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[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!【現実転生→林トモアキ作品】第11話UP
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/07/03 01:01
 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおん!【現実転生→林トモアキ作品】


 前書き


 これは突発的に始まった実験作です。
 
 何時消えるかも不明は上に、何時終わるとも知れません。
 作者は未熟な身ですが、感想をもらえたら励みになりますのでドンドン感想をお願いします。
 
 なお、ACFAの更新はどうなったかと言うと…実は資料として重宝している某サイトが突然閉鎖してしまい、現在参考資料が少なく、更新できていないのです。
 
 現在新たな資料を購入しようと計画していますが、未だ目途が立っていないので暫くは更新が停滞してしまうでしょう……期待してくれている方々には大変申し訳ないです。
 

 では上記の事を読んでもまだ読んでくださるという方は、どうぞ次の話に進んでください。








[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!プロローグ修正版
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/03 06:25
 
 プロローグ




 普通、転生前のテンプレと言ったらトラックや電車の乗り物系に隕石、鉄骨等の落下物系、後は通り魔や正体不明のモンスターなどの襲われ系だよね?
 
 突然何言ってんだ?とも思われそうだけど、まぁ話を聞いてくれよ。

 自分の場合、そのテンプレに入らない死に方したのに転生したもんだから、ちょっと混乱してるんだ。


 あれはそう、自分主観で昨日の事だったか……。

 

 三日徹夜続きの仕事を終えて、漸く帰宅。
 今にも倒れそうな体を引きずって布団を敷いて就寝。
 意識が眠りに落ちる寸前に大地震発生、部屋中の家具が暴走開始。
 薄型テレビ、冷蔵庫、ノートPC、炬燵、本棚、タンスが一斉に部屋の中央に殺到。
 中央の布団で寝てた自分に家具が命中、その後も数度の突撃を受けて黄泉路へGo。
 
 そして、気付けば見知らぬ場所で目を覚ましていた。

 







 中世の西欧貴族の様な豪華絢爛な部屋。
 その真ん中に置いてある小さなベッド。
 
 そこで自分は知らない天井を眺めながら考え事をしていた。


 「バブ……。」(どうしたもんか…。)

 
 気付いたら赤ん坊ぼでーでしたとさ、はいはいテンプレテンプレ。
 


 ………………………………………マジでどうしよう?













 「シオちゃーん、元気にしてたー?」


 部屋にいたメイドさん達に下がるよう命じながら、この世界での母が来ました。
 
 なお、自分の名前はシオではなくエルシオン。
 シオちゃんはあくまで母だけが使う愛称であり、自分はれっきとした男であるので間違えないように。
 
 母の名前はフィエルと言い、奇麗な銀髪を無造作に後ろに流したポン!キュッ!ポン!の美女です、本当にあり(ry
 
 
 なお、父には会った事が無い。
 メイドさん達の噂話にも出てこないし、母も話題に出さないので、何か理由があるらしい。
 まぁこの件に関しては絶対に触れないでおくのが吉、と自分の生存本能が語ってくるので永久不可侵という事にしておく。
 

 「昨日はあんまり泣かなかったそうだけど、寂しかったらちゃんと呼ぶのよ?」

 「バブバーブ。」(あんまり用事とか無いけどなー。)
 
 ニコニコとお日様の様な笑顔を浮かべつつ話す様は、この人が人外である事を全く感じさせない程に温かく、美しかった。


 そう、自分も今生の母であるこの女性も人外なのだ。
 
 
 この母から生まれ、生後一年が経過してから漸く意識がはっきりしてから自分はやっとこの世界における自分の立ち位置を把握した。


 自分を含め、この城(らしい、全容は把握してない)にいる者達は全て魔族、又は魔人と言う種族であり、自分達のいる世界から態々人間のいるこの世界に侵略してきたらしい。

 現在は裏からこの世界を支配しており、魔王とその配下が治める魔王制という形で支配しているとの事だった。

 で、自分はその人の2人目の息子であり、現在生後1年との事です。


 …………………………………よりにもよって人類の天敵な種族かよ…。



 現在、この世界は人外側の支配下らしいのだが、そういったオカルト的な者達はあまり表に出ず、一見は人間主体に世界は動いているらしい。
 また、異世界も複数存在し、魔族の故郷である世界の他に、天界とかいう天使や神々のいる世界の他にも多数の世界があるらしい。

 今の所、こっちの世界での何代目かの魔王である母フィエルの下、平和に過ごしているが、歴代の魔王は何だかんだ言って暴れたりしていたらしく、その度に交代させられていったそうだ。
 
 あくまで見たのではなく、母の側近や部下達がそう話していたのを小耳に挟んだだけなので、あまり詳しい事は解らないのだが……まぁ、現状を把握するには十分だろう。
 
 幸いにも魔王は世襲制ではないので、自分が何者かに狙われる心配は無い。
 将来的には魔族、人間双方から距離を取りつつ、何処か山奥で隠居してれば人間とかその他の人外に狙われる事もないだろう。

 自分自身に関しては才能、容姿その他の先天的な要素はかなり恵まれているらしく(まぁ、両親が魔族の中でも高位らしいので当然との事だが)、何かあっても油断しなければ大抵は対応できるだろう。


 まぁ、そんな難しい事はさて置き、今は母との遊びに付き合いつつ、少しでも情報収集に努めるべきだろう。






 
 「ほーら、シオちゃん高い高―い♪」

 「バウバーブ…。」(赤ん坊扱いももう慣れちゃったよ…。)



 母の手で抱き上げられながら、少し虚ろな目をするエルシオンだった。






 

 



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第1話
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/06 20:24
 

 第1話




 魔王制が廃止されました。
 
 これからは人間主体の世界になるそうです。


 取り残された魔族、魔人は行き場が無くなりました。
 神殿教会なる宗教団体が発足されたそうです。
 その内容は対魔物、魔人戦闘に特化した対魔組織です。
 母が旅に出ました。
 向こうの世界の兄は名前だけで会った事すらありません。
 妹は母についていきました。
 部下の人達は右往左往しています。
 世の中では魔物、魔人がバッタバッタと死んでいます。
 纏まろうにも指揮系統すら明確でなく、側近の人達の意見も合いません。

 そこにのんびりと日々を過ごす自分が目を付けられました



 結果、魔人達の旗印にされてしまいました。
 
 



 
 ………………………………………………………あれ、これ死亡フラグ?












 

 一先ず、側近達と相談して、各地に散った魔人達の現状を把握する事から始めました。
 
 何を始めるにも情報は必須と言えるものだからだが、流石は温厚な母の側近達、若造の意見にも理由があればきちんと耳を傾けてくれた。

 
 結果、ヨーロッパ圏内を中心としてかなり広範囲に魔族、魔人が生活している事が判明した。
 

 これは彼らの生活様式や文化等がヨーロッパのそれと類似、と言うか侵攻した際にお互いの文化とかが混ざってしまった結果らしい。
 侵攻した魔族は元々労働力として人間を利用していたらしく、人間の作る優れた文明の利器を魔族側が改良、発展させる、又は魔族側が持ち込んだものを人間が量産、発展させる形で生活しているとの事。
 
 その生活の中で二種のハーフとして誕生したのが魔人であり、現在では中間管理職的な役割を持って働いている。

 元々はどっちつかずの迫害対象だったのだが、基本的にのんびり屋である母の治世でそれも無くなったとの事だ。

 
 母は今までは何処かのやんちゃが馬鹿騒ぎをしないように見張るという形で治めていた。
 側近曰く、最低でも世界が滅ぶような事態を避け、可能な限り戦乱が起きないようにするのが魔王の役割とのことだった。
 
 他の歴代魔王は結局それを破って虐殺したりするので、最終的には魔王を選出する立場にある「円卓」とか言われてる者達に止めさせられたのだそうだ。
 最後までまともに続いたのは母の代だけだったとか。
 

 それって魔王は世界の管理役って事だよね?と側近Aに尋ねるとまぁ、大体そうですねとの返事。

 自分が若き日に見ていた魔王像は実は管理職だったという落ちに、ちょっと落ち込んでしまったえるしおんだった。




 それはさて置き。


 人間主体となったこの世界では、現在人間勢力が破竹の勢いで成長している。

 小規模な魔人のコミュニティはそこの住民ごと簡単に蹴散らされ、壊滅される。
 基本的に強大な魔族は自衛できるのだが、人間の発展速度を舐めてはいけない、そう遠くない内に現在よりも強力な装備や戦術を以てこちらを狩りに来るだろう。
 その点は側近達の大半とも意見が共通している。
 


 そこで今後の魔族、魔人がこの世界で生き残るためにも、今後の自分達の活動方針を決定しようとしたのだが、これが荒れた。
 
 基本的に3派に分かれてしまい、はっきり言って収拾がつかないのだ。

 
 1つ目は人間排除派。
人間がこれ以上付け上がる前に排除しようという考えの者達。

 2つ目は不干渉派。
 これは人間との争いを避けてどこか隠れ里でも作って暮らそうと言う考えの者達。

 3つ目は穏健派。
 人間と講和するなり休戦するなりして平和に過ごしたいという考えの者達。



 ………たった40人程度の集まりでよくぞここまで分かれたもんだよ。

 嘆いても仕方ないので、苦労して落ち着かせつつ、何とか話を進める事に成功した。



 先ず排除派だが、これは駄目だろう。
 
 もし罷り間違ってこの世界の管理機構、型月の「抑止力」に該当する様なものが出てきたら確実に死ねる。
 寧ろ、魔王が管理職だった点を考えるとそういった存在がある確率はかなり高いと考えられる。
 さっきも言った「円卓」の連中が出てくる可能性もあるので、人間への攻撃は自衛か暗殺の様なものに限るべきだろう。


 次に不干渉派だが、これも駄目だ。
 
 人間は魔族や魔人と違い、短い人生を一杯に生かすという向上心に恵まれた種族であり、繁殖力も魔族や魔人より余程高い。
 今日明日は隠れたとしても、何処にいようが発展を続ける彼らに何れは発見されてしまうだろう。
 それに将来的にはこの地球上に人類がほぼ居住不可能な場所など南極大陸くらいしか無くなってしまうだから、これも却下だ。


 最後に穏健派だが、これも現状じゃ駄目だ。
 
 人間は自分達と異なる者は徹底的に排斥する生き物だ。
 出身、文化、肌や髪の色、食文化、果ては日常の癖など、どれか一つでも違っていればそれは十分に排斥する理由になる。
 一説では、史実のユダヤ人が迫害されたのも宗教的理由の他に、商売が上手だった事から来る嫉妬も理由の一つだったと言われている。
 容姿、寿命、魔導力、身体能力、知性など能力の面では人間より遥かに優れている魔族や魔人ならどうなるかは言わずもがなだ。
 一時は争わずとも、何れは戦端が開かれる事だろう。
 本当に恒久的な和平をするとなると、それこそ意識改革から始めなけらばならないから最低でも何十年も掛かってしまう。
 また、人類の倫理観が現代社会程度になるまで待たなければならないだろう。
 それに排斥するよりも協力した方が得になると解らせなければ、例え倫理観が幾ら進もうとも関係が続かない事は目に見えている。
 よって、これも駄目だろう。
 


 以上の事をようやっと落ちつき始めた側近諸君に丁寧に説明すると、何故だか皆さん黙りこくってしまいました。


 ………はて?そんなに突拍子も無い事を言っただろうか?
 それとも単に呆れられたとか……そ、それはちょっとやだなー…。




 とか内心ビクビクしていると、今度は皆さん落ち付いて意見を出し始めました。
 何か参考になる点があれば幸いですが、側近全員難しい顔で沈黙してしまいました。
 

 漸く話し合いが再開された頃には、さっきよりは理性的に話し合いが進んでるから良しとしておこう。






 そして、全員で意見を出して、叩き合い、3時間後に漸く意見が纏まった。



 結果、今後の指標となる最終目標は魔人、魔族の人類社会における浸透化に決定した。
 


 これは魔族、魔人がその素性を完全に隠蔽した状態で人間社会に溶け込む事を目的としたものだ。
 
 無論、神殿教会などの対魔機関所属の術者には魔導力を感知して判別してくる者もいるが、それ以外の点、容姿や身体構造などには魔族も魔人も人間も大差は無いため、その術者の判別さえ誤魔化してしまえば決して不可能な話ではない。
 その類似性は魔人という魔族と人間のハーフがいる事からも解る。

 将来、術者の識別を誤魔化す術が実用化されれば、多くの人間の中に溶け込めばおいそれとは手出しできなくなるだろう。
 
 もし、そんな状態で魔族や魔人を狩り出そうとすれば、それこそ中世の魔女狩り並に凄惨な事態となるだろう。
 そして、そんな事態になったら魔族や魔人は自身の能力を生かして逃げ出せばよい。
 
 それでも自分達の存在に気付く者達がいれば、懐柔するか最悪の場合は処分すれば良い。
 当の術式の存在自体は何れ知られてしまうだろうが、術式の構成そのものを知られなければ対策は講じられにくいだろう。


 そして長い時間をかけて、人間社会の深い場所まで浸透し、自分達の存在が人間社会に無くてはならない存在にまでなれば、おいそれとは排斥されなくなる。
 最も良い形は国家権力をこちらが完全に把握、又はこちらと協力関係にある人間が政権を握った状態である事だ。
 
 それにはどうしても最初に述べた誤魔化し術式を大前提として、一定以上の人数の同族、こちらに協力してくれる人間の人材が必要不可欠になってくる。

 その他にも財源や優秀な人材が大量に必要になってくるが、成功した際のメリットは非常に大きなものがあるだろう。

  


 と言う訳で、当面は側近の皆さんと一緒に、先ずは各地に散らばった同族の皆さんの再結集と種族問わずにこちらに協力してくれそうな人材の雇用、そして最も大事な誤魔化し術式の開発を主な活動に決めました。





 こうして、魔族と魔人の種族としての生き残りを賭けた一大戦略が開始されたのであった。








 


























 ???「うふふふ、くすくす………随分と面白い子がいるわね。さぁ、あなたの物語を始めるといいわ……この世界でただ一人の異邦人。」








[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第2話
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/11 06:03

 第2話

 
 魔族と魔人の旗頭になってから1カ月目。

 今日も旧魔王城にて書類と側近の皆さまに囲まれています。
 城に半ば監禁状態で頑張ってますが、そろそろ日の光の下に出たいです。
 

 ……………………………………………………ちょっと、限界来てます。








 さて、ここで報告があります。

 1カ月前に決めた浸透戦略ですが……初っ端から躓きました。



 誤魔化し術式の方は魔導関係の知識が豊富な者達を集め、開発チームを発足したので特に問題はありません。


 問題は人材の雇用と同族の皆さんの再結集に関する事です。

 側近の人達との話し合いが順調だったのですっかり失念してたのですが、この世界では人間は下位に分類される種族であり、未だ魔王制の頃の感覚を引きずっている者が多い現状では、人間を侮っている者が大勢を占めています。
 そんで魔族は元より魔人の中にも人間を下位種と侮ってる連中がいる始末。
 そんなのがヨーロッパにいる同族の、実に4割を占めているのです。
 

 …………………おまいら、もう少し緊張感を持てと小一時間問い詰めたい。

 

 それはさておき。

 そう言った連中をそいつらの領土(自称)から主に自分達が使用する旧魔王城へ来させるのは難しい。
 何せ「人間如き何するものぞ!」とか言って、寧ろ積極的に暴れて聖騎士団を呼び込んでしまう様な連中ばかりなのだ。
 実際、交渉に行った連中が討伐に向かった聖騎士団と鉢合わせしてしまい、危うく全滅しそうになった事もあった。
 以上の事から迂闊に招いて内部に不安要素を抱くのは避けたい。
 

 唯でさえ側近の中にも人間排斥派が存在するのだ、そいつらを結託されたら厄介な事になるだろう。
 これは不干渉派、穏健派の面々とも合意した事だったが、かと言ってそう言った者達を全て除け者扱いにしたら秘密裏に結託して暴れかねない。
 

 しかし、人材の枯渇は深刻なので、一通り声を掛けておくだけはする。
 結果、好戦的だが理性もしっかりあるような連中はこっちの誘いに乗ってくれた。
 数こそ多くないが、それでも人手が増える事は喜ばしい……と、思っていた。


 そして、招いた連中に仕事をさせようとした所で、また問題が浮き上がった。

 この連中、揃いも揃って脳筋族ばかりだったのだ。

 どうも領地経営の方は人間任せにされてるらしく、その上の魔族、魔人の殆どは他の地域で略奪やら虐殺やらをして物資や人を奪ってくるらしい。
 まぁ、そりゃ詰まらない事務仕事を人間に押し付けたがるとは思ってたけど………おまいら、少しは働けよと小一時間(ry。

 これで期待していた文官の補充は無くなってしまった。
 残ったのは殺し合い大好きだけど、上位の魔族や魔人に付いてきただけの連中であり、この世界の魔族、魔人の存亡への危機感なんぞこれぽっちもありはしない者ばかりだった。
 交渉役の魔族の側近がかなり格が高い人だったから起こった事だが、自分みたいにまだ100年と生きていない若造だったとすると、この半数にも満たなかっただろう。
 

 …………………………………さて、どうしよう…。


 扱いに困ってしまった連中の処遇だが、その中には使えない魔人、魔族の他に領地経営とかをしていた人間の文官も多少は混ざっているので、そちらは改めて旧魔王城の文官として起用する事になった。

 残った脳筋族に関しては、ある程度似たり寄ったりの排斥派が面倒を見る事に決まった。
 今後は対聖騎士団用の戦力として、排斥派の面々にその連中を率いてもらう事にした。
 秘密裏に結託されるよりはこっちの目の届く所でそうしてもらった方が良いと判断したんだけど……上手く手綱を取れるかちょっと心配。
 ……まぁ、消えた所で悩みの種が消えるし、代わりの人材は今後育てるとしよう。
 元々人間なんぞ(ryと何処かで考えている連中だが、仮にも人外達、実働戦力としてはそれなりに使えるだろう。 

 なお、誰が指揮官かで揉めるかと思ってたが、排斥派にも力の強い古参魔族が多く、引っ張ってきた魔族、魔人達は本能的に彼らに従うため、あっさりと上下関係が出来ていた。
 ………うん、自分魔族の本能って凄いね。
 

 で、彼らには早速仕事をしてもらう事になった。
 最近、聖騎士団の活動が活発化しているので、先ずは彼らと戦ってきちんと現状を見据えてもらおう。
 これで彼我の戦力をしっかり認識してもらえれば良いのだが……それは期待薄だろうか?
 もし壊滅的打撃を被った所で、自分としては然したる問題は無い。
 それは彼らの責任であり、排斥派が大人しくなるのであれば不干渉派、穏健派としては問題は無い。
 排斥派としても人間と戦わせてもらうのなら特に問題は無いので、文句は出なかった。
 と言う事で、彼らにはとっと出発してもらった。
 ……補給物資、各種武装などは準備済みとは言え、部隊発足から3日目は流石に早かっただろうか?


 そう言えば、最近では誤魔化し術式の開発も進み、試作1号も出来たので、量産成功の暁には各地で情報収集に出ている魔人、魔族の諜報員達に最優先で支給してもらう予定だ。
 旧魔王城の周囲に展開されている隠蔽結界や認識阻害などの結界を省略、小型化して個人用にしたらしい。
 人間は元より魔人でも熟練者以上にしか見分けられないのだとか。
 
 なお、情報源に関しては普通の人間から金を払って得たりする事も多い。
 流石の神殿教会も、異端でも犯罪者でもない、小づかい稼ぎをする人間を理由も無くどうこうできない。
 彼らはあくまで対魔機関であって対人機関ではないのだ。

 

 後、金がない。
 今は旧魔王城地下倉庫にある使い道が無さそうな装飾品、家財を売りに出している。
 無論、ミスリル等の武器に転用できる素材を使わない、あくまで装飾品としてのものだけ。
神殿教会に見つかる様な事は嫌なので、裏ルートでオークション形式で販売してみた。
 結果、かなりの価格で物好きな貴族が買い取ってくれた。
 これで今暫くは大丈夫だろうけで、今後は確立した資金源が必要だろう。

 なお、文句を言う奴は一人残らず組織運営上の資金の大切さを小一時間自分が直でレクチャーしてやった。

 ……文句は消えたが、仕事の時間が減って暫く地獄見た。
 



 誰か、自分に休日をくれ。
 そして、潤いの無い職場に終焉をくれ。
 前の人生でも無かった一週間ガチ徹夜とか、このままじゃ幾ら魔族でも死んでしまう…。




 旗頭生活2カ月目

 排斥派率いる戦闘部隊だが……聖騎士団と痛み分けになった。
1.5倍の戦力差と言えど、人間が人外と拮抗するなんて聖騎士団マジパネェっす。
 この件で排斥派の面々も大分人間への偏見、というか油断や侮りが取れた。
 現在、部隊の再編成と訓練、対聖騎士団の装備の開発に勤しんでいる。
 上層部の意思統一が出来たのは不幸中の幸いか。


 さて、誤魔化し術式の方はこの2カ月の試行錯誤のおかげで、実用段階まで漕ぎ着けた。
 今は試作品を改良した正式版を順次生産しているが、今後も改良を続ける予定だ。
 これで魔族の諜報員の帰還率も上がるし、人間の方は信者に紛れて神殿教会内での活動に集中させられる。
 開発班にはボーナス代わりに酒でも送っとこう。

 そう言えば、資金源に関してだが、排斥派の方にいる訓練中の兵士使って訓練代わりに魔王城周囲の土地を開墾させる事にした。
 伐採した木材は近隣の街や都市に買い取ってもらって、拓いた土地はサクサク農業を開始する。
 ヨーロッパだけあって麦の供給は幾らあっても買い手は消えないので、育てるのは麦に決定。
 後は魔族、魔人領で暮らしてたせいで聖騎士団に追われた人間主体で農業開始。
 こうやって人間使うのも排斥派のせいで大っぴらに出来なかったんだけど、今度からはあまり気兼ねしなくとも使える。
 いきなり動物のフンとかは反対、てか嫌悪されるかもなので抜いた雑草や材木の切りカスとかを燃やして灰にして畑に混ぜて肥料にする。
 これで自給自足に成功すれば大幅な出費の低下、あわよくば売りに出せるかも。
 今後は各地にある特産物とかを諜報員とかを利用して苗木や種、種馬、種牛なんかを貰ってくる予定。
 
 後、そろそろ旧魔王城の部屋が足りなくなってきたので、兵舎とか作ろうかと。



 ……あ、そう言えば自分の給料とかってどうなってるんだろう?
 部下達への奴は書類への決裁の時に見たけど、自分のは?




