるのは間違いなく感じる、だが……フェイトには黙ってなんとかこちらで探すことにするか。流石に『碑文』に関しては教えるのはまずい。

『碑文』とは力だ。それは『チート(異常)』と呼べる力を持つほどの。『the world』におけるその力はそれを持つものと持たざる者をはっきりと分け隔てるほどにそれは力がありすぎた。尤も乱用できる力ではない。そうすればあれを呼び起こすことになりかねない…全世界を恐怖のどん底に陥れたあの恐怖を。

そのような『力』を持っていた以上、こちらでも備わっているかもしれないと疑うのは必然だろう。そしてそれは…『存在するはずがない』事をいいことに非人道的な実験をされかねないということ。
そのような事になる原因を自ら作り出す愚は犯さない。尤も自分が特殊な召喚をされた以上話さなくともその危険は多分にあるのだが。


それに何より、俺はアトリをまた失うなんてもう考えたくもねえ。


……色々ショックが大きすぎて混乱していたが自分の体がどうなってるか確認しねえと。

まず体格が幼児化しているな。小学3年くらいか?ずいぶんガキな体になっちまった。まあフェイトより背が高かったのはよかった。あれで背が低かったら泣けてくる。
若返りってのは普通うれしいものだろうが、若返ってもうれしくない年頃でガキに戻るとか嬉しくもねえ。それに理由も不明でこうなった身体がこの後どうなるか全然見当がつかねえ。最悪死…いや、よそう。命が今あるだけでもいい。それにこれが夢じゃないってのはあいつらと遭ったときに確認した。そりゃもう嫌と言うほどに。

あとさっきの武装も見る限りレベル1のころ……最弱のころに逆戻りしている。つまり今の俺は『死の恐怖』であったころの力を失っているということだ。

先の話の限り俺は『プログラム』という存在のままこの世界に来たことになる。しかし基礎的な体に関しては普通の人間…まあ魔法使いということを除けば普通の人間のようだ。俺の力……『碑文』の力は内にある。俺はあいつ。あいつは俺だから疑う余地はねえ。

『憑神』は……試す価値はありそうだが、正直コントロールする自信があるかと言えば否だ。魔法に関する理解もまだなくそのうえ装備が魔法の…デバイスとバリアジャケットだっけか。あれに置き換わっている。となれば『憑神』もまた魔法と言う形で再現できる可能性がある。
仮に魔法と言う形で『憑神』が使えるとして、だ。それは恐らくあいつらからすれば全くのイレギュラー要素として存在することになるだろう。『碑文』も魔法も『プログラム』である以上それを走らせる『基盤』ができりゃなんとでもなる。今んところ『電源』もダメっぽいがな。まあ『憑神』の使い方は体が覚えている。あれはこの『PC(プレイヤーキャラクター)』の根幹のブラックボックスとも呼べる存在だったために。

それと、だ。あいつらと話していて疑問に思う点がいくつかある。まずジュエルシードの存在。
あいつらは願いを叶える石としか言ってなかったが願いを叶える、なんて漠然とし過ぎている。恐らくまだ何かを知っているがそれを黙っているだけ。とするとさっきの情報もどこまで本当かわからねえな……

とりあえず今はこの世界に俺の『居場所』を創らねえと。流石に『ハセヲ』という名前だけじゃどうしようもねえし……名前もそう言えばハセヲとしか言ってなかったな。状況が状況だったが姓名くらいはちゃんと創った方がいいだろう。

…安直だが『三崎 ハセヲ』と名乗ることにしよう。ハセヲと名乗った以上本名を名乗るのもあれだしな。それに完全に俺のいた世界とは違うようだし戸籍を探っても俺の名前、いや俺の存在は出てこないだろう。

それにあいつらはこの世界の人間ではないと言った。ならばこの世界に戸籍などを偽装する手段があるということ。幸い俺の見た目もどうやら目立ち過ぎると言うわけではないようだ。この町には外国人がかなりいる。まあ銀髪ってのはちょっと目立つだろうがそれでもちょっとだろう…そうであってくれ。

にしても流石にタオル一丁ってのはなぁ………フェイトには悪いけど早く下着買ってきてもらわねえと。服もあればいいがあいつの話だと女物しかないし……女装はちょっと、なぁ。アルフはズボンを持ってたがサイズが違う…

フェイトを裏切るってのは…無理だな。俺が俺として存在する以上あいつらに依存するしかねえ。クソ腹立たしいが。

あぁ、落ち着いてきたらなんだこの理不尽は。なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだよ。なんでこんなことに…畜生、どうしようもねえなら魔法をなんとかマスターしてあいつに貸しを作らねえようにしねえと。まだあいつらは信頼するに足る相手じゃねえ。アトリのこともある。自分一人で動けるようにならねえと…


にしても女の子の前で…あんな醜態を晒すというのはちょっとな…志乃やオーヴァンにばれたら何言われるかわかったもんじゃねえ。

――― どこかで、眼鏡の優男と黒衣の淑女がそろってくしゃみをしていたことを、ハセヲは知らない ―――

――――――――――

そう考えをまとめると俺は改めて落胆した。置かれた現状に。そして何もできない俺自身に。


余談だがこの数分後、下着類を用意してくれたフェイト達に赤面しながら感謝を伝えたのは語るまでもない。


Side:ユーノ

僕がこの世界にきてもうすぐ僕も完全復帰するという矢先でまた予想外の事態が発生した。

それは彼女…アトリさんの出現。

話を聞く限り彼女はこの世界の住人ではなく、しかもその体はゲーム上の……データの体、つまり肉体的な接点で言えば精神のみの存在ともいえるものだった。

…でも実際眼の前にいる彼女はデータではない。血が流れ、僕たちと同じように涙し、怒り、喜ぶ人間だ。

これは途轍もないレアケースだ。ロストロギアの失われた技術…それは僕が考えるものよりずっと深いものなのかもしれない。それが失われたことに安堵するほどに。

最初、自分は他の次元世界から来たのではないか、そう思っていた。彼女が身に纏っていたものもバリアジャケットだし、あの杖に至ってはデバイスだった。
でも現実はそうじゃなかった。彼女の話を聞く限りそんな世界の存在を聞いたことはない。まして同じ「地球」という世界で…いや、時系列的に差異があるが彼女のいたそこは近未来と呼べる世界…

仮定としてだが、彼女は並行世界、いわゆるパラレルワールドの住人と言える。
というより、そうとしか言えないのだ。確証たる証明ができないため仮定としか言いようがないが。


そして彼女は気になることを言っていた。それはもう一人この世界に来ている可能性があること。開口一番ハセヲという人物について尋ねてきたが、おそらく彼女にとってとても大事な人だろう。残念だが僕はその人物を知らないとしか告げられなかった。


――― なんで!?なんでハセヲさんと私だけ!?なんで!?


彼女が涙を流しながら訴えてきた言葉がまだ心に突き刺さる。事故とはいえ…いや、これは僕の責任だ。僕がジュエルシードの管理を徹底していれば彼女はこんな悲しみを味わうことにならずに済んだ。

―― ジュエルシードを発掘して、僕はあまりに多くの人を巻き込み過ぎた。この罪は償いきれるものじゃない。僕が、僕さえしっかりしていれば…!!

「ユーノ君、また前と同じ事考えているよ」
「なのは…?」
「言ったでしょ。それは仕方がないって。発掘したユーノ君は悪くないって。それにジュエルシードを止めるためたった一人で戦ってきたんだよ……もう、そうやって自分を責めないで。」
確かにそうなのかもしれない。発掘後の輸送は僕の手から離れていた。でも、そもそもの原因は僕が発掘したことであって…

「ユーノさん、考え込みすぎですよ」
「え、アトリさん?」
「私は確かに最初戸惑って、あなたに酷く…辛く当たってしまいました。ごめんなさい。でも、私もあなたと同じようなことで苦しむ人と共に居たことがあるから…」
彼女はそう言って微笑みかけてくれた。何も分からないままこの世界に放り込まれ、自分の身に何が起きたかまだよく理解できないというのに。…彼女の過去に何があったのかは知らない。でも彼女はその影をまた見ているんじゃないか。そう感じる微笑みだった。

「とにかく、今後のことについて話し合おうよ。アトリさんもまだここに来たばかりだし…」
「そうだね。えーと…でもどうしよう。僕はこの姿だからなのはの家にすぐ溶け込めたけど流石にアトリさんはそうはいかないと思う。」
「そうですね…流石にこの恰好も目立ちますし…」
これは困ったことになる。彼女は生活する場所そのものがないのだ。かといって女の子を路上に放り出したままにするなんてことは出来ない。

「それと問題がこのバリアジャケットでしたっけ、これ外した際にどうなるかがわからなくて……」
「そうだよね。精神とゲーム上の設定のみのデータってことはゲームに入る前の姿とかは恐らくそのデータにはないわけだし…」
これも問題なのだ。彼女は精神とゲーム上の姿というデータだけでこの世界に肉体を持ってしまった。それでバリアジャケットを解除するとどうなるか分からない…いや、ちょっと予想はつくがこれが当たってしまった時のフォローができないと言うか身の危険が…

幸いバリアジャケットとデバイスは極めて安定していて勝手に解除なんてことはないだろう。というよりいつまでも発動できると錯覚できるほど安定している。無意識なのだろうがここまで精密な調整が可能と考えると、彼女はなのはとは違った意味での天才なのかもしれない。

「一応、僕がここに来る前に用意していた戸籍情報とかを使えばある程度は何とかなると思う。泊る場所に関しても一応前準備はしていたから」
「へー、ユーノ君そんなの準備していたんだ。でもそれ大丈夫なの?」
「どういう意味でかは置いておいて…まあ少し手を入れないと駄目だろうけど何とかなると思うよ。ただアトリさんに一人暮らしをさせるってのはちょっと……」
一応、長い滞在になることを見越して潜伏場所や公的機関に見つかった場合の対処のために戸籍情報などは作ってある。それにすこし手を加えればアトリさんの戸籍作成も何とかなるだろう。資金に関しても生活に困らない程度にはある。
問題はなのはと同じくらいの少女に一人暮らしなんてさせていいかどうかだけど…・

「わ、私なら料理とか家事全般出来ますし一人暮らしでも大丈夫です!でもユーノさん、そこまでしていただいていいんですか?」
「いえ、あなたを呼び出してしまった僕の責任です。こればかりは遠慮せず受取っていただかないと困ります」
そう、逆に困るのだ。アトリは要するに『存在しない筈の人間』だ。警察などに補導された場合が非常にややこしいことになる。そのための戸籍情報と衣食住だ。

とりあえず一度なのはの家に立ち寄り、衣服類を貸し出すことにした。良いのか悪いのか分からないが予想は的中し、アトリも大恥をかかずに済んで良かった。
そしてその後外に出て封時結界を解除し、僕が予定していた隠れ家の一つ…市内のアパートに彼女を案内した。幸いなのはの家から近かったので移動に時間はほとんどかからなかった。今後を考えると不幸中の幸いといったところだろう。これならば彼女に何かあった時すぐに駆けつけられる。

ただ、なのはが少し怪訝な表情をしたのは気になった。まああの年で一人暮らしが出来るなんて普通は思わないだろうからだと思う。


―― あと僕の名誉に誓って言うが彼女の着替え中何も見てない。決して!!何も見てはいない!!!!



はい、後書きとなります。もともとうpしていたものを加筆修正しただけですのであまり目新しいところはないと思いますが…

今回は前回の続きとなっています。基本的にハセヲやアトリは『碑文』というチートを所持してはいますが、魔法に関してなのは並みの出力を持っていたりするわけではありません。
自分の設定としては、彼らは『制御能力』と『変換効率』に極めて高い能力を示すということにしています。『魔法』が1つのプログラムだとすれば、『碑文』はそれを走らすための優れたOSといった感じです。ただ瞬間出力や魔力量は低めにすることでバランスを取るつもりです。それにこうすればティアナが好きそうなテクい戦いというのもできたりするわけで…
あ、『憑神』についてはチートです。プログラムというかそれを走らせるOSに干渉できる能力ですし肉体そのものを組み替えてしまうトンデモスキルですから。ただハセヲが言うように今は『制御できるかどうかまだわからない』ので当面使いません。憑神バトルを期待された方ご容赦ください。いつかやりますけどね。

アトリの性格ですが超絶DQN電波系少女ではなく電波風味の真面目な子、といった形に落ち着かせようかなと思います。流石に高校生、かつクリア後なので…というかゲーム序盤のような性格じゃ無理ですね。なのは達との接点を作ろうにも作りようがないほどの電波だし女の子から嫌われる性格。まあ男受けはいいかもしれないけど…あとフェイトに変なもの見させて御免なさい。どーしても、どーしてもおたおたするフェイトを描きたかったんです…!!俺の嫁に何をするだァァァァ!!という方はお好きな波紋疾走で鉄鎚をどうぞ。

また2人の戦闘スタイルですが追々紹介するつもりです。まあ碑文の名前とジョブ見れば一発ですけど…・

以下、感想のレスです。

>>栗栖鱒釣様
世界観クロス、との事ですがこの時代に『the world』は存在していません。ついでに言うと最新作はG.U.達の扱いを聞いて拒絶反応が…あれをなかった事にするってマジですか?

それではまた次回に。



[19887] Vol.3 : 破音
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/06/30 21:09
『碑文』
それはかつて『世界』において『女神』を封じたもの
それはかつて『英雄』により暗き海の底に封じられたもの。

――― そしてそれは、新たなる『世界』の『希望』を守りぬいたもの。



Vol.3 : 破音

Side:アトリ

私は今緊張している。
どうして?答えは簡単。私は『日下 アトリ』としての人生を歩み始める。そしてこれはそのための一歩。

この先には、私の知らない人が大勢いる。そして私は、歩むことができない筈の時をもう一度歩むことができる。

過去の『私』が歩んできた過ちを、二度と侵さぬよう。そして過去の『私』が得てきたものを無駄にしないよう。

そして私は扉をあける。期待と不安と、そして新たなる自分を胸に抱いて。



――― そこにいたのは、好奇と期待の目でわたしを見つめる、聖祥大学付属小3年の新たな学友達だった。



―――――――― 少し時は遡る

まず初めにしたことは着替え。なのはさんの家族は格闘技を修めており不審者を察知すると言うことで結界を張ってその間に服を借りることにした。幸い服のサイズは若干小さめだけど着れないことはない。当面はこれでなんとかできるだろう。

その後は明日学校があると言うなのはさんを無理やり寝かせ、ユーノさんと二人で件のアパートへ。アパートはよく学生が使う1Kで簡易ベッドとちゃぶ台があるだけだった。

そして今後の予定や必要なものの契約などはいったん別れて昼に打ち合わせることに決めた。

そこまで話したのち、生活のリズムが崩れるのは肌にもよろしくないので無理やり眠ることに。なのはさんから少し服を分けてもらって正解だった。

翌日は平日だったため、なのはさんは学校に行くことに。私はユーノさんとこちらの世界に住むための準備をするため彼女とは別行動をとることになった。

昼前、ジュエルシード捜索から帰還したユーノさんと合流しアパートに隠してあったこちらの世界の通帳を取り、資金の引き下ろしと明日の食糧、筆記用具などの購入のため総合デパートへ。

いつの時代もデパ地下は偉大だ。惣菜はもちろん食材に関してもそこそこの品が一気に買える。特に牛丼関係の品は見逃せない。もちろん買った食材も牛丼関連…しらたきは通好み!

そして一応軽めのジュース類や食料(主に米)を購入し、アパートに帰宅後簡易ベッドとちゃぶ台があるだけの簡素な部屋で今後の相談。私が簡易ベッドに座りユーノさんがちゃぶ台の上に座っているという構図だ。

まず戸籍の作成について。私は本来この世界に存在しない筈の存在。よって警察などの公的機関との接触があった場合問題になる。彼曰く「この世界に来るための準備はしていたから、そこの情報を少し操作すれば問題ない」との事だったので書類整備だけで済んだ。あとはユーノさんがしてくれるそうだ。こんな頼ってばかりでいいのかと思ったけど、今の自分は何も出来ないのだから仕方がないとも言える。

一応氏名は『日下 アトリ』ということで、年齢も外見に合わせなのはさんと同い年にすることにした。

次にライフラインに関してだが、これは朝方すぐにユーノさんが連絡してくれたおかげで契約はすぐに出来た。さすがにトイレも何も使えないのは苦しい。幸い春先で気温もそこまで冷え込まず、震えて朝を迎えるようなことにならなくてよかったと本当にそう思う。

「それにしても…ユーノさんどうしてこんな部屋を?フェレットだったらここまでしなくてもいいと思いますけど。」
家具や家電類について相談しているとき気になったので、試しにそう尋ねるとユーノさんはふと思い出したように
「そう言えばこの姿しか見せてなかったね…っと」
そう言い終わるや否やユーノさんはちゃぶ台から降りて魔法陣を展開する。そしてその小さな体が緑の光に包まれる。その様子を見ていた私は、光が消えた瞬間驚いて後ろに倒れてしまった。

「ア、アトリ!大丈夫!?」
そこにいたのは、なのはと同じくらいの年頃の少年。ショートカットの柔らかな金髪、澄んだ碧の目をしていて平均以上の美少年と言えるだろう。

「あ、え、ああ、だ、大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしちゃって…あ、魔法があるなら別におかしくもないか…」
まだ正直混乱している。いわゆる魔法少女におきまりの使い魔って思っていたものが人間になったのだ。この世界の常識に疎い私が驚くのも無理はない。
とりあえず買ってきたジュースを飲み落ち着いてから話を切り出すことにする。

「えーと、それがユーノさんの本来の姿ですか?」
「そうだね。ちょっとここに来るときに怪我をしてしまって…それで消費を抑えるためにあの姿をしていたんだ。まあ色々と便利がいい体だし。」
たしかに人間と比べてあのような小動物の姿をしていれば食事なども少なめですむだろう。それに単独行動をしていても怪しまれにくい。合理的である。

だが、なのはさんと一緒に暮らしているということを思い出した。

「あの…ユーノさん?つかぬ事をお伺いしますが、なのはさんはこのことを知っているうえで一緒に住んでいるんですよね…?まさか覗きとかしていませんよね…?」
自分でも感情が冷めていくのがはっきりとわかる。表情は笑顔のまま。目だけは笑わない。殺気を込めて極力丁寧に、かつ『優しく』尋ねる。真綿で首を絞めるかのようにプレッシャーをかけてジリジリと追い込めばゲロる筈。

―― あらいけない、ゲロるだなんて言っちゃだめですよね。

それにしてもこの様子だとこの年で同衾なんてしているんじゃないかという疑念もわいてくる。また一緒の部屋で住んでいるということは着替えとかも見ている可能性が十分にあり得る。もしなのはさんに自分のことを黙っているというのならこの人は全女性の敵。断じて生かして帰す訳にはいかない。
「ア、アトリさん!!僕は決してそのような事はしていません!!なのはも僕のことは知っています!」
足は竦み顔から血の気が引いているのがはっきりと分かる。言葉遣いも少々おかしくなっているし体も震えているようだ。まあ話をしていた限り誠実そうな人だし、まさかそんなことはないと願いたい。この年頃なら間違いなんて起きないと思うし着替えの際もこっちを見ないように部屋の外で結界に集中していたようだった。変な気は起こさないと思う。

