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[19951] 〈習作〉あの領主、まだ懲りてなかったのか〈オリジナル〉
Name: 緑色の地面◆34057e6e ID:da0c6b78
Date: 2010/07/01 14:06
 はじめまして、緑色の地面と言います。
 今回、よくありそうな内政モノにチャレンジしようと思い、投稿しました。
 皆様の暇潰しにでもなれたら、嬉しいです。 



[19951] 第一話
Name: 緑色の地面◆34057e6e ID:da0c6b78
Date: 2010/07/01 14:15
 転生したら、異世界で地方領主の息子に生まれ変わっていた。


 これはきっと、大雨の日に国道で車に轢かれそうなっていた子猫を庇ってドブ川に落ちて、そのまま海に流されて死んだ僕に対する、全知全能の神さまか、あるいは慈悲深い仏さまからのちょっとした粋な計らいに違いない。


(前に学校で読んだ芥川龍之介先生の小説にそんな話があった気がする……)


 あれは確か『覆面をした勇者の親父のパンツ男がクモを助けてキングギドラもどきに殺されたけど、お釈迦様が慈悲を与えて逆バンジーで助けようとする。でも、パンツは途中で亡者が群がってきたから頭にきて「私の足をお舐め!」といって蹴りを入れてしまったから、お釈迦様が怒ってロープが切れて残念無念』っていう話だった。


(フィクションと思っていたけど……流石は現代に賞として名前が残る人が考えた作品だ、あれは本当だったんだ!)


 僕は思わずガッツポーズした。まだ生まれて半年の赤ん坊なので、あまり派手には動けなかったが、この世知辛い世の中でも善いことをすれば良いことが返ってくるというのが『都市伝説』ではなかったことが分かって、本当に嬉しかった。


 パンツ男は結局地獄に堕ちたじゃないか、と言う人もいるかもしれないが、それは少し変化した自業自得である。
 あと、もし間違っていたら芥川先生、ごめんなさい。


 さて、それはとにかく今の状況について少し整理しよう。
 僕が生まれたのは〈ハイランド帝国〉という国にある〈カルヴァート家〉に連なる〈アスカム家〉という地方領主の家だ。
 爵位は子爵。領地は帝都から見て東にある、山に囲まれた盆地とその周辺の山々だ。海には面していないけど川がある。
 主な産業は林業と農業と、あと山から銅が取れるので、それを収入にしている。


 これは良くも悪くも、地方の一般的な貴族の平均だった。


 本家の〈カルヴァート家〉の方は帝国で宰相をしている大公爵なのだが、我がアスカム家は五代前だか六代くらい前の本家の当主が側室につくらせた子どもの子孫であるため、これくらいの地位が妥当らしい。


 こんな話を『おーよちよち、ハロルドちゃんは夜泣きしない良い子でちゅねー』などと赤ちゃん言葉に混ぜながら平然と話す両親を見ていると、これから先、僕は貴族としてちゃんとやっていけるのかどうか不安になる。
 こうした日常の中に潜むネタバレが、いつか致命的な機密を暴露しそうな気がしてならないのだ。


(将来、大人になって領地の経営に携わることになっても、この人達には機密情報を語らない方が良いかも……)


 生後半年で早速、親を欺く方法を考えなくてはいけないこの状況に、僕は何だかもう、胃に穴が開きそうだった。
 頭の毛も、生える前なのに禿げそうな勢いである。
 だけど、僕がこうしてまた生まれ変わることが出来たのはこの人達がいたおかげだから、何とかして恩返しがしたい。
 そのために何をすれば良いのか、今はまだ分からないけれど、とにかく今は危険な目には遭わせたくなかった。


「しかし、ハロルドは本当に手の掛からない良い子だなあ……よし!」
「あなた? どうしましたの?」
「せっかくだから、私はハロルドに妹か弟をつくるぜ!」


 父上、自重してください。母上、なぜ、少しうれしそうなのですか、止めてください。


 僕は声を大にして言いたかったが「あうー」とか「だー」と言った、声にならないものしか口から出なかった。
 そんな僕を見て両親は「ハロルドも喜んでいる。よーし、私は頑張るぞ!」「まあ、あなたったら……ぽ」などと言う。


 我が家の行く末が不安になる、そんな人生の一コマであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 それから十年たった。でも、とりたてて何か特殊なイベントは発生しなかった。


 帝都にある貴族学校に入学したが(人質としての意味もあったようだ)そこで例えば『帝国のお姫様と知り合いになる!』とか『ツンデレ女騎士に惚れられる!』などというフラグは立たなかった。


 僕は悔しくて悲しくて、部屋の壁をパンチしたり、ベッドの上で転げ回ったりした。普通、こうした状況に置かれた人物は何かしらの補正なり能力なりがあるはずなのに、僕にはそうした特別な力が、全くないのだ。


 外見もそうだ。普通、貴族と言ったら金髪碧眼のはずなのに、なぜか僕は黒髪に黒目。
 銀髪オッドアイのエルフだって、それなりにいるこの世界で、これはあまりに無個性すぎる。


 魔術もそうだ。魔術があったこと自体、地球で生きていた僕にとっては驚愕することだったが、この世界において魔術はいわゆる地球における科学なので、その力の大小に驚くことはあっても、その存在そのものに驚く人は僕くらいだ。


 こうした事実から僕は『もしかして僕は主人公じゃない? 特別な人間じゃないのか?』と思うようになった。


 それから数ヶ月たった時、僕の疑惑を決定的にした出来事があった。
 それは僕が十三歳の夏に行われた魔術師としての免許を得る試験において、自分で考えた
『まず、物質をマイナス二百度まで冷やし、そのあと三秒以内に三千度に加熱して、そして最後に正拳突きで撃破する』
という魔法が、評議会の方々に
『魔術でそんなことをしたら、実戦では即死する!』
と言われ、散々批判されたことだ。


 何も知らない学生が僕を批判するのは仕方がない。でも、その道の一任者である人達に『お前はダメだ』と言われたら、それはやはり、素直に認めるしかない。


 ショックだった。でも、よく考えてみれば、それも当然だろう。僕は地球で死んで、この世界に転生をした。
 前世の記憶をもって生まれ変われたのは凄いことだが、でも、僕にあるアドバンテージはそれだけだ。


(死は誰にでも訪れる平等なもの。僕はそれが少し特殊だっただけなんだ……)


 事実を認めるには勇気がいった。でも、地球の現代知識を総動員しても中々上がらない学校の成績や、上手くいかない人間関係、そしてかつての経験もあるのに同じミスを何度も繰り返してしまうことが、僕に現実を認めさせた。


 僕は普通の人なのだ。でも、それは別に悪い意味じゃない。特別でなくても頑張って生きている人はいるし、尊敬されている人もいる。ようは、自分の分際というものと能力の及ぶ範囲をしっかりと理解することが大事なのだ。


 自分の程度を知った僕は、その時から無駄な努力を止めた。


 それは具体的にいうと『朝、曲がり角でパンを加えて走ってくる転校生を待つ』とか『屋上の給水塔の上で寂しそうにしている上級生のパンチラをうっかり見るかもしれないから、どんなに寒くても食事は屋上で』とか『放課後、もしかしたら美人校医に呼び出されるかもしれないから、最後まで教室に残る』といった行動を止めることにしたのだ。


 他にも、魔術の訓練中に『やたらと威力が高くて詠唱時間の長い冷凍系の魔法』を使うのを止めて、見た目は地味でも効果最優先、もしくは即効性のある魔術を使うようにした。


 僕は自分に出来る範囲で出来ることを精一杯頑張ろうと決めた。


 世の中にはただ単に『相手の頭を撫でただけで、どんな美少女も惚れさせてしまう人』がいたり、あるいは『少し微笑んだだけで、さっきまで敵だった人と仲良くなれる人』がいるらしい。


 僕にはそんなこと、とても無理だ。


 だけど、時間を掛けてじっくり話し合えば、生きている内に親友の一人くらいは作れるかもしれない。


 大事なのは手間暇を惜しまないこと。それが結局、何かをする上では一番の近道になる。

 
 僕は地球にいたときは『そんなの凡人の理屈だよ』とバカにしていたことが、実は真実であること知った。 
 いや、違うか。僕は自分が凡人であることを知ったのだ。ようやくそれを認めることが出来たのだ。


「これからは身の丈にあった考え方と、行動をしよう」


 僕が帝都の学校にある寄宿舎の一室でそんな決意をした、その時だった。


「大変です! アスカム様、至急、ご領地へお戻りください!」
「どうした。何があった?」
「子爵さまと奥方様が、身罷りました!」


 バカな! 僕は驚愕した。僕の両親はずいぶん若いときに結婚したので、実はまだギリギリ二十代だ。
 それがどうして? いくら何でも若すぎる! 僕が地球で死んだときよりは年上だが、それでも早い。
 戦争に参加したわけでもなければ、疫病などが流行っているという話も聞かないし、暗殺者などに狙われることだって、あんな辺境領地を手に入れたいと願う者は、数える方が難しいくらいだ。
 

 一体どうして? 僕ははやる気持ちを抑えながら、使用人を問い質した。


「理由を聞いていいか? なぜだ?」
 震えているのは自分の声だけじゃない、使用人の方も震えていた。
 伝言を僕に伝えに来たにしては、そのおびえ方が尋常ではない。
 彼は何か事情に関わりがあるのか?


