明日から麻帆良学園都市にある麻帆良中学に転校する、13歳の健全な男子、神矢秀一。だが、学園都市での新生活に胸躍らせていたはずの彼の眼前には、ありえないはずの光景が広がっていた。
キィンキィンキィンッ!
目の前で繰り広げられている剣戟に、秀一は呆然としていた。
「なに…?これ…」
そうつぶやくしかないだろう現在の状況。なんせでかい刀を持った女の人と大勢の化け物達が戦っている。漫画やアニメでしか見られなかったような世界が目の前にある。これをすんなり受け入れられるほど、秀一の頭は狂っちゃいない。
「…見なかったことにしよう」
(そうだ、それがいい。たしかに俺はジャーナリスト志望だ。報道部に入ろうとも思ってる。こういうネタは無視すべきじゃないかもしれない。だが、このいかにもヤバそうな雰囲気の所にいるのはまずい気がする。主に俺の命的に。)
「危ない!」
そう結論づけて、背を向けて去ろうとする俺に呼び掛ける声。思わず振り向く。
「…げ」
化け物―よくみれば式神って奴に見える―が一匹秀一に向かってきている。その手には刀、視線はまっすぐ彼をとらえ、標的がその視線の先にあることは明らかだ。
(ちょ、マジかよ!どどどどうすりゃいいんだ!?先生に習った格闘技で戦うか?)
秀一がもう一度式神らしきものを見てみると、暗く濁った瞳がこちらを見据えている。その目を見た瞬間、戦うという選択肢は秀一の頭からすっかり抜け落ちてしまった。
(無理だ…怖すぎるぜ…)
式神は俺を殺す気だ。ためらいはない。冗談なんかでもない。それがわかった時点で秀一の体はすくんでしまい、攻撃などできなくなった。
式神がどんどん迫っており、同時に刀を振り上げる。暗く濁っていると思っていた瞳の奥に残忍な光が宿っているのが見えた。
(あぁ、俺死ぬのか… もう少し人生満喫したかったなぁ。この学校での生活楽しみたかったし、彼女も欲しかった。死にたく…ねぇなぁ…)
「伏せなさい!」
バッ!
その声に導かれるかのように、秀一は体を伏せる。一瞬後にその頭上を剣閃がかすめていく。声がなければ、恐怖におびえすくんでいた彼の体は真っ二つになっていただろう。まさに間一髪だった。
「そのまま伏せていなさい!神鳴流奥義、斬空閃!」
当然のごとく秀一はその声に従う。一瞬女に守られることに男としてのプライドが頭をかすめたが、背に腹は代えられない。最近の女性は強いっていうし、俺なんて足手まとい以前の問題だろう。秀一の考えはこうであった。
そうして伏せていることしばらくの後…
「もう立ち上がっていいですよ。式神はすべて倒しましたから。」
「あ、ありがとうございます。え、えーと…」
「葛葉です。葛葉刀子。あなたは見たところ生徒のようですが、どうしてここに?」
「俺…僕は転校してきて今日ここの寮に入居してきたんです。それで学園都市の中を散歩してたら迷っちゃって、いつのまにかここに… って、それよりさっきの奴らなんですか!?僕の見間違いとかじゃあないですよね?」
女性…葛葉刀子は気が動転していた。西の刺客らしきものが召喚した式神と戦い始めたところまでは良かった。だが、どこから入りこんだのかその場を生徒に見られてしまった。これは本来はありえないことだ。普通学園では裏のことが一般人に知られないよう、こうした有事の際には簡易結界が張られ、戦いの場に一般人が入りこめないようになっている。つまり、目の前の生徒が本当に一般人であるなら、生まれつき魔法などによる結界への耐性が強いということになる。それに…
(この推測が正しいかはともかくとしてひとまず学園長先生に報告しなければ…)
「ちょっと待っていてくれるかしら。」
「あ、はぁ…」
携帯電話を取り出してどこかへ電話をかけ始めた刀子を見ながら、秀一は先ほどまでのことについて考えをめぐらせていた。
正直、さっきまでのことは夢だと信じたい。あんな化物が現実にいたってことも、その化物たちと普通に戦える人がいるってことも昨日までは考えられなかったことばかりだ。
(あんな漫画みたいなことがホントにあったなんて…)
さっきまで恐怖で震えていたはずの彼の体は、今度は違った意味で震えていた。
(あいつら…なんだったんだ…?外見は鬼みたいな奴らだったけど… ヤバイ、さっきまで死にかけてたってのにワクワクしてるぜ、俺…)
秀一は普通の中学生と比較してもかなり好奇心が強い方だった。そのため、先程の死の恐怖よりも、見た光景への興味が増してきていた。あの鬼や式神みたいな化物はなんなのか。そいつらを簡単に倒せる目の前の女性は一体何者なのか。そして、さっきまでの光景が夢じゃないとすれば、今まで自分が過ごしてきた現実はなんだったのか。秀一の興味は尽きなかった。
「神矢君、電話は終わったわ。ついてきて。」
「…あ、はい!」
この人についていけば、少しはこれらの答えがわかるのだろうか。そう思いながら秀一は葛葉刀子の後に従った。