でももしなのはさんがそれを分かった上で同居しているとすると2人はすでにそういう関係じゃないかと考えられる。たしかにユーノさんも誠実かつ美形でなのはさんも優しく将来性のあるいい子だ。相性的には問題ないだろう。でもそうなるとそれって…思考が変な風に回っている。他人の事だ。わたしにはハセヲさんがいるから気にする必要はそんなにない。それにあれだけ脅しをかければ大丈夫だろう。


――――余談であるが、この時の発言が後にユーノにとって最悪のミスとなる。


「えーっと、とりあえずライフラインに関してはこれでいいかな。僕の方で手続きしてくるよ。変身魔法を使えばある程度誤魔化せるから何とかなると思う。それとアトリさんの家庭環境の話だね…」
まだ少々私に対して恐怖心を抱いているようだけど会話に支障がないなら問題ない。
さて、問題の家庭環境だ。いきなりこの世界に飛ばされてしまったため今の私は天涯孤独。普通なら孤児院などに預けられるのが普通だがジュエルシードの捜索をするためそういった柵の大きい施設はあまり行きたくはない。そこで周囲を納得させるべく仮想の家庭環境を構築しなければならなかった。

「うーん…それじゃこういうのはどうでしょう。


私は市外出身の小学3年生。両親は総合商社と宇宙開発関連の研究所に勤めていて、家を殆ど空けている。それで私はそこの一人娘で行きたい学校に通うためアパート暮らし。また、これも実家から自立するための修行の一環であり私の意志でそうしている。あ、もちろん私にはちゃんと親類の方が付いていて形上の一人暮らし


って事でどうでしょうか。学校に関してはこの年で街を歩いていても不審なだけなので、できればなのはさんと同じ学校がいいんですけど…そこまでお願いしてもいいですか?」
すらすらと思いついた設定を述べていく。ユーノさんは設定を聞いてちょっと驚いている。学校の件は少々彼に負担になるかもしれないので遠慮気味に言ったのだが。

ロール(演技)に関しては自信がある。というのもネトゲ(ネットゲームの略称)にはいろんな人がいる。そこでは自分を偽ってロールしている人も少なくない。俗に言う直結厨(ゲーム中ではなくリアルでの接触に固執する人)なんていう犯罪者寸前の人もいる。そういう人をあしらっていると演技力と言うのは自然と身につくものなのだ。

それに『the world』は2015年から始まる不祥事で管理体制の問題が世に大きく出てしまい、ゲームのサーバーも『開放、維持はする。治安、不具合など知らん』という放任的なサポート体制だった。もちろん中には月の樹のような治安を守ろうとするギルドもあり、さすがは世界最大規模のネットゲームだと思えるが…裏は裏で酷いものなのだ。そういった人よりはむしろネットスラム…タルタルガの住人の方がましなのかもしれない。話す内容が極めて哲学的であることを除けば。

さらに私はギルド『月の樹』の勧誘をしていたこともある。その手の人物をはぐらかしてあしらうなどお手の物だ。
そして演技をするときに大事なのは筋書きだ。その場しのぎの演技には矛盾が多く含まれる。演技をするうえで矛盾は極力避けねばならない。そのため演技のための設定と言うのはよくよく考えないといけない。ネットゲーム上での演技ならともかく『自分』を演じるならなおさらだ。これがタイピングによるチャットのみの従来型MMO(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game…多人数同時参加型オンラインRPG)ならば文字だけの交流なのだが『the world』は体感型、つまり表情が顔や声に出るのでそこも気をつけないといけない。その点、私はある種役者とも言えるのだろう。

「す、すごい設定だね…」
「演じきる自信はありますよ?それに親が云々って話はほとんど事実ですし…父は初の民間宇宙飛行で訓練、母は母で忙しかったし…もっとも誤解がないよう練り込むならもう少し詰めていきますけど、学校の設定は変えたほうがいいですか?」
「いや、それで十分だと思う。いつまでも嘘をつき続けるわけにもいかないし、それにその年で学校に通わないというのも問題だから学校に通う資金なら僕の方で用意する。巻き込んだ僕の責任でもあるからね。学校はなのはと同じ私立聖祥大学付属小学校っていう所になるけど、それでいいかな?」
私立と聞いて金銭的に大丈夫かどうか確認したが問題ないとのことだった。ユーノさんには悪いけどここは頼ることにしよう。それにまた小学校生活から始められると言うのは普通ありえない体験だ。某体は子供、頭脳は大人なコ○ンではないが。まあ私じゃ推理なんて無理だろうけど。


数時間後、日も暮れだした頃には大体の書類や今後必要なものの用意も終わり、最低限生活するだけの用意は出来た。ライフラインも整い電気ガス水道も用意できている。
それと必要なものはリサイクルショップを利用し極力無駄を省いた。さすがにユーノさんに負担を掛け過ぎるわけにはいかない。彼の出せる金額にも限度があるからだ。

「これで生活する分には問題ないね。そろそろなのはも帰ってくるし今後について一緒に話し合おうか。」

その提案を受け、なのはさんの家族が経営する翠屋というお店で待ち合わせることになった。


Side:なのは

ユーノ君からアトリちゃんの住むところの用意が出来たって連絡が来た。
ユーノ君結構お金持ちだったんだね…一人で旅しているのならそれなりにお金とかも用意しているってことなのかな。ちょっと予想以上の出費になりそうとか呟いていたけど。

それと今度から学校に通うって話に。
確かにちゃんと学校に行かないといけないよね。まだ義務教育なんだし通うべきだと思う。その学校が私と同じ聖祥大学付属小学校と聞いてすごくうれしかった。アリサちゃんやすずかちゃんにアトリちゃんを紹介するのが楽しみだなぁ。

ただ私には気になることがある。
一人暮らしってすごく心配だけどアトリちゃんは心配ないよってはっきりと言っていた。私と同い年くらいなのにすごくしっかりしていると思う。

でも、大切な人と離れ離れになった上にこんな右も左もわからないような土地に放り出されたんだからきっと心の中は不安だらけなはず。それでも一切表に出さないのはすごいと思う。
それは私達に心配させないようにしているのかな。すごいと思うけど友達としてはちょっと寂しいと感じてしまう。その不安も一緒に背負いたいのに。


そして今、翠屋でケーキを食べながら今後の予定について相談中。
―― しっかりしていてもおいしいものを食べているときのアトリちゃんってやっぱり同い年なんだなぁ。

「なのは、その子は新しいお友達?」
後ろから声がかかる。そこにいたのは私と同じ栗毛色の長髪をした美人のお母さん、高町桃子さん。
「うん!今度引っ越してきた日下アトリちゃん。一人暮らししているんだよ。」
「初めまして。こちらに引越してきた日下アトリです。なのはさんには来たばかりの私を色々とよくして頂き本当にありがとうございます。」
そう言ってアトリちゃんは深くお辞儀する。
「いいのよ。そんなに気を使わないで。一人暮らしって聞いたけどご両親はどうしたの?」
「両親は共働きで殆ど家を空けているんです。だから実質一人暮らし、といった感じです。あ、家事とか調理とかも一通り出来ますから気にしないでください。」
…すごい演技だなぁ。仮想の家庭環境とはいえあんなすらすら言えるかな。もしかして向こうのアトリちゃんも同じような境遇だったのかな…
「あら、苦労してるのね…いつでも気兼ねなく家にいらっしゃい」
「ありがとうございます。その時はまたお世話になりますね」
あいさつが終わるとお母さんは仕事に戻っていった。アトリちゃんは小声で「若いなぁ…」とか呟いていた。お兄ちゃんの事とか聞いたらどういう反応するんだろう。ちょっと楽しみだ。


「それじゃ、今後はなのはとアトリ、僕の3人で捜索することになるね」
「そうですね。それとハセヲさんを探して帰る方法を見つけないと…」
お茶を飲みながら今後の目的について話す。今の目的は3つ。
1つはジュエルシードの封印。これは私が今までやってきたことだね。私たち以外にジュエルシードを探している子のことについても触れておく。
そして2つ目がアトリちゃんの大事な人っていうハセヲさんの捜索。

曰く『もの凄くガラが悪そうに見えるヘタレ』『かっこいい時はかっこいいんだけどちょっとヘタレな面があるところがあるかわいい人』『銀髪で目鼻立ちのしっかりした優男なヘタレ』『要するにチョイ悪イケメンのヘタレ』

…最後の方はちょっと惚気担ってないかな?ある程度アトリちゃん任せになるかなぁ。

3つ目が問題で、アトリちゃん達の帰還方法。これは私じゃよくわからないからユーノ君が調べることになっている。でもユーノ君もジュエルシードによる召喚、しかもデータから抽出された人の実体化っていうのは初めてでまだまだ時間がかかるみたい。

「あ、それと私にも魔法を教えてください。自分の力についてもっと分かっておきたいんです」
「それについては僕が教えるよ。アトリも魔法の資質があるし今後を考えると覚えておいた方がいいだろうから」
「えへへー。んじゃ私が先輩だね。よろしく、アトリちゃん!」
明るく声をかける。アトリちゃんも笑顔で「ハイ!こちらこそ宜しくお願いしますね、なのはさん!」って言ってくれた。聞いたところ念話についてはもう大丈夫らしい。この後アトリちゃんの魔法の適正などを調べることになった。アトリちゃんはどんな魔法が得意なんだろう。楽しみだなぁ…


――― その日の夜、空き地で結界を張りアトリの適性についてチェックをすることになった


「ふえええ…すごいなぁアトリちゃん、ここまで精密に制御できるものなの?」
「驚いたなぁ…確かに出力じゃなのはに遠く及ばないけど制御技術は一線級の魔導士並みだよ。」
「そ、そういうものなんですか?私よくわからないんですけど…」

アトリちゃんは最初練習として離れた位置に置いた的にむけてアクセルシューターを撃った。
アトリちゃんの魔力光は翠。魔力量自体はそんなにないみたいで魔力弾の持つ魔力はそれほどなかったけど放たれた魔力弾は全て命中、何回か繰り返したけど本人はこれで練習になるんですかと言わんばかりの余裕を見せていた。
そこで空中に空き缶を投げてそれを落とさないよう打ち上げ続ける練習に。

「えーと…これいつまでやればいいんですか?」
アトリちゃんは苦笑いしながら空き缶を撃ち続けている。しかも最初から一度も落とすことなく…暇だったのかそのスピードは段々上がってきている。更には光弾を増やし打ち上げ、打ち下ろし、横殴りといったように自由自在に打ちすえている。

「…制御は完全に負けちゃったかな……」
「な、なのはの場合出力が出力だからね…でもホントすごい制御能力だね。これもやっぱりデータを基に召喚されたからかな」
たぶんユーノ君の推測の通りもともとがデータ、プログラムだったためこの世界の魔法――― 自然摂理や物理作用をプログラム化し、それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで、作用に変える技法 ―――にすごくマッチしたのだと思う。それにしてもさっきから息切れ一つしていない。ただ魔力弾に込められた魔力は必要最低限であるようにアトリちゃん自身の魔力は少ない。だけど最小限の魔力で行っているため消費がかなり少なくてすんでいる。
これだけ制御が出来るのに更に魔力量も多かったらたぶん私じゃ勝つのは厳しいかな…

――― その後色々な魔法を試してみた結果……

「うん、アトリは攻撃には向いてないけど僕のように補助に特化している傾向があるね。特に幻術が使えるって言うのはびっくりしたよ」

アトリちゃんは前衛向きではなく後衛向きの能力だった。特にインクリースタイプの補助魔法、捜査魔法と幻術に適性があるみたい。戦闘では特性を活かした細かい精密射撃と高命中率の誘導弾が主力になるんじゃないかな。クロスレンジでは打撃メインで、私より若干体力あるけどそんなに強いってわけじゃない、戦うならロングレンジになると思う。飛行もできるけど瞬間的な高速機動は速度が伸び切らずあまり上手くないみたいだからあんまり矢面に立つタイプじゃないね。となると幻術の使い方次第って事になるのかなぁ…でも、あの黒い子のことも考えると戦力は多いに越したことはないよね。

「そういえばアトリちゃんのデバイスの名前ってなんなの?」
「名前…ですか?そういえば決めてなかったですね」
「ダメだよーちゃんと名前つけてあげないと。ね、レイジングハート?」
≪Yes sir.≫

「うーん…それじゃあ




デバちゃんで!!」





「……ごめん。なんて言ったか聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」
「……奇遇だねユーノ君、私も何も聞こえなかったよ。」

…予想外だった。私はアトリちゃんに対する認識を改めないといけないかな。うん、ネーミングセンスとかそういう次元の話じゃないや。

「うぅ…どうせ私はセンスないですよぅ…うぅぅ」
いけない、チャンスをあげたつもりが思いっきり急所を抉っちゃった?蹲って地面にノの字を書いている…なんかバッドトリップしそうだから早くカバーしないといけないんだけど。
ユーノ君も私も予想以上のひどさに目が泳いでいる。これ以上は何も言えないというかフォローが出来ない。

アトリちゃん、かわいそうだけどそれはデバイスもかわいそうだよ…

「い、いや、聞こえなかったからもう一度言って、アトリちゃん?」
「そ、そうだよ。もしかしたら既にデバイスに名前があるかもしれないしさ!」
「そ、そうですね!もう名前を持っているかもしれませんね!えと…それじゃ、あなたの名前を教えてください、私のデバイスさん…」
気を取り直してトリちゃんは目を瞑った。そして足元に翠色の魔法陣が浮かび上がる。


あれ?なんだろう。アトリちゃんの雰囲気が変わった。
………いや違う、アトリちゃんが2人いる…?


「………ヘイズ、ダンシングヘイズ……それがあなたの名前…」

そう言い終わると翠の魔法陣は静かに消えた。そしてアトリちゃんも静かに目を開く。

「ふう、よろしくね。ヘイズ」
≪Yes, My muster≫

デバイスから発せられる透き通るシステムボイス。こうして、アトリちゃんのデバイスにはダンシングヘイズ…愛称はヘイズという名前がつけられた。


―― 最初の名前に反応しなかったのはやっぱり嫌だったんだろうなぁ。


「それじゃこれくらいで切り上げようか。ジュエルシードも探さないといけないし…」
「そうですね。それじゃ帰りながらそれぞれ探すことにしましょうか」
「うん、そうだね。それじゃユーノ君は別ルートで。あ、アトリちゃんは明日から学校に行けるの?」
「明日から行けますよ。まだちょっとした契約とか残ってますけど必要な手続きは済ませましたから明日からまた一緒です」
そう笑顔で答えるアトリちゃん。私もアトリちゃんがさびしい思いしないように頑張ろう。


とりあえず一通りの魔法の練習を終えて、ジュエルシードを探しながら帰宅。アトリちゃんは驚くべきことにこの短時間で基礎的な攻撃魔法、補助魔法は一通り覚えたらしくあとは幻術など応用的なものになっていくみたい。私もうかうかしていられないや。もっと強くならないと。あの黒い子にも負けないように。

そうして、私達の夜は更けていく

後書き

第3章となります。
今回はアトリの処遇についての話ですね。極力オリ設定は避けるつもりでしたがアトリを匿う上でやはり金銭的、また戸籍等の問題が出てくるのでユーノ君にプチ金持ちになってもらいました。というよりセーフハウスといった方がいいでしょうか。
まあ個人で乗り込んできて捜索していたのですからそういう準備は当然しているだろうというのと常に旅をしているのなら余分に嗜好品を買うこともないだろうということで。資金に関しては底無しではないでしょうから結局は管理局の庇護下になると思います。

…召喚の段階で管理局に報告すべきじゃないかとかいう突っ込みはナシで。

デバイス名ですがアトリのものはダンシングヘイズにしました。バレバレですね。ハセヲのも似たような名前になります。…アトリのネーミングセンスについては本編参照ということで。

今回書いたとおりアトリの適性は補助と幻術です。攻撃に関しては誘導弾をメインにしようと思います。砲撃は1種ないし2種かなぁ。というか本編でアイテムを使って覚えさせなかった場合持ちうる攻撃スキルは2種しかありませんからね。もちろん予定ですので…
戦闘スタイルに関してはロングレンジメインで幻術と補助魔法を使い足止め&距離稼ぎをしながらの攻撃となる予定です。単独での戦闘能力は低い部類になります。また本編で活躍した捜査能力も一応持っています。打撃力不足が否めないのでそこは確実な攻撃と補助によるブースト頼みといった所でしょうか。どちらにせよやはり矢面に立つスキルじゃないですね(憑神発動させた場合は別ですがというかあれは最早広域殲滅魔法じゃ…)。うーん…シャマルとキャロを足して割ったような感じに…あれ?StS陣涙目?