「じ、実は――」
「実は?」
「実は、子爵さまが亡くなられたのは、私の家でつくられていたキノコを食べたからなのです!」
「……はい?」


 使用人が語るには、どうも先日、アスカム家の領地で大規模な収穫祭があって、その時に出されたキノコのシチューを食べたことが、僕の両親の命を奪ったらしい。


「待った。それなら僕の両親以外にも沢山の死者が出ているのか?」
 
 
 集団での食中毒。たまに学校などで起きるので、僕はそのことを心配した。


「いえ、それはありません。その、何というか……キノコにあたったのは子爵さまだけなのです」
「どういうことだ? まさか暗殺か?」 
「違います。私どもはお止めしたのですが……その、本当に何度もお止めしたのですが、子爵さまは祭りで振る舞われていたお酒を大量に飲んでおられたのでしょう、私どもが殺虫用に保管していたキノコを見つけるなり、いきなり

『こんなにカラフルなキノコが毒キノコのわけがない!』

などと言われまして、酔った勢いで毒キノコを召し上がりになって、その結果……申し訳ございません!」


 ひたすら申し訳なさそうに頭を下げる使用人を見て、僕は怒りよりも悲しみを感じていた。
 父上、自重できませんでしたか。母上、冥福を祈ります。
 何の恩返しも出来ませんでした。バカな息子をお許しください。


 まだ、親が亡くなったという実感の持てない僕は、こうして心の中で祈るだけで精一杯だった。


(でも、これからどうする? 理由はどうあれ きっと大変なことになるぞ……)


 その予感は的中した。
 僕は学校での単位もそこそこに、領地の経営に乗り出すこととなったのである。
 

 だが、僕はこの時、まだ知らなかった。

 
 これが僕がずっと求めていた『フラグ』というやつであることを。
 そして、その結果、自分の人生に激動の波が押し寄せてくることを、このときの僕は、まだ知らなかったのである。



[19951] 第二話
Name: 緑色の地面◆34057e6e ID:da0c6b78
Date: 2010/07/03 14:01
 両親が急逝した。
 

 そのことで東の辺境にある領地を、まだ十四歳の若さで治めることになった。僕こと〈ハロルド・アスカム〉が、最初に始めた政策は『農業』だった。


 具体的に言うと、庭の草むしりをしたり、植木を切ったりするのである。

 
 それは貴族の、領主の仕事ではない! と思う人もいるだろう。


 だけどこれは、僕の領地があるハイランド帝国が、別にどこかの国と戦争をしているわけではないため『軍事では才能を生かす場所がない』ことと、僕自身がまだ若いため『権謀の渦巻く宮廷内での政治闘争にはとても入っていけない』こと、そして何より『他に出来そうなことが無い』からだ。


 これで魔術師の免許が取れていれば話は変わったかもしれないが、それは帝都の学校に在学していた時には出来なかった。
 なので今の所、僕はその辺にいる普通の子どもと大差のない能力しかない。
 だからできることも、それこそ農家の子どもと同じ事しかないのだ。
 
 
 だけど僕は、それでも良かった。
 自分に出来ることやる。これは僕が自分で決めたことだ。
 だから仮に、毎日が草むしりで過ぎようとも。
 庭の植木を切っていたら、スズメバチに襲われたりしても。
 たまにクマが出てきて、それを高枝切りバサミで迎撃することになっても。
 常に全力で、自分に出来ることをすれば、それで良いのだ。


 本当か?


 本当さ。
 その証拠に、領地の役人達はそんな僕のことを見て
『今度の領主は扱いやすくて最高!』『並の雑用十人分の働きをする!』
と絶賛してくれている。


 それでも時々、僕は『あれ? もしかして僕、いらない子?』などと思ってしまうこともあったが、僕のような子どもが政治に関わることなく平穏にいられるのはこの国が平和な証で、僕の領地の役人が優秀だからだ。


 だから、僕にまで回ってくる仕事がない。
 それだけの話なのだ。


 決して粗末に扱われているわけではない。
 だからこの目から流れる液体は、ただの汁なんだ。


「あ、領主様。掃除の邪魔になりますから、外に出てください」


 そんなメイドにすら冷たく扱われ、屋敷に身の置き場がない僕が、やむにやまれず裏庭をその場の勢いで開墾したのは、仕方がない話だった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〈あの領主・まだ懲りてなかったのか・第二話〉

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「暇だったから屋敷の裏庭を開墾したまでは良かったけど、このまま放置していたらまた荒れてしまう……」

 
 ほとんど八つ当たりに近いノリで、屋敷の裏庭を耕してみたまでは良かったものの、それから先のことを僕は考えていなかった。


 どうしよう? このままではもったいない。そう思った僕は『せっかくだし、何か地球の知識を使って、ここで色々な実験をしよう』と考えた。


「実験。実験か……こういう風にあいている農地がある時って、内政ものの話だと大抵の場合『ノーフォーク農法』をやったりする……」


 ノーフォーク農法とは、アメリカに住む〈ロジャー・ノーフォーク〉さんが肥料や農薬を使わないで『作物を上手く輪作することで、生産量を上げてやるぜ!』という変化球を一切使わない、直球勝負の男気あふれる農法だ。


 ごめんなさい。嘘です……本当のところはそうではなくて、イギリスのノーフォーク州ではじまった、休耕地をつくらない画期的な農法のことだ。


 これによって畑が休まないですむから穀物の生産量が増えたり、飼料を使って家畜を一年中飼育できるようになったらしい。


 つまりこれが上手くいけば、ソーセージやハムが安定して食べられるようになるだけでなく、他の地域に輸出したりできるかもしれないのだ。


「萌えてきた! いや違った『燃えてきた』だ! あ、でもこれから農業をやるんだから『萌えてきた』でも良いのかな? うーん、まあいいか!」


 細かいことにこだわらない僕は、さっそく近くの農家にいって必要な作物の種を別けて貰おうとした。しかし―――。


「ご領主さま。私たち農家にとって、種もみはその一粒であっても命がけでつくった、言うなれば自分の子ども同然の存在です、それをわけの分からない新しい農法に使われるのは心苦しいです」


 と、言われてしまった。農家の皆さん、あなた達は正しい。
 

 それでも一応、僕はこの新しい農法について、その利点を説明した。
 だが、この世界における実績がないのと、やっぱり子どもの意見ということで大半の人は耳までは貸してくれるのだが、人手までは貸してくれなかった。


 ただ、それでも長年、農業に携わってきただけあって、農家の中でも革新的な考えを持っている人々は、僕の話に興味を持ってくれたようだ。
 だが、そもそも保守的なことで有名な農家の人に成功するかどうか分からない農法をやってくれと頼むのには、やはり無理があったようだ。


「僕は農業をなめていた。種を植えればそれで実が出ると勘違いしていた……」
 

 その日、僕はションボリしながら家路についた。
 そして次の日。


「作物がダメなら飼料がある! 例えばクローバーなんかは雑草みたいなモノだから、その辺にいくらでも種があるじゃないか!」


 他人から『死んでも懲りそうにない』と絶賛される僕は、すぐに立ち直った。


 ノーフォーク農法は『大麦』→『クローバー』→『小麦』→『カブ』という四輪作のサイクルで行われる。


 僕は最初、農家の人から大麦か小麦、そしてカブのどれかを譲って貰おうと考えていたのだが、これらの食べ物は人間も食べることができる。
 それをまだ、実績のない農法にいきなり使いたいと言われても、それは向こうだっていい顔はしないだろう。


「だけどクローバーなら! あれならそこら中にたくさんあるじゃないか!」


 それが地球のクローバーと同じ種類かどうかまでは分からなかったが、仮にそうでなくても、雑草なら誰にも迷惑を掛けないので、いくらでも実験が出来る。


「よし! さっそくクローバーを栽培しよう!」


 そう思って僕は、領地へと駆けだしていった。

 
 そして、それから少し時間が経過した。


「おい、知ってるか? 今度の領主様は、何か自分の家の裏庭で雑草を育てているらしいぜ? 気でもおかしくなっちまったのか?」

「きっと、若くしてご両親を亡くしたから、心を病んでしまわれたのよ」

「お可哀想に。でも見て、ご領主さまの育てた雑草、綺麗な花が咲いているわ」


 うお、今度は『可愛そうな子』あつかいか!


 僕は別に名君ではないが、暗君あつかいされるほどバカじゃない。
 そう思って静かに憤慨する僕だったが、領民の話をよく聞いてみると、そうは言いつつも彼らは僕のしていることに興味を持っているようだ。


 これは僕が数日前に、自分の足で農家を回って種もみを別けて欲しいと頼んだことが、回り回って人々の間に

『領民の元へ自分で足を運ぶことをいとわない君主』

というイメージを与えた結果、そうなったらしい。


「う、うわさ話に尾ヒレが付くどころか、スクランダーが装備された!」


 領民からの謎の期待感に、僕は押しつぶされそうだった。


 でも、せっかく期待してくれている人を、何もしないで裏切るのは心苦しい。
 非難をされるのであれば、それは失敗してからでも良いのだから、僕は全力を出して結果を求めなくてはならない。


 決意を固めると、僕は父の代からアスカム家の財務を担当している渋いモノクルをかけた初老の執事〈ナイゼル・ベイン〉さんに

「お小遣いをください!」

 と、お願いした。すると、ナイゼルさんは、

「ご領主さま。それは構いませんが、一体何に、いくら使うのです?」


 と、聞いてきたので僕はノーフォーク農法のことや、少し前に農家の人達と話したことを身振り手振りを交えて説明した。


「それはよいお考えです。領地の財源に手を出すことなく、ご自分の収入で領民のために何かしようとおっしゃるのですね。素晴らしい」


 褒められた。
 何だか学校で校長先生に直々に褒められた時のような、何とも言えない感動が僕を包んだ。


「しかし、そうは言っても貴方は農業については素人です。ここはやはり専門家を呼ぶべきではないでしょうか?」

「それはそうかもしれないけど、でも、農家の人達には断られたよ?」

「ご領主さま。それは貴方がタダで人を動かそうとしたからです。彼らは農作物の他に収入を得る術がないのに、それをくれと言われたら、誰だって困ります」

「……ごめんなさい」

「それは今度、彼らに直接あったときに言ってあげてください。ですが、貴方がご自分の足で直接彼らのところへ出向いたこと、これは重要です」

 
 ナイゼルさんが言うには、領主には『威厳』が絶対必要だが、それと同じくらいに『親しみやすさ』もいるのだそうだ。


「あの方のためなら。そう思わせる領主になることが大事です。あなたはまだ若いから威厳がないのは仕方がありません、だから、ここは親しみやすさを全面に押し出して、領民の支持を集めましょう。そのためにもしっかりと賃金を払った上で収穫した作物は、全て彼らにあげてしまいなさい」