 旗頭生活2カ月と2週間目


 漸く戦闘部隊の再編が終了した。
 ただし、魔族、魔人で固めてたそれは支援部隊や補給部隊に人間を起用する事になった。
 無論、魔族、魔人とやり合える聖騎士団と事を構えるには魔導皮膜済みの装備がいるだが、それは前衛担当の魔族、魔人組が優先供給されているので今しばらくは無理だろう。

 後、人間主体の後方部隊には今後長弓やバリスタ、長槍なんかを使用してもらう事になる。リーチの長さって大事だよね。
 矢の戦端部分の金属を魔導皮膜で覆うので、角度や勢いにもよるが、これで重装歩兵や騎兵が主である聖騎士団にもある程度はダメージが通るだろう。


 さて、農業の方だけど…これは意外と進んでいる。
 やはり餅は餅屋、農業は農民に任せるのが合っていた。
 こっちに避難してきた農民達も大分元の生活に近づいたため、当初あった異種族への怯えが大分軽くなっている。
木材も市場価格よりやや安く販売しているためか、よく売れる。
 元々原価はタダだし、ウハウハだ。

 …しかし、そうやって稼いだ金も直ぐに軍備と各種開発費、部下達への禄に消えていく。

 
 なお、自分のお膝元で人間に訳も無く手を上げる奴は、最近使えるようになった指―ム(仮称)の実験台に処す事を発表している。
 大型魔物も両断できる指―ムは調整如何で使い方の幅が広がるため、結構使い勝手が良いので重宝している………主に果物や肉の切り分けに使ってたら側近Aに泣かれ、最近使えるようになった側近Bに怒られた。
 別に良いと思うけどね。
 
 なお、この実験台の刑が始まってから、被害者1号を除き、以後受刑者は出ていない。




 旗頭生活半年目


 最近の神殿教会の勢いはマジで怖いので、対抗してこっちも別の宗教を後押しして信者の増加を抑える事が恒例の側近会議で決まった。

 後押しする宗教の名は十字教、かつて魔王制の廃止を天界に訴えた史上初の人物が唱えた宗教である。

 これに関しては側近会議でもかなり揉めたのだが、側近Aの「ならば、神殿教会に対抗できるだろう宗教組織は他になるのですか。」との鶴の一声で決定した。
 「無いのなら作ればいい」という意見もあるにはあったが、資金や人材の問題があるため、見送られた。

 
 壮大過ぎる感もあるこの計画だが、実は結構理に適っている。
 同じ人間同士をぶつけて勢力を削ぐのもさる事ながら、神殿教会の教えと十字教の教えはほぼ同じなのも都合が良い。
 
 何時になるかは不明だが、両者は何れ信者獲得のため、自分達と似た様な教えを持っている互いを排除しに動くだろう。
そして、宗教戦争が開始される。
 宗教に根ざした戦争というのは後々の禍根に成りやすい。
 恐らく世紀単位で神殿教会といがみ合ってくれる事だろう。

 無論、対魔機関である神殿教会に普通の人間で構成される軍隊が勝てる筈がない。
 しかし、彼が裏に属する者である事がこの場合は隙になる。
 神の代行者にして地上唯一の対魔機関である神殿教会に属する聖騎士団が、宗教戦争を容認し、大義名分があるからとは言え殺人を容認するのだろうか?
 もし組織の上層が容認したとしても、魔と異端を討つ事に慣れた彼らに、同じような教えに従うただの人間を殺せるのか?
 そんな事になれば、いずれ人心は荒廃し、信者獲得もままならなくなるだろう。

 彼らの弱点、それは表に出てこれない事と大っぴらに信者を増やせない事だ。

 しかも、この時代の情報伝達速度を鑑みるとその発足から間もない宗教であるからには未だ大した数の信者はいない。
 後に世界三大宗教になる程の規模を持つ事になる十字教には敵わないだろう。
 少なくとも表での戦いなら、十字教を掌握した時点でこちらの負けは消える。
 もし十字教が負けたとしても、宗教の根絶というのは非常に難しいので、目の上のタンコブとして残ってくれる。
 
 そして、荒廃した人類社会の復興に際し、自分達が手を貸す。
 
 人間、困った時に手を貸してくれた相手には裏切られるとは考えないものである。
 それは恒久的に人間社会に溶け込む事を最終目標とする自分達にとって、ひどく都合のいい事だった。
 具体的な事は経済面から支援する予定だが、復興以後も開拓や貿易事業に人間名義で協力していけば、今後も良い関係を続けられる事だろう。
 
 既に貨幣経済が始まっているこの時代、金を握れば人間社会を裏から牛耳るのも不可能ではない。
 未だ法が整備されていないのも、こちらには有利に働く。
 この時代には独占禁止法も著作権法も無いのだから、稼ぎ方はいくらでも思いつく


  
 聖騎士団が十字教の相手をしている内に、自分達は経済なり宗教なり政治なりで人間社会の中に足場を築く。
 完遂するまで3桁単位以上の年月がかかるかも知れないが、漸く決まった浸透戦略の具体的な内容に側近達も期待しているので、何としても成功させたい。



 さて、十字教支援のための資金源だが、現在は商会を立てて、あちこちで様々な分野の商売を営んで資金を作っている。
 旧魔王城のいらん品を片っ端から集めて売り払い、元手を作った御蔭で漸くできた商会だった。
 
 
 現在の主な商売内容は医薬品の販売と配達輸送業、飲食店経営、傭兵といった所だ。
 
 魔族、魔人の身体能力なら普通の馬なんぞよりも遥かに早いので配達も早い。
 多少重くて多いのなら、複数人でリヤカー(偽)を引けばよい。
 医薬品は魔導薬の作成の応用であり、普通の薬よりちょっと効果と値段が高い(それでも王侯貴族向けのそれより安い)………ただ、使ってる技術はちょっとグレーゾーン。

 
 料理に関しては旧魔王城のメイドとコック達の独壇場であった。
 何しろ命がけで日々料理をしていたのだ(主に自分の妹が原因で)。
 たかだか50年程度しか生きていない人間のコック相手に己を誇りを賭けて彼らが負ける筈も無かった。
 現在は近場の都市で店舗を出しているが、その内各地にチェーン店を出していく予定だ。


 最も稼ぎが良いのが傭兵なのだが、その主な相手は山賊、盗賊、海賊の他、魔物退治だ。
 普通の賊が魔族、魔人に敵う筈も無く、割かしあっさりと片付く。
 問題は魔物だ。
こちらは聖騎士団が何らかの理由で派遣できない、又は遅れる場合に依頼を受けるのだが、如何せん神殿教会から目を付けられたら堪らないので最も身入りの良い魔物退治は内容を選ぶ必要がある。
 聖騎士団は魔を浄化する事に命を賭けているので、イザコザを起こすと後が怖いのだ。
 唯でさえ術式(ペンダント、指輪、腕輪、ネックレス等に内蔵)で誤魔化しているので、しつこく付き纏われるのは避けたいのだ。



 以上、こうして何とか順調に資金操りをしている。

 しかし、自分がその商売を利用する事は少なくとも後100年は無いだろう。


 何故なら旗頭である自分は今日も監禁状態で仕事を捌いているからだ。
 先日、遂にあまりの過剰労働に脱走を試みたのだが、側近Aの指揮と側近Bの見えざる手のコンボにより敢え無く補獲されてしまい、その後の仕事でちょっと地獄を見た。 


 ……AはまだしもB、お前は覚えてろよ……。
 1本2本ならまだしも、一度に6本も出してきやがったよ、あの蛇目シャギー。
 Aの金髪聖人も顔と人格の割に指揮がエグイし、散々だった。
 
 こっちが指―ムで対抗したとしても、自分の悪戯で脱走騒ぎに慣れているメイドと執事が人海戦術で迫ってくるのは反則だと思った…………やはり自分に休日は無いのか……。



 …く…自分が過労死しても、何時か第2、第3の自分が貴様から逃げ出してくれるわ。
 
 今日も今日とて書類仕事に精を出しつつ、全く懲りていないえるしおんだった。
























 ???「ぷぷふ…………だ、ダメ…もう耐えられ……あは、あはははははっはははは!!」







[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第3話
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/10 22:24
 

 第3話


 旗頭生活2年目



 最近、魔王とか言われてるえるしおんです。
 


 ヤバいので違うと言うんですが、皆さん話を聞いてくれません。
 どうも側近連中の誰かが言いだしたらしいのですが、側近達も知らないそうです。
 はて?と思ってると、「私達の盟主なんだから当然ではないですか。」と側近Bのお言葉。

 き さ ま の し わ ざ か 

 どう考えても死亡フラグじゃねぇか!
 自分、童帝のまま死にたくはねぇよ!!
 
 癪なので、自分は何時か止めるんだからその内誰か君らの頭になってくれる人が出てくるよ、と言って既に半年に一度の恒例行事となって久しい脱走を開始。
 城内で上手く撒いたと思ったら、今度は旧魔王城正面門で待ち構えていた排斥派率いる戦闘部隊と衝突、戦闘。
 指―ムと最近開発した目ビーム(不意打ち用)で壊滅的打撃を与えつつ、最後にはメイドを始めとした魔人の女性陣に捕えられました。
 ……胸とかが当たって……ちょっと、気持ち良かったです…。
 
 でも、その後は書類地獄再び。


 …………………誰か、簒奪してくれ、若しくは聖騎士団を潰して………。
 …………流石に1年間ずっと睡眠時間が1日につき2時間とか無いわ………。






 


 最近、あちこちの国で十字教の迫害が盛んになった。

 まぁ、皇帝崇拝とか多神教に反対してるんだから、当然と言えば当然なんだけど。
 こっちが後押ししたとは言え、急激に布教が進んだものだから何処の国や宗教も焦っているらしい。
 
 それと同時に十字教とよく似た宗教も排斥されているらしい。 
 奇妙な事に誰もその宗教の名前も知らないのだが、しかし、確実に迫害を受けている。
 無論、下手人は皇帝の命に従った騎士団の仕業だが、手引きは自分達。
 袖の下って、いいよね♪


 後、これは狙っていなかった事なのだが、ちょっとした収穫があった。
 神殿協会、十字教は共に唯一神教。
 よって各地に広がった十字教徒のおかげで多神教の何れかの一柱や土着神の神殿や社が破壊される事件が相次いでいる。
 御蔭で魔物が活動しやすい地域が増えたとかで、聖騎士団が忙しそうに走り回っているそうな。
 
 正直ザマァwwwとか思うが、そう喜んでばかりもいられない。
 
 こっちは一応十字教を支援する予定なので、今からでも恩を売っておいた方が良いだろう。
 と言う訳で、村を焼き打ちしようとする国の騎士団に先んじて、秘密裏に十字教徒を保護、騎士団には適当に都合のよい幻(既に盗賊や山賊の略奪にあって滅んでいた)を見せたので無問題。
 結構多数の村人を保護したので、不足気味の労働力も少しはUPするだろう。
 

 あ、そう言えば農業の方だが、最近ではノーフォーク農法で小麦、カブ・テンサイ、大麦、クローバーを栽培している。
 御蔭で各地から購入した家畜を殺さずに乳や羊毛が取れるし、作物も多く取れるし、土地も痩せないから便利便利。
 ……ライ麦も栽培しようと思ったのだが、麦角に注意が必要なので、対策が出来たらで。


 後、肥料の件だけど、最近家畜の糞を発酵させたものを試験的に一部の土に混ぜ始めた。
 何でも家畜の糞を捨てていた辺りの土が妙に肥えていたため、成分検査をしたのだとか。
 結果、試験的に採用されたのだが…………自分、許可出したっけ?
 
 一応側近達に問い詰めると、不意に側近Aが目を反らした。

 こ ん ど は き さ ま か 

 どうやら学術的探究心で勝手に調査、実験したらしい。
 まぁ、いずれはやろうと思ってたし、成功したからあまりとやかく言わなかったが、今度からはちゃんと申請するように厳命しておく。


 後、罰として自分がやっている書類仕事を3日分肩代わりさせた。
久しぶりに日の下で過ごせた……2年ぶりに。


 終了後、側近Aに泣いて謝られた。




 ……………………………………自分の仕事量ってどうなってるんだろう?
 

 自分の仕事に関して、ちょっと黄昏るえるしおんだった。

 なお、この後仕事量の軽減を訴えたが、返事は机に山積みになった書類だった。






 旗頭(偽魔王)生活2年2ヶ月目


 最近、保護した十字教徒達の教育を始めました。
 簡単な計算と読み書きだけですが、これで外でも食っていけるでしょう。

 え?旧魔王城で暮らさないのかって?
 彼らは何れ外で十字教の布教に役だって貰うのだから、将来は外に行く事になってます。
 まぁ、老い先短いご老人や病人等、外の過酷な生活が出来ない人は旧魔王城付近で暮らしますが。
 今後、彼らには頑張ってもらうので期待大。


 そう言えば、最近商売が繁盛し過ぎて笑いが止まりません。
 特に飲食店関係がすごく、毎日大盛況。
 何故かお忍びで貴族まで来てると報告があった。
 原因は甘味。
 この時代、塩はあっても砂糖は超貴重品。
 果物もまだ品種改良が進んでないので大して甘くないし、硬いものが多いので余計に砂糖を使った料理は貴重だ(旧魔王城では品種改良が開始されている)。
 うちの店はテンサイから作った砂糖を始め、卵と乳製品を豊富に使ったクッキーやパンとかを出しているため、非常に人気が高い。
 一時は宮廷料理人として貴族にコックやメイド達が引っ張られそうになった事もあった(金を握らせて事無きを得たが)。

 ……なお、テンサイから砂糖を取るには本来なら結構な手間がかかるのだが、千切りを温水に浸して糖液を出して、煮詰めて、ろ過しただけのものを使用している。
 

 他にも、金にあかせて貴重な書物を買い漁り、海賊版を安値で売ってたりする。
 この時代、まだ紙は貴重品なのだが、幸いにも旧魔王城では魔王制時代に実用化済みの技術だった。
 そこで各地に増えた支店を通じて貴族や商人に少々安値で販売している。
 現代の高度に工業化された奴には圧倒的に劣るが、パピルスや羊皮紙なんぞよりも使い勝手は良いので結構売れていたりする。
 

 後、傭兵だけど、これはちょっと困ってる。
 最近の神殿破壊のせいで活性化した魔物の相手で人手が足りない上に何故か一部で迫害を受けている神殿教会だが、追いつめれてるせいか新たな信者(人材)確保に余念が無い。
 で、一応フリーランスの傭兵であるうちの連中が目を付けられて強引に勧誘された。
 幸いにも勧誘された部隊の隊長は結構切れる人だったらしく、「自分達は十字教徒だから嫌」と断ったとの事。
 うん、GJ。
 これで十字教と神殿協会の確執がまた深まったね。
 ………でも、ちょっと追い詰め過ぎたかね?
 暫くは傭兵業は控えめにして他に集中する事にしよう。


 
 そう言えば、最近神殿協会で新たに対魔導感知の術式が開発中だとか。
 念のため、諜報員の誤魔化し術式装備の刷新を急がせる。
 後、最悪の事態に備えて旧魔王城の周囲にある結界の強化と万が一の時に戦闘城塞としても機能するようにしておく………勿論ながら、陥落した際の脱出通路や予備の拠点も準備しておく。
 また、神殿協会内の非主流派を唆して謀略を開始すると同時に有事の際に必要となる各種物資の動きに注意する。
 そして、周辺地域の必須物資の価格をゆっくりと上昇させる。
 駄目押しに、皇帝崇拝の国々に神殿協会の拠点を十字教の拠点と偽って密告しておく。
 これで少しは時間が稼げる筈だ。
 
 戦闘部隊の方も傭兵稼業の御蔭で経験もばっちり、連携に関しても気を付けていたので足の引っ張り合いにはならないだろう。
 前衛部隊の殆どには魔導皮膜装備が配備完了、後衛部隊はまだ無理だが対魔導皮膜として矢の先端に皮膜を施した長弓やバリスタや投げ槍の配備は終了している。
 これで一方的に虐殺される事も無いし、最低でも非戦闘員の脱出の時間を稼げるだろう。


 
 あの狂信者達が坐したまま追い詰められるを良しとする筈がない。
 そろそろ大きな動きがあると予想される。
 それを乗り切れるかが目下、最大の懸念事項だ。


 自分達と今後生まれてくる子孫の生き残りを賭けて、何としても対処しなければならない。
 
 


 










 側近Aの独白

 

 「如何に魔族や魔人が強力でも、近い未来、人間には決して勝てなくなる。」



 魔王制廃止直後、先代魔王フィエル様の側近だった者達が今後の対策を検討する議場。
 建設的な意見が出ぬままに紛糾する中、静かに幼い声が響いた。
 その少年が発した言葉に、私を含め、その場にいた者達は悉く思考を停止させた。
 その日その場で交わされた言葉を、私は生涯忘れる事は無いだろう。

 お飾りとしてその席に座らされた少年が、今や名実共に自分達の盟主となる等、一体誰があの時に予想できただろうか。



 私が彼と初めて会ったのは今から約20年程前のことだった。
 先代魔王フィエル様の元、各地の魔族、魔人達が無秩序に暴れないように治めていた頃。
 まだ旧と付く前の魔王城の中庭での事だった。
 
 たまたま通路を歩いていた私の視界に、日差しを避ける様に木陰で休む小さな人影が入った。
 その少年の容姿に自分の主君の面影が見えたため、直ぐにそれが誰なのか解った。
 主君であるフィエルの次男エルシオン。
 現在、この城で暮らす者なら誰もが一度は聞く名前だ。
 
 噂好きな侍女たち曰く、変わり者。

 日がな一日ずっと魔法の研究と実践、偶に珍しい料理を作ったかと思えば何処かに出かける。
 妹であるエルシア様とも殆ど会わず、唯一母であるフィエル位にしか心を開かず、フィエル様本人も手間が掛からないが、それが少し寂しいと仰っていたのが印象に残っていた。

 その時も木陰で小難しい魔導書を読み、地面に複雑な計算式を書いていた。
 チラリと見たが、自分も嘗て学んだ内容だった。
 しかし、それは確実に生まれて数十年程度の若い魔族が読むものではなかったが。
 
 その時は仕事が立て込んでいたため、直ぐにその場を後にしたが、今思えば彼は彼なりにこの後の事態を見据えていたのかも知れない……魔王制が廃止された後の事を。


 
 次に会った場所は、先にも上げた議場だった。

 魔王制廃止直後、フィエル様の姿が消えた。
 たまに城に来ていたアウターと言われる面々もその足取りを完全に消し、魔王城にいた側近達は今後の事を考え、頭を悩ませた。
 一先ず一度話し合うべきだろうと側近達を集めて会議を開いたが、遅々として話し合いは進まない。
 辛うじて現状の情報は各自の報告で把握できたが、それだけでしかない。
 主に3派に分かれて会議は推移しているが、はっきり言って実入りは無い。
 いい加減見切りを付けて、独自の判断で行動しようかとも思った。


 遠い過去、私が提案したこの世界への侵略。
 それが原因で、この世界の多くの場所で血が流れている。
 今はまだ魔王制の頃の秩序が残っているが、後少しすれば多数の人間と少数の魔族、魔人との血で血を洗う戦いが始まるだろう。
 そうなれば、間違い無く人間が勝ち、私達は負ける。


 この議場にいる何人が意識しているのだろうか、人間という種の危険性と可能性について。
 彼らは私達ととても近しいが、多くの面で劣っている。
 だからこそ努力を惜しまず、自分達よりも遥かに短い人生を目標に向けて進んでいく。
 魔王制が終わったばかりの今はまだ良いだろう。
 しかし、何れは私達すら独力で超えていく。
 それだけの下地が彼らにはある。



 いい加減、見切りを付けるかと席を立とうとした時に、先に上げた幼い声が聞こえた。
 誰もが意識していなかった、或いは見えていなかったのか議場の一席に小さな子供が座っていた。
 それが誰かは直ぐに解った。
 主君たるフィエルと娘のエルシアが消えた今、唯一残っていた次男のエルシオンを出汁にこの場を設けたのは自分だったからだ。
 視界に彼を確認した者は誰もが彼がお飾りだと考えていた筈だった。
 誰とも関わらない変わり者の子供。
 しかし、今の彼はその血筋もあってか、どうにも抗い難い雰囲気を放っていた。
 

 そして、全員が唖然としたままである事を、これ幸いにと彼は話を続けた。

 人類の排斥と和解、魔族・魔人の隠遁。
 その全てに彼は自身の意見を理路整然と告げた。
 その内容は荒唐無稽な点もあったが、馬鹿馬鹿しいと切って捨てるには辻褄が合っている。
 そして、私自身の考えと一致する部分もあった。
 

 そこから先の会議は自然と彼を中心として、この世界の魔族・魔人の生き残りを賭けた戦略について話し合いが進んだ。
 その内容は先程までの実入りの無いものではなく、誰もが真剣にこの事態に対する打開策を論議していた。
 3時間にも及ぶ話し合いの末、今後の戦略は人類社会への浸透となった。
勿論、この決定に不満がある者も少なからず存在したが、それでも表だって離脱しようと考える者は少なかった。


 
 そして、今日に至るまで離反者は出ていない。
 皆、心の何処かで解っているのだ。
 自分達魔族と魔人は、この世界で何処にも居場所が無い事を。
 
 だからこそ、自分達が平和に生存できる環境を作る事を目指すエルシオン様についていく。
 エルシオン様本人は私達の誰かが裏切るのではと考えている節もあるが、それは無い。
 少なくとも私が現役の間は決してそんな事はさせないと誓える。
 他の者達からは「聖人」とも言われる私だが、目的のために必要な犠牲は躊躇わない。
 私が始めてしまった争いを終わらせるためにも、私はエルシオン様についていく。
 

 決意を新たに積み上がった書類を片付けるために手を動かす。
 こうした地道な仕事も目標のためには大事なのです。

 


 「バーチェス様ーー!!エルシオン様がまた脱走しましたーー!!」


 バタン!とドアを勢いよく開いて駆け込んできたメイドの報告に、コトン、と羽ペンを取り落とす。
 半年に一回の割合で起こるこの騒ぎですが、何も過去に浸ってる時に起こらなくても……。
 自分の額に遣る瀬無い怒りで青筋が見えるのが容易に解る。
 何故なら、その証拠に目の前のメイドさんが顔がみるみる青くなっていくからだ。

 「エスティ君にも連絡を入れてください。出るのは恐らく正面門からでしょう。そこに訓練中の部隊を派遣してください。城内の者はエルシオン様を追いかけ、退路を断ってください。くれぐれも隠し通路や罠を見落とさないように。」
 「ハッ!了解しました!」
 
 青い顔のまま敬礼し、一瞬で走り去っていくメイドの後ろ姿を見送りながら、仕事を先程の倍近い速度で終わらせていく。
 この書類の山は後はエルシオンの決裁を貰うだけで済むのだが、何しろ量が量、今日までに終わるかは定かではない。
 罰代わりに仕事を増やした事に満足し、後はその内届くだろう捕獲成功の一報を待つだけだ。
 
 しかし、今日の自分の仕事は今ので終わりなので、さっさと夕食を食べに食堂へと向かう事にする。
 今日は季節の野菜シチューの筈、あぁ楽しみだ。







 途中、子供の泣き叫ぶような声が聞こえたが、空耳と断言して夕食を続行。
 今日のシチューも美味い。
 
 後でエルシオン様の部屋にも届けて差し上げるとしよう。









 その日もエルシオンの執務室から明りが消える事は無かった。
 
 









[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第4話
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/13 06:32
 

 第4話


 旗頭(偽魔王)生活2年と半年目


 最近、真剣に文官の育成に取り掛かろうと思う日々。
 このままじゃ比喩じゃなく書類に殺されると日々怯えてます。



 側近達も排斥派達実働部隊とかは比較的少ないが、他の部署は深刻な文官不足による過剰な書類仕事により、唯でさえ数の少ない文官達を圧死させかねない程。
 例えば自分とか、自分とか、自分とか、自分とか、自(以下略
 御蔭で文官を志望する新入りも少なく、悪循環に陥っている。
 
 じゃぁ何で今まで育成しなかったんだ?と言われそうだが、勿論理由がある。
 人材育成には金、時間、人員が多く掛かる。
 今までは人員と何より金が無かったので出来なかったが、今はこの時代の国家予算並の莫大な資金を持ってるので大丈夫(予算自体はもっと少ないが)。
 人員の方はそっちに回す位なら仕事させろっていう風潮があったので、今までそっちに割ける人材が無かったから。
 
 今は何処の部署も文官不足なので教師役をローテーションさせて負担を減らしつつ、一先ず簡単な計算と読み書きを中心に教えていく予定。
 これは十字教徒達と似た様な内容であるため、合同で授業をしている。
 なお、十字教徒達もある程度使い物になるにはやはり実践が大事なので、一定以上習熟したら見られても問題無い内容の仕事を練習がてら彼らにも手伝ってもらう事にした。



 さて、最近の外の情勢だが、相変わらず迫害が続いている。
 
 積極的に煽る事はもう必要ないと止めていたのだが、やはり一度迫害されるようになると随分と尾を引くらしい。
 これなら煽らずとも大丈夫だったかな?
 最近では猶太教の信徒まで迫害対象になっているらしく、こちらでも受け入れを開始している。

 神殿協会は相変わらず信徒の保護と魔物退治に動いている。
 魔物は漸く沈静化の兆しが見えたが、信徒の保護に関しては十字教徒まで神殿や各地の教会に押し寄せており、保護されないと解るや否や暴動に発展している所もある。
 そこに両者の区別がつかない皇帝の軍が来るため、各地で相当な量の血が流れている。
 
 正直、やり過ぎたか?とも思うが側近A曰く「必要な犠牲」との事なので、十字教徒が増え過ぎて国の手に負えなくなるまでノータッチに決定。

 後、アジア方面への布教も開始、商会がアジア方面に出す商隊に便乗させて送り出す。
 これで史実より遥かに早く布教してくれる事だろう。
 勘違いして神殿協会の方に行く奴も少なからずいるだろうが、それ位は想定内、特に問題視はしていない。
 


 商売に関しては傭兵は商隊の護衛や盗賊団の討伐位で、騎士団と会う事も無く平和そのもの。
 飲食店と商会支部の方も、各国の主要都市並びに流通上重要な都市全てに建てた。
 もう稼ぎが凄い、笑っちゃう位凄い。
 何か王族までお忍びで来てる。
 
 中には宮廷料理人として強制的に召抱えようとしてきた王族もいたが、給料にその国の国家予算の半分の額を要求したら顔を真っ赤にして断られた。
 
 ………調理器具やテンサイから液糖までの加工費用、乳牛の飼育と各種乳製品への加工、それに鶏の飼育、小麦等を育てる大農園の維持費とかも加味すると大体それ位になるのになぁ…。
 まぁ、費用の増大はこの時代の技術水準が低すぎるからなんだけどね。
 これが現代ならもっと安上がりに済むんだけど。
 実は赤字スレスレなまで安上がりなんだけどね、うちの飲食店って。


 さて、他の交易とかの商売だけど、最近では先にも上げたアジア方面の品物をこっちに輸入したりしている。
 例えば茶葉、絹、麻(繊維原料として)、稲、大豆、小豆等の植物の種や苗、そして名工が手掛けた陶器や硯といった工芸品、巻き物の数々。
 植物に関してはうちの農場で品種改良し、行く行くは加工して飲食店に出す等して利益を上げたい。
 工芸品や巻き物に関しては芸術方面に理解のある貴族や王族が言い値で買ってもらうかオークションに掛ける。
 
 本来なら長距離の交易はこの時代では現代よりも遥かに危険なのだが、そこらへんはやっぱり人外、あっさりと賊を撃破、魔物もなんのそので確実に帰ってくる。
 御蔭で資金に困る事は全くと言って良いほど無くなった。



 もう赤貧に喘いでいた過去は遠いものであり、側近を除く部下達は大喜びしている。
 側近達はどうしたって?
 