米返しです。
>>reeder様
お久しぶりです。若干前作とは表現を変えており、展開も原作重視から乖離に近くなると思います。もはや当初のものとは別物になっていくと思いますのでよろしくお願いします。

>>雪林檎様
さすがにあの戦乱を経て成長しないのはまずいなとw伏線は他にも新規に作りましたのでどうぞお楽しみに。

次回ではハセヲの戦闘スタイルなどを描く予定です。



[19887] Vol.4 : 善意
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/07/01 11:24
志乃が意識不明になってから……俺は一人だった。
その時、俺に残されたものは――――
『三爪痕(トライエッジ)』に対する復讐心だけだった。
そして、力だけを求め続け――――


俺は『死の恐怖』になった。



Vol.4 : 善意

Side:ハセヲ

肌を撫でる夜風が気持ちいい。今日は夜の捜索を打ち切ることになった。望月の明かりが街並みを照らし出す。今となってはもう見慣れた風景だ。

―― この世界に来てもうすぐ1週間になる。そろそろこの『世界』にも慣れてきたことだしこれまでを振り返ってみるか…


まずフェイト達と出会った俺がしたことは情報の収集だった。
彼女達が言う『第97管理外世界 地球』が俺の知る『地球』とどう違うのか、まずはそこをしっかり知る必要があったからだ。

結果的に言えばこの『地球』は殆ど俺の知る『地球』の過去だったと言える。
仮に俺の住んでいた『地球』の西暦がこの『地球』の西暦と同じものだとすると、今俺がいる『地球』は西暦2005年…俺がいた『地球』の12年前になる。

しかし、だ。この世界が12年前の地球であるとしても技術的…電子技術的に大きな差があるといった印象を受ける。アルティメイト社は存在するが性能的にあの世界のOSには及んでいない。CC社もあるがオンラインゲーム事業に携わっていない…俺の居た『地球』では原子炉さえもネットワークの中に組み込まれていたほどだからというのもあるが、素人目からしてもかつてのAuraのようなAIを作れるのかと考えると何とも言えない。それこそとんでもない技術のブレイクスルーが必要な気がする。

そう考えていくとこの『地球』はやはり似て非なるものと考えられる。そうなるとやはり頼みの綱は『魔法』だけ。

―― こればかりはフェイト、そしてジュエルシード頼みというわけか…・

不安の種は堪えない。そのジュエルシードの捜索においてだが『対抗馬』が居ることを知らされた。
現時点向こう側はジュエルシードの制御方法を分かっておらず単に封印、回収しているだけというのも問題だ。
そうなると一度封印、回収されてしまうと俺たちが帰る術が全く分からなくなってしまう。

というのもこの世界において『次元』を渡るのは可能であるが『並行世界』などというのは絵空事だという。
そうなると並行世界から来た俺たちは彼らにとって全くと言っていいほど未知の存在であり俺たちの帰還方法など知る由もない。

そしてその帰還には恐らくであるが召喚の原因となったジュエルシードの封印が必要だということも。

彼女…フェイト・テスタロッサ曰く「ジュエルシードの制御方法も分かっているし、あなた達を呼んでしまった私にも責任があるから」ということでジュエルシードが揃った場合俺たちを送り返すと約束している。

なぜ向こうが知らないことをこっちだけが知っているのかと言うのは甚だ疑問でもあるが情報源がないため信じるしかない。今頼りになるのは彼女だけなのだ。



―― 魔法の世界に召喚されるとかありえない現状に呆れ、それが現実だと受け入れられる自分にビックリだ…


『あいつ』ならそう言うんだろうなと苦笑しつつ、現状を受け止めている自分はどこかおかしいのかもしれないと思う。
こういう事態は予想しなかったが本当の『世界の危機』なんてものに立ち会ったせいなのかもしれない。常識と言うものに対して感覚が鈍っているのかもしれない。

まあ、そのおかげでこんな非現実的な現実で発狂せずにいられるのだが。

閑話休題

さて、対抗馬がいると言うことはこちらの回収作業に対し妨害が入ると言うことだ。向こうも魔法使いと言うことであり俺も戦う術を身につける必要がある。
そこでフェイトに依頼したのが『魔法の訓練』だ。幸い俺は筋がいいらしく基本的な念話などの魔法はすぐに使えるようになりデバイスを使った魔法の訓練もすぐにできるようになった。


――――― 今日の午後5時ごろ


「ハセヲもだいぶ慣れてきたみたいだし、私と実戦形式で訓練しても大丈夫そうだね。」
「あぁ、そうだな。細かいコントロールもだいぶ出来るようになってきたし実際に魔導士の戦い方を覚えていかねえとな。」
日中のジュエルシードの捜索を早めに切り上げ、現在屋上で魔法の練習中。幸い俺の魔法の筋は良いようで、練習開始からそう日も経っていないが実戦形式の訓練に移れる。とはいえまだ師であるフェイトには遠く及ばないのが実状だ。実戦形式と言っても懸り稽古のような形になるだろう。



訓練をし、ともに生活していく中でフェイトは俺のことを敬称抜きでハセヲ、と呼ぶようになった。まあ俺がなんかむず痒くて呼び捨てでいいって言ったのもあるんだが。
俺自身変に気を使われたりしても嫌だったので極力素でフェイトと話をしている。
実際戦場ではお互いの背を預けることになる。信頼関係はあるに越したことはない。



「それじゃアルフ、結界の補強お願い」
「あいよ!しっかり結界は張っておくから遠慮せずやっちゃいな!」
練習時に周囲に張ってあった結界が補強される。これでどれだけ暴れても周囲への影響は出ない筈だ。

「そんじゃ…いくぜフェイト!」
「いつでもどうぞ、ハセヲ」
既に飛行魔法も習得してあるため訓練も空中戦がメインとなる。黄昏に染まる空に二つの影が舞い上がる。
お互いに距離を取りデバイスを構える。彼女の得物は鎌刃を発生させることのできる長杖型のデバイス『バルディッシュ』、こちらの武器は双剣 ―― 『インスクライヴ』と名付けた俺のデバイス ―― だ。

まずは牽制打。フェイトから習った直射型射撃魔法『フォトンランサー』―― 周囲に生成した発射体(フォトンスフィア)から、槍のような魔力弾を発射する魔法。連射可能で弾速に秀でる代わりに誘導性能を持たない ―― を3発セットで2連射する。
もちろん当たれば御の字だが相手は師匠でもあるフェイトだ。そうそう当たる訳がない。
ここで俺は発射タイミングを微妙にずらす。周囲に展開している魔力弾を右方向から順にわずかであるが遅延させる。

そしてこちらの予測通り黒のマントを棚引かせ、鮮やかな金髪の少女は俺の牽制打をその場から左方向に難なく避ける。

だが牽制と言うのはそもそも2手目3手目のための一撃だ。回避コースが予定通りであるのならこれは成功したと言えるのだ。

続いて2手目、同様にフォトンランサーを展開、射出する。この時さっきのように真っ直ぐ飛ばすのではなく角度をつけ回避コースをさらに絞る。今度は左方向に偏差撃ち ―― 未来位置予測での発射 ――をする。
この時の予測は通常より大きめ。これで上方か下方への回避になるだろう。

だがフェイトは自分もフォトンランサー展開し迎撃。その陰に隠れ左方向に抜けながらバルディッシュをサイズフォームに変更、そのまま魔力の鎌刃を生成し誘導制御型射撃魔法『アークセイバー』―― 生成した魔力刃を放つ誘導性のある射撃攻撃、単発であるがバリアを『噛む』という特殊効果があり変則的な弾道を持つ非常に厄介な魔法 ―― を放つ。
これを食らった場合確実に足止めをされてしまうのでフェイトに行動の幅を広げられる可能性が高い。

そこで俺がとった選択は同じく迎撃。双剣に魔力刃を形成し文字通りアークセイバーを切り払う。
軌道が不規則であり誘導性を持つため下手に回避して隙を見せるより少しでも早く撃ち落とし次の行動に出るための仕込みだ。

しかし切りはらう隙にフェイトは高速移動魔法『ブリッツアクション』 ―― その名の通り雷光の如く目にも止まらぬ高速移動 ―― で俺の背後へと移動する。

「はぁ!」
「いきなりマジかよ!!」
交差する魔力刃。撃ち落とす段階でフェイトが死角を取りに来るのは予想できた。片方の刃でバルディッシュの鎌刃を止める。

そのまま2合、3合と切り結ぶ。フェイトは長柄の鎌。懐に潜り込めば小回りのきく俺が有利だがそう簡単には潜らせてくれない。鎌を自由自在に振り回し変則的に切り込んでくる。だが俺も昔は鎌を扱っていた身。ある程度の動きなら反応が出来る。

この間に魔力弾をフェイトの死角に生成しフォトンランサーを撃ちこもうとしたのだが…

「チィ!!」
「やるね、ハセヲ!」

お互い目論見は同じだったようだ。俺は右へ飛びフェイトは左へ飛ぶ。俺らの居た所は魔力弾が交差し爆発する。

仕切り直し。魔力弾の衝突で生じた煙によりお互いの位置が不明になった現在、先に敵を発見した方が断然有利になる。
そして先手をとるためフェイトの魔力を探知しようとした瞬間

「!遅延弾かッ!!」

フェイトが展開した魔力弾は全て消えたのではなかった。3,4発を後方に設置したまま保持し俺が回避した直後その方向へと打ち出したのだ。
そしてその魔力弾は寸分たがわず俺の方へと殺到する。

「クソがッ!」

回避は間に合わない。そう判断した俺は防御魔法である『ディフェンサー』を発動する。
これはフェイトがよく使う防御魔法だが俺はフェイトのそれより詠唱が遅い分防御力を高めてある。

そして数発の魔力弾を防ぎ再度フェイトの姿を確認しようとした瞬間

「チェックメイト、さすがにいきなりは厳しかったかな」

俺の首筋には鎌刃が添えられていた。



「ふう、もう少し手加減してくれてもよかったんじゃないか?」
「ううん、ハセヲは飲み込みが早いからこれくらいでやった方がいいと思う。それにハセヲも本気で来てたでしょ?」

確かに本気で行ったのは違いない。教えてもらう側としては、模擬戦は本気でやって初めて効果を発揮する。
まあ今回初戦と言うだけあり胸を借りるつもりで挑んだのだが。

「んで、どうだった?俺の動き」
「そうだね、ハセヲは私よりもスピードに特化しているわけじゃないから…防御を固めて堅実に押していく方がいいと思う。さっき少し打ちあったけど近接戦なら相当な使い手みたいだし。あと魔力の安定性は私よりもいいからブリッツアクションの連続精密発動とかもいけるかも。でも今はまだそれは難しいかな」
フェイトは防御より機動力に重きを置いている、というより特化したスタイルだ。
それに比べ俺はスピードも並みにはあるがフェイトには及ばない。だがフェイトよりも防御力は高く安定した性能である。
そこで俺に出された課題は『近接戦に持ち込むための射撃魔法』である。尤も魔法の取得だけなら早いが俺はまだ魔導士の闘いに慣れていない。そのため魔力弾の使い方に関してまだまだひよっこ同然なのである。

「魔力弾の展開、制御ならできるが空戦はまだまだだな」
「うーん…こればっかりはハセヲに慣れてもらうしかないかなぁ」
「ま、あたしのようなパワーがあれば小細工も特にいらないんだけどね」
そう言って話に入ってきたのはフェイトの使い魔のアルフだ。今は狼の形態ではなくオレンジの長髪をした人型のお姉さんになっている。フェイトからすれば妹のようなものらしいのだが。

「たしかにアルフ位のパワーがあればごり押しも行けるんじゃねえかとは思うが…まあ俺は俺なりの戦い方を見つけるしかねえな」
「へえ、ハセヲ、あんた割と殊勝な事言うもんだね。ただのひねくれた不良だと思ってたけど」

一言多い、と突っ込みを入れ俺は先の模擬戦の反省をする。
魔力弾の使い方もだが俺の特性である精密制御を未だ生かし切れていないのも事実だ。恐らく単純な魔力でのごり押し勝負となるとフェイトには勝てないと思う。

そのため防御に関しても出力が低い以上受け止めるというより『いなす』防御を上手く使えるようになる必要がある。そして先のフェイトの発言にもある高速機動の連続精密制御…これも練習しないといけないな。


―― そういえばフェイトのマントいいなあれ。俺も似たようなのつけてみるか…


「それじゃ、私は先にあがってるね」
そう言ってフェイトは屋上から部屋へと戻る。

あれで朔望と同い年なんてな…もっとこう無邪気に遊んでいるべき年頃だと思うんだが。それに学校も通っていないしこの世界で初等教育は義務じゃないのか?まあ頭の良さは確認したが ―― 遊び半分で出した高校レベルの数学問題をあっさり解きやがった。俺の苦労って一体 ―― フェイトは大人び過ぎている。それが何を意味するかは今考えても詮無き事だ。あの子にはあの子の事情がある。もう少し親密にならないと聞き出せねえ、か。


「さて、と。俺ももど「ハセヲ、覗きとかしようってんならあたしが相手になるよ」だ、誰が覗くか!!」

アルフに突っ込みを入れ、誤解されないように屋上で30分ほど鍛錬しながら待つことになった…・
まあ、確かにフェイトはかなり器量よしだからな。普通に暮らせば変な虫がつきやすいのは間違いないだろう。このまま成長すれば…ん?今なんか寒気が走ったぞ。これ以上考えるのはやめよう。碌なことにならない気がする。

とりあえず今後の課題が見つかっただけでも良しとしよう。


――――― と、こんな感じか。現状の確認はこれくらいでいいだろう。対抗馬の情報もほとんどないわけだしアトリの情報も全くないときたし。進展と言えば俺がだいぶ現実を現実として落ち着いて居られるようになった事か。

そして明日の予定がなぜあのような形になってしまったのだろうか…

Side:フェイト

「ふぅ…」
狭いが必要十分なスペースのあるシャワールームで一息つく。風呂もそれなりに気に入って入るのだが忙しい身でもあるためゆっくり風呂に入るという選択肢はなかった。

「ハセヲが来て一週間、か…」
彼が召喚されてから1週間になる。その魔法の取得スピードは常人の比ではなかった。
何よりもう一昨日の段階で私と模擬戦ができるレベルにまで仕上がっているのがその証拠だ。まだ魔力弾の使い方が甘いとはいえ訓練を重ねていくうちにそれもなくなるだろう。そうなれば心強い戦力を手に入れることになる。


ハセヲの特徴として術式の構築が極めて精緻であることがいえる。防御魔法がいい例だ。ハセヲは緻密に作りすぎる故に詠唱に若干のラグがあるがその分魔力のロスというものが少ない。それによりシールドの強度は考えられないレベルにまで高められている…今後の課題としては状況に応じて拙速さをとるか、遅巧さをとるかという選択ができるようにすることだろう。
そう、単純な防御力では私の数倍以上はある。おそらくS-ランクの砲撃に耐えうるレベル…まさしく『前衛』を体現している。いや、これはだれかを護る『騎士』じゃないのだろうか。


現在もう一人の捜索者は手練といわけでもなく、今の私なら問題なく倒せるレベルだ。
それでも彼女を止める間に自分が封印する時間を稼げる戦力は非常に助かる。このままいけばあの子は彼に任せるだけでもよくなるかもしれない。というより彼のスタイル上あの子の攻撃にも十二分に耐えられるだろう。

これならジュエルシード集めも早くなるかな…そう一人呟き、シャワーを止める。淡い灯りに照らされた艶やかな金の髪から雫が垂れる。前髪を後ろにかき上げ天井を見つめる。その双眸には未だ見えぬジュエルシード捜索の決意と、遠く高次元世界にいる母への思いを秘めて。


体を拭き髪を乾かし着替える。ハセヲはまだ外で訓練しているようだった。彼はいつも私がシャワーを浴びると言うとアルフと屋上へ訓練に行く。気遣ってくれているんだろうけどアルフがいるならそんなに問題じゃない気がするけどなぁ。

リビングでは既に食器が並べられている。訓練前に準備だけはしていたのだ。
私がレトルトものばかり食べていると聞いて料理本片手に調理しているハセヲはなんとなく微笑ましかったし嬉しかった。細かな味付けこそ上手なのだが包丁を扱うとなると手元が危なっかしいから結局私も手伝ったけど。


念話で2人に食事を取ろうと提案する。向こうもきりがよかったらしくすぐに部屋に来た。
汗をかいているハセヲはそのままシャワーへ。男の子だからだろうが私よりかなり早い。
アルフの方は殆ど汗をかかなかったらしく食事の後でいいよと言っていた。事実ハセヲは肩で息をしていたのに対し、アルフは全くと言っていいほど疲労を見せてなかった。

そのまま3人で食事。今日は牛丼とみそ汁、温野菜のサラダだった。
牛丼はハセヲ曰く「牛丼好きのやつに教わった。もうレトルトじゃ満足できないって五月蠅くてさ。まあ男として手料理の一つくらい作れた方がいいし」とか言っていたけど確かにレトルトとは比較にならない。豆腐やしらたきが入った豪華な牛丼だ。私も覚えてみようかな。


ハセヲの家族について聞いてみたけどどこにでもいる普通の家庭、裕福な方で親は共働き。家を空けることも多かったとか。私の家族に関しても教えられるところは教えた。ハセヲは最初の方こそ怪訝な表情をしていたけど、私の目を見て母親思いなんだなって優しく言ってくれた。ただ学校に通わせないというところには不快感を露わにしていたけど。

あと最近ネットゲームにつなげられないのが結構苦痛になるとは思わなかったとか言ってた。向こうじゃ電子技術が発達していてネットワークの利用率もすごいらしい。そのため半分ネット依存とも言える社会だったとか。そういうのがなくなってしまうと生活に支障をきたすのは致し方ないのかもしれない。


「…ハセヲは、向こうが恋しくないの?」
アルフとの今日の訓練の話が一段落したところで話しかける。彼はよくしてくれているけど不本意にこちらへ来てしまった人だ。果たしてこのままでいいのかと疑問に思っていた問いかけをしてみる。

「あぁ…まあ恋しいってのはあるかもしれねえな。でも今はフェイト達の方が最優先だ。俺がこの世界にいる以上お前らを放っておくわけにいくかよ。それとな、お前ちょっと焦り過ぎて無理してないか?立ち止まって周りを見るのも大事なんだぜ」
そう言って私に微笑みかけながら言ってくるハセヲ。
彼はどこか遠くを見るような眼をしている。話をしている中で向こうの事を思い出したんだろうか。
ただ、その言葉に私を気遣う優しさが込められていることははっきりと分かった。
私が心配したはずなのに逆に心配されている。私もまだまだだなぁ。

「うん…ハセヲの言うことも確かにそうだね。少しゆっくりしてみようか。」
確かに体に無理しているのは間違いない。ハセヲが召喚されてからも今まで通り東奔西走としていた。
思えばゆっくり体を休めたりなどはしていなかった。ただ我武者羅にジュエルシードを探して飛びまわり続けただけ。そろそろ休憩の一つくらい入れたほうがいいのかもしれない。

そう思い軽い気持ちで言ったところ…


「んじゃ明日にでもハセヲとフェイト、二人で街に出てみたらどうだい?その間あたしが捜索しておくからさ」


えっと…アルフ?いきなり何言いだしてるの?

「お、おいアルフそりゃデー「たまには息抜きも必要だろう?2人とも訓練にジュエルシード捜索にと疲れているだろうし息抜きしてきな」…はぁ!?」
「あ、あの、その……」
顔が一気に熱くなる。念話で「ちょ、ちょっとアルフ!?なんでいきなりそんな提案を!?」と尋ねたところ「いや、フェイト男の子と話す事なかっただろ?ちょうどいい機会じゃないか。耐性つけてきなよ」と。いや、耐性って何?確かに男の子と話すことなんてなかったけど。でもあんまりにもいきなりすぎやしない!?そしてなんでそんなニヤニヤしてるの!?
――ハセヲも赤くなってるし!?というか固まってるよ!?

「それじゃ、明日に備えて休んどきなー。あたしもシャワー浴びてくるから。それじゃ」
「ちょ、待ておい!」
そう言うなりさっさとシャワールームへ行ってしまうアルフ。その頬がかなり緩んでいることに私は気付かなかった…さすがのハセヲもそこに逃げられるとどうにもならないらしく虚空を見つめて呆然としている。

「あ、えーと…………フェイト?…どうする?」
「ハ、ハセヲが…いいなら………いい…けど……」
すごくぎこちなく聞いてくるハセヲ。むしろこの状況でなんとか切りだせるほうがすごいのかもしれない。
恐らく何があってもアルフのことだ。デ、デートになるんだろう、もう腹をくくるしかなさそう。

「あ、あぁ、その…宜しくお願いします……」
「あ、いえ、こ、こちらこそよろしくおねがいします…」
「……あ、お、俺ちょっと涼んでくる!」
そう言ってハセヲは外へ出ていってしまった。

アルフ、ひどいよ…なにもこういう時にそんな事言わなくてもいい気がするのに…・
明日どうしよう…・


――――――――― 次回波乱のデート!!正妻に隠れ浮気(?)したハセヲに下される天誅とは!?乞うご期待!! ―――――――――


………続くかぁ!!…ハッ、私は何を……というか正妻って何…!?


おまけ

Side:アトリ

台所に並べられた食材の数々、いつもどおりに玉ねぎを薄切りにし牛肉を切っていたところ不意に力がこもり大きな音を立ててしまった。

「!?アトリちゃん!?」
なのはちゃんが驚いた眼でこっちを見てくる。

「あぁごめんなさい、気にしないで。何か変な電波を察知しただけだから」
なのはさんに謝りつつ落ち着いて牛肉を切り分ける。心なしか包丁捌きのキレがいい。牛丼以外はあまり作らないが魚を捌けば刺身に角が立つんじゃないのだろうか?