「そんなことしたら、僕の手元には何も残らないよ?」

「いずれ税収となって返ってきます。文句を言う人もいるでしょうが、それもいずれは黙ります。ご領主さま、こうした問題はすぐに答えを得ようと思ってはいけません三年、五年、長いときは十年くらいの周期で考えましょう」


 ナイゼルさんの言葉に、僕はただ感心するだけだった。
 これではどちらが領主なのか分からない。


「とにかく今は必要な人手、必要な道具、そして時間をそろえて待ちましょう」

 
 いずれ、あなたの政策を評価してくれる人が出ます。
 

 理由はさっぱり不明だが、自信たっぷりにそういうナイゼルさんにを見て、ぼくはとりあえず、やるだけやってみようと決意するのだった。



[19951] 第三話・前
Name: 緑色の地面◆34057e6e ID:e3da7476
Date: 2010/07/02 18:35
 
 僕の祖父―――地球にいた頃の話だが―――は、米農家をしていたらしい。
 

 かなり遠くに住んでいたため、秋になって米を送ってきたりしたときに思い出す程度だったが、今にして思えば、もっとおじいちゃんの家に遊びに行って、農業のことをちゃんと知っておくべきだった思う。


 この世界の主要な作物は小麦だから、おじいちゃんの農業をそのままコピーしても上手くはいかないかもしれない。
 でも、種をまいたり肥料をやったりするタイミングや害虫の駆除、それと全体的な作業の流れを知っておけば、色々なことに応用が出来て、今よりももっと役に立った気がするのだ。
 
 
 基本的に、農業は一年仕事だ。つまり結果が出るまでは時間が必要になる。
 

 今回、僕が地球のノーフォーク農法を試しても、それがきちんと軌道に乗るのは恐らく数年はかかる。しかもその間、凶作などに襲われたら、本当に効果が出ているのかどうか、判断が難しくなる可能性も高い。
 こうした時の対策も、経験があると無いとでは、きっと違っただろう。


「考えれば考えるほど不安になる。新しい農法で農業をするのって博打とほとんど変わらないんだ……自分でやったことだけど、本当に大丈夫なのかな……」

「領主さま。それは我々農家も同じ気持ちです。元々、生き物を相手にしているのです。偶然や天候に左右されるのは仕方のないことですよ」


 上手くいかなくても仕方がない。豊作になったら喜ぼう。そんな風にして明るく笑う農家の人達をみて、今日も僕は草むしりを頑張るのだった。

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〈あの領主、まだ懲りてなかったのか・第三話・前〉

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 そんなこんなで、僕が屋敷の裏庭にてお金を払ってお手伝いをしてくれている農家の人達と作業に没頭していた時だった。


「ハロルド様。ジェームス様がお見えです」

「うお! ナイゼルさん、気配もなく後ろに立たないでくださいよ!」

「ハッハッハ、ハロルド様。執事たるもの、主人に気配を悟らせるようでは二流ですぞ。必要があれば、たとえ瞬間移動してでも主人の元にかけつなくては」


 執事って、そう言う仕事だっけ? アニメの話じゃないのか?
 農家の人達が作業を続ける中、僕は畑にポツンと立って首を傾げた。
 何だか変な気がする。だが、問いかけたら地雷を踏みそうな気がする。
 

 不思議に思って僕は周囲を見た。すると周りの農家の人達が全く気にしないで仕事をしていた。なのできっと、この世界ではそういうものなのだろう。
 

 納得した僕は、ナイゼルさんに問いかけた。


「ところでナイゼルさん」
「はい」
「ジェームスって、誰ですか?」
「貴方の叔父です。ハロルド様のお父上、先代の弟です」
「あ、あ……もしかして父さんの葬式の時に、僕の近くにいた人?」
「さようで御座います」
「そっか……でも――どうしよう? あの人って声が大きいし、口を開けば自慢話ばっかりだし、それ以前に僕って親戚とかと話すのって苦手なんです……」


 父が死んだ時もそうだったが、どうもウチの親戚には、やれ『私は貴方の父上のこんなことを知っている』だの『私の一族は貴方の先祖に色々とお世話をしたものですぞ』と、自信ありげに話してくる人が多いのだ。
 
 
 そんなこと言われても知らないよ、と僕は言いたいが一応、社交辞令として感謝の言葉を言わなければならず、その度に苦労した思い出がある。


 それでも貴族というのは、基本的に血筋が全てだから、こうした『一族のつながり』を大事にしなければいけない。
 それは十分に分かるのだが、現代日本の核家族で育った僕には人付き合い、それも大人への対応については、どうしても慣れずに、きついモノがあった。
 これがナイゼルさんや、農家の人達のように『目的を同じにしている人達』であれば、責任感からそうしたプレッシャーは多少、薄らぐのだが。


「あと、変に噂好きなのも困る、しかも情報を故意に歪めるから質が悪い」


 僕の父が死んだとき、母はその時のショックで死んでしまった。
 時間的にはほとんど、同じくらいだったそうだ。
 これを一部の親戚は『心が弱い』とか『だからあの一族の女は駄目なんだ』などとこそこそと話していた。


 母さんには申し訳ないがそれはある程度、正しいのだろう。程度の差はあっても貴族は人上に立つ者なのだから、それなりの精神的な強さは必要だ。


 でも、それは葬式の場で言うことだろうか?
 愛する人が死んで何も思わない方があり得ない。

 
 あれから時間がたったが、今になって思い出しても腹が立つ。
 相手が故人とその子どもだから何を言ってもいいとおもっているか?
 もしも僕に軍事的な才能があったなら、いつか絶対報復してやるのに。


 ガラにもなくそんなことを考えてしまうくらいに僕は頭に来ていた。


「ハロルド様、全てのご親戚がそういう人達とは限りません」


 僕の考えを察したのか、ナイゼルさんは静かに忠告した。


 それは分かっている。そうでなければ、僕のような子どもに領地の経営を任せようとは―――それが名目上のことであっても―――しないはずだから。


「でも、今の貴族は二世、三世と世代を重ねた結果、単なるお気楽で

『別にウチの領地に被害が出ないなら優しくしてやってもいいか、それが貴族の余裕ってやつ?』

とか考えている人も多いし、実際問題、どれくらいの人が僕の両親が死んだことを本当に悲しんでくれているのだろう?」

「さて、それは執事の私には分かりません。ですが、今日当家に参ったジェームス様は、野心あふれる方ですので……」


 それはどういう意味? ナイゼルさんにしてはちょっと遠回しな物言いに僕が一瞬、言葉に詰まった、その時だった。 


「おお、何と嘆かわしい! 今は亡き兄の息子が、このようなところで下賎の者と一緒になって泥にまみれているとは!」


 帝都にいたときに授業で見た演劇の役者のような、大げさな身振りをしながら裏庭に入ってくる、一人の男性の姿が見えた。


 小太りで、少しキツめのシャツをきた、二十代後半の貴族。


「ナイゼルさん。あれが―――」

「はい。ジェームスさまです……と、ハロルド様、どうしました?」


 ナイゼルさんの言葉は僕の耳に入っていた。でも、聞こえていなかった。


 叔父さん。遠く帝都からわざわざありがとう。


 でも貴様。
 

 父さんが死んでからというもの、何かと僕を心配して助けてくれている農家の人に向かって、叔父だか何だか知らないが、ウチの領民を、社会の基本たる作物を作ってくれてるお百姓さんを、下賎呼ばわりして、ただですむと思うなよ?


 その時、叔父に向かってクワを振りかぶりそのまま『縦一文字切り』を繰り出そうとした僕を、アメフトに出れば世界を狙えたであろうタックルで止めてくれたナイゼルさんは、いつも思っていたけれど『本当の忠臣』だ。

 
 あと、農家の皆さん。
 リアルで『殿中でござる!』を演じてしまい、迷惑をかけてすいません。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「さて、何だか色々と騒がしかったが……我が甥っ子よ。単刀直入に言う。この地方の領主の座を、私に譲れ」

「叔父さん。単刀直入に返答します。一昨日来てください」

「一昨日? それはどういう意味かね?」

 
 あ、しまった。こういう言い回しは、こちらでは使わないのか。
 理由は全く不明だが、生まれたときから文字は違っても、日本語がなぜか通じている奇妙な世界だったので、てっきりこうした言い回しも通じると思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。


(だから学校にいた頃、同級生と微妙に話が合わなかったのか……)


 だから猫耳じゃなくて犬耳至上主義を熱く語っても、誰も僕の話についてこなかったんだ。
 軍の正式装備にドリルを提案して相手にされなかったのも、きっとそれだ。
 女子のスカートの下が、ニーソックスじゃなくて黒ストッキングなのも、僕の考え方がこちらの世界の常識とあっていなかったからなんだ。


 意外な場所で意外な事実が判明して、僕はびっくりした。


 ただ、僕の後ろに控えていたナイゼルさんだけは、年の功なのか何となく僕のいったことの意味が理解できてしまったようで、凄い量の汗をかいていた。
 

 まずい、これ以上心配をさせるとナイゼルさんが過労死する。


 僕は怒りにまかせて調子に乗っていた自分を戒めた。


「ジェームス様。ハロルド様の爵位継承については、すでに皇帝陛下から許可がおりていますが?」

「ナイゼル、そんなことは知っておるわ! 俺が言いたいのは、子どもに領地経営を任せることは危険だということだ!」


 全く任されておりませんが。それどころか雑用扱いですが。
 あ、でも雑用としてなら、信頼されているかも。


 僕がそうしたことを言いかけた時だった。


「それにな、俺に経営を任せてくれれば、ハロルド、お前はまた帝都の学校で勉強ができるぞ、魔術師の免許だって取れる」

「そ、それは少し、魅力的ですね」


 声が上ずってしまったが、僕にとって魔術とはそれくらい魅力的だった。
 

 この世界では魔術が存在している。そしてそれは誰もが使える万能の力だ。
 でも、そうであるため使用には免許がいる。それを持たずに使えば、誰であろうと罰せられる。
 これは貴族だろうと、一般市民だろうと変わらない。強いて言えば貴族の方が比較的『罰則が軽い』という点が違うくらいだ。
 これは一般の人には申し訳ないが、大きな利点である。