 …………皆、仕事に忙殺されてて使う暇なんざありゃしないのさ…。
 …全員少しは自分の気持ちを味わえばいいんだ…。







 旗頭(偽魔王)生活3年目


 先ず一言

 騎士団が攻めてきました。



 いきなり何を言ってるか解らないだろうが、自分でも(ry




 …一先ず落ち付いて、と。


 聖騎士団の総攻撃か!?と即座に臨戦態勢になったのだが、所がどっこい、正体は近くの国の騎士団でした。
 
 何でもここに十字教徒が集まってるという密告があり、調べに来たのだとか。
 数も騎兵が50と少ないので、此処の事をただの村と思ってたらしい。
 幸いにも通りがかった側近Bの見えざる手で一網打尽されたため被害は無く、その後旧魔王城地下の牢獄で拷もゲフンゲフン!…もとい尋問開始。
 蛭風呂と蟻風呂と触手風呂どれがいい?と側近Bが尋ねたらしいが、罵声が返ってきたので一時間ごとに交代で全部を体験させたらしい…………通りで地下から「アーーーーー…………ッッッ!!!」な叫びが聞こえてきた訳だ。
 おかげで全部吐いてくれたので、まぁ、問題無し。
 ちなみに密告したのは誰かは解っていないらしい。
 報酬を受け取らずに消えたため、足取りも不明だとか。
 なお、その後は適当にミンチにして、飼育している魔物の餌にしました。


 国の連中には上層部に金を握らせるか暗示をかけるよう指示を出し、今後の対策に移る。
 多数の結界に守られている旧魔王城程ではないものの、意識誘導の結界が敷かれている周辺の領地に何故聖騎士団の様な対策を取っていない普通の騎兵が入ってこれたのか?
 答えは彼らの持っていた指輪にあった。
 本人達も身に覚えが無いと証言した怪しげな指輪は、どうやら神殿協会由来の術式が彫り込まれたものだった……それも従来の術式とは所々違う形式のもの。
 効果は他者からの精神干渉の防御。
 それにより、穏当な形で侵入者を排除していた結界が実質無効化されてしまった訳で………。

 ヤバいって事で緊急側近会議を開催、出張中だった側近も呼び戻す、今回の事件はそれ程にヤバい。

 で話し合った所、側近Aが言うには恐らく警告と試験運用じゃないかと。
 最近、聖騎士団の活動の阻害になる事ばっかりやってたので、向こうからの脅しを込めたメッセージとして。
 そして、極め付けに防衛上の要である結界を無力化できる装備。
 こっちの本拠地の特定と結界の無効化にはそれだけの意味がある。
 ぶっちゃけ国防に大穴が開いてる訳で………その意味が解らない者は側近にはいない。
 今はまだよいだろうが、何れ時間が経てば、装備を配備し終えた聖騎士団が雪崩れ込む事が予想される。


 その場凌ぎとして、急いで結界の改良と新規設営、更に傭兵として各地に飛んでいた戦闘部隊の一部を呼び戻す。
 これで万が一攻め込まれても非戦闘員の避難までの時間は稼げる……と思いたい。
 新装備の配備までどれ程時間と資金が掛かるか知らないが、連中は近いうちに必ず来る事は確信を持って言える事だ。
 
 後、前々から計画していた拠点移設計画を本格稼働、何時でも逃げられるように準備をしておく。
 隔離世と言われる異層空間を通じて各地の商会支部に非戦闘員から避難する。
 隔離世はその性質上一度潜れば発見は困難であるため、逃げ隠れには打って付け。
 全員で一度に逃げるのは今まで無理だったが、優秀な術者である側近Aを代表とした開発部を中心に特殊な魔法陣から隔離世に潜航、安全地帯まで逃げ切る事が出来る。
 とは言ってもまだ試運転もしていないので、完成まで側近Aと開発部には地獄の底まで働いてもらおう。
 近場の商会の支部にもある程度戦力を配置するとして、避難した人員を収容する場所も作らなけりゃならんので、支部のある都市で場所確保がてら何か新規事業の開拓をしとく。
 結果、都市近郊という事で雑貨屋でも開く事に決定した。


 なお、十字教徒並び猶太教の皆さんだが、ここに異教徒が攻め込んでくるかも知れないので避難するよう言ったのだが、どうも反応が悪い。
 もう此処で永住したいとの事だが、そうもいかないので何とか説得してもしもの時は避難してもらうよう約束してもらった。

 それと、彼らには魔族とか神殿協会とかの事は当然ながら伏せている。
 もしも彼らが自分達が異能を使う所を見たら、適当に「神の奇跡」とか言って誤魔化す予定。
 ………ちなみに布教に行った十字教徒と部下の中には、既に病気や怪我の人を魔法で治療して「神の奇跡」と言って布教している者もいるので特に問題無し。
 この時代じゃ科学的に思考するなんて極一部の人間しかできない。
 そんな人物がいたら、それこそ歴史に名を残す程の偉人位だろう。
 

 漸く生存への糸口が見えたと思ったら、この事態。
 しかし、負ける訳にもいかない。
 稀にしか見ないけど、のんびりと畑を耕し、神に祈り、家族や近所の人と日々を平和に過ごす事が間違いである訳が無い。
 
 魔族や魔人だろうが、それは同じ事。
 この世界に来て数十年、もう前の人生よりも長い生を生き、多くの人に情が移っている。
 
 どんなに不利だろうと負けられないし、負けたくない。
 
 と言う訳で、今日も歯を食いしばって山のような書類を片付けていくが………終わりは一向に見えてこない。




 ………………やはり文官の増員は必須だな……。


























 側近Bの独白


 魔王制廃止後、始めて開かれた議場での衝撃の後の事だ。

 当時、僕は彼の人物が自分の主君足り得るかどうかを、未だ判断出来ずにいた。
 

 あれ程の「演出」をしたからにはその知性に関しては揺るがぬ評価があるし、実務能力もその後の活動で優秀だという事は解ったが、かと言って今後神殿協会という一大勢力相手に戦えるかは未だに疑問が残る。
 最古参に当たる暗黒司祭殿は彼に心酔している様だが、僕はそこまでエルシオン様を無条件に信用できなかった。
 今一纏まりがない側近達の旗頭としては申し分ないものの、御年数十年、人間なら10歳程度の外見年齢の盟主に、不安が拭えなかったというのもある。


 何より、何故自身の母や妹が見捨てた我々を、彼は助けようとするのか?
 自身を粉微塵にすり減らしてまで働く確固とした理由とは、一体何処から来るのか?




 そんな不安と疑心を抱えたまま仕事を続ける日々の中。
 
 ある日、エルシオンと二人っきりで仕事をする機会を得た事があった。
 エルシオン様はいつも通り死にそうな顔をしながらほぼ一人で書類を片付けており、僕はそこに追加の書類を持っていった所だった。
 普段ならもう一人や二人いるのだが、他の側近や部下達は偶々ここにはいない。
 ……別に腹を壊したり、大事な書類が一枚欠けているなんてよくある事だ。
 
 
 「エルシオン様、前々からお聞きしたかった事があるのですが……。」
 「…手短にな……。」
 
 手を止めず、視線すら寄越さずに許可を出すエルシオン様にそう切り出して、僕は身の内の疑問を盟主たる少年に向けた。
 
 「何故エルシオン様はそこまで働くのですか?フィエル様もエルシア様も我々が絶滅しても構わないかの様に姿を消しました。何故エルシオン様だけは残ったのですか?」

 「何だ、そんな事か。」

 カカカカカカカカカッカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッカカカカカカカカカカカカカと紙の上を羽ペンが走り続ける音が部屋に響く中、エルシオン様が落胆した様に返事を返す。
 ……………それにしてもペンの音は普通カリカリではないだろうか?間違っても啄木鳥の様な音は出ない筈なのだが…。


 「元々私が議場にいたのは、あの金髪聖人のせいだというのは知っているな?」

 「えぇ、バーチェス様からお聞きしましたが…。」
 
 そう、そこが不安の原因の一つだった。
 この方は決して御自身の意思であの場に現れた訳ではなく、半ば拉致される形で出席していたに過ぎない。
 そんな人物がまともな考えで盟主の座に居続けるだろうか?
 土壇場で投げ出さないという保証は全く無い。

 「確かに私があの場にいたのは私の意思ではない。かと言って、あの時の発言に関しては間違いなく私の意思だよ。」

 先程まで高速で紙の上を走っていたペン先が何時の間にか止まり、エルシオン様の目から真剣な色が覗いていた。

 「はっきり言うとな……私は世界の行く末だとかそういったものは興味が無い。丁度やる事も無かったので金髪聖人に浚われるままになってあの場にいた訳だが……正直、あの発言であの場から退場させられると思っていた。」

 机の上に辛うじて乗っていたカップを手に取り、半分だけの温くなった果汁に加減した氷魔法をかけ、グッと一息に飲み干すと、先程の発言に唖然とする僕に構わず話を続けた。

 「しかし、私を退場させる所か全員私の話した戦略に乗ってしまった。確かに成功すれば我々は生き残れるだろうが、それまでは相当な茨の道だと知ってもだぞ?成功するまで一体どれ程の犠牲が出るかも解らんし、成功する保証も無いというのにな?」

 「……では、エルシオン様は我らを謀ったと?」

 部屋に見えざる手こと多管手構造を部屋一杯に展開する。
 ……やはり、この方は魔族にとって害悪にしかならないのだろうか?

 「私が立てた策に乗る様な馬鹿どもだがな………見捨てる気は一切無い。」

 「は?」

 驚きの余り思わず間抜けな声が出て、無数の多管手構造からも力が抜けてしまう。

 「ここのメイドや執事達には育ててもらった恩もあるし、そういった者達が私が動かなかったせいで死ぬのは目覚めが悪いからな。最低でも安心して暮らせるまでは面倒を見るさ。」

 「……つまり、魔族全体を救うのはおまけという事ですか?」

 驚きから呆れに変わり、頭痛を訴えてきた頭を抑えつつ、最後の確認をしておく。
 この方は…何と言うか、あれだ、物凄い馬鹿なんじゃなかろうか?

 「私について来るのなら、相応の見返りはくれてやるさ。それが魔の生き残りだとしてもな。」

 「………種の絶滅回避が褒美代わりですか…。」

 実に楽しそうにケタケタ笑う主君の姿を見て、僕は漸くこの方の性質を掴む事が出来た。
 
 この方はどんなに頭が回っても、本質的にお人よしなのだろう。
 でなければ、敢えて偽悪的な発言をしてみせつつ、魔族・魔人を救おう等という言葉が出る筈も無い。
 さもなければ、この方は真性の馬鹿だという事だろう、それも世界を動かす程の大馬鹿だが、もしかしたら両方かも知れない。
 
 そこまで考えた途端、今までの心労は何だったのかと怒りよりも先に笑いが込み上げてきた。

 「なんだ蛇目、ニヤニヤし始めて。」

 「いえいえ、ただ…今後が面白そうだと思いまして。」

 普段の営業スマイルに戻りつつ、ジト目を向けてくる主君に必死に穏やかそうに笑いかける。
 内心はそれどころではないが、そこは謀将、腹筋に力を入れて巧みに誤魔化してみせる。



 これが笑わずにいられるだろうか!
 こんなお人よしで馬鹿な少年が、狂信者共を相手に大勝負を挑むというのだ!
 これを笑わずして何を笑うのだ!
 こんな面白そうな見世物なんて、生まれてこの方見た事が無い!

 結末が大敗か勝利か、ドローは在り得ず、少なくともどちらも険しく困難な道だろう。
 しかし、この方はそれを何でもない風を装いながら、簡単そうに勝ってやると豪語してみせた。

 あまりに荒唐無稽で前人未到、言語道断!
 こんな人物を、僕は見た事が無い!


 大声で笑い出しそうになるのを必死に抑えつつ、内心では狂った様に喝采と哄笑が湧き上がっていく。

 そしてこの日、僕はこの小さな主君に、もう暫くだけ仕えてみる事を決意したのだった。


 








 「あ!2人とも勝手に仕事を休んで!今夜は休み無しですよ!」

 「「勘弁してくれ(ください)。」」



 帰ってきた暗黒司祭殿の言葉に2人同時に嘆きの声を上げる。
 
 ……案外、相性は良いのかもしれない2人だった。











 結局、最後の仕事が終わったのは日が昇った後になるのだった。






[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第5話
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/21 12:05
 

 第5話


 旗頭(偽魔王)いきなり飛んで生活10年目


 
 最近、側近さん達が目に見えて痩せてきました。
 原因は書類仕事による過労です。
 皆が落ち窪んで土気色になって目の下が物凄いです。
 教育が終わった人達の最初期のメンバーが正式に文官になっても、まだ人手が足りません。
 教育中の人達も使ってますが、やっぱり経験が少ないからあまり捗ってないです。
 これでも一時期よりかは大分マシになりましたが、今の二倍位人がいないとろくに休暇も取れません(それでも毎日睡眠が4時間取れるようになりました)。
 でも、事業が順調に拡大し続けているせいで、自分と側近A・Bも最近では徹夜続きです。
 そろそろ死因:過労の殉職者が出そうです。


 …………………誰か……簒奪、してください……。
 







 ちなみに最近の情勢だが……実は前とあんまり変わって無い。


 迫害は続いてるし、魔と聖騎士団の戦いも右に同じ。
 商売は順調に進んでるし、遠方にも支店が増え続けている。
 交易の御蔭で収入は鰻登りだし、開発費と各種装備、備品の整備も進んでいる。
 傭兵も細々とだが営業は再開した。
 心配していた聖騎士団も特に動きは無いし、最近は平穏そのものの日々……職場環境を除いて。


 叶うなら、この日々が続きますようにと願う事は悪なのだろうか?






 バタンッ!!

 「エルシオン様―ッ!エスティ様とバーチェス様がお倒れにーーッ!!!」

 「………………………医務室に押し込め、残った書類はここに持ってこい。」




 ……………………………やっぱり、やだなぁ…………。
 
 これで後3日は徹夜が続く事が確定した。
 ホロリと今後の地獄を思って、涙を流すえるしおんだった。















 旗頭(偽魔王)生活 また飛んで15年目


 魔王制廃止を願った聖人が遂に捕まり、磔にされて死んだという。
 
それを皮切りに、各地で爆発的に十字教が広がった。

 国も何とかそれを抑え込もうとしているのだが、聖人を処刑した時点で既に手遅れ。
 聖人というある種ストッパーだった人物が消え、十字教徒達は箍が外れてしまったらしく、各地で内乱が勃発、急速に治安が乱れていった。
 各地で国家が暴動の収拾に努めているが、今まで散々迫害されてきた鬱憤が溜まっているため、行く所まで行かなくては止まらないだろう。
 最低でも何らかの形で国家が彼らの信仰を認めるまでは、彼らは決して止まらない。
 
……なお、神殿協会の信徒も暴動に参加しているらしい。
 まぁ、彼らもとばっちりとは言え迫害されてきたんだから当たり前と言えるが。

 

 「うふふ、くすくす!それを煽ってきたのは何処の誰だったかしら?」

 「…頼むから突然現れないでくれ。」

 お前はどこぞの隙間妖怪か。
 内心の突っ込みもさて置き、ベルを鳴らしてメイドを呼ぶ。
 この女性はいい年のくせに、勝手に現れては茶を出さないと直ぐに臍を曲げるのだ。

 「えい♪」
 からろん♪

 「ごはぁぁぁぁぁッ!?!」

 女性が襟首に付けている鐘が鳴り、如何なる神秘か、その音波は的確に自分の鼓膜を揺さぶり、脳髄に衝撃を伝えてきた。
 無論のこと、そのダメージは洒落にならない。

 「うふふ、女性の年齢に触れるのはマナー違反ですよ。」
 「……ッ…………ッッ!」

 痛みで床に倒れ、悶絶している自分を放って、鐘を鳴らした女性は勝手に椅子に座る。
 まるで自分こそがこの部屋の主だとでも言いそうな雰囲気だが、実際前にそれをやって部屋主やその部下から顰蹙を買って以来、自重するようになっている。
 ………それが無ければやるのだが。
 

 ころころと上品に笑う彼女の名前はマリーチという。

 神殿協会の最高権力者にして、人の世にマリア教を広めた存在。
 「預言者」と言われ、教徒を、ひいてはこの世界を導く事を使命とする女性だった。
 
 何でそんな敵対勢力の最高権力者が旧魔王城の盟主の執務室にいるのかと言うと…まぁ、複雑な事情があったり無かったりする訳なのだが……。







 
 旗頭(偽魔王)ちょっと戻って生活12年目


 その日も自分の執務室にはカカッカカカカッカカッカカカカカッカカカッカカカカカカカッカカカカカッカカカカカカカカカカッカッカカカカカカカカカカカッカカカカカッッッ!!!と異常な早さで書類を捌く音がしていた。
 人間ならとっくの昔に筋肉痛になるほどの疲労だが、魔族の自分にはあまり関係は無い。
 そもそも人間の身で一カ月以上徹夜すれば、普通に死ねる。
 
 そうやっていつも通りに仕事をし続ける日のことだった……突然、自分の執務室に珍客が訪れたのは。
 






 「ごめんください。」


 その挨拶と共に、書類で埋まった執務室に彼女は現れた。
 白いローブ、白い髪、閉じた瞼、首元に提げる鐘、人とは思えぬたおやかな美貌 。
 一目で人外と解る者だった。

 
 「……アポイント無しの来客は勘弁願いたいのだが…。」

 そう言って自分は毎日の書類仕事を一旦止めた。
 自然と震え始めた手を誤魔化すために。

 ただ立っているだけでも解る。
 目の前の女性が文字通り常識の外側、嘗て母が一度だけ怒った時に感じられた、本能的な恐怖を抱くほどの存在だと言う事を。

 「うふふ、クスクス!そんなに怖がらなくても私は何もしないわよ?」

 「…そうは言っても、私は小物を自認していてね。あなたの様な美しい方を見ると、恐れずにはいられない。」
 「あらあら、うふふ…褒めるのがお上手ね。」

 上品な笑いを漏らしつつ、全身白尽くめの女性は手近な椅子を書類の山から掘り出して勝手に座る。
 
 「さて、御用件を伺いましょうか?」
 「うふふ、客人にお茶位出さないのかしら?」
 「生憎と結界のせいでメイド達はこの部屋に入れませんので。」
 「あら、ごめんなさいね。あなたと二人っきりでお話したかったから。」
 「…御用件をどうぞ…。」

 メイドどころか護衛も来られない程強固な結界を張った女性は呑気に茶(つい最近うちの商会で発売開始)を要求してくる。
 その姿にもう色々と面倒になったというか諦めたというか…とっととこの女性から用件を聞いてお帰り頂こうと考えた。

 「うふふ、せっかちね。」
 「世辞を言うのは性に合わないのですよ。」

 どうもこちらの思考を読まれている気がする。
 別に人外の常識からすれば有り得ない話では無いのだろうが、気分の良い事ではない。

 「あら?そんなに不愉快かしら?」
 「…解っていて尋ねているでしょう?」
 「うふふ、クスクス!」

 最悪な事に、予想は大当たりだったらしい。
 どの程度まで読めるのかは知らないが…はっきり言って不愉快な上にキモい。

 「その言い方は無いんじゃないの?」

 うっさい黙れ。
 こちとら仕事が文字通り山の如く残ってんだ。
 とっとと用件言って帰れ、この白髪ババァが。

 「えい♪」
 からろん♪

 「ぬおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!?」

 頭が、頭が割れる様に痛い!?!
 突如襲い掛かった激しい頭痛でゴロゴロと執務室の床を転げまわる自分を眺めながら、女性は襟元の鐘に手を掛けながら変わらぬ笑顔で問いかけてきた。

 「うふふ…何か言う事は?」
 「ごめんなさい。」

 私が悪うございました。
 全面降伏を告げると、満足したかの様にムッフーと息を吐く白尽くめの女性。
 ってか、本当に何しに来たんだこいつと思う。
 からかいに来たのなら、自分より側近A辺りが面白いと思うのだが。

 「クスクス!だって、初対面ならあなたの方が面白いんだもの。」
 
 また意味不明な発言を……否、ちょっと待て。
 今何て言った?

 『初対面ならあなたの方が面白いんですもの』?

 ……まるで見てきた様な物言い、まさかとは思うが、読心の他に未来とかも見えるのか?
 瞼を閉じているのも、そっちで見れば事足りるから見てないとか。
 …そう言えば、瞼を縫って視界を潰す事で感受性を上げたり、霊力とかを強化する技法とか聞いた様な無い様な……。

 「別に本当に盲目という訳ではないけど、色んなものが視えるのは本当よ。」

 ……自分のプライバシーは何処に?
 こっちに来ても守り続けてきた権利は何処に?

 「クスクス!そんなものはこの時代にはまだ生まれてすらいないわぇ。」

 …マジで未来視と判明。
 神様、仏様、どうかこの覗き魔を捕まえてください。
 その暁に寺社だろうが仏閣だろうが三桁単位で建ててお祈りしますから。

 「うふふ、クスクス!私が神と言ったらどう思うかしら?」

 ……………………。

 ………ふぅ……神様、仏様どうか…。

 「思考がループしてるわね。」

 うっさい気が散る。
 こちとら今お祈りで忙しいんじゃッ。

 「…………。」


 はいすみません私が悪うございました美白が魅力のお客様ですからその鐘に手を掛けるのをお止め下さいそれやったら死んじゃうかもしれませんし暴力良くない神様なら猶の事慈悲があってしかるべきかと具申しま


 からろん♪


 暫くお待ちください。





 「さて、話を戻すけど。」

 へんじはない、ただのしかばねのようだ。
 この女性は部屋の隅に転がりピクリともしない死体相手に何を言っているのだろう?

 「もう一回行こうかしら?」
 「御用件は何でしょうか?」

 即座に復活して話を始める。
 とっとと用件聞いて帰ってもらおう。

 「あなたが話を拗らせたのだと思うのだけど…。」

 気にしない気にしない、自分は何とも思ってないから。
 
 「この後また書類仕事なのに?」

 ……ごめん、かなり気にする。

 「じゃぁ、用件だけど…。」
 
 やっと話に入れた。


 
 先ずは自己紹介として名乗られた。
 神殿協会の最高権力者「預言者」にしてアウターの一人たる「視姦魔人」マリーチ。
 先程言った通りに神様でもあり、その名も摩利支天、仏教の守護神の一柱。
 ……仏教の神様がマリア教とか広めて良いのかどうか疑問を抱く。
 更に本人は魔眼持ちであり現在・過去・未来の光景を距離を問わずに視る事が出来るのだそうな。
 パネェな、と思ったが「つまんなくて面白くないのよ」と愚痴を零された。
 …まぁ、どんな事も先が視えたらつまらんだろうなとは思うが…。
 

 「で、用件はどうしたよ?」。
 「まぁまぁ、急かさずに。」

 そして話は進む。

 何でももう直ぐ聖人が亡くなるそうな(視たらしい)。
 で、その混乱で生じる騒ぎで多数の死傷者が出るのは…まぁ、容認するとして。
 その後の治安が乱れ切った状態だと魔物に蹂躙されかねないので、それが起きる前に神殿協会の現状を改善したいとの事だった。

 「何か不満なのか?」
 「それがねぇ…。」

 何でも今までは信者の中でも有力な者が資金面で支援し、人間でも魔力があったり(基本的に人間には魔力が無い又は希薄)する者を集めて魔導皮膜済みの装備(剣・盾・兜)を与えて訓練して魔物や魔人、魔族と戦わせるのだとか。
しかし、最近では信者が集まり難い上に(原因は自分ら)、そういった適正を持っている者が少ないので戦力的に厳しい。
 更に支援者も破産したり、事業に失敗したりと不幸が相次ぎ、補給や装備の更新も難しくなりつつあって非常に困窮している、と。

 「で、支援者になって欲しいと?」
 ここまで言われれば大抵の予想がつく。
 
ちなみに支援者、つまり有力な貴族や商人を商売で追い落とし、高利貸しで破滅させたのは自分らです。
 まさかここまで効果があったとは…。
 …もしかして先程の鐘攻撃もその仕返しのつもりだったのかね?