…ハセヲさん、またやらかしたような気がしたんだけど…気のせいだよね…

そう思いながらいつもの牛丼を作っていく。女の子なのに牛丼が好きとはこれ如何に?と思うけど好きなものは好きなのだからしょうがない。なのはさんも私の作る牛丼は珍しいらしく興味津々に見ている。

「えと、次どうすればいい?」
崩れやすい豆腐を見事に角切りに切り分けるなのはさんの腕はさすが喫茶翠屋を営む高町家の娘さんだと思えるものだ。硬めの木綿豆腐とは言え全部等しいサイズに揃えるのはセンスの良さを感じさせる。

「えと、鍋に水を入れて玉ねぎと本だしを入れて煮込んでください。ちょっと柔らかくなる程度でいいですよ。他の具の準備もできたしサラダとおみそ汁も作っておきましょうか…それにしてもなのはさん、切り分けるの上手ですね」
「え、そうかな?さっきのアトリちゃんの方が…ううん、なんでもない。なんていうかその…ほら、ここが何センチでこの角度で刃を入れたら、みたいな…うーん、数字的というかそんな感じできれいじゃないかなーって思いながら切ってるの」

うまく言葉で表せられないなのはさんははにかんだような笑みを浮かべて調理していく…それは数学的センスというものじゃないのだろうか。やはり魔導師というのは扱う魔法の性質上こういったセンスが伸びやすいのかな…


ちなみに後日なのははこう語る。

あの牛肉を一瞬で切り分ける気迫は悪鬼羅刹のようだった、と。





後書き。といっても内容はほとんど昔のと変わりません。

今回書いたとおりハセヲはまだフェイトに及びません。というか空戦においてはなのは以下です。パワーで負けているうえ空戦に慣れていないので。

んじゃこれからどうするかというとフェイトが出してくれた案を現実にする、という話になってきます。まぁ予定では双剣タメの瞬間連続攻撃を魔法で再現なんて考えていますが。

次回の嘘予告のデート編ですが…ほのぼの路線でgdってるのでおまけとか番外と言う形にしようかと思います。話数を考えると次は温泉編かなと考えていたので。

にしても一期はやっぱり難しいですね…大分経ちますがまだキャラの把握が今一つな気がします。でもこれから続けるのであれば張りたい伏線は大量にあると言う大問題が。風呂敷広げたはいいが回収できるのかなこれ。
あとほのぼのとしたギャグとか難しいです。筆力不足が否めない。シリアスもまだ自信ない…あれ?これ詰んでね?

レスです。
>>雪林檎様
ノの字を書き続けるアトリ…ほんと誤字でしたがそのネタ、頂きますねwwテラシュールwwww

最後に

ブレイクスルーの真実をハセヲは知りません。



[19887] Vol.5 : 接触
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/07/02 11:32
私は、あなたを不思議に思う。

あなたは、その力で何を得ますか?
あなたは、その心で何を思いますか?

あなたは、一体何を護ろうとしているのですか?

Vol.5 : 接触

Side:なのは

「温泉旅行だなんて…うわぁ、綺麗…ね、なのはさん、あれ鳴海ですよね?」
そうアトリちゃんが目を輝かせながら話しかけてきた。そう、今は家族とすずかちゃん、アリサちゃん、そしてアトリちゃんと海鳴温泉へ向かう最中。

――― 事の起こりは少し前に遡る

「なのは、最近根を詰め過ぎてない?」
「そうですね、私も探しているけどなのはさん無理してるみたいですよ?」
学校からの帰り、すずかちゃんとアリサちゃんが別れてから2人は話を切りだした。
どんなに探しても、探しても見つからないジュエルシード。それはいつの間にか私を焦らせ気付かぬ中に私の体に無理をさせている。
最近の私の顔色の悪さからユーノ君、アトリちゃんはそれを察知しているようだった、お父さんたちも遠まわしであるが無理をしていないか尋ねられた事もある。

「うん、そうだね…ちょっと無理しすぎちゃったかな」
そう苦笑しながらため息と共に吐露する。恐らく隠し立てしても無理だろう。2人の私を気遣う目は誤魔化せそうにない。

「そうですね、ちょっと今日はジュエルシード集めを休んで翠屋に行きませんか?」
「そうだね、たまにはゆっくりお茶でも飲んでのんびりしようか」
2人はそう提案し、私もそれを了承した。翠屋でアトリちゃんは常連客でありアルバイトさんのようなものでもある。アトリちゃんは翠屋でお手伝いをするそのお礼に、ある程度タダでご飯が食べれるようになっているのだ。
うちの家族は遠慮せず手伝いもしなくていいって言っていたけど、アトリちゃんはそれを善しとしなかった。彼女曰く「ただ甘えるだけじゃ嫌です。私もちゃんとお返しをさせてください」と。その御蔭でうちの家族とも礼儀正しくしっかりとしたいい子と感心され仲がいい。
ときどきなのはもアトリちゃんを見習いなさいとか小言が飛ぶようになったけど。そして何より

「んじゃアトリちゃん、今度またあの牛丼ご馳走してくれないかなぁ?」
そう、彼女の作る牛丼はお父さん達の舌を唸らせる程のもの ―― 事実お父さんはアトリちゃんから裏メニューとしてレシピを聞き出そうとしていた ―― まあ実際はお店の雰囲気に合わないから出さずに賄い専用ってことになったけど。

「うん、それじゃ私はまたあのモンブラン食べさせてくださいね」
そう言ってアトリちゃんは私に笑いかける。アトリちゃんもアトリちゃんで翠屋のお菓子が大好きなのだ。そう話しながら私達は翠屋へ向かう。

「お、なのは今日はアトリちゃんも一緒か?」
そう言ってうちのお兄ちゃん ―― 高町恭也さん ―― が話しかけてくる。仕込みを終えたらしく表でちょっと休憩しているようだった。

「うん、お兄ちゃん厨房は?」
「あぁ、今ひと段落した所でな。ちょっと羽を伸ばしているところだ。…そう言えばアトリちゃん、今度の連休予定とかあるかい?」
そう言ってアトリちゃんに尋ねるお兄ちゃん。今度の連休って…あ、もしかして。

「いえ、特にありませんが…?」
「そうか、なら今度皆で温泉に行かないか?すずかやアリサも来るんだ。折角だし一緒にどうだい?」
そう、今度の連休は温泉旅行が入っている。最近ジュエルシード探しばかりで完全に忘れていた。

「えぇ!?いいんですか?」
「あぁ構わないさ。親御さんに連絡入れておこうか?」
「いえ、両親には私から伝えておきます。でも、本当に…」
アトリちゃんは喜色満面といった感じだ。ほんとはわたしが誘うべきだったんだけど…ごめんね、アトリちゃん。

まあその後「なのはさん、どーして教えてくれなかったんですかー。」とか色々言われたけど…アトリちゃんは終始すごく幸せそうだった。思えばここにきて本当に心を許せる人が殆どいなかったのだから当然かもしれない。

――― そして現在

「一番風呂は貰ったぁ!!」
「アリサちゃーん、そんな急がないでよぅ」
そう言いながらアリサちゃんとすずかちゃんがお風呂へ向かう。ユーノ君も中に連れて行こうとしたけどアトリちゃんの無言の圧力で却下となった。アリサちゃんは「アトリ…後で覚えてなさいよ。」とか物騒な事言ってたけど…こんなすぐに行動に出るとは思ってなかったなぁ。

まあ、文字通り姦しくお風呂に入っているわけで…・

「うー…アトリってば結構発育良くない?」
「え、いや、あの、その……」
「ええいこのぉ!一人だけずるいのよ色香出してー!!」
そう言いあいながらじゃれ合う2人。そこに忍さんが面白そうに茶々を入れてくる。

「すずかも下地はあるんだから胸を張りなさいよー?」
「ひゃぅ!?ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?」
後ろから忍さんがすずかちゃんを襲う。―― 他にお客さんがいなくてよかったなぁ…


「なーのーはー?一人だけのほほんとしてるなんていい度胸ねぇ?」
「そうですねえアリサさん。抜け駆けなんて到底許せませんよねえ…」


…あれ?やばい。あの眼は猛禽の目だ。獲物を狩る狩人の目だ。


後ろに下がり逃げようとするもその先には美由季お姉ちゃんが笑いながら待ち構えている。あの笑い方は非常によくない笑い方だ。捕まったら…ダメだ、今はこの状況を切り抜けよう。でもまさしく前門の虎後門の狼。
進退極まるなら横に…!?アトリちゃんが先回り!?読まれた!!しかももう一方は壁!!万事休す!!!


「観念…しなさぁぁぁぁぁい!!!」


Side:ユーノ

隣の風呂から嬌声やらちょっと変な声まで聞こえる。何をやっているんだろう…って考えたら駄目だ。冷静に、冷静に素数を数えるんだ。

2・3・5・7・11・13・17・19…………

よし、雑念は払った。
今この温泉に来ているけどどうも周囲に魔力の反応がある。それも一つじゃない。2つ…いや3つかな?ということはジュエルシードがある可能性も否定できないのか。いや、むしろこれはあるという証拠だろう。これはなのはに伝えたほうがいいな…今は無理だろうけど。


にしても恭也さんや士郎さんの筋肉はすごいなぁ。男の子としてはやっぱりああいうものに憧れを感じてしまう。士郎さんの背中なんて傷とかもあるし正に『漢の背中』って感じだ。それに比べ僕は草食系な感じだし…・

「それにしてもアトリがユーノをお風呂に連れていくのを嫌がるなんてなぁ、なんか嫌われるようなこともしたか?」
そう僕に向かって呟く恭也さん。


チガイマス。アソコニイッタラボクノイノチガナインデス。トイウカアナタガタニコロサレマス。


でもなのはが連れて行こうとしてたって事は…僕完全に異性として見られてないって事だよね…自信なくすなぁ。やっぱり体鍛えたほうがいいのかなぁ。…あ、でもアトリが拒絶したってことはまだ大丈夫…だよ…ね……あれ、思考がおかしい?


そうこうしているうちにお風呂からあがる事に。男の方が早いので恭也さんと士郎さんはマッサージチェアでマッサージ中。

―― どことなく恭也さん枯れてる感じがするなぁ。あぁぁぁぁとか言ってるし…・

そうして待つうちに姦しく女性陣が出てきた。なのは達は真っ直ぐ自販機に向かい…

おお、4人そろってコーヒー牛乳一気飲み。すごく幸せそうに「っぷはぁぁ…」とか言ってるけどなんでコーヒー牛乳?あと妙に艶っぽいのは気のせいだろう。


そしてごく自然になのはの肩に乗り旅館を散歩中 ―― いや、ごく自然だからね。嫌がってもどうせそうなるからそうする訳であって。


もう一人のジュエルシード捜索者に出くわす事となる。


Side:フェイト

「…そう、分かった。アルフありがとう。」
「向こうも来た、か。偶然なのかそれとも察知してきたのか……」
アルフからもう一人、いや二人の捜索者についての報告を受け取り、ハセヲと合流する。向こうは旅行気分だったということでジュエルシードの存在に察知していないのかもしれないが、先手を打ちこちらの存在を知らせて警告しておいた方がいいだろう。前回の一戦で力量差は感じたはず。こちらに応戦する意思がある事を伝えれば向こうが無謀でない限り邪魔来ないだろうと予測したのだ。


しかし前回遭遇した時向こうの手勢は1人と使い魔1匹、それが今回二人に増えている。その増えたもう一人がハセヲの言う『アトリ』という人物の可能性も十分ある。


「ハセヲ、もしかしたら向こうにいるのはその『アトリ』って子かもしれないけど…いいの?」
これは通達。万が一アトリという人物が出た場合ハセヲがどんな行動を執るかわからない
ための予防策。
返事を待たず私は駆け出す。その返事が怖かったから……考える時間がほしかった。多分彼も考える時間を必要とするだろうと思い、捜索に意識を集中する。

数時間後ここで落ち合うことを念話で(一方的に)連絡し捜索を再開する。願わくば、彼が私の手元より離れないことを祈りつつ。

――― そして、数時間後、私とハセヲは合流した。

「…ハセヲ、私はもしその子がアトリという子で、あなたが向こうの側に行ってもそれを咎めることは出来ない。あなたは私が巻き込んでしまった人だから。あなたはそのアトリという子と一緒にいる権利があるし、それがいいと思う」
だけどそう言いながら私の心は哀しみで一杯だった。折角できたこの世界で初めての『友達』。それを失うのが、手放してしまうのが怖くて。そして何より今までハセヲと歩んできた日々が否定されることが怖くて。でもそれを表情に出したらハセヲは自分を殺してついてきてしまう。だから感情を出さないために必死だった。そう、ふとしたきっかけで壊れてしまいそうなほどに。


「なぁ、フェイト…お前はそれでいいのか?」


「…え?」
「お前は、それでいいのかと聞いているんだ。俺が出て行くのがいいのか?邪魔なら邪魔と言ってくれた方がましなんだが…」
「そ、そんな…そんなこと……」
言葉に詰まる。彼は、何を言っているの?
「聞こえないぜ、フェイト。俺はお前がどうしたいのかを聞いているんだ」
「そんなことない!私はハセヲと一緒に居たい!!一緒にジュエルシードを探して、それで、それで…」
視界がにじみ、頬から雫が落ちる。言葉が喉につっかえて上手く喋れない。あぁ、私は嫌だったんだ。ハセヲと離れることが。だからハセヲが居たら邪魔なのかという問いに凄く胸が苦しくなった。そうじゃない、そうじゃないのだから。私は、ハセヲと一緒に居たいのだから。


「なら、そう言えばいい。向こうに居るのがアトリならそれはそれで何とかなるんじゃないか?別に無理に敵対する必要もないだろう?」

「で、でも。私はジュエルシードを集めて母さんに…」
「フェイト、お前理由も告げずに攻撃なんかしたら誤解されるに決まっているだろう?向こうが話をする気がないってのならわかるけどな」
そう言われて言葉に詰まる。確かに彼女は私と話をしたがっているように見えた。だけどそれは罠かもしれないと疑う気持ちが鬩ぎ合い、結局話もせずに別れてしまったのだ。

「で、でも向こうは管理局の関係者かもしれないし…」
「……気になったんだがフェイト、管理局について話を聞かせてくれないか?」
「え?……うん、管理局ってのは魔法に関する犯罪とかを取り締まる組織で、私たちの探しているジュエルシードとかの保管とかもしているところなんだけど…もしかしてハセヲ、私たちの事…」
「馬鹿言うな。んな事するわけねえだろうが!あぁ、もう顔上げろ、ったく…フェイト、管理局は現地の素人を使わないといけないような組織か?」
私の目元を、壊れものを扱うかのようにやさしく拭うそのちょっぴり大きな手に触れながらその言葉にはっとする。管理局ならもっと人員を集めて確固としたバックアップ体制を整えてから捜索に乗り出すはず…今回の一件はお互いイリーガルに捜索しているのではないだろうか。

「なら、一度話すだけでもした方がいいんじゃないのか?それからでも遅くはないだろう?」
「…うん、わかった。でも私のそばから離れないでね、ハセヲ。何があるかわからないから…」
心配しすぎだ、分かってるよ、と彼は頬笑みながら私の頭を撫ぜる。ちょっと武骨で、でも暖かい手が気持ちいい。自分で目元を拭い、彼の眼を見る。穏やかで、どこまでも透き通る赤い瞳は私の行く道を照らす灯火だった。


「さて、と…それじゃ捜索を再開するか。ところでフェイト、お前は温泉行かなくてよかったのか?」
「え?いやいいよ。それよりジュエルシードの捜索が大事だし…」
彼は不思議そうに尋ねた。元はと言えば接近する魔力反応がありそれらが先の捜索者である可能性が高いため、面が割れている私ではなくアルフを向かわせただけなのだが…

「いや、普通ここまで来たら温泉入りたいとか思わないか?それにフェイトが無理しなくてもその間に俺が探せばいいだけだろうし…」
「い、いや、ハセヲにそこまで頼る訳にもいかないよ。これは元々私の仕事だし…それならハセヲが行けばよかったのかな?」
「女の子一人働かせといて自分だけ温泉とか出来るわけねえだろ…」
彼は呆れたように私に言う。私は言い返そうとしたがその瞬間魔力を察知した。


ジュエルシードの発動だ。


「さっさと止めるぞ。フェイト。」
「うん、行こう。ハセヲ。」
どことなくゆったりとしていた空気が瞬時に切り替わる。表情が引き締まり、念話でアルフに状況を伝える。
封印作業の開始。幸い発動した位置はここから近く向こうからは距離がある。こうなれば接触前に一気に封印、撤退するのが好ましい。

『アルフ、そっちの魔導士は!?』
『今はまだ動きがない、いや、動こうとしているが動けない…のかね?やるなら今のうちだよ、フェイト!』
好都合。どうやら向こうは即座に動ける状態じゃないようだ。ならば最大戦速で急行、封印に移るのみ。

ハセヲに作戦を伝え移動する。時間との勝負だ。


「…いた、ハセヲ、サポートお願い。バルディッシュ、シーリングモード!」
「任せとけ。インスクライヴ、シーリングシステムアクセスモード!」
私が通常のシーリングモードを起動、そしてハセヲのデバイス『インスクライヴ』に魔力のラインをつなぐ。
ハセヲの魔力光は鮮やかな橙色。金色の魔力が橙色に変換されハセヲの前の空間に収束される。

これは最近の訓練で考案された『2人がかりでの』封印モード。もともと封印は魔力まかせに強引にするものだが魔力変換効率、制御性に優れるハセヲに魔力を送り、変換することで余分な魔力をカットし消費を減らすといったものだ。二度手間ではあるがごり押しで封印するより効率がよくなる可能性があるとして練習してきた。

簡単に言うと私が『原動機』でありハセヲは『変換機』と『コンデンサ』の役割をする。

「流石にフェイトの魔力は半端じゃないな……これなら一撃で終わる。急いで来たのが馬鹿らしいくらいだな」
「ハセヲもこれだけの魔力の変換制御が出来るなんて…魔力量が少ないのが本当に惜しいね」
そう言ってお互い苦笑する。尤もある程度テストこそしたものの実戦でここまでの出力を安定させるとは思ってはいなかったのだ。そして変換、収束された魔力が輝きを増す。

帯状の魔法陣が複雑怪奇な状態から輪を作り、魔力が其処に集まっていく。後は、放つだけ。


「よし…必要出力確保!ジュエルシードNo.ⅩⅦ、封印!」
ハセヲの凛とした声が響き、一条の閃光がジュエルシードを貫く。細部まで精密なコントロールをされた魔力は無駄なくそのベクトルを揃えジュエルシードへ殺到、ほどなく封印に成功した。



「…予想以上にあっさりしているな」
ハセヲはまさに肩透かしを食らったと言わんばかりの表情だ。
「うん……まさかここまで消費少なくて済むなんてちょっと意外…」
それは私も同様だった。結構な魔力を消費していた封印が従来の半分程度の消費しかないのだ。まさか制御を任せるだけでこれほど効率化するとは夢にも思っていなかったので驚くのも無理はない。

だがここで疑問に思う事がある。なぜハセヲは『自分が引き出せる出力以上の制御が可能』なのか。普通なら制御能力と言うのは『自分が使える分だけの魔力の制御』さえ出来れば問題ないのである。だが彼の場合はそれを通り越すレベルでの制御をしている。これは異常だ。