 そうした面もあって僕は魔術師としての免許が欲しい。
 魔術師としての免許は、一度それを取ってしまえば、後は重大な犯罪を犯さない限り、その使用については本人の自由なのだ。
 これに貴族としての特例がつくともっと凄いことになるらしい。


 とにかくそうした実利的なものと、あこがれから僕は魔術師としての免許が欲しかった。


 でも。


「申し訳ありませんが、それは出来ません、叔父さん」

「なぜだ?」

「今、僕は畑で作物を育てています。それを放置して帝都にはいけません」

「バカな! そんなことは下賎の―――」

「ハロルド様、どうかご自重を!」


 大理石のテーブルは意外と重いが、攻撃力には問題ないな。


 学習能力に欠けている僕が、そうしてまた怒りに任せて行動してしまいそうだったのをナイゼルさんが止めてくれた。
 ナイゼルさん、貴方は本当にいい人だ。でも、このままでは。


(……僕は、父と同じで自重することが難しい性格なのかも……)


 自覚はあったが、その症状は僕の方が重いのかもしれない。


(これは遺伝なのか? だとしたら―――)


 目の前に座る、小太りの叔父。
 彼ももしかしたら、そういう性格をしているのかも知れない。
これは厄介だ。


「ハロルド。と、とにかく、その辺にいる普通の貴族ならさておき、仮にも一地方の領主が魔術師としての免許をもっていないのは、少し体裁が悪い」

「叔父さん、貴方さっき、ご自分に領主を譲れと言ったじゃないですか」


 それなのにどうして、僕の領主としての立場を気にするのか?
 何となく矛盾しているのは気のせいか?


「そ、それは―――い、いずれお前が領主にふさわしくなった時、俺の娘と結婚させるから! その時まで、俺が領主の座を預かるだけだ!」

「叔父さん、貴方の子どもは長男だけでしょ」

「いや、実は妻に内緒でメイドに隠し子が出来て―――って、何を言わせる!」


 何も言わせてない。
 でも、これで叔父さんの狙いが絞り込めた。
 やっぱり何だかんだ言っても、彼は領主の座が欲しいのだ。
 もしかしたら、万が一だが、叔父はいずれ、本当に領主の座を譲ってくれるつもりがあるのかもしれない。
 でも、そんなことはいつになるのか分からない。
 本当に譲ってくれるのかも分からない。


(こんなことで将来に権力争いの種を作るくらいなら、いっそのこと今の内に絶縁してしまった方が良いかもしれない……)


 でも、どうやって? 一応、建前の上では叔父は僕を心配して行動している。
 これを問答無用で絶縁したら、困ったことにならないか?


 こうした時、文句を言うことは出来ても説得することの出来ない自分は、やはり政争関係には向いていないのだろう。


 内政には少し向いているようだが、それも自分の足で動くタイプの方で、法律を制定したり、市場を操作したりするのは無理だ。
 知識も経験も、そして人間関係における感情の機微も、僕はうとすぎる。


 その後、痛いところを突かれて沈黙してしまった叔父と、それ以上は何もできなかった僕の間に気まずい空気が流れたが、時間がお昼になったので、これを良い機会だと思って話を打ち切ることが出来たのは、本当に運がよかった。


 でも、こんな幸運は何度も続かない。どうすれば良いんだろう?



[19951] 第三話・後
Name: 緑色の地面◆34057e6e ID:e3da7476
Date: 2010/07/02 18:49
 
 僕があれこれ悩んでいたら、有能すぎるナイゼルさんが、過労で倒れた。


 僕も色々と我慢したり、自重したりして苦労をさせないようにしたのだが、どうやら彼は、僕の代わりに内緒で他の貴族達の相手をしてくれていたらしい。
 その結果、普段の仕事に加えて僕が頼んだ農業、それに関係する余計な作業が増えたせいで、ついに今日、倒れてしまったのだ。


 大変だ。大ピンチだ。
 こんな時にナイゼルさんがいなかったら、僕は死んだのと同じである。


「ハロルド様、それはありがたいですが、言い過ぎですぞ」

「で、でも、あれから叔父さんや、その知り合いの人達が屋敷に毎日のようにやって来るっていうにナイゼルさんがいなかったら……」


 はわわわわ、これはもう、チェックメイト?

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あの領主、まだ懲りてなかったのか・第三話・後

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 ナイゼルさんばかりに頼っていられない。
 あの人はもう、初老なのだ。それなのに無茶をさせすぎた。 


 大反省。猛省しなくてはいけない。どれだけ有能で万能な執事でも、休まないと体が駄目になってしまう。


 今度、肩でも揉んであげよう。
 僕は決意した。 


「だけど、あの人に代わる人なんて、僕の領地にいるのかな?」


 領民や役人を信用していないわけではないが、それにしたってあんなハイスペックな執事は、石を投げれば当たるような確率では存在していない。
 というか、今までが幸運すぎたのだ。あんなに優秀な人が野心も無しで僕に仕えてくれるなんて、それだけで奇跡に近い。


「人をもっと育てておくべきだった。あ、駄目だ。僕みたいな子どもに大人を育てられるわけがない、でもだったらだったで、もう少し色々とやっておくべきことがあったのに!」


 後になって立ってきた後悔。この強敵を前に、僕は自室で頭を抱えた。


「あの、失礼します」


 コンコン、というノックの後に入ってきたのは、僕の住む屋敷のちょうど真正面にある、領地経営に携わる官庁の役人だった。


「どうした。何かあったのか?」


「領主さまの叔父であるジェームス様が、領営銅山の『経営の監督』なるものを主張して、先ほど手勢十数名と共に鉱山へと向かいました」


 マズイ! こんな時に実力行使に出たか! いや、こんな時だからか?


「それで、叔父はどうした? まさか鉱山を占拠したのか?!」

「はい、ですが、その時に落盤が発生しまして、ジェームス様は……」

 
 もしかして死んだ? え? 死んだの? 何というご都合主義!
 流石神さま! 真面目に生きている人には、かゆいところに手が届くサービスをしてくれるんだ!


 父の弟である人の死は、僕にも思わないことが無いわけではなかったが、それでもこれまでの経緯を考えると、どうしても安堵の気持ちが強くなってしまう。


 これで父の残した領地を守れる。僕はガッツポーズした。しかし。


「申し訳ありませんが領主さま。ジェームス様は生きておられます」

「え? 何で?」

「そ、それを私に真顔で聞かれましても……ですが、これは困ったことになりました。ジェームス様は今回の事件は領主さまの『監督不行届である』と言い出しまして……」

「だから、領主の座を譲れ、と? 全くあの人は何でもするな……」

「いえ、慰謝料をよこせと言い出しまして、金貨一万を要求してきたのです」


 うん?
 

 それは何かおかしくないか? 

 
 いや、慰謝料はいいが、それでも――


「これはあまりに膨大な額です……」

「それはそうだが……あ、叔父はどこか、手足でも無くしたのか?」

「むかつくくらいに健康です。あってもかすり傷くらいでしょう」

 
 それで一万? 僕は叔父の正気を疑ったが、それと同時に疑問に思った。


「それで何で一万も要求する? 手足が無くなるほどの怪我でもないのに」

 相場に合わない。これはおかしい。
 これは少し前に、父の代に帝国の河川工事に参加したことある人から聞いた話だから間違いないだろう。


 その時は

『俺たちは頑張って仕事して、それで死んでも銀貨一枚。お貴族さまはかすり傷でも皇帝陛下から金貨百枚』

 と片腕の農夫が話していたのを聞いて、僕は悲しくなって、いつか絶対にこうした人達に報いるための制度をやろうと思ったものだ。


『今はまだ、実力も経験もないので無理だけど、いつか必ず』


 そう言って領民の人達を励まし、それまでは亡くなった人のために、これからは毎年、大規模な慰霊祭をしようと考えた。


 ちょうど僕は、こんなこともあろうかと思って学校の創作ダンスの授業で考えた『海のタコ神さまを讃える踊り』があるので、それを披露しようと言った。


 そんなことを話すと、なぜ領民の人達は僕に『それだけは止めてくれ!』と泣いて頼んだのだが、あれはなぜだろうか?