 「そこであなた達に協力してもらおうと思ったの。」
 「良いのか?我々は魔族と魔人の集まり、敵対勢力だぞ?」
 「だからこそ、よ。それにあなた達の目的は人間社会への浸透でしょう?」

 成程、確かにそれなら理に適っている。
 神殿協会、マリーチとしては魔を払い、人類に発展して欲しいし、自分らも人類には発展してもらい、そこに紛れこんで生きていく事を選んだ訳だから、確かに両者の利害は一致している。
 魔族・魔人は表舞台から撤退して、絶滅を回避する。
神殿協会は態々強力な魔族・魔人を相手にせずとも良くなり、魔物退治に専念でき、支援者も出来て万々歳。
確かにありだとは思うが、実施するには大きな問題がある。

 「そっちは隠せば良いだろうが、うちの連中の感情はどうするんだ?」

 そこが問題だった。
 嘗ては侵略者だったとは言え、魔族・魔人は魔王制が終了後一方的に排斥されてきた。
 魔族は力が強い者が多く、まだ自衛出来ていたが、それでも犠牲が出なかった訳ではない。
 魔人は人間とのハーフだが、それ故に迫害を受け多くの者が犠牲となり、人間、特に神殿協会には格段の恨みを持っている。
 追々解消させていく予定だったが、急にそれを行ってしまえば反発は必至だろう。

 「えぇ、だからゆっくり始めていこうと思ってるの。」
 「ふん?」
 「魔族や魔人にもあなたの様にそういった感情が無い者はいない?」
 「あぁ、成程。」

 確かに自分には魔族だ魔人だ人間だという拘りというものが無い。
 しかし、側近の講和派や不干渉派すらも人間の事を面倒だとか敵わないとかを判断してそのスタンスを取っているに過ぎない。
 人間に悪感情を持っていない者はそれこそ一握りだろう。
 
 「いるにはいるじゃない。あなたの両腕とか。」

 側近A、Bの事か?
 確かにあの二人は理性が強い上にそういった拘りも無いな。
 しかし、今すぐそっちの支援は人材、資金の面からも出来ないし、排斥派を始めとした他の連中が納得しなければ意味が無い。

 「だから、ゆっくり始めようと言ってるの。」

 …すまん、意味が解らん。

 「クスクス!十字教とマリア教ってとても似てるけど、元々は同じものなの。猶太教という根源を持っているという点ではね。」

 それで解った。
 つまり、自分らがやった神殿協会の信者獲得の妨害工作を逆手に取るんだな?
 魔族・魔人はこれからも十字教徒を支援するが、その対象に密かに神殿協会の信徒も混ぜてしまう。
 そして、そもそも教義が殆ど同じで大本も一緒な二つの宗教は、時間を掛ければ再統合も可能だろう。
 そこから長い時間を掛けて、徐々に統合していき、現状に慣れさせてから時期を見て公表する。
そうなれば、自分らは神殿協会の支援者として一般社会に溶け込める。

 成程、聞けば聞くほど素晴らしいプランだ。



 だが、問題はまだある。
 否、寧ろこちらが本題だろうな。

 「うふふ、クスクス!そうね、こちらの方が問題ね。」
 「我々の間には『信用』が無い。それではどんなに魅力的な提案でも軽々しく乗る訳にはいかない。」


 そこが問題だった。
 どんな約束事や契約でも、相手に対する『信用』が無ければ決して結ばれる事はない。
 もし結ばれたとしも、『信用』が無ければ何時反故されるか解ったものではない。
 もし彼女がこちらを裏切るつもりで助力を願っているのなら、自分は決してこの話に乗る訳にはいかない。
 それが上に立つ者の責任というものだ。

 そして、もし契約を結ばないのなら、自分は彼女と戦わねばならなくなる。
 救援も無いこの場合、自分一人でこの常識外の存在に挑まなければならない。
 相手は敵対勢力の長にして神の一柱、はっきり言って勝ち目など微塵以下だが、それでもこちらとて多くの部下の将来を背負っている身、退く訳にはいかない。
 
……まぁ、全てを投げ出して逃げ出したいという欲が無い訳ではないのだが…。
 ってか、この世界に生まれてからまだ彼女すら出来てないし、前世から童帝のまま死ぬとかマジ勘弁。
 あ、でもこのまんま書類仕事のワーカーホリックの状態でも出会いなんか無い訳だから一生このまま?
 イヤイヤ待て、絶望するな。
 こっちは魔族の中でも間違いなく上級、しかも血筋も高貴でイケメン間違い無し。
 出るとこ出れば引く手数多間違い無しに違いない。
 仕事をとっとと後任に譲って隠居して、ブラリ嫁探しの旅に出かければきっと一人位は……ッ!!


 こちらが久しぶりにシリアスに覚悟を決めていると(かなり邪なものが入ったが)、不意にマリーチがふるふると震え始めた。

 …………あれー?何か地雷でも踏んだ?



 「ぷっ!あははははははっははははははははははははっはははははははははっは!!!!!」
 
するとマリーチさん、何故か爆笑。
 ヒーヒーゲラゲラゲラ!!!!と先程の上品な仕草もかなぐり捨てて、呼吸すらもままならない様子で床をバンバン叩いて笑い転げている。

 
 予想外の事態に目が点になり、思考が止まる。
 彼女が笑う理由がさっぱり思いつかない。
 
…否、待て。
 彼女は何だ?神殿教会の預言者で神様で…魔眼持ちで全てを見通す異能を持つアウターだ。

 …つまり、先程同様に、さっきの思考も読まれてた?
 あの年頃の男性の欲望を詰め込んだっぽい思考を?

 …………………………………………………………………………………………………………終わった……自分の二度目の命、ここで終了。
 
 

 「………ッ!?!………………ッ!!」

 バンバンバンッ!!!と呼吸も出来ず、床を叩く彼女の姿を視界に入れ、自分は黄昏る。
 あぁ、恥ずかしさで死ネル。 
 今の自分の心境は母親に自室を掃除された際に、ベッドの下の気まずいものを発見され、それを机の上に置かれた心境に近い。

 あぁ、魔族って首吊り自殺できたっけ?
 壁に掛けられた宝剣で自害するのもありかな?
 イヤイヤ、手っ取り早く指―ムサーベル状態で首切断が良いかな?
 よし、それ採用とばかりに、右の指先から禍々しい赤の指ームを発生、貫手の先端に収束し魔力刃を形成する。
 それを首筋に添え、最後にこの世界に別れを告げる。


 バイバイ世界、こんにちはあの世。

 神様、今度は転生するにしても記憶とかチーとか無しにしてね♪
 



 そして、えるしおんは躊躇無く指ームサーベルを引いた。
 


 
 BAD END



















 
 な訳もなく……

 からろん♪


 「ごはぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!?!」

 「何やってるのかしら?」


 またも鳴らされた鐘の音に脳味噌が揺らされる激痛を味わい、悶絶して転げまわるえるしおん。
 それを呆れた様に眺める女性が一人。
 言うまでも無く、マリーチである。

 瞼こそ開いていないものの、その見下すような表情がとてもいいと思う自分はやはり変態なのだろうか?
 しかし、どうせだから瞼を開けた状態の笑顔とか見てみたい、さっきの爆笑とかじゃない奴ね。

 「もう一回逝っとく?」
 いや、それはマジ勘弁。


 閑話休題


 「でも、あなたはこの誘いを断れないと思うわよ。」
 
 なんでまた?
 
 「十字教徒の保護が今までよりも本格化するのなら、当然ながらここで育成する人材が増えるわよね?」
 
 まぁ、確かに。
 
 「人手が増えて書類仕事も減るんじゃない?」
 
 はいそれ採用、即採用。
 いいねその契約、商談成立で。
 
 「幾らなんでもあっさり過ぎない?」

 じゃかあしい、種族問わずに自分の命掛かれば誰だって必死になります。
 もう3mの塔になってる書類の群れを相手にするのは限界なんです。
 何だったらあんたもうちで研修受けるか?
 初めての奴は大抵医者に掛かるぞ、主にノイローゼで。

 「…まぁ、商談成立と言う事で。」

 流したか……まぁ、いいさ。
 あいよ、一先ず契約書とか無いんかね?
 流石に何か契約の証拠とかだと法的根拠が無いというか心配で心配で…。

 「それはもう準備済みよ、はいこれ。」
 
 渡されたのは杖、と言うか錫杖?
 先端部分に天秤っぽいものが付いてるが、儀式用の魔導具か?

 「魔導具程度と比べないで欲しいわ。何せこの私が直々に作った初の神器なんだから。」

 へぇーーー……………ぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええッッ!?!!?
 ちょ、待!?マジもんの神器かい!!?
 遂に自分にも固有兵装を持つ日が来たとは!?!
 ちなみに用途は!?

 「あ、それは自分で試してね。」

 ……………おいこら、作成者。
 普通だったら使い方位教えないか?

 「だって、その方が面白いんだもの。」
 
 …………殴りたい、心底殴りたいこのアマを。
 ってか、初って言ったなさっき。
 じゃあ、これって試作品?なおさら質が悪いわ!!

 「一応ヒントは出しておくわ。それは拡散型じゃなく収束型、それも一点特化の代物だから。扱いさえ解れば即戦力にもなるわ。」

 既に10年以上引きこもって書類仕事ばかりしてる奴がどう活用せいと?
 
 「……じゃ、証拠品を渡したので私は一旦帰るわ。」

 待て、話はまだ終わって…ッ!!

 「近日中にはうちの信徒達が来るから保護お願いね~。」

 そう言って、来た時同様に彼女はまた唐突に去って行った。
 一応ドアを開けて出ていったが、チラッと視界に入ったドアの向こうは真っ黒い空間に通じていた。
 ……これで空間に目玉とか浮かんでたら間違いなく隙間妖怪の親戚だな…。


 そんな事を考えていると、今度は外側からドアが蹴り破られた。
 その向こうには物々しい雰囲気の側近達やフル武装した部下達の姿と側近A・Bの姿があった。
 どうやら心配をかけさせてしまったらしい。
 自分は大丈夫だと言葉をかけようとしたのだが、それより先に側近Aが勢いよく口を開いた。


 「エルシオン様!こんなに書類が溜まってるんですよ!下手なサボタージュは止めてください!!」


 …………………。

 …………………………………。
 
 ………………………………………………やっぱり、誰か簒奪してくれないかな?


 

 窓の向こうに広がる夕陽色の空、飛んでゆく鴉がアホー、アホーと鳴いていた。
 
 
 かくして、魔族・魔人の進退を決める会談はこうして結ばれたのだった。










[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第6話
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/24 09:54
 

 第6話


 時代は飛び、現在西暦1990年代。



 場所はイタリア半島中部に位置する世界最小の主権国家にして、ローマカトリック並び東方教会の中心地にして総本山たるバチカン市国。

 そこに位置する法王庁には特務局と総称される使徒の名を冠した12の課が存在する。
 盟友である神殿協会所属の聖騎士団とはまた別の存在であり、法王庁所属の対魔組織として機能している。
 彼らの役割は主にエクソシスト、つまり術者としての意味合いが強い。
 貴重な回復系魔導師を始め、各分野の魔導師を確保している事から、攻撃色の強い聖騎士団に比べ、守りや回復などの補助の面に秀でている。
 これは大昔から神殿協会と密接に関係していた両者が、互いの欠点を補うために自然と出来ていった形だった。
 無論、接近戦に弱いという事もないが、聖騎士団の様な重装甲冑を装備する事はない(動けなくなるので)ため、高位の魔物や魔人相手では接近されると苦戦を強いられてしまう。
 そのため、前衛として優秀な聖騎士団との連携は必要不可欠とされていた。



 しかし、特務局にはかねてよりある噂があった。
 12の課の他にもう一つ、13番目、裏切りの使徒の名を冠する課が存在すると。
 父たる主の教えにすら従わず、魔を以て魔を討ち、外道共の首を刎ねる処刑人達。
 主の教えに背く討ち果たすべき魔人と魔物、古今東西のあらゆる外道の術と最新の科学技術を戦力として採用した、特務局唯一の正面戦力にして法王庁の裏の裏。



 通称イスカリオテ機関、法王庁特務局第13課。









 






 「ヘル○ングの設定って便利だな。」
 「?エルシオン様、何か仰いましたか?」
 「いや、何でも無いぞラトゼリカ………そうだ、この書類を開発班に回してくれ。予算案の改定版だ。」
 「はい、解りました。」



 何年経っても相変わらず、書類仕事ばかりのえるしおんだった。





 


 十字軍遠征を始めに新教徒問題や宗教改革、産業革命、二度の世界大戦の荒波に揉まれながら今日まで、えるしおん率いる魔族・魔人勢力はその名称をイスカリオテ機関と定めてからはマリア教と同盟関係にある十字教ローマカトリックに対し、全面的に情報局並びに支援者としての活動を続けていた。

 開始当初、多少の反発があったものの、人間社会への浸透を目的としていたために辛うじて納得された。
 ……書類仕事から抜け出せたためという身も蓋も無い理由もあったが…。

 それからは陰に日向に諜報活動やら資金、装備面での支援を続けた。
 聖騎士団になる連中はどうも脳筋族ばっかだし、特務局ができるまでは各地に散って活動せざるをえなかった。
 
 なお、この頃から側近Aには各地に散った部下を率いてまだこちらに合流していない魔族・魔人の勧誘と説得、保護に回っていた…………もっとも、合流してくれた者達は少なかったが、それは仕方ない事だろう。
 同族を殺しまわっている連中に屈した者達に、賛同する者はそうはいない。
 その結果、何時しか世界全体に散らばっていた魔族・魔人が半数近く減ったとしてもだ。


 
 
 現在、イスカリオテ機関となったえるしおん率いる魔族・魔人勢力だが、その内実は4つに分けられる。

 嘗ての排斥派率いる戦闘部隊。
 その装備や錬度、経験、魔導力は平均的な聖騎士団のそれを軽く上回るものがある。
 まぁ、魔族・魔人と人間じゃ地力が違いすぎるからな。
 それに数百年なんてざらに生きるからな、経験値も圧倒的に差がある。
 不利を覆す装備にしても、開発陣が作った試作品や最新型を使用しているため、他所の対魔機関とは雲泥の差がある。
 …大型魔物に魔改造対戦車ライフルの飽和射撃をやれるのは、世界中を見てもこいつらだけだと思う。


 次に、上でもあげたが開発班。
 主に金髪聖人こと側近Aとその部下達が自身の欲望のままに作った浪漫装備の出所だ。
 失敗も多いが、その分傑作も多いので下手に怒れないし、予算も削れないという上司から見れば面倒な連中だ。
…なお、聖騎士団で採用されている装備の一部はうちの開発陣が作ったものだ。
 
 
 また次に、諜報組。
 主に諜報活動全般を受け持つため、他の組に比べ、独立色が濃い連中だ。
 その分優秀なのだが、その頭が蛇目シャギーこと側近Bという時点で何か胡散臭さが漂っている。
 主に馬鹿な身内の粛清や暗殺とかの汚れ仕事担当の部署でもある。
 …依頼さえ受ければ、枢機卿のセミヌードだろうが、法王の黒子の数だろうが調べあげる程の情報網を持っていると言われている……しかし、流石に預言者のヌードは撮れなかった(過去に依頼して失敗済み、その後地獄見た)。


 最後に諸々の書類仕事と全体の指示を出す文官組。
 これは自分ことえるしおんを頭に日々山の様な書類を捌きながら、各組の指令に始まり、適切な予算の振り分けやボーナス査定、各種保険などの手続き等の雑多な仕事をする。
 同時に、そういった法王庁としての仕事に他に、ダーズ単位のダミー会社を経由して、各分野の経済に多大な影響力を持っている。
 これは大航海時代や産業革命、二度の世界大戦といった歴史の大まかな流れを知っているえるしおんの指示によって何かあれば毎度荒稼ぎしてきた結果であり、それに悪乗りしたマリーチの御蔭でもあった。
 御蔭で法王庁からの予算の他に独自の資金源を持つに至った。
 なお、法王庁には多量の「寄付」を行っているため、御目溢しされていたりする。
 …しかし、人権や労働基準法を完全に無視した膨大な仕事量のため、4つの部署の中で最も過酷な部署として知られている。
 御蔭で、以前よりも仕事は劇的に減っているのに、滅多にこの部署には志願者が来ない。
 
 徹夜はほぼ無くなったし、一日睡眠時間5時間程、有休もあるけど休日出勤当たり前の職場環境で何を言ってるんだろう?
 嘗ての殉職者すら出しかねなかった環境に比べれば、生ぬるい位だし、日本の御父さん達ならこの程度は当たり前だぞ?


 以上の様に分担して、法王庁のため、人類社会の発展と魔族・魔人の存続のため、陰に日向に活動している。
 
 



 さて、話は飛ぶが、最近では有力な新人の確保にどの勢力も躍起になっている。
 そもそも対魔機関なんてマイナーすぎる(秘匿されている)職業に就く人間は殆ど存在しない。
 …なお、日本あたりでは孤児を拾って改造し、兵士として養育するらしい……普通に軍事訓練に対魔物戦闘を取り入れれば大抵は何とかなるのになぁ…。

 ちなみに世界中に信徒が10億人以上いる自分らはあまり問題としていない。
 しいて言えば、文官が多少少ない位だ。
 
 しかし、あまり人を入れないのも問題があるので、側近A・B両名にどこの唾も掛かっていない前途有望な若者を探しておくようには言ってある。

 そんで、2人の報告書に目を通していた時の事だった。



 
 「お邪魔するわね。」
 
 不意に出現した白尽くめの女性に、顔が引き攣るのが自覚できた。
 出たな、隙間の親戚め、とは口には出さない。
 黙って、備え付きのポッドのお湯でカップを温めつつ、戸棚の中から茶筒を取り出す。
 茶葉をティーポッドに入れて蒸らしつつ、御茶菓子のチーズタルトを冷蔵庫から出し、フォークと共に皿に盛りつけておく。
 茶葉も、タルトも金髪聖人の部下が見繕ってきたもので、味の方は確かだった。
 そして、淹れた紅茶を出すと、椅子に踏ん反りかえっていた白尽くめの女性が一口飲む。
 
 「89点、上達してるわね。」
 「そいつは良かった。で、用件は?」
 「相変わらずせっかちねぇ。」

 叩き出してやろうかと思ったが、返り討ちになるのが関の山なのでやらない。
 こうやって、偶に訪れる彼女に茶を出すようになったのは何時の頃からだったか?
 いい加減2000年近い付き合いなのに、彼女に勝てた事は一度も無かった。
 それは彼女から受け取った神器を使っても例外ではない。
 今はこうして互いに敬語も取れたが、当初はもっとギスギスしていた(筈…うん、筈)関係だった。

 友人にしては遠く、ビジネスにしては近い。
 自分と彼女はそういった感じの関係だった。

 「さて、仕事を続けるかな?」
 「…また魔王制が始まるみたいよ。」
 
 かなり驚いた。
 普段の彼女ならここでもう少し引っ張ってから本題に入るのだが、珍しい事に即座に話題に入ってきた。
 しかも、その話題もかなり突拍子の無いものだった。

 「わざわざ廃止したものをか?」
 「そうよ……あなたも見たでしょう、人間が火龍の息吹を再現したのを。」
 
 第二次世界大戦、その末期に使用された二つの原子爆弾。
 人の子が神の領域に未熟なままに近づいていく事を、天界は警戒すると共に、恐れを抱いていた。
 無力だった人の子が、遂に自分達を追い越そうとしているという事実に。

 「子供が成長するのは当たり前の事だろうに…。それに、天界は基本受け身じゃなかったか?」
 「それはあくまで基本、今回の事はそれだけ問題になっているという事よ。」
 「…恐れているのではなくか?」
 「それもあるでしょうけどね…。」

 白尽くめの女性、マリーチにしては珍しく、重苦しい溜息を吐いた。
 こんなに彼女が動揺したのは嘗ての大敗北以来だろうか?
 
 「一先ず、予め知らせておこうと思ったの。あなたも身の振り方位考えるべきよ。」
 「今更魔王に就任しろと?いい加減平穏に暮らしていたいのだがなぁ…。」
 「他に興味を持っていなかった昔なら兎も角、今のあなたなら確りと勤まると思うわ。」
 「よしてくれ、柄じゃない。」

 そう、柄じゃない。
 一組織を束ねていた時ですら、死にそうだったのだ。
 況や、世界を裏から治めるとなったら、一体どれ程の仕事量になるのやら、想像しただけでも恐ろしい事になるだろう。
 それに、基本的に小物な自分がマリーチと同格の存在に囲まれて過ごすなど、発狂しろと言っている様なものだ。
 
 「……そう、嫌なのね。」
 「と言うより、耐えられんからな。さっきも言ったが、いい加減平穏に暮らしたい。」
 
 マリーチはローブの奥の美貌を、さも悲しそうに歪めたが、生憎とその時の自分はそれが見えなかった。
 呑気にカップを傾け、自分の分も用意していた茶を飲む。
 そうやってのんびり過ごす事は自分にとって何よりも重要な事だった。
 
 「御馳走様、今日はもう帰るわね。」
 「珍しく早いな?まぁ、また何かあったら知らせてくれ。」

 そう言うと、彼女はいつも通りドアの向こうに不思議空間を展開して去って行った。
 後に残ったのは空になった皿とカップ、使用済みのフォークのみ。
 何か妙な感じがしたが…まぁ、彼女がおかしいのはいつもの事だし、問題は無いだろう。








 「………このカップとフォーク、オークションにかけたら幾らするかな?」

 相変わらず邪な考えを抱くえるしおんだった。




























 以下、原作を大事にする人には嫌な描写あり。








 「やっぱり、あなたはそうなのね。何時だって…。」


 3次元の感覚では認識すら出来ない空間にて、マリーチは蹲っていた。
 いつもの上から視て呑気に笑っている様子は、今の彼女からは全く思い浮かばない。
 彼女は顔を膝の間に埋めたまま、黒いオーラを纏い、身じろぎもせずにその空間に漂っていた。
 もしアウターという者を知る者が今の彼女を見れば、十中八九死に物狂いで100km先まで逃げ出すだろう。



 彼女にとってえるしおんとは、初めて出来たどうしても欲しいものだった。
 
 彼女の様な26次元に存在する様な者達は、本来ならこうして世界に干渉する事は無い。
 天界が受動的に管理する中、彼女ただ一人がこの世界を見捨てずにいた。
 他の神々にも危機感を抱かせるために、将来起こり得るだろう事象を見せた事もあったが、協力を得る事は出来なかった。
 そして、魔王制も終わり、一人で黙々と裏から人間を良い方へと導こうとしていた頃、彼女はえるしおんに出会った。
 最後の魔王の子であるが、才能も妹に劣る程度でしかないと聞いてからは特に注意を払っていなかったが、彼は聡明な男だと解った。
 

 そして、同時に見た事が無い魂の輝きを持っていた男でもあった。
 

 何故彼がそんな魂を持っているのかは解らなかったが、それはこの世界で汚れた魂ばかり見てきた彼女にとって初めての経験だった。
 その後、彼の精神を覗き見た時に彼がどの様な経緯でその魂を持つに至ったかは今一つ不明だったが、彼の記憶を視る事はできたので、彼がどういう身の上かは判明した。
 しかし、それだけだったら彼女はここまでえるしおんに執着しなかっただろう。
 
 
 彼女の意識が変わったのは、あの忌々しい敗北を喫してからだ。
 クルト・ゲーデル、それが彼女を敗北させた男の名だった。
 男が振るったのは神造兵器でも、神代の魔導でも、超未来の兵器でもない。
 ただの理論、その名も不確定性原理と呼ばれるものだった。
 そのおかげで、当時彼女が進めていた世界の新たな統治形態は御破算となり、当時唯一の眷族であった「ラプラスの悪魔」もハイゼンベルグに打ち払われてしまった。
 作られてから一度も経験した事の無い初めての大敗に、彼女の精神は破綻しかけた。