だが現在それがどうして可能なのかは全く不明。測定ミスかと思ったが魔力量そのものの測定値に問題がないのだ。


考察をさらに進めようとしたところでアルフが合流する。が、その後方にはもう一人の捜索者と…



ハセヲとともにこの『世界』に辿り着いた少女の姿があった。


Side:なのは

…状況は最悪かも。向こうは既にジュエルシードを回収済み。しかも恐らくアトリちゃんの大切な人である『ハセヲさん』らしき人もいる。―― 見た感じ年的にハセヲ君でいい気がするなぁ。

「…あらあら、親切に言ってあげたのにねえ……いい子でないと、ガブっといくよってねえ!!」
黒衣の女の子の横にいたオレンジの髪の女性(ヒト)が姿を変え同色の毛並みの狼へと変貌する。
敵意を剥き出しにした鋭い視線が私に突き刺さる。

「…!なのは、アトリ。気をつけて、あれは使い魔だ!」
ユーノ君が警戒する。曰く『主により作られた存在であり魔力を供給されることで主を護る盾となり矛となる存在』とのことだ。たしかに魔力も感じるし一筋縄ではいかなそう。

「アルフ、待って…白い魔導師さん、君はどうしてジュエルシードを封印するの?」
黒衣の少女が狼を手で制し、問いかける。白い魔導師、というのは私の事なのだろう。アルフという名の使い魔らしい狼は「え?ちょ、ちょっとフェイト!?」と言って面喰っているようで…どうやら彼女にとって予想外の発言だったらしい。

意を決して杖を下げ前に一歩進み、口を開く。

「私は高町なのは。そこにいるユーノ君…ユーノ・スクライア君のお手伝いでジュエルシードを封印しているの。それがすごく危険なものだから封印しなきゃ危ないから」
「…そう、私はフェイト。フェイト・テスタロッサ。高町さん、私は母さんを助けるためにそれが必要なんだ…それを譲ってくれないかな」

「どういう…事?」
『ユーノ君、これってどういうこと?』
『いや、どうと言われても…恐らく彼女の母親はロストロギアの研究でもしているんじゃないかな。それにこれが必要、と』
『でもただの研究って割には大分焦っているように見えますけど…結構根が深い問題じゃないんですか?ハセヲさんっぽい人も何も言わず見ているだけだし…』
あ、やっぱり横の男の子は『ハセヲさん』なんだ、と思いつつ状況を整理する。

彼女の名前はフェイト・テスタロッサ。ジュエルシードを集めているのはお母さんを助けるため。それで信頼できるという『ハセヲさん』は彼に協力している…ということは納得できる理由があるということ。

暫く無言のプレッシャーの掛け合いが続いたが、それはため息をついたハセヲさんにより崩れた。
「あのさ、フェイト…話すのはいいんだが断片的に言っても伝わらないぞ。其処の…なのはだったっけ。俺は三崎ハセヲ。フェイトの協力者って事でいいか?あと…其処に居るのはアトリか?」
「!やっぱりハセヲさんで間違いないんですね!!探してたんですよ…ほんと、どこにいるかと思ったら…」
目に涙を湛え言葉に詰まりながら怒っているような喜んでいるようなアトリちゃん。ようやく探していた人と会えたのだ。胸が熱くなるのもしょうがないことなのだろう。ハセヲさんはハセヲさんでばつが悪そうに頭を掻いている。

「えっと、ハセヲさん「あぁ、ハセヲでいいぞ」んじゃハセヲ君、その…断片的ってことはもっと深い理由があるのかな」
「いや、私が話すよハセヲ。高町さん「なのはでいいよ、フェイトちゃん」…ええと、なのは。私の母さんが病気で、それを治すのにこののジュエルシードが必要なんだ。それに母さんは病気で部屋を出れなくて…それで私が捜索をしているんだ。そしてハセヲを元の世界に戻すためにもその力がいるんだけど。」

「ちょっと待ってくれ。その病気というのは一体なんなんだ?それにどうして治療にジュエルシードが必要と?それにどうやってジュエルシードから魔力をとりだす?」
間にユーノ君が割って入る。警戒は解かないのは証拠がないからだろう。今まで多くの人を巻き込んでいるためかすごくジュエルシードの取り扱いに注意しているユーノ君が厳しい態度をとるのはしょうがない事かなと思う。

「それは、母さんが必要って「症状は?それに伴う治療の内容は?安全に処理する施設は?」…ええと…それは、その…」
「ユーノ君、フェイトちゃん困っているよ…ねえフェイトちゃん、お母さんとお話しできないかな?」
ちょっと攻撃的なユーノ君に驚きつつも助け船を出す。フェイトちゃんはお母さんのためって言っているし詳しいことは本人に聞くのが一番いいと思うから。


「すぐに連絡っていうのはちょっと…」
「それじゃジュエルシードは渡せないよ。これは危険物、然るべき場所に然るべき処理をして保管されているべき品物なんだ。あいまいな理由では渡せないし、君が持つのも本音を言えば良くないことなんだ」
厳しくも、真摯な態度で話すユーノ君。それはお互いの安全を思っての事なのだろう。少しユーノ君も彼女を心配している節があるようだ。

「…なるほど、な。フェイト、とりあえずまた会う約束でもしておいたらどうだ?お互いに情報を整理する時間が必要だろ?」
ハセヲさんは今までの話を聞いたうえでそのような提案をしてきた。たしかにそれは正しいと言える。彼女はお母さんを助けるために、ハセヲさんは元の世界に戻るために。でもその情報はお母さんだけのもので、私たちにはそれを信頼するためのソースがない。
だからお互いに情報を整理して、直接フェイトちゃんのお母さんに話を聞く…うん、間違っていない。

「えーと、それじゃ…喫茶翠屋ってわかる?私の家族が働いているんだけど」
「翠屋?…もしかして隣町の翠屋か?ケーキがおいしいあの?」
ハセヲさんは凄く驚いているようだった。なんでも時々フェイトちゃんの為にケーキを買いに通っていたりしていたそうで…どうして今まで気づかなかったんだろう。単に運が悪かったのだろうか。

それからはとんとん拍子で話は進んでいった。私とハセヲさんは料理の話で、アトリちゃんとフェイトちゃんはハセヲ君の事で盛り上がって色々と話しこんでしまった。ユーノ君とアルフさんはお互い愚痴を言って黄昏ているようだったけど…


「それじゃ、今度そのおでん食わせてくれよ。なのは」
「うん、ハセヲさんも元気でね。今度はうちにも来てね!」
「フェイトさん、ハセヲさんをよろしくお願いしますね」
「はい、わかりました。ではまた今度」

そう言って別れる。
今度はちゃんとゆっくりお話ししたいな。フェイトちゃんも悪い子じゃないみたいだし…


Side:ハセヲ

なのは達と別れてアパートに帰る道すがらフェイトにある頼みごとを切りだした。
「フェイト、あのスクライアって子について調べられるか?」
「?どうしたのハセヲ。確かにあの子がなのはに魔法を教えたようだけど…」
「いや、やけにジュエルシードについて詳しいなと思ってな…管理局の人間じゃないとしたらあいつは何なんだろうなと思って」

ユーノ・スクライア。なのはのパートナーでありアトリの面倒も見ているという魔法使いらしきフェレット。だがジュエルシードが危険物だと知っているのなら、何故管理局に連絡して捜索隊の派遣を要請したりしないのか?そもそも彼はなぜジュエルシードを知っているのだろうか?

「…たしかに、気になるね。うん、私の方でも調べてみる。ハセヲは今まで通りジュエルシードの捜索を。アルフ、私がいないときのハセヲのサポートをお願い」
フェイトは腕を組み考え込んだ後、俺とアルフに指示を出す。盲信的にならず、情報を整理して動く事ができる程度には落ち着いたみたいだ。
とりあえず接触はできたもののまだお互いに信頼するほど信用を得ているわけじゃない。情報はどこでも武器となる。現に俺はオーヴァンを盲信して取り返しのつかない寸前まで行ってしまったのだから。フェイトの母親も何か隠しているようだしあのユーノとやらも腹に一物を持っているような気がする。

ともかく、アトリの無事が確認できたのは本当によかった。さすがに別れ際腕の中でぐずられた時は困ったものだが…


そこに意外なところから声が掛った。
「んー…あたしはあのユーノってのはハセヲが言うほど悪い子じゃないと思うんだけど…」
「?それはどうしてだ?アルフ」
「いや、あいつと話してたんだけどさ…こう、あのバ…隠しごとのある悪人のような感じがないんだよ。どっちかというと子供がなんとか自分の失敗を挽回しようと焦って…って感じかな。それに目を見てもハセヲほど捻くれたところはなさそうだしねえ」
「ふふ、アルフ最後のは余計だよ。ハセヲほど捻くれてる人がそんないるわけないじゃない」

――なぁ、フェイト。全然フォローになってねえんだけど…あぁ、心の汗が止まらねえ。
よよと目から滝ができている俺をほったらかしに二人の話は進む。翠屋のケーキは絶品だの牛丼ばかりでアトリの食生活は大丈夫かだの…後者に至っては最近までヒトの事言えないぞ、フェイト。

「まあ一応そのユーノ君の事は置いておいて。母さんへの連絡は…どうしよう。さすがに結果も出てないのに連絡してもなぁ…」
「?すぐに連絡すると何か都合の悪い事でもあるのか?」

そう言って軽く尋ねたつもりだったのだが…事情はかなり重い話だった。
フェイトの母親はずいぶん長い間病魔に侵され続けたらしく心も病んでしまったらしい。今では昔のようなやさしい顔もできないほどになってしまっているとか。アルフはヒステリックになってしまって使い魔の自分としては極力フェイトを合わせたくないだの…家庭内暴力に重病の母、重い。重すぎる。しかも親父はすでに故人と…

「……どうするか?ちょっと話を聞く限りじゃこっちも覚悟決めていかないと大変なことになりそうだが…」
「うん、ごめんハセヲ。病気さえなかったら母さんも歓迎してくれると思うんだけど…」
「お前が謝ることじゃねえだろ…なのは達に聞いてくるって話した手前、やっぱり覚悟決めるしかないか」
ハァ、とため息をつく。フェイトは私だけでも行こうか、と言っているがそんな状態の親元に一人で行かせるなんてそれこそあり得ない。重々フェイトには一人で決して行かないこと、行く時は三人そろって行くことと言い含めておくことにした。

そのあとアルフとこっそり念話で話し合い、帰りがけのスーパーで温泉の素を購入してフェイトに入れなかった温泉を気分だけでも味あわせてやろうと決め、三人そろって遠見の家路へと就いた。





あとがき

変更点:ハセヲの精神年齢を高校レベルに引き上げました。これにより温泉街での戦闘が消滅しました。またハセヲにフェイト宅の重い家庭事情が知らされました。
これにより原作から乖離しifルートに突入します。過去の当作品とはまた違った流れになります…ご容赦を。
ちなみにこれは前々から思ってたことで…無理にハセヲとアトリを戦わせなくてもいいじゃない?と。んでやるならちゃんと舞台を(ry



…DVに重病でバツイチな母、なにこの昼ドラ。




米返し
>>蒼蛇様
そうですね、概ねそうなります(オィ
まあ、パワーアップは必然ですし…ただそれだけとは限りませんよ?
あと、一応フェイトは『嘘は』言ってないんですよねこれ…プレシアが何を目指しているのか知らないわけですし。

では次回に続きます。



[19887] Vol.6 : 桜咲
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/07/03 16:35
緩やかなようで、走る様に過ぎ去る日々。
夢はいつの日か思い出へと変わってゆく。


Vol.6 : 桜咲


Side:アトリ

日下 千草はいたって普通の高校生であった。
活発であり、どこにでもいる、そんな女子高生であった。

そう、『普通の高校生』だったのだ。


事は中学時代に遡る…




ほんの軽い気持ちで、ただ皆が笑えるように。そう思い苛められていた子を助けようとした事がきっかけだった。

その日から、友達と思っていた人の矛先は私に向けられた。

人の苦悩は、その人にしか知りえない。

私の苦しみを知るのは私だけ。私を助けてくれる人なんて誰もいない。

苛めっ子と分かりあおうとした。

髪も染めた。ピアスも開けた。同じようになろうと、いろんな事をした。


でもだめだった。溝は深くなるばかり。いつしか何もかもが嫌になり、私は扉に鍵をかけ、窓を閉めた。

そうして『外』から目をそむけ、ネットという「内」に閉じこもった。



その中で、私は榊さんと出会った。

榊さんは当時の私にとって『全て』であった。
私の痛みを分かってくれる唯一の人。
私のことを何でも知っているような人。
すごく親身になってくれて、私のために叱ってくれて。褒めてくれて。

榊さんに『The World』を教えてもらい、ギルド『月の樹』に入った。

何かに属していないと不安だった。誰かが傍にいてくれないと駄目だった。嫌われるのが怖かった。

いつしか私は考える事も放棄していたのかもしれない。狂信的に『月の樹』のメンバーとして振舞っていた。


『皆が笑っていられる世界』


何も考えず。ただ信じた。そして――――



私は、裏切られた。



――― 懐かしくも悲しい夢を見た。

朝、日差しが私一人だけの部屋を照らす。

歯磨きして顔を洗う。寝癖や髪の手入れもしないといけない。「この体」にはだいぶ慣れた…・とは思う、まだこの小ささはどうにもうまくいかないものだけど。

背伸びしてタオルを取る。この年で一人暮らしと言うのはなかなか辛いことは否めない。

朝の朝食はトーストとハムエッグ。どうせ食べるのは一人だし気張って作るのもなにか寂しい。一応お弁当用に玉子焼きとたこさんウィンナーも作って準備。

かつては両親もいたが共働きで夕食はいつも一人さびしく食べていた。あの頃もそういえばネットという小さな窓以外は一人だった。

――― まあ、ブンちゃんとか動物たちが癒しだったかなぁ。あの子達ちゃんと世話してもらっているのだろうか。


…・後ろを向いていてもどうしようもない。今この現状をどうにかする以外今の私に選択肢はないのだから。

そう。今の私はあのころとは違う。ハセヲさん達と出会い、戦いの中で、本当に分かりあうという事を知ったから。だから――――



支度を整えバス停へ。なのはさんは…いた。また無理して捜索していたのだろうか。すこし顔色がよくない。

「なのはさん、また無理しましたね?」
「あ、あはは、いやー少しだけ探そうと「また無理して…魔法だって万能じゃないんですよ?」……ごめんなさい」
軽くため息をつき周りの人に気づかれないよう回復魔法、ラリグセイム(Rig Seam…単位時間当たりに回復する継続魔法で瞬間回復量は劣るものの総回復量と消費効率に優れる)をかける。

なのはさんはにゃはは、と言いながら申し訳なさそうにしている。これで今日の授業中居眠りと言う事はないだろう。私はしっかり睡眠もとっているし午後の捜索分の魔力も保持している。


まあ、こうなる事が予想済みだったというのもあるのだけど。


なんだかんだ言いながら待っているうちにバスが来る。向かうのは最後部の座席。

「なのはー!まーたアトリちゃんに迷惑かけたんじゃないのー?」
「もー!なんでそういうこと言うのかなー?」
「ふふ、顔色に出てるよ、なのはちゃん」

聞こえてくるのは明るく元気のいい声とちょっとおとなしい感じの優しい声。
そう、すずかさんとアリサさんが待っている座席だ。


他愛ない話をしながら学校へ。そう、今日もまた一日が始まる。

『日下 アトリ』の一日が。


授業は退屈。というのも一度私は小学生を『修了』しているから。それに体は小学生でも頭は高校生…なるほど、某探偵の気持ちが嫌と言うほどわかる。

とりあえずあまり目立たないようにしているけど、どうしても勉強での差ははっきりと出てくる。おかげで宿題やテストで問題が出ると私に来る子が後を絶たない。先生方は秀才だの神童だの褒めているようだけど実際これチート…だよね。まあ本当は高校生ですとか口が裂けても言えないけど。

なんだかんだ質問責め(と言うより宿題やテスト関連の協力要請)が終わり、昼休み。なのはさん達とお弁当を持って屋上へ。


「ねぇ、アトリちゃん。今度の宿題どうする?HRで言ってたやつ」
「え?えーと…HRの宿題なんだっけ。あたしぼーっとしてて聞いてなかった」
「アートーリー?アンタ頭いいんだけどそういうとこちょっと抜けてるわよ?もっとしっかりしなさいよ。」
「まぁまぁアリサちゃん、アトリちゃんだってそういう時あるよ、うん、ときどき…たぶん」
ちょっとすずかさんが言葉を濁したのが気になるが…うん、まあ、自覚はない事もないし、ね。
それにしても本当に何だったっけ。算数の宿題とか国語の宿題ならもう昼休み時間や授業中片手間でやってたんだけど。

「あーもうアトリ、将来の夢よ将来の夢!アンタ頭いいんだからそれこそ大手だのいいとこ行けるんじゃないの?」


――――将来の夢


…困った。正直あんまり考えていなかった。
昔は自分の事と言うか『現在』で手いっぱいだったし…うーん、まあお嫁さんくらいしか考えてなかったのかも。

「なのはちゃんはどうなのかな?参考程度に聞かせてくれる?」
「え、えーと…わたしは…まだ分からないや。そんな頭もいいわけじゃないし」
「ナニソレ嫌味?算数は私よりも成績いいくせにー!」
お茶を濁そうとして見事に失敗したなのはさん。アリサさんに頬をつねられて涙目になっている。

現在の成績では殆どの科目において私がトップ。同位でアリサさんが続き数学のみなのはさんが私とトップタイ。すずかさんは僅かに点数が下がるが3番手で続いている。

私達はクラスのみんなから才媛組と言われているが…私はチートだから成績いいのは当たり前として他の三人は地の能力でこの点数…間違いなく正真正銘の「秀才」だ。

「え、えと…んじゃアリサさんやすずかさんは?」
「ん?あたし?あたしは後を継がなくちゃいけないしね。このまま進学を続けて経済学部、まあ経営学とか学んで小さい事業からついで行こうと思う」
「私は工業系かな。やっぱり大学に進学して…んー機械工学かな」

なのはさんを弄る手を止め真面目な表情で話すアリサさんと落ち着いた様子で話すすずかさん…この子達は本当に小学生なのだろうか。実家が大企業や名士とはいえこの年で明確なビジョンを持っているというのは正直すごい。まだ花屋さんやお嫁さんとかの方が子供らしいけどここではこれが普通なのかな?