 まあいい、それは今、考える事じゃない。
 それよりも重要なのは、叔父が金貨を一万も要求してきたということだ。


「君は、何か知っているか?」


「詳しいことは何も。ただ、ジェームス様は商人達から多額の借金をしているようです。その関係では?」

 
 借金には基本的に返済期限というものがある。それが迫っているのか?
 だとすれば叔父の強引な行動にも納得できる。
 少し突っ込んだ質問をするだけで、しどろもどろになったのも、貧すれば鈍すると言う言葉があるように、余裕がなかったのだ。
 

「こちらが子どもであること好都合と考え、何も出来ないうちにお金を引き出してしまおうと考えたのかな」

「憶測ですが」

「なるほど。だとすれば、これからのこちらが取れる手段は―――」


 ① 叔父の借金をこちらが払い、それで恩を売る。

 ② 叔父が借金で首が回らなくなるまで、待つ。

 ③ これはチャンスとばかりに、攻撃する。


「僕にはこれくらいしか思いつかないけど、君はどう思う?」

「わ、私ですか!?」


 いきなり話をふられて、役人の人は混乱してしまったようだった。


「領主にお金の相談に来ると言うことは、財務関係の人か、その周辺の役人でしょう? だったら何かこう、お金に対して、良いアイデアとか、ない?」

「わ、私にはそうしたことをやる権限がありません!」

「権限は僕が持つから。大丈夫、財務官の偉い人にばれないうちにちゃっちゃとやれば問題ないって!」


 判子だけならここにもあるし、と僕は自信満々でいった。しかし。


「領主さま。それは悪巧みをして失敗する人が、必ず言うセリフです」

 さ、さすがはお金に関係する部署の人。
 ここぞというときは冷静だった。

「しかし経緯はともかく、私は①の案に賛成します」


 ただし、少しやり方を変えるべきだ、と役人はいった。


「領主さまの叔父、ジェームス様は一応、爵位の上では貴方と同格です。しかし年齢はあちらが上です。こういうときに、一方的に援助の手を差し伸べられたらどう思います?」

「僕だったら、嬉しいなあ」

「……領主さま。貴方は人が善すぎます。人は―――貴族の方は特にそうなのですが、プライドが高い。それが自分よりも格下だと思っている相手から援助の手を差し伸べられたらどう思います? きっといい顔はしませんよ」

「そういうものなのかなあ……」

「そういうものなのです。だからここは、叔父であるジェームス様にお金を貸している人に直接あって、内緒であの方の借金を返しておくのです」


 ただし払うのは一部の商人だけで、それも全額は返済しないこと。
 そうすれば残りの商人達が、借金を中々返さないジェームスよりもハロルドの方を頼るようになり『もしかしたら、あの人が払ってくれるかもしれない』と期待をしてくれる。


「これによってジェームス様は『恩』と『借金の軽減』という二つの要因からこの領地を手にしようとする理由が消えます。いずれ再燃する可能性はありますが当面は問題ありません、世間の目もあるでしょうから」

「お、おお……」

「あと、副次的な効果として、商人達からの領主さまへの信用度が上がります」


 ただ、それは『あの人は使える!』という種類の信用なので、あまりこうしたことを乱発すると、逆に舐められてしまうことがある、と役人。


「凄いなあ、何だか良いことずくめだよ」

「しかしこの策を使うには、それなりの財源を用意しないといけません。私にはその権限と方法が思いつきませんが……」

「大丈夫、僕にも思いつかないから! ……って、駄目じゃん!」


 いまだに自由に出来る資金がお小遣いしかない僕に、叔父の借金を一部でも返済するなど、そんなことは絶対に無理だ。


「どうしよう? ……どこかにお金の生える木は無いかな?」


「ありませんよ。仮にあったしても、そんなことされたら通貨危機です。我々は断固としてその木を伐採します。全滅です」


 役人のかなり本気の口調に僕は怖くなって視線をそらした。
 と、そこで。


「……ねえ、あれって、いくらくらいになると思う?」

「は? あれ、ですか? あれとは――」


 そこにあったのは『騎士の突撃』というタイトルの、一枚の絵画だった。


「あと、後ろの棚には銀食器もあったよね? 僕、これからは木製の食器の時代が来ると思うんだけど、どう思う?」


「どう思うも何も、木製の食器など庶民の―――ま、まさか?」


「うん。売ってしまおう」


 アスカムの屋敷にあるものは、基本的には全て僕のものだ。
 これらの中で、実生活に必要のないもの、あるいはグレードを落としても問題のないものについては、売っても別に問題はない。


「お待ちください! そんなことをしたら他の貴族達に笑われます! 見た目というのも貴族にとっては大事なものなのですよ?!」

「それを気にして叔父に領地を奪われたら意味がない。きっと叔父はどんな手段を使っても借金を返したいんだ。今はそれを何とかするしかない」


 もし僕が、あと五年早く生まれていたら。


 あるいは両親がまだ生きていたら。

 
 新しい農法が成功していたら。


 IFはいくらでも考えられたが、今の僕に出来る手段は、限られている。


「あ、そうだ。君の名前は何だったかな?」

「私ですか? 〈ジェフ・アーロン〉と申します」

「よし、じゃあジェフ。君は今すぐに商人に連絡を取って、当家の美術品を買い取って貰おう、そこで可能なら叔父に金を貸している商人に直接話をもちかけて。その際に、安い値段で買い叩かれても良い」


「は、はあ……」

「急げ!」

「分かりました!」


 こうして僕は家の中の『家宝』と呼ばれる品物以外はほとんどの美術品を売り払い、何とかして叔父の借金の一部を極秘に返済することに成功したのだった。


 これで何とか、領地を守れた。
 僕はそう思い安堵したのだが―――その、翌日。

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「領主さま、はっきり申し上げます。貴方はバカですか?」

 銀縁眼鏡をかけた、長身の教育ママ。
 もしくは学校の教頭先生。

 そんな容姿の我が領地の財務官の長〈ルーシー・エリオット〉は、僕の顔を見るなりそういうと、いきなり鞭を取り出して、こちらの策の不備を指摘した。


「叔父であるジェームス様の借金をこちらで返す。それが結果的に領地を守ることになる。なるほど、それそのものは悪い考えではありません」


 ですが、とルーシーはそこでいったん言葉を句切った。
 何でだろう、何も言っていないのに無茶苦茶怖い。
 僕は正直、ちびりそうだった。


「ですが、そんなことはあなたが気にすることではないのです。こちらに任せていただけたなら、今頃は向こうの借金のカタに、彼の領地をこちらの手にすることができたかもしれないのですよ?! それを貴方は! これではアスカム家は実質大損です! 先祖伝来の美術品を売って、それで終わりじゃないですか!」

「しゃ、借金のカタに相手の領地を? ルーシーさん、こ、こええ……」

「感心している場合ですか! 良いですか、そもそも貴方は―――」



『おい、何か領主さまが叱られているけど、何やったんだ?』

『何でも、叔父の借金を返すために、家の美術品を売ったんだと』

『いい話じゃないか。それで何で怒られるんだ?』

『さあ? ただ、あのお方の奇行は、いつものことだし』

『それもそうか。よし、後で何か差し入れでもしてやろう』

『それが良い、絶対ションボリしているからな』




「貴方は日頃から奇行が目立ちすぎます! 今回の銅山の件でもそうです。鉱石に対して魔術を使うのならまだ、話は分かります。でも、どうして人を雇ってまで廃液に魔術処理を施そうとするのですか?」


「え? だって、その、鉱山から出る廃液には毒があるかもしれないし……」

「それが我々の領地に流れてくるのですか? 違うでしょう?」

 だったら無駄です、というルーシーさん。

 ビュンビュンと音を立てて唸る鞭が、怖くて僕は死にそうです。
 
 
 でも僕は地球の学校で学んだ歴史にあったように、鉱山からの鉱毒についての知識があったため、これが将来的に困ったことにならないか、心配だった。


 現に、鉱山周辺の山は、木が枯れている場所もある。


 これについて周辺の人々は『仕方がない』という意見が大多数を占めていた。
 でも何とか出来る可能性がある以上、それを試さないでいるのは、僕にはどうしても出来なかった。


(鉱山関係は、農業よりも難しい。これは本当に学者を何人か呼ばないと『生産効率を上げたら人口が減少しました』ってことになりかねない……)


 下流の領地との関係もある。下手に廃液を流したら、戦争になりかねない。


 ああ、一難去って、また一難。
 いや、はじめから何も去っていなかったのか?


 こうして僕は、叔父の驚異を撃退した後、再び領地経営に頭を抱えることになったである。  






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 ギャグに走ると話がまとまらず、シリアスにしようとすると説明臭くなる。
 
 どうすれば良いのか。 加減が難しい。

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[19951] 番外編 その一
Name: 緑色の地面◆34057e6e ID:e3da7476
Date: 2010/07/03 14:16
 かつて僕は、帝都の貴族学校に入っていたときに、魔術の免許試験において

『物質をまず、マイナス二百度まで冷やした後で、三秒以内に三千度にした後、正拳突きで撃破する』

 という魔術を披露して、専門家にフルボッコされた。


「冷静に考えると、あれはそうする必要があったから考え出された方法だ。それを僕がそのまま使うのは無理があるし、意味がない」


 そんなに複雑な手順を踏まなくても、物質は破壊できる。
 だとすれば、なるべく手順は簡単にした方が良い。

 
 そう考えた僕は、本当は免許がないと、この国では魔術を使ってはいけないのだが、内緒でこっそり、屋敷の屋上で魔術の練習をしてみた。


「冷却と加熱。これを二つに別けてやるから、駄目なんだ。どうせだったら一度にやった方が良い」


 僕はそう結論づけると、おもむろに右手に『冷たい力』左手に『熱い力』を出して、それを融合、スパークさせてみた。


 あれ? 屋敷の屋上の半分が消滅したよ?
 そして僕は、どうして庭にある池に落ちているの?


