婚姻率の低下が懸念されている今日、明治大学には「婚活」ならぬ「婚育」という講義があるという。いったいどんな講義なのか。実際にのぞいてみた。【成城大・徳永早紀、写真は慶応大大学院・水谷瑛嗣郎】
「それではみなさん立ってください」。教室に入ってくるやいなや学生に呼びかけたのは、明治大文学部の諸富祥彦教授。この講義の狙いは「コミュニケーション力の向上」だ。そのため、学生に積極的な参加を促す。グループワーク中心のこの講義、積極的に参加しない生徒の履修は認めていない。
まず、学生に男女3人ずつのグループを作らせる。この際、毎回違うメンバーと組まなくてはいけないのが決まり。学生たちは慣れた様子でグループを作っていく。初対面同士、簡単に自己紹介を済ませると、本題のグループワークに移った。“合コン”スタイルの講義なのだろうか? だんだん本題に近づいてきているようだ。
この日のテーマは「理想のデートプランを考える」。初めから決められているのは「明日13時から23時まで」という条件だけ。あとはグループごとに自由に考えてよい。どのグループも談笑を交えつつ、活発に話し合いを進めていく。15分の話し合いが終わると、代表者が教壇に上がり、順にそれぞれの班で考案した「理想のデートプラン」を発表し始めた。
東京ディズニーランドや秋葉原探索にラーメン店巡り。どの班もはばかることなく、思い思いに個性に富んだプランを発表していく。ユニークなプランを発表した学生と教授とのやり取りに、教室中に笑いが起きた。最後に、どのプランがよかったか学生たちが投票し合い、講義は終了した。
この日、学生から一番支持を受けたプランを発表したのは、1年の赤沢早咲子さん。自宅で一緒に夕食を作り、夜はテレビでサッカー・ワールドカップ日本対カメルーン戦を視聴するというインドア系プランだ。赤沢さんは「この講義は自分から発言していかなければならないので、コミュニケーション力が高まるのを実感できる」と話す。教授によると、最近は自宅でゆったり過ごすデートプランが人気の傾向にあるという。
諸富教授がこの講義を始めて6年になるという。受講生は毎年約200人。男女比は半々だ。前期はグループワークやテキストを中心とした講義を行い、後期は学生が「恋愛・結婚・子育て」に関連するテーマで興味を持った課題についてそれぞれ調査を行う。中には、新橋のサラリーマンに「嫁にもらうなら、どの大学出身がいいか」と調査した班もあったという。
教授の専門はカウンセリング。「婚育」を始めたきっかけは、千葉大で講師を務めていたころに受けた、ある男子学生からの相談だった。「傷つくのが怖くて異性にアプローチできず、彼女がなかなかできない」。学生にコミュニケーション力が足りないことに気付き、学生同士で積極的にコミュニケーションを取ることのできる参加型の講義「婚育」を開始した。「婚育」という言葉は、教授による造語である。
男子高出身の1年、三田康平さんは「女子学生にいきなり話しかけることはちょっと難しい。この講義では3対3というグループなので、話す機会が自然に増えてうれしい」と話す。
教授は以前、学内でカップルの調査を行ったことがある。「彼女のいる男子学生」の割合を調べたところ、「共学出身者」が9割強だったのに対し、「男子高出身者」は1割に満たなかった。「婚育」のような授業を男子中高でこそ行ってほしいと、教授は強調する。
「婚育」と言っても、講義の目的は「人間関係力の向上」と、いたってシンプルだ。「大学入学後、友達ができずに不登校になる学生が多い。学生の退学を予防するためにも、友達づくり・人間関係を培う力が重要。だからこの講義が必要なんです」と諸富教授。
この講義をきっかけに、カップルになる学生も少なくないという。数年前には履修生同士で結婚したカップルもいた。「明治大に入ったからには、幸せになってほしいんです」(諸富教授)
記者の大学でもぜひ「婚育」講座を開設してほしい。絶対、毎回出席する、とひそかに思った。
==============
■人物略歴
1963年、福岡県生まれ。筑波大大学院博士課程修了。米トランスパーソナル心理学研究所客員研究員、千葉大教育学部助教授などを経て、06年から現職。教育学博士、臨床心理士、上級教育カウンセラーなど資格多数。著書は「男の子の育て方~『結婚力』『学力』『仕事力』。0~12歳児の親が最低限しておくべきこと~」(WAVE出版)「生きる意味ビクトール・フランクルの22の言葉」(KKベストセラーズ)など100冊以上。
毎日新聞 2010年7月2日 東京夕刊