「す、すごいね…私はどうしようかな」
「?それだけ勉強できるのにきまってないとか勿体ないわよー。せめて文系理系くらい決めたら?アトリは園芸とか動物が好きだったっけ」
「うん、そうだけど…」
「んじゃ農学部ね。あとは獣医とか目指してみたら?あ、バイオテクノロジー関連もいいかもね。花屋さんもいいかもしれないけどアトリくらいの能力あるならもっともっと大きなとこ狙えるわよ」

じゅ、獣医に遺伝子工学ですか。農学部獣医学科とか結構難しいんだけど…

「そ、それはちょっと「うん、確かにこのまま頑張ればアトリちゃんいけるかも」え、えぇぇ…」
すずかさんもそれに賛同してしまった。正直私にとってはかなりきつそうなレベルなんだけど…

「なーに緊張しているのよ。アトリ、時間はまだあるんだから目標は高めでいても問題ないと思うわよ。これからどうとだってなるんだから!」
そう言って胸を張るアリサさん。正直小学生とは思えない発想と思考力だと思う。パイさんや揺光さんと気が合いそうだな……

「なのはちゃんも、まだ時間あるし色々考えてみるといいかも。まだまだ私たち若いんだから、ね」
そういうすずかさんは周りを大事にしているけど自分の意見もはっきり告げるタイプ。そう言えば三人が出会ったのは喧嘩が切っ掛けだって前話してくれてた。
相手を立てて自分もその上でちゃんと立場を維持している。すずかさんは楓さんだね。いいお嫁さんになるんだろうなぁ。

「そ、れ、と!なのは最近ぼーっとしすぎ。なーんか夜更かしでもしてるんじゃないの?」
急に矛先を変えられて横でお茶を飲んでいたなのはさんが吹き出す。アリサさんはその余波を食らってしまったらしく実にイイ笑顔をしている…なむなむ。

「アトリちゃんは何か知らない?どうもなのはちゃん最近思いつめた感じだから…」
「うーん、これと言って特に…まあ無理しないよう見張っておくね。」
横で繰り広げられる地獄絵図を見て見ぬふりしながら会話を続ける。

―――アリサさん、プロレス技というか寝技はやめた方がいいと思う。色んな意味で。あぁ、また回復魔法掛けてあげないといけないかな…


その後3カウントを取りエイドリアーンとか叫んでいるアリサさんを横目になのはさんに回復魔法リプス(Repth、体力や傷を応急治癒する初歩回復魔法)をかける。アリサさんにツッコムべきかどうか考えたけどボケ倒しのままにしておこう。すずかさんもスルーしているし。


あとはいつもと同じく下校、捜索…日課をこなしてなのはさんの家へ。

なのはさんのお父さん…士郎さんの好意で夕食は高町家でお世話になる事になった。喫茶店を営む高町家の料理はおいしくできればこのまま居候したいものだけど…あまり迷惑かけるわけにもいかないしそれは我慢している。

その後別れて帰宅。宿題に関しては粗方学校にいるときに済ませているのでだいぶ時間が空く。

そしてなのはさんには秘密にしている特訓を始める。


そう、『碑文』のコントロール練習だ。

現在『共振』は出来るようになった。これでハセヲさんが近くにいた場合場所を割り出す事が出来る。だが碑文のみの念話は口で話す方が早いほど距離を詰めないと出来ないらしい。

それでも『碑文』の存在を再確認できたのは大きい。共鳴もしていたようだし『憑神』を扱うまでには相当な時間が必要だろうが、できる可能性があるのとないのではあまりに大きな違いがあるのだ。

この先何があるか分からない。『憑神』が使えるレベルまで覚醒させておく必要がありそうだから…


日課を終えシャワーを浴び着替えて眠る。そして日下アトリの一日はおしまい。

なのはさんが深夜無理しているようだけど…正直止めても無理だろう。なら私は回復魔法をかけて無理して倒れたりする事がないように、ね。



Side:???

薄明かりの蛍光灯が照らす乱雑な研究室に一人、擦れてボロボロになった椅子に腰かける。もともとは整理されてあった机も今は多数のレポートで散乱しており嘗ての美しさを失っている。
論文も昔ほど精緻な字で書かれたものではなく、コピー紙に乱雑に書きなぐっては消し、書きなぐっては消して丸めて捨てて…そんなことを繰り返してできたものだ。丸める工程のおかげで床が紙屑で埋まった時はさすがに反省したものだが。

おもむろに引いた机の引き出しの中にはまたレポート。そしてその中に無造作に置かれた薬――もう今となっては効いているのかどうかさえ分からないものだが――を見つけて一人自嘲する。
その奥から目当てのレポートとバインダーを引っ張り出し、内容を確かめては手元の新たなレポート用紙に必要な箇所を書き写していく。

そんな作業を三十分ほど繰り返し、私は喉元よりせり上がる鉄の味を感じタオルで口元を覆う。折角まとめたデータを血で汚すわけにはいかないのだ。

出血と動悸が収まった後、だれも来るはずがない部屋の中で一人天井を仰ぐ。口元に着いた朱は拭い去られており、後には蒼白な能面が残るだけ。
血の気の失せた指で棚に置かれた箱から注射器と薬…否、最早麻薬に近い痛み止めを取り出し腕の静脈にそれを打つ。
これを打てば肺の痛みも若干治まるのだが集中ができなくなる…これで今日の作業は強制終了。


――あぁ、何処で間違えてしまったのだろうか。

――失われた秘術を求め数多の世界を渡り歩いた。

――汚い事もした。到底人のすることじゃない業も背負うことになった。

それでも私はやり遂げなければならない。

全てはあの時に、あの実験の時に。

あの時私はあの神秘の地、万能の世界を見た。

だが私は手が届かなかった。それどころかこの忌々しい呪いを受けてしまった。

この呪いのせいで私は、私は、わたしは――ワタシハアノコヲコノテデ――…・

アァァアアアアアアアァァァァァァッ!!!見せるなッ!!!!あの光景を!!!!!!私にあの光景を思い出させるな!!!!!!!!忌々しい悪魔め!!!!!!!!貴様さえ!!!!!!貴様さえいなければあの子は!!!!!!!!!!!!!


貴様のおかげで力を得た。この力でまたアルハザードへの道が拓くだろう。アルハザードにさえ辿り着けば、私はあの子を――ソレハホントウニ、カ?――取り戻せられる。そして忌まわしい貴様を――チカラヲノゾンダノハ、キサマジャナイノカ?――切り離し封じる事が出来る。

貴様にかけた何重もの高度な封印も今や風前の灯か。だがあの子を…あの子の笑顔をもう一度見るまで――アノコガワラウトオモウノカ?――私は絶対に死ぬことは許されない。私の償いを――ツグナイナンテデキルノカ?――終えるまで、決して。


ロストロギア・ジュエルシード。歪んだ願望器。あれをこの手に集めればなんとかなる。

それにしてもあの人形はいつまで手間取ってイル?早ク、早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク――早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク――早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早ク早クククククク


……時間が、無い。私はここを動けない。この場所そのものが封印のために作ってあるようなものだから。


いや、正しくは作り変えた、か…

人形め、時間がないのに何をしている。次はどうするか、――コワシテアタラシクツクリカエ――費用がない、ダメだ。アレしか今の手札はないのだ。






急いでおくれ、私の人形。私が私で――『ワタシ』ハ『ワタシ』ダ――いられるうちに。







数分後、正気を取り戻し私はまた自己嫌悪に陥りかける。折角まとめたレポートも散乱してしまっている…まあ、通し番号を打っているのでなんとかなるとは思うが。

足元には、錯乱した際にあらしてしまった他のレポートもあった。その中に嘗て自分が携わったプロジェクトの論文が混ざっているのを見、苦笑しながらそれをとる。


このプロジェクトは…これはすでに終わった一抹の夢なのだ。だというのに『上』はまだ固執するのだろうか。
新型の大型魔力駆動炉開発…そうは銘打ってあるもののある意味これは不可能の挑戦とも言えるプロジェクトでもあった。

多数の高性能インテリジェントデバイスの並列動作による高濃度圧縮魔力炉のコントロールシステム開発。それに伴う並列回路の構築ならびに炉心の鍛造…

あぁ、あの頃は無茶をやらされたものだ。翌日までに主機の出力向上に関する論文の提出を強要されたり論文発表の直後に外回り…さらにそのあとは宴会のコンパニオンじみた事もやらされた。

それでもただ、家族で幸せに笑っていられれば良かった。それだけだったというのに。

結婚、離婚、元夫が交通事故で死んで相続だの何だの揉めて…バツイチになって子供だけでも不自由させまいと思った矢先に今度はどん底に突き落とされた。体も病んでしまったしもし神がいるとするならばその神は私をどうしたいのだろうか?

進行も予想以上だ。これは少々手荒い手を使ってでも急かさないといけないのかもしれない。足がつく危険があるが…間に合わないよりましだろう。


あぁ、本当に何処で…何処で間違ってしまったのだろうか。

適当にその辺に散らばる論文をかき集め、種類ごとに振り分ける。薬で呆けた頭でもそれくらいはできるのだ。

10分ほどで論文を元のバインダーに挟み込み、すでに冷めてしまったであろう紅茶を啜る。


芳醇な香りとは裏腹に、それは土の味がした。





後書き
さて、過去作とほぼ改変のないアトリの日常編及び加筆しまくって変質したある人物の現況でした。日常編は難しいです。人の心の機微は本当に美しく描けないものですね。

あと劇場版は行けませんでしたがパンフなどを友人に見せてもらいました。

…ハセヲに彼女は救えるのでしょうか?というより彼女は他人により救いを得られるのでしょうか…


では返答を。
>>黒宮様
お久しぶりです、当時のコメントは今の活力になっています…自分のミスで消してしまい本当に申し訳ございません。
フェイトにハセヲの魔法、ですか…G.U.の鎌の技は基本的に『思いっきり振り回す』至極シンプルな全周囲攻撃なもので…むしろ通常攻撃に使えそうなものがありますね。アークセイバーの派生形が。

>>F-Taka様
管理局だとハセヲの年齢でもアウト来そうな気がするんですよねー。ただハセヲが居る理由が拉致同然であるということがあるのでフェイトが庇えば情状酌量の余地がありそうですが、ハセヲはそれを許さないでしょう。自分も法律関係には詳しくないのでそういったご意見はありがたいです。今後管理局サイドと絡ませるときの参考にさせていただきますね。



[19887] Vol.7 : 奔走
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/07/04 13:33
G.U.

_ Guilty Universe _....

……

……_Grave of Unknown_.....?


Vol.7 : 奔走


Side:ハセヲ

………………

……で……ね…

…か……ほ……

…と……セヲ…き…


「ハセヲ、大丈夫?」

「…!?のわ!!??っとと…」

―― いけね、疲れてるのかな…・こんな時に居眠りとか。

「ああ、すまねえ…・ちょっと疲れてたみたいだな、悪い悪い」

はっと我に帰り苦笑いしながら眉を顰めるフェイトに謝る。
時刻は4時半過ぎたところ。まあ出歩いてても学校の帰りとかで処理できる時間帯だ。
そして俺は今フェイトと二人で公園で休んでいる…・まあ、他意はない。


それにしても…みょーにリアリティのある夢だった。なぜかなのはとかまで出てきて…あとは顔も名前も知らない奴だな。もう思い出せないが。

それにしても…


……あの胸があんなサイズに……


…!いけねえ、何考えてるんだ俺は。小学生相手だぞ、冷静に考えろ…・いや待て朔も小学生いやいやいや何を考えてるんだ!!

「…ハセヲ?どうしたの?顔赤いけど……」
そう言いながらフェイトは心配そうに頭を抱える俺の顔を覗き込んできた。

…単に心配するだけの純粋な瞳がじっと見つめる。邪な考えの浮かんだ自分が恥ずかしくなって更に頬が朱に染まるのが分かる。

「い、いや、大丈夫だって!気にすんな!!ま、まああれだ!買い出し行こうぜ!飯の材料切れてただろ」
「いや、ハセヲ、また赤くなってるよ?…無理してるんじゃない?大丈夫?」

だから、その目に見つめられると、どうも居た堪れなくなるんですハイ。

するとフェイトはそっと瞳を閉じ、顔を近づけてきて額と額を合わせてきた。


―― いやいやお約束にしてもそこは手だろ!?なんでいきなり頭と頭!?


「ん…熱はないみたいだけど…今日は早めに切り上げとく?」
少し顔を離してフェイトは俺の顔色を見ながら問いかけてくる。

いかん、これは…来るものがある。

単純にフェイトのステータスは高い。キャラにしても単純に顔は可愛いし性格も純情、クールっぽく見えるけど天然、さらにすごく甲斐甲斐しい所もある正に良妻…いや待て最後のやっぱおかしいだろ。

そんなフェイトにこうも(無意識にだが)迫られると…分かっちゃいるけどどうも体が強張ってしまう。

「…むぅ、そこまで言うなら仕方ないなぁ……あ、猫だ」
フェイトの視線の先には気持ちよさそうに伸びをしている三毛猫がいた。

「ん…フェイト猫好きなのか?」

「いや、別に特にとかそういうわけじゃないよ…・あ、おいで」
フェイトの視線に気づいた猫はこっちに近づいてくる。とても人慣れしているらしく撫でてくれと言わんばかりに見上げて愛用を振りまく。

「よしよし…んー、いい子いい子……」
フェイトはしゃがみ込むと猫を撫で始める。猫も気持ちよさそうに喉を鳴らしている。そんなフェイトの横顔はかつての冷たい色などどこにもなく…・穏やかな笑顔がそこにあった。

「…やっぱ、お前には笑顔が似合うと思うぜ」
「?ハセヲ、なに?」
「いや……なんでもねえよ。」
幸い聞こえていなかったらしい。俺は空を見上げる。


茜色。かつていた世界でも何度も見上げた空の色。あの『世界』だと…グリーマ・レーヴ大聖堂の空か。
懐かしい夢と仲間達。そして今ある仲間…いやもう友達か。

考えているうちに猫は満足したらしくぷいとそっぽを向いて向こうに行ってしまった。フェイトも満足できたようだし別に残念そうといった体ではない。
ふっと笑うとフェイトに声をかける。今は向こうに戻る事もだがもう一つの気がかりを解決しないといけない。

俺のために。そして俺の昔と、どこか似ている少女のために。


Side:フェイト

緩やかに夕暮れの日が沈む。辺りは夜の帳が下りてきたようだ。うす暗く、行き交う車の明かりもちらちらと見える。


時間が、過ぎていく。


私には時間がない。お母さんの『時間』がもう残り少ないからだ。
優しいお母さん。病魔に蝕まれてしまったお母さん。庭園から出られなくなってしまったお母さん。

今の私にできる事。それは一刻も早くジュエルシードを集めてお母さんの願いを叶える事。


でも


ハセヲといる時間も楽しくて

ジュエルシードが集め終わったら彼もまた元いた場所に戻る事が怖くて

私は、どうすればいいんだろう。

ハセヲと別れたくない。でもそれは私のエゴ。私の『願い』でハセヲは両親とも友達とも引き裂かれこの世界に来てしまった。


私が彼にできる事って何だろう。


少なくとも、彼を元いた場所に戻す事…これだけは果たさないといけない。でもそれは当然の義務で…

優しくしてくれる彼にできるお返しって、何だろう。


御伽噺にも終わりはある。彼と私の物語だって、いつ終わるかわからない。彼がそれこそ願えば元いた世界へと戻るかもしれない。

まだ、終わらせたくない。でも、少しでも早く終わらせないといけない。

私は、どうすればいいんだろう。


そう考えているうちに行きつけのスーパーに辿り着く。彼と二人。周りから見れば幼馴染かな、彼とは髪の色も目の色も違うし兄妹には見えないか…

ぼーっとする私に彼が声をかける。ん、と小さく答えてスーパーの中へと入っていく。

効きすぎている空調が少し肌寒かった。


Side:なのは

既に辺りも暗くなって、私とユーノ君はこっそり街を散策中。

ジュエルシードはいつ発動するかわからない。だから私は今ほんとはいけないけど街に出かけている。先生いないといいんだけど…

街の夜空は暗く星は見えない。明るすぎる月とネオンが眩しかった。

―「ねえ、アトリちゃん聞こえる?」
―「はい、聞こえてますよー、そっちはどうですか?」
―「にゃはは…見つからないよぅ。そっちも?」
―「ええ、残念ながら。とりあえず時間も押してますし合流しましょう。いつもの公園で」

念話での作戦会議を終えふぅ、と小さくため息を吐く。

ジュエルシードは平時殆ど…いや、全くと言っていいレベルで魔力を発しない。それは制御に優れるはずのアトリちゃんですら発見を困難にするものなのだ。
故に、人力で目で見て発見するしかない。それか発動しかかっているときの魔力漏れから探り当て即時封印を施すか、だ。

「儘ならないね、ユーノ君…」

「仕方ないよなのは、僕たちは僕たちにできる事をしよう。それにあまりなのはも遅くまで探していたら流石に恭也さん達にも怪しまれるよ。」

あの兄の事だ。もう既に勘付いているけど黙って様子を見ているだけかもしれないと思いまた小さくため息を吐く。まあ勘付いて止められたとしても止める訳にいかないけれども。


―― これは、私がやり抜くって決めた事だから。


そして公園に足を向けようとした刹那…魔力を感知する。


だがそれはジュエルシードのものではなかった。


更に言うとフェイトのものでもアトリのものでもない。アルフでもユーノでも、ハセヲでもない。






紫がかった黒い魔力。





プレシア・テスタロッサの魔力だった。






Side:ハセヲ

「どうなってるんだ…・!!!」

フェイトからお母さんの様子がおかしいと聞いて計画を前倒しに会いに行くという話になり、ゲートを開こうとした矢先のことだった。

突如『向こうから』強引にゲートが開き、魔力の奔流が空に流れ出したのだ。

フェイトは紫黒の衝撃で吹き飛ばされたが、すかさずアルフが背に回り受け止め傷は一切なかった。

だがその瞳は驚愕にに見開かれ、口からは母さんという声が焦りの色濃く吐き出された。


そしてその言葉を聞いたハセヲも色を失う。母さんと言うことはこの魔力は彼女の母親のものと言う事…・そして今の状況はすなわち。


彼女の魔力の暴走。


しかし魔力の奔流はすぐに収まる。そしてゲートは向こうから強引に閉められた。
フェイトが焦りながら向こうに連絡を取ろうとするも向こうは一切の干渉を受け付けない。ただ留守電の録音メッセージのように「こっちは大丈夫よ、フェイト」という念話が帰ってくるだけ。

そして門を開こうと躍起になってる彼女を余所にもう一つの魔力を探知する。


ジュエルシード。

「フェイト、いまは…今はジュエルシードの封印に行くぞ。ゲートは無理だ。今は開きそうにない」

「な…!?そんな!?お母さんは今どうなってるか分からないんだよ!?きっと…きっと病気が進行してそれで…・!!」

今のフェイトは完全に我を失っていた。目は虚ろで焦りばかりが先に行く。その足取りもどこかおぼつかない感じだった。

そんな彼女であるが、門の制御だけは完璧だった。だがそれでも門は開かない。

アルフもまた彼女の手伝いをしているが全く門は開く気配を見せない。固く閉ざされた門からは最早念話さえもつながらなくなっていた。

「…ダメ、ならハセヲと私の最大出力でなら…!!」

「だ、ダメだよフェイト!そんなこと強引な事したらここら一体全部吹き飛んじまうよ!それにあたしたちだってどうなるか…!」

アルフの警告にそれでも、と彼女は声を荒げる。もう見ていられない有様だった。


「…フェイト!!しっかりしろ!!!!」


フェイトは俺の声にびくりと肩をふるわせ、涙に濡れた瞳を向ける。充血した瞳には彼女の焦燥と恐怖の色が色濃く映し出されていた。

「フェイト、落ち着け…今このゲートは開かない。そして今ジュエルシードが発動した。俺たちの仕事は…ジュエルシードの封印だ。今はこっちを優先させよう」

「でも…でも母さんが「フェイト…駄目なんだよ。俺でも三人がかりでもこの門は…この門は今は開かない。でも今は、だ。何か強力な力で向こうから押さえつけている感じ…フェイトの母さんは今は会えないって言ってるんだ。なら今は俺たちにできる最善を尽くそう」…そんなこと「今は!だ、フェイト…今は、駄目なんだ…」…う、ん…」

俺の説得に力なくフェイトは首を縦に振った。そして何度も…何度も振り返りつつジュエルシードの発動場所へと向かう。


―― 俺は、何をやっているんだ…!!!