 それを救ったのが、他ならぬえるしおんだった。
 彼は溜まりまくった有休を取り、茫然自失となったマリーチを献身的に介護しながら、今まで彼女が行った活動でどれ程人類が救われ、発展してきたかを切々と説き続けた。
 
 本来ならここで彼女の親友の出番の筈なのだが、生憎と彼女は当時日本で活動中であり、マリーチの様な目を持っている訳ではないため、現れる事は無かった。
 
 対して、マリーチは甲斐甲斐しく世話をするえるしおんを罵倒した。
 よかれと思って自分がしてきた事が当の人間に否定され、何もかも投げ出して死にたいとすら叫ぶ彼女を、えるしおんはそれでも見捨てず、罵倒に耐えながら世話を続けた。

 その期間だけで凡そ4年にも至った。
 その間、えるしおんは痴呆症患者の癇癪を相手する並の気苦労を強いられる生活を送った。
 幸いにも、2000年近く貯めていた有休は4年程度で切れる事は無かったが、それでもいい加減限界だろうと側近達を始めとした部下達は彼の行いを止めようと説得した。
 しかし、えるしおんは止めなかった。
 彼にとってのマリーチとは超えられない壁にして、唯一指導者として対等(というには語弊がある)な付き合いができる貴重な知り合いだったし、彼女がいると何らかのトラブルが起きても人的被害は最小に抑えられるからだ(その分、精神的ダメージは計り知れないが)。
 それに、2000年近い付き合いがある彼女を見捨てる事は、元来御人よしの気があるえるしおんにはどうしても出来なかったのだ。
 
 
 そして、4年目のある日、どうにかこうにか精神を復帰させたマリーチだったが、大敗のショックで以前とは比べるべくもない程に視る力が衰えていた。
 
 そのせいで引退を考え始めた彼女を引きとめたのも、やはりえるしおんだった。
 今まで視えていたものが多少視えなくなったとしても、彼女の目は非常に強力であるし、知能も非常に高いため、今後も問題は無いと説得を続けた。
そして、帝王学やら経済学、心理学といった仕事に関係しそうな各分野の最新の知識を専門家を集めてあるだけ教え込んで、視えなくなった分を通常の諜報活動や情報収集と預言者として政治的活動で補えるようにと勉強を開始した。
 元々高い知性を持ち、世界を視てきたマリーチであったため、勉強そのものは特に問題は出なかったものの、直ぐに鬱になる彼女を支えるのはえるしおんしか出来なかった。
 えるしおんも有休が有り余っていたため、ここで使わないと一生使えない恐れがあるからと遠慮無く使う事を決めていたし、見てないと自害でもしかねないと危惧していたからだ。
 そして、えるしおんは彼女が完全に復帰するまで世話を焼き続けた。

 ……この一連の行動が、彼女にとって何を意味するかも知らないままに…。


 そして、敗北から6年と少々、マリーチは預言者として完全に復活した。
 視る力こそ衰えたものの、そのハンデに努力で打ち勝った彼女には然したる問題では無かった。
 その後は前以上に精力的に活動を続け、神殿協会に預言者あり、と今まで裏方に徹していた彼女を尊敬し、崇める者達まで出来る程の働きぶりを見せた。
 



 そんな彼女であったが、どうしても心が晴れない事があった。


 どうしたら、えるしおんを手に入れる事が出来るだろうか。


 寝ても覚めても(神である彼女には必要無いのだが)、えるしおんの事ばかりが頭に浮かぶ。
 最早えるしおんは彼女にとってただの商売相手ではなく、一人の男性として見えていた。
 
 最悪の時に手を差し伸べられると、大抵の人間は相手に程度はどうあれ依存する。
 マリーチの場合、アウター中二番目に高齢の海千山千な億千万の目であるが、それは基本的に仕事関係のものに限る。
 それ以外の面、はっきり言ってしまうと恋愛とかそういった方面はずぶの素人であり、 相手がいなかったのもあるが、ぶっちゃけ、清い体だった。
 …ちなみに言いよってくる男がいれば、大抵精神を見れば邪なのでトラウマを抉ったり、植え付けたりして撃退していた。
 
 そんな彼女は、美形な男に会う事はよくあったが、純粋な好意で看病してくれた男と出会ったのは生れて初めての事だった。
 しかも自分が幾ら罵倒しても離れずに甲斐甲斐しく世話をし、あまつさえ復帰する間ずっと付き添ってくれたのだ。
 その好意に裏があるのではないのかと、その真意を訪ねた事もあった。
 
 返事は「お前がいなくなると困る。」(仕事的な意味で)だった。

 しかし、当時、視る事が殆ど出来なくなっていた彼女はここで彼の行いが好意から来るものと勘違いしてしまい………キュン、とえるしおんにトキメイテしまったのだ。


 そして、当然の帰結と言うべきか、復帰した頃には、完全に彼女はえるしおんに恋していた。
 思いの余り、24時間体制でえるしおんを視続ける程に彼を好いていた。
 オブラートに包んで言っても、末期だった。



 ここで、彼女がサクッと告白していれば、もしかしたらえるしおんと交際が始まったかも知れなかった。
 しかし、彼女は恋愛に関してはずぶの素人、そんな度胸がある訳が無い。
 えるしおんにしても元々ワーカーホリックだし、前世から童帝だった男である。
 女性の思考など読める訳も無く、結果、2人は相変わらず仕事上の協力者といった関係だった。
 
 無論、これに満足するマリーチではない。
 あの手この手でえるしおんに接近を試みたが、その殆どはあっさり避けられる、以前の事から悪戯目的と思われていた。
 それでも何とかたまにある休日にデートに誘おうとするのだが、えるしおんは自他共に認めるワーカーホリックであるため、休日出勤は当たり前で睡眠時間が5時間あって食事休憩が取れるだけで日々を満足する男に休日らしい休日は無かった。
 
 全然変化しない状況に業を煮やした彼女は、仕事上の関係をもう一歩進めようと考えた。
 それが、先に尋ねた魔王就任だった。
 嘗てフィエルを支えていた者達の一人である彼女なら、別に常に彼の傍にいてもおかしくは無いだろう、そして、距離を徐々に詰めて行く行くは……。
 そこまで考えたは良いが、そこはあまり欲も無いえるしおん、あっさりと断られてしまった。

 それは知らず思いつめていた彼女にとって、拒絶に等しい言葉だった。
 その時に受けた衝撃は、嘗ての大敗北にも等しく感じられた。
 


 そして、何とか動揺を気取られずにその場を後にし、異次元に引き篭もって先程の場面に移るのだが………。



 

 「………………………………………………………うふ、うふふふふふふ……あはは……あはははははっははははははっはははははははははははははははははっははははははっははは!!!!!!」


 唐突に始まった高笑い、そこに秘められた怒気と狂気と魔導力に空間そのものに震えが走った。
 

 「あっははあはっはっははははははっはあはっはははははは……………ゲホ、ゲホッ!……ふぅふぅ…。」
 

 笑いすぎて咳き込んだらしい。
 年なのに無理に笑ったからだろうか?


 「うふ、うふふふふふふふふふ♪………そう、あなたがそういう態度なら私だって考えがあるわ…。」


 白いローブの奥、そこにある暗がりの中で赤い瞳がギラリと凶悪な輝きを放った。


「そんなに仕事が大事なら、仕事なんて無くしてあげる。私しか見えないようにしてあげる……。」

 
 まるで新婚なのに仕事優先のダメ夫に怒る妻の様な発言だった。
 うふふふ…と不気味に笑いながら、直ぐに彼女はその空間から消え去った。
 後に残ったのは何も存在しない異次元の空間だけ。

 


 預言者の暴走。
 その結果が今後の世界が何処に向かわせるか、誰にも解らない。


 ちなみに作者にも解らない。














 まさかのマリーちゃんのヒロイン&ヤンデレ化。
 VZやラティさんも最後まで候補だったが、意表を突いて彼女に決定。

 でも、そろそろACFAの方を更新しようかと

















[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第7話 微修正
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/26 08:51
 

 第7話


 さんさんと照りつける真夏の太陽、雲より白い砂浜、青より青い海と空。
 
 …そして、そこに立つ何故か神殿協会の司教服を着たえるしおん。

 「あちぃ………。」

 ジリジリどころかギラギラと照りつける紫外線に、ポタポタと汗が流れ続ける。
 木陰にでも入って休むべきなのだが、どうしても動く気力が湧かない。
 なぜ自分は、忙しくも涼しい執務室からこんな場所にいるのだろうか?

 
 「シオちゃーん、焼けてるわよー。」

 一人黄昏ていると、遠くでこの事態の元凶の預言者様が呑気にサザエの身をくり抜きながら声を掛けてきた。

 「……………その名で呼ぶな……。」

 ここで無視するのもありなのだが、そうすると後が怖いので素直にマリーチのいるビーチパラソルの元に歩を進める。
 そこにはマリーチの他に彼女の友人だというみーことリップルラップル、そして何故かいるウェイター姿の側近Bこと蛇目シャギー………ゼピルムでの仕事はどうした。

 凄まじく気が進まないが、仕方ないものは仕方ないとさっさと諦める。
 こうやって直ぐに切り替えないと、マリーチと付き合うなんて事は不可能だと随分昔に悟っている。

 あぁ、今日も騒動とは縁が切れないらしい。
 今更な事を思考しつつ、えるしおんの目から汗と同じような成分の液体が零れた。








 

 













 「海に行くわよ!!」


 始まりは、またぞろ執務室に突入してきたマリーチの発言だった。


 「どうした、唐突に。というか、同盟結んでるけど他組織の立ち入り禁止区画に入るな。」
 「みーこが復活したのは聞いたわよね?」

 無視ですかそうですか………まぁ、解ってた事だけど……。

 「あぁ、ゼピルムの連中にやらせたのはうちだからな。」

 反現体制の魔人組織でも最大規模を誇るゼピルム。
元々はイスカリオテ機関にも属さず、人類に敵対し、かと言って神殿協会と正面から事を構える力も無い魔人達が寄り集まって出来た組織だ。
 当初は小規模だったのだが、しかし、えるしおんが不穏分子は一気に消した方が楽、という考えの下に諜報組を多数潜入させつつも、資材や資金、装備等の一部を横流しし、ある程度の規模になってから討伐する事になった。
 そのため、ゼピルム構成員にはイスカリオテ機関の諜報組が多数潜入している。
 中でも、最高幹部の重鎮として潜入している側近Bこと蛇目シャギーから齎される各地の不穏分子の情報は貴重なものだ。
 本当に防がなければ不味い事態に関しては必ず防ぐので、問題らしい問題は出ていないが、曲がりなりにも対魔組織が魔人組織を支援している事がばれれば不味いので、防諜に関しては注意をしている………どこぞの白尽くめには効かなかったが。
 ……それと、あの演技派の指揮に従う連中を相手にしていると、余りのウザさに指揮官含めて本当にぶち殺してしまいたくなるから不思議なものだ。


 それはさておき


 そのゼピルムがアウターであるものの、力を失っている魔人みーこを旗頭にしようと目論み、拉致した事件があった。
 さらにそれを魔界(魔族の故郷としての世界)へのゲートを開くための生贄と称して神殿協会が確保しようとしていた矢先だったため、事態は大規模戦闘に発展。
 最後はゼピルム側の移動基地飛行船バーボット対神殿協会の強襲空挺艦エンジェルストレージの空中戦と艦内戦闘、その後の魔人みーこの復活と共にゼピリム側が構成員の2割近くを失いながらも撤退した。
 ちなみにエンジェルストレージの改造元となったアメリカ海軍のエセックス級空母艦の買い取り金は支援者としてのうちが出した事は内緒だ。
 ……それと、みーこを拉致する計画を立てたのは、他ならぬマリーチだったりするのだから、彼女達の友情関係がどうして続いているのかえるしおんは不思議に思ってたりする。

 ……なお、報告書には勇者がゼピルム側にみーこを連れ去っただとか、ロケットで飛行する皇帝ペンギンだとか交通事故にあったスケルトンだとか飛行中のヘリから投身自殺未遂をかました聖女だとかも書かれていたが、信憑性が低く、神殿協会の信用問題にも発展しかねない内容もあったので、厳重に情報の隠滅をしておいた。


 それはさておき。


 その事件自体は黒幕であるマリーチから事前に知らせてもらっていたので、潜入中のイスカリオテ機関員には被害が無かったのが不幸中の幸いだろう。
 ……まぁ、ゼピルムを率いていたそこそこ高位の魔人とその部下達の一部が聖騎士団と野鎚の犠牲になったが、それは彼らの自業自得というものだ。


 この一件で、戦力を消耗したゼピルムだが、交渉次第でうちが保護、又は監視する予定だ。
 今まで一定の戦力を保有する事で何とか組織としての体裁を保っていたものの、飛行船も損傷が激しく、人員も疲弊している状態ならこちらの降伏勧告にも乗ってくるだろう。
 うちの組織が人間に手を出さない者には寛大だというのは広く知られているし、潜りこんでいた構成員(ゼピリム内の1割以上)が呼応する手筈なので、乗ってくるのはほぼ確実だ。

 何故そこまで手間を掛けるのかというと、それは彼らに人間が自分達より上ないし同等の者という認識を植え付けるためのものだった。
 無論、魔人も人間もピンキリなので余り当てにならないのだが、それでも人間の中には自分達を圧倒する者がいるという認識を持つ事はこれから人間社会に混じって生きていくためには必要不可欠だからだ。
 今後うちで働く中で人間と協力する機会はごまんとある。
 その時、相手を格下と見下していては、共存など不可能だ。
 だからこそ、今まで鼻っ柱が高かった魔人達が一度正面から人間に敗れておく経験が必要だった。
 それも、集団対集団の戦闘で。
個人の戦いでは油断や本気じゃないとか言い訳が効くかもしれないが、よりはっきりと勝敗をつけるためにもある程度の規模の集団同士での戦闘が必要だった。

 そして、そこそこの規模となったゼピルムが神殿協会に敗れた今が好機だ。
 今の彼らなら喜んでとは言わないが、それでもこちらの勧告に従ってくれるだろう。
 どんな存在でも、大抵は命が惜しいものだ。


 しかし、今回の事件は今一誰が勝者か白黒つかなかった。
 そのため、より確実を期すために、もう一騒動起こす必要があった。
 その算段は側近Bに一任していたので、自分はノータッチだが……まぁ、あの蛇目シャギーなら大丈夫だろう、あれでかなり生き汚いし。
 


 
 「ほう、親友に挨拶ね………一人で行け。」
 「そんな!シオちゃん酷い!!」
 「その名で呼ぶな!!」

 嘗て母に呼ばれた呼称だが、はっきり言って大の男に使うものでは断じてない。
 マリーチが態々使うのも、自分をからかうためなのだが、こうして反応を返す時点で彼女の思惑通りなのだろう。

 「だってー、後はクーガーと第二部のシスター達しかいないんだもの。今一盛り上がりにかけるわ。」
 「その2人はあの問題児共だろう。ハプニングは確実に起こるから、オレを誘うな。」

 件の問題児シスターは優秀だが、人格に問題があるため異端審問会に入った者達の代表格と言ってもよい程の者達だ。
 そんな連中が一緒にいれば、きっと彼女の大好きなトラブルには事欠かない事だろう。

 「ダァメ♪だからこそ一緒に行くんじゃない♪」

 あぁ、やはりそれが目的か。
 いい加減にこのアマどうにかならんものかね?

 「断る、仕事があるからな。」
 「……そう…。」

 笑顔のままにマリーチの雰囲気がガラリと物騒なものに変わる。
 反射的に壁に掛けてある神器へと手を伸ばすが、その行動は遅すぎた。

 からろん♪

 普段聞く鐘の音と全く変わらない筈なのに、その効果は普段よりも遥かに凶悪だった。
 魂、と言うよりも存在そのものを揺らされて、その余波で自身の意識そのものが揺らぐ。
 一瞬で視界が白濁し、意識が遠のき始め、数秒程で意識を失う。
 ノイズだらけの視界に最後に映ったのは、こちらを見て実に嬉しそうに笑うマリーチの姿だった。
 





 「全く、本当に鈍感ね。」
 
 えるしおんの部下達に命じ、彼を使用予定のヘリへと運ぶよう命じた後、マリーチは一人愚痴を零した。
 少なくとも彼が自分の思いに気付いてくれれば、現在の状況は無かったというのに。
 全く、こんな美人の誘いを断ろうなんて、罪深すぎる。

 プンプンと怒りのオーラを巻きながら、しかし表情には出さず、彼女はヘリの発着場へと歩を進める。
 
 今頃クーガーとあのシスター2人が来ている事だろう。
 3人が3人とも、お気に入りに属するため、彼女が退屈すると言う事は無いだろうが、やはり最大の喜びの元となるえるしおんには傍にいてほしい。
 
 そんな事を考えていると、つい嬉しい気持ちになり、彼女は今後の楽しそうな事を思って漸くいつもの穏やかな雰囲気に戻った。




 






 

 「……姉上、あのお方は?」
 「え?」

 リップルラップルのナマコ攻撃から逃れた後、名護屋河姉妹の妹、睡蓮が不意に声をあげた。
 彼女の指さす先にある雑木林の獣道、そこから2人の人影が降りてきた。
 一人は白いローブ、白い髪の全身白尽くめの女性であり、瞼を閉じている事から恐らく盲目なのだろう。
 そしてもう一人、フェリオールも着ていた神殿協会の司教服に身を包んだ長身、長い銀髪の男性が先の女性の左手を握り、右手にはそこそこ大きなキャリーケースを担ぎながらゆっくりと先導している。
 
 「殿方の方はともかく…あちらの女性の方、恐らくみーこ様と同格にございます。」
 「それってつまり、偉い人って事?男の人はどうなの?」
 「殿方の方はそこまでとはいきませんが……それなりに出来る方かと。お二人とも良きか悪しきかは判別致しかねますが、女性の方はお力だけならみーこ様に並びます。」

 ふーんと適当に相槌を打つ鈴蘭。
 周囲で屋台を営む魔殺商会の戦闘員達(覆面マスクと全身黒タイツ無しバージョン)も珍しげに見ている。
 
 「あの女の人、目がよくないみたい……。」
 「左様でございますね。お連れの方もおられますが、かような砂地では危のうございます。」
 
 一瞬で意見を合わせた2人は、小走りに2人組へと近づいていった。

 「あのぉ……良かったら、何かお手伝いしましょうか?」
 「む?すまないな、お嬢さん方。」
 「ありがとう。優しいのね。」
 
 連れの男性は申し訳なさそうな声で礼を告げる。
 その容貌はかなり整っていながらも眉間には深い皺が走り、美形ながらもかなりの迫力が感じられる。
 そして、女性の方は被ったローブの中で、白い柳眉でなだらかな弧を描き、たおやかに微笑んだ。
 確かに美しい人だが、何処か浮世離れした、この世のモノではない雰囲気が、確かにみーこと似ていた。

 「さぞかし御高名なカミ様とお見受けいたします。よろしければお名前をお教えくださいませんでしょうか?」
 「だから待て妹!お前はまたそんな突拍子も無い事を!」
 
 あらあら、と姉妹の様子に困った様に女性が微笑み、男性は眉を僅かに下げ、表情を僅かに穏やかにした。

 「構いませんよ。私はマリーチ、この人はエルシオン。友人のミーコに会いに来たのだけど…。」
 「ではお連れ致します、マリーチ様。」
 「親しみを込めてマリーちゃんと呼んでくださいね。エルシオンはシオちゃんと呼んであげて。」
 「え……あの、その……はい。」
 「…いい加減に切れても良いと思うんだがな…。」

 怒りを押し殺した風のシオちゃんもといエルシオンを、マリーチはさも愉快そうにクスクスと笑う。
 
 「じゃあ、お言葉に甘えてあなた達にお願いするわね。シオちゃんは荷物の方をお願いね。」
 「……了解だ。ゆっくり旧交を温めてくるといい。」

 そう言って男性がキャリーバックを抱えて、木陰へと足を向ける。
 その背から黒々とした怒気が立ち上っていたが、鈴蘭は気にしない事にした。
 だって、みーこに禁句で呼ばれた御主人様と一緒な感じがしたし。
 
 「ではその……マリーちゃん、様。どうぞこちらへ。」

 いい加減に妹の愉快な様に我慢できなくなった鈴蘭が、プッ、と噴き出す。
 キッ、と睨んでくる妹からそっぽを向くと、今度は2人の様子を見て白い女性も上品に笑う。

 「うふふ、クスクス。あぁ、楽しい…。」
 (あれ?今の笑い方って、前に何処かで……。)

 そんな女性の笑い方に何処か既視感を持つ鈴蘭。
 あれ程の美人、見れば忘れない筈なのだけれど……。
 
 そうやって鈴蘭が考え込む内に、3人はじゅうじゅうと音を立てる炭火の近くに辿りついた。
 目的のみーこは逆さに置いたビールケースに腰かけたまま海産物が焼き上がるのを待っており、近づく人影には全く気付いていない。


 そして、やっと人影に気付いた様にみーこが顔を上げた瞬間に、それは起こった。


 「っっっ!?!」
 
 その一瞬だけ展開された光景は、気のせいであった筈だ。
 一秒の、何百、何千分の一の間という瞬きよりも短い、極僅かな暗転。
 その瞬間だけ見開かれたみーことマリーチ、それぞれの真紅の瞳。
 気のせいであった筈だ。
 見れば、みーこは眠たげな目でひどくつまらなそうにマリーチを見上げ、マリーチもその視線に気づいていないのか、閉じた瞼はみーこより少しずれた方向へと向けられている。

 だが、その場にいた睡蓮と鈴蘭の2人は動悸を抑える様に胸元を押さえ、呼吸を荒げている。
 そして、睡蓮がこの炎天下でありながら、青褪めた顔でようやっと声を出した。
 

 「……これが……格の違いでございます、姉上。」
 
 何かが起きたと、妹は言外に告げた。
 しかし、鈴蘭は今しがた見た恐ろしすぎる一コマを信じたくなかった。


 空と大地を二色に塗り分けた、口と目。
 億千万の口蓋と眼球を。

 

 「状況Aは困るの。ノーカン、ノーカウントなの。ここは引き分けにしておくの。」
 
 何時からそこにいたのか、リップルラップルが2人を仲裁するようにまぁまぁと宥める。
 しかし、当の2人はお互いしか眼中に入っていない。

 「おいしそうな匂いね、ミーコ。」
 「焼き上がる頃合いを視て来おったな……気に入らぬよ。」

 互いに互いしか映っていない。
 友人というには余りに物騒で、あまりに危険すぎる空気がそこにあった。


 「何時までもあの2人の傍にいるのは危険だ。木陰で休んでいなさい。」
 
 荷物を置いてきたのか、エルシオンが2人に声をかけ、ベンチの方へ手を引いていく。
 睡蓮と鈴蘭は互いに身を寄せ合う様に、エルシオンの誘導に任せ、力無く歩いていく。
 睡蓮は気遣う様に鈴蘭の手を握るが、表情こそ普段と変わりないものの、彼女の手は小さく震えていた。
 それは、握られている鈴蘭の手も同様だった。













 「それで?何故私までこの場に呼んだのですかな?」

 わざと慇懃無礼な態度で呑気にホタテをつつくマリーチに問う。
 

 先程までエスティ達がかなり深刻な話をしていたが、はっきり言って誰が魔王になろうが興味は無いし、先日も言ったが自分もなる気はない。
 もし暴虐を行う者だったら、それこそアウター達に排除され、また人間主体の社会になる事だろう。
 それに、そんな事態になれば、それこそ勇者を始めとした対魔機関の出番というものだ。
 人間達は自分達の平和のために、死に物狂いで戦ってくれるだろう。
 そんな命がけになった人間程、厄介なものはいない。
 神も魔も、如何なる神話や伝承でも、最後は人間が勝つと相場は決まっているのだから。

 
 そんな真面目な考えを脳裏で展開しつつ、えるしおんは自分の仕事を邪魔してくれたアマを問い詰める。
 今日終わらせなければならない仕事だけでも3時間は掛かるのだ。明日以降の仕事に支障を来たすようであったら、暫くこのアマの好きな茶葉の値を吊り上げてやる(偽物とか掴ませたり、質の悪いものを売るのは商人としての矜持が許さなかった)。
 そんな地味な報復を考えつつ、マリーチの出方を伺うえるしおん。
 どうやら、正面から普通に抗議するという考えは無いらしい。



 「?何も考えてないわよ。」


 えるしおんの言葉にキョトン、と目を開き、次いで童女がそうする様に首をコトンと傾けて、不思議そうに言うマリーチ。
 この仕草には一切の邪気が無かったが、邪気が無いからと言って無害ではないのが彼女の特徴の一つでもある。