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あの領主、まだ懲りてなかったのか・番外編

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 財務官
『おい、また領主さまが奇行に走ったぞ! 今度は屋敷の屋上半分が綺麗さっぱり消滅した! どんな魔術を使ったんだ? 調査官が混乱しているぞ!』


 刑務官
『一応、賊が出ておどろいた領主さまが暴走したってことにしたけど、こんな法律に対する無茶は何度も使えない。実質、これっきりだ』


 財務官
『この前は叔父の借金を勝手に返したりするし……困っている人を助けたいと思うのは悪い事じゃないけれど、それは本当に明日をも知れない人、それも領民にやるべきだ。あの方の叔父はれっきとした大人だぞ? それを……今後、絶対に調子に乗って、無理難題を言ってくるに違いない』


 総務官
『その点については、今、ここで話しても無意味だ』


 財務官
『しかし! あんなことを何度もやられたら、領地の予算に手を出すようなことになったら財政は破綻します!』


 総務官
『それは理解している。だが、あれはむしろ、我々を出し抜くような速さで対抗策を考えて実行した領主さまの行動力を褒めるべきだろう。かなり拙速で、そのあとの後始末もまずかったがな』 


 財務官
『我々の行動にこそ、不備があったと?』


 総務官
『舐めていた、ということだろう。あの方は確かにまだ子どもだが、子どもだからと言って何もしない、出来ないとは限らないだろう? それを監督するのも我々の役目だよ。手綱が少し、緩かったのかもしれないな。ただ、あまり厳しくしすぎて借用書で相手の頬を叩くような人になっても困るが』 


 財務官
『……分かりました。では、これからどうします? あの方はこの領地にきて最初にしたことが雑草の栽培という人ですよ? 何をするのか予測が出来ない』


 農林担当
『あ、それについては少し、訂正が』


 財務・総務・刑務
『うお、いたのか農林担当官!』


 農林担当官
『ひ、ひどい。ですが、我々、農林担当の意見では領主さまのしていることはそれほど困ったことではありません。あの雑草も、この地方ではあまり使用されていませんが、西方では割と知れた牧草ですし、それを無料で農家に譲っています』


 財務官
『あの方は……それなら少しくらい使用料を取れ! それが駄目なら物々交換をするとか、もう少しお金について厳しく―――』


 総務官
『だから落ち着け。話を戻すが、総務としては、とりあえず領主さまに魔術の免許を取って貰おうと考えている。あの方はその、何だ……知識の偏りが激しいから無茶をすると思うのだ、それを是正したい』


 刑務官
『こちらもそれに賛成です。このままにしておくと、何か致命的な違反をやりかねません。下手に知識がある分、物事の抜け穴を見つけることはできるかもしれませんが、それが落とし穴になることも十分あり得ますので』


 財務官
『だとすると、誰か魔術師の教員を呼ぶ必要があるが……財源は? 人は?』


 総務官
『特別予算があるだろう? 人についてはこちらで用意できる』


 財務官
『ですが、アレは緊急時のプール金ですよ? 下手に使って領主さまに突っ込まれたらどうします?』


 総務官
『先ほどのこちらの発言と矛盾するかもしれないが、そんなところにまであの方は頭が回るのか? 仮にそうだとしても、それは『我々の総意です』と言ってしまえば問題ない。何はさておき、魔術師の免許は必要だからな』


 財務官
『分かりました、予算を組んで対処します』

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 こうしてハロルドに対する、魔術の勉強は再開された。

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 理由はさっぱりだけど、今朝、役所の偉い人がやってきて、僕に『魔術師の免許を取ってください』とお願いをしてきた。


 てっきり内緒で魔術を使ったことで怒られると思っていたのに。
 もしや役人とはツンデレなのか?
 

「教師も呼びました。コボルト族の〈エリザベータ・アイヒベルガー〉様です」


 コボルト族? ということは犬耳なのか! 凄いぞ役人! まさかこんなイベ

ントを僕に用意してくれるなんて!

 
 姓もアイヒベルガーって、何だかドイツ風だ。
 名前もエリザベータということから考えると、きっと姉の名は〈エリザα〉で妹は〈エリザγ〉に違いない!
 ちょこんとした耳と、ふさふさの尻尾のある、可愛い姉妹なんだ!


 僕はウキウキしながら、彼女の待つ部屋へと早足で歩いていった。 


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「エリザベータです。これからビシビシいきますので」


 あ、あれれ? 美人女教師との心温まる勉強を想定していたのに――いや、美人という点については全く何も問題はないんだけど、どうしてそんな、僕をまるで親の仇のような目で見るのですか?


 僕はドーベルマンに睨まれている時のような圧迫感を感じて、ビビる。


「さて、貴方の教師を引き受けるにあたって、かつて貴方が在学していた頃の魔術に関するレポートと成績表を参考にしました」


 さすがは先生、仕事が早い。僕は感心した。でも―――


「……ですが、この『ゆで卵を生卵に戻す魔術』とか『地震をワンパンチで止める魔術』とか『ゴーレムを空中で変形合体させるための重力制御魔術』とかは何ですか! 全部が理論先行で全く現実的でない! 美しくない! しかも何一つとして成功していないじゃないですか!」


 でも! 出来たら嬉しいし、魔術を使えば、何とかなるかもしれな―――


「出来ません! いいですか? 魔術は手品や奇跡じゃないんです。それを貴方という人は……こ、こんな人がこの世に存在したなんて、これは私に対する世界と神からの挑戦状ですね?!」

 
 それを僕に聞かれても……と、とりあえず、だったら僕は何をすれば?


「貴方に足りないのは圧倒的に基礎です。ですので、この〈マジックアロー〉の魔術を一日千回、これから一週間やってもらいます」


 マジックアローは魔力を収束させて放つ、魔術の基礎中の基礎だ。
 熟練者になれば巨石をも一撃で粉砕できるらしい。


 ただ、見た目が炎や雷のように派手じゃないので、僕はあまり使ったことがなかった。だが、自己流の方法では限界があるし、何よりそれで僕は免許を取り損ねてしまったので、ここは一度、彼女の意見に従ってみるべきだろう。


 こうして僕は、先生の指示通り、一日千回の魔術特訓を開始した。


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 発想は面白い。ありえないくらい面白い。


「『全身に電撃をまとわせて敵に突撃する。こちらは帯電しているから敵は攻撃できない、これは一種の無敵状態!』か……でも、少し考えれば、そんなことをしたらまず、自分が感電するってことに、なぜ気付かないの?」


 実戦でこんなことをする魔術師がいたら、戦場の笑いものだ。
 

「あ、もしかしたらそれが目的? 敵を笑い死にさせる作戦……なわけないか」


 しかし、ありえないとも言い切れないのが、あの子の品質だ。


「ただまあ、魔術的に考えて、あの子の考えていることが実行できるか出来ないかを考えると―――超一流の魔術師になら、出来そうなのよね」


 先ほどの『電撃を身にまとう魔術』もそうだが、あれだって自分に展開した魔術障壁が自分の魔術で破壊されるまでの間であれば、なるほど、確かに接近戦においては無敵だろう。
 遠くから矢が飛んできたら、それでもう駄目だが。

 さらに、一般の人がこれをやったら、一瞬で魔力が尽きる。だからこそあの子の考えている魔術を実行するには、超一流の実力が必要なのだ。


 魔術は基本的に誰にでも使える力だが、やはり才能というもの左右される。
 

 魔力の大小に、術式の構築力、そしてそれの実行力。


 魔術師としての実力を判定するには様々な要因を考えなければならず、それが本人の望んでいるものであるとは限らない。
 だからこそ、戦場においてまだまだ槍や弓矢が主力であるのだ。


「さて、まずはそれを理解させることが私の仕事ね……あの子はちゃんと言いつけを守っているかしら?」


 そこで私は生徒の分析をやめ、ふと外を眺めてみた。


 するとそこには、真面目にマジックアローの練習をする生徒の姿。


「感心感心。奇抜な発想ばかりするから、気むずかしい子かもしれないと思っていたけど、思っていたより素直なのね」


 初日からこれでは甘いかもしれないが、私は執事の人に連絡を入れると、差し入れを片手に生徒の元へと向かった。


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 一日で、マジックアローを千発打つのは、かなりの重労働だ。
 肉体的な疲労はさほどないが、同じ魔法を何度も打つのは精神的に来る。
 なので僕は、昔、帝国の貴族学校にいたときにこっそり開発した連射用の術式を応用した。


 これは開発した当初、あまり役に立たないと思っていた魔術だった。


 たとえば敵が百の防御力を持っていたら、こちらは百の攻撃力をぶつけないとその防御を突破できない。
 このとき、僕の魔力が百あったなら、それをそのまま全て敵にぶつけないと敵の防御を突破できない計算になる。


 実際は、属性とか相性とか色んな補正が入るが、それはここでは割愛する。


 理論上は百の魔力を一発ずつ、百回に分けて放っても敵の防御を突破できるのだが、その間、敵が動かないとも限らないし、こちらがミスすることもある。
 そうしたら残りの魔力はいくらあっても無駄になる。


 だったら最初の一撃に、全てを賭けた方が可能性がある。


 こうしたことから、魔術の世界では戦闘部門に限り『一撃必殺』という考え方が主流になっていた。


 これは僕としても馴染みのある考えだった。
 というのも、僕はかつて地球にいたとき、とあるロボットゲームに熱中したことがあったのだが、その際、現実には存在しないビーム兵器が沢山あることに感動してしまったため、機体の武装をすべてビームにしたことがあったのだ。


 見た目にも格好良かったので、僕は喜んだ。しかしゲームの設定なのか、こうした光学兵器は決まって弾数が少なくて、とある対戦の時に、僕は全弾を打ち尽くしてしまったのだ。


 これは駄目だ。もう、どうしようもない。
 そう思った僕だったが、その時、僕の機体の左手にレーザーブレードがあったことを思い出した。


 こうなったら一か八かだ。
 僕はジャンプして相手に強襲を仕掛けると、そのままブレードで攻撃した。
 そしたら何と、何が起こったのか相手を一撃で撃破してしまったのだ。


 感動した僕は、その日から全ての武器を接近戦仕様、言いかえると『一撃必殺仕様』にした。


 運が良いのか、その後になって出た同じ会社のゲームには、何とオーバーブーストにパイルバンカーの親戚のようなブレードまで出たのだ。


 こうなったらもう、突撃するしかない。
 その結果、僕の勝率は一割を切る有様になったが、そんなことで後悔をするようでは真の男ではない。


 こんなことを考えた僕だったが、それでも一応、そんな僕のことを見て


『お前な、ゲームはそれで良いけど、実際はそんな博打はまず当たらないぞ?』

 と忠告してくれる友達もいたが、僕は

『そんなバカな。現実の世界でだって、兵隊さんは『突撃銃』を装備しているじゃないか。突撃と名前が付くからには、きっと『敵に肉薄し、ゼロ距離射撃』をするにきまっている』

『お前、拳銃だって、それなりの距離を取るのに、何でアサルトライフルでゼロ距離する必要があるんだよ?! お前、どこかの軍事板でそういうことを絶対に言うなよ? フルボッコですめば、むしろそれは軽傷だからな?!』


 懐かしい思い出だ。
 あれから色々とあって、僕は一見、無駄撃ちのように見えても弾幕を張ることにもちゃんとした意味があるのを知ったが、それでも一撃必殺へのあこがれは消えることはなかった。


 そしてそれは異世界にやってきたことでより強くなった。


「だけど今は、先生のいうことを聞いて千回、マジックアローを打とう」


 とはいえ、素直に打つのは半分までだ。残りの半分は、こちらで創意工夫をして先生をびっくりさせてあげよう!