歯噛みする。血がにじむほど、強く。

たった一人の肉親の危機に向かえない彼女の境遇に。

そして彼女を…ジュエルシードの封印へ半ば強引に連れて行く自分に。


Side:なのは

「さっきの魔力…何だったんだろう?」

「…分からない。でも今の衝撃でジュエルシードが発動したみたいだ…いこう、なのは!」

私の疑問にユーノ君は眉を顰めなから答える。そして今なすべきことは…

―「アトリちゃん、大丈夫!?」
―「こっちは大丈夫です!それよりジュエルシードの発動を確認しました!そっちは場所わかりますか!?」
―「うん!大丈夫、分かってる。向こうで合流しよう!」
了解、と言う返事とともに私はバリアジャケットの展開、ユーノ君は結界を発生させる。
これで多少暴れても被害はもとの世界に出ない筈だ。

「事態が読めないけど…今は!」

レイジングハートを確と握りしめ、速度を上げる。向かう先には発動し今まさに事象を引き起こさんとするジュエルシード。


――砲撃用意しながらじゃ間に合わない!!


速度を上げつつ同時にレイジングハートをシーリングモードに、直接叩きこむことで術式を簡略化、魔力の塊をぶつけて止める。


そして向かう正面には、金と黒衣の魔法少女。


「…フェイトちゃん!!!」

その声に反応せず彼女もまた高速で向かってくる。このままだとジュエルシードを挟んで衝突…だが彼女の瞳は『何も映してなかった。』

そして、高速で引き合うかのように突き進む桜と金色の流星は、凄まじい衝撃と共に正面から激突した。


「っくうううううううううう!!!!!」

「……なの、は!?なんで…!?」

虚ろだった彼女の目に光が灯る。バルディッシュとレイジングハートの間には、発動寸前で宙に浮かぶジュエルシード。

「フェイト、ちゃん!どうしたの!?何が…あったの!?」

ガリガリと言う何か嫌な音を立てるデバイス。そして彼女はどうやら…無意識的に突っ込んできたらしくジュエルシードの魔力を反射的に抑え込みながら事態を把握しようとしているようだった。

当然、わたしの質問に答える余裕もなく。

「あ、え、あ…・!!!??」

彼女の言葉が続く事はなかった。


臨界状態で過剰に魔力を押しこまれたジュエルシードはさらに輝きを増し。


光の奔流と共に砕け散った。


Side:アトリ

――間に合わなかった!?

目の前で起きる爆発的な光。そこには金色と桜色の光があって…

彼女の親友の姿があった。

そして、爆発が収まった先には力なく倒れている二つの影。

「…!なのはさん!!」

回復魔法を詠唱しながら急いで彼女のもとへ向かう。とりあえずもう一方の…フェイトさんの回復も兼ねて範囲回復魔法≪Lau Repth≫――ラウリプス、範囲選択型回復魔法、回復量魔力量ともに中――を即座に唱える。フェイトさんはフェイトさんで心ここに在らずといった有様なのが気になるが…

「…あ、アトリちゃん、ごめん。ジュエルシード消えちゃった……」

ボロボロになったレイジングハートを杖のようにしながら立ち上がるなのはさん。その姿はとても痛々しくて…その時の衝撃がどれほどのものだったのか如実に物語っている。

対してフェイトさんも同じく傷はそう浅くないようで後から追い付いたアルフとハセヲさんの肩を借りて辛うじて立っている状態だ。

「フェイト、ちゃん…どう、したの?…全然、前と違うようだったけど…」
「ごめん、なさい……話す、余裕がないんです…」

心配して声をかけるなのはさんに対しフェイトさんはただ頭を振って茫然としていた。

「…私からも、聞きたいです。ハセヲさん…どういうことですか?」
「………フェイト…「…ハセヲ、フェイトの代わりに話してやってくれないかい?あたしらの事情も知ってもらった方がよさそうだし…あんたなら当たり障りのないよう話せるだろう?」…あぁ、フェイトの母親の病気が悪化したらしい。それで……」

今にも泣きだしそうなフェイトさんの肩を支えてあげながらハセヲさんは苦々しく事情を説明した。


予想より事態は深刻らしい。ハセヲさんとフェイトさんはフェイトさんのお母さんのいる場所にゲートがつながり次第すぐに行くとのことだった。ユーノ君は難色を示したが私となのはさんもお見舞い、ということで同行することになった。

「アトリ、なのは…今は……今はそっとしてやって貰えるか?」
「…だね、僕もそう言おうと思っていた」

後ろから声がかかる。封印で遅れたユーノ君だ。フェイトの母親が『表』に立てる人間じゃないのを察知しており、彼女の居場所に行くことの危険性を最後まで懸念していたがバリアジャケットを展開した状態でなら、と了承した。

「さっきの彼女の様子から察するに…ただ事じゃないのは分かるよ。なのはもレイジングハートも怪我が酷いし…帰って治療しないと」

優しくなのはさんに寄り添い声をかけるユーノさん。その声になのはさんは苦笑いと共に大丈夫、と答えた。

「すまないな、フェイトも焦ってなのはの事が目に映ってなかったようだし…とりあえずゲートが安定したら連絡する。学校があるのなら放課後に来てくれるか?」

そういってハセヲさんはユーノさんと合流場所について話をしているようだった。
フェイトさんのお母さんの容体も気になるが…今は怪我をしてしまった二人の治療を優先しよう。デバイスの損傷は両者とも自己修復で治せるとのことだったけど…

Side:アルフ

あたしは静かに歯を食いしばった。

今回のミスはあたしにある。そう、事もあろうにあたしはフェイトの先行を許してしまったのだ。フェイトが普通じゃない状態だと分かっているのに。彼女の焦燥はあたしにも確と伝わっているのに。

フェイトは今、ハセヲの腕の中で気を失っているようだった。むしろそれは好都合…今のフェイトは戻るなりなんとしてでも門を開けようとするに違いない。それこそ自分の体がどうなろうと構わずに。

あたしはあの子をあの親のもとに行かせたくはない。それはあの子が行ったらどういう事が待っているか分かっているからだ。きっと…きっとハセヲもあたしたちの話よりひどい現実を見れば激昂するだろう。ハセヲはあの親よりも優しくフェイトと接してくれている、今のフェイトにとってかけがえのない人になっているのだ。

そんな彼に、事実を伝えるのが怖かった。それこそ…それこそ彼女を傷付けてしまうかもしれない結果が待っているのだ

だから、今まで黙ってきた。フェイトからもあの事は黙っていてと言われているのもあるのだが…

そろそろ、話すべきなのかもしれない。彼女の真実を。彼女の『本当』の境遇を。彼女の家族を。

でも今はフェイトを休ませてあげる事…フェイトの体が一番大事なのだ。

そう思い、あたしは回復魔力に集中する。アトリがある程度回復をかけてくれたおかげで目に見えた傷は大分癒され、フェイトを運ぶのをハセヲにしてもらっているため私は全力で回復に魔力を充てられる。


―― 帰ったら念の為の包帯、お風呂の用意とベッドやら着替えの用意、急がなくちゃね…

今できる最善を思いあたしは奔る。大切な主のために。


Side:フェイト

夢を見ていた。
私と母さんと、そしてハセヲ。
三人で、笑っている夢…綺麗な花畑と草原と、澄み渡る青空の下に紫と銀と金色と。
私が花冠を作って、それを母さんとハセヲに。
母さんは笑顔で私の頭を撫でながらありがとうって言ってくれて、ハセヲは恥ずかしがりながら小さく「ありがとよ」ってそっけなく言って。

そして3人で母さんのお弁当を食べる。どこまでも続く色とりどりの大地の上に座って。


…静かに、瞼を空ける。

体が鉛のように重い。それに頭痛も酷く正直起きれる状態じゃなかった。

そして一際ひどい頭痛と共に昨日の光景がよみがえる。

凶報、そしてジュエルシードの発動、あの子との衝突と砕け散ったジュエルシード…そしてバルディッシュ。

そこまで思い出して軋む上体を無理やり起こす。背中や腹筋から激痛が奔るがそんな事など構っていられない。

母さん…!!

その思いで、私は無理やりベッドから出ようとした。だがそこで私を抱きかかえ止める女性(ヒト)がいた。

「アルフ…今から…母さんに…!」
「駄目だよフェイト!今は動いちゃだめだ…そんな体で門を開けようとしても無理なのはわかっているだろう?それにそんな顔であの女に会うつもりなのかい?」

う…と小さく声を漏らしてしまう。この様な醜態はたしかに母さんに見せられない。ジュエルシードを消滅させてしまった失敗もあるしなおさらだ。

「今は休んで傷を癒して…それからにしよう、ね?フェイト。」
「…う、ん…」
私を心配するアルフの目はまっすぐだ。どこまでもどこまでも、心から私を心配するからこその目だ。その瞳を前に無理は押し通せなかった。そこには私の非があるからでもあるが。
そして彼女の手の包帯に気づく。さっきの記憶の通りなら戦闘していなかったはずだけど、という疑問に気付いたらしく彼女が先に切り出した。

「ああ、これ?いや、その…フェイト心配してたらつい体に力入っちゃってさ、あたしは大丈夫だから…それよりもフェイトの方だよ!体中傷だらけで酷かったんだから」
どうやら私の無理に心配して拳を強く握りしめてしまったせいらしい。私のせいか、とまた心にひとつ重しがのしかかる。

「…母さんは?」
「…連絡はまだつかないよ。ハセヲがさっきから試みているけど…駄目だね、どうも繋がらなくてあっちもイライラしてる」
なら私がという声はさっき言っただろうフェイト、と嗜める声にかき消されてしまった。そしてそこでドアがノックされる。ノックしたのはもちろんハセヲだ。

「開けて大丈夫だよ…どうだった?」
「駄目だな。全然ピクリとも反応しやしねえ…・向こうからの連絡を待つしかないな。フェイト、起きて…大丈夫なのか?」
ギリと言う歯ぎしりの音の後、彼は私に声をかけた。彼もまた必死だったらしく眼の下にクマが出来ている。また一つ重しが増える。

「ごめん、ね…心配、ばかり…かけて…」
「馬鹿、気にすんじゃねーよ。…そりゃ、大事な人があんなことになって取り乱さない方がおかしいじゃねえか。だから…」
そこでハセヲは押し黙ってしまった。彼の表情に浮かぶもの、それは…後悔の色だった。

「…アルフ、フェイトを頼む。」
「分かったよ…ハセヲ、あんたも無理するんじゃないよ」
こういう時に無茶でも何とかするのが甲斐性だろうが、と重い空気を払うかのように嘯いて、ハセヲは足取り重く部屋から出て行った。そして私もまた気力で支えていた意識が遠のいていく。

「今は、休んで。フェイト…きっと…きっとあの女も大丈夫さ。あの程度でくたばるようなんもんじゃないのはフェイトも知っているだろう?」
その声に母さんは、そんなに強い人じゃないよと小さくつぶやいた所で、意識に反し瞼が下りていく。どうやら限界らしい。

今日がだめなら明日…すぐにでも…そう思いながら私の意識は闇に沈んでいった。



Side:???

契約を果たした魂はどこに行くのだろうか。

私は彼女との契約を果たし、その天命を全うした。

同族よりずっと強大な力と英知を授かり、彼女に私が持ちうる全てを伝えそして私はあるべき所に還った。

でも

彼女は、悪夢の中にいる。

それは私自身よく知っていた。そして…豹変してしまった主の事も。でも私には力がない。体がない。もうあの子にできる事がないのだ。

その事がとても苦しくて。声にならない叫びをあげて。でもその声は誰にも届かなくて。

私は泣きに泣いた。体を失ってなお、なおも愛しい娘の様な彼女と母親の苦痛を見なければいけないのか。

絶望の果てに、何も出来る事がないのだと悟りただ彼女の幸せだけを願っていたそんな時だった。


世界が、揺れたとでも言うべきだろうか。私は魂ごと大きな力に巻き込まれた。


光の奔流、そしてその果てには見た事もない世界が広がっていた。夕暮れ時、見た事もない建物、刺青を入れた人々、まるでスチームパンク(前時代的)な街並みがそこにあった。

私は意を決して叫ぶ。もし、もしこの声が届くのなら、と。


悪夢を、狂った御伽噺を終わらせてほしいと。闇に閉ざされたままの彼女達を救ってほしいと。


だが声は届かない。道行く人々は私の体をすりぬけてしまう。

声をかけては歩き、声をかけては走り…でも、誰にも私の声は届かない。伸ばした手も全てすりぬけてしまう。

これは私への罰なのだろうか、彼女達を救えなかった私の罪の代償なのだろうか。

それでも私は歩き声をかけ続ける。いつしか街を出てこの身は草原にあり、荒野にあり。果てには洞窟や深い森の中まで行った。
でも声は届かない。必死に叫んでも、縋り付こうとしても、この身は全てをすり抜ける。

そんな絶望のさなかだった。


森の果ての、大樹。


神秘的な洞窟の湖の上に厳かに佇む白き巨木の下に、一人の青年が立っていた。

まるで巨木を慈しむかのように、その身を太い幹に預ける青年。
そんな彼に私は声をかける。助けてください、と。半ばやけくそだったのだろうか。こえは大きく、走り寄りながらだった。もうこれで駄目なら、私はどうすればいいんだろう。私は、この地獄をまた彷徨い続けるのだろうか。それとも彼女の傍にあって何も出来ない無力を味わう時をまた過ごすことになるのだろうか。

そして、私の半ば叫びにも似た声は――




彼に、届いた。








彼女を救うためのフラグその1終了。
改変は少しづつ、だけど確実に…



[19887] Vol.8 : 冷笑
Name: CELLE◆30d24596 ID:3fccdc20
Date: 2010/07/05 18:38
愛は最高の奉仕だ。みじんも、自分の満足を思ってはいけない。

どんなに愛しているかを話すことができるのは、 すこしも愛してないからである。



愛する――それはお互いに見つめ合うことではなく、 いっしょに同じ方向を見つめることである。


Vol.8 : 冷笑

Side:アルフ

窓のカーテンから漏れる朝の陽射しが眩しい。どうやらつきっきりで介護をしていたらそのまま眠ってしまったようだ。

フェイトはすぅすぅと小さな寝息を立てて安らかに眠っている。まだ当分起きそうもないと判断した私は時計に眼を遣る。時刻は6時。すっと立ち上がると音を立てないようドアを開け廊下に出る。

そこではハセヲが壁に寄り掛かる様に寝ていた。どうやら昨日からずっと屋外でゲート操作を何回も繰り返していたのだろう。決して温かいとも言えない夜風と過剰な魔力に晒されて手は皸ていた。彼もまたフェイトを安心させたい一心でやっていたのだろう。恐らくは何か報告に来ようとして途中で睡魔に抗えきれなくなったか。

ふぅ、と小さくため息を吐くとハセヲの体を抱きかかえる。いわゆるお姫様だっこと言うやつだ。

「…こんなに小さい身体して。なんでフェイトと言いあんたと言い無茶ばかりするのかねえ。」
その幼い身体を抱きかかえ、あたしはハセヲの寝室へと向かう。バリアジャケットは既に解除されており昨日の普段着のままなのだがベッドに横たわらせるとそっと毛布をかけ寝室を後にする。

なんだかんだ言いながら規則正しい生活をしていた彼女達だ。人間一度できた習慣と言うものはそうそう崩れるものではない。おそらく7時には目を覚ましてくる事だろう。
それまでに目覚めにいい食事を用意してはいけない。ハセヲと会うまでは料理とは縁のない生活をしてきたがハセヲから諭された事もありそこそこの料理は作れるようになった。でもジャンクフードはやめられないが。

最近近所の奥様方から勧められた割烹着を着て今日の朝食を思案する。とりあえずお味噌汁を作ってご飯は昨日の残りで御握りにして…一応漬物もあるしお茶を用意すれば完璧だろう。

―― 眠り姫と王子様のために今日も頑張るか。

そう小さく呟きあたしは料理を始める。


まあ、尤もこの後ハセヲからまだまだ味付けが甘いと苦言を呈されるのだが。


Side:フェイト

がばっといきなり体を引き起こす。衝撃で体が悲鳴を上げたがむしろ眼が覚めてちょうどいい。昨日は母さんの魔力の棒足が見えた。結局母さんとは連絡もつかないままこうして朝を迎えることになってしまったのだが…・

怖い。母さんがいなくなる事が怖くて怖くてたまらない。

もしかして昨晩のうちに容体が急変したんじゃなかろうか。あの暗い玉座のまで倒れ伏しているのではなかろうか。

そういう不吉な言葉と光景が脳裡に浮かんでは消えていく。

傷だらけの体を推してゆっくりとベッドから降りる。まだ昨日のダメージが抜けきっていないようだ。さっきの起きた時もだがまだ節々に鈍痛が奔る。

ギッと歯軋りして声を抑えクローゼットに向かう。まずは着替え、そしてもう一度ゲートの開放…やることは山積みだ。

服を脱ぎ傷の確認をする。幸いあの衝撃でもバリアジャケットは私の身を護りぬいてくれたようだ。骨折などは見当たらない…ただしどこそこを痛めたらしく包帯が巻かれていた。

小さくため息を吐きクローゼットから服を取りだす。いつも着ている黒のワンピース。さて、着替えようとしたとき…


「フェイト、ゲートが安定した……ぞ………・」

「あ……え…………い、、いいいいい……」


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


見られた。誰に?=ハセヲに。

今の自分=裸同然(幸い胸は包帯巻いていたしパンツは穿いていた)。

無意識的に魔力を集中。それを思いっきり…・ハセヲ目がけて放つ。

「ちょ、ごめ、いや待っくぁwせdrftgyふじこ!?」

なんか断末魔が聞こえたけど気にしない。なんでノックしないの!?ハセヲいつも気を利かせてノックしているのになんで今日に限って…!?

というか見られたよね絶対見たよねだって固まってたもんそれに顔真っ赤にしてたしそれにそれにあああああああ…!!

「フェイト!?いったいどうしたの……さ……」
頭から煙を出している所に割烹着を着けたアルフが来た。どうやらハセヲと私を見て額に手を当て「あちゃー」と苦笑いしていた。ハセヲの方をちらりと見てみたが…・ん、ごめんねハセヲ。非殺傷設定入れ忘れてた。まあとっさにディフェンサー張ったのが見えたし…大丈夫だよ、ね?