 「………………………………………………………ハァ?」

 何言ってやがんだこの年m…


 からろん♪

 「ぐおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!?!」

 お馴染の激痛に頭を抱えて砂浜を転げまわる。
 あまりの事態につい禁句が脳内に浮かんでしまったためか、二コリと微笑んだままのマリーチの左手は彼女の襟元の鐘、神器「崩壊の鐘」へと添えられている。
 
 「うふふ、クスクス!……あんまり調子に乗ってるとどうなるか、解ってる?」

 はいすんませんしたごめんなさい癒し系美人の預言者様、と内心で全面降伏するえるしおん。
 同時に、やはりこのアマ何時か虚数空間にでも沈めてやる、と決意を新たに誓う。
 
 「……………。」

 からろん♪

 「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?!?!」

 無言のまま、反省の色が見られないえるしおんにマリーチが追加の一発。
 止まっていたローリングが再開され、えるしおんの着ていた司教服が砂と塩塗れになっているが、激痛で余裕が無い本人は気付かない。
 
 
 反省せずに内心で罵倒を続けるえるしおん、それに罰を追加するマリーチ。
 やがて転がり続けたえるしおんがパラソルからかなり離れた位置に転がって行くと、マリーチもそれについていき、更にお仕置き追加とばかりに鐘を鳴らしまくる。
 苦痛に耐えきれず悲鳴と共に転がり、更に遠くに行くえるしおんを追って、楽しげにマリーチもそれに続き、どんどん遠ざかって行く。



 後に残ったのはパラソルの下で目を丸くして呆然自失とするみーことリップルラップル、側近Bことマニホルド・エスティだけ。

 「……のう、リップルラップル。」
 「……私に聞かれても解らないの。」
 「……私も、まさかエルシオン様とマリーチ様があのような関係とは存じませんでした。」

 親友のあまりの変わりっぷりに目を丸くして事態の把握に努めようとするみーこだったが、誰も彼女の疑問に答えられない。
 みーこと同じく日本で過ごしていたリップルラップルは当然として、ここ10年以上ゼピリムに潜入していたエスティもこの事態に全く対処できていなかった。

 「のうエスティや、エルシオンはマリーチの使徒になったのかの?」
 「まさか、我が君に限ってそれは無いでしょう。仕事一筋2000年のワーカーホリックですよ?人生の過半を書類と共に過ごしてきたあの方がマリーチ様と一定以上の関係を築くなんて信じられません。」

 部下にすらしっかりとワーカーホリック扱いされているらしい。
 しかも、西暦を同じ位を仕事に費やしてきた辺り、憐れみすら感じる。

 「しかし、さっきのマリーチは確かに楽しんでたの。誰かを弄ぶ以外にあんなに楽しそうなマリーチは、初めて見たの。」

 リップルラップルが素直な感想を口にする。
 先程のマリーチの様子、鈍い今代勇者なら兎も角、鋭いこの場の三人にはどう見ても親しい友人同士のじゃれ合いだった…………もっとも、えるしおんは気付いていない様子だったが。
 何がどうなってあんな関係なのかは知らないが、良くも悪くも他人を騙し、欺くのが彼女達の知るマリーチであるため、先程の様な感情を解りやすく表した彼女を見るなど本当に初体験だった。
 

 「まぁ、今後進展するかは本人達次第なの。外野は黙って温かく見守るのが吉なの。」
 「しかしの、あのマリーチじゃぞ?何が起こるか全く解らぬよ。」
 「祝福すべき、なのでしょうか……。」
 「後で事の次第を聞けばよいの。招待を受けたのは2人だけど、私も同乗するの。」
 「…それはもう決定事項なのですね…。」
 「当然なの、抜け駆けは厳禁なの。それと冷えたシャンペンも要求するの。」

 何が抜け駆けかはどうでも良しとして、各々が頭を悩ませつつ、一先ずは様子見に徹する事を決めたようだ。
 リップルラップルは相変わらずの無表情で、その内心を推し量る事は出来ないが、みーこは親友であるマリーチを、エスティは主君であるえるしおんの身をそれぞれ案じている。
 しかし、2人とも思う事は同じだった。


 あの2人(性格破綻者とワーカーホリック)で大丈夫だろうか?


 嫌な予想しか立てられず、つぅ…、と2人の額から冷や汗が流れていった。
 
 

 
 






 「酷い目に会った…。」
 「っはっはっはっは、まぁ仕方ねぇさ!あいつを相手にしてそれで済んだんだから良いじゃねぇか!」
 
 無精髭、もじゃもじゃに伸びた髪、浅黒い肌、サングラスとどこかのスラム街にいそうな出で立ちの男とエルシオンは共に如何にも高級そうな酒を飲んでいた。

 「それにしても、久しいなクーガー。またぞろ出番か?」
 「それを決めるのはあの女だよ。全く、人使いが荒いっての。」

 自棄酒の様にガボガボと高級酒をラッパ飲みするクーガー。
 この男は別名キリング・クーガー、クーガーおじさんと呼ばれている最悪とも言われた異端者だ。
 何故そんな人物がこんな所にいるのかというと、実はこの男、マリーチの使徒だったりする。
 詳しい経緯は聞いた事は無いが、以前罪人として神殿協会に捕まり、超高難度ダンジョンに突入させられて生き残った事からマリーチに気に入られたらしい。
 それ以来、神殿協会地下牢に幽閉させられ、出されては神殿協会に新たな英雄を作るための敵役をやらされていた。
 そう言った裏方役のため、何かとエルシオンと顔を会わせる機会が多かった。
 また、マリーチの我儘に付き合わされて苦労しているという連帯感から仲も良かったりする。
 ちなみに、マリーチの持つ意識操作の結界だとかは長年の仕打ちで耐性が付いてしまったため、えるしおんには効かなかったりする。

 「それにしても、連れの子狐とやらはどうした?」
 「セリアーナか?あいつの事だからな、何処ぞの金持ちにでも油揚げ奢らせてるんじゃねぇか?」
 「そうか、彼女程の人材ならスカウトしたかったのだがな……。」
 「おいおい、マジかよ!他の連中が黙ってないぜ!」
 
 魔人セリアーナ、通称先読みの魔女。
 その正体は金毛九尾と言われる化け狐であり、アウタークラスの実力を持つ。
 過去に人間社会を大混乱に陥れ、記録的な被害を齎した恐ろしい魔人だが、その真の恐ろしさはマリーチですら舌を巻く知性であり、今まで追いかけてきた各国の対魔機関の手を悉く逃れ続け、未だに逃げ続けている。
 嘗ての第二次大戦時、イスカリオテ機関と神殿協会が多大な出血を強いられながらも、どうにかこうにか欧州から追い出すしか出来なかったという化け物だ。
 なお、現在はアジア地域に潜伏しているという情報もあるが、真偽の程は不明だ。

 そんな存在が何の因果か、嘗てクーガーが潜ったダンジョンに住んでいたらしく、何故か懐かれてからは互いに協力し合い、信頼する仲になったのだとか。
 そんな人物を招こうというのだから、えるしおんも大胆と言える。

 「なに、何処の国や組織も財政を崩壊させてやろうかと言えば逆らえんよ。」
 「……全然変わってねぇなのな、お前……。」

 にやりと笑うえるしおんに呆れた様にクーガーが呟く。
 根が善人とは言え、葉や茎はすっかり悪人になっているえるしおんだった。

 …まぁ、その気になれば第二次世界恐慌すら引き起こせる組織の長らしい発言とも取れるが。
 
 ゲラゲラ笑いながら、2人は久しぶりに飲める上等な酒とつまみに舌鼓みを打つ。
 えるしおんには本当に久しぶりの、普通の休暇だった。
 


 それぞれが休暇を満喫しつつ、ゆっくりと日が暮れていった。





 PS.ヘリにて


 「ねぇねぇ、マリーちゃん。さっきから置いてあるこの箱って何っすか?やたらでかいっすけど、重火器でも入ってるっすか?」
 「あぁ、それね。クーガー、そろそろ開けてあげて。」
 「おいおい、誰か入ってんじゃねーだろう…な……。」
 「どうしました、クーガー司きょ…う……。」
 「マリエットまでどうした……っす…。」

 箱の中を覗いた面々は沈黙した。
 箱の中には保存のためか、大量の氷と白眼を向いた美丈夫が一人。
 それも死体の様なまっ白い肌と胸の前で交差させた腕から、まるで棺で睡眠中の吸血鬼の様だった。

 「「「……………………。」」」

 流石に絶句する3人。
 次瞬、絶叫。

 「死体っす!殺人事件っすーー!!?」
 「おおお落ち着いてください先輩、これぞ世に聞く孔明の罠とか。」
 「この状況で罠とかも無いと思うけどな……ってか何やってんだエルシオン?」

 クーガーが狂乱する2人のシスターを落ち着かせようとするが、生憎と成果は上がっていない。
 そんな狂乱を尻目にマリーちゃん(自称)がゆさゆさと箱の中の男性を起こしにかかった。

 「うふふ、クスクス。ほらいい加減に起きなさい。」
 
 ゆさゆさ
 
 「………。」
 「起きなさいってば、シオちゃん。」
 「その名で呼ぶな!!」

 えるしおん復活。
 そこまで嫌か、その呼び方。

 「ひぃい!死体が起き上がったっす!神威っす、浄化っすぅぅ!!」
 「せせせせ先輩ここここはやはり具象神威の出番です!」

 しかし、急に起き上がった事がシスター2人の混乱に拍車をかけた。
 クラリカは腰のモーゼルを引き抜き、マリエットは三型具象神威を構えようとするが、狭いヘリ内で長物に入る三型を構えられずにいる。
 このまま放っておけば、遠からずこのヘリは空中で爆発、四散するだろう。

 「む、ここは何処だ?それに何故クーガーがここに?」
 「おうエルシオン、寝起きでわりぃが、ちと手伝ってくれや。」
 「あぁ、うん……取り敢えず、止めるか。」
 「だな…おーい、嬢ちゃん達そんな物騒なもん仕舞えって。な、な?」


 必死に2人のシスターを説得するおっさん達だったが、いきなり拉致された矢先(出発早々)の出来事がこれでは先が思いやられる、と思ったのはほぼ同時だった。







 「うふふ、クスクス♪ほら、やっぱり面白くなったじゃない♪」
 「お前が原因だがな!!」














 漸く本編突入。
 さて、何時になったらマスラヲ編に入れる事やら

 
 最後に一言。

 感想くださった皆様、理解ありすぎです。


 微修正しました 2010年6月26日8時51分
 



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第8話
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/27 22:21
 

 第8話





 「私が魔王になって、お前ら絶対言う事きかせてやる……!」



 明け方の空、黒煙をたなびかせる巨大な飛行船のブリッジにて。

 不幸を嘆いてきた少女が、己の進む道を決めた。
 それは世界で最新の魔王が殻を破り、遂に産声を上げた時だった。











 「無事か、蛇目?」


 腹腔に風穴を開けられ、宙に投げ出されたエスティは、ブリッジの死角となる位置で隔離世へと一瞬で引き込まれ、そこに待機していたえるしおんの手当てを受けていた。
 そこには横に倒す形で展開し、足場としたシールドがそ浮いていた。
そして、その上には横になったエスティと薬品や魔導具が置かれており、えるしおんは直ぐに治療に入った。

 「はは…完敗でした、エルシオン様…。大口を言っておいて、この様です……。」
 
 口の端から血を滲ませ、腹からは大量に出血しながらも、エスティの言葉をはっきりとしていた。
 えるしおんはテキパキと止血を常備している赤黒くドロリとした回復用のポーション(開発部謹製の最高級品)と回復用の術を用い、失われた体の一部と血液を直ぐに再構築した。

 「これで治療は終わったが、暫くは有休を取って安静にしていろ。お前の代わりになる人材はそうはいないからな。」
 「いたらどうなるのですか?」
 「いたら、どちらも雇って働かせる。」
 「はは、あなたらしい…。」
 「もう喋るな、そろそろ転移する。」

 えるしおんの言葉と共に足元の障壁に、イスカリオテ機関で使用される転移術の魔導式が表示される。
 そして、一瞬の後に2人の姿は霞の如く跡形も無く、完全に消えていた。





 


 

 某日、イスカリオテ機関本部にて


 嘗ては羽ペンのカカカッカカカカッカカカカカッカカカカカカッカカカカッカカカッ!!!という音が響いていた長官執務室には、その代わりとばかりにガガガガガガガッガガガッガガガガガガガガガガガッガガガガッガガガガガガッガガガガガガガガッ!!!というキーボードを乱打する音が響いている……それも二台分の。
 その部屋の主である男は、片手で一つのPCに入力しつつ、更に宙に3本のペンと判子、3枚の書類を浮かばせて、凄まじい速度で5つの仕事を同時にこなしていた。
 これを初めて視た機関員は誰しもがこの偉大な長官の仕事姿を見て、素直に尊敬の念を抱くという。
 誰が言い出したのか、付いた呼び名がSWH、スーパーワーカーホリック。
 多くの文官組の尊敬を無暗矢鱈に一身に集めるえるしおんだった。

 しかし、本来なら力は多少弱くても魔族であるエルシオンと言えど、ここまで微細な念力の操作と書類仕事を高速で同時並行するなど出来る訳がない。
 
 その原因は開発班が近年開発した並列思考という技術だった。
 何でも極東の一部の娯楽作品を見て開発に踏み切ったと言われているが、真偽のほどは不明だ。
 兎にも角にも、この技術を使えば、同時に複数の思考を展開し、高い処理能力を発揮できるのだ。
 しかし、これはあくまで脳の普段使用していない部位を演算に当てているため、脳本来の処理能力以上の事は出来ないし、あまり使いすぎると知恵熱を起こしかねない。
 試験した結果、最大9個の並列思考を展開できたが、そこまで展開すると一つ一つはあまり複雑な処理が出来なくなる。
 そのため、実際は文官組や一部の戦闘組が術式行使の際にはあまり処理能力が落ちないで発揮できる2、3個まで使用する事が殆どだ。
 
 しかし、例外としてえるしおんを始めとした一部の者達は並列思考を3個以上展開しても、処理能力が低下しない。
 特に凄まじいのが、側近A、金髪聖人ことアーチェス・アルエンテは7個まで展開しても、処理能力を落とさずに行使する事が出来る。



 それはさておき



 先日の一件で、新たな魔王現る!?というスクープが駆け抜けたため、イスカリオテ機関内では一応魔王とか呼ばれているえるしおんの動向が注目された。
 しかし、えるしおんは何もアクションを起こさなかった。
 きっと何かお考えがあるのだろう、というのが機関員の大勢を占めていた。
 しかし、えるしおん本人は寧ろ、内心では新魔王就任の動きを喜んでいた。
 何故かと言うと、えるしおんは未だに自分の事を皆が纏まるために立たされた旗頭としてしか機能していないと考えていたからだ…………この男は前世から自己評価が今一つだったりする。
 ……ちなみに、今現在の状況(側近A世界各地に出張中、側近B負傷で療養中)でえるしおんが消えたりしたら、機関の文官組が担当する各分野での経済活動が滞り、第二次世界恐慌が勃発、第三次大戦の引き金になりかねなかったりする。


 これもさておき


 そのため、鈴蘭が新たな魔王が即位したら、可能ならその下で働きたいと考えていた。
 一応のトップである自分が鈴蘭の下につけば、他の者達も次の主君を認めやすくなる事だろう。
 しかし、かと言って無条件で彼女の下につく訳ではない。
 鈴蘭が魔王としての責務を果たせる(配下への指示出しや書類仕事など)ようになるまでは、しっかりと監督するつもりだ。
 
 
 内心でそんな事を考えながら、えるしおんが仕事をしていた時、不意に執務室に備え付けの電話が鳴った。
 この電話は各国の重鎮や対魔機関のトップを始めとしたVIPとのホットラインでもあり、滅多な事では鳴らない(マリーチはそもそもかけない)。
 直ぐに受話器を取り上げ、耳に近付けると、相手の声はかなり緊迫した様子だった。
 
 「私だが、どうした?」
 『長官!極東にてS級魔人が観測されました!識別番号は19!』
 「極東支部に第一級戦闘配備を発令。情報収集を厳にし、近場の支部から応援を要請。直ぐに本部の戦力を送るので、到着まで対象の監視に留めろ。」
 『了解!!』
 
 大慌てといった様子の極東支部の部下が電話に出てきたが、えるしおんの冷静な指示を聞くと直ぐに電話を切った。
 次いで、えるしおんは電話の脇に置かれた呼び鈴を鳴らした。
 それもただ鳴らすのではなく、呼び鈴に刻まれた魔導式に魔力を込めながら……ちなみに込める魔力の量によって信号の意味が異なったりする。
 途端、本部内に警報が鳴り響き、第一級戦闘配備が発令された。
 廊下ではバタバタと部下達が忙しなく走る音が響き、今頃格納庫では開発班が装備の緊急点検を行っている事だろう。
 そして、今度は内線でかかってくる電話を取り上げる前に、えるしおんはポツリ…と言葉を零した。


 「識別番号19番…先読みの魔女、か………はてさて、どうなる事やら……。」
 

 嘗て矛を交えた強敵を、えるしおんは脳裏に思い浮かべていた。















 



 「ふぅ……しかし、油っこいものか……。」
 
 自室の電話を下ろし、貴瀬は嘆息した。
 またぞろ厄介の種が舞い込んできた、と。
 しかも、御下命とは言え、金毛九尾をもてなさなければならないとは、いよいよもって今年は厄年なのだろうか?
 そんな事を考えつつも、だるさを訴える体に喝を入れ、何とか立ちあがろうとする。
 しかし、そんな彼の努力を遮るように、先程置いたばかりの電話が鳴り出した。
 また脱力しそうな腕に鞭打つつもりで、貴瀬は再度受話器を手に取った。

 「なんだ、翔香か?まだ言い残した事でも『伊織貴瀬、そちらに妙な魔人が来ていないか?』ッ!?」

 電話の相手、それはこちらの世界では知らぬ者などいないとすら言える程の相手だった。

 「貴様が直接かけてくるという事は、既に何らかの確証を得ているのではないか?」
 『一応確認だ。その魔人は神殿協会のブラックリストにも載っているからな、直ぐに聖騎士団が来る。扱いには気をつけた方が良い。』
 「…何故貴様がそこまで気を使うのだ?目的は何だ?」
 『言った所で信じるかは自由だが………我々は可能ならば彼女をスカウトしたい。』
 「ッッ!?馬鹿な、正気か貴様ら!?」
 
 告げられたあまりの内容に、貴瀬が叫ぶ。
 如何に内に魔族・魔人を抱えようと金毛九尾という国家を揺るがす程の魔人を抱えたとなったら、かの機関と言えどもどうなるか解らない。
 もし各国の対魔機関がこぞってイスカリオテ機関に敵対したとなれば、それこそ彼らはあらゆる手段を以て敵対勢力を薙ぎ払いにかかるだろう。
 そうなった時を思うと、彼らの活動をある程度掴んでいる貴瀬の脳裏には最悪のケース、第三次世界大戦の光景が映し出されていた。

 『こちらも最終戦争がしたい訳ではない。そちらが上手く隠蔽してくれたら、こちらも手間が省ける。』
 「神殿協会を出し抜く気か?連中が黙っていないぞ。」
 『無論、手は打ってある。事が事だ、今回ばかりは彼らに任せ切れない。』

 先読みの魔女はイスカリオテ機関にとってそれ程の脅威だった。
 無論、彼らがここまで警戒し、抱え込もうとする理由は存在する。
 嘗て彼女がその頭脳を以て人間社会を混乱に陥れた時、イスカリオテ機関の最大の収入源である経済活動が大幅に滞ってしまった事があった。
 それが数年近く続いたため、当時の彼らはその原因たる先読みの魔女の排除に躍起になった。
 しかし、相手は戦闘力だけでもアウタークラスであり、そこに預言者並の頭脳が揃っているため、追い詰めるだけでも容易ではなかった。
 何とかイスカリオテ機関の全部署が総力を結集し、神殿協会のみならず各国の対魔機関を半ば脅す形で協力させながらも、辛うじて欧州から追い出した、追い出す事しか出来なかった相手なのだ。
 頭脳と実力を兼ね備えた魔人だからこそ、彼らはここまで過敏に反応するのだ。

 「こちらも御下命で保護する事になっているが、あの狂信者共をどうにか出来るのか?」
 『今頃枢機卿達が山積みの書類を必死に捌いている頃だろうさ。』

 えるしおんがした事は簡単だ。
 ちょっと情報操作であちこちに魔物が出たとか、魔人勢力に動きが見られたとか、適当にホラを吹いただけである………報告の際に「未だ詳細は不明ですが」、「これは未確認情報ですが」とか付けるのを忘れない。
 後、異端審問会が出ざるをえない様な協会構成員の汚職の罪状と証拠を熨斗付きで提出したりとか。

 「詳しくは聞かんが、何時頃来られる?」
 『明日の昼頃には到着する。それまではくれぐれも頼むぞ。』

 そう言ったきり、通話は切られた。
 流石に限界なのか、貴瀬は備え付きのソファーへとどっかと腰を下ろした。
 そして、天井を見上げながらぼそりと呟きを零した。


 「『財界の魔王』が、今度は何を企んでいる………。」

 
 






 明け方直前、イスカリオテ機関極東支部にて

 東京郊外にある、一見何の変哲もない十字教の教会、その地下。
 そこにイスカリオテ機関の支部がある事は、それを利用する構成員達だけが知っている。
 他にも予備の施設が日本各地に分散配置されているが、日本最大の規模であるこの施設だけが現在もメインで稼働している。
 そこにある一室にて、直径15m近い大型の転移魔法陣が存在していた。
 この転移魔法陣は本来集団を一気に転送させるものなのだが、今回は低出力で個人向けに起動している。
 ……ちなみにこの魔法陣も、日本の娯楽作品よりアイディアを受けた開発班が実用化した代物の一つだったりする。

 普段は閑散としているその部屋には、現在多数の術者が待機し、魔法陣の操作を行っており、やや暗い地下室だと言うのに昼間の様に照らされていた。
 そして、魔法陣から放たれる魔導力の光が一際強く輝くと、魔法陣に中心に一人の壮年の男が立っていた。
 顔に深い皺を刻みながらも、周囲に威圧感を放っているこの男性は、変身魔法で40代に姿を変えたえるしおんだった。
 
 「状況は?」
 「対象は件の屋敷から動いていません。神殿協会の方ももう暫くの間は押し留めておけるかと。」
 「ヘリは用意してあるな?直ぐに飛ぶぞ。」
 「了解!」

 部下からの報告を受け、えるしおんは即座に今後の展開を予想し始める。
 足早に地下室を出て、直ぐに認識阻害結界で隠蔽されたヘリポートへと向かう。
 向かう先は一つ、魔人セリアーナのいる伊織家の屋敷だ。

 「全戦力は何時でも戦闘可能状態で屋敷の周辺に待機。しかし、自衛以外での戦闘行為は禁ずる。交渉失敗後は速やかに撤退するぞ。」
 ≪了解!!≫

 物々しく武装した一団を従えて、えるしおんはヘリへと乗り込んだ。
   










 「おいしーですー。おいしーですー。」


 翌朝早くの伊織邸食堂にて

 現在、食堂の広い空間は朝から油の匂いで一杯だった。
 食卓にはキャベツの千切りと味噌汁、白米にメンチカツが乗っており、席についた多くの者達がげんなりとした顔をし、一部の者はメンチカツ以外のものを食べて早々に食堂から出ていった。
 その原因である狐少女はというと、尻尾をぱたぱた機嫌よく振りながらメンチカツだけをパクついていた。
 
 「油っぽいものが好きというのは本当なのだなぁ…。」

 漸く憑かれが取れたのか、セリアの隣の席では貴瀬がサクサクとメンチカツを齧っていた。

 「御主人様…クーガーさんはまだ来ないんですか?これじゃ皆成人病ですよ?」
 「さぁな、詳しい日時までは聞かなかったからな。何時来るかまでは……。」

 鈴蘭の質問に返しつつ、貴瀬も難しい顔で考え込む。
 現状、セリアにご機嫌を伺いつつ、早い所クーガーが到着する事を祈るしか出来なかった。
 
 (それに、イスカリオテの件もあるしな……。)

 それを考えると、貴瀬は自分の胃がズン、と重くなるのを感じる。
 神殿協会と違って、分別もある連中だが、対魔組織に変わりはない。
 もしここにいる連中が刺激されて、騒動が起きたとしたら……と思うと貴瀬は気が気でなかった。

 (クーガー、早く来てくれ……オレの胃に穴が開く前に。)