 僕は連射術式を組み込んだマジックアローを五百ほど打った後、色々なパターンのマジックアローにチャレンジすることにした。


「とりあえず、そのまま打つのはもういいや、次はこうして回転させて―――」


 気○斬!


 僕の放った変則式のマジックアローは、高速で回転しながら目の前にある、今朝の魔術実験の余波で倒れてしまった大理石の柱に直撃した。


 ギュィィィィィンと、音を立てながら大理石を少しずつ削っていく。
 やはり僕の力では、一瞬で一刀両断することは難しいようだ。


「次はどうしよう……そうだ。数を沢山増やして、一斉に攻撃だ!」


 名付けて〈フ○ンネル〉大作戦。
 僕はマジックアローを待機状態にして何個かつくると、それを一斉に、そして不規則に動かしながら放ってみた。


「やった! 上手く行った! これは凄いぞ! ……って、あ!」


 フ○ンネルをコントロールするには、それなりの装備か能力が必要になる。
 それらを全く用意しないまま放った僕のマジックアローは、空中で同士討ちを開始、爆発した。


 そしてそれは、運の悪いことにエリザベータ先生に直撃してしまったのだ。


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「なぜ?! どうして!? 私がちょっと感心して二階から歩いて外に出るまでの間に、何でそんなにバカなことが出来るの?!」

「で、でも一応、半分まではちゃんとやりましたよ?」

「最初から全部ちゃんとやれ!」 

「でも、先生をびっくりさせたくて……」


 そういってションボリする私の生徒。
 なぜだろう? この姿があまりにも自然体に見えてしまう。
 それに、思いっ切り叱られた時の室内犬を見てるような、この気持ちは何?


「ご、ごめんなさい。明日! 明日からちゃんとやりますから!」

「今日やれ!」

「は、はい!」


 ぷるぷると震えながら、懸命に走り出す彼を見て、私の胸は何だかキュンとしてしまうのだった。












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――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 プロトンサンダーは原子破壊砲。
 これをアルミニウム鉱石に浴びせたら、金属を取り出すどころか消滅してしまう可能性が。


 あと、感想でも書かれていましたが、この主人公、どうもお金に対してかなり甘いところがある。これではお小遣い制を解除できるのは当分先になるかも。
 財務担当の人達にかなり目をつけられてしまいましたし。


 それにしても作者は、知人に一万円を貸してトンズラをされたことがあるというのに、その経験が作中に全く反映されていない! 私はバカか?

 
 まずいぞ。実はこのSSの主人公、ハロルドはかなりのバカだが、このままだと実は作者こそが『その一段上を行く』バカだという事に、読者の皆様が気付いてしまう可能性がある。


 本当に懲りていないのは主人公ではなくて、作者なんだとバレてしまう!


 あ、後、ページが見えにくいという意見があったので、修正ついでに直してみたのですが、何か、しっくりこない。


 もうちょっと、時間があるときにいじくってみます。



[19951] 第四話
Name: 緑色の地面◆34057e6e ID:e3da7476
Date: 2010/07/03 19:06
 
 魔術の先生から命じられた朝の特訓を終えて、今日も元気に裏庭の農園に行ったのだが、そこで僕は農家の人に


『領主さま、貴方はもう、ここに来ない方が良い』


 と言われてしまった。


 僕は本当に要らない子になってしまったのか?!
 泣きそうになって聞いてみたところ、どうやら少し、事情が違った。


「元々、領主が直接畑を耕しているというのが問題なのです。知っているかもしれませんが農業は重労働、何かあれば死ぬことだってあります」

「でも、このまま農地を放っておくわけには」

「前ならいざ知らず、今は領主さまの考えを理解していない者は、ここにはおりませんよ。実績が出るのには、まだ時間が掛かりますが、管理だけなら私たちだけでもやっていけます」


 農家の人は自信ありげにそう語った。彼らの日頃の経験が生きてきたのだ。


 しかしそうなると―――あれ? やっぱり僕は、要らない子?


「七割くらいは」

「過半数を楽々飛び越えた!」

「あ、いや、そもそも領主が直接指示を出すことや、農民と一緒になって働くというのは、効率の面から見ると、今は良くても、この農法が軌道に乗ったときに問題になると言いたいのです。あなたはまさか、領地全ての農場に出掛けて農業指導をするおつもりですか? それは無茶ですよ」


 ごめんなさい、するつもりでした。
 今、ここで考えても分かるが、それは無茶すぎる。


 そんな忠告されて気がついたこともある。
 領主は先頭に立って行動するのも大事だけど、それはあくまでも手段の一つであって、目的にしてはいけない。


 先頭に立って何かを推し進めていくのは格好良い。
 でも、領主が格好良さを追求してどうするというのか?
 そもそも僕はイケメンじゃないというのに。


「分かりました。じゃあ僕はこれから通常業務に戻ります」


「はい。お任せください、この農法は必ず成功させて見せますので!」


 種を蒔いたら、土をかぶせる。
 すると風で飛んだり、鳥に食べられないから、沢山の芽が出る。
 
 
 かつて地球にいた頃、夏休みにやった『朝顔の観察』の時に、土に指を突っ込んで種を植えたことがあった。
 今にして思えば当然のこと。
 それなのに、そうしたことを僕はすっかり忘れていた。


 そして、それを気付かせてくれたのは、この世界の農家の人達だ。


 素人の思いつきで、何でもかんでも出来る時期では無くなった。
 でもそれは、決して悪いことじゃない。
 むしろ喜ぶべきだ。


 僕はそれを悟ると、自室へと戻っていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
あの領主、まだ懲りてなかったのか・第四話

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 自室に戻った僕だったが、だからといって『何か出来ることがあるのか?』というと、この領地の役人は皆、優秀で僕に出来そうなことはまずない。


「世間的には僕はまだ十五だし、精神年齢だって、同じことを繰り返していたら、そんなに上がらないだろうし……あ、まずい、自分で地雷踏んだ」


 き、気を取り直して考える。


 他の地域と比べてどうかは知らないが、ここの役人は決済用の判子を押す時に、下手に順番を間違えると光の速さですっ飛んでくる。
 それくらい責任感があるのだ。こうした人達を押しのけて既存の事業や、今ある制度に割り込んでいくことは難しい。


「だとするとやっぱり何か、新しいことをやらないと駄目だ。ばれないようにこっそりと」


 幸いなことに、僕は奇行をすることには定評があるため、どれだけバカなことをしても、大きな被害さえ出なければ、あるいは出る直前でそれを止めることが出来れば、誰もが『またか……』と納得してくれる。


 それで良いのか、領民? 不本意じゃないのか領主!


 そんな声がどこからか聞こえてきそうだったが、世の中、実害がなければ支配者がどれだけ変態でも、そんなものは話のネタにしかならない。


「大事なのは損失を防いで、利益を少しでいいから出すことだ。あんまり大もうけすると人から恨まれるし、調子に乗って利益を考えない行動をすると、叔父さんの時みたいになる。そうなったら、今度こそルーシーさんに殺される」


 僕がよかれと思って―――領地を守るという意味もあったが―――叔父の借金を内緒で返したことは、一時的は効果があったが、それからというもの叔父は何かにつけて僕にたかるようになった。


 これに切れてしまったのが、財務官のトップ、ルーシーさんだった。
 彼女は僕の屋敷にやって来た叔父に向かって



『メイドに手を出している暇があったら働け! この貧乏貴族!』

『き、貴様! 役人の分際で子爵に対して何という口の利き方を!』

『子爵ならウチのバカ息子的領主もそうだ! でもこいつは少なくとも財政支出を赤字にしたりはしない! それに比べてお前は何だ! ハッ! ワロス!』



 というようなことを高らかに宣言し―――ちょっと僕も傷ついたが―――その上で叔父の家が、帝国に収めるべき税を着服していることに注目、これを中央の役人に告発したのだ。


 まあ、子どもにお金をたかる人が、ちゃんとした経営をしていないことなど考えれば分かることだ。
 でも、これは本来であれば、まずい方法だ。
 別の領地の役人が、他の領地の支配者を告発することは、この国では越権行為である。


 しかしルーシーさんは、いつのまにか用意していた僕の判子で『叔父の悪事を甥が裁いた』というストーリーをでっち上げてしまったのだ。
 

 貴族同士なら、そうした行為は『善意の告発』として受け入れられるらしい。
 とにかく、そんなまるで刑事ドラマのような展開に、僕はただ驚愕した。


 それから叔父は屋敷に来なくなった。あまりに急なことだったので、流石に僕も心配になり、叔父がどこにいったのかルーシーさんに聞いた。


 すると彼女は


『多分、どこかの城の地下で、足に鉄球をつけられた状態で、謎の歯車を回していることでしょう』


 と、ニッコリと語った。


 ギャグだよね? 冗談だよね? モヒカン男なんて、フィクションでしょ?
 僕は聞きたかったが、ルーシーさんの眼鏡の奥から発する怪光線、もしくはギ○ス級の『余計なことは知らなくてよい』ビームに屈してしまった。

 
 こうしたことから、僕は知識と興味だけで専門家の分野に入ることは、それがどんなに良いことでも自殺行為になることを再確認した。


「出来る範囲でやるということは、責任が取れる範囲で行動すると言うこと。それが自分の手に余るようなら、早めに専門家に任せた方が良い」


 そして駄目だったときは素直に引く。
 上手く言ったら、名声は僕のもの。
 それくらいの勇気とずうずうしさがなくては、良い領主になれない。


「僕に出来ることはそれくらいだなあ……その上、お金があまり掛からないことをしなくてはいけない」


 これが実は、最大の問題だった。


 かつて僕は内政ものの話でよく『紙をつくる』話があったので、それにチャレンジしようと考えたのだが、魔術というものが一般的なこの世界では、すでに一定レベルの製紙技術が存在していたため、それを断念した経験がある。
 

 これに現代レベルの製紙技術を導入することは、予算が許さなかったのだ。


「蒸留酒も、手順や設備に差はあっても、存在しているし……うーん」


 後は産業革命、蒸気機関などがあるが、そんなことをする財源は、僕のお小遣いどこか、この領地を逆さに振ってもない。


 技術的にも難しいし、それに公害の問題もある。


 現代日本であれば、産業革命は『文明発展の為に仕方のない』という意見もいえるが、後々の環境問題の深刻さを、情報だけとは言え知っている僕にしてみれば、危険なことはなるべくしたくなかった。


 これは様々な点から学んだ反省も、その背景にある。
 興味本位の行動は、趣味の世界以外では危険なのだ。



「何か、無いかなあ……」


 僕は空を見上げた。

 
 




 するとなぜか、窓の外に魔法少女がいた。金髪でツインテの。







 ついに僕の妄想力は、物質創造の領域へと進化したのか!