「あぁ…ハセヲに行かせたのが間違いだったかねえ…やっぱりあたしが言うべきだったか」
アルフは深くため息を吐くと、なるべく視界にオルタ的意味でR-18なハセヲが入らないように私の方を向いた。私も既にワンピースに着替えている。いつまでも下着のままでいる愚は犯さない。そしてアルフの口から告げられたのは…

母さんの居る時の庭園とのゲートの安定化だった。


Side:アトリ

…今日はいつもより早く眼が覚める。5時半…かな。
あの後は大変だった。満身創痍ななのはさんを担いで高町邸に移動、一応ご家族に気づかれないように結界を張って中に入ったけど…その後は無理やりなのはさんを寝かしつけて回復魔法。一応11時が回ったところでだいぶ回復したなのはさんに催眠魔法を弱めにかけて無理やり眠らせて…こうでもしないとまた無理するから。その後の事はユーノさんに任せて私は帰宅。流石にフルで回復魔法を使ったせいか体がだるかった。シャワーを浴びて着替えるなりそのままベッドに直行した所で記憶が途絶えている。

二度寝する気になれないのでそのまま着替えて軽めのご飯や身支度。ちょっと早いけどなのはさんの様子を見に行こうと思う。防御力に秀でているレイジングハートとなのはさんのコンビだから体に残るような傷はしていないけどやっぱり気になるし…

食器を片づけてバッグを片手に高町家へ。昨日の曇天が嘘のように朝焼けが綺麗な空だった。


高町家に行く途中になのはさんのお姉さん…美由季さんと出会った。なのはさんの様子を見に来たって伝えると意味ありげに笑って「あの子もいい友達もったね」とか呟いていたけど…とりあえずお邪魔することに。

そして06:15、高町家に到着。美由季さんはあれ?という風に怪訝な表情の後、なのはさんが道場にいるらしいと教えてくれた。…気配でも探ったのだろうか。

そして道場に行ってみると…壁に寄り掛かってまるで美由季さんを待つようになのはさんは居た。

「なのは、アトリちゃん着てるわよー。なんか心配で様子を見に来たんだって。」
「アトリちゃん…ありがとう。でも私大丈夫だから、こう見えても結構体頑丈だし…」
「そうは言っても心配なのは心配なんです。それにどうしてこんな朝早くに?」
「ん、えーと…その…・お姉ちゃんの練習さ、ちょっと見たくて…」
そうして歯切れ悪く答えるなのはさん。この様子だと昨日のことで何か思いつめているのかもしれない。
美由季さんはへぇ、と小さく呟いた後壁に掛けてある小太刀を取りながら「アトリちゃんも見る?まああまり面白いものじゃないけど…」と尋ねてきた。勿論私としては断る理由がないしむしろ格闘戦のお手本だ。見せてくださいって言うと彼女は機嫌よさそうにんじゃちょっとお姉ちゃん張りきっちゃうぞーとか言っていた。


―― うん、ここは私もお姉さんとしてかわいい妹の話を聞いて上げますか。

そう思いなのはさんに念話で話しかける。今日はなのはさんのサポートに徹してあげないといけないかな…

そこからはぽつりぽつりと話を始めた。美由季さんの動きも見ておきたかったので分割思考で動きの分析をしながらだけど。

―「なのはさん、悩み事…ですか?」
―「あ…やっぱりアトリちゃんには分かっちゃうか。うん…昨日のあの子…フェイトちゃんの事でね。」
―「…確かに私も気になっていました。どうも心此処にあらずというか上の空と言うか…前に会った時らしくない感じでしたね。」
―「実はね、あんな眼の人を私…見た事があるんだ。」

ブンっと小太刀が空を斬る音が聞こえる。

―「…私のね、お父さんだけど…前仕事で大怪我した事があって。その時の連絡を受けたお母さんが…あんな眼をしていたの。すごく悲しそうで、すごく焦っていた。そんな目。」
私は黙って話を聞く。そう言う事からすると…あのフェイトって子の母親は危篤状態にでもなってしまったのだろうか。私は推測しながら黙って先を促す。

―「それでね、私…どうしてもあの子が気になるの。もう一度ちゃんとお話したい。あの子に何があったのか…お母さんの事、もっと詳しく聞きたいの。」
…成程、なのはさんはあの子の事で思いつめていたのか。でもその前に聞いておきたい事がある。
―「なのはさん、それを聞いてあなたは…あなたはどうするつもりですか?」
その声になのはさんは肩をびくっと震わせた。また風を斬る音が聞こえる。

―「たしかに、あの子に何があったのかは気になります。それにあそこにはハセヲさんもいますし…ですが、あなたはそれを知ってどうするつもりですか?」
あの子には影がある、そう思ったのは初めて彼女とハセヲさんに会った時だ。その姿はどこか昔の…力だけを追い求めるハセヲさんに似ていた。自分の中の心を押し殺して、自分でもやりたくない事を口にして…そういう感じだった。
でも、だからと言って不用意に首を突っ込むと大変な事になる。

覚悟がなければ、関わってはいけない。そういう類の影だ。それを知ろうとする事は…少なからず自分にも火の粉が降りかかるという事。それにただ気になるというだけで首を突っ込むのは拙いと思う。かつての私がそうだったように。

―「私は、私はあの子の力になりたい」
―「…それが、あなたを傷付ける事になっても?」
―「それでも、それでも私は…放っておけない!あの子を…友達をそのままにしておけない!」
なのはさんの声は強かった。ただ純粋に、友達の力になりたい…その心だけでここまで強い声が出るのだろうか。純粋で、穢れも知らない…そういう子だとは思っていたけど。ただ私が見誤っていたことは…この子は孤独を最も嫌う事。それは自分でも他人であれども変わらない。フェイトさんにはハセヲさんという支えがあるようだけど…やっぱり同性の支えは別だからだろうか。そういう意味でもこの子は…孤独を嫌う。
いや、嫌っているのではない。この子は…恐れているんだ。孤独と言う恐怖を。一人の寂しさを。それが他人であれ受ける苦痛を。

ブン、と斬る音がする。なのはさんの目は憑き物が取れたかのようにしっかりしていた。もう私からは…言う事はないのだろう。忠告をしたところでこの子は止まるような子ではない。それは付き合っているうちによくわかった事だ。

斬れたのは迷いか、そう思いながら私は演武を終えた美由季さんに礼を述べる。
黎明の朝焼けは金色から青へ。日は既に昇りつつあった。


「それにしてもなのはさん、何時の間にフェイトさんと友達になったんですか?」

「アトリちゃん、友達ってね。名前をお互いに交換しただけでも友達って言うんだよ?」


「あの…それは友達でいいんでしょうか?信頼とか友情とかそういうのは…」
「ううん、裏切ったら裏切ったで『お話』聞くだけだから。それに仲良くできなさそうな人に自分から名乗ったりしないよ?」
そう言ってなのはさんは無邪気に笑う。彼女の友達というのは主観的に信頼ができて、道を間違えた場合は少年漫画的な『お話』ありきなのだろうか。思えばアリサさんの話を聞く限りなのはさんってすごい武闘派だった気が…


後日ユーノさん曰く「僕の出番が…」と文句を垂れていた。女の密談に割り込んでいく度胸はなかったらしい。


Side:ハセヲ

「いつつ…フェイト、本気で撃ちやがったな…あーもう、ボロボロじゃねえかこれ…」
ボヤキながら目を覚ます。ゲートが安定したのを確認してそれをアルフに伝えたまではよかった。その後フェイトに伝えようと思ってドアを開けたら…これだ。まさかフルパワーで砲撃を撃ってくるとは…いやあれは俺の責任か。すぐ背を向けなかった俺に非があるし…にしてもパンツはクマさんか。どうもフェイトは大人びてそうで子供っぽい所が…・いかん!何を考えているんだ!!

はぁ、とため息をついて状況を確認する。どうやらあの後そのまま放っておくのは忍びなかったらしくソファーに寝かされていた。机の上には食事と「先に行ってます」との書き置きがある。軽く体についた埃を払いシャワーと着替えに向かう。まああの子のお母さんと会うのだ。流石にボロボロの服では失礼だろうな、と考えながらそれなりにいい感じの服を選ぶ。黒のYシャツと青のジーンズ。インナーには子供っぽくはないがカットソー。ちょっと大人びた感じでダークグレーのテーラードジャケットで…これでよし。靴は茶色の編み上げブーツで所謂フレンチカジュアルと言うやつだ。まあこの年でおしゃれしてもどうかと思うが中身は既に高校生だ。気にしたら負けだろう。

髪を乾かしてセット、服に着替えて飯を食べる。病気と聞いていたから何か持っていくかと思い近所の果物屋でお見舞い品を買っていくことにする。財布には3千円。まあ…子供だし予算は千円ほどの詰め合わせでいいか、と決める。

時刻は9時、すでに近所の八百屋などは開いている時間だ。フェイト達を待たせるのも悪いかな、と思い急いで買いに行く。林檎とバナナとオレンジのパック。とりあえず見舞いの品としては大丈夫だろう。そう思いアパートに戻り転送装置へ。
転送のための門自体はばれない様に結界を張って隠蔽してある。ただ一応昨日の彼女の様子が気がかりなのでアトリにこっそりと連絡を入れることにする。

―「アトリ、聞こえるか?」
―「はい、どうかしましたか?」
―「いや、フェイト達が焦って先に行ったらしくてな。俺も後を追うけどアトリ達は学校だろう?一応ゲートは暗証キーさえあればすぐ繋げられるようにしておくから放課後にでも来てくれ。
―「はい、わかりました。あの…ハセヲさん、凄く嫌な感じがします。気をつけて行って下さいね。私たちもすぐ追いかけますから」

心配するアトリにありがとな、それじゃ行ってくると告げてゲートと向き合う。確かにフェイトの母親…たしかプレシアだったけ。彼女はわざわざ子供に行かせている点からしていまいち信用ができない。いくら何でもわが子にこんな危険な事をさせるのだろうか?
…いや、行けば分かるか。気を引き締め、手荷物を確認する。


行先は、時の庭園。


繋がった門の先にはなんとも形容しがたい空間に浮かぶ城があった。その城門前に俺を待つようにアルフは立っている。

「アルフ、フェイトは?」
「先に行ったよ…なあ、ハセヲ、やっぱりハセヲまで来ることはなかったんじゃないか?」
「いや、そう言うわけにもいけねえだろ。俺もお世話になっているんだし放っておく訳にはな」
そう言って案内を頼むとどこか嫌そうにアルフは頷き俺を連れて歩きだした。思えばこの時の顔は嫌そうではなく心苦しそうが正しいのだろう。そして俺は城の内部にへーすごいななどとぼやきつつ…・アルフのした表情の意味を知る事になった。


「…てめえ、何してんだよ……」

「ハ、ハセヲ…どうして、ここに……」

「なんだいこの子は…フェイト、これがお前の言っていたジュエルシードから呼び出された子なのかい?」

そこにあったのは

「質問に答えろ。てめえ…・フェイトに何してやがんだよ…!!!!」

「口がなってないわねえ。それに何って…『躾』に決まっているじゃない。お使いすらまともにできない娘の、ね。」

傷ついて、ボロボロになって吊下げられているフェイトと

「ふざけんじゃ…ねえぞてめえええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」


体半分を黒く染め上げた、彼女の母…プレシア・テスタロッサの姿だった。


Side:フェイト

やはり来てしまった。書き置きには「先に行ってます。ハセヲはそっちで待っていてください」と書いておいたはずなのに…それに来た時のためアルフに門前で待つように言っていたのに…・

ハセヲに今の母さんを見せたくなかった。病魔に蝕まれ心がどこか壊れてしまったお母さん。優しい心を持っていたのに、どこか狂気に染まってしまったお母さん。

それでも…それでも私の母なのだ。その事実は曲げようがない。その母さんが苦しむ様子を…私に手を振り上げる様子を、ハセヲには見せたくなかった。
きっとこの上なく怒るだろうから。それこそ手の着けようがないくらいに。でもそれは仕方ないんだ。母さんが病気だから…

そして、危ぶんでいた事が現実になってしまった。


ハセヲの体に見た事もない様式の魔法陣…いや、何だろうか。何かの術式のように見えるけど解読できないものが浮かび上がる。
そして同時に今まで見た事もない魔力がハセヲの体に集まっていく。その色は、夕陽のように燃えたぎる黄昏色だった。

「来い……スケェェェェェェェェェェイス!!!!!!!!!!」

絶叫、そしてハセヲに収束していた魔力が解き放たれ…・空間が、歪む。

見た事もない魔法だった。それは空間を『砕き』私達を不思議な空間へと引きずり込んだ。そこに居たのは…手に赤い大鎌を携え、黒と金で彩られた体を持つ白い仮面をかぶった巨大なバケモノ。

一瞬悲鳴を上げそうになるがその化物の纏う魔力を見てその正体がハセヲだと気付く。そして理解する。この空間を作り上げたのはハセヲの力だ、と。

その様子を見ていた母は…とても嬉しそうだった。今まで見た事もない様なほど嬉しそうに笑っていた。そう…狂気の笑みを。

「アハ、アハハハハハハハハハハ!!!!!!フェイト、あなたはとてもいい子ね…そう、とてもいい子だわ。こんな…こんな素晴らしい拾いものをしてくれるなんて。」

狂気に歪む母の笑顔。それは悦に浸っているようで…どこか空恐ろしいものを感じさせるものだった。

「いい、いいわあ……その力はアルハザードのものね?漸く…漸く手が届く…あの子のために…うふふ…さあ、来なさい…・」

―― Tezcatlipoca

そう
母が呟いた瞬間、彼女の体が光も通さない黒に染まる。いや…黒に飲みこまれる。

そして次の瞬間母を覆っていた闇が弾け…・


そこにはハセヲを大きく上回るほどの半透明な巨体で、心臓のあたりに赤紫にうごめき妖しく輝く核を持つ獅子の様な化物がいた。

「てめえ…やっぱりAIDA感染者か…!」
そう忌々しげに吐き捨てるのは鎌を持つハセヲだ。時折だが…・彼の姿があの化物の中に見える。その表情は烈火のごとく怒り狂っていた。

「そう…この悪魔ハAIDAというノね。ありガとう…さァ、知ってヰる事…洗い浚イ、話しテ頂戴ッ!!!」

狂気に歪む彼女の顔がうっすらとだが見えた。そこには正気や理性なんて何もなく…ただ欲しかった玩具が目の前にある子供の様な母がいた。

「誰が話すかッ!この外道がァァァァ!!!!」
ハセヲから魔力弾が立て続けに3連射される。その魔力はとても…とても人間の力だとは思えないほどだ。正に人外の力、そう呼ぶのにふさわしい魔力弾だ。

だが母はそれを受けても泰然としている。そして一気に魔力弾を…200!?一斉に放ってきた。それもハセヲと同レベルの魔力だ。

だがそれをハセヲは難なく避け、回避不可なコースの魔力弾は鎌で斬り払う。そして可否を取りながら細かく的確に母に魔力弾を撃っていく。

そして何度目かの攻防の後、母が一気に体当たりを仕掛けてきた。それを紙一重で避けたハセヲは母の背に魔力弾を放つ。そして…母の体勢が、大きく崩れた。

そこに素早く斬り込むハセヲ、そして手に持つ鎌を振り上げ…母を、斬り裂く。その鎌には私とバルディッシュの全力をはるかにしのぐ魔力が込められていた。

だが母はその斬撃を受けてもいまだ健在していた。消耗は見えるが…まだ底は見えない。

「ッチィ、羽虫ノ癖にちょコまかと…うっとヲしいんダよ!!落チろ!!!」
そう唸った後母は巨大な魔力を収束させハセヲに放つ。その魔力はオーバーSランク…いや、艦砲射撃といってもいいようなレベルのものだ。しかも一発ではなく立て続けに5発も。

しかしその砲撃もハセヲは紙一重で避けていく。確かに反撃できるようすはないが…決定打は一発たりとも食らってはいない。

「落ちるのはてめえだクソアマッ!!!」
そう言ってハセヲは魔力弾を撃つ。そして体勢が崩れた母をその鎌で斬り裂く…・それを何度かしているうちに母も疲れた様子が見えてきた。

「…っく……予想以上ネ、全く……此処マで、手間取らセるとは…流石、アルハザードの住人、と言った所かシら。」
そう言う母は苦しそうだ。だがその表情からは喜悦が消えていない。

「てめえの言うアルハザードが何なのか知らねえが…これだけは言える。てめえはフェイトを傷付けた。俺はそれが許せねえんだよ…!」
ギリ、という歯ぎしりの音が聞こえた気がする。あぁ、そうか…ハセヲはやっぱり私の子の姿を見て…だから怒って…・

「アは、アハハハハ!!!こうじゃナくては困るノよ!さあ、さあ、モット力を見せて頂戴ッ!!」
だが母はハセヲの言う事など聞いてはいないようで…・母の眼前に巨大な魔法陣が描かれる。それはミッド式でもベルカ式でもなく…幾何学的な、だが何か凶悪な意志を感じさせる陣だった。
「んな!?データドレインだと…!?」
そしてその中心となる口元に集められた強大な黒い魔力は…咆哮と共に、ハセヲに向かって放たれた。そして黒き魔力球はハセヲに高速で迫り…ハセヲを包んだ。

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!ックソ、てめええええええええええ!!!!!!!」
ハセヲが、咆哮する。その凄まじい魔力に空間が更に歪んで見える…だがそれも長くは続かなかった。

裂帛の気合とともに闇の繭は弾けて消えた。そしてその後には若干の疲労が見えるものの未だにその姿を誇示するハセヲがいた。


「効かねえよ…そんなチンケな攻撃効いてたまるかよ…・!」
ハセヲの怒りを伴った声が空間に響き渡る。その様子に母は暫く呆然としたのち…口端を歪に歪めた。

そして攻防が再開される。だが依然としてハセヲの優位は変わらない…ハセヲは巨大ではあるものの母よりも一回りも二回りも小さかった。そしてその俊敏さを活かし確実に削っていく。対する母は最早要塞と言えるような防御と火力を揃えていたがハセヲに比べると鈍重であった。その爪はハセヲを捉えることなく宙を裂き…そしてカウンターとばかりに放たれた魔力弾が母の顔に打ち込まれ、その隙を逆に斬られるといったような形だった。

そしてついに…母が膝を付き、彼女の纏っていた魔力が途切れる。


「これで…終わりだッ!」
そうしてハセヲが右手に描くのは…先ほど母が見せたのと同じ、幾何学的な魔法陣。そしてその銃口が母に向けられた時…本能的に察知してしまった。


―― あれが母に当たれば、母は死ぬ、と。

「やめてッ!ハセヲ!!!」

「!?フェイト!」


その声に一瞬気を取られたのか…ハセヲの顔がこちらに向けられた。その瞬間だった。


「ふ、ふふフ……駄目よ坊や、最後まデ気を抜いちゃ……」

真っ赤な林檎が、落ちた。

「が……ハッ……!?」

籠から果実が静かに落ちる。

「あ、ああ…嫌、嫌、嫌……」

彼の小さな体を

「私の勝ちね、坊や」


「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



彼女の牙が、容赦なく貫いていた。



後書き

対プレシア戦。ハセヲ敗れるの巻。
ちゃんとしたお店で買ったスイカはおいしいですね。飲み屋街で買ったのですが値段相応甘くて…それでもスーパーのより安いのだから助かります。当分食事がスイカだらけになりましたが。

若干ルートが違いますが大筋というものは変わってないと思います。ただ新たに構築したルートなので視点などが違っていたりしていますが。


ではレスの方を。
>>黒宮様
確かに管理外世界で大手を振るわけにはいきませんからねえ。今回のは状況が状況ですので。ただフェイトに関しては管理世界を知っているうえでの犯行となりますので黒なんですけどね。まあプレシアに従わざるを得なかったなど弁護がいくらでもできますが。責任というより選択肢の有無を問うべきでしょうか?

>>パウル様
10話までは前回投稿したものの改討版なのでだいたい毎日ペースですね。それ以降は週1程度に落ちるかと…

>>reeder様
彼女の登場シーンの時にかっこよく出させようと思います。本編中の性能とか立ち回りとかいろんな意味でお気に入りな人なのでw


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