 みーこが復活してからは苦労から解放されたと思っていた貴瀬だったが、どうやら彼の苦労性は生来のものだったらしく、全く苦労から解放されていなかった。
 しかし、そんな貴瀬を救うかの様にバンッ、と食堂の扉が開かれた。
 
 「邪魔するぜ。」

 日焼けした肌にもじゃもじゃの長髪と無精髭、サングラスに酒と煙草焼けした渋い声の男が姿を現した。

 「クーガーさん……。」

 目的の人物を視界に捉え、セリアはぴょこん、と尻尾を立て、椅子の上に立ち上がる。
 
 「クーガーさん、クーガーさん、クーガーさん……!!」

 そして、大きな瞳からボロボロと大粒の涙を零しながら、セリアは走り出した。

 「セリアか…セリアーナなのか?すっかり大きく………………なってねぇ…。」
 
 飛び込んできた少女の体をがっしりと受け止めたクーガーが、不満を表す様に髭に包まれた口元をへの字に変えた。
 
 「金毛九尾はとーってもゆーっくり成長するんですー。」
 「ああ、そうか。そうだったな。」

 クーガーは思い出した様に笑いながら、腕の中の少女の頭を優しく撫でる。
 セリアも漸く見つけた大切なものを確かめるように、何時までも頬をクーガーの胸元に擦りつけていた。




 「……もう出てもよいでしょうか?」
 「金髪、もう少し待ってやれ。折角の感動の再会なのだ、ここは空気を読むべきだろう。」


 ……扉の外で待機している一組の主従を放置しながら……。








 伊織邸応接室にて

 貴瀬、名護屋河姉妹、クーガー、セリア、えるしおんとその部下の7名が首を揃えたその場にて、クーガーとセリアが事情を説明すると、いい加減待ち草臥れていたのか、えるしおんが口を開いた。

 「さて、セリアーナ嬢とクーガーの説明が終わったので、今度は我々から話をしようか。」
 「先日の話だな…。」

 えるしおんの言葉に貴瀬が難しい顔をする。

 「?御主人様、話って何ですか?」

 疑問符を浮かべながら、鈴蘭が貴瀬に尋ねる。
 
 「それに関しては私がお答えしましょう。」

 不意にえるしおんの隣に座っていた男が口を開いた。
 外見は30代前半の優男、長い金髪を流し、知性を感じさせる縁無し眼鏡に如何にも上等なスーツに品の良い革靴。
 一見して紳士に見えるが、えるしおんの部下であるからには、良くも悪くもただ者ではない事だけは確かだった。

 「えーと、何方でしょうか?」
 「あ、これは失礼を。私、エルシオン様の部下のこういうものでして。」
 
 再度疑問符を上げる鈴蘭に名刺が渡される。
 そこには『株式会社マルホランド 代表取締役兼会長バーチェス・マルホランド』と書かれていた。
 
 「嘘ぉッ!?マルホランドってあのマルホランドですか!?」
 「ははは…えぇ、はい。恐縮ですが、会長を務めさせていただいております。」
 「なんだ?そんなにすげぇのか?」

 そういった話についていけないクーガーが疑問を口にする。
 鈴蘭の隣に座る睡蓮も話についていけないのか、首を傾げるだけだった。
 しかし、それを全く気にせずに、鈴蘭は興奮した様に早口で捲し立てた。

 「すごい所じゃないですよ!マルホランドって言ったら、世界的に有名な大企業なんですよっ!!」



 ここでマルホランドについて説明を行っておく。
 元々はイスカリオテ機関が近世に入ってから、各地に設立された商会を統合・再編成したものがマルホランドだ。
 機関の最大の収入源にして情報収集元でもあり、その社員の3割が機関構成員だ。
 「安心・安全・真心」をモットーに、その一大資本と歴史、優れたサービス精神と高品質から、富裕層から貧困層まで幅広い信頼を勝ち取っており、世界中に支店を持っており、寧ろ支店が無い国や地域を見つける事が困難な程だ。
 また、政財界に多大な影響力を持っており、その予算は大国の国家予算クラスだとも言われている。
 その最大の特徴が、独自の戦力を有しているという点だろう。
 これは情勢不安な国家や紛争地帯に設立された支店や商品の輸出入、運搬の際に見られるもので、強盗や山賊、海賊、ギャングやマフィア、反政府ゲリラや時には政府お抱えの不正規部隊だろうと実力で排除できるだけの錬度と装備の私設部隊を有している。
 御蔭で地域の治安改善に寄与する事もあった。
 例えば、過去に革命や暴動が起きた際、避難した民衆を保護、反政府軍と一戦交えて勝利した事が報道された事もあって、地方の治安確保のためにマルホランドの支店設立を求める声もあったという。
 銃規制がある先進国の場合、麻酔銃やガスガン、改造済みモデルガンや放水車、催涙スプレー、閃光弾にスタンスティック等の暴徒鎮圧用の武装を採用する事で対応しており、「当店ご利用の御客様には万全の安全体制を御提供します。」という謳い文句に嘘は無い。
 ただ、彼らは軍事産業には一切手を出していない事でも知られている。
 私設軍が保有する武装も、他の会社や企業が開発したものをライセンス生産したものを更に改良したものを使用している。
 また、技術者や芸術家のパトロンとしても知られている。
 経営に行き詰った中小企業や町工場の技術者やその経営陣、将来有望な若手芸術家や後継者不足に悩む熟練工芸家等を丸ごと保護・買収・スカウトし、それらを全部纏めて再編成、工業地帯と教育施設が合体したような都市を日本に作り上げ、新たな経済地帯にしたりもしている。
 御蔭で世界中から集まった優秀な人材が好きなだけ研究や探究をしており、その都市の内と外では技術が数世代異なるとも言われている。
 そういった事が重なり、マルホランドは今や世界中の注目を集める超優良企業となっている。



 「いやはや、驚いている所悪いですが、今日はマルホランドとしての用事ではないのでして…。」
 「へ?」
 「名刺の裏面をご覧ください。」

 言われた通り名刺を裏返してみると、そこにも文字が書かれていた。
 『ローマ法王庁特務第13課イスカリオテ機関 渉外部長アーチェス・アルエンテ』

 「?イスカリオテって何ですか?」
 「イスカリオテ機関というのは対魔機関の一つでして。」
 「え?じゃぁ、セリアちゃんを退治しちゃうんですか!?」
 「そう言う訳ではありません、鈴蘭様。」

 ここまでほぼ無言だったえるしおんが漸く口を開いた。
 ちなみに既に変身魔法は解いて、いつもの姿になっている。

 「へ?何で私相手に敬語?」
 「現状最も有力な魔王候補となれば当然です。あなた様は私よりも遥かに重要な方ですので。さて用件ですが、我々はセリアーナ嬢をスカウトしたいと考え、今日訪問させてもらった次第です。」
 「んー?呼びましたかー?」

 いい加減難しい話で眠くなってきたのか、セリアはうつらうつらとソファーで眠りかけていた。

 「…彼女の実力は当然として、その頭脳を我々は欲しています。」
 
 やや眉間の皺を深くしつつ、えるしおんが告げた。

 「え?でも対魔機関なんですよね?どうして魔人をスカウトするんですか?」
 「そこが連中と余所の違いなのだ。」
 
 貴瀬が難しい顔をしながら、口を開いた。

 「こいつらは自陣営の強化のためなら魔人だろうが異端者だろうが引き入れる。どんな凶悪な魔人でも命令に従うのなら保護するのだ。」
 「うえ!?ヤバいじゃないですか!」

 吐き捨てる様な貴瀬の言葉に、鈴蘭が顔色を変えて叫んだ。
 まぁ、確かに外からはそう見える事だろう。

 「より正確に言えば、我々がしているのは魔人の保護です。」
 「しかし、やっている事が悪しき者を庇うのなら、お前達もまた悪しきものでしょう。であれば、私は名護屋河当代としての責務を果たすまで。」

 淡々と宣戦布告とも取れる睡蓮の言葉に、アーチェス(バーチェス)はその顔に苦笑を浮かべた。

 「話せば長い事ですが、そもそも我々の活動の起源は魔王制が終了した頃にまで遡ります。」
 
 説明を始めるアーチェス(バーチェス)に一同(えるしおん・セリアの2名除外)は黙って耳を傾けた。



 
 説明は第2・5・6話参照




 「いい人達だーーッ!!」
 
 
 説明終了後、鈴蘭が叫んだ。

 「少し静かにしてください、姉。」

 隣の睡蓮が凍てついた視線と声で迷惑そうに咎めるが、本人は聞いちゃいない。

 「しっかし、神殿協会が黙っちゃいないぞ。連中は頭が固い狂信者共だ。絶対にセリアを狙ってくるぞ。」
 「だがな、クーガーよ、これはお前のためでもある。」

 懸念をあげるクーガーに、えるしおんが告げる。

 「…どういうこった?」
 「もしセリアーナ嬢が狙われた場合、お前は絶対に騎士団を敵対するだろう。そうなれば、今度こそ死にかねんぞ。」

 えるしおんの忠告にクーガーも心当たりがあるのか、沈黙してしまう。

 「神殿協会と比較すれば、我々の方が防諜は格段に上だ。あまり騒ぎを起こさなければ、匿う事も不可能ではない。」

 益々眉間の皺を深くしながら、えるしおんはクーガーへ詰め寄った。

 「我々は君達2人に安全を提供し、セリアーナ嬢はその頭脳を生かした働きをしてもらいたい。お前にも彼女の護衛として来てほしい。」
 「……ワリぃが、それは出来ねぇ…。」
 「クーガー…ッ!」

 非常に珍しく、半ば脅す様に名を呼ぶえるしおんだったが、クーガーは珍しく笑みを浮かべずに首を横に振った。

 「お前さん方には悪いが、オレにはする事がある。」
 「手は?」
 「いらねぇ。」
 「……そう、か………………残念だが、スカウトは諦めるとしよう。」

 鈴蘭達は兎も角、知り合いである2人には、今の短いやり取りだけでお互いが言いたい事が直ぐに解った。
 それ故にえるしおんは直ぐにセリアーナのスカウトを諦めた。
 クーガーがスカウトできないとなると、彼女も応じない事は簡単に予想がつく。

 「我々は直ぐに此処を発つが、もし心変わりしたのなら、名刺にある番号に電話してくれ。」
 「悪いが、こっちも譲れねぇんだ。」
 「……バーチェス、用は終わりだ、行くぞ。鈴蘭様、今日の所はこれで失礼させいただきます。」
 「え!あ、うん。じゃぁ、また会いましょう。」

 そう言って、あっさりと席を立つえるしおんと慌てて付いていくバーチェス。
 鈴蘭が慌てて返事をするが、その頃にはエルシオンは既に悠然とコートの裾を翻しながら、応接室から出ていった。
 後に残ったのは半ば事態から取り残された貴瀬と名護屋河姉妹に当時者のクーガー、完全に眠っているセリアーナだけだった。

 「…結局、奴らは何がしたかったのだ?」
 「さてな……大方、釘を刺しにきたんだろうぜ。」

 貴瀬の疑問に答える事もせず、寝息を立て始めたセリアを腕に抱いてクーガーは応接室を出ていった。
 後に残ったのは、未だ疑問符を上げる鈴蘭と難しい顔をしたままの貴瀬、相変わらず無表情の睡蓮だけ。


 互いに譲れぬものを持つクーガーとえるしおん。
 これが今生で最後の邂逅になるだろう事を、2人だけが予想していた。
 



 そして、間もなく神殿協会から2人の枢機卿がこの屋敷を訪れる。
 今日この日、その2人から鈴蘭は大きな選択を迫られる事となる。


















 Q「なして文中の説明飛ばしたの?」
 A「長ったらしい説明を何度もするんは飽きられると思ったとです。」
 Q「めんどいからじゃなく?」
 A「……。」
 Q「今後どうなるん?」
 A「血みどろ展開の予定。」
 Q「予定は未定とか言わんよね?」
 A(さくしゃはにげだした)
 Q(Qはおいかけた)






 PS.そういえば蓮華王ってのは千手観音の別名だとか……あれ?エスティ登場させる時代考証間違えた?









[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第9話
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/06/30 19:46
 
 第9話


 えるしおんが日本を去った4日後、神殿協会から1枚の親書が届けられた。

 曰く、異端者クーガー並び先読みの魔女の浄化を確認。
 功績のある名護屋河鈴蘭を正式に聖女と認定する事を決定。
 後日、式典を開催するため、振るって参加されたし。

 後は式典の詳しい日時と言った連絡事項のみが綴られていた。


 その親書を机に置き、えるしおんは疲れ切った時の様に、ドッと椅子の背もたれに身を預け、天井に顔を向けた。
 今は仕事も手につかない、珍しくそんな気分だった。

 えるしおんにとって、クーガーという男はこの世界における初めての友人らしい友人だった。
 神殿協会に捕まる前から勧誘を続け、断られながらも、一度も矛を交えた事は無かった。
 神殿協会に捕まり、マリーチの使徒となった後も、裏方として幾度も手を貸し、時には共に酒を飲んだ仲だった。
 物騒な所を覗けば、気の良い、しかし、一本芯の通った、正に勇者と言える漢だった。

 そんな男が死んだという。
 殺したのは、魔王候補と目をつけていた名護屋河鈴蘭。
 大方、マリーチの策をクーガーが利用したか何かしたのだろう。
 大体何を考えていたかは解る程度には、2人は親交があった。


 「……逝ったか、クーガー……。」

 儀礼的なものではなく、心から彼の冥福を願い、十字を切って黙祷を捧げる。
 神殿協会を始めとした神々ではなく、魔王制廃止を求めた聖人の身元に行ける様にと祈る。
 



 その日、初めてえるしおんの執務室から明りが消えた。













 

 そして後日、神殿協会の総力を挙げての式典に参加した後、鈴蘭はフェリオール枢機卿を連れて伊織家の屋敷、その周囲の森へと入り、ゼピリム残党達と合流する。

 そこで鈴蘭の語った言葉が、聖女でありながら、しかし魔王になる事は止めない。
 その言葉に鈴蘭を除く全ての者が奮えた。
 不幸を嘆き、流されるだけの少女が、今確かに時代を動かそうとしている事に。

 「船の名前はヘルズゲートアタッカー(地獄を解放する者)。そして、私が率いるこの組織の名前は――。」

 赤い瞳の聖女が、悪意に満ちた笑顔を振りまく。

 「ゼピルムだ。」
 
 




 同じ時刻、イスカリオテ機関


 自身の執務室にて、えるしおんは少女のその言葉をリアルタイムで聞いていた。
 

 イスカリオテ機関が発足する以前から、えるしおんは部下に命じ、多くの魔王候補達を監視してきた。
 しかし、その全てが適正の段階で撥ねられ、彼の望む魔王は一人も現れた事は無かった。
 魔王制時代にも、母フィエル位しか長続きしなかった魔王という管理者、殺し過ぎず適度に管理するというバランス感覚と人魔双方へ偏見の無さを両立する者はほぼゼロだった。
 況や、神秘が薄れたこの時代では、最早そんな者などいないだろうと諦めていた矢先、側近Bの報告である少女の事を聞いた。
 えるしおんは一抹の希望を抱き、その少女を見てきた。
 不幸の坂を転がり続け、それでも遂には這い上がり、そして今日世界を変えると宣言した時まで。
 

 えるしおんは長い間待っていた、新しい世界の担い手を。
 理不尽を憎み、時には屈し、しかし、必ず立ち上がる者を。
 神魔人、誰とでも平等に付き合えて、皆で仲良く笑顔で楽しい事を望める者を。
 えるしおんは待っていた、名前だけの魔王ではなく、真に皆と共にに立てる者を。

 そして、人の世の最後の年、漸く求めていた者が現れた。


 「…………待ちに待った時が来た、か………。」


 珍しく、本当に穏やかな笑みを浮かべて、えるしおんは椅子の上で体の力を抜いた。
 そして、瞼を閉じ、ここ2000年一度も無かった優しい声で呟いた。


 「鈴蘭嬢…君こそが人でありながらも聖と魔を繋ぎ、より良い世界を目指し続ける者……聖魔王だ。」



 この時、えるしおんは今生で初めてであろう無垢な笑顔を浮かべた。












 神殿協会、その最奥部、座視の間にて


 そこにある玉座に、預言者が座っていた。
 常にたおやかに微笑む、純白の女性。
 しかし、今の彼女を見れば、多くの者がその場から全力で逃げ出すだろう。
 それだけの鬼気と狂気、怒気と魔導力がその部屋に充満していた。


 彼女には認められなかった。
 自分がどうしても手に入れたい男が、自分以外の女を思って微笑んだ事が。
 自分以外の者を、パートナーではなく、自身の王と認めた事が。
 絶対に、認められなかった。


 「…エル、シオン……ッ……。」


 ビキリッ、と玉座の左の肘掛に罅が入る。
 先日のクーガーの行動に、つい右側を砕いてしまった時の残りが、ビキビキビキ、と罅が入り続ける。
 先日死んだクーガーは、彼女のお気に入りだった。
 しかし、その先の行動を視て、それ以外の手段でも予想し、己に従わないと解ったから、彼女は彼を手放した。
 視た結果と予想の結果の乖離に、己に逆らう者に怒りを覚えたが、憎しみまでは抱かなかった………………たった一人の、例外を除いて。
 
 
 「エルシオン…ッ!!!!!」


 肘掛が砕け散り、粉塵となって部屋を舞う。
 咆哮と共に展開された純白の片翼が、太陽の如き輝きを放つ。
 見開いた真紅の瞳は寸分の狂いなく、欲する男とそれを奪った女を捉える。
 憎々しげに、羨ましげに……そして、愛しげに、億千万の瞳は2人を見つめ続けた。



 今日この日から、預言者は完全に暴走を開始した。

 







 Q.「短か過ぎね?」
 A.「あくまで次へのつなぎだからね」
 
 Q.「ちなみにラストってハッピーエンド?」
 A.「ハッピー、アンハッピーどっちも考えてるけど、まだ未定のまま。」
 
 Q.「結局さ、何考えてこのss書いたの?」
 A.「林トモアキ先生の二次創作の少なさに絶望して、『無ければ作ればいいんだよ!』と考えたから」






 そういえば某巨大掲示板でこのssが話題に上がってたのに驚いた。
 好みは人によるけれど、できれば一度は読んでくださると嬉しいです。





[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第10話修正版
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/07/01 23:26
 

 第10話


 12月21日、16時34分

 魔人を含む武装グループが、先日オープンされた日本国内最大級の多目的施設である東京国立展示場を占拠した。

 武装グループの規模は約30人、大量の銃火器を装備しており、施設内部には多数の民間人が人質として監禁されている。

 未明、警視庁特殊捜査班と機動隊銃器対策部隊による突入が行われたが、武装グループ側の圧倒的な火力に成す術も無く壊滅した。

 現在、武装グループ側からの声明も無く、人質の安否が気遣われている。








 
 同時刻 神殿協会 座視の間にて



 「お茶がおいしいわねぇ…。」
 「……………。」


 そこには珍しく玉座に座る預言者だけでなく、その脇にもう一人の人影があった。

 「無視しなくても良いじゃない。」
 「この状態をどうにかしてもらえればな。」

 ジャラリ、と今しがた紅茶を淹れたえるしおんが手を上げ、自身に科せられた手錠を示す。
 
 朝起きた時には、既にこの座視の間に拘束された状態で転がっていた。
 は?と茫然自失していると、マリーチが入室し、紅茶を注文してきた。
 一先ず、えるしおんは紅茶を淹れてから事情を聴き出そうと考えた。
 珍しく何も言わなかったのは、マリーチが既に鐘をスタンバイしていたからだ。

 「別に良いじゃない。良く似合ってるわよ。」
 「ど こ が だ ッ!!!」

 えるしおんの状態、変化したのは何も手錠だけではなかった。
 先ず、側近Bことエスティも着ていた給仕服に着替えさせられており、普段は後ろに流すだけの銀髪は後ろで一つに縛ってポニーテールにされている。

 そして、何にもまして変化していたのは……………


 「何故、犬耳なんだッ!!?!」


 そう、彼の頭の上にぴょこんと突き出た犬耳だった。
 しかも、どうやったのか、感覚を共有しているらしく、自分の意思で向きを変えたり、ピクピクと動かす事もできた(試していた間、マリーチは爆笑して呼吸困難になっていた)。

 「だって、可愛いは正義って言うじゃない!」
 「何故胸を張って言う!?」

 実は着痩せするマリーチが、意外とふくよかな胸を張って自己主張する。
 対して、えるしおんは眉間の皺を益々深く、長くしながらも律儀に突っ込みを入れた。
 ……しかし、えるしおんの様な渋かっこいい系の男が給仕服着て犬耳付けていると、シュールと言うか何と言うか、相当な違和感が感じられる。

 「今は世界各地でA・Bランクの魔物と非主流派の魔人達による同時多発テロが勃発している。こんな所で油を売っている訳に……。」

 そこまで言って、えるしおんは口を噤んだ。
 対面に座るマリーチ、彼女が嘗て弱った時に、一度だけ見せた純白の、片側だけになった翼を広げ、その瞼の下から真紅の瞳を見せ、えるしおんを見つめていた。
 そして、彼女は相変わらず微笑んでいた……ただし、その全身から強烈な魔導力を発しながら。
 
 「ねぇ、エルシオン。」
 「…なんだ。」

 急変したマリーチの雰囲気に、えるしおんも即座に仕事の事から目の前の事に頭を切り替える。
 
 「前にも聞いたけど、魔王にならない?力こそ低いけれど、あなたなら十二分に務まるわ。ミーコが反対したって、私が説得すればいい。他の対魔機関や世界中の事情を知っている者ならあなたを推すわ。魔族も魔人も人間も、あなたの功績を知れば、少なくとも反対はしない。」
 「……その答えは、前にも言った。」

 柄じゃない。
 一組織の長だけで多大な苦労をしている自分が、世界を手中にしよう等とは思わない。
 しかも、マリーチ一人でここまでの苦労を強いられているというのに、それと同等の存在と毎日顔を会わせて生きていくのは拷問に等しい。 
 
 そして、鈴蘭の事もある。
 
 以前も考えた様に、彼女の思想と人格、神殺しの力は魔王としてこれ以上ない程の逸材だ。
 今後、彼女の様な者が出る事は無いと言っていい程に、彼女の存在は貴重だ。
 神魔人、種族に拘らないその性格は、今この世界にこそ相応しい。
 あくまで理性で判断し、拘りを持たないようにしている自分より、拘らない事が自然体の彼女なら、これからの世界をより良くできる可能性がある。
 神が見捨て、魔が薄れ、人が堕落し始めたこの世界。
 彼女はそれに新たな活力を与えられる可能性がある。
 もし、それが出来なくとも、彼女と彼女を支える周囲の者達ならこの世界を支える位は出来るだろう。
 自分がその傘下に加わるかは今後の情勢次第だが、その可能性は低くはあるまい。

 そこまで考えた時点で、こちらの考えを視ていたであろうマリーチが口を開いた。

 「……そう…やっぱり、嫌なのね……。」
 「以前も言っただろう……それに、いい加減休みたい。」

 えるしおんは深く長い眉間の皺を指で揉み解すが、決してそれは消える事は無かった。


 2000年に及ぶ激務は、魔族の端くれである彼にはかなりの難業だった。
 側近A・Bらを始め、優秀な部下達が倒れた時だって、えるしおんはいつも一人黙々と仕事をこなしてきた。
 そんな日々が2000年も続いた。
 マリーチが敗北した際、その介護で大分休めた事もあったが、それでも2000年の間降り積もった心労は額に深く長く刻まれており、容易に解消できるものではない。
 
 えるしおんは、本当に心の底から休みたかった。
 友人との酒宴の機会も失い、気を抜ける時がほぼ消えたえるしおんは、今までの人生の中で最も強く休暇を欲していた。

 マリーチも、えるしおんの疲れを理解していたが、それでも彼女からすれば今の返答は頂けなかった、絶対に頂く訳にはいかなかった。
 それはつまり、えるしおんが(無自覚とは言え)戦略級核地雷を踏んだに等しい事をしてしまったという事だった。
 

 「じゃぁ、エルシオン。あなたは今日から仕事をしなくていいわ。」
 「?何を言っている?」
 「代わりに、私のものになってもらうから。」
 「だから何を…。」

 言っている?と続けようとしたが、えるしおんはそれを中断せざるを得なかった。
 
 「ずっとずっと私の、私だけのものに………他の何にも見えなくしてあげる♪うふ、うふふふふふ…クスクスクスクス♪」


 えるしおんの腹部、そこにマリーチの手刀が深々と突き立っていた。


 「マリー、チ……ッ。」
 「大丈夫、あなたが仕事をしなくとも私が問題無い世界を作ってあげるから♪」

 ズブリ、と嫌な音を立てて、マリーチが手を引き抜いた。
 途端、栓を失ったえるしおんの腹部から鮮血が吹き出し、えるしおんは膝をついた。
 噴き出した血を頭から被り、ぺロリと血に濡れた手を舐めながら、眼光鋭く自身を睨みつけるえるしおんの顔をマリーチは心底嬉しそうに見ていた。

 「うふ、うふふ……あははは、あはははははっはははははははははははははっはははっはあははっはははあはっはははははっはあははっははははははははっははははははははははっはッッッッ!!!!!!!」


 狂気、鬼気、憎悪、怒り、歓喜、悦楽、愛情………一見矛盾しそうな感情を複雑なマーブル色に混ぜ合わせながら、マリーチは一人高らかに哄笑する。
 

 あぁ、これで後は世界を変えるだけ。
 イトシイ人はもう仕事をしなくなる。
 そうすれば私を、私だけを視てくれる。
 暫くは辛いでしょうけど、きっと大丈夫、直ぐに世界は問題無く稼働するから。
 お腹の怪我だって、直ぐに治してあげるから。
 そして、私の使徒にして、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズットズット一緒にいるの。
 もう他の何も視界に入れず、ずっと私だけを視てもらうの。
 
 うふ、うふふふ…うふふふふふふふふふ………あははは……あはははははっはははははははははははははっはははっはあははっはははあはっはははははっはあははっははははははははっははははははははははっははははっはははははははははははあはっははははははははッッッッ!!!!!!!!!!