 でも、今の僕には犬耳女教師という、素晴らしいジャンルがある。

 だからここは、名残惜しいけど、見なかったことにしよう。

 それがこれから大人になるべき人の対応というやつだ。

 僕もそろそろ、ちゃんとしたものの考え方をしないといけない。


 そう考えて、静かに白のカーテンを閉めた。


「ちょ、ちょっと待って下さい! どうして閉めるんですか!」

「僕には裏切ってはいけない信念がある。そのためだ」

「何でですか! どうして信念があると困っている人を見捨てるんですか!」

「何となく、格好良いから」

「ひどい! これが本当にあの暴君ジェームスを倒した人なの?!」


 チクショウ、叔父め。暴君だと? 響きだけはちょっと格好良いじゃないか。


 そんなことを思った僕だったが、この少女の話は少し気になる。


「叔父が暴君? 予想は出来るけど、何で?」


「税率は高いし、人身売買するし、おまけに山賊を雇って商隊を襲うし……」


 噂には聞いていたけど、やっぱりか。
 そんなのでよくもまあ、一地方の経営が出来たものだ。
 逆に感心する。
 借金で首が回らなくなったからそうなったのか、元々そういう人だったのか。
 それが少し気になったが、考えても仕方がない。


「でも、それももう終わったことだよ。叔父は捕まった」

「それで責任者がいなくなったから、山賊が領地を占領してしまったの!」

「うわ! それは一大事。でもそんなことになったら国軍が動くよ」

「相手はジェームスに書かせた借用書があって、それで権利を主張しているの」

「それじゃあもう、駄目だ」

「諦めが早すぎますよお!」


 でも、国が出てきて仲裁、あるいは無かったことにするために殲滅する可能性はあるのに、それを別の領地の主が独断専行するのはまずい。

 
 あと、権利と義務は表裏一体という考えもある。


 僕も時々、権利だけを主張して義務をおろそかにすることがある。
 これは領主以前に人として自重しなければいけないが、叔父がどんな考えがあって山賊に借金したのかは分からないが、正式な契約書がある以上、それを払う努力をするのならともかく、踏み倒すことは難しい。


 それに、だ。これはこの世界に来て知ったことだが、誰かが力に任せて何かをしようとする時には、必ずその背後に何らかの存在がいる。


 個人が『誰かを殴りたかったから殴った』とかいうのは、その是非はともかく理由としては存在する。
 でも集団が、そんな『戦争したくなったから喧嘩をふっかけました』とかいうのはまずない。
 必ず、何か現実的な利益があるから戦争をするのだ。


 そうした裏の存在を把握しないまま戦えば、まず間違いなく利用される。


「僕に出来ることは何もない。お悔やみを申し上げます。お帰りはあちらです。あ、あと我が領地に来た記念にこの『擦ると世界一臭い、魚の発酵物の臭いのする紙』をプレゼントします。いやあ、再現するのに苦労しまして」

「うわ臭い! 死ぬ! いらない! いらないから、私たちを助けて!」


 そんなことを言われても困る、というのが僕の意見だった。
 
 
 金髪でツインテで、魔法少女。
 これで後はツンデレだったら、僕としては最高だが、いきなり人の家に押しかけた挙げ句、よその領地の山賊を討伐しろとは、無茶すぎる。
 これでは昔の僕と同じだ。


「それはともかく、どうやって僕の家に侵入できたんだろう?」

「スカートの中が見えちゃうから、人がいそうな場所に行くときは、短時間だけ展開できるシールドを下に……って、エッチ!」


 パチンとビンタされた。全然痛くなかったが、それがやばい。萌える。
 じゃなくて! それならズボンをはけば良いのに……でもなく!


「貴方がジェームスを告発したんだから、その責任を取って下さい! そりゃあの方は暴君でしたから、いなくなってありがたいし、それは貴方のおかげですけど、あいつの長男は頼りにならないし、こんなことになるなんて、私たち思っていなかったんだもん!」


 それを言われると弱い。
 こちらとしては不正を暴いた後は、国の司法に任せるべきだし、山賊にどのような思惑があるにせよ、こちらから攻撃は出来ない。


 しかし、一度溺れている人に差し伸べた――本人にそのつもりがなくても――その手を振り払って、溺れていた人をまた川に突きをとすようなことは、道義的に見ても問題がある。


 実利を取るか。それとも風評を取るか。


「ごめん。ちょっと待ってて?」

「え?」

「専門家に聞いてくる!」

 僕は少女を部屋に待たせると、全力で走り出した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


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 僕はまず、財務担当のルーシーさんに事情を説明した。
 すると

『だから貴方はバカだと言っているのです! 相手の話の内容はともかく、どこの馬の骨とも分からない相手をそんなに簡単に部屋に入れるなんて! 軍事の知識のない私でも、それが無謀だと言うことは分かります!』
 

 怒られてしまった。しかし、全くもって、その通りである。
 僕はまだまだ甘い。本当に。 

 
 しかし冷静になって考えてみれば、実際問題として僕は死んでいないし、あの少女のいうことには一定の理がある。


 だとすれば、今はその問題を追及するよりも、あの少女の意見にどう対処するのかが大事だ。
 お叱りは後で、いくらでも受ける。だから教えて欲しい。


 僕がそういう考えを言うと、ルーシーさんはまるで『昨日まで鼻を垂らしていた子ども』が、急に『テストで花丸を取ってきた』ときのような顔をして目をまん丸にした。


「なるほど、領主さまの意見は分かりました。しかし、そのような『困っている女の子を助けるためだけ』に軍隊を動かすことは、財務を預かる者として許可することは出来ません」


「じゃあ、何か利益があれば良いの?」

「向こうには金山と港があります。それを手にできれば、あるいは」

「いきなり二つも?! しかも占領するき満々!?」

「何ですか? 本当だったら領地全部が欲しいところを、貴方に合わせて目標を小さく設定したんですよ?」


 やるのなら徹底的に。目標は高くなければ、達成できない。

 
 ルーシーさんの意見には説得力があった。


「それでもまだ、向こうを攻撃する理由がありません。この件は一度、国に預けてしまっています。それを無視しては国側のメンツが立たないでしょう。確実に金山か港を手に入れることが出来るのであれば、どんなイチャモンでもつけてみせますが、その確証がないのにそんなことはできません」

「か、確証が、あればつけるの? イチャモン」

「あればつけます。イチャモン」


 でも、そうした理由が無い以上は、どうしようもない。
 

「今の私たちに出来ることは、逃げてきたあちらの領民の救援くらいですね。異国人を吸収するのとは事情が違いますから、それよりは楽でしょう。労働力の確保という点では後々に効果が出てくるかもしれませんし」


 犯罪や疫病などが発生しないように関係者と協議する必要はあるが、とルーシーさんは付け足した。


「じゃあ、僕に出来ることは、何もないのか……」

「何もしないという選択肢もちゃんとした選択です」

 
 でも、やっぱり気になってしまう。
 僕がそうしたことを考えたその時だった。


「ルーシーもまだまだ甘いな。本当に欲しいものなら、どんなことをしても奪い取れ!」


 ちょ、その理論、暴論すぎませんか?


「そしてイチャモンとは、何もないところにつけるから意味がある。あるところにつけるイチャモンは、イチャモンにあらず!」


 凄い! 僕以上に無茶苦茶な理論展開する人がいた!


 驚いて振り返る。するとそこに立っていたのは、領地の関所を警備している警備隊の長官〈アラン・クロフォード〉さんだった。


 額に十文字の傷をもつ、ナイスミドルの強者である。


 かつては傭兵をしていたそうだが、戦場で友人を守ることが出来ず、それが原因で引退した結果、ウチの領地にやってきたのだ。


「おう坊主、お前、そんな楽しそうな話に俺を関わらせないなんて、後で酷いぞ? これでやっと戦争が出来るという時に、俺を外して内緒話だと?」


「ぼ、僕が何をしたんですか! というか、どうして? い、いやそれ以前に、どうしてやる気満々なんですか?!」


 世の中には軍事に重点をおく政権がある。
 それはそれなりの理由があるからなのだが、少なくともウチはそうではない。
 なのに、どうして?
 この人、こんなに喧嘩っ早かったけ?


「まだ戦うと決まったわけでもないのに!」


「だが、俺たちはやる。その方向で考えろ。何、任せておけ。昔、お前と戦術遊技盤をやっているときに聞いた『孫子のHEY! HO!』とかいう話を聞いて、どうしてもやってみたくなった作戦があるんだ。これは必ず成功する!」


 む、昔の僕のバカぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!
 

 自分が軽い気持ちで話した自慢話を、真に受けてしまう他人がいる。
 人間関係の難しさは、僕にとって永遠の課題であった。


 
 あ、あと部屋に戻ったら、エリザベータ先生と魔法少女が『先に動いた方が負ける!』バトルをしていたが、僕は怖くなって逃げました。














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