卒業まであと2年を切った5月、愛媛大医学部5年、村尾朋彦さん(22)は研修医の臨床研修先の候補として、出身地の東京都内の病院を見学した。「人気の病院に行くには早くからやる気を見せることが大事」という。既に10カ所以上も県外の病院を回った同級生もいる。同級生で新居浜市出身の村川広太さん(23)は県内の病院を希望しているが、「自分も行かないといけないのかな」とつい不安に駆られるという。
04年に始まった臨床研修制度で、卒業後の研修先を自由に選べるようになった。地方大学出身の研修医が都会に集まるようになり、地方の医師不足を加速させた。
学生の多くは5年生の夏から活動をスタート。民間の専用情報サイトに登録し、スーツ姿で病院訪問に出かける姿はまさに“就職活動”の様相だ。現在は研修医の数に対して受け入れ枠が過剰な売り手市場。都会には倍率が10倍を超える病院がある一方で、地方病院の多くは研修医の獲得に頭を悩ませる。
2人は6月下旬から1週間、授業で久万高原町立病院で訪問診療などの実習を受けた。地方の医師不足の現状を知り、患者との距離の近さなどやりがいも感じた。「研修先を自由に選べるのはうれしいけれど、患者さんにとって良いことではないと思う」。2人は複雑な表情を見せた。
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愛媛大に今年4月入った研修医は定員44人の約4割の19人。同大医学部の卒業生約100人の約3割を占める県内出身者ですら、一部は県外へ出て行く。「昔は学生から門をたたいてくれたが今は違う」と同大医学部付属病院総合臨床研修センター長の高田清式教授(55)は嘆く。
県は今月18日、東京都内で開かれる企業主催の医学生向けの説明会に初参加し、県内の病院を紹介する。全国約400病院がブースを構え、医学部1学年の定員の4分の1に相当する約2000人が集まる大イベント。出展料は平均で数十万円といい、現在の研修制度は新たなビジネスまで生み出している。
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国は戦後、各都道府県に医学部を設置し医師を増やした。その後、医師数の過剰を招いたとして1982年と97年の2回、医師養成数の抑制を閣議決定。だが、医療の高度化や高齢化などを背景に、特に地方で医師不足が指摘され始め、自民党政権時代の2008年から医学部の定員を再び増やし始めた。民主党も昨夏の衆院選マニフェストで「医師養成数を1・5倍にする」と明記。今年4月の医学部定員は最低だった03~07年より約1200人多い8846人で、過去最高となる。
過熱する研修医の獲得戦。だが、増えた“医師の卵”が一人前になるには最低10年はかかる上に、現状のシステムでは将来、地方で医師をする保証はない。国は今年4月の臨床研修から、各都道府県に定員を割り当て、偏在の解消を図ったが、臨床研修の希望者に対して受け入れの枠は約1・3倍。根本的な解決策になっていない。
高田教授は言う。「学生に今さら強制もできないので、地域医療の魅力を知ってもらうしかない。大学にとっても死活問題だが、一番困るのは国民だ」
毎日新聞 2010年7月4日 地方版