 ただ笑い、微笑い、嗤い、哂い、嘲笑い続けるマリーチ。
 その眼前で、力が抜けていく体を叱咤しながら、えるしおんは最後に自身の胸元を掴んだ。
 そこには数年前から肌身離さず身に付けていた、小さな銀色の十字架が下げられていた。
 今にも消え去りそうな意識を必死に持たせながら、辛うじて十字架に刻まれた術式を発動できるだけの魔導力を流す事に成功した。
 この十字架には非常時の際、発信器としての機能があり、例えどれだけの距離があろうと隔離世を通じて信号を目標地点(近場の機関の支部、又はそこを経由して稼働中の支部)へと送り届ける。
 教皇とえるしおんを含めた枢機卿6名(あくまで対外的な立場)のみが持っており、危急の際はこれを発動させる。
 これで少なくとも自分に何か異変があった事は、イスカリオテ機関と通じて法王庁にまで知らされる。
 マリーチを相手に何処まで足掻けるかは不明だが、何も知らされないよりはまだマシだろう。
 ……ちなみにこれも開発班の発明だが、マルホランドが支援する総合研究・経済特区、通称「学術都市」の技術も一部盛り込まれていたりする。
 
 最後の最後、ちっぽけな悪足掻きをして精魂尽きたのか、えるしおんはそれきり意識を失った。









 そして、世界各地の騒乱が止まり、日本のテロ事件が収束すると、法王庁から一つの声明が各国政府並び各対魔機関へと知らせられた。

 「天」による一方的な世界の改変、イグドラシルシステムによる完璧な世界への移行。
 それが一週間後、年の移り変わるその時に実行される、と。
 
それとおまけの様に、法王庁の枢機卿の一人が拉致された、とも知らされていた。
 
 










 法王庁最奥部 第5会議室

 
 ここは、十字教ローマカトリックの最も重要な案件を決定するために使用される部屋だ。
 本来、枢機卿全員と法王の7人が出席するのだが、今現在枢機卿は2人の欠員がおり、更に一人が出席できない状況にあった。

 「…やはりエルシオンの奴がいないと、張り合いが出んな。」

 ポツリ、と枢機卿の一人が呟いた。
 筋骨隆々な、白髪の目立つ壮年の男は法王庁内では武闘派の首魁であり、若い頃は前線で武装神父隊を率いていた。
そのため、いつも魔族・魔人を保護する形で動くエルシオンを嫌って、顔を合わせると直ぐに罵倒を飛ばしていた。
 しかし、一方でその功績と努力を認めて、対魔戦闘以外の面では協力する事もしばしばあった。
 
 「では、エルシオン殿が『天』に攻撃されたというのは本当の事なのですか?」

 疑っているのだろう、20代程度の枢機卿が口を開く。
 彼は若いながらも努力家の人格者で知られており、司祭、司教、大司教のキャリアを速足で昇り、つい数年前に功績を称えられ、枢機卿になった人物だった。
 その仕事は主に外交官であり、各国や出先の地域で布教活動やら各国の各対魔機関との折衝にあたっている。

 「はい。この件に関してはエルシオン殿の『危急の十字』の発動が確認されておりますので、間違い無いかと。」

 最後の枢機卿が口を開いた。
 やせ気味でひょろ長いこの枢機卿は、世界中の信者から寄せられる寄付を管理する金庫番としての役割を担っている。
 ともすれば予算と使い込んで怠惰に生きようとうする身内の恥共と舌戦を繰り広げ、常に横領が無いか目を光らせている。
 彼を説得しなければ予算は一銭ももらえないというのは、法王庁に勤務する者なら誰でも一度は聞く。
ちなみに余剰資金の多くは紛争地帯の復興や途上国の開発支援に回している等、意外と人道家な所も見られる(それ以上に理性家だが)。

 さて、彼が今言った『危急の十字』は上層部にとって、特別な意味を持っている。
 それはこの会議に出席する階級の人物が重傷を負った、又は死亡したという事だ。
 しかも、信号が送られてきたのは神殿協会最奥部、預言者の住まう領域だった。
 そして、先の世界的な事件直後、神殿協会上層部(預言者並びショーペンハウアー枢機卿を除く)から『天』の干渉を確認した。

 
 今日、彼らが集まった理由は一つ、「『天』の行動にどう対処するべきか?」だった。
 
 
 そもそも彼らが信仰する対象でもある『天』をどうこう出来る程の戦力は、法王庁には無い(何処の人間勢力も同じだが)。
 しかし、勝手に世界を変えられるのは嫌だった。
 シスター・クラリカが言った様に「完璧な神が作ったこの世界が完璧じゃない筈が無い。後はそこに住む自分達が頑張るだけ。」と彼らは考えていた。
 今ある問題が根本から解決するような世界なら問題無いが、もしも今よりも悪く思える世界であったら、断固として阻止しなければならない。
 そして、そう懸念する理由が彼らには既にあった。

 「『危急の十字』が発動したという事は……エルシオンは新たな世界に問題ありと判断したのですね。」

 今まで黙し続けていた教皇が漸く口を開いた。
 途端、場の雰囲気が即座にピリリと引き締まる。
 えるしおんもただ殺されるだけなら、権力者として恨みや妬みを持たれた事もあったため、然して気にしないだろうが、「危急の十字」を使ったというのなら話は違う。
 それも恐らく神殿協会の最高権力者だった預言者と会談した時となれば……それは、彼が『天』の行動に抗ったという事だろう。
 
 「詳しい事は解りませんが……恐らく、その通りかと。」

 ひょろ長の枢機卿が返事をする。

 こうやって会議で進行役を務めるのはいつも彼であり、それにえるしおんが実務面から意見を述べて、それを残りの枢機卿と教皇も合わせて叩き、最後に教皇がGOサインを出す。
 それがいつもの流れだった。
 しかし、その流れが今日は違う。
 何時も貴重な意見や見識を見せてくれる魔族の賢者がいない。
 一部では教皇並の人気を誇る彼は、実質法王庁にとって欠かす事の出来ない逸材だった。
 魔族・魔人を、十字教を、この世界を、よりよく発展させようと努力し続けてきた大先輩がいない。
 その事実はこの場の全員だけでなく、彼が行方知れずという事を知る多くの者に重く圧し掛かっていた。

 「なれば、我らのすべき事は一つです。」

 決然とした表情で、教皇は言う。
 その一言に、3人の枢機卿は意外という顔をした。

 「よ、宜しいのですか?『天』に逆らうという事になりますが…。」

 若い枢機卿が動揺を隠せずに発言するが、教皇はそれに対し、平静に答えた。

 「今これ以上の世界になるというのなら、動く必要はありません。しかし、同族を、人類を、世界を憂い、理不尽に立ち向かってきた彼が、命がけで抵抗する様な世界が、本当に正しいと御思いですか?」

 そう言われれば、彼としてはもう反対できない。
 彼も理解はしているのだ。
 『天』が自分達が信仰している程に高尚なものではなかった、と。

 「状況は最悪ですが、まだ対抗手段はあります。例の聖女率いるアウター達はどうなっていますか?」
 「そちらは7日目の夜明けと共に仕掛ける予定です。現在は戦力増加のため、魔人ミーコとリップルラップルの両名が他のアウターとの交渉に赴いているとの事です。」
 「彼らは独力で動くようですね……各国の対魔機関は?」
 「アメリカのエンジェルセイバーは元々『天』の直轄ですので参加は絶望的、日本の関東機関は先日壊滅してからまだ再編が終わっていません。北欧のクルースニクも日和見を決めていますし、他の弱小組織ではそもそも戦力になりません。」
 「……では、『学術都市』へのホットラインを。彼らの手も借ります。」
 
 その言葉に流石に驚く枢機卿達。
 科学は大敵とは言わないが、それでも人が信仰を失う切っ掛けであるそれにあまり好感は抱いていない。
 その最先端を行く変態共の協力を仰ぐ、と教皇は言ったのだ。

 「彼らもまた物理法則の一つでも変えられたら困るでしょう?ありったけの戦力を絞り出させなさい。」

 ギラリ、と瞳を輝かせながら、世界各地の10億の信徒を束ねる教皇、それに史上最年少の14歳で就いた少女が山賊の様な笑みを浮かべた。







 彼女は元は孤児だった。
 元々は極一般的な家庭の生まれであり、両親に囲まれ、人並みに人生を過ごす筈だった。
 それが彼女が7歳の時に崩れた。
 無差別テロ事件、それも十字教徒を狙ったそれは少女の住む地域で起こり、国の軍隊に鎮圧された時には彼女の親しかった人間は全て死んでいた。
 そして、焼け出された彼女を拾い、育ててくれたのが十字教の教会であり、当時から人より聡明だった彼女に教育を施したのが、えるしおんだった。

 ちなみに、えるしおんは優秀な人材に関しては余程の事が無い限り、自分でスカウトに行く。
 組織のトップが直々に出向くと、大抵の人間は頷くからだ。

 えるしおんとしては優秀な部下が増えて良かった程度しか考えていなかったが、その境遇のためテロ事件を無くそうと考えた彼女には、えるしおんの部下に収まったままでいる事は認められなかった。
 そして、テロ根絶の意思を胸に、どんな手段を使ってか、彼女はついに3年で教皇にまで上り詰めてしまったのだ。
 容姿も、能力も抜群な彼女は信徒達に凄まじい人気を誇り、選挙戦では2位を大きく引き離しての勝利だった。

 「…まさか、ここまで来るとはな。」
 「あなたが教えてくれたんですよ。」

 教皇就任時の2人の会話だ。
 以来、2人は仕事では息の合った上司と部下、プライベートでは教師と生徒という関係を持ってきた。
 そんな境遇なためか、えるしおんに対する彼女の恩義は相当に根深く、今回の一件に対して深い怒りを抱いていた。
 そして、何時もならそれを止める役のえるしおんも、今はいない。
 
 

 「全ての十字教に属する騎士団に協力要請を!法王庁所属の全戦力は『聖戦』仕様で待機!大規模輸送用転送陣をありったけ出しなさい!7日目の聖女達の突入に合わせて、我々も神殿協会周辺に布陣して陣頭指揮を執る!上から目線で物言う連中の尻に火を付けてやりなさい!」


 先程までの涼しげな口調をかなぐり捨てて、教皇が咆えた。
 ちなみに、今代の教皇陛下は話し合いの際は冷静だが、こと荒事になると凄まじく過激になる、というのが法王庁の公然の秘密だったりする。

 …なお、『聖戦』仕様とは後先考えない全力戦闘に等しい。
 これを考案した当時の大司教曰く、「使用されるのはもう一度聖戦が勃発するに等しい確立」とまで言われるものであり、事実今まで一度も発令される事は無かった。
 戦闘と魔法双方をこなす武装神父隊は元より、治癒や補助専門のシスター隊に、イスカリオテ機関の魔物騎兵隊、弾頭に対魔導皮膜突破用の多重殻魔導皮膜を施した重火器装備の歩兵、魔改造済みの各種戦闘車両など。
 更にはロンギヌス・フェイクの全力使用許可など、本当に後先考えないものだったりする。




 (((早く帰ってきて、エルシオン殿。)))

 
 枢機卿達は、こうなったらもう止まらない愛らしい教皇を唯一止められるえるしおんの帰還を心底望んでいた。

 彼らの胃に穴が開く日は、近い。











 Q.「何故ここにきてオリキャラ?」
 A.「出そう出そうと思ってたんだけど、このままじゃ出番なしで終わっちゃうから。」

 Q.「えるしおんどうなんの?」
 A.「ちゃんと生きてます。今後の更新待ってね。」

 Q.「ハッピーorアンハッピーはどうなったの?」
 A.「どっちも思いついたんでそのうち両方掲載します。」

 Q.「ちなみにXXX版の予定は?」
 A.「皆がワッフルワッフルってしてくれたら頑張るよ?」









 



[19268] 【ネタ・習作】それいけぼくらのえるしおんくん!第11話微修正
Name: VISP◆773ede7b E-MAIL ID:699bbe3f
Date: 2010/07/03 09:26
 
 第11話


 『天』の勧告で指定された、年の移り変わるその日……の前日


 『地獄』と言われる『天』の魔物貯蔵庫、優しい春風と草いきれ、見上げれば青空が広がるそこには4人の人影があった。

 「お・そ・いッ!!!」

 その中の一人、ショーペンハウアーが、4枚2対の大翼をバサバサ動かしながらヒステリーでも起こしたかの様にに咆えていた。
 
 「ねぇ、何で!?普通、一週間後にヤバいって解ったら、余裕持って2・3日前には来るわよね!?それがもう明日よ、明日!!何、余裕、余裕ぶってる訳ッ!?」

 「いや、オレに言われてもだな…。」

 ショーペンハウアーの横、十字架に磔状態で拘束されている貴瀬が困った様に返事をする。
 彼は今後新たに始まるであろう世界の仕組み、イグドラシルシステムの中枢として拉致され生贄にされる予定だが、今はまだ何もされていないらしく、元気なままだった。

 そんな彼はあー、きっとゴタゴタしてるんだろうなー、と考えていた。

 彼女の周り、アウターやら魔人共はどれも一筋縄ではいかない者達ばかり。
 神殿協会も積極的に『天』とやり合う訳でもないだろうし、法王庁だって右に同じ。
 『天』だって何も世界を滅ぼそうとしている訳ではないし、誰だって面倒そうな事をしたくはない。
 少数精鋭で敵陣突破を掛けるした手はないため、今は戦力の確保と装備の調整やらをやっているのだろう。

 「うふふ、クスクス!明日には来るわ、あぁ楽しみ…。」
 
 そして、白尽くめの女、預言者ことマリーチが笑う。
 明日の光景でも視たのだろう、ひどく楽しげだった。
 その言葉に、ショーペンハウアーは納得いかないという表情を見せる。

 「…イグドラシルシステムが稼働すれば、もう勝ち目は無くなる。だと言うのに彼らは動かない。何故ですか?」
 「背水の陣かしらね?それとも、本当に貴瀬が考えてる通り、ゴタゴタしてるだけかもね……ニモとか。」

 ニモが何かは知らないが、今後起こるだろう大騒ぎを思うと、磔にされている貴瀬は憂鬱になった。
 


 先日の事件、世界各地で起こった魔物・魔人による同時多発テロ、そして本命の東京国立展示場の立て籠もり事件。
 その事件の実行犯の指揮官を務めたエスティはその当時、ショーペンハウアーからマリーチ名義で依頼を受けて活動していたが、本来なら彼が動く必要は無かった。
 それをさせたのは、単にマリーチが伝言で「今回を機に、世界各地の反体制派魔人を一掃、又は聖女に説得させる」と語ったからだった。
 これならもう殆ど鈴蘭に負けを認めているエスティが動くには十分だし、彼の主たるえるしおんの意向にも沿うだろう。
 ……実際は、単にマリーチ達に利用されただけなのだとしても。
 そして、本来の目標である貴瀬は拉致され、どうにかクラリカの行動に最後のチャンスを得たのが丁度5日前のことだった。


 
 「さて、そろそろ言っておくべきだと思うのだが…………何故ここにエルシオンが寝ている?」
 「それは私も気になっていました。」

 そう言って、貴瀬はマリーチの横のベッドで眠っているえるしおんを顎で示し、ショーペンハウアーが同意した。

 「あら、別に良いと思うけど?」
 「そいつの性格なら、『天』の介入など真っ向から反対する筈だ。連れてきたのはそいつに動かれると面倒だからか?」
 
 実際、『天』相手に何が出来るかは兎も角、確実に人類側の戦力を一致団結させるだけの人脈と能力、人格を有しているえるしおんなら、確かに何らかの手段で無効化しておくべきだろう。

 「さぁ、どうかしら?うふふ、クスクス!」

 全く本心を映さない笑顔で、マリーチは笑う。
 彼女は先程からベッドの脇に置いてある椅子に腰かけており、今はそのたおやかな手はえるしおんの長髪を愛おしげに梳き始めていた。

 「「……………。」」

 その様子に無言になる貴瀬とショーペンハウアー。
 そして、何故かマリーチから顔を背けて2人でひそひそと話し始めた。

 (伊織貴瀬、あれをどう見ますか?)
 (正直、甘ったるくて敵わん。一体何が起こっているのか、こちらが聞きたい位だ。)
 (私もですよ。マリーチは聖四天の先輩ですが、あんな表情をしているのなんて初めて見ました。)
 (しかも、相手はあのエルシオンだぞ?魔族と天使で恋愛は成り立つのか?)
 (前例が無いのでなんとも……。しかし、マリーチが彼を連れてきたからには、やはりそういう事なのでは…?)
 (しかし、あのマリーチだぞ?そんな事があり得るのか?)
 (そもそもこんな状況そのものが有り得ないのですけれど……。)
 ((うーん……。))
 
 悩む2人、片や磔にされたスーツ姿の男、片や2対の大翼を持った天使。
 そんな2人が揃って頭を傾げて、悩む姿は非常にシュールだった。



 「うふふ、クスクス!あぁ、早く明日にならないかしら。」

 悩み続ける2人を差し置いて、マリーチは笑い続ける。
 漸く手に入れたイトシイ男の綺麗な長髪を手櫛で梳きながら。
 
 「早く目を覚まして。ねぇ……」

 
  わ た し の イ ト シ イ ヒ ト













 そして、指定された7日目

 未だ日が昇らぬ空、神殿協会本部は宙に浮いていた。

 その周囲に布陣していた聖騎士団は、先程預言者が行った「さぁ、神の国へッ!!」の一言で宙に浮き始めていた協会本部へ挙って乗り始め、今や残っているのは全体の2割程、本来の協会には不適格な連中だけが残っていた。
 
 先程、何と航空強襲艦エンジェルストレージも向こうに回られてしまう筈だったのだが、何とかフローレンス司教の説得によって戻ってきたため、残った枢機卿達はほっとしたが、それも焼き石に水でしかない。
 
 「聖女様達の船が到着します!!」

 周囲を観測していたらしい誰かが叫んだ。

 そして、夜空を大きく歪ませながら、半透過から現実へ、隔離世から虚空へ、未だ明けぬ闇に溶け込む様な黒い戦船が姿を現した。
 だが、その船を見た者達はあまりの事に愕然とする。
 その船にペイントされたノーズアート、両眼に眼帯をしたクロスボーンのそれがけたたましく笑い、「God damn me!」が踊る。
 
 天に唾する『地獄を解放する者』がその姿を現した。


 そして、もう一つ。
 隔離世から姿を現す戦船が姿を見せた。
 これに対し、聖騎士団は誰もが驚愕による無言を以て答えた。

 全長1km近く、黒灰色のカラーリングに、流線形の形を持ちながら、艦体各所に設けられた砲塔やミサイルコンテナらしき機構を設け、艦体中央上部にはブリッジが存在し、周囲を睥睨する。
 
 この艦は元々隔離世という異層空間を科学によって解明・研究するための調査船だった。
 それに急遽武装を施し、実戦仕様に改装したのが現在のこの船だった。
 しかし、その乗組員はこの船に熟知しつつ、学術都市の治安と機密を守り続けてきた防人達だ。
 当然ながらこの一週間でこの船の使い方は熟知している。 
 

 「異層空間から通常空間への復帰、完了しました。」
 「宜しい。空間が安定次第、順次戦力の展開を開始。『お客様』方はどうだ?」
 「既に準備は完了、何時でもフライト可能です。それと『快適な船旅に感謝する』との事です。」
 「おうし、全員よーく聞け!今回のオレ達はもう暫くは何もせんでいい!暴れる機会はその内来るだろうからな、御行儀よく待ってろ!」
 「艦長、準備完了しました。」
 「よし、『お客様』を出してやれ!」

 内心、それは無いだろう、とオペレーターは思ったが、淀みなく作業は進む。
 そして、艦の両舷のハッチが開き、中の『お客様』を放出した。
 
 『お客様』の正体、それはパラシュートを装備した多数の武装神父隊一個中隊だった。
 彼らは一様に空挺部隊と似たような装備で身を固めているが、一つ、妙なものを持っていた。
 それは杭だった。
 一人当たり2・3本の杭を装備に括りつけた彼らは、速やかに大地に着地、パラシュートを切り離して、同じ小隊の者達と合流、一定間隔を置いて杭を地面に突き立て、魔法陣を描いていく。
 そして、着地から凡そ3分程で彼かの作業は終了、魔法陣が一斉に起動する。

 
 魔導力の輝きを放つ陣から出てきたのは、時代錯誤な鎧や剣、槍に盾を装備した法王庁、ローマカトリックに連なる騎士団だ。
 クールランテ剣の友修道騎士会340名、カラトラバ・ラ・ヌエバ騎士団118名、聖ステバノ騎士団トスカナ軍団257名、マルタ騎士団2457名という大部隊であり、その全員が一様に『聖戦』仕様と言われる後先考えない超重装備だ。
 
 彼らの後に続くのは、法王庁直属戦力である武装神父隊の残り二個大隊と二個中隊、武装シスター隊一個大隊、そして、公式では初の出撃となるイスカリオテ機関の主力、魔物騎兵隊一個中隊と学術都市製作業用強化外骨格を軍事仕様に転換、魔導皮膜を施した魔改造済み機械化歩兵隊二個中隊、そして、司教以上からなる要人警護専門の精鋭部隊二個小隊と枢機卿3名に教皇猊下ご本人だ。
 
 その後も続々と戦闘車両、学術都市製の6本脚の戦車、それに高射砲を装備したもの、果ては球体車輪を採用したロケット砲や地対空ミサイルを搭載したトラックなど、実に節操のない顔ぶれが続々と姿を現していた。

 更に、上空の艦から降下してくるのは強化外骨格と重火器を満載したフルアーマー状態の機械化歩兵二個中隊だ。

 …ちなみに、この強化外骨格はイスカリオテ機関のそれとは異なり(一世代前のを改良した)、学術都市の最新モデルであり、軍事仕様は先日に東京国立展示場立て籠もり事件で自衛隊の猟科隊でも使用されたため、そのデータのフィードバックも受けている。
 





 
 「さて、諸君。」


 そうそうたる面子に囲まれながら、全く物怖せずに、愛らしい教皇が宣告する。


 「祭りを、始めよう。」



















 Q.「なんか凄い事になってるけど、どう収拾つけるん?」
 A.「林トモアキ先生曰く『問題とは風呂敷の畳み方ではなく、その風呂敷で物語をどう包むかである。』」
 Q.「その後、どう包むかはさっぱりだったけどね。」

 Q.「先にハッピーとアンハッピーどっち上げるの?」
 A.「ハッピーの方から、これ決定事項。」

 Q.「XXX版の進展は?」
 A.「全体の流れは決めたけど、まだ書き出してない。」
 



 本当、どうやって終わらせるんですかねぇ?


 PS.某ライト級オールオートセンテンスメーカーなサイト様にこの作品が簡易版とは言え読んでるリストに入ってました。
 全く恐れ多い事ですが、件のサイト様の某白の国興亡記は自分大ファンですので、こんな自分の作品読んでくださって目茶苦茶嬉しいです。
 今後も皆様の感想を励みに頑張っていきたい所存です。



 2010年午前9時26分微修正


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